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朝からコロが起きていて、9時過ぎから再び眠り始めたので掃除の方は、丁寧にできた。10時に1回目の宅配便がきて、コロの眠りは覚まされた。ある人からの届けものだった。少し落ち着いた11時ごろ2度目の宅配便がきてこれは、家族が注文した品だった。12時過ぎに郵便局から書き留めが届く。インターホンが鳴るたびに、コロは興奮するし、玄関までついてでてきて走り回るので大変だ。しかし、ここでさすがに疲れたのか3時過ぎぐらいまでコロは昼寝をしていた。4回目のインターホンは3時過ぎで通販で買った品物が届いた。普段はだいたいこの時間帯に生協がやってくるが、コロに邪魔されないよう、コロが逃げ出さないようにガレージ越しに品物の受け渡しをするようにしている。しかし、雨降りのためか4時になってもやってこない。やっとインターホンが鳴ったと思ったら、全く別の用事だった。生協が来るまでは、雨も降っているしコロを外に出すわけにはいかないので、遊びに付き合う。5時をまわって生協がインターホンをならし、コロは外に出さずに品物を無事受け取ることができた。今日はやたら宅配をはじめインターホンが6回もならされて、落ち着かない一日だった
2017年11月30日
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今日も朝から良いお天気。予定がないので、今日のお掃除はじっくりと納得できるように時間をかけてやった。昼前に親戚がやってきて、コロの写真をとったので、それを転送してもらったのが上の写真。しっぽふりふりの大歓迎をしていた(笑)おみやげは柿だったので、早速ブロッコリーとのサラダにした。材料ブロッコリー柿ちくわマヨネーズポン酢(醤油でも)作り方1.柿を4等分してイチョウ切り(特に決まりはないので好みで)2.ブロッコリーを房に分け、柔らかくなるまで袋に入れてチンする3.ちくわを好きなように切る(輪切りでも、細切りでも)4.切った材料にマヨネーズとポン酢を適量混ぜ合わせる。しばらく冷蔵庫に入れておくとよりおいしい。午前中にボランティアとしての受け持ち地区の人から電話で相談を受けた。お仕事があるとのことなので夕方に約束をする。夕方にお話を聞いて、無事解決する。
2017年11月29日
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今日は穏やかなお天気だ。洗濯ものも快調に乾いてくれる。見守りキットの希望調査、色々考えてみたが、健康体操に参加しておられる人の中で、高齢の単身者が8人ぐらいおられるので、まず直接お顔を合わせて希望の有無を聞いて見よう。これで37人中8人が一度に済むのでと、既に希望を確認しているかたが2人いるということで、残りの人を訪問すればいいことになる。今までの経験から行けば、だいたい1時間で12軒ぐらいは回れるので、多く見て3日あればなんとか、調査し終えることができるだろう。不在の方は最終日に再訪問することになる。今月いっぱいは予定がないので、今のうちに次の予定のない日までの準備をしながら、余裕のある時はのんびりということになる。今日は来客などがあり。コロが昼寝をしていなかったためか、時間がずれて2時過ぎから4時ごろまで眠った。今日はコロは少し早めに散歩へ行ったせいか、おねむになる時間が少し早くて8時過ぎ、私も早く眠るとしよう。
2017年11月28日
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今日はシンフォニーホールへロジェワーグナー合唱団の演奏を聞きに行った。私はフォスターの曲が好きなので、それも楽しめた。ピアノでありながら、よくのびるソプラノ。もちろんそれ以上の強さの時も、合唱としてまとまっていて透明感があったし。ソロをいろんなメンバーの人が歌ったが、それぞれに実力のある人がそろっているのだなと感じた。曲目に応じて、声の雰囲気が変わるので、飽きることはなかった。曲目フォスター・メロディケンタッキーの我が家(透明感があってよかった)金髪のジェニー草競馬(ユーモアと躍動感を感じた)夢路より故郷の人々(子どもの頃曲として弾いた思い出あり)おお、スザンナクラシックアベ・マリア(ハンス・ピープル)頭の上からふわりと音楽が降ってきた感じ主よ・人の望みの喜びよ(バッハ)ハンガリー狂詩曲第2番(リスト)これはピアノ演奏、合唱の伴奏者の演奏だったがなかなか素敵だったクリスマスソングジングルベル赤鼻のトナカイシルバーベルサンタが街にやってくるゴスペルオー・ハッピー・デースティール・アウエイワ―ズィー・ツゥ・ビー・ブレイズトゥ世界の詩(原語での演奏)アリラン(ソロの女性が素晴らしかった)ダニーボーイサン・セレニ(スペインのユーモラスな曲)花は咲く(日本)ディズニーメドレー陽気に口笛を吹いて(王様と私より)アンコール曲としてグロリア(讃美歌)ドレミの歌(これは会場も一緒に歌った。隣の知らない方が、いい声ですねと褒めてくれた。)ふるさと
2017年11月27日
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今日はお絵描きの日ということで(前回同窓会のためお休みした)久しぶりの出席となる。前回の課題が、下絵を描いておくと言うことだったので、白川方面の合掌造り風の民家のある風景ということで、以前に旅行に行った時の数点の写真を参考に下絵は描いていった。写真よりかは構図は上手く描いていると言われたので、ラッキー。下絵を、実際の画用紙に移していく作業で、急いで描いて約1時間くらいかかった。かやぶき屋根の部分から塗って行きましょうということで、屋根を半分くらい塗って終了してしまった。他の方は、オウムの絵、カップに入った紅茶の絵などに挑戦しておられた。これも展覧会があって、予定は3月下旬になるので、それまでには仕上げたいので12月のレッスン日には、合掌造り風の家の部分はできるだけ描き終えていたい。かやぶき屋根の質感出すのが難しい。ピアノや声楽だと30分あれば、例え1小節でも前に進めるが、絵を描くには最低1時間ぐらいまとまった時間が欲しい。私は初心者で、違う日にかくと微妙に筆圧とかタッチが違うので、見る人が見れば、つぎはぎな感じがすると思う。私が声をかけるべき高齢者の人を昨日改めてチェックした。今まで二人暮らしだった人で一人がなくなったりで単身者になった人も何人かおられた。また個人的には、介護を要するような人(年齢にかかわらず)と高齢の人の二人世帯であれば、単身でなくても救急キットは必要なのではないだろうかと思う。これについては、次回の会議で是非提案したいと思う。それやこれやで、対象者は35人と思った以上に増えてしまったが、漏れるよりは良いことだと思う。
2017年11月26日
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うちに電話がかかってきたが、0120で始まる番号だったので無視した。あとで電話番号検索でどこからかかってきたのか調べると、口コミで「らくらく茶屋」と書いてあった。どこか飲食店かあるいは何かの販売か。家族に、そういう名前の店を予約するか買いものをした覚えがあるか、尋ねてみたが知らないと言う。気になったので、再度電話番号検索で違うサイトで調べたら生命保険の「○フラック」からの電話だったようだ。まあ似ていない事もない。どちらにしても、こちらから連絡することはないが、なんとなく笑える。そして、夜の9時半ごろ、テープと思われる売り声を流しながら車が通った。しかも、何を言ってるのかわからない。雰囲気としては竿竹売りか石焼き芋のような感じだったが、住宅街をこの時間に売り歩いて、わざわざ呼びとめて買う人がいるとは思えない。第一何を売っているのかわからないのだから。眠っていたコロは起きて吠えるし、非常識と言うか怪しいと言うか。
2017年11月25日
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実は数日前からコードレスの充電式の掃除機の充電がすぐ駄目になって、5分ぐらい動かなくなっていた。同じ形式の掃除機は2台目なので、これはバッテリーに問題ありだろうと見当はついた。バッテリーを買い替えようとしたが、互換品は売っているが純正品がなかなかない。本来、買った時に製品登録するべきだったのだが、当時は忙しくて忘れてしまっていた。仕方がないので、その会社の相談窓口に電話した。型番と製品番号を言って、登録の有無を聞かれたがしてないということで、その場で口頭で登録してもらったら、この製品の販売は2016年だから、保証期間(2年)に入っているので、バッテリーは無料で送りますとのことだった。互換品でも最低5000円近くするので、これはラッキーだった。当分は普通の掃除機で掃除しておこう。金曜か土曜には手に入るみたいなのでよかった。今日はピアノレッスンの日で、以前から持ち越しの課題曲は、こちらも曲想をしっかりつけて、ミスなく2回続けて弾けたので合格をいただいた。個人的に80点。次の曲については、1週間しか練習できなかったので、できているところはできているが、つまるところは詰まる状態。できないところは弾き込んで、できているところは曲の流れを理解しながら曲想つけて弾くようにと言う指示だった。50点
2017年11月24日
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写真は最近のコロ、手前に一部映っているのが、空気清浄機。後ろの雑物は、ごみの分別をするために集めた、牛乳パックとかペットボトル、紙製品など家から2分ほど離れたところに、自動車の修理工場があった。それが10年前ぐらいに廃業して、更地になっていた。しばらくは駐車場として使われていたが、最近家を建てるのか、地鎮祭をやっていたと近所の人から聞いた。ところが数日前にその更地にシートが張られて「遺跡発掘中」という張り紙がしてあったそうだ。こちらは、古墳などが多いところなので、遺跡が埋まっているということはあると思うが、家を建てようとした人は、大変だろう。発掘調査が終わるまでは、家を建てられないし。個人ではなく、ハウスメーカーかもしれないが。個人的にはどんな時代の遺跡なのか関心はある。今日ボランティアの会議があって、以前に独り暮らしの高齢者に「救急キット」というブラスチックの容器の中に持病とかかかりつけ医、緊急連絡先を書いて、冷蔵庫に入れておいて、いざという時は消防などがそれを取り出して、より適切な対応をとると言う段取りにしてあったらしい。大阪市内でもそういうことは行われていた。ところが、消防からいざ「救急キット」を取り出そうとしたら冷蔵庫の中ごちゃごちゃで、どこに入っているのかわからない人がいるという意見がでたそうだ。そこで、今度は同じ内容を、冷蔵庫の扉の表面に張り付けるボードのようなものしようと言うことになったらしい。うちの自治体では65歳以上の単身者、障害のある人、災害時要支援者を対象にすることになった。で、私の担当が29人ぐらい。77歳以上の人には、前回聞いて歩いたが、その時は冷蔵庫の中に入れると言う前提で話をしていたので、再度確認にいかないといけない。もう少し早めに言ってくれれば、2度手間にならなかったのに。
2017年11月23日
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今日はお天気だが、風が冷たくて気温が上がらない。うちの庭を畑代わりに使用している親戚が、来年の準備にと土に肥料をやりにきたので、コロを庭に出して遊んでもらっていたので、こちらの家事は早く進んだ。おじさんは、コロが邪魔するので作業がはかどらないと文句を言っていたが(笑)今日は女子会でイタリアンアミューズ、ごまを練り込んだピロシキのようなものオードブルサラダ豚肉とキャベツの煮物魚料理肉料理バスタデザート(モンブランと紀ノ川ガキとシャーベット)
2017年11月22日
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日曜はオペラのコーラスの練習に初参加してきた。高校から考えると、5つつぐらいの合唱団に参加してきたが、練習のやり方は本当に色々ある。それぞれのパートだけできっちり譜読みして音がとれるようになってから、全体で合わせると言うやり方をしていたところが3箇所。そういうところは結構難曲にも挑戦していて、音楽的レベルも高かった。(パートに音大卒の人が何人かいた)後の2つはピアノ伴奏者が各パートの旋律を弾いて、各パートがそれに合わせて歌ってとにかく覚えてくださいと言う感じの所だった。難しいことはいわず楽しく歌を歌おうと言う感じの団体だった。今回のオペラにあわせて結成された合唱団はオーディションがあるということで、ある程度のレベルの人が集まっているという覚悟はしていた。楽譜(150ページぐらい)を渡された時からその中でのコーラス部分は、なんとかギリギリ歌える状態にはしておいた。やはり、みなさんレベルが高く。はじめから終わりまで譜面に書いてあることについてはクリアしていた。3回目にして全ての歌の通し練習をした。私は3回目に初めて参加した形になっていたが、隣の女性が、「他で歌っておられるのですか。」と聞かれたので「今日初めてです。」といったら「コーラスとかで歌っておられますか。」「ああ、それは歌ってます。」「初めてでちゃんと歌っておられるから、やっぱりね。」自分としては、自信はなかったが、なんとかやれているのだと思って気は楽になった。合唱団では楽譜を読むことについての指導はしない、(できて当たり前)それは自主練習でしてきて、細かいニュアンスなど、楽譜に書いてない事を練習で合わせると言う感じだった。12月24日に舞台と言う事なので、気合を入れて頑張らねば。今日はインフルエンザの予防注射にいってきた。実際の所私は歯科以外の通院はないので、かかりつけと言っても1年に1度行くかどうかのお付き合いなのだが、その医院はワクチン不足のため予防接種はやっていないと言われ、家族が行っている別の医院に行くことにした。で、無事終了。家族が仕事の関係上インフルエンザにはかかれないが、多くの人と接する仕事なので、私が発病して迷惑をかけてもいけないから、念のために受けておいた。
2017年11月21日
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土曜日はお寺さんの来る日だった。前回は若坊さんで土曜日といっておいたので、大丈夫だろうと思って、いつも通り8時半から9時にくる想定で準備していた。前回8時45分だったのでだいたいそのぐらいかなと思っていたが、9時をまわってもこない。9時15分を過ぎてから、確認のためお寺さんの携帯に電話するも出てこない。お寺に電話するも誰もでてこない。奥さんの携帯に電話しても出てこない状態だった。これはもうどうしようもないので、今日はこないのかと思っていたら、9時20分ごろに弟さんが運転する車に乗ってお寺さんやってきた。二人でやってきたので、わたしのためにとっていたケーキがなくなってしまった。残念。お経の方は普通だったが、最後の方は聞き取れなかった(笑)幸いにも弟さんが次に回りますからとか言って長くなりそうな話をうち切ってくれたのはよかった。ただ、大の男が二人も来られてもという気はしたが・・・前の時は若坊さんの顔つなぎということだったので、違和感はなかったが。水曜日はピアノレッスンで、前の課題曲はほぼミスなく弾けるようになり、合格はいただいた。ただ個人的にはもう少し演奏のメリハリと言うか曲想を豊かにつけたいと言う思いがあり、もういちど聞いていただくことにした。現状で70点次の曲は左手の和音が難しくて、どうにか弾けますと言うレベル。先生も間違ってはいないが、もう少し弾きこむことが必要だとおっしゃった。そして、来年の発表会の選曲について、私が弾きたいと言った曲名の中から、先生が楽譜を探して持って来てくれた。結構長めの曲で、前回より少し難しいかと言うレベル。先生のおっしゃるには、私はしっとりというか抒情的な曲に向いているということだ。自分ではどの曲も必死で弾いている状態なので、自分で何が得意かというのがわからない(笑)来年から頑張りますと言ったが、先生は今からでも、1週間に1行でもいいから練習しておいてくださいと言われた。
2017年11月20日
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心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)(豆知識)近松門左衛門が、実際にあった夫婦でありながら心中した事件(身分違いの恋愛、遊女と身請けする金のない客などが心中することが多い)を脚色して書いたもの。実際は舅が嫁にセクハラをしたのに耐えかねて、養子であった夫は事件を表ざたにするわけにも行かず、夫婦で切羽詰まって心中したというのが本当の話らしい。作品では姑が悪人となっている。(前提) 元は武士の息子であった半兵衛は、22歳の時、大坂・新靫(しんうつぼ)の八百屋の養子となり、今年で16年目になる。。実父の法要のため、先月から生まれ故郷の浜松に出掛け、家を留守にしていた。上田村の段 半兵衛の妻のお千代は、これまでに2度嫁入りしたものの、1度目は夫の破産で生き別れ、2度目は死別し、半兵衛とは3度目の縁組みだった。今度こそ、夫と添い遂げたいと願っていたが、半兵衛の義母である姑は、お千代のことを良く思わず、半兵衛の留守中に、懐妊中のお千代を実家へ帰してしまう。 お千代の実家・山城国(やましろのくに・現在の京都府)上田村(うえだむら)では、お千代の姉・おかる夫婦が、老父と共に暮らしていた。病気で寝込んでいる老父は、姑に戻されて来たお千代の身の上を嘆く。 ちょうどそこへ、半兵衛が浜松からの帰りがけに訪ねてきた。おかるは半兵衛が離縁しながら、平気な顔で訪ねてきたとそっけない対応する。どうしたことかといぶかる半兵衛は、事情を聞かされて恥じ入り、どんなことがあっても、お千代と添い遂げることを誓う。喜ぶ老父は、嫁入りする娘が二度と実家に戻らぬことを願い、門火(かどび)を焚く婚礼のならわしを、もう一度行って半兵衛夫婦を送り出すよう、おかるに頼む。「灰になっても帰るな」という、老父の悲痛な言葉に送られて、半兵衛夫婦は大坂に戻る。八百屋の段義母は、下女や丁稚を口やかましく、追い使っている(しゃがれごえで、早口でいかにも意地悪で気が短いという雰囲気をだしている) 半兵衛は義母の手前お千代を家に入れるわけにいかず、従兄の家に預かってもらっている。八百屋の手代が、お千代が会いたいとの言付けを伝えに来る。耳聡くそれを聞きつける義母。お千代を連れ帰った半兵衛を、義母は親不孝者と責める。義父は義母をなだめるが、全く聞く耳もたず、義父はあきらめて念仏講にでかけてまう。半兵衛は、わがままな人とはいえ、養子の自分に家や商売を譲るつもりでいる義母に、恩を感じていた。そこで、義母に「姑が勝手に嫁を離縁したとなれば、世間はよめいびりのひどい姑と不名誉な噂が立ってしまうので、私の口から離縁を言い渡します。」と伝える。それを聞いて義母は納得し、ニコニコ顔で「念仏講にでかけてくるから、その間に話をつけておいて。」と出て行く。千代は姑が家にやってきて、いままでのことは水に流しておくれ、半兵衛が家で待っているから家に帰れと言ってきたと喜んでいる。しかしそれは、半兵衛に離縁を言わせるためのこと。帰ってきた義母の前で改めて自分から離縁を言い渡した。そして、自分もすぐに行くとの約束の上、お千代を家の外に追い出す。 夜、死に装束や刀の準備をして家を出た半兵衛に、お千代は、家の前で「去らぬ(離縁しない)」と言ってくれと頼む。それに対し半兵衛は、夫婦2人でこの家を「去る」のだと言い聞かせ、心中へと赴く。これで、添い遂げると言う約束も果たし、義母への恩にも報いることになるのだと半兵衛はおもっている。道行思いの短夜の段 東大寺再建の勧進所での心中の直前、お千代は、お腹の子どもの供養がしたいと涙を流す。半兵衛も共に涙に暮れますが、明日はあの世で夫婦になる、別れはしばらくのことと思い定める。元は武士の出であることを誇りにしている半兵衛は、持参した先祖伝来の刀で、まずお千代を刺した。そして辞世の歌を詠み、武士のしきたりに則って切腹し、心中を遂げるのだった。
2017年11月19日
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数寄屋の段おさゐは数寄屋(茶室)の縁先に座って泣きながら、権三とお雪に内々話がついていることをくやしがる。度々自分を誘惑しようとした憎い伴之丞の妹と権三がそんな仲だと知って余計に腹が立つ。 権三がやって来て二人は茶室へ行き、台子の伝授の巻物を広げる。夜はどんどん更け・・・すると外には川側伴之丞、おさゐの寝室に忍び込み口説き落として伝授の巻物を手に入れようと供の下人浪介と庭へ忍び入る。 権三はカエルの声が急にやみ外の様子が変だと気付き庭へ出ようとするが、おさゐはそんな権三の様子を勘ぐり先程の嫉妬心が燃え始めてくる。「付けている帯は誰が縫った。夫婦の約束をした雪のものですか」と権三の帯を解いて庭に投げ捨てる。そして「お雪に貰った帯ではなく私の帯をすればいい」と自分の帯を解いて投げ与えるが、権三は女の帯をなぜしなければならないのかとその帯も庭に投げ捨てる。(婿となる約束をした人の家に、別の女性が縫った帯をしていくと言うその神経が理解できない。おさゐも自分の帯を解くと言う心理が、女になっているような気がする) 運の悪いことに庭にいた伴之丞がその帯を拾い上げ、「市之進の女房と笹野権三の不義密通、この帯が証拠。岩木忠太兵衛に知らせる」と言い捨てて走り去る。男女が一つの部屋にいて、ふたりとも帯を解いていたというのではそう言われても仕方がない。 権三とおさゐの間には不義はなかったものの、それを言訳しようとしても、もうできないことだった。「二人の帯を証拠に取られて乱れた髪のこのざまで、言訳はできない。もう侍が廃った」と権三は嘆き、切腹しようとする。おさゐは、「ここであなたに死なれたら、私の夫は妻を寝とられた夫として、大きな恥をかくことになる。どうせ死ぬなら、夫に討たれて二人で死んでください。」権三「市之進殿に討たれれば、師匠の汚名は返上、我々もたとえ死んでも後々無実が明らかになればそれでもよい。」おさゐ「無実となれば、夫は間違って人を殺めたことになる。私たちは不義ものとして成敗されねばならないのです。ですから、私を妻と呼んでください」(相当強引な理屈だが、彼女の抑えていた恋情が、この状況で成就するかもしれないと計算していたのではないだろうか。) すでに門外には人の気配 、「何も知らず夢見る子供たちの寝顔を一目でも」と未練を残すおさゐ、図らずも伴之丞らが垣根に作った抜け穴が、今の二人には「天の道」と屋敷を後にする。伏見京橋女敵討の段(ふしみきょうばしめがたきうちのだん)京の伏見は盆踊りで賑わいを見せ踊り子(女、 男)もやがて通りすぎ、辺りはしばし鎮まりかえる。逃げ延びたおさゐと権三が 川原に出ていると橋から見下ろす市之進と甚平に気付く。二人はもちろん抵抗する気はなく、おさゐは夫に討たれ、「子どものことを頼みます。」と言い残す。権三も刀は抜いたものの、抜き合わせる気はなく切り殺される。討たれた二つの命は踊りの乱調そして鐘囃子と共にかきけされる。踊りのにぎやかさの後の、立ち回り、そして二人して死んでいく姿が対照的に描かれている。(この話には、色々な解釈ができて、あくまでも娘の夫候補としてみていた権三と不幸な成り行きで、不義の汚名を着せられ、夫を思い、恥をかかさぬよう命を投げ出す貞淑な妻という見方もできる。また、私のようにおさゐに強い恋愛感情はなかったが、ファン心理的な好意はもっていたと考えるか。しかし、嫌いな男の妹と深い仲と聞いて、彼女の抑えていた感情が対抗意識として燃え上がり、あえて不義者の汚名を着ることによって、いびつな愛の形を成就させようとしたのか。二人は逃げている間にどういう関係だったのか、どういう心のつながりがあったのか、他人だったのか男女の仲になっていたのか、これをどう解釈するのかで、浄瑠璃の語り、人形のからみなど演者によって微妙にかわってくる。)土曜日はお寺さんが朝から来て、昼からは文楽夜の部を見に行くので、ご訪問できないかもしれません。よろしくお願いします。
2017年11月18日
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鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねかたびら)舞台は「浜の宮」(今の島根県松江市辺の浜辺にある神社)。「笹野権三」(ささのごんざ)という表小姓(おもてこしょう)は武芸に秀で、伊達で「鑓の権三」と歌いはやされるほどのいい男だった浜の宮馬場の段 権三が馬場で乗り馴らしているとお雪が乳母を連れ添いやってくる。契りを交わしたもののそれっきりなので不安でたまらず直接会いに来た。「そんなに私がいやなら、なぜこの馬に踏み殺させて下さらぬ」と迫るお雪。「私の心は少しも変わらないが、ちゃんとした仲人を頼んでからにしよう」と言う権三。お雪は気を取り直して、手製の帯を渡す。(心の中で権三は雪の兄伴之丞が高慢で厭味ったらしい男で、この男に頭を下げて、妻にしてくれと頼むのは気が進まないと思っている。まあ、そう思うのなら最初から付き合わなければいいと私は思うのだが) そこへやって来たのはお雪の兄であり、権三とは茶道の相弟子である川側伴之丞だった。やり過ごしたい権三だが、伴之丞は一勝負だと言って譲らない。仕方無しに権三は応じる。 そこへ進物番の岩木忠太兵衛が江戸からの知らせを持ってやって来る。若君の祝言を国元でも祝うのだが、その振舞を「真の台子の茶の湯」を伝授している者に勤めさせよとのこと。「茶道の名を取るなら、この時ですぞ」と、忠太兵衛は興奮している 傲慢な伴之丞は自信満々に自分はわかる、権三はたぶん間に合わせることができると言い、二人共にその役目を勤めたいと切望する。 落馬して足をひきずって歩く伴之丞の姿を見て笑いを堪えながら・・・幕浅香市之進留守宅の段(あさかいちのしんるすたくのだん)舞台は茶道の師、主君の供をして 江戸に滞在中の浅香市之進の留守宅女房のおさゐ(写真の女性)は三人の子の母、茶室の掃除を怠らず、息子の虎次郎の腕白ぶりに頭を悩ませ、姉娘お菊の成長を喜ぶ日々を送っている。 今日も娘の髪を結い直し、下女達にもその上手さを誉められている。菊の髪を直しながら、夫の弟子の権三さんのような人がお前の婿になればよいのだけれどとおさゐは言う。菊は一回りも違う人小父さんみたいで興味がないと答える。おさゐは私も旦那さまとは一回り違うが、上手く言っています。お前が嫌なら私が婿にとりたいぐらいと言って笑う(彼女は無意識のうちに権三に男性として好意をもっているように思われる。当然年齢もあり、夫もいる身で、強い恋愛感情というよりは、若手の男性俳優や歌手に中年のおばさまたちがキャーキャー言って追っかけるというレベルで、現実に結婚したいというのではなくて、親しくなれればうれしいなと言う気持ちかもしれない) 権三がおさゐの父親岩木忠太兵衛を訪ねてやって来るがあいにくの不在。引き止めたおさゐに権三は「真の台子の茶の湯について知りたいので巻物を拝見したい」という希望を述べます。 おさゐは、「この伝授は一子相伝で我子以外には伝えられない、弟子に伝える時は親子の約束をした上でのこと。常々姉娘のお菊をあなたに差し上げたいと思っていました。そうすれば婿は子、一子相伝も同じ、市之進も満足なさるでしょう」と、これ幸いにとお菊の縁談を申し出ます。 権三は俯いたままなので、おさゐはいらいらして娘が気に入らないのかと詰め寄る。そしてついに「娘御のお菊殿、必ず妻に頂きましょう」と権三は返事をした。おさゐは大喜びで伝授の書、巻物は今夜お渡ししましょうと言うのだった。(茶の湯の伝授がしてもらえるというところで、ころりと雪との約束は捨てされるというところが、なんだかなあ) 突然お雪の乳母が訪ねてきて慌てる権三、おさゐにとっても嫌な客だった。お雪の兄伴之丞には何度も不義を迫られているのだった(おさゐは表ざたにしては、なんらかの罰が与えられるのは可哀想だと思い、夫が帰ってくれば相手もあきらめると内々にしている。)権三をそっと帰すと奥に引っ込み下女が乳母の相手をする。 そこで乳母が、「お雪と権三様が夫婦の約束をしていますが、おさゐ様に仲人を頼みたい」と言い出す。奥で話を聴いていたおさゐは激昂し嫉妬する。(ここで怒るのは、女性としての嫉妬か、姑となるものの立場としての怒りか、私は前者の方が自然なように思われる) 進物番の父岩木忠太兵衛がやって来たので彼女は権三に伝授が決ったことを伝えると、秘伝は一言たりとも権三以外に知られることのないよう忠告して帰る。
2017年11月17日
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昨日の続き正清本城の段 主計之介清郷が、雛絹の手引きで城の深部に入る。 主計之介清郷は、会った正清の様子を尋ねるが、「お声や振る舞いは常と変わりませんが、食欲がなく薬草の根のようなものをかじっておられる時があります。」さらに「雛絹は、「久しぶりで会った私が、無事であったか変わらぬかと、たった一言おっしゃっても」よいではないか、と拗ねたりする。 鞠川は、忍術使いでネズミに化け正清を寝所で襲うが、仕損じ、「首引き抜くは易いが、命を助け遣わすので、正清が身に恙(つつが)無く、堅固に生きていると、時政に伝えよ・・ウジ虫めが」と、殺されずに放免されます。 さて、主計之介清郷【17歳】。父は、味方につけようとする時政の甘言に乗って(恋人雛銀にあえるよい機会と言う考えもあった様子)、たとい、かつて、助命された恩があろうとも、時政の書状を持参した主計之介清郷を責めます。 母・葉末は、三左衛門が、都でとりなしてくれるのではないか、と間に入るが、正清は、毒で死んだことを感づいていて、そのことを述べる。 「その敵の娘に繋がる縁で身を立てるのか」、と息子を責め、自分が死んだとしても「この城の守護より、幼君を守れ」と命じる。 主計之介清郷は、敵方の娘でしかも、時政の恩で結ばれることになった(省略された段では主計之介と雛絹が忍び合っているところをみつかり、不義もの扱いされたところを時政が許してくれた)ことから、別離の書状を雛絹に渡し幼君の守護に向かう。 雛絹は、「あの世で待ち合わせ、主計之介清郷とひとつところに参ります」と、懐刀を喉にガバっと突きたて、自害する。 正清は、旗に二人の俗名を書いて、あの世で結ばれるように祈ります。にっこり笑って息を引き取る雛衣。主計之介清郷の母・葉末(はずえ)は、雛絹の母の心も想い、涙があふれます。 船頭灘右衛門が、後藤基兵衛政次(後藤又兵衛)とわかり、正清は、長押(なげし)に掛けた蜻蛉切り(とんぼきり)の槍を与え、また、家臣を伴って駆けつけた大内千嶋守義弘(島津)には、錦の袋に入った名剣七星丸を与え、正清は、幼君守護を託す。 正清は、先般、城への帰途、今生の別れにと、宇治の幼君を訪ねたおり、お通【史実では、淀君】が幼君を正清に抱かせ、幼君は「じいよ、たのむ」と言ったことがいたわしく、幼君を守ったことを述べた。 星が一つ、光を失って、地に墜ちました。 今日まで、100日間、北辰尊星妙見を祈って命を繋いできたが、安ずる味方を得たことで正清の気も緩み、どっと疲れがでてくる。 高殿から、「南無妙法蓮華経」の旗を立てて二人を見送る正清に、毒が回って死期が迫ります。~よろしく幕
2017年11月16日
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八陣守護城(はちじんしゅごのほんじょう)(豆知識)加藤清正は豊臣秀吉の恩顧を忘れず、家康と秀頼の会見をとりもったあと、熊本への帰途に発病し帰国後まもなくなくなったということから、家康に毒殺されたという俗説が生まれた。このお話はその説を取り入れたもの。(これまでのあらすじ)時代設定は鎌倉時代。小田春永の死後幼君春若丸(秀頼)の後見をしている北条時政(徳川家康)は天下を取ろうという野望をもっており、邪魔になるもう一人の後見加藤正清(加藤清正)を亡き者にしようとしている。そのため毒酒を飲まそうとする。後見二人が勅使より杯をうけることになったが、時政の代理として森三左衛門はあえて毒酒を飲み、毒がまわる前に切腹し主人の悪事を隠す。正清も盃を受けないわけにいかないので酒を飲むが、正清は天下の英雄ということで、体力と気力で命を永らえている。浪速入江の段 近江、琵琶湖の正清の乗る御座船。雛衣(正清の息子主計之介の婚約者で森三左衛門の娘)が、琴を弾いて正清を慰めている。 正清の様子を探りに、北畠の使者・早渕久馬が来るが、毒を飲んでいる筈の、正清が元気なので驚いて去る。 次に、春雄の近臣・鞠川玄蕃(まりかわげんば)が早船で来て、餞別の鎧櫃(よろいびつ)を届けて置いてゆく。 鞠川玄蕃も、どうして正清が生きているのか不思議に思いつつ去るが、その言動から、正清は、義成が死んだことを悟る。 正清は、やや毒が回ってきて血を吐く。餞別の鎧櫃から、鉄砲を持った忍びが登場、正清は彼らを切って捨て雛衣は、着物の袖で、刀の血潮を拭う。 正清は、船子たちに「清めの船歌」を歌わせます。主計之介早討の段 正清の城。【熊本城】 腰元たちは、大内千嶋守義弘【島津】が、帰途、殿のお見舞いに立ち寄るというので、来客の準備に忙しい。大内とともにまた鞠川玄蕃が時政の上使いとしてやってくる。 しかし、正清は、100日の心願ありと、雛衣以外は、奥方も寄せ付けず、毎晩亥(い)の刻(23時頃)になると高殿で、今日まで100日間も祈りを捧げている。 このことを、口さが無い腰元たちは、2人きりでずっといるのだから、「若殿より先に大殿が先へ試み・・」などと無駄口をたたいている。 そこに、家来を押し退けて、船頭灘右衛門【後藤又兵衛。】が、見舞いといって押し入って来る。 この船頭は、正清が唐を攻めたときの船頭を勤めた忠臣だった。 葉末は、殿が、心願あって人に会わぬを、なぜ、皆は、病と言うのだ、と言いますが、船頭は、船乗り故にできる天文で占い、星が光を失う凶兆があるからと答える。それぞれが客間で会えるのを待つことにする。 主計之介清郷が、時政の上使として、都から早駕籠で帰国する。これも、正清の様子を伺いに来たのだった。 母に、正清の病状、生死を尋ねる。母は、息子までがそのようなことを言い出すので不審に思う。そこで主計之介は父が時政により毒を盛られたこと、同じく毒を飲んだ三左衛門が落命したことを伝え、その妻も後から来ると説明するのだった。それであればと、密かに雛絹にあい父の安否を尋ねてみればと葉末は告げるのだった。
2017年11月15日
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今日は声楽レッスンの日で、イタリア語の歌1曲と日本語の歌2曲はクリアしたが、ドイツ語の歌ということで、一応練習はしていったが、今までの歌の完成度もあげなければならず、十分な練習とは言えない状態だった。音を撮ることが必死と言う状態なので、とりあえず歌いこみをして、曲の感情を伝えることができるようにということと、ドイツ語の発音をしっかり覚えてくることが課題となった。私の留守中にある宅配便がきていたらしいが、私は今日出かけるのがわかっていたので、午後の必ずいる時間帯を指定したのだが。「人手不足で指定時間が守れない」ということだった。たまたま、留守番がいたからよいけれど、何となく割り切れない。夕方からは、病院の付き添いだった。今日は行ったら一番目ということですぐに呼んでもらい。先生も時間に余裕があったのか、本人の話を丁寧に聞いてくれた(普段もきちんと聞いてはくれている)薬についても、番号の札がいつもよりずいぶん若い番号なので、今日は全体に受診者が少ない日なのかなと思った。火曜日は文楽に行くため、ご訪問等が遅れるかもしれません。申し訳ありません。
2017年11月14日
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コロがいつもと比べて1時間ぐらい余分に寝ていた。私が掃除・洗濯中は たいていたたたねをしているのだが、しっかり起きていた。ただ、外でよく遊んでいたので、それほど困ることはなかった。今日は高齢単身者のおせち料理の申し込みをとりまとめて、校区のボランティアリーダーの方にもって行くことになっていた。会合や電話では何度もお会いもし話もしているが、お家を訪ねるのは初めてのこと、方向音痴の私としては迷わないように地図でしっかり確認してから出かけた。旧街道沿いにあるお家で、昔は散歩というか探検がてら歩いたことがよくあるところだった。10カ月ぐらい前までは、ずっと古い町並みが続いていたのが、ところどころに新しいお家が建っている。2か月前に通って特に印象に残っていない場所にももう新しいお家が建築中というところもあった。40年ぐらい前私の家が引っ越してきた時にも、分譲地の開発があり。そのご20年ほどして、また新しいお家がと言う感じで、今はまた新しい家が建つ時期なのだろうなと言う感じがした。昼過ぎからコロが寝たのでその間に音楽関係の練習はやっておく。
2017年11月13日
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そろそろ、喪中欠礼のハガキがちらほら届きはじめた。今日ある人からの喪中欠礼のハガキをいただいた。享年84歳ということだったが・・・亡くなられた方とは私が5歳ぐらいの時に初めてお会いして、五十数年のおつきあい。親戚以外で一番お付き合いの長かったのはこの方だろうか。私が5歳ぐらい(家が大阪市内へ引っ越す前)の話。祖母と私が二人で関東方面(今思うと群馬県)の親戚の家へ東海道線に乗って出かけた。なぜ二人だったかの事情は知らない。その帰り道電車の中で、私たちの向かいに座った男性(今思うと20代ぐらい)がいて、高齢の祖母と幼稚園児の私たちを危なっかしく思ったのだろうか、何くれとなく世話してくださった。そして、祖母とその男性が住所を書いた紙を交換した。家に帰ってそのことを聞いた両親が、礼状を書いたのがご縁で、当時の我が家へも遊びに来てくれて、私たちも住所を訪ねて会いにいった。私もその後も拙いながらも折に触れ手紙を書き、向こうも手紙を書いてくれた。誕生日にはプレゼントもいただいた、押し絵の羽子板をいただいたのが一番記憶に残っている。何回かこちらは引越しをして、その間にも何度か家に来てくれた。向こうの住所から私は「京都の兄ちゃん」と呼んでいた。その後「京都の兄ちゃん」は結婚もしその時の写真を送ってくれたり色々な交流をしていた。同じ電車に乗り合わせて、こんなに長くお付き合いができた不思議なご縁だった。でも、もうお会いすることはできないと思うと、電車の中で出会った時のかすかな記憶そして今までのお付き合いの記憶を大切にしたいと思う。
2017年11月12日
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今日も朝から良いお天気、朝のハーフコースをするが、コロが途中で起きてしまい(普段は寝ている)なかなかはかどらなかった。細かい仕事だが、地域ボランティアの広報紙作成と、来月干支のちぎり絵をするということで、申込者の受け付けもしないといけない。現在の所30名ぐらいの申し込みがある。しかしまだまだ増えるかもしれない。一応12月初めまで受け付けるので。会計の整理もある。あと、高齢単身の人に配るおせち料理の申し込みも今日のうちに、確認しなければならない。昼からの健康体操の間に、なんとかおせち料理の申し込みは確認できた。その後家に帰ってから、2件の来客があった。おかげでコロは興奮して寝るべき時に寝てくれないので困った(笑)
2017年11月11日
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昨日の地元の伝承の第2話「阿闍梨池の由来」上○という地名が近くにあるが、これはその土地が高台にあるということを表わしている。その土地は高台にあったため田んぼができず、粟を植えて村人たちは生活していた。ある時村人は、道で倒れている旅の僧をみつけて、庄屋のうちに連れて行き介抱する。村人たちの看護でようやく歩けるようになった僧は、村を歩きまわり色々と絵図面のようなものを作っていた。そして僧は村人を集め、近くの川からこちらへ水を流す水路を作る方法がある。そしてため池を作って、水を流せばここでも米がとれるようになると話すのだった。村人たちは米がとれるようになるのであればと、僧を先頭に寝る間も惜しんで水路を作り池を作るために頑張った。僧の真剣な姿を見て、村人たちは「このような立派な方は見たことはない、ただお坊様とよぶのはもったいない。何か良い呼び名はないものでしょうか。」と庄屋に尋ねると。「そうじゃな阿闍梨様とでもお呼びしょうか。」ということで、阿闍梨様と呼ぶこととなった秋が過ぎ翌年の春になってようやく水路と池は完成して、米が作れるようになった。村人は僧に頼んでこの村の住職となってもらうようにした。そして、できたため池は僧の業績をたたえて「阿闍梨池」と呼ぶことにした。僧はこの村で一生を終えたが、その墓はいまでもその土地の墓所に祀られている(現存している)おしまい。この話を聞いて、最初はこの僧は行基とか空海なのかと思ったが、この村で一生を終えたとしたらそうではなかったのだろう。本名は伝えられていない。
2017年11月10日
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今日は朝から雨が降っていて、コロを朝から外に出せず、コロの眠りも短かったのでなかなか用事がはかどらなかった。昼からは町内会・老人会主催のイベントということで地元の伝承を採話して紙芝居にして語るという活動をしておられる方を招いて話をしてもらった。安倍晴明は「葛の葉」と名乗る白狐から生まれたという伝説は有名だが、その異伝がこの近辺に伝えられている。信濃の国から熊野詣でをしようとしてやってきた男が、この近くまでやって来た時、一人の女が川のほとりで泣いているのに出会う。事情を聞いて見ると、ある人と親の反対を押し切り結婚したが、婚家での折り合いが悪くて、離縁された。里まで戻ってきたがいまさら家に戻れず、いっそ死んでしまおうかと思っているということだった。哀れに思った男が、女を信濃まで連れ帰り結婚した。男はとんとん拍子に出世し、女との間に子どもを3人儲けた。ある日女と子どもが遊んでいた時、子どもは女が狐の尻尾を出しているのを見つけて、大騒ぎとなる。女は置き手紙をして行方をくらます。実は自分は男が以前に助けてやった狐の化身で、恩返しをしたいと「葛の葉」と名乗って近づき、結婚して男を出世させた。しかし、正体がばれた以上一緒にくらすことはできないので、元の所へ戻ると言う事が書いてあった。男は子どもを連れて、女を探しに旅に出る。女は人間界にとどまることはできなかったが、人間として長年暮らしたことで狐の世界にも受け入れられなかった。切羽詰まった女は自ら短刀で、命を絶ってしまう。一足違いで追いついた男と子どもは、女を葬った。その子は後に安倍晴明と名乗る陰陽師となる。晴明は年老いてから、故郷の信濃に戻りそこでなくなった。信濃には安倍晴明の墓というのが実際にある。というような話だった。安倍晴明の墓と言うのはいろんなところにあるが、信濃までいったというのは初めて聞いた話だった。
2017年11月09日
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今日は朝外に出てから、朝ごはんの頃には家に戻り食べた後しばらくしてコロは眠った。非常に大人しくしている。日曜、月曜とは日中眠っても1時間以内で、外に出たがるのだがすぐに帰って来ていた。ところがきょうは、外にでてもよく遊び、昼間もよく眠る。コロがボスと思っている家族が戻ってきたので、安心したのだろうか。コロは自分が頑張らねばと、あまり眠らず家を守る気でいたのかもしれない。コロは自分からご飯を催促することはほとんどない。私が気がついてドッグフードとか、その他の材料を調合し始めると、上の写真のように私の側に来て、静かに伏せをして待っている。ただし起きている時は用心しないとなにかいたずらをしている(笑)一度私のスリッパをひっぱるので、「いたずらばかりしていたら、マンマ(食事)作ってあげないよ。」と言ったら、いたずらを止めた。わかっているのだとしたらすごいが・・・夕方からは、女声コーラスに出かける。今日は割と調子よく声がでた。帰ってきたら9時半を過ぎていたがまだコロが起きていた。10時前になっても寝ないので、ふと思いついて母が良く歌っていた子守唄をコロに聞かせてみる。どこの子守唄なのか河内長野方面の子守唄に似たような歌詞があるが、完全には一致していない。「ねんねねんころ、ねんころろ。うちの○○ちゃん良い子やで。ねんねした子にあかいべべ着せて。ねんねせぬ子にゃ縞のべべ。」これをご詠歌のような単調な節で繰り返し歌う。で、うちのコロも次第に眠りに入った。この歌が効果があったかどうかは分からないが。
2017年11月08日
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昨日はイベントの手伝いなどがあって、掃除も最低限しかできず、洗濯も2回まわしたものの取り込んだだけだったので、今日はできるだけきっちりと掃除をした上で、洗濯ものも2回分を丁寧にたたんだ。これで、やっと通常モードにもどった。今日は良いお天気なのでコロは外に出たがる、しかし、私が側についていないとすぐに玄関の戸を叩いて、家に入れてとアピールしてくる(笑)でしばらく家にいると、退屈してくるのか私の顔を眺めては、外に出たいアピールをする。声を出すわけではなく、目で訴える。しかし玄関を開けてやるだけでは、出て行かない時がある。一緒についてきてほしい訴える。よほど何か関心がある時は開けたとたんに出て行くのだが。私が靴を履いて、一緒に外に出る様子を見せると喜び勇んで出て行く。外に出たら出たで、自分が気になるものを見つけると一人で十分遊んでいる。昼前から昼過ぎにかけて普段は寝るのだが、今日はヨーグルトの宅配が来たので、1時間で目が覚めた。全体に今日は睡眠時間が少なかったからか、夜は8時前にお休みモードに入った。
2017年11月07日
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今日は地元の校区で、ボランティアや各町会等が集まってのイベントがあった。一応ボランティアとして会場(小学校の体育館)の設営に参加した。今日は家族が旅行でおらずコロを残して外に出ることになるので、午前中の助っ人を親戚に依頼する。8時までに最低限のお掃除と洗濯を済ませ、会場に向かう。町内会、ボランティアそれぞれから人が出ており、早く会場設営ができてよかった。9時から受付が始まり、だいたい200人ぐらいの人が集まった。アコーディオンの伴奏で皆で歌う、「歌声喫茶」のようなものチアダンスよさこいソーラン踊りなど大人から子どもまでが参加してそこそこ楽しめたのではないかと思う。お天気も良かった。私は途中で抜けて、家に帰り(学校まで8分)コロの世話をしたり、昼ごはんを食べさせたりしてから、また引き返し、会場の片付けなどもすることができた。1時半ごろに家に帰ってコロを遊ばせたりした。実は昨日から、家の電話の送受信ができなくなっていて、(携帯を使う事が多いので気がつかなかった)ケーブルテレビ(電話も合わせて加入)に点検に来てもらうよう連絡をしたが、調べてみて電話機からの線が断線していることに気がついて、電気店で電話線を買ってきてつなぎかえたら無事復旧した。点検もキャンセルした。よかったよかった。高齢者の場合あえてうちの固定電話の番号は教えていないが、電話帳で調べて(現在は載せていないが、昔は載せていた)電話をかけてくる人も何人かおられるので、不通になると困る。問題解決ですっきり。
2017年11月06日
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朝から風が強い、お天気はよいが温度は上がらない。朝にハーフコースのお掃除完了する。高齢者の訪問に行く前に趣味の課題はひととおりしておく。コロに邪魔されないように、配布物も準備して出かけようとするが、地図が見つからず、過去の記憶を頼りに訪問することにした(勇気ある決断)間の悪いことに雨がぱらついてくるが、明日は明日でボランティアのイベントがあり出かけることにする。一軒ずつ訪問するが、インターホンを押しても出てこない方がいる、お留守(病院とかデイサービスの利用も考えられるので)なのかもしれない。不在に備えて簡単な手紙も書いていたが、雨が降って濡れたりしてはいけないので、もう一度だけ訪問してみようと思う。一応12人中6人の人には粗品の手渡しとおせち料理と救急キット配布の希望を確認することができた。任務は終了したので、そのあとは、友人と約束していたカラオケにでかける。午後4時から歌って、合わせて食事もして7時には解散した。
2017年11月05日
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今日も予定がない日なので、ハーフコースの掃除を終了。今月は77歳以上の単身の高齢者の人を訪問することになっている。今までの実績、名簿をチェックして調べたら、12人ぐらい私の担当だということがわかった。敬老の日に一度品物を配ったので、だいたいの場所はわかっているのはありがたい。しかし、道路が都会のようにきちんとしておらず迷路のようになっているので、地図なしでは自信がない。まず、救急キットの配布(かかりつけ医、常用の薬、持病、緊急連絡先などを書いた紙を筒にいれて、冷蔵庫にいれおくもの)の希望の有無次に年末に真空パックに入ったおせち料理を配るのだが、その希望の有無を確認する。おせちを作るのはちょっとしんどいという独り暮らしの人にもお正月の気分を味わってほしいという気持ちからのボランティアの企画である。明日頑張って一通りを回ってみるつもりで準備をする。
2017年11月04日
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今日は月に1度のコロのシャンプーの日先代のコロはシャンプーが大嫌いで3人がかりで、大騒動をしながら家でシャンプーしていたが、今のコロは専門家にお任せしている。前回は雨の日で、車が渋滞して思わぬ時間がかかったので、早い目に出発したら車が空いていて、10分と少しで、かかりつけの病院までついてしまった。その途中に私が幼稚園に行くまで住んでいた家があったのだが、その付近は半年ぐらい前にはすべて更地になって、時間貸しの駐車場に替っていた。その後ろに大きな廃屋があって、瓦も落ちてどうなるんだろうという状態だったのが、新しいお家が建っていた。1ヵ月の間に建ったので、プレハブなのだろう。8時半の開店まで30分ある。受付用紙に名前を書き込んで、病院の庭を散歩代わりに歩きまわる。時間が来て、さっそくコロを預けて、家に帰り掃除の続きをし、ハーフコースの掃除を完了し、10時過ぎに連絡を受けて、引きとりに行く。上のようなバンダナを巻いてもらって、元気一杯で帰ってきた。やはり洗いたてのときはシャンプーのよい香りがして、白さも一段と増している。家に帰ったらやはり緊張が解けたのか、気持ちよく眠ってしまった。1時半まで寝ていた。その間にピアノと声楽の練習をしておく。全ての課題を一通りだけはしておく。起き出したら、外で遊びたいというそぶりなので、外で遊ばせる。コロは他人には愛想がいいので、両隣の方、裏のお家の方には特に可愛がってもらっている。お隣の息子さんの友達の人にまで懐いている(笑)
2017年11月03日
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今日も穏やかなお天気。資源ごみの分別をする。卵パックも資源ゴミに入るが、ためておくと結構嵩高いので、こまめに処理しないといけない。そして、今日はお天気が良いので、少し大物の洗濯もしたので洗濯機を3回回した。コロは我が家の園芸班が種まきの準備で庭にいるので、自分も同じように割と長時間庭で遊んでいた。ハーフコースの掃除丁寧系完了する。声楽用の楽譜の準備をしておく。要は練習用に書き込みするために楽譜をコピーするということ。一応念のため「楽譜コピー問題協議会」のサイトで著作権法第30条で個人的な使用に限りコピー可ということだったので、安心して1部ずつコピーをしに行く。11月には77歳以上の独居の高齢者を見回るというボランティアの仕事があり、事前に念のため名簿を確認する。私の範囲では12軒だった。最後に、オペラ用にといただいた台本について、結構分厚いので自分が歌うべき部分の場所に、インデックスをつけておく。コロの散歩は、まだ私が連れて歩くのは無理だが、外でもよおした時のために、大型のペットボトル1本と、ウンチ用のシートを入れてあるお散歩用のバッグを持つ担当をした。無理はしないように、コロが走ろうがあるこうが無理せずマイペースで歩いた。穏やかな日だったので、1時間ぐらい遊んだが、私は30分少々で引き上げた。
2017年11月02日
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今日は朝から良いお天気で、町内会館の倉庫の大掃除をした。それこそ30年以上前の品物と思われるものがたくさん出てきた。私がこちらに越して来てから、町内会館で葬儀を出したというのは見たことがないが、昔は葬儀をだしていたことがあったらしく、テントのようなものなどがあったが、今後使うことはないという事で処分した。そのた30年前ぐらいには子ども会(10年前に消滅)で餅つき大会をしていたらしいが、それに使ったと思われるもろもろの品物。ガリ版など。2時間ぐらいを12人で掃除した。これですっきりと言う状態にまではなった。夕方からは女子会で、和食。先付けフォアグラの茶碗蒸しカンパチとユバ豆腐の刺身天ぷら、酢の物、ピーナツ豆腐、すり身のみぞれ和えあぶり肉シメジご飯ほうじ茶のアイスクリームとケーキ
2017年11月01日
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