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妙なタイトルになってしまった。「秋刀魚の食べ方」を知るためには、何をどのくらい読めばいいのか。「子猫……」「サラブレッド……」「貯蓄……」 などなど、何でも良いが、その道を究めるためにはそれなりの情報も必要なのであろうなあ。 ふっと、下のような記事が目に入ってきた。 ひえー、もっとも難しい問題。 設問ならもっともっと増やせるが、肝心なのは、そんな一般論で処理しようとしても、ただただ時間つぶしをするだけで終わってしまう、ということに気がつかなくては。 結局は「二人の気持ちのつながり」に行き着くのであろう。 実は(と、急に小さい声で)月、火と丸二日、寝てばかりいた。ちょっとパソコンの画面を見ているだけで眠くなってしまう……。 熱がある、くしゃみがひどい、鼻水が流れる、頭痛が激しい、背中が痛い、喉が腫れている、といったことは何もなく、ただただ眠くて眠くて寝てばかり、という状態だった。 文章などは書けもしない。 少しは長くこうしてパソの前にいられるようになった。 でも、オリジナル部分は短く引用は長く、と、どこかではやっているような形のやっつけ仕事。 2010年09月24日07時00分 / 提供:オトメスゴレン 付き合う前の女性に対して、天使のようなイメージを抱いている男性は少なくありません。そのため女性の恐ろしい一面を目撃し、必要以上にショックを受けてしまうことも多いようです。意中の男性に「実は怖い女」と誤解されないためには、どうしたらいいのでしょうか。ということで今回は、スゴレンの男性読者がどんなときに女の怖さを感じるのか聞いてみました。【1】仲が良さそうに見える女友達の悪口を言い始めたときそれほど好きでない人に対しても、愛想良く接することができることに恐れを抱くパターンです。女友達の悪口を聞いた男性は、「自分も裏で何か言われているのかも・・・」と感じるかもしれません。いつどこで会話を聞かれているかわからないので、男性の前ではもちろん、友達同士の間でも悪口はあまり口にしない方がいいでしょう。【2】女同士の陰湿な口ゲンカをみたとき女性が陰湿な言葉選びでケンカする様子を見て怯えるパターンです。例えば、「あれ、また同じ服・・・ひょっとしてその服お気に入り?」のように、遠回しに相手の痛いところを突く言葉づかいに怖さを感じるのでしょう。女友達とケンカを繰り返す人よりも、女友達に人気がある人の方が男性にとって魅力的かもしれません。普段から良好な人間関係を築いておくように心がけておくと良いでしょう。【3】目の前にいる男によって、愛想良く振る舞ったり、詰まらなそうにしたり態度を変えるとき男性の前で様々な表情を使い分けるところに恐れを抱くパターンです。「笑っているように見えても、何を考えているか分からない」と思われてしまうのでしょう。相手に合わせて表情をコロコロ変えてしまうと、本心が見えない怖い女だと思われてしまうので注意が必要です。【4】人前で平然と元カレの悪口を言っているとき好きで付き合った男性の悪口を平気で言ってしまうところに怖さを感じるパターンです。「好き」から「嫌い」へ感情が真逆に変わる様子をみて、「嫌われたら何を言われるかわからない」と男性に思われてしまうのかもしれません。悪口に限らず、元カレの話を聞いて気持ち良く思う男性は少ないものです。少なくとも人前で元カレの悪口を言うのは控えましょう。【5】別れた数日後に、他の男性と付き合い始めたとき別れた男性への未練のなさに驚くパターンです。簡単に前の男性を忘れられる気持ちの切り替えの素早さに恐怖を感じるのかもしれません。さらに、すぐに新しい男性と付き合う軽い女だと思われる恐れもあります。素敵な男性との出会いは大切にすべきですが、すぐに付き合うことになった場合は、しばらく内緒にしておいた方がいいでしょう。【6】さっきまで泣いていたのに、すぐに笑顔に戻ったとき喜怒哀楽の移り変わりが早すぎる点に恐れを抱くパターンです。男性が「さっきまでの涙は何だったの・・・」と思い、女性を信じられなくなる可能性があります。嫌なことがあってもすぐに笑顔になれるのは悪いことではありませんが、人前で感情の起伏を見せるのはなるべく避けるようにしましょう。【7】全く気がない男性に対して、思わせぶりな態度を取ったとき男性に思わせぶりな態度をとり、手玉にとる様子を見て恐怖を感じるパターンです。男性は「自分もいいように利用されてしまうかも・・・」と思うのかもしれません。男性に思わせぶりな態度を使っていると、「怖い女」というだけではなく「男性を利用する女」など悪い評判が立ってしまう恐れもあります。人の気持ちを弄ぶのはやめておきましょう。【8】男性に高額なプレゼントを貢がせていたとき平気で男性に高いプレゼントをさせる点に恐怖を感じるパターンです。「もし付き合ったらどんなにお金がかかるんだろう・・・」と思われてしまうのでしょう。また、「この子を満足させるのは無理そうだ」と思われる恐れもあります。たとえ、過去の話であっても人からもらったプレゼントの話は控えた方がいいでしょう。【9】偶然、すっぴんを目撃したときすっぴんとお化粧後のあまりのギャップに恐怖するパターンです。不用意にすっぴんで外出すると、知り合いの男性に出くわしたとき、「化粧でどんだけ変身するんだ・・・」と驚かれる恐れがあります。知り合いと会いそうな場所にでかけるときは、すっぴんは避けた方がいいのかもしれません。男性は女性が見せるギャップに驚き、恐怖することが多いようですね。みなさんにも思い当たる項目はありましたか? また、今回ご紹介した以外では、どんな瞬間に男性は女の怖さを感じているのでしょうか。みなさんからのご意見をお待ちしております。(外山武史)【関連コラム】社内恋愛中の彼女に「控えてほしいこと」8パターン【関連コラム】男性が「同棲してみようかな~」と考える瞬間9パターン【関連コラム】女性らしい「上品さ」を感じさせる振る舞い9パターン
2010.09.28
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国連での演説で、わが国の首相、またもや漢字の読みを間違えた。 そして、世界のATMとネットで揶揄されているニッポン。 あちらへ何十億、こちらへ何百億、とばらまいているようで。 疾病「しつびょう」と 正しくは「しっぺい」。失敗しないで欲しい。 それにしても、逮捕されたエース検事を通して、検察のやっていることが国民の耳をそば立たせている。 ロッキード事件で活躍した検事が、私がちょうど駆け出しの頃、上司だったんですよ。その人に言われた忘れられない言葉があって、「『割れる』っていうのはどういうことかわかっているか?」。要するに「割れる」っていうのは、検察の業界用語で自白させるっていう意味で使うんですけれども、「『割れる』というのはなあ、どんな調書にでも署名させられる状態になることが『割れる』と言うんだ」と言うんですよ。「その代わり、それだけじゃダメなんだ。『割り戻し』と言って、色んな客観的な証拠に照らして合わない部分を、ちょっとこれは違うじゃないか、違うじゃないかと言って、一旦認めさせたストーリーの中から除外していって、最終的にその自白調書ができあがるんだ」ということを教えてくれた上司がいて、そのとき私は直立不動で聞いていたんですよ。さすがにやっぱり先輩の言うことは違うなあと思って聞いてたんだけども、後でよく考えてみると、それじゃあ、本人が何を言ってても関係ないんだなあと。 押収資料を改ざんしたとして証拠隠滅容疑で逮捕された大阪地検特捜部の主任検事前田恒彦容疑者(43)が東京地検特捜部時代、捜査にかかわった福島県発注工事をめぐる汚職事件で、事情聴取された元福島県幹部が「言っていないことまで供述調書に記された」と話していたことが22日、関係者への取材で分かった。 関係者によると、元県幹部は県やゼネコン関係者が一斉に聴取された2006年夏以降、東京地検特捜部で事情聴取を受けた。県発注工事で談合があったかどうかや、業者との関係などの説明を求められたという。 聴取後、県幹部は「自分は談合などに関して供述しなかったのに、担当検事(前田容疑者)は供述調書を作成した」と関係者に語ったという。 関係者によると、前田容疑者は贈賄側(時効)の水谷功・元水谷建設会長の事情聴取も一部担当。水谷建設が02年9月、収賄側の前知事佐藤栄佐久被告(71)=上告中=の実弟祐二被告(67)=同=が経営する「郡山三東スーツ」に融資した1億円の趣旨を取り調べたという。検察側は、この1億円もわいろに当たると主張したが、一審東京地裁判決、二審東京高裁判決ともにわいろと認定しなかった。 栄佐久、祐二両被告の弁護団は「捜査にかかわった前田容疑者が逮捕されたことで、供述調書など福島県汚職事件全体の証拠の信用性が低いことが明らかになった」という趣旨の上告補充書を提出する方向で検討している。 栄佐久被告は河北新報社の取材に対し「前田容疑者がどんな検事か知らないが、彼にかかわらず、検察は拷問のような取り調べをしていた」と検察を批判した。「あいつはストーリーの名手だよ」などとも言われていたようだ。 容疑者を犯人へ「持って行く」ために、あらかじめあるストーリーを作っておく。それへ色々な「証拠」を付加していって、追い詰める。 今回は、つじつまが合わないために、押収品の中のデータを書き換えてつじつまを合わせようとした……「遊んでいるうちのデータをいじってしまった」とは、あまりにも幼稚な言い訳。 国家の最後の威厳とも言うべきものが、浜辺に作った砂のお城のように崩れて行く……。 ストーリーを作るのは小説も同じだが、人をおとしめたり罠にはめたりはしない。数字で示される何年何ヶ月、の刑を決めはしない。 検察とやらは、根っこが悪質だ。日常・善から悪・犯罪者への道筋を重要視する。「想像力」のレベルの違いもある。小説は、悪・犯罪から善、というか、多少古めかしい用語を使えば、真善美への道筋を辿ろうとする。 国家に護られた「ペン」と自分一個の持ち物のペン。 一検事、一政治家、一宗教家、一教員の問題ではない。 国家の基幹が、何かどこかで崩壊しはじめているのではないだろうか。
2010.09.23
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ほとんどがもう刈り取られている。 豊かなニッポンの象徴のような植物。 減反政策って、いっっっっったいなんだったのか。 米を食べないでコーンや麦を食えと、どこかの旦那が作戦を授けた 米は重いから、戦地へ携帯するには不便だとでも 飯を炊くための飯盒(はんごう)などより、他の殺人道具を持て、と 柔道世界選手権を観戦したが、代々木体育館の照明が目につらかった。 武道館での日本選手権は、十何回か観戦したが、こんなに目が辛くはなかった。 篠原監督にお願い。 おにぎりですよ、日本のお米ですよ。 プロ野球も大詰め。 イチローの大記録達成も目の前。 そして、昨日よりも10度も低い今日。我々庶民の体調管理は油断ないか。 あ、そういえば、代々木体育館内には、「チアユー チアユー」の声援も。「加油」すなわち「がんばれー」 我が「朱入れ」は提出作品への油差し。 原稿用紙が女になって書き手の所を回る話や、三月十日の大空襲は、戦争などというものではなくて殺人だ、と怒る登場人物や、やくざな亭主を持った女が美容室のチーフとして生き抜く話などなど、かなりのレベルの作品がそろっている。 小説とはなんだろう 論文ではない。作文ではない。報告書、議事録、終始決算書、理屈、パクリ・改ざん書ではない、もとより。 その公園の一角には朱色の幟がたくさん立てられた神社があった。境内の横には二階建ての、奥行きが長く間口の狭い、鰻の寝床のような木造の建物が建っている。その一階は地蔵堂だった。中央に立つお地蔵の首には、胴体が見えない程に長く垂れ下がった千羽鶴の束が幾重にも掛けられている。壁のあちこちにも、真新しい色とりどりの千羽鶴が幾束も吊り下げられていた。(中略) 第六回隅田川花火大会を約一週間後に控えた、昭和五十八年七月二十日の午後六時過ぎ、葉山公平は、墨田区立大前公園の改修工事に関する三回目の地元説明会を行うため、公園緑地課の設計係長と共に、その町会会館に来ていた。 ある作品の書き出し。 文章が長すぎるのでは。 その公園の一角には、朱色の幟が何十本も立てられた神社があった。境内の隅には二階建ての、間口が狭くて奥行きの長い古びた木造の建物があった。 一階は地蔵堂だった。中央に立っているお地蔵様の首には、胴体が見えないほどに垂れ下がった幾束もの千羽鶴が掛けられたいた。壁のあちこちにも、真新しい色とりどりの千羽鶴が幾重にも吊り下げられていた。(中略) 昭和五十八年七月二十日の午後六時過ぎのことだった。葉山公平は、墨田区立大前公園の改修工事に関する三回目の説明を地元民に聞いてもらおうと、公園緑地課の設計係長と共に、その町会会館を訪れたのだった。第六回隅田川花火大会を約一週間後に控えていた。「横」を「隅」に、「その」がうるさいから二度目のは削除、「鰻の寝床のような」は「手垢にまみれた形容句」だから削除。 まだ「だった」「だった」がうるさいから、更に推敲・添削……。 生きているニンゲンを描写するには、絶対はないが、「それらしく」「それらしく」「その場」「その場」をしっかり書き込むようにしよう。「第六回隅田川花火大会」もその後には出てこないから削除してもいい。 作者が伝えたい「その場」「その場」のイメージを如何に文字に託すか……。もっともふさわしいと思われる文字・語彙の組み合わせ、順番、配列などによって、臨場感を漂わせ」「抑揚」「うねり」「響き」「揺れ」などを読者に受け取ってもらえるようにしたい。 その昔、宇野重吉さんに言われた。「編集者さんは大変だ。わたしは、舞台の上の人に賭けるのだが、あなたは『文字だけ』でなさろうと考えている」 時に「立体文章」などという言い方を考えたこともあったその昔。はイメージハンターでもある。文字の連なりで紙面上に「現実」「女と男」そしてその因果関係やらいわくを再現しなければならない。 多くの生徒さんは、かなりのレベルの文章を駆使出来ている。部分、部分にこだわりすぎると、そこから先に何を書こうとしていたかがおろそかになってしまう。「最後まで書ききる」もまた、みなさんに繰り返し伝えているキーワードの一つ。
2010.09.23
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主任検事が押収品のデータ改ざん、などというブラックユーモアのような事件が日本人の心を揺さぶっている。 実際、ミステリー作家が嘆いていた。「容疑者がデータ改ざんをやるなら、ふつうだが、検事がそれをやったとなると、さあ、小説をこれからどう組み立ててらいいか、今のところまったく思い浮かばない」 ついにここまで来たか。 一検事、一政治家、一経営者、一サラリーマンの問題、では済まない、時代の精神、人類の苦悶の象徴。 元検事の弁護士がテレビで言っていた。印象に強く残った。「かつて上司から言われた。『君たちは法律は知っているだろうが、社会やニンゲンについてはシロウトだ』と」 社会。ニンゲン。 北海道江別市では、勘違いしたニンゲンからの嫌がらせ電話やメールに悩まされている親子がいる。 ただ単に苗字が同じというだけのことで。 100万~200万円掛けて「札幌の交通事故の犯人とは無関係です」のチラシまで作った。 社会。ニンゲン。 小樽の作家から長い電話。 著作も12~13作ある。新○社からの最新作が届いたばかりだ。 読んで、どこが悪いか足りないか、指摘してくれ、という。 早口で、感情的な話し方。口を挟むヒマはほとんどなかった。久しぶりの電話だから語りたいものが溜まっていた・いるのだろう。 ごく初期の頃から原稿を拝見しているから、それなりの感想は述べようとは思っていたが、今回の電話も、語り口は明るかったが、中味は重かった。 担当が、迫ってきてくれない、という。 つまり、表面的な作業しかしてくれないという不満。読み込んで踏み込んで来てくれないという不満。 部数が少ないということも嘆きの一つだった。 実は、こちらは、単行本を出してしまった相手には、エネルギー減少してしまう傾向がある。 担当も付いていることだし、自分の道を歩き始めたのだから、もう手を掛けなくとも、というような思いがあるのだ。 単行本になった作品に「朱」を入れるのは別のレベルのエネルギーをかき集めなくてはならない。これはこれで重労働だ。「作家になれと言ったのはあなただから。初期の頃にあなたやNさん(編集者・故人)に会えてよかったが、それに比べると今の編集者は……」「離婚してど貧乏をしている。別れた夫が残してくれた東京の仕事場へ荷物を取りに行くことも出来ない」「地元のテレビやラジオに出るのも、本が売れれば、という気持ちから」「○○文化賞の候補にもなっていたが、ダメでした。100万円欲しかった」「近くにいる父は、何だ、この一行目の書き方は、程度のことしか言ってくれない」「地方政治に出馬しろ、などとも誘われて。いえ、出る気はありません。作家で生きたい」 そのような不満、鬱屈、現状報告、要望の開陳。「作品のせいではないかもしれないね、それは君の存在が発するオーラが原因かも」 とは言わなかったが。 作家という地位。職業。自分で選び切り拓いた道。さらにいい物を書こうと励もうとするからこその、マチュアからは出ない苦悩。 読了した上で、何か感じるものがあれば……。お力になれるようなことが書けるか。 全国の諸氏よ、闘いは筆を折る日まで終わらない。 添削朱ペン向上塾亭主謹白。
2010.09.22
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あらゆる意味の「感動」をもっていないと、そして、少しの悲しみと切なさ、怒りと希求が重なっていないと、文章は出来上がらないようだ。 頭が凍っている、気持ちが凍っている。 文章……といっても、ここでは、たかが無名のブログの文章のこと。なのに、自分の中でまごまごしている思いをかき集め文字にするのは、かなり高度な作業なのだ、と改めて考えていた小型連休。 感じていた考えていた。だが、文字が繋がらない。思いついたことを口に出すのとは大きな違いがある。「明日ヒマ?」「……」「じゃ、例のところ」と言うようなメール文章とは大いに違う。 小説を仕上げ、エッセイを書く生徒さんの気持ちをじっくりと考えた。 WBAスーパーフェザー級タイトルマッチを見てほんの少しすっきりした。チャンピオン・内山高志選手の見事なKO勝ち防衛。実に見事なKO劇だった。久しぶりに強いチャンピオンに出会った、という感じ。「勝負」の世界は、勝つか負けるしかない。そして、はっきりと分かる。 小説・エッセイも、面白くないか面白いか、のどちらかしかない。 だが、ボクシングのように簡単な判定は下せない。「感嘆」「感動」において色々な綾が生じる。 だが、政治の世界は、どうも綾だらけではないだろうか。国民が望んで託した政権交代。 なのに、交代する必要が本当にあったのかどうか、疑わしくなるような「情報」ばかりが目に飛び込んでくる。 SOS 誰かシンプルに教えて。政治は何を考えているのか、と。 我々国民の望む方向で政治をせずに、自分たちの権力力学だけで足し算引き算をやっているのではないだろうか。 小学3年生に割り算・引き算を教えるのに、なぜ「1日何人殺したら何日かかるか」などという比喩が用いられるのか、45歳男性先生の頭からは。 個々のケースに現れている事象は、その時代の精神の集約と言えるかも知れない。 あの先生の考えている傾向は、他の人の中にもある。 戦の後では、古代から「論功行賞」はつきものだったが、これほどのロコツな現れ方とは……。
2010.09.20
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なかなか文字に乗せられない。 文字にすると言うことは大変な作業。 ただの感想を書くだけじゃないか、と乾燥した自分の心に鞭打つが無知のせいで文章が出てこない書けない……なんて嘆きも出て来そうだ。 週に二回も小説やエッセイを提出する生徒さんは凄いエネルギーを持っている、と改めて感嘆してしまう。「女と男」「真実」「常識」「規律」などの正体にメスを入れる独自の目 その日を願って生徒さんの原稿に朱を入れているのに、いざその日が近づいて来ると、一抹二抹三抹の寂しさ。 他にも有望な書き手がいる。そろっている。原稿の提出。それは、月一度でも凄い。 提出するまでの思考の積み重ねとそれを文字に乗せるワザ。 そういう目線を成熟させたひさこさんやこっこさんが旅立って行ってしまいそう。 それに触れたくなくて文章が書けない、というのもないわけではないこの数日。 でも、もっと重たいのは、本を読みすぎ、原稿を書きすぎ、生原稿を読みすぎ、と言うところから来ていることもないわけではない。特に、ネット上の情報。 小沢叩きは、小沢さんにソーリになられると既得権益を失うことになるサイドの妨害だ(CIAなどという文字も混じっている)、とか、かん、えだの、せんごくなどは、元の革マルたちがそうかつをおこなっていたのと変わりないようなことをやっている、などの記事が頭に溜まりすぎた。 例の「9・11」から9年が経った。あれは、他から仕掛けられたものではなくて内部からの工作、とかの情報やそれを元にして作成された映画の公開、検察の罠にはまって容疑者にされた村木厚子もと厚労省局長、鈴木宗男さんの上告を棄却したのはこれこれの謀略、などなどを目にするたびに、こちらの混迷は深まっていく。 新聞やテレビも信用してはならないのか。右や左や真ん中の本を5万冊も読めば、何かが分かってくるのだろうが。 時間も、な、い。 そう言えば、村木さんが逮捕された、と言う新聞記事の中で彼女の顔写真を見たとき自分の心に沸いた感想を昨日のように思い出す。 <いかにも<そのようなことをしでかしそうな顔だ> ああ、あのときのお粗末で軽薄な感想。新聞は正しいこと、真実だけを報道する、とでも思っていたのだろうか、このダメな頭で。 この先、どこまで何を元にして現実・現象を捉えたらいいのか。「ニッポン」は自分の住んでいる所なのだろうな。 まさかアンサツは起きないだろうが、権力争いの最中。意見が違うのはいいが、ダーティーな足取り合戦は観たきも聞きたくもない。もっと、この国をどうするかを語って欲しい。どこかの誰かの国ではないのだから。 新聞紙上に踊る「世論では」「アンケートによれば」wwwも、こちらの中では今、きわめて曖昧なものになってしまっている。 アンケートを採るために普通の家へ無作為に電話をして聞いた……とあっても、昼間家にいる者だけの答えの集計で「世論」というデータがでっち上げられる……。しかも、答えを引き出したいような設問で「はい、いいえ」を尋ねれば、いかような「データ結果」だって得られる……。 この年まで、何をどう耳に入れて<自分の考え>とやらを構築して来たのだろう。自分をどこかへリードするために一定方向の情報を集中して注ぎ込まれて……。 ネット(asyura)でまた「中学校では、圧倒的に小沢さんの人気が高い。みんな新聞などは読まないが、パソコンはいじっているから」というような記事を読んだ。「すると先生が、かんさんでなければ……」というようなことを言う、と。 それへ、以下のような書き込みがあったらしい。(新世紀人コメント) 教育は狂育になっちゃってるんだよな。 その頂点が頭狂大学で、裁判官や検察官や高級官僚というわけだから、これは不味いわ。 でも大学が悪い訳ではないんだ。 試験制度がオーバーヒートして、学生が受験に追われて考える力を無くしてしまっている事が根底にあるんだ。 つまり考えていては試験に対応できない。突っ込んで言えば、自分で問題を見つける事なんかやっていては高い試験には受からない。だから、考えれれなくなってしまう。 そうして…マスコミの煽動をそのまま受け入れる人間になってしまう。 その類の人間が教師から裁判官や検察官そして高級官僚になってゆくわけだ。 そして頭が空っぽだから権力意識だけは不釣合いに高くなる。 これが中学校における生徒と教師の逆転劇なのだ。 同様に、有権者国民と高級官僚+マスコミ連合の逆転劇でもある。(でもまあ)中身のない者(菅も中が空の意味を含む漢字)は自然に風化して倒れるから未来に心配なし(内容の一部については、読みやすいように、多少の整理をした)。
2010.09.12
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先の記事で「これまでの『密室談合首相選び』よりも一歩進んだ民主党代表戦。これからは、自分たちで首相を選びたい」と書いた。 さっそく同じような発言をnet上で見た。 1日告示された民主党代表選で、大阪府の橋下徹知事はこの日、「選挙になってよかった。ただ、結果にかかわらず、国民からはリーダーは自分たちで選びたいという議論がわき起こる予感がする」と述べ、国民が直接、総理を選ぶ首相公選制の導入をあらためて訴えた。以前は、大統領制の導入を主張していたが「天皇制とのかねあいがある」として、見解を修正、首相公選制を主張している。 報道陣から菅直人首相と小沢一郎民主党前幹事長の政策への見解を問われると「中身はフォローできていない。国民もこの期間でフォローするのは無理だ」と指摘した。「首相公選制では、候補者が全国を回り政策を訴える。本当はそれが政治家の仕事だ」と語った。 それにしても、口に中に嫌な印象がまだ残ってしまっている。 国産の半分ほどの値段で買ったうなぎを食べた。 固くて、味も薄い。 うなぎ自体が違う? 調理法が違う? 向こうで調理されたものを輸入しただけ? チリの地下700メートルで救出を待っている採炭夫たちのことを思って、文句を封印している。 二度と食べなければいいだけの話。 雰囲気の悪い客に、なじみの店の中で会った後の気分の悪さも同じ。 たとえてみれば、「死んだ子の年を数える」「絵に描いた餅」のような話ばかり。かなりの多弁。 そこへ行けば、その客に会う確率は高い。 二度と行かなければいいだけの話、なのか。 電車の中でもそういう「雰囲気の悪い」客に出会う。が、無視すればいいだけの話。二度と会うことは、ない、多分。 同じ屋根の下にそういう感じの相手といるとすれば? なんだかきな臭い世間。 いや、足下。
2010.09.06
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ま、無理なことなんだろうが。 データの操作、とか、世論のでっち上げ、とか、いったい何のために? 国民とは、何をどこまで知ることが出来るのだろう。 官房機密費が誰々に渡ったとか渡らないとか、我々はどこで何を知ることが出来るのだろう。 それにしても、今までの「密室談合総理誕生」劇から一歩抜け出した民主党代表選。二人の生の声で判断材料を手にすることが出来る。 としても、投票は出来ない。 やがては、国民投票に依る「総理大臣」選出への道を模索しなくては。 それにしても、ある局のレギュラーゲスト・河上さん(ヤメ倹とか呼ばれる)の、ある意味では投げやりな発言。「どちらが(代表・総理に)なっても、何も変わらない」 それほどこの国は、「自前」の考えを持つことは出来なくなってしまっているのだろうか。やる気がなくなってしまっているのだろうか。 構造的劣化 自分で考え、感じている仲間もいっぱい知っているのだが。asyuraより引用。 (世論調査結果の削除) 読売新聞本紙の世論調査では菅直人氏が圧倒的な優勢を示しており、9月2日の卑劣な公開討論会でも、品性下劣な橋本五郎氏が、この疑わしい世論調査結果をもとに小沢一郎氏に無礼千万な質問を示していたが、その読売新聞がオンライン・世論調査結果を抹消した。記事掲載期間が経過したと説明するのかも知れないが、代表選はこれから実施されるのであり、現時点で消去したのでは調査の意味がない。 菅直人氏当選に向けて情報工作を展開する読売新聞の方針と完全に矛盾するオンライン調査結果だったのであろうが、都合の悪い調査結果だからといって消去してしまうとの対応には唖然とする。まさにあいた口がふさがらない。 私は何かのシステムトラブルではないかと考えたが、すでに調査結果が消去されているとの記述をサイト上で確認したので、恐らく読売新聞が意図的に消去したということになるのだろう。 マスゴミが懸命に偽装した世論調査結果を流布しているのは、なんとか、サポーター票を菅直人氏に振り向けさせようとしているからにほかならない。議員票で菅直人氏が負けている以上、サポーター票および、地方議員票で得点をあげなければならないからだ。 テレビ番組で選挙戦を伝える人物は、必ず、菅直人氏優勢を伝える。その理由は、多くの投票者が「勝ち馬に乗る」行動を示すからである。小沢氏優位の真実を伝えれば、サポーター票と地方議員票は小沢一郎氏に雪崩を打つことが明白である。この理由から虚偽の情勢分析が示されているのである。(asahiも社説の削除) 小沢氏が出馬表明をした時に朝日新聞は「あいた口がふさがらない」という社説を書いて本性をむき出しにした。 今ではこの社説も即削除をして朝日新聞のホームページには載っていない。ペンの力で飯を食っている連中が批判されたらすぐに削除して無かった事にしてしまう人間達が新聞屋をやっているのだ。 その上、小沢氏の「政治と金」問題についても法的に何ら問題が無い事を知っていながら国民に知らせようともせずいつまでも「政治と金」問題を続け政局ばかり煽るやり方はゴミ以外何者でもない。 朝日新聞のやり方こそ「あいた口がふさがらない」
2010.09.06
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友人と会うとき、モノレールの高架下に設置された自転車置き場にバイクをおく。 何カ所かある。 その日、バイクを止めようとして、子供用の小さな自転車に気がついた。長い間、放置されているようだった。 何か赤い紙がハンドルに貼り付けられていた。 遊びすぎて、どこに置いたか忘れて帰ってしまったのだろうか。 ママに叱られる幼子を思い浮かべた。 それとも、いらなくなって捨てたのだろうか。 引っ越しをして、この辺にはもういないのだろうか。 その子自体がもういなくなってしまったのだろうか。 一台の赤い小さな自転車。置き去りにされたもの特有の汚れに汚されて。 飛び去ってしまったインコを思い浮かべた。 いくつかの物語を胸に、重い足取りで、友の待つ喫茶室へ向かった。
2010.09.01
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