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山田維史《秋》油彩 22×16cm、2013年9月27日Tadami Yamada 'Autumn' Oil on canvas, 27 Sep. 2013
Sep 30, 2013
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秋刈れば追われて蝶は逝きにけり 青穹I have mown autumn grassesA butterfly's surely expelled from the placefor peaceful living, met death
Sep 29, 2013
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午前10時前に、描いてきた小品が完成した。 小さい作品なのでエネルギーがあまって、つづけてもう1点描こうと思った。が、出て来たイメージはもう少し大きいサイズがよさそうなので、木枠を組み立てているうちに、そのイメージをシリーズにしたくなった。 で、しばらくイメージを遊ばせることにした。 昨日、ちょっと食指が動く、・・・いや、大いに動く話が、もたらされた。来年のスケジュールだが、なんとかしたいと思っている。 そんなわけで、ウォーミングアップじゃないが、気を徐々に按配していかねば・・・
Sep 27, 2013
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ぼんやりした空模様だったが、午後3時半過ぎ、とうとう激しく雨が降り出した。台風20号が関東太平洋側に近づいている。蒸し蒸しと暑い。かといって冷房にするほどでもない。 午前中からずっと作品を描いていた。あと2日もすれば完成するだろう。小さな絵だ。これはすでに行き先がきまっている。完成したら額縁の製作を発注する。どんな額にするかは、だいたいイメージだできている。作品引き渡しは10月半ば過ぎだろう。
Sep 25, 2013
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歳月の流れをつくずく感じずにはいられない。幼いころ住んでいた町を、グーグル・マップや航空写真で見ると、その地形的な面影さえ見当をつけるのも困難になっている。 昨日、北海道の羽幌町に住んでいたと書いたが、そのあとで、ふと思い立ってグーグル・マップを開いてみた。 唯一のランドマークは羽幌高校で、同校が65年以上前と同じ場所にあるとすれば、私の家があった場所もおおよその見当がつく。 そして、町役場も昔と同じ場所なら、そのすぐそば、大通りに面して伯父伯母の家があった。 伯父は、昭和23,4年当時、羽幌町長だった。父が北方中国の戦地から復員し、静岡県伊豆の金鉱山に復帰し、その地で私が誕生した。まだ終戦前のことで、祖父母は札幌に住んでいたが、不安にかられて札幌の家作を手放して長男である私の父母のもとへやってきた。やってきたけれども、対岸の清水港はグラマン機の爆撃にあい、炎上するのが我家から見えたのだという。私が生まれてちょうど3ヶ月後に終戦になったが、羽幌町の伯父伯母が「北海道へ帰ってこい」と父母に誘いをかけた。そうして私の一家は羽幌町に移転した。 最初は伯父の家に寄宿した。私は2歳くらいだったが、なぜかその家の玄関の映像は記憶にある。しばらくして、たぶん弟が生まれるためだったのだろう、伯父の家を出て、通りをはさんだ向かいの家に転居した。この家の記憶は、雨の日だろうか、薄暗い部屋の窓辺に私はいて、通りを眺めながら「あの子はだーれ、だれでしょね・・・」と歌っている、そんなことを憶えている。この家から、羽幌高校近く、町営グラウンドそばの新しい家に引っ越したのだった。 家の玄関を背にして右50mくらいでグラウンド。数百メートル前方に鉄道官舎がのぞめた。左後方数百メートルに高校。高校の前に大きな通りが逆T字に走り、町役場方面、つまり町の中心部へ向かっていた。私は母に言いつかって、その道をおつかいに通った。製麺屋に小麦粉を持って行き、饂飩を打ってもらうのだ。できあがるのを待っていると、やがて器械のなかから饂飩が簾(すだれ)のように出てくるのがおもしろかった。 グーグル・マップや航空写真で見つからなかったが、当時は赤煉瓦の裁判所もあり、我家はそれに隣接した小さな畑を借りて、じゃがいもをつくっていた。たしか掘割があり、井戸のような水門で私は川蝦がぞろぞろコンクリートの壁をはいあがってくるのを見ていたものだ。 港祭の思い出、花祭の稚児行列の思い出、羽幌映劇の火災と再建のこと、そこでのファッションショーに出演したこと、料亭「まるた」と父のなじみの芸者京子のこと・・・6歳まで住んだ羽幌町の記憶は、鮮明にあふれ出て来る。 しかし、思い出す町の映像を、すくなくともグーグル・マップや航空写真による現在の羽幌町によりそわせることはできない。いくら画像を拡大してみても、わたしの思い出がまるで嘘であるかのように、過去の町は消えてしまっていた。 まったく奇妙なことに、私はときどきニューヨークのほうが懐かしいと思うのだ。昔の姿をとどめているのに出合うのだ。テレヴィのなかで、あるいは映画のなかで。また、写真集のなかで。僅かな滞在だったにもかかわらず。
Sep 24, 2013
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アメリカの各地でおこなれていた野球、メジャー・リーグも次々と地区優勝が決まっている。 ところで21日のアメリカン・リーグ、トロント・ブルージェイズ対ボストン・レッドソックス戦を、私は遅い朝食後、お茶を呑みながら一日のスケジュールを確認しながら、観るともなくテレヴィで見ていた。 この試合については、第4打席でブルージェイズの川崎宗則選手が2ゴロに倒れた際、ヘルメットをグラウンドに叩き付け、その行為が審判侮辱として即時退場を命じられ、この日の報道のトピックとなった。 じつは、私がここに書き留めておこうとしているのは、試合を見ながらまったく個人的なことを思い出していた、そのことである。 レッドソックスのユニホームのズボンには、赤いサイド・ラインが入っている。・・・昭和23,4年、私は4歳。母が、私のために野球のユニホームを手作りしてくれた。戦争が終わったとはいえ、北海道の羽幌、当時は小さかった町にも進駐軍の専用列車がやってきたりして、まだまだ物が無い時代だった。ユニホームの布生地も、・・・あれは何と言う生地だろう、やや厚手の平織木綿の生成りで・・・そうそう、シーチングというのだ・・・洋服を仕立てるときに、立体裁断用、あるいは仮縫い用や芯地に使う布だった。母は、さらに、どこで見つけてきたのかグリーンとゴールドの糸で刺繍したドラゴンのワッペンを上着の胸に縫い付け、レッドソックスのユニホームとそっくりに赤いブレードで胸元を飾り、ズボンのサイド・ラインをも縫い付けてくれたのだった。私は大喜びし、得意になって着ていた。 でも、どうして? 私がテレヴィを見ながら思ったのは、なぜ母が私にそんなユニホームを作ってくれたのかということ。 私の家は町のグラウンドのすぐそば、たしかに私は子供用の赤いバットを持っていた。川上哲治選手の赤バットをまねて・・・。しかし、私の家の近所には、同年の女の子が一人いただけで、他に子供はいなかった。私は子供同士の遊びをした記憶がまったくないのだ。我家に下宿していた高校生(学生服を着ていたが実は町役場の給仕さんだった)と、お隣の赤松さんの高校生のお兄さんが、いわば大人達からみれば「子供」だった。つまり、私は母の作ってくれた野球のユニホームを着て、赤いバットを持って、たったひとりで遊んでいたわけだ。 他人にとってはつまらない、どうでもいいことなのだが、私は今頃になって、母の気持を不思議に思った。そして、ドラゴンのワッペンを、いったいどこで見つけてきたのだろう、と。
Sep 23, 2013
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The full moon of mid-autumnTwo cats are playing with their silhouettesin the bright bright moonlight (名月や影踏み遊ぶ猫二匹)Moon Born On Lotus FlowerThe late my farther`s posthumous Buddhist nameTonight him again I frame (諡を顕月という吾が父)
Sep 22, 2013
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きょうは午後1時から5時まで町内自治会の定例執行役員会議と同事業委員会議。私は両方を担当しているので、土曜日の昼間はまる潰れ。実際、きついなー。みなさん、話し方がだらだらとヘタなんだもの。接頭辞とか接尾辞なんて必要ないのに、議論にずばり端的に入っていけないんだな。時間が惜しいよ。どうせくだらない議題なんだもの。ああ、人生の無駄づかい! 描きかけの作品を放って出席するわけだから、気の流れが断ち切れちゃうわけよ。ね、これ、断ち切れたものを再びつなぐのって、なかなか難しいんだ。昔はね、だからそういう世間付き合いは一切しなかった。友達付き合いも、ごくごく限られた人だけ。そうして砦を築かないと、どんどん侵蝕されてしまう。と言っても、そうして砦のなかにとじこもって、世の中をわたっていけるかどうか。それは一に、作品が世間と交渉できるかどうかにかかってくるのだけれど、・・・難しいよねー。だって、そういうことが身をもって分かるのに、時間がかかるもの。つまり、才能って、そういう一面の裁量と実現力だってこと。 いまになって、昔の自分の鉄則をやぶって、あくびと眠気に耐えながら町内づきあいをしているのは、私も年をとってトゲを失ったということかしらねー。
Sep 21, 2013
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ボクシングの元ヘビー級チャンピオン、ケン・ノートン氏が亡くなった。享年70。1973年にムハマド・アリと初対戦し、強烈な一打でアリの顎の骨を砕いて判定勝ちし、北米ボクシング連盟(NABF)ヘビー級チャンピオンになった。その後アリとは2度対戦し、いずれも判定で破れ、チャンピオン・ベルトを返した。1981年、引退。通算成績は42勝(33KO)7敗1分けだった。 私はもっぱら TVで観戦するだけだが、ボクシングが好きだ。が、もちろんというべきだろうが、私はムハマド・アリvsケン・ノートン戦を観ていない。当時の日本のテレヴィ局が中継するほど、おそらく技術も未発達だったろうし、莫大な放送権料を支払って採算があうだけの視聴者がなかったかもしれない。アリの名前を知らぬ人はいなかったであろうけれども。 じつは、私がケン・ノートンという名前を記憶したのは、ボクサーとしてよりも映画俳優としてだった。1975年のリチャード・フライシャー監督作品「マンディンゴ」。この映画、秀作だと私は思っている。 マンディンゴとは、アフリカ黒人民族のひとつで、ハンサムで頑健な肉体を民族的な資質として有していたので、アメリカの奴隷制度下で高価に売買されたのだという。 ケン・ノートンが演じたのは、ルイジアナの大農場に買われてきた、そうした奴隷だった。ストーリーの伏線というか、ひとつの前提シーンに、こういうのがあった。・・・ケン・ノートンが奴隷市場で売買されるため、品定めされている。中年の白人女が、彼のパンツに手をつっこんでモノをたしかめ、そのリッパさに驚く! つまりマンディンゴの奴隷は家畜同様に飼育され繁殖させられていた。種馬や種牛のように性能を品定めする必要があったのだ。ケン・ノートン演じるマンディンゴ奴隷の性能が、後にこの物語を展開してゆくことになるので、映画作りとしては他に何も説明がいらない見事なシーンであった。映画俳優としてのケン・ノートン氏がこうして観客に紹介されたのでもあった。 映画といえば、昨年公開されたアリ氏のドキュメンタリー、「フェイシング・アリ」(監督:ピート・マコーマック)にも、ケン・ノートン氏が出演していた。アリ氏の顎を打ち砕く一件はあったが、その後、ふたりは友情をはぐくんできたのだそうだ。 ケン・ノートン氏, R.I.P.
Sep 20, 2013
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今夜は仲秋の名月。東京の空にも一点の曇りないまんまるな月がでている。名月や影踏み遊ぶ猫二匹 青穹名月や猫が破いた障子穴諡(おくりな)を顕月という吾(われ)が父
Sep 19, 2013
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作曲家・新実徳英氏の「作品古典 ll 〜室内楽を巡って〜」については、過日、このブログでおしらせした。その演奏会の日まで10日あまりとなった。会場でお会いしましょう。・・・あっそうか、お互いに顔を知らないか! ま、ひととき、場を共に楽しみましょう。10月1日(火)、19:00、浜離宮朝日ホール入場料(全席自由):一般4,000円/学生2,000円チケット取り扱い:東京コンサーツ 03-3226-9755 http://tokyo-concerts.co.jp 東京文化会館チケットサービス 03-5685-0650 http:t-bunka.jp/
Sep 19, 2013
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台風18号は各地に爪痕を残して北東海上へ去った。東京は朝から快晴、秋晴れである。我家の5匹の猫達も、暑からず寒からず、ひさしぶりにベランダやそれぞれのお気に入りの場所で日向ぼっこをしている。 私は休み休み、絵を描いている。いつもと変らない日常。 そうそう、このブログが開設以来、きょうで3,000日になる。いつのまにか私の一日のなかに組み込まれてしまった。さて、いつまで書き続けることができるか・・・。 ともあれ、毎日読んでくださる皆様には御礼を申上げなければならない。ありがとうございます。
Sep 17, 2013
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50号の新作2点の構想があり、技術的に困難が予想される部分も、一度失敗すると直すことができないので、頭のなかで何度もシミュレーションを重ねている。気が充実するのを待っているところでもある。 その筆ならしでもないが、今日は秋をテーマにごく小さな作品を描きはじめた。1週間くらいで描きおわるだろう。 10号の小品も描きかけのままになっている。こちらは当初考えて下塗りもしおえたところで、突然、まったく別のイメージが浮かんで、下地を造り直した。乾燥を待っている間に、イメージを支えていた思想がだんだん稀薄になってきて、われながら呆然としている。何かしら余計なことを考えているのであろう。あるいは、失敗を恐れているのか? ・・失敗がなんだというのだ、ばかばかしい。 いま、描きかけのキャンヴァスを眺めながら、そう思った。
Sep 16, 2013
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台風18号は、午前8時前に愛知県豊橋市付近に上陸し、11時現在、風速30m/sで北東方面へ進んでいる。福井県敦賀市や京都では20数万人に対して避難勧告が出ているようだ。大きな被害が出なければよいが。 東京の我家近辺は、夜分に激しい雨が降り、その後も断続的な風雨。11時過ぎたところで、むしろ風嵐に変った。仕事場にいると、裏山の林のざわめきが、大波小波となって聞えている。風の音がとだえると、虫のすだきが耳に絶えることなく鳴り響く。 颱風や蟲の鳴きゐる石炭庫 本田一杉
Sep 16, 2013
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【報道記事】朝日新聞デジタル:汚染水対策の危険性、リスト化し公表へ 対策委方針朝日新聞デジタル:壁に当たる放射能除去 福島の除染、国の当初計画は破綻朝日新聞デジタル:集中復興5年折り返し 防潮堤は難航 道路は復旧順調読売新聞 地下水、13万ベクレルのトリチウム…福島第一朝日新聞デジタル:井戸水のトリチウム、15万ベクレルに 福島第一原発毎日新聞 原発再稼働:東京で8000人が反対集会 「ゼロ」前に
Sep 14, 2013
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オリンピック東京開催に浮かれているようだが、本当に喜ばしいことなのかどうか。 私の懸念は、これによって震災復興の建設・建築的な面での遅れは確実になるだろうということだ。 そうでなくとも、原発災害によって、地元の建築業者の転出により人手が不足していると指摘されていた。オリンピック関連およびインフラ整備のために、ゼネコンは言うまでもない、中小の下請け業者はこぞってその仕事に群がるだろう。それは当然のことで、群がるのを批難することはできない。経済は活性化するであろう。オリンピック東京開催はそのための目論見であった。 つまり、この目論見は、はじめから震災・原発災害被害地と被害者を犠牲にすることを承知のうえだ、ということだ。 安倍晋三首相はブエノスアイレスでの演説で、汚染水の流出はくいとめたと言った。しかし、東電関係者は、汚染水はコントロールできていない、と言っている。 安倍首相は舌先三寸で国際オリンピック委員会(IOC)をまるめこみ、国際社会を欺瞞におとしいれたのか。【関連報道】毎日新聞 検証・大震災:福島第1原発 汚染水対策、漂流2年半 2013年09月07日 東京朝刊毎日新聞 東電:汚染水、首相の「完全にブロック」発言を事実上否定 2013年09月09日 21時07分朝日新聞 汚染水「制御出来ていない」 東電幹部、首相発言と相違 2013年9月13日13時14分読売新聞 汚染水どう世界に伝えるか…東電会議で米専門家 2013年9月13日11時39分毎日新聞 汚染水:東電幹部「コントロールできていない」 2013年09月13日 16時31分
Sep 13, 2013
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会津若松のEさんから今年も葡萄が送られてきた。もう7年になる初秋恒例の贈り物である。 Eさん、いつもありがとうございます。 すぐに御礼の電話。「タダミ君? おひさしぶり!」と、お元気な声。なんだかんだと近況を報告しあって30分ばかり。おたがいに元気で話せることが嬉しい。 葡萄はおいしくいただきます。
Sep 12, 2013
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ボクシングWBA世界ライトフライ級チャンピオン井岡一翔の第2回防衛戦。挑戦者クワンタイ。 7ラウンド、2分03秒、井岡の左フックが炸裂、クアンタイをノックダウン。非常に美しいボクシングで井岡一翔チャンピオンの座を守った。 井岡、これで13勝無敗、9ノックアウト勝ち。今日の試合で具志堅用高さん以来の3連続ノックアウト。見事というほかない。
Sep 11, 2013
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男子サッカー、キリン・チャレンジ・カップ、対ガーナ戦が横総合競技場でおこなわれ、ザッケロー二監督率いる日本代表チームは、3−1で逆転勝利した。 ブラジルW杯まで残り9ヶ月。その勝敗を占う国際親善試合も、本年の国内試合はきょうの対ガーナ戦のみ。あとはアウエーである。 さて、先日の対グアテマラ戦にひきつづく今日の勝利。例によって、試合経過を記録しておく。 先発メンバー;GK川島、柿谷のワントップ、トップ下に本田、右に清武、左に香川、長谷部、遠藤、内田、長友、吉田、今野。【前半戦】03:00 ガーナがドリブルで上がるのを長友が足を入れて阻止。ボールはG L外へ。03:30 ガーナC K。04:40 ガーナ再びC K。川島とびだしてキャッチ。05:30 本田スルーパス、香川とびこむが倒される。ファール無し。08:00 長友ロングクロス、GKキャッチ。09:30 本田ミドルシュート、GKはじく。11:40 ガーナ、ロングクロス、川島キャッチ。12:40 長友C K。ショート。14:20 日本ボールを奪い、抜けて内田へパス.内田右サイドから柿谷へクロスを入れるが、GKとびだしてキャッチ。16:30 遠藤→柿谷シュート。はずれる。23:00 香川→清武トラップ&シュート。GK阻止。24:00 ガーナ、カウンター。ドリブルで日本陣へ、右サイドライン際でヒールパス、受けてアチェアポングがシュート、内田に当りながらゴール! ガーナ、先制の1点。26:00 ガーナ、カウンターからゴール前まで突き進むが、遠藤、追いついて阻止。28:00 香川→柿谷→本田、足許に倒れ込んできたGKをよけて浮かせてシュート。ネット上へ。29:00 ガーナ17番シュート.ネット上。32:00 本田→柿谷、オフサイド。33:00 香川ドリブルで上がり、ゴール前でデフェンスをかわし直接シュート。阻止される。35:30 香川ゴール前でレシーブするがバックに戻し、今野へ。今野、強烈シュート、GKキャッチ。37:40 ガーナCK。ショートでボールを回す。川島とびだしてキャッチ。39:00 香川FKを得、遠藤キック。ガーナの壁に当たる。はねかえったボールをガーナ、ドリブルで日本陣へ。長谷部、足を出して阻止。押し出されたボールをガーナが奪い、内田足を出して倒す。内田にイエローカード。40:00 アドマーFKは、ネット上。43:00 ワリース右からクロス、17番シュート。川島阻止。45:00 長友→香川→清武、香川にもどしてGKに阻止される。アディショナルタイム、1分。【後半戦】05:00 香川ドリブルで上がってゆき、長友デフェンスを引きつけたところで、香川、直接シュート。ゴール!1点を返す。08:30 長谷部ドリブルで上がり、清武へパスするが、奪われる。09:50 内田out、酒井(高)in。10:30 ガーナGK、ペナルティーエリア外でハンド。日本FK。本田蹴る。ガーナ、セーブ。14:30 香川→本田オーバーヘッドシュート。GKキャッチ。19:00 遠藤→香川→遠藤うしろから走り込んでシュート。ゴール! 逆転の2点目。21:00 ガーナ、右サイドからドリブルでゴール前へ走り込む。遠藤からだを入れて対応。23:00 ガーナ、右サイドからロングで左サイドへ。シュート。川島キャッチ。 (雨、はげしく降り始める)23:30 香川シュート。阻止される。27:00 遠藤倒されてFK。遠藤蹴り、ゴール前の本田、ヘッドで押し込む。ゴール! 3点目。29:00 本田、足をかけてイエローカード。29:30 柿谷out、大迫in。30:20 ガーナCK。ゴール前でこぼれて吉田対応。33:35 清武out、森重in。35:00 ガーナ、大迫と接触してFK。川島はじく。36:00 長谷部out、山口in。37:30 大迫→本田シュート、はずれる。38:00 森重倒されFK。本田蹴る。大迫に当り、ネット右へそれる。 香川out、斎藤in。39:00 日本CK。45:00 ガーナ、ロングシュート、ネット上。45:56 長友out、槙野in。アディショナルタイム、1分。試合終了。 日本3−1ガーナ、 逆転勝利!W杯ベスト8の強豪ガーナに快勝したことは嬉しいが、やはりシュート成功率には問題ありだ。試合後にザック監督が「あと5、6点は獲れたはずだ」と言っていたが、その通りだろう。シュート回数の割合に対して効率がいかにも悪い。どうしたら解決できるのだろう。
Sep 10, 2013
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きのう、フォスターの「夢路より; Beautiful Dreamer」にまつわる 高校時代の思い出を書いた。それで、もうひとつフォスターの詩を翻訳することにした。私の気持ちは、東日本大震災および原発災害により故郷を追われ、いまだ救いない境涯に暮らすおおぜいの方々を思い、怒りとともにこの詩を捧げたいのである。さらに、どんどん危うい道にすすみつつある国政に照らして、反戦の意味をこめている。 HARD TIMES, COME AGAIN NO MORE by Stephen Collins FosterLet us pause in life's pleasures and count its many tears,While we all sup sorrow with the poor;There's a song that will linger forever in our ears;Oh hard times come again no more.Tis the song, the sigh of the weary,Hard Times, hard times, come again no moreMany days you have lingered around my cabin door;Oh hard times come again no more.While we seek mirth and beauty and music light and gay,There are frail forms fainting at the door;Though their voices are silent, their pleading looks will sayOh hard times come again no more.There's a pale drooping maiden who toils her life away,With a worn heart whose better days are o'er:Though her voice would be merry, 'tis sighing all the day,Oh hard times come again no more.Tis a sigh that is wafted across the troubled wave,Tis a wail that is heard upon the shoreTis a dirge that is murmured around the lowly graveOh hard times come again no more.「苦しみの時代はもうたくさんだ」 詩;スティーヴン・C・フォスター 訳;山田維史生きる喜びに立ち止まらせてくれ、涙の数をかぞえさせてくれ私たちみんなが貧しい悲しみの夕食をしているあいだは。耳にいつまでも消えない歌がきこえる。おお、苦しみの時代はもうたくさんだ。これ、この歌よ、疲れきった溜め息よ苦しみの時代、苦しみの時代、二度と来ないでくれ。たくさんの日々、おまえは私の小屋の戸口に立ち止まりつづけた。おお、苦しみの時代はもうたくさんだ。私たちが楽しい笑いや美しさや、音楽の軽やかさや陽気さを探しているあいだ戸口に倒れる弱々しい人影たち。その声は押し黙ってはいるが、すがるように言うだろう、おお、苦しみの時代はもうたくさんだ。より良い日々は終わり、すり切れた心で苦労のはてに蒼ざめてうなだれる娘。かつてその声は楽しげだったろうに、いまはすべての日々は溜め息ばかり、おお、苦しみの時代はもうたくさんだ。これ、この溜め息よ、苦難の波に漂うよこれ、この嘆きよ、波打ちぎわにとどろくよこれ、この葬送の歌よ、みすぼらしい墓のまわりにつぶやくよ、おお、苦しみの時代はもうたくさんだ。【注】以下のYouTubeで歌唱をどうぞ。ただし上の詩の順番を次のように歌っています。「1、2、4、2、3、2、5、2」YouTube Thomas Hampson - Hard times come again no more
Sep 10, 2013
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きのうの日曜日、例によって「八重の桜」を観て、たいへん懐かしいことを思い出した。 八重が再婚して夫になった新島襄とともに同志社英学校を設立する以前、女紅場の教師として女生徒たちと教場で歌っているシーン。曲は、スティーヴン・フォスター作詞・作曲の「夢見る佳人(夢路より); Beautiful Dreamer」だった。 私が会津高校3年生の英語のグラマー(文法)の時間、教科担任の畑敬之助先生が、ある日の授業開始早々、「 Beautiful Dreamer」の歌詞を黒板に書き、その後、先生の歌唱指導でひとしきり歌ったのである。私の時代の会津高校は男子校だったから、胴間声で「ビューティフル ドゥリーマー ウェイカントゥ ミー・・・」と、やったわけだ。八重と女生徒たちのように美しくはなかった。 「 Beautiful Dreamer」は男声曲なので、胴間声でもいっこうにかまわないはずだが、さすがに先生も辟易されたのか、2、3回の授業で終わってしまった。もしかすると英語担当の先生方のひとつの試みだったかもしれない。と言うのは、リーダー(読本)担任の早川俊一先生(私の3年間のクラス担任でもあった)は、同様に、「Oh My Sunshine」を歌わせたからだ。こちらもじきに終わってしまった。 ドラマを観ながら、そんな思い出がよみがえってきた。おまけに50年前におそわった、歌詞さへ思い出した。懐かしかった。Beautiful dreamer, wake unto me, Starlight and dewdrops are waiting for thee;Sounds of the rude world, heard in the day, Lull'd by the moonlight have all pass'd away! Beautiful dreamer, queen of my song, List while I woo thee with soft melody;Gone are the cares of life's busy throng, Beautiful dreamer, awake unto me! Beautiful dreamer, awake unto me! YouTube Beautiful Dreamer - Thomas Hampson
Sep 9, 2013
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雨模様なので降り出さないうちにと、近くに買い物に出た。出るときに小粒の露が顔に当たり、出合う知り人に挨拶もそこそこ目的地に急ぐ。ついたとたんに降り出した。 表通りから一つ入ったところに、自動車修理工場の大屋根がかかった広いスペースがある。そこから祭神輿の掛け声が聞えた。路地にも人があふれ、掛け声にあわせて手拍子をしている。熊野神社の秋祭なのだ。 東京郊外の各町では、これから次々に秋祭がおこなわれる。高幡不動尊金剛寺のある高幡では、たしか三社か四社が共同で同日におこなわれるようで、私は先年、たまたま通りかかって長い交通規制にひっかかったことがある。共同とは言っても、各社それぞれの氏子の装い・・・祭半纏の意匠がちがう。それはそれで見ていておもしろかった。 私の町などは、たぶん生粋の地元っこは少ないはずで、かく言う私自身も当地に住んでまだ10年、祭といわれてもピンとこない。この感覚は不思議なものだ。 私は民俗学的な関心から、さまざまな地方の祭について調べ、関連書籍も多く所蔵している。また、早くに亡くなってしまったが江戸っ子の祭好きの友人に招かれて、よもや自分の生涯にあるまいと思っていた江戸神輿を担いだこともある。友人が亡くなるまで、数年にわたってつづいた。そして後に未亡人から、彼の収集した祭関係の書籍を譲り受けもした。 私は、終戦前夜に静岡県の伊豆で生まれた。しかし鉱山技師だった父の転勤のため各地に転居を繰り返し、子供のころから自分は故郷喪失者だと思ってきた。精神的にコスモポリタンたろう、そういう運命なのだ、と思った。そういう意識が幼少期にはすでにあったためであろう、風土に根ざした祭には敏感に反応してしまうのである。 私の描く絵が日本的なイメージからかけはなれているのは、私がまぎれもない生粋の日本人であるとい以外に、そのいわば各論ともいうべき土着性がないから、自分の日本的なイメージに懐かしさを感じないからだ。つくずく不思議だと思うのだが、自分の描く絵のなかで私は生きているので、懐かしさを感じない風土を描けないのである。 そんなわけで、町内の小さな祭にもついつい反応してしまうのだが、その感覚から言えば、地元っこの少ない近年(いや、じつは40年50年も前からかもしれない)、祭はたぶん本来の「様式美」は失われているのだろう。美しさがまるでないのだ。グズグズに崩れてしまっている、と私は見受ける。 おかしなものだ。私が懐かしさを感じない祭の、おそらく遠い昔にはあったであろう本来の様式美・・・まぼろしの祭にそこはかとない懐かしさをおぼえるのだから。 祭太鼓の音が、山のふもとから我家にも聞こえている。
Sep 8, 2013
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NPO「Themed Entertainment Association」(TEA)と市場調査企業AECOMが作成した 世界各地にある美術館や博物館の年間来館者数を示す2012年版の報告書について、CNNが報じている。 それによれば、 第1位 パリ・ルーブル美術館 第2位 ワシントン・国立自然史博物館 第3位 ワシントン・国立航空宇宙博物館 第4位 ニューヨーク・メトロポリタン美術館 第5位 ロンドン・大英博物館 第6位 ロンドン・テート・モダン 第7位 ロンドン・ナショナルギャラリー 第8位 バチカン美術館 第9位 ニューヨーク・アメリカ自然史博物館 第10位 ロンドン・自然史博物館 第11位 ワシントン・アメリカ歴史博物館 第12位 台北・国立故宮博物館 第13位 ワシントン・国立美術館 第14位 北京・国立中国博物館 第15位 パリ・ポンピドーセンター 第16位 パリ・オルセイ美術館 第17位 ロンドン・ヴィクトリア アンド アルバート美術館 第18位 京城・国立韓国博物館 第19位 北京・中国地質学博物館 第20位 ロンドン・科学博物館(サウス ケンシントン)【注】第11位以下はTEA and AECOM報告書原文より山田が翻訳引用した。 上位20位に日本の施設は入っていない。かろうじてアジア太平洋地区の項目で東京・国立科学博物館が9位に入っている。12位に東京国立博物館、18位に東京の森美術館、20位に東京の国立西洋美術館。 日本の状況は、私としては予想通りというべきか。日本人観客はともかくとして、外国人観光客を呼び込めていないのは、普段、美術館・博物館に行けば歴然だ。外国人観光ツアーのルートに美術館・博物館が組み込まれているとも聞かない。まず旅行会社の企画者に関心がないのではあるまいか。 日本の美術館・博物館の企画展を見れば一目瞭然、その美術館・博物館自身が所蔵しているものは非常に少なくて、ほとんどが借物だ。国が収蔵に血眼になってはいず、むしろ各所にちらばっていたほうが金がかからなくて好都合と考えてはいまいか。まあ、こと神統・仏教美術の場合は、寺社側は美術品というより信仰の対象である。国が金で購って美術館・博物館に永久収蔵するわけにもいかない。しかし、上記の世界の美術館・博物館に比較していかにも貧しい感じがするのは否めない。 そういえば、大阪の維新の会の府知事が、仁徳陵を電飾しようなどと言っている。維新の会はバカばっかりと私は思っているが、この電飾に反対の意見を理解できないとまで言うのだから・・・、寒い寒い。【関連報道】CNN 世界の美術館来館者ランキング、ルーブルが972万人で首位 2013.09.07 Sat posted at 16:44 JST読売新聞 世界遺産へ「仁徳陵に電飾を」…維新・松井氏 2013年9月7日07時16分
Sep 7, 2013
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サッカーW杯ブラジル大会まであと9ヶ月。その出場権をかけた試合も残り少なくなっての、きょう、キリン・チャレンジ・カップ、対グアテマラ戦が大阪・長居スタジアムでおこなわれた。日本代表チームは3−0で快勝した。これまで4連敗し、守備の問題を指摘されていただけに、うれしい勝利だ。 例によって、私のメモにより試合経過を振り返ってみよう。 先発メンバーは、GK西川、大迫をワントップに、トップ下香川、右に岡崎、左に清武、長谷部、遠藤、酒井(高)、長友、森重、吉田。 本田,柿谷はベンチスタート。ザッケロー二監督、守備重視の思い切ったメンバー構成を採ってきた。【前半戦】03:27 相手陣営から岡崎ドリブルで走り込むがセンターライン付近で倒される。05:26 長谷部ボールを奪いゴール前へクロスで入れ、香川受けてシュートするがネット上に。09:00 長谷部ミドル左からロングでゴール前の大迫へパスするが、GKキャッチ。10:30 右岡崎から左清武へ。清武、ヘディングシュート。GK阻止。11:00 グアテマラ、ロングシュート。ネット上に。12:25 日本、FKを与える。グアテマラ直接シュート。日本、阻止。13:00 グアテマラCK。西川、とびだしてキャッチ。16:00 香川、ゴール前でデフェンスに囲まれながらヒールキックで大迫へ。通らず。19:30 左長友→清武シュート。ネットサイドへ。20:00 左遠藤→ゴール前で森重受けてシュート。ネットの上に。21:00 大迫シュート。GKキャッチ。22:00 清武、強烈ミドルシュート。ゴール右へそれる。24:00 左サイドの守備からボールは大迫へ。大迫シュート。GKキャッチ。25:30 長友ループシュート。ネット右へそれる。26:25 香川、右からクロス、グアテマラデフェンス。28分までグアテマラ陣営でのプレーがつづく。32:00 遠藤→香川→大迫シュート。はずれる。35:00 長友シュートはネット右にそれる。39:00 長友、ファーサイドの岡崎へぱす。デフェンスに阻止される。40:00 右からのクロスでゴール前の清武へ。FK、キャッチするがこぼれ、もつれながら吉田シュート。はずれる。アディッショナルタイム;1分【後半戦】メンバー交替;清武out、本田in。大迫out、柿谷in。01:30 遠藤FK、直接シュート。GK正面でキャッチ。03:30 グアテマラのカンポージョ、ドリブルでゴール前まで運ぶが吉田対応。05:00 長友のクロスを本田ヘディングでゴールに押し込む。待望の先制1点。08:00 遠藤ミドルシュート。はずれ。08:30 グアテマラCK。ファーサイドをねらうがボールはブランクスペースへ。11:00 本田トラップで落とし長友へパス。長友クロスで岡崎へ。合わず。16:00 岡崎out、工藤in。グアテマラも2人メンバー交替。21:00 長友→遠藤ミドルシュート。はずれ。23:00 本田→香川→柿谷シュート、阻止される。24:00 日本CKショートで長谷部へ→香川クロスで工藤へ。工藤合わせてシュート。ゴール! 2点目。26:00 グアテマラのセットプレー、日本デフェンス。27:00 柿谷から本田へパス。阻止される。29:25 香川out、今野in。30:00 遠藤FK、直接シュート。ボールはゴール前でワンバウンドし、倒れ込んだGKを擦り抜けゴール! 3点目。31:00 グアテマラ、メンバー交替。33:00 長谷部の浮かせたロングパスを長友シュート。はずれる。 遠藤out、青山in。41:00 長谷部→工藤シュート、ネット左へそれる。42:00 長谷部のクロスを工藤シュート。GKキャッチ。43:00 グアテマラ、メンバー交替。45:00 青山のパス、本田ヘッドで落す。ボールはころがってGKキャッチ。アディッショナルタイム;1分。試合終了。 3−0でザック・ジャパン、グアテマラに快勝。 快勝はしたものの、圧倒的なシュート回数にもかかわらず成功率は低い。狙いを定めようとすれば一瞬の溜めがはいり相手の守備ができあがってしまう。溜めずにボールに反応すれば正確さに欠ける。そこがサッカーの難しさだが、ついついメッシ選手の精度と比較してしまう。過去の試合すべてに言えることなので、気にかかる。
Sep 6, 2013
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ヨーク朝最後のイングランド王リチャード三世(1452-1485; 在位 1483-1485)については、その遺骨が昨年527年ぶりに発掘発見されたことなど、このブログでも何度か書いてきた。きょうのCNNニュースは、その遺骨からさらに新しい事実が判明したと報じている。 遺骨を調べていた研究チームがリチャード三世が回虫感染していた事実をみつけたと、4日、英国医学誌ランセットが報告したというもの。 腸があったとみられる骨盤周辺の土壌に回虫の卵を発見、その他の遺骨周辺土壌からは発見されなかったため、研究チームは、リチャード三世の回虫感染を断定した。 この新事実が興味深いのは、リチャード三世の様々にとりざたされてきた性格、たとえばその一つの暴力性などについて、回虫感染症の臨床病理学的な症状例に照らし合わせて、あるいは信頼性のたかい推測ができるのではないかということ。乳児期から感染したとすれば、発達障害の可能性もあり、それと脊椎側彎曲症との関係如何も説明されてくるかもしれない。あるいは、常時、腹部に不快感をかかえていただろうから、それが性格形成に影響していなかったかどうか。・・・謎の多い王だけに、これからも新たな論議がありそうだ。 ところで、英国の医学誌ランセットは、権威ある専門雑誌なのだが、掲載論文のなかには一般人にもなかなか興味深いものも載せている。今回のリチャード三世の回虫感染症もその一例。かつては、イタリアとオーストリアとの国境のアルプスの氷河から発見された5,300年前のアイスマンの身体に発見された点状の刺青について、いわゆる東洋医学における鍼灸のツボに一致するという研究論文が載ったこともあった。 このアイスマン論文、私はたまたま国会図書館のバックナンバーを読んでいてみつけ、翻訳して故湯浅泰雄博士にプレゼントした。湯浅博士はすぐに電話をかけてきて、私の翻訳をもとにして論文を書きたいとおっしゃった。私は、「もちろんそのつもりでお送りしたのです。お役にたててなによりです」と申上げた。 話が横道にそれたが、「ランセット」は医学誌といっても、ちょいと目がはなせない面白い専門誌なのである。【関連報道】CNN 遺骨発見のリチャード3世に回虫感染、英研究チーム報告 2013.09.05 Thu posted at 15:57 JST
Sep 5, 2013
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A dayflower's bright blueIt sinks deep in to my eyes・・・a way in old age(露草の瑠璃目にしみる老の入り)When the morning will dawna dayflower would be in bloom againMe too will be again!(朝来れば咲ける露草われもまた)
Sep 4, 2013
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窓下に露草ありて朝陽かな 青穹露草の瑠璃目にしみる老の入り朝来れば咲ける露草われもまた
Sep 3, 2013
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今夜8時前、弟から電話があった。「知っていると思うけど、竜巻があったんです」と言う。「いや、知らない」と私。一日中テレビを見なかったのだ。「私の付近が竜巻にやられたんですよ」「やられたの?」「ウチは大丈夫だたんですけど、お向かいはやられたんです」「みんな怪我もなかったの?」「なんでもなかったんだけれど、停電していて、暑くて家にいられなくて、今、みんなで車のなかですごしているんです」「それは知らなかった、ごめん、ごめん」「そういうことですけど、心配いりませんから」「知らずにいて、悪かったね。気をつけてね」「じゃあ・・・」 その後、テレビニュースを見たが、随分おおきな被害が出ているようだ。弟の家が被害にあわなかったのは、偶然のように思えた。まさに紙一重のところだ。被害にあわれた方々は、まことにお気の毒。 弟の車は比較的ゆったりしたワゴンカーなので、セダンよりは楽だろう。もともと一家で遠出をするときのために、買い替えのときにワゴンにした。今夜一晩、車のなかですごすつもりなのかどうか。家に入っても、真っ暗ではしょうがあるまい。 昨日9月1日は、関東大震災から90年目。国を挙げての防災の日だった。その翌日の大竜巻とは皮肉だが、竜巻を避けるのはなかなか難しかろう。アメリカには大学の専門家が中心に、いわゆる竜巻ハンターもいて、その映像はYouTubeなどで見ることができる。しかし、竜巻の発生を抑制したり阻止する研究は、私は寡聞にして知らない。 弟一家には、明日になったら、こちらから電話してみよう。
Sep 2, 2013
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The shade, sixty inches squarea trifle but so gentle with meSevere heat of late summer(方五尺ひかげ優しき残暑かな)To eat three ice creamsThe while I barely came to myself Lingering summer with severe heat(みっつ食い人心地つく氷菓子)At last summer has past away?A butterfly flies like to be crazyin yesterday and in today(夏逝くや蝶狂い飛ぶきのうきょう)
Sep 2, 2013
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方五尺ひかげ優しき残暑かな 青穹 みっつ食い人心地つく氷菓子 夏逝くや蝶狂い飛ぶきのうきょう
Sep 1, 2013
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