『福島の歴史物語」

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2007.11.30
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「旦那様、今日の騒ぎはいかがでございました? 町の中では、不忠者の滋野多兵衛の切腹の話で、大騒ぎでございました」
「うむ、さもあろう。しかし不忠者は不忠者として、しっかり処断せぬと、御政道を揺るがすことにもなりかねぬからのう。ただ猫がのう。あの城中で死に損ないの猫が、多兵衛の肝を、喰いちぎりおった」
 高村は、玄関に上がりながら言った。
「はい。そこのところでございます。私も話を聞いて、肝を潰してしまいました」
「うむ、わしものう・・・。わしもあの場で見ていて、びっくりしたわ。あんなことがあるのじゃのう」
「はい。町の中では、『あの猫が、町に悪さをするのではないか』との噂で、持ちきりでございました・・・。本当に、大丈夫でございましょうか?」
 妻のおタカが、気味の悪そうな顔をして高村を見上げた。
「おタカ。お前までが何を言う。たかが猫ぞ。そんな猫に、何ができよう」
 高村はそう言って、笑いながら部屋に行った。
 しかしその心に、不安がよぎっていた。

「殿。あの多兵衛めに下げ渡していた猫のタマが、とんでもないことをやってくれまして・・・」
 輝季に報告に来た高村の顔は、さすがに引き吊っていた。
「うむ、聞いたわ。妙な猫であったのう。祟りなど、なければよいが」
「ははは殿。相手は猫でございまするぞ。祟りなど起こす訳がございませぬ」
 高村は空疎な笑いで、紛らわすように言った。
「うむ。まあそれならば、それでよいが・・・」
「ところで殿。江戸より早馬があり、一寸困った知らせが届き申しました」
「なに、困った知らせ?」
 輝季は、ちょっと目を大きくして、返事を促した。
「ははっ、実は殿。時宗の本山より『神勅之御礼弘通として赴く』との飛脚が参りました。そこで、早急に当藩の時宗である法蔵寺の現状を調べた上、御上人様御居間、賦算所、厠などを整備せねばなりませぬ。それに御到着当日に、領分境までお出迎えと警護の人選もすすめねばなりませぬ」
「うむ・・・。しかし今三春に来られては、困るのう。多兵衛の切腹など公儀に知られれば、ただでは済むまい。なにかお断りする方法は、ないか?」
「ははっ・・・。確かに殿の言われること、もっともでございまする。となりますれば、時宗本山に、御来錫御辞退をせねばなりませぬが・・・」
 時宗は、一遍上人智真により開かれた宗派であるが、幕府の保護もあって全国の遊行はその耳目にもなり、その道中は、十万石格式といわれるほど、公式化していた。輝季は、そのことを恐れていたのである。
「うーむ、高村。ちょっと待て。直接本山に御来錫御辞退を申し上げて、もし断られたら何んとする。断られれば、いかにも不味い。長谷川将監を使者として差し向け、江戸・日輪寺を仲介として御来錫御辞退を申し述べさせてはどうか」
「御意。ここのところの不作を理由に、申し入れをさせまする」
 三春藩からの申し入れを受けた時宗側では、修領軒の名で「当年の予定としては、、十一月に御城下・法蔵寺で『神勅之御礼弘通』の筈であったが、本年の越年場である仙台の真福寺への到着が、雪となる恐れがある。急ぐ必要があるので、よんどころなく貴城下には立ち寄れぬ。須賀川から、直ちに仙台に向かうこととする、との連絡があった。
———やれやれ良かった。
 輝季は胸を撫でおろした。

 三春藩は、輝季の曾祖父にあたる実季の妻が二代将軍・秀忠の室と従姉妹という由緒もあって、譜代並となっていた。しかしさすがに、ここまで代を重ねてくると、徳川家との関係は、自然と疎遠となっていた。輝季は、何とかこれ以上疎遠とならぬようにと努力してい
た。それであるから、正徳四(一七一四)年に行われた季侶の七代将軍・家継への初見は、輝季にとって喜ばしいことであった。
 輝季からこの知らせを聞いた高村も、平伏したまま嬉しさで顔を上げられなかった。
 高村は家に戻ると、急いで自室に、おタカを呼んだ。
「まあ、お帰り早々、そんなに嬉しそうな顔をなさって如何が致しましたか?」
「いや、ははは。嬉しそうなのが分かるか。実は良い話があってのう」
 高村は、今までに見せたこともないような笑顔を、おタカに見せた。
「あら・・・。それはようございました」
「実は季侶が、徳川将軍様と御初見の儀が、無事に済んだそうじゃ。殿も『いくら旗本とは言え、三春藩の分家じゃ』と申されて、大喜びされておられた」
「まあ、それはそれは・・・」
 おタカも、こぼれそうな笑顔を見せていた。
「季侶を殿のお口添えで旗本の秋田家に養子と出したときから、旗本秋田家の当主となることは当然と思っておった。しかるに将軍様にお会いできたとは、大した出世じゃ。わしとて、将軍様にお目通りなど、出来ることではないわ」
 高村は、まだ笑っていた。
「それに季侶は、まだ十八才。若いのにようございました」
「これで季侶も、旗本八万騎の一になった。わしも鼻が高い。もう秋田由来も宍戸由来もないわ。家老どもの、わしを見る目が、変わるじゃろう」
「旦那様、おめでとうございます」
「うむ、めでたいのう」







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最終更新日  2007.11.30 10:49:21
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