『福島の歴史物語」

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2008.03.03
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 私が六十三歳のとき会社の経営に不具合を生じ、全債権者および全社員の再就職に迷惑をかけることなく清算処理を終えると、心おきなく地方史にのめり込んでいった。捨五郎という名を襲名して丁度十代目という切りのよい私が、幾世代にも渡って続いてきた営業を止めたことについて自責の念がなかったと言えば嘘になる。この地方の歴史について調べはじめたのは、会社精算に対する謝罪の意もあったのかも知れない。そして小さな事だが、三春馬車鉄道の客車の復元に関してのそれなりの成功? もまた、その気にさせていたのかも知れなかった。郡山図書館が、私の新たな勤務先のようになっていた。
 女房がよく親戚や友だちに言って笑っていた。
「手間もお金もかからなくて、しかも家にいなければ図書館に行っていると分かっていますから、安心でいい亭主です」
 これには反論もならず、私も苦笑いをするのみであった。
 その私が図書館で別のことを調べていて偶然に見つけ出したのが、三鷹市のバベちゃんの先祖である『熊田文儀』の名であった。その名は、『福島県史 第三巻 九〇九頁』に出ていたのである。二~三冊の本を片隅に積んだままの閲覧室の小さな私の机の上には、その『九〇九頁』が開いたままになっていた。それには、次のようなことが書かれていた。

           口     上 
   去冬中より疱瘡流行仕中々難治有之死失之小児数多御座候処 
  去年中より牛種痘生候分ハ自然痘相感不申無難而相済候ニ付此度
  思召ヲ以御達ニ相成候御趣意於私共ニも難有奉感服候 伝之当宿
  者勿論安積三組村々小前之者共 為施種痘仕度願候 尤願之通御
  聞届ニ相成候ハバ右宿村々江夫々御達被成下置候様仕度奉存候 
  右趣何卒宣被御達可被下候奉願候 
                        以上
       正月廿四日
                       豊田三悦
                       村山玄沢
                       熊田文儀
    御郡代御肝煎中様
                  (天保五年諸願申立留帳)
     注 福島県史 第三巻 九〇九頁より、傍点筆者。

「うーん、これは・・・」
 一挙に、あの飯豊和気神社や如宝寺、そして磐梯熱海温泉の夕食の時のことなどが思い出された。この熊田文儀との突然の出合いに驚きながら、私は図書館特有の静かさの中で腕を組んで考えていた。 
 今ここで、種痘をしたという熊田文儀の名に出会うとは思ってもいなかったが、私は以前に探していた飯豊和気神社の境内にある筈だと言う顕彰碑と、如宝寺の墓碑銘と、そしてこの『口上』との三つが頭の中で瞬時に繋がった。この県史の記載内容によると、熊田文儀は天保四年に種痘を行った医者であったようである。
 図書館にいるのを幸いに、種痘の歴史を調べてみた。

 文政六(一八二三)年 シーボルトが牛痘苗を持参して来日、日本
            人に接種したが不成功に終わった。
 嘉永二(一八四九)年 オランダ軍医で長崎の蘭館医であるオット
            ー・モーニケが日本で最初の牛種痘に成功
            した。

 ところが福島県史によると、熊田文儀がモーニケより前の天保四年に、安積郡(郡山)で種痘を実施したことになっているのである。
 ──田中正能先生が言われていたのはこのことだったのか。県史に書かれている天保五年は、西暦で言うと一八三四年になる。それにこの文書によると、熊田文儀らはその前年の天保四年、つまり一八三三年に種痘を行っている。これが事実とすると、熊田文儀の方が日本で最初に成功したというモーニケよりも十六年も早いということになる。そうすると日本における種痘の歴史と熊田文儀の実施した種痘の年代が咬み合わないことになる。
 私は熊田文儀について、他にも何か分かることがないかと思って書架を漁ったが、これというものは見つからなかった。係員にも調べてもらったが、彼についてこれ以外の文献はないと言う。福島県史に記載されていた(天保五年諸願申立留帳)という括弧書きが、私の心を騒がせていた。
 机に戻った私は、目を閉じていた。ともかく、非常な興味が私を招いていた。血の繋がりがなく昔の人であるとは言っても、私とは遠縁にあたる人物なのである。
 ──大変なことに遭遇したのかも知れない。
 そうは思ったが熊田文儀の調査をするための、きっかけが掴めないでいた。それで私は、馬車鉄道を調べていた時の田中先生の話を思い出そうと努めていた。
「熊田文儀が、郡山村の医者であった」
 そう言われたことは覚えていた。それと田中先生が、
「熊田文儀は二本松藩主に命じられて、○○村で種痘を実施した」
と言っていたことも記憶にあった。
 ──あれは・・・、どこの村のことであったか?
 私は、まだ目を閉じたままであった。そこを心地よい睡魔が襲ってきた。
 ──○○村、○○村。
 瞬間、私の首が、がくっと落ちて目が覚め、現実に戻った。
「ん? ○○○村? 下守屋村・・・であったか?」
 誰かが見ていて笑った訳ではなかったが、眠気と照れ臭さを払いのける意味もあって、そう呟いた。
 ──下守屋村と言えば、今の郡山市三穂田町下守屋のこと。ということは、『熊田文儀の顕彰碑』が奉納されているという飯豊和気神社のあるあの妙見山のある集落のことではないか! そうか、三穂田町の郷土関連資料を調べればなにか分かるかも知れない。
 郡山図書館の二階は、学術資料や郷土資料の保存に特化されていた。そこで私は、安積郡や郡山市関連の棚を懸命に探しはじめた。しかし、なかなか三穂田町に関しての資料が見つからなかった。
「うーんっと・・・」
 随分探した棚の一番下左側に、薄いパンフレットのようなものが、まとめて置かれていたのに気がついた。
 ──この中に何かあるかも知れない。
 私はそれらの一冊一冊に、丹念に目を通しはじめた。そして三穂田町史探会より発行されたガリ版刷りの、『郷土乃歴史』という古いパンフレット見つけだしたのである。
 ──これかな・・・。
 書棚の前に立ったままページを繰っていたそのパンフレットに、次のような記述があった。
「あった、あった、これだ!」
 思わず私は、小さな声で呟いた。






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最終更新日  2008.03.03 09:43:21
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