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ファン的にはなんて盛りだくさんの贅沢なガラなんでしょ。オイシイ演目ばかりで観るのに忙しいし、ぼーっとしてられない。ルジ先生、やり過ぎではないか?定期的にフェロモン放出しないと身体がなまる、とか...?だってねー、出だしが「シェヘラザード」ですよ。いきなりそれで来る?フツー。紛れもなく10月に頭に血が上った、エラ呼吸しないと窒息するであろう、金の奴隷姿のルジが登場。これで一気に観客の血圧を上げる気なのか?(心臓が弱い方は、お薬をご持参ください...)アダージョだから別にシャリアール王のことなんか気にしなくていいし(笑)、もう思う存分やりたい放題、オレ、奴隷だったっけ?くらいのまるで遠慮なしの悩ましい黒豹。でも決して卑猥じゃないのが不思議~。多分あの鋭い目のせいじゃないかなー。(コルプだったら「ヤバイ世界」になると思われる)まだまだこれから、な半端なところでシェヘラザード終了。(却ってモヤモヤ)ふー。熱々...。しかも、こんなの序の口。ルジ版「牧神」は、ルジの美しい手が強調されて、大人な雰囲気が最高。これにはマハリナとでなくちゃ、こんなモノクロでかっこいいなんとも言いがたい味が出ないでしょうね。胸をはだけるシャツとジャケット姿がナルシストに見えないで、男らしい~になるのは何故なんでしょう。自分でマハリナのストラップを引きちぎっておいて、ジャケットをかけてあげるのはどうしてだ?という疑問の前に、「やっさしぃ~」と思うのって、やっぱ変?「阿修羅」は多分、息してなかったんじゃないかと思います>自分。息したら見逃すぞ!くらい微動だにせず見つめてました。阿修羅が辿った運命とか、興福寺の無垢な少年のような阿修羅像とか、どれも惹かれるし題材自体も、ルジがどうアプローチしてくるか、ものすごく興味がありました。照明があたった瞬間、ルジの目があまりにピュアで「無垢」を感じさせる無我の境地に達していて、思わず引き寄せられました。まるで何かの呪文や印を結ぶように、あまりにもなめらかに静かに「動き」、まだ脚だって動かしてないのに、すでに目は釘付けに。和の音とこれほど調和するとは、観る前には考えられなかった。互いの緊張感が最大限に引っ張られ、静かに、しかし徐々に、確実に確信を高めていき、音と目には強さが宿り始める。もう、ただ観ることに集中してしまいました。その後の「怒り」「戦う」阿修羅がまた美しい...。あの髪型が異様に似合ってた。今じゃあれ以外考えられません。やっぱり白塗りじゃなくて正解よ!>ルジ。振付してくれた岩田さん、いい仕事してくれました。ルジの新たな魅力を引き出してくれてありがとう、って感じです。全てのポーズに惚れました。絶対反則な「ボレロ」。ルジとフラメンコって、ススピロ~のときは特にいいとは思ってなかったので、それほどではないかな、などと思ってました。えー、完全に侮ってましたね。ススピロ~はまだルジがフラメンコのリズムからは浮いて見えて、「無理があるかも」と思えたんですよね。馴染んでないというか。「ボレロ」では、まったく自然に出てくるんですよ。何がというと、フラメンコ独特の動きとか、音楽のカウントとか(ボレロの一定のカウントでなく、フラメンコ的なカウントとゆーか)、そのタイミングと流れが、じわじわと熱く温度を上げていくところとかが、スパニッシュになっている!ロサリオがフラメンコ・ダンサーの例に漏れず、胸がはみ出すほどボリュームがあるせいか、バレエ・ダンサーと違ってルジが顔をうずめてかき抱くと、かなりエロい感じが。ロサリオいいわ~。適度に迫力ある体形(フラメンコには大事)で、適度に美人でおばさん過ぎない(フラメンコだと年増がいいのだが)。粘りのある踊りで肩から腕がくねり、難しそうな布使いをこなし、これが得意そうでうまいんだ。繰り返される音楽とともに、一斉にリズムを刻み高揚していく踊り。この繰り返し、やたら激しいわけでもないのに、ルジがやたらとかっこいいんだけど!!フラメンコに馴染んでるといっても、かなり際立ってるんだけど!!最後に、もう一度クライマックスをリピートするとき、客席に向ける目から閃光が走ったのではないかと思ったよ。初日は正面ど真ん中に座ってたので、睨まれたかと思って固まってしまった。お願い、最終日録画して~~。そのほかの人たち(すいません、ひとくくりで)はあとでゆっくり思い返すとして、ちょっとだけ。ペレンの眉毛どうしちゃったの?それが流行り?エフセーエワの髪型と化粧が似合わん。髪型だけでもいいから、誰かなんとかしてやってくれ。天真爛漫な笑顔と踊りは◎。プハチョフはほんっと綺麗な踊り。前髪がつくづく惜しい。クテポワ(初日)とヴィジェニナの黒鳥。ふむ、やはりこれで魅力的に見せるのはかなり難しいことであると思われ。初日に奥さん持って来たのって何故に?シヴァは特別にかわいい。踊りが重いとかゆるいなんてことは、この際忘れる。キメの目つきがなかなか男前になってきたような。子犬系なかわいさも混在。マハリナの「道」も良かった~。なんだかじんわり。コルプlove。カテコでパートナーに対するやさしさがすごく溢れてました。踊りは変態なのに、この紳士な姿!ペレンも照れてたんじゃ?あと一回かと思うと終わるのがもったいない!しかし観たい!(板ばさみ...)
2007年06月30日
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ここ何日かいやなことが起きて、気分はどんよりしてました。たいていのことだったら切り替え早いんだけど、今回はあんまり無神経で心無い会社の対応に、ちょっと怒ってしまい、大いに失望してテンションががっくり下がってしまいました。あーあ、まさかこんな暗い気持ちで初日を迎えるとは思ってなかったわ。ルジが膝の手術で12月のライモンダ降板、というチラシを淡々と見てしまい、この無感動は(やばいな)と。正直なんも感じないかもしれんなー、というくらいどよどよしてたのが、ちょっと浮上しました。あのルジを観て、なんも感じないわけないわ。すごいわーー、やっぱり。素敵4連発でした。ルジ、ありがとー。冗談半分本気半分でマハリナと「牧神」やってくれないかなーと前に書いてみたとおり、ルジとマハリナのスタイリッシュな牧神がプログラムされてました。(ああ感涙)ダンディー(って死語か?)なルジが観られて幸せ。美しすぎるのは、罪です。マハリナだからついでにシェヘラザードを是非~!と思ってたら、あはは、これも入ってました。ルジ素敵~~。マハリナとはリハーサルいらず(らしい)のシェヘラザード。もう、貴方たち完璧!マハリナ、来てくれてありがとう!奴隷なルジも素敵ですが、海賊のアリを踊ってくれたコルプは、悪徳奴隷商人にしか見えなかった。だってあの目つきが~~。ってそこが好きなんだけど。コルプってほんと、しなやかで胡散臭くて大好き。(なんじゃそら)阿修羅はもう、ずーっと観させて!ってくらい素晴らしいものでした。和の音とものすごく一体化してて、抑制された動きが滑らかで力強くて、光と影のコントラストも美しかった。ちょっと呆然と見入ってしまいました。ボレロでトドメを刺すつもりだったのか、ルジ?本当に膝を悪くしてるのか?と疑いたくなるようなシャープでスパニッシュな、それはそれはかっこいいルジでした。ボレロの曲とフラメンコがこんなに合うとは~。ルジはフラメンコというものがすっかりなじんでるようでした。繰り返される曲とフラメンコのリズムが自然に踊りと融合してました。ルジが牛頭人身の役だなんて、月の彼方に忘れてました。牛があんなにかっこいいわけないって。プログラムのプロフィールに使われている写真も素敵です。秦さんが撮影された、陰影のあるルジはホントに素敵ですね~。プログラムは、買い占めたいくらい素晴らしいので、ルジ・ファンでない友人にも見せびらかしたいくらいです。でもさすがに電車の中では見れませんな~。恥ずかしくって。ははは。あと2回観られるなんて、幸せです。今日はテンション上げていくぞ。
2007年06月29日
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お誕生日おめでとう、ファルフ「この出会いは必然!」と思えるものに巡りあえるってよっぽど幸運なことなのよね。まー、ファンの誰もがそう思ってるわけで。(笑)同じ時代を共有してるのに、あのまま気づかないでいたかもしれないと思うと、やっぱり出会うべくして出会ったと勝手に思いたい。ルジを観てると、人の才能は無限なんだな~、とひたすら感嘆。同じ人間の創り出す世界に、これほど奥行きがあるとは。まだまだ奥深そうです。(阿修羅なんて、今のところ得体も知れない!)これだけ極めてきて、まだ未知なる部分を持っている。これは相当すごいことです。なんて深いんでしょう~。それはさておき。お誕生日おめでとう!!諸々の感謝の気持ちとありったけの愛を込めて、生まれてきてくれてありがとう~。ルジにとって幸福な一年でありますように。ところで今更ながら、昨年の今頃巻き込まれていたラスプーチンの日本公演の写真がありました。(全然気づかなかった...)半端なくのめりこんでるルジはド迫力でこわいくらい。これだけ見ると、なんつーおっそろしいドラマが!?と腰がひけてしまうけど(火曜サスペンス劇場よりコワそうだ)、すごーく楽しかったんだよねー。もう一年前なのね。
2007年06月26日
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ひぇ~、あと5日!嬉しいやら焦るやら。ルジマトフを観るということは、なんだか自分も「ちゃんと」してるかな~、と我が身を振り返ることでもあります。ミーハーな気持ちも十分ありつつ、いつも真剣に全力投球のルジを見てると、自己反省したりして。いざ久々にその姿を目にするとなると、一度姿勢を正して「ちゃんとしよう...」と思ったり。(何をだ?)なんでかな~?やっぱり尊敬してるから、でしょうかね?言葉で言うのは簡単だけど、「全身全霊をかける」っていうのを毎回目の当たりにしちゃうとですね、それも一瞬一瞬に魂を込められるとね、そのすごさに圧倒されて、ただ口開けて「すごいなー」では済まされないような気がしちゃうんですよねー。ルジの舞台に大いに触発されて、「なにかしなきゃ」とか思うくせに、次の舞台が来て、果たして「何をした?」「何かした?」と思うとですね......むーー。真剣な人は目つきが違うんですよ。だからルジも眼光鋭いのでしょうけど。阿修羅は特に本気で怒りと悲しみを込めてきそうで、直視できるかしら。前にダンマガの写真を見て感じた、阿修羅の「屈辱」という感情がちょっと忘れられないんですね。あ、いや、写真の解説にはどこにもそんなこと書いてないですけど、燃える目に映る怒りの中に「屈辱」が宿っているように見えたので、こういう感情を見るのは初めてだなぁ、と。善でありながら悪に力で屈服してプライドも意地も剥がされる、とでもいうんでしょうか。一体どんなだろう。ちょっとドキドキしてきました。そうそう、白塗りじゃないといいなぁ。どれだけ間口をオープンにしても、それ以上のものを感じ取らせてくれるだろう、と期待しています。ルジだから。
2007年06月24日
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クレーメル&クレメラータ・バルディカの演奏を聴いてきました。前知識はこれだけ。ちょっと見ではコワそうなクレーメルが、演奏中泣きそうなやさしい爺やになるお顔を見て、「どんな音を出すんだろう…」と思った(どんな音や?)のは、半分真実です...。Program Bマーラー:交響曲第10番より「アダージョ」 (編曲:H.シュタットルマイヤー&クレメラータ・バルティカ) (リーダー:ギドン・クレーメル) ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン・ソナタ Op.134(M.ジンマン & A.プシカレフ編曲によるヴァイオリン、パーカッションと弦楽オーケストラ版-日本初演) 第1楽章:アンダンテ 第2楽章:アレグレット 第3楽章:ラルゴ (ソリスト:ギドン・クレーメル) カンチェリ:リトル・ダネリアーダ (日本初演) (ソリスト:ギドン・クレーメル) ピアソラ:ブエノスアイレスの四季 (編曲:デシャトニコフ)ブエノスアイレスの「夏」「秋」「冬」「春」(ソリスト:ギドン・クレーメル) マーラーの「アダージョ」は、弦楽合奏用に編曲された版。ずっと光のトンネルに包まれているような、ふいに揺らぐような、幻想的で美しい演奏でした。ついでに「アダージェット」が聴きたかった。目を閉じて聴いていると、どうしても瞼にルジが浮かんでしまいました。光の中に天使のようなルジがやわらかく肢体を伸ばし、音の透明感と一体となり、命のまぶしさを永遠に踊っているようでした。同じマーラーとはいえ(タイトルも似てるけど)、連鎖反応?ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」は良かった。ところどころヴィヴァルディの四季っぽいと思うところがあるな~と思っていたら、クレーメルがヴィヴァルディの四季と組み合わせて編曲したそうです。季節の曲順は入れ替わりもあるそうで、今のこの暑さには「夏」からがちょうどいい感じ。「夏」は熱気と蒸し暑さに、パワーと激動を感じ、ふと思いついたのはマドンナが演じた映画「エビータ」。激動のアルゼンチン・民衆の熱狂を思い出しました。余談ですが、マドンナが民衆の前で歌う「Don't cry for me, Argentina」はいい歌です~。「秋」は少し哀愁を帯びて、じっくりと深みを増してゆき、タンゴとクラシックがうまいぐあいにコラボしてる感じが心地よい。「冬」はブエノスアイレスなだけに、凍りつくような寒さではないですね。最後のほうに美しい曲調が流れて...冬のきりっとした空気に春の日差し、みたいなイメージでした。「春」...もうこの部分にくると、なにがどういう曲だったのか思い出せないのだけど、「ブエノスアイレスの四季」は一番期待してなかったのに、一番印象深かったです。(なら、思い出せよ~)そしたらHMVでこんなCDが7月に発売されるとか。ヴィヴァルディの四季と、ピアソラのブエノスアイレスの四季を交互に演奏したオーケストラ・アンサンブル金沢の録音です。ピアソラが夏から始まるのは、作曲順だそうです。ところどころヴィヴァルディの断片が入っているのは、アルゼンチンが南半球にあることを意識してちょうど正反対の季節の断片を入れたのではないか、ということのようです。「夏」には「冬」の断片が。なんか粋だな~。 ショスタコーヴィチとカンチェリは好みでなかったので、さくっと割愛。クレーメルは繊細系で一音一音すっごい気を使ってそうな感じ。なぜお目々が泣きそうなのだ~。席が悪かったのか、やさしい音なのか、ソロが突き抜ける感じが少なかった、かな?
2007年06月23日
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マエストロ~。今年の冬も、どうぞあれこれ演奏してくださいませ。昨年は「とことん!ルジマトフ」のチケット代にビビッて、せっかくのアニーなのに第九しか行かなかったから、今度はちゃんと行きます。とりあえず一発目は『ドラマチック三大協奏曲』。アニー・ファンの友人にお知らせしたところ、「聴きます」と即答。レニ国の「眠り」はアニー(多分)、と申し上げたところ、「観ます」とこれも即答。あの指揮姿に惚れたファンが身近にいると、なんかうれしい。どこがいいっていうツボが同じなんだよね。そんな話をしていたら、興味を示した人よりご質問。「髭面の人?」一瞬ぽかーーーん。ひ、ひげはない。「かっこいい人?」うーん。かっこいいかどうかは、主観が入るなぁ。個人的には、かっこいいというか、かわいいというか、素敵というか、指揮する姿はかっこいいし、癒されるというか~。などとぐだぐだ。ファンの友人「白くてきれいな手が~、こう(タクト振るまね)して、あぁして~。それが美しくて~」「指揮が終わるともう、(脱力で)ヨロヨロしてて~」「えっ?爺さん?」あぁ、もう説明するのやめましょ。変な誤解を生んでますから~。「髭といえば、同じロシアでも暑苦しいゲルギエフ、ってのがいます~」「あっ、それそれ。それかと思った。」あぁぁぁぁ、どうぞご勘弁を。決してゲルギーは白いたおやかな手じゃありませんし、見た目で癒されることなんて、決してありませんから!!質問者は、ゲルギーの「シェエラザード」(CD)をお持ちでした。えぇ、あれはいいですよね。まさかあの顔で汗搾りながら指揮してるとはとても思えない、美しい音楽ですよね。どうしても美しいとは無縁のような気がするのに、音は秀逸ですよね。人はみかけじゃない、いい見本ですよね。目を閉じてればいいんだもんね…。結局、アニーの魅力は十分に伝えきれなかった。マエストロ、ごめんなさーい。タクトを振る姿はまさに「俊英」!!!それなのにあの心もとない歩き方。まったく愛すべきキャラクターだなぁ。
2007年06月19日
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牧阿佐美バレヱ団の『眠り』を観にいってきました。観にいってきたというより、聴きに行って来たというほうが正確ですが...。すいません。と最初に謝っておくと、踊りのほうは、7割方観てませんでした。もうホントすいません。寝てたわけじゃありません。ちょっと他に気になって仕方ない御方が...。指揮棒を振っていらっしゃるんですもの~~~。はい、本日の指揮アニハーノフさんを観ておりました。演奏は、ロイヤルメトロポリタン管弦楽団。このためにわざわざ来日されたのか、他でも振るのか、まったくわかりませんが、愛しのアニーが、マリモがタクト振ってる~~♪うーん、自分相当マリモが、いえアニーが好きなんだな~。管弦楽団は違えど、「アニハーノフの」眠りでした(らぶ)。席からは実はまったくマリモが見えなかったのですが、ふと見渡すと、音響室?かなにかのガラスにしっかりちゃっかり、アニー様が夢中でタクトを振るお姿が、ばっちり映っておりました。顔が舞台向いてるのに目線がそっちって、ちょーーっと怪しかったけど、見たい誘惑には勝てず。そんなガラスに映ったアニ様の白魚のような長いお手々が、ひらひらと舞って、それはそれは美しいものでした。手があんなに美しい指揮姿もめずらしいんじゃないかしら。ゲルギーに至っては、指揮棒なんかどうだっていい持ち方してて、手は小刻みに震え(ゲルギーだからまるでアル中に見える)、かなり汗ばんでおり、お世辞にも指揮姿が美しいとは思えないんだよね。(でも音は好き)アニ様は手から音楽が流れてるみたいで、惚れ惚れ~としてしまう。今日は飛び上がってたかどうか確認できなかったけど、実にさまざまな指示を出してるのがよーくわかって楽しかったです。音を下から放り投げるような仕草や(わっと音が広がる)、シュッと音をしぼる瞬間とか、迫力を増す合図だとか、音を抑え目にするだとか、後ろ姿なのに伝わってますよ、マエストロ!アニーのテンポはこれ以上ないくらい、音楽にぴったりとくるから、これがフツーなのかと思ってると、そうでもないんですよね。世間には遅すぎて「ありえん(間延びしすぎ~)」だったり、速過ぎて「早業に自己陶酔してるな」とか「それじゃ踊れん!」なんかがあって、あぁ、違~う~、とむず痒くなってしまうこともしばしば。ローズ・アダージョの重厚な盛り上がりは、「おぉ、アニー!」(ひとり感涙)ためしに手持ちのほかのCDと聞き比べてみたら、音がはっきり違います。中盤までの繊細な音の細やかなこと。姫の初々しさ・華やかさが音に乗ってるようです。透明な音が次第に厚みを増して朗々と流れ、壮大に広がっていき、オーロラの誇らしい浮き立った気持ちを後押しするような演奏。(あ。ここでいう姫はどうしてもエフセーエワちゃんになってしまうのをお許しください)自分とこの管弦楽だったらもっと怒涛の迫り方だったと思うけどね。(鼓膜が破れそうなレベル...。1階前方上手寄りなんかに座ったら、ショックで倒れそうな危険区域だから、心臓が弱い方はお気をつけあそばせ)間奏曲、やらないのか~。くすん。と思っていたら、オーロラが目覚めてから王子とふたりで踊るシーンがあって、そこに使われていました。個人的には間奏曲はヴァイオリンの調べにうっとりしていたいので、王子の着地音などが聞こえないほうがよかったけど。ですから、踊りはほぼそっちのけ、でした。相すみません。曲が良すぎて、へたに振付けてもぴんとこないというか、曲が立ち過ぎてかえってぼやけるというか...多分創作意欲を掻き立てる曲なのでしょう。目覚めたばかりのオーロラが王子と初めて踊るPdDにしては、叙情的すぎるかな~とも思いました。ところで主役のふたりは、伊藤友季子さんと逸見智彦さん。伊藤さんはかわいくて細くて愛らしいタイプでした。幻の場面でポワントが滑ったのか、すとーんという感じで尻もちをついてましたが、何事もなかったように最後まで踊っていました。どこも痛めてないといいですね。逸見さんは、喜怒哀楽がいまいちよくわからないタイプでした。踊りは好みではありませんでしたが、王子系、なのでしょうか?カテコのアニーはいつもように、ちょっとテレ気味でちょっと笑顔。演奏が終わって体温が上がってるのか、顔を赤らめておられました。指揮をとる姿は勇ましくも美しいのに、ご挨拶のときは一体どこに身体を置いたらいいのか(毎回)迷っているみたいに、あの美しい手を持て余してどきまぎしてるんだから、なんてラブリーなんでしょ。演奏と違って控えめなアニーが、究極にかわいい瞬間です。。あなたの「眠り」が聴けて、幸せです~。
2007年06月16日
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光藍社さんからDMが来まして、『ルジマトフのすべて』にイーゴリ・コルプ出演決定!と小さく書かれているじゃありませんか~!サイトの方にはなにも書かれてませんが、うわ~ん!ちょっと嬉しいよ~ん。何を踊ってくれるのかな。ルジとコルプを一緒に観られるなんて、2005年のルジすべ以来です。わくわく♪もう再来週なんだよね。実感わかないけど、ちょっと焦るわ。29日は仕事をきっちり18:00に終えないと。なんとしても終えないと!!!(力が入る)そうそう、光藍社さんのDMには、レニ国冬公演が「ばばーん」と大見出しで、『次回DMにて発売開始!』と雄叫びが。7月中旬頃発送予定だそうで。待ちきれませんわ。劇場名は「レニングラード国立バレエ -ムソルグスキー記念-」のまま表示するみたいですねー。芸術監督 ファルフ・ルジマトフ指揮 アンドレイ・アニハーノフ 他予定ソリスト ファルフ・ルジマトフ...の文字を見ると、なんか嬉しくなっちゃいますね。芸監ファルフ様!そしてアニー様!ゲストじゃないファルフ様...いやー、楽しみです。あと半年後!?今年も、もう半年経ったのね。早いわ。
2007年06月16日
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うぉっ!光藍社さんのサイトを空しく日参していたら、レニ国冬公演の演目が出てる~!予定ソリストにちゃんとファルフ・ルジマトフの文字が。ほっっっ。ルジの芸監としてのコメントもあるっ♪えーと、演目は、くるみ、眠り、白鳥の湖、バヤデルカ、ドン・キホーテ、新春特別バレエ。えっ!ドン・キ!?????キャストはまだ未定なのに、頭では妄想が始まる....。どうか、どうか、ルジ様が1回でいいからバジルを踊ってくれますように!!!もうもう、毎日星にお願いしちゃう!あと何日?あといくつ寝ればいい?わーい、わーい、神様ありがとう!!(だからまだ決まってないってば)おかーさん、イイ子にしてればいいことあるよね?お願い、イエスと言って!
2007年06月14日
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結局観にいってしまった、サラファーノフのバジル。去年ソロルを観たときは、この先「サラファーノフ目当て」で行くことなんてないだろうと思っていたのに、彼のバジル観たさに行ってしまいました。想像通り、すごーくかわいいバジル君でした。超素直そうで無邪気すぎる~。まるでワンコロのように人懐こい笑み。うんうん、悲劇の主人公にはまだまだ足りないけど、この人の良さは明るいバジルにはいいかも~。本人も楽しんでるのが十分伝わってきました。テクニックのことはよくわかりませんが、なんて軽々といともたやすく、あっさりとキメてくれるんでしょうか。なにをしても「余裕~~」な感じなのが、「レベルが違う...」あの細身でスタミナもあるんですね~。幕が閉まる最後の最後まで「るん♪るん♪」と過酷といわれるヌレエフ版の複雑そうなパを楽しそうに踊ってました。コール・ドも一斉に踊ると、余計に踊りの美しさが目立つ。全幕通して観てると、サラファーノフの踊りってきれいなんだな~と思いました。パとパのあいだの身体の運びにニュアンスがあって、なんか優雅なんだわ。やわらかさとアクセント。微妙にして絶妙な、「きらきら」を感じる大事な要素を、さすがマリインスキーのプリンシパルは持ってました。こういう特別なものがないと、「なんかね~?」で終わっちゃうんだよね。いかん、またひとり興味が湧いてきてしまった。キトリの上野水香さんは、個人的にはそれほど響かないタイプでありました。好みは人それぞれ、ということで、「きらきら」を感じないのはいたし方なく。キメるポーズはきれいなのですが、そのあいだがちょっと、、、。そういう意味では、この日ドリアードの女王だったマルタ・ロマーニャの腕の運びがやわらかくてよかった。1幕でコミカルな演技をしていた水香さんは、2幕でなぜまるで笑みがないのだろうか、と不思議に思いました。場面的にも、華やいだ表情でドルネシア姫を演じてくれたらなぁ、と思ってしまったのでした。エスパーダ役のミック・ゼーニはなかなか好青年でマルでした。前日のバジル役では、ロマーニャとともに失速したそうですが、エスパーダの衣装が似合ってましたわ。ちょっとはにかみ屋さんでいい人そうなエスパーダでした。マントさばきがさばけてなかったけどね~。サラファーノフの気持ちのいい踊りが観られたので満足です。ドン・キは楽しくて大好き~♪ さーて、次はザハロワとウヴァのドン・キだ~。(←結局チケット取ってる)
2007年06月14日
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<つづき>ふたりの愛憎劇と対照的に進む、リョーヴィンとキチイのおずおずとした静かで満たされた幸福。リョーヴィンは田舎の領地で農地経営をしている貴族で、都会とか社交界とかいったものには相容れず、気詰まりを感じている、とても繊細で神経過敏な若者。子供っぽく不機嫌にもなる。世渡りも下手で、感性は鋭いのに、自分の考えが交錯してまとまらず、ある意味洗練されていない。自分の信念も定まらず、悲観的になったり突然光を見出したように感じたり、一見情緒不安定に聞こえるかもしれないけど、ものすごく突き詰めて考える真面目さが、過剰で一途に見える。彼が初めてキチイにプロポーズして断られるときに受けた、絶望感。キチイは彼のことを(あとから言ったように、このときからすでに)愛していたけれども、恋していなかった。にもかかわらず、プロポーズされたことに恍惚とした喜びを感じていた。やっとのことで、「そういうわけにはまいりませんの」と言う。こういう表現は映画ではごっそりそぎ落とされておりました。小説で受けていたリョーヴィンの人物像が、映画のキャストではあまりに違ってたのが残念。キチイがたとえ療養生活を終えて成長したとはいえ、とてもリョーヴィンに想いを寄せるようになると思えない。神経質なリョーヴィンは、映画のようにスチーヴァ(オブロンスキー)に「キチイはどうしてる?」とひとつ聞くのも気軽にできないような性格。ところが、快活で美しい貴族のスチーヴァが、リョーヴィンの子供のように有頂天な表情に見とれたりするのだから、彼が映画のような髭の濃いおっさんでは、断じてない!!と思うのですが…。小説のリョーヴィンは、絶えず自問自答して、表面的にはまるで卑屈で気難し屋にも見えるけど、神経の細やかさを不器用さのためにスマートに振舞えない、実は人間らしい愛すべき人物なのだと思う。結婚するとき、彼は信仰を持たないのをキチイに重大事項として打ち明ける。彼の疑い深さが、神を完全に信ずるのを拒んでいたようでもあるし、「適当に」信仰することはできなかったのだと思う。キチイはそれを理解し、信仰を持たない彼が、どんなに素晴らしく誇らしい人間であるか、を思っておもわず微笑み、「どうか、彼のような人間になってね。」と小さな息子に口づける。百姓と何気なく交わした言葉に、まるで啓示を受けたように、リョーヴィンは「神や信仰」の意味を悟って、突然何もかもが明るい光で満たされたように感じ、自分自身も変わったように思う。ところが、現実に触れたとたん、もとのように不機嫌な自分に一変してしまい、あの気持ちはどこへ行ったのか、とまた自問自答。これだけ熟考するリョーヴィンは、実は誰より懸命に純粋な魂を求めているのかもしれない。そして自分の感じた「信仰」とは、すでに自分の中にあったと気づく。相変わらず自分は、腹を立てたり冷淡になったり、困惑したりいらだったり、そういうことは変わらないけれど、これまで無意味だと思っていたことが、家族を持って突然意味のあるものになったのだ。人はいずれ死ぬのに何故汗水たらして働くのか、とか、百姓の相談にのってやらなくちゃいけないこととか、労多くして実にならない農地経営とか、そういったこともすべて。リョーヴィンの心の変化は、誰にも語らず、妻にも打ち明けるのをやめてしまったけど、リョーヴィンが人間としてしっかりと生きて、大地に根付いたように感じた。(映画ではヴロンスキーに向かって語ってたけど…)あれほど不協和音でしかなかった、アンナとヴロンスキーの関係は、アンナの死によって、どんな後悔や懺悔をヴロンスキーにもたらしたのか。彼の愛情はほんとうに消えていたのか。彼は多くを語らなかったけど、それは彼を打ちのめし、「生命に嫌気が差した」彼は、連隊を率いて出征する。出会った頃のアンナの印象をもう思い出せないというヴロンスキー。映画ではなぜかヴロンスキーとはほとんど面識のないリョーヴィンが、出征する列車の中で彼に「神の存在に気づいた」くだりを話す。ヴロンスキーの気持ちにしてみれば、他人の信仰心など今語られても「うっとおしい」だけのもの。なぜ、ここでリョーヴィンだったのだろう?小説では、リョーヴィンの異父兄コズヌイシェフ(病死した兄とは別人。映画では一切出てないのがもったいない)が、リョーヴィンに会いに行く道中、同じ列車に乗り合わせ、ヴロンスキーの母に頼まれて彼の話を聞く。ヴロンスキーは一言も彼女を愛していただとか、なんて冷たい仕打ちをしたんだ、とかは言わない。彼の胸は深くえぐられてしまい、死に絶えて空洞になってしまった。口争いしたまま別れた、自分を威嚇するアンナしか思いだせずに苦しみ、顔をゆがめて慟哭する。ただ無意味になってしまった自分をどこかで葬るために、戦地へと赴く生きる屍のようなヴロンスキー。彼は人間として破滅し、アンナの目的は一番不幸な形で成就されてしまった。愛を失って無意味になったヴロンスキーと、愛によって意味を見つけたリョーヴィン。人生を謳歌していたと思われたヴロンスキーと、結婚するまで暗いトンネルにいたようなリョーヴィン。対照的な二人の人生は、どこかで反転したように、くっきりと明暗を分けてしまった。1600ページ以上を、もう一度読み返してみたいと思う。
2007年06月09日
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小説『アンナ・カレーニナ』を読みました。上中下巻合わせて1680ページを超えるという、ちょっとしり込みする分厚さではあるけど、読み始めると止まらなくなる。通勤途中にちょこちょこ読んでたので、いいところでちょうど駅に着く、という実にもどかしいものでありました…。トルストイの人物描写・心理描写が秀逸で、実に仔細に書かれている。そこまで書く!?という部分もある一方、だからこそ理解できる心の内。登場人物が多くて、○○伯爵夫人とかファーストネーム◇◇とロシア特有の愛称△△が全て同じ人物であったり、途中で??となったりするけど、それほど混乱しませんでした。アンナは絶世の美女という類ではなく、彼女を印象づけるのは、神秘に満ちた美しさ以上に、人を惹きつける聡明な雰囲気や、情熱を秘めたきらきらしたまなざしや、情感の豊かさ、華美でない気品、素直さ、誠実さといったもので、それを巧みに描写している。兄のオブロンスキー(この兄がまた愛すべき人物で…)でさえ、不実な妹であるアンナを、どれほど素晴らしい女であるか、称えてやまない。アンナを快く思っていなかったリョーヴィンまで、不遇な彼女に初めて会った時、正確には彼女の雰囲気を素晴らしく表した肖像画を目にしたとき、思わず引き込まれてしまう。アンナと言葉を交わすうち、「これこそほんとうの女だ!」と心の中で賛辞する。リョーヴィンはこの時、最愛にして身重の妻がいるにも関わらず。アンナがヴロンスキーと幸せでいられたころ、それはカレーニンにも打ち明ける前の、ヴロンスキーが熱烈にアンナに懇願していたころではなかったか。心をかき乱されるヴロンスキーに対して、愛しているなら気持ちが安らかになるようにしてほしい、と言うアンナに、『だいたい、安らぎだなんて、ぼくは知りませんし、差し上げるわけにもいきませんよ。でも、ぼくの全部、ぼくの愛なら、喜んで。』アンナは、言わなければいけぬことを何ひとつ答えられず、かえって愛情に満ちたまなざしをじっと相手にそそいでしまう。ヴロンスキーはこの瞳を見て、アンナは自分で白状している、と有頂天になる。結局アンナは彼を遠ざけることはできず、深みにはまっていく。アンナの息子(カレーニンとの子供)への愛情は並大抵のものではない。ヴロンスキーとの間にもうけた女の子には、愛する人の子供なのにまるで関心が薄い。どうしてか、母性が湧かないのか、愛情をそそげない。(映画では、流産したことになってますが)ふたりで女の子を連れてイタリアへ旅立った当初は、アンナの健康も回復してすっかり幸福「を感じていた。けれどそれもつかの間。ヴロンスキーはイタリアではすることがない。ロシアへ帰ろうとなったら、アンナは息子に会えると信じて疑わず、密かに手紙を書き送る。映画ではヴロンスキーが無神経にもアンナをロシアに連れ帰ったように見えるけど、そうでもない。周囲がどんなに説得しようとしても、アンナがどうしても離婚の話をしようとしない。離婚イコール息子を永遠に失ってしまうからであり、それがどれほど彼女を苦しめることか、ヴロンスキーには言うことができない。それは彼女のプライドでもある。ヴロンスキーは何故アンナが離婚の話を進めようとしないのかと訝っているし、これからのふたりの生活にはっきりした決着がつけられないので、苦しんでいた。この話をしようとすると、アンナは苛立ち避けようとするので、アンナを訪ねてきたドリイ(オブロンスキーの妻。アンナの義姉でキチイの実姉)に、彼女を説得してほしいと頼み込んだくらいである。それまで陽気ではないが快活に見えていたヴロンスキーが、一瞬で苦渋に満ちた様子に胸を突かれる思いがした。互いの心境が(読んでるほうは)理解できるだけに、気持ちがずれていくのがもどかしくてつらい。この部分は映画(ソフィー・マルソー主演)では描ききれていなかったので、ヴロンスキーがどうにも理解のない身勝手な男に見えなくもない。108分で全て描ききるのは、まぁ無理な話ですが、もともとが軽薄なところのあるヴロンスキーだったので、そう見えても仕方のないことかと。空しいだけの社交界と思っていた「世間」から、アンナは冷たい仕打ちを受けて精神的に酷いダメージを負う。手の平を返したような嘲りと、直接浴びせられた罵倒によって、心の内はズタズタに傷つきながら、オペラのバルコニー席で毅然とし続けたアンナ。男であるヴロンスキーはひとりである限り受け入れられ、アンナは「罪を犯したふしだらな女」として拒絶される。その苦しみがわかっていながらも、彼はすべてを受け止めきれず、彼女の闇に巣食い始めた不安と疑いと嫉妬。彼女を苦しめる、彼女にとって不誠実・不実と映る彼の言動。彼女の苛立ちが、ますます彼を縛り付けたような気持ちにさせ、彼女を捨てるなどとは考えていないのに、憎悪の色をその表情に浮かべさせてしまう。アンナもそれが分かっていながら、自分を抑えようと必死で自分に言い聞かせているのに、勘のよさから彼の顔色ひとつで全てを悟ってしまう。抑えていた「彼を罰したい」という気持ちが、彼を非難し、彼に残っていた哀れみの感情も消してしまう。映画では絶望の果てに、つい汽車に飛び込むように描かれていたけど、アンナが死を意識したのは、ただ死にたいからということではなかったと思う。自分を失ったら、ヴロンスキーは後悔に苛まれ、自分を哀れんで愛してくれるだろう、と思い、カレーニンと息子に与えた恥も、自分自身の恥も、死によってすっかり救われると信じてしまったからである。<長すぎるので、つづく…>
2007年06月09日
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クラシカ・ジャパンで『My Favorite Things』と題した、マラーホフがお気に入りのパートナーとお気に入りの作品を語り、踊る、という番組を見ました。2003年収録。お気に入りのヴィシニョーワと仲良さげに登場。マラーホフってパートナーと「兄妹」みたいな存在になっちゃうのが得意なのかしら、とふと思った。セミオノワとも「お兄ちゃん!」と感じたし、ダンマガのインタビュー記事でジュリー・ケントと仲睦まじい姿は、まるで双子だったし。男臭さが薄いというか、女系というか、中性というか...。「マノン」の寝室のPdD。お気に入りのヴィシニョーワと。ヴィシがかわいい~。生命力に溢れていて、しなやか。すでにデグリューを手玉にとりそうな、ぴちぴちの女ぶり。マラーホフは、どうしてもわたしにはあまり響かないダンサーなので、ヴィシのキャラに負けてそうな気がする。「ボヤージュ」ふむ。なんとコメントしてよいかわからぬ...。「ばらの精」。もうひとりのお気に入り、パートナー ナジャ・サイタコヴァと。マラーホフの「ばらの精」って、あっさりめに感じるんだけど、そう感じる自分がおかしいのだろうか。今まで見たものが、あっさりじゃなかったからいけないのか。あっさりの方が正しいのか...?誘惑の「妖しい」雰囲気に、薔薇の芳香そのものの危険な香りを漂わす(撒き散らす?)、ルジとコルプのばらの精という洗礼を受けた者として、マラは、、、ちょっと物足りなかったです。この後で、ルジのばらの精(DVD)を見てしまったのは、言うまでもない。感想は、、、薔薇の香りにむせ返りました。あはは、悩ましすぎ~。舞踏会にお誘いして~。このまま夢を見ていたくなる、華麗で甘い誘いなのよ~。ウェーバーの『舞踏への勧誘』。まさかこんなに悩ましい振りがつくとは想像もしなかったけどね。
2007年06月03日
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7月の諏訪内さんのチケットを取ってしまった!取ってしまった、というのは、その日すでにバレエのチケットを確保してたから、ちょっと考えたけど、どうしても聴きたくてバレエより優先してしまいました。ごめんよー、オーストラリア・バレエ。他の日に行けそうなら行くからさ...。諏訪内さんの公演はさー、2日あるけど演目が違うのよ。聴きたい曲が一回きりなのよ。昨年諏訪内さんの体調不良でキャンセルしたという、パーヴォ・ヤルヴィ指揮、ドイツ・カンマー・フィルとの共演ということで、これは是非とも聴いてみたい!ファン心理をくすぐるだけに、このチケット(東京公演)はすでに完売でした。またしても、完売!!気づくのが遅いんだな。クラシックの演奏会って結構完売するものなんでしょうか?それでも泣く泣く行けなくなる人は出てくるもので、運よくチケットを手にすることができただけでラッキー♪11月にもあるんだよねー。諏訪内さん。それもチャイコ!うぁー、聴きたい。11月はさー、ゲルギーもあるんだよね。あっ、10月にはブルネロさんもあった。そのほかにもメモったのがいろいろ...。うぉー、忙しい!!てか、悲鳴!!(財布が)
2007年06月03日
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やっと一週間が終わった…。一週間は長いのに、もう一年の半分まで来ようとしている!なんて早いんだ~。6月といえば、なんたってルジに会える月!あとまるまる4週間後に、ルジマトフのすべてが観られる日が迫ってきましたぁぁー!(嬉)このタイトル、好きだわーー。最近また腰が気になる自分としては、身体のメンテナンスをしっかりしているルジって、ほんと頭が下がる思いです。よくまぁ、あれだけ「踊れる」身体を保てるものだと思います。あまりにレベル違いすぎで申し訳ないんだけど、このカラダの固さは100人に一人だと言われてしまったのよね。。。嘘だ!と否定できないのが悲しいところ。まぁ、そんなことは、どうでもいいんです。6月はルジ。そのあとつづく、怒涛のバレエ月間夏まつり。9月のボリショイ・マリインスキーまで無事たどり着けるのかしら。踊る美しい阿修羅、ルジマトフ。うーん、早く観たいな~。自分の中では、すっかり阿修羅くんがクローズアップされてますが、ラストを飾るメイン・イベントは「ボレロ」なんですよね。本国の公演では相当評判がよかったらしいし、いったいどんな衝撃が待ち受けてるか、ちょっと想像もつかないくらいです。ちょうど1年前のラスプーチンも、予想をまったく裏切ってくれましたっけ。嬉しくてニヤニヤしては我に返り(正気に戻る)、気づくと口元がゆるみっぱなしでした。なんかすっごい楽しませてもらって、クラシックとは違う魅力を全開にするルジが嬉しくてたまらなかったのよね。今度はどんなふうに驚かせてくれるのか、ルジが何をみせたいと思っているのか、感じ取れたらいいなー。マハリナは何を踊ってくれるのかしら。当日まで未定のままで、実はルジと牧神…!なんてこと......ないよねぇ...。あのスタイリッシュな牧神を一度観てみたいと思ってるんだけど。写真で見るだけでも、かっっっこいいっ。なんでもいいんですけど、せっかくマハリナが来てくれるなら、ルジと踊ってほしいという、ファンの願いです。ほんと、なんでもいいですから~。(-人-)
2007年06月01日
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