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2 二十三歳・ユミの場合 ユミは4年制の大学を卒業後、東京近郊の食品関連会社の一般事務職の正社員として採用され、2年ほど勤務している23歳の独身女性です。自営業を営む両親と同居しています。学生時代から交際している彼もいます。端から見れば、一見して何不自由ない、羨ましい程の恵まれた生活と見えるのですが、本人はかなり深刻な悩みを抱えているのでした。 ユミが自分の悩みを意識しだしたのは、高校に入った直後の時期でした。最初は、希望する一応は名の通った高校に入学できた後の、脱力感の様なもの―、そんな風に解釈して、自分自身を納得させようとしましたが、どうもそうではないように感じ、そうすると急に、以前からずっと「こんなだった」自分を強く意識するのです。、つまり、張りのない毎日、惰性のような日常―これは私の本当の人生じゃない。こんな具合に生きる筈ではなかった……、そこまで言うと真実とは違ってしまうかもしれない。でも、強いて言葉にすればそれに近い気持ちや感情が何処からとも無く、立ち現れるのが感じられる。 ユミはその心の中の葛藤を忘れようとして、勉強に打ち込みます。そして大学に進み、就職して今日に至っている。ざっと、こんな風な悩みの相談でした。 「お付き合いなさっている彼は、あなたの悩みを知っているのでしょうか?」 「いいえ、全然話していませんので、その事については……」 「何故、お話されないのでしょうか」 「どう説明したらよいのか、正直、わからないのです、わたし」 「すると、ご両親も御存知ない」 「はい、夢にも思っていないでしょうね、父も母も。私に深刻な悩みがあるなんて」 私がユミさんに、幼い頃の思い出の中で、何か楽しい記憶がないか、と尋ねたのに対して、学校の遠足とか家族旅行で山や海に行った時が、楽しかった、愉快な思い出として残っている。そういう返事でした。それから、「最近は旅行らしい旅行ひとつ、していないわ」と呟いたのです。 最初はハイキング程度の気晴らしで、週末に山とか海辺へ出かけることを私が提案したのに対して、なんと驚いたことに、会社の有給休暇を目いっぱい使った、一週間のハワイ旅行に出かけて来たとの報告が、一ヵ月後のセッションの際に、彼女からありました。その時の彼女の目は本当に別人の様にキラキラと美しく輝いていましたよ。 もともとユミは美人の部類に属する、スタイルも良い素敵な女性だったのですが、第一印象はどこか精彩を欠いた、暗い感じばかりが目立っていたのです。 ユミは語りました。 「なにもハワイでなくても、どこか大自然を身近に感じ取れる場所だったら…。喘息の気が少し有りまして、私。以前友人の誰かからハワイの空気が喘息の人にはとても良い、と聞いていたものですから。とにかく、夜空の星がとても魅力的でした。まさに心が癒される、命が洗われている―、上手く言葉で表現できないのですが、わたし、思わず涙を流していました。悲しみの涙ではなくて、魂の奥から自然に湧いてくるような、自分で言うのも気が引けるのですが、清らかでまるで真珠のような、大粒の涙が、あとから、あとから止めどなく流れて。それはもう、不思議な体験でした」 ユミは完全に、初めの来談目的を、自分自身の手で解決してしまったのです。出会いは、ユミ自身の言葉を借りれば、「この私・草加の爺でなくとも、別によかったわけ」ですね。しかし、ライフメンターとして、少しはお役に立てた有難いご縁に感謝しつつ、正直、喜びも一入(ひとしお)です。 なお蛇足ながら、ユミは元の会社に勤務し、以前の彼と交際し、ご両親とも変わらず平穏な生活を続けています。つまり、外見からは彼女は少しも変わって見えないのですが、彼女の内面は、大変革を遂げていたと言うわけですね。
2013年04月25日
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第二部 シュミレーション篇 ここでは、ライフ・メンタリングの実際を、具体的に例を挙げてご紹介いたします。 あれもない、これもない―、の「ないない尽くし」のネガティブ・マイナス思考を排して、どのようにして、これもある、あれもある―、のポジティブ・プラス志向、「あるある幸せ思考」方式へと転換させるかを中心にして、可能な限り平易に分かり易く解説するつもりです。 一 20代前半の独身女性三人のケース。 二 男性の20代、30代、40代、三人のケース。 三 20代後半、30代前半、30代後半、40代前半の四人の女性のケース。 以上、十人のケースを取り上げます。飽くまでも、フィクションでありシュミレーションですが、出来る限り、現実味のある、また典型的と思われるモデルを設定して、実施する予定ですのでご自分の場合の参考にしてみてください。 一‐1 24歳、Y子の場合 Y子は、短大卒業後に一度短い結婚生活を経験しています。現在は派遣社員として、ある企業の経理に勤務しています。中肉中背で、幾分か派手な化粧と服装とが目立つ程度の、ごく普通のOLです。相談の内容は、結婚にも、仕事にも遊びにも、その他一切の事に夢が持てない。どうにかして、現在の平板で面白みの無い日常生活から、張りのある充実したそれへと転換を図りたい。そういった趣旨のものでした。 趣味は、これと言って特には無いが、強いてあげれば読書。それも最近流行の劇画やマンガなどは嫌いで、外国のミステリー小説がお好きだとの事。また、興味本位で彼女が書店で立ち読みした本によると、Y子の誕生色は、オールド・ゴールドで、「楽しみながら仕事の出来るしっかり者」とあったが、本当だろうか……、と初回のセッションの際にふと漏らしました。 私は話の糸口として、早速その話題を利用することにし、次の様に質問しました。 「あなた御自身では、そのことについては、どのように思われているのですか?」 「いま現在は違っているのですが、何だか気にかかって、記憶に残ったのです」 「今の、経理のお仕事は何故、選ばれたのでしょう」「特に、これと言った特別な理由はなかったですね。高校時代に簿記を習って、そんなに好きでもなかったけれど、成績は私としては悪くなかったし―」 「現在の会社の雰囲気・環境などは、どうなんでしょうか」「社会経験がまだ浅いので、他の企業のことは知りません。ですから比較は出来ないのですが、多分ごく普通だと思います」 この様なやり取りがしばらくの間続くのですが、総じて彼女のこれまでの生き方が消極的で、場当たり的なものと感じた私は今の仕事を続けながら、出来るだけ時間を作って、ハロー・ワークに通ったり、図書館を利用したりして、Y子が興味を惹かれる職種や仕事が無いかを調べるように勧めます。 そして六週間後。明らかに彼女に変化が、それも好ましい変化が表れていました。Y子は言います。自分でも吃驚するほど沢山の「仕事」に興味を惹かれている自分を発見した時、とても不思議な気がしたそうです。私のアドバイスを参考にして、更に「探索と調査」を重ねる一方で、多くの興味・関心を持った仕事の絞込みと消去の作業を加えて、一応、五つにまで候補を限定したのが、9週間後のことでした。 その時にはY子は、別人のように積極的に行動し、ポジィティブ・シンキングをごく自然に行動に移す「積極派行動人」に、難無く変貌を遂げていました。最初に面接した際には、幾分不釣合いだった化粧・服装が、現在の彼女にとても相応しく、ずっと映えて見えます。 約束の三ヶ月後の時点で、私は「ライフメンター」としての自分の役割が完全に終わったと実感していました。彼女の出した結論は東北の小さな都市に住む郷土民芸品作家に弟子入りして、自分も民芸品作家を目指すというものでした。アルバイトをしながらの修行は厳しい事が予想されますが、何よりも今自分が手にした夢を語る彼女の目がキラキラと美しく輝いているのを見て、私は満足するのでした。また、Y子の希望で、もうしばらくはメンタリングが続くのですが、今の彼女は完全に「自律・自立」に成功し、心配はなさそうです。念のために付け加えますと、三年後に彼女は民芸品作家として独立し、土地の青年と婚約するのですが、このエピソードはこれくらいで留めます。
2013年04月19日
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第4章 対面ワーク ライフ・メンタリングの基本はマン・ツウ・マン、あるいはパーソン・ツウ・パーソンなのですが、そのほかにも、一人のメンターに対して複数の「メンティ」乃至「クライアント」の対応も有りえます。ワークショップや講演会、または「セミナー」形式でのそれも考えられますが同じ場所で、同じ時間を共有することが肝要なのですね。広い意味の心の交流・コミュニケーションが何よりも大切になるのですから。 基本形の一人対一人についても、その内容、対面パフォーマンスの展開等に関しても様々なヴァリエーションが考えられます。それはそれぞれの対面パフォーマンスを実施するメンターの側の問題ではなくそれを必要とする受け手・クライアントの要請内容次第と言う事になりますよ。受け手であるクライアントが何を望み、期待しているのか?――勿論、それはメンタリングのプロセスな中から自ずと浮かび上がってくる、と言ったような具合のものなのでしょうが、兎に角、クライアントのその時の在り方本位で決まってくることですね。 ですから、それは時には「ティーチング」・教育に重点が置かれるかも知れませんし、「コーチング」や「カウンセリング」の方に傾くのかも知れませんね。もっと言えば、「臨床家」や「精神科医」の分野にも踏み込むことになるかも知れません、場合によっては。少なくとも、対面パフォーマーとしてのライフ・メンターの側には、そうして覚悟が如何しても必要でしょう。そういった重い責任が、好むと好まざるにかかわらず、常に付いて廻って来る筈の仕事であるわけですから、はい。 また、将来の課題としては、「家族療法」的なアプローチも視野の中に入れた、広角的な対処法の開発を含めると、想像以上に幅広く、そして奥深い、一大ジャンルの展望さえ浮かび上がって来る気配がしますよ。大勢の人々との協力・提携関係の構築が非常に重要であることは当然でしょう、必ずや!
2013年04月15日
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第3章 積極言い換え と 、その行動化 積極言い換え とは、心理学で言う「リフレーミング」の訳です。物事には全て、表と裏の両面がありますね。或いは、ポジティブな捉え方と反対のネガティブ、消極的・否定的な見方とが同時に成り立ちます。同じことなら、幸せを呼び込む為に、常に明るい面、光の当っている部分を大切にして、注目し、そして意識的にポジティブかつ肯定的・前向きに現状を把握して、自分自身を活性化させ、より輝きを増す方向に押し出してやる。そんなことを、この「積極言い換え」と「積極言い換えの行動化」のフレーズは意味しているのですよ。 一例を挙げてせつめいしてみましょう。「自分は、何一つとして良いところのない、全くのダメ人間だから将来に対する夢も希望も持てない。人生は絶望だけだ!」と、そんな風にぼやいている人がいたら、こんな具合にアドバイスするのです。あなた自身の「自己診断」によると「ひとつも良い所が無い」ことと「ダメ人間」であるところが、現状のあなたのスタート地点ですが、その二点についてもう少し細かく分析を加えて、具体的に考えを進めてみましょうか。可能な限り具体的に、噛み砕いて表現してみて下さい。また、ダメ人間と言いましたがたとえばどの様な所がダメなのでしょうか……。この様にして、可能な限り細かく掘り下げて行き、出来るだけの「探索」を行い、結果として具体化した、そのいくつかのマイナス・否定・非価値的な箇条の、ひとつ、ひとつに関して、今度は「積極言い換え」とその行動化に向けての「作業」に移る――、と言った按配ですね。この本のタイトルについて簡単に説明を加えた際にも、申し上げたとおりに、ご自分を「バカだ」と規定しているのなら、その馬鹿さを「大切にして」、大事に育てていこうよ。そうすれば、最悪の場合でさえ、「あいつはバカはバカでも、ただのバカとは違う!」と、他人から一目置かれる存在になり得るのですし、大体のケースが積極言い換えと、その行動化の結果、それよりは数倍輝かしい成果を手にしているに相違ありません、実際の話が。 私は学習塾で、自分の担当の生徒に対してよく言うのですが、自分はバカだ、頭が悪い、勉強の出来ないダメ人間だ、などといつも口にしているからそんな状態が続くので、逆に、こんな風に考えてみたらどうだろうか。僕は、わたしは、本当は頭が良いのだけれど、少し努力を怠っていたから、真価を発揮できないでいるのだ。少し、ほんの少しだけでも努力してみよう。そうすれば、成績は上がるかも知れない。そうだ、ほんのチョッとだけでも努力してみよう、ほんのチョッと。そんな風に自分自身に言い聞かせている内に成績も上向いてきて、今度は自信がついて、自分は利口だ、頭が良い、勉強が出来る、と自分に言えるようになる。すると面白い程に良い循環に乗れて、後はもうメデタシ、めでたしだよ、と。 実際に、一寸した「奇跡」と呼んで然るべき大変貌を遂げた生徒も出ています。僅か一年余りで、最低の劣等性から、学校の職員室でも評判の優等生に生まれ変わった青年が、現実に私の傍らに存在しているのですから、凄いことなのです、実に、全く。 この草加の爺にしてからが、自分自身を「相当のバカ」だと思っています。ある時から、私は自分の馬鹿さにほとほと愛想が尽きて、遂にはそこに胡坐をかいて座り込んでいる我が姿に気付いたのですよ。そして思ったのです――、「馬鹿は死ななきゃ治らない」と言うから、これはもう居直るしか外に手立てが無いな、と。その結果の成れの果てが、まあ、今日の私ということですね。『悪いけど、お前さんの様にはなりたくないよ』などと悪態をつかず、あなたも、ご自分でマイナス評価されている正にその場所にドッカリと腰を据えて「磨き」をかけてみて下さいませんか?効果は覿面(てきめん)、仕上げをごろうじろ、と言うような次第です、はい。
2013年04月11日
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第2章 対面パフォーマンス これも私が「臨床家」などを参考にして、考え出した言葉です。ライフ・メンターとしてクライアント(来談者)と接して、何回かセッションを重ね、必要な「治療」を加え、「触媒」としての働きを発揮し、結果、クライアントが漠然と志向していた「望ましい」方向性を顕在化させ、同時に行動を開始する。それも、クライアント自身が主体的かつ積極的に思考し、計画し、行動するようになる。この一連の イニシエーション 行為と、その結果としての変容・変貌にごく近い位置にあって、懇切丁寧に「介添え」役を演じきる「治療行為・行動」の全体を指して、「対面パフォーマンス」と称するのですね。 この「患者」対「医者」の図式に擬えるのには、それなりの根拠の様なものがあります。 「岡目八目」という諺があります、また、「三人寄れば文殊の智恵」とも言いますが、なにも日本だけに限られた狭い思考法ではないのでして、キャリアカウンセラーのピア・トレ(仲間同士で行う、訓練・練習を言います)の際にも、三人が一つのグループを作り、そのうちの一人をオブザーバー役に据えます。これも西洋流の 岡目八目 ですよ。つまり、当事者よりもそれを傍らから観察する者の立場の有利さを活用しようと言う、謂わば生活の智恵的な発想なのです。念のために付け加えておきますが、碁を脇で見ていると対局者よりも八目も先の手が見える(囲碁における八目のハンデは相当なもので、殆ど大人と子供ほどの力の差を意味しますね)こと、です。また、三人で交互に役割を変えることで、八目の三倍、つまりは24目、仏弟子の中でも第一の知恵者と称された文殊菩薩の智恵が生み出される仕掛けでありますよ。 ライフメンタリングでもこの原理は踏襲されます。つまり、クライアントのうちの「これまでの自分」と「今後の自分」、それにライフ・メンターの三人です。その上に、梃子としての「絶対」が利用されますので、その効果たるや「鬼に金棒」、殆ど怖いものなしの、最高の効果が期待できるわけです。ここでも解説を付け加えるならば、梃子の支点であるフィクションの絶対はそれこそ無限の彼方にありますので(ご承知のように、作用点に働く力は距離掛ける重さですから)、これも近似値は無限と等しい。― お解かりいただけるでしょうか。ことほど左様に、FYCのライフメンタリングは原理的には、味も素っ気も無いほどに合理に徹しており、神秘のかけらすら無いのでした。と。申しましても、いわば人間同士の係わり合いですから自ずと、言葉では表現しきれない、微妙・不可思議な雰囲気が何処からとも無く漂うことになるのですね、実のところは……。
2013年04月07日
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