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b AKINA・34歳・独身 の場合 彼女は某外資系証券会社に勤め、有能な男性社員が多い中でも、上位にランクされるであろう非常に優秀な女性です。 いかにも総明そうな容貌とたたずまいには、一種の安定感があり、多くの人々からの信頼と尊敬を勝ち得ています。しかし、最近は何となく心の中がシックリしません。上手く言葉にならないのですが、もしかしたらスランプの類なのかも知れない。そんな風にAKINAさんは表現しました。 「お仕事をされる上で、何か不都合が生じているのでしょうか?」 「いいえ、今のところは、これと言って……。でも、何だか不安なのです」 漠然とした不安。なかなか厄介な問題です。特に彼女の場合には――。と言いますのも、聡明な彼女は、仕事以外にも、スポーツジムに通い、活け花を習い、産業カウンセラーの資格を取って、仲間との勉強会などにも積極的に参加している上に、月に一二度行われる部内での飲み会なども参加を欠かさない。いわば本式のオールラウンダーだったから。 過去に結婚を真剣に考える程の恋愛も経験しているし、一年に一回は一週間程度の海外旅行にも行くように心掛けている。一見して、非の打ち所がない。それで、厄介だと表現したわけですね。 彼女の実家は横浜で、都内の2DKのマンションに一人で暮らしています。電車で一時間余りで行ける距離ですので、戻ろうと思えばいつでも行ける。母親とは、電話やメールでのやり取りをしている。両親や兄一人の家族との仲も良好で、何の問題もないようです。「これまでに、一番生甲斐を感じたのは、どの様な時でしょうか」 「やはり、仕事でしょうか。夢中になって打ち込んでいる時には、文句なく楽しいと思いますね」 「外には何か、二番目に楽しい時間、或いは、楽しかった思い出などは?」 「そうですね、これと言って……。楽しいといえば、学生時代も、子供の頃もそれなりに充実していた気がしています。今現在も、別に楽しくないわけではないのですね。ただ、少しだけ……。いいえ、たった今は、とても不安に駆られています」 私は、これは自分の手には負えないケースかも知れないと感じて、彼女に精神科を一度訪ねることを勧めてみます。すると、彼女は既に通院している事実を告げ、その結果に満足出来なかったので、ダメもとを覚悟で、ライフメンターの私を試してみる気になったのだと、ごく素直に打ち明けます。 その時には、実は私の中に、彼女用の処方箋が出来上がっていました。 彼女はその処方箋通り、彼女らしい勤勉さを発揮して、約1ヶ月後にはほぼ完璧な十年後のキャリアビジョンを詳細に記した書類を、私に提出してくれたのでした。その詳細については、ここでは割愛しますが、1、現在の会社に留まる場合、2、他の(ヘッドハンィングされている)企業への転職をする場合、3、独立して、新たに起業する場合。以上の3通りのケースについて、大変に綿密で、慎重な見通しと行動計画が、それに伴う諸々のリスクと共に記載されていました。私は一読して舌を巻きます。実に、隅々にまで神経の行き届いた、見事な「人生の見積書」でしたから。 書類を読み終えた私を見詰る彼女の目は、真剣そのものでした。 「どうです、もう不安はなくなったでしょ!」 AKINAさんはハッとしたように一瞬息を飲んで、それからニコリとして大きく頷いたのです。
2013年05月31日
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三 女性四人 a二十代後半 b三十代前半 c三十代後半 d四十代前半 a 二十八歳・専業主婦・子供二人 ゆかりの場合 ゆかりは19歳で長男を産み、21歳で長女を出産して二児の母となっています。子供達も少しずつ手が掛からなくなって来たので、外で働きたいと思って夫と相談したところ、強く反対された。現在は家計が苦しいと言うほどではないが、賃貸のアパート住まいなので、将来に備えて少しでも蓄えを増やしたい。夫は当然賛成してくれるものと思っていたのだが、意外な反応に怒りが湧いて、それ以来一種のノイローゼ状態で、夫婦仲もギクシャクしている。すると、仕事だといって外泊するのが多いのは浮気が原因かも知れないと、それまでは気にもならなかったことまで、気になり出す。すると夫の何もかもが急に嫌になり始め、益々外で働きたい思いが強くなった。最近では、夫婦喧嘩するのが常態化してしまって、歯止めがかから無い。どうしたらよいか?相談する相手が見つからないので、というのが相談の内容でです。 ゆかりは美人という程ではありませんが、なかなか愛敬のあるチャーミングなママです。自己評価として「男勝りの行動派」とありました。 「働くとして、どんな事を具体的には考えておられるのですか」 「知り合いに、いくつかのお店を出している方がいて、時間も私の都合に合わせて下さるとのことで。好都合だと思って彼に、主人に話をしたのですが……」 「どの様なお店なのでしょうか?」 「レストランとかクラブ風スナックとか、そんな風なお店です」 「経験はおありですか、そういった客商売の職場での」 「ええ、主人と結婚する前に、その方のお店の一つで。だから経験もあるのです、わたし」 私は彼女にこう忠告しました。とにかく夫と冷静に、時間をかけて話し合うこと。その際に「知り合いの店」で働く事を前提にしないこと。将来に備えて自分も経済的に手助けしたいこと。家庭の中だけで、これからの長い人生を過ごすのは、性格的にも辛いこと。外で働く事で、人間的にも成長してその分もっと夫に優しく愛情を注ぐように努力したいのだ、と誠意を籠めて夫の理解を求める事。出来たら、結婚前の恋人同士に戻って、二人きりで飛び切り豪華なお店で、食事でもしながらといった演出も加えて下さいと。 聡明な彼女は、私の話しの意図を正確に汲み取ってくれたようです。次のセッションの時、夫との折り合いが上手く付いた事を告げ、今度は白紙の状態から職探しをしたいので、適切なアドバイスをお願いしたいと、言うのでした。 専業主婦の職探しは通常は困難が伴うのですが、ゆかりさんのケースは逆でした。サービス業界はいつでも人手不足ぎみで、求人の需要は豊富です。そして彼女の愛想のよい行動的な性格は、接客業にピッタリです。 彼女はそれからも大変賢明に行動しました。私からのアドバイスを受けながら、様々な職場の候補から、絞込みの作業の途中で、逐一ご主人に相談を持ちかけ、夫の意見を参考にして、取り入れる形を取りました。この職探しの過程で夫婦の仲は完全に元通り、いや、以前にも増して仲睦ましい二人になっていたのでした。
2013年05月27日
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43歳・A雄 ― エリート人生の挫折 ― の場合 A雄は容姿端麗を、それこそ絵に描いたようなハンサムで、勿論異性からも持て持てなのですが、同性の男性から大変人気があるのです。それも今に始まったことではなく、幼少の頃からずっとそうなのですから、凄いの一語に尽きます。 そればかりではありません。県下の有名高校から東京の一流大学に進み、主席で卒業した後、これも一流企業に入り、そのままエリート・コースを一直線に突っ走ってきた。そして30代にして部長職につき近い将来の社長候補を自他共に許す程の、快進撃を続けてきた。そればかりではありません。名門出の才媛と結婚して、周囲から美男と美女の鴛鴦夫婦と賞賛され、夫婦仲もきわめて麗しく、一姫二太郎の子供二人の子宝にも恵まれて、正に、人生これ順風満帆だったのです、つい一年前までは。 その彼が過労で入院することになりますが、会社が世界的な経済の大変動の煽りを受けて重大な経営危機に直面していましたので、無理を押して2・3日で退院したのです。それが結果的には、最悪の事態を迎える原因となったのでした。数週間の間、入退院を繰り返すうちに結局ドクター・ストップが掛かって、会社からもエリートコースから逸れる人事異動が発令されました。飽くまでも、一時的緊急避難的な措置と、会社側も説明し、本人もその様に受け止めたのですが、一度狂って仕舞った歯車はなかなか元には返らない。彼は重い鬱病と診断されます。そうすると、何だかお先真っ暗で、自殺することばかり考えるようになっていた。いや、最初のうちは無我夢中というか、自分が現在何を考え、思っているのかさえ、気付かない状態だったとか。 私との初回のセッションに臨んで、A雄は述懐しています。 「絶望が絶望を呼ぶ、とでも言うのでしょうか。焦れば焦るほど、考えが最悪から最悪へと一人歩きするように落ち込んで、歯止めがまるで掛からないのです」 「辛いですね、それは……」 「今考えると、不思議でしょうがないのですが、その当時は、つまり自殺のことしか頭にない瞬間は、家族のことや、会社、友人のことは一切が意識の外なのですね」 「本当に身に染みて辛い、死にたい、と感じる瞬間などと言うのは、案外そんなものではないでしょうか、誰しも」 しばらくは仕事の事を忘れて、自分だけの時間に浸りたいとのA雄の願を受けて、私は故郷の町に一旦帰ってみることを提案しました。すると彼は、即座に「そうだ、帰郷して四国のお遍路さんじゃないが、あちこちの神社やお寺をのんびりと、訪ね歩いてみよう」と、言い出したのです。それは長い間彼が、無意識の裡に心の底に温め続けていた、一種の夢だったのでしょう。実家の方は弟が継いで、年老いたご両親と共に暮らしているようでしたが、その離れに身を寄せて、県内の神社仏閣を巡り尋ねる気儘な一人旅を開始するのです。が、その前に彼の奥さんや子供さんたちの事を、お話しておくべきでした。実は、A雄は私に相談を持ちかけるに際して、一つの悲壮な覚悟を胸に秘めていたのです。愛する妻や子供達との離別です。既に奥さんの実家から離婚を仄めかす声が聞こえていた。事実、彼は奥さんに自分の方から離婚を切り出していますが、その時奥さんは泣きながら拒否したそうです。私にも、妻や実家のご両親や親戚筋との間に立って、離婚が成立するように上手く話を纏めてくれるように、真っ先に依頼したのでした。 私は正直、そこまで踏み込むべきか否か、迷いました。結局、お引き受けしましたのは私の身上とする、向こう見ずな性格と、ライフメンターを初めて名乗っている者としての責任を痛感しての事でありますよ。と、申しますのも、彼A雄のその時の立場が余りにも切羽詰った、危険なものだったからなのですね。ここで私が引き下がったりしたら、それこそ大変な事になる―、その場の直感でした。 彼の奥さんとお会いした際、私はこう言って切り出しました。ご主人は現在、心身共に病んでいる状態です。休養が第一に必要なのです。そこでご相談なのですが、彼が今一番心配しているのは奥さんと、お子さんたちの事です。それが四六時中頭から離れず、気の休まる時がありません。嘘も方便と言う言葉もありますが、ここはひとつ私に免じてウソを付いて下さいませんか……、云々。 そして私はA雄には、話は全て彼が望んだ通りに運んだ。あとは私が昵懇にしている弁護士が、然るべく処理をしてくれるので、何も心配する必要のない事。会社の方も暫くは病気休職の扱いになるので、気兼ねなく静養に努める事ができる、と報告したのです。 二ヵ月後、彼は中学時代の同級生と出会い、同級生が経営するスナックの手伝いをすることに決めたと連絡してきました。そして半年後、今度は県庁所在地にあるホテルのバーのバーテンダーとして採用されたとのメールが入りました。そのホテルの支配人が仕事の関係で旧知の仲で、偶然に街で出会い、話をするうちに誘いを受けたのだとか。 私はS市に赴き、A雄に会いますが、彼は見違えるほど健康そうで、日焼けした顔には絶えず微笑がありました。近くの喫茶店で待機していた奥さんと二人の子供との、感動の再会。そして家族四人だけの「再婚式」と銘打った素敵なパーティ。私はその二次会に招待され、ライフメンター冥利に尽きる至福の時を享受するのでした。
2013年05月21日
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フミヤ・35歳 独身の場合 彼は高校を卒業後に地方から上京し、働きながら夜間の大学を卒業しています。少しでも条件の良い所を、と考えたこともあり大学卒業後まで職を転々とした。その後も、職が定まらずに様々な職場を経験している。35歳にして十数度の転職歴があると、初回面談の際に、さもきまり悪げに言うのでした。 「辛抱が足りない。そんなんじゃ、どこへ行っても同じ結果になる。 先輩からも注意されるのですが……」 「好奇心が旺盛と書いてありましたが」 「ええ、でも直ぐに飽きてしまう。ダメだと、自分でも思うのですが、性分ですから」 「多くの対象に関心が持てることは、決して悪い事ではありません」 「十代の頃は、物書きに憧れました。小説家とかシナリオライターとか、でも文才なんてまったくありませんから。唯の憧れでしかありません」 私が彼にアドバイスした事はこうです。5年後を一つの目処に自身で起業独立する気概を持って、嫌いではない「営業」に絞って打ち込んでみること。それも転職を怖れずに、色々経験できたら自立したときに、貴重な財産になるくらいの軽い気持ちで、どんどん転職してみたらよい、と。フミヤはそのあと一年間に2・3度の転職を繰り返しますが、ある中堅の企業の嘱託として入社し、翌年には正社員として身分も安定したせいか、営業部門のホープと目されるまでになります。「もうこの会社に骨を埋める気でいます。転職も独立も、頭にはありません」― 最後のセッションで彼はこう言明し、爽やかな笑顔を見せてくれました。何でも、創業者である会長その人から特に目を掛けられ、君の様な人材をわが社は一番必要としているのだ、と惚れ込まれたとのこと。そして最近ある女性とお見合いをして、多分近くその女性(子連れの再婚)と結ばれる運びになるだろうとも、付け加えるのです。 人と人の縁、出会いというものは実際不思議としか言いようが無いのですが、今回のように絶妙の出会いが連続すると思えば、以前のようにアンラッキーなそれが続く。評論家風な物言いをすれば、「人生って本当に面白いものですね」でしょうか。 もともと彼フミヤは「飽き易い性格」でも、気ムラな性分でもなかった、と私は考えます。機が熟していなかった。一言で言えばそういうことですね。いくら焦っても、もがいても、どうにも成らない時というものが、長い人生には必ず一度や二度はあるのではないでしょうか?『人生万事、塞翁が馬』― 禍福はあざなえる縄。つまり目先の運・不運にばかり気をとられ過ぎず、常に己のベストを尽くす。自己の誠を内に籠めて事に当たる心掛けこそが、一番大切なのではありますまいか。周りも、自分も、その事によって自ずから救われる。少なくともその様に信じて生きることこそが、何よりも大切な、そして貴重な、人間の在り様なのではないでしょうか?今の私は、そんな風に考えておりますよ。如何でしょう、あなたのお考えは……。
2013年05月16日
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二 1 大学院生M・25歳の場合 Mのケースはある種、現代の若者の一典型です。経済的に比較的裕福な家庭なので、特に学問研究に興味や関心があった訳ではないが、これと言ってなりたい職業や、入りたい企業が直ぐに見つからなかったという理由で、大学院に進んだ。モラトリアム人生といえばちょっとばかり聞こえはよいが、現実は本人も認めているように、本来あるべき「自分自身の人生」から完全に降りてしまっている状態。それが現状の真実の姿というべきでしょうか。 「色々と、人材紹介会社などの仲介で、企業の面接などにもトライしてみているのですが、相手側と上手く呼吸が合わないというか……。こちらも何となく、気が乗らないというか、その気にならなくて」 「企業の選択に関しては、どの様な基準で判断して居られるのですか」「やはり、大学院までの学歴を高く評価してくれるかどうかです」 「文科系ですと、理数系のエンジニアなどと違って、最初からスペシャリストとして責任あるポストには附け難いでしょうね、どんな分野にしても」「そうなんです。そんなところが一番のネックなのですね、僕としては」 セッションを重ねる中に、Mがかなりシッカリと自分自身を客観評価出来ていることに感心させられると同時に、余りに頭でっかちな、まるで評論家の様な自己分析の仕方に、いささか不安さえ感じた私でした。―自分はもしかしたら、実業とか、ビジネス社会には向いていないのではないか?何処かの山奥にでも籠って、修行でもしてみたい。そんな衝動に駆られる時が、時折ある、とふと漏らした彼。 私の提案は、半年間山奥に籠ったつもりで、身体だけを主に使う仕事のうち、比較的興味を引かれる仕事を選んで、やってみないかでした。彼は二週間後、九州の温泉地にあるホテルに住み込みの従業員として雇われることになった、と私に報告してきました。 そして、更に三ヵ月後には、京都の老舗の料理屋で日本料理の修業を始めることにしたと、次の様に手紙に書いてきました。『ご無沙汰しています。ボクは今、はっきりと自分の進むべき道を見据えています。前途多難、恐らくはイバラの道が続くでしょうが、それは覚悟の上です。しかしボクの心の中は喜びで勇んでいます。はい、胸のうちは期待で膨らんでいるのです。これでやっと、自分らしい自分になって生きていけると、確信が持てるのです。感謝しています』 ライフメンターとして私が果たした役割は、ほんの些細な事柄ですが、Mが自ら切り開いた人生の道筋は、素晴らしいものでした。未来に大きな夢がもて、しかも現在に充実感がある。厳しい毎日が感謝と共にあり、だからこそ、明日への活力が自然に湧いてくる。端眼にはどう映ろうが本人が満足できる今、嘗ての無気力なインテリの面影は、微塵も残ってはいません。ついでながら、後に彼のご両親から、真心の籠った感謝の言葉を、直接にこの私が耳にすることになりました。それで解ったことなのですが、所謂「名門一族」の本家の長男としての周囲からの期待と信望が、異常な重圧として彼の身にのしかかっていたのでした。彼が短期間に、本人も含めて誰もが驚く、大変貌を遂げた裏側では、それこそ筆舌に尽くせない大葛藤、実に息詰まるようなドラマが演じられていたのでした。ですから、M本人は勿論立派だったのですが、ご両親も彼に劣らないくらいご立派だったことが判明するのです。
2013年05月10日
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閑話休題 シュミレーションの途中ですが、日頃からとても気になっていることがありまして、この辺でその事に触れておこうか、と考えたのです。 つまり、ずばり申せば今の日本人の多くに見られる「誤った恋愛観」についてなのです。物の本などによりますと、どうもわが国・日本に限った話ではないようなのですね。つまり、ヨーロッパやアメリカ合衆国を中心とする先進諸国での、一般化した傾向のようなのです。 男女間の所謂「恋愛」を過度に神聖視する、あるいは、神聖視したがる心の傾きについて、私はここで改めて問題にしてみたいと思うのですよ。 男女間の愛=恋愛=ロマンチックラブ=至上の人間愛、といったまことに安易な、そして粗雑な図式が私たちの心の中に出来上がっていないだろうか?無意識のうちに、そういった見方が支配的であり、それ以外の『恋愛観』が排除され、それが現代的であり、進歩的な知識人が持つ正しい、そして唯一絶対の見方なのだとする「迷信」が心の奥深くに根付いていたとしたら、大問題ではないか。そのように私は問題提起してみたいと思うのですが、如何でしょう……。 その様な傾向を、意識して逆撫でするような物言いを敢て致します。男女間の愛とは、物理の教科書などで記述されている、「プラス」と「マイナス」が強く引き合うような、いわば物理的で、それ故にニュートラルな現象なのであって、そこに何か精神的な価値、それもこの世のものでない至高な価値を見てしまうのは、そもそも大きな誤りなのではあるまいか。そんな風に、先ず感じてしまうのですよ。二つの磁石のプラスとマイナスを近づけると互いに強く引き合う。それと、取り敢えず同じ現象だと、男女間に生ずる「愛」を捉えた方が少なくとも、先に述べた「粗雑な図式」に従うよりは、遥に現実に即していて、間違いが起きにくいと、私には思えますが、あなた様のお考えは如何でしょうか。 物理的な力に譬えましたが、ついでに申すわけではありませんが、男女が互いに相手を惹き合う力の強さは、或いは恐ろしさは、原子力に擬えたほうがピッタリとくるような気さえしています。それ程に、今の私たちは男女間の牽引しあう力に対して、鈍感といいましょうか、ロマンティックな幻想の虜になっていて、あまりにも無防備に過ぎる。敢て、そう言いたくなるのは現在の世のありように、少しでも関心のある方なら直ぐに合点がいく筈だと考えますが、如何なものでしょうか。 再び物の本によりますと、ロマンティックラブとは極めて霊性の強いもので、我々一般人の愛とは無縁の、と言うことは、この地上には存在しない、それ故に至高にして神聖なる愛情なのですから。大和言葉で「惚れる」、或いは「恋する」は飽くまでも俗であり、地上の肉欲でありますし、世俗の愛欲を志向するものですね。ですから、西洋由来の「ロマンティックラブ」とは、もともとから縁も縁もなかったわけ。そしてこの「色欲」の持つエネルギーたるや、まことに強烈で、論語の中心人物・孔子先生も十分に警戒する必要があると、わざわざ忠告を発しているほどのもの。大の大人でさえ時に身を過つ事があるのですから、「男女七歳にして、席を同じゅうせず」の教えは、単なる古代の封建思想として捨て去るべきものではなかったのです。古きを温めて、新しきを知る―、は今に生きる本当に尊い教えであったのですよ。 あやかさんの結婚に関して一言コメントすれば、互いの上辺だけの美醜、乃至は良し悪しだけでなく、一人の人間として立派か否かを根本に置いた、本当に賢明な選択であったと、心の底から祝福を送りたいと思います、実際のところ。
2013年05月06日
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3 二十二歳・《あやか》の場合 高卒の家事手伝いと、履歴書などには書くが、はっきり表現すれば、つまりニートである。親からも、早くなんとか「まとも」な職につくようにと、せかされている。自分でも何とかしたい、しなければいけない。そう思えば思うほど、気ばかり焦って、行動がまるで伴わない。なんだか「あり地獄のよう」と、あやかさんは初回のセッションの時に、心情を吐露しています。 誰にでも人生にはそんな時期が一度や二度はあるのではないか、という私に問いかけに、「私って、物心がついてから、ずっとこんな風だったのです」、実に悲しそうな表情で彼女が言ったとき、正直言って私は二の句が継げないような気持ちでした。 あやかは、所謂『自己評価ゼロの人間』でした。鬱(うつ)的傾向が強く彼女の心を支配しているのが原因か、とにかく自分のすることなすことの全てが、気に入らない。満足できない。極端に言えば、何かを考えただけで、「あっ、それはもうダメだ」と思ってしまう。第一、と彼女は言います。わたしは器量が悪い。スタイルも悪い。頭も十人中せいぜい7番か8番くらい、もしかしたら9番かも。手も不器用だし、足だって遅いし、やることはノロマ、要領が悪いので、家族からも「ドジ・マヌケ」を連発されている……、実際のところそれが正しいので、反発のしようも無い。 ライフ・メンターとしての私は考えます。それ程とも思えないが、かりにあやかさんの言った事が、客観的にもすべて正しいかったとして論を進めよう。彼女のように何もかもが最低の人間は、この世に生きている値打ちが皆無なのか。そんな筈はない。ない、に決まっている。第一に彼女は謙虚ではないか。世の中には、色々の尺度に照らして、彼女より劣る人間がそれこそ「掃いて捨てる」ほどにいる。しかし、本当に劣っている人間ほど、あやかの様に謙虚で控え目ではない。もっともっと傲慢不遜(ごうまんふそん)である。非常に謙虚な人間であることは、もうそれだけで素晴らしい。価値のある美徳の持ち主だ。また、彼女は驚くほどに、素直である。周囲の人が無責任に放言しては、彼女に貼り付ける「否定的なレッテル」を、さながら鵜のように「鵜呑み」にし、決して反論したり、反発したりしない。実に、まれに見るような素直さを発揮しているではないか――。 「書類によりますと、動物や子供、特に赤ちゃんがお好きとか」 「ええ、お人形も。小さくて可愛らしいものが、好きなのです」 「お仕事については、どの様な内容が希望なのでしょう」 「特にこれと言って、特別な考えはありません。家事も、洗濯や拭き掃除も、お料理だって下手ですけど、嫌いと言うわけではないの…」 「えり好みをしなければ、人手の足りない業界は沢山あると思われますのでとりあえず、最寄のハローワークに足を運んで、相談したり、調べたりから始めてみては」 結論から述べますと、彼女は長野県にある老人施設の介護助手として、生まれて始めての安定した職場を得ます。あやかさんは私へのメールに次の様に書いてきます。 『御蔭さまで、毎日ハリのある生活を送る事が出来ています。周囲のみんなから頼りにされ、自分の力が少しでも誰かの役に立っているのだと、実感することはとても幸せなことです。忠告していただいた通りに、健康には十二分に留意しております』 その後、一年半ほどしてまたメールが届き、縁あって県下の農業を営む家の次男と結婚する運びとなったこと、相手は自分の働き者だと言う所を第一に評価してくれているので、安心していること。相手の男性も彼女と同様に、お世辞にもハンサムとはいえないけれど、人柄はとても人情味のある、本当に男らしい方です、とありました。
2013年05月01日
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