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……私は眺めるしかなかった。囚われて2年、美しいが狭く冷たい水晶張りの牢に閉じ込められて、故郷を離れ、もうそれほどの月日がったった。長いような短いような。その終わりはこうしてやってきた。私が囚われて水晶の城は天空の一隅で、下界に破片を散らしながらもろくも崩壊の憂き目にあっている。城を攻撃したものが誰なのか、いかに牢の壁と床が透明であっても、城のほかの壁や塔の影になって判らない。もしかしたら内部から破壊されたのやも知れぬ。最初はこれで逃げられると思ったが、それはむなしい考えだった。いったい誰が私がここにいるなどとしることがあるだろうか。4つの言葉を母国語のように話せることを自慢したばかりに、こんなところへ通詞として囚われ、連れてこられた私を。もっとも透明度の高い壁の一部分に顔をつけるように外を見る。城を構成していた、色とりどりの水晶が、まるで大氷河の崩落のように、くだけてくだけてキラキラ散って落ちていく。砕けたところで子供よりも大きな破片。下界はいまごろどのような天変地異かと騒いでいることだろう。誰が自分の頭上に巨大な水晶の城が浮かんでいるなどと、そう信じられるというのか。私だって、こうして連れてこられて見なきゃ、到底信じちゃいなかっただろう。2階建ての家ほどの大きさの水晶が砕け、その破片が周囲にある大きな破片を打ち砕き、さらのその破片が……。水晶の崩壊連鎖。すぐにも私もああして下界に落ちていくのがわかっていても、この美しい光景から目をそらすことはできなかった。半透明だが分厚い壁は、振動こそ伝わるものの、外の耳を労するであろう音をひとつも伝えてはこない。上から見ればすべてがスローモーションのように見えて、まるで音のない幻想、夢の世界にいるようだ。城にはあまり人はいなかったが、当然彼らが発しているだろう罵声も悲鳴も聞こえない。城は静かにきらめきながら、深い青の一隅で崩れているのでしょう。私も牢ごと下界へ落ちてしまいたい。逃れられないのなら、せめてそれぐらいは、それぐらいはあっても。不運な私のさい[判読不可]瓶にいれます。では、さようなら。***************************************************さてそれはそれとして***************************************************路傍に倒れたその人を連れて来たはよいものの別人と判れば……あの御遺体はどなたなのでしょうか。後頭部を撃ち抜かれ、たぶん顔の判断がつかなくなってしまった御遺体。いまごろ行方知れずになった身内を探す人が、友を探す人が、同じ路傍を歩いているかもしれません。どうか、肉親の手に、友の手により手厚く葬られんことを。
Oct 31, 2004
関東の南側が低気圧に覆われて、東京の空には青灰色のもやのような雲が低く垂れ込めている。この間の満月が怖いぐらいに輝いて、高層ビルの明かりがすべてつきの光を反射しているのではと思えた晩に比べると、まったく異なる街を見ているようだ。いつもみえている電波塔も、なじみのある超高層ビル群も、まだなじめないでいる六本木ヒルズも見えない。まるで高いビルがすべて消えてしまったかのようだ。こんなときに超高層ビルの窓からの眺めはおもしろいもので、まったく外が見えないか、窓の半分を風に吹かれるもやが、波打って流れていく様子が見える。その光景はなかなか胸躍らせるものがあるのだ。ただし、知り合いの務めるビルでは、こんな転機の日は、一斉に窓のブラインドを締めさせる。わざわざ館内放送が流れるぐらいなのだから念が入っている。「さぁ、就職したときからこうだったからね、何でかしらないけれど、精神衛生上よくないのかもな;とは、そのビルの高層階に入っている会社に勤めている知り合いの言葉だ。ここの会社では7月に徹夜作業をしていた社員が姿を消してしまい、いまは一切の終夜業務を禁止している。だが、そのことより前からブラインドを閉めるようだ。先日もたまたまミーティングルームで打ち合わせ中に館内放送が流れて、知り合いは、失礼といいつつ、私の背後にある窓のブラインドを閉めた。壁のスイッチひとつで、音もなく閉まる。それは敵の攻撃から防衛するために、防御壁が窓を覆う光景を思わせた。なにから防衛するのか? 精神衛生上の問題とはなんであろうか。知り合いは「フライングダッチマン」といった。もやが過ぎていくのをいていると、どうにも心に負の力が加わるらしい。私は楽しむほうだが、やっぱりそれでも仕事がおろそかになるのだから、やはりブラインドは閉めたほうがよいのかもしれない。「連れて行かれるのさ、船に乗せられてね」と知り合いは自分のつけたしに満座臆したのか、にっと笑う。そのとき私の背後でコツコツと、硬く軽い音が聞こえた。断続的に続く。すぐにわかった、誰かが窓を叩いている。しばらくブラインドを見つめてから、視線を戻すと、そこには知り合いの気まずそうな、それにすこしばかりおびえたような表情があった。私はなにも聞けずにビルを出た。珍しく地下道を通らず、地上に出てビルを振り返ると、ビルの上から3分の1あたりまでが、もやの中に飲まれて見えなくなっていた。実は本当にこの間だけ、あの見えない部分は、我々の知らない、別の空間に置かれているのかもしれない。
Oct 30, 2004
世にも奇妙な仕事がある。「日本中の学校で国旗を揚げさせ、国家を斉唱させる」というもの。ゲッペルスもかくやという仕事だ。しかも教育委員の中にあるそうな。「強制でないことが望ましい」とさるお方から言葉を賜れば「がんばります」と応えいていた。なにをがんばるのか?日頃は幻視ばかりで現実から身を避けていた奇人なる我も己が耳目を疑うばかりだった。*****************************************************いま心に流れる音をいかな言葉にするべきか黒き水面(みおも)にひとしずく、不安の粒が落ちる音。黒い波紋が広がって、蓮の葉を揺らす音。未明の時に薄く開くは夢を払う両まぶた。薄く切られた朝の部屋はまだ暗い。
Oct 29, 2004
ゆっくりと東の空が明るくなり始めると、あわただしいリズムが聞こえてくる。曙の淡い桃色が次第に紅梅の色に染まり、やがてマリーゴールドに輝いて、ゆっくりと朝顔の薄い青を身にまとった真っ白な太陽が空へと上がっていく。わずかに西の空に残った菫の影は次第に桔梗へと色が抜けてしまう。やがて太陽が東の空に上りきると、いつの間にか天頂のあたりが梅雨草ほどに濃さを取り戻す。その色はまるで濡れているようで、いまにも青いしずくを落としそうだ。その頃には天のはるか高みから、静かな音の破片が東京の初雪ほどにちらり、ちらりと降ってくる。あまりにも冗長なシークエンスなものだから、そのリズムを捉えられる人間なんんていやしない。ただ、日永太陽に顔を向けている向日葵だけが、その音をつなげて、自分の網目の中にリズムを編みこんで、自分だけの楽譜を作って枯れていく。*****************************************************仕事のストレスを解放しようと書いたら、このようなものになりました。いかがでしょう? もっとふさわしい色の花もあるかもしれませんが、いまここまで。菫の代わりに鉄扇でもよかったかな。はぁ、いまはただ木蓮の花弁のごときリネンのシーツに身をくるみ、世界のすべてから隔絶された眠りにつきたいものです。こめかみが痛い……。あ、タイトルに余り意味はありません。今度は眉間が痛い……。
Oct 28, 2004
秋雨のさったあとぬれたアスファルトのうえを走るはだしの足音街灯の光の中を走り抜ける小さな影と足音あとは風の音ばかりあとは風の音ばかり遠くに聞こえる驚きの声そしてちいさな笑い声かすかな悲鳴とため息と夜の中を抜けて行くあとは風の音ばかりあとは風の音ばかり甘くただよう朽ち葉の匂い落葉樹の林を抜け、針葉樹の林を抜けわずかに嗅げる鉄の匂い風が鼻の奥でひりつく喉の奥がクゥと鳴るあとは風の音ばかりあとは風の音ばかり小さな影が走り去るちいさな笑い声を残して雨の匂いがまだ残る街の中をぬれた足音を残してあとは風の音ばかりあとは風の音ばかり*****************************************こうしてモニターに向かっている間でも、深夜の街を走り回る者がいる。静かな街をヒタヒタと。それは水槽の外を泳ぐ魚を想像するようなものです。
Oct 27, 2004
久しぶりに水槽を出て街に出た。そしたらずいぶんと奇妙なものが流行っているではないか。なんでみんながみんなコウモリダコをかぶってるんでしょ。まぁ、耳みたいなひれがヒラヒラ、クルリクルリ動く様子はかわいくもなくはない。かぶられたコウモリダコのほうもおとなしいもので、外套膜と足を使って人の頭を包んでいるのだ。もともとノンビリ深海を泳いでいるようなヤツだから、お人好し(?)なもんで、ひょいとかぶられてもたいして抵抗もしないのだろう。ところで、この外套膜の始末の仕方が、人によって違うのには感心した。チューリップハットのように、顔の半分まですっぽり隠している若者がいれば、小粋に脇の外套を巻く利上げ、反対側の幕の前後(自分の頭を中心にして)を軽く内側にカールさせている妙齢のお嬢さんもいる。まるっきり全部巻き上げているのはニット帽のつもりかしらん。紫外線を恐れるおば様方は、すっぽり顔全体を覆っている。なんだかコウモリダコが服を着て歩いているようなもの。ここはほんとに地球かねぇ。お父さんはチューリップハットの翼の先をまくって、つばを短くしたビジネススタイル。街で出会うとしきりにペコペコしているが、その上にいるコウモリダコは互いに挨拶するでもなく、ただひれをヒラヒラクルリクルリ。なんとも微笑ましいというか。まぁ、妙なものが流行っているものんだ。ただ気になるのが、コウモリダコの膜の外側から生えてる2本の管が、みな一様に人の両耳に突っ込まれていること。落ちないようにしているのかね。それからエサはなにを与えているのだろう。まさかあの管を通じて耳の奥から……。ずいぶん怖い想像になってしまったが、意外にあれでコウモリダコは腹黒いヤツかもしれないぞ。私? 私は大丈夫。ほらこうして頑丈なツメタガイをかぶっているから大丈夫。外套膜を自在に使って、なかなかオシャレなもんだ。鉄骨が落ちてきたって、平気平気。ただツメタガイが養分を取るために開けたてっぺんの穴が、うずくようにかゆいのが、ちょっとばかり困るかな。
Oct 26, 2004
すっかり冷たくなった夜気の中を歩いていると、後ろからなにかが近づいてくることに気づいた。なんといったらいいだろう。圧迫感が迫って来るのだ。耳を澄ましても足音は聞こえない。濡れたアスファルトに吸い付くような、自分の足音ばかりが聞こえる。振り返れもせず、しばらく耳ばかり澄ましていたが、街灯の下を通ると後ろからぐいっと灰色の影が伸びてきたのが判った。灰色の半透明な影だ。さすがに驚いて振り返るとそこには、なんともいえないものが浮かんでいた。大きさは1メートルほど、その体はピンク色の半透明で、中の内臓らしきものがうっすら透けている。下半身とおとぼしきところには、波打つひれがあって、それで浮遊しながら泳いでいるらしい。たてに薄べったくて、判然とした顔はない。ぎょろりとして目でもあればかえって安心できたものを紡錘形のノッペラボウでは、かえって気味が悪い。驚いて声も無く、背を塀につけて身を避けると、ピンク色のそれは、すっと街灯の光の下を通った。そこでやっと判った。大きさこそ馬鹿でかいが、これはナメクジウオだ。これが魚の原始的な姿か。これほど大きくても人を襲うような相手ではない。とくればこれも深夜魚。魚というよりはクラゲか貝の変種のような姿だが、それでも魚は魚だ。ナメクジウオはずっと僕の目の前に浮かんだままだった。しばらくピンクの魚を見つめていた僕は、好奇心が湧いてそっと手を伸ばして柔らかな体を触ろうとしたが、その途端ナメクジウオの体がぶるると震えると、がばっと上下に開いて、巨大な眼が目の前に広がった。今度こそ僕は叫びを上げて、その場にへたり込んでしまった。ピンクに縁取られた、まつげも無い巨大な目は、へたり込んだ僕をただじっと見下ろしているばかりだ……。
Oct 25, 2004
昨日は、脈絡もないことを打ち込んでしまった。なんとも寝不足なのか、疲労なのか、ちゃんとした文章にもならず、かといって、すっかり飛んでしまえたわけでなく寝ぼけ眼でペンを走らせたような内容でして、いやはやお恥ずかしい。で、今夜はと申しますと、"深夜魚"と看板を掲げながら、深夜魚の話が少ないとうのでひとつ、さすがにもう今年は戻ってこないであろう夏を懐かしみつつひとつ……。僕の暮らす荻窪からは、ほど遠くないところに井の頭恩賜公園がある。ひょうたん池を囲むように緑地が広がる公園で、吉祥寺通りをはさんで西に動物園があり、南はいまも予約でいっぱいの"ジブリの森"があり、東京近在でない方も御存知かもしれない。この公園の西に"御茶の水"がある。将軍様がお茶を沸かすのに用いた清水だ。いまは少々汚れてはいるが、夏でも濁らず冬でも凍らず、清らかな水が常に湧いて、池に注ぎ込む。奇が向けば、いや気が向けばそこへ行き、湧水の中に女性の姿を幻視する。滝の神は男が似合うが、泉には女神か女性の精霊が似合うだろう。アニミズムってわけではないが、そういったものに、神性かそれに近いものを感じるのは、奇人ゆえのことだろうか……。夏になると、濃い緑を透けて木漏れ日がいくつもの光の点になって、水の中に踊るようになる。緑に苔むした石の上、赤黒い水底、泉を囲む白い石組みの上。泉から一段下がって池に通じるところでは、小さな滝のようになって、水が泡を生じて落ちている。泡といってもすぐに消えてしまう清浄なもの。その下にはいくつもの光が乱れ散って美しいものだ。その日は暑さも少し退いて、心地のよい風が井の頭の林を吹き抜けていくような日で、徹夜帰りの朝のことで、公園に人は少ない。存分に泉の中を覗くことができたが、注意していると、水の中に光の点がより集まっているのが見えた。目を凝らせばそれがまるで魚のように見えた。落ちてくる水の下で夏の陽射しを避ける魚。いや魚自身が木漏れ日なのだから、日を避けるというのも妙なことだが。じっと見つめればなおさらそれが魚に見える。しいてそれを錯覚とするほうが余程偏屈。光の魚は僕がいることを知ってか知らずか、冷たそうな水の中で見をくねらし、尾びれを振るっていた。その振る舞いに魅了されたか、じっと見つめていれば、右の視界の隅から、黒い影がすっと水面めがけて落ちてきて、小さなしぶきを上げてまた飛び上がった。水と光の粒が僕の視界いっぱいにぱっと散って、思わず目を細めた。それから反射的に影の飛んだ先を見ると、泉の上の細い梢に小さな影があった。不釣合いなほど大きなくちばしには光の魚が、まだ身をは練らせて逃れようとしている。けれど影は逃さなかった。最後までその影は、影以外の色彩を一切持たないでいた。光の魚をくわえた影の鳥。それがカワセミだと気づいたとき、影は羽ばたいて緑の奥に飛び去ってしまった。見下ろせば、ただ美しい水がなにごともなくこんこんと湧き出ては、光を散らしながら池へと注ぎ込まれて行くばかりだった。
Oct 24, 2004
ところで、この深夜魚をご覧のみなさんは、どのようなものを幻視されますか。私のように魚、それとも合成樹脂で作られた原色の世界、音が光に、光が色に、色が音にと循環して変化する世界?みなさんもそういったものをご覧になるのでしょうか。どうも、周囲の人間に聞けなくて。ほら、それが僕一人ってことになると、さすがに仕事がし難くなるし。たとえば電車にのって、ぼうっと曇り空にをバックにして、流れて行く街の風景を見ていると、右の目はそのまま見ているのに、左目の奥のあたりでは、雲をかき乱す巨大な魚の尾びれが"見えて"いる。夕焼けを見上げていると、僕の頭の後ろ30センチほどうしろの空間で、黒い馬が空いっぱいに広がって、風に乗る雲のようにゆっくりとそらを横切っていく映像が焦点を結んでいる。もちろんそれはそんな感覚がするってことで、それが本当のこととは思えない。それは僕のイメージ、幻視の産物。みなさんは物事を想像するとき、体のどの部分で想像の世界への扉が開くのでしょうか? 目の奥、瞼の裏、右側頭部の上のほう、もしくは左耳の奥? 僕の場合は、今あげた部分はすべてあてはまるのです。そうですね、まるで幻視の雲に覆われた幻視核。量子力学的にはいつも不確定な幻視は、まる雲のように幻視核の周囲を囲んでいます。けれどアルがいうように、幻視核にある人物にとっては、幻視の雲に浮かぶ映像は、背後の月のように、そこにあって然るべきものとい認識されるのです。本人がそれを幻視だと認識しているにも関わらず、リアルなものとして……。さて、この文章を打っているの僕は、幻視核の僕でしょうか、それとも幻視の雲に結んだ幻像でしょうか? 文字だけでは、判りにくいですけど、写真を見てもわかりませんよね。では、今夜はこんなところで。たまにはなんのフィルタもかけずに、奇人の思いつくままのことを生のままでお見せしました。いや、もう、お恥ずかしい次第で。次はもう少し体裁を整えますよ。では、どちら様もお休みなさい。
Oct 23, 2004
朝起きる。窓を開けると銀色の朝日が空に張り巡らされ、世界のすべてがうまくいっているような気がする。肌寒かった夜の空気が暖められて、風になって流れて行く。その中を竜巻のようにいわしの群れが渦を巻いていく。銀色の光を浴びて、よりいっそうギラギラと輝いて、はるか青い空の高みを泳いでいく。昼街に出る。のんびりとした気分で森の中を歩く。ハムサンドを口にしながら、木漏れ日を見上げながら。ときどき、小さな影がこずえのあたりをひらひらと身を幾度も翻しながら泳いでいる。手に残ったパンの切れ端を頭上に投げると、さっと飛び出してきたスズメダイたちが奪いあうようにしてたちまちかたづけてしまう。ベンチに座って、今日はなにを日記に書こうかなどと考えていると、ナポレオンフィッシュが色づき始めたイチョウの並木を悠々と泳いでいるを見かける。もう、イチョウはカモフラージュにならないというのに。夜横たわる。照明を消して、目を瞑ると、なにかがやって来るのがわかる。それはそっと枕もとに近づいてくると、おもむろに目の上にすっと手を置いて、夢の形を変えてしまう。朝のイワシも、昼間のスズメダイもナポレオンフィッシュもただの夢。今瞼の上に置かれた小さな手が見せたいっときの夢。夢が奪われた悲しさと怒りに目をあけると、壁も天井も床すらも判らぬ闇の中に、青い尾びのはためくような動きだけが目に止まった。彼女たちは夢を見ない。時々こうして自分の見た夢を地上の人にみさせては、闇を通じて採りにやって来る。人は夢を生産する畑に過ぎない。まだ思うような夢を見させられないで、きっと彼女たちは苛立っているに違いない。眉の上に少し残った傷がひりつくのを感じながらそう思った。彼女が荒々しく夢を刈り取った、そのとき残ったかすかな傷。さぁ、ここからは自分の夢を見よう。誰にも奪われぬ、自分の夢。
Oct 22, 2004
地下鉄の駅を出て、壁一杯の案内地図の前に立つ。灰色の地図の上に青いビルがモザイクのようにはめ込まれている。どのビルにも足を運んだ。ビルへの道を指でなぞれば、そこにある景観が自然と目に浮かんでくる。ふと思う。この道のすべてが運河であったらと。日の光は運河と超高層ビルの間で何度も反射して、街は光に包まれる。光の中を進む小型ボートから運河の中を覗けば、いくつもの魚影がボートを追い越し、またよどみで輪を描くように戯れる。時折、ボートよりも大きな影とゆっくりと行き違う。息を飲んで影が行き過ぎるのをそっと待つ。ビジネスマンたちはボートを横目に歩道を歩く。健康に気遣うのなら、そのほうがいいに違いない。僕はボートでゆっくりいこう。もし、急いでこの街を移動したいなら、運河の下を通る地下通路に用意された短距離の地下鉄を使えばいいだろう。開放された緑地帯には多くの湧水施設が置かれ、常に運河の水が循環して浄化されている。以前より、幾分狭くなった空を見上げながら、水に揺られる。そしていつまでもこの街を漂って行く……。地図から指を離し、地下道を歩き始める。薄暗く、涼しい場所。
Oct 21, 2004
瞼の裏を幻視する。白い壁に背を持たれた人影が、すっと歩み始めると壁に黒い人影の影が残った。今度はその影が動きだしたが、やっぱりそのあとには黒い影、今度はその影の影が動きだしたが、やっぱりそのあとには黒い影、今度はその影の影の影が動きだしたが、やっぱりそのあとには黒い影……いつまでもやむことなく、黒い影が白い壁から沸いて街の中へ歩み去って行く。瞼の裏を幻視する。団地の隅にある部屋。薄暗い色で塗られた鉄の扉の内側に、ずっと人が立っている。長い髪を胸まで垂らして、じっとレンズから外を覗いている。男か女かもわからない。身にまとっているのは、無地のパジャマ。ただじっと息を殺してレンズを覗き込んでいる。その目は真っ赤に染まって。誰かが扉の前に立ってチャイムを押してもただそこに立っている。ただじっとレンズ越しに、真っ赤な目で扉の前に立つ人の顔を見ている。瞼の裏を幻視する。狭い部屋にあるふたつの扉を見ている。右は白い扉、左は緑の扉。小さなノックが聞こえて、白い扉を開いて少女が入ってくる。ちょっとおどおどした感じで遠慮がちに。それから部屋に誰もいないことを確認すると、自分の白いワンピースを見直して、ちょっと裾のあたりを整えて、ノックもせずに緑の扉を開いて中へ入っていく。行ってはいけない、そういいたいのだが、彼女たちに私の言葉は聞こえない。緑の扉が閉まらないうちに、ノックが聞こえ、また少女が入ってくる。途切れることがない。少女たちはふたつの扉を抜けていく。戻ってくる少女はひとりもいない。瞼の裏を幻視する……。
Oct 20, 2004
月の無いときよりもさらに闇の深い夜。時折天地をかける青い光が、轟音とともに白銀の雨を照らす。それは絶えることなく地上に降り注ぐ白鉄の槍。大地は槍の猛攻を受けて、たちまちアスファルトもコンクリートも打ち砕かれ、押し流されてしまった。地下の空間は次々と埋まるか崩れるかして、その上にあった建物も巻き込んだ。人々は街を捨てて雲の外側へ逃れ、二度と戻ってくることは無かった。だが、まだここに残されている者もいたのだ。雷鳴とは異なる音が、光の無い街に響いた。青いフラッシュの中で連続写真のように次々と映し出されたのは、半壊していた高層ビルが、将棋倒しのように倒壊していく風景だった。久しく雨にさらされていたため、土煙の上がることなく、ボロボロと崩れていく。崩れた破片は、泥水の中にしぶきを上げて飲み込まれていく。またひとつタワーが倒れると、その根元にあった土が盛り上がり、豪雨に洗われて流れ出した。 土を押し上げて地上に出た雷魚は、放置されて久しいビ ルを押し倒しながら、浪打ち渦巻く大水につかった街の 中をぐるりと泳ぐと、最後に勢いよく巨大な尾びれでぬ かるむ大地を打った。わずかに残ったビルが、続けさま に倒壊して、黒い水しぶきをあげる。魚は尾びれの力で 体を押し上げ、全身をくねらせて濁流のような雨をさか のぼる。青い稲妻がぬれた鱗を輝かせる。鱗の間を滝の ように雨が流れ落ち、激しいしぶきとなってほかの雨と 混じりながら落ちていく。魚は一息に黒い雲に鼻先から 突っ込み、吹き荒れる突風とプラズマの中を抜けて、つ いに雲の上に顔を突き出した。そこは意外なほど静かだ った。激しい気流は側線で感じる。しかし、激しい雨も、 稲光もない。ただ薄い絹のような雲が切れ切れに飛び、 やっと雲海の向こうに顔を出した青い月の光が、すっと 雲の上をすべり、滑らかなおうとつの影を作っていた。 雷魚はやっとえらまでを雲の上に出したものの、そこで 力尽きたのか、ずり落ちるように雲の中に戻っていった。 乱れた雲はすぐに元の形を取り戻し、下界からの来訪者 があった様子など、微塵も残さなかった。最後の脱出船の試みが失敗に終わり、数多くの人命が失われ、さらにこれまで注ぎ込まれた資源と労力と士気が無駄に終わった。街の中央には巨大なクレーターになり、まるで以前から湖だったように、すべてが水に水の底に呑まれた。かつて船に乗って雲の上に逃れた人々は、最後の船の墜落を知って、激しい悲しみと安堵をおぼえたものだ。 雷魚は泥の中に身をもぐらせ、再び雲の上へ飛び上がる ことを夢見てまどろみの中に眠る。ここまでは稲妻の光 も音も、豪雨の槍も届きはしない。心安く眠るにはうっ てつけの場所だ。*******************************************************泥にもぐるのは雷魚ではなく、ハイギョですが、まそこはお許しを。
Oct 19, 2004
砂時計の中、音もなく零れ落ちる砂粒を数える、ゆっくりとした群青色の時間。開いた窓から、緩やかに墨色が流れ込み、思い出の形を作る。振り返った私を思い浮かべる、ちょっと意外そうな表情を浮かべる私。遠くの音を想像する。深い藍色に隔てられた音。音を作るものもなく、ただ音として光のない世界に生まれた音。それは静かに藍色の波を作って渡ってくる。波のうねりもまたただ波として生まれただけの存在。ひんやりとした黒とぼんやりとした鼠色ゆっくりと手足を伸ばして群青色の中に浮かんでみる。背に当たる床はもうない。最後の砂粒が落ちるとき、墨色が私を包む。*************************************************じつのところ、17日の続きでもあるのです。
Oct 18, 2004
白灰色の団地を抜け出して地下鉄の駅へ向かう。色彩を求めて。影を求めて。プラスチックの街へ行く。そこでは昼には日差しが降り注ぎ、夜にはヒトの光が降り注ぐアクリル細工のビル/セロファンの空/セルロイドの魚たち流れる風は音楽/漂う匂いはメッセージ/目に映る光は幻白波打ち寄せる夜空に青い月光の打ち寄せる街路に黒い影人影はワヤンの人形のようにビルの窓から窓へとせわしなく軽やかにユーモラスに飛びまわるいくつも瞬きが矩形の夜空を横切っていく腹の底に響く太鼓/頭を弾く鉦の音、肌を振るわせる手拍子/背骨を抜ける笛の音誰もが見ている/誰のことも見ていない誰もが参加している/誰のことも知らない潮引く夜空に金の星潮引く街路に銀の星再び地下鉄に乗って白灰色の世界へ帰る。瞳の溶けた色彩を流したいから、体についた影をぬぐいたいから。2004.11.05 タイトル修正******************************************16日の"白灰色の世界"の続きです。
Oct 17, 2004
白灰色の世界。窓の外に広がる空は隙間なく雲に覆われ、なんのおうとつもなく、ただぼんやりと白く光っている。その下に並ぶくすんだ白い壁の高層団地は、雲を透かした日の元で、影もなく照り返すこともなく、ただずっとそこに建っている。いまにもぐずぐずと地面に潜ってしまいそうなほど、不安定なはずなのに、どうにかバランスを保って、しかも何事もないように押し黙っているようだ。団地の谷間から聞こえる子供たちの声が、精彩を欠いてくぐもって響いている。白いバルコニーにさびの浮いた白い手すり、その上には1羽の白いハトがうずくまるように止まっている。ハトの羽毛には光沢もなく、しかし荒れているようにも見えず、まるで張子のようだ。開いた窓から身を乗り出すと、ハトは張子でない証拠に翼を広げて空へ飛び去った。でも逃げ場なんてどこにもない。空は雲で覆われているのだし、見渡す限りつやのない白で埋め尽くされている。やわらかく閉じ込める、そしてゆっくりと締め付ける白灰色の世界。
Oct 16, 2004
北から訪れた人が片手を上げると南から訪れた人がヤァと声をかけた東から訪れた人がお辞儀をすると、ふたりがそれに答えた西から訪れた人が肩をすくめて見せると、みなは途方にくれてうなだれた
Oct 15, 2004
暗い空の波打ち際で輝く砂を洗う白い波手にした貝は星の船流れよるは時の果て朝まだき砂浜を迷い鋭く輝く星を拾って深く暗い渦に投げる永遠の一瞬留まる光やがて噴きあがるはあまたの星の卵たち暗い空に散り落ちてやがて星になる定め白い衣の裾を押さえ汀を歩む佳人の影を月に映して見る夢は貝を枕に眠るゆうべ************************これから星空の美しい季節時には照明を落として、星空に泳ぐ姿を想像するのもよいものです。そこにはきっと魚もいるでしょう。北落師門の輝く季節ですから。
Oct 14, 2004
僕の住んでいた街には市立の音楽堂があって、そこにはちょっと変わった特徴を持って楽団があったんだ。音楽は国中でも名が知られるほどの腕だけれどもうひとつ、彼らの衣装には特徴があった。それは、どの演奏者も、そして指揮者もみな赤いネクタイを締めているんだ。種類はなんでもいい。女性ならリボンでもチョーカーでもね。僕の伯父さんは赤い絹のアスコットタイをしていたし、しばらく学校で音楽を教えてくれた先生は赤いリボンを白いブラウスの上に飾っていたっけ。なんでみんながそんなに赤にこだわるのか。それはこの村の近くで戦争があったとき、村は兵隊に占領されて、それでもみんなのために音楽を演奏した楽団だったけど、国家を演奏したとき、司令官が射撃を命じたんだって。それで楽団員の半分が死んでしまい、残りの楽団員もほとんど楽器を扱えないほど怪我を負ってしまった。あまりのひどさに、一人の兵隊が司令官を撃ち殺してしまって、占領軍は大混乱に。そこへ市民軍が来て追い散らしてくれたんだ。戦争が去ったあと、時間をかけて楽団は復活した。そのときから楽団員はみな赤いネクタイやネッカチーフ、リボンを身に付けるようになった。そう、その赤は銃弾で流された血を示しているんだよ。さて、悲しく、繰り返してはならない過去は忘れてはないが、それでも楽団は陽気な音楽を演奏してくれることをみんなは待っている。特にホラ・スタッカートはスペシャルだ。なぜって? 彼らが演奏するホラ・スタッカートは終わりがないからだ。指揮者が乗ってくれば、いくらでも超絶技巧が繰り返され、最後の小節にかかるかと思えば、まるでトンボが水面ギリギリで再び大空に飛び上がるように、演奏のテンションが上がっていくんだ。どの部分が繰り返されるのかもそのとき次第だし。まぁ、演奏者が疲れて演奏のクオリティが保てなくなりそうになれば、絶妙なタイミングで演奏は終わりを告げるのだ。そのあとの楽団員ときたら、もうへとへとなのだが、それでも顔は充実感で溢れているのだ。もちろん観客もへとへとで、もうアンコールの声も無い。でも、それで十分楽しんだのだ。それまでどんな静かな曲が演奏されていても、ホラ・スタッカートが始まると、観客は手拍子を始め、足を踏み鳴らす。それは決して礼儀知らずな行為じゃない。その音の大きさ、リズムのよさでさらに楽団の演奏が乗ってきて、指揮者のウデが4本にも6本にも見える。それにこの曲にはゲストの演奏者がつきものだ。いつもの楽団員に混じって、次々を現われるその道のプロ。アルペンホルンやインドの蛇使い、ペルシアのベリーダンサー、東洋の着物を着たみんは竹の笛や甲高い金属の笛を鳴らしていた。その誰もが赤い飾りを胸元につけていた。そりゃ、専門家に言わせれば、そんな演奏会など……と、目くじらを立てるだろうが、演奏されるのは市民のための音楽堂だ。市民が音楽を楽しむために来ているのだ、たまには、いや毎回だったけれど、ちょっとハメをはずしたっていいと思う。それにどんな演奏者が現われたって、音楽が乱れたりすっかり違ったもになったりはしなかった。いま、本物のというとなんだけど、ごく普通に演奏されたホラ・スタッカートを聴いてみると物足りない。だいたい4分程で終わってしまうなんて短すぎるし、やはりゲストの変わった楽器や、観客たちの手拍子、足踏み、歓声がなけりゃだめさ。そう思う。もうあの街に戻ることのない僕だけど。*****************************************************久しぶりにTOMITAの『宇宙幻想』を引っ張り出して聴いてみる。すると、7曲目のHora Staccatoの印象が違うのだ。昔きいたときは、もっと華やかで、神秘的で……そう、赤い飾りをつけた楽団の演奏を懐かしむ"僕"と同じ心境になった。書いた本人もホラ・スタッカートを鼻歌で演奏すると、いつの間にかエンドレスになっているし、頭の中では様々な楽器が入れ替わり立ち代り現われて、短いパートを演奏しては去っていく……人間の記憶というのは、じつにあやふやで……楽しいもんですね。
Oct 13, 2004
僕は永遠ということがわからない。変わらぬものがこの世にあるとは思えない。どんな海でも潮の変わりはあるものだし、いかなる湖も川もすべて形を変えていく。だから永遠の想いとか永遠の誓いと聞いても、それを信ずることはできない。僕にとって永遠とは、いやそれに近い永い時とは、代々紡がれていくものだ。僕から子へ、そのまた子へ、命をつなげ、生き続けるこの身を捨て慣れ親しんだ水に、次の世代の命を託し、己が亡骸を任せそうして永い、永い時を越えて永遠に近づくのだから。"種"よ、我らに栄えあれ!"種"こそ真の主なれば、我ら種の子らとして生き新たな種の子らの親とならん。いかに形を変えようと、いかに棲みかを移ろうと我らは永き時の川のごとく、"種"とともに、生き続けるだろう。顔を知らぬ親から聞くのではない、僕の体に流れる血がそう叫ぶのだ。その声に押され、僕らは海を渡り川を遡る。それが定め、人間の言葉を借りれば、それこそが"永遠に誓う"ものであり"永遠に変わりない"ものだ。闇に闇を重ね、常ならぬ身となったしても……。**************************************************たまには、深夜魚の気持ちになって、叫んでみました。くどいくらいの演劇風に朗読していただくと、よいかもしれません。次第にテンション上げて、最後は消え入るように、自分だけに聞かせるように。背中越しに夜更けの雨音を聞きつつ、またも笑われるのを承知で、即興で書いてみました。いかがでしょう?2004.10.20 タイトル修正
Oct 12, 2004
朝明けぬ闇に歩む獣気配すら知るものはなくただ湿った夜の大気に獣の放つ匂いをかぐのみあるもは官能をおぼえあるもは警戒して身構えるだがいまは獣は誰も襲わないいまは自分の歩みを確かめるように朝に背を向けて闇の名残へ歩みさるのみ**************************************夜明けまであと2時間あまりだろうか、窓を開けてモニタに向かっているのだが、獣の匂いが急に湧いたように鼻についた。どうも窓から漂ってきたようだ。手元にあるテーブルライトを窓に向けてみたが窓から1メートルほど離れた隣家の屋根になにがいるわけでもなく、懐中電灯を持って、窓の下も見てみたが、なにかがいた気配もない。奇妙なものだ。ここはアパートの2階で窓の横を獣が通るわけもなく、近所で大型犬を飼っているのを見かけたこともない。夜は獣と以前日記に記したが、まさか次に爪にかかるのが私とは思えない。第一もう朝がやって来る。夜の獣も街の上から立ち去る時間だ。相変わらず夜更かしをしても仕事にならなかった。もう眠らずにいて、朝早く職場に行くとしよう。まだ首が痛む。
Oct 11, 2004
誰にも気づかれずに探っている何を探っているのか気づかずにいる闇の中の手探りただ探りたいという情熱だけに突き動かされて進む結果は見えなくていいいや最後までわからずにいたいただ探っていたいだけ出口のない闇の中の迷路を地図もなしに進む誰を追って街をさまようのか誰に追われて路地に身を隠すのか白昼の中の追跡誰かを追っている興奮と高揚誰かに追われている焦燥私はシークレット エージェント私はプライベートアイ依頼主は自分自身ターゲットを探せそれが最初のミッション
Oct 10, 2004
ばぁは雲の道をやって来るお気に入りの着物を着て綺麗な扇子を広げ好きな舞踊を舞いながらばぁは雲の道をやって来る僕はまぶしくて手をかざし雲のばぁに呼びかける楽しいそうだねぇ好きな舞踊を舞いながらばぁは雲の道をやって来るばぁよ僕はもう大丈夫だよお気に入りの洋服を着て綺麗な鞄を提げて好きな唄を絶唱しながら僕は僕の行く道を歩いてるだからばぁよばぁはばぁでお気に入りの着物を着て綺麗な扇子を広げ好きな舞踊を舞いながら雲の道をまたやって来てよ
Oct 9, 2004
オフィスの窓から見る都心部の上を柔らかな雲が覆う。まるでよく耕された畑ののように、雲には灰色の畝が作られ、新宿と渋谷の間あたりから放射状に伸びている。人によってはそれを禍々しく感じるかもしれない。けれど私にはその風景が心躍るものに見えるのだ。晴れた空も好きだ。先日夜明けに見た明けの明星には、心打たれるものを感じ、月を見ればそっと挨拶をする。東京に星空がないことを悲しく思う。……もしかするとそれに関係するのかもしれない、もとより星空のない東京の空ならば、いっそ雲で蓋をしてしまえばよいのだと、そんな感情が心の中にあるのだろう。雲は自然の造形であるほかに、私の中では言葉どおり雲上人の住まう宮殿でもある。人造の峡谷である高層ビル群は、同じ"人造"である雲により閉ざされることで、いっそう人造的で非自然的な美しさ、おもしろさが高まるように思える。それは巨大な箱庭であり、古来中国で愛でられてきた人造美の庭に通じ、映画『メトロポリス』で描かれた、天も地も人造物で埋め尽くされた、"メガロ"ポリスへの憧れかもしれない。不思議なものだ。閉所恐怖症で空気の流れのないところ、身動きが取れない場所にくると息苦しくなり、時には半狂乱一歩手前にまでいたる私だが、厚い雲に覆われている状況には、さほど苦しさを感じない。感じるとすれば春先の黄砂や夏のスモッグにより、視界がはっきりしないときのほうがはるかに息苦しく、苛立ちを覚えずにはいられない。その時期の機嫌の悪さは自覚している。******************************************************低く垂れ込める灰色の厚い雲の下。永遠に雨は降り続け、人々は傘を差すのが日常だった。ただひとり傘をなくした少年は、大人の言葉も省みず、厚い雲を凝視する。目にしみる汚れた雨粒も彼の瞼を閉ざすことはできない。少年の目が輝いたのは、雲に一筋の亀裂が走ったから、そして開かれた雲の間に、燃えるごとく輝く巨大な鳥の姿を見つけたからだった。少年は雨の中を走り出した、少年は傘も差さず"鳥"追いかけて雨の街をどこまでもどこまでも走った。彼が雨を抜けて初めて見る世界に驚きと喜び、挫折感と希望を見つけるのは"鳥"を追いかけて幾年もの年月が過ぎてからのこと。それは街を覆う雲が晴れ、日差しとともに、人々の苦痛とそれを乗り越えて見出す新たな時代の到来をもたらす第一歩となる。****************************************************
Oct 8, 2004
ゆっくりと水滴の間に体をすべり込ませて歩く見まわせば氷柱のような雨の林が続くそれは白い幾千に幾万をかけた数の針わざと触れれば肌を濡らし髪に染みていく晴れあがった空の色を受けて雨粒は光り世界を青い光で包む振り返れば自分が雨の中を抜けたあとに太陽の光が乱反射して虹色に輝くあまりのまばゆさに目を細めると静止した時間が動き始め視界のすべてが水と光の渦に巻き込まれてゆっくりと押し流されていく空はどこまでも青くまるでおだやかな海の様太陽はいつのまにか姿を消してただ暖かな光だけが残ったどこまでも流れる光どこまでも流れる水どこまでも流れる時僕は今、すべての流れの中にいる*************************************************今日は台風一過の日本晴れを期待していたんですけど、いささか残念かな。でも、曇りの日もきらいじゃないですよ。落ち着いて過ごせますからね。
Oct 7, 2004
ここに1枚のメモがある。粗悪な紙にブルーブラックのインクで書かれた文字が並んでいる。きっと、アルバムに収録された曲名なのだろう。ただ、誰の作品なのかは書かれていない。われながらうかつであるが、それもいまに始まったことでなし。とりあえずここに書き記しておこう。『青い文字』1:桜貝のレンズ2:書き写された手紙3:木もれ日の楽園4:黄金蜜の夢5:白い曲線6:二重露出7:美神礼拝8:光の外9:青の岸10:昔手にしたオルゴール11:栞のない本12:桃花(ももばな)13:緑の椅子14:おやすみ あるいは さよならB.T.:赤いテーブルポップス? イージーリスニング? クラシック?なんだろう。14曲プラスB.T.はボーナストラックで全15曲。曲の長さがわからないので、合計何分なのかわからないけれど、詰め込んだものだ。LP? CD? いつのメモか判らないのでこれまた判断がつかない。仕方ないので、曲目からどんな曲か想像してみよう。台風が過ぎ去って静かな雨が降る晩には、ちょうどいい、ちょっと優雅(?)な過ごし方だ。タイトルについては最後にしよう。もしかしたら、途中で振り返ることになるかもしれないが、まずは1曲目の 桜貝のレンズ 。妄想ライナーノート1:桜貝のレンズ桜貝は大人の小指のつめほどの小さな貝。薄い桜色で、よくもまぁこんなものが荒波にもまれて生きているものだと思うほど繊細な貝だ。海岸で拾って瓶に溜めたり、それでネックレスなんかを作ったことがある人もいるだろう。それに、その愛らしい姿と名前は、この曲名のように、いろいろな音楽、文学作品に登場する。それに色と形から女性のつめや唇をほめる表現としても使われていた(過去形だね)。でもこのタイトルではその貝を"レンズ"としている。レンズは光を集めたり分散したりさせるためのもので、それを桜貝で作るというのはちょっと首を傾げざるを得ない。確かに光に透けるほど薄い貝だが、それでレンズを作るのは……いやまてよ。高校の頃天文班(H高校理科部天文班)のメンバーが、一生懸命レンズを磨いていたな、もし桜貝を実に繊細に、優雅に磨いて薄くしていったら、美しい桜色のレンズができるのかもしれない。ならばそれを……小さい、磨いたいて作った桜貝のレンズはとても小さい、もし使うのならコンタクトぐらいか。桜色のコンタクトレンズをはめた少女。少女だろう、もしくはかつて少女だった女性。厚顔の美少年でも桜貝のコンタクトは許されない。そう、だめだね。桜色のコンタクトをはめた瞳はどのような色をしているのだろう。昨今の黒い虹彩を隠すようなものではないのは確かだ。なにかうっすらと桜色の霞のかかった瞳に違いない。それはつけた本人も同じだろう。桜霞の世界。それは、きっと恋の世界。あ、書いててほほが照っているのがわかる。私だって恋のひとつやふたつ……閑話休題。ともあれきっと桜色に染まった日々は恋する日々と言っても、きっとみんなうなづいてくれることだろう。さすれば、この桜貝のレンズは恋を夢見る道具であるのでしょう。しかし、レンズを付けてまで見ようとするのですから、きっと恋に縁遠い人なのかもしれません。振り返れば青春の頃を恋することも無く過ごしてきた。思えばなんと寂しいことか、せめてこのコンタクトをつけて、いまは幻の恋を幻視せん……これは男にも必要かも。結論、桜貝のレンズは桜貝を磨いて作ったコンタクトレンズであり、それは恋を夢見る道具である。それを通して見た世界は、すべてがいとおしく、やさしく見えるであろう。ただしそれは幻視にほかならない。しなわち、この曲は恋する心を振り返りつつ、いまの寂しさを詩の行間ににじませたものであろう。歌詞のある、柔らかな楽曲。もしかしたら伴奏もなく、ソプラノの美しい声で歌われていたのかも。ただ今年の春にはやった、ふたつの曲を想像してはいただきたくない。いや、これは本当に個人的意見。小さな桜貝から覗いた世界は 春の大気に包まれて 誰もが恋を夢見てる 私は輝く金色の花にも 空を渡る風にも恋をする 過ぎ去るすべてのものに いとおしさを 感じずにはいられない 私もいつか去っていく だからいまはお願い もっとそばにいて もっとつよく抱きとめて違うな、こんな詩じゃないぞきっと……きっと最後は涙にかすんで、世界がすべて桜色の中に溶け込んでいや、それはちょっと……(妄想は続く)
Oct 6, 2004
それは机がひとつもないオフィス。床一面に紙くずがばら撒かれたように散っており、それを足先でどけると、机が並べられたあとがへこんで残る、くすんだ色のカーペットが見える。最近までここには机が並べられていた、そこには、多くの人々が働いていたに違いない。ひとりでこんなに紙くずを散らかせるとは思えない。それとも何年も掃除をしていなかったとか?紙くずは色とりどりで、ノートパッド、付箋、便箋、なにかの切れ端など実に様々。なにが書かれているのかと、手にとって広げようとすると、初めてそれが非常に硬くて、広げられるものではないとわかった。重さも触った感触も紙そのものだが、まるで陶器で作られた紙くずのオブジェのように、丸められた状態で固まっている。紙の角なぞ指の腹で押さえれば、皮膚を破って血を流しそうだ。拾い上げる紙、拾い上げる紙いちいちみな固まっている。巻かれた細長い付箋は棒のようだ。いったいなにがあったのか、ここにいた人々はどこへ行ってしまったのか、それとも連れて行かれたのか。それにこの固い紙くずは、どうやって作られたのだろう。なにが書かれているのだとうか。壁一面の窓に近づいて外を見る。足下には十数階ぶんのフロアがあり、一番下には自分が入ってきたビルの入り口が見える。いつもの癖で大きなビルを見ると入りたくなって、ここまで来たのだが、半分開いたドアから見えたこの部屋は、最初から異様な雰囲気を持っていた。それは持て余した感情のようなもの、いまにも破裂せんばかりに膨らんだ、巨大な風船のような、危険を感じる圧迫感。厚い壁を通して聞こえる、隣のオフィスの喧騒。そういったものが、この部屋の中にあったのだ。そしてこの紙くず。開かれること、見られることをかたくなに拒み続ける紙くず。たとえそれが小さな付箋でも、破られたノートの切れ端であっても秘匿しなくてはならないものは、決して明かさないという強い意志を持っているようだ。なにをそんなに黙っていなくてはならないのか。廊下に人気を感じて、私はさも行き先を間違えた関係者のような雰囲気を発しながら、そのフロアを抜けた。ビルの中を散歩する趣味を持ち始めた私の特技のひとつ。相手が目礼してきたらこっちの勝ち。頭を下げて丁寧でさりげない礼を返して、ビルの中に同化していくのだ。ポケットに入れた紙くずの固さを意識しながら、ビルの出入り口を抜けると、振り返って自分がいたフロアを仰ぎ見た。そこには最近消えた地方新聞社の看板が、半分防水シートで覆われていた。そのことと紙くずが頭の中でつながると、紙くずが固くなった理由がわかったような気がした。情報を扱う者には明かせないものがある。たとえ弾圧され、この世から消されてしまっても、明かしてはならないものがある。持ち出してしまった紙くずのことが気になって、ポケットから出してみると、それはまるで百年の歳月を過ごしたように劣化して、ぼろぼろに崩れて風の中に消えた。再びあの部屋に戻る気持ちは起こらない。たとえ行っても、もう紙くずはないだろうし、ドアも開かないだろう。きっとそうなのだろうと思う。
Oct 5, 2004
その檻は激しい暴力が行なわれたことを示していた。鉄棒はことごとくねじれるか、曲がるかしており、屋根にもいくつもの凹みや穴があった。この檻は、中にいるものを外に出さないために作られたものではない。中にいるものを守るための檻だった。もっとも結局守りきれなかったが……。檻の周囲には枯れた畑が広がり、そこここに黒く焦げたあとや、穴がうがたれている。そして首輪、いくつもの首輪。いまは骨の一つもない、犬たちの首輪だけが、見渡すかぎり土にまみれて転がっている。鎖はついていなかったが、どの首輪も緩めたあとはなかった。どうやって犬の首から抜いたのだろう。先の焼けた棒杭で黒い土をかき混ぜると、小さな白い破片が数多く出てきた。確かめるまでもない。靴先で土をかけ直すと、力いっぱい棒杭を地面に突き差して、もう振り返ることなく畑を後にした。だが、ここのことはまた何度と知らされることになるだろう。いや多くの人が知るべきなのだろう……。**********************************************大国は、世界中に紛争の種を蒔き、より大きな紛争になったところで刈り取りにやって来る。たいがい彼は種を蒔いた場所に番犬をつけるものだが、再び訪れるときは、決まってその犬が悪い野犬になって、周囲に迷惑をかけていると非難する。そして棒で打つのだ。その犬を持ってきたのは自分自身だというのに……。
Oct 4, 2004
ピアノ弾きがいた。満点の星空の下、緑の丘の上に古いピアノを運んでもらい、そこで軽いジャズのナンバーを弾き始めた。彼は即興でアレンジを加えて、同じ曲が繰り返されているにも関わらず、いずれもまるで違う曲を聴かされているような気がしたものだ。だがよく耳を傾ければ、やはりその中には同じメロディーが隠されたいる。それはまるで、すばらしい食材を様々な料理にして並べられたようなものだった。知らせたわけではないが、いつの間にか丘の周りに人影が集まり、ピアノ弾きと彼のピアノを円く囲んだ。ピアノ弾きは休むことなく引き続け、しかも夜がふけるにつれ、次第にテンションが上がり始めていった。空を見上げていた人々の口から声が漏れた。自分も見上げてみると、緑に輝く星々がピアノの音にあわせて瞬いていたのだ。それとも星の瞬きにあわせてピアノを弾いていたのか。いつ演奏が終わって、どうやって部屋に戻ったのか覚えていないが、あの興奮はいまも忘れない。ただ星の綺麗な夜になると思い出す。楽譜などないのに、ちょっと背中を丸めて鍵盤に指を躍らせていたピアノ弾きのシルエットと、丘の頂上から螺旋を描いて星空に立ちのぼるピアノの音色、それに触れて瞬く星と緑色の光をぼんやりと宿した宇宙。僕と互いに背を合わせて座っていたいた、見知らぬ人の柔らかなぬくもり。夢かもしれないが、僕にとっては、それは現実に等しい。
Oct 3, 2004
父の実家には僕が小学生であった頃まで、五右衛門風呂があった。すのこようのは蓋を踏んで、釜の底に沈め、その上に座るあれだ。こどもがふたり、余裕で入れたのだから結構大きい。法事があって、両親とともに久しぶりに実家に戻った僕は、母屋から離れて、下り坂の途中にある納屋の裏に、大きな風呂釜を見つけた。それは外側こそ赤錆びていたが、内側は雨水を溜めてまだ黒々としていた。金魚でもいるのかしらんと覗いたが、自分の影法師が黒くのっぺりと、白い水面に映るばかりだった。しかたないと顔を上げようとした時、自分の影法師の中で、何かが動いたのを見た。もう一度目を凝らすと、影の中を横切る、もっと黒々としたものを見た。それは僕の影よりも、もっと影らしい質感を持った、巨大なナマズだった。だが、たいそう大きいようで、見えたのはすぼまりゆく尾が、すっと影の外に出るところだけだった。ナマズを飼ってたのかと合点がいって、母屋に引返そうとしたが、砂利を踏んだところで気がついた。いくらでかい釜といっても、あんな大きなナマズが横切るほど大きくは無い。いったい、どうなってるんだと思い、確かめようと振り返ったが、なぜかもう納屋の裏へ行く気がしなくなった。正直に白状すると怖くなったのだ。僕の影を横切ったナマズ。もしその顔をまともに見たら……。法事に来るはずだった親類のひとりが、その日から行方不明になっていたのを聞いたのは、彼岸を過ぎた頃である。
Oct 2, 2004
ゆがんだ心はゆがんだ心を作るそれが好きだからとかそれが自分では正しいと思っているからなどとそれだけで済まされないことがあるいつかゆがみは大きな崩壊をもたらすそこから新たなものが生まれればよいがただ廃墟だけが残っているのだとしたら……。*******************************************県道からちょっと外れた所に、妙にだだっ広くて、まったいらなのっぱらに、巨大な鳥かごのようなものがある。近づけば見上げるほど大きい。2階建ての家ぐらいはあるだろう。鋼で作られたその骨組みは、実は大きなハートの形をしているのだが、いまはすっかり風雨にさらされ、本物の鳥の巣までかかって言われなければそれとわからない。ここで県が支援するイベントが行なわれる予定だったときく。巨大なハートはそのシンボルになる予定だったのだ。ところが、どこをどう誤ったのか、ハートの形が左右で微妙にずれていることがわかり、直そうとしたもののもめるばかりで作業は進まなかった。もめたのはハートだけではない。出資社同士がもめ始めた上に、イベントを企画していた会社の専務が、資金を着服して失踪。あげくにイベントに関わった、県の職員の汚職が公になったり、くるはずだったと噂されたアイドルが、スキャンダルで失脚した。知られて無いことだが、このイベントを第1話にしようとしたアニメの話も、人知れず消えた。で、結局企画自体が県民の反対にあってつぶれてしまったのだ。ハートをシンボルにするぐらいだから、きっと癒し系を目指したものだったのかもしれない。だがどうだろう、ゆがんだハートの骨組みが示すように、このイベントは企画とは裏腹に制作者同士のいがみ合いで終わってしまった。残ったのはハートの残骸のみ。降り始めた生暖かな霧雨に、むっとする緑の匂い立ち上る。ズボンの裾をぬらす前にと、県道への小道へ小走りに戻る。2度と振り返りはしなかったけれど、すさんだ緑の中にまだあのハートの残骸が残っているであろうことは、はっきりと意識された。そう、こうして深夜自分の部屋にいてもなお、同じ夜の闇の中に放置されたハートの残骸の姿が、心の奥に意識されてしまう。まるで強制的にライブカメラの映像を見せられているような気分だった。……だった。過去形だ。ある日ふとハートの映像が心の中から消えたである。そこで、休日に再びあの場所を訪れたが、ハートの残骸は撤去されてしまっていた。もう無残な姿を見なくてすむのだから、すっきりするものだと思ったら、なぜか大事なものを失ったような気分になって、うかつにも涙をこぼしてしまった。むんとする草いきれが、甘く漂い、余計にせつなさを募らせていたのを覚えている。
Oct 1, 2004
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