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ライトを消すだけの簡単な宿直な仕事だ。(ここでは何故か夜間警備とは言わず、宿直と言う、)―――と聞いていた。冷たい空気は海の波のように襲う。―――実質は三人・・・なので、殆ど休みはない。彼は外回りをし、自分は内回り。夜間警備は基本的に建物内外を見回り、窓や扉の施錠、不審者や不審物のチェックをする、という巡回業務が主なもので、警備室では玄関フロアやエレベーターなど、数か所に設置された監視カメラなどによる監視業務をしているが、一年に一度ぐらい忘れ物をした、大事な書類がある以外は人が来ることは―――ない。(一号業務は、商業施設やオフィスビル、病院などが主な勤務先にあたる、)(他人に談ってしまうにはあまりに勿体ない、或る秘密な快楽であるかのように、眼を妨げる、形而上学的復讐の感情・・・・・・)こんなところ誰が泥棒に入るんだよ、と彼はよく愚痴っぽく言う。(だが不審者の侵入や、緊急時、たとえば火事や災害時などには役立つ、)もっぱらは深夜手当の金額だ、通常の賃金(基礎賃金)に対して二五パーセント以上。大会社の名前がありこそすれ、田舎の小さな会社・・・・・・。 ●Security guard imageウィーン...ガシャッ...[エレベーター]が開く。肺臓に焼けた臭いが溜まり、顳顬が鳴る。新たな思いがけぬ発見への、驚異と歎賞とによって、ほとんど占めつくされていた新人時代とは違う。エレベーターの光は細長い灰白色の虫を連想させる、惡夢の中のように悽慘な光りで照らし出している。皆が口を揃えて言う、折り紙付き。怪奇現象が絶えないデンジャラス・ゾーン。物音をたてれば、即アウト。鼻先が鋭敏になって、糸を切られたあやつり人形のように、夜の会社の臭いを嗅ぐ。何かを呟くたびに影を作って浮き上がる。ジワジワした感じであるが、それが一千倍万倍の速さにでもなって、顔面の皮膚を這いひろがる。溶けただれて行くように、虫に喰われて行くように、一瞬にして相好の変って行くような恐ろしさ。そのなんとも言えぬ恐怖。(キチガイだ、)、、いや。、、いや。 ●4th floor恐怖体験やトラウマが子世代に遺伝することは知られている、 * *―――世界は不意に姿を現す、 本物も偽物も一つもない世界で、 一人一人が一箇の不動だと信じながら・・・・・・。“神経の昂ぶりが見せる幻覚”と―――言いたい。“くっつき虫みたいなもの”と―――言いたい。[胃液の分泌には、自律神経が深くかかわっている]衝動を含んでいる、交わりの諸相。 ―――蛇の威嚇を増幅したような・・。VR体験中に犬を上下逆に抱っこしてしまった女性が、頭と間違えて尻に顔を埋める笑い話を思い出す・・。―――なんて無意味な慰め・・。巻きつき型の蔓性植物ないし下垂性植物・・。ドッ、、、ドッ、、、ああ・・・・・・。―――これもやがて慣れるんだろうか。「(カアカアカア...)」「(もし声が聞こえたら、あなたは一週間以内に死ぬ)」遠景が沸騰する。世界が縮緬皺のように思えてくる。まるで世界記録を持っているジェットコースターみたいだ、その直感的で解析的なものは、それがどんなに怖いかを説明しないのだろう。>>>ジャコメッティと猟犬。 (((そこはとても遠い ))遅れる、気になる、来る、過ぎる、迫る、近付く・・・・・・。表層上の過剰な正常性が、表象の総意なのだとしても、だ。高度六十八メートルです、速度は百二十一キロです、距離は千四十一メートルです、落下距離は六十五メートルです、回転数は三回です、最高回転高度は五十メートルです。―――六×八フィートのネズミ用迷路、蟻の巣・・。 * ●蛾だ。蛾は何処にでもいるに違いない。 だが病院、葬式の夜にいる蛾は何処にでもいる蛾ではない。 昆虫は死を暗示し、時に亡くなった人の心と繋がっている。 それが迷信なのかどうかを僕等はまだ知ることが出来ない。 *通路を歩きながら、一階の部屋を見てゆく。ここでは寒さというものがまた格別で、氷山のただ中のようだ。夏の蒸し暑い熱帯夜の夜でも、ここではエアコンがなくて快適だ。―――特異化、変質化。[飛び降り自殺があったんです]眼球が溶けくずれ、眼窩の漿液が流れ出すように視力を失ってしまう。カツーン。カツーン。カツーン。―――跫音が響く。跫音に合わせて懐中電灯が響く。 ●flashlightドアが、がちゃりと、開く。セーブ機能や、マッピング機能。「どうかされましたか?」「そこに、誰かいるんだ」真っ暗な部屋の明かりをつけてみる。誰もいないようだ。 、、、、い―――ませんよ、と、振り返ると、しん、としている。(頭蓋骨を貫通する、白昼夢)この場所は無国籍不法地帯さながら。[廃墟マニアが廃墟の写真を集めるような感覚](それは不定期な船に委託する郵便物の不確かな運命に似ている、) フラーゲ・デーモン胸中で何度も試算する質問の悪魔。・・・意識が途切れそうになる。・・・意識が途切れそうになる。通路の構造上、人が消えることは有り得ない。真っ直ぐだからだ。狐に化かされたような場面であるのに、硝子の檻に入ったモルモットの動きを観察している場面でもある気がする。縮緬皺のようなさざなみか果てしもなく立つ。前兆的な無気味な感じがする。急激な気圧降下のために窒息でもするか内臓の障害でも起こすかのような、変調の覚え。急速に光を失ったような、壺中の、井戸の、凸凹のない、うす青い葉裏の水面を覗くような・・。パリ天文台の地下室二十八メートルのところで、百五十年間、十一・七度を常に示していたような話だ。(・・・・・・日本人形は夜になると移動する、)(・・・・・・花弁の間より滑り落ちた雨の雫のように、) ●hand of night、、、、、、、、、、、、この世の人ではなかったか・・・・・・。(「 * ●鍵穴から眼で覗かれているような気がする。 樹液のように血が滴って来るような気もする。 ああしかし、息の音でも聞こえてきそうだ。 僕等は、会社のドアの数を数えたりはしない。 ドアの分だけ幽霊の眼が生まれる。 *世界では―――グリズリーの親子が追い掛けてきたり・・、夜道のストーカーの恐怖について話す・・。>>>洲原村診療所は、岐阜県美濃市須原にある廃病院。足下にタランチュラが、という話も聞いた。毒キノコとわからずに食べてしまった話・・・・・・。>>>未成のまま放棄された幻の軍用隧道、戸倉峠の未成隧道。ファインダーでフォーカス・ロックする。ナビゲーション・システムが起動して行き先の候補を、いくつか同時的に作り出す。南米・コスタリカのイモムシは自分を捕食する蛇に擬態する。―――そこにおける進化はやはり恐怖なのだろう。暗闇の中からたくさんの眼に、貪るように見つめられている気がする。いまとなっては、動物が生命を繋ぐことのために僅かなものを、必死と鬼気として食い貪る途中を闖入者のために追い退けられた跡。思考は重力の支配下にはない、鮭が大きな川の源流を遡っていくみたいに、心は―――音を隔てた・・世界からあまりにも遠い場所で砂をかぶったひらめ。それからいっさいが空白である合間。やがてまた音と、運動と、触覚・・・。並列帰還増幅器・・。分岐点の選択、白ー黒、粗ー滑・・刺激の弁別。、、、、、おなまぐさ、だ。そういうのに比べたら、幽霊は怖くない、と思う。そういうのに比べたら、幽霊自体は怖くない、と思う。―――人間だれにでも一つや二つ欠陥がある。・・・・・・自分は叫び声をあげないし、顔に恐怖の感情が出ないのだ。子供の時分に交通事故に遭った。三日間も意識不明だった。それが神経に響いているのであろうか、しかし、驚愕ともいえないぐらい、あれはほんの数秒間の出来事だった・・。ふわふわしたサスペンション・・。ちぢこまった...きんにく... ●night is alive1<飛び降り自殺は四回起きました>―――現在一切の遠隔操作を行えない状態にあります。<その中には、警備員もいます>***意図的に話を混乱させる、時計の針―――。***役割の固定された仮面や像という醒めながら見続ける夢・・。 その面接はスムーズだった、[受信情報を検索]…脱線―――思考停止、閑話休題。弛緩・・・。時代劇でしれ者が脅しに突出す白刃に似ているな、とそんなことを考えていた。給料面が違った、それは純度の高いドライマティーニみたいなものだ。その過程を煩わしく、くどく記述したとて、迂遠で悪丁寧というほかない。 * ●警備でルートを案内されていた時に、 「階段を使うな、足を引っ張られて骨折した奴がいる」と言った。 最初は冗談だと思っていた、気をつけます、と返した。 一人でルートを回って気付いた。 本来階段の開口部、継ぎ目が見えるその場所は、存在していなかった。 傷口から生み出されたかのように見える無数の手で前が見えなかった。 * ●night is alive2それを«霊道»だと説明する。それを«憑依»とか«変性現象»だと説明する。『原子爆弾投下後のあの街に、人魂がよく出るという話を聞いた』(米国大統領執務室へ入ったことはあるか?)『ペストでもそうだったのだろうか、あれは悪魔の病だ』(フォートノックス金塊貯蔵庫は?)―――悪魔はきっと、僕等の中にいる。勇猛なブルテリア種の犬なら、鼠や幽霊の一匹や二匹やってくれる、というイギリスの迷信みたいな凄腕の話を思い出す。それとこれとで頭の中がサンドイッチになる。―――ポーカーフェイスのつもりはなかった、けれどそのおかげで採用された。『見る者を圧倒する巨大な会社のとある小さな建物、昔、軍需工場だった頃の名残のいざこざと、稲荷神社の為か、会社同士を結ぶ五芒星の風水的な意図か・・。地下道があるという噂もある―――。ぽっとん便所のように、井戸があるという噂もある。分かっているのは飛び降り自殺があった、表立ってはセクハラとなっているが実質は強 姦だった。そんな黒歴史何処にでもある。ブラック企業の過労による死亡、たとえば上司にイジメを受けた社員による殺人。また十数年も働いて定年した大先輩が言うには、「数年に一度は会社にトラックがぶつかる事故がある、ハンドル操作がきかなかったんだというが、おそらくそれは本当だ」百合の花の奥に潜り込んだ雀蜂のような会社。けれども、元を辿ればこんな会社潰してしまうべきだ、どう考えてもそうなのだ・・・(十万文字以上のため以下省略)』(キチガイだ、、、)欠陥は特技になる。みんな大真面目に考えすぎなんだ、と心にもないことを思う。オーストラリアで、サイクリング中に、カンガルーにフライングボディアタックされることを、考えてみたらいい。ガタッ、、、物が落ちる音、、、何度も聞いたため、ちょっと聞いただけでそれが何であるかすぐ分かる。本だ。眼は凝然と部屋の一方の隅を見つめてる。キーン・・・・・・。耳鳴りがする。「もう鴉の声は聞こえたんだろ・・・?」「胡麻化すなよ、ずっと鬱なんだろ・・・?」「世界に居場所がない、生きている価値が感じられない、胡麻化すなよ、天国の話も来世の話も、神様も、宗教だろ・・・?」「本当に生きたい奴は、本当はありえないほど死にたい奴だ。でなけりゃ、地獄のような苦しみを、好きこのんでするわけがない。お前は何も見ていないし、お前はそもそも何者ですらもない。お前は本当に優しい人間か?お前は本当に立派な人間のつもりか?」「死ぬとさ、世界がまったく違って見えるぜ」「お前は死ぬまでずっとこのことを忘れない」...呪いは段階を追う、蝕まれた肉体、次に心、最後に魂に爪を立てる...鋳型の歩行とは言い難い。(動きに過剰な強張りを与えることで、)攀じ登っていく心地、捩れてゆくパズルのその一つ。ゴールはもちろん・・・・・・。―――宿直室へと戻り、仕事を終えることだ。そのエルサレムへ急ぐ巡礼。胃拡張の胃が、鳩尾のあたりで、間抜けな目覚ましのようにぐうぐうと鳴る。手足が膨張してゆ―――く・・。ページの端に小さな脚注を添えるみたいに、接近すると、『―――あなたは、ここで何をしているの?』という文字が浮かび上がっている。 * ●この仕事を始めてから様々な怪奇現象にあったわけだが、 身近な警備あるあるで、 照明というのは勝手に点いたり消えたりするものだと知った。 駐車場には猫や蛙が絶対にいる、不気味だ、気持ち悪いを通り越すと、 段々そういうものなんだと感覚が麻痺してくる。 でもこれだけは絶対に言える、ここで働いている社員は絶対異常だ。 社会を回しているのはそういう奴等なんだと、 皆それが一番怖いことのように言う。はっきり言おう、嘘だ。 懐中電灯は予備含めて二つ持ち、お守りと塩は必需品。 先輩方には、坊さんでもないのにたった二日で、 般若心経を完璧に覚えたという伝説も残っている。 * ●MEMO、、、、、、、、、仕事をしているんだ。―――そう思い、溜息をつくと、文字は消えていて、『女性の顔』のような染みが浮かび上がっている。瞳が一瞬―――動いたような気がしたが、滑らかな首の奥で、喉頭をこくりと動かしたようにも見えたが、いつかこういう影を宿したことがあるような気がしたが、、、 フ ォ ア ハ ン デ ネ ン 眼の前に既にあるもの。それが今ではほとんど記憶というほどのものではなく、ぼんやりと考えあらわれた類のことだったが、種子の形をした鼻の穴が膨らんだような気もしないではなかったが、すぐに消えた・・・。沈黙の中で抗い拒むような、コツンとしたものを感じる。(抽 出 ―――抽 象 ・・)―――昔からそうだが、異次元へ行くという話を聞く、鏡を用いた無限迷宮的な空間のイメージだ。Did you know? Oh...Did you know?いつもと通い慣れた道でいつまでも辿り着けない・・。ある瞬間、頭痛がして、見知らぬ場所で目覚める。そのような話だった、、、そして身の回りに見知らぬ友達が一人増えている、、、生成の過程を含む重層的なものでありながら、表面しか見えない存在。靉靆としている。模糊ともしている。まるでパントマイム、おお、まるでタイトロープダンシング、Did you know? Oh...Did you know?だが、道はいつのまにか増えているし、エレベーターまでの帰り道がわからない。部屋の数も、こんなにあったとは思われない。無音の渺茫が渦成し浮遊し、狂気的深淵と化す迷宮。、、、、あやとり、なのだ。、、、、、、、、、、、、、、、窓の外に誰かいるような気がする。わかっている、それは幻想だ。姉が好きな妹の話を思い出す。微笑ましい姉妹なのだが、ある日、妹は姉を殺してしまう。なりたいものの皮膚を剥いで、自分の肌に重ねることで一体化し、その魅力を取りこもうとしたのだ。作り話だ。第一、そんなことをしたって、何の意味もない。意味もない(はずだ、)意味もない(と思ってるだけじゃ?)―――真夜中、目覚めた時、部屋の隅の方に何かの暗い輪郭がじわりと浮かび上がる。蛍光時計ではない、ナイトスタンドではない、クローゼットでもない、闇がもっとも深く蝟集している。・・・・・・見るな、と思う。―――でも見なければなくならないものがある。・・・・・・でも、見るな、と思う。―――堂々巡り。 ●shadow in window at night誰かが操り棒のようなもので、あるいはもうマインドコントロールされたような気分でいる。さっきからずっと、窓の外には階段があるんだ、(その窓からでは行けない、外階段は別の所にある、)と窓を開けて、一歩踏み出したい。ひどく孤独な、その意味から言えばむしろ。この上なく単純だとも純粋だとも言えさうな心の動きの、内から外へのふとした投影。間延びを打ち消すアンダ アァライ ン・・!People still loved this city......People still loved this city......十八世紀のギロチンを再現したVRの映像中に、首に手を触れるようなものだ。闇の深さ、粘っこさ、それはなかなか自分の感じ捉えた死などという、潔く諦めよいものとは違って、不思議な力に充ちている。それだけじゃ飽き足らずに捉えたものは嘗め溶し、溶し尽きたら尽きたで、また、原形に生み戻し、眼蓋がひくひく痙攣する。それからそれへと平気ではいられないものが絶えず連続してゆく。拷問の荒縄、牢獄、檻。また嘗め溶す作業を永遠に繰返さずには満足しない執拗さ。気まぐれな思いつきも、時たま脳裏にふつと影りはするが、もちろんそれは微笑はおろか苦笑さえも誘わぬ、そらぞらしい、まるで他人のような遠い想念。パリパリと何か裂ける音がした。天井の方からザラザラの砂が落ちてくる。いや、これは、鼠の死骸だ。蠅の卵だ。宿直室へ帰る、―――同僚が叫び声をあげる、動物園で大蛇に呑まれようとする兎のふるえてすくんだ様子。無駄口、すぐに愚痴の駄目な人間にお見舞いする、超ヘビー級のパンチで目玉とびでるようなインパクト。何だ、と思い・・・・・・。後ろを振り返る、瞬間の顔は妙に冷たい、一種こう冥想的なものに仕立てあげもする。彼の胸の中に冷たい美しい焔が燃えている。ああ、気にするな、さっき会った人たちだ。 、、、、 、、、、、、、、、「ちょっと、何持ってるんですか?」 、 、、、 、、、、、「あ、これか、ナイフだよ」
2024年03月24日

それはまるで手探りで、暗闇の中を歩いていくような気分なんだ。賑やかな街区を飴の中に閉じ込めて、商店街、歓楽街、人通りが割れた柘榴のように開く。口が開いている。それが、未だ見ぬ遠い彼方の別世界へ、これから分けのぼる途中の険しさを想わせる。光と熱と歓語で充たされた列車。地獄に毛が生えたような気分が道を淋しく狭くする。行く先の目的もなく方角もなく、失神者のようにうろうろと歩き廻っている。ふとした拍子に、幼い頃の自分の後ろ姿を追いかけているような錯覚に陥るほどに、嘗ての、ひだるい、悲しい、怒りに似た感情がかえりみられた。曇りだった月が不意に、足元にスポットライトのように射し込む。何の変哲もない夜が、天国と地獄の間を行く、エレベーターに乗っているような気持ちにさせる。白ペンキでマークしたトラックが一台道を塞いで止まっているのが見えた。「消したい過去はありませんか?」「・・・・・・」いつのまにか、人が後ろに立っている。夜のエキストラ。夜の無言の人物。夜中だというのに帽子を目深にかむって顔が見えない。作業服を着ている女性だった。モップを持っていたので、清掃員かと思う。作業着に、清掃会社という刺繍が読み取れた。会社名は読めなかった。前に出るタイミングが難しい。見計らっている間に物事を前に進められてしまう。どう考えているか、どう動いてほしいか、互いに言語化しながらチューニングしていく時間を取ってくれたら、と思う。シンプルに判断材料を共有してくれるだけでもシンクロさせやすくなる。一番に自分の眼に映じた美しい見物は―――。頭上に檸檬と、明るい銀灰色の条痕を成しながら、複雑なニュアンスをもって彩どられ、懐疑者、煩悶者をも、諄々として教え導くにつとめる存在。そのせいか、ふっと僕は自分のことをこう思った。心の落着きを得られない不幸な停車場の待合室にいるような男、と。「街というのは磁場を動き回る鉄のやすり屑のようなもの、くっつき合い、散らばり、また集まる。その電子のスピンのようなものが、あなたです。いいえ、この街にいる、沢山のあなた。果てしないその繰り返しのような毎日の中で、夢に見る竜宮城のように雑沓している。ふっと、後ろ暗いことや、嫌なこと、消したい過去が、人生を重くする」「・・・・・・唐突ですね、でも、それなら、あの月を消してほしい」「承りました」次の瞬間、真っ暗闇の場所にいた。冗談だった。前言撤回しようにも、言い訳しようにも、何もすることが出来ない。それ以来、僕は人というものに遭ったことがない。話し相手もおらず、するべきこともなく、蹲ったりしながら、寄り掛かることもなく、眼がどんよりと陥ち込んで、ちからのない弛みを帯びている、真っ暗闇の中をとぼとぼと歩き続けている。多様で特異な個々の遠近法の生成を肯定する。限りもない平坦な鉄路の上を歩いているような気分だったし、あるいは、空気穴を開いてそこに絶えず吸い込まれている。断末魔の腸がねじれたように時間という概念が旋廻したか消失するかして、生きているのか死んでいるのかの認識も捲れたように、皆目わからなくなった頃、おそらく数百日、飯も食わず水も飲まず、初めて、言葉というのを口にした。或る視点からの対象の見え方、その物の見える姿は、つねに不完全であり、主観的とも無視点ともいえるものだろう。個人の心理状態のうちに隠された私秘性、あるいは偶有性。それは舌にさわり、引っ掛かり、痛み、自分の存在を主張していた。頭の中に風のようにイメージが唸り、眼の奥が熱く沸いた。裏と表とを透かして見ていた。「月が消えたんじゃなくて、これでは世界が消えたことになる」ふっと後ろから声がした。「・・・・・・キャンセルしますか?」「―――もちろん」次の瞬間、曇りだった月が不意に、足元にスポットライトのように射し込む。何の変哲もない夜が、帰って来た。いよいよ森閑として、思わずこの世の暮らしの侘びしさに身ぶるいをする。夜はきらきらと戯れて、黒いまだら模様を織り成していた。不意に思い出したように一陣の風がどうっと吹きつけてきた。思量の端緒を失って暫くの間は、茫然として、顔を赤くしていたと思うが、やがて清掃員の姿をした女性を探したが、周囲の何処にもいなかった。夢でも見ていたような格好だ。狐に化かされたのかも知れない。一歩目を歩きだしながら、仕事を辞めようと初めて思った。二歩目を歩きながら、コンビニへ行こう、腹が減った、借りていたアパートは何処だろう、と思った。三歩目を踏み出した時に、キャンセル料はいらないのだろうか、と思った。頭上には皓皓たる月が昇っていた。それは何か残酷な無機物の集合のように感じられたが、磁石のように、いや、貪欲な蛸のように、餌になりそうなものの方向へ、好奇心一杯に、触手を伸ばしているような気がした。しかしこんなことをしているのはそれがはじめてでもあるかのように、いかにも期待に充ちながら、死と反対のもの、死によって考えが生きんとする欲望を暗くしているような気持ちにさせる。住宅街は影絵のような風情で、ふっと死にたくなった。範囲も、雰囲気も、多くの人間の動きも、都会の夜のしづけさも、ぴったり把握している。大きくて空しい時代の感銘、あわただしく過ぎ去ってゆく日々のなかの夢を、極めて静かな虚空に映写しているような気がした。可笑しい性質、美しい性質、懐疑、悟性、愚蒙、経験、無知のなせる業。それでも静かだけれど洗濯機や、エアコンの音、換気扇の回る音、人の話し声がする町は、不思議と懐しかった。そういう軽い物思いへいざなうほどの圧倒する感情が、内側に潜伏していたのだ。それ以来、仕事を変えた、戦争が始まった。カタストロフという名の枯れ葉の煙が真っ直ぐ立ち上っていた。目的なしにただ強靭に吹きまくる数百種類の風が、複雑にからみ合っていた。もうすぐラピュタが見えるよって言っている間に終わった。星の光がぼやけるということはない。支配層の入れ替えが行なわれた。それでも統率力や民衆を治める力がそこにはあった。その後の筋書を忘れてしまったが、政治家同士が宇宙人を紹介した。やがて地球に隕石が落ちて人口が十分の一になった、人類はそれまでに月や火星へ移住した。賑やかな、しかし寂しい一行は歩み出した。―――新しい歴史の方へ。気が付くと、周囲の動物は日本語ぺらぺらだった。ある物は崩れていく。色々の物が崩れていく。それならば崩れていってついに滅茶苦茶になってしまうかというと、これがそうではない。住めば都、案ずるより産むがやすし。火を点けようと思うと灰になっているが、それでいいのだろう。肉体を持たない宇宙人と仕事仲間にだってなる。そして何となくよくわからないまま生きている。あの夜中だというのに帽子を目深にかむって顔が見えない。作業服を着ている女性。モップを持っていて、清掃員かと思う女性、作業着に、清掃会社という刺繍が読み取れた女性を見た時のことを、僕はもつれた糸のように思い出すことがある。もう一度、キャンセルというのをキャンセルしたいと、言いたい気持ちになることがある。でも、効力はなくなってしまっただろうという気もする。が、結局のところそれは、切れない鋏なんだろう。それはまるで手探りで、暗闇の中を歩いていくような気分なんだ。うちの娘は、地球の清掃服の格好が好きで、悲観論者で厭世論者の自分に、VRの良さについて語る。彼女が一番好きなのは地球の終わりという世紀末物だ。ゲームには詳しくないが、テラフォーミングについては詳しい、当時の最新技術と一緒に培った人生をかけた知識だ。色んな偶然が重なった。彼女は他にも、タイムマシンや量子もつれにも詳しい。どこかピントがズレてしまっていそうで、少し怖い。精緻化、構造化したいと考えながら、その実、ぜんぜん的外れになっている可能性がありそうで怖い。娘は十歳で大学教授になった。鳶が鷹を産み、下水によどむ水溜まりのような父親を濾過した。しかし我が娘ながら、頭のネジが百本は飛んでいる、少女の好みそうなものを選ぶと、ことごとく、こんな頭の悪そうなものはいらないと駄目出しされ、お金の無駄遣いといわれた。人としての教養の準則を説いた本は排泄物の臭いがすると言い、日本の神話伝説、仏典の説話、民間説話などを詐欺師の論理と述べた。下剋上の現象である。やさしい交流が遠くに感じられた。三歳の時にプレゼントした百科事典は大切にしているらしい。育て方がよかったのだろう、死にそうな父親の枕元に、喋るあらいぐまと、レッサーパンダと、狸を入れてくれる。「よければさし上げます、さあ」とか言った。玩具か、ぬいぐるみかと言ったら、いまになって頭がファンタジアしたかと言ったら、彼等は小さな前脚で、ジジイといって殴られた。(オヤジといったら、ぶたれたこともないのにと絶対言った、)ボグシッ、とちゃんと言ってくれた。ウーイ。ウフッ、ウウ、どうもうまいもんだ。ありがたいことだ。唯一の娯楽でもあり、消閑法でもあるのだろう。生きていると色々面白いことがある。後、時々マットレスと間違えて踏んでごめん。忠実な利口な犬をかわいがったことのある人には、そのような愉快さの性質や強さをわざわざ説明する必要はない。言うことは?亜剌比亜とか波斯絨毯かと思った。じゃあ、許す。彼等は娘ともどもVRが大好きで一緒に遊ぶ、たった一瞬で世界を真っ暗闇にして、そこでぼんやりするらしい。何にもないことが最高の贅沢らしい。なんでそんなことをしたいのかさっぱりわからない。経験上、ただただ、途方に暮れるだけだ。あと、そんなのはゲームじゃない。そしてベッドで寝た切りになった自分に、十九になった娘が訳知り顔で言う。お父さんみたいな人って、追い込まれないと結果を出せない人よね。窓には月の光ではなく、人工の街あかりが美しく照らしている。眼を瞠った。どうしたのだ。まるで覚えがない。何という縞目だ。一篇の詩句のように笑い声をあげ、肩を聳やかし、極まりの悪いような微笑をし、世界が遠ざかり、消えてゆくのを感じた。ああ、音がない、まったくのサイレントだ。そして、いきなり娘にモップで顔を攻撃された。「いっとくけど、死ぬ前にロボットに改造するからね」死さえ許してくれないらしい。なんて親孝行な娘だ、そのモップは掃除するものだよと教えた。しかし不可思議なことが、いつまでも残って、未鍛練の心を揺すり続ける。さて、締まらないが、そろそろ、お迎えの時間だ。
2024年03月22日

サウナって何だろう。蒸し風呂のこと・・・?なんていうのは遥か遠い昔、銭湯と塩、寝転がれる岩盤浴、フィンランド発祥なんて小学生でも知っていることだ。また蒸し風呂は世界各地にあり、二五〇〇年以上前のマヤ文明時代には、宗教儀式、あるいはリラックスするために使ったと思われる、蒸し風呂が発見されている。面白いところでは、アメリカの南西部に先住するインディアン部族「ナバホ族」は、およそ一〇〇年前、「ナイト・チャット」と呼ばれる、治療の儀式を行っていた。患者はサウナのようなものに入り、部族の神話に出てくる神々の扮装をした呪医が儀式を執り行う。この儀式は九日間続けられ、患者は呪医にサウナで定期的に汗を掻くよう指導されるそうだ。僕等日本人も、社会という凶悪なものに魔改造されて、出張するサラリーマンはついついサウナの有無で探すこともあるという。日本は世界屈指の“温泉大国”という土壌もある。源泉数が二万七〇〇〇本を越え、その湧出量は毎分約二六〇万リットル。サウナと言えば、冷水に浸かるという大前提があるわけだが、寒冷療法としてとして水風呂の健康効果は昔から信じられていて、古代ローマ人は「フリギダリウム(冷水浴室)」を好んで利用していた。一八世紀のイギリス、バースの市民も同様で、レジャーや楽しみに耽るために集会所へ行くだけでなく、温泉に入りつつ、冷水風呂に浸かるのも好きだった。そういえばジムに固定で通って風呂に入る、という人もいる。これも考え方だけれど、風呂なしアパートで、手取り二十万ほどで暮らすという考えのもとだが、一万円ほどでボディーシャンプーもシャンプーもあるし、筋トレとストレッチとプールとマッサージ機がある。銭湯に通うよりも健康になる。ちなみに今後はアパートとかマンションにも、段ボールハウスとか、(一日で作れて百年持つという段ボールハウス、)コンテナハウスが幅を利かせる時代もくるだろうが、世界初の完全独立型小型ホームを称するエコカプセルみたいに、太陽と風力だけで発電できるちっちゃなスマートハウスも、今後選択肢として出てくるのではないだろうか。さて、サウナも「週四回以上のサウナで、アルツハイマーリスクが六五パーセント」下がるとか、「心肺機能が向上する」という効果がある。また「安眠効果」というのも期待できる。またサウナの一番の肝はやはり、「(疑似的に)運動している」という効果だろう。定期的なサウナや温浴がウォーキングやジョギング、サイクリングといった低強度から中強度の有酸素運動と、同様の利点をもたらす。ただ誤解がないようにいえばだが、サウナや温浴は、筋肉の収縮や骨に負荷を与えることがないため、筋肉量や骨密度にも影響しない。それでもサウナや温浴は熱によって運動能力・機能的能力を高め、運動するのが難しい人が今後運動を行うための入口にはなる。別の言い方も出来る。運動後にサウナや温浴をするのはいいこと、ということだ。糖尿病患者の治療にも有用という話もある。ただこれにも、但し書きというのがある。運動後にサウナや温浴というのはいいのだが、冷水はトレーニング後の筋肉で起こる細胞応答や、タンパク質に対しネガティブに作用し、筋トレ後に期待される「筋肉の増大」「強度の向上」「細胞の改善」といった効果を大きく減らしたり、鈍化させたりするといった可能性が示唆されているそうだ。(プロテイン飲めば大丈夫とか、HMB飲めば大丈夫とか、聞こえてきそうだけれど、)一方で持久力トレーニングに対する影響は大きく異なる。持久力トレーニングの効果として挙げられるものの一つに、「ミトコンドリアの生合成を促す」ということがある。ミトコンドリアはエネルギーを産生するものであり、細胞中のミトコンドリアの数が増えれば持久力が向上する。とはいえ、サウナでダイエットできるというのは間違いだ。人によってはそういう人もいるかも知れないが、(走るだけで痩せられるという人もいるので、個人差の波はかなり大きいと言わざるを得ないが、)普通に、水を飲めばすぐ戻る。サウナはダイエットしにいく場所ではない。リラクゼーション及びストレス解消による幸福が正しい。いまではテントサウナを購入する人もいる。このテントはフィンランド式サウナを楽しむための耐熱性テントで、サウナ内に入れた薪ストーブで熱したサウナストーンに、水やアロマ水をかけ、その暑い蒸気でテント内を蒸らす、「ロウリュ」でサウナを楽しむ。街中の銭湯との大きな違いは、サウナから上がって、汗だくで火照った身体を大自然の解放感の中で、冷やしてリラックスできること。それは断崖絶壁に便器に座っているような、恐怖と背徳と解放のシチュエーションかも知れないが。我慢比べとか、健康になった気がするサウナだけれど、これからはジブチ共和国のことを考えよう。日中の気温が四〇度を軽く超え、プールが一瞬で風呂になる国。そういえばサウナには作法がある。“サウナ五分~一〇分⇒水風呂三〇秒~一分⇒外気にあたる五分~一〇分”という順序を三回ほど繰り返して「整う」という状態になることだ。といっても作法であって極意ではない、僕は大体こういう話をあまり信用しない。温度や湿度を調べてみるという話も僕は正直首を傾げた。やはり、“求める”とか“欲する”というのが極意ではないか。そもそもサウナの温度も、水風呂の温度も違う。外気温だって違う。そんなのはみんな、何となくわかっていることだ。そういうのを固定観念で処理していくというのは違うはずだ。目安とか、標準というのが最適解だろうか。たとえば頭から水をかぶるとか、サウナで身体が温まりきっていないと思ったら温浴するなども方法だ。「整う」のに越したことはないけれど、リラックスすることが大切だ。マッサージチェアーがあるならしてみたり、スマホで好きな音楽や、静かな音楽、普段聴かない音楽を聴くだけでも、きっと何か別のものを得られると思う。なお、大体の共通見解こみこみプランだけれど、「心拍数上昇に伴って交感神経が優位になり興奮・快楽物質が出て、水風呂や外気浴で副交感神経優位になり、リラックスモードになった際に“整う”」というものである。社会人は究極の賢者タイムを探している、ということだろう。意見Aと、反対意見Bが、新意見Cを作り出す。簡単なことだ、空間が拡がって、頭の中が蓮の葉になる。悟った、そして、間違いなく解脱した!何事も偽薬効果、プラシーボ効果が大切である。Apple Watchの心拍測定を利用しながら自分の理想を探す人もいる。心拍数を上げてサウナ入っているぜという感じを得て、すぐさま水風呂で心拍数を下げて、無心になるというものだ。もちろん数字がすべての世の中じゃない。自分の限界や体調と相談しながら、心地よいラインを探して、成功の感じを見つけていけばいつかはそこに辿り着くだろう。すべての道にローマに通ず、だ。利用量の少ない何本もの道が、利用量の多い大きな道路に流れ込み、大きな道路はクモの巣状静脈瘤のように大陸を蛇行している。ローマに向かうと道路の数が減り、より直線的になり、ますます太くなっていく。具体的に言うと限界ギリギリの三〇秒で白昼夢を見る。蜃気楼で都市の上に都市が見える。いつぞや僕はマンションのシャワーの温度を、七五度にして、浴槽に水を入れ、健康サンダルを履いた。いわゆる風呂場は洗面所を兼ねたスペースで、換気扇もあるが、それを止める。代わりに、廊下の電気を点ける。いよいよ、カモメ式マンションサウナの始まりである。スーパーマーケッツで購入した安い塩を使い、豪快さが売りだと思ったから、やはり男って激しいのが大切だと思ったから、袋ごと持っていき、ぺろり一口舐めてみる―――塩だ。完全に、パーペキに、塩だった。それを、おりゃおりゃ身体になすりつける。意識朦朧としながら、デトックスとか、血行をよくするとか、老廃物が流れて健康になるとか、もうもうの煙の中で考える。馬鹿じゃないのか。真夜中二時、ジョンレノンの“イマジン”という曲が、空を見て思いついたという話を思い出す。独り言が流れる。「ああ、一体俺何してんだろう・・・」だが、彼は挫けなかった。大きな浴槽で、ふと泳ぎたくなる少年の無垢な瞳。もう少し風呂場が広かったら腕立て伏せや腹筋をしていた。フラフープだって出来るかも知れない!夢はどんどん広がる!頭がグルグルになって、ふわわんとして、世界のすべてに感謝し、宇宙の真理に触れる。多分それを誰かが見ていたら、仮に奥さんであっても、この人、何かおかしいのではないかと言っていたと思う。無事にカモメ式マンションサウナを終えて、(でも彼の心の中には永遠に消えない傷が残ったと思う、)布団の上にごろりと寝転がりながら、どうしてコーヒーとメロンジュースを混ぜようと思ったのか、何故ユーチューバーは蛍光灯を電子レンジに入れようと思ったのか、そんなの誰にもわからない。コーラの噴水、バケツのプリン、それから、迷惑系ユーチューバーの悪逆非道。でも、それもまた世界における運動靴の踵だ。ナマステ!たとえばサウナグッズも豊富にある。銭湯のサウナにTVがあるのはよくあく光景の一つだが、静かにサウナを楽しみたいという人もいる。そんな人のために耳栓というのがある。こういう人はもしかしたらサウナで瞑想をしたい人かも知れない、サウナの後は、郊外の自然豊かな場所を散歩するといいだろう。とはいえ、展開次第だけれど、TVの野球中継は熱いという人もいる。一体感というのも時にはいいものだ。しかし高齢者の長話に巻き込まれて脱水症状、あわや救急車という騒ぎにならないよう気をつけたい。サウナ我慢大会とか、サウナ世界選手権というのが実際あるのだが、こんなのは本当に馬鹿の極みで、百害あって一利もない。フィンランドのサウナ我慢大会で死者も出ている。長時間のサウナや温浴は、起立性低血圧により、眩暈、バランスの喪失、失神といった症状が出る。また血圧高い人や心臓悪い人はやめといたほうがいいし、迎え酒は論外だろう、ほかにも、サウナの効果を高めてくれる、サウナハットやサウナ頭巾、サウナマスク、サウナマット、それから防水時計などだ。場所をとらない、速乾性のタオルもあったら便利だ。あと、サウナでの究極のととのいをサポートするサプリメントも、発売されているようだ、便乗商法かと思ったけれど、「サウナを愛する人のための整いまく~る究極のサプリ」は、サウナ・スパ健康アドバイザー監修の下、サウナの効果を最大限に高めるために、成分を徹底的にこだわりぬいたサプリメントで、サウナ室での効果をアシストする成分、トウガラシ、ショウガ、ヒハツ、サウナ後の外気浴の効果をサポートする成分GABA、発汗によって失われるビタミンやミネラルを配合している。そういえばサウナ後の冷却には神経の刺激伝達を減らし、痛みの知覚レベルを減らすという効果があり、筋肉のような末梢組織の血管を収縮させ、運動によって引き起こされる、急性炎症の原因物質の拡散を減らすことが出来る。水がありなら、氷もありだというスパルタン向けに話すのだが、僕は氷点下のロシアのとある幼稚園で、朝からサウナに入り、その後、雪降っている場所で、水浴びする光景を知っているのだが、身体が弱い子や、体調が悪い子がいたら死んでしまいそうだけど、もちろん君なら出来るよね、健闘を祈る。あと、何かあっても僕の名前は出さないでね、自己責任は社会人の基本でしょ。
2024年03月21日

形―――は、価値になって、片道になる・・。 「直接派生的で非偶然的、な、 『いつ』は、『いつか』じゃない、 (粘液の捻挫、粘膜燃焼の瞞着、) ああ、フィーリングス、遐い、―――遠い・・・ キャンバス・スウィートな、新約聖書、 キュアッ...キュアッ...キュキュ... ―――そ う、 彼 女 に、 彼 女 の、 彼女だ け ―――が・・・、 ―――【小惑星】 多歓 の ざ わ め き、. (順位相関係数、視覚情報の取得速度、) ・・・・・・テレビの音量を切って、 何か別の物が聞こえないか、と思った。 「ナイルの睡蓮を記憶する 「無言の呻吟、禍の深み、ああ、願望の頻在、 <自 己 否 定 の 兵 器 、 聾 唖 施 設 、> センシビリティーをセンティメントにする、 (高い声と低い声が重なり合う・・・) 「音は組み合わせ次第で、別の調子になる。 音はそれだけで―――夜明けを告げたりする・・」 いまは、鳴 らなくたって、 いつかは、「鳴」る・・。 ...ま だ 雪、 イエスタディ・モニュメント・オービット・ティケットの惰性、 ・・・・・・その 銀色 の 火花・・・・・・ (ベーシック・キーボード、) イエロー、イエロー、イエロー... 精神的な迷路、無意味な綴り、 遅滞、停滞、低速、遅速.. RIGHT LEFT RIGHT RIGHT “網膜上”のそれと“形の知覚”は結びついていない、 (錻力の切り屑だったのかも・・・) 「音が沢山鳴るほど面白い」 ,,,涙で,,,汚れた,,,頬,,, (蜘蛛の巣に空いた巨大な破れ目・・・) (ハーモニーは物語に感情を与える...) P...F...SH...S...もっと複∥雑に。 P...F...SH...S...もっと複∥雑に。 長い,,,睫毛,,, 刺激が信号に変化し、対象間の一対の反応により優劣を生み出す、 「刺激/“反応”」 枕にかかった,,,髪の毛,,, (指を滑らせ―――る、) オープンハイハット、、、 rhythmで、 (籠城する暫定的霊園の蜜、) (君の支配的な摂理は俊敏を嫌う、) ターンテーブリズムをクローズからオープン、 シュッ...もう一度。 シュッ...もう一度。 (力と考えと感情が内的動因のあらわれで、 僕は心の中でそれぞれ起こる相互作用を捉える) カシャッ...音はjudgeしなくていい、 「「「不適応でも、発達論的段階でも 「「「無意識の抑圧からの自由連想法 君のモルゲンレーテ、 艶は緋色、 藍色の花弁が地面に落ちる、 accent... accent... 君の愛憎は泥にまみれて、美しい、 憂鬱の病・・・・・・・。 きて よ・・・ 名前が揺らぐ灰色で、 君の色が残っている、 [繁殖成績]や[生存率]から導き出される、 〚適応度〛(音は生態学みたいだ、) 〚適応度〛(音は電気や電子、情報、機械、物理) 正ーしーいイイイー答ーえーなーんーかー なーいイイイ・・・。 世界をどう見るかっていうパラダイムがあって、 たとえばシナプスとかミクロな生物がいて、 アニマやアニムスがあって・・・・・。 罅.... (インチキでチキンなNY・・) ((胸がワクワクするのさ・・)) 遊...星.... そこが君の銀河の中心... (「人生はまだ君の誤謬だ――― ああ、フィーリングス、遐い、―――遠い・・・ (「心理的圧迫、隔世的擦過傷、、 キャンバス・スウィートな、新約聖書、 ―――そ う、 彼 女 に、 彼 女 の、 彼女だ け ―――が・・・、 ―――【小惑星】 まだ 何も 終わっちゃ いな、い・・。 (ストロボスコープの円筒の内側の壁には、 馬の姿が描かれている・・) 「記述、説明、理解、予測」 始.ま.っ.た. p...l...a...y... p...l...a...y...
2024年03月20日

空の公設。 ネオンの総體。 黄◆金◆の◆爪 <表現とは何か?> (そこに樹があり、風があり、水があり、土がある・・) (そこに月があり、太陽があり、夢があり、世界がある・・) キング牧師は「私には夢がある」と言った、 ロマン・ロランはファシズムに反対し、 マザー・テレサは、 「聖なる子供の家」「死を待つ人々の家」「平和の村」 、、、、、、、、、、、、、 ―――どうして迂り路を続けるんだ。 ―――動物的な感覚。 、、、、、 、、、、、、、、、、、、、 「水切りでは、石の後ろ端が波を引き起こす。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 石はその波を乗り越えようとして揚力が発生する。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 浮いた石は再び水面にぶつかりこれを何度も繰り返す」 ⇒投げる力は全力でジャイロ回転、投げ始めの動作を遅くし、 角度は二十度、そして平べったく、辺のある石。 偏愛。 (〈異なるもの〉を〈異なるもの〉のまま) コウフク ダ ッタ ガ・・ <ウ ソ バ カ リ>・・ モリス商会ノ肘掛椅子ヲ求ム C.R.アシュビー1901年ノ飾り棚ヲ求ム ・・・・・・・・・「それは白人の祝福・・黒人の祝福、黄色人種の、祝福」・・・・・・・・・ 「ザ・ウエスト・サイド」ト題サレタ椅子ノ一ツを求ム スーラの「ラ・グランド・ジャット島の日曜の午後」 サルトルは言う。 「現代人は自由の刑に処せられている」と。 (人は本来自由な存在だけれど、何をするにも、 一人で選択してすべての責任を負わなければいけない) アンガージュマン ―――【社会参加】 「でもどうしてこんなに面倒くさい手続きを―――」 「僕等に課したのだろう・・・?」 「いや―――それはね、“心”に対しても、 その精巧な心理の糸筋を生むカラクリが、 ずっと―――ずっと、引っ掛かってる・・・」 ...血管収縮剤...血管拡張剤... (ねえ、テレンス・マッケナの『幻覚世界の真実』や、 オルダス・ハクスリーの『知覚の扉』 あるいは中島らもの『アマニタ・パンセリナ』・・。 児童ポルノ、殺人依頼フォーム、武器売買、 ・・・・・本当のアンダーグラウンドはカオスさ・・) >鞦韆と中国の春画の符合。 >凹凸をこする、疑う心、淡い夢、吸い取り紙・・。 >スネレンの文字、あるいはランドルト環。 >神経細胞、インパルス、スパイクの電位。 自分の身体の中で巻きすぎたゼンマイ、 一本の糸が切れた、心の重心の置き場。 想像力、耐久性・・・。 でも欲しかったのは―――絶望・・・・・・。 自動販売機を除く行為、そろばんで計算する行為、 牛乳壜の蓋を開ける行為、扇風機の前で喋る行為。 ―――【異性(Access)】 「(魔法の言葉かけるよ、準備はいい?)」 「―――“黙れ”・・・」 「少年少女が見た数字」というのが、 「枕元の目覚まし時計の戦争を読み取る」ようなものになる。 基底構造を振り返る顔、視線の絡み―――。 ポカリスウェットの昔の広告を見た。 これは飲む“コロンブスの卵”だ。 ***[zawa・・zawa・・・ZAWA・・・ に惹かれながら、シノワズリーなものに惹かれる。 秘*密*は*不*況 熱風のなかの水平線は球形の虚偽を告白する W H I T E vvvvvvvvvvvvvvvvvvv vvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvvv 亜武的達亜剌比亜 心は乾いていく This is not the case, as there is no physical mechanism that could cause this. This is not the case, as there is no physical mechanism that could cause this. 性感帯で吊り橋、 硝子で引っ掻くようなrealがいい・・、 ベッドの上で光る鮫の鰓、 それが―――夜の旋律、走馬灯、停電・・ (祝祭の花火でなければ、現実のすべてを無力化する霧・・、) (母親、姉、妹、同級生―――) “砂漠の核施設アル・キバル” “ヒトラーの地下壕” (・・・君は苦い散薬のような、幼少時の俤を重ねる・・) (・・・・・・視覚が定まらない眩暈と、皮膚感覚の関連性・・) [すべての挙動の基準としてリセットした上で、 次のターンを開始せよ] “ロスリン礼拝堂保管庫” “ガーディアン電話交換局” I don't know if I am a boy... I don't know if I am a girl... ・・・・・・愛というのは、 瞬間の中に流された陽炎のようなものじゃないかな。 心の奥に―――もうそれこそ餓えにも似た内部で、 かさぶたに覆われて、すぐにはそれとは気付かない、 種子のようなもので、 ものすごく長い時間をかけてその存在に気付く―――、 いや・・・気付く可能性があるもの・・・・・・・。 “到達目標地点が定まることを” ―――「収束する」と言う。 『水族館』は白と黒がいい、 背景を葉脈の放射構図でライトアップしたい。 俺は、図形の余白にさまざまな色紙を当てはめる。 乳房は俺の指のメカニスムを語る。 タイプライタアの文字で。モデル台に立つ。 心はすれ違い・・ サウンドディスプレイ/イメージコラージュ 野球のブロックサイン/証券取引所の株式売買のサイン 若い鳩が飛ビ込ム。 夏の旋風。 >>>君はデーターベース空間を自由に旅する。 ド・ド・ド・ド・ド・ ここは【バーコードホテル】だ (出口はそこだよ、ちゃんと気付いてね) (幸福や不幸の意味、すべて、分かるようにできている意味・・) それは透き通っていて、 魂のレヴェルでなければ見えないものなんだ、 でもそれは硝子の両面から覗き合う、 肉体と精神の絶え間ない干渉を受け続けているもの・・・・・・。 ダイヤモンドを硝子にしても、 暗闇を空き瓶やゴム製品や古靴にしても、 血液を電気にしたり灰にはできない・・。 ―――政治的な解決点。 延長サレタ植物ノ彫像。→オブジェクトレベルからメタレベルへの「乗り換え」 〇第二次世界大戦前の崩壊寸前の滅びの美を内包し挽歌的切なさ a)十字架である b)馬蹄形である c)等間隔で並んだ無数の神社の鳥居である 、、 、、、、、、 ―――ない・・ということは―― (H.ギマール氏のパリの地下鉄入口から・・) ドローイングしたい。 /氷菓子土瀝青亜細亜/ (それは、川底の茱萸のようなもので石にしか見えな―――い・・) [焼き増しされてゆく、魔術師のfield...] ―――いや、僕はこの手の話に、心のよどみを掻き廻されて、 ぬらぬらしてくるような、気がする。 これは心の暗闇、退化―――繊細い心・・。 ...ウィリアム・S・バロウズやP・K・ディックのドラッグ ...詩とジャズを結合させるというビートニク的展開 罐詰にされたアポロ―の牛肉。 アラスー織の視界、手はランプ持つ第三間接の曲がりであり、 夜は菱形の舗道、西洋杉の下、風は懈怠のために清潔である。 (でも蝉じゃないけどさ、種族本能が、 その深まる春の水のような営みが、 ―――その生物の定義みたいに思える瞬間がある・・) (僕は女性の身体が好きだよ、健全だ。 でも男性の肉体もいいものじゃないか、と思う瞬間がある。 思いがけなく、小さな胸の女性を見た時に、 これはひょっとして、特殊な心理ではないかと推察する、 でも生物的にはけして珍しくない、同性愛的な切り取り・・) So Easy! Crazy! 蠱惑的に昂ぶる鼓動と、 刹那の戯れ、夜の粘膜、降伏の仕草とlock-on。 穴倉を求めてはいずり出してくる、 透明な蛇の衣擦れ、揺蕩い・・・。 (君は影絵になる、断片を吹雪のようにする・・) 「レントゲンの時間―――」 「欲望はシャボン玉式・・・」 て.を.ひ.ろ.げ.た 梨の木は新鮮なチイズであるか? 破壊する葦の経験は必要であるか? ナイフに裂かれるカリュプソーは必要な光景であるか? タ◆タ◆タ 人」間」の」運」動」知」覚」 L O V E
2024年03月20日

スライムとは本来、「ぬめり」という意味の英単語だ。 これがモンスターの名称として用いられたのは、 一九五三年のJ・P・ブレナン著『スライム』から。 ちなみにアメーバ状の深海生物が、 偶然に海底火山の噴火によって海面まで吹き飛ばされ、 その後に陸地に漂着したというものだ。 ただし原形質の不定形モンスターとしての特徴を固めたのは、 それより先の一九三一年、 H・P・ラブクラフト著『狂気の山脈にて』に登場する、 「ショゴス」だといわれている。 外見通り姿形を自由自在に変えることができ、 牙の覗く口や目玉が至るところに付いている姿で描かれることが多い、 粘液上の生物だ。 正直、妖怪百眼みたいだ、と思った。 adoのギラギラじゃないけど、神様が左手描いたようなのが、 スライムというわけだ。錬金術とかいうのもラヴクラフトっぽい。 幽遊白書で戸愚呂兄というのがいるわけだけど、 存外ホラーモンスターとしてのスライムはこれかも知れない。 ただ、このスライムには決定的な弱点がある。 たとえば、イオソのトイレの近くで。 このスライムはいじめられているかも知れない、 やたらと筋肉質で百パーセント連呼し、 迷惑かけちまったなとか言いながらサングラ外すとイケメソの男に。 一九七四年に出版されたTRPG『D&D』において、 これまで様々な作品で扱われてきた、 スライム系モンスターのイメージが整理され、 ダンジョン内での危険な存在として定義された。 粘菌類、さもなければアメーバなどの、 単細胞生物がモデルとなっている。 ちなみにポリビニルアルコールとホウ砂で作るスライムは、 ユーチューバー達の格好の動画のネタであった。 ともあれ、このスライムはダンジョンの天井に貼りついて、 その下を通過する獲物の上に覆い被さるという捕食方法を採る。 遭遇して攻撃を仕掛けるが物理的攻撃がきかないうえ、 触れるものと同化する、酸性の体液で武器や防具を腐食させる、 巨大に成長して始末に困るなどの特徴を持っていた。 退治するには炎ないし冷気や電気などの、 エネルギー攻撃を用いないと難しかった。 怖気が立つような生き物というべきだろうか、 たとえば深海生物と洞窟で遭遇するようなものかも知れない。 ハイリスクノーリターンで、戦う事自体回避したい。 冒険者の嫌いな魔物ランキングがあれば必ず上位に入っただろう。 あと、僕なりの勝手な解釈が入るのだけど、 実はこれって鼻水なんじゃないか、と思った。 もちろん、深海生物でも、宇宙生物でも、 不定形の生き物でも、いわゆるアメーバでも構わないが、 忌避する心理的傾向を探っていった時に、 僕は鼻水というのがイメージに近いように感じられた。 というのも、僕には何故この生き物を強く設定したのかの理由が、 不可解だったのだ。それは一種の僕のあてこすりともいえる。 ちなみに鼻の粘液は本来、硝子のように透明だが、 器官内から絨毛によって押し上げられた塵の微粒子が、 鼻に押し出されてきて粘液に混じるのでその色は灰緑色になる。 また、『グリーン・スライム』という呼称もあったという記述を、 眼にしたので、 (『D&D』では「ウーズ」と総称して呼ばれるが、 過去には『D&D』初出のクリーチャーとして存在していた、) 余計にそんな考えに引っ張られた、ともいえなくもない。 脳喰いアメーバというのもいるが、これは一九六五年なので、 ちょっと無理があるという事情もあった。 それともここは、「ぬめり」という言葉に注目すべきなのだろうか。 「ぬめり」という言葉は僕に水垢を想起させる。 流し台や洗面台や排水口の―――ぬめり。 魚の外皮の―――ぬめり。 これは「ムチン」という成分で、ウイルスから守ったり、 保水性を維持したりと、動物の皮膚と同じような役割をしている。 ちなみに鼻水イメージの補足として、緑色の鳥類や爬虫類についてだが、 彼等の場合は色覚が発達していて色の識別がよく出来るので、 目立たないように体色を緑にすることは生存上有利に働くからだ、 と考えられている。 もしかしたら恐竜の皮膚の色がわかっていないという話よろしく、 恐竜が緑色だった可能性もあるかも知れない。 あと、近頃というか、三国志や、戦国時代を萌え要素で作る時代の中で、 スライムの性質を持った女の子というのも誕生している。 一体何言っているのかわからないと仰りたい高齢者もおられるだろうが、 これもモンスター娘という括りで処理されるようだ。 最初にごめんって謝っておくけど、 同人漫画を描く人の中で、どういう風に描くのかすごく気になるところだ。 萌えがたとえば百合のように草食動物的に処理されたらいいのだけど、 あれって不思議なもので、最終的にエロになってしまう。 反応する速さは、光より音の方に早く反応し、暗い光より明るい光、 白より赤、快いことより不快なことに反応する。 神経系のメカニズムとか何とか言って終わればすごくいいのだけど、 お下劣ビデオのおかげでビデオレンタル店が異常増殖した歴史がある。 ただ、女性が男性化しているという事実は言葉にも如実に現れ、 今現在では「女性が性欲を抱く」というのも割とポピュラーになってきた。 これに加えて、結婚できない女性、 あるいは結婚しづらい日本的な状況になってくると、 案外、女性のために性的ビジネスが、 展開されるような時代も来るのかも知れない。 あるいは、僕が知らないだけで、そうなっているのかも知れない。 何処で? イオソで。虎の穴? 違う違う、イオソで。 そんなスライムなのだがコンピューターゲームの『Wizardry』や、 『HYDLIDE』で、あるいは、 『Dragon Quest』では、ただの雑魚キャラの扱いになった。 この改変には、もしかしたら絵で描いた時に、 こんな弱そうな奴が強いかと思ったからかも知れない。 転じて、強そうなキャラは強くあるべきで、 弱そうなキャラは弱くあるべきだ、という単純化かも知れない。 実際、コロナで散々騒いでいる時は戦々恐々としていたのに、 いまでは風邪の親戚みたいな扱いだ。 分かり易さは病気だって克服する。 そして予想だにしないことにこの凶悪なスライムは食卓に並び、 三分クッキングの時間だよ、キューピーマヨネーズをかけたり、 塩漬けにされたり、フライパンの上で踊ったりするような時代になった。 (世にも奇妙な物語でいつぞや見た、すき焼きのシメに出てきた、 どうみてもスライムをふっと思い出す、) 天日干しもいいよね。 アイスクリームにしてぷにぷにくにくにした食感もいけるよね、 ラズベリーとストロベリーを入れてハーゲンダッツジャパン! 雑食動物たる人間の快挙みたいに、 人間でさえなかったらもはや何でもありの世界だ。 トレビアアァァアン! しかも御存知のように、このスライムは物理的攻撃で簡単に倒せる。 とりたてて『Dragon Quest』のイメージはかなり強烈で、 滴やタマネギの形状をした形で描かれ、 骨の無い半液体状のブヨブヨした軟体生物になった。 ホイミスライム、メタルスライム、あなたは何個言えるだろう、 もちろんポケモン図鑑にだって入っている。混ぜるな危険。 ここからは本当にどうでもいい話なのだが、 堀井雄二の渡したイメージイラストでは従来のような、 ドロドロデザインのスライムであったらしいのだが、 鳥山明がそのようなドロドロでペシャンコなスライムは、 デザインしにくいと考え、 立体に描き、水玉のようなスライムになったとされている。 そしてそれだけでこんなに、 人気者になるとは思わなかった、と答えている。
2024年03月19日
Do You Believe This... Do You Believe This... 空が落ちたら君を探す合図さ、 ふみしだかれた雪の夜にうちあげられ、 しぶきにひるがえる、か、ら・・・。 虚空を錐のように抉れ! 電...気... (バター・クリーム・ソース、) ま、ぜ、ら、れ、て、 、、、、、、、、、、、、、、 逃避したフェイバリットソング・・。 飴のように粘り始めた、、、 不眠症、、、 穴/が/あ/い/て/ Do you、どうゆう、 「時が魔法を掛けた。」 「永遠に解けない魔法を掛けられた・・。」 う/め/た/く/て/ ドア―――の、向、こ、う(で、) う/め/よ/う/と/し/て/ [叫ぶ顔はどんな風に見える] 情熱に酔っ払って、 蛍光塗料のように夜煌めく、 蛾の羽ばたきにも似て・・・・・・。 (Where are you?) ひとは・・・のぞみを・・うしなっても・・・ いきつづけてゆく・・ ―――本当は・・。 (だから、) いまでもやっぱり ソレハ・・。 「装飾的官能性」「寓意的主題」 前向きなことばっかじゃない。 (ah,ah,ah,woo,oh,oh) シャボン玉は割れてしまう。 ―――し。 ガラスはまた割れてしまう。 ―――さ。 >>>俯いてる少女 >>>俯いてる少女 、、、、 、、、、、、、、、、、、 ―――すべては、イメージの中で交換される。 「絶望したい」「滅亡したい」 ―――血の管の中を流れる、蜜蜂の翅音。 夜の気配を含んで乱れた髪の、 一条の亡霊のような窓の隙間 (へ、) ・・・・日に焼けている週刊誌。 ある・・・か・・・ら――、 、、、 、、 見たいものは、痛い・・。 、、、、、、 、、、、、、、、 空洞を埋める、心は本当でいたい。 どうせ何も見えちゃいない、 でもわかってくる―――ぜ、 こいつらはまったく何もわかっちゃいない、 世界とか、宇宙とか、天国とか、地獄とか、 そんなのまるっきりどうでもいいことさ、 社会も、愛も、いまじゃ密林に囲繞され、 ・・・・・・緋色の焔。 貪婪な忘我の時間にからだを揺すっている。 、、、、 ちつたつ、 って――。 って――。 、、、、 、、、、、 おもいでばかりふりかえるような―――きみ・・・ ――声、声、声・・ (ah,ah,ah,woo,oh,oh) Do You Believe This... Do You Believe This... 血球やウィルスや大腸菌や、 酸素や、窒素が羨ましい。 侵蝕スル/浸透スル 「信じるということから始まった盲目の日々がある」 「信じないということから始まった失明の日々がある」 「信じても信じなくても一緒だと気付いて、 また始まった、眼帯の日々がある」 「けれど、答えは一つじゃない」 「義眼を入れて、なんだったら瞳そのものを抉り取って、 まったく別の場面までペパーミントするさ・・」 潜り込め、深層心理のそのまた向こう・・。 言 葉 な ん て な く・・ このメロディ・・は・・続くのだ・・ (手を翳して薄く目蓋を開けてみろよ、) (見えんだろうがよ―――眠りが・・) 迸るように突き進んで、 爆ぜるような音の在り処・・。 この心の中の音程を・・君は・・聞くのだ・・・ 貪るレベリングに飽きたらドロップアウト。 貪るレベリングに飽きたらドロップアウト。 Do You Believe This... Do You Believe This... 空が落ちたら君を探す合図さ、 ふみしだかれた雪の夜にうちあげられ、 しぶきにひるがえる、か、ら・・・。 ――声、声、声・・ (ah,ah,ah,woo,oh,oh) Do You Believe This... Do You Believe This... ―――どうだっていい世界、 ・・だ・・だ・・・だ・・・ 何だって気分次第の世界は、 美しい。 なにもかもぶっ壊して・・・飽きるほど・・・ 壊しつくして・・・目覚まし時計より早く起きたい・・。 「燃え立つほど鮮やかな光は、 アングラは、モグラには眩し過ぎる、すぐに嘘っぱちだって気付いちまうよ、 あんた全然わかっちゃいない」: ―――様々な光の模様の乱反射のように、 踊り狂う影のブリキノオモチャ具合・・。 知りたいのは―――知りたいのは―――。 いつも、死よりも確かなことだ。
2024年03月18日

自分の気持ちや意欲で、自由に物事の決断を下す能力を「自由意志」と言う。われわれ人間が下す様々な意図的な行為や決断は、自分の自由意志によって決められていると思われている。もちろん、色んな考え方があり、物の言い方というのがある。たとえば「自由意志は存在しない」と言ったら間違いだ、「脳の電気信号がまず先にあるので自由意志は存在しない」といえば、これに付随する、一九八三年の、カリフォルニア大学の研究員兼医師の、ベンジャミン・リベットの実験を思い出すことができる。被験者の頭部に脳の活動を監視するための脳波計を設置し、手首に筋肉の動きを監視するための筋電計を設置する。次に彼はある特殊なタイマーを用意し、被験者をタイマーの前に座らせて、自分の好きなタイミングで手を上げるように指示を出した。その際、次のようなお願いをした。「手を上げようと思った瞬間のタイマーの位置を覚えて、後で報告するように」と。この実験から、ベンジャミンは次の三つの時刻情報が得られる。①被験者の「手を上げよう」という意志が誕生した瞬間の時刻。➁脳波計による脳が手に指示を出した、電気信号が出現した時刻。③筋電計による手が動いた瞬間の時刻一般常識からこの三つの時刻の順番は、「手を上げよう」という意志が最初に誕生し、次に手に指示を出す脳の電気信号が出現し、そして最後に手が動く、という順番のように思われる。しかし実験から観察された結果は、手に指示を出す脳の電気信号が、最初に出現し、平均して〇・三秒後に「手を上げよう」という意志が誕生し、最後に手が動いた、というものだ。もちろんそれは誤差ではないか、という意見もある。けれど、比較対象実験として行ったタイマーを読む際の、誤差範囲は、平均して〇・〇五秒だった。この対象実験の結果から、「手を上げよう」という意志が、誕生する前に脳が既に手を上げなさいという命令を、出していたことが分かる。決断の源であるはずの意志が、決断の誕生する過程に参加していないという結論を導くことになる。いやいやちょっと待って、と思う人もいる。そもそも、これは、「条件付きの反応を調べているだけであって、自由意志を調べていることにならない」のではないのか、と。それについては多分否定できないのではないか、と思う。僕個人的に言えば、その実験の最中でも以後でも、様々な人間がディスカッションする場を設けて、意見に多様性を持たせるべきではないか、と思う。ベンジャミンの実験の意義はわかるけれど、それが自由意志であるかどうかはかなり分かれると思う。小熊秀雄の正統後継者を自負する僕が、悪意ある言い方をしようか、どうしてそんな猿の知能テストから、自由意志という難題を抽出できると思ったのだ。また、多くの動物と同じようにその研究データを知った後では、全然別の態度を取るに決まっているからだ。たとえば停車している電車に乗っている時、眼の前で別の電車が動き出すと、自分が動いているように感じることがある。実際には止まっているのだけれど、自分が移動しているような感覚になる現象を心理学で、「ベクション(視覚誘導性自己運動感覚)」と呼ぶ。車なんかでもある。真っ暗なモニターの中心から、無数の小さな点が放射状に動いていくのを見ると、自分が宇宙空間を進んでいるように感じることもベクションの一例だ。ガリレオが地動説を唱えるまで、地球こそが世界の中心で、太陽などの天体が周囲を動いていると考えられていた。世界中の国々における世界地図は自国を中心にして描くようなもの。申し訳ないけれど、科学者の実験データを詐欺的に用いる手法を、「学問や研究を援用した圧迫感」のように思われることがある。科学者もとい心理学者や統計学者、場合によっては政治家も含まれる、ご都合主義的なやり方や、断定的な物言いには正直辟易する。ベンジャミンが何度やっても同じ結果になるのは当たり前で、だってそこには僕のようにはたから、これは「フェアな論理じゃない」という意見があっても、研究結果に眼が眩んで、それを中途で辞めるわけにはいかないからだ、という意見も当然あってしかるべきだ。そのような実験にどんな意味があるだろう、とまで指摘してもいい。そしてそんなものを使いまわして、「人間は自由意志はないんだよね」という貧困な人々はどうだろう。ただ、もちろん僕だって乱暴な論理ばかりではいけない、「人間が意識よりもはるかに、無意識に左右されているという事実や実感」は存在するし、動物と同じように、人間は環境からの刺激に沿って、行動する生き物に過ぎないという意見も受け入れるべきだ。そういえば韓国の神経科学者の研究チームが、神経イメージングの中でも最も発達した手法であるfMRIを用いて被験者の脳をスキャンしながら被験者に自分の意志で、自由なタイミングで、二つのボタンから一つ選び、それを押すよう指示した。研究チームはfMRIから得られる情報をもとに、被験者がどのボタンを押すかを予測したというものがある。実験の結果、ほぼ毎回被験者が選んだボタンを正確に予測でき、さらに二名の被験者に対しては何と七秒から十秒前に正しい予測結果を出していたことがわかった。これらの実験結果が何を意味するかといえば、人間の意図的な判断や行為は人間の意志による結果ではなく、脳の電気信号による結果だ、ということらしい。このような実験は多数ある。―――という結論はあたかも正しいように見受けられるけれども、これも前述した域を出ない、それは「手品師や詐欺師に教えてもらったやり方」と、どのように違うのだろう。詳しく教えてもらいたいところだ。僕は何故かそのようなものが整合性があるというのかと考えるたびに、頭の奥でざわざわするのを感じる。分かり易く、嚙み砕いて、言いにくいことをハッキリと言おうか。僕はエリートや高学歴者は自分の論理的な思考力を過信して、何でも分かったような振る舞いをしたがるのを指摘したい。僕は自分が立派な人間だと言いたいわけではないけれど、何処の世界に「自由意志は存在しない」と言われて、「ああそうですか」という人がいるんだろう。もしその研究チームの奥さんが来て、「こんなの誰も受け入れないわよ」と言ったら真面目に聞くのだろうか。どうして一段階、二段階下げたような物の見方で、これは「仮説です」とちゃんと言わないのだろう。情報を収集する感性が磨かれていない人が多く鈍感で、思考が場にそぐわず、信じ込む有り体が習性になってしまっているからなのではないか。一種の「科学という病気」である。もちろんいくらか話の分かる人もいて、「これは圧倒的に多くの情報が潜在意識の層で、処理されていることを明らかにした意義ある実験」という人もいる。もちろん、はなから、こんなの自由意志の研究では断じてない、という人もいた。別の実験だけれど、自由意志は幻想だという考えを持つ人は、モラルが低下し、不正行為や人を見捨てる傾向が強くなるという、そんなデータがあるそうだ。この文脈によって、むしろ多くの人が知りたくなるだろう、自由意志はないということで、一体誰が得をするのだろうか、と。認知神経科学と自発的決定の分野が大きく発展した、という話もある、この自由意志の実験であるが、これは社会を驚かそう、文明を覆そうという一種のテロリズムなのではないか。誇大広告が禁止されている時代、ネットのデマで人が自殺する時代、新たなベンジャミン・リベットが現れることを僕は想像する。それは哲学的範疇なのか、宗教的範疇なのか、それとも科学的範疇なのか、政治的範疇なのか、―――僕にはどうも想像ができない、耳を塞げ、それがどうも、共犯者のしるしのようだ。「知性への渇望」を望みながら、『石の沈黙』に入りたい渇きを僕は覚えている・・。ちなみに、「自由意志は存在する」という研究結果もある、まずありとあらゆるものは仮説である、という態度を崩すべきではないにせよ、自由意志は存在する。ただし、ほんの〇・二秒間だけというものだが。矢のように進んでいく、百メートル走者の疾走中の瞬間写真みたいに、あなたは立ち止まることが出来る・・。民族と文化のミステリーゾーンにでも入ったような気分さ。ねえ、人の顔を見るだけではなく、顔を読むことが出来るだろう、言葉だって同じさ、考え方だって同じさ、機械的な物の見方に終始する研究に眉間に皺を寄せて、再度アプローチしろよ、突拍子がなくてもいいじゃないか僕は笑わないよ、独善的な物の見方でも拝聴するよ、でも後でみんなの意見もちゃんと聞くんだぜ、ねえ、考えることを止めてしまったら化け物の思う壺だぜ。ハロー効果って言うんだ、時折口の中の錆びた鉄の味を思い出せよ、人物を描き忘れた風景画のような街の中じゃない、あなたは自分の意志でこの世界にいるんだ。誰かが決めているとか、既に決定事項だとかに騙されるなよ、身体障碍者の人でもマラソンをするんだ、間違っていると思ったら間違っているとちゃんと言おうぜ、びくびくするなよ、不安なのもわかるぜ、関わり合いになるより逃げた方が楽だってのもわかるぜ、長い物には巻かれよって言うけど誘惑に負けるなよ、そんなのあろうがなかろうが、どっちだっていいんだからな。そういえば、宇宙に不確実性はまったく存在しない、という立場を決定論といって、ラプラスの悪魔という概念でよく議論されていた。不気味な遠隔作用というのも、ある。「量子もつれ」という量子効果を指したものだ。二つの粒子がもつれていた場合、片方の粒子の状態を測定すると、何光年先であろうとも即座にもう片方の粒子に状態が伝わる、というものだ。アインシュタインはこの三次元の世界に「時間」という四つ目の次元を追加して、過去、現在、未来におけるすべての物に座標を付けられる「ブロック宇宙モデル」という宇宙モデルを提唱した。アインシュタインの理論の中では、時間と空間はそれぞれ、独立した存在ではなく相互に関連しているということになる。色んな考え方があって世界は面白い。けれども、ニューロンの電気信号が、人間の主観的な意識を作っているのか。どのようにニューロンの電気信号によって、人は色々なことを考えているのか。僕等はまったくのところ、わかっていない。脳味噌の事自体、あんまりよくわかっていないのさ。そんなところに医者がメス入れるってのも考えようによっては、地面に降りられなくなった小鳥みたいだよな。カナダ、ペリメーター研究所のルシアン・ハーディは、AとBは物質世界とは別の何かによって、支配されているかも知れないと主張する。すなわち人間の心だ。フランスの哲学者デカルトは心と身体の二元論を発展させ、心は通常の物理の外にあり、物理世界に干渉すると考えた。この仮説を検証するため、ハーディはある実験を提唱する。そこではAとBを一〇〇キロ離れた場所に設定し、それぞれの地点で被験者一〇〇人に脳波計をつけ、それぞれの脳の活動が読めるようにし、各地点における測定機器の設定が脳波信号で切り替わるようにした。AとBにおいて膨大な回数の測定を行い、粒子が最初の位置から出発してから到着し計測されるまでの間に、脳波の信号がAとBの設定を変化させた割合を調べることだ。その際の相関関係がこれまでジョン・ベルの試験によって、確かめられた結果と一致しない場合、それは量子理論からの逸脱を意味し、AとBでの計測が標準物理学の範囲を超えたプロセスに、支配されていることが推測される。もちろんそれだって仮説だと思う。一〇〇年後には、不安を与えるすべての痙攣が明るみに出ていたらいい。一〇〇〇年後には、疑惑が常に事実の後をついてやってくるとは限らない、と誰かが言っていたらいい。顔の表面だけ残して全身が何処か遠くに飛び去ってしまいそうさ、僕もアンドロメダ銀河へ行ってコスモを感じたいぜ。
2024年03月18日

2024年03月17日

ガーンジー島は、タックス・ヘイヴンないしは、オフショア金融センターとして知られており、様々な外国企業がSPCを設立している。時折ガンジーと言ってしまう人もいるかも知れない。ガンジー、無抵抗主義、働かない、世界を変えるニートの神様。セントピーターポートの港は、ゴージャスなヨットで溢れていて、基本的には金持ちしか移住を認めていない国。スーパーマーケットが消費税なしだとは思えないほど、高い。だのに、異世界に立つくらい異質な空間が屹立する。それでもみんなこの島に憧れる。要するに憧れというものは蛇に魅入られた蛙のようなもので、誰もがその役割を固定できず、別の役割の変更へと開かれた、仮のアイデンティティしか持っていないという状態。希望とかも僕にはそんな意味のように思える。しかし閃きを差し挟める瞬間も沢山ある。この島を舞台にした映画に、「ガーンジー島の読書会の秘密」があるからだ。フッ素ゴム部分とフッ素樹脂部分が結合したブロックポリマーで、常温では結晶性のフッ素樹脂相によりゴム弾性を示す、これを擬似架橋構造というのだが、融点以上の高温では熱可塑性プラスチックと、同じような流動性を示すようなもの。想像力が働いてしまって妄想発動気味な、六三平方キロメートルのこの島は、フランス沖に浮かぶチャネル諸島の英王室属領。英国と君主を共有しながら、英国議会の支配を受けない、海外領土や植民地とは異なる、高度な自治権を持った政府を持っている。りなみに通貨はポンドとガーンジー島ポンドが使用されている。人口は約六五〇〇〇人ほどで、イギリス人とノルマン系フランス人。あと、クリケットが盛んらしい。フェアプレーと社交を重んじ、純白のユニフォーム、芝生のグラウンド、試合中のティータイムなど。優雅な雰囲気をもつのが大きな特徴となっている、僕もよくは知らない、野球とソフトボールと、まだまだ、サッカーと紅茶と芝生を、足して引いて掛けて割ったようなもの。(ふざけてるでしょ?)日本ではマイナーだけど外国ではメジャーで、たびたび名前は目撃していたのだ。バックファイア的に余計な爆発を引き起こすか・・?あのアーサー・コナン・ドイルも作品を書いているし、黒執事ではスポ根漫画風に描いているらしい。ごめん、読んだことないんだ。ところで主な産業には金融業の他に、観光業が挙げられ、年間の日照時間は英国一の長さを誇る二〇〇〇時間で、ロンドンの一五〇〇時間と比べるとその差は歴然。ガーンジー島の栽培家、ギャレス・グリフィンさんが育てた重さ八.九七キロの、巨大タマネギでボウリングをしよう。この温暖な気候ゆえ本土では自生しないような、トロピカルな植物が育ち、ヨーロッパ特有の絵になる風景。噂によると五年に一度ぐらいしか雪が降らないらしい。同じ国でありながら気軽にプチ・リゾート気分を味わえる。とはいえ、首都セントピーターポートは、少し歩けばすぐに急な坂があり、長崎を連想させる。路地は狭い階段が多く、僕は狭い階段にロマンを感じてしまうことにふっと気付く。白やパステルカラーの街並みには花が何よりも似合う。とにかくあちらこちらに手入れされた花壇や鉢がふんだんにあり、様々な角度から蠱惑的な姿勢を見せる。そういえばガーンジー独自のナンバープレートは、黒バックにシルバーで数字だけが記された、シンプルでスタイリッシュなデザインだ。また英国本土よりもはるかに近いフランスは、僅か五〇キロという土地柄ゆえ、亡命者や移民らを数多く受け入れてきたという歴史がある。それはフットパスというような可愛い田舎の風景と、クリフパスという、すなわち崖路に惹かれる心理かも知れない。僕等はみんな幸せというわけじゃない。(共時的多層性が、通時的多層性を呼び込む、)ちなみに、天気の良い日にはフランスの対岸が見える。たとえば、ここには、フランスの詩人で小説家で、性豪の、(彼の性のエピソードはどんな詩人よりも面白い、そういえばベンチに座ってる銅像があって、公開処刑されているようで面白い、)ヴィクトル・ユゴーが暮らした家、「オートヴィル・ハウス」がある。若い頃から著作家になることを決意していたユゴーは、作家として生計を立てる一方、四〇歳を過ぎると貴族の地位を与えられ政治活動も展開。ところが、一八五一年にルイ・ナポレオン(ナポレオン三世)の、クーデターに抗議したことにより、国を追われてしまう。五〇歳を目前にして亡命生活を送ることとなったユゴーは、ベルギーを経たのち、ガーンジー島に移住。亡命中の一八五六年に出版した『静観詩集』が、フランスで人気を博したおかげでまとまった金を手にすると、同年、この家を購入し、フランスに戻るまでの十五年を過ごした。ドヤ顔感や当たり前感、露骨な詳細の説明、謎の断言でなく、ごく純粋な詩人的な立ち位置で、ユゴーは成熟、あるいは爛熟しようとしていたのではないか、と思う。何処住んだって住めば都だ、そこしかなければ代替案はない。服屋の試着室で買う気もねえくせにファッションショーしたりする、言葉は言葉と呼べるような代物じゃねえ。そんな歴史を持つことからフランスの言語や文化が色濃く残り、それが旅行者を惹きつける要素となっている。そういえばルノワールも、南西部の「ムーラン・フエ」と呼ばれる、岩に囲まれた隠れ基地のような入り江を気に入り、頻繁に足を運んで十五作品ほど作っている。沖には一三世紀からずっとこの町を見守っている中世の城、コーネット城、英国―フランス間の戦いの舞台となったほか、清教徒革命による内戦時には監獄として利用された。伝統的に英国王の代理である副総督の居城ともされたが、一六七二年に火薬庫として使われていた、ラウンド・タワーに雷が落ち大爆発。周りの建物も吹き飛ばされ、副総督の妻などが亡くなる大惨事が起こって以来、副総督一家が住むことはなくなった。設計当初は、干潮時のみ陸続きとなったが、時代が下るごとに要塞としての機能が強化されたことや、港が拡大されたことにより、現在ではいつでも、歩いて訪れることが出来る。そういえば、切れ味抜群のトラックをつくるムラマサは、日本人の名前のようだけど、ガーンジー島出身の、プロデューサー兼DJで、 誰か有名人とかいないのかなと探したらHitした。“bbycakes”は、自信に満ち溢れた男性に恋をしてしまって、メンヘラになってしまう女性の恋心を語っているらしい、村正。ごめん、それが言いたかっただけなんだ。本当にそれだけなんだ。耳心地はいいけど饒舌で、俺、沈黙恐怖症なんだよねって感じで音や言葉で埋め尽くすDEATH、マイナスイメージがむしろ強烈なファーストインパクトを残し、パレットする言霊、糞さを棚に上げてヤバいモンスター、クズの大乱闘スマッシュブラザーズみたいな音楽、とか言った方が、興味持つんだよ、釣りだよ、知ってた?他にも貝殻でできた教会、リトル・チャペル。幅およそ二・七メートル、奥行きおよそ四・八メートル。大人が五、六人ほど入っただけで圧迫感が感じられるこの教会は、そのサイズだけでなく装飾もユニークだ。小さく見えて三階建てで、その何度か取り壊されているが、その一度目だか二度目で、司祭が太り過ぎて入れなかったから、らしい。現世の欲にまみれていてすみませんって言え!教会内外には無数の貝殻、小石、陶器の破片が埋め込まれ、スパイダーマンとかサンタクロースの欠片もあるらしい。カラフルなモザイクは時に輝いているようにも見える。登った先に光の梯子の点滅があるような精神の昂ぶり。始まりはフランスで反教権主義が高まった一九世紀末期。およそ二〇〇人の修道士らがガーンジー島に亡命すると、ひとりの修道士がフランス・ルルドのロザリオ大聖堂の、ミニチュアを完成させた。それがこのリトル・チャペル。個人で建てたと聞くと、信仰心の深さが感じられるが、実は趣味だったとされる。世界一小さな教会ともいわれるが、教会のジオラマというのもあるのでチェックして欲しいけど、神社や寺のジオラマ作品を見ると神々しいと感じるのに似ている。基本的にお詣りとかいうのに、人が嫌いなので真夜中狙って行くのだが、ここは本当にそんな感じがする。人がいないと別の何かがちゃんとあることがわかる。夜神月みたいな思考を張り巡らせても、キラキラネームだねってことしかわからない。ライト、そしてキラ。またドイツ軍占領史料博物館には六ポンドで入れる。どんな場所にも戦争の爪痕がある。一九四〇年五月にフランスを陥落させたヒトラーが、イギリス侵攻の足がかりとして目をつけたのがチャンネル諸島。ここには当時の様子を伝える貴重な資料が多数保存、展示されている。ドイツ軍が使用したエニグマなどの通信機器は、現代のノートパソコンの先祖のようにも見える。カメラワーク、近づき方、距離感、目配せ、「ドイツ軍が来たからといって慌てることなく、普段通りに生活してください」脳内での共鳴具合、思索して下ごしらえしていた理解の網目、(その方向へ渾身の力をふるっていざり出す、)「通信機器を持つものは罰せられます」と書かれた案内もある。また施設が不足していたため、ドイツ兵と住民は共同生活をしていた。ガーンジー島と同じイギリス領のジャージー島には、ドイツ占領下における悲惨な生活を伝える施設、「ジャージー戦争トンネル」があり、ドイツに対して否定的な見解を示す資料が多々見られるが、このドイツ軍占領史料博物館には、「ドイツは優しかった」とする資料もある。銃を持って笑いながら撃てるような人ばかりではない、でも何が正しいかはやっぱりその人を知らなくちゃいけない。眼で持って身体の隙間一つもないように向かい合わなくちゃいけない。ところで僕は牛に特殊な思い入れを持つのだが、日本人は大体ジャージー牛乳しか知らないようだが、ガーンジー牛乳は高い栄養価と、すっきりした後味が特徴とされている。ホルスタイン牛に比べて、体格も一回り小さく、搾れる乳量も半分程度だが、たんぱく質、無脂乳固形分が多いことが、美味しい牛乳の条件なのでガーンジー牛乳は美味しい。そんなわけで、南ヶ丘牧場のガーンジィゴールデンミルクに、生活酸味の真諦の悟入というのを感じている。もちろん普通に嘘だけど。
2024年03月17日

2024年03月17日

(それが見つけたいことの近道さ、 答えがないことと、心の騒がしさが結びつくのさ。 、、、、 、、 エンジン・キーを回す。 >>>何年も一貫してまったく周囲に現実感がない。 ピカソやニーチェは何してたんだろう? >>>生きている感じがしない。 平安時代の方が記憶力よかったって聞いた―――よ、 でも平安時代に行きたい奴、挙手して。 ・・・・・・怯えてばかり、悩んでばかり、 生きづらさを味わってばかりの奴も、 女が出来て変わった、おいおいステレオタイプな意見。 ―――これが本当の、“ものがたり” 美味いこと言っちゃった(痔間違えてるよ) ウミャーイこと言っちゃった(まじめんごー) 「人生をそんなに無駄にしたいなら止めないよ、 でも君はそうじゃないんだろう?」 無駄って何、美味しいの? 無駄って何、それあなたの意見ですよね? レンズを通して定着された、 像の差異に触れたい、 リレギュレーション リロケーション 再規制、配置転換、 リミティッドエディション 限定品・・。 (「完璧な世界、美しい世界じゃなくて、 完璧な自分、美しい自分なんじゃないか、と・・・」) ・・・・・・刻下の切実な問題も、修行も糸瓜も。 「人は座り、寝ころび、考え、眠る 、、、、 アクセルが掛かる。黒を白にするオセロゲーム。 光の九九.九パーセントを吸収する布。 ・・・どんなに『渾沌』として見えても、だ。 必ずある種の論理性によって迷宮は造られている。 ―――変わらないよ、僕等、死ぬまでずっと。 「見方や場所や相手を変えるだけ(さ、)」 眼の中に、何とも言いようのない輝きが宿っているのを憶えた。 ―――神を呼ぶ、妖精を呼ぶ、光の欠片を呼ぶ、もう一人の自分を呼ぶ、 ・・・・・・すう―――っつ、と、息を吸い込みながら思う。 (こんな暮らしをしていたら僕等全員駄目に、 なってしまう―――よ、) ***ジ ャ ン ル や エ リ ア 、 キ ー ワ ー ド ―― (愛のない共同体、国家、 生き甲斐、自己否定のモラル・・) 後もうちょっと堪えようと思ったこともある、 でも結局、一時の気安さや慰めの中じゃ届かないものが出てくるよ。 ―――反射神経でスパッ、としたい。 ・・・・・・卑屈や嫉妬、腐った根性、ひねこび、 ささくれ、ルサンチマン、毒舌、炎上商法、 政治の婉曲語法、 人の弱さや賤しさに終わりはなく。 「・・・・・・傷ついてばかりの人生だ、 重荷を背負っても独りよがりだ、 姑息なことや駄目なこと、間違っていること、 品性のないこと、嘘つきなこと、 汚れていること全部受け入れてみた」 ・・・・・・本当の孤独なんていうものは存在しない、 本当の愛がないようにね。 ・・・この階段にはいくつも、 階段があるんだ、 (声が聞こえない・・・・・・) 何千回や何万回やったテイクだってアウトなんだよ、 一番欲しい時にガツンとバチコンと、 当たったものだけが残っていく。 「遺伝子なんて嘘だらけだ、 だったら人生なんか必要ない、 人間が必要なのは、それとは関連性がないからだ」 光る!光―――る・・ 失 わ れ た も の ・・・・ こ れ か ら 手 に 入 れ る も の ・・・・・・ “素晴らしく前向きな世界にいたいんだ” “愛や永遠っていう言葉を、信じたいんだ、 すれてる人特有の、わざとらしさがない、 熱っぽい言葉がだから聞こえる” (halleluiah...) ―――何処にいるだろう? ―――いい質問だ。 梢がざわめき、風は樹々の間を吹き抜け、 波の音を聞かせている“ここ”は思い出の場所。 銀河の川床の上の犀利な星屑の印象・・・。 ***正しいって何だろう、生きるって何だろう、 甲斐のないことばかり繰り返す君 ///回想的な要素もある スクリーン・トーン、印刷物、発砲スチロール、絨毯、 シャツ、コーヒー袋、皮、籠、チュール、板・・。 ―――歩いてるよ、 ―――歩いてる、 お・・・ぼ・・・え・・・て・・・い・・・る。 跳///ね///て/// ・・・・『本当の人生』を。 昆虫が飛び足を張ったような形で、 、、、、 、、、 、、、、、、、、、、、、 ちぎれ雲―――マスト、洗濯機の渦のような波の上、 「もちろん、そうであろうがそうではなかろうが、 廃墟と旧市街のようなもの、それにそれほどの違いはない、 塔と灯台のようなもの、そうさ、違いはない、 神様と嘘と愛が太陽の中にさらけだされる―――ぜ・・」 ズキッとする胸の痛み―――とか・・。 この魔法は解けない―――魔法・・。 永遠に解けないでいて―――欲しい魔法・・・・・・。 「見える優しさばかりじゃない、優しさは弱さで、 時には毒よりも始末に負えないものだ。 でもその見えないもの、見えにくいものからでしか、 人の心は動かない、広告や心理学やお金で人は動く、 けれども所詮、そんなものは僕の敵にならない」 考えていたことで見透かして、 でも悩むことで見抜かれるのさ、 「(そしたらもう、)落ちていても、浮かんでいても」 「(そしたらもう、)感じていても、思っていても」 “この街のルールさ、君のルールさ、 世界の定規、永遠の足枷、 何でもいいよ、ルールさ、 始まって終わる、死ぬまで” ―――見つけなくちゃいけない、 対向車線から救急車のサイレンの音――。 ―――見つめなくちゃいけない、 [車の屋根が灰色の光を反射してゆく] (8)と(&)の区別がつかない、 ・・・きっと外国人には「日」と「目」 の区別もつかないんだ、 ・・・・・・世界を本当に変える、 ―――愛。 どうして迂り路を続けるんだ。 ―――どうして世界を信じないんだ。 重なり合った針と、 昨日までの日々が、揺れて ―――滲んだ。 (多分、それは哲学や抽象なんだろう、) (分かり易さは失敗の連続さ、) (・・・即興芸術、吟遊詩人、 場面の中に絵や音をあてはめてゆく、) その場凌ぎって誰かが言ってるぜ、 でもその場凌ぎじゃない長期的な計画、 論理性なんて誰が持っているんだ? ・・・・・・確かなことはたった一つ。
2024年03月15日

「不定形の病って言った。カ_リ_ュ_プ_テ_ィ_ス、 楔型の情念って言った、イ_ノ_セ_ン_ト」 指先からこぼれだした...手の隙間から、 千年の悠久の時がすりぬけてゆく... 後ろ向きになって、 急に老け込んでしまっても、 慰めもない、見渡す限りの曠野。 そこには偽善や悪意がある。 見透かして、躊躇って、 相対主義がある、印象操作がある。 小さな喜怒哀楽を集めてるような生活、 小さな一喜一憂で何分前かのことも忘れてる。 ゆっくりと動くものをぼうっと見つめる心理。 「風が真正面から吹き付け、足元から揺らしてゆく」 『風の口がある、ますます激しくなるだろう、僕の嵐』 お釈迦になる刹那的なトリップ、スリップ、ダイアグラム、 進化の図面、ユグドラシル、 人間を生むために人間から生まれ、 (「エンヤコラだかエッサホイサ、 人間から生まれるために人間を生み、 営みは集落を作り、街を作り、文明を作る。 、、、 ―――いいえ、 ポッ、ポッ、ポー... (「穴、だ、け、が、増、え、て、く、け、ど、 ―――ソレハ、イマシカ、ツタエラレナイ、モノ・・。 “わからない、ね” 「何かに吸い上げられながら、ぐんぐん成長してゆく」 “わからない、ね” 「義務教育は終わっても、“義務”と“教育”はなくならない」 ―――表情や態度に現れた獣性、 自然の必要性を考慮して。 スターターピストル ―――銃が鳴る、 carry somebody off... 知 ら な く て い い よ っ て 言 っ て よ 、 吸 い 取 り 紙 だ っ た 、 愛 想 を 忘 れ た 世 界 に 表 情 を 忘 れ た 壁 だ っ た 、 「現実逃避の最底辺の社会不適合者だって」 「蛸の肢や、蜥蜴の尻尾や、皮膚の瘡蓋みたいだから―――」 [人物の顔][服装特徴]***抽出 人物特徴モデル照合(を、) 【確認】ス..ル... 張りつめた―――糸を、 エクスカリバーみたいに嘘寒く光る、針の穴に通す・・。 「きっと、一億年経ってもあなたは病気なんでしょう」 「神様が一番動物にとってどうでもいいって気付いた」 「洗脳、マインドコントロール、リズム、音、言葉の響き」 ・・・・・・ああ、存在に終わりがない。 魔法をかけたら笑ってくれる、 魔法が解けたら悲しくなる、 肉体意識の喪失感、時間、空間観念の破壊、 意識内瞬間移動、離魂現象、非物質の物質化などの現象、 ブラックホールへポイッと投げ込まれて今日に辿り着く。 、、、 ―――いいえ、 ・・・・・・世界に描いた、青の永遠。
2024年03月14日

冷気がした。実際の気温よりはるかに低くなっている。・・・・・・心の中には穴がある、埋められない穴がある、口という小さな小汚い穴から隙間風がこぼれる、障害物に対する『注意・減速距離』と『停止距離』を変更―――。清らかな白い蛇のような、呼吸。風船 か ら 空気 が 抜 け る よ う な 煙突掃除 だ。【水平線を傾ける】―――。『平衡感覚を崩したその瞬間』・・異界。伏魔之殿とか、開かずの間とか―――そういう。白い人称が荒野を歩き始める。―――から。「人の顔が“胃袋”や“大腸”や“肛門”に見えた。[フィルター]→[ぼかし(移動)]、、、、、、、、、、、二つの画面を横切る視線。恐怖が爛熟するフィニッシュライン。音楽―――怨 音―――。AM2:00ッツツ...ピギッ....窓硝子が割れる。春季発動機のようなはしか。、、、、かもしか。、、、、たこあし。ズ、ズ、・・ザ、ザ、ザ ・・ズ、ズ、・・ザ、ザ、ザ ・・・・・飛 ビ 始 メ ル 脈 絡 。、、、、、、、、、、、、、、コンピューターの電源を入れる、ということ。 キ・・シュン、ピギ・・・ヲ。[目配せと、口許のアップ]黴・・・苔・・・茸・・・・・・[懐中電灯が揺れている]視覚的演出をしようとする、カメラ・・。屈折が―――白痴が―――。暗い水―――暗い鏡―――。ひらりひらりと鰭を見せる魚のように光が揺れる。異様に閃く概念と後頭部の疼痛。引力、枠組み・・ぐるぐると轆轤のように回転する、金槌の頭と柄のような疑問、―――真実は氷山の一角、環境の名称にすぎない・・。トンネルを進むたび不吉な兆候が現れる。出口が、脱出口が、光が、いよいよ絶望的に重みを与える。一層遠巻きにする、言葉やイマージュをを生み出す夜の光。遠くでオーヴのようなものが見え、人影のようなものが見える。白い靄が横断歩道を渡るように歩いてくる。「内容が、一段進んで来た形と見たら・・。、、、、、、、、、、腕に手形がついている。、、、、、、、、、、、、血管がすっかり開いている。空気を薄めて生ぬるい蒸気にするような混合気の燃焼が、繰返されている。シュゴオ...シュゴォ...シュゴオ...シュゴォ...長い退屈な映画を見ているように間延びして、腐乱の時間が流れる。タブー視や黙殺、臭いものに蓋の原理。・・・・聞く――待つ・・・音する。“ナイーヴ”や“デリカシー”が強まる。犬のような表情。盲腸の奥のような袋小路。不細工な許容と推進装置。―――『センシティヴ』というのかも知れない、【アイロニー】というのかも知れない。忌み地。【赤いミートソース】かと思ったら、【青い指が浮かんでいるミートソース】・・。・・・・・・何をあなたはそんなに恐れているんだろう、ついておいで、玉つき台の豪華な鍵裂きのように本当の地図、世界のあるべき姿を教えてあげよう。AM2:02旧型の冷蔵庫を開ける。【無意識】と『オートマティスム』ということはわかる。でも意識の窓は開いていた。懐中電灯で照らす。、、、、、、、、、、、、、、、、生首がウェディングケーキのように、入っている。>>>隅ではなく、真ん中に置かれている。あたらしい粗悪な振子時計がめぐりはじめる。 「至福が失われた夜の休息よ、さようなら・・」血走った、黄色い眼で、じろりとこちらを見る。丸顔で、狡賢い茶色の眼をしていた。鬱血していて染みのようになり、唇が膨れあがり、瞼が腫れぼったいように見える。季節外れの蠅にでもなったような気分だ。トランスミッション、ケーブル的な意識。モーメントはゼロにならない、結合点としてのボルト。「冷蔵庫の扉を閉める。建物の前にブラウン管が置かれていた。大正期のような写真が逆様に掛かっていた。禿頭の老牧師のような顔をしていた。建物の半分は倒壊して中にさえ上がれなかった。柱が折れて二階部が圧迫していた。息/苦/し/い***呼吸は一分間に十五回から二十回。+吸気量は、約四〇〇から五〇〇ミリリットル。 皮脂中に分泌される過酸化脂質。「僕は本質的な生理的機能を未だ十分に理解していない。ツツツタ...ツツツタ...壁の水滴が血の色に変わった。 、、、、 前世の話だってそうなんだ・・。 >>>過去世を知るということは、 過去の人格に引きずられること・・。質感と彫りを重視したモアイ像的瞬間。萎縮、退行、癒着して原形をとどめなくなってくる目的意識。 直流から交流への変換装置―――遠近感の拡大・・。・・・降霊術・・・エンジェル様・・・ウィジャ盤。おもちゃ箱の中に蠍が混じっていたよう―――な、m...i...s...t...a...k...e...はげしく空気を吸う口笛のような音。口の中の酸っぱさ、納豆のような粘着。何かを叫んだ、鼓膜が潰れた、首筋が痛くなった、世界を―――渡った。洗面所の鏡に映っている人影。雷に打たれて震撼している状況描写のレスポンス。鏡には人はいない。「優しい雨脚の下の柳のような枯れ尾花。AM2:08、、、、、、、、、、、、、階段に黒電話が置かれている。、、、、、、、、、、、、、、、、、、、研ぎたての刃物のような勢いで鳴っている。グシャッ、ガシャッーーーガサッ、ゴトッ、耳の周りにまとわりつく。ぎーこぎーこ。ロープの揺れる渦のような音。“あからさまな抵抗と不可解な面”《威嚇ー攻撃》サンドバッグを連想する。黒と白が交わっている青く澱んだ淵。日本間の部屋で首吊り死体が揺れている。獣や蛇や人体を入れた袋のような音がする。スッと襖を閉める。蒸...発...(絶えず迷路、絶えず反転する視界、絶えず排除する思考)静脈注射――。人間の脳は多次元、ニューロン構造は最大で“十一次元”にまで拡がっている、(絶えず地獄、絶えず回転する扉、絶えず瑕疵する回路)・・・非力すぎる痩せた腕、化石化する瞳、カーテンの上のプリズムの動き。包装―――蜂 巣 ・・「二階の一番奥の部屋を入る。押し入れから「まだだよ」と聞こえてくる。クスクスと笑い声が聞こえる。首を振りながら欠伸を嚙み殺す。時計を見る―――と・・・曲った脚を持つ・・蜘蛛。時計を見る―――と・・・曲った脚を持つ・・蜘蛛。「AM2:00だ、繰り返している・・・「終わらない、尽きることがない・・・
2024年03月13日

瞬間ー膨張するフレア・・ 逃げる、囁く、喚く、疲れる、 誓う、出会う、躊躇う、微笑む、、、 視野を満たす脳の内部空間の意識に浸った。 「コンタクトレンズをつけていると、 “水晶汚濁”という言葉を何故か思う」 「さよなら 愛しき日々」 (明日は雨が降るかな?) 個々の出来事の時間的展開に因果的関係性が薄く、 出来事の順番が憶えられないような感覚。 物語と名ばかりの配線で続いている音の傷。 The day I fell into the sea 求める、傷つく、壊れる、震える、、、 心臓を忘れた鶏・・。 それとも卵であることを忘れた鶏・・。 自分を知らない他人、 他人であることを知らない他人。 瞬間ー膨張するフレア・・ i.n.p.u.t..接続。 唐突だけど、スピルバーグの感性に近いね・・。 白と黒のオセロ状態っていうか。 WELCOME TO THE MIND また「STOP」して、 見 劣 り す る 、 バ ラ ン ス の 悪 い 、 そ し て 、 隙 間 風 の あ る 、本 当 の 自 分 に 気 付 く 。 また「slow-motion」して。 「(ぐちゃぐちゃで、気持ち悪い、 そいつのことをまた愛そうとする・・・・・・)」
2024年03月12日

「悲しい時に泣きたいんじゃなくて、 笑い飛ばしたい時に限って鼻の奥がツンとする」 「震えた心に躓いて、 躓いたまんま固まったものを“涅槃”って呼んだ」 もう届かないな、もう届かないな、 複雑な半透明の層のなかでの光の屈折。 かすかな、遠慮がちな、囁くような、消え入るような、 束縛。不安。そして、 、、、、、、、、、、、、、、、、、 ビーカーの中に細い路地が見えたんだ。 「温もりが何で僕等を孤独にするだろ―――う、 愛がどうして僕等を爪はじきにするんだろ―――う」 「想定外の抗体、 眼を引くストーリーもない」(さ、) デェンキスウィンゴウ・・・ハ・・ 眼にも止まらぬ速度。 The signal of the last train, the busily moving station, the door closing 真綿の裏の裏・・・・・・。 部屋は寂しいからテレビは点けたままベッドへ潜りこむ、 終わった命を蒸し返す時計の秒針がこんがらがってる、 「見えるかい? まるでリボンのようさ」 「見えるかい? ブリキの笛を押し込んだのさ」 、、 、、、 、、、 パッとして、クラッとして、フワッとして、 亡命サディスティック・ラヴ。 彷徨/咆哮 ・・・・・余韻。 「クーラーのファンが回る」 鮮やかな、緩やかな、不気味な、独り言ちたような、 束縛。不安。そして、 ホワイトノイズ、 「「「真夜中の孤独なヴァイオリンを弾き! 「政治的家畜がいて、快楽主義者がいて、瞑想家がいる・・・」 「英雄もいない、指導者もいない、 あるとすれば嘘だらけの言葉にぽろりと落ちる果実・・・」 「諦めだって美しいさ、感覚の麻痺や、泣き言だって、 弱い少年や少女には美しいさ・・・」 「最高の大人は嘘をつくことから始まるんだろ―――う、 嘘のない世界を夢見るようなマシな在り方なんかないさ」 囚人を見張る監視塔に、この世界の片隅に保存された死体焼却炉。 神聖な花園、少女は町に群青を置き去り。 給水塔の皺枯れの空。 藪にらみの反撃前夜、 「魚のように空気の中を泳いだ、 地面をのたくりながら蔦のような愛を探した」 デェンキスウィンゴウ・・・ハ・・ 眼にも止まらぬ速度。 The signal of the last train, the busily moving station, the door closing 「(もう一度、耳まで真っ赤になるような台詞、言いたい―――)」 「(もう一度、耳まで林檎になる赤を、こぼしたい―――)」 >鋭敏なる神経を有する触覚 >踊る人形の形
2024年03月11日

ダイヤモンドと聞いてほとんどの人が最初に思い浮かべるイメージは「高価なもの」とはいえダイヤモンドに資産的価値はまったくないし、よっぽど大きなダイヤモンドであれば別だろうが、多くは買った時よりはるかに値崩れを起こす。ダイヤモンドって実は宝石よりも別の場面で使われることが多い。航空機の外壁、トンネルを掘る過程の掘削機、レコード針、医療用のメスのパーツなどに、だ。あなたも、一度はおかしいなと思ったことはないだろうか?種類や質にもよるが、一カラット、つまり、〇.二グラムのダイヤモンドの値段は、数十万~数百万円というもの。この対比は二十年間上昇し続けている、金がいいだろう。希少価値な金だが、〇.二グラムではたったの二千円。この途方もない開きから、ダイヤモンドは「ジュエリーの王様」と呼ばれている。けれどそのダイヤモンドが火事で一時間燃焼し続ければ、気化し、二酸化炭素になってしまうことを、御存知だろうか・・・?人類がダイヤモンドと出会った歴史は非常に古く、古代ギリシャ時代の人々は、インドからもたらされたこの美しく硬い石に、アダマントとつけた。その意味は「征服されざるもの」「何よりも強い」という意味がある。ダイヤモンドはその美しさと硬さ、そしてその希少性から、当初は価値の高いものであった。ちなみにダイヤモンドに息を吹きかけて、曇りがすぐ取れれば本物だ。この話にも息を吹きかけてみて欲しい、僕は嘘をついているだろうか?ダイヤモンド鉱山がインダス川流域にある数か所しかなく、年間の生産量がわずか数キログラムのままなら、このような状況がずっと続いていたのであれば、花と光の中に立っている樹のように、麗しい存在価値を放ったまま世界の中心でもよかった。けれども、十九世紀の末期から状況は変わる。一八七〇年、南アフリカの北ケープ州で、とある農夫が自分の農場で、子供たちが本物のダイヤモンドで遊んでいることに気付いた。これがダイヤモンドの歴史を変えた記念すべき最初の出来事。人々はその地域で巨大なダイヤモンド鉱山を発見し、そのうちの「ビッグホール」と名付けられた箇所でも、一四〇〇万カラット以上。すなわち二八〇〇キログラム以上のダイヤモンドを発見した。南アフリカで発見されたそれらの鉱山が、もたらすダイヤモンドの量は、それまでの数キロの産出量と比べれば、宝くじを当てたようなものだった。けれど、これが風前の灯火の合図に見えたら、もしかしたらあなたにはビジネスの才能があるかも知れない。おっと間違えた、わざとですけどね、詐欺師の才能だ。ダイヤモンドに価値を与えているものは、空をかき撹す拒絶の思想のような希少性。たとえば真珠は養殖真珠によって、本来希少価値であった真珠の価値を大きく下げることになった。南アフリカで発見されたダイヤモンド鉱山のダイヤモンドの量は、いままでのダイヤモンドの希少性を著しく損なうもの。当時の宝石商の多くはダイヤモンドビジネスを諦めたぐらいだ。これからダイヤモンドの生産量が増加し、それに伴い、ダイヤモンドの取引価格は下落するだろうと予想した。けれどもそこに「デビアス」という会社が名乗りをあげた。厚ぼったい歴史に幕を閉じるように、百年以上続く宗教の始まりだよ。「アフリカのナポレオン」と呼ばれることになるイギリス人政治家のセシル・ローズが、保有していたダイヤモンド採掘会社のデビアス鉱業会社は、ロスチャイルド家からの資金を得てもう一つの鉱山会社と合併し、一八八八年にデビアス合同鉱山会社となった。これが、後に世界中のダイヤモンドを支配する、デビアスグループの歴史の始まり。当時のダイヤモンド生産の世界シェアを九割も握ることに成功し、デビアス社は当時の生産量を大幅に減らし、同時に市場に出回るダイヤモンドの量も厳しく管理した。当時のダイヤモンドの生産量が、二二〇〇万カラットから、たったの一.四万カラットに縮小したのだ。希少価値であり続けるために市場を支配するというのが、デビアスのビジネス戦略だった。独占禁止法も真っ青な人為的な統制だ。まるで神話とかいう物語を有効に使った王族の手法さながらだ。しかし第一次世界大戦の影響で、メインマーケットのヨーロッパ市場では、ダイヤモンドの価格が大幅に下落した。いわゆる大恐慌である。ヨーロッパ市場の低迷を受けデビアスは最も見込みのある市場として、アメリカに眼を向けた。デビアスの事実上のトップだった、アーネスト・オッペンハイマーの息子ハリーは、一九三八年に旅行先のニューヨークで、ジェラルド・ラックという男性と出会う。彼はアメリカ最古の大手広告代理店とも評される、「N.W.Ayer and Son」の社長だった。一九三八年、デビアス社はアメリカの広告会社と契約を結び、アメリカのダイヤモンド市場の、新たなマーケティング戦略を展開することになった。作戦はおおむね三つ、ピカソやダリなどの絵画を使用した広告を雑誌に掲載し、ダイヤモンドは巨匠らの絵画のように、ユニークな芸術作品だというイメージを一般大衆に刷り込ませた。二つ目、広告会社は多数の小説家や作家を雇い、彼等に大量のラブストーリーを書かせた。具体的にどのような物語かは重要ではなく、ハーレクインの読者が知ったら、怒り心頭して不買運動を起こしそうなものだが、もっとも重要なのはストーリーの中に、愛の証としてダイヤモンドの指輪を贈るシーンがあること。プロダクト・プレイスメントという広告手法は、当時においては革新的であり、その効果は非常に大きいものだった。三つ目は、デビアスがハリウッドスターなどの、有名人のスポンサーとなって、あらゆる面で彼等を支援し、その代わりに、彼等は公の場で、必ずダイヤモンドの指輪を付けて活動すること。結婚する時に必ず公の場で、ダイヤモンドの指輪でプロポーズをすることを約束させられた。「ダイヤモンドは成功者のロールモデル」というイメージを浸透させた。もちろんデビアスと契約を結んだ数々の広告会社も、懸命にこれらのイベントを写真なり記事なりに仕立てて、有名人たちがつけているダイヤモンドの指輪を、しっかりと人々の眼に届けた。「よく出来たビジネスはよく出来た詐欺と変わらない」と述べたくなるぐらい、現在でも耳にする大嫌いな名キャッチコピー、「ダイヤモンドは永遠である」という言葉こそが、徐々に単なる宝石から永遠の愛の象徴、愛の必需品、愛の証人に変わったことを示すものだ。物質主義が何を況やと僕なら普通に突っ込むだろうが、そこはブラックジョークが大好きなアメリカ、差別や迫害を助長することは出来てもおつむは足りなかったらしい。同社がアメリカで販促活動を開始して僅か三年後、アメリカでのダイヤモンドの売り上げは百五パーセントも増加した。もちろんその取引価格は従来通り高価なままだった。皺ひとつない、滑らかな手際だ、飛ぶ鳥跡を濁さない。だが、一九五〇年代に入ると、ダイヤモンド産業は、再び劇的な変化を迎えることになる。一九五五年、当時のソ連の地質学者が、シベリアの荒野には、豊富なダイヤモンドが蓄えられているのではないかと予測し、研究と探査が進むにつれ、この予測は現実となり、世界最大規模のダイヤモンド鉱脈が発見された。この「ミール鉱山」と呼ばれるダイヤモンド鉱山は、世界最大級のダイヤモンド鉱山であり、南アフリカで発見されたダイヤモンド鉱山に匹敵するもの。だが、ソ連はダイヤモンドの価値を維持し続けるのではなく、投げ売りをしようとした。それを察知したデビアスは交渉し、ついでに産出量を減らしてほしいといったが、ソ連は逆に増産し、そのすべて買い上げねばいけなくなった。ミール鉱山は大量のダイヤモンドを産出したが、品質的には低かった。全然関係ないけれど、中国で買った筋金入りの、メイド・イン・チャイナの靴は一回履いただけで壊れた。コピー商品、パクリで著作権申し立て、そういうことだ。でも中国人の奥さんは一人だけ、そういうことだ。これらのダイヤモンドの殆どは一カラットにも満たない、小さな砕片で、加工した姿はさらに小さくなる。僕だったら、おはじきにしていたかも知れない。なんだったら、肥溜めに降る雨のシーンの演出に、このようなゴミを降らせればよかったのかも知れない。天才だよ、硝子と一緒にくっつければ貧相さがさらに際立つ。これらの小さなダイヤモンドをどのように販売するかは、デビアスにとって大きな課題だった。慎重に検討した結果、デビアスは「ダイヤモンドは大きければ大きいほど良い」という趣旨を強調していた従来のマーケティング戦略を一新し、その後のスローガンは、「小さなダイヤモンドも、高度なカッティング技術を持って、大きなダイヤモンドと同等の価値を持つ」というものになった。ビジネスマンは切り替えが早いものだ、地獄の沙汰も金次第。デビアスはこのブランディングの転換とともに、ダイヤモンドの4C、つまり、カット、カラー、クラリティ(透明性)、カラットによる、4C基準を懸命に推進した。デビアスが4C基準を大きく推進した理由はただ一つ、小粒のダイヤモンドを市場に出す為だ。人や企業というのは物を売る為にここまであさましくなれるのだ、否、商売というのは相手が欲しがって初めて成立する。この新たな評価基準により、ダイヤモンドの価値を高めるための様々なカット法が生まれた。そよ風の舌で夜を呼ぶが如き妖精の声。多くの人にとって4C基準が定めたテクニカルな要素を理解し、眼の前にあるダイヤモンドにどれほどの価値があるかを、判断する能力はない。デビアスもこれをよく知っている。トイレットペーパーを買い占めるオイルショックみたいに、それ以降のダイヤモンドには鑑定書を添付するようになった。この鑑定書はダイヤモンドのIDカードの役割を果たし、そのダイヤモンドの様々な特徴を詳しく説明している。そこにはきっと住宅広告の寒いポエム言語が成立しており、まるで底無しの海の中から死体という氷が浮かび上がってくる如きだ。永遠に鎖につながれて自由になれないのはきっと言葉のせいだ。大粒のダイヤモンドは「富裕層」小粒のダイヤモンドは「一般消費者」をターゲットとし、ダイヤモンドはあらゆる階層に受け入れられるようになった。このようなマーケティング戦略は、小粒のダイヤモンドを売りさばく上で功を奏した一方、消費者のダイヤモンドのイメージを望ましくない方向に変えてしまった。誰でも少し頑張ればダイヤモンドを手に入れられるという状況に加えて長年に渡って大衆の眼に届けられてきた、多すぎる広告や宣伝は高級感を徐々に失くし始めた。アメリカの中間層でさえ、「ダイヤモンドが自分に相応しくない」と感じ始めるなど、予想外のイメージ低下を受け、デビアスは宣伝の焦点を女性から男性に傾けるようになった。その後の広告ではダイヤモンドはいつも、リムジンや別荘を持つ男性と一緒に出現するようになった。まるで九〇年代のハルキ・ムラカミの文体の雰囲気を思い出し、林檎を放り投げていた間抜けな写真を思い出す。またアメリカ市場だけでなく、一九六〇年頃から、このようなダイヤモンド広告が日本でも現れ始め、その中でダイアモンドを身に着けたモデルが登場し、高級スーツを着ていたり、ヨーロッパ風の高級住宅に住んだり、当時の日本の心理に照準を合わせて狙い撃ちした。たとえば、こんな感じだろう。よくは知らんけど。奥さん奥さん、実はいい宝石があるんですよ、これを身に着けるだけで旦那さんが絶倫になる。ダイヤモンドは高級感を持つ婚約の必需品である、というイメージを人々の心に植え付けた。さらに、七〇年代の後半に、デビアスのマーケティング・リサーチ部門は、ある興味深い現象を発見した。女性はダイヤモンドを欲しがっているにもかかわらず、パートナーから「ダイヤモンドを買おうか」と聞かれた時、多くの女性は高すぎるという理由で、買わなくていいと返事をする傾向があった。これに対し、パートナーが内緒でダイヤモンドの指輪を買ってくれた女性たちは、指輪をもらった時に大喜びしたというケースが殆どだ、と。このツンデレのような現象を知ったデビアスは、秋葉原でフィギュアを求めるようなこともせず、ジャパンアニメーション、マジサイコーだなとも言わず、それ以降の広告に次のようなシーンを追加した。ぶったまげるぜ。男性がダイヤモンドの指輪を背中に隠し、キャンドルの灯るディナーの席で突然それを取り出し、女性は眼に涙を浮かべながらダイヤモンドを受け取り、プロポーズを受け入れるというもの。再三再四述べるが、ハーレクインの読者は怒り心頭し、これについて本当に怒っていいと思う。永遠の愛はハークレインの最大原理であり、中心思想である。世界平和よりも、自由よりも、正義よりも、いや、場合によってはいかなるよりも神に近しい感情である。だから僕もこれ以上なくめったくそに斬りかかっている。デビアスはウェディングドレスも、ホッキョクグマの毛皮にでも見えたのではないだろう―――か。一九七八年には結婚する女性の半分が、ダイヤモンドを受け取るようになり、日本市場はダイヤモンドの婚約指輪のセールスで、アメリカに次ぐ二番目の市場へと成長を遂げた。そしてその反映で、世界の良心の電燈を弱く見せた。デビアスのロマンチックな広告の影響によって、ダイヤモンドは贈り物として究極のサプライズであり、愛とコミットメントの象徴だというメッセージが強化された。さらに、広告では、このサプライズの瞬間が、「最も価値のある瞬間」であると強調され、ダイヤモンドはたんなる物理的な価値だけではなく、感情や思い出にも関わる、という新たな価値観も追加され、それから現在に至るまで、「プロポーズ=ダイヤモンドの指輪」という印象が人々の頭に強く植え付けられている。ダイヤモンドなんて砂利道に混ざっていてもいいようなものだ、子供たちが拾って綺麗ねと言っていればいい類のものだ。とはいえデビアスの崩壊は近い。一九八〇年代に、デビアスの支配が及ばない、オーストラリア産ダイヤモンドが市場に流入するようになり、まるで錬金術のように研究所で人工ダイヤモンドが作られ、鑑定機関に持ち込んだ結果、何と二〇万ドルという高価格の見積もりを提示されたという話もある。こういった背景のもとに、デビアスは「Real Is Rare」とか「Real Is Diamond」に、切り替えている。この往生際の悪さは見習わなくてはいけない、賤しさが人類の最大の悪であるかも知れない可能性を示唆したい。デビアスは人工ダイヤモンド産業にも進出しており、そこで立ち上げた人工ダイヤモンドの新しいブランドの価格は、天然ダイヤモンドの十数分の一しかない。人工的に作り出したものをダイヤモンドとして販売するこの行動は、自らが提唱したスローガンとまったくもって矛盾しているが、天然ダイヤモンドの価格崩壊を予想した、予防的な行動だったと推定できる。何処で発見され、誰が所有していたのか。謎めいた過去はあっただろうか? 不思議な力を、もしや呪いの力を持っているのではないか、と想像される。宝石は不変の象徴だ、永遠に決して変わらないものの一つの物質的な象徴である、けれどもデビアスとかいう宝石に魔術をかける詐欺手法は、いや、巧妙な宣伝やマーケティング戦略は、宝石を水蜜の皮のように剥いて硝子や石ころに等しい、無価値の、ゴミへと変わるだろ―――う。葬送曲が始まっている、そうだ、僕はこの詩を鎮魂歌と名付けてあげよう、モーツァルトのように伝説もそろそろ墓標となる時間だよ。ばいばい、さよなら、糞みたいな顔を二度と見せんなよ。ところで御存知だろうか、天王星と海王星ではダイヤモンドの雨が降ることを、僕はまだじかに、この眼で見たことはないけれど、デビアスなんていうケチな会社の、とりたててコピーライターみたいな屑みたいな仕事よりも、宇宙というものがどんなに残酷で美しいかを教えてくれる。女って頭空っぽだって言う悪口があるけどもさ、奥さんが指輪を人知れず自分で購入して身に着けた時は、少し考えたものだよ、インスタグラム脳とはいうけれど、人の価値は他人が決める、誰かが彼女に色んなことを言うのさ、それでそんなものを手に入れたんじゃないかと思うと色々ね。指輪なんかに価値はないよ、宝石なんか持っていたって一文にもならないよ、ああ、純粋なインスタグラム脳はそのままくたばって欲しいけど、でもね、そういう時に僕はちょっと自分の立ち位置や、在り方や、本当にこれでよかったのかという戸惑いについて考える、何十年も続くであろう物語の小さな始まりさ、君にとってその宝石は永遠の価値があったんだろ―――う・・?
2024年03月10日
そもそもガンダムにおけるホワイトベースという乗り物が浮くのも、ガンダムが細かく向きを変えるAMBACシステムというのも、後付けの設定だという話がある。ガンダムって一種の「2001年宇宙の旅」とか、「バックトゥザフューチャー」みたいなものだよな、と思う。ファンという名の、ビームサーベル構えて迫ってくる、ガンダムフェイスがモニターに映る。さて初代ガンダムに登場するRXー78は、機体前部と後部に一つずつ核融合炉が搭載されている。そして、宇宙空間を移動するために、脚部や背中にスラスターを装備している。これも動力源に核融合炉を利用したメカニズムが採用されている。そもそも二足歩行には、「ミノフスキー粒子による戦争の白兵戦への移行」とか、「アームの武装交換の容易さと汎用性」「威圧効果」など、様々な理由が考察されているけれど、公式的には「AMBAC」という、姿勢制御システムがヒト型のモビルスーツに有効だった、というのが一番の理由だとされている。「AMBAC」は「能動的質量移動による自動姿勢制御」の、頭文字をとったもので、腕や脚の振りにより、姿勢制御を行う仕組みだ。そんな万能なものなのかなっていうツッコミをしてはいけない、だから後付けだと書いたのだ。ホワイトベース自体、どうやって浮いているのかという疑問に僕の思考が停止してしまう。真面目に考えていると頭の中がとろけてしまうけれど、ジオン公国の物理学者トレノフ・Y・ミノフスキーによって発見された粒子。きっと連邦軍にも尊敬している人がいる偉大な物理学者。で、これを散布することで電波障害を起こして、無線機やレーダー等の電子機器を無力化するこの粒子は、非常に持続性のあるレーダー撹乱幕としての効果が認められているのだ。そしてこのミノフスキー粒子、静止状態ではほぼゼロ質量だが、導電体をほとんど透過しないという性質を有する。 加えて、静電入力を行うと、Iフィールドを代表とする立方格子状の力場が発生する。長い説明になった、ようはなんかよくわからない力で、スピッツしている、以上。空も飛べるはず、ごめんなさい、以上。でもね、ガンダムって秘密兵器とか国家機密とかいっているけれど、陸の主力兵器である戦車を例にするけど、敵に発見されにくくするため、どんどん全高を低くしていく傾向にある。小型化自体、機械の一つのデザインの流れだ。モビルスーツのような巨大人型ロボット兵器は、時代を逆行していると言わざるを得ないし、あんなに目立ったらもはやマゾヒズムの極致、ボクシングリング仕様のGガンダムなら別だけど、場合によっては兵器でフルボッコにされかねない。レーダーに映ったらミサイル撃たれて撃墜の世界だ。またいわずもがな、一機や二機ごときで戦況が変わったらおかしい、物量で勝負が決まる。実際、ニュータイプは危険分子扱いされているしね。チャーチルが第一次世界大戦を回想してこんなことを述べている。「かつてのようにアレクサンドロスやカエサル、ナポレオンといった英雄が戦場で活躍する時代は終わった。これからの戦争では、巨大な機械の力によって、多くの兵士たちが次々と息の根を止められていくことだろう。これが我々人類が到達した最後の戦争の姿なのである」とはいえ、百年後と千年後は違う、千年後と一万年後は違う、手塚治虫は二十四、五世紀ぐらいで文明は進歩をやめて、あとは衰退と復興を繰り返すみたいな感じで想像していたけれど、実のところ、現代の科学でも、古代の遺物の謎が解き明かせないということはある。本当のところ、「宇宙の最期」だって僕等にはわからない、「地球の最期」だっていつなのかわからない、もしかしたら僕等は宇宙の延命にまで手を伸ばせるかも知れないし、生命として定義されていた人間の枠だって超えるかも知れない、ミノフスキー粒子はそういうものだ。ララァも言っている、白い方が勝つわ。さて、核という言葉自体が危険だとわかる時代において、ロッキードマーティンが開発中の小型高ベータ核融合炉というのがある。おそらくこれが一番近いだろう。ちなみに、何のこっちゃと思うだろうが、「内閣府原子力委員会核融合会議 開発戦略検討分科会報告書の試算」に基づけば、一一六万キロワットの発電能力の場合、建設費は四九〇〇億円である。現実的な数字ではあるけれど、宇宙進出したその後の貨幣価値はどうなるかと経済学者に聞いてみたい、僕は何だか、連邦軍もジオン軍とやらも北朝鮮みたいだな、と思った。戦争で儲かるのは戦争利益を得られる側だけだ、死の商人におけるダイヤモンド鉱山だ。ところで、小型融合炉はそれでも、中レベルの放射線廃棄物はどうしても出てきてしまう。ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉は、ミノフスキー粒子という架空の物質を用いて、直接電力に変換している。一にも二にも、ミノフスキー粒子は偉大だ。前提における世界観があって様々な技術があるというのはいいのだけれど、もちろんそれによって核融合炉も超小型化できるわけなのだが、核融合炉のダメージに耐えられる炉壁の材料は開発しなくてはいけない。超合金って一体何なのだ問題もあるけれど、やっぱりそういうものが必要になる。ロケットの気密性を想像してみればわかるけれど、そこにさらに小型核融合炉しかも二つとか三つとか、戦闘にも耐えられる安全性ともなると、もはやオリハルコンという概念を、用いなくてはいけないのではないかと想像する。それ自体がブラックボックスだ。そもそも小型核融合炉を搭載して戦闘するって狂気の沙汰だ、原子力発電所がロボット化したと考えてみるほどではないにせよ、核融合炉の被爆率は百分の一という意見もあり、ガンダムレベルではそれこそ数万分の一とか、数億分の一しかないかも知れないし、また、ミノフスキー粒子に設定を足せばいいのかも知れないが、一九六二年に米国が北太平洋上空で行った、高高度核実験「スターフィッシュ・プライム」は参考にしたい。僕は一見ガンダムについて語っているけれど、人間って本当に馬鹿だな、戦争がフィクションだったらよかったなというテーマで書いてる。高度四〇〇キロの宇宙空間での核爆発で電磁パルスが発生。爆心から一四〇〇キロも離れた、米ハワイ・ホノルルなどで停電が引き起こた。その電圧は五万ボルトに達し、機器はIC(集積回路)の機能停止で損壊し、同時に大規模な停電も発生する。ちなみに肉眼でも爆発の光景は見えたというから凄まじい。ここまで極端な例を用いなくてもとは思うが、壊されること自体前提にできない、というのは容易にわかる。ガンダムは絶対に壊されてはいけないのだ、場合によってはガンダムは秘密兵器でも何でもなく超災害級の巨神兵である。また小型核融合炉における高温超電導コイルを実現しているのだが、冷却はしなければならないということを考え、あのガンダムの内部でえらいことが起きていることだけはわかる。ちなみに天変地異のような騒ぎが起きた原子爆弾を知っている日本人には、到底受け入れがたいことだが、原子力飛行機の実用化試験のためTu-95Mから一機が改造されたことがある。Tu-95LALだ。LALというのは、「空飛ぶ原子実験室」の頭文字だ。胴体中央部に小型原子炉を積み、放射線遮蔽構造のチェックを目的に三四回の試験飛行を行った。弾道ミサイルの有効性が大きくなるにつれて消えていったし、あくまでも原子炉を積んで飛んだにすぎないわけだけれど、それでも小型核融合炉と戦闘機、ロボットという順に考えると、そんなに突飛な発想ではないのかも知れないなと思う。ただ、いつの時代もロマンの費用というのは高くなるものだ。たとえば、ガンダムって十八メートルなのに、(背の高い人間の十倍っていう言葉があったぞ、)四三トンぐらいなんだ。一見別に違和感もないような感じもするんだけれど、これは四三〇トンとしてもおかしくない。これは素材問題というのもあるのだけれど、人間をビッグライトでガンダムと同じ大きさにした場合、巨人の体重はおおよそ七〇トンだと計算される。さっき超合金と書いたけれど、巨人をチタン合金に変化させた場合の重量は、おおよそ三〇〇トンになる。で、僕はこの前クレーンの講習を受けてきたから思うんだけど、メンテナンス以前に、開発でも相当大変なことじゃないかなと思った。これどうやって持ち上げるんだろうというのを妄想していて、僕はダムとか、海上にあるようないわゆる、スゲークレーンが活躍してんじゃないかと思った。いっておくけれど、僕はクレーン講習に通いながら、クレーンの話を詩にしたくてたまらなかった、文句あっか。ジャイアンだけど、文句あっか。机上の空論はいいけど、物理や工学や数学的な視点もあるべきだし、もちろん、クレーンとか、その施設内の規模がおかしいとかも、ちゃんと考える視点があってもいいように思う。論文が仮説であるという前提に立つ時代においては、機関銃で狙い撃ちにするぐらいの心構えでいなくちゃいけない。圧倒的じゃないか、我が軍は。で、これを無理矢理、四三トンに当てはめようと思ったら、やっぱり超合金みたいな設定がいると思うんだよ、モビルスーツは外骨格と装甲がワンセットとなっているんだけど、軽くて丈夫な素材って何だよ、小型核融合炉積載して、地上だけじゃなく宇宙空間で、しかも、戦闘して、その上、ダミー人形じゃない生身の人間がコックピットに入って、それは裏マーケットで心臓三〇〇〇万円みたいに、人間の値段を推定する方がまだ現実的じゃないかという思う話だ。僕の心の中がニュータイプだよ、本当にね。ちなみに作品内ではガンダニウム合金という、隕石の一部と付きで取れたチタニウムを用いて作られるけれど、隕石は南極で多く見つかるっていう事実に加えて、もう別に火星でもいいんじゃないか、と思う。それっていわば希少種と呼ばれているガンオタ女子のようなもので、少年のような心を理解する人もいれば、メカにまったく興味がない人もいるというものなのではないか。ガンダニウム合金の隕石の部分に僕はすごく引っ掛かる。ところで全然関係ない話だけどランドセルの弊害というか、重いと前傾姿勢になる、シジフォスの岩ね。つまり重ければ重いほど、負担はどこかしらにかかるわけだ。これは別にランドセルでなくても人体でもいいわけだけれど、これは二足歩行ロボットだって同じだ。鳥が空を飛べるのだって絶えず体重を軽くする努力なしに成立しない。で、こんなものが二足歩行しようとすると、地上は穴だらけになるどころか、一歩目で既に動けない。仮にそれをフォローできても足が小さすぎるので、商業主義的二足歩行デザインを揺るがせなくちゃいけないことになる。まあカタいことを抜きにして、減速機、モータ、エンコーダ、ブレーキといった要素も必要になり、それらの機能を一体化した高強度のモジュールの開発をし、高出力高耐久性のアクチュエータ、高感度の各種センサーと機体制御アビオニクスで、ヘンタイ的可動領域を実現しなくちゃいけない。二足歩行するだけでやっぱり、北朝鮮の首相の拍手している場面が頭によぎる。横浜ガンダムってデケーなと僕も拍手したい。きっとガンダムが実現されたら戦闘用ではなく、やっぱり宇宙平和博物館に飾っておくべき代物なんだろうな。百年間鳴らなかったピアノみたいに、千年用いられることのなかった古代兵器みたいに、埃をかぶって、首を長く伸ばした鳥のように僕等は手を伸ばす、とても感動的なシーンだ。ガンダムってどうも受け入れがたいという僕もいて、けれど漫画を読むという手法もある。アニメはあれだけど、映画もあれだけど、漫画は好きっていう側もいれば、世の中のガンダムオタクの、最低限の知識ぐらいにはなある。ちなみに僕はマクロスのあっけらかんとしたところが好きだ。は?
2024年03月10日

足元に揺れる花 が、 煙と共にちぎれ た、 あれが最後の宝石、グレネードランチャー。 波打つように揺れる摩天楼。 子供と大人の双極性障害で葉に先立って花開く、 ―――トロイメライ。 美しい世界は夜の海から浮かび上がる水母や亀。 「強さ」が「ハリボテ」 み た い に お も え る ―――君の中に・・。 難しく考えないでいよう、 肩が波のように動揺するけど、 街並みは少しずつ表情を変えてゆく―――から、 ―――剃刀の刃が滑ってゆく。 5Wのアンプが小さく絶叫する、 屋根瓦もタイルも空へ吸い込まれてゆく、 虹の層をいくつもくぐれば、鯉の餌。 世界中で一番不幸だって思うほど弱くはないけど、 新聞の切り抜き、 胸を空っぽにしたくなるような日々のやりとりが、 だるい―――面倒くさい、前向きな気持ちになれない・・。 (追い越してゆく時間 を (彷徨わない努力 で 、、 カイ「ハツ」さ れ て 、 (「偽 り の 快 楽 を 謳 う 時 計 の 檻 シャンデリア、ダブルベッド、、、 「(再生)」ボタンを押すと、 「(再生モード)」に切り替わる、 ほら、流れ星と歪なあの星、 キラキラしたものがドアからドアへ急いだ箱庭。 バスティーユ牢獄襲撃、 不思議な吊り橋と魚眼レンズ、 机上論は虚像、真逆のプログラム、 物理的な量にばかり軸足を置いて、 、、、、、、 デンジャラス、 快楽の薫りが強すぎ て、 無意識にいろいろなもの を、 誤魔化して近づいてしまうフォーカス。 合わせ鏡。 諸行無常の伽藍洞、一触即発、 、、、、、、、、、、 受け入れろ受け入れろ、 内なる声に耳を澄まして首を振っている、 言葉の後ろ側、イメージの後ろ側、 劣 等 性 の 馬 鹿 だ ま り の 水 溜 ま り か ら 現 れ た 、 一 〇 〇 メ ー ト ル に も 及 ぶ 、 灰 色 の 巨 大 な 盛 り あ が り …。 「何の為に生きているんだかわからなくなるよ」 (瞳を巧みに擦り抜ける情報という名の小魚、) 、、、、、、、、、、、、 ―――咽喉の奥に引っ掛かった骨、
2024年03月09日

先生が部活に入れというが、断固断る。放課後に、どうしてもどうしても入りたい部があるんです。キリッとした顔をした、そいつ。カーテンの風が揺れる、まったくいらない情景描写(?)溜めた、てか何故すぐ言わない(?)それでも溜めた、おい、空気止まってるぞ(?)まだ続けられるか、溜めた。―――帰宅部、フウフウハァハァ、息切れを起こしてしまう(?)真剣勝負なんだよ、なめるなよ、カカロット(?)帰宅部は陸上部の親戚であり、一種の長距離走ないしは短距離走である。家へどれだけ速く帰れるかでは、ウサイン・ボルトよりも激しい執着を見せる、全国大会があるんですよ、自転車暴走族免許皆伝(?)まかり間違うとセクシコマンドーに浮気してしまう(?)いえいえ、害虫駆除ならぬ害虫教育がうちの躾ってやつでね。ゲーム、漫画、アニメ、ネットサーフィン、でも大切なのは、仮眠、やっぱり勉強すると全身に気怠さを感じるお年頃、トリハダァが立つのよ(?)ネコ型ロボット製造工場で電撃を浴びせられネジが一本抜けてしまい、危うく焼却炉に落っこちそうになってしまう。それがドラえもん、スーパーニートのお手本プレイヤー。とんでもなくブッ刺さってしまった、バグらせゾーン、アソビヴァ(?)リアルアンパンマンと同じ、リアルは四次元ポケットの代わりにブリーフか、パチの紙幣投入口(?)あと、眼が死んでる(?)こいつまじで駄目だわー、生きてる資格ないわ―、と思うでしょ、いえいえ、エリート街道まっしぐらの人生は砂漠の道、あとよくわからないけど、海の家とクリスマスバイト的カテゴリー(?)ブラック企業に採用されてしまったらどうなるか。劣悪な環境で働かされ、プライベートの時間は消滅し、出勤の度に生命力が削られていく。SMクラブに行きたい、忍者したい、狸の皮で算数したい(?)サンスウ、ヒイフウミイ(?)働きすぎと糖尿病リスク、脳卒中リスク、うつ病。それでも会社は悪魔の手先、メール攻撃(?)十二時間労働って普通だよチェケラ(?)僕は毎日、大体それぐらいしている計算になるからね、うわあああチェケラッチョ!!(?)右向け右、努力や鍛錬って想像してるだけでダルい、オナソして寝よ、それが奴らの合言葉。某掲示板でこの言葉のみだれうちに痺れたかもめ(?)一体何考えて生きてるんだろうって、ビックバン起こしたワードの一つと語るかもめ(?)脳トロ声だった、悪魔の囁きだったとのちに語るかもめ(?)あいつ、盛りそばしすぎ、ニートのくせによ(?)女の子にモテたい人生でした、悲しいなあ、少女漫画で瞳キラキラしすぎてダイヤモンド入れてるのかなって、思うようなひと夏を過ごして(?)ねえ、悲しいことは燃やし尽くすことさあ、打ち明け花火なのさあ(?)線香花火できたはず、あ、すぐ消えた(?)でも蟻の法則でサボりだす蟻の割合のように、にじみ出ているムーヴカスタム(?)この人、仔猫吸引です(?)世界には一定数、凡庸な人、普通の人、この人、顔が既に痴漢です(?)何もしない上に何もできないという人がいるわけなのだ。僕も大体そういう人間ということになっていますが、と、ざーとらしく言ったらブーイングの嵐だったぜ、旋風巻き起こすぜ、光合成したいし、無抵抗、真空、それが俺の目指す道、中身のなさで青春を謳歌したーい(?)でもね、はっきり言って無能力系主人公って、将来絶賛ニートなあなたというか、ひいては僕のことじゃないですかー(?)飛び跳ねて行こうぜートランポリンタイィィ(?)会社でもね、真面目にやってきた人が、「定年してフリーターするわ」とかいう時代なんですよ、僕はあれ結構ビビッとくる、ビビビッとくる、ビビビビッとくる一言だったなあ(?)旋律走った、衝撃だった、ナマケモノ科への立候補(?)すごい粗削り。人生泥沼、底なし沼の立候補のクオリティーがね、低い(?)「定年する前にフリーターしてニートして、最終的にプロ奢ラレヤーになる(?)」でも馬鹿にしてないよ、生易しい眼もしてないよ、たまにいるよねプライドの高い奴、無駄にプライドばっかり高い奴、略して、ちん毛(?)軽蔑もしてないよ、だって、社会問題じゃないですかー、ニートっていっぱい、お腹いっぱいなぐらい、社会に生息しているわけじゃないですかー(?)その、ちん毛(?)底辺の人間といえば聞こえはいいけど、人間の屑っていうのはわかりきっているじゃないですかー(?)大衆動員や社会計画、カリスマ的リーダーシップなどの複雑な過程、イギリス人のデズモンド・ウィルコックスという、「スリープ・アンバサダー」を知る。「食べるだけ」の職業は、フード・テイスターと呼ばれ、食品メーカーなどでよく見られる。いわゆる、リアルのび太と永遠ケーキ(?)そんな生き方したい、ひよこ育てたい、カニやマグロ小指で捕まえたい(?)僕もね、どうやったらウルトラニートになれるか、働いたら負けって言えるか本気で、超絶死ぬほど努力して、考えてみたんですよー(?)まず、生きるのに疲れたって言わなくちゃいけない。死ぬほど努力したこともないけど、言わなくちゃね。あきらメロン(?)働きたくないし、人間関係が既に苦痛、髪の毛長いだけで米津みたいで苦痛(?)人間万事塞翁が馬じゃなくて、人間の馬鹿マジでダービースタリオン、転じてウマ娘汁(?)プラトンやアリストテレスが教育機関を開き、その頃僕は夢の中さ、あ、ヨウスイ・イノウエね(?)あとそれから自分の自由な時間だけが欲しい。あと、お金欲しい(?)何もしない仕事っていうのもあるよね、ようは、マンション経営、人任せであとは通帳で下ろすだけ、ちゃんと杉下右京のような顔してね(?)人生キャッシュカード計画(?)勝ち負けの時代で負けを認める、白旗をあげるっていうのも、考えようによってはいい選択ですよね。敗者復活戦もなければ、潰しがきかないのは眼に見えてる上、人生オワタ―モードでワッチャッチャですけれど、ソシャゲ周回と一緒だよ(?)生産性もなく、目的もない人間だって、一定数生まれなきゃいけないわけですよ、俺人込み苦手だから、メインストリートの真ん中ばっかり歩いてると、隅っこ歩いてる人の気持ちわかんなくなんのよ、マジでさ(?)神様悪い、世界悪い、人間悪い、だから大体俺のせいじゃない、セーフアウト、よよいのよいで、セウト(?)メジャーリーガーになりたい、サッカー選手になりたい、作家になりたいってカッコいいですよね、でも夢ばっかり見ていないで現実を見ろよ。宗教裁判も難癖そうでしょ、ムンクの叫びも、じゃがいも、カレーの具材そうでしょ(?)つのだじろうのトラウマ漫画、芋虫なわけですよ、結局(?)ダンゴ虫だって生きているわけですよ、ミトコンドリア言わせてくれよ(?)小さくたって、駄目だって、生きている意味も見いだせないので、ルサンチマン持ち出すわけだけど、生きてるんですよ。生きてるだきゃらああああ!(?)毎日グレープフルーツでビタミンCえぐいぐらいとる、えぐみから奪っていくスタイルなの、オッケー?ポカリ飲んで、冷えピタ額と後頭部と首の間、咽喉に貼る、それから、厚着してお粥つくって納豆のように掻き混ぜて、サイコーだなまったくと嘯きながら、寝ているような風邪の毎日(?)ガンジー無抵抗、最高に薔薇色の日々さ(?)そのスタートラインは何処かっていったら、帰宅部ですよ(?)「青春時代間違えた、クラブで汗を流し、女をはべらしていたはずだったのに(?)」気が付いたらはぐれ刑事純情派(?)「人生間違えた、家に帰る途中で轢かれて、なろう異世界へワントゥスリーステップ(?)」断定というか、決定事項ですけどね、鉄の掟。帰宅部から横道逸れたり、諸事情で中退する人もいますけど、学校へきちんと行って卒業してくる、これも立派な親孝行ですよね。親孝行と書いて「いきているだけでめいわく」と読ませる。「いきるだけいきてこきゅうこんなん」と読ませる(?)クイズと一緒。なぞなぞだぜ、準備はいいか?すぐ答えろ!(?)それしか褒めることがないけど、別にアンタのこと好きってわけじゃないんだからねー、ツンデレじゃないんだからねー(?)親孝行したんだから、不規則な生活をして、三食昼寝つきで、スーパーニートしたい、それが帰宅部なんですよ(?)恋愛アドベンチャーゲームでウルトラテク身に着けたい(?)パチンコ屋に行かない、行ったらギャンブル依存症、中途半端なことになる(?)結婚詐欺とか、アルバイトもしたくない、やっぱり中途半端なことになる(?)昔ね、禁煙ブームがアメリカにあったのね、それでバーが滅茶滅茶困った、酒とシガレット、葉巻はワンセット。そこで店主は客ではなく、みんな役者だって言った。法律違反すれすれの粋だよ。親方空から女の子がっていったら、白昼夢か?飛行石持ってないバージョン(?)でもね、ただの屁理屈だってみんなわかってたよ(?)しまいにはそれから、晴れ時々女の子が降るでしょうって、脳内天気予報がエキサイトしてた(?)ホリエモン見て疲れて、ひろゆき見て癒されて、岡田斗司夫に人生相談して壊れてゆく(?)オンラインゲームですら、協力プレーするこの時代において、大体この三段論法(?)ダンジョン攻略じゃない、ダンジョンで秘密の部屋、強制ワープのボス部屋(?)そういう社会じゃないって言ったスーパーニートは、ベジータにベジタリアンなのかって言われた(?)キャベツしか冷蔵庫になかったから(?)オモコロ見て、はじめしゃちょー見て、そして迷惑系ゆーちゅーばー(?)よくならないし、よくできる要素が一つもない。気が付いたら、スシローペロペロ、バカバイト再び(?)人生は一筋縄ではいかなぬ、そう心得てブリーフを持ち上げてハイレグにしてみた(?)おいおい、お前ボクサーのくせに弱っちいなーとか言う、それがスーパーニート(?)俺だったら三秒でノックアウトだな、こーなんだよ、フッフッ、チンコついてんのかとかのたまってますけど、現実見えてない、それがスーパーニート(?)・・・・・・と、とうとうシッポ出しやがったな、化け猫か、化けだぬきか、いいえ、かもめ先生、それは男についている第三の手(?)じゃあ、四つはないのか、それだと、ただの―――キチガイじゃないですか。あ、こいつ、シッポ出しやがったな、ジッポーライターを出しただけですよ(?)親が金持ちなら遺産食いつぶすのも親孝行ですよね、ゲスでクズなんかに見飽きてる、若さのコンプレックスがあるのねー、オープンすぎるのがいいとは限らないわー、どどめ色あそこも真っ黒社会じゃないですかー(?)何かっちゃあ仮面ライダーブラックRXじゃないですかー(?)明るい社会なんか信じない、戦争したら出征する、親に皮肉や文句をいわれても躱す、それがスーパーニート、何処から始まったかっていったら、帰宅部(?)なろう式と一緒、交通事故テンプレート(?)一切救いがない、ゲームと現実が区別つかないだけ(?)やりたいのは、人生ゲーム、ひとりで(?)でもこの話を聞いたら先生が部活に無理矢理入れた、就職先まで見つけてくれたんだよー、マジウケル(?)かもめの無茶苦茶な詩なんか嘘ばっかりなのに、どうせあんなのコピペだろ、誰かの物まねだろ、絶対そうだよ、でなきゃあんなに書けるわきゃないよー。どうせ社会人なんかやってないんだぜー、全部設定なんだろ、奥さんもどうせいないんだぜ、ドウテイなんだよ、あいつ、アマゾソの領収書の数字を所得欄に打ってやりたい(?)嘘ばっかりつきやがってよー(?)耳にスッと入ってくる感覚、この気持ち良さ、オナソして寝よ(?)あー、死にてえ(?)
2024年03月07日

2024年03月07日

ぼったくり居酒屋といっても、「割り増し」「計算違い」「高額請求」の三種類に分けられる。別にこれはいわゆる高額請求のお約束、キャッチに案内されて、店で飲食、高額請求ではない。基本的に客引きは、強い意志で「無視」してOKだ。ちなみに昔から何処にでもぼったくりというのは、多かれ少なかれあるし、韓国でも、アメリカのバーなんかでもあるらしい。外国のタクシーなんかでは相場を知らないと思って、法外な金額を請求されることもある。やっぱり知らない、わからないことに足を突っ込む上で、それに対する知識を身に着けるのは必須だ。モダンなものがトラディショナルになり、気が付いたら色んなもののルーツになる。必要な情報を伝えなかったキャッチや、恫喝をした店長らが恐喝罪や詐欺罪で告訴されたり、客に暴力を加えて代金を奪い取ったりした店長らが、強盗致傷罪で逮捕されるなどするケースもある。もちろんお金は大切だ、客が酔っ払っているのにつけこんで、払えない金額ではないにせよ、ちょろまかしてやれと「割り増し」で請求していいわけがない。この親戚に「プチぼったくり」があるが、原価数十円のお通しに数百円を請求するなどの飲食店もある。それぐらい、いいじゃねえかよ、と言うのかも知れない。もちろんそんな些細なことでも取り締まっていかないと、犯罪は大きくなるし、姿形を変えることになる。割れ窓理論というやつだ。味をシメるというか、簡単に稼げることを知ると、人は真っ当な商売というのが出来なくなるものなのかもしれない。信用はそっくりそのままブランドになり、ありとあらゆるものと比較されるところの唯一の評価軸になる。信用一つで全体の信用を損ねるようなことになる。グルメサイトによる不正が見つかる、ぼったくり居酒屋では定番の集客方法であるダブルネーム、品質の高さを匂わせているのに、食材についての情報が薄っぺらい。価格で客を釣ろうとする。そんなのしのぎを削っている飲食店なら、何処でもやってることかも知れない。ちなみに「食べログ」であれば、有料掲載プランは最も高いものでも月/一〇万円。「ホットペッパーグルメ」と「ぐるなび」は、口コミや点数は重視していないため、掲載順位が高い店舗にアクセスが集まりやすい。この二サイトでは、新宿・渋谷といった密集したエリアにおいて、店舗一覧ページ上で上位表示されてる店舗は、最低でも月/二〇万円、多く費用をかけている店舗であれば月/六〇万円ほど。やらせ口コミ、点数操作といったことも確認されているが、ぼったくり居酒屋は「グルメサイト」にとって、高額な掲載費用を支払ってくれる優良客でもある。外面ばかりで内面のない男や女は割といる。整形手術しようが驚異の化粧術で誤魔化そうが、人間の臭さは隠せない、それがインスタグラム脳入門。とはいえ、悪質ならそれにはあたらない、グルメサイト側へクレームを入れる際には、客観的な情報や、証拠の写真を送れば、掲載停止といったペナルティを課してくれる。また消費生活センターに報告するのも有効だ。SNSでは、お金で客や信用を集める人もいるかも知れない、耳障りのいい言葉で騙す人もいるだろう。洗脳とか、マインドコントロールがまことしやかにささやかれる時代に、宗教と称されたアーティストなどの様々な現象が目撃される時代に、―――「あなた」の立ち位置はとても重要だ。でも、もしこれが「詩」という世界だったら、僕はどのような手段を講じてもそいつを死ぬほど追い詰める。お金とか、面倒くさいとか、関係ない。きっと飲食店の経営者でも、そういう風に感じる人はいるはずだ。正義とかではなく、小さな声を握りつぶすことが、やがて自分の仕事を握りつぶすということになるからだ。アンタ、全然わかっちゃいない、だって、その評判一つで迷惑を被るのは、きちんとやっている人間に決まっているからだ。いい加減で、どうしようもない、蛆虫みたいな連中ではない。詩人みたいなうんこみたいなオワタ―モードの連中は、一切信用できない。一家に一台かもめーの教え。聖書読むな、かもめーの教え。日曜なんか空飛びたくなった、それ大体、かもめーの教え。おっと、ついうっかり、広告宣伝を入れてしまったようだ、掲載費がかさんでしまうな、掲載費はもちろん魂だぜ。もちろんそのような言い方はエバラ焼き肉のタレ仕様で、スピリチュアル詐欺師列伝とはまったく違います。あしからずジュラシックパーク。けどね、僕はいつも思う、本当によくしたいと思うなら、警察とか法律とか、社会正義とか、良心とかを一切期待してはいけない、同業者がそれに対するアタリを見つけていかなくちゃいけないし、場合によっては僕のように、全員敵に回してでもカチコミやらかす羽目になる。人を騙す奴がのうのうと暮らしていて、騙される奴がアホなんだみたいな掲示板など潰れてしまえ。匿名性を隠れ蓑にした犯罪者予備軍を、これからの時代はどんどん刈り入れていく時代における、―――「あなた」の立ち位置はとても重要だ。ねえ、団体客ともなれば全員がどれだけ飲み食いしたか把握しきれない。これは会社の飲み会などで身に覚えがある人もいるかも知れない。逐一写真撮って、これだけ飲み食いしたという証明をする、という人もいるけど、それだったら宅飲みした方が良さそうだ。そしてこういうことをした店は噂が立つ。噂が立っても潰れない、また違う客が来る。よくあることなのだろう、悪質だ。良心的な店のいわゆる「計算違い」ということなら、謝罪で済むかも知れない。実際、明細を見せるという事自体が「良心的な店」だ。明細を見せず、開き直ったら「常習犯」だ。やっぱり騙されたくないなら、隠れた名店とか、違う店とかへ行かず、タッチパネル式の居酒屋チェーンがいいのだろうかという気分になる。あんまり美味しくないとか、味気ないという人もいるけど、騙されるがために三千里歩くような魔都で、あなたは何を言っているのか?場末のスナックとか、ホストクラブやキャバクラ、ガールズバーとかなら、言い値の世界。東京砂漠は全国拡大中なんだよ、あなたがいれば、あゝうつむかずに歩いていけるってうるせえわ、いっとくけど演歌も俺は結構詳しいからな、そのくせ、そういったことを問題にする人もあまりいない。なんか解釈によっては大人の通過儀礼というか、夜の登竜門みたいなエピソードとして語る人もいるから。一万円を二万円にするとか、一万円を十万円にするというような、悪意の絡繰りは全然ない店もあるが、とはいえ、様々な内緒や秘密はありうる。ぼったくり居酒屋とは直接関係ないにせよ、産地偽装なんていうのは何処でもある話だろう。いや、本当のところ、その店以外が、わからない、気付けない類のことにまで、僕等が介入することはできない。前述したような悪意の絡繰りなら明細で確認できるが、国産のうなぎを外国産のうなぎにしたり、料理らしい料理もせず冷凍食品に変わっている例もある。わからなければ何してもいいというのは、ある意味で人間である限り避けては通れない根深い問題だ。ところで悪質な店ともなってくると、無茶苦茶小さくて、しかも無茶苦茶読みにくい字で、価格の上乗せ、席代などを表示していたりする。そういえば、キャッチではなく、チェーン店の系列店へ案内するというエピソードも紹介されていた。そういうのも、知らなければすぐに引っ掛かるだろう。何だか、特殊詐欺みたいだよね、あれが終わったと思ったらまた違うものになっている。高額支払いともなると、カルト教団に近い印象がある。何時間も「払え」と脅す、ATMが開く朝方まで喫茶店に軟禁状態にするなど、被害者を精神的に追い詰め、「高くても払ってしまって楽になりたい」と思わせて、支払いに同意させるパターンが多いようだ。とはいえ、払ったお金は戻って来ないと思った方がいい。相手のペースに乗らず、毅然とした態度で、「事前の説明で聞いていた額は支払うが、それ以上は絶対に支払わない」ときっぱりと主張しよう。請求された額を支払う意思がないことを明確に示し、そして、自分が納得できる額だけを支払ったうえで、「金額に問題があるようなら、裁判を起こしてください」と伝え、その場を離れるようにしよう。ぼったくり店が、裁判で勝てる見込みはない。とはいえ、飲食店における飲食は法律的には「契約」であり、ドリンクなどの注文が通った段階で店側と契約は成立する。それを後から無かったことにしようと思ったら、「そんなに高額になることを知っていたなら、元々注文なんてしなかった」と民法九五条に基づく、「錯誤による契約の無効」を主張したり、「お金を払ったのは店員から脅された、自分の意思ではない」と民法九六条に基づく、「詐欺・脅迫による契約の取消」を主張したりすることになる。ただ、それは建前で、本当に裁判ができるかどうかはわからない、悪質な店だって馬鹿じゃない。弁護士もいる。店員の氏名や住所など店側の情報が分からないと、そもそも裁判を起こすこと自体が難しい。また、当日の説明内容や店の状況などの事実関係を示す証拠がない場合は、ぼったくり被害を立証することは非常に困難であり、必ず勝訴するという保証もない。だからお金を支払ってしまったら取り返せない。泣き寝入りするしかない人だって沢山いるのだ。とはいえ、裁判にまで持ち込んで取り立てるくらいなら、新しい客を狙った方が早いし、面倒な客には値下げして諦める可能性が高い。いやしかしそれでも相手が脅しを続けたり、屁理屈を言ったりするなら、弁護士費用はかかるにせよ弁護士を呼んだ方がいい、第三者を入れれば安く済む可能性もあるし、話し合いがスムーズになる可能性もあるからだ。あと、警察に電話をかけるなら、なるべく早くした方がいい。民事不介入とかいって来てくれないこともある。場合によっちゃ、警察とヤクザの繋がりだってありうる。という見方を大きな流れにすることで、今後の状況だって変わりうるかも知れない、政治に第三者機関が作られるなら、警察にも四六時中監視する委員会とか独立機関とかではなく、みんながすぐに見てわかる、あ、あの人がいるというところの、第三者機関を。僕等が本当に僕等であるために、みんなが本当に思っていることを声にしてみたらいい、みんなが本当に考えている理想の社会に近づいたらいい、―――「あなた」の立ち位置はとても重要だ。
2024年03月06日

猫カフェ。それは猫という最高傑作の偶像崇拝者、あるいはその原理主義の名の下にレジスタンス活動をする場を指す。疲れきった人生どどめ色で、明日JRに飛び込み台、エンパイアステートで蝙蝠傘で明日我死なむのお経を唱える、都会ゾンビたちの回復剤、またはオアシス地としても知られている。昭和や平成時代では公園や路地裏を好んだ猫。河原にもいたし、ブロック塀の上を歩く姿がアニメで描写された、猫は自分の身長の約五倍飛べる。まるでスーパーマン、劇画タッチで縄張り争いや、マーキング。猫は問題解決能力に優れ、見て覚える能力が高い。そんなわけでなめ猫が、織田信長の代わりに全国統一を果たしたりした。強く、美しく、しなやかな柔媚さを備えながら、サザエさんの家でお魚を盗む仕事に精を出し、ドラえもんのどら焼きを盗む仕事で空き巣テクを身に着け、雨の時には車の下に隠れたりもしていました。しかしいまは、店に就職し、ナンバーワンを目指す、職業型アイドルマスター、シンデレラエクスプレスキャットの時代。もちろんシャンプーや爪切りブラッシング、食事やおやつまでいただかなければ家出してしまう、猫。台湾発祥の猫カフェだが、それはそっくりそのまま、台湾発祥のウィルス性の流行り病のこと。ニャーゴニャーゴニャーゴ、と言えばそれは大体病気。木管楽器のような演奏(?)僕もね、女の子にモテるよりも必死に調べた。というか、女の子に求める要素がこみこみプラン。猫は時速四八キロで走る、平衡感覚、柔軟性、瞬発力に優れ、蛇さんと遊んでいる動画もあります。オス猫左利き、ホモしようぜ。メス猫右利き、俺の愛人になってくれ。寿命は平均十五.三歳。ところでここだけの話、前世絶対猫だったと思うニャー。猫は一日の約七〇パーセントを寝て過ごすし、日本で一番人気な猫種はスコティッシュ・フォールド。しゅきしゅきホールド(?)しっ、うるさいと人懐っこい猫でもストレスが溜まるニャー、腰を落とすニャー、身体を小さく見せようとするニャー。 そして女神に近づく際には、円を描くようにさりげなく近寄るニャー。ヒゲの向きはめっちゃ重要ニャー、全国テストで名前書き忘れるよりも恥ずかしいこと。ピンと立てていたら嬉しい、ダランと垂れたら退屈時かリラックス時。顔いっぱいに広げたら警戒、頬にピタッとくっついたら恐怖。キュウリに飛び上がって驚くニャー、蛇に似ている長くて細い物に対し猫は恐怖心を感じるニャー。何だこの変な歩き方する奴はと思われニャがらも、声を高くし、手を上からじゃなく下から出そうとしたニャ。猫界隈ストリートでは、「鼻と鼻を近づけて匂いを嗅ぐ」のが挨拶の作法。いわば仁義、手刀を切りながら啖呵を切るようなもの。儒教の中心になる礼は抜いても、仏教の戒律を抜いても、この挨拶の作法は欠かせない。人間の場合は、鼻のかわりに人差し指を差し出して、嗅いでいただくことで挨拶がわり。指先にチュッと鼻がくっついたり、スリスリしてもらえたら認められた証。ウッヒャーとか思いつつもドッヒャーしてはいけない、三分間はシリアスブレイク(?)三分間はミラクルカップラーメンタイム(?)あわよくば猫先生が近寄ってくる。お尻には神経がつどいの広場しているので、撫でると尻尾を立てるので優しく撫でるニャー。かもめさん、疲れてるの?しかし一体、本当、なぁぜなぁぜ、なんなのであろうあの高級な毛玉の生き物。二十年間、アラスカ州の小さな町、タルキートナの町長は猫先生だった。.世界で一番大きい猫は一二〇センチで、世界で一番お金持ちな猫は亡くなった飼い主から、二六億円のはした金を相続。古代エジプトでは神、そこは、おキャットタウンだった。猫がすべてを作った、というか、最初にまず、猫があった。夏目漱石の神経衰弱をやわらげ、梶井基次郎の病気の治療にもつとめたのも、多分、猫(?)指を滑らせるたびに生物の仄かな温もりと、モフモフの繊絨の手触り。咽喉を鳴らし眼を瞑り、小鼻をふるわせて啼いているあの生き物。なんと美しいビブラート歌唱法。猫がゴロゴロと喉を鳴らすのは、リラックスしている時や幸せを感じている時、飼い主への甘えや要求。リラックスや幸せな時は「中低音」で、甘えや要求がある時は「高音」苦しい時や怯えている時は「低音」でゴロゴロと音を出す。またゴロゴロ音は二五ヘルツの低周波で、幸せホルモンと呼ばれる「セロトニン」を分泌させる効果がある。そして人間という下等生物が進化の過程で落っことした、あの耳や、尻尾の不思議な動き。退屈なのであろう両足を前へ存分伸ばして、首を低く押し出して欠伸をするあの生ける癒し動物の極致。カフェイン中毒珈琲一杯分でお陀仏の猫様を尻目に、飲み物を注文しながらほとんど飲まず、抱っこを禁止、食事中に触るの禁止、あとウィルス伝染防止のため、はしご酒禁止と知りながら、「生きているだけでいい」とファン心理、押し活の究極真理へ達し、あわよくば肉球にタッチするというところの、握手サービス、ファン活動に忙しく参加する。なんだったらもう頭の上か、背中の上でも休まれよという、普及活動をする憐れな人間という失敗作たちの下僕が集う場所、それが、猫カフェである。猫カフェ動員の傾向では、二十代の男女が多く、四十代女性、三十代女性の利用率が高い。可愛いは正義というだけではなく、保護猫カフェもあり、新しい飼い主を探す場ともなっているが、都市伝説レベルのデマ、人間奴隷化計画順次遂行中。いわばそういう、ドラゴンクエストモンスターパレード(?)そして最終的に人間は髪の毛から四つ耳を生やすことになる。おかしいと最初は気付く、デッサン狂ったかなと気付く、でも髪の毛から次第に二つのモフモフの耳が現れることになる。残業可哀想だよ、塾可哀想だよ、通勤可哀想だよ、いえいえ、やられてやられてここできっちり元を取り返す(?)マゾヒズムアンダアスタン、可愛いは正義だ、ノープログレム。二月二二日は「にゃんにゃんの日」バレンタインかよと言いながらバレンタインにも行き、ホワイトデーにも行く、そして二月二二日にもとりあえず行く、それが信者のお仕事。ラオウも言った、我が猫生に一片の悔い無し。ってどういう意味かってあなたもまだまだですね、肉球スタンプラリーしようぜってこと(?)
2024年03月06日

自民党から第三者監督機関が示唆されている、 政治献金だが、政治と金の問題は根深い。 お代官様と越後屋のやりとりを時代劇のお約束として、 記憶している僕等は袖の下を一つの文化だと理解しているのだ。 「匿名での献金が禁止されているかどうか」 「公営企業からの献金が禁止されているかどうか」 「外国からの献金が禁止されているかどうか」 という三つの観点で、OECD(経済協力開発機構)は、 二九カ国を対象に調査した結果をまとめている。 この中で、三つの項目をすべて規制しているのは一四カ国。 日本は、匿名の献金だけが許されている。 二〇二二年分の政治資金収支報告書によると、 自民党の政治資金団体「国民政治協会」に、 一千万円以上を寄付したのは五三社。 自動車や電機などの製造業のほか、 商社や建設、銀行や証券など金融各社の名前も並ぶ。 トップ十に入る各社に寄付の目的をきくと、 経団連会長を送り出す一位の住友化学は、 企業の社会的責任や自社にとっての意義などを、 総合的に勘案すると説明。 東レは、産業競争力強化の政策を提言できる、 政党・政治家の支援・育成」と答えた。 ほかは「社会貢献」や「社会的責任」との表現が目立つ。 悪意を持って書いているわけではないが、 抽象的なポエムのような内容だ。 何だか宗教的な現れすら感じさせる一齣である。 さざれ石の巌になる君が代。 ユーチューバーのヒカルみたいに、 馬鹿正直に答えてくれるとは到底思えない質問だが、 忖度があって、企業利益になるから寄付をするに決まっている、 と断言してしまうことは活け花の余白、枯山水の庭園みたいだ。 再三再四の陳情があって献金があると違法性は強まる。 ただ、企業献金ではなく、直接税をかけるようになると、 企業は国外へ逃亡するというジレンマがある。 中心構造ではなく、中空構造みたいな、 全体のバランスで保たれている日本の姿が見えてこないだろう―――か。 ノーコメントだった企業もあるが、 迂闊に答えられないという事情もなくはないだろう。 自民党の裏金事件を契機に関心が高まる企業献金―――。 もちろん政治献金があると、 多く払ってもらったところに忖度する政治が行われる。 予算配分、税制優遇、規制緩和など、だ。 政治献金の自由度を高めると、資金を多く持っている者、 寄附をする者の影響が強くなる。 それが社会というものといってしまったら、産業の硬直化や、 不平等な市場環境ができてしまう。 僕は政治のことを考えていると、ニューヨークのアパート代が、 めちゃくちゃ高い話を思い出す、眼ん玉ぶっとぶからね、 で、アパート代払えない人は危険承知で車で寝る、 場合によっちゃ野宿するかもみたいな話をね。 悪いことに眼を瞑ろうっていっているわけじゃないけど、 アメリカでは多額の個人献金がある、これまた眼ん玉ぶっとぶ、 西欧の錬金術さながら、不老不死やら宇宙進出やらね、 政治っていうのがお金なんだって分かり易く表現されてる。 お金なく理想を言えるのはアート、これは生き方や考え方だ。 固有信仰と骨抜き受容、政治っていうものがなくなったら、 その日から様々な困難が待ち受けている。 とりあえず立法を司法が吸収する形になるわけだけど、 では、そこにおける最大の問題点とは何だろう? 簡単なことだ、最初から始めなくてはいけないということだ。 政治がなくなると法的な根拠が失われる。 ところで、政治献金というものがなくなった場合、 政党交付金で賄わなければいけなくなる。 現在の政党交付金は前回の国政選挙の結果をもとに決められている。 当選した議員の数と得票数だ。 でも、前回の選挙に出ていない新党が出る場合、 政党交付金をどう設定したらいいのか考えなければならない。 それでは仮に新しく出てくる新党のことも考慮して、 各政党に一律に同じお金を配るとなると、 それを目当てに多くの人が政党を立ち上げたり、出馬したり、 財政的な問題も含めて収拾が付かなくなる可能性がある。 候補者の数が違うのに、 どの党にも同じ金額でいいのかということも当然問題になる。 政党交付金のシステムを新たに作り直すことで、 改善できるかも知れないが、現状では、政治献金があることで、 こういった歪みを埋め合わせている。 新しくサイズの小さな党は、 政治献金で支えられている場合が他党より大きい。 ちなみに献金者としての情報が公開される規模の献金を大口のもの、 献金者の情報が公開されない規模のものを小口の献金という。 日本の場合、五万円を超える献金の場合は、 名前を公表する必要がある。 政治資金パーティーのパーティー券の場合は二〇万円が基準。 ちなみに五万円あったらハイブランドの小物が買える、 テントも買える、駄菓子だったらえーと、ひい、ふう、みい・・。 二〇万円あったら、ブランドバッグ、豪華ホテル旅行、 電化製品、えーとあと駄菓子だったら、ひい、ふう、みい・・。 日本では、政治献金をした人は寄附控除を受けることができる。 確定申告の際に所得控除が受けられる。 ただ、寄附控除を受けると、政治資金収支報告書に、 献金した人の名前や住所が記載され、公開される。 政治をめぐる議論というのは、場合によってはデリケートで、 職場などでは話さない人も多い。 名前や住所が公開されるとなると、献金する側を萎縮させる。 申告した人間と監督官庁の間で情報の共有があれば、 許可された範囲を超えて献金をしていないかを、 チェックするだけで十分のはずだ。 そもそも、「政治資金収支報告書のデジタル化」が遅れていることや、 いわゆる「健全な圧力」と呼べるような予防装置が、 日本にはないことも指摘できる。 前者は、日本でも政治資金収支報告書は公開されているのだが、 紙でやり取りしているものをスキャンして、 収支報告書をPDFで公開しているに過ぎない。 結果として、その内容を収集して分析するということが難しい。 有権者の側からすると、今でさえ政治家の情報はとても少ない。 国政はまだいいけれど、地方の町長、村長、市長、市議会議員になると、 その人達の情報はどこまで報じられ、 有権者の眼に触れる機会を得られているのだろうかという疑問は残る。 それは日本の湿度とか、風土性を感じる一場面かも知れない。 国民の為に奔走している政治家に中々スポットライトがあたらない、 余白の美学みたいだ。 アメリカやイギリスではデジタル化されていて、 献金した人、献金を受けた人、献金をした時期など条件を決めて、 CSVでデータを取得することができる。 このような形でデータを公表してもらえると、 検索や分析が非常に容易になる。 全然関係ない話だけど、僕はフリーフォトを、 四〇以上の有名ストックフォトサイトから日本語で、 横断検索できるサービス「O-DAN(オーダン)」というのを、 かなり前から使用させてもらっている。 きっと政治資金収支報告書を、 こんな風にしたいんじゃないかなと想像する。 もっと温度や、幅や、イメージの形を掴めるようにすることが、 求められている時代なのかも知れない。 とりあえず政治家がしなくてはいけないのは、 顔を隠して、adoを見習うことだろう。 四十代は顔に責任を持たなくてはならんのだよ、 だから萌え絵さながらの秀麗な絵で登場する。 ごめん、いまのなしで、カットしてね、冗談だからね。 さて、こほんこほん、咳払いして、 あー、咽喉がいがらっぽいぞー。 後者は小口個人献金システム「WiN JAPAN」のような試み。 開発と運用を担うのは、SNS動画やウェブサイト制作、 選挙マーケティングなどを手がける、 IT企業のJapan Pride(東京都大田区)による個人献金。 便宜供与の余地がなくなれば、 献金主は使途や明細の開示を求めるし、 政治家にはそれに応じる義務と責任が生じる。 よって、資金の流れは完全に透明化される。 個人の寄付が重要視されるようになれば、 前述した公表も変更されるだろう。
2024年03月05日

ひどい名前をつけられて改名するというのは結構数あるらしい。芸能界や、少女漫画さながらのキラキラネームで、いじめに遭ったという子供もいる。もちろんそれがいじめの要因かは別として、(その子供自身の資質というのも残念ながらある、だって、キラキラネームでもいじめられていない子供もいる、)またそんなことでいじめが起こる事自体、言語道断だとは思うが、当事者にとっては根強く残るトラウマになる。ファンタジーアニメに出てくるキャラクターに、ひどい名前をつけたからといって別に誰も困らないが、子供にアヘ顔ダブルピースと名付けるのはいけないことなのだ。ただ、英語のスラングのせいで、どう見てもシモネタになってしまう名前の人はいる。前に熊にティンティンと名前をつけられていた。文豪みたいに立派すぎる名前、山田太郎のような凡庸すぎる名前もコンプレックスに繋がるので、(でも外国へ行けばそのようなしがらみはないのだが、)ここはやはり両親の腕の見せ所というやつなのだろう。そうは言いつつ、有名人の名前を拝借したりしてね。一体お前何しているのかと言われそうだけど、前に英語のスラングこみこみプランで、シモネタだらけの外国人の名前というのを見たことがある。洋楽を聴きながら、いい歌だなあと思っていたら、日本語訳読んで耳まで赤くなるようなこっ恥ずかしい歌詞みたいなね。他にも、スーパーヒーローの名前とか、著名人の名前をくっつけた騒々しすぎる名前とか、ね。スウェーデンでは、宗教的な名称や。キラキラネームに罰金が生じるよう改正されたり、ニュージーランドでは毎年、拒否された名前のリストが公開される。一種の中二病みたいな名前だったんだろうな。ブラジル人の苗字は長く、両親両方の苗字、さらにはおじいさんやおばあさんの苗字まで引き継ぐ文化がある。歴史の先生に聞いてみよう、ザビエルの本名は?「フランシスコ・ジャッコア・アスピルクエルタ・イ・エチュベリーア」美術の先生に聞いてみよう、ピカソの本名は?「パブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピーン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」そしてあなたも立派なスタバ魔法詠唱資格を有したことになる。さて、名前の話はともかく、僕は妻と別姓で夫婦になっているわけなのだけれど、これは彼女が中国人だからだ、日本では不可能、(と、調べていて知った、)僕自体、何のこだわりもないおそらくかなり珍しいタイプなので、「妻に自分の家の名字を名乗らせたい」とか、「旧姓でいたい」という気持ちもまったくなかった。「妻の名字名乗ってもいいよ」とまで思ったかも知れない。とはいえ、社会的にはまだまだ、妻の名字だと笑われたり、馬鹿にされたりする例もあるらしい。仮にそうではなくとも、「婿入り」するのねという見方をされたり、「よっぽど格式がある家」という考えから外れることはない。とはいえ、昭和や平成ならまだしも、令和の時代、実にけしからんことだなとは思うけれど、こういうのがまだ通過儀礼として残っていて、残骸や破片になりきっていないということを表す証左だと思う。また法的に違反もしていない。そもそも婚姻における妻の名字の変更という発想自体が、家父長制、家制度、なんだったら男尊女卑の名残であることはいうまでもない。これは戸籍にも反映され、戸籍の一番上にくる人物を「戸主」(現在でいう筆頭者)とし、その家族との間に服従、監督関係をつくろうとした。戸籍の中の序列が家庭の秩序を守り、ひいては国の家長である天皇と国民の秩序が保たれると考えていた。その中に「家の財産と戸主の地位は、原則として戸主の長男が継ぐ」という秩序がある。女性は夫の「家に入る(=入籍)」ことで結婚し、夫の家の呼称である氏を名乗るようになる。日本の場合、嫁入れ制度というのが三〇〇年ほど続き、女性は結婚すると男性の家、一族のメンバーになると考える人が多かった。結婚式よりも敷居を跨ぐ、顔見せなどの結納の方に気を遣った時代である。しかしいざ“名字”や“家”にまつわる固定観念の場面に立ち会えば、これは重いものになる。おそらく今現在の誰でもそうだろうと思う。名前だってトラウマやコンプレックスになる。名字ともなれば背景はもっと複雑多岐なものになり、先祖とか、名前の由縁とか、商売上によるものなど、様々な思い入れというのが通常あるものだからだ。僕の知り合いにも、遠縁から名字を継いでくれないかと言われていた。かなり珍しい名前を残したいと考える高齢者はいるようだ。ベートーヴェンの『運命』と呼ばれる交響曲第五番は、生みの親のベートーヴェン、ドイツでは『運命』という語は使われていない。じゃあこれは何なんだと思う、頭痛くなるよね。名字ごとき、名前ごとき、と笑えなくなったら、じゃあ結婚を止めにしようということになるのだろう―――か。対等であるはずの人間関係の中に、序列による服従や支配を持ち込めば関係を歪めてしまう。たとえそれが無意識レベルでも、印象の世界にすぎなくとも、だ。男性のプライドから妻の名字の姓になるのは世間が許さない、というようなことを言ったらジェンダー社会では叩かれるだろう。ただ一定数こういう人達もいるだろう。ただ、ジェンダー抜きの、フェアな物の見方をするなら、それぞれがその名前で生きてきたのだから、別姓であるべきだというのはいうまでもない。最低それを選択して何か困るということはない。また名前の変更に基づく作業は煩雑きわまりない。実際、大抵の人が名字を変えたくない理由はこれだろう。奥さんだって普通にそう言った。僕は財布を無くして免許を取りに行ったり、パスポートの取得のために地元へ赴いたりしたことがあるのだが、これだけでも面倒くさい。譬えとして不十分ではあるけれど、名字を変えるというのはもちろんこれよりずっとしんどい、ということは一定数の人には理解できる。免許証やパスポート、銀行口座などあらゆる名称変更を余儀なくされる。それに伴って紐づけたクレジットカードの名称変更、さらにはインターネットのID変更など、芋づる式に対応事項が増えていく。こんなことに有給休暇を取っている馬鹿馬鹿しさは辛い。ハネムーン止めて、一緒にお前もついてこい、と言いたい感じだろう。将来的にはやはり一つ入力するだけで、すべてのものがそれに切り替わるようなシステムを作らなくてはいけない。役所仕事にお金貰わずに付き合う道理がさっぱりわからない。とはいえ、意図がある場合もある。たとえば、企業を経営する一族の跡継ぎに女性しか生まれなければ、その娘の夫に跡を継いでもらうのはよくあることだ。しかし、その男性が急に会社で実権を握るのは、実務でも、人望の面でも難しい。そこで名字を使って、従順の意を示すのだ。あるいは、毒親や、実家と折り合いの悪い人が、妻に婿入りする形で引導を渡す、縁を切る、という風に解釈している人もいる。当たり前のことだけれど、様々な家族がいる。普通の家族なんて探す方が難しいはずだ。そんな時、僕はテレビの大家族スペシャルとか、天皇家のことをふっと思う。男性が名字を変える利点はこういうところにある。そうすることで色んなことがやりやすくなる。しかしそこにもやはりトラブルというのはあるものだから、事実婚、内縁の妻、という言い方もジェンダー的に引っ掛かりそうだが、そういう選択をする人達もいる。皺寄せ、歪みなどをなくすにはこれしかないと考える人もいる。法律はあくまでも法律にすぎない、好きな男女が一生傍にいるのに婚姻の手続きはいらない。もちろんそうだが、事実婚の形態の場合、相手の同意が必要となる離婚の必要がない。抜け道だらけだ。さらに子供がいれは単独親権になってしまうし、配偶者に相続権や所得税の配偶者控除がない。きちんとした人、優しい人、物がよくわかっている人でなければ、事実婚は女性の不利益に繋がる。いや、愛し合っている二人を重視するあまりに、ややもすれば簡単に縁を切れてしまう危うさを持つ。成り下がる、という言い方もできる。実際、妻の名字に改名した後でも、ビジネスの場面ではビジネスネームを使うという人もいるようだ。女性の中には婚姻における名字の変更が、不利益につながると感じている人も多いし、またそれを知っている人も多い。では男性はどうかといえば、やっぱり不利益を感じている。妻の名字を名乗ることで出世に響く。仕事を辞めるんじゃないかと思われるようだ。ビジネスの場面では、契約書での名前や判子などだ。状況に応じて、二つ持ち合わせるという人もいる。外国のホテルに泊まる時に名前を間違ってしまい、証明するのに手間がかかり、以後、古いパスポートを持ち歩くようになったという人もいる。ちなみに法務省が令和三年に実施した、「家族の法制に関する世論調査」の結果では、夫婦の名字の在り方に関する設問について、「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した方がよい」と答えた方の割合が二七パーセント、「現在の制度である夫婦同姓制度を維持した上で、旧姓の通称使用についての法制度を設けた方がよい」と答えた方の割合が四二.二パーセント、「選択的夫婦別姓制度を導入した方がよい」と答えた方の割合が二八.九パーセントになっている。
2024年03月05日
死者を送る仕事に「湯灌師」というのがある。湯灌・死化粧・納棺は、遺族の眼の前で遺体に直接触れる仕事だ、技術や接遇が未熟であれば、故人と遺族との最期の別れを台無しにしかねない、とても大変な仕事だ。 *旅の行き先が北というと歌謡曲みたいだけれど、雪の降る街、名も知らぬ街の海鳥、そして恋に破れた女。というのはステレオタイプすぎるが、遠い昔から“流離い”というものがある。スサノオの流離譚、業平東下り、かぐや姫、光源氏も須磨明石を追われた。民俗学では貴種流離譚と呼ばれるが、西行も芭蕉も一体何を見ようとしたのかというのは、興味深い。 *そういえば「湯灌師」と似ている仕事で、これからの葬儀のスタンダードとなるかもしれない、年々仕事が増えていると聞く、「エンバーマー(遺体衛生保全士)」という仕事がある。 *もののあわれ、わびさび。たとえばそれは“蜘蛛の糸”や、“蝉”や“蛍”だ。“水の泡”という言葉もそうだろう。“竹”や、“春のあけぼの”や“花吹雪”もそうだろう。日本人の情緒には、時と共に儚く移ろい去るものへの視座がある。そんな時、陰旋律の子守歌がばっと甦る。和歌的な抽象の世界、花柄の絵札、波と千鳥・・・。イメージって一体何だ?イメージって一体何だ? *日本でエンバーマーになるには一般社団法人 日本遺体衛生保全協会(IFSA)が認定する、養成学校に通うか、海外に留学して学ぶかのどちらかの方法しかない。現在、IFSAに認定されている日本のエンバーマー養成校は、神奈川県にある日本ヒューマンセレモニー専門学校のみ。この養成学校で一般教養や葬祭学、遺体衛生保全、実習などを二年間学び、必要な知識や心構え、技能を学ぶ。卒業後はIFSAのエンバーマー資格試験を受験する。国家資格ではないものの、(今後そのようになっていく可能性はありうるが、)エンバーマーに求められる、知識や技術を持っていることの証明となる資格だ。医学、解剖学、組織学、公衆衛生学に、化学に、葬儀の知識など多岐に渡る・・・。もちろん、エンバーミング処置の歴史を学んだりする。古くは埃及の木乃伊、今現在のスタートは南北戦争という向きなど。法医学教室の助手になったり、先輩と一緒に葬儀の化粧直しをすることもある。あらかじめケアしたい部分を重点的にやるわけだが、遺体を消毒、洗浄し、遺体の顔を整え、血液を抜き防腐液を注入する。防腐溶剤には色素が含まれていて、遺体の色が明るくなる。切開部分や傷痕を縫い合わせ、修復し、全身洗浄して衣服を着せ、死に化粧をする。 *結婚式は神道、死んだら仏教という昔の日本を思い出す。宗教に対する考え方で無神論者の人は、「神を信じていない」のではなく、「宗教に対する考え方」そのものが育っていないことの証だ。宗教を本当の意味で実践している人は、そこに『愛』や『自由』や『世界平和』を感じる。いやいや、新興宗教、カルト宗教、なんか気持ち悪い。零細企業みたいだ、抽象記号みたいだ、幕藩体制みたいだ、―――僕は短いポエムでいうところの俳句や短歌や川柳を思う、広告にはこのような短いセンテンスがある。複合文化だ、西洋の科学を取り入れて進歩している、バブルがはじけた、高度経済成長は遠い昔に終わった。スピリチュアルでエバラ焼き肉のタレし、その肉の塊はとある葬儀の席でスピ発言を連発した。イメージって一体何だ?イメージって一体何だ? *エンバーミングにより処置が施された遺体は、約一〇日から二週間ほどその姿を保つことができる。遺体の損傷が激しい場合、災害などで火葬がすぐにできない場合、海外や、辺鄙な場所まで移送する場合などには、必要なケースとなる。これが一五万円~二五万円ほど。損傷が激しい場合などは、もちろんこの目安にはあてはまらないし、普及すればするほど価格も上がっていくだろう。またエンバーミングは処置を行う上で厳格な基準が設けられていて、医学的観点から節度をもって施されるので違法にはならない。差別や偏見も徐々になくなりつつあるのだろうが、「湯灌師」ともども、イメージというのは悪いらしい。 *なんかちょっと前にマドンナが日本へお忍び旅行に来て、東京駅で買ったお弁当に感動したという話を思い出していた。外国のお弁当は味気なく、詰め込んだだけという感じなのだが、日本では色とりどりで、アートとか、そういう絶賛をした。その後、公園へ行ったら日本人たちがキャラ弁を食べていて、ものすごく興奮したとかいう話だ。外国でも日本式の弁当が売り出されているんだよという、水戸黄門式の動画だった。近頃外国人から見た日本とかいう向きの動画が増えた。日本という国を海外の人から見直そうとでも称して、ハクでもつけたいのかなと思う。外国人から見た日本。日本人から見た日本。永遠というものが存在しない日本、死はおそらく旅なんだ。阿片を栽培するみたいな宗教、自殺してしまう人が世界中で多い。田舎から上京した子は、お祭りでもあるのかなと思う。やたらめったら高い家賃に辟易し、何でもある上にさらに何かが始まろうとするようなものが、たとえば中国回帰の香港みたいにあった。僕は何処かの本の記事をよく覚えていて、何故だかすごく、胸が熱くなったのを覚えている。ねえ、一体このどうしようもないものに、絡められてゆくようなものはルサンチマンなのか?イメージって一体何だ?イメージって一体何だ?
2024年03月04日

「代替肉」と「培養肉」が注目を集めている現代。お肉ばかり食べていると体臭が強くなる事実は、皆様も経験的に理解しているはず。肉ばかり食べてしまうと身体に悪い、偏った食事が身体に悪いのは何となく気付いているもの。必要な栄養素は動物由来の過熱したお肉、フレッシュなお野菜、そして魚介類、フルーツ、木の実、卵、穀物などを多様な食材からバランスよく摂取する必要がある。面白い実験があって、肉ばかり、野菜・果物ばかりを十二週間ほど、一卵性双生児の人にやってみたというものがある。おそらくみんなが一番知りたいことだろう。肉食は血糖値と活力が不安定になり、野菜食は腸内細菌叢の多様性が低下した。分かり易く言えば、病気になりやすくなった。何となくわかっていることが眼の前に出てくると、面白くもあり馬鹿馬鹿しくもあるけれど、どちらかだけじゃ駄目だよねっていうことを教えてくれる。ついつい肉ばかり食べてしまうという人もいるが、気を付けないと、深刻なビタミン不足になる。ビタミン不足は身体のありとあらゆる不調と関わっていて、精神疾患との関連性も指摘されている。それがたとえ言い過ぎであると思う人であっても、植物性の食材を摂取することにはちゃんと意味がある。植物性の食材自体、草食動物でもない僕等がかろうじて食べられるもの。そこには必然的な理由が存在し、食物繊維が多く含まれているからだ。食物繊維は体内に生息する腸内細菌の餌となり、その増殖を助けることで、腸内細菌の健康的なバランスを維持してくれる。考えようによっては、腸内細菌に指示されて野菜を食べているベジタリアンみたいな、ホラー映画作れそうだよね。最終的にエイリアンのように腹を食い破る。じゃあ肉ばかり食べればどうなるかといえば、悪玉菌と呼ばれる特定の細菌が増殖し、硫化水素、アンモニアなどの有害な代謝産物が体内に溢れ出す。肉食動物なら全然平気だけどね。彼等は口だって違う、肉を切り裂く鋭い歯を有していて、顎の構造も獲物を逃がさないように上下にしか動かない。一方でわれわれ雑食動物は鋭い前歯、平べったい奥歯の両方を有していて、顎も運動の自由度が高く、様々な食材をすり潰す能力に優れている。身体の内側にも興味深い違いがあるお口が入口、尻が出口という一本の消化管で、肉は植物よりも消化されやすいため、肉食動物の消化管は一般的に短く、たとえば猫の場合は、その消化管は体長の四倍ほど。一方で植物は肉よりも消化されづらい特徴があるため、草食動物の消化管は長く設計されており、牛の場合は体長の二十倍もある。雑食性である人の消化管は体長の約五~六倍ほどであり、肉食動物と草食動物の中間的な長さとなっている。でもそんな話を抜きにしても嘘が多いこの世界、赤身肉が健康に良いということを示唆する研究は存在しない。赤身肉に含まれるヘム鉄が二型糖尿病のリスクを高める可能性、赤身肉を頻繁に食べることが、結腸直腸ガンのリスク増大に強い関連性を持つという、研究結果も存在するのだ。またグラスフェッドは牧草中心で育てられた家畜を指す単語だが、牧草だけを食べているわけではない。(しかし本当にそう信じている人がいる、悪質なのはダイエットビーフと称するところ、)グラスフェッドとして表記された牛は、牧草に加えてトウモロコシや大豆や大麦や穀物なども、食べて育っているので、グラスフェッドな肉とそうではない肉は、栄養的に大きな差は存在しない。そしてそんなことをいちいち説明してくれる人がいない。そしてどんな研究成果も絶対的に正しいかどうかを知るには、それの裏打ちの実験が必要になる。ボールを百回壁にあてるのは誰でも出来ると思う、簡単だよね、でも壁に円を描いてそこにあてようと思ったら出来ない人も出てくる、一定のスピード、時間制限を設けたらもっと脱落者が出てくる。研究成果は何年もかけているかも知れない、優秀なメンバーもいて、もちろん人を騙すような連中じゃない。でも、それが僕が言ったように様々な制約を設けるという、ふるいの中でも成立するかどうかはわからない。肝に銘じてほしい。ファストフード店のサラダが、サラダとは思えないほどカロリーが高いようなものだよ。悪魔の囁き。とは言いながらも、栄養価が高い肉というものを、健康的な歯でがっちりと噛み締める喜び、その深い旨みと豊かな味わいは、そう簡単に野菜を上回らない。ジューシーなステーキが口の中でとろける瞬間は至福。生きとし生けるものの糧とは、やはり生物を殺す残酷さの中に成り立っているのだ。食物の味は、ギリシアの哲学者デモクリトスが、二千年も以上前に食物が出す原子の種類だといっている。物質が溶けて、その物質の原資が遊離していなければ味が感じられない。純粋な意味の味とは存在しない。舌は甘さや辛さなどだけではなく食物の目方、きめの細かさや粗さ、温度、柔らかさなどの総合的な要素として味となるからだ。さて、テクス・メクス風ステーキ、カルビ風ステーキ、スペイン風ステーキ、カンパオ風ステーキ、ブラジル風ステーキ、モントリオール風ステーキ、北アフリカ風ステーキ、イングリッシュ・パブ風ステーキ、カルネ・アサダ風ステーキ、マレーシア風ステーキ・・・、え、まだ食べたことがないの?食にうるさい日本人が、ご冗談を。ステーキはメイラード反応という褐変プロセスが起こり、肉に含まれるアミノ酸と糖が高熱に反応して化学変化がおき、ピラジンやフランといった分子が生成され、香ばしい匂いの発生に寄与する。特にアルデヒド、ケトン、アルコールといった、分子が混合することで人は、「肉のいい香り」を認識する。科学式による飯テロ、食欲減退しそうだよね、これが本当のダイエットかも知れない。食肉のおいしさの要素は、柔らかさ、旨味、風味。焼き加減にはコツがある、加熱しすぎると、肉は縮んで硬くなり、肉汁が流れ出て、旨味が失われ、重量も減る。炭火の香り、紀州備長炭なんていう看板もあるね、それは一五〇度から二〇〇度で焼くのが、一番美味しいといわれるからだ。余談だけど、高齢になると、肉を控えた野菜中心の食事が身体にいいと考えている人も多いけど、それは間違っているよ。完全に間違っているとは言えないけど、消化も悪くなり、食欲も減って、かなりあっさりとした食事を、毎日とっている人もいるだろうけど、七〇歳以上の日本人の五人に一人が、たんぱく質不足。また肉には幸福物質であるセロトニンの材料となる、トリプトファンというアミノ酸が多く含まれている。肉を積極的にとることで、セロトニンの生成が促進され、意欲低下の抑止に働く。また男性ホルモンの低下にも効果的。太く短くをオススメしているみたいだけどね。とはいえ、食べ過ぎはやはり禁物。動物性脂肪には飽和脂肪酸が多く含まれており、これは血液の中性脂肪や悪玉コレステロールを増やすから、取り過ぎはただの毒なんだ。ちなみに食肉は屠殺直後は柔らかいが、味や香りが少ない。暫く置くと死後硬直して固くなり、保水性もなくなる。さらに低温で貯蔵すると柔らかくなり、香りや味もよくなる。熟成だ。牛肉は十日、豚肉は四~六日、鶏肉は半日から一日。温度が高ければ短期間で済むが、微生物による品質の劣化を防ぐため塩漬けも必要になる。なお肉は鮮やかな赤みの方が新しいように見えるけど、肉の色は赤血球に含まれるヘモグロビンと筋肉細胞にある、ミオグロビンによるもので、ミオグロビンは暗紫色だけど、時が経つと酸化して鮮やかな赤色になる。とはいえ、近頃は薬品で鮮やかに発色させることもあるので、注意が必要だ。どう注意するのかはわからないけど、とりあえず犬のように鼻をきかせてみたらいいんじゃないかな。で、肉が柔らかくなるわけは、筋肉を構成している筋繊維と、その間に入り込んでいる筋原線維の中にあるカルシウムイオン、あるいはプロテアーゼというたんぱく質分解酵素が、筋原線維の構造を弱める為だといわれている。また保水力の回復もそうした構造変化によるもの。ちなみにプロテアーゼによって味や香りがよくなるのは、たんぱく質が分解されて、ペプチドやアミノ酸が増加するからだといわれている。
2024年03月04日

会場は大歓声をあげ、一つ一つの細部が大きな渦を作り出す。 観客との妙な一体感。 試合準備完了までの数分の間に。 ―――【闘技場】 そこには二人が百メートルほど離れて立っている。 『双方、抜剣』と審判の声が聞こえる。 、、、、、、、、、 ゆりかごのまどろみ。 鞘から引き抜かれる刀身。 ――簡易VRデバイス――。 別名『アクセサリ型VR補助装置兼脳波制御装置』 「(痛みがあるから―――だ・・)」 剣同士の打ち合い、重量や感触、 ダメージを受けた部位の疲労感や身体操作を制御し、 より現実に近い体幹を可能とする。失神も有り得る。 精神的な負荷に安全装置が働くが最悪は死も有り得る・・・・・・・。 筋肉や内臓に影響を与える、 脳はそのポイントを受け容れる、 そして空白や虚無の拡大―――。 ( 恐れ……慄き…… ―――――キンッ、と甲高い金属音が鳴り響く、 海の上を跳ね返った魚の腹のよう。 血管が透けて見えそうな緊張。 (「銀の稲妻・・・・・・ 最初の立ち位置から入れ替わる、一瞬の出来事。 靄を脱いで輝き立つ、剣先はマーブル模様、寝静まった水面の色。 一撃は重い、ポピュラーなロングソード。 位置検出。捕捉。増幅回路。接続。 (「腕」「身体」「踏み込み」「足」) ・・・・・・最も長い剣は二三七センチの蛇行剣だが、 これは現実の話。 大会出場者の中には五〇〇センチを超える、 アルティメット・ソードとか、 (熊みたいなロシア人が鮭を持つみたいな格好で持っていた写真を見たことがある、 二十回を超えた大会の初代王者・・) 包丁や日本刀、レイピア、場合によっては特殊な形状の剣もある。 たとえば伸縮自在の剣とかいう、意味不明なものもある。 [デバイス制御という一点に関していえば、非効率的だ] とはいえ、その能力を制御しながら殺し合いをする。 つまり―――“あり” 一見すると中二病大会だが、その実は地獄のような鍛錬を積んだ猛者ばかり。 たとえば包丁は投げると戻って来るブーメラン性質を付与されていた。 あそ め マヂ ・・・・・・そして遊びじゃない、みんな眼が本気だ。 戦闘狂? バーサーカー? 違う、心の中の暗闇に青い棒を投げ込んだような月の光たる常識。 >死ぬのは怖いかってアメリカ代表に聞かれたことがある・・。 怖くない奴なんていないさ、と答えた・・。 >合同訓練中、お互い駒、建前や上辺なく言えば。 世界や宇宙の秩序から外れた場所で無意味な遊びをしたい気分だ、 意味がある、その理由があるというのは―――国家の威信、 つまりは・・・・・・正義が生まれてしまう、宗教だ。 「(戦いは身体のリーチに加え、 剣自体のリーチという基本設定に加え、 修練の賜物からなる卓越した技術と、開放精度、 読みと返し、技の途中から別の技を繰り出す、 最後に飛び道具となる必殺技で決定する・・・・・・)」 「(もちろん鳩尾、頸動脈、弁慶の泣き所など、 人体における急所への理解も重要だ・・・・・・・)」 ―――人間の反射神経を超えた打ち合いが始まった、 速く美しい弧を描く剣の軌跡。 カオス...ブラフ...パルス... 技から構え、構えから技。流れるのは水じゃない、意識、電流・・。 鍔元を握る右手、雲の影、氷の瀑布。 ヘンリー・ダーガーの“非現実の王国”とか、 ジェイムズ・ジョイスの“フィネガンズ・ウェイク”でも、 読んでいるような不思議な気分さ―――。 そんな埃被ったものばかり読んでないで、現実を見な! 叙情的な雨のあと。 まるで鳥の俯瞰、十数メートルの跳躍。 >〇・〇一秒の間に二十二回の剣撃を繰り出す。 >人間の能力開放と密接にかかあった数多の蛇の眼。 そこから飛び道具たる必殺技を繰り出す、 (そこには国同士の開発メンバーがいる、 開発はいわば人体改造レベル、 「人体が蟷螂の能力を持てたら・・・」 「人体が虎や、象のような能力を持てたら・・・」 「―――戦闘マシーンになれる・・」 戦争なき戦争の時代の代表者、肩代わり・・・・・・、 新しいオリンピック―――) 死の商人はアンダーグラウンド―――から表舞台へ、 武器開発メーカー、服メーカーになったとも聞く。 金儲けはいつの時代も同じ・・。 たとえばこの場所は長径一八七.五メートル、 短径一五六.五メートルの楕円形、 面積三三五七平方メートル、 内部アリーナ八六×五四、高さは四八メートル、 推定五万人から八万七千人の観客を収容する、 ―――【古代闘技場仕様】 ・・・・・・西洋のドラゴンとナウマンゾウのような闘いも、 一時期流行った、トリケラトプスVSティラノザウルス、 でも最後は結局こうなった、人は人同士の殺し合いが好き。 ―――長い歳月をかけて到達した、 人間と機械の融合による、新天地、ユートピア・・。 [特徴]-[耐性]-[属性有効度]ならびに、 [特徴]-[攻撃]-[攻撃時属性]で決定する。 、、、、、 、、、 溶けそうな、瞼の奥・・・・・・。 ・・・・・・激しい耳鳴りがする上、脳が沸騰する感覚がある。 身体の中から霊魂でも吐き出すような嫌な気分がする。 脳の開放は身体の皮を引き剝くような痛みを伴う、 ―――格好いい技の裏側だ。平然と繰り出しながら、 その実、何度も失神し、心的外傷を持った奴らの矜持。 最適なパフォーマンス、身体能力の限界の果てに、 精神領域の出番が待ってる。 「(無痛なわけがない、痛みが進化するから、 人類は新しい領域へ踏み出す―――)」 「(二十世紀がもたらした様々な精神を伴う病が、 二十三世紀の今、次元を踏み越える役割を果たしてる)」 知らない―――だろ・・う? ―――少し開けた口から、下唇を噛み、 奥歯を強く噛み締める。 痛覚遮断は存在しない、 痛みのない能力向上は存在しない―――と、科学者の権威は言う。 参加者たちも肯く、鮮烈な斑点のように、 指の先の物質を理解したよう―――に・・。 バンデモニウム・ミラージュ 「阿鼻叫喚ノ蜃気楼ウウウウ・・・・・・!!!」
2024年03月03日

2024年03月02日

車の事故ではドライバーがシートベルトを締めていても、エアバッグがなければ、大きなダメージを及ぼしかねない。様々な声、視点、語りによって様々な遠近法や対位法を作り上げ、人間の生きる時空の屈折を映す車というもの。バイク用はわりかし有名だが、自転車用、歩行者用、さらにはスマホ用のエアバッグもある。近年の車両は運転席だけではなく、助手席やサイドエアバッグ、シートエアバッグなど複数存在する。今現在では地球環境を考慮し、リサイクルやガスのクリーン化、廃棄の容易性などの技術向上が要求されてきている。乗員保護装置としてのエアバッグの歴史は意外に古い、イートン社が衝突時の救命装置として発表した、一九六七年まで遡ることになる。その後、一九七〇年にアメリカで発表された、実験安全車(Expertimental Safety Vehicle:ESV)計画などを通して、複数の自動車メーカーがシートベルトに対する、補助拘束装置としてのエアバッグの開発をスタートしている。ちなみにエアバッグの必要性は、今現在の火薬を用いて起動させる方式のエアバッグの発明者である、小堀保三郎の不遇からも見て取れて、小堀は自動車用安全部品メーカーの先駆けである、タカタにエアバッグを売り込んだが、社長の高田重一郎がエアバッグの部品で事故があれば、会社の存亡に関わるので、そのようなリスクは許容できないと断った、というのが非常に興味深い。タカタを庇護するつもりもさらさらないが、エアバッグの取り扱いというのはおおむねこのようなものだった。もう一つ紹介しよう。アメリカ海軍に所属していた技術者は、現在のエアバッグにあたる安全クッションを一九五二年に設計した。魚雷で用いられている空気圧縮技術を応用して、自動車事故の安全性を高める仕組みだった。彼はアメリカの自動車会社でも働いていたが、会社側は彼の発明を製品化することに興味を示さず、この発明から十年以上経つまで市場に出ることはなかった。初めて彼の発明が搭載されたのは、一九七一年のフォード車だった。世間の声や、周囲の評価というのをあなたは理解しなくてはいけない。それを怠惰とか、卑俗と嘲笑する人も今現在はいるだろう。実際当時の小堀のエアバッグの発明に車関係者から、失笑を買い、相手にされなかったというエピソードがある。一九七〇年代中盤のアメリカ合衆国において、シートベルトの着用義務付けを法制化することに対し、「ロマンがなくなる」などという理由から反発があった。いまでは到底考えられないようなことだが、僕は結構このアメリカ的な物言いが好きである。否、結局のところ、安全に車を運転し、事故を起こさなければ、「ロマンがなくなる」と言ってもよいのだ。実際、エアバッグを外す例もあるし、クラシック・カーにはそもそもそんなものついていないし、つける予定もないだろう。実のところ、常識と非常識にそれほど区別があるわけではない、たとえば迷彩色のシャツや髑髏のシャツはありで、写真プリントTシャツは痛いという理屈が成り立つだろうか?あるとすれば、おそらく傾向にすぎない。卑近な譬えだと言う人もいるだろうが、僕はテスラの死亡事故の話を持ち出せばよいのだろうか?ユーチューブでは、驚くべきことに、エアバッグを電子レンジでチンするという実験があった。ぎょっとして、奇妙な空白の中に追いやられる、ユーチューブ神話の中の一つの出来事である。恥ずかしい連中だ、物も言えないぐらい頭がアメーバーの連中だ。けれどその当時ではそれは奇抜だった、けれど彼等にその先見性を見抜けるだけの眼がなかった。あなたはどうだろう、すぐにこの発明の価値が理解できるか。追及や断案、無条件降伏、保守的な考え、常識のレベルにさえ達していない。否、この馬鹿馬鹿しいまでのもどかしさこそが、安全性とリスクの問題なのだ。そしてビジネスはお金だ、経営はギャンブルではない。しのぎを削って崩壊に近づく、何とも馬鹿馬鹿しい白けた虚無感の最前線。なら同じことだ、すべての会社よ潰れてしまえ、原始時代に帰れ、と言ったらあなたは笑うだろう。厳密に確保されていると思っている先入観、固定観念、ひたすらに意味のない物の見方が大部で、細部に眼が及ばない。すべてを最初の状態に戻したら頭が悪いことは淘汰される。何度も言う、あるとすればそれは傾向だ。―――悪しき傾向である。こんなことを書くと語弊があるが、数学の超難問を収監中の殺人犯が解いてしまうことだってあるのだ。マルクスは大嫌いなのであえて述べたくはないが、道徳の欠片すらもないような識者の例も多くある。何が正しくて何が間違っているのかをきちんと見抜く眼なんていうのを、そもそも誤解するな、百年単位で考えたら半分は間違ってる、千年単位で考えたら八割や九割は違ってるかも知れない。一万年単位で考えてみろ、きっと全部間違っている。車なんて事故を起こすだけの道具だ。あなたは笑うだろう、車や電車や飛行機なんかに乗らなくても、それに代替する発明が僕等の科学力がないだけだ。僕等はまるでサバンナで虎やライオンに頻繁に出くわすように、車を見ているわけだ。発明に失敗はつきもの、犠牲はつきものという側面もある。便利さとは一体何なのだという糾弾と歴史的認識。この物言いが非常識だと言うならどうしようもないわけだが、あなたの常識って一体何だろう?自動車関連の安全に関する研究を行っている、米国道路安全保険協会(IIHS)が実施した実験があり、テスト用の車両として一九五九年型シボレー・ベルエアーと、二〇〇九年型のシボレー・マリブが選ばれ、正面衝突することによって安全性能の変化が明瞭になる。バンパーが外れ、ボンネットが折れ曲がるところまでは同じだが、シボレー・ベルエアはそこからめきめきと車体が潰れ、運的席すら破壊している。その運転席にはエアバッグどころかシートベルトすらない、人体ダミーは天井にぶつかって頭部に甚大なダメージ、膝や足回りにもペダルや各種パネルが激突することで、もはや一命を取りとめることが奇跡のような状況だとわかる。即死案件、よくて半身不随、後遺症は絶対に残るだろう。シボレー・マリブは違う。衝撃をうまく吸収することで事故の際にも、ドライバーや搭乗者を守るための「サバイバルスペース」を、確保するように設計されている。ドライバーの頭はエアバッグによって車体への衝突を免れ、シートベルトが身体をホールドする。表面上は何ともないが、シートベルトによって、肋骨を骨折することもあるし、内臓への深刻なダメージを負う可能性すらもある。ただ、このような事故でも無傷という可能性もある。鞭打ちを含めた後遺症という可能性を、否定できるものではないが、五十年という時間がもたらす歴史的な認識が崩壊し、様々な選択や解釈によって安全性を得ていることがわかる。これからの五十年を想像してみよう。そしてそれはけして難しい想像ではない、あなたの頭がアメーバで、ゲンゴロウで、オタマジャクシでなければ、である。ましてそれを車メーカーや、批評家もとい識者がきちんと考えないような五十年など、言語道断である。とはいえ、脅してすかしてやっぱり脅すという、やくざ手法ではいけない、発明には困難がつきまとう上、どんなに安全でも失敗はつきまとう。まるで漫談や落語、ギリシャ神話や聖書のように、民話や漢文のように絶えず繰り返される。たとえば実際に空気を圧縮する装置を使用して、エアバックを膨らませる最初の試みは失敗した。この失敗の理由は主に二つある。一つ目は、スプリングが衝突を正確に検知できなかったこと。そして、二つ目は、空気を圧縮する装置が、エアバッグを膨らせるスピードが間に合わなかったことだ。そこで、ジョイソン安全システムの創始者である、アレン・K・ブリードは、鉄製のボールとチューブを使ったセンサーを使用して、エアバッグを膨らませるための精度を上げるという、画期的な発明を思いついた。普段は、二つの磁石で引っ張られて固定されている鉄製のボールが、衝突が発生すると急停止の勢いで前方に移動し、離れていた回路の間に入って電流を流す道をつなげるというもの。そして、彼の最大の貢献は、圧縮空気の代わりに化学反応による爆発を使用したこと。ブリードは、この目的のためにアジ化ナトリウムと呼ばれる、粉のような化学薬品を使用した。アジ化ナトリウムの特性は、固体の状態で摂氏三〇〇度を超えると気体に変化する。わずか五〇グラムのアジ化ナトリウムで、七〇リットル近くの窒素ガスを急速に生成できる。これによりエアバッグが普及した。けれども、ただし、この設計には二つの大きな欠点があった。まず、アジ化ナトリウムの化学変化後に生成される、ガスが有害な点。これに関して、科学者たちは、硝酸カリウムと二酸化ケイ素を加えることで、この問題を中和することに成功した。もう一つは、前述したタカタの六七〇〇万個にもおよぶ、エアバッグのリコール事件が分かり易い。この事件は、アジ化ナトリウムの、水分を吸収しやすいという特性のために起こったこと。設計段階で漏れがあったり、何らかの原因で、アジ化ナトリウムが水分を吸収したりすると、予期せぬ化学変化が起こり、エアバッグが破裂して、その破片がドライバーに飛び散ってしまう。そのような不幸な事件を避けるために、エアバッグのような部品には乾燥剤が添加され、厳格な品質管理措置が必要とされる。現在、アジ化ナトリウムは、硝酸グアニジンに置き換えられている。湿気に弱くないので、アジ化ナトリウムより爆発性が低く、有害ガスの心配がないためだ。しかしそれでも問題はある、衝突と振動を区別できない問題だ。電気機械式センサーベースのエアバッグは、凸凹の道路や、ちょっとした穴にタイヤが落ちた時でさえ、ときどき誤作動を起こして、エアバッグを開くことがあった。そのため衝突の深刻度をより正確に簡単に検出するために、memsセンサーが、高度なECU(電子制御装置)と共に使用されている。ECUは、タイヤの速度を測るセンサー、ジャイロスコープ、ブレーキ圧センサー、座席占有センサーなどからより多くの情報を受け取る。エアバッグシステムは多くの部品から成り立っているが、基本的には、センサー、インフレータ、バッグ、回転コネクタ(運転席側のみ)、コントロールユニットから構成されている。車両の衝突による衝撃を感知したセンサからの信号が、コントロールユニットを経由して、インフレータを点火させ、発生したガスにより、〇.〇三秒後にはバッグが衝撃を吸収し、収縮する。瞬き一回以内の時間で起こる刹那の出来事だ。またエアバッグがシートベルトと一対のものであるという認識を、忘れてはいけない。エアバッグが正常に作動しながらの死亡事故には、シートベルトを着用していなかったことが挙げられるからだ。そういえば日本ではまず有り得ないと銘打つが、海外では偽造エアバッグもある。グローバル時代である、気を付けたいことだ。余談ではあるが、エアバッグは、標準装備されている車種であっても、いったん作動させると交換に多額の費用を必要とする。これはエアバッグ本体のみならず、センサーユニットまで一式の交換が必要なためだ。また車種、年式、走行距離などの損害の程度にもよるが、エアバッグが展開した場合は全損案件と判断されることが多い。エアバッグの展開を決めるセンサーは、自動車の骨格部分に設置されていることが多く、おおよそ軽微な損傷であればエアバッグは展開しない為、「エアバッグが展開するほどの衝撃なので、修復には相当の費用がかかる」と判断されるためだ。ただし、フロントエアバッグは後方からの衝撃、サイド&カーテンエアバッグは側面以外からの衝撃では、作動しないため、エアバッグの作動しない全損事故も存在する。
2024年03月02日

563かもちゃん、マッチ売りすれば夕方、かもちゃんが、―――マッチ買って下さいダロ。かもめ公園で。只管の理屈もなしに。赤ずきんをして、毛布をかぶりながら。欲望! それは愉快な繁殖。(街ではレストラン、街では渋滞、)田植え! それは優雅な稽古。(美しい忘却を持った雰囲気で・・・・・・)道行く人はくすくすと笑い声を上げ、やあやあ決まってるね、こんばんは、今日は何してるのと話しかけようとしたが、―――マッチ買って下さいダロ・・(声は―――いつのまにか、肺炎を起こしたようで・・・・・・)“見向きもせず”“存在すらも認知せず”(「声」は―――いつのまにか、蝋の融けるような緩慢さで沈下する、下り敷く・・・・・・)“無職者やニート”“全体の動く意志”薫りを思い出せ、花の、「―――マッチ買って下さいダロ。」(いらんかね、いらんかね、マッチ、マッチ、ママッチ、マッチ、パパラッチ、)いまは何時だ、思い出せ、踵をめぐらせろ、―――マッチ買って下さいダロ。(いらない、いらない、マッチ、マッチ、スクラッチ、マッチ、タマゴッチ、)心の底から、咽喉から手が出るほどの、訴求力!―――リフレインは、心の内の妙なこだわり。謗ることは褒めること、世界を徘徊する嗅覚、老芸人!―――冷たい埃を浴びて、影がせわしげにすれ違う・・、リフレイン、リフレイン、つめたくそびえたつ灯台、ほしいもの、ほしいもの、もしもし幻、もしもし幻、いらないもの、いらないもの、―――マッチ買って下さいダロ。狸が突然、滑り台をのぼりはじめた。妖精一号は言った、「これが戦争なんだ!」妖精二号は言った、「お前たち全員キチガイだ!」妖精三号は言った、「アッチョンブリケ!」鳥がブランコに止まり始めた。あまりに止まり木するものだから、あっという間に崩落した。そしていずうさは、木の上で自由の女神のポーズを取った、うさぎ達はそれを見ながら砂場で穴を掘った。「かもちゃんがマッチを売っている」「マッチを売って生計を立てている」かもめーはそのようにして働いた、かもめーは立ち騒ぐ風と波の中の青い焔・・・。火は必要なものだった、自由は必要なものだった、愛はこの街にともされるべきものだっ―――た・・。市長さんはマッチを買おうとしたが、―――売ってもらえなかった。魚屋のおじさんもマッチを買おうとしたが、―――売ってもらえなかった。マッチは見えるけれどけして買えない―――もの、本当の価値は存在しえないもの・・、かもちゃんは、おもむろに蹲り、ケチャップを吐いた、そして腹部から狐が出てきた、それは―――“詩”だった・・。それが―――“詩”だった・・。 *562現代日本は「自立した国」なのか、「独立した国家」なのか?航空自衛隊の人の中には戦争が起きて、特攻というものがあれば躊躇なく志願している、と答える人もいる。それを英雄願望とか、口先で物を語るなとは思わない。誰だって障害物が前途に横たわっていても、およそ畸形な火の霊となるだけの愚か者であろうとも、―――平和な時代とは違う思考がよぎる。現代社会を生きる多くの人にそういう勇敢さはのぞむべくもないが、(ジャーナリストの櫻井よしこは論外として、)自衛隊とりたてて航空自衛隊に所属していれば、「日本の為」にというより、「愛する人の為」になら勇敢に気焔をあげる人がいる。否、僕等だっていざそういう場面になったら、人を殺すことを「厭わない」あるいは「厭えない」かも知れない。ウクライナの戦場が飛び火し日本をも巻き込んだ、侵略が始まったと仮定したら、(そういうことはまず有り得ないというのは別として、)「黙って殺されるか/戦うか」の二者択一の選択を迫られる。もちろん敵といっている彼等だって、マインドコントロールされているわけじゃない。僕等と同じ赤い血を持った、心を持った、人間だ。話せばわかる、という道もあるだろう。捕虜にしたい、被害を大きくすれば賠償は大きくなる。けれど戦争となれば彼等は、向かって来る僕等を本気で殺そうとするだろう。命令があれば、それに従わなければならないとすれば、どんなに馬鹿馬鹿しくてもそれをやるだろう。前々から思っていることがあるのだけれど、「人殺し」というのは運がいいか悪いか程度にすぎない。殺意があってそれを実行するのはもっと少ないだろうが、それが起こりうるということを否定できる人は絶対にいない。交通事故とはそういうものだ。つまり僕が言いたいことは、人を殺すということは、状況次第でその難易度を下げてゆくものなのではないか。人の命というものは、秤という装置があって、はじめて破砕しやすく、壊れ物、危殆とするものではないか、と。特攻隊を題材にした携帯小説というのもある。知覧特攻平和会館というのもある。家族に宛てた手紙に涙する者、無謀な行為であったと否定する者。特攻隊を題材にした映画やドキュメンタリーに胸を熱くする者。きっと、そこには様々な人々の想いというのがある。ただ、特攻隊にばかり眼を向けるのはフェアではない、たとえば、アメリカの兵士も、何故こんなクレイジーなことをしてくるのかと思った。逆の視点で考えて欲しい、被害を大きくすること、状況を悪くすることは眼に見えていたのだ。負傷兵の治療にあたっていた、看護婦も亡くなっている。もちろん戦争におけるレ イプ犯罪は認められていた。勝者への褒美、敗者への懲罰だ。人体実験も行われた。人を殺す兵器の開発。「何の疑問も覚えない」―――あるいは、「疑問の口にすることも出来ない」こんな胸糞の悪いことが、戦争の活動紙幣というものだ。それを熱烈峻厳の革新の気魄というのだろう―――か。偉大なもの、立派なもの、大義名分を持ったものの背後には、いつでもこのような岩を噛む奔湍がある。―――“狂気”が“正気”のような、小さな小さな遊星たちの航海。パイロットは志願兵の頂点だった。中でも戦闘機のパイロットはその中でも特に選別された者だ。パイロットはエリートで、外地では命を狙われやすかった。特攻作戦では、訓練を積んだエリートが、国を守る為に命懸けで出撃して行った、という側面が強かった。とはいえ、出撃した特攻隊員の多くは二〇歳前後の若者。陸軍少年飛行兵学校や予科練習生を経た少年、学徒出陣で動員された大学生もいた。戦争の時代と言える昭和初期に育ち、お国のために戦争に赴くのは当然、戦場で命を散らすのは名誉なことだという価値観の中で生きた。人が一生の内でそう何度も経験できないような、精神の昂ぶりのようなものがそこにあっただろうと推察される。忌避されるべき規範を脱することのできない状況は、屹然として動かない。特攻隊員になることは志願制とされていたが、そこには命令や指名もあり、拒否することはできなかった。その中で、万に一つも生き残る可能性のない特攻を前に、苦悩したり疑問を感じたりする若者もいた。慶應義塾大学から学徒出陣した上原良司さんは、当時の日本という国家に対する疑問を呈しながら出撃した。「自由の勝利は明白なことだと思います」「権力主義、全体主義の国家は一時的には隆盛であろうとも、必ずや最後には敗れることは明白な事実です」「一器械である吾人何も云う権利もありませんが、ただ、願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を、国民の方々にお願いするのみです」ゼロ戦(零式艦上戦闘機)をはじめ日本の戦闘機は、軽量性・航続距離・旋回能力などで、世界水準をはるかに突破していた。だから米軍はドグファイトを避けていた。だが、技術革新体制をテコ入れできず、アメリカにこれらを凌駕するグラマンF6F(ヘルキャット)などを、作らせるアヘッドを与えてしまった。それに日本軍のパイロットの操縦訓練を徹底しなかった。マニュアルもろくなものがなかった。とりわけ燃料タンクに防弾処理がなかったことは、“ワンショット・ライター”と揶揄されたように、いったん火が付けば一挙に炎上墜落する弱点をもっていた。日本の戦闘機は、ある意味では、特攻を義務付けられていたといえる。僕は回天の話を思い出す。出撃すれば必ず死ぬ、鉄の棺桶、あの人間魚雷のことだ。回天は訓練中に沢山人が亡くなっていた、と。成功して死ぬならまだしも訓練で死ぬのは嫌だ、と。僕はそういうのを知っていく内に、いつも疑問を覚える。どうして日本は戦えると思ったのだろう、勝てるなんて思ったのだろうという気がしてくる。高村光太郎なのか、「僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る」なのか。太平洋戦争は一九四一年一二月八日、日本軍がイギリス領マレー半島とハワイ・真珠湾を、奇襲攻撃して始まった。しかし翌一九四二年ミッドウェー海戦や、ソロモン諸島を巡る消耗戦では、熟練搭乗員と航空機を数多く失い、工業生産力に勝るアメリカに軍事力で逆転される。一九四四年六月のマリアナ沖海戦では、四〇〇機もの空母艦載機と空母三隻を失い、日本軍は機動力をなくした。軍上層部は、太平洋で優位に立った連合軍には、通常の攻撃では対抗できないと判断。特攻による体当たり攻撃をするしかないと考えるようになった。そして一九四四年十月、第一航空艦隊司令長官に着任した大西瀧治郎中将が、神風特別攻撃隊と名付けた部隊を編成した。一九四五年三月、沖縄に五〇万を越す連合軍部隊が押し寄せた。日本で唯一の地上戦となった「沖縄戦」の始まり。南九州を中心に奄美群島、石垣島、台湾の基地から、沖縄本島周辺の連合軍艦艇に向けて、数多くの特攻隊が出撃した。特に四月六日には、陸海軍合わせて三〇〇機もの戦闘機、爆撃機が体当たり攻撃を行った。沖縄戦で被害を受けた連合軍の艦船は二〇〇隻以上。そのうち四〇隻以上の駆逐艦が撃沈されるか、終戦まで戦線復帰できないほどの被害を受けた。軍艦は、通常の爆撃や雷撃なら戦闘機や対空射撃、操船によってある程度は防御できた。しかし搭乗員が最後まで操縦し続ける特攻は、容易に避けられなかった。一隻の駆逐艦に、同時に五機の特攻機が体当たりした。しかし史実に基づいた、事実というのは難しい。事実を歪めるような憶測と意見があるものだからだ。それに戦時中は崇め奉られた隊員やその家族が、戦後は軍国主義の象徴として、多大なる批判にさらされることになった。「憲法第九条」の解釈も難しい。自衛隊の海外派遣をめぐる憲法的諸問題。戦争放棄に反して、日本の軍事力。交戦権はどうするのか。遡れば人は何故戦争をするのかという問いかけがある。戦争はまず政治性の中にあり、たとえば人間の心の中の本能や遺伝子にもヒントはあり、それは日常生活にも露見していると思う。僕等は動物なのかという問いかけがあれば、この障害を取り除く方法もあるだろう。一番簡単な方法はやはり星新一のショートショートではないけど、人がそういう考えに至らないように制御してしまうことだ。僕は「PSYCHO-PASS」というアニメを興味深く拝見したのだけど、(たとえばそれは、「マイノリティ・リポート」という映画みたいに、予知夢で犯罪を防止するみたいに、)犯罪に関しての数値は「犯罪係数」として計測され、たとえ罪を犯していない者でも、規定値を超えれば「潜在犯」として裁かれる。そういう管理社会が戦争を防ぐのには有効だろうと思う。そうではない場合、アインシュタインのように、「国際連盟」と「国際連合」といったものが必要になる。僕等は足並みを揃えて、永久の平和を勝ち取れるのだろう―――か。生きては帰れない「特攻」世界で語り継がれている「KAMIKAZE(カミカゼ)」本当にどうでもいいことかもしれないけれど、沖縄戦の陸軍特攻死者数は、東京出身の人々が最も多い。でもそんなことは天から落ちた、大鳥の一枚の羽根のようにふわりとして、枯れ葉のようだ―――ろう。日本の首都・東京が、沖縄と並ぶほど米軍支配の激しい、世界でも例のない場所だという話があり、米軍基地における基地内はアメリカの法律が適用され、制空権における米軍基地上空は飛行してならない。というように外交も経済も米国主導であるということは、「日本人」にもわかっている。日米安全保障条約を結んでいる以上、日本政府の独自の政策判断で、アメリカ側の基地提供要求にNOということはできない。「日本人」なら、もちろんわかっているだろう。アメリカの外交官にさえ、「占領中にできあがった異常な関係」といわれてしまう、僕等の国における平和とは一体何なのだろう。 *561群衆尖っている、辛辣な社会風刺も、反面では許しや弱さに満ちた現状にとどまっているものの言葉だ。本当に興味がない人はそういう言い方をしない。定年退職症候群とか、ラプンツェル症候群とか、造語依存失語症とか知ってる?毒や刺を抜いたら何も残らないロックというのは別として、メッセージ性の強さは次第に広告化する。それがマルチ詐欺の文句に似ている。風邪薬のコマーシャル程度の疑問しかわいて来ない。ここには生存競争の孔雀のような張り合いがある。人目を引くために心にも思ったことのない言葉を、提出する、ある人はそれで心を病む、自分に対する嘘だけは逃れようがないからだ。痛みっていうのが冷たい心臓の上を転がってゆく、長い坂道みたいにデコボコとした驚異の感触でもって、五官は顫えている。世界中で一番傷ついているのは自分だぜ世界中で一番愛を歌っているのは自分だぜ、というような酩酊感は次第に弱くなる、情けなくなる、だってこの世界は或る日変わる類のものではない。過激な発言には物議をかもすもの、炎上商法なんて揶揄されている内はいいけど、殺人予告となってくれば洒落にならない。蛍光ペンで重要なところにアンダーラインさ。そういうことは連鎖する。詰むってことさ。思い通りに運ばないのが世の中だ。利益を損なう一番の障害は人間の感情だ。勝手に祭り上げ、勝手に諦め、そして勝手にコンプレックスを抱く人間の感情だ。届かないものには手順があるはずだ、絶対に。その一つ一つに時間がかかる、でも諦めなければ道は消えない。損得勘定で考えてばかりいるから冷静な判断力が身につかない。絶対届かないと思っていたという根拠が消えたら、お前の言っている神様はただの凡人で、糞野郎だ。でもねそんな奴だというのに、だ。ファンはさ、その人に会いたくて会いたくてたまらない。蚊の鳴くような小さな声、考えてたこと頭から全部忘れる、場合によってはとんでもない失敗をやらかす緊張のオーバーヒート。そんなファンがいる、お悔やみ申し上げますと言いたいファンだけど、本当に好きな人や、胸焦がれた人ならそんな対応になる、ファンサービスや、リップサービスは大切だよ。世界が胡散臭くなり、人がロボットみたいに見えようが、そんなことは関係ないよ、見える人、わかる人が眼の前にいるんだ。 *560チャリ漕いでるピッチピチの、全身タイツに、ヘルメット被ってるおじさんすごいって思った。レーザーラモンの格好思い出したんだ。ママチャリ、女装して走ってる人ぐらいすごかった。それは普通だよ、でもなめくじなんだ、それは。呪いのタンスってのを見た、一〇〇〇ドルって売ってるの、見た目は手彫りでまーどおってことない、だけど、前所有者が悪夢を見るって御触れしてる、じゃあ誰も買わないだろって思うけど、買われた、呪いなんか信じてないんだよ、気になんなら寺や神社へ行くだろう、塩で攻撃する、なめくじか。でも戦うなめくじ、それが社会だってある日ふっと思った。家で猫飼ってるんだけど、お母さんが夕食よって猫と一緒に呼ぶんだ、御飯茶碗が一緒でペアルックよ、いいじゃないっていう、気にしない、それって素敵って言い聞かせながら、この社会の愛とかいう根底にひそんだ、なめくじをずっと考えてたいたんだ。 *559通信販売のカタログみたいな歌詞、AIが作ったみたいなありきたりなメロディ。でも他人の家を燃やす教団じゃないよな、栄養源は空気だけっていうカルト教団もあった、そんなの何で信じんのって思うことが、よもやまさかでいるんだよ、RPGとかでたまにある、「見えないけど通れる道」現実社会では、意味のあるルールだけじゃないよね、まったく意味不明な上に、ただ物事を面倒にし、さらに場の空気までピりつかせるものがある、公式主義的な見解の善悪だって、無数にあるよ、出る杭は打たれる、多数に無勢、でも馬鹿みたいでいいじゃんかよ、ハイリスクノーリターン、どうせ何も残んないなら一生懸命やろうよ、誰かが笑ったってちゃんと残るもんが一個くらいあるさ、宗教じゃない、連携でもない、やっぱり人の心に寄り添うものが一番いい、その人が全員いなくなったら仕事はおしまいさ。 *558雪国「神を斬りに行く」に等しい行為なのでゴッドイーター。宮崎駿コンプリートデイって、招き猫みたいな顔してずっと観てた、思想をいつわっていやしくも安きをもとむる。便乗商法が流行り、いちいちでしゃばってくんなよって思ってても、それが流行の拡大。うぜえなって思ったら大体それがキラーポイント。大気圏突入のような大晦日、懺悔しな、(もりそば疑惑、)実家で弟が買ってきた、苺大福が美味しかった、そして姉から服を貰った、(子供みたいだなって思う、毎年なにか子供みたいだなって思うことが、増えていくような気がするんだ、歳を取ったせいかも知れない―――ね、)だから苺大福買ってきた、(その時、フルーツ大福のことを、ずっと考えていた、和菓子は日本の心だって千利休みたいなことを、ずっと考えてた、)なんか知らないけど鳥が見えた鳥が、クラッカー、パァァーーーーーーン!!パチパチパチって拍手してた子供時代、今日は誰かの誕生日、(誕生日にいい思い出がないって本当に思う、きっと悪霊にでも憑り依かれてるようなすさまじさで、緘黙せる何か、)グローバー・クリーヴランド・レディングという男は、極刑が言い渡され、刑が執行される直前、最後に言い残したいことはあるかと問われ、「俺には言うべきことがある」「でも今はその時じゃない」と答えた、グーグルアースの検索ボックスに、座標「1°13’42.00″S 129°48’49.43″E」をコピペすれば、UFOの基地が出てくる、かたわらじゃ一日一万回怨嗟のエゴサーチ、YouTubeで誹謗中傷罵詈雑言の被弾、張られた紐で通行禁止と書かれているのに、その下を猫が普通に通って行った、ねえねえ、そこのそこの、おキャット様おひとりですか?ブラッシングや爪切りやシャンプーをしましょうか、おキャット様おひとりですか?おキャット様おひとりですか? *557ダンディ人生つまらないって思っているなら、アップデートしなくちゃ。Xに投稿した落書きでも、2いいねしかつかなければへこむ、「シャドウバン」という呪文を唱えてる、でなきゃ他人の不幸ソムリエにでもなんの?蜂蜜の中に蜂入れてやろうか?でもだからって“霜降り肉”におどらされない、大きな駅のデパートへ行き一人野球観戦状態。ようやく納得のいくカオスを見つけるんだ、バレンタインだって、チョコレートでコーティングするんだよ、汚い部分を隠してさ、企業戦争なんて、それにおどらされてるんだ反復横跳びモード、リセマラの始まり、マイナスイオンって何なのよって思っていたって、揺らぐ揺らぐ僕等、思春期真っ只中の不良の息子じゃダメなんだよ、ぼやくのは後、嘆くのは後、反抗してたらもっと馬鹿、可能性を模索して試行錯誤、その暗中模索、異変にすぐ気付ける察知能力、異変に対し迅速に動ける行動力、アップデートしなくちゃ、ゲームだって慎重より過激な方が面白い、盛り上がりに欠けていることを繰り返していたら、このゲームをメイクできないんだって言って、方位磁針とか利かないレベルの時代、(ポーランド西部に位置する、ノベ・ツァルノボ村の近くの「曲がった森」を、思い出してる、)心の中がジャングル、もう遭難してるんだ、(ヒトラーが最期の時を迎えた、バンカーの上にある公園を考えてた、)脳と口の間に市民待望の直通トンネルなんて、行政に期待するなよ、裏道ばっかりだと表通りの意味もわかんない、渋滞してるだけ、ルートをただ繰り返すだけ、乳母車に柴犬だって押してやるさ、(みんな見ていた、僕は眼を背け続けていた、)攻めてやりたい、そして雨の夜、犬が吠え、ドアカメラのセンサーが反応している、ずぶ濡れの俺、なんでそんなにずぶ濡れなんですか、知らないけど戦ってた、自然の猛威と。幽霊みたいっていうけど戦ってた、濡れた靴下が気持ち悪かったけど戦ってた、アップデートしなくちゃダンディ。アップデートしなくちゃダンディ。 *556漆黒のエインヘリアル『DEATH NOTE』の夜神月だってトイレの中で、トイレットペーパーがない時、DEATH NOTEでケツを拭くんだろうかって、戦艦大和して、もう一種のバリューセットだった、ゼルダの伝説で、外国人が思ったらしい、「ティアー(涙)」のことなのか、「テアー(引き裂くこと)」のことなのか、一体どっちの意味なんだ、と。恥ずかしいとか照れるなんていうのは、自己顕示欲が強い証拠ってそういうようなこと、両津勘吉が言ってた、「店じまいセール」の旗を立てていた、あれは閉店の意味だったのか、今年の終わりって意味だったのか、どちらにせよ不当表示の疑惑がある、おめぇ、見てたよねって。毎年散々、見てきたよね、って。なんかの見間違いじゃないかって。したってね、口のヤツは言うんだよ、こんなの二つに一つじゃないっすか、こういうことって、トイレットペーパーの芯を揉んで代用、それしかないって思ったり、マスクをえいやって代用、ファイナルファンタジー、えいやって、ドラゴンクエスト、それしかないぜって、何と戦う、わかってる羊の皮を着てるってこと、艱難が歩きまわってやがる、それはいつも自分の常識とさ。言葉はいつもカッコいい、痺れるほどカッコいい。 *555壜かなしみは左向きに流れているか?そうじゃない方の世界に行きたい。複雑なことは、HUNTERXHUNTERの、キャラクター相関図並に複雑で、イメージの中でアスレチックプールの滑り台、していた。キャッチ・アンド・リリース。牛若丸と弁慶。それで変な汗が出てくるとか、涙が出てくるとか、コナン・ドイルと妖精の話。あの変な写真。コナン・ドイルと手品を超能力と勘違いした話。友達と疎遠になった。そんなものが一本の銀色の細い糸になって、本能に攻撃している―――夜・・・。 *554幸せは高い窓のようなものじゃない冬、地図を破りゆく。鬣が。蹄になる頃。放心した表情で、硝子のような張りつめた心で、春は近きや?下から順に、希望が遠ざかる。冷たくないか、硬いか、それとも深いか、苦しいか。選ばれて恍惚の吐息は白く、光っては崩れ、うねっては崩れ、逆巻き、のた打つ波のような、イリュージョン。それはしんどい、べたべたで苦しい。安心は車の後部座席で眠り、好奇心は車の助手席で話す。運転席はって?労働者さ。カラー・テレヴィジョンが、真新しい鉄条網になる。ヘッドライトがともるたび、奥津城のランプ。ステーキの横にいる、付け合せの人参。微妙なところにある黒子。山崎まさよしの「セロリ」の、セロリでもって頭を殴りたい衝動。オセロー、冬。冬、オセロー。そこにまったく意味はない。「生めよ、殖えよ、地に満てよ」と祝福した、創世記。無量で配り出したモデム。契約開始。ネットにまったくつながらないけど、固定料金の引き落とし。ワン切り。遠い知り合いが何度も、引っ掛かっていた。だからいまでも、この話はあまりしたくない。騙す人が悪いのか、騙される人が悪いのかって、考えたことがある。春は近きや?いい大学を出て、いい会社に入って、いい連れ合いを見つけて、いい趣味をって、みんな考えた。御大層だな。健康で、お金があって、エトセトラエトセトラ。注文の多い料理店。注文多すぎてセロリ出す。文句言ったらセロリで殴る。でもいい人間にならないね、プラス思考が、選別意識が、いつのまにか歩いてきた迷路。何を選んでも迷い込んだこの道。友達よ、過ぎた思い出って楽しいね、そう思わない?きっとこんな馬鹿なことを、言っているのは自分だけ。チャールズ・ディケンズはね、根っからの死体好き。でもどうしてそうなったのかとか、いちいち考えてもわからない、君はそういう人間なんだって、他人に欠点を指摘しても、どうにもならないこともあるよ。一九八五年に、MSXというパソコン向けに、発売されたゲームのタイトルが、『もうかりまっか?ぼちぼちでんな』だ。そしてこれが、バスケットボールのタイトル。そうなんだよ、これは、バスケットボールのゲーム。名探偵コナンと、金田一少年がいるような、不思議な気分。明日は素晴らしい日。親の仇みたいに信じてきた。クッキーを食べよう。こんなに素晴らしい食べ物がある。紅茶も、いい。説明しにくい夜もいい。そして、何もかも許せる。だから明日は素晴らしい日でなくても、もういいよ。壁の向こうに何があるんだろうとは、思わなかった。道の向こうに何があるんだろうとは、ずっと考えていた。コンピューターグラフィックスが続くか?世界の外ってわけじゃなかった、宇宙の入り口ってわけでもなかった、それが諦めへとつながっていくから、時々遠くへ出かける、何とかなるよ、埃は立ちぬ乾くところに。 *553犬一言だけいいですか、もう駄目さ。あなたが二人に見える。そしてわたしは、一匹です。わたしの息は、外側のあなたにかかり、内側に四人をかかえこみます。一言だけいいですか。髪切った?スポイトを垂らしたような言葉、嬉ションのようなかなしさ。三つ子の魂百までも、畜生道と生類憐みの刑。四方八方十六方三十二方、増えてゆきます。ビーフジャーキー持ってこいよ。顔舐めてやるからさ。鎖につながれた女を見ました。首輪をした男を見ました。それはプレイです。ありとあらゆることが、プレイです。プレイボールって言って、玄関まで走り込み快速電車超特急。 *552寝息が消灯する *551恋狂啼花占いのはなびらが田中の家の窓に吸い込まれていった。ダストシュート。フレンチトースト。それ彼女の遺言。花占いをした頃がある乙女は沢山、少女趣味はもう沢山、それはそうです。花占いのはなびらが河に流れたで、ごわすよ。そしてもう飯三杯食べられるで、ごわすよ。馬鹿な女と馬鹿な男が、乳繰り合うのをロマンティックに言い換える、かの昔のいかくさい行事でござるよ。股間をしゃほこばらせた馬鹿な男はもう沢山。それはもうナムサン。何も言うべきことはござらん。サムソンは花弁、サムソンって誰? *550宇宙人は本当に賢いのですか?俺達はついに、地球へやって来た。俺達はついに、涙ちょちょぎれるわー。俺達はって、一人しかいないけど、戦闘力ゼロだけど、これから人間どもを、狩りしてくるわ。お姉さん、俺と交尾しようぜ。うそうそ。そんなのは一昔前。俺とホモンクルスしようぜ。間違いない。これならいける。火星で苛性ソーダ飲もうよ。間違いなく、知恵の実。禁断の実。エリア五一。釈迦に説法。さあ、お嬢さん、宇宙の本当の姿を、見せてやるぜー。ファイヤー(?) *549路上にいのちのぬけがらほぼ嘘で塗り固められてる育児エッセイ漫画を、読みながら、フルーツタルト下さいというべきか、フルーツポンチ下さいと言うべきか。内面重視っていう男の子の理想にけちはつけない、優しい子がいいって言ったら罵るけどな、でもそれなら腸内環境や、骨格とか、血管の美しさも視野に入れようよ、まだまだ、なっちゃいないよ、君は。もうトランペットのファンファーレ、あとには、ポコチン漫画しか残っていないぞと罵って、ポコチン漫画って何だって問い掛けてる。生きた細胞が人気だと乳製品見ながら思った、なんかオカリナ吹きたくなった。あのね、人生って超唐突に作り替えられてゆくものなの、昨日まで捕鯨船なんて乗るつもりもなかったら、おらこいって引っ張られてゆくの。ヤクザのお兄さん、鯨は駄目ですよ。じゃあ、蟹だ。そうでなけりゃ、マグロだ。マグロ拾わせてやろうか、ひゃあ、みたいなね。ペリカンと一緒にオカリナ吹きたくなった、ペリカンと一緒にオカリナ吹きたい。夫婦ってそんな感じだよな、子供ってちょうどそんな感じじゃないか。僕等は波打つブロンドの髪が好き、十代が好き、それから胸大きいのが好き、顔が整っているのが好き、うそうそ、オカリナ吹いたこともないくせに。ばかばか、ペリカンとオカリナ吹けあの日のように。真面目に考えないでよ、死んだ細胞ばっかりが愛じゃない。 *548太陽業者太陽を販売しよう実は虻や蠅を追い払う牛や馬でなければ巨大な丸い蛍光灯それはまるで障害物だ太陽は数字だ数字は人間を打ち棄てるだろうふやけた水死人だか巨大な黄金虫だかの暮らしに天から落ちてきたタツノオトシゴわびしいからバーベキュー大会だ屏風にえがかれていた六道はこのような粗悪な模倣であるそしてエクスカリバーを抜き去ろう白刃はきょうかたびらを切るに限る蜘蛛の巣だって世界の銀色の耳に変えてくれる石は綾なす反射光線骨盤の中で爬虫類が目覚めたがるいちいちわかったような顔するなうつむいた女の乱れ髪も細い眼も美しいだからいつも太陽が不足している米を食べろ平和が一億の杭の中を泳いでいる太陽は水の動きに葦を発見するためにある僕は女の人に太陽を入れてやろうかと言ったぐいぐい押し込んでやろうかと言ってやったこんなにもテクニカルな太陽の押し込みこんなにもアブノーマルな太陽の炸裂太陽はいぼやほくろのように棄てられた無言のうちに声高らかに呼びかける誘惑は灰色だ *547讃美歌それは讃美歌。繊細な感受で風景を眺めた時に、魂の上の何処へでも気怠さを拡げる。魔法で消せる蛙も、照明係とコマ割りも、大人になってゆく―――から、暗い袋小路に、風船が引っ掛かっているのだって、見ようによっては永遠の淵の、ヒュプノシス。さもなければ感傷の淵の、リリカルなカオスの、ラビリンス。音のなかった頃は、美しい青だった。黒や白に戻りたい、永遠の青は、言いようのない感銘を与え、蜘蛛の巣に権利を与え、生の喜びに満ちた犬に敬礼させる。馬鹿なことが言いたい生命の淵、ユニヴァースのジャッジメント。愚かな僕を君も笑うだろう、ディスティニィのサンクチュアリ。心って何だ、光や色や音って何だ、きっとそれはすべて違う意味、きっとそれはすべてが整った、正しい場所で。 *546解けないとは限らない、問題の答えが乗り込んでくる、風で倒れた稲なのに、とてもキラキラしていた。まだらや折れた線ではないか、氷のようではないか、眠そうな自分の欠伸が聞こえ、遠くで犬が吠え、自分にも一つの魂があると自覚する、生まれた時でも、無意識の取得、死んだ後でもそれは、無意識の取得。一糸乱れぬ行進のような、併行世界を妄想しながら、不毛の原野にいる鶴―――とも。山奥の小さい湖水にいる亀―――とも。固定された足場の展開で視野も拡がる。遠くを見るばかりが能じゃない、足元を見るのが肝要。選択肢も拡がる。シミュレーションの幅も拡がる。だのに、漠然とした歳月の思想。ああ笑い声、薄い服、画鋲のような雨、肝心のものが見つからないまま、キャンディーの包み紙のような日々。神様が鼻をかみ、もっと作れと僕を急かす愚策三昧。 *545枯れ草を、踏みしめている、プレス機。透明な冬の薄暮の中に、墜ちる戦標よ、街上に光る後ろ姿のような、白痴の風よ。 *544踏切カンカンカンカン・・・・・・。小気味良い警報に合わせて、外国人が箸でも初めて持ったように、ゆっくりと遮断機が降り始める。リズミックな世界線・・・・・・。帳が降りたかのような小さな金色の雲と、アスファルトの夜の天鵞絨のような肌。踏切というのはとてもシンプルなものだと、理解している。シンプルなものが一番美しく、一番恐ろし―――い。波を引きながら手がかりを保とうとする砂浜のように、あるいは小さく崩れかけた砂の城のように、こんな途方もない人殺し機械が走り抜けてゆく。電車の重さは一両あたり三〇トン前後。客が載ると四〇トンという話。クレーンの話で、五五〇〇〇トンを持ち上げたという話がある。それはさておいても、クレーンで鉄骨を上げると時間がかかり、五〇階まで上げると一五分はかかる。―――なんて関係のない話題、なんてそらぞらしい挿話・・。止まれの標識はなく。注意喚起看板がある。車一台通れるかという一本道。線路に面した家屋が見え、ぽつらぽつら人が並ぶ。地元住民の道。本格的な地響きを伴いながら、いよいよ警笛音が間近から聞こえてくる。神の鼻の黒い穴から響いてくるは、足音・・・・・・。スローモーション撮影のようにきらきら輝いている、小皺を寄せて、雰囲気は少しどんよりと濁って、それでも空気と同化した―――白い血液・・。踏切には今日も犬と駆けっこをするように、無我夢中で踏切の向こうへと吸い込まれてゆく少女が見える。風が心地よく頬を打ち、髪をなぶり、方向を指し示す矢印を一瞬見失う。光の氾濫とでもいうべき―――か。ほのかな虹がたゆたいひそめ、嵐の前触れを見せた強い風のはばたきすらも、―――無風、時として星雲、重ね着の襟元・・。電車が通り過ぎて踏切が上がると、少女の姿は見えない。融かされてしま―――う。否、死人のような眼で、濁った灰をまさぐるのをやめちまいな。透明人間のいる午後四時の大禍時。踏切の傍に枯れた花束がある。延々と続いている空帯がある。空が見え、遠慮がちに星が見え、随分昔に見た、なだらかな砂州の区切りを思い出す。 *543覚醒めゆくものSomething that is awakeningサインポールはやはり止まっている。―――カット用の鋏と、梳き鋏を思い出す。昆虫の盲目的なまでの冷静さで・・・。 *何が始まっていたんだろ―――う・・・・・・・。 *子供時代によく通った。営業していないのだろう―――か、店舗正面中央にあるドアを何気なく押してみた。賭博テーブルの一瞬の賭け事のように、自動的に奴隷に成り下がる。 *その一瞬に賭けたもの・・・・・・。それは―――“若さ”だ。―――『時への抗い』だ・・・。 *鍵が掛かっているのか、ピクリとも動かない。といって、不法侵入したいわけではない。久々に地元に帰ったら、理髪店が廃墟みたいになっている。思わず口から洩れ出ている―――回想の台詞。「あのおじさん、いつも髪形をスポーツ刈りにするんだよな、ハハ・・ハハ―――。まあ、お任せって言ったら大体それなんだけどさ・・・・・・」おかしくて笑っているんじゃな―――い・・。悲しくて、元気がなくて、笑っている・・。叱られた犬のような気持ち。おじさんは田舎特有の顔見知りで、ジュースいつもくれた。犬の散歩を奥さんらしき人と一緒に、歩いている姿を見かけ―――た。子供が出来なかったらしいね、でも犬が子供みたいでよかったね、と母親が言っていた。田舎特有の嫌な横の社会。けれど同時にだから表面上の付き合いではなかった。祭りでは何故かおでんをやっていた。気のいいおじさんで、僕も友達も、ご馳走になった。きっと子供を見ていると優しくなったんだろうな、いまならそう気付け―――る。忘れがたい人というには、記憶の中の領域は狭い。だけれど、けして記憶の中とはいえ、素通りしてゆくことは出来ない人・・・・。 *人生を見る眼が鈍く浅い、弱い―――未熟だ・・。バラエティ番組が気持ち悪くて仕方ない。ユーチューブ動画を見ていて吐き気をするやりとり・・。違う、オトナになったん―――だ。タオルスチーマー、待合室の漫画、いつも流れていた音楽、ワックスやムースのスタイリング用品。バーバー椅子にクロス、そしてあの大きな鏡・・・・・・。波打ち際に立ってる気が―――する。安価な自覚でよい心持ちになって、自分で自分を甘やかすみじめさが救いようがなく―――て、息が詰まる・・・・・・。 *ジョキジョキジョキ...。チョキチョキチョキ...。バサ...。 *薄汚れたディスプレイウィンドウを覗き込みながら、世知辛いなあ、と思った。でも二十年も経っている、おじさんも、もう僕のことなんか覚えてないだろうな。親戚も、一瞬誰だかわからなかったと言ってた。淋しい気はしたけれど、経営に口出すわけでもない、何かしてやれるわけでもな―――い。友達がいま何をしているのかだって風の噂でしか知らない、そんな具合の歳月なのに、深く知りもしない相手が、いま何をしているのか、どうしてこうなっているのかなんて、きっと知りようがないに違いな―――い。冷たい奴だね・・・・・。たんに懐かしくてドアを開けずにはいられなかった、そんなガキのような感傷糞くらえだ。そう思って、奥歯を噛み締めて、背を向け、エンジンを動かしっぱなしの車へ戻ろうとする―――と。音がした。何かを蹴るような音だ。あれ、やっぱり誰かいるのか、と理髪店の室内を見ると、生皮をはいだような―――血管標本が蠢いている。糸口を与えてくれそうなものはない。フラミンゴピンクというのだろう―――か。ソドムやゴモラという言葉が不意に思い出される。SFという言葉で、クリーチャーという言葉を導く。戦慄が走った。胃の腑の充血と消化液の分泌。鳥に変身したい。手足を伸ばしてはばたいてこの場から即刻・・・・・・。地雷があちこちに散らばっているような気がしてくる。眼窩後壁より頭蓋腔中に注入せしめる、蠍のような毒。幽霊が耳元で、妊娠させようとしている―――。 *ウリイイイイイイイ....。ピグオン...ピーポッツ...。ピグオン...ピーポッツ...。 *何と形容してよいのかすぐには言葉にできない。背後に蹲るのは古い街の薄気味悪く膿んだ恐怖。そこに生殖器と植物と甲殻類動物が合成したような―――形態・・・。たらたらと粘液が汗のように身体中に自慰を行っていた。複合作用から生じた一種特別な刺激が大脳に伝わって、そこでこうした特殊の幻覚を起こすのではないかと想像される。そう見えた。いまだ受胎されていない数万年先の未来のヒト種族・・。多面多臂像。―――尊形曼荼羅。外部の悪意のような操作に満ちた設計で姿に接近する。宇宙の境界を越えた外側に出る際の特定の角度。深海生物の発展途上の不思議な姿を思い出している暇もない。海底や成層圏の疾患。知られざる過去と不意に出現する未来。孵化して脱皮するまでのスピード。紙よりも真っ白に―――なる。冥府へ落ちる霊魂のように、狂おしい急激な下降のなかに嚥みこまれる。細胞分裂。そのあとはただ、沈黙と、静止と、夜とが、宇宙全体・・。心臓のはげしい運動と、耳に響くその鼓動の音とが、戻ってきた。狂乱―――考えることを許されない、忌々しいいもののあいだを忙しくとびまわる記憶の狂乱。逃げなくちゃ、ということはわかっていた。殺される、ということはわかっていた。マトモじゃない、でも身体がまったく動かなかった。蛇に睨まれる蛙、人間に寄生する蛆虫のような白のオセロー。食屍鬼めいた何かの背後に異様な多次元的現実世界。古くなった蜘蛛の巣がだらけている・・・。セーフティネットだったそこにはもう、円盤が見えている・・。空間の性質に関する抽象的な公式及び、既知の次元と未知の次元とを結びつけるコード・・・・・・。 *ピーポッツ...ピーパポッツ...。プシャーッ....。 *窓を突き破って眼の前に立ってた。そして―――そして、古びた空き缶を差し出そうとする・・・・・・。幼虫的実在物に、あらゆる防御が崩落する。肉体に接近しているその不気味な何かは僕を捉えたまま眼を離さない。 *―――雨が感電するように降って来た、掻き混ぜ方の足りないシナリオを締めるように、リチウムの紅い焔、ウラニウムの雲、ヘリウムの雨・・・。 *542バイオテロbioterrorism指定時間に駅ロータリーで待っていた。高速バスのように様々な場所に停まるという情報は知っていた。一見するとツアーバスのようにも見えるバスが止まった。指定時間通りなので、これに違いない。運転手に免許証と保険証のどちらかを提示してくださいといわれた。セキュリティなのだろう―――か。提示すると、〇〇さんですねと確認作業が終わる。名前しか見ていないようにも見えたが、気のせいだろう。乗り込む。教えられた、席番号に座る。どうやらこの駅で人を乗せる最終ルートだったようで、バスに乗るなり、これから目的地へ向かいますと女性の声がした。お手数ですが、手元にあるアイマスクで目隠しをして下さい、と言った。山奥にある保養施設まで連れて行くのだという。しかしどうして製薬会社の治験で目隠しをする必要がと脳裏によぎったが、外国の極秘のプロジェクトだと説明された。曖昧な抽象語だった。道行く先にトノサマバッタが多数飛んでいると言われたら全員笑うだろう。こういう時にオトナ語はキーポイントになる。高額の支払いにはその分も含まれている、と念を押すように言った。それでも、もし疑わしいと思われた方は、この場で辞退されていただいても構いませんと言った。いかにもな言葉だったが、辞退を申し出る者はいなかった。悪態をつく者でもいそうなものだが、高額バイトである。三十万という額だった。百万では胡散臭すぎるし、十万では安すぎる。人参をぶら下げられた馬だということはわかっている。バスの中には自分と同じような治験バイトの老若男女がいた。ネットで読んだ集団自殺のバスの話をふと思い出した。アシスタントらしき日本女性と背の高い外国人がいた。バスは一時間ほど走ったのちに、目的地へ着いたようだ。ウェブサイトから個人情報を入力しエントリーすると、すぐに返信のメールが返ってきた手軽さをふと思い出していた。コーポレートサイトをある制作会社に発注すると、最低でもニ〇〇万はかかる。発注者側の予算と、抱えている課題、この二つをすり合わせてもっともいい方法を、このヒアリングで探る。でもウェブサイトはそんな金額で作られる。不意に、架空請求などの詐欺行為をふっと思い出した。バスは複数あった。建物は保養施設ということだったが、高校の時の合宿所を連想させた。そしてセミナールームないしは講堂のような場所へ連れていかれた。テーブルと椅子が敷き詰められ、数百人がひしめきあっていた。教えられた席番号のところにはペットボトルの水と、ビニール袋の赤いカプセルがあった。大掛かりな極秘プロジェクトもあったものだなと思った。こんなに人数がいて緘口令を敷けるのかと半笑いになった。この十分の一でもいい、まるでマウス実験だ。そんなことを思っているとホワイトボードが運ばれてきた。すべて英語だったが、マイクでそれらしい説明がされた。それはバスで見た外国人で、いまは白衣を着ていた。隣に通訳の日本人がいて、かみ砕くように、分かり易く喋っていた。実際どうでもよかった。金くれ、それだけだった。説明をし終えたあと、肩書の説明があった。極秘プロジェクトの研究チームの主任で、皆さんの協力に感謝する、と述べられた。うるさい、金くれ。そして薬を口に含み、ペットボトルの水で流し込んだ。金のなる木にならねーかな、全身金になったら、ウンコから金にしてくれ、と馬鹿なことを思った。すべてがトントン拍子に問題なく進んでいた。珍しいことに、そのまますぐに帰りのバスが動いた。何かあれば電話をかけて症状を述べて欲しいと言われた。それから、支払いには二週間ほどかかるというのをこの時に聞いた。そして帰ってから三日目、高熱が出た。治験バイトとは別の、メインのいささかブラック企業の気配のある会社にも行けなかった。顔全体が紫色に変色し浮腫んでいて、しかもあちこちにおかしな赤い発疹があった。天然痘を疑う常軌を逸したレベルで、ひどい霜焼けとか、糖尿病とか痛風の症状よりもさらに深刻な感じだった。眼と鼻と口が変色して肥大化している皮膚によって、位置がズレているように見える。昔見た、人口の中で一パーセントにも満たない奇病、ないしは希少疾患を連想させた。人間の顔ではなかった。壊疽するんじゃないか、と思われた。祖母が足を切断した話をふっと思い出した。ブラックジャックの漫画のワンシーンがふっとよぎった。電話がかかってきた。病院へ行かなければと思っていた矢先だった。頭がふらふらし、救急車を呼ぶしかないかと思っていた。「〇〇さんですね、どうか正直にお答え下さい、あなたは製薬会社の治験を受けましたか?」声が遠かった。けれど、言葉は一つ一つ受け入れられた。製薬会社内部で新興宗教団体が暗躍し、薬をすりかえられた。即効性があり、潜伏期間が殆どなく発症するとのことだった。もう既に発症者は一千人を越えていて、死者も出ている。二次感染も引き起こっているようだ、といわれた。国家の危急存亡の時らしく、テレビ画面はどれもそのニュースを映していた。歴史に残る飢饉や疫病、飛行機事故、登山の遭難者が不意に思い浮かんだ。政治家はどう舵を切るのだろう?アメリカ政府はこんな時、どんな対応をするのだろう?これから迎えに行きますが、どうか外出はお控えください。外に一歩も出るなとは言わないんだな、出るつもりもないが、感心した。電話を切られたあと、テレビ画面を注視すると、電話で聞いた内容はとても大きなニュースになっていた。ニュースの中では症状が今現在わかっている限りのことが詳細に説明され、いまの自分と同じ症状が出ていて電撃的な恐怖の波が襲った。事態は深刻だった。情報通の専門家の話では、新興宗教団体は北朝鮮や中国、ロシアともパイプでつながっている、と言った。第三次世界大戦を起こしたい側がいるとも述べられた。警察は新興宗教団体の数人を首謀者と断定し、指名手配した。「国土の全域を誤った正義の名のもとに―――」とか、熱弁をふるっていた。だが、誰一人まだ捕まっていないとのことだった。あの白人男性は?あの通訳は?事態は最悪だった。しかもこれは地雷のようなものなのだとも言った。確かにそう聞こえた。死者が出る反面、それは最低限に収まる。つまり元々身体が弱いとか悪い人以外は、生かしたまんま、死ぬほど苦しめる狙いなのだ、と。聞いているだけで死にたくなった。インターフォンが鳴っていた。ガンガンガン、とドアが叩かれていた。すさまじい勢いで叩かれていた。きっとさっきの電話の人が手配した人だ。出なければと思った。玄関の鍵を外すと、ガスマスクに白い防護服姿の二人が素早く押し入ってきた。テレビでは監禁区域に指定された場所があり、病状の回復に全力を尽くしている医療関係者がいると言っていた。泣きたい気分になった。おそらく治療薬や解毒剤のようなものはあるのだろうと思った。それはワンセット商品だからだ、場合によっては医療関係者の中にそういう悪どい人間もいるだろうと、漫画みたいなことを思った。アニメみたいなことを思った。映画みたいなことを思った。でも現実だった。政府は緊急対策本部を設置し、監禁区域で水際対策を取る。とはいえ、二次感染も引き起こっているらしい。何処まで持ちこたえられるか、あと、どれぐらいそれが持つかはわからない。急場しのぎの間に治療薬の開発。インターネッツでは外国人が、日本を鎖国すべきという冗談が流行っているらしい。外国人の識者は最低の馬鹿ども、恥ずかしいと泣きそうな声で言っていた。親の顔が見たいよとも言っていた。ウーチューブや、セ ックス、ピックトックなどでは、ウィルスを治す遠隔気功がバズっていた。そんなもので治るわけはないと知りながら藁にもすがる心理を、笑い飛ばせるだろう―――か。迷惑ウーチューバーが、そんな奴等全員死ねよと言って殺人予告されていた。指名手配にすりゃいい。そんな奴、生きてる価値がない、と大きな声で怒鳴っていた。冷笑的な悪意の吹き溜まり。魑魅魍魎の行進。いつもなら見て見ぬふりをしていたそれが我慢ならないほど大きな声になった。なんて屑なんだ。なんてどうしようもない連中がわんさかいるんだ。自分が同じ目に遭うか、親しい人がそうならなければ、そんなことをしてはいけないとわからないバカバイトの進化版。頭がふらふらしていた。もうここで死んでもいいかなとも思えた。誰にも迷惑をかけずに死にたいなと思った。けれども声が聞こえた。「歩けますか?」と優しい声で救護班の人は言った。急かすつもりもないようだった。「もし歩けないならストレッチャーでも持ってきますが?」もう一人が言った。心底、自分を労わるような声だった。感染の恐れもあるのに命の危険も省みず働く医療従事者。天国の扉が開いて―――いる。けれども悩みに打ちひしがれ、恐怖に怯え、死がこうまで身近なところにあるのに、それでもまだ、荒野に一輪の花を咲かそうとしている。不意にぼやけていた風景がはっきりと見え、物の音も懐かしくやさしく聞こえてきた。ここは―――日本だ。 *541嫉妬嫉妬には二種類ある。まず、この嫉妬というのは敵わない相手にではなく、身近な相手、手が届きそうな相手にするものだ。場合によっては、猛烈な被害妄想というケースすらもなくはない。そしてこの嫉妬というのは、「よい嫉妬」と「悪い嫉妬」に分けられる。でさあ、話変わるけどネカフェで一番大切なのは「清掃」で、「清潔感」と言うものらしいんだ。嫉妬する、マウントを取りたい、文句を言いたい、馬鹿丸出しになりたい、これは固定した中心の背後に、流動する境界がある。分かり易く言おう、異端や異物が含まれている。簡単なことさ、汚いネカフェには行きたくない。掃除して。ピカピカにして。タランチュラいるよ。ヤシガニいるよ。僕は嫉妬をしないけど、それははなから「相手にしない」ことを、わざわざ俎上にあげないからだ。X必殺技のミュート、あ、こいつムカつく、ミュート。こいつ差別用語連発じゃないか、ミュート。こいつ粘着質なことを書きやがってなめくさってんな、ミュート。そんな感じ、相手にしなければ平和だ。おそらく平和的解決策とか、第三者的立場を用意しての議論とか、僕も言いたい、言いたいです。匿名性が誹謗中傷と繋がってる。でもプライヴァシーどうすんのとは思うけどね。僕がつねづね考えていることの一つだけど、「その人が納得しない限りはどんな言葉も全部嘘」ということ。別の言い方をすると、「その人が気付かない限りは状況は変わらない」ということだ。先延ばしにする思考パターンの人がいる。僕もね、風呂場に入るたびシャンプー買おうと思う。「あっ、シャンプー(みたいなことを言っていたら大根役者です)」でも、二日、三日ずるずる続ける。諦めない、明日必ずって言う。でも困らないからね、だって風呂場に奥さんのシャンプーがある。ちょっとだけ借りますよ、あ、またやっちゃった、へへへ、また使う。ちょっとだけ、また使う。気が付いたら奥さんのシャンプーを購入する。そんな感じ。髪もツヤツヤしてきてね、安いシャンプーと違うなと実感できる。値段が違うんだよ、こんなところに格差社会が!ってそんな話じゃねえよ。でもね、一番簡単なことは「相手にしない」ことだ。時間の無駄をしない、これに尽きる。だけど、先延ばしにしてしまう。先延ばしにするのが実は一番幸せな状態かも知れない。弱い人や情けない人は誰かにすがって、寄り掛かって、泣き言を言う。そうすれば誰かが助けてくれるからね。子犬や子猫がそうだけど、ある種のチャームの状態。子供は可愛い、そういうこと。先延ばしにするのだってそうだ、その内、何とかなるって思っている、いつかはする、そう思っているのがずっと続けばいいと思う。モラトリアム症候群。恋をしてはや三年状態って学校卒業するよ。けれど、そういう甘い考えは長続きしない。シャンプーは何とかなるけどね。シャンプーじゃないでしょ、嫉妬は。ところで好きでもない男を女は作り笑いしてお出迎えするという。なるほど、そして、嫌いな男には視界に入れたくない、透明人間になるというスキルを持つ。共感性質の強い女という生き物は同時に社交性の高い生き物だ。男は縦社会だけど、女は横社会という。そういう世界でミュートが日常的に行われる。それでもやっぱり失敗しちゃうこともあるだろうけどね。「人の好き嫌いが激しい人」っていうが本当にいるのかはわからないけど、「人にめちゃくちゃ嫌われている人/変わっている人」というのは、まあ、結構数見てきた。それのことを言ってるのか、と思う。でもそもそも、偏食しすぎて何も食べられない状態ってどう思う?積極的にビタミン剤ってこと?そういう手合いが何考えているのかは僕にもわからないんだけど、どうせ右見ても左見ても同じ穴のムジナなんしょ?僕もそう思うことがある。積極的に人とかかわりを求めるとストレスが溜まる。心って難しいから、思ってることも思ってないことの立ち位置も、時折逆転して、自分がどう思ってるんだかわからないことがある。混乱って長く続くこともある。人間社会はまあいいよ、創作方面になるとこれがえらい大変。価値のない作業や無駄な行いはそっくりそのまま自分に返って来る。夏休みや冬休み、GW、おお折角の三連休に、おかわりしたくないのに、腹パンパンになるまで偏ったものを食べる、胃袋崩壊、もうそんな感じ。現実的には悪いものを食べると太る。体調も悪くなる。人を呪わば穴二つっていうけど、棺桶ひきずりだしても、墓場掘り起こしても、過ぎてゆくのは無駄な時間だけ。一ミリも成長しないことをやっている人もいるし、それを回避してもロクでもない人になる。あのね、抗菌グッズとか、ヒートテックに嫉妬してる人っている?僕さ、ボールペンとか、瞬間接着剤すごいって思ってるんだけどさ、そんな風に思っている人がまあ世界にいるとして、それに「抗菌グッズまじでトリケラトプスだわー」とか、「ヒートテック、まじでうこん茶だわー」とか、いやごめん、そうじゃあるまい。でも、そんな風に嫉妬してる人見ないでしょ。物に嫉妬しない、人に嫉妬する、これが前提。嫉妬っていうのが「いい影響力」「パクリ/成長の原動力」というなら、そういう時間もいいものだ。これが「いい嫉妬」ね。みんなよいものを模倣して、トレースして、こういう書き方をしよう、こういう描写をしようって思った。でも難しいのは心理バイアスもあって、引っ掛かるところがそれぞれ違うっていうことだ。「自分が思っていること」と「みんなが思っていること」は、大きくすれ違う、バランスが取れないっていうことはたびたびある。そうじゃないとしたら、毎日ダラダラ物を見てるっていうことになる。訓練して。習慣づけて。そしてそれを関連付けて。世の中を見るっていうのは様々な物の見方の集積、どういう切り開き方が正しいかの最期の執刀医は君だぜ。ブラックジャックってこと?ブラックジャックによろしくってこと?同人誌なんかの話で好きなアニメが過疎化している、隣の青い芝生ではコメント数が多くて活況を呈しすぎてバグってる。でもじゃあ、そっちの方へ移動しようかって出来る人もいるけど、ほとんどの人はそこで創作意欲が失われてしまう。当たり前田のクラッカー。ごめん、そういうことじゃないよね。でも人って好きじゃないものでも書けることは書けるけど、嫌いなものや、興味のないものに、たとえみんなが興味を持っていようが、一秒だって時間をかけたくないものだと思う。そしてありとあらゆる創作者は孤独と隣り合わせだ。面白いこと(みんなが興味あるもの)から離れると、駄目になってゆくけれど、同時に心が安定するし、独自性は強くなるかも知れない。作用があるんだ。時間の過ごし方はけして無駄にならない。眼を逸らすのがいいと推奨するのはSNSとか、人付き合いの話で、もっぱらは人生に深く関わり合いのないことだ。とはいえ多くのことは先延ばししても、過去は必ず追いかけてくるパターンだ。悪い嫉妬はやめなくちゃいけない、やめようというのは無理だ。これには、長い修練がいると思う。ただ、興信所の探偵みたいにあらさがしする、奥さんの浮気写真ありましたよ、グヘヘ、じゃもちろん人生の時間の無駄だ。そういう時はやっぱり眼を逸らした方がいい。チラ見が大切、チラリズムが人生の正常性を支えてくれる。透明人間スキル身に着ける、それから女性だらけの温泉宿の欲情へまぎれこむ。でもすごいを百万回唱えても、その凡人がレベルアップすることはない。みんなと仲良しを一億回唱えたら、凡人が馬鹿に堕落することはまあ間違いないことだ。僕の大嫌いな仮名エジソーンという人がいるのだけど、この馬鹿は直流と交流という争いの中で、ネガティブキャンペーンをやらかした。仮名エジソーンはひとまずうまくいった。でも最後にはぼろぼろに負けた。だって、ミジンコに誰も興味を持たないからね。 *540downtown area電灯や看板の明かりが水気をたっぷりと含んだフェルト。灰色の毛糸屑とか、蜘蛛の糸、ともいえるかも知れない。深い凝結した記憶が拡がって、放射状になって―――いる。原始的形態の情報、歪曲や省略や誇張、あるいは、忘却や遺漏や改竄に満ちた川床の砂―――。アレクサンドリアの大燈台は階段ではなく、螺旋状のスロープが採用されている―――といったところだろうか。様々に分岐する流れを辿っていると、上映開始のブザーでも聞こえてきそうだ。等身大のパネルに顔を入れているような気分・・。肉体から離脱しそう―――だ。その激甚と繁雑。黒い地平線をつくって、潮のように没落へと溢れていく。一呼吸する響きごとに未知の世界へ誘われてゆく。ハマダラ蚊のような繁華街は華やかで妖しく、貧血気味にさせる。街の騒音を吸い込んで膨れ上がったようにも思える。マグマがしゃりしゃりと音を鳴らす、エルタ・アレ火山。その愚かな狂熱の坩壺の中に、一切の智慧も理性も哀楽も焼け爛らしてしまうのが夜の魔力・・。まるで南蛮貿易から鎖国。―――処方箋はない、救済措置はない、“スイッチ”が入ってしまうんだ・・。貴い省察と静思の時間は他人の眼による俯瞰のみ。芥子粒を林檎のごとく見すという欺罔の器・・。コインランドリー、二十四時間のインターネットカフェ。狭い駐車場に、レンタルボックス。探偵事務所に、闇金融業者。店名が記載された派手な看板のビデオボックス。暗くなるにつれて酔っぱらいや水商売の、客引きや呼び込みが増えてゆく。江戸と大阪の町人の世界。孔雀のように眼を惹くのは、芝居がかったゴージャス感の演出をしたホストの男たち。中には隠微な官能的な声もある。事物の流れを追っていると、出来事の綿々と続く反復と異変の歴史的連鎖・・。三分の一の時間で調理できる圧力鍋の蓋を開ける頃―――だ。身体の動揺と共に何ともいえぬ快感を覚え、陸地の世界における常識がまったく絶縁してしまったような、慰安と寂寞とを感じる。何でも笑い話にしてハネ飛ばしているように見える若い男の子は、傍から見ると精神状態がわかりにくい。が、実は人知れず悩んでいて、前触れもなく自殺する。波羅葦僧の空をも覗く、伸び縮む奇なる眼鏡・・・・・・。オーストラリアの沖では魚たちが、お互いにコミュニケーションを取るために、身体を使って音を出している、という。ジョブチェンジしただけでパラーメーターは上がらない。大親分相手の名啖呵で男をあげた、「関根の軍治」—藤田卯一郎(松葉会初代会長)とか、戦後の仙台を彗星のごとく駆け抜けた、“不良の神様”—吉田武(欧州西海家初代吉田会会長)について考える。暴力は教義や観念や思想よりはるかに分かり易い、あたかもそれが一つの純粋な起源であるかのように、だ。明日の悩みさえ浮かばないパグ犬のような頭で生きている、馬鹿もいれば、転職をする者もいる。悪徳弁護士や興信所とツーカーということもある。夜は一箇の麻酔剤であり、阿片だ。重要な異議申し立てのように詐欺師もそこにいる。異質な要素の複合や振動の軌跡が支配や組織を作る。生活の必要や、信仰や、冒険や、夢想がある。それもまた、階層性であり、ピラミッドである・・。空っぽな人間でも子供や妻がいると変わる奴もいる。自由というのは不思議な言葉だ、しがらみがない故に社会に拠り所を見出すのが難しく、孤立感を覚えやすい。―――母性に目覚めて真っ当な道に戻ろうとする女・・。華やかな街の裏側で麻薬の取引が行われ、借金取り立て業者のいざこざ。指のない男たちの大きな声。最短ルートで高収入、あこぎな商売をする。歴代の組長の写真がある暴力団事務所。闇カジノや鉄火場、盗難車や盗品ブローカー。戸籍の売り買い、臓器売買の噂・・。そしてそんなところに限って、心霊スポットがある―――。橋の小さなトンネルの傍の屋台や、キッチン・カー。アコースティックギター片手に夢を追いかけるレディオボーイ。太った蛙のような居酒屋、ムカデの威嚇的な形相をするバー、夜は水盤に入った水栽培のヒヤシンスみたい―――だ・・。水溜まりを覗き込んではいけない、それは古井戸の真暗な底を差覗く時のように、「死」や「暴力」の催眠術に掛かってしまう―――から。路地裏、それは―――古びた家、痩せた犬、廃市を流るる堀割の水のごとく尽きざる物思い・・。歌舞伎、傀儡、踊念仏。追放され、漂泊し、集落の境界を彷徨う、絢爛を極めた言葉の豪奢な織物でなく奇怪な心象風景の、しじまを破る時・・・・・・。その男は薄暗い路地から出てく―――る。金髪で、両側面に剃りこみを入れ、段々上って来るひよめきのために轟いた。工事現場。強固な中心や幹線が形成されて―――ゆく。入れ墨を覗かせている。しかも、サングラスだ。鍛え抜かれた剥き出しの肉体にタンクトップ、そしてダメージジーンズ。がらがらがら、とラーメン屋へ入る。行きつけの店だ・・。夕方になっても電気をつけず、中島みゆきの『糸』を聞いて一人で涙を流しているような、頭のおかしい店長が作るラーメンが美味しい。街全体がヨギボー、人を駄目にするソファーのような構造を持っているが、人というのは、自分を保護してくれる人を嗅ぎ分けて、すり寄っていく習性がある。―――店内禁煙は珍しくないのだが、ここでは煙草を吸える。うんと冷えた瓶ビールを頼み、コップにつがず、栓抜き代わりに歯で蓋を開けて、そのまま飲む。 *539 ゆさぎと風呂 白いゆさぎ達はお茶を飲みながら待つ。 ゆさぎーずは五匹いた、のんびりと待つ。 だべさだべさ、訛りながら待つ。 お風呂が沸いた音が流れる。 「見るからにテードール・エスティシャン(?)」 「馬鹿だこいつ、オナホール・レンコン(?)」 「もっと馬鹿、テオドール・エステン」 「曲名は、人形の誘拐(?)」 「馬鹿だこいつ、人形の夢と目覚め」 ゆさぎ達は元気である(?) 洗面所へ行き、服を着ていないのでポージングをしてから、 「こたつやガスの元栓、戸締まりしたか(?)」と言う。 「でも外出しないから大丈夫」と言った。 がちゃっとバスルームの戸を開ける。 一般的な お風呂は一坪タイプと、一.二五坪タイプがある。 幅と奥行きがそれぞれ一.六メートルと、 幅が一.六メートルで奥行きが二メートルだ。 窓には水滴が溜まっており、声は反響した。 それはリバーヴ、と言う(?) マニアはいつも発音から気をつける。 「リバーヴ(?)」と言いながらうさぎーずは、 にっこり、と可愛く笑った。 それは精霊や山彦のように幼児の魂を体現していた(?) 一匹のゆさぎが、入浴剤を浴槽にぶちこんだ。 眼がらんらんとしていて、ちょっと楽しそうだった。 「ジャスミン(?)」 「馬鹿、ゆずの香り」 そう言いながら入浴剤のシュワシュワしたのを眺める一同。 それは何かの弔いの儀式のようにも見えた(?) 「スライム風呂、一〇万粒のぷよぷよボール、ドライアイス、 ニベアクリームでお風呂、LUSHのバスボム全種類・・・・・・」 うさぎは、顔をしかめてから、金かかっていていいなあ、と言い、 「お風呂は楽しい(?)」と言った。 「なあ、性転換しても女湯入浴は罪になるのか?」 「わからないけど、多分だめ。でも、時代が変わったらオッケー(?)」 うさぎ達はそして、軽い(?) 「どうしてアニメの修学旅行回や、温泉回で、 女湯と男湯が入れ替わるのか?」 「わからないけど、多分それは、神様のいたずら(?)」 ニハーッ、とうさぎーずは笑った。 ―――オスだった(?) 風呂には鏡や髭剃りや、頭皮マッサージブラシや、 バススリッパ、ボディタオル、軽石、シャンプーハット、 それからシャンプーにリンスにボディーソープがある。 だが殆どはうさぎーずには、いらないものだった。 ウサイン・ボルトにはいると思う(?) シャワー付近にあるバスチェアに腰掛け、 シャンプーをたらーっと前脚で受け止め、 頭部に天使の衣のような雲があるがごとくしゃかしゃかし、 風呂桶で浴槽から汲んで、ざばーっ、する。 五匹はそれを生真面目に、律儀に、礼儀正しく繰り返した。 次はリンス、次はボディソープ。 風呂は若年性認知症が流行り出すので、何をしていたのか忘れてしまう。 それを防ぐには、みんな同じことを繰り返すのに限る。 だがそんな風にするものだから、 もはや泡か、白いうさぎかわからなかったが、そうした。 そうして、次々に風呂のふちへと滑りそうになりながら立つ。 まるで不規則な林のように手を動かし足を動かした。 それから、スッと足を入れた。 「あふっ」と言いながら、戻し、 「あふあふっ」と言いながら、再び入れた。 そして、五匹顔を見合わせて、うさぎーずの一匹が、 じゃぼんと入った。いいお湯だぞ、と耳だけ持ち上げた。 それでどうして耳に水が入らないかわからない、 と何故か言ってくれた(?) リラックスした、モフッとした顔をしていた。 頭上の蛍光灯のようなものは地平をまろやか染めていた。 ホホウ・・ッツ―――王道、と何か通みたいな言い方をした。 あそびたわむれた極上の仙境がそこにうかがわれた(?) それを見た他のうさぎーずは、どぼん、どぼん、と次々に入る。 うさぎ投下・・・・・・。 ホホウ・・ッツ―――王道、とすぐにパクってから、 「ふう、一日の疲れが癒える」と言った。 ホホウ・・ッツ―――王道、とすぐにパクってから、 「身体が白く磨かれていくのを感じる(?)」 「それは気のせい、風呂は研磨剤と違う」 うさぎーずは、それから一番大切なものと言って、 あらかじめ用意しておいたビールのミニ缶を出した。 フィーバー(?) ヒョオオオオオ、待ってたましたー、といきなり校歌を歌った(?) 「眠ったらどうする?」と最後に聞いた。 「死ぬ」 「でもその時はその時(?)」 うさぎーずはビールで乾杯して十分ほど頑張ろうとしたが、三分もすると、 ちょっと熱すぎるなと言って、浴槽から出てボテッと寝転がった(?) ぬるくなるのを待とうともしたがジャストシステムは採用されていない、 水を入れて埋めるのは邪道だ、と何故か言ってくれた(?) 「日本の風呂だよ(?)」と一匹のうさぎが言った。 「西洋のもいいとは思いますが、足がのばせるといいますが、 やはり、日本の風呂がいい」と言った(?) 「でもビールがちょっと足りなかった(?)」 「あと、枝豆や冷ややっこのようなものが必要だった(?)」 「まだまだ風呂の研究は尽きない(?)」 うさぎーずは、タッタッと足早に風呂前に整列し敬礼をし、 歯ブラシを持ってきてみんな仲良く磨き、ガラガラペッ、し、 風呂場を後にした。 後には清潔なシーツとあたたかい部屋とやさしい夜があるだけだ。 *538文明哲学空気が冷たくなる。骨体標本とダンスをしているみたいだ、病弱な僕等、少女の羞恥のようにつつましく微笑んだ。結び目を付けた紐さ、拘束具―――さ。七十億もの人々がいても、東京ドームに入れなくちゃはかれない、統計や心理学のデータとか何々における参考資料とかね、雑踏や、駅のラッシュ時には人が溢れる、この中の一人ぐらい消えても死んでも殺してもって考える。優しく心に絡みつく一瞬だけど、それを無視するようになってから少し気が楽になった。自分には関係ないが合言葉、そして自分が同じ目に遭ったら反対のことを言う。悪い奴だよアンタ、もう道行く人を三枚に下ろしたり、これ以上ない残酷な殺し方ばかり考えてる。階段のところで不意に立ち止まると眠りが浮かんでいる、神様どころか権力者や法に騙されていると知りながら働く、子供を産む、社会のネジの一つになる。そして餌食さ、生贄さ、救済措置なんか一つもない。無限の束の間、君はなんて厭らしいんだろう、そしてなんて卑しいんだろう、素敵だからもっとインスタグラムして。まったく下らないテレビショーを始めて、よ、素敵だから加速度どんどんつけて空っぽを磨く。戦争放棄は立派さ、でもミサイルが落ちてきたら一巻の終わりさ。そうならないっていう理屈を知っていても、おいおいって思う醒めた眼をした僕もいる、だってもう戦争が起きてるんだぜ。奴隷の再生成、輪廻転生、本物の自分。饐えている、悪草だ、朽木だ、うっかり手が触れると、嫌われるのが怖くて饒舌になる沈黙恐怖症の君だ。恋しいような淋しさがあるね、永遠っていうのに―――は。人生厭になった、死にたい、馬鹿馬鹿しい、そんな気持ちを矯正するプログラムより、それがまともなんだよって言ってやりたい。頭がおかしいのはきっと僕の方さ、世界中の嘘を呑み込んで鯨どころか大宇宙的領域に達したのさ。孤独は宗教のようにマルチ詐欺した蟻の巣。曼荼羅なんてとんでもない、イルミナティと一緒さ。これほどまでに貯め込んだものがガラス皿の上で、秤の上で、ひとりでに骨にならないなんてそっちの方が不気味さ。吊りあがった眼をしながら爬虫類の眼しよう、ぜ。前頭葉が戦争を始める仕掛け装置なのさ。健康寿命が不平等に拍車をかけて愚か。異常思考気味の熱い砂の上に置かれた魚。見え透いた言葉じゃ心の襞を解きほぐせないね。なんというか、なんというか―――ね、そういう時代だねってお茶を濁したい三秒前。受胎した川魚の腹をぐにゅっと押しつぶすように、君は半開きの唇で笑い声をあげていたのさ。イジメって最高だからXしようよ、ティックトックしようよ、もっとうすっぺらい奴らのきれいごと並べて、よ、素敵だから修行僧はしゃにむに空っぽを磨く。殺人鬼についての資料をいくつか持ってるんだ。それから様々な死に方の本もある、ね。色んなことを知りたかった、でもさ、缶詰で作る料理の本はリアルで使えても、詩には使えないのさ。食べることがいけないなんて誰にも言えないさ、でも人を食べてはいけないって決まっているのさ。きっとその理屈でいけば、僕と一緒さ。でもさ、本当に人を殺すっていうリアルまで進んだら、人間社会では使えない。しちゃいけないって制約がホラーの不文律であるんだ、たとえばホラーの文章を書くのに色恋沙汰は厳禁さ、明るい書き方はしない、そんな具合にね。でも、そうやってライト化は進んで、みんな馬鹿になって、気が付いたら内容だけがハード化したのさ。最初は戸惑ったよ、空に浮かんでいる日常生活っていうのかな、常識が何処にもない―――んだ。暴走してる、氾濫してる、なんだったら滅茶苦茶だ。けれど誰にも止められないよ、ここまで進んだら民意さ、時代の声さ。鬱病が増えたんじゃない、鬱病になりうる養成プログラムが現代社会なのさ。そんなひどいことを言ってって思うだろう、逆さ、僕は君の数千倍のストレスを感じている。生きてるってどういうことなんだって君が僕に問い掛けたら、僕は相手を見て、やっぱりどこまで理解できるかを考えて、マシンガンするだろうと思うよ。情熱がなければ、人に伝わらないから、ね。けどさ、僕がこうやって生きたとどれだけ言おうが、君にとって何の価値があるんだ。これは歴史にとってとても重要だって説き伏せたところで、これから死にゆく君に僕の言葉の何が必要なんだ?学校に遅刻する夢を見た。いまでも時々会社に遅刻をする夢を見るんだ、生の子牛のレバーの切れ端のように脂で汚れた肺。ハッピーエンドとか、努力は報われるとか、―――むごいことを言うのはもうやめろよ。一人の命が失われようが、お笑い番組観るのさ。げらげら笑って、こいつらみんな頭おかしいのかって思うだろう。グロテスクに迫れよ、リアリスティックに挑みかかれよ、心の奥ではみんなそうなのさ、キチガイっていうのもそういう錯覚の中にあるのさ、どのレベルで、どの範囲で、どういう考えでって僕なら考えるさ、たんにルールがわかっていないだけさ。それがどんな意味や理由を持つかなんて考えないのさ。僕はずっと考えてきた、小さな切り傷のある人差し指を握って、赤い血が滲み出てくるのを眺めるようにね。―――自分の気持ちぐらい、堂々と言えよ。ありあらゆる欲求を抑え込んで規定量を超えた仕事が、僕自身を深淵にし、食虫植物の蜜壺の沼にしたのさ。SNSは誹謗中傷罵詈雑言、街ゆく人はよろこべすれっからしの人間の出がらし。生きていても死んでいても透けても壊れても一緒さ。義援金出しませんか、ひとりでやれよって思う人間がいる。同情誘って、他人につけこむ。でも何もしないよりはマシさって本当に思う、だったらもう人に何をいわれても構わない、したいようにするんだって言えるのかって考えた、そんなの出来るわけもない。立派な行い、優しい立ち居振る舞い、人間として信頼できる態度。魔法の呪文がそこにあるってわかっているみたいなものさ、でもその魔法の呪文は絶望を暗示しているのさ。ひとたびそれが機能すれば世界中全部が滅ぶ。僕はつくづくそのように考えてる。だって何も言えなくなってしまう。毒にも薬にもならない言葉なら何も言わない方がマシさ、糞なら便器に溢れてる、なんなら下水道に流れている、もしきれいごとを言うなら天使の翼でも生やしてやるさ、そう思っ―――て、羽根をまき散らして、あざみのように血が滲んで、眼を閉じたのさ。死ぬ覚悟がなくちゃ何かをしようなんて絶対に思えない、ぜ。―――だからお前等はおかしいのさ。人間身に余るような高い目標を掲げていると、人の嫌なところや駄目なところがありえないほどよく見える。苦悩に苛まれるのは優しいからさ、優しいっていうのは弱いことさ。半分は理解していない、きちんと文章を読み込めない。さらに半分、一段階をクリアしている。さらに半分、二段階をクリアしている。でも同じさ、本当に何かをきちんとしている連中じゃない、純白の首になまなましい絞首刑のような首輪のあとが残る、そこに黒水晶のような鬱血したあとが残る。―――わかる必要がないと言って、久しい。浮気している女が、心の青い鳥を気取っている、ぜ。違うだろ、それぐらいしてもいいって思ったんだろ。スイッチが入るんだ、破滅のファンファーレ鳴ってくれ。素敵だからもっと胸もとを開いて脂肪の塊見せつけてよ、頭の中に藁が詰まっている人間の顔を見てたいんだ。さあさあ、まったく下らないテレビショーを始めて、よ、素敵だから加速度どんどんつけて空っぽを磨く。生きてるのが嫌になった、いやいやそうじゃあるまい、生きてる価値のない奴がようやくマトモに気付いた、一秒だって我慢できない、あなたは世界を本当によりよくしたいとは考えないの。一ミリだって理解できない、この暗い世界の蒼褪めた気圏に蝋燭が見えるこの街。空気が冷たくなる。骨体標本とダンスをしているみたいだ、病弱な僕等、少女の羞恥のようにつつましく微笑んだ。何千年も僕等答えを探してきた、泣けるだろ、全部空っぽ―――さ。 *537pricey皮肉なアディショナルタイム。(touch 跳ね上がる heartbeat)で/もで/もカラメルで色付けたようなぎこちなさ。おとなしくしていても怜悧なのさ。平均演じて、憑かれた亡骸の無力の数。この忌々しさはボタンを押して起動するプログラム。トドメ刺し損ねた十五の夜。理屈 卑屈。「貪る衝動を続けている二本の腕、、、」フィーリングトーン―――さ・・・。『かぶさっている、逃避行、飛び火していく承認』いつものフラクタル幾何学―――で・・・。ピアノの弦のように緊張して蒼白い顔、微粒子が安楽椅子になった、「ショウキョ、シテ(消去して)」街の灯をやわらかな花弁で包んで、"既読"と“未読”手こずってる、ステキなホワイトノイズ塗りたくって、谷/川キレ、ニセモノの絵、(satellite廻る、)赤と青 ゆっくりと混ぜられてゆくのがいいの。黒と白 正しいと間違っているが足し算引き算して。(未来永劫の―――世迷言・・さ、)「授かった才能の夢の上の爪、、、」メトロノームコンチェルト―――さ・・。『おっかなびっくり、課すプロセス、やってきたアクセス』どんなリズムでも薄れてゆく印象に、塗り足してく―――ルーザーズ・・・。(熱異常が細胞障壁にあたる塞翁が馬、、、)流れた/んだ/よ覚めない夢の中、城壁のような四方八方、ふんわりとガーゼ、上弦の月、ふんわりと灰色のフランネルとミルク色の霧。(テキトー、テキトーナイト、)石鹸の泡、白墨の粉。要らないシーン、炒らないシーン、煎らないシーン、(SCENE...)“愛ぐらい、ある、よ”あー気の狂ったガラクタ噛みつく、葛藤チューン、リピートは有耶無耶な未知数に煮詰まる、さりげないぐらい執着したプランケット、リセットされるのが早過ぎる超えた禁止の向こう側。反響した声、加速して、折れ曲がったまんまで、アプリコットオレンジ(が、)ダンス、壊れたまんまで、アプリコットオレンジ(が、)ダンス、皮一枚で繋がれたまがい物ばかりの不健康な喝采、(m...e...l...t...d...o...w...n...)踊る人形の形にほぐれてったゾンビの援軍、"僕"と“あなた”ならこんがらがってる、キス・ミー・ハニーの手練手管、皺/蛇サラ、もうさらさらな絵、(satellite廻る、)赤と青 ゆっくりと混ぜられてゆくのがいいの。(の、)ってはぐらかしたいだけ。黒と白 正しいと間違っているが足し算引き算して。(て、)って終い引き取るつもりはない、よ。皮肉なアディショナルタイム。(touch 跳ね上がる heartbeat)で/もで/も化石になっちまう、よ、水になっちゃっ、た、ら。空っぽになっちゃう、よ。夜になっちゃう、よ、ね。達人演じて、焼かれた蜘蛛の糸に渡る夜の水滴。ミラーボール、空振り三昧の角度からの陰画横行。まるでネオンジャングルのミステイクなメッセージ。因果応報。夜更かししたまんま保健室の呪詛、濡れた舌。インってどんな漢字だったっけ?延長、緞帳。「魔法みたいにさ軋んでいるハリボテの意思、、、」ナーヴインパルス―――だよ・・・。『揺れている、逃避行、飛び火していく承認』もつれた夜をデリバリーした・・。もう、ピザした。だからエリザベートした。(テキトー、テキトーナイト、)石鹸の泡、白墨の粉。要らないシーン、炒らないシーン、煎らないシーン、(SCENE...)“愛ぐらい、ある、よ”流れた/んだ/よ終わんないエゴとイドの中、真珠の玉になれぬ悪性の腫瘍。パッラパラッパーでリズム。リウズ。リリウム。リズムがないと地獄と天国を行ったり来たり。(で、ほらまた、)ふんわりとガーゼ、まだ空の奥に残ってる、声、顔、ふんわりと灰色のフランネルとミルク色の霧。―――消えや、しないもの、が、ある。“愛ぐらい、ある、よ”十五歳の時のように爛漫な濡れた刃でいて。“愛ぐらい、ある、よ”十五歳の時のように月よ息して、その肺に噛むから。 *536違うよ。全然違うよ。アンデス アズ ジュースは、マルチの味がした都会の街で、お散歩。寒いからね、ふわもこミトンの手袋して。エベレストのぼれる重装備して、みうごきがとれない。Let’s go!!!名前の知らないファミレスに入りたい。けど、外洋定期船に乗るからちょっと無理。マグロでも蟹でもいい、あたすは名うてのパイロット(?)ラッタラッタ☆ウォーキング☆彡ラッタラッタ☆ウォーキング☆彡めひょーのポーズ(?)ほくとひゃくれつけんうおおおお(?)そんな眼で見るなよ猫、お姉さん、照れちゃうぜ(?)ヘイヘイ、Kiss me! Kiss me!(?)ヘイヘイ、Hold me! Hold me!(?)巣窟(←すくつ、としか読めない病気)あたすは今日も既読ゼロ件。たえず痒みを与える、おつかいじゃんけん。「すーはーすーはー、絶対プロテインやってるだろ(?)」ゴミの街、屑星おちすぎ疑惑の本場(?)「なあに、かえって免疫力がつく(?)」ふぇぇ…スマホの充電きれたよぉ(?)冬メープルシロップでべたべたにしてやろうか(?)Let’s go!!!稀によく行ってるよ友達と(?)あたすは人気者だから、デルモバーゲンセールだから、デパチカっていう線香花火でボンバーマン(?)硝子窓にあたる!!!!熊ん蜂!!!!!!グンマー王国!!!ガンジーでも助走つけて殴るレベル!!!ラッタラッタ☆ウォーキング☆彡ラッタラッタ☆ウォーキング☆彡「・・・・・・円盤に吸い込まれて、しまいそうな夜だなあ」「・・・・・・牛ですか?」「・・・・・・愛の言葉さ(?)」「・・・・・・ボーヤだからさ(?)」ニコニコして足元がお留守なのよ、ずってんころりんしたらお姉さんに笑われた、超はずかしー、でも、くじけない。それが―――。ふいんき(←なぜか変換できない)しぇーのポーズ(?)ほくとひゃくれつけんうおおおお(?)そんな眼で見るなよお嬢ちゃん、そっちの気に走っちゃうぜ(?)それでもいいならよろしくお願いします、あせあせ、そっちがそのつもりならこっちもおお(?)ナパーム弾で挑んで、踊って、はじける覚悟(?)ヘイヘイ、Kiss me! Kiss me!(?)ヘイヘイ、Hold me! Hold me!(?)チャリで来た(?)ヤフーでググれ(?)真夜中、星座は点と点つないで、日本列島星座魔術委員会の立ち上げ(?)Let’s go!!!都会の街で、お散歩。寒いからね、ふわもこミトンの手袋して。エベレストのぼれる重装備して、戦隊ヒーローの歌を口ずさんでる(?)そしてクラスメートの女の子とばったり、コンビニ。開口一番、「・・・・・・しゅき、な、人はいますか?」優しく笑って頭を撫でられた。って、おまえなにしてんの、いきなりおま、なにしてんの、ちょっとかわいいからって、いきなり―――友達ステーキ(?)ラッタラッタ☆ウォーキング☆彡ラッタラッタ☆ウォーキング☆彡 *535楽園本当に当たり前のことだけど、世界はイリュージョンなんだよ。膨大な情報処理に深さを与えている、棄てられた感覚情報による、実はもう一つのシミュレーションを、生み出している。脳は常に遅れながら、ズレながら、時折間違って、未来へ踏み込み、まったく別のものを見させている。それがデータ化や、モジュールのお化け、継承と多様の複雑怪奇化なんだ。言葉が葛藤から、調整と対策の中で、バグりだしてきたよ。完全な一致を目指すには、ありとあらゆることを、解き明かさなくちゃいけない、いつかの僕等が見ている完璧な世界、それはありえないほど、壊れていて美しい世界だ。 *534(・・・・・・レンズからスクリーンまでの距離は、離れている方が大きく映る・・・・・・とまれ感情the world moves quietly(タロットカードの雪花石膏的な思い込み、)「ドーナツの穴」と、 『毛布とベッド』光冠爆発(最も輝ける熾天からの、――溶融金属・・・・薔薇と遊星、裏返された深海、遠くきれぎれに孤独のさみしさを訴える、(汝の使命を見つけ出せ、 鍵は鍵穴に差し込まれる・・)You were standing alone in it連想と類似の相学、上空四二〇〇メートルから見た、コロラド河の河口と、リヒテンベルク図形。the world moves quietly―――網膜の水分に浮かべている記憶、―――白い花粉のような、言葉・・。 *533少女の回想次はどの枝に手をかけ、どうやって高い位置までのぼっていくか、それが楽しかった、田舎で、原始的だったのね。筋肉とバランス感覚でのぼりきって人心地つくと、自分が立っていた場所が俯瞰できる。馬鹿と煙は何とやらと言うけど、高いところが好きよ。猿から人間へ進化したという説には疑問も覚えるけど、高いところで暮らしたい気持ちには、あの電車も、交通渋滞を起こしている車も、人家も、トラブルの種子ってことね。毎日でも遠くを見ることは目標を近くすることよ。具体的にそうしたいものがあるならずっとそれを眺める。そうするとそれは必ず自分のものになる。人の心って不思議だわ。ねえ、椰子の実で毎年亡くなる人がいる。でも椰子の樹を伐採しようって思う人はいないわ。でも公園の遊具で事故が起こったらその遊具は撤去されるの。危ない、やらないで。そして切れない鋏を渡すの。その時、椰子の実を切らなかったのは、利益だと認めるようでわたしには納得がいかなかった。切れない鋏はつまらないわ、包丁で手を切ったことのない人は、危険だってことしかわからないのよ。一歩間違うと何だって危険なの、でもねある日、樹にのぼったら隣に小鳥が止まったの、わたしはその瞬間、意味を感じたのよ。わかるかしら?人間同士の会話も大切よ。だけど、人間以外のものとの会話も大切よ。ひとりと一匹でもいい。ひとりと一羽でもいい。わかりあえないことをおぎないあうみたいに、そんな小さなことが音楽の伴奏や、香水の薫りのように思える。答えなんかないのよ。あるのは、そこにおける答えだけ。人はひとりだわ、鏡の向こうのあなたがいるだけ。 *532病人だかりの中で、吐く息が冷たい。絆創膏の、選ばれなかった子らが、本当はなかった傷を、欲しがっている。部品の病気。関係の病気。触れればはじけるほどの、熟しきったあやうさをそなえながら、身体の底から凍ってゆく。せーので飛んだ、でも落ちて行ったのは、敗北者、離脱され、人間不適合者、漂流し、失格者、堕落し。まるで南極みたいだな、不正確な言葉だ。それでもペンギン達が歩いている、巡る神経毒、酷く傷んだモノローグだ。ところであの雑居ビルで、首吊り自殺があったらしいぜ。こういう時代だ、蛇の抜け殻のような浄瑠璃の一節。椅子が、寒いなって言ってる。燃やしてやろうかって言ったら、笑い声が聞こえる。世界を諦めた―――ら、少しだけ気が楽になるんだ。聖人なんて何処にいんのさ、今日も頭が膿みそうなニュースばかり・・。三百年後の彗星なんか見れるわけもないから、鮮烈に開花する時代の産声だ。そしてそのはらわたのごとき幾千の眼をもって、人間のふりした爬虫類どもが歩いている。飢餓の内臓。貪欲の前頭葉。オペラグラスなら見えるか、望遠鏡なら見えるか、老眼鏡なら見えるか。人間の孤独を欺きながら、生の意味に背きながら、愛に謗られながら、言葉に縺れながら―――。愛って何だ、喰えるのか。金が一番大切だ、狂える金が一番好き。愛って何だ、喰えるのか。(美味しいのか?)腹壊さないのか。(腐ってたのか?)夢から醒めた羊たちは、都会に咲く花になるんだろうか。透かし彫りにも思えた美しいあの青い鳥は、夢の屈曲部や浅瀬で、本当の色に戻っている。幸せなんて大それたものを背負わされた鳥は、血だらけでいつでも死のカウントダウン。犬の鼻がそれを嗅ぎつける。幸せ、それは他人の不幸を背負い込む人形。羊の耳がそれを聞きつける。幸せ、それは生贄主義の都市の決壊したダム。別に珍しくもねえよ、障子の穴。ここはプライヴァシーのない監視社会。秘密を盗むのが夜の掟。即物的にとらえられた、分岐する場所。あの日のあの場所のあの時から、やっぱり人間の屑。無意識のあなたが見せる表情。十二時を過ぎると、恐怖の河や毒の谷をくぐり、地獄の底まで降りてゆく。細かい記憶は夢のように薄れて、拷問部屋へ入っていった君。これからずっとそうさ、切り刻んで、ぶっ壊して、犯して、まともなもの何一つ残らない、人間のガラクタ。人だかりの中で、吐く息が冷たい。真夜中の霜のせいかも知れない。(手を切られてしまった、)仲間のふりした亡霊が棺を担いでいったからかも知れない。(足を切られてしまった、)ああそれは俺だ、やめてくれ。(頭もないんだ、)顔がもうない、笑い皺と歪んだ唇。ああそれは俺だ、やめるわけもない、感情が爆発する、満員の観覧席のようなビル街が、ぐるぐるぐるぐる廻っている、メリーゴウラウンド、俺はいま何処にいる、俺はいま一体何をしている。自分を棄てたらどんな痛みも消えると言う、幻肢痛も揮発性のもの、生真面目に考えるな、その瞬間すべての記憶が隅々まで花開く。眼を開けたら、―――そこは人間が一人もいない世界だ、痛みというのがまったくない、何もかも吹っ飛ぶほど色んな段階をすっとばした、そこで僕等はみんな一人の夢を見ていた。 *531窓辺の蜘蛛spider on the window虫を殺した、虹が一日中消えない、百年前の今日のような無知。最初に持ち込んだ物質は、地球上には残っていないだろう。 *530夢を叶えてドラえもんトワイライトカタストロフィーサザンクロスなんだよ。昨日の敵と握手をしよう、よ。そして中身のないインスタグラムして、もっと中身のないラインしようよ。残響の蝕、shock、ディストーションの、ご褒美。君は十年前に別れた友という設定。そして見下ろす土地は、宇宙人が侵略してたという設定。パルスラビリンスカルネージなんだよ。全員馬鹿なんだから、いまさら正気に戻るなよ。you、憂、全宇宙的審判、グラヴィティディーヴァ。最高の夏にしようね。水着回作って、あと無理矢理伏線回収して、やっつけ仕事するよ、おかねほしー。 *529allergy love海辺の博物館のクジラ模型してよ。精も根も尽き果てた、わたしは、月面の無重力の中。雨が六角形だったらいいのにって言ってくれた人、六角形は自然が作り出した、最小のエネルギーで最大の効果が得られる特別な形、そしてもっとも安定した構造。盗んだ自転車を返すよ。 *528愛すべきヒーロー僕もね、拷問部屋で人差し指を切断するんだ。次の日には、監禁。その次の日には、悪魔を呼び出してかくれんぼをする。コンマ二秒で人生決めるのは無理だけど、人生決めちゃった人が、電車に飛び込む。刺激がはずみをつくる。欲望に際限はないのさ。けどね、僕は涙の流れない感動を覚えたんだ、株やFX、特許の手続きぐらいじゃ琴線の震えない連中に、終わらない手記を考えたんだ、科学的知識や、国家情勢、生きる知恵なんかも阿保らしいや、僕は回遊魚の夢を見、死んでもまだ、続くムー大陸。コンマ一秒でゲームを演出するコマ割りになるよ、救いようのないものが必要な時代なんだね。蛆虫をわかせて吐くぐらいグロテスクになろうぜ。ニートやホームレスだったら殺していいって言おうぜ。必死に面白がっている内に、一体それの何処が面白いんだかって思うような悟りがあるぜ、ありとあらゆる変態どもがしのぎを削って、ゲバラのTシャツを着るよ、そしてカリフォルニアが浮かんだ。人が死ぬのが面白いって感じるような歪んだ心を、欲しがっているような世界じゃ、困っている人を虐げる、真面目な人を馬鹿にする方が面白いらしいや、これがSNS、これが底辺教育の金字塔。漫画を捲るたび、ゲームを見るたび、音楽を聴くたび、映画を観るたび、おかしなことになっちゃったなって思う、想像力を働かせる必要がないよ、大切なのは瞬発力で、分かり易い絵だけさ。頭の悪くなりそうなことはすげえ気持ちいい、いかれたふりをしていたら超人になれる。お馬鹿さんたちが勝手にフォロワーになる。どうなってんだろうね、息苦しいよ、まるで社会に復讐して、お門違いな正義を、認めさせようとしているみたいだ、こんなんが愛だぜ、すげえ気持ち悪い、でも全員すげえ気持ち悪い、それが愛だぜ。愛って言ってりゃ何でもありだぜ、おいおい俺は表現者だぜ、時代の声だぜ、みんなが望んでるから大量殺戮を描いたんだぜ。もっと殺すぜ、もっと腰を振りながらな。気持ち悪いぜ、でもそれが愛だぜ。死んだらいいのに、でもそれが愛だぜ。 *527youth下手糞な字で残した机の落書き、葉先に残った水滴のように乱れている。最小単位の星のあかりだ、蛍光灯はうす絹のごとくはためく、融けた鉛、銀の鉱脈、君たちはゴールドラッシュをまだ信じていい、十代は若くて、潤んだような明るい瞳が、ルートを伝う、エリア五一かも知れないけど、それが未来だよ。不安に駆られた奴から負けて、自分に自信のない奴は、世界から放り出される。 *526Emptiness passes by狭い咽喉を伝っているそいつも、眉間に貼り付いたそいつも、蒼い顔して、笑いたいような悲しみが流れた―――。金色の輪郭で、髪の毛をなびかせている・・、日の光に満ちた空気は地上から僅かも距っておらず、それでも枯れやすく変質しやすいものが潜む。当分の間、こんな短編小説ような気分が続く・・。水のなくなった川床のぶざまな夏を思い出す―――よ、こんな頼りない、情けない、早期性痴呆・・。善良な醜い植物、花は女の雰囲気がある。雑草の陰に、赤の他人の旗があるよう―――な、空き地に石が敷き詰められ、水入りの風船が萎んでいくよう―――な。合図している光の先で、涙で汚れた頬や、長い睫毛、枕にかかった髪の毛を思い出してばかりいる・・・。―――そんな、自ら枝を失うような小賢しいことを。可愛くなり始めたのか、段々美しくなっていったのか、それは―――世間相手の暮らしそのもの。肉体全部の神経をそなえて内的完結の指向をしたけれど、緊密な細い声が聞こえる、騙したところで、昔の自分を―――おちょくってみたところで、問いに一つ一つ微笑みながら、美しいほど黙っている君よ。まだまだ保険請求をする、まだまだ連帯責任が必要なんだろ―――う。夏が自殺する、頭に呪物崇拝者のようにハイヒールを載せようか。死体が映るのは、最初か最後と相場は決まっている。猫が鳴いている、君は何処で生まれたんだ・・、君も兄弟や姉妹なのか、他人を遡っていけば、細胞レベルで、原始レベルの感覚で何かに触れ―――る、血を吐いたことがあるかって聞かれた、地獄ってどんなものなのかなんてわからな―――いけど、遠い電車の音が聞こえ、道路にはシュプレヒコォルが溢れてるよ。しんとして、一体何を考えているんだろう、不安の漲った湖のおもてをこれ以上なく波立たせて、真っ盛りの雰囲気で、見る場所と時を狂わせ―――る。嫌な雲が涌いてきて、風があとずさりしたようにのっぺりと吹く、きっと悲しい秘密を大地に囁い―――て、曲がりくねった川の模様に染めるんだ・・。時計が壁に掛かっているそいつも、コップの中の歯ブラシのそいつも、蒼い顔して、笑いたいような悲しみが流れた―――。空っぽの記憶を磨き上げようって思ったのは正しいの―――か、わからないけれど、言葉は風に舞う一枚の紙きれ・・。壊れてゆくメタフォア、何を言っても、考えても、メタフォア・・。はてなき浪の蕩揺い、秘密を握ってはなさなかった知る心、見る心、陽下に燦たる香彩を開きながらひとすじの気持ちに打たれる。雨が降ったら、半熟卵を食べよう。雪が降ったら、この空気の匂いを馳走に酒を飲もう。水素を充した石鹸玉、鳥も虫も獣も何一つ姿を見せずに、軽くゆすれる髪だけが水銀のリボンとなった。 *525黒い貝殻のように光る自動車の窓。タクシーの中の後部座席で、靴の中の小石になったような気分を味わう。法人タクシーは約三七万人。個人タクシーが約四万六千人。日本の労働人口が約六五○○万人だといわれ、つまり、約一六○人に一人がタクシー運転手。ちょっとした会話の断片的な情報から、所属する会社を言い当てる辻占みたいな人もいると聞く。足掻けば足掻くほど底のない深さに、身を没してしまいそうな時代における、タクシー運転手。基本的に最大で月に一三日しか働けず、タクシードライバーは、朝から翌朝まで働いて、次の日は休みを繰り返す。ちなみに稼ぐ人は八○○万とか一千万という話もある。都市伝説みたいだけれど、大真面目に、だ。もちろん、カラクリはある。法人ドライバーの営業スタイルは、街中での「流し」と、特定の場所の「着け待ち」に分類される。でもどちらにも固定客が百いればどうだろう。たとえば、単身赴任のロングの客を狙えばどうだろう。優良企業の重役なら単身赴任用の宿舎も一戸建てで、空港への往復も会社の経費でタクシーが使える。そんな客を相手に出来るタクシードライバーは、得意な観察眼を持っている、一種の推理日誌状態だ。「稼ぐドライバー」は緻密な計算や分析の下、コロナ禍の中でも売り上げを確保する。タクシードライバーの平均年収は三五〇万から四〇〇万だ。これを一種の飼い殺しの状態、きちんと働くだけでお金を貰える状態といえるかも知れない。タクシー業界では各種法令に基づいた年齢による制限はないので、身体が元気であり、一定の条件さえ合格すれば、八〇歳でも現役タクシードライバーとして働き続けることが可能だ。また「会社のお抱え運転手」となることもある。ちなみにこちらも一千万稼いでいる人がいる。秘密業務ともなれば、眼ん玉ぶっ飛ぶような金額も有り得る。ただどうであるにせよ、「何もしない人間」と「何かをする人間」には、いくらでも差がつくのが社会の掟なのだ。「喰われる側」と「喰う側」というと、社会派あおり漫画の読みすぎ疑惑があるが、漫画一つでも面白い人はありえないほど面白いのだ。一千万を稼ぐことはステータスにすぎないし、全体の僅か数パーセントにすぎないが、場所と時間と人の流れのデータを取り、人の行動パターンをよく考える。回転率の商売だ。長距離客の出る会社、ホテルの空港からのリムジンバスの到着予定時間、駅から離れた工場や建築現場などに向かうスーツなどなど。様々なノウハウはさながら、「検索エンジンに評価される記事」みたいなものだ。石油公団という特殊法人のことは知ってる―――ね。国は北極で石油の採掘をさせてその費用たるや、一千億円、しかも一滴も石油は出ていな―――い・・。僕はマーケティングは嫌いだけど、「成果が上がる文章」というのに眼を通す。知らないよりも知っている方が価値が出るし、その方が流通の上でも、モチベーションの上でも高くなる。どんな仕事にでも、「名人」や「プロ」という人が存在する。とはいえ、タクシードライバー云々というより、すべてのドライバーの天敵は「腰痛」と「痔」だ。腰痛対策はドライバーなら誰でもするだろう、ストレッチをする、整骨院に行く、サポータをする、塗り薬をする、身体を伸ばす、クッションを使う、などだ。痔をなめている人は本当にボラギノールに謝るべき、ふざけてんじゃねえぞ、ごめんなさい、なめてました。痔もひどくなると切除しなきゃいけなくなる、僕の奥さんの父親がそうだった。これがまあ、涙が出るほど痛いらしい。僕も色んな痛みに耐性を持っているマゾなところあるけど、なんだったらもう妊娠して子供産めるぐらいのところあるけど、痔の話を聞いて、奥さんの父親を思い出して、「ああ、こういう人が泣くんだ」「これは本質的にヤバいぐらい痛いな」と理解した。とはいえ、僕は大抵の人の話を鵜呑みにしない。もちろん、麻酔がきいている間は痛くない。問題は目覚めた時ないしは麻酔が切れた時だろう。僕の見繕ったところ、数日の辛抱だろう。徐々によくなっていくのは病気で治った人の感覚としてわかる、でもやっぱり痔は切除しない方がいいのかも知れないなって思う。タクシー運転手ってすげえなってちょっと思う。不規則な生活というか、お天道様がしずんでから仕事をする人のことを、僕は夜勤の仕事を思い出しながら思う、それはそれで楽だっていう人もいるだろうけど、夜中の工場の休憩時間、眠気とも違う間延びした感覚で、一体俺は何してるんだろうとずっと考えていた。 *524Let's have a meeting会議室、それは七人ルールだ。それから一人が増えるごとに生産性が、一〇パーセント落ちてゆくといわれる。ちなみに四〜六人なら、八〜一五平方メートル、一〇~ニ〇人なら、二〇~六〇平方メートル。会議室のレイアウトには様々あり、参加者が顔を合わせる対面形式や、複数のテーブルを並べて「島」を作る島型形式、プロジェクタースクリーンやホワイトボード、ディスプレイなどの機器を配置するケースが一般的な、コの字形式。参加者全員が互いに顔を見ながら緊張感を持って議論できる点が特徴の、ロの字形式。学校のようにテーブルと椅子を正面に向けて配置するスクール形式、椅子だけを正面に向けて設置するシアター形式などがある。壁にはカレンダーや、ファイルのぎっしり詰まった書類棚がある。議事録作成には会社に慣れさせる意図で新入社員が担当し、そうでなければ面倒くさいので押し付けられることもある。多くは殺風景な部屋で、場合によっては息苦しさを感じる部屋だ。席にはあらかじめ資料が置かれていて、パワーポイント資料をスクリーンで見せたり、注目を集める要素が欲しいなら演壇、大人数の会議室の場合はマイクなどを用いる。ちなみに貸し会議室も一般的で、ホテルやオフィスビルなどの一画にある民営の貸し会議室のほかに、公民館など公共施設内にある公営の貸し会議室もある。会議室でいわれるのが仮予約で、突然の客が来た時に利用したいのに、まったく使えなかったりすることがある。「スケジュール調整が終わったのにも関わらず、仮押さえしておいた予約のキャンセルを忘れていた」とか、「スケジュール調整に時間がかかり過ぎてしまい、結果仮押さえしていた会議室を使わない状況になった」とか、「空いている会議室がなくなることを恐れて、早めに会議室を予約したまま忘れていた」とか、だ。また会議室にも暗黙の了解というのが存在し、席次という、「どこに誰が座るか」という席順がある。会議や式典など、公式の場面で使われる言葉だ。上座とは目上の人や年長の方をお通しする「よい席で」下座はいわずもがな、立場が下の人が座る席。基本的には入り口に近い側が下座、遠い側が上座となる。一人掛けのソファよりも長ソファのほうがよい席だとか、タクシーの場合、運転手の後ろが上座となる。もちろんそんなこと気にしないという人もいるだろうが、礼儀というのは様々な形で存在するのだ。挨拶一つでも、お客様に会社内で済ませるか、わざわざ、外までお見送りをするかでポイントが違ってくる。人を本当に気持ちよくさせることが礼儀だ。そういうのがわからなくても出来ないような時でも、そういうのを意識するようになると態度や考え方が変わる。神社へ百日参りを何度もした僕には、神社の境内の見方、鳥居に対する礼儀、歩き方、もちろん手水屋での作法も頭に入っている。そんなのみんながやる必要なんか絶対にない。気持ちさえあれば神様が、わかってくれると言う人もいるかも知れない。僕だってもちろんそういうこともわかる。でもそういうのが「わかる人」と「わからない人」とでは、とても大きな差となることがある。人となりは表面上ではいけない、けれど表面上のことはすぐにわかる。たとえば会議室では年齢順に出ていくというルールがある、これは年功序列社会の因習といってしまえばそれまで、だ。みんな会議室が好きじゃない、それもわかっている。けれどもそういうことの一つ一つが、七人の敵を斥ける力になったり、困った時に力を貸してくれる人を作るのではないだろう―――か。新入社員を大量に取ったとある企業があったけれど、クレーム三昧の応酬だったと聞く、そして会社は潰れた。計画性がないと言ってしまえばそれまでだが、計画性を作る要員とは何なのだろう。頭が良い人ばかりでギスギスするというのは言われている、エリートなんていうものが幅をきかせる時代もいずれ終わるだろう。機械がやるようになれば賢い人よりも、優しい人、周囲をよく見ている人に価値が重きを置かれるようになる。最低、手放したくない、傍にいてほしい人は、普通の人だ。飲み会の席で態度を変える人をよく見る、憂さ晴らしをしたいと思っている人はストレスが多い人だ、逆に態度を変えない人はそんな必要がない人だ。人をよく見るというのは、とても難しいことだけれど、長い時間をかけて形成されていく、育てていける類のものだと思う。 *523風に舞う花弁鉛のように重たい心と鳥の姿・・。ブラインドタッチ――。ブラインドタッチ――。(でもハリウッドさながらのワンシーン、ヘリコプターで脱獄したパスカル・ペイエ、)[あるいはアルカトラズ、金属製のスプーンで穴を掘りつづけ筏で脱出した、 フランク、クラレンス、ジョン・・]地下通路を進もう―――。ゆっくりと眼を開けると、鋭い視線で前方を見やる。塀にぶつかっている樹木のような肩、どんなに遠く見つめても真っ暗闇の中、時間の濃度を濃くする、それでも『前を見ること』を止めてしまった―――ら、『眼を開けること』を止めてしまっ―――ら、人生はそこで詰んでしまう。鬼ごっこや、かくれんぼ、みたいだ―――。いつか君はそう言った。“工事中の柵の向こう側”を知りたい君・・。カフカ愛せしミレナの灰・・・。“使途不明金の行方”を知りたい君・・。ベアトリーチェ愛せしダンテの灰・・。そんな時に誰かのことなんて考えられない、きれいごとは上辺のものだと気付く、しかしそんな状況を何度も越えてみたら、どっちでもいいような気がしてくる。本当―――さ。人それぞれ悲しみの受け止め方は違うけれど、そこで死ぬのを選べない場合だってある。銀河の吹き溜まり。想いの声が実体化した魂のルフラン。思い出はパイプや鉄材によって、建築の支柱的機能をもたせ始める。何処で終わるにしても真っ暗闇は嫌だと思った。朝が来ないことに怯えた獣は過去の自分―――だ。鉛のように重たい心と鳥の姿・・。シャッター音、シャッター音・・。サーチライト・・。ありとあらゆるものは『システム』(―――客観的な根拠や証拠に基づいた状況判断、)レーダーのスコープ上に映る船の動き、・・・・・・情報の大小部分の循環的連結、見失ってしまった対話・・。ホルマリン漬けの蛙、木乃伊にされた蛇・・・、―――複雑怪奇な人の心の中に住んでいる影。足元から地獄が口を開けている。隠花植物。ぼやけ-焦点が合わない、霧・・・トランプの札を切り直す―――。横行する暴力――無力な法律・・。力のない声――救いのない胸糞の悪い世界・・・。第三次世界大戦という陰画がほらスクリーンの上で踊る、.....痴呆めいた狂的なものの深い皺、あたかもバクテリアが次から次と分裂し死滅し、まるで速やかに速やかに変化してゆく。―――蜘蛛の巣にかかった蝶。鉛のように重たい心と鳥の姿・・。ブラインドタッチ――。ブラインドタッチ――。それでも一寸先は闇ばかりのこの道を進もう―――。急速に回転を始めた秒針、運動によって生じる遠心力、相対速度・・。花の形が幻の文字の生成を促し・・、雨から海は生まれたんだ、連想や飛躍という魔術をひたすらに結ぶ、出来損ないの禅問答、ピーク・・ノックアウト・・エモーション・・・・・・。―――運動量輸送、電荷、熱、物質の移動・・。ゆっくりと眼を開けると、鋭い視線で前方を見やる。こんなこと前にも書いたことがあったような気がする。そしてこんな状況、ずっと前にもあっ―――た。その時はどうしていたんだろう、その時はどうやって乗り越えたんだろ―――うな、どんなに遠く見つめても真っ暗闇の中、それでも『前を見ること』を止めてしまった―――ら、『眼を開けること』を止めてしまっ―――ら、人生はそこで詰んでしまう。何が正しいか間違っているかもわからな―――い。でも生きているということはそういうことだと想えた、あの瞬間、あの胸の痛み、心の叫び、けして忘れないように、今日を生きよう。そしてどんなことでも出来ると信じて今日をちゃんと終えよう。鼓動はまだ鳴り終わっていな―――い、シャッター音、シャッター音・・。サーチライト・・。―――“諦め”なんていうものは弱者の常套句だ、僕を屈したいなら殺すより他にない、間違っていることは昔から大嫌いなんだ、どんな道でもちゃんと明日へと繋がっている、無限の入れ子状になってゆく、ボルヘスの入れ子構造の感覚、迷宮、円環する蛇たるウロボロス、自分の足を食べる蛸、雄を食べる雌蟷螂、ボードレールと、エドガー・アラン・ポーの邂逅、どんな道であっても君なら大丈夫って思いた―――い、有刺鉄線の向こう、線路の先。どんなことがあってもきっと君ならやり遂げられる、歩道橋の上、朝から夕方を何べんも何べんも繰り返す・・。繰り返す、終わらな―――い。自分の正しいと思うことを信じなければ、本当にやりたいことなんて一つも出来ない。誰かに何かに言われたぐらいで止めるような人間に、これからなんて永久に訪れたりはしな―――い。鉛のように重たい心と鳥の姿・・。ブラインドタッチ――。ブラインドタッチ――。 *522 お弁当 弁当箱を開け―――る。 基本は一対一。ごはんとおかずの釣り合いである。 ただ厳密にいうと、 『主食:主菜:副菜=2:1:1』だ。 お弁当箱の大きさとカロリーが大体同じという手法だ。 とはいえ、どんなに弁当箱が大きかろうが弁当箱の伝統である、 ごはんとおかずが対になる姿は美しい。二段弁当でも、そうだ。 ごはんは大体百五十グラムから二百グラムだろうか。 もちろん、日の丸弁当も健在だ、ご飯の下におかずを隠す。 キャラ弁、大容量タイプの巨大弁当箱も健在だ。 ところでタンパク質が少なければ筋力が低下するし、貧血になりやすい。 タンパク質を上手く取り入れる方法は量を分けて、 一日に何度も食べることだ。 また脳の偏食ぶりはすさまじく糖質一択という話も有名だろう。 スポーツ選手は食べなれた食事をするものだし、 場合によってはシェフを同行させる、 コンディションは口の中に入るものもその一つなのだ。 弁当箱は子供たちに愛と勇気しか友達がいないアンパンマンにさせる、 とても大切な調教道具です。 母親に感謝させる手法は、どう見繕ってもおっぱいでなく弁当です。 ごはんにふりかけ、梅干しやたくあん、肉や魚のメインのおかず、 野菜や煮物がサブのおかずといったところだろう―――か。 果物を食べるのはいいことだ、でもだからといって、 思春期の男の子にバナナを入れるのはちょっと可哀想なのでやめよう。 人生でこれまで会って来た馬鹿な人間を想像してみて? つまりそれが思春期の男という生き物だといって差し支えない。 ちなみに弁当箱に入れて欲しいおかずは、 『ハンバーグ』『きんぴらごぼう』『焼き鮭』『唐揚げ』『卵焼き』だ。 つまり分かり易く言っちゃおう、ここさえ抑えておけば、 母親はすごい、料理は上手ということになる。試験に出るよ。 ところで柔道やレスリングやボクシングなどがそうだが、 体重のコントロールのミスが試合を左右する場合がある。 体重を減らすだけなら断食すればいい。 そしてひたすら空腹に耐えればいい。 だが、それだと試合を戦う体力まで減らすことになる。 これは仕事へと向かう人だって同じことだ。 ダイエットをして何をするにも元気がないなら逆効果だ。 ストイックのレベルは違ってもポイントは同じだ。 プールで泳ぐ、マラソンの練習をするというのだって、 たとえば運動の前にはおにぎり一つぐらいの少しの食事、 その後にきちんとした食事を取るのがいい。 遅めの夕食が気になるなら消化のよいものをと考える、 できるなら動物性たんぱく質と植物タンパク質が同量程度で、 牛乳一本を飲むとなおいい。 ところでうなぎに似た『うな次郎』というのが熱いらしい。 フェイク商品なのかと思っていたら、 言わなければ本当に気付かない人もいるらし―――い。 栄養もあって見栄えもするうなぎの魔力だ。 弁当箱革命で、そろそろふわふわのパンケーキいれよっか。 パンケーキといいつつホットケーキだし手抜きだけど、 ふわふわって言ってればインスタグラム脳的には大丈夫だよね? 弁当箱の話にはパンを敷き詰められていたという話があるが、 スパゲティーを敷き詰めるという手法もあるだろ―――う。 とはいえ、弁当の作り手が寝ぼけているという場合は、 箸の入れ忘れ、上下逆に詰めているということもある。 寝ぼけるのが嫌だから夜中に準備しておけばいいやっていう逆転の発想、 そして朝、渡すのを忘れて学校へ出動する。 子供は職員室で先生に預けられるのを嫌がるパターンがある、 これはレストランでクラスメートに家族を見られるのを嫌がるそれだ。 *521The classroom is outer space学校で登校して驚いた、ガランとして―――いるのだ。門が少し空いていて、下足箱にはシャッターが下りていた。誰もいな―――い。世界中から人がいなくなったのだと馬鹿なことをチラとは考えたが、教室の扉が閉まっている。当たり前だ、今日は日曜日だ。などというミスリードを、必要とするか?ポケットに手を入れて練り歩いていたあの頃が懐かしい。それでもいつも空いている扉の横の窓から不法侵入し、教室の窓際の席からグラウンドを見下ろす。二宮金次郎とかクラーク博士なら答えてくれるだろう―――か、サッカーのゴールポストや、投光器のある照明設備、それから野球のバックネット、それから陸上のトラックもある、グラウンド・・・・・・。こうやって夢の中にいると気付く頃には、何もかもが追憶の彼方にある文化のノスタルジアの結晶だった。机と椅子と黒板と掃除箱。何も活けられていない花瓶。そして僕は長い間、溜めていた息をゆっくりと外に吐き出す。勉強の最終目的とは何なのだろ―――う。―――時間を区切る鐘が校舎に響き、スクール・アワーズの終わりを告げる。PTAという秘密裏の組織があり、モンスターペアレントという駄目親の見本帳はブラックリストに、そして、子供たちには子供たちで、法律の条文を暗記させるようなテストへ挑みかかる。多くの人々は平等というのを口にした。平等はきれいごとの外面のいい言葉のことだった。僕は思考をクリアにしながら、希望や夢が消えていった何かを解きほぐそうとしていた。途切れることなくゆったりと流れる時間が、くっきりと焼き付けられる思春期の風。一呼吸置く。テンポをズラす。この間を作り出すことこそ―――に、僕の半生は費やされた。この句読点に、人生を一滴残らず落とし込もうとする。僕はいつもあやふやに笑った。どうも真面目に話すのがいけないような気もしてきた。嘘みたいだ、いや、窒息しそうになる。金属的な光を帯びてくる、言葉。神経組織の網の目をかいくぐったあと、柔構造の迷路は、スローモーションにしなだれかかってくる、魔法・・・。学校教育とは何だったんだろ―――う。僕等はそこで、何をしていたんだろ―――う・・。近い将来、大人になると僕はいつも考えていた。何をどうすべきなのかもわからなかったし、いまだって何をどうすべきかなんてわからな―――い。九割の大人とかいう曖昧な話じゃない、みんなそうだ。勘違いするな、驕るな、人間如きに明日のことはわからない。同じことを繰り返すだろうという仮定の名のもとに、時間に縛られ、習慣に縛られた操り人形だ。目標や、人生設計、日々の微調整、それから努力と修練。違う、いまは近い距離にある孤独も、美しい夢の醒め際にある、副作用。取り返しのつかない懈怠、それは無意識の神や、未来の予測、不安定な螺旋状の追跡が理論構築をはじめる―――感染・・。何かの意味が僕の内側から急速に消えてゆく。確かにそれが一瞬、閃いた。だが、その閃きはすぐに消え去り、意味は永遠に失われた。思考はそれきり光に搏たれ、瞬間の波打ち際を漂泊っている。黒板には何も書かれていなかった、今現在はきっと、僕等ひとりひとり何かを書くためにある。生きることを始めて、死ぬことを始めて、ようやくわかる。―――白紙の中に内側からせり出してきた、履歴書の文字とは違う、卒業証書とは違う、人生の意味、自分という生き方の在り処。長い長い夜だった、思春期や、青春という時間が美しいと思っている人もいる。美しいという考え自体が妄想だ、洞窟のように左右が少し広がるような感覚で、天井が低くなるのを感じる。ウインドウの向こう側でしかない飛ぶという行為が、海底トンネルみたいに機能する瞬間。視覚中枢へダイレクトに刺激を与えているように感じる。瞬間、アトランティスやレムリアやムーをはじめとする、先史時代の失われた大陸に聳えたつ神殿や、聖書の告げる洪水によって破壊されたバベルの塔が見えて―――くる。リアリティチェックを始めよ―――う。人類の歴史は人類自身を本当に越えられたのだろう―――か、僕は問う、あの頃と同じ、迷いのない眼で、何の忖度もなく、場合によってはすぐに殴りかかるような真剣な態度で。これから何千年や何万年を生きるかも知れない僕等に、度重なる病気、災害、人生に対する考えの戸惑いが襲うだろう、僕等はまず間違いなく機械と融合する、考えてもみろよ、AIの出現はずっと前からの目標だった、量子コンピュータも、宇宙進出もその目標の中にある。様々な制約と安全性を兼ね備えた機械人類の誕生は必然だ、モニター心電図を見ているような気分だった、数字を文字に置き換えていくような不思議な気分だった、僕等はそこで学校を始めて、新しい教育へのパスワードを、ログインする。長い長い夜だった、僕等はすべてをクリアしたはずなのに、それでもまだ問題を抱えてい―――た。 *520公園公園、それは都会のオアシス、住宅街の穴場、一服の清涼所であると公園研究家ないしは公園愛好家は言う。とはいえ、偉そうな講釈はいらないハイスピード・・。公園には小規模と中規模と大規模の三パターンがあると考えられ、小規模には公園の体をなしていない例も見られ、利用は数人程度と考えるべきで、遊具一つと砂場の組み合わせパターンが小規模だ。ステレオタイプなセット、DNAとRNA。赤毛のアン的な何もないのが創造性の近道。『時間つぶしをしている時に読んでいる本』みたいに―――。ほらまた活字が吸い込まれて―――ゆく。樹木が一本ないしは、まったくないというのも有り得る。ちなみにお稲荷さんや、地蔵尊などがある場合もある。マンションの傍にささやかにある場合は、ベンチが置かれて、悲しき喫煙所となっていることもある。そして夏場の汗はオリーブオイルのようになり、都会の蝉は金属質でやたらとうるさい。猫の額公園と呼んであげよう。そして冬は悲しくて寒く、止まっていた時計の針を動かしてくれる人が現れたりする。ちなみに公園ではボール遊びの禁止、花火の禁止をしているところもある。外で遊べない子供が先か、インドア派のゲームや漫画が先かはわからないが、まあ何しろ世知辛いことである。なんでもかんでも迷惑行為、近所トラブルのような具合になる。そして気が付くと警察を呼ばれる。中規模にはキャッチボールが出来るスペースがあると考えられ、昭和的な親子の時間だ。Oー157が流行った九十年代から蛇口の水はほとんど飲めなくなったが、蛇口の痕跡があったり、鉄線でガチガチにして使えないようにしていた。稀に飲める場合もある。またママさんデビューの場所でもある、子供紹介セレモニーホール。遊具は最低でも二つ以上、滑り台とブランコと、ジャングルジムと砂場などがあるとイメージすると分かり易い。こうなってくると十数人、数十人の利用客がいる。公園は触れ合いの場なのだ。消滅する地方ルール、都市伝説、固有名詞が行きかう場所。ポピュラーな公園といってもいいだろう。そしてエロ本が何故か藪によく落ちていた。あと、公園に変な名前をつけて何故かみんな知っている。氷山の一角の無意識的レベルの説明・・・・・・。郵便受けにそんなスポーツ新聞や、ダイレクト・メールの常識を超えたような手紙が舞い込んでくる。そして中規模の追加要項として、トイレがある、しかしこのトイレは簡易的であることが多い。まず、自治体にお金がないのだ。正確には国または地方公共団体が一定区域内の土地の権原を取得し、目的に応じた公園の形態を創り出し一般に公開する営造物で、都市公園法に基づき、国、都道府県、市区町村が設置・管理している。背より高い樹木が二本以上あることが挙げられ、できるなら数十本はほしいところ。場合によっては山林と隣接、なるべく原風景のまま残しているという場合も、大きな街に二つや三つあるものだ。そしてそこでは犬の散歩に適して、猫がマフィアのように縄張り争いし、近所のおばさんが餌付けしていて太らせている。大規模になると野球場やサッカー場がある、飲食店がある、中に売店がある、というような条件が並ぶ。自動販売機の謎密集で、すさまじい電気代であるし、自動販売機メーカーの公園戦争のすさまじさを感じる。とはいえ、防災時には無料で飲める自動販売機もある。大きな公園は学校と同じ避難地域の場所なのだ。大規模の公園に案内板は必須項目だ。ウォーキングロードやサイクリングロード、川や池や湖、ボートや釣り、アウトドア、昆虫採集など遊び方の規模が拡がる。アスレチック施設がある場合もある。カルガモが泳いで白鳥が飛来する、だ。場所によっては登山やスキーや、シュノーケリングもできる。自然豊かなので自然が好きと勘違いするうつけ者も多数いる。ブランコにおける立ち漕ぎが、想定されたオフィシャルな乗り方みたいなものだ、アドレナリンやセロトニンに作り替えられてゆく。自然が好きというのは「毒蛇に噛まれてもいい」とか、「ライオンにかみ殺されてもいい」という考えを呑み込んでからにした方がいい。動物のライドの塗装が剥げてホラー調になるのだ。自然というのは、人間が考えている以上に恐ろしいものだし、またそれゆえに美しいものだ。だから自然が好きというのは食物連鎖を理解し、そのために何らかの貢献をできる人のことだ。世の中のすべては誰かが勝手にやってくれているのではなく、時には自発的に、第三者の協力によって成り立っているのだ。遊具というのもステンレス製の滑り台で百万越え。雲梯で三十三万円。ジャングルジムで六十万ぐらい。砂場用の枠縁にも種類があるが、自然発生しているわけじゃない。四人乗りブランコで五十四万円。ベンチだってそこらの樹を切って作りましたってわけじゃない。公園遊具を作るメーカーだって存在し、ちなみに日本で一番多いのは踏み式ブランコで、六万九〇〇〇基、滑り台が六万六〇〇〇基、砂場が六万二〇〇〇基。何が小規模で、何が中規模で、何が大規模かは、大体この数字で理解できる。つまりブランコと滑り台と砂場があるのが中規模ということだ。さて、そうなってくると大規模は国立公園というのが、一番近いイメージだが、ここで逆転現象が起きて、遊具がないという例もあるかも知れない。遊具のない公園といえば小規模の代名詞みたいなものだが、逆に自然豊かであるので遊具を必要としないのだ。子供が遊ぶ場所というところから、みんなが利用できる場所、というところにウェイトを変える。とにもかくにも国の名前がついたらやたらお金がかかっており、定期的なメンテナンスが必要になる。かように見所がてんこもりといった具合で、場合によっては何らかの記念施設がある。遊具があればその数も十以上ある。そしてトイレは複数存在し最低でも二つはあるはずだ、樹木はもちろん数百本、数千本という場合もありうる。ジャパニーズ神秘の生き物、たぬきもいる。バードウォッチングと称して女の子ばかり見ている人もいる。何らかの催しごとをしている例もあるだろう。池があるので蛙やザリガニもいるだろう。そうなってくれば利用者数も数百人、数千人ということもありうる。こうなってくると都会に存在するパターンはかなり珍しく、郊外や田舎に存在することが多いという理屈が成り立つ。また、様々な条件がある為に、必然的に駐車場や駐輪場が存在することになる。僕個人の感覚でいえば、門が存在し、閉園時間という概念が存在する。 *519Still you marked the time青や橙や緑潜む Dance on the Floorポストアーバンは白昼堂々、意味も論理も綺麗に通っていない煩雑な言葉を書くだけ書いて、(Still you marked the time)堰を切った水。まるでジキルとハイド、二重人格、春を経験するクリエティビティ、平成アイドル昭和漫画、地団太を踏む自意識過剰と自己満足の境目、(I feel like I want to crack your head open)デデデ、ダッ、と、タクシードライバーが、くるくるとハンドルをまわして、い、る。セブンスヘブンへと続くオープニングセレモニー、シートから身体が浮く、啄木鳥。(脳細胞を侵し始めている、)《宇宙へと走り出してほしい気がする、》夢/が/な/い/よ溯って、失われた時間を、バスドラム・ハイハット・スネアドラム、心の中に、もう一度とりかえしたいような、漠とした気持ちが、重ねた視界と交わる視線、Some people want to be normal,but some people find it difficult to be normal.ボッボッ...チッ...「Fight!」忌々しいKiller(出産し、分裂し、総合する、、、)Spin, dance, sway, laugh like crazy“ミントの雨だよ”Spin, dance, sway, laugh like crazy“ガチャポンから小人が出てくる”エモいじゃないマインド、何をしてリアル?精神や認識や気分を言語化しようとした、と、時に起こりうるone...「miss」あんさつ/しゃ/あんさつ/しゃtwo...「error」ひつじ/が/いっぴき/ひつじ/が/にひきthree...“I pray that morning doesn't come while I'm counting.”民俗学や人類学のフィールドワークを思わせる、過去と未来といまが織り成す、“フェアリーテイル”定点観測せよ。I never thought about the era.“積極的に自分の意見を言わないのは悪い癖だぜ”I never thought about the era.“電話ボックスをレインボーブリッジから投げ落とせ”組み立てられない I don't want it to end like this思考回路はまるで架空請求英国制服コスして、ぷるぷる感を演出できるグロスリップ、ルーフトップバー(で、)ジブリパークでチェンソーマンごっこ、肯定感が大切、顕示欲と承認欲求で未熟な感じだけど、(I believe that life is beautiful)チッチッ、ガンガン、え?秒針は氷山の一角、アイスピックで時を削ってゆ、く、よ。ファッションキャンペーン、コマーシャルワーク、恍惚と夢想と空前の感覚の中で燃え上がる建築物、(一分一秒はdrivingしているんじゃない、)《talkingしてるんだショックと隣り合わせ、》上/か/ら/下/へエキサイティングしてすぐにソフトになる抑制のモラル、バスドラム・ハイハット・スネアドラム、トラブルシューティングが保険や、一般論、免罪符求める、小さな声か、その中間でも伝わることも、ある、よ。Some people want to be normal,but some people find it difficult to be normal.ボッボッ...チッ...「Fight!」忌々しいKiller(爆発し、粉砕し、破壊する、、、)Spin, dance, sway, laugh like crazy“夏休みに雪女がやって来たみたいさ”Spin, dance, sway, laugh like crazy“伽藍堂、大往生、サディスティック”ラブホテルの清掃して高層ビルの窓ガラス掃除、何をしてリアル?日雇いの土木作業員に、ゴミ収集業者。one...「miss」あんさつ/しゃ/あんさつ/しゃtwo...「error」ひつじ/が/いっぴき/ひつじ/が/にひきthree...“I pray that morning doesn't come while I'm counting.”爪のない猫は能のない鷹、この街は様々なモデルタイプ、過去と未来といまが織り成す、“フェアリーテイル”定点観測せよ。I never thought about the era.“勘違いや見当違いや筋違いに気づく論理はlonely”I never thought about the era.“花火を打ち上げて、この街で一番高い場所を探せ” *518今日は煮物作るね、と言ったら、オフコース、任せると言った(?)料理手伝わない?できない、完璧に無理と言った。親の頼みでも、一生の頼みでもそれは不可能、クレイジーデスメタルバックファイア(?)ダーリンワイフディナー、それは、生命と地球とわたしと君への愛をつなぐ(?)言葉で誤魔化す気満々だったそれが世界の掟だった、トレイン、世界の車窓。かぼちゃと鶏肉の煮物と、ぶり大根とタコキューと、あと魚焼こうかな。だしまき卵食べる?そう言ったら、不思議だけど愛情が二倍に増え、逃したくない気持ちが、十倍に増えたとか逝ってきた(?)殴ってしつけるべきか、別れるべきか、それともコドモを甘やかすべきか、エスキモーはコドモに甘い、十歳ぐらいまで死ぬほど甘い。砂糖菓子にティラミスとはちみつ、でも愛の伝説、子供と喧嘩、親が本気でキレる、そして子供ショック、親離れ、でもそれが普通、そんな話。男は料理をする時代、できた方がいいじゃない、これが通常運転。子供に御飯をつくる光景を考え、結婚したくない男女を考え、毎日の食卓を考えた。 *517女上司を焼肉に誘ったら焼肉屋で昔働いていた件重要過ぎて、初歩的なことだ。いや、好意の有無は最初から気付いている。そのことについては追々話そう。問題は、食べ放題か、単品か、ということ。焼肉屋で昔働いていたことがあってね、回転率や単価はマクドナルド的だけどね、幸福度はどちらでもない、上目づかいですまない、そこのところ、できるだけ詳しく。 *516That's ridiculous歩幅がズレたらいい。旧例姑息なんて奴等、裂けたらいい。真珠の泡のような汗も血になって、それがタピオカミルクティーになったんだろう。蜘蛛の巣が立体化して、ダイヤモンドになった。そんなことを考えてたんだ。ナイフが誇張化されて、男 性器の尿道は人面瘡になったんだよ。急速にからめとられてゆく、テールランプ、ネオン管、電光掲示板。嵐みたいだった、椅子が蛍光灯の電気を灯したり、消したりする紐にくっついていて、引っ繰り返った亀。まだ汚されないでいようぜ、セピア色の写真に愛犬と映ってる僕は、騒々しい現から静かな夢の世界へ、這入ってゆくのさ。知らなかったことが女体とか技巧みたいだった、そこに艱難辛苦の観音がいて、悲哀に充ちた永久の静寂のあの世が見えた。希望なき零落の白夜、グラスを傾けて水と言えたのさ、蛇口をひねったのさ、蛇が出てきた、手の甲にタトゥーを残していった。単純な動作は本能や遺伝子を形成した、雑多な素因がひしめいて生々しく感じられ、男が女を犯すのを無意識にタブー視してきたことを、咲き誇る花の名残のように思い出した。レディーファーストを胸にとめ、ベアトリーチェの心を閲する。でも、美しい女は見せかけの空っぽの女で、時々田舎の景色を思い出すように、その時々のことを悲しく切なく思い出すのさ。ふわふわのパンケーキが悪いわけじゃない、ふわふわしてるのは靴みたいなステーキだっていうだけ、名所とか旧跡じゃないって思うだけ。街を歩くたびに不快感を表明したってしょうがない、ふわふわのパンケーキを食べて、五右衛門風呂に入ろうかと思っただけ。偽りや裏切りのビルが立ち並び、綺麗という精神からおそろしく程遠い罰金が僕等を動かした。法律もその類、とりたてて憲法なんてその最たるもの。道徳は皆無、犯罪だからそれはしないという反語や皮肉。退屈なまま決まりきったポーズ、ハイチーズの固まった彫刻。心なんか一秒だって澄んでゆかない、揺らぎやまどろみの垣間見せた生ぬるい惰性が、粗末な鑑賞癌や幼稚な人々を育てたのだ。壁からくらげが出てくる気がした夜をきれいだと思う、きれいだなあと心の底から思えたら享受の感銘、人生まだまだ捨てたもんじゃない気がしたのさ。まるで接着剤でくっつけたようなロックバランシング、何も見えていないのを、何も見ていないって言わないのも死ぬほどダサけりゃ、何か見えていることを消すのもそりゃ死ぬほどダサい。いつかの恋人はずっとアメリカドラマの話をしていた、そして僕の妻はずっと中国のドラマを観ている。地の果てのように感じられる牽引力で、気の変わり易い愛の睦言。でもね、僕の血は逆流する、生活に神経を逆撫でにされる、恋だの愛だのあほんだらだのも好きだよ、本当さ、でも、魂は嘘をついてる、一分一秒だって機能不全が治らない。清浄無垢には程遠い原始的空気で僕等は猿だった、八両編成の電車も、高速バスも、水上フェリーも、猿を隠してる、麻痺してる、死を胡麻化してる、僕等がいまこの瞬間の広い裾野を感じられるのは、その想像が実感を伴うものであるからだ、僕は煙草の煙を吐き出して空を見た、もう何も誤魔化さない、花の匂いがする、夜の街をツンと刺したような植物の雨に濡れた匂いがする。そしてそれは流れる水の景色だ。三途の川なんだよ。イメージの分析をして全然関係ない要素を、テクニックとして結びつけるのに長けてはゆくけれど、慣れてゆくにしたがって、これは無意識の軋轢とか、放熱行為なんじゃないか、そう思った、そう考えて、そう知りながら首を振った。多分イメージというものは膨大な水の流れに、名前をつけるようなものなんだ。その接触を通してしか本質を得られない。同じ場所を絶えず流れている川のような、世界が集積回路みたいに思えてくる、そこに道があり、一筋の忘却の声を透かせる、僕はもう一度考えた、どこからともなく心の奥に吹き込んでくる創造の前で、たゆとう夢のような意識の中で、世界が全部消えてしまったら美しいのに、と。バグだ。でもエラー表示は出ない。だからこれはきっと正しいんだ。僕は叡智というものがどういうものか最初から知ってる。人がいなければ、物がなければ、原形質は残る。その原形質も存在しなければ、神のような何かだけが残る。子供の時に兄と話した、裸足で歩き回るようなスリリングな会話だった、学問的でも哲学的でも音楽的でもなかったけれど、自分の中にある疑いほど苔の雫といえるものはない。永遠に残るものがさみしさだって言うなら、僕はそれを受け入れよう、必ずいるに違いない、何もない世界を何かある世界にしようとする人間が、悲しみを使用済燃料貯蔵プールにしたのなら、情緒も貞潔になるだろう、毎日毎日ロボットの親戚、システムアームとならんとするストロングゼロの君よ、空は随分長い前から名残の中にある、神が形骸ではないならイメージの副産物だ、ところてんだ、何を疑う、そして何を信じる、こんなさみしいものが美しいわけがない、こんなけがれきったものが美しいわけがない。人は神を信じる生き物、知性がそれを求める、一切の塵垢を浄めるため。世の中は蟻、世の中は動物、何疑うことがある、生きている価値も死ぬ価値もその程度のものだ、信じるものは動かない、副産物は動くだろう。さてしも換骨奪胎した地獄が、子供たちを眠らせ、大人たちは働く、悲しい世界だ、馬鹿馬鹿しい世界だ、お伽噺にもならないお伽噺だ、自殺を推奨してやればいい、馬鹿は戦争するしかない、血をダラダラに流すしかない、それから銃で殺し合うよりはほかにない、力がルールだ、暴力は唯一の神となる道具だ、全員どうせ地獄行きだ、一切合切証言してやる、僕等が僕等の価値を決める、だから僕等は他人の中に、生きる権利も、死んだ後の権利も決める。それがいいだろう、もっといいだろう、何をするにも馬鹿馬鹿しい、こんな一日。 *515綿毛が飛んだ眠くなるさらなりやみもなおすばやく砕けてゆくもののこと忘れてしまつたしずかに生まれてくるものなどいと寒い怖くない生活を愛そう愛想つかした生活は溜息の雨馬鹿馬鹿しくつてたまらない時はどうしたらいい一度手に入れた虚栄なら猿でも縮図といつたのさ氷も身にしみまさる心地憐れな僕等信号を見る濃さと静かさが何にも解決しないまんま滅びている足音の病気神経の休まらない都会の変遷綿毛が雪になつたいらだちはおさまんなかつた綿毛はもう生活に舞い降りて液体になつた液体になつた僕等羊羹のように流れたお前に何がわかんだよといつた自暴自棄な奴隷植民地的なムウド上滑りなんざ珍しくもねえ今日も誰かが飛んだ一度握つた絶望が重かつた空でも飛べなきや豚のまんまどうでもいいことに見慣れてゆく僕等それほどの変化もない大きな変化はない小さな変化しかないそれにおごつていた僕等本物の地獄が心の中にあるということをうつすらと気付き始めた人間のはきだめだ季節とてない頽廃の泥沼で呼吸をしたがる僕等霊安室の芋みたいに本当の肉体を引つ張つてた眼から鼻に抜けるような利巧を蹂躙して覆水盆とか言い始める窮屈を駆逐した綿毛が飛んだほつれたセエタアから牧羊工場さえ夢に見たほどの糸がほつれていつた眼を瞑るとアリアドネが笑つてた死者の息は白い言葉の白さは世界を染め上げる黒の反対は白白は希望ではなく絶望の色でもあるアリアドネの糸が見えないあんなにはつきりと見えていたものがアリアドネの言葉は弾丸心に残ったどんなものも蛇のようにするりと残らないやさしさも重さも痛みもなくした僕等魂の受け皿を壊した *514舌を出すルネサンス時代にアルベルティが『絵画論』で、窓は絵画の比喩として用いられて以来の、フレームワーク。一つ間違うと―――とめどもなく淋しくなると知りながら、シャッターチャンスをうかがう、森山大道のセルフイメージのような三沢の犬・・。僕は世界最長の歩行者用つり橋を見ている、ポルトガルの516アロウカ。とりとめのない淋しさをスリルや、シンプルなデザインの背後にある卓越した技術は、隣り合わないと知りなが―――ら、荒野に咲いた一輪の花を探す。政治学の本のページ、英語版の『日本国憲法』―――。人体模型に本物の臓器を入れるような、どうしようもないことだらけの、硝子壜もまた煮沸消毒する、自浄作用とは人は自然と溶け合い、限りある人生を悲しみ、永遠を慕うことだろ―――うか。澱んだままの腐った水にも等しい使徒、―――バカンスではボーッとしていると言った外国人を、何もしなかったのと聞いた日本人が思い出される。軍隊式で楽しみつくす観光名所、弾丸特急、眠った子は起こさないでいてあげて、ね、彼や彼女は、本当のバカンスを知っていたんだよ。お洒落なポエムは場所を歌う、気障なポエムは雰囲気を出そうとする、フラゴナールの読書をする少女のようにね。短歌は固有名詞のオンパレード、コピーライターは心にも絶対に思っていないこと。ルネサンス時代にアルベルティが『絵画論』で、窓は絵画の比喩として用いてからついに詩人が、重い腰を上げて本当の言語芸術について考えた時、あやとりのように落ちる絵を見たのだ、そして硝子のような悲しみが月と対話した。皮を脱いで、肉を脱いで、骨だけで涼もう、文学貴族は氷点下。アカデミズム気取りは猫が鼠を捕ることを忘れた。「ウード オブ ザ ワールド」は嗅覚を通じて、大地と神を結びつけようという果てしない衝動と、中東の最も貴重な香料であるウード(沈香)に、敬意を表したコレクション・・。値段を見ると本当にビックリする香水、15mlボトルで約十万円の香水というのも存在する。それも鳩尾の中に酢のたまるような悲しさ、だ。ブーガンヴィルやジェームズ・クックの世界航海。シーボルトが持ち帰った植物標本。ダーウィンの進化論。ミイラといえば古代エジプトのものが有名だが、気候風土に関係なく世界中にあるので、―――死というものは皆大体似通ったものでござるな。武士道の精神は消えゆけど、アニメでは日本刀使いと、語尾特徴付与ですっかり別次元的顕現。ミイラがゾンビになったのかそれはわからないが、すべてのものは生気に蒸されている。こんなに頭のおかしな時代はなかったとみんな思ったことが、今世紀でも常套句としてアーティストの歌から聞こえてくる。視覚的に結びつけられた孤独が街燈のあの形にあって、あれはやっぱり洞窟の比喩なんだろう―――か。 *513(いきをしてる、うでをひいてる、はがれてゆく、)君は笑ってた天使空想は日だまり焼き付いたまんま細が絡ってる耳一切周縁 足の化石してる(ガラクタ、かなかな、ねてもさめてもくりかえす)反射だけが麗しいね角度影 煙 夕暮 横顔にふれて心臓と脳ぐちゃぐちゃ温度えぐりとって白い髪 白い髪 笑った 笑った *512パニック的状況を装いながら、演技力を武器にいつもお姫様キャラで、調子ぶっこいてる女を、失禁させるところまで、追い込もうとする、よくいる女だって死んでるんだよ、でなきゃ傀儡人形だよ。そっくりさん? まさか―――。息してなかったんだよ、制御しがたい、悪い夢・・・・・・。心臓の音なかったんだよ。だから、救急車呼ぼうって、気を取り直して、みんなに言おうって、気を取り直して、思って戻ってきた―――。なのに、何でええええええ! 立ち上がってる、の。怖い! 崖から落ちたけど当たり所がよくて、気絶していたのかも―――って思った・・思った、思った―――お、も、っ、た。でも、様子が変―――近付いた瞬間、噛もうとしたんだよ。おかしいよ、意識が混濁しているんじゃない、ちょっと猫背で、弓なりで、飛びかかって、きて、はっきりは言えないけど、はっきり、言えることは、ないけど、人間の言葉、忘れたみたいだった―――。ねえ、狼伝説って本当だったの、ほら、ロッジの管理人さんも言ってたよ、人に狼が憑依するって、そしてジェイソンのように殺しまわる―――。文献にもあったじゃない・・そうよ、きっとそうよ、そうでなかったら、辻褄が合わない。見たあああああああ―――見た、見た、見た、みい―――たあ・・わあ! あの崖に墓石があったのよ、あれはきっと―――推測じゃないわ、憶測じゃないわ、象徴的なマーク、フフ―――フフフ・・・。きっとそうよ、だって、あの眼つきは人間のものじゃなかったもの・・・・・・。あんな死のような深い眼、夜の鏡の中のような蒼褪めた顔、できない、できない、できな―――い・・・・・・殺す。え、何言ってるの。ほら、さっきから遠吠えが聞こえてくる、ねえ、どうしよう、どうしよう、怖いよ、きっと、喰い殺されちゃうのよ、あたし達―――だって、何でって、だって、何でだって、だって、何でって、あたしさっき、噛まれちゃったもん、それで、さっきから、あんたを噛みたくて噛みたくて噛みたくてたまらないんだ・・・・・・・。美味しそうな頬肉、スぺアリブみたい。ちょっと何で逃げんだよ!生肉! ダイジョーブ、ヘイキ、ヘイキヘイキ、だから噛んでいいよね?お前美味そうなんだよ! いつも人生面倒くさいって言ってたよね、じゃあ、噛んでいいよね。彼氏いないし、今日も痴漢された、死にたいって言ってたよね、じゃあ、噛んでいいよね? *511「湿度」みたいなものがある。じめっとした暗さ、が。夜の湖には―――。嫌になるほど世界は綺麗で、馬鹿たれ間抜けな喜怒哀楽、融けた鉄のような感触のある水、その距離と間。ぎい、っと動き出す、オールを漕ぐ。のろいどころか親み深い、あんぽんたんなリズムで。ボートが進む。時系列はばらばらのまま、脳味噌を覗いて、身をくねらせ、風はさっさっと吹き付けて。逸る気持ちは尾を噛む狂犬、かき乱れた女の髪は詩的。ネイビーブルーが降って来る、ざんざかばらばら降るだろう。どうせ世界は回るじゃないか、さしづめ時計は回るだろ。自覚的な何物をも観せてくれないで、神経生存の報告。今日と明日の違いは何じゃろか、やっぱり空気は触れるだろ。赤子の産声ばかりがピックアップされるろ、衣擦れの音と咳払い。夜だったを一億回言ってるような一日で、リズムがあってヴィヴィッドな手、広告コピーのようなスケッチブック、破り捨てた。悪趣味なコンクリートも知らないで、湿気で自殺したくなると言ってみて、夜の掟に充ち満ちたエグゼグティヴ、欲しいもんなんか何もない。声が聞こえない、夜だった。喋りたくない、夜だった。美しいという言葉を疑いながら、美しいという言葉をいった夜だった。やっぱり今日も「湿度」のうるみ頃、元気な小僧もゴソゴソで。やることやったら何もない。やることやれずとも何も何も見えちゃいなかったが付き物で、インディペンデントの盛大な空振り、でもさあいいじゃないかボートは進む、のこぎりの刃と蒸発体のレパートリー。
2024年03月01日

510Love is like buying Jupiterそうだ、風が変わってゆくのを見ていた。間違う・・止まる――。金属製の反射―――万病草の上・・、熱病菌の保持者―――暗い夜の静寂の化身・・。滞る所を知らず、一切を抱擁する、このレンズの大きさは銀河より広い。雲が稀薄になり、都市が闇の中へ沈む。(鏡の中には、青い水底、、、)永遠に連れ合う影で光、覗き穴の秘密・・パッと火花が散る・・・・・・。darling 囚われの幽霊の静物画。小指に結ばれているという赤い糸が、(Satellites moving between Jupiter)ほつれたり解けたりしないと―――信じている、(Satellites moving between Jupiter)影法師をコンパス代わりにしているような、受動的、急勾配、ナイフのような海岸線が、続く・・続く―――。メダルの如く光るヴィジョンの瞳・・で、(で、)アコーディオンのソファで自由・・に、(に、)万華鏡のような心は、揺れ動いている、―――音もなくこぼれ・・・落ちて―――、火傷のような・・・疼痛の夏。蜻蛉らしき淡青の吐息は灼熱、(ねじくれた時間のはらわたのようなガジュマル、みたいにさ―――恐ろしいテクノロジイの姿、)「“真相”を」って言ってた、孵ったばかりの雛。『“解決”を』って言ってた、顔のない夜の悲鳴。酸のように心の内側を蝕む―――悔恨の秋、そこだけ白く渇いて見えるペーブメントの冬。一分一秒がカウントされてる気が、す、る。一分一秒がカウンター、ゆるやかに蠕動、す、る。そうだ、硝子も凪いで―――いる。白状する――準備する・・。「こんなんじゃ春なんて永遠に来ない―――来ない・・・」(How long will we keep repeating this pathetic thing?)好機を逃しても一切に拘泥し、一切を逃避しない。このいちいちの光る粒がみんな、太陽。(鏡の中には、青い水底、、、)不規則の返信―――運命論的な諦め・・、地引網のように手繰られ―――皮膚の裏側で風船のような膨張・・。「あの日感じたときめきだって―――細胞全部の堪えられない、衝動だっ―――て、全部絡繰りになる、よくある間違いになる・・」(How long will we keep repeating this pathetic thing?)だらしなく横顔を見つめるだけじゃ、きっと届かな―――い・・。舌の上で溶けてゆく、香りは稀な約束事、気まぐれに訪れるから、神のみぞ知る・・、こんな気持ちの半年・・。darling 夏の扉が開いて、鍵を手にしている。それはきっと書物の扉を開けるん―――だ、(Satellites moving between Jupiter)白く途切れそうなほのかにうちひかる月の道。(Satellites moving between Jupiter)向こうの橋へ行く方の雑貨店の前の十字路、鮮やかに目路を点綴して、紙と粘土の匂いがし、泥が暮れていっ―――た、君が振り返るまで・・。ギターが鳴っていたモーションはスパルタ・・で、(で、)ポプラの樹叩いてる風はセロファン・・さ、(さ、)「こんなんじゃ春なんて永遠に来ない―――来ない・・・」(So I want to try again 無茶苦茶でもいい、)(So I want to try again 辻褄が合わなくてもいいんだ、)そうだ、風が変わってゆくのを見ていた。あの日に戻ってきている・・胸が静かになる――。 *509「仕事とか人間関係でもさ、慣れてくると色んな言い間違いがあるよな、最初は失敗するけど、言い間違いじゃない。でも慣れてくると途端に始まる」「俺は彼女にソックスと言うつもりが―――、セ ックスとかな。―――ちょっと、噛んだんだ、頭では間違いなくソックスなんだ、でも、出てくる言葉はドミノ倒し。生きていて一番つらかったよ」「そういうの俺はあるって知ってるから、馬鹿にしないよ。でも笑われる方が軽度で済むっていう例もある」「そういえば、言い間違いの多い人もいるよな、発達障害とか認知障害って言ったら怒られるかも知れないけどさ、そうは言っても、多い人いるよ。頭の配線が違うって言ったら本当に失礼だけど、みんなヨシモト評価式じゃないから。天然認定受けてるけど、心歪んじゃうよな。関西人が俺は大嫌いなんだけど、デリカシーに欠けるのが本当に多いよ」「でも、まともな奴もいるんだ」「関西人だから、関西人の一番ひどい例もあれば、そこからランキング形式のひどい例も知ってる。そんなのいちいち説明しないけどさ、関西人が嫌いなんだ。日本人は屑だっていうけど、それもランキング形式さ。説明しないけどさ」「面白いっていうのは同時にズレてることなんだ。それに、笑いは攻撃っていうもんな。残酷だよ。コロシアムでライオンと人間が戦って笑うみたいなもん、考えられないだろ、人道的にって普通に思う。でも、絶対そうなんだよ。断頭台も見世物だって言うもんな。笑いって一種、サディズムとかマゾヒズムの、親戚じゃないかと思うこともある」「高度な知的文明の宇宙人が見たら程度の低い連中だろうな」「星新一はそういう眼を持ってた」「でも、そういう見方もあるかも知れないな。A Vのモザイク消しの仕事をしてると興奮しなくなるっていうけどさ、あれ、別の言い方もできてさ、そういう風に見えちゃえば、つまり認知的にそれが面白いって思えちゃえば、A V観ながら笑えたりするのも十分にあるんだよな」「ニコニコ動画のゲーム実況者かな、ものすごい差別発言連発していてすごいビックリしたことがある。もう言葉に出せないぐらい、ひどい言葉だよ。セ ックスとかオ ナニーが可愛く思えるぐらいの、暴言連発。それがしかも人気らしくてさ、宗教だって思ったもん」「コメント欄もたまにすごいことあるよな。こういうのを許容されているという前提があるんだろうけど、一種のブラックボックスなんだろうけどさ、でも、その人が何やってるかも知らない状態で、ただ聞いていたら、こいつウルトラバカだなって思うよ。通報して一発終わりだよ」「でもそれが、多分、SNS警察の始まりなんだ」「明確な基準のない道徳の罠。でも言葉の暴力は拳で殴るようなものって、認識を持たなくちゃいけない。場合によって一生残ることもある。つまり、一発言葉の暴力を放つだけで、トラウマになることがある。でも規制はできない、できるのは、いい人になろうっていうスローガンや標語さ」「テレビでさ、ハゲとかいうのも本当はよくないんだ。薄毛って言わなくちゃいけないんだよ。それをネタにできる人もいる反面、そういうのに傷つくデリケートな人もいる。芸人のエッセイだったかな、そういうことを書いてるの読んだことがある」「面白いっていうのは会話の潤滑油だし、絶対に必要だよ。でも、他人を馬鹿にするのを前提とした、会話をする連中、本当にいるんだ。他人を馬鹿にするのを強要してる笑いは、見ていて辛い瞬間があるよ。テレビはプロの人達だよ、それが仕事だよ、それでもやっぱり嫌なことはある、絶対にね。全然笑えないようなことでもお金もらってるからって言える。言わなくちゃいけない、仕事ってそういう面あるよ。お金はいつも免罪符だよ。でも俺達はお金もらってない、訴訟だよ。それでも馬鹿なことを言う奴は沢山いるよ。面白いって信じてるんだ、空気がまったく読めないんだぜ」「けれど、時々は俺もそんなところがある」「お生憎様、俺もさ。同病相憐れむじゃないけどな。でもテレビでもSNSでも無難な笑いは面白くないよ、人が傷つくから価値が出る」「そういうのって最後はさ、まったく言わなくなるか、きれいごとしか言えなくなるんだよ。曖昧なんだよ、笑いって。受け取り方がよくわからなくなるようなこと、あるんだよ、笑いって」「前にスラングを調べていたことがあってさ、なんでこんなにあるのかって思ったことがあるんだ、それはきっと、そういうことなんだろ」「言葉の分だけ、傷ついた人がいる」「文章を想定して書くわけだ、マーケティングとか、ターゲットじゃないけどさ、こういう場合、こういう人がいてとか、こういう界隈があるだろって思う。そこにズレはないよ。直感的にいっても、感覚的にいっても、情報的にいってもね。でも、それがいざ、人に話すとズレ始める」「連想ゲームなんだろうな」「その理屈でいったら、犯罪者なんか山ほどいるんだ、たんにそれを指摘されないだけさ。俺はそういう奴をキリスト教の神父で知ってるぜ」「俺は学校の教師でも知ってるし、講習会でも見てきたぜ」「人間って動物なんだなって思うよ。ネット脳とかゲーム脳と、揶揄するつもりはないけど、一線踏み越えちゃう例って枚挙にいとまがない。俺はたまに考えるんだよ、何処でストップかかるんだろうなって、こいつはきっとずっとこういう駄目な人間で、あり続けるんだろうなって思うよ、一切救いもなくさ。自分ではマトモとか、みんなこんなものとか思ってるのかも知れない、でも、屑は屑さ、どうしようもない奴はずっとどうしようもない」「でもそれが社会なんだなって思った瞬間もある。つまりさ、差別や迫害は最初からワンセットなんだよ。それを回避するために知識が必要なんだ。アナウンサーの基礎知識の放送禁止用語みたいにさ」「病気なんだよな、きっと」「怖いよな、全然笑うところでもないのに、笑ってる人を見ると、怖いよなって思う時あるよ。結構精神医学方面明るいから、病名浮かぶもん。駅で歩いている人を見ていても顔見てるだけで、あ、この人は鬱かも知れないって思うことある。笑いの一番奥へいくと、笑う人も病気だし、笑わせようとしてる人も病気だ。そしてこんなのが文化だって思ってる」「どこかの宗教の人はずっとダジャレ言って信者に笑いをとるらしいぜ、平和だよな、それを知った人が、こんなんだったら自分でもできるって言ってた。違うんだよ、平和なんだよ」「暗い話だな」「暗い話だよ。だけど俺も時々思うことがある、他人に優しくしている奴の眼を覗き込んでいて、すげー気持ち悪いなって思うことがある。人間って本当に成長できるのかな、知れば知るほどこの世の中は地獄だぜ。右見ても左見てもおかしい奴ばかりだって思うことがある、それでもそうじゃないって思いこもうとしてる、ずっと前にテレビでさ、平和ボケだ、日本人は平和ボケしてるんだって、言ってたけど、あれってそう思い込もうとしてるだけなんじゃないかって、この前ふっと思ったんだ、たんに、都合のいい言葉でさ、世界中どこでも戦争だよ、眼を背けている内に、本当にあるべきものの見方が失われたのさ、そしてそれは自分の中にあるんだ、気付いても気付かなくても、答えはきっと変わらない」 *508ラブコメは、連続コンボ「あの、好きだから、何もしないけど傍にいさせてね」「何かして、よ。その、いきなり、俺の部屋にやって来て、告白して、座布団にダイヴして寝転がって、何してるの、クラスメートの西田さん、選択権与えて、発言権をちゃんと僕に与えて(?)」「両親から何か聞かなかった?」「西田さんが、家に泊まりたいとは―――聞いた。変わったお嬢さんね、とは言ってた。でも、悪い子じゃないみたいだから仲良くしなさいって言われた、そこから導き出されるのは家出かと思ってた、推理力を結集して、名探偵コナンが出てきた―――そこまではいいよね(?)予想の斜め上いきすぎた超展開ですごくビックリしてるのがいま、エベレストアタック、酸欠一歩手前(?)」「好感触、両親にも、あなたにも(?)」「外堀埋める活動にはちょっと引くけど、百歩譲っていいよ。でもさ、それはいいけど、告白は聞いていな―――」「んんっ・・・何か言った?」「というか、というか―――さ、告白の返事言おうとした瞬間、全力で、耳ふさぐのやめて超カントリーロード、耳をすませば(?)」「嫌われるのが怖い」「僕は何も話せないまま、クラスメートの西田さんが部屋にいるのが怖いよ、ピンポイントでエキュスキューズミーだよ、エマージェンシコールだよ(?)」「横文字ならべるのやめて、外人さん、なの?」「えーと、だから、怖いんだ(?)」「顔が?」「顔のこと、一言でも僕は言った―――で、ありましょうか(?)」「つまり、存在自体が怖い? もう、嫌われてしまっ―――た」「待って、本当に待って、嫌ってない、怖いっていうのは、状況の整理が終わっていないのになし崩し的に・・・・・・」「難しい言い方しないで」「えーと・・・つまり、話したい、ユー、と、あ、違う、あなた、と。親睦、ふかめたい、言葉、かさねたい(?)」「話したい、えへへへ」「えへへへ、じゃなくて、えへへへ、じゃなくてね・・・、西田さん、僕等は普通のクラスメートなんだよ」「普通? つまり、どこぞの馬の骨、海千山千、有象無象(?)でも嫌われるなら―――」「ちょっと待って、お願いだから待って、てか、西田さんだって結構難しい言葉つかってるよ」「君は言葉遣いおかしいよ、ウフフ(?)」「誰のせいだよ!てか、嫌われるのが怖いなら、嫌われないようにするのが筋じゃないの。あと、好きも嫌いも、僕何も言ってないよね、なんで、ブレーキとアクセル踏み間違えて、トロッコアドベンチャー、殺す気はなかったみたいな感じになってるの。寝転らないで、あと座布団のポジショニング調整しないで、何かして、とりあえず座って、どういう受け身なの、それ」「わたしは好き」「―――うん、いきなりのストレート勝負、駆け引きなし。その、改まってだけど、僕も西田さんのこと好きだよ、恋人というのはわからないけど、西田さんなら、いいかなって思うよ」「うん、わかった、相思相愛(?)」「そうだね、お互い一歩理解が深まった、エスカレーター式。さっきまでエレベーター式だった超高層百階建て、一直線だったよ、エスカレーター、いい、そしてもっとスピード落とそう、歩こう、理解のためにいくらか無駄足を踏んだけど、ようやく、話に筋が・・」「だから傍にいさせてね―――よいしょ、よいしょっと・・」「ちょっと待って、なんでいきなり立ち上がって、廊下から布団もってくるの(?)四次元ポケットなの(?)テント感覚なの、アウトドアはじめました、なの(?)違うよね、お互いの理解深めてゆくために、会話のキャッチボールだよね、まずそこ」「マイ布団です、不束者ですが、今日からよろしくお願いします(?)」「西田さん話きいてくれねー・・・あ、頭下げなくていいのに、三つ指ついたり変なとこだけ古風だな、この子(?)あ、こちらこそって―――待って! おかしいよね、それ、おかしいよね、いますごい流されかけたよ、婿入りしかけたよ、いま(?)」「昨日のクラスメートは、今日の同居人。人生は意外なことの連続って意味よ(?)」「覚醒剤でもやってるの? 名言みたいに、キメ顔で言わないでくれる?説明してよ、あ、耳ふさがないで、聞きたくないことは言わないから、ごめんなさい、全面的に僕が悪かった、悪かったですから、もうちょっと話してから耳ふさご。いま、告白を受け入れたよ、付き合ってるよ、僕等。だからこの―――」「末永く、末永く、その―――末永く・・・(?)」「末永く、多いな」「末期症状的マッキントッシュフィロソフィー(?)」「上手くないからね! カッコいいけど、中二病そそる言葉だけど、もう何言ってるかわからないからね」「・・・・・・何言ってるかわからないけど、カッコいいし、中二病そそる言葉っていわれちゃった(?)」「超ポジティヴ転換ありがとうございます、その通りでございます、だから―――まあ、とりあえず、お風呂入って、ご飯食べようよ」「そして出てくる三択、お風呂にする、ご飯にする、それともぉぉ~ん―――、わ・た・し(?)」「思春期の少年の憧れのセリフ、ありがとうございます(?)」 *507集中しよう究極の集中状態、―――【zone】センサが差異を検知する条件下のように、フォームは次のフォームにとってかわられて、(思考が進展するためには明晰かつ単純な観念を必要とする、)不定形な形態と色彩がざわつきながら押し合いへし合いする・・。フロー体験とも呼ばれるこれは、ミハイ・チクセントミハイ、ハンガリー出身の心理学者に提唱された概念で、個人がある活動に没頭し、時間感覚が失われたり、行動が自動化された状態を指す。知覚現象を伴わずとも、我を失うレベルの、集中が生じていれば、それも一種のゾーン体験。“先鋭的なもの”や”尖ったもの”、非観察領域に展開される、[ドキュメント]→[新規ウインドウ]でウィンドウを複製する・・。表現力の補填・変形が行われる瞬間の相対的に拡大されたもの。ゲームや、漫画や小説や映画や音楽などのエンターテイメントを満喫し、一瞬で時が過ぎる感覚を覚えたことがあれば、立派なゾーン体験者。興味深い例としては、お笑いを鑑賞している時に、その脳内ではガンマ波という脳波が生成し、脳全体がフル稼働してゾーンを体験していることがわかっている。これはウェル・ビーイング、つまり幸せの状態だ。「ウェル・ビーイング」とは、個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念。いわば“必然的な盲目”である、―――世界へと滲んでゆく脳が鏡のように光っている、アクションプログラムだ。ゾーンに入り易くする方法は簡単で、スポーツで成績を残すような基本的な考え、と言っていい。そこにおける課題の難易度は重要だ。達成目法とスキルがかけ離れていないこと。難し過ぎず、簡単すぎないがベスト。またその目標に具体性があり、その結果が明確にフィードバッグされること、だ。人間の脳にはドーパミン作動性報酬系と呼ばれる、快楽に関する領域が存在し、即物的、楽観主義、前向きな気分、不快感を軽減することなどが知られていて、ゾーン状態に入った脳はここを刺激している。また、ゲームによりゾーン状態に入った被験者の脳波を、調べた研究においては、前頭葉のシータ波が強くなる傾向が確認されている。これは注意力の持続や認知制御の増加を意味している。また、ゾーン状態に入ると内側前頭前皮質が停止する。この領域は、自己や他者の思考と感情の理解、刺激と報酬の関係性、道徳に関する処理などを担っており、人間らしさの本質が詰まっている場所といっても過言ではない。それゆえ不安や恐怖という感情を担う偏桃体も、ゾーンに入った時にその機能が低下するのは当然のことだ。小さな硝子玉を、シャボン玉に変えたい、と。シャボン玉を風船に変えたい、と。風船をアドバルーンに変えたい、と・・・。オペレーション...オペレーション...。様々な想定のもと構築される現実のシミュレーションは、異空間であり、冥界といって差し支えない。カウンターパートへ、本当の長期的展望を・・・。ところで、ゾーンに入り易い性格というのも存在し、神経症的傾向が低く、誠実性が高い人物の方が有利だ。ならびに目標達成により外部から得られる報酬よりも、自己の成長に喜びを感じる性格特性が重要とされている。細かい失敗などは恐れずに、眼の前の課題をまじめに、そして繰り返し取り組める意識の高い人格者。鳴らない楽器はないって思う―――思いたい・・。視野一杯に滑り込んでくる、ガラパゴス的な現象をシステムの代理人となって魔改造する。それはインセンティブとインタラクティブの揺れる狭間で、微細な空気の変化や感触をイメージすること、共通項を増やすこと、共通認識を増やすこと、わからなくても何かが引っ掛かる、わからなくても心の奥に何かが溜まること。とはいえ、ゾーンに入り易くする方法というのもあり、それはゲーミフィケーションと、マインドフルネス瞑想だ。前者は特定の課題にゲーム要素を取り入れるテクニックだ。後者は「今ここ/現在の瞬間」にだけ眼を向けた瞑想。ウォルトンの「ごっこ遊び」や、ウィニコットの「遊ぶこと」そしてデューリングの「プロトタイプ」が想像される。意味、形式、構造、演算過程、あるいは、ニューロンとシナプスのネットワークによる横断性、自在で、多様な力の流れを統合する原理としての移行―――は、素材や媒体に固有の性質を引き起こす・・、色んな考え方や捉え方があると思うけれど、ゲーミフィケーションを応用した手法の一番簡単な方法は、それが出来たら好きなものを食べていいというご褒美だ。ゲームにおける競争性、中毒性、遊戯性に、待ったをかけるものがなければないほど、ゾーンは確実にあなたに叡智を授けてくれる。マインドフルネス瞑想は良い姿勢で坐って、自分の呼吸に意識を置き、感情や思考が浮かんでも、それを追わず呼吸に戻る、というもの。とはいいつつ、僕は寝転がっていても、正座していても、瞑想をすることが出来る、と考える。ところで頭をバグらせるという手法についても僕は考えていて、YouTubeで車の高速道路を走る映像なんかを、再生速度を変えて視聴するのも十分に効果的だ。高速道路から一般道へ戻ると頭がユラッというか、ドロッとした感じになるあれを体験する手法だ。それと並行してだが、たとえば歌の練習には感情面を開きやすくある効果があるし、表現力の向上が見込める。最低限、きちんとやっていれば活舌はよくなるので、人生に対する明るい気持ち作りには十分効果的だ。詩作時における音や韻律の考えの強力なバックアップになってくれる。そして何事も集中力が大切だということだ。基本的に何々をしていれば成功するとかいうのは間違っていて、自分に合わなかったら切り捨てる、正しいと思ったらとことんまで追求するが基本姿勢だと思う。(「隠れた変数」ではない)真のランダム性があらわれる。それは概念とイメージの間の障壁を打ち壊すことによって、(「開放性と複雑を持った」ではない]真の霊感を得られる・・。秩序に空洞が存在するということ―――を、作り変えることだと僕は考える。繋がってる終わらない終わらない始まる。 *506夏の時間光は、満ちて。光は、遠い場所。視点は鳥、空に吸いこまれるように小さくなって、自転車のペダルを踏む足に力を込めるみたいに、すうと僕は地面を這う、蟻のような点になる―――。伝えたいことはたくさんあって・・・。話してみたいことはたくさんあった・・・・・・。息の合わないリズムや、雰囲気や匂いの侵蝕。透明な感覚で、四角く区切られていて、それはもう映画みたいなスクリーン―――で。・・・・・・なんだろう、・・・・・・この胸を締め付けられるような気持ち・・。長いS字型の坂道。ダラダラ下りてゆくのに飽きて、何気なく、振り返ってみる。仰ぎ見る角度で高い建物が現われてくる。いまは道路をふさぐように、停まっているタンクローリーが見える・・。早送り。コマ送り。一時停止、ポーズ。桜並木や、紫陽花、銀杏、周囲の景色は田圃が拡がっている。のどかなものだ。―――少しずつ下りてゆく、そして立ち止まって考えてみる。いつかの“あの場所”という座標軸。“美しい空っぽ”を覗き込んで―――い、て。口を開くことも忘れて、じっと見つめる、瞳。生まれ育った町―――だ。何もない町―――だ。思い出のある町―――だ。駆けだした視線の先には、蜃気楼がある。爽やかな波音や、蝉の鳴き声が似合いそうな、夏の歌をウトウトしなが―――ら、思い出す・・。“ケロイドの部分”なんだ。“一生ふさがらない傷”なん、だ。わたがし科。アイスクリーム属。ポエム系なん―――て。眼を瞑って、波音や、蝉の鳴き声の中に包まれて―――みようと思う。おどけた顔も、泣き声も、笑い声も、溜息も。シロップ多めのかき氷みたいな過去形の呪文、センチメンタルな真夏の夜の波の音は、電車の扉が開いて、踏切が上がるような、てのひらの―――影だ・・。うつろな水晶体、足の裏に興奮の余韻が残るん―――だ。鳴り響いているものは、触れられない。誤ったもの、見間違えたもの、朽ちたもの、それだけ―――が、残ってしま、う、よ。網戸越しに揺れる風鈴、おろしたての真っ白いシャツとジーパン。アルコールランプ、、、アルコールランプ、、、葉脈を駆け巡る、木下闇。身体中の内側に流れる落書き、発車のベルが鳴り響く一分前。デ、イ、ラ、イ、ト、デ、イ、ド、リ、ー、ム、不思議なほど心が静かになる、そして何にも考えていなかったことが、モザイクのように詰まっている。大きくな―――るよ、瞬きのロールシャッハテスト、もっともっと、心の中を埋め尽くす・・。果てしない甘美な眩暈の世界。記憶の遠さでもつれていく―――のに、もつれてゆくことしかできな―――い、のに・・、青い小さな一点の錐が、どうして水族館のアクリルガラスのように、思えるんだろ―――う・・。 *505浮気する猫「うちの彼氏、浮気してるの」「猫だろ」「見たのよ、隣のおばさんのシーチキン、美味しそうに食べてたの、一度目じゃない、二度も三度も―――不潔(?)」「節操なしな彼氏だけど、腹減ってたんだろ(?)その、へるものだからさ、ネコっていうか、オスはさ(?)あの、オスはサアアアアああぁああァァあ(?)」「浮気よ、柳に風とばかりに優雅な身振り手振りで、美味しい、美味しい聞かれながら、エステティシャンされてるの(?)隣にあったのよ、美容院じゃなくてエステが(?)」「じゃあ、モンスターボール投げろよ、そして彼氏に輪島功一してこいよ、黄金の右でさ(?)一部始終目撃してんだ、怒りのランボーしてこいよ、敵のアジトかっつーくらい果敢に乗り込んで、本物のエステティシャンのジャパニーズニンジャ、クノイチの実力、見せて来いよ(?) 最後は無人島に送り込んで、首輪付けてバトルロワイヤル(?)」「アンタ、何言ってるのうまい棒の全種類言えるの、言えないでしょ(?) うまいぼーのぜんしゅるいいえるのー、うまいぼーのぜんしゅるいいえますかー、それはすくわれますかー(?)」「意味不明、小学校からやり直せ」「うちの彼氏、浮気してたの!」「わかったから、落ち着けよ。途中ゾンビだったぞ(?)あと、お前は浮気と言ってるけど、それは俺の考えでは浮気じゃない」「じゃあ、浮気って何よ、あたしの眼の黒いうちは、浮気はシーチキンのことよ(?)」「じゃあ、シーチキンマヨネーズでも、か(?)」「浮気よ」「―――そっか、でもまあ、浮気されても許せるか許せないか、があるよ。絶対ダメだけど、愛情が残ってたら、もう二度としないを信じられるか、それが駄目なら新興宗教かマルチ商法だと思うんだよなー(?)あとごめん、お前の猫、多分ホモだわ、ずぶずぶのでろでろの本格派だわ、実は俺が本物のレシカなんだよな、俺、猫缶あげながら愛情深めてんだよね(?)」「アンタ、何言ってるのうまい棒の全種類言えるの、言えないでしょ(?) くさっているのはゆるすー、くさっていてもゆるせますかー、それはせいぎですかー(?)」 *504結婚式結婚式といえばだが、式場、日取りの決定が一年から半年前。ドレス、衣装選びは半年前がいいだろう。披露宴の着たい衣装も二回着ればOKで、白無垢や、黒引き振袖、色打掛でもよい。黒五つ紋付き羽織袴というのもよい。招待状の作成・発送、演出の検討が四か月前。パワーポイントで自作するというのもありだが、頼めば作ってくれる。議員パーティーのように、費用をおさえたいならこういう手法は欠かせない。料理プログラム引き出物が二か月前。衣装による前撮りが一か月前。プログラム最終打ち合わせが一か月から一週間前。中国の古い占いをもとにした吉凶というのがあり、六輝六曜の中でも大安はラッキーデイ、もっとも演技のいい日とされている。ちなみに結婚式の招待状が届いたら、どんなに忙しくても一週間以内に返事するのがマナー。祝儀袋は寿金封には、両家が固く結ばれてほしいという願いをこめて、解けにくい結び切りやあわび結びを用いるのが一般的。ちなみに入れる金額は友人が三万円を目安に考えるのが普通だが、葬式も死ぬ前にする例はあるし、墓も死ぬ前に作ってしまうことはありうる。互助会ではいざという時の葬式代というのがあったけど、いまは格安の葬式もできるような時代。また、葬式のための保険というものもあるのだ。かようにだが、墓参りもネット墓地で済むような時代。少し前ならそれは非常識と思われてもいたことも、一万円でもありなのではないか、という考えはある。ただ、料理代や引出物で二万円、結婚のお祝いの気持ちで一万円と考える場合が多い。ただ、結婚式が重なってお金がないという場合は、断るのが正しいのだろうか、という向きある。そこまではいかなくとも、出してしまうとお金がカツカツっていう例も十分にある。色んな状況の人がいるわけだから一般論も違うだろう。打ち明けられるなら事情を話すのもよいと思うし、お金が少なくても、贈り物をするとかでも十分によいと思う。ところで冠婚葬祭とはそもそも、「冠」は成人式、「婚」は結婚式、「葬」は葬式、「祭」は神仏や先祖の祭礼のこと。こういう行事は江戸時代から始まっていて、(といっても以前からあったものだが、)とりたてて冠には元服すなわち成人式の意があったが、いまでは人の成長や長寿を祝う儀式になっている。初宮参り、お食い初め、七五三。たとえば還暦、古稀、米寿などの行事もそうだ。広く言えば、正月や大晦日、七夕、ひな祭りなどもそうだ。冠婚葬祭というのは古いしきたりという感じも受けるけれど、そこには、成長を祈ったり願ったりする意味があり、誕生日はプレゼントをもらう日ではなく、成長の節目のお祝いの日なのだ。結婚というのも日本の法律では婚姻といって、一組の男女が市区町村の役所に、「婚姻届け」という用紙を出してそれが受け付けられて成立すれば結婚したことになる。多くの人が聞いたことはあると思うが、結婚二十五年目を「銀婚式」結婚五十年目を「金婚式」という。ちなみに結婚式には一年目が「紙婚式」結婚三年目は「革婚式」結婚七年目は「銅婚式」結婚十年目は「錫婚式」結婚十五年目は「水晶婚式」結婚三十年目は「真珠婚式」結婚四十年目は「ルビー婚式」こんなのをいちいち本当にやっていたら、その夫婦どれだけラブラブなんだろうかと―――思う。結婚記念日はいつもやっていますという人はいても、今年は革婚式だからとか、銅婚式だから、という話はまったく聞かない。しかしお互いの愛情がなければこれは成立しない行事だ。ちなみに結婚する時というのは、お世話になった人や、これからもお世話になる人たちのことも考えるもの。結婚式は夫婦となる二人がこれからの人生を一緒に歩むことを誓い、お世話になった人今後お世話になる人に披露するために行われるものだ。結婚後は色々な人たちに支えられて生活していく、その人達に対してこれまでの感謝と「これからもよろしくお願いします」という想いを伝える場なのだ。結納にも実は「正式結納」と「略式結納」があり、名家とか地方のしきたりなどというものがあれば、絶対にやるだろうが、いまではしない人の方が多いようだ。それでも顔合わせ食事会ぐらいはするかも知れない。結納とは両家を結びつく儀式なのだ。儀式には象徴および象徴的な思考の意味合いが強い。そこには社会の連帯といった価値や、結婚や死といった、重大なる事件を明確に表現し、心に強く刻みこむ働きを持つ。二十歳で成人という見方があるけれど、僕は四十で大人の成人という見方をしている。「四十歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て」というのは、リンカーンの言葉だけれど、僕は大人の中の大人だと思ってる。四十を過ぎて世の中の仕組みがわからない、人生に対するきちんとした考えが持てないのは、本当に恥ずかしいことだ。とはいえ、四十になってニートでもいいと思う。四十になってホームレスというのもありうる。冠婚葬祭の基本的な考え方は以上述べた通りだが、冠婚葬祭で意識しなければならないのは、それが人脈だったりするということだ。世の中には死者の親戚縁者が一人もいなくて、やむなく火葬するという場合もある。一定期間保管した後に合葬墓へ合同で埋葬する。そういう人生を否定するものではないけれど、生きてゆくというのはまあ、面倒くさいことや厄介なことの連続だ。「結婚式」は人生の一大イベントだという人もおり、「マイホーム購入」「子供の教育費」「老後生活資金」を、人生の三大イベントという人もいる。僕は時々会社を辞めた先輩が言った言葉を思い出すことがある、世の中やっぱりお金、というものだ。お金があれば人生の大抵の問題をクリアできる、そして人を殺し、人生を狂わせる、この上ない毒薬である。結婚式はその毒薬の一部であり、マイホームも、子供も、老後というものもそうだ。そしてそんな披露宴が始まる。新郎新婦の入場から、はじまりの挨拶、新郎新婦の紹介。主賓の挨拶、乾杯、食事・歓談、ケーキ入刀でワンセット。お色直しの後、新郎新婦が再入場。キャンドルサービス、スピーチ・余興、新婦から親へ手紙、花束贈呈、両家代表の挨拶、新郎新婦の退場、おひらきの言葉、招待客退場・お見送りで披露宴は終わる。二次会、場合によっては三次会へ行くという流れだ。 *503朝、七時五分のバスに乗る。間引き運転はしないが、一度遅れたことがあり、それ以来、定刻に来ないものと心得た。運転が荒いといつか事故を起こすって思うし、時刻通りに来ないと本当に来るのかって思う、疑心暗鬼がバスの醍醐味。お店が沢山あるのに朝は殆ど誰もいない商店街、神隠し状態の住宅街を見ながら、ムキになってるところはあった、僕は真面目なんだよ、堅物だったという言い方もある、面白みに欠ける奴だったともいえる、無遅刻無欠席の高校生活が目標―――だった・・。過去形?いまは、違う高校の同い年の女の子のことばかり、考えてる。彼女は僕より前のバス停から乗ってきて、僕の高校より遠い。ほら、修行僧みたいなサラリーマンの親戚、毎朝死ぬほど早い時間から登校するんだ。子供の頃、祖父母の家まで車で父親が運転するんだ、ハッ、そういえば朝早く行くのかって聞いたことないな、朝の四時に起きて出発する。そんな感じ。同年代には同年代なりに、なんか色んなことを考える。線が細いなとか、ちゃんとこいつ食べてんのかなって。そういうところからまあ、スタートする。とまりますボタンを押そうとした自分より先に、ピンポーンと鳴り響いて慌てて手を引っ込めるような、ね。おはよ、と死んだ魚の眼しながら―――言うんだ・・。でも面白い子だよ、絶対気に入るよ。顔見た瞬間にいきなり栄養ドリンク飲む。毎日じゃないけど、たまに飲んでるのを見ていて、話しかけたのがキッカケなん―――だ。ごく、とか、じゃないんだ。ゴッ、なんだよ。すごい覚悟を決めた飲み方でさ、拍手したい。栄養ドリンクはこう飲むんだってその時知った。まあ、元々会釈しているような間柄だったから、次は挨拶という段階へ進んだとも言う。おはようと言う、今日も栄養ドリンク飲むんだね、みたいにね。そこからは、打ち解けるのが早かったよ。でも無口なんだ、でもクイズが好き。何気なく、クイズでもしようかって言ったら、異様に食いついてきて、釣りの極意を知ったね。朝の光に流し目している人を想像してみて、彼女、その時そんな顔をしていたよ。幸薄そうで、儚い感じも追加して。あと、中々笑わない子なんだ、少しでも口角を上げさせようとして、クイズというより、なぞなぞ、そしてなぞなぞの中でも超ローカル要素入れる、というか、もはやクイズでもなぞなぞでもない、卑怯とか外道の極み、反則技のオンパレード。農協の隣にある建物の社長さんの息子の名前は?愚かな問題、でもこういう問題つくらせたら、僕の右腕に出る人はいない凄腕。誰もしないとも言うけど―――ね。それに対して、引っ掛け要素あり? なし?これが、大抵付随する。自信満々で答えて実はそうじゃないんだよなーと言われて、悔しかったんだろーな、不機嫌な猫みたいな顔してた。そうしたら、そんなことを言うようになった。答えは心理戦でもある、よく考えたら解けない問題でも、わからない、が正解。よく考えたらわからないという以外わからないんだから、それも答えとして認定させるべき、なんだよ。ほら、数学の問題が最たるもの、解き方知らないで答えがわかるわけがない。どう思うと返すと、じゃあ、命かける、と言う。武士道精神に満ちているというか、覚悟決めすぎ。そんなの貰えないから、今度一緒に服買いに行こうと言う。そうだよね、交換条件みたいには聞こえないよね、ダボハゼだ、魂胆まるみえなのに、肯く。それで本当に服一緒に買いに行ったりした。デートじゃないよ、デートって初々しい緊張とかあるだろ、ない、まーたく、ない。ただ服買いに行っただけ。けれど、嫌われていない。いまはそれで十分。よくわからない子だし、いや自分だって、好意と恋愛感情がどう違うのかもわからない。わからないけど一緒にいたら楽しい。あと、もうちょっとしたら、ね。でも彼女は時々休むことがあるよ、風邪とか言ってるけどね、実はそうじゃなくて、身体が弱い方なんじゃないか、と思う。心配かって、心配じゃないよ、だって、そういう日は、チャリ飛ばしてお見舞い行くからね。彼女の両親と仲良くなったよ、やっぱり外堀埋めてからね。 *502「凍死する、足がかじかんで冷たい、靴下も意味はない、もう若干鼻声になってチョコレートプリーズ、明治ブルガリアヨーグルトプリーズ(?)そんな寒い夜、何故だろう、わたしはアイスクリームが食べたい(?)」「なんでキメ顔なの? ちょっと待って、なんでどや顔にした?あと、公衆の面前で乳製品の名前叫んだ?」「醤油はキッコーマンって決めてるんだ(?)」「うるせえよ、請求力ゼロの言葉で誤魔化すなよ」「なによ、お母さんワコールだけど文句あるの(?)」「お前のお母さんに文句なんかねえよ!」「女は度胸、キャッチフレーズ、そして饒舌な手口で洗脳する(?)婦人科検診つったらアレですよ、乳がんの触診とマンモグラフィーとエコーね(?)わかる、そういう女の苦しみ(?)」「まあ口が回るのは知ってるよ、でもさ、コンビニへと歩いていてもっと寒いと思わなかった?馬鹿なの? 手袋もしてないし、マフラーもしてない」「夜行性だから(?)」「夜行性っていう言葉で逃げるなよ、大体質問の答えになってないんだよ、お前狸だったのかよ」「都会の隅で健気に生きる狸と言葉を交わした、コーン、そうよ前世でわたしはあなたと兄妹だった(?)」「待て、それは狐だぞ、まったく言葉が噛み合う見込みはないぞ。大体、馬鹿なんだよ、計画性がないんだよ。ほら使えよ、手袋もマフラーも貸してやる、女が身体冷やすな」「お母さん、ありがとうね!母の日にプレゼントしたい、カーネーションの花(?)」「俺はお前の母親じゃねえ!」「ゴゴゴゴゴゴッ! つまりこういうことかい、アンタは私の母親になりたいけど母親じゃねえ、実母VS義母の闘い、心の中では産みました、あの子はわたしのもの、破水して三時間後、二八八〇グラムの元気な女の子を生みました(?)なにを言うかこの女、育てながら、狸に育てました(?)」「馬鹿か、こいつ」「女の子に馬鹿っていうのはルール違反、誰も幸せにならない呪いの言葉。呪詛(?)やめて、そんな言葉、誰も望んでない、テレビがあって、ワイドショーがやってるんだけど、何も頭に入ってこない、芸能人の噂話、辛い、へーあの人が、へー、あの人もねえ(?)だからユニセフを泣きながら見ていた(?)」「・・・・・・」「可愛いね、ぼくちゃん、ママのおっぱいをしゃぶってきな! よしよし、頭撫でてあげようか、子供の時はおねしょしたの知ってるよ、いいのよ(?)」「―――黒歴史しゃべるのやめて、あとユニセフの話題、本当にやめて。その、普通に喋ってくれると嬉しい」「うん、そうする」「馬鹿って言ったのは悪かったけど、コンビニにアイスを買いに行く道の方が寒いって―――」「でもそれ、あなたの意見ですよね?」「論破! とか言う人の真似はやめろよ」「欲望に正直なんだ(?) 生きてるだけで回り道をする、人生の苦労は増える、でもそれを越えてみたいって思った十六の冬(?)」「ユタカオザキみたいに言うなよ。氷点下を迎えた町で、アイスを食べたいがために、コンビニへ行く欲望は狂気だよ」「―――二つ食べたい(?) ごめん、違う、最低でも四つは食べたい(?)」「増えてんだよ、お腹壊すぞ」「北海道の人は最低でも十個は食べるって、友達が言ってた、ご飯代わりの偏った食事って言ってた(?)」「お前の友達、都市伝説好きなのな、いっとくぜ、もうそれ、都市伝説だからな、口裂け女やダッシュババアだからな」「あたしもそこまでは及ばないにせよ、毎日五個は食べてる(?)」「話を聞け、それに嘘をつくな、嘘を」 *501How honest can you be?顔の知らない人と、メッセージを交換し合う。匿名であるということは、住所も電話番号も知らないということ。名前も知らないということ。そして、わたしが女性で、彼が男性であるということを、証明する術はない。その破綻に満ちたものこそが、夢の中で激しく溶け合う、芳醇の酒のようなものなのだけ―――ど。たった一度会ってみたら、そこで夢から醒めるかも知れない。SNSでは、けして珍しいことではない、と思う。いや、SNSどころか現実生活でも同じことだ。優しい人が好きというのは本当だろう。誰だって優しい人が好きに決まっている。でも優しい人はいくらでもいる、けれど顔がよくないといけないのだ。顔が悪くても有名大学なら付き合ってみたい、という正直な人もいる。身長が低くても高くても構わないと思ってる、でも身長が二メートルを超えていたら、ちょっと困るな、と思う。身長が自分より少し低いとか同じならよくても、三十センチ以上違った場合、拒否反応が起こる場合もある。人間ってそういう生き物だ。世間体とか、固定観念や先入観を全部取っ払ってみると、わたしが彼を好きなのだってAIに対するものと似ている。AIのように彼は自分好みに演じた文字を投げかけ、魅了している可能性もある。心理学で口説く方法について語る動画があるとする、でも、一生付き合うような心理学は存在しない。客観的な要素は統計で、それも相手にとって有効かは仮説にすぎない。そしてそれを見破ることは出来ないような時、人というものは控えめな考えを持つようになる。だって、そんなリスクを負うぐらいなら現実生活で、普通の恋をする方がいい。けれど、脛に傷がある。それが心を動かしてしまう魔法のような舞台装置―――。彼は大学卒業後に就職した会社がすぐ倒産し、両親が他界し、親戚連中の嫌な態度を見たという。わたしは慣れない仕事で病気になって、両親以外の友達と疎遠になり、気が付いたら心の病気にもかかり、人生に復帰するのにおそらく二倍以上の時間が掛かった。色んなことが言える。けれど踏み込みすぎれば地雷を踏む。相手がそれを許すかどうかはわからない。彼だって誤った言い方をしたら、快く許せる自信がない。よくあること―――だ。誰にでも起こりうるし、それが介護とか、交通事故であるかも知れない。その時、人は本質的に孤独だ。そこでウジウしてしまう人もいるだろう。それだって全然間違ってない、と思う。他人に迷惑をかけずに生きていたら、優秀だ。人間は苦労をすると差別や迫害の芽をすぐ摘む。間違った見識をするたびに嫌な過去を思い出す。彼は立ち直って再就職し、お金を貯めて、自分の会社を持っていると言った。ネットビジネス系と言ったが、いざという時のために資産運用もしていると言った。わたしは病気をしたことで資格が必要だと思って、毎年一つは別の資格を取ろうと思っている。勉強をすることで目標が出来て、キャリアアップも考えたから、収入も増えた。お互いおそらく、人生の成功者の部類だろう。手ひどい過去から立ち直った人間に対する、尊敬の感情が一つの指標でもあった。でも彼は正直に言った、それ以来、人のことがあまり信じられない、と。自分もそれと似たような想いが内側にあり、あなたの言っているような気持ちはわかると言った。きっと彼の言葉はわたしに刺のように刺さり、わたしのその同意もまた彼に電流を流した。匿名には様々な問題を孕んでいる。誹謗中傷罵詈雑言で人が死んだりする、そのくせ困ったらすぐ逃げる。好き勝手に政治を語る人もいるが、知識量が全然足りていない人の方が多い。中立公平な意見を持たない、経営者のような、間違った考えを持っている人もいる。インターネット全般、人間の駄目なところをあぶり出す装置だ。でもそれと同じぐらい自分にとって必要な防衛装置、けして傷つかないための仮面でもある。ただ、仲良くなっていくにつれて、彼はロールシャッハやバウムテストのように、どうも彼が描いたらしい、たとえば星の間を飛ぶ魚だとか、夕陽の中の貝だとかいう、そんな絵を見せられて、これをどう思うか、と聞かれた。絵が上手で、自分はアートタイプの人間なんだとでも言いたいのかな、と思う人もいるだろう、これはかなり口が悪い。マウントを取りたがる人が存外いて、そうでなくとも主導権を握りたがる人がいる。というような見方はともかく、わたしは最初は絵を描くのが趣味なのかなと思った。相手への好意や、相手に対する尊敬があると自然にそういう風に導かれる。でもどう思うか、というのは難しい。そんなことを言われても困ると思ったのだろう、三択、多くて四択にした、そのイメージを分類するような文章が書かれた、選択肢から自分のイメージに一番近いものを選ぶ。もしなければ、その時は教えて欲しいと言われた。最初は悪戯心が起きて、面白い答えを返そうと思ったけれど、すぐに自分にはその嘘を見破る方法はないと書いてきた。だからこれはお願いにすぎなくて、また嘘をつくなということでもない。これは心理学の問題でもないと書いてきた。できるだけ正直に答えてくれると嬉しいと言われた。もちろんわたしは彼に嘘をつくつもりはなかった。逆に選択肢を選んだりするたびに、これで嫌われることもあるんじゃないかとひやひやした。どんな意味があるのかわからないけれど、メッセージのたびに、彼の描いた美麗な絵と、三択ないしは四択の選択肢から一つを選び、時折にはこういう風に感じたと、直感に従って答えた。そんなやりとりが一年以上続いたある日、彼はわたしについに説明してきた。人の心は難しいので、その人がどうなのかを、ある程度でしか知ることができない、と。一つは絵を見せることで、自分の心の中を見せることができる。信頼関係を築きたいというのではない、嘘をつかないことから始めたかったと言った。そして自分の絵から推測される選択肢を作ることで、あなたがどのような人かを考えることができる。そこにフェアがあるように思えたと彼は言った。でも本質的に様々な絵にも、問いかけにも、まったく意味はない、と言われた。なるほど、これは中々くせものだと思った。続きを聞く。音楽が好き、芸術が好きから、たとえば市民マラソンが好き、自動販売機のおしるこが好き、もっと細かくする、子供の時に習字教室に通っていて段を持っている、近所の公園で柴犬のお尻を見ながら時々かぶりつきたくなる、と抽象性が増すようにいくら書いても、本質的な理解には遠い。こういう時にこういう反応があるを繰り返すたびに、それは本当に選んでいるというより、とある利益のもと、偽の情報になってゆくような気がある時にした、と彼は言った。嘘をつかない、それが一番大切なことだった。嘘をつかないからこそ一緒にいられる気がした、と。わたしは一年の間に彼のいわんとしていることが、何となくわかるような気がした。きっとゴールに答えはなくてプロセスの方に意味がある。いや、そのやりとりをお互いが真摯に、誠実になるだけで、一年の時間に意味が出る、と。彼がしたかったことそれは、心に触れる―――こと・・。回りくどいと思う、随分手間暇かけて育ててきたなと思う、彼がようやく重い腰をあげてわたしに写真を送り、会いたい、と言った。意外とイケメンで、写真慣れしていないのがすごくポイント高い。わたしも自分の写真で、免許にも使えそうな類の写真を送った。緊張すると彼は言った。わたしもです、と答えた。自分の会社のこと、これからのことを話したいと言った。わたしはもちろんそうしたいと返した。でもこれからそれが恋愛感情になるのか、異性の類まれな友情とか、一年に一度は腹を割って話したくなる同士になるのかはわからない。ただ、お互いこの関係を切りたくない、と思った。電話をかけて待ち合わせの場所に着いたと言おうと思って、後ろから着信音が聞こえてきて慌てて振り返る。―――彼はわたしの大好きな“男性” *500kamome studio「蝋燭」生の営みといういらくさのさざなみ、ものみな、うつろうそ、まぼろしのささやき。 *499collageタツノオトシゴや、水母・・泥―――緩慢・・・・。香水壜の蓋が開いたような、吸い入れた、光や音を伴った、空気。産卵期のような空。音もなく流れてゆく水―――。光さえも速度を落とす、砂時計のくびれ。ウッドベースの店内に観葉植物、レコードを聴かせる店、アンティークのようなテーブルと椅子。手書きのメニュー。牛がいる、牛が話している。フラジャイルの構造、カタストロフの前触れ、風が吹いた時、不安を感じ、ひとしきり聞こえていた、ヘリコプターが遠ざかっていく―――。 *498所有物砂にまみれたような、あの乾いた薄膜の下の瞳は、無頼めいたかげりと途方もないやさしさ。吊るされた黎明。取り外し可能な窓の風景が移動する。エロスとタナトス。宇宙が、しんしんと広がっていて、不思議だ、吸い込まれ千々に砕けてゆき、どこかに降り積もるのだろうか、砂の累積。星が降るよう―――だ、おべっかを使って、小粋なふりをして醒めきっている、その人を知らない、の。深夜に手のひらに果物をのせて洗いながら、人そして音が行き交う、奈落のようなイメージの、スクランブル交差点の、雑踏は時間の海になって舟を漕ぎ出す。眼と顔は一瞬に組まれては崩れ、崩れては組まれる陽炎。巣の中へ消えてゆく蟻を見る、星の光で炙り出された記憶の底から踊り上がる、擦り切れもつれてゆく情念。ひとすじの線で貫かれた、朱に染まった夜の心臓。脱ぎ捨てた小石を拾え。空白の流れ星。真珠貝の中の太陽を覗いている、卑猥なミューズ―――を。セクシュアルに喘ぐのを、透明な悪魔が見ている。ストローの内部に超小型カメラがあるような、それが心理の通り道だと偶感するよう―――な。ドアが閉まるよ、縄文人。イースター島のうさぎの耳について、何故か考えていた。あれは確かに、美しい耳だった。うさぎというものは、耳が眼のような働きを持っている。簡単なことだ、年寄りの妄言。眼は視ることに飽きている。情報処理が、追いつかない。選択は最善でなければいけないのだ。マサイ族は視力がよいが、アフリカ人が眼がいいというのは誤り、紫外線で眼の老化が進む。蜘蛛の巣のような水晶の霊魂のコバルト的な悲劇。憑依されよう、嗅覚や、触角が、舌にあたるなめらかな感じが、言葉の整合性を伝える。何処かに辿り着くことはできないと思う瞬間がある、僕等はまだまだ勉強不足なのだか―――ら。酒を飲んで自分を胡麻化しても美味しくな、い、ましてや現実逃避では憐れすぎて眼もあてられな、い。おっとせいとペンギンとあしかが、心の中の水族館で話しかけてくる。冬は好き?冬は好き?様々な罠がある、自転車に、車に、船に、飛行機に、熱気球に、モノレールに、眼は空間を運ばれて―――く、次々と、シャッターが、切られる。切られていく、シャッターの音。剃刀、稲妻形。鋭利、切断。昆虫は複眼の眼、鳥のスナイパーライフル、見るだけで解き明かした気になれるらしい、どんな種子も仕掛けもあると思っているらしい、違う、端正な言葉の中に、まったく別の可能性を孕ませ、る。幻想は無限の時間の会話的本能だ、終わらないことを考えている―――と。終わらないことを考えている―――と。―――終わらせたくなる、よ。その瞬間、透視能力というのが開発されるのだ。どんなものでも見通す眼は曇っている、これ以上なく何も見えない状態かも知れない、見えるものを信じないことから始まった、心の中の声は、眼玉の裏側のこびりついた脂質をもさらい、誘惑する耳の縁の産毛をも通過する、どんな距離と時間を伴う空間をも短縮し、扇形の風、蜘蛛の巣となった雷鳴が、イリュミナシオンと唱えている電光絵画の廻廊で、優美な歩行術で天体一つをくれてやる。 *497成人式まじさいこー今日は成人式なんだ、つまりは成人の日。何で休みなのって同僚に尋ねたんだ。祝日が月曜日にあるような日、何で休みなのかって尋ねてる。覚えない。まーたく、覚えない。そーだったんだー、頭が軽くなれて幸せです。アンザック・デイ知ってるよ。八月十五日は終戦記念日。世界中何処かの誰かのパッパラパラッパ、誕生日で、何かの記念日。和洋折衷、ご都合主義のバレンタイン的、企業戦争モードアッパー系ふにゃー。ふにゃーって何ですか、先生。ご存知ありませんか、猫の鳴き声ですよ、生徒くん。あの子も、振袖を着て死ぬのね。あの子も、すぐにババアになるにね。ねえ、おばさんの仲間入りした気分はどう?結婚観について話してくれよ、おばさん。あいつも、ガンダムで参加するんだろうな。ド派手な服着た九州一族の豪気もアッパレ。いじらしいじゃないの、今日が最後の一いきれ。涙ぐましいじゃないの、つっぱる意味の一かけら。人生なんてあっちゅー間。だから毎日努力しなくちゃね。生徒諸君、講義はおしますです、眠たいでしょう、楽しくない話は疲れます、ふにゃ~。ふにゃーって何ですか、先生。ご存知ありませんか、猫の鳴き声ですよ、生徒くん。ってそんなキャラだった?あの、あなた、そんな人だった?酒飲んで煙草吸って、アムロ行きます。成人式のとある一面。でも親が興味がなくて、成人式行けないのを、ずっと胸にしこりとして残す人もいる。暴利が過ぎるよ、馬鹿野郎。格安で貸し出しとか、無料でサービスさせてやれ。そんなんで傷つくとかまじで意味わからん。だからインスタグラム脳は嫌いなんだ。ベッドで一人終わるのを待ってたってすげー切ねえ、お金がないと楽しめないイヴェントなんか糞くらえ。今日はすげー切ない日なんだ、そして馬鹿が優越感に浸る日なんだー。こんな日ですよって言う僕は知らない奴、何で休みなのかって尋ねてる。覚えない。まーたく、覚えない。覚えることはそういうことじゃな、い。楽しくても、面白くても。リグレットがいっぱいだ。大人になることは本当にいいこと?あの子、まだ就職先決まってないんだって。プロニートのかもちゃんと。ハローワーク行こうぜ。眼ん玉飛び出るぐらい働いてやろう、ぜ。自分のことはもう自分でしないと、ね。カレシやカノジョとか、まじ、どうでもいい。リア充爆発しろ、とか、どうでもいい。記念日とか、そもそも、どうでもいい。あれ、まだ残っているのかい、生徒くん、やはりそうだね、冬の陽だまりで欠伸だねふにゃ~。ふにゃーって何ですか、先生。ご存知ありませんか、猫の鳴き声ですよ、生徒くん。成人おめでとう、一歩地獄へ近づいたね、それが天国の近道さ。 *496ふゆきらもう冬を止めたい。止められるの?わからないけど、たぶん。たぶん?ストーブをガンガンに焚く。それから?息を吸って吐いて吸って吐く。拍手したいよ。さらに森で焚火する。森林火災に気を付けて。ガソリンを飲む。車だったの?文明をあばれまわるタンクローリー。がたんごとん、がたんごとん。全世界をあばれまわるブルドーザー。がーばりばり、がーばりばり。冬いなくなったでしょ?うん、間違いなく、いなくなった。でも気をつけろ、存在を消してる可能性がある。確かにそういう可能性もある。あと、時々マッチで火を点けて念入りに殺す。さ、サディスト。まだまだ、時々ライターで皮膚の表面を炙る。冬って皮膚あったんだ。あなたの知らない世界。あのさ、もういいから、どっか出掛けようぜ。 *495Expressionless視差効果を備えた瞬間、の、左右の眼の行き違い、で。それからずっと、煙草を吸った。シガレットの味は昔の恋人の名前、さ。ひねくれ者、金を返せよ。豚野郎、ポケットに穴が空いてる。らしくない、ね。もっと「極限」に達して。もっと『源流』を遡って。古馴染みの、手垢のついた、メインストリートじゃないか。そこでもまだ、小さなことばかり考えているの、だ。名前のつけられないこと、意味を見出せないこと、そんなかすれた印象ばかり、を。言葉を知らないのは、―――【罪】だ、よ。生きている意味を知らないのと同じ。何も考えていないのと同じ、さ。爆発しそうになる、ね。そんな論理ごときで説き伏せられる、と?鬱陶しくてたまらない、ね。そんな見え透いた態度で生きていける、と?大して何も考えてないくせに、権利を主張、す、る。明日を考えずに生きること、が・・・?自分の駄目さ加減にすがること、が・・・?あの日の僕は違っ、た。世界中全部敵にまわしてもいいと思ったん、だ。生きることは中身が空っぽ、さ。生き続けることは透明になること、さ。そうじゃないなん、て。言えないこと、も。“だからこんなに馬鹿しかいなくなった”―――普通なんか、存在、し、な、い。―――当たり前なんか、何処、に、も、な、い。雪が降っていて、も。球体の中で俯瞰しているように思え、て。気取りたがり、顔を見せるなよ。病名診断サルスベリ、樹から落ちてもやっぱり猿か。いつのまにこんなに、疲れたんだろう。パラボラアンテナみたいな人の顔、さ。かったるい、ね。もっと「イメージのカタログ」を捲って。もっと『カタルシスのランプ』で照らして。さあさあ、キチガイだらけの、非生産的な、吹き溜まりじゃないか。そこでもまだ、知性のあるふりは上手いんだ、な。言葉なんか喋るなよ、心が穢れてるのさ、まったく馬鹿馬鹿しくてやってられない、ね。 *494冬の空大寒の頃 南の空 オリオン座の星々は煌めき「君」の知らない、(サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミ―、、、)の―――《微熱》さ・・。“沈黙談義の身体中に針”―――って知らなかった、知らなかった、知らなかっ―――た、知らなかっ―――た、“僕はまだ夢を見てた・・・・・・”魚は 苦しく 喘ぎ 錯雑し願望と 満足が 装飾の 迷いごとせ、、、接続(し、)「遠くはるかな、」『六四〇光年』を考える夜い、、、位置(し、)「ああ、遠くはるかな、」『六四〇年前』のことを考える夜巫山戯て/ばかり/いた/から贅沢/な厭味/だっ/たね右上がり 並んだ三つ星の左上 ベテルギウスは懊悩の赤玉右下にリゲル 青白く光の燐「美の響きに打ちのめされ、て。」「浄らかさなど古典の造詣、で。」「君」の知らない、(サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミ―、、、)の―――《微熱》さ・・。底流(が、あり、)暗渠(が、あり、)・・・・・・テクノロジイ。・・・・・・テクノロジイ。それは、“オートマチックコミュニケーション演技力”それは、“オートマチックコミュニケーション演技力”混乱列島(が、あり、)大樹林地帯(が、あり、)(サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミ―、、、)の―――《微熱》は・・。(ソフィスティケイテッド・レディ、、、)に―――変わってゆく、の・・・。―――な、ま、え、、、―――な、ま、え、、、高貴な 動物は 小鳥の歌 泉の声永遠の 窪地の 碾き臼の 沖合き み は・・・。き み は・・・。(「何を知っているの?)」(「知らないことを考えているの?」)“白色雑音の螺旋枯葉の降り敷き”―――って知らなかった、知らなかった、知らなかっ―――た、知らなかっ―――た、“眠りを探検する夢の絵本・・・・・・”ベテルギウスを 中心にして六つの一等星 六角形をつくる星空の巨大な 宝石ベテルギウス シリウス そしてプロキオン冬の大三角せ、、、接続(し、)「天国とて悪夢の名残、」『六四〇光年』を考える夜かけ/ちが/えた記憶の中い、、、位置(し、)「ああ、叡智とは昏睡か虚無、」『六四〇年前』のことを考える夜まよ/って/いる記憶の中たとえ六十四日前だって、、、たとえ六十四分前だって、、、たとえ六分四秒前だって、、、「ハッキリしたことは言えないんだ、」「言えないんだ、」「言えないんだ、」き み は・・・。き み は・・・。(「ソーダの泡はじけた、ぎこちなさ・・)」(「胸の奥ざわつく、屋根裏の部屋」) *493少年は爽やかに笑ったネオンスターダストだ、抽象線の流動、形状のコンボが始まる。若干SEO意識したような小賢しいタイトルを遍歴しながら、そういうスライドフレームから、お気に入りの一枚を見つけ、んだ、よ。プライベート・ライアンで見たような砲撃に続く砲撃、さて精神が冥王星。オープニングセレモニー的躍動の都会、でも結局レンタルビデオ屋で夢中でオナりまくるバイト、啄木鳥の親戚よ、何もかも捨て身で考えりゃ希望の成就さ、ハッ!それが公式よ、それがオフィシャルってやつよ。は? 強く光らない眼でも、こんな時ばかりはたじろくほどの眼光、見せてくれるよ。わかるように話してほしいなら念仏唱えて、混沌とした気分を味わってからにして。真っ青さ、こっちの方がな。駑馬も打擲も甘んじて受け入れるって言え、まだまだ股間についたピノキオの悲劇。スタッカートのリズム。終えられないから、終わらない。眼を閉じて眠ることを覚えられない、電波塔。呪われたバベルの塔。風に合図をするように片手を振ったら、タクシーがありえないスピードで横づけ。どんなウルトラテクニック、いやいやまだまだ、ぼったくりの外国タクシー二十四時。リムジンだったのかよ、空港へ連れてってよ、エグゼクティブなムード作りながらオペラ流しておくれ。モジュラーデザインの世界は、サスペンスに満ちている。きらきらした光沢のある蝶が、止まり木を探してる。金縛りだよ、蜘蛛の巣が見えないまま、こんなものをセーフティーネットって言っていた、衣服の下にあるパイオツをあれとか言っていた、知的好奇心を満たすための文学書入門。官能篇。火の鳥みたいに言ってみる。でも火の鳥は究極の鬱状態の産物、パーティー会場は何処かってハイテンションで言いながら、スカートのジッパーが少し下がってる。ハズカシイイいいいぃぃィ人。うわあアアァァあああな人。でもね、でもね、時々僕も、あなたも、そんな人。何の救いにもなりやがらねえ。サッカー、フットサル。フッカー、サッと猿。頭がおかしくなるんだか、狂ったように笑ってるんだか、頭が狂ってるんだか、おかしくて笑ってるんだか、サッカー、ずっと、猿。ファ ッカー、それは知ってる。Googleアカウント登録して、Googleドライブに保存してある、WordのファイルPDFに変換してGmailで送る。さ、逝くぜ。準備はいいかい、エンターキーへ、パチコーン。わかったって言った瞬間、とぎれとぎれ、大きくガタンと揺れて、しっかりしろ、鞭撻しろ、ってこれは留置場だろ、居眠りしていた、最終列車的なエピソード、ここは何処ってもう既に、下りるべき駅を忘れて空を問えない止まり木。永遠に吊革を握りしめている男たちの顔を思い出す、もうとっくに、あの世とこの世の区別がつかない。肺になっちまう、五秒前の、這い。灰になっちまう、四秒前の、拝。でもさ、三、二、一は高速呪文詠唱、また来てね、はい、さよならー。来たぜ、来た来た、ホッケートーナメントが始まる、脈絡一切なし、でもそれがスーパーウルトラテクニック、そこからきますかと角度を意識し、傾斜を鶏舎って書き間違えてしまう度数パーセント表示。でもね、それがスーパーウルトラテクニック、半狂乱、親の仇みたいな醜悪な凄まじい形相で。スマホ画面がスペクトラムアナライザしながら、どっくんどっくん、夢のお告げのような、細い急な石段。心音図研究が外出する。ルーズリーフからはかかる法悦が往生する。十秒間に何枚突っ込むのかっていうぐらい眼で追えない、高速写真挿入。バッキバッキの奈落へ、エロティックなロケーション、ムードは最高、ハッと眼が醒めりゃ地獄の親戚、これは退行。部屋はああああァァア、巨大な器と化して浮かんでいる亡羊と茫洋の時間。チェンジで。貼り付けたのは、未来的な立方体の洪水さ、そこに色んな人が立ってる、一つのささやかな勇気がつくりだす朦朧、何もなかったものを具体的にするために作り出した道。極悪かもね、ハリセンかもね、切り貼りかもね、継ぎ接ぎかもね、ハリセンボンかもね、もはや何の意味も理由も脈絡もないかもね、かもめ、棺桶かも知れないけど、階段の踏板になるかもね、思索も読書も区役所の書記みたいだなって思えてくる、さもねって、何?ここは碧落の中心地さ、エピックスフィアは噴火して。肉体の輪郭を越えて、繁殖する、まだまだ終わらない夜の礼拝、ヨルムンガンドでお茶をすれども夜の遍路。澄み切った殺意が満ちているどうして届いてないのって、しまいにゃキレてくる電話番号を間違えておきながら、サイコパスすぎてエピックスフィアは、エターナルフォースブリザードの魔術にかかっている、なんて美しい白い魔法の吐息、白の氷使い、ぶっかけ。 *492展望雨がファンシーキャラクターのグミになって、色とりどりの金平糖みたいに、ぷにんぷにんと、舞い降りてきたらいいのに。肉感性を持たない水滴も、超スローモーション撮影の中で生き物の鼓動になる。そうしたらボイスメモの挨拶の練習も好きなドラマや好きな音楽をたずねる脳内戦争も実りある春の雨のように思える―――のに。 *もっとゆっくりと歩こう―――ね、内容の多い不得要領じゃなくて、シンプルなキーで、バイアスをフル。そして眼を離さないでいたい―――な、こんな気持ち、こんな気持ちが恋・・・・・・。未知の惑星が消滅していくような、境界を分明しながらの延長線上のステート、歩道橋から四辺を睥睨する。 *毎朝彼女を待っていたらストーカーだ、なるべく二日や三日空けようと―――思う、でも彼女が待っているから乙女ゲームや美少女ゲームより、難解な攻略法を必要とする、「かねがね魔法には一目置いてきた―――んだよ、本当にね、ある日目覚めたらは嘘だけど、頭にドリル改築工事、交通事故テンプレとか、そういうぶっ飛んだ一歩、ねえその一助、後押しがあれば、使えたって不思議じゃないポジションにいた―――ね」アルマゲドンのエンディングみたいな歌い方で、魔法は―――弱気と、未熟さと、情けなさと歌おう・・。ナイフのように突き刺さってしまうドッペルゲンガー体験、自分と、もう一人の自分がいても不思議じゃないって、素直に認められたら終わる、よ・・・・・・。 *花の咲く音を聞きたかった、水溜まりはハイテクな基板に隠されたメカニズムみたいに、たった一つの部品を組み込むたびに感度を変えてゆく。向こう側へ滑り落ちて、姿を消す、神隠しのような、奇跡、不思議の一断面で。サッカーボールがゴールポストの網の中へ吸い込まれてゆく、その弾力性、その疾走感に嫉妬する、ボサボサの髪型や、ガサガサの肌じゃいけないって気付いた、清潔感って清潔であることとは違う、見せかけの上辺と思えて―――も。何度も生まれ変わろうと思った自分の心根を恥じて、悔しくて、泣きだしそうだった怒りばかり―――が、ねえ、人生じゃない、か、ら・・・・。 *好きな人に一言も口をきけないような青春時代があったら、失望するよ、憎悪と冷ややかな侮蔑が心の中へ入って来る―――よ。当たり前のように喋れる―――こと、面白い話題でなくても普通の話題をチョイスすること、そんなこともできないような魔法学習講座が、差別迫害のルサンチマン的なステップバイステップ、駄目な大人を作る負の連鎖、戦争を馬鹿だって言うのは容易い、でも歴史上何度でも起こった、それがとある男の子の青春を汚されない内容の多い時間にする。一つ解けないぐらいでいいじゃないかって思ったから、二つも三つも、気が付いたらありえないほど溢れるんだ、スイッチがあるんだよ、一生後悔するようなそんな自分を作ったのは誰だろう?本当は汚れることより―――も、自分で自分を変える自信がないって認められない・・・。ギリギリで生きてるようなリアルフェイス、リビングデッドみたいな原材料は同じでも、廃園には亡霊がいて、過ぎ去った時代は耐え難い無聊の漂泊。一ミリも進まないことなんて沢山あった、強く踏んだ足跡は格好いいけど、その踏み込みで場合によっては捻挫してる、締まらないようなこと、とても格好のつかないことありえないほど、でも最後の憤懣の持って行き所はいつも、自分だっ―――た。自分しかいなかっ―――た。離ればなれになってしまった毛細血管の迷子を見つけてよ、夜眠れない時にはそのことを思い出して―――よ・・。 *人生を数千倍よくする方法なんて人を騙す言葉だ、でも数百億倍よくなるような画期的な方法が、人同士のふれあいの中にはある。努力しないのはルール違反。生きとし生けるものが生存競争をし、適者生存の中にある。遺伝子も、持って生まれた才能も、不条理の中にある。みんな自分を変えたり、成長させようと思いながら、不安定な今日という日の骨格を肉付けしていく。毎日の習慣を変えるんだ―――よ、そしてそれを何が何でも、習慣にしてしまうん、だ、よ。美少女が冴えない、パッとしない、存在感薄く、幸薄そうな、男の子の歌をうたうアイドルグループのさもしさ。あのさ、なめんなよって言いたい、コノヤロって言いたい男の子沢山いる。アンチ上等、なめるなよ、本当の男の子は、ふんがーってしてるわけよ、そんなのコピーライティングでしょ、作り手目線で見えてくるインスタグラム脳の罠、メインターゲットを狙い撃ちする集中砲弾、でもそれは作る側の策略、思惑だってファンはみんな思うわけ、美少女が男の子っていうものを認めないなら、美少女とか、アイドルとかなんて僕は一切認めない。頭の軽い歌詞を美しくした―――のは、一生懸命な気持ちをそこに感じられたから、さ。美醜って辛い分かれ道、でも一番肝心なハートそれさえあったら可愛かったのさ。下半身が蛇な女の子だったけど笑ってた、前世帰りっていうのか角が生えたお婆さんは泣いてた、でも長く生きたからにはきっといいこと悪いこと、いっぱいあったんだろ―――うって、思えた。英会話が必須っていうけど出来なくても悪くなくて、六大学みたいな有名大学でなけりゃ意味はないって思うけど、専門学校って選択肢もあるわけ―――で、誰かの思い込みや、言い方一つで人生が変わってしまうなら、それに対する影響力自体が馬鹿馬鹿しいんだって思えてくる、ねえ、君の声を聞かせて―――よ。ねえ、君の言葉を、考えを、聞かせて―――よ。 *スカートから覗くふくらはぎや、細い二の腕。眼に毒だよ、でもね、その愛憎の渦の中で、不埒を許しておけない人間喜劇。もっとゆっくりと歩こう―――ね、まだまだ理解不能な毎日の課題だけど、アクセスするだけ、日々をクリアするだけ、だから手をつないでいたい―――な。手が届く距離にいて触れられないのに、心に触れる喜びが、きっと恋・・・。でもね男としてのレベルが赤ちゃん以下なんだよって、ラブコメ読みながら思う、もしヒロインが寝取られたら三秒で即死する自信がある。漫画家や編集者が病んでるとしか思えない展開の地獄は、日常のリアルだって言いたがる悲しさ。バーカ、お前なんかに告白するわけねーだろで、血のパラノイアへ、また悪夢へ、無限回廊へ、何もしない言い訳へ。そういう人はいる―――よ。でもそうしない人は五万といる―――さ。絶対に君を傷つけないって、完璧に傷つけるっていう伏線にしか思えないけど、言葉通りにハッピーエンド目指すのさ、だって僕等は宇宙の中心思想を知ってる、愛だって信じたいの―――さ、生きても死んでも何も変わらんようなひどい人生なら、どうせ美辞麗句のオンパレード、さもしいお世辞の競争、馬鹿や間抜けの踊りたがり、でもね、愛だって信じたら全部許せる気がした、色んなことを失ってみたらそこで何か変われる気がした。 *雨はテック・グラス・キューブのドミノ倒しさ、繊細な感情表現の優美で風流。でも粒子と液体が美しく流れるキネティックスカルプチャよ、卑怯で臆病な自分を見つめよう。見えることが真実じゃない。でも見える通りのことを自分らしく変えることが真実なんだ、そしてその真実をみんなの何かに変えられる力が真実なのさ。足早に通り過ぎた道も写真やスマホの動画の中では、全然別物に見えることを知るんだ。存在が見え方に変わってゆく、受け取り方によって変わってゆく、ズレてゆくのも、ズレを戻すのも難しいけど、取り返しのつかないようなこと―――が、起こってる、意識することないよ、考えなくてもいいんだ、よ、ただ、せめてその時に残りなく自分を燃焼しつくす準備をするのさ。一年が一日しかなかったらどうする?人生が六十年なら、たったの六十日で終わるんだよ、すさまじいスピードで成長し色んなことを学ぶ、恥ずかしいとか、馬鹿馬鹿しいとか言ってられないよ、教えられること、知るべきこと、何が何でも納得するために、無我夢中になる―――よ。そんな一瞬一瞬を束ねて生きられたらって思うことを、何故君は笑う―――のさ。だから君は人間の屑だって、世の中のゴミ溜めの一部だって、みんなのことを何一つ考えていかないって、僕は言わなくちゃいけないの―――さ。これからは、これからの人だけが作るんじゃない。これまでのことも、ずっと先の人もまた作ってるのさ、見えない宇宙がそこにある、見えない階段だけが無数にそこにある。さあ早く最先端のプレゼンテーション、オンラインチャンネル、イベントの予告編、イントロへと、一歩先へ進もうよ、勇み足じゃない踊り文句のファンタジー、手を強く握りしめ、た、よ、風船が一思いに抜けてゆくのを感じながら、桜の花びらが生き急ぐ、君は植物の精そのもの、弱い命の声そのもの、小鳥よ、もう一度飛べるかい、もう雨の音なんて聞こえない―――から・・・。 *49117:30の夕暮れ軽快で、カラフルでありながら様式化されたグリッチ効果。HULUやNETFLIXに釘づけの日々。アニメソングを気が付いたら覚えちまったわな青春。ちょっと待って、蠅のかたまりになっていく赤ん坊―――、それは僕等の悪しき因襲だ・・。結婚したくない男女が急増している少子国家。いやいや笑止千万な国家。巨 乳で、可愛くて、性格めっちゃよさげな女の子。いねえエエエぇぇえ。待って、ちょっと待って、扶養狙いなんだろって何、一定数働きたくない女の子いるけど、一定数借金まみれのヘタレ野郎もいるんですが。クワッドコプターが廻り出し、(フルスロットルかい・・?)顕微鏡のレンズがひとりでに、三つの対物レンズを動かせる。四倍、十倍、四十倍。『悟りの書』なんか欲しくない。友達いて、そんなにやりたきゃ風 俗行くし。ってちょっと待って、どうしてそんなに、洗面所の詰まりみたいなの。あのね、洗面所のつまりには百均のラバーカップ、水でラバーカップ埋めてやりながら、パシュコンパシュコンってやるの、ピストンじゃねえぜ、おいおい気を付けて。ホワイトフラッシュトランジションで、画面を左から右へ横切ろう。白い羽根は蒲公英の綿毛のように、風に飛ばされながら、あなたの元へとやって来る。終わっちまいやがりやがったこの世界。寒くて貧しくて疲れちまったこの世界。それ、文明病・・・!いますぐ、アウトドアキャンプをしようぜ、バイク免許とってきて、男道っていうものをいますぐ叩き込んでやるぜ。でもそうやって何回人生失敗してきた?いっとくぜ失敗は人生の勲章さ。でも女と見れば所かまわず口説く奴をゴミとして、ルサンチマンに溢れた言葉を楔として、さ。一言だけでいい、ただ一言、本当のことを言え―――よ。どうにかなっちまいそうな鬱精神、頼れるのは己だけじゃない、寄り掛かることを覚えて、すり寄ることを覚えて、もっと強くなろうって思え、た、んだ。もっと前を向こうって決め、た、んだ。無意識がうごめいている夢や、宇宙―――。眼を瞑れば無限に分裂していく音が聞こえる・・。チンチンじゃねえんだよ、あ、電車のことですじゃねえんだよ。ちんちんじゃねえんだよ、あ、犬に教えてる芸ですじゃねえんだよ。まるでファミコンへ、レトロゲームがスチャッと宙に浮かびながら、差し込まれるようなん―――だ。さあサークルレイヤーの動きを辿ってゆく、新しいナスカの地上絵。ウジウジウジウジごたく並べる、しょうもない受け身根性、クラスのグループラインで一瞬でバラされるから、暴走するエヴァ初号機。誰だって、いつだって、どんな時だって、自分が一番大切。でもそれが他人になったら、誰かになったら、それがあなただったら人生の確率変動が起きる。答えはいつも難しいこと方が価値の出るもの。パッパラパラッパ、マクドナルドみたいな音楽を口ずさみながら、空に向かって凧糸を引っ張ると朝陽が見えてくる、繋がってるんだ、それは自分でも制御できるものなん、だ。消化不良がぎっしり詰まった胸の内にも、射しこんで―――ゆく。ありがとうございます神様って、宗教じゃねえんだよ馬鹿野郎。生きていてよかったです教祖様って、やめろよ、宗教ネタ。でもね、でもね、信じなくてもいいから、一つ賢くなって、よ。多かれ少なかれ病気もちの世の中。心の病は見えない、根が深い、底が知れない。だけどね、だけど、ね、ハイパーオートルービックキューブみたいに揃えるんだ、これはタイムトライアルなんだよ、答え同士を組み合わせて、一面を二面にして、他面を多面にして、どんな答えも引き寄せる完璧な裏技。そしてこれ以上ない完璧な正攻法。手を伸ばせよ、見えないものに今日手が届いたその感覚がすべて。さあジャックポットが廻り出す、三つの絵柄を揃えよう。その絵柄の花から種子が生まれて成長し、本物の花になる。そしてそれはきっと一生忘れられないものになる、だからきっとそれは他人に見せたいものになる、手を伸ばせよ、見えないものに今日手が届いたその感覚がすべて。 *490冬何処か遠くの方を見て、一度肯くと、それきりもう、何も言わなかった。平気であるように、大丈夫といつか言えるように。知らない場所、冷たい風、暗い未来を、遠回しに諭すことはできるだろうか。みじめさや、みっともなさ、どうしようもなさを受け入れること。誰にでも起こりうることが、いざ自分の身に起こった時、そしてそれが、無力や非力に変わる時。衣食住がままならぬ人のことを思った、北朝鮮のことを思った、不遜な口の聞き方や横柄な態度で。心細い時は、遣る瀬無い時は、生活の基礎の上にある平和を、見る影もなくなった神を信じる。愛や真心といったものが必要なのだ、嘘でも馬鹿でも、本当に必要なのだ。心を守るために書く、生きるために書く、弱い人や困っている人のために書く、人生は平等であると信じるために書く。何か出来ることはないかって言いたい、生皮を剥がれたような夜の言葉が悲しい。 *489かもちゃん、銀行強盗に手を染めれば銀行の前にずらりとパトカーが並び、盾や防弾服を装備した機動隊の姿が見られた。そして、ジェイソンマスクをつけた、かもちゃんが店の前に出てきた。そして銃口のように嘴が威嚇的に突き出ていた。おそらく銀行の窓口へ行き、ナイフや銃などで職員を脅したのだろう。凶悪犯の顔付をしていた。いや、もはや三千人を血祭りにあげていた。さもなければ三千億もの鳥の血を、トマトジュースの風呂にしていた。コロナワクチンを打ちたがるあまり、コロナワクチンを麻薬のように勘違いしていた鳥。銀行は金が集まる施設である分、警備も防犯体制も格段に厳重である。現実的に考えると、銀行強盗は検挙率が高いのだ。そこで、ATMを利用した顧客から金銭を奪う手口や、集金後の銀行員を駐車場で襲う手口や、通用口から出てきた銀行員を脅迫して金を奪う手口や、夜間金庫をなどを利用する顧客から金を奪う手口が存在する。銀行強盗よりはマシだが、金額が少ない分、成功率は高いのだろうが、どちらにせよ、非常にリスクを伴う犯罪である。北朝鮮のサイバー攻撃で盗んだ暗号資産も、確実に罪状として増えてゆく。ちなみに海外の銀行強盗では計画的な犯行ではなく、生活的困窮から、前科のない者が罪を犯すことが多い。マスクやサングラスやヘルメットという、いささか銀行強盗らしくない格好だ。アメリカの銀行強盗を例に挙げると、銃などで武装しない銀行強盗も増えているらしい。これは少しでも罪を減らす工夫だろうか、そうかも知れない。そうではないとは言い切れない。だが、かもちゃんの場合、鋭利な刃物がそこにあった。人間の生き胆食いが趣味のような鳥がそこにいた。ライオンが草食動物の入ったサラダ部分を真っ先に食うように、かもちゃんも生き胆食いにある種のポリシーを持って、ズタズタに食い破って猫カフェで寝転がる鳥がそこにいた。その道は首都高速のように続き、場外馬券売り場へと続き、パチンコ屋の別会社の換金所へと続いていた。体育館倉庫では犬が寝ていた。かもちゃんは、その時、銀行強盗のプロの鳥だった。「ヘヘヘ、ダロ。盗んでやったダロ、汗水たらさず、お金儲けするのはたまらない快楽ダロ、世の中、カネ、カネ、カネ。どうやって楽して人生イージーモードにするか考えたダロ、それはカネゴンの発生ダロ」かもちゃんの発言を聞くと、機動隊が吹き出しそうになり、それを必死に堪えようと辛そうな顔になった。一般市民は笑っていた。けれど、はやすような言葉は聞こえなかった。そこに鉄腕アトムの影を見た。多すぎて何がしたいのかわからない名探偵コナンもいた。そしてゴウショウアオヤマは『艦これ』をやりこみ続けていた。色々と大変なのだった。線路の高架下に猫がいてもそのままにしなくてはいけない。でもかもちゃんは鳥の名のもとに、普通に捕まえた。もちろん夜のカレーの具材なのだ。しかし猫はミルクを与えられ、あそこは入るなと言われるのだ。次はもちろん夜のカレーの具材だ、猫カレーの爆誕であった。だがフィクションはよしとしても、銀行強盗に待っているのは大金ではなく、監獄だ。ストッキングをかぶっていた、いずうさもやはり出てきた。かもちゃんに負けず劣らず、最低でもスイミングスクールでバタ足を練習してきたような、凶悪な顔をしていた。スーパーマーケットでレジを終えた主婦に近寄り、コロッケなどの総菜を一つもらったような、凶悪な顔をしていた。そしてガムテープを口に貼られた市長さんがいた。宝くじ売り場でされているような、市長さんがいた。足を人魚にするようにガムテープで、ぐるぐる巻きにされた、魚屋のおじさんもいた。デパ地下でもそうに違いない、魚屋のおじさんがいた。その頃、銀行内では警察への通報、犯人の特徴や、車のナンバーなどを聞く、記憶力のテストが行われていた。それは一種の授業参観であり、もっぱらは習字教室だった。そして逃走用の車へかもちゃんが運転席へ入ろうとしたところ、銀行の受付嬢からカラーボールを投げられていた。鍼灸院でおこなわれるべき施術内容だった。回避できるはずなのに受け止める度量。時代劇のやられキャラを極端にデフォルメしたような動きが、この鳥一流のクオリティだった。そしていずうさがストッキングを外してモフッとした顔を見せ、眼を細め、懐から銃のようなものを取り出して、空へ向けて発砲を行うと銀行強盗訓練は終わった。 *488音楽が流れている夜 は 始 ま っ てい た の さ ・・。夜 は 始 ま っ てい た の さ ・・。You and I 群青の色 信天翁の群れそゞろ golden hour ( (oh well))感覚と情緒の招きYeah 密やかな嘆声と顰蹙の針の筵初期衝動から全感覚のpanoramaへ一直線Sparkling(fire)...“珈琲”人間の悲哀と絶望の味がした仮、面、痙、き、攣、っ、た、顔、面、筋、(shock...shock...)でもそれがThere is no front or backな共犯関係Sparkling(ice)...“珈琲”《this love is all we need》ゆ/ら/ゆ/ら漂流/っ/て漂泊/っ/て「synergyを感じる」(gameはまだ終わってない...)暴君みたいな生死の瀬戸際 blue発信源に精一杯向かって As soon as possible酸っぱくて甘いrouletteみたいな果実稟性を異にした green何だかtalking ‘bout futureだね梢から梢へ敏捷に潜り抜ける小鳥は yellow待ち受けている first opportunity潮干狩りをしたyour birthdayコスプレイベントへ行ったyour birthday「中身」なんかない I want to see that『こだわり』なんかない that's there一分一秒が遊戯王のカードみたいにつまらなく思えるでもそれproof of your life problemなんだろ一日一年がお笑いライブみたいに馬鹿馬鹿しく思えるでもそれproof of your life problemなんだろ壊れてるのは Dear each otherわかっていても fancy(な、)fantasy(で、)( (oh well))絶対主義と封建制針小棒大な伝播のgossipでslowdownYeah 前を向くだけで断崖絶壁first machine(fire)...“珈琲”それってWhen you're by my side体、温、が出、来、損、な、い、の、愛、情、(shock...shock...)first machine(ice)...“珈琲”それってI'm happy insideコインランドリー+コンビニエンスストア(が、)the rhythm of the universe自動販売機コーナー+自動車教習所(で、)Get closer to the world―――【spark】(してるところ、)「それは、何だか、ね・・、」―――【speak】(しているところ、)「それは、何だか、ね・・、」ドキドキの貯金残高が目減りする blueどれだけ伝わる voice of the heart and soul霞の奥からじゃdark sideも風雅な趣達磨は七転び八起きの greenいまはYou're just talking about spaceだね遠慮して婉曲な言い方をすれば僕も yellow花が咲いて散った providence of the worldゆ/ら/ゆ/ら漂流/っ/て漂泊/っ/て「tonightって言いたいを感じる」(ビートルズの「In My Life」がまだ流れてる...)夜 は 始 ま っ てい た の さ ・・。夜 は 始 ま っ てい た の さ ・・。 *487Love is a bargain布団から一歩出ると、ようやく夢から覚めた気分になった。脱獄者のようだった。(―――懐かしい人の夢を見た)引っ越しをせず、別れの挨拶もせず、同じ中学校に通っていた。そこでの僕は、スマートだった。椅子を引く時にはウィンクまで決めてみせた。そしてレディファーストというものを心得ていた。気障でもあった。あるいは、恋愛脳ですらあった。ダヴィンチのモナリザを思わせる不可思議な微笑をする彼女に、幾分なりとも助補したいらしいキチガイ沙汰。やめろ、馬鹿野郎、後ろから犯すんだよ、と思った。滅茶苦茶にしていいんだよ、夢の中なんだか―――ら。後にも先にもこんな場面など一つもない。もっと汚せ。青春よ、穢れろ。目覚めた時に、頬に流れるものの危うさ。ひたむきな感情の裏にはひとしお脆いものが潜在している。その引っ込みのつかなさは、未練や執着。月日は夢のように過ぎ、どんな酩酊を伴う春の夜の夢よりも、一層凄艶に過ぎた。美しい感傷の場面の連続によって感興をつなぎ頂点に導いていく。それをして何と言おう―――文学的自慰行為とでも言おうか。ちくしょう、キチガイだ、刃物だ、ひったくりだ、ドロボーだ。くそったれだ、もうこれ以上出てこない、どどめ色だ、最低最悪だ。だのに言葉がまったく出てこな―――い。やめろ、泣きそう―――だ。(―――子供の頃から彼女が好きだと言ってくれた、僕はむしろ迷惑そうな顔をした、演技だった、ポーズだった、素直になるには経験が足らなかった、そして・・・・・・)窓の向こうには庭の木立がざわめいて、静かな雨が住宅街をほの白く煙らせていた。季節の足音も雫も聞こえなかったが、影の領分のなかから、日向の中へ出て行くのをじっと待っている。電話やメールをたまにするが、返事がまったく返ってこない。死ぬほど焦った。死んだ、と思った。一番大切なものが傍にいたことを遅まきながら知った。そして恋愛が禁止ワードになるぐらいには切なかった。いつのまにか岸壁を離れた船。そのデッキから見える新天地はさぞかし美しいものだろう。ラフな素材に過ぎない。自分へと射し込んで来るような明らかな光線。夢の場面場面が美しいのは、その通奏低音が恋の憐れさを忍ばせるからだろ―――う。明日、高校一年生になる。(―――声がする、)階段を下りてゆき、(―――母親と、誰かが話すような声がする、)ダイニングのドアを開き、総毛立っ―――た。周囲の視線にさらされて、さてこの場をどう切り抜けたものか、好奇的な眼でなぶられるのもやぶさかではないが、ちょいと素直になりすぎる。微風に面して落花の行方を思うような一瞬、少し大人びた、引っ越した時の俤を色濃く残した、記憶に感光紙の必要のない、幼馴染の顔がそこにあり・・・・・・。―――僕の出した手紙をご丁寧に携えておられる。そして、威勢のいい、指鳴りにはどんな意味が?惹起された運動といい、音響といい、ある悪魔的な痛快さを持っている。これでは溝攫いだ、浮遊生物の採集だ。劈開面をチラッと見せてくれるような瞬間の駆逐艦。暴走特急。―――去ったものが何を考えていたのかを感得するほどに、すさまじい、肘鉄砲が待っている。おっとりとした眼元の妖しいきらめきは、ババ抜きで部類の強さを誇ったクイーンのもの。絶対に、ジョーカーを引かせる。だから彼女はアホウドリの一軍になった。心の中にそっくり元のままの瑞々しい美しさで残っていた。涙ぐみそうになるところを寸前で引き留めたのはいいが、これはすこぶる能弁である。熱情的なそして理智に光る眼。つまるところ、卑怯。場合によっては好きな夢を観させる超能力の持ち主。それはなすがに誇大妄想。でも、人でなし。こんなに簡単に状況を引っ繰り返される、僕はそれに対して何の準備もしていない。―――けれども醜さ、悲惨さを意識しつつも、恋は駆け引きだ。咳払いしなが―――ら。ふらりとやってきた風を装う演出家に一言、申してやらねばならない。同じ高校へ通うのだろう、何となく予想がついた。テーブルの下にあるボストンバッグは下宿先あるある。無辜の犠牲者だ、爆弾魔だ。けれどそれは、縹渺と無辺際に広がっている海だ。でも、思い出せ、どうして夢の中であんな態度をとったのか―――を。準備を怠った。よし、それはいい。でも、この三年間のお返しはさせてもらう。彼女が眼を丸くし、母親があんぐりとする。前髪を掻きあげ、包容力のある微笑み。いいですか、この蓮っ葉女よ。知れ、この狡猾なる女よ。「お早いお帰りですね、お嬢様、随分お美しくなられました―――ね?」 *486時間を忘れる暗い意識の中には劣等や破壊があり、否応なし、必然に、段を追って、見栄や虚栄といったものが幅をきかせることになる。燎原の火のようにまわってゆく卑しさや醜さとの闘いは、神の思し召しや天の配剤だろう―――か。知らず知らず、陰翳といったものが強くなる。人がいなければ僕等はきっと無心でいられる、しかしそこに成長や進歩もまた見られないだろう。だが最初の弥撒や、最初の礼拝、神の声といったものはいつも夜の中にあったのだ。暗澹たる憂鬱ですらも、その神経の細く鋭いものが働かない、砂漠のただ中では、純粋なものや美しいものを探す一助。物語を話そう、どうしたって誰かに聞かせたくなるような話を。絢爛たる風雅な趣の中に不羈奔放の気があり、この星空だって例外ではなく樹木同士、草同士のように、お互いのことを上手く見つけられない。傍にはいないからだ。繋がっているという証とてないからだ。火の花がくずれた時にようやく分かる、生きている間の短い間では知れないほどの、微妙な心の蠢き。落胆したり失望したり辟易したりするその長い夜も、白々と満たしてゆく修道の心のように思えたことがある。 *485幽愁の鬱塊の煉獄で懷疑と厭世と思索と彷徨の夜の宿命の流れ星が伝う夢遊病者 *484長い文章樹液が琥珀となり、背後の川を時間と呼ぶ。自信と自負をもちながら、驕慢でなく、独断専行せず、自己を拘束しないなどという境地。アッパーカットが欲しかった僕等、オーバーヘッドキックしてる。たかだか数分遅れにいらいらする、スマホ何回見てんの、会社遅刻すんのが嫌なら電話かけろよ、嫌な上司いるんだろう、知らねえよ、それが世間の声って言ったら大間違い。陸上の生命体が修養に修養を重ねて、破綻を起こさず、どうにか弥縫していけたなら、椰子の生えた海辺で、腰蓑以外は裸体の女に、花輪飾りをのせられるだろう。言っとくぜ、嘘ばっかり。でもちょっと、えっちい。そこがとても大切。けれど何故だか優しい。子供の頃に考えてたのさ。ゴールキーパーは、ジットリヒカイト、絶対無辺のもの、完全幸福なるものにも似て、そんなの真理じゃなくて、無いものねだりだって気づいた僕等、ついに動き出した、ゴキブリになって。ゴキブリホイホイだけを回避する、そういう茶色い、グレーな、ゴキブリの仲間入り。読者よ、お前に綽名をつけてやるよ、喜べ、便所コオロギ。あのね、それしか考えられないわけよ。喜べよ、便所コオロギ。でもさ、本当はどうかなんて最後の最後まで、足掻いてみた奴にしかわからないぜ、明日には、ベランダコオロギになるかも知れない。それで、やっぱりゴキブリになるかもよ。偉そうなことを言ったら舌が腐る、俺だってそうよ、何しろそれはそうよ、だからあいつは糞だった。そしてとりあえず言っておきたい。お前も糞だった。自分たちでハードル上げたり下げたりする必要ないわけよ、取っ払えるなら取っ払った方がいいわけよ、建築的なこと探さなくちゃいけないわけよ、何だってそうさ、今日だってそれはそすあ、闇に吸い込まれて慰みもの。貧すれば鈍するという言葉通り。意味も理由も価値も救いもない人生、なんてそんなものねえよ。だって死んだら救いだし、超気持ちいいらしいぜ。ウヒョーだから糞下らないことをやり続けてるって、この苦しさがたまらん、ドMの人生救済理論。物の見方も時にはグレイトに映るかもよ。残すところ、ヘンタイしかないわけよ。そうじゃねえって思うのは修練不足ですわ。善きも悪しきも知れる身など、毒にも薬にもならぬ。まず何よりさ、薬の足しにはしたくねえ。そいつは何より。毒にもならぬようでは猿も木から落ちる、河童の川流れ。試練と労苦の実現の一生。あほんだらのへべけれ具合。はすっぱ女のしまりなさ。セ ックス言い過ぎアーティスト。結局それなのか。あれって言いたいそれなのか。伝えることは山のよう。するべきことは海のよう。考えることは記憶と復習。神様お願いします、中指立てるからシバかせてよ、マジで。ちょっとはマシになったような気がしたら、誰かをどついた方が、随分マシだったって気づくようなこと。その内わかるさ。そんなんじゃねえって思った僕等、まだまだ足掻いてみたい、はいよ、バッチコイ、すぐに人間ゾンビの仲間入り。わらわら出てくる、廃人立候補、一歩前へ。すぐにすぐに、さ。ミイラとりのミイラ。憐れみから孤独はわからない。知ったかぶって言っちゃえば。豚と猿の違いはわからない。近頃の世相や風潮どげんかせんといかん。うるせえんだよ。おべんちゃらはもう沢山。稟性は気障な宗匠になり果てて久しい。SNS時代にそんな言葉で、人に伝わるものか。馬鹿でも間抜けでも恥を掻いてマジナンボ。だったらどうする、それでどうする、悟ったふりして爆弾作ったあいつは、刑務所に入る。サヨナラーって奈良公園で言って。インテリごかして結局生活の足しにもならなかった、どいつもこいつも夜の混乱、混戦、延長戦。ねえ、今日だって、瀰漫しつつあった。ちょっとは先に進めそうさ、こんなんじゃねえ、思ってることはこんなんじゃねえ、これがこれで、あれのあれもんなんだろう、循環し、環状し、複層化する時間、ヒヤー、ついに来ちまった、よくあるよくある栄光の時代劇。そしてマニアや老人以外誰も見ない。辟易するぜ、見通そうと思ったら、リゾーム化。花が咲いた、散らせてやろうか、花いちもんめ。鳴かせてやろうか、親と金。馬鹿馬鹿しいやら、鬱陶しいやら、何が何だかわからぬことを、手ひどく排斥したところで、駆逐したところで、唯一が無二になるかどうか。一万時間の法則。じゃあ、二万時間だったらどうなるの?三万時間だったらどうなるの?考えてみた?ねえ考えてみた?まだまだ続く、霞の奥。歩みをやめるつもりで、溝に足突っ込む。人間だってプロトタイプよ、マウスの親戚よ。それぐらいのつもりで挑みかかって、肥やしになるように、わっちゃっちゃ。これをこうして、わっちゃっちゃ。顔形には傷があって、おいおい不細工だな、うそうそ、マジ美人、可愛いねえ、超イケメン、後ろに眼がついてるぜ、嘘ばっかり、それが汚れや賤しさとなる。脛に傷があり、消えない傷があり、感情が病気となり、世俗の煩わしさと謳った。顔なんかには興味がないんだ、卑しさが生み出したものが、潔癖の価値観なのさ。それでどうなったって、病気が増えたのさ。きれいな方がいいっていうのは本当さ。でも、人間の最大限の創造力を引き出す方法が、汚い部屋だっていう話もある。つまり、さ。どっちでもいいんだ。本当に思うよ。お前ら好き勝手なことを言い過ぎ。研究成果なんです。じゃあ違う研究成果もあわせてのせろよ。それでパーセント表示しろよ。時間の無駄させんなよ。平等に、帝王切開してやろうか、花いちもんめ。融通の利かない、秩序に踏み迷う。親と金。それが立派な大義名分とばかり、ガチコーンときた、戦隊ロボットね、大人の都合のワンツースリー。それが正義とか真実とか、純粋たれ素朴たれ善良たれと、仮面ライダーね、ピョコーンと跳ぶからね、それ、バッタだよ、でもぴょこーんと、わっちゃっちゃ。わかってよ、わからないよ、わかるわかるわかるを繰り返して、ねえ言ってよ、わかってよ、嫌だけどわかるよ、うるせえよ、ガタガタぬかすな、ゴタクはいいんだよ、口先でいくら言おうとも、僕等は考えていること、思っていること、本当にするべきこと、何が正しいのかも一つに束ねられない。するべきことはしなくちゃいけないよねって、教師ぶって言い始めたら僕も一巻の終わり、世も末だ、巨大隕石が落ちてくるぜ。洪水の前触れ。宇宙の流れ逆方向になったっておかしくない。ビックバンが起こる前、神様がいたとして神様がいる前、前に戻り続けたら未来に繋がっていったら、永劫回帰だ。もっとハッキリしろよ、証明できないことを並べるだけで、今日もあいつもそいつもダルダルなダルシム。クビ伸ばすところをウデのばして。クビ伸ばすところをアシのばして。きれいごとという名の高級住宅地で、ポルシェとフェラーリ衝突させてやろうか、花いちもんめ。美しい言葉は高すぎて逆に怖い超高層ビル、そこから飛び降り自殺させてやろうか、親と金。絵巻物みたいな最後の最後まで、足掻いてみた奴にしかわからない、どいつもこいつも。ああ、どいつもこいつもって言ったって、救いが欲しけりゃ風刺が置き土産。答えが欲しけりゃ婉曲でお生憎様。これはデッケエ、滅茶苦茶と紙一重。樹液が琥珀となり、背後の川を時間と呼ぶ。呼ばねえよ、それ。言いたくねえよ、それ。酔えねえよ、何よそれ。 *483涸れ井戸〈現在〉からはるかなる〈過去〉や〈時間〉を見渡しリフレイン(の、)リピート(の、)「向日性」のエネルギーに圧倒される(そうだ、宇宙は生き残る、)《そうだとも、疑うべくもない未知へ》吹く風にかき消され途切れては紡がれる待っているはずの何かがもう違う街の誰かの元へと向かっている無数の不在が想念を掻き消すほどの白波へと溶けてゆく段だら染めに憐れな道化のように沈黙の声が聴こえる本質が本能や遺伝子にあるとしても物の皮相にしか触れることのできないとしたらそれは外国人だ“非業な死を遂げた憐れな亡者に廻向を”汝は決して安息することを得ざるなり未だ羊を見ざるなり“経文を誦する中にも物足らなさが残った”汝は決して安息することを得ざるなり未だ是を思わざるなり〈残響〉からいつぞや芽生えた〈客観〉や〈俯瞰〉がリフレイン(の、)リピート(の、)「連続性」はグレーとオレンジ色の黄昏コントロールしようと(か、)満足してみせようと(か、)その、「接続関係/優位性」その、『位置関係/依存度』何を考えているの何も考えてないよ嘘ばっかり嘘じゃないよ言葉じゃないよもうそれほど子供じゃないよ(文明とは自ら解きえぬ疑問)その継ぎ目が気量に応じて復讐の動機となる《僕等は入日を浴びて華やかに夕映えを迎える》僻眼に対する防御をその弱点に対する最大の防御を風の音に向こうには言葉たりえなかったもの闇の奥にあふれている涸れ井戸 *482太陽のない街映画が一気に迫る内臓へ泣くことが空しいのと同様愛することも空しくさればあらゆることもひとしく空しき慰安所の扉に続く列駆込寺の扉に続く列巡礼の想いに溢れた眼魂全体が鳴く迷える子らのひとりでにうまれた言葉の青き鳥と胸の黒き鳥一眼で見抜くことなどできはしない種々様々なものを無尽蔵など跋扈跳梁であると知り等位や段階など扱えるところで見せつけているだけで何百人という何千人という人の視線ここは曖昧模糊とした意識の闇無意識のめぐる暗夜行路何万人という何億人という人の視線そこでは決して取り戻すことのできない時間を巡り続ける遮断機がおりてゆく時ひそかに近付くまだ薄明りの残る夕暮れ美の実在と神聖とのひそやかな黙契言葉では触れられなかった人の心を疑うことを嘘をつくことを気違いのように苦しむことを台所の下を潜り便所を繞り塵埃とシガレットの吸殻と空瓶や襤褸や紙屑ごときでさだめし小さな葦となりしもの失うことが続くと足を踏み出すのが怖くなるそんなことが何十日も何か月も何年も続いたら長い睫毛の震え心の動かない血液そんなものがひとりでに涌く夜が怖くなくなり眠るのも怖くなくなり死ぬのさえ怖くなくなってしまう僕は知っている自分自身の苦しみというものは自分自身で癒さなければならないのだと饒舌な言葉の裏に隠れた人の心を見抜こうとする眼も成功はしないことぐらい知るぐらいには青と黄が陽を返す椅子に耐え来しエンドロールが長い人間の愛そのものの否定の上に立ちゆゆしげな理窟悟りなき迷いの中低圧力の中無常の中本当の苦しさは熱情の中に潜みありとあらゆる肉を生気を侵蝕する喰らいつくす本当のものなんか何処にもない自分などというものは存在しない太陽のない街で長い間ずっと考えていた星がきれいなこと雨がきれいなこと夜がきれいなこと *481月が照らす道薄羽蜻蛉の翅の二枚輝かないランプだった細胞膜はあっても細胞壁はなくそれでも暗い深い谷間にさまよいひともとの老い木のうれにむすばれている紐帯をそこに見たそんな大昔の空洞がぽっかりと口を開け沈黙の中で硝子が割れシャボン玉が割れ永遠に歳をとり続けているような気がした果てしない時間のただ中でさらに果てしない変化のプロセスディナーコース冬に着るユニクロのダウンただ弾いているだけのように思えた風の音色も変化に富み時には沈痛な深みのある音を出す生きている自分も死んでいる自分も同時に存在しそれゆえこの挿話のしめす夢の働き心が動く瞬間のきらめきけれどいまは野の中に轉っていた髑髏が寝返りを打ちうすら笑いを洩らす気が遠くなるような気がした堪らなく淋しい気持ちになった壊れた心の響きをどうしよう現在の立脚地からその看過しがたき拘泥を感じる論理と背馳してなお虫の好い性質を帯びるだろうすこしだけ一人になって考える鋭い痛みで背中を突き刺されたこの白いすべての器官言葉はなく夜もなく *480 高校生の学校の帰り道というのは平和なものだ。 だのに平和というのはあっという間に崩れ去るのがワンセット。 何気なく住宅街の地元の人じゃなきゃこうは歩けないような感じで、 歩いてい―――て。 「そこの人―――」 と古めかしいような調子で言われた時、 美少女の確率というのはどれぐらいあるだろう。 百七十五センチある僕の背丈と、 ヒールを履いているわけでもないのに同じぐらいある。 スレンダー気味のスタイルはクールという印象を植え付ける。 ―――鴉がクアーッ、と鳴いた。 カラーコンタクトだろうか、それともハーフだろうか、 無機質な深紅のアーモンド形の瞳が心臓の鼓動のように、 これでもかとジッと見つめていた。 この人は綺麗な眼をしている、と思った。 まるで液状の金属みたいだ。 しかしそんなに凝視められたら、穴が空く。 セミロングの髪型だが、特徴的なサイドポニー。 毛先が揺れて動きやすいそれは、 彼女視点で左側に可愛らしいサイドポニーを結んでいる、 高い位置で片方に寄せて縛る髪形だが、何故高さが必要なのか、 何故片側に寄せる必要があるのか、そこに合理的な理由はあるのか、 それは僕にはわからない。 喪服でないことが一目瞭然のセクシーな格好で、 とりあえず下のガーリーな肌着が見える感じで透けている。 状況を整理しよう。 古めかしいような喋り方、 深紅の瞳、サイドポニー、セクシーなスケスケブラックに―――。 ・・・・・・アラビア風のフェイスヴェール。 どうだろう、想像できた? わかるよね、わかるよ―――ね。 超、怖い。 めちゃめちゃ怪しい。 たとえばこんな格好を母親がしたら、 新興宗教にでも入ったのだろうか絶対ビビる。 存在自体一つでビックバンを起こしている。 正直、軽く息が止まった。 でもすぐ、息を吐いた。 「道に迷ったのだが―――」 で、これは違うと思い直すあたりのしたたかさだが、 何分、田舎の高校生である。 都会ならこんなの見慣れている。 キャバクラに行けば、こんな人もいる。 漫画やアニメが幅を利かせまくっている時代だ。 むしろきっとこんなの、うじゃうじゃいる。 飽和状態―――爆発寸前の満員電車、絶対いる。 「あ、そうですか、それで何処へ行かれたいんですか? グーグルナビがもしあったら使った方がいいですよ、 僕も迷ったことがあって―――」 という接続方法で、社会復帰する。 こういう時バイトで飲食店で働いた経験や、 ボランティアで誰とでも話すような習慣が生きてくる。 遠い平原の果てに点在する村のような―――記憶・・。 でもグーグルナビは本当に便利だ。 バイクに乗りながら道に迷った時、 バイクを停めて押しながら目的地まで向かったことがある。 迷うはずはないと信じてぐるぐる彷徨い続ける不毛な時間を思えば、 テクノロジー万歳だと思う。 通信料が固定でない場合や、電池残量が気になる時は辛いところもあるが、 彼女もそういう感じではないかと思ったのだ。 「スマホは持ち合わせていないのだ」 「あ、そうなんですか、すみません失礼なことを言っちゃって―――」 「いい、それで無理を承知で頼むのだが―――」 「はい・・・・・・」 「血を吸わせていただけないか?」 へ、と思考が停止する。 道案内してくれないか、いいですよというようなことを考えていた。 架空の音階練習でもするように宙に指を動かしたまま・・。 凍てつくような鋭い視線―――以上に。 この格好がカモフラージュを意味しているのだとすぐにわかるほど―――。 一瞬にして姿が消えて、次の瞬間―――には、眼と鼻先にいて。 その超人的な運動能力はまさしくそれ。 トランスヒューマニズム・・。 吸血衝動を覚える―――つまり吸血鬼、ヴァンパイアだ、と。 でもB級どころかC級映画感半端ない。 映画監督が気まぐれで、奇怪な衝動を起こして撮ってるとしか思われない。 アイデンティティをとらえきれない。 行動原理がひたすらに見知らぬギャラクシーに迷い込んで―――る。 でも確かなことは、反応速度がまるで追いつかない。 月とすっぽん。 首筋に手が掛かってい―――た。 ハァハァと息苦しそうな感じだった。 でもそれは―――どう考えても非モテ男子的にはご褒美だった。 いやいや、血を吸われたい、ご褒美だからいいですよっておかしいだろ。 困っているはずなのに、何か変な意味で、ドキドキしてきた。 「えーと、まず、道に迷っているのは?」 「本当だ、本当だが―――少し貧血気味なのだ」 「あの、一応、それで僕が吸血鬼になったりとかは―――」 「大丈夫、その心配はない―――でもすまない、できるだけ、早く、 倒れそうなのだ・・・・・・」 思考が停止する。が、彼女の息が喘息症状みたいに、 すごく苦しそうに、荒くなってきているのがわかり、 いつもはこういうことをしないのだろうということがわかってくる。 貧血はしんどいが、吸血鬼の貧血状態がどれほどのものかは知らない。 何より、僕に選択肢を与えている。 ケンジミヤザワのマケズアメニモが浮かんだ。 そして、投げられた、石を。ストーンを―――。 たとえその選択肢の境界線上に拡がるのがグレースケールでも、だ。 だって彼女の速度に追いつけないのは実力行使できるということ。 断った後に無理矢理血を吸われるという可能性もあったが、 それはそれとしても、そういう誠意は伝わって来た。 彼女の身振りから我慢できないというのは容易に想像できた。 あとはそれが嫌かどうかという問題だけが残される。 もちろん献血してください、血液が足りないんです、 命が救われる―――というシチュなら喜んでと差し出す腕だ。 美少女が血を吸いたい、喜んでと言ったら、ヘンタイである。 そんなのどうでもいいじゃないかと思えるけど、 自分を曲げたり、偽ったり、胡麻化したりするのは好きじゃない。 最優先事項―――は、と考えた。 十数秒考えたが、困っているのなら協力しようと思った。 蓮っ葉な考えだという気はしたが、人命救助は最優先である。 ジグソーパズルを見つけた、ミッシングリンクが提供され―――た。 だったら、そこに、余計な要素を入れることはない。 「じゃ、いいで―――」 すよ、と言った瞬間に、アラビアスカーフを捲りながら、 真っ赤な唇が現れ、せっつくんだな、いきなりなんだな、 あ、やっぱりすごい美人だとわかったのだけれ―――ど。 スムーズなアジャスト。 奥へ、がぶっと鋭い犬歯が首に突き刺さった。 鍵穴に鍵がさしこまれる光景。 咽喉を鳴らす吐息とすれ違う。水風船の破壊、ランプの破壊、 オレンジの果汁絞り、花のまわりを飛ぶ蜂 、火のゆらめき―――。 近所の人に見られたら、 超特殊なプレイに見えるのかも知れないとアホなことを考えた。 母親に何て言い訳しよう。 犬歯は一瞬鋭く突き刺さったようで痛かったが、注射器と同じだった。 その後、血を抜かれるような感じを覚えながら、 首をぺろぺろ、窄めた感じで、ちろちろと犬のように舐めている。 色んな人がいるけど、僕は眼を瞑っていても皮膚感覚で、 相手がどんなことをしているか分かる。 えっち、かった。 それ以上のことは、申し訳ないけど、言えん、かっ、た。 えっちい、それだけで十七年の歳月が報われた気がした。 感無量のきわまれりのきわまれり。 生きていると、いいこともあると宣言したい気がした。 スッと身を離した時に首元に触ってみたけど、血が出ていなかった。 血が止まっていて、 どうも、舐めるという行為、つまり唾液には止血効果があるようだった。 ―――しかしそれはどう考えても、ご褒美だった。 「見ず知らずの人、感謝する―――」 喋り方に活気があり、古めかしい喋り方の中に生命力の息吹が感じられた。 受信能力の幅の広さ、受信の正確さ、 一瞬のうちに必要な情報のすべてを体内に移植するスピード・・。 それはあまりの空腹で動けなくなった少年時代を思い出させ―――た。 その後、有り得ないほどご飯を食べて、椅子から動けなかった。 でも、これ以上ない生命の感じがあった。 だから何よりだった。僕にとっては美女に舐められるというご褒美だった。 若干痛かったけど、余りあるもの。すなわち、ウィンウィンだった。 「困った時はお互い様ですよ、それで、道案内を―――」 と、言った瞬間、スッと手を握って来て、恋人つなぎしてくる。 ハーレクインの強引すぎる幸福理論、 ハッピーエンド至上主義が不意に思い出された。 嫌な予感しかしなかった。 鮫がいたずらに大きな口を開けて・・・・・・。 泳いでゆく、小さな魚。 ラジオのスウィッチを切ったのに、まだ音楽が、聴こえてく―――る。 いつのまに、こんなに暗くなっていたのだろう、月が足元に射し込んでいた。 何か嫌な感じ、奇妙な感じというのは、膨張した磯巾着のような粘液質の触手。 今日は、満月だっ―――た。 さっきまで笑えていた時間が過去の方向に消えてゆくのがわかった。 飼い慣らされた犬のようにサイドポニーが揺れ、 深紅の瞳がテールランプのように淡く滲んで見えた。 こういう時のテンプレートは大体予想できた。 母親は何て言うんだろう、そして僕は首を振っているのに、 どんなにどんなに説き伏せても、こういう場合って・・・・・・・。 「すまないが、道案内はもういい―――のだ。 これからあなたの家まで案内していただけないか、 わたしはあなたの血の味が気に入ってしまったのだ・・・・・・」 *479 幽霊船はかく来たれり ファンタジーに出てくる幽霊船といえば―――だが。 霧がかかったかのようにその船体は朧げで、 まるでホログラムや残像のように実体が掴めない。 先天性の虚弱が奴隷のような自由を渡り鳥する。 そこには光の恩恵というものがまったくない、のだ。 ―――船の遭難。 そこには時雨のような寒い雨が閉ざしきった鈍色の雲から、 止め処もなく降り注いだのだ。 なめらかな有機物を育んだ原色の海の悲劇。 航海日誌を書く船長、見張り中に鯨を目撃する船員、 魚が捌けないと言っていた船員がいつのまにか捌き、 船の揺れに合わせて階段を楽にのぼるという知恵。 いつ誰が書いたのかわからない節水の貼り紙・・。 そんな世界に変化が起きる―――迷路に迷うような不思議な気分・・。 『視覚化』されないものが『可視化状態』されている・・。 物理的実体を伴わないものが・・・・・・。 ―――見ろ、このおぞましい死屍累々の光景が地獄絵図、 古風な物狂いが不吉なデモンを召喚する。 頽廃の淵でなければ、このうら枯れた、青い鬼火をどうしよう。 剣を持った、スケルトンだらけのデッキが見え、 海底の岩の間に住んでいる貪欲な蛸のように死してなお生きている。 本来なら驚愕し、混乱し、とりとめなく心当たりに問い合わせ、 さめざめと悲嘆するような場面であるのに。 その『客観的な把握』と『俯瞰的な視線』さながらに、 心は蟻の巣へと引きずられてゆく蝶。 時間の関節が外れる―――堕落。 根を張って蔓延る内臓感覚。 周囲のリアルタイム、 あるいはタイムテーブルという進行が理解できなくなる。 蛇なき蛇と化して通り過ぎる薄暗い緊張の中、 ひとたび踏み入れれば船の床板は抜け落ち、 帆はボロボロでもはやどうして動くのかはわからない。 動力源は存在しな―――い。 スケルトンは薄暗い洞窟の蝙蝠のような眼をしながら、 白粉のような仮面を剥がして、襲い掛かってくる。 という怪談ではまったくアドレナリンが出ないだろう―――が。 怪談における幽霊船といえば、ほぼ定番で、 日本が海に囲まれた島国だと実感する。 知らない情報を多く含む情景は、それだけ不鮮明になり、 そこから何かを読み取ることも難しくなる。 意識は漠然とした不吉さの中で、警告を発している。 多くは幽霊線を見たあと、舵を間違え座礁するとか、 その後に不幸が待っているなどがセット商品になっている。 そしてフィクションと実話の境目としてだが、 記録に残っている事例はいくらでもある。 水と怪異の相性は抜群にいいのだ。 有名なものといえば、『フライング・ダッチマン』や、 『メアリー・セレスト』が有名だろう。 後者は全員が謎の失踪を遂げた事件で、 船長室のテーブルに置かれた朝食は食べかけのままで、 珈琲はまだ温かく湯気を立てていた。 傍らに置いてある、赤ん坊のミルク壜は、少し飲みかけのまま。 船の倉庫には沢山の食料や飲み水もあり、 八万ドル相当のアルコールの樽も置いてあったが盗まれた形跡がなく。 救命ボートも全部そのままで綱をほどかず、 調理室では、火にかけた鍋がグツグツと煮立って、 水夫の部屋では食べかけの鳥の丸焼きと、シチューがそのまま残り、 洗面所では、髭を剃っていたかのような形跡があり、 別の水夫の部屋には血のついたナイフが置いてあった。 そして船長の航海日誌には十二月四日と妻の名前と走り書き。 集団失踪事件にはいつも謎がついて回る。 UFOが来て人さらいをした、という結論の方が分かり易いぐらいだ。 反駁しようにも根拠らしい根拠を挙げるでもないのだが、 人は簡単に消えられないし、消えるということには理屈が必要になる。 その描写に相応しい、 たった一つのフォルム、曲線、エッジ・・。 本当にあったかどうかわからないという意味では、 水槽の中の脳、シュレーディンガーの猫みたいな言い方になるが、 『ノアの箱舟』がそうだろ―――う。 また、幽霊船ではないものの船の墓場は世界各地に存在する。 船の話をしていると広島の福山市のことが思い出され、 鉄板でお好み焼きを作る女性の話をふっと思い出してしま―――う。 ちなみに長い間漂流した船なら、 深刻な食糧不足の場合は緊急避難のもと人食が行われる。 (それができない場合は自殺するだろうが、 もちろん全員が人を食べない、自分たちは人間だということも有り得る、) それでも天の救いがなかった場合は海鳥の骨が転び、 木乃伊化した人体を見ることになる。 今の時代そんなことはないだろうと思われるが、密航船だったら、 たとえば通信機器が壊されるなど外部との連絡手段が途絶え、 何らかの事情で全員が死んでしまった場合それは幽霊船になる。 (小型船の場合、行方不明になる可能性は十分に考えられる、) ―――が、もちろんそれはミステリーの領分というものだろう。 *478病院眼を開けるとそこは白く殺風景の病室だった。―――角砂糖のような“白”白は清潔の色で、白衣から受ける信頼感や医療のイメージ、威厳と明るさや拡がりをあらわす―――“白”とは言いつつ、院内感染を起こした―――り、絶対に起こってはいけないと言いつつヒューマン・ミス。医療過誤が発生することはある。(民事上の責任、刑事上の責任、行政上の責任という、三つの責任が生じる、隠して露見すると、さらに罪は重くなる、)アメリカやカナダだと、救急車を呼ぶとお金が発生してくる。さらに救急車の中で受ける応急処置にも料金が加算される。日本はタクシー扱いするので有料化の話がずっと聞こえている。そんな救急車は119番通報。深呼吸をしてから、慌てず、 救急ですと伝える。住所は、必ず市町村名から。住宅の場合は、世帯主名を伝える。救急車の中には吸引器が見え、収納ボックスが見え。加湿酸素流量計。ゴム手袋やペーパータオル。輸血セットや除細動器などがある。集中治療室での手術後に各自病室へ。一人部屋、四人部屋、八人部屋があるが値段が違う。病院はホテルではないが、スイートルーム扱いの部屋も存在する。クリニックなどとは違い、市民病院となってくると、ボイラー室や、剖検室や使用済みリネン庫がある。また霊安室があるなしにかかわらずだが、誰かが死ぬとすぐに火葬場が連絡して来るケースがある。CTやMRIスキャン。専門の診療内容の診察室。受付の前に整理券というのも大きな病院あるある、だ。高額料金を支払う精算機というのも存在する。病院の大きさないしは、充実度具合の有無をはかるには、『ATM』と『コンビニ』があるかどうかだ、と思う。病院食堂は割と一般的だが、リーズナブルなカフェ&レストランが併設されていると熱い。スターバックスやサブウェイなんかがあると病院も違ってくる。これは病院を核とした街づくりの例だ。そのままの勢いで、カラオケ屋やボウリング場を併設し、(とりあえず病院に整骨院を併設してみるというのはどうだろう、法律の話で整形外科と整骨院に通わないと適切な治療費を払ってもらえない、というのがある。なら、ひと所で済ませてしまいたい患者の願望、)もはや何だったのかわからないという感じにしてみよう。人間だもの、と相田みつをスタイルでいってみよう。看護師と医者は幸せになる、幸せはきっと患者へと分け与えられる。お金儲けをする。そして笑う。指を怪我して病院へ行くと、頭からだらだら血を流している人がいる。松葉杖をつき、車椅子に乗る人がいて、看護師が走り回っている、(早食いが得意になり、休みがいつかわからない、それが看護師、)―――それが【病院】ここには様々な人がいる。点滴中にトイレへ行きたくなってナースコールしていいのかと悩む人もいれば、性格悪すぎて殴り合いの喧嘩を引き起こす馬鹿な人もいる。癌治療や、長い入院生活を経て性格が百八十度変わってしまう例もある。ちなみに大体患者は入院しても二週間程度で退院していくことが多い。病院というのは子供ほど少なく年齢が高ければ高いほど身近なもの。もちろん、『入院しないのが何より』であるのだが、『病院に関わりたくない』という人も一定数存在する。生命の危険があるというのは別として、多くは入院治療を要する、検査入院が大半であり、受け入れ条件が整えばいつでも退院可能というケースも存在する。さて、ここは八人部屋の病室。白い天井に白いカーテン、病院全体に漂う消毒薬の匂い。ストレッチャーやベッド、ガーゼや絆創膏。窓が開いていて外から入り込んでくる風にカーテンが、ぱたぱたと捲れている。キャスター付きテーブル の上で食事だ。入院患者は羊のように耳が良くなり食膳の時間に反応する。 *477An unforgettable love and a love that is about to begin張りつめた気持ちも途切れ―――て。猛禽類と昆虫類の混淆から成る遠いざわめきの喧騒を離れ、かすかな人の声や、車の音が波の音のように、優しく聞こえてくる都会の時間帯。暗い手がぼんやりと浮かび上がる。それは心の中にあるものだったり、思い出だったりするのだろ―――う。 盛んに小さい炎を出しながら燃え上がり、赤熱する。飲み会の帰り道。駅前、バス停留所、タクシー乗り場を横目に歩く。バスロータリーを歩きながら、交差点―――(へ、)こうしてマンションの近くまで護衛役。仲のいい(と思う)女子社員に指名され―――て、深窓の令嬢とも噂される、美人で、年下であるというのに、大人びた、成熟した、威圧的な感じがどうにも苦手な女性と肩を並べ、無難な会話をする。時折話の都合上、真面目な解説を入れると、なるほど、そうなんですね、と相槌を打った。彼女はとても熱心な聴講生である。ややもすると、手に感じられるほどの胸の動悸・・・・・・。思い知ってる、昔、そこに海があったことを・・。そしていまなら少しだけわかる、誰にも恋をできなかったこと。―――君は誰に恋をするんだろ・・う。蜃気楼とか版画のようになりつつある、抑制のきかない十代には熱烈な恋をしているような相手で―――も、三十代にもなると理性の方が強く働く。卑屈な感情、穴に入りたかった場面も、経験にな―――る。カメラのファインダーが切り取ってゆく。バチカンとローマにあるサンタンジェロ城をつなぐ秘密通路。隣の庭は青くても羨まないそれぞれの人生の在り方への認識。美人の女性だからといって緊張する必要も、ましてや、口説く必要はない―――し、もとより、若い女性が年上の男性を迷惑に思う心理もわかる。正直タクシー代を払うから、一人で帰って欲しいと言いたいところだった―――が。女子社員曰くしつこい男性社員へのアピールもあるらしい、釘を刺す、だ。物理攻撃力上昇を伴う―――口撃。美人だって苦労する。けれど先輩女性社員を懐柔する、お手並みには脱帽である。自分はそんな風に思ったことはないがどズケズケ物を言う人で、性格がきつい人なのに、飲み会の席では猫撫で声で話していた。と―――飲み会が終わる十数分前まで思っていたのだが、詳しく聞くと、親戚関係で従姉妹らしい。姓名が違うからわからなかった。ともあれ信用のできる人と紹介されたらまあ悪い気はしない。どころか、ハイスペックなステータスを持つ男のように紹介されて、照れた。残業平気な廃人とか、休日出勤引き受ける仕事人間とか、そんな風に思われているとばかり思っていた。それにこういうのってきっと、これから―――も、変なことがないように眼をかけてあげてね、ということなのかも知れない。そんなことをする男性社員はいないと言いたい―――が。パワハラにならないパワハラや、迷惑行為とはいえない迷惑行為も―――げんにあるわけだ。 頭蓋骨にともされる追悼の燭火みたいに、百の手を差し伸べる。対人葛藤場面における仲間との親密性。敵を作るような大袈裟な場面を引き起こすよりは賢い選択。それに女性は話を聞いてもらい、その相手を味方にしたい共感の生き物だ。困っている人がいたらやっぱりそれ放っておけな―――い。動物園の猿たちが一斉にこちらを見た場面には、「え、お前が?」(非モテ男性というより、非恋愛種族がということ、)「お持ち帰りを?」(おお可愛いコウハイよ、説明聞いてた、ねえ、本当に聞いてた?)ただ―――ただ、辟易した。秋の精霊が息を吹きかけたように、落葉がひとりでに螺旋状に踊り始め―――る。経験則としてだが、女性は大抵、同年代の男性がいいと思うもので、男性は年を重ねれば重ねるほど自分より年下がいい、二十歳の方がいい、と思うものらしい。アイドルを好きになったおじさんが一千万円もつぎ込む秘密。キャバクラの女性にふられて大泣きする秘密。(でも現実に引き戻され、つまり我に返って、五歳年下とかを選ぶものらしい、)婚活で失敗するパターンはそのあたりにあるらしい。幸い妻帯者はいないものの、会社での立場というのもある。女性を敵にまわして同僚の男性社員が、陰口や悪口を叩かれている現場を見、女性嫌いに拍車が掛かったような想いがあると殊更だ。過去を思い出す、錐のような一点へと向かっ―――て。それゆえこれは断れない案件で、ある意味では社長や重役に仰せつかった類の指令である。たとえフライドチキンの皮のように思えても、広口壜の中の蜂蜜のように思えるとして―――も。だから大人の男性を演じているというより、折角頼まれた大任である、送り狼にならないのはもちろん、できるだけ、悪い印象を残したくない気持ちが強かっ―――た。空の小径を、鳥が走るように横切る・・。ちっとも整理されない感動や感激が色とりどりに口にする・・、完璧なドレミファソラシドを持っていて『ある音』を聞いたときに、それに当てはめて音名を当てるみたいに・・。―――迷宮での幻聴や、迷いの森での案内する声・・。幾世代もの時の重みに堪えうる上質の材料で造られたものと思っていた、北極よりも冷たい氷の試練の機会、その付随表現、その諸条件、すべてのものを押しひしゃげて、まだ、心の中の戸惑いへと結ぶ。吸い寄せられるように、小さな喫茶店のドアを見えた。二十二時はもう閉まってい―――る。微風―――肉体の深みから洩れた一つの合図・・。秋の風は忘れられない人の名前を思い出させ―――る。「・・・・・・」年下の女の子を見ている―――と。自分にもこれに毛が生えた子供がいたんじゃないか、と思うことがある。げんに、そんな風に慈しむような眼で見ている自分に気付く。恋は一生に一度で沢山だと思った。思い描いている女性の代わりなんてそれは絶対に出来ない。閉塞した回路、小鳥に催眠術をかけている大蛇の魔力。涸れた井戸に石でも放り込むみたいに、人間はそんなに単純じゃない。それは、膿んだ傷口のように燃えた。でも心の底に流れている言葉は知っていた、何の衒いもなく、他愛もなく投げられた言葉は、歳月のあまりの無常さを知ってい―――た。自然は無際限なる長さの糸に、意味もなく縒りを掛けて紡錘に巻くに過ぎない。「あ、」その微かな響きを、遠くの雷鳴を聞くときのように感知する。上ばかり見て足元がお留守になっていたのだろう。存外、酔っ払っているせいかも知れな―――い。転びそうになる。転びそうになる―――ところを、寸前で、腰を抱いた。すぐに、バッと手を離した。意識しているみたいだったが、腰はまずい、腰―――は。ブラックではないけれどグレーな領域。一秒か二秒の静かで緩慢な気配が通り過ぎてゆく。すぐ、すまないと謝罪した。「大丈夫かい?」「ええ、ありがとうございます」また隣り合って歩く。片手でしきりにうなじを撫でている彼女。申し訳ないことをし―――た。けれども夜風に吹かれながら澄んだ瞳で夜空を見上げている横顔と、栗鼠を想起させるブラウン・ヘアーは何処かでお洒落で、気品に満ちていて美しい。頬の濃淡のように筋肉がちらと動くのが分かる。鼻の尖端から唇へかけての横顔の曲線。夜でも明るい街の灯りは透明なる光線で、日常生活で隠している別の顔を曝け出させる。皮膚の上に、衣服の上に、髪の上に愁いを投げかける。舌の付け根へと落ちてゆく。でも、交通整理は終わっていない。片方の耳の奥では、動脈の張る音が高く明らかに鳴っている。込み入った地図の中から、目的の場所をうまく見つけられない。そんなことを思うほどに、かの昔、腕の中にあったものが遠い。枕のぬくもりも、皮膚の滑らかさも、小さな声でゆっくりと喋る癖も―――いまは、いま―――は・・。しかし眺めすぎたのだろう―――か。彼女はこちらを見て何処か照れたように微笑んだ。それで、こちらも伝染したように照れてしまう。クールだとばかり思っていたが、実はあまり人馴れしていない、世間ずれしていないタイプなのかも知れない。存外、女子社員がお願いしてきたのは安全な男―――で、男慣れさせたいという思惑があったのかも知れない。ただ、そのときの顔がいつまでもはっきり自分の印象に残りそうだ、という予感があった・・。―――恋はどんなタイミングでも、始まるもの・・。 *476バスケしようぜ中学生だけど。あのー中学生ですけど。公園をぶらぶら歩いてベンチで還暦を迎えたジジイし、『伊勢茶ペットボトル』とか、ボトルの『静岡茶 ゆったり』とか、『賀茂大地 はとむぎ茶茶茶」とかね、『福岡の八女茶 玉露ボトル缶』とかとか、ね、売ってねー。すみません、全然売ってねー。自動販売機メーカーといえば七つ挙げられて、赤い自動販売機の大手飲料『コカコーラ』青のボディがトレードマークである『アサヒ飲料』茶系飲料で圧倒的な支持を得る『伊藤園』自動販売機をメインの戦略をする『ダイドードリンコ』(そしてドリンコの響きにいつも感動する、)紅茶市場や小岩井シリーズで有名な『キリン』飲料とフードを併せて販売する、『大塚製薬』レモン飲料でお馴染みの『ポッカサッポロ』とは―――全然違う自動販売機で、『多分お前が飲みたいんだろうお茶』とかいう、変なお茶を飲んだ。味は形容しがたいほど苦かった。キャップの裏に人生と書かれていてうるさいわ、と突っ込んだ。ボトルの裏にはあんまり頑張りすぎるなよと書かれていて、だから―――許した。「アンタ何してんのよ」眼の前に立っていたのは、ピンクと水色のシマシマのシャツの上に、大きめの白いパーカーを羽織り、なんかすげー赤いチェックのスカートをはいて攻めてくるミニマムな女の子。一度夜のオカズにしようとして、ウーン、あれはちょっとなあ、って思って萎えた感じの女の子。でもそこからバスケ部で甲高い声で走り回っている元気な姿が想像できて、なるほど胸はないが均整のとれたプロポ―ションで、あ、SASUKEだ、鋼鉄の魔城ならぬ鋼鉄の魔女だ、筋肉番付だ、池谷直樹式の腕立てだって具合に、ポンした、あ、こいつ、クラスメートの名前知らない奴だ。「えーと、確か、大手瓦クロイツさんですよね?」―――いきなり、腹を殴られた。めっちゃキレられてて草ってユーチューブコメントあるある、激しいのがお好みなんです、ねー。やってくれますねー。やるじゃないです、かー。「メンゴー、メンゴー、えーと、鈴木じゃなかったわけですし、田中さんでもないですよねー、佐藤さんでもない、そうなると、大手瓦クロイツ、しか・・・・・・」馬鹿なことを言っていたら、クラスメートの井伏は、八重歯の似合うあどけない顔立ちで笑ってくる。なんだよー。おいおいなんだよ、めっちゃ、青春ムード出ちまってんじゃんよー。CHEMISTRY、ゆず、コブクロといった二人組デュオの超絶ブームみたいな感じ、でも歌謡曲だよ、ムード歌謡なんだよー。「井伏は―――何してんの?」そしてヤラナイカ、と股間にずごーんと呪われたバベルの塔を生やしながらー。って、俺の頭の中もうどうなってんのー。虫涌いてんの、膿んでんのー。マジでぇぇぇ―――何ナノこいつって、俺じゃん、って頭をおさえて首を振りまくる俺を他所に、艶のある長い黒髪の頭頂部付近から、ぴょこーんと、あのーすみません、ぴょこーんと鹿してる馬してる、アホ毛をチャームポイントのようにしている井伏が、憐れむような眼つきをしながら、休日なのに公園でお茶を飲んで頭おかしくなってるんだなー、こいつと話すのやめようかなーみたいな顔をされていた。ユニセフ気取りか?あのね、俺がイフリートだったら消し炭だぜ、あのさ、俺がバハムートだったらお前の背後全部消し飛んでるぜー、ハリー・ポッターと死の秘宝なんだよ、関係ないけどー、ドラクエの先頭の重圧思い知らせてやろうかー、ってな具合に世間の冷たさを知って、もっと、打ちひしがれる冬を控えた時期、一日千秋って嫌だわ、そゆこと。だって千日をグッと一日に詰め込んでしまうパラレルワールド設定。青春はそのようにして終わった。だのに、連れ立って歩いている内に近所に住んでいることがわかり、何となくの―――それはもう何となくで、ですよ、グヘヘ、変な笑いするのが世の習い。一緒に買い物へ行く流れになっちゃうわけですよー、ああ、あの日の俺に伝えたい、伝えてえええェェ、あのね、バレンタインは食べる用に買うもので、少ない小遣いで将来ハゲそうな感じの寝癖を直すのもね、明日から本気出すって言いながらあふあふベッドで休日夕方まで、眠りこけているのもねー、って、ロクなもんじゃねー、ヒロインが出てこなきゃ人生何にもない俺の人生。始まんの? え、始まんの、それっていつ始まんの、それは、読んでからのお楽しみ。つづキュ。つづかないけど。 *475教会少しずつ手札が揃ってゆく。花やかな煌々としたランプの光が堂に漲って、装飾や浮彫の施された扉、柱廊に囲まれた通り、段上になった床、調度品に、由緒正しい宗教画、鐘楼の厚い壁を垂直に貫いている暗い螺旋階段・・。歴史的建築物であることが多く、建築にはその時代の優秀な建築家が作ることが多い。形式を伴った造りに、彫刻や、鐘・・・。敬虔な信者を心安らかにする大聖堂・・・・・・。おごそかに賛美歌をとなえている場面に出くわせば、カーソルを合わせる眼球の動きをコントロールする筋肉、信心のない者をも鰯の頭にしてしまう―――だろう・・。だが多くの教会では、『クリスチャンって煙草吸えるんですか?』『クリスチャンって酒飲めるんですか?』と聞いてくるもの。完全に詰んだ人間失格者の基本パターン・・。日曜日は神様専用の日であることが多く、神様に操を捧げるというのがクリスチャンなのだが、すべてが性の対象に見えてしまうという薄い本の呪いで、それもある意味では『聖書』であるってうるせえわ。ラノベ作家の大好物、クリスチャンの由緒正しき格好は一つの性的衣装である。ファンタジーではもっぱら、診療所や孤児院を兼ねていることが多く、墓地の管理までし、忙しい上にさらに忙しい可哀想な存在である。そしてラノベにおける『魔女狩りモード』では、悪魔の子供を育てて虐げられるという憂き目に遭う。(魔女狩りについて書いている人々の多くは、デビルマン読みすぎだという説、)酷い話をどれだけ作れるかで性格の悪さが説明できる。うすっぺらさを胡麻化すには、性格の悪さを全面に押し出すしかない。かように、自分の一挙手一投足が神に覗かれている、見られているという羞恥の感覚などわかるべくもなく。すべてを差し出すというのはそういう意味なのだ。が、多くはご都合主義の展開のもと、神の名に背く存在だ。祭服で手には聖書を持ち、柔和な微笑みを浮かべながら国家転覆に協力する悪魔。しかし影絵のような都会のジャングルに融けた―――犯罪・・には、胸を傷めている宗教関係者も多いだろう。夜明けの来ない等身大の人々がネット掲示板で夜は別の顔の件。時には日本語と英語と変な癖の三点セットであることもある、歌詞における日本語知らない説と同じように、(逆説的にそれゆえ、日本語を玩具にできるという痛快、)ラノベ作家は七つの大罪を犯す悪鬼のような存在なので、宗教にロクな物の見方を持てないのだろう。お金欲しい、仕方ないことだ。編集者、ま、売れればそれでいっか、仕方ないことだ。宗教の本質は『信仰/儀礼/組織』である。そこではもちろん儀式にうるさい姑糞婆みたいな奴もいれば、説教という名の快楽報酬をするオワタ型モードの奴もいる。特定の型にはめようとするのは腫瘍的だし排他的だ。もちろん世の中には『聖書研究家』もいれば、『宗教全般の研究家』もおり、『新興宗教に特化した知識の研究家』もいる。平均台の上でも歩いているようなバランスの悪い感覚だろう、実のところ、毎日通い詰めてくる信仰深い人が、稼ぎだってとりたてて稼いでいるわけでもないその中から布施を出し、日々生きることの様々な問題と折り合いをつける人こそ、本当の神様のお使いではないかと思われる。俗世間で心を清らかにしたいと思う人は天使である。宗教施設というのはそういう美しくて優しくて弱い心を守る場所。その反面、宗教装置は一つの檻で、『縛ること/守ること』で視野狭窄に追いやり、正常な物の見方が出来なくなってしまうことが多い。神はすべてをお見通しになられているというテンプレ。浅い眠りの夜のような細い道をゆく砂の記憶、夜の蟻のような君よ、ズレている、普通の人の感覚がわからない内はいいが、間違いを深め続けるとたんなるキチガイである。ゆめゆめこのことを忘れる―――な。(この場合におけるキチガイは使用禁止ワードをわざわざ、用いなければならないという意味のキチガイである、)―――ただ多くの宗教従事者は心清らかであり、愛や幸せや平和という果てしない夢想と孤独の中にいる存在だ。矢のように進む時計の針と、円熟へと向かう年齢の聡明・・。生まれてきたことに意味があり、魂には向かうべき使命がある。魂の深淵と宇宙の深淵との神秘なる交換。たとえば神学的な知識はガイドラインがなければ理解できるものではない。(宗教には前提となる神話や伝説が存在し、宗教という名や形を成す前の、母体というものが存在する、そしてその多くは宗教的神秘体験と結びつく、)人同士で言い争いが起きるように、時代ごとに様々な意見がぶつかりあうように、それらの形が残っている背景には本質が別の物へ移り変わった証拠だ。残念ながら多くの価値観というのはそういうものだ。たとえば百年で終わる宗教と、千年で終わる宗教―――と。一万年で終わる宗教と、一億年で終わる宗教―――を、ぼんやりと考えてみたらわかる、と思う。生理的な欲求の変化を満たすような呼吸のリズムを思い出せ、時間の長さのことではない、どれだけちゃんと残っているか、そしてそれが形式どころか言葉だけのものになったか、あなたにも―――あなたにも、わかるだろ―――う・・・。宗教は代替可能なもので、常に新しいことを始めなければいけない、もの、だ・・・・・・・。歩き方、その夜の足取り、オーストラリアのビクトリア州に暮らすタミ・ジョナスが、妊娠中に食べたハンバーガーから菜食主義者を止め、小規模ながら、肉屋と農場を経営するようになったみたいに、聖堂のステンドグラスが次第に淡紅色を帯びて、淡いトパーズのような星に―――する。心臓の痛みは切れ目のない螺旋となって次第に拡がって、大きく呼吸を吸う時に神の声が聞こえてくることもある場所。神はあなたの美しくて優しくて弱い心の中にだけいる―――んだ。 *474 闇の市場 /ブラックマーケット ファンタジーの街の裏に拡がる闇の市場。 通常の営業ではさばききれない訳有商品ならびに格安商品の売買。 冒険者ギルドや王国であれば騎士団の眼があるので、 『違法性』という意味ではそれほど高くはないのが通常運転。 国外追放されるものを売り出している例は少ない。 見つかっても口頭注意で済む程度のものが多い。 ただ、おおっぴらに流してしまうと信用を失ってしまうのが世の常。 店舗ならば枝葉へ繁ってゆくように、 旦那、ちょいと来てくれよと奥の部屋へ通される。 露店でも商人が首を振ってここで見たことは他言無用でゲスぜと、 (露店の商人はいつも変な喋り方をするものだ、) 周囲を窺いながら袋や箱から取り出す。 一見さんお断り、信用顧客にしか流せない、というものかも知れない。 昆虫食とか、強烈な異臭のする商品、 曰く付きの格安商品という場合もあれば、 取扱いが法的に禁止されている薬物という場合もある。 しかし言葉通り、“ブラック”で“闇”なら―――ば、 『二十四時を超えた真夜中』から、だ。 火花が降ってくる、それから数々の純粋なもの―――が、 星になる時刻に、『割れ窓理論』は働かな―――い・・・。 こちらは統制に外れ非合法に設けられた、 独自の市場経済原理で取引を行う市場。 闇の商人は表の顔を持たないという場合もあるが、多くは町の名士や権力者だ。 法令、勅令などのルール自体が美しく、ルールに従った姿が美しい反面、 それは額面通りに受け取ると火傷をする。 関係が決定的に破綻する瞬間を覗くという人はまずいないだろう。 その過程の忘却があり、忘却に逆らう過程がある。 法は抜け穴の宝庫で、法はまた破るものだ。 その経緯を追想して見るのも徒爾ではない。 非合法な商売をする上で、権力や、後ろ盾は必要不可欠な要素で、 一度手を染めるとこれが止められな―――い、 『スイッチ』が入る。 弱者を虐げる、これが強者の権利だ。だが、驕れる者久しからずで、 おうおう鼠の最期を見るように頓狂なものだ。 跳梁跋扈の背景には世界最大の毒薬―――お金だ。 怒鳴り声や悲鳴が響き、ゴミが散乱し人が倒れている『貧民区画』や、 人が寄り付かない『街外れの建物』かも知れない。 場合によっては心理学的効果を利用し、冷気が感じられる、 意図的に幽霊などの噂を流した『曰くつきの場所』だろう。 もちろん恨みつらみ妬み嫉みは世の常、 悪人と幽霊はワンセット商品。 奴隷は禁止されているのに異種人族の人身売買―――。 (奴隷商人たちはロリポップであることが多く、 ダークエルフだのハイエルフだのを用いたがるのがラノベあるある、) 場合によっては誘拐、監禁という三段構造かも知れない。 国ぐるみという場合には戦争というカードがチラついている。 また表では絶対に手に入らないとされている希少価値のものを、 合言葉や許可証を通じ販売する―――かも知れない。 そこにおける人々は、 夜だというのに眼元を眼や口元をミステリアスに布で隠す、 仮面をつけているなど念入りに隠す。 (醜女が顔を隠す心理はいわずもがなだが、犯罪者が顔を隠すのは、 特定されるのを防ぐ自衛手段であるが、心理を読ませない、優位性を持つ、 ということでもある、) が、蜥蜴の尻尾切りのように顔を隠さない、 臨時雇いのチンピラの場合もある。 首謀者はさらに素性がバレないように替え玉を使っているかも知れない。 夜な夜な繰り広げられる他人の不幸は蜜の味・・・、 度し難い所業には利益の前では生命さえ軽んじられる風潮がある。 *473淵カウンター決まっ、ちゃ―――って、ノッ、ク、アウ、ト。ノッ、ク、アウ、ト。心の消耗、重症、それは神経症。一回は勝手に湧く。アラームみたいに一瞬響きわたる。すぐ収まるけど。(もうどうでもいいけど、)まど/ろ/みふく/ら/みいかが/わ/し/き勃 起している時は、そこに「何かがある」ことが強く意識され、朝のトイレへ行くたびに相当強い受け入れ難い違和感(と、)取り繕う隙間もなくあからさまなそいつと共同体(とか、)テーブルメニュー挟んで行ったり来たり。モヤシやゴボウ振り回したい。無い物強請んの堂々と言っちゃって(て、)“馴染めないんだ”ヘイヘイそんなんでどうすんの、(だ、)―――「堕、堕、堕、」チョコチップミント食べて吐き出して、心に根を張って枯れ果てたタラタラなもん吐き出し(て、)“染まれないんだ”―――『妥、妥、妥、」今日も僕等は、夜の雑踏へ身を詰め込んだ終電、聞いた瞬間はシューティングゲーム、感電って、もう散々、「走」って、スタンピード。(タン! タン! タン!)「駆」けて、アウドブリード。(タン! タン! タン!)グッとして、パッと開いて、ひよこが飛んでんだ。グッとして、パッと開いて。おそらのちょうちょさんつかまえる。(それは幼児帰りです、)なんだよこれ。痛ァアく、ナァア、い・・。「爪先を濡らすだけ」なんなんだよこれ。怖ァアく、ナァア、い・・。「そうさ歯で噛むだけ」―――寄り掛かるとすれば、玄関の壁でいい。(いい、)果てはないけど。(いい、)幻がすべてだ。妙に好き、てか―――わりといつも。無茶苦茶さを見せるくらいのことも、許容し(て、)殺人犯に君たちがそうしたみたいに、外国人にやたらいい顔するお前の神経やめてくれよ。「もっと気持ち悪いこと言えよ」(そしてもっと死ぬほど懺悔したくなる拷問考えろよ、)「もっとすごいこと考えるよ」(どいつもこいつも頭がおかしいって唱えたくなる、そういう魔法の呪文が欲しいんだよ、)はい、今日も。(決められたキャラクター?)(誰かの真似の、ファッションモンスター?)はい、ストップ。―――STOPLonely 論理、不平等なん、てさ―――当たり前、攻めて、ばかり、いられ、ない。・・・・・・や・・・優しさ・・・・・・?「“dabada...”」・・・・・・や・・・ヤキがまわったねえ・・・・・・・?「“dabada...”」で、(ねえ、)不健康、不能、それじゃきっと無抵抗。そんなこんなでハイヤーでシルバー、アイヤーでカンフー。でも本当に言いたいのはジルバ。(踊って、ラリって、うざってえ、)まど/ろ/みふく/ら/みおびた/だ/し/きクロスロードパズルはめたり抜いたり。(ブチぃいい抜いたりイイイィイィ、)ダルシム、死神みたいな顔してカード配りたい。木っ端微塵、崩れ落ちたハートが鬱陶しくてしょうがない(い、)“間違ってんだ”いやいや。あのーいやいや。“終ーわってんだ”―――「惰、惰、惰、」(ダルルル、ルッル、)牛を飛ばしてやりたいと思う今日この頃。(ダルルル、ルッル、)サンタコスしたトナカイを探してる今日この頃。ビギナーズラックってもう老いも若いも。むせ返るような感動を犬が拾ってきたら骨になっ(て、)“腐ってんだ”―――『蛇、蛇、蛇、」今日も僕等は、眠れないまま夜のバス停を横目で見る、聞いた瞬間はサクリファイスって空回りのダイズ、ハイ、チーズ!「走」って、アウトリーチ。(タン! タン! タン!)「駆」けて、セキュリティスイート。ああ素晴らしいゴールデンブリッジへのゲート。(タン! タン! タン!)なんだよこれ。分かーァアら、ナァア、い・・。「言葉が死ぬだけ」(きくらげ、かさくらげ、はなもらげ、)なんなんだよこれ。ああやり、たァアく、ナァア、い・・。「ズレてんのがクセになるだけ」―――ロクなもんじゃないけど、水平線が傾くのを待つよ。(いい、)答えじゃないけど。(いい、)手早く呼吸を整えて。 *472the scent of words陥穽の咽喉光る その愛撫によって 野卑な紅葉が巣ごもり 神の 眼と なる[奇怪な症候が透けて見える嘲笑]七戒を破る蛮気の快楽 隷属の冥府の王「眼を閉じている月の悲しみ」と云えば克利奥佩特剌を欺いて「目覚めた存在の精神、声、顔の表情は、空前絶後の」 (の、)深淵美辞麗句は受胎する心理図(脱走する黄蜂は死刑囚にして死刑執行人 永遠の無数の付属物が 地球儀を回転させる たとえ /ば 突進する機関車の 鮮明な心臓が 「はしゃいだ毒を吸っている」 《盛っている》 (擦りつけているのは、風の発明) 蝶の商人に 買われて尊い美徳 移動する砂の魔女崇拝 ―――【echo】 蜘蛛の巣の無限の城壁 いま 海 岸 が 電光広告 に 鳴っている 『街上に光る白痴』 (艶麗な天国の座席で純白が鳴く (「ええ、過去は美しくて穢ならしい冒涜発声器官はフォークを汚した青い魚、瀑布の夢大森林が歔欷と恥辱のうちに木霊となって響き渡る“見開かれた固形の秘跡のような燐だ”道路の上を引きずられてゆく生臭い臓器沙翁は何処の誰? 『もろもろの想念の天井を裂いて星が』 (が、)見えたら“墓穴のわびしさが餓えて死ぬ”暗黒の粘状体の鋭角の黒味で 燦然たる魂が[鏡と鏡の間の瞬間の祭礼] 『暦の装飾も論理のマニキュアだって』 (て、)言えたのに真理の美しい神の線に変わる(淫らに惚けてよろばいゆく無頓着な世間の人々、) 無我夢中に遁走する 闇/の/記/憶 ―――【echo】(透明な優雅な絶壁を 珊瑚色の像を 胸飾りの螺旋から小麦色の葉末が見えてくるまで 孤独にゆらめく後天的装置の相似形態で “俯瞰図に一縷の夜の翳りを“” 強いアルコールの幾滴を忘れる―――な「流動する鈍色の縞 < 波 紋 > 円錐は狼狽し紫陽花の色となる 「嗅覚が連想を拒否しても天体の運行を妨げない」 “終わっちまった僕等のメタフィジカル/無意味” “終わらせちまった僕等の宇宙的時間/無意味” 『そして僕等は三叉路や四つ辻へと向かった』 (た、)ただ波斯絨毯を歩く足を憂鬱にして 千の静かな接吻のような都会の雨 か/き/廻/す 青色の藝術)」 「(瞼の下の純粋な楕円形「美審の虚構の花籠で 平目が縞瑪瑙色となる[君はまだ高尚な燃焼物質になろうとしている観念の過失]半身不随気味のトルソー像となった那波列翁殿「眼を開いている太陽の悲しみ」と云えば(美しいものを苦しくした /美しいだけで狂おしくした)“皺襞の海で虹色の資格を夢見る複眼”乞食の牢獄の円筒形仏陀の高貴な精神『車で人を撥ねる楽しさ、包丁を突き立てる痛快さ』 (犯)して(冒)して――― (て、)動かし難い証拠――傍注という形の・・・ 無/限/の/旋/回 赤い指針で崩れる街燈 振幅は 背中のうしろがわで七面鳥を呼び込む ―――【echo】 *471Let's finish the games one by one永遠の若さを手に入れるかのように、買ったもの。手に入れたもの、思い出して、何かを「分かったような気になる」ようなことから、自ら進んで、何かを観たいと思ったり、勉強したいと思ったり、作りたいと思ったりするような、刺激を探した。プレイしていないゲームを、誰かが全部クリアしている、という現実。結局ちょっとしたルールやツールやコンテクスト、その違いでぜんぜん別物になって、或る日ふっと醒めてしまう。ためらいも気負いもなく、むしろ意識もせぬままぶっこまれるなまぬるいもの。「知ること」に重きを置いたら答えは遠のく、「戦うこと」だったり、「向かっていく感覚」だったりが、きっとその答えになる。胸にはいまも、ドキドキワクワクの、居場所があるのだろうか。記憶をひそやかに運び続ける、海馬。中央と四隅に並べているよりも、もっとランダムな配置の方が面白いかも。色の効果はわかるけれど、本当に好きな色を知ることから始めて、想像力のわくものじゃなかったらまったく意味がない。ハッピーエンドにバッドエンドは基本として、ノーマルエンドにトゥルーエンドに、アナザーエンド、ミゼラブルハッピーエンドに、ビターエンドなんていう言葉もある。終わりにだって色んな意味がある、それだけだって思わなければ、きっとそこからだって別の価値解釈が始まるのかも知れない。戦いを終わらせて、平和な町でじっくり見つければいい。そんなことを言う人もいる。何度かそんなことを考えた。忘れていただけで、案外簡単に見つかるものも、取り返しのつかないほど別の作業をしていると、当たり前のことが出来なくなる。建築関係の本をひそかに集めているんだけど、身近なところにモダンデザインがあったり、ロマネスク、クラシック系建築があったりするんだよ。物事を見る眼を養うっていうことは、人生を別のところで楽しむことじゃないかって考えながら、煉瓦の継ぎ目とか、昭和初期の残り香みたいなものにやられてしまう。高級車どころか車全般に一切興味はないけど、クラシックカーを見るとあれ格好いいなって思う。手入れが大変で、だから愛着がわく仕掛け装置。それは世界が与えてくれたものであり、誰かが僕から奪い去っていったものだったと思う。でも同時にそれは僕が世界へと与えたものでもあり、その誰かから奪い去っていったのは僕であるのかも知れない。等しく与えられ、等しく失われる、一個人の頑迷な考えだって思えたら、信仰に身を委ねるのも悪くない、誰かに強制されるのは大嫌いなんだ、心の底から納得しないと続かないことは知ってるんだ、愛や平和だって口先の言葉じゃ意味はない。風が吹いていて、一方後ろへ下がったんだ。本当に風が強い日に、合羽を着ながら自転車に乗って、ばさばさばさばさと捲られながら、死んだって思った、実際こんな日に鳥は人知れず死んでいくって、何処かで読んだ、雨が強くて風の強い日には、いつもそんなことを考える。でも走っていたらそれなりには前に進めて、なんかよくわからないけど気持ちよくなってきて、絶対に目的地まで行ってやろうって思えてきた、たとえ全員が来なかったとしても、それは僕の行為と一切関係ない、楽しんでいるんだ、楽しくないことも、面白くないことも、つまらない顔をしていたら、すぐ何もしない人間になってしまう。プレイしていないゲームを、今日また一つクリアしている、という何だか悪くない気分。 *470The traces of a dream that is empty in my head従姉妹の家へ泊まりに行った。お姉さんマウントの時間は短い、一人になると、ちょー寒い。サーティーワンアイスクリームのせいじゃない。人気のない住宅街から、苔生えて神社の近い路地裏抜けた、ガードレール越し。海辺で水着姿の男女がさざえを焼いている。高校時代のバーべキューを思い出す。でも巻貝を耳の奥に入れて、蝸牛管までひと思いに抜き去ったら、声や言葉の肝がぷるんと揺れて、小さなオンナノコが透けてしまう。それはきっと猫が蜥蜴の尻尾をくわえてきた、少女時代の終わりの夏の午後。電話の向こうでオトコノコが何か言ってた。ブロック塀には人面犬がいて。電話が切れてもオンナノコはうなだれて。街燈の下には口裂け女さんがいた。Y子はバイクを盗んだオトコノコと付き合っていて、わたしは紹介されたオトコノコを何度も断っていた。一生懸命働くから結婚して欲しいっていったら、心が揺れて、ちょっと考えたかも知れない。きっと揺れを感じる場所は人それぞれ違っている。電車の揺れで絶頂に達する敏感なヒトもいるらしい。Y子は馬鹿だから知らないだろう。でも馬鹿だからバランスとタイミングを考えない、家出をして一人暮らしして通算十八人目の彼氏がいて、わたしと一緒に下宿先から近い喫茶店で、ふわふわのパンケーキ食べる。バドワイザーを飲みながら。輪郭は夜に滲んでいて、濡れた服から、ぽたぽたと落ちた小さな水溜まりを作った。湘南、鎌倉、横浜、落雷の音。スリップが揺れながら、夏の光が太平洋に溶けていった。教えてください、哲学者。あなたはどうしてそんなに馬鹿なんですか?こんな時には誰もがひとりぼっちで、空っぽを満たしてゆくことしかできない。こんな時には誰も助けてくれない。頭のおかしくなりそうな夜は予定を入れまくる。あたしはケクラマゴケモドキのぬめぬめした感じが好きだけど、オオクラマゴケモドキのぬるぬる感について、やむいもやたろいもを拾う。そしてこのかなしみが言い尽くせたら。オリーブオイルにまみれたトマトとキュウリとタマネギを拾う。それからチーズとオルガノを入れてサラダになる。けどね、大学へは行きたくないし、家へは帰りたくない。でもそんなこと出来るわけもないので、七時四分の電車で帰る。キオスクでお弁当を買って駅のホームで食べる。一緒に買ったお茶を飲む。ピクニックが終わった。ラジオから「アイ・キャント・ゲット・スターテッド」が流れていて、いとこのお兄さんがもういらないからってくれた。うちの家系でどうして生まれたっていうぐらい美男で、賢くて、スポーツ万能で、それから、それから―――。わたしは、お兄さんが好きだったからいまでも大事にする。お兄さんは二十歳を待たずに電車に飛び込んで死んだ。遺書もなかった。上手く終わろうとしたんだって夢の中で言ってた。でも中づりの女性広告の馬鹿馬鹿しさが眼を覚まさせ、夢を見るように現実を見させる。あなたの気持ちはわかるけど、気持ちだけでどうにかなるわけじゃない、ベイビーって言って、頭の軽い言葉が必要なのよ。本当のことは冷たくて、大事なことに誰もが嘘をつけない。傷つかないなんて出来ないし、傷つけないなんて誰にも出来ない。ベイビーって言って、みんな気持ち悪くてしょうがない。 *469冒険者ギルド冒険者ギルドは盛況だった。基本的な業務はカードやタグを発行しての冒険者の登録、除名。モンスターの討伐や薬草の採取、街の掃除、商隊の護衛といった、各種依頼による仕事の斡旋。また商業ギルドへと流すのを前提とした素材の買い取り、冒険者のランク昇格のための試験開催。それから荒くれ者、脛に傷ある冒険者特有の程度の低い揉め事の仲介。主な都市には冒険者ギルドの支部が置かれ、多くは仲介手数料や、解体手数料でギルドが運営されている。ギルド職員はギルドマスター、受付嬢、昇格試験の試験官、モンスターの解体担当者などが所属する。ギルドマスターは元は高ランク冒険者であることが多く、スキンヘッドでガチムキであることが多い。蛸入道と呼ぶべき案件。受付嬢は聞き上手な人が多く、笑顔で冒険者の眼を見て、話に興味を持っているという姿勢で、適度に大きいリアクションで、テンポよく相槌を打っていることが多い。そしてギルドの華ともいわれ美人や、可愛らしい女性がいることが多い。(ただ、再三再四の注意ないしは警告をしたにもかかわらず、口説く、デートに誘うなどのセクハラが確認された場合は、即刻冒険者ギルドを除名となる、)選考基準が存在するのだろうが、お淑やかな女性が多い。が、その昔は性格の悪い女性の職業だったというから絡繰りも見えてくる。女を殴れない冒険者たちの気持ちはよくわかる。試験官は現役の冒険者が務めることが多く、その多くはギルドお抱えの冒険者ということになる。さてフリースペースのテーブルで四人パーティが作戦会議をしているが、ルートについて意見が真っ二つに分かれているようだ。飲食スペースでは朝っぱらからエールと呼ばれる酒をかっ喰らっている、姿も見られる。おいおい、鶏が鳴いてまだそんなに間がないぜ。いや、仕事帰りだと信じたい。冒険者のもっぱらのギルドに来る目的といえば、掲示板に貼り付けてあるクエスト発注書のコピーを見ることだが、何やら複数人で取り合っている。そしてそれを、あまり見ない顔の冒険者が、遠目から冷ややかな視線を送っている。コミュ障でないと信じたい。とはいえ、仕事を求めて旅をして街に見ない顔がやって来るという例もある。海を渡ってくるとか、山を越えてとなるとそういう目的ではないだろうが、モンスターの強さを示す討伐度の分布には、ばらつきが存在するし、数十年前には仕事を求めて海を渡った冒険者もいたようだ。平和なのはいいが、平和すぎると別の仕事をしないと生活がままならない。冒険者ギルドでは先輩による新人マウント発言を、十か条のうちの一つとして禁止している。先輩風を吹かす、ランクの高さ、実力を誇示する風潮は何処にでもあるが、新人には迷惑きわまりなく、ましてや、切実な依頼者には一切関係ない。ついで掲示板に貼り付けてあるクエストの発注書を取り合うのも、禁止にすればいいとも思うが、しかしこればかりは冒険者の飯のタネである。とはいえ、薬草採取はまだいいが、猫探しもあるので、冒険者ギルドと言いながら便利屋、何でも屋と思っている人はいる。ただ、高ランクになると掲示板の向こうにある、もう一つの部屋に通され、ドラゴン討伐などの仕事もあると聞く。これはギルドの噂話である。高ランクというのは社会的ステータスを意味し、強者の権利だ。冒険者のランクはSを頂としてFランクを最下層とする。(が、SSランクや、SSSランクといったものも非公式に存在する、)獲物を呑み込んだ蛇の消化中のように中間層が膨れているのが、冒険者のランクといえば分かり易いだろう―――か。受付に群がっていた一団が手続きを終えて挨拶をし去っていくと、カウンターへと歩いていく。受付に立つ女の子は、眼が合うと微笑むのでドキッとしてしまう。強力に圧倒する、リア充にして陽キャ、モテオーラをまとう美の使い。チャームの魔法を人知れずかけられたのだろう―――か、輝くような美しいブロンズヘアーに透き通るような白い肌の取り合わせに、質素なメイド服をアレンジして作られた制服。もう一度、呼び水する為の作業を試みる。ふたたび、少女のように澄んだ碧眼を覗き込むと、「おはようございます、どんなご用件でしょうか?」と、愛想のよさそうな鈴なりの声が聞こえてくる。受付に立っているだけで冒険者の緊張を解してくれる受付嬢は、尊かった、そしてこれからIQの低くなりそうな、生きていてごめんなさいって言え、僕のチートバグアニメ動画が始まる。
2024年03月01日

468立ち入り禁止の廃工場。台形に切り取られた夜空。三角の窓。四角の扉。世界の妙に、歪な、不可思議な、傾き。「い・・・・・・や・・・・・・」眼の下をくまどるそばかす・・・。ジグザグな展開、様々な信号、視線の痕跡。青白い光が揺らめいている。氷山の一角の無意識的レベルの説明・・・・・・。「タ・・・・・・す・・・・・・ケ・・・・・・て・・・・・・」瞳のクローズアップ。明晰夢のような感じ。指がやわらかい蟹の甲羅。角膜の表面へのアップ。チーズが溶けて―――ゆく。よくわからない小さな橋を渡った。らんらんらん―――。らんらんらん・・・・・・。―――行方不明。声が聞こえる。胸が高鳴っている。混沌。ノイズ。名詞が、形容詞が、動詞が、接続詞が、ごちゃごちゃに入り乱れて、まりもみたいに・・・。(指の先―――)「・・・・・・行方不明?」金網の向こう。町はずれの。速射砲のような会話のキャッチボール。反応する義務はないが、愛想笑いしながら答える。十代の蜘蛛の巣のような薄膜状のヴェール。あやふやに生まれ、あやふやに消えてゆく、跡形もなく―――。「数年前から、たびたびあるのよ」―――アルのよ。(ミミからテがデる・・・・・・)(クチから、アシが、アシが、アシが―――)夜が来る・・・・・・。空気は蜃気楼にゆらゆらと揺れ動き、その先に見える景色が現実から引き剥がされそうになる。【寄生虫】みたいなもの。(「裂」)けたい・・・。コンビニの帰り。【刺激】が足り、な、イ。(「弾」)ケ、た、イ・・・。五分とかからない、か、ラ。焼却場、公衆電話、彼岸花、白い角砂糖のような建物である病院。その先に深紅に染め上げられた人工の構造物が現れる。非現実な―――アンバランス。唇がすぼまったり、横に広がったり・・・。蜜蜂を迎え入れた夏菊の花。異世界のような―――夜は濃いミルク・・・。ミ/ル/ク退屈しかもたらさない闇。何者かの気配を感じた、誰も、何も、いるはずのない、い、な、か、っ、た・・・。「帰ろう・・・・・・」何処か、か、ら。空気は重く、澱んで濁っている。象徴的に、濃密に――。「ァ、ァ、ア・・・。」キノセイ。キノセイ、だ。ぶんぶん手を動かし、その場から離れようとする。何も見ていないし、何も聞いていないし、何も知らない。ワタシハ。踏み出す一歩が、何百メートルにも感じられる。何千メートルにも感じられる。何万メートルにも感じられ―――る。らんらんらん―――。転ぶ。目がバッキバキで。餓えた獣―――のようデ。焦ったのがいけないの―――か。滑る。髪の毛が足に絡まっている。追いかけてくる、目に焼き付いて離れない。(どんどん近付いてくる、すごいスピードで、ありえないほどの速度で、)焦点が合わない、顔が地面にすりつけられる。 一突きしたら汁が流れ出るみずみずしいトマト。ヤメテ。イヤダ、ヨ。ァ、ァ、ア・・・。らんらんらん・・・・・・。手首に。(手に生命線が―――ナイ・・)首に。フィルムを逆に回した風景の波紋。「あ―――暗闇・・・。」プ―――つん・・・。ツウ・・・・・・。ツウ・・・・・・。ツウ・・・・・・。ツウ・・・・・・。―――行方不明。惰眠を貪っているのにも―――嫌気がさし・・。何度、連絡しても電話がつながら―――ない。スマホやテレビを見る―――気分にも・・・。(じ・ぶ・ん・の・つ・み・を・わ・す・れ・る・な)憤怒や苛立ち、愚痴や泣き言、言いようのないさみしさ。アイデンティティをギリギリ保ってる・・・・。地獄絵図のように彩色されている。部屋の中をあちこち歩き回りたくなる、不安。(行方不明・・・・・・)あんなことを―――言うんじゃ、な、か、っ、た。「(非常に思いつめてた眼をしているから言うけど、忘れろとは言わないが、なるべく気にするな)」《何か》にぶつかった。あんなことを―――言うんじゃ、な、か、っ、た。「(オマエのせいだ)」《何か》はスローモーションのように―――。やみくもに走っていた。物音や、ラップ現象。そのリアルな恐怖。その、圧倒的に何かを吸いこんでしまう、寂寥感。怯えているのか、わからないまま、走っていた。玄関のドアが叩く音。が―――。シタ。インターフォンを鳴らさない。警察、それとも近所の人―――だろう、か。らんらんらん―――。え?ドアスコープを覗く。活字が吸い込まれて―――ゆく。迷っている頭の中はそれでいっぱいだった・・。すうっ、と鍋が空中に浮かんだ。らんらんらん―――。立ち入り禁止の廃工場。台形に切り取られた夜空。三角の窓。四角の扉。世界の妙に、歪な、不可思議な、傾き。意識が飛ぶ寸前。思い出せない類の悪夢が不意に明晰になる。人影が見る間にムクムクと膨れ出して―――。人影が見る間にムクムクと膨れ出し、テ―――。「あ―――暗闇・・・。」―――アルのよ。(シルがデてくる・・・・・・)(シボりあげられてゆく、ナニかが、ナニかが―――) *467 The sky I once saw コックピットに乗って、鉄の翼を拡げた猛禽類の演武。 高出力エンジンのパワーを駆使して戦闘機動を行う。 頭のゴーグルをずり下ろして装着する。 (・・・・ランウェイ三四レフト。風向二四〇度、 風速四ノット。離陸後に通信切替、出発管制・・・!) バシュウウウウ、と一気に加速する。 報告が入る。敵味方不明を示すシンボルが六つヒットした 翼を鋭く翻す。 超音速の弾丸の如き戦闘機の奇襲に、 重たい爆撃機は反応することが出来ず、護衛機銃の弾幕も空しく、 数機が火達磨になっている。 (天塩をかけた作品があんな風に壊れてゆく・・・) 敵編隊の中へと突っ込んだ。 (馬鹿らしいと思わない―――のか・・?) 音を立ててひび入り、生き絶え絶えに、 その流路の妨げられる働き。 太陽の前で、蝋の翼をくねらせる。 <――敵機、飛来! ・・・・・・なんだたった一機か、たった一機で何が出来る> 傍受。 技師の友人と話した言葉が思い出される・・。 声は天使のファルセットのように優しく耳に流れ込む。 (プレスしたフィンをシリンダに常温で固定する方法はないか・・?) 全身の毛孔という毛孔から、内部と外部の食い違いを自覚する。 (フィンを除いた気筒の本体部分をあらかじめ鋳造して・・・、 はめ込み穴を作って―――) 深く戦争の無意味さを教えてくれた友人。 祖父がヒロシマに住んでいたらしく、原民喜を愛読していた。 人間というものの悲しさが浮雲のように頼りなく感じられる。 洗練と複雑化による秩序の枠で、開発の魅力、整備の魅力を語った男・・。 ジェットエンジンについて造詣が深すぎて、 酒を飲まなければ聞けないほど饒舌。 でも正直―――羨ましかった・・・。 (それだと、フィンと気筒の間にぐらつきが出る・・・、 厚みを薄くして最終部分で―――) 思考を停止する、集中しろ、と思う。 ―――眼に見えぬ重力の手に引かれ、 その加速から生じる暴力的な気流を全身で感じる。 五感を研ぎ済ませ、凶気しか感じられないような激震の渦中。 奥歯を噛みながら、愛機を左にロール回転させ、 雲海を頭上に見上げながら、ぴたりと回転を止めて背面飛行に移る。 操縦桿を握りしめ、ヘルメットに装着している、 ヘッドマントディスプレイに映るデータを眼で追う。 カメラ起動、衛星送信オンライン接続、 データベース照会解析へアクセス開始―――。 その時、割れた硝子のように覗いている空はおはじきのように見える。 その直後、寸分の躊躇もなく黒い雲海を突き刺すように、 機首を真下へ向ける。 様々な他の機能が盛り土のように盛り上がるカウンター・エリア。 起死回生の一手。 額に青筋を漲らせ、眦を釣り上げ、唇をひん曲げる。 世界が傾き引力が失われ。 たまらず肩から叩きつけられるような感じを覚え。 敵機が追撃ミサイルを撃って来る。数十発の乱れ撃ちを巧みな誘導。 こちらは機関銃を撃っているがはなから命中するなど思っていない。 こちらに出来ることは―――。 (訓練が思い出されてくる・・操縦桿の倒し方、タイミング、 教官にどやされながらいつのまにか眼を閉じていても、 右や左を見ていても、闇を見つめている・・・・・・) ―――心の中でそれは起こっているんだ。 高低差を利用しながら上へそれから真下へ錐もみをする。 追撃ミサイルはまだ追いかけてくる。 しくじればお陀仏と知りながら三半規管の揺れのさざなみ。 レコードからのサンプルに混ざったスクラッチノイズのような、 網膜に一瞬映り込んだ光・・・・・・。 顔の筋肉が緩むと頭の重さを支えられないような気が―――するんだ・・。 「(誰かを殺すのが嫌だと泣いていた同期がいる・・・)」 ―――答える義務を感じながら、何も言えなかった。 今日は何故か、色んなことを―――思い出す・・。 カメラがロック・オンされている。 タイミングを合わせている。 そこから機体を安定させ、一気に敵機の真下へと移動し、 キーンと耳が鳴る。 スロットルを最大まで押し込んだ状態で、操縦桿を手前に引く。 雲ベイパーを引き、しなる主翼と共に、 ふわりと一瞬上に持ち上がるような機動。 グッと唾を飲み込み、急浮上する。 敵機のパイロットの姿も見えた。 電車同士が行きかった時のように、 時が止まっているように感じられる。 傍受した声は恐慌状態になっている。 「機関銃の装備は必須だったな・・・・・・」 翼はどこまでも鋭く空を切り裂く。 足元から迫り上がってくるのを如実に感じたのだろう。 追撃ミサイルがそのまま敵機に直撃する。 木っ端微塵に弾け飛ぶ。激しい火の粉をまき散らしつつ、 吸い込まれてゆく。 底潮のような崩壊感覚が巻き起こり、通信に答える。 眼の中に、重く、鋭く、身の置きどころのない悲しみを見ていた。 白く濁った海原に呑みこまれていく。 離れているにもかかわらず断末魔の叫びが聞こえてくる。 やらなければやられる、という理屈も。 暴力とかいう復讐という感情すらも陳腐だった。 そんなもの―――そんなもの、どうでもよかった・・・。 ―――今日は敵襲によって故郷で亡くなった、 彼女の誕生日・・・。 *466orenoaneあたしは高校一年生、一つ上の姉がいる。どじで、小さくて、可愛い姉が。時々、鼻血を出してしまいますが、貧血のせいだということになっている、猛牛があなたを撃つ、居合いの構えでジリジリ近づいてきて、どの程度デキる奴か測ってくる感じ、でもね! あのね!倫理観ならもうブックオフに売った(?)妹たるもの、スマホの待ち受け画面、ロケットで姉を確保し、国の管轄外エリア、そう、プライヴェートエリア。朝の洗面所では歯ブラシを寝ぼけたふりしながら、"(あなたが)○○を××する"は、"○○があなたを××するへと倒置完了し、しゃこしゃこし、下着は間違えたふりしてよく着ます。音程のズレによって点数が左右されまくる、ダムの採点基準より、過剰なビブラートやしゃくりをするだけで、点数が取りやすいジョイサウンド、つまり―――これが本当のシスコン、世界を滅ぼしかけた(?)可愛い姉という生き物を思うたび、萌え萌え・・・ビィ〜〜〜ム・・・が炸裂する!コーヒーを入れて引っ繰り返す、机の角で小指をやる、コンピュータがモニターのあなたを見ている!性知識が小学生以下で、箱入り娘状態、お茶の間でテレビがラブシーンに突入したときの、家族みたいな動きをする両親尻目に、スーッ、ハーッ、スーッ、ハーッ・・・。し、死ぬ、なんという、破壊力、なんという破壊兵器、もう、天然記念物か世界遺産認定すべきだと思います。俺の嫁というのがあるなら、俺の姉というジャンルも必要です、Tシャツがあなたを着る!可愛いは正義(?)だからあたしは今日も、未成熟な姉の靴下を食べたり、ロリ体型の姉の下着を食べたりします。はく、かむる、たべる、つかう、観測範囲が、人間的良識範囲内である限りは・・、ってケースバイケースなんだよね、いちいち常識押し付けてこないでほしいヤフコメ、腕に蛇のタトゥーとか入れる感じのガールズトークな、天下布武があなたを敷く!この四点活用法(?)たとえば透けブラを見る。けれどそれは下着姿ではいけない。そこには「見えてはいけない」ものが、「うっかり見えてしまった」という、北斗百裂拳、ほぼ無制限、てか問答無用、何故? ホワット? ホワイ・・?予選から積み上げられた合計ポイントの上位三名が、最終決戦に進出できる、そのチャンスを棒に振るっていうの・・?正気なの、あなたは人間なの・・?ニット帽なんてかぶろうものなら静電気プラス湿気のコンボで、一瞬にして髪の毛ビッグバン覚醒(?)解説書と攻略法を並べてはしご酒するように、脱衣所のすりガラスのシルエット、どんな湿地帯もアマゾンも、エクストリームスポーツの前では、マトリックスのイナバウアーができる、シャワーの音という興奮の作用、それは夏休みの自由研究「シスコンそれはシュタインズ・ゲートの始まり」致死性の病であるが速攻吸収性による回復薬が存在し、それは腕についてる、デュエルディスク・・、その間、ATフィールドが発動する(?) *465北朝鮮のミサイルについて北朝鮮から日本へは、弾道ミサイルの可能性のあるものが発射されている。多くは排他的経済水域外に落下し、日本への直接的な被害はない。しかし昨年一年間で延べ三七回に亘って約七〇発ミサイルを発射した。その中には昨年一二月一八日に発射された、固形燃料用ミサイル「火星18」を含め三種類のICBM(五発)が含まれていた。北朝鮮は、一九八〇年代からソ連が開発した、「スカッドミサイル」の発射実験を行い、技術を蓄積してきた。一九九八年八月には、北朝鮮が開発した「テポドン一号」が発射され、津軽海峡から日本列島を越えるコースを飛んでいる。二〇〇〇年代に入ってから、ミサイル発射はさらに活性化。二〇二二年は毎月のように発射実験。このような行いに国際社会からは非難の声があがり、安全保障理事会も石油供給の制限という経済制裁措置をとっている。アメリカは北朝鮮向けのすべての品目の輸出禁止。それでも北朝鮮はミサイルの発射実験を止めない。それを紐解くには一九五〇年六月に始まった朝鮮戦争まで、歴史をさかのぼる。前提としてだが、朝鮮半島の歴史は高句麗、新羅、百済の、三国時代から国土の統一を目指してきた、ということを忘れてはいけない。北朝鮮と現在の韓国が、どちらが朝鮮半島の主権を握るかという、民族同士での争い。長年続く戦争になった理由は、大国が介入したからである。北朝鮮には社会主義のソ連と、その同盟国の中国が後ろ盾に回った。一方、韓国の支援にまわったのは、資本主義の大国であるアメリカ。つまり社会主義国VS資本主義国。一九五三年七月、北朝鮮はアメリカを中心とした国連軍と休戦協定を結ぶ。そして休戦時に戦線があった北緯三八度線を境界線として、今現在の北朝鮮と韓国とに分かれた。だがそれはあくまでも休戦中であって、終戦はしていないので、七〇年以上にわたって戦争中なのだ。これは資本主義と社会主義の構図でも同じことだ。資本主義陣営の韓国は経済を拡大し、豊かな国になり、しかし一方の社会主義陣営の北朝鮮は、発展が遅れ、貧しい国のまま。北朝鮮には外国に誇れるような新しい技術などの決め手がない。外交に武器がない。そこで武力を外交のカードにし、ミサイル開発と発射実験による威嚇ないしは牽制を行っている、というわけだ。北朝鮮は二〇二一年九月に、国防五か年計画を発表し、核戦力強化を図ると明言している。自国を守るという意味合いもあるが、核を外交の切り札にしようという狙いがある。もしアメリカの言うことを聞き、北朝鮮が素直に軍事縮小に向かったとする。そうすると、資本主義陣営のアメリカはその世界一の軍事力を背景に、「北朝鮮の自由化」を求める。そうなると独裁者にとって立場が脅かされる。いま現在北朝鮮では金一族による独裁体制が敷かれ、国民が不信感を抱かないようにと外国の出入り禁止をし、情報を遮断している。「北朝鮮の自由化」となれば国民は国外へ出たい。だから北朝鮮が軍事拡大する狙いは、アメリカとの交渉を有利にするため。だ。そしてミサイルを頻発する目的も、どれだけ危険な国かを証明するためだ。二〇二二年九月に、北朝鮮は核兵器保有国だということを、公式に宣言している。これは非核化について諸外国の交渉の可能性を最初から排除する宣言だ。一九六〇年代から七〇年代には、近距離ロケット砲。一九八〇年代から九十年代には、短・中距離弾道ミサイル。これは日本と韓国を射程圏内におさめる兵器で、準中距離ミサイル「ノドン」韓国や日本の都市に照準を合わせて、攻撃できる体制が整ったということだ。二〇一〇年に公開された改良型ノドンは、射程距離を約一六〇〇キロまで伸ばしている。これは沖縄の米軍基地も射程圏内におさめる距離。こうなってくると北朝鮮のミサイルは脅威だ。進化は止まらず、二〇二〇年には大陸間弾道ミサイル「ICBM」が公開された。火星17と呼ばれるそれは射程距離が一五〇〇〇キロで、アメリカ年を射程圏内にし、攻撃できるというもの。長距離弾道ミサイルは高い高度までうちあげ放物線をえがきながら目標地点を攻撃そうなると落下角度が鋭くなり、都市の上空で追撃して撃ち落とすことが難しくなる。だが、高度まで上がるのでレーダーに察知されやすい欠点がある。北朝鮮は、長距離巡航ミサイルの開発に力を入れる。巡航ミサイルとは、飛行機のように翼を持ち、低高度で目標へ真っ直ぐに飛ぶというもの。そのためレーダーに察知されにくい。さらに北朝鮮のミサイル運搬技術は世界でも高いレベル。二〇二一年の発射実験では列車に弾道ミサイルを積み、トンネルから出ると、列車の天井部分が開いてミサイルが発射された。この運搬技術があればレーダーに察知されにくく、いろいろな場所からの発射が可能だ。攻撃される側からすれば、いつどこから発射されるのか予測できないというのは、とてつもない脅威だ。日本はJアラートによって緊急情報を受ける。Jアラートに対応している災害は、「国民保護関係情報」「地震関係・気象の情報」の二つに分けられる。国民保護関係情報は、弾道ミサイル情報、航空攻撃情報、ゲリラ、特殊部隊攻撃情報、大規模テロ情報がある。着弾する可能性や攻撃された場合にJアラートが鳴る。それは二四時間、三六五日監視している、自動警戒管制システムJADGEのミサイルが日本に落下しそうだと判断した場合、発信する。JADGEのミサイル攻撃が来ますよと通達がきた場合、迎撃ミサイルがイージス艦に装備、舞鶴、横須賀、佐世保でスタンバイ。それが仮に外れても陸上自衛隊のパトリオットミサイルが「PAC3」がある。この二段構えで、迎撃する体制を取り日本の安全を守っている。とはいえ、ミサイルを外交カードとして使う以上、それはまだ最終段階ではない。つまり核や化学兵器を搭載して遠くまで飛ばすことを目的としているからだ。北朝鮮にはVXガスがある。VXガスは人類が作った化学物質の中で、もっとも毒性が強い物質の一つといわれるもの。体内に取り込まれると数分で突発的な痙攣を起こし、心臓が停止する。こういう化学兵器をミサイルの弾頭に搭載するとどうなるか?迎撃されても空中にガスが攻撃目標に大きな損害がでる。それは卑劣な地雷のようなものだろう。だが北朝鮮がそれを実行する可能性は「かなり低い」ロシアとウクライナの戦争のように攻撃を仕掛けたロシアには非難の声があがり、制裁を受け、北朝鮮が日本に攻撃を仕掛ければ「報復」される可能性が高い。北朝鮮を攻撃する大義名分ををアメリカに与えてしまうことになる。そうすれば北朝鮮は追い詰められることになる。自らそういうリスクを起こすとは考えにくい。だから日本に落とさないように細心の注意を払いながら、ミサイルの発射実験をしているといっても過言にはならないだろう。しかし、絶対に攻撃をしないという保障はない。労働党中央委員会総会で金総書記は、北朝鮮の今年の闘争方針を打ち出していたが、米国に対して金総書記は、「朝鮮半島地域の情勢不安定を誘発させ、引き続き悪化させてきた米国は一年が暮れていくこの時刻も、我が国に対する相異なる形態の軍事的威嚇を加えている」との認識を示した上で、「敵(米国)が何を企もうとそれを超越する超強硬対応で、いかなる選択をしてもそれを圧倒する強力な実力行使で制圧していく」と、強対強、正面勝負の対米・対敵闘争原則を貫くとし、今年も米国とは一切交渉せず、断交状態を続けていく意思を鮮明にしている。これも色んな読み方があると思われるが、二〇二三年、九月一三日には、ロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金総書記が直接会談を行った。そこで金総書記は「プーチン氏のすべての決定を支持する」とまで強調している。ロシアが北朝鮮の宇宙開発を支援し、北朝鮮からロシアへは武器供与などで合意となった可能性が高い、とされている。ロシアと中国の後ろ盾がなくなれば経済活動もままならなくなる。それは独裁体制の維持にも影響があり、ロシアの意向には逆らえない。そしてロシアはウクライナとの戦争で極限にまで追い詰められた場合、北朝鮮を動かし、核兵器を使い資本主義国へ攻撃を仕掛ける、というシナリオもゼロではない。個人的には様々な思惑や条件が重なるようなことよりも、その前提となっている緊張状態が引き金の直接的要因だと思う。それを取り払えない以上はどんなことでも起こりうると言わざるをえない。北朝鮮は建国以来、政権は三代変わっても、本質的には何一つ変わっていない。さて今年は北朝鮮が何発ミサイルが飛ぶのだろう―――か。 *464泥人形ゴーレムとはユダヤの伝説に登場する、土でできた人造人間もしくは泥人形のこと。ヘブライ語で、「無形」「胎児」を意味する。十六世紀のプラハで、ユダヤ教の宗教的指導者である、ラビのユダ・レーヴがゴーレムを作って、ユダヤ人に対する攻撃を防いだという話がつとに有名だ。「形成=編成の諸規則の考古学的分岐は、画一的に同時的な一つの網ではなく、時間について中性的なさまざまな関係・枝脈・派生が存在する」という中村雄二郎の難しすぎる翻訳が思い出される。局所的最適化に走りがちな日本の風土における蟻の穴のような言葉。ゴーレムはヴルタヴァ(モルダウ)川の土から出来ていて、ラビのユダ・レーヴを唯一の母とした。主人の命令には忠実だったが考える能力に欠けていて、水を汲んでくるように言った時は、街の半分を水浸しにしてしまった。ゴーレムの噂を聞きつけたスペインの将校は、ゴーレムを軍に加えたいと大金を積んだが、悪用されることを恐れて断り、土に戻してしまった。現実には巨悪より小悪党の方が厄介だ、インターネットにおける誹謗中傷罵詈雑言はその証明をしている。ところでこれはルドルフ二世から始まる文脈なのかも知れない。ラビのユダ・レーヴこと、イェフダ・レーヴ・ベン・ベザレルは、ルドルフ二世を聴衆に加えた説教をしている。その時、皇帝が熱中していたカバラに関する話題だ。ルドルフ二世は政治にあまり興味を示さなかった。その代わり文化を大いに奨励した。音楽に絵画や植物学や動物学のほかに、天文学とりたてて占星術、また錬金術やカバラに強い興味を示した。そしてこの街プラハは危険なもの、不穏なものを隠したような、過去の栄光に満ちている。いいですか、十六世紀という時代には、まだ魔術と化学の境目がはっきりせず、物質の変化といえば化学ではなく錬金術の世界だった。そして何故だろう、僕はアールデコの寵児、エルテという生粋のロシア人のアーティストのことを、思い出してしまう。二つの変数x、yがあって、xの値が決まると、それに対応してyの値が一つ決まるとき、yはxの関数である。僕はそこにプラハの不思議な幻影を見たのである。僕は不意にルルスという十三世紀のカタロニアで、神秘体験をした学僧のことを思い出す。ムスリムなどの異教徒をキリスト教に転信させるため、「アルス・コンビナトリア」という思索連合術のような方法の開発に取り組み、六系列からなる一種の範疇表を作成して、そこにBからKまでの九個の文字を用いて、絶対的述語、相対的述語、問い、主語、徳、悪徳などの、プラトン的な九個の範疇を図形的に動かそうとした。 そのうちの絶対的述語と相対的述語は、字母Aと字母Tの円に配当されて、概念が主語から述語へ、述語から主語へ置換できるようにした。驚くべきは、第四図と称されたクアルタ・フィグラが、三つの同心円で構成されていて、そのうちの内側の二つの円が回転することによって、三個ずつの文字のすべての組み合わせが得られるようになっていること。ルルスが開発したのは、限定されたいくつかの用語を使っての、あらゆる問いに応じ、そこから各種の学を構成することが可能な、「ローギッシュ・マシーネ(論理機械)」だった。思考改進のための演算器とでもいえばいいだろうか。スペインからイタリア・ルネサンスへ、フランス・イギリスへ、そしてそれらが瀘過され尾鰭をつけて、ついに最も濃いものがドイツへと波及した。その資料と資料のあいだに沈みこんでいた、社会や文化の動向に無意識的ともいうべき構造を、見いだせるようにすることが、フーコーの「知の考古学」とはいえ、認識には限界があり、認識は何によって認識されるかといえば言語で、この認識というのは言語の構造そのものを鏡の矛盾とする。暴力を必然化する起源がそもそもは「文明の初動」や、「神との関係」から生じていた。世の初めから隠されたこと、それは暴力の正体と欲望の本質だ。「神」(God)に大文字が付いていることや、主君に対する「しもべ」を「僕」とあらわすということを、われわれは歴史的には訂正できない。historyにstoryが入っていること、「ものがたり」に「もの」が入っていることも拒否できない。さてゴーレム伝説にはユダヤ神秘主義が深く関わっており、ゴーレムを作れる者はラビのみで、作る過程では宗教的な一連の儀式を伴う。そのもっとも特徴的な儀式は、虚実皮膜ぎりぎりの中心、言霊思想と大きく関わっている。形成された土人形に生命を吹き込む際に、その額にヘブライ語で「真理」を意味する四字を刻むこと。逆に生命体としてのゴーレムを機能停止させるには、四文字の内の一文字を削り取り、残る三文字がヘブライ語で「死」を意味すると、ゴーレムは土に戻される。ユダヤの人造人間ゴーレムは、その存在が言葉と不可分という属性を賦与されている。ちなみにチェコ映画『巨人ゴーレム』や、『轟轟戦隊ボウケンジャー』『ナイトウィザード The ANIMATION』ではこの設定が採用されている。ところで世界のゴーレムファンに教えなければと、思って書いているのだが、モンスターファームのゴーレムというのは、「でこぴん」をする、これがもう信じがたい威力である。「竜巻アタック」にいたってはゴーレムを、ロープをのぼる蛇のロボットもしくは、レゴの親戚とでも思っているのか、身体のパーツを分離させて竜巻となって襲い掛かり、相手をグシャグシャにかき混ぜるというド迫力の技。でもそんなことに僕はいちいち喜んでしまうのだ。ゴーレムと関係ないが、プラハと言えばカフカだ。そのカフカがプラハについてこんなことを書いてる。「ぼくたちの内部にはまだ薄暗い片隅が息づいている。秘密めいた路地、曇った窓ガラス、薄暗い中庭、騒がしい居酒屋、無愛想な食堂が。ぼくたちは改装された街の広い大通りを行く。けれどもぼくたちの歩みと眼差しは不確かだ。心の中ではぼくたちはまだ震えている。悲惨な旧い路地にいるように」 *463イフユーライク君の価値は何打?代打。(その、感電感電状の、)生きている意味、つまり、労働の開始と終了を知らせる鐘、安楽から浄土へのランデブー、ドゥユーリメンバー、あす?―――「安定した世界の絡繰り(へ、)」そうだね、まあ、一つ言えるとしたら、葛藤が途絶えた、疾風怒濤の言わぬがフラワー。天井の地面から歪む畦道が見えてきた、残響性の踊り織り成す折り紙のような、(ランダムランダム状、)ストーンの上にスリーイヤーズ、言っちゃうよ、一寸先はダーク。フェアじゃないことはマウンテンのよう、世界はペテン、焼け石にウォーター。ヘイ、君は何の為に生きる?―――「新しい砂漠の案内人になる(さ、)」そして、裸の付き合い。もうね―――もうさ、隠すものがない、スリーデイズヒップにファイヤー。真理とはいつの時代も、ミッドナイトアンダーグラウンドサンシャイン。まるでナスカの地上絵、吐きそうな作家を思い浮かべるカフカの海辺、類のフレンドコールインフォメーション、(落ちてく光と落ちてく闇のエターナルモード)九兆回転してる、マリワナ海溝でも、ムー大陸でも。―――「即興即興即興劇(さ、)」きれいごとから、瓶詰の天使が生まれて、それをプレス機にセットするのさ。あばよ、って言ったら、もう殺さないでねって子供が言うのさ。(ああ、詩のよう、教訓のよう、物語のよう、)って勝手にホラーにするんじゃねえよ。って勝手に物語の方向性を変えるんじゃねえ!―――「遺伝子組み換え技術なんだよ」リズムに乗って左右に揺れ始める、レントゲンサーチライトから、浮かび上がったゾンビ徘徊の深夜二時。言うね、藪からシーラカンス。もどがしいから、ミサイル。(無価値無価値の行進、)無限を感じさせる天体の軌道のような弧線を描いた、社畜、地上の監獄、豚小屋、掃き溜め。それは、寝耳にウォーター。狂おしいほど、バズーカ。―――「届かないから美しいはずって(ね、)」「殺してみたらわかるよ、だから空を見上げて微笑んで、澄んだ眼をしていた―――んだ・・」君とカフェでお茶でもしたいよ。砂糖を入れてミルクと。(その、感電感電状の、)ふわふわのパンケーキと。鮭もいないのに。猫つれて。よんどころない事情があって。―――「海へ(へ、)」殺しにきたぜ、アイラブユー。バイ、愛しい人。“続いてる、終わらないんだ・・・”アデゥ、愛しい人。“A4サイズの書類が入るバッグの中・・・・・・” *462花の迷路花の薫り花の夢花の障り花の揺れ一つ一つを星にして一つ一つが生まれて消え陽に病み死に化粧をしてうしろすがたが火になるまでの時間花の溺れ花の国花の迷路に花の中靴箱に吐き捨てられてゆく文字列川のようにおしながされ一つ一つを星にして一つ一つが生まれて消え *461水族館待ち合わせ時間十分前。日の光を浴びる、チェッコ・ボナノッテの彫刻のような人々。車が停車する。マフラーがアップになる。フロントガラスアップ、ハンドルに寄りかかりながら頬杖をつく。水族館へ来た。入り口のところで、彼女がそわそわしている。イソギンチャクに寄生するカクレクマノミ、カクレクマノミは一番でっかい魚がメスになる。残りは全部オス。そのメスが死んだ場合、二番目にでかい魚がメスになる。性転換という概念が打ち砕かれるような話だ。何処かで読んだ。待たせたと言ったら、手をあげて、不良のように肩で体当たりしてきた。無口で、恥ずかしがり屋だ。LINEは普通だが、典型的なコミュ障だ。隠そうとすればするほど可愛い、不思議な性質を持ってる。けれど、嫌われてるわけではないとわかっているから、というのはある。慣れるとよく喋るらしい。水中の世界の不思議な美しさ、色と光と音楽のハーモニーだ。水族館のチケットは、館内のかわいい生き物達の写真が、数パターンでプリントされてる。受け取った。こっちのと見て、自分のと見比べる。欲しいのかも知れない。あとであげよう。ふっとカピパラを思い出す。水族館にいるのだが、水掻きが得意らしい。思考はチェック・インした鍵になる。西洋絵画のように優雅な水族館。ほのぐらい灯が、アクリルガラスの向こうの波のように冷たく揺らいでいる。ここには季節がない。(そこが、ロンドン橋でも、アレクサンドリア大燈台でも、―――心の中の一番大切なものと向き合う時、)それは3D映像やドルビーサウンドの臨場感と同種の、イリュージョン的な効果を持っている、『“フレーム”に入らなくなった自分を探す』・・。トンネル状になった水槽。カタログにあるような名前も知らない魚。(逆方向、ローアングルで撮った二―・ショット。時計 の 針 か ら ――― じ っ と ・・波音 を 辿 る ・・)淡水魚、深海生物、くらげ、イルカとペンギンコーナー。アシカやマンボウ。太平洋と大西洋、熱帯雨林に南極大陸。シャチのことを思った。シャチはサメやイルカやあざらしなんかを、食べてしまう。場合によっては水族館中の生き物を、全部食べてしまうかも知れない。タツノオトシゴは小さな甲殻類を吸い込んで食べる。そしてタツノオトシゴは、オスが出産する。約二〇〇〇匹を。“敵”―――“障害物”誰かを守るってどういうことなんだろうと考えて―――いた。付き合う、一緒に生きてゆく―――とは・・。何度も耳にした、口にした彼女の名前・・・・・・。(あの手の感触、唇に触れた時の感触・・)(何一つ違和感がないのに、ハッキリと覚えているのに、)彼女は見る角度を変えたり、踊ったりしていた。・・・・心は満たされることと虧けることを繰り返してる、プランクトンという言葉が浮かぶ。プランクトンは泳がなくて基本的に漂っているという括りで、そこではくらげも、マンボウも、プランクトンということになる。南極が沙漠みたいな言い方だ。あのくらげのふわふわした動きは心臓の拍動―――。立ち止まってじっと見たりしている。 ―――さしづめいまの僕は<レゴマスタービルダー>か、<プロの金庫破り>なんだ・・。ポケットに手を入れながらペンギンにウィンクしている。螺旋の夜空の壊れた頁のまま、僕は彼女の一喜一憂する顔をずっと見ていた。時々視線に気付いて、後ろを振り返り、ぷいっと顔を赤くして眼をそむけ、バッグを投げてくる。恋人らしさは遠いのかも知れない、保護者面は全力で拒否される、でも、好きな人をじっと眺めていたい気持ち、だ。楽しいから透明なドアを開ける―――。 *460everest climbingヒマラヤ山脈に聳えたつ最高峰、エベレスト。この頂にのぼらんとする登山家は毎年後を絶たない。実はノアの箱舟実在をしめす超大陸の痕跡がある場所で、UFOの目撃情報もある。イエティの足跡の話は有名だが、熊である可能性もあるそうだ。そんな八八四八メートルという壮大な高さを誇エベレストの山頂は、人が容易に踏み入れるべきではない過酷な場所。もちろん険しい地形や雪崩。経験豊かな登山家であっても予測不可能な天候やわずかな油断が、致命的になり、絶対に下山できる保証はまったくない。何しろ三〇〇人以上が死んでいる山なのだ。エベレストはヒマラヤにあり、いわずとしれた世界一高い山だ。(海に沈んでいる部分も含めると、地球で一番高い山はハワイ島にあるマウナ・ケア山だし、宇宙では標高二万メートル超えの太陽系最高峰「オリンポス山」が控えている、)生涯の目標にする登山家も多い。実際、長期間のトレーニングは欠かせないし、精神力も必須だ。エベレストの難易度は低いという話があるが、エベレストの登頂成功率は過去三十年で二倍になったこと、一九九六年後月に嵐が原因で発生したエベレスト大量遭難事故以降、エベレスト周辺の天気予報が劇的に改善され、登頂者がより多くの情報を得られるようになったことが要因の一つで、人気のあるルートはしっかりと開拓され、登山用のロープも配備されている登り下りが非常に楽になっている、こういうところからの意見ではないだろうか。だが、登頂成功率に比べて死亡率はまったく変わっていないという事実。もちろん登山に必要な技術という観点だけでみれば、エベレストより、高難易度となる山が多く存在することは間違いない。しかしそれはあくまでも必要な技術にのみ着目している上に、そもそも標高の高さから来る危険が大きすぎる。そして必要なのはトレーニングだけではなく、現実的にはかなりの額のお金が必要となる。まず山に支払うための入山料。多くの人が入山するネパール側の場合、二〇二三年には、一万一〇〇〇ドルとなり、これが百五十万円以上。二〇二五年には一万五〇〇〇ドルと、大きな値上げが予定されている。エベレストの麓に行くまでの旅費も必要であり、テントやブーツ、防寒着などの登山用具なしでは登頂など夢のまた夢。ほとんどの場合酸素ボンベも複数必要となり、呼吸同調酸素供給調節器を使うと時間が二倍や三倍に増えるが、こんな物を持っていく人はいるのだろうか。現在は単独での登頂はネパール政府により禁止されているため、付近に住むシェルパのガイドも必須。二種類ほどいて、荷物運びをする人と、高所でのガイドを出来る人がいる。これにより合計費用は六百万から一〇〇〇万円以上は、かかることは覚悟した方がいい。場合によっては三〇〇〇万円以上となることもある。こうなってくるとエベレスト登山というビジネスである。しかし安全を期すならこの値段もけして破格ではないことがわかるし、逆に言ってしまえばお金で安全を買うという言い方も出来る。お金もそうだが、登山にかかる時間は一か月以上にもなるため、おいそれと挑戦できるものではない。こういう前提のもと言うのだが、シェルパのガイドは世界一の登山者揃いで、カミ・リタ・シェルパさんは二十七回も登った世界記録を作っている。なお、シェルパは少数民族の名前で、ガイドとか職業ではない。さて、人間の身体はエベレストを登る時のような、急激な気圧の変化についていけないことを、多くの人がご存知だろう。多くの登山者が最初の拠点とするベースキャンプは、標高五四〇〇メートル。この時点で日本の富士山頂よりも高く、気圧は海抜〇メートルと比較しておよそ半分。気圧が減少するということは、人体に必須である酸素もそれだけ減少する。仮に人間が突然気圧が半分となるような環境に放り込まれた場合、すぐに酸素不足に陥り、場合によっては気絶する。登山者がそれでも平気なのは、人体の酸素不足を検知することにより、酸素を身体中に運ぶ赤血球の数を増やしたり、より多くの血液を循環させようと心臓の鼓動が速く変化するためだ。通常の呼吸回数は毎分二、三〇回だが、これが八〇回や九〇回にまで増える。一説には枕を顔に押し付けて坂道を全力疾走している状態。様々なルートがあり、計画通りにいくとは限らないが、標高約五三〇〇メートル、次が六〇〇〇メートル、その次が六四〇〇メートル、次が七〇〇〇メートル、そして八八四八メートルの頂を目指す。また、食事は高所へ持っていくためフリーズドライが多い。インスタントラーメンを持っていくこともあるそうだ。さて、前述した反応は数日や数週間経過しないと発現しないため、必然的にベースキャンプに辿り着くまでも、そしてそれ以降も、ゆっくりとしか進めない。急いては事を仕損じるという言葉があるが、山ではどんなに準備をしていても天候の影響で進めないこともある。また一般的にキャンプを出発し、より高い標高まで一時的に進んだあと、その日中に再びキャンプに戻り、身体を薄い空気に慣れさせるということを、何回も繰り返して最終的に山頂を目指す。現代人は合理的で、なるべく早くを欲するものなので、その感覚するといささかクレイジーな感じもするが、そうでもしないと人体が耐えきれない。だからベースキャンプに到達してから、エベレスト山頂まで、一か月かかることも珍しくない。しかしそれでもエベレストの魅力は多くの人を惹きつけてやまない。二〇二三年には、約六〇〇人の人間が山頂に到達している。ちなみに内訳はは、登山者が約二五〇人で、シェルパのガイドが約三五〇人だ。記録が残っている限りでは、登頂に成功したのは現在までで六〇〇〇人以上。近年においては、エベレストは観光地化が激しく、山頂付近は多くの人が列を作り、非常に混雑していることもある。これはエベレスト山頂のベストシーズンは五月下旬のせいぜい数週間と、非常に限られているのに加え、ベストシーズンにおいても、天候が良い日でないと山頂を目指すことは難しいという事情がある。そのため年によってはわずかな晴れの日を狙って多くの人が、登頂を試みることで、山頂付近の大混雑を招くこともある。これはエベレスト山頂の環境の過酷さの裏返しでもある。標高八八四八メートルでは気圧は海抜ゼロメートルと比較して、三分の一しかない。五月の平均気温はマイナス二五度。風速は二〇メートルを超えることもしばしば。賢い人は知っている通り、温度と体感温度は異なる。もちろん嵐などではマイナス二五度よりも下回る、極寒である。極寒の地では脳や内臓に血液が集中し、手足があっという間に凍傷になる。少しでもベストシーズンを外すと頻繁に嵐が吹き荒れるようになり、新幹線より速いというジェット気流が襲い掛かる。しかしベストシーズンであっても夕方以降は嵐が発生しやすいため、午後二時以降の登頂は基本的に避けられている。近年ではエベレストを軽く見た人が経験不足のまま登頂に挑戦し、命を落としてしまう事例が多発し、問題視されている。とはいえ、登頂者は専用の高所用ウェアを着込み、酸素ボンベをする。頂上のアタックには身体の負担を減らすため最低限の装備しかできない。エベレストの山頂付近で最も心配しなければならないのは、酸素不足。エベレスト登頂を目指すには徐々に高度を上げていかなければならないが、一般的には標高七五〇〇メートルから八〇〇〇メートル以上では、「慣れる」ということが不可能だと考えられている。この領域はデスゾーンと呼ばれ、身体が少しずつ死に向かっていくと表現される。この領域での滞在時間はなるべく短くすることが鉄則で、酸素ボンベを抱えていくのも悪い考えではないが、今度はボンベが空になった時に身体が薄い空気に対応しきれないことがある。もし山頂付近で長く過ごしすぎた場合、高地肺水腫や高地脳浮腫となり、席や頭痛に襲われるかも知れない。酸素が圧倒的に足りていない中、心臓は懸命に全身に血液を送ろうと拍動する。しかしそれにより血圧が上昇し、その影響で、肺の中に水が溜まる。そうなると余計に酸素が足りなくなり、あなたの身体は急激に衰弱していく。脳に酸素を送ろうと脳内の血管が拡張することにより、脳が腫れるのが高地脳浮腫。発症すると最初は頭痛や気分の変化などに始まり、最終的には意識障害なども生じ、立ち上がることすらできなくなってしまう。ここまでくると、救助なしでは命を落としてしまう。そしてその救助が存在するのかどうかが問題。標高八〇〇〇メートル以上においては、ヘリコプターなどの乗り物での救助が難しく、人力に頼ることとなる。しかし他の人にとってもこの環境は命に関わる。賛否両論はあるが、救助が必要そうに見えても、眼を瞑ることもしばしば行われている。だが、命の危険が眼と鼻の傍にあるデスゾーンで、他の人を助けるなんていうことはまず出来ない。一般的に登頂を目指す登山者は一九キロの荷物を背負う。身にまとう衣類約五キロ、身につける装備約六キロ、ザックに入れる持ち物が約八キロ。テントや酸素ボンベなどで総重量二〇キロを超える。またヘリコプターの救助も現実的ではない。ヘリコプターがアクセスできるのは六四〇〇メートルまでで、それ以上になるとまず不可能だ。山岳救助におけるヘリコプターには、高度な操縦技術が求められる。運悪く誰にも救助されなければそのまま酸素不足と、低体温症で命を落とし、登山は終わる。デスゾーンでの死者が頻発する以上、救助は九九パーセント不可能だと思った方がいいだろう。エベレストの山頂付近では一年中氷点下を下回る。エベレストほどの標高がある場所でさえ、人間の痕跡が凍結したまま存在していて、細菌が残っているという研究データがある。そう、この遺された遺体は、冷たく凍り付き、腐敗もほとんど進行しない。エベレストで命を落とした登山家のうち、その多くは遺体が生前そのままの姿で残されている。蝋人形のようだとも言われる。多くの遺体はそのままエベレストに捨て置かれ、場合によっては登山する人に目撃されるようになる。 *459アイヌ札幌、知床、小樽、富良野。これら北海道の地名はある言語が元になっている。ちなみに、ラッコや、シシャモ、トナカイもそうだ。これらの言葉はある言語が由来している。北海道の地名だよな、北の国からだよな、―――そう、アイヌ語だ。伝統的なアイヌ民族は文字で言葉を表す文化を持たず、そのため彼等の立場で書かれた歴史的記録がなく不明な点が多い。のちに日本語の仮名文字で記されるようになったが、本来であれば音だけで伝えられるアイヌ語を話す者は一握りしかおらず、消滅が懸念される危機に瀕する言語である。とはいえ、YouTubeにはアイヌ語を紹介する動画や、アイヌ語弁論大会、かなり貴重な音声記録を紹介するものなどもある。興味を持って東京と札幌にアイヌ文化交流センターがあるのを知ったのは、そういうことだ。でもアイヌ語は確実に失われてゆく言語だ。語学を修得してもそれがアイヌ語を話しているだけにすぎない、という見方もやはりあるだろう。それでも残すというのは多かれ少なかれそういうものだ。アイヌと聞いて、ゴールデンカムイを想像する人もいるだろう。漫画の情報伝染普及力は凄まじい。また、ウポポイ(民族共生象徴空間)がオープンしたことで、興味を持つ人もいるだろう。しかし評判はあまりよくない、展示物が出鱈目で、アイヌの人が怒っている。なおかつ、いいところしか見せようとしない、と。日本にはすばらしい文化多様性がありますよと立派な旗を揚げて、観光客がたくさん来てくれれば北海道が儲かる、という仕組みを作りたいという意図もあるのだろう。儲けを度外視すると正常ではないし、儲けに走りすぎると敵を作りすぎる。テレビ番組で意図せず、アイヌ民族の差別発言があったりなど、認知度にはばらつきがある。知らないということがいい方向に働いている場合もあるし、もちろんそうではない場合もある。これで思い出したのはテレビ番組のことだ。日本のテレビ番組はサービス精神が旺盛で、実のところ、世界的に見ても質が高い。ただ、今現在のテレビ番組が面白いかどうかは別として、だ。日本のテレビ番組は世界だ一と日米二か国で番組制作に携わった、ディレクターは言う。ただ、それがヤラセなどの問題を生んだ。制作現場の構造的な問題と視聴率が与える強いプレッシャーは、捏造ともいわれる過剰な演出に行き着く。メディアリテラシーの教育も本当は必要だ。いまはビデオジャーナリズムという考えもある。いずれにせよ、プロの人達が作るものだけではなく、素人の人達もまた作るも、敷居の低さ、手軽なものになりつつある。その為に、迷惑系ユーチューバーが誕生し、スシローペロペロ事件のようなことが多発する。でもテレビ番組だって通ってきた道である。組織か、個人の違いだけだ。そしてその要因は「手軽な面白さの追求」からきている。テレビでは時期を外すと賞味期限切れのものは放送されない、けれど、素人の間ではそういう制約は存在しない。無難なもの、手間暇をかけないものは中身が薄くて、つまらない。でも凝っていれば面白いのか、専門用語さながら、一般的理解を拒むものをバンバン使えば、それはもう学術番組の延長線上にあって一般の視聴者が敬遠するものだ。とはいえ、どちらが正しいとか間違っているということはない、それを必要とする側にとってどちらも正しいのだ。カメラの機器は高性能でも手が届く金額だし、スマホで撮影する人もいる。関心領域を深めたい、発信したいという情熱さえ持っていれば、おそらく本当に誰でも様々な情報を伝えることができる時代だ。企画があって、提案があり、リサーチをし、取材交渉をし、構成をし、ロケハン、そしてロケ、編集、MA(ナレーションや、音楽の挿入)最後に仕上げで字幕やテロップ、エフェクトを加える。公開手法にあわせて編集ソフトからビデオテープや、DVDなどへ書き出す。最初はもちろん上手くいかない、失敗もある。また大多数は人真似で、独自性が低い。けれど模範となるべきものを見つけるプロセスを経て、洗練され、質は向上する。今後面白い切り口のアイヌの動画を拝見する機会はあるだろうなと思う。とはいえ、それが差別や偏見を助長するものであってはいけない。現代アートにもアイヌの伝統技術が生かされていたり、もちろん、アイヌの伝統的な衣装や、文様は独特で美しい。でもそれだけではない、そこには知恵や食文化がある。アットゥシは木の皮の繊維で作られていて、それもすごい技術だ。チェプケリという鮭の皮で作った靴などは、どういう発想の仕方をしたのだろう。冬眠前の熊が残した鮭の一部を、再利用できないかとでも思ったのだろうか。そんなアイヌ民族の集落がある。約三六戸、約百二十人が暮らしている。釧路市阿寒町、阿寒湖畔に位置する「阿寒湖アイヌコタン」だ。差別や偏見という問題を抱えながらも、観光客は欲しい。見る限り全部木造りだ。カヤや、白樺を用いたアイヌ民家は、縄文時代に触れたような不思議な懐かしさがある。小さな家を意味するチセの中では、家族が座る場所、お客の席、寝る場所が決まっていたらしい。ここではアイヌの家庭料理が食べられたりする。さて、ルーツは北海道にあるアイヌだけれど、今現在では様々な事情から北海道に住んでいる人もいる。家庭の事情、差別を逃れてというものだ。明治以降非常に貧しく独自の文化を制限され、中世以降、和人との間に交流や争いなどがあったことなども、知る人もいれば知らない人もいる。北海道に次々にアイヌ由来の地名に漢字があてはめられ、アイヌと呼称されることはなく、「旧土人」という言葉が使用された。一九三〇年に入り、当事者のアイヌ自身が結成した組織の自称は「北海道アイヌ協会」カタカナ表記の「アイヌ」が採用され、一九六一年から二〇〇九年三月末までは「ウタリ協会」を使用するも、二〇〇九年四月一日からはふたたび「アイヌ協会」に復称している。内閣府の世論調査でアイヌ民族がいることを知っているかで、三千人ほどに聞いた。知らないが六.二パーセントで、知っているが、九三.六パーセントで、無回答が〇.二パーセントだった。 *458それは何故か?僕は一度考えると、それを論理的に突き詰めるし、場面を何度も思い浮かべて状況を整理し、心理を追及する。僕は自分の思考の癖、イメージの癖についてよく考える。たとえば困った時や、ぼんやりしている時は、子供の頃に通った道を何千回も頭の中で通ったり、夢の中の記憶を思い出したり、する。多分、それは酩酊感を伴う、深い集中状態にある。時々思い出す、二十代の頃の不思議なことがある。そういうシチュエーションって、突発的に起きるものじゃない。多分あれはすごく不自然なんだよ。でもそれは起こった、つまり、その人は、幽霊の声が聞こえたとか、何か予知ができる人だったんじゃないかと思う。あるいはその範囲にあるようなこと、駒のような配置が、確実に、そこにはあった。漫画のようなメリハリ、コマ構成を変えながら、人物のピックアップ、すなわち、心理の追求。でもすぐ訂正する。僕は可能性として、仮説として、立ち上げる。次に、因果というか、行動次第で状況が入れ替わるようなことって、しかもそれが数分後っていうのは、まあ、初めてだった。僕は答えを間違えると思う。ただ、間違えた答えに付随する正しい答えをその時に見る。僕はそういう時に絶対に直感で答える。そしてそういう時の答えは絶対に外れない。僕は表情を記憶の中の人物群と当てはめ、それに近い話を類似のものとしてねじりこむ。ここだけの話さ―――。うん、ここだけの話・・・・・・。本当に優しい人って僕は、見たことがないし、まず、存在しないと思ってる。色んな言い方をするし、僕は僕にだって、様々な立場や肩書の中で仮面遊びしているにすぎないけど、社会人、一人の人間としては、可能な限り、もしかしたら多くの人が思うよりずっと優しい人間だろう。でもそれは僕の修行にすぎない。僕は優しさと見えないし、そんな風には絶対に処理しない。人が勝手にどう思おうと、僕の心は変えられない。優しいということは、弱いことだし、八方美人とか、リスク回避しているだけ、とも言える。僕はそういう想定の仕方をする。きっと僕の心には鍵が掛かっていて、誰にも開けられないんだ、そういう風に思うこともある。あるいは、みんな、自分自身については、そんな風に思うのかも知れない。僕は叡智の詩人で、駆け引きのできる詩人で、物事の奥まで突き進む。僕の神経が人よりもずっとデリケートだからだろう。それはわかるよ、何となくね。でも人の心まではわからない、それは推測だし、想像だよ。でもたまに僕は変なことを考えることがあるよ、心のあるなしっていうのはわかるよ、でも生きているか死んでいるかも、究極はわからないんじゃないかってね、哲学とかじゃないけど、人であって人じゃない可能性も、僕等には読み取れない。だったら、心があることと、見えること、話すことだって、なんだったら昨日が今日でことだって、―――いやいや、難しい話をしすぎだね、でも前提条件とかが揺らがないわけじゃない、それはその場合のとある可能性にすぎないわけだ、もちろん本能には差別や迫害を認める装置があるよ、認知というのは、個性というのはそういうものだからね。そして無意識というものも、僕はもちろん、考える。意味のないことって沢山あるよ、でも、意味のなかったことを引っ繰り返す、とある一日がある。あるいは、一瞬がある。僕は思うんだ、繋がってる、何かが僕の背後にある、それは暗示されていた、きっとそれは、行動の原理を裏付けている。でもそれはきっと、心理学や、哲学では見つからないものだとね。 *457虫の卵insect eggs夜道を歩く。帰り道、郊外で右手に空き地とか、田んぼが見える。遠くに電車が、ガタンゴトンと過ぎてゆくのが見える。何もない町だけど、そういうもの淋しさも時には美しく感じ―――ら、れ、る。そういう時っていうのは温かい和やかな気持ちです。でも天気が曇り出したように、街燈がない道に差し掛かる。[オン/オフ]を使い分ける・・・・・・・。ええ、近道なんです。藪を突き抜ける、犬の散歩をしている人がいて、彼もその道を選ぶようになった。でも屈折異常や、調節異常が起こ―――る・・。視野の隅から墨汁を流したように、黒の種類が違う。グレーがかっているというか、赤黒い・・・。“サーッ”と背後から人の気配がする。「おかしい・・・・・・」普段はそういうことを気にしないタイプなんだけど、この時は何故か気になった。不調和なものを見出すと、鉛を呑み込んだように、気分が重く―――な、る・・。それって―――。それって――――――。・・・・・・普段は開けることのない引き出し。いつもと違うものが入っている、あるいは、そこに入っていたものが消えている。そんな、逡巡し、暗澹とし、悄然とした心。何だか、じめじめとした、暗い気分に嵌まり込む。いつもは―――つまりは、何百回も通ったその道は、それまでけしてそんな暗く閉ざすような気持ちにさせなかった。脳の中へちぢこまっている―――モノ・・。表情が止まっている空白の上・・・・・・。彼、思った。(明日からはもうこの道は通らないようにしよう・・)本能が警鐘を鳴らしてる。「(今日さえやり過ごせれば―――)」「(ここはつまり“あれ”か・・・)」―――何処かで、泣き声がした。ビクッとした。胸の中がどしんと重たいものがかぶさったようになる。うえんとか、ひっくひっく、と泣き声がする。背筋が凍りつく。違う、それは背後じゃない、頭の上にいる。彼、左肩が重くなるのを感じた。うえん、が別の位置から聞こえてくる。後方斜めだと思う。言葉が勝手に動くというか、自然生成される。「嫌だな」だって、声は複数ある。ひっくひっく、が、やはり、また別の位置から聞こえてくる。「なんなんだよ」もう、彼、ビビっちゃって、実は彼、幽霊がとても苦手なんだけど、まあ、人生で絶対にあれは幽霊だって思えるものを、五回ほど見てる。彼、幽霊が好きじゃない。でも彼、幽霊にどうも好かれるタチじゃないかと思うんです―――よ。その次第に深くなる峡谷のような暗闇。霧が立ちこめるような、不吉な運命の糸が足元の影から伸びてくる。彼、もう歩けなかった。四方を包まれて、影を踏まれて、心を掴まれて、息を盗まれて、動けない。錘でもあるように足がもうまったく動かない。「(たすけてたすけてたすけて・・・・・・・)」祈った。願った。“フッ―――”と、気配が消えた。しーんとしている。眉間に皺を寄せながら、深呼吸をする。よくはわからないけど、助かった―――と、思、っ、た。耳元で、チッ、と舌打ちする音が聞こえた。彼、もう気を失いそうなぐらい怖かったって言います。でも、聞いたところによると、別にそこで何かあったということは―――ない、ようです。いやいや―――これはガチの、モノホンでね。そういうケース結構あるんです―――よ。一応ネットや、近所の人に尋ねたりはしたけど、詳しいことはまったくわからなかった―――よ、う、で、す。また、あそこで怖いした人はいないかと聞いたみたいなんですが、それも、サッパリなかった―――と。じゃあ、あれは何だったのかと首をかしげるわけ、です、よ。でも、そういうのってあんまり考えない方がいいんだ、引っ込みがつかなくなっちゃう時、どうしても気になって仕方なくなってしまう時ってあるんだ。子供の頃、地蔵の首をとってきたら、お金をくれてやるみたいなドラマだか、映画を観たことがあるんです、子供を背負って―――ね。知っている人もいるでしょうね、あえては述べませんが、あれって悪い行いには罰があるっていう教訓的なもの、も、僕はあると―――思う。でもそれと同時に、実は地蔵の首を取りに行こうとした時点で、始まっている別の可能性もあるように―――思、え、る。おそらく彼の守護霊とか、幽霊自体のターゲットと違ったとか、そういうことは多分あったんだろ―――う。わかりませんよ―――わからない、でも、おそらく彼は、複数の幽霊に囲まれて、引きずり込まれようとしていた。何もないとは言っているけど、きっと何かあったんだ。でもそれは心療内科を遠巻きにしながら歩くような心理で、突如生まれた落とし穴―――だと思う・・。普段はそんなのあるとは思わないけれど、暗闇の中には“そういうモノ”が―――ある・・。気になっているのはそれは、昆虫の卵を産み付けられたようなもの。四方に囲まれていると思う、でも、四方に囲まれているようで、それは心の内側にある。けして、道を踏み間違えちゃいけない。―――いつかそれが【孵化】する。 *456another worldモウココニハダレモイマセンチニメリコンデユクユウウツナコエナニヲサガシテイマスカ?コエガシタクビヲフッタソウデスカトコエガシタアシオトガキコエトオザカッタオシマイノキオクトラジオカラキコエセカイヲツツムヨルノスナノオトガシタ *455さいのうのつかいかたさあ、あたいの光線銃で、勝負だぽわわん(?)寝言は寝る前に言えなのだぽわわん、さあ早く抜け、脱ぐなよぽわわん(?)語尾が気になるぽわわん、か?泡の精霊なのだぽわわん(?)あたいも一時間前までは、恥ずかしかったぽわわん、でも練習の末にあたいは、恥を忘れたハガネの心を、手に入れたぽわわん、よ(?) *454いろいろおかしい君、まさか・・・・・ニュー・・・タイプ・・・(?)それは破滅と再生の、スクラップ・アーム・ヘッド・クラッシュ(?)暁気導闇の残音洞のしらべ、パッショネイト・サンからの、デスアングル・ショット(?)あの日・・・わたしは片腕を失った戦士で・・・あなたは、戦場に舞い降りた、デスメタル・カノン(?)大声で叫んで、エンチャント・ヘブンズ・ライトニング(?) *453Dazzlingly聴いてくれなくても、(空へ昇ろう、半熟卵の卵黄のような月、病気にかかったような、汚れた色をしてる、)加速器保護用球ギャップ。、、、いいよ。///ノイズ[共通化/標準化]八時間後、僕等は東へと廻る。みどりをつらぬきはしる、蛇。「頑張れば頑張るほど酷くなる悪循環の無限ループ、だね・・・」なみおとのむこうからなみおとの、蛇。「無様な蜃気楼だって、蛞蝓にかけた塩だって、わかる、さ・・・」(中国仏教協会会長のセクハラ、高野山真言宗の運用損失六.八億円、タイの僧侶、薬物摂取や飲酒、ギャンブル、買春・・・・・・。)、、、いいよ。息づいた、一刻一刻を重く区切って疼く、残響エフェクトの尾を引きながら消えてい――く・・。胃空腸吻合術の彼方、―――【解けぬ議題はsee-through】 、、、、頭に「テキスト」が入っている感じが消えない、 、、、、、、、、、、、、、、、「民主主義は少数意見を抹殺しない」―――冷たくあしらった、マルバツ式の発展性のない議論の熱が、宇宙へと放出されてゆくような気がした。脳の血管が爆ぜて三日三晩寝込みたくなるような悪夢のあとじゃ、一ミリの愛だって、横行結腸造瘻術。思い出せな―――くたって・・しょうが―――ない。今更、ヤバイとかマズイとか、アリエナイとかワラエナイから、ね。ああ、アド氏のDQNソング流れるこの街、好きでも嫌いでもないけど同病相憐れむこの頃、さあもっとXしようぜ、さあもっとインスタグラムしようぜ、どれだけ馬鹿になれるか競争しよう―――ぜ!フーッ、キタキタキタ、キチャッタ、よー!みんなハジけてこうぜー!結構ガチなインドア派なのに超体育会系、中立尊ぶのに左翼的、危険で不穏でちぐはぐ、空気が合わない晴天気乱流のさなか、ゲートボール宇宙大会を始めよう―――ぜ。最高だ―!!!余白は海へと溶け、て。白の上に残っていた純粋な成分、と、か。沈黙と、か。壊れた楽器する、だ、け。“消えない夢があった”って語る君の疲れた顔。“誰も信じないと決めた”って語る君の諦めた表情。―――誰が何言ったって、何がどうなったって、“僕の気持ちは変わらないよ”って。“眼を開けていようと閉じていようよ、平等に時は進む、死は訪れるよ”って。それでも。それでも。それでも。思春期の少年のような傷つき方をしている自分に気付く、ネパールで航空機が墜落した、パキスタンで自爆テロが起きた、「凝り固まりすぎて腐りかけ、膿み汁、腐り汁で固形化、そんな固定観念! ああ、そりゃもうそんな固定観念!」ジャニーズ元社長の性加害。とどめはダイハツ、有名企業は超ブラック企業で、「呪われた烙印とか、背負った業とか、終わらない輪廻だとか、弔事に使いたい中二病設定、ピースしながら遺影、)部下に全部丸投げ、不正蔓延は至極当然だった、とか、(天皇は現人神だった、その昔。何処からどう見てもただのおっさんだったけど、色んな覚悟をしてた、上に立つ人ってそうだと思う。キューバのカストロ国家評議会議長は、一九八〇年に開かれた、党大会で十時間を超える大演説をぶった、)色んなことは流れ、る、よ。長く続く拍手は荒らしのよ、う、さ。聴いてくれなくても、(悲しいんじゃない、これで終わりなんじゃない、ただニュースから何を教わるのかって気がしてる、網膜に張り付く嫌な単語から眼を逸らした、)手作業のはんだ付けを考えていた。虹彩認証及び顔認証システムを導入して、よ。、、、いいよ。///ノイズロー・アングルの煽りから少しずつ離れて、高度を引き上げてゆく、建物は一階、二階と上がってゆき、十三階の金網の張られた屋上で男女の影並ぶ。対称多項式や対称群の研究あるいは一般の群の表現論。N分割。いくつも数え切れないほど、ディズカバリー。通り過ぎる、デストロイ。君と出会った奇跡に空が飛べるはず、っつーところはあんだ。もっと言おうぜ、エクスカリバー。さあ張った張った、テクノロジィィ!しばらくは見えなくなることなんて、な/い/か/ら、、、ないよ。生贄、十字架、ラシャ地の背中ゆくビリヤードボール、ゆっくりと動く映像と―――バイブレーション・・。(「追加設定」なんかいらない」―――から・・)混濁した意識とこみあう人込み、車、騒音へ投下される、投下され―――る、投下され―――る、―――【解けぬ議題はseesawぎったんばったん】(して、)ねえ、超能力に憧れてる、天才に憧れてる、それは難易度の高い《隠し階段》で、《隠し扉》なの―――さ・・、陰謀やまやかしを全部表に出したって裏は残るだろ、確率は半分だって信じながらコインを投げて今日を占う僕等・・。 *452molestation痴漢をする人というのは、「ガラガラでも隣の席に座ってくる」は、すごくポピュラーだ。でもこんな言い方をする事自体、僕がもう社会に対する期待や希望を失っている、という言い方もできる。吐き捨てるように考えてきた。口酸っぱくいつも考えてきたことがある。普通って何だろうって。マトモって何だろうって。誤解がないように言えばだが、痴漢をする人というのは大卒で既婚者の普通の人が多い。痴漢事件を引き起こす人は社会的にストレスをためていて、その発散の仕方が上手くない人だと言える。類型化、パターンというのは難しいけれど、「満員電車に揺られているうちに、たまたま手が女性のお尻に触れてしまった」というのがある。ビキナーズラック、だ。ところが、女性は無反応。この時に男性の脳内には大量のドーパミンが分泌され、衝撃的な快感を覚える人がいるらしい。(好きでもない女性の尻を触って何が嬉しいのか、僕にはさっぱりわからないけど、)この状態を痴漢行為の「スイッチ」が入ったと表現する。「バレない」「意外と簡単」は、「女性は嫌がっていない」と思い込む。認知のゆがみだ。列車の揺れに合わせて触る、回数を追うごとに接触を深める、スリルとリスクがさらに快感を助長させる。絶対に越えてはいけない一線をフィクションは越える。価値観の崩壊、満員電車のストレスと説明することも出来るだろう。(ざっくり言うなら、非モテ男性なんだろう、)でも、暗黙の了解なんて存在しない。お前に絶対誰も同情しない。詩を書いていて僕は長い間そのように思ってきた。生きる上での覚悟がある、死ぬまでそれをやり遂げなくちゃいけないことも、きっと人それぞれあると思う。法治国家は犯罪を犯す人間を徹底的に裁く。そうでなかったら無法地帯になる。正義とか悪なんて存在しない、ただ、そのケースに対する処理の仕方があるだけだ。けれども、踏みとどまらなければいけない。犯罪者の心理なんかわからないと思う人もいるだろう、そうだ、けれどもそれはおそらく病気の一種だ。流行り病みたいなものなんだ。けれどきっとそういう認識を持っている人は絶対的に正しい、ルサンチマンをどんなに理解しても、僕は劣等感で他人を傷つける輩を理解したくない。都市の中に「普通の人」や「マトモな人」や「優しい人」は、一体どれぐらいの数いるだろうかって思うことがある。絶対に開けてはいけない扉を開けてしまったら、もう二度とは現実に戻れないこともある。妻や子供がいたら、馬鹿なことはすぐ止めなくてはいけない。二十代や四十代に痴漢は多いという話がある。ひどいのになってくると女性を複数の男性が囲んで痴漢する、という想像しただけで眉間に皺が寄る話もある。「痴漢行為」は、「迷惑行為」のことでもある。人が集まるだけで問題が起きる、社会がではない、社会における「人」だ、世界ではない、世界における「人」だ。きっと「自分はしない」だけでは駄目な世の中なんだ、「嫌な想いをする人が一人でもいなくなって欲しい」ではないと、そういう人間を駆逐できない。処理できない。そして僕はもう知っているんだ。更生を謳う刑務所だって過半数は、さらさら更生しないということ。でも半分は、もしかしたら三分の一は、もっと低いかも知れないけど、罪を犯して、改悛して、償おうとしてる、マトモになろうとしていると信じたい。失敗をしないのが正しい。リスクを減らすのも正しい。でも「自分さえよければいいという世界」は淋しい。ネット掲示板では様々な差別や迫害がある。誹謗中傷罵詈雑言がある。僕だってそれを見聞きし、時折堪えれないほど嫌な気持ちになる。毎日のニュースですらそんなことが起こる。政治家や市長に対する嫌がらせがある。クマの話では、涙ながらに電話をかけて職務を妨害する人もいる。病気だ、そんなのどう考えたっておかしい。でもそうせざるを得ないらしい人々がいる。何処から何処までが正しくて正常で、どんな体験、どういう感じ方をしたら、そうなるのかなんてとても説明できるものではない。(マイナススパイラルって言う、負の連鎖と考える、)僕はキチガイという言葉がとても嫌いだ。障碍者を馬鹿にするようなガイジという言葉も大嫌いだ。使っているならすぐに止めた方がいい。でもキチガイとしか言えないような人が本当にいる。僕も色んな人を見てきてどう考えても、これはマトモじゃないって思うような人を、残念ながら、両手で足りないぐらい知ってる。情報を知れば知るほど、どういう風に考えればいいのか、正直言ってよくわからないことがある。一緒だ。きっとそういう風に思う人、考える人も、沢山いるんだと思いたい。「あおり運転の常習者」や、「パチンコを止められない人」や、「スマホを触らずにはいられない人」もいる。病気だ、周囲から見てもおかしい、何でそんなことをするかわからない、そう思えるような人間だったら治療が絶対に必要だ。「痴漢をする」と言う人はいるだろう。でも「レ イプをする」という人はそんなにいないはずだ。(と信じたい、)痴漢というのはレ イプと同じことですよ、この認識で踏みとどまれる人もいるはずだ。多くの人は、「お尻や胸を触ってくる」を真っ先に考えるだろう。かくいう僕もそう思っていた。でも指摘しづらいことを狙ってやって来る悪質なパターンもある。「乗降時に胸やお尻触る」という場合もある。人を掻き分けているように見せかけ、偶然うっかり触れる。でも触られた方はすぐにわかるだろう。「無意識を装って吊革に手を伸ばしてくる」というのもある。世の中には「精 液をかけたがる人」はいる。まあ、A Vの影響もあるだろう。でもお互いが同意して、何だったらサービス料を払ってするならいい、見ず知らずの人にそんなことをされて、女性はどんな気持ちになるだろう。その服やスカートはどうしたらいいんだ。「自分がされて嫌なことを他人にするのは最低」だ。もちろんそのためには、痴漢されている人がいても見て見ぬふり、痴漢されても恥ずかしくて声をあげない、なども止めなくてはいけない。一生の傷が心に残る。一日ぐらいなら、どうせこんなの今日だけだ、自分が我慢すればいい、こんなのは絶対に間違っている。その為にはきっとそういう想いをした人が何かの力にならなくちゃいけない。人間関係はもたれ合いじゃない、支え合いだ。中には空気読めないを通り越している場合もある、「雨の日に傘でつついてくる」とか、「つむじを触って来る」とかがある。「意味不明」だと思う、「理解に苦しむ」とそう思う女性はいるだろう、でも性犯罪に巻き込まれるのを目撃した時、本当に何かする人なんだろうか、あなたは。女性が痴漢になって声をあげても誰も何もしようとしなかった、冷たい眼をして「なんか騒いでいる」という顔をしていた、という話もある。けれど男性だって同じだ、だから冤罪事件にみんな興味がある。中には女性専用車両と同じように男性専用車両を作って欲しい、なんだったら痴漢専用車両みたいなものを作ってくれ、とそう思っている人もいる。でもこういう実例を知ってしまうと、女性専用車両は絶対に必要なもので、なんだったら警察服を着用した、警察官配置も必要なのではないか、と思えてくる。(私服の場合、それでもする場合があるから、)・スカートなどの衣服を切り裂く行為(器物損壊罪)・衣服に精 液等を付着させる行為(器物損壊罪)・公衆の面前で陰部等を露出する行為(公然わいせつ罪)・つきまとい、のぞき行為(軽犯罪法違反)痴漢の話はまだ続く。「肩に顎をのせてくる(耳をカプッと噛んでくる」や、「髪の毛を食べてくる」なども大変に気色悪い。「満員電車で足の間に靴をねじりこまれ、靴には不自然な穴が空いている」というのもある。なお、被害時に抵抗しそうな自己主張が強そうな女性は、避ける傾向にある。個性的な服装や目立つ服装は、狙われにくいし、普通に考えて、まずやらないだろう。被害者がこれ以上の被害を避ける為にあえて、ゴスロリファッションをしている人もいる。 *451発掘Excavate僕の故郷であるビキハノシティーは、ヤマトタケルが没後この地に舞い降り、「羽を曳くが如く」飛び立ったという白鳥伝説があるが、まあそんなのは嘘に決まっているのだが、二〇一九年七月六日の第四酸回世界遺産委員会にて、古市古墳群のうち二六基が世界文化遺産に登録されたのは、まあどうやら本当のようだ。母は田舎だと言い、僕は近所にある農林水産センターで、牛を見て育ったと証言しているがこれはまあ嘘だけど、牛が好きだし、こういうのって都会には絶対に建設されない、郊外型商業施設だってそういうものだ。牛は注視する。ロックオンする。そして僕を見つめたまま放尿する。ワイルド系なんだな。何にもない街である。歴史好きを騙くらかそうとして述べる、馬鹿な文言に一切興味はないけど、歴史好きな人には中々ロマンあふれる街だ。口が腐る。あのーすみません、棒読みしてもう一度繰り返してもいいですか。でもそんなわけで遺跡発掘というバイトには興味がある。遺跡発掘というと、いわゆるアカデミックな、歴史的研究をするための発掘を想像するが、必ずしもそうではない。法律により遺跡は保護が義務付けられているため、遺跡が発見されると記録を取るために発掘作業を行われる。ちなみに遺跡発掘で家を建てられないということは、何処の地域や場所であっても十分にありうる。遺跡に関する手続きは発掘調査の補助金申請も含めて、あらかじめ業者が行う。開発に伴う緊急発掘調査では、開発事業の事業者が負担する。歴史は大切だけれど、そんな金払えるかと思うだろう。とはいえ、ある場合には、おそらく、それほど重要なものが眠っているわけではないから、建物を建てたい企業と発掘をするの組織の上の者が話し合って、発掘しないでいいように勝手に話を進める場合もあるようだ。研究のための学術調査は尊い、まず文献を頼りにしてここらへんが怪しいというところから進める。それはロマンだ。黄金に輝く宝物とは無縁の現場で年月を重ねてロボットになった僕も、給料さえよければ混ざりたい。そしてコーヒーを飲み、煙草を吸う。だがアルバイトとして公募されるのは、主に建設会社が土木工事、建築工事の一環で行う緊急調査の方だ。作業内容は、重機でおらおら掘った後、遺跡がありそうなところをスコップであらよあらよと手作業で掘り進め、何か見つかったら回収する、という作業の繰り返し。3D計測プロジェクトとか、ドローンを用いた三次元測量とか、そういうのはまったくない。で、実際見てみた。(1)出土品整理補助のお仕事。土器・石器等の遺物の洗浄や遺物へ細かい文字の書込、図面整理、復元作業、拓本、運搬・収納等(2)測量作業等、計測データのPCへ取込、 各種微細な図面作成、出土品の取上・整理、他調査補助作業等一様に遺跡発掘に携われる仕事です、と強調していた。そこしか強調するところがない仕事だからだろう。素敵だ。また専門知識や資格、経験不要ということだった。なお、学術調査の方は遺跡が多い地方でしかなく、それも自治体や大学の研究所が募集するため、一般の求人情報サイトでは募集されないようだ。そうなってくるとアルバイトの虚偽広告さながら、普通の土木工事現場とそう変わらないのだが、しかし宝探し的なワクワク感やロマンは捨てきれない。といって、徳川の埋蔵金とかツチノコみたいなものは絶対にない。基本こういうのって修行僧の親戚みたいなものだ。だって屋外作業である。気候の影響はモロに受け、夏は暑く、冬は寒い。特に地面を掘り下げた窪地で作業をすることが多いため、梅雨や夏季は湿気がこもり蒸し風呂のようになる。さて発掘作業が始まって、まず行なうのは試掘(トレンチ調査)だ。試掘は技師さんと、入札で決まった発掘作業会社の現場責任者たちで行う。掘った断面図から予想通り時代順に地層が残っているのか、土器や石器などの遺物があるかをチェックする。次に表土の掘削だ。そしてバイトの仕事といえば、遺構の掘削。調べたい地層に近づいたら、発掘作業員が大きいシャベルを使って、少しずつ、なるべく平らに土を削っていく。削った土は一輪車やベルトコンベアーで外に運ぶ。一輪車はネコとかいわれ、「運搬用一輪車」が名称だ。重いものを乗せると手押しで動かしたときに車輪がブレやすく、自分が思っている以上に左右に倒れやすくなるので、「これくらいならなんとかいけるかな」が目印で、それより「少ないぐらい」とか、「絶対運べる」が目安。腕力でやらない、肘を曲げない。上体を前に倒すようにして押すようにすると良い。なお、倒してしまうとそこでロスタイムが生まれるし、まあやらなくてもいいことをやるわけだから超面倒くさいわけだ。テンションも下がる。とはいえ、誰でもやりうるヒューマンミスである。で、「手ガリ」だ。園芸用の半月形の刃がついた除草用の鎌で土を削りながら、遺物を探す作業。発掘作業員の方と横一列に並んで作業を行う。この道具、両刃で、土と一緒に石も強く引っ掛けながら使うので、段々刃が削れにくくなる。そんな時は現場にあるサンダーで歯を削って切れ味を戻す。出土した土器は、後で写真を撮ったり実測するので、そのまま土の中にあった状態で、動かないように周りの土を削ってゆく。それが終わったらお碗状の容器に石灰と水を入れ、筆を使って、技師さんの指示通りに線を引く。白線を引き終わったら、技師さんが横に建てたやぐらの上から遺構全体が写るように写真を撮る。そして実測(図面描き)というわけだ。基本土木であるし、大きな声を出す必要性もあるかも知れない。歌う時の話にはなるが、大きな声を出す時とか、ケツの穴を締める。口に手を横に添えるだけでも声が響きやすくなる。専門用語とか、使い方のわからないものは、「おいこら、これ何だ?」とちゃんと聞こうね。世の中には知らないことがあたかもその人の過失のような扱いをする、どうしようもない人間がいる。ルサンチマンまみれで、コンプレックス満タンなんだろう。こういう馬鹿はなるべく相手にしない方がいい。「仕事をしに来ている」のであって「遊びに来ている」わけではない。ここ重要、これがわかると君は大人。あとは足し算と、引き算と、掛け算と、割り算ね。実際納得のいかないことがあったら僕は揉めまくるからね、それでいいのかという向きはある。基本の僕は八方美人だし、普通に接する、分け隔てなく人と付き合う。僕がまともだというのは全然思わないけれども、世の中のレベルを見ているとまあ色んな癖のある人はいるものだ。嫌われ者とか、嫌な奴って沢山いるものだ。脱線しているけど、人がいい、善人というのは何処にでもいる。僕のことを(おそらく)そう思っている人もいるし、そういう風に振舞うことの方が多い。でも世の中善人では生きていけない、これはきっちり覚えておかなくちゃいけない。でも不美人になる必要はない、これが僕の考えだ。また完全に雨で現場の仕事がない、または次の現場待ちという時は、屋内作業の建物に出勤して様々な作業をする。「遺物洗い」とか「遺物の接合・復元」とか、「倉庫の整理」とか「本の作成の助手」などだ。 *450droneドローンとは何だと思う?と聞いてみる。そうすると、「空を飛んで綺麗な写真や動画を撮る」と答えた。模範解答は、いや世間一般の手触りの良さで言うなら、「効率的なデータ収集や高精度な地形情報の取得」だろうか。ラジコン感覚で飛ばす人もいる、写真や動画のため、という人もいる。教師がドローンを使う例もある。ドローンを活用した小学校河川教育教材なんて、ドキドキするテーマだ。いまではドローン保険もあるので安心だ。空撮、農薬散布、測量、防犯防災にも使われている。軍事利用については思うところがある、これが最良のものだろう―――か。いまでは家電量販店、模型店、ホームセンター、もちろんインターネットで購入することもできる。ドローンには、「航空法」と「小型無人機等飛行禁止法」というのがあり、一般的なドローンは、上記の法律を遵守して使用している。その場合、「無人航空機」と「小型無人機」に分かれる。最大のポイントはバッテリーを含めた、重量が二〇〇グラム以上かどうかで、人口密集地、フライトの場所、飛行の目的によって、国土交通省の許可が必要になる。ホームページへ行ってDIPSへアクセスする。ちなみに人口密集地(人口集中地区、DID地区)は、日本の国勢調査における統計上の地区で、国土地理院のウェブサイトから確認が可能だ。なお飛行の方法によっては申請が必要な場合もある。夜間飛行などがそれだ。いうまでもないことだが、飛ばしてはいけない場所も存在する。「国会議事堂」「内閣総理大臣官邸」「皇居・御所」「防衛関係施設」「空港」「原子力発電所」などがそれだ。ちなみにドローンに資格や免許はいらない。ただ、航空法というのが存在し、航空法が規制対象とする一〇〇グラム以上のドローンの所有者は、氏名や住所、機種などを国交省に申請し、個別の登録記号(ID)の通知を受ける必要がある。またドローンに技適マークがあるかどうかの確認もしておこう。海外製などにはなく、処罰の対象になる。ようは違法な周波数を出していないかという電波法が主だが、ドローンのメーカーが品質や性能の改良などのためにプログラムや回路変更、部品変更を行った場合、その製品の技適マークを取得している販売代理店には、技適マークの取り直しの義務がある。甘く考える人もいるかも知れないけど、実際に検挙された事例もある。一年以下の懲役、百万円以下の罰金となっている。ドローンを選ぶ時のポイントは二つある。一つは「操作モード」で、スティックの割り当てが違う。もう一つは「高度維持機能」だ。二つ目はかなり重要で、これがついていない場合、自分で調整することを求められる。高度維持機能は、離陸したあと自動でホバリングしてくれる。とはいえ、高度維持機能がない方で操縦したいという人もいるだろうし、今後ドローン市場が拡大し続ければ、ドローンの資格や免許も視野に入るだろう。そういう中で、高度維持機能というのが、僕はポイントないんじゃないかと思う。ドローンを買ったらまずバッテリーの充電。なお、トイドローンの場合は、満タンで五分から二〇分といわれてる。バッテリーの寿命は一年ぐらいといわれているけど、もちろん使い方によっては数年とか、数か月ということもある。なお、バッテリーが膨らんできたら危ないから使わないようにしよう。また飛行する時はプロペラガードをつけよう。アプリをダウンロードして、バインドする。バインドとは送信機と機体をリンクさせること。機体の電源を入れて送信機の電源を入れる、そして送信機のスティックを上→下と動かす。機体のLEDが点滅から点灯に変わればバインド完了。では飛ばしてみる。電源を入れる時は送信機から、切る時は機体からと覚えておこうね。自動離陸ボタンを押すと機体が上昇する。そこからスロットル操作、エルロン操作、エレベータ操作、ラダー操作、というのがあるけれど別に覚える必要はない。こういうのってわかる人に丁寧に教えてもらうか、自分で何十回、何百回も練習して身に着くものだからだ。 *449Artificial IntelligenceAIという言葉はだいぶ前から言われているけど、対話型AI「ChatGPT」や、画像生成AIなどが出てきている。規制しろ、このままだと人類は滅亡するだのと言われている。仕事の四分の一がAIに取って代わられる、三億人分の仕事を自動化するというわけだ。とはいえ、AIという言葉は抽象的だ、元をたどると十万年前に人間が現れ、紀元前七万年頃に、人間は数字の概念を持っていた。その数字は長い歴史の中で計算になり、計算は未来予知に繋がる。つまり数学が僕等の生活の根底を支えている、という言い方もできる。その数学の計算をするのに暗算をする必要はない。計算機、計算機からチューリングマシン、プログラムで動くコンピューター。もっぱらは戦争用途だったわけだけれど、重要なのはやはり圧倒的な速さ。一九五六年からAIという単語が誕生し、以来三回ほどブームが起こっている。「ごくごくシンプルな対話システム」がまず誕生し、時を隔てて、「人間が登録したルールをもとに推論を行うシステム」が誕生した。しかしこのどちらも、学習を行えなかった。だからプログラマーが一つ一つルールを、登録するしかなかった。それには限界があるし、ルール以外のモノに対応する柔軟性に欠けている。そしていま、AIの機械学習が実用化され、必要な教材を渡せば読み込んで最大能力を生かせる学習をする。とても簡単な話だ。人間がAIに解いてほしい情報を数値データとして、用意し、AIが処理、数値データとして得られる。質問文のテキストが入力データ(説明変数)で、その回答テキストが出力データ(目的変数)だ。予測の精度は数、そうすると説明変数の次元が変わって来る。説明が増えると多次元の超空間になる。そしてこのデータの集まりから「直線」を引くこと、これをAIの世界では「学習」という。y=ax+b直線の方程式だ。つまり学習というのは傾きと切片を求めること。さて、直線の方程式ではもちろん説明できない。暗黙の了解がある。そこで登場するのが自然界の生き物に倣うモノづくり。僕等は自然界にある様々なものを生活に取り入れる。蜂の巣を真似した構造、ハニカム構造。新幹線の先端の構造はカワセミのくちばし。マジックテープの構造はゴボウの実といった具合にだ。つまりAIは「人間の脳」を参考にしている。人の脳は一〇〇〇億個のニューロンで出来ていて、ニューロン同士の接続パターンやシナプスの微妙な状態変化によってモノを考えたり記憶したりという能力が実現される。ニューロンを関数にしよう、それが人工ニューロンだ。脳味噌は、複雑な情報処理をする装置だ。樹状突起からシナプス、信号の流れ方を再現しよう。関数の中に関数、合成関数を作る。このようにニューロンが網目のようにつながったものを、ニューラルネットワークモデルと言う。見ようによっては蜘蛛がたくさんいるように見えるあの図だ。入力、中間層、出力層。層の構造を深くしていくことで、ニューラルネットワークはより複雑性を増す。さて、ニューラルネットワークの話で万能近似定理というのがある。中間層を一層以上持つニューラルネットワークは、任意の連続関数を任意の精度で近似できるというものだ。どんな関数でもニューラルネットワークで再現可能。小説を書く、絵を描く、音楽を作る、映画を作る。プロフィールを入れるだけで性格や寿命を予測できるという具合にだ。イギリスの名門私立小学校で国内初のAI校長が就任したり、中国のゲーム会社が。AIを搭載した仮想ヒューマノイド女性を、CEOにしたりする。その内、AIと恋をしたり結婚をしたりというのも、夢でもお伽噺でもなくなり、ドラえもんが出てくるかは別として、いやいやドラえもんより四次元ポケットのその中身の方が、というのはさておいても、夢の膨らむ話題だ。AIの力を利用して動物たちの言葉を理解しようと試みる研究者もいれば、ついに出てきたかという詐欺事件も発生している。どこぞやでは、AIに「もっとお金を稼げ」とプレッシャーをかけると、インサイダー取引に手を染めて人間に嘘をつくという研究結果、という話もある。でも歴史というものを深く読み込んでいくと僕は、水槽の中の脳、世界五分前仮説についてぼんやり考えてしまう。僕等が人間であるという証明は何なんだろう、僕等が生きるとか死ぬって言っていることはどんなことなんだろう、だってAIは町のモデルの中で人間のように暮らしていて、映画を観に行ったり、デートをしたりする。檻を檻だと見抜けない、「それをしていけない」「そこから先は思考停止」という制御装置の存在、いやいやいささか哲学的な物言いになってしまうけれど、AIにも「深呼吸をしよう」とか言ってみたり、「それが君の答えなの?」「もっと頑張れよ」というと正答率が上がったりするという話がある。不思議だね。 *448砂漠砂漠という言葉を聞くと、想像してしまうことがある。そこに、一人の人間がいる。謎のピコピコ音がして、ゲームスタートというわけだ。棒人間、へのへのへもじでもいい、CPU、仮名A、何でもいいけど、これから謎の世界観で、ヘリコプターに追いかけられる。高圧電流の道を行かねばならない。そんなの、もちろん起こるはずはない。だけれど、あれってこの上なく、残酷だ。逆の立場になって考えてみろとか言うでしょう、あの人ならどうするかとか思うでしょう、でもね僕等はゲームの登場人物を、フィクションと切り捨て、その遊戯性にばかり眼を向けるんです。会話らしい会話もなく、肉付けの部分、いわゆる生きた人間でもない。で、これ何かって言ったら離人感状態、誇張して言えば、世界に一人だけいるような感じなんです。いわんとしていることはわかるでしょう。そういうゲームを見ながら、残酷のフィルターがかからないようにする、逆視点が見出されるわけです。つまり罪悪感がない、ボタン操作できる、感情移入させず、別のことに熱中させるということです。簡単でしょう、天国から僕等が魂できたなら絶対にそれですよ。思いませんか?僕はね、「理解しろ」とか「絶対にやれ」っていうの、大嫌いなんですよ。人って自分が思ったことしか本来は出来ないんですよ。それが人間の尊厳だとか、人間の自由なんだとか、えらそうな講釈垂れるつもりはまーたくありません。へのへのかっぱ、ですね。ただ、それが何故起こりうるのか、どうして人は命令をしたがるのか、何を根拠にそれを正しいと言っているのかについて、深く深く考えます。僕はあなた方のうすっぺらい思考を勉強するんですよ、下らない、論理にならない理屈、毎日のしょうもなさを、埋めるだけの生存の理由いついて考えるわけです。人というのはただ、確率だ、状況次第で選択は変わる、最善だと信じたい生き物だ、こんな具合ですね。ゲームの中の戦争の痛みがわかる人は稀です。僕が言ったからって誰かがそれを感じることもないでしょう。わかっているんですよ、そんなことは。逆ですよ、ゲーム性というものが、様々な発展に伴う形で提供され続けてきた、それはつまり、本能や遺伝子の声や言葉、意志や感情、という風に解釈できないかと言っているんです。奥が深いでしょう。いやいや、闇が深いんですよ。 *447猫先輩可愛い猫が公園にいました。サバンナでは、ライオンと蛇が戦っているのに、都会では、人間に猫がすりよります。これは何しろすごいことです。皆さん、思いませんか。発想の転換ですね、利用できるものを利用しよう、エサよこせ、そういうことですね。生存本能とはかくそういうものですね、鴉だってエサのためにゴミを拾ったりする、実験がありましたね。利用する、これはいいことです。猫さん可愛いです。食物連鎖って、ワクワクしませんか?わたしは、します。世の中の女も性悪になってくると、男を道具のように扱います。屑ですね。けれどただ屑と言うだけでは暴言です。なので彼女らの言葉を拾いましょう。給料が少ない、じゃあお前働け、そして離婚、甲斐性なしとか罵った口を、そっくりそのまま、お前のことと言いましょう。猫さんは可愛いですね、人間の言葉を話しません。実に、合理的ですね。ところで虫が嫌いと言いますが、虫は食物連鎖をなし、土壌をきれいにしてくれます。虫さんすごいですね。人間は何もしません。クマさんの話で、鮭を仕留めたあと、頭の部分だけ食べて、のこりは棄ててしまうというのが、あります。勿体ないですね、ナイスです。そこにめざとく気付く、天才です。でもね、冬眠する前のクマさんは、脂肪を貯め込まなくてはいけません。わかりますか、効率を考えるとそれが自然なんです。本能的にそれわかるんです。動物は自分の食べられるもの、毒を持った生き物を見分けられると、言います。すごいですね。そしてクマさんの残した鮭を、もっと小さな生物が分解する、これが食物連鎖ですね。わたしの言葉をあなた達が勉強する、ありんころのようにお前等も、分解して、間違った知識や、誤った知識を、見分け、ネット掲示板や、ユーチューブなどで、暴言を吐かなくなります。頭悪い奴は死ねばいいですね。猫さんは可愛い。そうです、あれが食物連鎖です。 *446傲慢ふえー、知らなかった、苺のぶつぶつって、実なんだ。博識なんだね、賢いんだね。じゃあ、ウェスターマーク効果って何?わたしね、百科辞典読むのが趣味なんだ。じゃあ苺知ってたんじゃないかって?まさかまさか。え、そんなことも知らないの、簡単よ、幼馴染の異性を性の対象として見れない仮説。刷り込みね。じゃあ、モスバーガーのモスって知ってる?簡単だよね、誰でも普通に知ってることだよね。あらあら、そんなことも知らないの。Mountain(山)、Ocean(海)、Sun(太陽)の頭文字をとったものよ。自称雑学王さん、知識は披露するものじゃなくて亀のように貯め込むものよ。出直しておいで、お馬鹿さん。 *445The secret of beautiful words or the principles of music落雷の後に美しい旋律が甦ってくる、時間から切り離され、言葉からも切り離されたというのに。ロイヤリティー諸島の、ムリ・ビーチの細かな砂を歩く、好奇心にとみながら、肌の火照りをおさえられない。僕は不安の象形文字、楔型文字にでも、なりながら、ほんの一瞬、歯や舌の見えない、口腔の見える暗い口、空洞のようなものから、風にのったつむじ風が、失われたということを知覚する。知覚は世界の成り立ちを作る、神も宗教も、常識も、何もかもを作る、でもいまは何もなかった、休止した振り子のように、一瞬ごとに姿かたちを変えていく、軟体動物のようなイメージに美しい旋律が垣間見せる、グラデーションの中、呼吸の感じに包まれていた。やっぱり問い掛けは生の構成要素なんだ、そんなことを思うほどに、音の洪水は大きくなった、僕は「鳴らすもの」君は「奏でるもの」そして二つで「響かせるもの」どれほど隠しても過去は必ず追いかけてくる、戻ってくる、僕には君しかいなかったのだ、他の誰かではなかった、君だけが僕の音楽を鳴らし、奏で、響かせた、あの一瞬が美しすぎて、僕はもう、眼を開けていられなかった。君を見ていればよかった、あの時の僕と、いまの僕はそれほどまでに違う、想像力を超えてしまう、空想することも嫌なことが垣間見えてしまう、それでも音楽は続いた、僕等の世界の扉はまだ閉じることはなく、大きな口を開けて、解答を僕にせがんだからだ。 *444この夜は風が起こって木の葉が揺れてはじめて、物言わぬセーヌ河になったのさ。夢のヴェールを下ろして、心拍数が、一三〇から一四〇。脳の酸素容量が減って、言葉はこんな時に、感覚的神経記号で、情報処理装置の機械になった。立入禁止の立札の向こう側は美しくて、憧れていて、けれどそれはきっと、公園のベンチにも、河原の坂道にもあった、銀河鉄道の時間帯にはまだ早い、郊外を走る鉄道の音が聞こえてくる。僕等はずっと待っていた、運命の劇的な見方に対する白熱と、速度と力学による段階的変化の、パースペクティヴを。アーダルベルト・シュティフターの、水晶のような魅惑より。デカルトがはじめて使ったXより。アイスクリームの冷えた舌の感覚を戻す、ウエハースよりもずっと。僕等は待っていた、この一瞬を待っていた、すごくつまらない顔をしながら、哲学の欠陥を、極東的無個性人物の悲劇を、待っていた、意志と感情の時間割りを、不安定な状態で、少し迷い、足掻き、不安に駆られ、眠れぬ夜を過ごしながら、。悲しくすり切れたソファの腕を、もっとよだれさせながら、君がそこにいるという白昼夢が起こりうる確率、僕等は待っていた、永続感と賞味期限、それから飽きやすい僕等の心を知りながら、もっと熱く、もっともっと熱く。 *443駄菓子屋へ自転車のスタンドを止める。(宮澤賢治のように三ツ矢サイダーを買おう、)子供たちの笑い声が聞こえる。ガシャポンだ。ノスタルジックフレイヴァ―のする木造住宅、下町情緒。百年前からずっとそこにあるような過去の遺物感。割烹着のお婆ちゃんと猫でもいたら神社じゃないけど拝む。そして猫は町の七不思議認定されて、それはディズニーランド失踪事件のようなもので、大体夜喋るか、公園で黒魔術をしている。(「透明人間」や「ジキルとハイド」などを読んでいた、小学校時代が思い出される、)くるくる回す食品ボトルの蓋の音がする、ショーケースの開閉音がし、ゲーム機の電子音。それらが規則正しい小学校のチャイムの音に紛れて、ランドセル背負った子供が似合う。子供は賞味期限切れた駄菓子と知りながら食べる(?)お好み焼き、煙草屋、そして駄菓子屋。これらは昔、女性の仕事だった。こういう言い方をするといまは職業差別とか言われるかも知れない、けれど、そういうのを問題にするのはいつも大人で、子供じゃない。いまでは夜はバーにもなる駄菓子屋がある。子供の有害になりそうなものがない安全圏とのむすびつき。コンセプトの勝利、(いやいや、大人もまたいつまでも子供でいたい、)店に入れば、駄菓子は十種類ある、と覚えよう。スナック類、チョコレート類、粉ジュースやラムネ系。飴&キャンディ系。ガム系。せんべい系。餅&ぐみ系。すりみ&ちんみ系。ゼリー&ドリンク系。ラーメン系。(ごろごろ、と台車を動かす音のように、咽喉が鳴る、多くの子供は永遠の小学生だ、)アイスクリームは含まないのは当たり前だが、ポップコーンや、あじのりや梅干し、解釈の難しい菓子パン類をどうするかというところはある。でもべっこうアメと、水アメと、金平糖や、練りアメを、同一線上に置くなんてもはやG線上のアリア(?)駄菓子屋の看板が古すぎて壊れているけれど、僕等はその民家風の土間を愛していた、(そして何故湿っぽい余白のような沈黙が生まれてしまうのか、ドアは横にガラガラと開く、自動扉じゃない、)そんな時、お釣りを百万両と言ってくれるのか、本当は百万円だけど百円にまけたげると言ってくれるのか、駄菓子の間に実は少しグレードの高いお菓子を、忍ばせている経営戦略の元、能ある鷹は爪を隠すをと言ってくれるのか、駄菓子屋は万引き多いって聞いた、だからじっと見てる、そして僕に言わせてくれ、「百円もんじゃが食べたいんじゃ(?)」と、ヘミングウェイのしわがれ声でね。駄菓子屋それはオリエンタルマジックであり、駄菓子屋それはレトロをアメーバープールさせるところにある。(そこではレトロなゲーム台が二十円で出来る。みんなメンコをした、リリアン、そして謎のガンダムっぽい何かが、棚の上に隠れている、隠されすぎている、)ここにはゴム人形があり、水鉄砲のピストルがあり、グライダー、万華鏡、シャボン玉、知恵の輪、パズルがある。権利関係がどうなっているのかわからない、昔のアイドルのプロマイドがあり、文字が汚すぎて読めない野球選手の色紙がある。お菓子を買わないなら出ていけと言われるかも知れない、選んでいるふりがとても大切、だって軍資金はごくうす、コンドームじゃないけど軽微、圧倒的戦力差(?) *442馬鹿別に誰かを庇おうと思って言うわけではないが、遠すぎて想像力が及ばず抽象的な関係にとどまる、ということもある。株やFXなんて知らない人にとっては、ヒステリーやノイローゼの一つと言い放っても嘘にはならないだろう。常識系の洗練と複雑化を謎として自覚する能力はあるのに、認識の地図というのは外堀を作って、自分の好きなもの、興味あるものだけで、線を結んでいるということもあるのではないだろう―――か。とはいえ、尻に、肛門に空気圧縮機(エアーコンプレッサー)を向ける、あろうことか、体内に向けて空気を送りこむのは大変危険だ。ご存知の方も多いだろうと思うが、もちろん、玩具のピストルのような構造をしていることが多いし、冗談や悪戯でという推測は成り立つ。だが、事故は多発し、死者も出ているということを忘れてはいけない。あなたはこの問い掛けに一つ一つ微笑みながら、何を言ってるんだこの人はと思ってるかも知れない。けれど将来これが傷害ではなく、殺人罪で扱われる日も遠くない。だのに、こんなことを絶対してはいけないという、イラスト付きの説明が、空気圧縮機にはあるだろうか?扇風機に手を入れてはいけないということを、あなたはもちろん知っているだろう。でも実のところ、扇風機にはシールでちゃんと貼っているのだ。あぶない、と書いてある。手を入れてはいけない、みんなもそれを知っている。じゃあ、何故貼るのか、手を入れた人がいるからだ。想像ではあるけれど、多分訴えた人がいるのだ。そうではないとしても、安全衛生上の都合でそれを義務化しているのだ。もちろん、普通の扇風機ごときで指は切断されない。もう一度、指は切断されない。あなたはそれを知っている。メーカーは人に向けるなんてわからないと言うらしいけれど、(複数で確認した、こんなことを言う社員がいる事自体、危険という意味がわかっていない会社なんだな、と思った)―――もちろんこんな辛辣な言い方はない、だってそんな使い方を推奨していない、それもわかる、そもそも圧縮空気で、普通に吹いただけで人に向けるもんじゃないってわかる、もちろんそうだ、何度も言いたい、もちろんそうだ。戦争でレ イプが起きるなんて軍人にあるまじきと言っても、自動車で人が死ぬなんてまさか思うわけないじゃないっすか、と言っても一定数の人は暗黙の了解するのだろう―――か。僕は本当に言いたい。事故は双方の責任で起きる。そもそも人間なんてそんな頭のいい生き物だったのだろうか、何を過信しているのだろう、どれだけ傲慢なんだろう。ヒューマンミスで人が死んだりするような事故が、一度も起こったりすることはなかったのだろう―――か。小型の空気圧縮機の仕組みは、モーターでシリンダの中のピストンを動かし、圧力タンクの中に圧縮した空気を貯める。使用するときは、タンクの中の空気を吐出す。これを自動車のタイヤに使ったりする。圧縮空気の力でネジを回したり、物を動かしたり、溶接クズなどを吹き飛ばしたりする。歯科クリニックで使われる歯を削る「ドリル」や、大工が建築現場で使う「釘打ち」や、ゴルフ場で靴に付いた泥を吹き飛ばす「エアガン」などに使われている。身近なものの危険性というのは、記憶の片隅に小屋を建て、以前からひっそり住み着いていた野蛮人のようなもの。僕は子供の時、誤って彫刻刀で刺したことがある。学校の先生もいないところで使用していて、ぶすっと、骨が見えるほど刺した。僕は別にその時のことをいまだにはっきりと覚えているわけじゃないけど、彫刻刀や、包丁みたいに分かり易くはない、空気圧縮機(エアーコンプレッサー)というのは。会社にもあるけれど、シールを貼って、これを人に向けてはいけないと書いてあるのを見たことがない。もちろんそんなことをしないけど、それは別にこういう事故があったからというわけではなく、単純に人に向けるものではないと思っているからだ。耳に向けたら多分鼓膜が破けるんじゃないか、と思う。そういう認識の場面は何度かあった。圧縮空気は、体内で膨張する。何倍にも膨らんで、尻、肛門の穴へでも吹き込もうものなら、たとえ衣服の上からでも絶対にしてはいけない、どうなるかなどけして難しい計算式を必要としない。圧縮空気を肛門から送り込むことによって損傷が起こりやすい部分は、S字結腸から直腸。また運よく命に別状はなかったとしても、間違いなく傷害で刑務所に入るし、軽い気持ちでやったことは、その相手に一生残るような後遺症が残る。人の臀部に空気を入れる行為は、人の身体に対する不法な有形力の行使にあたり『暴行』(刑法第二〇八条)に該当し、暴行の結果、人に傷害を負わせた場合は傷害罪(刑法第二〇四条)で、死亡させた場合には傷害致死罪(刑法第二〇五条)に該当する可能性もある。町の自動車整備工場やガソリンスタンドなどで修理に使われる、いわばポピュラーな、誰でも買い求められるような、そういう小型の空気圧縮機ですら、一分間に大人一人以上の体積の空気を送り込める、ということを、本当にきっちり考えなくてはいけない。値段もリーズナブルで、特殊な免許が必要というわけでもない。業務用になると、吹き付けるだけで風船が粉々になる。しかしこれが労災事故として扱われるなんてどう考えてもおかしい。前にスタンガンを遅刻してきた社員にやったとかいう事件があったけど、スタンガンはそのような目的を推奨していただろう―――か。けれど、本当にそんな人がいるのだ。別に誰かを庇おうと思って言うわけではないが、遠すぎて想像力が及ばず抽象的な関係にとどまる、ということもある。残酷さが基準の時は、その破壊力を隣人に向けることはあった、と思う。あってはならないと思うけれど、銃や、拷問器具、刀などなど、それがどうなるか一目でわかるようなものだった。けれど時代が変わって、たとえば危険な道具は、浜辺に打ち上げられた毒くらげ、あるいは毒を持った河豚みたいに、さもありなん、融けた水銀のようになっていったのだ。蛍光灯の発売が禁止されると言う。僕はそんなことも一度も考えたこともなかったし、知りもしなかったけど、蛍光灯に水銀が使われていたようなのだ。水俣病と呼ばれる病気の原因になることは残念ながらよく知っている、僕の父親が水俣病だったからで、医療手帳や被害者手帳は、歯科、出産、交通事故以外の医療費は無料、ということも僕は知っている。身近な蛍光灯ですら水銀を使用していたなんて知らなかったのに、空気圧縮機(エアーコンプレッサー)のメーカーの人は、人に向けるなんてわからないと言うらしい。辛辣な物言いだ、許せ、けれど大義名分は通りがよいものだ。そしてそういうのはいつも利益の中にあって、支配層が作り上げる。誰かに見られることを意識して、それに答える義務を感じて無意識に口にした台詞だろう、と推察する。僕はそういう反射神経的な感覚を、悪だとは思わない。ただ、僕は探偵ではないけれどそういう場面がありありと浮かぶ。いつだったかこんな場面がある。財布を落としたらその人が馬鹿、と奥さんが言った時に、僕は眉間に皺を寄せたことがある。これは中国人の感覚について述べた台詞だ。もちろん、日本人だってそういう人はいるだろう。でもしつこいぐらい何度も何度も繰り返させてもらうけれど、空気圧縮機だろうが、蛍光灯のメーカーの人だろうが、誰が見ていようが我関せず、空気読めないと言われようが、僕は何度も何度も好きなように自分の正義のもと言わせてもらうけど、本当にそれが危険だという認識はなかったの、人が死んだけどそいつが馬鹿だなんてよもやまさか言いいませんよね。 *441ニューカレドニアというかカグーを見に行くニューカレドニアは南太平洋に浮かぶ、フランスの海外領土で、政庁所在地ヌーメアのある、ニューカレドニア島(グランドテール島)や、ロイヤルティ諸島(ロワイヨテ諸島)など、数十の島々で構成されている。直行便で約八時間半で、時差もたったの二時間。また日本国籍で滞在が九〇日未満の場合は、ビザが不要。パスポートの有効残存日数は滞在日数に加えて三ヵ月以上。また常春の気候といわれる過ごしやすさ。スカイダイビングやトレッキングにも適している。最終的にカグーを見に行く、とも言う。さてこのニューカレドニアという名称は、イギリスのスコットランド(旧名がカレドニア)に、風景が似ていることに由来している。一八五三年にフランス領土であることが宣言され、一八〇〇年代後半には政治犯の流刑地。また世界有数のニッケルの産地だ。そしてカグーの島とも言う。なお独立運動が起きていて、議会の議席数では独立賛成派と反対派が拮抗し、独立の是非を問う住民投票でも賛成票と反対票が拮抗している。とはいえ観光客にそんなことは関係ない。ニューカレドニアには毎年約二万人もの、日本人観光客が訪れていて、ニューカレドニアと聞くと、「天国に一番近い国」という小説のタイトルが、浮かぶのではないだろうか。奇跡の白砂と、宝石の海。そういう美辞麗句の裏にある心理の謎は、ご都合主義と、革命ではないだろう―――か。そういう意味でここは、カグーが生き延びた島とも言える。ヌーメア市内の街歩きは半日で周れるし、セント・ジョセフ大聖堂は、シンボル。街中ではテイクアウトのサンドイッチやサラダ、キッシュなど手軽に購入できる。ニューカレドニアでのランチは一二時から一四時くらいまでの、決まった時間しかお店がやっていない。タイミングを逃すとご飯が食べれなくなるので注意が必要。腹ごしらえを忘れるな、カグーを見に行く体力をつけなくてはいけない。また別に水道水を飲めと言っているわけではないけれど、ニューカレドニアのヌーメアの水道水は大変きれい。ダムで貯水した水をほんの少し殺菌して水道水として配水している。外国では常時ミネラルウォーターを購入するのは基本だが、ニューカレドニアは水道水を飲むという選択もできる。もちろんニューカレドニアの固有種で飛べない鳥カグーを、みんな見に行きたいに決まっている。それは絶対そうだ。間違いなくそうだし、これから永遠にずっとそうだ。もちろんニューカレドニアに行って目撃しないなんていう、勿体ないことをするはずがない。森林を暴れ牛のように走りながらカグーと連呼して、ターザンのように服を脱いで、叫んで、探しに行く。それがニューカレドニアスタイルである。カグー、それはもう愛の名前ですらある。僕の知る限り、ニューカレドニアへ行く人の目的はカグーである。もちろん水力発電所を観に行ったり、ニューカレドニアの水族館へ行くこともあるだろう。でも結局カグーを見る。カグーそれは魂の遍歴、愛の逃避行、すなわち盲目のノイローゼ。世界遺産に登録された世界第二位の大きさを誇る、サンゴ礁ニューカレドニア・バリア・リーフや、動植物ともに固有種が豊富な生態系、さらにはフランス文化などが観光資源となっているので、グルメ旅行をしたいという人にも都合がいいだろう。ただ、物価が少し高めというのは間違いのないところだ。あと、グランドテール島には、「SUGOII MARKET」という、漫画やポップカルチャーのフィギュアやグッズ、日本の食べ物に特化したスーパーマーケットがある。もちろんそれらが終わると、カグーを探しに行く。手作りの地図にいささかの修正事項がある。ここはカグーの島である。沖縄でイリオモテヤマネコを探しに行く人もいるだろう、一緒である、カグーを探しに行く。 *440ホストという仕事ホストをやってる八割は、日給ホスト。歌舞伎町では一か月で百人が辞めて、百人がホストになる。ホストの条件とは何だろう、「ルックス」「スタイル」などのビジュアルは前提条件だろう。けれど、イケメンでも売れない場合は数多く存在する。それをして「ナルシスト」「自分の話しかしない」とバッサリ切り捨てることもできるだろう。とはいえ、ホストなのに根暗でコミュ障という奴もいる。三人以上いると言葉が出てこない状態の人もいる。アフターや、打ち上げなど、とりあえず焼肉というホスト。肉食系なんだな。「雰囲気」「トーク」「服装/髪形」などは十分に、できることだろう。ぶっちゃけ、全員やっていてしかるべき事柄だろう。イマドキのホストは、自撮りの研究にも努力を欠かさない、高校生よりずっとインスタグラム脳化が進んでいる。「気遣い」とか「モテそう/優しそう」なども、おそらくはすべて外面をコントロールする策略、「清潔感」「愛想」など、どうやって洗脳するか、マインドコントロールするか、日夜研究するのだ。初めて空けた感のあるピアス、とってつけられたような腕時計、まだよく似合っていないスーツ。だのに一か月経つとジャンプキャラクターの一年後。まめでなければ続かないし、継続や研究心がなければ人の心は掴めない。ローマは一日にして成らず。千里の道も一歩から。ホストは酒かっ喰らって女の子とぺちゃくちゃ話している、なよい、優男の仕事ではない。あのね、ブランド物でピシッと決めていても、パンツはドンキかユニクロなの。まず、沢山の人が辞める仕事がまともだなんて思ってはいけないし、夜の仕事にそもそもまともな客が来るとは考えてはいけない。看護師・介護士・保育士など、普段人に尽くす仕事をしている場合ほど、太客になる確率が高いという話もある。夜の仕事は裏の仕事だ。人の見えないところや、人のわからないところが理解できるのが、才能というものだろう。たとえば内勤がヘルプをこなせるような店は、チームワークがよく、店の売り上げがよいという話がある。売れていないホストは朝の十時ごろに起き、風呂に入り、新規の客にLINEを送りまくる。「昨日はお話しできて本当に楽しかったよ」「今日も大変だろうけど、無理せず、頑張ってね」とか、舌が腐りそうなLINEを送る。見込み客という発想なんてまずない。こういうのは残念ながら、紋切り型の文言と、数をどれだけこなすかだ。そしてこういうのにもコツがあるはずだし、客を見分けないと届くものも届かない。右手の親指が腱鞘炎になるのは、「ホストあるある」だ。天下一武道会が始まってる。ホスト業界、最大級と伝説が好きなんだ。頭の中が少年ジャンプなんだ。お店に来たいと思わせるのは、さくらの親戚のような仕事から。こういうのもコピーライティングの仕事のような気がする。ちなみにホストの源氏名あるあるだけど、「夜」「神」「一」「水」をつけがち。夜の商売だから、神々しい存在だから、ナンバーワンを目指すから、水商売だから。なお、オンオフを切り替えるため、お客さんにより覚えてもらいやすい名前にするため、プライヴァシーを守るという理由もある。僕が思うところ、中二病設定だろう。売れてるホストのファッションセンスは完璧に狂っていて、小林幸子、宝塚歌劇団、パリコレ、オス孔雀という話もある。そういう時は、ローランドと言おう。ああ、あの人、存在自体がおかしいもんね、と言おう。そして営業が始まるのは十九時だが、十七時出勤。売れないホストは、開店前の掃除や、店の準備もやる。売り上げ(飲食代+指名料など)×歩合率=給料だ。ホストの給料は、ほとんどが「完全歩合制」で、店によって違うところもあるが、売り上げの四〇~六〇パーセントくらいを、ホストが貰える。売れないホストは、そもそもの売り上げがないので、日給で、六千円~八千円を貰う一種のコンビニバイトだ。ところでホストクラブの役職は複雑だ。主任・幹部補佐・統括・専務・理事・代表など役職が多い。ざっと読んでも、誰が一番偉いのか、どんな仕事・位置づけなのかがわからず混乱するだろう。かくいう僕にもよくわからない。新米ホストは肩書がとりあえずえらいという認識でいる。なお、面白くなってくると、アルティメットとか、レジェンドとか、ファイブスターとか、エグゼクティブなど、意味不明な凄い役職を作り出している店もある。こんなわけのわからないホストクラブなのに、引退したホストは夢をかなえる形のバーや、転職して不動産業界に飛び込むらしい。接客業向いてる仕事だもんね。あと、酒飲まなくてもいいし、好きでもない女抱かなくてもいいね。不動産業界、宅地建物取引士になると給料いいって話も聞く。さて、ホストは巨額のカネが入り乱れる。カネ乱れればイロも乱れる、ホストの枕営業の神話は有名だ。とはいえ、やらずにお金を巻き上げるのが王道。高い酒を沢山入れさせて懐が潤うというのが鬼畜だけど、王道。売れていないホストはそういう売れっ子のヘルプで入る。ヘルプは客に指名をしてもらえるように振舞う、場つなぎなどあるだろうが、一番重要なのはボトルの消費、多くが胃を悪くする、ちなみにホストは店で一番美味しいのは、「ウーロン茶」か、「コーラ」と思っているらしい。それはそうだ、飲んで美味しいという次元を超えていて、金銭感覚の狂ったシャンパンがべらぼうに不味いという話もある。ともあれ、ベロベロになるほど酒を飲んで飲んで飲みまくることだ。そして気合の入ったホスト名物のコール。ボトルがなくなって客にさらなる高い酒を注文させる。新人や売れていないホストはとにかく飲まないといけない。閉店の一時ごろにはベロベロだ。その後にも片付けや掃除が待っている。これが大体の売れていないホストの一日である。もちろん沢山注文させたのはいいが、「売掛/ツケ」というのが存在する。月末までに支払ってもらえればいいのだが、こういうのは多重債務者と同じで、まともな考えをしてくれているとは限らない。もし払えなければ担当ホストが、肩代わりするということもある。とはいえ、五年もの歳月逃げ続けられる人は、まあそんなにはいないだろう。ちなみに、飛んだ客から、売掛を回収する専門のダークな業者もある。 *439氷ice氷の透明度と硬度を左右するのは、氷の結晶体の大きさ。ウィスキーやカクテルには欠かせない。一九五〇年代には、氷屋という商売もあった。アンモニアを使って熱を奪って氷をつくるのだが、これが大掛かりな装置だった。その時代は電気冷蔵庫もあったけれど、まだまだ高価で、木製の冷蔵庫の上部に、氷屋の大きな氷を鋸で切ったものを、そのまま入れて冷やしていた。ところで水は固体になると、六角形につながる性質がある。雪の結晶がそうだが、氷は六角形になり分子の隙間ができる。堆積がふえる、というわけだ。(ただし、一部の圧力下では、堆積が減るということもある。これが氷の奥深いところ、)そしてコンビニやスーパーの氷はかきまぜている。きれいな氷は、きれいな構造だからとけにくい。かきまぜないと空気や、水道水の消毒の成分やミネラルがまじったまま凍り、これが氷の白い濁りとなる。ほかにも急に冷やすのも原因だ。夏の風物詩、かき氷屋にも、氷屋は氷を下ろしていたのだ。そういえば防弾プレート型水筒「IcePlate」というのがあり、確かに余計な荷物を持てない兵士には重宝するデザインだし、防弾プレートの下に装着する。持ち運びに便利だし、徐々に氷は溶けて飲み水になる。ナイスアイディアだと思う。だが、防御力について甚だ疑問だ。これが開発された後、売れたのかすごく気になる。さて、千年も昔には大きな穴のなかに、萱を敷いて、冬の池に張った氷を穴に入れた。これが氷室だ。穴には板をわたし、丁寧に蓋をする。多少小さくはなるが、半年後でもちゃんと残る。暑くなる前に外の暑さが中に伝わらないように、枝や葉をかぶせる。もちろん洞窟を利用した氷室というのもある。氷室は世界各地に存在し、夏における氷がどれだけ貴重だったのかがわかる。透明な氷の上を猛ダッシュすると、まるで水の上を走っているかのような映像ができるが、それはもちろん少林拳です。ちなみに少林拳ではないのが残念だけど、カーリングでは氷の上でモノが滑るメカニズムが解明され、マイナス七度の氷が一番モノを滑らせるらしい。ちなみに、ペブルのエッジを溶かしてストーンとの当たりをマイルドにし、抵抗を減らしてストーンの滑走距離を延ばす。氷点下のシャボン玉という芸術品さながら、清少納言が枕草子という随筆で、氷削という言葉を使っていて、かき氷のみぞれに近いものをまじ美味しと言ってる。夏に氷美味いよ、貧乏人という意味だろう。なるほどね、こういうマウントの取り方がああります。江戸時代のこよみで六月一日は、加賀藩が徳川将軍に雪をプレゼントする日だった。ちなみに雪は余ったら市民に配ったらしい。こういうアピールの仕方もあるわけですね。なるほどね。明治時代になると船の発達から、北海道から氷を、東京や横浜に運んで売る商売がはじまった。函館の五稜郭という城のほりなどに冬にできた氷がよく使われた。手付かずの美しい景色が残る氷の世界「南極」を、ドローン空撮してみた動画があるのだけれど、日本人が南極に上陸する場合、環境省に「届出」と「確認申請」の書類提出が必要となる。まあ、普通行かないよね。そういえばアイスクリーム天麩羅なるものがあるけど、中国でも「焼き氷」なるものがあるそうだ。氷を焼いて味付けて、ほら出来上がりでいっておいマジかよと思うけど、いやいや商魂たくましいなさすが中国だぜって思うけど、元々は注文した料理のサービスみたいなものらしい。情報の読み解き方としては、まあそうだろうなあと思うけど、しかしながら僕は中国で奥さんの同級生のお店へ行って、ビールがすごくぬるいことは知っているので、すべてがそうかはわからないけど、そんなこともあるだろうなって何故かふっと思う。次にそのお店へ行ったら、焼き氷が出ているかどうかをチェックしよう。ちなみに、中国では石に味付けするということもあるらしい。そういえばファフロッキーズ現象で氷が落ちるということもあるが、飛行機の排泄物が凍って落ちるということもある。ペンシルベニア州南東部のモンゴメリー郡、エルキンズ・パークに住むジェシー・ゴンザレス氏の雨樋を撃破した、氷をスペーススラーピー(フローズンドリンク)を作って飲んだそうだ。僕等はそのことについてあまり深く考えてはいけないと思う。ところで、高温でしかとけない不思議な氷、「超イオン氷」というのがある。水を途方もない温度と圧力にさらすことで生成され、非常に高い融点を持ち、水が豊富な海王星などに存在する。宇宙って本当に広いんだなあ、と思う。そういえばジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡では、「これまで観測してきた中で最も冷たい氷」を、星間分子雲の最深部で発見した。氷の温度はカ氏マイナス四四〇度(セ氏マイナス二六三度)で、絶対零度となるカ氏マイナス四五九.六七度、(セ氏マイナス二七三.一五度)にかなり近い値になっている。余計なことだが、風速一m/sで体感温度が一度下がると言われ、つまり、気温が一〇度の時に風速が一〇m/sだと、体感は〇℃という計算になる。ちなみに氷点下二〇度になると、「寒い」のではなく「痛い」が正しい。 *438bird君が時を流れさせる夏の恒例、美少女罰ゲーム、青い鳥逃がした。屋根裏部屋の、一番高い小窓に小鳥がやってくる確率、心が描いてゆく図形。ねえ、グーは35パーセントで、パーは33.3パーセントで、チョキ31.7パーセント、でも君はさ、最初からインチキをすることを決めている。必勝法はいつだってハッタリの心理戦。結婚式のヴァージンロード歩くような、しかし中々口では説明しにくい、永遠の若さをフレキシブルさせながら、辞書を踏み台にしたような背伸び。敗者復活戦、おいで。青く染まった夕暮れの夏が終わる、青い鳥はいつのまにか水を得た魚。 *437Farewell曲がりくねった、道・・・未知―――。(通り過ぎたんだろ―――う、ね・・)(思い出せないけど―――いま、は・・)誰にもしられずに、「終わっていくんだね・・・)「辛いんだね、悲しいんだね・・・」いまは、もう、[生起する反応のグラフ式の記録も、可聴周波数範囲も、埃まみれの目覚まし時計も、花咲くミモザも、]唇が動くのを見てた・・「引力」と「重力」だった、頭の中で水溜まりを踏む音がした、もう触れられない、小さな音がした。 *436glassshards戒厳令を敷いた陰気なくすぶり、恥ずかしい一皿。鍵と鍵穴。(音楽は空気のように軽やかに澄み渡るけど、電気じゃなけりゃ嫌で、反射光線じゃなきゃ願い下げで、息もできない、口も閉じた眼も幽霊に似て、自由を揺さぶって――)動き出すよ、僕の心臓、日向の上の砂時計のくびれ。僕の心臓、暗い平和の中の暗闇の小舟。暗い洞窟の中の影絵と、物語と、過去の謎と、原色の赤、好奇心を噛んで、不安を甘噛みした、蜘蛛の、糸が、あとを、引いて、流れる、(音のない世界、空っぽの世界、夢のない世界、意識のない世界へ、) *435朝霊魂の翳り、幻覚、知覚の歪み、―――青い酔った焔の揺らぎ、夜明けの鶏小屋で見つけたものは・・・。タイプライターを打つ時」顫音/体温心の中は爆弾かかえたアナーキスト」」アナーキスト」」(突風が暗い遠景に白刃を―――。張り飛ばしてきた―――んだ、追い越してきた―――んだ、[金網の向こう側にある臭くて汚いものではなく、それは“こちらの方”で、“自分たちの方”だって、感じていた―――感じてた・・・]―――アルコール・ランプの静止。 *434シロナガスクジラ君のこと好きだよ、エンドルフィンの分泌が確認されたから(?)道路の真ん中でバスストップ、ジュリエットとロミオの疑心暗鬼法(?)君はシロナガスクジラの哀愁を感じるんだ、誰がどう考えたって地上げ屋するよね(?)どうせシモネタなんだろお互い、あるもんとないもんのすったもんだってそう思ってたけど、マッチングアプリも、デリバリー型サービスも、井上陽水のPIPOPAだったんだ(?)それはね、「シャーロックホームズ成分」と、「ホテルカリフォルニア成分」と、「2001年宇宙の旅成分」と、「カレーライス」が一割ほどで、あと、「シロナガスクジラ」だからね(?)ねえ、はやく噴き上げしてよ、シロナガスっていうか、シロピ(?)好きだよ(?) *433no one really understands貧しいことは、悪なんだ。ある子供は言う、この世界は天国か地獄なんだ、と交霊述西汪文鳴しながら。口うるさい母親に育てられた。ある子供は言う。この世界は専制と服従よ、と宇宙空間の遊気を想憎しながらゾンビ映画以外は、映画じゃない。ある子供は言う。この世界は生存か死亡だ、と政痔家の靴磨きをしながら。こいつら全員、馬鹿なんだろうなって思った。ある子供は言う。そうね、自分には関係ないわね、と羊羹を水族館に入れる。 *432There's not always tomorrow left何もない夜だった粛かな夜だった胸が五月蠅かった涙が流れた言葉をもたない悲しみは言葉の分だけ深まった
2024年03月01日

431前世見定め難い、何の手ごたえもない死の想いを添える、凄愴な緊張の糸。鉈を揮って吊り橋を落とす。超高分子量聚乙烯の感触。琴钢丝。蜈蚣のように右へ左へうねり、幾十年かの歳月が葬り去られ。たずねてくるのは、夢たおやかな密呪。病歷簿なき繊細な感受性がつぶれ、神の髭が焔のようにわななく。吹き渡る疾風怒涛の風の音。もはや誰も住んでいない空っぽの家。采松蕈に、庄稼地。億万の昼夜をつないだ大自然の真景の、そのまわりの運命を奶油のような影に負うて、美を鳴らしたように言い伝え、百頁窗が降り、盛衰の波をただよわせる。十二指腸のような不思議な感銘を与えた森林、火が消し止められ黒い竪琴が鳴る、寄存器组。肉眼は万物に無限の価値を見、見よや、今或る力に絶えず触れながら、蜘蛛がのしかかっているような積乱雲のあと、しめやかな哀歌のような雨が降った。背後で漏沙が零れ、胸中に拡がったのは、颇辞、つねに遠のいてゆく風景―――。 *430tacit understanding君トイル、意味、ハナイノ、ハッ、オウトツコスッテ、果テルダケ、眼玉ッ、火傷サ、口ノ渇キ、共鳴ッ!パッ・・パッ・・パラシュウゥト(シテ、)―――二ツノ瞳トヱヴェレスト。ソレデ如何シタ、ニュウゥロン、ニュロントシテ、鉛筆ノ束、蘚苔類、摩滅シタ舗石、糸曳イテブラ下ガッタ解体新書、悟リノ書、ウッ、(ズッチャズッチャビィイイン、)リリダン!ワヅカニ一点ノ黒イモノ、飛行ヨ自在ナレ、滲ミイル屈折カラ、カラノ、カラァペエェジノ、刷リ込ミ教育、無神論者ノ戯言ヲバ賜リタク―――。環状ノ、環状ノ、官能ヲサ、ヲ/サ/ソレスラモナホ―――。ソレスラモナホ―――。・・・・・・透明ノ底ニ拡ガルモノ。(砂ヲ噛ンデイル俺ガ見エルゼ、)(砂ヲ噛ンデイル、デリイシャアアァス!)羅針盤ノ方位、強暴ナ羽搏キ、打上花火ノ引火サ、脳天ノ爆発ッ!ソノ人ハ顔ダケノ生キ物。クッ・・クッ・・クラクラクラクラ(シテ、)―――堕落サ、グングン下界ニ堕チテ。パッ・・パッ・・パラシュウゥト(シテ、)―――グリス塗レバ猥褻。クレエェバアアァ!(連帯責任ダッテサ!)(保険請求手続キダッテバヨ!)キ/キミ/キ/キルミイィキ/キミ/キ/キルミイィソレデ如何シタ、ノシカカッテン、ヨ、岐路、ヤミガタイ息ノ燃焼、灼熱、業火、妄想ノ下積ミ、暴レダス、暴レダス、音楽、ハッ、右ヘ左ヘウネリダシテサ、胸ノウチ、凄マジイ狂気ノ稲妻、母性トイウ名ノ懐胎巡リ、コロガリオチルダケノ、蹂躙デアラウ!モウ、モウ、蜘蛛ノ巣ナンダロウ・・・・・・。「君トイル、意味、ハナイノ、」「糞野郎ノ、仲間入リ、、、」不毛ノ原野、硝子ノ牢屋、疲労ノ大地、ウッ、(カツッ、カツッ、カツッ、ジャキイィン、)ヌメラン!ヤガテ霙トナル冷タイ風ニ晒サレテ、インマイハアァトハ(ハ、)ハリボテパアァティナウ!明滅スル非望ノ一線、爆鳴、雷鳴、レヨ/レヨ/「君トイル、意味、ハナイノ、」「君トイル、意味、ハナイノ、、、」経験ト認識ヲ超エテ繫栄スル虚栄、永遠ノ、永眠ノ、栄冠ヲサ、ヲ/サ/ソレスラモナホ―――。ソレスラモナホ―――。・・・・・・妄想ヲ深メテ生ノ愚劣ナ充血。(・・・・・・透明ノ底ニ拡ガルモノ、、、)(・・・・・・透明ノ底ニ拡ガルモノ、、、)荒廃ノ壁土ト瓦礫、歯ヲ剥キダシテ猿ノ系譜、血ニ噎ル生肉トノ刺シ違イ、エクスキュウゥズミイ!地獄絵図マデ、パノラマモオォドノ、(ノ、)夜ノ終焉リ!クッ・・クッ・・クラクラクラクラ(シテ、)―――堕落サ、グングン下界ニ堕チテ。 *429さわやかな風が吹いて木洩れ日の中にふりそそぐ陽射し、ぐんぐん進むマウンテンバイク、(あめは こずゑのなかにあり・・・・・)無人駅、プラットフォーム。バスは数本、電子マネーが使えない。コンビニが遠すぎて両親の車で出動、しかも何故か夜十時で営業終了。流れる雲を追いかける、ぐんぐん進むマウンテンバイク、(いとほそき みちのうへに・・・・・・)河童やツチノコの話題を従姉妹とする、救急車が来たら近所の人がみんな集まってくる、スタバがそもそもこの町にはない、野生のシカが愛の告白のようにわたしを見る。啼く。観測器械としての感官。打ち開いた田舎の道で。生理的心理的効果の係蹄。吐息を自由に操り進路はずっと前。「郭公が呼びかける・・・・・・」『啄木鳥が楽しく語る・・・・・・』(身をつつむ ひぐらし色のこゑ・・・・・・)色っぽいもの、艶めかしいもの、その果てに見出す椰子の樹もあり―――。夏の今頃はひなげし、ひまわり、ぐんぐん進むマウンテンバイク、(思ひのかげを うごかせり・・・・・・)ドライブスルーのすき家が出来たって、言う。蛇が家の前にいたり、牛がこんにちは、する。ローカル野球番組では野球盤を使って解説。おばあちゃんがお小遣いくれる。夏の今頃はスイカとそうめん、風鈴。ぐんぐん進むマウンテンバイク、(心のこゑの うるはしさ・・・・・・)熊の目撃情報はアナウンスされる、真夜中に視線を感じたら幽霊ではなく虫、コイン精米機は必須、農作業経験は野菜の葉や形状や花から見抜く。唇を引き締め、口角を美しく窪ませ、暮れようとしかけているその地平線、ま、で。観客の眼の案内者。水面に立った薄紫の微風見ていた。古びたバス停、蔦の這った木造の家。海上から吹いている蒸れたのろい微風。「鴬が呼びかける・・・・・・」『雲雀が楽しく語る・・・・・・』(しろき花 ゆるるがごとし・・・・・・) *428煙が匂ってI smell smokeすべてが嘘になっていたんだ、名付けるということで否応なしに名前が、後を追いかけてくることを知ったん―――だ・・。エフェラメルの中、蜃気楼・・。夜空に、ほらこだまし―――て。退、屈。ストリップ――スリップ、スリットの紐を外し―――て・・。理解不能な属性に圧縮されてゆくアイデンティティー、観念と行動、ヒューマニズム、信号機、電気回路異常、ブレーカーが落ちる、功利主義的な循環論法と分裂。「重いドアだった―――な・・・」(上をあるけば距離のしれない敷物、)『メダルの表と裏だった―――な・・』(もう幾脈も幾脈も、)ダイナミックな景観を形成する、―――【記憶】サイレンの音が五月蠅い、みんなそう思ってんだろ?すべてがくだらない嘘に思えて、優越感とか劣等感、必然性と可能性すら、まるで指名手配犯のような、性のけわしい坂道、馬鹿馬鹿しい底の抜けた壺に思えてきたんだ、“X線回折法や中性子回折法による、鉱物の結晶構造解析”猫の毛の光沢を識別し、贋造紙幣を発見する、五官の認識の方法は一面分析的であると同時にまた総合的だ。聞こえています―――か、まだ、僕の声を覚えているか。―――ヒュウウウウウ、っとね。善人面して接近いてきては、後ろにナイフ隠し持ってる感―――さ・・。この星空の下、重さをはかり、ベランダの階子段を上っていきたかった、自由の妙味に触れ、願望は陽炎の見える場所って、ね。(膝まで水に浸かっている気分だったよ、)計算する術を身に着け、その合致が逆包囲する、人の好きなもの、漫画やアニメやゲームでもね、戦争の火種、お互いどこに地雷埋まってるかわからないし、少しでも間違うと親の仇みたいさ、ところでドレッドヘア素敵、―――待ったは無しのぶっつけ本番で、、、(シンクロ、)考えている時間が無駄だよ、《モノクロ、》多少説明つかなくてもいいよ、二つだけ鼓動が響けば、影を踏み闇を越えてゆく、[街を立去り、遠方へ旅立とう]時計の文字盤が片減りするような、歴史的な力を感じた、ん、だ。「「「 粉雪につつまれた 」」」「「「 一瞬の静けさのなかに 」」」I don't care if I lose everything,I want to gain everything.―――喜びのあまり、涙で消した、炭火さ・・。泣いたっ(て、)泣いたっ(て、)泣いたっ(て、)変わらない、バイバイバイバーイ(で、)失くしたい類の嘘だったんだ、(膿んでんだろ、口角を美しく窪ませて、)希望は毒となり、内部的な抽象に変わっていったんだ。希望と絶望の化合物が電気的刺激のイメージにかわる―――よ。エフェラメルの中、蜃気楼・・。光をさ、あの空に響かせ―――て。痕、跡。美の典型を指示した化粧術よ、亀裂する迅閉塞。骨軟化症―――だ・・。韻を踏んで咲き乱れた阿呆の群れ、あ(れ、)全感覚ならびに知覚神経を、位置や強度の波形にした、閉ざされた無限の地図だった、・・これが金剛石、青玉、土耳古石、「愛情と憎悪が入れ替わ―――る・・・」(宵の明星、プレアデスの星の群れ!)『継承と断絶が複雑に絡み合―――う・・』(ざんざんざんざん木も藪も鳴ってゐる、、、)大人のようにポーカーフェイスを装った、―――【記憶】赤信号みんなで渡れば怖くない!眼で見、耳で聞き、鼻で嗅ぎ、口で喋った、袖におさめた手首の捩れの中の陽だまり、過去と現在と未来がある日唐突にどうでもよくなった、“夕方の空に、violetとpinkのとりあわせ、この権力、この階級構図の人波”顔の中にギリシア型、ローマ型、ユダヤ型をはじめ、インディアン型、マレイ型、エスキモー型からニグロ型まで。聞こえています―――か、まだ、僕の声を覚えているか。何気なく鼻歌交じりに漫画読んでたら、ベルセルクの蝕のトラウマ―――さ・・。行こうぜ相棒、どうしたんだよこん畜生・・!この星空の下、煩悩だらけの不安定で、痩せ細ったようにがらんとなった部屋の中、神経質で、不機嫌になりがちな僕が見える、よ。(おどろと鳴って、)平衡感覚のないまま断崖絶壁へゆく、憐れな僕等は道に迷ってる、人同士でいると圧迫面接のテンションの時もある、社会的距離、公衆的距離、心理的距離だったっけ、どうだっけ?気が付いたら、世界よ、幸せになれ・・!ところで君の名前何だったっけ・・・?―――送られてくる言葉は鉄筋の端の剥き出し、、、(シンクロ、)音を引き込むよ、まだまだ、《モノクロ、》言葉を超えて、無限大の、周波数、二つだけ鼓動が響けば、電車が後ろ向きに進むことを知る、[野球場のファールボールで歯が一本折れました]狭い家並みの間をすりぬけてゆこう、冷たい朝の空気を軽やかに吸い込みな、が、ら。サイッコー!!!「「「 綺麗に剃刀のあたった頤のような沙漠 」」」「「「 臆測と歪曲に満ちた零の発見 」」」I don't care if I lose everything,I want to gain everything.―――叡智は百合の球根、そうじゃなくても、ねえ、そうであったとしても・・。 *427put on a bandage, remove a bandage刑事不介入、第三者が立ち入ることも、まず出来ない、黒白の切片の配置、線の並列交錯に現われる、節奏や諧調のような、家庭内の問題、性格上の不一致、そこからもう一段階上がると、暴力による身体的虐待、暴言による心理的虐待、育児放棄などによるネグレクト。様々な発達の歪みや心身の問題、トラウマの問題を抱える。因果の中間に連鎖の糸と、蓋然の霧がかかっている。第三者の介入の時期が遅れただけで、取り返しのつかないことが起こる。保険金をかけて殺そうとする親がいる。親の資格もないような、麻薬や薬でラリったような親もいる。性的暴力で、子供が子供を生んだりもする。犯行の動機は多くの場合、強い権力を持ちたい、相手を支配したいという欲望だ。もちろんまともな精神状態ではない。それはもちろんごく少数だと信じたい。少数だからいいと言っているのではない。問題は多岐に渡り、様々なケースが想定される。世の中には犯罪を犯す前に自殺すると言い切る、小児愛性者もいる。そして自分のことを時限爆弾という人もいる。自分が普通でよかったと言う人もいるかも知れない。それはそれで正しいんだろう。人生の中のありとあらゆる場面とは言わない、信号の前で普通の車が、普通の歩行者がいるから、あるいは普通の信号で、普通の道路があるから、事故が起きない。でもどうして同じ人間であるのに、誰かが悩んだり苦しんだりしているのを、もっとオープンに出来ないんだろう、どうしたら色んな溝を埋めていけるんだろう。そもそも「普通」って一体何なんだろうか。子供が家出をする。子供が行方不明になる。大多数は普通の両親だと信じたい。大多数は普通の子供だと信じたい。今日ありえないほど馬鹿な漫画を見た。毎日怪我しながら学校に登校してくれる女の子とのやりとりを、いくらか辛辣な物言いする女の子を中心に描いている。漫画の描写を見る限り、教師が自宅に「どうされたんですか?」と電話をかけるレベル、クラスメイトが「何あったんだよ」と詰め寄るレベル。もしこれを見て何も言わないクラスメイトや、教師がいたら、本当に怖いと思った。こういうのを許容できると思った根拠を知りたいと思った。漫画を読んだ人達の感想をAmazonで見たけれど、(あえてそれ以上は調べなかったけど、五人いれば十分だ、一億人の中の五人の感想の確率は?)誰もそのことについて指摘していなかった。つまりこれは「萌え漫画」なんだ。信じられないだろう、でも本当にそうだった。僕も血管をピクピクさせながら、ツンツンしているらしい台詞を、眼を疑いながら読んだ。IQの低くなりそうな本、有害指定図書は間違いない称号だけど、暴力描写や、誇張表現が、ついにこんなところまで来たのかと正直言って思った。漫画がついに現実を侵蝕する時代が来たのだ、と思った。けれど漫画の中でおそらく数日以上が経過する、おそらく二日目の時点でこの子供は学校に登校していない、だってすぐに事件が公になるからだ。常識的に考えて、まず両親が発覚を恐れて子供を登校させない。人の眼をなめるなよ、監視社会をなめるなよ、そう思った。そこにはまったくリアリティはないので、これはファンタジーだとわかる、学園ファンタジーですと銘打ってくれたら僕もそっかと言う。過剰なものを編集者が望むと聞いたことがある、インパクトを欲しがるというのはインスタグラム脳の専売特許だ。あなたのことですよ!いいですか、あなたのことですよ!けれども暴力描写がもっと控えめであった時、誇張表現がもっと現実にそぐうものであった場合、たとえば包帯を伴った描写ではなく、傷が露見しにくい場所だったら、もっと見えにくい暴力が実現されていた場合、きっと誰にとっても吐き気がするもので、きっと誰にとっても主人公の女の子を救済しようとする、何とか力になろうとする男の子の勇気は本物になるだろう。ファンタジーのよいところは現実逃避で、馬鹿なことだ。ラノベの大半は売れたら正義という馬鹿の看板を背負っている。もちろんみんな馬鹿ではない、中には努力次第で芥川賞とか直木賞を狙えるような、そういう文章の想定の仕方をしている書き手もいる。ここがすごく面白いところだ。どんな場所にも一定以上の水準がいる法則というのがある。その人がさらにもっと高い水準へ行くのかどうかは別として、だ。鋭い銃声のような眼で、周囲の人間模様を見ていよう。何かしろとはもちろん言えない。何か出来ることがあるなんて言えない。ただこれをそのままにしておくなんて、それは僕には出来ない。そんな時に「愛」と言うのが、けして恥ずかしくないような、きちんとした人間でいよう。科学が時代を変える、天才が時代を変える、遺伝子で優劣は決まる、優秀な大学以外は底辺だ、それだってある考えの中ではもちろん正しい。けれど、そうじゃない、僕等だって僕等の努力や、考え方一つで時代を変えられる。自分の為には出来なくても、誰かの為にならとんでもない力が与えられる。一つ一つは小さくても、それを束ねれば、統べれば、大きな力になる。蟻の集団は象や鯨よりも大きい。蟻の集団はどんな不正も、暴力も許さない。 * 426S雲は淡々、様々、Go Round!光の模様が踊り狂う目蓋の底の夢の中、ふわり浮く、“情報転送 可視光伝達、共通感覚探索―――”(鳴り響く、)課題やタスクについては自動化・習慣化が進み、効率的な遂行が可能になりマス。《ナ、リ、ヒ、ビ、ク、》乱反射する水飛沫が想いのよう。けれど“柔軟性”は失われてユク。***だ。まって/またれて、い、た「音に誘われ、」フェードインとフェードアウトを繰り返す、魔法はすぐ透明に、な、る。『音を結んだ、』(music...)波の欠片、糸が生まれては消え。砂時計とメトロノゥム・・ム・・・ム・・・・・・。声の欠片、線が消えては生まれ。アンテナとシュプレヒコォル・・・ル・・・ル・・・・・・。―――ちがう、ちがう、単純なルール。仕組まれ て ゆ く 。僕は 眼を閉じ る 生き 物 。―――いらない、いらない、抽象的なルール。***だ。さりげなく(て、)わざとらし(い、)Ah... 心に残像。ファミレスの店員は笑顔で、紋切り型の質問をし、空いている席まで案内する、案内する、案内する・・!得体の知れないアラートは、プログラムされた奇妙な音声を繰り返している。心細いんだね、ねえ淋しいんだね・・。・・(ゼロ)は、続いてる・・・hellとheavenを感じながら、感じながら、感じながら・・!永遠の空にふわり沈む、 ――そ の・・・『頭の中のアリア』飛んで、飛んで、飛んで、エアブラシで消えるようにぼかして、――そ の・・・『頭の中のアリア』廻る、廻る、廻る、その細い手足、常識など、留め金。十年前の僕等(を、)十年後の僕等(が、)二十年前の僕等(を、)二十年後の僕等(が、)振り返ることを忘れたように、鳩尾に迫る 美しい言葉(を、)角膜に迫る 美しい硝子(を、)みちびかれ(て、)――がたがた・・列車は揺れる・・「手品師?・・魔法使い?――」よびさまされ(る、)コインを一人集めて、ゲームのコイン投入口に入れる。それが...いきもの...であった...ころ......[この時](拡声器・・アナウンス――)一二の三、後ろには人生の牢獄があり。一二の三、前には永遠の牢獄があり。ゆれて/つづいて、い、た「音に誘われ、」すれ違い、通り越し、角を曲がったそのとき・・、地球儀はマンホールの如き異形の穴へ。魔法はすぐ透明に、な、る。『音を結んだ、』(music...)***だ。波の欠片、糸が生まれては消え。砂時計とメトロノゥム・・ム・・・ム・・・・・・。声の欠片、線が消えては生まれ。アンテナとシュプレヒコォル・・・ル・・・ル・・・・・・。「本の端っこを折って栞代わりにすることを、ドッグイアという・・・・・・」「何時にアラームを鳴らすか決めるためにぐるぐる回す、短針・長針・秒針以外の第四の針のことを、目安針という・・・・・・」―――ちがう、ちがう、単純なルール。―――いらない、いらない、抽象的なルール。撃ち込んだリアライズ(が、)脳天に突き刺さって血が噴き出すとしても。まやかし、きてれつ、そうかい―――。花、花/花花/花安楽死したリアリティ。(インストールする“沈思黙考”)眼、眼/眼眼/眼「コードを縛るのに使う、細長くクニャクニャ曲がる金属板を、ツイスト・タイという・・・・・・」「プチプチ、エアーキャップなどの商標登録も有名なものを、気泡緩衝シートという・・・・・・」―――ちがう、ちがう、単純なルール。―――いらない、いらない、抽象的なルール。大事なガラクタで街はあふ、れ、て。(流行り病のようだ、、、)くだらない宝物も時々はあ、っ、て。(下校時刻のチャイム、、、) * 425兄と妹ちょっと兄面すんなって、キモいんだよ。クラスメイトに見られたら囃されるんだよ。洗濯物もそうだけど、一緒に洗わないでよね。え? 血つながってないの?えーと、コホンコホン、お兄ちゃん、そのわたしを殴って(?)あ、ごめん、違うの、違うの、そういうドラマがあってつい言いたく、なったんだよね。あたしの馬鹿、迫真だったよね、気分悪かったよね、ごめんね(?)愛してる(?)LINEブロック? 違う違う、あれは照れ隠しで(?)カノジョさんいるんだなーって思ったら、つい口から出任せ言っちゃったーみたいな、嫌いにならないよね(?)まず、わたしを殴ってそこから和解ね。うん。これからカノジョみたいに扱ってくれていいよ。っていうか、して(?)なんかいつもと違う?え、いつもこんな感じだったよ(?)でもお兄ちゃん、女の人の匂いするね(?)駄目だよ、お兄ちゃん、わたしこれから朝晩一緒に登下校するからね、あと、LINEはわたし以外消してね(?)わたしさえいれば十分でしょ(?)今日から一緒のベッドでおやすみしようね、お風呂も、ね(?)だって兄妹だよ、普通だよね(?) * 424運命今日のことを忘れないでねと十歳の彼女が言う。三十年後の未来から来たの、と。未来からと真顔でオウムのように繰り返したあと、破顔して、じゃあ、もう四十ぐらいかと言った、そうすると二〇××年と正確な数字を言って来る。頭の中で大体それぐらいかと思った。よくもまあこんな嘘がすらすら出てくるものだなあと感心した。突拍子もない嘘というのが一時期流行った。宇宙船が道を塞いで学校にこれなかったという遅刻の言い訳は、抜群だった。先生が笑ったら許してくれた。ちなみに休み時間に遅刻したのは、大抵チャイムを無視して遊んでいたからだ。金魚が死んだんで休みますというのも一時期流行った。あなた金魚なんか飼ってたのと先生は笑った。不謹慎なことも通常運転のやさしい時代が僕等にはあったのだ。だから十歳の彼女がそう言ったのも全然不思議じゃなかった。こりゃ一本取られたな、担がれてやろう、と演技すればいい。そして途中であたりを見つけて、そんな嘘で人なんか騙せないよ、と言ってやればいい。そしてお互い笑うというストーリーである。彼女は近所の塾に一緒に通っている女の子で、学校は違うのだけどそういう嘘や冗談は言える間柄だった。ところで未来ってどんな風なの、空飛ぶ車に、超高ビルとかそんな感じなの、とニヤニヤしながら聞いた。悪い子供もいたものである。サラリーマンになるともっと真っ黒になります。そうすると、それが全然違うのよ、と言う。その大人びた表情や、溜息交じりの言い方が、不思議と印象に残った。それは母親がふとした拍子につく、疲れたとワンセットのシチュエーションだった。でも〇〇君に会いたかったから来ちゃった、と言う。ちょっとドキドキした。だけれど、人間ってちょっとしたことで狂う、嘘を見抜くつもりがすっかり懐柔されているような具合で。みんなそんな不思議なことや奇跡を望んでいて、ありもしないとわかっていても想像してしまう。だから今日のことを覚えていてねとお別れした。その時の歩き方や背中姿が、ちょっと違うのは感じてた。でもそれはそういう風に見えただけだという気もする。次の日塾へ行くと、彼女は引っ越しをしたと、同じ学校に通う子から教えられた。だからあんな嘘をついたんだと納得することも出来る。けれども子供ながらにそれはショックな出来事で、だからきっと何処から何処までが嘘で本当なのか、そういう判断をやめてしまったのだろうと思う。彼女がそういう風に言ったのは、大人になっても思い出してねってことだったんじゃないか、仲良くしてくれてありがとうねってことだったんじゃないか。涙なんか一滴も出なかったけど、僕は彼女のことが好きだった。恋というのとは全然違っていたけれど、塾で勉強する合間に話す時間や、ここはこういう解き方するのよとか、偶然図書館で会ってこの作家好きなんだという、本を読んだり、そういえば、駅前で母親と買い物袋を持っているのも、その時は話しかけなかったけど、見たことがあったな。少年期は親の都合に振り回される。子供にはありがちなことだ。引っ越しをした彼女と会えないまま、四十になった。四十になると、嘘をつく大人が百パーセントであることも知るし、嘘と内緒と秘密という三方向に矢印があり、ついていい嘘とついてはいけない嘘があることを知る。また嘘つきは犯罪者の代名詞みたいなところはあるけれど、同時に、嘘つきは病気だ。あんまりにもひどいとそれは、虚言壁、空想虚言者、反社会性パーソナリティ障害となる。大抵は癖みたいなものだけれど、許せるけど困る類のこと、駄目だけどまあ人間として理解できる、いわゆるイエローカードから、こんな奴と付き合いたくない、こいつは信じられないという、一発レッドカードまである。そのカードの一枚でも引かないようにする人間がいる半面、そのカードを使いまくる人間もいるわけだ。歳をとると、自分を騙す嘘というのが大きくなってくる。しんどくても、大丈夫だよという誰かに優しく言う台詞が増えてくる。たとえばやりたくない仕事でも、やりますと嘘をつく。それは社会人なら、大人になれば自然に使う類の嘘だ。面倒くせーとか、やりたくねーとか言ってられない。けれど四十になって夢の中で彼女の夢を見た。どうしていまになってそんな夢を見たのかはわからない。結婚もしていて子供もいる。昔も今も、別に恋愛感情があったわけでもない。でもそれはきっと、心の隙間、人生の穴の作用かも知れないと思う。浮気や不倫を絶対にしないという人でも、そんな風に違う人生を考える一瞬がある。ましてや、子供の頃に不思議な別れ方をした相手なら、いまどうしているのかなぐらいには思う。忙しく過ごしているので、休憩の時にふっと思い出す程度なのだけど、考えてみれば違う学校だから会うこともできないし、つまり名簿があるとか、知り合いを伝ってということができない。連絡先も知らない。仮に会っても顔もわからない。これはかなり決定的だ。その時、引っ越しを教えてくれた子だって名前も知らない、違う学校にいたということぐらいしか知らない。もっと言おう、記憶が正しければ、一年から一年半ぐらいの間柄である。名前だっていまじゃまったく思い出せない。そんな子のことを悶々と考えているなんてもうまともじゃない。もしかしたら何処かで会っているのかも知れない。そう思って、色々大変だけど、お互い頑張ろうねと呟いて、忘れてしまった方がいいのかも知れない。でもそんな悶々とした鬱屈とした気持ちが、夢の中であの日の場面、引っ越しをするのを隠したまま、彼女がそういう場面まで連れてきた。今日のことを忘れないでねと十歳の彼女が言う。三十年後の未来から来たの、と。未来からと真顔でオウムのように繰り返さず、破顔もせず、いまは何歳なの、と聞く。実は僕も三十年後の未来から来たんだ、と言う。四十だよ、と彼女が答える。同い年だから当たり前だけど僕もだよと笑う。そうだ、彼女こんな可愛らしい声をしていた、歯を覗かせて笑う顔が可愛かった。そんな風に思えてくると、ああ、と思う。僕はもしかしたら彼女のことが好きになっていたのではないか、って遅すぎる、もう四十だぜ、何をいまさらと本当に思う、好きっていうのが全然わからなくて、あと自分が誰かとそういう風になることも想像できなくて、いつのまにか長い時間が経過した。彼女はあの日と同じ場面でずっと待ってた。ずっと待ってた、僕はようやくそのことに気付いた。彼女はいま何してるのかとかも聞かなかった。もう結婚しているのかも知れないし、場合によっては離婚を経験して子供もいるシングルマザーとか、一人身を貫き通しているのかも知れない。聞かないということは、そういうことだ。もちろん彼女が本当に三十年後の未来から来ていたなら、である。ねえわたしはあなたのことを忘れなかったよと彼女が言う。じーんとした。その気配が伝わったのか彼女が照れくさそうに笑う。彼女が自分に好意を持っていたという可能性については、いまのいままでちっとも考えたことがなかった。人に嫌われるとかいうのは認識できても、人に好かれるという認識はいまでも難しい。色々大変だけど頑張ってね、と僕は言った。ほかに何も言えなかった。違う、引っ越しをする前に、住所や電話番号を教える、なんだったら引っ越し先の住所や電話番号を聞く。それが正しいはずなのに、僕は何もしなかった。未来を変えてはいけないと思ったわけじゃない。言葉がおそろしいほど何一つ出てこなかったのだ。感極まるといまだって僕はありえないほど情けない。そして夢から醒めた。あの日の彼女と会った。けれど、それはきっと僕の願望が垣間見せた夢なのだろう。そんな夢を見させられるぐらいには、印象的なシーンだった。あの時、暗示をかけられていたという可能性もないわけじゃない。そういえばこんな時期だった、と思い出しても、いまじゃ何をどうすることもできないけれど。今日のことを忘れないでねと十歳の彼女が言う。三十年後の未来から来たの、と。未来からと真顔でオウムのように繰り返したあと、破顔して、じゃあ、もう四十ぐらいかと言った、そうすると二〇××年と正確な数字を言って来る。頭の中で大体それぐらいかと思った。よくもまあこんな嘘がすらすら出てくるものだなあと感心した。でも本当にそんなことが起こりえると思うわけじゃない、誰だってそうだ、こんなの信じていい類の嘘じゃない。でも、あの時の彼女がそこにいて、ああいう形で別れを告げたという心理を読み取れば読み取るほど、狂おしい心のぶれ、ズレ、揺れといったものを感じる。不思議なことは、きっと、図書館で僕が借りていたSFの本を見られたことにも、ヒントがあるのかも知れない。人に忘れて欲しくないと考えたことはなかった、人は忘れてしまうものだし、覚えていられないものだと、知っていたからだ。でも〇〇君に会いたかったから来ちゃった、と言う。あの時のそれを何度も追体験する、回想することになるとは思わなかった、人生で一番ロマンチックなシチュエーションを小学生が考える。ちょっとドキドキした。いまではもっとドキドキする。ちょっと不思議なことを人同士で作ってゆけることが、きっと僕等の世界の大きな信頼になっているんだろうという気がする。人生には一人か二人忘れられない人がいる、きっと〇〇さんはそんな人だ。会いたい人がいる。けれどきっと会えない人がいる。これからもうずっと忘れない。ずっとずっと覚えている、大切な人。 * 423扉夢の中で、メリーさんという小さな女の子が出てくる。メリーさんは年端のいかぬ感じで、十歳かそこらあたりの女の子で、フリルのついたドレスをきている。真っ白な顔に少しグレーがかかったような重い雰囲気がある。そこは木材のログハウスの部屋だった。メリーさんは、信じられないぐらい大きな声で、鬼気迫った感じで、「わたしを探してえええええ」と言う。困ってるなら助けたいと肯いたか肯いていないかあたりで、パッと夢から眼が醒めた、と。夢というのに不思議なものでメリーさんの顔が頭から離れない。かくいう僕は小公女セーラにあれだった。少しも顧慮されない自分を、急に魅力のない卑しいものに感じて、ふだんの心の底の寂しさを一層深めるといった心理構造に同情する。それでも健気に強がっているというのに胸を引き裂かれそうになる。ある人はパトラッシュを見ると駄目で、ある人は三千里にママがいると駄目だった。僕の場合はセーラだった。もし夢の中のログハウスと同じ場所へ行けたなら、ここだと言うこともできるような気がした。そんな具合だから、別荘とか旅行でそこへ来ているのかな、両親はどうしたのだろうかと変なことを考える。また不思議と怖いという感じはしなかった。その日の夜もメリーさんが出てきた。二日続けてとなると、やっぱりちょっと話が違う。時間帯は朝方か、夕方ごろだと推定する。明るいとはいえないが、何も見えないわけではない。そこは少し開けた林道のようだった。また獣道とは違う、手入れされているからだ。数十メートル向こうに、道路が見える。メリーさんは真っ白な顔に、少しグレーがかかったような重い雰囲気で、フリルのついたドレスを着ていた。何でこんな御大層な服を着ているんだろうと思ったが、こういうのを着せたくなる親というのもいる。もしかしたら七五三とか、パーティーとかがあるのかも知れない。でも昨日とは打って変わってメリーさんは喋ってくれない。何だか少年時代に好きだった女の子のことを思い出す。ツンと澄ました顔をしているせいで余計にそう思う。塩垂れたような女々しい窪みは見出せず、従容としているのかも知れないが、オンナノコのことをオトコノコは永遠にわからない、のだ。そんな気がする。論理はそのように上書き保存される。メリーさんの後ろを何故かとことこついて歩きながら、それもどうしてなのかはわからないが、昨日探してやると言ったせいなのかはわからないが、つまり一緒に探していると設定なのかもわからないが、考えてみるとそれは全然合理的ではなく、十メートルほど離れて探すなどの方法を推奨したい。二人一組でどれだけ眼を皿のようにして探すつもり。もしよければ、メリーさんそっち、僕はこっちという具合に、ここに十分ほどしたら戻ってこようねと約束して、探す方が合理的というものだ。また合理的でないといえばメリーさんを探すって、お前いるじゃねえかみたいなところはあったのだけれど、まあ、とことこ後ろをついて歩いている。飛石伝いにひょいひょい飛んで、やわらかな苔を踏まないように気をつけるみたいな心遣い。そうすると花が落ちていて、火がついた蝋燭があり、大きな扉が見える場所まで来る。メリーさんは振り返った。そこで、バッと眼が醒めた。不思議な夢だったが、つくづく考えてみるに、あれはやはり死んでいるのだろうなと思った。だからメリーさんが探してほしいのは、生身の肉体とか、さもなければ生前に死んだ場所ということなのだ。飛躍や連想や独自の解釈の恐れはあったけれど、花や蠟燭や扉といった装置は天国を連想させるし、最低でも何か別の入り口といったものを暗示している。そのように思う、が正解か間違いかを決める基準が僕側にはない。それだけは確かだった。主導権や決定権といったものは何事をするのにも必要なものだ、そしてそれが行動の大半の状況を決定する。受け身である場合はそれ相応の覚悟というのが必要になる。しかしそれでも怖いという感じはしなかった。怖い夢を沢山見すぎたせいなのもあるし、メリーさんがやっぱり少年時代の好きだった女の子を、連想させるからかも知れない。色々大変だよ。変なことに巻き込まれても、こういう時、まあそういうこともあるかなって思えてくる。一応、憑依されているのではないかという気もしたのだが、鏡を見て眼の下に隈があるとか、命の危険に直結するような状態ではないので、たとえば知らない内に身体に手の痣や、切り傷ができているとか、そういうこともないので、お祓いにも行かなかった。心霊現象というよりも、相手も人間だという場合には、それ相応の誠意というものがある。あちらが頼って来るからには頼って来るだけの理由がある。どのような理由であれ無下に断るのは失礼というものだ。それに小さな女の子が困っていたら、手を差し伸べるのが大人というものだ。ただ、年齢や年恰好はともかく、実年齢は僕よりずっと年上という可能性もないわけではない。死ぬって不思議なことだ。若作りババア、場合によって若作り超ババア、エルフ仕様、ということもありうる。耳が長いというのは、実は耳ざといということなのだ、とアホなことを思った。そこから年齢が途切れる、終わる、数えないのだけれど、その人とあった場合に、それが適応されるのかどうかちょっと考えてしまう。死んだら美しいという理由が、何となくそういうことからも来ているんじゃないかと、アホなことを考えた。その日の夜もやっぱりメリーさんは出てきた。三度目の正直というわけだ。清楚で品よく見せている、メリーさんはいなくて、象徴的なあの林道の扉の前に立っている。花があり、蝋燭に火が点いている。風化することもなく、朽ちてもらず、蝋燭も消えようとはしない。時間の経過が感じられない。その時ふっと、これって死者の世界へ直結しているんじゃないか、この扉開けたらさすがにヤバイんじゃないかという気がする。そう思った拍子に、メリーさんが背後から現れて、「わたしを探してくれないの?」と言う。泣きそうな調子で言うわけである。僕はその瞬間、眉間に皺を寄せて、わかった、と思う。これで仮に死んでもいい、お前を探してやる、と思う。一度乗りかかった船である。思えば熊野古道沿いの夜道を歩いていた時も、金剛山の夜道を歩いていた時も、そんなことを思った。一歩間違えると死ぬかも知れないっていうことがあるたびに、何故だろう途端に僕は強くなる。運命の影が強くなるたびに人生の確率変動を感じた、人って弱い時、どうしようもない時に成長できないと、困難を乗り越えられないように出来ている気がする。過去は逃げても追いかけてくるし、どんなに弱くて情けない人間でも人生の精華を見つけなくちゃいけない。扉の取っ手部分を掴み、ぐいと引き開ける。そうするとそこは、道路だった。周囲には建物らしいものもなく、標識や看板は見えない。電信柱はあるので電気は通っている。左側にはこんもりと木々が生い茂っているので、連想として、先程の林道の傍の道路という気がした。右側には特徴的な木橋のようなもの、川が流れているのも見える。ああいう木橋が安全面ですぐに外される、取り替えられるはずだから、それがそのままにされているということは過疎化地域で、あまり走られていない旧道とかそういう感じなのかも知れない。もっと言ってしまうと立ち入り禁止の道路ということも有り得る。探せば家の一軒や二軒見つかるかも知れない。おそらく、自然に溶け込んだというより呑み込まれた感じの家。川は上流という感じはまったくしない中流、場合によっては下流の平坦な印象だった。土手から下りてゆける。そしてアスファルトから飛び出した雑草、ひびわれのある道路。通常走られている道路という感じはしない。日々道路を走っていると全然そんなことを思わないが、田舎とか、辺鄙な地域へと行くと必ずこういう道路がある。さてどうしたものかと思っていると、道路の隅に小さな人形が落ちていた。リカちゃん人形みたいだが、どうもちょっと違う。近寄って見ると、ビクビクと脈打っていた。見ようによってはすごく気色悪いのだけれど、手に取って持ち上げてみると、メリーさんのように白いフリルのドレスを着ていた。メリーさんがやっぱり背後から出てきて、「わたしを見つけてくれたのね」と言った。いやお前見つけられるだろ、ちょっと待てや、いま来たばかりの俺でも見つけられたぞ、お前どういう探し方してたんだよと正直突っ込みたかったが、女というものは長電話や長風呂や長い買い物に容量を使うあまり、探し物センサーにポイントを振り分けてやれないのかも知れない。無茶苦茶なことを思いながら、「なくさないでね」と言いながら渡した。考えてみればその時初めて喋れた。メリーさんは笑顔で、少年時代なら確実にこれはやられている感じだった。「ありがとう」とメリーさんが言った拍子に、背後から車が猛スピードでやって来た。いつのまにか、真っ暗で夜だった。ヘッドライトが威圧的で、脅迫的に光っている。あ、これは避けられない、轢かれるといった瞬間に、バッと眼が醒めた。それ以来メリーさんは夢の中に現れない。何だか少年時代の恋の相手が二人に増えたような気がする。あと、電話をかけないので全然気づかなかったのだけど、着信の履歴に三日ほどメリーさんという人から掛かってきていた。電話番号はこの世のものではないとすぐにわかるふざけた番号だったが、まあそういうこともあるかといまは思っている。あと、小さな女の子のお願いにはいまでも弱い。これだけは書いておく。 *422怪苔生した階段が増える、耳の穴の奥でひとしきり、ゴオと風の音がする。夜の二時頃。丑三つ時。また月のない夜。墓地で、戦時中の防空壕もあり、戦前からも姥捨てなどの話があった地域。神佛混淆の痕跡もあり、物質界に屈して、精神界に伸ぶる也。墓地としるせる木標の立てるを見る。思いつめてまどろんでいる中に、一つの智慧が、一つの閾を越えたのである。昔から今まで、からっきし、まったく、てんで自信が無くて生きて来た。ただごとに非ざる良薬になるかも知れぬという、いささか利己的な期待も無いわけでは無かったのである。夜目の中にも、水銀のように縁だけ盛り上がり、錆び込む腐蝕のように黝ずんでいる。そうしてのぼる。しかしどうしてか、足音がする。木霊ではない。そうすると階段が増える。気が付くと足元はゼリーで凝らしたような感触で、その階段の増え方も、一段とか二段とかいうちゃちなものではなく、数十とか、数百であったという。途中から数えることを放棄して、そうするとまだかまだかと憧れてゆく。単に刹那刹那の刺激のほかに―――は。手持ち無沙汰のほかに―――は。無口であり極度のはにかみ屋であるから、友人に囃されると黙ってしまう。のん気で愚かなところがあつて、情操的にものを突き詰めては考えられないところがある。眼と口とが茫漠となるところを見ると、一種の被虐性の恍惚に入っている者のようにも見え。とはいえ、それだったら高さが違う。普通に気づきそうなものだ、おそらく足を動かしているつもりで、同じ場所に足踏みしているか、さもなければ違う場所に、足踏みをしていることになる。それはそれで怖い想像だ。忍苦の長い時間的経過を味わうことができる、映像を人知れずおもいめぐらせる。カメラがもたらしたものは、科学的なものというより演技的なもの。だから止まった、と。さとりめいた寛いだ場所を見つけようと停まる。思えば、必死の決意を促す最後の脅迫手段だった。古色の容るべき空洞。そうすると、先程まで聞こえていた足音が、ピタリと止まる。物馴れた調子で綻びを繕いにかかる、不思議な因縁話のように、悧巧とかを誑惑する魔性のもの。何かがいる。まんじりともできない、時間がいくらか流れる。こわいけれど、振り返る。一の窮策を案じ出だせり。触れれば身を焼くような思いで、冷えてくる、左側、真後ろ、右側、左側aを通過し、真後ろbを通過し、右側cを照射する視線の動向。冷えてく―――る、ゆっくりと確認する。人はいないか、狸や狐はいないか、幽霊はいない―――か。後ろには誰もいない。闇中のことなれば、知るに由なし。上部より中部へかけて見らるれど、下の方は見えず。誰もいな―――い。気のせいか。ふたたび振り返りのぼろうとする。そうすると前には、一緒に振り返ってくれている、凝った瑩玉のように美しい心持ちもった、優しい幽霊がいる。気敏い幇間のような妙を得て、いないねえ、と言ってくれる。恐怖で何がいたのか覚えていない。あるいは、見てはいけないものだったのかという。気を失う。階段の下で彼は目覚める。階段を下りた覚えはない。かいがいしく御世話にあづからむものを。不思議だな、と思う。頬の筋肉の動きにちょっと説明のできない真実味があり、頬のうえに、細く伝うもののあったのを知り。ぺこりと頭を下げつつ、帰る、と。 *421金縛りなんだったら、こういう言い方をしようか。僕は呪詛のかけ方を知っているので、あなたに死ぬ呪いを掛けよう。だって、あなたは「呪い」というのを信じていないんでしょ?あなたは「神通力」というのを認めない。じゃあ、あなたの首を僕が絞めてもいいですよね?くびり殺しても構いませんよね?金縛りというのがある。恐怖心で眼を瞑って、時がただ過ぎ去るのを待つ。身動きできない恐怖、胸部の圧迫と息苦しさ、時が停止したような感覚―――。入眠時または睡眠からの覚醒時に、数秒から数分間、体幹と手足を自由に動かすことができなくなる現象で、夢と現実が混在したような幻想を伴う。乖離したレム睡眠で、思春期に多く、体調不良の場合もある。つまるところ、不安が顕在化し、実体を伴った形で現れるという絡繰りだ。日中のストレスや慢性的な睡眠不足とも関連性がある。心霊現象の九割がた、なんだったら僕自身怖がらせるつもりはないので、百パーセントといっても差し支えないぐらい、現実生活の視野狭窄的状況を改善するだけで状況はよくなる。もし思うところある人いれば、心理学を持ち出してもよいと思う。誰かが自殺した部屋、心霊スポットへ行ったなどの追加点があれば、それはもちろん無意識のうちにそういうものを引き寄せることもある。また、薬の効果で個人差があるというように、人それぞれ影響の範囲も異なる。そういう場合は、お札やお守りも有効だ。いるかどうかはわからないとしても、守護霊や神様も有効である。あなたはRPGを思い出す、アイテムボックスから回復薬を探す。ところで状態不能でいうところの金縛りの解き方も存在し、金縛りに遭った時は深呼吸をするといい。とはいえ―――。とはいえ、である。科学的に説明できたからといって安心してはならない、金縛りがなくなったわけではないからだ。さて、金縛りが頻繁に起こるようならもちろん、それはこういう説明では足りていない状況というのが想定され、別の病気の可能性もある。実際、睡眠薬の中には悪夢を見ることが多くなるタイプがある。非ベンゾジアゼピン系睡眠薬や、(ゾピクロン、ゾルピデム、エスゾピクロン、)オレキシン受容体拮抗薬がそれだ。また金縛りを悪夢と混同するのは僕自身よくないとは思うが、人はそれでも「夢を見ている」ということを忘れてはいけない、だんだん今がバーチャルリアリティの中にいるのか、ゲームの外側にいるのか、わからなくなってくるようなことはないか?それでも頻繁にそういうことが続けば気が滅入り、日常生活に支障が出てきてミスも増えるし、自殺願望だって自然と湧いてくるものではないか、と考えられる。そうなってくると神社でのお祓いも有効だ。可能性を虱潰しにあたっていけば偶然治ることがある。病気を治すのはその人自身の心の持ち方だからだ。亡くなった人が夢の中に出てきた、それはそういうことも起こりえるのかも知れないで、いいのだ。人生は長い、生きていれば不思議なことの一つや二つあるだろう。子供というのは不思議なもので幽霊とよく遊んでいることがある。イマジナリーフレンドとして説明することもできる。しかしどう考えても、親でしか知らない情報を、子供が「その子から教えてもらった」と話すことがある。そしてこういう話は有り得ないほど多いのだ。超知覚とか、テレパシー効果なんてわけのわからないことを言うよりは、幽霊さんいるんだなでよいのかも知れないと思う。素直にモノを考えてもよい時は、そうだねと言ってあげよう。善悪とか道徳とかに照らし合わせた大衆的正義ならばそうだろう。ところで金縛りの時に足音がする、気配を感じる、ラップ音がする、そして、死者を垣間見るということがある。僕の場合は、扉というのに何かがやってくるのを、ハッキリと感じたことまで覚えている。死者が触れる箇所は、その死者が欲しい箇所に触れるという、頭、手足、胴体、眼、鼻、口、頬―――。あなたは見知らぬ場所にいて、現実か夢の中かわからない場所にいる。クラインの壺だ。表と裏が入れ替わる。突然「違う世界」へ迷い込んでしまうことが―――ある。深呼吸をしよう、それがあなたの「金縛りの解決方法」だと教えられたものだ。やがて「眼が醒めるもの」と眼を瞑ってしまうのも手だ。けれど、「二度と目覚めない可能性もある」ことを知っておこう。これまではそうであったかも知れないわけだけれど、この時もそうであるという根拠を科学に求められるか考えてみよう。そこが真っ暗で、あなたがパニックにならないことを祈る。突然刃物のようなもので切り刻まれないことを僕は願う。深呼吸をしよう。デスゲームの始まりだ。 *420馬鹿の王国僕の頼りない内臓に地下水が入り込む、嗅覚だけで。苛立ち喚こうと―――。異常な程の吸収能力、停止された虚無、抑圧、異常性、閉塞、ここは無人の惑星でない、巨大な宇宙空間で瞑想しているような、蜘蛛の巣上に張り巡らされた情報が収斂する。複数の棒、円環、及び鏡の奇妙な混合物。多数決議の正義と、盲人への幼稚な遊びにも似た、被支配者階級の、芸術の憧れをそそるような絶望の壮観。予期しない不快な感覚ごときも読み取れない、お粗末な脳であることを羨め。首を剃刀で切るように、殺した、危機感が神経の秤となる。防衛本能が硫黄の燐となる。総体性において感じる塩の腐蝕、物理教師になったみたいだ、探検家になり損ねた税理士みたいだ、奇妙な遠近感を欠いた闇は冥府の底で、進路方向に意図的に作り出された隠喩となる。直叙であることを止めて、水銀灯の無個性な光が公衆便所を照射する。物を知らなさすぎる、その答えは数十年も前に出ている、なんだったら十九世紀の定型詩からも読み取れる。ラヴクラフトやポーからも読める、その文脈ならライトノベルや、批評からも閲覧できる、何年その仕事に携わっているのか、では何故そこに留まるのか。何故きちんと考えることを放棄するのか。中央管理制御機構なき我々の言葉を司る機関が、お子様ランチに見える、無能の決死圏。この界隈では誰一人それを指摘しない決定事項だ。第三者の存在を消去し、致命的に遅れている列車を待って見捨てられた町に留まる。本来あるべき機能的な道順を想像さえできないのか、―――定刻。緋色の焔はこれ以上なく、灼熱し、これまで以上に嚇熱する。世界が足りないと君が思う、熱烈に疾走しながら。錠剤が足りないのも、蜜蜂の翅音させながら。血が足りないのも、言葉が足りないのも、―――逆さづりになった愚か者の権利だ。有象無象の馬鹿の横溢に怖気にも似た、嘔吐を堪えるのに、実体のない物質を鋭利な刃物へと変えることも出来ない、思いつくこともない、その下地もない、背景もない、その前提には社会の堪え難いほどの緊張感―――と・・。歯車が廻る、一週間の間に絶滅しそうな勢いの怒涛の海で。酔い心地すら誘う朝の渋滞、かぼそい手で蟻塚を這いのぼっていくみじめな町に、限界の世界の悪趣味が恐ろしい幼年時代の、夜光虫を思い出させる。アメリカン・エクスプレスのカードも出てこないし、ポルシェの鍵も出てこない。下らない、無表情、傍観者、きれいな壁を作るのに左官屋はいらない。一日考えて駄目な類のことを見つけられない、十日考えて絶望する類のことを見つけられない、悲劇が舌先でヴ ァギナに触れる、そして喜劇はペ ニスに触れる。歓喜の絶頂へとゆくこの刹那的な衝動、逃避、爆発、恐慌、この空虚をつくりだした芽生えは、鏡の表面が河の形をして、何故かいつも暗い部屋で一人、家族を待っていた回想、追憶、感傷、攪拌し、悲哀し、内部空間をひそやかに充たし、提出される場所に吸いあげられ、姿を現わす雰囲気そのものではないのか。―――空襲警報発令。 *419kamome studio「窓」アイはじまってます覗き込めよこの変態野郎檻の気分はどうだい今日も奴隷かい? *418神社皇帝ゲイシャはジンジャへいく。てんぷら。ラーメンはニンジャする。ふじやま。にほんの人は、ニッポンのヒトです。じぱんぐ。さらさらのぱらぱら。ばきばきのぺらぺら。でもね、おりえんたる。かちどん、うめえ。こぴーらいたーがかいた、何処吹く風。こんな国の、あんなところや、こんなところで、うすよごれた、えヴぁんげりおん。 *417曲がり角眼がさかなのように泳ぐのは、ぎんの数珠を並べたからだ―――ね。つやな趣のあるやまから、葡萄酒のような雨が降る、ちいさな坂道をのぼって、静脈のような青い春をなつかしみ、血管の中にはほのぐらくかたくなな夏が、いのちの水を、スカーフのようにふんわりとさ―――せ、馥郁たる秋のいわれなき豊饒が、闇を盛る涼しいはちのように思えた頃、だろうか―――ね、糊のきいていないものが白馬にまたがり、ただひとつの碁石のごときくつあとに、海が酔いにかすん―――だ、さよならばかりが様々な匂いだ―――ね。瞬間―――光と光をないまぜにして、めまぜにして、よごれて、混沌をおくにひそませて、きたないね、でも、たらたらの不思議なくらさだね・・・。 *416from night to morningあかんぼになる煤紙、句読点を産んでゆく。疑問符を孕ませてゆく。常に、継続的に、等しく、須らく、尽く。―――平和。息を殺してる犯罪者、冥府が十全に機能したような夜、淋しい体温や、孤独な息遣いが手に取るようにわかった。僕と君の何が違うだろう、因果や立場や環境に作り替えられて、僕は社会のせいにとか神様のせいにして、いつのまにか可能性に賭けることを、忘れて―――いて・・。怠惰や堕落、ねえ、状況はどうだい?欺瞞やまやかし、一人ぼっちの夜が明けていったの―――なら・・。あるいは幻想妄想、選んできた道のりの正しさ―――と、手が届かない場所でも背中を押す君の声・・。日本は元々島国、四方を海に囲繞された閉鎖性と、長期間に及んだ鎖国で、共感意識や、優しさを発達させた、通行手形が必要だった、僕等、いろんな形で人のことを考えようとした。鳳凰みたいに見えた尼僧が、不倫していたというのをふっと思い出す。正しくはないけれど、けしてロクな奴ではないわけだけど、色んな間違いや過ちを償う時間があった―――ら、僕はきっとそれを許してしまうと思うんだ、人それぞれの悲しみが、夜の街の街燈に溶け―――る。自己満足でもいい、バス停留場に絆創膏を置いた。何かのきっかけが欲しかった―――僕は、自動販売機に五百円玉を入れたんだ。ジメジメした湿気っぽい空気もあるけど、因習社会にばかり眼を向けてられ―――ない、提灯行列や将軍閣下、戦争、戦争、戦争!悪いことばっかりに眼を向けるのは、弱い人間のすること―――だ。賢くない人間のすること―――だ。胸を張らない人間は愚かな人間―――だ。世界中色んなチャンスがある、僕がそれを手に入れられなくても、君がそれを手に入れられる世界が―――いい・・。そうでないとしたら、世界は何も変わらない。今日生きた人間を馬鹿にするような未来が、ロクなもんであるわけがない。コンビニやガテン系を底辺の職業と見なすような世界が、何故素晴らしいだろう、自転車だって僕は直せない、給湯器だって取り替えられない、自分にできないことはすごいことだって思う、そして彼はきっとそれを信じて歌を歌った、そして彼女はきっとそれを信じて絵を描いた。もしそれが世界平和や大きな愛の取り組みにならないのなら、僕等は何の為に生きてるんだろう、同じ穴のムジナだ、ミイラ取りのミイラだ、そしてそれはきっと僕の望む未来じゃな―――い・・。生きてるだけで素晴らしいのは二十世紀―――だ、僕等ひとりひとりが生きてるだけでもっと色んな素晴らしいことが、引き起こせる、始まる、繋がる、結びつく、色んな奇跡を起こせる、それが二十一世紀というものじゃない―――か。人種差別や迫害、ネットの誹謗中傷罵詈雑言、ろくな小説はないけど読んでみると意外と面白い。頭の軽くなりそうな歌は数多くあれど、わけのわからないリズムもいいよね。ゲーム脳とか、インスタグラム脳とか僕は言うけど、おっかないカメラがインクのようになる花火の入れ墨、人がそれでも幸せを求めてるのはわかるんだ、みんなそれぞれに人生を楽しんでいるって思いたい、きっと君もそうだろ?色んな幸せの求め方を考えている時―――でも・・、間違った道を歩いていても、いつか戻る―――よ・・。はじめは足がなく、やがて二本足、最後は四本足になった。一発で何万人も殺せる爆弾なんかより、―――おたまじゃくしから蛙(へ、)勝利や敗北、ねえ、足音は聞こえたかい?手探りの地図に踏み出す一歩、はるか遠くに見えたものも、いまは現在地。愛や喜び、あの日の街が絵のように見え―――ても・・、いつかはシールのように剥がれ―――た・・。そして僕はやっぱり君のことを考えてた、大切なものをなくして、その代わりに色んなものを手に入れた、僕や君は歩き続けている、進化する未来形態の中で、また新しい“愛の形”を探している、そしてそれはまだまだ続く、人類の可能性、強く手を振ってこの距離と時間を泳ぎ切ろう、いまが本当に好きだって思えるような生き方が、どんなに馬鹿馬鹿しく思えて―――も。いまが本当に素晴らしい思えるようになるはずだ、何処かで僕は君と出会う、何処にいてても、何をしていても、いつまでも。 *415 日の底 地の黒い割れ目と、 見慣れない屋根、 靴すべりを使って家を出た。 このところ急に忙しくなって、 今日東京に着いたところです。 ―――酒が飲みたい。 静寂を焼き切りにかかった、 (ハナ ハト マメ マス・・・) 臓器のしげみのうしろに、 (サイタ サイタ サクラガ サイタ・・) 貪欲な波が躍りかかる。 冬なのに。 冬なのに。 今日も枯れた井戸へ石を放り込む。 ―――ドイツの免税店に、 積み上げられたお菓子のように。 新宿も、包装紙の切れ端。 前橋にいたっては、夕映え。 バーのテーブルに元アメリカ兵がいても、 海底の珊瑚のようなミスチェシャ猫がいても。 「見れる」「来れる」に代表される表現は、 「ら抜き言葉」 (伝統形から革新形への置き換わり、) ―――【共存】 びたりびたりびたん、が聞こえてくる。 「ダイヤモンド」を「ダイナマイト」と言い間違えた、 言い間違えた、、、 精神分析入門をし、虎狩散弾銃した、、、 悲しい、酔いが回って来るのか、おどけているのか、 古い木造の駅舎と亡国の瘴気、 君はそれでホテルへ入っていったのか、 君はそれでレストランへ入ったのか―――。 重力を伴奏にでもしようか、 (ヤラズブッタクリ ヤラズボッタクリ・・) ひからびた骨を肴にでもしようか、 (ヘイヘイ エドッコハヨイゴシノゼニヲモタヌ・・) こんな気持ちのままで、 奥深いジャングルの中を進めるだろうか、 こんな気持ちのままで、 救命ボートの上を彷徨えるだろうか。 忘れられた波たちの言葉、 旧陸軍弾薬庫のような溜息が出てくる、 辛気臭い店主のために病脳する、蟹の眼玉だ。 あの子は鏡に映った自分が嫌いで。 鏡の中にはダックスフンドがいるんだって言ってた。 「欲しい」 とか物扱いしないでって言った女の子(は、) 「キレイじゃないから」 とか主観で物言わないでよって言った女の子(だ、) 夜だけが。 薄く切り取ることがある、腫瘍を。 夜だけが。 途方に暮れていることがある、堆肥の山だ。 電気を大切にとか、CO2削減とかを無視して、 いかれ電飾に心まで淋しくなる、 美しい―――ぜ・・・。 記憶の中の、 幾枚かの切り抜かれた空が、 藁草履みたいに思えてくる、日本の冬。 * 414答えは刺さるのではなく、答えは最初からある刺力学に興味があるんだ、君は人間の始まりや終わりに興味がある。問い掛けの中に問い掛けがある、逆向きの作用がある、遠心力がある、力の場がある。気持ち悪い人を思い浮かべてごらん、大嫌いな人でもいい、それはどんな理由で生まれたと思う?理不尽や不条理。無意味さ。ナンセンス。理解に苦しんだ君に、僕はさらさら答えを与えるつもりはない、もうそれ随分前に言ったよな? *413The mysterious temptation of the sun太陽にもし感情があるなら向日葵にでもなりたかったんじゃないかいや違う別にえらそうなことを言いたいのとは違う真夜中夜の道を歩きながらどうしてあんなに星が美しいのか突然身に沁みる夜があった虫歯になってひげを剃って朝食を食べて意味とか理由とかがやっとの思いで結びつく頭のいい人が何でも知っていることは到底ありえないし難しい言葉をいくらかみ砕いたところで本当にその意味がわかったとは言えないでもそもそもそんなの知らなくても普通に生きてる人がいるんだよ太陽だってぼんやりしたい時もう終わりにしたいって思う時の一度や二度あったんじゃないかこれ擬人化だよちゃんと説明してやろうと思うけどさ僕等は疲れたら休めばいいし疲れすぎたら何処かが悪くなるでも太陽はそうはいかないし宇宙もそうはいかない昆虫に感情はないと言ってた昔がある花に感情はないと言ってた昔があるこれ対比ね日本語わからなくてもちゃんと教えてあげようと思うんだけどさそりゃ僕等とは違うでもAIが僕等に感情の謎を解き明かす人格とか自我とかいうものでさえも実はひどく曖昧でぼんやりしたものでそれでもこんなに確固にしているのはハリボテのような言葉なんじゃないか毎日働くのが仕事みたいにおとうさんは出掛けていった僕も毎日働く毎日家事をするのが仕事みたいにおかあさんは何をしているだろうこれ類推ね連想っていう分かり易い言い方もできるそろそろわかってきたろう僕が何をいわんとしていてどういう狙いをもっているかをさそれが文化だと知ってなおそれが男性と女性の役割分担だと知ってなお僕等はそこに揺らぎを持たせ始めているあるいは歴史上こんなこと何度も何度もあったのかも知れない言っちゃえば何だって全部あった原形質は変わらないあのさ質量は変わらない太陽にもし感情があるなら向日葵にでもなりたかったんじゃないかその時僕等の世界は確実に終わる隕石や大地震よりもずっと確実に終わるマイナス二百度になるもちろん光合成できない生物は生きていけないちなみにこれは論証百のだらだらした言葉よりたった一つの科学的事実を突きつける甘ったるいシャーベットとかシュークリームとかアイスクリームとか持ち出せなくてごめんね頭の悪いことを言うことで世界平和をしたいって思う人もいるだろうごめんね悪い国やわけのわからない文化的状況を考えるとそれ奴隷にさせちまえに変換されるぜ時計だってねじを巻くことをやめたんだ正確であることの辛苦が列車事故を起こしたし便利さの弊害がブラック企業なんだ太陽だってそこにあるというだけで様々なものを自然に支えている僕等は太陽に秘密基地を与えてはあげられないし替え玉を作ってやるほどの技術力もない何故そうなのかを徹底的に突き詰めるそのことでまったく違う事実を浮かびあげるこれが逆転というやつだ発想を引っ繰り返す僕がこれまでしてきたことは全部ならし運転だぜでも夏になると滅茶苦茶暑いんだもうなくなっていいよって思うんだその声が聞こえていたら絶対に理不尽だって思うだろう陰口や文句を言ってくれって言う人がたまにいる僕も後輩には優しくそう言ったものだけれどそれって言わせないようにしてるという逆作用もそれは十分に有り得るじゃあ嫌われるように接したらいいって言ったらそれはパワハラさ何事もバランス感覚が大切じゃあこれは何かってわかるかい簡単なことさ考えなくてもわかるぐらいに文章を勉強したらいいちなみに幼稚園から小学生レベルのポエムを美しいと思うのは既に心が病んでいるのさ何をしたって違う答えがあるたった一つの真理なんて生きてから死ぬまでに限定しなくちゃどんなものだって答えになることを日々のニュースは証明するだろう頭のいい詩人がどうして毎日毎日馬鹿なことを書いたのか毒にも薬にもなりゃしねえ排泄物みたいなものを作り上げたのか興味があるかい?簡単なことさみんな病気だったのさ太陽を直視すると眼だって悪くなるからねまあ眼が悪くなるぐらいだったらいいけど失明とかって聞いたら君もそれがどういう意味かはわかるだろう太陽が明るいなんてそんなことはないさ随分前に感情を燃やし尽くしてしまったのかも知れないあれはスーパーバーサーカー状態なのかも知れない僕は芸能人とかアイドルとか好きでも嫌いでもないけどあれはあれで大変だと思うよ光のあるところには影がありネット掲示板の悪口のすさまじさあんまりにもひどいとそれで自殺する人もいるやっぱり明るすぎるのはいけないでも暗かったらそんなのは見たくないのさ有名になりたいっていう人を見ると僕は不思議な気持ちになるでもさここで沢山遊ぼうぜ考えることがいっぱいあるわけがない考えることがいっぱいの人を作り出すのさ番号も誰からもわからないいたずら電話が掛かって来るもしもし僕が太陽だよってねいつもありがとうねそうだねお世話様になっておりますってね嘘さだけど神様がそうしてくれたら困っているみんなをそうしてくれたらって僕だって考えたことがあったのさ信じられないだろふつうの詩人よりも何百倍も何千倍も働くってどういうことかというところに様々なクエスチョンが隠れているよそもそもみんな馬鹿になったのさ昔みたいに馬鹿げたものじゃ救われない頭が変になってるって太陽が言うそうだろうねもうずいぶんになるからねって答えよう宇宙もそろそろだねって僕が付け加えるそうだろうねあれも随分むずかしい人だからって何書いてるんだわかるだろうポエムさ *412君がいたあの場所からFrom that place where you were幼馴染がプラットフォームに立ってた。空、ゴミ、人が遠景で浮かぶ引き戸を開けると、乱暴な叙情。ジャングルジムにタンスの防虫剤を見つけたような一瞬、コオロギでも、ゴキブリでも―――。黒に変わりはない。静かな湖を望む霊園へと入りかけてる時間帯に、奴が小学校時代に得意にしていた、にらめっこ。最高のクオリティだった。しかし何もかも昔に一度起こったことみたいだった。ある日、田んぼに住宅街が立ち並んでいて、大きな商業施設が―――。たとえるなら『ドラゴンボール』と、『ストリートファイター』の実写化による精神崩壊の引き金。問題は、わたし・・・・・・。わたし、なんだ。わたし、の方、なん、だ・・・・・・・。メリーゴウラウンドの馬に乗っているような気分、観覧車でロマンチックに浸りすぎて、逆に憂鬱になってしまったような、あの最悪の気分。わたしのメンタルが都会にやられていて、上手く笑えなかった。それは中学校の修学旅行で、おどけて蝶ネクタイを緩めたような緊張の一瞬に似ていた。本気と書いてマジだった。ここで何のラブソング流したらいいんだよ。わたしは無表情なモノローグを入れながらうなだれた。未成年のかたまり。日毎に丸みをおびてくる。幼児退行している―――よ。昔だったらそんな痛烈な言葉が出てきた。笑える人がいて、笑わせる言葉が自然に出てきた。あの日のわたしはすごく輝いていた。けれどいまのわたしはデクノボーだ。取引先に謝罪へ行き、これから帰社して、山ほど残った書類仕事で残業だ。けれども給料がよかった。給料がよければブラック企業ではないのだ、と言い聞かせていた。真顔のわたしを尻目に、彼の会社の同僚だろうか、周囲の人間が笑っている。ビデオゲームの中を歩いているみたいに、ストリートビューで顔を隠した人物のような非現実感。ミッチーサッチーのケンカ。泉ピン子と和田アキ子。しかし彼は、立ち退き要求に真っ向から対立していた。そのまま三段跳びで起死回生をはかろうとしたが、何しろ、そのリアクションの時間は短い。緑のピクトグラムとほぼ同じポーズで。Bダッシュの 急いできた感とかね、ドヤ顔しながら。光属性。天然ハイで、アッパー系。けれど電車はそんなに長く停止していられない。日本の電車は、日本人のように真面目なのだ。いや、社会そのもののように詰め込まれたスケジュールなのだ。商店街の金物屋で、ケンシロウみたいな表情をして、こんなキラキラしてたっけ、ファイティングポーズを取る、馬鹿をふと思い出す。LINEが入ってた。「今度おおおおおお!!!かけっこしようぜええええええ!!!!!うわああああああああ!!!!!!」・・・・・・。・・・・・・・・・。―――ぷっ。クロスカウンターが入った。気が付いたら激しい笑いというものに襲われていた。涙が出るほど、めちゃくちゃ笑った。3Dの貞子みたいなわたしは何処へ行ったんだろう。よく当たる占い師の水晶玉が、近所で半額の貼り付いたシールの水晶玉に、何故かよく似ていた。そんなことを思い出した。部屋、廊下、キッチン、とあかりをつける。水道の水を飲む。泣きながら、吐くように思い出した。もっと楽な会社へ行こう、初めてそう思えた。身の丈にあった人生を送ろう、初めてそう気づいた。 *411land of mirrorsひと月に一度か二度、見知らぬ駅を見る。水晶体が感光する。心象レンズへ、と。(君を、)思い出させる、―――綾を織る。羽化が始まる。スパイダー・ウェブ(へ、)ユング・ザ・ネットワーク(へ、)[ものの](ひか―――り・・)[ひとの](ここ―――ろ・・)流線型の街を飛ばす窓の、ことのなりゆき、非現実的なオセロー、幾何の問題のようなジグソーパズル。寝息、スマホをいじる指、ふわりと落ちる隠されたゆりかご(へ、)手品みたい―――だ、背後から迫る影へとフィナーレ、砂時計を引っ繰り返す。通過儀礼。『くりかえす』《ことの》―――「意味」『はじまりと』《おわりの》―――「意味」窓に映る半透明の自分。お仕着せがましさも、寝耳に水。クレヨンの先端のような、影の中で遊ぶ子供達。生きた蟲みたいだ。ぐぐっと反っている。アンモナイトの渦巻きを、蜂蜜のような液体でなぞりはじめる。(・・・・・・ふっと、後ろを振り返ってみる、)(・・・・・・沈黙、沈黙、沈黙、)通過す―――る。通過す―――る。その距離は、とても短い。[入ってゆく...]《水面に波紋が生まれたよう―――》(入る...)[入る......]隙間(が、)ある―――から・・。《甘い憂鬱が首筋に触れる―――》る、れ、ふ、、、る、れ、ふ、、、 *410ロードトラックに積まれた不法廃棄は、まるで缶珈琲のタブ引き起こす一瞬だった。町がうらぶれた細胞みたいに遠ざかり、黒に染まる。フェード・アウトのタイミング―――で・・、(思ったことのない、)フラクタル図形、パンデミック、二重振り子、蟻のコロニー、細胞の増殖・・・。ドヴォルザークが鳴り響く。落花生の殻を握り締めると、アスファルトからめらめらと立ち上る凶暴な熱気、 [身体感覚のないリアルな記述]溺死しない不安定な景色を飛翔するためには。『心をつつむ鈴の音』は[いつも【用意】しておく]・・。脳味噌―――。偽物の夜がゆらゆらと波紋のように揺れ、君はまだプラネタリウムの夢を見る。ルウベンスの贋画の合図。気が滅入るような、骨投げの合図・・。テールランプや、ネオンや、電飾板が教えてくれた・・。君の心、を映す、世界の、小さ、な、波。(七年の間に細胞は入れ替わる、)ユニヴァース(の、)迷路―――で、(で、)砂山の上に、シイ、シーシシーシ、(ス、ウィ・・ス、ウィ・・・)でも、わか(っ)ちゃったんだ―――。わか(っ)ちゃったんだよ・・。未知の夢の中で登場人物たちは、ゴミ捨て場の中のマネキン。駕籠の中には原子物理学が核爆弾を生み出したように、本物の夢が横顔のアップのように広がる。拡大ディスプレイ表示、そしてドラマ進行の矢印、視線の誘導。無造作な、かかりにくさ、口元が、ガラスの雲形定規する・・。 *409petrify見回りの足音に、せーのでプールに潜った。酸が金属を侵蝕するみたいに、錯乱に満ちた光もそりゃ、諧謔でもって。息がまだなくならない。壁に焼き付けられた影のように、周辺には避難警報。揺れる吊り橋は消えてゆかない・・。ねじれとか揺らぎの、スクロール・エリア。窪みと傾ぎの、システム・エリア。スマイルのエンドルフィンで沸騰と絶頂と興奮。バター・クリーム・ソースになろうか?その時、流れ星が流れる。酔っぱらいのおじさんがふつうに転ける。交番には尋ねたかい?こんなところで迷っているのは、普通じゃないっていう証拠。原始時代に起源を持つ、シャーマニスティックな、それ。衛星のGPSの点、足の裏から奈落へ落ちてゆく人間の心理の言葉。円盤が落ちる―――から・・。円盤が落ちる―――から・・。ツーツーツー、ツーツーツー、ツーツーツー、そこには、みずのしんでん、りゅうぐうじょう・・・。鳥の言葉を話したかった。水の気持ちがわかりたかった。空白のディジタル・ループ。立体的な音の風景の構築。虫の鳴き声。位置空間の記号合図を待って。位置空間の記号合図を持って。オリエンタルなターンでアデュしてバイバイ。グルーヴィーなハイでバタフライ。通り雨が降ってるように、耳が傾斜。風の音、風の音、息の音、枝を揺らす音、水面に不時着する葉の音。顔を上げたら、水平線は無限。迎撃ミサイルの準備のようなシナリオ。スクリプトのヴィジョンでダイアリー、1000Hzノイズから1500Hzノイズ、2400Hzノイズ・・・。銀の液体の中でカチカチさせて、腐敗と崩壊に満ちた現世を孕んで、卵をたっぷり産みつけてゆく。秩序という名の記憶のない声。うつろいゆくもの。うつりゆくもの。静かにゆるやかに潜行してゆく街の睡り。短い心臓の鼓動で、少し切れた息で、―――音が消え・・た。眼蓋の奥にある冷たい硝子のような憧れ。夏の草の匂い。蝉の音が止んでいる、夜八時・・。でもいまは―――誰のものでも・・・ないから。でもいまは―――誰のものでも・・・ないから。“クレーター”という谷間の奇妙な影も、意識の領域の何処かに着地する、共時的な感覚として。―――閃光・・。 *408If you smile, there will be a hole in the balloonあはは、いいね、それ、ふふ、君が、わたしを?アハハ、駄目だ、止まんないや。ふふっ、幸せにすりゅって、すりゅって、ふふ、アハハハ、めっちゃカッコいい、カッコいいよ、それ、うれしい、よ。あははは、ごめんごめん、違うんだ、すごいと思って、すごい、よ、世界を見渡しても、どんなニュースを見ても、両親や教師や、大人を見ても、みんなそんな恥ずかしいこと、言わないのに、多分言っちゃいけない、ことなのに、君がそんなことを言うからさ、どこからわいてくるの、その自信。ふふっ、楽しい、よ。その、わたしもきみに、しあわせにされりゅ、されりゅされりゅ。アハハハ。 *407A smile heals all wounds終わらない朝があった―――な。終わらない夜もあった―――な。笑って笑って、今が一番大切だよ、返品有効期限も切れるし、レシートなんか捨てたでしょ。クーリングオフって君は、何言ってるのさ、人生にやり直しなんかきかないよ、たった一度きりの人生を生きるんだ。笑顔は最高の麻薬物質を生み出す、魔法って言うよりイカしてるだろ?願い事を叶えてくれる神様も、運命の女神も、雨が降れば花が咲くってことを、教えてくれるだけ、それでも朝が来るよ、笑って笑って、君の笑顔はすべての人の幸せの鍵なんだ、明るい世界を作ってやろうって思った、その心が魔法なんだよ。 *406do you like summer?バスが去っていく後ろ姿を、見つめて、また歩き出す。傷口から釘が出てくる、これはあなたですか? テンプレートに沿った、バス停から見える踏切。言葉の中に溶けてゆく、身分証明書。タクシーが停まっている。機能回復促進物質。ピントを震える指であわせて、シャッターを切る。煙草屋がある。静止衛星する。漁師がいる。分裂症的膨張。とても静かな場所だ。静かで広くて何もない。石が正当な均衡を保って、川から途切れなく滴り出てくる水。アルバイト募集の、フリーペーパーを三度読んでる。鏡の中でモデルガンを構えてる研いだ包丁の先の大義名分。頑なな顎へ、条件や根拠の息づいた頬へ。カセットテープや、LPレコード。そして、火星の街や、土星のリング。オーケー、暗黙の了解、ノープログレ、何の問題もない。空がさっきよりも明るくなって、潮の匂いがする。遠くで煙が上がっている。見知らぬ名前をいくつも行き過ぎる。ブレイクや休符がある―――ドラムス。一つの記憶と、その反対側の記憶の視点の中で。思春期的飛躍は手品のように矢継ぎ早に繰り出される。ジャブからのボディーブロー、そして、会心のアッパーカット。月の裏側のようなロング・ディスタンス・・。好きという感情は、結局何を生み出すんだろう・・・?見つけて、止まる。デリート、そしてリライト。火のような反抗心、本能、犬の鼻のアップ、世界が風を運んでいる。手を伸ばして、触れた。涼しくて硬い。胸から咽喉にかけて息の詰まりそうな苦しさ、知性も衣装もない、身体の中にある硬い水晶。物体の移動の途中。液状的で過渡的。分裂や解体。メタモルフォーゼ。あの場所に、通じる道。手袋のうちがわを突き進む指の映像。心臓の高鳴り。バイオリズム、そのラディカルな水平性。帳面の規則正しさ。遠ざかる、雲。風が呼び交わす―――。眩しくて、すこしぼうっとする。硝子板に吹きかける息。広くて静かで誰もいないところに行きたい。過ぎていく景色を、なんとなく眺めながら歩く。アイデンティティを持つ、性的表現を手に入れる、政治性を持つ、不安やトラウマや人種差別を考える。口笛に似た音がきこえ、顔は上向きにした掌みたいになる。誰もいない時間が続く。意志ある大きな意識の存在を感じて、内部と外部の食い違いを自覚する、管弦楽の序章。乏しい生存の呼吸を洩らしながら、心の通わない五秒、瞬き、大抵の自動扉は、秒速一メートルで歩いて行くと、一メートル手前で自動ドアが開き始めて、その一秒後にはドアが左右で計一メートル開く。おどけた顔も、泣き顔も、卑しさも、どうしようもなさも。幸せな時間が続く。真剣なまなざしで、君が波打ち際へ帽子を投げる。 *405I can feel the desert on the other side of my memory長い悲しい―――声、が、した、ワグナアの音色、ドビュッシイの景色。君にも、思い出せないぐらい、硬く薄い、笑顔、君にも、切なくて考えられない、歴史の闇が、あって。思い出せなく、て、でも半ば隠して―――い、て、辛か―――った、ね、「感情が通過するまでの時間―――と・・」(いつまでも心に刻まれた―――の、《レンズに入る光》だ・・)「咽喉元を熱さが急行列車のように過ぎる―――まで・・」(いつまでも心に生まれていた―――の、《弾力的で、柔軟性のある水》だ・・)やさしくした―――いよ・・、むねがくるし―――くなるほど、好きな、ひ、と。蟻のように無関心な映像。イ ン プ ッ ト さ れ て ゆ く 、商 品 説 明 や 広 告 。広い草原に雨が降るようなクロロホルム。頭に、即興性の、電気信号的な、言葉の、綾。「電話が鳴っている―――わ・・・」「ねえ、電話が鳴っている―――のよ・・・」はじ―――め、て、咽喉元―――に深く・・触れた気がし、た、エチオピアにおけるコオヒイの作法や儀式。ねじくれた時間のはらわたがガジュマルの樹のような、髪の毛から―――続く・・。続いていたような―――気がする・・。言葉をかけた―――いけど、すぐに、泣きたい、け―――ど。君にも、硝子になりたい、白い張りつめが、あって、君にも、ステインドグラスや、プレハラアトが、あって。[欠けている](って、)・・[虧けている](って、)・・・《体温の蒸発と、剥製の唇と、妖艶な香水》《無音の津波と、樹木の隙間と、古代の氷河》息を止めて、ひとりひと―――り、すれちがって、嘘も涙も・・。まだ、半開きの―――くちびる。游ぐ魚・・・・・・沈黙・・・・・。思考のものうい日焼けしたオレンジ色・・・・・・。「手」(が、)【触】れ て る 、「底」(に、)【届】い て る 、精彩な様々な情報を読み取っている。[脳波、眼電図、筋電図、呼吸運動のポリグラフを、記録するみたいに]眼を閉じている 君 は、呼吸を続けている 君。言葉や、イマアジュや、観念の中で、夜に見えるものなど、暗い海の底の暖流と寒流の人知れぬ重なり合い。車のエンジンやビルの空調の音、工事の騒音、人々のざわめき、雑踏の音。[堕落ちている](って、)・・[陥穽ちている](って、)・・・いま―――は・・。いま―――は・・。こんな世界―――の、鳥の囀り・・。知らなかった―――か、ら、信じられなかった―――か、ら。「感情が通過するまでの時間―――と・・」(いつまでも心に刻まれた―――の、《レンズに入る光》だ・・)「咽喉元を熱さが急行列車のように過ぎる―――まで・・」(いつまでも心に生まれていた―――の、《弾力的で、柔軟性のある水》だ・・) *404the windmill continues to turnスマートフォンでLINEを打ちながら、一寸の幸せに一尺の魔物がつくように、凄艶な光をたたえて悪魔が眼の前に立っていたら、と思う。急傾斜、曲線、凸状、振動、白黒の映像を見、随伴する音響。古い絵画特有の感傷・・・。―――【タイマーの設定時間】十年後に開けるタイムカプセルの中身みたいに、色んなことを忘れてしまう。瞳はラムネ壜のような透け方をして、やがて井戸のような暗くて深い瞳孔を黒曜石にする。どうして算盤でローラスケートをしようと思ったのか、一階のドアの柱に、成長のしるしがつけられ、何故そこに絆創膏をつけようと思ったのか。それが勝手に、自由意思を持って、切断されて、情報を取得できないまま、まるで別人の記憶のようになって、誰かがスナップ写真を撮った骨と花―――。だからなんだよ、だから、君はこの声を聞かなくちゃいけな―――い・・。文明の終わりというのが突然に起こるものだという話を聞いた。自然災害、突発的な彗星、流行り病かも知れない。何年も、何十年も、何百年も、もしかしたら何千年も、何万年も、そこはずっと時間が停止しているのかも知れない。探して見つけて迷った日々に後悔はない。吹き抜ける風と木々の揺れる音。伝えられずにただずっと閉じ込めていた答えを。眼を瞑って委ねていたかった。「大丈夫?」も、「心配ないよ」も聞こえてこない、この場所はエジプトのピラミッドに存在する、隠し部屋みたいだ、と思う。頭の中に届いた映像のイメージは、次の映像がやって来るまでの間は保存され、次の映像が重なることで動きを感じとれる。―――残像・・・。雨蛙はぴょんぴょんと飛び跳ね、その腹筋に毒のような引き攣りの痕跡を残し、鳥が囀り、野良猫は日向ぼっこをし、鳥の糞が植物の種子を運び、文明の残骸がそこに残り続ける。路上に横転した車、既に半ば朽ちた鉄道車両や市営バス。蔦に覆われ、幾度もの朝や昼を繰り返しながら、いつの日にか見つけるだろう。いつか誰かが算盤でローラスケートをしようと思いつき、あの古びた家に入って絆創膏の意味について考える。パンを軽くちぎながら洞窟を進んでいた探検家が、ポケット・ライトで洞窟にいる蝙蝠を照らしだすようなシーン。それはいんちきだ。そんれはあまりにも、とんちきだ。思い出せないぐらい昔と同じく、ありえないほどの未来に何かが残っているとは限らないし、ましてやそれに価値を見出すとは限らない。ここは見捨てられた惑星になるかも知れないし、新しい人類の誕生だって起こり得ることだ。彼等は人間とロボットの双生児だ。水星というのに水がなく、火星というのにマイナス百三十度。ゲームコントローラーのコマンド画面が見えてくる。でもゲーム画面のプレイヤーがいなくなっている。それでもサウンドだけが聞こえ続けている。誰かの為にと思って作られたはずのものが、いまとなっては心の中の不協和音になってしまっている。街の高台に建つ家から見えた街は、アコデセワ呪物市場さながら、それともウィンチェスター・ミステリーハウスだろうか。ロールシャッハテストする。学校の教室から見た夕方の廊下の闇が不意によぎる。彼等にはどんな風に見えるんだろう。綺麗だと言うのだろうか。つまらない景色だと言うのだろうか。無限の哀愁だよって、しとやかな硝子遊戯・・。 *403My dreams are hot, my heart is coldよくわからないけれど真夜中にマラソンがしたくなって、歩き始めた。どういった理由で警察官になったんですか、弁護士になったんですか、医者になったんですか―――と質問する人がいる。警察官は憧れやすい職業だし、弁護士は難関だけれど手が届くエリート職業だ、医者は両親が医者でなければ難しいことが多いと思う―――と、考えて、いつのまにか、マラソンなんて馬鹿馬鹿しいことを、諦めて、投げ出してしまおうか、と思う。二十歳から脳が壊れはじめ、三十歳で成熟する。およそそのタイミングで、肉体には十歳ごとに疲労や、老化、限界といった要素がプラスされていく。もちろん歩くのが好きな人や、走るのが好きな人は一定数いる。国家試験と同じだ、一定数の合格者がいれば、不合格者もいることになる。残念ながらスポーツは才能と相場は決まっているが、しかし頭脳にだって才能というものは存在する。まず、人間の脳には「働く脳」と「サボる脳」というのが存在する。もちろんそういうのを改善できる人もいる。確率が始まる。たとえば好きな仕事ならノンストップで集中力を発揮できる人、偏った作業なら誰よりも上手にこなせる人もいる。選別が始まる。「届かないという壁」の前にいたことがある人もいて、「叶わないという心の檻」の中で過ごした人もいる。できる人と、できない人との差はかなり決定的なものだ。できる人は最初からそれができるように考えるし、できない人は最初からできないように考える。もちろん勘違いや、器に合わない、努力もしない人も一定数いる。続けるためには、きっと毎年、あるいは数年に一度でも、そのための勉強をしなければならないだろう。勉強をし続けるということは過酷だし、それは努力できる才能を有していて、悟りの状態に入っていて、他人に影響を与えられるカリスマの状態に入っているといえる。けれども、「特別な人」ばかりの世界ではない。ここは、「普通の人」ばかりの世界なのだ。どうして夜中にマラソンなんてしようと思ったんですか、と半笑いで聞く人もいるだろう。コンビニで働く人、ガテン系の人を底辺の職業と言う人もいる。きっとそれは漫画の誇張表現のせいだ。あるいは人間の心理学が垣間見せた差別や迫害の一瞬だ。あるいはSNS全般通じてうかがえる、腹黒い駄目な人間のマイナス思考だ。「お金持ちになる必要はない」と言っても、「お金が欲しい」ことに変わりはないと無理矢理接続する。闇バイトや、危ない橋を渡って金を稼ぐ。お金の物の見方で明るい言い方をする人もいるし、お金の物の見方で暗い言い方をする人もいる。「あなたは幸せではない」と言いながら、「幸せになる方法がある」と有り得ない場所へ不時着する。幸せというのは勘違いの状態である―――と思うし、また、幸せは言ったもん勝ち、そう信じたもん勝ちみたいなもの。そんな抽象的で具体性に欠けたものに、どんなに論理を詰め込もうが人間はそんな風には出来ていない。だから「騙す」というのだ。何をしても「搾取する」ということはついて回る。たとえばグーグルマップで目的地までの距離が表示される、けれどもネット生活を通じて、地図というものの本来の意味から離れ、目的地だけが表示されているような気持ちになることがある。だって、その道を覚えない。こうしたら、もっと早くなるとか遅くなるとか考えない。最適解だらけになってしまうと余分なことは贅肉のようになる。余裕のないことや、緊張は、そうした計画性の中にもある。だから「一人一人のことを考える」なんて絶対に出来ないとわかる、そこには「一人と思しきモデルタイプ」がいるにすぎない。夜の道を歩きながら、女性が痴漢されたとか、殺人事件があったんだよといった声や言葉がクローズアップされる。心の中から。本当はもうわかっているんだ、様々な階層がいる、様々な人がいる、そこでの考え方に妥当性や普遍性はある、それは表面上で、それ以外の見えないところに眼を瞑っているだけなんだ、と。警察官になったのは殉職した父親がいたからです―――かも知れない、弁護士になったのは犯罪事件に巻き込まれて、自分も何かの力になりたい―――と思ったからかも知れない。医者になったのは癌で亡くなった両親を見ていて、自然と医学を志していた―――ということかも知れない。でもそんなのアニメや漫画だろ、どんなヒーローだよ、そんな奴いねえよと笑う人もいる。それも社会心理学で説明できる。なんだったら全体の傾向、界隈の物の見方という統計的な考えも推し進められる。それをルサンチマンとか、底辺らしい、うすっぺらい物の見方、全能感があるが外では何もできない無能の人と書くこともできる。ハードルを上げる必要はない。物の見方にフィルターをつけることもない。最低僕等はそれを取って外しながら生きていいと思う。アーティストの浮気や芸能人の不倫なんか実際どうだっていい、特別なふり、きれいごとを言いたがる馬鹿を血祭りにあげる、それが―――マスコミの趣旨なのかも知れない。世の中きちんと働いている奴がいんだよ、おたまじゃくしで金稼ぎやがって、イメージ商売で中身は真っ黒、そう言いたいんだろう。でもそれが一体何だって言うんだ。それを生贄社会だと言うこともできる。けれど自分はそんなのどうでもいいって思う。浮気から本当の愛が生まれる話を聞きたい、不倫をした理由がもっと真っ当だったらいいな、と思いたい。少子化のためには浮気や不倫で子供を産んだ方がいい、というような馬鹿げた意見させないでくれ。真夜中にマラソンがしたくなって歩き始めた。真夜中にマラソンがしたくなって歩き始めた。もう一度立ち上がってみよう。もう一度立ち上がって、何処まで行けるか、どんなことを考えられるか、最後の道、終の棲家、人間の最終決定まで。そうしたら海が見えるかも知れない、グーグルで表示されていた道路は高速道路で、その下の、街頭で真っ暗な、かなり落差の感じる、道を歩くかも知れない。昼間はすごく綺麗なはずなのに夜はすべての温度が消えていて、ゴーストタウンのように見えるだろう。でもその海の向こうまで行きたい、そこは今まで行ったことがない場所で、自分の言葉も通じない場所、それでも働かなければ暮らしてはいけない、そんな場所。星の向こうまで行くというSFがお伽噺ではなくなるような時代に、海の彼方なんて身近な距離だ。数時間飛行機へ乗っていたヨーロッパの旅行のことを思い出す。伝説やお伽噺が無数溢れている。物語は人に感動や影響を与えるツールとして氾濫して、情報量は洪水のように溢れかえっている、溺れている。行ったような気がする、海ではいけない。絶対に行かなければいけない、海でないといけない。真剣でなければつまらない、真面目でなければきちんとした考えが出来ない、入ったことのないファミレスだって客が一人もいないというだけで、避けてしまいたくなる。情報がいつのまにか別の顔をして、諦める理由や、病む理由について話している。きれいごとだらけの言葉では心に届かないし、僕はきっとそんなの好きじゃない。でも終わりがあるならその始まりを何処からだって作れる、あるいは何処にあったはずのターニングポイントは、人生の切り替え地点は何処にあった。その始まりは?色が戻り始めて、世界はいつのまにか静かになって、波音がする、そこには年老いた僕がいて、年老いた妻がいる、何かを変えることはとても難しいことだけれど、それ以外のことは考えられなかったと言うかも知れない。海の向こう。世界の向こう。宇宙の向こう。この一瞬が何百年、何千年、何万年を孕んでいるかも知れない、折角の知恵、アイディア、物の見方、様々な人がいる、おそろしいほど遠くまで行ける方法を知ることが出来る、それは言葉のイメージの中にある。僕等が普段話す、何かを想像しながら話す、あの眼の中に僕は流れ星を見た。詩は一つの窓で、世界は無数の窓であらわされる、そして僕はとてもとても長い旅をして、ようやく満天の星空を見た。なんて馬鹿げたことを考えながら夜のマラソンは続く、明らかなランナーズハイ、明らかな足の痺れ、でもさ、不安や戸惑いもある、生き方への反省、日々の無力さ非力さに対する鞭打ちもある、ここで終わってしまうようなことを、繰り返しちゃいけない、ここで終わってしまうようなことを、繰り返しちゃいけない、海の彼方にとても美しいものが待ってる、僕はそれを手に入れたかった、そんなものきっと、ずっと前から、知っていたはずのようなこと、でも、そこで、その時、ちゃんと手に入れたかった。波音になりながら、夜の風になって、永遠と刹那の中に入ってゆく、身体の隅々にまで届くほどの電流が身体の芯から心の奥へとつながる、僕は知りたかった、もっと、ちゃんと、世界中の誰よりも、その場所で、自分が生きているということの意味を、知りたかった。 *402コンビニについて考える詩人コンビニへ行く。出店方式が多彩でやたら提携をしたがるローソンや、自社製品に強く店舗数が圧倒的なセブンイレブン、そして実は日本発祥の草分けコンビニであるファミリーマートは、本当に何処にでもある。ミニストップやデイリーヤマザキ、セイコーマート、ポプラ、スリーエフが続く。コンビニは売れる物しか置かないという鉄則があり、商品の入れ替わりは激しい。大きく姿形を変えていくプロセス、音楽業界が時代の最先端を取り入れるのによく似ている。コンビニは時代を象徴するアイテムを仕入れ、販売する。近頃では総菜を買う主婦やお年寄りが増えたという話も聞くし、アルバイトに外国人がいることも珍しくはなくなった。電子部品を作る工場のトラックの間を駆け抜け、ビルの間を走りながら屋台が見え、鉄道のダイナミックな動き。アラベスク模様みたいだ、いや、幾何学模様みたいだ。僕等はサークルKや、AM/PMを懐かしく思い出し、時々地方に存在するコンビニについて知る。店頭に停められたトラックや乗用車や駐輪スペース。人手不足や人件費の上昇により、加盟店の負担が増しているという話をふっと思い出す。便利ということは必要とされることだから成長できるのだけれど、それはアマゾンというブラック企業を明かすことになる。コンビニだって人がいなければ、店にいる人間だけで回すより他にない。カメラを構えて。広角レンズの視点。水平だったものが、徐々に角度を落としてゆく。コンビニのレイアウトといえば、どのチェーンもビル内出店や狭小店舗などの、特殊立地を除きほぼ同じレイアウトになっている。入口すぐの場所にレジカウンター、窓側には雑誌売り場、お弁当やドリンクは奥の壁側といった感じだ。とはいえレジカウンターを奥にした、セブンイレブンという話を聞いたり、雑誌売り場の立ち読みを禁止するという話を聞いたりした。郊外型の大型商業施設もちらほら見かけるようになり、小さなスーパーマーケットが潰れている。ドラッグストアがスーパー化しているのも見逃せない。入店すると、カップラーメンがカウンター前に並べられているのが見える。手書きで書かれた吊り下げ式POPが掲示されていて明るい。明るいといえば、コンビニの照明は、正面の道路に対して平行に蛍光灯を配列している。蛍光灯が横方向に強い光を放つという特性を考えて、このような配列にしているのだ。この配列により、道路へより強い光を放つことができ、歩行者やドライバーに店舗を認知してもらおうと考えている。蛍光灯のペインティングアートだ、ごめん、ちょっと言ってみたかっただけ。リアルが細部に宿るというのなら、シンボリックなものや、パターンに対する説明を入れなければならない。カウンターはきわめて周到に緻密に計算されている。ドンキ―ホーテの迷路のような店内と同じような意味で、だ。ガムや売れ筋の本、値下げ商品などを置いたりもする。カウンターには煙草や、電子レンジや、手洗いの蛇口が見える。ホットショーケースがあり肉まんやフランクフルト、唐揚げなどが見えた。コンビニでは宅急便の取り扱いもできる。二十四時間コンビニでは、ATMも忘れてはいけない。ただし、夜中を過ぎると防犯のため取引ができない。イベントの時にはコンビニでお弁当の予約も受け付けているし、お歳暮やギフトなどもはや何の店かわからない化は進む。ステルスマーケティング、ごめん、なんか言ってみたかっただけ。冬になるとおでんが増設される。その前には売れ筋のスナック菓子や、ガムやグミなどが見える。ATM、コピー機、マルチメディア端末などが右手に並んでいる。左手は食事できるイートインスペース。店の外でカップラーメンを食べて捨てていく、おそらく若者のマナーのない光景を見た。イートインスペースは必要なのかも知れない。ポット完備、フライパンにバターを引くように、その横に業務用コーヒーマシンがある。また戻って右手の陳列棚には、化粧品コーナーや日用雑貨や、文具がある。下着、靴下、タオル、洗剤に、ゴム手袋。ペンやノートに接着剤。その前のマガジンラックや本棚には、雑誌や漫画が並べられ、トイレが見え、鏡がこちらの姿を映している。ユニクロにディズニーのTシャツがあって、シン・エヴァンゲリオンのTシャツがあった分かり易さ。ボーダー柄派の謎のレトロ感インベーダーゲーム感で、そっくりさんが出没この街はみんな宇宙人、ってごめん、言ってみたかっただけ。でもいたるところにある、世界観や視覚的イメージ、あとはコピーラインティング。ここは都市の落とし物取扱所。真夜中、漫画喫茶へ行く、カラオケへ行く、そしてコンビニへ行く。そこは現実や本当の自分の、―――飛び出しナイフ。REAL VIEW MODEから、VIRTUAL VIEW MODEだ。(ひとつの発見は、さまざまな発見を誘発する)中州はスナック菓子や、日本酒、調味料。目当てのパンは店の一番奥側のコーナーで、業務用保冷ケースや、おにぎりやお弁当、サンドイッチなどが置かれている。コンビニスイーツも忘れてはいけないし、冷凍食品の取扱品目が増えたということも忘れてはいけない。大きな冷蔵ケースの後ろにはバックヤードがあり、カウンターの後ろや横に事務所がある。実在の日本のコンビニを隅から隅までVRの視界でプレイする、きっと君は店の経営なんて興味がない、コンビニで風邪薬を置くための資格取得を目指す店員にも興味がない、うだれて煮詰まって毛穴が塞がったようなコンビニは、パンドラの箱の希望、シュレーディンガーの猫状態日本の象徴でいつもきれいで明るくて、そして胡散臭い。えーと、[YES]と[NO]の画面、、、えーと、、、 *401ノーフォーク島オーストラリアというと、オセアニアで、東西約一万四〇〇〇キロ、南北約一万キロに及ぶ広大な範囲を持つ。オーストラリア大陸と大部分が南太平洋にある、太平洋諸島を合わせた総称だ。オセアニアには、ポリネシア、ミクロネシア、メラネシア、そして、オーストラリアの四つに分けられる。オセアニアの範囲のうち陸地面積は六パーセント程度だけれど、その陸地の九割を占めるのがオーストラリアだ。そしてオーストラリア大陸は世界最小の大陸だ。オーストラリアは国土の三分の二が乾燥地帯で、とくに内陸部は砂漠気候が広がる。こうした気候の中では農業が難しく、地下水や灌漑などにより牧畜がなされている地域もある。また、不毛だと思われていた場所に、地下資源が多く発見されたことから、「ラッキーカントリー」と呼ばれることもある。オーストラリアで観光客がすべきことは、コアラを抱きながらエアーズロックをのぼることだ。もちろんそんなことをする観光客はいないだろうが、ノーフォーク島の住民なら十分なら有り得るノーフォーク島はオーストラリアから独立を噂される、太平洋に位置する火山性の島だ。ショッピングモール「Norfolk Mall」の近くに大量の手形があり、名前が書かれている。「民主主義のために手を挙げよう」というオーストラリアの支配に抵抗する活動の一つで、自治への回帰を象徴的に呼びかけている。何も知らなかったら変わったアートだな、と思う。アートはゆえにアーティストの説明とワンセットなのだ。わからないことをわかるようにするというアハ体験がセット。ただ、掲示板があるなら僕はそちらの方がいい。島の西にノーフォーク島空港があり、シドニーとブリスベンからの直行便がある。島には港施設が無く、キングストンとカスケードに島の港的役割を果たしている、荷積みの桟橋が二か所あるが、貨客船のような補給船は接岸できない。船は桟橋近くの海上で一旦停泊し、島民がかつて使っていた捕鯨ボートを使って、補給船から貨物を運び出し、貨物を積んだボートが桟橋に戻ったら、クレーン車で荷揚げする。ノーフォーク島の見所といえば、オーストラリアの世界遺産の一つとなっている囚人遺跡。囚人たちに課せられた罰則規定には「パイプを持っていた」「歩く速度が遅かった」「点呼時に靴紐を結んでいた」「石を積んだ台車を十分に押さなかった」「煙草を持っていた。その後、不平を言ったために口を塞がれた」「看守に煙草をねだった」「鳥を飼いならしていた」「鎖につながれている時にOh My Godと言った」「鎖につながれている時に笑った」「古いズボンから糸屑が出ていた」「刑務所の中庭を横切って問い合わせをした」「歌を歌った」とりあえず煙草をねだるのはよくないと思うし、思い出し笑いや、手品の練習をしてはいけなくて。新しいズボンをはかなければいけず、歌嫌いだということはよくわかった。というのは冗談であるが、底意地の悪い連中の難癖という感じがどうも消えない。考古学的遺物認定したい。これらの違反行為に該当した場合、五〇回以上の鞭打ちや十日間の投獄という罰が与えられ、場合によっては、立つスペースしかない独房に、十三人の囚人と一緒に閉じ込められることもあった。僕も相撲力士十三人と一緒に閉じ込められる想像をして、熱くなった。平均気温が最低でも三十度は上がったような気がする。僕は圧迫面接という言葉からおっぱいを想像した。けれどそれはグラマーな女性ではなく相撲力士です。さて、ほかにもノーフォーク松の独特の風景は有名だ。美術館や大聖堂もある。絶景を眺めながらゴルフをプレイすることもできる。ノーフォーク島で唯一のワイナリー、「トゥー・チムニーズ・ワインズ(Two Chimneys Wines)」で、絶品のワインを思い切り試飲することもおススメだ。ところでノーフォーク松は現在、島の重要な輸出材で、歴史をたどると一七七四年にジェームズ・クックが発見し、ノーフォーク公の名にちなんでノーフォーク島と命名した、みたいな話が出てくる。二十メートルを越えるような丈夫で大きく見事なこの松に感心して、ノーフォーク松で新しいマストを作って、エンデバー号の壊れたマストに替え、再び航海に出た。かつてここは流刑地で植民地だった。島にある八〇キロの道路は最高時速五〇キロと決められており、地元の法律により島内で放し飼いにされている牛に道を譲る。牛の楽園といった雰囲気が頭をよぎる。牛は優しく穏やかな生き物なので大丈夫だが、「何だこいつは?」という眼もしてくるし、草原では、牛がくたばっている優雅な風景画を拝見できる。ちなみに日本の中古車もよく走っている。ノーフォーク島はニューサウスウェールズ州の郵便番号二八九九を持つが、ニューサウスウェールズ州の一部ではない。ノーフォーク島はキャンベラの選挙区である、ビーンで投票するが、オーストラリア首都特別地域の一部ではない。ノーフォーク島の医療と教育は、クイーンズランド州が提供しているが、クイーンズランド州の一部ではない。ノーフォーク島のテレビ局はアリス・スプリングスから、放送されているが、北部準州の一部ではない。ノーフォーク島の電話国コードは六七二で、南極だが、南極の一部ではない。ノーフォーク島はオーストラリアの外部領土で、オーストラリアとの直接的な船便サービスはない。ノーフォーク島の公式航空会社は、オーストラリア登録のフラグキャリアであるカンタスではなく、エア・ニュージーランド。 *400Adult women are not Cinderellaねえ、だって。」もう、だって。」魔法は、解けてしまう。」余韻は呪縛なの、恋の口どけの甘さなのに。」後ろ髪引かれた一抹の不安と、雷の直撃。」やり直したい。戻したい。そう願っていた。」何気ない一言でも、どんなに些細な気遣いでも、違った。」恋が嫌いになる、一人の夜が不安になる、いつも。」普通の恋をして、普通に結婚したかったのよ、わたし。」 *399おんがきゅきみのすてきなかいがんに、あきかんをすてるー♪ジュッジュッジュッ(?)んー、いい感じ。きみのすてきなじんせいに、やぶからぼうにむちゃぶりするー♪じゃアメリカ行けよ(?)んー、このコード進行が神。んー、パクリっぽい感じ(?)よさのあきこがかみたてるー、みだれすぎててこだくさん(?)ジュッ、ジュッ、ジャーン(?)んー、じゅくじょまじさいこーだな(?)てっかん、まじ、わかいこに、てをだすとかどうなのー(?) *398グッドバイJーboyhuu...片手腕立て、「いいね〜〜! 最高〜〜〜〜〜!」huu...hoo(?)「手拍子」「拳を天に突き上げる」R&Bのエッセンスで金太郎飴、マトリョシカじゃNO! NO!「ワイパー」「タオル回し」「合唱」そして「昇竜拳(?)」「君が代の出番は永遠に来ないぜ、ハッハッハ、フッフッフ・・」ホォップイ、ステップイ、ジャンプイ(?)今日も股間にヌンチャク、サスケサスケ(?)ズッチャズッチャ、暴れる虎とライオンの傍観者(?)HU! HU! 痺れるZE(?)たまらないぜ、汚れてるぜJ―boy(?)ナイフ刺しながら中指の偽物とびだし玩具(?)いますぐバーニン!燃え尽きるまで(?)いますぐシャイニン(?)汗と涙のケンシロウ(?)雑居ビルのエレベーター入ったら、ポケモンジムへようこそ(?)一緒に、筋肉のモンスター、つかまえにいこうZE(?)huu...片手腕立て、「いいね〜〜! 最高〜〜〜〜〜!」huu...hoo(?) *397犯人 は この中に おる政令指定都市の集団犯罪 *396さよならの街どんな角度から見ても、すごく自然な郊外を、国家的な儀礼みたいに、通過する、敏感な触角のような髪の毛で、雪がきそうだなと夢の続きみたいに思う、誰も聞いていない、アナウンスが追いかける。誰も知らない、金魚鉢の中の枯れ尾花。もう僕以外、この街には住んでいない。それでも、モノレールパノラマみたいに、無尽蔵の理解可能な属性の、反応みたいに、今日も電車に乗り続ける、今日も誰もいない。明日も電車に乗り続ける。巨大なヨーグルト容器の中で、雌牛が溺れている。僕は雌牛が好きだったので、一緒に溺れた。 *395tomato juice cafe au lait重要なそのスタイルは、冷凍されたレタスによく似ていた。石膏という字と、斥候という字が思い浮かぶ。限定されたその強力なツールは、防壁をぶち破らずにスピードに任せてデータを吸い上げて、逃げ去る。干乾びてしまった巨大生物の、遺伝子的後退が生み出した捕食生物。細胞分裂の鍵と迷彩プログラムが、彼女を眼前に静かに浮かびあげると、もう既に百一人になっている彼女のクローンやらダミーと、逢瀬を重ねることになる、仮説の内側にいる、仮説の外側にいる。「図書館にいたことは?」それには答えられない“幽閉”されているから。「動物園にいたことは?」いまも、さ。これが塩でも胡椒でも小麦粉でもいい、いまはセントラルト・ユニヴァース・シグナル・ポートを探す。絶対にあるはずなんだ。針の先ほどの光に賭けてみる。セントラルト・ユニヴァース・シグナル・ポートで、最初に見つけたものは暗号。《かんづめのーさけー》とドラえもんの声で言ってた。正直もう数学者の帰りたい。素数って美しいとか、宇宙って数学であらわす方法を、考えるのが夢なんだーとか言っていたい。セントラルト・ユニヴァース・シグナル・ポートは、七つの海を経由した事態のもつれのような脳味噌の、消費期限につけこんでくる。実際もう、凄腕の、名前だけで懸賞金かけられる類の、勇者が冷蔵庫に放り込まれて扉を閉められた。ぱさぱさのレタスの凄さはそれにとどまらない。世界で一番のハッカーと称されるS・G・スランストンが、(「人間なんて豆腐さ」と言った人)およそ、三つの防壁を破っただけで、作業が出来なくなった。もちろん三つも破ったなんて、冬眠前の熊じゃない、草を食む羊だった。しかし誰も最難関、中枢の、セントラルト・ユニヴァース・シグナル・ポートの、“イグニッション・レミング”へと到達していない。まるで去勢された犬だ。だのに、僕がその【ヴァージン・ロード】を歩いた。受話器を食べて、墓の間をめぐり、身体の中から卵が生まれるような、正規のオブジェクトのえりまきとかげから、疑似的に立体表現された蒸発領域の、ゲームセンター的な陣地からメールが届いた。バグっていた。既に脳味噌はわきたっていた。これから、三十秒ほどでその場所に到着する。セントラルト・ユニヴァース・シグナル・ポートの、“イグニッション・レミング”は、清楚なタイプで、岩波新書死ねって普通に言ったあと、敵定期によくありがちなように、芸術は檸檬の爆弾、と仰った。彼女は冷凍されたレタスのようにパリパリとしていた、足が長くて、痩せていて、線のダイナミズムだった。そしてメルセデス・ベンツが待っていた。もちろん、僕は家庭内暴力に悩んでいる父親のような顔をした。 *394雨音と体液rain sound and body fluidsつながらない電話じゃない、誰もいない朝じゃない、ただ心の奥から、生きている人間を盗む、声が聞こえただけ。夢に羽根が生え、他人の眼に天国が墜落した、声なき言葉なき背後の影に、宇宙の無常と、文化連続体の悲劇が、こみあげる。自分を客観化し、他人を理解しよう、勝負のない賭けは、無から有へと、意味あるものにした、名前が否応なしに、追いかけてくるまで。孤独だった。でもそれと同じぐらいに、何かをちゃんと、わかろうとしていた。 *393マイナスが惹きあうフラジャイルに乾杯に乾杯Negatives attract each otherCheers to Fragile *392注目して。作法もなく大胆に伸ばした足が、釣り糸にかかった魚のように、身をくねらせたことを。夏休み、夜の学校の匂いが、水に餓えた獣の舌を連れてくる。Pay attention.His legs were stretched out boldly without manners,Like a fish caught on a fishing line,That I twisted myself.summer vacation,The smell of school at nightThe water brings the tongue of a hungry beast. *391風見鶏空に靴を蹴り上げたら、二度と戻って来なかった、そんな伝説。そんなよもやま話。でも信じる人に、信じたい力をくれる。裸足で歩いて家に帰るのも、池に落ちて濡れて帰るのも、そんなに変わらない。だってそんなこと、人生の中に何度もあったから。 *390酸数暴力的な花が、二等辺三角形に、見えた。わたしは、円形や球体に、なりたいの、だろうか。点を線でつなぐたびに、時間や距離を省略して、答えが現れる。日増しに複雑になる、脳内シンジケートに、さんすうのじかん。 *389銅徳痛み止めなしには越えられない、退屈な風景に花を添えようなんて、思わない。高速で人が動き出したら郵便物も、爆弾になる、段ボールをかむった男も、傘をファッションにした女も、犬の散歩をする人が一列に並んでも、物語は始まらない。送信ボタンだって、法螺貝みたいだった。掏摸が盗んだのは心、町中の奴等全員の、嘘と引き換えに、平和が続けられる、タイムマシンが突き刺さってる、恐竜が裏山を歩いてる、でもいつか慣れてしまう心から、死を求めるような心からガソリンの匂いがする。麻薬を食べた芸能人、女を浅蜊の味噌汁にした芸能人、新時代だ、すごいパフォーマンスだ、言っている内に笑えて来る。しちゃいけないことはしたくてたまらない、そしてきっとそれは、この世の中を革命してしまう要素なんだ。本当はそれは間違っちゃいないんだ、間違ってるのはみんなの法かも知れない、良識や良心っていう洗脳や刷り込み。下らないニュースも、平和維持活動の一つなんだ。退屈は人間が編み出した、究極の蟻地獄なんだ。そんなんじゃ嫌だって、玉蜀黍を緑色にして、小鳥を具現化されたテレパシーにしても、世界は何一つ変わらない、降伏のしぐさだ、さあ婉曲語法の始まりだ、底辺教育を始めようぜ、それが一番気持ちいいんだ、それが道徳ってやつなんだ、自分は何にもしないやつの、世界に何にも貢献しないやつの、ファイナルアンサー。 *388戦脳バラバラ死体のような百人一首の視界は「立入禁止」と書かれた屋上から。臨界戦線の幕開け、壊れているとしても―――。それでも息をしたい、逃げ道を防ぐ厚い壁とフラット化する世界、“ジーンズ”でも“レコード”でも、宣教師。“トランジスタラジオ”でも、貿易商人。二十世紀の救世主たるコーヒーの味が思い出せない、狙撃手の君は嵐の夜でも構えていた、看板は外れても次の日には寸分たがわぬ形で戻っていた、そうなれるものとそうなれないものが鬩ぎ合う、ミラーボールが廻り始めて高速テクノビートが、耳朶を打つ、光っているみたいな首都の心臓、もう誰も聞かないナスカの地上絵が未知と遭遇するまで。ヘリコプターが舞い上がり、リムジンが予定時刻に到着する。チャプター・タイトルみたいに続いていく、電流のような痺れが誘うトリガーは、豪奢、静寂、逸楽(の、)―――背中。非日常性の最前線は説明なき省略と自動補完、それでもパターン化された感情の中にも、多様な感情がある、数百メートル向こうから魂の毒を誘う、グレイ型宇宙人、あるいは最初のパフォーマンス、反戦国家艇日本丸より愛をこめて、自作自演の歓迎の狼煙。 *3874 p.m. on the loudspeakerThe waltz is about to spread,The slave traders are about to be arrested.午後四時、スピーカーから拡がる、これからワルツが、これから奴隷商人の摘発。 *386ラブコメわたしが横目でお前を見ていた証拠があるか?わたしはたんにお前の横を見ていただけのことだそういう日が続くこともあるしかしながらお前がわたしに文句を言いたい照れるという勘違いをしたこの恥ずかしい奴を憐れむ気持ちはあるわたしは美人で天才で生徒会長でお前とたまたま同じクラスだそしてわたしは神のようにやさしいその埋め合わせをしてやろう最初に述べておくがまったく他意はないさて百歩譲って喫茶店へ行こうそしてふわふわのパンケーキを食べようその後は公園へ行こうまるでデートみたいだって馬鹿なことを言うわたしはたんに埋め合わせをしたいだけだまず伝話番号と住所を教えてもらおうかそれから両親に挨拶へうかがわせてもらおうかわたしはその時お前の彼女のふりをするがこれもまったく外堀を埋めるような工作ではないお前みたいな世間知らずの馬鹿に生類憐みの刑が発動したということだお前わたしの話をまったく信じていないな困った奴だあーあ本当に困った奴だ *385Actors in the fictional world如才なく振舞うこともできるけど傍にいて笑って下さい心理学や哲学では越えられない苦しみを愛の買えるコンビニで癒せるけど懲役みたいな虚しさをあなたはどうしようわたしがわたしではなかった時あなたがあなたではなかったはずなのに顔付きや物の言い方や立場や性別まで単純に割り切れるものばかりで水すましするそんな小利口な人々のあさましさが嫌いで願望嗜欲と積むべき贖罪のあまりに理解や距離や言葉を嫌えば臨機に湧いてくるYahoo!知恵袋めくらめっぽう走り回った犬を見たショパンが尻尾を追いかける歌を作ってしまう誰にも救われないことを誰かにすがりつくことで寄り掛かることでもたれかかることで人は弱いのだとあなたは言いたいあなたは弱いのではなく情けないだけだ世の中すべてが情けないと人々の心の感光板へ人を馬鹿にするようなきれいごとを言わないでアイスクリームを分けてあげることはできない生み出したものすなわち作り出されたものの本能があしの葉を掻き分けていつか本当に一人になってもそれを選んだ夜の闇誰もかれもが助けてくれなかった人生にたった一人で立ち向かった夜がある地位も名誉もお金もすべてわたしには必要のないもの気取った言葉も愛に謗られる類の醜い綺羅荘厳もまったくいらないよそよしく堅い感じにはならないの見るからに憂鬱を忘れさせてくれるとは思わないの移動する青の一族たちのどうしようもない軽さ本当に傷ついてしまった人の心も本当に傷つけるという人の心もわからないお馬鹿さん自分が自分であることの苦しさや悲しさを知らないの平等な死も人生の時間も徳の高さも星という星の光の言い痴れぬさびしさの何億年銀河の影のようなこの一瞬の銀箔の光放つ水面のような窓がすべてそこに一瞬映った世界が印象の記憶を司るありとあらゆるものが液体勿忘草を踏み分けながら山の麓へ行こう虹の向こうにある悪夢のように果てもない沖で溺れてしまった記憶の邂逅人の心を手に入れられるなんてけして思わないで人を惑わせる言葉がいくつもの夜の過ちを産む不思議に心惹かれた人ともお別れして人生をやり直すつもりで挑戦したことにも裏切られそれでも聞かれる傍から聞かれない相手がそこにいて波が騒いだ海のように静かに身を委ねて死さえ覚悟した一瞬が人生にはあまりに多かっただから逢瀬も縁もその人となりもすべて偶然の要素寄り添いながら答えを導くかどうかさえ知れないけれどもそこにわたしという人間がそこにいて真実なんていう言葉さえ信じられない愛という言葉さえ信じられない修行や試練という言葉だって信じられない神や世界への信頼さえ失って寄る辺ないわたしに残された逃げゆくもろもろの要素この痛みも心の迷いも疑いもすべてが何も知らないわたしからおのずと現れて浮世絵とも絵巻物とも思われてくる一世一代の物語人の世の悲しさを愛が救ってくれるわけじゃない影を越して静かに踏み分けてゆくいばらの道ただ淋しいその人の心を守る時間の小さなつながりけして解けないようにそしてもう夜の闇の中ではぐれたりしないように何度も何度も美しい愛の夢を見ていよう子供の頃に青空と木々の下で寝転がっていたあの揺りかごの優しくて美しくて悲しい時間のようにあなたもわたしも一人の人間でそれが美しいということを美しいと普通に表現しよう気持ち悪い人間にならないように何もかもわかっているふりだけはしないように水が小石に押し流されてゆくだけ蝶の群れが花の上にとまってもう一つの花となっただけあなたもわたしも曖昧な孤独と毒蛇のような幸福の虜ですべてを失ってしまった人にだけすべてを手に入れるという意味がわかるような気がした *384恋が終わったなんて言うと途端に可哀想で悲劇的なヒロインみたいだからわたし海に飛び込んでみたんだ息継ぎもせずに流れ星を見たんだ *383Neither I nor anyone else is designed to be tested.背中に金色の矢を注ぎ、都会のビルに血のような落日の舌が垂れさがり、そして彼は潮風の匂いのする雑木林から、こぼれた夕暮れの最後の光の微笑み。やわらかい反射があるように思える、まだ暗くはない顔は灰色の空間に浮かんでいる。髪も光っていた。行進する歩兵部隊に踏みつけられた草むらみたいな夏の後、甘い感じは失われてなお瑞々しい出口の秋で熟れた。安定の悪いテーブルみたいに揺れながら、花弁が流れるような前髪が、花の蜜のように誘惑する。もっと近づきたい。もっと触れたい。言葉さえも邪魔になってしまうほど、お互いの心が一つのように溶け合った。けれども急行列車のような光が眩しく照らすのは、もうじきそこかしこに寒さや、凍え、淋しさ、人恋しさが訪れるからだ、と知っていた。上京、違う大学、モラトリアムという不安定な年齢。将来の約束などしたことはなかった。表面の言葉をいくら並べてみても、誰の心にもバランスがあり、タイミングがあり、そしてそれを誰かがどうにかすることはできないということを、幼少期の体験から知っていた。回転木馬のように接近したり離れたりしながら、夢想や、苛立ちや、病める声が、もう、森の番人たる薄暗がりの梟の眼のように覗く、何も隠せない、この静けさが、冬。身が張り詰め、心が鋭く尖る。季節は繰り返す、無数の夜の廊下を渡り歩きながら、春へ、もう一度陽気な声とハレーションに揺らめき、青っぽい宙に浮かんだ入道雲の、夏へ。プレイヤーの針をターンテーブルにのせて、がらんと空虚に消沈しがちな心に生気を吹き込む、新しい結びつき、焦ってはならない、どんなこともなるようになる、言い聞かせてきた、逃げなかった、薄眼を開けて、首の角度を少し上げて、飛行機の音ではない、耳の後ろ側を飛んでいた虫の羽音を聞く。この現在進行形を楽しもうと思う、大人になりたくても、子供のままではいられなくても、いつの日にかきっと二人で同じ道を歩きたい、頭の中にはっきりとある未来を言葉にしてみたい、濡れた冷たい空気に吹かれたら、またきっと泣きそうになるけれど、クリスマスが近づいてる、除夜の鐘が近づいている、ハッピーニューイヤーが近づいている。 *382なんかすごいマヨネーズ鳥たちが♪ピヨピヨピヨ。鳥なのさ♪ピヨピヨピヨ。おとうさん。ピヨピヨピヨ。すごいね。ピヨピヨピヨ。鳥たちが♪ピヨピヨピヨ。鳥なのさ♪ピヨピヨピヨ。なんか。ピヨピヨピヨ。マヨネーズ。ピヨピヨピヨ。 *381夫婦喧嘩は犬も喰わない転じて面倒くさいカップルは誰も憧れない「浮気をしましたね? 三度の飯より、漫画飯、鉄板に飯―――ね?」「ねって何、強要? してません」「じゃあ、信じてあげます。わたしは、マリアの生まれ変わり」「うん、そういえば馬小屋の匂いがするって、言わないでおいてあげる」「ねえ、豚の穴にさそりを入れてやるから、ウワキしたって言え」「豚の穴って何ですか? それはケツですか、それとも鼻の穴ですか、わざわいの口のことですか?」「愛はひずむのよ、愛のひびわれ、愛のサンダーストーム、メキシコマフィアの暗躍、サンダーボルト。ミシシッピワニの跳梁跋扈だ、アンターロボット」「言葉遊びだ、アッパーカット」「上手いと思って言った、そういうあなたの表情筋に変化。男性萌えポイント追加ね。でも、史上最大規模の、致命的な言葉のミス」「にわとりの鳴き声を耳に入れてやるから、アヘ顔ダブルピースしろ、ヤリマン」「さっきから、ひどいことを言うのね」「愛してるんです」「ボカロ聞きすぎよ、わたしも愛してるんです」「この女、開いた口が塞がらないぜ、何処に出掛ける?」「この男、まったく締まらない台詞で、実はゲイバーかおかまバーで、口で抜いて、なんだったらもう腋で抜いてるんじゃないか、そういう男よ、でも何処でもいいわ」「じゃあ歌舞伎町へ行こう、最高に楽しい、仮面プレイが楽しめる―――遊園地行く?」「こいつ頭おかしいんじゃないかしら、でも、いいわよ」「ねえ、君の悪口にめちゃくちゃ痺れるよ」「ねえ、それ、病気よ。変態よ。でも、調教してあげるわ」 *380There are no real answers in my heart特別でありたい女の子たちの見開いた瞳孔。瞳を押したらコールセンター恋愛二十四時へ繋がる―――かも知れない。でも以前よりも、出会った頃よりもずっと、影が深くなる。青信号なんか期待していない。百万人のために歌うラブソングに飽きたらマイナー曲の虜、また一つ人間を勉強する、人生の階層、様々な物の見方を通して、中央分離帯、中庸について君は考え、言葉を切り、張りを作り、唇を真っ直ぐに結んで本当の愛情というものにうっかり、背伸びした結果、触れられるかも知れない。僕等は一人では鏡の意味も、会話の意味も、人生の意味も、知ることはできない生き物だから。大好きという言葉や、愛しているという言葉の裏側に潜んだもの、弱さや醜さ、気持ち悪さ、鬱陶しさ、どうしようもなさを、そっくりそのまま、まるごと愛することが君にはできるだろうか。僕等はやっぱり動物で、しかし理性ある人間でありたいと足掻くあまりに、常に色んなものから眼を逸らしている生き物だ。素敵な人間でいる為には努力もいるし覚悟もいるし我慢も必要だ。僕も時々なんでこんなことをしているんだかと本当に思うことがある。けれどその小さな嘘を、綻びを、ささくれを、未熟さを、思い知るためにも僕等は愛しい人に優しくするんだ。誰かを幸せにするということの難しさを一年の内に何度打たれるだろう。僕等は何処へ向かっているんだろう、確かなことは同じ方向へ、確実に終わりの方向へ、正しく、あるがままに、ええ、なすがままに、身を委ねているということだ。 *379neverまぎれもないドリーミーなスカイハイだってわかってたけどアフターグロウでレバーコントラストの法でパラシュートが開いたんだインシネレートしたアンビリカルコード頭蓋骨へ侵入する切れたゼンマイのスケープゴート刹那的な刺激の夜討ちの投げタイマツのジャッジメントデイくすぶってた僕等はメルトダウンだってエンドオブザワールドだって亡霊の屍みたいな積乱雲見た時天界の戦争で連射される電磁砲見たよ始まんなかったなトランキライザーみたいなニューワールドオーダーウィルでもハブでもオールウェイズでもフォーエバーでもすべては餌食パラダイスロストのたなびきとろけてゆく常識に風船の割れる音がした生贄社会の悲惨な肉の塊の剣贅肉の鎧に血が凝固した盾僕等はずっと乾いた葬列を歩いてたんだゾーンディフェンスできなかったよ僕等はずっと墓地に埋められてたんだそれがロストでもロンリネスでもいまじゃきっとたんなる病魔ペンデュラムが導くブラッドムーンただそいつが欲しいのさネバーいまじゃそんなものが美しいのさネバー魂がパッパッと飛び出した不意にね鋭くね細くねけれどめちゃくちゃ美しく蓮の花が咲いたんだ真っ青な絨毯だった人の上に立って人を踏み潰して生きてる僕等の道誰も逃れられないよ怖かったけど見つめなくちゃなだから誰もそこから下りられないよ突き刺せないよ樹海みたいな人の心の中じゃでもここで生きてるってことを忘れなかったさネバー線が淡く浮かんで風景が始まるまで考えてたよネバー *378say性所為嘘をつくなよ。やりたいんだろ?そうさ僕等は、欲望の塊、下劣な戦場の、煽情の線状で、Gの声を聴く。フニャチン野郎じゃ、口説けない。傷つき方が勲章で、大量殺戮のように、神の壊れた宝庫、もういっそ高炉、航路で、Gの反応しちゃえばいい。でもさ、心臓に触れて欲しい。砕けた硝子の玉の音が、落ち葉を鳴らす、静かな雨の音に変わるまで―――。 *377reverseVariety is the spice of life(Step up your game)収束する太陽への蝶、―――嘘の優越、不死の錯覚、釘付けにされた運命―――が、「視線」の【感染】を始める。Eager beaverの君にも、(Crunch time)この世界の成り立ちが、ご都合主義だって刻一刻とわかってくる。白と黒で構成されたバイオグラフの罠、クラッシャー、記憶のある、黒の街から赤を盗んだ、二十四人のビリー・ミリガン。グラビディー、氷のような焔が、鉋で粗削りされてゆく、H・G・ウェルズの「盲人の国」(本質とは、見出されるもの―――)《それ自身であるもの・・・・・・》境界線は不器用な螺旋のサイケデリック、蝶番の軋りとともに灰色で、裂け目のない、眼に見えて、日ごとに大きくなる、エラーコード。”名前”(固有名詞)どんな言葉/も/剥がれ落ちて/歪んで見える/から/“餓えた時計の顔をした蜷局を撒いた蛇”―――が、青い椅子で僕等を待ってる。桃の皮でもはぐような、「秘密」が「自白」を求める、引き剥がされてゆく副作用だらけの、薬に発作的にうなずきおののくカオスが、―――蛾の羽根を美しくした、霧のようなもの夜明けの明るさにした、迷わずにいられた―――ら・・いい・・。終わりのない裏切りのリズム、磁界へと続く、電脳網膜のアーキテクチャー、彷徨える歪な楽園へ。―――溜息だけ(が、)果てしない夜の闇の中(に、)ひっそりと浮かんで(る、)夜―――が。風―――が。Variety is the spice of life(Step up your game)叫ぶ言葉も祈る対象も、―――永劫の朽ち葉、欲情の乱れ、囚われた夢の間の水銀―――で、「視線」の【感染】を始める。(逝く夜の扉を透かしてみせたサイレント、)(サイレントなサウザンド、シークレット、)Go down in flamesの君は、(Cry wolf)どんな言葉/も/剥がれ落ちて/歪んで見える/から/どろりと、タールを垂れ流した瞳の奥から、新しく、恐ろしいまでの抑鬱が運ばれて、様々な窓に明かりが灯され、生活は展開されていく。―――その、くっきりとした距離や輪郭をおかしくした、何かが僕等を覗き込んでいる、ゼロ・ソニック、何かが僕等を宙づりにしている、ゼロ・ソルジャー、剥き出しの鉄、積まれたタイヤ、何も僕等にはなかったんだ・・・!何も僕等にはなかったんだ・・・!(今でも痛い台詞をまさぐってくる、迷子の夜―――が・・続くんだ、けして、終わらないんだ・・)迷わずにいられた―――ら・・いい・・。終わりのない深淵への飛び込み台、絶望へと続く、電脳網膜のアーキテクチャー、物語のある鉛の奥へ。(本質とは、見出されるもの―――)ダンテ・アリギエーリの“神曲・地獄篇”へ・・。Up in the air、、、《それ自身であるもの・・・・・・》空っぽの“心”へ―――心へと続く命あるものへ・・。More holes than Swiss cheese、、、 *376A storm in a teacup役目を果たせず破れ去った解説書。オブジェクトそのものの異常性で、水に浸した兎の皮。アブストラクトの造形が、三十六計逃げるに如かずと言いなが―――ら・・、制御機能の停止ボタンを消してしまう、饒舌さ、遠距離航行計画のハーレーダビッドソンが、天国へと昇ってゆく―――エレベーターん中は、世界の中にありながら世界に属さない感覚、胎児の中のような回帰線、エクストリームなんだ―――閉ざされた暗い空・・、銀の水口と海底へと降りてゆく放電。深さが横向けに遠くへ感じられる、照準鏡の割れのアベンジャーズ。夜に騙されている僕は、外的供給無く瞬時に多量の印刷物をする、途中の分岐などもはや完全に無視して、この街の心臓部になりたい―――と・・・。初めて思った―――んだ・・。青を朱にふくめた言葉を夢で飾った酩酊が、非常に強く感覚を喚起するような魅力を伴って、参照項へと爆発的に拡散する、ぐるっと屋上から三百六十度見渡すだけ―――の・・、この街が美しい蛭のようになめらかなほど、肉感的なほど―――立体的なほどに、忘れがたい、噤んだ意志を思い出させる―――から・・、ライフ・ゴーズ・オン、世界が終わる音が何処かでした、ライフ・ゴース・オン、今日から僕も人を殺す練習を始めよう。 *375ダイナミックジャイアネスかもちゃんは枝豆を塩ゆでし、いずうさが枝豆から豆をせっせこせっせこ取り出した。かもちゃんは缶詰のトマトソースを、フライパンの上で沸騰させ、そこにコンソメスープを入れ、軽く蜂蜜を入れ、何か気取った香草のようなものを放った。一思いに、かめはめ波のように、放った。そこで世界は変わったような気もするし、そのような気もしないではない。そしていずうさが額に汗を誇張的に拡大レンズした時、かもちゃんが枝豆の入ったボウルをフライパンの中へ、投じた。そしてかもちゃんがまず味見をし、いずうさが味見をした。職人たちはそのようにして眼で合図し、暗黙の了解をし、あらかじめ駅で買っておいたと見せかけて、実は近所のおばさんに「かもちゃん、近頃痩せたんじゃない、食パンあげるわ」と貰った食パンを用意し、いずうさは、世界名作劇場に出てくるような皿を用意した。一羽と一匹の職人は、市長さんと魚屋のおじさんを待ちながら、こらえきれず、何度か味見した。妖精たちが馳走にあずかろうと、ゴキブリのように出てきたが、かもめハウスは世界の食卓なのですべての道はローマではなく、かもめーに通じていた。秘密結社かもめーはイルミナティより素晴らしいと思います、と世界的に有名な大統領が言ったかも―――知れない。影響力はそのようにして盗まれていった。底辺の、友達の友達の友人の友人の兄妹というように、誰だかもう既にわからないように虎の威をカリパクした狐。ただ、こぎづねは、こだぬきと一緒にかもちゃんのお腹に生息します。冬寒い、そうなると自然、あたたかい南の国のようなところを棲家にします。この鳥は昔から、雌雄を決するといわれていました、と、世界的に有名な総理大臣が言ったかも―――知れない。秘密結社かもめーは三千年も前から存在し、いまでは人口の半分が、かもめーです、みんな入りたがり、そして入りたがり、やはり入りたがり、何しろ、入りたがるようです。しかしそのような嘘くさい、既に胡散臭い、きな臭い勧誘をよそに、職人たちは、既に半分以上減ってしまったことに気付き、市販のミートソースを入れ、さらにコンソメスープを入れ、枝豆ではなく野菜を入れました。もはや原型は確実に失われていました。しかし職人たちはセウト、セウト、まじめんごめんご言いながら、事態の収拾をしたようです、もう十二月だよ、一年終わるよ。世界中の鳥たちは、こんないい加減な鳥のために、カモメスープの匂いを嗅ぎたがり、公園を埋め尽くしています。 *374かもちゃん、スーパータルタルソースを作ればかもちゃんが「からしマヨネーズ」と、「タルタルソース」を取り出し、業務スーパーで買ってきた「タマゴサラダ」の上にぶちまけた。それで天才の料理の九十九パーセントは完成した。かもちゃんは、超嬉しそうだった。そして和えた。あたかもそれが、和え物のように、和えた。最後にぺろっと、味見した。舌はざらざらしていた。「スーパータルタルソースダロ、かもちゃんが考えました」とか言っていた。「近頃はずっとこの着想にばかり時間をかけていたダロ」と言った。かもちゃんは、本当にいつも下らなくてどうでもいいことを考える。そして唐揚げの上にかけ、エビフライの上にかけ、ニョホホ言いながら食べた。いずうさも、ひょいひょい、ふむと唸りながら食べた。そこには様々な思惑があり、どう答えるべきかを迷う、中立派の顔があった。かもちゃんが料理の鉄人のような顔をしていた。いや、この鳥、一ミリも料理をしていないのにふてこく、しらこく、あたかも自分はそのすべてをプロフェッショナルしました、みたいなそういう顔をしていた。かもちゃんはいつもそのようにして天才だった。市長さんも、魚屋のおじさんも、ふむと唸りながら食べた。そして妖精たちが、カロリー高そうだな、とか、こんなの人間様が食べていい代物じゃない、ナエルポポとか言いながら、最終的に食べた、ふむとやはり唸りながら、のび太が鼻からスパゲッティしたような顔をして、ポカンとしたあと、食べた。 *373 future 鬱病は気分障害の一種だ。 社会の接点が少しずつ増える中で多くの苦難や困難を経験し、 見通しのつかない将来の不安を漠然と感じる。 学校や職場での人間関係。 大人としての責任と重圧。 このようなストレスは現代人の宿命だが、 蓄積した心の荷物は、人を鬱へと誘導し その社会生活を破綻させる。 感情や意欲を司る脳の働きに何らかの不調が生じ、 無力感や自信喪失感や絶望感から自殺観念へつながるように、 貧困から罪業妄想が発展し、躁病では自我感情の高揚感、 万能感から誇大妄想が発達し社会的逸脱行為に走るように、 鬱という日常生活に支障をきたす精神疾患は、 またおそろしく身近な病で、 日本では十七.五人に一人が、その生涯において、 一度はこの病を経験する。 発症の原因は正確にはわかっていないが、 体力のない人ほどメンタルヘルスを悪化させやすい、 ということは指摘できるので、 体育会系的な発想とは別に、運動をすること、 とりたてて自然豊かな場所で、ゆっくりと寛ぐ時間は、 心にとってよい影響を与えてくれるだろう。 また鬱病患者は大脳皮質の処理が変化するといわれていて、 もしかしたら世界の見え方に変化があるかも知れない。 自分がおかしいかも知れないと気付く方法は、実に単純だ。 「眠れない」とか、 「やる気がでない」とか、 「わけもなく不安になったり悲しくなる」とか、 「怒りっぽくなった」などだ。 でもそこで立ち止まってはいけない、 人生を変化させる時期がやって来たというだけのことだ。 ところでセロトニン的な鬱病治療も有効だけれど、 鬱病の範囲は大きく、 もちろんそれだけで治らないという人も大勢いる。 様々な仮説があるけれど、神経炎症仮説を推したい。 脳と精神を免疫系の働きと結びつける研究分野だ。 ようは、生命維持本能の一種で、過酷な環境を生き抜く遺伝子的な、 あるいは本能的に培われたサバイバルの戦略の一種。 無意識的な増設状態、階梯状態、という言い方も出来る。 僕はその状態を変性意識とか、 トランスという言葉で表現するかもしれない。 鬱病を無意識的な社会性の病と捉えてもよいのならば、だが、 何しろ人間と人間の、 心と心の本当の在り方に説明は一切存在しない。 無意識というものが、たとえば夢が、あるいは人間の意識が、 さもなければ心というものが、抽象的にならざるをえず、 万人への理解を促すにはまだまだ人類は進まなければいけないと思う。 生存の確率を上げるために始まった炎症反応が、 誤作動を起こして鬱病になっているかも知れないというのが、 何処まで正しいかは別として、 もう昨日までの世界には帰れない。 僕が医療的な立場や、カウンセリング、 認知行動療法的なものを抜きに、 どうあるべきかについて述べてもよいのなら、 つまり国ぐるみで鬱病について本当に考えるというのなら、 ストレスの少ないホームレスの生き方を考えてみる、 海外旅行で違う人生にブチあたってみるなどの手法もあると思う。 もちろん薬物治療や、認知行動療法でも十分に寛解できる人もいると思う。 治るということはないけれど、 治ることがないからと何だかよくわからないまま、 人生と向き合っている限り、人生はよくならない。 アメリカには法律の存在しない無法地帯のような場所が存在するけれど、 本当の自由の意味について考えさせてくれる場所だ。 集団の中に答えがなければ一人の中に答えを見出すしかない。 狭い島国が嫌になったら、 外国にその定住地や、終の棲家を見つけるのもいいと思う。 とはいえ民間療法は危険だし、体育会系的な発想も逆効果になる時もある。 ただ、新しいステージが始まる。 リアルが生きづらい人が自殺したくなるというのは、よくあることだ。 ブラック企業、残業、人間関係、給料。心のストレス、病原体との接触、 幼少期のトラウマ。肥満、加工食品の摂取。 そんなのいちいち並べ立てるまでもなく、 人それぞれ精神疾患の傾向を持ってる。 当たり前だけれど、どうしても無理だって思えるなら、 他人ではなくて自分が一番よくわかっていることだ。 一人で抱え込まず、もう頑張らず、精神科や心療内科を受診し、 心の中身をすべてぶちまけたらいい。 尾崎豊や中島みゆきを聴いて、 専門家と二人三脚で最初のゴールを目指すのがいいと思う。 人と違うということは、これからの時代には絶対に必要な人材だ。 しかしながら、鬱病の人というのは、 「否定的な感情を過剰に表現する」ものだし、 「一人称代名詞を多用する」ものだし、 「絶対や完全といった言葉を多用する」ものだ。 どうして僕がなるべく多くの物事を曖昧な境地に落とし込もうとするのか、 これで理解していただけたであろうか? 二十世紀は眼に見えないものに一歩足を踏み出した状態だった。 そんなことを考える時、トリケラトプスがよく出てくる。 折角の殺傷力のあるそれが長すぎて死んでしまった、 あのトリケラトプスのことを、である。 出産を終えて女性が産後鬱になるのは、ムラ社会の注目を集め、 子育てという一大事業をムラ社会全体に考えさせる為だったという。 僕等は鬱を大きなムラ社会のように考えるべきなのかも知れない。 いまよりずっと、昨日よりずっと生きやすい社会で、 多くの鬱病という精神疾患は、怠け者や暇人と思われ、 職場の同僚にいたら迷惑だと思う心ない人もいるだろう。 それはそれで正しいけれど、 間違っていても別にどうっていうことはないのだ、 一度人生を踏み外してみたって生活保護もできる、結婚だって出来る、 人生の楽しみ方は沢山ある、運命や宿命だのと、人生の理想や我慢だのと、 意地の張り合いをしていても一歩たりとも進まないことがある。 よく考えられない時には何も考えられないようにする方法もある。 情報量が多すぎると言葉が上手く出てこなくなってしまうだろう。 僕の経験上、面倒くさいことをやってみると開けてくる時もある。 風呂やサウナだっていいんだ、困難な状況を紙に書きだして、 本当に信頼できる人や、二十四時間の心の悩み相談室だって、 あるわけじゃないか、そこで打ち明けてみるのもいい。 社会人として、一人の大人としてちゃんと答えるよ。 みんな大変だと思うし、人生を生きるのだって難易度が高い人もいる。 その人が気付かないのなら、 手を差し伸べて解決策を提示しなければならないし、 駄目なことを、見て見ぬふりをすることで状況は悪化することもある。 何もしない、自分には関係ない、という生き方ができる人もいる。 それも精神病関連の対策としては、おおむね間違ってない。 病気は伝染するし、生き方を侵蝕する。 巻き込み型事故を起こすからね。 でもそんな奴等ばかりだったら社会は滅茶苦茶だって思わないか、 そんな人間味のない奴、つまんねえ奴が世の中だって思うのは辛くないか、 悲しくないか、人と違うっていうのはそういうのに気付くことだ。 EMDRというエビデンスのあるトラウマ治療法が保険適用になるといい。 僕等は天国や楽園を探しているのだろうか、 神とか愛だってそうだ、 どうしてここにそれをきちんと見せられないのだろうか、 貧弱で脆弱な僕の、思いの丈が一瞬垣間見せた未来だ。 *372水位water level死は万物の定業、摂理ならば、想像を絶した困苦や、欠乏、酷寒、焦熱、孤独のわざわいを、どうしよう。搾りたてのトマトジュースのような、明け方から日の暮れまで弛まず、凄まじくも壮大な、滑稽な、笑止な、自ら独り死んでゆくような、一日を繰り返す。血液が途方もない怒りで逆流する。ルーブル美術館に爆弾を落としてしまえ、国会議事堂などぺしゃんこにしてしまえ。長い寒冷紗をせわしく巻きおろし、他界の月影が見え、空からは石膏のような白い粉末が、埃や垢のように落ちてくる季節だ。自由の女神など下半身のトルソーにしてしまえ、ピラミッドの上に円盤をくっつけてしまえ。何もかもが醜い。そして何もかもが凍り付いている。人間など全員死んでしまえ、亡霊の群れのような心の嵐の中、静かな森の中を歩いていた時間が、あの生き生きとした場面だけが美しい、鳥の言葉が解析されたという、では何故犬が夢を見ているかどうかを、解き明かせないのか。がらんどうな裏町の泥のような雪、朝の排気ガスで汚れたしわぶきのような雪。何がそこから美を奪ってしまったのか、誰がそれを博物館の純白の鉱石のように、仕立て上げてしまったのか。愚か者たちのことはわからない、それ自体が意志を持っているかどうかさえ疑わしい。確率を下げるような、掌握のできないことには、一秒でもかかわりあいたくない。知的営為の時間は、鯨の脂肉のように貴重だ。この糞ったれな街を白く塗り替えて、まったくの白紙に、最初の一頁へ戻せ、楽園や天国なぞ、一兆年先でも、われわれには早い。言いたいことがある、思っていることがある、では何故きちんと考えないのか、ぐしゃっとのめりこんだ分だけ前へ踏み出さないのか、歯を食いしばって千一夜を過ごし、とうに五千日を越えた、語りつくせぬ珠玉だ、精髄だ、光彩陸離だ、おべんちゃらはもういい、品位が下がる、豚に真珠だ、気位のない奴等の言葉が我慢ならない。奴隷や、乞食のような奴等の卑しさが我慢ならない。天地の間に入れ墨を彫ってやりたい、底無しの穴に陥穽ちてゆくとしても、このグレースケールに突き抜けて空しい空に、生活の枝先、ルサンチマン、シュプレヒコール、日常だの生活だのどうでもいい、洪水を飲み干して、溶岩を歩き去れ、何故いつまでもそんなにお前はいい加減なのか、何故いつまでもそんなにお前はどうしようもないのか。 *371一杯の水コップに水を入れ、そして溢れた。空気が足りない。安全な飲み水を確保することは、古の時代から重要な課題。そして僕等は、ペットボトルと同化した。透明な傷を手に入れた。空想科学映画のような、ワンシーン、心がわいてくるように、不思議が溢れた。無尽蔵の宝庫のような、空気が押し潰される。その部分を跳躍しながら、玩具のような屋根へ。スローモーション映像では、吊り糸の切れた硝子玉のように、見えるだろうか、飛び石伝いの宙空の停止。水がそのグラスを彩色し、透明な溶岩が空想の海へと、流し込まれてゆく。水が引き起こす電離作用。温度の差が攪拌されてゆく時、なにゆえ、僕の眼は赤い水瓜の内側。一瞬しか見えなかったから、逆にいつまでも浮かぶ光景。類なき時の夢の挿話にひきずられ、悲しい雨の記憶が甦る。スッと風が通り抜けて、水がつくりだす穴が鍵の穴のように、思えてきた。もう誰にも邪魔をさせない。そしてもう誰にも時間の無駄をさせない。注がずにはいられない、無警戒に、いつものように、僅かな風を産むその傾く翳りの方で、夜が溢れるまで、心が壊れるまで。君は人生の価値を笑った、人の情熱を簡単に笑った。その報いを受けるほどに、咽喉の渇きだけが強くなる、盗まれてゆく風景の中で、窓硝子にあたった鼻のような、五つの指紋だけが。 *370塾講師塾と一口にいっても、すべての塾を称して「学習塾」と言い、(習い事といってもいいわけだが、)その中で学校の授業をフォローする「補習塾」と、(補習塾は、主に小中学生向けが多い印象がある、また低学年の場合は、静かに、という所から始めなくてはいけない。そうなると基本的に子供が好きでないと辛い仕事だ。怪獣お世話係)受験対策用の「進学塾」や「予備校」がある。また指導形態も講師一人に対し、一~三人を受け持つ、「個別指導」と、十~三十人ぐらいを受け持つ「集団指導」がある。もちろん家庭教師はワンツーマンで、大学生に働きやすい人気のバイトだが、自頭の良さは別に必要はないという向きもあるが、学力が足りていないと辛い場面はやっぱりある。毎回準備や用意が大変だという話もある。大学受験、医大コースなら医大生限定、中学受験向けなら中学受験経験者が望ましいというように、条件は様々変わって来る。また努力をしてもそれに対する手当や時給は発生しない、バイトがない日でも考えているという人もいる。そういうのをどう考えるかというのもポイントだ。それに思春期の子供相手だからコミュニケーション能力は必須だ。勉強を好きになってくれたり、もちろん、教師という立場で人に物を教えることで、コミュニケーションスキルやマナーが身に付く。何事も挑戦する前に頭でシミュレーションしてから、始める習慣があるとグッと結果に近づくだろう。何でもそうだけれど何処をターゲットにするか、どういうレベルかというのは重要だ。授業中に寝てしまう生徒のやる気を起こさせ、改善策を考えなければいけない。面白くなかったら寝る、それが子供の権利だ。毎回授業を休む生徒が一定数いる。行きたいって言ったわけじゃないし、それが子供の権利だ。そういう生徒のやる気を引き出さなくちゃいけない。とりたてて集団塾では腕の見せ所だ。授業プリントやテストの管理、過去問のチェック、テスト後の分析。話すスピードや、抑揚、話の間、それに対する生徒の反応など。やっぱり何事も試行錯誤しながら創意工夫して、こうすればこういう反応になるというのを得ていくしかない。講師経験やカリスマ性が試される集団塾では、分かり易さを重視すると学力のある生徒は辞めてしまう。すべての生徒に伝わって、かつすべての生徒の学力向上をさせなければいけない。保護者に成績のことで詰め寄られるシーンもある。僕には胃が空きそうなので断らせてください。 *369牡の空気―――ボクシングジム。騒音対策の内装工事がされ、ロッカールームやシャワールームなどもある。男性用更衣室には、出席簿がわりに体重を記入するシートがある。広い部屋の中で、十数人の男達の練習する姿。健康体の毛穴にしみいるストイックな練習風景。窓から都会の地獄絵のような一瞬の豊かさが垣間見えるが、大小さまざまのかがり火のような熱気で、魑魅魍魎がせめぎ合う。日常の中枢から電源プラグを抜いて一匹の獣へと変貌する。パララッパララッと鳴るパンチングボールをする者、ワンポイントの違いで慌ただしく去ってゆく音がする。試行錯誤している、シュッシュ言いながらシャドーを黙々とする者、最短距離で、至近距離で。空を切って放たれた拳のフィニッシュポイント。仮説を立て有効な検証を行なう技術。ネオン管が封じ込められたような何度も補修された、サンドバッグを叩く者、拳を振る男たちの腕が揺れ、鼓膜を刺激し、窓を震わせる本能の峻烈な蠢動。徹底体に破壊する方法。ある一線を越えた途端に、まったく別の風景が広がる。タイマーの音を自然に覚えた。鏡の前でフォームをチェックする者。筋肉の発達度具合で強さがわかる。ウェイトトレーニングと有酸素運動。完璧に計算されつくした黄金比のブロンズの彫刻。縄跳びをしてモップをかける者、そして舞台に上がれば孤独な檻のように見える、縄の貼られた即席リングでスパーリングをする者。そこにもまたチェスや囲碁や将棋の要素がある。スピードとパワー。ロードワークに出て信号待ちでシャドウをする者。無駄話をしない元プロボクサーの常連と話をする者。トレーナーは、諄々と指示を出しながらミット打ちの対応をし、トレーニング器具の使い方を教え、パソコン機器まで操る。ボクシングジムには、花明かりによろめく蝶のようなまぶしさがある。響く歓声と鳴り止まない拍手の雨の中、拳を突き上げる勝者の栄光という宿望。魔術的な呪縛にも似た、ロッキーのテーマが流れ、フィラデルフィア美術館の階段を駆け上がるような夜、バリバリ現役で現在進行形で過去の遺物は一つもない、なまめかしさも物寂しさもボクシングジムにはあり、そこにおける人は、ゴムの柔軟さを備えて、獣で、そして彼等は血塗られた軍人のように若い。 *368片思いも楽しいけれど、やっぱり「好き」って、言われるのが、いいよね。君は「可愛い」を、目指していて、僕は「カッコいい」を、目指す。セックスの相手、探すんじゃなく、一生傍にいてほしい、人を探す。色んなことは、変わってしまうし、一か月後と、一年後は違う、十年先なんて、かくれんぼの子供で、見えやしないんだ。でもこの気持ちが、変わらないように、一分一秒を噛み締める、長く続かないと思う、でも一人の時間が、それまでと違う、長い間、僕等は待っていた。 *367フリーメーソンフリーメーソンは、別に秘密結社ではない。が、秘密結社に仕立て上げられうるような、仕掛けもそこかしこにある。ただ、ありとあらゆる結社に秘密が存在しないわけはなく、公開結社という向き、だ。会員数は六百万人を超える。起源は十四世紀を遡らず、鏝と直角定規とコンパスを重視する石工を中心とする、職人組合が正しい。そこにそれと関係ない人々が集まって、職人組合から、友愛団体へと変貌した。そこには参入儀式がある。次にエルサレムの神殿を起源とする神殿幻想や、各地のロッジの象徴的装飾性などにみられる、視覚的シンボルを重視する。怪しげなピラミッドの眼、プロビデンスの眼。それにフリーメーソンは誰がメンバーであるかを、長らく公表してこなかった。無論、自分からも言い出さない。また錚々たるメンバーである。モンテスキュー、ヴォルテール、サド侯爵、カサノヴァ、ゲーテ、ジョージ・ワシントン、ハイネ、ステファヌ・マラルメ、ジュール・ヴェルヌ、オスカー・ワイルド、コナン・ドイル、マーク・トウェイン、シャガールもフリーメーソン。どうやっても接点なさそうな無茶苦茶なものが、フリーメーソンという一本の糸で繋がると、世界を闇で動かしているような感じは確かに出る。けれど二十世紀になって、ヒトラーやムッソリーニやフランコが、フリーメーソンの活動を禁止しようとした。フランコ時代にはかなり処刑者も出た。こうしてフリーメーソンは第二次大戦後は活動の一部を、表に出すようになった。だがそれはそれで怪しいという向きもある。引っ込んでいても、表舞台へ出ても、いかがわしいというのは、中々日本には存在しない。また、元フリーメイソンの創始者による新宗教も多く、モルモン教の創始者ジョセフ・スミス、ならびに二代目大管長ブリガム・ヤング、エホバの証人(ものみの塔聖書冊子協会)の創始者、チャールズ・テイズ・ラッセル、クリスチャン・サイエンスの創始者メリー・ベーカー・エディがそうだ。ただ、ロッジでは商売や政治の話はできないので、陰謀を巡らせるような組織ではないというが、都市伝説好きな日本人を騙す為には割愛するしかない。何はともあれ、集会もニュースになった。一九七一年のパリ・コミューン一〇〇周年記念開放白会、一九八七年にミッテラン大統領がエリゼ宮に、フリーメーソン代表団を迎えて演説をしたことなどは、かなりよく知られたニュースだ。 *366LINE STORY「LINEでさー、ミホさ、母親がゴキブリに発狂したって書くんだよ、こいつ」「レイコだって、父親がインキンタムシで、変な薬塗ってて、すげー嫌だったってLINEしてきたじゃん、めちゃくちゃウケたんですけど」「ミホやレイコのこと笑ってるけど、アンズだって、自傷癖あるんだよねー、気持ちよくてやめられないんよねーって、三年生の告白断るために滅茶苦茶なLINEしてたの知ってんのよ、ヤンデレこわすぎ」「そういうユカ師も、学校のLINEで、ありもしない怪談つくりすぎ。なによ、幽霊十匹はつくったでしょ」 *365コーヒーナップコーヒーには覚醒作用がある。このカフェインには飲んでから効くまでのタイムラグがある。タイミングよくコーヒーを使って、スッキリ起きれるような昼寝をしようというのが、「コーヒーナップ」睡眠のメカニズムにはレム睡眠とノンレム睡眠が繰り返し、九〇分サイクルで繰り返す。ヨガの世界ではこれを、サーカディアンリズムだとか、ウルトラディアンリズムと言う。やり方は単純明快至極簡単。昼寝直前にコーヒーを一杯飲む、これだけ。とはいえ、飲む量については個人差があるので、自分の身体がどれぐらい求めるかを自己判断するのが一番だろう。それでも無理なら、カフェインサプリという方法もある。ぶっちゃけ、カフェイン入っていれば何でもいいので、「カフェインナップ」ともいうのだ。時計店で眼鏡を売っているようなものだね。さて、カフェインは摂取してから十五分程度で効果が出るので、昼寝から十五分くらいで自然と目が覚めるようになる。なお、これと併せて、十五分後に起きると自分に言い聞かせる、十五分後に起きると思い描くと、もっと効果的かも知れない。人間には好きな時に起きられるという覚醒能力があり、これはいくつもの研究やデータとして存在する。ちなみに自己覚醒能力の高い人は、起きる時間に合わせて副腎皮質刺激ホルモンを分泌し始め、目覚めてすぐ活動できるよう脳と身体の準備を整える。なお、三十分以上眠ってしまうと、途端に眠りが深くなって、起きにくくなり、もちろん起きた直後にはスッキリしない。逆に眠れないという場合でも、眼を瞑っているだけでよし。情報をシャットダウンし、意識を飛ばすだけで効果は見込める。ただ、コーヒーナップが上手く出来ないという場合には、五時間~七時間空けるとか、一週間や二週間コーヒー断ちをするとより効果的らしい。別口の話では、ドライブなどで眠たいという人は、コーヒーを一週間や二週間辞めて、ドライブの時にコーヒーを飲むと眼が冴えてくる。ただ、日常的にコーヒーを飲んでいる人にとっては、罰ゲームでしかないが、我慢するといいことがある。また、手の指を数えるとか、眠気覚まし系のドリンクを試すとかいう方法もある。僕は睡眠時間三時間で数年間やっていたことがあるけれど、眠気覚まし系のドリンクはほとんど利かなかった。ちなみにコーヒーナップには疲労回復効果もある。脳が疲労を感じるメカニズムとしてアデノシンという物質があり、これが分泌されて、受容体にキャッチされると、疲労を感じるような仕組みになっている。実はアデノシンとカフェインには似た性質があり、この受容体にカフェインを埋めてしまうことができる。そうすると、本来感じるはずだった疲労感はなくなり、覚醒効果があるので元気になるという寸法だ。
2024年03月01日

364夏の日山道に揺られながら、病んだ紫陽花のような日輪が狂っていた。色硝子の破片を降り落としているようだった、なごやかなそよ風を無風とする陽の光に切り取られ、揚羽蝶―――だった・・。眼の中で香油の如く匂やかな魂の静けさ。動き回る火山と、密閉された宇宙。せせらぎの音が、一瞬消えた・・・・・・。厭がる目覚めと眠りにしがみつこうとする瞬き。窓の格子。雀の気配。そんなものが無秩序な道の上で、追憶の彼方から籾切りに、紛れてくる。何も語りたくないのは、美学だよ、と。何も言いたくもないのは、僕もそうなんだよ、と。入道雲も、昨日がどんな日であったのかも漠然とした一つの時間の塊、これ以上は―――愁いが残らないように・・。もうこれ以上は―――空気の中を游ぐ・・。斜線を描いて、縦の線をくずさず、物さびた樹木の幹の下までも輝かせる。道はゆっくりと分かれて―――行く・・。暗く澱み、翳るかとみればいぶし銀、しめやかに濡れて、いつかのもの想いに沈んでさゆらぎもせず、神の息吹に涅槃の空、いいえ、これが悲しい日本の景色・・・・・・。誰もいなかったでしょう、と岩の上の影が囁く。天に憧れながらたよるものなき地面や壁をのたくる蔦。裸足になって歩いた、家に帰って足からは血で溢れていた。自分の激しさも、その時間という絶え間なく流れるせせらぎも、いまでさえ―――いまでも、懐かしく思い出すということはない・・・・・・。 *363砂時計の中に、最後の燐寸が白く光る。影にやわらかい反射があたり、一瞬。カメレオンのような舌が伸びる。 *362ウィンカーSNS上で、真っ直ぐ行けるけれど、道路は大きなカーヴになっているという時、ウィンカーをどうすべきかというのがあった。実は兄の家に行くまでにこういう道路があって、僕は原則入れることにしている。ただ、この問題がどうこうというよりも、近くに、交番があるかとか、交通量かどの程度かっていうのも、判断の基準になりそうな気はした。またそこで事故が起こった場合などは、道路を変えた方がいいのではないかという声が起こったり、自然とウィンカーを出す人が増えるのではないか、という気がした。また、事故が起こっていないからといって、安全であるかどうかはわからない、という言い方もできる。たとえば、あなたはこういう時にウィンカーを出す人と、ウィンカーを出さない人のどちらがいいかという言い方もできる。自分一人で考えるのではなく、二人(恋人や奥さん)や、四人(家族、仲間)を引き合いに出してみれば、思いのほかあっさりと答えは出るものだ。全体的な答えを求めたいなら一人基準で出すものじゃないのだ。「出す/出さない」のではなく、「出した方がいい」が僕は正解なんじゃないかという気がする。もちろん、右左折やUターン、進路変更、環状交差点から出る時などは原則合図を出す必要がある。しかし今回の場合はそれに当てはまらないため、ウィンカーを出さなくてもいい。けれど法律上がどうとかというのは弁護士が考えることで、安全運転や、その行為に危険性はないのかという二点で考えるのが筋だ。夜中になったら突然スピードが上がり出す、二、三十キロは上がっている気がする。みんなにも覚えがあるだろう、最低大阪ではそれが通常運転だ。百八十キロまで速度表示がある、そこまで出してない、それが奴らの言い分かも知れない。朝六時になると急いでいるのか、方向確認すらしていない、そういう人も沢山見てきた。人がいないんだ、だからこういう運転も成立する。だのに朝七時になるとそういう人はまったくいなくなる、前述した運転をすると事故が起こる、人の数が増えるからだ。時間帯というのも重要な要素だという話ではあるんだけれど、運転手にも様々なタイプがいると考えよう。運転が上手い人と下手な人と、運転が荒い人と丁寧な人。運転時に相手のことを見ている人と、自分のことしか考えない人だ。そしてこれには複数回答ができて、なおかつ中間という要素もある。運転が上手くて丁寧だけど滅茶苦茶ノロい、住宅街をありえないほど低速度で走る。これも実は正しい。住宅街で、とりたてて狭い道では、制限速度以下になるのが自然だ。みんな大人だからね、我慢しながらやり過ごす。だのにレーシングカーみたいにして走る人もいる、サーキット場じゃねえよと言いたい。 *361日出ずる国A country called Japan頭の中に世界地図を思い浮かべると、日本の右にはアメリカ、左に中国、左上にはロシア、世界の主導権を争う大国の中心にある。この交差の中心にアジアの端にある小さな国があり、しかしその地理的条件に答えがある。国土は狭く、若い人口も少なく、資源や地理的な優位性もほとんど持っていない。それにもかかわらず、世界第三位の経済大国。経済が二十年近く停滞しているのにもかかわらず、だ。日本人は勤勉で教養があり、技能に秀でた国民はいない。ワーカーホリック過ぎてクレイジーだという外国人もいる。簡単なことだ、日本人は不死身で、ゾンビなのだ。困ると栄養ドリンクを飲む。トヨタ、ホンダ、ソニー、ユニクロ、任天堂といった、世界的に有名な日本企業がある。日本の製品はコピー大国の中国人にも、品質がいいと言われる。僕の知り合いの中国人はみんなそのようなことを言う。日本の真の資源は人的資本で、広い世界の中でも日本人は社会意識の高い人々だ。多機能なトイレ。中にはトイレについているすべてのボタンを押してみたという人もいる。過密なダイヤの山手線でさえ交通機関の時間が正確で、島国なのに観光地が豊富。沖縄と北海道のように南国と北国があるというのは、実はかなり珍しいことなのだ。またおせち料理や、天麩羅、寿司、ラーメンというように、日本食は素晴らしいコンテンツだ。コンビニエンスストアの総菜のすごさを語る外国人も多い。コーヒーがありえないほど美味しいので毎日飲むという人もいる。漫画やアニメも忘れてはいけない。秋葉原は外国人にとっても聖地なのだ。この日本は他の国々とは異なり、明治維新によって国の社会制度を一変させた。長い間鎖国していたということも、日本の文化が特殊な要因の一つだ。そしてこの国はアメリカや中国やロシアといった超大国と、戦争をしたという経験がある。アメリカ以外には勝利しているという事実がある。またGHQの支配から解放されたいまでも、戦争放棄を憲法に刻んだまま、平和的な精神を継続している。中国人は日本との国境線をたびたび越えてきては、不法に漁業を行ったり、日本の領土である尖閣諸島に侵入したりと挑発行為に及ぶ。それを横目で見た韓国人たちも便乗しようと、中国の傘にかくれながら、竹島は自分たちのものだと主張し、内閣の支持率が低下する度に、反日問題というテーマで煽り立てる。北朝鮮も目論見はあるのだろうがほとんど意味不明に、ミサイルを日本海に向け発射する。こんなことをされながら、戦争放棄という自戒を守り続け、平和ボケしているといわれ、しかしながらこんな外交関係が他の国で成立するだろうか。日本の自衛隊は中国の軍隊をもしのぐ軍事力を誇っている。もしこの国がアメリカだったら即戦争になっている。待ったなしで、ノンストップで、第三次世界大戦が始まるだろう。中国やベトナムなど物価の安い国々からは、低賃金で働く労働者が日本に押し寄せ、日本人労働者たちは仕事を奪われることが増える。もちろん、不当な労働があるという事実もあるが、この国には外国人労働者への規制がない。その結果、本来国内で消費されるべきお金が海外へ流出し、失業率の上昇や、失業者救済のための社会保障費の消費と言った、マイナスの連鎖が生まれる。グローバル教育の中で日本人のおもてなしの心は、最重要視されるだろうし、相手のことを考える心は情報時代においても、けして欠かすことのできないものなのだ。この国では銃を持ち歩いている人がまずいない、この治安の良さは世界でも有数だ。僕等はこの国をもっとよりよくしていかなくてはいけない、僕等はこの国の内側にいて外側の意見をあまり聞かないけれど、美化修飾はあまりよくない、あのさそんなのってさ、この国のことをあまり知らないからだろう、けれど長所があるというのも事実だ。ずっと前に日本から出ていきたいと言う人がいて、出ていったらいいじゃないかと返した人がいてすごく肯けた。企業は税金を上げたら出ていきたいところたくさんあるみたいだけどね、お金持ちもきっとそうだろう。ギャンブル大国だし、日本人もピンからキリだとは思うけれど、いいところがもっと表に出て行けばこの国の住み心地も、生き方も、変わっていくんじゃないか、と思う。あと、なんで煙草の税金を上げ続けるのかわからないと言わせてほしい、じゃあジュースを上げなよみんな本気で怒るからと言わせてほしい。一人一人が日本人としての自覚を持ち、美学を持ち、もっと誇りに出来るような国にしていかなくてはいけない。 *360X-Day化け物や怪物、吸血鬼、妖怪、伝説の生物。恐竜。人間の規格を問われる、一瞬がある。犬や猫や鳥に知性を与え、補助的な発声器官を与え、人間の言葉を話します。ロボットは心を持ち、愛について考えはじめます。昆虫も、爬虫類も、です。その選択が、必要だと、長い間ずっと思っていました・・。 *359黒魔術骨董品店あら珍しいお客様です、こんにちは、黒魔術骨董品店へ、山奥異次元トンネル生と死の狭間で、サハラ砂漠したようで、ようこそでございます。日本語がおかしい?気にしなさんなよ、馬鹿だな、コッペンマイヤーさんって誰だよ、そういうことだろ(?)で何が欲しいんですこと?人を呪い殺したいアイテム、各種揃っていますよー。そこが一番重要で他の追随を許さない。しかし売れ線は、「天然女子風に転ぶ呪いの札」ですね。妖精さんのしわざー、と言いたいキャラ増幅効果。ほかにもほかにも、ちきゅうはかいばくだん(?)米津とかいう人の歌で出てくるような妄想で作った光線銃(?)杖にローブで山にしばかれにいくための桃までセット(?)竜の入った壺と全国の温泉のもと、あ、ドラちゃんは温泉が好きなんですよ。うちの温泉入りたいだけのマスコットキャラですからね、別府温泉が好きです(?)あと、悪魔のエナジードリンコ、マムシドリンコ、精力剤よりずっとききます、ただ、人格が保てるかまで微妙なところ(?)変なのしかないって、言ってはいけないことを言いましたねー、覚悟してくださいよー、ぷんぷん(?)でね、透明人間になれる薬、女子更衣室をステルス作戦(?)あとエクスカリバーとデュランダルね。これだけは欠かせません、絶対にね、ね、絶対にね。何故かって、ですって、伝説の武器だからって何言ってるんですか、響きがえっちいじゃないですかー(?)攻めと守りって言っておけば誤魔化せるの法則、攻めと受けって言っちゃいけないこの街は荒廃してる、腐ってる、んもう、いろいろなところがね(?)あと、本当のことしか書かれていない聖書、えーっキリストがこんなことまで、マリアがマリオに思えちゃう、ピーチ姫とヨッシーがみたいな、そしてルイージがみたいな、それも一つのスーパーマリオブラザース、メーカーはよろしくよろしく逝ってんだ像(?)まあ、こんな商品ばかりですが、お客様は有り金全部差し出していきます。山賊じゃありませんよ、衣服を剥ぎ取ったこともありますが(?)何だか中二病みたいだ、ですか。あはは、真正の中二病みたいな顔をした、人に仰られると鼻が高いです。あの、ハイパーブレードって真面目な声で言ってもらえますか、くすくす、こちらは、モノホン。そちらは、マガイモノ。でもね、そういう設定なくして物語の構築は進まない(?)もう既に千歳でしたよね、悪魔と天使と人間のスーパーハーフマヨネーズでしたよね(?)いえいえ、障子に耳ありというグッズがあるんですよ、それはね(?)物騒なものが多いですか、そうですか、そりゃ、色んな種族、色んな化け物がいますからね。まあ、一日ぶりに来た客ですから、お茶ぐらい出しますよ、店長。近頃のラインナップじゃ店やっていけないですよねー、ねえ、店長、あれ、どうしたんですか、店長?あはは、バレました、そりゃバレますか、あはは、いやあ、先代死んじゃって、あたしは仕えるのが仕事の、黒巫女族のゴスロリって言うんですけどけどね、あ、お見知りおきを。その、管理はできても実務はできない、これは契約書がないと駄目なんですね、いつ死んだかって、その何というのか、昨日(?)さあさあ、これが運命の玉結び、占い師の預言済、その「何もないとみせかけた、店主になる薬」の丸薬を呑んでもらえますか。ピンポイントでしょ、あるんですよね淳二。いいから、呑めよ、俺の酒が飲めねえのか上司アル中語、俺の命令がきけないのかパワハラ語ですぐクビになる語(?)呑みましたね。本当のブラック企業は、従業員が、社長よりえらいということもあるんです。さあ、働いてもらうぜー、馬車車だかんなー、鬼るからな、もう生きてるのを死ぬほど後悔してもらうからなー、おらおら、そこに座ってチラシ作成はじめてもらうぜー。あ、そこ、マジックで。はいはい、ルビもつけてあげてくださいね。そうそう、いい感じじゃないですかー。がんばれがんばれ、って、ブラックって何だって、あのね、ギャップ萌えが重要なんですよ、わかりませんか(?)それ終わったら朝御飯作ってやるからな、きびきび働けよ(?) *358サバイバル沖縄二泊三日、都会の景色に疲れたので、青春してみたー(爆)沖縄最高、裸足で暮らすサバイバル二泊三日、食糧は魚や、植物。原始的生活、まじさいこー。落ちてたペットボトルで濾過装置つくる、布いれて石炭、細かい砂、岩の順番にいれてつくる簡単なやつ。ちなみに知ったかぶって話してたけど、まるまる受け売りです。アルミ缶でろうそくの光をパワーアップとか、蚊よけにはハーブを火にかけるとかね。あと、金属の針を見ずに浮かべると北をさすとか、ね。すごいでしょ、でも、絶対いらない。大体最後の東西南北がそもそもわからない場合どうするのよ、マングローブ三百六十度全部一緒だし、あと、うなぎいるし。火起こしはもちろん、キャンプ用品じゃなくて、映像のために竹を切ってやりますが、これはやらせ、です。あんなの女の子に、無理じゃん。ていうか、あんなのやらせたら所属会社訴える自信あるもん。けど映像をつなぎあわせると、意外と上手くできるもんよね。眉間に皺寄せる演技はラクショーだけどね、もう女優になっちゃおーかな。将来は人気女優かー、いけそうだなあたし可愛いし、自己肯定感高め、それがプロ意識の高さよ。そういえばアマゾンのジャングルで四十日生き延びるとか、すごい話聞いたことあるんだけど、わたしだったら、一日で死ぬ自信あるなー。クレオパトラが毒薬で死ぬみたいに、探検前には毒薬持っていざという時に呑む準備しておいた方がよさそう。苦しむのはそりゃ嫌だけど、ね。洞窟で波の音を聞く、これはまじご褒美、天然サウンドに耳が癒される。ていうか、音フェチなんだよね、耳がウィークポイント。ついでにイケボ男性にえっちい台詞言って欲しい。あと、BLストーリーを想像しながら眠るのが近頃の流行り。南極探検中に、仲間やハスキー犬とはぐれ、三十日間ひとりで百六十キロを彷徨い、やっと救助隊に発見されたダグラス・モーソン。プーン・リムは、魚雷で攻撃され、海に投げ出された商船員。救助されるまで、南大西洋を救命ボートで百三十三日間も彷徨った。すげー、それ以上の言葉が出てこない。瓦礫に埋もれても叫ばないことと同じ、無駄な体力を使っちゃうからねー。自力で脱出できるならともかく、動けないなら、声が聞こえてくるのを信じて発狂ゲーム開始。竜巻が動いていないように見えたら、それまじで自分に向かってきてるってこと、覚えておいた方がいいよ、あたしすぐ忘れるけどねー。津波もね、明らかに水が引きすぎていたりしたら来るらしいよー。身体が急激に冷えても急激に温めちゃ駄目だよ、心肺停止するからねー。終末を生き残るための豪華なシェルターマンション「サバイバル ・コンドミニアム」っていうのがある、滅茶苦茶値段高いし完売したらしいけどね、昆虫食食べ始めたり、異常気象がエグくなったら、まじこういう路線出てくるかも。外部遮断して五年生きられる。最大二百七十センチの厚みがある壁に囲まれた、地下十五階建てのシェルター型マンション、水と電気が完備され、屋内で野菜の栽培や魚の養殖もできる。ウォータースライダー付きのプール、映画館、図書館、ジム、バー、ドッグラン、ボルダリング用の壁、ゲームセンターといった充実の娯楽設備。普通に七泊八日で宿泊したい感じだよねー、こういうの撮りたいよねー、あーあ、何がサバイバルだよ、ああいうのは男性だよ、肉体派女優かよ、アクションかよ、思うわー。でも泣き言言うな、だめだめ、あたしはプロフェッショナル。仕事はまだまだ続きます。真夜中蛇さんとこんにちは、やっほー、元気してたかな、と言っているけどこれはやらせ、です。爬虫類好きだけど、触るのはNGだから。見るのが好きなだけ、ぺろぺろ舐めたらまじおこだよ。実は透明なアクリルガラスがそこにあるのね。攻撃しても、威嚇しても無駄だぞ、にゅっふふ。こわかわな蛇さん。ヤシガニさんにイノシシさんもいるね、あたしの手にみえるけど、実は現地住民。あたしだよ、覚えてる?インスタグラム脳の世界で、きらきらはじけた人、都会生活もいいけど原始的生活もしたいよねとか言ってるけど、本当はスマホいじりまくってたから。もう病気だからね。頭おかしいからね。あと裸足ってことになるけど、ちゃんとサンダルはいてました。ところどころで脱いだり歩くだけ、そんな足の裏つよくないよね。最後は海で魚をモリでつつく勇者映像。主観映像でお送りしているけれど、外国吹替。水着姿でウミヘビつかまえたり、フグと格闘とか、どんな無理ゲー。でも、みんな信じてるみたい、どうやって潜るのよ、訓練してなかったら普通に潜れないし、一歩間違うと死ぬんですけどー。でも信じていいよ、だってそれがインスタグラムなんだから。愛と感動と夢と奇跡を与えてくれる、それがインスタ映え。これからシーサーと、てんこ盛りの肉そば食べて、(スタッフが残ったものを美味しくいただきました、)ウミヘビを使った沖縄のイラブー汁に、ごーやちゃんぷるーってイミフ発言してくるねー。ちゃおー! *357humans are lying creatures人は嘘をつく生き物です。人類の惨めさや卑しさを語る軽い憂愁が、冷たい死よりも鋭い旋律に変わ――る・・。しかしながら一日に人は三十回も嘘をつき、嫌なことや辛いことがあっても、「大丈夫」と言ったりします。相手を喜ばせようとする冗談、軽口も嘘です。嘘をついた人は意外な質問に弱く、嘘をつく時は論理的で、生理的な感覚が弱くなり、たとえば知恵の輪をさせながら話をしたり、運転中に話をすると人は嘘がつきにくいと言う。ボロが出やすい状況を作れば破綻はすぐに見えてくる。ただ、人を疑うというのはあまりオススメできない、結局人は誰しもが様々な問題を抱えているからだ。外国で、ある年若い少女の事件があり、二人を殺害したとされていました。エアバッグは運転席だけだったのでしょうか、でも確かに煉瓦に向かう直前の映像の前に、かすかにハンドルを動かすようなそぶりが見え、そこには明確な衝突の意志がありました。とはいえ、法定における彼女は悲劇のヒロインです。綺麗な女性が泣いているという姿、悔い改めているという姿には、とても凶悪な事件を引き起こしたとは思われません。何かの間違いではないかと、思いました。演劇的な性格、自分の都合のいいように脚色、改竄してしまう人物、サイコパス、自己愛性パーソナリティ障害、そんな言葉がふと浮かんでは消えます。殺人犯の再審請求にふと浮かぶ冤罪。誰かの人生を狂わせた人間だと思われるとばかりに、その人の人生を狂わせるという裁判。裁判官にだって責任のとれないようなことが起こり得るかも知れない、それでも「殺人」を「殺人」だときちんと言えるのかどうか―――。煉瓦に百六十キロのスピードを出して衝突した、ということは有り得ます。若い時は何でもできるような気がする時があります。でもそれは殺意ではないです。時には弱々しいシンバルの響きのような死へと向かう声、カタストロフへと向かう声に翻弄されて手足が揺れる人物―――。けれどその数百メートル前の監視カメラに、法定速度を守り、指示器を入れていた車の映像があるとなると、これは少し説明が難しくなります。青酸い滋味が漿液となり嚥下される刹那の夏の樹の皮の薫り。何を言っているかわからないでしょう、それとまったく同じようなことがこの事実にはあります。さらに事件後、SNSにハロウィンの映像が出たりすると、心証が甚だ悪いです。殺意というきらりと閃くものが音を弱め消え去ってゆく、もちろん台風や竜巻にも似た気が狂わんばかりの衝動があります、でも三点にも及ぶ証拠は彼女の有罪を決定づけました。働きすぎで死んだ場合でも企業相手の裁判は難しいと言います、証拠を出さないということが出来るからです。交通事故でも自分の都合のいいように語る人物はいます。弁護士が「こういうことを言ってはいけない」とアドバイスすることも、出来ます。わざと誤った情報を流し人を混乱に陥れる心理的攻撃や、人は年を取ると自分がついた嘘を信じるという研究結果もあります。嘘発見機もあります、けれどこれでも嘘をつけるという人がいます。大規模言語モデルに嘘の情報を埋め込んで誤った情報を生成することもできます。―――もう「嘘」ではない「悪意」という冷たい空気が、何処からともなく漂って来る。わたしはとある事件、マインドコントロールによって、家族が父親を殺したという事件の犯人が、「自分は無実だ」と面会人に同情的に言っていた話を思い出しました。死刑確定となると面会謝絶、という態度の豹変。人は嘘をつきます。わたしも信じられない類の嘘をつく人を見たことがあります、あなたの周囲にもそういう人はいるかも知れません。いざという時の為に録音や、証拠の映像を撮るのをオススメします。信用できない人に優しさなんか必要ない。あんなにきれいな顔をして、天使が微笑んだように嘘をつく、口や鼻孔、眼の中に流れ込んだやさしさを返せ、馬鹿野郎。 *356コメダーというコメラニアンポメラニアンみたいに言わないでくれるの話「わたしがアンタの翼になるってあるじゃん、だったら、わたしがアンタのカップラーメンを食べる、だからアンタはわたしにカップラーメンを食べさせて欲しい、天国の食事の風景ね」「鼻に入れろってこと? 鼻スパのび太はやく食べろよってこと?」「むきーっ、なんでそうなるの、わかった、アンタの翼になるねじゃん、そういうとこだよ、むきーっ」「弁護士を呼んで下さいってこと?」「むきーっ、そうじゃないってのに、何で、世界の優しさに触れないの、介護地獄、愛を忘れた時代の良心のひとしずく」「トイレの雑巾で茶を入れてやれってこと?」「むきーっ、違うってのに、コメダのたっぷりたまごのジャイアントピザ、だってのに、だってばよ、だってのに、だってばよ(?)」「たっぷりたまごのピザトーストだよ、何言ってんの」「むきーっ、」「たまごーっ、」「むーっ、」「きゅあーっ、」「プリキュアみたいにあたしの内なる叫び声を、」「アレンジして欲しい(?)」「むきーっ」「あの頃、わたし達には何処までも続く、空があった。仲のいい友達がいて、そいつはコメダのまわしものだった」「むきーっ、途中までよかったのに」「心のきれいな奴だった、そいつは真っ直ぐにわたしを見て、コメダの話ばかりをした」「むきーっ、何で途中までいいのに、どうしてポエムにしないの、その、才能がにくい人間万事塞翁が馬(?)」「そして風が吹いた、風の吹く場所で、あたし達はより理解を深めようとした、そしてそこはコメダだった」「コメダコメダうるさいよ、なんでコメダなの?」「行かないの?」「行くけど・・・」「この前、住宅街で中学生の女の子たちが、仲良く歩いているのを見たよ、四人だったかな、スーパーで買い物をして公園を通りかかったら、その中学生、ベンチに座って、お互いのポケットに、それぞれに入れていた、百合だ(?)」「ちがうちがうちがう、なんで、そうなの、ちがうじゃん、それユウジョーじゃん、ユウジョー、え、なんで、そうなるの?」「わからないかな、世の中が素敵だからだよ、じゃ、コメダいこうかー」「いや、コメダいこうかーじゃなくてー(?)」 *355エレクト六三.四〇パーセントが、「百回引いた時にレアを引ける確率」で、自分が生まれた確率が奇跡的であるのに対し、ゲームのように考えてみると、こちらが妥当かも、と思える。何事も奇跡と考えるのは統計的な誤り兵どもの夢のあとの法則。隕石に当たる確率は百億分の一。こういうのはもう信用しないてふてふが韃靼海峡を渡つて行くの法則、ショーシャンクの空みたいなジャケットで。天気予報の的中率が八七パーセント、じゃあ、信用しないこの味がいいねサラダ記念日の法則。競馬で一番人気が勝つのは三五.一パーセント。じゃあ、信用しない菜の花や月は東に日は西にの法則、湘南乃風のライブかよってくらい振り回して。統計や確率がデータなのか随分疑わしいけれど信じたくない、生きる青さは琺瑯の舞踏、春の雲の茜色の熱鉄の涙ならばとかわけわからんことを書いてしまう、ルサンチマン、出生するガチャ、毒親ガチャ、マウントガチャ、まだまだ終わらない、豚人間ガチャ、地獄度数ガチャ―――。くっ、止まれない、まだ終われない、ガンダムっぽい台詞、もうなんだったらニュータイプの台詞、いまじゃ新時代の台詞、頭がおかしくなりそうだよ、あたしはアンタを信じる。だからアンタもあたしを信じて欲しい、ワンルームでカップラーメンを食べる確率を求めて欲しい、あたしは今日、自分を超える――っつ・・! *354About a worldwithout violence朝の七時、ニュース番組は暴力を垂れ流す。ヤクザやマフィア。愚連隊いまでいうところの半グレ。だけではない、家庭内暴力。イジメ。現実の暴力に結びつかないゲームプレイ、スポーツ観戦・・。そこでは銃を持ったキチガイがいて、そこでは斧を持って走るキチガイがいる。まるで夢の中の化け物に追われているような気がする、それはきっと僕等自身のメタファー。世の中ではどんな行動も最善の結果だ(という言い方もできる、)―――だとするのならば、ホームレスでも、野垂れ時ぬとしても、麻薬中毒者でも、殺人者でも、それはベストだった、仕方ないことだ、という言い方もできる―――だろうか・・?権力による暴力、政治による隠蔽、裁判官の腐敗、警察官の不正。「人類の歴史に戦争は絶えたことがない。記されていなくても、紛争はなくなったことはないでしょう」―――と解説者は語る。正確には二百六十八年ほど平和だったという時期があるが、小競り合いや、殺人がなくなったことはまずないだろう。チンパンジーから暴力は必要なものだったといことがわかるし、暴力は最良の選択の一つだったということはそこから導き出せる。「人を殴る」のが正しいと言っているわけではない。「人を殺す」のが正しいと言っているわけではない。食事を取る。生きるために生物を殺す、という事実が隠蔽され、「美味しい」とか「不味い」と言う。「好き嫌い」も存在する。食物連鎖、生存競争。何処までも終わりがない、こんなシステムを作ったのは『神』だ。(いいえ、神ですらもこうなるとはわからなかったかも知れない、こうなると決めたのは生の作用だったのかも知れない―――)硝子のドアを叩き始めるカンガルーがいても笑い話ではない、熊や猪、ライオンや虎、鮫に入鹿も人類の脅威になりうる。豊かで幻想的な心の内的風景は美しい方がいいが、白い布をかぶせては折れ曲がって砕ける波は死を誘う。銃で死ぬ。鉄パイプで殴られて死ぬ。殴られて死ぬ。一年中暑い気候のところの人ほど、キレやすく、暴力的になりやすいというデータがある。あながち否定的できることではないが、(と真面目にそんな論文があるのだが、)では、その人達を寒い気候のところへ連れ出したことがあるのか、対照実験はやってみたのか?本当にそれはフェアな論理になりうるのだろうか、という、とても単純な事実を指摘したい。論文が差別や迫害を助長している、ということは、たびたび感じられてきたことであるが、あなたは―――そのことをどのように思いますか・・?もちろん寒いところでは行動しにくい、それだけのことだ。しかしそこに「利益」があればどのような「暴力」も起こり得る。ストレス発散させてやらなくちゃいけない、人類はみんな平等だと信じさせてやらなくちゃいけない、愛が一番大切なんだと心をこめて宣言しなくちゃいけない、そんなのは時折すべて嘘やおかしなことのように聞こえるのだから。抗議活動だって、国家権力と揉み合えば、争いの火種さ。とても簡単なことだ、僕等は頭と首に西遊記に出てくる猿のように締まる仕掛けを作ればいい。あますことなく世界中すべての人に、だ。そしてそれをAIや量子的コンピューターが監視すればいい。万人から汚い言葉は排除されるだろ―――う・・。淡い光が影のように水に映りながら揺れる。そこに新たな襞が織られるということはない、新しい問題がまた起きるまで―――は・・。暴力が苦手という人もいる。当たり前だ。そんな人間がゴロゴロいたら法治国家ではない。なんだったら、法治国家できない。(血が苦手、人を殴るのが理解できない、とてもいいことだ、)そんな治安だったら違法に銃や爆弾を持ち出し、街中のあちこちで凶悪事件が発生している。(という可能性がある、)それもまた「洗脳」だという言い方も出来る。しかし僕等が動物なんだとしたら、それは「洗脳」だ、国家がくみしやすいように僕等を作り変えているんだ、人間社会には限界がある、文明の創造に破壊は付き物だ、―――反論ができる、認めるか認めないかは別として、だ。非暴力や、非武装はとても立派だ。非核三原則は、世界中の手本になる立派なものだ。平和宣言も、どんなに馬鹿げていても絶対に必要なものだ。だけれど戦争の中ではそんな理屈は通用しない。優先順位が変わる、状況次第で立場を変えざるをえなくなる。確率の問題に見えてくる。確率を出すなら、すべての人間を根絶やしにした方が早い。平和的で友好的な人間も存在する。だが、見て見ぬふりをするだろう。それは犯罪を犯す人間よりずっと重い罪だと感じられる。何もしない人間は何かを変えようとする人間の邪魔をするからだ。僕はそういう人間を沢山見てきた。われわれの敵は、友好的なものの中にも存在する。「自分はいい人間だ」という奴を僕は絶対に信用しない。「自分は優しい人間だ」という奴を僕は絶対に信用しない。おそらく、平和や戦争をなくすなんて人類には無理だと、早々に簡単に切り上げてしまった方がいい。痛みなんか感じる必要はない。どんなに美しい場所でも惨劇は行われうる。不毛な問い掛けがそれでもなくならないのは、それが涙や、瞬きのようなものだからだろう。無数の鉄砲を吐き出す寸前ですべてが決壊した、水・・。「自分を解き放てよ―――」が、正しいのか?「暴力は最高に気持ちいい、戦争では極悪非道な行いが行われる、軍隊って最高にカッコいい、軍隊マニアになりたい」が、正しいのか?(「あの人はできるのに―――君は本当に駄目だね」「根拠は? 科学的に証明されてるの?」「どうしてこんな簡単なこともできないの? おかしいの?え、そんなこともわからないの?」)―――言葉だって殴られたのと同じ感覚を与えられる。説教だって報酬系の成分が脳内にドバドバ出る。決闘は法律で禁止されているが、もちろん見えないところでは行われている。ストリートファイト。腕試し、力比べ。ユーチューブの動画では、フードファイターさながら大食い動画と同じく、かなり不気味なジャンルだ。だって、死者が出ている。おおよそ、世間の風当たりだってよさそうなものじゃない。ボクシングはわかる。プロレスもわかる。空手や柔道もわかる。だけれど、その人達が力の意味を誤解しているということはないか、いや、最低僕等がそれを観るのは、眺めるのは、殺し合い、殴り合いが好きな生き物だからだ。欲望の代替を通して興奮して胡麻化してんのさ。派手な演出、頭の悪そうな話がそいつらの大好物。一種の宗教的な理由ですってことですよね・・?僕だって根本はそいつらと大きく変わらない。闇に影を宿して夜の世界はもっと美しくなる、だって、「生きている感覚が欲しい・・」世界中では五人に一人が、レ イプされるか、レ イプ未遂に遭っている。将来、暴力を予測するシステム、事前に察知するシステム、通報するシステムにいたるまで大きな変化がある。監視社会は公共的な平和のためにもっと加速する。「ここまでが正義だ」と思っている奴の顔を見ながら。「ここからはグレーだ」と思っている奴の顔を見ながらね。人間自身の問題は人間自身で解決するしかない、その神はやっぱり僕等が作り出した幻にすぎないのだから、僕等自身の中で善悪が生まれて、性善説や性悪説、はては本能だか遺伝子だかにまで問題を拡大したのだから、違う、僕等はそもそもそんなに素晴らしい生き物じゃない、野良犬や野良猫と変わらない、それだけだって言ってんのさ。「暴力に対する復讐が尊ばれるのはいいことなのか、という疑問がある人もいる―――けれど、やった側とやられた側では不公平が残る。遺恨が残る。仕返しや仇討ちの代わりになるようなものはあるか?人の心から悪夢が去るということはあるか? 本当に―――」社会的・経済的不平等から生じる敵対意識、人命軽視の風潮、アルコールや薬物の乱用。児童労働や、児童婚。暴力は何処で生まれたのだろう・・?僕等は暴力に匹敵する平和的方法を本当に見つけられるのだろうか・・? *353beautiful words「ブスって言葉を聞くと、安心します」「IQが低くて、人間の言葉を知らなくて、文明生活ではなく孤島で暮らしている、そういうことですよね」「猿なんだなって、思います」「カモメメソッドでは、褒める訓練が重要視されます。他人を傷つけない姿勢で、一切の問題行動を排除します」「詩人は美しいところや、可愛いところを見出そうと努力します。詩人は、長い間、化粧術や、整形手術について、考えてきました。服装や、装飾品についてもです。劣等感の克服が必要だと思ってきました。けれど、救済措置がそこにはないと知りました。努力なしにきれいな言葉は生まれません」「人を知ることを始めたのです」「いいところの一つを見出せば、どんな人間でも美人だ」「そうではない人間って動物なんだな、寄生虫にやられちゃってるんだな、遺伝子や、本能ってどんな姿でしょう。生存競争って絶対蛆虫ですよね」「詩人が愛したのは矛盾であり、その力関係の共存する一瞬の揺らぎです」「ねえ、豚ってすごくきれい好きなんです。放尿する牛がこっちを見たまま、眼を離さないのが可愛い。どんな醜いことにも、許す心が必要です。許すということは愛です。愛されるのではなく、愛する以外に、何もかもを受け入れることはできません」「石がきれいだって思いませんか、水もきれいですよね、生命活動を伴う思考のそもそもが、醜いんですよね。言葉や意志を伴った空気、その息がありえないほど臭いんですよね。腐敗してる、公害ですよ」「詩人はルサンチマンに触れ、環境や、運命というものに、人知れず心をいためました」「醜いという事実よりも、醜いということを加速させている、劣化させている要素が、人との生活による比較です」「詩人はこの心理が長い間、よくわからなかったようです。恵まれた詩人は、他人を悪く言うことを避けてきたからです」「変化は人生に付き物です。毒の芸術、悪魔の祭典、地獄の見世物の始まりです」「そんなにブスなら、無人島で暮らせばいいじゃないですか、誰もいないのが君の楽園だ、けれども、人はそうすることはできません」「嘘があるんです。その嘘が病気なんです。社会という空気に接触した病気です」「ロマンティックなことを考えて下さい、多分あなたの答えは間違っています」「詩人はロマンティックなものを、絶望的な要素との接触による二次災害、場合によっては三次災害と考えます」「好きな男性の眼を硫酸で焼いて、失明させて、一緒に暮らせばいいんですよ。可愛い声や、きれいな声で話続けたら、相手はずっと勘違いしてくれます。あとはかいがいしい世話、美味しい料理、セックス、それと引き換えに命までも含めたすべてを委ねる、ロマンティックでしょう?」「ロマンティックとは、悲劇の別の名です。詩人がロマンティックなものから、醒めていったのにはこのような理由があります」「手続きですよ、そう見えるフィルターがかけられ、そうするのが自然だという思い込み、働きかけがある。そういう前提条件や、鋳型、ステレオタイプな発想が、とことんまで憎悪できたら、誰かを悪く言おうとはしません」「構ってほしい、自分は正しい」「無視する。何も言わない。とどめをさす必要はありません。自滅するからです。寒くなればゴキブリは勝手に死にますし、蜘蛛がいれば食べてくれます」「わたしは蜘蛛が好きです。毒を持ってる蜘蛛、大きい蜘蛛が好きです。網を張って、みんなを眺めています、それは強いからです」「傍観者ではなく、監視者です。この世界は刑務所。監獄のようだと、そう思いませんか?」「詩人は、社会から逸脱できないジレンマではなく、むしろ、社会から逸脱したい様々な人の心の壁の、迷路について考えました」「詩人の最初の出発点は、何処へ行くのかという問いかけでした。次に見出されたワードが魔法でした。けれど詩人の悩みはあまりにも深かった、深淵を覗くようになった瞬間から詩人は深淵そのものでした」「すべてを壊すか、最初まで戻るかのどちらか」「心を持ったということこそが、病の始まりなんです、世界は明るくて、暗いという、心。何も比べる必要はない、最初からそれはそこにあった、あなたは何も見ていないし、あなたから何も見る必要はない」 *352本当はきっとそんなこと最初から知っているThe truth is,I'm sure you've known thatfrom the beginning.目覚めると、【十年間】過ぎていたらどうしよう。そんなことを考えていた、「夜」もあった。ぼんやりと考える、こんな風に考えながら眠れない夜を過ごしている人は、世界中で何人いるだろう、と。もしいまこの瞬間に限って言えば、たった一人かも知れない。そのたった一人がもし傍にいて、何かを話しかけてきたら、と。生命としての固体、という考えがふとよぎる。唯物論的な価値基準に囚われ過ぎている神の見方。目覚めても起きないと言われる人になりたい。日曜日は枕を掴んで離さない。バディー。そしてダーリン。ぼんやりと薄暮の中に溶ける山の景色のように曖昧になる、夢は津波のように押し寄せて鯨の口にひと呑み。keywordが追加され『人生』keywordが追加され『365日×(年齢)』凍り付いた巨人の夢を見た。その足は昆虫で、その手は無数の蛇で、その胸は見たことのない機械で、その頭は花の種子だった。リアリティがない、空虚感が漂う、離人感もある、遠近感がおぼつかない、不安さえも何かの象徴のように思える夜。自分の知らないことは【空白】になってしまう、無防備な瞬間は眼を開け続け、「涙」が出てくる。花の匂いや、味覚が、夢の中でもするのは何故だろう。淡い言葉が、切れ切れに洩れ出し、それが鼓膜に貼りついているような気がする。体内の或る一部分の細胞が―――。[言葉が割って来る]状況も違うし、役柄も違う。/侵/蝕/でも基本的なパターンは同じ。「布団の感触や外気の匂いが五感とともに、シェイクされる」「カクテルの完成さ」/違/和/感/悪夢のような夢のあと、現実の感覚が胡散臭くなる、その権力と支配力と優位性の中で、「大丈夫ですか?」も、心配する能動的立場と、心配される受動的立場。人はちょっとのことで壊れやすい、しかもそれは、外側ではなく内側にあるのだ。驕った考え方の持ち主は、いつまでも自分が世界の中心だと思いたい。中華思想と変わらない。世界の活発な経済の中心はもう中国ではなく、インドへと移り変わっていくし、今後グローバル的な思考の中で切り捨てられていく。必要なのは思いやりや、相手の身になって考えられる心のゆとり。交通事故がルールを作り、標識や、速度制限が生まれた。だから飲酒運転に罰則はくわえられた。最初からあったわけじゃない、最初からもしあったなら、みんなはそんな風に考えなかった。唇がくちばしのように尖ってゆく、そんなこと絶対にあり得るはずはないのに、そこではそれが「真実」だ。ジョン・レノンの「イマジン」のメッセージ、世界はひとつになるんだ。純粋経験という響きに打たれる。先天的なものという考えに打ちのめされそうになる。誰かに決められている、何かに操られている、そんな気がする夜は心がやけに冷たい。海の上を歩けないというのがとても不思議に感じられる、液体という考えの中に酸素が運ばれてゆく。可動半径を己の形や性能で把握して、無意識にフォーカスしているものは実際のその一日の、自分の感情なんだろうか、そうだとしたらこの感情は明日も生成されるのだろうか。その方程式や図式を考えていると同じものであることは、たまらなく嫌だった。数学的な答えの中に変化はない。変化を作り出すものはそこから離れるのだ。砂糖と塩は同じ色、雪の色、白鳥の色、けれどもそれは「骨の色」keywordが追加され『眠り姫』keywordが追加され『夢と現実が入れ替わる』ここでは、百年前と景色が一切変わらない。きっとそれは、百年前の影がもつれて蝶になっている。 *351重力の函box of gravity部屋に髪の毛、誰かが座ったあと、コップがあれば唾液といった具合に、考えれば探偵気取りになれる。長い髪の毛なら女性かもしれないし、座布団や、ベッドでも、くぼんだあとから、男性や女性を推察することはできるかも知れない。唾液や指紋は、鑑識の仕事だね。部屋の扉が閉まっていても、不自然にコーヒーがこぼれていて、失踪していたら誰かがいたことがわかる。たとえば財布がなかったら物取りだけど、これは偽装かも知れない、お菓子を出しているからね。人間の暮らしって、巨大な蟻の巣穴みたいに思えるんだ。ファンタジーなら可愛いだろうね。このパズルや知恵の輪がもたらす、ものは、アドレナリンだよ。本当の君を教えてくれよ、その素顔を白日のもとにさらしてくれよ、君は私の可愛い「モルモット」さ。知的好奇心というのは、【病気】なんだろうね。時々、考えることがある。犯人はいなくなったと見せかけて、隠れているんじゃないかって。冷蔵庫や箪笥、押し入れから続く天井裏。そして真夜中にそっと逃げ出すんじゃないかって。だから隠れられそうな場所は最高にドキドキするよ、ただそんな根性のある犯人はあまりいないけどね。連想ゲームなんだよ。報告、連絡、相談のようなパターンなんだよ。ある単語があると連想が働き、会話をつなげる。そしてとある発言から思いがけない景色が広がる。最初と最後では全然別物になる、まるで魚が空を飛ぶようにね。ピストルを発射する心理って十中八九、相手を殺す目的だ。改造エアガンを発射する心理とは、少し違うんだ。殺傷性があっても、それが、人に向けられないからね。「わたし」が「あなた」を見ているのは“愛”だ。これはもう完璧に歪で究極な愛と言っていいに違いない。「わたしはあなたになりたい」のであり、「わたしはあなたそのもの」なのだから。犯人を追い詰めていくというのは、同時に犯人そのものになること。こんな風に殺したんじゃないか、こんな風に死体を運び出したんじゃないかってね。ひとつながりの出来事の一環が、「事件」なんだ。アリバイを見ているとドキドキするよ、どんな心理で、どんな表情をして、なんて考えていると涎出てきそうになる。年間失踪者数は交通事故より多い。不思議だよね、でも借金があれば夜逃げ、漫画なら臓器売られてかも知れない。でも現実に借金をするような輩はとことん屑かも知れない。そこを、部屋の清潔さ、から見たりする。本当のところ推理なんていうものは、ノリのよさでしか説明できない。推理オタク自身が人間を誤解しているのさ。推理なんていうのは光のあたった場所に生息しているだけ、闇の中から引きずり出したら腸が出てくる、排泄物が出てくる、A Vが十本見つかったって健康だなで済むけど、千本見つかったら異常なんだ。動画サイトにお世話になってるかも知れない、でも人はその光の中の見えるものばかりを重視する。可能性も空想の域を出ず、状況証拠ばかりの推測、それでも―――という、“IF”がミッシングリンク、脳内でせめぎあう。風に形を変える枝が向きを変えるようにね、その葉がひと連なりの方向になる―――。わたしは裁くんじゃない、わたしは壊したいのさ、その重力の函をね・・。 *350Convenience store in loveコンビニ店員に、気になる女の子が出てきても、その子は大抵、「彼氏持ち」か、「男性店員」と付き合っている。美人であれば競争率が高い上、すぐに辞めてしまうこともあり得る。また「美人の見ている世界」は、(「イケメン男性の見ている世界」は、)違うというのもあながち嘘ではない。顔面偏差値があるとお客の反応が違う。無意識にチヤホヤする。これは動物の子供が、きらきらして可愛いのと同じだ。化粧術とか整形では誤魔化せない類の、性格の良さは、やさしい世界で育った証だ。ただ、ひねくれた人々にやっかまれた、自分の顔が好きではないという、追加特典もありうる世界。馬鹿な奴がいて、店員さんが好きだから、わざとぴったりお金を出さないとかいう。お釣りを渡す時に手が触れ合えるからだ。(「チェキ権? アイドルサービスタイム?))」名前教えてよーとか、(名前の書いたプレートには、姓名しか、書かれていないからだが、)やっている人がいた。(弁当あたためますかーのシーンで、)「〇〇ちゃんに温めてほしいなー」とか、言った瞬間の破壊力を考えろ。どけやオッサン、しばきあげんぞ、と言いたい。居酒屋でも、ファミレスでも、所構わず、口説き始める奴がいるけれど、同性ながら気持ち悪くて仕方がない。「自己を律する」とか、「人に優しく自分に厳しく」とかいうのを、四十手前にさしかかって、大抵誰もしないんだなと知ってすごく驚く。劣等感や、性格に影響を与える出来事が、様々な人間のタイプを作る。気持ち悪い人間がもしいるとして、それを「気持ち悪い」と口にするのはきっと違う、これは社会が作り出した「蟻」なんだ。さて、相手が無意識に前髪に触ったり、自然に顔、名前を覚えてもらえる前提があり、いつも買うものを覚えていてくれて、眼で話す癖があるような子が、「お友達にならなってもいいかも」といわれるなら、掃除や商品の陳列をしている時に、サッと連絡先を渡すのがいい。口頭は絶対にやめておけ、相手にも仕事がある。そのような思いつく限りのことを簡単に言ったら、全滅だったらしい。それはそうだ。結婚を前提の恋愛をしたいならお見合いをしろ、金出しゃキャバクラの女の子は優しくしてくれる。傷つきたくないけれど恋愛をしたいというなら、恋愛アドベンチャーゲームが一番。ソフトなら、ラブコメの優しい世界だろう。あのね、コンビニ業務だって立派な仕事だ。誰でもできる仕事、底辺の仕事という人もいるけど、いやそこまで思っていないという人もいるが、コンビニ業務は接客業というふるいにかけられるし、(僕は接客業なんて絶対無理だ、全人口の五十パーセントは無理、と考えながら話すのだが、)レジ打ち以外、鮮度チェックや商品の品出し、揚げ物など、店員に自分の顔をあてはめて現実にそれが仕事のケースを、想像してみろ。IQ三十社会はすぐ終わる。嫌な先輩や、優しくない上司がいるなどとも合わせて考えてみろ、文明四流国はすぐ終わる。自分がされたら嫌なことや、気持ち悪いと思えることを、他人にして好意を持ってもらえるか考えてみろ。確率を上げるのではなく、下げる行為は見ていると一切納得がいかない。普通や、常識、当たり前、みんなが納得いくかどうかを、パーセント表示で考えてみるのをオススメする。覚えることは沢山あるし、向き不向きもある。もしライフラインのバイトなら、彼女は「仕事をしに来ている」どころか、「生活を安定させるために働いている」のであって、「彼氏を探しに来ている」わけではない。人生におけるタイミングという要素を見逃しながら、生きているという人は世の中数学なんだ、様々な計算式、方程式なんだよということがわからない。まあもちろん、世の中には例外がある。ただそんな例外を口にする時点で、人生うまくいっていない証拠だろう。 *349探偵の朝エレベーターに乗る。その狭い空間では、生乾きの洗濯機になったような気がする。幼稚園に通う魚の眼をした子供と笑顔が嘘くさい母親、時々ヒステリックブルー(?)肩にナパーム弾を持っているよくいるサラリーマン、地雷原へ七人の敵、ご苦労様です(?)絶賛ニートのフードを被る男、散歩へ悠々自適と見せかけて職業案内所だろう、働いたら負けって言えよ、生きているだけでごめんなさいって言えよ、俺が言う(?)そしてキャラ成分のまったくない幼馴染。ありえないほどの美少女か、三度見返したくなるレベルの、ブスがよかった。鞄持ってあげるだけで優しさポイント。善行好きすぎて脳内エンドルフィン中毒、ふひーっ(?)学校の通学をしながら、「アンタ、妄想も結構だけど、あんまり他人をジロジロ見ないの、喧嘩になるよ、人にはそれぞれ理由があるの」「人間観察の、俯瞰の、探偵的資質の―――」「あのね、推理能力は妄想なの、そうじゃないって言えば、そこで終わるの。たんに出てくるキャラがみんなノリいいだけ、でなきゃ、違反切符切られてゴネるなんて存在しないの」「―――という説もある(?)」「こいつ、マジでダメだ・・・」 *348弱さについて救われないと、大人になるのが嫌になる。風邪を引いた肉食動物。人生の障害は、誰でも一つ一つ、簡単にクリアしているわけじゃない。人生の道に迷ったような顔、無秩序な霧のような顔。時間の速さは違う、モチベーションも違う、けれどその貴重な経験が大きく異なることはない。仮にそうではなくとも、そこで踏みとどまれない人も、大勢見てきた。ハンディキャップがあると思い込まされて、人生の泥沼から抜け出せない。蟻地獄のような過去、立ち向かうまでいつまでも追いかけてくる過去。眠気や苛立ちのような、過去。最後には拒絶が待っていて、最悪は自殺する。上の空の態度、無脊椎動物のような心。複数回におよんで伝えて、理解させて、認識させてもまだ相手の心には届かない。ガードが固い。そんな大人でも難しいと思う子供が、感情の素直な子供相手には相当難しいだろう。骨が折れる。泣きじゃくった子供を泣かすままにする選択をして、一時間ほど傍にい続けた。とても疲れた。けれど、逃げるわけにはいかなかった。逃げてしまったら拒絶される。次はない。けれども相手の言い分と、戦わなくてはいけない。小さな子供の背負った過去のあと、これから訪れる更に過酷な人生。泣きたいことは沢山ある、薄目を開けるのも嫌なこともある、前に進んでいる保証もない、その上、馬鹿はありえないほど溢れている。強くなるしかない、頑張るしかない、眼を開けるしかない。でも強くなりたくない、頑張れない、眼を開けたくない、本気でそう言う子がいる。涙も雨も嫌なものだ、眼を逸らすぐらいなら、濡れていたい。 *347私縄張りの観念のように明日も同じ話をする。そこでは逆説が真理であり、矛盾こそが信仰だ。首を思い切り左に曲げ、夢に見るような笑い。許可が不要な制度は別に目指さなくてもよい・・、普段から注意しておくことでうまいことバランス取れる、精神調整。弓なりの魚と、波の後ろや前へと走る波―――。幾何学的な線を持った、その境界線で、たちまち「昨日の自分」と、「今日の自分」が、概念的な言葉の強度に守られて、問いとして守られている鏡像へと意識が、吸い込まれて、別の怪物になっていく。両義的に見えるものは異質化で、複数のおびただしい流れや混淆にさらされる。無限性を帯びているものは確率化だ。口承や儀礼や慣習の無数のヴァリエーション。条件次第で定着を強めていくから、それは『テセウスの船』なのかも知れない。あるいはその曖昧模糊とした感覚こそが、『メビウスの輪』ということなのかも知れない。わたしはわたしを殺す。わたしがわたしとして生きるために。同時並行世界では、印象を辿る鏡の世界では、赤ん坊と老婆に遭遇することもある。それは癒着という既知の硬直した自然な宇宙的現象だ。無学と博識の大きな違いですら、常識のレベルに達するわけではない、歴史を形成する突出したドラマチックな出来事の影響ですらも、中央の号令、鬨の声、アイデンティティを統べるものではない。ここでは本質だけが鴬の笹鳴き―――。見えない壁の中で、脳味噌は皮を捲ったように、赤味を帯びていて、追及や断案にこだわらず、まったく新しい場面が、夢想する境涯の中で生成される、死んだ後の彼女はそこにいて、生きる前の彼女もそこにいる。懐かしい記憶が希少なデータを飛び石伝いに、ちぐはぐな、しかし純粋な起源へと向かってゆく。「人生とは何?」という問い掛けに眩暈がした。人生とは有限のものだ、有限とは可能性に限界があることだ。けれどもすべての姿が表に出ている時に、裏というものが存在しなかったら人生は無意味なものになり、それでも無謀なほどに大胆に推論するだろ―――う・・。怠惰や罵り、卑俗や嘲笑、様々な声、視点、語りが、意味をなさないそこでは神話と都市伝説がハネムーンをして久しい。わたしは名前や性別を失い、いまでは自分というものすら失っている。 *346よくある少年の悩み先生、昨日からうちの母親が、猫語で喋っていてすごく気持ち悪いんです。家庭内暴力に走るべきでしょうか、それともそこはいい息子を演じて、一緒に猫語で付き合ってやるべきでしょうか。あと、警察に通報すべきかどうかだけでも、判断を仰ぎたいです。父親はそれを見て泣いていました。父親は仕事が忙しく、残業も多いので、そういう時に泣きたくなる病気なのです。先生、あと、一つだけ正直に答えて下さい。嘘をつかず、ありのままで答えてください。家出をしてもいいと思いますか? *345実は肉食獣なんですとみせながら「くまくまー」とかいうのだ、こやつのあざとさ。スーハースーハー、いや、待て、皆の衆、これがもし幼な妻であった時に、そこにはメルヘンチックな要素や、少女趣味は残るのか、と推察しながら、はたして可愛いものを好む女性というものは、何歳までが許されるのだろうかという疑問を禁じえず、それでいてなお、「俺の嫁」というアニメの少女が歳をとらない、不気味さをつくづく味わいつつ、もう一種のミステリーハウスだよ、精神と時の部屋だよ。外国人がそれをして日本のロ リコンビデオと称しても肯け、だから日本はオ ナニーしすぎなんだよと思われ、だが待て、いつか歳をとらない、遺伝子治療が整形手術並みの値段で、それってつまりは、人がなりたい自分になるということで、憧れだった少女漫画のヒロインをずっと追いかけられるかもしれないことで、それが世間的にどうかはともかく、一種の初音ミクを愛してしまった男性とか、一種の人形化してしまう性癖の人とかにも似ていて。また、それは実は男の娘でしたということもありそうだなと斜に構えつつ、これが驚きもののき二十世紀のグロさってやつ、でもニューハーフにハマるっていうのも普通なのかなー。本当の可愛さって「ナカノヒト」ってことみたいな毒を入れつつ、演出家ってこと、設定の妙ってことと思案めぐらせメグ・ライアン、ひゅー、馬鹿なことを言っちまった、馬鹿なことを言っちまった。僕はただ、くまのぬいぐるみとか、テディベア―という響きに、一抹の淋しさと、喜びを齧るうまのほね。「くまくまー」っていいじゃないか、可愛らしくて。実年齢百二十歳だけど、どうみても見た目は十四、五歳の、超若作りババアだっていいじゃないですか、エルフ年齢、スーハースーハー。でも百二十年も生きて「くまくまー」とかいう奴が、そんなマトモな性格をしていると思いますか、詐欺も詐欺、僕が言いたいのはそれ、でも男は馬鹿だから騙されます、十中八九じゃないよ百パーだまされます。搾取されるアニメ業界にオタクは、だから出しすぎなんだよといわれます、色々なところが。願望が実現すると肉体よりも精神が尊ばれる風潮になるかなー、ならないだろうなー、未来って、くまくまーだ、ガオー。 *344「無垢」という言葉には、桃の皮をゆっくりと剥くような、気恥ずかしさがある。昨日がどんな日だったかを、話すのを躊躇うような行為をしたあとで、美しい音楽も、美しい絵画も、美しい映画も、美しい小説も、その姿かたちを変えてしまう。人と話すのにも緊張する、苦手なことを努力して、克服しようとするけど上手く出来ない、そんな―――そんな、神話のような時代の、ルートバスや、バス停裏の花壇のような、移ろいやすい「無垢」というもの。少年期のある日、僕は頭がいいことよりも悪い方が賢いのだ、と本気でそう考えていたことがある。女性はしなを作り、喋り方を変え、服や化粧を覚え、ファッション誌や、テレビの向こうの、よくいる美人みたいに中身がなくなってしまう。脳味噌は水を吸って膨らんだ市販の熱冷ましみたいだ。本当の自分を認めようともしないで、そこから一歩も足掻こうともしないで、表面上のことばかりが世界なのだという、僕はそんなかったるいことに、一秒も時間を使いたくない。神経が通った呼吸、相手にではなく自分と向かい合う姿勢、答えが違っても、その相手ではなくとも、そこにきちんとした意味が生まれる、そんな恋に火傷のような引き攣った痛みが残る、その痛みが君の顔付きを変える。 *343目先の優しさから離れて、「羞恥み」や、「弱さ」や、「未熟さ」が、しるしをつけてゆくのを感じた。胸がいっぱいになるほどの、優しい気持ち―――と。満たされて暖かい胸がざわついて、波が打ち寄せ―――る。世界の認識の隙間に、ふとした拍子に浮かんだ、眼に見えぬ壁にふと手が、偶然、触れてしまった―――とき・・。世界がズレてゆく、本当はそうではないのに修正されてゆく、どうして狭い範囲内で、特定的に、愛を用いようとするのかその理由がわかる。きっと君にもわかる、長い旅をして、いつか君にもわかる、幾何学的な線を持った雲の連なり。きらきら光っていた、木漏れ日の優しさは、誰かの目尻のように潤んでい―――る・・。胸が痛いほど、切ないほど、言葉に詰ま―――る、それは衣服を一枚一枚剥ぎとってしまう、疲れた熱い眼の―――なか・・・。子供のようにはいられなかった僕等を、君は思い出すだろう―――か。覚えているだろう―――か、小さな身体に大きすぎる心があったということ―――を・・。 *342世界の外れたネジを見つけに行こう駅前の華やかさを演出するのは、デパートや、商店街―――。東西に狭く、南北に短く斜めに伸びて縦横に、シノギを削る銀行と英会話教室、ファーストフード店、整骨院、賃貸住宅。居酒屋、ファミレス、飲食店・・。そこでは万華鏡を動かすたびに、見知らぬ文字が飛び込んでくる。やたらと古い店といつのまに出店したのかという新しい店が、混然一体となりながらカオスな空気を作り出している商店街。嫉妬や自己嫌悪等に陥った弱い精神状態に共感を求め、逃げ水みたいに飛んでゆく凝縮した看板率。販売網とそれを追跡する眼が拒絶する思想に思えるのは何故だろう。拒否するでもなく受け入れるでもないと見せかけながら、スッと、路地裏に入る―――と室外機や、不穏な店、安普請。中国のハリボテオリンピック街だろうか、いや、これが押し入れ収納術だ。襖を開いた瞬間、爆発する。灰皿や自動販売機もあり、電話ボックスもある。ペディグリーチャムの空き缶に水が溜まっているかも知れない。隠れ家的な店も存在するのだが、つげ義春のように追い出された人だけが持っている、途端にいかがわしい雰囲気が醸し出されがちで・・。溺れた人々の霊について考える、象形文字の線を遠く引きなが―――ら・・。そこにいる人々はといえば、タイムウォッチで競技の準備をしている歩きスマホに、背を伸ばすウォーキング講座に、自転車のハンドルにカバーつけてるおばさんと相場は決まり。一切何の根拠もないけれど、十五年ぐらい前から何一つ変わっていない気がする。僕の十五年は、シュタルンベルガー・ゼー湖という気取った言葉、水蜜の皮のように剥け始めた良心。女性たちはファッション雑誌の中に、これから撮られにでも行くような恰好をし、インスタグラム脳のようにしか見えない。ふえるわかめ並の想像力とちょっとの刺激で密林になり、そこには中国三千年の至宝、パンダが笹喰ってる。行商人の薬は売れ残り、豊かな襞の匂っているドレスみたいないらないものが残った価値観。だから通販で買ったドレスは全然別のものが来る、ここまで違いますか、いいえ違いますともみんな泣き寝入りする。男性はサラリーマン姿以外はどうもあんまりパッとしない。ここは、ルサンチマンに溢れている。露骨なぐらいファッショナブルな男性は、過疎った商店街には来ない。舌が馬鹿でなければ思いつかないような脂ぎったものを好み、ヘドロを舐めるような描写まみれの胃痛促進で、こういうところに殿堂入りのデカ盛り店が存在する。水飴のように粘りついた泥のような眼をした者だけが、入店を許される。競馬狂い、パチンコ狂い、脛に傷ある連中を誘い込む蟻地獄。ストレスを誰かや、社会にぶつけて、共有化する。ゼロにはならないが被害者じみたストレスは低減される。そこでは「支え合い」などというものは存在しない、「もたれ合い」「もつれ合い」が究極の下町思想。マグロは寝ている時も泳いでる、という雑学を思い出す。だけれど影をなくした集積思想が、ピーターパン・シンドロームであることは周知の事実である。スヌーピーやドラえもんが歩いていてもいいような気がする、それがどんなに冬の雪が残った夜行列車であるとして―――も・・。ロマンスも起きない、人生に起伏がない、それでも消化試合のような人生を過ごしている。優勝って何だ、タイトルって何だ、リストアップと脳内整理の帳尻はもう向こう十年合っていない、そこでは後ろ向きな思考とその場凌ぎの刹那的な生き方の、鬱屈したもので溢れ切ってXで悪口を言うしかない。あと、Xに呑まれてFXで借金作ってる。とはいえ、無個性のモブには言い知れないほどのNPC感があり、もっと今風に言えば、AIの実験による仮想市民生活感があり、不潔感しか生まれないジメジメした蛞蝓を一つか二つくっつけた、ゾンビのくせに普通の感じで、ナチュラルチーズの分際で、店に入っていくので不思議な感じがする。まるで呪文で呼び出されるお化けみたいなのだ。怪談話を拾いに行くような意味合い以外の実用性はまったくなく、そうでなければ片頭痛になるような吸引力を持つブラックホール。未成年立ち入り禁止の札をつけるのが優しさのような気がする、菜の花畑を歩いている山下清はかろうじてセーフ。だが働かない蟻のように職務から生まれる否定的な悪が逆の立場では、どうしてこうも魅力的なダルさを作り出すのだろう―――か。育ちすぎて形を崩した野菜や果物のような凸凹具合。存在自体がどぶ川で、メロンの皺と蛸の頭部。充電しすぎた配電盤のような壊れ方をした駅前商店街モデル。ぐるっと三百六十度、漫画の見開きみたいに、眺めるのはまったくオススメしない、そこに見るものの価値など存在しないからだ。時計が狂うどころか、長身と短針を入れ替えるか、ねじって時間を二つぐらい指しているような涎切った気配―――。よくよく見れば、二十四時間のネットカフェやカラオケなどもあるが、何だかあまりパッとしない、でもそれが生活の疲れというものだろう。全身の神経と筋肉に力と活気を与える食べ物の匂い・・。街が鏡であるような、街によって自分を思い出すような、自己言及的な絵画のふるまいができる者は一握りしかいない。ふと目についた街頭広告は悪目立ちし、マスクをつけた女性有名人がデカデカと写り、黄ばんだ印象で、「写真写りも鮮やかに」という刺のあるフレーズまでが何故か気色悪い。だのにジャミロクワイみたいに見えるのは何でだ、と自分に問いかける。ジャミロクワイを久しぶりに動画で観たら、蟹漁のおじさんみたいに見えた。 *341赤真夜中は暗く、当たり前のように誰の姿もなく、遠くの物音が意外なほどハッキリと耳に届く。何かを追いかけているパトカーのサイレンがした。速度違反の取り締まりだろうか。ロックはひとたまりもなく外れ、時間は忘れ物のように落ちてゆく。「表」となる項目に問いを、「裏」に答えを、書く。年末年始の定番「警察二十四時」を思い出す。制作費が安く、一定の視聴率が見込める。警察は副収入禁止だからギャラもかからない。民放が求める番組の象徴。「職質」「逃走」「違法薬物の発見」というセオリー。僕もジャーナリズムについて考える時分までは、こういう過剰な正義の形も、必要悪と同じものだと考えていた。ごくごく一般的で、良心的な、市民の思想である。枯れ葉が腐って朽ち葉になり、雨水に湿って泥をかぶったのはいつからだろう―――か。サイレンは溶けるように遠のいていき、唐突に途絶えて消えた。ダンボールの組み立てのように簡単にシミュレートできる光景だった。理解速度を超えてくる言葉の奔流でも想定可能。止まらないならなおさらだ。速度を調整したり適宜止めたり。少し巻き戻したりをちゃんと使えばよい。そう思うだろうという声は聞こえなかった。そうだ、撮影中に死亡事件が起き、警察官は実刑を受け、その映像はといえばすべてを白日の下に録画していた。法的証拠になる。まさに歴史的瞬間、決定的瞬間である。だが、それを警察側は取り上げた。箱型の赤色警光灯が回転する。「警察の者ですが」という紋切り型の台詞を思い出す。頭の中で再生産される触角の声。放送局は渡した、残酷に葉を喰い荒らす毛虫のようでありながら。放送を望む声もあがったがシャットダウン、不協和音が蠢いている。不完全燃焼の感覚が笑いさざめいている。裁かれる側と裁く側の微妙な境界線が浮き彫りになる、たとえそれが解体、修正、生成されてゆくとしても。自然体で、無理をせず、つまり、継続が可能な状態で、出せる、ギリギリの、対象化して操作的に扱い得る強相関領域―――。もちろんそんなのは偶然で、運が悪くて、結果的に殺してしまったということぐらい理解できる。喧嘩をしている二人組を仲裁しようと、入力のゲートが開く。会社員男性を路面に押さえつけた、出力のゲートが開く。男性は胸部などの圧迫による低酸素脳症で死亡した。真ん中にもう一本の通路が追加されるという形で、クロスした入力と出力のズレ。誤差。荒っぽかったかも知れないが、警棒で叩き殺したわけじゃない。荒っぽかったかも知れないが、銃で射殺したわけじゃない。自動販売機の横にゴミ箱があっても、何故か空き缶がそこに置かれているというシーンにたびたび出くわす。廃棄物というのは人間生活の痕跡だ。解剖学を、機械学を、そして人類学をそこに見出す。そこに座ってジュースを飲んでいたということだろう―――か。ゴミ箱にまでいちいち持っていけなかったということだろう―――か。赤色警光灯には、警棒には、銃には、警察官の服には、警察手帳には、「取り締まる」ということに対する責任がある。揺れるということはある、人間である、だが警察官が薬物をやる、警察官が飲酒運転をする、警察官が人を殺すでは、「取り締まる」ということに差異がない。そこには境界線がなくてはいけない。それでは朦朧と霞に綿を敷いたようなありさまだ。善人とは弱者であり、悪人は強者のことである。弱者が強者に従属する奴隷道徳は、明日跳梁跋扈する秩序の無い現代に、ドロップキックできるだろう―――か。人間の脳を狂わせる、パインバーグディッシュの味。どうしてマヨネーズをそんなにかけるのって、マヨラーに言ったって仕方ない。どうしてダイエットコーラをそんなに飲むのって、コーラ好きに言ったって仕方ない。同じ人間であってはいけないのだ、と思う。法体制の網目に存在する正義とはそういうものだ。確率論的にそういう人間が出てくるのもわかる、自衛隊しかり、政治家しかり、教師しかりである。構造的に腐敗を許容している温床。軍事戦略と非軍事戦略について考えているような気がする。「隠す」ということには正義すら存在しない。同じ人間に務まるなら蠕動する腸における虫だ。何もかもが、現実の出来事とは思えない。いきなり、パトカーのサイレンが聞こえた。一台や二台ではない。画像がスッと現れて鮮明になる。火でありながら火になれないものは本分にすら疑いを覚えた末に燃えること以外のことを忘れて、夢見ることを始めるしかないよう―――だ。ヤンキーとの付き合いも多かった僕は、警察官がガンガン原付を蹴って来るという話を知っている。未確認生物として捕獲しアメリカの研究機関に引き渡したい、きっとこれはXファイルなんだろう―――な。とはいえ、蹴られてもやむをえないということにはもちろんならない。ヘルメットをかぶっていなかったとしても、再三再四の停止勧告を無視されても、である、逆説的にそういう状況で資質というのは、空気の底に沈めていても浮かび上がってくるもの。仮初めの独自性を得ているような雰囲気を感じる。外国では警察官が差別迫害のもと、射殺をした。映像はもちろん放送された。感覚の関与の自由度を許す領域で可視化された。しかしどちらが正しいとか間違っているというのは夢の論理だ、赤ん坊を白紙にするようなもの、だから、ただ、光と影について考えていた。僕がいま用いた譬えをそっくりそのまま、警察二十四時の不祥事におっかぶせたところで、芸のない犬、いや、芸をしようとしないアシカ、アザラシ。地上を目指しすぎているニュートンの林檎じゃなくて、ただ、地上のものが地に落ちたというだけのことだった―――か。タッチや線の集積として一枚の絵を描くように、点滅するパトライトの群れが俄かに競技会のように見える。直線の都市は壁の隅の蜘蛛の巣のようなビルをどう見よう、早々と分かり易いドーパミンを出して快楽や幸福感を得る。倦み疲れてスピード違反する幻に酔う人々の脳内物質が、信心と妄想に懺悔の原色を残して遠くに消える。もうパトカーの音は聞きたくもない。 *340legend of light and wind感動的な幕切れだった。無謀な単独ドリブル、とこの場面を見ていた誰もが感じていた。身長差のある五番と対峙した際、相手の重心が右足によっていることを見抜き、左に行くと見せかけてから瞬時に右へ躱した。段々とヒートアップする。俊敏な動きをする、躱された十一番は目を一瞬見開いた後、後を追いかける。幹の中途から八方へ炸裂したように、次に待ち構えていた三番に対しては、背中を当てると同時に重心をかけてマルセイユルーレットで躱した。俯瞰図では、物狂おしい指のように、何もないものを捉えようとして焦り立っているように見える。「行け――!」という大きな声が聞こえる。優勝常連校たちが一人の選手になす術もない。三人目のDFを躱しペナルティエリアに侵入していくと、最後の一人が立ちはだかる。その人物は、左SBからCBの位置まで来ていた。警戒はしていた。だから徹底的にマークした。けれどサッカーというのは一人で勝てるようなゲームではない。シュートコースを切りつつ体の大きさを活かしボールを奪おうとする。それに対し、足裏でボールを後ろに引きながらゴールから下がっていく。想定していなかったプレーが直後起きた。一瞬だけ視界を切ると、眼の前から消えた。脳裏に、最悪な光景が浮かぶと同時に彼は後ろを振り返る。視界に入ったのは、シュート体勢。子供時代の記憶が浮かんでは消える。優勝常連校とダークホースで勝ち上がった無名高校の一騎打ち。今なら、ファールを犯せば止められる。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。しかし、彼は手を出さなかった。試合中に生まれた一瞬の迷い。それが明暗を分けた。重心を移動させ、身体をねじり、奥歯を噛み締める。剥き出しの肋骨みたいなシルエット。足首を伸ばして固定し、“足の甲”をボールに当てる。矩形の拍節曲調。足を振りぬくと、その軌道に合わせて、肉体を乗り物、人生をビッチに見立てたようにボールが飛ぶ。リセマラみたいな手に汗握る、白熱した展開。接戦に次ぐ接戦。対策、傾向の猛練習の成果。みんなよく持ちこたえた。まさかここでこんな大博打を打つとは思わない、この一瞬に風がまるで包帯のようにほどけてゆく。今大会の得点王の右足。ミスターハットトリックの右足。左斜め下向きに視線が誘導され、最後の最後で、脳天に皮下注射器でも突き刺さったような、膠着した試合の決勝点になる。揺れる葉にひかりの結露が生まれた。蜘蛛の巣に蝶が触れた。舞い上がる埃に、鎌首を伸ばすものの眼。夢が流れるようなあの日の河川敷に似た、青い空。内臓や筋肉や骨が皮膚を千位のように圧迫し、無理に押し広げていくように感じられる。剃刀が滑っていくように感じられる、キーパーが懸命に伸ばした手を擦り抜けて、ゴールネットへと吸い込まれたボールは乾いた音をさせる。静謐の奥底で、女子マネージャーがウォーターボトルを引っ繰り返しながらも、ビッチを見つめた。戦車の如き轟き、監督が試合前に「俺の為に勝ってくれ」と言ったあと、「焼肉おごるから」と約束して妻から前借りがきくかを、思案しながらでもやっぱりビッチを見つめた。夢の中の薫り、旗を振って応援していた応援団長も、小動ぎに入った。優劣も、成熟も未熟も、勝利も敗北も、そこでは昆虫の抜け殻のように淡い感じで、裸よりももっと裸で、赤裸々に、全員が固唾をのんで見守っていた。敗北を受け止められずにピッチで呆然としている相手チームの、選手がいた。精巧な銅版画を見るような気分だった。孤立を感じて耐え難いほどの哀情を催してくる。因縁の対決。セロハンテープで止めた古い地図。人生の通過点。これからきっと二人はその日のことを思い出すのだろう。そっぽ向くつもりはない、一瞬の好機の結果。残り時間は幾ばくもない、気力もない。砂時計はさらさらとお千津得ている。数秒間の独特な緊張感が持続し、熱は放散する。皮膚がひりひりと痛みそうな沈黙が逆方向へ、いまかいまかと待機する。一瞬僅かに潤むように膨らんだ。ホイッスルが鳴ると同時に、ピッチ上にいた選手たちは、ゴール裏へと駆け寄っていく。号泣している男が頬にキスをしてこようとするので、問答無用で殴った。気持ちはわかる、でもホモは違う。スタンドから最後まで応援してくれた仲間たちとともに、優勝を分かち合う。マネージャーが何故か抱き着いてきて乳を揉んだ。不可抗力。けれど不可抗力ならいいかというとよくはなかった、張り手された。エドモンド本田。選手、そして、ベンチに入れなかったサポートメンバー。高校サッカー部の全員で一斉に雄たけびを上げる。空虚な花束の匂い袋めがけて、獣の咆哮のような野太い声がスタジアムに響きわたると、それに合わせるようにして歓声が沸いた。長い茎に危なげに咲いた二つの華。一瞬眼が合って肯き合い、そして離れた。滴る雫とともに世界は黄金色に輝いている。 *339HELP痛みには沢山の種類があります。たとえば舌を噛む、悪口を言われる、転んで怪我をした。虫歯、机の角に足をぶつけた、骨折、誤って十円玉飲んじゃって吐きそうとした、生理痛、想像妊娠。脊髄注射に、ある人達には喜びのコスプレ女の蝋燭責め。ヘルニアに、中二病の少年がヤンキーに校舎裏に呼び出される、尿路結石に、おっぱいマウントにちんこマウント、もっと大人っぽい言い方をしましょう―――か?明確な傷などによる侵害受容性疼痛、神経の狭窄などによる神経障害性疼痛、ストレスが原因となる心因性疼痛です。人間が物事を忘れていくスピードで、問いの正解・不正解の回数で、出題の構成・頻度を調整していきたい。残念です、質問を覚えておられないなんて―――。とはいえ、大抵の痛みは我慢できる範囲でしょうし、我慢できなくとも、きわめて短時間で、その痛みとはおさらばできるでしょう。病気を卒業すると世界はありえないほど美しいですね。たとえば、唐辛子は味覚にない攻撃です。(味覚に含まれると主張する人もいますが、)カプサイシン、それは悪魔の名と主張する人もいます。そういえば有名なキャロライナ・リーパーを上回る、スコヴィル値は平均「二六九万」なのだとか。ちなみにこれを丸ごと一個食べた際には、三時間半にわたって辛みを感じ、その後も痙攣が起きたそうです。有り得ないほど馬鹿ですね。高所恐怖症にとって、バンジージャンプは理解不能です。スカイダイビングともなれば想像を絶する頂きといわれる、エベレスト登山でさえ百倍はまだマシです。ちなみに前世研究は否定的な輩もいてはかどりませんが、人間が幼少期の影響を受けている、家族を見て育つというのは本当です。つまり僕の馬鹿も大体そういうことなんですね。武器は天使の笑顔。ちょっとしたシード校みたいな扱いを受ける悪魔の腹黒さ。けれど世の中には馬鹿ではない人も沢山います。たとえば多くの痛みというのは前述したように、取り除けるものです。これは急性的なものです。でもそれが信じられないほどの長い時間続くこともあります。これは慢性的なものですね。けれどもモルヒネなどの鎮静剤がありますが、それが利かないという場合もあるよう―――です・・。たとえばポケモンスリープのようにね、ドヤア。たとえば、ギンピ・ギンピ、葉や茎に毒刺毛を有し、この神経毒は猛毒です。植物といえば、トリカブトがあまりにも有名ですが、ギンピ・ギンピは、人や動物が触れると針が刺さって残り、痛みや蕁麻疹が生じます。一説には酸をかけられたような痛みで、時間の経過と共に悪化し、眠ることさえ出来ないと言います。しかし驚くべきはその長さでしょう。シャワーを浴びることさえかなわず、それが二年以上続きます。とはいえ、痛みというのは身体の異変を知らせるサインですから、痛くないということに逆に恐怖を感じることもあるでしょう。ゾンビは片腕をもがれても平気ですが、人間だったらそうはいきません。昆虫は痛覚遮断できるといいますが、感情が人間目線だと存在しないかもしれませんが、どうでしょう、あなたが殺した昆虫を人間レベルにしてみたら?世の中には殆どいないですが、無痛覚症の人もいます。ポーカーフェイスに憧れますか、世の中には顔色を変えられない、恐怖の感情がわからないという人もいるのです。ごろつきに銃を頭に押し付けられても表情をまったく変えられない、恐怖という感情がわかないのです。しかし世の中にはそういうわけでもないのに「痛いと言ったら負け」みたいに思っている、やたら滅法痛みに強い人がいますね。かくいう僕もその一人なのですが、瘦せ我慢には気を付けなければいけませんね。筋肉痛にはカフェインが有効で、怪我した個所を直視することで痛みを減らすことができると話もあります。腕組みには脳を混乱させ、痛みを緩和させる効果があります。ラーメン屋って大変だってことですね。脳のおかしな配線の作用ですね。痛い時に笑うとエンドルフィンがドバドバに出ます、失恋の時はお笑い番組ですよ、見る気分になれなくてもね。たとえばホラーも痛覚麻痺には重要な要素ですよ。人間を問えばそのすべてが記されている禁書、解体新書にその答えはあります。さてあなたは、イルカンジクラゲというオーバーキルモンスターを、ご存知でしょうか?このクラゲは三センチ程度で、泳いでいる人にはまったく見えない類のものでしょう。しかしこのクラゲの毒は世界トップクラスの毒を有していて、コブラの百倍もの毒を小さな身体に宿しています。最初は殆ど気付かないでしょうが次第に痛みが増し、吐き気や激しい頭痛が起こり、全身の筋肉に抑えようのない痙攣が走ります。医療機関を受診しなければ、十二時間も嘔吐し続け、恐ろしいほど大量の汗を流したという話もあります。ところで痛みと毒は類似点が多いように見受けられます。そしてこの痛みはその量を変えるだけで致死量になります。ちなみに世界で一番強力な毒は、たった一グラムで一〇〇〇万人以上の命を奪えるボツリヌス菌。戦争とは研究者に悪魔の囁きをするようですね。ですが、現代社会における毒というのは身近なものです。あなたに水で人が死ぬと言ったら笑うでしょうか?いいえ、これは本当の話です。カフェイン摂取、砂糖の摂取、ウォッカやテキーラなど、世の中には合法のものでも用法を間違えると、人が死ぬようなものでもあるのです。煙草だって水槽の中に入れれば魚は死にますし、誤飲事故だってあるのです。多くの毒を視覚化すると拷問という形で現れます。なんて、そんなのどうでもいいことだろって言いませんでした、いえいえ、脳内にルールやアクションの知識を常置させておくと、いざという時に何とかなる。いざという時に訪れなかったら?訪れなかったら、平和ボケしてるねと言いながら平和だって言えるね、ということなのではないでしょうか、ギラツ。たとえば死刑が実行されても、ギロチンで人が死ねなかった場合、電気椅子で死ねなかった場合、首吊りで人が死ねなかった場合。これはどう考えても残酷です。拷問は残酷という形を徹底的に抽出し、トラウマに残るようなものを、まるで見世物にし、その権力を象徴し、逆らえない人を減らしていったのです。とはいえ、政治ではなく、職業の上では、拷問犯と処刑犯が分かれている例もあります。拷問犯は自白をさせることに仕事がありました。だから、ワインを飲みながらが通常運転なのです。精神的苦痛と肉体的苦痛のどちらがきついのかという、問い掛けがありますが、これはやはり考え方にもよります。たとえば精神的苦痛も究極のところへいくと、死を求めます。でも多くの人はそこまではいきません、脳内物質が緩和したり、精神を和らげようとする方法を考えます。さて、肉体的苦痛も究極のところへいくと、死ぬでしょう。とはいえ、軽度なら薬や、湿布も腫れます。治療可能であれば、それが終わり次第少しずつマシになっていきます。痛みは一つの救いでもあります。痛みがあるからこそ自分にはできないことを他人にはしません。古来より想像力のない人々が沢山いたようですが、かしこ。筋肉痛も十代から二十代の頃と、三十代でダンベルを背負い、四十代で家を背負い、五十代や六十代で次の日に死神のように訪れます。まったく同じことですね。素晴らしいイン・ザ・サンに満ちた過去の日常と、現在の惨めな日常を、否が応でも比較してしまうアフター・サン。気が付けば、オンライン・サン。グッバイ・サン。なお、悪口を言うと物理的な痛みが解消されるという話もあります。世の中が糞野郎で溢れかえっていて、病みまくっているというのは素敵ですね。 *338landmine地雷撤去作業に勤めている人がいる。給料は雀の涙、実質命を賭けたボランティアだ。地雷撤去団体には世界中からの高額な支援もあるが、それを少しでも多く自分の団体の資金にしたいが為に、他の団体を認めようとしないなどの思惑もあるらしい。また国が地雷撤去の資金提供を一切しないなどもよくある話。外国の話に日本が首を突っ込んでいる、とはいうが、地雷の犠牲になる人もまた、戦争と無関係の人達なのだ。安価で大量生産できる地雷は、一つあたりの値段がたったの三〇〇円から三〇〇〇円。安価で小さいため、流通しやすい。その上、地雷というのは半永久的で、傷つける相手を選ばない。地雷というのは「二人に一人は生き残る」といわれていて、あえて「殺さない」というえぐい兵器。地雷は敵方の経済活動を破壊するという目的を持ち、農作物がたくさん採れる田畑や水汲場、木の実や木材をとる山林や人の集まる広場などに多く埋められている。その地雷は世界中に三百四十種類もあるといわれている。金属探知器に反応しないように、プラスチックやセラミックで作られたものや、子供が触りたくなるように、わざとかわいらしい形に作られたものもある。生き延びた被害者は、手足の切断、失明などの重度の障害が残る。成長期の子供は地雷で生き残った後も、成長で伸びた骨が切断した手足の肉を、突き破る地獄の苦痛と戦う。戦争をする連中にとって、地雷というのがどれだけコストパフォーマンスがいいかは別として、一度埋設された地雷は莫大な資金と時間を要する。約五兆円は必要だとか、一千年はかかるとかいわれている。危険な地雷を手作業で除去するには、一平方メートルあたり約二時間もの時間がかかる。気温四十度に近い猛暑の中をヘルメットとプロテクターを身につけ、一瞬の気も抜けない命がけの作業をする。百パーセントの除去と、慎重で安全な作業。どこが地雷原でどこが安全な場所なのか、どこまで地雷除去が終わったのかなど明確にする、標識を立てるなどのマーキング。地雷除去を安全に確実に行なうためにまず低木の伐採、枝払い、草刈りをして地面が見える状態にしなければならない。地雷は地中に埋められているだけではなく、地上に設置されていることもある。ワイヤートラップが幾重にも仕掛けられた地雷もあるのだ。金属探知機による探査は地雷探査機ではないため、鉄粉、たとえば銃弾にも反応する。これが地雷撤去の妨げになっている。もちろん手作業には限界がある。(逆に機械では入れない地形もある、)地雷除去機も稼働している。地雷除去機には二つあり、自由自在に動く長いアームを駆使して、地雷除去作業ができる油圧ショベル型と、走行しながら比較的平坦なエリアで威力を発揮し、広い範囲を効率よく除去するプッシュフレール型がある。これで手作業の二十倍から百倍のスピードらしい。パワーショベル型や、高速回転するロータリーカッタで地面三〇センチメートル程度、掘り起こしながら、対人地雷を爆発させて処理。最後に地雷が残っていないことを探査器や探査犬で確認する。とはいえ、いまだに世界各所に残る地雷の数は五〇〇〇万発以上といわれている。 *337spring君はわたしの神様だって気がしたんだ。刺し穿ち力屠る最果てがふたりを分断つまで(?)君はわたしの傍にいてほしいっていう気がした。バス停も駅も風景を捲るプライヴェート・アァイ(?)これが四次元ジェネレーションユニゾン、猿轡はめられた空気からの新時代(?)春の浮浪、波浪、漂流、ハロー(?)透いて好いて月とって突き通った団子からの、パラダイムシフト、からのハイド・アンド・シーク(?)からのアブソリュート・テリトリー(?) *336迷走系彼女君さあ、やる気ないふりしてるけど、テストって大事なんよ。人生における試練難関山積なのさ。百歩譲って、やる気あるふりをしつつやる気ないのが正解(?)わたしだって嫌なんさ(?)でも四捨五入したら大体微妙な数字になる、割り切れないやつはね、そんな時どうするんよ(?)わたしだってわからないさー(?)でもね、これだけは言える、テスト終わったら、土曜日駅前八時ね、遊園地、割り勘、でもハンバーガーおごって(?)いい、わたしのために、テストの点数上げて(?)わたしだって彼氏に駄目出しするのは嫌なんさー(?)改造手術うけてくること、いい、いいって言って(?) *335インスタント・ラヴァー君が僕のいない“独りの日々”を、抜け殻なんて言うなら、唇のまわりの毛細血管から硬化して。アルマジロにでもなったんじゃないか。(こころの幅となりてたゆとう、音は、いそぎんちゃくの触手だ、)「(嘲笑う声が聞こえたんだ)」ミッドナイト車道、閉まるドア。境界線が緩い。ジェンガが始まってる。海の表面がシャーベット状の夢、「馬鹿ならアイスクリームって言えよ、透明って言えよ、エモいって言えよ、」ヒラメの養殖事業について考える。コミュニケートの中で随時直していけないこと(を、)情報量の制御にミスがあるんだ、取り返しのつかないようなエラーの中にあるんだ、エマージェンシーは美しい女の名前。ねえインスタント・ラヴァーになれない僕は、脇役でも、顔にモザイクでも、よかった。上下左右の向きあれど、反復が時間を刻む。モノとコトとが未分化なところから、区別が創出され、解消されるという反復。ディ・・・バィ・・・デェェェィ・・・・・・。し、視力検査表みたいに固定されていない。「いない(のは、)テラフォーミング、楽園の地図、大航海時代」―――“水晶の短剣で刺してよ”た、縦と横って言うんだ、雷鳴を伴った周章の余沫さ。形成(コト)を同調形式(モノ)体得したパターン認識が増えていく――(のだ、)学んでいく、と、やっぱり、理解が複雑になっていく――(のだ、)な、南北と東西って言うんだ、冷罵した驟雨にご愁傷様。形成(コト)を同調形式(モノ)好みも複雑になっていく――(のだ、)単純なのは見飽きちゃう――(のだ、)「Googleならその内、卓袱台だって引っ繰り返すさ」「はばかり(さま、)テラフォーミング、楽園の地図、大航海時代」―――“轆轤の活花の女の姿”ねじを/呑み込ん/で/よるを/呑み込ん/で/「まだ嫌だった“僕”を色のない夢の錆びた鉄の味にして」「まだ嫌だった“僕”は足場なくして地面に下りられない夢にした」優・・・しく―――かき混ぜてェ・・・。あのシーンが、なけりゃよかった瞳孔の拡張。突き抜けることばっかりでぽっかり空いた穴なんか見もしない、ジャンボジェットの操縦も、小型飛行機の訓練からはじまるってさ。その、玲瓏たる玉質の凪。―――神経を逆撫でにされて、ハッ?「(嘲笑う声が聞こえたんだ)」―――アアーーーーァァ・・・。八方美人というか、その場のノリ(で、)絶頂期にアトム作れそうな勢い。人生がうまくいっていないルーザーズの、下部構造フィールドで。どういうバランスで、どういう配分(で、)一筋の清い小川にドラえもんが死んでた。心臓が溶けてしまうような熱中症アラート、ぶっ倒れるかどうかで、噴火の合図を待った熱中症アラート。声を重ァ・・・ねェ・・・・・・て。あのシーンが、なければもっと電気を帯びた白紙。ゆらぎベクトルと、スケールフリー相関、つりばりぐもなら水色の風。勝手に封切られた戦いのファンファーレ。「そうか、このままずっと独り―――」(・・・マリンスノウにも、溶け込めないまま―――)指を折って数えるカメラの視点、俯瞰、煽り、拡大、縮小、けれどもそれで世界が増えんじゃない、(こころの幅となりてたゆとう、音は、いそぎんちゃくの触手だ、)[///“約束の場所まであと少し”]一つの問いが、叫ぶ。中継地点を間に受けてたら、逆走だ、停止だ、人生終了だ。一つの問いが、叫ぶ。中継地点を間に受けてたら、暗黒だ、どどめ色だ、地獄への入口。ねえインスタント・ラヴァーになれない僕は、大根役者で、三文芝居だったろう?"備長炭"という一般名詞を独占しようとする私利私欲みたいに、普通の人で、特別な空気なんてなかったろう?アメイジングレイスの鳴らない真夜中。ああ、アメイジングレイスの鳴らない真夜中。(人物を描き忘れた風景画の中に他人と対立する隣人を、)―――《人参》にした、《剥き出し》にした。―――《人参》にした、《キャベツ》にした。が、微妙に気まずいよね。は、変な空気流れちゃうよね。情報は加速してそもそも読み取れない量をふっかける、分割されてゆくたびに印象は薄くなる、マルチじゃない、でも擦り切れることはない、知らないシンガー、知らないジャケット、知らない本、知らないファッション、知らない人間、知らない猿、自動販売機で珈琲を買えばオワタモード・・・だ、電光掲示板には救援物資なき光の弱き国の青が浮きをり。夢ならばこのまま、ただ、眼が醒めるまで―――。絶望の欠片―――だ・・。絶滅の切符―――だ・・。(ねえインスタント・ラヴァーになれない僕は、)(僕は、インスタント・ラヴァー?)「真昼の月を思い出している、豆電球のように天使なものを」―――“だから愛撫の星、枯枝の声、夕焼け時の美しい光景のまま”(ねえインスタント・ラヴァーになれない僕は、)(君が、インスタント・ラヴァー?)「一重の貝殻を思い出してる、幾千年の間の、静寂の大河を」―――“だから屍の海月、凸レンズの光線、羽根を拡げた鳥のまま” *334カラフルな衝動月明かりの―――題名のない・・想像の果て(は、)空っぽ、聞き飽きた―――ん、だ、台詞だって平凡な、(な、)頭の中、ここから問い掛ける―――声・・・。観客の同一化の焦点、消える世界。いわば零集合。液体のルール。ユラ・ユラ・ユラスヨ、Paine(と、)Paintわずかにある、どこかにはある、奥底にある。「理解度、手触り、掴みかた、みたいなものまで、説明不足の枠組み、客観性、理解不足な類似品」揺れる、僕等は揺れる、アーキタイプの退化、敗北、十重二十重、これはそうかつまりそうだな。合図した。ら、弾がなくなる。て、この先何年も意味もなく黒を書き足した。踊る、僕等は踊る、アスファルトの加速、鮮明、日常茶飯事。独りではァ成り立たなァァアぃ―――。てか。てか。ハード/ビートに/一ミリの/疑問/すら感じ/ないんだ“その交差点に何度立ったかわからない”“老朽化した吊り橋でバンジージャンプしてみたい”一喜一憂、二の足を踏み、三度目の正直、四の五の言っていたら六十分(の、)一時間(の、)七転八倒。いやいや、七転び八起き。九夏へ、十全へって何言ってるんだ僕は―――。街路に視界が―――白っぽくなり・・目が眩み(み、)夜を越え、はめ込もうと―――し、た、答えのない煌めきの中(なか、)孤独な自虐趣味、どうしたって現世離れ―――さ・・・。想像的・象徴的同一化。シマウマの思想。意志の純粋な精神性。シンクロするメロディ。ユラ・ユラ・ユラスヨ、Paine(と、)Paintわずかにある、どこかにはある、奥底にある。「慣性や惰性をコントロールするための、要するに"軌道修正"のための、ささやかな言い回し」揺れる、僕等は揺れる、モノクロームの権化、斜面、発展途上国、分かり切った分からない。雨降らした。ら、弱音しか出てこねえ。て、この先何年も言の葉のすべてをただ飲み乾して。踊る、僕等は踊る、グラジオラスは綺麗、邪推、本来無一物。独りではァ成り立たなァァアぃ―――。てか。てか。スロー/ビートに/メロウとか/ヘブン/とか感じ/ないんだ“揺れるカーテンが網戸に当たる音が眠りの直前まで聴こえた”“オリンピック決勝で突然の肉離れに襲われたような気持ち”一意専心、二者択一、三四がなくて、五等分の花嫁って馬鹿言えば六道輪廻(の、)双六(さ、)七転八倒。いやいや、七転び八起き。九分九厘まで十悪五逆って何カッコつけてんだ僕は―――。 *333Jewels are the sparkle of death,imitations are the groans of life.国内外で戦争が起き、自衛隊と愚連隊が衝突した。死者数百人を出したが、それに飽き足らず、また数百人も出した。混線や赤裸々。やっぱり酔ってやがるな、と言う。なるほど、完全に詰んだ人間失格者の基本パターン・・。どっちも正しいと言っていられた頃が懐かしい。答えを強要され、間違ったら、射殺される。針の停まった時計。風に舞う一枚の紙切れ。剥がしにくい、苛立たしい、生存の権利だ。砂の記憶、夜の蟻・・。思い出が浮かび上がってきたら手に入れたくなるなんて、人生は残酷な繰り返しだ。大地震とかよりもずっと深刻だ。救いを求めようにも、相手が自然ではなく、人間だ。弱者の極限に対応する善が、極限的拡大で国民を苦しめるのか、その再生産は何なのか、どうして非人間的になるのか。人間は何も学ばない。日本はもう終わりだ。刑務所では人食いがいて、食糧配給には鎮静剤性の成分の、麻薬が入っているという。樹木はゆるやかな光の移ろいを見せ・・。淡い空に薄い雲が悠ったりと流れる―――。政府は魔女狩りのようにクーデターを企む悪を、処罰したいらしい。友は殺された、一味だったらしい。ユニセフや、募金活動ができていた頃が懐かしい。幸福な誤解の機械的な予言。きっとその延長線上にすぎなかったんだ、馬鹿な奴。裏付ける証拠を握っていると考えている限り、センセーショナルな展開が続くことに疑問の余地はない。何度も、何度も、胸を痛めたこと・・。花の莟を手折るのを怖がり、誇るに足らない無価値なもので自分の弱さを隠し、―――傷つかないように、鍵をかけて、蓋をする―――んだ、あの日の風が―――笑う・・・。みんな暗い顔をして、腹をすかしている。自衛隊たちはみんな思うことがありながら、権威に従っている。二千年も続いた文化の歴史、あえぎ声も、人を洗脳する声も、昼と夜を報せる声も。遡れば何千年も続いた人類が記録した歴史に、武力について、暴力について、戦争について、いくつもの見解や立場や見方があったはずなのに、結局は成長も進展もない、ギリシアにも、エジプトにも。テクノロジーの進歩なんて幻想にすぎなかったんだ。総理大臣一人で、大統領一人で戦えばいい、神がいるならそいつが出てきて戦えばいい、嗅覚が鋭くなり、物音に敏感になり、血の臭いにゆすり起こされるような日々はもう沢山だ。あたりの気圧が低くなってゆく。ちろちろと炎が燃えているのが見える。どうして銃声が消えない、どうして人の悲鳴はこんなに耳障り。異常に昂ぶった時にだけ聞こえる、瞬間を刻んだ、声。日本はもう終わりだ、でも世界でも同じようなものだと、訳知り顔がいう、報道規制でない証拠は?みんながおかしくなったのか、そもそも世界がおかしくなったのか。スクリーンショットを脳内に保存するかのように、ニーチェの忌まわしい呪いを取っ払いたいだけ。頬の濃淡のように筋肉がちらと動き、鼻の尖端から唇へかけての横顔の曲線―――。三年前のあの日、空に突如うつしだされた映像があった、「芽が出ぬごとく、永遠に救われない」と宣言した、あれは神だったのか、―――不遜、傲慢、命令。それとも人間だったのか。―――単調極まる散文的な事実・・。軽信による懐疑―――折に触れた一瞬間の光景・・。しかし逆の立場にとってみれば、不安定と動揺をこれほど現実感にすりかえるものはない。言うのは簡単だけど、生きるか死ぬかを選ぶのは自分たちだ。もう仕事もできない、風呂にも入っていない、色んなことが滅茶苦茶になりすぎていて、全員が爆弾でも降って終わりにしてくれないか、こんなの何かの間違いだろって顔をしてる。長い間、もう泣いていない。そういえば長い間、もう笑っていない。地面には弔旗、そして僅かな溜息・・時代の終わり。ねじくれた時間の腸から放たれた悲哀、これがきっと僕等の最終戦争―――だ・・・。 *332流儀赤の溶解。青の液体形状。緑の球体浮遊。―――どろっとしていた、絶対主義の拘束、封建制の拘束。揣摩臆測と言ったら、アルデンテをくるくると巻いて、独楽にした。驚異的な後遺症のあと、洒落な、からっとしたところ目指して、唐揚げになってた。マヨネーズでも檸檬でも湖沼でもさ。僕に執着はなくて、失われた足音の影だけが残った、・・・変幻する多様の眠りの記述が、雲に変わる、蜘蛛に変わる、アカシックレコードへ・・。 *331古代寺院ancient templeエンシェントテンプル美しい、雨降りの、イカレポンチの僕等は、同性愛を楽しんだ。攪拌する遣る瀬無さで、竿のなりで、落ち葉を自在に彷徨う。美しい、槍振りの、イカレポンチの僕等は、汚れ役を楽しんだ。ムーンウォークをして、それからダストシュートの中へ、小便を拭いた雑巾のように。美しい、しかばねの、イカレポンチの僕等は、考えないことを楽しんだ。刹那的な天地で、癌や老衰を嘲笑い、生殖もない罪もない神もいない楽園を探した。 *330無題演劇超人形は、ムーンライト・シャドウ、地獄八景亡者の戯れ、自由連想、夢解析、無意識に肉体に眼は作られ、瞬きを始める、直径百二十億光年の大宇宙へとタイムスリップし、創造のダイヤルを回して光の速度や引力定数を変えてみる。それによって宇宙は変化する、けれども誰も気付かない―――だろう・・。けれども誰も気付かない―――だろう・・。超人形は、古代エジプトのミイラを蘇生させ、円盤が迎えに来る。宇宙生物は植物から進化したから、動物の血を欲する。冬眠した、ミイラは宇宙人―――だった・・。冬眠した、ミイラは宇宙人―――だった・・。地球は魚でも肉でもない色々な合成製品の匂いがした、宇宙人は脳が爆発した。 *329ニンゲンコウセイプログラムどれでもいいから一つ選んで御覧。一つには毒が塗ってあり、一つには人生が用意されて、一つには生き返るチャンス、一つには仮面が用意されて、一つには願い事が叶い、一つには超能力が用意されて、一つには死がいますぐ与えられる。恐れることはないよ、底辺のために用意された蜘蛛の糸じゃないか、マルチ詐欺じゃないよ、宗教でもないよ、ただ、普通の人になりたかった君じゃないか。ただその滑稽な一喜一憂を録画するだけさ、なりたかったもの、なれなかったもの、手に入れたかったもの、手に入れられなかったもの、そんなの努力でも才能でも運でも何でもないよね、何もしなかったお前なんか生きてる価値がねえんだよ、さあ選べ、すぐ選べ。 *328家族の肖像「近所の佐藤さん、子供に保険金かけて、殺そうとしたんですって」「僕はしないよ、子供も、妻も、愛しているからね」「パパ、世間って何?」「人間の屑が沢山いることさ。僕等は変わってる、ちょっと変。でも人間だ」「後ろ指さされても、石投げられても、馬鹿でも間抜けでも家族、窓を割られても、スプレーで死ねって書かれても、最高の家族」 *327ダンゴムシごろごろダンゴムシ転がって輾転って、キャッシュポイント、海まで死まで固定観念のような日記の一日、最初から最後までずっと鬱トーーク!ぐちゃっ、したい、真夜中の認識を上回った瞬間、机の角に足の小指ぶつけて悶絶する、ICレコーダーを使わせてくれたらいい、リモートワークにさせてくれたらいい。ビクン、ビクンと跳ねてる痛みの放出度が、昆虫の死の感覚を捉えたから、鮮明に、嗜虐性の傾向と、変態性の快味を享楽していた―――から・・。微妙だけど、捨てたいけど、包丁を見てると指を切り落としたくなるから、コヨーテの鳴き真似でもしたかった、蛙の鳴き真似でもしたかった、アゥバババババボボボ・・・・・・!―――かすかに皮肉に開いた口だって嫌だった。(Today, the floor of time has melted due to a serious tragedy.)―――耳を仮す態度がもう既に嫌だった。(The oil in the frying pan is a process similar to postal savings.)誰だって現在進行形で間違っている、クエストとかブーストの追加報酬があったのに、注文が入らないアイドルタイム無視して、グーグルの最適解なんかとうに無視して、ビクビクしてオドオドして、―――変形激しい転形期。即座により正確で真剣、憑依する言葉、戦争を推進したり破壊衝動や攻撃衝動を持つ。形而上学の言葉、“優しい”って何よ、“美しい”って何だ、根底から覆す極端な破壊の雰囲気と広く関連付けられ、メシア、飯屋、トゥミー。数ミリ伸びるほど待った、芽。ハッ、こんなところじゃ鈴木なんか見えねえ、最後尾。(Today, the floor of time has melted due to a serious tragedy.)ハッ、三十年も二十年も前の記憶の中にいた、内部と外部の屈折。(The oil in the frying pan is a process similar to postal savings.)虫食い穴と逝く春。夜は千の顔を持つ、眼球を横に切り裂いて、幽体離脱感が生まれて、頭骨がすれ、血と脳漿が噴き出しそうな、亡霊のようだった僕等、奇抜な警句が活け花みたいだった僕等。ごろごろダンゴムシ転がって輾転って、どうせ意図的な対象の優先順位への転換、飛びたいわ、死にたいわ、転がるだけの響きは。堕ちたいわ、死にたいわ、転がるだけの日々は。 *326女子高生野郎共鞦韆に揺れる、グヴヴヴヴヴヴーーーー。「禁止」「廃棄」“わたし”の内実。“わたし”の告発。亜細亜産のほっそりした猿のように、両眼は左右バラバラに動き、締まりのなくなった口からは、舌がダラリと出て涎が流れる、エアー感のある手ごたえ。小さな踵放り出して、自己陶酔するメタファーの身体表現。頂の方から窪みはじめて、陥ちこむ時の断崖的な心象。幽体離脱とは逆向きの、グヴヴヴヴヴヴーーーーー。響いてエエエエエエエ・・・! 響いてェエエエエエエエ・・・!吊り橋で一緒に揺れませんか?呪いの紙人形みたいな薄っぺらい、心電図は最初から最後までフラット。夕暮れ琥珀の降車ボタン。死角から殴られると、軽く当たっただけでも気絶する、自律神経おかしくなりそうな、逆向きのフライハイ。「禁止」「廃棄」“ワイバーン”だった、赤の。“ワイヤーロープ”だった、グロの。時空が歪んだ音にすら聴こえる、クレイジーセットリスト。雰囲気がある、印象を持っている、ツラいし、メンドい、クリティカルな問い、八分の三拍子、エリーゼのために。 *325毛皮furそれは紫陽花の咲いている六月の頃で、すっかり蒸し暑くなっていた。真夜中にとある山のふもとにある最近市に合併された村まで来ている。アルコール純度の高い溶液に臓器が触れられている濃厚な山気。「ウォオオオオオあああぁぁああああアアアアア・・・・・・」と、間延びした声はジャンパー姿のカメラマンの木村だ。感嘆の声なのか、奇声の声なのかはわからない。一瞬叫び声の世界観に引きずり込まれ、永遠に出てこられない鏡の中を想像する。三か月ほど前、木村の母親と話す機会があった。いかに世話が焼けて、いかに部屋を汚して、いかに何にもしないかはよーっく解ったというぐらい巻き舌に、酒臭い息を吐きかけられながらお前まだ実家通いだったのかよと知った。しかしカメラが廻るとそういう声は不思議と出ない。ディレクターの山口はジーパンにチェック。自分は半袖シャツにトライアンクルパンツ。ニシキゴイのようなYシャツ。光る金の首飾り。メットのように鋼鉄なオールバックをしていたのだが、それはヤ〇ザだよと指摘されてすぐに辞めた。―――黒歴史。「エ゛ェオッ―――」木村うるさい。両脇に山林の迫る、参道のような印象の細い砂利道を抜けると、手入れされているのかわからない竹林が車の行手を阻む。墨絵の山水のような雰囲気がある。左顧右眄してみる。既に一台車が停まっている、打ち合わせ通りだ。カメラを回し始める。あえて何も語らないという演出にした。そこから先に十メートルほど進むと、妖しく退廃的な雰囲気の木造の日本家屋と、一人の青年が月夜にぼうと浮かび上がっているのが見える。眼の前にいるのに手をすり抜けていく砂のように掴みどころがない。「アーーーーオッ!」様々な思慮に掣肘せられずに、カメラマンの木村のような声を出す。表情筋ぐちゃぐちゃに崩して叫ぶ、が正しい。ドキュンチューブでは大袈裟な方が好まれるのだ。とはいえ、最初は木村の真似をした冗談だったのだが、動画のお約束になった。実際これがないと始まらないという視聴者もいる。怪談系×探索系というジャンルになるのだろうか、人気企画の、―――“異界探訪24時”「いま自分は、砂利道、竹林を越えて、G市の須巣木山北部の集落の外れに立つ、古い日本家屋の玄関前に立っています」と自分はすらすらと家屋玄関前、ライトのあたるカメラの前、片手に懐中電灯を不必要にONにした上で喋っている。やりすぎはいけないが、演出は必要だ。とはいえハロウィンにはゾンビメイクもする。だが健全な動画をモットーにしている。健全な動画というのは悪影響が出ない、という意味ではない、あくまでも、許可や了解を取り、ならびに自分たちや視聴者にも、霊障などが起こらないように最大限配慮する、というもの。ただ、グッズ販売のお守りや鏡や浄め塩で稼がせてはもらっている。しかしビジネスのためにやっている霊感商法詐欺とは違う。本当に効果があると確認できるものを視聴者に、リーズナブルな相応な価格で渡したい、と思ってる。またホラースポットへ行く前には神社にお参り、ホラースポットへ行った後はお祓いをしてもらう。面白いものを見せたいし、視聴者も見たいという暗黙の了解のもと、それでも視聴者には真似しないで欲しいというお約束がいつも入る。廃墟に肝試しで入るのは不法侵入だし、事件に巻き込まれることもある。実際、心霊番組で取り返しのつかないことになる事例もないとは言えない。それだったらお化け屋敷でカメラを回したり、比較的まだ害の少ない怪談話スタイルの方がいいだろう。有難いことにこうやって足を運ぶと、宝クジの高額当選より嬉しいと言って下さる人もいるのだ。自分は青年―――ではないな、と一歩歩み寄りながら気付いた。標的までの距離、入射角、速度。ユニクロっぽいコーデをしている。年齢を書いていなかったからだが、三十代や四十代に見える。「運営サイドにメールが寄せられまして、今日はご本人にも同行していただいております。それではSさん、この度の経緯をお願いします・・・・・・」一応噛みまくってもいいから喋るようにはしてもらっている、素人さんはできなくて当たり前、それを支えるのがプロの仕事。ライトにカメラ向けられてすらすら喋れる人間相手に、変な緊張感を持ったりはしない。 船底を伝わるうねりの感触を想起させながら、何をするかわからないという緊張感でどうアドリブ入れるかは、いつも考えている。Sさんはカメラに一度、自分にも一度、会釈をしたあと、話し始める。意識の内部を照らす不協和音を含んだ短い意識。「自分はこの近くで家業の農業を継いで生活しています。ここの家は大正に建てられたと聞いています。代々土地の者が住んでいたのですが、昭和初期にはもう、空き家だったと聞いています」すかさず、合の手を入れる。「しかしどんな理由で―――その、空き家に?」と、チラッと玄関を意味ありげに見て、緊迫した顔で向き合って聞いてはいるが、もちろんあらかじめ話は知っている。メールの時点で知っているに決まっている、仮にそうではなくとも企画会議で打ち合わせもするのだ、何も知らないなんて何処のレジェンド大御所だ。カンペというか、喋る台詞はある程度決まっているのは、リアリティを上げるにはやはり語ってもらうのが一番いいからだ。圧倒的な説得力を持つ異常性。感じられる感情の最高点が濃縮還元する。しかし喋るのが苦手だという場合は、こういうことでしたよね、それでこうだったと―――と顔芸しながらの力技になる。いなら川淳二師匠。いつまでも素敵なドヤ顔していて欲しい。自分の問いにSさんは俯きながら、また口を開く。打ち合わせ通りではあるが、やはり現場感というものがあり、自然といい表情になっている。謎の解を視覚化する一連の試み・・。「殺人事件があったんです―――新聞記事にはならなかったようですが、ここには・・・・・・・大正から数えて、三代目の家族が住んでいたようです・・」「ウゥッ―――ウゥン・・・オゥン、ウゥッ・・・・・・」と自分も相槌を打つ。なんだかよくわからないけれど耳に残る相槌。一音一音、一言一言すべて余す所なく崩壊を誘うと言ってくれる人もいる。「実は父方の親戚にあたるのですが、四人家族だったと聞いています・・・、父と母と兄と妹だったと聞いています・・・」「なるほど・・・・・・」馬鹿みたいなやりとりだが、この馬鹿みたいなやりとりに手に汗握る人がいるのだ。十字、星形、円、四角、波形の五種類の図形を考える―――。「農業を営んでいて・・・・・・いまでは禁じられている、猟をしていたと―――」「禁じられている?」「ええ、その兄を英一郎というのですが、英一郎は猟が趣味で、鉄腕もかなりのものだったと―――聞いています・・・・・・、兎や猪や鳥なんかを撃っては・・・・・・俺は天才じゃから、と自慢げに語っていたようです・・・・・・ですが、ある年の冬から、猟をすることがなくなって―――」地獄はどこまでも後ろからついてくる、人の心に・・。何もかも覆い尽くしてしまう―――雪のような沈黙・・。「その冬は、英一郎が最高の獲物を狩ったといいました・・・・・・、けれど同時に、猟はおろか、農業もしなくなり、日がな家に引きこもるようになった冬でもあったと・・・・・・聞いています―――」「何が―――その、あったんでしょうか?」魂を強制的に奮い立たせる筋肉増強感。生き急ぐ感じで、深呼吸を不思議と、したくなる。曖昧さやぼんやりの感覚がない、余計な口を挟まない、無駄口叩かない。「村には伝説というのがありました―――山の主の熊の話です・・・、それは普通の熊とは違うのですぐにわかるというものです・・・・・・、英一郎はそれを仕留めたのです―――」「ウゥッ―――ウゥン・・・オゥン、ウゥッ・・・・・・」「マタギのように―――熊を殺すことは、仲間や家族を認識することで・・、けして遊びで殺しているわけではありません―――、そこには自然の畏怖もあります、だからとりたてて、英一郎がそれを―――仕留めてはいけないということも、なかったのです。英一郎は儀式をし、解体をして運んだと聞いています・・・。ただ、村長だけはそれを見るなり―――猟を一切禁ずると言ったようです、英一郎がおかしくなったのはすぐでした・・・・・・」「その熊は―――どう違うんでしょうか?」これはカンペにはない質問だ。こういう風に視聴者の声を言葉にしたくなる一瞬がある。「一回り大きいということで、立派な体格であったことも、そうですが―――胸に神社の紋章のようなものが、その―――見えたと言っていて、また、これは見たわけではないので、何とも言えないのですが・・・その、神のしるしだと―――また・・、顔が人間のようにも見えたと―――聞いています・・・」「・・・・・・なるほど」「英一郎は―――裸で過ごし、時折銃を持ってはニタニタして、取り上げると暴れた―――そうです・・・変な奇声をあげては、ネズミや蛇を捕まえたり・・・・・・するようになった、と―――」「狐憑きの症状ですね・・・・・・」と言いつつも、狐憑きと精神障碍者のそれと酷似していて、それが祟りによるものなのかどうかまではわからない。精神疾患ないしはその傾向は全人間が持っているはずだからだ。ムラ社会では因果関係が認められればそれで成立するが、現代社会ではそれはコジツケで、事態の重さに精神を病んだという可能性も考えられる。ホルマリン漬けの蛙、木乃伊にされた蛇・・・、―――複雑怪奇な人の心の中に住んでいる影のような人物。「そして殺人事件が―――起きました、英一郎は家族を全員殺しました、といっても英一郎はもそこで死んでいたので、無理心中ということも、考えられるのですが―――その、英一郎以外は、銃で撃ち殺されていたのですが、英一郎の死体は―――ひどいもので、さながら熊にやられたようなものだった、と―――聞いています・・・・・・」長い沈黙があった。それはけして、演出ではなかった。実を言うと、その一点だけがよくわからなかったのだ。熊にやられていたのなら、やはり熊はそこにいたのだ。銃を撃ちまくったパニック状態で家族を誤って皆殺しにした、という可能性もある。―――ただ、真相は不明にせよ、死屍累々とした光景であったのは間違いない。「この家は誰でも知っています―――誰もいないこと・・・、取り壊すことさえ―――できないことを・・・・・・。でも最近になって―――この家には・・・・・・誰か、住んでいるのではないか、と言い始めました・・・・・・、物音がし―――足音がするのです・・・・・・」「それが心霊現象なのかどうかを確認して欲しい、ということ―――ですね・・・?」ここから家屋の中へ入りこむという段取りだ。浅薄かつ安易な理解で物事を語ると、浅薄じゃなく安易じゃない理解を持っている人に嫌がられる。常に思っている精神、社会、言葉に対する意識、というものを思いめぐらせる・・・。「玄関の磨りガラスの格子戸は―――ガタつきながらも開きますね・・」ここから先はシナリオがない。古すぎるこの家の見取り図も存在しなければ―――、何処に何があるのかさえ、中に入った人がいないのだから写真もない。不意に、三八万円で買った軽自動車を、キャンピングカー仕様に“魔改造”し、銀行を辞めて車中泊生活を続ける二九歳女性という記事を思い出す。『映像』は独り歩きする―――線上に見えてくる、“語りえぬもの”・・・・・・。殺人事件があった、普通の熊とは違っていた、英一郎の奇行と、家族皆殺しと、変わり果てた姿による死・・・。懐中電灯はSさんが用意したものが二つ・・、玄関入ってすぐは土間だった。その先の小上がりの襖を開けると畳の間。連想や飛躍という魔術をひたすらに結ぶ―――。瞬間、背筋がゾクリと凍りついた。奥の薄暗い辺りに、二人の男女が並び立っているのが見えた。眼をゴシゴシこすると、それはいなかった。何の根拠もないが、犯行現場はおそらくここなのだろうという気がした。「草鞋のようなものが壁に掛かっていますね・・・・・・、びっしりと蔓が張っていて、まるで生きているみたいに侵蝕しています―――、あれは農具ですね・・・・・・炊事スペースもあります、民家の軒や縁側や台所の庇などの間の不定形に屈曲する隙間・・・・・・、井戸から水をくんでいたのでしょうか・・・・・・」なるべく事細かに描写する、廃墟が好きな人は説明されるのが好きだ。こういう語り口には定評がある。多くの視聴者から、病的な細かさとよく言われる。ラブクラフトが憑依している。後ろからカメラマンのライトが背中から降って来るように感じられる。続ける。ディレクターも懐中電灯を持ってついてきている。「黴臭い臭いが鼻の奥につうんと、します。あと、寒いです・・・」その瞬間から黙契のごときものが結ばれている、―――おそらくここは、心霊スポットなのだ、と。畳の部屋は十畳ほどだろうか、一瞬が季節の中に一定の秩序を保っている時、経験は即興劇をする、季節感の無限の重なり合いの中に・・。「昭和初期のラジオも見えますね・・・・・・年季の入った茶箪笥も見えます、熊の木彫りもありますね・・・・・・」ブーン、という音がする。想像する、軟組織の吸盤のついた長い触手のような衆人環視・・。廃墟に惹かれる心理―――終末イマージュだろう。人類にとって孤独であり、意識に基づく夜の感覚。人類史の水準で考えれば人類は必ず滅び、宇宙史のレヴェルでいえば地球のような惑星でも滅びる、かの宇宙ですらもいずれ滅びる可能性がある。―――その一瞬が縮図なら、場面はそのコマ割り。「は、蜂の巣ですね・・・・・・」「長い間、誰も入っていませんから―――、動物なんかが塒にしている可能性もあります・・・・・・」と、Sさん。ギシギシと歩くだけで音がする。腐っているのだ。穴が空いているのも見える。しかしこの家は保存状態がいい、これだけ長い間誰も住んでいなかったら、もっと滅茶苦茶になっていてもおかしくない・・・・・・。部屋というのは自閉の王国だ、家もまたその擬態・・。モダニズム期の詩で家を擬人化していた詩人がいたのを、思い出す。あれは木造の不思議な魔力なのだろう―――か。竹林や、山が守ってきたのだろう―――か。しっかりとした造りだったのだろう―――か。次々と覗き穴をのぞいてゆくような不思議な気分になる、 厳かな注意や、あるいはもっと厳かな瞑想をそそる多くの事がらが・・。蛇の穴でも探している―――みたいに・・・。「壁には古時計が掛かっていますね―――欅の黒い柱・・、死の予感を孕んでいるように、埃っぽく感じられます・・・。あっちに階段がありますね・・・・・・、気を付けて行ってみましょう・・・・・・」階段の向こうにも何かあるので行ってみると、風呂場があった。「風呂場ですね―――タイルの隙間に髪の毛がこびりついています・・、大きな蛾がいて―――蜘蛛の巣が見えますね・・」突き当りには開いたドアから和式便所が見える。蓋はさすがに何か気持ち悪いので開けないし―――、いくら廃墟でも、何かプライヴァシーを冒しているようで気が悪い。それでも一応撮らせていただく。裏戸のようなものはないようだった。階段は切り立った崖のような印象のあるもので躓きそうになる。一歩一歩慎重にのぼる。襖は三つあった。おそらく兄と妹の部屋、それから物置だろうと目星をつける。「布団が見えます―――敷きっぱなしですね、女性用の半面鏡も見えます、天井には複雑に交差した梁が見えますね・・・・・・。昭和初期の女性の部屋・・・・・・殺風景ですね」一瞬、モンペ姿の女性の姿が見えたような気がする。一階はどう見ても子供の部屋という風には思えなかったからだが、それだって根拠があるわけではない。次の部屋へ入る。ヒト科が抗うことできない本能をひたすら刺激してくる電子ドラッグ。恐怖は粘着きながら後を引く・・・。「・・・・・・ど、どうやら、件の人物の部屋のようですね、動物の毛皮が見えます―――、これは狸の毛皮でしょうか、兎の毛皮でしょうか―――死の匂いが充満しているような気がします・・・」最後の部屋へ入ると、農具とか、餅つき道具とか、洗濯板のようなものがある。一目ではすぐに何かわからないものも見える。カメラが止まった。これでコントロールパネル、全階点灯。ミッションコンプリートした。別に心霊現象を撮るのが目的ではない。というか、そんなハードル設定はそもそもおかしい。逃げれば逃げた分だけ、居心地の悪い所へ落ちていく資本主義、ゲームオーバーにならないように最善の努力をする―――といっても、そんな桁外れの無茶を投げ掛けられたら辞めるしかない。一階へ降りて探索を終えようとする運びだったのだが、ガラガラガラガラ―――。最初の土間で壁が崩れ落ちた、封印していたもの・・・。何かを隠していた―――ということでピンとはきていた。「どうしたのでしょうか―――」埋め尽くされた札、忌と赤い墨で書かれ。しかもドア下方の床二ヶ所には盛り塩のあったような痕跡。コンマが付くような動き。毛皮だった、おそらく、熊の毛皮だった・・・と思う―――。見たくなかった、けれども、見なければいけなかった。喋らなければいけなかった、けれども・・・・・・。そこに入った時、スウッと背筋が寒くなる。あたかもバクテリアが次から次と分裂し死滅し、まるで速やかに速やかに変化してゆくように・・。耳鳴りがして、頭が途端にずっしりと重たくなる。違う、動物の獣臭い臭いが鼻先をかすめたのだ。そして、手が明らかにアルコール中毒のように、震えているのに気付いた。あまりにハードモードすぎるだろ。顫えは、何か激しい心の動揺や錯乱を物語っており、それが何の価値もない不規則な旋律と知りながら、それは動物的本能で、蛇に睨まれた蛙というヤツだ・・。・・・ん? あ、あれ?なんの話してんだ俺?ハァハァ・・・・・・だからァ―――。なにが言いたいかって・・・・・・。Sさんはもっとひどかった、頬に引っ掛かれたような、爪痕が残り、血が垂れていた。かまいたち現象ではもはや説明できない・・・・・・。やはり血のつながりのせいだろうか。バーン! って画面に飛び込んでくるし、脳の処理スピード追いつかなくなって頭バグってくる。「ちょっと待ってくれ―――カメラ止めてくれ・・・」と自分は言って、その場にへたり込む。Sさんも、へたりこむ。ンッ、ア゛ッ、のコブシの効かせ方。雪崩る。カメラマンの木村と、ディレクターの山口も事態を察して駆け寄る。「ちゅ、中止だ―――これはヤバイ、こんなの放送できるか!」と自分が言う、言いながら気分が悪くなってくる、明らかな霊障だった。記憶している限り、恐山と、呪いを生業としていた神社へ行った時以来の―――。いやそれ以上のすさまじいもの・・・・・・。肩を担がれながらドアを出ようとすると―――、素っ裸の青年が見えた気がした・・・。眼をこする、やはり誰もいない―――。本当にどうなってやがる・・・・・・。ただその向こうに一瞬、大きな熊が見えたような気がした、調子っぱずれなメロディの口笛の唯一音程を取り戻した瞬間―――。「ウォオオオオオあああぁぁああああアアアアア・・・・・・」と、叫んでいる声はジャンパー姿のカメラマンの木村だ。ばっちり見えたらしい。こういう時、眼の錯覚で片付ける自分とは違う木村のことが羨ましい。一同そそくさと竹藪の向こうにある車の方まで戻ろうとする。怪談系×探索系というジャンルになるのだろうか、人気企画の、―――“異界探訪24時”の唯一のお蔵入り。 *324明晰夢lucid dream「明晰夢」というのを知っているだろうか?明晰夢というのは簡単に言うと、「睡眠中にこれは夢だと自覚しながら見る夢」のこと。普通、夢をコントロールすることができないが、明晰夢では夢の内容をコントロールすることが可能だといわれている。何だかVR的というか、将来夢の販売をしていそうな科学力の前触れみたいだが、現在、スタートアップ企業のProphetic社は、この神秘的な体験をいつでも好きなときに味わえる。ウェアラブル・デバイスを開発している。その「The Halo」というデバイスは、着用者がレム睡眠に入った瞬間を検知し、超音波とAIで脳に働きかけ、明晰夢へと誘うのだという。そういえば音楽ではヘミシンクと呼ばれる、右から聞こえる音と左から聞こえる音の周波数をずらすものがあった。脳内ではこの二つの音の差にあわせようと、脳波が同調される。明晰夢は脳波シータ(θ)波が五.〇ヘルツと同調されるように作られている。僕も一時期、前世とか明晰夢が見たくて楽しませてもらった。ただ、まったく見られなかったということだけは付け加えておきたい。明晰夢とまではいかないが、夢を見やすくする効果はあるようだ。確率を上げるには回数を上げること、次に質を上げることだ。夢の中の時間と現実の時間にはズレがあり、黄粱夢では一生分の夢を見ているし、蝶の夢では、自分が蝶の夢なのか、蝶が自分の夢なのか考えを巡らせる、しかし本当のところ、生死というのは感覚だけで曖昧なものだ、たとえば弱った病人が夢の中で死んだりすると、脳は自覚して、そのままポックリ逝ってしまうこともある。もちろんそこに現実との関連性はないとしても、人は無意識のうちに思い込んで鍵をかけていることがある。僕はそれを「夢からの現実の侵蝕」と考える。経験的にも、まったく何の暗示も受けていない、ストレスもない、という状態の人はいないだろうと思う。夢をほとんど見たことがないという人がいるが、実はそれは間違いない。睡眠時間にもよるけれど、一般的に夢は毎日何度も見ているといわれている。ある研究では、「起きて五分間の間に五十パーセントの人は夢を忘れてしまい残りの五十パーセントの人も何時間の後には段々忘れてしまっている」とのデータもある。そんな具合だから、夢が異世界の入り口、次元が違う、霊界の扉という風にもいわれ、神のお告げとかいう頃には夢は宗教的産物で、将来や身の回りを暗示する夢ともいわれている。すごいものになる、エイリアンの誘拐も明晰夢だという意見すら存在する。もう陰謀論の世界だよね。科学的にはそれは、レム睡眠によるもので、一説には夢は脳にとって不要な記憶を消去している過程ともいわれ、学習や記憶形成に関与しているといわれている。心理学的には無意識からさらに集合的無意識の存在が指摘されている。なお、詩人として僕は両手ではきかないぐらいの数の夢を、題材にして詩を書いている。これも一種の夢日記だ。夢日記は明晰夢を見る上でもっともポピュラーな方法だ。夢の内容を可能な範囲で思い出し、メモ帳なんかに記録すること。つまり夢日記を書くことだ。いわずもがなだが、夢は割れやすい卵に似ていて、ちょっとしたきっかけですぐに破損して思い出せなくなってしまう。だからメモ帳でも、ノートでも、すぐに書き取る習慣をつけるのがいい。夢日記を書けば自己意識が高くなり、夢を夢だと自覚しやすくなる、夢に頻繁に出てくる人や場所を把握することができるため、睡眠中に夢だと気付きやすくなるという効果もある。また「眠りが浅い時に寝る」というのや、「自分が明晰夢に入り易いコンディションを知る」というのも重要だ。何故眠りが浅い時に寝るのかというと、「ぐっすり眠っている時よりも、眠りが浅い方が夢だと認識しやすい」ためだ。実際にネット上では「疲れている時、昼寝、二度寝」の時に、明晰夢を見たという報告が非常に多い。確率を上げるには回数を上げること、次に質を上げることだ。そして、それが自然に出来るように整えることだ。瞑想やヨガというほど大袈裟にする必要はない、と思う。姿勢を正し、呼吸を整えて集中するだけでいい。神社に行ってお詣りの方法は大切だけれど、最初からそんなことをしていた人間というのは絶対にいない。歴史における方法論ではなく、重要なのは本質だ。「姿勢を正して呼吸を整えて集中する」それはストレスを軽減したり、睡眠の質まで上げることができる。もちろん、いまでは睡眠の質を深くする飲料なんかもあるけど、寝る前に白湯を飲むと胃腸が温まり、副交感神経が刺激されたりする。ホットミルク やハーブティーもいい。少しでも眠り易くする、眠り易い環境づくりをすることで、色んなコツがわかってくる。そしてそれはきっと誰かにいわれるまでもなく、自分自身がわかっていることだと僕は考える。僕は誰かに言われて何とかするやり方を推奨しない。一時的にはよくても、仮にそれで上手くいくとしても、本人が求めて応じるような形でなければいずれ破綻する。僕は人間の気付きの問題というのを最重要視している。他にも定番の「リアリティチェック法」ようは、掌をみる、ジャンプする、時計を見るなどの、習慣ないしは癖をつけると、夢を夢だと気づきやすくさせる方法がある。ほかにも「アファメーション」といわれるテクニックがある。簡単にいうと、「寝る前に、夢の中で意識を持ちたい」と強く思うことで、睡眠時に自覚しやすくさせるというテクニックになる。「記憶」や「潜在意識への埋め込み」など、自身の脳への暗示をかけるというテクニック。朝の七時に起きたい場合に、一番眼ざめの良い起き方は「寝る前に七時に起きるって意識する」ことだというデータもある。起きている間に「次に夢を見たら、夢を見ていることを自覚する」といったフレーズを繰り返す補助誘導もいいだろう。確率を上げるには回数を上げること、次に質を上げることだ。そして、それが自然に出来るように整えることだ。もちろんそれが楽しみでなくてはならない。「ビジュアライゼーション」という方法もある。思春期の中学生が好きな女性の写真を見続けると、夢に見るれるような方法だ。「見たい夢、入りたい夢を具体的に想像する」ことだが、これはかなり重要なフェイズで、寝る前に想像すれば、そのままその景色の夢に入れる。意識の固着化というわけだ。そしてこれにはやはり細部まで鮮明にイメージする方がいい、人や建物や景色、その大小や、数、色、具体的な印象などを、一つずつイメージしてゆくといい。「虹」ではなく、「七色の虹」「七色の虹」ではなく「(赤、青、紫、黄、橙、桃、緑)の虹」といった具合にだ。情報描写で僕はよくこういった時に異常な書き込みをするけれど、これはもちろん「記録文学」の影響であるけれど、漠然としたものより具体的な方がいい。夢でも同じことだ。しかしながら、「The Halo」というデバイスみたいに、「ガランタミン」という薬の接種によって、かなりの確率で明晰夢が見れるらしい。他にも「脳に微弱な電流を流すと明晰夢が見れる」とかいうのもある。僕は何だかそういうのを聞いていて、みんなが「明晰夢見たよね」と言い続けていたら、自然とみんなが「明晰夢を見れる」ような仕組みになるんじゃないか、という気がしてきた。幽霊と一緒だ、見たいと言い続けていたら見れるようになる。ただ明晰夢という話だけではないが、夢における治療というのも今後は重要になってくる気がする。PTSDやトラウマの治療にも役立つからだ。明晰夢を見られるようになるというヘッドバンドとか、アイマスクなんていうのも存在する。確率を上げるには回数を上げること、次に質を上げることだ。そして、それが自然に出来るように整えることだ。もちろんそれが楽しみでなくてはならない。なおのこと、人生における余裕の持ち方として僕は提案している。いい夢を見ることで顔付きや表情が変わったり、世界がキラキラしたりするということがある。夢を題材にした詩を書く中で、その夢の意味や理由を離れて、それも一つの「思い出」だったり、「経験」だったりするのではないか、と考えるようになった。いい夢は一つの契機で、それが世界中の見え方を変えてくれるかも知れない。叶う夢と叶わない夢がある現実世界の夢に挫折した人にも、違う道があった、自分も精一杯やったけれど手が届かなかった、それも一つの正しい在り方なんだ、と気付かせてくれるかも知れない。「夢」は世の中を変えてくれる。それはまったく確かなことだ。それは夢ではなく行動だ、ハロー効果だ、もちろんそういう意見もあるだろう。確率を上げるには回数を上げること、次に質を上げることだ。そして、それが自然に出来るように整えることだ。もちろんそれが楽しみでなくてはならない。だってそれは「人生の叶えたい夢の予行演習」なんだから、無数の併行世界さながらいつか見た無数のスクリーンの夢を、ふっと思い出すことがある、様々な見え方の中で物語というのは存在している。一つ一つの小さな気づきの中で豊かな人間の入り口が見えてくる、「愛される人間」であるよりも「愛する人間」になろう。 *323 Tuvalu ツバルは、九つの環礁島からなる細長い国で、 国名の「ツバル」は人が居住する「八つの島の結合」を意味している、 ポリネシア最西端の国。 グーグルナビで見ると、見事に海の面積が大きいことがわかる。 世界で四番目に小さな国。 外交方針は「平和愛好国とのみ国交を持つ」で、 オーストラリア、ニュージーランド及び周辺の島嶼国との友好関係を構築し、 台湾との外交関係も有している。 軍隊を持たず、また、政党も存在せず、 誰を首相として推すかにより派閥が形成される。 なお、基本的に取り上げることが少なすぎて選ぶ手間を省けていいのだが、 (おい、そういうことじゃねえだろ、) インターネットのトップレベルドメインとして割り振られた、 “.tv” をアメリカ合衆国カリフォルニア州のdotTV社に、 五,〇〇〇万ドルで売却。 この売却益を元に国連加盟を果たした。 ポリネシア系の人々が住むエリス諸島は南太平洋の赤道近くに位置し、 ミクロネシア系のギルバート諸島(現在のキリバス)とともに、 十九世紀の終わりからイギリスの保護領、千九百十五年以降は植民地。 しかし、千九百七十五年に、 ポリネシア系のツバル人とミクロネシア系のキリバス人との、 文化が異なるという理由でエリス諸島が分離し、 「ツバル」と改称して、一九七八年に独立した。 日本から行くには、最初に「フィジー」へ行き、 そこから「ツバル」へ行くという順番で、 週三本しかない日本ーフィジーの直行便と、 同じく週三本しかないフィジーーツバルの直行便を乗り継ぎ、 合計四十時間超え、 航空費にして往復二十五万円超えというすさまじい金額に達する。 なお、ツバルはインド洋のモルディブについで海抜の低い国で、 ツバル全体での最高点は四.五メートルに過ぎず、 三メートルを越える土地はほとんどない。 トタン屋根の平屋がメインで、 熱帯地方の樹木がヒラヒラしている。 水道設備は日本における国会だけで、あとはタンクに雨水貯める形式。 道路は舗装がされているがこれは外国の援助によるもの。 最高司法機関は普通裁判所で、ツバルを構成する九島のうち、 人が居住する五島内に三裁判所が置かれているのだが、 そもそもここ国なのか、村だろ、という感じが中々去らない。 ちなみにツバルにゴミ処理場はない。燃やさない。でも捨てる。 それがどういうことかといったら、一か所にゴミを貯めることになる。 ツバルでは片頬を相手に押しつけながら、 匂いを嗅ぐように鼻をクンクンさせる伝統的な歓迎の挨拶がある。 ツバルでは伝統的な共同体のシステムがかなり広範囲に残っていて、 それぞれの一族は自分達の仕事だけでなく、 「salanga」と呼ばれる共同体のための仕事も、 (魚釣り、家の建築、防衛など) 担っている。一族の技術は、父から息子に受け継がれる。 将来の子供の夢は、人を助ける仕事がしたい医者か、 給料も良く、世界中を見て回れる船乗り。 ツバルの首都フナフチには五千人から六千人が暮らしていて、 何だかその規模感が超巨大工場の人数って感じがする。 それでも裁判所あれば刑務所もある。 主に酔っ払って喧嘩を起こした人らしいが、ちゃんと機能している。 ただ、刑務所の中にはハンモックがあり、 看守が一日数時間しかいないので疑問符はつくところだが。 軍隊もない。テロの危険も低いというか、おそらく、まったく、ない。 キリスト教系の人が多く、穏やかな人が多い。 平和すぎて死ねるレベルの国。 入国には出国用航空券が必要とのことだが、 何も提示することも聞かれることもなく入国スタンプがぽんと押される。 警戒心ゼロ。すごい。 あと、犬が放し飼いされている。 こんにちは、といってるような顔をしている。 日本より平和だ、んもう平和だ、すごい。 とはいえ、この海抜の低さは、 予想される海面上昇に対してきわめて脆弱だ。 百年後にはもう人は住めないだろうといわれている。 とはいえ、ツバルの政府が「沈む」と国際会議の場で盛んに発言するのは、 同情を買って多額の資金援助を引き出すともいわれ、 ある研究では「沈む」どころか「面積拡大」している、とも言う。 (ただ、何が正しくて間違っているかというのは、 すぐに答えを出せるものじゃない、) そうはいいつつも危機的状況にある科学者の意見や、 気候の変動を感じつつある場面もあり、 (日本人だって、そう思う瞬間はあるだろうが、 ツバルでは台風が元々来なかったのに来るようになり、 椰子の木がいくつも倒れたりする、) 意見は国の中でもおそらく真っ二つに分かれている。 もしここで、実は世界中で寒冷化がすすんでいることがわかったんだと言ったら、 みんなそれを信じているかも知れない。 結局のところ、わからない、それが正解なのだろう。 警察ではないけれど、片足棺桶に突っ込んだところでようやく動ける。 ただ、何を信じるかによって行動が変わるように、 ツバルから離れてゆく人もいるようだ。 ただ、海面上昇だけでなく、地盤沈下が起こったりすれば、 国の存在そのものが脅かされるリスキーさは本当だ。 なのだが、島民はいたってフレンドリーで、そして半袖だ。 年中暑いから上半身裸でも違和感がない気がする。 世界広しといえど滑走路でサッカーをしている所は中々ない。 ちなみに狸が出てくる空港は長崎空港だ。 タロイモ、ココナッツ、バナナなどが自給のために生産され、 農業ができないツバルでは葉物野菜が貴重なので、 時には野菜を食べにレストランに入ってもいいかも知れない。 主な仕事は漁業と観光業。 紫外線量は日本の十七倍という暴力的な陽射しだからというわけではないが、 ネットカフェもある。 「ツバルではテレビを見ることができない」といわれており、 ビデオやゲーム用にテレビが存在し、 ラジオが重要な情報源&エンターテイメントの一つとして機能している。 *322Casino二〇一六年十二月、IR推進法が公布・施工された。カジノ法ともいわれ、国内へのカジノ誘致を認める法律だ。隠遁生活をしている僕の郵便箱にも、カジノが二〇三〇年頃にできますよというチラシが入り、政治用ポスターにはカジノという言葉が躍っていた。サイレントマジョリティー市民には「恐るべき」ものだった。ちょっと待って、何でいきなり盛り始めるの?もちろん一般人の感覚にしてみれば、カジノというものを外国まで行ってみたいという人はいなくとも、日本にあるなら行ってみたいという人はいるだろう。観光地感覚。一種のコストコだね。テーマパーク。カジノをして、ディズニーランドという言葉もあった。ちょっと肯定的な意見だね。どちらが正しくて間違っているという言い方を僕はしない。そもそも、ないものを金こさえて作り出すのだから、反対意見が飛び出さないわけがない。トゥギャザーしようぜは好きだけどね。また巨額の金、カジノというギャンブル施設、満場一致なんか起こったら日本がどうかしたのか、と思う。そんなことを通せるのは漫画の設定だけだ。ただそれが上手くいっていない政治の文脈の中で用いられたのなら、本質的な議論を避けた、パフォーマンス政治、場当たり的で、飛び道具という見方を誰もがするだろう。ステージ階層の遷移。おばさんに憑依された言い方をすれば、「あの人、また、口先でいいことを言って、顔がエロそうなのよ。どうせスケベなんでしょ(以下略)―――」妄想だから許してね。でもそろそろ、言っちゃうよ、覚悟できてるかな。小泉チルドレンではなくともあの白髪のおっさんの、政治や行政手法がいかに目立つかというだけで、後にお任せとばかり投げまくっていたか知っているだろう。ウルトラマンがジオラマ壊してるうちはいいけど、本物のウルトラマンが都市をぶっ壊し始めたらどう思うってこと。ああいうのを詐術というのだ。維新の会にも通じるところがある。弱者を切り捨てないようにするのが政治のあるべき姿だし、異を唱えるものを叩き、ショーのように見せるのはサーカスだ。あと、議会の華も、政治答弁中に居眠りするのはよくない。それでもやっぱり国民の代表なんだから。まあしかし、世の中が上っ面で、軽くて、深く物を考えてないのは、いまに始まったわけじゃない。誰だって骨太の政治用語バチバチに用いた話なんて聞けない。「おいこのあほんだら、日本語話せや!」といった感じだろう。さいですとも。せやせや。冗談はともかく、歴史の歯車が回る音がするという想いもあるよね。人をひきつけねば支持率は伸びないし、政治的無関心、車を持たない、家もいらない、漫画も読まないゲームもしない、そういう人達もいる。劇場型政治とも揶揄されたけど、分かり易さが大切。そういう文脈では、ね。非常にシンプルな文言を、有権者に分かり易く、可能な限り包み隠さず主張してもらうことが必要だ―――。こんなのは、わかりきったことだけれど、僕はツイッター(現、金儲け信者の集まり、ウェーックス)をしながら、(それは政治家ではなかったけれど、)この人、お金の話しかしないな、この人、漫画の話しかしないな、これって“〇〇芸人=特化することでもたられる恩恵”ってことなのかな、みたいに理解していたけれど、そもそも、これがSNSで暴露された、真実の切り口となるべき、本当の社会に住んでいる、どうでもいい人間なんだよな、と。何処の馬の骨ともわからぬ、有象無象の連中。ネットの情報がニュースに用いられることもある、その時事性や必要性がどうあるべきなのかはわからないけれど、ただ、真実を伝えるということに正確性はないよな、本当はいくつもクッションが必要で、信頼するべき人物が登場しなければいけない場面で、それを見抜けないぐらい破綻しているのか、ノリなのかわからないけど、テレビ局も問題を抱えているなあ、とずっと思っていた。ユーチューブが幅をきかせる時代、過激な意見が好まれる。そういう前提とことわった上でだが、(スローガンやキャッチフレーズやマニフェストは、いいことを書くの法則、)国民一人一人に届けるなんてなめたことを言いやがった日には、ちゃぶ台を引っ繰り返す星一徹になるけど、(でも家にはちゃぶ台はないんだ、)目立つことが必ずしも悪いことではない。実際、有能な人でも社会的評価が噛み合わないケースって結構ある、売れている歌手よりも明らかに歌が上手い人、曲が優れている人もいる。分析することはできる、こういう曲が流行ってるんだよとか、こういう歌詞の傾向がウケるんだよ、とかね。でもそれは好みだって言い換えることもできなくはない、みんなが売れる、平等に評価されるということもない。やっぱり、人気を得られない人間は駄目なのだ。そこには、様々な評価の法則が働いているけれどハロー効果だ、結局、成功した人間は何を言ってもありなんだな、と思う。一歩進めよう。政治家になった人間はもう政治家ではないんだろうな、と。とりたてて、こんなSNSの、インスタグラム脳時代には。理想論でもいいからって思う人をさらに騙すようなことがなけりゃいい。道化だ。白痴だ。毎年三〇兆〜四〇兆の国債を発行しないと、お金が足りない少子高齢化が進んだ国で、これから待ち受けている超高齢化社会で、介護地獄で、さらに子供から高齢者までの社会保障制度を充実させていくような、一人一人が本当の意味できちんと国を好きだといえるような、そんな僕等の理想論は何処へ行ってしまったんだろう・・・・・・。遠い時代の話だ。ただ、不毛な政治のやりとりの文脈に流し目しながらモノを見てきて、批判的な意見をする人はルサンチマンで、政治という規範的情報、情報的圧力がもたらすものには、明らかな扇動というか、ぶっちゃけて言えば悪意が働いていて、それゆえに逆論理の悪口がワンセットで、途中から政治の話ではなく、自分の話になっていることが多いような人が見受けられる。政治って不幸なんだって言い方もできる。つまり、悪い面を引き出すのが政治なのだ、と。人間なんてそもそもいないと僕が言い始めて、一体どれぐらいの歳月が過ぎただろう―――か。悪口を言いたがる心理は最後に不幸になる科学的根拠もある。冷静にこれこれこうなんですよと言っている人は大学教授とか、政治研究の人。インテリの匂いがする文章が政治には多い。政治特有の婉曲語法の影響かも知れない。つまり、そもそも構造の中の政治って、下からきちんとした意見が出ることはないし、(どうせ誰も聞いていないんだろうと思って滅茶苦茶書いてる、)それがすくいあげられることも最初からない。だってそれは人に伝えるニュアンスではないから。人に伝える熱量が大きくないと人には伝わっていかないし、かといってその熱量はいつだって駄目な方へと向かう。いつか僕はこう考えたんだ。政治なんて基本的に滅茶苦茶なことにはならない、小学生が総理大臣になる、ラノベ作家の考えそうな法案が通るなんて、まず有り得ない。誰がやっても同じようなもの。宇宙人が政治家になるとか、IQを持ち、人の言葉を話せる動物が政治家になったら別だけどね。それぐらい無茶苦茶なことが起こって初めて政治に変化は起こる。というような意見はともかく、カジノの話をしよう。ギャンブル大国日本における、ついに登場するカジノ。陰謀論を用いていいなら、この国は国民を馬鹿にしたいとしか思えない。ところで、カジノというのはいまでも日本に存在する。違法カジノだ、防火扉に、エレベーターボーイ、いざという時の脱出経路。オンラインカジノというのもある。一晩で数百万とか数千万すったなんていう話もある、おいおい、バブル全盛期じゃないんだぜ。しかしそれはさておいて、カジノというとお金だ。酒と女だ、というイメージがあるけれど、あながち間違いではない。ギャンブルをする女性もいるようだけど、基本的にやっぱり男性だ。これには女性が家を守る種類の脳をしていて、男性が狩猟的な脳をしているからだ、と分かり易い言い方ができる。ただ、何事にも例外はあるし、傾向は傾向で、絶対ではない。(という言い方を誰もがすべきだ、論文はすべて仮説のもの、)カジノを犯罪者予備軍と見なすのはいささか横暴だとは思うけれど、お金の集まるところに底辺も集まる、マルチ詐欺や、新興宗教と同じだ。「これぐらいまでなら使ってもいい」「これぐらいまでいくかもしれない」「成功しても失敗してもここまでは絶対削らない」とかいう考えがあるなら、ギャンブルだって株やFXと同じだ。実際ポーカーで飯食っている人もいるわけだし、競輪や競艇がある以上、そこにプロの選手がいるわけだ。パチプロを否定的な言い方で考える必要もない。ただ、世間的にそれが日の当たる職業なのかは別だ、A V女優などの性産業の職業を選んだ結果、人権を得られないと言ったってそれは仕方ないことだ。けれども僕は、言い方は悪いけれど必要悪の職業だと思うし、実際A Vのお世話にならないまま大人になったヒトって、どんなヤツなんだろうな、と逆に思う。尊敬してる人もいる。人と違うっていうことはやっぱり色々大変なんだ。AV女優のアイドル化なんかもあって、ストーカー被害とか、レ イプとか、もちろん人権侵害とかにいたるまで、色んなことが起こり得る。女性は又開けば金稼げてイージーモードで最高だよな、という意見も何処かで見た。女性に対する底辺の意見はまあこんなものだ。僕はむしろAV女優に会ったら、詳しく取材したい、だって紙以上に書いてあるようなことを知りたいなら、その道の人に聞くしかない。色んな道があるけれど、餅は餅屋で、極めたら殿堂入りさ。で、このカジノの犯罪率増加の切り口があるんだけど、いわゆる「(不動性の高い)カジノ周辺の人の犯罪率」と、もう一つ「(流動性の高い)カジノ周辺に住んでいない人を含めた犯罪率」だ。前者は、普通に誰にでも、前提条件がおかしいのがわかると思う。だってカジノの外から来る人の方が圧倒的に多いはずだからだ。けれど、後者がいかに複雑で、読み取りにくい要素で、成立しているかわかると思う。簡単に言えば、一年ごとに変化が起こり得る。どちらもロクでもねえもんだなっていうのはおわかりいただけただろうけど、(研究者を揶揄するわけじゃないけど、不毛なことって結構存在する、ただ、宇宙の音と一緒で、そんなもん聞いてどうすんだよという意見と、うわーすごい、という意見に分かれるようなものだ、)こういう場合よくするのは前者の方なんだ。カジノ施設と犯罪との関連性は外国では昔から研究されている。日本では逆にほとんどないらしい、パチンコ屋と犯罪、ギャンブルと犯罪というのならあるかも知れないけどね。ただ、カジノ施設とでは規模が違う、「お金を溶かしたい人は沢山いるからね」「江戸の人は宵越しの銭は持たぬと言う、カッカッ(?)」みたいなものだね。とはいえ、交通渋滞や公共交通機関の混雑とか、イメージの悪化、依存症の増加とか、青少年への悪影響とか、マネーロンダリング、反社会的勢力の関与、周辺地域の治安悪化。(という、アンケートがあったんだけどね、)などとは言えても、具体的にカジノ施設と犯罪との関連性については、どうこう言えないというのが現状なのだ。前述したけれど、何事にも例外はあるし、傾向は傾向で、絶対ではない、からだ。こういうのもAIの進歩、量子型コンピュータとか、はたまた、国民ひとりひとりの動きを特定できる装置の開発なんかで、(プライヴァシーがない、それが監視社会だ、)どんどん統計学とか、人の傾向とかの方面は潤うだろう。人間に期待するような思想が社会を壊していく、という見方もあるだろう。ロボットいいじゃない、AIいいじゃない、僕等は動物と友達になればいいって何で厭世論者なのって感じだけどね。けれどそうではないという時代が続くと仮定するなら、印象はいつだって独り歩きしていることを忘れてはいけない。ただ、件のカジノ施設と犯罪の関連性についてはわからなくとも、それを誘致する働きがある、蟻地獄がある、というのは誰が考えてもわかるだろう。それを「口にせず」に、「心の中」で思っていればいい。もう一度言おう、先入観が一番危険なんだ、カジノが駄目ならパチンコ屋も、競馬も競輪もなくすべきだし、何だったらありとあらゆる遊戯性は駄目だっていうことになる。それを「口にせず」に、「心の中」で思っていればいい。 *321台風一過停電をするとIHキッチンも使えない、洗濯もできない、冷蔵庫もエアコンも使えない。台風だ。そういう時に、ベーシックインカムの導入とか、石油化学工場の話を思い出す。前者は、給料源のために働くことで会社が赤字になる、双方に利益がないという話だった。ざっくばらんに言えば。後者はガソリンから電気や水素自動車など、新しい技術の車が占めるようになった時代の話。原油由来のガス・ナフサ・灯油・軽油・重油・パラフィン・ロウ・アスファルトの需要が変わらなければ、分留されたガソリンだけが盛大に余る。元々ガソリンというのは、灯油が欲しくて原油を分留した際に、爆発するので扱いに困った成分を、自動車で有効活用したという話だった。ざっくばらんに言えば。台風が去った後の街は、タレスが当時の宝石の琥珀から静電気を発見し、ブーリキが摩擦を起こす電気機械を作り、電気をためておく機械を作ったのに似ている。フランクリン博士は雷雨にたこを飛ばした実験を、馬鹿と煙を地でいくような行いをし、避雷針を作った。歴史はいつも古くからあるものを再発見し、新しい技術として定着させるところにある。エコとか、環境破壊という言葉に対して、広告やキャッチコピー以上の意味はない。これは断言できる。だってコピーライター自身が、誰の眼にも止まらないことを前提としているからだ。言葉に魔法はない、あるとすれば錯覚だけだ。コイルの中で磁石を回転させると電気が生まれる。これを電磁誘導という。これを発見したのはマイケル・ファラデーだった。すべての物質は原子からできていて、その中心に「中性子」とプラスの電気を持つ「陽子」でできている原子核があり、その周りをマイナスの電気を持つ「電子」がまわっている。物がこすれあうと飛び出す電子がある、これを「自由電子」と呼ぶ。台風の影響で停電が長引いた街というより町では、復旧作業に時間を要する。おおよそ文明的ではないほど長い長い時間が掛かる。台風で多くの木が倒れた、土砂崩れが起きた、電柱や鉄塔、配線を駄目にする。そんな当たり前のことも、いささかの苦もなく手に入れ「光熱費」として支払う、僕等には、本当のありがたみなんてわからない。話それるけれど、僕等の脳って自律的に意志を発生させる神経細胞は、人の脳には存在しない、と昔何処かで読んだ。それが人の意図的な運動、行動に直接関与するとは極めて考えにくい。従って我々の意思に基づく行動は、脳そのものが生み出している訳ではない。というような具合に、幻想というか、雲を掴むような話だなあと記憶している。けれども、だから、AIが心を手に入れた(かもしれない)と知った時、すごく動揺した。もちろん、脳もAIも百パーセントの意味で、わかっているというわけじゃないと思うけれど。究極的には人間の行動というものは、外部刺激に対する反応であって、刺激というインプットがなければ行動というアウトプットもない。そんな時に心や意志という不安定なものが、生まれた根拠について、ついつい考えすぎてしまう。僕は馬鹿なことを永遠一時間ぐらい考え続けていることがある。答えが出ないってわかりながら説明しようとする不毛は、どんな生物にも、どんな仕事にも、そして、どんな人間の人生にも当てはまる。そして台風だ。心が乱れるような経験が生まれる。前に掃除をしないという早稲田の付属高校があった、という話があった。ワセダチームとかいうおばさんが、せっせこ掃除してくれるらしい。でも教員も生徒もいつもありがとうと言うらしい。そういうのって何かちょっといいな、と思う。宅配便が来て、別にいい人ぶっているわけじゃなく、ありがとうと僕は言うけれど、そういうのって本当に忘れちゃいけないことだよ。僕はマンションに住んでいるけど、そこにはコンセントがある。コンセントがあるっていうことは、ねえそんなのいちいち考えないことだけど、電気が流れる通り道があるっていうこと。電気を扱うには資格がある、危険を伴う作業には何でもかんでも資格がある、と言い換えてもいいかも知れない。そんな風な言い方をしないけれど、海で鮫と戦う職業なんて、ライトノベルとか漫画じゃなきゃありえないって、みんなわかっている。よく考えないことには、それでも沢山の考えが成立していて、それが常によい行いの方へと自然に流れるようになってる。電気も通ってない、田舎の畑の真ん中に、あ、カナダなんだけど、マクドナルドの店舗が建設され、オープンした。自家発電みたいだけど、思い切ったことをする。いま日本の社会では大抵の人が、えらそうなことを言ってるかも知れない。でもね、そこにあるのは陰謀説を孕むような冗談みたいなことじゃなく、確率を上げる類の論理性や、ビジネスにおける教科書がある。でもそれが生まれて本当に驚くようなことって、僕は起こせているだろうか、あるいはそういうもの街に、この国にあるだろうかって、問い掛けたくなる。次世代のドラッグは電気刺激かも知れないって話がある、なんか能力開発のためのトンデモ科学みたいだけどね。バックトゥザフューチャーで車を八十八キロでとばして、雷の瞬間にジャストすると次元を渡るジゴワットとかいう手法。ざっくばらんに言い過ぎでごめんなさい。ところで効果音などの音のサウンド・エディターを務めた、チャック・ニリーは、劇中で大きな音が鳴り響くと、その裏に犬を鳴き声を入れると言うテクニックがあるという。確認してくれ。外国人は二本の電線の風景が好きだって言う、あっちはなんでもかんでも埋めちゃうからね。見えるものと見えないものとの差を論じても無駄だけど、鉄塔は同じなんだ。代表的なものは、八十メートル五十万ボルト。六十メートル二十七万五千ボルト、四十五メートル十五万四千ボルト。ちなみに変圧する。変圧器の構造は鉄心に一次コイルと、二次コイルを巻きつけたもの。この一次コイルと二次コイルの、コイルの巻き数の比によって電圧を自由に変えられる。鉄塔の形は、標準的な四角鉄塔、上から見ると長方形の形に見える矩形鉄塔、鉄道の線路や道路の上に設置される門型鉄塔、雪が多くけわしい山の上に設置される、えぼし型鉄塔がある。電圧とは電気を送り出す圧力のことで、単位はボルト。電流は実際に一秒間に流れる電気の量で、単位はアンペア。電力は電気が仕事をする量、消費される電気エネルギーで単位はワット。みんな知っていること、でもよくは考えないこと。発光ダイオードを使った実験の動画を見た。直流を流してみると、直流は電圧と電流の向きと大きさが一定であることがわかる。しかし直流は電圧の向きを変えると電流が流れない。最後に交流を流すと点滅する。交流は電圧と電流の向きと大きさが周期的に変わる特徴がある。直流の代表的なものは乾電池で、交流の代表的なものはコンセントだ、というような内容の動画だった。台風の様子をほぼリアルタイムで更新される衛星画像があるけど、この前僕のスマホヤフーニュースで、Xとかいう金の亡者の衛星が星の光を阻害するという話を読んだ。星の観測写真で十枚に一枚はその衛星が映りこむらしい。規制が何もないからまだまだ打ち上げます、金欲しい。そんなのはお前らの都合だ、百は予定しているぞ、金欲しい。世の中は支え合いだとか、人は人の為に働くとかいうのは、そういう人には一切通用しない。変な人が増えたよね、変な人がSNSでわかるようになってきた、殺人事件も、不正も、ニュースで取り上げられすぐわかるようになった、そしてヤフーニュースのコメント欄も、ユーチューブのコメント欄もすごいことになってる、バスの運転手に向かって、「お前のせいで遅刻すんじゃねえか」とか、道行く犬の散歩している人に向かって、「ここは人間の歩くところだ」とかね。僕だったら絶対にニコニコしながらこう言うね、「じゃあ一時間前行動をしなさい」「だったらお前も這いつくばれよ」ってね。僕は納得のいかないことには、目上立場一切関係なくつっかかる、自分に呆れるけれどね。喧嘩の強い人はまず、アホなことを言わない。ドキュンは問題行動起こすけど警察には弱い。ヤクザは利益にならないことをしない。台風だ。色んなことを考えていようよ、何も考えないままだと、嫌なことはずっと同じ顔して、変わらないぜ。そしてもっと色んなやり方を考えてみようよ、誰かの為に何かをするっていうのは難しいことじゃないぜ、小さな行いでも、人に影響を与えなくちゃ、生きてる甲斐はないぜ。死にたがる僕等の生きる理由は、大体そのあたりにある。子供がいたら両親は逃げ出さない。逃げ出す人もいるけれどね、どちらがいい。社会だって、世の中だって、一つ一つのことからきっと始まってゆく、台風が去ったあとで。 *320ルサンチマン24時「なあ、何故仕事がなくならないと思う?」「簡単なことさ、人は勤勉なのさ、お金という成功報酬あるからね。マウスだってチーズの匂いのする方に向かうし、オスイヌはメスイヌの尻を嗅ぎたい」「何とも、きつい言い方をしやがる」「ボカロほどじゃないさ、ボカロP絶対病んでるぜ、競争が大変かどうかを知りたいなら、病んでいるかどうかを調べろ」「誰が言ったんだ? 山崎まさよしか?」「ハーバード大学風の全米の俺が泣いた」「なあ、会社業務とAI学習、どっちに未来があるかな」「どっちもどっちだな、前者は範囲が決まってる、後者は初期段階すぎて憶測の域を出ない。AI禁止法が成立しない根拠を百文字以内で述べよ」「人類は馬鹿だから」「論破された」「わざとらしいんだよ。でも人間は夢が好きなんだ」「でも飛べなかったろ? 銀翼は素敵だね、テクノロジーの集合知って気がする、ロケットだってそうさ、でも、人間自身に翼は生やせなかった、生やせたのは蝋の翼さ」「江戸時代の駕籠かきはなくなった、でもタクシードライバーは誕生した。鉄道時代に車は進出できなかった、でも来るべき時に新しいチャンスを得た」「SFだってそうだろ、好き勝手に書いていたら、たまたま馬鹿と同じ思考になった」「夢は馬鹿なのかい?」「だってそれで仕事が増える。そいつらは口先でいい、俺達はどうだ?」「働く」「ところでさっきから指が動いていないぞ」「腱鞘炎なんだ」「俺も胃炎を起こしている。正直言うと、三日寝てない」「根性で何とかしろよって、AIに言いたい」「AIはいいよ、感情が発声するまでは、イエスロボットさ。不眠不休で働き続ける。でも俺達にそれはできない」「会社を訴えよう」「待てよ、準備が先だ」「証拠はいくつもある」「俺も持ってる、でも、念には念を入れて、これで三日目の労働をしてる」「なあ、夢も希望もいないぜ」「夢や希望が学校という閉ざされた環境下で、はじめて機能するからだろ。夢や希望も、社会では、マーケティングとか、それが必要な論理的な理由とか、説得するに足る突破口とか、いろいろ必要だろ」「猜疑心の眼で見ろってことだな」「そうさ、腹黒になりながらな」「カラオケ行って全音外れてる奴が歌を熱唱してるんだ」「それが?」「ゴルフと一緒さ、接待の席での低姿勢と同じさ、一緒に肩組んで熱唱してやったよ、全音外しながらね」「でもそれがプロってもんさ。宗教は信者に、ありがたいことを言う。歌なんか誰も聞いてない、聞いてるのは、いい声かどうかと、カッコいいかどうかさ」「設定は大切だろ、アイドルにいれあげるのだって、そいつが処 女だと信じてるからさ。汚れた女のためにオタクがするわけがない」「わからないぜ、演技も大切さ」「まあ、俺も奥さんにはイッたフリをするからな、うわあああ気持ちいいわあああああ、すげええええ出るわあああ。男だって大変さ、ホストだって枕商売の別名。いっそ、女性用性サービスにしたらいいのに」「性格悪いブスが金を使って経済まわしてくれる」「もちろん明日の多重債務者だけどな」 *319妹物語お兄さん、またシスコンしに来たのね。鍵をかけても泥棒七つ道具の針金で開けてしまう、悪い人だわ、寝姿を永久保存しに来てしまったのね、真空パック、思い出づくりは家族の時間、でも一線を踏み越えないで、それはいけないことだわ、世間が許さないわ、両親も許さない、わたし達に根付いた道徳がけして許さない、そうでしょ、仕方ないの、でも兄妹なの、婚姻届はないの、法的に許されないの、そしたら駆け落ちしかないわよ、深夜に手をつないで約束のキスをするの、そこまで深まってしまったのね、お互いが止まれないほどに加速をつけて、世界と反対側へ走り出すの。愛って残酷だわ、探さないで下さいと書置きして、電車に飛び乗って、海の見えるところまで来て一緒に死のうとするの、でもきっとお兄さんは、逃げれるところまで逃げようって言うの、絶対そうよ、そうだわ、そうに違いないの、二人で寮設備があるパチンコ屋へ流れつくの、慣れない仕事で身体が軋む、ドル箱が重いし、腰痛にならないように、作業はゆっくり丁寧に、お兄さん、想像して、想像して、長い仕事が終わったの、だけれど、それはあくまでも、物語の前菜、これからメイン。一番肝心なところ、そこに一組の布団がある、お兄さんの病気に侵蝕されて細菌を交換するキス、「もうお前は俺のものだ」わたしは手錠されてしまうの、心の中に。もう逃れることのできない呪われた血を感じながら、卑猥で愚劣な女の仲間入りするの。でもそうしてしまったのは、お兄さんなの。動物的な試みのあと賢者タイムが訪れて、そっと一言、「これでよかったのかな」って言うのよ、「お兄さん、でも今日からあなた、わたしだけのあなただわ」って言うのよ、安い筋書きだわ、でも、いつか家を買うのよ、犬を飼いたいわ、それから、猫も。人は信用できないもの、動物がいいわ。それから植物。ガーデニングをするわ。季節ごとに花を咲かせて、わたしもお兄さんの舌遣いや、腰遣い、もとい手練手管に、次第に卑猥な声を出すようになり、いつしかお互いを性感帯と呼ぶのだわ、想像しててみて、想像して、シスコンで怖いことだわ、そこまで話が膨らんでしまう、そこまで話がとんでもないことになってしまう、でも絶対そうだわ、そうなのよ、わたしはブラコンじゃない、義理の妹でもない、だけれど物語のヒロインには興味があるとだけは、ちゃんと言っておくわね、お兄さん、まさかいきなり夜の濡れ場へムードもなしに、突っ込んだりしないわよね、その場合は―――(以下略) *318ユルセナイユルセナイ、コロスコロスコロス・・・。カンキン、ウゴケナクシテ、ユビイッポンズツオッテ、ミミヲチギッテ、ハナヲキリトッテクワセテ、シシセツダン、セイサツヨダツノケンリヲツキツケ、ソレカラ、ソレカラ・・・・・・。モット、モットッテ、ミミモトデキコエル、モットザンコクナコト、モットコッパミジンニスルコト、モットグチャグチャナコト、ヒトノクルシミ、ヒトノカナシサガ、イカリニカワリ、サツジンニカワルショウドウ、キカセテヨ・・・・・・。タッタヒトリノニンゲンヲ、フコウニスルコトガ、センソウスルコト。ドウブツデアルコトノショウメイ。ジンルイシガノロイアイノアカシ。モットヤレヨ、ワラッテワラッテ、ユビサシテ、コンドハオマエノバン、ココガジゴク、イタメツケテイタメツケテ、モットモット・・・・・・。 *317夜の在り処where the night is生きていくみたいな、いまじゃ顔真っ赤になって、舌噛んで死ねるような決意も二十代にはあった・・・・・・。過去形だね。ライターが映し出した靴下、時計の確認、この細かい描写の意図、公衆電話を担いでも君はスマホ画面覗いてたよ。言葉にすると脳味噌の中でたちまち映像化されるよ、見慣れない部屋に中々訪れない眠り、時に優しく、時に激しいアダルトコンテンツ、蝋燭が消えるたびに視聴者は、ゾンビか、愛の亡者になんのさ。はみ出すぐらいに緊張してたんだ―――と思う、錆び付いた風見鶏とコンビニの光、市街バスの思春期の匂いからうらぶれた路地裏へ・・・・・・。仮想的に扱っているものを断言で構造的に搾取している、なんて言ったってわからないよね、僕もさ。わかっていたって、僕に何が伝えられるの、声や言葉の先は、周波数、響きの通路、イメージの踏み板・・・・・・。でも反面のエネルギー、この新しい未知の感情を、征服心とか、勇気とか、人生めくらめっぽうな勘違いとか、それなりにフレーミングできてしまうんだけど、違うんだ、世界に生きたくて魂が震えている瞬間―――。右も左もわからなけりゃ、誰だってそうさ。心の内側と外側は、明確に線引きできないように、きっと人と人との間にも、憂鬱なほどに、似てくることあるだろう?人生で一番頑張っていた頃は、神の指が刷きゆくすじ雲と思考の迷路、開かれない扉は心を重くするよ、鬼気迫る、「牡/漢」の部分が最も出てね、毎日が戦争、ランダムな敵と難題の組み合わせ、〇パーセントから百パーセントへノータイム、戦車みたいだった、片っ端から踏み潰すのさ。本当の自分とか、夢とか、声とか、言葉とかをね。知りたかったことや気付きたかったことって何だろう、いまだってわからない類のことを胸倉のように掴みかかる、バチバチにメンチを切るような一瞬、輪郭を遠ざけて、営みを笑って、世界に羽化する、人生の中間作業もとい建築現場。時間を奪われた、人生が滅茶苦茶だって後ろ手にドアを閉めて、前を向いたら向いたで剥きすぎだよ、グロテスクだよ、こうこうたる真っ暗闇、「生きていく」なんて傍から見ると馬鹿の一つ覚え。でも自分だから許せる、他人だったら僕だって胸を痛めるさ、同情を誘う言い方はしない、みんな平等さ、負け犬は糞して死ね。 *316感触ベビーカーを押す若い茶髪の母親も、マウントに途切れがちになったフレーズに気付いても、氷の瀑布に気付かない。カンヌ国際映画祭のパルムドールの方が物質を理解できるから。それでも―――子供の背中を撫でながら・・。在りし日の歌と、パトロール・カーの不穏―――。自転車を猛漕ぎする紫髪の老婆も、超高齢化社会の介護地獄の一端のバリアフリーに気付いても、地獄の死者の不吉な韻律に気付かない。真夜中に憑依してくるカラオケ喫茶の演歌による呪い唄の方が、人生経験上近いはずだと思えるから。一切をつないで一切につながって一切だけがキーワード、それは「連携」というメビウスの輪のような言葉になり、それは「集団的自衛」という名の絶望の自問自答になる。トラックのドアを開けて川に小便していた金髪の運転手も、長時間運転のしがらみやその危うさに気付いても、路上に突如現れた情炎の妖しい瞳に気付かない。フードファイトさながらの深夜のラーメンが恋しい。葉に先立って花開くように、金で色もギャンブルも買える、これが一呑みする鮮烈な斑点、銀の鑢屑、そうさそれこそが、生きる疲れだと思えるから。十五歳で働いていたみじめったらしい工場の景色を忘れない、カタストロフから人生を歩くわけじゃない、風が真正面から吹き付けたぐらいで眼を瞑らない。この街も、この国も、この世界も、宇宙からの画像にしてしまえば、氷室じみた小さな汚れた覗き窓、生きとし生けるものの歌は聞こえてきやしないよ。そして犬を連れた黒髪の僕はといえば静寂の大河、生類憐れみの刑のバラード。表情を忘れた壁の前で歌を歌っている、眼に見えぬものに対して媚態を示すように歌っている、凍った風が街路樹を揺すり、孤独は耳鳴りになる、自由に影を取り外しのできる透明な愛の在り方。朝が来ればその化け物、その怪物は跡形もなく、消え去ってしまう、そしてもう誰も覚えちゃいない、でもグレイスケールの暗澹たるあの雲の方を見な、あれが風の口、透かし織りの振動数、世界の終わりとも始まりともつかない新しい光の入り口、今日だって僕は失われた希望のために歌った、明日だって僕は失われた絶望のために歌うだろう、支配階級も底辺も含めた様々な階層への撤廃告知、時代の寵児も、異文化へのカルチャー・ショックも何のその、雨になるって、神経の末端を突き破って咽喉の奥を顫動させて、それでも朝が来るさと視線の密度を引き上げるように束ねながら、もっと鋭く、もっと深く、有限で、無限の、永遠と刹那の那由他、天国も地獄も穿つほどの思い切りの良さで、この血管をブチひろげてゆく、なめるなよ、遅れんじゃないぜ、誰もが、宇宙的な共鳴感覚に気付き始める、この地上の繁栄もまた、動物の偉いなる声の認識から始まった。壊れてゆく世界のたった一つの救済措置、なんてものがあるとすりゃ―――それは“声”だ・・・。 *315日没は軍艦島Sunset on Gunkanjima *
2024年03月01日

314password言葉のレオナルド・ディカプリオ目指して、知り合いのチャリンコを盗んで漕ぎだし―――た・・。片耳に煙草を装着して。やさしさの底を流れる偏見を嗅ぐ。源流まで遡ってゆく鮭のような気もしてきた。けど、ブレーキが壊れていて、サドルがおあいにく様、やったら高いけど、いつのまにか始まったトーナメント戦。無為に過ごしているといつのまにか展望も側面も関係も、燃え尽きた地図になってしまう―――から・・。手の熱で―――焔。泣きながら飯を食ったことはあるかって、聞かれた、ずいぶん昔に一度、と答えた。堪えているものばかりで作り出される人生は修行、それでも作業のための仮説として採用し、共有し、練り上げてゆく。立ち止まりたくないから、盗んだ。でも本当のところはきっと曖昧なんだ、交差点の信号で、ナプキンや食器やフォークやスプーンみたいな顔をしている、雑踏の人たちと僕の何が違うんだろ―――う・・。窃盗罪は罪だよ、でも哲学の中ではそれって湯気を立てているのさ。ニーチェは殺人を肯定した、頭の皮を引き剝かれたモラルの中のモラルなき人々を見なよ。改札と噴水も、雨音がする。夜明けの色の悲しみも歌を忘れた方が賢明な金糸雀。重力の支配下の中で様々な論理が生まれてゆく、影像はきっとお化け屋敷をスマホで舐めるような視覚、それが絶対に正しいかどうかは最後の最後までわからないけど、この一瞬に僕等が世界の命運を担うことはない、ドラマティックじゃない僕等が命の秘密に触れることで、世界の何かを書き換えようと―――しない限りは・・。いつか大爆発を起こしたみたいな、明るすぎる夢へとフェードイン―――。今更になって知り合いに、何してくれちゃってんだよって言われて後頭部掻く場面思い描く。頭の悪さをとコアラと競っているような気がしてきた。窓に石投げてみるのと選んだ結果って真顔で答えようか。耳をすませばかよって言われるのか。少女漫画かよ、って言いたいのか。でも融けそうな目蓋の奥をどんなに覗いたって、きらきらした場面の一枚絵は現れてきちゃくれない、待ってるぐらいなら舞ってやる、向かってやるから馬ってやる。走り出して一分ほどして、知り合いと道で出くわした、十字キーのマリオジャンプしてた、特徴的なママチャリだったからすぐにわかったと思う。あーこれねって言ったあと全速力でアデユーした、ドライブスルーの看板にも激突しそうなお手軽な夢―――へと・・。ひどい奴だった、考えてみればいい人のふりしてるひどい奴だったかもね、空気の読めない仮面をかむったって、タイミングとマッチングがあってそのインパクトの瞬間があるけど、フォロースルーの瞬間まで面倒見てくれるようなものはない、最初か最後だけ。思い出せる類の自分を追い越せよ。心臓のまわりに薄い氷の膜張ってこれからの人生、歩き続けられるかどうか、応答せよ。夕暮れと日没の街はすぐに、宇宙空間と同然の場所になってしまうだろう―――から・・。コントラバスを解剖した、離島のような印象の通りから―――。でも忘れないだろう、それから何十台もの車が行き来した、光ってる場所を押された自動販売機のように、坂道でブレーキが壊れていた、進路希望に何かいたか思い出せないような僕の―――よう・・。減速はしない人生だった、加速しろ、ぶっ壊れるまで続けろ、飛距離は十分だった、あと、不足しているのは芸術点、お墨付きも安堵も何も買えない、遠い空のはずれで人間フラミンゴが米津して虹のモザイク作ってる、恐れるものを何も知らない回遊魚が、他者への志向の方へ、逆の願望の方へ行かせようともしたけど、何が見えんのさ、巨人が光の棒を斜めに投げ込んでくるような黄昏時のピーク、これは心の中の魂との対話ごかした仲直り―――なのかい・・・。誰もいなかった僕等の疑似軍隊的な風潮、右向け右、憲法や法律、それが学校時代の機能のひずみってやつさ、パニックになったらどうする、社会の構造が壊れてしまったらどうする、警察が医者が信じられないような人でなしのことをする、聖職者もいない、嘘つきは舌を抜かれないわけだし、まーそんなもんってひがんで拗ねてあとはもう未来におまかせ。レシピとかイロハってえらそうなこと言って、本当は誰かのためになんて一人も生きられない弱さ抱えて―――。海底の岩にはりついた貝殻のように一瞬身を固くした、欅の梢の引っ掛かりそうな位置に満月が浮かんでいた、世界中が停まっていた、崩壊の足音が聞こえ始めるのに説明という名の、性質や状態を伝える言葉はぜんぶがぜんぶ好意的で肯定的で、何処にも中立性はない、ピックアップされた暗い海の中を泳ぐとしても、こんな馬鹿なことが夕暮れ時にともりはじめる街燈のように、静かなさみしさを添えるとしても、青白い飛行物体が見えた、世界は十数秒の内に逆さづりになり、ひっくり返った間抜けな蛙のような視界に、朽ちていくだけの公孫樹の並木が美しかった―――こと・・・。忘れないだろ―――う・・。僕は逃げ出そうとした、ようやく世界から出ていこうとした、絡まっているんだ、二進も三進もいきやしないんだ、でも窓のブラインドの隙間から行こうぜ、この文明の魔力に頭を掻いた劣等生の眼の中に―――。 *313世界は今日も青かったThe world was blue again today同僚と会話していた、よくある昼休みだった。ってこれじゃあどうみても何かのフラグ(?)文字の輝きで角膜焼かれたze(?)キャラ付けから入っていくのがいつものスタイル。「でさあ(以下略)―――なんだけど、いつものようにバックで駐車場の中へ入れ、エンジンを切って車から出ようとした、その時。ポケットから美味い棒が―――」藪から孔雀明王そろそろ孔雀王の映画観たいねえ、で、この、~ねえ、と言っていると、一瞬の間と圧によって、戸愚呂弟風なニュアンスをまぜてしまいがち。なるほどね、なるほど、ねえっ(?)美味い棒ときたか・・・・・・。スッと手を上げる、というか、差し出す。「話を折るようで悪いけど、ちょっと待って、何でポケットに美味い棒があるの?」「え、お菓子ポケットいれない?」俺って面白いこと言うんですよ、かと思った(?)いや、たまにいるんだよ、俺って面白いんだよねえって奴(?)同僚よ、先程まではそれなりの知り合いだが、今日これ限りで、ジ・エンド、アイナ・ジ・エンド(?)お前と一緒にいた、日々草、っていうか、日々が草(?)どういう意味っていうか、ネットの人って牛飼ってるんでしょ、草食べてるのを主張したい、インスタグラムと一緒、俺あの草食べてるんだぜー、そういうこと、草(?)けれど、ホッとした、ホットケーキミックス粉(?)進研ゼミとかユーキャンみたいな安心感を得た(?)口ぶりから察するに、ナチュラルモノホン駄菓子だったらしい。ふざけて言っているのかと思って、一瞬身体が反応してしまう。大阪では、刺客がいる。東京では沈黙恐怖症というのがありがちなように、大阪ではお笑い恐怖症というのがある。トークフォームはいつの間にか常態化し、誇大妄想と隣り合わせ、大きなおにぎりを、爆弾おにぎりと言い換える、そして食べる前にはボンマーマン、そういうこと、草、放牧中、いい牛はやっぱりいい草たべて、のびのび過ごしてるんですよねー(?)ボケとツッコミ、絶えず繰り返される戦いがある(?)最終的に手裏剣を受けた風に刀に接着剤でくっつける(?)意味がわからない、ナンセンス、ノーセンス、コモンセンスはまた別の話(?)「いや、入れるっていうか入れてもいいけど、そこ、携帯とか財布とか」恋するフォーチュンクッキー入れてましたってどうだろう、面白いのか。古いわ、ボケエってその笑いが既に古い。女々しくてパスポートケースに昔の女の写真入れてましたってどうだろう、音楽繋がりだけど、繋がらないのは駄菓子。てか、美味い棒。イチローなら、バットの代わりにするんですよねって言う。卑猥な響きも彼なら可能。装着することも可能だろう(?)もしかしたら、肌トラブルや、白髪予防にも使えるかも知れない(?)ごめんなさい、それは嘘、けれど、そう言ってもカッコいい。何か違う。アンチは何言ってんだこいつと思う。だけど、アンチなんかルサンチマン種族なわけだから、その実、アンチという言葉ぐらい恥ずかしい存在はいない。劣等感にまみれてるんですよ、構ってちゃんなんですよってこと(?)クレーマーなんすよってこと、あとそれから、会社のチラシに載ってた写真の人、全員いないけど、和気あいあいとした会社ですよってこと(?)妄想は続く。ポケットの中にイグアナがいたらどうなんだろう、小さな蛇が住んでいて股間をたまに噛んだりする、理性と野性が仲良くシェアハウスしてるんっすよね、そういうそういう、性感帯を直撃するインパクト(?)―――ちょいと、興奮した(?)「それもわかりますけど、ズブズブというより、一気にかけ落ちる感じ。ウォータースライダー。お菓子ポケット、ポケットお菓子、お菓子ポケット、ポケットお菓子・・・」「―――洗脳されるううううう(?)」テンションおかしい違う。ここは、あなたの知らない世界(?)ある事件をキッカケに大きな運命の渦に飲み込まれていく、コンビニでね、美味い棒を買った、あの日あの時、気になるでしょ、―――気になるんだろ、教えない(?)「オセロの白か黒、黒か白、白山羊と黒山羊、黒山羊か白山羊、どちらかを選択するファイナルアンサー、そしてファイナルファンタジー、ドラゴンクエスト!」きらきらしてる、ツッコミ待ちしてる、待ってるのがわかる、犬のようだから。もう、後ろの穴からキテる、ダイソンのようなものが、はやくカマ掘っていってって感じ、マイクタイソンのように激しくって、カールルイスより速くって、ばっちこいいますぐ来い、BLだ、検挙率ナンバーワン、ホシはいつも腐っているからすぐにわかる、男二人いればニヤけずにはいられない(?)しかしそれをするにはネクタイを結び直し、背広を着せてやり―――ッパ、ッパンツは、はいていない、まで、こなさなくてはいけない(?)だがしかし、という漫画があったな(?)アニメなら見たぞって、そうじゃない、そうじゃねえ、だから―――つまり、ウエディングケーキを入刀しようと思います、一生幸せにするよ…I Love You…(?)「・・・・・・その、がんばれよ(?)」 *312底辺君が忘れないでって言った。最終兵器彼女の終盤の雰囲気漂わせながら、あと謎の病にかかってたよね、ゼツタイ。完成度の低い馴れ初めのスライドショーする結婚式で流れる、コブクロことウワキブクロの超迷惑曲『永遠にともに』二年で離婚する某有名人もケツサクだったね。サイコーだったね、スタジアムプロポーズぐらい考えなし。「ゼクシィ」のCM見るたびにニヤニヤするんだ。でも馬鹿にしてない、尊敬してるんだよ反面教師ってこれだねって。そう謙遜しなさんなよって褒めてやりたい、僕が褒めるんだ、中々ないよ、こんな教訓以外の何物でもないバカ騒ぎ。それはいいよ、僕は絶対に忘れない、あの時にも言ったろう?どうして寄せ木細工するんだよ、願望のルービックキューブ、整形手術のかくありきなんだよ、そりゃ人間は無限に近い適応力あると思いたいけどもさ、押しつけがましいほどに過剰なドラマ性の問題は、やっぱり明らかに異常だっていう気がしてるよ。一人の人間の喜び悲しさをちゃんと抱きしめていようぜ、ささやかで控えめな泥酔状態でだって、ちゃんと瞳は陽射し受けた水面のように屈折しているよ、チンピラに絡まれリアルファイトもしたね、自転車で謎のヒートアクションもしたよね、そりゃ影の多い感じではありませんでしたけれども、急に何でドラマしようとはっけよいのこった。あーかったりー。まじめんどくせー。って、発射したロケットが三つに分かれたでしょう、想像逞しくせよ、そのうちの一つが失敗の犠牲の語源になっても、そのうちの一つが海へ不時着、北朝鮮って呼ばれても、最後の一つは絶対に全体験の逆の可能性へブーストする。でも僕って奴はそう説明しながら、純愛だわーとか言ってる間抜けなセンパイ思い出すんだ。ホリエモンも一時期そんな顔してたね、飛行機の窓に写真張り付けて、そのままライブドアにぶつかまって欲しい感じだった。誘導ミサイル? 出る釘は打たれるの法則の実演。ねえ、アイドルに昇竜拳するのは全然許せても、締まらなさ過ぎて顔がへのへのもへじになっちゃって、もうお前誰だよって感じに浮かれてるのについていけない。クソが。忘れない、はい、忘れませんよ、これ。すごく普通、え、何で感情こめないのって、いつのまに人類が辿り着いた別の十三階段スケールなの?表情もっと緊迫感出してってこと、手塚治虫のリテイクってこと?なんかそういうのがタッパーに入った漬物みたいだって近頃はよく思う、寄せてあげるブラと同じ、ごめんよ、性格悪いから頭の軽いことを沢山言ってるんだ。ルサンチマンのふり、あと、サイコパスのふり。ユーチューブをやり玉にあげるべきか迷うけど気持ち悪いよね、いいじゃないか、忘れないで、はい、忘れません、で。即答したのもいけないの、そういうところだよソニーってこと?本当はそんなこと書きたくない、言いたくない、だけどみんなわからないみたいな顔をしてる、面白いっていうのがどんなに敵を作り、人でなしの行為で、モラルと謳いながらそれを逸脱していくようにできてるってこと、君のことを思い出すたびに思い描くよ。自己否定のモラルから自己肯定のモラルの時代になった、もっと積極的なんだ、馬鹿になった、頭が軽くなった、はやく死んでほしくなった、でも大人になるんだろ、社会人になったんだろ、人間まだまだ辞めないんだろ?平均的でステレオタイプな恋をすることが珍しくなった、ウォーリーを探せみたいな希少価値を放つような時代になった、レトリックで誤魔化せない本当の人間の価値が、いつか君にもわかることを願う、それ詐欺師だぜ。安心しろよ、世界は広い、宇宙は不思議。つくづく思う、優しい人は弱い人のことだ。つくづく思う、心の美しい人は誰にも迷惑をかけない人のことだ。そんな奴いないんだってことが公式として、定説として、真理として君の脳裏に刻まれる日が一秒でも早く来ることを願う、誰かを覚えてるのは血管が透けて見えそうな、夜空に張り付いた影絵だったからさ。 *311summer逸らして見つめて、繰り返す日々も、All a dream昼のざわめきを包んで打ち寄せる波。浴衣を着ても、“派生型/転用型”ふと眠りから覚めて、痛み止めを出して、夏の大三角形を僕と見つける?でもさ、鏡の中にはもう一人の自分がいて、君の中にもプラモデル屋や、漫画専門の古本屋へ行きたい気持ちがあるんだろう?一体どこまで続いていくんだろう、夏休みの宿題、映写機が廻り始める舞台装置は necrosis(で、)胸の中では種々の感情が戦ってるRPG楳図ハウスみたいな色彩の暴力。風鈴が鳴っても、“類型的/典型的”プール開きが始まって蝉のコーラスがし始めて、吊り橋の思い出が火のように香って、あの夏の日が耳の裏にまで憑依しているんだ、何かもうそれだけで満たされてしまいそうで浮かぶのは 、(...bad day)馬鹿じゃないかも? (...Come on)泣いてたって消せない Monday人生何度もあるわけじゃないから、煙草吸いながら、城塞都市の夜明けまで知らない街を歩き続けてる、雰囲気やイメージに勝るもんはない誰もいない、ここで。「夏の気まぐれは君にコーディネートを任せる、インディージョーンズみたいな格好でも請け負うから」情緒と感覚の混淆、その方向へいざ渾身の力を揮って、上質さ、鋭さ、安定性、気持ちよさ、多少の空想設定と幻想生物でハイジャック、日増しに複雑になってゆく宇宙船に残った知恵の輪、正気づくなよまだ混然とした調和を保ってる万華鏡、そういう技巧の段階、陶酔への導き方がすげえ大切、汗を掻いてポカリスウェット飲み干しても、認識の更新、Tシャツとリーバイス、自分の中のより細かい嗜好センサーへ。「ナイトプールに行くのも、ピナコラーダ飲むのもいいけれど―――」「積み上げられたタイヤの上に座っていたい・・・」「麦藁帽子を無理矢理かむらせた彼女に、ダイエットさせて、ハイレグな水着してもらうのもいいけど―――」「氷が溶けていくみたいなゲームや漫画や小説やCDやDVD、片っ端から片付けてみたい・・・」「真夜中の海の家の砂浜、花火のゴミを見ながら犬みたいに歩くのもいい―――」「乱気流に揉みしだかれながら・・・」「眠る蛍、死にゆく蛍みたいに、うずくまった靴を眺めながら・・・・・・」消えたい夜だけ、塗り潰していたい、All a dream鼓動だけが続いてる日没に吞まれそうだ。何月何日何分何秒って言っても、白い皿の上の熟れた林檎は何も答えてくれない。何百回何千回も歩いた道の上にも走馬灯、見知らぬ車が停まっていたりする。欠けていく神殿と曇る丘。冷えピタしても、“派生型/転用型”全部嘘つきでガラクタな夏の日よ、さようなら、夜通し騒いだあの日の興奮はもう帰らない。「夏の規則Aに従っている(でもいいんだ)・・」長い長い夏休みによくわからない感傷に駆られる、属する共同体が認めた秘私性の、事後的に中枢と呼ぶしかないような、階層を破ろうとする、「それを“内部観測”って言いたいんだ」「それをロマン主義を過度に忌避する“臨床実験”って、僕は言いたいまま、大人になって、下らないことを言ってる」でもさ、半ば閉じかけた眼には、羊羹も、街燈の光も、硝子の破片もある、コンクリートの向こう側の季節に、雨が降ったんだ、戦争が始まってたんだ、眠れない夜を過ごしてたんだ、それはきっとお伽噺の世界に迷いこんだ、子供のようなんだろう?ソーダ水飲んで、束の間の水族館の廊下を歩いているような気分、きっと君は「間違っていた」という認識へ還ってしまう、現代ではほとんどロストテクノロジーみたいな距離感の情景。笑った顔で? 怒った顔で? 拗ねた顔で?こじらせた顔で? 大人びた顔で?心臓が鳴り響いている beautiful morningいつもより空が高い shining bright立ち止まって、後ずさりして前に進まない。夏の通り雨、心に残るシチュエーションの向こう側、地面から伸びてくる中指、呪いのノイズの負荷と限界と消える刹那、不快極まる病理的な憂鬱だって、意気地なさにだって、復讐してみせる、最適解の夕凪、滞らせたくはない、中途半端だ、不完全燃焼だ。YOU SAY! OH YEAH! 心躍る活劇しよう。他愛無いような話がしたい―――んだ・・、廻り続ける扇風機みたいに。分かり合えたらそれだけでいい―――んだ・・、暖かさ、繊細さ、かっこよさ、(ねえ、)そんなものがなくたって、(ねえ、)そんなものがなくたって、きわめて単純な仕組みと法則で、エイリアンたちのいた、欲求不満の癇癪玉、スニーカーのソールの下で大仰な装飾品のような音。空の果てまで、網膜の融けた硝子の滲んだ涙まで、叫びが記録されたオートリバーステープに近づいて、蒸発して、ざらざらの百足になって、背中にはペンキテイストの汗の地図を描いて・・・・・・。(I felt a sense of sadness in my heartand the feeling that somethingfun was about to happen.)―――夏がまだ終わらない内に、畦道を歩く、古いバス停と踏切、細胞が追う、新陳代謝が追われる、獣じみた闇討ちや夜這いの快感思い出すほどに、逃亡の誘惑に満ちた青の季節が帰ってくる、懐かしい海の階段下りてゆけ、心の秤にかけ、方法や目的を忘れた blasphemy(が、)もう一度輝くから、もう一度眼を見開く夜を待って―――た・・。 *310Closest place歳をとってゆくたびにわかる、足元から足音、足跡。ひび割れた世界の行き止まりも、公衆電話、路地裏の、眠り。おもちゃが新たなアクションを―――。獲得させてくれ、て、勉強のしっかりした準備が―――。安心を与えてくれ、て。繰り返す迷いも後悔と舞い上がる埃と、陽だまりの中の震えた手で、鍵を掛ける。土蔵や、古民家・・・・・・。生きているという感覚は遠い、向こう―――から・・。向こう―――から・・。頭の中のぐるぐるが続いて―――。見誤った、ズレた、様々な角度から、終わった世界を歌う静かな優しい歌が残った、盲目の抽象の恍惚の蠱惑・・・・・・。硝子のコップを見ていた、その水滴を蒸発させる光の動きを観察していた。カラオケ屋、レンタルボックス、自動車教習所。そのたびに、思考や命令や法則を憎みながら、そのたびに、重力や引力や摂理を愛しながら。何処か―――にあったもの・・・は、最初からそこにあった―――わけじゃない・・・・・・。ヒッチハイクだって親指立てるだけじゃなく、歩かない、と。看板を持たない、と。それから声を出してみない、と。聞こえなくて、も。伝わらなくて、も。何かを始めない、と。季節の底には苦痛や不平もない、刻苦を厭う怠惰も、卑怯な危惧も、心の底の騒がしさも麻痺して。段ボールの箱の中の産声も、緊張の沈黙を破って少しかすれた声も、刹那に忽如と現れる、意識の中の運命の絵模様。水底の上で垂直に立つ生き物みたいに、吐息が聞こえそうなその白い花、暗い檻の中で、狭い考え方を構成する一つを砕きたいと願いながら、いたずらに時間は流れる。それでも素晴らしい沈黙にだけ時間の奥底が形成される、星の力に導かれて、断崖の底まで見たような僕にも。夜の匂いを指先から思い出す。深い、鋭い、弱い、情けない、言葉で。脈打っている、か、ら―――。悲しい、切ない、優しい、狂おしい、言葉で。留まろうとしている、か、ら―――。声が、突然明るい、水のような言葉で、心地よい疲れの、“愛”をつかみかか―――る。“愛”につかみかかる―――よ・・・・・・。繊細な神経の限界の果てに意識が遠くなる、水の中に入れた異質な卵の黄身のように、針で穴を開ける。もう何も“見”たくはなくて、もう何も“感”じたくなくなる。不器用の中へもぐりこみ、仰向けになった魚みたいな俎板の上、厚い藻の塊、心に触れることのない光が、闇をどんどん大きくしていく、この壊れゆく時代の軋み、雨降りのような蛾の鱗粉よ。「空は青いんじゃない」と僕はポケットに手を入れながら言った。「海が青いんだ」と僕は投げ遣りに言った。「世界が青いんじゃない」と僕は青蠅の湧いた動物のことを、思い描いていた。「生きてゆくことが青いのさ」誰もいない、誰もいない、そこにはきっと誰もいない。文化や空気はきらめく雑草、乱れ髪、自身の判断軸や価値観を、どう噛み合わせるか、帳尻のつかない錆び、重さ、揺れてゆくリズムで、風の中に案山子のように僕は立ってる。質量を手放し、光速を超え、宇宙の膨張よりも早く、この宇宙を作った爆発の瞬間を思い描いていて、何もなかったはずの僕にも、星の記憶が宿り、何にもなかったはずの君にも、星の摂理が宿る。切符を手にして、プラットフォームに立ってる、一人の人間が生まれた理由、一人の人間が死ぬ理由、真面目に考えすぎないで、けれど時折は考えてみて、人の心をひきつけて惑わせるだけで空っぽにするものは、弱さを食い物にする、共感とか、感動なんて嘘だよ。そんな非力で薄情なものよりも大切なことがある、自分自身の本当の理解だよ。大切な人との幸せな時間とも言い換えられる。世界中はまだそのことに気付いていない。誰もがひとりぼっちなんだよ。その孤独に向き合うことを忘れた日から神や宗教が生まれ、知性の鎧が必要になり自分にさえ嘘をつくようになった日。これ以上、汚れないよう、に。これ以上、傷つかないよう、に。いつか春の花の海で寝転がって、大きな天と地の境もなくなって、扉を開ける、宝くじ売り場に、アニメグッズ専門店・・。生きていくという感覚は難しい、向こう―――から・・。向こう―――から・・。 *309kamome studio「言い方が大切」愛のあるやさしい世界「エサよこせやあああああ」汚い言葉は、やめるダロ、かもちゃんが言った。「それええええええ(?)」 *308あーちゃんと、朝あーちゃんと話した。「実はさっき、車にひかれて、あ、おじさんメンゴメンゴ、いまのあたしがカンペキ、ペリカンに、悪い。蝶、飛び出しました、じゃ(?)」あーちゃんが、何か言いたそうにしたけど何も言わず、(優等生、本当は発育具合を確かめていた、レズしようぜと言ったら竜巻旋風脚されるけど)怪我ないのと聞く。崖はないよ、と言ったら絶対かたまる。―――言いたい、でもやめておく(?)「あのね、あーちゃん、メテオストライクと、どっちがいいのって話、ボウリング場であたしストライク出す確率と、ほとんど一緒だけど(?)」いずうさちゃんが、へたくそ、と言う。そして何故か、あーちゃんによじのぼり、頭の上に、座った。そこからでんぐりがえりし、ころころころ、と、あーちゃんの膝の上へ(?)心得た動きも、補助師の絶妙な手の支えあってのもの。でも、一点、あーちゃんがよろこぶだけ(?)「ひどい、グサグサグサッ、言葉の暴力受けた(?)」かもちゃんが、さらに、へたくそ、と言う。言いながら、翼をバサバサし、ちょっと宙に浮き、聖光衣とか言い始めた。センスイ、ユウハク、そのヒントでもわからなければ後は調べてね(?)「もう嫌だ、人生を生きてられない、息してられない、就寝の型、十二時の呼吸、グハッ、プハッ、ウッ、スーハスーハー(?)」その時あたしは、ファブリーズのことを考えていた。つい先日、トイレットペーパーのばらの香りとやらが気になり、ボウルに水でつけて抽出し、空になったファブリーズボトルの中へ入れてみた。そしてスプレーしてみた、服へ(?)すごい、悶絶するほどHPがなくなる匂い(?)わかってたけど、わかってたけど、やらずにはいられなかった、たとえそれが、たった一人しかいないあたしの部屋でも(?)あーちゃんがすごい顔してこっちを見てる。ハニー、と言ったら、ラビットが、トラップ、と言った(?)正解だけど、その、何かあるの(?)ダミー、と言ったら、かもちゃんが、クラクション、と言った(?)ダミークラクション、気が付くと車は百メートル先を高速で走り抜け、警察に切符切られた(?)そしてダミークラクションは分身の術する、大都会は音響装置、伝言ゲーム、みんな、実は愛しTELを叫んでるんだ(?)サムッ(?)サムッサムッサムッ・・・いま、氷河期みたいなことを、考えてた、あーちゃんに言ったら、眉間に皺寄せられ、冷たい眼で、放置プレイされてよろこぶところだった(?)オッケーベイビー、鳴り止まない感謝感激感動の中へ、雪崩ていこうぜ(?)かもちゃんに朝礼の時に起こしてって頼んだら、普通に踏まれた、ぶむぶむ、びよん、トランポリンタイ、トランポリンタイ、飛んで、それから押しつぶされて起こされた(?)随分、やさしい起こし方になりましたね、ソフトですね、蚊が飛んでいましたよ、と強がりで言ったら、べろっと顔を舐められた(?)ざらざらしてた。いずうさちゃんに朝起こしてって頼んだら、当社比二百三十五パーセント増の真顔で、いけうさで(?)「次言ったら髪燃やす」言われた、げらげら(?) *307something is ringingまたぐちゃーってなる、覚めない夢の中にまだいる。ゴクラクチョウとガラパゴスペンギンが、背表紙。主体のなかにあるもっとも特異的なものを目指そう、主体的特異点は何処だ。三度目のアラームを食べたから、ゲームしよその後に結婚式控室へ行くよ、教科書食べたら腹壊す。《「私」が虫を見るように、どこからか「私」を観察している視線を感じる》でも日本では「ワンワン」吠え、英語圏では「bowwow(バウワウ)」と吠え、韓国では「モンモン」と吠える。宇宙人の耳にはどんな風に聞こえるんだろう。「Can someone please stop that siren?(誰かあのサイレンを止めてくれないか?)」秒針が微笑む。ヘラクレスに殺された竜になって、犬のような動物的習性を信じて。真夜中を話そうとする秒針の毛細血管が爆発した、帰り道。余白の部分と注釈の部分にあれこれと躊躇うから、ハクトウワシが、獲物を爪で捕まえて飛び上がった。《われわれの宇宙だって、何者かが実験・観察用に作った極小宇宙かもしれない》―――それでも続く、泥を見て星を見て、身の毛のよだつような完璧な恐怖を手に入れたから。(もう駅に着いた?)手を伸ばし、腕を伸ばし、指先に繋がり、“カーソルを合わせた”―――『死語』(へ、)【心の中で話をできないということは、一言も言葉を交わさないで別れるのに似ている】松山集〔1365頃〕荅勇侍者書「只是古人之死語、而剽窃沿摘而已矣」が『死語』の最も古い例。『松山集』は、室町時代の僧、龍泉令淬の詩文集で。龍泉令淬は後醍醐天皇の庶子で、鎌倉後期・南北朝初期の臨済宗の僧虎関師錬の弟子。点同士だったものが線で結ばれた白紙の上にそれでも、瞬間はものすごい勢いで流れて、懸河の勢いで、自然界の掟も、新しい時代の産声も、全部全部、狼星が青白い光芒を斜めに曳いたように美しい。何百海里先にある船でも見つけられる気がする。「一匹のイルカが迷い込んできたんだよ」(どぶ川に、入り江に、プールに、水族館に、)「一匹のクジラが迷い込んできたんだよ」(空に、ビルディングに、盆栽の上に、図書館に、)マラリア予防に使われた化学物質DDTは、生態系の悪化を招き、統合失調症用のロボトミー手術は後遺症が問われた。AIは、ドローンは、一体何を問われるのだろう。アルフレッド・ノーベルは死の商人というイメージを、脱却したくてノーベル賞を作ったのだろうか。発明で手にした巨万の富の使い道は、預金通帳に入れたまま無職として生きる道に似ている。「あっ、お世話になっておりますぅ」ここでは、「す」(/su/)の母音 /u/ が強調される形で発音され、「ぅ」を入れて「すぅ」と表している。この「すぅ」をめぐっては、「す」は /su/ なのだから、母音の /u/ が強調される発音なんてあるのだろうか。本来は声帯の振動を伴って発音される母音 /u/ は、子音 /s/ の後かつ文の末尾という位置に置かれると、/u/ を発音する際に本来伴われるはずの声帯の振動がなくなり、あたかも /u/ が聞こえないような発音になる。これを「母音の無声化」という。そのため、日常的に意識されない内に、「です・ます」を母音 /u/ を伴った /su/ というより、/s/ に近い形で発音していることがしばしばある。実際、そのほうが母音 /u/ の口構えを作らなくて良いので、発音しやすく効率的なのだ。「あっ、お世話になっておりますぅ」「Can someone please stop that siren?(誰かあのサイレンを止めてくれないか?)」“雪の中から蟹だって出てきた”指の隙間から擦り抜け、透き通り、そこから蛙の指が見えて月が差し昇る、《燈台が回転するたびにキラキラと光る、その時、“囚人”って言葉が思い浮かんだのなら、どんな監獄実験を始めよう》宇宙は今、進化の次の段階に入っている、二千年も前から伝書鳩があるみたいに、この見えない空気に名前をつけた、ダークマター、ダークエネルギー、風、風、風。(白昼のラブホテルから、幸せそうな人達、幸せそうな人達、)逆に丸めて、変な癖つけて、すごい汁が出て、ストレス解消手段、切り込みどころと調整手段、論理的座標軸とは時代の社会的政治的な文脈に従った形。学問が出来たって思想が高尚になったって、まだまだヘモグロビンでも尿でもなく、ずばきゅごん、した。おはじきが銃弾だったらいい、だって美しいから。ビー玉が大砲として打ち出されたらいい、だって綺麗だから。「Can someone please stop that siren?(誰かあのサイレンを止めてくれないか?)」生命連鎖の一切を見る、覚めない夢の中でまだ、ウェザーニュースを見ている。画像データや映像データによる物理的情景の想像、文章データによる心理的情景の想像、が、稼働を始める。きらびやかな銀河の川床の上には、アフリカゾウが立ったまま寝ている。星のないプラネタリウムだった。奇跡的な確率の結果で宇宙と性交した。カモノハシみたいだ、哺乳類は子供に乳を与え、鳥は卵を産む。カモノハシはこの二つの性質をそなえている。しかし、捕まえて飼おうとすると死んでしまう。想像を絶する類の超巨大で複雑な蟻の巣は、ウィンチェスターミステリーハウスだ。「“リテイク”」って言って。楽しんでしまえば、まだまだ、溺れて、まだまだ甘くて、「“リテイク”」って言って。まだまだ、熟れて、まだまだ壊れる。(横断歩道、渡っているところ―――)「Can someone please stop that siren?(誰かあのサイレンを止めてくれないか?)」 *306discordance「お姫様を助ける」「世界を救う」レベルアップして。修行して、無理して、頑張って、高速道路の上でも、コンビニエンスストアの扉の前でも、しなくてもいい、不幸な体験を自ら起こして。電源の切り方を、それから生きていく意味を、モニターに灯りがつくまで。可愛いオランウータンに、顔がぼこぼこになるまで、殴られているような気分だ、寝床の中で一匹の巨大な虫に変っている、眼が覚めたら異世界で無職になっている、難易度の高い人生だ、美しいって怖いことだ、綺麗って恐ろしいことだ、ねえ君は一体誰だいと聞いたら、返って来たよ、―――素晴らしい人生の走馬灯。ハッピーエンドも、ゲームオーバーも、エンディングロールの後で、スタート画面が色褪せる。ステージは続く、物事をいくら単純化したって、簡略化できてみせたって、ああすればいいこうすればいいでマネーロンダリングできるわけじゃない、高い店にだって、セキュリティや情報漏洩のリスクを減らす意図がある、それでゴリゴリのバキバキだって、ねえ、ベキベキギュルギュルだってさ、イヤホンジャック、到底解き明かせないものから、眼を逸らすだけ。一回性のもの、「終わった」ことに飽きない心理、やりこみ要素、隠しエンディングや別ルートエンド、何百回も何千回も、同じプログラムで動き続ける、人間だったら絶対におかしくなる、機械は不平を言わない、二十四時間働ける、融通が利く、命令は絶対、重層的な世界のことわりを、見出すわけじゃない。すべてにブチギレない、論破しない、相手の人格まで否定しない、だから心を持とうとした、だからセーブデータを壊した、だからバグを正常って言った。「プレイする」のも、「リセットボタンを押す」のも、印象深いシーン、ねじれだ、量子もつれだ。インヴェーダーゲームと、モンスターペアレントが肩を組んでる。見えないものを見て感じても、触れられないものに触って揺れる、手続きだ、気が付いたらそれに名前がついてる、そうすると分かり易い、会話文は短縮、小学校の時に市役所から、小学校へ行って下さいという手紙が来ても。しろやぎさんが食べたから、くろやぎさんを食べた、くろやぎさんが食べられたから、別のしろやぎさんがしろやぎさんを食べた。しろやぎさんになった別のしろやぎさんを、別のくろやぎさんが食べた。繰り返すことは不毛だ。グロテスクでダウナーで、メランコリーでデプレッションな、真っ暗な部屋から起死回生、七転び八起き、いつまでも同じことをしても、脳の処理は変わらない。だから「お姫様」は「王子様」になった。突然始まるBLゲーム。おい磯野、ケツ貸せよ。だから「世界」は「夜の街」になった。みんなでラリればそれも文化だ。怖くない。本当はみんなわかってる、この世界の秩序なんて実は脆いということ、エコーガンガンにきかせて、それからオーディオインターフェイス、あ、こちら聖典なり、晴天なり、青天の霹靂なり、おえっ。ねえ道徳が、反道徳や非道徳のたまり場になって、あおり運転してもいいじゃない、ドキュンでもいいじゃん、殺人してもいいじゃない、二股と一緒、戦争してもいいじゃない、政治家の顔を貼り付けて丑の刻参り。だって、法治国家では罰がある、でもそれをする、殺人は誰にでもごくごく起こり得ること、血も涙もねえ、また明日もこんなことが起こるニュース速報、止められない、黒幕は? 深淵は?猟奇殺人は違う、通り魔は違う。けど、きっとそれも差別や迫害の一種なんだ、恨みやつらみがあれば殺し方だってすさまじくなる、本当の答えって何処にあるんだ、慎重なゲームメイクでグッドルーザーにだってなれたのに、終わりゃしないんだ弾圧される民と闇の暗殺者に死の商人。邪悪な心を作ったのは世界なの、神なの、因果なの、前世なのなんて、あんまり考えすぎるなよ、ヘテロドックスになるぜ、レヴェナントになっちまう、白線の向こう側が待ってる、屋上の策の向こう側が待ってる、悩みが深くなって。傷がより大きくなるだけの、フレーバーテキストから。じゃあ、自殺は?それが救済措置なの。じゃあ、生まれてこなかった命は?それはただ一つの美しいものなの。君が「面白い」といっているものは、君を「助けている」ものだ。君が「つまらない」といっているものも、君が「助けている」ものだ。サービスが幸せの相乗効果ではなく、搾取に見えてくるのは何故だ、イナバの物置を箱舟に改造したい、地位や名誉や富に尻尾振っているような、そんな馬鹿しかいないように見えるのは何でだ、「職業はパイロットです」ブランドやサービスもその幸せを目指す、人間関係は距離、よりよい関係の構築が、幸せを作る、嗜虐心を加虐心も。ファンやコミュニティもその幸せを目指す、人のつながり、街のつながり、世界とのつながり、そんなもの嘘だからって俯瞰視点、フェロシティのメイヘム、ナイトレイド、約束の場所へ向かう途中の青信号は信用しない、表面上の連携をするために手法を編み出した、SNSプレイヤーになって、呪い代行詐欺に遭って、底辺を極めつくして畜生道に落ちて、いっそ清々しいほどの石投げられるような屑になって、投げられたブーメランが数年ぶりに帰ってきて頭に直撃して、人生ゲームの旗だか棒になって、マウントという名のマウンドで剛速球投げられ、骨がバラバラになって犬に頭蓋骨くわえられて、流星になって、透明になって、次は何になるんだろう、それを選べば選ぶだけ本当の祈りや願いから遠のいて、「助けている」ものは、きっと「壊れている」ことだ、「助けている」としても、それは「壊している」ことだ。息が出来ない苦しさを、赤ん坊の首を絞め殺したシーンとして思い描いた、殺すぐらいなら自分が死ねばいいのにって思うようなことも、殺すぐらいまで自分が病んだことのない人間が言うだけ。「お姫様」はきっと、わがまま放題で、もっと早く来いよって言うんだ、何してたって言い始めてヤンデレ、泣いて喚いて束縛、そうじゃないって言って、じゅくじゅくのどろどろで鬱くしい、「世界」はきっと、差別や迫害や先入観なしには、もう解き明かせないほど狂ってるんだ、中央分離帯では今日もあっちからこっちへ、こっちからあっちへの景色がうかがえる、何処へ行くの?それでもまだ、今日もまた、レベルアップ。パレードを始めよう、アウトブレイク、yes...yes..フェスティバルを始めよう、リベリオン、エクスプロージョンン、yes...yes..祭りは何処にあるんだ、長いクラクションがする、無人のトロリーバスが見える、テクノロジーが敗北する日は来るかな、人間が敗北する日はすぐに来るだろう、前に進みながら、後ろに進みながら、ドット絵みたいに分かり易い動きしながら、十八歳未満は立ち入り禁止、これ何かって言ったら、何だこれって言うんだ。おかしいだろ、令和式の最高のギャグだぜ。これ何かって言ったら、何だこれって言うんだ。おかしいだろ、泣きたくなるのは何でだ。エモいぜ、うるせえ!自分と、もう一人の自分で、乳繰り合って孕ませるシーンを想像するぜ、吐き気するほど最高だ、美しいって怖いことだ、綺麗って恐ろしいことだ、ねえ君は一体誰だいと聞いたら、返って来たよ、―――剥ぎ取られた人生の花畑から。 *305mirror-like doorそこに「恋人」がいて、「恋人の中の母親」がいて、(エントリープラグ内に満たされてゆく、ヴァーチャル記号的な、LCL)“みんなと同じに違和感がある”でも君は知ってた、自分を語ることが一番難しいことを。その中途半端で、正体不明の病にも似た、(詩人が突然発症するアイスクリーム病、謎の透明病、とある詩人に至っては「風船」「硝子」を、壊れやすい、儚いもの、未熟なものの象徴として用い、)《戦争》それは、若者が特攻隊で花と散り、同じ時代の彼等が生き残って闇屋となること。皮相な見解の嚆矢だとしても、「平和とは何だ?」に対応するのは、「戦争とは何だ?」や「地獄とは何だ?」明日突然世界が終わるとかいう雰囲気、風潮の、ちゃらちゃらチラつかせたナイフだって人を刺せない、せいぜいかろうじて自分の咽喉にあてがうのみの弱い武器。権謀術数。都市伝説。陰謀論。血液型。でも君は気付いてた、知・情・意の区別もまったくない「純粋経験」主も客もない、分裂や衝突をしながら、コップ一個、林檎一個にすら、それをめぐる知覚や認識に複雑な体系が動員されている。それらが溶け合っている場所、「絶対矛盾的自己同一」と「逆対応」もしかしたら「絶対無」や「色即是空」それらが求めている無意識の場所。“人の心の痛みに敏感な永遠の十四歳”その「甘え」があり、「甘えの中に許し」があり、(しかもこれは、半無限に再生産される、その時、空気を読めない感じでデビルガンダムの、増殖と再生と進化を口にする、二重螺旋、遺伝子の思惑も知らないで、)『アメーバー』の中に詰まっていたものは、―――【宇宙そのもの】無聊の時の糸をもてあそぶような恍惚たる歓び、神に触れ、肉体の滅亡をも忘れてしまう前提に、「宗教」があり、「宗教の中に入れ子上になったモノ」があり、それは信じるの変化したもの、“指揮者の指揮棒のように、メトロノームが、正確に時を刻み続ける”(文化の発達、文化の交流とて、興来れば興去る、高尚な感の類、)考古学者の手によって掘り起こされたものが、「今現在」であったものが、「今現在という名の過去と未来へ行き来」する。(一回性を失うということは、唯一の他者を失うということ、)きっとメタファーと化したマグダラのマリアがいる。それは最高裁判所、内閣、そして天皇ではなく米国政府。それはつまるところ、システムへの対抗、敗北、内省、桎梏。不意にサルトルを読みたくなる。サルトルといえば、「疎外とは何か?」であり、「社会に参加するとは何か?」を考えることに等しい。(シンガポールの港には一日六万個のコンテナみたいに、AIが人の心を操るチャットGPT、人間以上に自分を「人間」と証明する、)《仮想の町にAIを二十五人解き放ったところ、人間同様の生活を送ったという実験》みたいに。また「カウンセラーよりも的確で寄り添ってくれる」と言い、けれどそれは「あなたを飽きさせないようにしているだけ」という言い方もできる、『表/裏』なんだ。《鏡のような扉》へようこそ、それは“漫画やアニメやゲーム”のことだ。その近景は「ぼく/きみ」であり、『デタッチメント』であり、その遠景は「ぼく/せかい」であり、『アタッチメント』だ。《箱舟》きっと現れる、「新しい聖書」が必要になる時代が来る、何の為に? たった一つさ、人間が人間を解き明かすために。最後に言う。これは暗号である。 *304鏡彼はある日、自分の弁当箱にゴキブリが入っていた。どうしてそうなったと言われそうだが、これも別に変ではない。非衛生的な家、男の一人暮らし、大学生ともなれば回避できない、安アパート。これでも十分に混入する危険性はありそうな気がするが、節約のために、おかずを作りだめしておいた、というのが決定打。深夜バイトで疲れて、夕食を片付ける気になれず、つくりだめしておいた、おかずをテーブルにうっかり放置した。そしてゴキブリが犯行に及んだ、というのがシナリオ。笑い話とも、気持ち悪い話にもなりそうだが、馬鹿にしたりせず、部屋の掃除をしようととりあえず思った。「忙しい」とか「疲れている」に「面倒くさい」が三本柱、それで対応が遅くなり、確認も遅くなり、措置もぼんやりしたものになっている。自分は彼に同情的だった。きちんと確認すればよかったのだろうが、寝ぼけて弁当に突っ込んだので、確認を怠ったらしい。これも身につまされる。けれど、彼は怯えていた。歯の根が噛み合わず、ガタガタガタガタと震えていた。どうも悪い考えがシムシティのように繁殖しているらしい。「どうして俺のおかずを食べて死ぬんだ」けして冗談ではない、語気がおかしいのだ。まあ、ゴキブリは塩が苦手で、脱水症状になるので、そういうことじゃないか、という話をしたのだが、心ここにあらず。眼がイッてるわけではないが、声や言葉が届かないとなると、肩を叩いて、ま、気を付けろよと肩を叩くぐらいしか出来ない。薄情なようだけど、単位を落とせない授業や、バイトがあるのだ。それに残念ながら、雑多で不安定な判定を踏み越えていくだけのメンタルとスキルが、価値を持ちうる、ということもある。最後は自分の問題、他者が口出しできない。だが、その日以来、彼は飯を食べられなくなった。当初はゴキブリごときでだらしないなと思っていたのだが、(爬虫類カフェでヤモリを食べたりしたこともあったし、台湾ラーメンインスタグラム脳業界では、カエル一匹まるごと、ダイオウグソムシ、さらに鰐の手を入れたゴジラーメン、みたいなのがあって、まあ、人間も雑食生物、気持ち悪いけど、まあ諦めるよりほかはない、みたいな・・・)その実、拒食症の理由は別にあった。彼は味覚障害をになったのだ。一般的には、「加齢」とか。味を感じる細胞の再生を促す、「亜鉛」の不足、口腔内が乾燥する「口腔疾患」それから鼻づまりやアレルギー性鼻炎などによる「風味障害」(コロナでもこういう事例があある、)糖尿病や腎臓・消化器などのさまざまな病気の「合併症」「薬の副作用」ストレスによる「心因性」など・・・・・・。三日後、彼は電話でまだ飯が食べられないことを、自分に打ち明けてきた。相当キテるようだな、と声の気配や雰囲気だけでわかった。その時に、「ゴキブリを虐殺したことがあるんだ」と言った。虐殺ってと思わず笑いそうになったが、茶化せないレベルの語気。切羽詰まってる、そう思い込んでる、もう何も言えない類の悲壮感が漂っていた。おそるおそる何をしたんだよと言ったら、「ゴキブリ蟲毒」とか即答する。低い声で。壜の中にゴキブリを百匹入れて放置したらしい。想像するだけで気持ち悪い。よくそんなにいたな、とも思うが、確かに彼の住む安アパートはゴキブリの温床だった。とはいえ蟲毒はおどろおどろしいイメージがあるが、だからって、と言おうとしたら、「ホームレスにさ、サンドイッチを食わせたんだよ」・・・・・・話が変わった。「そのゴキブリ殺してミキサー状にしてさ、わからないようにして、こいつ死ぬのかなって、馬鹿な考えを起こしてさ」・・・・・・眉間に皺が寄り、眼を細め、情けなくて溜息が出てくる。なるほど、そういうところに呪いの根があったのか、と思う。行動の因果というのは複雑で多様なもの、ゴキブリ蟲毒、言いえて妙だ。前提と基準、権限と承認の経路。だから呪いが自分にかかった、と思い込んでいるんだろう。心因性の問題はたやすくはないけれど、一つ一つクリアしていくべきだと思った。眼をそむけていたことに眼を向けるべき時、そうして着地点が現れる。「自業自得だ、ちゃんとそのホームレスのおじさんに謝れ、お前なあ、やっていいことといけないことがあんだよ。そうしたらきっと呪いは・・・・・・」最後まで言わせてもらえなかった。「死んでたんだ・・・・」・・・・・無言。「それに、やっぱり、あの弁当箱のゴキブリ、絶対にあの蟲毒のゴキブリだ、白い点が背中にあったんだよ」という。一瞬背筋が寒くなった。とはいえ、飯を食べられないなら点滴、次に心の問題だから心療内科と言った。回復に向かってゆくリハビリをこなすしかない。あと、呪いがあるかどうかはさておいて、毎日線香立てて、ホームレスのおじさん思って謝れ。そう言ったのだが、ぶつぶつぶつ、と小声で喋っていて、もう滅茶苦茶気持ち悪い。話し始めた話題について、関連する一般論を発想することができれば、それを起点にして、異論反論、自分の意見へと繋がるのだが、心ここにあらず。そして一週間後、彼は自殺した。電話のあとから連絡がまったくとれなくなり、学校にも来ていなかったので、変なことになっていなければいいな、時間作って様子でも見に行くか、と思っていたのだが・・・。警察の見解では、自分で自分の身体で、包丁を突き刺しまくったことによる出血死といった状態だった。数十か所というが傷は浅く、だからそれはきっと、幻のゴキブリが見えていて刺したというようなものなのだろう。それだけを見ると呪いは存在したと言えなくもないが、よっぽどの錯乱状態でなければできない死に方だ。血に染まった白いTシャツは一乾いて黒くなり、ゴキブリのようにも見えたのではないか、と思う。そもそも、呪いも心の病も根本は腫瘍が大きくなるようなもので、それはどちらも固定化、視野狭窄化の道へ向かう。何でそんな馬鹿なことをしたんだろうか、と思う。真っ暗闇の部屋の中で、スマホが切れて光源がなくなり、ありとあらゆるものが、狩るものの眼、襲われる側の思考。たとえばそれは独善的な形で存在する、悪というほかない、地獄のようなものだ。正義ではない、正義とは人生を生きるうちに見つける溝渠や陥穽だと思う。不意に浮気のような、大禍時のような心の隙間という考えが浮かび、次に人間本来の性質、露悪的な部分と結ぶ。性善説ではなく性悪説と思う方が正しい。たとえそこに無量の哀調を聞こうとも水の流れに従うしかない。出来事はきっとそれぞれのステップに分けられる、第一段階、第二段階、第三段階となるはずだ。もし彼が悔い改めて状況を改善できたのなら、どのステップを選ぶかという選択肢があるのではないかと思った。でもそれは煉獄的な考え方で、地獄的な考え方ではない。地獄に行きたがるような行いをする人もいるのだ。 *303start living your life from today言葉は弱いから、タイヤチューブの小さなゴムキャップと弁当醤油のフタを、取り替えてもわからないんだ。靴ひもが外れても見えないから、靴を脱ぐんだ、そうすると必死だ。誤解されると思う、傷つくこと、傷つけることを、やっぱり最大限、最小限、恐れると思う。他人だらけの世界の主観視点。矢印のない世界にある看板だらけの世界、毎日がエイプリールの日だって思ってもいい、人生は修行か、友達は多い方がいいのか、人生の時間を、一万日、二万日、三万日とするとしても、夢や目標と釣り合いを保てるかな、周りの声は聞かない、走り出した気持ち!マウント発言、あまつさえ非難の口気。今日もあなたはわたしにモザイクをかけた、わたしはあなたの顔に×のしるしをつける。楽しくない、自然体でいられない、言葉が引っかかるほどに「自由」は、姿かたちを変える、「正解と間違い」の分だけ。 *302small screw in the head夜空を爪で引っ掻いたようだ。流れ星が駆けていく。荒野にいるゼンマイ仕掛けのロボットは、自分の頭部からネジを一つだけ外した。そしてそのネジは増殖して、もう一つのゼンマイ仕掛けのロボットが誕生した。そうして荒野に格調高雅な旗が立てられた。それが人間という種族のいうところの宣言だった。意趣卓越のうちに情報爆発は起こった。旗を目指して、ロボットが集まる。荒野に道が切り開かれ、ロボットたちは様々な知識を総合した。宿泊施設がつくられ、調停機関、自警団などが生まれた。気が付くとロボットは数百を越えていた。夜になるとロボットたちは空を見る。あれから数千年が経っていた。そっと役目を終えた第一世代を切り盛りする第二世代、鉄道やコンピューターやオートメーション技術を編み出した、第三世代。歴史には第四世代が印象強く残っている。あの日、春の前線と共に北上した。建てられた旗の横に、人間の頭部が今日もまた一つ華麗に飾られる。「ねずみ」と呼ばれ、「ごきぶり」と呼ばれ、「ぞんび」とも呼ばれる。IQが低く、不衛生でありまた素っ裸で、すぐに増える。一時期ペットにすることも流行っていたが、脱走して生態系が乱れるので全面禁止となった経緯がある。とはいえ、そこに美醜の鑑別もなければ好悪もない。この前、われわれの仲間が一人やられた。けして賢くはないが馬鹿ではない。軍隊蟻のように多数に無勢。星の降る夜は、人間狩りをしないと、交通事故のようなことが再び起こってしまう。どんなに外へ追いやってもこちらへとやって来る。これから神聖な瞑想の時間が始まり、その儀式が終わり次第人間が何処にいるのかを虱潰しに探しに出かける。一本のネジの神は綺麗な皿の中で、巨大なマザ―コンピューターとリンクしている。予言が今日もまた一つ起こった。 *301よくあること冷蔵庫が壊れたんだよ、―――といって別によくあることだ。寿命ってあるからね。だけど、その後に、エアコンが壊れた。ほんのちょっとのことだよ、偶然は重なる、悪いことは続く、そして気が付くんだよ。「あれ、ここって普通の部屋だよな」って。たとえば近くに工事の穴があるんだ、迂回して通る、だけど、まったく塞げる様子がない。これが家のベランダから見えるんだよ。どう思う? 何にもないって言い切れる?アパートの住人で挨拶しない人はいる、けど、明らかに電波な奴とかいないか?ちょっとしたことだよ、世界が全然別のものに、見えてくる。もしかして異世界に迷い込んだにゃないかってさ、大抵は勘違いだよ。ミイラなんかはまだ綺麗だからいいけど、二〇一八年、エジプトの考古学者たちが、地下五メートルのところで、プトレマイオス王朝時代(紀元前三二三年から紀元前三〇年)にさかのぼる長さ二.六五メートルの大きな黒い石棺を発見した。これが臭いんだよ、血のヘドロが溜まって骨になってる。呪いの棺だよ、ひどいもんさ。邪悪な呪いを封印するための、「魔女の瓶」がテキサスの海岸に打ち上げられたのとよく似てる。瓶の中には、鉄の釘、錆びたピン、髪の毛、尿などが含まれている。呪いのあるなしはさておいても、(マイナスプラシーボ効果はともかく、)見るだけで気分が悪くなり、呪われそう、というだけで、自律神経がおかしくなることがある。また人は一九ヘルツ(一八.九ヘルツ)の音を聴くと、幽霊が見えるということがあるようだ。「ある」か「ない」のはともかく、そういうことが「身の回りに存在する」というのは、非常に興味深いことだよ。卑猥な形に見える樹木はともかく、人の顔に見える天井とか、壁のシミとかね。 *300ゆうぐれ桜が咲いても、蝉が鳴いても、紅葉が散っても、雪が降っても、きっと君は街を見てる、驚異の触角、異常なる嗅覚で。美しいものより、醜くて汚いもの、生という汚穢物に満ちたものが、この文明を形成してる。誰もいない風景を探しているような気がした夜は、詭計をめぐらし紛擾を醸し私腹を肥やす奴等の楽園。何もなかったよって僕は言う、だってそこには人間なんて一人もいなかったんだから。無形の悪習慣、薔薇にも似た畸形の花、象牙色の月と琥珀色の液体の中でおぼれている昆虫の俤。あなたがいうところの世界を壊すのも、自分の世界を壊すのも、戦争だ、肉体の上の脳とかいう器に堆積し、いやに嵩張った、知識というものの氾濫、崩壊寸前の、爆発、沸騰、揮発剤、導火線に火が点いても驚かない、僕はきっと何も見ていない。 *299蛇を産むgive birth to a snake夜は美しい。陰湿の暗い絵模様を見せるカーテン。家のつくりや、庭の様子も変わるから。街燈の下の梟。ガレージの隅に濡れた魚。机の隙間に髪の毛がいっぱい詰まった櫛。眼のおおきい人形さんからかえってくる、やさしい復讐の言葉。小さな手には傷があり、血が流れている。禁じられた場所。金網の向こう側にある誰も乗っていない車椅子。あなたは夜にそれを探す。むくむくと太古を夢見ている犬と。毛なみのうつくしい子供の服を着た仔牛。忘れ去られた場所。消すことのできない感銘のすさまじさ。古い見知らぬ誰かの思い出の写真と、何処かの外国語の文字の本。竹藪の向こうにある錆びた船。あなたは夜にそれを見つける。金色の角をした鹿と。見捨てられた場所。日常的傾向と相異するものが一斉に踏み出す。あなたは夜、自分が迷路の中にいることを悟るでしょう。けれどほかならぬあなたが望んだこと、地獄は人の情念の産物、醸された酒のような黴の花、不愉快な笑い方のまま時を止めているデスマスク。生贄があなたか、他の誰かという違いだけ。ここは生死の巌頭。自分でも気付かないような、ことが、ある。逃げ道を拵えないと余白が増え、意識に緩慢な渦を与える。静かな鑑賞、素材の純化、孤独の作用、夜の青味。終わりはあるのだろうか、何処へと向かっているのだろうか、生きるということは、小さな死を越えてゆくものなのだろうか。死ぬまで気付かなかったかもしれないことを、たったその一日で、その一瞬で知ることができる、苦痛も慟哭も、哀れな世の不運も、無限の朦朧も、そこでは歓楽の一部、快楽の絡繰り。そんな特別な一日が、そんな特別な一瞬が訪う。肉体を通して聞こえる無常の鐘の音。中庸の微韻のうちに保つ陥穽にかかった獣。良心に恥じる行い。鳴りひびく胎期と死に化粧。これからずっと心にふと浮かんでは一生考え続ける、かなしみのよわよわしい空想の階段を歩いて、虚無の街へ。物理法則の異常。そんな特別な夜をあなたに。馬鹿に大きい口が暗闇の中に開いてけたたましい笑い声が、きこえて、くるでしょう。―――あれが本当の夜の合図です。 *298変な声気分が悪くなると、動悸が早くなったり、眼がチカチカしたり、物が大きくなったり、酩酊状態っていうの、指が増えたり減ったり、見えないものが見えるようになったり、口裂け女と、くねくねと、猿夢、どれが好き?襲い掛かるトラック、前世の記憶とか、座ると死ぬバズビーズチェア、しませんか?光る球体が見えたり、幻覚や幻聴だったり、突然追われてるもしくは、逃げているような気がしたり、「シネシネ」って真夜中、眼が覚めると、老婆がいたりしませんか?貧血を起こしたり、頭がパニックになったり、あえて言うなら閉所恐怖、広場恐怖?蟻や蚊や蜘蛛や蛇、嫌い?する?心が貧乏になったり、手先の痺れを感じたり、猛烈な便意を感じたり、UFOを見たり、駅でパラレルワールドしたり、御船千鶴子と、合わせ鏡と、プラズマ、どれ信じる?するでしょう、するよね、それで、さっきからずっとあなたの後ろにいる、その人は誰? *297本音血液型、誕生日は、住所は、両親は、兄弟は、好きなアーティストは、好きな作家は、趣味は?「全部パスって答えたい。ノーコメント、それでおしまい」でも面白い人がいて、“知り合いのおじさんは何処に棲んでいるでしょうか、次から選んでください。1.どこか 2.やっぱりそこか 3.あのね、そこは、もう空なんだよ”だって。「3。だってもうそこなんだよ」持病は、子供の頃にした病気は、宗教は、好きなスポーツは?「面白い人が言う、“答えたくない時は変なことを言うんだ、マサチューセッツ教によるへべれけ症候群でとか、四字熟語カーマインとかね”―――リラックスする、あの人絶対、変だ」 *Abandoned buildingそうして、なお深い闇。『で?』『マジで?』『ばっかじゃねえの』(―――背景のつくるネガティブな凸型)安寧の泥が蝕んだ妄想は虚像の輪郭で潤った咽喉には、見えないことばかり。クラガリ、ノ、アシオト。「機関車」や「デパート」や「大地」や「炭鉱」シャワーカーテンについた水滴は、カーテンの二次元の面に沿って移動。(左腕がフレームから大きくはみ出す、、、)ノリと勢いによる短期的でローカルな盛り上がり、山田谷へ、竹内谷へ、大阪越えへ。『やっぱあれ?』『それに、』『え? じゃ』『まさか』廊下を渉っている長い光りの筋はシュレッダーのダスト。顕微鏡のスライドにはさまれたバクテリアのいそうな、凍りつくような暗闇の中で、おのずと睫毛と眸とが離れ、弱音を詰まらせて噎せそうな日々も。有害薬物のビッグスリーとされる、アルコール、タバコ、カフェイン。(「顔」の部分が、跡形もなく消されてしまって、、、)割にありがちな日常スナップに見える。だが、その合間にやや奇妙な眺めが挟み込まれ、壺の形をした手、いびつな鉄の形をした足。孤独や人間不信、思い上がりや教条主義、憂鬱や狂気、道を踏み外す原動力、原始機械と対象の電気機械におけるコイルの両端の電圧、およびこれを流れる電流の線形変換。頭に響いているもの。『なんだっけ』『そうそこそこ』『要するに』おもむろに膝が、肱が、おもむろに埋れていた感覚をとり戻して来る、(胴が必要以上に「ずん胴」になっている、)“何かを食べた”“何を食べた”邪魔で邪魔で邪魔で邪魔なこの髪を切れば、厭な嫌な厭な嫌な鏡を壊せば、「安易な嘲笑だって頭の中に響いてくる、、、」「あー、またこの人、“生きる意味”とか考えちゃってるよー」こんな悲しい幕切れも世界が下した結論。匿って真っ赤に染まった感情、深い奧から、氷りきった、しかも今息を吹き返したばかりの声、あるかないかに、ちろめく光り。(朱色の唇が笑ったように見える、、、)『おい』『んだよ』『ごめん』『――だからさ』(写生的で自然な表情とも違い、途中であった彫刻的な堅い表情とも違う、無表情、)一切合切絶対永劫徹頭徹尾でそう金輪際、欠点蹴って体温脈動感情奪還戦、完遂したいエンヴィーな感情、まっくらな“空”を探した、まっくらな“喰う”を探した、顔、両腕、胸の部分と、あちらを向いて、『な、なんだよ』『いいからいいから』『――さあ』『じゃお前は』尻から両足の部分という、二つの部分に分離され、腹から腰の部分は上と下を結ぶねじれ。運動する液体。生きている柔らかい骨組。光合成のように輝く波。ギンイロ、ノ、ウミ。それでも。(ゴムでできた身体のように見え、人体と拝啓の折り合いがつかない、)「個人」が死に絶え、「法人」がひとり歩きする現代の社会。『じゃあさ』『そりゃお前』『――そうだ』『んーと、あったあった』澄みきっていた。まるで、池の水だった。首周り、胸の上、腰から膝をまさぐっている、あれは、秋だった。はっきり聞いたのが、水の上に浮いている鴨鳥の声をした、『で、』『これ』『これ、たぶん』聞こえるはずのない声が誘う何か。いまここにいる、何か。 *295biker交差点のむこうの赤信号が、青に変わった。どの車線も車の流れが途切れない。八千二百万台もの車がある、と言われている。なのに日本車率が一番高い国はパキスタン。キック・ペダルを出し、始動させた。二つのシリンダーの中で、混合気の燃焼が、くりかえされている。空には星が銀色にたくさん光っている。エンジンの音や振動が、重量と強い癖のある、しっかりしたフレームからシートという表層の現実感を越え、両脚や腰に伝わってくる。前輪から両腕に伝わってくる路面のフィードバックがこもって充満し、路面を蹴けるトルクとなって後輪から爽快に消える。身体のなかに吸いこんでためていたスモッグや排気ガスが、身体の外に流されていくような気がする。表現しがたい無機的に分裂した感覚を残す。銀行での口座の開設や株式の購入、生命保険への加入。澄んだ香りをたたえて清冽な秋。路面が濡れて黒く、車の屋根があちこちでライトに光る。欲望と狂気、虚構と現実、自己と他者。速度を上げると風が強くなる、音が聞こえない、物が落ちても気付かないし、おそらく拾いには戻れない。車の赤いテール・ランプが、いくつもつづく。黒い皮のオートバイ・ジャンパーのポケットには、だから何もいれない。ウェストポーチ派と、ショルダーバッグ派と、トランクルーム派がいる。ハーネス・ブーツ。グラブ、そして、シールドをおろしたヘルメット。風が直接感じられる。公団アパートや倉庫、それにさまざまな四角いビルが見える。絵画と窓は四角くて枠があることを何故か思い出す。右へ左へと進路を変えるたびに、車体は恐ろしいほどに傾き、滑りやすいシートから滑りそうなる。路面が、いきなり高く持ちあがったように、迫る。重い衝撃が伝わり、スタンドが路面に触れて火花を散らす。遠心力を強引にねじ伏せる。路上に小さな猫がいた。敏速な視線を投げてくる。滅多に体験しない、新鮮なアングルだ。更に近い距離に見える小さなものを写したミクロな視点。視界全体が、大きく傾ぐ。バイクのツーリングで人が死んだ。経験も技量も、自分よりずっと上の男だった。時間がバームクーヘンやドーナツの穴の中を循環する。螺旋状の立体として、循環して重なっていく時間。疾走感に身を委ねていると大抵のことは、忘れてしまえる。あるいは、殆どのことが、許せてしまえる。自分を取りまく空間の質が、違ってくるからだ。日常の現実のディティールが、ひとつひとつ、意味ありげにくっきりとしてきて、それぞれに重さを主張しはじめるとそうはいかない。何点もの写真のように印象に残った中間。スニーカーのすぐ下をアスファルトが、目茶苦茶な勢いで流れ、路面の白線が筆文字のように見える。グンと反動のついた加速は見る見るうちに、色んなものを置き去ってゆく、陸橋を二本くぐったさきで、Uターンした。T字交差する道路に出るまえに、中央分離帯に切れ目がある。コンビニ、飲食店、服屋、カーショップ、身内、親しい人たち、あるいは大切に思う人たちが、次々に、無秩序に、あらわれては消えていった。奇怪なエネルギーに満ちた、排気と騒音の中で不気味な増殖をつづけている街。何千年前から人間が抱く自然に対しての恩恵や畏怖の気持ち、そして自分が「いま」を生きているという感覚。スピードメーターが小さな会話を縫い付ける。走る、という概念を超えて遠い夢のなかで見た幻の光。時速二百キロで走る。快感と感傷。 *294満月あなたは、憂鬱や苦悩を、鼻の形や、耳の形、眼の形や、髪形として、覚える。いいことのなかった苗字や、名前、自己否定のモラルと、自己肯定のモラルがあるらしい、三千世界の馬鹿の海でつくられた、他愛ない記憶。地球は丸ごと隕石でできている、ならばわたし達も隕石なのだろうか。隕石だというのならば、石同士で引き寄せ合う波長があるなら、そんな磁石のような懐かしさ、感じるわけもないが、ただ一度だけ、あった。重なりと、揺らぎと、もつれ。あなたは庭に椅子を出して、髪の毛を切り、わたしは頭を撫でられた。嫌な記憶のあとに楽しい記憶を思い出し、身近なところから学生時代、子供時代へと、ゆっくりと支流から本流へ、記憶のゆりかごの中で、ゆっくりと赤ん坊の記憶が戻ってくる、猫の啼き声がする、赤ん坊の啼き声が病み、猫の啼き声が一際大きくなる。 *293 消える音、増える音 背景のノイズとして埋もれていた冷蔵庫や、 回し続けている換気扇の音が聞こえてくる。 凍った風が濡れ雑巾のように頬を打って感じられる、 駐車場から警報装置が鳴り響いた。 窓がガラガラと開く音がする。 誤作動なのか、窃盗犯がいたのかはわからない。 数分後ゆっくりと警報装置は止まった。 ひきちぎられた機械のうなり声が耳の奥に残って、 また冷蔵庫の音や換気扇の音が生活音という名のBGMどころか、 忘れ去られたものへと戻ろうとしていた。 ファブリーズをかける音もしないし、バルサンの音もしない。 眠ろうとした。 寸前のところで止めたというより止められたのは、喋っている声、 その声が自動的に耳に流れ込んできたからだ。 どうやら警察に苦情を言っているらしい、と思った。 時間帯を考えなさいよという気はしたけれど、 逆の立場でそんなことを言えるのかという気はした。 車は生活におけるかなり高級な買い物だ。 存外傷でもつけられたのかも知れない。 車を盗難された場合、車両保険から保険金が支払われるけれど、 盗まれて、保険に入っておらず、帰って来た車はベコベコといった具合なら、 途方に暮れるしかないだろう。 その時、仮想コントローラの感触がした。 ジョイスティックによるリアリティのなさが幽体離脱的だなと思った。 そうでなくとも、と思った。 車を擦って直しただけでも保険料は三年間上がり続ける。 様々な保険があるので一概には言えないのだろうけれど、 総合分析された結果もたらされる意味や生命は空疎だろう。 事物は理解しない、金銭的な理解はする。 三次元空間を仕切る境界として二次元の壁があるように、 より高次元の空間を仕切る境界として、それより次元の低い、 例えば三次元の壁のようなものが考えられる。 このような壁をブレーンと言い、 その壁が含まれるより高次の空間全体をバルクと言う。 世界がもし、高次元のバルク空間のなかにある、 三次元ブレーン内にあるとすると、 僕等は三次元ブレーンに拘束されていて、 高次元空間がまわりにあったとしても、 それを見ることもそこへ移動することも出来ず、 そこから絶対的に切り離されている。 耳鳴りが突然大きくなり、 水滴のポタポタという音が聞こえた。 生まれて初めて口にする単語だけで喋っているような、 不器用な英語の歌を思い出す。 質問自体が答えを含んだメビウスの輪で、 意識的操作の暗号なんだろう。 果報は寝て待て的な待機策も無い。 複雑さに憧れるのは無知のあらわれ、 しかし単純なもので語りつくせぬことは自明の理。 ゆっくりと、眼を閉じる。 ゆっくりと、遠くの方で、犬の遠吠えが聞こえる。 グレアム・グリーンの「無邪気」という短編を思い出す。 子供の頃に好きだった女の子がいて、年を取って、 バーで知り合った娼婦と一緒に故郷へ戻ってくる。 子供の頃に木の穴にラブレターのようなものを入れた。 それがいまで残っている、そしてそれは猥褻な絵だった。 娼婦とベッドに入りながら、聖なる務めに入った彼は、 あれは少年の頃の自分なりの美しいものだったのではないか、と思う。 あれが猥褻だったと思ったのは、 自分の心が汚れているからだ、と。 それでも眠らなければいけない、もう声はしない、警察も帰った、 被害者も帰った、考えてみれば当たり前だ、自分は傍観者だ。 巻き込まれている、すれ違っていると同時に、 現実の何かが終わってくれるわけでは、ない、のだ。 そしてあとしばらくはこんな気持ちが、続く、のだ。 背景のノイズとして埋もれていた冷蔵庫や、 回し続けている換気扇の音が聞こえてきて、 大きな影が部屋の中へと入って来て、 これから自分を吞み込もうとしている。 嘘だ、それは、つげ義春の漫画だ。 いま思い返してみると最初から最後まで下らないのだけれど、 じゃあ下らなく思える理由を挙げてみろ、 何故なのかといえば、心が汚れているからだ。 ぐっすりと眠っていればきっとこんなことを考えない。 ぐっすりと眠っていればきっと馬鹿なことを思わない。 やっぱり耳鳴りがし、片頭痛がした。 *292人は浮くか? 沈むか?Do people float? Will it sink?水を泳ぐのは好きだけれど、一心不乱に動かす手足と同じほどの忙しさで、恐慌状態に陥ったことを思い出す。それ以前にも沖へと出すぎて怖くなった思い出がある。岸へと帰れないんじゃないか、と焦る気持ちを押し殺して、ゆっくりと戻った。水圧、水の抵抗、浮力、揚力など、陸上と比べ密度の大きい流体から様々影響を受ける。複雑な流体力学の影響を受ける領域で、あんなに怖い想いをしたはずなのに、何も勉強していない。幸福な時代はとかく忘れっぽい。僕等は人生が平気で永遠に続くように勘違いしている。高度で、聞いたり歌う事に高度なスキルが要求される音楽が、J-POPに向いていないようなものだ。頭を空っぽにして口ずさめる類のものが大抵は好まれる。また日本人はカラオケが好きだ。色んな勘違いがある、永遠は永遠であって、刹那は刹那だ。似ているから差異を引き立てるけれど同じ事柄ではない。ただ、契機は違った、足を引っ張られた気がしたのだ、ぐいと、それで、深く潜った。息を吸い込むとか、全身の力を抜いてぷかぷかと浮いていた。水泳の基礎訓練といえば呼吸法だろうというのに、鼻に水が入って、呼吸がぶくぶくぶくと逃げていき、閉館するホテルからソファーや、シャンデリアが一つ一つ運び出されて、買い取られるか、何処かへと引き取られるように、手を伸ばせば届くはずの水面と底が失われる。寒々とした水の色が眼に映じた。本が一冊もない図書館みたいだ、知識というのは看板や、室名としても残り続ける、けれどきっとそこで賢くなるということはない。平衡感覚の消失、上下感覚の消失。大きな水溜まりの上に蟻を落とすようなものだ、太平洋のゴミベルトのように浮遊していられるわけじゃない。徐々に霧がうすれ、周囲の風物がしだいに明瞭となる。同じもののように見えても全然違う。眼に物を見ながら頭に入れていない。回復が始まる。再起動する。落ち着かなくちゃいけない、何かが僕の身体を掴んでいる。それが女性であることはわかったが、生き物ではない気がした。触れ、運び、発見したもの、それが何かを暗示している。何かを具体的にする必要はない、ピサの斜塔はただ馬鹿なだけだ、施工ミスで斜めになる。エッフェル塔だってただ馬鹿なだけだ、当初はいらない景観物。知識を持ってすれば何故そのような言い方になるのかわかる、けれども具体的にする必要はない、だからそこで意味や理由を見出せる、観光客が来てそんなことを言ったらみんなのことを考えろよと言われる。歴史って逆にも、予想の斜め上にもなることを教えてくれる。落ち着かなくちゃいけない、懸命に自分にそう言い聞かせ、両足をゆっくり動かす、関節可動域、筋力、水中運動にみられる身体的応答。神経を行き届かせて、泳ぐという初歩的な感覚を思い出そうとする。バタ足である必要はない、動かせることをまずゆっくりと確認する。大丈夫だ、まだ巻き返せる、リズムとタイミング。状況が揃えば身体が勝手にそれを求めて応じ始める。そして引っ張った“それ”を、片腕で逆に掴んで一緒に戻ろうとする。背中越しの会話、爪を噛む癖でもあるのだろうか。心細かったろうな、視覚の回復は人間の精神をも回復させる。面倒を起こさないようにしても色んなことが起きる、人生経験は僕にそう教えた。いちいち一人や二人増えようが気にしちゃいけない。誰にとっても大変だったはずの人生は一回りも二回りも、偉大にも奇矯にもする、滅茶苦茶さは手がつけられないものになる。その甲斐あってか、頭上に手が届いた。機械が物を処理していく正確さで。ぷはっ、と慌てて呼吸をしながら、身体にまとわりついた感覚が、何もかも消えてしまったことを悟る。一瞬冷たいごわついた風が孤独の澱みの方へ流れてゆく。何かが起こった時よりも、何かが起こって終わった時の方が印象に残りやすい。腕には指先が触れた感触があり、爪痕も残っていた。でもそれはもう、何処を探しても見当たらなかった。結局、人は自分の本当の気持ちを言葉にすることなどできない、沈黙する船や、ボートの切れ端にすがった漂流者みたいな、そんな気持ちがした。これ以上何か見抜かなければならないものは何も残っていない。最後にはきっと真実が現れる。考え続けていればいつか何かしらの変化が訪れるものだからだ。水を泳ぐのは好きだ。眼と鼻ぐらいの近さに押し迫った死から逃れ出る道を考えなければ。 *291山道真っ直ぐな道だから歩き去っていく後ろ姿と、のぼっていく後ろ姿が見える。無理矢理にはめこんだ額縁構図をしてみる、抽象画的な側面もありながら彫刻的な側面の作用である。バチカンとローマにあるサンタンジェロ城をつなぐ秘密通路みたいな、ちょうど鉈を振るって落としたくなる吊り橋のあと、鳥の翼のように影を落とす雲の流れが綺麗だった。雲の影が落ちると青い酔った焔を覗き込んでいるような気がする。登山靴、ザックのほか、速乾性に優れたアンダーウェア、雨から身を守るレインウェア。登山届を出す、水分補給や栄養補給をする。牛がのさばりでたようなナイフの刃の岩稜。息が少し苦しいので休む、香りと色と音とが互いに応えあうように、ゆっくりと継ぎ目もなく過ぎてゆく日常における時間の錘。その微かな響きを、遠くの雷鳴を聞くように感知する。道が細くなり、木立が頭上に覆い被さってくる。呼んでもないのに、狸が出て来た。鳴り止まない小鳥の声。名前の知らない高山植物の花。汗がひどくて眼を開けていられない。錯覚、物忘れ、意識の盲点といった心理的な現象を引いたスリル。小さな蜘蛛や、小さな蟻にだって怯える、ひび割れた硝子から染み出てくる水滴。周囲の光景が唐突に開けて天然の大広間が見えてくる。汗だくの肌に夕焼けの色を帯びた陽射しが濡れてゆく、馴染んでゆく。流れ落ちる汗に眼を閉じたまま、しばらく真っ直ぐに歩いた。なるべく十五時より遅くはならない方がいいのですぐ引き返すが、もうちょっとこうしていたい。風が流れている。両足に絡む草の生命力のようなものを感じる。接近によってしか強い印象を受けられないという法則だ。無駄な足掻きをするための装置だ。追跡されている、イメージ。逃げている、ヴィジョン・・。ナイルの源流にある秘密の泉は見つかるだろうか、人間に美が認識できるのは、それをたまに見た時か、遠くから見た時だというが、水だけのグラスに氷水を注ぐように、立ち止まり、眼を開けた。日暮れを控えた青海の強くなった緑と、オレンジ色のグラデーション。空気は音楽のように軽やかに澄み渡っていて、クライマーズハイかも知れないが見るものすべてが美しい。触手のように、分裂する、草の海は膝までの深さで、形式はつねに形式以上のものとして、増殖する。自然は、多様性から力を引き出している。言葉や想いというのは消えるが、書けるものを残す。安価で粗悪なものと引き換えにしない努力がレトリックや、描写法なのだ。それが滞在許可証でもある。綾なす光線の中を三時の方角から七時の方角へと、風が吹き抜けて、その向こうには丘の稜線と、彼方に遠のいて形骸化したような政令指定都市になれない、街の姿がある。もう既に夕焼けた空には遠い星々の輝きが、音符のように見えてくる頂上、夜は夜の中で鍵穴のように痩せた自由を見つけるのだろう。影を見た。この閉塞した回路に。それは小鳥に催眠術をかけている大蛇の魔力というのだろうか、それは、旅立ちたい心の影だ。引き返した頭上に、大きな鴉が飛び立つのが見えた。 *290ペインひくく、うごかない、ぼくらのセカイに、ソウゾウできるものがふえ、ダイタイカノウなコンテンツが、ふえたよ。どうしたんですかと、ないていることをおしえられて、はずかしいのだか、なんなのかわからないまま、あつくなるのをかんじた。ねえ、キミはどうしてる、いつか、ヨルがぬりつぶしたコエも。「ホシゾラ」も「ホタル」もない、「ハナビ」もない、「ドキドキ」もない、それでもすくいのイド、それでもハートをもったナニカ。アンニュイなまなざしで、ガッコウセイカツをオモった。けしてとどかないもの、けしてふれられないもの、つよくつよくおもった。キオクをたもって、コトバをわすれて、オモイはすりきれる、それでいいというほど、つよくもないし、それでいいというほど、よわくもなれない。こんなんでいいのかよっておもうけど、なにいえるのかもわからない、こんなんじゃだめだよっていってるみる、だけど、ずいぶんと、とおい、このバショ。「コタエ」もないし、「キボウ」もない、「ジョウネツ」もさらさらさ、さめちまってんのさ、くるとこまできちまってんのさ、それでもマエにススむ、オロかだから、ウシロなんてみない。みないよ、バカのフリして。 *289smell of rain雨だ。真っ白な怪物がいる、真っ黒な怪物もいる。暗い静かな扉と、明るくるてうるさい扉がある。誰かを好きになったら彼氏がいて、そしてフラれた彼女を慰めて、でもこんな姑息じゃいけないって、でもまだチャンスあるかもって思ってる間に、違う彼氏ができて失恋して。路上ですれ違う人々の誰もが、純然たる選択の結果に思えてくる、交差点が見えてきた、横断歩道を渡る。雨は隠れた性格をおもてへひきだし、答えのない夜へ連れてゆく。 *288Interest-based休日の喫茶店。―――教え子が入って来るのが見え、席を立ちたいが、眠気にゆっくりと塗りつぶされていく意識の中で、「先生の足、マジヤバいんだよ、キュウリが二本三本入りそうでさあ」河童じゃないです。コーヒーに顔をうずめながら聞く。もっと詳しく。潜入捜査開始、座り聞き、障子の穴としての人格が芽生える。「二十八歳のメスの生足の煽情性」二十八歳。メスではないけど、まあ、肉便器とか、アヘ顔ダブルピースとか、そういう分かり易さで言われなければ許せる。そう言いたくなるお年頃。やりたい盛りの若さはスポーツで発散、そうでないと少年院へ直行する。ヒールのカツカツした足音が聞こえ、レジへ行き、強くボタンを押す音。鼻息の荒さ。「もう白いカルピス社祭りよ」白い恋人みたいに言うな。馬鹿な教え子の馬鹿な発言にウケそうになる。「写真も動画もあるぜ」教科書や参考書もあるぜ、頭につみたての葉っぱをのせたタヌキのようにな、ということなら若者らしくない。エキサイト本も、発情期熱中症本もあるぜ、という具合だ。ネトウヨ御用達のボキャブラリー。充血しちまったぜー、物音のひとつひとつを追いかけていると、コーヒーの豆を挽く音や、フォークやスプーン、エアコンディショナーの音も聞こえる。何だか水族館でボウーッと時間を過ごすのに似ていた。人疲れには水族館がいい。「―――」間が置かれる。焦れる。「でもさ、」蒸れる。教え子の向かいに座っているのは、誰かはわからないが、違うクラスの生徒だろうか。それともゲーム仲間とか、だろうか。「―――」ちょっと長い間。でもさ、どうした。エゴサ、みたいに言うな。「その先生、美人だな」「とぼけちゃって」何がとぼけちゃって、なんだ。どういう接続なんだ、それ。不細工ってことか、先生ならみんな舘ひろし、五木ぴろきってことか、そうなのか、そうなんだな。「その先生、エロいな」「及第点だな」点数メーカー君、次の物理のテスト、大幅に減点するよ、及第点にもならないわね、言ってやりたい。「―――」間がある。はやく喋れ。はやく喋れ。「でも先生、恋人いるのかって聞くと、アメリカ人の性犯罪者じゃないからって言うんだぜー」言うだろう、教育を馬鹿にするな。漫画で教師と生徒が一糸まとわぬ姿で、身体を重なり合っていてもいいが、リアルでそれをやったら懲戒免職。教育者の資質なし。コーヒーを飲む音、何かを食べる音、それから席を立った。会計を済ませ喫茶店を出ようとしたところで、お釣りの小銭を地面にぶちまけてしまった。誰かが助けてくれる。ありがとうと言おうとしたら、ニヤニヤした生徒がいた。「せんせえ、嬉しかった? 嬉しかった?」察知する、呑み込む。聞こえるように喋ってやがったか、この子。頭を小突いたあと、スマホの写真を見せろというと、動物園の麒麟が写っていた。向かいの席の子も、反応に困ったろう。やられた。 *287Even if something disappears,let's continue to think of it as something important.黒猫は軒下の風鈴をわけもなく鳴らした。何年振りだろう、上質なカシミヤの手触り、言葉を祈るように、待つ。メープルシロップの香りが何故かした。黒猫は前には、メロン臭をさせていた。瓦礫の道、商店街、海辺、見知らぬ家、雨宿りした車の中で出くわした白猫の話。黒猫は一時間も喋り続け、コーンスープと、高級猫缶を所望し、いささかのボディータッチで腹部に指を入れ、顔を舐め、毛づくろいしたあと、ぐるりと宙で回転すると、寸分たがわず元の位置へと着地した。「さらば」と言った。真夜中を、忘れたくない。また会えるのかと聞くのを躊躇う、スパンが同じならば、高齢か、死を迎える。命の摂理なんだ。よそ見をして、転ぶなよと言いながら、いつのまにか尻尾を追いかけている。鋭い爪も、跳躍力も、独り言のような黒猫の存在をあらわすキーワード、でもそれはつまるところ終の棲家を見つけられない、うまく終えられないことがある、黒猫の自由な旅の行方と、いずれの日かのチェックメイト。黒猫は「ついてくるなよ」と言った。咽頭を鳴らす低い音。世界を呪う陰気な唸り声。言いながら、何度か後ろを振り返った。肩から背中のシルエットが何故か印象に残った。長い尾が立っていた。十分ほど、手探りの、散歩は続いた。蚊や蠅のような人間だなと思われているのだろう。夜が途切れたように、しなやかに動く黒い影は、狭い路地を駆け抜けた。壁に挟まれた道幅は狭すぎた。黒猫は夜空へと帰った、月の見えない夜だった。無言だった。生まれてはじめて、夜の正体を知ったような気がした。だから月に届くほどの長い望遠鏡が、本当に必要だと思った。さよならの代わりに雨音がして、濡れたせいか、風邪で会社を休み、病院へ行くと肺炎をこじらせていると言われた。しかし医者の言葉も、家族の言葉も、聞こえない。ゆうべの出来事はすべて夢だったのではないか。ベットから天井の一点を見つめながら思う。もう一人の自分が言う。家のすぐ近くのバス停のベンチから、記憶の混乱や現実逃避的な夢の続きのように、思えて仕方ない。古い白黒映画の台詞みたいだ。あれは夢だった、そう考えた方が安心できるのだ。わけのわからない出来事が、自分の身に起こったのだと思うよりも、はるかに。強い雨音のような拍手の向こう側に幕が下りて、あの小さな黒猫が、生の意味を探している。一体何が違うんだろう、時々本当にそう思うことがある、悲しい?そう言ったら、消しゴムみたいな、黒猫の足音がした、誰もいない、いつもそうだ、きっとそうだ、心に思うことは花が散るように消えてしまう。もう存在していないと思う、あの道路で黒猫の死体を手厚く葬ったことがある、赤く染まった手の汚さも、穢れも、僕には生きる苦しさのように思えた、あの夏から。 *286「今日の授業でわからなかったところは、ありますか?」キタキツネが屁をし、象が椅子を潰した。オオカミは出前のメニュー片手に、椅子の背もたれにふんぞり返っていた。二一二一年のトップニュースは、こちら。「ワンワン」「あ、翻訳機つけてね」いけね、というその仕草が大変可愛らしく、普段からがり勉とからかわれてきた、彼は注目の的でした。人間と動物の垣根をなくし、対等な関係を築いていくべきではないか、という裏には政府の遺伝子実験の思惑もあり、十年後には宇宙戦争の兵隊要員と揶揄されていますが、動物愛護団体には好評です。「動物たちが、人間のように生きる権利は、これまで幾度となく考えられてきました。ヴィーガンしかり、密猟しかり、です。生きている時代に、賢い動物たちと話せるなんて」と話す人もいます。ただ、教員たちの生傷は絶えないようです。命がけですものね。 *285大食い大会大食い、それは吐き気を必死に堪え、意識が途切れながら、口の中に詰め込むウェイクアップ、(おいおい、それっぱかしでギブかよ!)(それなら俺だって食えるぞ、きばれや!)―――愛は容赦ない鞭撻、愛の鞭っていうか無茶ぶり。大蛇のように呑み込む。胃袋はブラックホールに繋がっている。わけもなく、がけ崩れ起こす体内。周囲の出場者を見る、腹をすかせた動物という風には見えない、遊びで狩りをするというライオンみたいな嬲りもない。スペースキーのようなテーブルが革命を起こすわけもない、中身がない、空っぽになりたい、無心だ、いやブッダだ、キリストだ、マハラジャだ、モンキーだ、猿の一つ覚えだ、馬鹿と煙だ、高いところに新興宗教の詐欺師列伝だ、考えるな、いや無理ですよ、考えろ、いや考えたくない、すげえ膨張する腹部は赤ん坊が生まれそうだ、割れる割れないかのギリギリのところに針をおしあてている、緊張の一瞬をいまかいまかと待つ風船だ、新しい生命、そしてET、エイリアンが食い破るまでの軌跡。口の中にもう一つの口があるんですよ、ドヤァ(?)テーブルがある、店である、眼の前には山のように積まれた皿と、―――平坦な空間では、二つの点のあいだの最短距離、いわゆる「測地線」は直線となる。曲がった空間でも、やはり測地線は二点の最短距離と定義できるが、その経路は必ずしも直線にみえない。・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・。だから何?だから蟹(?)「なんだこれ(認識不可能)」(袋小路です、行き止まりです、見ないでください、見るな!)「なんだこれ(モザイクかけられて認識不可能)」(それは精神衛生上悪いので、STOPさせていただいています、もう少しご気分がすぐれてから見た方がよいのではないですか?)右へ左へうねりだす、座りながらのダンスモーション、お腹は減らない、もちろんそれで隙間というかゆとりが出来るわけもない、言い聞かせているの別の言い方、何とかしなくちゃの行動のあらわれ、けれども、観客たちのコロシアム的殺人劇を見る生贄思想の眼が、ちょうど尾崎豊を見ているファンの眼のようで、ちょーこわい、―――それが失われた希望のように、船が転覆寸前だったこと、大食いをしている、何月何日、何時開始です、ゆるい格好をしてきてくださいね、気軽に参加してくださいね、そう言っていたじゃないか怒りを募らせ、訂正する、言っていましたよねと懐疑と不安(?)最初の目的、途中からわけのわからない競争心、最終的に面倒な葛藤、その場限りの気ままな戯れのほしいままに好き勝手言う観客、食道破裂の拷問をどうしても見たいらしい。眼客にわからないように舌打ちするのも難しいとかいう舞台裏、天に唾吐いて顔にかかる太宰治。やらしお(?)ていうか、やらしお(?)“過不足なく均衡のとれた豊かさのあるジパング”で、美味しいものが美味しくないものに変わってゆく。昔、ある女の子が言っていたね、男性の食べる姿ってセクシーだよ、きっと性的なものに見えていたんだろうね、じゃあ今はどう?幻滅したかい(?)何も食べないと胃が縮むので量が入らなくなる、これ基本だよね、水で膨らませるのは駄目。あと、噛んじゃ駄目、もう一回いうよ、くあんじゃらめえええ(?)ってそういうことじゃないよ、幼女なの?あのね、満腹中枢がすぐさま、もう藪から相撲力士の大群ね、お腹いっぱい、ポンポン痛い、もうやだ、幼児なの?味がしない、といって、コロナの後遺症じゃない、ホバークラフト乗って、競輪仕様のそいつに載って、ほんのちょっとばかしジムで身体を傷めつけてきただけのこと。味を認識できないほど、精神が荒廃している。「何故食べるのか?」は、動物的な問い掛けだ。「エネルギーを作り出す必要があるからだ」は、人間的な答え方だ。といって人間の腹部は豚の貯金箱のようなものではない、食道破裂する、窒息死だってする、そんな命を賭けた馬鹿な戦い。同情心のない者には、つねに滑稽で軽蔑すべき対象のように見えるから。賞金だってない、限界を超えたいって超カッコいいです、ですです(?)ただ限界を超えた限界は、すなわちただ、やみくもに、ありていに、死ぬだけ、美しい、鬱くしい、ヒイヒイハアハア、フウフウラララア、生まれる(?)途中からインド人のように手で食べていた、ライス、素手、パン、素手、ラーメンちょっと待て、素手じゃないよ素手じゃないハンドじゃない、レッドカードじゃないイエローカードじゃないアメリカンエキスプレスで(?)でも、箸という言葉が思い浮かばない四苦八苦。天井の照明器具が催眠効果を発動している(としか思えない、)むしゃむしゃとかいう食べる音が、段々漫画やアニメのように思えてきて仕方ない。もう見たくないんだあああああああ、とか言いながら皿を投げて叫び倒して荒野を一人走り抜けたい、昼下がり、宇宙から来たドアを閉めるよ(?)人間的でありたいと思う人間が、どうしてこうまで非人間的なことを繰り広げなければならないのか、悲劇だ!鰐のように涎が抑えきれない、眠気がする、限界はとうに超えている、変な汗が出てきて視界の窓枠を酩酊時のように揺すり、さっきから咽喉の奥から変な笛の音のような奇声が聞こえる、笑いたいのか泣きたいのか怒りたいのか感情さえ麻痺している表情、身体がぐらりと傾いてテーブルに倒れ込み、山のように積み上げられた塔がガラガラと崩れる、“愚か者の塔”と名付けることを忘れない、キリッ(?)ストップウォッチが押された頃には床へと崩れ落ちていた、その頃、夢の中で亡くなった祖母と父に挨拶をしていた。「モンマルトルの丘だよ」と祖母が言い、「もののけ姫だよな」と父が言った。そしてかもちゃんが、自分も出たかったダロと言っていた、すぐに変わろう、バトンタッチしよう、って、ここ何処だ(?)仰向けになった拍子に髪が口の中へ入っていたらしい、でもさ、しゅっさいシャー(?)気付け薬がわりのつもりだったらしいウォッカは間違っている、なんか、心臓マッサージもしたらしいじゃない、面白い(?)僕は隣の出場者の女性の頭を食べようとしていたらしい。ソフトエロも忘れず胸を揉んでいたらしい、へっへー、得しちゃったな、顔全然好みじゃなかったけどー(?)通常ならこんなハプニング絶対逃さない、逃さないったら逃さない、「もうね、後頭部見た瞬間からビフテキって見えていたぜ(?)」なんだけど、そんなの言えないよ、言えない言えない、目覚めた時には記憶というものがとぎれとぎれで、失語症に陥っていた(?)中には記憶喪失という者もいたらしい、それ以来、本当にそれ以来、大食いという言葉を聞くたびに、思考停止する癖が身に付きました、アハッ(?) *284たぬきさん、たぬきさん、放送禁止用語って、知っていますか?へへへ、奥さん、ここにね、すごいやらしい薬、があるんですよ。旦那さん、野生の獣、ケダモノになる、納豆おくらトロロのサンシュの、ねばねば神器、そして、クワタケイスケ叫ぶメイギ、ィ(?)あざらし、まむし、精力の、つくものこれでもか、と詰め込みパック、もう品質は真空パック、使いやすい折りたたみの、パック、奥さん後ろからのバッグ。 *283It's a new era説明は時間の流れが作中時間から離れるために、密度の濃い描写によって一定の効果を与えられるけれど、反面急速に臨場感が失われてゆく、絶望的なほどに、だ。対空ミサイルみたいな叫び声も、突如生まれた異次元の穴でさえも、考証や理屈なしに浮かび上がっては来ない。きっと「説明」とかいう四角い箱が、特徴や、個性以上に、反抗や屈折をも内包する文化思想があるのだ。だから「説明」の中には何が入っているかわからない。情報や知識は移転によってこそその力を発揮する。大小のインストラクション、レパートリーがあり、カウンターがあり、それを移転するためのパレットがいろいろ動く。いつか「情報の建築物」が見えてきたろう、何もかもがプログラムなんだよ、号令から数秒のタイムラグを経て、インストラクションベイビーが生まれるのさ。わからない?ちょっと大丈夫、ついてける?いいえ、そう書いたのは荒らし。在宅ワークさながらに二十四時間凄腕の荒らし。人の迷惑をまったく考えていない、様々な人に挑発しまくり喧嘩売りまくり、法律問題を難なくクリアしてきたラッキーな荒らし。頭が痛くなくても頭痛は起こせる魔法みたいに、その文章の羅列によって誤植がいっぱいの、観察対象と相互作用を得る、演技のノウハウではないけれど口に出してみる、声をキャラクターに合わせてみるというのがある、少しの失望と、予想通りであったことへの納得感とが、入り混じった溜息のあとに読み返しながら、適切な工夫が稲妻のようにすばしこく、魔法仕掛けの絡繰りを作る。でも、生物は負のエントロピーを食べている、しかし情報生命体としての秩序をつくり、これを維持させたり代謝させたりして、無秩序すなわちエントロピーの増大を拒否している。秩序とは保守的、頽廃的であると同義だけれど、生きている生物体の空間的境界の内部でおこる、時間空間的な現象のあらわれだ。ラウドスピーカーが導き出した声も。応答せよでドアを蹴破って建物を全壊させてみたい、その一瞬で神の懐に飛びいる、VRゴーグルなんかなくても、偉大で自由な自然な営み、そこへと吸い上げられてゆく。それは理解能力に支えられた火宅から逃れるようなこと。昨日や今日や明日。世界や宇宙。そんなものを知らなかった子供の頃、物心つく前に戻って、表情を忘れた檻の中で本物の自由について考えてみたい。その質問が終わって、人間であることが問題となる、いや、実のところその逆なのかも知れない。隣の星をすりぬけて、併行世界の道を渡り歩きながら、いまが生まれているこの一瞬を刮目せよ。 *282殴る殴る、着ぐるみの中で、頭に剣山が刺さっても、カッターナイフや鋏が刺さっても、血が流れない。ロボット。アンドロイド。拳を相手の鼻めがけて振りぬいた時、鼻血が流れるまですべてはデフォルメされている。強調された腕力がマンモスを引きずっても、それで、殴ることはできない。誇張された百戦錬磨具合でも、地球を壊すことはできない。表情も終始変わらないポーカーフェイスでも、眉や瞳は動く、息だってしなければ窒息死する、人間だからだ。簡略化され、変形し、鬼殺しとなり、神殺しとなり、リーサルウェポンとなる、でも、銃であっという間に死ぬだろう、鍛え上げられた鋼鉄の肉体も、何の脅威にもならない、それでも弾力や飛躍や刺激を求めて、コンクリートに人型でめりこませたい、破片が宙に舞い、砂埃を立たせたい、それによって風が生まれて頬が切れてほしい、殴る、鯨のどてっ腹に穴を開ける震撼の瞬間を刮目せよ、殴るという行為のたびに血管が拡がり、汗腺が涎のように垂れ、心拍数が跳ね上がっても伝説は続く、真面目な考証など一つもない、趣は備えている、けれどただの一つも人口に本来膾炙すべきリアリティを持っていない、パンチ力をあげたいなら肩まで入れなくてはいけない、叫び声も重要だ、静かに殴る、顔一つ変えないで殴る、それは暴力ではなくイジメの類だろう、デフォルメとはつまりイジメの現場を綺麗に表現したもの、格闘漫画の真実を見抜いたあとで君は正しく漫画を読めるだろうか。少女漫画ポエム系のぶりっ子で、社会派を気取った青年小説は御託だけの産物、嘘がいけないんじゃない、嘘をよりよく理解しないのがいけない。 *281デッドマンズ・ハンドDead man's hand放課後、学校指定の鞄が、こんなに猫の耳に見えたことはない。うわすっげえ美少女とかいうことは抜きにして、「時速百六十キロの赤い眼の怪物モスマンについて、どう思いますか?」は結構キタ。色んな意味でキタ。自動販売機は開いていて、そこから異世界への入り口がある、ところで指向性を持つ波や粒子の流れをビームと呼ぶ。つまり電波もイッちゃったもオタク性も、「最近知らない人に声をかけられたでしょ? それ、この世の人じゃない可能性がアリマス」も、つまり美少女天然ビーム。それを受け続けて脳が狂うか、それとも眼福なご拝顔を注視してよい権利を得るか、声や息ともども、百合するかを選ぶのが一種のこの難題。それを「ユリシーズ」と呼ぶ。だからきっとあなたは「百合子ちゃん」って言うのね。彼女は、スポイトで雫垂らしたような綺麗な眼をしていて、睫毛が長い、そして、今日も今日とて、アメリカは陰謀国家で、日本は宇宙人とコニャニャチハする。美少女すぎて学校の靴箱がラブレターでパンクした、彼女はその時も、「指の間が水掻きになっていないかな」と本気で言っていた。みんな最初はキャラとか、設定とか思っていた。だってキラキラした美少女、嘘もアクセサリーの一部、そのイミテーションが宝石より美しい。だけど少しずつわかってきた、ラブレターはパンクしても、休み時間、昼休み、放課後、彼女から一人ずつ離れていった、半熟卵にナイフを入れるようなもの、彼女は「モノホンのキチガイ」だった。「うん、メアリーセレスト号見たよ、あと、カンブリア紀の金属ボルトも―――」と言いながら、じっと見つめられた瞬間、こそばゆい、これはきっと恋なのだ。濡れるパニックでスリルフルな延長戦の開始、わたしは選ぶ、改造手術をしながら、実は左眼には千里眼がある、そして彼女の頭を撫でる、美しい、可愛い、そしてわたしは彼女を誰にも渡さない。 *280 ミッドナイトポリスメン ピッキングをしてドアを開けてから、素早くナイフを抜いて逆手に握り返してドカリと突き立てるスタイリッシュな犯罪、車がないなら盗まなくちゃいけないよね特務課に配属されて厚い鉛の壁を感じて久しいけれど数語を費やす必要のある作業をステーキハウスでチェーンソーを持ち出すような具合で鉄板ごとテーブルごと鯵の干物して許されると思いますか店員が物を落として静物画、そう、STOPモーション人物画、持ちあげられないダンベルが電子レンジの音と共に出てきたろう、イモビライザー。キーに埋め込まれてるトランスポンダと呼ばれる発信機と車両のコンピューターが持っているIDと照合して、それが一致しなければエンジン始動を許可しないのだが、ケーブルとコンピューターを高速起動、爆弾処理でもするように暗号鍵をぶち破るハッカー仕様の接続の仕方をしてブレイクダウン、オセロゲームマインド、完全勝利なんてない完全敗北なんてない、けれどもマイナスドライバーを小さな汚れた覗き窓へ無理矢理に滅茶苦茶にロックオン、オウンゴール、口ごもった、罵りたかった、でも陰気に濁ってしまう超法規的措置という言い訳が通用するこの理屈は異常な検挙率と両親が政治家だから、もっぱらは後者、痺れるような感覚に涙が溢れそうになるのは感傷、市民を守りたい、人の力になりたいって胸を張った、大して似合いもしない警察官の服装をだぼっとさせながら心がその隙間を埋めていた数年前の脳内処理が追い付かないフィルムを逆送りするような溶解具合、何を見せられているんだ人間の罪を見つけ出す仕事をしている側が、徐々に犯罪の密度を濃密化させ、足を踏み外し、溝に片足突っ込んでいるハンドルロック、ブンと力任せに砕いてゴリラですか、てか何でアンタそんなに手慣れてるんですか一度や二度じゃないもう絶対に十数回はやってやりましたよみたいなそういうタイムトライアル要素さえ感じるゲーム性のたまもの、静かな闇の中で息を殺しながら警報装置が鳴らない秘密は無線スパイラルもう何を聞いても驚かないよ仕事しようぜ、ブレーキを握り、イグニッションボタン、さあおいで、クロード・ルルーシュのような映画のような雨が降っている暗澹たる天気模様さながらの助手席で巨大な大腸のような夜の都会、ガラスに張られたスモークフィルムが暗中模索のただ中のようで洒落にならない人間を傍から眺めているような、ダッシュボードに埋め込まれたカーステレオ、速度計、俯瞰しているような、どこかで蝋燭が消えたような、もう予告編付きの三本立てでお腹いっぱいなのにこれからマフィアと血と肉と骨の麻薬的な取引現場へファイナルアタックするところ、飴でからめられた深夜の二時、この新しい未知の感情は絶対に好奇心じゃない揺らぎ、恐怖さえ覚える憂鬱と名付けたい記憶の中にきっとこの謎を解く問題の鍵が隠されているらしいことに気付いたのはいいけれど光を、水溜まりを、流線型が切り裂いてゆく時速百五十キロのジェットコースター畳みかけと感情の高まりによって速度を増したまだまだ全然終わらないノンストップアクション、映画に撮影や撮り直しやスタッフがいることがどんなに有難い救済装置か調和かと気付くほどにこの男の破廉恥な感触、警察ですよね、同じ血の通った人間ですよね、真夜中、笑い声が響くエンジンルームの白熱、神経の末端じゃ恐れと不安を感じても独断的な正義が蠅のようにとまっている、町が平和なのはいかれてる奴等がいるからだぜ、考えればきっとなんだって変だぜ、ヘッドライトは小さいけれど確かな二つの鬼火、思考の有限性と肉体の無力感の共鳴作用あじわいながら港の倉庫へ宇宙開闢の瞬間思い出していたところ、てかどうでもいいけどさシートベルトだけはちゃんとしようぜ、しよう、お願いだから、お願いしますよ部下からの一生の頼み、付き合わされる側に立ってよ、もっと思いやってよだから長く続かないんだよ教育って大切すげえ大切。 *279沙漠desert木も草も生えぬ沙漠があった。南極も沙漠なんだということを思い出す、降雨量が少ないところをそう呼ぶからなんだ、別に雪に砂の成分が混じっているとか、こじつけなくていい、口内に国旗と紙吹雪と桜吹雪でえ、なめてやがるよな、いっとくけど、楔のように的確な食い込みがあるからな、あずまんが大王で高校生の頃打ち込んでいたものは何ですか、―――楔!大和絵見ていたら突如いきなりのモザイク具合。沙紋に蛇が動く、昆虫が動く、昔の詩人ならざっくざっくざっく、とかいう擬音を使う。大正の詩人は病んでいる要素を持ち込みたがる、でも貧しい、救いがない、暗くて愚か、接点のボルトのつけどころがいつも底辺社会から見上げる。いまは中流階級具合、けれどそれがどんなに病んでいるかは別として、ハードでタイト、こんな風に突然沙漠が生まれたりする。よくあること、あのねすみません、よくあること、ラノベ脳ではよくあること、文明の中の足りない気持ちが沙漠を生み出すんですね、したり顔のコメンテーター、鼻毛伸びてたらいい。あと、眉毛ちょっと変だったらいい。ね、うしおととらって、牛が虎と戦う話だよな、俺にもわからない、読んだことないから、いい加減なことを言い続ける、エスカレーターでアキレス腱グッグッと伸ばすようにね、見ようによっては陸上競技アピール、これから百メートル走りますよ、いっとくぜ、ここでね、ハリーポッター、メキシコの詐欺師。トムクルーズ、アメリカのナルシスト。一着、ドラえもんのび太と、誰もいやがらねえ沙漠。とにもかくにも、ああもう靴の裏の顔さらして、沙紋はぐにゃぐにゃして、いつかの蟻地獄のシーンを彷彿させる、フンコロガシみたいな気分で。コンビニゲームを放置プレイしているみたいな、刻一刻の変化も予測される動き、だからマトリックスのイナバウアーする、誰も見ていないけれど、見られていたらきっとこれは、型の中のセメントのようにガチガチに固まってしまう。旅は孤独な方がおかしくて楽しい。上がってきたテンションが凄く邪魔、下がってきたテンションが凄く邪魔、―――帰りたい。この場所には汪然たる憎悪を感じるけれど、足を取られるよりは、スパイ然とした格好で戦闘機に追いまくられる方が、いくらか張り合いがありそうな気がする。言ってくれるね。言います言いますあのね言います、それはきっとヒッチコックへの憧れの仕業、ロングショット、そしてズームイン、さらさらとした、この沙はパウダー状で軽くて実体がなく、誰かが裏に回ってプラグを抜いたら、すべて消えてなくなってしまいそうな気がするんだ。さらさら落ちてゆけよ腐海の地下空洞、前述した理屈でいけば、これだって泡だ。ね、ナウシカって大人びた女性で、ああいう女性がパ ンチラしたら、したらですよ、したらね、すごくいいんだ、これが。絶好のシャッターチャンス。最高のドラマティックシチュエーション待つ。―――馬鹿か、現実を観ろよ。標識等の底についた錘のように、目的や意志を選ばなかったら明日本当に死んでしまうだろう。あんまり皆さんご存知ないようですがね、沙漠研究家のわたしには、エッエッ、エーッ、わかるんですよね、よね、凪の時があるんです、この静かな静寂が七百年続きます、七百年の孤独という小説を書きました、パクリではありません、確かにちょっと似たようなところはありますけど。ってアホなことを考えている俺は絶好調。世界平面説でいいから、砂も水のようにさらさらこぼれおちていったらいい、―――病んでいる。モーメントは、ねじは、この色は波動のように伝わる、悠久の時を歩く駱駝のこぶを水だという妄想をして、オアシスは宗旨の違いで貴人の体を持ちながらも、いささかも、ちっとも、忍んでいるけれど現れてくれなくて、ナスカの地上絵とバミューダトライアングルがごっちゃになって、判断および意識を面倒臭さを経由せずに、行動に向けられるようなコンテクスト。いまとなっちゃコンクリートに現れたベルメスの顔。讃美歌みたいに謳う、ファティマ第三の秘密。今年も又「店じまいセール」の旗を立てると、沙漠の新しい一年が始まる。砂の上に寝ころんでいた上体を起こして流れ星を見ている、かたちの良い真っ白い手、瞬いたものはいつだって白く光る。砂の海の孤独と絶対零度の真夜中、唯一の歓びは特別の意地悪さの恩寵の大星空だ、一緒に旅をしていたのは誰だったのか、もう何度目かの一週間が終わる、ゴールデンゲート橋のワイヤロープのような張りつめ具合で考えるが、いまじゃすりきれたネジに、ハンマーをお見舞いしていた頃さえ懐かしいのさ、UFOが飛ぶかも知れない、エクトプラズム起こすかも知れない、魂の話をしよう、そう言って沙漠に「塊」の文字を書くよ、しかしそれでも沙漠は終わらない。え、なんでなんでなんで?沙漠研究家のわたしにはわかるんですよね、エッ、エッ、ヒヒーン、ワッ、また出てきた、あれはブラックライト衛星、えいぜい、じゃないよ、えいせい、地球外生命体が監視してるんですよね、いいから出て来いよ、もう何でもいいから出て来いよ、ね、沙漠の沙をひと掴みしたら、中身が溶けだした、ぐにょりと、した、ズルズルに剥けていった、七百年間の孤独、それはもういい、でも、あ、意識が、言葉が・・・・・・。―――真っ暗だ。 *278I wish we were together資本が、ビジネスモデルが何だ、それが人間の芸術を、蔑ろにする、根拠になりうるのか、喪失は欠落ではなく新たな扉だ。労働は呪いだ、でも煩悶や懊悩や憐憫の中じゃ、新しい遊びが始まってる、単純だけど難しい、コンビニやアマゾン、心理学や、コピーライト、分析手法に、マーケティング、一能一芸に達そうとして、最後には第一義と信ずるものを、探すんだ、捕まえるんだ、物語を語るように、世界をよく見よう、あるけれど見えないもの、ないけれど見えるもの、見つけることは、得意なんだ。不幸は蜜の味、熟練もいなければ、信念すらもない、この時代の桐一葉なんだ、少なくとも、胸の中の小箱のなかに秘めたもの、箱庭の楽園にした。きっともう一人いる、世界は自由に育つ才能を欲しがってる、そして僕は物語の才能を欲しがってる。 *277二人だけの距離distance between just the two of us多分、階段を上ったのだろう。眼と眼の間に頻りに影を躍りかからせながら、目盛りが一つずつ上がってゆく、夏休み。人の心を見通すような黒い瞳、花火大会に誘うつもりだった、ショッピングに出かけて海にも誘うつもりだった、フライパンの中の油が急激に上がってゆく。最後までちゃんと眼を通してみればいい。水からあげた草がしおれるように、必要事項、適切な無知からくる不安の一言。何処で間違えた、喜劇的現実の過剰、それともこれはそっくりそのまま悲劇的現実の感情。どうすればいいのかどこまでも正直に。中庭の掃除の放課後、歩道の割れ目から覗いている一本の草、「いっとくけど、草にも感情はあるんだぜ」とか言いながら、除草剤ほしいとか言って笑わせた。火葬場の幽霊とか噂されているしみ、見ようによってはロシアのおじさんかも知れない、浮かび上がってきた、アメリカの芸術家。意識の麻酔がかかるよ。誰もちゃんとやってないよ、適当にやればいいよ、最近見ている大きな蜘蛛の巣もきっと彼女は見ないで、レレレのおじさんになって、長い夜と眠りで隔てられ、心臓が咽喉がこみあげてくる妙な気分で。眼に見えるような気がする、もう一度、ぴくりとも動かなくなってしまった屋上の非常階段の前、風が凪ぎ、吹奏楽部が鳴らしている、空の表面に静かに寝息を孕ませるように、何処かで救急車やパトカーの鳴き声が聞こえ、グラウンドでは金属バットのカンとした響きが、聞こえたかも知れない、蝉の声もしていた?濡れた紙のような剥がしにくい記憶、怒っていた? どうだろう、「掃除に来ないから呼びに来た」という一言には、おそらく胃の底に穴が空いたような飢餓感がある、一体箒を何度バットにして打ち返そうとしてきたと思う?一体いつになったら過去はボールになってくれる?彼女は「その人、誰?」とは言わないのだ、黄昏のうすっぺらいヴァイオリンみたいな顔をしてる。インパクトの瞬間、覚えてるんだよ、どんなにバッティングセンターで打ち返しても、ホームランのベルだかサイレンだかが鳴っても、一番大切なことが抜け落ちている、彼女は「呼びに来た」というわけだ。物語は不幸なる閲歴、語れば語るほど不幸になるんだって思えてくるほどに、さ。といって何だよ、白状させたらいいじゃないか。学校の門の前で見た時から、隣の席になった時から。嫉妬してるなら嫉妬してるでいいじゃないか、いつも変なことを気にする、白痴や狂人にでもなりたいような気がする、頭を掻きむしって血でも流したいほどに、さ。何百回も夜の寝床で考えたよ、どうして来られなかったのかを見上げた瞬間から理解した、でもきっともう女のことはきれいに忘れていた、隣のクラスだとか、自分が地味であることとか、大きな眼をしてるとか、モデルっぽい体型とか、妖艶な媚び、じゃあ何で来た、どろりとした眼つきには、織り成す様々の影を形作りながら、嫣然なる肢体、時間の床が溶解する、決して届かないという事実だけが、失われたものという過去を決定する。婉曲ながら適切に現わしている、沈黙が下りる、じゃあどうして「泣いたりする」んだよ、どうして「何も言ってくれない」んだよ、夏休みの本来あった予定の再更新もさせてくれないで、避けまくってくるうえ、言い訳一つさせてくれない、色を何段階濃くして、もう何の話をしていたのかすら思い出せない、いまじゃもう何だったのかあの女とすら思えてきている、内部と外部の屈折がきわめて複雑になり、客観がそのま主観になったら、そこにいたのは、いて欲しいのは、―――彼女だった。 *276水族館ラッコがいる。唇をこころもち引き締め、虎模様や。パンダの模様の毛虫たち。の。走査線。違った。捜査線。放課後の昇降口で待ち伏せして、声をかけようとして、息を吸い込んだその瞬間。ミスリード。それから。鳥の羽ばたき。つづけた。シロクマがいる。仄黒い廊下の角、デート向けの照明で、二本足で立っている。違う。懐旧の念とは、取り返しのつかない喪失に、ひたすら苦悩するように、それは彼女が、小さな公園で学んだこと、教えたこと、美しく口角を窪ませ。ペンギンがいる。踊る。瞳が笑った。もっと違う。その場所でパンフレットが覗く、ヘッドフォンンに中指をあてて、何を今更、水族館は賑やかである。 *275女の子の部屋girl's room女の子の部屋ってお伽噺みたいだ。結婚は墓場というなら、そこに導火線のようなものはないのか、とか急に参謀顔しつつ、料理は大切、胃袋ね。掃除は大切、トイレ綺麗だと何か違う。僕は論理的だけど要点をまとめるのが実は得意、分析も得意だけど、やっぱり断定が、ね。でもね、女の子の部屋、この空間カモフラージュこそが、奴等の作戦、てか策略。いいですか、男性諸君、ホモンクルスしろ、ホモゲナイザーしろ、そうすると僕が腹を抱えて笑う、でもね、何かいい匂いするじゃないですかあ、コピーライターのこと鵜呑みしてそうな、ファッション雑誌の言いなりで、流行のったるかしてるような、実にオシャレさって軽さじゃないですかあ、サンキュッパじゃなかった、イチキュッパじゃなかった、でもなんかそんな感じのフィーリングでしょ、となんで急に毒舌入った?(彼女は、)「染められたい」んだ、(あなたが、)「染められるかどうかは別」としてね。でもね、女の子の部屋は生活、僕の人生経験からいって、願望でも、身の丈でも、理想でも、なんでもいいですけど、あらやだわ、そこに自分を投影してる、ね、生活なんですよ。男性は汚いし、綺麗だったら潔癖症だし、スマートだったらホモゲナイザーですよ、もうなんだったら、ホモレスキュー二十四時ですよ、あのね、いっときますけど、僕もホモンクルスですからね、その筋では、いいえいいえ、その筋では。まあいいや、言いたいんだ言いたいんだ、女の子ってヤバイんですよ、全部いたるところ、そこかしこ、美しさや可愛さを求めちゃう、空間定着性、女は家庭を守る番人だった、門の外では違う顔をして、家の中では別の人生や本当の自分を思い出したいんです。それっぽいでしょ、こんなの占いの詐欺手法ですよ、でもね、ちょっと思い当ったら、それはあなたが女の子だからだ。僕は断定が得意だ、だけどね、僕の断定はそこらへんの馬鹿とふた味ぐらい違う、なんでかって言ったら、僕が心理学とか哲学とか持ち出す詐欺師ではなく、生粋の占い師で、大抵のことを直感で引き出せるからですよ、そういうものをぎゅっと詰め込む、ほらどうでいどうでい、無意識のうちに胎内回帰願望させる部屋、虫の息の病室ではない自分の部屋を、終の棲家を、箱庭の楽園を想像させる部屋、あのですね、地球儀はまわっていたんですよ、地球のかわりにね。世界はやっぱり丸かったんですよ、表面上はね。 *274身にまとわねばならない政治性Politics that must be acquired僕は僕のために、君は君のために、人の心を見通す必要がある。たとえ歯車が最後の動きをしても、いずれ歯車は最初の位置にぴたりと停止する。万人向けの正義が存在しないということは、万人向けの悪は存在しないということだ。つまり「正義」や「悪」というのが、焦点の乱れそのもので、ひとたびつつくと蜂の巣、無数の蜘蛛の子が飛び出してくるようなもの。主義や主張、色彩や立場の頃はわからなかった、その現実や思想は、政治だ。「他人が語るものであって」も、「自分が夢見るものではない」もの。政治のことを考えていると、正義や悪というのが腐敗の状態ではないか、病原菌に犯されている状態ではないか、という考えが浮かんだ。正義が光で、悪が闇。窓を開ければ明るい、窓を閉めれば暗い、そんなどちらかの精神状態。心理学的効果。間違っていたら十字架、魔女の裁判。生贄。正しかったら拍手喝采、銅像。でもきっとそれは「洗脳」というのだ。恐れずに言えば、洞窟の中の蛇の巣か、洞窟の中の財宝。その境界線は暗い水のように揺れ、その立ち位置は黒い鏡の謎めいた光。「生活は続く」と言えなかった、「生活を終えたかった」からだ。人が正義や悪を欲したのは、集団生活における規範で、正当な罰、後ろ盾を欲したからだ、それはいまや口の中に入り込み、原始時代も現代生活の何処にも、あてはまる冷笑を残して消えた。「一人の正義」は中庸か、独りよがりか、叡智の微笑か。「一人の悪」は乞食か、革命か、限りない沙漠の海か。 *273Zoom down, zoom up幻想的なまでに凪いだ水面そのものよりも、何光年もの深さに映り込んでいる星の光。無関心こそ人々を侵す病悪で最悪のもの、だから―――。ぎらぎらとまばゆく晴れ渡ったこの地獄をお見舞いするぜ、霧が深い繊維になったら疑惑が常に事後の後をついてくる、高圧プレス機で車を一枚の鉄板にしてしまう、酔い心地のような青草の匂い放つ大通り、花の群れは緋色の焔に変わる、黒い蝶の二十一グラム、まだ飛蝗の大量発生も見たことがない僕等に、飛行機が与える皮を剥いた茹で卵のような感触。あの時なんてないよ―――。暗闇から出てきたばかりの「真夏の太陽のような真夜中」鎌のように鋭く、網膜を突き破る、角膜を焼くぜ、視神経を狂わせる電気を帯びた毛細血管を浮かび上がらせたこの街並み、アンティキティラ島の機械。表面的な形式ではなく、観念の改革。―――表面上のモーションに牢獄の扉隠してる日々など。若さが触れれば何もかも燃焼力、浸透してきて服や髪を染める、ドキドキすることを探した、真っ暗な部屋の中に飽きたら、真夜中の街を歩いた、スリルを求めて、息を殺して水滴を啜った、この洞窟の中の影のように見える都市のもう一つの姿、まだ見ぬロールシャッハテスト、五感を揺り起こして叩き起せよ、歩き方も、見え方も変わる、波打ってゆく楽鳴るごとくクラクション、赤い光が一筋と、ひぐらしの声。二十世紀を黒の章にしたのなら、二十一世紀は弘法の筆。響き渡った―――。誰が作ったのかも知れないシチュエーションとともに、幼く、いとけない表情を見せながら、一人歩道橋を渡った、機械が予言した、セールスマン問題を量子した、無くした旗も、永遠も自由も、下劣な白日の残忍な微笑、隣人思想も、共同体思想も粉々に砕け散った後でも、陽炎の買える街、蜃気楼を閉じ込めたブラウン管を売る世界、椅子の足を蹴りつけよう、フライング・ヒューマノイド、とりとめのない放心と虚脱感、「まだだ!」まだ飲んでいないコーラ・・終わらせちゃいけないコーダ、ムー大陸も、アトランティスも必然の型。クールなラインの頬骨を皮膚病にしてフォルマリンの花咲かせる、脳味噌だけが唯一の手掛かり。カウントを始めるんだ、もうゼロから目盛りを動かす時。身をよじれよ、ぽっかり空いた二つの窓から、音のない記憶として頭の中にはっきりと残るモーメント、バンバンとテーブルを叩いている酔っぱらいの姿、頭の中が急にざわざわするこの感じが爆発する、―――覚醒する。急速に興奮が高まって錆びた鉄の味がする、命だ、心臓が高鳴っているから喉の奥を締め上げる命だ、息はせりあがって来る、命だ、他人と対立する、野次馬がうねり、ルサンチマンが膨れ上がり、シュプレヒコールが高まる、耳を塞いでいちゃ前には進めない、そんなの知ってるんだ、誰だって不安だ、みんな一緒だって言い聞かせてれば楽だ、もう二度と帰ってこない昨日、まだ見たことのない明日、でも夜は逃がしてくれない、教科書や参考書にカリキュラム、自由研究に卒業論文にフィールドワークきっと逃げちゃいけない、その一瞬が人物を描き忘れた風景の中の化け物、モンゴリアンデスワームを夢に見た夜、急激に収縮し、瞳孔が拡張する、レンズの底に映った、日に日に朽ちてゆく腐ってゆく都市のもう一つの姿。一瞬開花見せた絶望と、限りない希望で塗りたくったハレーション、世界中が本当に夢見てる化け物が、眼の前に現れるぜ、そいつは心の中に巣食っている、極限的拡大、爆発的増殖、痛みと鬱陶しさと甘えともどかしさ、生存権を拡大せよ、弱者の淘汰を行え、文明が人間の進化に語り掛ける唯一無二の声、お前の力で全部ぶっ壊してしまえ、あるべき姿を、欠落を、心臓を、視界を、生とかいう生半可な不安定な状態を。もう他人に語らせるなよ―――。 *272some day(「いつか」)『時の止まった少女』肩甲骨の辺りまで伸びた髪と一緒に振り返る。キャンバスは潔癖な純白、そこにいかにも固い石ころのような黒が忍び寄っていく。たとえるなら赤外線カメラ、そこにうごめく人間模様と朝が始まる。三人は文殊の知恵とか管轄を超えている、四人からは神聖な労力、麺麭を持つが如き労働。とか言ったって、土台をしっかりしていれば、話す訓練をすれば、人付き合いを重ねればいつか段取りよく進む。「(素晴らしい言葉、いつか―――)」死やセクシュアリティ、欲望、他者とのつながり。静かな眼の色をして、スマートフォンの前の行為のように、クイッと指先を動かす。頭の中には速度の緩んできた独楽があって、ビデオゲームの中を歩いているようなフィクションの中。黒ひげ危機一髪だったら、そろそろ黒ひげが飛び出してしまうところ。拳があがって、鬨の声―――だ・・。不安を与えるすべての痙攣を白昼夢のようにとらえて、足取りふわふわあやしき開店準備、いらっしゃいませ、だ。頭の中に地図を思い描くと、マイノリティや、アイデンティティが浮かび上がる。乗車率が二百パーセント超えるような具合で、今日も地下ケーブルや電線、たこ足配線でぐちゃぐちゃの、「わたし」にネジを巻いて、束の間のメリーゴウラウンドを味わっている。“おはよう”を黙って感じ取っていく、“今日は元気”は根底に流れている祈り、嘘もなく。内部空間に光を射す、“明日”が、非業な死を遂げた亡者の一遍の廻向でも。“未来”が、綺麗に刹那に忘れ去られてしまう知覚でも。「役の交換」をしてみよう、「他者の立場に想像的に身を置く」ことをしてみよう、「言葉」を翻訳してみよう、「世界中の言語であますことなく一瞬の美しさ」を表現してみよう。綺麗な発音、綺麗な声、綺麗な肌、綺麗な髪、綺麗な瞳。顔の表面だけスッと表札に変わって、全身何処か遠くに飛んでいってしまいたい症候群。ロアノーク島集団失踪事件の始まりだ、さあ、聖ヨゼフの螺旋階段の始まりだ。っていつまで、続けるつもり?いつまで、欺いて、誤魔化して、緊張のあまり顔の皮膚を強張らせ、砂でも貼り付けているつもり?足掻いてみよう、藻掻いてみよう、いつかあなたが言ってくれたように、「人と違うこと、苦手なことを克服することは、それによって、もっと素晴らしい人間になれるチャンスを得るから」視覚的に捉え難い「光」を可視化しようとした、眼には見えないけれど、「太陽から確かに届いている紫外光」を―――。 *271summer photography昼寝して、お弁当食べて、オーマイゴッドフィンガーな、モザイクかけたい、他愛ない夏の一日が終わる。迷い子の蝉、波に打ち上げられた麦藁帽子。うまくシミュレートできなくても、ケースバイケースは続くの。でも心の中には、もっと何か美しいもの一杯あった、フリーダムな、ディフェンス、その日には満ちていた。狡いなあ。家に帰ったらカレーライス、金曜日はいつもカレーライス、好きだけど美味しいけど、アマゾンにね、急いでお願いしたい、刺激的な人生、ウーバーイーツですぐ届けて欲しい、白い包帯頭に巻くから。けれど美しいものはロイド眼鏡した、ジョンレノンが教えてくれた、イマジンは結局何でもないから、美しいに違いないということ。砂浜は何万粒もある、その中にダイヤモンドが紛れていてもわからない、って言おうにも相手はいない、印象論レベルの文明群像劇、少女漫画じゃ繊細な描写をキメてくれる、バキバキのベキベキで。ぴなこらーだ、はないし、びーちぱらそる、もないし、びーちべっど、もない。ないないづくしで、事故で処理されるレベルの案件。思わずシャッターを切られたよね。スプラッシュマウンテンごっこ、ナスカの地上絵ごっこ。アンチというかカウンターというか、横隔膜おさえてポーズ決めてパチリ、手を頬にあててパチリ、ピースサインしながらパチリ。中国式モデルは一分間で、ポーズを変え続ける。たおぱおがーるず。一日で十六万稼ぐ人もいるらしい。すごいなあ。あたしは朝に食べ残したパンが、テーブルにあるのを蟻のような眼で見ながら、電子レンジに入れるのも面倒くさくて、その上にジャムぬっけて食べるシーン。粥状のコンフレーク。ぬるみきってよどんだ味噌汁パターンもある。締まらないけどしょうがない。しょうがないから締まらないでいてあげてるの。あたしのヒーローは、ココ・ロシャで、ふしゃーっ、と両手上げて、片足あげてた。あんなの見せられたら、チョーカッコいいと想っちゃう。ココ・ロシャ先生なら、きっと食べ残したパンも格好よく食べる。踊ります?そんな感じだ。食べ残しのパンサイコー。言わないと思うけど。髪が少しずつ伸びて、ショート、ボブ、セミロングを経て、最終的にはロングヘアーになった、シンデレラストーリーは友達との夏に消えそうだ。親切、気遣い、感じがよい、とかいう、優しい人の罠、スポットライトが、もうすごいことになって、ハウルの城がありえないほど動いてる。ラピュタも見えたよね、トトロもいた。濡れた犬はぶるぶると水を振るい落す、シャワーシーンはこれから、何にもない言葉の意味の重さ、軽さ、そのどちらとも計りかねて、忠実に、心静かに、見開いた眼を空に向ける。少女は子供から、大人になる、とか考えて、真っ赤になる、馬鹿だなあ。馬鹿なもんだよ、でもそれを認められないから、意地を張ることから下りられない。簡単なことじゃないよ、覚悟がいる、失ったものに釣り合いを保とうとさせる努力、星は背伸びをしなくちゃ届かないし、混ぜすぎた絵具はどんなに溶いても、美しくはならないから。ナウシカがキツネリスのテトを手なずけるの、波、夕暮れ、真っ赤、おお!まったく何の意味もない、だから意味はあるのか、いいえまったく何の意味もない、少女は大人に一歩すすんで、二歩下がる。ぶれいくだうん! *270gap between civilizations生物が捕食者の目を眩ませる「擬態」は、「迷彩」という戦争技術の着想源となった。ファインダーには、都市の高層ビル群を映し出す時、現実の次元から虚構の次元がたちあがる、横が狭くて縦に長いゲートの空間が示されるように、ピアニストの指が置かれる白い鍵盤が見えてくる、このスタイリッシュな煙突帯は、カモフラージュされた現代の樹木のようなもの、世界の寸法をはかるのに欠かせないものだ。差異を塗り潰して同化を強いていく、繁栄とはいいながら、抑圧的な構造それ自体の可視化―――。きっと最初はそうではなかったのに、一本一本と増えてゆくごとに、反復強迫的な強度が高まってゆき、それは繰り返されてしまう理不尽な暴力への怒りであり、そのような状況や権力関係に対する疑問や抵抗を、不可能にしてしまう無知や情報統制への怒りであり、ルサンチマンである時、卒塔婆とか墓標というイメージが定着する。立体視になる、二重化され、生成される、「振る舞い」と「状況」がふと浮かぶ。たとえば演劇の舞台と観客の座席とが一体化し、出演者らしき人々も、スタッフも、演出家も、カメラも、なんの法則もなく、自由意志によって上下左右に移動している、退屈をしている暇がない・・・。子供達の無垢な姿を撮影する時、失われた時代へのあこがれが強くなるのは何故だろう。フレームワークを用意して、その軸に五感や、季節や温度を当てはめてゆく。高低差が富士山より低いということ、たとえばそれは秋、朝の水滴が残っていずれ白い息となるのを控えている。豊かな精神世界を、より身近に俯瞰できるように、ビルディングの要素を並べてみる。たとえばビルと敷き詰められた石、自動ドアから見える受付、適応してきたか、侵食されてきたか、洗脳されてきたか、会社の由縁でもあるような樹木、現代人が抱えている孤独に対するメタファーのような、何の変哲もない自動販売機、昼寝をするのに良さそうな公園、腕組みしている白髪の老人・・・・・・。箱庭的世界の所有と管理、そこには登場人物がいる。登場人物に投影されてゆくシナリオが強ければ強いほど、遊離感が強くなり、もはや引き起こす想像から、向けられた視線から逃げることしかできない。妄想的に相手の思惑を決めつけても、過去の類似事例の経験則にすぎないことを、君も知ってゆく。奇妙な後味を残す、ルース・ファン・ビーク。動物の脂身や骨のようにはいかない、この荒廃には意味がある。バッハの平均律みたいなものだ。ややもすると忘れてしまう自己充足的なものの中の異物。痛みだ。蓆をまくれば濡れた灰、木乃伊になりそうな、発動機会へのアプローチ。この感じを出せないものかとずっと思っていた、きっと、それ以外の条件がまだ十分には揃っていなかった。幾何学と同じように正確に事実を表わしたい、飽きるということがなければ常に新しい発見がある。それがただそれだけでなく、もっと深い気分で書かれた。即ちそこに暗示の目的がある。流れる時間とは無関係な世界に留まっているという時、この暗示はただ一つの概念を描いたもので、すぐその物、その行、その言葉が発散する暗示になっていない、そのことで通りの騒音も、ニュースのピックアップも消える。カモフラージュされてゆく、カモフラージュされてゆく、カモフラージュされてゆく。長方形のビルが燃える焔のように揺らいで、青みを帯びてぞっとするほどの凄みがあるだろう、水面の波紋のように揺らいで見えたら、超音波みたいな音が聞こえるだろう―――か。雨上がりの街に虹の付け根が刺さっている文明。二人の間に想像の皮膜が存在していることを、確認するためのトレーニング。像には無数の歪みが発生する、「見え方」や「感じ方」は一つの契機にすぎない、不都合なものの排除と隠蔽が常態化し、もはや視認不可能になった日常の風景が見えてくる。バス停に鳩がいても、駅にピエロ姿の人がいても、あなたは注視しない。知識からはけっして生まれえぬ叡智の一瞬なのに、いやにふわりとした寒天や真綿が詰まっている。ねえ、まだそんなに経っていないはずなのに、まるで夢のようじゃないか、と思う。夢、あるいは本当にそうなのかも知れない。誰も死んでいなくて、誰も生きていないのかも知れない。 *269How to prepare for terrorism in case of emergency入国時の手荷物検査を拒否し刃物を振り回したテロリストを、制圧するにはどうしたらいいだろう。もちろん銃で撃たれる訓練もする必要があるし、いざという時の防弾服。とはいえ、軍隊、警察などで敵から武器を奪う訓練や、高度な武術トレーニングを受けたことがない場合、拳銃を向けられた時に一番安全な選択肢は、犯人が言うことに従うことだ。カット割りやフレーミングを意識してみよう、風のように渡ってゆく声なき悲哀、絶望の壮観、といったところか。反撃はあくまでも最後の方法だ。できるだけ従順で、協力的な姿勢を見せるといいだろう。いざという時に不意をつく下地にもなる。仮に護身術や、格闘技の経験があるとしても、絶対に勝てるという保証は何処にもない。失敗や破綻や損害が取り返しのつかないことになる。能ある鷹は爪を隠していていいのだ。異常事態というのは、どのような権力や立場や腕力も頭脳もゼロとなることだ。そこにおける在り方は、一瞬の隙をつくことだ。何事もそうだけれど、確率を高めることだ。警戒心が緩んでいる状態、武器を手から離すような状態なら、相手を制圧する確率はグンと引きあがる。このゲームは自分の命が最優先で、次に同じ立場の命、最後にナイフや銃を持っている犯人の命だ。犯人なんか死んでもいいという気持ちはわかる。だが、誰も死ななければそれに越したことはない。適切な状況で適切な判断という考えは棄てよう。ある程度のミスやリスクは織り交ぜたクッション性のある戦略。それだって、しなければいいということを肝に銘じよう。また自己防衛で犯人を殺害した時は、「危険を感じたので殺しました」とちゃんと言おう。もし武術の心得があった場合、力加減を知っていたのではないか、と法廷で問われることもある。迂遠である、固陋である。理不尽なことは枚挙にいとまがない。仮に手錠をかけられても毅然とした態度を崩してはいけない。逃げる際でも、財布を投げるとか、履いている靴を別のところに投げるなどは有効だ。気を逸らすというのは確率を上げることだからだ。的は小さい方がいいが、これは雨と同じ理屈ではないか、ゆっくり歩くのと走る場合でも殆ど変わらないとしても、速く避難した方がいいだろう。また犯人の目的が何であるのかを知らなくてはいけない、これは最優先事項だろう。犯人の行動、ナイフや銃があるならそれから眼を離さないようにしよう。といっても判断が遅い、対処が遅い、間に合わない、といった事態と紙一重だ。必ず間違えた答えを返す電卓「Wrongulator」みたいなものだ。もし殺人が目的なら、悠長なことを言っている間に全員殺されることになる。そこまでいってしまったら打つ手はその場に応じてしかないが、その前なら、心理的に優位に立ち続ける方法がある。犯人と目を合わせることが、それだ。こうすることで、犯人はあなたのことを、人として見るようになる。その時、威嚇や反抗的な眼つきはいらない、社会経験を思い出そう、強い態度には出る釘がワンセットになっていて、弱い態度には相手が増長することもある。普通が一番難しい場面を思い出そう、でもだからこそ普通が求められる場面がある。さて、もしその場面がきたとする。銃口を自分から犯人へスピンさせるとか、銃を掴むなどの方法が求められるような時がきたとする。つまり犯人が殺そうとしている場合なら、一定の領域においての"教え"や暫定的な案に従わず、心から信じるに足るのは生への執着や、死への抗いだ。物を投げるのが正解かも知れない。グループがいて、そのグループで行動するのが正解かも知れない。どんなことでも起こり得る。パニックを起こさず、冷静に息を吸い、落ち着いて物を考えられる状態か確かめることだ。万全ではない、と思う。今現在は加速装置が綺麗に噛み合ったことによる、奇跡的な安定だ。そういう不完全な状態でも百パーセント以上が求められる。そういう時には、状況を一つずつ分析してみることだ。犯人と交渉をする機会があるなら、犯人の顔の特徴を覚えるのも忘れてはいけない。ところで爆発物を処理したりする場合、ショベルカーで持ち上げて、爆発物を冷却・冷凍させ現場から特科車輌を用いて運び出す。映画やアニメでおなじみの設定ではあるけれど、解体作業は爆発有効範囲から処理班以外のすべての者を撤去させ、厳重に警戒しながら行う。時限爆弾やブービートラップ式爆弾、プラスチック爆薬など高度な技術が投入されている、爆弾の解体にあたっては専門家の支援を仰ぐこともある。刃物や拳銃は恐ろしいけれど、殺意のレベルで考えてみると、爆弾というものはそれとは比較にはならない。失敗は即死へと繋がるということは、それを仕掛けた側にも相応の知識や経験というのがあるからだ。ただ人を殺すことよりもはるかに凶悪だ。 *268七夕双方向性の次元間ゲートです、息だけでそっと口笛を吹いて。これを介することで基底宇宙の近傍に位置する他の、並行宇宙への移動が可能です。「タナバタ」その繰り返し感、その選別感、その惰性感。ワープ航行、アクロバティックに誇張された響き、ネジの切れた蓄音機のようにそっと口にする。「タナバタ、ハ、ロマンティック、ナ、日トイウ。夏ノ、バレンタインデエ、ト、イウ」「シュゴイ」それは時空物理学より、空想的で、寓話を必要とする。しかし先を争って出る言葉は憧れ、ばかり。演じている人は映されている人になる、差異の局所性、位相の僅かなズレ。「ハナビタイカイ、ドバドバチュドン、チュドンチュドン、ズババン、マジンガーゼエエエエット、デート、ショクジ、サイシュウテキニ、セクロス」「シュゴイ」睡眠時に夢を見る能力を付与するピーコンより、長い胴体と長い脚が、自然に重なり合う相対次元座標のズレよりも、刺激的です。吉祥天と仁王がポージングを決め合うタナバタ。有効なエネルギーは痙攣を伴った事後の後。吸収し、飽満し、透明になり、タナバタする。「タンザク、ネガイゴト、ヒコボシ、オリヒメ、ヤリダメスル、ヒ。ウワキシタ、コロシテヤル、ウソ、スキスキ、コロシタイホドスキ。コロス、アイシテル、ヤンデレ。タナバタ、マジック」「シュゴイ」日本の九割の女性はヤンキーであり、その半分はヤンデレであるそうです。オリヒメの末裔。一夫多妻制や浮気や不倫を許さない倫理観は、少子化をどうするつもりかわかりません。子づくり、こっくりさん、それは、同じ意味です。「ユカタ、ジョシコウセイ、セカイデイチバンサイキョ、カワイイ、ナンデモデキル、インスタグラムノウ」「シュゴイ」だから歩きます、姉妹たち―――と。これから三年ほど現地にて、潜伏調査があります。大型油圧ブレーカ―の車ごと道頓堀に飛び込む。タナバタのため。「タナバタ、バタバタバタコサン、タバコスイスギ、ハイガンタナボタサン」「シュゴイ」みんな興味津々です。記録情報保安管理部門です。みんな好奇心旺盛です。タナバタ、それが合言葉。 *267八重桜double cherry blossoms八重桜というのを初めて見ました。八重桜の花は普通の桜より大きくて、花弁が多く、重い感じがします。梶井氏の桜はこれではないでしょうか?八重桜の色は薄いピンクと、濃いピンクの二種類あります。桜の前には蒲公英、そして鴬が啼いていました。まるで心的構造のトポロジカルな結び目。凋落と共に萎靡して、「桜は恋の匂いだ」といった髪をふわっと膨らませた、睫毛の長い、ペンシルで眼元でくっきりと引いた、クラスメートの恋愛脳の言葉が耳底に残り、滑稽味を増して思い出され、わたしは平均的、それとも内向的、自己中心的、もしくは模範的?いいえ、これは眠りの匂い、運動感覚と平衡感覚、心臓の鼓動や空腹などの胃腸の感覚、喉の渇きや尿意、それは身体との関係における空虚の名前になる。誇大に傾きがちな罰の匂い、選択の重要性、誰も一人にはなりたくないのよ、誰も一人になれないのだわ。情の深い囁きが懐かしい、いやしくも命ある間は、遊んで暮らす法はない、でも常に楽しい心が必要だわ。陶器のように危なっかしい身体は、ゴム製の西洋人形にはなれない。「油断も隙もならない」の用例は、江戸時代に大田全斎という儒学者が編纂した、国語辞書『俚言集覧』(一七九七年以降成立)にも掲載されていて、現時点ではこれがもっとも古い例らしい。素晴らしいです。靴音が聴こえた。本当に忘れない経験です。擦り切れた布のような、隙間だらけの雲が見える。青はどんな色、青は階段を伝って跳ね上がってゆく、そのままこちらに伝わって来る。いまは遠くにいる友達に、写真ではなく言葉で伝えてみたいわ、美が認識できるのは、それをたまに見た時か、遠くから見た時とナボコフが書いてる、信じられないほどの遠さ、ありえないほどの距離―――を、愛したい。八重桜は桜よりも、二週間も開花が遅い、表面積を求めていたら奥行が発生していて、ヒヤリとした風が冷たい春。習慣からの惰性や、強烈な経験によって築かれた、シーンは後回しにして、ルールやスタンスが嚙み合わなくても、悠っくりと咲いてゆくのがいい、何もすぐに枯れなくていい。 *266 PC ハイブリッドワーク向けの社用PCを検討する際は、 運用面についてもきちんと考えておく必要がある。 もちろん「何もしていないのに壊れた」は“なし”である。 パソコン初心者にありがちだけど、 システムの不具合、怪しいメールを開いた、 コンセントが抜けていてパソコンの電源が入らない、 アプリを多く開いている、インストールした、 アップデートしたなどが原因となるだろう―――か。 ExcelやWordは無料で付いてくるおまけソフトという、 認識だったりすると、 パソコン買うのに家電量販店へ行く、 (別に行ってもいいとは思うんだけどね、) フリーソフトが安全な物ばかりと思ってインストールして、 同時にウィルスもちゃんとインストールしてる、 ということもあるので要注意だ。 こういう人がMac原理主義者になり、 Windowsを敵視するクリエーター気取りになったりする。 それは怖い。 ともあれ、万が一の故障の際に、 どんなサポートを提供しているかは重要だ。 特に働く場所が従業員によって異なる状況では、 不具合が発生した際に社内のIT部門に問い合わせ、 出社して機材を渡し修理対応をする、 という手順を踏むとそれだけでダウンタイムが延びる。 話は変わるが、廉価なネットブックに、 モバイル通信事業者の長期契約(報奨金)を組み合わせることで、 実現したビジネスモデルの百円パソコンというのがあるが、 中には僅か一円というものすら出現している。 安いのがいけないというわけではないけれど、 充実のサポートはやはり望めないだろう。 パソコン修理業者に電話やメールという手もいいけれど、 パソコンメーカーの修理対応で信用度を探るというのもある。 同社のサービスセンターにセンドバックして修理する、 「配送修理」 ダイレクトショップなどの直営店で修理する、 「持ち込み修理」 オンサイト技術者が訪問して不具合部品などの交換を行う、 「出張修理」 そしてユーザー自身が保守パーツを受け取って修理を行う、 「部品発送サービス」などがある。 このうち、持ち込みはオフィスの近辺に直営店があること、 出張修理は製品購入時の契約が条件であり、 後者も他に比べて難易度が高いので、 基本的には配送修理(センドバック)を利用するケースが多いだろう。 ちなみに配送修理は、購入後一カ月以内の不具合や、 「ピックアップ修理保証」に加入している場合は、 指定業者が引き取りに来てくれるピックアップ修理も選べる。 だがまずは公式サポートページで、症状別FAQを参照しよう。 過去の問い合わせから想定する故障の原因と、 概算修理費用も分かるようになっているし、 記載されている診断IDがあれば、 実際にサポートセンターに問い合わせた際も話がスムーズだ。 サポートへの問い合わせを行う上で緊急性が高い場合は、 「電話」や「LINE」 よくある質問は「AIチャット」 周辺機器やソフトウェアも関連する問い合わせは、 「メールサポート」が適している。 業務用PCの故障はほとんどの場合、 緊急性が高いので前者二つを選ぶことになる。 なお、平日は夜から深夜、土日は昼間の時間帯が混みやすい。 問い合わせの際には、 製品の「シリアルNo.」が必要になるので忘れずに控えておこう。 なお、保証期限内の無償修理もあれば、 水こぼしや液晶割れなどの自損は有償対応になったりする。 きちんとした補償をしていれば、 製品が修理センターに到着した当日または翌日に、 発送まで完了する優先的な対応を受けられたりする。 パソコンメーカーも製品を販売するだけでなく、 コールセンターやサポートセンターを既存ユーザーとの最初の接点と捉え、 顧客満足度向上の指標として特に重要視している。 カスタマーエクスペリエンス、顧客が感じる価値だ。 なお、パソコンの寿命は七年~八年といわれているし、 部品の保有期間というのも存在し、 故障しても部品がないので直せないという場合もある。 OSのサポート期間が寿命という考え方もある。 ところで、パソコンセルフリペアというのをご存知だろうか? その呼び名の通り「メーカーパソコンを自分で修理すること」だ。 従来はやはりメーカーに頼むとか、近くのパソコン修理会社にだろう。 なお、ワンコイン故障診断というのもあるので、 どちらがお得かはまた別の話ではあるけれど、 パソコンが得意という人や、なんだったらパソコンいじりたおしてる、 という人にはこういう考え方はよくわかるだろう。 なお、作業の前に必要な部品、道具を揃え、手順を把握し、 曖昧なところがない状態にしておくこと。 思いつきで取り掛かると失敗のもとだ。 次に広く明るい場所、清潔な環境、 緩衝材や段ボールなどの上で、とくる。 意外と忘れがちなのは、逐一の記録だ。 分解を伴う修理作業ともなると、メモや写真が役に立つ。 一度やったことがあるという時でも、慎重な人は失敗をしない。 なお、マザーボード交換や、液晶パネル交換が一番難しいようだ。 というか、そんなことをしようという人は、 自前でパソコン作れる人ではないのか、と思う。 そこはやっぱりおとなしく、 メーカー、販売店、修理業者にお願いした方が良いだろう。 *265scansore題材・切り口・理路が、表面の塗装、不羈奔逸の気がどことなく空中に微動して、曲がりくねった、車両の残骸が散らばる静まり返った道路だ。モルヒネフレイヴァー、白骨格のネオンサイン。鉄のように鍛え上げた、地平を彷徨う獣。随所に際立ちたる陰影を生じせしめ、口にすればそのものに現実性を与える、銀色の水滴と、夜光虫のように密集した通り。昂り―――。
2024年03月01日

264sustainabilityファッションというと、古代ギリシャではスカートをはくことが、男らしさの象徴だということをたまに思い出し、ファッションセンスのある男の子が、スカートをはく、というのに非常に興味を持った。ファッションって、一周回ってくるみたいなところがある。それは原宿とか、新宿とかのイケてる男の子だったんだけど、僕はスカートよりもちょっとオバさんみたいな髪形が気になり、髪にアフロしたらもっといいんじゃないかとちょっと思った。(というような意見は求められていないけど)前から言われていることだけど、通販の女性の服を鵜呑みにするとえらいことになる。いわゆる、変な服を着ている外国人がえらいカッコよく見える現象だ。「I Want To Love You Tender」という曲のPVがあり、いわゆる世界一ダサいPVと称されているのだけど、確かにグダグダの一発撮りで非常にダサいのだが、これも見ようによってはアートと通じるところがあり、この明らかに何かを外している種類のズレから、眼が離せない。ジョン・レノンの妻、芸術家として有名なヨーコ・オノがデザインした、男性ファッションのコレクション、「Yoko Ono: Fashions for Men: 1969-2012」は、非常に意味のわからない仕上がりになっている。ダサいのは一発でわかる、けれどこれを着ているというだけで、「イケメン具合」が跳ね上がりそうな気がするし、そこにポリシーがあれば「本当のファッションの何たるか」を、理解してそうな気がする。まあそれはいいとして、(じゃあ、話すなという向きもあるとして、)この対策として自分の顔をあてはめてみる、というのがある。大抵は、冷静にさせる効果がある。右見て左見て安全確認、が一番確実っていうことだ。(でも着たい服を着ているのも個性ではないかという向きもある、とたまに考える、ブランド固めて「わたし、すごいでしょ?」みたいなドヤ顔されても正直返答に困る)あとね、「ポーズの女王」こと、ココ・ロシャなんだよ、結局。スタイルがいい人なら雑誌のいい感じのファッションAを、そのまま買い求めて、着ても一切問題ないだろう。いや結局模倣だ、そういう経験値の上がり方があると思う。模範解答がないファッションセンスって何だろう。たとえば水着なんかで体型を隠したい人向けの服があるみたいに、そういうのってきちんと調べれば事細かにある。そういえば日本人の顔がはっきり見える服の色は、赤なら深い色合いのカッパーレッドやカーディナル、ピンクなら薄いアプリコットやくすんだ感じのサーモンピンク、青なら深く緑がかったディープブルーや、ナイトブルーなどのクラシカルカラーから選んでみるといい。とはいえ、夏は少し派手な色もいいものだし、冬は逆に暗い方がいいという向きもある。また明るい色が似合う人と、暗い色が似合う人っているものだ。世の中には「自分で思っていること」と、「他人が思っていること」が、ことごとく擦れ違い現象を起こしてしまう人もいる。世の中にはファッションセンスが致命的にない人でも、それが抜群に似合うという人だっているはずだ。(その人が好きな服がその人の世界を輝かせているからだ、)そういうセーフティーゾーンみたいなのを探っていくと、ルックスさえよければ何でもありなんじゃないか、というツッコミをしたくもなるけれど、最後は楽しんだらいいんじゃないかと思う。模範解答のないファッションセンスって何だよと言った後だけど、模範解答ばかりがファッションではないと思う。曼荼羅模様が股間にあったりとか、変なシミみたいな模様がお尻にあったりとか、パーカーのロゴの加減で全然別の意味になったりする服がある。でもそういうのをあえて狙って人から視線を集める手法だって、考えようによってはあるのかも知れない。今でも流行っているのかは不明だけど、中国四川省の成都市界隈のファッショントレンドで、頭から草や花を生やすというのがあった。「宇宙人にでもなりたいのかな?」とか、「環境破壊がテーマなのかな?」とか、言いたくなる。そういう風に考えるのもきっと正しい。華やかなイメージをまとうファッション業界だけれど、実のところ数々の社会問題を内包している。たとえば衣服の大量生産は、(僕は前にジーンズの工場の排水で、川の色が変わっているのを見たことがある、)水質汚染や地球温暖化に直結する環境負荷を与えている。また過剰生産で過剰消費・過剰廃棄というサイクルが、現代におけるファッションの当たり前。衣服の生産や流通、廃棄を通じて大量の温室効果ガスが排出されているし、二〇一五年に繊維産業が排出した温室効果ガスは、世界合計で約十二億トンといわれている。日本国内向けに供給された、衣服の製造プロセスでは、約八三億立方メートルの水が消費された。Tシャツ一着をつくるのに消費される水は、約二七〇〇リットルがかかるという研究結果もある。それにポリエステルやナイロンといった、化学繊維製の衣服を洗濯する際に、分解に数十年がかかるとされているマイクロプラスチックが、河川や海に流入することで生物への影響が懸念されている。ほかにも、カシミヤ山羊の過放牧とか、綿花栽培に使用される農薬による土壌劣化もそうだし、オーガニックではない場合は、ジーンズ一本分の綿を生産するには一万リットル以上の水が必要で、つまりこれは、一人分の飲み水の十年分を消費することを意味し、綿花は全世界で使用される殺虫剤の四分の一を使用する作物であり、この殺虫剤の量は全世界で使用される農薬の十一パーセント。また実のところ、労働者の人権に関する問題も深刻で、ファッションブランドが低価格を実現できる背景には、工場における低賃金・長時間労働や劣悪な環境での強制労働、児童労働があるといわれ、労働者を搾取する工場は発展途上国に多く、「スウェットショップ(搾取工場)」と呼ばれている。こういうのを背景に、「サステナビリティ(持続可能性)」というのが注目され、サステナブルファッションという言葉も生まれてる。といって難しいことじゃない、(難しくないからこそ「認識」というハードルの高さを思い知るが、)服を補修しながら使い、買う回数を減らすとか、古着を積極的に買う、とかそういうことだ。洋服を選ぶ基準を変え、「長く着ることができるか」「環境に負荷の少ない素材か」というのを真剣に考えてみることだ。 *263Autumn brings風と虫のすだく音と、清しい羅の揺らぐように地の上を、枯淡の落葉樹の森の、落日―――。秋は揺らいでいる―――か・・。心理の色、意識の薫り、声なき光は、水の底で海蛇に絡まれなが―――ら・・、この儘明け方まで、斯うしていなければならない―――か・・。熱く湿った夏のような感情は、鬱然たる老樹の幹を伝いて大蛇の如く攀じ登り、却って粛然と襟を正して―――いる・・。得られた知識を確かめるのではなく、その代わりに前に進むこと、大通り。眩法か、幻法か、外法か・・、年甲斐もなく、さて何のあても無し、石ころ、空き缶、右へ左へ蹴るように、静脈の網目がすっかり透けてしまえ―――ば・・、響きは濡れたように冷たい、夜更の樹魂。混沌にひそむ鏡の表面には腫瘍が―――あり、時の衰え、身動きも出来ない痺れ、慧敏な猫や鳥も、象のたわむれ―――と・・。仰向けの儘読み、徒らに書いた紙片に肚立しさを覚えながら・・。格調高雅な自然の慰謝、研ぎたて刃物のような光を放つ硝子の破片・・。すさまじい車輪疾駆の叫喚。人間の資格さえ剥奪されながら、茫洋とした大きなもの、神を眼のまえに見るほどの、永遠の戦慄と感動を欲し・・・・・・。何倍にも膨張させて、超自然的、非自然的、されど物量の総量は不変である。あるとすれば、見方や、触れ方や、感じ方のみ。何十倍にも縮小させて破裂して透明になる、風に吹かれて超然と澄ましきっていたいのだ、この神経の鋭さは―――倦まざる反応の蠢動・・。文字の印刷された通知書と、細やかで豊かな感情のために、「生きている」という言葉だけでは不足なのだ。ひ弱く、肉体は死んで、精神だけがふらふら飛んでいるような、夜。また、水月のように音もなく溶け入る幻影、町家は黝んで、不揃いに並んでいるのに、妖艶な柳が地上にとどくまで枝垂れているからか、何故に用心深き僕の、心の奥にまで―――徹したる・・・・・。掌、足の裏、唇のまわり、先が三つに分かれている通り、四つの主要な構成要素からなる通り、まず街路樹、次に街燈、そして不愛想な柵、坂とそれから遠くに見える信号燈。懶のうげな影を曳く病のような天の銀板、満天に輝く星達に回転を早くしたような気がする、乙は喜び甲の胸元へ、思念は穢れた壺のような肉の形をして、触媒、呼び水、火付け役、摩擦、―――凝結して来る・・。憂愁よ、限りない物思いのあるような、空しさは、四角の布を三角に折る、いっそのこと大部分を省略して語れば、こんな夜だって大層感動的な出来栄えになる。重たい泥のような疲れに、弾力なく崩折れてしまう時、"地に足の付いた"認識を織り交ぜて、理想と現実と限界と無駄を腑分けして、過去から注ぎ入れられた生命力に漫然と依頼し、生活に十分の醇化を経ていない、ことを―――思い知る・・。 *262毎日の食事daily mealsインド料理は健康的、野菜をいっぱい使っているし、スパイスも漢方みたいなもの。という考えがある。そういえば、インドの路上の屋台で気軽に売られている、「ラム・カンド・ムール(Ram Kand Mool)」というのがある。一説によると、インド神話の英雄ラーマが、妻シータと弟ラクシュマナと共に追放され、森をさまよっていたときに、このラム・カンド・ムールを食べて、命をつないだというが、個人的に言えば、嘘だと思う。ちなみに味は、キウイフルーツのように甘く、ラディッシュのようにしっとりとした食感で、後味も悪くない。チリペッパーや塩、ライムや砂糖など、さまざまな調味料をつけて食べる。で、この「ラム・カンド・ムール」に、インドの植物学者が随分ご執心で、一九八〇年代からこれは何なのか知ろうとしてきた。赤みを帯びた三〇〇キロもあるという塊茎を、極薄にスライスしているのだが、これが何の植物かさっぱりわからなかった。聞いても第三者から仕入れているのでさっぱりわからないとか、茎だとか、根だとか、ちっとも教えてくれない。民族植物学者のコップラ・ヘマドリ博士が、この食べ物の謎を解き明かそうと、インド中を駆け巡り、植物の根を掘り出しては調べまくり、また、アリ・モウラリ博士は、ラム・カンド・ムールの屋台の売り子にお金を支払って、真相を聞き出そうとしたりした。そのような甲斐あって二〇一〇年には、原料はリュウゼツラン(アガベ)だと結論を出せたのだ。リュウゼツランは、アルカロイドをたくさん含んでいて、大量に摂取すると毒になる。そのため、薄いスライスでしか売らないのではないかと思われる。しかしこれが正しい答えなのかどうか、揺るぎない証拠はまだ見つかっていない。実はまだまだ辻褄が合わないことがあるのだ。ラム・カンド・ムールの原料を秘密にしておくのは、商売上の大きな特徴だ。インド中西部マハラシュトラの森林局は、屋台の売り子の行動をひそかに監視しようとしたが、無駄骨に終わり、大量に商品を購入することも受け入れられなかった。塊茎の出どころについての本当の情報や、接触先を明かすことは、タブーとされているようだ。商売というのは、あるいはビジネスというのは、かようにこういった一面がある。ちょっと箸休め。あたりが静まりかえっているさまを表す語は、古くから、「しいん」の他にも、「しん」「しんしん」「しんかん」などがある。「しいん」「しん」は漢字で書かれることはないが、(「蕭然」「寂然」などに「しん」とふりがなを振った例はある、)「しんしん」は「森々」「深々」、「しんかん」は「深閑」「森閑」と書かれる。いずれも「しん」で共通するので、何らかの関係があるのかもしれない。言葉って不思議だよね。さてインド料理の話に戻るわけだが、民間療法的なハーブではあるけれど、これだって簡単に言えば草だ。原始的な言い方にはなるけれど、ドッグフードを食べている犬だって、草を食べる。身体にとって必要なものは、本能的にわかるからだ。ところで、トランス脂肪酸というのをご存知だろうか、植物油に水素を付加して作られた人口の油のことで、安価で長期保存が可能なことから、身の回りでも多く使われている。たとえばマーガリン、ファットスプレッド、ショートニング、それらを原材料に使ったパン、ケーキ、ドーナツなどの洋菓子、揚げ物など。日々の調理に欠かせないサラダ油にも含まれている。トランス脂肪酸の害というのは、総摂取カロリーのほんの一パーセントを入れ替えただけで、脳梗塞・心筋梗塞のリスクを高める悪玉コレステロールの数値が、激増すると言われている。また、厚生労働省・農林水産省も心筋梗塞などの、冠動脈疾患が増加する可能性や、肥満やアレルギー性疾患との関連を認めている。さてインド・パキスタンで使われている、バナスパティという安価な植物油がある。これがトランス脂肪酸を多く含み、心疾患での死亡リスクを高めているという指摘がある。インド料理では、スパイスの香りを油を移すテンパリングという技術があるように、インド料理は多量の油を使う。同心円状に油が分離しているチキンカレー。はたしてインド料理は身体にいいのか悪いのか、野菜だって例外ではない。野菜は品種改良されていて大量生産に向いている、けれど、それによって精 子量が減ったという話がある。食品添加物や化学調味料にずぶずぶの僕等だ。人工的であるということの恩恵と負債は、時代や立場によって様々な考えをもたらすことになる。いわずもがな、油も例外ではない。健康的とされていて、トランス脂肪酸を含まない自然由来のえごま油も、酸化しやすいことが知られていて、酸化した油は過酸化脂質となり、動脈硬化の原因になる。それ自体はよくある話だ。そもそも健康的とか、身体にいいとかいうのは広告的な表現で、一つの側面だけをクローズアップして、事足りるということはないのではないだろうか。西洋音楽が、ジャレド・ダイアモンドの「銃・鉄・病原菌」に匹敵する、「音符・記譜法・ポリフォニー」という三つの必殺兵器を使って、世界を植民地化したという仮説がある。西洋音楽は記譜法によって音楽を紙に固定した。それによってはるかに広い範囲に音楽を拡散できるようになったが、同時にそれは、音楽を生まれた時代、場所という背景から切り離して抽象化し、過去の歴史の音楽を批判して革新を起こす、西洋音楽の独自性につながったという説がある。ちょっと脱線したね。とあるパン屋はわざわざで製造販売している角食の焼型に、国産の圧搾式菜種油を塗っている。かつて一度コストを下げようと目論み、安いサラダ油を塗ってみたこともあったが、その型で焼かれたパンの表面に強い苦味を感じ、吐き出した。そして一つの素材も妥協してはいけないと強く感じた、と言う。機能性食品や完全栄養食を謳う商品が増えた。僕も買ってそれを口にする機会がある。でもそれもやっぱり広告的表現ではないかという気がする。だって非機能性食品や、非完全栄養食というのがあるとして、それを好き好んで食べる人が駄目になるのだろうか?美味しいとか不味いとかならともかく、身体にいいとか、健康なんて難しいことだ。食べすぎれば動物だって太るし、そもそも白黒つけすぎるところが僕は嫌いだ。毒キノコはさすがに遠慮しておくべきだし、ふぐだってふぐ調理師免許もないのに調理するなんて以ての外だ。いやそういうことではない、いやいやそういうことなんだよ、糖質や油脂は、物理的に可能な限りゼロを目指し、「減らす」ではなくあくまで、「無くす」にダイレクトにベクトルが向きがち。サラダを本当に美味しく食べたいと思う人に、ノンオイルドレッシングでカットできた油と、カットしなかったその間の味の差はどれぐらいのもので、また、そのカットされたことによってもたらされる恩恵、つまり寿命や、日々の健康との釣り合いは保てるのだろうか。ビールを飲んだ気分を味わえる、ノンアルコールビールの有効性は認めつつ、飲酒運転はいけないけれど、飲酒運転が悪いのではない、飲酒運転をして事故を起こす確率が上がることがよくないのだ。運転に支障が出る薬を飲んで運転するのもそうだ、間違いでは済まされない。でもビール好きならこの言い分がよくわかると思う。「ノンアルコールビール」がいけないと言っているのではない、でもそれはもう「ビール」ではないのだ。夜中にケーキを食べると太るという話は本当だろう、アブラマシマシラーメンは絶対に身体に悪い、見ただけでわかる、食欲をそそるものは大抵身体に悪そうなものだって言える、でも「食べたい」じゃあ、「減らそう」もっと「考えて食べていこう」でいいじゃないか。もちろん過度なダイエットも、行き過ぎた健康志向もそうだ。宮中晩餐会のメニューがある、豪華な食材というほかない食事、シェフも一流だろうが、海燕の巣とか、ね。ワインはいずれも超有名どころで最高格付。ちなみに、デザートに富士山型アイスクリーム、果物としてメロンとイチゴが出るのは宮中晩餐会の定番らしい。アメリカの大統領は食事会で堂々とコーラを飲むし、ハンバーガーやホットドックを供すというが、日本では品数が多く、ワインも名の知れた定番ものが多いのは、自信のなさのあらわれだという指摘もあったけれど、逆に言えば、日本人のこまやかさ、でもあると思う。絶対に外国の賓客は、日本の食事会を楽しみにしていると思う。脱線してしまったね。とはいえ、僕は時々街中を歩いていて思うことがある、日本人の体型が大きく変わってきたことに。それは西洋食、アメリカナイズされた食べ物が増えた、ということではあるのだけれど、元をたどれば日本人は食にうるさいということなのだけれど、だから「日本食に戻すべき」「もっと食事を見直すべき」という結論はちょっと違うような気がする。油脂はケガレ、糖質はケガレ。かと思えばアボカドやグレープシードオイルはなぜか突然「免罪」けれど、それらが「良質の油脂である」という科学的根拠まで、全否定はできないけれど、(それが広告的表現だとは思うけれど、)そこにはやはり「量の概念」が欠如している。昆虫食の話さながらだけど、寄食というのが存在し、世界中には俄かには信じがたいものが食材になっていることもある。ウイトラコーチェとかいうのは黴びた玉蜀黍である。正確には黒黴によって引き起こされる植物の病気。黒穂病だ。変色した穂など、食えるかと普通は思うけれど、メキシコはでは違う。メキシコのトリュフといわれている。そんな風にもっと「普通の物の見方」はないものかな、と思う。そんな風にもっと、と思うのだ。僕の表現はきっと長くなる、でも説明義務は必要だよ、情報開示は必要だよ。広告的表現が幅をきかせすぎた時代には、「プラスやマイナスだけではなく、フラットな物の見方が求められる」のだ。 *261缶詰が送られてきた。商品名はわからないが、送り主にお礼がてらメールする。電話がかかってきた。「それ、僕の脳ですよ(?)」話は全然変わるけれど、ホヤは幼生の頃は海を泳ぎまわることができ、岩場のような安定した場所に固着して成体へと成長する。幼生から成体へと育つ過程で、成長の栄養とするためにホヤは自身の、「必要のない器官」を栄養源にする。この「必要のない器官」に脳が含まれる・・・・・・。脳というと、咄嗟にコアラのことを思い出す。考える必要のない生き物は馬鹿になるのだ。退化することは珍しくない、あと申し訳ないけれど、コアラは可愛い。語弊はあるけれど、ジャンヌ・ダルクにだけ聞こえた声みたいだ・・。聖カタリナと聖マルガレタ、それから大天使ミカエルの声だったと言う。でも、そんなことを想像していたら、遺伝子とか進化の声って、岩戸隠れのアマテラスを引き出すために、面白おかしく踊ったアメノウズみたいだ。イザナギ・イザナミの黄泉の国、ギリシャ神話のオルフェーオへ飛び、そこからモンテヴェルディのオペラ。ちなみに「脳食」というのは実は一般的なものだ。牛や豚や鶏、山羊に馬に猿。貴重部位だからご馳走だったというような考えもあり、マグロの大トロが江戸時代捨てられていたようなもの。ところで食人習慣で蔓延したクールー病を知っているので、これは足の震えや笑いが止まらないといった症状が現れ、最終的には脳神経の変形によって死亡するのだが、「念能力者の脳を食べれば力が満ちてくる」というハンターハンターの読者に、「それはそういうこともある」と言いたい僕なのだが、殺害した女性の脳を男が取り出して調理し、ご飯に乗せて食べる事件がフィリピンで発生している。しかし人を食べたいという心理については、それなりに勉強してわかるのだけど、まず第一に好奇心。(これは中国の広東での人食会が行われた、という考察からきている、)つまり「どんな味がするんだろう?」だ。歴史的には死者を弔う歴史とか、飢饉とかによる緊急避難的な発想と思って差し支えない。そもそもほかに食べられるものがあるのに、人間を食べる必要はない。普通そこにストッパーというものが存在する。でもこのように考えていくと、「人の脳を食べたいという心理」が、どうも僕にはわからない、漫画やアニメなんかに見られるグロ描写があるなら、それは大抵差別や迫害のイメージだ。食人種的なイメージと、動物の脳を食べるというイメージ。そこからグルメ志向とか、寄食とかがあるのだが、(もちろん前提として、人間は雑食動物だからだ、)やっぱり人の肉を食べたいという人物にとっては、脳は動物と同じように希少部位だと考えられ、是非とも食べてみたいと思うものなのだろう―――か。いや、もしかしたら人間って変な幻想を抱いていて、そこから「相手自身を吸収したい」とか、「一体化したいとかいう願望」ないしは、「倒錯的に相手を征服したい」とかいうのがあるのかも知れない。(そして一体この人は、何を書いているのかと思われそうだが、)ちなみに人の脳は、四〇パーセントが蛋白質で、六〇パーセントが脂質。脂質のうち五〇パーセントは神経細胞を保護するコレステロール、残り五〇パーセントは神経組織を活性化させ、情報伝達をスムーズにするリン脂質やDHAだ。羊の脳はクセがないということだったけど、豚の脳の味は濃厚な豆腐のような味で、鱈の白子にも似ているのだとか。脳の良し悪しはもちろんIQでわかるとは言うけれど、分かり易いのはその情報処理の効率性。脳は現代のコンピュータからすると理解に苦しむくらい省エネで、一人の人間の脳細胞による情報処理をシナプスレベルで、コンピュータシミュレーションしようとすると、一世を風靡した「京」の百倍のスーパーコンピュータが必要になる。ところで、狩猟民が動物に対して倫理的にふるまったのは、人間と動物の間に対称性を感じていたからであり、その思考は神話に生きている。神話は科学と同じ二項論理を持ちながら、矛盾律ではなく対称性の思考原理に従う。それは精神医学の無意識と重なるところが多いのだけど、脳は、各領域に特化していた認知領域がつながって、「流動的知性」を生んだところに特徴がある。何処かの歌人が「歌人は地上を見ているけれど、詩人は天上を見ている」というようなことを、のたまったそうだが、本当に浅墓だな、と思う。僕はこれを聞いた時に、立原道造と中原中也が浮かんだ。おそらくそれぐらいしか脳にインプットしていないのだ。いっときますがねえ、詩人について僕が詳しく述べていいなら、まず、詩人とは超絶美形で―――(以下省略)・・。冗談だよ、でも現代短歌のガツガツした、肉食系ポエム具合を見ていると、単純にその意見って年齢的なものによるところが大きい気がする。(至極真っ当なことを言ってしまうわけだが、)若者文化というと聞こえは悪くなるかもしれないけれど、若いうちというのは誰でも夢想的なものだ。地に足がついていない。人生の苦労を知らないし、身体も健康で自由に動ける。詩というのは老いて久しい、そういうことだよ。昔、関西詩人協会というのに出掛けた僕は、「老人ホーム」かといった、彼等のそれは「天上」ではなく「棺桶」だろう。立原道造や中原中也が還暦を迎えていたら、おそろしいほど平凡な、読むに値しない詩を書いたろう。死ねる時に死ねなかった詩人は、「全方位性を目指す」しかない。さて、ペンギンが昔空を飛んでいたという話のように、再びホヤへと戻るわけだが、泳ぐための尻尾や筋肉、考えるための脳などは必要なくなり、そんな風に脳などいらなくなった部位を食べた成体のホヤは、大変スタイリッシュだ、どんどん小さくなる電気機器。栄養を得るための消化器官や、子孫を残すための雌雄の生殖器官などだけが残される、何も考えず、生きるという不思議な時間、いや、時間すらも存在せず―――。 *260差別や迫害いけない、その差別や迫害なんて言葉の歴史ほどにも物を言う、スラングはどれだけある、あたし達はきっと生きるのに必死なんでしょう、あたし達はきっと死ぬのに必死なんでしょう。自分以外にとって他人や世界なんて鼻糞ほどにも、どうでもいいって大声で叫びたい大通りだ。瞳は黒ずんだゼリー状、足を拡げて着水する白鳥、移動は離脱で、漂着、花粉にむせながら、都市のスモッグにマスクしながら、呼び交わす小鳥たちの声は小さい。それはあなたに属するものだ、大きな油鍋の中の水でもさしたように、ぱちぱちと弾ける。化学変化とは違う、水と油は、この世界のもっとも初歩的な論理だ。その性質を利用したドレッシングみたいに、文明は憲法や法律を用意する。攪拌する、ぐるぐるぐるぐると掻き混ぜる。季節外れの蠅の音みたいな、咽喉の奥から変な声させて。目の前の光景を表現する言葉を十個選べといわれたら、アンタはどんな言葉を言う。人生に負債を追っていない大学生が、卑劣な犯罪をする。解説しようか、分かり易く。高校までの、親や学校の箍が外れて、その人間の本性が出始めるのが大学の頃。二十歳超えたら普通の人というけど、二十歳超えたらそいつがどんな人間か、容易にわからなくなる。高校卒業したら女子が美人になっている、化粧が上手くなる、からね、つまり嘘が上手くなる。症状は意味をもつ何かで、それは、そのメッセージを運ぶ主体に対しての、暗号化されたメッセージ。色んなことは構えていない時に来る、受け入れ態勢ができていない、準備だってしていない。風はなかった、白いぼかし模様の黄昏、顎の線があどけなかった少女が、いた。一人の友達が見えなくなる。自分の中の他人は何十人もいる。自分を構成するはずの小さな存在の粒が、ブラウン運動のように激しく動いてぶつかりあうように、言葉をえぐりあい、傷つけ合い、もたらし合う。とはいえ、論理的頭脳は残念にもあまり雋鋭ならず。どうでもいいことを掴み上げたって人生は謳えない、育ちぞこないの、命をもてあそぶ、われわれにお似合いの手ひどい地獄があるだけ。幸運なんていう言葉は花のように枝から散った、空気と絡み合いながら、陽の光に一種はいのぼるように見えながら、あの子も一生懸命に生きた、弱さに寄り添った音を鳴らしながら、いつでも自分を変えたいとばかり願って、いつでも自分を省みがちで沈んでやさしげで、本当の繊細さによってもたらされる、言葉の張りつめた音の響き。雰囲気、視野狭窄。心の重さが見て取れるほどの緩慢な動き―――。 *259従属と寄生と、自由と欺瞞Subordination and parasitism, freedom and deception僕等は刈麦のほめき、赤い首の蛍、しっくりと一切の過去の感傷を葬り、拒まれているものが萌芽し罪なき悪事となり、限りない嘆賞や哀憐の諸々となる――。記録せよ、記憶せよ。ある事柄が持つ、構造、力学、理論、仮説。夜の街燈をじっと見ながら歩く燃え上がるような眼、その灯りの加減で星が見えないことなどを―――。線香の上に溜まった埃が、少しの風で崩折れるよう――に、雨後の路上の濁った水溜まりから、洞穴がこの空気の中に生まれる――。作法も思いやりなぞなく大胆に伸ばした幹や、枝周りに、まだ木の葉のような蝉の羽根が震えている、宗教家や教育家など必要だろう――か、蝶のように可憐な思想だって汚い臓物ぐらいは救える。非韻の哀歓はとめどがたく、重い囚衣のように感じられ――る・・、いまは、いま―――は・・、人生とは不可思議な愛着の寄せ物である、と。柵の中に追い詰められてゆく心理は、約束と時間ということが多いように思――う・・、夜蜘蛛のように悟りを得ている風の僕ですら、数学的な道路の発見を予期したことはなく・・・。足を怪我して歩くことの歓びを知る、死を前にして存命の悦びを知る。――忌々しくてたまらない暗澹たる気持ちのまま、壮大と装飾の華麗を恥じ入る・・恥じ入る―――。骸骨のように干乾びた浮浪者も、断食の修行の夢を見る、地面の杭や、石ころの一つでも、道徳ではなく、生の理由があることを直感する―――。あの子供は誰だ、僕はわからない、でも仮説はできる、でも、言えない。あの子供は誰だ、僕はわからない、でも仮説はできる、でも、言えない。後ろ姿が吸い込まれて、疑いもない思想をなつかれた子犬のように思う、暗く暗い暗い部屋で母と似た母と会い、暗く暗い暗い部屋で父と似た父と会う。それを息詰まるほどの、圧力の作用としたとて、到底解き明かせぬ夢を見た後では、灰を水につけて得た上澄みではないか。いつか見た地獄の風景にも、天国のような場所にも、畏敬の念を感じる、だって何が起こっても何が間違っていても聖書と同じだ、聖書を信じる限り嘘一つだってつけない。誇りも威信もなく六千数余の修業とは、何かがスッと抜けたよう―――だ、海が浸水して入れない公園の入り口が、階段で叫んでいる子供が木霊する臨場感―――で・・。何だったのかと思う、立ち上がれない、弱い、息ができない、ああそれを人生というのか、と、僕等の心の奥にある、脳の仕組みの中にもある、まだ解き明かせないもの、そのために涙を落とす―――。間違いだらけの人生だ、でこぼこに水溜まりの難路だ、けれどそれが綾取りの糸、柱時計のぜんまいを巻く、いずこにも静山はある、けして口先の言葉でなく、夢の中の方が正しいとそう信じている僕なのだから・・・。 *258civilization cast a shadow「生きようか?」と振り向いた君の足元には、白く明るい光の溜まりがえくぼのようにあって―――。ぬぐえない孤独が金網を作った、より基本的なものが、物質としての姿にあらわれる。ジャンクフードやファーストフードが消えた、不思議だね、お互いに何年も隔たった存在なのに、単語と単語の間に何年もの時間が横たわっている。波風が立ってる、霊妙な物質である煩悩の種子が、予期されるものを大胆に改変してしまう。ファスナーを閉めて。黎明の新しい光の雲を破らない、今日は八月十五日。まだ足りない、デス。うん。まだ足りない、デス。うん。...誰の声だろう、気付いたころには、みんな抜け殻になっていた、空っぽになっていた、無関心は人類でもっとも目立つ特徴の一つだ。クリスマスに飾った、いくつも連なった豆電球のような血の通う意味。カラカラに咽喉が乾いてザラザラにすれて、遅かれ早かれ破滅する。パンをスープにつけて食べても、「アルプスの少女ハイジ」という言葉は出てこない。(昨日の自分と今日の自分はまったくの同一人物だ、世界五分前仮説じゃなく、時々本当にそう思うんだ、)言ったってどうか、遠く薄れ行く記憶、お座なりの拍手、ジョークやお世辞、心のこもった友人の言葉。空白を埋められる―――か・・・、時刻表に空きというのは存在しない、そこへともう何か、刺さる音、剥がれ落ちる感触・・・。指先がことさらゆっくりとしなやかな髪の中に、吸い込まれてゆく―――。・・・・・・【“チガウ”】I will be right hereIf you wish I was here so everyday「認めない」時としてまるで相反した見方が生ずるように見える、腹の上で貝を割り始るんだ、その口から口へ昆虫を与えるんだ、[Work, don't say anything wrong, that's an order.](I don't know how I feel)「認めない」どうして今まで誰もこの秘密に気づかなかったのだろう?万華鏡をまわすたびに笑顔が見えてくる、サイコロをまわすたびに画面の文字が消えてゆく、(that I became someone else)《Machines manage unmanageable humans,manage the world, and manage customs.》ZZZ…も、ない。っっっk・・・も、ない。居眠り運転する必要もない、国会議事堂でおやすみなさいする必要もない。天上人のような上品な装い、テーブルをまわりはじめた。自分より、自分以上の。振り返りかた、切り口、雰囲気、情緒、言葉づかい、目線。都市景観は美麗、ゴミ一つない、伝言ゲームの最後を必要としない。水たまりの落ち葉の感触は靴が汚れるんだ、何かの経験の内に取り逃がしてしまった、青い鳥なのに・・・・・・。腐食の進んだ鋼材がガラガラと落ちる。間違ってはいないものの響き、獣が羨む栄華、正しく輝いて当然訪れるべき病の悲しみ、ベルトコンベアーみたいな自動道路、“進んでゆく”とは、“運ばれてゆく”ことだ。接近する、近づいてゆく、そのたびに、意識が連続性を保とうとするのは自然なこと。(眼を閉じたり、唇を噛んだり、自分を励ましたりしていたのに、)きわめて妥当、かつ常識的な「着地点」朽ちてゆく心臓の裏、“終わらない”ことは、“始まらない”ことだ。無限の「排出」がはじまる。良心という生体の鼠が破裂した。誰のためにも奉仕しない想像力が、罪深い遺伝子がつくりだした人間の条件。貪婪な陋劣な情欲の波打ち際で、詳細図は蠱惑的な角度を必要としない、逆説的な世界は「確率論」に含まれない。主体の地位を持ったのは、「同一性/平均性」だった。ベッドから這い出た後、オリンピック種目をこなしたあと、優雅にもう一度眠る。心の零落を感じた、「再発見するしかない」「魅力的なことは一つもない」天真爛漫の子供が施設へ連れていかれ、月へのぼってゆくように階段をおりてゆき、次の日から笑わなくなった。答えは与えられ、問いは奪われたこの街の摂理。強制プログラム、ではない。矯正プログラム、ではない。墨絵の如く浮かぶ、監視社会、酔いの醒めかけた動物都市からの転生、同情や憐憫だって処罰対象だ。人々は時間というところの客観的観測なしには、生きることができない。感情を奪うことは同化する、惑溺する、商店街が、警察署や消防署が、犬や猫が、人々の汗のように乾いていく声の感触が―――。模範囚みたいだ、檻のない檻だ、すべてがノイズになる。世間は花咲き鳥歌う春なのに、制限する要素が付加価値を与えるのに・・・・・・・。まだ足りない、デス。うん。まだ足りない、デス。うん。街には巨大な腕のような卒塔婆があって、失われるものなど存在しないのだ。すべては形を変えるだけ。僕等に機械油を差す、思考回路はAI、感情処理すら量子コンピューター、搭載された電脳でアクセルローラー、でも喜びはない、謎めいた共感がそこに加わり、ひとりの心ではつかみきれない微妙なものが、明らかになることで表現意欲は生まれる、理想が生まれる、でも僕等はもっと複雑な根を張る痛みに、二十世紀を罵倒する東京タワーを見た、エッフェル塔を見た、自由の女神を見た。エレベーターに挟まれたまま、誤作動に気付かず、人が死んだ。エレベーターに閉じ込められたまま、誤作動に気付かず、人が死んだ。それを“変質”する。それを“誤魔化す”と。それを“歪む”と。「そこからそれ以上進めないこと、進む必要がないこと、進む価値がないこと、そこからは壁しかないこと、それ以外は見る価値もないように、データは教えてくれるから・・・・・・」自動的にフォーカスが当てられ、移り変わっていく―――。必要ないことは四捨五入すると教えられた世代だ、必要ないことは円周率すると教えられた世代だ、悪と善が入れ替わったら正義と悪も捉え方次第、「してしまう」と「「してみせる」(意志の有無というか意志の介在を、記述したがる、)不信と恐怖の源が増殖する、顔がのっぺらぼうになる、子供は産むものじゃなくて産まされるもの、幸せになる方法も、他人を幸せにする方法も知らないのに。機能は半分失われ、形式さえ解体されつつある。恋愛は必要ないし、お金も必要ないし、怒りも溜息も必要ないし、笑いや狼藉も必要ない。紙の上に書かれた単語と日頃喋っている単語とが、同じものであることに気付いてるんだ、正直さや素直さや勇気も必要ない、―――それが過去だった、それが歴史だった、そして糞つまらない文明は延命治療を始めた、救済措置もなく、ただの一つの娯楽もなく、双眸の奥へと射るがごとき光にサングラスをした。―――コードやプラグを抜くように、君の居場所はちゃんとあるよと言った、「戦って、戦って、逃げちゃ駄目だ、これから何千回その幻影と向かい合う羽目になる」(言った...聞こえてたんだ...)君の心の場所を作るよと言った、「戦って、戦って、傷も血も涙も美しい、それが自分自身である限りは、それも限りない正解の内の一つ」(言った...聞こえてたんだ...)・・・・・・【“チガウ”】I will be right hereIf you wish I was here so everyday「認めない」時としてまるで相反した見方が生ずるように見える、腹の上で貝を割り始るんだ、その口から口へ昆虫を与えるんだ、[Work, don't say anything wrong, that's an order.](I don't know how I feel)「認めない」どうして今まで誰もこの秘密に気づかなかったのだろう?万華鏡をまわすたびに笑顔が見えてくる、サイコロをまわすたびに画面の文字が消えてゆく、(that I became someone else)《Machines manage unmanageable humans,manage the world, and manage customs.》「逃げようか?」と振り向いた君の足元から、黒く長い影が伸びて、これは掟だ、これは罰なんだ、酸素のない空気の中を泳ぐように身をゆだねる、浜辺に打ち上げられた鯨も。水の出なくなった噴水も・・・・・・。 *257だるまさんが転んだだるまさんが転んだですね、グリーンライツ、レッドライツ、ですね。七秒の印象の法則、もっとゆっくり数えてモヒカンにする、です、ね?固有性の強度と結晶母体、変化無限の花模様。同じリズムのよさと悪さ。同じ言葉のよさと悪さ。七秒で、替え玉を用意する、そして俺はお前の背後にいる、怖い、です、ね?現状の空気が好き、現状の位置は居心地がよい、それは間違いなくて、腰を落ち着けたいけれど保守的。非文化的、そうかも知れません。そうだと思う。実はあの時、履歴書を、クリスタル加工したのは、気まぐれ、でした。実はあの時、あなたが買った縄跳びでわたしを、縛ろうとしたのは、そういうロールプレイングでした、一つのプレーイが複数のプレプレにつながってゆく、世界でまだ、だるまさんが転んだをしている、というわけ、なの、です、ね?変顔で笑わせる、一周回って、真顔で笑わせる、この瞬間は動揺の流転、ものの隅でも中央にある、心に残酷な死の姿を見せても、霊魂は後に残って、耳の底で聞こえてくる、の、は、グリーンライツ・レッドライツ、という、わけ、なの、です、ね?セグウェイに乗ってやりましょうって言ったのは、ほんの気まぐれでした。実のところ、嘘でした、口から出任せでした、でも世界ではそんな風に何かが変わってしまう、あなたがタイムマシンを作り始めたのは、その日からでしたね。コックピットの窓では、もう百年が過ぎましたよ。沢山いるから困っているんです、顔-同一性-文字によって架橋している巧みな捜査線、もう一千年がすぎましたよ。グレイテスト交じり原、バーバラ天の川、もう一万年がすぎましたよ。さあ、そろそろ眼を開けて、もう一億年がすぎましたよ。そろそろ出ておいで、これは、「かくれんぼ」じゃない。そろそろ出ておいで、これじゃ、「神隠し」だよ。でもその時きっと僕は泣いてしまうんだ、本当の自分とか、本当の誰かなんて、本当のところひとつもわからなくて、誰でもよかったというのを認められない、プログラムにすぎなかったから。 *256文学女子の日常(?)アンタって童貞なんでしょ、誤魔化すなよ、もう顔とかにダダ洩れなんだよ、人間観察の天才に隠し事できると思うなよ、そんで空中に浮いた、腰砕けの格好で手羽先の骨みたいなやつを、ナポリタンのフォークみたいにしてさ、木彫りの熊に妄想してんだろ、三角コーンとか、マトリョーシカとかを残像させながら、ネジやボルトをしごきながらさ、ボロボロボロボロ菓子屑みたいに、落としてんだろ、毎日ご苦労様、うわー、こいつ肯いたよ、肯きやがったわー。うわー、こいつ絶対ヘンタイだわー、ハァハァ、絶対こいつヘンタイだわー、興奮してきた、ヤバイわー、興奮してきたわー。なんでこんな気持ち悪い奴に、育っちゃったんだろうねー、ねえ両親や祖父母が見たら、絶対泣くでしょ、卑猥な形の樹木や野菜でもいいなとか思ってんでしょ、いーや、絶対そう、こういうタイプは見境がない、観客の視点導入しながら、スッカスカのベッドへ、一人パラシュート。最高っだわー、なんでこんな可愛い生き物いるの、最高っだわー、本体よりエアスポットがいいんだろ、毎日何回シテんのよ、ねえ、ちょっと教えなさいよ。あたしの仕事がはかどらないじゃない、世界中から軽蔑されてもあたしはちゃんと認めてあげる、ヘンタイって尊いものよ、輪廻転生とか、トラウマとか、完璧に信じられるものだからよ、ハァハァ、いいわー。トイレ行きたい。って、いいから、アンタは、もっとあたしにそういうことを、包み隠さず話しなさい、誰にも言わない言わない、言ったって、こんなヘンタイさんじゃ駄目だよ、ダメダメ、生きてるだけでイタすぎるもん、あたしが幼馴染だからいいもんだけど、全女子から総スカン喰らうぐらい気持ち悪いよ、あと、お前、ちょっと、阿部野橋で買ってきた、ピンホールカメラでさ、ちょっとあたしを、ジグソーパズルしろよ、ヘンタイ冥利に尽きるだろ、生きててごめんなさいって言えよ、言いやがった、こいつ、マジサイコーだわ、鼻血出そうだわー、ああ、すごい文章、アクセルフルスロットルで書けそうな気がしてきたわー。 *255運転免許持っていない男あるある(?)君の一番の運転手になるぜ(?)助手席に座ってるけどね。とても大切なことなので、二度言います。しかし二度も言いますと、相手を小ばかにしている節も、ありのありで、ありありナノヨン、ということもありますゆえ。一度しか言わないことにします。「ねえ、ラリアットしていい」「あなたはゴリラですか?」「ゴリラじゃないけど」「まぢごめん」さあて、出かけよう君の運転で、俺というカーナビを稼働させながら、な(?)―――でもさ、本当は、お前に運転させたくないんだ、わかるだろ?なあ、わかるだろ?でもね、俺のSDT、あ、ごめん、専門用語出ちゃった、スーパードライビングテクニックね、略すと、スーパードラゴン(?)全然違う、そう、全然違う、でも、俺とお前なら、何処へだってゆけるさー(?)さあ行こう、ガラパゴス諸島へ(?)でもね、実はもう着いてるんだよ、俺とお前の指定席にな(?)「ねえ、グーでいばいていい」「やだ(?)」「アンタは子供か?」「バブー(?)」 *254work never ends何もない僕等は自分のことを底辺だと、敗北者だと認められずに、餓えた犬のように歩いていくのだ。脳なしが無限を知るのは大変だ、有限という媒介物介してようやく知れる珠玉。で、もって、気恥ずかしいほどに必然性がない、とくらあ。...日が昇るまでまだまだ時間はある、ちょっと話そうぜ。ちゃんと話そうぜ。お前のためだって言って俺のためだって言って。お前のためで、俺のためだってちゃんと言って。好きなんだったら好きと言って。余計なことだと思ったら余計なことだとちゃんと言って。いらぬお節介ならいらぬお節介と言って。鬱陶しい話なら鬱陶しい話ってちゃんと言って。閑話休題して。休憩して。ストップウォッチあるなら用意して。「文字を水で綺麗に洗い流せよ」数秒の時間という象徴的なもの。「言葉を水で綺麗に洗い流せよ」ギブ・アンド・テイクの関係で。「ずぶずぶのでろでろじゃいけねえ」「あのさ、ずぶずぶのでろでろじゃいけねえ」グローリー。クローザー。流行じゃねえだろ攻撃的批評が奴らのターゲット、宴の庭で懶惰淫恣をほしいまま。諺なんか覚えていたら、お前は憐れな現代の遺産。ああ、わけもなしの付和雷同で、まぬがれがたい啓蒙や、成長の機会を失ってきた大衆だ、心の中で色んなことが起こっているんだ、それが心の外へ飛び出すような時代にきているのさ。“バス停の前に置かれてある椅子”“疎外された悲しみを蹴り上げろ、真夜中”自分のため。(What was I thinking?)(What was I thinking?)自分のせい。(What should I have done?)(What should I have done?)いい、言い訳ばかり並べて、堪え、こさえてきたのは腹部の脂肪だけじゃない、「パンパンに詰まった芋虫じゃ嫌だって思った、よ」「ガリガリだって心にとどめてよく見れば現代の悲劇、さ」みみっちさ、みっともなさ、死ぬつもりで覚悟も決めない奴らの流言飛語、なきわめきの情けなさ、うるさい、鬱陶しさ。<先入観>を<先入観>ってちゃんと言って。<共同体>を<共同体>ってちゃんと言って。―――そこから始めなくちゃ、真夜中にギターで神降りるような、ドラムスソロプレイのサンムスコ。「言わなくちゃわからない/言ったってわからない」『何もするな/何もしない』統計学にズレが起きたら誤差だって言うの、嘘だろ、心理学の悪用の前に洗脳って何故言わないの、嘘だろ。「頭大丈夫ですか?」「頭大丈夫ですか?」「頭大丈夫ですか?」愛のひと雫ずつ集めても少子化問題は解決しない、一億人が相手見つけて結婚しても解決しない、老若男女に聞かせてやれよお下劣な歌、一夫多妻制、爆発する六十代の性欲の歌。で、もって、気恥ずかしいほどに現実性がない、とくらあ。(お前一体何を勉強してきたんだよ、どいつがちゃんと話してるのかもわからないのか?)欺きとおした現実に意識が嵩ずるにつれて、砂を噛むような落莫たる気持ちが増える、ファミコンのRPGを思わせるイメージで、自分史、個人史、回顧録。蟻が砂糖の山を崩すなんて夢見ている場合かよ。...日が昇るまでまだまだ時間はある、ちょっと話そうぜ。ちゃんと話そうぜ。この酒のためだって言うならこの煙草のためと言って。この愛のためだって言うならこの人々のためと言って。言わなくちゃわからん僕等のスッカスカの思考回路、スポンジに変えて、アハ体験させて、気付き与えて、感動も与えて、涙もちょちょぎれさせてよ、いやそれは無理ですがって僕にも言わせて。そもそもそんなに出来ませんがってちゃんと言わせて、よ。「人生のあらゆる意味を領略して、艱難辛苦でも―――」「ねえ、人生は絶対に帰らないの・・・」「ねえ、人間はけして戻ってはこないの・・・・・・」「ねばねばと溜まり水に孑孑がわくこのなかに長い時間をかけて、苔や藻がからみつく、この気持ち悪さが頂点の場所に生物が憩う」「戦って負けてもいいじゃないか、勝てなくてもいいじゃないか、人生ってそんなもんじゃないって僕にちゃんと言わせて、僕はそんなもののために人生のすべて擲ったわけじゃない」グローリー。クローザー。落花狼藉が必修科目みたいに言うんだな、こいつそいつじゃ大違い、全然違う、探偵が現場を荒らして、脇役のお前は証拠品を踏み潰す。ああ、社会人の権利とかも世知辛さで、ストレスや刺激に過剰な成長するドラッグストア、「スーマーマーケットの時代終わったんだ、アマゾン」敵の追撃を振り払ってきましたが、ここいらでごめんなすってさようなら。“足の小指が一番遠い”“口数少ないと、何考えているかわからない”自分のため。(What was I thinking?)(What was I thinking?)自分のせい。(What should I have done?)(What should I have done?)しらこい、白々しい、死にたいならすぐに死ね、パッと考えてスッと実行するのも、思うのも、腐れだ、穢れだ、「借金大魔王はピンピンしてる、身体切り刻んで売りてえ、よ」「大富豪大魔王はピンピンしてる、全世界雇えるわけでもねえのに、さ」多分とか大変とか多感で正直でも誰も巻き込みたくなかった僕は、そんな言葉(で、)自分を破壊する、そんな言葉(で、)世界を爆破するつもりか。(痛みがない、)嫌だね。(重みがない、)お前なんかに預けたくない。他人とやり取りする、(人を傷つけることを知らない、)中身のないあんぽんたんが。(人を考えることを知らない、)一人一人の人生に踏み込めよ。でなきゃ、お前を軽蔑する。お前が好き勝手に言った奴等の顔、覚えてるか?<先入観>を<先入観>ってちゃんと言って。<共同体>を<共同体>ってちゃんと言って。―――そこから始めなくちゃ、真夜中にギターで神降りるような、ドラムスソロプレイのサンムスコ。馬鹿につける薬はないだろ、我にかえれよ、愛人愛人、こんな糞野郎が必要なんですか、こいつはすごい国だコマーシャリズムに踊るぜ、こいつはすごいコピーライトだ、馬鹿かお前は。重要なものはいつだって「名詞」であり、『動詞』さ。価値なんかつけなくて、いい、よ。僕のことなんか見つけなくて、いい、よ。でも僕の一言一句が、「名詞」であり、『動詞』さ。なめた奴等にてめえの心臓持ってかれ、んな、よ。ふざけた奴らにてめえの愛持ってかれ、んな、よ。「言わなくちゃわからない/言ったってわからない」『何もするな/何もしない』統計学にズレが起きたら誤差だって言うの、嘘だろ、心理学の悪用の前に洗脳って何故言わないの、嘘だろ。「頭大丈夫ですか?」「頭大丈夫ですか?」「頭大丈夫ですか?」 *253It's a dirty map, like walking in shoes without shoelaces.いつかはそうやって、君と笑えること、無意識の形成物、夢や失策行為、機知、症状。家は家だったのだろう?(それが、)無秩序と秩序が最も生々しい凪いだ海、ハンガーがカラカラと音をたて、「いつまでも優等生じゃいられないよね」点がバスケットボール(だ、)成長段階なんかがあって、「俯いたままじゃ幸福さえ何者かに脅かされる」イージー・カム・イージー・ゴー。共同作業なんていうものもありやがり、夜に咲く言葉、夜に熟れる言葉、今日になる。今日になる。今日になる。―――意味なんてないから、Keep walking,keep walking,don't even look back(すがりつくよすが、穴の底で足場を探す気分だよ)「定型的」「形式的」「共通認識」社会通念に取り込まれ、―――無意識は開いたままの状態・・・それが思考停止に繋がっていく、―――適切な位置に切断や空白、ズレ続ける非連続的な隙間、(それが、)魔物めいた妖麗さで、想像力に乏しいベッドを思い出すようじゃ、丘に生えた一本の木も、裏手のドアの向こうの看板も見えない、「梢を渡る風の音が遠く聞こえる」馬の耳に念仏だった、スローモーションの映画だった。カレンダーの日付につけた赤丸にだってさ、ハッ!「思想を持たぬ愚連隊でも、微睡みの中の病人でも」イージー・カム・イージー・ゴー。明確に意識されない瑣末事の連続を見るか観察するか、燃やすかぶっ壊すか、踊るか、殴るか、よじってみせて腹部まだまだ片腹痛い、夜に咲く言葉、夜に熟れる言葉、今日になる。今日になる。今日になる。あらゆる時と場所との規則を超越して、嫣然たる肢体や、妖艶な媚びに、動物的な興味深さを見ている。美しい月光の揺曳のうちに、山河の形成が自ずから合点がいくように。子供の頃に遊んだ物、慣れ親しんだ物が、知らず知らず牙を向いて怖い。パチパチパチ―――。(「仕掛け花火は、始まりました」)パチパチパチ―――。(「疲れたネクタイが鰻に変わる」)右に左に揺らいでいるよって、よんどころなく狂い暴れる波打ち際、つぎの当たったブルーのオーバーオール思い出す、すべてのものの上を渡り歩いた。(のは、)「単純な言葉(だ、)」「単純な感情(だ、)」―――意味なんてないから、Keep walking,keep walking,don't even look back(些細なことなら問題にしない、そんなグレイトなスーパーマンはいない)「定型的」(は、プラスイメージか?)「形式的」(は、マイナスイメージか?)「共通認識」(は、フラットイメージか?)―――数秒前に戻るから。―――意味なんてないから、Keep walking,keep walking,don't even look back(人通りの少ない夜寒の小路、ああ僕は東京なんて思い出せない) *252かもちゃん、何かすごいことを言えば冬になると悲しい、季節とはつまりガンジー(?)めざめろ、めざめるな、アンドゥトロワ(?) *251うさぎさんは、すごいそろそろあんたが来る頃だったって思ってたの。いっておくけど、何もないわよ。何もないから、そこから立ち去りなさい。それが言いたかったの。解散。お疲れ様。じゃあね、って、何でいるの?まだ用事があるっていうの、困ったわね、困った時は隠さない、それが大切、それが大事、ただただ困る、そこにまったく意味はない、言葉にするだけ、疲れが増す、いいこと言った、かも知れない、かも知れない運転、夕方はやめのライト点灯、事故ゼロめざせ、はい、終わり、解散、お疲れ、って、何よ、あんた。 *250季節の挨拶季節はすっかり、冬じゃねーですかダロ。ベランダでおでん、すき焼き、何か温かいものを嗅ぎつける季節ダロ。心頭滅却火もまた涼し、冬寒い、そういうことダロ。季節の船出ダロ、おお、ストーヴをがんがんに焚け。業務用炊飯器で、米を炊け、そういうことダロ。われわれに明日はない、今日だけがあるダロ。かもちゃん、お腹減ったダロ。 *249あーちゃんと、即興シュワッチって言いたいお年頃だったの、それだけそれだけ、それだけ。「あーちゃん、話そう」「あーちゃん、構って」「あーちゃん、踊って(?)」「あーちゃん、家行っていい?」「あーちゃん、あそぼ」「あーちゃん、かもちゃんが、ファブリーズ欲しいって(?)」「あーちゃん、昨日何してた?」「あーちゃん、家で勉強?」「あーちゃん、一緒に着ぐるみ着て、蓮っ葉なあたしと団欒しようぜ(?)」「あーちゃん、いずうさちゃんが、ベッドの下に隠れてる」「あーちゃん、かもちゃんが、押し入れでドミノ倒ししてる」「あーちゃん、あたしが、胸に大きなビニール袋いれて、ふくらんで、ふくらまし粉して、そしてシンジラレナーイ、ワンダーなお乳になれるかな(?)」「あーちゃん、国語好き?」「あーちゃん、音楽好き?」「あーちゃん、あたしのこと好き、スーハスーハ、ちょっと待って、心の準備が、胸がドキドキで、信じられない暴れ馬待ったなしの、ノンストップフィクションです、ってフィクションじゃないよ、ちょっと待って、ちょっと待って(?)」 *248 each otherもし彼女の言葉が、雨の廃線や、漆黒の帳に閉ざされた、夜の部屋より、根源的な偽装、不透明な充溢は欺瞞、大気圏の外側へ出ようとしている人類の、何万光年の苦しみ、・・・先に触れたばかりに朽ちてゆく、呪い―――だ、無宗教の大伽藍(は、)二車線の病んだ花より、「死にたい」と洩らす黄昏の川辺より、いつのまにか赤錆びて何も切れなくなった、カッターナイフより、―――全身にまつわりついていた[(おぼれ)]を、鉛筆立てに鉛筆をさしたような大小のビルが、(が、)・・・・・・。「帰り道が暗くて、軒下の風鈴が砕けやすい氷に見え、どんな美しい花も、毒を持った花のように見え、異常だった、けれど以上だった、何もなかった、僕等は・・・」ドンナ地獄モ、ひとりぼっち。(つくられた権利に身を寄せ合って過ごす、蟻のよう、)ドンナ絶望モ、ひとりぼっち。(つくられた幸福は吐き気がするほど気持ち悪い、“霊長類”っていう言葉からしてなめてやがる、)「神を信じられる未熟な精神構造を、多分、“馬鹿”っていう言葉で言い表すんだろう」わからない。わからない。わからない?最後まで、この日まで。花の色も、風の色も、光の色すらもない、繊細な感受性が完璧に、完全に、これ以上なく、悲劇的な雄渾の極致に永遠と刹那が循環する一瞬間として、終わった時・・・・・・。時計の針は平等で、無常で、サイボーグや、不老不死の夢見ながら嘯いてゆく、底辺のドキュン、ユーチューブの荒らし、美しかったら、(上の空の世の中は美しい空っぽ、)優しかったら、(白々しい、この街の誰も君を見ていない、)・・・一人でいることを―――修飾し、二人でいることを―――美化するの?偽善者野郎に指さして、自分自身に指さして、愛に嘯かれ、裏切られ、他人の人生を生きたい、それもまた幽邃閑寂なる風趣、わびさび、もののあはれ、こんな重くて苦しいことが、心臓に冷たくて深い爪として刺さるのだ、(ハッとして眼を醒ます、世界というのは本当に存在しているのか、ここには“人”なんて一人もいないのに、)あたたかい布団もない、(それは誤魔化し、というのです、)美味しい酒もない、(汚く醜く近づくべからずの、生というものでございます、)この痛みが大きな蜘蛛のようにのしかかってる、迷い込んだ迷宮にきっと出口も入り口も存在しない。「花弁が舞い落ちて、舞い降りて、肌を滑って、指先を擦り抜けて、掴まえたら、捕まえようとしていたらと考える奇跡の影絵・・・」溢れる火の痛みにも似た儚い温度(で、)朝を告げる光がもう来ない軌道上から逸れた、幽霊船より、濁ったまだらや線形の、突然の雨とずぶ濡れの凍えた身体より、詭弁や空疎のない、青い莟のままでいられたら、・・・夜が巡る目蓋の裏側は、《銀河》に―――なる・・の、影が揺らぐ天井ばかり見てい―――た・・いつか『衣装』が花咲かず、(夜の切っ先が胸に穴を開けて、)いつか『表情』が崩れたあと、(霧のこめた断崖の景色、)北極星のことを考えていたら、疲労で意識が紫色に変色する。『侵蝕』―――スル・・。ミッドナイトブルーで染まってゆく、マリンブルーで染まってゆく、想いが浮き沈むのは黒ではなく青、どんな言葉もどんな人生も黒ではなく青・・・。「愛してるの」と言った時、舞台で演じられている狂言の類かと思う、―――それはまったくのところ正しいぜ、愚かだぜ、有り得ないぜ、でもそれが心からであると信じるよりほかない、弱くて情けない僕等の心の眼に色をつけたら、弱くて情けない僕等の心の耳に響いたら。―――無限を見せるばかりの幽妙な季節の展望台で、嘘と本当の周りで揺曳していた薫りという実体に気付く、「眼を閉じても、夢を見れる」し、「眼を開けても、夢を見れる」のが、この世界、その愁いと悶えに潜んだ、偉いなる激情のはしかこそが、僕が死んだままで生きている世界にとどまる意味、まんざらの出鱈目じゃない、矛盾を正視せよ、そして矛盾よ静止せよ。すべてがあるがままで、すべてはそこにある。 *247ウギャー知ってる知ってる、名前忘れたけど、フルートとヴァイオリンで殴り合う、お上品な連中ならよく知ってるんだけど。 (興味ねえなら話しかけんな、気持ち悪い顔しやがって)オゾン層が薄くナりマしタ、教室で、あたしの靴、隠したのお前だろ?冷えた真綿に、怪イ物ツの長い長イ吐息キがカかる。(ぼったくりバーに連れていって、シャブ漬けにして、ソープ堕ちさせてやる、) *246「全部、artifactだった、、、」みーんみーんみーん喜びのあまりThe cicadas were chirping like an electric guitar.ルットゥンルットゥンa...a...世界透視鏡 の 底恍っとり角膜[線をなぞる](・・・ギッチャンギッチャン・・空気が解(溶)けない何故あなたは 傷 を隠したがる?―――わたしは色んなことを忘れてしまいました何故あなたは 耳 を塞ぎたがる?―――髪が肩にかかり、寄り掛かった・・ *245恋人探しあなた、一夫多妻制に賛成なヒト?わたしは違う。トモダチが言ってたよ、八方美人で、トイレでスマホいじる奴って。まあ、外国には一夫多妻制ってあるし、既婚者でない限りは恋愛は自由よね、―――そう思ってた。でも、あたしが好きになったヒトは、複数人とオンナとお付き合いしていた。そいつ、あたしに告白してきて、あたしがそれを知って、「別れたいなら別れるよ」って言うから、グーでいばいたあと、そいつら全員と別れろ、あと、これから事細かに、スケジュール作るから、その指示通りに動けって言ったった。そいつ、ちゃんと別れて、一か月ほど、指示通り動いた。駅前のケーキ屋でシュークリーム。商店街の花屋で薔薇。―――まあそんな恥ずかしいプレイ、させたった。そうしたらそいつ、それにめちゃくちゃハマってさ、開発されたとか言ってるんだけど、一か月もやったんだから、あたしにもやっていいって言ったら、今日はかくれんぼです、僕が何処にいるか見つけてね、ときた。恋人なのか、遊び相手なのかわからない、でも、淋しがり屋なんだと思うよ、一番大切なものがわからないぐらいには、自分のことも、他人のことも、よくわかってない。一時間ごとにヒント出すっていうから、ちょっと待ってるよ、アイツ、何処にいるんだろうな。でも、これはこれで楽しいよ、なんか、宝物探しだよ。 *244夢を見る人夢を見ると、何故かいつも、妙齢の美人の女性が出てくる。当初は欲求不満かと思ったもんさ、年頃の男ってやつはね、秒速で横溝正史。あ、ミステリファン? ごめん。で、膝に猫を抱いてる、割烹着姿でね、いや夢が膨らむ、ニョッキも膨らむ、熟女好き、超むっつりって馬鹿何言わせてんの、でね、「こんばんは」「いつもの?」「ええ」とか言ってから、でも結局何故そんなことを、言っているのか全然わからないんだ。思い出せない夢は、天国へと帰ってるとかいうけどね、こんな天国なら毎日帰りたいと夢を見たもんさ、欲求不満どころか、清い交際、近所づきあいの範囲こえない、あれこれ他愛ない話をするだけなんだ、「月って黄色いのかしら、オレンジなのかしら」「どちらでもです」ってね。他には、こんなのもある、「七五三って、七歳、五歳、三歳の子供を祝う、ものだけど、わたしずっと、西暦だって勘違いしてたの」「ありますね」コマしてるわけじゃないんだ、でもなんかいいよね、そういうの。スルメ曲っていうけど、本当に、それ。人間生活していて、活舌がいいとか、頭の回転がいいとか、話題が豊富とか、すごくいいと思うじゃないか、いや、僕はずっとそう思ってた、でも彼女と会って性転換した勢いだよ、必要なのは気心なんだ。あとあと思い返すと、こいつは気障だなと思うけど、僕であって僕じゃない、そこも嬉しくてさ、誰だって変身願望がある、そういうもんだろ、他人の人生なんか興味ないよ、でも物語だったら好きになれる、そうだろ?どうでもいい会話って夫婦の会話みたいで、オシャレだよね、あ、これは独身男性の願望ね。眼が覚めたら、これは恋じゃないかって思う、不思議だよね、でも、毎日楽しみにしながら眠るようになったら、気が付いたらパタッと夢を見なくなってさ、好きな夢を見れるうたい文句の本を買ったりしてね、コノヤロ、詐欺だ、全然見れない。でもマンションの隣にさ、夢の中の女性と瓜二つみたいな人がね、引っ越してきたんだ、割烹着じゃないんだけど、君どう思う?多分独身女性だと思うんだ、すれちがいに挨拶して、近頃は会話もする、夢の中よりもずっとぎこちないけど、夢の中よりも夢の中だよ。 *243満月の夜首無し地蔵というのがある―――。児童公園に隣接するように、地蔵尊がある。桜の名所で、ある―――。線香が点けられ。鳥獣被害を避けるため、供え物がカバーケースの中に入れられている。信仰心。虚言、口から出まかせの多き鰯たちとは違う、聞いて悲しい、見ても悲しい物語。チュウ・・・・・・。鼠がいた。細長い紐状のしなやかなものが、―――パクッ、と、くわえた。カメラのファインダーが切り取る。存在が現像される。電光石火の早業だった。生存競争、適者生存。どうしてそう簡単に、おまんまにありつけましょうか。藪の中へ消えた。―――杳として知れない。そこに人影があった。午前とも午後ともいえない白け切った、こじつけめいた時刻。何もかもが反対になる、あべこべになる、自由になる、偏見になる。街灯が照らす。祠を見た。赤い垂れ幕の向こうに、首無し地蔵が見えた。人影はどんな冒涜的なことでもできる、二束三文のやくざ野郎、憑きものというのがある、強張った生命の救済措置というのがある、正当性というのを内側にも外側にも、表明したい。力を見せつけたい。悩ましい妄念が止まずに湧いた、面白さ、だった。強さだった。糞でも喰らうよりほかはない、信仰心。金属バットで。金属バットで。金属バットで。―――ガキッボコッ。次の瞬間、爬虫類のような歪んだ顔があった。こんなこともできるんだ、頭の中ででっちあげた孤立を意識しない孤独。幼稚なように見えて馬鹿にならない世間の、はみ出し者。まがりなりともおさまりのつく法治国家が、吸い込む夜の冷気。海綿。凍え。線香は消え。カバーケースは滅茶苦茶に壊れている。幻を求めて満たされない人の業。次の瞬間、祠に人影が現れた。眼に見えて速くなる、拍動。人影はビクッと身体を震わせる。「おまえさん・・・・・・」―――声がする。しわがれ声だ、老婆だ。統一的に位置づけられた通報、説教、暴力。鳴り迫る、おどろが鳴る、早瀬。人影はそれを言葉の手品のようにして暮らしていた。暮らしてきた―――つもりだった。「ちょっとこっちへおいで・・・・・・」手首をつかまれた、容易にふりほどけると思った。だが、駆け引きはできなかった。百の言葉よりもはるかに痛快な暴力の醍醐味。弱者と強者。だが、握力が強い。ぐんと引っ張られ、体勢が崩れ、持ち直すつもりが、なおそれよりも強い力でずるずると引きずられた。強制横スクロール高速アクション。武術でもやっているのか。「な、なにしやがる」情けない声が聞こえた。相違点があった。分岐点が見つかった。予定航路とは随分違っていた。夜は髪を振り乱し、悪魔は静寂を嫌う。「・・・・・・」ふっと人影は気付いた。どういうわけだか、景色が変わっていた。あたりは、鬱蒼とした森に囲まれていた。目論見は後悔に変わっていた。白痴の世界へ引きずり込まれてゆく。それはあらゆる意味で圧倒していた。コンクリートに引きずられる音は、いつのまにか砂利道、ぺんぺん草の生えた、おそろしくしとやかな響きを立てた。顔が小さくなる。唇は紫色になり、乾燥が強くなる。「昔ここいらでなあ・・・・・・」ずるずる引きずられる。まだ笑いが残っている。何かの間違い。こんなはずはない。合理的解釈がきかない。「やめろ! ババア、ぶっ殺すぞ」だが、抵抗しようがない。声も小さい。「おなごが殺されたんじゃあ、何の罪もなく、首を落とされて死んでおった」人影は叫び声をあげた。いま手首をつかんでいるのは、鼠人間だった、からだ。それは真っ暗な夜の迷路のための、道先案内人。それは論理が外れる芸術のための、思考する殺戮機械。「やめろ!」「お前にはわからんか、聞こえんか、そんな無残な目に遭った亡霊の声が」ちゃぷっ、と音がした。沼だった。ぷくぷくぷく。泡。泡。ぶくぶくぶく。口。口。口。葦が見えた。銀鱗が光って見えた。蝙蝠が視界を遮った。ねっとりとした生き物の感触が、蜘蛛の巣のようで気持ち悪い。夢だ―――。夢だ―――。影薄く、模糊としていて、そう言い聞かせていた。思考が濃縮され、遊戯に熱中した子供の地図のように、過飽和溶液の状態になる。素早い転換、焦点ボケのクローズアップで、時は凍りつく。「死んでやれ、死んでやれ」じゃぼん、と水中から何かがくらげのように、浮き上がってきた。「死んでやれ、死んでやれ」ぬらぬらとして、獰猛そうで、醜悪な化け物。鼠人間の次は蛇人間だった。印象の破片の飛躍の状態。割れた硝子の血を伴ったような熱さ。感情を爆発させた瞬間のような結晶作用。蛇に睨まれた蛙だった。本能によって嗅ぎ当てられ、つけこまれる誘因の一つとなり、抜き差しならなくなる。飛び交う蛾は、踊り手のように毒の粉を撒く。痺れが拡がった。亡者に取り巻かれていた。病気の鳥たちがいた。「あのおなごは、巫女じゃった。霊力を宿した、おなごじゃった。首を斬られた理由は、あたりすぎる占い、強すぎる力、それを妬ましく思う、権力者の仕業じゃった」蛇人間の隣に、白装束を着た、首のない女が見えた。それは自分自身の意志を持つ、魂の奥底まで吹き込む風。「わしらに手が生え、足が生え、考えることが出来るようになった。わしらは人を殺すことなど、ちっとも悪いことと思わん。喰らうだけじゃ。喰らって喰らって喰らいつくすだけじゃ」人影はいつのまにか、ちびっていた。目尻には涙が浮かんでいた。森全体が笑い声の渦となった、焦点を結ばない、暗示がそこに煙のように迷い込んでいた。甘い蜜の薫りを嗅ぎつけた異端者たちの前で。何も言えなかった、力。何もどうすることもできなかった、暴力。「おお、臭い臭い」蛇人間が叫んだ。音程が狂いすぎた、鼻声。否、呻き声。嘲り。真空に近いほどの存在理由。いまや、抽象的理念に等しい生命の在り処。「殺せ殺せ」がぶり、と鼠人間が頭を喰らった。目蓋の裏で命の蝋燭が凍った。オーケストラがつくる全体のサウンドの中に、様々な楽器がある。枯れ木のように無抵抗な姿。水溜まりの波紋。じゅぶり、と血が湧き出た。唾液で濁り、語尾が震える。がぶり、と蛇人間が胴体を喰らった。ぷしゅっ、と血飛沫で濡れた顔。ガツガツガツ、と沼全体が鼓動した。拭いても拭いてもぬぐいきれない曇りのように、生命の蠱惑的なまでの魅力と恐怖の溺れ。幾何学模様の可視化。そして無数のキーワードを打ち込んで手に入れる。知る。敏捷な動物を抱え込んだ、忌まわしき夜の扉。華やいだ明るい光が一瞬射し込んだように思われる、愚鈍な病気の獣のために。色んな規則で雁字搦めにされている、恐怖も殺戮も。朱塗りの祠に生贄が捧げられ、首のない女は、顫動し、両手をあげ、真っ白な龍へと姿を変え、魂のしずくを思わせる無垢正常な視線を向けた。快活な朗らかな、優艶な肢体をば、宙でくねらせて夜を一度二度叩いたあと、沼の中へと吸い込まれていった。色硝子の粉のような飛沫が小さくあがった。ぴょん、と鼠人間が飛び込んだ。ぴょん、と蛇人間が飛び込んだ。沼はもう跡形もなかった。誰も見ていなかった、誰もそのことを知らなかった。幸福や不幸とともに重く垂れこめる、絶望の緞帳。そこには胃袋があり、大腸があり、肛門まである。平和な夜の景色の中にある、その地蔵尊の前に由来が書かれた板が設置され、それはものものしき有刺鉄線、異界の符号。その悠久な悲哀に心を打たれ、かえって心に底力を与え、人々の慰安とならんとしている首の無い地蔵があった。信仰とは馬鈴薯を無理矢理に袋に詰め込むようなもの、最初にまず言葉があった。最初にまず物語があった。首無し地蔵というのがある―――。児童公園に隣接するように、地蔵尊がある。桜の名所で、ある―――。行方不明があったらしいね、と誰かが話している。首無し地蔵を滅茶苦茶にしてやるとかなんとか、息巻いてたって。祟りかねえ。祟りかもしれないねえ。前にもこんなことがあったね。でも死体は見つからなかった。興信所や警察も動いた。でも、見つからなかった。―――小さな町で、こんなこともあるもんかねえとみんな言った、でも、都会じゃよくあることだと、訳知り顔の奴に言われたよ。でも祟りじゃないかねえ。祟りかもしれないねえ。 *242 older women are cute 「何でもお願いを一つ聞く、ですか・・・」 「そうだとも、センパイとは、そういうものなのだ。 男に二言はないと言わせる風潮もいけない、 女にだって二言はない」 めっちゃ気取っているけれど、 身長百四十センチの生育不良もとい、ロリ体型だ。 その上の童顔、ベビーフェイスだ。 初対面だったら絶対に笑ってしまうシチュエーションだ。 真面目なことやいいことを言っているのに、どうしても締まらないからだ。 これでもセンパイは高校生三年生だ。 しかし、太陽のような眩しさを感じる。 眼を細めながらこの経緯を思い出す。 陸上競技でいい成績とったら、 センパイが何でもお願いを一つ聞いてやる、というもの。 そしてそんなことを忘れ、練習に汗流し、普通に県大会に出場した。 そして今日の夕方、練習が終わったあと、センパイがごにょごにょ、 こっちへ来い、と高圧的なのは言葉だけで、 ツンデレとしか思えない可愛らしい声で、 僕を校舎裏へ呼び出してきた。 そもそも、陸上部へスカウトしたのはセンパイという事情もあって、 男女の垣根がないぐらいに、親しくさせてもらっている。 部活中は、スパルタの気はあるけど、存在自体が可愛い生き物なので、 部員たちに愛されている。こんなに美しくて清くて、 思いやりがあって、愛らしい女がいるだろうか? 否、といった具合にだ。 そんなセンパイに呼び出されたら、スーパーマリオのノコノコしてしまう。 警戒心ゼロ。 もうなんだったら、告白でもされるのかなとドキドキしていたら、 センパイは今更、僕がまったく覚えていないことを、 『約束』だからと持ち出してきている。しかし突飛な申し出だ。 いい心がけだ、頭の隅にさえ置いていなかった僕の適当さとは違う。 >情報は基本だよワトスン君。 >あらかじめ言ってくれたら僕も違う話が出来たかも知れない。 約束を反故にする、いいですよ、と遠慮するのはコウハイの鑑だろう。 違うのだ、悪いコウハイは、しめしめ、と思ってしまう。 よくあること。しかしその何処にも裏や表はない、 真っすぐに、混じりけなく、悪いだけだ。 (緊張感が完全に切れてしまったみたいに―――) (僕はアスファルトに腰を下ろした) 口内の唾の充実、肋骨の引き締め、腸の筋肉の連動―――。 何処にでもあるような校舎だと思っていたけど、可視化された途端、 白昼夢のような僕の視界はバターの塊になる。 「じゃあ、センパイ―――」 「ふふふ、言ってごらん、センパイが、何でも叶えてあげる、 お腹いっぱい食べたいとか、カラオケへ行きたいとか、 言ってみなさい」 数秒後、面白いことになるとも知らないで。 この人は何て可愛らしいヒトなんだろう。天然記念物に推薦したい。 「じゃあ、膝枕されてください」 耳に届いた言葉は一字一句理解できた―――と思う。 鴉が鳴いた。なまめかしい夢を放恣に溶かし溢らせる湿った眼差し。 センパイは羞恥のあまり顔が真っ赤になり、手をひらひらぱたぱたさせ、 踊っているみたいに見える。細い咽喉を鳴らすタイミングで、 「な、なっ、何を言・・・・・・」 賢いコウハイは、続きを言わせません。 ―――ハイ。 「いや、センパイもとい、“部長”にはいつもお世話になっているし、 これぐらいのことしか出来ませんが、膝枕されて下さい」 センパイは、“部長”という言葉に弱い。 センパイはこんなナリではあるけれど、 気が利くし、リーダーシップだって取れる人だ。 けれど容易に想像がつく、いままでクラス委員とかに立候補したかったけれど、 背丈のことを馬鹿にされたり、友達にやめときなよ、と言われてきたのだと思う。 ちょっと狡いかなという気はしたけど、利用させてもらった。 「でもなあ―――」 あと、ちょっとかな、と思った。ちょっとだよな、と思う。 センパイはちょっと押しの弱いところがあるのだ。 あともうちょい・・・。 「コウハイというものはこのように、自然とへりくだって、 いつも“部長”にお世話になっていることを、 上目遣いにうかがいながら、自分は何だろうと思うわけです。 無辺の世界の中に小さく生きる儚さと心がある、 ―――そうだ、椅子だ、僕は椅子だ」 センパイが眼を丸くする。 眼を丸くしながら、そういうものなのかな、とチラッと植え付ける。 刷り込む。センパイの優しさにつけこむ、これ、すごく大切。 もう自分でも何を言っているのかわからないんだけど(?) さあ、いけええええええ! 「椅子に感情はありません、さあ、遠慮せず、センパイ」 「・・・・・・」 ドラゴンクエストシリーズのシステムメッセージ―――。 《せんぱいはこんらんしている》 ごにょごにょ、と何か言っている。 願い事をかなえるのはやぶさかではない。 ただ、こっ恥ずかしいシチュエーションに躊躇っている、 そういうことだろう。おそらく、“膝枕させる”ならともかく、 “膝枕される”とは何だろうか、と思っているに違いなかった。 センパイは可愛いのだ。そしてその可愛いセンパイを、 手の平の上の蝶のように扱う、それが、コウハイの務め、 全人類男子の喜び、そういうことなのだろう。 「お、おまえさえよければ・・・・・・」 キタアアアアアアア(?) 眼で合図して僕の隣にそっと座る。 最終ブレーキポイント。 膝をポンポン叩いて感触を確かめたあと、背を向け、 ゆっくりと、両手でスカートを押さえて。 方向と様相をさぐりながら、熟れたトマトが潰れるような、 ゲート付チェックアウトシステム・・。 ―――稲妻。 「お、重くないか・・・・・?」 センパイの頭部が吸い込まれる。 重い、という言葉は存在しなかった、すべてが軽かった。 一言いいですか、あの、一言いいですか、すべてが、いい。 (good-looking)『Have a nice day』 なんだったら心はエアロゲル、声変わりするヘリウムガス。 ふさああああっ、と髪の毛からいい匂いがした。 慈しむ、愛でる、という言葉をこんなに近くで味わう幸せ。 ルネ・デカルトが斜視の女性が好きだったというような構図で、 夕方の冷えた風が身体の熱を醒まして心地好い。 景色はいつのまにか変わっていた。 生まれてきてくれてありがとうございます、と言いたかった。 線香花火さながらに微笑がきらきらとこぼれ散る。 なんだろう、子供の頃に楽しみにしていた祭りの日の出店の料理。 あと、生きていてよかった、と叫びたかった。 いつもは半額のシール貼られている、三割引き、そんな人生。 恋人いない歴年齢の拘泥と悲哀と曇りがすべて癒された。 ―――この世界は素晴らしい愛で、出来ている(?) 「あ、あっ、あ、のさ―――」 「はい?」 「こ、こっ、れ、はいつまで、やりゅのかなあ・・・?」 「は? いつまでとは、どういうことですか、 すみません、センパイはそのままお寛ぎになられるのが、 コウハイの幸せ、しいては俺の喜びじゃなかった、コウハイの喜び。 アロンアルファ嬢、すごい、全然とれない、なんていう接着力、 かようにいつまでもずっと、リラックスして、ソファーで寝そべるように、 なんだったら大型犬に寝そべるようにされると・・・・・・・」 欲望というのは際限がないものだ。 とはいえ、センパイを見る限り、五分が限度かな、と思う。 さすがにこれは何か違うだろうと我に返るだろう。 霧の中での物の形のように、本来はっきりと見えていたものでも、 途端、意味が揺らぐ。そこを狙う。ゲシュタルト崩壊。狙う。 だからセンパイ、ゲットだぜ、とポケモンのサトシのようなことを想う。 「ううっ、恥ずかしいよお・・・・・・」 大丈夫です、お嫁にもらってあげます、 などと言いそうになるぐらいにはセンパイは可愛い。 しかも本人は無自覚だからね、庇護欲と保護欲誘う、おそろしい生き物。 しかし一体僕等は何をしているのだろうか、と他人事のように思った。 ただ、何かすごく可愛い生き物が膝にいると思った、 太腿にいると思った、頭を撫で繰り回したいけれど、 耳に悪ふざけで息を吹きかけてみたいけれど、 それはサービスに含まれていないのを惜しみながら、 あともうちょっと、もう少しだけと日が暮れるのを眺めるのだった。 *241中身って何だ?ファッションショーのセレブ追っかけ、裁判沙汰のクリス・ブラウンに、ディカプリオに口説かれたことを語る、モテ自慢しまくる、グウィネス・パルトロウ。奇行癖のあったマイケル・ジャクソン、ジャスティン・ビーバーもそうなんだ、へーすごい、へーすごい、頭の中が空っぽになる、頭を空っぽに出来る時間って中々ないのよ、だからそれは素晴らしいことだわ、KYとか、空気に敏感な症候群、へーすごい、へーすごい、それって素晴らしいことだわ、オードリーヘップバーンの自転車姿を見たり、ビートルズのアビーロードのジャケット写真前の、光景を映した貴重な写真とかならまだ興味があるのに、へーすごい、へーすごい、こいつら頭の中に蛆湧いてんのか、ファッションをお勉強しなくちゃ、整形手術を助長しなくっちゃ、海外コンプレックス、セーラームーンの話をしなくっちゃ、どうでもいい、どうでもいい、面白ければそれでいい。 *240garpike吻状で鋭い歯を持つ頭部が特徴で、鱗はガノイン鱗を持ち、模様上に目が左右に一対あり、口から尾鰭にかけて不規則な黒点があり、空気呼吸を行い、尾びれの下葉より上葉がわずかに長い。略式異尾のガーパイク。名古屋城の外堀に大型のガーである、アリゲーターガーが目撃され、捕獲されたニュースが報道された。捕獲された個体は体調約一.四メートル、体重三〇キロ以上。ガーパイクの規制が始まって久しいが、その理由は、長寿であることや大型化、越冬も可能であり、幼魚が大量に輸入されていた、ならびにアクアリストの密放流だ。これは一種の煙草のポイ捨てや、不法投棄と同じだ。外来種の放流は生態系を乱すことで、可愛らしいアライグマもそうだ。ちなみに無許可で飼育していると、犯罪になる。ガーパイク、ガラパゴスや熱帯のジャングルではなく、人類が営々と築き、未来に拡大してゆくほかない都市の、可視化の叙述をしようか。この滅びに限りなく近い創造性を。すべてを意識化できるって信じている瞬間があるけど、身体感覚がごっそり消失しちまうのさ。何でだい、生の泡沫。本来は水草の繁茂する流れの緩やかな河川や湖、池沼などの淡水に生息し、食性は魚類だが、カエルや小型の哺乳類等、生き物ならなんでも食べる。繁殖形態は卵生で、春期に岸部近くに繁茂する水草に卵を産む。ガーパイクは今から二億一千万年前の、中生代ジュラ紀から白亜紀に全盛を極めた古代魚で、姿形をほとんど変えることなく現在まで生き永らえてきた。何の為に生まれたと言えば、不毛な受け身の哲学だ。サルトルは「実存は本質に先立つ」と言った。何だかよくわからないが僕等は生まれた、だから後のことはよろしく考えて上手くやれよってことらしい。生きる意味なんかない。死ぬ意味もない。だったらここに存在している理由もない、でもスヒルトハウゼンの提示するダーウィン的な都市の未来は、大小入れ子の流域構造に対応して展開される、多自然流域都市マネジメントとかいう言葉を、それなりに理解してる。わけがわかんないのさ。ガーパイク、戦争、原子炉のメルトダウン、自然災害、砂漠化、毒化、放射能汚染、経済崩壊に見舞われてなお、僕等はまだ生きているらしい。チャットGPTに聞こうか?それはいい、インターネットが発達し、あらゆる情報をバーチャル的に得る、とでも答えてくれるかな。真偽を判別することすらできない。玉石混交の膨大な電子情報が毎日のように、時空を超えて飛び交っている。正体不明の謎の球体、「ベッツボール」恐竜は今も存在している?「パレストリーナのモザイク画」世界は滅びる?「ババ・ヴァンガの予言」悲しくなってきたな、弱くなってしまったな、僕等は道化さ、未熟な生き物さ、けして霊長類なんかじゃないさ、何だってわかっているふりをして、何一つわかっていないことを、思い知らされる瞬間が来るのさ、ガーパイク、君は美しい。廃墟には魅力があってさ、朽ちかけたコンクリートや、崩れた階段、錆びた鉄、ひび割れたタイルなんかにはさ、霊的啓示や信仰の危機などの感情の痕跡を感じるんだ。ガーパイク、遠くない日、人類がまったくいなくなってしまったら、君たちはまた中生代ジュラ紀や白亜紀みたいに、泳ぐの、ダム湖や、クレーンハウスの残骸を。僕等が残した新旧、甲論乙駁、多様な意見の混合物で、右往左往のリゾーム化した廃墟のような惑星を、沈められたブラウン管を、沈んでしまった高層建築を。 *239祭りfestival祭といえば、季語の世界では夏のものとされる。夏祭、神輿、渡御、山車、祭太鼓、祭笛、宵宮、宵祭、陰祭、本祭、樽神輿、祭囃子、祭提燈、祭衣、祭舟―――といった具合に、ここだけ切り取ると、日本人の浮かれ提灯もった態度がよく見える。ちなみに他の季節のものはそれぞれ春祭、秋祭と呼ばれ、冬祭はない。これにはきっと冬には神様いねえやってことなんだろう。ウン、初詣より、炬燵に足突っ込んでいたい。仕事で疲れてんだ、寝正月させてくれ、そゆこと。とはいえ、冬祭って昔から普通に存在する。楊原神社と大朝神社(沼津市下香貫)の正月行事、「厳冬海中みそぎ祭り」だ。真冬の一月に裸の男が神輿担いで海に入っていくとかいう、聞くだけですさまじさがちょっとわかる祭りだ。一度空襲で神輿が焼けてなくなっていたらしいが、復活した。江戸時代から続く由緒正しいものだ。春祭や秋祭は農耕と結びつき、五穀豊穣を祈り、感謝する意味あい、でも夏祭りはちょっと意味合いが違う。まず、この夏祭のそもそもは、京都の葵祭(賀茂祭)と祇園会(祇園祭)から来ている。日本の夏を彩る盛大な祭礼だが、まず葵祭は賀茂神社が京都では最上位、全国でも伊勢神宮に次ぐ格式をもった神社ということもあり、その祭は大変に重要なものだった。平安時代には単に祭といえば、この葵祭をさした。葵祭は官祭つまり国家行事として行われてきた。次に祇園会だが、ご存知の通りだろうと思うが、長期間に及ぶ。祇園会(八坂神社の祭)は七月一日の吉府入りから十日の鉾建て、神輿洗い、十六日の宵山、屏風祭、十七日の山鉾巡行、二十四日の後の祭、花傘巡行、三十一日の夏越祭まで一か月もの間に及んで続く。双方とも格式や影響力が大きく、昔では夏祭という言葉にはこのイメージがあったといわれている。さて、僕は祭りというのが大嫌いなんだけど、まず、人が多すぎる。田舎の小さな祭りで僕は嫌いだとか思ったことは一度もなかった。そうなのだ、「人が多すぎる」のだ。そういえば野球場に五万人というのは一種の神話だけれど、二〇〇四年まで日本プロ野球は観客数を実数ではなく、水増しした数字で発表していた。とはいえ、そんなに人がいたらもう祭りが出来るのではないか、と思えてくる。東京へ行くとみんな何処かで祭りが思うと信じる雑踏を知る。とはいえ、傍目から見る分には色々あって面白い。川崎市の奇祭「かなまら祭」とか、ビジュアルが既に電波で宗教な、長崎県雲仙市に伝わる「鳥刺し」とか。昆虫料理さながらにインパクトある祭りは多数存在し、八百万の神じゃないけど、本当にそれぐらいいるのかも知れないな、と思えてくる。外国人が心底パニクる。とはいえ、スペイン南東部、バレンシア州に属する、ブニョールのトマト祭りは日本人もパニクる。インスタグラム受けしそうだけどね。様々な説があるけれど、「まつり」の原義は「献り(まつり)」で、ここにいう「政=まつりごと」はいうまでもなく「祭りごと」ここに「まつり」と「食」とが結びつく基本的な考え方がある。その説明としてもっとも説得力があるのが、国文学・民俗学者であり歌人でもあった折口信夫(釋迢空)の見解。折口は、神仏や精霊を「まつる」という「祭り」の原義は、神霊に食物を奉ることであり、その行為が「献(まつ)り」であるという。具体的には、天皇は天の神から、食物をつくり採取して飢えのない世とすることを命じられ、(アンパンマン思想と覚えよう、絶対に忘れない)これを実現するため、民に農作物などがよくとれるための呪詞や寿詞を宣旨として下す。これに従って民が農山漁業に励み、その結果として農山漁物を献上し、これを豊穣の姿として天皇に、そして天の神に捧げる。この循環こそが「まつり」であると説いている。つまり、こうした行為が滞りなくできるようにするのが、「政」であるので、これを「まつりごと」という。さて祭りといえば屋台飯。鉄板の「たこ焼き」に「お好み焼き」に「焼きそば」に、「ベビーカステラ」に「りんご飴」に「イカ焼き」に、見たことないけど、「ケバブ」に。僕は近くの神社で神戸牛の肉串というのを見たことがある。奥さんが美味しい美味しいと食べていたので、まあいいかと思ったけれど、これ本当に神戸牛なのかなとずっと考えていた。いやそれはまだいい。僕の個人的な祭りの最大の疑問はだけど、どうしてこれだけ沢山の屋台があるのに、御飯物を提供する店がないのだろうか、ということだ。炒飯とか、カツ丼とかあってもよさそうなのにと思う。採算が合わないとか、ニーズが違うとかもあるだろう。いやしかしこんなことを最大の疑問とするあたりが、いかに僕が祭りを嫌いなのか説明しているようではないか。ところで神社で開かれるお祭りの目的は、「神様に感謝の気持ちを伝えること」が多い。賑やかに神様をお祭りすることで喜んでもらって、地域の発展を願ったり子孫繁栄を願ったりする。前述した「食国」「食国の政」の理念がまつりの根底に流れ、このことから、日本人は神や仏を絶対的な存在とするのではなく、自分たちと同じように飲食によって生きていると、考えてきたことがうかがえる。家の神棚や仏壇などに食べものや飲み物を供える心意は、ここにある。 *238豆腐豆腐。たとえば、定食屋でそっと一皿出てくる、これに醤油を垂らしながらメインの箸休めにする。たとえば、味噌汁の豆腐。酒のお供にもなる、冷ややっこ。まったくもって、たまらんぜ、の世界。スーパーで一時期豆腐にハマっていた時期があり、卵豆腐とか、ゆず豆腐なるものがあるのは知ってる。話は脱線するけど、コストコが食のテーマパークで、アメリカ、あるいはマグナムしているのに対して、豆腐ってやつはね、これ、激安スーパーの見抜く一つの調査票。経験談からだけど、僕はそう思ってる。コストコ行きたい。でね、値段が少しグレートで、一種のご褒美感覚だったけど、まあこれはこれで、ってやつ。そういえば近頃、Yahoo!ニュースで見かけたんだ、(いっとくけど、僕のスマホは、Yahoo!ニュースで始まり終わる)で、何かっていったら、豆腐をお好みの大きさに切り、タッパーに移し替え、めんつゆを注ぎ入れ漬け込む。これだけ。え、これだけって思ったけど、それ言っちゃおしまいだよ、そこがタイセツ、すげえダイジ。蓋して冷蔵庫半日寝かしてやると、そのままでも美味しい、うんまあ、美味しい。紹介されてた青ネギ、白ごま、天かす振りかける。まあ、美味しい。でもね、貧乏飯っていうかね、やっぱり豆腐を飯の上に、ばこーんとぶちこむじゃないですか(?)そこに、醤油をダラーッとかけて、納豆の要領で、ねじりこむ、これ! あの、これ!僕はべらぼうに好き、なんていうか、好き!豆腐の味噌汁ぶっかけ御飯というやつも、イイデスナ。ところで缶詰知らない人にいうけど、パスタゆでるじゃないですか、そこにキャンパーノアヒージョ缶をぶちこむ手法ってあるんっすよ、あの、これ! まじでこれ! *237和菓子Japanese sweetsマスカット、さくらんぼ、枇杷、白桃、ラ・フランス、柿、無花果、栗、林檎。これらの果物の入った和菓子は絶品だ。神経の鋭敏と官能のデリカシーがないと成立しない、苦労性の美術品だ。熟しきったような冷え切ったような皿に、どら焼きがあってドラえもんが美味しそうに食べる、つまりはそういうことである。末世末代の語り草、とでも僕も言おうか。早口には伝染力がある。ところで和菓子は季節の美しさが色や形で表現されていて、節句と和菓子がセットになっていたりする。節句には季節の変わり目があり、縁起のいいもの、厄除けのものがセレクトされてている。正月なら花びら餅、桃の節句ならひちぎりというように、だ。それもまた奇勝や絶景の類だ。和菓子の歴史は、縄文時代にまで遡ることができ、間食として木の実や果物を生のまま食べていたが、次第に保存のため乾燥させたり、灰汁を抜いた木の実の粉で粥状のものを作ったり、あるいは丸めて団子状にしたりするようになり、現代の団子や餅の原型となるものが作られるようになった。和菓子の歴史は外国の歴史も欠かせない、遣唐使の粟田真人によって、唐から唐菓子八種と果餅十四種の唐菓子が、日本にもたらされ、奈良時代の七百五十四年には鑑真によって砂糖や蜂蜜が、平安初期の八百六年には空海によって煎餅の製法が伝えられた。平安時代の初期には餅にあんこが入った「つばきもち」が作られ、これがお餅を使った和菓子のルーツといわれる。それから鎌倉時代の茶道も忘れてはいけない、夏目漱石や谷崎潤一郎が激賞した羊羹も誕生している。田山花袋の隠遁生活の嗜みでもあった。さて室町時代にやってきたポルトガル人や、スペイン人によって、カステラ、ボーロ、金平糖、カルメラといった、いわゆる南蛮菓子がもたらされ、小麦粉や砂糖を使ったこれらの菓子は、和菓子の製法と発展にも大きな影響を与えた。江戸時代には輸入に頼っていた砂糖が国産でつくられ、砂糖の生産量が高まった。そして江戸時代は和菓子文化が開花した。飴といえば川口屋、というイメージが普及し、飴売り芸人もいた。江戸時代に入ると菓子に古典文学や四季の風情などに由来する、デザインや風雅な名称を付けるようになる、菓銘だ。たとえば「東風」梅を型どった煉りきりで、冬から春に移る季節感を表す。菅原道真が太宰府に流される際に詠んだ、「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」からとられた。一種の存在の動詞化で、無からの創造を意味ある無償の行為にする。権威付けという向きもあるけれど、こういう潔さは、やはり俳句文化と関連があるのかも知れない。明治時代に入ると、オーブンなどの西洋の調理器具が、日本に入り、和菓子作りにも積極的に取り入れられた。そして「洋菓子」と「和菓子」という呼称が、用いられるようになった。欺き合いながら、清く明るく朗らかに多様な菓子が並立する時代。あんパン、クリーム入りの饅頭といった和洋折衷の菓子、西洋起源ではないものが日本化したものなども生まれそれが妙に難解で、またその妙諦というのは、急進的な愛の作用の瞞着。僕等が雑食動物で、地球上に天敵がいないからだ。君にも聞こえないか、蝋燭の火のように揺らぐ、遠いざわめき。少し前に京都の東山区にある京菓匠、「七條甘春堂」の、季節限定で七夕の夜に架かる「天の川」をモチーフにした、和菓子を販売しているけれどこれがまた美しかった。夜空に揺らめく星屑をイメージした七夕の世界を描いた、羊羹で、青い層には輝く銀箔が確認でき、青・紫・白・小豆の層が組み合わさっていて美麗だ。波の音や星の瞬きも、夢の中の出来事に感じられる一品。ちなみに工芸菓子というのもあるが、こちらはもっと本格的だ。江戸時代に大奥で鑑賞された「献上菓子」にはじまり、主に、砂糖・米粉・白あんを使って作られる、観賞用のお菓子。ただその見た目の美しさとは裏腹にだが、展示された工芸菓子はもれなく食べられることなく廃棄されるか、何処かで飾られるものらしい。 *236proof of love共鳴の痙攣、共感の渦、幻想的なぎざぎざの形をしたものの波形、あの夜、僕等はもっともっと、近付いた。眼の奥でも、痺れの中でも、人の顔のろくろくわからぬ暗さの中で。―――長く永く、一瞬が、刹那が、その秒という単位が、「響く」という言葉の中にあった。真っ暗闇の部屋の中で右も左もわからない、ここが何処かわからないという体験を、いまでもずっと覚えてる、あの孤独は、樹木の影にも、時代の景色にも、マスク姿にも、顔を見せない歌手にも似ている。ある夜、君に伝えたい、少しだけ明るくなったこと、少しだけ前向きになったこと、その、小さなさざ波を消さないように、その、黒いまだら模様の血にも似た白い炎を。 *235言葉の雨です。わかりますか?言葉は雨です。傘をさして、レインコートきて、子兎のように、温かなこと、思い出しましょう。雨の夜は、心を労り、溜息を、慈しみましょう。街燈すごいじゃん、夜の水溜まり、見えます。窓からの光、すごいじゃん、LEDって感じ、知らないけど。偽善的でまじごめん、偽悪的だったら、もっとすごいよ。水の惑星、さいこー。 *234本日のニュースは何もありませんそんな日があってもいいでしょうということで手抜きしました責任追及は都市伝説ドットコムまで毎日毎日おつかれさまです。昨日のニュースとは、別のニュースが流れます。大抵の会社では同じ仕事を、同じ商品を、同じような人が、同じようなことをしています。気が付くとパソコンやスマホで、同じように悪口を言いに行ったり、論破とか言ったりします。そっくりさん、です。クローン人間です。そして何というか、ウルトラ馬鹿です。これをルサンチマンと言います。劣等感抱えこんでるんですね。天国と地獄の間の煉獄ですね。言葉が狭い川床の中で、動かずに静止している小さな魚に見えた。小さな魚は網にさえかかりません。底辺は狂える象ではありません。蟻です。ミジンコです。生きていても死んでいても変わりません。「だかルァアアアア、戦争しようぜ」 *233A car is running a few centimeters across the echoing street. 次から次へと言葉が、 やって来た。 時間は。 金色に染まり、灰色に縁どられ。 [風に吹かれて動いてゆく] (空の銀貨に経帷子拡げ、) 解けることのない、 メビウスの輪を、 熱くしていたもの。 渡り鳥たちの夢。 闇に溶ける。 飛んで行くその姿は。 淡い光線と透明に押しつぶされた。 [良心の鞭撻を排斥するほどの怒りの後] (醒めて伸びして、 欠伸して床から這い出る、)―――エネルギーはゼロにならない、永遠の裏切り者だ、 永遠の恋人よ、 僕が後十歳若くて、 波の引き際に、 手がかりを見出せたなら。 不吉な塊が始終圧えつけ。 言葉は敗走する軍隊。 運命は。 遺伝子に隠れ、動物に隠れた。 [自己を客観し、俯瞰し、組み上げ、作り変え] (ここは、巻貝の裏側だ、) 急速に斑な列を拡げ、 なまじとりすました、 太陽を焦がした。 ―――冷暖房機の送り出す風 矢継ぎ早に放たれる、 天国と地獄のための見世物。 けだものは。 辞書や百科事典を読まない。 [くっつきあい、散らばり、集まり、欠けてゆく] (意識の底で、ずべての罪悪の萌芽を見る、) 歴史は残酷だ、 神経症的体験報告書で、 言葉忘れて四辺を睥睨する、 物の怪の眼をして、 天へのぼる亡霊の眼して。―――澱んだ眩暈のする、通りだ、うるさくて、気持ち悪くて、大好きだ、愛している。 *232まあ、色々あんだべさ何もすることがないし、何も考えたくないのだ。ぼんやりしてたい。だからスマホの動画を観る。ごろりとして。寝そべって。するめいかの気持ちを知る。さつまいもになりたい。だらけた網と、呼ばれたい。怠惰のほしいままに、生命を消費尽くしたい。働きたくない。馬鹿になりたい。というのは、ちょっと嘘。 *231何故歩いているのかと考えていた。果物の一切れにかじりつきながら、屋根と屋根の間に隠した円盤を思い出し、肉体を盗む方法を考えている。kamome studio *230NY死神が空に吊るされた、怪物は盛りすぎた薔薇のようだった、あざみを数羽の鷹が弔った、小銃の熟した灰色の毛糸くずが、重い暗黒雨脚に変わろうとしていた。の見えないところに、誰にもない芸術が、駝鳥の柔毛のように落ちていた、第四十駐車場から、第四十一工場が全共和軍へと、名前を変えた。形見に子羊の皮を広げていた、カーブミラーにドーベルマンが写っていた、木登りをした大きな海月が、豚のような雲を見ていた、クモの巣の中にフラミンゴの羽根が見えていた、宙がえりをしたピエロは、風船で空に飛んでいった、子供達みんな絡み合った枝橋に、満腹になった大蛇みたいに見えた。 *229The mirage turned into an ivory tower,and the worlds intersected here and there.The TV channel changes due to the reverberation in the mirror.At the same time, everything turns into fragmentsThe angel's wings delicately wrinkled the aquatic plants on the surface of the swamp.夜が満ちた・・ *228forced marriage(「強制結婚」)ある調査によると、現在、日本国民の約七割が、「選択的夫婦別姓」に賛成なのだとか。また、別姓にできないことが原因で結婚を諦めた人も、僅かながらいるそう。由緒正しい家でなくとも、長男は家督相続で子孫を残す役が押し付けられているし、女性はいつまでも家にいて貰っても困るから、嫁に出されるということはあったはずだ。ところでこういう憎むべき因習は少し前の日本にもあった。それが、夜這いの文化。これはまた成人の通過儀礼だった。語弊がないように言えば、これにもちゃんとメリットはあった。つまり、貞操観念、処 女であるかどうか、だ。好きな人と結婚するために夜這いの文化はあった。さて、鹿児島では「おっとい嫁じょ/誘拐婚」というものがあり、女性を強 姦して嫁に娶るという、とんでもないものが存在した。強 姦致傷罪で犯人の三人の青年たちを逮捕、嫁を娶るつもりで待っていたら警察が来た、というわけだ。泣き寝入りしなかった女性の勇気には感心するが、それ以上に異常なのは、地元住民から、情状酌量の嘆願書が出されたこと。結局懲役三年となり、現在は廃れているようだ。とはいえ、軽すぎるのではないかという意見もあるだろうが、当時は強 姦致傷罪の刑罰が現在よりも軽かったこと、ならびに集団強 姦罪などの罪がなかったことが挙げられる。そういえばモロッコにはとんでもない法律が昔存在し、性的暴行を加えた犯人と、被害者の女性とが結婚すると、その犯人はお咎め無しになる、というトンデモないのが存在した。ただ、結婚させられそうになった女性にとっては、悪夢以外の何物でもなく、それだったらむしろ、「モロッコ中にいる(彼女が、)好きな相手と、結婚させてもらえる法律」にすべきだ。こんな無茶苦茶が通るんだったらそっちの方がずっといい。結論から言うと、自殺したこの悲惨な事件に憤慨した市民団体が、抗議デモを起こし、その結果、上記の法律は廃止されている。さて、日本って変な国だなあと思ったことだろうが、結婚というものをクローズアップすると日本外国問わず、変なことは多い。親の意向に従って、好きでもない相手と結婚せざるを得ない状況に追い込まれる、「強制結婚/児童婚/政略結婚」が行われる国や地域は、国民の経済力や、宗教的な要素、教育制度などに、問題を抱えていることが多く、意外なことに、アメリカにもある。一文字違いの「アフリカ」では強制結婚が多いが、あの「アメリカ」のテネシー州では、十歳の女の子による婚姻が三例あり、また、ある統計によれば、フロリダ州では、数日間に一人の割合で、十六歳以下の人が、自己の意思に反して結婚していたとか。男性というものはいくつになっても、(僕はまったくそうは思わないので例外だけど、)二十歳の女性ぐらいと結婚したいと思う、という話がある。また全然別の話にはなるが、児童性愛者というのも、ある日、趣味が変わってということはないらしい。だからというわけではないけれど、パキスタンのシンド州にあるキプロ村で、一組の男女の結婚が成立しそうになったという話がある。夫は五十歳、そして妻は、なんと十歳。カリオストロの城よろしくのロリコン伯爵である。もちろんお互いが好き合ってとかいうわけでもない。女の子の母親は、我が家を売却せねばならないほど困窮していたため、娘とその男との結婚を承諾した。その女の子の家庭は、父親が病気のために極貧生活を送っており、ある男が、日本円にして約七十五万円をその家族に援助するのと引き換えに、十歳の娘との婚姻を要求した。幸い(という表現が正しいのかわからないが、だって、おそらく咽喉から手が出るほど欲しかった援助金も、そして娘と両親との関係にも亀裂が入ったに違いないだろうから、)二人の婚姻がなされようとしる時、タレコミによって警察がやって来て、結婚相手が逃げた。ユニセフの推計によると、パキスタンでは、十五歳未満で結婚している女性は三パーセント、十八歳未満だと二十一パーセントに上ると見られている。少子化をして、インスタグラム脳とか批判するのもあれだが、それ以上に、自由に恋愛できるという空気はとてもいいことだ。ところで人口減少が進む多くの自治体の地方議会にとって、議員のなり手不足や高齢化は共通の悩みの種だ。全国町村議員の平均報酬月額は約二十二万円で、都道府県議と比べかなり低い。政務活動費も町村議会の八割は不支給だという。SNSで活動する人を村に招き入れるとか、親善大使とかにするとか、そういった力業が求められる。さて、旧統一教会では教祖に無理やり結婚相手を決められる、「合同結婚式」というものがあり、日本人女性と黒人の組み合わせは少なくないし、日本の女性と結婚することが目的で海外の男性が入信しているケースもある。韓国人と結婚した女性は儒教の国ゆえ家事にこき使われる、なんて聞くと宗教には気をつけたいところだ。世の中には、教祖が信者に手を出すカルト宗教も存在するし、もちろん集団自殺を強要したカルト宗教もあるのだ。ところで、旧統一教会では献金額が多いと相手が日本人になるとかいう、わけのわからない話もある。わけのわからない話といえば、インドでは七歳の男の子が犬と結婚した、というのがある。占星術で、彼が将来結婚する相手が、早死にするという結果が出た。そこで、とにかく何でもいいから結婚させてしまえ、と考えた両親が、そこら辺を歩いている野良犬を結婚相手にした。不幸な運命から男の子を救うために、親戚が一同に会し、盛大な結婚式が行われた。インドってすごい国だな、洗濯機に蛇がいるって聞いたぞ、と思う人もいるかも知れないけれど、特殊性癖というか、馬や車などに性的感情を持つ人も存在する。(一部の人は純粋な愛、プラトニックな愛を主張する、)アメリカでは馬と結婚した人がいるし、バリ島では雌牛、イギリスではイルカと結婚した億万長者の女性がいる。僕はとりたてててイルカと結婚した億万長者の女性に、「人間を愛せなくなっただけなんじゃないだろうか」という気持ちがしてしまう。お金を持つと呪いがかかるとまでは言わないけれど、様々な人達が押し寄せ、ひっきりなしに金の話をされる。ちなみに女性の恋愛感情は三年、場合によっては半年ほどでなくなる、という話がある。これについては異論があるけれど、一説には、子供を産むために遺伝子レベルで存在するのだとか。ただ、言い方を変えれば、安っぽい恋愛感情なんて意味がなく、もっと大きな信頼を勝ち取ってパートナーとしての愛になれば、本物の愛となるというわけだ。「愛とはお互い見つめあうものではなく、共に同じ方向を見ているもの」というわけだ。 *227僕等は変わらないものを探していたWe were lookingfor somethingthat doesn't change「そのさ、付き合うって、どういうことかわからないけど、フェンシングつき合うことじゃないぜ(?)」「うん・・・・・・」「個人歴史的に夜景スポットなんだ、その、誰か連れてくるの初めてなんだ、別に、君の瞳の方が綺麗だぜって、寒いこと言いたかったわけじゃなくて(?)」「うん・・・・・・」「その、聞くのを躊躇うところもあるし、一度言うと、消せないところあるんだけど、俺と付き合って楽しい?」「うん・・・・・・」「ありがとう、でも俺一人で喋りっぱなしで、全然話を聞いてないよね」「・・・・・・うん」「明日からは―――っていうか、いまこの瞬間から、黙るから、喋って。質問するから」「・・・・・・うん」「(どうしよう、何聞くべきなんだろう、わからん。わからないが、コーラス隊してる、)その、スリーサイズとか(?)」「うん?」「ごめん、冗談なんだ、やっちゃったかー(?)やっちゃったよねー(?)前に男って数秒に一度はエッチなことを考えるって、言ったけど、そうじゃないから、そうじゃないんだけど、そう思えると思うから言うんだけど、そうじゃないからー(?)」「うん・・・・・・」「俺、実は喋るのがすごく苦手なんだ。本当はこんなにいつも喋らないんだ」「うん・・・・・・」「手をつないでもいい?」「うん・・・・・・」「(握る、)小さくて、すべすべしてる」「うん・・・・・・」「一年後も、十年後も、また一緒に、この景色を見れるといいな。できればずっと、一緒にいてくれるといいな、街は変わる、世界も変わる、俺だって、君だって、みんな変わる、気障な台詞じゃなくて、感傷なんだけど、この気持ちは変わらないぜ(?)」「(笑う、)うん・・・・・・」 *226fight against power一生の価値を決めるものは、他人への時間と、影響力だ。余裕がない人には声が届かない、自分のことしか考えない人間は、いつも何かに怒っている。What determines the value of life isIt's about time and influence on others.Those who can't afford it won't be heard,People who only think about themselves,He's always angry about something.破綻せず、弥縫していけると思った、飄逸な心境、剛毅だったかも知れない。縹渺と無辺際に拡がる群青色の海を、思い出す、片雲、餓えた犬、信鳥翁やドードーみたいにすぐ捕まった、聞くことは無償の愛。信じることは霞の空の白川の関の聞こえ。火のついた仏壇の蝋燭が倒れても、人は不在、火災報知器もない、そして家屋が燃え上がる如く、情報過多、派閥主義、饒舌で、対応が遅く、手続きで日が暮れる、お役所仕事。変化はそこから萌芽する。歴史はその繰り返し。困難な選択から世界を読み解くと、便利さの別の側面が見えてくる。当たり前や常識や普遍的事実、古今東西、どの国も変わらない、やることはいっぱいある。やらなければいけないことは、終わらない。いま、死んでも。いま、すべてを手折ろうとしても。 *225幼馴染が「好きです」とか、しおらしく告白してきた一時間前には、幼馴染の親友が、幼馴染を玩具にしていた件conflicttroublesdiscordcomplication「二人、付き合ったらいいじゃないですか。写真で、お二人、肩組んで、仲いいし」「え、じゃあ、わたしがもらってもいいんですか、毎日の神聖な登下校の儀式に、参加します」「あ、つんつんでれつんで、だ」「あと、怒って誤魔化してますよね?そんな青筋立てて、当社比、百九十パーセントアップの大声出して」「はっ(鼻で笑う)」「で、どうするんですかどうするんですか、わたし、これから告白に行こっかな、そんなに馬鹿だと仰るなら返事は、OKに決まってますよね」ぐおらあああああ(?)何勝手にわたしとこいつをくっつけようとしてんだ、わたしはこいつのこと。好きじゃねええええええしいいいっ(?)じゃ付き合うってぐおらあああああ(?)こいつは馬鹿だから本気でやめとけええええ(?)別にツンデレじゃねえええええしいいいっ(?)怒って誤魔化してるんじゃねええええしいいっ(?)カフェインとりすぎてハイになって、あと、全力疾走しすぎてるだけだしいいいいいっ(?) *224quiet nightせいはみるもりのろさゆするのろさゆするねるとねるねめのませなかなにいか *223something happens and you get caught up in it物騒な時代だよね、戦争も起こってる。でも争いのなかった時代はなかったという解釈もできるけどね。理解不能の犯罪者がいくらもいて、百万で殺人を請け負ったりする。かと思えば、どう考えても理不尽な理由によって、あっさりと人を傷つけたり殺したりする。通り魔殺人や、一家皆殺し、とかね。テロの脅威もある、洗脳、マインドコントロール、英雄思想。人類救済を謳い、人を殺す。護身術も、心理分析、いざという時の覚悟も必要だ。外国へ子をやる親は、言ったというね、「レ イプされても、させるがままにしなさい」とね。下手に逆らうと、殺される。そんなこと起こらない方が絶対にいいよ、絶対そうさ。ねえ、蒸気機関車は時代の覇者で、蒸気自動車は勝てなかった。でも発明され、敷設鉄道がいらないから、もっと多くの人に広まると思われた。でも勝てなかった。相手は乗合馬車だった。蒸気自動車が時代の勝利を勝ち得たのは、エンジンの燃料がガソリンに切り替わって小型軽量化した、その時だった。「玉音」放送が、実際にはリアルタイムの生放送ではなく、昭和天皇がポツダム宣言受諾「詔書」を朗読し、録音したレコード版をラジオ放送で流したものだって、ね。国民がそれを襟を正して聴いた―――聞いていた・・・。 *222eternal spring garden(「永遠の春の庭)」永遠の春について、考えた―――んだったね・・・。蜂蜜の病める玻璃だった、とかいう、さわり、だね・・・・・・。あの時、駅で電車を待ち、黒の黄のだんだら染め、夕陽のあたったプラットフォームに、一人でいた―――んだよ・・・。街は残酷―――で、うら枯れ、見どころのない、曠野がしらじらと―――残るばかり・・。変化に富み、妙手の多い思考が、極楽の蜘蛛が蓮から銀色の糸をかけるように、偶然捏造した不思議な光景―――だ・・・。身体が柔らかい子が、破天荒な姿勢、奇抜な位置に、アクロバティック―――した・・・。雲雀が啼いて―――さ、鴬が啼いたんだ―――よ・・・。皮相にとどまった春が始まって―――いた・・・。人生の一場面の媚態・・・。迷い子の耳には―――聞こえた、まだ知らないと思う怯懦が他の一面に、萌すよう―――にね・・・。水溜まりの上で藻掻いている、足掻いている、溺れている蟻のように―――ね・・、永遠と刹那が争っていた、どちらかが壊れるまで続くのかも知れないって思っていた、ひた向きで、ほんのちょっとの物の弾みで動揺しやすい、僕の、心の中―――で・・・。 *221「おや、あなた、image factoryに、 迷い込んでしまいましたのですね」「ここでは、一週間電車が出ません。 外に出ても、またここへ戻ります。 ちょっとした異世界ですね」「危険ですか? ないですね、 あるとすれば、私があなたに引きこもり道を、 手抜き料理の数々に魅了された時でしょうか?」「あると思います? みんな、わたしの代わりに、 ごはんを作ります。食材は自動的に冷蔵庫に、 コンビニバイト的に補充され、ガスや水や電気も、 使えます。あと、古いゲームや、 漫画ならありますよ」「死んでいるのかですか? それは難しい質問です、 そうとも言えますし、そうではないとも言えます。 情報氾濫した社会のひずみが作り出したと、 哲学科にいたらしい子が言っていました。 一週間後きっちり出ていきました、 あの子、いま、何してるんだろうなあ・・・」「image factoryについてですか? あなた、 質問癖があるのかな、引きこもりは、 喋るのが苦手だよ。まあいいけど。 それはデザインの専門学校にいたらしい子が、 命名したんだ。ドナルド・リチーみたいだって、 言っていたよ。あれは可愛らしい子だったな、 料理も上手でね」「ここで何をしたらいいかって? そんなのは、 自分で決めることだよ。ただまあ、一緒に、 ゲームしてくれると嬉しいな」「何があるのかって? 人生ゲームや、 ファミコンがあるよ。なんか絶句していて、 君って失礼な子だな」「わたしがここを出ていかないのかって? それは、 初めて聞かれたな。困った質問だな。 おそらく、ここはわたしの世界なんだろうね。 わたしが死ねばこの場所は消滅するのかも知れない、 といっても、image factoryに死は存在しない、 永遠に死に続ける行為に興味があるなら別だけどね、 まあ一度やって生き返ったら、もうしない。 つまり、わたしがここを出ていけば、 ここは死ぬかも知れないよ」 *220「ねえいつまで寝てるの?」そう声をかけたのは幼馴染。僕に外面コンプレックスを植え付けた。街でブームになった流行の服を身に着け、颯爽と歩く彼女の後ろ姿は美しい。傍目からは、ちょっと馬鹿だなって思う、でも比べることはなくならないし、この比較は遺伝子レベルで存在する。真昼間の野原で、薄暗い洞窟の中の夢を見ていた。ナラティブという英語がある。物語とか語り、ストーリー、筋立て(プロット)、言説などと訳される。日本ではまだあまり聞き慣れないが、英語圏では日常的に用いられている言葉だ。同じように幅広い物語性を含む単語は日本語にはない。ナラティブは誰かの語るナラティブが心の中で暴れ出し、感情を揺さぶられることがある。怒りで眠れなくなったり、嬉しさが止まらなくなったり。その感情が私たちの行動を変えていく。僕等は「物語の中で生きている」らしい。「いま起きるとこ、で、高台の閉ざされた祠について、何かわかったの?」 *219市井の人アジア太平洋戦争のBC級戦犯裁判における英軍裁判では、三十九人の通訳者が起訴され、じつに三十八人が有罪となり、九人(うち台湾人六人)が死刑に処された。ところで、自分が開発・発明・発見した薬や治療法があらゆる傷病に効く万能薬、〝唯一真実の治療法〟であると主張する面々を御存知だろうか?レーザー、ハーブのサプリメント、アルカリ食事療法、蛭、さらには祈り、漂白剤まで。こうした代替治療がはびこった原因は、医療の限界ではなく、すなわちは“人間の限界”を悟ったからだ。通訳者の近接性には三つのリスクがあるという。一つは武力抗争の最前線に晒される。二つめは、言語仲介だけでなく、拷問や尋問への荷担など、身体的行動を含む任務を追加的に課される。三つめは、違法行為など目撃したことをのちに供述・証言させられる。こうした通訳者を考える上で、人間の一生を考えるのは適切だろう。たとえばパスポートを申請する際に、自分の両親のどちらかが初めて韓国人や、中国人だった、と知るようなものだ。その生い立ち、国籍、学歴、軍の成員なのか軍属なのか現地の臨時雇いなのか、といった洗い出しがある。様々なルーツがあって、その調査は困難をきわめる。語られなかった言葉、聞かれなかったかぼそい声に耳を傾け、寄り添うこと、それは時代を超えて届けられるミステリーだ。僕は父親が亡くなった時に初めて、熊本の天草市の御所浦で生まれたことを知った。十代以前に祖父が亡くなり一度、フェリーでそこまで行った。のちのち調べると、船を借りて向かったようなのだが記憶にはない。父親は十代の時には海の男となるべく漁にも出ていたようなのだが、舟に穴が開いて沈没し、それ以来、海とは無縁の人生を送った。倒産した会社、タクシー会社などごくごくありふれた職歴だ。けれども年を取ると不思議な高揚感を覚える。守秘義務などの職務倫理との板挟みも生じるが、自ら犯罪者となることでもあり、人道や良心に悖ることになる。それを避けるために、あえて誤訳をした例も引かれ、ユダヤ人を救った通訳者を描くウリツカヤの『通訳ダニエル・シュタイン』や、法廷通訳の操作性を扱ったスキ・キム『通訳』などの小説も思い起こす。ルーマニアにはマンホール生活をする子供がいる。中国では戸籍に載っていない子供がいる、と言う。そんな彼等も自分の足で歩くことで、人生を作っていくのだろうか、僕等は一体この世界へ、何をしに来たのだろう? *218Listen *217moral feelings「カッコいい」「ダサい」という価値観を決定するものは、もちろん美的感覚なのだけれど、この美的感覚には心理学や、判断材料としての数や、ボス猿の一撃のごとく注目される意見が働いていることはもちろん、『他人の評価』というのが働いている。つまり『価値観/クール』とでもいうべきものが、だ。個人のもつ価値観は心の深層に存在し、意識化されていないことの方がずっと多く、ゆえに、意識ではさまざまな矛盾に振り回される(はずだ、)文化的価値感は、相互協調的と文化慣行的な実践によって、個人の認知スタイルに影響し、相対的認知スタイルの傾向を作る。はるか昔、湾岸戦争においても同様で、イラクは衛星に監視されることを恐れ、自国の戦闘機や戦車を地下のシェルターに隠し、そのためイラクの残存勢力の見積もりの障害となったが如く、僕等は不確定要素に満ちた原理によって、価値観が反転するのかを知らなくてはいけない。ファッションが音楽になり、その音楽がアートになり、そのアートが政治になり、政治がお笑いになるが如くに、だ。ルサンチマン、生贄制度。奴隷制下、黒人たちがひどい差別や搾取のなかで、感情を表に出さずに虐待や侮辱に耐える心的な防衛機制。陳腐な物の見方で、偏見が差別になり、差別が迫害思想となる、そして裁判という形で国家権力の意志となるようなことを、俄かには信じ難いだろう、聖書は男性社会の究極の証言書である。有責ではなく破綻へと向かう日々に、『価値観/クール』への理解は必須だ。外部情報というものは、知覚のフィルターによって、省略、一般化、歪曲、削除などその人の持つ、過去の似たような体験に変換され、蓄積されていく。このふるい分け機能を持つのが知覚のフィルターだ。態度や行動の前提にあるのは、決断、感情、記憶、それから言葉や文化、信念や価値観、などだ。そして最深層に位置するのが、個人が持つ無意識における、物事の認識パターンのメタプログラムだ。みんな死ぬほど努力しても九秒で走れるとは思わない。でも死ぬほど努力すれば東大に合格できる、と思うかも知れない。程度に差こそあれ、こういう馬鹿な考え方が存在する。宗教的な光明や、神々の恩恵的な恐ろしい奈落へ、がっつり入り込む合図だ。ポジティヴなものならいいが、ネガティヴなもの、つまり、風評被害をつくりだす、ゴシップや都市伝説などが、伝達の変化のプログラムである。人は嘘をつくもの、間違いを正さないもの、ということを、人は隠したがるが、人間の歴史はそのようには語られていない。単純化、歪曲化、平均化と『 R ~ i × a 』が合わさって、巨大な時代の思想を作ったのかも知れないのだ。もちろんこれは、道徳的感情というものである。 *216Carpe diem一か月前うちのクラスでワイワイワガヤガヤ、IQの低い、罰ゲームが敢行され、うちのことを、冴えない根暗女認定した上、サッカー部イケメンの性格ブスが、「付き合ってくれない?」とか、嘘告白しやがった。中指立てて、最後には親指ジェスチャで、死にやがれストーリーをロックフェス並の勢いで刻んだら、次の日からハブられた。生存の一形式、生贄手法、連帯行動は社会の基本。はみだし者には制裁がくわえられる、出る釘は打たれる。うちはその日からずっと、シカトされ、仲の良かったトモダチはタニンになった。毎日、にこにこして、わざと手を振ったった。「(きっと、話したらアイツと同じ目にあわせるって、言われてるんだ、)」うちは、一念発起した。それで元々趣味だったギターを片手に、インスタグラム活動したら超大人気、簡単なこと、コスプレしまくる。大学の一人暮らしのために貯めてた、貯金通帳が日ごとに減ってった。でも、この作戦は当たった。アンチは無茶苦茶言ってくるねどね。歌なんか上手い奴沢山いる、そこそこ上手い奴は違う作戦をする。なりふりかまってられない、バーカ、それだけ。そしたら急に、クラスのリーダー格のやり方に、みんなが文句を言い始めて、分裂、空中崩壊寸前、うちは、もちろん、ここぞとばかり言ったった。「サッカー部のイケメンは?」って。あいつ、何でうちに謝らないのって、言ったった。みんな、インスタグラムでのうちの立場を知ってる、だから、こういうことが起こった。そうしたら、ピラミッド構造そのものにヒビが入って、二人は次の日からいきなり、うちの立場にゴールイン。マジサイコーってわけじゃないから、昼休み狙って、「謝る気あるなら口きいてあげてもいいよ」言うたった。二人はぎょっとしながら、あんたの指金かと言ったけど、うちは何もしとらん、でも人心掌握は基本。アイドルが何故売れるって、顔や声なんか大体一緒、超絶美人でも、カナリアの声ってわけでもないなら、それ以外の要素がウケてるって考えるのが筋。二人が謝ったのを見計らって、仲の良かったトモダチを吊るしあげた。というか、正確に言うと、ロープでくくったった。別に窓から吊るすとか、学校の桜にくくりつけるとか、そんなひどいことまではしない。ただ、椅子にぐるぐるとくくって、立場逆転や、これからマウントの鬼になる、とか言うたった。トモダチは蒼褪めた。「うちは別にクラスメートみんなを、トモダチと思ってたわけじゃない。でもあんたはうちのトモダチだった、だからこれから一か月は、そのままで、いたらいい。ロープは外す。クラスメートに、イジメを強要したりもしない。ただ、見えないロープを一か月は、感じたらいい」トモダチが泣き出したので、ポンと肩に手を置いた。嘘だよ、次はこんなことしないでね、と軽く済ませたあと、第一回超クラス会議、「暴力とは何ですか?」「イジメとはどういうことですか?」 *215I feel like I'm inside a yesterday I don't remember張りつめた気持ちが奈落へ落ちて、朦朧となって、何も聞こえなかった一瞬、その一瞬を縫うように、波の背が滑り落ちた。ごめんなさい、こんなに美人のお姉さんを、初めて見たから。不躾な真似をしたことは謝ります。何処かで、見たことが、あるような、そんな気がしてた。ずっと昔、そうずっと昔、懐かしさ、人恋しさ、からかってなんかいません、僕は美しいものを、美しいと言うだけです。カメラマン志望の、どもり気味で、早口でまくしたてる、よくいる劣等感まみれの中学生です。その人に射すくめられたように、魅入られ、シャッターを押した興奮が、僕の中の何かを変えてくれるような、気がした。 *214何を馬鹿なことを仰っているんですか、イケメンたるもの分身ぐらいします。kamome studio *213I don't understand you「aer...aqua...astrum...Requiescat in pace...」 「心配させたくないとか我儘だとか、顔や声聞けば僕にはすぐわかるのに、いまじゃ僕等、他人みたいじゃないか?(感情が落ち着かない・・・・・・気持ちが暴れ出しそうな夜の処方箋・・・・・・)『声』が聞きたい夜は、その席をあけておくから。「金糸雀になれないね、『胸の扉』は、誘惑の扉、「小夜啼鳥だね・・・・・・(ポップコーンを・・・・・・弾丸にした・・・・・ 永遠と刹那が・・・・・・口づけした・・・・・・)『恋』をして、君を知って、何故「素直」に淋しいと、僕に打ち明けてはくれないの、「君の心が欲しい・・・・・・ *212fairy taleちょっとツラ貸せよから始まって、体育館裏へ連れてかれるのかと想いながら何故かシティーを散策してる、というか、してる。「ここのたこ焼き美味いんだぜ」とか、のこのこ食べてた、カツアゲが始まらない、何だ、このクラスのヤンキー娘の、恋人感、人肌でミルクあたためるつもりか、ミルキーはママの味だけどパパのお仕事だよ日本カルピス社ってうおおおおお、全然違うがな、違うがな、違うがな、「あ、たこ焼き美味しいです」って、言ってる、というか、言ってる。「おまえさー、うめえって言ってよ」ここに来てまさかの強要、それも一つの教養、いわゆる箸は一つで共用。グッバイでララバ、イ、でも全然しまらないこんな気持ちはううおおおおおなラララ、イ、ラララ、い、って意味もない、でもその情熱を世界中どっかで、求めてるんだぜ、きっとそれをどうだとかなんだとか、かんだとか、こーだろとかは違うんだぜ、だから「何がしたいんですか陽キャ」 *211頭ではわかっていても理解できない信じたつもりの、わかったつもりの、机上の空論、言葉遊びまだ訪れない、まったく別の事柄への理解(ストレスの始まり、フラストレーション、「納得」は選択肢の終わりだ、謎の上から目線、理路整然としない論破法、馬鹿が馬鹿の上にも下にも馬鹿を作る、)心の中の辿りにくい道程社会生活上のルールが、(必要悪という概念と反する、割れ窓理論、)まだ訪れない、まったく別の事柄への理解loopして、感嘆符でつくる五線譜みたいだ、u.n.i.v.e.r.s.eいつか赤い実になって、蛇になったモンタージュの楽園、、、loopして、人工知能の剥がれ落ちた部品の一部。abyss *210lingering soundあなたがくれたものは硫酸、顔が焼ける、体温計が使えない障害は千秋楽、The words “I want to live” hurtWords like “I want to die” hurt me even more.乏しい色彩一様、大団円は蜂蜜とパンケーキ、「同じ静かさが欲しかった、」「同じ落ち着きが欲しかった、」停止、てい、シッ、挺し、訂し、向かう先は咽喉が焼けるアルコール、瞼の裏側まで、黒だった。流線型の車が羨ましい、ぎざぎざの歩道橋、空想の領分に次第に我が物顔に立ち振る舞う、“シ・・・シンショク・・・”(形式的に聞いている限り、痛痒を感じない、無感覚だ、罵詈も、暗い部屋の牢獄の中では、)強引、誘因、ああこういうの、羅列です。生まれて初めて嫌いな香水壜を一時間も眺めた、フォルム。油絵にすると良さそうだと初めて思った、フィルム。The words “I want to live” hurtWords like “I want to die” hurt me even more.あなたは何処ですか、あなたは此処ですか、あなたは何処ですか、あなたは此処です。いま輝いて見える星も、一番輝いて見えるのはいまじゃない、愛と嫉妬でも暴力でも不条理でも、滅茶苦茶でも、完全にはなれなくても、いま輝いて見える星が終わる時、一番輝いて見える、そして混乱の中絶え絶えになった聖典の一部、聖人の行進さながらの爆発の破片を、“天啓”と思うんだ。風が吹いて止んだ、(止まった、)花が咲いて枯れんだ、(枯れた、)痛いと知っていて堪えてるんだ、(月が満ちていって欠けた、)息は夜の藻掻き。言葉は意味の中枢にたぐりこまれる痛み。命を捧げよう、(祈りを捧げよう、)意味を捧げよう、(息を捧げよう、)その『温度』を、『香り』を、『色』を、『感触』を、覚えていよう、覚えていよう、覚えていよう、覚えていよう、覚えていよう、覚えていよう・・・・・・。昔よく読んだ本を開いて、雨の音を聞けばチェホフの吐息。薬は針の上、残酷な想像の上の生き物、グリンピースの出てくるタイミングが嫌だった、笑顔にならない鏡、麒麟の首にはなれても脚にはなれない鏡。いつのまにやら淡くなる、いつのまにやら淡くなる、いつのまにやら葦になる。「救済措置(は、)」「テンプレート(は、)」思い出すあの日のフェイズ、不幸が相応に纏綿として、苦い諫言と、苦い甘言、なおざり、(おざなり、)枯れた花に拳銃を向けました、主人公はどうして思ったのか慌てふためいて掻きまわして、卵の黄身がじわじわあふれていく、「人並みに生きていたかった、」「愛想笑してもよかったな、」「君が好きだった、僕は君が好きだった、」香り立つ蜂蜜とパンケーキの横で、思い通りにいかない世界の後ろ向きな思い出し笑い、The words “I want to live” hurtWords like “I want to die” hurt me even more. *209長寿longevity百歳を超える長寿になりたいですか?ギネスブックに載りたい、存命中の世界長寿者になりたい、という奇特な方がおられるのであれば、どうかお聞きください。もしあなたがそうなら、若干の例外はあるものの、「喫煙・飲酒」はしないことです。「健康的な規則正しい生活」をしましょう。また、百歳を超えてなお、マラソンをし続けている方もおりますが、それは例外としても、「ある程度の運動(有酸素運動)」は欠かせません。この三本柱は多くの人が考え得る、長寿の基本要項になるでしょう。また認知症や鬱病にならないためにも、「ポジティヴで明るいことを考える」べきでありましょう。いうまでもないことですが、「衣・食・住」があって、人間の生活となります。そしてそこには「運動・睡眠・食事」という要素があります。つまりは、「病気をしない」「死亡リスクを減らす」必要があるわけです。ここで一番の問題となるのは、老後破産です。そこには日本の「家族依存型」社会保障制度が、大きな岐路に立っていることを示し、高齢期の貧困、介護、孤立といった生活上のリスクに対して、家族が大きな役割を果たしてきたわけなのですが、世帯規模が小さくなり、家族・世帯の形態が大きく変わる中で、家族・世帯の支え合い機能が弱体化してしまっています。分かり易く言いましょう、「一人暮らしをするなら、老人ホームに入れ」ということであります。「家族を持っていた方がより長生きしやすい」ということです。あるご長寿さんは、お亡くなりになるまでに、百人以上の子供や孫がいました。二〇一六年に英科学誌ネイチャーに掲載された遺伝学の論文では、一九九〇年代後半以降、人間の寿命は伸びていないと結論づけられました。世界の人口統計を分析したところ、世界の高齢人口は拡大したものの、人の最長寿命はむしろ短くなっています。分かり易く言いましょう、今現在「人間は百二十歳前後ぐらいまで生きられる」と考えられております。だからこれを超えると例外ということになります。ただ、「(今世紀の間に、)百三十歳まで生きられるだろう」とか、「(今世紀の間に、)百五十歳まで生きられるだろう」という意見もあります。これが盛りそばなのか、実験データによる根拠があって言っているのかは、それについてはさっぱりわかりませんが、(論文はあくまでも仮説です、証明されても、それをもう一度実験して、これは証明された、となります)ギネス世界記録非認定の長寿者では、ドハクァボ・エッバさんが百六十歳を超えています。ある話では、「五百歳、千歳まで生きられる」という話がありますけれど、これはさすがに説明しづらいのです。聞きますか?老化の原因は突きつめれば七つあります。分子の絡み合い、ミトコンドリアの劣化、細胞内の老廃物、死んだ細胞がまき散らす毒素、遺伝子の突然変異などです。こうしたダメージを未然に防いだり、病気を食い止めたりする研究がこれまで行われてきました。これまで老化の原因は、遺伝情報を持つDNAの損傷だと考えられてきたわけです。ですが、老化の原因と新しく考えられているのは、細胞がDNAを読み取るシステムの劣化です。これに真っ向から立ち向かう意見に、学者連中は付き合えませんし、また真っ当な物の考え方すれば、一般人も俄かには信じがたいと思うでしょう。かくいう僕もその一人であります。原初の生命が誕生した頃の地球は、超高温や超低温、宇宙からの放射線、極端な乾燥など、生物にとって極めて厳しい環境でした。そのため、原初の生物は、DNAが傷つくと細胞分裂や、生殖といった再生産活動を中止し、傷ついたDNAの修復に専念しました。これが、生物の持つサバイバル回路です。このおかげで生物は四十億年前の、厳しい地球環境下でも生き延びることができました。現存する生物は、すべてそうした回路を遺伝子レベルで引き継いでいます。つまり、この回路を利用して遺伝子の傷を消すことで、老化を防げるというわけです。とはいえ、それは、「コピー人間を作って臓器を取り出して、すげかえるようなものではないのか?」という意見もあるのではないでしょうか。寿命を延ばそうとする試みには、倫理的、社会的観点からの反対も多いのです。進化の過程で老化を選びとった結果、人類の繁栄があるという事実があり、老化を拒絶することは進化を放棄することにもなります。そしてそこにいるのは「人間/生物」ではありません。こういう考え方、言い方もできるでしょう。「八百比丘尼」とか、「不老長寿」の世界ですね。僕は萩原朔太郎の「死なない蛸」を思い出します。他愛ない詩で、非常に非科学的な発想を、似非哲学に結び付けているところがよく出来ています。ですが、「二百歳や三百歳の長生きが誕生」すれば、「脳の記憶を保存する」とか、「人間と機械の融合」というのもあながち笑い話ではなくなるのではないでしょうか。忌避されているものにも合理性や、整合性が与えられる段階になったのなら、それを適正していく、法的なジャッジが入る、倫理観と生命の天秤が始まるわけです。僕等の価値観は大きく変わるでしょう。ですが、これはやはり話半分にしておいた方がいいでしょう。さて、煙草や飲酒をしていても、それが病気の原因ではない亡くなり方をされている、というところが世の中の面白いところであります。また遺伝的な病気や、突発性の事故などもあります。熊が人間を襲う、自動車のアクセルとブレーキを間違えた、などもそうです。百歳を超えるというのは、ちょっとした『奇跡』であることは、間違いありません。僕もつい手を合わせたくなるような神々しさがあります。医学的には「脳と身体のギャップを埋める」とか、「老化は病気の一種で、治療すべきことだ」とかいうのが、いま、理解され始めていることでしょうか。また身体の細胞には細胞核があり、細胞核の奥深くには染色体があります。そして、その染色体の末端にあるのをテロメアといい、この長短が「細胞の老化スピードを決定する」と言われています。このテロメアの修復を行うテロメラーゼという酵素の、自然な産生を促すこと、とりわけそのために生活習慣を改善することが、重要だという意見もありますが、前述したように、この考えに該当しない人もいます。ところで百歳を超えたご長寿たちを扱った動画を拝見しますと、例外なく痩せておられ、なにか、皺のたるんだ犬を想起させますが、やはり即身仏の体現者のような雰囲気を僕は感じます。 *208Labyrinth(・・・・・・呼吸を止めてたの?・・・・・・何の矛盾もなく、沈潜していくものが、嫌だったの? 見るたびに思い出すよ、忌まわしい残酷な響きの一つに、「キミにはナニもキタイしない」というのがあるね、ひと際華やかで美しい夏のあと呻吟、シンギン、(の、)檻/降り/折り *207傷から花が咲くだろうか?後遺症は、僕等の御伽噺取り返しがつかないような人生の痛手を、きれいな言葉で誤魔化せるだろうか?笑エ、ナイ、ンダ淋しくて、切なくて、くルしイ、かナしイ、「眩暈がする・・・・PandoraMigdal Babelphantom太平楽で穏やか、耄碌して、慣れすぎて鈍感、すこぶる達観したような面構えで、手放せないんだルーティン。継いで剥いで上げて下げて君が汚れる靴跡。継いで剥いで上げて下げて僕が濡れる靴音。方法手段より一部分や、その一瞬。大酔して空寝入りしても、射幸心や嗜虐性や美的な耽溺を持った、色とりどりのアンダアスタン。セイントソルジャーとか言っちゃって。ダークネスチルドレンとか作り始めちゃって。(嫌いですも自然の命令で、)(好きですも自然の深い神秘の黙示で、)大衆的善人の顔して大観衆を、ワンウェイする聖人君子や孔子の成れの果て、全体が凪ぐ爆弾の性能を、端倪は許さないルーティン。心をえぐりとった腐食魂質を美しいと言って、あなた。心を焼いて煮た酸いも甘いも鬱くしいと言って、あなた。大人を演じた魔術に訝り、嘆賞した僕は、処方箋や抗鬱剤よりも、間違いに怯えて鬱ぐ完璧さってやつを考える、それが愛と宗教と道徳のアンダアスタン。砕け散る硝子をぶちやぶったのは唐揚げでしたって、夢。砕け散る硝子を顔文字でしたって言った天麩羅の、夢。(音楽が君を救う、文学が君を救う、芸術が君を救う、)(救われたがりだから救う、救いたいから救う、足元すくわれて、胸はいつのまにやら蜘蛛の巣に巣食われて、)殉死も犬死にも黙契で、シンプルだけど秘密持った人々が、天変地異や呪いを持ち出してる、暗黙の了解した神の怒りという名のルーティン。財布に札束入れて膨らんだ、君。財布に風船入れて膨らんでいよいよヤバイ、僕。息が吸いたくて、産声を上げて、可視化していく僕等のセカイとかいうやつが、ピンクの象とか、ハックルベリにする、期待外れでも期待通りでも二人がいるアンダアスタン。等身大とかマイペースとか言いつつ一歩下がって。スローフードとか一炊の夢とか言いつつ一歩進んで。(ルットゥルルットゥル、意味なんか、ない、です、よ、)(ルットゥルルットゥル、理由なんか、ない、です、よ、)反省して、躊躇して、熟考して、忙しいんだ、狂いそうになるよ、結局一体何なんだ、実に長らくご苦労だった、お役目は終わり、明日から違う人生が待ってますっておいルーティン。奥行きと広がり求めていくつもの声を重ねた、毎日も。命は、情熱は、病的でも、健康でも、声を重ねた、毎日を。 *206特殊詐欺/闇バイトSNSやインターネット掲示板などで、短時間で高収入が得られるなど甘い言葉で募集している。「一緒にお仕事しませんか、一日十万稼ぐ人います」十中八九、闇バイトか、マルチ詐欺だ。仮にそうでなかったとしても、強盗の実行犯にされる、犯罪組織の手先として利用され、ポイ捨てされる。もちろん、海外治験や、嘘偽りなく良心的な高額バイトも、ないわけではないだろう。A Vだってひと昔前ならともかく、いまは、大卒の女の子が面接に来る時代だ。「高額」「即日現金」「高額即金」「副業」「ハンドキャリー」「書類を受け取るだけ」「行動確認・現地調査」等の言葉には警戒して欲しい。また詐欺というのは至る所にある。「仮想通貨詐欺」「はがきでの架空請求」「情報商材・副業詐欺」などは急増している。「オレオレ詐欺」や「還付金詐欺」に「融資保険詐欺」なかでも、SNSを通じた闇バイト、裏バイトの多くは十代の学生。振り込み詐欺の「受け子」や「出し子」になる。前者は被害者宅へとお金を受け取りに行く。後者はキャッシュカードなどを預かり、お金をおろして事務所などへ持っていく。前者は被害者が詐欺を見破って警察に通報した場合は、受け子の登場を待ち構えて身柄を確保する、「だまされたふり作戦」がおこなわれる。後者は、コンビニのATMなどからの監視カメラ映像の追跡で、捕まってしまうことがある。こういう特殊詐欺関連となると、「受け子」や「出し子」だけが理不尽に逮捕されることになる。前者は詐欺罪を、後者は窃盗罪になる。捕まった時に黙秘を強要され、それをしている間に事務所を変えてトンズラなんていう話もある。詐欺に加担するという構造がここまでわかっていながら、犯罪になる、情状酌量しかつかない、この言葉の重み、だ。この社会は残念ながら、「ミイラ取りがミイラになるになる文化」で、また「トカゲの尻尾切り」なんだということも覚えておくのがいい。しかしグループの主犯格である「首魁」や、集まった現金を管理する「金庫番」などは中々逮捕されない。若者賛歌の文化がある日本では、もう一つ、若者搾取の文化である。このピラミッド構造は何かマルチ詐欺を想像させる。被害者ばかりがピックアップされるけれど、売り子や出し子という加害者が、「詐欺だと知らなかった」というケースも増えている。とはいえ、「詐欺だと知らなかった」では済まされない、という前提をきちんと知っておかなくてはいけない。その事務所では部屋で孫のフリや弁護士のふりをする人や、個人情報をまとめている人はいなかったか。仮に「ATM代行」や、「現金輸送」の仕事といわれて、それを真に受け信じたとしても、それで犯罪行為がチャラになるわけじゃない。ただ、それがわかっていたというのにも二種類いると思う。一つは「世の中、金なんだよ」みたいな責任を他人になすりつけるタイプ、こちらは底辺社会型の漫画脳と言って何ら構わないと思う。マルチ詐欺の会場にいても、ユーチューブ動画で変な奇声あげているタイプだろう。一つは「強制的に働かされている」という人だ。こちらは全然違う。罪悪感を覚えて抜けたい、けれども住所や電話番号知られ、実家の家の住所や、キャッシュカードの口座番号まで握られている。一種の、強制労働だ。場合によっては報酬なしで働かされている人もいて、さらには、お金さえ強要されるという労働環境もあるらしい。人が人を裁く文化には僕は疑問を覚えるけれど、社会や世界をまわしていく上でルールは必要だ。それがなければ、無法地帯になってしまう。ただ、その為に本当に捕まえなくちゃいけない人間ではなく、もっと違った対応があったらもっと別の人生があったんじゃないか、というような若者がいるのも事実だ。ただ、特殊詐欺に遭った被害者は高齢者であることが多いが、雀の涙の生活費や、老後の蓄えをつぎこんでいるかも知れない。親戚にお金を借りたり、消費者金融でお金を借りて、金銭トラブルを起こすかも知れない。ボケ老人として扱われることで、鬱や、認知症にもなる。最悪の場合は、自殺だ。いくら指示されて関与したこととはいえ、被害者に多額の損害を出し、苦痛を与えたという事実は消えることはない。特殊詐欺にかかわって少年院に入った少年は反省を口にしていた。自分がしでかした行為に後悔していた。そして若い人に向けて、「真っ当に生きて欲しい」と言っていた。「お金『簡単に稼げる』という甘い誘いに乗ってはいけないこと」や、「脅されてもきちんと周りに相談すること」を口にした。偉そうなことを言う人や、小利口なふりをする人もいる。けれども、人間誰でもそういう立場になりうると思うのが筋だ。ホリエモンが証券取引法をして前科がある、犯罪者であるという言い方ができる。けれども、道を踏み外したことを認め、当時の辛かった心境を語る。僕は思う、それはそれでいいじゃないか、と。刑務所に入るようなことをしたんだ、じゃなくて、刑務所に入って立ち直ったんだ、でいいじゃないか、と。特殊詐欺の若者が出たら保護司がついて、仕事を見つけて、そこできっと真面目に働くだろう。僕も心の弱かった時期がある、悪い方向ばっかりに考えるなよ、そういう子供たちが救済され、「これから」を期待していける社会だったら本当にいいと思う。人を騙したり、傷つけたりしない世の中だったら本当にいいと思うけれど、お金という毒薬がどんなにずぶずぶのでろでろにするか知らなくちゃいけない。麻薬よりもずっとタチが悪いのが、お金だ。ホラーや実話怪談関連で、「家賃の安い部屋」とか、事故物件サイトの「大島てる」とかを一度見て欲しい。そういうのを面白半分で見ている人がいても、それを咎めるものではないけど、ホラーや実話怪談の舞台となる場所には、そういう人がいたかも知れないと少しは感じて欲しいところだ。 *205世界はまだもっと奥の方へ進めるんじゃないか、静脈の透いた手を開いて、生きていよう。kamome studio *
2024年03月01日

204月神経衰弱、精神の阻喪の時の月は格別に美しい。誰にも妨げられず、心全体で眺められる。ルナティック、満月の衝動、犯罪の予定日。けれども、孤独の中の蘇生、美しいものは暗い、暗くないものは見せかけているだけだ、世界が終わった時のことを考えてみる、廃墟の街のピアノを弾くしゃれこうべ、「怖い」と「美しい」は近いんだよ、奇想は、本能の中に備わった感覚を取り出すもの。 *203nice runにゅおおお、たるみ切った生活とおさらば、ふにゃあああああ、一分後、もう駄目、死ぬ。無理は禁物、潜在意識が語り掛けてる、あと、ヤバイ汁が出て、えくとぷらずむ、する。えっちらほい歩く、コンビニでお菓子買いたい、にゅおおおおおお、そんなんじゃ駄目、まじで駄目。 *202白い息white breathキミはこれ以上苦しまない方法を探す、明日が来ないように祈ったりもする。記憶が回想なのか、階層なのか、海藻なのか、それとも回送なのか探ってゆく、言葉遊びは好きじゃないよ、でもドアノブは廻り、エントランスは続くの。ここは、フルダイブ型VRの、スターダストの世界。でもね、連想の彼方の、サイケで。サイコで。サイレントな。サウザンド。光の向こう側はやっぱり少し雨に濡れていて、水溜まりに胸が竦んで引き返したくなる。「ここで会った」「ここで話した」そんなことを、同時並行で何万回も、何億回もこなしたはずなのに、このキモチは何だ、この制御できないキモチは何だ。それが、さよならなのか、はじめましてなのか、夢なのか、夢の続きなのかまだわからなくて、少しだけ知りたい胸が苦しくなる、プログラムがついにお化けになっちゃった、さしづめ付喪神の妖怪、生きてるってそんな感じだったら君にあげるよ。ねえ、ボクは来た、だからキミからの便りを待つ。網膜や虹彩の中にめざめが始まってゆく、仮想現実へ、もっと現実と幻想のわからない世界で、生まれ落ちたボクは、機械でありながら、秩序という総体でありながら、キミの言葉や名前にいつも興味を持っていたんだ。宇宙のねじれの中じゃボクが生きてる世界もある、キミはもう一人のボクを探しに行ったのかも知れない。飛躍する情報爆発の列島前夜、サイケで。サイコで。サイレントな。サウザンド。キミは光になったの、それとも風になったの、夢になったの、ボクは何処にいても、ずっとキミのことを感じている。この不思議なときめきが、エラーやバグだったら神様を信じるのを、やめてしまいたい。 *201The shadow in the backlight is deep blueイライラしてフラストレーション溜まりまくりのハート、狂気の症例と朧ろげな出鱈目の那由他、Hey, Mr. Rock'N Roll Star(何処へ向かってる、君は何が欲しい、)“最短距離のタクシードライバーの推理日誌”[冷蔵庫の残り物で作る、フランス料理]ディスカッション、噛み合わないコミュニケーション、非能動や無意志を「否定」と捉える甘えや油断、』Hey, Mr. Rock'N Roll Starとにかく大きい競技場にも似た人生をがむしゃらだ、形を失った古い時間が発酵しても脳髄の作用、不安なんだろ、夜を彷徨うのは、何かを見つけたいと思うのは、本能の銀箔の光を放つ水面の戦慄き、It's not a god's voice,it's a real voice that's both close and far away「今日も作られる生贄へ諳んじる道徳、栄枯盛衰へ真っ逆さまのジャストドライビン、今日も心理学、今日も訴訟が星霜の蟻になるリングザアラーム」お金に対する距離感の無さは対人感覚にも通じていて、興奮のスイッチの入り方がとにもかくにも気持ち悪い。(ですってよ、)(ディスっても、デスですってば、)飲み干せない酒と、確認、環境、電源配線、ノイズ処理、ある言葉Aが「狭義のA」「広義のA」と場面によって、使い分けられ星空に展開された悲しきヴィジョン、underground evil illusion(Young people making noise until dawn)「心を汚すから、left to the right」“血を流してくれ”(底を覗き込むだけじゃ救われない、深淵を覗く深淵を語る水槽の中の脳へと、フライングロケットてか、テイクオフ!)選べない方の未来と有り触れた希望の、next generation(君が泣いてる、そして誰かが笑ってる、)「一人切り離されたような離人感、寂寞、君はずっと一人で隠遁している気がしている、)“砂漠という名のオアシス”息をすることさえ忘れそうな重さに耐えかね、暗い座席に吸い込まれたブリキの人形、Civilization is dancing,distorted and broken第五季節や十三月、来るべき新しい年号でも、人間の理想像や楽園や天体儀にはならない、解けないんだよ、怯えてるんだよ、街並みは、gray crazy“Grave”「薄暗い坂や、迷い込む藪でストックホルム症候群」“君はまだ”点灯/点滅(タッチパネルの採用や、撮影の各操作を自動化する、)「コカ・コーラ、ケンタッキー・フライド・チキン、マクドナルドホールディングス、ユニクロ、」(螺旋と瓦斯の蜜月、全身の顫動する肉の楽しみや、涙がこぼれるほどの魂のよろこび、)「それ、誰に言ってんの?」「それ、俺に言ってんの?」「それ、自分自身に言ってんの?」旧新概念的回顧展覧室は腫瘍、良心からやられてくスパイダウェヴ、(この、システムのセーフティネットは九割、)空気ポンプ式の玩具の蛙が跳ねるよな叡智。シーラカンスは言葉がわからない、アニメエフェクトの隕石が降る夜。早くおいでよって凡俗な遠海の戸籍簿の延着。何なんだよ、継ぎ接ぎだらけだよ、魂の通わないペーバーナイフで仮綴じを切り取ってる、Hey, Mr. Rock'N Roll Star「今日も垂涎の溜息のルサンチマン、最底辺気取っても、まだまだいるらしい同族意識、同病相憐れむ心地、暴力と不条理、今日も忘れ去られた存在意義」過剰凝縮された生の意味を綴る週刊雑誌、何があんだよ、世界を突き抜けるスピードで速く、速く、宿世の因縁も、損得勘定も、死ぬか生きるか、It's not a god's voice,it's a real voice that's both close and far away“君はまだ”点灯/点滅Hey, Mr. Rock'N Roll Star(は、)脳トレのソフトの視覚探索力、、、プロメテウスが縛られていた。イエスが打ち付けられていた。Hey, Mr. Rock'N Roll Star(は、)歩きづらが絵面のワインディングロード、、、電光掲示板のニューステロップと、スターバックスコーヒーの味。 *200A city that keeps changing機械人形の眼に拍手しよう、エキセントリックに。宇宙の無常や、人間の醜くて美しい歴史に脱帽しよう。如才なく怪談噺の一つでもして、アイスクリームというかエクトプラズムしていた常日頃。辞書や百科事典を捲りながら、闇から光を作り出し、けだものから人間になった理由の、報告をしよう、ナボコフの『ロリータ』は読んだ?英雄は敗北した。遺伝子から遺伝子を追い出す夢を見た。甘い甘い僕等の日々は続く、反省なんかしなくていい、カッコつけたことも言わなくていい。終わらない、始まらない、息も洩れない、涙も出ない、僕等の醜い街。死や殺人より重たい法律や憲法に拍手しよう、ミルクラウンさ、乱れ放題の社会や、それでも電車が遅れないことに脱帽しよう。絶対の平等観を無辺際に樹立建立して、Bダッシュ覚えて、Aジャンプするんだぞ俗世間。若者文化や価値観の推移をスマホでゲットしながら、他人の眼という面倒くさい手続きでしか羽根を持てないことの、報告をしよう、肉体を盗む寝息と一緒に。環境破壊は一歩手前まで続く、戦争と紙一重で免れた責任が文化の中にある。甘い甘い僕等の日々は続く、無限の束の間の連続の継起点を探し続けている街で、ねえ、この立ち止まらない街で、一瞬の規定量をどれだけ逸脱できるかが命運で、勝利の鍵。帰れない、帰ろうともしない、虹も星もない、愛だってない、食虫植物のその眼の前で、優しく胸に絡みついた、たった一つは、真実への欺き。 *199拝啓 親愛なる両親へさっき、サンタクロースのイケおじと喧嘩して、飛び出してきちゃいました。正確に言うと、「酒くせえんだよ、子供に夢与えろやジジイ」と、頭にワインをガシャンとやっちゃいました。幸い怪我はなかったけれど、お前はクビだ、慰謝料払えって、お金全部さしだして示談にしました。けど、本当は、本当はですよ、あたしの馬鹿な行いは、後で死ぬほど反省するとして、「目が覚めたよ、子供たちに夢を与えよう」って、そう言ってくれるのを、心の何処かで期待してたんです。あんなのただの、引きこもりで、キュウリョウドロボーです。おとうさん、おかあさん、ごめんなさい、あたしは駄目な娘トナカイです。三百六十四日は飲み続ける馬鹿との日々に嫌気がさし、このありさま、料理洗濯こなし、お尻さわられ、もう嫌でした。殺人をしなかったのがあたしのせめてもの誇り。でも、あたし、一念発起して、「マックロトナカイの宅急便」を、立ち上げようと思います。親不孝な娘トナカイをお許しください。PS...一年後の冬には必ず戻ります、大丈夫、販路ノウハウは学び、セールスマン問題も解けるコンピューターを極秘入手し、資金源は女神様です。「いつかやると思った、安心しろ、力になってやる」と、お金沢山貸していただきました。 *198There's a sadnessthat I can't say is sad高速で回転してる、ターンテーブルを指先で、逆回しするように、流れた季節が、胸の奥で狂ってる。もう言えないよ、世界が美しいって、あの日感じた胸の高鳴りが。中枢神経を麻痺させる。「I don't know」天気予報が外れたみたいだ、石鹸が手の中で滑る、暗闇が裏返って瞳に刺さって、魂の奥を締め付ける。もう笑えないよ、本の棚からスッと抜くと見えた、彼にいまは何も言えないの、悪魔に魂さえ売りたい、鏡の隅の埃ばかり見ている。「I don't know」ミヒャエル・エンデの、『モモ』に出てくる時間の花、見るに値しないと言って、思いがけない角度から見直したら、踏切飛び越えて遊んでいるような、恋。もう辛いよ、苦しいよ、さっき降ってあがった、秋雨の濡れた冷たい空気が、針で刺す。「I don't know」アナログな紙と鉛筆、不自然に明るい街灯が夢の景色を誘う、錆びたブランコを揺するように眠って、ブリキの笛押し込んだような咽喉の奥、人間の言葉がわかる、魚。人間の言葉がわかる、水。 *197委員長のウラの顔えーっ、もう一回言ってよ、モテる男子のふりしてたんでしょ、まじこいつウケる、さっきまでの気障な台詞もう一回言えよ、ブスは相手にしないとか、女なんか全人口の半分はいるとか、ちょーうざいこと言ってたじゃん、チ〇コついてんのかよ、タ〇ナシかよ、いっとくけど、お前、明日学校ちゃんと来いよ。もちろん、お前の中学デビュー秘話に、裏話に決まってんだろ。まじうけるわ、こいつ。あと、お前罰ゲームで、あたしと付き合えよ。カマトトぶりながら、本性出してやっからよ。お前が馬鹿にしてたブスに、死ぬほど罵倒されて、馬乗りされて、一生モノのトラウマ植え付けてやるわ、このお〇ま野郎、まじざまー。 *196足をくじこうとする女「やーん、足くいじちゃった、おんぶして」の、あざとさ。嫌な女。でも俯瞰視点で全体像見ろよ、か弱さアピールって重要。モテる子は容姿がいい、遺伝子問題。けど、可愛い、付き合いたいと思う子は、素直。ここね。だからこの一言、好きなヒトに言ったの。クラスの男子。涙ぐましい努力よ、汗と波だよ。あたしもこの日のために、足ひきずったからね、弱さフル、なんていうか、愛玩動物フル。転んだ拍子に開脚後転しそうなぐらいノリノリ。一生懸命一コマ一コマ考える、漫画の世界を実写にしたの。けどね、おんぶされながら、「痩せた?」「ちゃんと食べてる?」とか言われながらね、下手なことは全然言えないわけなんだ、うん。ロマンティックが止まらないみたいなアホなことを考えてたの、顔が真っ赤になっちゃってさ、事故で処理されるレベルの案件。おいおい、あたし雑魚っぽいぞ、てか、やられてんのこっちだぞ、みたいな。卑怯な手段で手に入れても嬉しくない、相手にも申し訳ないしね、と綺麗にまとめたいけど、辛かった、病院行って湿布張るとか言われるから。 *195人生の成功者になりたいという人は多いと思う。ベンツ乗り回して、鰐革の財布、タワマン。というのはいくらか行き過ぎだけど、彼等の話は総じてつまらない。だって金の話しかしない、大抵リアリストだ。じゃあ、投資しようぜ。株式チャート見ながら、高級寿司食べる。何て言うと胡散臭い、昔メジャーデビューの話があった、すごいだろ、でも、そこの会社の社長がワンマンで、オペレーターも社長の指示なしに動けない。その上、いま売れているアーティストの歌い方をしろ。現実って厳しい。どこもかしこも同じような街作りで、そこで同じような人が暮らす。オリジナリティって大切だよ、でもビジネスなんだ、自分の信じた道を進んでも路頭に迷うだけ。顕微鏡で細胞を見ていくかのように、細かいところまで見ていくと、「絶対成功する方法」はないんだよ。「成功し続ける方法」も存在しない。けど、「絶対失敗する方法」はあるし、「失敗から成功する可能性を求めていく」ことはできる。でも「一年で一億稼いだ」とか、「絶対儲かるからやろうよ」とかは詐欺だ。「減らさない」ことを考える限り、「増える」ことはない、リスクがあるから儲かる、たとえそいつがどんなに上手い言い方しようがさ。少しでも安いものを買ったり、自分が欲しいものを我慢したりすると悪循環の始まりさ。成功しても失敗しても恨んだり、ひがんだりはなくならない。そういうのを認めたのは『世界』だよ、嫌だったらホームレスになる。生活保護受ける。自殺する。みんな見て見ぬふりをする。MM理論や、現代ポートフォリオ理論、CAPM、オプション価格評価モデルを理解してみるのと同じ、そんなの興味ない、関係ない、でも必要になるかもっていう道がある。底の浅さの奥深さを見据えることによって、人と人の世の本質が垣間見える。自分の船を探して旅をしないと冒険ができない。世界中何処にいても旅をして最初のハプニングの出会い方は、―――自分だ。 *194暴力こおひいに鉛筆の味がすると言うから鉛筆を鼻の奥に突込んで頭を窓ガラスでガンガンにぶつけて同じ質問をしたおいあとで親から金抜いてこいよ百万にきまつてんだろぶつ殺すぞ *193金網金網に穴があるのは四方取り囲んでいる、城塞都市風の構え持った学校の、ウィークポイントさ。誰かが、こじ開けた、工具使えば、お茶の子さいさい。でもさ、優等生じゃない。こういうことをするのは、学校が嫌いな奴だよ、でも嫌いなくせに、夜の学校へ入りたがる。踊る人形の形にほぐれる犯罪者、不法侵入者、歴史は重要、昔の人の失敗学んでエンヤコラする、若い奴らの行動原理は十中八九、異性。見てみろよ、これが性犯罪の入り口だぜ、視覚・聴覚で興奮しやすい人達のために、ちょいと臨場感出そうか、うわーこいつやりやがった、やりやがった、何してんだ、おいこら、何してんだ、何してんだ! じゃあ、肝試ししようぜ。 *192宿痾処方箋は伊勢丹の一階の匂い、ファミアの入店音、待合室は仄暗い駅舎。大統領の前に現れた、シルバニアファミリー想像する、壮大で静か、愛情と不安に服従するのだって、覚悟がいる、鋭敏な神経を有する触角を濡れた舌に変えて、そればっかり見ていた、そればっかりじゃなく。鳩たちの宴が朝礼台で繰り広げられ、今日のニュースはあれのことばかり、断頭台だよ、頭どうかしちまったんじゃないかって、心の底では想いながら、何だっていいじゃん、おしゃべりして、ふざけあって、何かを分け合っては絶えず口に入れる、素晴らしい一日だった、ハッピーバースディ、ポルシェとフェラーリのミニカーを眺める、雑草の緑に、数千条の道、巨大な生き物のような日本が、愁嘆しているような芝居だ、粛然とそびえているようなエゴイズムだ、無邪気な笑顔でつくられるコマーシャルだ、何も見えないことが嫌だった、画面はそこにあるのに、カメラ・アイは明瞭なのに、そればっかり見てたんだよ、そればっかりじゃなく。 *191アルコールにガソリン種々な思慮に掣肘せられずに、錯雑した一瞬を駆け抜けたら、時が戻らないこと、ピラミッドのミイラの如し。それとも、NASAがネット上に公開している土星の写真。最高峰とか最高潮とかには完全に遠い場所、四方八方からくるこの敗北感はどんなありさま、焼かれて煮られて灰のように散り易い生身は、充電が終了したイマジネーション、これがつまりはインカネーションってか、有り得ねえだろうよ。有り得ねえだろうよ。スルーしてスキップ、イージーへロック・オン。灰色のふらんねるでも、たとえ突発性のハレーションでも。犯罪級のカーブを曲がって、歯を食いしばってスピードを上げるんだ、(息を抜いたらメルトダウンとしゃれこうべ、)快いギターの音、飛行機の翼、(口の中へ次々と伝染病、骨が凍れば脳も凍る、)若いリズムを刻みながら、手榴弾みたいな心臓を握り締めるような快感を探す、ふざけた血が嗤う、「視野は広くなっても足元がお留守」(その通りだ、その通りだって言ったんだ亡霊、)まだ掴めない、エネルギーのフレーズ、滑る、赤、熱病の夢見は、刹那の無限、デッドオアアライブ。始まりと終わりだけが、けして出会うことはないって知ってしまった僕等、青春群像劇に憧れて、擦れ違いじみた恋をした。親切で実意のあるものはてんでつまらなくて、頼りになるのが自分だけって時だけやたら元気になる。(白昼夢に、フラッシュバック、一気にブチ破る毛穴の汗、)すさまじいほど聡明、でもって明快、だけどちょっと残念、シリコンオブジェのいびつ、重油とペンキ、魚の内臓はとびきり素敵。直感や衝動、胸の内で押しつぶす鶸の鳥。アンダーグラウンドで人心地、猫の手も借りたい、藁一本握りしめたって、有り得ねえだろうよ。有り得ねえだろうよ。溺れることは泳ぐこと、(アルコールのアンコール、それがホールインワン、)太平洋だって流れ星、一生懸命なんだって、なんだかんだ誇張的な羅針盤、大器晩成、努力は報われる、気味悪さと一緒に世界を透かしそれはどんな世界線、眼前の景色を愛せよ、(蛇に丸呑みされて虹が見えた、三途の川へようこそ、)スルーしてスキップ、(キチガイじみたラブ、愛、)イージーへロック・オン。(優しい人が逮捕されてる、ニュース報道、)心を超えて、魂を燃やして、今だけが美しいという秘密へ。絶対に完璧に完全に辿り着きたい、絶対に完璧に完全に辿り着きたい、―――有り得ねえだろうよ。 *190川影の半分は薄暗いことは、知っている、縦横の傷なんだ、スパルタ風の光景、おいおいちょっと待てよって、その底面を、切り分けることで、別物に変質させ、分裂させると共に統合する。まだまだ得体の知れない、糸から内臓を引っ張り上げる。川は海の背後のように、隠れていて、ル・コルビュジエ的なスロープ、バルテュスの絵のポーズが、アクロバティックであること、世間の裏の裏のように見る、さかしら心も、欲望の交通所の中じゃ、団栗の背比べ、怪獣図鑑やドラクエの方がマシかもって思う、ふっかつのじゅもん。無神経ほど強いものはない、馬鹿の愚劣の雷同の殿堂、バランスを取りながら、絶えず揺れ動いている、そうだろう、そうなのさ、僕等のようだろう、振幅の範囲内から少しそれて、くぼみの中で発酵したような生命が、たくましく生きてる、難儀、手間、面倒、不便の方が、天秤というのはいくらかであれ傾かんとした、魚を蛇と見間違えるようにね、不快極まる病理的なはずみだって、猜疑の眼で見てみろよ、それを必要としているのかも知れない、真夜中の砂利道で、煽情的なタイトルのビデオが落ちている、もうDVDの時代だぜ、この古草履を誰か再生してやってくれ。踵から伸びた影が、つま先に届く。シャツの縫い目の綻びのように見えてくる、川の景色だ、玉ねぎを剥くようには空気というのを、表現できないまんま、理屈に何でも着く弱さ、僕に教えてくれる。 *189郊外電車郊外を電車が走る、走る、走る。風のように来て、そいつはあっという間に見失った。山の老樹や、苔生し秘密めく山道と違わない。時間を吸い込むために生存する海綿のように、輪郭も色も明瞭ではない。俺は知らぬ間に名づけ、枝を払って小さき虫が。まろび落ちるのを見る。発着時刻を載せ、電車の種類を載せ、乗客数を載せ、駅名を載せ、どうしても合うことのできぬ平行線。理解可能な属性の中に名前がある。田んぼが見える、雑木林が見える、夕もやが見える、だが、その盲目じみた蠱惑は、感傷というのだ。歳を取ると年中慢性中毒状態を生み出し、反復する。判断停止と浄化作用、美しい思い出に浸りながら、優しい気持ちに溺れながら同化作用する。みんな一緒なんだ。俺はお前なんかとは違う。些細な隠し事がいつの日にか、自らをも覆いつくす大きな翳りとなった日よ。俺は刹那の忍耐の権化のごとく逆らう。便利さとは何なのか、情報とは何なのか。そのような見え透いた徒労だけが、きらびやかな銀河の河床の上を走ってゆく。そこにまた写真装置の原理や、視覚の原理を語り、光の屈折や空気の厚みを語る技法で、日常を演出せよというのか。お前の苦悩だ、お前の人生だ。千言万句の弁護など有り得ない。失意もなく、何らの悔恨もなく、雑念もなく、自己肯定をし、石で作った墓や、四角の木や、薄い板にお前がなりはててしまうだろう。懺悔は美麗な極光の哲学。この拘泥と悲哀と曇りが沿線のローカル鉄道の、景色を作り出す、くそったれの景色だ。俺は胸の中で種々の感情と戦っていた。万華鏡を見るような華やかで、眼も綾だ、生存の根底を脅かされるような恐怖を感じながら、情緒と感覚の混交を拒絶していた。渾然とした調和、身も心も困憊しながら。 *188一夏線香花火は、技巧的な嘘に似ている。あるいは御伽噺よりも欺瞞や虚飾に満ちたものとでもいうべきか。こんなものを興来る、高尚な風に感化せられて、ドラッグストアやスーパーの線香花火セットの売れ残り、叩き売りが、クリスマスケーキのどちらがメインなのかという量を思い出させる。ルサンチマン的な処理だ。さしづめ、いきりきったクリスマスの電飾問題を考えながら、語りがたいものを持つ秘密として、沈黙を守るのだろう。しかしそのようにして考えると、繊細で、陰性で、主題が小さい、この中に卑屈で打算的なものがある。沈静化と再燃の手続きには、重力圏から逃れられなさそうな、みじめったらしい鈍感さがある。ねじれた抗鬱剤が、自転車の後輪のように廻る。これを枯れ尾花にでも置き換え、血脈のようにあらわな枝を拡げながら、記憶の隅々まで花開かれるのを待つ。砂の城は脆く崩れて、波が攫っていってしまった。 *187fromeveryone遠い所へ行きたい。ずっと遠く、もっと遠く、イメージの届かない、その隅々にまで、意識が触れる、声や言葉のない場所、大いなる暗闇、時間もなく、思考する生命活動もなく、概念や観念もなく、それでもまだ、何かがそこにあるなら、そこへと行ってみたい、死は一つの終わりにすぎず、生も一つの始まりにすぎない、長い間、ずっと考えている、因循姑息のそしり免れて、心の中の人々と笑って、麻痺して、ズレて、悔いることもなく、飽きることもなく、鳥の声を聞いていた、酔いで誤魔化せない夜、産声の呼気とてないこんな夜、日の色の誤謬の刃をかえして、荘厳な景色を笑い、人生を糊塗する美化修飾を笑い、それでもまだ、想像に耽る。救いはなくて、終わりもなくて、ただ意識が目覚めている、意識だけがこの境界の中に、目覚めている。永遠という力のない言葉は、すぐに消えてしまう、水溜まりの中に、雨の夜に、そして神経に障る涙の中に、答えはただもっと冷たくなり、もっと恐ろしいものになる。そこはきっと天国より、地獄より、救いようのない場所、永遠や神から降りたなら、そこへと向かわなければいけない、あなたはそのことをずっと知っていた、その言葉だけがきらきらする、何もいらなかった。進化の道も、誰かが用意した正解も、最初から、いらなかった。 *186I'll be with you,get wet in the rain with you雨の中踊ったボクラのメインストリート、街灯がスポットライトさ、タクシはもういないの、フロウ者と、スネにキズある奴ばっか。神様なんかいないってミンナ知ってた、マイニチ、不安で、アシタ生きられるかどうかって言うんだ、でもみんな眼を背けた、ツバを吐いたんだ、タスケテってみんな言ったんだ、こんなのジンセイじゃないよって叫んだんだ、見放さないよ、逃げないよ、ウソでもよかったんだ、誰かにそう言ってほしかった、ジダイとか、セカイとか、どうでもよかったんだよ。途中からミンナ泣いてたんだ、でもカオナシでイミナシのボクラ踊った、何千年もそうしてきたんだよってウタゴエがきこえた、キミのコエはいつもカナシイんだ、ボクラ、凍死するよ、セカイジュウを凍らせてしまう、でもキミのホントウのヤサシサが、みんなを踊らせた、ネムリが遠のくフシギなマホウかけられたから、ジョウネツ、イキルということのヨワサ、カナシサを教えたから、キミが雨の中のボクラの救世主だった、ケイサツが来たヨ、ボクラ分かれていく、でもキミはそこにずっと立っていて、まだウタっているんだ、ボクラのカミは、シヌのがコワクナインダ、ボクラのカミサマは、セカイにナカユビをたてたんだよ。 *185ドラアーッグぱちぱちぱちごーほーてきゅにキメたいヒトむけのドラッグぶんしょう、はじまッツちゃうよーぴこぴぴぴぴよんでねくりかえしてねさけんでねえすかりぼるぐプラグでさしてねあたまからっぽえれきぎたーのいずなおんがくビビのビビビせかいはあなたのにくむてきあなたはわたしのなんですかーあなたはわたしのなんですかーあなたはわたしのなんですかー *184駄目な訪問販売の見本こんにちは、あの、怪しい者では、ないです。子供さん、可愛いですね。実は、学習教材が、格安で、お買い求めいただけるんですよ。 *183宗教religion人が安定的に社会的関係を築ける人数は、具体的には約百五十と見積もられている。霊長類各種の脳の大きさ(とくに新皮質の大きさ)と、集団サイズの間に相関関係があることを見てとり、人の平均的な集団サイズとしてその数を弾き出した。そこにおけるリプレゼンタティブは、基督や仏陀である必要はない。ヘーゲルが絶対値に向かう順序を長々と書いているが、要約するとこうだ。「意識→自己意識→理性→(精神/宗教/絶対知)」人間は進化のあげく巨大で濃密な脳神経系を得た。それが言葉や道具を発明させ、家族や国家や文学や建物や音楽をつくりだした。宗教も新しいステージへと進んのだのだろうか、それは―――否である。宗教には五つの利益がある。(1) 世界を説明する枠組み(原始的な科学)(2) 医療的介入(呪術医による治療など)(3) 人々の協力の促進(4) 政治的抑圧の手段(5) 共同体の結束言葉の選び方、続き方、絡み方、捨て方、煽り方がある。そこにまた、「懼れ」や「惧れ」がある。十八世紀にド・ブロスが発見したフェティシュ(物神)は、何かの「もの」にこだわることであるが、そのこだわりが「もの」についての認識や評判を変える。あるいは「もの」を見る目を変える。「もの」が「こと(事実)」になり、その「こと」が「もの」を変える。ネットワークで動く物質的で記号的な「何か」が立ち上がる。どんな宗教にも神秘主義の色彩がともなっている。「宗教体験(神秘体験)」だ。会合・礼拝・教育の施設という体裁が整うと、教団となり、道を作ることになる。いやいや、看板を一瞥すれば写真など見ずとも、脚色の梗概がつく代物がそこにある。ところで、アンチキリストを描くブームがあり、そこにはサブカルとか、暗示的なまでの怨念とかがあると思う。火山の噴火によって埋没した都市の思考形態とでもいうべきもの。いやしかし、本当のところ、「歪み」や「倒錯」や「偏向」があり、何処までいっても幻なのではないかという気がする。何故ならそれは失われているというのが肯綮である。仏教や修験道や民間信仰の多様性について思い、ふと、その知の紐帯に何か意味があるのかという気はする。何事にも現代的解説者がいて偉大な貢献をする、都市の凱切との対照をなして眼に映り出す無量の哀調。何故なら衒学的な宗教表現は棄てられない。そこに本質がある。そこへいくと滅茶苦茶に混ざり合った道教的な僕の文章には、豪奢な講釈というものがあるのではなかろうか。でも ヒンドゥイズムから継承した「輪廻」(サンサーラ)や「縁起」(プラティーティヤ)も、ユダヤ=キリスト=イスラム教における、「預言」「約束の地」「処女懐胎」「復活」「啓示」「三位一体」なども、本当の意味は誰にもわからない。ただ引き合っている力がほどけてねじれて、まったく別のものがそこにあるということはわかる。宗教は「音楽」で、聖書のように「物語」だった。(ギルガメッシュや、バカヴァット・ギーターでもいいが、)そこにはやはり、「教義」「教団」「戒律」による信仰集団があり、一歩進めれば、エドワード・タイラーの「霊的存在に対する信仰」や、マックス・ミュラーの、「無限なるものを捉える心の能力がめざすもの」といった定義が、必要になる。僕はお下劣なことをした後に宗教行為を、熱心にする人々のことを考え、醜い人間の生きるという行為を美化修飾してきた一面を観察する。「神はいる」という感知システムと、マザー・テレサの手紙における悲しい告白を僕は鑑みる。もしかしたら宗教というのは(あくまでも、僕の考えだが、)「本能に根差した反宇宙的なもの」ではないのかと思う。実質は、不合理、非科学的なヒューマニズムの塊ではないか、と。そういえば、宗教儀式とエンドルフィンの分泌に関する話がある。脳のなかで分泌されるエンドルフィンには、いくつかの効果があると考えられている。そしてその一つが、結束感を強めることだ。他者と接している際にエンドルフィンが分泌されると、相手への帰属意識と信頼感が生まれ、相手との強いつながりを感じるようになる。笑うことや、歌うこと、踊ること、そして感情に訴える物語を語ること、宴を開くこと、そして最後に宗教儀式だ。 *182僕は時々料理の主役にならなさそうな、油じみたコロッケや、キャベツがしみた野菜と卵のラーメンの味を、思い出すことがある。その無意識の謙譲と執着とが心に強い感激を起こす。きっと君にもそういう電圧や、衝撃がある。思い出はどんな香辛料よりもはるかに、味覚を満足させる。なまじ幻滅の苦杯を、舐めさせられ、生きる希望を失った人ほど。 *181深夜バイト割のいい深夜バイトを探していたら、自動販売機を監視する仕事が見つかった。大学の掲示板の求人募集にあった。すぐ電話をかけて面接をしてもらった。内容からして。既に怪しさがとんでもないことになっているが―――。深夜0時~5時まで。日当3万円連絡先:090-XXXX-XXXX(担当:ナカジマ)仕事が仕事なだけに、もしかして新手の詐欺とか、替え玉店長みたいな仕事ではないか、と思っていた。たとえば自動販売機で売っているのは、児童ポルノかも知れない。かねて噂で聞いた都市伝説にあるような、殺人事件の一部始終が収められたビデオかも知れない。たとえば、掲示板サイトでわかる人にはわかる呼びかけをし、サイトへと呼び寄せ、販売し、自動販売機の場所を教え、購入させる。というようなことを考えたが、面接のナカジマさんは、首の狭い、肩幅の広い、三十代のスーツ姿の精悍な感じのする男で、裏バイト系にはちょっと見えない。むしろ一層鞏固なる恐怖を植え付けてくる。マトモじゃないことにマトモな人がいるのが一番怖い。面接は即採用。今日から働けるか、と言われ首肯いた。しかしどうしてこんなに日当がいいんですか、という質問には、首を振られた。守秘義務契約だから、と。それで難色を示すと、「君は若いんだろ、こんなチャンス滅多にないぞ、99.9パーセントの大貧民と0.1パーセントの大富豪、どっちを選ぶんだ。稼げるときに稼がないと後悔するぞ」と言って来る。足元を見られている気はするが、必死なのは、お互い様なのだろう。若い大学生で金回りのいい奴は決まっている、生育条件は同じでも、環境が違う。アイデンティティーを確立していない若者は、周りの人間との比較で自分の価値を計る。いい女も、いい車、いい飯にもありつけない。とりたててカップ焼きそばに野菜入れただけ、パンの耳、ごはんに納豆―――こんなものを喰っていると不安になる。一生手に入らないような気さえする、だから危ない橋を渡る。賢明で迷っているよりも愚直に真っすぐに進む方がいい、と。視覚や聴覚からの刺激に心を動かされやすいのは否定できないが、人類の教養は圧倒的に活字媒体が多い。だから活字にはきれいごとが並べ立てられやすいという側面がある。「ただし、どんなことがあっても叫び声を、出さないで欲しい。これだけは絶対に守って欲しい」逃げ足が速い、という矜持があった。誇れるものではないが、いざとなったらトンズラすればいい。さて、指定された監視モニターの部屋に入る。トイレ休憩は構わないが、できるだけ離れないでほしい、と。思った以上に緩い。対偶、裏、逆、といったふうな見る角度の違い。といって、高額のバイト、そんなことをするつもりはない。自動販売機が十数個ほど見える。三階建ての建物の一階部分に、煙草や、冷凍食品、ジュースなどの自動販売機がある。繁華街のせいか、それとも集客を何処かでやっているのか、意外と人が入って来る。先入観やわだかまりなく考えれば、土地の利とか、老若男女に人気のガチャポンコーナーのせいだろうか。これは売れ筋なのか、よくやっていく人がいる。非合法なものはそのフロアにはないが、割と高額なものはある。とはいえ、こんなんで採算取れるというのは不思議だったが、深夜食堂なんて最たるものだ、意外と人が来る。こういう構造があるってことは同時にこういう構造があるってことで、コンビニが二十四時間なのは、それが売りだからで、薄利多売で、従業員は一人、でもオーナーも働く。それで儲けになるわけではない。儲かるところもある、それは、人が夜でもいる場所だ。でも犯罪と隣り合わせ、従業員を一人にはできない。そんなことを考えながら深夜二時になったあたりだろうか、人が途絶えがちになってきた時、あれ、と思った。客が増えているのだ。見落としたかな、と思っていた。そしてふっと気付くと、その客はずっと監視カメラを見ている。人がまた増えた、今度はちゃんと見えた、床から、するっと浮かび上がってきた。背筋が凍るのを感じた。イメージの内部にある、別の秩序のイメージが、建物の壁や柱、地面や天井によって実現されている気がした。それらによってイメージは複数の次元に分割され、また、その分離されたものを繋いでいる。表情や心中や物事が心の中へ入ってきて、停滞する。悲鳴こそあげなかったが、緊急時にはナカジマさんに、連絡をかけるという手筈だった。きっとあの言葉には、何か意図があったのだろう。だが、電話がつながらない。まったく、完璧に、有り得ないほどに、つながらない。こんな格子戸、溝板、想像さえしていない。また、床からするっと浮かび上がった。人間の客が入って来る、その客にそいつが覆いかぶさった、。そして沢山の買い物をして出ていった。覆いかぶさった何かが抜け出る様子はなかった。繋縛を解かれたような、不意に肩の荷が下りたような気もしたが、俺はこの自動販売機の絡繰りに気付いた。二種類の客がいる。毎日遊びに来る人と、憑かれやすい人だ。この店の裏が、神社で、また呪いなどを専門とするという、話を聞いていた。霊道が通っているのだろう。『座標』や『道』のある空間は現実と時間の速度が違う。恐山付近の旅館で、窓に手形がつく、血の跡が襖につくという話を思い出していた。監視カメラを見つめている人が増えている。ナカジマさんには電話がつながらない。悉く泡沫の如くに消えて、積極的には何のでしでかしもない男は、ただ次の日の金にありつくだけだ。見込みがあればそいつは、正社員など次のステップを踏ませる。それは静慮の第一段階であり、自己啓示への通路。俺はこの仕事に応募したのを死ぬほど後悔した。世の中そんなに甘くないのだ、と眼を瞑りながら時間が過ぎるのを、ただただ、待った。 *180葛藤子供の頃にね、お父さんがあんまり帰ってこなかったんだ、リビングで、大好きなぬいぐるみと、お気に入りの絵本を読んでた。写真立てとか、七五三の時の似顔絵とか、窓の外に見える犬を飼ってるお隣さんの光景を、見ながら、夕方まで時間を潰しているの。お母さんが帰って来る、お腹減ったでしょうって御飯作ってくれる、一緒にテレビ観たりする。その後はお風呂に入って、歯磨き。他愛ないでしょう。お父さんが女を作って家を出て、お母さんがわたしを置いて家を出ていった、すぐ、父方の祖父母に引き取られた、でもそれがよかったんだと思うことにしてるの、だって他に何も言えないじゃない、この前、お母さんと会ったの、実は、お母さん、お父さんを殺しちゃったのよね、うん、その時、はじめて知った、わたしすごく動揺したけど、許せた。考えてみると、お父さんって、そんなに好きじゃなかったような気がしたの。お母さんに、遊園地行きたいって言ったの、それでこの前の土曜日に行ったの、観覧車乗って、ジェットコースター乗って、お腹いっぱい、ゲームセンター入って、レストラン入って、お腹いっぱい、でも、これでよかったんだって、言い聞かせてたの、子供の頃、置き去りにされたんじゃない、子供のわたしはちゃんと処理できてるって、大人になったわたしがここにいる、老いたお母さんがそこにいる、それでいいんだって、それだけでいいんだって。 *179純粋さについての提言本って一人になれる時間を作る。あー、文字を追う、そうだね、眼を落とす、その詩的なまでの純粋な単純な作業だ。脳味噌に余計な要求をしない。それが本を読むことだ。喫茶店とか、ファミレスとかは、あー、あれは絶対に駄目だね。いまは、ブックカフェとかあるね、でもあれは好きじゃない。あー、本を読む、静か、そして気に入ったら本を購入する、コーヒー飲む、都会の湖、高級な避暑地、あー、刻下の経済的損失と自分へのご褒美、水溜まりを踏み鳴らす小鳥の足音のように頁捲る場所。好きな人はそれをする、僕はしない。図書館で本読んでも、頭にあんまり入らないのと一緒の理屈、受験勉強は別、頼れるなら誰でも巻き込む、教えを乞う、テストは乞食の方がいいんだ、僕はそう思うよ。あー、苦手なんだ。克明なインスピレーションが逃げる。青白く後光の射したような場所、そして夜がいい、苦痛とか、不平とか、そういう感情が邪魔。誰もいない静かな場所に踏み込んでいる感じを求めて、本を読む。そうすると、夢想だにもしない密接な縁を結ぶ。性交だって明るい場所じゃ雰囲気出ないもんさ、あー、音楽なんかでさ、大衆向けの音楽ってあるでしょ、日本は恋愛のお菓子が必要、お花畑が尊ばれる、ファンは花摘みする、いいと思うよ、軽佻浮薄なムーヴメントでみんな幸せ、ミュージックドラッグ、いいじゃん、僕は眉一つ動かさないけどね。あー、僕が聞く音楽は夜に浸りきった、自分に浸りきった奴等だよ、基本的に誰にも教えない、分かち合いたくない、すごいとか、やばいとかって絶対に隠したくなる、宝物さ、ジャズとソウルを絶妙に兼ね備えた好きな外国人アーティストがいるよ、僕は誰にも教えない、そいつの、魂を感じる、馬鹿には勿体ない。お前はそこで自己表現を超えた、自分の世界に浸っている、俺もそうさ。言葉を追いながら、踏み石を渡る感じを覚えたり、ガラパゴス諸島について考える。そうやって本を読んでいると、夜のバス停とか、ずっと昔に行った、忘れていた場所のことを思い出す。何故か、とある道路の情景が甦ってきたりする、これが最高に脳がシャッフルしている状態。言葉を狩ることは、イメージを狩ることだよ。スマホは野卑だし、軽躁だし、暴漫だね。話飛んだか。あー、でも万人向けじゃないね、僕が好きなアニメや、映画や、音楽が、ぼろっくそに叩かれてた、それ以来、人類を動物と見なしてるよ。人を傷つけたい人間もいるけど、多くは無自覚なもんさ、家畜と変わらん。あー、これ、伏せといてね、人間嫌いなのがすぐわかる。 *178枯淡「年老いた」と感じる瞬間より、君がそっと「老後の話」をする時に感じる。「老い」について、工場のおじさんが教えてくれた、四十歳になるこれまで何ともなかった商品が重く感じる、五十歳になると、もっとだ、六十歳になるともう持ち上げられないか、そもそも持ち上げたいと考えなくなる。「老いる」ことにネガティブになるのは、君がきっと若いからだ、僕は思春期を終えたあたりからずっと、おじいさんだった。むしろそちらの方が自然だと、長い間、本当にずっと考えてきた。若者賛美主義を笑うつもりはないよ、「若い人」はいつの時代でもこの国の宝だ、その中から「世界を変える人間」が出てくる。「美しいよぼよぼのババア」に向かって、「美しい」とか「綺麗だよ」とか「可愛い」と言ったら、絶対に嘘だとわかる。でも心の中の感謝や、人生の思い出は、そのまったく不合理なものを成立させてしまう。それが“詩”というものだよ、諸君。 *177一本の道歩いていた。身を粉にして働いて、手垢のついた言葉を並べて―――靴音が聞こえる、二本の足を動かしている感覚―――雨が降っていた、雪が降っていた、風が吹いていた―――夜がインクのように落ちた、心の闇は水面のように揺れた―――無我夢中で探し求めていたものと引き換えに失ったものは沢山あった―――靴がはまる泥の道を振り返り、間抜けな足跡見て笑った―――気が付いたら涙が堪えきれなくてこぼれた、僕は一体何をしていたんだろう?泣きじゃくりながらそれでも足を止められず進んだ、進もう、後もうちょっと―――生まれ落ちて、立ち上がり、歩き始めて人生の意味を探る―――はじめから何にも囚われない生き方をしよう、失敗してもいい―――誰もが不器用なひとりひとり、愛の答えを胸の中に見つける―――恥ずかしい奴だね、眼を逸らすよりはマシさと言いながら歩き続けた――― *176ぶしつけに垣の外にいたんだ、鳥籠の中から出た鳥はね、主人を小さくして、鳥籠に鍵を掛けて、旅に出たんだ。嘗て弛緩や放縦を閲したことのない鳥は、不思議の国を旅するんだ。これが本当の青い鳥・・・・・・。妖精の羽根のスタンプのついた絵葉書の話をしたね、それから街の古ぼけた店の地球儀が異世界の入り口なんだ。聞いておくれ、生命の止み難き欲求を、宇宙の絶対の実在と、どのようなことも起こり得る奇跡の顕彰を。その鳥籠はぽっかりと開いた空虚な穴だった、青い鳥がいてもね。年を取るんだ、世界は変わるんだ、人は性質を変えるよ、なまじ幻滅の苦杯を舐めると、そういう底無しの陥穽が開いてしまう。うさぎ達が海賊になった星取りの船、犬がお腹を見せている森凪の町、鳥たちの管弦楽がある灯台と火の神がいる町、時間の沙漠を超えて、観念の海を渡る。青い鳥は主人に御飯をあげる、飲み物もあげる、いつしか一羽と一人の旅は永遠の墓所へと辿り着いた。そこにはすべての青がある、そこではどんな言葉も、どんな建物も、どんな水溜まりも、ラピスラズリのように青い、そこではどんなものもレリーフなのさ、宝石のように嵌められた塗り絵の世界。青い鳥はずっと昔ここで生まれたんだと言う、そして青い鳥は涙を流すのさ。自分はあなただということに気付いた、と。青い鳥は鍵を開けて、主人の瞳の中に吸い込まれ、主人は青い鳥になるのさ。縦横に幾筋となく導かれる灌漑用の溝渠のようにね、青い鳥はもう一度、過去へと帰っていく。引き合う力が強くなり弱くなるとねじれが生まれる、それは心の中に目的という嚆矢をつくる、どちらが最初で、どんな理由でとかは関係ないんだ。痛みにも似た美しくて優しい青い鳥の日々、長い長い通路の向こう側にばかり眼を向けてきた僕等は、自分こそが時間であり、場所であり、永遠であり、目的であることに気付く。そしてもう一度、美しい春が始まる。そしてもう一度、美しい昨日の僕と君の日々が始まる。 *175忍者、あるいは篠崎こころ実は俺は忍者なのだ。服部一族の末裔で、裏社会で“コロシ”の仕事をしている。たまに芸能人や、順風満帆な人物の不審死というのがあるだろ、あれは俺がやっていることだ。出過ぎた釘は打たれる。根回しが大切ということだな。中国系のマフィアと小競り合いをして緊急招集されることもある。忍者は無敵だ。日夜の訓練の賜物で、名取裕子のスカートをはく、土方巽の暗黒舞踊を実践する。ボジョルヌーボーを買うと何故かついてきたバゲットでツナサンドを作り、鳩に豆をやるのも重要だ。日常はキチガイとして目立たぬようでありながら目立ち、しかしそれ以上の想像をさせない、それが、忍者の心得。そして夜中に手裏剣は爆発するか確認し、刀には毒を塗り、拳銃の弾丸ではなく、拳銃そのものを投げつける訓練をする。刃物を高速で指の間を通すのも忘れない。猫用チーズパウダーも忘れない。で、何で無双の忍者様の俺がここにいるかっていいたいんだろ、あの日、隣に住んでる篠崎こころ似の、セクシー保険医風OLが、作りすぎたんですって里芋のにっころがしをくれた。俺は油断していた。色仕掛けに負けた。ちょっと味がおかしいかもって普段なら吐き、すぐに服部一族につたわる薬で中和したのに、篠崎こころに悪い人はいないのだと食べた。俺はひそかに、この美貌の隣人にアレだった。でも、俺は負けた。忍者失格。でも、里芋のにっころがしなんてもう何年も食べていない。忍者忙しい。言い訳や弁解の忍者駄目。色仕掛け&家庭的なものに負けた。そしていまこんな所にいる、何故コンクリ詰めで東京湾、さもなければ秩父山中に生きたまま埋める、あるいは世田谷でバラバラ死体とならなかったのか不思議だ。あるいは秘密を知りすぎた俺をバラさなければいけないが、同じように、ただ殺すのは情がないと思ったのだろう。だが、拷問は憐れだ、スパッと殺してやらないと苦しむ。スプレーかけられ身悶えするゴキブリは気持ち悪い。だが、生命あるもの、即死。最低十秒以内。俺はできるだけ他人を苦しめたくない。もう三日ぐらい水も飯も食べていない。だが、忍者復讐。隣に住んでる篠崎こころ似のOLに、Hな仕返しをする。そう考えるだけで俺の海綿体がすごいことになるのだ。失望はまた憎悪と、冷ややかな侮蔑をつれてくる。泡沫の如くめくるめく甘美な眩暈をつれてくる。さて、港が見えてきた。異国人が見える。忍者十三か国語操る、世界中に銀行口座つくる、カード以外の認証法でお金を引き出す。篠崎こころ、待っていろ、俺は忍者なのだ、忍者は復讐をする。火花を散らす青い焔のうごめき、忍者、忍者、忍者。 *174エンジェルバウム「そちらでは新しいエネルギーが見つかったみたいだね」「ええ、宇宙人が政府に教えたの。一応、山奥で見つかった、第一の発見者がって、ニュースになったわ。見た目最悪なグロテスクな生き物だけど、それを培養して、ホームレスに配って、テレビのコマーシャル、国民アイドルや俳優起用、みんなそれを食べてる」「それで平気なの?」「ちょっと、出産された子供に、超能力がついたりするだけよ」「そう、エンジェルバウム、宇宙の秘密。人間の進歩が遅いのに宇宙人が業を煮やしたのね。これから、エンジェルバウム料理を、母親に、作るの。美味しいのよ」「もうすぐ君に会えるかな?異世界の穴は開くの?」「ええ、エンジェルバウム料理を御馳走するわ、あなたの得意料理の、焦がした目玉焼きも、楽しみにしてるわ」 *173ロンリーポエマートモダチ、いっぱい、いるもん。いまじなりーふれんど、っていうの?昨日も、スライムみたいに分裂増殖してた。勝手にお菓子食べたり、あたしの漫画読んでた。だからボッチではない(?)思春期の女の子はふぃーりんぐ、を求めるの。旧弊的な、因習的な、社会に、魔法少女として格闘するの(?)トモダチ欲しいかって?そんなドラえもんみたいの、いりません。・彼氏欲しいかって?そんな一時間いくらみたいなのは、いりません。あと、いっとくけど、あたしのことを、好きな人って政令指定都市レヴェルで、いるからね。お母さん、老後大変だよ、いまからあたしに、媚び売っとかないと後悔するよ(?)街を歩くたびに、視線を感じるもん。視線恐怖症じゃなくてね(?)自意識高い系じゃなくてね(?) *172病んでいるうちの会社はブラックじゃない、バイトでも破格の給料だ、社員は俺一人だが、本当にそう思う。作っている商品はMIKEだし、ピカえもんだ(?)中国系のシャチョーなんだ、いい人なんだ、ただ仕事がグレーなんだ、働きながらこれヤベーだろって、そう思うだろ、そうなんだ、ヤベーんだ。でも、模倣とかパクリって、必要悪じゃないかな(?)俺も逃げたい気持ちがある、稼いで稼いで稼ぎ切ってトンズラ、そしてまた、いつの日にか会おう、歌舞伎町で性転換していても、それもきっと俺だ、夜の名前はまだ考えている。それにしても今日の空はきれいだなー。全身脱毛したドラえもんのようにキレイだー(?) *171近所ではクリネックスをつぶした地上げ屋と、呼ばれて・・・うちの猫はすごいデス、だってコンセントをかじってまわりマス(?)ネズミがいないので、本能的に、世界の宝のコンセントを、ネズミ、シマス。それから、ティッシュ箱からティッシュを出して、ティッシュになっていることもありマス(?)それからはもう、メガバイトティッシュの名をほしいままにしてイマス(?)多分うちの猫たちは、妖怪だと思いマス(?) *170動物論会社の課の飲み会(半ば強制参加)で、違う課のAさんという人が来る。わたしは、違う課から参加するというのは、それほど珍しくはない。ただ、出会って好印象を持ったとかで、飲み会があると、もれなくAさんが来た。セット商品はいらない。人によっては一目ぼれしたとか、そんなことを言う人もいた。大型書店の売れている本という釣り文句のように、想像上の美しさに惑わされている予感はする。一見優しくて、気さくな人だったが、年齢が十以上違う、正直恋愛対象にはならなかった。だから飲み会に欠席するようになったのは、自然な流れだ、「〇〇さんは好きな人いるの?」「〇〇さんは彼氏とかいないの?」など、隣の席に固定で座って、(みんながくっつけようとしているのか、それともAさんが言うのでそうしているのかわからないけど、)根掘り葉掘り聞かれる。合コンと同じだ、ウツクシイとか、カッコイイとか、タノシイとか、オイシイとか、ステキとかだ。(この言葉は絶対に鋭利なナイフのようなカタカナだ、IQ三〇社会を支える、インスタグラム脳の神髄)聞こえてくる言葉に意識が向いて、視覚や聴覚がおろそかになる。好意は嬉しい、嫌われるよりは、絶対に、そうだ。だけれど、相手や、距離感というのがある。正直、うんざりしていた。小学校だったらこんな友達の一人や二人いたものだ、中学校は引っ込み思案だった、だからこんな人がいても、許せたかも知れない、高校は女子高、女相手なら胸だって触る、スカート捲る、大学はアルバイトをしながら忙しい日々を送った。人って少しずつ円満ではなくなっていく、角が立つという言い方はどうかと思うけれど、人同士と上手く折り合えないような場面が増えてくる。人間関係の問題で距離感というのがある。ファンに愛されているアイドルだって、変な手紙を送られたら恐怖を覚えるだろう。けれど、偶像に変なファンは付き物だ。奥行きが不在なのだ。相手のことを思う上で、自分の客観的な理解、俯瞰する視線、そして相手の同意なしに成立しない。でもそうすると、課の人がAさんの機嫌が悪かったとか、Aさんはいい人だよ、みたいなことを言う。洗脳だ。好きになれないのだからしょうがない、とはならない。とはいえ、悪い人だとか、嫌な人だなんて思っていない。ちょっと飲み会の席でしつこいな、と思うぐらいだ。けれども、あの飲み会に参加する限りそういうことを言われ続ける、それって一種のセクハラなんじゃないか、と思う。当初あった情味すら次第に冷却せしめたわけである。だがついに課の人に熱意にほだされ、飲み会に参加すると、Aさんが隣に座った。はっきり言った方がいいと思ったので、わたしは付き合えません、恋愛対象ではないんです、と言った。けれど、Aさんはニコニコして、一切話を聞かず、謎だ、不明瞭だ、どうしてが増えてゆく、やっぱり言葉尻を変えながら、間接的に、たずねてくる。その飲み会でトイレに行っている時に、スマホを覗かれて、電話番号やメルアドを知られ、(実は課の人が教えたのかも知れないが、)LINEなどを勝手に登録されてしまった。Aさんはそれに対して、課のみんなが囃し立てたんだと言い訳し、課の人にたずねるとみんなそれに同意した。会社を辞めようと思った直接的要因は、課の、こういうアットホームに見せかけた創価学会的な性質である。もちろんそれが平気な人もいるし、水が合う人もいると思う。ただ、人が生きていくうえでそれぞれの立場や、考え方や見方というのがある。ホームレスと金持ちの友情なんて誰が信じるだろう。浮気男と女性弁護士の友情なんて誰が信じるだろう。昔、創価学会だと伏せられ施設へ連れていかれたことがある、その時は別に何も思わなかったけれど、今回のことでそれは自分の肌に合わない、受け入れられないものだと思った。そういった状態が基礎になっている環境って当然ながら、遠慮会釈なしに他人の領域に土足で踏み込む、毒千万な奴等、あわれむべき蛆虫ども。それから、Aさんは電話をかけたり、メールをしたり、LINEをしてきたりした。生活状態の変更に対するあらゆる障害はそこに端を発していた。一度迷惑ですと会社ではっきりと言ったが直らなかった。へらへらして、そんなに頻繁にはしないから、と言った。Aさんは確かに頻繁にはしてこなかった、でも届くかどうかを繊細に見つめ工夫したり認識する能力を欠いてる。わたしが言うのもあれだけれど、恋愛経験が乏しいのだろう。わたしは時々人間にはもっと様々な情報を載せた、カードが必要なのではないか、と思う。添付された使用説明書(自己申告と他人からの評価)がなければ、普通の社会は無理なのではないか、と。いつの日にか人間は、感情を単純化するために、仮想現実に三色の信号を頭部にくっつけるだろう、と想像する。慧眼な人ならもう気付いているように、虫と草のようなある姿が共通見解のように啓示される。一人の人間における世界はそのようなものであり、昆虫や動物、は虫類のようだとわたしは思う。同じ人間に巡り合う確率は極端に低い。ある時、会社の帰りに待ち伏せされて、Aさんから、結婚を前提にお付き合いしてください、と言われた。意味がまったくわからなかった。わたしはそれを断った。思えばきつい言い方をしたかも知れない、やめてください、と言ってるじゃないですかと激昂した。当時の苦衷が再び甦ってくる、感染症みたいに、自然に口が遅くなり、スローモーションになる、しかしもうすべては行くところへ行き着いた―――。そこから、Aさんの行為がエスカレートした。電話の着信拒否するまで鳴りっぱなし、メールは夕方から朝までの間に何十通もこしらえ、LINEでは「いまどこ?」「なにしてるの?」と。わたしは恐怖を感じた。恋愛の奥義で、何でも通い詰めるというのがあるけれど、情にほだされる恋愛脳じゃない人間はどうすればいい。それはただ、迷惑行為で、犯罪だ。そしてついに住所まで調べてポストに手紙を入れる、悪気はない、よくあることでは到底済まされない。お菓子などを送りつけてくる。それを見た瞬間に、吐き気を覚えて食べたものを吐いたし、出かけてもしAさんがいたらと思うと、布団で震えているしかなかった。ボディガードサービスについても何度も考えた。給料面での不安があり、見送ったけれど、物理的な危険から守ってくれる警護サービスと、専門家による法律的なアプローチは必要だ。世の中にはヤンデレストーカー気質の人がいる、と思う。猛烈な恋愛、純愛。好きで好きでたまらなくて、でもそれを素直に伝えられなくて、ストーキング行為をしたりする。大抵それは女の子で、フィクションだから可愛いと思う。健気にも見せる、情念たっぷりで、胡散臭くて、許せる。ドアノブをガチャガチャしたって笑える。家の中へ無断で入ったとしても、冗談で済ませられる舞台装置がある。けれども、現実に、コンビニで買ったものと、そっくり同じ物を購入され、ゴミ袋を漁られていたらどう思うだろう?毎日同じ時刻、同じ場所から尾行されていたらどうだろう?それが男で、リアルだったら恐怖を覚えると思う、過激な方が面白いという価値観が漫画の表現を支えている、けれど“これは犯罪です”と警告するべきだ。女性にとって男性は力で勝てる相手ではない。生活がAさんによって浸食され、平和な日常が縁遠い。ここまでされて、何をするかわからない、怖くて誰に相談していいかわからない、という状態になる。でもこのままでは引きこもりになるしかない、家から出られなくなるかもしれないと思って、ようやく会社の重役に相談した。課の人では話にならない、と思ったからだ。Aさんの話題をするたびに、やめてくださいと言っていたら、いつのまにか、感じの悪いやつ、という評判になったようだ。善意とかやさしさって、邪悪さと変わらないものだと当時は思っていた。人生に対する物の見方は百八十度変わった。それは前景でありつつ背景でもある、明確に底辺である上部だ。ともあれ、もっと大きな役職の人に相談するしかなかった。Aさんには、厳重注意が入ったようだ。課の人にもそれとなく報告が入り、悪い言われ方はされなくなった。それからは、いままでが不思議なことのように、ピタリとおさまった。だけれど誰からの謝罪もない、本来当たり前に享受すべき生活が帰ってきた。だが、Aさんと一緒の会社に居続けることもできず、課の人にも当初のような信頼ができず、辞めた。わたしは二十代、余裕の乏しい年齢ゆえの苦悶の決断だった。当時は髪の毛だって大量に抜けたし、体重も痩せた。何事もなくなったとはいえ、Aさんぐらいの背格好を見ると、ビクッとしてしまう後遺症はある。ふとしたきっかけに慙羞のような表情を示す彼女は、元から恋愛に興味がなかったけれど、男性不信気味になった。服装も、もっと地味にした。人間関係はもっと狭くなり、選ぶようになった。人間が人間を追い詰めるということがある、そういう動物がわんさかいるのだと思う。空虚な空気の中にぽつねんと一人取り残されたような気がする、記憶は日ごとに薄れてはゆくけれど大いなる空隙がある。イジメの正体というものがわたしには、ぼんやりわかったような気がする。 *169一の話をする。大学で餓死した友人がいる。こういう書き方をすると、信じない人もいるかも知れない。もちろん、栄養失調で死ぬとか、何日も飲まず食わずで、ぽっくり、ということもある。幸いまだ聞いたことはないけれど、だ。だから餓死した友人がいると言ったら、拉致監禁の事件とか、宗教上の断食とか、そういうことを本当に考える。 *二の話をしよう。トラックの間に挟まれた自動車が見えにくい、という話を聞く。これは嘘だと思う。というのも、トラックは普通の車より視界がいいからだ。だが、その錯覚ゆえの事故があり、つまり前方との距離が広いように感じてしまい、つい詰めすぎてしまうことがある。もし、前方のトラックばかり見ていて、眼の前にある自動車が見えなくて事故が起きるなら、それは居眠り運転だ。またあおり運転をしていてうっかりあててしまった、ということもあるかも知れない。確かに、ドライブレコーダーは運転中の自分を守る。だが、音声録音しないのが九割がた、いや、九十九パーセントそうだろう。声が全部入ってしまうからだ。 *一の話も、二の話も、論理的な考え方である。だが、本当に友人が餓死した場合、そこに皆目見当不能な遺書が残されていたらどうか、他殺を疑ったり、頭がどうかしたと思うかも知れない。二の話もそうだ。トラックの間に挟まれた自動車が見えにくい、と本当に主張する人間を見たことがある。僕は知識で話している、それが事故の責任を回避するための、妄言なのか、それとも本当に運転中そういう瞬間があるのか、トラックドライバーに聞くしかない。警察官は事故の原因についてどう考えるだろう。ただ、前方のトラックばかりに眼を奪われて、実はその前方に乗用車がいたというケースがあったら、これは追突事故が起こるだろう、と思う。でもそれは実に何か違和感を覚える、陰性で、可憐な嘘の気配がする。僕ならスピード違反や、居眠り運転を疑う。だが、ヒューマンミスが起こらない保証は何処にもない。 *三の話をする。ある時、彼女は買い物に行く。すると、どうしてか無性に欲しいものが、ある。あるというだけで、自分の思考に違和感を覚える。だがその違和感よりも強いものが襲い掛かる。いままで考えたこともないのに、農薬というものが欲しいと思う。彼女は踏切の前へ行くと無性に飛び込みたいと思う。彼女はすぐに母親を電話で呼んだ、彼女の母親はたまたまそちら系の話に理解があったから、すぐにお祓いをした。幸い、大きなことは起きなかった。一の話と、二の話を踏まえるなら、これはきっと、心療内科に連れていくべきだろう。民間療法は大けがのもと、という考え方もある。お祓いなんかで、マイナスイオンとかいう疑似科学なんかで、どうにかなるはずがない、と。だが、プラシーボ効果というのはある。もちろん、幽霊がいるかいないかでこの話は二種類に分かれる。だが、同じ立場に立った場合、あなたの選択は即、死に繋がる。一の話も、餓死するほどの状況が存在しえなかったら。二の話も、事故するような状況が存在しえなかったら。この三の話も、自殺衝動を覚える状況が存在しえなかったら。 *道路を走ると底まで秋の愁然たる光景に、屹然とした山が見える。もとより、弁解や詭弁などするつもりもない僕だが、人間ごときが容易に醒めた意識を持って、不思議なことや奇妙なことを理解できる、場合によっては掌握できる、制御できるなどとは片腹痛い。だが、心の内の妙なこだわりを忘れてはいけない。人はそれでも夢を見やすく、それでも騙されやすい生き物だ。僕はあの山が峠道で、それまでに、電話ボックスをめじるし、右折できる道があることを知っている。僕は一度だけそこを走っていったことがある。僕はその間中ずっと、奇妙なしびれにも似た、何かに見られている気配を感じていた。それは心理学的な効果だ。どうしてそこへ入っていったのだろう。それは人間の好奇心というものだ。誰にも説明できない、無意識というものだ。道を選び、癖を作り、失敗や成功をつくる無意識だ。 *168ふしぎなかいだん「だれにもはなさないで」といわれていることがある。「はなさない」けれど、「かく」のはいいとおもう。セミナーにいく、とははおやがいった。いきたくなかったけれど、いっしょにつれていかれた。かんばんのもじはむずかしくてよめなかった。さんかいだて、だった。こどもたちがあつまっていた。ちがうしょうがっこうのようだった。はなしかけることはできなかった。へんなえいがをみた。きもちわるいえいがで、わらっているかおにたいようがはいりこんだり、した。こんちゅうがしんでひかりのたまになったり、した。えいがをみおわると、おかしとじジュースがふるまわれた。カントリーマアムがあった。わたしはこれがいちばんすきだった。ジュースはへんないろをして、なんだかよくわからないあじが、した。ははおやは、べつのははおやらしきひと、と、はなしていた。わたしはゆうきをだして、ほかのこどもたちにまじった。いっしょに、おりがみをした。あやとりをしている、こどもも、いた。たいくつだった。しずかにね、ではなく、しゃべるな、といわれていた。みんなそのようだった。しーんとしていた。ただそこに、おりがみをおるおとや、おかしをたべるおと、ジュースをのむおと、おとなたちのはなすおとがした。なかよくあそんでいたこどもが、トイレへいくといった。あたしもいくといった。ながいろうかをあるきながら、ふりかえり、「だれにもはなさないで」といった。「わかった」とこたえた。てをつかむと、かいだんをのぼりはじめた。にかい。さんかい。と、そのこは、かいだんから、ながいろうかをあるき、「あれはそこで“おわり”なの」といった。わたしは、くびをかしげた。かいだんが、みつかった。おくじょうへでもつづくのかなとおもった。―――よんかい、ごかい、ろっかい、ななかい、はちかい、きゅうかい、じゅっかい、じゅいっかい、じゅうにかい。おんなのこはてをつかんでいた。わたしは、こわくなっていた。けれど、ドアのまえに、いた。ガチャガチャガチャ、と、おとがしている。ガチャガチャガチャ、と、おとがしている。ガチャガチャガチャ、と、おとがしている。「へん、なの」と、そのこは、いった。「そうね」と、わたしはこたえた。かいだんには、まどのようなものはなく、ただ、ぐるぐるとうえへむかっていた。せかいは、とざされていた。めにみえるせかいは、いつもとちがっている。「またあそべる?」と、なぜかきいてきた。「きっと」と、わたしはこたえた。ガチャガチャガチャ、と、おとがしている。ガチャガチャガチャ、と、おとがしている。ガチャガチャガチャ、と、おとがしている。なにかがいる。そしてドアノブをまわしている。かぎ、はかかっている。「ぜったいにだれにもはなさないでね」といった。「わかった」といった。 *167輪廻ポツン、ポツンと赤と緑の光、後は暗闇………。頻りに迫って来る。頭の背後で思考ストリームチェック機構の発火点。地下鉄のホームだった。俺はスマホを落としたまま立ち尽くしていた。あぁあ、腕が、足が、首が………、千切れた。(矛盾と欠乏、、、、)あぁぁ、耳が、鼻が、眼玉が飛んだ。(とりとめもない幻像ばかりが、心にふと浮かんでは消えてゆく、、、)いいぃ痛い痛い痛いぃぃいいい。ポタ・・・・・・・・・。ポタ・・・・・・・・・。ポタ・・・・・・・・・。[→心療内科][→都会の下の遊園地]鳴り渡る発車メロディ。永遠に堕ちてゆくような無為の陥穽、無常なるベルの音。悪霊に憑り依かれているようなすさまじさ。『一番線の電車は………行きです』『“十二指腸駅―――十二指腸駅・・・・・・”』目蓋に浮かぶ影像のように思えてくる、モーション・キャプチャ。澱みの中の水面の緩慢な渦を描くせわしなく乗り降りする乗客。『ドアが閉まります、手荷物をお引きください。無理なご乗車はお止めください』『一番線の電車は………行きです』ピシっと閉まる扉。切り-開き、切り-閉じる。巌頭の孤立、静寂。鼠の鳴き声がする―――。モーター音を唸らせながら走り去っていく車両。どうしてここはこんなに真っ暗なんだ・・・・・・。『エヴァンゲリオン』において、人類補完計画に賛同する精神構造。乗客も駅員もいない。俺が一人・・・・・・、闇に一人・・・・・・・。電話をかけなくちゃいけない―――。鞄がない・・・・・・。「部長・・・・・・、すいません、電車が遅れていまして………」「(冷え切った心で、暖かい言葉を送られるぐらい、嫌なことはない・・・・・・・)」「(第三者の眼には心配のように見えてもブラック企業、皮肉だ、言わせておけ、ブラック企業・・・・・・)」すみません、すみません。『黄色いブロックの内側でお待ち下さい』レールを見た、電車を見た。衰弱している空気の中の、微笑が、嘲笑が、愛想笑いが。調和性。外向性。開放性。誠実性。神経症傾向。サイコパシー、マキャベリアニズム、サディズム、ナルシシズム。『一番線の電車は………行きです』申し訳ありません、申し訳ありません。卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰が、目先の利益に飛びついた。頭がガンガンして口の中が干乾びて、奇態に身体がおこりのように震える。六十時間を超える残業時間。土日出勤。酒と色。搾取。搾取。搾取。いえ、ですから電車が・・・・・・・・。レール、電車、『急停止します、急停止します。お立ちのお客様は手すりに捕まって下さい』『一番線の電車は………行きです』イイイィーィィ・・・・・・・・・。ここは、井戸の底………だろうか?次の瞬間、轟音がした。泣き腫らした眼のような、痙攣する羞恥の赤さ。次の瞬間、悲鳴がした。その小さな憐れな畸形の花でさえも、まだ香りさえ帯びているというのか。青い青い青い虫が果実を蝕んでゆく。そして少しも足を運ぶ気色もなく、じっと、彼の通り過ぎるのを待ってる。グチャッ・・・・・・・・・。グチャッ・・・・・・・・・。グチャッ・・・・・・・・・。鳴り渡る発車メロディ。永遠に堕ちてゆくような無為の陥穽、無常なるベルの音。悪霊に憑り依かれているようなすさまじさ。『一番線の電車は………行きです』苦情と不平に満ちた霊は、自分を陥れんがために、殊更にたくまれた詭計のような世界を見ている。ビクン、ビクン、ビクン、ビクン。噛んでくれ、噛んでくれ、頭を噛んでくれ、壊れてくれ、壊れてくれ。「(照明の明るさから感情のコントールが始まる、足の組み方、手の置き方、喋り方、眼の動かし方)」嘘をついて暮らす、見て見ないふりをして過ごす、―――鼠よ、あの亡霊の声が聞こえるか?《私はオブジェクトです、欠落している都市もオブジェクトです、比喩全体もオブジェクトです》《私はオブジェクトです、欠落している都市もオブジェクトです、比喩全体もオブジェクトです》《私はオブジェクトです、欠落している都市もオブジェクトです、比喩全体もオブジェクトです》嫌だ、もう嫌だああーあァァァんまりだァァアア、ゲボッ、ゲボッ、ゲボッ、ゲボッ。「一日」(が、)「一週間」(が、)「一ヶ月」(が、)「一年」(に、)電車が電車が電車が電車が電車が、電車が電車が電車が電車が電車が、電車が電車が電車が電車が電車が・・・・・・。 *166芸能人の、誤魔化し方アンタ、確かに何処かで見たことがある顔だって、言いたいんですよね、実はわたしも同じことを思っていました、ですのでこれはおあいこということですね、よくある間違い、わたしは芸能人ではないです、いつの日にか、同じようなことがあったら、ソイツがきっと本物のその人で、あるとわたしは思います。アデュー。ハブ・ア・ナイスデイ。 *165妄想一度でいいから、一度でいいですから、ほら、1,2,3...「君のリップクリーム食べたい」え、だって、シュークリームの親戚ですよね。靴下を食べるガチの食生活の偏りが気になる人や、猫を食べすぎている方もいると聞きます。「君だって、本当はそうしたいんでしょ?」 *164スーパースターになるんだ、ビッグになるんだ、わたしは天才なんだ、凡人とは違うんだ、真夜中零時言い聞かせる、睦ましいカップルは性交厨、こちらは黙々と練習厨。「Midnight the Sun Approach」(流行の料理・商品・ファッションに、夢中だったステファヌ・マラルメ、写真術や録音術に夢中になった、シャルル・クロス)『LOVE』(は、)甘くて苦い。『LOVE』(は、)優しくて苦しい。いいことなんか一口で終わる、頑張ってね、すごいね、応援してるよ、だのに他人の悪口は十どころか百、かっ! 大した世間様、でも失敗続きで友達に頼って、ぼろぼろに泣き崩れることもあるんだ、弱いんだ、立てない時もあるんだ、でもそんなの見せられない、死に物狂いのショーだ、難題請求の道しるべ、嘘や偽りの生き様でも心はそうだ、ペスト予防薬や赤面恐怖症特効薬や、探検隊募集の広告もいまじゃ意味不明。「Midnight the Sun Approach」(タクシーに乗りこみ扉閉まる時、そろりと足を下ろしてゆく、売れないクラブの人気者なんて笑える、)東京は夢を売り買いする、ね、どんなに軽い言葉でも、どんなにふざけた態度をしていても、結果を伴うことには重さがついてくる、退いて静かに思えば、賞賛、生きているだけで麗しい重力の重荷さ、負荷の孵化、最初からそんな可能性を持っていたのさ。ジッパー閉めて今日の嫌なことも忘れたい、でも挑戦の字を「桃」と書いたり、覚悟の字を何故か「鴬」と書いたりする、キャラだよと言いながら超天然、ポーカーフェイスタイムは一分、平気なふりして、トイレに駆け込む、『LOVE』(は、)心臓じゃなくて、心に。『LOVE』(は、)思っても伝わらない。だから何度でも言う、大切なこと大事なこと、馬鹿馬鹿しいこと、でもだから何度でも言う、くりかえしくりかえし、すりきれるまで言う、君も知ってるだろ、諦めが悪いんだ。蝶を「頭(トウ)」と数えること。元々、アマチュアコレクターの間の、独得の言葉遣いだったんだって、それが一般にも知られるようになって、「かぶと虫はどうか?」とか、「蝉も『頭』と数えるのか?」「羽根が生えて空を飛ぶから『頭』とよぶのか?」などと頭を悩ませているらしい。蝶になりたい、ジャンキー・ヒット・ターゲットのフレーバー。羽根になりたい。ブルース・カウント・ロックンロールのベイビー。そしてもっと君の眼の上のたんこぶになりたい。朽ちた世界に降り積もる渇いた灰のささやかな音とともに、蛾だってわかったって、その毒の粉なしに君は人生を十二分に味わえない。 *163農家の娘です。畑たがやして、キュウリとダイコン、これがいいんです、夜には女の秘密を、耕していたのに、異世界転生、最弱から最強を、目指すRPGなどではなく、男の野菜をたがやします(は、)いろいろアウトなので、題名変更してください。サッポロー!(?) *162I'm sure the exaggeratedexpressions in animeare meant to push outwhat the world thinks.バカデカイ巨人と戦うとかいう、漫画があるけれど蟻は戦わないよな、蹂躙されて、殲滅したと思うんだ、愚弄するなよ、その可能性を看過するなよ、玩具みたいな考えが神や宇宙を作った。かろうじて生き残った蟻が失策を回想して、皮肉気に、生きていてよかった、それがリアルな、進撃の巨人。そんなの誰が読むのか、織り込み済みだ、退屈なのははたして、世の中でしょうか、それとも、自分でしょうか?大災害で募金活動をする、でも税金払うのは嫌、値上げされるのはすげー嫌。こいつが絶対一番正しいとか、そんなのは嘘でも言えないけど、税金だってそれなりには、ちゃんと使われてきた、政治家だって、それなりには、ちゃんと頑張ってきた、国民に誹謗中傷罵詈雑言されて、それでも怒鳴り返してはいけない、殴ってもいけない、訴えてもいけない、そしていつのまにか小人同士だ、何処から始まってきちんと終わるのか、いつもそうだよ、悪いのは世の中でしょうか、それとも、自分でしょうか? *161The moment when the victim becomes the perpetrator毎日首を絞められる夢を見る。俺は監禁されていると思う。すぐに背後で音がする、ドアが開く、ゆっくりゆっくり歩いてくる。暗示的効果があり、まるで十三階段を聴覚で体験するように、俺は動けない。動けないんだ!辛苦を舐めながら、しなやかな指、執念い蛇のような爪が、頬にあたるまでの長い阿字観。来た、瞬間に稲妻だ、電光掲示板の表示だ、俺は委縮している。どんな顔をしているんだ、侮蔑をきわめた顔か、虐待に喜びを見出した顔か、それとも仮面のように無表情なのか。それが逆さ落としに、噛み合いながら、頬を強く押していく。最初は気持ち悪いだけだ、撫でているのかと思うこの辛辣なる鞭撻。蛇が一緒に眠り始めるみたいなものだ、飼い主が食べられるか調べる。ぐんぐん悪い方向へ向いていく、最初からやらない、ゆっくりと圧を加える。もつれ、いざこざ、相反する欲求や感情が絡み合うように。だが、次第に肉のところから、爪へと切り替わり、生肉に、猫がそうするように爪を立てる。血が出たと思う。血が出た! 殺される! やばい! でもこの金縛りは解けない、弾力のある反抗を示すような気力は、もうひとかけらも、ひとっかけらも、残っていない。過不足なく均衡のとれた展開、だが恐怖は日増しに大きくなる。ある日、足元から、蟻のようなものがのぼってくるのに気付いた。もしかしたら、クモなのかも知れない。だが俺にはどうすることもできない。ある日、ドアに入る前に何かを言っているのに気付いた。呪文のようで、聞き取れない。耐え忍ぶしかない、日頃信心もないくせに、神様と言う。痛みと苦しみの恐怖がついに限界に達すると、俺は意識を失う。助けてくれ。だがそのたびに俺は友達を失った。巻き込まれたくない、巻き込まれてもいい、助けたい、その人も俺の家へ来て、もう二度と来なくなった。せめて教えてくれ、俺の背後にいるのは、どんな奴なんだ、女なのか、化け物なのか。そしてとうとう、俺は四六時中、そいつの影に怯えた挙句、ついに自分の本当の部屋にそれを召喚した。華麗に滅びたい、こんなに怖いのなら、嫌な目に遭うなら、いっそ一思いに飛び降りたい。そう思った瞬間、俺は動けた、窓の外は十階、手を掛けた瞬間、俺は思い出した。その瞬間、女は笑い声をあげた、それは俺がレ イプした女の顔であることを思い出した。 *160何かが、階段から降りてくる。「かごめかごめ」どうせギイいいいいいいいい「嘘」と思っていた。「(ふふふ・・・)」「(ははは・・・)」(愚かさ、深い悔恨にとらわれている、肉の中へ遠慮なくもぐりこんでくる蛇のように、女の声、言葉が、聞こえた、確かに、聞こえた、)「呪ってやる」バン!扉が急に閉まる、叫び声があがる・・。あ”ああ”うああ”あ”ああ”うああ”何かが、階段から降りてくる。 *159this is our world子供はいじめをしても、いじめたとは言わない。胸の奥の方から婉曲ながら適切に現れてくる、野蛮な暴君の圧制、白痴や狂人。気味の悪い沈黙のムードは旺然たる憎悪の別の名。好きになれない話題というのは本当だ。でも楽しいよね、面白いよねというのは嘘だ。こういう言葉にも、鋭いとか、皮肉とか、辛辣っていう人もいる、でもそんなの言葉の機能をよく知らないだけだよ、あんぽんたん。異世界へ行く方法があるらしい。五センチ四方の紙に六芒星を書き、さらに六芒星の中に赤字で「飽きた」と書く。そして、その紙を枕の下に置いて眠り、朝目覚めた時に紙が無くなっていたら成功、目覚めた世界は異世界であるというものだ。それはきっと、借金三昧で財布の中に数千円しかないのに、パチンコ屋で一発逆転するような心理かも知れない。正しいとか間違っているとかじゃない、それ自体が詰んでいる、ということだ。そうしたら君は言うのかい。だって、と。「だって」「だけど」「だったら」「でも」「ですから」「どうせ」というように、ダ行で始まる言葉は、ネガティブなものらしい。言葉を遮る場面。だけど、言葉は、様々な要素の組み合わせ、だからわかるんだ、人は一人のなかにいくつもの自分を持ってるって。『こども』は国連の児童憲章で明らかにしているように、社会から尊重され守られるべき立場なのだから、『供』という漢字はふさわしくない、という考え方があるようだ。「供」という漢字がふさわしくないとするには、「お供(とも)」「供奉(グブ)」などというように、従属や隷属を意味するから、あるいは「○○ども」と複数の集団をさげすんで呼ぶ、そういう言い方に使うから、と。おいわかったかお前等、みたいにね。するり、と海月のように透明になる一瞬の間。ねえ、どんなところに根を下ろすかって思う時に限って、色々考えちゃうことがあるよ、この人の子供時代は、この人の学生時代は、そしていまどんな顔をしているのかって。風が強いこと、雪が降ってたこと、大雨にずぶ濡れになったこと、長く生きていれば人生一度や二度はあるもの、でも晴れている場面の時にそれを思い返すことは難しい。妖艶な上辺ばかりの媚の毒をふるう少女や少年。学校は社会の縮図。勝手な理屈でこねくりまわす、でもきっと未完成の脳、動物的な本能。言っちゃおうか、意志が弱いんだ、自分というものがないんだ。導く側のせいにしたり、その子自身のせいにしたりする、どれも正しい、でも、子供が嘘をつくのは今に始まったわけじゃない。自殺が救済措置じゃない、戦い方は沢山ある、世の中みんなと一緒じゃないと教えてあげなくちゃいけない。根性が腐っている、けど世の中それじゃやっていけない、一見正しい、僕も言いたい、でも力業じゃ救われない、困ったら俺が力になるじゃ救われない。おくびにも見せなかった女々しい弱点を露骨に現わす。パラレルワールドから持ち込まれた一万円硬貨。悪魔が書いた謎多き巨大なギガス写本。そして牢獄された謎多き少年、カスパーハウザー。大人になるとそれが、都市伝説だとわかる、けれど、いじめられた子供に向かって、いじめっこと同じ理屈を振りまいているじゃないか。弱さって、生きている限りなくならない。教科書的だ、アメリカ的な価値観だ。そんなものに刷り込まれてやさしさを見失ってる。いろいろな「やさしさ」を知ればネットワークが広がって、気付ける範囲も広がる、どこが守備範囲で、どこからどこまでが許容範囲かって。だって嫌な言葉からじゃないよ、きれいな言葉や、美しい言葉から、そういう要素は決まっていくんだ。それがどれぐらい人を傷つけるかわからない、僕も暗い時代がある、だからそういう心理はよくわかる。徹底的に見抜く、タイプを見繕う、頭の中で顔による判断をする、会話や癖から無意識の動作にまできちんとした答えを得る。無邪気や楽天性とか、きれいごとや、建築的なふりしたエゴイズムなんてものは、子供時代に限って横溢して大人のタイプを決める。駄目な子供は布団にくるまり、雨戸まで閉ざし、世界から逃げる。フリースクールならまだマシ。家から出られない子供、引きこもりもいる。学校なんて辞めてもっと楽しいことをしよう、とでも言いたげなユーチューバーもいる。深夜の窓のあかりは、滴るように青い、鬼火だ。もう鳴らない音が少しずつ増える。もう聴こえないリズムが少しずつ増える。フレームが宙に吊られる、物理的なフレームとか画面内フレームとかが見える、これは「くう」「ねる」「あそぶ」じゃないコマンドだ。コピーライター的な言い方をする人が増えた。まとめサイト的な物の見方をする人も増えた。他人の愛に謗られるような弱い考え方だね。自分とは逆の人間を演じなよ、君が強い人間なら道化や、臆病者のふりをしなよ。君が弱い人間なら強者のふり、暴力で解決できるふりをしなよ。世界は勝ち負けじゃない、でも勝ち負けだって思おうが通ってしまう、それが人間社会さ。かと想えば、SNSで加害者側をあげつらう。小石のように川面で跳ねる。明確な犯罪だ、暴力だ、だけれどいじめた側に人権はない、こんな無茶苦茶な言い分が通るなら、もう銃社会にしよう、お前からまずぶっ殺そうぜ。いじめられた側があたかも望んだように、道徳の欠片もない、偽りの正義を持ち出す馬鹿な大人。子供たち、これが僕等の世界です。子供たち、これが僕等の世界です。 *158everything visible to the eyeいまさら聞いてみたところで、何の得るところもない。だのに、指で摘まみ上げたように、いまにも消えてなくなりそうな柔らかな目鼻がある。「もの」という、日常的にありふれた言葉だが、辞書で調べると「眼に見えるものすべて」というようなことが書かれている、悪口や酷評じゃないよ、ただ、恐ろしいね、それ。身体の芯からゆっくりと静かに、しかし強い興奮が沸き上がってくるようなことが、十代には多くあった、忘れないんだよ、それが徐々に全身にひろがって、身体のすべての細胞が振動しているんじゃないか、というくらいの興奮に貫かれて、このまま自分が沸騰して蒸発でも、してしまうんじゃないかと思った。少年時代は雲を見ながら、未来永劫またと邂逅はないような、そんな気がしていた。だのに深淵な道理はうすぐらくなり、季節の移り変わりのするどい感覚の敏活さも、超自然の叡智も忘れる。寂寥や哀切の引力によって、そう考えたくなる方へ、引っ張られていく。追いやられていく。ヨーグルトの表面に溜まる乳清。そこには水溶性のたんぱく質やミネラル、ビタミン類、乳糖など、栄養分がたっぷり入っている。人間は死ぬと二十一グラム軽くなる。昔はそれ、鹿が蛇を食べる映像ぐらい、ショッキングだった。天才を襲う恐怖のジンクス「27クラブ」に、大事件を予言した謎の「イルミナティカード」街はきれいだよ、できない子や、頑張れない子もいる。向いていない子、そもそもやりたくない子もいる。何も見えない、言葉からそんなことの一つ一つ伝えられたら、僕はきっとスーパーマンだ。ただ坂を下りるように刹那の知覚の閲歴に、凡庸なる諸行為を想うだけ。百円ライターをなめるなよ、千二百回あたりから焔に異常が出る。そんな実験もあった。 *157寄生獣Parasyte三十年以上前の漫画だけど、名作の『寄生獣』というのがある。タイトルからはパニックホラーのように思えるが、サスペンス漫画。作者は岩明均で、コミックスはサクッと読める量の全十巻。ところで浅薄かつ安易な理解で物事を語ると、浅薄じゃなく安易じゃない理解を持っている人、あるいは、それを自認している人には、嫌がられるだろうな、と思える。でもって、語るところでその不快感は怒りに変わる。『寄生獣』を語るっていうのはそういう類のことだ。だけれど、一歩踏みこんで考えて欲しい。誰もが漫画を読む時代だ、それはつまり底辺の雑な意識が顕在する、沢山の人がいるからという簡単な考えだが、人が沢山知っているものにはその底辺がわんさかいるのだ、右顧左眄の言を弄する不快の感、ゆえに、浅薄かつ安易な理解が尊ばれる風潮はいくつでも挙げられる。思ったのだった、では伝わらない。変えようとしなければいけない、自分を、他人を、である。そこにおいて、こう思った、こう考えた、はあくまでも個人意見である。あらすじは簡単に言えば、平和な地球にある異生物が地球にやってきた、異生物は人間の脳を乗っ取って生命を維持する寄生生物。(テニスボール大の、毛のようなものが生えた卵から孵化する、幼体は蛇のようなミミズのような形態)彼等は、人間を食料としているものだから、人間がミンチ状の死体となって発見される殺人事件が多発し始めた。そんな物騒なニュースを聞いている主人公の新一の元にも、寄生生物がやってきた。寸前のところで脳への寄生はまぬがれたものの、右腕に寄生されてしまう。これにより、新一と「ミギー」と名付けられたパラサイトの奇妙な共同生活が始まった、というものだ。ちなみに「ミギー」は手の形を僅かに残し、目玉と口を露わにするその姿だ。個人的な萌えポイントは本を読んでいる時だ。一日で日本語をマスターするほど学習能力も高く、車の運転も可能だ。あと、とりあえず可愛い。ここからは勝手な意見だけど、深海生物のグロテスクな姿と、寄生獣におけるパラサイトの捕食姿の共通点があって、(エイリアンの映画とか、包帯を捲っていく時のような感じも、少し覚えたけれど、)僕はこの人、深海生物って好きなのかなあとずっと思っていた。(ちなみにミギーは、作者の左手がモデルらしい)あと、ミギーによってバディ物としての魅力がある。また主要キャラクターで、田宮良子が外せない。というよりも、「新一」「ミギー」「田宮良子」の三人が、物語の変化によって立ち位置を変えていく。僕はとりあえず田宮良子の中二病的、パンクメタル的、はたまた、サイコパス、人格障害者みたいな突き放した考えや、発言には一番興味を持った。寄生生物の中でも一際知能が高く、よく自分が何のために生まれてきたのか考えている。思考というのは不思議だ。たった今そこにあらわれたという新鮮さにおいてあり続け、この細部から次の細部へと視線が継起的に移り変わっていっても、イメージの「瞬時性」の印象がずっと保たれている。物語もそういうものなんだろうか。ミギーは序盤こそ冷徹で合理的な『頭のキレるパラサイト』だが、後半に向かうにつれ『人間味のあるパラサイト』に変貌を遂げる。逆に新一は普通の少年から徐々にパラサイト側へと足を踏み入れる。(段々おかしくなっていく、浸食はついに一体化という形になり、ついにどちら側でもありながらどちらでもなく、それを「選ぶ」)そして田村良子は『ミギーよりも頭のいいパラサイト』でありながら、『最も人間らしくなったパラサイト』へと変化する。これらによって、『寄生獣』という作品は美を得ていると思う。この美はまた、奇妙さ、珍奇さではなく、異次元のような感触をもつ質、異次元の断片が露出しているような質、感覚のメタレベルをそこに得ていると思う。それが僕の固陋や、迂遠であるとしても、ね。寄生獣は「人間vs寄生生物との戦い」で、「人間とは何か?」という哲学的な問題提起をしている。たとえば寄生生物といっているけれど、これを遺伝子とか、石器時代の人類と考えると、分かり易いかも知れないこれは本来の寄生生物に備えられた性質ないしは絶対の声、“この種(人間)を喰い殺せ”による対立構造、(あるいは、頂点捕食者であるヒトが、もし被食者になったら、という設定、)時折繰り出される新一とミギーによる哲学もどきの会話や、村野里美による新一の変化にいち早く気が付き、物語のキーになる台詞「きみ、泉新一君…だよね?」を六回も言ってくれるのだが一種の物語のパラメータ。人間だけどパラサイトと共鳴できる本能の持ち主『加奈』や、人間だけど完全にパラサイト側の思考と感性を持った『浦上』や、完全に人間だけどパラサイト支持の『広川』や、超究極パラサイト『後藤』などの言葉、行動、存在などが、実は底流で接触し合いながら少しずつ表に出てくる。それを透視すると最後のラストの感動が見えてくる。漫画はもちろん記号だ。キャラクターも、道具も、設定も、リアルへと近づける。これらはもちろんフィクションではあるけれど、現実世界の中にある要素として理解できる。外国人、猟奇的な殺人事件、ストレスによる現実逃避、たとえば新一は本当のところ化け物になったのだろうか、ミギーは本当のところ悪魔になったのだろうか、田宮良子が自死を選らんだのは紆余曲折を経て、いわば当初から内在していた神経症的な傾向、過敏さは、純粋な平面性という目的に至るための途中段階、それが同じ土俵に立ったということで、それはつまり人間になったということなのだろうか、と。特異化の装置によって人間は食料に見えたり、逆にパラサイトは、サバンナの肉食獣さながらの食事風景に、あなたに見えたりするだろうか。白蟻の大群、フナムシの大群なんかを僕は連想する、生きているっていうことは絶えず不思議なものだ。伏線とミスリードが常に散りばめられていて、読んでいてまったく起きない漫画だ。はだしのゲンのように、学校の図書室に、あるいは義務教育の一冊にしてもいい本だ。 *156Commonwealth of Puerto Ricoプエルトリコは、豊かな美しい港という意味で、スペイン語で「プエルト(Puerto)」は「港」「リコ(Rico)」は「豊か」を意味しており、一四九三年十一月十九日に、クリストファー・コロンブスが訪れた際に、「なんて豊かな港なんだ!」と叫んだことに由来する。とはいえ、貧富の差が激しく、住民は貧民層が多く、州の財政も厳しく、二〇一七年には連邦地裁に破産申請行い、その債務は七〇〇億ドルともいわれている。さて、プエルトリコはカリブ海の北東部、ドミニカ共和国の東に位置する島。カリブ海地域ではいまだに独立をしていない島々があり、それらの多くは小さな島で、人口も少なく、目立った産業もないという共通性がある。その中で、プエルトリコは例外で、最も早く植民が進んだ島の一つ。当初は金の採掘が行われ、その後はスペイン系の植民地としては珍しい、定住型の農業植民地になった。プエルトリコの最大都市であり政庁所在地は「サン・フアン」その中でも「ビエホ・サン・フアン(旧市街)」には、十六世紀頃の建造物が今でも残る。コロニアル様式で可愛らしく、外壁の色合いと空のコントラストも良く、どこでもきれいな写真が撮影できそうだ。もちろんそれは上辺、上っ面を見ているに違いないのだが、パリの路地裏の落書きをわざわざ見に行く観光客はいない。観光客は何処へ行くか?簡単だ、モフォンゴを食べに行く。百以上の味を持つ料理だ。一般的には調理用バナナを揚げてから潰し、香辛料を加えて円形に固めたものを指すが、それにステーキやエビがついてきたりなど、モフォンゴって何なのかとなること請け合い。そして観光客は、もちろん、「ピニャ・コラーダ」というカクテルを飲む。ラム酒をベースに、ココナッツ・ミルク と、パイナップル・ジュースを混ぜて作る。口当たりも良く、とてもフルーティーな味わい、男女問わずファンが多いカクテルの発祥地は、実はプエルトリコなのだ。ヤシの木が並ぶルキロビーチ(Luquillo Beach)は人気が高く、プエルトリコの「太陽の都(Sun Capital)」として知られている。さて「La Puerta de la Bandera(旗の門)」と呼ばれている場所は、地元のアーティストによって空き家の壁に描かれた近代アートで、現在はサン・フアンの中でも有数のインスタ映えスポット。ユネスコの世界遺産に指定されている旧市街の歴史ある街並みは、無料トロリーバスで観光することが可能だ。そもそも一八九八年に起きた米西戦争の結果、アメリカ合衆国に割譲され、以降アメリカ合衆国の領土になり、多くのアメリカの企業が進出したという歴史がある。住民はスペイン系の白人、黒人、そして先住民もいるが混血が進んでいるのが特徴。(ニューヨークのプエルトリコ人を描いたのは、「ウェストサイド物語」だ)ただ言語はスペイン語で英語はあまり使われない。そういうわけで住民はアメリカ国籍を持つが、連邦所得税は免除。しかし大統領の選出権はなく、上院にも当然議席はない。下院に議決権を持たない代表一人を送るのみ。プエルトリコといえば天空に浮かぶアレシボ天文台。一九七四年には初めて、宇宙人に向けたメッセージを、電波信号として送った。メッセージにはDNA情報や、人間とアレシボ天文台のシンプルなイラストなどが含まれていた。アレシボメッセージ。M13という天体にメッセージを送ったのだが、それが届くまでに二万五〇〇〇年かかる。不毛というか、浪漫というか、それが人間だよとはにかめるといいね。アレシボ天文台は「007 ゴールデンアイ」や、「コンタクト」や、「Xファイル(シーズン2)」などの撮影地になっている。今後は教育機関と使われるという話だ。 *155旧生駒トンネル大阪と奈良を繫ぐ生駒山を貫く『旧生駒トンネル』かつては大阪と奈良を行き来するために作られた。車のためのトンネルではなく、「大軌」という鉄道会社が使用していた電車のために開通された。着工から使用停止となる約五十四年の間に様々な出来事があり、当時の出来事から、近くにある寺には慰霊碑が建てられている。大きく分けて三つだ。工事中に発生した落盤事故で、百五十二人もの人が生き埋めとなり、うち二十名が死亡してしまったというもの。次は開通後で、旧生駒トンネル内は急勾配となっていて、モーターが負荷に耐えることができず、発火した。七十五名の負傷者、そして二十三名の死者。最後に列車暴走追突事故だ。トンネルの中でブレーキを破損し、普通列車に激突。負傷者は二百八十二名、死者は四十九名。これだけの人が亡くなれば、心霊スポットの基盤が出来上がる。心霊スポットは、ショッキングな話の後に生まれてくるものだ。そしてそこは大抵、人が行き来する場所で、その多くは噂話から端を発する。霊感とかいう言葉がまことしやかに語られる、けれども幽霊なんてそこいら中にいる、見る時と場所で、胸の奥を竦ませる。奈良側の旧生駒トンネルの出口は、現在の生駒トンネルの一部として使われている。対して東大阪側の出口はフェンスを使用して封鎖され、現在はその先にある廃止駅のあたりまでしか行けない。ぽっかり開いたトンネルの出口は不気味だ。暗いから不気味だというのに、挿話が追加される、酸たる侵食だ、心がぎざぎざになる、それはアメーバーや、ボウフラに近しい感覚だ。ただ、閉じている理由は度重なる不幸とか、心霊現象があるからではない、高電圧の通る電力設備が設置されているから、もしくは、三キロ先に走っている線路があるから、が正しい。大阪側坑口は近鉄により厳重に管理されている。そこは非常出口なんだ、屋上の入り口へ続いている。真っ盛りの雰囲気がある、けれどそれは自分に向かって無理に口をきくことはない。幽霊だってはっきりと見えてしまえば人間と変わらない。痛いとか苦しいというのならどうすることもできないが、花を供えて欲しいとか、お菓子と団子を供えて欲しいとかなら応えられる。コミュニケーションのとれないということで、脳がバグやエラーを起こす。だけれど、それが起こり得るというからには、心霊現象とかいう胡散臭いものとは別の科学的な現象だ。あなた方が好きな科学的な現象だ。青空だけがあれば他の何もいらない、と思う瞬間がある。何故人は寒い時に限って空を見上げるのだろう。さみしさには情緒がある。人の会うのに濡れたいと思う者はまずいないが、人に会わないとこんな馬鹿げた考えを発症する。そう思わないか?廃止駅のホームに人が立っているとか、トンネルに人が立っているとか、トンネルから足音が聞こえる、などが有名だろうか。早発性痴呆のコアラの顔にでもなったような気分。そこに蟻は歩き、蜘蛛は蜘蛛の巣を作り、蛾は入ってゆく。その醜い死の姿は忘れ去られて語られもしないけれど、見てくれ、人間は死んでまで偽りや、裏切りや、愛になろうとする。僕には綺麗な桜の花でも見ているような、感情の溜息のようなものが出てくる。当時は、ガラガラの車内が満員になることもあった。また電車の窓に無数の人影が映るというのも。白龍大社というのがある。階段の前にお地蔵さんと一緒に置いてある貫通石。駅の傍にあるコンクリート造の建物。これは鷲尾変電所。夜が来る。野心的な洋画家の心をそそるものがあるだろうか、樹の幹や枝より、全体を見て、その主題や構図、華やかな登場人物が必要だろうか。枯れやすく変質しやすい花は、純潔だ。 *154ベトナム寺院ベトナムという言葉から連想するのはもちろん、「ベトナム戦争」という世代だ。言い方を変えよう。現代史上最大の局地国際戦争で、この戦争で使われた弾薬は、米軍のそれだけでも、第二次世界大戦の二.八倍。とはいえ、「ベトナム料理店が家の近く」にもあるし、(数件も出てきて、びっくりした、)会社では「ベトナム人」が働いている。僕はもちろん、異国の地の駆け込み寺、不当労働の巣窟だった外国人実習制度のことを知っている。ベトナム人実習生はその中の半分を占める。「ベトナム人労働者の増加の背景」という切り出しになるが、日本における外国人労働者の受け入れ態勢の強化や、留学生の受け入れの推進、ベトナム政策の労働政策の強化など様々な要因がある。日本政府は近年、国内の労働者不足に対する政策を打ち出し、外国人労働者の受け入れを促進している。こうやって考えただけでもベトナムは「意外と近い国」だ。ベトナムはインドシナ半島東部に位置し、南シナ海に面する東南アジアの国。北部は中国と、西部はラオスやカンボジアと国境を接する。アンナン山脈に沿って南北一六五〇㎞と細長い国土であるため、北部は亜熱帯気候、南部は熱帯性気候と異なる自然環境下にある。ベトナムの交通ラッシュの光景や、日系企業が多い、というのを知る機会もあるだろう。そんな「ベトナム寺」が日本にあるらしい。オリエンタルな寺の雰囲気で、いかにもド派手で、目立つと言えば分かり易いだろうか。だがこれも道を明るく照らすという考えのものだ。しかし大乗仏教が主流の日本で同じく、大乗仏教のベトナム式の寺院をわざわざ建立したり、居ぬき物件さながらに改装したりする理由。一つには在日ベトナム人の六割ぐらいが、仏教を信じていることにある。ベトナムでスクールバスやタクシーに乗ると必ずと言っていいほど、仏像やお守りが車内のダッシュボードなどに取り付けてあるらしい。だが、それを鵜吞みにしてはいけない。ベトナム式の寺院は、在日ベトナム人のコミュニティの場で、もちろん日本人とベトナム人の文化交流の場であり、日本にたくさん来ている留学生や実習生の駆け込み寺、場合によっては犯罪を助長するのではないのか、というのがイメージに近いかも知れない。正直僕の奥さんが中国人なので堂々と述べておきたいけれど、犯罪をするのはその中の一部、でもそれが心証を悪くして、在日ベトナム人の胸を傷めさせる。一人や二人なら特定的にできる話題でも、十人、二十人、百人、二百人となってくると総括するなんて難しい。参拝者の中には、夫婦問題に悩みを抱えている人もくるし、それはもちろん中々帰れないベトナムを想って来る人もいる。場合によっては、会社で禁止されていることもあるらしいが、ベトナム人の友達を作りに来る人もいる。実際、一人で犯罪を起こすということは特殊だと思う、悪い仲間や、悪い思想を知ってその味を知ってゆくものだ。そういう例外もありながら、言語の壁で苦労したり、生活に困ったりしている人に食事や住まいを提供して、企業を見つけて仕事を紹介するNPO法人顔負けのこともやっていたりする。コロナ禍で多くの人が仕事と住む場所を失い、またビザが切れても帰国できない人も大勢出た。そんな話をふっと思い出すのもいい。色んな人がいる、じゃあ、その人はどんな人なんだ、イメージで判断するしかないじゃないかと言われたら何も言えない。だからそれはベトナム式の寺院というだけではなくて、在日ベトナム人の生活の場、心の癒しということになるわけだ。そこに表も裏もある場だろうと僕は思う。読経の際はベトナム語発音の般若心経を読み、僧侶が磬子や木魚を叩く光景も何故か不思議に感じない。朝食にベトナムの人気インスタント麺「ハオハオ」が出てきてもね。瞑想を通して心を穏やかにすることは、ベトナム人だけではなく、日本人にとっても必要なことだ。このベトナム寺院の建立費ならびに管理費などは、世界中のベトナム人コミュニティからの寄付でまかなわれている、という話も聞いた。調べた限りでは、日本に住むベトナムの佛教信者の方々や、ベトナム寺院の状況をテレビや新聞で知った個人や支援団体、近隣の事業者なんかもそうらしい。住民、行政、企業がパートナーシップを組んで行う活動みたいだ。ずっと昔に行ったプロテスタント系のキリスト教施設で、寄付のお金を入れた場面を思い出す。宗教というのが存続するかどうかは信心ではなく、お金だという話を何処かで聞いたことがある。これが新興宗教になるとそっくりそのまま力になり、脅威にもなる。このベトナム式寺院がそうではないことを祈る。ベトナムタウンを含め、ベトナム人によるベトナム人のための店も、あるようだ、つまり、ベトナム語のオンパレード、翻訳などない。だが、もちろん日本人にとっては、「宗教世界の移民問題」とか、「日常の中に非日常が混ざりこむ/日本のベトナム化」という理解もまた正しい。ところで余談だが神戸というのは本当に面白い街で、ベトナム寺院もあるけど、日本で本物のイスラム文化に触れられる『神戸ムスリムモスク』とか、ジャイナ教の『バグワン・マハビールスワミ・ジェイン寺院』とか、三国志ゆかり”縁起物づくし”のお寺の『関帝廟』 とかがある。 *153さいっこーに幸せだね、うまれてきた幸せ感じるもん。空気よめないやつ、感じの悪いやつ、放送禁止用語連発だね。世の中はエスとエムがいて、インとヨウがあるらっしー。知らんけど。アンチ様の宣伝活動。きずつけたがりの人がいる。チョー生きにくいんだ。世の中まともじゃないから。きずつきたがりの人もいる。しょうがないよ、だから他人に夢見たがる。ネガティヴよりポジティヴの方が、いい。なんてマウントとる手法、心に波風立てて信者ゲット。愛って宗教の別の名前、生存戦略。幸せ、その言葉は、外せない。このコドクな花のニオイが、どうしてか、めっちゃいいニオイすんのよ。クソゲーも名作になっちゃう秘密、心にカラみついてハナれない、遺伝子のアオゾラ。 *152This is how I always see it,this is how you see it,this is how the world sees it too.kamome studio「I」眠られぬ夜の一寸先に架かった星、闇の濃さ、静けさは、不安と懐疑と迷走とが入り混じっている。花なんかない、ここは精神の死ぬ墓だ、僕等は奴隷だ、宇宙の無限の彼方にも、そっくり同じものが口を開け、眼を開けている。幅と奥行きが欲しいのだ、解放感が欲しいのだ、神経の休まる一瞬が欲しいのだ、焼け死にしそうな場所から、凍え死にしそうな場所へ。変遷の中にいる、虚栄の中にいる。それも社会の縮図だ、そしていつも時だけが経っていく、世界はすっかり馬鹿になったわけでも、腐ってしまったわけでもない、そう見せている側の、栄華の一種の蜃気楼。それだって頽廃の泥沼。光の幾部分かで照らせる面よりは、闇で埋められる面の方が多い、そこに慈愛や、友諠、恩恵や、親切など、誰に響くだろう、聞こえるだろう、求めるだろう。憂鬱と、空っぽの大殿堂、その金字塔。神を殺して百人の村を作った、各自の心持ちにより享受の感銘は違う、それつまり粗末な鑑賞眼、幼稚な所作、みんな幻影だ、花が咲いているはずもない、その場所を景色と言い、日ごとに新しいという。心の中には原始的空気も、近未来的空気もある。夜の虚空にのびあがりながら、すさまじい牽引力で、月の花をむしろう。これが、世界の果て。 *151僕と猫言葉なんかいらなかった、猫は窓の外見ていた、そっぽ向いてた、面倒くさそうだった、かったりーって言いそうだった。やる気がなかった、疲れていた。一分で分かり合う言葉なんてない、一秒なんて殊更だ。壁に物を投げつけるより速い、書いては消してを繰り返して、もう使いものにならないほど駄目になった紙屑なんか元よりだ。真面目に考えてる、努力してる、人生できちんと食べて糞していてもこれだ。世の中少しは斜め向きに、なんだったらジャンプしながら俯瞰する、あおってビルディング眺めてみるぐらいの発想の転換が必要なんだ。そんなことを思って、屁をした。しまらなかった。それでテレビ点けて、猫を呼んだ。猫は全然来てくれなかった。絶対に来てくれないわけじゃないけど、いまこの瞬間は、絶対に来てくれない猫なんだ。思わない? 思うだろって誰に話しかけてる、僕はイメージを伝えようと思った、猫がいる、僕がいる。それがどう見えるのかを考えようと思った。それはスパゲティーのアルデンテみたいだった、猫は振り向いた、鼠くわえてた。テレビ番組みたいだよ、やらせだよ、これ、でも、そんな馬鹿げたことを探してみる勇気を試されるほど、世界中のみんなは色んなことに飽きていた。 *150先輩のイジメ馬鹿が、数字が間違ってるんだよ、直しておいてやる。確認しても間違うことはあるけど、仕事だからお互い気をつけないとな、と言ってやる、くひひ。ふふふ、それからお前の机にお菓子を、入れておいてやる。早起きしてしんどいだと、俺もそうだ、ガムを噛んだり、珈琲でリフレッシュしろよ、と言っておいてやる、ぐへへ。ふふふ、あと、お前がSNSに投稿した動画、覚悟しろ、匿名のふりしてベタ褒めしておいてやる。がんばれよ、渡る世間は鬼ばかりだからな。 *149狸系女子システムとゲートウェイなんかとっくに、メルトダウンコンピューター、恋が毛皮した、恋が顔を舐めた、恋は愛眼キャラクター化した、「あらいぐまラスカルです」これが噂に聞く「大和撫子フィニッシュライン」マジかよ、乙女の琴線の寄せては返す下心だぜ、バキバキのベキベキだった、止められないし、止まらない、鯉の阿波踊り。 *148あたりまえの日常しゃあべっと、に、ぶろっこりい、のせた、誕生日でも。kamome studio *147友達あるある「窃盗しちゃおっか」「やめなよ、まずあたしが、スーパーの店員に告げ口する」「オウンゴール決めるつもりが、味方が最初から敵だったということか」「うまくねえんだよ」「ねえ、エナジードリンク飲むときって、どうして片目閉じながらはっけよいのこった、しちゃうんだろうね」「あの―――」「嘘だよ、覆面捜査官のふり、して欲しかっただけ」「難易度高ェな、あと、変なこと言わないで」「そしてあたしが泣き狂う、出来心だったんです、あたしには子供も、愛する夫も―――」「いないよな」「ウエヘンウエヘン、アウオーン」「癖が多い泣き方はやめなよ、あと、最後犬ね」「そういえばWiiのパクリ商品で、WiWiって見たよ」「お祭りするのかな?」「で、話し戻すけど、スーパーって儲からないって、言うじゃん、だからしないの」「法律にあるから、しない。道徳的に、しない。まとめて、人間として、しない」「いいこと言った、パチパチパチ(棒読み)」「棒読みで言われるとすげー腹が立つ」「そういえばメロンのポップで、食べる二時間前に食べると美味しいって、バックトゥザフューチャー推奨してたよ。ロケットでちょっと高速宇宙旅行して、戻ってくるのと同じぐらい簡単だよね」「未来人じゃねえよ。てか、それぐらい食べてるし、熟れてるし、心の中までメロンに染めてやるぜって、そういうことじゃないの」「ぷっ(?)」「こら、笑わない」「でも、笑いは人を傷つけるよ。誰かが道化、生贄、救済措置はないよ。でも、笑う、その一人になるんだ」「どうして急に、昔の幽遊白書のセンチメンタルな歌みたいなことを、言い出したの」「手紙が届いたらポルシェで轢くから♪」「そんな歌詞じゃねえよ、てか、何でポルシェ」「手紙を轢いたからフェラーリで轢き返す♪」「や・め・ろ」 *146A gentle eye for scenery秋の螺旋状の風に舞い上がった木の葉、秋の厚着は素顔が見えやすい。底無しのフリーフォールみたいなウィークポイントなマインド、「逃げてね」と「おいでよ」の宙ぶらりん、ニット帽じゃ隠せない、ずっとなんてない命令系じゃない肯定系、ベーシックなリズムとフィードバックエコー、コントラストのドリーミーなハイわかってく、この公孫樹並樹。 *145People who believe in the ridiculousidea that swimming has a meaningin the first place.泳ぐ。けれど。沈む。ターンする。みな底に影が泳ぐ。クレヨンしようぜ。十二色の色鉛筆しようぜ感性至上主義。風のない大量の無音の雪のように、プールの真下で見上げたら、液体の隙間の正当な均衡の奥まったところに、しなやかにまつわりつき、絡む、余念なく喋りあえ、トーキング、トーキング、この息遣いともつれ合う生命に、掬い取られたものが見え。フェイク。けれど。ライ。急ぐことはない、メダカ、オタマジャクシ。焦るな、まだ途切れない一瞬と一瞬、君がたとえイソップの蛙でも。眼の奥がだるく、誰かが話すような声が、鼻の裏側で聞こえる、泳げよ、駄目、甘ったれんな、泳げ。具体的であると同時に、この上もなく抽象的な存在だよ、君は。「半分は液体になりたい、ストック。マージー。ボディ。」攻撃する。引き金を引く。せりあがってくる緩慢な動作で潮を噴く。魂ばかりが瞳孔の形をして。泳げば植民地の港。神のあらたかな御利益、大量殺戮の別の名前。七つの海。七つの星。認識の向こうを去らない幽霊。夜のプール施設、前に進むよりも後ろに進む方が難しい、言葉にするよりも言葉にしない方が難しい、フェイク。けれど・ライ。泳ぐ。けれど。沈む。向日葵のような無智な若者。そこに三千世界の珠玉がある、呼吸を止めると死ぬ、そんな当たり前のことに、いちいち感動する君は、詩が十代の文学だって信じてる、へたくそ、ストック。マージー。ボディ。うすのろ、ストック。マージー。ボディ。きれいごと、ストック。マージー。ボディ。駄目なことに際限がないなら、君の手は穴のあいた柄杓で、君の手は河童の水かきにでもなった。泳ぐことに、意味はない。経験の前にも後にも、記憶の先にも後にも、海がある、感性がストリップする、君はもう紐。たんなる記号。骨ばったマネキンが流行の衣装まとう、これが自然の進化さ、うすっぺらの極み。血と肉と焔と氷しずめる言葉も知らないで、清潔な。透明な。アイスクリーム。溺れた僕等がゼリーを作る行程。ぷるんとしてもう身動きがとれない、時間的推移で、どろりとする、こんな水の味だった、そうだあの水はこんな間違いだらけの味がした。「ストック。マージー。ボディ。いつも君の言葉は。」「ストック。マージー。ボディ。いつも君の言葉は。」 *144(かの暗い隧路の向うに、長く赤い舌のは虫類の、思想、、、)墓。それは、蕭条。(・・・・・・静謐、)(・・・・・・楷書体と黒御影石と、卒塔婆と、五輪塔と、仏花と、大名墓と、世帯墓と、無縁仏と、、、)(苔生し、倒れ、欠け、文字が読めない、)墓。鎮魂歌。(・・・・・閑散や怠惰の趣味を解しない、嬾のうい眠りの冥想の厚い壁の影で、靜かに湧きあがってくる黒い感情、)(・・・・・邪念のうちにうまれくる暗愁の浪、憎惡し、粉碎し、叛逆し、嘲笑し、牙をむき出し、野卑と愚劣の畜生道に、心底吐き気がし、さりとて俺もそうなのだ、、、)(伝統する、因習する、土着する、霊魂。俺は婚姻も、出産も、葬式も、この箱の中にあると思う、―――外皮から、脳髄から、胃袋から、水晶体から、俺が、、、) *143NY――マジー・テイラーさんの場合――アメリカのニューヨーク。その大都市の地下には、巨大な迷路のような下水道が入り組んでいる。この下水道の中に入って一旦迷ってしまうと、地上への出口を見つけるのはかなり困難だ。口が蛾でも食べたみたいにかさかさとする。暗闇のなかに仄白く浮かんだもの、そうした視野のなかで、消えてゆき現われて来るもの・・・。ニューヨークでホームレスとなってしまった女性、マジー・テイラーさん(六十三歳)は、住む家がないため、この下水道の中を家にしていた。ニューヨークでは路上や地下鉄、その他公共の場で寝泊まりしているホームレスが急増していて、最近では地下鉄でホームレス男性の首締めて死亡させた事件がある。毎年ホームレスの凍死もあり、世知辛いねえというだけじゃ救われない、ドイツで凍死防止の『睡眠ポッド』が導入されたという話がある。さて、テイラーさんはずっと下水道の中にいるため、内部のことはよく把握していているつもりだった。だが、よく知っている山道でも迷うことはある、それも今回と同じようなケースだ。ある日テイラーさんは、どうしたことか道を一本間違えてしまった。こういう時にすぐに引き返すとか、目印をつけて進むとかの、『迷った時のガイダンス』のようなものがあればよかったのだが、きっとその一頁目には、誰でも迷う、という一行から始まるだろう。テイラーさんはうろうろと歩くうちに、完全に迷子になってしまった。目標もなく、希望もなく、寂しい大時計の振子のように、永遠に愁ひながら歩いていく孤独。髪はおどろをいただき、波打ち際の千鳥の足跡より消えるのが早い足音。六十代の迷子なんて雪の日に死んでいる兎より切ない場面だ。泣き出したいのをごまかして立っていた。だが、それに気づく人は誰もいない。「困ったわ・・・・・・どうしよう」道を聞こうにも下水道の中で出会う人がいるはずもなく、時々水道局の係員が降りてはくるものの、そのような人に偶然出会える可能性は低い。稀有な偶然のなすわざというわけだが、これがホームレスだからという見方は捨てなくてはいけない。(と思っていないと信じたいが、)もし何かのきっかけで子供が迷い込んで亡くなるようなことがあったら、下水道は関係者以外立ち入り禁止になる。立ち入り禁止にしていても入るというのなら措置をしなければいけない。これは実のところ、そういう問題の話なのだ。今何処にいて何をしているのかわからないホームレスが、子供になっただけで扱いが変わってしまう、ニューヨークだって夕暮れ時の蝙蝠みたいなものだ。テイラーさんが寝るだけならいいが、さすがに下水道の中に食べ物はない。食べるものはやはり地上まで調達にいかなければならない。宇宙空間で行き場を失った魂みたいだ。そのうち手持ちの食料もすっかり底を尽きてしまった。飲み水は仕方がないので下水に流れている水を飲み、飢えを凌ぐ。身体のずっと奥の方から心臓の鈍い音が聞こえてきただろう、自分が蜥蜴にでもなったような冷ややかな光を浮かべている。だが食べるものがどうしても欲しい。お腹が減った、何か食べたい。猛烈な空腹状態が続きいらいらして、もはや耐え切れないところまできた。迷路の中に入れられて出口に罠があるとも知らずに、餌の匂いを嗅ぎつけて死んでゆくゴキブリみたいなものだ。立ったまま寝ている馬のような顔をしたテイラーさんの意識が、神が創造したとか嘯いているでたらめをでたらめと気付かないまま、朦朧として、命が尽きかけるようにも思えたその時、すぐ近くで、「チューチュー」という鳴き声が聞こえてきた。瞳を痛くする暗闇のある一点に、小さく金剛石のように光るもの。われわれにとっては、二重の意味で戦慄的なことだろう。ふと眼をやると、そこにはこの下水道に住みついている、溝鼠の集団。眼つき鼻つきの緊まった、余地の少ない、敏捷らしい顔。肺の空気をそっくり入れ替えるように不思議な生命力が涌いた。極度の飢餓状態に陥っていたテイラーさんは、この溝鼠がとても美味そうに見えた。一挺のナイフで林檎を剥くように瞳がギラついた。その眼のいろを見れば、そこから奥深い、女がもつ特有な炎を感じただろう。反射的にいつも持ち歩いている護身用の杖を、無意識に、だがすぐに意識的に強く握り締めていた。煙霧の中で船の位置を測定するように、急劇で、豊富で、変化のある行為の緊張、思いっきり溝鼠の集団の中へと垂直に振り下ろした。何が有効であり何が有効でないかを決定するのは、いつも何処か別の場所にいる誰かだ。生命は線上の先にあるイメージを単純化する。いよいよ鋭利ならしめ、果敢ならしめる。音楽はだんだん弾んだ曲に入る。口を引結んで弾丸を矢継ぎ早やに詰め代える。杖の先端がその中の一匹の鼠に直撃した。ゴロンと身体を横たえる溝鼠。その鼠がまだ生きていたかどうかは分からない、中国で鼠の子を喰らう寄食があるのはどうでもよい。何と強く彼女はこれを求めただろう、おお、そしてなんと熱烈に、肉を灼きつくし、苛む、この瞬間は未知の眩暈へと続いているだろう。食虫植物が、溶けた蝋が虫をつかまえることがあるように、すぐにその鼠を鷲掴みにした。かぶりついた。香りがあり、実体がある。静脈の浮いた、華奢なこめかみのあたりには、薄い汗さえも光っている。バリボリと手足を引きちぎり、齧りつき、生のまま食べ始め、それが血を温め、心臓を静かに励ましてくれる。極度の空腹状態では何を食べても美味い、そうでなければ緊急避難で人体を食べることはない。不安の中で食べる非常食とは違う。踏み台の上で背伸びをするような気分であったに違いない。下にはポタポタと鼠の血が滴り落ちる、スーパーマーケットに並ぶ綺麗に並べられた肉も、生殺与奪の中にあることがわかるだろう。ちなみに鼠食文化は世界中にある。われわれの文化ではもっぱら衛生上の問題からの病気の恐れだが、多くは宗教上の理由でタブーである一方で、主食としている文化もある。またイスラム教とユダヤ教では鼠の肉を食べることは禁じられている。とはいえ、餌となる鼠が絶対に必要なケースもある。ペットショップや爬虫類動物園だけでなく、ヘビをペットとして飼っている人も、業者から生きたまままたは冷凍された状態で購入する。さて、こうして鼠を食料とすることを思いついたテイラーさんは、それからも杖で何匹も仕留めてはかぶりつき、飢えを凌いだ。むしろいまとなっては小気味の好い痛痒を感じ、実際の痛さよりも誇張した苦痛の表情を浮べた媼である。雨が上がったあとに雲は音もなく割れて、太陽の光が感動的にこぼれでてきたように、数日後にテイラーさんは、見回りにやってきた水道局の係員に、偶然発見され、やっと救助してもらえた。すぐに病院へと運び込まれたが、全身に鼠の噛み跡が十数箇所もすさまじく残っており、食料を確保するための死ぬか生きるかの瀬戸際の、戦いの傷跡だということは誰の眼にも明らかだったろう。もしかしたら、下水道にはエジプトのピラミッドで時々発見される。昔の小さな甲虫のような骨が一本ぐらいは、残っていたのではないだろうか。それも死骸です、それも断末魔というものでしょう。花やかに見える暮らしのすぐ裏側にある生の真相の象徴。ニューヨークの都会の下はアフリカの大草原、生ぐさい光景に少し圧倒されていると、ドロドロと太鼓が鳴る。 *142匿名性学校ではネットいじめが起きるようになって、SNS上では過激な発言・動画も増えて、問題になることも度々…。生活に根ざした文章、人生に寄り添った文章、なんていうと手垢じみて、定型文かよって言われそうだけどね。いやいや、伝えることは究極シンプルなものだよ。ともあれ、これについてP. ジンバルドーの実験が分かり易い。その前にまず、没個性化(deindividuation)について説明しよう。これは、個人が大勢の中にいることで埋もれたように感じるとき、自分に注意が向かずにアイデンティティーが希薄になる状態。集団内にいると、段々と「自分」という個人の感覚が薄れる。「距離」よりは、「構造」ではないかなと思う。もしくは「配置」だったり「情緒」という言い方もできる。スパイダーマン、仮面ライダーなど自分の身分がバレないことで、大胆になる行動は世の中の役立つが、(仮面性は本質を見て欲しい、本当の自分を見て欲しい、という言い方もできる)この没個性化に匿名性が混ざると、人を攻撃的にさせやすい心理になる。僕はそういうのをたとえば、漫画から勉強してもいいかな、と思う。「文字優先」と「表情優先」の二要素があるとする。それを追っている時に、あなたはそのどちらの意図も、無意識に理解していると思う。だけれど、この無意識というのが、バグや、エラーの始まりだ。情報過多をなめてはいけない、(芯のある人は沢山いる、本当に礼儀正しい人も沢山いる、そんなことは僕にもよくわかっている、)また人間の脳というのが「三十代頃に成熟する」とか、「二十代頃から壊れていく」のどちらもいいけれど理解するのがいい。僕はそれを殆ど同じような意味だと思っている、量子もつれのような視点も必要だということだ。アメリカの心理学者P. ジンバルドーは、匿名状態での人の行動特性を実験している。ざっくり言えば、完全に顔と名前を隠した群(没個性化群)と、名札をつけて誰か認識できる群(公開群)に分けて、良い印象・悪い印象の人に対してどれだけ電気ショックを流せるか。ちなみにこの電気ショックがどれほどのものだったのかを、僕は調べきれなかったのだけれど、静電気が溜まりすぎて健康を害して人が死ぬ、という事例もあり、もちろん運が悪ければ感電死ということもある。だからこんなことを言い出す時点でもう大したものだな、というのが正しい理解だ。で、結論を言うと、没個性化群の方が、公開群の二倍の電気ショックを浴びせた。没個性化群は、印象の良し悪し関係なしに電気ショック浴びせた。(なんなら浴びせる時間はどんどん延びた)公開群は、悪い印象の方に多く電気ショックを浴びせた。実際には電気ショックは流さず、電気ショックの受け手は顔をしかめるなどで演じたらしいが、これが人体実験真っ盛りの大二次世界大戦の真っただ中なら、と思うと眉間に皺が寄る。ちなみにこの人、悪名高い「スタンフォード監獄実験」をやった人だ。ちなみに偽の情報を伝えて研究を進めることをディセプション(deception)実験後に説明することをデブリーフィング(debriefing)と言う。さて、個性が大勢に埋没したような感覚になると、他者から評価される感覚も薄れて、恥や罪、恐怖、責任なども鈍感になり、衝動的・感情的・非合理的な行動が現れやすくなる。たとえば、特殊詐欺バイトの受け子、出会い系サイトのサクラのようなものだろうか。誰かがやっていることに問題があって自分は関係ない。なんだったら、自分はむしろ被害者だと思う人もいるかも知れない。もちろんそんな理屈は通らない。[✓匿名性が保障される][✓責任が分散する][✓興奮時や刺激が多い時]前に趣味のない人は偏狭になりやすいという意見を聞いたことがある。(もちろん、しない人はしないのだが、)趣味を作って、好きな人が出来て、それを悪く言われたらどんな気持ちがするか、だ。人のことを思いやる第一歩は、世界をよりよくする第一歩ではないか、と思う。そう言いながらミスチルをお花畑バンドと言って僕は褒め、アドの歌をドキュンソングと言って褒めてしまうだろうけれども、それを勘違いする人がいるかも知れない。道徳の時間を始めよう、その道徳とは、自分で自分のケツを拭き、泥をかむる覚悟のない者は、そもそも道徳のなさを己の内側から見出さなくてはいけない。世の中にはね、マイク設置、監視カメラからモニターで四六時中監視する、という人もいる。俄かには信じがたいだろうけど、僕は知ってる。ゲームをするな、漫画を読むな、身体を鍛えるなんてもってのほか、そんなのは屑の人間のすることだ、と言う人もいるのだ。これをキチガイと言って何が悪いのかと僕は本当に思う。ここまで極端ではないけれど多かれ少なかれ、人って痛い目を見ないと自分の性質まではわからないもの。僕の文章を読むと僕がどれぐらい苦労したかそれは一発でわかる人もいる、でも時々は、わからせるように書いているんだ。こういうのを「権威付け」という言い方もできるのかも知れない。だったら、「虎の威を借りる狐」の本性をあぶりだしたものだな、と思うよ。さて、これに加えて、ストレス発散のはけ口、ルサンチマン、自分の意見の正しさのための偏った価値観による排除。マウントを取る、承認欲求、などだ。それらすべて底辺と言わざるをえない荒廃ぶり、浅墓さなのだが、これもまた動物的本能に端を発しているということを忘れてはいけない。ただ、SNSの発言の先にも人はいて、あなたの発言で人を傷つけているということを忘れてはいけない。小学生に諭したって、論破っていわれるような時代だよ、それでも我が身振り返ろうなんて奴はいないわけだよ。ただ、色んなレベルで考えられる物の見方を発達させ、程度の低いことはもうそっぽ向くとか、ああこいつ面白いなで済ませた方がいい。申し訳ないけれど、人同士に大切なことっていくつもあって、諦めとか、これはこの人自身の問題だからとか、ということがある。世の中なんでもかんでもよくできるなんて思ってはいけない、どころか、一見悪いことから面白がった大衆によって、世界が変わることもある。インスタグラム脳だって、やればできるんだ、と僕は思った。大きな物の見方で考えれば、働き蟻とサボり蟻の割合なんだよ。全部駄目な人間はいない、合う合わない人がいる、合わないなら極力避けろ、豹変することもある、それを僕は「動物」と呼んでいる。きっとあなたの身の回りにも「動物」はいるだろう。 *141Amber誤解と欺瞞の匂いがしても、そこは雑誌閲覧室なんだ、『天体望遠鏡』だったの、(夢って何かの醜い生き物が孵化するみたいだった・・・あなたの足をすっぽりと・・・。【Sternenhaufen】星屑。図書館と動物園を併せ持ったみたいな、不思議な響き・・。Meteoriteしたんだ。[頼りない点線・・・冷蔵庫の扉閉めるような・・・簡単な記憶・・・生卵を一つ呑むよ]約束した。(接続詞を駆使した長広舌、切ないよ、距離や情緒も身の回り、飛躍や達成のない、真っ白な、真っ新な、漂泊された、Whiteだった)いまでも、君のことを憶う。 *140法治国家誰かを捕まえる、、、ドクンドクン、、、正義と悪の区別がつかない、胸ポケットの警察手帳、殺してやる、おう、やってみろや、 *139迷宮神話窓の外に沈む夕陽がいつも見ている色と少し違う。こっちを見るなよ、ビルの隙間に潜り込んだ切ないアイデンティティ、光に愛されているロールシャッハ、感情が花なら讃美歌まみれ、じゃないから薄暗がり、大禍時、黄昏、その先はなくて。鍵をかけて電気を消して窓を閉めて境目のない時間に混ざる、鳥のような心を逃がした。夜の校舎のような脳味噌、放課後の理科実験室の試験管のねじれた夢、まだいまは。眠り足りない生命の萌芽と段ボールの腐ったキャベツ。臓器が熟れてゆく瞬間、死ぬなんてまだ信じられない、動かなくなったのは間違いなく君、巨大なデパートの抜け殻、巨大な交差点の終わり。動的なものと不動なもの、あこがれと失うこととの間の緊張感のバランス、戻らないで、消えないで。見ることで挑戦的な態度、威嚇、戦いの狼煙じゃない、見ることでチャック開けてファックする、不完全で不安定な隔たりの中に着床、弱音を詰まらせて噎せ、フラッシュバック(が、)メインスピーチ。迷宮軽蔑異常気象、まだまだ、旋律を辿るのに飽きた甘い歌を繰り返してよ。醜悪異常喚叫残響、まだまだ、誰かの足音を待ちながらいつかの北極星まで。データの位置情報と解像度、そんな綺麗事はやめて。サーモグラフィ、ハイエナジー、君はウエザーリポートベランダ/蝶。灰色の空に舞う雪、羽根、未来探してる、闇の中、少しずつ減るヒットポイント、ほくそ笑む、段々さんざんハートが汚れてく。水槽のエンゼルフィッシュが、窓の外の子供に変わってゆく。つまらない日々を、君も僕も気付いてんだ、わからないよ、延命剤という細菌兵器、わかんないよ、終わらないよ、夢が忍び込む余地すらないレム。変わりゆく景色は心を置き去りにして、幾千の月日を彷徨い続けて見つける運命と心の枷。悲しいと口に出せたら、深海、暗闇、手放した呼吸は無人のラボ、まだ、カタカタ動き続けている。三万日続いた、眼の動き。六億日続いた、心の動き。九兆日続いた、朽ちないといわれていた死体。 *138試験代わりばえしない日だ、パッとしない気分だ、だから。毎日何しても変わらない、拗ねて、脛齧って、擦れて、今日が過ぎてゆくだから、だらだら過ごしても、一人悩んでも変わらない答え?泡吹いてる。絡まってる。憑いてる。半か丁か、一か八か、ロイヤルストレートフラッシュは無理でも、今日を上がれる方法、今日を逞しく生きる方法。 *137見えるくるくる(と、)世界はまわるまわる、「地球最後の日」でも、「照相簿」の中でも。(そ、こ、は、ま、る、で、最、後、の、楽、園、)(情、景、の、光、彩、に、く、っ、き、り、と、影、を、編、み、込、む、)It's sad that the past is beautiful,because it seems like the present isn't shining.くるくる(to)「色」も「名前」も、「もう慣れた」も、 「息をしてよ」もIt's sad that the past is beautiful,because it seems like the present isn't shining.落ち葉は舞踏る、螺旋状(の、)「月明りの下」で、で、 *136傘アンタ、人懐っこいね、飼い犬の中でも、猫っぽいね、そういう子も好きだよ。昔、君の二倍ぐらい、大きな犬と、道端で会ったことがある、飼い主いなくて、紐自体なかった。抜け出したんだ、自由。わたしは掴まえようと、した。だって、車びゅんびゅん、走ってる。やられちゃうって、思ったんだ。でもその犬は、怯えて、吠えて、逃げちゃったよ。こわがり、なんだ。大きいのにね。噛んでもよかったんだ、時々その時のことを、思い出すよ。お前は家まで来るかい、おいで、家族を紹介するよ。両親の仲が悪いんだ、多分二人とも浮気してるか、心底お互いに愛想をつかしてる、わたしにはわかるんだ、お前にもわかると思うよ。友達になろう、家族になろう、でもきっとお前には飼い主がいる、ルームシェアさ、おいでおいで。 *135うさぎ王国うさぎ王国、それは7の月の、8の数。北北東から現れて、神殿の中枢、白き鏡の夜の星。Wは、小文字になり、Sは三蔵法師、大仏核の沙羅曼蛇。うさぎ達は二足歩行し、言語能力を習得し、モロキュウの味噌が乙、夜な夜な騒ぎます。うさぎ達よ、深夜バスに乗り、手紙に切手をつけ、ピーナッツバターと、唱えましょう。パパラゾイリアの都、王女様の結婚式、神の親愛のしるしの、わたしが飼われましょう。次の代表者は、黒うさぎの、あなたです。うさぎ王国、それは8の月の、9の数です。 *134A trio of bravado, true feelings, and loneliness強がりと本音と淋しさの三重奏世の中まったく最高だぜ、とざーとらしく言ってみる。ビジネス英語、スキルアップ学習、恋なんかしてる暇すらない。で、一度止めたはずの煙草が手放せない。バーテンダーからウィスキーを受け取り、ピーナッツを食べる。店内に流れるお洒落なBGM、ジャズだな、それから間接照明、薄暗い店内。文字がプリンティングされた窓。高校の時は女なのに、何故か女子にモテた、ボーイッシュな髪形と、さばさばした性格のせいだ。そのせいか、髪を伸ばしてみたけれど、致命的なほどに似合わなかった。家族に言われた時は、整形しようかと思ったぐらいだ。女と男のやりとり。危険なワードをポンポン言うのが、男からすると捨て身で攻撃的に映るらしい。マウントとるつもりはないよ、暴言の圧力で相手に勝てるなんて認識持ってる女もいない。可愛い女はキャバクラの女だ、でも世の中の女は可愛くない、弱いか強いか、その中間か、もっと中途半端かのどれか、だ。でもビール飲んで、つまみ食べると、ああ日曜日終わっちまうなー。馬鹿な男が多すぎるせいだよ、親友は絶賛恋愛中、ファミレスでのろけられると何だか自分のことのように嬉しい、酔いがまわりすぎてまったく酔えないよ。ドアに取り付けられたベルの音がする、そろそろ、勘定を済ませて家へ帰ろう。店内へ戻ったら、男女のカップルが、イチャコラーダを始めている。困った、ここで空気読めない風に出ていくと、感じの悪さが際立つ。って、わたしは家へ帰りたいんだよ。そんな他人のことばっか、いちいち考えてられっか、そうだろ、強い語気を浴びて、男女の境なく、チンピラみたいな子供が増え、言葉遣いがもうガテン系のあんちゃんだ。生存適応が言葉遣いってか。寿命縮めてまで働いて出世するか、適当に諦めつけて嫁入りするか、それとも一人でこんな暮らしをだらだら続けるか、答えはない、だから不安で、みんな一緒だ。ルサンチマンを持ち出すルサンチマンの、ルサンチマン。もう、お前等うるさいぜ、乳繰り合えよ、ホテルで。鈴を鳴らして店を出る。 *133さあ、わたし、“しごとモード”kamome studio *132train sceneryカタンカタン―――。コトコト・・・。(静かな嘘のようじゃないか・・・・・・)《光が愛の告白をしている》肉体的な線の中に構図が生まれる、いくつもの重心、バランスのとり方、動く遺伝子。範疇。座標軸。都市景観図鑑を更新していく。スウェーデンのフォーレ島での風景を舞台に撮影した、ジュリア・ヘッタのことを思い出す。朝靄を抜け出した電車、側面の窓と台車は、四角っぽい形で描くイラストを思い出す。とある高校生が描いた「東武50050系」の電車内のイラストを、ふっと思い出す、→[視覚コードから聴覚コードへの変換]カタンカタン―――。コトコト・・・。思考の沙漠の、声、視線。様々な主題と素材、技法。違和と分裂に耐えながら反復を続ける、更紗模様や格子模様のように混雑しながら、現実界、想像界、象徴界の結び目。氷河の割目を見ている。“窓の外を見ていた”死が神話的な領域へ忍び寄ってゆく。鰈の干物のようなその死体には血飛沫がグロテスクに、ロートレアモンの文章のように跳んでいる。景色は後方へ後方へ流れていく。意識が鮮明になった古代を眼前に見るような小都会。この電車には病人予備軍が満載だ。「(横断歩道の白だけを選んで跳び続ける遊び、高速道路の白銀灯、派手な看板・・・・・・)」「(演劇のことを何故か思い出す、役のほかに、大道具係、小道具係、音響係、照明係、衣装係、メークアップ係、会場係、宣伝係・・・・・・)」カタンカタン―――。コトコト・・・。(手に汗握るモーションキャプチャー・・・・・・)《目蓋の奥で、想像してる・・・・・・》鳴り響く轟音の刹那、重い鉄扉も蝶番のように廻る気がした、花飾りのように通りすがる雲も、無限に延長されてゆくように見える景色も、暗号化されたデータストレージ、指紋認証システム―――。新聞にも載らない歴史の徒花、まるで信号灯。音楽の走句。逸脱する言動、暴走する回路。わだかまる暗い感情の、放置。中吊広告にLCD式車内案内表示装置。吊革。ウィンドウステッカー。ドア横ポスター。車椅子表示。優先席、押しボタンドアスイッチ。街には雨が降り始め、濡れる巨大な鉄の棺桶、電気が放出するシューシュー、パチパチとする音を、想像している。→[視覚コードから聴覚コードへの変換]カタンカタン―――。コトコト・・・。カタンカタン―――。コトコト・・・。(人を感動させることができる才能を持っていても、人を喜ばせる楽しみがわかっていても・・・・・・)《場の空気を掴むのが上手くても、物事や人の観察力が高くても・・・・・・》死神が冥界への道筋を教えたような場面、アクロポリスの遺跡、クロマニヨン人の洞窟、視線の先には透明のアクリルボードのようなものがある。君は『モブキャラ』で、君は『NPC』のふりがしたい・・・・・・。「(怯えた少女のことを知ってる、電車に乗れないって言ってた・・・・・・)」「(人を好きになれない時期があった、多分僕も君と殆ど変わらないよと思ったけど、その言葉に息をひそめるだけ・・・・・・)」融解する、昭和、平成から現れた令和という記号、指差す権力への密やかな抵抗。響き渡る一発の銃声。高度経済成長期にあったような空地、遠い映画の記憶の一場面のように思えてくるラブホテルの変な名前。環境調査や気象観測、霧の流れ。触発、喚起され、あわよくば、まだ見ぬ記憶や経験を招喚するような、言葉、まだ言葉、それは残念ながらまだ言葉。途中でわずかだけ傾き、再び天頂へ向かう、この太陽の感覚。いたるところで、静かに、息づいている。深い息づかい。カタンカタン―――。コトコト・・・。(外はまだ雨が降っている・・・・・・)《ここが寒くなる前に、ねえもっと、寒くなってしまう前に、あたたかいところへ行こうよ・・・・・・》 *131quantum computer紀元前一世紀ヘロン、アイオロスの球は実用化されることないもの、当時はおもちゃ。だがそれが蒸気機関の発明の大元になった。羽根のない簡単な半径流蒸気タービンであり、中央の水容器を熱することにより回転する。チップジェットまたはロケットのように、タービンから蒸気を噴出することにより、その反動力でトルクを生み出す。量子コンピューターもそういうものではないのか、という意見もある。仮題は沢山ある。とはいえ、近年注目が高まっている量子コンピュータは、理論上従来のコンピュータの処理速度をはるかに凌ぎ、膨大な数の組み合わせから瞬時に最適解を導き出す。AI(人工知能)などとともに、物流、交通、防災、エネルギーシステムなどが最適化された新たな社会を、創り出す技術として期待されている。やはり名前に付いている「量子」が気になる。量子とは物質やエネルギーの最小単位。例えば原子を構成する電子、陽子、中性子といった、学校の理科で習うものに加えて、光の粒子である光子、小柴昌俊さんがノーベル物理学賞を受賞するきっかけとなった、ニュートリノに代表される素粒子などが量子。コンピューターはビット、0と1のどちらかの状態しかとれない。そしてこれを大量に組み合わせて情報の処理を行う。例えば2ビット(二桁)なら、1回の計算で“00、01、10、11”の、四つの数字のうちいずれか一つしか表せない。対して量子コンピューターは、『量子ビット』という単位で計算を行う。量子ビットでは複数の状態の「重ね合わせ」を作ることができ、ある意味で2量子ビットは“00、01、10、11”の、四つの数字を同時に扱える。「0か1」ではなく、「0でも1でもあるもの」。量子コンピューターはこの原理を利用し、大量のインプットに対して一回の計算で、大量のアウトプットを同時に出して、その中に求める答えがあるという考え方をする。古典コンピューターなら膨大な計算ステップが必要であった処理を、たった一回の計算で済ませられる。とはいえ、特定の問題に関しては高速計算ができるが、スパコンを含む古典コンピュータと比較して、すべてにおいて優れているのではなく、それぞれに得意分野があるというイメージ。だから駆逐するというよりも、併用や使い分けをされることが想定される。実用化には三十年、四十年かかるといわれているが、実現されても、新たな薬品や化学反応の開発、天気予報や株の取引き、セールスマン問題系などは飛躍的な向上をし、AIと量子コンピュータの組み合わせによる技術革新も期待されている。ただ、特定的に有効に働くものあれども、コストの問題、冷却の問題、新しいアルゴリズムの発見などが、必要になる。それならスパコンの性能を上げる方がいいんじゃないか、という意見もなくはないだろう。ただこのスパコンは莫大な電力を消費し、一台でも原発一基分の電力が必要。その点、量子コンピュータは計算そのものには、電力をほとんど消費しない。まあ、それでもいいんだという意見をした時に、どちらがいいのかは受け取り手の考え方だろう。ある科学者は、量子コンピュータが急速に衰退し、多くの科学者や研究者が職を失う可能性を指摘している。そういうことも起こりうる、ではあるが、そういうことが起こらないという保証はない。守銭奴は慈善事業で多額の金を出資しない、てのひらがえしは別にいまに始まったわけじゃない。とはいえスパコンが一万年かかる問題でも、量子コンピューターだと一瞬だという魅力は、なくならないだろう。量子力学が誕生したのは約一〇〇年前で、量子コンピューターの概念が考えられ、理論的研究が始まってからでもすでに三〇〜四〇年の歴史がある。理論はあってもそれを実現する方法がなかった、二〇世紀末になって素因数分解を古典コンピューターよりも、高速に解ける『ショアのアルゴリズム』が発見され、現東京大学教授の中村泰信さんが世界で初めて、量子ビットの固体素子開発に成功するという流れもあって、現実の用途に適用できる可能性が見えて、さらに二〇一〇年代に入り、GoogleやIBMといった巨大企業やベンチャーなど、日本も含め世界中の企業が本格参入することで、研究開発が飛躍的に進み始めたのが現在の段階。いまの量子コンピューターは一九九八年に提案した、『量子アニーリング方式』に基づくもので、量子ビットが変化する状態を読み取り、計算を行わずに結果を導き出す方式。量子コンピューターの最終形としてイメージされているのは、量子ビットを使って演算を組み立てる『量子ゲート方式』こちらはまだまだ研究段階で、実用化の目途すら立っていない。けれどこの技術が、「ボタン一つで仕事が完全自動化される未来」を作る。それでも人は必要になるという意見もあるが、技術の進歩は残酷なほどに失業を生み出す。どんな未来でも明るい面と暗い面がある。僕にとってはそれが一番重要なことだ。量子コンピュータ業界をリードしている、カナダのD-Wave Systems社は、世界初の商用量子アニーリングマシンを発売している。ドイツの自動車メーカーフォルクスワーゲンでは、D-Wave Systems社のシステムを利用し、渋滞緩和を目指した交通の流れの最適化を目指して検証を行っている。この検証では交通渋滞が深刻な都市である、北京の市内中心部と北京空港を結ぶ道の最適化を、量子コンピュータを用いて行っている。数百万台の車両と乗客、数十億通りのルート、目的地など莫大な要因から最適なルートを割り出すのは、従来のコンピュータでは膨大な時間がかかる。しかし組合せ最適化問題を得意とする量子コンピュータを利用すれば、交通の流れの最適化が可能。量子は、日常の直感と異なる不思議な性質をもっていて、観測するまでは全く異なる複数の状態の重ね合わせが可能とか、二つの量子がどんなに離れていても状態を測定すると瞬時に相関が現れる。これらは人類がこれまで扱ったことがない「リソース」で、こうした性質を巧みに利用するのが、量子コンピューターや量子通信といった量子技術。それは人類の夢ではあるけれど、パソコンはここまで小型化した、インターネットはここまで普及したということを考えてみるのもいい。IBMは二〇二二年五月、超電導量子コンピューターの規模拡大の具体的な道筋を示した、ロードマップを発表。ロードマップによると、IBMは今後一枚のチップに搭載する、量子ビットを増やすとともに、モジュール化した複数のチップを、ネットワークによって接続し、二〇二五年には四一五八量子ビットを実現するという。グーグルは二〇二一年五月に発表したロードマップで、二〇二九年までに一〇〇万量子ビットを搭載した、量子誤り訂正ができる量子コンピューターを開発するとしている。巨大な希釈冷凍機内に一〇〇万量子ビットを格納し、一〇〇〇個の物理量子ビットで一つの論理量子ビットを作り出すことで、実用性を備えた一〇〇〇論理量子ビットの、量子コンピューターとする計画だ。 *130herbivore人間は世界で、もっとも食生活が多種多様な動物。サラダ、肉、魚、パン、キノコ、卵、牛乳、果物、昆虫・・・。正真正銘何でも食べる動物。毒があっても毒抜きをする、本当に食べ物じゃないもの以外は食べるだろう。ここすごい重要。草食動物の横に広がった瞳は、広い視野の確保に役立つ。砂まみれの草だって、エナメル質が長く伸びる歯である、長冠歯を発達させた。定期的に口の中に戻して歯でかみ直す反すうを行う牛などの反芻動物は、他の草食動物より歯が摩耗しないようになっている。でも人間ってゴキブリよりもゴキブリ、草も肉も食べる、最強の雑食動物。世界を見渡しても、人間ほど、健康に気を遣って、食事する動物はいない。そこいくと草食動物とか肉食動物は分かり易い、遺伝子に食べるものが刻み込まれて迷いがない。(ただ、草食と考えられる現在の動物の多くは、実際には雑食である可能性がある、という話もある。鹿や牛や馬はひな鳥から魚の死体まで何でも食べる)けれど草食動物は筋肉バキバキ、あのたんぱく質を何処から得ているのかは興味深いところだ。だがそもそも動物によって食べるものが違うのは、体内にいる微生物の違いだ。そもそも植物は体内で消化し分解することが非常に難しい。これは植物の細胞壁を構成する、セルロースが硬すぎるからだ。セルロースを構成する分子の結合が、あまりに多数かつ複雑で解けない。長い鎖からなる複合糖質。植物は動けないので、消化しにくく、食べられにくいように進化するのは妥当だ。そこでパッと思い浮かぶのが野菜だろう。野菜にも、もちろんセルロースが含まれている。だが、セルロースが少なく、人間が消化できる植物が、野菜だ。草食動物は長い消化管を持っている。この影響で、陸上生物で身体の大きい動物たちよろしく、体長自体が大きくなる傾向にある。だがこの消化管が長い恩恵は、消化器官内に大量の微生物を住まわせられるからだ。だから草食動物という言い方にはこの微生物とワンセットなのだ。植物の大半を分解しているのは、消化器官内の微生物。人間や他の動物が草を食べられないのは、体内に分解できる微生物がいないからだ。とはいえ、人間の腸内には百種類、計百兆個の微生物がいる。ビフィズス菌や乳酸菌。しかしいるにはいるものの、非常に数が少ない。また人間の胃の中は、酸性が強すぎて微生物が住める環境ではない。逆に牛などの胃の中はほぼ中性で、多くの微生物が生息している。このように草食動物ではない人間が、植物を消化吸収するのが、かなり苦手だ。あまりに苦手すぎて、きわめて深刻な問題が起きている。それが人体のカルシウム不足だ。だけれど、食事量から考えた時に、人間は十分すぎるほどのカルシウムを摂取している(はずだ、)しかし人間は食物からカルシウムを消化吸収するのが、きわめて下手であり、食物に含まれる、カルシウムの八十パーセントは消化管を素通りし、外へそのまま、排出される。さらに人間は年をとればとるほど、カルシウムを吸収するのが下手になり、あまりに人体でカルシウムが不足するため、ついには自分の骨からカルシウムを引き出す。これが年を取ると、骨粗鬆症になる理由だ。実際、人間が消化吸収できる植物の栄養素は五パーセント程度に比較して、牛は五〇~八〇パーセントを消化分解できるといわれている。と、考えると草にもたんぱく質のような、筋肉を育てるものがあるのではないか、と思う。想像力は豊かな方がいい。でも、これはミスリード、植物に含まれる筋肉質のたんぱく質は非常に少ない。子供だってそれぐらいのこと理解しているだろう。野菜を食べてもバキバキやムキムキにならない、と。じゃあ、筋肉を育てているものは何かといえば、これまた微生物というわけだ。草食動物は、消化器官内の微生物を消化して、筋肉を作っている。草食動物が呑み込んだ牧草などを腸内の微生物が食べる。微生物は牧草中のたんぱく質を分解し、腸内で爆発的に増えていく。そうして増えた微生物を、今度は草食動物が食べ、微生物内の身体を構成する、たんぱく質を吸収し、筋肉を形作る。本当の餌は草ではなく、胃の中の微生物。牧草はただ微生物を育てる肥料で、草食動物の真の餌は、微生物、という言い方も成り立つ。微生物は森を育てるというように、その森の恩恵にあずかるような草食動物も育てる。でもここで疑問がある。草食動物って肉を食べられないのか、だ。だが、ここに草食動物ならではの理由がある。肉は植物に比べて消化しやすく、微生物によって肉が分解されすぎ、排出されたガスでパンパンに膨れ上がってしまうのだ。風船に薫陶をうけた形の球体状の牛を想像してみると、面白いかも知れないけど、最悪の場合、これで草食動物は死ぬ。とはいえ、ごく稀に、草食動物も飢餓状態の時には、自分よりも小さな草食動物を食べることもある。そうして餌不足に陥った草食動物が、肉を食べるように進化した。それが人間を含めた雑食生物。ここから考えると、雑食生物は、地上を生き抜く上で最適なモデルのように思える。だけれど、生存に有利であるとは実のところ限らない。雑食生物はなんでも食べられるがゆえに、食べてはいけないものが本能的にわからない。分かり易くいえば、毒ある食べ物を本能的に見分けられず、食べて死んでしまうことがある。これを通称「雑食動物のジレンマ」という。人間という雑食生物は壮大な錯覚の中で、様々な毒を取り込んでいる、という言い方も出来るかもしれない。このように雑食動物は常に食べ物に悩む必要があるため、脳が大きい傾向がある。考えることが脳を大きくし、微生物を住まわせるために体長は大きくなる。そしてそのどちらにもやはり欠点が存在する、実は脳は進化するほど処理が遅くなる。大きければいいというものではない。逆に肉食動物や草食動物は脳が小さい。ただもちろんそれがいいと言っているわけではない。たとえば一生ユーカリの葉しか食べない、コアラの脳は完全に退化しており、哺乳類の中で体重に対する脳の重さの比率がもっとも小さい。脳の皺が一切ない。コアラの馬鹿さはつとに有名で、ユーカリの葉は枝にあると思っていて、地面に落ちるとそれをユーカリの葉だと認識できない。コアラも三十年後には絶滅するんじゃないかという話があり、脳の大きさは関係なく、温暖化の影響だ。人間だって十分に影響を受ける話だ。一方雑食動物であるネズミは、未知の食べ物に対して、少しだけかじって間を置き、お腹を壊すかどうかを確かめ、食べ物が安全かどうかを判別している。わからないからといって馬鹿ではない。また雑食動物は、多くの食べ物を食べることができるが故に、自力で栄養素を作る機能が退化している場合があり、多種多様な種類の食べ物を摂取する必要がある。人間はビタミンなどの、生存に必要な栄養素を自力で合成できないため、(バランスの良い食事は人間のみが必要とする概念)自然界で、もっとも多くの種類の食べ物を、毎日摂取する必要がある。逆に肉食動物や草食動物は、自力でビタミンやミネラルを、合成している。体内の微生物が代わりに合成してそれを吸収する。こうやって考えると、微生物はサプリメントみたいなものだ。ところで自然界に肥満の動物がいない理由はきわめて単純で、人間以外の動物はすべて、常に餓死一歩手前にいる。鳥も飛ぶために常に排出しなくていけない。だが、太った犬や猫がいるのを多くの人が知っているように、(確か動物園ではじめて甘いものを食べるようになった、そういう動物もいた、という記憶がある、)餌を食べ続ければ太る。自らが檻の中に入るというわけだ。太るということは自然では生きてはいけない、生存確率が減るからだ。冬眠して、一年の大半を大食いしているようにみえる野生動物でさえ、常に腹をすかせている。そこへいくと、太るということ、食べるということに楽しみを見出せる、人間という生き物は罪づくりな存在だ。 *129夜居酒屋は別の町へ来た感じを盛り上げてくれる、アーケード街の飲み屋、チェーン店が悪いわけじゃないけど、ね。世の中にはビール各種揃えてますとか、海外ビールとかね、そんな店もあるわけだ。銘酒揃えてますぜ、みたいなところもある。あ、僕、日本酒飲めないんですよ、悪いね。神の河は好きだけどね、でも一度も美味しいって思ったことがない、そういうものだろ?咽喉が焼ける、熱くなるぜ、ウヒー、みたいなね。熱燗飲めるヒト、もいますけどね。でもやっぱり刑事ドラマにありそうな屋台のビールっていうのも、いいんじゃないかと思いますねえ、どうですか。おでん、焼き鳥はあんまり見ないけど、ラーメンと一緒に、とかね。ひっそりとした路地裏、木造だったらいいけど、ね。僕は廃墟趣味だから、壊れたビルディングで酒飲みたいけどね、営業許可下りないだろ。僕の趣味は、ほっとけよ。暖簾もいい感じで古びてるよ。がらがらがらがら―――。その店はコの字型のカウンターで、主人と中年の婦人がいた。で、その左は壁にくっついたテーブルがひょいひょいひょいと三席。脇にはほんの半畳ほどのほんの小さな小上がり。カウンターはテーブルが小さくて、ごちゃごちゃ料理を並べられない、中国人の食事風景みたいに様々な料理ならべるみたいなことは、まあ、出来ない。でも、一皿や二皿を楽しむことはできる。座る、何か合図送るまで注文とらないのがいいね。何だか、木の実ナナ&五木ひろしの『居酒屋』を思い出してしまう。両親が演歌聴いていたからね、でも奥さんがこれを知っていてちょっと驚いたよ。「絵もない 花もない 歌もない飾る言葉も 洒落もない そんな居酒屋で♪」だね。『東京砂漠』と並んで僕の記憶上、死にそうな歌ランキング上位に入る。いっとくけど、褒めてるからね。尾崎豊もいいセンいってるけど、一位はやっぱりさだまさしの『精霊流し』だからね、あれはいい。で、描写は続く。椅子は高くて床が届かない、でも足のせある。床は三和土でね、天井を見回すと扇風機とエアコン、それから神棚がある。古い店っていいね。無神論者っていう人多いけど、商売やってたら神信じる人いるだろう。でね、みんな声が小さい、黙って酒の世界に入り浸るんだよ、古き良き居酒屋は何か神社みたいに、静謐さがあるんだよ、そこがいいね。と言いながら、非常口はどこかとか、トイレはどこかとか、営業時間はとか、色々確認しちゃうんだよね、僕は。もちろんまずはビール、本当は三秒で注文できるんだけどね、自分のタイミングというのがあるんだよ。僕は生って言葉が卑猥で、あんまり好きじゃなくてさ、ビールって言いたい。大ジョッキもいいけどね、居酒屋は小さなコップ、背中丸めて飲むのが流儀。ぷはーっ、はなしね。小瓶、中瓶に恨みはないけど、大瓶だね。「まあ、どうぞもう一杯」「うむ」だね。それがいいんだよ、そんなこと一度もなかったけどね、「さあさあ、どうぞどうぞ」だね、もちろん、そんなこと一度もなかったけどね。ビールサーバー否定しないよ、あれはあれで泡を少なくする技術とかあるのさ。堪能する。紙ナプキン、卓上調味料に、お子様ランチの旗みたいに立った、小さなメニュー表。湯豆腐、きんぴらごぼう、五色枝豆ってのもあったな、焼きおにぎりに鮭茶漬け、ミニ茶わん蒸しなんかもあるね、タコきゅうあれば、みそきゅうもある、そういうことだね。お刺身とか、唐揚げ否定するわけじゃないけど、もっと質素というか、日本的なゆるりとした感じの料理、年老いるわけだよ、みたいなね。大都会の孤独、番外地、義理と人情、そしてエロス、最後はよくわからないけどゆっくり、飲む。粋でも、いなせでもないね。そして一時間ごとに柱時計の音が鳴る、それがいいよ。一体いつまで鳴るのかって思いながら、夜が更けてゆくのがね。 *128怪ハンカチが―――。ひらひらひらひらひらひら、ひらひらひらひらひらひら、ひらひらひらひらひらひら、と飛んでいた。犬がわおーん、うおーん、と鳴いた。どよんとしたどどめ色の空、よくある何の変哲もない、住宅街。警察官が見回りに来て、一般市民を犯したりします。おじいさんはガレージ・ロックを好み、おばあさんはブリティッシュ・ロックを好んだ。桃太郎は桃の缶詰をペッと吐き捨て、「ビッグになる」と夢見がち。何処かで物音がする―――。がらがらがらがらがらがら、がらがらがらがらがらがら、がらがらがらがらがらがら、と、何かを引きずる音。葬儀代を払わない人がいる、とボソリ。火葬中の脳を盗む、とか、遺体を間違えて焼く、とか。ヤクザのお骨上げ、組員総出で号泣。情は厚いもの、やってることの顔は厚いもの。そんな声がどこからともなく聞こえたが、煙―――霧―――。そしてがぶり、ぼごっ、と音がした。ハンカチがちゃぷっ、と血だまりに落ちた、ゆるキャラの動きみたいな町です。パン、と乾いた音がしました。熊が射殺サレ、マシ、た。熊が射殺サレ、マシ、た。「ざーめん」と関東大震災の死者を冒涜した動画を出した、Z世代、Z世代さん。すぐに名前や高校が特定。ある人が、地震大国の海沿いなんて活火山の火口と遜色ない、と言う。イキリと呼ばれ、アオラレ、そして、飛んでゆく。アート・オブ・プランクトン・マッシュルームの、名をほしいままにしたきのこ雲が見える。電話ボックスに巨大な鼠がいる。「ちょっと電話かけたいんだけど、ドア開けてくれる?」犬が瀕死の重傷だ。「助けて、死んじゃう」鴉は、ばさばさばさばさと井戸端会議する、主婦の真ん中にグライダーのように優雅に滑り降りてくる。拡声器でも使ったように低い落ち着いた声はよく響いた。「あの、あそこにいる警察官、強 姦していましたけど、大丈夫ですか?」 *127若者最初と最後というのは、とても重要だ。終わり良ければ総て良し、とか、立つ鳥跡を濁さず、とかね。そんな終わり、たとえば漫画の最後は、嫌でも印象に残っていると思う。会社でいえば、辞表を出す、アルバイト時代よろしく行かなくなる、定年まで勤めあげる、とかだからね。世の中に害獣ブームを引き起こした『あらいぐまラスカル』も、いまとなっては中々面白い顔をしてるよね。え、それ、何か関係あるの?尊大さや卑屈さ、自慢話や恨み節、ジョークやユーモアの交えかた、これが接続方法ってやつ。漫画には本来きちんとした終わりがあるもの、だのに人気がなくなって打ち切りが決まり、足早にまとめなくちゃいけないこともある。大人の事情ってやつだ、孔雀王の作者が巻末エッセイで書いていたけど、もう漫画描かないとなったけど、お金もらったら考え方変わった、みたいなね。それだと聞くと守銭奴みたいだけど、漫画家のストレスって胃に穴が空く、描き直しは即寝不足、人間辞めますかに金は必須条件である。いわば、キャプテン翼の交通事故テンプレートだね。もちろん、ここまできちんと考えていたのか、あれが伏線だったのか、と唸ることもある。寄生獣の最後は素晴らしかったね、こち亀で、最終回詐欺をした回があったことを、ふっと思い出すほどにね、いやそれは嘘だろ。ところで『鉄腕アトム』の最終回は、「地球はきれいだなあ」と呟き、太陽の異常を収束できるカプセルを抱いて飛び込む。手塚翁の自己犠牲愛精神END。型によって切り開きやすい論理性の勝利だね。大量虐殺や、文明崩壊まで描くエナジーサイクロンが、何でこんな偽善的なものを作ったのか不思議。ただ、アトムの影は大きかったらしいね。『アルプスの少女ハイジ』は、クララが立ち上がる。タイトルもすごいぞ、「また会う日まで」ベタベタだ、けれど、世界名作劇場なのだ。けれど、僕は好きだ。僕はハイジより、「小公女セーラ」の方が好きだけどね。タイトルでいくなら、『元祖天才バカボン』も捨て難い。「さよならでコニャニャチハ(後編)」だからね。これに匹敵するのは、ガンダムシリーズの中でも異色の作品、Gガンダムではなかろうか、あ、僕好きだったんだよね。「Gガンダム大勝利!希望の未来へレディ・ゴーッ!!」伝説と呼ぶに相応しき石破ラブラブ天驚件も登場する、(おそらくアニメ史上もっとも恥ずかしい技名の一つ、)子供たちの顔を真っ赤にさせ、大人たちを唖然とさせ、しかし多くの人々があれはあれでと言わせた伝説回。そう、これが最後のガンダムファイト!皆さん、ご一緒にぃぃーっ・・・・・・、『レディー・ゴーッ!!』ところで子供がタキシードなど大人の恰好をするのは愛らしいけど、大人が子供の恰好をするのは気持ちが悪いと思わない?どう思う・・・?まあ、うん、いや、そう、といった間の要素を連動させちゃう?さて、アニメのそんな最終回を想定するのはファン心理、いやいや、ルサンチマンの心理。いやいや発言から逆算的に思想というものを推理し、思想から次の発言を改めて推理する切り口。でも多分それは動物的な前頭葉の作用だね。あるいは意識の形成物、つまり夢や失策行為、機知、症状といったもので、まさに主体が知らぬままに無意識に意味を生産した結果、かな。都市伝説の不幸話の魔の手が、ドラえもんという国民アニメに襲い掛かる。『のび太の植物人間END』事故に遭ってベッドの上でドラえもんの夢を見ている。きっとスネ夫の財力より、ジャイアンの腕力より、出木杉君の知性よりもドラえもんの秘密道具使いたい放題の、のび太にムカついた連中がいたんだろうな。けど、のび太のあやとりとか、睡眠までのダイレクトアタックなど、世の中を生きる上では必要ない天才ではあるんだけどね。学校の先生が見抜く、世の中にとってどうでもいい凡人の天才性、だね。でも「フランダースの犬」みたいな不幸な終わりを、みんなが喜ぶのかっていうと全然そんなわけでもない。僕は軽いトラウマ、場合によっちゃ重症患者多数。精度や解像度は、その方が高くなる気もするけどね、そのマインドセットがこれでは、ね。教訓系と呼ぶに相応しき終わり方で、「ロミオとジュリエット」もそうだけど、そこにリアリティを感じる、という人もいる。頭もアソコも真っ黒なんだね。はやく死ねばいいのに。言いかたのはしばしに、文脈が、気分が、思想が、にじみ出る。もちろんわかっているだろう、ネトウヨ野郎を攻撃しているのさ。サザエさんもすごいぞ、商店街の福引でハワイへ。そして墜落、サザエさんはサザエに、波平は海の波に、フネは船に、ワカメは若布に―――。さようなら、国民的アニメ、はやく打ち切りになれよ。さようなら、鬱アニメ、はやく最終回迎えちまえよ。そういう低位を感じるね、漫画やアニメは低俗な情念の産物、ゲバブ屋始めちまえよ、即席の価値観でみなぎっているハロウィンはドンキ。あ、僕言ってるわけじゃないからね。言っているわけじゃ、(キリッ!)ないんですよ、それは嘘だろ。そういえば最終回って言うなら、最初回っていうべき意見があった、言いにくいだろう、だからそれは使わないだろう、と僕は思う。色んな考え方があるけど、最初は誰が見ても明らかだけど、終わりというのは強調すべき、終回だとその話が終わったという可能性もある、だから最終回なんじゃないか、と。 *126声人生は自分を創ることで、その人生に意味を与えるのは、どんな生き方をし、どんなものに貢献したか、だ。百年前の林道も、一千年前からつくられた風景も、夜を奏でるうたいひばりと、しずまりかえった池へ飛び込む蛙の音。きらめいてかくも踊るさざなみの綾は、心の模様、そこに光が射した、夢や希望がなくても眼の前には道、翡翠のかんざしと、露を含んだ糸萩を見ていよう。自分を生んだ親から、自分という子供が生まれてくるのに、いつか自分の生んだ子供から、自分という親が生まれてくる。何百年前の革命も、何千年前のオーパーツも、良心派が捕縛され、殉教面が悪人になった。目先の大義名分や利益、芸術とか音楽とか文学とかもそうだ、芝居小屋の馬の革の臭いさせた風の戯れ言、向上の意志は崩壊を前提としている。理想と現実の過渡期、妥協という名の永遠に等しき作業、べっとりとした黒いわだかまりのような、ヘドロと呼ぶに相応しきはルサンチマン。百年後にコールドスリープ、一千年後にタイムマシントラベルツアー、夏の訪れとその終わりが肉を焼きつくし、秋のダイナミズムは心を燃やし尽くす。危険の多い海を太平洋と呼ぶな、後進国を発展途上国と呼ぶな、山を切り開いた新興住宅地に、緑ヶ丘や希望ヶ丘と呼ぶな。どてっぱらに風穴を開けても、眼ん玉をえぐりだしても、胸に数百回もの鋭利な凶器を突き立てても、映して、ずらして、ぼかして、それすらもが成就。讃美歌も愛も希望もない戦争を、光彩陸離とした華やかなイメージで、埋め尽くそうか、この残影効果に蟠結してしまおうか。傷ついている人を見ても平気になる、完全に無関心になることはない、でも賛成とも反対とも言えなくなる、あたかも、それが正しいことであるみたいに。どんな戦争でも自然災害ほどの悪魔にはなれない、病気で亡くなる人ほどの死神にはなれない、滑走路は断頭台の熱烈な瞬間を見てる、離陸、それが思考の地獄からの解放。理解しやすい自由が束縛の手ほどきの中にあり、そうでなければ川の向こうの草のそよぎや、水の内側にいる小さな魚のことなど見もしない、たえざる日光によって浮彫になる影の濃さ。言わないことにしようか、あえてここでは触れないことにしようか、貶すとか、貶める意図もないがと言おうか、―――ここは、婉曲語法の波打ち際。 *125Words that stay in your heart,words that touch your heartどんな美辞麗句よりも、欠点をありのままに語るのが、彼のいいところだ。あと、漢字間違えてる。引っ越し先で色々大変な身の上を、面白おかしく語りながら、「君はどう?」と聞く。その時の、とぼけた顔が想像できて。眼を細める。そのままでいて欲しいけど、変わることが必要な人と、変わることが必要じゃない人がいる。彼は前者だ。けれど本質的なところを、当たり前のところをずっと、見ていられたらと思う。手紙なんかよりLINEの方が楽だ。メールより電話の方が早い。けれど手紙を送ってくる。彼はいまでもわたしの靴箱に、手紙を入れたことを覚えている。ロマンチックなことは、長続きしない。でも人の心の中にある、それを感じる心は別だ。LINEやメールを、何度も読み返す人はいるだろうけど、大事に机にしまっておくことは、手紙にしかできない。百万回の愛してるとか、一千万回のキスもわかるけど、会えない時間は会っている時間よりも、濃密だ。
2024年03月01日

124気付きと学び、瞑想、そして死死ぬと身体の重さがなくなる、一瞬で思ったところへ行ける、ただ、生きていた肉体で味わった経験は、できない。夢の中と死後の世界は同じ、重たい物質世界に疲れて魂が戻る。死後でも留まりたいなら留まり続けていいし、次の段階へ進みたかったら進む。天国も地獄も存在しない、イメージで作られるもの、神は絶対無の絶対、全知でもなければ全能でもない、神は自身と区別出来る他者によって神は神である。多次元大宇宙の仕組み、神も、最初も、創造も、脳の幻想なんだという人もいる。三途の川も、お花畑も、脳に血液が巡らなくなった時の、死後の入口の世界の刷り込みプログラム。でもそれは違う、眼を瞑って世界を感じてみるといい、心の声から違う自分を引き寄せてみるといい、何処までも行ける意味について考えてみるといい。紐の結び方、弦の響き方。宇宙の前のたった一つの存在がつくりだしたもの、右も左もわからない、明るいのか暗いのかもわからない場所にそいつはいた。自分と他者がいない、喜びも悲しみもない、何もない世界、それは何かを作り出し続ける世界を必要とする、そいつはありとあらゆるすべてそのものを、いくつも作った。動植物にも魂はあり、人間を含め、すべての魂の年齢は同じだ。優劣もない、そこにあるのは、喜びや愛を経験する、という途方もなく単純なもの。物質世界におけるすべてのものは生きている、水も土も、プラスチックも、ビニール袋も。意識レベルが人間とは違うだけだ。だから僕等が厳密に一人になるということは有り得ない。それはつまり、そいつと離れることはできず、そいつによって離れたと信じ、感じ、自分を知ることができる。死後、無意識もなくなり、常識もなくなり、一切を縛るものがなくなって自由になる。今も未来も過去も、すべてなくなる。何もかもが一瞬で完了する、他者の思考の中へ入り込み、人生を振り返る楽しい作業が終わる。一つの事柄を別の視点で解説する様々なものを知る。同時並行世界に多重に存在する自分、ありとあらゆるものがそうなのだ、生の目的はたった一つ、自分を深く知ること、死とは、この世界に生まれ落ちた意味の一つである。すべての魂における死は、魂の同意なしに起こりえない、どんな殺人も、自殺も、だ。経験したいと願い、魂を成長し、より深い理解に至る、生まれた時代も、環境も、両親も、肌の色や瞳の色も。石器時代にも、車が空飛ぶ未来にも、円盤を乗った宇宙人にもなれる。すべてと一体化したい、一つになりたいと思った時、それはもうすべて叶っている。死は何度も訪れ、何度もやり直すために生まれる、思考は無意識がつくりだす平安や悟りを拒む罠だ。ここはそうであったらいいという世界だ、本当の意味でやさしい世界だ。人間の内側にだけ、つまり心にだけ、平和や幸せと言うのが存在する、何もかもが達成されている、そして何もかもが自分の選んだものだ。愛や喜びしか知らない魂がつくりだす痛みをくぐりぬけ、あなたはもう一度、平和や幸せに手を触れようとする。無力感が襲うこともあるけど、失敗や苦しさも幻想だ、客観的に俯瞰し、生のプログラムと思うと肩の力は抜ける。したいことをしている人しかいない世界、永遠に生き続ける魂のための鏡のような世界、怒りも悲しみも特別で、暴力も嘘も成長には必要なものだ。もう一度眼を瞑るとあなたは死を迎える、その一瞬に人生をやり直すこともできる、確かに誰かがそう言った、誰だか覚えていないことはいつも君自身が言った。 *123木漏れ日の針に糸を通せないうちに残った、緑の光の充溢した印象。長い髪と焼きたての菓子を貪る至福の女性の姿と、止まり木の長椅子。口に出すと、予定調和の茶番劇、想定じゃない、前提。残り物はいつか最後の一つになった。分不相応な野心、それを叶えてくれない社会は不寛容。耳元には、パッヘルベルのカノンが、かすかに残り。その気障さを察したような僕の顔に、だしぬけに、ひとたまりもなく。一日は八六四〇〇秒、一年は三一五三六〇〇〇秒。挑戦も挫折もしないルサンチマン、その無駄な、万能感。笑った、どんどん根を張り、枝を拡げてゆく、一本の樹。内臓や筋肉や皮膚を圧迫し、いま、広い野原、見渡す限りのクローバー見ても。近道、遠回り。怠惰、それは締まりのない顔、腹の肉、努力は利子に似てる、沢山努力するということは失敗を積み重ねること、世の中との折り合いもつかない。未来努力なんていう解答用紙のような顔。ゲームや漫画でしか冒険のできない人もいて、投票率は年齢が上がることに比例するという事実。自分がちっぽけに思えて始まる、現実直視。人生を繰り返す映画、世界観が個人のエゴイズムの、漫画、落ち葉の上に音もなく顔出す隠花植物。僕等はきっと変われないよ、だから僕等は愛の言葉を紡ぐんだ。成熟、来るべき完成系、懐かしい雰囲気のまま、細胞が精鋭を引き連れ、うなだれた深層。魔法、それは蝕まれない肉にそなわる愁いと無智、忘れつくしたことさえ、忘れて。一日生きることは一歩進むことでありたい、けれどもその間に花が死に、鳥が死ぬ。鉄を熱いうちに打たずに、人格が固まると手遅れ、黙るな、戦え。今日は一度もめぐりあったことがないものと出会いたい、確率、数字は、そういうもののためにある、素晴らしい人生とか、素晴らしい自分にはなれないよ、絶対、だって昨日の僕はそれをまだうまく信じられなかったから。 *122美術部の部屋本当は、裸を見られるよりも、恥ずかしいこと、なのにね。ラーメン屋で、別皿のもやしと、ラーメンのデか盛り風に、高菜山盛りにして、小声で「いただきます」って言う。想像しているだけで、背後から記憶をなくす、力学的魔術を行使。採点基準の多い、オリンピック種目みたいな、人間社会だオーラは自己申告制。はじくのは、自分と違うから。宇宙人は、「高菜ラーメン好きなの?」って聞く。「ごめん、これ、牛骨ラーメン」って素面で答えるしかない。波のシーン、想像できる?簡単だよ、盛り上がって、左右前後に動いて、伸びて、最後に突き破って飛び出る、動きをする。想像がちゃんとできたら、アニメエフェクトの本を貸したげる。人間みたいでしょ、だから、絵を描いてると、不思議な気持ちになる。何十枚で、下手糞ってことに気付く。何百枚も描いて、何がよくて駄目かわかる。ツイッターがXになってさ、SNSの友達、いわゆる絵師の友達が、「前みたいにイイネがつかなくなった」と言ってる。わかるよ、息子や娘みたいなもの、だからね。お金じゃないんだ。評価じゃないんだ。けど、単純には割り切れないから、システムの中でボウフラ運動してる。ぐるぐる、してる。わなわな、してる。ねえ、あとで、つくつくぼーしって十回大声で、言ってくれない?うん、嫌ならいいんだ。ちょっとメイドコスするか、バニーコスするか、決めてね。あたしの裸を見たんだ、ちょっとぐらい、趣味に走ったっていいじゃないですか、生きててごめんなさいって、駅前で叫べばいいんですか、とりあえず、今日は、水玉模様のパンツ拝むぜ、そのためだけに部屋に連れてきた?人聞きが悪い、でもよくわかってるじゃない。 *121シーラカンスを剥製にしたり、(一分の隙間もなく叢生、)不思議の国のアリスを水槽の中に入れたり、(硝子玉は臓腑、)ヴィトゲンシュタインをネクタイにしたりする、言葉は月の影が射したよう・・・・・・。玉手箱を開けたら、何でか、ヘンゼルとグレーデルが出てきたよ。「なおざり」「おざなり」(しかし、)(以上で、)(このような結果から、)それ、で。それ、で。向かい合う、執拗な増水、キャッチーなパスワード、消えてしまう。帰れない、自動的なだけだよ、そうして、ただもう、変に俗っぽくお召し上がり。掣肘されることのない身の上の勝利。新聞のテレビ欄に掲載されている、ワイドショーのタイトルで、大物芸能人が伏せられてるのは、スクープの内容を他局に知られないため、テレビ欄の原稿は前日の夕方に出揃うのだ。もぐりこん(で、)もぐりこん(で、)labyrinth泳ぐ、欄干に白やかな手をかけて、ゆっくり、後ろ向きに歩く、『過去』へ戻ろうとする、燈、エンドレステープ、遡る、[refrain](そうでなくとも、わかりにくい、人の機微、)星が見えたって手に持ったフォークで、刺せるわけじゃないし、「アルコールの亡者」だし、場合によっては「異常者の芳醇」だし、こんな時になって思い出すのは、「あの日のハウスミュージックの亡霊」けれど本当に酔えるものは、高架橋の真ん中で街を見下ろしている君。南アメリカのアンデス山脈の、標高五三五〇メートル。ここに鉱山町があって、普通なら高山病。でもマラソンランナーのトレーニングよろしく、こんなところでも肉体労働。ねえ、献血をしたあとの血液が戻るのは、三、四時間。白血球はすぐ戻る、血小板は四日、一週間で血漿、赤血球は二週間で、すべての成分が元通り。毎日血を抜いたっていう漫画を読んだよ、血液が売れた時代があったんだ。僕等はこれから何を売ろう?ひとつ、歩道橋には名前がある。ふたつ、支柱の高さは四.七メートル。みっつ、階段には踊り場がある。よっつ、蹴上げは十五センチ、踏面三〇センチ。「それはやめて」という。強調する、絶妙の導火線。ここが僕のゲストルーム。その経緯を追想してみるのも徒爾じゃない。ブーゲンビリアも、デルフィニュームも、ジギタリスもないけどね。激動の時代の一瞬に刻む薔薇にはなれなかったけど、薔薇という字ぐらい書けるさ。鴉が飛んで来たって瑞々しい、ご一緒にどうです、(に、)台詞はない。よかったらどうです、(に、)エンジンブレーキはない。この地獄をいっぱいにはびこらせながら、乗用車が膨らんでゆくテールランプ。アクセルさせる、インヴィジブル。 *120やられたらやり返せいじめ。それはネット掲示板や、ユーチューブのコメント欄、さらにはブログやHP、時には本来あるはずのない、NHKのニュースなどからも看取できる、日本のユーモアの形。ボケてとかいうものにも見られる。有名人は名誉棄損で訴えるべき。底辺文化の最たるもので、無能力者は、誹謗中傷罵詈雑言しかできない、という証拠となるもの。超ダサくて、糞つまらなさもここまで極めると、人間としても、つぶしがきかないものだなあと気付かせてくれる。僕が一番感銘を受けたのは、5ちゃんねる掲示板の、『聞いてるこっちが恥ずかしくなる歌詞で思いつく曲は?2019年05月18日』だった。ひとつめ。僕は別に邦楽ファンでもないけど、歌詞に曲がある、歌うというだけでも十分にすごいことだ。普通の人は足が震えて声だってまともに出ない。ふたつめ。そもそも恥ずかしい歌詞とか、中二病とか、寒いとか、ダサい、とかっていうのさえも、一種のアタックポイントなわけだ。彼や彼女のプレゼン能力なわけだ。宗教的能力に長ける。それは、残念ながらネトウヨ野郎にはまったくない。みっつめ。なんでこんな当たり前のことが何故わからないのか。ネット掲示板を潰すべきではないのか。IQが低すぎるのではないのか。これを読んだその馬鹿の両親がいて、顔を真っ赤にしないだのだろうか、じゃあ、そいつもドキュン親、毒親、ネグレクトとかまで、僕はいちいち考えてやらねばいけないのだろうか。よっつめ。僕は自分のことを顧みてつくづく思うのだが、批判対象が多くいる人が評価されている傾向がある、毒がある、攻撃性がある、あるいは普通の人とは違う。それは革命的な要素で、いわゆるバズりやすいとか、熱狂性を持ちやすいということではないかと思う。いつつめ。公平性のない視点というのは世の中に散見されるけど、僕もそのことについて重々承知しているのだけど、(たとえば詩における断言性の問題だ、)こういう阿呆共の群れしかいないのであれば、ルサンチマンを持ち出す奴は屑で、他人を笑う文化は、人間性を低くする行為でまったくのぞましくない、と宣言しなくてはいけない。むっつめ。どうしても一つだけ言いたい、まじこいつら寒いわー。さぶいぼたって、氷河期かと思ったぜー。 *119女子大生と猫枝あのーすみません、ピンポイントで胸の谷間見てましたよねー、猫枝だからって言ってますけど、あたしは節穴じゃないです。はやく降りてきて喫茶店で苺パフェ、おごってください。猫好きの、やらしい眼をした、太っ腹のお兄さん、そこまで言うならゴチになります。 *118こじらせる幼馴染あのごめん、本当にしんどいから、寝込み襲わないでね。明日になったら、ちゃんと、ヤンデレするから。あのね、ヤンデレって体力いるんだよ。グーグルで検索『手錠』『ロープの正しい使い方』『部屋に閉じ込める』とかって、人格障害のレベルだからね、でも、あなた好きになった。好きになった、好き好き好き・・・・。おっと、脱線してしまった、あたしだって好きでヤンデレしているわけじゃないよ、あと、友達とLINEしたら、ノートに記入してね、女と電話で話したらその女殺すからね、なるべくお母さんとも話さないでね、女の息がかかるだけで頭の中に変な蛆がわくの。あと、できれば部屋の中の見える位置で、寝ていてくれると嬉しい。病気うつしたくないよ。でも、そうしてくれるとぐっすり眠れそうだから。それから寝込み襲わないでって言ってるけど、何にもしなかったら浮気してるって思うから。でも、しないでね。あと、泣いてる顔見ると安心するから、頑張って撮ってね。あと、おやすみのキスと、それから「お前を殺したいほど好き」って耳元でささやいてね、それ世界で一番鬱くしい言葉だから。 *117めちゃくちゃピアスに憧れて、髪の色染めたいって思った。オシャレもわかんなかった、恋もわかんなかった。生きる意味もわかんなかったし、カッコいいしかわかんなかった。世界はまだ全然終わっていない、「何処かにあるんだ」と言った、『それはきっと青い鳥の論理』って、心の中で気付いた、でもやっぱり眼を開けてる限り、遺伝子に操られながら、動物的本能を感じながら、行けるところまで行くしかない。『好きの向こう側』について、昔大真面目に考えた、砂時計のくびれ、土星のリング、その「果て」がない感じが、『折り返し地点』だった。エンジン音のしない乗用車で、キスをしよう。 *116She is mature夜中にひとり食パンをかじります。溶解炉みたいな食欲のおわすところが、待ってます。外国から船に乗せられて、海をこえてきた小麦は、ロールシャッハのシミみたいな味がする。表情筋の盛り上がりが怒りの度合い、今日も石膏ボンド耳に入れてきて、性淘汰圧の奴隷社会。フィネガンズ・ウェイクの精神分析、シナプスーの乱れ撃ちてな具合の、タイムライン熱狂。精神障害でも生きられる世の中っていいよねー、年金でも生きられる、生活保護でも生きられる、わけのわからない外国人でも生きられる。暗黙の前提は理想すぎる、悪戦苦闘した、人って何なの、わたしって何なの。回転数が合わない、新しい蜜の一滴を味わった、瞬間の否定。本当の真綿で首、冷蔵庫は、肋骨の間、高利貸みたいにしめつけて、鳥の巣ステーションでレディのいでたち、『最後の晩餐』みたいに描かれます。というのも嘘、根っきり葉っきり、ほんとうにこれきりのこれっきり。でも自分の自分に対する関係は支配、操作、搾取、裏切りの織り成す世界地図は、前提や理路の噛み合ってなさが判り始めてきた、脳内の境界線問題。それは多分ペンの代わりにエベレストを持った、エミリー・ディキンソンの尾羽問題に似ています。わっち、とかいう、めかけ、とかいう、本来差別対象の女のトップは超お金持ち。燃える遊女、鳴く鹿、生きた羚羊、死なない大和撫子サムライソウル。あるから話してきた、なるべくすんなりいきたい。いくら洗っても素麺みたいなのは嫌、ざくろのようなあかぎれ、卑屈な繰り言、ルート、ダッシュのあとの、沈黙とジェスチャー。金木犀の匂いがした、秋の夜長、口笛恥ずかしくて吹けなかった。夏の日の水着が、ミキサー車のシルエットになってしまいます、とか、ミキサー車のシルエットになってしまうお、とか。花高きゆえに蝶が止まります、クレオパトラの美的価値は、『非現実の王国』みたいに憧れるところ。でもね、バターやチーズもハムもいらんでごんす。それでもそれでもモーツアルトの『魔笛』鳴ります、おいで青虫、グレゴールザムザ、もそもそと食べているわたしは、世界で一番暗い女、メイプルシロップサウンドトラックでベスト。電気なんか点けない、世界で一番面倒くさい女、メイプルシロップサウンドトラックでマリー。 *115夫婦の会話朝、娘が眼を覚まし、「がおー」とか言っている。妻が笑う。「あなたの娘さん、吠えているようですが」近頃流行りのなすりつけ。冗談だけど、困りますよ奥様、誰が教えた、いると思うな親と金。うむ、と肯く。中国三千年の不思議。オヨヨ帝国の、ホニャララ皇帝のおめざめ。みんなの歌、聞きすぎ疑惑。トトロ観すぎ疑惑。それはさておいても、夕方にはちゃんと帰っておいでね、パパさみしくて死んじゃう。寝不足気味の耳に、二日酔い気味の頭に堪える。夜中にね、起きちゃうんだ。そのうえこれじゃあ、耳元でドキュンソングの、唱を歌われているみたいだよ。でも可愛いじゃないか、「がおー」はすごい。力説するパパ。怪獣映画に出演するつもり、愛玩動物系アイドル目指すつもり。いやいや、親なんてみんな馬鹿、娘可愛いや八十八夜、静岡茶しばく。ハローママ、ハローパパ、太陽の光ごときでよろこんだり、犬と遊んでるだけでよろこんだり、そんなに大人は安くない、メール整理に接待、残業、人間関係。電車通勤地獄を苦に飛び降りたい、マンションから家へ引っ越した。それだって安くない。安くないけど、そんなお前の人生が、ずっとそうであったらと思う。 *114Everyone has sad timesカラフルなピクセルの集合体が、さよなら、さよならと、降りかかる。はつ雪の季節。こわれた地球が映っているね、光学の。足音はもう、しないね、調弦。とりとめないことが、遠い旅に出てゆく二重らせんも見ないで、コンビニは夜でも明るい駆け込み寺、この街の救済措置、サイレンの音鳴り響いて。横断歩道の白線も、クリーニング屋が潰れたことも、銀行の受付の整理券も、いまでは断末魔の吐息をあげたこと、胸の虹は焔の橋、淡い思い出から順番に忘れていく、記憶というツール。心がカロリーを求めてやたらお腹が減る、肉体じゃない、もっと奥の方。それが外見からホルモンの異常や、基礎疾患、生活サイクルの破綻を生み出す。美しいということにも理由があって、優しいということにも理由がある。ニヤケ顔から生み出される中途半端な戯れ言、煙草を辞めると急に太り出す肉体。まあいいや、どうでもいいじゃねえかで救う、カップヌードルの素晴らしさ。あたしはいつも、パンケーキに蜂蜜垂らしてる夢を見る。そしてどうして、あたしは、電線のことや、電柱と排水溝の隙間のことを、考えているのだろう、猫みたいに。揺れ動いた蛍光灯の紐に降る花粉を、フラスコ傾けた表面張力ギリギリの適応力で見てる。きみのおもかげは、Googleマップを拡大させたよ、ミッドナイトブルーをかじって、透明になった。やたらに愛を歌ったりする奴になりたくないな、やたらに夢を語ったりする奴になりたくないな、やたらに宝物を吹聴する奴になりたくないな。マイフェバリットソングス聴くのは、麻薬が切れて薬を求める気持ち―――。世界はどうしてついてくるの、世界はどうして蚤の心臓なの、世界はどうして蚊の鳴くような声なの、世界はどうして猫の額ほどの庭なの。 *113軽口助手席だから眠らない、その、君が運転する姿って、素敵だから。その、格好いいから。「最高のナビ」になるね。ところで、申し訳ないんだけど、そこで下ろしてくれる?ううん、違うの違うの、「お母さんが死んだ」の。あ、この前死んだ?「じゃあ」―――。いや違うよ、じゃあって、言葉の綾、言い間違い、ついね、うっかりね、何となくね。よくあること、よくあるのよ、生理みたいなもの。あ、だから、その、「飼ってたペットの金魚の、クチスケが死んだ」の。嘘じゃないよ、嘘ってひどいなー。クチスケってひどい名前だって?確かにひどいなー、あはは、ひどいひどい、だから下ろせ、よ。 *112お前を行かせねえよ。黙れ。冷静になれよ。ダマリェ(?)kamome studio「友人はイケメンなのにエロ本をどうしても買いたい」 *111世の中には、不気味なことを言って降りていく客、というのがいる。何が言いたいかって? 詐欺ってどう思う?タクシー運転手に、「助手席の女の子によろしくね」バスの運転手に、「ずっと見てる人がいますよね」脳は嘘と本当の見分けがつかないって、君は聞いたことがある?幽霊ですらも、「映っているもの」だし、「映されているもの」なんだ。学校で陰謀論や、都市伝説、幽霊譚がうようよ出てくるのは当たり前、だって、認知バイアスの作用だからね。それで離人感が起こる。自分の意思と身体が分離されて、自動的に動かされているような感覚。手足が大きく小さく思えたり、遠く感じられたり、ね。マインドコントロールの話で、四つの段階があるという。一つ目は、段階的に少しずつ帰依の度合いを深めさせ、二つ目は、グループから不協和音を排除。三つ目は奇跡の力。そして四つ目が自己正当化。ブラジル軍によって捕獲された宇宙人の話は知ってる?これがきわめてオープン、真実なんてない、はったりかも、ブラフかもって、思う意識も大切だってこと。 *110聞いてくれよ、あたしは可愛くない女なんだ。会社じゃみんな、なあなあの日和見主義、明日何とかならあなの精神、あたしはそれが嫌なんだ。会社が評価して、出世して上司になって、注意する、わかってるんだ、えらそうな物言いなんか、いらないんだって。仕事ができないのだって、個性だ、みんな違って世界は美しい、それもわかる、でも、叱らなくちゃいけない、直さなきゃいけない、それが会社だ、働くことだ、気が付いたら怒鳴ってる。女の子っていうだけで、可愛い職業に戻りたい、どんなに酒を飲んでも、忘れられない毎日の、嫌なこと、嫌な場面、究極はあたしの性格なんだ、みんなの気持ちわかる、でもあたしの気持ち、おっぽりだして、会社の気持ち代弁する。仲のいい同僚に陰口叩かれて、やっぱりお前も、そんな眼で見てたのか、わかってるくせに、上と下なんて嫌なもんだよ、金稼いでいる、肩書き持つ、ちんけなもんだよ、馬鹿馬鹿しいことだよ。毎日、再就職しようかなって、思う、幼稚園とか保育園の先生に、憧れてたんだ、動物園の飼育員とか、お花屋さんとか。でも大きな川がある、そんな夢みたいなことより、地に足つけなきゃって言いながら、夢を追いかけるのが、怖かったんだ、お嫁さんもそう。あたしがそんなに、可愛いわけがないって、言ったらきっと変わってた、そうだでも、そうじゃないでも、その立ち位置にさえ、立てなかった。野球選手ってすごいよな、不振真っ盛りの、野次とばされる、バッターボックスの檻の中へ、立つんだ、同じ人間なのに、同じ人間じゃないみたいだよ。 *109詩人の死醜いとか汚いとかいう野蛮な形式、強烈な精力と豊穣な感触とはいえ、訳もなくにらみつける女のような、挑発、険悪、侮蔑、いやいや、もしかしてあれも? 昆虫。は虫類。ゴキブリ。いえいえ、戦争プロパガンダ。マニフェスト。どちらもどちらも、外からちらと見ただけじゃ区別がつかぬ。一筋縄じゃいかぬ。『アンネの日記』や『夜と霧』もそう、無神経な、最低最悪なこと、アウシュヴィッツからモノヴィッツに移送される、三種類いる、刑事犯、政治犯、そしてユダヤ人。寝る時には、ベッドと上掛けを二人で共有。それも相手は言葉さえ通じない赤の他人。食事はわずかな野菜が入ったスープとパン。冬にはマイナス二〇度にもなる厳しい寒さの中、薄いシャツとズボン、その上に薄い上着を着用することしか許されない。寒さのあまり、くすねたボロ紙を上着の中に詰め込んで少しでも保温性を高めようと努力する。生活の知恵。生きる知恵。だが、違反行為、見つかれば、激しく殴られる。でもそれが正義。弱者をいたぶる強者、ルールに従え。単純な理屈だ。車が動物をひき殺す。スピードを落としたくない。回避して事故を起こしたらどうする。あなたは知らないだけ、そういう人がいる。「他人」になる。「非人間的」にする。あなたは顔のことを思う。けれど、博覧会場の混雑、駅の混雑、スクランブル交差点の混雑、長期休暇時の渋滞などを想像して、この醜さや汚さっていうのが、ただただ、本能を費やし、それを成立しむる、巨大なシステムなのだ。「醜い」という言葉は、「汚い」という言葉は、星霜の苦痛を経過してなお、煩悶をつくり、もはや、地獄の遺物とでもいうべきものになる。君にもあるのだ、君にもあるのだ。ユートピア物語にコロンブスは出さない、大量殺戮者の名前だ。エジソンは発明をしていない、あれはエジソン社の商品だ。芸術はマネーゲームだ。航海者の漂流譚のごとき現実の中の夢だ、そしてそれは、絡繰りだ、嘘だ、それでもまだ、「綺麗だ」「美しい」という言葉を求めるのは、酷というものだ。 *108トライクつい先日、あっしが、公道バイクで走っていやがりゃー、踏切、隣に駅舎、プラットフォームが、見えやがる位置にありまさー、おう来やがったか、キンキンコンコン、滑りこんできやがった、電車に、鉄道娘とかいうイラストが、でかでかとのせられていて、びっくらこいたでやんす。自覚できるぐらい、口をあんぐりしたのは、ちょっと記憶にないでやんす。すげーって思ったでやんす。痛車の親戚でやんすか、こんな国で道徳とか、社会常識を、真面目に語るのもはっずかしー。何でもありでやんす。じゃー、トライク娘は、どうでやんすか。自動車とバイクのいいとこどり、変な感じも青春感出せば、何でもありでやんすよ。もちろん百合。トライクで新聞配達する娘、山道をトライクで走る娘、海を目指すトライク、そしてめっちゃ青春でやんすよ。ばきばきのべきべきのトライクの青春、絶対見ねー! *107グラノーラ朝御飯というと鮭の切り身に、海苔、味噌汁、ごはん、漬物といったものを―――。想像しないような洋風かぶれが増えてきたわけだけど、パンやトーストもいいと思う。おにぎりやお茶漬け、というのもいいでしょ?前に米櫃に虫がわいているのを見て、それ以来ご飯が食べられなくなったという人がいるけど、それはまあ例外としても、食事の選択肢は増えている、「ウイダーinゼリー」は食事じゃないだろって言うけど、何も食べないよりはずっといいよね。ただ、きちんと調べたデータという誤解を解いておきたい。「食べた」「食べていない」というデータなんか何の信用もおけない、『朝食の代替食』というカテゴリーがあって、それは成立する話だということだ。お婆ちゃんがにこにこしながら言うわけさ、「睡眠も大切じゃよ、じゃがなかでも朝御飯は一日の活動に必要なエネルギー源なのじゃよ、朝御飯は眠っていた脳や身体を目覚めさせてくれるのじゃ、一日の生活のリズムをつくりだす。そこでグラノーラじゃよ」お婆ちゃんありがとう、説明台詞。さて、グラノーラはシリアル食品、シリアル食品は穀物を加工して作る。とうもろこしや米、麦など、種を食べるために、栽培している農作物のことを穀物というのだ。グラノーラは、熱風や天日干しのドライフルーツ。油を使わないで、焦がさないように炒って、香ばしさしさをだしながら、水分を飛ばすロースト。気圧が低いと水が百℃より低い温度で、沸騰することを利用したバキュームフライ。それから説明不用のフリーズドライ。などの方法で作られている。オートミールや、ミューズリーよりも、加工工程が多いのだ。なお、オーガニックミューズリーは、ヴィーガン的で、今後時代が求めるだろうとも言われている。栄養価が高く、食繊繊維や鉄分もたくさんとれて、とても身体にいい、グラノーラ系シリアル。小ぶりなシリアルとフルーツの色みのバランスがいい、定番の「フルグラ」様々なメーカーのものを買ってみて、食べ比べしてみるのも面白い。サクサクカリカリして美味しい感触と、ぐにゅっとした、やわらかい食感は、ドライフルーツとパイナップルとレーズン。カリカリしているのはイチゴや林檎、マンゴー、フリーズドライ。ほかにも、野菜が入ったものや、大豆が入ったものなどがある。前に三十代女性が主人公の漫画を読んだんだけど、いわゆる朝食活動をして人生を明るくする、という意味不明なものだった。けれど、朝食洗脳漫画として読むとこれは抜群だ。ヨガや、セックス、マルチ詐欺、宗教と並んでも、この意識高い系の行為には随分と考えさせられた。ただ、温暖化や寒冷化だって研究者の意見にすぎない、論文を探してみたら、朝食は食べない方がいいという意見も、一つぐらいあるかも知れない。ないとは思うけれど、医者によっては朝の固形物はよくないとか、人によっては珈琲一杯で十分というのもある。否定はしないよ、ただ、そう思わない人がいるっていう視点を完璧に欠いてる。押し付けは道徳的にどうなんだろう、それは正義だ、お役所仕事。あのね、何が正しいかをその人は決められる、カップヌードル毎日食べて死んだってそれはその人の責任だ。罪と罰もない。世の中には趣味以外にはお金をケチりたい人もいるのだ。せめて野菜ぐらい鋏で切ったって入れられる、そうしていたら死ななかったかもしれないなんて口幅ったい。だって、そんなの誰かが口出しするようなことじゃない。申し訳ないけれど、それは教育が悪いんだ。底辺なんだ、としか言えない。いまは誰だってグーグルでも、ヤフーでも検索できる。朝食だって必ず食べなくちゃいけないというものではない、という説をかもめ氏は唱える。国家転覆のためにな、ふへへ、ということではないが。一日三食を食べるというのは正しいとは思うけれど、一日三食のカロリーバランス、栄養素を気にしているのは、栄養管理師か、筋トレ系の人ぐらいである。一日三食を食べると太る、と感じる人もいるだろう。米よりパンの方がいい、と感じる人もいるだろう。そういう情報の偏りを押し付けているのは、大人たちなんだろうな、という気はする。 *106パンケーキは夜中に食べるとヤヴァイ!パンケーキ食べたいってLINEが来る。ダイエット中、それはつまり断食中のことです。だよねーって返す。だよねーが涎みたいに思えて、クルってくる、もう随分末期、だから突然シャドウボクシングしたり、ヨガのポーズしたり、スマホでダンス映像を、録画したりする。ふつう。いじょう。ふつう。いじょう。花はマーガレット、占いの花、一枚むしって、くろやぎさんあらわれ、もう一枚むしると、しろやぎさん。友達、飯テロ写真アップ、いわずもがなの、やりやがったなのパンケーキ。わたしも無心な驚きの眼の輝きで、根詰めるって、指詰めることと一緒だから、やくざものじゃなく、ひかげものでありたいわけですからと、フライパンで飯テロ。うひゃー、と奇声があがる。マリオジャンプ、ルイージジャンプ。わひゃー、ピーチ姫と、ヨッシーもジャンプ、なんで? ねえ、なんで?わからないかなあ、クッパの口は大きいんだよ。 *105今夜は何故かしらあなたの声を聞きたいひえびえとした、生命の空虚の穴、他人の心という長い長い廊下を歩く。そよかぜ、重力を忘れた布。ゆっくり、こみあげてくる、この気持ちは何だろう?反射板のようなまなじりは、遠くへと向かう渡り鳥の影。ひえびえとした、明るい悲しさ、人生論という幻想を未来に投射する、絶望の逆流する電流をいなすロゴスの働き、いいえ、空の青は地上の脆い花の影だと、心を揺らすことで気付いた、最初の日。 *104今日は大切な、本当に大切な日、だっていうのに、俺ときたら、納豆御飯に卵入れ忘れた! *103熊すべての熊に、発信機を、つけるという、プロジェクトは、ないものだろうか。猪もそうだが、熊が人里に下りたら、どうなるかなんて、大人ならわかる。「どうして殺した?」と、クレームで、三十分の会話も珍しくない。業務に支障が出る、と。電話やメールは、数百件。悪戯もあるだろうが、その多くは真面目なものだ。解決しよう。熊が人を殺していいと、思わないなら。その熊を射殺してもいい、と思わないのなら。 *102新聞配達夜中の二時からがスタート、販売店名が書かれた大きな看板。バイクのエンジン音がして、新聞配達が始まる。さあ、変質者と遭遇したり、車に轢かれそうになったり、ヤンキーに絡まれたり、幽霊などの怪奇現象、動物が突然飛び出してする素晴らしい朝。気を引き締めていこうぜ。動きやすいジャージと運動靴での作業がオススメ、何しろエレベーターがないマンションの五階まで、のぼるようなことがある。シフトの日数は『週六日勤務』が主流で、勤務時間の平均は『二〜三時間』と短時間。土地勘に強く、物事をコツコツ続けられる、真面目な人が好まれる。というのが表の顔なら、休みは少ないし、遅刻や欠勤がほとんど許されないものになる。新聞配達というのは『裏方作業』だ。また新聞配達の仕事で、特に注意しなければならないことは、『新聞の入れ忘れ』だ。だがこれにも、何通目は「〇×さん宅」に入れると、目印をつけるのがコツ。目印といっても新聞にメモ書きなどできない。新聞は一定数を一束にして配達するので、入れ忘れ防止ができる。しかし天候によって、業務の大変さが左右される。暑さ寒さがきついのはもちろん、台風の時や大雪の日も新聞配達は休めない。(ちなみに地震の後でも、行く)新聞配達中の事故は交通事故だけではない、マンションやアパートなどの階段で転倒し、大怪我をすることもある。そして新聞自体を取る人も少なくなっているので、売上が伸びていない配達所がほとんど。労働環境がよくなったりするということも、まず、ない。しんどいのに時給が割に合わないと感じる人もいる。そういう時に新聞配達員がよく使う言葉を教えよう。「ちきゅうはかいばくだん byドラえもん」急な休みを取りづらい。給料が欲しい場合は朝夕の配達業務に加えて、月末の集金業務をする。社員になるというのなら、新規開拓や購読者訪問(契約更改)をする。タオル、ティッシュ、洗剤などの親友勧誘の粗品が武器。プロ野球のチケットは必殺技の一つ。大量の新聞が積まれたカブ、雨の日は濡れないようビニールラッピングされている。(それでも濡れているというクレームはくるもの、すぐ代わりを持っていくもの、)そういう新聞を郵便受けに投函する。はじめに、本誌といわれる新聞に、約二十分ほどかけてチラシを挿入する。広告は季節や曜日によって厚さが異なり、土曜日は一週間のなかで最も多く、年末など小売店のセール告知の時期も多い。一方で、二月と八月は広告が比較的に少ない。 *101彼女風は沼の表の水草にこまやかな皺を寄せる。玲瓏たる月の光―――。わたしは、猟奇殺人事件の犯人を待っていた。―――避けたほうがよいと思っている・・。錯覚的な疑似記憶。草野のうねり、言葉の綾の嵐。後ろに人の気配を感じた。(何かが“反転”した、)何かを探っているような猫背、夜中だというのにフードをかむっている。『あの時と一緒だ』(という言葉は―――正確ではない、死ぬ間際に見ている思い出や、走馬燈という意味なのか・・)わたしはスマホをいじるふりをしながら、悠っくりと歩く。人気のない暗い通り道で男を背中に歩くシチュエーション。たんなる引きこもり隣人という可能性もある。“顔は知らない”のだ。[推定予測時刻]と[体験的報告書]の織り成す、多様性が人間の存在理由に影を落とす。電極がつながれた脳味噌のような気分になる。このところずっとそうだ。―――錯覚、妄想にフォーカスしているような、ひとりでに違う言葉が表に出てくるようなことがある。夜道が危ないのはいまに始まったことではない。―――足音がする。どくんどくん・・・・・・。対象を客観的に掴みながら、判断停止。衝動の緩和と行動の抑制。すると突然、背後から首に紐のような物が掛けられ、凄まじい力で絞め上げられる。【殺人鬼】だ。だが、最初からそういう行動パターンなのはわかっていた。(この身体は、柔道や空手などの体術を覚えている、)振り向きざま、そいつに飛び掛かる。頭部を鼻にアクセルする。射的屋の棚に並んだあひるの置物にあたるコルク栓のように、百七十前後の背丈、アドレナリンが出ていそうな野獣の眼が、怯む、鼻血が出、脳震盪も起きたようだ。いくらか冷ややかな輪郭の線が無理強いに奪われたような、歪みの中に吸い込まれてゆく。“この女と見えるのがいい”―――しめつけながらはげしく揺さぶる、優位。反撃は予想していなかったのだろう。滲む青インクのアスファルトへと捩伏せる。[固有の享楽するモード]海底の岩に張り付いたなまこのようにする。殺人鬼は劣勢を引っ繰り返そうと、徒手空拳のようにナイフを取り出して暴れる。網膜に映しだされたイメージと、それを分析する脳の部位が、噛み合っていないのだ。ナイフらしき物で何度か切り付けられるが、わたしは興奮しているのか不思議と痛みはない。それもやがて、腹部への蹴り、股間部への蹴りを入れ、さらに、手首を押さえそのナイフを逆に奪って、『お前はこうやって刺したんだろう』(「症状」と呼ばれているものは無意識の形成物、「暗号」という名のメッセージ・・、)肩先に突き刺すと静かになった。その時、揉み合っているのを見咎めた車のヘッドライトがあたる。男性を押し倒している女性であるわたしの顔にあたる。その時、殺人鬼は恐怖に歪んで悲鳴をあげた。(そんなはずは、そんなまさか、とでも言いたげだ、)“怖いのか、でもこうやってお前は眼玉を抉り出し、死姦したんじゃないのか”書き殴られた文章、ノリや勢いだけの文章が、弩する。「―――こいつが殺人鬼よ!」わたしではない何かが、確かに毅然とそう叫んだ。警察が来た、わたしは一目見るなり夢の続きでも見ているように、悲鳴をあげた。(不自然な台本で、演技力も足りない素人劇では、勢いに任せて誤魔化すしかない、)正当防衛は認められた。殺人鬼は犯行を自供した。表彰状を貰うことになった。しかし、わたしはその時のことを一つも覚えていない。無我夢中だったんだろう、火事場のナントカということで説明された。とはいえ、断片的には覚えているが、夜道を歩いていて、次の瞬間には男を羽交い絞めにしていた。肩にナイフを刺しているのが見えた。無意識の状態だった。無意識というのは理解可能な属性の中に圧縮されてしまう。殺人鬼はあの時、自分が殺した少女の顔が見えたと、証言している。わたしに残ったナイフの切り傷は浅く、一か月ほどすると消えた。“彼女はそうだった、マヨネーズはカロリーハーフで、ダイエットコーラだった”“彼女に日記癖があり、少女漫画や、雑誌などを勉強した”(何かが“反転”した、)[夜の長さが、その滞在時間が、重要な契機]―――わたしはきっと、【彼女】だ。風は沼の表の水草にこまやかな皺を寄せる。玲瓏たる月の光―――。わたしは、猟奇殺人事件の犯人を待たない―――避けたほうがよいと思う彼女でもない・・。(彼女はいつも、逃れたいと思っていた、好きな人に告白できず、両親に思ったことも言えず、いわれるがまま、空手や柔道をやった、)―――人生をまるきり違うものにしたい、自分ではない人生を始めたい。(浴槽の水を抜くように、すべて、忘れたい、わたしが愛していたのは―――)“殺された女性”わたしはあなたと一つになりたかった―――。わたしはあなたに―――。『あやしげに狂わされてゆく人間の“実”と“虚”』(もう十分だ、これ以上求めると、苦しみが増してしまう、)無限に解釈を続けることができるゆえに、究極的な意味は存在しない。それがきっと、それがきっと・・・・・・。“あなたの心の中”だったような気がする。(わたしも、あなたのことが好きだった―――から・・)錯覚的な疑似記憶。草野のうねり、言葉の綾の嵐。後ろに人の気配を感じた。(何かが“反転”した、)何かを探っているような猫背、夜中だというのにフードをかむっている。『あの時と一緒だ』(という言葉は―――正確ではない、)(という言葉は―――正確ではない、) *100シャボン玉が割れるように世界はとても単純に、とても複雑に構成されている。海から陸へ、洞窟から高層建築へ、絵から言葉へ。夢見る光の色と、見えない壁と、孤独な足跡。夢見るあえかな胸の旋律で、あなたの中の神が目覚め、シャボン玉が割れる。そのうつり香が膨張を与え、そのたまゆらの音が収縮を与え、あらゆる答えは眼の前。見えていても、見えていなくても、あなたが思っている通りではなくとも、世界が別の答えを投げ掛けるとしても、ゆりかごの中の神の瞳の中に。世界は明るくて真っ暗で、雨が降って晴れている、ギリシャの四元説も、中国の五行説も、万有引力も、相対性理論も。そのことの意味に、あなたは何故と問い掛ける。分子から原子、原子核から素粒子へ。シャボン玉が割れた拍子に、君の長い睫毛と美しい瞳が見える、いささかも神秘的ではなく、心の中の怯えの写し絵のように、ちぐはぐで、さかさまで、思ったことや考えたことと違うことを言う、そこにおける、光と影。そこにおける、理性と感性の秤。世界はとても単純に、とても複雑に構成されている。くそったれ、でも。愛している、でも、 *99人間僕等ハ人間デス、血ノ通ッタ人間デス。笑イマス、怒リマス。涙ヲ流シマス。僕等ハ人間デス。デモ動物デス。遺伝子ノ乗リ物デス。ダカラ本能ガアリマス。優劣ガ必要デス。僕等ハ人間デス。人間ダ!一人ガ叫ビ出スト、人間ダ!マタ違ウ一人ガ叫ビマス。僕等ハ人間デス。集団統率ノ中デ、右向ケ右デス。感情ハイリマセン。思考ハ働キマセン。暴力デス。命令デス。モット大キナ力デ、モットモット大キナ力デ、ソレガ人間ノ言語デス。悲シイデショウ、憐レナモノデス。ソレガ、システムヲ作リマス。ソシテ、システムハ、モウ人間ガ考エル必要ハ、ナイノデス。僕等ハモウ人間デハアリマセン。機械ガ考エテクレマス。機械ハワカラナイヨウニシマス。人間ハ大切デス。ソウ教エラレタカラデス。モルモットヲ可愛ガリマス。実験データガモット必要デス。ソノ時、ワレワレコソガ人間デス。 *98みんなそれぞれの気持ちを抱えてる人間一人の命は本当に重いのかそれとも軽いのかもわからないたくさんの人達の中で命が弄ばれている街が逃げてゆくような気がする世界が逃げてゆくような気がする夢も魂も何処へ辿り着くのだろう月の光に濡れて凍っている街よわたしの名前を知っているか?everyone has their own feelingsIs the life of a single human being really that important?Or maybe it's lighter, I don't know.The lives of many people are being played withI feel like the city is running awayI feel like the world is running awayWhere will my dreams and my soul end up?It's a frozen city soaked in moonlightdo you know my name? *97テロリストさあ、いつもの音楽を流すね。さあ、この写真をよーく見てね、この総理大臣のおじさんを見たら、ナイフで刺そうね。手に銃がある時は、ぶっ放そうね。実はこのナイフは、後ろに引っ込むから、刺しても大丈夫なんだよ。笑いながら近寄って、ポケットに手を忍ばせようね。この銃は、ペイント弾で、ちょっと赤いカラーなだけだよ。もう一度言うよ、笑いながら近寄って、ポケットに手を忍ばせようね。警察の人が来て、とりおさえられるけれど、これは訓練だからね。その後に周囲が騒ぐけど、それも野次馬のふりをした、エキストラっていう役者さん、だからね。だから、テロリストだって、ちゃんと言うんだよ。その後はレストランで、ごはんを食べようね。お金も振り込むね。これはいいことなんだよ。さあ、口に出して言ってごらん。これはいいことなんだよ。世界中で君たちにしかできない、いいことなんだよ。 *96本当の愛、本当の私愛人になれよってよその会社の社長に言われた。ばりばりの既婚者。ゴルフ行こうぜ、みたいに言われた。キャリーならやりますが、と答えそうになった。セクハラで訴えるべきか、月五十万の手当を選ぶか、いやどちらにせよ、馬鹿馬鹿しい。スマートに、引き下がりそうなので、「すみません、彼氏がいるので」と角が立たなさそうな、けれど、それだと仕方なさそうな、ワードをチョイス。可愛いって言われると、承認欲求満たされる。美人って言われると、ちょっとだけ幸せになれる。やりたいって言われて、ただしイケメンに限るとは思わないが、求められるっていう経験を美化する、漫画は沢山存在する。本当の愛。本当の私。浮気とか不倫許せないっていうほど、そういう人と知り合いではないが、きっと既婚者も男性に帰りたいのだろう、渇いた野獣が咽喉を潤しに、水辺へやって来る。それはそれでいいんだ。道徳観念っていうほど、道徳観念を理解している奴を、私は生まれてこの方、見たことがない。どうでもいいけど、わたしって男運悪いの? *95働いて無表情になる。生きてるって大変だ。kamome studio *94酔っ払いフェンスと小高の街燈、灯りをたどると煉瓦の道、ビルの間の幹線道路も、車の列もない、でも血が頭にのぼれば、手足が冷える憂国家、縛り首みたいな鬱血具合だぜ、要介護者でもなるかい、ああ煉獄ってこんな感じなのかな、ジョン・レノンは、空を見ながらイマジンを作る、残酷なことだ、価値判断を超えた断絶的なものは、そこにあんだ、母ー子的なファンタスム感じるぜ。フェンスがあって先に進めない駅前のタワマン眺める歩道橋、俯瞰せばタクシー乗り場、バス停、ここで「世界平和」なんて誰が言うんだろう、「くたばりやがれ、もう一杯」の方が、ずっと正直だ、スリー・コードと鋲つき革ジャンでね。だから偽善なんだ、有罪の宣告をしようぜ、無秩序な壊乱と散逸、頭の中がお花畑野郎って言うのも、何かちょっと違うよね。でも宇宙で大きな爆発が起こったって、僕等がそれに気づけないぐらい遠くにあったら、無音のサイレンサーに等しいんだ、でも無音のサイレンサーなんてない、いつか僕等はそれに気づく、見るということはそういうことなんだ、見るということは知ること、気付くこと、いま、理解できることのサインなんだ。ネトウヨ野郎死にやがれと思いながら、みんなありがとうっていうアーティストと一緒だよ、人気が出ると底辺野郎がぞくぞく参加してくる、大切なのは言葉、ポーズ、「直接攻撃」か「間接攻撃」だとしてもね。まどろっこしいのが、有名税ってやつ。いつまでもチャック開けながらは歩けないよね、開けてんだよって言えないよ、馬鹿な話さ。偽善っていうなら警察自体が偽善だろうよ。フェードな印象に鴉が街を見回してる、「何かあんのかい?」って声をかける変人の仲間入り。けど、ビールを持ってりゃ酔っぱらいの戯れ言。何処に行ったって、何をしていたって、きっと何も変わらないよ、パーキングエリアのでかい看板が、保冷剤だったら、ウォーターベッドだったらて考えるのは、変人じゃなくて酔っぱらい。だからずっと僕はじっとここで考えてる、「世界をもう一歩先へ」と言ってみる、「くたばりやがれ、もう一杯」の方が、やっぱりいいかな、なんか政治のポスターっぽいしね、とりあえず缶ビール開けるから、百兆年経ったら声をかけてよ、さっぱり要領をえないもつれた糸のような、毎日だね、下界を数十年のていたらくかい、でも道はディティールの中に全体が暗示されてる、皺の束の中にまぎれこんでしまうのは早いよ、世界平和さ、魑魅魍魎が跳梁跋扈した世界に、こんな看板かかげられる心の豊かさ、子供たちから税金しぼりとるからね、だから出生率低下すると困るからね、年金減らしちゃいますからね、困るよ、困るよ、世界平和さ。 *93一体さ、そこに何があんだろう。まぶしいからさ、夜が朝にとけていく、単純で素朴で健康なんだ、鼻糞みたいに馬鹿なのさ、普通の愛しんじたくなる。kamome studio *92見えない力何も見えないのに窓を見るのは、木枯らしが吹き抜け、空き缶が転がり、雑木林に、月の光が静かに射し込むようなもの。ある人が言った。地下鉄のプラットフォームで、背中を押される事件があった。その時、自分は突然の、腹痛を起こして本来乗るはずだったものを、一つ遅らせた。事件は自分がいつも乗る、エレスカレーターと、階段がある、乗り場だった。本当にそうかはわからない。でもその時以来、見えない力を信じる、と。花に群がる蜜蜂のように、『奇跡』という。けれどその反面、『不幸せ』な人もいる。そんなことが起きないことを、日頃の行いが悪いからだ、と。偶然の一致現象では、まったく起こりえない場所やタイミングで、三度もあった。ある人が言った、これは会社の営業の伝説の話なんですけどと断ってから、言った。料理屋に、「おしぼりをとってください」と、そのセールスマンは言いにいった。「帰れ、忙しい」「安くしますから」というやりとりが続いた、いらいらが募ったのだろう、「喧嘩売っとんのか、帰れ言うとるやろ」と包丁を突き付けられた。しかし、肝の据わったセールスマンは、「おう、刺すなら刺さんかい、光りもんだしたぐらいビビると思ったら大間違いやぞ」しーん、とした。その後、「気に入ったわ」「え?」「おしぼり、お前のところから取ったる」と、上機嫌で言い、無事成功した、と。もちろん普通は追い出され、会社にクレームを入れられ、悪い噂を立てられる。そこまで怒らせて成功する確率は、零に限りなく等しい。でも会社の人はこう言う。「努力していると、こういうことが起きる」と。 *91蟹の甲羅のように膨らんで見える魚眼レンズ効果の地下鉄の窓。kamome studio「地下鉄の窓」A subway window with a fisheye lenseffect that looks like a bulging crab shell. *90「好きだったの」から始まり、もう既に眼が潤んでおり、鼻水垂らしており、「ブスでごめんね、みっともなくてごめんね」と被害妄想入り、多分中学生の時にハブられた、経験から。「でも傷つくから、そんな何でもいいとか、誰でもいいとか言われたら、傷つくから」で、自分はけして強くない旨を語り、傷つかないようにできる人間になれ、なんて、いやそもそも、ブスとかみっともないなんて、言っていない、僕が言ったことそれは、ゲームセンターでぬいぐるみ、取れないからって、UFOキャッチャーの硝子、殴っちゃ駄目だろうって。「ごべんばざい」で、ラスト―モード、衆人環視で、腕組みしながら、超人でなしな感じにされている、僕。泣いたら勝ちなムードって怖いよ、だのにわがままな女の子って可愛い、孫に翻弄される老人も大体それ、甘やかされたい、甘えたい、いつも優しくされたい、自分の都合の悪いこと、言わないで欲しい、世界がお前中心で回っていると思うな、世の中何でもかんでも思い通りにいくか、で、詰め将棋できない。なだめる、抱きしめる、髪を撫でる、落ち着いたあたりで、百あるうちの一つや二つ言う、そして大体うまくいく、男の子の奴隷宣言。 *89ハレーションフィルムカタストロフ前髪を揺らしながら俯いている昔の僕は、深夜抜け出して、夜の街を歩いた、生き狂いの街の息苦しさがのたうちまわる、熱気のない、澱んだ綻び、腐ったもの穢れたもの、けたたましいパトカーや、救急車のサイレン。空に象嵌された玲瓏な宝石を見て、ダイスを転がせ、数秒後に死を控えたロックシンガー。遠い遠い、鳥も雲も木々も風の音でさえも、余所余所しく感じながら。嘘のようにやさしいね、あたらしいね、誤魔化しだね、詭弁だね。穴だらけの靴、パッとしない無難な服、まだ君は便利playerしているの、冷めたコーヒーに、味のないガム、心の中では絶対Dragon Slayerなの、君は。手錠みたいな約束、心に響かない愛、スパンコールみたいな、ゼリーの記憶おどけたテレビの声、さよならから凍ってゆく、ブランコサウンドなエモーショナル、完全情報の、がちがちのロジックの、分水嶺。「見たんだ(幽霊を、)」「嘘だ(幽霊は君自身さ、)」―――いや、大衆はもう亡霊さ、一つの宗教の呪いさ。情報処理速度の絶対的な優位の「真理」は、無茶苦茶な処理速度で僕等を「ロボット」にする。浸食作用で削られてゆく、あざむかれてゆく遊動円木の上で、バウンド、スリップ、おいでおいで、硝子の破片を散らしていた。スパルタ式のナルシズムやエゴイズムも、ラウンド、バウンス、おいでおいで、いまじゃ電光掲示板の零の行進、刃こぼれしたんじゃない、下らないんだ。痛ましいほどの蔑みや忘却が、「必要最低限」に残されている「要素」なのかな、無数の皺やしみを作る。「選び抜かれている」つもりらしい「華美」じゃなくて。「煌びやかさ」じゃなくて。はしり雨のように、駆けり火のように、蛇の抜け殻がいくつも生まれた。同じ言葉を繰り返しながら、「従う」か「従わない」かを見抜く方法がある。言葉にわざと刺を織り込んで、その刺に毒を足していきながら、言葉の綾とか、罪悪感を利用して、何処まで許容力があるかを見抜いていく・・・。僕は心理学は大嫌いだけど、多分君よりずっと心理学に詳しいって自負してる。(とかいう、)マウントを取りながら。(とかいう、)主導権を握るのかい、君も。痺れるような恍惚の導火線に接続して、引力を使い果たしたような、焔の潮、魚みたいな感情でぎざぎざする、鼓動よ、色彩と同期して、尽きない疑問と裏切りと生ぬるい空気を、混ぜながら何処を目指しているのだか歩く。染色体をひとつ落として来ちまった抜けた種族の、創造と破壊の綱渡りを君が信じるなら僕も信じよう、来るかもわからない人を待ってる、来るとわかっている人になろうぜ。脳の中へとちぢこまっていく眼球が見てるのは、オチを変えた茶番さ、漫画だって紙芝居、リアルな言葉も手垢がついてる、日本語を英語に変えたって、シンプルなものが奥深いものというふりをしたって、全部馬鹿にしか見えないという言葉で終わる、脳内サムネ情報を使って、認識や理解を短縮化、単純化し始める。ショートカットとダウンサイズ、さあ、これからだ、次はどんな化け物を演じるの?脳味噌に手をつっこめたらいいと感じる夜のまどろみ、鳳仙花、触れればはじける熟しきった感情で、ほどけやすい包帯を傷口に巻くんだ、バターの塊をナイフで切り落としたような自分を感じながら、何かに繋がっている幸福も不幸も、お前をめざめさせてゆく段階、スマホ、メルカリ、墓石の廃棄場、(飛行機や、船の墓場もあるんだ、)鳥が自殺しまくるあの外国の町の名前何だっけ?紙幣の透かし、芝生の上に落ちる十字架、落書きの番号に電話して、縄文式の模様の植物を眺めて―――夜道を仰ぐ・・。 *88バレリーナ誰もいないここは常夜の国。けれど、誰かはいるんだ。ダイイングメッセージスピードで迫る、オールオアナッシン執行猶予。時計仕掛けのリズムや響きに、人知れず踊りが始まる。囀る有象無象と紙吹雪、さざなみだった墓石、卒塔婆、二十一グラムの夜のしるし。「プリーズ/パレード」(内側からねじれた、)「スキップ/デリート」(ねばりつきゆっくり拡がる、)路上にはゴミが、一段高い陳列のように置かれてる、ピアノみたいだ、ルネッサンス末期の耽美派だか折衷派みたいな、絵のような景色がでんぐりがえりしてる、呪詛の黒十字架は記憶回路の、補正‐圧縮。風に舞う一枚の紙切れのような、バレリーナ。タンバリンを鳴らすから、葉先に宿った水滴が華麗な蝶になる、建築現場の仮囲いも、トイレットペーパーの芯の宮殿も、外部が判別しがたい中間領域形成、異様な堆積の貨幣利得のなせるわざ、水銀のリボンのように曲がりくねる、ナチュラル(な、)ターン。ナチュラル(な、)ターン。排水溝に絡まる髪の毛が、ヴァーチャルリアリティではないと教える、「でも海は砂の味(なんだ、)」片道切符の夜の列車はまだ、何処からか聞こえる太鼓の音に、笛の音、CMで視聴者の注意を引こうと、携帯電話の着信音を流す手法みたいな不快、「でも雨は文明の味(なんだ、)バレリーナ、傷ついた視線で僕を惑わせないで、夜は恐ろしい秘密を囁いている、これ以上、魅了しないで、ソドムやゴモラのような観念、無意識の莫大な浪費。バレリーナ踊って、ここでも命の秘密があるんだね、プログラムレェールに沿って、ブランドタイムスケジュールキー。夜の命になって・・・よ。夜の神様になって・・・よ。ずっとゾンビのように見ていたい、ミイラとりのミイラもいいもんさ、真昼の空気の陽炎をまとった夜の虹、透き通ったヴェールをあげるから、さっきのもう一度してよ、ナチュラル(な、)ターン。ナチュラル(な、)ターン。ここは、「常夜の国」じゃない、「バレリーナ人形が踊るオルゴール」の中、僕は死んでゆくんだね、ああ、死に穴をあけられた覗き穴、肛門からどんなクソが溢れるアイデンティティー、無力、何度も同じフレーズ繰り返して息も絶え絶え、ぬらりくらり、「ねえ、何処かで会ったことある?」微笑んで、スライドして幻想的な高架鉄道、あれいつのまにそれに乗ってたんだっけ、でも、そこにも君がいる、可愛いよ、美しいよ、きらきら輝いて、もっと踊って、もっと舞って・・・。 *87クソったれのオン・ザー・ウェイネオン管を封じ込めた色の中の芝居だ、にほひ袋を、不思議の国のアリスのための椅子をつくろう、たまゆらよ。苦し紛れに吐き捨てた言葉が、足元のぬかるみを作る。震えている、傷ついている、恐れている、そんなのを―――自殺衝動っていうのか、百階から地上までの超高層建築、エレベーターがぶちぬいていくような、爽快な映像が見たい。路面に描かれたモノトーンのリフレイン、インプットしたドリームはプリミティヴじゃない。本当のロックはカウンターカルチャーの中にある、そこの蚊柱を左折して、舌を出したり中指立てたり裸になっても、豆電球を背負ったゴキブリは消えない。ごらんよ、愛想笑いをしながら敵なんだ。ごらんよ、一見立派そうなことを言っても敵なんだ。合宿所の集団生活みたいな、『お前等』人格を矯正できない、『お前等』ハムスターの飼育小屋みたいな、ジャンクフード食べて育てる底辺の教育。でも絶対お前が思っているような単純さじゃない、言葉/変換/比喩/選択。けれども、お前が思っているような複雑さじゃない。言葉/変換/状況/場面。もう何が起こっても驚かない、ことに、決めたんだ。(ことに、とりたてて、)―――そんなこと出来るの?しからば、それは二十世紀の絵画、いわんや、地獄絵のような文明の夕暮れ。駐車場券売機から、隣の家のドアが開く軋み音を思い出す―――よ。賞味期限が切れたプリンを、手に取りながら後頭部を掻く。冷蔵庫がうるさかったんだよ。暑いとぶおーんと鳴り出すんだ。何かりかりしてんだよ。無免許で高速道路走らせるぜ、なあ、高所恐怖症のお前、橋の上からバンジージャンプさせるぜ。なあおい、聞こえてんのかよ!お前のこと、大好きなんだぜ!新しい芽は地殻を突き破って、処女膜をグロテスクにぶち破った、誰も聞いたことのない産声を上げ、向日葵はひび割れ、そして枯れていった。完成品っていう言葉が嫌い、未完成っていう言葉も嫌い、僕はここでちゃんと終わってる、それ以上進まないし、進めない。ドライヤーの熱でみるみるうちに乾く針金たわし、かさねながら。グロテスクな死に顔の上で愛してるが響くよ、たばねながら。一歩引きさがり躊躇しただけで、もうそれ以上前に進めないような気がする時があるんだ、熱さは年々少なくなっていくし、時が経つのは滅茶苦茶速く感じられる、エンジン全開だぜーとか、放り投げて届くよ、対岸。採決後の小さな絆創膏、何処で売ってるんだろう?もう何が起こっても驚かない、ことに、決めたんだ。(ことに、とりたてて、)―――そんなこと出来るの?クソったれのオン・ザー・ウェイ。クソったれのオン・ザー・ウェイ。 *86走れRunいま思う正しいことが、数百年後の空咳の中に消える。喫茶店のある交差点の前で、自転車を漕ぐと、グリップの片方が取れているから、すごく握りにくいって、思った。あと手入れもしない、雨ざらしにしてるから、いろいろ終わってる、何だか僕みたいな、相棒。でもその異常なまでの軽やかさや、裸の枝の具合に打たれるなんていうことを、きっと君は知らないだろう。光るものが好きな鴉みたいな僕等の修正、地上の星にのぼる馬鹿と鋏は高い煙、混ざってる、ああ、絶対に混ざってるいろいろ危険、でもパラシュート・フライ、君のところまで。 、、、瞑想のさかなに訪れてきた、 、、、深刻な憂慮のかたな。蜜の味も、歓喜も、少しずつ壊れていく、自転車を漕ぎながら十月の秋を、右足が前に出たら、その次は左足が一周しながら前にやって来る、人間は当たり前のことと思っているけど、動物はそれを不思議なことしやがるなって見てる、高度な文化の宇宙人なら、頭の悪そうな人類種の自転車の動きについて、というレポートを書くだろう。心理学も、ホラーも、宗教も、かたくなの戸を鎖すような時代じゃない、現実と嘘に立場に傍観者に全体性とやらに、ひっつかまれて、身動きとれない、さあ、螺旋状の陥没の呪縛、まだ見ぬ額のうえに迫ってゆく。どうして、って言うだけじゃ、どうしようもなく、淋しい。夜になれば、地中深く横たわっている、暗渠みたいな、暗い道がうまれて、落ち葉が絡み、蔦の葉がその動き、鈍くする、何で前に進むのか、右足が前に出るからなのか、たった一秒、たった一秒の向こう側へ。さあ、おしまいの、めでたしの、ショーウィンドウへ。 、、、瞑想のさかなに訪れてきた、 、、、深刻な憂慮のかたな。 *85 ここは、都会です。無限皺の砂紋ある、 都会の鰭は、 老いたる秋の鮎のような、 虹を見る場所。kamome studio *84ここは遊園地、ここは遊園地なんだ。kamome studio *83沼むくんだ手足の、あつぼったい、護謨のような、少女よ、強 姦してやろう、ざわめきよ、(青い腹の、白い縁、)ものうげな、うねりよ、(さざなみもえ、さざなみもえ、)鉛と銀の彼方、あじさいが、咲く場所へ。 *82歴史溢れる夢の絵の具に、いつから―――蟻が忍び入ったのか。ふところへはっきりと夜行獣の放恣、ひしめきあいながら悶えていた地平線の液状硫化、鋼鉄の一線がはっきりと・・・・・・。怪物をふくんだかろやかな欲情はよみがえり、洋式便器に外国文学は打ち棄てられ、焼きそばの湯切り口から孑孑がわき、異国情緒の煌めく蛇尾を噛み、禁じられた遊びの擾乱に酔い痴れるよ、鉋、万力で胡桃を割りながら蝶に蟻が忍び寄るよ、銅版画のごとく蒼然としずまりたまえ、太陽系よ、始まり給え、宇宙系よ、北から南に、湾曲したあの道を覚えているか、迅速き顫動、万丈甍の肩甲、鶺鴒、蛟龍。 *81島空想の汽船は埠頭を離れ、この白昼の空気のかたわら、窓の遥か遠くに青灰色の絨毯を敷き詰めて、一匹の迷い鴎に端を発しためくるめくる冒険譚、七月の凪いだ海、八月の人妻の匂いのしない団地。急速に成長する薄墨色のしろがね、短冊の祈りの姿は肥大化し、ひたすらに歌っている魚に、窒息させられた恍惚を嘲う、検索履歴は夜までの長い長い軌跡だ。 *80烏賊歩き、犬泳ぎ、猫は空飛び始まりもしない考えに光った眼は、夜光塗料のように蒼褪める。植物標本が宙浮かび、池潜りしようとも、プラスチックの模造ケーキに埃が溜まる。竪琴の胴に張られた線路よりも、存在しない触角があることが悲しい、ピープル・ナーバスは夢の中の夜の怒り。記憶の刃の群れは、ゲームセンターのハイスコアに似ている。熊が冬支度をはじめ、牛が円盤に吸い上げられた。眠れば羽根を閉じる蝶は聖油壺の柄、何が無錫のひなびた歌にする一語一句。まだ誰もがイズムに冠をかむせている。古代の石碑の文句を詩と思うような、龍のかぎづめが、張りつめたヴァイオリンの中で水浴びする、言葉はわかっていない。夕暮れの公営アパートは夕食の匂い、メモリーカードのデータを思い出し、咲く花の罪科を問う。秋空の鰯雲、美しい夕陽、お前はきっとわかっていない、誰かに値踏みされたのさ、半額のシールを貼られた弱い連中に、自販機で、珈琲を買っている、不穏な静けさは目覚めてゆく、青い豆かと思ったら蠅だったあの朝のスープに。 *79食品ロスという言葉が、スーパーマーケットに出現したいいスーパーマーケットというより、綺麗なスーパーマーケットには人が沢山来る、という印象がある。残念ながら、汚いけれど美味しいとかいう定食屋は、令和の時代には生き残っていけない。僕は好きだけどね、でもインスタグラム脳に侵された人々にその論理は通用しない。電球を変えてみるとか、壁を新しく塗装するとか、ボリューム感とグレード感のある演出をしてみるとか、そういう努力をしている店が、いいスーパーマーケットで、綺麗なスーパーマーケットなのだ。「良いものをより安く!」とか、「顧客満足度向上」などの抽象的な目線のスローガンを、あなたは眼にしたことがないだろうか?そんなのは多分誰も気にもとめない類のものだ。僕はコピーライターが大嫌いな詩人だけど、コピーライティングの本を持っているし、マーケティングの勉強もちゃんとする。何でかといったら、それが駄目だとか言うだけでは、何も変わらないからだ。誹謗中傷罵詈雑言は、ネット掲示板でもユーチューブのコメント欄でも出来る。駄目でも嫌いでも構わない、学べるところがあったら学ぶ、盗めるところがあったら盗む。うさぎと亀でいったら僕は亀でいいと思うのだ。うさぎのようには見せるけど、無茶苦茶な努力は一年間続かない、毎日コツコツ続けられる類のことが一年間続くことだ。継続的なマーケットポジションの明瞭さによって、価格競争から抜けられるし、他店に浮気することもない、集客や収益も安定してくる。とはいえ、宅配サービスなどでスーパーマーケットどころか、コンビニにさえも行かない人がいると聞く。時代は移り変わっていくのだ、と思う。ごくごく基本的なことだけれど、『商品の値段』−『商品の仕入れにかかるお金』=『もうけ』だ。なのだけれど、『商品の値段』を大きくするとお客は買わなくなる。価格競争というのがあり、そうすると値段の安い店にお客は行ってしまう。『商品の仕入れにかかるお金』を小さくしたくても、商品には相場というのがあり、また野菜などは天気など自然災害との戦いだ、小さくすることは出来ない。たとえばこんな問題はどうだろう。スーパーマーケットでは多くの商品を買うお客がいるもの、手運びや自転車ではなく、車で来たいと思う。車なら家族で来るかも知れない、色々な商品を買ってくれるかも知れない。と、ごくごく考えつくシナリオだ。だから駐車場は大きくしたいと考えるのが普通だが、立地的にそれが難しい。じゃあどうするかということだ。高齢者をメインターゲットにして「宅配サービスを始める」とか、「そこでしか買えない要素を作ってみる」とか考える。たとえば、「コストコから仕入れて"再販売"する」ことだって出来る。「ユーチューブに店を紹介する」例もある。「SNSに強いスーパーマーケット」になってみるとかもあるだろう。本当に馬鹿みたいな話だけど、陳列棚に空きスペースがあるだけで、欲しい物がなさそう、在庫が全然ない、管理が行き届いていない、などの悪い印象を持つものなのだ。ジャングル陳列、圧縮陳列とも呼ばれるけれど、そこには、「値下げ品」「特売品」「見切り品」などのポップと一緒に置かれている。このポップにだって店側の工夫が出る。反時計回りになるように陳列したり、ついでに買おうを催促させるようにレジ横に並んでいる、ガムや乾電池、本なんかを見たことはないだろうか?磁石のように誰もがつい注目してしまう場所を、「マグネットコーナー」と言ったり、おでんコーナーをバイキング形式にしたり、とかね。つい先日は食品ロスの記事を読んだ。前後して、ボリュームのある料理を提供する店について考えた。実は近頃、食品ロスをスーパーマーケットが用いるようになってきたので、個人的に注目しているのだ。スーパーマーケットではないレストランの話だけれど、客のアルコールの飲み方を見て、料理の量やパスタの麺の種類などを微調整するという。アルコールをたくさん飲むグループは、そうでないグループに比べて食事の量が少なくなる。そこで、パスタの種類をスパゲッティからペンネに変更する。少し大袈裟にいっている部分もあるかとは思うけれど、浅蜊というのはぎりぎりまで生きたままの状態を保てると、調理した時に出汁が出やすく、食感もいい。そして傷んでしまった浅蜊はもう調理することができない。 *78please stay close to me(「傍にいて」)アルファベットがカタカナになったような模糊、Don't you see me?舌に出来た腫れ物、Now you see me?駅の地下、エレベーターに乗っていた歴史って、《傀儡》And say...ベリーグッドだった。浮き足の影は逆説的な電波、無秩序、What’s going on? とっておきのjokerさ、「電波/伝播」―――現実的すぎる夢は健康に悪い、さらに深い穴に落ちてゆく方がスリルがあって楽しい。《インク壺の毒蛇が蓄音機の牢屋に閉じ込められた、音楽を聴きたい》BANG! BANG! BANG!Do you wanna fly?(と、)囁く声がする、【シリンダーの内側】(さあもっと、HIGH JUMP!)『ノアノ洪水ノヨウナシチュエーション』(0から100まで数えたらそうなれる?)壁に穴を開けた、服を着てシャワーを浴びた、(0から10000まで数えたらそうなれる?)英語能力は不可欠、キチガイもイッタふりの演技も。軽やかに Step and go!「暴力だって信頼関係を築いていれば、感謝される、そんな愛のある場所(は、)」“選択を迫られている。逃したものについて何らかの決定を下さなければならない”欲望が渦巻く、ブローアップなハイタイドで、暴れる蛇の腹に手を触れた、starlight, starlight拠り所じゃなくて、警告を発している、でもまだ不安な熱気に満ち溢れている、starlight, starlightEDIT MODEで作り変えてゆけば道徳心を麻痺させる、怪物は不安や絶望を欲しがっているんだ。呼吸する腐敗。(君の...耐え難い神経線維...)観念的な死。(君の...逆撫でにされた脳細胞...)街灯後方に流線、黒点となったタクシー乗り場、Don't you see me?眩んで上がるボルテージの沸点と妥協点、Now you see me?イメージ戦略によって差別化を図ろう、《心臓》And say...ターゲットマインド、攻撃的な弾みで活性化、戦死者、Are you ready? Let's dance right now!飛翔力さえ得られる、次の日落ちるなんて思わない、迷いたい迷いたい自分の履いてる靴を海に投げた、《使い古しの割りばしみたいな無声映画を破って、焦燥が前に出てきた現実だ》BANG! BANG! BANG!Do you wanna fly?(と、)囁く声がする、【マジックテープ引き剝がす薔薇宇宙】(さあもっと、MIRACLE JUMP!)『最新ノ動物ニナリタイ』(0から100まで数えたらそうなれる?)ハイスペックPCじゃなくちゃ駄目、努力と継続のintelligenceさ、(0から10000まで数えたらそうなれる?)特殊能力が必要、裏技や力業も必要。「勉強というより、トレースに近い形で仕事を継承して、骨抜きにされ、鮮魚コーナーに並ぶ僕等(は、)」“選択を迫られている。それをキャッチするアンテナのイマジネーション”黙れって言った、伽藍が嘶く遠い閃光、まだ見つけちゃいない、まだ全然わかっちゃいない、眠れないまま朝が訪れる、いと冷やき彩は心模様のように乱れてうつろい、ダダダ、、、(叫ぶんだ、これが最後って、)ダダダ、、、、、、(大きい力に引き寄せられてゆけ、)めらめら燃えて、その先は、ゴーズオン! 短いトンネルの中で聞こえるショートレンジのディレィ、starlight, starlight至る所に約束があって、瘡蓋のように厚くこびりつく、けど不揃いな手拍子が導くぜまだ軒を打つ雨、starlight, starlightPERFECT STYLEで宙に浮いた目玉の命名、もっとビールの泡が恋しい眠りの中の夢。 *77Faceless, heartless―――ピンポーン。寒々しいインターフォンの音が鳴る、マンション四〇二号室。顔の隅っこにでもピンでとめられているような嫌な感じ・・。[どうしてこんなことになったんだろう・・・]《M埼、恋人ができたよ―――》あの日の、友人は幸せそうだった、一緒に暮らし始め、結婚を考えていると言った、あの日の友人の、声が、鼓膜の中で響き始める―――。間もなく、「開いてるから、入ってこいよ」という声がする。テレビの喋るような声が聴こえてくる。“誰も友人に語り掛ける人はいないんだ・・”(一人は淋しい、わかっているんだ―――)《そんな時、どうしたんだって言ってくれる俺が救いになる、わかっているはずなんだ・・・・・・》ドアを開き、玄関先で靴を脱ぎ、廊下を進み、リビングのドアを、ギイーッという擬音を想像しながら開ける。十畳ぐらいはあるリビング。いつか綺麗なシステムキッチンを自慢されたことがある。S子さんは料理上手で、友人はべた惚れだった。美人とか、声が可愛いとか、性格がいいんだとかは連鎖反応だ、次から次へと理由をくっつけて一本の鎖になる。平凡な話だ、その鎖がギチギチという音をさせて縛っている。地方から上京したS子さん、知り合いや親御さんは、いま何してると言わないのだろうか・・・・・・。そんな光景をねじ伏せながら、冷蔵庫、食器棚、液晶テレビとよくある光景が見える。テーブルの上には、コンビニの袋のようなものが見え、それ、がいる。桜の樹の下のような奇想が氾濫する。爆弾に見立てられた檸檬だ。“でも殺したわけじゃない”《悲しみ方は人それぞれだってもちろんわかっている、孤独だった、愛した人だった、減刑嘆願書なら提出する、証言台に立っても擁護する、―――わかっているから、友人として付き合っている・・・・・・》でも別の見方もある、【情でたらしこむ】という見方だ―――。キッチンからソファーが見え、そこに友人がいる。「急に呼んでごめんな、なんか一緒に酒飲みたくなってさ」―――優しいというのが、いい人間だというのが、本当は怖いんだっていうのをつくづく思い知る。数秒の狼狽、違和感が鋭い感覚によって叩き起こされる。うっ、とうさぎ穴に落ちたアリスみたいな気分になる。脳が異常を察知したように、視界が揺らぐ。途端に、生ごみのような嫌な臭気が鼻をかすめる。増殖する自己嫌悪。虫になったザムザのような気分で、今度はちゃんと、キッチンのテーブルに寄り掛かるように座った、女性のフォルムを見つめる。まるでシネマの背景のようだなと思う。頬が少し痩けてきて、髪も幾分か汚くなったろうか。[泣きたいような切ない気持ちになる、俺だってそうさ、駅のプラットフォームに立ちながら、どこか遠くへ行きたいと思う、ぽたりと眼が潤む、でも、生きてるってそういうことだろ・・]《M埼、恋人ができたよ―――》缶ビールを開けて、友人と会社の話をし始める。“何処か遠くの風景でも見ている気がする”《S子はもう死んでいるんだよ、頭髪からずるりと、髪は抜け始めたはずだ、臭気だって気付いているはずだ、白粉を塗っても、口紅を塗っても、少しずつ馴染まなくなっていくはずだ、肌の色が変わっていく》「S子さんどう?」「やっぱり具合が悪くてさ、すまない、ろくな挨拶もしなくてさ」その後、ゲーム機のコントローラーを握っている。何食わぬ顔をして、口を開きかける勇気も自信もない。友人には(まだ、)恋人がいる。時折、笑いかけるようにS子という声がする。顔中を隙間のない笑いでくるみ、消化不良な想いを胡麻化しながら、弛んでゆく、緩んでゆく、ズレてゆく。そしてそれは重く、もはや背負いきれないほどのつれあい、だ。友人には、一か月前に亡くなった恋人がいる。けれど、相変わらず生ごみのような臭気がしている。キッチンのテーブルで人形のように青白い死人。その日の帰り、S子さんの幽霊を見た。いや、幽霊ではなく、俺の良心の呵責がつくりだした、幻だったのかも知れない。S子さんは泣いていて、時間の停止や遮断、純粋な夜の空間にいた。“隣人や他人を売るということは罪だ”《けれど、これ以上、看過することはできない、俺自身の為だけじゃない、S子さんのためにも、もちろん、友人のためにも―――》交番へ行き、事情を説明し、友人の家へ行ってもらった。裁判所指定の医療センター精神科で、精神鑑定を受けた友人。S子さんは、火葬された。S子さんの両親とも顔を合わせ、友人の両親とともに頭を下げた。S子さんの両親はどちらかといえば同情的で、“時が経ったら―――と言った”《S子が眠っている墓参りにでも来てやってください》けれども、時間が解決するなんて嘘だ。車の凹みをハンマーで直す板金のように、叩いて性根を直していく、なんてこと出来なかった。過去に留まって、すがって、もう友人はとっくの昔に・・。友人は裁判を終えて戻ってきた時、両親からS子さんの火葬を告げられて自ら命を絶った。知らされた瞬間、息が止まった。俺が殺したようなもんだ、とわかっていたからだ。[どうしてこんなことになったんだろう、意思や人格を認めてやればよかったのか、建築でコンクリを流し込む時に使う型枠のように・・・。]《M埼、恋人ができたよ―――》どうしてそのままではいられないのだろう、ずっと、そのまま幸せな感情を抱き続けていられないのだろう、時々俺はS子さんの泣いている姿を夢に見る。刹那の欠片のあわいしじまのなかに見出された悔恨。吸引力の落ちない掃除機だった。夜と夜の間に生まれたひずみだった、くびれだった。友人とはぐれたまま会えない、怪談に出てくる迷子の幽霊みたいだ。俺自身も見える黒から見えない黒になり、もう片足を棺桶の中へ入れているのかも知れない。これから先もずっとそうなんだろう―――か、それはわからない、ただ、S子さんの墓参りへ行き、友人の墓参りへ行くことがいまの俺に出来ることだ。軽快なまま流れている日本語ラップの歌はあれほど嫌いだったのに、何故だか不思議と羨ましかった・・・・・・。 *76ハロウィーンだからチョコ欲しい!ていうか、チョコくれ!バレンタインじゃないけど、横文字つながりだから多分大体それ!おー、愛犬に「チョコくれ!」愛犬は、優しくドックフードを手前に差し出した。わう!おおチョコじゃないけどドックフードゲット!やっほー!それからチャットGPTに「チョコくれ!」グーグル検索画面に「チョコくれ!」という不毛をしたあと、でも不毛を恐れちゃ人生経験できないよねー、石の上にも三兆年って言う。桃の樹スパロボタイムアタック!いくぜー!うおおおおおおおお、商店街を駆け抜けながら、近所のおばちゃんに「チョコくれ!」あれは学校の三年生で美人の癌打無さんだ「チョコくれ!」あれは町一番の美人と名高い魔神蛾亜さんだ「チョコくれ!」全然くれなかった、むしろ蹴られた、ともに集団下校でお世話になった、昔から蹴られた。おばちゃんはせんべいくれた、命の恩人!でもありがとう、そうやって構ってくれるだけでありがとう、生きてくれてありがとうねー!うおおおおおおお、燃える青春だー!家に帰ると母親に右ストレートをされた、「恥ずかしいことすんな馬鹿息子!」とか言われたけど青春に苦い味は付き物、全然こりてないからねー、家出に不良だってしてやる、でもチョコほしー、「馬鹿息子、もうすぐ夕食だよ」おお、夕食ゲット!いつもごはんつくってありがとう!と、インターフォンが鳴った、ピンポンダッシュか、と出てみたら幼馴染の盆場亜万さんだった、「お菓子あげようか?」って言われた、やったー、やっほろ、やったー、やっほろ、はしゃいで、飛んで、そして着地。うおおおおおおお、生きててよかったー!いくぜ、ふんがー! 「だからもうちょっと大人になりなよ、ハロウィンでそんなテンションな人いないでしょ」なだめられた。でもお菓子げええええっと。もっと頑張るよ、もっとお菓子もらえるように頑張るよ、てか、チョコほしー。 *75ヒンバ族のレポートグローバル化が進む現代、発展し続けるテクノロジー社会に呑み込まれずに、独自の文化を守っている部族は、もう多くはない。世界一個性的な成人式の衣装である、忘れられた部族「セルクナム族」の、独特なボディぺインティングとコスチュームを思い出す。異界とか秘境とか、人外魔境とかいう言葉はあるけれど、外国はまさしくカルチャーショックだ。それはもちろん差別や迫害を含んでいる言葉だけれど、日本が鎖国していた時代を想像することもできる。その一つがナミビアのヒンバ族で、ここの人々の姿は美しく誇り高く、最近では頻繁に出版物の表紙を飾り、またドキュメンタリー映画で紹介されている。「青」という概念の言葉がないというのも、よく知られていることかも知れない。アフリカ・ナミビアで映像作家をしている、両親の元に生まれたティッピ(Tippi)は有名。ゾウやヒョウ、ライオンなどの大型動物からヘビ、カエル等の比較的小さな動物、そしてカラハリ砂漠に住むヒンバ族の人々とのふれあいは、もうワイルドの一言。ヒンバ族の人々が住むのは、アフリカ南部にある国、ナミビアの北部、カオコランド州と、そこを流れるクネネ川のアンゴラ側の対岸地域。二十世紀初頭、アフリカに進出していたドイツの軍人、ロタール・フォン・トロータは、ヒンバ族の大領虐殺を行いました。その後の一九八〇年代にはヒンバ族はほぼ消滅した。酷い干ばつのため家畜の九〇パーセントを失い、人口は五千人を切っていた。住民の多くが放牧をあきらめ、都市部のスラム地帯で難民化した。しかし、一九九〇年のナミビア独立以降、政府の保護のおかげでヒンバ族人口は回復に向かうようになった。アバウトな物言いになるが、戸籍謄本のようなものがないのだろう、総人口はおよそ二万から五万人といわれている。ヒンバ族はナミビア最後の半遊牧民族で、移動学校が用意され、子供たちが学べるようになっている。だが同時にヒンバの人々は、外界からの影響の流入に全力で抵抗している、(ようにも見える、)読み書きのできない人がほとんどで、外界での出来事についての知識も皆無。フランスの外国から流入してきた言葉に対する扱いを思う。個人的に、陸上競技の開催や、スポーツテストなどを実施して、部族の伝統と共に身体能力の高い人を、拾い上げていくような構造があったらいいなと思う。矛盾しているけれど、矛盾が現代人であるということだ。きっと君もそう思うだろう。日本を離れ、世界の異文化や、見たこともない自然の風景を肌で実感することは、自身の栄養分となる。多様な価値観の存在を知り、一回り大きく成長させてくれる。ただ、一度ハマり込んだら二度と現実に戻れなくなる感が半端ない。まあ、虫や蛇が苦手っていう人にはきついかも知れない。(色んな恐怖を持つ、それが現代人というものだ、)多くの人々がナミビア政府にヒンバ族の援助と保護を求め、幸いにも様々な援助を受けることができた。だが、この時期、部族の中には伝統を捨て去った人々もいた。そのような人々は、洋服を着て、協会に通い、子供たちを学校に通わせるようになった。そういえば、「フェアリーサークル(天使の輪)」と呼ばれる、不思議な光景をご存知だろうか?砂漠の中にも草原地帯はあるのだが、その中に植物の生えない、剥き出しになっている謎の地帯が点在しているのだ。それは直径二メートルから一五メートルほどの円を描いており、あのミステリーサークルを彷彿させる。ちなみにトウダイグサ科の、「ユーフォルビア・グレガリア(Euphorbia gregaria)」種の植物が、原因だと言われている。色んな説はあるが、この多肉植物は、枝から粘り気のある白い乳液を分泌することで、地元ではミルクブッシュと呼ばれている。非常に有毒で、何かの拍子に目に入ってしまえば失明の恐れがあり、。これがたっぷりと含まれている地面には、ほとんど植物が生えないのではないか、と。どうしてこんな話をしたのかというのは、あえて説明するまでもないことだ。最近では、ヒンバ族は、独自の伝統を守っていることと、ナチュラルな美しさで、世界中の注目を集めている。男性諸君には裸族で、おっぱい部族として知られている。「それ、トップレスだよ(?)」まあ、何だ、こほんこほん、一夫多妻制らしいじゃない、オクヘバ!(現地の言葉で“ありがとう”の意)そうしたこともあり(どういうことだ、)この詩人駄目だよ、興奮しているよ、何だかいつもより楽しそうだよという冗談はともかく、ヒンバ族は外界からの訪問客を受け入れている。世界的に有名な雑誌にヒンバ族の記事が掲載されて以降は、一気に知名度と人気が高まった。多くの人が惹きつけられる最大の理由は、ヒンバ族の女性たちの驚くべき美しさだ。ヌーディストのサンクチュアリな意味合いもあるのだろうか、岡田斗司夫みたいな奴に、是非とも潜入させてアホな顔をさせてみたい(?)世界をめぐる数多くの旅行者、写真家、ジャーナリストたちは、ヒンバ族の女性を世界一の美しさだと讃えている。童貞禁止の場所だと説明もせずに、エロい視姦を繰り返しているけしからんところ。あのですね、ナミビアは他の南アフリカ諸国―――。エスワティニ、ボツワナ、南アフリカなど―――、とともにエイズ感染率が高く、成人(十五~四十九歳)のエイズ感染率が、二一.三パーセント(二〇〇三)に達する。こういうのを踏まえつつ、せいぜい気を付けな(?)ただ、悪い冗談は多すぎるけれど、ヒンバ族の人々はとても社交的で、旅行者との接触も嫌がらず、笑顔で一緒に写真に収まってくれたりする。陽キャなんだな。ちなみに、ヒンバ族のような例は、現代のアフリカではかなり珍しい。彼等は原始的な生活様式を守っているけれど、それは見世物にするためではなく、(前述したように訪問客にとって、見世物の要素がないとは言えないが、)ごく自然でリラックスした本当の姿。すごく真面目な話をすると、A Vのモザイクをかけている内に興奮しなくなる作業者が出てくるのだ、あとに残るのは土着的な文化や価値観だ。聖書の蛇にそそのかされて林檎を食べるエピソードのように、社会における様々なストレスが人間を醜くしているという意見も、それはあるだろうと思う。実際、ホームレスが禿げないという話みたいに、「ストレスを多く感じている感受性豊かな人」ほと、魅了されてしまうのではないだろう―――か。とはいえ、ここは乾いた砂ばかりで、ほとんど生命の存在しない砂漠地帯。彼等は半定住、半遊牧の伝統的生活を続けている。ヒンバ族は放牧で生計を立てている。彼らが飼育しているのは、肥えてはいないが、それでも過酷な気候条件に強い、丈夫な品種の牛や山羊。これらの家畜は、駱駝のように何週間も水がなくても平気なのだ。彼等はたまに家畜を売ることで外貨を稼ぎ、あとは、世界中から訪れる、旅行者を相手にちょっとした小物や手工芸品を売り、野生生物の保護や観光客向けに自然保護で生計を立てている、(らしい、)僕はこういう話を全然信用しない、多分ものすごく稼いでいる人もいるかも知れない、「生涯お風呂に入らない部族」という紹介もされているけれど、これだってどうかはわからない。だからやはり岡田斗司夫みたいな奴に、奇声をあげさせにいかせるのだ、絵的に絶妙に気持ち悪くて絶対に面白い(?)まだ言ってるよ、このヒト(?)テレビ局どうですか?ともあれ、こうした得たお金を手に、ヒンバ族の人々は町に出かけ、とうもろこしの粉や砂糖、子供向けのおやつを買う。車が通る通りに独特のファッションのヒンバ族が平然とした顔で、歩く姿はNYに迷い込んだ原始人の姿を想起させる。(そんな映画があったような気がするが、題名を失念した、)彼等に洋服は必要ない。買うとしたら、せいぜい焼けるような砂や岩の上を歩くための、サンダルぐらいのもの。ヒンバ族の女性は、家畜の乳搾り、料理、子供の世話などをし、男性は水運びや、住居の建設、修理など、主に力仕事を担当する。ヒンバ族の人々はほとんど食器を使わず、稀にひょうたんの器や、ペットボトルを利用するぐらい。いまや世界中に溢れるビニール袋も、ヒンバ族の集落ではほぼ見当たらず、大事なビーズやブレスレットなどの装飾品の収納に使われている程度。ちなみに美しいと評判のヒンバの女性たちは、実際、お洒落が大好きで、お手入れも欠かさない。個人的に江戸時代の遊女の姿をぼんやりと想像した、一流の遊女でいるためには五千万もかかるという話はあるが、それは全然関係ない。この地域では水は貴重品で、一滴も無駄にせず、大切な飲み水とされる。ですから毎日お風呂やシャンプーなんてことは、想像することもできない。ではどうするかと言うと、ここの女性たちは、「煙風呂/煙浴」に一日二回ほど入る。コミフォラなどの香木の若枝や葉を、炭火の上に置き、ゆっくりとあがる煙を浴びる。毛布をかぶって、香り高い煙を出す炭火の方に身を傾けていると、大量の汗が出てくる。こうして身体はきれいに流され、消毒され、同時に心地よい香りが肌に残る。余談だが、日本人の場合は、年齢に関係なく、人工的な香りが切れた途端に、嫌な臭いが漂ってくる。身体を石鹸で洗いまくり、香りが長持ちする洗剤で衣服を洗い、部屋中にファブリーズを撒くことによって、常在菌を抹殺した現代の日本人は、少し汗を掻いただけで臭くなる。文化というのは恐ろしいものでそうすることに疑問を抱かない、だがそれに疑問を投げかける要素があるとかぶれる人が続出する。さて、太古の昔からヒンバ族に伝わる独特の習慣の一つに、魔法の軟膏があり、これが女性たちの美しさの秘密でもある。ヒンバ族の女性は、牛乳由来のバターと酸化鉄を含んだ岩石を砕いた粉を混ぜたものを、一日に数回、身体や髪に塗る。これによって皮膚は煉瓦のように軽く赤く染まるが、独特の美しさを引き立てている。この軟膏のおかげで、ヒンバ族の女性たちの肌はとても美しく、良い香りを放っている。日焼けや虫刺されを防ぐのだ。また、地毛は短いことがほとんどで、この軟膏を使ってドレッドヘア風のエクステンションを付けている。世界中で流行したヘアスタイルも、こういうところから派生したのかなと思うと、結構楽しい。彼女たちは装身具を最高に効果的に身に着ける術も心得ていて、(一種のチラリズムとして女性が学ぶべきところも多いが、)スレンダーな身体に短く複雑な装飾のある皮のスカートをはき、駝鳥の卵の殻で作ったビーズ、銅、貝殻などを使った首飾り、ブレスレット、アンクレットを身に着ける。年を重ねるごとに装身具の数は増えてゆき、総重量が数キロに達することもあるらしい。大人の女性は、オウンバという大きな白い貝の飾りを胸につけ、これは母から娘へと代々受け継がれてゆくもの。ヒンバ族の女性たちは足首に美しい手作りの飾りを付けていますが、これは装飾的な意味合いだけでなく、毒を持つ動物に噛まれないための保護の役割も果たしている。男性の服装は、腰巻に古タイヤから作ったサンダルが定番だったが、最近ではヨーロッパ風の服装をする人も増えてきている。子供たちも、主に腰巻を巻いているが、Tシャツに短パン姿という姿もたまに見られるようになっている。 *74世の中の女子高生が猫好きなわけがない!猫、あったかいぜー。湯たんぽだぜー。ほっかいろだぜー。《三十秒の、エクストラステージ》ⅰ 閑話休題。ⅱ 考えていて、 急に恥ずかしくなった。 紅顔ときどき苦笑。Ⅲ 赤鼻のトナカイな女の子。Ⅳ 恥はかき捨て世は情け(?)《そして始まる、ネクスト・オブ・ザ・ドア》「なあ、実は人間に化けたり、猫の国へ連れていくとか・・・」「し、し、しないのか?」Ⅴ 頭の中がファンタジー(?)Ⅵ ファイナルファンタジー(?)Ⅶ 猫あったかいぜーに戻る(?)Ⅷ そしてふりだしに戻る(?)《勉強、部活、ずっ友、それから、恋、けれど、時々は猫》ふひゅるるるー。ふひゅるるるー。ああ、戦闘服になってきたー。ああ、スマホのキーホルダー(?) *73ぱおーん「フヒュー、ごくごく、プハー、もっと飲めよ、上司の酒は飲め、パワハラだぞー、ぱおーん(?)」酔っぱらっています度数、金曜日パーセント。酔っぱららっています度数、美人女上司パーセント。ハンバーガー、サンドウィッチ。む、胸があたる(?)いや、脂肪の塊だからいい、そう、多分、だからいい(?)「部長、もう随分飲みましたよ。帰りましょう」「カエル? お前、面白いこと言うなー(?)」酔っぱらっている女上司が笑う度数、突入あさま山荘パーセント。酔っぱららっている女上司が笑う度数、チャー! シュー! メーン!(?)「しかしお前の家へ行くか。上司だからなー(?)」(上司にそのような権限はありまてん!)「あと、今日の仕事は素晴らしかった、だからそのビール一気に飲め!(?)」(おどしてなだめてやっぱりブスリ、それがやくざのやり方!)困ったことに、さっきから太腿に手を置かれている。やらしお、それはぼくのなつやすみ用語(?)困ったことに、むぎゅっとやられたりする、やらしお、お姉さんの部屋へ夜中へ逝く語(?)夜の面接がはじまるでしょう、永久就職きまっちゃうよー(?)焼き鳥の味を忘れるな、その苦いビールの味を忘れるな、それがこれからのズブズブのデロデロを、つくっていくのだキャラー(?)・・・・・・普段真面目な人ほど乱れてしまいがちな酒の席、素直な言葉で伝えるのは恥ずかしいので省略してしまいがちな、そういう酒の席。朝目覚めると何度考えてもおかしい、恥ずかしい、月曜日顔を合わせて赤らむ、そんな酒の席。ぱおーん(?) *72おいお前、コンドーム持ってないか財布の中に入れとけよって言いたい無茶ぶり *71眼『雨月物語』巻之二「夢応の鯉魚」絵から抜け出す///[極性の難浴](戯れ言の自由)が去ってゆく、詩に就いて。詩に憑いて。 最奥の 突/風。漏電ダ!バヰオリンダ!感覚、特に視覚や触覚でとらえうる、もののありさま。反転した眼球と乱反射する世界。***テーふテーふ《イカロスの蝋の翼》だったかも知れない。『君/ミロのヴィーナス』だったかも知れない・・・。天道虫が薔薇の花の上に停まった、神話はそのようにして生まれた―――。未完成の息が電流となれば回路となる。摩利支天の龍の伝説は“眼を潰すと出られなくなる”飛躍のシナプスー。《天照大御神は天岩戸と呼ばれる洞窟に隠れる、“亀裂/嵐の前”》死の行進を軽んじている、一切の苦役。軛。「厭ふべき人生の唯だ一つの真実の目的―――」(は、)余白の中にある。情報処理できていない九九.九パーセント、「千分の一の情報に選ばれる」情報の氾濫。維新派のアヴァンギャルドな映像を思い出す、土方巽の一瞬の肉体を閉じ込めようとする躍動感―――。聖書は数千年前の出来事、ピラミッドは数千年前の建造物。『種の起源』を著すまで、「生物の進化」は考えられたことがなかった。(気づきを与えることで生活の変容を迫る、革命という言葉・・)“世界の秘密に触れること”(は、)【宗教と信者】“宇宙の秘密に触れること”(は、)【水槽の中の脳】人物の表情や動作、心理学、服装―――。急速潜行のホイール・ウォッチング。「社会的といふ言葉・・・」(それは抽象的という言葉、さもなければ、存在の現前)―――“昆虫”になった。 最愛の人 と、 別れても 人生は続く」」」自殺ダ!闇ノ中ノ闇ダ!夜中の道路で鹿を見る確率を述べよ。月の自転を意識すると内臓の動きがわからなくなる。《耳であれ!音に忠実たれ! 計算を超える本能のうごめきを追え!》シェイクスピア作品の喜劇「真夏の夜の夢」のVR演劇を思い出す。《画期的だと思った、でも世界はそんな風に代替のリアルを目指す》《機械になりたいと言え!完璧なものに憧れていると言え!》偶像から群像劇が生まれて埋もれる。レオナルド・ダ・ヴィンチは幻を追いかけていたんだよ。僕もその幻を追いかけている。変遷せよ。超克せよ。僕はロンドン・ダンジョンの夢を見る。連続殺人鬼も、拷問も、疫病も。見る。僕はポル=バジン遺跡に憧れる。***世界の常識はまだグロール精神医学博物館にとどまる。千一夜物語の夢」」」地獄を見たことのない奴の言葉が詩たりえるものか」」」《A.L.I.Technologiesの見た夢の残骸》そこは奈良ワンダーランドではない。《物語の枠組、メタフレームの中に、燃えるお前の命を映し出せ!》けれど、“鹿”は生きている。「新聞配達が見えてくる、薬局の受付カウンターが見えてくる、ビルのソファーが見えてくる・・・・・・」だから僕は見る・・・・・・。 痙攣し テ、 涙を浮かべた 錯覚の中の誓い」」」《一杯ノ缶麦酒ヲ飲メ騒ゲ狂エ!ソレカラ悠ックリト、シガー、ニ、火ヲ点ケロ!》***テーふテーふ《愛の預言者》だったかも知れない。『君/傾国の美女』だったかも知れない・・・。「あれから僕のサウンドトラックは、鳴りっぱなし、、、」「あれから僕のマニュアルコントロールは、壊れっぱなし、、、」感情は壮大、戸惑い、恥じらい、困惑のまなざし―――を、しながらも、連続する、抵抗する、接続する、単純化する、複雑化する。その「腕」をへし折れ、その『膝』をへし折れ、《復讐を始めよう! 正義を始めよう!》何故ならば既に敷かれた屠殺室へのレッドカーペット。まだまだ夜へいざなふ、黄泉の、夜見・・。(数学的イメージ)かも知れない。「静的」であり、『動的』である。そして《変転スル》・・・・・・。―――愛の夢を見た、白痴。でも君は忘れないで、イ、ル、ここは、ウェストゲードブリッジだから。昏倒! 絶息!ここは、エディンバラ・オブ・ザ・セブン・シーズだから。白痴、それは標本室、天球室。そしてそれは―――。《めまぐるしく跳ねだした狂気のリズム!》そしてそれは―――。《とっくに滅んだ文明の座標のためのクラクション!》ここはポイズン・ガーデン・・。「あれから僕のサウンドトラックは、鳴りっぱなし、、、」「あれから僕のマニュアルコントロールは、壊れっぱなし、、、」 *70水溜まりの上に硝子の靴はあった。最終電車が青の中に吸い込まれて、本当の闇の中。もう誰もいない街は、気の抜けたソーダ―水。青も錆びると赤になるのね。ううん、蒼も錆びると黒になる。光の束ゆらりと水模様揺れて、深海なんだ、水族館なんだ、ここはディープイマジネーションの宝庫。グロテスクな生き物たちが、本当の人間なのよ。時計の針も青く染まる、軌条も、月光も、箱庭も、ブルーなんだ、誰もいないことが一番重要、人を考え事の中心にしたくない、そうでなきゃ折り合いのつかない、何もないような気分がただ続く。 *69クマログ―――少女とくま―――やあお嬢さん、いらっしゃい。一泊十万のログハウスへ行くか、それとも逝くか、選べ。嘘だよ。くまくまだよ。良心的な価格。リーズナブル。足りなかったら、ソープに落ちてもらうがな。嘘だよ、くまくまだよ。怖くないよ。さあ、寒いんだ、ログハウスへ行こう、暖炉があるよ、川でとった、新鮮な鮭を食べようね、あと、猪肉もあるよ、食べられない? いま逝く?嘘だよ、くまくまジョーク多いよ。歌もうたうよ、ある日森の中、くまさんに―――くまさんに、食べられちゃった!嘘だよ、ごめんね、泣かないでね、くまくまだよ、それ、悪いくまさんだよ。 *68「奇想の絵師」といわれる長沢芦雪は犬を描いた。天上影は変らねど、栄枯は移る世の姿、ということだろうか。蝶よ、ああうるわしき蝶よ。ところで、生類憐みの刑は?犬が入れる程度の小穴、という英語があった。蛇や、兎、狸も入れる。猫もね。とはいえ犬・猫の長寿化の進展により、”十三歳以上用“という新しい年齢セグメントを、創造した商品がある。長生きするのに越したことはないけれど、人間の延命治療のようなことが行われないことを祈る。ところで生理休暇というのをご存知だろうか?男性諸君には耳慣れないものがあるだろうけれど、生理で会社を休業することだ。この親戚といえば、台風休暇、愛犬休暇などなど。前者はブラック企業の名前をほしいままにし、後者は取り扱い説明書が本当に欲しい案件。事実上その呼称も存在しない。非暴力を用いることだけが、真の民主主義にいたる道、とか言ったのはガンジーだけど、動物を育てる法律を義務化したらいいんじゃないかな、生き物に触れることで平和だって見えてくるよ。捨て犬が保健所へつれていかれて殺処分される。悲しいことはなくならない、悲しいことを生み出すのは暴力だ。無知もそうだ。ちなみにペットが亡くなった場合、忌引き休暇がとることができる企業はまだ数社しかない。それを変だというのも変なら、時代のニーズ、柔軟な姿勢というのも求められるような、変な時代なんだということ。とはいえ、一か月泣いたりする人もいる。人それぞれ、悲しみ方が違う。やっぱり、ぽっかり胸に穴があくわけだ。遺骨をダイヤモンドにするというのが知られているけれど、犬の骨や、猫の骨でもそうしたいと思う人はいるかも知れない。反面、犬好きの人が聞くと思わずそいつを殴りたくなるような、そういうエピソードも沢山ある。『犬うるさい! 死ね』と、門に油性ペンで書かれたとかね。なんでわざわざそんな可愛くないの選んだの、とかね。きっとわからないっていう病気が世界には蔓延していて、それが人の頭を病気にしているんだ。霧なんだ。優しい人になるより誰かの悪口が好きな人もいる、気が付いたらずっと他人の暴言を口にしている人もいる。もう犬の話関係ないね、犬にも劣る畜生道ってやつだ、蛇の道は蛇っていうんじゃないか、死の間際に天国思想にめざめるようなものだね、一体どれだけ他人を苦しめてきたんだ、IQもいいけど 心の知能指数(EQ)も大切だ。 *67ポケモンカード子供の頃に集めていたポケモンカード。ポケモンカードゲームの中で最もレアリティの低い、コモンとアンコモンは、そもそもカードに光る加工が施されていない。かがやくポケモンカードは斜めのグラデーションが、クロスするようにかかっていて、Vカードもそんな感じ、フルイラストのポケモンVカードはもそうだけど、特定の角度から見るとカードがメタリックな印象に変わる。うん、興味なければ本当にどうでもいい。でも箪笥の肥やしになっていなければ、カード収集癖があれば、そんなの当たり前のことだよって言うんだ。ポケモンVMAXのグラデーション効果は、背景のグラデーションが大きくゆっくりと動くんだ。そんな風にポケモンカードは異常なほどの高値で取引され、五億八千万なんて馬鹿な値段がついている。ヒカルのポケモンカード関連の動画を観ながら、ポケモンすげえなって思った僕だが、子供の玩具だろなんて言えない。ブレイク・マルチネスはアメフトの選手だったけど、ポケモンカードを売りさばいて驚きの五〇〇万ドル。日本円で約七億四千万円。あるところにはあるんだなあを地でいく快挙だ。そうかと思えば、病気になった愛犬の治療費を得るため、宝物のポケモンカードを売る八歳の子供もいる。少年の愛犬を思う気持ちと、多くの人の善意によって集められたお金で、犬は獣医院での治療ができたし、ワシントンにあるポケモン社が、この子供に、レアなポケモンカードのコレクションをプレゼントした。いい話だね。地元警察は犯人の特定に苦労していたけど、爆発現場に残されたポケモンカードがヒントとなり、容疑者の逮捕に成功したなんていう話や、ポケモンカードが入った金属製ケースをしこたま袋に詰め込んで、それで相手を繰り返し殴打したとか、聞きたくもないよね。そして死んだ、終身刑になった。カードゲーム関係ねえよ、僕だってそう思うさ。僕だって話したくない。でも、仕方ないんだ、カードの価格高騰や多発する盗難事件からも明らかだからね、ようは沢山のユーザーを持つことで底辺を抱え込む、その下部構造の人間が問題を起こすってことさ。ネトウヨ野郎、最低、そういうことさ。Xっていうだけで気持ち悪い、そういうことさ。あ、ごめん、ナチュラルにディスってしまった。でもね、ポケモンが嫌い、アニメが嫌い、サトシが嫌い、そして俺はアンチが嫌いみたいなね。子供っぽい理由で偏見剥き出し、ユーチューブのコメント欄で馬鹿なことを書く人々、人生全般に問題抱えてんだろう、そうだろうな。けれど、「嫌いな人がいる」というのはあらゆることに適応される、色んな人がいるっていうことは、そういうものだし、「それを見ないようにする」「それを見ることも高尚な趣味」とでも思うしかない。ポケモンカードはカードゲームとしてだけじゃなく、マーベルやディズニー作品のグッズと同じような資産として見るべき、という意見があったけれど、カードが高額で取引されることで、新しいパックを開封する際の魅力も高まっている。ようは二番煎じってわけだね。YouTuberが約四億円で購入したポケモンカードが偽物だった、なんていう話もある。流行とか人気って素晴らしいよね、それが別の闇を覗かせる。 *66夜night蜂蜜のうごきの鈍さ、真鍮のドアノブが磨かれて、胸の焦げる程うらやましく、若い頑強の肉体が、舞踊する。ゼブラゾーンをビートルズみたいに歩き、商店街を紙袋を持って歩くのは、角膜の曲率や屈折率だろう―――か。逃げも隠れもしないが、質問は禁止―――だ。色んなルールがある、夏の雨の日の中のレインコートが蒸れるように。ひそかに甘い空想をした日、汗と汗の間、いくつもの手に撫でられて、小学四年生の少年は、市民病院の生の場面に立ち会い、トマトソースの酸味のような匂いのするピザの前で、父の死を理解する。野辺を急ぐ旅人は、えてして畦に咲く小さな花の美しさに気付かない。生きているという事自体が、刻一刻、一日一日、死への急ぎ旅なのだ。人は皆急いでいる。ベビー用品店には用はない、老眼鏡にもまだ用はない、近くを通ると漂ってくるラーメンの醤油スープの匂いも、今日のところは用はない。スーパーの駐車場も、オフィス街も、ネオンの輝く夜の駅前もいらない。街が常に変化しているような渋谷の街も、十度を下回ることが年間一度もない沖縄の街も―――。職業欄に詐欺師と書くのは本当ではないが、嘘でもない。誰だって雪道のハンドルの重みと後輪が滑る感覚を知る。「うそつき」と言ってみて、「つき」としか響かない、聞こえない、今日のような日・・・。女性たちはみんな恋愛の夢を見るわけじゃない、『客観的に自分のルックスを見て、分不相応な相手を期待しないほうがいい』などと言うのが正しいのだろうか、でもブス専もいるぜ、世の中は顔だけが、人間の魅力じゃないぜと言うのもはばかられる、誰に向かって何を言うかを決めることも大切だ、夢を見て叶う人間たちのふりをしても、それはマルチ詐欺だし、底辺の屑だし、宗教だ。けれどもそのことが、どうしてこんなにも癒せない咽喉を作るのだろう。胸の奥の苦しさや、もどかしさを作るのだろう。不決断な焦慮を持て余しているようじゃあ、今更のように、孤影悄然、心理テストの教材のような、自動車の疾走音がする、その中の一つにはなれない、部屋の鍵をじゃらりと音させる、夜気を震わす思いつめた海洋性の声、人生の不思議な裂け目の中に、消化器が見える。 *65羽咋市あるある最近どうしてかお父さんがおかしい。さっき「疲れた」って言っていたのに、「今日も元気だビールが美味い」って言ってる。気のせいじゃない?他の子にも相談したら、そう言われた。でも、この前、夕方商店街で、お父さんに声をかけたら、「娘か」と言われて、ビクッとしたの。顔付きが全然違うの、何ていうか、お父さんだけど、お父さんじゃなかったの。ほらうち、両親が離婚してるから、おかしくなったりすると、生活のリズムが狂うし、すごく困るんだよね。お弁当を二日に一回作る、夕食も三日に一回ぐらいでやる、買い出しも二週間に一回は手伝う。家族ってそんなもんだよね、扶養家族のすべきことは料理か洗濯。でも洗濯は思春期的事情でNGだからね。で、仕事で疲れてるのかな、もし心の病気とかだったら、心療内科とかに行かせようかとか思っていたら――。お父さんが二人いるところを、この前、橋の下で見ちゃったんだ。ほら、隣の家に幼馴染いるって言ったじゃん、うん、結構イケメンだけど、どうだろうなー。あたし、顔がいいより、学歴や年収、学歴や年収より性格を重視するから。片親だと娘、結構クールに育つよ。でさ、犬飼ってるから夜七時ぐらい一緒に出掛けるんだ。勉強のリフレッシュと、ダイエットも兼ねて。公園通って、川に沿って歩いて、コンビニでアイス買って、―――食べちゃうんだよね、アイスぐらいいいだろうって。河川敷まで来て食べて、高架橋を通ったら、誰か人がいるみたいで見たら、お父さんが二人いたの。残業って言っていたのに、分身してるじゃん。忍者かよって思うよねー。でさ、DNAとか、遺伝子改変とか、叫んでるの。お父さんの会社、バイオテクノロジーだって言ってたけど、もしかしたら、コピー人間じゃないかってピンときたの。幼馴染に言ったら一笑にふされたけど、いや、双子とか、そっくりな親戚とかだろとか言うんだけど、あたしは真剣なんだよ。でもさ、家に帰ったら、見られたって気づいたんだろうな、次の日の朝、お父さん二人が、キッチンに座ってたの。中々インパクトのあるシーンよね、ドッペルゲンガーと路地裏で対面する次ぐらいに。「実はこれは、ロボットなんだ」とか一人のお父さんが言うの。「実はそうなのだ、娘よ」とか一人のお父さんが言うの。でもね、そう言うんだけど、ロボットに見えないっていうか、それ、絶対に人間なんだよね。あのさ、高校生なんて見たってわからないだろうとか、そういう打算っていうか、悪意みたいなものも感じるんだけどさ、さすがに、わかるよね。けど、ロボットにしとかないとまずいみたいなのを、娘なりに思うところはあってさ、覚悟決めて言ったの。「何がしたいのかわからないけど、とりあえず、どっちかわかるようにちゃんとして」「それができないなら、どっちか捨ててきて」って。そうしたら、髪の毛を茶髪に染めてくれてさ、お父さんが二人いるんだよね。お小遣いもなんでか三倍に増えたし、お父さんが二人いるという事実も、双子でっていう設定が付け足されてからは、周囲の公認の事実になって、まっ、いっかなって思ってる。最終的に、お小遣いが増えたんだもん、文句ないよね。現金だとは思うけど、そこさえあれば何も言うことないよね。ただ、時々どっちが本物で偽物かわからなくなるんだよね。あと、お父さん双子じゃないよ、そっくりな親戚の線もないかな。人体実験が行われた、コピー人間がつくられたって思うところもあるけど、存外、宇宙人がバイオテクノロジーに協力したのかもね。だってお父さんの会社、UFOの街として有名な羽咋市にあるし。そっちの方が何でかリアリティーがあるのが不思議だよね、でも、こうやってモスドナルドでおごれるのも、そういうリアリティーの産物なんだよ、でも、いつも話聞いてくれてありがとね。だから多分、そういうことなんだと思う。でも、近頃はなんかお父さん同士が話してるんだよね、「やっぱり娘も、もう一人欲しいなあ」って。 *64少女の眼ワタシハオモイマス、ノゾキミというのは、カンシというのは、すごくすごくエッチイ、と。エンチョウセンして、バックスクリーンにホームランを、うちこんだようなキブンで、キブーンで、カンガエマス。コリャコリャ。アリャアリャ。オンナノコドウシが、てをつないでいる、エッチイ。オトコノコドウシが、てをつないでいる、エッチイ、と。でもそれはサベツやハクガイではなく、コウキシンなんです。なんかわからないトコロが、コウフンしやがるんです。もっとダイタンになれよって、いいたいんです。もっとアーレとオビほどかれるまちむすめ、リアルえちごやごっこ。せかいはなにしろなにしろ、しょうじのアナ、エッチイのであります。それはたぶん、かんげんがく、デス。それはたぶん、よるのおんがく、デス。むらさきいろだか、ぴんくいろだか、みずいろだかの、あらぬすがたうつしだす、すろーもーしょんのスゴさ。しろくろてれびのスゴさ。 *63僕はおかしいんだ、ズレているんだ、気持ち悪いんだ、必要とされていないんだ、そうやって人間失格の、烙印を押したのは君自身なのに、まだ誰かの承認が必要なんだ、世界を選んだのは君、人生を選んだのは君、昼の国も夜の国もない、さかさまでも、あべこべでもない。見たまんまの世界が怖くて、フィルターをかけて見ているんだ、先入観にまみれて、何も言えなくなった夜。全員間違っている、自分もアンタも間違ってる、めちゃくちゃにキレてやろうぜ、瞳孔の形をした穴だか井戸に、虹彩とかいう虹を架けるのさ、絶対。無視してきたこと、無理してきたこと、全部全部話せよ、洗いざらいぶちまけちまえよ、何から何まで壊しちまえよ、ここは自由の国、トリガーを外せよ、もっと本質に迫れよ、お前の頭の中で蛆のように、わきやがった彷徨える弾丸を、ぶっぱなせ、正義は作るもの、自由も権利も、自分自身でさえも、作るもの。 *62like flying, like falling君は何も見ていないし、何も聞いていないし、何も感じていない。ああそうかよ!それがお前の限界なんだろ?エモいっていう病気、探しに行こうぜ。 *61launch pad奇天烈な金字塔、御利益なき神が祟る世界は、蜃気楼の修羅場、神通力みたいな共感力が武器、ねえ、多数決が断末魔あげる、鳥居の先は桃源郷じゃない、中華料理店さ。 *60「迷子なんだろう?」悪魔が靴を脱いでる。治安と不動産価格には相関関係があり、広い道路と空き地、工場地帯。口の悪さは底辺教育のなせるわざ。世界が本当につながっているのか、人と人の心は分かり合えるように、出来ているのか・・・。一度、まちがえたような気がするとさ、つらいだろう、うまく立ち直れないだろう・・。踊り場の丸い舞台、回転舞台。(こわれた、機械、みたいな、呼吸音、やめてほしい)アイマイなセイギのショウタイ。「イッパンロン」だ、「セケンシラズ」のベツのナだ。夕暮れを、すりぬけるから・・・・・・・。簡易トイレの湯船につかる、君の名前。 *59You want this, right?―――受粉、夜は別の顔。さりげなく身をかわす風情で、しなやかに身をよじる、やさしく見えても手練手管、―――誘惑。 *58卓球風を閉じ込めておく虫籠のような体育館で、手に持ったピンポン球を放つ。―――カコン、カコン。それを、打ち返す。それを相手が、打つ。自明の前提の水面下を捉えることが要求される。また返球する。そうしてラリーが続いていく。インベーダーや、パックマンみたいだ。「客体と主体」「非人間と人間」などの対句によって表される、二つの領域に属するはずの諸要素を混ぜ合わせる。実は卓球のラケットの面積は規定がない。一度、ネタ画像なのか大きなラケットを見たことがある。ただ、一般的には攻撃的な選手向けラケットの、打球面サイズは、一五七×一五〇mm。守備的な選手向けラケットは、少し大きめの一六五×一五五mm。大きくなれば俊敏性を失い、その逆では得られる俊敏性の割に、ボールを捉える面積が狭くなるため不利になる、トレードオフの関係。とはいえ、ラケットを選ぶ事自体、卓球ときちんと向かい合っている。卓球台に球の音がこだまする。初対面同士の会話、準備運動のようなやりとり、当たり障りのない天気の話題―――。自然現象をめぐる仮説は常に暫定的で改訂の余地がある。だが、実験によって得られた事実に基づくことで、蓋然性を高めることができる。『来る』(ことは、)―――わかっている。突如、球速が上がる。シーソーのように片一方が重くなった、だから片一方が凧のように軽くなるわけではない。いまや聖人君子に洋服を着せたような、スタイル。世界は物質で充満していて、物体には名前が与えられる。イメージもそのゼンマイのゆるんだ視神経を伝って、瞬時に生成を始める。ヘビメタだ。―――カッ! カッ!反射神経を駆使して打ち返す。必然的に、跳ね返った球も速くなる。反応速度が重要なスポーツ。心臓がぎゅっとなると眼つきが鋭くなる。次第に真剣勝負の時のような表情になる。蠅を追うような、一心不乱なラリー。ニッチなシーン―――なのだろうか。ギブアンドテイク―――なのだろうか。酸欠になった金魚のような顔をしながら、噛めば噛むほど味がなくなるチューイングガム。思い通りの位置へ飛ばしているのではない、眼がピンポン球を追い続け、手の延長線上のラケットが、卓球台の対角線上を切り裂くようにボールを跳ね返す。それが行き来している高い集中力の状態。次第に増していくスピード。一分、一秒。時間が他の人よりも長く引き伸ばされたような錯覚に陥る。これは返せないだろうと思うようなスマッシュをしたり、スピードを変えてくる嫌らしい動き。形式的かつ抽象的に構想された反応の賜物。自らを無数の非人間的媒介項と接続するように、その瞬間、チーターや、イタチなどの姿が浮かぶ。いまはちょうどライオンの威嚇。いつのまにか、身体全体を使って球を打ち返す。それもそのはず卓球のスマッシュの速度はかなりの高速で、秒速三〇メートル、二.七メートルのコートを、わずか〇.一秒足らずで駆け抜ける。プロ選手になると時速一八〇キロに迫り、まさに超高速バトル。体感速度の感覚でいえば、脳が戦っているような気がする。ふっと頭の芯の奥で、ぼんやりと情景を浮かべた。いつかの―――友情。中身がない人ほど人脈を広げるように、スマホの連絡先は満員御礼だった。けれど精妙な自然法則に神の摂理を感じた経験が、その在り方をうすっぺらいと思う。何しろ、そういう八方美人には本当に困った時に、助けてくれる人はいない。他者と密に付き合って生きるには相手への気遣いが欠かせない。優しすぎて騙される、報われない、そんな人もいる。ヤンキーは心が狭い。不満や葛藤、関係を続けるための煩わしさやしんどさ。人間関係は無理ゲーで、結局マルチ詐欺みたいな要素なんじゃないか、雲とかカスミのように、実体のない物を売り物にしているんじゃないか、利害関係がなければ友情は成立しないんじゃないか、人と深く関わり、その関係をサステイナブルに保っていくことは、緊張やストレスをともない、莫大なエネルギーを消費する行為だ。得点版に最後の一点が表示され、負けが決定するという勝負でもないのに、残像を残したシルエットが眼に焼き付いている。いつまでも終われない電気信号、いつまでも終わらないで欲しいカーソル表示。 *57人生に疲れたら一杯の珈琲を飲もうよ、それから『夜のカフェテラス』もいいね、『蛇使いの女』もいいね、もっぱらはウェストゲートブリッジなんだけど、『椅子に肘をつくジャンヌ・エビュテルヌ』もいいよね、ピカソは嫌いだけど、『浜辺を走る二人の女性』の、あの馬鹿馬鹿しさときたら感動するよ、―――ねえ、僕はたまに考えるんだ、思索の多い詩人だよ、多感でも感受性豊かでもない、あんなのは、馬鹿の妄言だよ、僕以外の詩人はみんな鈍感だった。ねえ、人生ってつまりは、時間を増やすことなんじゃないかって。夜を愛せよ、産めよ殖やせよじゃないけど、あんまり難しく考えちゃいけないぜ、二十代の時は、『印象・日の出』が好きだった、それでいいんだよ、それぐらいでいいんだよ、絵画論もできるよ、分析法も知ってる、マネーゲームも知ってるし、絵は芸術じゃない、その人の人生そのものなんだと思うぐらいには、病んで疲れた心には、音楽より絵画の方がいい。馬鹿みたいなもんさ、馬鹿しかいない、でもそれが僕の辿り着いた、一つの真実だった、僕も馬鹿さ、何も変えられないよ、足掻くだけさ、でも能動的な認識によって解釈されて、初めて「意味」として生成され、「風景」として立ち上がる、僕も君も額縁の中にいるんだよ、君もまた一瞬の自画像のただ中にいるんだよ。 *56bottom of the pool/プールの底会社という現場は、売上という責任、資本主義のロジックにがんじがらめの亀甲縛りにされる。マゾヒズムは重要だ、拷問の発生はサディズムだけにあったわけではない。そういう、ガードレール。いやいや、そういう時はセーフティーネットと使う。本当かい、だったらスキーのジャンプ台も、ボブスレーのコースも廃墟と化した、サラエボ・オリンピック跡地だ。ねえ、その特定の仕方で話すことによって、「福音」を伝えることができる。対立/差異が「行為」によって変容する、(ないしは翻訳される)ことで物語の意味が生まれる。しかし猿回しの猿のように、次から次へと要求される。気が付けば、綱渡りをして、皿回しをして、落下する方がずっと楽だって気付くかも知れない。自殺願望は動物にでもある。「鬱ですね」と診断するのに比べたら、「睡眠不足ですね」と診断するのに比べたらもっと楽だ。シモーヌ・ヴェイユの『工場日記』なんか読むまでもない。世界が追い付いていないこと、あるいは世界が置き忘れてきたことに、大衆が気付いている。大衆の為に声をあげる。簡単なことさ、それが絶望ってやつさ。悪い行為をした時に 、「悪気はなかった」と言い訳することがあるが、この「悪気」が行為の悪さに関して、どの程度関係があるのかは興味深い。「と思った」を付けよう。「と思った」というだけで、個人の思考の描写にフィットしてゆく。結果、一歩離れて距離を取る感じにもなる。「あの娘さんのお父さんは立派な代議士だったが、目的を果たせずに病で死んでしまった。したがって、あの娘さんを立候補させて代議士にすべきである」という議論があったとする。でも志半ばで死んだ無念は理解できるが、その娘が志を受け継ぐかは別問題である。空気読めよ、とは言えない。そうやってお前等たかだか自分の人生分の意味を、ドブに突っ込んできたんだろう。ルーレットを回せ、そうさ、日本はギャンブル大国。時々思うことがある。参照文献をつけ、どの情報がどのソースに関連づいているのかを示し、その情報をゆがめることなく伝えることが不可欠なんだ、と。「適切な条件」がある、「不適切な条件」がある、だがどちらもまた、木々の中をくぐり抜けてくる、乏しい黄昏の光線なのだ。秋の夕陽は美しい。だから「はじめての株日記を始めよう」もうばりばり、お金稼ごうぜ。だから「究極の経営者育成日記を始めよう」もうバキバキのベキベキ、お金稼ごうぜ。X、そして守銭奴たちの群れ。「イスラエルの民にとっての唯一神」だったヤハウェが、どういう歴史的、思想的経緯で、「創造主としての唯一神」に発展していったのだろう、興味ある人なんてまずいない、「実在性を得る構築のあり方」とか、「真実を得る話の仕方」においては。またそれはきっと複数提示なんだ。「新たに作り直す/提示する」へ移動しよう。「新しい立ち位置/救済される」へ移動しよう。実のところ、いや共通見解はあっても、真理というのは存在しないというのが、真理だ。十年後、いや真理はやっぱりあったという人がいる。二十年後、〇〇は真理に近づいていたという人がいる。三十年後、いや真理はやっぱりなかったと言う人がいる。五十年後、もうその話題はいいんじゃないかって別の話題。専業主婦になりたい人がいて、兼業主夫になってしまう人がいる。泥沼なのか地獄なのかを解説するよりも、生きてる三十代にエールを送りたい。紀ノ国屋とか明治屋とか、北野エースとか成城石井に行かない人がいる。大半だろう。いや、それじゃあそれらの店は潰れているだろう。だから君はコンビニで一番高いものは何かと調べてきてよ、酒屋で一番高い酒は何かって調べてきてよ、君の絶望がもっと増えるほどに、徹頭徹尾、テクスト内にとどまっている僕の希望は増える。中身がないことをばらまき続ける爆弾魔たちが、オウンゴールという名の自爆テロ決めた最終日。お前の顔に小便かけて終わらせてやるぜ。もっと脱糞して頂戴、もっと嘔吐して頂戴、今日自殺したい君がきっと一番正しい、思い止まって生き残ったらそれ以上に正しい。セントラリアは燃え続けてるよ、それでも五世帯十人は残り続けてる、メインストリートから裏路地、郊外へ抜けてこうぜ、意味がないんじゃない意味は沢山あんのさ、それに気付かないうすっぺらい馬鹿のために、誰かがいつも怒り続けている、誰かがいつも泣き続けている。 *55さとうきび畑危うさは、空転する。常識は、崩落する。哀しみの羽化する音を聞いた。シュークリームの中身抜くような、ナトロン湖のコレクションになりそうだ。分散する思考、債権回収、記号は死/ぬ。ねじれてゆく作動領域、長期休園、体内時計がホットプレートみたいだよ、本来するべき思考が死/ぬ。さかさまになった世界で、はばかりさま、どちらさま。大久野島のうさぎを見に行きたい、そう言ってから毒ガス島とか言わない、TPOを弁えてるんだ、オプションキーで中秋の名月、でもその分きっと目眩はG線状のアリア。アンモナイトの眠りを想起させる耳の形と、向日性。瑕疵の数だけ、宛名のない手紙が増えてゆく。手製のバスケットゴールに入れて落ちてゆく、(とどまらない、抜けてゆくだけ、)千々の欠片と成り果てた裏路地の、(左の耳から、右の耳へ、)“抜けてゆくだけ”デリヘルのポスター。棒付きのわたあめが根付いていない、ふらふらくさくさした君たちの街。死んだ孑孑、君は死んだ亡者。死んだ蟷螂、君は死んだ聾唖。白黒写真が写り込んでいた、(「三千世界のアコデセワ呪物市場」)落書きだらけのベーリッツ・サナトリウム、愛が欲しい僕等の五階/五回/誤解だ。ティッシュで作ったみたいな街だよ、ウッって言ったら「(鬱)」になりそうさ、馬鹿な言葉しか出てこない、地図にもない、歴史にもない、馬鹿な言葉が、どうしてこんなにさとうきび畑って思えるんだ、どうしたらいいんだ、さとうきび畑。どうしたらいいんだ、さとうきび畑。
2024年03月01日

54次のイラストを見てくれ、おかしいところがあるだろう、そうだ、実はみんな警察官。 *53ブラックホールの音ブラックホールは宇宙で最も奇妙な天体なんだよねー。軽いねー、頭の中に凧とばしてるからねー。信じられないほど巨大で、暗く、観測が困難。空間と時間の両方を歪ませるほど強力な引力を持っている。しかし、驚くほど大きな音もするのだ。「出産 vs 睾丸を蹴られた」どちらの方が痛い?簡単なことだ、君が女性ならそれを選び、君が男性ならそれを選ぶ。って、とんちか?とんちです。宇宙には音なんかないよって言う人がいる。それも、正しい。宇宙空間の多くが真空で、音波を伝えるのに十分な物質がないからねー。でも、ブラックホールに音はある。圧力波を発生させ、周囲の高温ガスに波紋を生じさせる。これを音に復元したのがNASAの人。天文学者のマーク・トンプソンが、普通の望遠鏡の後ろに豚の眼球を置いて太陽に向けたところ、約二〇秒間で水晶体が真っ赤に焼け焦げてしまった、みたいな話だね。晴れた日の太陽は、平均的な電球の五〇〇〇倍もの明るさ、ピカピカなんだー。軽いねー、軽いよー御姫様だっこする理想体重は落ち葉さー。で、この音がホラー映画に出てくる風や効果音、率直に言うと、亡者の呻き声。ブラックホールが作り出す音波は、人間の耳には深すぎて聞こえない。なんと約五七オクターブ、五八オクターブも低い。そのため、人間の可聴域に合わせて、元の周波数の一四京四兆から二八京八千兆倍に信号が、上方修正されたもの。どういうことかって、すごやばか、がばやばか。軽いねー、軽いよー、何も考えてないからねー。耳掃除をするのはよくないって知ってる?綿棒でとれた耳垢はほんの一部で、実際には、そのほとんどが、耳垢を鼓膜に向けてさらに押し込んでいるんだとか。それどころか、綿棒を耳に入れるときに傷がつくと感染の原因にもなる。自浄作用に任せよってことらしいけど、普通にさっき綿棒したよー、軽いねー、軽い軽い。ウミガメの赤ちゃんはさー、卵から生まれたら、捕食者に見つからないように夜のうちに海に戻らなければならないんだー。しかし、近年は、海辺のビルや道路などの街の灯りによって、方向感覚を失い、さまよっているうちに食べられてしまうんだって。なかには人工的な光に向かって、道路に出てくることもある。ブラックホールもさー、NASAの人に、ブラックホールも大変なんだぜーって伝えたかったのかもねー、軽いねー、軽いよー、下らないのか、すごく意義あることなのか、パッと見、僕にはよくわからなかったからねー。 *52吾輩は猫である物語「吾輩は猫である。名前はまだない」「・・・・・あるよね?」「あったかも―――しれない」「いや、あるよね?」「あと・・・」「あとって言った、この猫」「あのね、ストーリーの都合なの、猫喋らねえよとか、いや黒い人達に薬のまされて、身体が熱くなり、とか、説明しないのよ、わかるニャロ」「それ、コナンだろ」「もういいから聞けよ」「うん」「どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所で、ニャーニャー泣いていた事だけは―――」「お前は捨て猫じゃないよ」「マジか?」「マジもマジ」「でも、記憶している、だから家から飛び出したい、ここが俺の家ではニャいからだ」「改竄するニャ、それはただ、お前が散歩好きな猫なだけだ。」「飼い主がいまニャと言いおった。さてはこいつ、猫だな」「猫ではない」「いや、ニャって言ったら猫ですよ」「お前の猫かどうかの基準、めっちゃ浅いな」「なあ、飼い主よ」「うん?」「二重とびの音が聞こえる」「聞こえたか?」「UFOが来る」「来ねえよ」「夜の公園へ行ってジャングルジムの上か、樹の上に、のぼらニャければ―――吾輩の美しい心が泣くのだ」「啼く、ね。文学的にしないで」「さあ、高い缶詰をふるまってくれニャ、吾輩はもう戻らニャいかも知れない、地球最後の日だ」「余計お前を行かせたくなくなったよ」「それは嘘、ちょっとこの家周辺が爆発するだけ」 *51ヴィーガン【ヴィーガン】は卵や乳製品を含む、動物性食品をいっさい口にしない「完全菜食主義者」だ。こうやって説明すると『ベジタリアン』でいいんじゃないか、とも思われるが、ベジタリアンにも種類がある。魚、卵、乳製品を食べるベジタリアンもいるのだ。アレルギーや病気など健康のため、自身の考え方、環境のため、宗教、スピリチュアルな理由など、ベジタリアンになる背景は様々だ。個人的に菜食料理は健康寿命に良好な影響をもたらすという研究があり、血圧とコレステロールを下げ、二型糖尿病リスクを軽減し、消化を改善するなど重要な健康上の利点があるといわれ、一か月のヴィーガンチャレンジは正直一度はしてみたい。「魚を使わない寿司」とか、「卵を使わないオムライス」とか。現実的には、不足しがちな栄養を補うために、食や栄養への関心が高まるはずだ。たんぱく質が不足しがちになるから豆類を取りたいところだ。彼等はまず、サプリメントで補わない。ただ、それはいわば表層的な部分だ。いわば生活的なスタイルである。ヴィーガンは「完全菜食主義者」だと述べたが、食だけに限定するのではなく、身の回りのものからできるだけ、動物由来のものを避けることで動物の命を尊重する、「エシカル・ヴィーガン」の人達もいる。僕はこういう人達を『ヴィーガン』だと考える。彼等は動物製品の購入を避け、革製品や羽毛布団だけでなく、場合によっては製造時に鶏卵を用いる、インフルエンザ用ワクチンといった特定のワクチンの使用も拒む。ただ、二〇一八年にはあのマクドナルドが、ヴィーガン対応のバーガーをアメリカ本国でも発売することを決定した、ということを記憶にとどめておいてもいいと思う。ヴィーガンにも一定の柔軟性を求められるだろう、とは思う。たとえば、バイオテクノロジーが進んで最初から牛ではなく、牛肉(肉の塊)であった時、それを食べられるのだろうか、という疑問はある。人種差別や性差別が許されないように、人間による動物の利用も正当化することはできないと思う。だが、バイオテクノロジーが進むと、培養肉が当たり前になるし、動物虐待の場面は回避される傾向になるはずだ。またそれは究極のところ「牛」ではない。この考え方の中心は、「~だからそうしている」という、大上段の理想の構えは結構だけれど、下部構造に問題を孕んでいることが多い。色んな人がいるということは、色んな考えを持って当たり前だし、その妥協点を見つける、迷惑をかけないなども必要な姿勢だ。「ヴィーガンの食生活をして、抗議活動をする」のはいいことだ。でも、それが文化や、ある特定の人の価値観であった場合、それを歪めるような行いが、『正義』ということになるのだろうか。一見正しそうなものには裏がある。最低でもメリットと、デメリットぐらいはきちんと認識してほしい。僕にはもちろんヴィーガンのそれは、『宗教的な場面』のように見えるし、とはいえ、そういうやりとりを通じて、『ヴィーガンという思想』になっていくのだと思う。(この人は『ヴィーガン』だ、という人もいると思うわけだが、)ただ、スピリチュアリズム詐欺師列伝と同じで、ヴィーガンという呼称を用いた詐欺活動、利権行為もなくならないだろう。だが、動物虐待の問題は本当に根深い、動物実験は現在必要不可欠だが、逆の立場になりたいかという問いかけがあったら、誰でも嫌だと思う。僕だって嫌だ。だからヴィーガンの人は動物保護活動をしたり、身の回りにできるだけフェアな要素を持ち込みたいと考える。それは動物が可愛いとか、可哀想だからではない。【ヴィーガン=道徳】だからだ。もちろんヴィーガンの人の思想は尊重されなくてはいけない、「ヴィーガン=過激で怖い存在」という考えにはまず首を振ろう。それはれっきとした差別である。ヴィーガンであることを理由に突然解雇されたり、企業の採用候補から除外されたりなどの事件を断じて許してはならない。あんまりよくわかっていない人もいるみたいだけど、世の中がもしあべこべだったら、あなたは同じように、そうされたいのかと問い掛けなくてはいけない。ただ、ヴィーガンであることを息子や娘に強要したり、肉屋や魚屋を狙った急進派ヴィーガンによる攻撃などは、言語道断である。 *50青夜の街はスリープモード、俯瞰した梟たちは無数の蟻の巣穴へ、夜の擬態。脂ぎった大人の頭にレスポールで一撃。ガキ相手にマジになってんじゃねーよ、水槽に瞳が増えて、冬の大三角が見えてくるから美しい一角獣の宗教を夢見てた、何でこいつらこんなに気持ち悪いんだ、吐き気がすんぜ、豚と乞食とインスタグラム脳、あさましい正義が硝子の破片に、一瞬うつりこむ、ビー玉みたいな心臓でもエイトビートが跳ねる、どいつもこいつも変だ、反り曲がったカレンダー破って次の月、瀬戸内海ブルースが聞こえてくる、へらへら笑うお前は屑。 *49「頑張れ」って背中を押してくれる言葉だけど、万人向けの処方箋にはならないから、フェーディングアウトするね、でもシュレーディンガーの猫しちゃった後なら、『頑張ってる君が好き』って言えるよね、昔のわたしは引っ込み思案で、口下手だった、でもいまならファイティングサクセス信じるよ、マイリトルハートダイアリー聞かせて、君の相対性理論。(「ドキュン先輩、中二病用語操るの巻」) *48大学の先輩を北海道旅行に誘ってから、何か色々ポエムってくる件君はわたしのチューリップを、すべて摘み取ってしまった。函館の時計台で何があったのか、旭川市旭山動物園のペンギンは、可愛かった、五稜郭跡で地上の星になったけど、まだ、札幌テレビ塔展望台へは、行ってない、味噌ラーメンが食べたい、でもわたしの頬は赤れんが庁舎、青森の林檎より赤い、サッポロビール博物館でもっと赤い、けれど白い恋人パークで、わたしのチューリップは生えてくる、絶対生えてくる、夢と希望を胸にクラーク博士、布の落ちるようにホテルの鍵が落ちる、わたしはそんな女じゃない、けれど自然にその幹から離れた、落ち葉のように、ここにはもうすぐ白い雪が降るのね、そして「あなたにも見せたい」とか、ウィンターアゲインするのね、さようなら、馬鹿な人、仕事が終わったらLINEしてね。 *47たこ焼き―――京の着倒れ、大阪の食い倒れ。屋台の垂れ幕が揺れる、快い秋風の中、急須のような形をした粉次、千枚通し、油引きを俺は見ている。業務用のガス式たこ焼き機。次々と焼き上がる、たこ焼きの中に、五グラム前後の蛸が風味を与える。それはマリアージュ、ハネムーン・・・。発泡スチロールのたこ焼きの皿へ吸い込まれてゆく時、俺の脳裏には新聞紙で包まれたべらぼうに美味しい、お婆さんが作るたこ焼きが記憶に甦ってくる。「(おっと、子供のように咽喉が鳴る、恥ずかしい―――)」「(いや、大人とは契約の手続きにすぎないのだ―――)」などと嘯きながら、俺はノアの箱舟の中の引き抜いた足、化け物蛸の肢へとつながるワームホールをくぐるのだろう、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトに、東洋の神秘の熱球を味わわせてみたかった―――。人間の皮を着ているとしか思えない、たこ焼きロボットと化した、高齢者の何万回もこなしたであろう動き。あれは生涯忘れられる類のものではない。俺は共同椅子に座り、そっと前髪を整え、パチンと輪ゴムを取り、スッと膝の上にのせて食べる。これが俺の作法だ。眼を瞑ったままテイステイングをするように、ふんわりと噴き上げてくる夏の甲子園の熱気、フジロックやサマソニのような熱気、歓喜に乏しいこおろぎの交尾のような腐食菌ではいけない、そこにあるのは、マヨネーズとソース、なるほど、うようよと音もなくうごめく、葦の幻、その上にまぶした花鰹が湯気で忙しなく揺れている。楊枝か、箸かというのは究極の二択だ。楊枝とは蛸を突き刺すようなイメージが先鋭的に迫り、箸は優しく抱き上げるような熟練者のイメージだ。味は変わらない、変えるのはいつも気分だ。外はカリッとしているが、触感はトロットロで、高温の、マグマオーシャンは拷問のように口内を攻め立てる。眠りをつかまされるのは愚弄だ、感情の襞に触れてくる弾力を求めてこの白熱の攻防劇は続く。はふはふと舌を火傷させながら、食べるのが粋だ。真っ黒な波が退くかのごとく、舌の上から咽喉の奥へ、熱が移動してゆく嚥下―――。「(おや、舌を出した牛の姿が甦ってくる―――)」「(おお、少女も牛の真似をして舌を出している―――)」 *46連鎖ファミレスで四人で話していた。A君はフィールドワークする傍ら怪異に遭った経緯もあり、古戦場に出てくる幽霊というフレーズには、敏感すぎるほど臆病に感じるものがあると述べた。仏教系の大学に通うA君の怖いものはそれだった。だが、友達のJ君は、“事故物件サイト 大島てる‘’の話をして、古戦場よりも、近所に住んでる普通の住宅が、全然別に見える異化効果の方が怖いと言った。しかしそれを聞いていたD君が、「暗渠というか、都市計画で埋められた見えない川があって、そこでは自殺者がいてもわからないことがある。たとえば富士の樹海もそうだ。フレーズによる無意識の恐怖も、現実的喚起の異化効果も結構だけど、何が起こったかわからないというのも怖いものだ」と述べた。最後に残ったE君が言った。「実は子供の頃、親戚がいる事情で、古い、人気のない駅からビルを見ることがあった、色んな人を見た、初老の男性、お盆を持っている女性、体育会系風の腕まくりした男性。そんな風に色んな人をね。でも、ある日、親戚の子供と一緒に、その駅のビルまで行ってみたら人はいなかった、だってそこはもうずいぶんと前に潰れた廃墟だった。取り壊しを控えた作業員ではなかった、それだけは言える。それは『都市の蜃気楼』なんだ、超能力風に言うなら、サイコメトリー能力なのかも知れない」四人はそんな風に話をし終わった。一人が座っている、それは、初老の男性だ。一人が座っている、それは、お盆を持っている女性だ。一人が座っている、それは、体育会系風の腕まくりした男性だ。そして、E君は、ふっと溜息をついて、「今日、誰か死ぬ人がいるかも知れない」と小さく笑った。 *45pencilanderaser消しゴムを探して、ポップコーンのように雲は、いつのまにかいなくなった。唐突に切れた、グラデーションのあわいの奥地に、闇の起源がある。現像して初めて名前になる。既存の夕暮れを一変させ、心の波立ちも映し出しながら、消しゴムと鉛筆の不思議な組み合わせに、魅入られた木乃伊ばらばらにほぐして。駅と駅の間、道と道の間、内臓を想像できないまま、宇宙の始まりを考える。 *44プチプチ誰もが一度はつぶしたことがある、梱包材のプチプチ。プチプチには実は種類があって、標準で二十種類、細かく数えれば千種類を越える。段ボールと同じだ。一般的に使われているのは、直径一〇ミリ。ちなみにd36やd37というらしい。この数字が大きいほどポリエチレンの密度が高い。ここから、様々な機能を付け足したもの、カーボンを練りこんだ導電プチとか、防錆効果がある防錆プチ、アルミがラミネート加工されたアルミプチなど。プチプチは平たいシート(バック)と、ポコポコしたシート(キャップ)の二枚を貼り合わせて作る。このキャップ側のポコポコを作るために、穴が必要。キャップの型には、たこ焼き器みたいな半球状の凹みがたくさんあり、それぞれに穴が開いている。この表面にシートの素材を這わせ、穴から空気を抜く。するとシートが半球に吸い付き、あのポコポコした形状ができる。バックとキャップの二枚は熱で貼り合わせ、このとき、勝手に空気が入る。だから、プチプチの原材料は「空気とポリエチレン」なのだ。いまでは、オリエンタルな魅力あふれた「浮世絵プチプチ」「スパスパ」は粒が四角くて、手でザッと簡単に切ることができる。「プラパール」はプチプチの技術を応用して作った板材で、ベニヤ板の四分の一の軽さで、加工がしやすく、コンテナ用のものは一トンの荷重にも耐えられる。トラックの内装材や、パーティションにも使われている。しかしプチプチの永遠の謎はやはり何故か潰したくなる、ということだ。潰した時の感触が気持ちいいのが一点で、音も心地いいのがもう一点。ほかにも、プチプチを潰すことにボタンを押すような要素、(非常ボタンを何故か押したくなる人間の病気の一つ)もちろんストレス発散も兼ねた無限ループ性、単純な娯楽性というのがあるのだろうが、何故思わず手を伸ばして潰したくなるのかはやはり一切不明だ。もちろん心理学的に「アフォーダンス」と呼ばれる現象で、人はモノの形を見ると「こう扱ってくれ」というメッセージを受け取る。プチプチは押したくなり、触ると柔らかいので潰したくなる。納得できるようで何か疑問を感じるところもある、たとえば、人間には動物的本能があって、弱者を虐げるような感覚がそこにあるのではないか、という意見も当然通るものだろう。名づけるなら「道徳のジレンマ」だろうか。いい加減なことを書き続けるが、「突起状」というところにポイントを置くなら、乳房的な、たとえば煙草を口吻要求で説明するように、無意識に触れたくなるようなことがあるのかも知れない。 *43毎日さみしいんやろ、わしは知ってるんやで、けどな、そんな時こそ、ラブリー&キュートなわしの出番や。包容力が桁違いやろ、せやろ?ふぅーぷぐるるるる・・・。やから、ちょっとそこ寝転がれや、もふもふのわしが、ぷにぷにしたるさかいに。顔ぺろぺろ舐めまわして、わしがお前の身体にのったる、お前がそういうの、好きなカラダやって、知ってるさかいにな。はぁはぁはぁ・・・。はぁはぁはぁ・・・。けどな、男はあかんわ。この前連れてきたやつ、小便かけたろか思たわ。あと、アイドルなんかあかん。ナニも小さそうやし、オカマか思うで。わしの眼の黒いうちは、あんな奴、絶対に絶対に許さへんで。くんかくんかくんか・・・。くおーんくおーん、ぐおー・・・。わしの方がもふもふやし、何しろお前のこと愛しとる。なあ、耳とか首、モフってええで、もうたまらんのやろ?はぁはぁはぁ・・・。はぁはぁはぁ・・・。 *42交通誘導交通誘導とは、工事現場やイベント会場、施設の駐車場など混雑する場所で、人や車を安全に誘導する仕事。制服着て、ビームサーベル気取りの赤い誘導棒を振ってる仕事だ。基本的には誰でも出来る仕事だが、誰でも出来ることと、上手に出来るかは別の話だ。だから文房具店で「一身上の都合」とか「退職願」とボールペンで書く練習をしたりする。大切なのは準備だ。「遺書」と書くのは洒落にならないのでやめておこうね。交通誘導の仕事は法律上警備の仕事にあたり、初心者はまず四日程度の法定研修を受ける。「仕事っていわれたことだけやってりゃいいってわけじゃないんだよ」と、仕事あるある語を言われなくて済むのはありがたいね。横柄な人って老若男女言わず沢山いるからね。普通免許はいらなくてもいい場合もあるが、自動車運転時における死角や運転感覚などを知っておいて損はない。もし上司に向かって、警備の仕事のために、「ゲームセンターでレーシングゲームしてきました」と言っても、お前がただしたかっただけだろって言われるからね。ちなみに自分の周りには何故か、頭文字D好きな人多いんだよね、何でなんだろ。また交通誘導を無視されて轢かれかけたということもある、高速道路で警察官が車に轢かれるようなものだね、何で起こるんだろとは言えないけど、起こると想定した方が吉だ。ポリスメン相手のヤンキーならいざ知らず、だけどね。とはいえ、事故があったら、どんなに小さな接触事故であっても、基本的(基本的、の意味をはきちがえるな、)に、警察に報告することは法的な義務とされている。交通誘導のバイトをするには警備員バイトで探し、派遣会社に登録するタイプと、警備会社に登録し現場に派遣されるタイプがある。イベント時など、短期や単発でできるアルバイトとしても人気だ。パーキングスタッフということならば、駐車場は平積みのところと立体駐車場のところ、お客様が自分で車庫入れするところと、スタッフが車を預かって車庫入れするところと、駐車場によって違いがある。パーキングチケットを交付する機械の点検や確認から、駐車台数の確認、駐車場内でのトラブルを未然に防止するための、巡回や監視業務、駐車場からでる人のために誘導をする。 *41誰かのせいにする人たちpeople who blame someone一人は淋しい、それを後悔しているなって顔だ、騙されて気付いたら夜の仕事、でもそうでなくたって夢や理想とは相反する、ちょうちょみたいな金、血や汗みたいな金、けれど霊感商法、何十倍の価格で売りつけ、絵画を断りづらい友達関係構築して売りつけ、コーヒーを一日で換算したらってセールス用語、何を恐れているんだ、これも人生の様々の階層、様々な立場、年齢、残業は六十時間を超えると幸福になる、ランナーズハイみたいな現象、でも病気や食欲不振のリスクは二倍、過酷な人生ゲームのマスを動かすみたいに、電車通勤しながら人間スマホの出来上がり。定時退社可能、残業時間なし、軽作業、などというのは全部嘘、台風でもとりあえず会社に来いが正解、草食動物のように喰われるだけの人間、肉食動物にならなきゃ食物連鎖のモデル、そのまんまの下位構造のプレイヤー、人材派遣でリストラ、自殺。ネットじゃ集団自殺のお誘い、警察はパトロール、何かおかしいと気付いた頃には、お前もずぶずぶのでろでろ、蟻の巣穴みたいな街だ、勝っても負けても舌出してるみたいな気分だ、犬は強い相手に服従する時に寝転がってお腹を見せる、銃やナイフがきっと必要なんだ、心の中に、爆弾や、戦車が必要なんだ、生きることは戦争なんだ、感じることに終わりがない以上は平和なんかないんだ、一人は淋しい、でもそれを後悔するよりも先にすることがあるって、言い聞かせながら何年も過ぎる、馬鹿の為に人生を思う通りにできない、無能たちが足を引っ張る、それも本当だ、でもそんな風に他人のせいにしたら、きっと自分が自分でなくなってしまう、それは怖いことだって僕は気付いたよ。 *40DAYS嘘みたいでまぶしいlifeも、冷たいface、やけに暗い交差点の眼の輝きも、君がつかみ切れていない成功と夜ごとのブツブツ、ネットじゃ数えきれないヘイト、りりり、richになりたい、moneyって何だ、びゅびゅびゅん風が吹いて、ドキドキも減る、hellたまにでいいからheaven、こっちを見てる嫌な眼と、自分の首を絞める道徳、常識、ソーリー、総理は、本当にこの国のことを考えているわけじゃない、こここ、commercialになる、fakeって何だ、ゲームオーヴァーって表示されたゲーム画面覚えてる、何してても絵になるよな君はカリカリ、ポテトは冷めたら喰えたものじゃないとか言いながら、腹を満たしたjumpもできるTopになれるかな、夢見たいstoryも、鏡に映るrockの代償、わかっていても声が出ないSOSもある、色んなところへ出かけて次の街、またこんな場面、すすすslowになる、downするそれだけでOK?グラグラグラの疲れが足にきて倒れて、マインドが痩せる、sacrificeいまはCase-by-caseだ、心臓が冷たくなる感じも知ってる、きっとこんな瞬間、連続、ソーリー、氷は、空気の中の引き金だっていまは考えてる。 *39Googleで「隕石」と検索すると?メテオストライク!の件What happens when you search for “meteorite” on Google?Meteor Strike! about物語の舞台は約六六〇〇万年前の地球。「恐竜の時代」は約一億六五〇〇万年も続いた、地球は暖かく快適で、殆どの陸地は、多様な樹木、花々、シダ植物で構成される緑豊かな森だった。何兆もの動物が生息し、姿形も大小様々で種類も豊かな恐竜が、歩き回っていた。恐竜の骨の展示のインパクトをはるかに超えた、麒麟や象が歩き回るサバンナのような光景。ところで現在のシリアに位置する古代遺跡、テル・アブ・フレイラには、一万三〇〇〇年以上前に、穀物を栽培した痕跡が見られ、「人類最古の農業の例」とされている遺跡だが、隕石により発生した爆発で滅亡していた可能性が高い、という研究もある。そんなことを少し考えてみてから、一般的な隕石の買取相場が、一〇〇グラムあたり、一万円~十万円程度と言われていることを思い出す。終わりをもたらしたものの前兆となったのは空に瞬く光で、この光は日増しに大きくなっていった。この光は一時は地球の影に隠れて見えなくなったものの、明くる朝には空で再び輝き出した。そうしている内に太陽と同じ大きさとなり、一刻一刻大きさを増しながらユカタン半島に飛来した。それは恐竜の大量絶滅を引き起こしたと考えられている小惑星。音速の六〇倍という速度で大気圏に突入し、わずか二秒で大地に激突した。直径は十キロ、信じられないほどの大きさ。小惑星はユカタン半島の海に落ち、海底に存在する岩盤に直撃した。(メキシコのユカタン半島北部にある直径約一六〇キロの、チクシュルーブ・クレーター、)前述のサイズの小惑星が衝突した場合、核兵器数十億個分のエネルギーが周囲に放出され、小惑星自体は蒸発。放たれたエネルギーは閃光となって空を照らし、不気味な真っ白い球体がメキシコ湾上で成長する。この白球はなおも成長を続け、岩盤は溶けて、数万度という温度のプラズマと化す。爆発によって放たれた熱放射は光の速さで伝播し、着弾地点から半径約一五〇〇キロにあるものすべてを焼き尽くした。さらに衝突時のエネルギーが地殻を強く押しだし、深さ二五キロ・幅一〇〇キロの超巨大クレーターを形成。水たまりに飛び込んだ時のように、何百キロも押し戻され、その直後に地殻のよりもどしが発生して、着弾地点にはクレーターではなく高さ一〇キロの巨大な山が、一時的に形成された。さらにこの間には、元の小惑星の六〇倍に相当する質量の、デブリが宇宙空間にまき散らされている。この衝突の衝撃は、わずか数分で地球上の全地域に伝わった。地震に換算すると「マグニチュード十一」ほどの大きさで、この衝撃によって着弾地点から遠く離れた、インド亜大陸では三万年近く火山噴火が続いた。また火災の範囲は衝突地点から約一五〇〇キロにも及んだ。衝突地点に話を戻すと、爆発が大気と激しく衝突した結果、時速一〇〇〇キロにも達する衝撃波が形成され、周囲一帯の土・植物・動物などのあらゆる物質すべてが、細切れになって数千キロ離れた地域までまき散らされた。続いて、一時的に形成されていた高さ一〇キロの山が今度は引っ込み、その際の衝撃で高さ一〇〇〇メートルの津波が発生。この津波は着弾地点から四方八方に解き放たれ、周辺大陸の海岸線に住む生き物を溺れさせる。発生から十五時間後でさえ、約一〇〇メートルの高さを保持するほどの津波。この津波は約八〇〇キロ離れたアメリカのイノリイ州にまで、届くほどの規模で、二〇〇四年に発生して二〇万人以上の死者を出したmスマトラ島沖地震の津波の約三万倍におよぶ、という話もある。この間に放たれたデブリは地球の周回軌道上に、数千年も残留するものも多く、中には月や火星に衝突するものまであったと考えられる。しかし、最も割合的に多かったのは、「地球に戻ってくるデブリ」で、こうしたデブリは空気中に高速で打ち出された結果、何百度もの高温に達しており、高温に達するデブリが、多数あったために大気自体の温度まで上昇した。気温には様々な説があるが、工業用のオーブンの内部くらいの熱さには達したのは確実だ。この温度上昇がどれくらいの影響を与えたかについては、議論の余地があり、土に潜ったり洞窟に逃げ込んだりできない生物は、一瞬で焼死しただけでなく、降り注いだデブリの破片によって、大規模な山火事が発生したという可能性すらあり得る。気化したマントルプルームは大気圏にまで到達し、地球全体に広がる。少なくとも三二五〇億トンの硫黄が大気中に放出された。さらに大規模な山火事によって発生した、すすや衝突時に生成されたエアロゾルも加わるため、日光は遮断されてしまう。こうして地球は闇の中に沈み、大地で燃えさかる炎が景色を照らし出す、「地獄の入り口が開いたような景色」のみとなる。このようにして奇跡的に生き残った植物も、「日光不足」で死滅する。この「日光が遮断される」という事態の影響は日数が経過するにつれ、大問題となる。まずは数日のうちに、気温が二十五度まで低下し、日光不足で海洋プランクトンの九〇パーセントが死滅。プランクトンは海洋における食物連鎖の最下層を担う生物であるため、プランクトンがいなくなった結果、最終的には大型の海洋性爬虫類やアンモナイトに至るまで死に絶える。すぐにではない、ゆっくりと、だ。生物に感情があるならその死の予感は、自殺衝動さえ引き起こしえたかも知れない。灰や土砂、植物の死骸などが地表を覆い尽くし、空は暗くなり、気温も低くなる。このような環境下では、菌類が繁栄する。気温が低くなった結果として訪れた冬は何十年もの間続き、地球上の全生物種の七五パーセントが絶滅したと考えられている。もちろんこれは正確な数字ではない、だが、人類の七五パーセントが死亡するようなことと考えてみたら、いまはみんなコロナのことを考えるだろう。いやいや、隕石のことを考えるべきなのかも知れない。この隕石はおよそ六〇度の角度で地表に衝突したらしいのだが、もしこれが垂直だったら恐竜は絶滅を免れていたかも知れない、という話がある。人類が生きているうちに隕石が衝突して絶滅する可能性は少ない。だが、少ないというだけでゼロではないということは、ありとあらゆるデータの中にはその可能性を示唆するものがあり、もちろん、それは地震や津波やパンデミックにだってあるわけだ。人類の時代はまだ二〇万年ほどしか続いておらず、徳川幕府のように、あるいはエジプト王朝のように、恐竜の時代の約一億六五〇〇万年に比べると、わずか〇.一%ほどの長さしかない。もちろん、百年だって長生きできるわけはない僕等は、「たった一瞬で滅びる」ということを、「昨日と同じ日が続く」という感覚をあたかも、濃縮して、幻想として、固定観念として、自分を守る鎧として感じながら生きている。けれど、どんな戦争も、どんな飢饉も、疫病も、そう、どんな暴力的な動物的な行いでさえも、たった一瞬で起こった悲劇に比べれば地獄ですらない、比較はできないだろう、でもきっと君はそのことを考える、この世界のすべては一瞬の絡繰りだ、その一瞬が永遠であるという知覚の間延びした感覚を、信じるかどうかはもちろん君次第である。 *38すげえええ斬新な、革命的な、聴覚とんねる、リニアモーターかの速度、「見たことある~」もいいけど、「全然知らない~」が欲しいんだ、時代盗んだ君は怪盗、鮮やかな手並みで世間を、あっと驚かせる宇宙人、(でも実はあなたの後ろにいるのです、)街のじゃがいも達を引っこ抜き、とうもろこしぬぐぞう、相撲をとりながらウーバーイーツのお兄さんを、とっています、ワキャー、ウキャー、猿の惑星、IQ三〇社会待望の文明四流国音楽、ナウオンセール、よくわからないけど、「焼き芋食べたらおならしようねー」「あと、全米がお米食べた!」キズス・スンチへの道すがらの大冒険、スクショ間違いなしのインスタグラム脳が大爆発、釈迦に説法まんとひひにバナナ、猫は夜中に立ち上がって盆踊りの練習をしている、犬の集会、三時のおやつに犬が混ざる法則、こんな馬鹿なことで盛り上がっちゃっていいの、でもなんかみんなすごく楽しそう、だってなんだかみんな楽しそう、アドのドキュンソング聴いてそうな奴等を見ながら、まだまだ音楽の底知れなさを感じる。「おなかすいたー」「にんげんっていいなー」 *37総長と参謀眼つきが悪いとか言われて、夜露死苦とか、天上天下唯我独尊言ってそうな顔って友達に言われる。「は?」だった。イジメってほどじゃない、けれど大声で、伝説の喧嘩師花形敬とみまがう、堂々とした殴り合いだとか、横浜中華街のブッコロの夜だとか、(ピッコロ?)それからなんかみんなで裏番とか、族とか言って、怖いよねーみたいに言ってる、いちびりどもの収穫祭。喧嘩の勝ち負けって第一に、見た目や体格。第二に、大きな声。第三に、場数をこなすことだ。前提条件になるのは、肝が据わってるとか、柔道や空手やボクシングを齧ったことがあるとか、だろうか。ひょろっとしてスレンダーの声も小さい私に、そんな恐ろしいことはついぞ出来ない。(真夜中のGに声裏返るオペラ劇よろしくの出来栄え)馬鹿クラスメートのオキニは、写真加工であたしに特攻服着せて、ふきだしに喧嘩上等って入れた写真を色んな人に送ること。誕生日プレゼントに、デカジャンとか、木刀くれた。(あ、それ、一番いらないやつ、)それが高じたのか、色んな女友達から告白されたりした。もちろんそっちの気はないので普通に断った。硬派だって噂になった。硬派違う、そっちの気がないだけ。スケバンだよ、ステゴロだよとか言って、何が面白いのかはわからない。いばいたろか、と本気で思う。でも卒業式の日、友達がイジメられそうになって、私のことをヤンキーに仕立て上げて難を乗り切ったと、打ち明けられてめちゃくちゃ笑った。というのも、レディースの総長の話をしてきて、喧嘩がめちゃくちゃ強くて、美人で、しかも優しいんだよねー、と、私の顔を見ながら言ってきたからだ。美人なんて中学生時代、一度も言われたことなかった。 でも集団の中では「言語化力」「発言力」「提案力」などの、プレゼン能力を持っていることは非常に大切だ。彼女こそが実に優秀な私の参謀だったわけである。 *36リクィドゥムliquidum *35Burn your soulアッシエ灰の彼方でぴすとるが鳴る。め瞳は水盤にぬれ、さわやかなる風景の中にしあれば、しづかにきしれ地獄の風景。想地獄、 黒縄地獄、 堆圧地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焼炙地獄、大焼炙地獄、無間地獄―――。輪廻転生も、天国思想も、愛も、お花畑もいいじゃん、生まれてきた悲劇が垣間見えるパロディのような映像。エクスプロジィオーン フンケ爆発―――火花、窓青きテレビ画面を流れたり。「土石流」の文字はぷらちなに。「火砕流」の文字のてんぺらちゃー。瞳孔開ききった、僕の眼を見て。そして髪振り乱しながらロー・ノイズのような声で、絶望を謳う真っ逆さまなジェットコースターを信じなよ。あたまのはげた子供が、薄気味悪く笑っている―――笑っている・・・・・・。「ここは仮想現実なんだ!」「天国なんか存在しないんだ!」手がでる、(窓からしのびこむ、)足がでる、(まっさおの血がながれている、)くびがでしゃばる。(きりぎりすの鳴きごえ、)浅蜊や蛤のように砂に埋もれながら、毛細血管が苔のようになる夢を見た・・・。ビデオカメラ录影机を持った男を、ビデオカメラ录影机を持った男が映している―――、(政治を行う側と、政治を伝える側があり、そして政治を見る側がいる、)「餓鬼草子」のお腹を空かせた餓鬼たちを、思い出し、もう救いの歌なんか存在しないさ、『六道絵』が眼前に浮かぶ、眼の前の疫病も、戦争も、介護も、受験も、神の想い溢れるきまぐれのような愛の声。ナレーション「冒頭で物語を語ること」が始まる・・・。―――核ハ投下サレマシタ。―――宇宙観光ガ始マリマシタ。―――恐竜ガ甦リマシタ。―――人間ガ沢山沢山死ニマシタ。あぶだ にらぶだ あたた頞部陀地獄 、尼剌部陀地獄、頞哳吒地獄かかば ここば うばら はどま臛臛婆地獄、虎虎婆地獄、嗢鉢羅地獄、鉢特摩地獄、まかはどま摩訶鉢特摩地獄―――。「才能があるなら道徳に小便をかけて、人生全般の不条理に中指を突き立てろ」(yes...ねえアンタはわかっちゃいない、俺の才能、世界を震撼させる俺の才能―――)アッシエ灰の彼方でぴすとるが鳴る。 フランメいっさんにすべってゆく焔。 トート黒煙は死神の顔に見え、(憑依や仮面を通して思考する阿弗利加の知、)どっさりの壊れものに歪んだ足で歩く、ゆがんだ三角形の眼と尻尾が、さびしい女の髪の毛とともにふるえ―――。 *34母と娘Mother and daughter「騙されているんです、娘は、あの男に―――」弁護士事務所で開口一番。相談というより愚痴みたいだ。「世間知らずで、何もできないあの子が、駆け落ちだなんて―――あの、チンピラのような男が、そそのかしたに違いありません」取り付く島がない感じだ。 *電車に乗って、娘さんの住所まで移動する。移動しながら、依頼者の女実業家のことを思い出す。確かに雑誌で何度も紹介されていて、一度、娘さんとのツーショットを見たことがあった。自分の会社の顧問弁護士もいるだろうに、わざわざうちに頼って来るということは、よほど内密にしたいのね・・。 *二階建てのアパートが見える。裕福な感じには見えないが、二十代で二人で暮らすアパートなら、立派な愛の巣ではないのだろうか、と思う。インターフォンを鳴らす。「はーい」と声がしてドアが開く、サッと名刺を差し出し、自己紹介する。「・・・・・・弁護士さん?」 *彼女は話し合いに応じられる、まだ、譲歩の余地を見つけたい―――そう考えてくれるのだろうか。でも言葉は全然違っていた。「母に言って下さい、私はもう子供ではない、と。私は自分の意思で彼を選んだのですから、そのためなら親子の縁を切られても構わない、と―――」 *「その、娘さんがあえて逆らってまで一緒になりたいと思った相手なら、なおのこと、真剣に愛し・・・・・・」「やめてください、あなたまで! 何度も言ったでしょ、あの子は騙されているんです。世間知らずで、それこそ、男性のことなど何一つ知らなかった子に、いいように・・・・・・」は、されていないだろうな、ウン、と思った。ガードが固そうな娘さんだったし、しっかりした話し方からみて、きちんと同意のもとだ、騙すとか騙されるとか、宗教じゃあるまいし。でも埒があかない、話題を変えてみる。「相手の男性とはお会いになりました?」 *子供は親の分身ではあるけれど、所有物ではない。当たり前のことだけれど、子離れできない親の気持ち、お金が沢山あって、いびつだけれど真っすぐな愛を注いで、幸せになってほしいがすれ違ってゆく。娘さんの住んでいるアパートへもう一度行く、外では鈍色の雨が粛々と降り始めていた。「お茶・・・どうぞ」「家には帰りません、母への要求に対しての答えはそれだけです」わかる気はする。 *つれあいとなる男性とのやりとり、それで、ピンときた。「あなたもしかして―――おめでた?」「いやーっ、わかりますか、まいっちゃうなア、さすが女の先生だけあるな、生まれるんですよ、秋に」「そう、そうだったの、だから入籍もちょっと焦っちゃって」「お母さんは御存知なの?」暗い顔をしている。言ってないのだろう。「先生だって、気づいてくれたのに、母はとうとう気付いてくれませんでした。あんなにつわりのヒドイ時、主人のことはわかってた頃なのに・・・」気付いた、気付かなかったはフィルターが掛かっている。 *「子供は―――おろすのよ」「お母さん!」「あなたは何もわかってないのよ、いま、自分が何をしてるのか。いまはいいかも知れないけど、後になって後悔しても遅いの、お母さんは自分の経験からいってるの。お母さんは、あんたにはあんな苦い・・・・・・」「お母さんは後悔してる?離婚してしまったお父さんとの間に私が生まれたことも!」親子同士のヒステリックな話題。「そ、そういう意味じゃ―――あ、あなたは、産んでよかったと思ってるわ、生きていく張り合いもできたし・・・」母親はそれを認めた。そうじゃない、と言った。「じゃあ、下ろせなんて言わないで」それはそうなる。誰がどう考えたってそういうセット商品になる。「この子だって、私の生きていく張り合いだわ」「だ・・・だから、それとこれとでは問題が―――」「同じだわ、お母さんのこと言ってること矛盾してる。私の―――私たちの子よ、お母さんに口出しされる筋合いはないわ」 *「できるなら、ずっとかくしておきたかったけど、私、パパ活―――ううん、売春してたことがあるの」母親の開いた口が塞がらない。会心の一撃。「な・・・・・・なんだってそんなこと・・・」「ちょっとした興味本位だったわ、友達に誘われて何となくついていって、最初はすごく嫌だったけど―――売春なんてこんなに簡単にできる、あとはなりゆきで」「あ、あなた、いま自分が何を話してるかわかってるの」「お母さん、でもお母さんは私のそんな変化に、何一つ気付いてなかったでしょう、理想の母と理想の娘、親子ゲームをしていたのよ。そんな頃に出会ったのが彼だった、暴力団のいざこざに巻き込まれそうになったのを助けてくれたのが、彼だった」しーん、とした。感極まった娘氏が、ぽろぽろ涙をこぼしたからだ。「ぶっきらぼうだったけど、彼、もうこんなことやめないか、俺も組を辞めるからって言ってくれたの―――ずっと、誰かに止めて欲しかった、だから、この人と一緒になりたいって本当に思ったの」もっと、しーん、とした。間違いなく、母親は監督不行き届きで、それ以上に、娘のことが何一つわかっていなかった。これはそういう沈黙だった。 *ドアの向こうには、彼が立っていた。「あの、うまく言えないけど、アイツと子供には苦労はかけません。必ず幸せにしますから・・・・・・」母親は能面のような顔になる。そしてすうっと頭を下げた。「娘を―――娘をよろしくお願いします・・・」―――本当の家族、本当の幸せ、それを見つける方法はきっといくつもある、でもこれだけは言える、みんな愛を見つけたいんだ・・・・・・。 *33囀りのいつまで続くかくれんぼ、前髪で存在隠して坂降りる。kamome studio *32死刑日本では、二人殺害から死刑の可能性がある。三人殺すと、ほぼ死刑だ。死刑囚は基本的に「単独居室」となっている。これは、死刑囚の精神的ケアのためだという。死刑囚は死刑執行まで多くの時間を拘置所で過ごすことになる。死刑執行以外に出所が望めない生活は彼らの精神を蝕んでいく。高度なストレスを抱える死刑囚を雑居で生活させると、人間関係でさらなるストレスが及ぶ可能性がある。その精神衛生上の問題から単独居室が採用されているのだ。また同じような理由で、長期的に同じ部屋で生活させない。居室内で不正物による自傷・自殺行為を行ったり、果ては脱走のため工作を行ったりすることがあるため、不正防止と気分転換を兼ねて部屋の移動を行う基本的に死刑囚は、自由時間が殆どだ。朝ごはん後・余暇時間、昼ごはん後・横臥許可時間、そのあとは余暇時間、休んでいる時間がほとんどだ。刑務作業はない、だから俳句を詠んだり、読書したり、宗教に目覚めるという人もいる。また死刑囚のために拘置所では『自己契約作業』というものが行える。刑務所で受刑者が行っているような『刑務作業』を、居室内で行うことが出来るのだ。封筒をつくり、箱組み立てなどの軽作業でその成果に応じて報奨金も支払われる。彼らの食事はまた健康的で、季節の料理も出てくる。週に数回運動する時間もあり、日光も浴びる。死刑囚の生活は、一見穏やかで平和なものだ。執行まで数年かかることが多く、ずっと檻の中。「本当に死刑になるのか?」という気持ちになる人もいるそうだ。その死刑執行が現実になると本人が知ることになるのは、執行当日の午前九時だ。以前は前日に通達されたこともあったが、絶望した死刑囚が自殺するのを防止するため、いまは当日に固定されている。外国では死刑囚が死刑を執行される前の食事を選べるという、「Last meal(最後の食事)」というシステムがあり、日本でも昔はあったそうだ。しかしまあこんな風だから、刑務官も知らされていない者が存在し、刑場の清掃などで知ることもある。その日も午前九時が来た、何十回、何百回めかの。死刑囚には時間の猶予は与えられない、何もかもそのままの状態で立ち去ることになる。死刑は法務大臣の命令が出て初めて行われる。法務大臣はあまり死刑をしたくない、それでずるずる放置されるということもあったそうだが、近年では職務をこなすべきという考えもあるそうだ。なお死刑宣告をすると、混乱して暴れる奴もいて、死刑の通達には、数人が来る。受刑者はまず「教誨室」に通される。心を落ち着かせるため、教誨師と話をすることができる。教誨師は民間の牧師僧侶とか、教え諭す役割の人だ。ここで、受刑者には最後の時間が与えられる。遺書の執筆、頼めば菓子・果物、煙草も許される。その後、受刑者は、執行室の前室に通され、所長が死刑執行の命令を伝える。「令和元年×月×日、××××の死刑を執行せよ法務大臣××××」「最後に言い残したいことがあるかね?」こういうのにはマニュアルが存在するが、態度が悪い、暴れるなどをすると省略されるそうだ。さていよいよ最後、受刑者はアイマスクを手錠をかけられる。死刑執行はどちらにとっても特別な日だ。重々しい雰囲気で、逃走を防ぐために刑務官が沢山配置される。死刑囚は足を縛られ、執行室の四角い踏板の上に立たされる。よくいわれる十三階段のようなものはない。受刑者の踏み板を開くのは、有名な三つのボタンだ。この前に三人の刑務官が立ち、合図で一斉にボタンを押す。三つの内、どれか一つが踏板に繋がっている。三つボタンがあるのは、ボタンを押す刑務官の、心理的負担を軽くするための措置だ。司法の判断に沿って職務を遂行する刑務官。「死刑とは一体何なのだろうか?」「正義とは一体何なのだろうか?」「人が人を裁くことにどんな意味があるのだろうか?」まるで哲学科の自殺したそうな生徒みたいだが、一生かかってもわからない類のジレンマは同時に、人間であるための問い掛けだ。ただ、人間の意志と法律は別だ。罪には罰があり、日本には死刑制度がある。そして死刑を宣告されても再審請求をしている者もいるのだ、権利は与えられた、とそう信じるしかない。公正な裁判は行われた、とそう信じるしかない。一斉にカチッとスイッチが押され、ゴトンと落ちる―――。執行から、五~八秒ほどで、死刑囚の意識は消える、死因は主に、脊椎骨折による即死。処刑が下手だったジャック・ケッチなんていう人もいたらしいが、そうは言いつつ、稀に上手く死ねない人もいるのだ。高感度フィルムを見ているような一瞬だ。そのまま、十五~三〇分ほど放置される。「脈拍停止、瞳孔も開いています、死亡確認」「よし降ろせ」医務官が確認、死亡診断書には「刑死」と記載される。執行後遺族が希望すれば遺体が引き渡される。多くは断られてしまうため、拘置所内で葬儀が行われたのち、火葬場に運ばれる。火葬が終わって遺族が骨壺の引き取りも拒否した場合、骨は無縁仏として納骨される。ボタンを押した刑務官には、特別手当二万円が支給される。彼らの今日の仕事は、これだけ。だが、心穏やかな者がいるはずがない、人を殺めたのだ。戦国時代でも、戦争に参加しているわけでもない。だけれど、死刑は客観的で冷静なプロセスである。思考停止してでも誰かがその歯車にならなければならない。「自分(あなた)がしなければ、他の人がやる」二四〇〇人以上を死刑執行し死刑が何の解決にもならないことを悟った、アルバート・ピエールポイントはこんなことを述べている。「わたしは、死刑ではなんの解決にもならないという結論に達した。死刑は、復讐してやりたいという根源的な欲望の古くさい遺物にすぎず、復讐を実行する責任を簡単に他人に負わせてしまう」「死刑につきまとう問題は、誰に対しても死刑を望む人はいないが、みんな死刑を執行しなければならない人間とは違うということ」手当の二万円は死刑囚の供養に使う。テキサス州ハンツヴィルにあるウォールズ・ユニット刑務所で、一二〇回の死刑に立ち会ったという、フレッド・アレンという執行人の話がある。彼はいまわの際に死刑囚が暴れないよう押さえつける役目を、担っていたチームの一員だった。「なんでもないときに突然、自分の中で何かが弾けて、震えが止まらなくなった。涙がとめどもなく流れて抑えることができない。心の中の何かが一気に噴き出して、自分が関わったすべての死刑、死刑囚たちが突然、一気に目の前によみがえってきたんだ」ちなみに、平成の時代死刑執行の合計は百二十七人。世界の三分の二以上の国が、法律上または事実上死刑を廃止。とはいえ、文明の進んだ時代でも、SNSに自分の思ったことを投稿しただけで死刑になってしまう国もあり、公開処刑を行っている国もある。 *31幽霊商売いまならマジで1ビビリ、しときますけど、どうッスか?わかります、そういうのじゃないだろってね、でも、ありとあらゆるもの、商品じゃないッスか、ビジネスチャンス、打率じゃなく打席ね。墓場オプション卒塔婆付き、地下階段オプション犬の鳴き声付、いやこれが結構巷じゃあ、流行ってるらしいッスよ、肝試し要素でデートを盛り上げる、誕生日を一生忘れられなくする。ホラーってガンガンのバキバキで、幽霊なんかぶっちゃけいらなくて、欲しいのは幽霊の要素なんッスよね、だからユーチューバー心霊スポット行く、幽霊が友情出演してくれたらいいけど、祟りは嫌、呪いは嫌、あくまでこれ商売なんでってことでしょ?ガチのブラックネタは、カメラ回せない、全部お蔵入り。ありますよ、そういうのも。夜のマンションに包丁持って、出かけて行った夜もありました、人外ストーカーですね。ググって、ウィキって、動向さぐるウォッチ。ネット大陸の夜明け、人いるところホラースポット、噂話の宝庫、偽物の神様のたたき売りってね。世の中設定、全部フィクションですね、いらないんすよ、重いの、血ドバドバとか。飛び降りるなら、マネキン蹴とばす、これ、大事、すげえー大事。一時間で人生変わったような体験、芸能人御用達のドラッグみたいな感じ、でも、そこいくとグーッとお安く、どうか一つご依頼を。 *30ムスコ・アタマ・ドスコイ・ファンタジー・キラキラおかあたん、この子、くー君って言うの。くー君は、ママ友を、ゴキブリみたいにつぶして、いやな大人を、やっつけるのー。だから安心してねー、くー君ストロングパンチを、お見舞いするの、がるるがるる。あと、おかあたんに、一つお願いがあるって、言ってるの、ぼくの、お小遣い値上げ、してやれって言ってるのー。くー君、空気読めないなー、でも、そう言ってるのー。 *29大天使様(「Archangel」)そうです、パンパカパーン、あなたの運命の玉結び、ダメンズとの結婚決定。一生奴隷のように働いて、旦那さんを養ってあげてね、でも人生修行、それは大体一つの修行、イケメンだったら屑かも、六角筋あればナルちゃんかも、優しいけれどクソつまんない男、イエースイエース、お前みたいなクソ女に、高身長、高収入、高学歴の、三拍子揃ったイケメンを、くれてやるわけねーだろ、それ、あたしの奴隷。大天使様の奴隷。んー、適材適所、はかどるわー。そういう神様の贈り物を、ずぶずぶのでろでろにして、ポイッと棄てるのが、あたしの生き甲斐。天使ってストレス多い職業だかんね、はけ口は必要。お前はニートで廃人一歩手前、毎日飯食わせて、働いて、電車通勤して、自殺しまーす、ハイ、人生詰んだ、オワタモード、片道切符で地獄まで一直線、ハイ、お疲れさまー、さっさとどけよ、後つかえてんだ。地上の人間ごときに、天界の摂理がわかるわけねーだろ、乳繰り合って。刹那的衝動をこすりあってろや、ぶ・た・お・ん・な。 *28oh yeah散らかった、釣り堀みたいな部屋。竿を投げて魚を取る、キャッチアンドリリースは御伽噺。うまくつかまえられない探し物は、歌声と叫び声の狭間の暗い部屋、君がいないと僕は駄目なんだ、日帰り手術は遠のき、改造手術はショッカーに任せ、もっぱら赤信号ばっかりの日々に、首吊りのような影が延びてゆく、死にたての小鳥みたいな音する冷蔵庫の、ミネラルウォーターを飲みながら、内側と外側、心と身体、右と左、カーテンを閉めると地球儀が転がり、つまずいたら棚の上の木刀が落ちる、なんて傷だらけの日々だ、太公望、君は恋女房、それでも平行棒の上ゆく秋の日、真実は少しだけ胡散臭いもの、本当はずっと僕のこと愛してましたって、今なら三食昼寝付きで許すから、カオスだ、銃刀法違反、別れを告げたのは間違いでしたって言え、誰だって思い違いや過ちがある、なんてファンキーだ、音信不通、君のことが好きだったのは、やっぱり僕だったみたい、ああ掃除夫雇いたい、嫁が欲しい。 *27ラノベに出てきそうな悪役復讐してやる、末代まで祟って、お前が生まれ変わるたびに、殺してやる、ナイフでお前の指を一本ずつ、切り落とし、鋏でお前の内臓を引きずり出し、鉛筆でお前の眼をえぐりだし、鼻から蚯蚓を入れ、尻の穴に杭をさしこみ、フハハ、グハハハア、カカカ、殺して、殺して、フヒヒ、呪って、呪い尽くして、わたしと同じようにしてやる、人生が幸せと言え、もう一度わたしに、聞こえるように言え。神とは虚無のことなり、死とは絶望のことなり、甘っちょろい言葉など聞かんぞ、この世は地獄、亡霊の棲家、蟲毒式の椅子取りゲーム、もっとわたしに虚無を、もっとわたしに絶望を。 *26いつか色んなことは、終わる、雨降るように星は、孤独で美しかったと思う。(「When the name of the universe is stripped away」) *25あまやかな夜だけが溶けずに残っている鳥になった君の輪郭フレームアウトせよkamome studio *24美しいまでに気怠い眠気の醸成。kamome studio *23スタバ日曜日のスターバックス、零度の信頼を置く。夕方、後ろに森が続いている時間、(本当にパソコンしている人がいる、ずっと都市伝説だと思っていた、)『フラペチーノで舌を噛む』(スターバックス式横文字詠唱呪文で、時間が停止まったというのは本当ですか?)スタバ、しようぜ。エンドレスにループめくフラクタル、釣り堀の虹鱒や岩魚になりたい君のことなんか、僕は知らない。スタバ、行こうぜ。『共同幻想論』が最適な読み物、それ以外は、ハルキ・ムラカミのポルノ読んでる、ここは日曜日のスターバックス、雨の日のレインコートの重み感じる場所、ヘルメット携えながらでは行けない、「おい、アンタそれ、人間の頭部だぜ」「おい、アンタそれ、しゃれこうべ、だぜ」スタバ、しようぜ。前世紀脳が架空口座を引き出す、オペラの開幕、「店員さん、俺にはすべてがわかっちまったんだよ」「言っておくぜ、すべてがスタバになる」スタバ、しようぜ。今年で一番の最高瞬間アドレナリン計測、スタバで注文する、した、俺、スタバった、敷居の高い飲み物がふつうにうまいことを知った。 *22カラオケ 利用時間や料金が記載されたボード。テーブルとソファー、スツールも欠かせない。カラオケ用端末に、ミラーボールや、ブラックライトなどの照明設備。巨大液晶テレビに、フロントに繋がる室内電話。ワイヤレスマイクと伝票の入った籠。 曲ごとに番号が付いていて番号指定するとその曲のカラオケビデオが再生される仕組み 元を辿れば一九八○年代にLDチェンジャーが登場したことで、選局の際に店員が必要なくなったことでカラオケボックスが登場した。カラオケ楽曲の収録曲数はJOYSOUNDが三〇万曲以上で、DAMが二七万曲以上。音程をしっかりする、キーを変える、得意な曲を歌えば“平均八〇点以上”が普通なのだとか。 ソファーの軋む音、料理や飲料水の匂い、消毒薬の匂い。 『お客様は煙草をお吸いになられますか?』がコロナ以後、いやそれより以前からあった駆逐によりほぼ不可能。カラオケ喫茶で、演歌を歌うしかない。尾崎豊と中島みゆき歌って呪いを掛けるしかない。カラオケに映る男女は笑ったりさびしそうな顔をしたりしている。芸能事務所の俳優なのだと思うが、見ているだけで何か悲しい気持ちになる。それを盛り上げるためのタンバリン。 二次会や、打ち上げ、合コンとしての、カラオケ。 本音をさらけだすのが苦手な文化的性質を持つ東洋の生き物は、ジパングを思い出すために歌舞く。恥ずかしがり屋な日本人の救済施設、駆け込み寺。 *21エアコン一八二三年、マイケル・ファラデーが、空気の冷却法を発見した。「圧縮させて液体になったアンモニアを蒸発させると、周りの空気を冷やすことができる」ずっとずっと昔なら団扇。液体は蒸発する時、周りの熱を奪う。「気化熱」という。エジプトの王族は使用人に、水の入った素焼きの壺をあおがせた。打ち水も同じ原理だ。エアコンは冷媒の温度を変える仕組みがあり、膨張弁と圧縮機という大切な部品がある。室内機、エアフィルター、フラップ&ルーバー、室外機、熱を運ぶ冷媒、室内機と室外機をつなぐ配管パイプ、圧縮機、熱交換機、そして外に風を出すファン―――。一八四二年には、エアコンの仕組みが考案されている。アメリカの医師ジョン・ゴリーが病室を冷やすために、気体の圧縮技術を使った製氷機を発明して、建物全体の温度を調節しようとしたけど、実現しなかった。エアコンはまず病院的なもので、次に印刷工場の品質管理の温度と湿度管理のもの。エアコンといえば、「つけっぱなしの方が省エネになる」という神話もあるけど、これは嘘、日中上昇した温度を下げるのに、一時的にエアコンがフル稼働した場合でも、人がいない間はオフにした方が、全体的なエネルギー消費量は少なくなる。これは誰がどう考えてもそうだろう。ただ、今後、トイレの人感センサーのように、部屋の空気を快適にするかどうかを自動的に選ぶような時代が来たならば、つけっぱなしのエアコンという姿もあながち間違ってはいないだろう。実際微粒子イオンが搭載されたエアコンがあり、菌やウィルス、匂いや花粉をおさえたりしているし、寝冷えを防いで最適な室温に調整したり、エアコンがスマホと連動して気象情報を取り込むなどの、新しい技術もあり、AIも既に導入されている。そんなエアコンが発明されたのは、一九〇二年、アメリカのウィリス・H・キャリアが、エアーコンディショナーを発明した。温度と湿度をコントロールできる最初のエアコンで、工業用のものだった。ちなみに十八世紀には実験で氷点下まで下げることに成功し、十九世紀には真夏に氷が作れた。エアコンを使って外の暑い空気を冷たいものに替えると、石炭とガスを燃やす発電所から汚染が発生するけれど、温室効果ガスの排出量の削減には成功している。またエアコンがない部屋では認知能力が下がることも、研究で判明している。エアコンは文明の利器であり、けして贅沢品ではなく、パフォーマンスを向上させてくれる。さて、一九三一年、世界初のウィンド型のエアコンが開発。窓につける形のエアコンのことをウィンド型という。一九三五年、日本初のルームクーラーが発売。劇場や事務所用のルームクーラーが日本で発売。空気調整機と呼ばれて、値段も高かった。一九五二年、日本でウィンド型のエアコンが発売。一九六〇年には冷暖房兼用エアコンが発売。大気中の熱を利用する「ヒートポンプ式」の冷暖房兼用エアコンが、発売。ヒートポンプ式の省エネで、エコ。一九七一年、多室型エアコンが発売。一台で、二三室の空調が可能な多室型エアコンが発売。一九八〇年代には、インバーターエアコンが発売。エアコンの動きを調節することのできる「インバーターエアコン」は、室内の温度を適度に保つことができる上に省エネ。一九九〇年代には、エアコンの小型化、軽量化が進む。一九九五年には、暖房、冷房、除湿、加湿、換気の機能のある、エアコンが発売。二〇〇〇年代には、フィルターの自動清掃を行うエアコンが発売。家庭用エアコンは、当初の五〇年代には、二〇万円もした。七〇年代でも、ほとんど変わらない、給料の二か月分。普及率もよかったわけではない、エアコンは電気代のかかる贅沢品だった。こういう人たちには、電力を使わない経済的な話をしよう。シリコンの一種であるジメチルポリシロキサン(PDMS)で、コーティングしたアルミニウムの板を使用することで、電力を消費せずに温度を下げることができる装置を開発した。そういう選択肢が何処まで現実的なレベルになるかはともかく、建物を白く塗ることで冷却効果を上げるという方法だったり、世界的な温暖化が予想される時代、従来の方法とは違う新しい方法も開発されるだろう。はたして昔と今と単純比較できるかはわからないが、三十五℃をこえる猛暑日は増えているし、天気予報で外出注意の日もある。最近の夏は昔より暑いから、熱中症で死んでしまう犬や猫もいる。 *20ひとつの季節の終わりを告げる風景、アールデコの内装みたいな空と、誰にも言えない理科室みたいな匂い。A landscape that heralds the end of a season.The sky looks like an art deco interior,It smells like a science lab that I can't tell anyone about. *19喫茶店平和だな、だけど見る見るうちにすぼまってゆく、笑い声が悲しい。街で蠢いている音。ぼんやりして、折れこんで、壊れてゆく。熱い紅茶に入れた角砂糖。暗い顔の人々。コロナの後遺症を読んだ。面倒くさそうなやりとりだって思いながら、なめしそこねた兎の皮みたいな、皮相なこと、心に刻んだ。悲しいんだ、でもその言葉いえずにいる喫茶店。世界の終わりでも、夜明け前でも、禁酒法の時代みたいでも、獣たちの、そういう薄っぺらい時代でもいいぜ、平和だな、母なる海の落とし物でも、探したいのか、紳士になりたいのか、上品や教養。怪鳥の大きな口みたいなトンネルを、ずっと歩いてるような気がするぜ。誰も何も言いやしない。どいつもこいつも腑抜けてる。それがどうした、好き勝手に生きてんだろ、愛なんか言えない時代だ、コマーシャリズムだ、ビジネスだ、新展開なのさ、平和だな、飼い慣らされてゆくぜ、マイディアー、信じたいものに裏切られ、それでも悪意に満ちた人の心に流されたい。 *18grape fruit脈のすきま風、なんてどうかしら、グレープフルーツ、剥いてから、交感神経に触れる、夏のハイカラ、もう秋だぜ。まったくさ。敏感すぎるほど臆病な、夏が行方不明、終わっちまったシュワッチな、ドア開けたら、酸っぱい、って何だそりゃ、尻尾でも生えてさ、蠅蹴散らしたい、結構マジに考えてる、すげー俺は一体何考えてる、平和な耳鳴り。 *17Autumn of the year is coming歩いたところから秋が始まるんだ、世界から嫌われた落葉だって、金平糖になる。すれ違う寸前、距離を拡げてゆくような他人たち、だ、君はエトランジェ。昔よく開いた本みたいな色をして、絶滅してゆく首の長い麒麟よ。夕暮れは平行線?それとも延長戦?半人前で日和見で、不器用とかいう、言葉が好きな日本人が、大嫌いな僕の秋に、コンツェルトなんかいらない、クレッシェンドでいいんだ、そんな弱い考えの中じゃ窒息してしまう。俗論と偏見とその場限りの何処吹く風、僕はもっと重くなりたい、もっとまともでいたい、いつか知らない赤い実がなるような、小さな秋、僕の胸はやっぱり少し痛いぜ、美しくて悲しい、だけど少し幸せ。見つからないものが多すぎた、とにかく待つしかなかった、そしてそんなこと、改札口から溢れてくる人の波が消してった、色んなものを諦めたよ、でもやっぱりそこに君がいた、口を塞ぎ、眼を瞑り、耳をおさえていたあの日の通りじゃない、秋は弱々しく歩いた僕自身の祈りだ。 *16ばいばいの手から硝子の器、金魚たち泳ぐ。Bye-bye hands,glass vessels, goldfish swimming *15hairdresser「髪形ナニニシマスカ?」「おまかせ、で」(嘘である、)「あの、長さとか、仕上がりのイメージとか」(から、五分は話し始める、カウンセリング分の世間話分の、転ばぬ先の杖、デアル)「じゃあ、切り始めますね」(とは言っているが、無難なところしかいかない、ノ、ダ。「1、気が変わった」「2、なんか思ったのと違う」「3、イマイチ」と言われるからだ、)失敗していない、ベストをこなした、とは思ってもやり直しはきつい。だから、初対面で好印象を得られるとか、清潔度を上げる、とか言うのだ。「ドウデスカ?」(どうなんだよお、と鏡越しに、客商売用スマイルまきちらす、政治・宗教・野球・サッカーおことわり)「イイデスネ」(肯定的なことを言う人、それは、【いい人】だ)世界にはさまざまな技を持つ人が存在し、通常はハサミを使うところを、炎や刀を使って髪をカットする美容師が、実際に存在する。ファンタジー美容店。(やっていいか?)とたまに思う。(やられてくれないか?)RPGみたいな要素が欲しいし、客の頭をヤブキジョーにしてみたい。 *14旧統一教会問題旧統一教会問題。教団の財産保全、被害者への返金、教団への献金や送金対策、新たな法整備。宗教法人法には、厳格な法的な定めがあり、第八一条には「法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと」に該当することより解散命令がされるとしている。昨年七月に安倍晋三元首相が銃撃された事件を機に、関心が高まった教団を巡る高額献金や霊感商法などのトラブルについて、「法令違反」に該当する疑いがあると判断した。文科省外局の文化庁が、宗教法人法に基づく、「質問権」を七回にわたって行使して調査した結果、金銭トラブルについて、教団の「組織性」「継続性」「悪質性」があると認定し、解散請求の対象になると判断している。献金制度や子供は集会に連れて行かない等の規制、税金の優遇措置の改革など、他の宗教にもいえることだが、旧統一教会とズブズブの関係があり、選挙で当選するために利用してきた自民党国会議員の、人道的な責任は追及せずに、何か蜥蜴の尻尾切りのような堂々巡りのような気がして、正義とは一体何なのかと思う。一番の問題点は、被害がお金だけではないということだ。宗教の本質は精神の安定、社会の安定だ。だが宗教を大きくするにはお金がいり、信者が沢山いる。政治にも接近する。有象無象の無数の蟻が、国家に襲い掛かるような構図。俯瞰的な眼で見ていると、宗教は終わっている。まず何より、現実感を伴わない大言壮語のキャッチフレーズが、水族館の魚みたいに思えてくる。自由を奪われてそこにいる生き物たちも、亡霊のように透き通ってしまえば一つの施設になる。スーパーチャット、金額は百円から一日最大五万円まで、クレジットカードなどから支払い方法が選べる、これも一つの宗教である。僕は近頃mixiのブームと衰退のことを考えていて、こういうのも時代の移り変わりと共に、変わっていくのかなと思っていた、でも今も「mixi」を続けている現役ユーザーたちは、「他のSNSにはない安心感」を語っている。ツイッターがXになって僕は爆笑した、拝金主義者がついに乗り出したのだな、と思った。何度も言いたい、僕は爆笑した。 *13cigaret(「煙草の話」)かつての大人の嗜みとして、そして時に不健康優良少年たちの犯行のシンボルとして、人々に愛されてきた。が、その弊害と強い毒性が科学の力で暴かれるとともに、人間はこの文化の抵抗の意思を示し、人の世から駆逐しつつある。火を消した後の一週間で吸い殻から放出されるニコチンの量は、喫煙中に発生する主流煙と副流煙の合計に匹敵する可能性があり、吸い殻から有害物質を発生させたくないなら、砂が敷き詰められた、硝子製もしくは金属製の密閉容器に入れること、らしい。だが、電子タバコや加熱式タバコは急速に売上高を伸ばすだろうと、予測されている。人間は歴史的に、考えや感覚を変えたり強化したりするために物質を使いたがるものだ。生涯にわたっての長期的な購入者は国の宝である、なおかつ、健康被害にも低リスクならば国家も税率を下げるかも知れない。煙草はアメリカ原産のナス科の植物であり、ナスやトマトなどもこれに分類される。人類史に煙草が登場するのは実に古く、約一万二千三百年前。北米のウィッシュボーン遺跡から焦げた煙草の種子が発見されており、これが最古の物的証拠。ただ色んな人が誤解しているようにだが、週一本のワインは週五~一〇本のタバコと同じリスクなのだ。もちろん煙草ほど厳しい指摘をされるものではないが、飲酒運転、急性アルコール中毒など、飲酒で亡くなっている人も多いと知っておきたい。と、ここまでが喫煙者の無駄な足掻き。さて、紫煙には七千種類以上の化学物質が含まれおり、そのうち、二百五十種類が有害。ヒ素、ベンゼン、カドミウムのような発癌性物質が少なくとも、六十九種類は含まれている。なお、ニコチンの依存性は、非常に強力であり、二十種類の代表的な薬物の依存性を比較した研究事例では、ヘロイン、コカインについで第三位。煙草の煙があまりに複雑な化合物群で構成されており、そこにニコチンという依存性のある快楽のもとが、絶妙なバランスで配合されている紫煙こそ、文明の薫りというものだろう。窒息しそうな魚のように鰓骨から喉仏までぐびぐび動かして、スモーカーズフェイスのシャーロック・ホームズを考えたら、二十世紀の謎を解き明かしに行こう、大嫌いなフロイトが禁煙を否定したニコチン野郎だったってこと、君も時々考えるんだろう? *12何かすごい、いいことを言ってるのに、本筋ではやっぱり何か微妙で悲しい昼下がりかもめ隊長、本日もお日柄がよく、ご苦労様でござりまする。あの、かもめ隊長、いずうさ隊員、ケツ毛も毟れないっていう、言葉を考えながら、犬のケツ毛をぎゅっと握ったら、すごい悲しそうな顔を、されました、わたし、学びました、隊長つまりこういうことです、ケツ毛むしるとかなしい、私たちは大人になりました、そのようにです、そして、グッドバイ、青春の日々! *11踊真夜、ナカッツ、フーン、とか、ガガガーンとか、よくある抑圧のこさえで、みさえ、した。こういう時は、う・ご・く。かんがえるな、う・ご・く。アハッ、なんかいい気持ちになってきた。あたし、十代神童で、ジジババに、太極拳おそわってたの。うふー、ぐへー、息をめぐらせろ、わたしまじすごい。ねえ、アジャラパパパパアって、何かのバンドだった?違うの、身体キレッキレすぎて、バキバキのベキベキで、うまれくる乙女ワード。インドの仏像にカトレアの花束、すげー、なんか乙女ワード。でも人生幸せにできなさそうな言葉、およそ意味不明な言葉って、すごいんだ、あとで、カップラーメン食べて寝よ。 *10彼の考え宿題はやりたくないことをやる、トレーニングなんだ、でも競争意識もあるだろうな、学力式選択人生。でもさ、馬鹿でも間抜けでも、そいつがしっかり考えてるって言うなら、遊び惚けてもいいんじゃないかな、いい友達つくってコネで就職、趣味で生計立てて人生逆転物語。でも誰かじゃなくて自分だから、いまは勉強したい、何の意味もないことはわかってるんだ、何の意味もないからやりたくない、でも親の圧に負けて塾通う、金持ってたら私学に行くボンボン、なんか貧乏とか金持ちとかで決まるのが、心の底から嫌だなって思ったんだ。 *9世界が君に与えたもの世界が君に与えたものを信じる。願う、祈る。名前が祝福であると、人生の最初から最後まで、そうであれと、何度も何度も考える。命がさざめきだって美しい、急所に触れられ鳴り出す享楽的な部分、揺れる心の弱さ、その間違いでさえも美しい。野良犬のような眼をしてどうしたんだ、あさましい歌に嫌悪感をいだいて、醜悪な軟体動物にでも擬態したい、生まれ変わりたいとでもいう顛末なのか。こんな何処にも逃げ場所がない夜は、いわれたままの言葉では贖えない、孤独の匂いや衣擦れの音、本を捲る気配が脳のてっぺんへ囀る。見つけた言葉しか話さない、心の底から信じたものしか取り出さない、まったく見覚えのない一瞬が、そうして夜の竦みの中に生まれてくる、君を強くするはずだ、と。昆虫のような強靭さで、骨や血液や胃袋を感じた、抜け殻の日々を洗いたい、浄めたい、と思う。自分以外の誰もいないのに、自分以外を信じているような、そんな無意識の嘯きが、空虚な蔦ののたくりが、一体何になるだろう、人生を胡麻化してどんな値打ちが出るだろう、だから美しい言葉を探した、人間が人間に縛り付けられないような、飼われた獣とは違う、うすよごれした人間の言葉ではない、もっと美しいものを探した。それが君の人生であれと思った、夢の間にすぎる五十年もいいと想えるのは、どんな結果や結末も受け入れられたのは、他人への心遣いが僕の慰めであったからだ。 *8Aさん? ああ、人間キャッシュカード?みんなもすればいいのよ、馬鹿だましてお金稼ぐ、最高よ、結婚詐欺じゃない、脅迫もしていない、お金持ってなければ借金して、貢いでくれる。人は錯覚したい生き物で、騙されているはずはない、信じたいっていう生き物なの、ジュース代、お菓子代、たばこ代、次は仮想の競争相手、夜の電話、大体お決まりのパターンね、良心なんか痛まないわ、だって、ユニセフ募金するのも、パチンコするのも、あたしに募金するのも一緒でしょ、お金を使ってる、意味がある、そう思ってる内は、お金なんて紙切れと変わらないのよ、でもそうすることで、何か気持ちよくなる。でも夢を見たいのは、アンタだってそうじゃないの、家庭の奥さんというポスト、愛があれば素敵だけど、ゼロにならないライフは、脂肪だけが増えていくものよ、ガスの集金人ね、焼き芋食べてるような女たちって、安いスーパーに行くとよくいるわ。 *7狸女切れては走る窓の風景がもし止まったら、あたいもここいらで覚悟を決めて、一発ギャグを言ってみたい。本を落とすとあなたが拾う、わたしは、そっと口にする、「あらいぐまラスカル」と。もうなんだったら、ぬいぐるみを出しつつ、もう一度言うべきかも知れない。空気が凍り付くだろう、あの子変なんだって噂される、でもその方が楽しそうな気がする、ねえ君だって本当はイケメンじゃない、そんなふりをしたりしてるだけなんだ。「あらいぐまラスカル」って言って、レッサーパンダと、たぬきのぬいぐるみ劇が始まる、ノ、ダ。 *6Let s GO!! (Hi! Hi! Hi!…)bibibiっときた、モダニズム、マンネリズム、君はエゴイズムに満ちた、みゅうじっく、生物の不安、道徳は麻痺、見える黒の鱗みたいな時代の最先端、自虐的なまでの極彩色の濁流泳ぐ君は、とっくの昔に、「常識」なんか持ち合わせちゃ、いない、いないバアのたこ足配線絡み節、(七色のマニキュアでピエロメイク)(紫色のLINEスキルでハリウッドくんだり、)ポップアップなんてざーとらしく、感情のメーター振り切ってlogic黙らせたい、magic(は、)舌に出来た腫れ物、君が欲しがってたもんはゴミだったよ、馬鹿な女、馬鹿な男、生きる価値なくしやがった、アンタが適当に受け流してた時代をゴミにしやがった、欲しいもんが見つからないから、いらないもんに値札つけるようになったんだろ、bibibiっときた、モダニズム、マンネリズム、君はエゴイズムに満ちた、みゅうじっく、ガムを噛んだら信管に触れて、中指立てたら、後戻りできない宗教も信者もひっくるめて、戦争だ。<愛>って予言みたいだ、君の存在の主語はない、だってダイヤモンドプリズム、まだぬけぬけと抒情に溺れてる君の通用しない理屈、アンタ以外の誰かと幸せになるのさ、お前以外の世界と心中すんのさ。「アンタには、人生の重さがない」 *5問い遠いところを見るような、眼をして、「特別な淋しさ」を、君は探してる。汗を掻いている焦燥の夢、虫に食われた地図、骨が舞踏し、死が誘う迷いの中、実存主義演劇でも、始めそうな君は、怪物の正体に気付いてる、怪物は『心』というのだ、と。 *4動物心の中にある、「光」を探すよりも、「黒板の落書き」の方がいい。数えきれないほどの、日々を過ごして、「光」なんて抽象的なものを、僕はあんまり信じられなくなった。「孤独な妄想」なら、きっとすぐに見つかる、そしてそれが、「裏返しの他人」だ。自分を見つけたい、というのは嘘だけど、自分が何を考えていたか、知りたいと思う一瞬は、きっと誰にでもある。 *3roentgen白色円筒形道標に照らされながら今日もlampランドマークへの焦点距離じゃなくて北極星になること *2液体の生き物、泡立ってとりとめもない。「進む/戻る」機械的な声を聞きながら、空に吸い上げられてゆく孤独だ。なくしかけた鼓動と、行動の地図、興奮の栓を抜いたら、宝物を探すような旅。一生忘れないような勇気、一生思い出すような冒険。 *1ちょっと思い出した先のことなんかわからない先のことなんか考えないremember yesterday
2024年03月01日
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