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僕と君に他人の壁はなかった、境界線などというものは存在しなかった。こんなの間違っていると思いながら精神を凌駕する、道徳観を覆いつくす惑星の流れ星の前で、僕は微笑んだ。すると、君も嬉しそうに微笑んだ。その時に、鋳型の回路が起動した、顔形のシンクロナイズドスイミング、まるでバラバラな部品を箱の中でシャッフルして一つの車を作るような、そういう天文学的な確率を通り越した、那由他の心臓の鼓動の電圧。華麗なまでに演出されたこの日を何と言おう、いや、夕陽が射しこんで、何処かへと帰る鳥の姿が細胞の声のように聞こえた。僕等は少しずつ近づいていき、ついに眼と鼻の先になり、ロマンティック・ラヴした。おえっ。中見ないことを書きすぎてまじで辛いわー。おえっ。『恋愛的初期段階でロマンティックな恋をしている人物』を対象とした研究では以下の人が被験者として選ばれた。関係が始まって六か月以内で、パートナーのことを少なくとも一日四時間以上考えている。この基準は被験者の自己申告と研究者の経験に大きく頼っており恋の多様性を定義とした幅広いもの。恋をすると脳が活性化して「PEA(フェニルエチルアミン)」という脳内物質が分泌され、これが意欲や集中力を高める「ドーパミン」という快楽物質の濃度を、上昇させる。一九九七年、ニューヨーク州立大学のアーサー・アーロン教授は、「密接な人間関係の人工的醸成・・・・・・その手法と発見」と題する論文を発表した。ネット掲示板で発表されたらどんな取り沙汰されるのか気になることだが、おそらくまあこんなことを言う奴は信用するなの代名詞になるだろう。まったく見知らぬ男女を恋に落とす、もしくは親密度を高めるための「三六の質問」で、これが五〇分ほどかかるらしい。相手の心に土足で踏み込むような内容で、詐欺師のように一世を風靡する心理学というものの正体を、如実に捉えている気がする。恋愛心理学の研究では、恋愛のパターンやパートナー選びの傾向、恋愛における問題の原因などを探求する。吊り橋理論はよく知られている。ところで恋のターゲットは無生物にも及ぶオブジェクトフィリアといわれる症例があり、これを自認する人は電車や橋、車、建造物、言葉などに対して人格を感じ、強い恋愛感情を覚えたり、性的関係を築く例もある。非常に例が少なく研究が進んでいない分野なのだが、中には、エッフェル塔と結婚したと主張する女性の報告もある。もちろんそれが動物であったり、宇宙人であったりしても全然変ではない。大自然に手繰り寄せられながら欲望の極みに達する登山という、言い方もあながち間違ってはいない。ただ、性的興奮を覚えるフェティシズムとは明らかに異なっていて、その原因は不明だが、共感覚のような特殊な知覚現象の一種として、無生物に対し人格を感じるのではないかという仮説が提唱されていて、極めて神秘的な恋の形態だ。わかっていることだけで形成される文脈の中には、場合によってはわかっていないことによって引っ繰り返される恐れがある。スピリチュアリズムについて僕は懐疑的だし、スピリチュアル詐欺師列伝、エバラ焼き肉のたれと称して、ディスりまくっているけれど、無生物にも魂があるという話を読んだことがある。俄かには信じがたいし、おおっぴらに話すものでもないと思うが、古く朽ちている家が生きていると感じるような、錯覚ないしは一種の共感覚っていうのは、僕にもある。きっとこういう感覚って一般的ではないけれど、あるだろう。たとえばイギリスのある科学者は、「男性が恋に落ちるために八.二秒の時間が必要である」という、一見無茶苦茶なことを言っている。イギリスのある大学で隠しカメラを設置し、(盗撮ですよ!)百十五人のモルモット学生のヘブン・アンド・ヘルな視線の動きと、アッパー系の好感度の関係を調査したところ、男性が「素敵だ」と答えた女性(仕掛け人)と目線を合わせている、平均時間は八.二秒だったという。逆にあまり興味を示さなかった女性と目線を合わせた平均時間は、四.五秒まで落ち込んだという結果によるもの。もちろん照れ屋恥ずかしさを伴ったコミュ障猫背野郎などがいれば、なんという風前の灯火という無茶苦茶な論理なのだが、いやいや僕も大人げない、厳密性を求めるのだけが研究や科学じゃない。フォーカス・グループディスカッションを通じて、若者たちがどのように恋愛を語るか、そのレトリックに注目し、ジェンダー視点から恋愛の論理構造を考察するという論文があったけど、そんなの曖昧だと言ってしまったらそこで扉は閉ざされる。恋愛関係には動機付けが必要なのか、生活習慣の乱れと拘束感覚に繋がりはあるのか、関係不安と他者評価から信頼指数や親密度数が出るのかなどという、燃えるような恋に落ちている時、その脳内では報酬系と呼ばれる快楽に関係した領域が活性化して、ドーパミンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質が、ドバドバと放出されているドーパミンの海で、犬のような恋、盲目のような恋のもと、時に異常なほど活発になりふわふわと空を飛ぶような、地に足がつかない多幸感を覚える反面で情緒不安定になって、夜も眠れなくなったりする。ただ、カフェインに敏感な人は眼が冴えて夜も眠れないというが、僕はコーヒーをがぶがぶ飲んでも普通に毎日眠れる。麻薬の話で禁断症状が起きない人という話も僕は知っている。個人差という、ある物事における影響度が、極端なグラフになっている可能性を指摘できるし、また場合によっては極端なグラフ、解像度を伴うメッセージによって、そういう方向へ誘惑されているのではないか、と僕は思う。ヘビースモーカーなめるなよというわけじゃないけど、煙草の害悪を語りながらニコチンへの愛を語りたい僕である。人って緩慢な死を求める権利ってあるものじゃないのでしょうか?さて、恋愛時に影響を受ける別の神経伝達物質として、セロトニンというホルモンがある。この物質は、先程紹介したドーパミンと、ノルアドレナリンを制御することで精神状態を安定化させている。セロトニンの量が不足すると人は不安やパニック鬱に陥るのだが、ここで激しい恋をしている人を対象とした研究においては、そのセロトニンレベルが重度の強迫性障害の患者と、同程度に低かったという事実が報告されている。恋煩いは立派な病気という言い方にも科学的根拠がある。あるいは一歩進んで、恋という文化的装置が、心理学的領域を開陳しながら、人を多様性へと導こうとしている、という言い方も出来るかも知れない。精神疾患の話でその傾向を持っている人は、すべての人に当てはまるわけだけれど、ようは病院にお世話になるかならないかの違いだけで、もしくは社会的に支障をきたすかきたさかないかの違いだけで、僕等はみんな精神疾患によって個性を得ていると思う。ロマンティックな恋と重度の強迫性障害は、生科学的には区別がつかないという大発見は、二〇〇〇年のイグノーベル化学賞を受賞していて、恋愛の化学誌にユニークな光を灯している。また脳の活動領域という点においても恋とは極めて不可解な現象で、この点についてはFMRIという脳機能イメージング装置を用いた、研究事例が参考になるのだが、恋愛時に報酬系の領域が活性化するが、その一方で脳の特定の領域が、その機能を停止することも判明している。「恐怖を司る扁桃体」「ネガティブな感情を制御する特定の領域」「判断を司る前頭葉」「そして共感を司る後部帯状回」の四つだ。これはリア充特有の万能感と高揚感によって冷静さを失う、黒歴史のレクイエムを万事滞りなく説明してくれるだろう。そういうのを封印したい人、反故にするようなさもしい了見もあるだろうけれど、考えようによっては人間って絶えず正解や不正解をする上で、一定数そういう愚かな人々がいてくれるおかげで、少子化対策みたいになって、給食費を払わない、なのに高級車乗ってるモンスターペアレントになってくれるところがある。恋愛時の脳には特殊性があり、恋愛初期の激しい恋の段階においてパートナーに対する、精神的、肉体的な依存や渇望の感情が湧くわけだが、この脳の領域はコカインやヘロイン、覚醒剤のような、薬物により強く活性化することでも知られている。つまりスポーツや、好奇心を満たす冒険も、恋も、麻薬ということだ。恋に落ちるという現象と薬物中毒には脳の活動という観点から、多くの共通点があり、もちろんある現象が社会問題や、特定的な事例として紹介される場合、その前提となるような過去の諸現象がピックアップされることになる。存外、宗教と神秘体験にも恋という要素は潜在しているのかも知れない。そしてこれはワードを入れ替え可能なパズルで、本質的にはどれも同じあるかもしれないという可能性を孕んでいる。恋愛とは人生にとってポジティヴな現象であり、病理学的な問題ではないけれど、激しい恋を依存症の一種と考えれば、『若きウェルテルの悩み』の、恋愛体験のショックから自殺をするという心理も解き明かせる。依存症がもたらすものは社会的弊害であり、社会的不適合者で、人間失格、太宰治というように脳の致命的なバグのドーパミンを、ドーナツを首輪にしてみたユーチューバーみたいな人といえる。あるいは人間心理の幽暗な領略の温床。畏怖すべき深淵といった見方もあたらずも遠からず。年齢=恋人がいない年齢という悪魔の定理も、童貞ないしは処女卒業などの陽キャグループの悪魔の囁きも、ピラミッドにおけるヒエラルキー最下層にとっては、二次元の真味、果物の如く誘惑を孕んでカルピス社する。僕も社会性というのを意識して常識的範囲、非常識的範囲を考慮しているけれど、もちろん絶対に書いてはいけない類のこともちゃんと心得ているし、なるべくは書かないように努めているわけだが、貧乏な経験をした人ほど利害関係を求める傾向が強いというのを、僕は思う、そういう人と恋愛関係を結べる可能性はゼロだと思う。あと僕は関西人が嫌いなので、関西人が恋愛について語っているのを見ると本当にゾッとする。みんなはどうして僕がそう思ったのかと考えるかも知れないが、夜中に奥さんに頼まれて「なか卵」に行って永遠、漫才の話をしている数人のグループがいた、僕は持ち帰りだったし、ちょっと眠かったから、「こいつら、まじでうるせーな」と思いながら、けれども、耳を塞ぐのも何か違う気がしたので、空気になってた。それをして関西人は低俗だ、これが底辺の連中なのだなという意見もあるだろう。人前で大声で話す連中は基本的に自己肯定感が高いのだろう。修学旅行で行ったお城に落書きする。偏見丸出しだけど、絶対そう。僕のこの話をよく覚えておくといい、一見真面目に書いているような時でも全然別のことを考えていることがある、文章っていうのはあくまでも特定的にし、類推し、ある要素を満たすもの。語彙力云々以前に、「俺(あたし)って面白い」みたいな連中っていうのは、どう考えても気持ち悪い。でも考えようによってはこういう手合いと同じで、恋愛って同じ明後日の方向を見ていて、なおかつ、同じレヴェル程度のあんぽんたんを満たすもの。恋なんて金かかるだけだし、女なんて気持ち悪いだけ、ヤレさえすればそれでいいじゃん、風俗でいいだろっていう意見も、僕は全然間違っているとは思わない。ただ、そういうのが、青いって言うんだよ、若いって言うんだよ。高尚でありたいとか、立派でありたいとかいう意識に問題はあれど、「人間でいようとしない⇒犬畜生の仲間入りをしたい(いやいや、犬は好きなんで、あなたは犬より劣っていますよ)」という図式が成り立つわけだ。そんなものに惹かれるのは劣等感ないしはルサンチマン的衝動にすぎず、それが戦争を求めたりするような構造になる。そういう人間が行き着く先は、地獄以外の何物でもない。でも二、三年で恋愛が破局するというように、人間関係における利害なんかも二、三年が限度なのだろう。僕は「俺(あたし)って面白い」というのをまったく受け付けない。つまらなくても、馬鹿でも、前向きになれないとしても、そういうピースを一つずつ埋めてゆける人の方が、きっと価値があると思うから。その場凌ぎのことより、十年先、二十年先を考えて、今日のことを、明日のことを考えている方が僕はいいと思う。選択にリスクはつきまとう、一生物の相手に優劣もあると思う、だけど失敗してもそこで成長を伴うなら人生ゲームの醍醐味だと思う。おっと、一般論の癖が抜けなくて困るね。「早く落ち着きたい」「普通でいたい」「おじいさんになりたい」というような人にとっては、深い絆と信頼で結ばれた特別な関係へと、二人は進化すると僕は思う。長期的な人間関係であり、オキシトシンとバソプレシンという二種類のホルモンが関係し、派手ではないけれど仲良く暮らす日本昔話が待ってる。そして僕が少女漫画もいいけれど、ハーレクインを読みなさいというと洗脳される。現代詩はつまらないのでもっとハーレクインを読みなさいというと、もっともっとマインドコントロールされる。僕に得があるかって? ないよ、でも、世界は平和な方がいいし、愛がある方が、いや、違うな、愛があると信じている人が多い方が、社会はもっと素敵なもののように見えてくる。世の中にはコンビニ店員を馬鹿にしたり、土木関係の仕事の人を底辺という人もいるみたいだ。あのね、立場変われば、生き方が違っていれば、誰でもそうなっていたかも知れないのに、何故そんなうすっぺらいことが言えるんだ、信じられないよ、でも一番信じられないのは、そういうのを聞き流す人がそういう偏見の論理、色眼鏡の理屈を助長させているということだ。あらゆる研究や論文の大元というのは、人類への恩恵だ、知性という悪魔の手先じゃない、人々が幻のような幸せに少しでも近づいていく、幸せだと思う、幸せだと信じる、そのために与えられたものだと僕は思う。
2024年04月28日

51インスタグラムホラーどうする? 心霊世界のアイドルになっちゃう?それとも、心霊商法で、気を入れた壺を百万で売っちゃう?どうしよう、幽霊用トラップで、通路の真ん中に段ボール置いておいたら、普通に倒れた、写真撮っておこう。どうしよう、監視モニターに、黒い影ゲットだぜ。塩投げる? 数珠投げる?でもとりあえず、写真撮っておこう。うわー、リアル貞子じゃん、貞ちゃんさいこー!どうしよう、壁の穴から、人の眼がじっとこっち見てる。可愛い、珍獣じゃん、めっちゃおもろいじゃん。くうーっ、たまんないから写真撮っておこう。日本人形動いてるーっつ!ロボット掃除機じゃん!これ、ヤバイ、家電業界に革命走るよ!やばいやばいやばい、ベタ更新だよ、バスルームに髪の毛、トイレにも髪の毛、そして誰が出したわけでもないのに、水が流れてる、最高すぎるよ、写真! 写真っつ!イージーゴーイング!これがジャパニーズホラー必殺の、リアル呪詛だー、すげー、もっと写真撮りたいのに故障した、スマホで、もっと撮りたい! * 52欲求不満の先輩は後輩とシモネタを熱く語りたい「ここだけの話さ、女の子だったら誰でもいいって思う? なんていうんだろう、リアルソードアートオンラインっていうか。 ヤバいと感じたものがなにもかも全部詰まってるオスの矜持。 一夫多妻制したいぜー、ハーレム最高とか思ってるよね、ごめんねー、 いやー、若いっていいよねー、二歳しか違わないけど、いいと想うよ、 その若さには限界はない、でも膀胱には限界あるよねー」「すみません、僕、そういうのとは違うんで」「出た出た、蒸発しそうな性欲抱えてる十代のはちきんればかりの、 暴れ太鼓が何を言いまするか? カルピス祭りなんざましょ? 席に座ってる女の子を見たら、ぶっかけしていいのかと思うって、 そういう名言残すつもり?」「ごめんなさい、本当に、そういうの苦手なんで・・・」「じゃあ、信じてあげる。一途なんだね、ロマンティック街道歩くんだ、 女の子、タイセツにしたいんだ、わかるわかる。 それで好きな女の子を色んな体位で攻めてみたい、積み木崩し、 なるほどなー、あと、とりあえず、くわえてくれる?」「先輩、先輩、本当すみません、俺、そんなこと・・・」「じゃあ、ホモなの? ホモっつたら、結構手厳しいよ。 はいてないから始まって、 二つのチンチンと二つの穴のそれは奇遇な、だからね。 いっとくけど、あたし、そこ、こだわる方だから。 プールの着替えと、温泉でどんな気持ちになるか言ってもらうし、 あと、攻めか受けなのか、 きちんと答えてもらうことになるけどー」「先輩の、期待に応えられなくて、その、申し訳ないですけど、 本当に、普通なんです」「普通にむっつり、ドエロってことですか? 拙者は、やはり、白魔法だくだくのホーリーの発動、 カルピス社でござる、ってそういうことー? 俺、実は、シチュエーションにこだわる方なんですよねってこと?」「ちょっと待ってください、先輩、 本当に俺は、清い恋愛が?」「じゃ、言ってみて」「えーと、河原で手をつないで歩くとか」「・・・・・ほかには?」「えーと、日曜日に、ショッピングして、 喫茶店はいって、映画観るとか・・・・・・」「ふうっつ・・・・・後輩くん?」「はい」「それでギャラリーどうするの、みんな顔面蒼白になっちゃうよ、 あのね、死ぬほど面白くないから、却下ね。 せめて、夜中の学校忍び込んで、 屋上でバンジージャンプしながらキスしたいとか、 そういう若さを、求めてたの、あたし」「すみません」「いやもうなんだったら、先輩、実は俺、 チンチン二つ増やして二つの穴を攻撃してみたいんです、みたいな、 そういう意外性を求めてたわけ、わかる? 年上のあたしがシモネタを言って、それに全力で、 シモネタで答える、これが一種の師弟愛なの」「師弟愛って・・・・・・」「なんていうんだろう、先輩ちょと待ってくれますかって、 立ち上がってドアの前で、何故かピストンして、 これがエレクトリック・ギターのフィードバック奏法だー、 うわー、みたいなー、俺は本物の若さを手に入れたがっている、 みたいな、そういうロックが欲しかったの、わかる?」「・・・・・・先輩」「・・・・・・じゃ、とりあえず、やってくれる?大丈夫大丈夫、あたし、クチは固いし、こうみえて、あそこの締まりもいい女なのね」 * 53君が想うよりずっと何処までも行けるような気がしていたんだ、馬鹿な僕等は、輝きに溢れた真夏の昼間に、笑って泣いて、そして怒って、取り乱して、写真機のシャッターが降りて、気化した色素の透明で、自分の限界に触れるナイフの切り口を得た。それでも遠くまで行きたいって思ったんだ、奥深い豊かな街の展開を視野におさめながら、背伸びしてたと思う、誰かを傷つけたし、後悔もした、でもあの日なんていうあの日なんてないよ、大和絵や、万葉集や、百科事典のことを考えていた、僕等の地獄が、あるいは天国が、垣間見せた感情のノートに琴線をふるわせた、この自由な青い音階を爪弾いて、僕等は旅人になった、都会化されない粗野な態度で、興奮しがちで神経の休まらない日々の、ほんの一瞬だけ訪れた、前向きな気持ち、そんなに純粋に、率直に、素直に、生きてゆくことを受け入れた僕等の道は、坂あり谷あり回り道の連続に違いないわけだけど、期待するなよ、岐路とか運命とかじゃない、僕等はただ何故かそうしたいって選んだ、一本の細い飛行機雲のようなフローチャート。明るく堂々としていようぜ、卑怯なことは嫌いなんだ、ダサいのは猿だし、情けないのは今に始まったわけじゃないしさ、でもさ、気分が良かった、いま死んでもいいって思えることを、何度も繰り返したい、果てから果てを掴まえたい、僕等は、愛の才能と、自由の名の下に、怖いぐらいに真っ直ぐに張りつめて、不敵だった。 * 54夕陽世界が終わるって言ったその瞬間にやっぱり世界は終わったんだよ二つの答えがあってその一つを選んだそんな禅問答みたいなよくわからない慰めにもならないことを考えながら強くなろうとか賢くなろうとか死に物狂いで生きてやるとかまるで本当に世界が終わる五秒前みたいに * 55Reggae象のような君は、君も靴の裏に沢山の蟻を潰してる。黒が何層にも渡って塗りたくられた、深夜のグラデーションカラー、テクノや、ファンクを聴いているのか、君は。段ボールで作られたスチームパンクっぽい外国人は、何処かの部分で交差しながら、交差するほどに近づくことも遠ざかることもできない、象徴のような気がしてる衛星。金網の向こう―――は。やっぱり鳥籠だったのかも知れない・・。「広場に集まって、火を囲んで民族的な太鼓を叩きたい」<シャーマニズム、ニツイテ、カンガエテイタ>>>>サムヒア・ノーヒア“ダイエットは無理さ、ドラッグだらけの社会じゃみんな、肥大化する”“ローマはすべての道に通ず、ローマになりたいみたいなNY、僕にとってのローマだった香港、とある人達にとってのローマだった、ビジュアルフライトしたい、ジャマイカという国”I'm waiting for the day to burn it down...I'm waiting for the day to burn it down...(日焼けしてゆく、シャツの襟、)《ワンドロップリズム、オフビートアクセント、ダブ・・》(紙やすりを撫でつけられたような、ザラザラ感―――だ・・)<プランクトン、ミタイナ、ノウサイボウ、ノ、ヴェール>>>>サムヒア・ノーヒア蟷螂の眼がグレースケールになる。骨/と/皮細身のファッションモデルみたいだよって褒められた時代も、いまじゃ手品師のように、拒食症とか、不健康とか、病的とか、そんなワードが引っ張りあげられるようになってくる。ほとんど気の迷いだって思いながら、道路の反対側を急ぎ足で歩いている人。もどかしさの棄て場もやっぱり、鉄格子の中・・・。多様性というのが美しい幻影だって、知っている。それでもやっぱり息苦しい、模型細工みたいな、多様性という言葉。絶望の淵にいる何か、或いは誰かに向かって伸ばされる救いの御手。厄介な友達と、本当に気遣ってくれる友達(を、)グラフィックして、ボードゲームした、暗闇の中の一筋の光。身体中の血液が鉛になったような感覚。足が、がくんと重くなって、膝をつきそうになる。根本的なシステムのスキャナーにあたる論点。ここは―――【告解室】『ラスタカラーにドレッドヘア』(そして南国風のメロディと、レゲエっぽいリズム、、、)<ジュリン、ト、シオサイ、ト、オンガク、ノ、ジャマイカ>>>>サムヒア・ノーヒア単純なベースと裏拍でリズムをとったギターによる、生音での演奏と、ジャンベやボンゴなどの民族楽器。リラックスした雰囲気の中で適時情報開示閲覧・・。―――感じ、って吹けば飛ぶような問題。―――感じ、って問題にするのもわからない微小なもの。電子レンジでチンされたものを食べている、ライオン、痛々しいほど瘦せ細り、そんなんでハイエナに勝てるの?そんなんでサイに勝てるの?そんなんでゾウにだって勝てんの、ねえ?ぐっと押すも、びくともしない、窓。ぐっと引くも、びくともしない、窓。―――横に開けば普通に開く、窓。“選ばれた人になりたい”(らしい、)彼等は。インスタ蠅と言って、草と言って牛を放牧する。喜びの歌。“選ばれるべきではない人”(らしい、)彼等だ。ティッシュペーパーとかいって、変顔して、炎上するのが好き。モグラたたきのモグラみたいだよ。二進も三進もいかないよ。底部とか底辺とかいうつもりもないはずの彼等も、フラストレーション溜めて、シュプレヒコール叫んで、ルサンチマンを繰り返す阿呆になる。いまじゃ―――【電柱みたいな原始林】(が、)見えるだけ・・・・・・。野獣の牙と角もないから、滋味豊かな血肉を味わうことも出来ない。鈍く光る水のおもてにも似たmotionの印象・・。―――感じ、って吹けば飛ぶような問題。―――感じ、って問題にするのもわからない微小なもの。I'm waiting for the day to burn it down...ピシッと亀裂入ったら、葉巻が立ち込めた、南国の夜。I'm waiting for the day to burn it down...パカッと頭から抜け出たら、波乱万丈でも、大団円でもない、眼の中に燃えている、sunshine(だったらいいのに、) べとり、と、なすりつけたような、色――だ。都市の膜のやぶれた名残のように、一種漠然とまだ薄明るく、啓示性もなく、方向と時間を見失った旅人たちへ。―――感じ、って吹けば飛ぶような問題。―――感じ、って問題にするのもわからない微小なもの。(海行きの電車が、)slow motionになってゆく、replayして。美しいカリブ海じゃない、夜光虫だらけの、波音と、揺りかご。slow motionになってゆく、replayして。ボブマーリはいない、自棄になった酒、トラックが喧しい、決定的な台詞もない夏のレゲエ。>>>サムヒア・ノーヒア * 56機能と障害周囲がぐるぐると回転して、妄想という晦渋の餌食になる。一歩間違えば、被害妄想の穴の底。天国へと至る梯子は何処だ?apocalypse...“吊るすもの““吊るされるもの“光の複雑な屈折や乱反射(から、)「存在証明」「二律背反」デウスエクスマキナも安楽死する、街。gravity...違う角度や違う背景を知って、切り口が変わり認識機構も変質する、内側や裏側や細部にある、解像度。造形や構成、演出の、深部。でも特権化された「眼」の中じゃ、風が吹けば桶屋が儲かる式のイリュージョン。“壊れているけれど”“壊れるまでは”(...ファイナルファンタジーが、リアルに立ち上がる瞬間を見て、)(...プレートテクトニクス的な意味での。 地球を考えてた、) * 57注がれることのなかった、コーヒーカップへ、知的な陰翳を嫌った、難解な迷路の、路地裏の気配が忍び寄る。It was never poured,to the coffee cupHe hated intellectual shadows.A difficult maze,The presence of the back alley is creeping up on me. * 58magnetic world化け物の中へ入っていったことは、覚えている。“深淵のラビア”(電磁波測定、各種放射線測定、言語化プログラムを含んだエラーコード、)...PS.shock trigger spiralの罠。本体を攻撃し、息の根を止める。「解析完了まで、qー2programを起動、)***【身体損傷/制御デキナイ】だが、ともすれば思考の迷路に迷い込み、ともすればもがきのたうつ、思春期の感受性。《EXCITE BOOK RECORD!!!》殺されたくなかった化け物は、(網膜ニ、痛イホド、焼キツケタ、)死に物狂いで賭けに出た。絶対的不利の状況を引っ繰り返すために、絞りを開け放したレンズのような、俺の心の中へ侵蝕した。『“寄生”“規制”“奇声”』(司令、イグニッション・プレス・ディストーションの許可を・・・)・・・俺は薄暗がりの中で、股間を、black ATTRACTION(mode)にし、消えかけた熾と対峙する。 * 59You are always the one who gives me the words I really wantただいまって言えたら、おかえりって言って欲しい。脳髄の底を透明な振動が潜って、甘やかな美しい旋律を見ている気がする。恋をすると、緊張する。自分のことを知って欲しいと思って、空回りして、そのくせ、相手のことをもっと知りたい。我が儘は苦手だった、みんながいいと想うようなものも嫌いだった、でも高音部の聞こえぬ基調低音のように、あなたがいるだけで周囲の雑音が和らいだ。鏡を見てたら、病気の獣って気がしたけど。気が付くと好きな人のことばかり考える、この時間が、プラスチックにはめこまれた、人間という脆い生き物のことを考えさせる。厚い膜に包まれたような不老不死、永遠の若さ、それはしなやかな身体を持って、いま、わたしはそれが前提条件じゃないかと、想うから。心を見透かすような眼をしてる気がする、はるか下の方の時ならぬざわめき、きっと、もうあなたに嘘をつけなくなっている。高揚感はいつか信頼や安定を求める、ピアノのキイに触れて美しい音が鳴るように、みだらな体臭も、息苦しい胸の痛みも、それが偽物でもいい、ダイヤモンドだと気付いたから。 * 60短縮/縮小/省略/全体像ジオラマやヴィネット、ゲームなんかではクォータービューというけれど、巨人になってゴキブリホイホイみたいな屋根をパカッと外せたら、(それは“発想の勝利”だけど)―――とっつきの悪いデザインを見直すきっかけになるだろうか。もしかしたら君もスーパーデフォルメタイムしながら、朝の挨拶をするかも知れない、ロリペドじゃないよ、待てよ、僕等は、子供であり、大人なんだよ。本棚がIQテストみたいになっている権威付けの世界に飽きて、みんな、部屋のコンセプトと口に出して統一感と、わかったような口を聞きだしたんだよ。でもね、ナチュラル、クラシック、モダン、アジアン。壁紙や素材や部屋のイメージカラーにいたるまでこだわって、気が付いたらみんな優婉な肌触りの空気。二〇世紀を超えていったんだよ。インテリアコーディネートの書籍が押し入れにある、取り出そうとは思わないけれど、なになに違うさ、近頃r、本屋が潰れたって話をしたかったのさ。ねえ、地図の本を開けば飛び出し絵のように見える時代、もしかしたら本屋をARする、もしくは自室でVRする、そんな絶命危惧種対策なのかも。オ ナニーみたいだって言いたくないけど本当にそうだよね、でも近い将来、確実にやって来るぶったまげた新しい世界設定。ポップセンスの光った、拡張現実の世界。何もない部屋には、ポケットモンスターが勢ぞろいしてるんだ。記号を生成的に捉えることで、運動と生成の中で、記号が自壊しながら変容していく臨界点。手当たり次第に変わっていくわけじゃないよ、でもブートしてゆく、妄想を現実に変える力がSFだった。でもこのSFは“スペースオペラ”でも、“サイエンスフィクション”でもない、“すこしふしぎ”なのさ。(でも、馬鹿な僕は、“サイコロジカルファンタジー”という音楽の余韻の漂った世界にぶちまけるかも、)道路の標識を見たら、アニメーションの女の子が、コーヒーを飲んでるかも知れない、(“見えないもの”が“見えるようになる”って、一種の霊能力みたいだな、拡大レンズや顕微鏡みたい―――だ、)ふっと、清冽な水のように、ピンと背筋伸ばして、図書館の書架から、一冊の本を抜き出す、不思議な高揚感を思い出した―――よ。宮崎駿式ラピュタみたいに、外界から閉ざされて、誰かがその扉を開けるのを待っている冒険活劇のような予感。(「写真」の、こう見えたらいいっていう最たるものが、“決定的瞬間”だ、ドラマチックな物語や、何でこうなったが接着剤していて、眼を離せないんだ、)きっとさ、ジオラマやヴィネット、クォータービューもさ、『階段』なんだよ、たとえば埃っぽい木造の階段のたった一段に、歴史を感じるような仕掛け装置。君が見ているのは、センスのあるぐちゃぐちゃな部屋、どんなに整理整頓されていてもね、それは記号にすぎない、『階段』なんだよ、一歩一歩踏みしめてゆくと、一階から二階へと、あるいは一階から踊場へと辿り着く。いままで誰にも言ったことはないけれど、階段に窓を作ろうと思った人は天才だね。 * 61夏になる―――世界(は、)タタタ、と水滴のリズム、で、氷砂糖が落ちてった、センシティヴ・デッドなら、砂漠で一粒のダイヤモンドを、見つけるような確率なんて、気障なことは言わないで。はじきかえるサイダーの泡、別の回路に飛び火する線香花火、眩暈した滝の汗と遠い流行歌、それら全部、筧に落ちた水。硝子箱した、フィードバックループした、でも、同じ分だけ亡霊を見た、徒花のような無数の傷を暴き、無数の死を迎えた素晴らしき特攻隊。巨大な鯨みたいな入道雲と、崖の鼻を舐めてゆく潮騒、襟元に白刃立てられたような、夏の間、快活な昆虫のように空を泳いだ、受け皿もなく、蒸発しながら。夏の終わりの雨という、古代遺跡みたいな古い詩的な文句を、思い出す、ペトリコール。世界で一番暑い夏は、おそらく異常気象のこれから、やって来る、全世界的宿題、二〇世紀は忘れ物が多かったね。でも世界で一番熱い夏は、首筋を滑った汗が胸にまで流れたら、きっとそうだ、僕等は若くて、青くて、透明な夜風に、蚊取り線香の匂いを嗅いだ。修学旅行が始まっちゃう前に、ハネムーンを始めたい、夏。 * 62バス停言葉の壊れた世界の入り口のようなバス停。紫陽花の花壇が、重ね着の襟元にほの見える白い肌のように見える。ゴルゴーンの顔を見たものは石になってしまう、瀝青のいろをしている排水溝。農産物直売会と廃車部品販売所を思い出す。共同椅子の下にいる猫は、触ろうとすると逃げてしまう。ジャイアネス御用達の傘入れには、少年雑誌が入れられている。(僕等も、微弱な電磁波を、信号を―――)(願わくば、閃光を・・)傘をした人が通過する。了解可能な単語と会話の断片。動物のように口の中へ忍び込み膨れ上がる、不協和音、張り詰めた心の糸がシャッターの連続音をきかせる、よく発達した黴のようだ。雨の俋鬱。座席をバスの両側に仕切る狭い通路や、天井からぶら下がった吊革、荷物棚、汚れた窓。ギアチェンジをしたときに回転速度が上がったエンジン音と、ドスドスというステップを駆け降りる音を聴いている。デ ー ト ア ッ プ し て 、ニ ュ ー ヴ ァ ー ジ ョ ン へ 、モ デ ル チ ェ ン ジ し て 。バスの日は雨の日でも歩かなくていいし、住宅費用を抑えられる。座れることでゆっくり考え事ができるし、靴の消耗が少ないという利点もある。バスの運転手は大型二輪、その後、運行する路線や地理を勉強し、アナウンスの練習をしたりする。そして老人たちに、間引き運転しているんじゃないかと言われる。揺れる吊り橋は消えてゆかない・・。意識の隙間の真空の中、眼蓋の奥にある冷たい硝子のような憧れ。 僕等いつになったら踊るような気分で、口笛を吹きながら歩いて行けるんだろう―――ね。『拒絶』がさらなる『拒絶』を生み、『送信』がさらなる『送信』という拡大を生む。呼吸するよ。話をするよ。だから―――こたえて・・。シャツはいつのまにか半袖から長袖になり、セーターを着、ジャンパーを着、コートを着る。リーヴァイスのズボンに、ガソリンスタンドのレシートは迷い込んだまま・・。ユーチューブのコメント欄みたいに湿気た、地方都市規模のメインストリートのまどろみ。『抽象的な理論』でも、『数値』でもなくて、平行に張られた五本の蜘蛛の糸を横ぎって進行する星の光像を、言葉の中で―――見 つ め て い た ん だ ・・。 * 63Strange Days of Despair浅い眠りの何の意味もない、ざわめき―――が、どうしてか―――あたしの胸をさらう・・・。水に落とした墨汁の雫、胸の中でまだら模様が拡がる。「「「So here's to love, the highs and lows空間が回転する、そのたびに鮮血が上がるguillotine。―――漂着した、千一夜物語の続き。「「「crazy world, forever side by side.あらゆる熱エネルギーを遠隔吸収する異常性、大音量で音が鳴っている―――のに、埃が夏の虫のように―――舞い狂っているだけ・・・。二/重/エ/ア/ロ/ッ/ク重力や遠心力も吸収されて、抵抗による異質化、特質化、中心化には、芳香性の環の緊密な連鎖でシャボン玉の夢。でもまだ紫外線スペクトラムと、それ以下の非電離放射線の発散。胸を嘘の入れ物にして、夜は終わりのない、トリガー弾く前に考えてみる、(―――ク ラ ク シ ョ ン だ ・・ベ イ ビ ー 、 ベ イ ビ ー 、ク ラ ク シ ョ ン 、 ク ラ ク シ ョ ン 、)「行為の残骸が艶やかに冷たく光っている...」空に魅入られた呪われたイカロス、装飾画の天才は風景を包帯にして、暗さを増してゆく時流と時刻に、疑惑の瞬間、正確な視点は時に警告のサイン。世界では―――今日も洪水のフォーム。恍惚としたタイムテーブルの魅惑的な裏地の手触り、で、一瞬間前の鋭い心構えなんかもう存在しても、い、な、い・・・。い、な、い・・・。「「「So here's to love, the highs and lowsデェンキスウィンゴウ・・・ハ・・《加速》ス/ル/1mmの穴が空いても、キャッチアンドリリースの御伽噺。ピラミッド形の石灰岩の台座の上にすえられた生贄の歌、いますぐjet coaster...松果体へと充填されるブルースの青、褐色の皮膚を切り裂いてゆく鋭利なメスの白、裏切りと復讐の赤、妙なる誘惑のmode! 距離を予測する有効な手掛かり・・。「「「crazy world, forever side by side.フェイスラインから咽喉にかけてのラインがシャープ。無造作ヘアで―――デザイナーズブランドのブティックの領域・・。ステート・オブ・マインド―――。視界遮断用高壁の敷設(でも、)“key”は、『開封』ではなく『閉鎖』ステート・オブ・マインド―――。空気の対流による局所的異常気象(でも、)心のありよう・・。断片は映画のフラッシュ、一分にも満たないその記憶の前―――で。 闇の中の配電盤に取り残された。足の折れた昆虫・・。(―――ク ラ ク シ ョ ン だ ・・ベ イ ビ ー 、 ベ イ ビ ー 、ク ラ ク シ ョ ン 、 ク ラ ク シ ョ ン 、)何が残されているとしても―――。・・・・・・胸に迫るのを、―――感じた、“絶望”は誰も救わない、希望一つ射さない呪い、小さなプロペラの回転音だと思う、でもその微かな光の中に“明日”が待っている。(車の音がする、バイクが通り過ぎる―――)「地獄を掠め取ったら、生命の脈拍が聞こえる・・」(自転車が歩道に乗り上げてくる―――)「ガソリンを飲んで、夜の街へ繰り出そう・・」 * 64月が見えるか?(「Can you see the moon?」)警察官の僕は、殺人事件限定で、神出鬼没に現れる、探偵の噂についてよく知っている。問題は三つある、現場を猫さながら素足で歩く悪癖があり、僕は鬼塚ちひろかよって言いました。二つ目は千億人に一人という、IQ二〇〇越えとなっているけど、実は計測不明の、このお化けが制服着た中学生であることと。最後に、警視総監の姪であり、家系って素晴らしい、政界の重鎮の娘であったりする。いや、もう一つあった。東京砂漠とコンクリートジャングルで満たされた、僕の家の近くの空き地で、スポーツを一通り教えた妹分であること。僕はこうみえて、格闘技オタクで、剣道の有段者だ。そしてそのお礼に、受験勉強を見てもらっていた。情けないとはいうが、教師に頼るか、家庭教師に頼るか、自分の頭に頼るか、小さな女の子に頼るかだ。いまもそれほど変わらないが、当時の彼女はそれこそ寡黙キャラで、一言もしゃべらなかった。ところで捜査スタイルは一貫している。所轄の署員、機動捜査隊、鑑識課、本部の刑事といった面々を尻目に、シラーッとした白眼視もとい、KY旋風を巻き起こしながら、「いつもの。」とか言って僕に声をかけ、捜査状況を口述させることだ。いかつい。場合によってはこの時、エレガントでビューティフルな、家系の影響で、自然と求めてしまう、スターバックスコーヒーと、ドーナツを所望することもある。こいつまじで殴ったろかと想いながら、人生の節目に猛烈なアシストをしてもらった仲である、パシリやアッシーといった便利屋コンビニエンス店員が、僕の仕事ですよね、やっぱり。そんな僕についた綽名が、ワトソンだ。シンプル・イズ・ザ・ベスト。口の悪い人は、コバンザメとか、金魚の糞とか言う。ひどいもんだよ、あと何故か僕のポケットに、使用済みのパンツを入れようとするしね。どうするかって? まあ、想像に任せるけど、ストライク寄りのボールだね、まあ。よいことは一つだけ言える、Aボタンはジャンプで、Bボタンはダッシュだ。この前、中学校を卒業して、ニート探偵になった。もちろん、ニートだけにニット帽を贈った。あとで警視総監にそのチャーミングなネタで、こっぴどーく、叱られた。そして警察署内に、探偵課という謎部署が出来て、嫌な予感がしていたけど普通に配属された。配属初日、力をわからせてやろうと凄んだ、腕相撲した、そのあと、英語とフランス語で、滅茶苦茶悪口を言われた。僕はなるべくどんなことがあってもいいように、辞表を持ち歩いている。彼女曰く、僕もいかつい。毎日出勤してからほとんどの時間を、ユーチューブや映画や音楽やゲームや漫画漬けで、過ごす。なんてなめきった職場なんだ。許せん。とかいいつつ、今日も甘い汁を吸う。殺人事件の起きない世界は素晴らしいと想う、だって、みんなニートの親戚をしていられる。 * 65(...暗闇で、星が見える、頭じゃなくて、眼でもない、心で、選んだ―――感じた・・・誰も が 何か を (・・・静謐なる花骸に アルペジオ的生体反応。願っ て るI want to burn it completely―――割れる硝子屑の海、泳いでやりたいPASSWORD WINDOW SYSTEMは、 なかに/(外に)/なかへ/(外へ)と * 66ミーミカ眼に見えない速度で、芝居のあさぎ幕のように、ゆっくりと世界は暮れていった。熟れたトマトや、朝顔にも、少しの皺もなかった。まだ賞味期限は来ていないし、景品表示法は成立してる。それでも理解した、板金が打ち延されたような、アスファルトのハレーションを見た時、自分の人生には限界があり、他人の人生を生きてはいけないことを悟った。シスター、琥珀色の中に透明を抱え込んだ僕等の、射 精管に午後の太陽の奥が融けていった。 * 67(「Give me your first time」)君が眼鏡外したって、靴下を脱がなきゃはじまらない。素ー顔(は、)服の一部じゃない。 * 68自分に勝ちたい勝敗とか、才能って、絶望的なレンズで、新奇な形態を組織したぐらいじゃ抜け出せない。でも・・・。負けたくないことに理由はないよね。素直な“勝ちたい”諦めたら、そこで試合終了だし、なんか、学校の授業中、寝たふりしてた、シャツの肌触り思い出す。HPが一〇から回復させる僧侶の魔法。チンパンジーやゴリラや猿でもいいんだ、けど、霊長類とか、人間とかいうなら、やぶけたオブラートのような前頭葉の、別の使い道ぐらい見つけたい。無機質な壁、無表情な壁、扁平な印象、その広く長い通路を歩いてゆく僕等、筋肉マン方式で、四倍、八倍、十六倍したい、―――心の中には鉄蓋、ピッキングでしか開かない鍵穴、もっとHなこと、もっとワクワクすること探そうよ。 * 69Secret time on a rainy day夕方過ぎの通り雨がもたらした空間を、頭上の薄い光の層が消えてゆくことで、謎の、ナンダカクロイ、グレーダヨ、シンジケートにする。エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、えろいしうっさいよー。吊るしあげならぬ、吊るされるハラスメント。ラッキースケベボーダーラインの、エグゼグティヴプロデューサー。真っ黒で、微熱でもあるような眼して、きっと、獰猛な蛇性だ。時限爆弾式の本能だ。銃で撃たれる、あたりの手頃な石ころで、撲殺天使えすかりぼるぐされる、そのような心構えなくして、百本の小針飲む心意気なくして、好きな子と一緒の、通り雨シチュエーションを脱出できない。生意気に力学的設計された、曲線や流線形に運動的刺激。そこには、楽園があった。平和な日本の姿があった。健全な青少年の胸高鳴らせた。ハートビートはヘビメタに変わるヤスユキオカムラ。透けてるということで、上着貸せたら超カッコいい。あちらこちらでするするこぼれおちる雨は、肺炎の恐れがあるは大袈裟でも、風邪を引く。「大丈夫?」はマスト。「全然大丈夫じゃないよ」だけどね。でも僕はTシャツで、できることは何もない。泣きたい気持ちでいっぱいで、ポケットを引っ繰り返して、コンドーム出てくるような悲しさ。せめてエロい眼で見ないで、そっと時間が止まるか終わるか、「天国じゃよ」「やはり死にましたか?」「そうじゃ、情けない話じゃよ、鼻血で死んだ男はお前が初めてじゃ」と謎の三途の川シチュエーションを、妄想するか、だ。神様まじで感謝、いつも十円しか入れないけど、百円いれたる。でも浮かれている気持ちの反面、雨はセンチメンタルすぎて、やさしくかすかな音楽みたいだ。周囲を遮り、二人だけの世界が生まれる。雨宿りする郊外のだだっ広い公園。そこが罠、隣接式に野放図に、森がセッティング。兎いる、栗鼠がいる、そして僕等も野外学習の仲間入り。「ごめん」って君が言う。「ううん、俺も」って言う。間延びしたような時間、ダルにダルにダルけきって、ダルビッシュ出てきて、もう、だるまさんがころんだして、岐路、天におまかせ。興奮してるのに本当に寒い。道に迷って、本当に道に迷った、ロマンティック。様々な障害を踏みこたえたら、ぼうっと彼女がこっちを見てる、目尻が笑ってるのを僕は見逃さなかった。「そろそろ、森を突っ切る?」決断を待ってくれていたらしい。「行こう」手を繋いで、走り出したのを覚えてる。本当にそっちであってるのかよと想いながら、僕はドキドキしてた、だって彼女は、帰り道を知ってた。一緒にいたかったんだっていうのは、妄想。君とならいいんだっていうのも、妄想。昔の勘が正しければこっちを突っ切ったら、道路に出る、が、彼女の言葉だ。詰まってる、はちきれそうに、もう出口、「(君は今日のことを忘れないんだろう?)」延長すれば無限の彼方、そんな平行線!「(太陽の消えてなくなった、暗さと寒さ、けれど、洪水の夜のように雨の匂いを嗅いだ)」何度でも再現される、袖なしブラウス、スカート、人形じみた命の通っていない休止符のような一瞬の、すさまじさ。(スイッチ・オンになっていて、オリオン座のベテルギウス。いやいや、ジャニス・ジョプリンの声の悲しさ。冷蔵庫の内側からカメラが扉を見ているような視点、僕は君のこと好きだったから、君は僕のこと、どう思っているのか知りたかった、二人きりになりたかった、いつでも聞けたのに、本当に聞きたかったのに、こんなに傍にいても、問い掛けられない僕のために、雨が降っているような気がした)」 * 70カーテンの僅かな隙間で、オフィーリアが死んでいた。化粧台の上に、襟巻蜥蜴がいて、漆を塗ったような、明るい殻が割れている。青絵具で空を塗りつぶすと、縞瑪瑙になり、ややもすると緑色の縞瑪瑙の、切断面のように見える。そこに雨が降れば、夢遊病者のようなあやめだ。雨に現れた情愛の紫は、一つの主題の余韻を語る。春になると鶯が自殺をする、斜光線の明るい小川で。そして向かい側には、東洋の多彩な劣等が、エポレットしている。怠惰な裸女の寝姿のように、裁縫糸を紡ぐ、あの女の夢。夢遊病者のように、世界は硝子絵となった。犇々と迫って来る静寂と孤独が、照明装置のように、縦横に鋭く交差しながら、様々なものをフジツボにしている。牢屋格子の絵模様もかくやに、美しい生え際の、オフィーリアが死んでいる。大脳が歩いている、眼が話している、オフィーリアは砂丘の起伏の波のように、在りし日の姿でうねりながら、落葉松と楡と樅の木の繁りの中で、生きてのたうつ爬虫類となった。珠を砕き、泡を噛み砕き、見ろ、口から蜘蛛のような粘着質の糸。オフィーリア、三色菫は好きかい、瞬間的な銀箔の月夜に孵化して、瞬間的な刹那の業を生きる女よ。無数の吸盤と触手が青黒く、しかしかがやかに光る、水の精として。カーテンの僅かな隙間で、オフィーリアが死んでいた。痙攣の発作のように眼がぴくぴく動いて、魔物のような海の母胎とした妖しい歓楽境、それでも、オフィーリアはやはり死んでいた。無数の小魚が餌を欲しがって蠢いている海藻のように、肉体の限界は崩れたのだ。 * 71鏡にキスをする女懐疑的通り越して、人間不信気味だった頃の僕は、美味しい食事も、綺麗な服も、化粧も不要だと思っていた。舞台設定や、装飾的な理解としてでしか、僕はそういううすっぺらい女を理解できなかった。衣食住は贅沢品で、余剰品で、人間より人間らしい付属物だ。豚の皿と思っていたこともある。僕は外面的なことに対して邪悪さのようなものを、稚拙なことに、感じていた。ファッション雑誌のフォントや、作りは好きでも、モデルのプロ精神は好きでも、それとこれとは別のように感じていた。僕は美人がそもそも好きではなかった。けれども郷の何とやらで、自分の肌を綺麗にしたり、髪形を整えたり、服装にこだわってみたりした。わかるよ、ややこしいね、難しい性格してるだろ、でもそうやってそこに眼で見えないものや、耳で聞こえないもの、鼻で嗅げないもの、感覚では理解できないものが存在する可能性を感じた、気分、つまりフィーリングだ、別にそんなのなくたっていい、それは嘘を始めるしかない、業を深くするかも知れない、だけど、その小さな一歩が、様々な叡智や、真理や、箴言の、一つになりうるかも知れない。美しいということにもきっと理由がある、ただ美しいなんていうのは誰にとっても失礼だ。有象無象のワンオブゼム、空っぽを満たしたまえ。 * 72wonder of life朝凪が波を消すように、束の間、飴のようにとろりとしている街の主要物を見ながら歩いた。無数の蒼白い痩せた手と、信号機。その質量、スピード、慣性に基づいて現実的な結果を、影法師の歩みに合わせて。―――僕等は別に“国家”に属さなくてもよい。特産品や名物料理、歴史的建造物ではない、無限のキャンパスに描くはかない賛美歌。季節の訪れのたびに遠方の景色が少しずつ、見えてきたような気もする。マイクロプラスチック、電磁波過敏症、日本消費者協会というワードを持ち出しググって、ピックアップしてようやく人の心は落ち着く。飛び出しナイフはグレーか、でも身を守る。音の不適切な衣装、舞踏、いまは、社交名刺録へ。―――僕等は別に“特別”にならなくてもよい。街路樹の冷ややかな空気と幽邃の光線で、髪を掻き上げながら真剣な眼をして死にそうにくたびれて、本質とは何だと見果てぬ生命を重ね合わせている。まともじゃないのはわかってる、でも、論理性の正体は広告さ、そしてそれは整合性じゃない、その場凌ぎさ。広告の正体はまとめサイトと同じなんだよ。わかったような気持ちになるだけで、本当に君や、僕や、全体にとっての利益にならない。だから薄めてゆくだけの気持ち悪さが生の黴みたいに思える。時々僕の言っていることが君にはわからないと思う、だけどね、本当にわからないのは僕ではなく君の方だよ、叫びたい、泣きだしたい、助けて欲しい、乞食みたいな僕等の弱音もパターン化されている、自殺したいことは社会経験あれば誰でも普通に起こりうる、鬱も現代病、宗教も詐欺も、週刊誌のいい加減なデマも。ねえ、才能とか苦労なんて姉妹みたいなもの、努力でカルテット、けれども幾重にも重なる景色の噴水の中じゃ、横殴りの雨に打たれているのに等しい。―――僕等は別に“愛”を求めなくてもよい。不協和的。あるいは対立主題。偽の救い主の登場・・。雑然と植えられているように見える樹木たちも、雑草も、繁栄の理由、分布の形式が前提にあって存在している。そこにも名称の由来、名付け親がいて、星の名前みたいだよ。僕は街燈や、路面の舗石の専門業者とかのことを考える。解像度を変更してみなよ、絶えず世界は見方を修正する。もっと直視しなよ、曖昧なんだよ、断定なんかどうしたって僕には出来ないんだよ、長くそこに生き続けることは、かすかに、ほそぼそと続いた命の液体が垂れるようなもの、予備部品なんてない、鳥の巣の卵。真夜中、咽喉が渇いてコップ一杯の水を飲み干しながら、涙を呑んでいるような気がした。でもそこにおける本当の傷みは体験した人にしかわからない。―――僕等は別に“自分の良心”に従わなくてもよい。おのずから溶けて流れてゆくような屋台骨だよ、行政手続きや住民サービス、金融サービス、学習や娯楽の場、交通機関、散歩をするなら大きな公園が欲しい。神経を張りつめて、尖らせて、手当たり次第にセンサーに触れたものと、とっつかみ合いをする。ヤクザや反社、刺青、言葉における洗脳は食欲と同じ、次は暴力へと進む、支配、そしてみんな気が付けば身動き出来なくなる。十代の頃の苛立たしさ剥き出しの僕とは思えない、優しい物の見方、別の言い方をすれば保険をかけたような言い方。眼の中に映り込んでゆく人は、似た者同士で、空っぽで、一つも分かりあえないのを、共通認識や、額縁の中の絵のようなイメージをして、刹那的な衝動で誤魔化して生きているにすぎない、僕等。そんな典型的な眺めに眼を細めていたら、眩しいのか、眼が潤みそうになる。孤島の世捨人のような気が不意にして、カレーライスの付け合わせの、らっきょうを思い描く、僕の視座、瞳の向こう側(は、)―――僕等は別に“真実”に触れなくてもよい。昆虫の眼、猛禽類の眼、魚の眼・・。柘榴の胤と、黄色い玉蜀黍の粒。細胞が記憶しているものを裏返すように、無表情の、本能的な生き物の顔を思い出す。四角く区切られた映画の一齣のような日常は、光の中に霞んでいて、どれほど焼いても刈っても、根絶することのできない病のようにそこにある。村という閉鎖社会は血族的な形成も、闇鍋のように煮えている。フェルメール的レンズでサブユニット的ノウハウ、補完システム、平等も、差別も、アイデンティティも、いくつもある、無茶苦茶考えたんだよ、目先で間違っていることも総合的には正しかったりする、絶対なんて何処にもないこの世界では、臨機応変さが求められる、でも、それだけじゃ諦めしか生まれようがない。それじゃルサンチマンになる、シュプレヒコールになる、本当の声が聞こえてこない、本当の命の在り処を見つけられない。おびただしいほどある答えを、知らなくてもよい、浮ついているかも知れないけど、ひび割れ、亀裂、矛盾という弱さをつないで秤にかける、心の中の花も、葉も、朽ちて、裸になって、繊細な神経を全部ありのままさらけだして、グロテスクでも、そう、醜くでも、僕はここにいる、受け止めてみたい、この幻のような人の心が生を美しくする。 * 73fruit time僕等の住むこの地球には、何千種類もの果物が存在していて、その中で食べられるものは百種類ほど。とはいえ、王侯貴族というわけでもないので、せいぜい十数種類、数種類がポピュラーな果物ということになる。僕も奥さんがいなかったら苺や葡萄を買おうという、気持ちにはならなかった。健康にいいらしいぞというのは知っているけれど、なんかやたらと高い。とはいえ、果物は毎日の食卓を色とりどりに飾り 変化を持たせてくれるだけでなく、健康に欠かせない有益な栄養素を多く含む食品だ。いいこと言ったよね。「果実の王様」と呼ばれるドリアン。ドリアンといえば、テレビなどで「臭い」という印象があるため、(玉葱の腐敗臭または都市ガスのような強烈な匂いを放ち、飛行機などでは持ち込み禁止にされている。そんなの持ってくなって話だけど、いたんだろうな、やっぱり。実のところ、ナガエミカンというのも臭いという。ただ、臭くなった時が食べ頃であるらしい、一種の銀杏だね)美味しいものではない、と思っている人もいるけれど、「濃厚でクリーミーな甘み」が特徴の果物。その美味しさから、一度食べたらクセになる人も多い。個人的な意見だけれど「酸っぱい」とか、外国における現地の人が、「普通に食べない」という果物の場合はジャムとか、料理の調味料として使われることが多いようだ。スナック菓子になっていたりするなどの創意工夫が見られるが、ようは、創意工夫しなきゃ食べられないようなもの。(けれど、うなぎの血には毒があるなんて、日本人なら誰でも知っていることだ、河豚には免許がいる、と合わせて、じゃがいもにも毒素があるは、当然知っていることだ。だのに、それでも毎年のように中毒になったり、亡くなる人がいる)この見地では、ゆず、というのをイメージすると分かり易い。ゆず風呂っていうのも、風情があってもいいものだけれど、正直それを食べようと思う人はいないだろう。そこで思い出すのはやはり、野菜と思われがちなアポガドだろう。信じられないことだけど、じゃがいも、も、野菜ではないし、トマトは果物か野菜かということでアメリカで裁判が起きた。明確な分類の難しさは学問の世界でも頻繁に起こりうる。僕等もスイカで裁判を起こしてみたいところだ、ちなみに僕はスイカを食べると、口が痒くなるのできっとアレルギーだ。そういえば「ムラサキフトモモ」という熟年女性好きの造語のような、そういうフルーツがあるのだけれど、(君は低反発リビドーという漫画を知っているか!)ただの木の実かと思うと案外美味しく、ブリーベリーのように期待するとがっかりするという代物。でもこういう一体この人何描いてんだろうという漫画に、時折してやられることがある。僕なりに熟年女性好きの、おねショタ漫画として、『団地魔女』という漫画を挙げておきたい。何だこいつ、絵下手糞だなって思ったけど、いやこれがいい。すごくいい、それはやっぱり魅力なんです。こんなに漫画的表現を志向しているような作品に出会ったことがなくて、僕は随分やられた。そしてお前は一体何を話しているのか?「赤いイガイガ」のランブータン。ランブータンは、東南アジア原産のムクロジ科の中型から大型の、熱帯の果樹で、その名前はマレー語で「毛」を意味する、“rambut” に由来する。その特徴的な見た目は、果実の表面に生えている柔らかい肉質の刺からきている。外見はキツいが、中身はまるでライチのような上品な味、甘くてジューシーで、沖縄でも栽培されているらしい。沖縄つながりだけれど、サトウキビは砂糖の原料として有名だろう。つい先日、サトウキビジュースというのを知ったのだけれど、まあこれが不味いらしい。色んな物の捉え方、切り口というのがあるけれど、「ほう、どんな風に不味いのだろう」と興味を持つ人もいる。炎上商法というのがあるように、ネガティブな要素やマイナスな面も、世界で一番まずいように思えたサトウキビジュースと書けば、これは完璧な釣り広告の感性である。ちなみに僕は飲んでいない。長細く赤い皮につつまれた木の実の、ウバリア・ルファ、トロピカルフルーツの一種で、通称タリアン。スイギュウの乳とかそんな感じで呼ばれてる。中に細かく分かれた透明な実が入っているけれど、果実を切ってみた時の深海生物感には慄然とする。とはいえ、あけびだって「女性器」のような感じに見えなくもない、(実はこれを書くにあたって、食べたこともない、あけびを切っているシーンを初めて見たのだけれど、思わず拍手してしまった、知っているけれど、現実にそんなナチュラルにいってしまいますか、と思った)またツノニガウリも美容方面で注目されているらしいけど、真っ二つにしてみたら、これ、本当に食べ物かと思う。僕なりに分析してみると、これは白蟻とか、オタマジャクシとか、あるいは無数の蟻が蝶を取り囲んでいるような、そういう生命の不気味な感じだ。先人たちの冒険心と勇気とアホさ加減に敬服するよりほかにない。「蛇苺」というのを僕は知っているけれど、スネークフルーツについては知らなかった。インドネシアとマレーシアに自生する、椰子の仲間だ。サラクともいう。実の皮が赤褐色で鱗状になっていて、果皮も鋭い刺に覆われている。大きさと輪郭だけは、熟したイチジクの実と似ている。ところでバナナというのは誰でも知っているわけだけれど、「チェーク・クロホーム」は、カンボジア語で「赤いバナナ」を意味する。そうなのだ、このバナナは赤い、カンボジアのプノンクーレンで購入することができるらしい。といって、中身は通常のバナナと同じ色をしているし、味は割と普通で何の変哲もなく、かろうじてもっちりした食べ応えがあったり、通常のバナナより甘いと感じるかも知れない。こういうのを「赤いだけのバナナ」と称するべきか、迷うべきところだ。インスタグラム脳には最適な果物だ。 * 74文春砲出版社のゴシップは限りない、有名芸能人の不倫現場に、政治家の闇。たとえそれが本当でも多くは信用性の薄い、ゴシップ記事として流される。週刊誌を売る側にとってはネット記事の時代でも部数、ようは何処までいってもお金だ。そういう中で週刊文春はゴシップ記事ではなく、真実という風に解釈されて読まれている。一世を風靡するような特ダネ、大スクープを挙げる、「文春砲」民主主義を中心に政治思想とその歴史を論じている。・・蟻。蟻―――蟻・・。もちろんそういう記事を書けるジャーナリストは稀だ。扱う側が違うだけで、どんな真実の記事も、ゴシップ扱いになり、かたや一世を風靡するニュースにもなる。影響力を持たないボカロPや、歌い手、あるいは漫画家、みんな殆ど何の違いがあるかわからない。どうしてそうなっちまいやがりましたかって嘆くことはできても、とりあえず世の中っていうのはそういう不平等を当たり前に作る。とはいえ、そもそも文春が一強であるのは、一種の独占体制というのがあるからだ。簡単に言えば、これもお金だ。社会の思惑や演奏上へのこだわりも捨てて、魔物めいた妖麗さが付き纏う、のびやかな極小的観察の世界。たとえ道徳に悖る行為であれ、人のプライヴァシーを冒すのはそもそもよいことではない。中にはもちろんいるだろう、人の悪口を話す人、陰口を話す人。でも、あなたの周囲でそういう人が、よく思われている例なんて一つでもあるだろうか?誹謗中傷罵詈雑言がネタとして昇華されている笑いもあるだろう、でも何事も行き過ぎれば気分が悪くなる。そう思ったことはないだろうか?だが、人気者やスターには別の次元というものがある、だるま落とししてみたい、ピラミッドから引きずり下ろしたい、という心理がどうもあるといえる。戦車と機関銃。核ミサイル。野蛮でサディスト。・・・・・・・同一化がうまく受け入れられない。けどさ、世の中には勘違いしている人も沢山いるけれど、自分が善人だとか、立派な人間だとかいうのにも、資格や肩書きが必要であり、なんだったら心理学的手法でアシストする必要がある。社長と美人秘書はワンセット商品みたいにね。残念ながら、昔はそうじゃなかった、善人はちゃんといて、立派な人間はちゃんといて、それを僕等は理解していたからだ。クチが悪かったら申し訳ないけれど、誰でも後ろ暗いところがあり、ゲスなところがあり、みっともなくてカッコ悪いところがある。そういうのを無理矢理引きずり出して、悪意たらたらに、他人の行為の悪しき一面とばかりに暴き出す心理学、統計学。もちろん、それはそれでいいのだ。あとは、それを好きか嫌いかであり、自分がそれをするか、しないか、だけだ。心理学や統計学の本を読むよ、知識は必要だからね、でも、僕はなるべくそれを使いたいと思わない。―――でも、綺麗ごとは言わないよ、非日常を切り取ったら、あとはもう、写真機のシャッターのように降りるだけさ・・。職場で同僚がゲスな野郎だったとして上司に報告する、という人はまずいないだろう。嫌いだったらそっと距離を置く、これはマナーだろう。それでも我慢できなかったら職を変えるとか、裁判などの手段を取るだろう。ブラック企業や、サイコパスなどの人格不適合者、破綻者、世の中を生きていればまあ屑に出くわす確率は引き上がる。学生時代はそうではなかったのにというが、あれは管理されているからだ、外部をシャットダウンする仕組み、でも、そういう中でも僕等はお笑いを通じて悪意という不純物を、どんどんどんどん手に入れている。本当にそういうのが全部必要な一連の方程式なら、僕等はきっと病気になったりしない。心の病に至らない、と思う。漠然と曖昧になる固定点、無智なほど適用する対象、適切な対処が、ぼやけてゆく。で、裁判だ。週刊誌はいままで何度も裁判沙汰を起こして、敗訴している。裁判自体が弁護士をのさばらせていて、屑の職業の代名詞みたいだけれど、ルールという線引きにはやっぱり屑というのが必要なのだ。仙人とか、神様とかがいるにせよ、僕等が活動するその地球という場所に直接影響を与えているわけじゃない。ね、週刊文春だって別に例外ではない。しかし弱小週刊誌の多くは、割に合わなくて止める。名指しで攻撃するなんていうことはまず出来ない。少数の集団から、多数の集団へと移行していく過程・・・・・・。けれど文春砲は違う。裁判になっても屋台骨を支えられる潤沢な資金力がある。徹底的な証拠集めだって安くはない、それに加えて諸々の裁判費用が決定したら致命的だ。このコスパの悪さがゴシップ記事が流布する要因でもある。これをして、お金の力ではないというのであれば、そんなのはまったくの嘘だ。一つのネタで大体一億、多い時で数億の売り上げになる。血も涙もない取材姿勢の裏は、儲かるからだ。正義という言葉はただのまやかしだ。だが、お金の力が優秀な取材力を持った記者を集める。潤沢な取材費用と、徹底的で、執拗な言葉の暴力。そしてそこへと集まる読者の関心を集めるネタ。こういう循環構造はさながらマネーロンダリングだ。君もそう思わないか?風に飛び散る藍の飛沫。あるいは遠く離れてゆく水平線―――。情報提供者には一銭もお金が入らないということは、知られていることだ。だが、周囲の眼はそうはいかない、何十万、何百万、場合によっては何千万かとも思われる。アメリカだったら僕もちょっとは疑うかも知れないけど、けれど、信憑性のあるなしはともかく、日本で情報提供者にそんな破格の費用は支払えない。だけれどこういう情報提供者神話は尽きることがない。一種の都市伝説だ。もちろん食事の代金とか、申し訳程度のお金を渡すことはあるかも知れない、けれども真実はまあそんなものだ。「情報をいくらで買ってくれるか」と聞かれた段階で、「情報には金銭は支払えない」と答えるはずだ。では、お金ではないのに話す心理とは何だろう、切り口が変わるけど、正義という言葉を言うのならあなたはまだ若い。この社会は人間の屑で出来ている、と思った方がいい。僕も十代から二十代に移り変わる段階で、つくづくそう思った。復讐心、あるいはどうしても我慢できないという恨みつらみ、地獄から天国へ行けないものは、やっぱり地獄へ行くしかない。墓穴をこじ開けて骨を引きずり出して呪いを生み出すぐらいの、そういう一切救われない、醜い人の心だ。大多数の人はちゃんとわかっていると思うが、道徳を悖る行為をした政治家や芸能人を、白日の下にさらす行為の何処に正義があるのか。百歩譲って、談合だ、不正行為が見つかったというなら、それはジャーナリストの正義だ。鬱展開は始まったんだよ、心を揺らすたびにシリアスな顔をし、時代のせいにした僕等は、きっとこれから新しい禍根の種子を残すだろ―――う。考えたこともないっていう顔をしている君には、臨機応変な対応をせざるをえない、この余儀なき決断すらも、すげなく斥けられることの馬鹿馬鹿しさがわからないだろう。麦の収穫が終わって、稲の植付けが始まったにすぎないんだよ。世の中にはそういう正義の筆を公表しようとするだけで、社会的かつ政治的な圧力をかけられる例はいくらでもある。とある宗教組織にいたっては、犯罪行為に手を染めた。場合によってはその業界で仕事が出来なくなる、噂の審議は定かではないけど、自殺に見せかける殺し屋もいるというし、そうでなくとも、ジャーナリストが行方不明になったって、この国の行方不明者は沢山いるのだ。例外はあるにせよ、やっぱり見つからなければ裁判だって出来ない。お金の力、権力の力というのはそういうものだ。世の中には裁判を引き延ばして悠々自適に暮らす悪党だっている、笑いながら銃で人を殺せる人だっているんだ、お金や権力、そういうものが理不尽な世の中を生み出していること、会社でも学校でも、何だったら人付き合いやネットにも、君には何となく思い当たる節があるんじゃないだろうか。ねえ、そういうものと対峙して、死ぬつもりで覚悟を決めた、ジャーナリズムというものがあればそれは正義だ。ペンは剣よりも強し、だ。でもはっきり言って、政治家の隠し子がいようが、芸能人が不倫しまくっていようがどうでもいい。それはもちろんいけないことだ、でもそれを言うのはジャーナリストの仕事ではない。お前は誰だ、そんなのは文章の必修科目ですらなく、人間の品位の授業の一つにも入らない。自らの血を流せよ、それでこそ他人の返り血を浴びる権利がある。人を騙す行為が何故詐欺行為にあたらないのか。あらゆる時と場所の規則を超越して、たとえばそう、時がもつれるように、本当の自分にすら容易に接近しようとしない人が、一挙一動を絶えず興味深くじっと眺めている。檻の中を眺めている何かを眺めている別の何か、だ。小さくて弱い理非から外れた人間が生み出す、知りたいではなく、見たいでしょという障子の穴を除くような根性は、懶惰淫恣な生活の人にはどうにも響くらしい。毎日死ぬほど努力しようと思って暮らしていて、他人を蹴落とそうとか、馬鹿げた考えをしている方が疲れる。忙しいって疲れるけれど、僕は人を傷つけないのならそれがいいと思う。賤民という言葉が消えて、ルサンチマンという言葉が残った。劣等感は消えない、どいつもこいつも屑人間の集まりだ。一切合切が、救われない構造の中で繰り広げられる、馬鹿の総見本市だ。階段をさ、ただ昇っているだけ、ただ降りているだけみたいな、そういう思考回路についていけない・・。もちろん、そういうのが好きな人間の屑も沢山いるし、中にはそこまでひどいのかと神経を疑う奴もいるのは確か、だ。でも、だからといってそんなものを暴き出すことも、そんなものを読むことにも何の価値があるのだろう。歪曲収差に心がねじれてくような錯覚をする。Xもといツイッターではたびたび謎の粛清が繰り返されてきた。2ちゃんねるもとい5ちゃんねるでも住所暴露は繰り返されてきた。正義の執行人と名乗るような奴もいたらしい、お祭りムードで。知っている人間とりたてて恨みを持っている人間が、仇討ちする、復讐をするというのならまだわかる、それが正しい行為だとは言わないよ、でも仇討ちや復讐をしたい人の気持ちはわかる、人を殺したいほど憎くなる気持ちもわかる、だからそういう負の感情を抱え込んでドロドロする人の心を生み出す、闇の連鎖、救いようのない構造に待ったをかけたい気持ちがある。でもお前誰だよ、よんどころない事情というのがあるなら書き込めよ、それは裁判でも使用できる証拠になるからな。それとまったく関係のない第三者がそんなことに参加する現象は、たんなるストレス発散としか思えない。知る権利とか伝える義務って何だよ、そんなものありはしないだろう、こういう生贄産業廃棄物業界の闇は、社会をうすっぺらくし、人間をうすっぺらくする。思ひやる八重の汐々、いづれの日にか正義の濫觴に帰らむ、とでも歌おうか、精神的に追い詰めて自殺した政治家や、自殺した芸能人のことをあなたは本当にどう考えているのか、そこまでの覚悟や責任がある奴なんてただの一人もいはしない。悪魔に魂を売ってでもお金が欲しい、本当に頭の中が漫画みたいな人間って沢山いるんだなと思う。独占体制というのは何処の世界でも同じで、さながらダイヤモンドのとある会社のように、いずれ大きな被爆対象になるわけだけど、お金なんていうものを信奉する現世利益の氷山の一角は、同じ穴のむじな、人を呪わば穴二つといくだろう、それでも価値がある内は持ち上げてくれる。反感を買いすぎれば世間からそっぽ向かれる日も近いだろう。文春砲の終焉のカウントダウンはもう始まっているのだ。落剝した挙句に餓えた犬が骨を拾いに行くようなことがあるだろう、金の箱はすなわちパンドラの箱だ、群衆は雷同する。無表情の人が口だけ笑顔を作りながら、それを見ている。―――僕等の【社会】を。 * 75The end of the universe and the waltz「宇宙の最後」には一体どんなことが起きるのか?現在の宇宙には数え切れないほどの星や銀河が広がっており、いつまでもこの状態が続くかのように思われるけれど、いつの日か宇宙にも終わりがやって来る―――らしい。僕は懐疑的ではないし、寂寞の長さにインド神話をひとしきり思うけど、こんな時、預言者ノストラダムスやら何やらというのを考える、いっておくけれど、これは満更出鱈目じゃない、だってそうだろ、預言者の誰も宇宙の終焉について述べた事例はない。そこまで誰にとっても必要ないからだ。預言者が詐欺師という人もいるが、科学だってその方面では完璧な詐欺師だ。僕は科学者の仮説をさも、もっともらしく結論のように語る論調よりは、はるかに信頼できる。だって新しい学説や、新しい発見、なんだったら法則性の変更が起こった場合に、その人々はどんな言葉をもっともらしく言うのか。必要がないものは認識の限界というのがあって、そもそも存在しない。思考の澱にだって触れないからそれは生まれないのだ。科学だってインスピレーションにすぎない、なんだったらイリュージニストという言い方をしてもよい。きっと僕は科学者の面々を激怒させるだろうが、それはもう美しいだけの荒唐無稽な世界である。宇宙が生きたまままったく死なない幽遠の時を彷徨し続けるかも知れない、何がダークマターで、何がダークエネルギーだという考え方だって、僕は当然あるだろうと思う。何でそうは思わないかって言ったら、人は自分の所有物の延長線上で物を捉え、終焉すらも制御したいと思うからだ。愚かの極みである。こんにちは、宇宙です、サポート期限が切れました、終了します、長い間ご愛顧ありがとうございましたと言って欲しいのだ。悪意ある物の言い方だけど、無限の季節の展望を勝手に箴言調でかくあれかし断定するな。芥川龍之介は好きだけど、間延びした悠長な時を愛せ、だから二〇世紀はストレス社会になったのだ。さて、ビッグクランチというのがある。急激な収縮を起こし、潰れて終わるという。宇宙は現在加速膨張しているが、やがて加速膨張の原因である、ダークエネルギーより重力の効果がより強くなって加速膨張が終わり、宇宙は収縮に転じて最終的にビッグバンと同じ高密度状態に逆戻りする。こんにちは、宇宙です、サポート期限が切れました、終了します、長い間ご愛顧ありがとうございました。熱的死というのがある。膨張の末に、あらゆる活動が停止する。宇宙の最終状態として考えられうる状態で、宇宙のエントロピーが最大となる状態を指す。この状態に達した宇宙は完全に均一であり、何も変化しなくなる。こんにちは、宇宙です、サポート期限が切れました、終了します、長い間ご愛顧ありがとうございました。ビッグリップというのがある。ファントムエネルギーによって急膨張し、ズタズタに引き裂かれる。恒星や銀河から原子や亜原子粒子に至るまで、宇宙のすべての物質は、宇宙の加速のために未来のある時点でバラバラになる。 理論的には、宇宙の計量は、有限な時間で無限大になりうる。こんにちは、宇宙です、サポート期限が切れました、終了します、長い間ご愛顧ありがとうございました。真空崩壊というのがある。真空の泡に包まれて完全消滅する突然死。真空の温度は非常に低いので、量子力学的な揺らぎによって発生する。真の真空の核ができると、周りの空間を巻き込んで、光のスピードで広がっていき、真空崩壊が発生すると、物質を構成する原子は素粒子レベルまで分解される。そして、宇宙の構造はすべて無くなってしまう。こんにちは、宇宙です、サポート期限が切れました、終了します、長い間ご愛顧ありがとうございました。ビッグバウンスというのがある。特異点で跳ね返り、収縮と膨張を何度も繰り返す。宇宙が収縮し、ビッグバン的な特異点にいたると、跳ね返ってふたたび膨張する。こんにちは、宇宙です、サポート期限が切れました、終了します、長い間ご愛顧ありがとうございました。さて、幽閉中の慰安のような茶番の斜陽で茶しばいたわけだが、この前提にはインフレーション宇宙論とか、ダークマターの発見とか、加速膨張の発見とかがある。もちろん天文学や物理学の、ニュートン、ガリレオ、コペルニクスが。アインシュタインやハッブルによって、パラダイムシフトが、だ。思考錯誤する過程を絶えずじっと見守る上で、嫣然たる姿勢や妖艶な媚びのような、上辺の技巧というのを感じる。すべての弱い議論はあやふやさから出発するけれど、根拠なんていうものが絶対ではない時、縋りつくよすがによって悉く見て知ったように書く、五つのシナリオというのがある。では僕は六つ目を書こう、人類は宇宙人に支配されて家畜化する。そして宇宙人は「お前等なんかに宇宙のことがわかるわけない」とせせら笑いながら、檻の中の人間に言いましたとさ。いずれ、宇宙人は薬を飲ませて人間の脳は退化し、言葉も考えることも出来なくなりましたとさ、悲劇的雄渾の極致だけれど、進化あれば退化ありけり。人権なんていう孤独の匂いは必要ありませんよ、上等とか下等なんてそもそも馬鹿馬鹿しい裏切りであり、まどろみ。宇宙人はペット愛好家です。毎日散歩に連れてって、健康に気遣ったヒューマンフードをくれてやります。宇宙人は好んでそれを「ほねっこ」とか、「ペディグリーチャム」と呼んで微笑んでいます。これは非常に宇宙戦艦ヤマトなオタク用語です。ヒューマンは頭を撫でられるのが好きなのでよくお座りします、あぐらを掻いていいよと言いますが忠誠心豊かです。友達であり、親子であり、一種の恋人のようでもあります。ベッドの上で寝かせないと腰を悪くします。淋しがりの甘えたがりで余計なことを考えたがりのヒューマン種は、毎日眼をかけてやらないと飼い主を殺すこともあります。愛情はめいっぱい注いで、ある作用を引き起こす要因である、不安や恐怖を覚えさせないように世話しなければなりません。そしてヒューマン種は自然と、知性の高い宇宙人が飼うのです。「なあ知ってるか、ポチ、お前の祖先は、宇宙が終わるとか言っていたんだよ、爆笑だよな。でも宇宙なんか終わると論じる前に、宇宙がそもそも何なのかもわかっていないじゃないか、何故それでも神が必要で、宗教が必要で、愛が必要かも、お前の祖先はわかっていなかったじゃないか、ただの一つも」「(ご主人様は何をおっしゃっていやがるのだろう?)」そんなことを考えている暇があったら、日々問題があることを考えやがれ、おしまいおしまい、ラストワルツが始まるよ。めでたしめでたし、そのパートナーは誰?―――ああ、宇宙の一切合切何もかも、馬鹿馬鹿しい。 * 76ポスティング漫画家とかボカロPやイラストレーターなど、インドア派クリエイティヴに多いのだ。いやいやそれは夢見がち、でも俺コミュ障だし、とんちんかんですっとこどっこいのこの俺。株式会社ポケモンセンターの採用サイトで自己分析して、将来に繋げようと思ったら、二〇二三年一二月二一日を持って終了していた。ドヤアとキメ顔して尻掻いてる、スーパーニートプレイヤーのかもめだしってことならどうするかって、新聞配達、タクシー運転手、ポスティングと相場は決まって来る。仮面ライダーV3。それよりひどい場合は、職業訓練を受けに行ったり、社会復帰プログラムを受けに行ったり、知り合いのツテとか色んなものを頼ってみようね。地に足つけるっていうことはしんどいけど、バス停でも駅前のベンチでもいいからさ、色んな人を見ていたらわかる、みんなそれぞれの生きづらさを抱えているものさ。あ、リア充だ、地獄に墜ちろ。スーパーニートプレイヤーは電車を泣きながら帰り、ブランコを漕こうとしたらなくなっていたけど、アドレナリン全開、反応速度測定をしてパッとしない記録を叩き出した後で、Googleマップ上で自動車を運転できる、3Dドライビングシミュレーターでうおおおおお、する。そして「Astronaut.io」とかいうカオスなマジヤバいサイトで、低周回軌道から見た地球の姿を背景に、ランダムな映像を延々と流しているのを観てた。閲覧数ゼロのYouTube動画の愛を感じながら、逝こうぜ。で、オススメするわけじゃないけど、宗教に入って仕事を探すっていう手法も、俺は存外いいんじゃないか、と思う。カルト教団とかは駄目だよネットでよく調べてね、新興宗教。道閉ざされてるんなら、明らかにアヤシゲイカガワシゲなところに首を突っ込んでみる。荒療法で上手くいくケースだってある、いわば毒の沼に突っ込んでHP削られながら辿り着く。何もせず、動かずに悩んでるぐらいなら、失敗をして学んだ方が成長できる。在宅ワークや内職の鬼になったり、資格などを取得するのも成功の秘訣だ。慣らしが必要な場合はアンケートモニター、治験、データ入力、短期の工場バイトなんかもいいよね。心配するな、マジンガーぜえええええぇぇぇ。ってそれ何だよ。へ?いや、俺もね、すでに積まれたテトリミノを崩していく、逆テトリス「Fudge」で様々な能力を花開かせていたし、ニコニコ動画で火事起こしてる動画とか、何か珈琲の豆を挽いている謎動画も観たしね、ここまできたらって「CityHop」で、チルミュージックを聴き、様々な都市をヴァーチャルに旅したよ、ああ、ピーターパン・シンドローム、仕事したくねえ。ああ、これ以上何もねえ、神様お前の頭に洗面器落としてください。で、ポスティングの反響率は〇.一~〇.三パーセントとされているけど、仮に一〇〇世帯の反響が欲しいのなら、単純計算でも一,〇〇〇枚の配布が必要なんだという世界なんだ。っていきなりなんなんですか、あのさ、これ、ポスティングの詩なんだよ。大人の事情なんだよ、わかるだろ。さてポスティングの話だけど、一人で配れる枚数は一時間あたり、建物が密集しているところで三〇〇枚程度、格差感じるよね、これが仕事の難しさってやつかって思うよねー、けど都内タワマンだと一時間で一,〇〇〇枚も夢じゃない、あっという間に捌けて明後日の方向を見ながらレフトフライ万歳できる、そして耳をすませばのラストシーンは―――来ないな、やっほー、スーパーニートプレイヤーの腕の見せ所。あ、ごめん、息切れしてきた。ちょっとコカコーラウエスト飲んでいいですか?ああ、美味しい、マックシェイク。あ、すみません、ちょっと昼休憩。おっおっ、これこれ、無限のリアルタイムピクセルアートキャンバス、「Everyone Draw」ってお前仕事しろやって色んな人に怒られながら、ケンズウィ・ミ・ヤ・ダワの有名な詩の一節。西ニツカレタ人アレバ、俺モ疲レテルンダヨト言イ、南ニ死ニサウナ人アレバ、ソノママ俺モオ亡クナリ。でねって、何普通にナチュラルに入っていこうとしているの、うるせーな。お前、メスカブトムシの気持ちわかるのかよ!何度も言わせるなよ、お前、メスカブトムシの気持ちわかるのかよ!腹立った時に、連呼してやりましたよ!でね、建物がまばらであれば一〇〇枚から二〇〇枚といわれてる。チラシを自転車やバイクなどで持って回り、郵便受けに入れて行くのが主な業務で、作業自体は地味な単純作業なのだが、意外にもスキルにより、収入や待遇が変わって来る。コンビニや駐車場の場所を見つけられるスキルや、動きやすいラフな格好でありながら存在感を消せるステルスは、スーパーニートプレイヤーにも超向いている。あのね、ショボさっていうの、ミットモなさっていうのも、そういうのもね、天文学的確率で需要があるものなの。うさぎだってね、にんじん食べるの。うさぎうさぎ、にんじんにんじん、美味しい、美味しい。下手糞な絵、下手過ぎる文章、センスなさすぎる音楽、Gしか弾けないそれこそゴキブリのようなギターもね、君は一七〇キロの速球に興奮する、でも俺は時速一二〇キロぐらいの星野に興奮する、投球術ってやつ、やったー、ワクワクすっぞ、そしてピラミッドの中を探検できるWebサービス、『The Tomb of Ramesses』で人生という糞ゲーの暇つぶしをする。ふう、最高にイカしてんな、俺。いま確実に、ガンジーを超えちまったんじゃねーか。パイナップルケーキ作れるんじゃねーか、いまなら。いま俺の中の、ガンジー度数がヤバいことになってたぞ、なあおい、いまなら、青汁に缶コーヒーを入れる、サクソフォンプレイもできるんじゃね?あ、こら、何ジロジロ見てやがんだ、喧嘩売ってやがんのかぶっ飛ばすぞ、スーパーニートプレイヤーかもめなめんな、俺は沢山のニートのために愛と夢を与える職業をするんだー、でもお前、正社員で働いてんじゃん?とはいポスティング禁止を掲げている家やマンションもある。禁止されているポスティングすると、高確率で苦情が来る。そんな時に精神と時の部屋へ逃げ込むこともできない。まず、禁止されてないか確認し、されていたら大人しく引き下がるのがルールというものだ。ただ、ポスティングあるあるで、気付かずに入れてしまうこともあるようだ。ポスト投函口が二重構造とか、チラシを入れたらチラシが落ちたり、ポストがそもそも何処にも存在しないなどの幽霊現象もある。罠はそこかしこに潜んでいて住民いたら後回し、相手はゾンビだからこっちも必死よ、そういうゲームだからね。ゲームじゃねえよ、でも猛犬いたら手を噛ませてあげたりね、噛まれた後に単価安いんだって愚痴ったりしてね、でも天気予報はいつでも心の中に雨だよってね、大雨の日や雪の日、夏の炎天下での作業はとても苦労するよ、それなのにお前は噛んだ、だから慰謝料請求していいよね、ひろゆきとかいう詐欺師は大学時代に五回、アタリヤ家業を自慢げに話していたし、でもねそれが素晴らしい、だってそれがスーパーニートプレイヤー。今日もいってらっしゃい、ロケットスタートだぜ、始まるぜ、始まるぜ―――「隕石衝突シミュレーター」で、地球上の任意の場所に隕石を落とす、ふっふっふ、これがあれば・・・・・・。 * 77ヒアリ世界中で猛威を振るったヒアリは、赤茶色で、二.五〜六ミリのアリだが、アメリカでは、被害額が日本円で年間七〇〇〇億円。毎年一四〇〇万人以上の人々が刺されていて、その多くでアレルギー反応が起きていると考えられている。炎症や腫れが見られ、数日後には無菌性膿疱となる。それでも僕等の感覚でいえばスズメバチのように、アナフィラキシーショックを起こし放置した場合は、死の危険性もあるし、実際死亡例も出ている。南米生まれのヒアリには二種類の毒があって、一つは焼けるような痛みを与えるピペリジンアルカロイド。毒の成分の九五パーセントは水不溶性のこれだ。もう一つが、ソレノプシンというたんぱく毒で、有機合成化学の研究対象として注目されてるのだが、細胞毒性、溶血性、壊死性、殺虫、抗菌、抗真菌、および抗HIV特性を持つ。といってもピンとこない人もいるだろうけど、世界の侵略的外来種ワースト一〇〇に堂々とランクインし、前述した毒に加えて、繁殖力が強い。一度定着してしまえば、厄介なことは間違いない。ちなみに定着とは、ヒアリの集団が越冬して、複数年に渡り繁殖し続けるような状態。ところで「ヒアリは北海道には住めない」と言われているが、これだって「北海道にゴキブリがいない」のと同じ理屈で、嘘になりうるかも知れない、と思うのが無難なような気がする。オトナ語で申し訳ないし、別に北海道民に恨みがあって言うわけじゃなくて、その言い方が物凄く僕には引っ掛かる。ゴキブリだっていまは繁殖するのに、ヒアリが繁殖しない根拠は何処にあるのかというツッコミだ。繁殖しやすい場所が増えれば、どんな結果が引き起こされても文句は言えない。ただ、寒い地域は他よりその危険性が薄いというだけだ。僕はコロナが流行り始めた時にマスクすらしていなかったけれど、そこから一か月も経たないうちに、マスクをせざるを得なくなった経験をとても強く覚えてる。ちなみにヒアリが定着した後に根絶できたのは、ニュージーランドだけだが、これも多大な費用をかけて、二年がかりで駆除したというものだ。二〇〇一年にオークランド国際空港でヒアリの巣が見つかった、ニュージーランドでは発見場所から半径一キロ以内の、物品の移動を全面的に禁止。 徹底した調査と駆除を繰り返し、政府が根絶を宣言した。もちろん北海道民と同じくニュージーランドの人に恨みはないけど、これからだってそういう可能性は起こりうる。ちなみにヒアリが北米で分布を拡大した後、中国や台湾などの環太平洋地域に侵入が相次いでいたことから、いつか日本にも来るだろう、と環境研では考えられていたらしい。日本でも二〇一七年に最初に発見されており、多くはコンテナなどだが、もう回数を数えるのも面倒なほど発見されているし、日本では二〇一七年に一人、二〇一八年には二人が軽傷を負っている。というのが、ウィキペディア情報なのだが、ウィキペディア外のホームページやサイトなどで、たとえば中国やフィリピンのコンテナから見つかっているというのを知った。多くは注意の喚起をするにとどまる比較的無難なものだったけれど、ヒアリはもうそこまで本当に来ているのだ。これもオトナ語だけどね、注意しているだけで防げたら儲けものだよ。ヒアリの専門家に至っては、「どの港で発見されても、おかしくない」と言う。けれどじゃあ港や空港などを徹底的に取り締まればいいと思うが、個人宛ての海外輸入品の箱から見つかる場合もあるらしい。この水際強化でヒアリ探知犬を導入しようとしたり、二〇二三年四月一日には、「特定外来生物による生態系等に係る、被害の防止に関する法律の一部を改正する法律」が出た。「外来生物法」ね。ヒアリは「要緊急対処特定外来生物」に指定された。輸入品や陸揚げした港などからヒアリが発見された場合に、通関後の検査や物品の移動禁止、廃棄、施設の消毒の命令などが可能になった。何だかこうやって書いていると、日本政府がとんちんかんなことをしているように聞こえるけれど、だってじゃあいままでどうしていたんですかと疑問に思うけど、お役所仕事、政治というのはそういうものだ。少数派だと意見が通るけれど、大多数になると意見はまず通らない。物事の順序としてはよくあることだから今後もこういうことはある。海外旅行で掏摸があると考えて行動するかしないかだけでも違ってくる、もしあなたに小さな子供がいたら物凄く気を遣うはずだ、何事も自衛、ならびに知識を持ってあたらなくてはいけない。国なんかに頼る時代は終わったというのは悲しいけれど、別にディスっているわけではなくて、政治献金の問題、原発の問題と併せて、個人がもっとしっかりしなくちゃいけない時代ではないかと思う。ずば抜けてモノを考える必要はない、必要なのは連携と、シミュレーションと、指針をしっかり打ち出すことだ。「国家なき専門家なきスペシャリストの時代」だ、と。とりあえずインスタグラムやティックトックの、頭の軽くなりそうな動画は素敵なので、それを参考によくよく考えて欲しい、もうこの子たちにお任せして、日本を沈没させようぜ。僕は大好きだけどね、メリハリは大切だよ、どちらかに傾きすぎちゃ駄目だよ、面白いことと、真面目なことはちゃんと分けようっていつも思う。ところで同じアナフィラキシーショックを起こす、ヒアリとスズメバチの大きな違いは、多くのところスズメバチが山、家の軒下や屋根裏などであるのに対し、ヒアリは公園や野原など、子供たちが遊ぶ場所に現れる。会社の花壇の傍によいしょと座っていたら、申し訳ないけれど、アリなんか普通にいる。まあ仕事場に一度スズメバチが現れたこともあったけどね、アリは危険音を鳴らしながら、「これから行くぜ」という暴走族とか、決闘へ向かう漢でもない、静かな殺し屋然として、ゆっくりゆっくり近づいてくる。もしこれが繁殖しているアメリカだったらこんな風に呑気に、座ってはいられないだろう。日常が常に危険と隣り合わせっていうのは、バイクを運転する度に思うけど、公園のベンチにおちおち座れなくなったら僕は泣くかも知れない。公園愛好家としていくつかの定義を掲げてきたけれど、やっぱり日本って平和ボケしているなと思いながら歩くのがよい。ヒアリは土で直径二五~六〇センチ、高さ一五~五〇センチの、ドーム状の、特徴的な蟻塚を作るので発見しやすいともいえる。またヒアリの行動範囲は狭い。交尾したところから半径四〇〇メートル程度が一般的だが、中には風に飛ばされて一キロ、最大では一六キロ移動するという話もある。僕はこの話を聞いた時に、子供時代、車のフロントガラスの隅に、蜘蛛がずっといたのをふっと思い出した。走っている最中に風に飛ばされていなくなったけど、ね。なお、一般人が在来種、例えばキイロシリアゲアリはじめ、オオシワアリやアミメアリ、ヒメアリ等をヒアリと勘違いするケースが多発しているけれど、疑わしいアリを見つけた場合は、環境省ヒアリ相談ダイヤルへ。仕事場でも判断の基準って難しいことがあるのだけれど、僕はとりあえず小さな声でも、まず言おうとすることが大事だと思ってる。だから判断の基準の難しいことを教えてくれたらお礼を言う。これは基本姿勢だよ。といって警察や病院へのいたずら電話する人がいるわけだ。本当に逮捕されている人がいるし、踏みとどまれるならやめよう。この心理もきっと痴漢や多重債務者になる心理と同じだ、あおり運転をする人もそうだね、ストレス発散ならびにルサンチマン、心の魔というものだ、一度味をシメると抜け出せない、自分をもっと客観的に見て、病院へ行って相談をしなければいけない、心の病気というものは僕が知る限り、日常の不平不満を持ちやすい隙間に入り込みやすいものなのだ。突発的なものじゃない、ゆっくりゆっくり腐っていくのさ、ヒアリが腐肉を好むみたいにね。花蜜でも、糖分が多い物よりアミノ酸が多い花蜜を好む。一緒だよ、言わなくちゃ始まらない、止まらない。記憶が間違ってなかったらだけど、還暦を過ぎた人がコンビニで、三度目の窃盗をし逮捕され、裁判官から説教されたというような、記事を読んだのだけど、深呼吸をして、冷静に振り返って、本当のその理由について考えなくてはいけないよ。それでこれは何の話かって、もちろんヒアリの話だよ。 * 78雨の街彫刻的な感じから絵画的なものへ、あたかも巨大水槽のジンベイザメが圧巻の、ジョージア水族館の中へでも間違って入ったような気がする。まるで揶揄い、眠りに陥るように、影薄く模糊としたものへ変えてゆく、卯の花腐し。朝方から低く垂れこめていた青灰色の雨雲は、東からの風に追われ、雲が速く流れているように感じられ、陰気臭い、女性に腋毛でも生えてきそうな、夜への招待状。モネならきっと印象派風に蓮とかと一緒に描き出す、雨の街は四季豊か、自然豊かというきわめて自堕落な人々の住む胸に、強く、本当に強く、響い―――て・・・。青空をいま漉き出し、あたかもおびただしい鱗やタイルやように、暗沫の影とともに見る見る剥がれつつあるアンリ・マチスの面影。世界の終わり―――だ・・。美しいものは同時に淋しいものであるという、一見矛盾した、二つの、心的傾向は無辺の世界の中に小さく生きる、儚さや、心を蝕み尽くす弱さであるのかも知れない。三階のヴェランダでは慌てて洗濯物を取り込んでいる女性の姿が見え、MTBに乗った、短髪の、韓国の歌手みたいな印象の十代の男の子は、嫌がっているはずなのに、楽しそうに駆け抜けてゆ―――く。硝子絵に伝う水のように、入れ子状に、亀が沢山住んでいるあの小さな川では、まるで大洪水。しゃぼしゃぼと小さな前脚で泳ぐミドリガメを思い出す、家で飼われていたミドリガメは何処へ行ってしまったんだろ―――う・・。流されたりするんだ、生きるのってとても大変なんだ、毒を持った花や虫や蛇のことを我がことのように感じる。しかし、そうだねしかし、無為つれづれに、何処で始まったんだっけ、水溜りを傳って、蛙のようにぴょこぴょこ跳ねてさ、ああそうだよ、一体何処から、何をしに、僕は雨の街へ出たんだったっけ。歩き始めた頃はまだブロック塀をまばらに濡らす程度だったのに、四〇〇種類にも及ぶ雨の表現はしとやかな響きとして、それゆえスラングのように、じとじとと降り続き、世界に甘饐い、青い後光を放っている。街全体から生活の音を奪う雨に濡れながら、身を躱すつもりで、やっぱり少しずつ、本当に少しずつ、夢と現実の織り成す世界の方へ接近してゆ―――く・・・。美しくない街路、大きくて人目を引くこと以外に何の取柄もない広告、景色を覆うむやみに高い事以外にまったく何の取柄もない建物。濡れたスカートが気になるらしいドブネズミみたいな女、車の下でこちらをうかがっている翡翠の瞳に体温を秘めている猫。こっちを見るなよ。何千メートル走ったって、―――風景の奥からメッセージが聞き取れない、きっとエネルギーの循環が悪いんだ、人を苛立たせ不幸にする人々が沢山いるんだ。偏見丸出しでそう思った。森を歩いている時のハーブのような匂いをふっと思い出す、真夜中、そんなシーンあったかな、チャップリンの真似事と称して傘をくるくる回していた。馬鹿なことっていつまでもなくならないね、難解なんだよ、中庸じゃなくてさ、妙諦なんだよ、冥加なんだよ、―――本当のことなんて何一つわかりはしないよ、誰にもね、ただ、欺きながら清く明るく朗らかに死んでゆくことは出来る。ぼうっと霞んだ先ではそうさ、きっと鳥が死んでいる。善と悪の対立もない、白と黒、右でも左でもない、純一無雑な弱肉強食、適者生存という言葉の一路に緑を衝き、どうして僕は鳥に生まれて来なかったのだろうかと思う。繊細さや知性や個性というものは何なんだろう、うなだれながら家まで帰る道。ずっと前に読んだ野垂れ死んだ俳人のことを思い出す、名利競争の俗念が消えても運命は永遠に葬り去られることがない。もつれた糸を引っ張れば琴線が鳴る、張りつめることで、音にあてるということで見えてくる、ああ、肉体が混凝土のように冷えてゆく、湿気で満たされてゆく、―――何か別のもの、より大きなものに操られているような気持ち。どうしてこんなに人間というのは気持ち悪いものなんだろう、君がそう思うならその通りなんじゃないかいと声が聞こえ―――る・・。人って何も勉強しないんだ、毎日そのことに落ち込んでいた日々があるよ、この期に及んでも何を躊躇するのか、一段階暗さが増してゆく、それでも満腔の熱を注いで爛れて骨が垣間見えるほど思い焦がれてる、何だって言うんだ、―――片側から風景を消していくような、もう一人の僕の声。舗石の間の水溜まりへと着地し、また浮き上がる、短い打ち切るような性急な音間の抜けた余韻を持たぬ音。その合間に忍び込む、樋を伝いきれない水が、二階の庇から直接地面まで落ちる騒がしい響き。若干の時間を置いて着地する靴から、硬ばったように滴る水は、白く濁っているように感じられて、石化石膏という言葉の、安楽に、隠れ栖んでいる、車道の端に溜まった水の循環と、濡れた路面の命脈を絶たれたような姿が目も綾に浮かび上がり、そこへ、はだらはだらに射し下ろす孤独な街の灯りと、車のヘッドライトが、都市風景に死者の眼を与えている。いつかの夢みたいな燐のような光―――と、消える不協和音・・・・・・。タイヤの溝がすくいあげた泥水がフェンダーに勢いよく当たり、ミルククラウンのような、艶っぽい水飛沫をあげている。角度が強調される、ロー・カウンター。小さな虫のような球体ないしは楕円形の印象をもたらす、無数の集合体たる波間に沈む時、抑揚の激しい憂鬱が芽生え、街路樹の木の葉一枚一枚にまで水滴がこびりついているのを、名伏し難い苦悩や、空虚のように感じ―――られる・・。時が少しずつ重みを増していったら秤は傾くだろうか―――ね、センチメンタル過ぎるよ、笑顔が遠いね、笑い声が遠い、根まで腐ってくのさ、人間の皮をかぶった蛋白質の塊さ、苦しくて、叫び出しそうな、知覚の遠い抹消に訪れた陶酔、そうさ、中指を立ててやる、こんな奴等は人間じゃない。幾万劫の恋とかというものがあれば深くもなる、ああ、何処まで行っても底知れぬ地獄の気配さ・・・・・・。何も見えないぐらいがちょうどいい―――ね、世界は生まれ変わるんだよ、そう信じて、もう十何年も経つ・・・。 * 79「(自称)彼女」あらかじめ設置しておいた、監視カメラから―――。夢の中の出来事のように女の子が入って来る。カチャッ、と音声が拾った。スペア・キーのようなものをしまうのが見えた。凡庸に及ばぬ仔細がそこはかとなくあるのだろうが、重要なのは、それを―――『許可』していないこと。「お邪魔しま~す、えへへ・・・・・・」音声も拾っている。熟しきったような、冷えきった血液を一瞬内に感じながら、翻弄される魅惑的な裏地のミンクの手触り・・。上ずってはいるが、可愛らしい女性の声だ。昆虫採集のようにピン・ホールドする。どう考えてもおかしい。段ボールを積み上げた隙間に仕込まれたカメラが捉えている、人物の映像が不自然なほど美しい。仕込まれたか、と思ったほどだ。メドゥーサに石に変えられましたを地でいっていた。放胆に展開されている一筋縄ではいかぬ劇のなか、こんな容姿をして、どうしてこのような犯行に及んだのか、という疑問という名の有り余る人体電気を蓄積する。固唾を飲んで見守る、時間を遡った光景が映し出されている、プライベート・エリアは少しずつ、エニグマを明らかにしていく。上がり框に座って、靴を脱いで、よいしょを身を屈めて揃えている。アパートの部屋各所にこっそり設置された監視カメラによって、洗濯籠に入れておいたものを物色し、担いでいたリュックサックの中に入れ、スッと、新しいシャツと入れ替え、洗濯機をピポパと操作し、その間に掃除機をかけ、掃除機をかけた後は、トイレ掃除と風呂掃除をし、炊飯をし、リュックサックからスーパーの袋を取り出し、料理を作っている。まるで生活能力のない僕の破綻を埋め合わせるような光景に、メアリー・ポピンズを思わず考える。水面に舞い落ちた、白い羽根。いや、ウォーリーを探せとか、ミステリーの難問を解くとかではないから、服を明らかに拝借したのは見えたわけだけれど。「・・・・・・なあ?」とモニターを見ながら、友達が言う。「・・・・・・うん?」と僕も大体の言葉の予測をしながら、言う。「・・・・・・これ、何か問題があんの?」―――僕には答えられなかった。包丁の手際もいいようだ、純な、幼い僕には、料理を楽しそうにしているだけでも優良物件だなと思われる。尋常な外界からの法外な痛烈なスパイス、何でそうなった、こういうことがなかったら、家庭的な女性と二重丸をつけている。あと、そこから僕の万年床にダイブしていた。芝生に組み敷かれた愛想のよい猫の柔らかくふくらんだ瞳・・。ダイブしたあと、変な笑い声をあげたあと、むくっと起き上がり、ベランダにかけて日向に干してくれていた。妄想にキャリブレーションは必要だが、学校では調理部でした、作動部でしたというような映像を、ぼんやりと想像する。通常なら、なるほど礼儀正しい美少女だということになる。あちらはこちらがこんな風に、まじまじと克明に目撃しているなんて思っていない、だからそれはいつも繰り広げられている日常の劇なのだ。申し分ない、―――それがストーカーでなければ。ちなみにお金持ちの友達に相談し始めたことに端を発する。「料理や洗濯をしてくれるストーカー? え、なにそれ、めっちゃ面白いじゃん、座敷童じゃん、じゃあ、撮ろうよカメラ設置してさ」トントン拍子で業者入って、本格的な隠し撮り体制が整った。お金持ちってこんなことで散財できて羨ましいと思う反面、ユーチューバーの企画物のようなノリなのかも知れないし、意識の底で起こった好奇心はいかんともしがたかった。ただその時点では、親の知り合いとか、僕の知り合いではないかという線もあった。漠然たる憧憬のようなものもあった、と正直に付け加えるしかない。家を空けることは多く、大学へ行ったあと飲食店でほぼ毎日、アルバイトもしている荒み切った生活で、コンビニ弁当、金がなかったらパンの耳齧る、キャベツにマヨネーズは嘘だけど、誤魔化したってしょうがないおおむね以下同文だ。服は一週間に一度洗濯とか、だ。鍵さえ持っていればという注釈がつくし、どうしてそんなことをする必要があるのかと再三再四思われるが、誰でも入ろうと思えば入れる。泥棒だって貧乏かお金持ちぐらいかはちゃんと見る。お金持ちの友達は犯行の一部始終を目撃したあと、ビールを飲みながら言った。勝手にやったこととはいえ、酒代ぐらいは持つ。でも友達はなんか悪かったなと逆に畏まった猫だ。「漫画とかアニメだよ、あれ」「うん、萌え指定林檎畑の花盛り」「その通い妻にしか見えないんだけど、許嫁じゃないの?」「そんな話、両親からは聞いてないけど・・・・・・・」「悪いんだけどこんなの、どう考えてもオニャラスじゃん」「うん、オナール閣下」一応北海道の実家にそれとなく電話で探りを入れてみたが、その線はやはりなかった。そもそも、そんな子がいたらまず幼馴染とか従姉妹だって。けど、そういう子を想像しちゃったんだよなあと思う。恥ずかしい。そういう具体的な顔が浮かぶような相手がいなかったのに。恋人いない歴=実年齢。この悪魔の定理の陥穽ないしは蟻地獄にはまっている凡庸な男に、何だって、こんな子がと思うと本当に解せなかった。あと、どうでもいいけど、背中のブラジャーの肩紐がゆるんで、斜めにズレているのがえっちかった。証拠はあるんだ、警察に突き出すかというお金持ちの友達の問いに、反射的に首を横に振ったのは―――。かれこれ一か月も、親とか、知り合いでも来たのかなと、テーブルのサランラップをかけられた料理を食べ、洗濯された服を着、きれいな部屋で居心地よく過ごしていた、という間抜けさがある。ここにあんな美少女がストーカーしていたのかと思うと、友達の弁じゃないけど、漫画やアニメだ。際限がない堂々巡りさ、むしろラビリンスへようこそ。顔よかったらとかいうけど、性格も明らかに良さそうだ。シンプルな物の見方で、その二つあったらまず、人生は幸せだって思える。何を言っても、誰にどんな風に言ったとしても、やっぱり言い訳めいたことしか言えないような気がするけど、―――警察に突き出すのは何か違う気がした。アパート裏は林で、網戸越しに這入って来る風が心地いい。とても小さな物語、憐れの深い物語、もしくは抱腹絶倒するような物語かも知れない。お金持ちの友達に相談しなかったら、もっと長い期間、お世話になっていただろう。ということは―――ということは、やっぱり、そうなのだ。彼女は別にイケメンでもない、一人暮らしの家政婦をする、殊に一点の目標もない水平線を何故か越えようとする、『ストーカー』なのだ。今後エスカレートすることも有り得る―――し、逆にこれ以上、この犯行を続けさせてはいけないような気がした。でも本当にわからなかった。僕なんて告白されただけで相手にドキドキして、顔を真っ赤にして、断るなんていう選択肢がないことぐらい分かりそうだ。自己卑下じゃないけど、何を血迷ってやがりますか、と思う。新手の美人局なのかという思考回路の方が、絶対に正常だ。そんな眠れない夜を過ごしたあと、家を出る前に僕はテーブルにこっそり手紙を置いた。なるべく刺激しないように心掛け、悩ましい妄念を戒め、どうか自分の幸せを願って生きてほしいというようなことを書いた、まるでめくるめくばかりの青い甘美な春に。恋愛感情とか好意とかいうのとは全然違うけれど、―――武士の情けみたいな、気持ちがあったことは認める。そして家へ帰ると、テーブルに見知らぬ手紙が置かれていた。きっと反省して、もうこんなことはしない、という手紙だろう。真っ暗な部屋の明かりを点け、もはや監視カメラも回収された部屋、そして、ストーカーも今日限りでいなくなった部屋で。料理は冷蔵庫にしまわれていたけれど、きっとこれが最後なんだろうな、と思うとセンチメンタルにもなった。南アフリカで、ニシキヘビがヤマアラシを呑み込んで死んだ、というニュースをふっと思い出す。一人暮らしを始めた二年前、ホームシックにかかって、昔の写真を眺め、アルバムを捲り、女々しくなっていたのを思い出す、笑いは小さな気泡―――最小単位の不安・・ガスの圧力・・。―――何かを失ったと気付くまでに、人はとても長い時間がかかる、ろくでもない僕等の、ありていな、後悔が・・この夜の美しさ―――。声も出せない夜の色は、不安の色・・。夜にだけ安定する心の色は鉄格子に似た―――影・・。あんな美少女だったらむしろこっちからお願いしたいところだよな、とかアホなことを考えながら、封を開けて便箋を見ると、交換日記という文字が躍り、すぐとはいきませんけど、そろそろ同棲ですね、という、不可解な、脳内革命へといざなう文章群が躍っていた。そろそろ溜まってしまいますよね。魔術詠唱の勢いで行われる、ダークネス・エロペディキア、カウンターパンチにしてやられたのか、ビールの酔いにやられたのか、ヒヨコが最低でも十匹は数えられた、一種のストリートファイター。江戸川コナン君が、あれれーとか頭の中で言っていた。ドラえもんが、ほらほら頑張れのび太君と言っていた。―――『ストーカー』はその日から、『(自称)彼女』になった。 * 80それだけは絶対に違う個人宅の一階に構えられた店舗、生ビールと冷やし中華始めましたの宣伝ポスターが見える。ラーメンと書かれた暖簾をくぐったものの、さしづめ飲み屋で、これはいわゆる二次会。一次会は九〇分ヨンキュッパの飲み放題プランで、キンキンに冷えて、咽喉の奥が痛くなるぐらいの、爽快な喉越しを楽しんだ。唇に泡がついても気にしない。かき氷現象のキーンとは違う意味で、アラレちゃんが走る。ドイツのニュルブルクリンク・ノルドシュライフェなの!キレがある。ほろ苦い。社会人三年目、労働はついに酒の味を覚えさせた。とはいえ、会社の飲み会というのは、飲みニケーションが廃れたとはいえ健在、無礼講を装う面倒臭いだけの、仕事の延長線上にある付き合いだ。下戸以外はしこたま飲むより他ないところがある。時折には、大学のサークルの飲み会の延長線上だと思う。先輩が行くと行ったら、まず断れない。親が死んだとか、バイトがある以外断れない。しこたま飲んだとはいうものの、まだ素面だった。解散後、歩いていたら袖を引かれた、女だった。同期の美女だと気付くのに、十数秒はかかった。あの子、出世しそうだよ、仕事よく出来ると、褒められているのを間接的に聞いたことがある。僕は? 窓際係長一直線。ただ、名前はまったく思い出せなかった。イケる口だったんだね、と言われた。そんなボーイッシュな喋り方するんだと初めて知り、親近感を湧いたのは覚えている。オタク女子がイケボの練習をするようなそういう感じで、清涼感やさわやかさのある声だと思っていたら、あれは外面営業用で、実はハスキーボイス気味のそんな声の出し方をされる。マリアだと思っていたら、ユダだった。時速三八九キロで急降下する隼。駅にいい店があるんだ、行こうよと言われた。相手に困らなさそうなのに僕を誘うのは不思議だったが、よっぽど意外だったんだな。でもカクテルとか無理ですよ、いやいや。あと、焼き鳥屋とかは嫌ですよ、いやいや。そんなわけでガラガラと引き戸を開けたのは、―――覚えている。随分なシモネタを言っていたのを覚えている。僕ではない、彼女の方―――だ・・。カメラのシャッターを切りたくなる。脳のエラー検出メカニズム。鮭の塩漬けしているとはいえね、こういう時って形式上は、地元はとか、血液型はとか、誕生日はとか聞くじゃない、教えたこともないし、さ。違うのね、フルスロットルアクセル全開の、エキセントリック号。おお~し、わかった、ばっちこい、みたいなね。欲求不満とか、だる絡みとかいうものだ、通常は。普通に考えるとセクハラだし、逆セクハラみたいだし、通常ならどうも誘われているみたいだと誤解するところだが、けれど酔いも手伝って、屋根裏にひそむインディアンみたいだ―――よ・・。何言ってくれちゃってんの、天麩羅。僕は彼女が仲のいい男友達のような感覚で接した、僕も何をイタしておるのかコンドームの付け方を指で実演したり、女性の九割はヤンキーで、その半分は絶対に肉食系なんです、という持論を展開したりした。「貧乳はステータスだ! 希少価値だ!」と宣えば、「馬鹿はステータスだ! 希少価値だ!」と宣った。―――そして、総理大臣と大統領のように、日米の関係を強調しながら固く、堅く、硬く、あれどんな漢字だったっけ、でもミッションコンプリートフルハウスオペラ、火宅、仮託、家宅、、、ま、いっか、握手―――する・・。犬の性感帯というのはいっぱいあるんですよとアホなことを言えば、女性は男性の数倍気持ちいいんだよと返って来る、列車に石炭を入れるような気分で。ロボットがハイオクを飲んでいるような気分で。こけしってエロいよね、こけしには苔と罌粟という要素が入っているんですよ、と信じられない類のアホなことを言っていた。いいですねと言ったりした、そんなこと一つ一つで。何がおかしいのか、げらげら笑った。出来上がっていた。漫画週刊誌のように捲れていたとも言える。いわゆる一つの、壊れかけのレディオ。天使って翼に性感帯があるのかなとも言えば、悪魔はきっと尻尾が性感帯だ、そうですね、げらげら笑った。脳に閃くタロット・カード的散乱による乱心語。あるいはおほめにつかわり候語。軽快だった。ちんどん屋だった。そして氷敷き詰め、カルピスの原液と水を注ぎ、マドラーでぐるぐると掻き混ぜ―――たような・・夜・・・だ。中華鍋から空中に踊る炒飯の妙技、テーブルに肘をついた時の感触、ウォーターピッチャーもコップにもまったく触れることはなく、キッチンタイマー、手書きのメニュー表が油じみていくように、僕等もベタベタの、油じみていった。あれ、あの人、ポール・マッカートニーじゃないって言ったりした。げらげら、あと、やっぱり名前思い出せない。もはや、自分が何を飲んでいて、何を食べていたのかも、いまとなっては思い出せない。多分、酒量の限界を越えていたのだと思う。そして相手が随分なシモネタを言って来る、それに合わせる形で僕もオープンマインドに、何というかアホになっていったのだろうと思う。ハッ、ジョー式だよ!じょーすぃき!空いたグラスにすぐさま酒を注ぎ入れるし、「美味しいからもっと飲もう」とほとんど表情を変わらないカノジョを競う形で、ビール瓶を何本空けたのかはわからない。サファリパークライオンエリアを素っ裸で駆け抜けるような、スーパードーパミンタイム。一時間ほどかけて、チャーシューとおつまみ三品、メンマとキムチと唐揚げ、それから別で餃子を二回おかわりし、炭水化物が欲しくなった身体はラーメンを軽く食べて出た。とはいえ食べれるかなと思ったら、彼女が二人で一つ食べようよと言った。想いは同じだったようだ。酔い覚ましのつもりだったが酔いはまったく醒めなかった。水を飲まないと悪酔いする。そしてふらふらの千鳥足になりながら、家に帰ったのは覚えている、嘘だ、帰ったような気がする、圧迫する、額に皺が入る、頭痛は万力で締め上げるような痛み、というか、そのはず―――だ、というように記憶がない。人生で一番酒を飲んだということはわかるし、頭痛がした。宿酔という言葉はエドガー・アラン・ポーしか言えない。朝ベッドの上で目覚めると、ふぁさああ―――っつ・・と、メロンの香水させた、腋が見える、白い腕が眩しい、ノースリーブの女がいてビビった。一瞬、バレエのダンサーみたいな寝方するんだなと思いながら、ばちくそエロいけど、こいつ誰だと思わなかったといえば嘘になる。スカートは何故か捲れていて、何というか、煽情的な具合だった。そして何故かもう一つの手は僕の股間に置かれていた。将棋で言えば―――王手、で。チェスで言えば―――チェックメイトなんだよ。つまり? つまり、どういうことなんだろう―――ね・・困った・・。ぐわし、という感じのギャグを思い出さなかったと言えば嘘になり、アロハ、といいう感じで水に流したかった、そうだよそうだよ、―――左耳から右耳へ華麗にスルー、スルー、聞くな、見るな、何も言うな、スルー!誰に言ってんだよ、でもね、ナチュラルに、誤魔化しくなかったかと言えばそれもまた嘘になる。アウトだった。いや、わざとじゃないんですよ、セーフだった。そっと後ずさりして逃げようと思ったら何故か彼女の眼が、ぱっちりと開いて、何か言うのかな、何か言うのかなと思ったら、最初に言いたい、公式的見解として、君のことが好きだ、でもごめんと言いながら、はれ―――つ・・おん? イエー、はれ―――つ、(on,)急激な膨張を予期させるおと・・・・・・。とある国からの誤射ミサイルという捏造記事を思い描きながら、ヴァレリーの退屈な詩を読みたくな―――る・・。それは、かきのたねの、きわめつけの、たねあかし。ワトスンがホームズにしたり顔でピストンする。はれ―――つ・・おん? イエー、はれ―――つ、(on,)何が起きたか、沖田総司が近藤勇にピストンする。して、テー、てぇー、しまったー。(でもその、“にんしき”は、かえられないぞー、)アァ、ああ、アァ、・・・・・・・ンアアアアぁぁアアアァァ!!!(オッケー、それは飛びだしゃいい、彷徨える青い弾丸!)アニメ式では虹色になるところの、自主規制システム、盛大な吐瀉物を、案山子ないしはへのへのもへじとなりながら、眼にモザイク入れながら、メン・イン・ブラックの服装しながら、いってらっしゃい、した。こんな時、グッドバイという言葉はすけこまし。頭痛がメキメキした。もしかしたら身体が割れて昆虫が飛び出す、とある日の、かまいたちの夜パート2。爽やかな水色の朝は、未来永劫始まらなかった。チ、チュン、チュンカ、チ、チュン、チュンカ、チチ、と、雀たちは絶対に笑っている、そんな鳴き声。あと、名前をやっぱり思い出せな―――い。でも一つのささやかな遍歴というものが、こんな時に強く、慰め、勇気づけてくれ―――る・・。―――そういえば俺、名前聞いたことなかったわ。 * 81美しい眺め風は轟々と鳴りだし、ほつれ毛をくすぐるように襟元に触れる。狂人じみた広告塔もないよ、歓楽街の臭気も。僕は水溜まりに小さな波紋を作ったって、見てみないふりをした。風が首筋へ滑って行くと、鼻孔へひっそりと呼吸する夜の植物の匂いを運ぶ。快活な昆虫の見えない羽搏きを連れて、テントの幕が捲れたんだよ。何も知らない、何も見ていない、そんなことで一体どうするんだい、小器用なイミテーション、キーワードを導いた服を着て、幾重にも折り畳まれた、本当の声や言葉を閉じ込めて、今日も生きているのかい。樹の形を歪め、樹冠の形や枝の派生状態が揺れる時、枝は向きを変えたろう。国定教科書風な物の言い方をして、抽象語だらけ、さもなければお遊戯倶楽部、何とも繋がろうとしない心理学的、病理的な領域で、地べたに這いつくばっている、みじめな奴隷たちを想った。生まれてから眼にしたことのないもの、突然広々としたところへ彷徨い出たような感覚、心を一杯にしたことのない、煮え切られない考えを自己分析もできない、それが全体にとってどのように還元され、自らがどのような立ち位置にいるかも、まったく知ろうとしない、わかろうともしない見下げ果てた連中。頰を撫で、後方へと流れていく、透明な断層を思い描いた、この夜風は思いがけないほど冷たい。そして君は錠剤を飲んで、ありもしないダム湖に身を沈めてゆくのかい。ますます現実や日常が遠ざかっていくかも知れない、緊急事態は告げられても、僕の中では、戦争も自然破壊も孤独死もすべて同じ扱い、一つ一つ考えていちゃいけないよ、片っ端からやっつけよう、何が出来るかじゃなくて、何でもやっていかなくちゃ先には進めないんだよ。軽やかに踏みしめて欲しいんだよ、正しいことなんか一つもない、間違っていることだらけかも知れない、百年先や千年先に骨一つ残らないと思う、僕だって同じさ、ねえ、君だって同じなのさ、みんな同じだよ、だからってそれを言い訳にするのは、フェアじゃない、それはきっと答えじゃない、それじゃ生きているとは言えない。燃えくすぶった、煮え切らない顔。現実は残酷だよ、でも自然だって残酷さ、だったら天国や地獄というものがあっても、それはきっと残酷なのさ、―――残酷なんていう言葉で逃げないで、どんな方法でもある、たとえどんなに時間がかかっても、ね。現在形で話す僕も、未来系で話す宗教も、過去形で話す老人も。粉のように見えないまま、舞い上がる、まるで鳥の囀りを真似ているみたいだった。きらめきが折り重なり、欠けるところのない調和を見せていたって、やっぱり僕は何も言える気がしなかった、沢山の人のことを考えていたら、長い間ずっとそうさ、誰でもいつかは死ぬ、いつも幾度も繰り返されてきたという論調の、ニュースみたいな物の言い方をして、責任の追及も、その矛先も、丸くして、僕は眼を逸らしたのさ。弦の音などしもしない、風は林を吹き抜けていったんだ、特殊な通り道とか重要な使命もない、IQも必要もない、遺伝子も関係ない、循環するもの。ぼんやりと思う蜂の巣。祭礼、しきたり、風潮、伝統行事。昨日と同じ振動だったよ、昨日と同じ暮らしの気配があったよ、でも、脆い地層は崩れて、そんなんじゃ誰も言葉すら聞いてくれない、そんなんじゃ誰も生きているとは思わない。様々な微妙な物音が、入り乱れて騒がしくなったら、電車に乗っているみたいだった、瑠璃色に割れる痛みに、ほんの少しでも、醜いものが隠れていないようにと思った、完璧に間違っているものを作ろうと思った、僕は空洞の渇きを満たす―――よ・・。愛なんてない時代だとか、夜の時代だとか、何千年、何万年流れたって、僕等はちゃんとここにいたって言うよ、終わらないことを考えていたら涙が出た、次の扉へ向かうよ、誰もいなくったって、それがどんなに向こう見ずなことだって、禿げたスヌーピーみたいになりたくなかったから。 * 82subtle differences病室のような清潔さは、檻の中の熊みたいに揺れている。「清潔」と「衛生」には微妙に違いがあるというのは、食用蛙のような物言いであるよ、許せ。『清潔』というのは一般市民的な主観の言葉だが、『衛生』というのは業者指定的な客観の言葉だ。故に数値や指標というのが後付け的に存在する。絵を見ている時の感覚が的確に捉えられ、容赦なく林檎に食い込んでゆく、虫。噛んでいたガムの吐き出す紙をなくした僕等に、はっきりと識別されない、光。 * 83亜熱帯植物「せいぜい」の本来の意味は、「力の及ぶかぎり。できるだけ。つとめて。一心に努力して」(『日本国語大辞典(日国)』)―――この言葉を見た時、火傷の上に酢を垂らしたように、シャッターが、突然、死んだ。「せいぜい仕事を頑張りたまえ」と言えば嫌味なニュアンスか、ほどほどに、という意味合いになる。何となく理解しているという意味では、亜熱帯植物みたいなものだ。わかるだろうとは言わないけど、それも何となくわかる物言い。この延長線上に、あるいは一般に用いられる類の用例として、「せいぜい送別会に集まるのは、五、六人だろう」と言えば、たかがとか、やっと、というところの意味だ。しかしながら、「せいぜいご利用ください」となると僕も実を言うと聞いたことがないが、本当に存在するものらしい。思うに、これはきっと方言的なもので、言い方が少し異なる。僕も文章をやっていて長いので、「(っ)せいぜい」というように、間があるみたいな物言いをするようなものと、考える。あるいは、「せい/ぜい」となるのではないかと思う。つまり「雨」と「飴」のように、言い方にアクセントをつけることで、丁寧な物言いになっていると思う。「せえぜえ」とか言えば、老人調になり、「っせェっぜエ」とかなると、何だか、チーム名を円陣組んで叫んでいるとか、早起きの農家のおじいさんが、ラジオ体操しながら言ってそうな感じになる。日本語というものは、人の背景によってさまざまな表現の仕方がある。男女差によるもの、年齢的によるもの、また方言によるもの。なんだったら「確信犯」の誤用や、「流れに掉さす」は進むか、止まるかみたいなもの。いやもちろん、同じ言葉であろうとも、やがて死にゆくニュアンスであることは違いない。言葉は不思議な万華鏡だ。螺旋を描いた明るい一点と、殻を取られた蝸牛だが、「せいぜい(を)」とか「セイゼイ(ヲ)」とかになってくると、古めかしい調子の文脈を抽出し、古文のお勉強させられるぞ、でなくちゃお教養の時間が始まるぞ、嫌だい嫌だいと言う、あなた様の顔も見えてくるようですぞ。でもね、僕は別に国語教師ではない。文章は様々な要素の集合物で、共鳴し連環しながら、文体のイメージを形成することになる。「せいぜい、束の間のパントマイムをしようぜ」とかになってくると、まったく理解できない人もいるので、亜熱帯植物を燃やしに行ってきます。 * 84The strange combination of puzzles,the missing link不自然か自然かという言葉の話で、「壁(に)衝突する」と「壁(を)衝突する」を考えてみたらいい。もちろん、「壁(に)衝突する」は一般的に用いられている、とても自然な使い方、使われ方だ。けれど「壁(を)衝突する」と聞くと、これは明らかに不自然だ。ところで、「回りくどい」という語を何となく覚えていて、何となく音が似ている、「曲がりくどい」と言ったり書いたりしている例がある。これを何言ってるんだと囃す声もあるだろう、学校の先生はすぐさま指摘するんじゃないかな、どうだろう、いやいや、言葉の教習免許皆伝をもっている、かもめ様のお通りでーい、ねちねち嫌味たらたら神経をすり減らしてやるぜ、というのは、嘘である。僕は、いいと思う。だって言葉ってそもそも揺れているからである。ただ、文章のルールをそもそも理解していない作家志望に、辟易する編集者の気持ちはよくわかる。ボカロの歌詞の言葉の間違い方もすさまじい。でも、なんというか、みんなはケーキが好きかも知れないけど、僕は結構きなこ餅が好きなんだよ。物は言い方ってやつで、その間違いを間違いだと思って使っているんじゃない限り、外国語っぽくなるしさ、もちろんその間違いを意図的に使うようになればベストさ。詩を書く上で揺らぎの中にある純度というのを、(たとえば、周波数的な考えでいくと、迷っている時の方が言葉の音は高くなりやすい傾向があると僕は思う、「緊張」という要素が、言葉にも見られるんだ)理解していない人に比べればずっとよいと僕は思う。ネットスラング的な用い方の最初が、たとえば「イオソ(イオン)」とか、「カレソ(かれし/彼氏)」とかね。詩を書く上で、こういう要素のない詩は、はっきり言って読むに値しない。言葉に対する扱い方を心得てない、あるいは俗に言う「老いた」「定年劣化(経年劣化)」「ポンコツ」「馬鹿」「豚」「タヒ」というように、言われるので、気を付けようね。悪口じゃないよ。あのね、悪口じゃないですよ。おっと、あと、下手糞というのを忘れた。ちなみにこれは自作自演手法とか言えるかも知れない。こき下ろすというやり方としては中々よく出来ますね、ああそうでしょう。嫌いですからね。物は言いよう、君もいつかウィザードになれよ。僕の音はかなり融通性が利く上、自由度が高い。なんでこんな風にすらすら読めるのって言われたことは、何度もある、簡単なことさ、訓練だ。練習だ。木材があるだろ、端から端を何度も往復するのさ。言葉は魔力を持っていて色や形やイメージを、脳味噌に叩き込む。とはいえ、文章的には別に間違っていない。思うに、間違った言葉の流れにそれを置くから、その不自然さが際立つ。僕だったら、「壁を、衝突する」と表現するかも知れない。一見、自由律俳句みたいでドキッとする人もいるだろうけど、句読点をつけることで別の言葉の流れになる。この必然性を作るやり方としては、「輪転機の速度のように壁を、衝突する。」とすれば、違和感を覚えなくなる。もちろんこういうのって音のイメージを練習するしかない。無限の反復練習。音に対する問題は、何十回も何百回も何千回も繰り返しながら、音をきちんとイメージの中に定着させるしかない。それが出来ないと言葉の音はピアノのようにならない。僕はずっとピアノの音を聴きながら定着させようとした。音をばらけないようにする、音の軽さや重さをきちんと使い分ける、この言葉の意味がちゃんとわかったら、伸びしろがあるよ。というような職人気質の僕の意見はともかく、正しい日本語がいいというのは間違っている、だって、正しい日本語っていうのは、様々な階層を照らし出すものじゃない。これっていわゆる特権意識や、知性の暴走である。言葉狩りをする側は、固定観念という呪縛にかかって、映画評論家のような真似をしていると言ってよい。寺田寅彦とかいう僕の好きな人も、言ってた。(そして、かもめは、子供のような言い方をします)それにさ、「回りくどい⇒曲がりくどい」という定着を見せたら、これは誤用ではなく、正しい言葉になる。それに夏目漱石の漢字の遣い方みたいで面白い。こういう時いつも、九夏という言葉を思い出す。金子光晴っていう高踏派系の詩人がいたのさ。てなわけでさ、それを面白がれる人になるかどうかっていうのは、生きていく上で解像度の変更をしやすいかどうかを分ける。ギアチェンジ身に着けて言葉をもっと自由にしなやかにしよう。こういう言葉の使い方をしたら、まじぶったまげんじゃないかな、というサービス精神も、駆け引きの道具さ。前にこんな場面があった。「重く受け止める」と「真摯に受け止める」ってどう違うの、と。もちろん同じような意味だ、類語という発想になり、ボキャブラリーの視点からすれば重要度の高い場合、硬い表現(硬質な表現、あそこ、カチコチだよって覚えようね)を、用いる方がいいだろう、というオトナ語になる。「ヴィトゲンシュタインのように受け止める」と書けば、この人、偏屈なんだなあ、と思われる。「カントのように受け止める」と書けば、この人、時間に厳しいんだなあ、ということになります、多分。ちょっとした違いで、カチコチになります。いやあ、興奮する牛。ボツノキではボツリヌス菌が繁殖するでござるよ。とはいえ、「壁(が)衝突する」というのは明らかに間違いであるからして、それはもちろん、からくり屋敷とかの起動スイッチが押されました。洞窟とかダンジョンの罠、迫りくる壁、襲い来る壁、逃げられない壁、というように表現は変化していきます。不自然ということは言葉の揺らぎだけれど、使われる格助詞が変化した例としては、「~をそむく→~にそむく」という例がよく知られている。 * 85Map To My Heartパリッとしたスーツ姿で、誕生日に両親からもらったと、気恥ずかしそうに話していたのを覚えている腕時計、それから、パルレモアドゥパルファムのミルキームスクの、何とも言えない、薫り・・。祖母から戴いたと神妙な顔をして言っていたけれど、高級品で、どういう意図だったのか、また渡した時のシチュエーションというのが気になる。LINEのやりとりをするスマホには、携帯ストラップのルービックキューブ。勉強を教える時になるとスッと上着を脱いで、糊の利いたカッターシャツになる―――のが・・、セクシーランジェリータイムのように感じられるお年頃。空気は飴のように粘り始め、脳内麻薬の成分を嗅ぎ分ける。頼りがいがあって、知的な、イケメン眼鏡・・。インターフォンを押したのが聞こえた時に、夜の森の中の栗鼠にでもなったような―――気が・・する・・。ふと、机に活けられた、薔薇の花の香がしみこむようで驚く。学習机に本棚、ぬいぐるみ、ゲーミングパソコンに高級ヘッドフォン・・。顔中の皮膚が地下の振動のようにぶるっとして、鼓動が一気に上が―――る・・。志望校を決めた、一年前に一年間のスケジュールを記入した。大学に合格したら家庭教師はいらな―――い。何かのはずみで逃してばかりだった、思春期特有の感情が花開―――いて。大学生の家庭教師が、お母さんと挨拶をして、階段を一歩ずつ上がってくる音が聞こえる。法廷に立たされているような気分になって来る。いまさらになって、制服を着たまま、ベッドの上で待機をするという手法はミスマッチだったか。けれど見えるところに伏線を張るしかない。活け花も、制服も、か弱さを演出する小道具。これは、心理戦。ドアが開けられて、「こんにちは」と言いながら、学習机にいなくて見回し、ベッドに座っているわたしを見つける。もちろん、返事はしない。これはとても大切なポイント―――だ・・。長い間ずっとドアを開けたら、学習机に座って挨拶に応えてきた。「気分でも悪いのかい?」と、鞄を床に置いて近寄ってくる。少し緊張した面持ちなのは、デリケートな年頃の女の子と接する難しさからだろう―――か。チャンスはたったの一度だけ、冗談も度が過ぎれば悪戯になり、悪戯も、してはいけな―――い、絶対にやってはいけな―――い、ものになる・・。「受験のことで神経質になったり、悩むことはあると思う・・・、隣に座っても、いいかい―――」こっくりと肯くと、ぎしっとベッドの音が鳴る。その拍子に、「うち、先生のことが―――好きなんだ・・」と言う。固唾を吞むような気配がし、唾を飲む音が聞こえた。背伸びした色気は妙に艶っぽく見えたりするだろう―――か。けれど先生ならきっと、そういう言い方をするだろうということ―――を、シミュレーションした通りに述べられた。「ありがとう、本当にすごく嬉しいよ・・。でも、告白の返事は―――先でもいいかな、その、それは嫌いとか、好きとかではなく、いまは、受験のことを考えて欲しい―――から・・。合格するまでの君は―――『生徒』で、合格したあとの君は―――『恋愛対象の女性』だよ」と。言葉を選んで話す、先生の真意は、当人にしか分からない。もしかしたら、言葉通りかも知れないと思うロミオとジュリエット。失恋してボロボロになって受験に臨ませるようなことを回避したい、一年の努力が水の泡になるような真似だけは絶対にしない、という気持ちを優先した結果かも知れな―――い。真面目な人だ、自分の掌に生殺与奪さながらの権利を得たら、風船を叩き割ろうだなんて絶対に思わな―――い・・。恋愛感情なんて受験の邪魔だという言い方もしない。恋愛感情というものはプラスにもマイナスにも働くもので、時には、きっと、予想以上の結果も引き寄せるもの。心臓が全力疾走している、真っ白なキャンバスの向こう側を。まだ何一つも書かれていない、まだ何一つも触れられていない、澄んだ音を立てている、美しいものを美しいといえる、進入禁止区域。淡く煌めく御伽の国の、幻想と呼べそうな場所へと向かって。「少しだけで、いいんだ・・・・・・」ぐいと、ネクタイを掴んで、引き寄せる形で、キスをした時の感触を覚えている。中学校の校舎裏で隠れてキスをしている姿をふっと思い出し―――た・・。歩いてゆく。眼を逸らして、恥ずかしいものを見たような気持ちになる。頭の中を蝶の群れが色づいた風のように過ぎ去るヴィジョンが浮かんで、声がする。わたしはきっと、そういうことを誰にも見られたくないんだ。見せる心理には他者への優越感と同じく、所有物への鷹揚な振る舞いが隠れているのかも知れない。場面は変わる。ずらりと並ぶ屋台から、香ばしいソースや、ベビーカステラの甘い匂いがぷわんと漂う。来るはずのない祭りの日のあの胸の痛み。恥ずかしくて誘えなかっ―――た・・。混乱は続く。大学ってどういうところなんだろう、高校生から大学生になると化粧で綺麗になった女性が沢山いる、年齢が上がるごとに恋愛は身近なものになり、中学から高校、大学となってゆく毎にイヴェントも増えてゆく。そんなことに涙が落ちるほど思い焦がれ、口の中で潰れるほど嫉妬した。その場所は、就職に有利だからとか、学力に見合った場所ではなく、いつのまにか、この弓なりの地平線だけが捉えている場所。原始的な火の点け方である、キリモミ式火おこしを想像する。キスをすると妊娠すると言い始めたのは、やっぱり子供なんだろう―――か。何処かでサイレンが聞こえた拍子に思った。街燈が灯り始める時間帯は、子供の頃、テレビを観ている時間帯で、それが学校の宿題をする時間帯で、いつのまにか音楽や動画を観る時間帯になってい―――たことを・・。炎は透明なスクリーンを燃やし尽くして、恋人の部屋、同棲、家庭という風に移り変わった。相手が絶対に好きになってくれる薬。洗脳や、マインドコントロール。監禁に、手錠。そんな方法しかないとしたら、きっと悲しい。けれど、そんな馬鹿馬鹿しい方法を選ぶ人は稀だ。でも不安は屈折を生み、屈折は狂気になる。そして狂気はきっと社会不適合の意識を植え付ける。どうすれば、笑っていられるだろう。どうすれば、自然にしていられるだろう。先生からすっと身を離したら、後頭部をぽりぽりと搔いていた。瞬きがやけに多く、口を左手で覆い隠している。とんちんかんな、先生。笑顔で歌うアイドルにグッときたり、きわどいグラビアにドキドキすることはある、健全な年頃の男性。あまり女性慣れしていないのが地だと信じたい。楽器の弦のように震えていた神経が収まってくる。「気は済んだかい?」と先生が優しく問いかけてくる。先のことは分からな―――い。年下の女性が恋愛対象なのかも分からないし、先生の好みの女性も分からな―――い。プレイグラウンドという名の社会的な場がそう言わせる。瞳孔の拡張と、毛細血管の急激な収縮。ただ、激しく強い熱情がその一瞬、溶岩のように流れた、現在進行形、それでもまだ心に巣食っている幼さが、「美味しかった」と肉食系の台詞を言わせる。思春期特有の、強がり。けれど気障だ、それから悪戯の見つかった子供みたいに、満面の笑顔を浮かべたら、先生がホッとしたように、頭を撫でてくるので眼を瞑る。指先が滑って、行ったり戻ったりする波の感覚が、安心を促す最適なリズムのように思える。ピカチュウもどきが心の中で喋っている。こまっしゃくれた物の言い方は、友達の声。充電完了?さりげなくもう一回やっとく?真っ直ぐに物を見なくちゃいけないし、周囲もちゃんと見なくちゃいけないし、足元がお留守になってはいけない。それはきっとそうだ。絶対そうだ。でも―――『大学へ行きたい』んじゃなく―――て・・、多分そうだ、きっとそうだ、わたしは、―――『大人になりたい』と思いなが―――ら・・、それでもまだ、先生の生徒でいたいような気がした。夕陽が射しこんでいる、ファースト・キス、ロマンチックというにはセンチメンタル過ぎる、無理矢理はきっとカウントには入らない。それでも、わたしはきっとこの日のことを永久保存して、忘れないだろ―――う・・。 * 86Lost Forest Strategy Guide(「迷いの森攻略ガイド)」汗が流れる―――。あの時、上手に君の手を握れなかった。こんな気持ちのままじゃ、終われない・・・・・・。熱帯魚のスカートの裳裾翻して、―――『人魚』蜩が鳴いて・・・・・・。遠近法の錯覚の線路と鳥居が見えて・・・・・・。乱反射する玻璃細工、無意識の弱い星を搏って・・・・・・。こんなに君のことが好きなのに―――。うまく触れられなかった・・・・。欲しいんだよ、(―――硝子の表面に・・・引っ掻き傷をつけた・・・・・・)恋愛感情をこじらせて、指の形の黒い影に焦がれて屈折した悪魔。 * 87(・・・・・・僕等は欠陥という隙間を持って生まれてくるわからなかったよ、努力で埋め合わせるんじゃない。また別の隙間で、本当の人間になるんだって・・・・・・)嘘や憎しみの世界なのに、愛がすべて救ってくれるわけじゃないのに、こんがらがって、ほどけなくなった糸。「I LOVE YOU」なんて言えないけど、“好きにならずにいられない”夢を見・・・ている・・・・・・心の中の・・・二人だけの時間・・・・・・「ささやかな想い」が、『かけがえないもの』に変わってゆく。うまく踏み入ることのできない、眩しい鏡のようなもう一人の僕・・・。言葉を重ねてゆく心臓は押し出した絵具のチューブ・・・。肩が揺れるたび肩甲骨の影が動く・・・。息が、止まりそうだ・・・。気付かないでいる、振り向かないでいる、この世界に、【愛】が必要な本当の理由・・・・・・。 * 88どこまでが見えていて、どこから違うんだろう?何もないし、何かあるのも変だし、するめいかのように風呂入って、招き猫のような姿勢で爪切りしながらテレビ見る。ローキック入りすぎた襖は丈夫さ。おでんを食べて、ビールを飲むんだよ。小説の登場人物みたいに物語を強く動かす目的もなくさ。それで下手なコピーライターみたいなことを言う。歩く百科事典は宝の持ち腐れ。メンタリストDAIGOのように、ワイン飲んでさ。他人に訴えかける人は相手に信じてもらえなきゃ、ただの酔っぱらいなんだなって再認識してさ。釣り広告みたいなユーチューブ見ていて殊更に思う、そうやって色んなところが腐っていくんだ。不祥事起きれば文春砲。ブームが去れば時代の寵児もただの人。てのひらがえしは大衆の得意技。この前、老人のブログを見た。毎日おそろしくつまらない毎日を送っていて、漫画やゲームや映画やユーチューブの話でも、すればいいのにと思った。きっと何も語ることがないんだな。けど、何か語らないと自分の存在意義を見出せないんだ。不安なんだ。評論家に洗脳されて、別に知りたくもない天気予報に深く頷いて、漫才芸人が何処にもいて、コミュニケーションの時代なんだなって痛感する。ちょっとでも前向きたい、後ろを向きたい、眼を瞑りたい、眼を開けたい、あるいはずっとこのままでいたい、それがあなたで、君で、何処かの誰かだ。どれでもないなんていうことも出来ないけど、どれかである必要もない。みんな淋しいんだというのも間違っていないと思うけど、時折にはみんな怖いんだというのがわかる。お金や、趣味や、価値観が繋ぎとめているものが、生命維持装置なんだな。時々、ベランダで星を見る。フライパンに無数の穴があいたみたいに星がきれいで、夜が浅い受け皿のようだから、きれいなんだ。何にもないし、何かあるとも思えないし、生きている理由もないし、死ぬ理由もないけど、こんな日々が明日も続いていくんだろうなと思う、いつ死ぬかわからないような暮らしをしていた時は、眠ったら本当に眼を醒ますのかわからないこともあった、いまとなっては、かえって、何か信じられないような美しさだと思う。戦争に巻き込まれても平気だ。何が起きても平気だ。そうやってきっと生きてゆくんだ。 * 89ぶっとびjamboreeアゲ♂アゲ♂ぐしょ♀ぐしょ♀2024We're最前線Walker(な、)Surviving War、今乗り越えるBoader(な、)marathon runner。(嫉妬、日射眩暈sit)“残す爪痕とkiss mark”磨くDay By Day(な、)飛躍のfly away、いわばChange The Game(な、)魅惑のShow me。やって来ました、ご冥福prayer。(君が、いつでもどんな時でも、それを望むなら・・・)(ヘップバーンがエクレア食べるような、ペーパー・ドライバーへ立候補するから)俺はget a mosquito biteの申し子、もう Come rain or shineで放課後、風鈴鳴って咽喉も鳴って、“蜃気楼じゃなくパコダが見えてきたヤバさ”俺はJapanese curryの伝道師、もうChilled Chinese noodlesで倦怠師、“凶暴化する第二章はマリアナ海溝”「ジャランジャラン(散歩する)」股間がどうにかなりそうなラブソング。「ジャランジャラン(散歩する)」ばちくそゲロエロでワッチャッチャーなラブソング。ズバダダダン...。(奥底で違和感を覚えて蛍みたいで綺麗、灯入り模型都市のような遠景―――)(フラスコの中で膿みが出てくるように、チャック=ベリーがsealみたいに見えるYT)ず/ん/だ/も/んゆ/っ/く/り/霊/夢「ああ、今年もSummer is hereで、sugarcoatが必要な俺のjust fitな女はいずこ」Ah...leave the AC onの部屋からgo to the beachして、ドライアイスの煙に手を突っ込むような衝撃。(まだゴリゴリのsummer dream...)>>>ぶっ飛んじゃっte、濡れちゃっte。>>>ウキー! ハイレグ水着のプロフェッショナル!(太陽は曇りや雨の日には光の軌跡が途切れて、時にはゆらめくようなフレアーが出現する。嬉しいような怖いような、そんな悠ったりとした時間が流れる―――)「辛いよな、苦しいよな、オーケー、身を任せて・・、踊りだすブレイクビーツ、お前の為に踊るぜ盆dance」(眼を閉じれば、ぞっとする。永遠に満たされることのない消せない過去・・・)「だからpaper tattooして、何かよくわからないけどaloha shirt着て、ノープログレ、俺はパーフェクトなエロ魔人」―――後戻りできないけど、考えりゃ馬鹿なことばっかりしてるのが俺の人生さ。現実の内側のもっと奥深い場所へACCESS!We're最前線Walker(な、)Surviving War、今乗り越えるBoader(な、)marathon runner。(嫉妬、日射眩暈sit)目覚め始める!フロンティアスピリット・・・!“パ ンチラインはステルスのまんまwhat's your name?”磨くDay By Day(な、)飛躍のfly away、いわばChange The Game(な、)魅惑のShow me。やって来ました、ご冥福prayer。(まごついて、むきだしになって、不安定で、けど、何がヒップホップ、何がレゲエ、なんぼのもんじゃいで始めてゆくエロティカセブン、)YES OR NOじゃ終われない、、、(ウルトラセブンに去勢されそうなヘブン、)アメージングダイショーリセイイタイショーグン!!!俺の、俺の、俺の、俺の、ヒュー! スーパードーパミンタアアアアアアイム!!!でも待って、ちょっと待って、あのごめんちょちょちょちょっと待って!そ、そんな早口できないんで、あ、あの活舌悪いんで、も、もっとゆっくり喋ってもいいですka。―――ばちくそゲロエロでワッチャッチャーなラブソング。映画を観る、それから、あと音楽を聴く。硬直した五本の指という名のbutterfly。「Ah...leave the AC onの部屋からgo to the beachして。(まだバキバキでベキベキなsummer dream...)幽/体/離/脱“架空の秘密条約のeternal dream...”>>>ぶっ飛んじゃっte、濡れちゃっte。>>>ウキー! 「ジャランジャラン(散歩する)」少子化対策、子づくりから始めてゆくラブソング。「ジャランジャラン(散歩する)」パスタと大貧民とパチンコ屋で化粧品なラブソング。 * 90eye drop目薬をさす時、一緒に口を開けてしまう。ことほどさように、ハンカチティッシュなどを、口で軽く噛みながら行えばよいのだが、それはそれで、どういうプレイだと気になる。ちなみに言っておくが、あわよくば目薬を飲もうと思ってそうしている。別に飲んでよいというものではないが、眼から鼻へ、つまり咽喉へ流れ込むこともあるので、基本的に害というのがあるものではない。ただ、気分が悪くなったりした時は、病院に電話してたずねるのがいいだろう。ちなみに眼科へ行くと目薬は点眼薬とその名を変える。そもそも、点眼するという言葉自体、細かい字を読んだ勇者に捧げられるのではないだろうか。ちなみに眼科に二度ほどお世話になった経験がある。仕事場で鉄の砕片のようなものが入って、涙が止まらない上、眼が開けていられない。基本的によく言われることだと思うけれど、何かなければそんな状態にはならない。ただ、そういう状態の時に目薬さしまくったり、目をぱちぱちして、何だかよくわからないけれど、上手くいったりするとこの悲劇度は高まる。何かといえば、病院へ行かずに自力で直すという選択をする。ちなみに市販薬を選ぶ際についてだけど、疲れ目・眼精疲労には、ビタミンB12(シアノコバラミン)や、眼筋調節剤のネオスチグミンを配合しているか確認しよう。この成分は目のピント調節機能を改善する。乾燥の症状がある場合は、人工涙液の目薬。涙に近い成分組成の液で、一時的に涙を補うことで目の乾燥を防ぐ。また、角膜の修復及び涙成分の分泌を促す、ビタミンA(レチノール)や、目の表面の水分を保ってくれるコンドロイチンも、症状に効果が期待できる。結膜炎やものもらいによる充血の場合は、スルファメトキサゾールなどの抗菌薬を配合した目薬。かゆみを伴う充血についてはアレルギー症状の可能性があるため、抗ヒスタミン薬やケミカルメディエーター遊離抑制薬といった、アレルギーを抑える成分に注目する。またコンタクトレンズ着用する人なら、御存知だろうと思うけど、その目薬が使用できるか確認しておきたいところだ。とりたててソフトコンタクトレンズの場合は、塩化ベンザルコニウムなどの防腐剤がレンズに吸着しやすく、レンズの変形や結膜炎などの原因になる。ドラッグストアへ行って沢山の商品を見て困る経験はあるだろう。詳細や評価などはさておき、とりあえず価格帯を重視する人もいる。眼科なんて一生お世話にならない人も一定数いるだろうが、花粉症などで受診する人もいる。仕事場でも花粉症という同僚がいる。ちなみに点眼薬の容器の先が、睫毛や目蓋に直接触れると、点眼薬が汚染されてしまう原因になるし、これでもかと念を押してしまいたくなる心理があり、僕も実を言うとやってしまったが、点眼薬は何滴入れても効果は変わらない。 * 91piano白鍵と黒鍵からなる鍵盤、ハンマー、弦、そして共鳴板で構成されているピアノ。鍵盤を押すと、内部のハンマーが弦を打ち、その振動が共鳴板を通じて音を鳴らす。通常は八八鍵、五二の白鍵と三六の黒鍵で、最低音はA0、最高音はC8。ちなみに人間はピアノを何回打鍵できるのかという記録があり、二〇一二年にハンガリーの青年が挑戦し、結果、一分間に七六五回、一秒に一二.七五回。もちろんそれは演奏技術とさっぱり、つゆほども、関係ない。いや、関係ないことは沢山ある。タイにある象の保護区に年老いた盲目の象がいて、ピアニストのポール・バートンは、彼女に生演奏を届けようと、保護区内にピアノを持ち運びクラッシックを演奏した。草食動物の暴走という言葉を記事を何処かで読んだけど、象は優れた記憶力を持っていて、フラッシュバックし、人間に襲い掛かることがある。戦争の道具、森林破壊の道具、そしていらなくなれば、捨てられる。そんな象は食べることより音楽を聴くことを優先した。音楽は、言語とは異なる別のコミュニケーション手段なのだ。ちなみにピアノを弾くと脳の処理能力がアップし、気分が晴れるというデータもある。ところであまり知られていないことだけど、といって演奏経験のない人にとって特に意味はないが、ピアノには通常三つのペダルがあり、それぞれ異なる機能を持っている。右のペダルはダンパーペダルで、これを踏むと弦の振動が止まらず音が長く響き、中央のペダルはソステヌートペダルで、特定の音だけを長く響かせる。左のペダルはソフトペダルで、これを踏むと音量が小さくなる。ところでピアニスト横山幸雄に、ギネス世界記録があり、ショパン・ピアノソロ一六六曲コンサート。ピアノ系ユーチューバーは是非とも挑戦して欲しい。ショパンの全ピアノソロ曲を朝の九:〇〇~深夜の二四:五五まで、弾き抜いた、頭のおかしい記録である。インスタグラム脳がとびつきそうなSNSワード。そんな人は自走式「ピアノ型BBQグリル」という魔改造ピアノで、美味しい肉を食べるのがオススメ。トンデモ発明品だけど、寝食を惜しんで練習したいという、ピアニストはもしかしたら欲しいかも知れない。ちなみにピアノというのは完全に調律できないといわれていて、オクターブを基準としていわば辻褄合わせともいえる状態で、調律が行われている。これはピアノ弾くと微妙な音のズレとなって感じられることがあり、ほとんどの場合はこのズレが気にならないように調律されている、和音を引くと、ほんのわずかに音のうねりが感じられることがある。ただ、平均律で調律された楽器は十二音階が等しく響き合うように、調整されているため、どのキーで演奏しても、同じ響きが得られるようになっている。これにより、様々なキーで演奏される音楽にも、スムーズに対応できるという大きなメリットが存在する。さて、ピアノには主に二つの種類があり、コンサートなどで見かけるグランドピアノは大きく、豊かな音色が特徴で、一方、アップライトピアノはコンパクトで、家庭や小規模な演奏に適している。これに加えて電子的に音を生成し、ヘッドフォンで聴ける、デジタルピアノと。コンピューターやスマホ上で動作し、キーボードやタッチスクリーンを使って演奏する、ヴァーチャルピアノというのがある。知る人は知っているだろうが、鳥の羽のようなデザインのピアノ「Ravenchord」というのがある。あまりにも斬新で、僕も鳥なので非常に興味津々だ。世界に一台しかない鍵盤数が三倍の、二六四鍵という「三倍高密ピアノ」とか、ドイツで制作されたピアノ「Klavins-Piano Model 370」は、最高の音色を求めて設計された全高三メートル、総重量二トンという超巨大ピアノ。一八世紀に誕生した楽器であるピアノという素晴らしい楽器は、その三〇〇年以上にわたる長い歴史の中で改良を加えられ、様々な音楽に対応できるオールマイティな性質を持っていて、とうに完成しているように見えるけれど、まだまだ眼を見張るような変化は訪れるかも知れない。 * 92Have You Never Been Mellow井戸の底で揺れる、あやうげな飛翔の陰翳。小さき手に麻酔はなく、いたずらに長いエンドロール。工作物の、ファウンデーション・クリームのような、石膏ボンドが乾くように、遮光カーテンを引く目蓋から、まったく違う図像が浮かぶ。 * 93
2024年04月23日

1母子ラファエロ・サンツィオの「大公の聖母」は、トスカーナ大公であったハプスブルク家の、フェルディナント三世が所蔵し、公務で出向する際は勿論、私的な旅行の時でさえ片時も手放すことはなかったという。このように呼ばれるようになった作品は、強力な滋波を持っているように感じられる。何の奇もないながらもかすかなさびのある、単純な力強い構成。ラファエロといえば、聖母マリアと幼子キリストを描いた、聖母子作品を数多く残したことから、「聖母子の画家」とも呼ばれるが、背景が黒の作品は本作のみ。そのため聖母子はラファエロが描いたものと認められていたが、背景に関してはラファエロ自身が黒くしたのかどうかの、議論が行われていた。科学的調査の結果、黒色の背景の下には室内の風景が描かれており、黒色の成分も聖母子の物とは違う成分であり、別の人間が黒く上塗りしたことが判明している。おそらく背景部分の傷みを隠蔽するために、黒く上塗りされたのではないかと考えられているようだ。とはいえ、漆黒の闇に溶け込んでいる聖母子の姿は、ラファエロの筆の妙を際立たせ、かえって威厳と典雅を持たせているという見方もある。西郷隆盛像が別人みたいに、黴に包まれて熟成したチーズのような天啓。黒には永遠の沈黙があるような気がする。様式は師であるペルジーノに依拠し、レオナルド・ダ・ヴィンチの影響が色濃く見られるが、そこには月の世界の上のような非現実感がある。胸の遣えや溺れ、慈しむ手つきとは同時に、蟷螂の前脚さながらに潰してしまうのではないかと思えるほどの、乱暴な力がかかっている。僕が秀逸だと思うのは、この聖母の眼の裏に薄い膜でも貼ったような瞳だ。見えない装飾音符の火花。様々な感情の居場所が見つからぬような気持ちは、親をなくした時のものだ。それがこの少し気の遠くなるような静けさを実現している。親を接ぎ穂にして憑かれたように恋文を書く心理は、歪んだものでなければ、自己去勢を伴い性的不能を招くようなものであると思う。但し現代とは違って昔のことであるので、そこには立身出世とか、成長を見せようという意気込みもあっただろうと推測できる。黒い背景には、土の匂いや、虫の音が聴こえてくる。炎の津波に呑まれる一瞬。ところで中世以降は聖母信仰が強まり、礼拝のための聖母子像が数多く置かれ、画家たちもそこに理想の女性像を見出したとされる。さらに一歩踏み込めばラファエロは九歳の時に、母親をなくしており、聖母子というテーマを探求する契機となったことも指摘できる。また幼子キリストの手が聖母の胸の真ん中あたりにあるのも、一種、女の肉体に対して、妖艶な雰囲気が月暈のようにほのめき出て、模糊とした歳月に紛れて美しい傷みが瀰漫している。僕は静かで思いやり深い人だったのではないか、と想像する。母性の憧れと信仰とが島のように点在する高みにおいて、すべてを語り終えた塑像のような端正な姿勢、死と隣り合わせの情愛や温もりを連想させる。木彫りのように嬾のうげな心理的な手ごたえが感じられる聖母の瞳と、静かに何かを見透かすような幼子キリストの瞳には、画家自身の無表情にも似た、忘我の境地がよく表れているように感じられる。 * 2硝子硝子の材料といえば珪砂とソーダ灰、石灰石だ。珪砂は石英で、公園の砂にも使われている。ソーダ灰は、中華麺を柔らかくする「かん水」にも使われている。石灰石は二百か所の鉱山があり、山口県の秋吉台、福岡県の平尾台、岩手県の猊鼻渓は、石灰岩を多く含む地形として有名だ。そういえばツルハシで三〇回叩いても壊れない、「SR 5096」最強クラスの防弾ガラスの衝撃耐性実験映像は一度観るべきだね。銀行や美術館、高価な商品を扱う、ショールームの防犯用として販売されている。しかし盗まれないようにしたい、守りたいというのは諸刃の剣だね、その為に頭を悩ませなくちゃいけなくなる。そしてユーチューブ動画は馬鹿と鋏による、興味本位の底辺を引き寄せる法則を完璧に理解していて、防弾硝子をシュレッダーにかけるとどうなるかという実験をしていて、見事、粉々にしている。どういうシュレッダーなのかは疑問に感じるところだが、世の中にはシュレッダーで人を殺したいと考えている人には朗報だ。毎日お疲れ様、悩みすぎるなよ、どうせそいつらみんなくたばるから。さて、水飴のようにどろどろになったガラスの元を、パイプの先につけて、職人が息を吐きながら壜などを作る光景を、あなたも見たことがあるだろうけど、これは紀元前一世紀からある手吹き硝子という方法。これで大量生産するには人間を辞めるしかないわけだが、現代では機械を使って硝子を大量に作る方法があり、窓やテレビ画面などに使う板硝子を作る「フロート法」や、網入り硝子や型板硝子をつくる「ロールアウト法」などがある。そういえば硝子妄想という、俄かには信じがたいけれど、十七世紀の百科事典に現れている。ガラス妄想のもっとも有名な例は、フランス王シャルル六世。彼は毛布に身を包み、自分の臀部が壊れないようにした。彼等は、自分が硝子になったと盲目的に信じている以外は、一見正常で、日常生活もちゃんと機能している。人が近寄りすぎて、壊れやすい手足が、粉々になる危険を心配しているだけだ。当時は透明な硝子は珍しい素材だったため、まるで魔法か錬金術のような感覚で見られていた。僕の勝手な解釈だけれど、それゆえ潜在意識に入り込み、ナルシズムにも似た一体化願望となったのではないか、と思う。もちろん僕の心は硝子なんだといえば、たんなるポエマーか中二病設定である。乙。ただ、尻尾を切ると全体が砕け散る硝子、「プリンス・ラパートの滴」というのがあるように、その頭部は非常に硬く、ハンマーによる打撃にも耐えられる一方で、本当に繊細な人というのはその尾とよく似ている。一秒に一万二〇〇〇ものカットを撮影するハイスピードカメラで、ようやく尾を切ったその振動によって、一瞬にして全体が砕け散っていくのがわかる。突然死ぬなんてその人じゃないとわからない。しかもこれたんに水につけて冷やしただけという代物、強化硝子と同じなんだけどね。そういえば高級ガラス工芸品として有名な、スチューベングラスがあるように、実はガラスにも美術館というのがある。「コーニングガラス美術館」がそれだ。五万点を超える古今東西の硝子の歴史が収蔵されており、多岐にわたる手法で造形されている硝子の魅力を伝えている。美術館や博物館というのが何かに特化した、事典と同じような意味合いだと思われてくる。ちなみに硝子は固体だけれど、限りなく液体に似ている。多くの固体は結晶構造を持つけれど、硝子は不定形固体になる。この不定形固体にはアスファルトやペットボトル、セラミック、ゴムなどがある。なお、超軽量化された牛乳壜とか、新聞紙よりも薄いプラスチックフィルムのような硝子もある。スイッチ一つで向こうが見えなくなる調光硝子というのもあり、綿菓子のような九九パーセントは空気というグラスウール、しなやかに曲がる下敷きみたいな硝子とか、粉の硝子や布の硝子といったものもある。 * 3スイミングスクールばしゃばしゃ泳ぐ音が聞こえる、スイミングスクール。ちなみに小学校低学年から、中学校二年ぐらいまでが人気という傾向があるらしい。運動神経の発達という観点からすると、四歳までに通わせ始めるのが効果的。夢はインターハイ、オリンピックという傍らで、ビート板で泳ぐ子の傍らで、アームリングの子もいる。イケナイ太陽が流れ出す、ORANGE RANGE。「嫌われることを先延ばしにしない」それから、「『みんな』は、だれでもないことが多い」平らな水面が天井の照明を鈍く反射しているが、水の中に潜るとすべての動きが止まり、音が消えたような気がした、鯨の潮 吹きのような世界の画素が増えてゆく。シュノーケルの楽しさを覚えた子供は、お風呂場でゴーグルをして潜る。お尻がぽこっと入れ歯のように浮いている、コミカルな光景は無情だ。お尻が旧時代のランブルフィッシュ。こんな馬鹿でも大人になる。しかしスイミングスクールのインストラクターは、そんな子供を相手にしなくてはいけない。子供が好きだからと保育園に就職した女の子が、一年後でもその台詞を言えたら大したものだ。心の病の始まり。子供の相手は百万倍しんどい。万年ものもらいに安月給、モンスターペアレントだらけときたら、ストレスで激太り。屋外プールの監視員の夏場の滝汗が涙に変わる、突然の天候くずれ、寒い、寒い、寒い、一身上の都合により退職。あのそれって、社会じゃ?とはいえ、水泳は全身の筋力がアップし、基礎代謝が上がる。風邪をひきにくくなるし、うつ症状の軽減や抑うつ状態の改善、また最低限のリラックス効果は望める。でもそういうのはやっぱり俄かの考え方だ、「平均寿命」と「健康寿命」の差を、スポーツで縮めよう。こんな開放的な空間なので、成人女性生徒さんにガチで迫られ、オホーツク海の流氷にしばかれたったに、引いたり、成人男性生徒さんにガチで迫られ、陰キャの聖剣抜いたったに、引いたりする。水泳というのは別名、綱引きなのだ。六歳でクロール出来たら大したものだって、誰かが言っていたけれど、六歳でバタフライをしている子もいる。成長には大きく分けると、「積み重ねて伸びていくフェーズ」と、「破壊で伸びていくフェーズ」の二つがある。あのね、いっとくけれど、僕は犬掻きを完璧にマスターしているから。あと、スカイラブハリケーンできないでしょ?僕もできないからね。個人差じゃないよ、無茶苦茶だからね。いっときますけどね。水は、君より君のことを覚えている。あるいは、水こそが聞こえるものだった。女の子は可愛い水着を着るために、ダイエットに励み、見事痩せて戦闘準備OKで、スカウターぶっ壊したはずなのに、毛や、汗疹という仇敵がそれを許さない。肌をさらすのがそれでもやっぱり、苦手っていう女の子もいる。男の子がいったら蹴り上げるけどね。いや、蹴り上げますけどね。Z世代はプール派が五九パーセントで、海派が四一パーセント。だが、もちろん自宅ひきこもりニート派、おたくエンジョイホモゲクラブ派もいる。普通ではインスタグラム脳を満たせない。もちろん流す曲は睡蓮花で湘南乃風。いかつい男がちゃらい曲を歌うのは、ギャップ萌えなのだろうかと考えるお年頃。体力の配分が上手くなったのか、下手になったのかよくわからないビールの中さ。 * 4生体認証SF映画などでもてはやされた生体認証も、日常で利用されている。家の鍵をなくした、身分証やカードをなくしたという経験がある人にとって、銀行のATMコーナーの静脈認証の装置は画期的で、ごくごく自然な流れと思えるものかも知れない。宝石や金の装飾が全身に施された、ヨーロッパの地下墓地の骸骨「カタコンベの聖人」みたいだね。手のひらをかざすだけでお酒が買えるようになる、Amazonの生体認証決済に年齢確認機能が追加されるが、こういう決済方法は定着するんだろうか?「受け入れがたいリスク」⇒「高リスク」⇒「限定的リスク」⇒「最小限のリスク」⇒「安全」という、五つの段階があると仮定して、あなたはこれをどのカテゴリーに属すると考えるだろうか。安全活動がもたらすレピュテーション。自分の価値観だけに頼っていては問題は防げない。鷲の背中にカメラを取り付けて見た世界を、僕等はこれから信じなければいけないのだろうと思う。宇宙ビジネスは大きくなるしかない領域だというのは理解できても、格差の小さい、みんなが幸せになれる社会を想像できるだろうか?とはいえ、本人を確認するためのものが不要であるということは、便利だ。生体認証の精度や、認知度、さらには信頼性が上がっていけば、パスポート代わりになるかも知れない。紛失して困るものを持ち歩くという不合理さは原始人だ。いや、原始人以下のナンセンスと揶揄すべきかも知れない。余分なものを省けば便利になるという極論はしないが、淘汰されるべき、洗練されるべき要素だと感じる人は多いだろう。スマホ決済はスマホを盗まれたら悪用されそうだし、クレジットカードも紛失やスキミングの恐れもある。いやしかしまさかと思う人もいるだろうが、二〇〇五年にマレーシアで起きた事件では、車の窃盗犯が持ち主の指を切断し、指紋認証式盗難防止システムを破ったことがあった。どんなに安全性を謳ってもこういう馬鹿はいつでも現れる。とはいえ、生体認証は一度登録されると訂正がきかず、悪用されれば一生本人の災いにもなる。静脈認証のほかに虹彩認証、顔認証、さらには脳波を利用して特定する認証方法というものもあるらしい。面白いところでは歯ぎしり認証とか、尻認証というのもある。ベトナム国民IDシステムではNECが開発した、「顔と指紋を組み合わせたマルチモーダル生体認証システム」が使われているし、人食いヒグマを「生体認証ドローン」で追跡して、駆除することに成功したという話もある。 * 5テストで、あれ、わたし、何していたっけという時に読む詩テストと一口に言っても、それはもちろん成績だけのことではない、いやしかし百点の出木杉君もいれれば、零点の、のび太もいるわけだ。多くの人はしかしのび太というと悪いイメージがあるだろうけど、のび太ってあやとりと射撃の天才だし、あの天才的な眠りの才能はベッドメーカーに就職可能な貴重な逸材である。人と違うことに価値を見出せる人も少ないけど、確実にいるものさ。テストの成績だけで推し量れないものが世の中にはある。とか言っていれば、満足なんでしょ。テスト対策のノートを作って満足する人もいるし、それどころか勉強する前に机を掃除して疲れて止めてしまう人もいる。綿密なスケジュールも実行しなくては意味がないのに、それが逆にストレスに繋がったりする。乗り越えなければならない課題は日々やってくるが、それを解決するためのアイデアを発想するためには、誰にでも意識できるコツがある。ようは座って悩むな、動いて考えよ、だ。たとえばネットを使うたびに、迂闊な人が騙されても自己責任的な思想に触れることはないだろうか。そういう詐欺師的なデザインや、そういう泥沼的な広告がある。実は勉強だって甲論乙駁、意見が礫のように飛び交う。事実、勉強なんかする必要がない、毎日今日の復習するだけで十分という人もいる。これはかなりの優等生だが、もっとも勉強の本質を心得ていると思う。僕は何でもかんでも達人を見つけるべきだと思う。物事の本質がわかっているのとそうではないのとでは結果がまったく違う。こんなこと、誰も教えてはくれないけどね。ぼんやりと教室の中でよく出来ているといわれる生徒が、毎日どんなことをしているか注目して眺めてみるといい。あのね、教科書を読むだけで完全に覚えてしまう人もいれば、授業を受けるだけでテストで高得点を普通に取れる人もいるんだ。学校っていうのはそういう人達が頂点になるように出来ているんだ、申し訳ないけどね。もちろん彼等だって記憶の仕方や、勉強時間、成績の上げ方など、多くの人が気付かないような色んな細かい努力をしていると思う。あるいはそれ努力とは呼ばないかも知れない。塾と学校の違いみたいなものだ。人と違うことをしているからいい成績を取れるという見方だって、僕はあながち間違っていないと思う。これは出世論と同じさ。でも世の中に出ればもちろん、勉強の成績がそのまま社会人の成績になるとは限らない。出来上がったのはテロ集団みたいな集まりかもしれないけどさ、人生ゲームのすごろく要素といってもいい。それに、人の中には歳を取ってから本気になる人もいるのだ。あのさ、コメダ珈琲で粘りながら、テスト勉強したっていいのさ。勉強と同じぐらい色んな空気に触れるのは、大人になった時に確実に役立つビックサンダーマウンテン。とはいえ、どんなに頑張っていても、結果に結びつかないと腐ってしまう人も大勢いる。記憶力に自信がないとか、集中できなくていい成績につながらないとか、テスト中に頭が真っ白になったなんていうメンタルな問題もある。色んな人がいるんだけど、学校は結局収容施設なわけだから、能力のふるいがかかる。運動という要素もインターハイ、プロという道がなければ何の意味もない。人より優れた偏った知識も仕事にしなければ宝の持ち腐れだ。つまり学校ってそういう人には一切意味のないように出来ている。友達作りや、恋人作りが大切というのも僕は間違っていないと思う。あのさ、キャバ嬢は食事が男たちへのインセンティブに使えるのを、知っているんだぜ。職業に貴賎はない、後代のルネッサンス期イタリアでは、インテリジェンスが高く知的な高級売春婦が、貴族を顧客としていたことが分かっている。どんなことにもノウハウがあり、学ぶ姿勢があれば見え方が変わる。感情に身体を乗っ取られて言葉や心がバラバラになってしまうこと、子供の時分なら何度もあるだろう、一つの塊として存在してくれないような時、手ごたえが欲しいと思う。ただ、言い訳を引き合いに出す時点でやる気がないと言う人もいるが、僕はそういうのもわかる、でも僕は脳の遣い方とか、遺伝子の問題とかを持ち出さない。たとえばいい成績を取りたいならゲーム理論を用いればいいとか、どうしてもそうしたい夢を作ればいいと思う。一生後悔するぼんくらになるか、死ぬ気で今頑張って夢を叶えるかという瀬戸際だったら、どんな人間だってちゃんとやるものさ。モテないコンプレックスの噴出だとしてもさ。勉強しておきながらテストの範囲を間違える、マークシートの位置がズレていたなんていうのも、あるあるだ。ともすればやってしまいがちなミスが緊張の中にはある。実際成績関係なく、同じ答えが続いた時にやはり人は不安になるものだ。真珠のように小さな記憶の粒を頼りに、ぼうっとしていたら、カンニングを疑われて先生が横に立つというのも、あるあるだ。なくて七癖というし、李下に冠を正さず、だね。テスト前日に机の上で、明日の自分に任せたというのも、ある。お前はスカーレット・オハラか。風と共に去りぬ。また天才や秀才などの優等生とは違う凡人達にとって、テストはそれだけで心理戦といっても過言ではない。ただし、見えない怪物仕様でね。だから都市伝説が好き。というか、頭が悪いわけじゃないのに要領が悪い人、頑張りが結果に結びつかない人というのも一定数いるのだ。担任ともなればそういう生徒がいることはわかるだろう。僕は同級生の顔色を見ながらぼんやり想像していた。底辺度が高くなるとゲーム時間や、漫画時間、さらには遊び時間というのも必要になって来る。僕は君にいいことを教えよう、ジョン・レノンはいつも平和と愛について話していたけど、障碍者を馬鹿にしていたし、家庭内暴力の申し子だった。インスタグラムやティックトックも同じようなものさ、僕の言っていることは間違っている?二十四時間働く神話は高度経済成長期の話だ。漫画家であれ、クリエイターであれ、百害あって一利もない。能力が落ちても根性で何とかするという考えも個人的にはわかる、だけれど、そこにもやっぱりふるいはあるだろう。僕はそういう時、自分自身についての理解がどれほど高いかが、その選考基準になるのではないかと思う。長期的計画を立て、無理のないスケジュールと、効率的な勉強方法。って言っていればいいんでしょ、そんなものあるか。一番いいのは先生に迷惑をかけまくることだという意見がある。答えが分からないところを聞きまくるのだ。できないところをできるまでやってくれるよう仕向けるのだ、パターン化されたエモが気持ち悪すぎるとしてもね。人間は一人でありとあらゆることができる方がいいと思っている。超人伝説だね。だけれど、脳は様々な作業をするようにはできていないし、一時でこなせる多重タスクは能力が下がるように出来ている。徹夜してきた、勉強頑張った、だけど眠い。詰めが甘いんだ、だけど、仕方ないよね、急に眠気が襲って来て、テストに変な落書きをして、突然の謎ミッション開始。消しゴムをかけまくってそしてテストを破った猛者もいる。心因性の腹痛というのもあるし、存外精をつけるつもりで食べ過ぎてお腹が痛くなったのかも知れないが、これはかなり辛い。冷や汗掻きながら、便意を覚えながら、高得点を取るのは至難の業だろう。でもそこをグッと堪えて挙手して、先生と声をかけよう。トイレ行きたいんですが、と勇気を持って言おうよ。そしてお前は明日からウンコマンと呼ばれる、あの時ウンコマンと呼ばれたくない人生でしたって言え。 * 6Messiah complexジョン・レノンや尾崎豊が典型的だと思うが、メサイアコンプレックスというのがある。自分は劣った人間だという気持ちと、自分は人を救える優れた人間だという気持ちが入り混じって生じる反応。原因と結果が逆転している心理の一瞬の忘我。メサイアコンプレックスが共依存や有難迷惑であっても、とある宗教的には正しいのかも知れない、たとえその自己犠牲が偽善や欺瞞に充ちているとしても。メサイアコンプレックスというものは、ようは相手のことを本当に思うことで消えてゆくものだ。これも一種の人生修行のようなもので、ピタリと心のツボに触れるようなことがあると思う。軽度であれば社会生活をする中で要領を心得てくる、しかしこじらせてくると老人の世迷言のようになる。ポエマーが浅学菲才なら、老人の世迷言に充ちた詩はメサイアコンプレックスだろう。天地創造、モーセの十戒、死後の世界なんて何もないさ、きっと記憶の中から飛び出してきた恐ろしい思い出に、自分の無能を認めたくなかっただけなんだろう。だから地位や名誉やお金なんか捨て去らなければいけないのさ。もちろんジョン・レノンや尾崎豊ほどではなくても、会社や学校には一人いるような、他者に対する奉仕精神、人間関係を円滑にする優しさなどを持った、そういう愛を持った人を僕は否定するつもりはない。否定はしないから考えろよ、と言っている。問題はその持続性や、焦点をズラさないことだと僕は考える。だってメサイアコンプレックスではない、メサイアコンプレックスというものが存在しない根拠もまた、誰も説明できないのではないか、と思う。心理学が面白くない気持ち、つまらないと思う気持ちは、そういう何でもかんでもを形にはめて、ステレオタイプな物の見方を押し通すところにある。統計学や科学の論文にもそういう言い方が出来る。曰くこの心理には教育ママの押し付けにも該当する。でも最後に選ぶのは自分さ。毒にも薬にもならないようなら、いっそ毒や薬の方がいい、間違い続けた方が人間の成長度は大きい。これだって偏見や差別、色眼鏡といえば、その通りだろう。哲学ではないけれど、そうだということには、そうではないというものが不随しているから、それであるがゆえそうだということになる。馬鹿みたいな物言いだろう。そもそも絶対にそうだとわかっているようなものとは違う、心の変化を伴うものには、呪文の効果を持った、芝居の台詞のように聞こえる。あなたではなく、全体のことを考えてみるといい。社会や世界のことを見つめてみるといい。明け方の白さを増した空を背景を山が滲むように、なだらかに連なる朝、僕は君の心を試したい。ようはメサイアコンプレックスの傾向を持った人の中で、KYがいて、鍍金のようなつやをかぶせたまがいものがいた。そういうことだと僕は思う。間違いや勘違い、そんなの誰にだってあるわけさ。人に優しくするなら誰にでも優しくするべきだ、相手が自分にとって都合が悪いからといって、態度をコロコロ変えるべきではない。それだけさ。メサイアコンプレックスの傾向は疫病に似ていると思う。この強烈な毒を飼い慣らせるほどの、なまなかな感情など一切受け付けぬ強さが君にあるだろうか。僕は君がメサイアコンプレックスかどうかの真贋を調べるために、滅茶苦茶に銃を撃ちまくってるぜ。行き過ぎた心理はキチガイということは指摘できる。僕は優しさの最終形態を宗教的な円環感情だと解釈している。人それぞれの罪の深さを味わってこその僕の意見だ。とはいえ、それが蟻塚のように積み上げた大言壮語なり、宗教的感情を曲解した十字架を背負った積み木なら、それは邪悪と言うべきだろう。どんな皮肉も受け付けないような強靭さで、本当にどうあるべきかを考えるべきだろう。みんないい気持ちになりたい、ずぶずぶのでろでろの脳内麻薬状態、ねえでもそれじゃあ病気だよ、愛にならない。「自分が救われたいから他人を救う」/共依存になるのですか?「人を助けることで自分の存在意義を確認する」/有難迷惑です。「他人を救うことで優位に立とうとする」/あなたを洗脳します。僕はありとあらゆる宗教で、こういう誤った、偏った心理が成立している、と思う。心理士や介護、福祉関連の人、医療従事者、教育関係者など、人の心身を援助する人達には、メサイアコンプレックスが潜んでいることが多いと思う。「本当にそれはあなたの為なのか?」「本当はそれ、自分の為じゃないのか?」もちろんそこから犯罪性を伴ったことに発展するケースは少ないだろう、サイコパスのような物言いになるけれど、たんに誰かが犠牲になるようなことになるだろう。反省なき、自浄作用なき理想を掲げることなかれ。理想という名の船はいずれ海中の巨大な手にひきずりこまれるように、音もなく沈没してしまう。すぐ手が届きそうなところにある花の美しさを見つけたかい、そしてその花の美しさは夜空の星に手を伸ばしてみる気持ちなのさ。「優しさが一番難しいんだよ、女性に優しくしたら変な誤解を受けるし、男性に優しくしたらそういう人かと思われる。困っている人がいたらついつい助けてしまうけど、それで予定に遅れて困ったこともある。ねえ、川の向こう岸を見ているようさ、けれど絶対にそこに立っているだけじゃ、向こう岸へは手は届かないのさ。どうなってんだ、この社会、何が一番正しいって言うんだ」「どうだっていいっていうことさ、そのどうだっていいという惰性や頽廃の匂いを嗅いでなお、本当にできることを探していく、それが優しさっていうもんじゃないか」多かれ少なかれこういった心理は普遍的に存在しているもの、どう足掻いても他人の気持ちを、一〇〇パーセントわかることは出来ないし、人間関係に思いやりや支え合いはあれど正解はない。痒いところに手が届くほどの心遣いで、みんなわかっていることを書くね。社会の怨念白書みたいなネットの掲示板の戯言だけが、人間の姿だとしたらこの世界はバベルの塔のように崩落する。子供時代、矢継ぎ早に繰り出される不道徳なニュースに、この世界って随分なものだと思った。人間が冷たいのは古今東西その通り、似非講釈ぶちやがんな、じゃあお前がその冷たさを持ち上げてんじゃないのか。人間の屑はいまに始まったものじゃない。足場の悪い雪道を進むようなものだろう、叫び声が豆の木のつるのようにするする延びるだろう、何とかしたいって思う気持ちもあるだろう、あのね、心理学はそういう人達の気持ちを、馬鹿にしまくっているのさ。愛に隣り合わせた不信をばらまいて金儲けするのが心理学の手法さ。奴隷になりたい洗脳されたい信者の底辺具合を眺めながら、真っ直ぐ立っていられないほどの風の強さの中で、本当の英雄になったり、本当の救世主になったらいいと思うんだ。人は誰もちゃんとした物の見方をしないよ。誰も心の底を覗くことができないものだからね。ジョン・レノンや尾崎豊が、人間の屑だったっていう一面もあるさ、でもそれを認めれば認めるほど、まともな人や、立派な人なんて、世界中何処探してもいないような気がするのさ。たんにおべっか使った、リップサービスだろってすれてしまいそうさ。 * 7Beyond words矢が弦に触れてしまう。遠い過去、一方に味方し、一方の敵になる、蝸牛が殻の中に、すっぽりと閉じこもるように、いつか、なめらかにすんなりと、矢は音響かせて飛んでゆく。ささやかな杭を打ち、抵抗やこだわりが、霧のように薄れた頃、不意に遠くへ出掛けたくなった。夢の中のように、行き先も決めないまま、電車に乗ってバスに乗って、タクシーに乗って、歩いて、一体ここが何処かまったく、わからないところまで、来ていたよ。何故もっと早く、気付かなかったんだろうと、内心歯ぎしりするけど、手足が融け合うほどの、言葉は、宙の闇を飛ぶ蝙蝠じゃない、甘い痺れだった、遠くへ来たよ、風はすっかり冷えてたよ、鋼のように厳しい眼をしてたよ、ここに来るまで。 * 8何でもないことだったな。鏡の上を歩いているような、春がもう一度巡った。あの日の二人が、アスファルトの上を駆けてくる、焦れるよ、まだるっこしいよ、照れくさいよ、でも胸にこみあげる、馬鹿になろうよ。その天使のシーン、その固まったシチュエーションに、ビクンと胸を震わせる、気が付いたら天と地が、逆さになってないかな、霧に隠れた街じゃないかな、本当は一人のまんまじゃないかな、あの夜の懐中電灯で、照らし出された泣き顔と一緒に、頁が捲られてゆく。舌の先から痺れる、鼓動に押されて、もっと君を好きになる、激し過ぎる動機で血液が逆流する、興奮は邪悪かな、甘ったれた踊りを続けるよ、もっともっと君を好きになる、すうと息を引くよ、砂糖菓子のようなまやかしの世界の、魂の抜けたデクノボーや馬鹿な、言葉。馬鹿になろうよ、知ってるんだ、いたずらな堂々巡りの循環小数、何もかもが苦悩のるつぼの世界で、たった一つの真理、信じるよ、だから騙されて、肯くよ、夜が終われば、春が永遠に続く。 * 9イスラム教徒Muslim七世紀の預言者ムハンマドは、神様アッラーからいくつかの教えを授かった。この教えが多くの人達に受け入れられたことで、イスラム教が誕生した。全然関係ないけれど、ムハンマドは無類の猫好きだったらしいので、モフモフが好きな人におけるイスラム教の見方は大きく変わるだろう。とはいえイスラム圏では、犬を害獣と思っているということがあり、文化とはいえ、犬好きの僕にとっては残念だ。いやいや、それぐらいならまだいいけれど、イスラム教徒は嫌いとか、宗教は人間を害する、なんて強気なメッセージを飛ばす人もいる。あなたはそれでいいけれど、差別や迫害が助長されて困るのはいつも無関係の人だ。ドラムが途切れることなく正確なビートを刻み続けるとしても、いつかはそういう文化にも許容が働いたらいいな、と思う。宗教同士でいがみ合ったりするのも変なことだ。だのに、とらえようとすると逃げ水の如く遠のくのが理想。イスラム教徒たちは教えが記された経典コーランに従って、生活している。全世界で約十六億から十八億人もの人たちに信じられ、キリスト教や仏教と並ぶ三大宗教で、二〇七〇年にはキリスト教を抜いて世界最大の宗教になる、という話もある。移民の流入でヨーロッパやアメリカでも信者が急増しているという。またイスラム教徒の同性婚もイギリスで二〇一七年に行われた。それで開放的になるとは言い難い要素もある、たとえばイスラム教徒における婚前交渉は御法度であり、もしイスラム女性なら名誉殺人と言って殺される危険性がある。もちろん、怠惰な空気や無感動が毒のように犯す、現代が侵蝕していけば、そういう悪習も斥けられてゆくだろうが、どっちが正しいのかは僕にもちょっとわからない。僕は結婚していない男女、とりたてて高校生や大学生の時分に、婚前交渉をして妊娠したりするのをとても不気味に思う、かなり保守的な派閥だからだ。婚前交渉がいけないと言っているのではない、ピルやコンドームなどの避妊の対策を徹底的にやって、望んでいないようなことを、絶対に起こさないようにしてねということだ。一時の快楽という誘惑の毒に身を任せた結果、子供を困らせて不幸にすることのないようにね。でも、薄い本ではそういうのをやりたい放題で書くものだし、童 貞とか処 女とか馬鹿なことはなくならないだろう。秘密の重さは荊棘ということかも知れないね。ちなみにイスラム教の過激派ばかりが注目されているけど、仏教でも、キリスト教でも、ユダヤ教でも過激派がいるという、当たり前のことを見逃してはいけない。たとえばラマダンという一か月も続く断食というのがある。とはいえ、日没から日の出までの間に一日分の食事を取れるのだが、これ夏場で、しかも労働者だったら水を飲んでもいけないということで、およそ狂気の沙汰である。日本の医者が聞いたら卒倒するだろう。ちなみにこの期間は性 行為は禁止されているが、自 慰行為は許されている。というようにイスラム教徒にも色々あるわけだが、あまり教えに縛られずに生活しているイスラム教徒もいれば、一日五回のお祈りをきっちりとこなす敬虔なイスラム教徒もいる。四時に起きて夜明け前の祈りからスタートするのが、敬虔な信者だ。お祈りの時間になるとモスクと呼ばれるイスラム寺院から、アッラーへの祈りの言葉が流れ、お祈りの時間を知らせてくれる。この呼びかけをアザーンと呼ぶ。昔はイスラム教の指導者が、モスクのてっぺんから大声で叫んでいたらしい。何とも咽喉が痛くなりそうな体育会系の仕事だが、いまじゃちょっと考えられないことが昔の話にはよくある。もちろんいまはスピーカーで轟音で教えてくれるという。ビジネスマンが飛び起きたって話も聞いたぜ。あと、メッカの方角を教えてくれたり、祈りの時間を通知してくれる、便利なスマホのアプリもある。信仰とテクノロジイ。あと、タクシーでもコーランを流している人が結構いるのだ。お祈りは基本的には、モスクないしは自分以外の誰か、大人数で行うものだ。お祈りをする前に、手、腕、顔や髪、足などを水で浄める。モスクの入り口には身体を浄めるための場所が必ずあり、清潔な状態でモスクに入らなければいけない。モスクの壁には聖地メッカにある、カアバ神殿の方角が示された目印の窪みがあり、その方角に向かって祈りを捧げる。夜明け前、昼、午後、日没後、夜の五回あり、宗派や人によっては、朝、昼、夜の三回のこともある。ところでイスラム教徒のお祈りというのは、会社勤めにはハードルが高いように感じられる。またお祈りの時間を確保することによる、生産性の低下が問題にもなっているのだ。けしからんことだと言いたくなるイスラム教徒もいるだろうけど、お祈りが短い人なら十分程度だが、人によっては礼拝前の浄めを行うために、わざわざ遠方の水場まで出かけたり、礼拝中に気の遠くなるほど、長いコーランを暗誦したりする。アイツ、また仕事サボってやがるとはいわないにせよ、イスラム教徒に対する理解があまりない地域だと、そんなの省略せよ、最低でももっと短縮しろ、ということになる。働くっていうことは人間の自由を奪うことだし、されど労働の対価で生活をする。宗教で自由になるのではなく足枷になるのは残念なことだけれど、仕事と熱心な信仰の両立はやはり難しいだろう。ちなみにイスラム教徒の食事も一日三回で、食事は「神様からの報酬」という考えがあるので、楽しむことを重視するわけだが、食べるものに関しては決まりがある。コーランでは死んだ獣の肉、血液、豚肉、アッラー以外の神様に捧げられた食べ物は、けして食べてはいけないと決められている。とりたてて豚肉は加工したベーコンや、豚骨スープ、ゼラチンどころか豚肉を調理した器具を忌避し、さらには豚自体を見るのを毒だとばかり眼を背ける人もいる。イスラム教徒のそれを偏狭だという見方もあるかもしれないけれど、食文化、しいては宗教的な生活というのはそういうものだ。またアルコールも口にしてはいけないので、ビールやワインなどは飲まない。敬虔なイスラム教徒にもなると、アルコールの含まれている調味料さえ口にしない人もいる。付け加えて、敬虔なイスラム教徒の中には、食事に豚肉などが混入することを不安に思い、外食を避ける人も結構数いると思われる。とはいえ、イスラム教徒の多い国では、大手の飲食チェーン店がイスラム教徒が安心して食べられるように、オリジナルのメニューを地域に合わせて開発したりしているようだ。ところでイスラム教の基本的なマナーとして、食事中は右手しか使ってはいけないというのがある。左手は不浄の手とされていて、握手などをする時も右手が基本なので、覚えておくと役立つ日が来るかも知れない。また鶏肉や牛肉など食べられるお肉であっても、処理や輸送の方法に決まりがある。こうしたお肉の処理もイスラム教徒が行うという決まりになっており、動物の顔をメッカの方角に向けて、「アッラーは偉大なり」と唱えてから頸動脈を切る。この際、首は全部切り落としてはならず、切り落としたものは食べられない。その後、逆さに吊るすなどして血抜きを行い、血液が全部抜けて白くなった肉を食用にする。また、血液は穢れたものという考えがあるので、魚なども焼き加減によっては食べられない。こういうイスラム教徒が食べることのできる食べ物を、「ハラルフード」と呼び、輸入品などでは食べられるものに、ハラルマークという印がついていたりする。ちなみに、日本料理では、天麩羅などを好んで食べることが多いようだ。イスラム教徒の女性の服は、全身を覆う「ブルカ」眼以外の身体全体を覆う「ニカーブ」髪の毛と首をスカーフで覆う「ビジャブ」などいくつもの種類がある。どうしてこのような服装をしているのかといえば、コーランの、「両手と顔意外の美しい部分を隠せ」という教えを、忠実に守っているからに他ならない。とはいえ中東七か国で実施された調査では、多くの人々は女性が完全に髪を覆うことを好みながらも、顔まで覆う必要はない、と思っているらしい。もちろん男性にも服装のルールがある。イスラム教では基本的に、男女問わず肌の露出はよしとされていない。女性が顔と手以外を隠さなければいけないのに対し、男性はへそから膝までを隠す必要がある。このためイスラム教徒の男性は、短パンで街を歩くことを以ての外だと考えるものだし、男同士だとしても裸を見せ合うことはない。ちなみに、アラブの中でも、サウジアラビア、UAE、オマーン、エジプト、モロッコなど、国によって少しずつ着ている形が違う。日本人からしてみるとその違いがよくわからないけれど、東アジアでいうところの「着物」「チャイナドレス」「チマチョゴリ」のような違いがあると捉えてみると分かり易い。服の名前は、「トーブ」「ディスダーシャ」「カンドゥーラ」などと、違う名前で呼ばれており、頭の被り物も、「シュマグ」「ゴトラ」「クンマ」という、違う名前がついている。さて、普段女性はヒジャブなどの布で身体を覆い隠しているが、一般的には男性から身を守るために着用すると解釈されていて、街で見かける敬虔なイスラム教徒の女性はみんな着ている。彼女たちのヒジャブを脱いだ姿を見ることができるのは、同じ女性と親族、そして夫だけなのだ。基本的にイスラム教では禁欲をすすめていない。イスラム教の開祖ムハンマドは、一晩に複数人の女性と性 行為を行ったというエピソードも残され、ムハンマドは五十歳を超えた頃に、九歳の女の子と結婚したとされている。これを根拠にイスラム法では、女子の結婚最低年齢が九歳とされている。ここだけ切り取ると、とんだロ リコン法だということになるけれど、もちろん児童婚問題は現代では問題視されていて、法律で認められるような類のものではない。もちろん僕はムハンマドについて深く知っているわけではないけれど、前に一夫多妻制の話で、戦争で亡くなった未亡人を憐れに思って引き取るという話があった。特殊な事情があって、九歳の女の子と結婚したと考えるべきだろう。何より、僕はイスラム教の人に背中に銃を突き付けられたくない。またムハンマドは結婚していない男女の性 行為に対し、未婚者には鞭打ち、既婚者には石打ちによる死刑を行ったとされる。何故こんなに刑が重いのかというと、「結婚は、男性による女性の所有」と考えられていた為だ。人の所有の権利を脅かすものには厳しい罰が待っていた。それからイスラム教でかなり特徴的な教えの一つとして、前述した「一夫多妻」の文化というのがある。男性が女性を公平に扱い、生活の保証も出来、一夫多妻が原因で起こる問題を処理できることを条件に、妻を四人まで持てる。なろうファンタジーで十数人に俺の嫁しているのを見たことがあるけれど、あれは本当に頭がおかしいと思う。A V女優の話だったと思うけれど、彼氏がいるのに、別の男性とセックスをしていたらやっぱり喧嘩になるという話があった。インドで、複数の妻を持つ聖職者の男性が、更なる妻を迎え入れようとしていることを、二番目の妻に伝えたところ妻が逆上し、夜中にナイフで夫のイチモツを去勢したという話があった。ちなみに出血多量で死亡した。結婚していなければ自由恋愛だと考える人もいるけれど、張りつめていた糸が切れるようなことがあれば、築かれていると思っていた堰から飛び出してくることもある。というような話はさておくとしても、現実的には富裕層や特殊な条件以外で、一夫多妻をすることはないというニュアンスで考えてもよいと思われ、昔から基本的に一夫一妻というのがイスラム教の結婚観だ。さらにだが、いまでは一夫多妻を禁止や制限している国がほとんどで、一部の国で認められているだけだ。なお、イスラム教徒はお見合い結婚が多いのだが、イスラム社会でも近年では、男女の「マッチングアプリ」が人気となっているらしい。宗教とテクノロジイ。ところでイスラム教の中で配偶者との性 行為は、「善い行い」とされている。そもそもイスラム教で結婚生活といえば、性生活と結びつけられるほどで、性 行為をすると神様からお恵みが与えられると考えられている。これは他の異性に魅せられて心を乱すことを抑える効果があるからだし、結婚している者同士が深く愛し合えば、社会の秩序が乱れることはなくなるだろう、ということだ。前に日本の法令でも似たようなものを見たことがあるけれど、夫婦の営みが満足に行われないことは離婚の原因として認められる。どちらかが性的な誘いをずっと断り続けることや、性 行為であまり満足できない場合も、離婚の正当な理由となりえるのだ。普段は肌を露出しないイスラム教徒が、配偶者にだけみせる姿や、そこでの性的なかかわりを大事に考えるからこそだと言える。影のように通過し、心に風のように通り過ぎる夫婦の絆というのは、心だけではわからない肉体の触れあいを通した向こう側にある。 * 10風が吹いた夜までの軌跡は、長い長い自由落下だ。パラシュートの傘にもなれない、風に翻弄されて、踊っているのだか、おどけているのだか、うっかり蜂の巣をつつけば、アキレス腱。みんな弱いという標語でも、つくろうか。街燈は夕暮れ、ぽつりぽつりと灯る、それを見ながら歩いてる、君はムーンリヴァーと言う、月の見えない夜でも。 * 11読書感想文に何か書けって言われたから、書いたった。厄介なパズルのようなドラマのワンシーン、トランプのカードを何枚も横に並べて、一枚ずつ手品してみせる鮮やかさよ。ぐじゅぐじゅした日で、マジックマッシュルーム生えてきたよ。種子も仕掛けもありなんよ、飼ってるフクロウみたいに眼開いたって、到底解き明かせぬことわり。それは君の視線の通過した跡、なんていうか、チョーク投げたろか。わたしも紅蓮の穢土の煉獄へ彷徨、白夜の如き陽炎の那由他、言葉ってむずかしいんよ、気障ったらしいのはいけんと思うんよ。でもロックだって気がするんよ。えっちい。ヘッドライトと青信号、ファブニールの心臓を切り取った、心のうつろな、そうよ、永遠のような一瞬の無言の間。サクリファイス言いたいお年頃。タツノオトシゴ。しゃらくさいペルソナの向こうの、アイデンティティとやら、檻の中の動物を眺めてるんよ、分厚い硝子も融ける風景の魔術、音漏れの淡いしじま、桜って流星、これがわたし達の限界。エヴェレットの多世界解釈、ハーディ・ワインベルグの法則、カオス理論。頭の中じゃ太陽系だって始められるんよ、嘘つきな神様殺せばコヨーテの鳴き声。本当はわたし、泣きたいんじゃなくて、殴りたかったんよ。嗚呼、われらかなしき乙女回路に、HP削られる消耗戦。ざらめざらめ、テーマの変転。ぞろめぞろめ、ヴァリエーションのいやまし。最高にカッコいい殴り方を考えたんよ、世界、フォロースルーのあとに空間に弾力が生まれて、一斉に凪ぐんよ、腐った梨みたいなぶよぶよした地球を、も一度もいで生まれてくるんよ。 * 12すべてのものが透けてしまいそうな夜の時刻、四月は昔懐かしい夢の聖域、涙が出てきそうだった。蛞蝓。殺されてゆく幸せと、気の狂うような懊悩が薄らぐまで、運命はきっと幻肢痛。可愛いものや美しいものを微妙に持て余しながら、魂に辿り着く、暖かい波間をたゆたうような静かでやさしい気持ちが、子供に辿り着く、脈絡もないようなパトカーのサイレンの音。街燈にほの暗く見えた桜は、つむじ風に花弁を落として、公園の子猫を撫でさする充溢を胸の内に吸い込んで、浄化や虚無を摂理へ。無価値でも、存在するはずのないものでも、あどけなさと小生意気さで、油の絵の具のように見えていた桜並木は、記憶の底深く、ぐにゃぐにゃと揺れる、針一本落としても何かが崩れてしまいそうな不安と裏腹の、穏やかな表情を見せながら、心臓を追いかけているような名前、重い鉛の足枷つけられたように一歩一歩踏みしめて歩く、君に会いたいから。たとえ今叶わなくても俯いてゆっくり目を閉じた、今伝えるべきなのか考えている間に、春が終わっても、伸ばした手は空の向こうに届いて、酸の混じった薬もほろ苦い苦笑を洩らす。このくびきへ、聞こえない夜の寝息をなぞりながら歩く、振り返ったら遠近法のお手本のような桜並木、涙とくしゃみにそれほどの違いはない、恋と愛にそれほどの違いはない、響きを伝える。不法投棄されそうな一億の陰口、鼻がひん曲がりそうな消毒薬の臭いする七十億の世界、いつか話してないことがその眼に映るまで、声に馥郁たる匂いがこもるまで。足の裏に泥がつくような頭蓋の裏側で痺れるのは、まだ返しそびれているメールの続き。都市の雑踏のような息苦しい人いきれで咽る。怖いくらいに明るいこの気持ちが大気圏を出て、違う惑星へ向かう。迷いは剥がれてゆく羽根、それでも雨上がりの後のような爽やかな匂いがする、約束の場所へ。もう一つの筋書きへ。 * 13It's breaking down暴れ出しそうな、声。甘い薫りと、汗の匂いで、発酵する。感情は手に負えない、低次元と高次元、噛みつきたい、憎悪の炎で研ぎすます。燃え残った平原が、逆流して、血の痙攣を聞かせるんだ、脆さが絶息するまで、弱さが終息するまで。Realな脳味噌で真っ白。Realな脳味噌で真っ白。吐き気を堪えながら、永遠の隙間のような、坂道の途中でsoulさ。何言ってんだ。黙れようざったい。鳥と花と虹と音の、カラーグラデーションの園で、いけすかない身体に空いた穴、ガソリン入れて燃やそうぜ。誰が言った、何処で言った、硝子の向こうはバラバラに、なっちまった、Realな脳味噌で真っ白。ルーベンスの絵にナポリタンかけた。Realな脳味噌で真っ白。ルーベンスの絵にカルピス、ぶっかけた。 * 14煙、が、充、満、す、る、不、行、状、腐ってゆく 腐ってゆく(・・・・・・フラットに見ようよ、カウンター的な無表情)切/り/刻/ま/れ/た孵化/産卵 肉体を漁って 肉挽き、 肉体を漁って 肉挽き、殻の中に雌鶏の悲鳴」」」アルコール漬けの心臓(を、)手に入れたい、ん、だ、 * 15vengeance復讐の代行を請け負う「プロの復讐屋」というのがいる。こういうのを「復讐代行業者」という。この仕事を行う為には、通常、「裏社会」にも精通していなければならない。その為、「暴力団関係者」や「探偵」などが、サイドビジネスとして行っている場合があるし、場合によっては違法業者が堂々と広告を売ってる場合もある。これはグルメサイトのぼったくり居酒屋もそうだけど、優良なお客様である限り手出しもできないという一面がある。もちろん「復讐というのは意味がないことだ」と悟ったふりをして言うのはとても簡単だ。ブッダやキリストならそう言うだろう。かまびすしい蝉の声と卵を抱く雌鶏。だが何しろ露見すれば、依頼人も「共謀共同正犯」「教唆犯」とされる可能性が高い。事実、復讐代行業者だって割に合わない仕事はしない、原因や経緯があるとはいえ、行われれば様々な違法行為になる。しかしこういった心の闇を否定してはいけない、口腔に唾が溢れるのと同じ前頭葉の作用だから。「子どもの頃仲間が殺されると、大人になると復讐するダニの存在」が確認されているし、西洋には「復讐は蜜の味」という言葉もあり、科学的にこれは本当だという。「復讐行為は気分を改善させる効果」というのがある。ただ、復讐が許されている世界ではない。きれいごとだけれど、踏みとどまるのだって立派な人間だ。徳を積む、という考え方がある。人に知られないよい行いは、陰徳という。それが一切相手を傷つけず、高みへと上る踏み台だと思って、自分を成長させることができれば、それこそが「本当の復讐だ」しかし程度にもよる、そんな聖人君子ばかりの世の中が存在しないのはわかっているし、世の中には信じられないぐらいひどいことがあるのもわかってる。陽の光を縫うたびに影は生まれていくものだから。ただ一方で、「大人になっても子供みたいな人がいる」という現実も指摘できる。ゲームや漫画のキャラクターみたいだ。「ムカつくから」や、「自分が負った傷を相手にも負わせたい」という、短絡的な思考も見られる。一度深呼吸をしてみてゆっくり考えてみるのも手だろう。とりあえずヨガをやってみたり、サウナで整えてみて欲しい。恋愛をすれば一本の小説は書けるという神話があるけれど、復讐感情で一本の小説は書けるのかを実行してみるのもいい。生産性は多彩なネオンの縞が輝く夜。勉強する、外面を磨いてみる、キャリアアップしてみる、方法というのは沢山あるものだし、なんだったら復讐代行業者に頼むまでもなく出来るケースもある。ねえ、パパッと簡単に済ませて次のステージへ進もうぜ。有名なボードゲームの人生ゲームさながら幸せ不幸せがなことが、一コマに凝縮されている。君はそこに立っている。連れ合いがいるなら連れ合いをみつけてみるのもいいものだ、ストーブの前でぬくぬくあたたまってる猫と一緒に丸まってみる。シンプルすぎるし、ざっくりすぎるけど、いやこれが存外真理。長い長い人生じゃないか、ルサンチマンの絡繰りはわかってる、深夜のビールがリアルだっていうこともわかってる、でも何かを変えようと本気で努力すれば人生すべて変えられないけど、一つぐらいは絶対に変わるものさ。一つ変われば、もっと努力してみたらいい、二つ目、三つ目の変え方のコツがわかるようになる仕掛け装置さ。けれどSNSで復讐を依頼するという手軽さは理にかなったものだ。それは「インターネットという不思議な魔力」さながらだ。車の運転で人格を変えるドライバーのように、裏口から入って来る泥棒猫だね、人の心の邪悪な一面を垣間見せるパンドラの箱だ。ネロとパトラッシュも復讐の鬼になって生まれ変わってしまえばいい、戦争しようぜ。ちなみに僕がそういう「馬鹿な詩を書く」のも、実のところそういう理由だ。馬鹿な詩を書くだけで人が救われるならこんなに楽勝モードのことはない、僕の目標は世界平和だ、紆余曲折のプロセスは熟知しているんだ。鼠のように前歯を動かす。しかしまた「暴力ではなく言論」というのはきれいごとだ、僕は「文章技術を想定する能力」だと考えている。パーセント表示で物を考えらなければ本当の世界は見えてこないさ。そう、絶対にいるのさ。怒りの感情をどうしても抑えられないケースがある。姿形を変える特殊詐欺、様々なハラスメント、痴漢などの冤罪、老若男女問わず、世の中の底辺にはイジメや復讐はエンターテイメントと見なす考え方もある、なんだったら通常善人とか、立派な人間だと思われている人でもね。日焼けして皮が捲れるみたいなものさ、ヒリヒリと熱を持って触られただけで飛び上がるほど痛い。痛みは人それぞれだけどね、異様な熱はシュールに空間を歪ませる。「そんなことをする奴が悪いんだ」ではなく、「そんなことに引っ掛かる奴(巻き込まれる奴)が悪いんだ」では何の解決にもならない。「社会なんて屑の集まり」だし、「じゃあ自分も加害者になっていえばいい」と思った時に、あなたは本当に何の責任も感じないのか、それもこれも自分じゃなければ何でもいいのか。ニュースで犯罪を一つ放置する、自分には関係ないとするのが、どれぐらい罪深いことかわかるだろうか。「死刑や刑罰も怖くないという怪物」は、「社会に声が届かないことを知った弱者」だ。既存の刑事罰を厳しくしても取り締まることはできない、人のナイーヴでセンシティヴな心の闇。そういえば、元彼に復讐するためのシラミ販売サイト「The Ultimate Revenge」というのもあるよね。元カレの車を泡だらけにしてやったというのもあった。こういうのでスカッとすればそれに越したことはない、「何かしてしまった人」に拍手して、病気だけどね、華麗な熱帯魚。「何もしなかった自分」に拍手して、病気だけどね、脳内は戦争中。ねえ、警察は何かが起こってからしか動かないし、民事不介入のケースは多い。本当に困っている人に友達や友人が救ってくれるケースばかりではない、もちろん一番は「幸せになること」だ。「自分が幸せならきっとどんな不幸なことも忘れられる」はずだからだ。と言いたいけれど、そういう人が百人いて、きっと数人はそれでは納得できないし、蜘蛛の巣に一度顔を突っ込んでみたからだって意見もある、だから復讐代行業者というのは存在する。「殺したいほど復讐したい相手」はいつの世の中にも存在する。歴史の中でかくもねちねちと、くぐもって残っていくものは、そういった負の面から正の方へと動いた、めとめとしたものが大半だ。綺麗な言葉の裏側は猛烈な毒が内在しているもの。とはいえ、正義とか愛とか勇気とかいう、戦隊ヒーローのようではいられない。僕も考えたことがある、そういう「歴史の中に巻き込まれていく感情の中の一人」になる。また「被害者意識の強い人ほど、復讐心もとい許そうとしない気持ちが強い」ということも判明している。歴史の中で何遍も繰り返されてきたようなことが、いつ終わるでもなくまた始まって繰り返されていくということが、どうしようもない孤独のように感じられる岩戸神話さ。腑抜けの木偶のように生きていく、ゴム人形になる、凍てついた世界へ尖った動物の声を響かせる僕等は、出口のない迷宮の中にいるのかも知れない。多くの復讐代行業者は、「報酬を支払えば、気に入らない相手に社会的な制裁を与える」という触れ込みで営業しているが、その報酬は、数十万円から数百万円。時には数千万というものもある。もちろん「復讐」といっても、大抵は心理的にストレスをかける。「自宅や勤務先、携帯電話への無言電話」とか、「家族・勤務先への誹謗中傷メール」などだ。「ピザなど出前の大量注文」や、「自宅ポストに汚物の投入」などだ。凝ったものになると小説や漫画みたいになる、「不幸な出来事というのは人為的に作れる」ものなのだ。こういった地味に嫌なことを繰り返すだけでも、マイナスプラシーボは生まれるし、復讐というのは達成したことになる。ただ大抵は詐欺だ。「依頼人がお金を払った瞬間に連絡が取れなくなった」り、「復讐を依頼したとターゲットに伝える」と恐喝を働くケースもある。「人を呪わば穴二つ」ではないが、後ろ暗いことを自分がせず他人に任せるといった他力本願には、常にこういった危険性が付き纏う。 * 16日付変更線日付変更線は、地球表面で北極と南極をつなぐ想像上の線。地図でジグザグに描かれた線に気付いたことがある人もいるだろう。この線を西から東に通過する時は、日付を一日戻し、逆に東から西へ通過する時は、一日先に進めることになっている。日付変更線がいびつな形になるポイントは、「二か国の国境がある」「自国の一部が百八十度線を越えている」「(キリバスやサモアのように、)戦略的に変更している」というのがある。経度が十五度異なる地域では、その国にもよるが一時間だけ現地時刻が異なる場合が多い。そこで、旅行者が十五度移動するたびに、時計の針を一時間ずつズラしていくと、世界を一周したとき、時刻は正しいが日付が一日異なることになる。これを防ぐため、国際日付変更線を西から東に跨ぐ場合は日付を一日戻し、東から西に跨ぐ場合は日付を一日進める。でもこのため、国際日付変更線を跨いだ途端、前日に戻ったり、計算上一瞬で二十四時間後になったりする。もちろん八十日間世界一周のトリックではないので、すぐにググったりするだろうが、実際、オセアニアの航空路線の中には、実際の飛行時間としては六時間未満なのに到着日付が二日後になったり、逆に前日になったりするバック・トゥ・ザ・フューチャー。それもそれで何だか納得いかない奇妙な感じを抱くけど、それはやっぱり僕が外国へ出掛けたりしないからだろう。このような線をどこかに考えないと、時間や日付を考える時に矛盾が生ずるのは、船乗りたちが一番知っていた。そもそも、十六世紀のマゼラン一行が西回りで、世界一周の航海を達成して、出発地のスペインに着いた際に、日付の矛盾が発覚したと言われている。乗組員のピガフェッタは世界一周航海にあたって、蜘蛛の巣の粘りのような日記をつけていたが、帰路でアフリカの西にあるヴェルデ岬諸島に寄港したとき、日記に記録していた曜日は現地の曜日より一日遅れていた。さらに乗組員たちは、帰着後に自分たちが記録した、日付が正しいとも主張したため大騒ぎになり、ローマ教皇のところに使者が出される事態にまで発展した。売り物の熱帯魚みたいに右往左往していた、現実乖離を伴った不思議な現象も、今なら容易に想像がつく。地球の自転とは逆向きに世界を一周したことにより、錆びた水が夢見るような日の出の回数が出発の地の スペインで見た回数より一回少なかったのだ。この矛盾こそが日付変更線の起源。それ以前に気付いた人もいたかも知れないが、やはり疑問を多くの人に提出しないとそれが取り沙汰されないのだ。とはいえ、日付変更線が必要であることは、十八世紀中に航海者に認識され、十九世紀に入ってからは慣習的に、太平洋の中央部で日付を変えることが行われていた。一番番陸地の少ない太平洋の真ん中に設定されることになったというわけだ。一八八四年にワシントンで開催された万国子午線会議で、経度零度の線がグリニジを通ることが決められ、それに付随して、基本的に経度一八〇度の線を、日付変更線とすることが定められた。前述したように、位置的にまとまった同一国家内で日付が変わることを避け、また陸地を通らないようにと、日付変更線はその一部を曲げて設定された。北側では、ベーリング海峡で東へ、アリューシャン列島で西へと曲げられた。南ではトンガ諸島のところで東へ寄せられた。とはいえ、 その国の政治的判断ないしは裁量で、自由に設定したり、変更したりできる日付変更線の不気味さは、自国の場所を真ん中に置きたがる世界中の国々の地図とよく似ている。みんな同じではいられない、昼が三分の二で、夜が三分の一の気がする僕と、そうではないと思う君みたいなものだ。フィリピンでは、一八四四年の一二月三〇日の次の日が三一日ではなく、平和な沼地の底に降りてゆくように一八四五年一月一日になった。これは貿易相手によって日付変更線の東側から、西側に移したことによる。アラスカはもっと凄い、一八六七年一〇月六日の次の日は、一〇月七日でなあっただけはなく、眠りの海でふわっと身体が浮いて記憶喪失になったように、一〇月一八日になった。これはスイッチがパチッと切り替わったように、統治国が変わったことによる、日付変更線の移動によって一日分戻り、暦の変更によって一二日分進んだ。ただし日付の変更は深夜一二時に実行されたため、日付変更線の移動と日数の経過が打ち消しあい、変更は実質日付を十一日分飛ばすものとなった。日付変更線におけるダイオミード諸島は、隣島まで距離三.八キロしかないのに時差二一時間もある。ラトマノフ島は明日島、リトルダイオミード島は昨日島と呼ばれるが、これはそれぞれロシア領とアメリカ合衆国領であるためだ。アリューシャン列島も以下同文だ。透明な硝子の壁のように見えないものが支配している、もちろん人の語りたがらないことばかりを覗き込むような僕のそれさながらに、地動説の頃から変わらないナチュラルハイだ。キリバスは三三の環礁からなり、それらは赤道付近に三五〇万平方キロメートルにもわたって散らばるため、世界第三位に相当する排他的経済水域を有している。だから元々は日付変更線が国をぶった切る形で存在していたのだが、官公庁が無線や電話で連絡できるのは、日付変更線の東西双方とも平日である週四日間のみという不便があったため、脳天に穴が空いてそこから寄生虫でもわきあがってくるように、すべての島を西側に寄せられた。これは二十一世紀に入ってから日付変更線を変えたサモアとも共通している。ちなみにそれでキルギスが世界最東端ということになり、その近くに最西端が存在するということになる。最東端が地球でもっとも新しく一日を迎えることであれば、最西端はもっともと遅く一日を迎えるということになる。その場所はアメリカ海外領のベーカー島だ。余談だけれどキルギスは確かに地球でもっとも新しく一日を迎えるが、初日の出が見られて、有人の場所ともなると、十一の島からなるチャタム諸島だ。これはキルギスが最東端だが、初日の出にいたっては南東にいくほど早くなるという事情からだ。 * 17食品サンプルの話さまざまな食品を蝋や合成樹脂でかたどった、食品サンプルは、レストランなどで見ることが出来る。食品サンプルは大正末期に日本で生まれ、日本独自の文化として多様で豊かな食文化を陰で支えてきた。昔はメニューや、写真というものも今ほど普及してなかったので、イメージ喚起するものが必要だった。店頭で食べるものを決めれば回転率が上がる。その中で料理見本という立ち位置から、販売促進ツールの重要なアイテムへと姿を変えた。ちなみに大韓民国は、日本以外で初めて食品サンプルが一般に定着した国。日本の感性は韓国の人がよくわかり、だから奥さんの妹の子供は韓国popを激押ししていたのか。もちろんこれは大量生産できるものではなく、職人の手作業だ。基本、店によってオーダーメイドだというが、これには二つ理由がある。時には食欲を増進させるためのデフォルメや、その店の料理の特徴を強調した表現なども用いるからである。もう一つは、コストが実物の十倍という理由が挙げられる。全国の様々な食品サンプルを調査した野瀬泰申は、自著において「最低単価一〇〇〇円以上の店では、サンプルが置かれない」という結論を導いている。昔ながらの蝋の作り方を体験したいなら、合羽橋ショールームとイオンモール幕張新都心店の二店舗があるらしい。四三度のお湯が張ってある容器と、黄色・黄緑・白の三色の蝋。これらの蝋は六〇度に熱せられて液状になっている。蝋は紙コップやおたまに入れて使用する。四三度のお湯の中に蝋を入れると固体化する。海老天は顔の高さくらいからお湯の中に落とす。蝋が長方形になるようにぽたぽたと落としていき、お湯の中の蝋が長方形になったら、尻尾が下を向くように海老を持って、蝋の上に海老を置く。そして尻尾を持ったまま全体をお湯の中にぐっと沈めて、クルリと引っ繰り返す。そしてやさしく天ぷらの衣部分をくるんでやると、海老天が出来上がる。そこには長い歳月によって培われた様々なノウハウがある。熱に弱くて変色しやすく、壊れやすく運搬にも適さない、「蝋から合成樹脂に切り替わった」ように、河原の小石をヒントに考案されたという、あらかじめ準備された「樹脂製の米粒にボンドを加えて混ぜ合わせたもの」などがある。蛙のように不気味に蠢く咽喉のように食欲を感じるのは、いまもって僕にとっては解明不可能な領域である。いまでは食品サンプルをアクセサリーにしたアートワークも存在する、カチューシャのそれは明らかにオムそばであり、ナポリタンである。首から下げられたネックレスのそれは明らかにカレーライスである。有野いくとかいう声優は、食品サンプルの唐揚げを付けたヘアピンを髪につけて、自身のトレードマークにしているが、つまりそういうことなのだろう。つまりキャラクターアイテムにもなる、と。こういうのを外国人が見たから、フェイク・フードと呼んだりしたのだろうか。生活のお遊びのように、ブルーベリーパイの小物入れとか、ピザ定規、トースト型のスイッチカバー、タコウインナーフックなど、生きていく上で必要はないかもしれないけれど、心がほっこりするようなものもある。全然関係ないが、世界各地の料理の精巧な食品サンプルや、調理器具などを展示している日本食研は一見の価値がある。逆に食品サンプルのジグソーパズルというのがあったらしいが、本当に何考えているのだろうと思う。どすこい。張り手の練習させてください、親方。食品サンプルはリアルであると同時に、非現実性を兼ね備えていて麺を箸で、スパゲティーをフォークで持ち上げている、決定的瞬間の、超低温冷凍庫で実現できるような、食品サンプルを、一度は見たことがあるのではないだろうか?無限大から無限小へ一足飛びに伸縮する幻影は、いまやスマホのストラップの定番アイテムだ。というか、ガチャポンの常連だ。何度も見かけた、奥さんに怖い顔をされたので買えなかったけど。ところで、食品サンプルは綺麗な方が美味しいという、通説があるものの例外もあるはずだから、縫い物の跡を数えるように体当たりで沢山行って、確かめてみるしかない。 * 18少女の世界弁当箱はキティちゃんだと駄目らしい。CBR乗りたい。あなたは壊し過ぎた、砂浜でつくったお城にスライディングする。冬の森の奥に落ちている冬のソナタのDVDみたいなもの、中にはエキサイトビデオが入っている。血液型はB型。穴の開いたジーパンやトレーナーを着た、おじいちゃんが、銀行のキャッシュディスペンサーの行列に並んでた。かれきもやまのにぎわいエナジードリンク。おうし座。机の中に入れてた、百円玉が、妹に抜かれて、十円玉が十枚になっていた。一円玉百枚だったら多分、奴のパンツを頭からかむってた。怪盗。ふおおおおっ!友達の社長のおじさんの車にのったら、口紅付きの吸殻が見えたので、とりあえず、ポケットに入れて、棄てといた。キャバクラ?人ってどうして浮気するのかなとパパに聞いたら、俺は違う、家族を愛していると言った。そうだ、パパは愛している、けれど怯えている、人が浮気しないのは、支配されているからだ。趣味はガンプラ。陸上部、全員強制参加ミーティングで、面識がない猫が混じってた。完全にフリーダム。監督。ふおおおおっ!近所のばあちゃんがお茶を飲んだら、コンドームより薄い味と言ったので、めちゃくちゃ笑った。その後、ムッとしたばあちゃんが、素晴らしいディフェンスを披露して、現在調査中であり、コメントは差し控えたい、とか言ったのでもっと笑った。梅干しのお菓子あげたら許してくれた。核廃棄物隔離試験施設で、その言葉を聞きたい。マジでヤるのか?オイッッッッッ!!春の季節なので仕方ないけど、近所の犬に腰振られた。こんなモテ方はやっぱり嫌だ。耳をすませば、みたいなのがいい。君の名、は嫌だ。巨乳の人も、顔じゃなくておっぱいになる。それは嫌だ、でも欲しい、胸の大きさ。イタリア人はパンティを脱がせるのが上手で、メキシコ人はブラジャーを取るのが上手いって、誰かが言ってた。毛布が脈打ってるのかと思ったら、お母さんが寝てた。肉の字をマジックで父親に額に書かれてた。誕生日に回らない寿司屋に行ったら、美味しかった。普通に回転寿司だった。回らなかったのは、眼だった。大トロを注文しようとしたら、普通に一個までと言われた。エンパイアステートビルの高さ言ってた。近頃どちゃくそエロいという言葉の響きに、とても惹かれている。蝉しぐれの声が聞こえた気がした。友達に膝カックンされたので、麻酔銃を撃ちまくる江戸川コナンなんか、刑務所入れよって言ったった。マクドナルドで夜バーガーしたら、こうするとダブル夜バーガーなんだぜと、合体させられた。カッコいい走り屋の姉さんに。痺れた。スーパーマーケットに行ったら、どうしてあんなにパンを買いたくなり、コンビニへ行ったら、あんなにジュースを買いたくなるのか、いつも不思議に思う。ふおおおおっ。 * 19 江戸時代なんていうとハッキリ言って僕等にはどうでもいいが、これはまとめサイトや、SNS文化の賜物で、おめでとうございますとしか言えないが、江戸時代から生きている世界最高齢のゾウガメの「ジョナサン」が、一九〇歳に到達したと聞いたらどうだろう。僕はいつも思う、考え方や見方や切り取り方なんだ。文化や歴史の形成というのはもちろん様々な人間によるものだ、だから江戸時代からもしあなたが生きていたら現代というのは、どんなにキチガイな文化に見えるんだろうというのが正しい解釈だ。おったまげんぜ。でもきっと僕等とそんなに大きな違いはない、落語は人間の業だと立川談志が述べていたと記憶するけど、あれも笑いを必要とする文化があったと考えるべきで、「枕」「本題」「オチ」の順の型にも、江戸時代の感覚というものを知る材料があるような気がする。まず食事は質素だろうな、いやいやとんでもない。江戸時代の食事は、江戸時代の初期には一日に朝夕の二食を習慣としていた。一日に朝・昼・晩の三度食事をする習慣は、江戸時代中期の元禄年間(一六八八~一七〇四)に定着したとみられる。一日三食には行灯に使う、高価だった菜種油が値下がりして普及し、「夜の活動が増えて朝からお腹が空くようになったこと」と、江戸の大半を焼いた明暦の大火の復興で江戸に集まった、「労働者達は、朝夕二食では体力がもたなかったこと」がある。土木工事は江戸時代全域で行われた。その時期は御飯と何種類かのおかずを食べる、という食事スタイルが定着した頃。長屋の女性は一日一回飯を炊き、天秤棒を担いでやって来る納豆売りや豆腐などから一日分を買ったという。ところで当時の農村の食べ物を探る格好の史料として、『清良記』が知られている。これはは戦国時代の大森城主・土居清良の活躍を描いた全三〇巻の戦記、そのうち別名『親民鑑月集』と呼ばれる第七巻には、この地域の農業の様子が克明に描かれている。約百十種類の農作物が挙げられており、現在と大きくは異ならない多種類の農産物が、当時から生産されていたことが分かる。作物の中心はきわめて多品種にのぼる稲である。また畑では、冬作物として稲に次ぐ主要作物の麦や、夏作物として豆類や粟・稗などの雑穀類が栽培されている。野菜や果樹の種類も多いが、これらはいずれも自給できる程度の生産量であったと思われる。さて時代劇には寿司や鰻などを見かけないが、蕎麦がよく登場する。最初は六文、明和安永年間以降は十六文。一見中途半端な金額に見える十六文も、四文銭の高い人気によるもので、物の値段が四倍になったというわけだ。ちなみに二八蕎麦は蕎麦粉と小麦粉の割合ではなく、二×八=十六というわけで、値段を表す隠語だったという。江戸時代にはなぞなぞめいた看板というのがあり、元を辿れば「暖簾」や「看板」には家格や身分を指示する、規範的性格を帯びたしるしが次第に記号として読み取られや歴史がある。とはいえいまとは二倍も大きさが違う寿司のそれも、江戸前寿司が有名だけれど当初は鰻を指す言葉だったそれも、また天麩羅なども穴子や貝柱だったそれも、元は屋台などで提供される下賤な食べ物であった。ちなみに海老が揚げられるようになったのは江戸時代後期で、東京において茄子や蓮根といった野菜が追加されるのは更に後、なんと関東大震災以降。ところで天麩羅のアスパラというのをやってみると、滅茶苦茶萎びた、修行というのが必要だ。それらはハンバーガーのような、ファーストフードという見方も出来るかも知れない。鮪もそうだ、すぐ傷みやすいため下賤な食べ物と思われていた。トロの部分が捨てられていたというのは有名な話だが、刺身が好まれるようになったのは日本人の舌にあったからだろう。豆腐や納豆などは年中手に入れられるため、人気があった。卵と豆腐をかけあわせたふわふわ豆腐という料理は、節約料理として知られていた。酒は江戸にもあったが、関西のものが好まれていた。ちなみに醤油流行前に使われていた江戸の万能調味料は、煎り酒でこれが刺身に合う。ところで江戸時代は徳川家を頂点とする一つの国の構造が作られていき、また中期には出版文化や旅行文化が生まれたことによって、日本図は大きく変化する。関所や通行手形、民族意識、県を跨げば一つの国。旅行は『東海道中膝栗毛』という小説や、『富嶽三十六景』などの浮世絵を描いたものが後押ししている。手紙という文化が生まれたのもその頃、庶民でも言葉が書ける人がいた。そこには人情という意識があり、手紙を頼んだ。地方の農村で暮らす人々が外部の情報を得る手段は、旅人が持ってくるもので、それだけに農村の人々は旅人を多くの場合は歓迎し、もてなした。住まいを提供し長く逗留させようとまでした。簡単に通信ができるような時代ではなかった分、一つ一つの情報は貴重で重みがあった。コミュニケーションスキル、情報というのは、いつの時代も尊重されるものなのだ。いまでいうガイドブックが生まれたのはそんな頃だ。徳川幕府が最初に作らせた日本図は、各地方に派遣されていた巡検使が収集した地図をもとにしたもので、地政学的情報が不十分ではあったけれど生まれた。石川流宣という浮世草紙作家は一六八七年に「本朝図鑑綱目」一六九一年に「日本海山潮陸図」という大型の地図を作った。これがベストセラーになった。地図は位置関係や地形以外にも、様々な情報や観念が示されている。なかでも日本という存在を表す図(日本図)には、それが作られた社会の状態や、そこで共有されていた世界観が映し出されている。江戸時代の文学と言えば、『奥の細道』や『好色一代男』に、『曾根崎心中』や『雨月物語』に、『南総里見八犬伝』や『玉勝間』などだろうか。人間の保守性は、衣・食・住の順に、次第に強化されるという考え方もあるが、文学は娯楽であった。また朝廷の権威を利用しながら、財布の紐を締めたり緩めたりすることで、その運営は統制しようとする幕府。幕府の思惑を利用しながら国王・君主としての権威を、再興しようとする朝廷の強い皇統意識。こういったものが日本という国を入れ子状にしている。ところで百万人都市の江戸御府内において主食は米、武士の俸禄である一人扶持は成人男性の食事量の、一日米五合が支給されていた。また飯・汁・菜・漬物が日常の基本構成だが、文字通り江戸では飯が主食だった。米将軍と呼ばれた八代将軍の徳川吉宗が行った、享保の改革は米の生産量拡大に拍車をかけた。それまで高級とされていた白米を、時には農民も口にできるようになった。農民にとって米はお上に献上する年貢米で、米に麦や雑穀を混ぜたものを食べるため、江戸に移り住んだ地方出身者は白米ばかり食べ、ビタミンB1の欠乏症による脚気が蔓延。原因不明の病として「江戸わずらい」と呼ばれた。脚気は心不全を誘発する病気だった。 * 20black future夕焼けが燃えて思いの丈を超伝導に呑み込んで、モナリザ、息ができない少しの間、沈黙の絵の具が流れて、回路を彷徨う鼠花火、散乱する旺盛なイメージの氾濫はされど校閲済。 “Day after day, by your side, they fight all the time”酸素吸入のゴム管は、灰色だった、鈍色だった、愚直な自尊心は怠惰。平均性の、一般性の、協調性の、鬱屈。何か風邪のようなもの伝染された―――まま・・。「単純作業繰り返す自動販売機だ」(ボタンを押したら明るく歯切れのいい音楽が聞こえる...)刃物が暗く翳る輪郭で、震える光を追いかけていた培養液のような街の底、盲いた夢の香の腐蝕。全点灯する街路樹を横切ってゆくステップ・バイ・ステップ。エレベーターが。“余剰”ヒステリーが。“晦渋”ヘリコプターが。“異常”カモフラージュが。“故障”呪い憎むことも根源的な怒り。憧れも夢も予感も、硝子に思い切り傷をつけた。(後ろめたさが、裏切りが、)チョコレートの銀紙を剥がして、潮の匂いが僕を化石にする。“Day after day, by your side, they fight all the time”レディースアンジェトルエン、めまぐるしい世界を夢見し我らのかなしきコレクション、パースペクティブ覚えても、追いつけるような気がしない、条件反射のような吐き気―――だ・・。時に激しく、時に切なく、経験と若さを秤にかけるような僕の眼は、狂気だったんだろう、泡沫のように儚い、馬鹿の一つ覚えのように繰り返す、愛してる、素直も正直も馬鹿もいつか砕けた氷を混ぜ合わせるようなもの、解読不能の墓碑銘を思わせる超高層ビルが、煩悩から解脱した白紙の脳裏。この手に在ったのかどうかわからない火薬で、汚物や胃でも飛び出すようなエネルギーに咽る、古びた椅子の上で想像力が焦げている。平均性の、一般性の、協調性の、鬱屈。何か風邪のようなもの伝染された―――まま・・。「単純に流れ星が頭の上に落ちたら死ぬんだ」(ボタンを押したら扉が開く、腐った皮膚を付け替える...) * 21令和はじめて音楽を聴きながら笑えた夜が、アニメのエンディングテーマ。意味不明にウケる、草、ッパ、ッパ、ッパパ、パパラア、、、「そして―――横断歩道の白い部分だけ、ワルツしながらホップ、ステップ、ジャンプした」すこやかな裸体へ掘削孔、おでまし、ベルトコンベアーにロボットアームで、星屑のような部屋を形成して、羞恥と驚愕で踊り出す。「ええ、そのニュアンス、モード、アトモスフィア・・」えぐりだす常識へ万国旗のとまどい、とてつもなく大きな黒い旗を見つけて、永遠が凍り付いたような気がした。「ええ、そのフィルター、ポピュラリティ、フィクショナル・・」(信じられない網の目の感触で、はねまわって繭の中に這入っていた、)塗り上げて、なぞられて、“溢”(レテ)[いーく]何て空っぽな上昇を繰り返すんだろう、“溢”(レテ)[いーく]無理矢理眼を醒まして口の中にチーズケーキ詰め込まれた。(ショートケーキなら別腹だった、)レット・ミー・ダウン、“道化師になった気分はどうだい?”(不自由な、手にとれない宝石のよう、)伝えられない歪みかけのイメージに、眼が覚めた抵抗のけんもほろろと、レット・ミー・ダウン、“一時に花という花が咲いた気分はどうだい?”(なんて完璧な、鳥の足、)型にはまった衝動がフレーズに濡れてく、外は無理矢理眼を逸らすだけの雨。集中豪雨はマシンガン、物珍しいフランス語みたいな発音で―――響く・・。がらんどうに風穴を開けたい不快なまでの矜持・・。(ケイーコウートーリョウ・・)『履歴書みたいな飛び石伝い(で、)』(ハクーブツーカン・・)『長所ばっかり書いてるお伽噺(で、)』>生きてる意味なんかあんの?>死んだらチョウキモチイイから自殺するって、 元霊能者が言ってた。>お稲荷さんの狐はモフモフだって言ってた、 モフモフだよ、人間嫌い、モフモフになりたい、 お願いだから遺伝子改造して、もう人間が嫌い、 モフモフ最高・・・!さしさわりがある中央部、真ん中、バーコードのマークのようにまばらな髪の毛だ、(蜜蜂みたいにあれこれ考えてる、インスタグラム脳、胸が一瞬にして爆発する、蜂の針で、)蝙蝠みたいな眉してた、教科書の隅の落書きも、グラウンドの隅に誰かが置き忘れた鞄も、スピードスタート切って人を轢き殺した車もメーデー!(伝言ゲームみたいだ、正確性は求められていない、ティックトックしようぜ、頭が悪くなる動画に眼だけ笑う女、)コンパスを回したら世界や世間や怪物になる。「ええ、そのニュアンス、モード、アトモスフィア・・」“...意味のない羅列は...夜のスマホから...”“...しあわせって何?”「ええ、そのフィルター、ポピュラリティ、フィクショナル・・」(平凡な日常の人生の暗示が、爬虫類の脇腹のように光る、)“...面白い話があるんだ...馬鹿の一つ覚え...”“...すりきれ、ささくれ...”ああ、ライオンがキングコブラの毒にやられて、痙攣して、のたうち回って、絶命する、視野の果て。モノクローム・ファンタジーな夜をすり抜けて、I want to forget everything, right?肺に空気ためて、風に水分が不足したような興奮、汚れててもいいからと泥だらけの手を取った、フットボールのブロッカーに吹き飛ばされた、I want to forget everything, right?花びらを散らした風が扉を開いて、変わる季節、柳のように身を躱すよ、ひっそり邪悪な花咲かすよ。ち、は、や、ぶ、る、レンズの向こうは色だけが滲んでいる箱庭。なけなしの居場所、絡まってる蔓草、流れる言葉じゃ足りなくて、昇れない梯子じゃ言えなくて、仰ぎ見た空じゃつんのめるだけ、ち、は、や、ぶ、る、数えた日の夢は助走をつけて砂場に走り込む、“ドクドク浸透、毒、毒、深層、、、”一秒後に見えた世界へ百花繚乱、ここに必要のない肉体はパズルのアラベスク、はちきれそうな弾みで、トロッコ問題こんにちは、複雑な鼓動で刹那のふくらみへ消えてゆく。>生きてる意味なんかあんの?>生きても死んでも意味ないって気付いた男は、 奥さんがNTRの現場に出くわした。>あの時から気が狂ってるんだって、 どうせなら別れたらいいのにまだ結婚してる、 ロボットや空気だって言ってる、 日本人は不倫が文化なんだって、すごいよね、 モフモフ最高・・・!はじめて音楽を聴きながら笑えた夜が、アニメのエンディングテーマ。意味不明にウケる、草、放牧中、牛はダイヤモンド・アイ、放尿、尻尾が揺れる、牛飼いたい、牛飼いたい、ッパ、ッパ、ッパパ、パパラア、、、「そして―――横断歩道の黒い部分だけ、道の草食べた分だけ、草言った分だけ、ここは地獄絵図、あやしい底光りをはじめるもがな、ワルツしながらホップ、ステップ、ジャンプした」さあもっと人でなしなことをして、I want to forget everything, right?(You'll never realize it, that's why humans have no value in living.)さあもっと人殺しをしよう。I want to forget everything, right?(You'll never realize it, that's why humans have no value in living.)―――絶景かな、絶景かな、地獄の景色がほのかにしみこんでいる、令和の日本。 * 22印象と動き日常と空白と溜息と空足音がもつれてる・・・ * 23星の動いていく音が聞こえそうなぐらい、錯覚した、悪魔の藪知らずに迷い込んだ障害、末期的な流星都市。 * 24ヤンデレ神話なんていうんだろう、いきなりマンホールへ落ちて死んだと思ったよ、ああ一巻の終わり、短い人生のフラッシュバック走馬灯。でもね、スナイパーライフルあざらしみたいな君がいた。一目で恐怖を感じて股間が、何故かとんがりコーンしたよ。ストーカーだった、ヤンデレだった、だけどね、これだけは言える、GPS外して下さい。鞄のキーホルダーに盗聴器仕込むのやめようね。いつか教えてね、だけどね、鐘がなる、マジックマッシュルーム食べた後みたいな、不思議な気分さ、右へおっとっと、さすらいのかもしか、左へおっとっと、まやかしのうましか、幼稚園の時につくった婚姻届もってるのは、さすがに気持ち悪いぜ、ああでも、ラビットホールから三途の川行く時に、恐怖の大魔王の正体を見つけたね、くたばれノストラダムス、地獄にしかない、僕等のエデン。 * 25選択せつない夢の身のこなしでふきすさぶ寂寥は、藻の陰のように見え透いている―――から。磁带の回転速度を間違えた言葉が、頭の中でぐるぐる回れども視線から守る。くらげのようにうねる過渡的な恍惚からの、思考停止。弹链をして。特殊な気泡、型録の残骸、ひとみな陶器の露店をこしらえあげ、旋舞する風乃抄。静穏な水面とはうらはらにねじれた朦朧、暗黒の地下流はそそぎゆく瀑布をあらわに、全体に陽がさしているような熱感に、なめらかに身をくねらせる独りよがり。五臓六腑にしみわたった余韻は、未発達な夢多き导航菜单按钮だ。 * 26春の心臓あなたのことを一つ忘れるたびに、細胞が死んでゆくような気がした。ねえ、すべての細胞は七年で入れ替わる、骨も七年、関節は百十七年。脳は一年、腸の微絨毛は約一日。肝臓や腎臓の早い細胞は、一ヶ月で約九〇パーセント変わり、一年ですべて入れ替わる。筋肉の早い細胞は一か月で六〇パーセント、遅い細胞は約二〇〇日。血液は百日ぐらいですべて入れ替わる。肌は十歳で二〇日周期だけど、それが少しずつ遅れていく。砂嵐のように巻き込まれて、霞んで見えなかったものが知識や情報で歩ける、だから思ったんだ、一つの感情にとらわれると他のことが、見えなくなるって。生物の寿命は五十五歳ぐらいだって聞いた、遺伝学的には不老不死の人がいるとも聞いた。恋をした細胞が意識の遠く、肉体の内部、沼のように沈んでゆっくり死んでゆく、それは平和や幸福とは違うかも知れないけど、忘れてゆくことの美しさだという気がした、漠然とした不安な予感も、恐れも、苛立ちも、月がつくりだした一条の水の銀の糸を伝って、この最後が、不器用な愛情表現が、綺麗だったらいいのにと思った。自分のみじめな逡巡も、神経質な皺も、立ち直れないと思う涙の跡にも、蓋をした、どうせ消えてなくなってしまう、だからただ、幻影、少しずつ腐ってゆく、愛のなれのはてが依存だなんて悲しい、それは細胞、ただ美しく弱かった細胞。君の名前は青いよ、青が板のような硬い感じの舟を浮かべて、もう一度何処か遠くへと水平線を見るよ。澄んだ春の空気が張りつめる、一生変わらないものを見つけたいのに、火と水のようにすれちがう思い出は、フェアウェルの季節だ。 * 27あなたはグラエムだね?あなたはグラエムだね? scanさ/れ/る。***閲覧権限確認のため職員コード及び、パスワードを入力し認証を行ってください***+〇×△■chord...“vision 未知の化合物が塗布された鉄条網”ここは“特別収容『風穴(カゼアナ)』”《key》<解除シマシタ>「軍は子供を探していたんだよ、より順応性があり、簡単に訓練して、口を噤める玩具を・・"―――排便を試みる鳥(から、)極めて急激に成長する腫瘍のようなものをもたらす(もの、)(寿命の延長、身体能力の強化。とりたてて反射能力、知覚力、筋力の増強は、多言語での会話能力と結び合った、新開発の液体“TFファイ”は、副作用を持っていた、輪郭が融け、顔が融け、意識が融け―――)“chimera作戦”知性はおおよそチンパンジー、異常な速度と強度を持った、頭蓋骨・脊柱・中枢神経系の損傷した洞窟壁画のような印象。《12m、体重約4300kgの、キメラ的な形態を持つ、八足歩行性の人間のなれの果て》。。。眼の鱗が。。。グラエムだね? scanさ/れ/る。>首肯する。ベルリンの灰燼。アメリカやロシアの意志。 ここはそれらを取り巻く誇大妄想的衛星国。 通称1111部隊の改造人間。兵器の贓物。> 001. Cool War>█████と会話を交わした。>ネチャッ、ヌチャッ、ニチョッ、、、>人間だった記憶が生温い水に浸らせる。毎朝5:26分きっかりに、 特別収容kkk...ギギギ。。。苦しい... ここは“特別収容『風穴(カゼアナ)』”迷路のような通路が四苦八苦しながら四方八達し、入り組み合う道順、、、***七曲り、八曲がり、、、あなたはグラエムだね? scanさ/れ/る。***閲覧権限確認のため職員コード及び、パスワードを入力し認証を行ってください***「はい」か「YES」で答えられる質問だけしか言えない。+〇×△■chord...“vision 未知の化合物が塗布された鉄条網”「(ラミネートされた厚さ25cmの防弾ガラスで、構成された鉄製シャッター付き観測パネル)」びくびくする痙攣する毒液が光っている、公衆便所に生じた黴のような眼をしている。―――処分が決まったよ、自動化学抑制システム(を、)グラエムだね? scanさ/れ/る。>眼の奥に触手が最短経路で貫通した、ごぶリュッ、 税金の無駄遣いといわれた兵器の贓物が、 は/な/鼻かラ液体が這入って来リュ。ユニークなランス仕様で、 脳が汚染されリュ、ミシン針のように加速すリュ。 無情な欲望。> 099. new error>█████と会話を交わした。>ネチャッ、ヌチャッ、ニチョッ、、、>RRR...RR...R... 総理大臣の秘書の方ですか、bugです。 〇・〇一秒後にタプタプという音が耳を支配する。 陸上戦闘機・陸上攻撃機を多数展開する。>人間だった記憶が生温い水に浸らせる。 毎朝5:26分きっかりに、 特別収容kkk...ギギギ。。。苦しい... ここは“特別収容『風穴(カゼアナ)』” * 28Super-expanding story生きてる理由なんかなかった。コンクリート塀を見た、ガードレールを見た、道は続いていた。五分で着く職場をクビになり、「(俺は一体何してるんだろう?)」と思った。面前での侮辱や嘲笑。不信任案。シュレッダーで書類をばらばらにするみたいに、人生が細切れになる。そしてどうなったかといったら、平静だった、月給二〇万、残業もしない、仕事中に時計を見ていて、いつになったら終わるのかと考えていた、怠いだけの仕事をクビになった。歩道橋を渡り、飛び降り自殺したい衝動に駆られる。生きてることが馬鹿馬鹿しくてしょうがなかった。漫画や映画を観、スマホで検索したり、動画を観たりする。中身なんてない。ずばぬけたものもない、美しさもない、そもそも間違って生まれてきているような、劣等感ばかりが大きい。だのに歩道橋で、高校時代の一言か二言、話しただけの後輩の女の子に会った。「死ぬんですか? グロ映像期待」って言われた。「死なないけど」って答えた。ファミレスで食事をおごられた。「仕事クビになるなんてすごいです、辞める人は沢山いるけど」「眼つきが悪いとか、態度が悪いって言われた」「大丈夫ですよ、センパイのわたしの、評価と完璧に一致しています」後輩は容赦なかった。けれど、ファミレスをご馳走になって、お別れするのかと思いきや、「ついてこい」と、いわれ、コンビニでビールを買って公園で飲んだ。星空がきれいだった。時折通りかかる人々が、僕等を汚いものでも見るように見た。けれど、後輩は気にしていなかった。無敵だった。アッパー系かも知れない。クビになって歩道橋から自殺する人に、グロ期待って言う、鬼の生まれ変わり。でもひとしきりビールを飲んだあと、言った。「あたし、したいことがあるんです」「さ、殺人とか?」「近頃のニートのワードチョイス」「なりたてのニートにひどいことを言わないで」ビールを飲みのみ言った。「地下アイドルになるんです」「応援してるよ」「心にもない言葉ですね」そう言いながら無表情な後輩が、はじめて安心したように笑った。アタックポイントの高い笑顔だ。甲虫が花粉にまみれたような笑顔といってやる。でも正直、きらきらしているなと思った。夢がある、生きてる理由がある、何かすることがあるってカッコいいなと思った。「明日、東京行くからお見送りしろよ」どこまでも上から目線に言った。次の日、することもないし、帰り際、電話番号交換したスマホに、鬼電いれられたから行くよりほかなかった。何もなくてもする意味がある、無感動にそう思った。周囲の密度と合わない水と油だったけれど、切符売り場に着くと後輩は、「本当に来やがった」と言った。それから嬉しそうに近付いてきて、背中や肩をバシバシ叩いてきた。仲良くなったものだ。「後輩よ、さらばまた会う日まで」「待て、先輩よ、最後なのだ、プラットフォームを昨日のお礼に、走って欲しい」結論から言うと、走った。スマホで絶対に録画していた。後輩はニコニコしていた。電車が行ってしまったあと、後で開けといった手紙を見た。初恋だった、と書かれていた。絶対嘘だと思った。でも、仕事見つけようと思った。 * 29探索見知らぬ場所で目覚めた。現実度、温度、気圧、広さ、耐久性を計測しよう。埃まみれの薔薇の花が落ちているが、これは、ドライフラワーだろう。薔薇の花を手に取ると花の部分に鍵が隠されている。室内のようだ。水もなければ、窓もない。あるのはアルファ、ガンマ、デルタと書かれた、病んだ穴だ。穴はどれも二十五~三〇センチのように見受けられる。どれも荒い布が柔らかい組織に擦れるような音がする。だが“アルファ”は、輝く星のことだ。であるならば、このドライフラワーは、このアルファの穴に入れるべきなのかも知れない。そうすると、大きな音を立てて、眼前に扉が現れた。ガンマやデルタにも、ドライフラワーを入れてみたい衝動に駆られたが、もう、花を取り出すことはできなかった。眼前の扉はアルファ具現化イベントと呼ぶべきだと思った。豪華絢爛たる装飾を施された、アンティークの雰囲気のある樫材の扉。警戒しながら十五度ほど扉を開ける。いざ獰猛な動物と出くわして勝てる見込みはない。すぐ閉められる最適な扉の開け方だ。ガス成分や、いきなり弓のような罠が、飛び掛かってくるかも知れない。しかし物音はない、ゆっくりと足を踏み入れる。どうなっているのかはわからないが、扉の向こう側は明らかに別の場所へと続いていた。これがヴァーチャルリアリティーである可能性や、夢でも現実でもない異空間である可能性について考察する。扉の向こうには森林地帯が拡がっていて、リンゴ、ザクロの樹が植えられている。木に詳しいわけでも、果実が実っているわけでもない、名称プレートがあるのだ。名称プレートへと近付き、それが、物質ではなく、プロジェクターのスクリーンのようなものだと気付く。私は俄然、これが作られた世界、空想の箱庭のようなものである証左を得た気がした。それに光源の類は存在しないのに、この不思議な明るさはまぎれもなくバグだ。しかし、通常仕様であることを思えば、そこまで設定を重視していないのかも知れない。だがこんな技術力を持った人物となれば、と思いめぐらせた時、世界でもたった一人しかいないと思い耽る。それはベネウィッツ博士だ。ヴァーチャルリアリティーの常識を超えた、もう一つの現実というものを発明した。量子コンピューターの先にあった、知性のゆりかご、神の心とも呼ばれる発明。だが、私は気付いてしまった、であるならばこの巨大な迷宮のような森は何だろう、私は考えた、第三次世界大戦や、核兵器のことを。二度と抜け出られないカタストロフに満ちた場所を―――。 * 30勢いこおりつきそうな冬の夜の、しばれた感じの、むちでばしばし、しばかれた感じの、郡山市って特に関係ないけど言った感じの、そういう何かしらの、まあ何かそんな感じの、でって言ったらでって、返されて変なポーズを決めてしまう感じの、そういう冬の夜の、なにか夏の夜でもいいんじゃないかって言ったっていい感じの、人身御供の、ホラースポットの、情け容赦ない感じとはまったく無縁の、おじさんがいて、何か多分こどもなおじさんがいて、こどもおじさんがいて、こどおじって言ったら何か別のニュアンスがあるかも知れないことに、尾崎豊のように怯えて、でも確かにそのような奴がいて、はくちょうのみずうみーって言いそうな野郎がいて、でも多分はくちょうのみずうみーはないだろうなって思っていて、そういうタイツがいて、パンツはいてなかったらどうしようって思えて、でも、そういうタイツがいるということは現実的に仕方なくて、見る暴力というものがあればそれは切腹を命じたくなるやさしさだ、慌ててドアを閉めて、鍵を閉めて、扉を叩いたら銃を構えて、確実に殺します、確実に殺します、確実に殺します。 * 31literary spring invitation道を行く人々の単調なざわめきが、水の底から発せられたように思える。日常がドラマティックな仕掛け装置のわけもないのに、浮足立ち、絶え間なく頭の中を侵蝕しにかかる。この波長の曲線は上がったり下がったり、不規則な波状を描いていて、この波の一つの峰から次の峰までの文字数が、かなり広い範囲内で色々に変わってゆく。精神とか魂とか肉体とか言うような、ふわふわした、軽い、綿菓子のような、風船の言葉を、うっかり口にしそうな気分が言い知れず不快―――。海の底を探る精細なアクセレーションは、青い風呂敷で電燈を覆ったような空を眺め、もどかしいミッシングリンク、水面を透かすような気持ちで歩いている。貧弱な言葉よりも、まろやかな重み、野性味でもいい、だって惹きつけられなければ夢見ることだって拒みたい。そこに莊嚴な、感動すべき跡形を、甘美に充たし、奥ゆかしく、自分に刻みつけてゆくもの、―――本当に美しいと思える瞬間を探すこと。花弁が五枚中心へと寄り添う花。枝を埋め尽くすというよりは、点々と小さな塊がいくつかあって、枝の先端にぽんっと小気味よく咲いていたりする花は、醸造するような空気でおのづと酩酊、しかし未だ飽和点に達さぬ、毒や、幻のようなものを持つ。不意に桜の花は血管が浮き出ているようなものではないか、と、人知れず思おうとした頃、「桜きれいだね」という声が聞こえた。誰に言ったのか一瞬はわからず、全身を耳にして、いや、全神経を耳に集中して一語一語貪ってようやくわかる、彼女は罠にかかった獣、さもなければ死の舞踏のような身悶えをする、囚われ人だ。倚り掛かりのいい、鞣皮で張った肱掛椅子みたいな人だよ、君は。清しいうすものの揺らぐように、風の音がした。制服のかげが、靡いてうつり、白い薫りが鼻を突き、兎が跳ねまわっているような気がした。ラビットホールはあちこちにある。春の饐えたようなひんやりと重く、何か恐ろしい、底知れなさは、苦しげな叫びと出口をめがけての空しい殺到を想起させる。塞がれそうな裂け目の前でばったり出会った、―――青い春の少女。 * 32鏡真夜中、鏡の中に問い掛ける。鏡に銀やアルミが特殊な方法でつけられ、それゆえ、自分の姿を認識することができる。その空気のなかへ一種神秘な雰囲気を撒き散らすもの、それとて、不自由きわまりなき遠く隔てられた客観は、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない、びっしりとした鱗、それも隙間なく埋められた細胞のようだ。昨日、一昨日、陰気にした、憂鬱にした、反射するということに気付いた僕等の美意識は、それに注意する意識に黴を生やしながら夢の跡を辿るが、されど襟を正しくて迎え入れるよりほかはないと思うのだ、それ自体が、太陽を惜しみ、きよらかな光の発見を目指す行為なのだから、極低温水素循環システムでも、二つの世界を隔てられたまま対峙する、オペラント観察でも。もちろんそこは、階層型の心理を伝う井戸の奥底。水中から水面に対して極めて浅い角度で光が進入した時、全反射と呼ばれる現象が起こるように、深淵の魅力に戦慄する典雅の森。一枚の写真を見よ、言い伝えのようにあやふやな遠い昔よ、遠く朧げなものの理由とは何だ、欲望が未練がましく心の中で粘着いているからだ。鼻の根の両脇に瞳を正しく揃えるか、風車に向かっていくドン・キホーテでいられる自信があるか。客観性とは焦点を合わせると局在化する、そのたびに饒舌の転換ではないかと思うことがある、ちょうど薔薇の枝にびっしりとした油虫のように、無意味な言葉ではないか、一番上等な座布団を出しておきながら、その実、敬意などちらとも見せない縞模様の昆虫よ。処女の素足のようなものはない。対岸の火事とばかりに思う損分肥やした自尊心で、見透かし、見くびろうが、そこに優劣が立ち入る余地などなく。いまもって吹き上げるのも構わず蓋でぐっと圧えつけている嘲笑も、二十歳の頃の苛立たしさばかりが標本に針で止められている。冷たい言葉も、優しい言葉も、いらない。鏡の中の僕は圧迫されている。鏡の中のもう一人の自分は回転している。誰だって自分のことを知っているつもりで知らないのだ。興奮の血管が太く二三筋現れたらいい、無表情の僕よ、灰色の町ではみんな青色になる魔法をすっと掛けられて、夏が終わることのない島のような場所を考えている君よ。 * 33はーい、新作ジュースのレポしちゃうよー。4月18日に、青い鳥がめじるしの、世界七十億がお尻の大きなことを知っている、Kamome Martで愛の伝道師活動、「まじで毒素! 心臓にドキュン、青い何かしらのドキュソ」が発売されました。ネーミングセンスが色々ヤバいですね。裏の裏をくすぐってきますが、地雷すぎて普通買えません。毒はさすがに不味いです、正義に毒、愛の毒、ね、毒はまずいです。信用で買います、毒を。で、芳醇な香りとフレッシュな巨峰っぽいの味と、ほんのりしょっぱいミルクフォームがいい、蓋パカッと開けたら、あおみどろで、ブルーハワイでした。毒設定なので、沼? 沼ですね、これ。HPは削られません、化学変化の沼。けど、美味。ジャパニーズカモメバードのはばたきのような爽やかな味。あと、店頭で買うと青い鳥スタンプを押してくれます。十個集めると、青い鳥のキーホルダーが貰えます。絶対欲しい。あと税込二百円という赤字と黒字のボーダーを、攻めまくってるみたいです。モンスターだよ。 * 34子づくりからはじめてゆくkamome studioわー、おとうさんとおかあさんがちゅつちゅっしてたー。ばちくそやだー、こどもうまれるー。こうのとりさんおねがい。むぎわらのかごでもってきてね、ととろのねこばす、ふっかふかー。 * 35夕方夕食の準備、鍋や水音、換気扇、皿を動かす音が、聞いても聞かなくてもいい、自然音みたいに思える。透明な海の無感覚と、風景の三角柱のような不動。生命を無視して食卓に並べられる残酷な料理だ、蒸し風呂に入ったような火照りを、折しも感じながらふとした拍子に動物と人間の立場が逆転した世界、植物や野菜が支配する世界のことを考えていた。愛は都合のいい言葉だ。顕微鏡で覗くと、どんな小さなものでも見える魔術を掛けられて、神様のことがあの夕方、夜霧のプラットフォームが延びてこようとしていた夕方、確かに傍にいた、善悪も、道徳も、心の底の孑孑のように感じられた。でも生きていること、死んでゆくこと、生かすこと、殺すことに意味を感じられる、わたし達がわたし達でいるために、その良心を、虫歯に指で触れるようにさわるのだ。感情も、存在も、自分自身でさえも、無視してゆくことに慣れた現代人は、夕方の光がただ感傷的なものだとか、美しいものだと思っている。違う、今日するべきことは終わりましたよと世界が教えてくれているのだ。正しいことなんか一つもない世界だ、すべては曖昧だ、あべこべだ、嘘だらけだ、でもそんな暗い想念をすべてさらけだしてもまだ生きてゆける生き物だ。 * 36夏休みの王様king of summer vacation脂肪が腐ってひとりでにできた割れ目に、黴でも生えてくるような、八月三十一日。この夏も、公園でラジオ体操をして、ジジババにまじって太極拳させられてた。カッチョよくない。ギターは三日で挫折した。バスケシューズは買ったまんま部活に行かなくなった。夏の最高不快度指数を更新しながら、エアコンがガンガンの部屋で、勉強机に無造作に置かれた、夏休みの宿題に、蝋燭の蝋にでもなったような蒼白い気持ちを味わう。ブラジャーサンドイッチの女の子に、遊び人の名を進呈し、サングラスの痕をつけた悪友には、馬鹿とシンプル・イズ・ザ・ベスト。きっとねきっとねきっとね、夏休み検定が必要な時代、やれ、かき氷食べたか、やれ、海へ行ったか、やれ、友達と自転車で夕陽を駆け抜けたか。何もないよ、燃え尽きちまうよ、でもそれが夏休みの条件。君は本当に夏休みの王様になったつもりかい?言うけどさ。おお、八月三十二日という架空の日付が始まったら、脳内空想のまんま僕は無限ループし続けるのだろうか。問題処理スタイルの違いだ、きっとそれでも歳を取らなかったり、背丈が伸びなかったりすれば、暗黒の粘状体の終わらない夏休みは、骨格標本にこびりついた肉の破片になる。平和は地獄を求めてるんだ、退屈が教えてくれる、平均台の上のバランスの悪い感覚。勉強と部活と恋。そしてウッキッキと猿式にはしゃいだあとで、背中のゼンマイが切れたことを教えてくれ、白痴。二学期を迎えぬまま遠くへ行ってしまった、女の子のことを考えながら窓の向こうの飛行機を見る。って青いよ、切ないよ、苦しいよ、いけない、頭が沸騰しそうで、いかれてきちまう。屋根裏部屋でも、青春だった、暗い情熱が爆弾になるだけ。埋め立てゴミ処理場でも、懐古趣味、人と違うことを強調して、いつのまに多重人格者。パラサイトはじけるカフカの変身。図書館裏のベンチではチャリンコ暴走族が集まった、これから肝試し、これから川で魚釣り。中二病の女の子がファミレスに参戦している、おいおい何処へ行くんだい、そんな素敵な眼帯をして。僕はぜんまいのように丸まった消火栓の先端になる、とはいえ、感受能力の限度を超えて、僕の修学旅行的な不完全燃焼は増加する。ずっと嫌だった、失笑を禁じ得ないんだ、なんなんだ、この無茶苦茶不細工な夏の過ごし方は。不甲斐ないよ、腕立て伏せして、腹筋して、脳筋へ立候補。仕上がって来た。もっとエキセントリックなのがいい、もっとフレキシブルでって、カタカナ並べてる時点で僕の成果は御覧の通りの体たらく。証言の心理や、追憶の誤謬をするけど、大したことなんか一つもなかった。宇宙の謎や、数学の謎にも似た、まったくもって虚無さ。蝉はヘビメタし続け、海は生活ごみの溜まり場で、何処に行っても人がいる街中は、うんざりするだけの最低最悪なものになる。真夜中がいい、でも門限を破ったら飯を抜かれる。けど、たった一人で電車に乗って違う駅へ降りただけで、なんでこんなにドキドキするんだ、上手く言葉が出てこない。色を見、音を聞く刹那に思慮分別を交えず、純粋な体験ではないありとあらゆることを、呪ったりする。わかるかい、朝早く起きた時の太陽に痺れてる、なんでこんなことごときで僕の胸はドキドキしちまうのさ。不当に丁重な扱いを受けている「休み」濡れ雑巾で顔を拭かれたような気がする「自由」底意地の悪さが隠れている気もする「若さ」君は夏休みの王様にでもなったような顔で、すべてを体験しきったって顔をしている。もちろんそうさ、聞かせておくれ、つわものたちの夢のあとで。 * 37表に掲げられたネオンサイン 、待合室、コート掛け、バインダーに綴じられたタトゥーの見本写真。使い捨ての手袋、タトゥーマシーン。作業中のタトゥーがよく見えるように着用するヘッドルーペ、明るさが調節できる照明。有害物質や先の尖ったものを入れる容器 ・道具を、消毒するためのオートクレーブ減菌。そこに、施術で利用する針とか、積み重ねられたタオル。ダークな雰囲気の店もあれば、芸術家を気取ったような店もあるというし、外国ではタトゥーのお店にコカイン中毒者がってこともあるらしい。僕なりに日本ではどうなんだろうと色々調べてみると、整骨院に毛の生えたような雰囲気の店なんかもあって少し拍子抜けした。いや、一見ワルそうな人が存外礼儀正しかったりするものね。小泉又次郎とかいう刺青大臣もいた。壁に描かれたタトゥーの絵。音響システムから流れるラップに、タンクトップの厳つい男ってイメージはかぶれすぎである。でもあながち間違ってない、刺青はアウトローの代名詞だからね。前にベトナム寺院を調べる時にベトナム料理の店が、実家は超田舎、いま住んでるところは割と都会な僕の周囲に、沢山あることを知って驚いたけど、実はタトゥーの店も結構沢山あるんだと知った。意外な発見から社会の見え方が変わって来るという体験だね。事故物件サイトで周囲に何かあると知った時は、全力で回避させてもらってるけどね。とはいえ、適切な衛生処置を怠ればピアスだって危険だ。消毒剤の匂いのする清潔な香りを信じたい。適切なアフターケアを行うことで、タトゥーの状態を長持ちさせることができるのだから。ところで前に店を開く側の話を聞いたことがあるけど、大阪や愛知で医師法違反容疑の名目で、タトゥースタジオが立て続けに摘発されたこともあったので、役所や保健所、税務署や警察署などに挨拶し、無断で開業したわけではないという実績を記録に取り、打ち合わせ担当者のサインでも貰っておけば、安心して仕事ができるだろう、という話があった。タトゥーっていうと、不器用ですからとかいう高倉健的任侠道、僕の世代的には入れ墨だっていう認識はあると思う。とはいえ、タトゥーだって一生消えない傷を、隠すためにあえてする人だっているわけだし、場合によっては民族意識とか、マフィアとかだけではなく職業的な忠誠を表す場合もある。日本ではタトゥーはまだまだ一般的ではないので、非合法のイメージで周囲の住民に煙たがられても面倒だし、裁判沙汰になってもしょうもない。ちゃんとしているという証明って政治家じゃないけど、地道な選挙活動なんだよ。ちなみに価格帯についてだけど、言い値とかいう意見もあったけれど、コインサイズ:五〇〇〇円〜一五,〇〇〇円。タバコサイズ:二〇〇〇〇円〜三〇,〇〇〇円。ハガキサイズ:三〇,〇〇〇円〜五〇,〇〇〇円。A4サイズ:七五〇〇〇円〜一五〇,〇〇〇円。予約金や針代やデザイン代に別途お金がかかる場合もあるらしいし、凝ったものや、時間に比例するとかいうのを踏まえつつ、正確な工数が読めないという要素もある、ギターでアルペジオを奏でているようなものでもないしね、料金に振れ幅が多少あるという理解はしておいた方がいい。ぼったくられた、と思うようなところで施術しないようにね。自分も相手も得にならないことは回避した方がいい、別に効率厨ってわけじゃないけど。ところで外国の映画にありそうな話だし、玉置浩二とかいう日本の歌手もそうらしいけど、タトゥーに付き物なのは後悔だ。これは整形手術でもそうだけどやっぱり覚悟はしておいた方がいい。後悔するぐらいならいまこの時点でやめてしまった方がいい。失敗だってないわけじゃない。インクが身体に悪影響を及ぼす可能性があるし、多くの人における偏見や差別の対象になることもある。銭湯は入れないしね。外国ではいいタトゥーを見たら、褒めてくれるらしいけど、文化の違いがリアクションの違い。でも最後は結局自分が困る、他人じゃない、僕等は自分にだけは嘘をつけない生き物だって知った方がいい。一か月や二か月はよくても、一年や二年先はどうだろう、消えない傷が一生残るようなものと考えるのは最適解だと思う。将来の体型を考察するというのもあった。長期的な展望は必須だ。ツインタワーを彫ったら以後テロリスト扱いを受けて、最終的にタトゥーを消して、別人の人生を生きたなんていう壮絶な話があるけど、やっぱり生年月日とか、恋人の名前とか、ウェブサイトのURLは、止めておいた方が無難だろう。先進国の中ではアメリカが一番タトゥーに対して寛容だけど、見えるところにタトゥーがあると採用を躊躇すると、六〇パーセントの人事担当者が回答したという調査結果もある。あのね、世の中って結局見えるところだけでしか判断されないっていう、うすっぺらなものなの。日本においてはタトゥーに対する認識は更に厳しいし、タトゥーをしている人を恋愛対象にできるかどうかで、ぼんやりと考えてみたらいい。もちろん一年で消えるエフェラメルタトゥーというのもある。浅く針を入れることと、インクが比較的持ちの悪いものを使用することで、約一年くらいで消えてきく。ただ、確実に綺麗に消えるとは限らないし、逆に気に入っていても綺麗に見えるのは数ヶ月で、あとは長期的な消えかけの状態になる。ちなみに一週間程度で消えるフェイクタトゥーとか、ジャグアタトゥーと呼ばれるものもある。痛くない上に、ちゃんと消えてくれる。タトゥーシールというのもあるけど、皮膚トラブルの元になることもあるので、何をするにしてもまずきちんと調べて選択するようにしたい。ただ、タトゥーに哲学や信念、アイデンティティというものがある場合は、やはりこういうのは邪道なのだろう。タトゥーをする心理はわかるけど、実際にしている人の気持ちにはまったく寄り添えない、だって僕はタトゥーをしていないからね。ただ、奥さんがしていて、別にいいんじゃないかと思ってる。社会生活をする上で何も考えていないというのは偏見だよ、ファッションではない反骨心や、自分を形成する要素なのか、いや、チンチンにピアスをやっているのを見たことがあるけど、それと同じで、凡人の僕にはさっぱり理解できない。いかれているとか、ぶっとんでいるという以外の見方はあるだろう、だって顔面部にピアスするのは理解できるけど、どうしてそんなところにする必要があるのかわからない。説明されてもわからないかも知れない。ね、僕だってレンジが広くて、理解可能という立ち位置や姿勢は崩さないでいたいけど、そうはいっても本当に理解できないこともあるんだ。それをアートという括りでまとめてしまうのは強引か、そうではないのかが僕には判断つかない。物事って軽ければ軽いほど、分析しやすいものだ。AIに質問してすぐ回答を得られる類のもの。でも重ければ重いほど、多面性の社会が見えてくる。ちなみに、レーザーに反応する特殊なインクで、消したい時に消せるものもあるらしい。リスクが少ない、ファッションを楽しむ、という要素は若者には必要だ。そうは言ってもちょっと悪いような感じを気取りたいという若者もいると思う。滅茶苦茶痛いとか、失神するとかいう話もあるらしいから、そういうのを克服して手に入れたいという向きもあるのかも知れない。基本的には施術前に質問を書面で行うらしいけど、タトゥーを入れるのに緊張しすぎて、前日から何も咽喉が通らないという人もいる。御飯はちゃんと食べようね。施術の際に顔色が悪くなる人はよくいるらしいし、僕なら死ぬ気で頑張るところだけど、気絶するところまで頑張るのはちょっと違うような気がする。慣れないことをするんだもの、気分が悪くなることだってあるさ、ただ、救急車を呼ぶ騒ぎにならないように、気を付けられることは気をつけよう。とはいえ、みんなわかってる、やっぱり一定数こういうことは起こるんだろう。ところでタトゥースタジオは、デザインを得意とするか、経歴や実績があるか、インスタやホームページが稼働しているか、値段設定が適切か、話しやすいかだけは確認しておきたい。タトゥーは一生ついてまわるものだから、スタジオ選びは慎重に行いたいところだ。また最後になるけど、タトゥーをする反社会的勢力だと思われ、生命保険や医療保険に加入できない恐れがある。馬鹿馬鹿しい話だけど、テストドライバーとか、スタントマン、潜水夫もそうだし、生命保険の加入の際に制限を受ける職業は結構数あり、格闘家や登山家はなるほどと肯くところだろうが、身近なトラックドライバーもそうだ。 * 38魔法少女政策委員会そして平凡な普通の少女は、おっと、平凡な普通の顔面偏差値が異様に高い、『魔法少女まどか☆マギカ』や、『カードキャプターさくら』を参照しながら、スタイル抜群でベビーフェイスな少女は、悪魔召喚にルーツがありながらちゃんと改変しています魔法陣や、きらきらした光のエフェクトの中で、裸にヴェールをまとった姿から、1,2,3...SEXY!戦隊ヒーロー特有とおぼしき強迫観念のようなキメ顔して、愛と革命。使い魔と呼ぶ喋るナイチンゲールの鳥が、くるくる廻ります。リトマス試験紙がピンクから青に変わるような、演出の効果は一切不明の忘却の河。ピンクと赤でデザインされた、愛らしくガーリーな、フリル、リボン、スカートのコスチュームに、薄荷のような後味を覚えるのは何故だろう、この花咲くようにあらわに浮かんでいる幻燈の中の、最重要人物すでに平凡でも普通でもない余所行き顔で、東京風を吹かしまくって芋までふかして、キオスクで結婚募集中でいる実年齢誤魔化しまくったコスプレ少女は、化粧っ気なかったのに、ナチュラルメイクになっているのは何故ですか。もやもやっとした胸の塊にかく申せり、撮影の時はそうしろって監督が言ってた。爆弾発言。右手にコカ・コーラ、言い直します、細胞が活性化すると玄海師範する。お菊人形のように髪が伸びているのは何故ですか。ウィッグではないです、これは霊能力の作用で、前世的な影響を受けることによって発生する現象。つまり? 霊光波動拳。霊光波動拳か、それじゃ仕方ないなって、理性と感性とお約束を総動員するファンも納得してくれました。設定か? いや、設定じゃないです、魔法少女育成計画。物語は始まったばかりなのよ、ばっちこい!遺伝子に刻み込まれたイッテQ。自意識の内部ではコスプレをしているというような、思春期めいた劣等感が離れずにいながら、グロテスクな心の領域を恐れないハートウォーミング、そこからエンディングテーマではダンス動画に移行します、イヤッホウとかいってるけど悪ノリじゃないからね、嘘ついたら針千本トーマス、ジャンスティン・ヒーハー、「一緒に踊ろうよ、コンサート来てね」また来週も見てね、と笑顔を振りまきます。現世利益のヤクルトレディ、カルピス社の永久欠番、めっちゃ応援してるって声と、ばちくそエロいって声と、こんな奴いるかって声聞きながら、先週は触手プレイ、先週は金縛りで変な喘ぎ声、時折PTAが黙ってないぞって言われる、黙りやがれ、スーパースケベタイム、皆目見当がつかない、わけがわからない、でも大きな子供や、小さな子供を狙い撃ち。生きていてよかったですってリモート土下座タイム、魔法少女がいなかったら学校卒業できなかったです、そこだけ切り取れば愛の伝道師、でも内実は猛禽類の刺にもいばらの生い茂った地を進む、あなたと同じ、普通の女の子、それでも今日も魔法少女する魔法少女になりきれない魔法少女。サラリーなんですよね、結局。でもね、他人のじゅくじゅくした生乾き感情が、ほんの小さな傷口が生まれるだけで開く、他人の地獄がアンタには見えないだけ。ストンと胸の底に落ちたような気がしたら、眼から鱗って―――そんなもの出てきたら不味いだろ、いやあの、いろいろと。イエー、これが戦闘モード、その武装様式ファッションスタイルは、地雷系、そうよわたしはヤンデレ神話体系から生まれきし魔法少女。ツインテール、友達からもらった桜の髪飾り、幼い頃に祖母からもらったペンダント付きネックレス、長い靴下にローファー、そして少女をだまくらかす、おとなの自動車保険的なステッキ。よくはわからないけど胸の奥のコスモが暴れん坊将軍するんだ、アバンギャルドなんだ、アバターなんだ、途中から何言ってるのかわかりませんけど。あらそ。初代魔法少女はギリシャ神話の女神キルケーで、当初から杖と呪文は一心同体。お金と可愛らしさは協同組合。最強のタッグ。色々ややこいですけど悪魔の力はキリスト教の言い分、そこから魔女が生まれて、正義の魔女、魔法少女となっているのでごわす。「おばあちゃん、つくねと生追加ね!」「あいよ」(以下不適切であったことをお詫びします、まじめんごー!)魔法使いサリーは子供向け、おジャ魔女どれみは親子で楽しむジャンル開発、そしてやってきました萌え路線、萌えは女の子を艦隊にし、馬にしました。ひひーん!そして魔法のステッキで街で悪逆非道な行いをする敵を、打擲する、痛いか、やめて、痛いか、やめて、ぶっ叩く、肉を斬らせて骨を断つ、ぶったたく、ポケモントレーナーなめるなよって違うわ、何言ってるんだあたし、迷いのない物理攻撃重視の原始人的戦闘スタイル、クリティカルのコールして、金属バットの真芯に触れるパワフルプロ野球、やるぞー、あそこにラピュタがあるんだってそれ全然関係ないですよね、でもそれあなたの意見ですよね?そうよ、いままでの描写に何の意味があったのっていわれるけど、それが魔法少女リリカルメディカルポリウレタン。月に変わって、おし―――じゃなかった、賽銭泥棒! * 39game of tag一人が鬼となって他の者を追いまわし、捕まった者が代わって鬼となり、これを繰り返す。専門家は説明する。物質を構成する最も基本的な構成要素の一種。u(アップ)、d(ダウン)、s(ストレンジ)、c(チャーム)、b(ボトム)、t(トップ)の六種類が、この街燈に薄光る、あの枯芝生の斜面を形成しているのだ、と。重ね重ねの空虚感が、ポケットに押し込まれて賽の河原のようになった、西暦二三〇〇年の地球。電子音に満たされている。刻々と流れる風景。変わる座標。この鬼ごっこは、睡眠時無呼吸症候群の間でも行われる。ビーム入射、加速、ビーム取り出しという一連の操作が、たった一秒間に起こる。これは絶望的なスピードの中で行われる。いるのだ。でも見えない。いない。でも、いるのだ。(校庭の俯瞰図を思い出せ、)涙腺の栓が抜けてしまっても行われる。何百か何千時間、車を飛ばしたとしても、一向に出口は見えず、展望も無い。(“カクカクした動き”をするポリゴン画面を思い出せ、)上昇する。青銅色に心臓する高速の呻吟。下降する。克明に分析する、知悉する、この世の掟。[まだ一秒は過ぎ去っていない...]横を十三歩進め。[まだ〇・一秒は過ぎ去っていない...]前に二十二歩進め。[まだ〇・〇一秒は過ぎ去っていない...]振り返るな、そのまま真っ直ぐに進め。[まだ〇・〇〇一秒は過ぎ去っていない...]鬼は意識操作を得意としている。米国オレゴン州のフォレスト・グローヴでは、笛を吹く音が聞こえる。有頂天に光彩を放っている低い樹葉の鳥のように、地図の輪郭。>>>鬼ハ増エナイ。>>>ダガ、鬼ノ残像ハ増エル。「コンタクトレンズがズレたので、洗面所でコンタクトレンズを流そう」(一見、その文章は何の変哲もない言葉のように見える、だが、この文章は暗号だ)「俺は鬼だ」(罠はそこかしこに敷かれている。そのような時、選ばれることと、選ぶことの違いは、じゃんけんにおけるグーとパーとチョキ、のようなものだと気付く)この鬼ごっこの鬼は、眠ろうとした隙に蛇口のようにひねられる。だから鬼は超能力に開眼する。フラクタルの悪魔となった鬼は、自分が混凝土になるか、食用油になるか、タイヤになるか、段ボールになるかと怯えている。これは鬼の内部に惑星のダイヤモンドと呼ばれるものが、鎮座した作用だという。音が、白さが、声が、心が、―――響きが、皮膚が、異様に、変に、真っ白・・。研究者は言う。ブラック・ドラムと呼ばれる魚が、求愛行動のときに出す音が、ドスン、ドスンとドラムの音に聞こえるように、これは“白昼堂々、過去形で未来を問われているようなものだ”と。(...宇宙時代、産業革命以来の産業革命が来た)(...そしてビュオオオオと隕石が落ちてきて、“わたし”は飛行機に乗って高飛びした)鬼ごっこで買った者は、惑星のダイヤモンドの車輪の跡を手に入れる。絶望に。吐き気に。病苦に。空腹に。―――海岸線する。居酒屋の喫煙所で意気投合した人と、インスタグラムを交換して、名前がわからない間に鬼が背後に来ていて、刺された。専門家は説明する。物質を構成する最も基本的な構成要素の一種。u(アップ)、d(ダウン)、s(ストレンジ)、c(チャーム)、b(ボトム)、t(トップ)の六種類が、(物質は様々な種類の数多くの元素が周期的に配置した構造をもち、その構造のことを結晶構造と呼ぶ、)[まだ〇・〇〇〇一秒は過ぎ去っていない...]この街燈に薄光る、あの枯芝生の斜面を形成しているのだ、と。>>>鬼ハ増エナイ。>>>ダガ、鬼ノ残像ハ増エル。 * 40映画のポスターの話映画のポスターは、映画の魅力を一枚の絵で表現し、観客を引きつける重要な役割を果たしている。ポスターは単なる宣伝メディアにとどまらず、独立したグラフィック作品としても評価されていて、時には映画作品を超える芸術性を持つこともある。たとえばどうだろう、無回転観覧車に価値はあるか?『エンジェル、見えない恋人』のポスターは、脳内乙女回路を刺激してくる素晴らしいもので、なんか思わず照れて「おい、馬鹿野郎」と言いたくなる出来栄え。詩的とか、散文詩的という雰囲気がある。姿が見えない少年と、眼が見えない盲目の少女の淡い恋が、青い壁と黄色いワンピースと赤い傘と、雨とポエムによって彩られている。ロゴのグラデーションもいい。だけれどそれは説明で僕自身に感銘を与えるものじゃない。一番はそういうことじゃなくて、ちっとも整理されない感動や経験がそこに起こることだ。なんていうかこういうのってね、淋しいんだ。胸を締め付けられるような淋しさがお洒落でもある、時折には何だかそれが文化的な片鱗を与えてくれる。これは絵画の勉強をしていた頃に、材料とかサイズを調べて書くことで英語の文字数を増やして、ポスターっぽくしたいという意図があったのだけれど、実は正確な情報というのはそれほど意味はないのかも知れない、と考えたことによる。だってこんなの広告だ。人間性の欠落した分かり易さだけの、ボカロの楽器みたいにキーに正確にあてるだけで、人間の声がしない歌声みたいだ。でもそれが、引っ込み思案で内気な人間の恨めしさとか、不甲斐なさみたいなものを表現しているような気もする。表もあれば裏もあるし、捉え方は人それぞれ、だ。けれどみんなが僕のようにきっちり説明するわけじゃない。僕は別に映画評論家でも、ポスターの良し悪しを見分けられる専門家でもないけど、写真詩みたいな長い間トンネルを潜っているようなジャンルに触れて、デザインについての広い砂漠を行く駱駝に乗った人のような気持ちは、きっと君にはわからないと思う。デザインを携わる人達において盗作という言葉は辛いだろう、でも盗作になるかも知れないという瀬戸際でやっていることなんて、そこら中そこかしこにある。音楽における別々のメロディとベースをくっつけるようなもの、変じゃないよ、よくあることだよ、無難さ、分かり易さ、つまらなさを追求してたら、僕だって頭の中がおかしくなってたと思うんだ。効率化や、変革のないものは長く続けられないのさ。とは言いながら真正面に物事を見ればこんなの全部同じなんだ。映画の全体像を把握させるように砕きながら、映画の世界観やメッセージを効果的に伝える内容。そこにも予算があり、印刷枚数や素材やインクもある。そしてどうしても視覚化を考慮したビジュアルの決定。ポスターの掲示場所の環境を考慮した、背景と区別するためのデザイン。映画のターゲットオーディエンスの特性や好みに合わせたデザイン。一見自由に作っているように見えても、もちろん様々なおうかがいを立てながらやっているわけだ。これはまず、アートじゃない。良いポスターデザインの映画は、往々にして名作・傑作・良作である確率が高いといわれるし、そんなんだったらみんな同じクオリティになりそうなものだ。AとBを仮に見立ててみなよ、違いはあるさ、構図とか、フォントを工夫してるとか、ね。でも、同じようにならないっていうのは、同じようなことを繰り返した人間が辿り着ける境地なんだよ。つまり、外すっていうこと。映画の世界を象徴するアイコンとして、また時にはコレクターズアイテムとしても人々に愛されている。そうやって見ると本当に色んな世界があるように思えて、華やかだよ、華やかさっていうのは虚飾の世界だよ、イメージ以外はまったく中身がないかも知れない、空っぽと隣り合わせのもの。しかし大好きな映画のポスターが家にある生活というのも、存外悪くないものだ。前に建築家の人のエッセイでひたすら饒舌にデザインの話をしている、中々痛快な本を読んだのだけれど、そういうのに興味を持っていない人にとってみれば、この人はきっとただの馬鹿なんだろうね。どんなものをも呑み込めるほど許容量のある人はいない、だからさ、選ぶしかないんだよ、君はどちら側って絶えず二元論をね。まあとは言いつつ、ダサいとか、カッコ悪いとか、アウトローとかそういう向きもあるだろうけれど、昭和の任侠映画のそれも僕は結構好きだ。何が良くて悪いとかっていうのはきっと、ブランドイメージとそれほど大差ない、洗脳だ。美的感覚を本当に伸ばそうと思ったら、一つや二つの理解じゃ絶対に追いつかない。アートや音楽、アニメや漫画もそうだけど、絶えず変化を求めているようなものに触れると、中々いい経験になるよ。何が正しいのかよくわからないって素直にそう思える。僕はアーティストだからそれでいいと思う。何が正しいのかよくわからないから、本当に正しいものは何かって狙いをつけてみるのさ。僕が写真詩を作っていて思うことと似ていて、「こうすればいい」とかいうのを複製するだけの、サイズの大きな文字、風景写真、読者に寄り添うような頭の悪い稚拙な文章、ポエム写真詩あるあるの姿に、僕は吐き気がするほど嫌になったことがある。たとえば題名と詩の一体型で隅に配置するパターンとかもね。沢山数を作ってみて、前例となりそうなものに沢山触れて見てごらんよ、勉強だってそうさ、同じことを続ける方が難しいよ。難しい上に、誰からも見向きされなくなる。でもアメリカのCMみたいな退屈さだっていいのだ、肝心なのは中身だろで通用する時代もあった。詩の場合はまず、中身すらもミトコンドリアしていたけどね。デザインを否定する気持ちには、触れることを避けたいような写真詩のジレンマがある。ありとあらゆるものを広告化してゆく姿勢は、なんだったら毎日するべきことを事細かにスケジュールとして、それをするべきなのか、こなしているだけなのか、人を混乱させるようなものかも知れない。社会の入門講座だね。毎日同じ仕事をし続けるっていうのはロボットだよ、感情がなかったらいいのにっていつも思う。けどさ、これが無造作に杭を打ち込んで、作品そのものを殺すような行為だ。でもそのジレンマなしに歯車が噛み合うことはない。映画は沢山のお金が掛かっている、そこに統計や心理学が忍び込み、ノウハウが開発され、なんだったら横文字並べて、ヘイヘイござれの阿呆の論理を並べてくれる、映画的ポスターあるあるの手法が生まれた。ちょっと悪辣な物言いだけど、本当に何かを変えるっていうのはそれだけ難しいことなのさ。見たこともないようなものを作るのは絶対に無理だ、前例があってそこにおっかぶせながら、まだ見ぬ新しい形を生み出すのだ。ポスターは一九世紀半ばから重要な広告ツールとして使われて、印刷技術の進歩により、大量生産が可能になったことで、ポスターはより広く一般に普及した。特に映画ポスターは、映画の内容や雰囲気を伝えるために、様々なスタイルやデザインが試みられた。ふっと思うのはCDのジャケットのことだ。めまぐるしい時代の軋轢を想うよ。ジャズのジャケットの素晴らしさは周知の事実だろうけど、どちらがいいということではなく、どちらもそれぞれ違っていて、いい。ただ日本版のポスターでよく言われがちなのが、「文字情報が多すぎる」問題。僕の写真詩ほどではないだろうけどね。とはいえ、前述したように、これにも明確な理由があり、劇場公開作品は公開前にメディア露出や宣伝ができるけど、そういった活動抜きでレンタル店や販売店に直接並ぶとなると、パッケージ一本で視聴者を惹きつけるインパクト重視になる。音楽の楽曲が次第に広告化してきたようなものかも知れない。ネットの掲示板を含めた楽天的でユーモラスで、頭の悪そうな人間はその理由についてもわからないのだ。頭の中で音を鳴らしてごらんよ、あとは感じればいいんだ。また「改変が過ぎる」問題かも知れない。ビジュアルも、タイトルも、キャッチコピーまで何もかもが違う。でも前述したように、これは配給宣伝のジレンマというのがある。本来のポスターそのままにしたいけれど、そのままではおそらく誰も興味を持って手に取らないのだ。申し訳ないけれど、うすっぺらい人間たちにとって、刺激的なスパイスがなければ意欲を感じない。場合によってはそのつもりがなくても、炎上することで、映画自体に興味を持つ人が増えるので改変はよいと考えることもできる。馬鹿馬鹿しいだろう、便所の落書き見ていたって何の価値もないさ。見向きもされなくてもいいっていう強さは同時に頑迷さ、保守的で、また非生産的だ。それが怠惰じゃないなんて誰にも言えないだろう、僕は思うね、きちんとやっている限り、それはありとあらゆる意味で社会の複製を作り出すことだとね。映画ポスターのデザインは、時代や政治、イデオロギーの影響を受け、その変遷を通じて社会の動向を映し出す文化的な記録だ。もちろんそれゆえに、人間的な手触りが出てくる。古い映画のポスターの、何とも言えない陶器みたいなシンプルな感じから、現代の映画のポスターは飛び出す玩具みたいな感じにね。商業的な側面が過ぎるという見方もあるけれど、時代を呪ったってしょうがない。バンドの解散理由に音楽性の違いという、実にそれっぽい無難な物言いがあるけど、これは嘘だ、だって音楽性の違いなら好きな音を鳴らせばいい、つまりさ、人間的な不信さ。バンドのメンバーというのは友達でも家族でもない、特殊な人間関係で成立している。僕はポスターというのにも、そういう気配を感じることがあるんだ。 * 41タナトス(「死」)の欲動は、『自己破壊的な行動(自己への攻撃衝動)』を生み出すが、自己破壊的な帰結を回避しようとする、エロス(「生」)の欲動によって、『他者への破壊的な攻撃行動(攻撃衝動)』へと置き換えられる。フロイトの考え方だ、抑圧された状況が意識が表出する、ネットは夢の中に似ていて、そこにおける言葉は内面化された、一種の諦念を含んだもの、場合によってはもっと悪意に満ちたものだ。人格憑依のようなものかも知れない。言葉を受けて衝撃や感銘を受けて、びっくりしたような時には、斬られた的な体感を覚えている、言葉は殴ったり斬ったりすることもできる。殴られない斬られないでいると思っている僕等は、その報復行為を受けることになる。社会的制裁はそこかしこに存在する。それでもそれが本当の意味で、安定化とか水平化を促すものではないから、機能不全とか、去勢とかいう状況に陥る。否、悪戯描きをする、ピンポンダッシュをする、かくれんぼをする、鬼ごっこをする子供ように、大人になっても自分の中の子供はいなくならないのだ。時々考える、この“わたし”は七十億人もいるのだ、と。神に仕えるということではないけれど、普遍の側にいることを止め、自らが例外の位置を占めることを、選んだ人もいるだろう。例外とは部外者や傍観者のことだろうか、それとも監視カメラのような俯瞰のことだろうか。人間の意識や自我に影響を与えている、その包囲陣、諸装置、あるいはもっと単純に、人間が動物であることを発見しようとするあまりに、動物が人間であることを読み解こうとする問題。檻の中の獅子は、あるいは現代の剣山状のビルディング群は、アメーバーの実体的な、原初的な、もちろん延長線上的な姿だ。窓にかぶりついて見ていた落雷の記憶を辿る、花火のフィナーレに打ち上げる盛大な空の祝祭のように、その意味や理由ではなく、科学的説明ではなく、もっと別の何かが潜在しているような暗示だ。 * 42What is the world you understand?I can't stop following the seal based on its shape and appearance.信じることで、生き延びることができる僕等は、同時に疑うことで、想像力を働かせる。睡蓮の花の上で、ゲルニカが描かれていても、惑星は臨界点を迎えない、花に眼を奪われた僕等は、それを守るために、新たな地獄を作る。みんなの為で憑き物が落ちて、あなたの為で肩の荷が下りて、自分の為でしこりのあった胸から、解放される、遺伝子の取扱説明書に、生のねじで細胞を殺しながら、僕等はまだ人間だ。 * 43カネの力二十四時間手を使わないで生活をしようって、ドッグランで大型犬に追いかけられ、つい先日、蜂の巣を手袋で殴って全力で逃げる、という企画をこなしたあと言った。で、いま、何してるって?次はさー、七万歩という縛りでー、あ、三六キロから四九キロらしいんだけど、何処かの街とかいうくくりで、端から端で、お前を探すっていう企画なんだけどさー、うっうっ、饒舌に話していた、人気ユーチューバーは泣いていた、電気の使えない生活ってこんなに辛いんだな、しかも何で家から出られないんだ、仕事しないだろってマネージャーに一億ぐらいの、住宅ローンくまされてさ、逃げられない、知ってる知ってる、頑張れ、ユーチューバー。 * 44春の日spring day喧噪の断続とともに人びとの顔がみな無意味に見え、一〇〇〇ピースのバズルを完成させるのに、どれぐらい時間がかかるのかと、ふと思った。人の世を遠ざけるように堅く眼を瞑りながら、心の中を沈んでゆく深淵より来たりし青い森の呼び声。小さなピンセットで粟粒ぐらいの活字を、次から次へ拾っているような気がする。熱を持たない、渇いた、冷えた夜の空気、無限の厚ぼったい硝子が水色になった。ピアニッシモに細かく触れるように、人の顔も見えない波紋が静かに生まれるのを感じる。ふっと電柱や信号標のある、郊外をテーマにしたジオラマに、レールを敷いて、そのレールの上を走ってゆく玩具の汽車のことを考える。街の名前や看板、丘陵と木々、そんなものを傷ついた小鳥のように思い返す。涯もない孤独を思い浮かべて―――いた、耳にも眼にもまだはっきり残っている、。この大きな都会、わたしのいる世界とは、何もかも違うその光景を考えながら、息を止めているのに気付いた、その静けさの中で音が鳴って消えてゆくのを感じた、木の葉が舞い降りて、花弁が散り、雨が降って、鳥が死んだ。ひとしずく涙がぽろりとこぼれ落ちたのは、何故だろう、自分の難儀をおかしがりながら、こんなゆとりは何処から生まれたのだろう。友達の孤独を聞き取るだけの余裕を持っていた頃は、頼られるのが嬉しかったのかも知れない。犬の子供たちのように互いに寄り添って暖かみを、分かち合っている冬の日みたいに、わたしは長い絵巻のような闇の顛末を、読み終えていた。川面に桜の花弁が落ちてゆく風流を見ながら、金平糖やざらめみたいだと思った春の日、それらすべての花弁を鱗のようにして、パズルみたいに組み合わせられたらと考えていた、誰も傍にはいなく―――て。でも何故か、人恋しかった―――から。冬の夜がもう一度巡ってきたような、春の夜はいつだって、忘れていた甘酸っぱい感情と隣り合わせだ。 * 45初恋夕闇の迫った、俗世間を、超越したような、薄暗い部屋の中で、白く美しく笑って、廂を長く突出きだした、低い、がっしりした二階。立板に水を流す如く、澱みないピアノの音のような、長い間の鬱積を伴った、道筋の景色や、他愛ない会話を、眠りの澱みから醒めきれない、濁った印象の、沈殿の中で、思い出していました。錆び朽ちた写真館を、背景に、切れ目の、はっきりした、涼しい眼つきをするあなたと、そら豆を茹でる青い匂いが、そのまま、口づけの味。身震いするほどおそろしく、けれども、楽しく浮き浮きして来て、時々は、あまりの他愛なさに、ひとりでくすくす笑いながら、さめざめと泣いて、おしまいには自分は、世捨て人のようにだらりと淋しい部屋の中で、全身が透けた、あの人と会っていました。誤解や面倒がる関門を、通り越した、明澄性などはなくて、漂泊することを覚えた、泥の塊という造作にありついた、孤立無援の世の中に立つ、わびしさが、人知れず。広い大きな世界が、ひらけて来るほどに、街が自分を拒んでいること、よそよそしさは、迫る壁のようにあることを、奇怪な空想かもしれない、その幻に話した、胸が疼くような、甘酸っぱい、それは、いやに切ない想いの、夜空が夜光虫だらけになる、ほんの少し前。頭痛でした、神経痛でした、歯痛でした、借金取りと借り手のような間柄でいいと思っていました、いっそ言葉と言葉が、酔っぱらいのように、散り散りとなって、よろめいて、順序が狂って、壊れて、立ち直れないほどに。話の途絶えた間を、深く深く、染み通らせた白痴の、永遠を待つ気になれなかった、殺してと言った、行きたいと言った、顔に影、薄白いような希望と絶望の、刹那はきっと焦がれていた、あなたがそうしないことなど、最初から知っていながら。 * 46Midnight Ending夜の、音になる。code me...call me...無重力の、(・・・・・・溺れたり染まったり、忙しなく消化されてく・・・)波間から、息を泡にして。(・・・・・・血管の中の電子、宇宙の秘密垣間見る・・・)Oh...Oh...Oh...タギるヨクボウを、ミズでウスめた、咽喉が、咽喉が、“渇く”(から、)どうか聞かないで・・・夜の、音になる。code me...call me...満ちてくる。 * 47You Can't Hurry Love夢の中でも会いたいあなたは、王子様。大嫌いな流行歌もといJーポップみたいな歌詞も、嫉妬と束縛のヤンデレ設定も、そんなメスしたいわけじゃないのに、ウェットなロマンチシズムの虜。秒針より速い心臓は、どうして恋に落ちるのって言ってる、そんな優等生の息の根を止める、いまでもぐにゃぐにゃになりそうな、こんにゃく。潔癖症だったな、リンクしてる、人見知りだった、クロスしてる、食わず嫌いの思い込みの強い黒歴史は。思い出してるいつかのワンシーン、手を握られて頬まで赤くなった、音楽の余韻みたいに、世界が別の顔をしていた。巻き戻して、早送りした、永久保存した追憶の篩にもかけないで、深い沼の底に引き入れられていく、この余韻は絵のような時間を連れて、靄のように揺らめいている。世界中で一番大切な人に出会えた、そして世界中の誰よりも好きな人に出会えた。用事のない電話も、偶然本屋で会うことも、絡まる糸でほどけなくなって、空回る、酔いのような、自分であって自分じゃないような、不思議な高揚の悪くない気分。運命という言葉が、胸の奥に枯れない花を咲かせようとしている。ドキドキは頭からくる、眼からくるはずなのに、やっぱり胸からくる、コンコンって胸の扉を開けて、入って来て欲しいの、ゴー・ストップが眠っている、センター・オブ・マイ・ユニヴァースで。好きだよって、循環系の中心をなす、全器官稼働して、雨上がりの街の匂いのする、夏の夕方までわたしを連れてって、はるかな宇宙の隅々まで拡がる、放射線状にきっと拡がる、手ではっきりと掴めそうな気がする、量子コンピューターみたいな超精密機械の回路。今日あなたの夢を見たら、明日は必ずあなたに気持ちを伝える、絶対、多分、いや絶対、やめろ、やめられない、迷いの森を抜けて真夏の夜の夢を始めるの、恍っとりとした南の島へと続く海を、泳いでいるような夢心地で。あなたにとってのわたしが魂の半身だったら、いいのにって思う。あなたにとってのわたしが心の中に棲むイヴで、いつも傍にいられたらいい。 * 48眠りの国届いて(・・・・・・君がいない、白い部屋で・・・)溢れて(・・・・・・砂と雪の、まだら模様・・・)響いて(・・・・・・時は、戻らない、熱気にシュールに美しく歪む、 かげろう、道は昨日と変わらないのに・・・)誘うように揺れているLast night,Good night...誰かが手を伸ばす「合図」(して、)忘れていたんだよ思い出したんだよあったかい君の手誘うように(・・・・・・屋根も、硝子窓も、看板も・・・)揺れている(・・・・・・胸に充ちた、たそがれ・・・)Last night,Good night...だいすきだよ * 49 あ、/で、も (一定のリズムがく、ず、れ、る) ―――粗雑な野外トイレ。 ベニヤ板の床。 アンモニア臭に耐えられなかったのか。 どうだろう。 死んだ蠅と、 お前は元気だな、サイズ大きめの蜘蛛。 壁も天井も、扉も、あのごめん、イメージも、 全部白だった。 どんな絵画より、美術より、俺の心を震わせる、 誇張的雷撃の中。 チャックを開けて。 (曰く、内部に充填された爆弾への点火―――というものは、) イチモツを取り出して。 (上や下に屈伸し、踵のバランスを気にする―――というのも、) 出す。 迸るぜ、とハードボイルド作家なら書く。 百パーセントの迸り、完全な勃 起とポルノ作家なら書く。 その工程を説明する必要はあったのか。 わからないけど多分。 みんな色んなことに鈍麻しているから。 常識的なことを書かれると安心する。 「(裸で小便をするとわかる、 意外と色んなところにかかっているかも知れない)」 ヒュウウウ・・・。 ―――駅のホームへと電車が滑る。 『聖書』(が、)「消」“えた” 『刑務所』(が、)「消」“えた” 空間の一点。 公園の風船・・・・・・。 (君は何処へ飛んでいくのって聞かれた気がした、) (答えは言えなかったけど・・・。) タン、と音が鳴る。 心拍数百二十駆け上がる・・。 ・・・波、風――スピリッツ・・それがいいんだ、 [あのー、描写無視なんですけどー。] “描写無視もいいもんだな” うむ。 ちょろちょろと、いばりが落ちていく穴。 トイレットペーパーがないのに気付く。 ティッシュペーパーを持ち歩こう。 そう思った。 厚い唇にちらちらする炎の反射をきらめかせるみたいに、 厚い唇にちらちらする炎の反射をきらめかせるみたいに、 あ、/で、も (一定のリズムがく、ず、れ、る) ―――思考力がどこかへ消えてしまいそうなほど、 この無意味な時間は続く。 自然な、突拍子もない飛躍を内包する。 誰にも邪魔されない時間とは、これか。 家のトイレでもなく、仕事場のトイレでもないし、 コンビニのトイレでもないけど。 ドアの冷たい金属フックやボルトのある、簡易便所。 コンピューターウィルスというものが、 こういうものじゃないかって馬鹿なことを考えた。 思考を切るのに十分な変化を、耳が感じ取った。 ごろごろと、地響きのような音が空から聞こえてくる。 上手く言えないけれど、 インフルエンザになりそうな気がする。 でも世界は確実に、遠い。 少数派の単細胞生物になったような気がする。 ここは神社なんだ、 「お、奇遇だな」って神様がやってきたら、 バックドロップシンデレラ決めたい、最高の夜。 ゲームの画面にプレイヤーがいなくなっても、 サウンドだけが聞こえ続けているような不思議な感触だ。 * 50「退学」や「停学」みたいに思える、トレーラーハウスの脇に立てかけられた脚立。何とも言えぬほど『鮮やかな輪郭』を示す、強さ。それは、『強烈な光』だ――・・。妄想と現実が噛み合った瞬間、スペクタルになる。スターウォーズにかこつけてこう言いたい、カモメ族の逆襲。横文字並べて悪い大人の仲間入り。トレーラーハウスの隣に物置小屋とか、自転車、変な旗があるよって言ったってわからないけど、(十中八九ね、世界中、なんだったらありとあらゆる人は、想像力を誤解しているしね、)想像して、うひひ、何でそんな笑い方、いやいやいやいや、シモネタ想像しながら考えてみ、うひょひょ、馬鹿みたいだろ、でもすぐに想像しちゃえるんだよ、人間っておかしなものだろ?徘徊型兵器―――蜘蛛の生まれ変わり。デッドヒートしようぜ」」」いや、意味わからないです」」」でもさ、光がないことを闇と呼ぶのなら、落ちてゆく墜落感と、僅かに感じる浮遊感の、錆びたような感じを何で言えばいいんだ?夢の検査法で頬をつねってみろっていうのがあるね。毎日、頬をつねっていたら自然、明晰夢を見れるさ。どんな夢でも、どんな現実でもそういう態度が大切さ。一歩ずつ、一歩ずつ、ね。偏執者、賭博者、飲酒家、放蕩者、君は光の弱い星だよ、小さな小さな星だよ。輝きを求めてる?自由になりたい?とびっきりの方法なんて一つもないよ、仕事や勉強をすれば世間がわからなくなるし、お金を欲しがれば憂鬱の腐蝕は強くなる。ハンバーガーやポテトやコカコーラを、トレーに載せて持ってきた、トレーラーハウスと電柱をつなぐ電線。パソコンのキーボードの印字と、パソコンのディスプレイに表示された文字。なんかがあるけど、重要なのはそこじゃない、カーテンを破ってトレーラーハウスが突っ込んできたんだよ。普通に嘘だよ。絶対に誰も信じないよ。だけどね、うひひ、やっぱり染まっていやがりますね、その笑い方、処 女穴を突き破るようにトレーラーハウスがずこーんとやって来た、と書いたらみんな妙に納得してしまう、(十中八九ね、)僕はまた突拍子もない現象の方が想像しやすいんじゃないか、と思うんだ、豚が泳いでいる南の海とか、ね。ぴしゃぴしゃ音を立てながら泳いでゆくんだ、豚がさ。可愛い豚さ、とある宗教じゃ見るのも嫌だって言うけどさ。―――“そうじゃなかったら?”―――“そうじゃなかったら?”あのところで、右手がさっきから、肉球になってるんですよね、いや、猫の手になってるんですよね。驚くよね、困ったよね、もうどうしていいかまじでわからないよね、もうさっきから、Yahoo!知恵袋でずっと聞いてるんだけど。困ったよ困ったよ、これじゃあHなことをできないよ。馬鹿だよ馬鹿だよ、だけどアブラカタブラ、なむなむしながら、みんなそんなことを信じてしまう、(十中八九ね、)思春期の自由や、内部の額縁について考えてた。あるいは、超物質的形態について考えてたよ。夢の博物館を夕暮れが満たす、そして心の翳りが窓を満たす。難しく考えるなよ、顔一面に広がっているのさ。自分が何処にいるのかの座標から、胎内回帰の願望までハレーションした、黄金の羅針盤。都市を透視する不安定な飛翔。『正解』は、『不健全』だ、遠近法を誇張しまくってやろうぜ、もちろん、そこに僕等のセクロスがあるのだ。って何言ってるんですか。わからないけど多分。もう真面目に書くのが嫌なんだよね、次々と音もなく弾けてゆく滅茶苦茶で、支離滅裂で、それでも生の原本さ、金字塔さ、ユニヴァースカノンさ、それはつまり何かって、エロスさ。(十中八九ね、)ロングフォーカスレンズで特定のディティールを狙う、簡単なことさ、俺はもちろんバードウォッチングをしながら、可愛い女の着替えを覗いている。って何書いてるんですか。でも石油のような虹彩が一面に浮いてくる、記憶力とか、印象に残る方法とか、明日への活力とか、そういうのを真面目に書いていっても結局、楽器の最低音になっちまいやがるのさ。ある人はキチガイでさ、女性の部屋で裸踊りして、その動画を送り付けて警察に捕まる。でも昔からニュースを見ていて思うことがあるんだ、どうしてそうなっちまいやがりましたかってさ。あるドアホウは、電車に乗って女の尻をもみもみせずにはいられない、そしていつか、私服警官に御用になるさ。計画性がない。でもこういう手合いってのは、何かにハマっちまう感じなのさ、真っ暗な地下室でもさ、想像してご覧、お前そこにいるんだ、だけど、一日我慢するだけでお前の望みが全部叶う、そんな感じさ、何かにハマっちまうのさ。でも本当にそうなってしまうかも知れないってわかっていながら、それでもやっていたのか、それとも、もうどうなってもいい、今さえよければいいって、それでもやっていたのか。ここだけの話さ、僕はフェミニストじゃないんだ、女性に優しくしようとはするけどね。でも、もしかしたら僕は男性の方に優しくしてるかも知れない、絶対数の問題もあるけどね。僕以外の社員が女性だらけだったら、フェミニストだよ。ってそれは違います。けど、僕の知っている女性でフェミニストするべきって思うのは、両手ぐらいの人数しかいない。雇用均等とか、女性の尊厳とかさ、僕はいいことだと思う、平等な方が不平等よりいいだろ、これはさ、お金持っていないよりお金持ってる方がいいだろと同じさ、もっと馬鹿な言い方をすれば、女とやれないより、女とやれる方がいいだろって言い方になる。って何書いてるんですか?理性での説得の対岸にある野獣の智、まことに及ぶべからず、とね。脳内の金庫にしまうようなものを想像してごらん、僕は一度答えを出したことでも、とある拍子に、うんざりするほど考えてしまう癖がある、どんなに完璧な答えも、どんなに正しいように見えるものでも、ほんの一パーセントにすぎない意見を採用すべきじゃないかって思って、全然別の答えを導き出すようなことがある、アーティストなき広告論者だらけの社会みたいだね。だって僕は無敵だからね、無敵の人は、死刑も恐れないし、警察も恐れない、でもそうじゃない、無敵の人っていうのも一定数の確率で生まれる、ニーチェが殺人を肯定するようなものだね、どうやったって起こすべきじゃないってことには、どうやったって起こるようになってるんだ、それを本気になって止めてやんぜって思う気持ちもありゃ、それでもやっぱり起きやがんだろうなあっていう諦観もあるさ、―――“そうじゃなかったら?”―――“そうじゃなかったら?”眼の前で、蛞蝓が蟻に嬲り殺しされるのを眺めてた、ピクピクと動いてたよ、助けてもよかった、本当さ、だけど、心の奥じゃもうわかってんのさ、そんなのは優しさじゃないって。生きるっていうのは残酷なもんさ、見殺しにするようなこともある、自分さえよかったらいいって思うこともある、だからギリギリの良心を残しておく、本当の自分が万力みたいな圧力でおしつぶされないようにね。トレーラーハウスを下で支えるコンクリートブロック。みみずが死にまくっている、人工の砂みたいなもんさ。蝉が死にまくっている神社の坂の樹のところみたいなもんさ。何となくわかるよ。君はきっと真っ暗闇の道をひとりで歩き続けたことはないだろう、数時間ぐらいね。僕はある、街燈がなくても見えることは見えるんだよ。そうしたら、本能の領域がすごく大きくなる。動物が何処にいるのかわかる、足音の存在、見てはいけないものの存在までハッキリと気付く、繰り返しさ、そういうところでもなけりゃみみずは死にまくり、蝉は死にまくる。残酷だろ、都会には幽霊が多い、生霊が多いっていう、残酷な天使のテーゼさ、ささくれだった心を胡麻化すなよ、明るい歌で。だけどね、シェスタしたい―――ね。喫煙しようぜ、税金上げやがるな、いや関係ないだろ。だけどね、トレーラーハウスの上部に設置された、パラボラアンテナとか、木炭を使うバーベキューグリルとか、防水シートとか、LPガスボンベとか、洗濯機とか、そんなの別に誰も興味がないんだ。心の中に意味のない奇妙な紋様が浮かび上がって、僕は裸の女のことばかり考えていたって書いたら、みんな何となくそのことをすっかり覚えちゃうんですよ、(十中八九ね、)焚き火の勢いが弱くなりながら、僕は透明感のあるインディゴブルーの夜空を眺めている。普通に嘘だけどね。セクロスしようぜ」」」いや、意味わからないです」」」
2024年04月08日

透明な眼をして。 あなたは肛門に差し込む聴診器のようなんだ、 液体になった細胞は、 甘ったるい香水を毒薬にした。 主調低温のように持続していると思われた重さは、 簡単に軽さにすり替わって、 そうして小さくなった命も軽はずみにやりとりして、 線香と麻酔。 「「「叩いて叩いて クラッシュ寸前のブレーキアシスト。 ざ ら ざ ら と 妙 に 冷 た く 流 れ て い っ た 、 モザイクは四角い、か、ら。 (から、) 水の上を歩く夜、 頭の中の「押し入れ/引き出し」に順序も見境もない、 ゴミが溢れる。 頭の中の「押し入れ/引き出し」に区別も分別もない、 ヒトが溢れる。 きみ...の...ため...だよ... Music turned into rubber products... どちらかの手に弾丸があるよ、 右か左、もし答えがわかったら、 コインロッカーに隠した拳銃を、 くれてやる、、、 蹂躙(じゅうりん)[スル] よじれた、脂肪、が、ぐしゃぐしゃに、し、た、 スーパーの袋、みたい、で、嫌だ、った。 よだ、れた。 見慣れた壁や天井が遠い。 湿気と陰気で厭わしい椅子は蝙蝠の骨の負債だ。 ―――塞いだ、塞いだ、塞いだ、 わたし、わたシ、わタシ、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、 花の盛りが過ぎてゆくのを見ながら、 薄青色の 紗の 幕 ・・。 何かが足りないって君は言う、 違うでしょ、 何もかもが足りない、 ネジもない、ドライバーもない、 そもそも考えるべき頭もない。 「わたしもう、 生きていけないかも知れない」 It's the end of the world... 「いいんだよ、人は弱いもの」 「洗脳してあげようか? ずぶずぶのでろでろにして、 幸せを感じさせてあげようか?」 それが何かって・・・。 何かだって・・・・・・・。 動きだす、描く、演じる、、、 きみ...の...ため...だよ... アクリル硝子越しに見た、 水晶の底のようなコップの底面。 枯れた造花(を、)入れたい。 枯れた造花(なら、)入れたい。 夕暮れの果てない旅路から、弱い僕の魂。 小舟の浮かんでいるベッドだ。 「本当は何も考えたくない、 ...クスクス 硬 い 扉 は な く て 、 (“主体性”がなくて、“受動的”で・・、) 全 部 軟 ら か い ん だ 。 (その“客観性”は“不特定多数”なんだ・・・、) 明るい透き通った街は煙、 旧式のパソコンの画面をハンマーで叩き割る。 きみ...の...ため...だよ... 「本当は何も考えたくない、 ...クスクス 「「「叩いて叩いて
2024年04月07日

* ●地下室へと続く階段。死刑囚の見る十三階段。 地下の掘削は温度の闘いといわれ、 火山が多い日本では六〇〇〇メートル前後で二〇〇度に達する。 土俵際へ押し込まれた力士のような気分がする。A「どうする・・・・・・帰るか・・・・・・」B「でも・・・・・・俺もDさんも見てないしな・・・・・・」C「見ることが目的じゃないでしょ!」D「Cどうしたの・・・・・・そんな怒らなくても・・・・・・」E「A、Cさん、無理だよ、見ないと納得しない・・・・・・」ニューロ・ダイバーシティ脳の多様性。「どうしたの?」「どうしたの?」「どうしたの?」―――マイナスプラシーボ、スポイル、エクスキューズ・・・。もしかしたらEも見ていたのかも知れないが、確認する余裕はなかった。だって、僕は幽霊なんて初めて見たからだ。、、、、、、、、、、、ラビリンスオトナワード・・・・・・。唯一奇妙なドアの向こう側、『見に行かない』『興味がない』数えきれない笑顔と、涙、怒り、不安、恐れ、―――ヘッドライトに浮かび上がる一時停止・・。中に入った。Eが腕を掴み、Cさんも、もう一方の腕を絡めてくる。上手く言えないけれど、自分の居場所に帰ってきたという安堵感が訪れ、周囲を見回す余裕が生まれた。一日は二十三時間五十六分四秒。また、常に僕等の体内時計は狂い続けているという話があり、それは何か、制御された幻覚、受動的に処理されてゆく最良の推測といったニュアンス。気温は複雑に振る舞う大気や海の動きに左右され、すすや火山噴火などの影響も受ける。空気は良心に恥ずるような陋劣な振る舞いを見せる。薄暗い中で奥から再び悲鳴が聞こえ始めた。その確定された範囲内の視座のなかの自由。、、、、、小さな卵が―――。、、『円盤』になる。 * *「うあぁぁぁぁぁぁ~っ、来んなぁあああああ・・・!」何を言っているのかは分からないが、滅茶苦茶焦る。はたと当惑したように棒立ちになる。Bの突然の発狂が引き金。堰が崩壊するような声は心臓にまで届く。アドレナリンの分泌。地図が役に立たないような時、大昔の航海者―――は、自分が精通している海から遠く先へ出なかっ―――た・・。陸地が見えなくなるだけの距離であっても、遭難する危険性があると思われたからだ。石井四朗という邪悪な科学者がいて、彼は面白半分に臓器を摘出し、たとえば誰かの胃を切除し、食道を直接腸にくっつけたりするようなもの。『一種名状し難い快感』と、そして何処かでそれを『反発しようとする情念』とが、同時に雜りあった心的状態―――。痣のように残った。、、、、、、、、、、、、、、、、解剖で脳を出してみせるための切開・・。脳は風船と化して形而上の宙に浮かぶ・・。瞼の裏の中の幻燈の人物―――。展けた視界に咽喉越しのいい台詞は、テンプレートの上に化けの皮を剥がれた。、、、、、、、、紙飛行機は落ちた、剥がれてしまいそうな後ろ姿、何見てるんだかわからないぼやけ、>空廻る気配。>空廻る気配。また無我夢中に出口に逃げ始めた。(「なりましたか、チックタックタック、(「なりましたね、いにしえの予言で全て実現されたのは、<光>が<時>をいじくり回したからに過ぎない。ああ、どうしてなんだ―――ろう・・・。ネジレテユク、ネジレテユク.......注意を喚起しながら小走りに数十秒で、出口につき外に出た。点呼を取ると、Bだけが来ない・・・・。血の気をなくして一本の蝋燭のように佇む。、、、、、 、、、、、、、、、鏡を見る度、記憶は失われてゆく。(蝕まれてゆく嘘は、)ゴミ箱の中にあった、牢獄のような日々の中にあった、鏡の裏側にあった、考えはゆらゆらと揺れ動く藻草。スラム街で拳銃を頭に突き付けられて平静でいられる方がおかしい。壁や地下牢からしみ出るガス状の分泌物でも見えたかも知れない、でもやはりこのままではいけない立ち上がりドアを開けて、「B、早く戻って来い!」と叫んだ。興奮に駆られるまま性急に実行したせいで、怒鳴り声に近かった。それが精一杯だった。 身体の何処からでも燐寸の棒を擦ったら、火がつきそうな羞恥。しかしそれでも返答がなく悲鳴が聞こえてくる、こうなったらもう行くしかない。 ・・・・・・君も(君も、)(いつか自分以外の誰か・・)・・・・・・こんなつまらない経験値リセットして、トマドウ、ケド・・・。「ボヤボヤするな!」Eが腕を掴んで、行くぞ、と言った。お兄ちゃんと言いたくなった。 底なしの井戸でいつも頭の中を駆け巡る、―――スターティング・ゲート。(そしてまだ、時間も距離も測れなくしてしまう、唯一正しい、前後ではない、白と黒の核へ・・・・・・)戦争の記憶、いじめや幼少期のトラウマ、心っていうのは細胞の一つ一つまでも吸収し、豊満する。なまめかしく卑しめる、底辺の開花。あらゆるものに下品な付属物を与える。弾力性は弩、時に血肉を蛆に変えてしまう。十二の宮の記憶の錯乱。二十四の生の微粒子。、、、、、ガチトーク。Bの頭を引っ叩いたが変わらず。蹴ったら奥に進んで行こうとする。どうなっているんだ。脇に抱えて、何とかEと一緒にBを外に連れ出すことができたが、CさんやDさんがいる場所まで連れて行った時にBはBに見えなかった。蕁麻疹が出た。あまりに気色悪くて、蕁麻疹がタケノコするようだ。視界が真っ黒に塗りつぶされていくのを感じる。水をぶっ掛けようとしたが、周りに水道がなかった。しょうがないので、飲み水のペットボトルの水を頭にかける。それでも直らないと思っていたらEが耳元に何か囁いた。そうすると、ようやく正気に返った。微妙な考えや感覚の中のそのまた、微妙なうつろいや想いなんかに、明るく開けそうで閉じられてゆく、難解な雰囲気を感じる・・。カタカタ―――匣が揺れている音が飛び込んだ、パカッと開くような音がした。俄かには信じがたいけど・・・・・・。 * ●それは一体何だったのだろう? 三〇〇年で六一人もの人を死へと誘った、 ザ・バズビー・ストゥープ・チェア。白いもやが見えた。どんよりした、鈍い、ほとんど眼に見えない、鉛色の、有毒で神秘的な水蒸気――。自分が見たのは白っぽい着物を着たお婆さん。環状彷徨、自問自答。何重もの保護装置。静かだ。物音もなく、引き込むような静寂がじめじめした世界へ僕を連れてゆく。朧ろな視界だ。B「でも・・・・・・俺は小学生ぐらいの女の子だった・・・・・・」C「私は髭を生やしたお爺さん」D「わたしは派手な服を着た女の人だった・・・・・・」E「自分はスーツを着たサラリーマン・・・・・・」と、何故か誰一人、見た目が一致しなかった。波長があったということもあるのだろうが、裏を返すと、それだけの幽霊がいた、ということになる。唯一「あっちに行けと手で追い払うようにして怒っていた」と言うことだけはみんな共通していた。波の音、呼吸するリズム、打ち寄せる心臓の音、遠ざかる列車を見送るような視界・・尿意を覚える。昂奮する。「(ズレ、ねじれ、もつれ、揺れ・・・・・・)」「(―――思考の不連続性・・・・・・)」(頭の中の神経繊維を撫でられたような気がした、 エマージング・ディジーズ・・・)感情のコードの調整が必要だとも思われた消失点へとひた走る、 縦笛の内部に似た風の通り道、というようなやりとりをしていると、次々に叫び声があがった。[シャッターを閉じる](・・・扨て、このリクエストは後何秒続く・・)単純なことだ、単純なことだ、正解はこれだ、正解はこれだ、葉書のように半永久的に何処かの壁に、セロファンテープでとめられている筆記体。流れるまぼろし、撓う柳、ゆれる、沈黙の絵の具。 (モジュラージャックへの接続端子―――)あまりの驚きに一瞬しか見れなかったのだが、推定二メートル近くありそうな男か女かも分からないシルエットが走ってきた、鬼の角のようなものも見えた。エルフェンリートのディクロニウス。何かが間違っていた。、、、、、、、、、、選択肢を間違えたんだ・・・・・・。トランスミューテーション変 化・・。内に燃える発動を萼のかげに制御しながら榴散弾の破片のように薫る。その『画面』が光り・・【受信】の文字―――。 、、、、、、、、、、、、、、、、、、星の位置さえ足から離れて地面に落ちる、身体中の関節がぐにゃぐにゃになる。関節の油が切れる。缶詰の蓋をじゃきじゃき切るような嫌な感じ。粘り―――滞り・・・ねじれ・・・コップにぐみいれてあふれさせる、みたいなね。、、、、、、、、、、、、、、心の中にそいつがあるんだろう。首筋にうっすらと汗が滲んでくるのを感じるとともに、全身の毛穴が開いて、気が遠くなるような感じを覚えた。半端ない地雷臭を感じながらメランコリイ。フラッシュバック...バック...バックバック...ゾゾゾと一気に血の気が引き毛が逆立つ、「逃げろ!」その言葉で全員が一目散に車を駐車してる場所まで一気に逃げた。、、しん、と黙る、イエス・ノーの二項対立が強要されがちな世の中の、グラデーションの部分。 * *エンジンがかかるまでの一瞬がとてつもなく永く感じられた。、、 、、、、、 、、、、、でも、油断するな、あと一歩だ。エンジンがかかるとアクセルを目一杯踏み込み、走り出した。どうやら幽霊が憑いてきている様子もなかったが疲弊していた。、、、、、、、、、、、、、、、光って消えるものだと知りながら。 「見えない壁、感じられるのは風―――。 * ●ファミレスには朝のメニューもある。 ホールとキッチンの業務は分かれていて、 裏方は材料の仕込み、簡単な調理と盛りつけ、そして食器洗いをする。 そして若者は必ずドリンクバーでジュースを混ぜおぞましき青汁を作り、 何にしていいか迷うと仲のいい友達と一緒のものを頼む。「おそろしくまわりくどい朝―――」次の日の朝、僕はBから呼び出されたが、どちらにせよもう一度みんなで集めらなければいけないとは思っていた。ファミレスに集まった時、口々に色んな話をした。僕はマンションの窓を叩かれる怪異に遭い、Bは深夜だというのに窓から歩く足音を聞いた、Cさんは勝手にシャワーが流れたり、ドアを叩く音が聞こえたりした。Dさんはビデオカメラの確認をしたが何も映っておらず、人形のドアップで「土足で入り込んでマナーが悪いね」という声を聞き、次の瞬間、自分の部屋が何故か映り、そこに無数の幽霊がいたという最悪の怪異に巻き込まれた。(自動的)に「複数」の、『クリップファイル』に【分割】する、結局明るくなるまでファミレスで過ごしたという。わかってほしいとかいう、承認欲求の生き物 、、、、、、、、―――息が出来なくなる。A「そういえば・・・・・・Eが来ていないんだけど・・・・・・」B「おい、Eって誰だよ」D「わたしも知らない、なに、脅かすつもり?」A「おいおい・・・・・・ちょっと待ってくれよ・・・・・・」ハイパーループという、チューブ内をポッドやカプセルなどと呼ばれる車両が、空中浮遊して高速移動するみたいだ。モーメントは限りなくゼロになって、世界の常識のプラグを抜いたように感じられた。でも、幸いCさんが覚えていた、「Eさんは知ってるよ。でも、知らない人、あなたの傍にいるから友達かと思ってたけど」僕はEが何処に住んでるとか、年齢とか、全然知らない。お兄ちゃんと慕っていながら、潔癖な貧弱さだ。「でもみんなが知らない、見ていないっていうだけで、霊だというにしても、だからってそれを必要に怖がったり、気持ち悪がったりする必要はないと思うの。AさんとBさんが二階に行った時、Eさんは一階で私たちに何かないように見守ってくれていたし、地下道でBさんが困った時には、Aさんと一緒に向かってくれた。この中で、Eさんを悪く言う人がいたらわたしは怒りたい。わたしは守護霊とか、Aさんに由縁のある霊じゃないかと思う」Cさんの演説のおかげで、BやDさんも、肯いた。Cさんは「大切な人なんですよね、だったら、それでいいんですよ」と言った。彼女は、優しい人だ。ありがとう、と僕は表情を綻ばせた。「Eさんは子供の頃から知っている人なんだ」 * ●ファミレスで最終的にお祓いに行こう、ということになった。 気は進まないけれど廃墟近くの神社へ。アンテナ天線には、風船が割れるまでの鋭利な硝子のような時間・・。王様林檎みたいな太陽――。境内に車を停めたあと、社務所にいた宮司さんに昨日からの経緯をすべて話した。神社の菊の紋章を見ている。靴音がブツブツと点線のように繋がりながら廃墟の方を見やる。そして呆れ顔になり、鼻の付け根のあたりに神経質な線を漂わせながら言う。「君たちありえないほど馬鹿だな。悪ふざけで行くところじゃないだろう?」、、、、、、、、、、、、、、かさぶたみたいにはげかかった、救 難 信 号...,,,,意識を持った遠い油膜、 ,,,,侵入プログラムの波頭、「親父に聞いてみるよ―――でも、期待するなよ」下手な芝居の台詞のような口の利き方で、正直僕は期待していなかった。競馬のレースや、株価の走りだってそうだ。社会の荒浪に揉まれると、相手によって態度を変え、額面通りに受け取ることはなくなり、パーセント表示で物を考えるようになる。「(アスファルトの上のレシート相手に、期待する人なんていないでしょ?)」それは完全マニュアル化かつシステマチックなもの、豊富なオプションもある。嘘は誰も救わない。ソシャゲガチャのような回転率。クーラーの送風口は真上で冷え性の女性を困らせる。D「あの言い方、本当にムカツク・・・・・・」C「でも、自業自得だから―――ね・・」A「まあ、何かしてくれるだけでも感謝しなくちゃ。ポジティヴにね。ネガティブなことは、世の常。しかし期待するなと言っていたし、別のところにもあたるつもりでいよう」B「・・・・・・とりあえず、何処かの神社や寺で、お祓いだけでもして、数珠や盛り塩で乗り切るっていうのも手だよな」A「最悪はそれでいこう、気休めだけど、スマホで般若心境流しっぱなしとか」D「あと、怖くて家帰れないから、C泊めて・・・・・・」頭の形のいい、顔がつやつやとゼラチン膜でも張ったような、好々爺といった坊さんに色々話そうとしたら、開口一番、「うちでは除霊はできんぞ」とのたまう。は?真実はかくも穏やかな移り変わり・・。「引き受けてはみたが、お前、どんな化け物連れてきてるんだ。わしが命を賭けてもどうかわからん。じゃが、知り合いに高野山で修業した霊能者がいる。連絡してみるから茶でも飲んで待ってろ」ということになり、一時間程待たされた。土曜日の朝である。多くの記憶が壜の栓を抜いたように快いテンポで流れ出てくる、のんびりとした感情を持ってうねっている優雅な曲線の丘へ。まず、僕等は幽霊が見えない。 サ ー キ ッ ト ・ ブ レ ー カ ー送配電系統の回路遮断器。あの坊さんの言っていることも本当かどうだかはわからない。自分達がどういう状況に置かれているのかを正確に理解できていない。(なのに―――で、あ、る、)葉末の尺取虫のように何処にでもいる。道端の霜の消えるごとく世に無名の死に終わった、浮かばれない魂―――というのは。水槽に入ってゆく金魚の餌みたいな気が、した。うそ寒い湿り気が首の襟に残る。まやかしの向こう側、ループアンドループ、そして「快諾してくれた、神様が祓ってやれと背を押してくれたらしいぞ、感謝して、行け」と言われ、車で向かった。D「なんか、たらい回しだね・・・・・・」B「けど、元気出さなくちゃな」A「まあ、昼前だし、先に飯食ってから行こうか」C「・・・・・・そうですね、食べるもの食べましょう」 ●定食の一位から三位は大抵決まっている。 「からあげ定食」「ハンバーグ定食」「焼肉定食」 眠りかけていた凶暴な血がふと甦るほどに活力を得る。 時折、僕等はサラダで力が出るのだろうかと思ったり、 小食な人を余計なお世話と知りながら心配する。その場所は寺からグーグルマップで一時間ほどかかる場所にあった。半分ほどきたあたりで定食屋へ入った。こころなしか、みんなの顔色がよくなったような気がする。到着すると、そこは神社でも寺でもなかった。といって、普通の家というには由緒正しそうな大きな家だった。待ち構えていたように、腰の曲がった年配のお婆さんが出てきた。「大変じゃったな」そう言った後、口を窄めながら、「正直かなり凶悪な霊がついている。死相はまだ出とらんが、いずれ出るだろう」そのお婆さんに言われるがまま、建物に入り服を脱がされ、白装束に着替えさせられた。(何故か、検査衣だと勘違いした、)そして体育館みたいな本堂と呼んでいる場所に、全員が放心状態のまま正座させられた。座布団などもちろんなかった。お婆さんも白装束に着替えて荒塩を大量に持ってきた。ここから楽に出られると思うな、と言われた。脳味噌を吸い尽くしている二秒前。そんな時“ゲーム画面”を見ている、“コントローラーを握った自分”を想像する・・・・んだ―――。得体の知れない何かとても大きな力に操られているような、才能と運と努力が一組のもので影響力を持っているような、(お金を積んだ食べログや、マネーゲームのアートとは違う、)そんなある種の考えが、頭の上から舞い降りてくる・・・。聴覚や嗅覚や触覚を含めた、全身感覚的なその場の空気。すぐに護摩を焚き始め、眼を瞑れと言った。はっきり言って、熱い。道中からぶつくさ言っていたDさんの眉間の皺の寄り方はすごく、Bは今回の企画者としての責任をつとに感じているのか終始無言で、自業自得という言葉を口にしたCさんは神妙な顔をしていた。もちろん、クーラーとか扇風機なんてない。けれど、本堂には数人の僧侶たちも参加するという厳戒態勢で、そんな甘えた意見など一切許可してくれそうになかった。お金の話をした時も、出せる分だけでいい、これは神様に頼まれた仕事だ、と言われた。僕等は正座をしたまま眼を瞑り、手を合わせた。身体に塩を撒かれ、お経みたいなのが始まった。痺れた感覚が身体の末端まで沁みとおる。お婆さんのやりたい放題。しかしこれで昨日の自分たちに戻れるなら苦にもならないと僕は思った。それに、本堂へ入る時にCさんだけは、一緒に頑張りましょうねという眼で見てきて、何かあの地下室へと続く階段での、EとCさんが両腕にいる一幕を思い出し、何か妙に励まされた。小さなことを忘れていくことが、僕等の罪かも知れない。今回のことで、Cさんと出会えたのは本当によかった。何十分か経過した頃、何かが倒れかかってくるような、違和感があって眼を開けた。―――どうしたら・・いい―――だ・・ろ、う、足の甲がむくんでいて、感覚がなくなっているのはわかっている。高速睡眠を実現するノウハウは気絶。隣にいた僕が、「B、気持ちはわかるけど起きろ! おい!」と言って身体に手をかけようとした瞬間にお婆さんが、「触るな! 目を開けるな! 動くな!」と奇声じみた怒鳴り声を張り上げた。本来は幾重にも縛られている正義の重さが、簡単にシーソーする・・・・・・。僕はお婆さんの親の仇のような般若の形相にびっくりして、高野山の修行をすると毘沙門天でも彫ってくるのかと思いながらも、眼を閉じて、再び正座した。すると、寝転がってたBから、地下室へと続く階段のように、叫び声が聞こえた。「うあぁぁぁぁぁぁ~っ、来んなぁあああああ・・・!」と意不明なことを叫び始めた。地雷が埋めてある草原に立っているような緊張。ドゥアァカァラァー...(ダカラ...ダカラ...)お婆さんがBに近づいたような気配がした後、針一突きの間違いもないような燃えで、棒で叩きまくるわ怒鳴りつけるわ、眼を閉じていてもわかる地獄絵図。開ききった蓮の花に蜘蛛が迷い込む・・・。凸レンズの底を顕微鏡で見たような愚か者。胸の芯が火照っ て く る 。さりとて、人間を並べておいて、片っ端から機関銃で射殺するような、戦争中の虐殺さながらに、ありとあらゆるものが沸騰し揉み返す、修羅場とでもいうべき決戦のさなか。大きな紗で蔽ったような薄い陰翳の本堂で、泥田とか溝に足を入れるみたいに前のめり。コンプライアンスなんて何処にも存在していない。用意された軌道を意図して逸脱する努力。Bはずっとぼそぼそと聞き取れない独り言のようなものを呟いていた。Bが静かになったかなと思えた時に、お婆さんが「帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ」と連呼してた。その言い方が気味悪くて、何度も眼を開けたい衝動に駆られ、ややもすると、頭がおかしくなりそうな不安を感じた。その、ゆっくりと、死んでゆく感覚。 、、、、、、、、、、、、―――回転軸の溝に嵌まってゆく、『“記録”』CさんやDさんの方でも、ごろりと、寝転がるような音がした。その後やはり、警策で女性とかいう遠慮一切なく、叩く音が聞こえた。そんな頃合いで、Bが完全に動かなくなったのが気配で感じられた。除霊完了か、とも思われたが、お婆さんは僕の肩を叩き始めた。そこから十分以上叩かれた上に、お婆さんが低い声で唸っている。肩が鰻のような皺の寄り方になっている。・・鼻の穴にドンヨリと曇った膀胱の臭いがした、恐怖政治。人間は砂のぎっしり詰まった土嚢じゃない。眼が開いているのか閉じているのかわからなくなり、頭痛薬を飲んで頭痛の痛みが引いてる時の感覚が拡がり、声も不思議と殊更調子を抑えた、平坦なもののように思われてきた。落ち着いた。悪夢の光景は網膜に焼き付いたままだが。―――あるポイントを越してしまうと、隣接する二つの音は何枚かのフィルターを、通したみたいに、小さくくぐもった音になって―――。別の世界の入口なのさ・・・・。普通に冷静になった自分がいた。―――それを、誰かが笑うとしても、僕には本当にそう見えた・・。(はい)と(いいえ)でも、―――《選ぶ》んだ、追い掛けると振り回され、突き抜けると身近にあるという禅のように―――。お婆さんの唸りが終わり、お婆さんが「眼を開けなさい」と言った。 蝋燭の火のように消え入りそうな―――、 そこには、憔悴しきった汗だくのお婆さんがいた。その肉体の中に獰猛な蛇でも一匹棲んでいるがごとく、傍若無人に散々、しこたま殴られたわけだが、こうして見ると疲労困憊だ。正座を崩し、足を伸ばしたら、身体の節々が痛いことに気付く。僕やCさんやDさんは、傷口に塩を塗りこまれた。尋常じゃない激痛のため痙攣する。ふるえおののく淵の上の複雑な綾。僕が身近で一番知っている痛みは、歯医者のそれぐらいだった。油汗まみれで地獄の時間だったが、念入りに擦り込まれた。僕等は塩鮭にでもなる運命なのかも知れなかった。そしてお婆さんは、「帰ってよし。但しこの事は他言するな。忘れろ」と言った。波音が引くようにすべての音が途絶えた。・・・識別不可能な極限状態まで精神を高めたら、声は意味や情報や伝達を超える、(クーハーカルハット宮殿の、洞窟の抜け穴から射し込む光・・)パッヘルベルのカノンが流れているみたいに――。「鳥の鳴き・・声・・・」世界の中の奇跡、宇宙の中の神秘、「鳴き声―――がす・・・る・・・・・・」生きていても、死んでいても、正しくても、間違っていても、―――声。 しかし、Bだけは残れと言われた。僕は何か聞きたかったが、結局何も言えなかった。おそらくBにはまだ霊が憑いているのかも知れない。ボロ雑巾のようになった身体ではあったが、あとで、もしBに車がいるようなら連絡を下さいとだけ言ったが、お婆さんは何も言わなかった。車に乗り込む前に、僧侶から、気になるところに貼る数枚のお札や、枕の中に入れる文字が彫られた木の板や、念が入っているというお守り、数珠、それから浄めた塩などを三人分渡された。お金を請求されてもよさそうなものだったが、お金の話はまったくなかった。、、、、、、、、 、、、、、現世利益ではない、神様の仕事。―――よろしい、と思った。僕は財布に入っているお金をすべて出し、CさんやDさんもそれに倣った。お金は羽根を休めた蝶のようにさえ見えた。霊感商法だったら数百万請求されていてもおかしくない。「わかっているとは思われますが、今後このようなことは二度としないで下さい。悪霊というのは、現世の復讐したい相手がいて悪霊になるのです。そして心霊スポットというのは、そういう負の念の連鎖が生み出したものなのです」Cさんが、うっ、と嗚咽を洩らした。Dさんはもさすがに反省したのかしおらしい顔をしていた。僕はすぐにCさんの肩を抱きかかえ、「もう大丈夫ですよ」と言った。多分、緊張が緩んだのだろう、と思う。「連絡先を渡しておきますので、何かあれば、ご連絡下さい」と僧侶は言った。その夜にBから連絡が入り、迎えに来て欲しいと言われたので迎えに行った。Bの帰っていく後ろ姿を見た時に突然閃いた感傷的な心持ちの中には、後から考えるとかなり色々なものが含まれていたような気がする。違和感が始まり、心の中で噛み合わない錯覚が起こる、僕はそれをどうしたいのか、どうすべきなのか・・・・・・。レールを伝わって響いてくる無国籍者、異邦人、魅力的なグローバル民族主義、、、インターチェンジ高速行路出入口。曼荼羅、アートマン、因果応報、弱肉強食、適者生存・・・・・・、魂は何処へ行くのだろう、魂とは一体何なんだろう・・・・・・。フライパンの上の自動販売機、冷蔵庫の中の口紅。その後、BやDさんとは疎遠になった。世慣れた嘘と妥協だらけの嫌な関係よりはマシだが、あの夜や、次の日の連帯感はもう何処にもなかった。しかしそれを悲しく思うことはなかった。だって、CさんとはLINEで毎日連絡し、夜には電話で話すようになったからだ。だが、たった一か月の間に、僕等の祖父や祖母が、同じ頃に亡くなった。これはCさんから聞いたことだったが、BやDさんが僕と連絡を取らないのは、そういう理由なのだという。偶然の一致というには、ちょっと考えられないような出来事である。付け加えて、あれからあの廃墟の夢を何度か見た。Cさんも見たという。Cさんは、Bや、Dさんに聞いたわけではないが、きっと忘れたいのだろうと言った。そんな色々なことがありながら三か月が過ぎようという頃、Bが亡くなった。それは撓みきった竹から手を放したように風を切った。<白>と<黒>の間に、合間に生まれた、―――【灰色】・・・パトナムの水槽脳的世界。、、、、、、、、、、、、、、亡くなった時にひどい夢を見た。、、、、、、、、、、Cさんも見たと言った。僕等は再び集まった。最後の運を試すように、再び寺に相談しに行った。その日からそのような悪夢は見なくなった。でも喜べない。いたずらに遅疑逡巡したリトマス紙、雷鳴が轟きそうな踏み絵。神経を食い破る合図・・。Bは亡くなった。妙に挑戦的な効果を生み出す、静寂の威圧感。実はあれから色々あった。Dさんは会社を辞めて、この地から離れた。(アメリカ、という話を聞いた、)羞恥の紅潮が突如狂気へと遷移した蛸の脚の無邪気さのように、僕とCは恋人になり、結婚した。実はあれから明晰夢で、Eと話したことがある。「B君は元々寿命がきていたんだよ。遅いか早いかだったのさ。Dさんは今回のことと転機が結びついていて、AとCさんは結婚という形になった。それは不思議なことじゃないし、信じてもいいことだよ。よくないことだけじゃない、いいこともある」Cに話したら、Eさんに会いたいですねと言ってくれた。人生に嫌なことがあるたびに、僕もEに会いたいな、と思う。 「 「「咽喉に刺さったちなみにEについて妹も僕と同じように殆ど何も知らず、両親に至っては誰それと言われた。けれど、勇気をもって、近所のお兄ちゃんということにしている。蓋し過去は常に人に追慕さる。世界は、見知らぬ人の群れ・・・・・・。「過去」は『要求』する。 * *陋巷にいたずらに年を重ねて、十年が経った。れいれいしく桜が咲く時期だった。その中に散りばめられた変化無限の花模様。透明で、何ら濁りがなく見えた思春期とは違う、もう一つの思春期を生きているような気がする。子供の頃に考えたトトロの腹部を想像する。、、、、、、、、、綿菓子みたいな世界。リラックスしたアルファ波状態、ドーパミン、セロトニン、オキシトシン。人を酔わせる香りを放つ、花―――。遠くにあの心霊スポットが見える夕方、娘が言う。「あそこ、たくさんお顔が見えるね」と言ってきて、ひやりとする。眼と脳による騙し絵のような華麗なる情念、この世の地獄を作る三要素、“笑い”と“悲しみ”と“恐怖”なんか―――なんか・・思い出す、ああ、やだね、―――でも、免疫を獲得する、 光、音、揺らぎのrelay、 Delay、river......宇宙だった。その、すべてだった。光だった。いつかの僕には―――。どうしようもない問い掛けが、風船みたいに頼りなく、そこここの街路樹に引っ掛かったまま、季節に揺れてる。明日が来ることを恐がる。明日が来ないかもしれない毎日は、喜怒哀楽もない、無気力で怠惰な僕等の愛。 *「Aさん、わたしは時々今回のことを、物語のように感じることがあるんです」―――人は忘れていく、だから忘れないでいるために草履のすり減ったような手法で、弱い心を守っている。迷路の入り口じゃない、良心の入り口の前で・・。 *新しい家が建つ、町の景色は変わるシンボルタワー、ランドマークのような大きな木が、何年も前から、そう何十年も前から立っている。ただ、人。もう、人というものが―――。・・・・・・歩いている。・・・・・・・・歩いている。その受精と着床のリズムは、まだまだ仮綴じの本、人生が昨夜の夢みたいにひどいものでも。―――問い掛けてはわからなくて、繰り返してはまたやめて、それでもそれが遠くなることも近くなることもない。 *時計のゼンマイがもどけにもどけすぎてしまうような、そんな時間・・・・・・。魂 の 奥 深 く の 、得 体 の 知 れ な い 領 域 へ 入 る ・・・・・・。
2024年04月05日

オレンジの街頭、信号の色、ビルの明かりも何か新鮮だ。それに昼がちょっと暑かったりしたら、深夜の肌寒いぐらいの空気でリフレッシュもできる。心配性の人や、ネトウヨ野郎に言わせれば、“大麻”じゃねえか、といういうことになる、カンナジオヒールこと、CBDを飲む。ヴィクトリア時代の陰鬱な肖像画でも―――。 *横断歩道の白線に転がった軍手、誰もいない電柱の前の花束、酸素を吸い込んで、膨、ら、ん、だ、夜の盛り場、車の音、人の声、いまは・・。、、流浪。切/れ/て/走/る/窓/の/風/景/切/れ/て/走/る/窓/の/風/景/ *そよ風が、自由な羽ばたきへの誘いを秘めて、commercialみたいだ、忍ぶように梢に伝い、肌に優しく触れる。communicationみたいだ、 ●夜の車の窓から流し見する。ノスタルジーを感じるのは総じて夏が多いが、 風の匂いに海の薫りがするとその成分は強まる。 中華料理屋の傍で吐いているサラリーマンが見える。 帰れない人がいる街・・・。 街には何か人を呑み込む力があるようだ・・・。襲いかかるダイジェスト/圧縮(の、)罠、陥穽、I wanna...忘れることなかれ、ここは童話が石になったような、街。(ラブホテル集合地帯なんていうと、歓楽街を想像しがちだけど、郊外にもある、)、、、、、、、、、、、、、、、隠れ蓑や風に似た欲望による結合。人材のリストアップとそれらに対する厭世感が込められた蔑視、職業機械。テレパシーの如く通ずるところがあると見えて、その裏の方に知る人ぞ知る類の鄙びた通りがある。時折、遠雷のような鈍い地響き。それは多分電車の轍の音。その道の先に何があるかといえば、心理的瑕疵物件だ。地元じゃ有名な最凶の心霊スポットという言い方も出来る。 ●瑕疵物件とはそれ自体に欠陥があることで、 その家若しくは部屋で人が亡くなってるとか、 近隣に葬儀場、下水処理場、暴力団事務所、風俗、工場、 小中学校等がある物件を言う。 ホラーブームや変わり者もいるにはいるけれど、基本的に、 墓場が窓から見えるような物件は中々決まらないし、 病院の傍は交通量が多く事故の危険性も増える。 必要悪としての野獣を縛る縄のような偏見や色眼鏡。 そういう小利口で臆病な沈殿性の総称。方向表示灯、それからドアの開閉ボタン。積載オーバーの警告音、行き先階や到着を知らせる電子音声による、エレベーターさながらに、窓は瑠璃色と競う。使い道のない人間を落とし込む陥穽のように出来上がっている秩序。その掏摸めいた手品。熱、温度、からの―――冷たいスプーンによる熱の移動の如く、不思議に優雅なフォルムと質感の物体となってそこにある、拡大された瞳にはJPEGが滲んでいる。自然豊かであれば危険がつきまとうように、一見不似合いなマイナスの要素が隣り合わせ。そう、一見そうとは思われないところに【ヤバイもの】はある。言い方を変える、では、そんなところへ行く人はどんな人だろう・・。薄 い 石 膏 膜 に と ざ さ れ た そ の 唇 か ら 、REC... * *彼等は五人組だった。男三人女二人だ。実は合コンで盛り上がってノリで心霊スポットに来ていたりする。といって毒蛇を怒らせないようにそっと檻の中に入れる仕事じゃない。ちなみにAは僕で会社員。合コンという名の立食パーティーの企画者で、高校時代の友達のBの誘いを受けて参加している。トイレで肝試しの話を聞かされた時はちょっと驚いた。A「でも、運転役に使われると思わなかったよ。よく下戸だって覚えてたな」B「いやいや、それだけじゃないよ、もちろん。付き合いがいいのは知ってたし・・・。結構ガチでみんな怖がって、頼めるのはお前ぐらいしかいなかったんだ。実際、会社の飲み会のムードから、立食パーティーで、その後のこみこみプラン」A「部外者が入ることで緊張感を出す」B「さっきから眼を細めたピカチュウみたいな顔をしてるけどさ、悪いようにはしないって、というか、本当は仕込みを入れようと思ったんだけど、つまり脅かし要素を入れようかと思ったんだけど、誘った奴に本気で止められた。実はCさんとDさんに貞子衣装してもらって、かごめかごめを踊ってお前を脅かすつもりだったんだけど、ちょっとな」A「そうだな、それは本当に止めた方がいい。まあ、文化祭のお化け屋敷ならいいけどさ。その、真夜中を切り裂くデスボイスや、こんにゃくぐらいは。豆腐は駄目だぞ、食べられないからな」ちなみに肝試しに行くCさんとDさんはあらかじめ決定・通達されていて、二人とももちろん二十代前半の女性、なお、CさんとDさんは大学時代から友人らしい。Cさんが秘書課で、Dさんが営業課らしい。(関係ないことを言うと、僕はCさんがよいなと思っていて、BはDさんのことをよいなと思っていた、ぬかりはない、)薄眼を開けてはいるが、首の角度が物思いと上の空をあらわすCさんの顔。なお、Eは男性で年上、実は急遽決まった。子供の頃からの知り合いで、よかったら一緒に連れて行ってよと言われたのだ。(ちょうど、牌をめくって捨てるような手つきで、)Eは子供時代、一緒に遊んでもらった覚えがあり、いわゆるお兄ちゃんのようなポジションで、競争戦略的には悪く思うなよとハブりたいところだが、ホラースポットって何あるかわからないので、頭数は欲しいみたいなところはある(十人や二十人は逆に危険だ、パニックで逃げ惑う時の恐怖で怪我だって起こるかも知れない、だが、四人より五人の方がいいは世界共通の認識だろう、)それに、だ。EがどうもCさんやDさんを狙っているとかではなく、純粋に僕を心配してくれているというのがわかるので、僕も参加するぐらいなら、と思ったのだ。クリア済み条件を知らないまま迎えたとあるRPG村で証言を探すようなもの・・。E「あんまり、みんなの邪魔をしないようにするから、空気みたいだって思ってくれていいよ」A「でも、まあ、恋愛なんてどれだけ会社面接受けるかみたいなところあるし、それに、連絡交換をしても、二回三回会う、食事だけではなく、映画館や遊園地へ行く、付き合う、結婚するまで、様々なハードルが存在する」E「Cさんは一目でAのこと気に入ったように見えたよ。それにB君はおそらく、そういう可能性も狙って君を呼んだんだろう。どちらかがいい感じになれば、ダブルデートしやすいし、ね。まあ、B君とDさんはちょっと難しそうに見えるけどね」A「またまた、期待しないよ、そんなの。でもそんなのはいいけど、今度実家にも顔を出してよ、妹もEのこと覚えてるからさ、小さい頃のこと、話してやってよ」豊饒で豊満な時代の、―――病的な神経の末梢。 その近くに神社がある。、、、、、心臓を泳ぐ。異世界に行ってQ、シャガールの空中浮遊が始まるデスマーチ専門業者・・・・・・。(「パープルレインを聴かせて、プリンス、移 ろ う 季 節 の 中 で 流 れる 風、千 変 万 化 す る 雲、描いていた絵もろともに生活が消えていく。青写真―――未来というかけがえのない、現在の写真。あったはずのものが、指の間から溢れ落ちていく。いまとなっては反応する細胞記憶の生き残り。 * *ガリガリ...ジャリジャリ... 秩序、法律の無視、多大な時間と金銭との浪費。大量生産/大量消費―――僕等はその部品なんかじゃない・・。(ヒューマニズムの上に論理設計された、よそゆきの顔・・・・・・、)新陳代謝活発なこの街のルールは、(変 容 の プ ロ セ ス ...)淋しい―――か。淋しさ―――か。、、、 、、、、、、、、、 、、免疫力・自然治癒力が高まる―――笑い。C「Aさん、運転大丈夫?」A「グランツーリスモでならした腕を活かす時だよ。本来だったらドリフト走行で魅せたいところだね。それにマリオカートじゃ攻撃や罠を仕掛けてくるからね、平気平気、おっと―――いま舌を噛むところだった」C「ふふ、Aさんって冗談ばかりですね」B「でもAは、大学時代アルバイトで、運送会社でドライバーしていたから。仕事任されすぎて永久就職しなかったけど、基本的なブレーキやアクセル操作、バンドル操作やウィンカーも丁寧なんだ、運転の下手な奴の舗装されていない道は死ぬぜ。ほらあの“窮屈そうにハンドルを握っている姿勢”が疲労が少ないって言ってたし、“踵を床につけ、足首を使って優しく操作できるような場所”だっけ、やっぱりAは運転が上手いよ」E「人間万事塞翁が馬だね」A「けど運転していて、絶対安全と思ったことはないな。住宅街じゃ飛び出し当たり前だし、近頃じゃもう信号変わっても、すぐアクセル踏めなくなった。町中が敵、危険しかないと思えで、慎重に走っていると、車は日常的に人を殺せる道具なんだと、心の底から思う。ところで、Dさん、ビデオカメラを落とさないようにね。何かそれ高そうだし」蝋のような催眠状態に入ろうとしている。草刈鎌みたいな微笑が点滅している。 急速に光は失われ、((いる ......―――ハンドル操作はそれほどでもないが、スピードを落とさざるを得ない上に揺れるので、パンチドランカーのような気分になる。、、、、、、、、、、、、、、、、、、その先に知る人は知っている神社がある。 ●夜の神社は異界だ。夜は神様の気が強くなる。 つまり人間の立ち入る世界ではない。 だから夜に参拝するなといわれる。 夜に参拝するということは相当な覚悟を持ったお願い、 つまり命に代えても叶えていただきたい願いをするもの、 お百度や丑の刻も、そういう由縁からきている。それは焦点の移動であり、いわば―――“必然的な盲目”である。―――世界へと滲んでゆく脳が鏡のように光っている、アクションプログラムだ。“ホーンテッド・ピープル症候群”人は心霊現象らしき出来事に意味を与えるため、性格・イデオロギー・文化・過去の経験が複雑に絡み合って、この症状に発症する。集団幻想が働きやすい場所なんていうとあれだけど、電磁波過敏症みたいに鉄塔が気になる人もいる東洋流の虚無思想に惑溺して、物質の世界を閑却している。賛成とか反対のイデオロギーを出さず、淡々とその内部空間とシステムを吟味する・・。(様々な言葉だけが独り歩きする・・・・・・)賽の河原の石積み。縁切り神社だと言っていた人もいる。禍福吉凶、網の目の上にあるのは―――神話的色彩。映画の字幕のような没思考力の斜線の投影。複雑なパズル、不思議な模様のような予測しがたい人生に、綺麗な歯並びのように降りてくる。正規の音程から...外れた音符...偏頭痛的浮遊感―――だ。D「そういえば前に、控えの建物の窓から、宮司さんがじっと変な眼で、見てたって言ってたの聞いたことがあるわ」B「粘着質な視線の人っているもんな、皮が焦げて脂が流れ出すような炭火だね。人が蟻のようだとモンキー興奮するムスカ大佐。って、まあ・・・悪気はないんだろうけど。Aも昔、メンチ切りまくってると言われたもんな、もう俺もいつカツアゲされるかビビってました!」A「知られざるヤンキー伝説、全国制覇、ミッドナイドトエンジェル、あれは―――って、そんなの一度もないわ。てか、Dさん、その宮司はきっと、Bですよ、気を付けて」C「けど、神社の小さな建物から変な奇声が聞こえてきたとか、黒い蛇と白い蛇がB級ホラー映画のワンシーンみたいに絡み合っていたとか、そんな話、聞いたことある・・・・・・」E「神社は病院と同じだからね」A「そういえば、高校時代、神社に行った奴が、ずっとカチコチ時計の音が聞こえてたって言ってたっけ・・・・・・。でもまあ―――気にしないのが一番だね、きっと。そういうのって変に分析するとあんまりよくないんだ、不思議なことがある、まあそういうものって思ってれば、そういうものと関わらないようなスタンスが出来るからね」ただ、自然は豊かだ。断食、苦行、いたらざるなしといった有様だ。『判断停止』と『浄化作用』(それは―――電気的刺激の位置や強度や波形を翻訳する、)人生の本質を探る上で、運動と、きれいな景色は、余剰物や夾雑物を払い去ってくれるここが何処だとか、それが何だとか―――聞きたくない・・。感情に変化を促し、いま、織り込んでいる、カウンターパート。 ●車の窓についた手形。夜を歩いていて、 掴みかかるような激しい感触ではなく、 すっと撫でるような感触を覚えることはありませんか?そういう時に本来、人は妥協点を見つけたり、大人という冷静な態度を身に着けたりするが、傾斜感覚というのを忘れてはいけない。いや、古い考えというのが歯がゆい。それをさらに無理矢理にしたのが、ある種の中毒のある要素、麻薬みたいな沼だ。カルト宗教だってネズミ講だって、客観的に作られた幸せの箱庭の中で喜んでいる構図なのだから。最強のCPUか?D「こんな時だから言うけど、この先の国道も結構有名よね」B「事故の名所だよね。たんに飛ばし過ぎた車が、曲がり切れずに事故を起こしてしまうようなカーブにも見えるけど、あそこ、献花が途切れないんだよな」A「運転席に人がいない幽霊車が走ってたとか・・・・・・いや、ものすごい身体柔らかくてフロントガラスから見えないように、特殊な走り方をしてたのかも知れないけど」C「ヨガですね」E「そんなことを言うのは二人ぐらいだよ」B「でも走行中に天窓に影のようなものが載ってたとか、そういう噂話もあったな。ただ、まあ、天井からって聞くと、どうしても盛っているんじゃないかと思うけどな、ジェイソンのイメージが強いせいだ」A「いや待て、B。もしかしたらそれは、罰ゲームだったのかも知れない。ドキュンの川流れよろしく、ドキュンの罰ゲームだったのかも知れない。一言だけいいたい、ドキュン怖い」鳥の雛が初めて見たものを親と思いこむみたいに、刷り込まれてしまう。「さっさとこんな面倒くさいことは片付けなくちゃ、」とか言ってる間に、「面倒くさいことが膨れ上がってゆく」プラスアルファの部分というのが、―――【本当の恐怖】になってしまう・・・。、、、、、、、、、、、、、、、、、リアリティを持っていると信じられる、、、、、、、、、、、、、、、、、、三次元のイメージを毎秒処理する能力―――。 ●どうして笑い話で誤魔化そうとするかって、簡単なことだ、愚問だ。 ここら一帯には隙間なく羽交い絞めしているような熱っぽい情感が氾濫して、 今日は何だか違った世界の出来事のようにそれを聞いているからだ。 夜は他者の淋しさや辛さや苦しさを際限なく吸い尽くし、層を深くする。 かんしゃく玉のように小さな新しい芽。 * *液体のような内部知覚。 ●懐中電灯は深海へ下降する潜水艦のように、 光が体内の感受性を揮発性にしていることに気付かせる。 光は水を得た魚のようにするわけじゃない、 むしろ、連想を目蓋に浮かべ、残酷な幻滅を用意する。一度Dの自宅に戻ってビデオカメラを取って来る間、買ってきた懐中電灯だ。、、、、、、、、、、、、、、、、、、飴をなくしてむずがゆがっているような、、、、、、、、、、、、、、、、、、盛りのついた規則正しい機械音が途絶える。川底に知らぬ間に砂が厚く積もっているように、Dさんはビデオカメラの録画スイッチを入れる。 ●ビデオカメラの怪異というのは意外と多い。 監視カメラ、放送局のカメラ、ドライブレコーダー。 見えてはいけないものが明瞭に記録される。 ただ「その時は映っていたんだけど、いまは映っていない」 がわかる人とわからない人がいるので注意したい。 あと、ビデオカメラが幽霊に壊されても弁償はしてもらえないので、 気を付けたい。実はそちらの方がホラーであったりする。闇を洗う魔法がかかって、空気がアイボリーホワイトに近くなる。内部崩壊の進行を待ち続けている、廃墟―――を。脳にしみるような、豆を炒るような、風。ジーパンの膝の擦れる感じとリズムのある足音。覚束ないような、過去を振り返るみたいに、一歩一歩進む。男─女。虚構─現実。生─死。―――といった二分法の狭間や、ズレ、ねじれのようなもの、肩が傾いて見える、肩の上面が見える、肩が張って見える、顎の裏が見える。待ちわびたSHOW TIMEへ。スト レージ、ディスプレイ、エ ネルギー変換・蓄積デバイス、記憶の空白のフロンティア、「記録と記憶の間を彷徨うように移り変わる風景」すなわち「テレビゲームの中の主人公」である・・。がらんとした建物から鳥のホィッスルが聞こえる、(放 心 の ラ イ タ ー 、)不貞腐れ、畝ねる髪、虚ろな瞳、なめくじが通路に残す粘液のよう。艶光りする木造住宅。浮世の応酬に疲れた皺を額に畳むが、それと同時に目尻に濃い隈取が現れる。D「さっきから寒気が全然止まらない」B「うん」A「妙にしんとしてるな、懐中電灯もっと明るいのを買えばよかった、あと何かごめん、懐中電灯のせいかな、朝に腕がありえない方向に曲がってたこと思い出す」C「玲瓏と澄み渡る夜の大気」E「眼や耳が、鼠になっているんだ」B「昆虫が蝶になるために繭を食い破るような、不思議な気分だな」A「こういう時に言うのもあれだけど、正直帰りたい」C「Aさん、守って下さいね」A「善処したい」C「軽口が、全然言えないですね」処 女膜を突き破ってあっという間に風景を、手の届く距離におけるその手の形にしてみせた。大きな黒い鳥が一瞬空を横切って消えた。 * *蔵がある、蔵の傍にぽっとん便所と五右衛門風呂がある。噂では借金か何かでいなくなったらしい。何百年も昔に罪人を磔にして処刑していた場所、という話も聞いていた。ネット・マガジンのアングラな内容から生じる宇宙の虫食い穴。“発火点”...“爆発点”...小さなビー玉は転がってゆく―――。そしてそれはいつか、大きなボウリングのピンを倒す・・・・・・。極めて無邪気にして極めて清潔なる一処女に附き纏わしむ、大抵の心霊現象は気のせいや、気にしすぎということもあるが、一度訪れた人はもう行きたくないと洩らす人が多い。粒子の粗い点描画・・・。霊感のある人は、件の神社ないしは国道を通るだけで、寒気を感じてしまう。、、、、、、、、、、、、引出式冷凍室を開ける感覚。病院の緊急搬入口の前でさ、たまたま救急車が入って来る場面に遭遇して、明らかに、それとは関わりのない人がジッと見ているのを目撃した。ねじれやもどかしさが、たくさんの執着を産む。どうしてかその光景を見た瞬間に寒気が止まらなくなった。声が密室の中を反響するように繰り返しながら、次第に小さくなる。“身近な現実の内側”とか―――。“未知の危険”とかは枝を離れて久しいけど・・、<イメージは自己増殖>している。だから―――これも本能・・・・・・。 『アンテナ』みたいに敏感に感じながら、リアリティのヴァリエーションを増やしてゆく・・。ゴム底の靴音を忍ばせている。屠殺場とか、精肉工場とか、外から見えないようにやたら高い生け垣になっているような、屋敷というのが見えている。テッド・セリオスの心霊写真みたいな夜の羅紗。(ナイジェリアのイジョ族の仮面を思い出す不思議、)アダムズアップル咽喉仏が動く・・・・・・。懐中電灯で照らしだされると、霊感的な、本能ともいえる神経の冴えを感じる。交感神経から副交感神経(へ、)蜘蛛の巣が夜露に濡れて光っている。人形が見えた。見るからに気色悪く、背筋に戦慄が走る。 ●蜘蛛かという想いの切実さを嘲笑うように、 するすると言葉が先滑りする。 ●昼間はそうでもないのに、夜になると人形は生き生きとする。 ハロウィン仕様ではなくとも、人形には魂が宿るといわれ、 人形寺などでは人形たちが悪戯をするという話はよく聞く。 ちなみにお菊人形は経年劣化で髪が落ちかかったものという解釈もあり、 そうでなくとも抜け落ちた毛髪は僅かながらも伸びる。 人形が動くのは明晰夢状態であることが多く、 また人形恐怖症という要素さながらに、 フィルターがかかっている心理を忘れてはいけない。 何か起こるのは百パーセントの内の一パーセントと考えるべき。ぴったりと糊付けされたみたいに、単純な白や黒になろうとする世界月から地球を見るようなもの―――。ブラックホールに吸い込まれたら、どうなんだろうと考えてみる・・・・・・。ぷわーんと古い木造の臭いがした。田舎の家の臭い。“木の葉や枯れ枝やボロぎれで作った鳥の巣”(畳が冷たく青んでいる、古い柱が昔を物語るように寂び果てている、)戦国時代に使われていそうな、曰く付きといえそうな、甲冑がある。白蝋の冷やみの沈黙が襲う。頭部のない人体像。トルソー。肉体をえぐられ、無表情のまま、言葉を交わすこともなく、無言のまま立ち尽くしている。―――思想のない肉体、視界は急速に狭まり、まるで望遠鏡を逆さに覗いているような感じで、網膜に不思議な図形が踊る。磁石にでも吸い寄せられたように、炊飯器ぐらいの大きさの木箱で鉄の縁取りがしてあって、赤茶に錆びた鎖でがんじがらめで、南京錠もついた箱が見える。固定観念や視野狭窄というのは、死骸のように横たわっている。およそ自分の中にあったとは思われない、様々な記憶の断片のようなものが浮かび上がってくるのを、感じた、そしてそれはきっと、先でも後ろでもない、少しずつ雨漏りのした視界が戻ってくる。本当に静かで、宇宙空間にでも来たような気がする。A「ちょっと・・・・・・この壁さ・・・・・・」B「うん・・・・・・みんな照らして・・・・・・」C「これは・・・・・・文字ですね・・・・・・・煤けて黒くなっているのか・・・・・・と思いましたけど・・・・・・」D「ナニコレキモチワルイ・・・・・・」E「墓を塞ぐ石のようだね・・・・・・」剽軽な綱渡りでもしているような気がしている僕等は、海底の岩間にうごめく海鼠のように文字を発見する。小さな文字で、とても読む気がしない。そういえば昔、民泊した時の宿泊ノートに、「困っています、お願いします」という文章を見つけたことがある。―――電話番号も、な、か、っ、た、幽霊の中でも低級霊は汚いものを好む、という話を思い出す。もろもろの歪曲の背後に潜んでいる、真実の新たな断片を白日のもとに曝す。風の音なのか、家自体が揺れているのかわからないが、パンッとかペキッという音が聞こえている。容赦なく林檎に食い込んでいく虫のようだ。なんだろう、歌の入る一拍前をブレスのための拍として取る、みたいな。ラップ音がすると、お化けが近くにいる、と聞いたことがある。音は四次元的に歪曲された空間を、どこまでも移動中。言わなかったが、眼をつむると部屋からざわざわと大勢の会話が聞こえる。「フフフ・・・」と笑い声が聞こえた。怖かったが眼を開けると声が聞こえなかった。双眸の奥から射るごとき光。だが、眼を瞑るとやっぱり声が聞こえてきた。耳がおかしくなったか、と思った。 ●不意に冷たい朝の空気を吸い込む時のような、 後ろ向きの景色を思い出す。彼は気付かれてはならないのだとも言った。最低限、見えていても気付かないふりをして近寄るのが作法だ、と。彼は肺炎をこじらせて病院で死んだ。動悸が耳元で足踏み式のポンプを刻んでいる。[軌道が―――通じて・・]《―――束の間の照らし出される顔》「歴史」(がある、)それが『反転』し、『浸透』してゆく。ロールプレイングゲームっぽいテロップが脳内に出る。復活したキリストの声を聞いたと信じて回心したパウロ?何故それが起こるのかを徹底的に突き止めようとすると、その歯車の一部になってしまうようなことがある。 * *部屋数が多いのだ。それにEが残るならそれもいいか、と思った。でも『壜と蓋のサイズ』が合わない気がしてた・・・。また不法侵入罪ということにはならないにせよ、罰が悪い気持ちはある。ややもすると消え入りたいほどの呵責を胸に受ける。実を言うと僕はもうここに来たことを後悔し始めていた。階段の軋み音をさせながら二階にのぼったものの、一階よりガランとしている。物置の部屋、鏡のあるベッドのある部屋などがあったが、説明という回答があるわけでもない質問の壺はむしろ、不安や恐怖の範囲を暗雲のように拡げていく効果があった。外からベランダのようなものが見えていて、もっぱらはそれが目的だった。開きっぱなしの窓から外に出られる。考えもなしに出たが、冷静になると崩れてもおかしくない。、、、、 、、、、 、 、ゴキブリをスリッパで叩き潰していたって、テールランプの光が美しく見えるような気がする。(ドラッグと賭け事、マリアジーザズ、ドップラー効果・・)隙間に靴をさしいれながら、一段世界を高くしてみる。川に深みに足をつっこんで冷たい淀みに巻き込まれる―――その向こうには、もう何もない。蒼白い深海魚のような背中。十代の時によく見ていた、深い穴の中に落ちる夢を思い出す―――よ・・。 一歩踏み出すだけで、人生のぬかるみも、作り損ねた落とし穴も機能しない。老朽化は十分に考えられる。インターチェンジやら何やらがライトで光り、恐怖というスパイスが加わり、景色が異常に綺麗にみえた。漢方薬で使う鉱物とか、貴重な牛の結石とか、牡蠣の貝殻とか、スジアカクマゼミの蝉の脱殻を考えていた。、、その、メカニズム・レイアウト。、、その、造形のシルエット。いわばやさしい管楽器の音色のような光景。子供の頃に祖母から、子供が水や火や石が好きだと言っていた話を思い出す。水が好きな子供は水難事故の危険があり、火が好きな子供は火事を起こす。石が好きな子供は、人や縁にかかわる不幸を招く、と。見るからに因習の臭いが濃厚だけれど、何かに引き寄せられることもある。・・・声も・・・・・・言葉も・・・・・・・・・割れる器だ・・・・・・。“鏡”のような『自分の反応』をつくりだ―――す・・。深い精神性に満ちた表情の交感性に魅入られよう・・・ ●脳を直接いじられるような、悪い予感がした。 いたずらに堂々巡りする受胎告知。それから一階のCさんやDさんと合流し、中庭に出てプールや地下室へ向かった。ふっと異常なほどシンメトリーにこだわっている話を思い出す。ボゴボゴボゴ...必要なことも遠慮して口に出さなさそうな、神経の細い印象の女の子であるCさんが、ふと、そのCさんが。「水の中に・・・いる」と言った。泡が水銀のように光る。 * *(最初は、そ、う、)(そ、う、だ・・・・・・)水底のかぼそい一本の藻のようにゆらゆら―――と。蜃気楼か、古い版画のように迫力の薄い他愛のないものなのに。見ると、確かに人の顔がにごった水の中からこちらを見ているのが見えた。 緑色というか灰色というか、そんな水面のスレスレ下に、白い顔があって、しっかり俺たちを見ていた。、、、、、、黒い小さな眼。 、、、開いた。ねえ、それ―――じゃなくたって・・。ねえ、もう―――じゃないだろって・・。十把からげ、インチキ、ひどい出任せ、嘘八百。そして、たっぷりとした水量をものともせず、そこにとどまっていた。、、、、、、、、、、、、不意に臭い息が臭ってきた。そして―――。ダンテが語った、鮮烈な地獄―――。放射性元素の名前でもあるプルトニウムは、冥界の神ハデスへの門の名・・ 米オハイオ州シンシナティの廃地下鉄駅―――。―――僕はそれを、『不気味な森を彷徨っている感覚』に似ていると感じる。不潔物に発生する黴菌や寄生虫みたいにギロチン台へ。叫び声をあげることもなく、黙って僕の手を引っ張った。水恐怖症になりそうだ。
2024年04月05日
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