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本記事の題名を繰り返す形になって、恐縮ですが・・・「井崎正浩」さん、という名前の指揮者を、ご存じでしょうか。マネジメント会社から発表されている、プロフィールはこちらです。公式HPに載っているプロフィールの方が、もう少し詳しいでしょうか。(済みません、ケータイからは見れないかも、ご了承願います)“公式HPのプロフィール”の方に紹介されていますが・・・私は、井崎正浩さん、というと、“国内の多くのアマチュアオーケストラを指導・指揮されている方”というイメージがあります。なぜかというと・・・ 十年以上前、一年間程度という僅かな期間ですが・・・井崎先生が指揮をされていた“某”アマオケに、私こと、所属していた事があるから、なんです(先ほど調べたところでは、井崎先生、その“某”アマオケの指揮を今も続けられている様です)。その“一年程度”という僅かな期間に、私が井崎先生に抱いた印象は、この様なものでした。『音楽には妥協しない一方、しかし、キチンとアマオケの“レベル”に合わせた、非常に的確な指導をされる方』『とても綺麗で、分かりやすい棒を振る方』『決して偉ぶらず、驕らず、とても気さくで親しみやすい方』“26歳からアマオケの指導を始め、プロデビューは35歳の時”という経歴が、そんな“音楽的なレベルは高いが、オケを見る眼はとても柔軟”という姿勢につながったのかも知れません。また・・・そんな、“音楽に対する高い志”と“親しみやすい雰囲気”が、35歳の時の「ブダペスト国際指揮者コンクール優勝」、という成果をもたらしたのかも知れません。改めてプロフィールに目を通すと、プロデビュー後、国内プロオケを振る機会は何度もあった様なのですが・・・私は今まで、それらの演奏を観聴きする機会には恵まれませんでした。(ある時、読響を振った時の模様が、日本テレビ系の“深夜の音楽会”で放送される、という情報を入手したのですが、それも見忘れてしまい・・・)なので、いつか、『井崎先生が振るプロオケの演奏会にいってみたい』と、思っていたのですが・・・先日、それを果たす事ができました。(“後編”に続きます。UPは、一応、今週水曜日あたりを予定・・・)
2009.11.29
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(25日にUPした“その1”の続きです)その後、おかげさまで・・・ウチの娘“おてんばシンバル”、25日の晩はまだ辛そうでしたが・・・徐々に薬が効いてきた様で、現在症状は治まり、熱も下がっています。でも、油断大敵。同じく新型インフルエンザにかかった娘のお友達の中には・・・一旦治ったと思って油断してたら、またお熱が上がってインフル再発症なんて例もあるみたいですから。しかし・・・ 今回娘に処方された薬は“タミフル(五日分)”なんですが・・・昼間、娘が妙にハイテンションなんです。「ねえ、ねえ、パパ、パパ、ちょっと聞いて聞いて あのねあのね、さっきママがね、○×△□#$%&@▽◇♪、なんだって 可笑しいね キャハハハハハ」これが、巷でよく言われる、“タミフルの副作用”なんでしょうかちょっと気をつけなければ、と、思っておりますです。ま、まあ、29日(日)まで、ちゃんとお薬飲まないとね・・・ところで・・・ 時間の問題、だと思っていたんですが・・・ウチの息子“わんぱくシンバル”には、依然インフルエンザの症状は出ていません。ま、まあ、喜ばしい事なんですが・・・ 何でかなこちらも引き続き、注意深く様子を見ていきたいと思っています。一方、妻にも症状は出ていませんし・・・私の方も・・・『身体の調子、何かいつもと違うよなぁ』、という軽い“違和感”はあるんですが、熱がある訳でもなし、せきやくしゃみが止まらない訳でもなし・・・まあ、何とか、普通に生活できている、そんな感じの、初冬の宵、で、ございます。本記事、一応、“その3”も予定しております。宜しければ、また読んでやって下さいね。
2009.11.27
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いやー、とうとう、我が家にもやってきました招かざる・・・新型インフルエンザ。昨晩、ウチの娘“おてんばシンバル”が、ぐったり。熱を測ってみると・・・ 38度越え。一晩何とかやり過ごし、今朝一番に病院へ診断結果は・・・“A型”インフルエンザ。その病院では、“新型”かどうかの判定はできない、との事。しかし、“新型”である事は、ほぼ間違いなし。なぜなら・・・今年、娘は既に“従来型・季節性”インフルエンザの予防接種を済ませているし・・・今日現在、幼稚園の同じクラスの“約半数”が休んでいる、その理由のほとんどが・・・新型インフルエンザ。病院へ行って、薬をもらって飲んで、娘の状態はやや落ち着いた様ですが・・・油断大敵。一週間程度は、キチンと養生しないといけないでしょうね。それに・・・ウチの息子“わんぱくシンバル”にうつるのは、時間の問題でしょうし・・・今後しばらく我が家では、新型インフルエンザとの攻防を繰り広げる事になりそうです。こういう時、妻の“母親”としての姿を、逞しく感じます。えっ 私ですか今、私の身体の中で、新型インフルエンザウイルスと“白血球”が、激しく戦っている・・・何となくそんな気がしている、初冬の宵、で、ございます。本記事、“その2”に続く予定ですが・・・その更新がいつになるかは、私の身体の中の新型インフルエンザウイルス次第、という事で、ご了承願います・・・
2009.11.25
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いつも皆さん、ご訪問ありがとうございます。感謝と共に、いつも恐縮しております。日曜日のご挨拶は、“4週間のご無沙汰”で、ございます。当地、今日は朝から時々小雨がぱらつく曇り空です。気温も、ちょっと低めですね。三連休、皆さんはどの様に過ごされているでしょうか。三連休の二日目という事で、旅行先やお出掛け先から本ブログをご覧になっている方もいらっしゃるかも知れませんね。我が家は・・・“新型インフルエンザ大流行”の影響で、遠出はおろか、近場の人混みに行く事さえ“自粛”の状態です。加えて、今日は“こんな”空模様なので・・・一日中家の中で、じっとしている、てな事になりそうです。で、私のブログの方ですが・・・いや~、更新がままならず、申し訳ありません。私事で大変恐縮ですが・・・本ブログを開設してから4年余り、私こと、現在一番忙しい日々を過ごしている様な気がします。家の中では、子供二人が一番手のかかる歳頃を迎えていますし・・・仕事の方では、季節外れの“人事異動”の影響をモロに受けています。私は今のところ“異動”の予定はないんですが・・・“異動する人”が担当していた仕事が、そのまま私の方にまわってきて・・・『オイオイ、そんなのありかよ・・・』てな状況になっております(もちろん、今まで私が担当していた仕事が減る訳もなく・・・)そんな訳で、今後もちょっと本ブログ、更新間隔が開き気味になってしまうかも知れませんが、どうぞご了承願います。もちろん、本ブログは、今の私の生活に欠かせない“一部分”である事を、ここに申し添えさせて頂きます。何だか今日は、記事の内容が愚痴っぽくなってしまいました。お詫び致します。次回の“日曜定期更新日”は、12月20日予定です。もう12月ですか・・・ 早いですね。拙い私のブログですが、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。ありがとうございます。
2009.11.22
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子供を躾ける上で、多くのご家庭でやられる事のひとつに・・・「汚い言葉や、乱暴な言葉は使ってはいけない」という躾があると思います。その点は我が家でも、ウチの娘・おてんばシンバルに対して気を付けているつもりです。しかし・・・時々、ウッカリ親の口から出てしまう事があるんですよね・・・そんな時はキッチリ娘に指摘され、“逆に”躾けられてしまいます。特に、ウチの娘が過敏に反応する言葉が、“バカ”という言葉です。先日も、こんな事がありました。妻:「私たちが結婚した時にもらったクリスタルグラスのブランド、なんだっけ」私:『なんだっけ あぁ、“バカラ”でしょ』娘:「今、“バカ”って言ったな!?“バカ”って言った人は、カバと結婚しなくちゃいけないんだよ!!」・・・いや、そうじゃなくて、“バカラ”っていうブランド名があるんだよ。・・・つーか、「カバと結婚しなくちゃいけない」って、ナニ<今日の“わんぱくシンバル”>ウチの息子・わんぱくシンバル、お風呂が好きなのは良い事なんですが・・・湯船の“お湯”をチビチビと飲むのは、やめた方がいいと思うんだけどなぁ・・・まぁ、誰かに迷惑をかけている訳じゃないから、無理には止めないけれどね・・・
2009.11.16
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(済みません、追記させて頂きます。演奏会を聴きにいった日にちが書いてありませんよね。「11月9日(月)」の事でございます・・・)マエストロ指揮の演奏会を聴きにいった時の話は、このブログでも以前ご紹介しました。指揮台で、決して派手ではなく黙々とタクトを振るう姿にはとても好感が持て、オケから引き出される端整で理路整然とした音楽はとても素晴らしいものでした。率直に申し上げて・・・ 私は、マエストロのファンです。今回は、そんなマエストロが主席指揮者を務めている「フランス国立リヨン歌劇場管弦楽団」の演奏会という事で、楽しみに出かけました。 (「東京オペラシティ コンサートホール」、私は今回“お初”でした)指揮 大野和士プログラムショーソン:交響曲変ロ長調 op.20(休憩)ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲サン=サーンス:交響曲第3番ハ短調 op.78「オルガン付き」(アンコール)フォーレ:パヴァーヌブラームス:ハンガリー舞曲 第1番恥ずかしながら、「ショーソン」作曲作品は今回初めて聴いたのですが・・・ 第一楽章のエモーショナルな弦楽器の躍動、第二楽章の金管楽器の分厚いサウンドなど、今まで私が聴いていたフランス音楽(ドビュッシー、ラヴェルなど)とは全く異なる“色”が刺激的でした。「牧神」の“フルートソロ”を務めていたのは、このオケの“新進気鋭”の若手奏者だそうで。技術的には“完璧”。ただ音楽的には、『もう少し艶っぽさが欲しかったなぁ・・・』と思った私は、贅沢でしょうか。全体的には、フランス音楽の“真骨頂”、堪能させて頂きました。「オルガン付き」ですが・・・ 『これ、本当にフランスのオケなんだろうか』と思わず耳を疑うその迫力に、私は圧倒されっ放しでした。(私の印象では)フランスのオケに時々見かける、良くも逆の意味でも存在する“縦の線のルーズさ”が、このオケでも見られましたが・・・多少突っ込み気味に入ってくるティンパニは、私好みでしたし・・・「フランスのオケのルーズさ」が、「日本人指揮者の几帳面さ」と旨い具合に相乗効果をもたらして、格調高い音楽をつくり上げていたと思います。また・・・歌劇場のオケですから、普段はオケピ(オーケストラピット)に収まっている事が多いのでしょうが、そんなオケが舞台に上がって伸び伸びと演奏している、そんな開放感も感じました。率直に申し上げて・・・ とても素晴らしかったです。指揮をしているマエストロ、以前に比べると、上半身の動きが大きくなった、そんな印象を今回持ちましたが・・・ 他の指揮者に比較すると、その動きはやはり“控えめ”という感じでした。『何でかな』と思い、マエストロの指揮中の姿をちょっと観察してみたのですが・・・両足の位置がほとんど変わらないから、ではないかと私は思いました。“魅せる指揮者”も、私は大好きですが・・・マエストロの様な“聴かせる事に徹する指揮者”も、いいですね。何というか、こう・・・マエストロの、音楽やオケに対する“信頼感”をひしひしと感じます。その信頼感に、ひとつひとつ確実に応えていくオケ・・・主席指揮者に就任してまだ日は浅いですが(2008年9月~)、両者が良好な関係にある事は、その音楽を聴けばよく分かります。アンコールの「フォーレ」も、その繊細さに耳を奪われましたし・・・「ハンガリー舞曲」に至っては・・・珍しく、あんなに指揮台の上を動き回るマエストロの姿は、私は初めて見ました。マエストロもオケも納得の、この日の演奏会だったのではないかと思います。もちろん・・・ この日の聴衆も、大納得だった様です。いや~、久しぶりに目の当たりにしました。アンコールの演奏を終え、マエストロが何度か聴衆の拍手に応え、コンマスがお辞儀をしてオケのメンバーが袖に下がり初めても・・・拍手は鳴り止みません。完全にオケのメンバーが舞台から下がってしまった後、その拍手に応えてまた舞台にひとり姿を現したマエストロ・・・大野和士さん、今まで私の中には“若手指揮者”というイメージがあったのですが・・・もう、文字通り、“巨匠”ですね(髪にも、白いものが混ざっていました)。次回また、マエストロの音楽に直に触れられる日を、楽しみに待ちたいと思います。<追伸1>この日のホールには、テレビカメラが入っていました。後日(放送日・時間等未定)、NHK教育テレビの「芸術劇場」の枠で放送される予定、との事です(詳細は、NHKのHPなどで確認をお願い致します)。宜しければ、ご覧になってみて下さいね。(改めて、私も観ようと思っています。なぜなら・・・)<追伸2>東京オペラシティ コンサートホール、いわゆる“シューボックス型”のホールだと思います。その客席配置は・・・1、2、3階席があり、2階と3階には左右にバルコニー席が配されています。この、バルコニー席ですが・・・舞台の横から、ホールのかなり後ろの方まで、“真横向き”に設置されています。ですから、この左右のバルコニー席の後ろの方の席に座ると、どうしても舞台を観る姿勢が不自然になってしまいます。さらに・・・元々、舞台方向の視野が狭い事に加え、もし、舞台側の隣の席に座った方が、舞台を覗き込もうとして身を乗り出そうものなら・・・視界から舞台はほぼ完全に遮られ、見えるのは、その方の“背中と後頭部”だけになります。そうなったら・・・ ちょっと悲しいですよね。今回私は、開演中何度も、そんな悲しい思いをする羽目になってしまいました。このホールの、左右のバルコニー席の“後ろの方”は、ちょっと“曲者”ですから、これから行こうと思っている方は、どうかお気をつけ願います。少なくとも私は、今回の演奏会の終演後・・・『もうこのホールの、左右の“バルコニー席”のチケットは買わない』と、心に固く誓った次第です。(“既に買っちゃった分”は、仕方がないとして・・・)
2009.11.11
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まずは、お詫びから・・・先々週の日曜日の記事の中で、『北海道日本ハムのダルビッシュは故障で不在』てな事を書きましたが・・・第二戦での緊急先発、あれはビックリしました。済みませんでした。報道によれば・・・クライマックスシリーズでリリーフ登板していた、東北楽天の岩隈投手の姿を見て、日本シリーズでの自分の登板を決意したとか。少なからず心の中に残っていた不安の気持ちは、札幌ドームの大歓声に吹き飛び・・・埼玉西武・岸投手直伝の変化球を駆使し、シーズン中のダルビッシュ投手のイメージとは全く異なる投球で相手を翻弄・・・チームのエースとしての姿、確かに拝見致しました。この投球が、シリーズを“第六戦”までもつれさせた要因のひとつだったと、私は思います。詳しいデータは、よく分からないのですが、「第二戦を制したチームは、シリーズも制す」というイメージが、私の記憶の中にはありまして・・・なので、『これは・・・』と、私は思っていたのですが・・・日ハムとしては、再びダルビッシュ投手がスタンバっていた、といわれる、第七戦に持ち込みたかったでしょうね。来シーズン、また頑張って欲しいと思います。しかし・・・今季、特にその後半の読売の勢いには、目を見張るものがあったと私は思います。随時数人の故障者を抱えてはいましたが、その穴は若手と新戦力が見事に埋めて、タップリおつりが来ていたと思います。その勢いは、日本シリーズでも全く衰えていませんでしたね・・・本当に悔しいですが・・・これが、今年の日本シリーズを見ていて、読売に対して私が感じていた事の全てです。『読売、つ、強ぇぇ・・・』原辰徳監督、これで今年はWBC優勝と合わせて“二冠”ですね。ちょっと本題からズレるかも知れませんが・・・原監督、大晦日は、恐らく紅白歌合戦のゲスト審査員、決定ですね。(来年の大晦日は、その席に、必ず、野村謙二郎にいてもらわねば・・・)日本一、本当におめでとうございます。
2009.11.08
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11月3日、広島東洋カープOBで、東北楽天ゴールデンイーグルス編成部長の三村敏之さんが亡くなりました。61歳。報道では、三村さんの人柄を形容するのに、↓こんな言葉が使われている様ですね。“いぶし銀” “名脇役”私自身の三村さんに対する印象も、まさにそうです。現役時代は常に、山本浩二、衣笠祥雄、といったスター選手の影に隠れながら、カープ伝統の“つなぐ野球”の“つなぎ役”に徹していた、そんな印象があります。1994~1998年の5年間の、カープ監督時代も・・・やや戦力が不足気味のチームながら、最初の4年間はAクラス入りを達成。とりわけ・・・1996年シーズンは開幕から飛び出し、一時は2位を10ゲーム以上離して首位を独走・・・後半失速し、最終順位は3位でしたが。そんな、指揮官としても堅実な手腕を発揮しながら、常に黒子に徹し、選手を全面に押し出してチームを盛り立てていた、そんな印象が私にはあります。そんな三村さんを偲ぶため、先日私は、↓こんな本を図書館から借りてきました。非常に興味深い内容で、一気に読破してしまいました。そして、読み終わった後、私は思いました。三村さんは、“超二流”の人だったのだ、と。“超二流”の人の事を、三村さんはこの本の中で、↓この様に定義されています。「一流と呼ばれる人よりも“素質・才能”には恵まれていないが、そこに“工夫”を加える事によって成果を上げ、一流と並び、あるいはそれを凌駕している人」また、三村さんの野球人生は、「野球人である前に、人であれ」という“広商(広島県立広島商業高等学校)野球”の精神が原点にある事。プロ入り後、無我夢中で“一流”への道を試行錯誤していた時、1975年、故ジョー・ルーツ監督(当時)から春季キャンプ中に、「大下剛史と山本、衣笠とをつなぐ“2番打者”に徹して欲しい」と言われ、“超二流”への道へ目覚めた事。しかし、本当に“超二流”の意味を理解できたのは、現役時代の晩年だった事。そんな事が、この本には書かれています。そういう意味では、三村さんの“超二流”としての手腕は、現役引退後に発揮されたのではないかと思います。緒方孝市、金本知憲ら当時の若手選手を発掘するなど数々の成果を生み出した、広島東洋カープの首脳陣時代はもちろん・・・2007年12月から着任された、東北楽天ゴールデンイーグルスの編成部長としての仕事が、記憶には新しいところだと思います。表立って目に付いていたのは、東北楽天の選手たち、そして、野村克也前監督ですが・・・ その影では、フロントの一員として現場を支えていた三村さんのご活躍もあった事と思います。その成果が今季、チームの“シーズン2位”という、見事な結果を導いたのだと思います。11月4日付で夕刊フジからは、今季のクライマックスシリーズ前に野村克也氏が記者に語った、↓こんな小さなスクープ記事が報道されていました。「本当は三村が次の監督だった」もし来季、三村さんがご健康で、東北楽天の監督としてチームを率いていたら・・・主力、控え、そして若手のバランスの取れたチームを構成し、今季並み、もしくはそれ以上の結果をチームにもたらしていたのではないか、と、私は思います。そして、東北楽天で指揮官・指導者としての頂点を極めた後は・・・ぜひ、“超二流”の野球人として、カープに戻ってきて頂きたかった・・・そう思わずにはいられません。それが最早、叶わない事なのが、本当に本当に、悲しくてたまりません。三村敏之さんのご冥福を、謹んでお祈り致します。
2009.11.06
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(11月1日にUPした“前編”の続きです)このアルバムの制作者さん(以下、“HMOさん”と略させて頂きます)のご苦労された事のひとつが、収録曲の“選曲”ではなかったか、と、私は思います。“インストゥルメンタル”が多いYMOの代表曲の中から、いかに「初音ミク」の“ボーカル”が生きるナンバーをチョイスするか・・・その点に恐らく、ご苦労があった事と私は思います。で、具体的には・・・本アルバムでは、1978~1983年の間に発表されたYMOの音源(ライブ音源も含みます)で、“少しでも”ボーカルやボイスが“乗っかった実績のある曲”が中心に選ばれている様です。また数曲、散開ライブでは演奏されなかった()ボーカル曲も採用されている様です。そんな事を踏まえつつ、本アルバムは・・・完璧な「散開ライブのサウンドのコピー」と、それだけにとらわれない「大胆な編曲」が、聴きどころだと私は思います。1曲目の「PROPAGANDA」、本来は“完全に”インストですが、本アルバムでは、音声処理を施した“ボイス”が乗っかっています。よく聞き取れないので、何をしゃべっているのか詳細はよく分からないのですが・・・初期YMOのライブのアンコール前などに存在した、“MC”の雰囲気を感じる事ができます。2曲目の「TONG POO」、これもライブなどで演奏される際には“完全に”インストですが・・・YMOのファーストアルバム「YELLOW MAGIC ORCHESTRA(US盤)」に収録された「TONG POO」には、その中間部に“女性ボーカル”が挿入されていた事をご記憶の方もいらっしゃるでしょう。その“女性ボーカル”が本アルバムでは、「初音ミク」版で収録されています。YMO自身ならできなかった、あるいは、しなかった、そんな編曲が本アルバムのあちこちに散りばめられているのは、当時を知るファンとしては、嬉しく懐かしいところです。9曲目の「KEY」、これはYMOのボーカルナンバーです。歌詞は本来、全て“英語”ですが、本アルバムでは、曲中、何箇所か出てくる、「What do you say?」という歌詞が、一箇所、「ナニ言ってんの」と変えられていたのが、「初音ミク」の自己主張、という感じで、面白かったです。そんな中、本アルバムで私が一番驚かされたのが・・・トラックナンバー、「13」と「14」です。 一応、「13」が「NICE AGE」、「14」が「TECHNOPOLIS」と、クレジットされていますが・・・実際にはこの二曲、明確に分ける事ができません。なぜなら・・・この二曲、“メドレー”というか、もう、“融合”してしまっているから、なんです。トラック「13」に入ると、暫しの静寂の後、「磁世紀」のイントロを思わせる音が流れてきます。そして、予想と違う音が流れてきた事に対する疑問を処理する間もなく、いきなり・・・「TOKIO」というシャウトと共に、「TECHNOPOLIS」のイントロが流れ始めてしまうんです。『お、おいおい、「NICE AGE」じゃないのかぇ』と思っていると、「TECHNOPOLIS」のイントロ部分終了後に、これまたいきなり、「NICE AGE」のボーカル部分がつながるんです。・・・これには私も、いい意味で、呆気にとられるしかありませんでした。その、全く違和感のない曲の繋ぎ目の処理も、見事だと思います。「NICE AGE」がフルコーラス歌い終わられた後は、またいきなり曲が戻り、「T、E、C、H、N、O、P、O、L、I、S、・・TOKIO」いやぁ、いい意味で、完全に裏をかかれましたね。私は、もう、『や、やられたぁ・・・』という感じでした。本アルバムが、「初音ミク」のファンの方々にどの様な受け取られ方をしているのかは、よく分からないのですが・・・昨年12月にコミケで本アルバムの自主制作盤が早々に売り切れてしまった、という事実から考えると、「初音ミク」と「YMO」のコラボは、概ね好意的に受け入れられた様ですね。それはとりもなおさず、“HMOさん”の高いクリエイティビィティーの賜物だと、私は思います。“第二弾”の予定は、ないんでしょうか・・・もし出たら、また手に入れて聴いてみたいと思っています。
2009.11.03
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いや~、「初音ミク」という名前は聞いた事があり、どんな“者”かは漠然とは知ってはいましたが、まさか今回、その関連CDを手に入れて聴く事になるとは、夢にも思いませんでした。これです。初音ミクオーケストラ 「あ~あ、Perfumeに飽き足らず、今度は初音ミクかぇ」と、今思ったあなた ちょ、ちょっと待って下さい。ちょっと聞いて下さい。これ、YMOのカバーアルバムなんです。しかも、由緒正しい・・・CDのクレジットを見ると、“Thanks”の欄に「Hideki Matsutake(Logic System)」、「Peter BaraKan」という記述がありますし・・・“Special Thanks”の欄には、「Haruomi Hosono」、「Yukihiro Takahashi」、「Ryuichi Sakamoto」という記述もあります。Wikipedia情報によれば、このアルバム制作にあたり、制作者(HMOとかの中の人。(PAw Lab.))さんが、“あの三人”から直接許可を得ているのだそうで(“HMO”とは、“Hatsune Miku Orchestra”の略なのだそうです)。そして、完成したアルバムの出来には、かつて“4人目のYMO”と言われた松武秀樹さんが絶賛・・・私も聴きましたが、非常に完成度が高く、かつ、制作者さんのYMOに対するリスペクトをひしひしと感じる、そんな内容に仕上がっていると思います。CDジャケットを見て“ピン”と来た方もいらっしゃると思いますが・・・ジャケットが、YMOのファーストアルバム、「YELLOW MAGIC ORCHESTRA(US盤)」のパロディになっています(裏ジャケも、そうなっています)。 そして、そのアルバムの内容は・・・収録曲の曲順を見て“ピン”と来た方もいらっしゃると思いますが・・・そのサウンドは、1983年に行われたYMOの“散開”ライブ時の音がベースになっています。しかし、単なるコピーに留まらず、色々な志向が凝らされていて・・・当時のYMOを知る方であれば、とても楽しめる内容に仕上がっていると思います。私が特に楽しめた点を、いくつかご紹介してみたいと思います。(後編に続きます)
2009.11.01
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