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久しぶりに小遣い帳をチェックしたら、たった3ヶ月で 約12万円を使っている!!! あまりの恐ろしさに血の気が引きました。 おそろしいペースで金が減っている! しばらく、金の使い方を見直します。 本当に恐ろしい。浪費グセもあるが、 年末に知り合いとクラッシックバレエを観るというデートをするつもり なのです。 そのチケット代が1万円。 その他はあまりたいして買い物していないのに、なぜか 猛スピードで金が減っていることが判明。 この速さで使ったら、1年以内に財布の中身が空になります。 まるでホラー映画を観ているようです。
2008.10.27
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なんとか、無事に知り合いの所のバザーが終わりました。 疲れた。。。。。。。。。。 来年はもっと手作りの物を作りたいなあ。
2008.10.26
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チーズ。 食べると肌がおかしくなる。 にきびができる。下痢ぎみになる。 なのでスパゲッティも限られてくるし、ここ何年かピザが 食べられない。 外食すると、チーズがよく出てくる。 なので食べるものが限られてきます。 マクドナルドのハンバーガーは大概チーズが 入っている。 例外はフィッシュバーガー。 悲しいよう。 仕方なしにチーズなしで過ごしています。
2008.10.25
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わたしの住む家の近所でよく空き巣事件が 起きます。 なんだか気持ち悪くてイヤなんだけれど、 犯人が捕まればいいですねええ。 泥棒しても楽しくないだろうに。 いったい何が面白いでしょう??? 迷惑な話です。
2008.10.23
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○それから、「金持ちの畑が収穫の季節を迎えたとき、 貧乏人や(聖書では寄留者と表現しています) がその収穫された作物の一部を拾って家に持って帰って良い。」 という法律があります。 麦の収穫のとき、麦を束ねるときに、わざと地面に穂を落とすのです。 それを貧乏人が拾って、家に持って帰り、パンを焼いて食べるのです。 ○「家畜と肉体的に交わってはならない。」 いわゆるソドミーともいわれる行為ですが、現代の遊牧民の 間でも決して珍しくないのだそうです。 わざわざ、法律で禁じるということは当時でも 広く行われていたということで、 実際プライムローズは想像して、気持ち悪かったです。 この点、プライムローズは日本人に生まれて良かったと 心底思いました。 日本にはそんな習慣ないもの。 そんなこんなでモーセ編終わります。
2008.10.21
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○祭司の行う儀式の細かいマニュアル。 時と場合によりやり方がそれぞれ違いますが エホバの神に捧げられる、主な捧げものは 牛、羊、ヤギ、鳩、麦、油など。 だいたいが祭壇上で焼き尽くされます。 ○過ぎ越しの祭り、仮庵の祭り、五旬祭、安息日などのお祭り の祝い方がこと細かく書かれています。 仮庵の祭りは砂漠の旅を思い出すための祭りで、 収穫後の麦のわらを干して家を作り、指定の期間、そこに 住むそうです。 収穫祭の意味もあり行われる季節は秋。 過ぎ越しの祭りは奴隷時代にエジプトから脱出するときに エホバの神が助けてくれたのを記念して祝われるのだそうです。 ○それから、新婚の家庭のための法律。 「結婚して一年の新婚家庭では夫は妻のために兵役に就いては ならない」 女としては、とってもありがたい法律です。 結婚してすぐ戦争に行かれると本当に悲しくてせつないです。 ○みなしごや、夫に死なれた妻、妻に死なれた夫を守る法律。 ○「農地を持つ家があり、貧乏人がその農地のそばを通るならば、 その農地に実っている食べ物を勝手に食べて良い。」 という法律があります。 他には ○「賄賂を金持ちや権力者に贈って無実の人間を犯罪者にしては ならない。」という法律。
2008.10.20
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○「豚肉を食べるな、魚の場合、ウロコのついたもの以外は ダメ。」つまり、エビ、アサリ、イカ、ウニ、ウナギが食べられない。 焼いたり炒めたりするととってもおいしいのに。 「乳製品と肉を一緒に食べるな。」 つまり、ピザやミートソーススパゲッティ、チーズバーガーは 食べられない。 「肉を食べる場合、血の含んだものは食べてはならない。」 つまり、水分はなく、あぶらっけもない、硬くてパサパサした 肉しか食べられないのです。 「殺人もレイプも同性愛も死刑。」 死刑方法は実にシンプルで大人の頭ほどの大きさの 石を囚人に向かって息絶えるまで投げる。 ○「カビがどうしても取れない家は壊さなければならない。」 これはちょっと、厳しすぎる。あまりにも極端で過激すぎ。 ○「親に逆らう子供は死刑。」ちょっとこれは怖い。 反抗期の子供はどうすんの?反抗できないではないか。 これも厳しすぎる。 ○他には、損害賠償の問題。 家畜である牛が他人の牛を突きころした場合の法律。 ○「7年目には畑を必ず休耕しなければならない。」 これは農業をするときの法律。 ○「奴隷も7年目には解放しなければならない。」 その家の主人に仕え続けるか否かを奴隷に判断させるのです。 「奴隷が逃げ出して他人の家に逃げこんだ場合は、 奴隷の主人はその逃げた奴隷を取り戻そうとしてはならない。」 逃げた場合の奴隷は大概死刑と相場は決まっているが、 これは逃げた奴隷を助ける法律です。 ○妻が浮気した場合、どうすれば良いかの法律。
2008.10.19
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ここからは、細かい法律になります。 これが細かいんだあああ。 ここの内容は旧約聖書の最初の五冊「創世記」から「申命記」に かけて書かれています。 アブラハムをはじめとした族長の話から始まって、 モーセを主人公にした物語。 そのモーセの物語と混ぜこぜに、イスラエル人の法律の詳しい 内容が書かれているのです。 わたしが面白いと思う法律もあれば変な法律、 感心してしまう法律いろいろあるので、ここで紹介します。 ○「生後8日目の男の赤ちゃんは「割礼」をしなければ ならない。」 男性器の一部を切りとるのです。 これもユダヤ人独特の習慣ですが、意味があります。 これも「エホバの神の民になるための契約」なんですな。 現代でも行うそうですが、その場にラビという宗教的な指導者と 親の立会いの元、割礼執行人という仕事をしている人が 男の赤ちゃんの男性器の一部を切り取るのです。 さすがに恥ずかしいので具体的には書けませんが 「創世記」の11章から始まるアブラハムを主人公にした 話の中で出てきます。 現代でも行われるそうですが、失敗することもあるそうです。 聞いただけでもとっても痛いです。 ○それから、レビラート婚といって、これもユダヤ人独特です。 「結婚した相手の夫が死んだ場合、妻は夫の兄弟と結婚しなければ ならない。」 男は拒否した場合、その妻から祭司の立会いのもと、 妻からツバを吐きかけられるのです。
2008.10.18
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ここでモーセを主人公にした話は終わります。 モーセは最後までイスラエル人のためにがんばったのに、 最後の最後でカナンへ行けず、おあずけをくらった感じで、 その点、本当に中途半端です。 特に悪いことしたとは思えないのに、岩を二度たたいた おかげで、カナン(現代のパレスチナ)を見るだけなんて あまりにもかわいそうです。 普通ならば、反応がすぐにでも出なかったら、同じことを 繰り返すか、他の方法を考えるのですが、それが ダメだなんて、あまりにも選択肢がなさすぎです。 それに大勢の人間が水を欲しがって困っているのに、 それをわざと水が出る時間を遅らすなんて、 イスラエル人をいじめているとしか思えません。 モーセだって喉がかわいて水を飲みたがっていたから、 二度も岩をたたいたのかもしれない。 結局モーセは失敗したのでカンペキな人間ではなく、 普通の人間と変わらないと思いました。
2008.10.17
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エホバの神はそこでモーセにこう言いました。 「以前に、水をめぐって争ったとき、モーセはしてはならないミスを 犯した。 わたしはモーセがわたしの言葉に従うかどうか試した。 砂漠の途中にあった大きなメリバという大きな岩をたたけと命じた。 一度モーセは岩をたたいたが、すぐに水は出なかった。 すぐに水は出た。しかしだ、二度もたたかず、わたしの 言葉に従い、しばらく待てば、一度岩をたたくだけで 水が出るはずだったのだ。 モーセはここ、ネボ山で死ぬことになる。 お前は以前、わたしの顔を見たがったが、それはできない。 人はわたしの顔を見てなお生きることはできないからだ。」 モーセはネボ山の頂上で西に広がるカナン(現在のパレスチナ) の緑したたる土地を見渡し、イスラエル人を全て祝福し、 死にました。 イスラエル人はモーセの死を嘆き、悲しみ次なる地、 カナンへ向かいました。 モーセを主人公にした話はここで終わります。
2008.10.16
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モーセはヨルダン川の東にあるモアブという土地でイスラエル人に エホバの神の言葉を伝えました。 「もし、お前達イスラエル人がエホバの神の言葉に聞き従い、 その掟に従うならば、エホバの神はお前達を祝福される。 農作物は豊かになり、国は栄え、平和になる。 戦争が起こっても、敵国に勝てる。 エホバの神がお前達の味方になるからだ。 しかし、エホバの神以外の神を拝むと たちまち、農作物は実らず、病気が流行り、戦争が起こって お前達を滅ぼす。わたしはお前達を選んだ。 しかし、契約を破ったら、わたしは例外なく、お前達を滅ぼす。 お前達はカナン(現代のパレスチナ)でわたしのこの契約を破ったら、 その契約を思い出させるために、預言者を送る。 しかし、彼らの言葉に従わないならば、罪はお前達にある。 お前達はさらに王も求めるだろう。 しかし、王もまた例外なく、契約を守らなければならない。 もし王がわたしとの契約を破れば、王位は降ろされる。」 モーセは若いヨシュアをイスラエル人の次の指導者に任命しました。 ヨシュアは前からモーセが好きでいつもいつもモーセのそばに いました。 モーセはモアブから北にあるエリコという町の東に位置するネボ山に 登りました。そこが彼の最期の場所です。
2008.10.14
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最近、一つの話題ばっかりなので、飽きてきました。 明日から再開するつもりです。 今月末に知り合いの所でバザーがあります。 こっれが、楽しみなのです☆ その準備のために、家に眠っている必要ないものを探したり、 手作り品を作ったり。 バザーでは他の知り合いの人々と一緒に当然売り子をやるのです。 どれだけのお客が来るのかはまだわかりませんが、 このイベントを楽しみにしています♪♪♪♪ 今回、わたしが商品にと出す予定なのが、車や電車のおもちゃ、 手作りカード用のシールです。 ただ今は部屋中かきまわして必要ないものを物色中~~~☆
2008.10.13
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(砂漠の好きな人々) 昨日はわたしだったら砂漠の暮らしにはたえられないだろうなあと 書きましたが、砂漠で暮らすのが好きだという人々が現代にも いるという話を知り合いから聞きました。 知り合いがサウジアラビアに旅行に行ったときのこと。 サウジアラビアの人々は石油以外の産業を持とうと、先祖伝来の 暮らしを続けている遊牧民のベドウィンの人々を定住させ、 産業を発達させようとしていましたが、 彼らは砂漠の暮らしが好きだといって、定住するのを嫌がって いるそうです。 他に現代の日本とほとんど変わらない生活をしているイスラエル兵が 国境付近の砂漠に半年から1年かけて勤務するのです。 しかし、家に帰っても、また砂漠に行きたいと思うそうです。 砂漠には不思議な魅力があるそうです。 そこで考えたのですが、モーセ達に率いられたイスラエル人の群れは 好きで砂漠を40年間うろついていたのではないか? そう考えたのです。 狭いあの場所で旅すれば、すぐにカナンに到着できるのに。 砂漠がキライであれば、あんなに時間なんてかけないで、 さっさか歩いてカナン(現代のパレスチナ)に到着できるはずです。 その話を聞いて発想の転換が必要なんだなあと感じました。
2008.10.12
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南ルートの場合でも正しいとは限らないのです。 問題は水。 シナイ山といわれる山はジュベル・ムーサともいわれます。 写真で見ましたが岩山ばかりで、草一本生えていない。 およそ生き物が生きる場所ではないのです。 真夏は50度以上にまで気温は上がり、フライパンで焼かれるよう。 冬は凍死寸前まで寒くなるそうです。 こんな所で普通の人間ならば40日も生きられませんよ。 写真を見てそんな感想を持ちましたが、実際にここで生活している 人々がいるのです。 ベドウィンやシナイ山の麓にある聖カタリナ修道院の人々です。 どうやって生活しているのか不思議です。 現代の日本に住むプライムローズにとっては不思議です。 何もないのは不便だし、退屈だろうなあ。 気候も厳しいのに、なんで逃げ出さないのか、それも不思議です。 ちなみに学者が計算した所、モーセ達がエジプトを出発した日は 春だそうです。 それにしてもいったいモーセ達はどこをうろついたの? この疑問も世界中の聖書学者を長年悩ましている聖書の謎です。 本当にどこを歩いたのかなあ? 全く関係ないけれど、シナイ半島にはUFOがよく出現するそうです。
2008.10.11
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グチはこれぐらいにして、モーセ、アロン達イスラエル人 の群れはいったいシナイ半島のどこをうろついたのか? それはいまだにわからないそうです。 入門書を読んでも、二つのルートが地図に同時に書かれています。 それはシナイ半島を地中海沿いに北上し、イスラエル南部に広がる ネゲブ砂漠を通って、カナン(現代のパレスチナ)に入る。 もしくは聖カタリナ修道院のある、シナイ半島最南端を目指して 南下するの二つのルートを行く説が有力なんだそうな。 北ルートの場合、地中海沿いに行けば40年もかからず、 わずか、数日でカナンに入れるそうです。 地図を見てもひと目で一番早く行ける最短距離です。 そのルートを行くと40年間も砂漠をうろつく必要はなくなるのです。 そうなると十戒の舞台である「シナイ山」は 北のルート上になるので、普通の本屋で売られている 世界地図に記載されている「シナイ山」はウソになるのです。
2008.10.10
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モーセ編、あと少しです。 モーセ編は旧約聖書の初めから5番目の本「申命記」にあります。 「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」という最初の5書は いわゆるトーラー(律法またはモーセ五書)ともいわれる書です。 キリスト教の聖書は旧約聖書と新約聖書からなっていますが、 ユダヤ教は旧約聖書の部分だけを聖書にしています。 トーラーというのは旧約聖書の重要な部分をダイジェストした ユダヤ教の聖典のことです。 旧約聖書は簡単にいうと契約書。 なんの契約書かというとエホバの神とイスラエル人が交わした契約書。 守ったら幸せになる。破ったらひどい目にあう。 その契約内容のベーシックとなるのが、 この最初の「創世記」から「申命記」まで。 「創世記」はわりと読みやすく昔話感覚でスラスラ読めますが、 「出エジプト記」の後半から「申命記」のラストまで はひたすら、浮気疑惑があった場合はどう処理したら良いかとか 損害賠償の規定など法律関係に関する細かい規定が書いてあります。 他に、食べ物で食べたらいけないものや儀式の細かいマニュアルまで ゴチャゴチャと書いてあります。 多くの場合はこれで聖書を放り出す。 わたしも何回も放り出しました。 しかし、初志貫徹しなければ根性なしだと思われるので、 たった339ページを半年かけて読みました。 本当ならば、こんなに時間かける予定なんぞなかったのに。
2008.10.09
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その後、イスラエル人は旅の途中で次々と襲ってくる 2つの先住民と戦い、ついにカナンの東に位置する ヨルダン川までたどりつきました。 西を見ると、カナン(現在のパレスチナ)の緑豊かな土地が見えます。 エジプトから出発して、なんと40年。 モーセも果たして「約束された地カナン」に行けるのでしょうか? ちょっとここで脱線。 聖書。 キリスト教の本だという思う人が多いですが、それは ハッキリいって間違い。 この本はもともとはユダヤ人が書いたものです。 特に旧約聖書はユダヤ人、キリスト教徒、イスラム教徒に 共通するので、キリスト教の本とは必ずしもいえません。 多少は違いはあるけれども、主なストーリーはそんなに 違いはないのです。 ちょっと、アカデミックになってきましたが、 聖書物語の絵本なんか見ると、実に牧歌的。 田舎が舞台のことも多いので、ほんわかした場面も よくあります。 旧約聖書のヒーローの一人、ダビデももともとは羊飼い。 野原に羊の群れが草を食べつつある風景をバックにハープを片手に たたずむ一人の少年。 カンペキにど田舎出身です。 それが未来に王様になるなんて想像できません。 ときに血みどろの場面も出てくるが、それは大国、アッシリア、 バビロニア、エジプトの政治的なパワーゲームに巻き込まれて 滅亡に向かう動乱の時代で、ここではまだまだ先の話です。
2008.10.08
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モーセはいつも通り、「臨在の幕屋」に入り、エホバの神の 言葉を聞きました。 「アロンはカナンの地をこの目で見ることも行くこともできない。 金の子牛事件でイスラエル人が金の子牛を作り、 拝むのを止められなかった。だから、北にあるホル山でアロンは 死ぬことになる。」 モーセは悲しそうな顔をし、アロンにその言葉通り伝えました。 アロンもすぐにその意味を理解し、ホル山に登りました。 アロンの子エルアザルに大祭司の職を継がせ、息を引き取りました。 多くのイスラエル人はアロンの死を悲しみ、その偉大さを 改めて思い返すのでした。 いつもモーセとアロンは助け合い、エホバの神に、また 人々を心から大切にしてきたからです。 そうかなあ??? 少なくとも、わたしには、その通りかどうか疑わしいです。 古代ローマ時代の歴史家フラウィウス・ヨセフスの本を読むと 「アロンは立派な大祭司であった。」 なんて説明していますけれども、同じようなことを書いてある 聖書を丁寧に読むとそうは読めない所があるのです。 アロンは悪役と解釈できる場面もあるのです。 どっちが本当のアロンの姿なのか? やっぱり、いつまでもモーセの方がヒーローなのか? わたしにはわかりません。 アロンも結局、ある意味で最後の最後で厳しい罰をくらった感じです。 金の子牛を拝むのを止められなかった、それだけのミスで。 わたしには旅の途中で死ぬなんて厳しい罰をくらうほどの ミスには見えないけれど。 やっぱり、金の子牛を拝むのは良くないことなんだろうか?
2008.10.07
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そのうち、イスラエル人の一行はアマレク人の住む 地域に近づいてきました。 モーセとアロンは使者を出して、 アマレク人の王様に会いにいかせました。 使者は王様に 「王様、どうか、ここの土地を通らせてください。ただ通るだけで 良いのです。悪いことは一切しません。」と言いました。 だけど、この王様はこの使者の言葉を信用せず、 イスラエル人の宿営地に向けて追い出しました。 怒ったモーセとアロンの二人はアマレク人の軍隊と戦うことにしました。 ラッパを吹き鳴らし、男達は手に武器を持って戦いました。 ちょっと戦場から離れた所でモーセは右手を上に上げると イスラエル人の軍隊は優勢になります。 手が疲れるからと手を下に降ろすと、イスラエル人の軍隊は劣勢 になります。 アロンもモーセの手を上に挙げるのを手伝ってなんとか 戦いを乗り切りました。 みんな疲れてヘトヘトです。 アマレク人の軍隊を破ったあと、イスラエル人は北に方向を転じました。 もうすぐカナンです。
2008.10.06
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罪は反乱の首謀者であるコラとアビラムだけで、彼らを 公開処刑にするのは理解できるけれども、無関係な家族を 殺すのは、あまりにもひどすぎる。 コラとアビラムが反乱を起こす理由も理解できる。 情状酌量をしてくれても良いじゃん! なんて思うのですが、有無言わさず処刑。 罰してはキツ過ぎる。 モーセとアロンばっかり可愛がるのも不公平どころか とっても不平等ですなあ。 そもそもの原因はエホバの神にあるような気がします。 モーセとアロンばっかり偏愛するから、こんな事件が起こるの ではないか? まあそんなことを思いつつ、読み進めていきます。 恐ろしいことを経験したイスラエル人はもう二度と反乱は 起こしませんでしたが、道中はなかなか水がありません。 苦労の連続です。
2008.10.05
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そんなことを考えたのかもしれません。 コラとアビラムは同じような不満を持つ仲間の250人と一緒に モーセとアロンに近づいて、その不満をぶつけました。 二人ともどうすれば良いのかわからないので 「臨在の幕屋」にてエホバの神の裁判を受けることにしました。 どっちか正しいか、エホバの神に判断してもらおうじゃないか。 そんな感じです。 大勢の人間がそれぞれ「臨在の幕屋」の中に香炉を持って、何かが 起こるのを待ちました。 すると、祭壇の方から、 「わたしが選んだのはモーセとアロンの二人だけだ。」 と言う声が聞こえてくるかと思うと祭壇の奥から、ゴーという 音と共に火が出て、モーセとアロンの二人を残して その場にいた全ての人々が焼き殺されて行きました。 宿営中にこのものすごい音が響き渡り、周りにいた人々は 驚きました。 モーセとアロンはことのしだいを何も知らない人々に話し、 自分達が単に人に選ばれたなら、不思議なことが起こらない。 エホバの神が選んだのなら、不思議なことが起こると同時に エホバの神の判断が正しいとわかるだろう。 モーセとアロンは、「今回の事件の首謀者であるコラとアビラムの 家族が住んでいる天幕から離れなさい」と命じた瞬間、 地震が起こりコラとアビラムの家族は天幕ごと、 割れた地面に飲み込まれてしまいました。
2008.10.03
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ジュゴンなんてどうやって皮を作るのかどこから捕まえてくるのか 不思議でしたが、動物図鑑で調べたら、紅海で生息しているのです。 シナイ半島の西に位置する小さな海です。 ここからは完全にプライムローズの勝手な想像です。 人々は小船を作って紅海に出て銛を使って何匹かのジュゴン を捕まえて陸に揚げて、屠殺、内臓をかき出し、皮だけをとって たたいて丈夫にして、糸と針で縫い合わせて布 を作ったのかもしれません。 入門書に出来上がりのイラストが描いているのがありました。 「臨在の幕屋」の祭壇から周りにある儀式に使う道具まで全て純金。 きっと秀吉もびっくりの豪華さでしょう。 旅は続きます。 昼は雲の柱、夜は火の柱でイスラエル人を導きます。 そんなある日、モーセとアロンの兄弟達の親戚である、 コラとアビラムの二人は日ごろから不満に思っていました。 「モーセとアロンばっかりがよく臨在の幕屋に呼び出される。 それ以外の人間が不用意に近づくと死ぬそうだ。 なんであいつらだけが。本当はエホバの神なんかいないのではないか? 俺達を恐怖で縛って自分達だけで権力を握っていい 思いしているのではないか? そのおかげで、他の一般の人間はあの兄弟を見ると必ずペコペコする。 不公平ではないか。 同じ親戚なのに、俺達にもチャンスはあるはずだ。」
2008.10.02
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その後モーセの兄は大祭司に任命されました。 イスラエル人のエホバの神に日々行われる儀式をつかさどる 人々の総大将です。 大祭司はアロンの子供達に世襲されることになりました。 モーセの言葉に従って金の子牛を拝まなかったレビ族の 人々はアロン達一家の下働きとして儀式を行うお手伝いを します。 またモーセはエホバの神に言われた通り、豪華な天幕を 作ることになりました。 そこで、モーセ、アロンの兄弟達はエホバの神の言葉を聞き 日々の儀式が行われ、もめごとが起きて、裁判でなかなか 決着がつかないとき人々がそこでエホバの神から裁判を受けるのです。 その天幕は「臨在の幕屋」と呼ばれました。 その材料は 金、青銅、牛、羊、ヤギ、ジュゴンの皮、亜麻布、アカシヤの木です。 金は中の祭壇や儀式に使う道具、火を灯す蜀台に使います。 それから十戒の書かれた石版も純金の箱に入れます。 この箱は文字通り「契約の箱」と呼ばれます。 青銅は「臨在の幕屋」を支える純金の柱を支える土台になり、 皮は屋根になります。アカシヤの木も使われます。
2008.10.01
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