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頑張れ日本!!テレビはオリンピックに拉致され、この間アナウンサーの絶叫と芸能人をたててオリンピックをショウ化した番組で溢れていた。まさしくテレビの番組作りのためのオリンピックが延々と続いたが、それも今日で終わり、やれやれである。日本人は競技を前にした選手に 「頑張れ!!」 と声をかける。西洋では「リラックス!!」と言うことが多いと聞いた。スポーツとは体の動きで演ずるものである。体がパフォーマンスをしている瞬間あるいは時間帯に力を集中しなければならない。だとするならば競技前の選手にかける言葉は Be Relux が適しているではないか。頑張るとは字のとうり頑強に張りつめてパンパンにすることである。ゲーム前に張り詰めさせてなんとする。100m走で言えば10秒間、野球で言えばバットとボールが接触する瞬間。そこで頑張るのだ。体の動き(バットの速度)は初速は遅く、以後ピークに達し、また遅くなる。肝要なことはこのピーク時にグランドやボールと接触させることである。試合前に選手をあおりにあおって能力のピーク時を試合の前に持ってこさせるのが日本のマスコミや関係者のやり方である。もっと長いスパンで考えても、オリンピック期間に最高潮にしなければならないのに、練習のし過ぎで出場すら出来ないマラソンランナーが出たりする。これも試合前に頑張りすぎた結果である。試合前なら何とでもいえる、だからそこで煽って視聴率を上げる。それに乗せられる上層部もいけない。あれだけ実力差のある柔道や野球で金メダルの空約束がまかり通ったのもひとつにはマスコミの空騒ぎのせいである。いつになったら選手がリラックスして自分の力を発揮出来る環境を与えてあげられるのだろうか。一番主義の日本では永遠に無理な気がしてならない。前にも書いたがオリンピックは個人あるいは団体がするもので、国威掲揚の場ではない。オリンピック憲章で謳っていることである。
2008.08.24
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お盆休み恒例下田への家族旅行例年なら長男一家と次男一家総勢9名で下田の多々戸浜へ海水浴。もうかなり長く続いてきたが、とうとうその時が来てしまった。年長の孫が中学生になり、今まで塾など無縁だったのに、とうとう今年から通い始めその夏期講習、そして空手塾の合宿とぶつかった。去年までなら文句無く下田へ来たのだが中学生になるとやはり重点が移動する。そんな訳で今年は次男一家との6人の下田旅行となった。部屋もコネクティングの二部屋でOK。そんな訳で例年とは違う棟の部屋ここからは写真のように家族ずれ中心のビーチが良く見える。サンダルのままビーチに行けるのが有りがたい。 最年少の孫も今年から水を恐れずジージに買ってもらったイルカに乗って波乗りを楽しんでいる。大波にうまく乗れるときもあるが、横波で投げ出されることのほうが多い。それでも飽きない。 ママに催促されて海から上がってもじっとせず、お姉ちゃんとパパとで砂遊び、ここでもイルカを作っていた。 ママが気を遣ってか昨年ババさんがエジプト土産で買ったヒエログリフで刺繍した自分の名前入りTシャツを着てきた。こんなこともあろうかとジジさんも一緒に買った名前入りポロで記念撮影。夕食時カッコいい甚平を着て現れた。なんか見た気がすると思ったらやっぱり今回欠席のヒロ兄ちゃんのお下がりだそうだ。従兄弟同士でいい関係だ、将来もそうあって欲しいものである。彼らには他にいとこはいないのだから助け合ってもらいたい。翌日も懲りずに今度はプールでイルカ乗り。すっかりイルカに乗った少年になり、その話をしてあげると大いに喜んでいたこのあどけない子供もあと何年かすると家族より友達同士の付き合いが大切になるのだろう。またそうなってもらわないと困るのである。まあ将来大きくなってなんかの時に思い出してくれるようにイルカに乗ったことなど、隅っこのほうでよいのでどこか頭のなかに仕舞っておいてほしいものである。
2008.08.18
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オリンピック憲章: 競技は個人または団体の栄誉のために行われる ものであって国威発揚の場ではない。 たしか憲章には上のような趣旨が書かれていたような気がする。国家間の競技ではない証拠に統治されている地域や集団の参加が可能なのである。 こんな立派な憲章のもと何と堕落した行為が繰り広げられていることだろう。断っておくが私はオリンピック反対ではないし、日本人選手も心から応援している。 5月にオリンピアを訪れ、古代オリンピック期間は全てのギリシャ・ポリス間の戦争は停戦して競技に集中したことなど思い起こしながら、聖火採火の神殿やアリーナを見て回った。ところが、今回のオリンピック開会日にはそれを待っていたかのようにグルジアで戦火が起こった。必然性があったとしてもオリンピック終了まで待てなかったのだろうか。テレビ報道もおかしい。報道順位としては、グルジア>北京、だろう。CG映像を見せる暇があったら事実の報道に移してほしかった。 昨日と今日の新聞のオリンピック報道8/16: 柔道最重量級 石井金 徹底した勝利えのこだわり 「美しい技がいいのなら、体操競技に行け」 「柔道はルールのある喧嘩だ」「あいつの目は土佐犬のようにギラギラしている」「自分はスポーツをやっていない。戦いだと思っている」「勉強をしながらだと試合に勝てない」と休学届けを書いて先生に引き止められた。写真は前をはだけて臍を出し、吼えている姿。オリンピックはスポーツじゃないらしい・・・だから戦争と同時で良いのだろう。 8/17: 千春さわやか 決勝はいいところが無く完敗 表彰台では笑顔手を振りメダルと花束を高く掲げた。「馨と一緒に歩いてきた道はすごく輝いていた、誇りに思う。私のレスリング人生は最高だった」「馨と歩いてきた道は金メダルと自信を持って言えるからこの銀は私の中では金メダルです」「最近、レスリングが楽しくなった」「北京は一つの区切り、今までレスリング有難うございました」競技後のインタビューも表彰台でも満面の笑み。私達は千春に感謝、千春はレスリングと妹に感謝。 二人とも税金を使って派遣された選手である。どちらが納税者に喜びと自信とより大きな勇気をくれたのだろう。私達は自分の努力が報われ自然に湧き出る笑顔に満たされ、幸せな気持ちを分けてもらうのだ。私はオリンピック憲章と自分の心情に照らして二人のメダルの色を取り替えたい。しかし今の堕落したオリンピックを象徴する形で落ち着いた気もする。 そこで私のささやかな提案。メダルはそのままで表彰台の高さは同じにして、国旗の段差もなくして掲揚し、国歌演奏はなくする。表彰式が個人の栄誉をたたえるのであれば、国歌演奏は憲章違反の恐れがある。もう一度断っておくが私はどの国旗より日の丸が好きである。 これだけ地球のエネルギー源が枯渇しているとき無駄の象徴のような今のオリンピックは改め、4年ごとにギリシャで開催し、ワールドカップ、ワールドツアーなどのある競技は取りやめ、陸上競技をを中心としたオリンピックにすべきとえている。もう一度言うがオリンピックはテレビのためにやっているのではない。 ものごとは常に見直し修正が行われてこそ永遠性が保たれ文化として根付くのではないだろうか。オリンピックを人類の世界遺産として残るようなものにしたいものである。 私は今から60年前に小学校の校内弁論大会に出なければならなくなり、そのとき話したのがクーベルタン男爵による近代オリンピックの提唱とその理念であった。今回半世紀以上を経てその場面を思い出しながら私見を記してみた。
2008.08.17
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誕生日の夕暮れ先日、家人も自分も夕方まで気がつかなかったのだが気がついてみると還暦後の暦をまた小回りしてしまっていた。正直言って生来丈夫でない私は70まで生きるのが大きな目的であった。それが今元気だった同輩が少しずつ欠けていく中で私がまだ健在とは。次の目標は平均寿命まで生きることだ。息をしていると言うことではなく、まあブログが書ける位の生きかたである。さてそんな誕生日の夕方、8階にある我が家のルーフバルコニーに出てみると昼間の暑さ(35℃)、夕立を経て大きな虹がかかっている。人生もそうらしいが全てある事象の終わりの前は輝くものである。その日の東の空も二重の虹で見事に飾られていた。ややあって西の空に目を転じると駅前の空高く茜雲が浮かんでいる右側のマンション(アパート)の幅が丁度富士山のそれである。茜空に3776mの黒いシルエットを認めるためには数軒分の廊下を移動しなければならなくなってしまった。30年前今の部屋を購入したのはその景色のためであったのになんとも残念である。さらに10分余りを経て西空を見ると、もう茜色は無く、日没間際の太陽はまさしく黄金色である。日が沈むと丹沢・道志の山塊がくっきりと浮かび上がる。このとき8階の我が家からは太陽は山の影であるが西新宿高層ビル街の一つはまだ陽光を燦々と受けており、ビル全体が鏡状態となり、突如としてもう一つの太陽がしばし出現する。これはもちろん太陽の沈む位置とビル面の方向が関係しており年2回このようなことが起こるわけである。写真では丸い太陽ではなくビルが炎上しているようにしか見えないのでここでは省略する。そして夕日の位置から遠ざかると黄金色に輝きが無くなってゆくさらに時が過ぎると刻々と輝きの範囲が狭まり黒い影が拡がってやがて全体を覆い一日の終焉である。私の人生もいまこのような時期にあるのだろう。自分自身にはもう大きな力は無くてもなにか他のものや人を輝かすことは出来るのかもしれない。それならもう少し頑張ってみようかと思わせた誕生日の西空の光景であった。
2008.08.13
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お施餓鬼仏教の多くの宗派ではお施餓鬼会という行事を行っている。仏教では六つの世界があり、下から地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道(人界)、天道(極楽)で、人間は死後この五つの世界に送られる。閻魔大王が生前の功徳を量りで計り、仕分けてゆく。実に分かりやすい。キリスト教でも同じで、システィーナ礼拝堂の壁画にミケランジェロがこの様子を活写している。地獄に落ちた者は救い難いとしても、先祖の誰かが常に飢餓状態にある餓鬼道で苦しんでいるかもしれない。また、先祖以外にも多くの人が餓鬼道に送られて飢えている。こんな人を慰安するのも現世に生きる人間の功徳だと説く、宗教はどれも本来慈悲深いものであり、敗者復活を認める考えなのである。私は特に熱心な佛徒とは言えないし、慈悲深い人間とも思えないが、このような一種のメルヘンを持ち続けて生きることは人生を豊かにしてくれるだろうと思っている。神話にしても仏教伝説にしてもルーツは同じと思えるほど類似している。我が先祖は代々仏教徒であった。それなら異教に帰依することもない。そこで北鎌倉にある円覚寺という寺に墓所を求め、自分の墓を建てた。毎年8月9日はこの寺のお施餓鬼会の日である。毎年酷暑の盛りにここの山門をくぐることになった。今年も山門をくぐれることに感謝しながらの鎌倉行きとなった。首都圏の交通事情は限りなく便利になる。ICカードを使って切符も買わずに自宅から一回乗り換えるだけで北鎌倉まで1時間で行ける。駅前にはすぐ山門があり、酷暑にもかかわらず外人観光客が多い。 円覚寺山門 円覚寺は鎌倉五山第二位の大きな寺で幾つかの塔頭から成り立っている。写真のように造営の済んだ塔頭もあり、古びた塔頭もある。 最近造営した塔頭われ等が塔堂も改築してまだ10年くらいの新しいものだが甍越し望む鎌倉の山々は緑に包まれている。夏は霞んでいて無理だが、それ以外の季節には富士山も望める位置にある。この庵の住職は粋な現代人で新しい本堂で慈善コンサートを開いたり、下の写真のような植物苑を作ったりしている。 お施餓鬼会にしても鎌倉の有名な料理屋から取り寄せたお弁当が出て、東京芸大の学生による尺八と琴の演奏会があった。昨年は津軽三味線の演奏会、一昨年は沖縄民謡の公演があった。そんな訳で伝統的な寺にもかかわらず墓のデザインも自由である。 位牌形や洋式の墓石に思い思いの銘が彫られている そんな中にあってわれらの安住の場もまったく角のない形となった。平和の和、調和の和、家族の和、心の和などを形にしようとしたら境界や面や辺や角の無い、裏表も無い形になってしまった。せっかく地球は球形をしているのに国境争いと言う面取りゲームの絶えない人間の煩悩はなんとかならないものだろうか。いまの地球はどう考えても醜い不規則な多面体構造にしか見えない。知り合いの別の寺の親子二代の和尚に重ね書きで「和」を揮毫してもらい家紋も大きなひとつのループ紐を折り重ねて作った三重の紐紋にした。実家の家紋である丸に三の字紋に妻の実家の三つ葉桐紋を重ね合わせた、要するに創作紋である。この墓地には野口イサム、デザインの墓などもあるが私の創作墓石も自分では気に入っている。そして私は昔から各地に旅するとそこの小さな石を拾って帰る癖があった。墓石の周りにはそれら玉石混交の石がばら撒かれている。遠くエジプトの石やオーストラリアの赤い砂漠の砂、アメリカ圭化木公園で買い求めた木の木目を持った石、日本各地の観光地や神社仏閣で拾った石などが置かれている。死んでからも旅の思い出に耽ろうとの試みである。墓からは相模湾越えに富士の麗姿が拝めることがここにした決め手である。この景観料もここの墓地永代使用料にこめてここにした訳である。子供や孫達がピクニックに行く気で語らいに来てくれればと願っている。 再び我等が塔頭の前に立つと、昨年まで白い玉石しかなかった前庭が石灯籠や多宝塔で埋め尽くされていた。住職の説明によると昔懐かしいかっての受験界の神様、文化放送やフジテレビの創始者である旺文社の赤尾好夫は石塔の収集者としても知られ、それらはセンチュリー文化財団という組織で保存されていたが、後継者の死亡などいろいろないきさつがありこの寺に寄付されたというのだ。数百年あるいはそれ以上を経た中国や朝鮮の美術史的価値の高いものだそうである。しかし暑くて石どころではなく、季節の良いときにゆっくり見ることとしよう。 (ふおと蔵からの転載で回転がうまく行かない) この日は長崎に原爆が落とされた日でもある。住職は毎年この法会に原爆犠牲者の位牌を祀りその霊を供養することを忘れない。私も毎年長崎の犠牲者に手を合わせ香を焚くことが出来るわけである。暑い暑い夏の一日の記録である。
2008.08.10
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国連ビルのクールビズ8月2日(土)の朝日新聞記事「国連もクールビズ始めました」を読んで驚いた。国連と言えば国際紛争を戦争なしに解決しようと言う機関だが、いつかは滅びる運命にあるとはいえ地球の世紀を少しでも永らえさせる義務も持っている。いま地球上の難題に地球温暖化があり、国連も無関係ではありえない。国連ビル事務局棟の温度設定22.5℃、会議・総会議場21.1℃だそうだ。これをそれぞれ25.0℃と23.9℃にして省エネとCO2抑制を期すのだそうだ。エヤコンとは生活を快適にするものだと思っていた。私の経験も含めて概してアメリカ人(国連人)のエヤコン感覚は夏22℃冬27℃だろう。これを逆にするだけでよい。夏寒く、冬暑くしてなんとする。毛皮のコートを着て、部屋に入るとそれを脱ぎ捨てノースリーブ姿が似合うのは映画のマリリン・モンロー(古いね)位で我慢してはどうか。私は夏暑くても汗を拭き下着を着替えれば熱病にはならないがちょっと電車で冷えると風邪を引いてしまう典型的陰の体質の私、25℃以下の会議の場は辛いのである。栄養たっぷりの現代、世の中暑がりの人が多いのは分かるしかし25℃は快適だろうと思う。特にブッシュさんと多くのアメリカ人に言いたい、発想の転換をして夏冬の温度設定を逆にしてもらいたいー夏27℃・冬22℃でどうだろう。これでアメリカのCO2排出量はずいぶん減るだろう。国連さん、世界には南国の人もいれば北国の人もいるのです、少しずつは譲り合わないと、世界中をアメリカ基準にしてどうするのですか。 自分の主張を実行できる人は偉人だと思う環境問題を主張しながら大型車を乗り回している評論家が居たりマイショッピングバッグを持ち、公共交通を使っている評論家ってどの位入るのだろうか。CO2 にしても全体は抑制しなければならないが、自分の排出は枠外であり、全体の中の一部であることは意識しない無責任時代である。 私みたいに自分に出来そうもない主張はしない主義の人は政治家になれないが、我々はあなた方を世界のオピニオンリーダーとして期待しているのですよ。国連の政治家さん「あんじょうたのんまっせ」ついでにブッシュさん、温度設定逆転の主張、言うてみなはれ 多分うけますよ。ああ、もうすぐ居なくなるのか。小浜さん如何。
2008.08.03
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