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今日は、さくらの話です。仕事の話はおやすみ。桜。さくら。どうして「さくら」と言うのでしょうか?どうして花見は桜の下で? 梅や桃の下ではだめなのでしょうか。桜の語源は幾つかあります。「このはなのさくやひめ」の「さくや」が「さくら」に転化した説もありますが、私の一番好きな説はこちらです。民俗学的な由来から。「さ(稲に関する接頭語)+くら(神様のいる場所)」という説です。「さ」は、「さつき」「さおとめ」「さなえ」「さみだれ」など、田植えの季節によく登場する稲に関する接頭語。稲の神様が「さ」。その稲の神様がまします場所だから「さくら」なのだそうです。昔の人々は、さくらの花に稲の神様が宿っていると信じ、長い間花が咲いていればいるほど、その年が豊作になると信じていたのだといいます。そして、「散ってくれるな、花よとどまれ」と祈りを込めて、桜の木の下で花見をし、散るを惜しんでいたのだといいます。それが花見の始まりだと。だから、桜の花には昔から「散るを惜しむ」和歌が多いんです。「咲き誇っていて、ああきれい」という歌と同じぐらい、あるいはそれ以上に「散ってくれるな」の歌のほうが多い。そのころに詠まれた桜は、まだソメイヨシノではなくて、ひっそりとしたヤマザクラたちだったのでしょう。ところが、第二次世界大戦のころになると、「散る桜」は「潔く散る桜」に曲解され、戦意高揚のための花(といっては大袈裟ですが)になってしまいました。そのころは、もうソメイヨシノが主流でしょうか。時代によって、悲しいかな、受け止め方が変わってしまうんですね。皇居の桜、靖国神社の桜、並木道の桜、公園の桜、どこかの学校で咲いている桜、いろいろありますが、山の中で普段常緑樹に埋もれている桜が、この季節だけ一所懸命咲いて主張している、そんな桜が好きだったりします。あるいは、田圃のほとりや田舎の道で、一本だけ健気に立っている桜。今でも、桜が散る時、どうにも心穏やかでいられなくなること、ありませんか?それは、ずうっとずうっと時代を超えて人々が抱いていた桜が散るのを惜しむ気持ちが、日本人だれもの心の中に微かに宿っているからなのかもしれません。今日は、大切な友人の誕生日でもあります。春の到来が早まったおかげで、花の下で歳を重ねるようになりましたね。お誕生日、おめでとー。
2004年03月31日
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午前中に歯科医再訪。目黒川を渡る。この川は花見どころと言われているのだけれど、上流のほうが桜の木が多いのでしょうか、このあたりは、さほど「見ごたえがある」というほどではありません。ただ、浅緑色の柳と桜のコントラストがとてもきれいです。こんな歌を思い出しました。見わたせば 柳桜をこきまぜて 都ぞ春の錦なりける (古今集・春上・素性法師)この「都」は、もちろん京都ですが、東京でも、今、こんな風景はあちらこちらで楽しむことができます。昔、意味もわからず覚えたことが、ある日ふっと浮かび上がってくる、「そうだったのか!」と思う、これはとっても嬉しいことです。いつか、掲示板でskdさんが、「脳がいろんな情報をつなげていく能力は、若いときよりもむしろ30代になってからのほうが活発になる」という説を紹介してくださっていましたが、(勝手に引用してごめんなさい) 確かに、この年齢になってからのほうが「そうだったのか!」がたくさん増えます。そして、それは昔々、わけのわからんままに覚えた言葉の量によるのかもしれないなあと思うにつれて、「詰め込み教育」と忌み嫌われた「暗誦」「暗記」も決してむだではないのではと思う今日このごろ。翻って、今、小学校高学年にいる娘は、いろんなことを吸収でき、土台をつくる大切な年齢に「ゆとり教育」の名のもとで時間を無為にしてしまったような気がして仕方がありません。やっぱりだめだったかー、と文部科学省は「ゆとり教育」を見直そうとしていますが、その間に実験台になり、犠牲になった子供たちのことを、国はどう考えているのでしょうか。おっと、急にカタイ話題になってしまいました。古今集の歌の話だったのに。この歌を何で覚えていたかというと、「柳、桜、錦」の美しさと「こきまぜて」がどうにもミスマッチだったから。「こきまぜて」って、なんだか変じゃないですか? 辞書を引くと「かきまぜる」の意味と同様なのですが、どうにもこの妙な語感の印象が強くて覚えているんです。自治体の会議録でも、乱暴な言葉を使う議員さんが「ケツ、ひっぱたいてやれば」と言います。単語登録なんかしてませんから「け・つ・ひっ・ぱ・た・く」と、意に染まぬながらもその通り打ちます。そして、修正が来ると「おしりをたたいて」などと大抵議会事務局が訂正を加えています。打つ人の好みにかかわらず、打たなきゃならない語句もある。裁判記録のときは、そういうことが多々あるのでしょう。私はあまり携わりませんが、やはり打っててつらかろうなあと想像に難くありません。単調だと文句を言いながらも、そういう意味では抵抗のない自治体会議録に感謝しつつ、校正の1日。夜はおさまらぬ歯の痛みに耐えかね、ノルマを気にしつつ早々に就寝します。久々の雨の音です。やわらかな春の雨が、柳にも桜にも降りそそいでいることでしょう。
2004年03月30日
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終日、痛む歯を抱えての入力作業と修正作業。奥歯だと、耳にも脳にも近いので、どうにもやりきれない。痛み止めは一時的だし、効けば自然と眠くなる。ちょっとぼやいてばっかりだけど、日記だから、勘弁ね。それにしても、自治体会議録、本日修正しながら改めて思うのは、紛らわしい記号の聞き取り間違い。例えば、「条例第125条の、えー、この場合は」と聞き取れたとしても、実際には「条例第125条のエ」という項目があったり、「新旧対照表に照らした場合を説明します。1は・・・、2は・・・、9は・・・」えっ?いきなり9に飛んじゃうの?と思ったら、新旧の「旧」の説明だったり。お医者さん関係の話題になっていて、「そして、医の体制の周知の徹底を・・・」だと思ったら表の「イ」の項目のことだったり。資料があれば照らしてわかることですが、手元に資料のない場合は一語の音に悩まされること、結構多いです。以前に触れた「看護士(まちがい)」「看護師」のように「師」「士」の区別も紛らわしい。士と師の使い分け、これは、何か基準があるのかな。きちんと調べてみたらば何か見つかるかもしれません。今、手元にあるテープ、いつもは単調な会議録だと文句を言う自治体のものですが(ごめん、いただくだけありがたい)、さすがに年度末近くになると、退職する方のごあいさつが入っていたりして、ちょっとジーンとしています。今までのご苦労、思い出話をされながら、ご自分でも感極まって、最後の「ありがとうございました」が涙声になっていたりすると、見知らぬ人ながら、地道に一所懸命勤め上げたんだなあと、耳元に飛び込む大きな拍手に辟易しつつ、単純に一緒に感動します。それでも複数の人が挨拶すると、拍手を比べて、どちらの人望が厚かったのか、ちょっとわかっちゃったりもして。年度末近く、それぞれ区切りを迎えている時期でもあるのですね。声だけ馴染んだおじさん、お勤め、お疲れさまでした。
2004年03月29日
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・・・そうです。昨日の続きです。歯が痛い。はー。ガンガン痛い、ズキズキ痛い、シクシク痛い、グワングワン痛い、ドヨヨンと痛い。言っておきますが、我慢強さについては山羊座の土曜日生まれの折り紙つき。それでも存在の耐えられぬ歯の痛み。うー痛い、あー痛い。いたいいいーー。何も見ない、何も考えない、ただ限りない痛みだけが魂から沸いてくる。虫歯大魔王さま、今この痛みを取り去ってくださるならば、魂を売っても構いませぬ。どうぞ持っていって。ついでに今ある議事録と修正も持っていって。これは陣痛の痛みに匹敵しますね。陣痛はヒッヒッフーで収まるし、産まれりゃ痛みは去るけれど、歯茎から子供は産まれてこない。おまけに脳の近くで、なお痛い。わめいていても仕方がないので電話で尋ねて休日診療に行くことにする。電車で2駅。何てこったの日曜日。世間は花見で浮き立っているというのに。ところが。ふざけんな、です。「この神経を抜いたあとの細い道を掘って開けることができるかどうか、私には正直言って自信がありません。確率は2対8です」せっかくここまで来て、痛みとおさらばだ思ったのに。歯根治療は不得意らしい。インフォームドコンセントも何も要らない。ただ、痛みがおさまれば私はよいのだ。「休日でも開業している歯科医が近所にありますから、聞いてみましょう」別の歯科医を紹介してくれる。レントゲンも撮ったけど、治療費は取らないという。親切というべきなのであろうこの歯科医。だが、親切だけでいいのだろうか。「私には自信がありません」と言ってしまうことが許されるのか。それでいいのか。無理に治療されるよりはよかったのだけれど、何となく「シゲマツキヨシ的な弱さ」をこの医者に見る。(過去日記「重松清の底の浅さ」を読んでね。でも、本当は彼を応援しているんです、私)いい人なんだろう。いい人なんだろうけれど。いや、きっといい人だったんだ。痛む歯を我慢して顔を上げ、ひたすら歩く。着いたところは茶髪のイケメン風医者2名。不安。休日にわざわざ開業しているところも営利主義ではないかと身構える。「レントゲンを撮りましょう」だって、さっきの医者でもらったレントゲン、見せたのに、また撮るの? 営利主義かとさらに懐疑的。でも治療のためには仕方がなく、不承不承承知する。相当不機嫌な私である。「この細いところに防腐剤が詰めてあるから、それを掘りながら奥まで進まないといけません。多分相当時間もかかるし大変だと思います。麻酔も効かないぐらい奥になると思いますよ」でも、そうして奥まで掘り進み、腫れに至るまでの穴を開けて治療せぬと治らぬらしい。「・・・・・お願いします」「僕らも痛いって言ってる患者さんのために昼食抜きでがんばってるんやから、そんな喧嘩腰にならんで」となぜか関西弁で諭され、「頑張ろうな」と気休めの麻酔をかけてもらい、表面のかぶせ物を取り、歯を削り、歯茎の中の細い管を掘り進む。「いたーい! いたぁい!」「痛いねー、これはだいじょぶ? これはどう?」「いたーい! いたぁい!」「痛いねー、ほら、もう少しだからね」「いたーい! いたぁい!」(情けない、涙すら出る)「痛いよねー。もう楽になると思ったのに、たらい回しにされたから、つらかったんだよね」(コクンとうなずく)「いたーい、いたい。」「ククク・・・・麻nekoさん、おもしろいね」うっさぁい。痛いものは痛いのだ。赤子をあやすようになだめすかされ、とにかく腫れている箇所に到達するまで、何と2時間近く。とっくに気休めの麻酔も切れ、脳内モルヒネも枯渇。くたくた。腫れがひくのは当分先でも、少しは楽になったよう。薬でごまかされているだけかもしれないけれど、とにかく激痛はおさまった。うさんくさいイケメン風歯医者さんは思いのほか腕がよく、話を聞けば理事長さん。私とそう変わらない年齢というのにチョット見20代。声もよい。ぞんざいな口調の中でも一応患者の痛みを最優先してくれていたし、急に見直してしまいました。単純。こんなふうになったのも、必要以上のストレスを抱え込んで、体が悲鳴を上げたから。明らかに必要以上、不必要。この数日、時間に遅れる夢を見たり、パンプスとスリッパ(しかも居酒屋の!)を互い違いに履く夢を見たり、寝ていてさえも歯を食いしばっていたのでしょう。1年最大の繁忙期だって、わかっていたのだから、もうちょっとうまくコントロールしなくちゃ、ねえ。この納品を終えたら、ちょっと休もう。それができるから在宅仕事を選んだんだし。もっと軽やかにいきたいものです。え?土曜日生まれの山羊座には無理だって?うっさいね。だいじょぶ。O型だし。酒飲みだし、美味しいもの、好きだし。笑うの、好きだし。「麻nekoさん、来た時、すっごく怖かったよ。痛かったんだね。笑ってるほうがずっといいよ」ってその歯医者さんも言ってたし。でも、イタタ、まだ痛いよー。
2004年03月28日
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・・・歯が痛い。ズキズキ痛い。シクシク痛い、ズキンズキン痛い。ガンガン痛い。とにかく痛い。今月最後のまとまった1件、4時間近くの会議録をひたすら打っているところなのに、どうにもこうにも歯が痛くてたまらない。加えて修正が3件到着。連日の寝不足、過労、不摂生、体のどこかに支障が来るかと覚悟はしていましたが、ついに歯に来ましたか。はー。さっさと医者に行こう。とはいえ、このあたりにかかりつけの医者はまだなく。いつぞや、無料歯科検診で訪ねた歯科医は妙に横柄な地元の名士でありました。隣の患者の保険証を見て、「おたくの会社の常務で○○さんっているでしょ? この間治療に来たんだよ。あの人ね、うちのお客さん。」なんて自分の患者の自慢話。ちょっと、もう行きたくない。守秘義務違反じゃないのかなあ、それ。家人が言いました。「この前オレが行った歯医者、よかったよ。きれいだし、感じいいし。イイよ、そこ」早速行きました。なんと美しいハーフの女医さんです。「あー、痛みますね、これ。レントゲン、撮りましょうか」流暢な日本語、ソフトな語り口。たしかにきれいで感じがいい。「左下の一番奥の歯ですね。この歯は、もう神経を抜いてあります。その神経が通っていた細い道に詰め物がしてあるんですが、そのさらに奥が腫れているみたいですね。とりあえず、一番上のかぶせてあるものをとりましょう」ガガガ、ガガガ・・・。「あら、うまくとれませんね」ガガガ、ガガガ・・・。「ちょっと、これは変わったかぶせ方をしていますね」ガガガ、ガガガ・・・。「今日はこれでやめておきましょう。薬を出しますので」抗生物質と痛み止めを処方され、週明けの予約。痛みは当然おさまりません。振動を加えられ、倍化しました。私は女医さんをすべて否定するものではありませんが、歯科医は腕のよい大工さんに通ずる力強さと巧みさが必要だと思っています。ずっと通っていた京橋のK歯科医院は、古ぼけた雑居ビルの1階にある、時代に取り残されたような診療所でありましたが、まことに信頼のおけるよい歯科医でありました。丁寧な仕事ぶり、必要以上にレントゲンを撮らず、余計な点数稼ぎの診療をしない、実直そのものの先生。できることならそこに行きたいが、土日がお休み。加えて遠い。「イイよ」の意味が全然違うじゃないの!と怒りながら、痛みを抱えてパソコンに噛み付いていたら、家人が「肉、買ってきたよー」とスーパーの袋をぶら下げて、ニッコリ笑って立っていました。今日はステーキが食べたいんですって。台所に立つのは私。締め切り間近の仕事があるのも私。追加の修正が飛び込んできたのも私。歯の痛みを抱えるのも私。でも、買い物に行ってくれただけでもありがたいと思わぬと。いや、買い物嫌いの私にとって、それは何よりありがたい。ま、そーゆーこともある。赤ワインも買ってきてくれたし(おまけに美味しかったんだ。何で下戸なのに見立て上手なんだろ)。痛む歯で少量の食事をし、ワインを飲む。・・・・・当然鎮痛剤が効きません。わかっちゃいたんだけど。更なる七転八倒の痛み。歯が痛い、シクシク痛い、ズキズキ痛い、ジンジン痛い、ガンガン痛い。グワワンと痛い。ドヨーンと痛い。夜も寝られず。
2004年03月27日
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昨日、珍しいことに、家から無性に出たくなりました。手持ちのテープがあと1件になり、少し出口が見えた気がしたせいでしょうか、とにかく家から出たくなりました。これはこれは稀有なこと。よほど煮詰まっているのでしょう。納品の書類とテープを届ける理由をつけて、外出の口実をつくります。時間は夕方。娘は不在。家人と連絡がつけば、夕食も外で食べようと目論んで。どう考えても、このところの私は栄養が足りない。食欲もないし、家にいれば、日中テキトーな食事ばかり。摂らないことすらある。こんな調子での毎日が続いてあまりに悲しくなったので。おしゃれをして、きちんと化粧をして、よそゆきのロイヤルブルーのコートを着て、ヒールの高い黒い靴。行きがけに赤坂サントリーホール。「お気に入り」に登録のbombom26こと札響ビオラ奏者の「あやこ姫」は本日こちらで演奏会。前売り券は完売とのこと。ご盛況の様子で何よりです。雨のあがったサントリーホール前広場は既に大勢の人。開場間もなくのこの時間、人待ち顔の人がたくさんいます。人を探して待っているときの顔って、いいと思いませんか?待ち人を見つけたときにほころぶ一瞬の表情。だれか「人待ち顔写真集」でも出してくれたら、いい表情がいっぱい撮れると思うなあ。1つ用事を済ませ、裏手の桜坂を上がってオークラ方向へ。桜は4分咲き、ほのかにライトアップで艶やかです。夜桜並木の花の下、突然思う。ここをひとりで歩くのって寂しい。まったく、しっかりしろよと思いますが、如何ともしがたい。またもや気分の波が来たか。何で夜ひとりで歩くのはこんなに寂しいんでしょう。久しぶりのことだからでしょうか。これから先、子供が大きくなるにつれ、ひとりの夕食の時間だって増えていくかもしれません。私には、自分のためにきちんと食事をつくる気力はとてもなさそうです。たまにひとりでも、ふらんと心地よく立ち寄れるお店、どこか見つけておきたいなあと思った夜でした。単にお腹がすいて機嫌が悪くなっていただけかもしれないし、ほかに心にひっかかる出来事を抱えていたのかもしれないし、目の前の仕事から逃げたいだけだったのかもしれないし。ほんとの気持ちはよくわかりません。わかっているのは、この日記が昨日の内容になってしまったこと。そして、また仕事と離れた話題になってしまったこと。「さあ食え、さあ食え」状態があまりにも続いて、楽しさを語れぬほどに、ちょっと苦しいこともある。もうすぐ、きっと落ち着くでしょう。
2004年03月26日
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************これはフィクションです**********ピンポーン♪「まいどお~~、宅急便でーす」「はーい! ・・・はい、ご苦労さま。」「どーもぉ~」・・・・・最近、あのオヤジばっかり。一時期、感じのイイお兄ちゃんで、ちょっと嬉しかったのになあ。さてと。宅急便は。なになに? あー、資料もいっぱい。確認しながら校正かー。もう1本は座談会のテープ。どっちから先にしようかな。あ、座談会、こっちが急ぎか。とりあえず、洗濯もの、干さなきゃ。う~~、まだ風が冷たい~~。ああ、こら、麻! クロッカスの上、踏んじゃ、だめ!もうっ。ガサツなネコだねえ。おっと。物干しに手を伸ばすだけで体がバキバキ言ってる。最近、運動不足だし、繁忙期が過ぎたら、ちょっとプールでも行きましょっと。はあ。日記でもちらっと見て、とりかかりましょっかね。あらら。麻nekoさん、どうしたのかしら。何だか怒ってるんだわね。掲示板のやりとり?何かあったのかしらん? あとで、書き込みしておこうっと。むむむ。何かしら、この座談会。 あー、もったいない。この出席者たち、全然しゃべんないじゃない。せっかくの商品モニターなのに、司会の人、カラ回り。あー、もったいない。この商品、私もよく使っているシャンプー。あのCMも、よく見てる。気付くこと、いっぱいあるのに。何で、みんな、こんな当たり前のコメントしか発言しないのかしら。ほんと、もったいない。うー。他社製品との比較? そりゃ、言いたいこともいっぱいあります。その場で言いたい。おねがい、言わせて。うー、もったいない。せっかくのモニター料金払って、これだけの意見しか集めてないなんて。どうして私を呼んでくれないのー! あー、もどかしい。何か私もお手伝いできたらいいのに。何か言わせろー。うー。もどかしー。はがゆいー。はっ、そうだ、今日は銀行に行かなくちゃ。怒ってばっかりいないで、さっさと打たないと。帰りに美味しいケーキでも買って帰りましょうかしら。****************商品開発や販売促進のための座談会。その反訳の依頼も時折来ます。私のかかわりのあるところは「女性向け」の商品開発をねらったものが中心で、自分自身がモニター対象にドンピシャリのことが多々あります。そして、起こしていて歯がゆいことも、時々あります。あるとき、数回のやりとりの後に、そうっと納品のあとに意見を添えました。ご迷惑かなあと思いつつ。そうしたら、「参考にさせていただきました」とのコメントとともに、また依頼をいただきました。嬉しい出来事でした。もちろん、これは出すぎたことになりがちなので、相当注意が必要ではあります。振り返ってみると、気分を害されなくてよかったと、ちょっと冷や汗ものでもありました。担当の方が懐の広い方だった、その部分も大きいかもしれませんね。反訳の作業は「国語力」ばかり取り上げられがちではありますが、調査の手腕(ってほどではありませんが)も問われます。聞き取れないときに、何を検索するか、どんな切り口で考えるか。「こんなこと、知りたいんだけど」「これについて、調べたいんだけど」これも同じです。音を聞いて、同音異義語が数種ぱっと浮かぶように、いろんな角度で考えます。普段から、いろんな種類のテープを聞いていれば、自然とアンテナは高くなります。気付くことはたくさんあります。加えて職人気質の人も多く、相手の求めを汲み取って、結構いい仕事をすると思います。単にちょっと国語ができる人だけじゃなくて、情報収集力の部分も、もうちょっと注目していただけると、この仕事の幅も広がるんじゃないかなあと、最近思ったりしています。やっぱりちょっと手前味噌でしたか?
2004年03月25日
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「そうそう!」と思うことがあって、その話題を自分の筆で書く際には、そのきっかけになった出来事を紹介した上で書くように、私はなるべく気をつけています。そのほうが、信頼感と厚みが出ると思うから。たとえ、それがたまたま目にした掲示板のほんの数行のやりとりだったとしても、です。書きたいことは山のようにありますが、気が向いたらにします。
2004年03月24日
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*********これはフィクションです**********オフィスにて、昼時。「お昼だー。おなかすいたー」「麻neko、一緒に食べよー」「いいよー。きょうお弁当?」「そう。麻nekoは?」「コンビニのおにぎり。いくらの。」「えーっ、それだけ?」「食欲ないんだもん」ガラガラガラ・・・・(椅子を持ってくる音)「・・・麻neko、今、何のテープやってんの?」「落語。」「らくご~?」「うん」「おもしろい?」「めんどっちい」「どうして?」「単語登録が使えないから」「へ?」「『だと言います』だったら「だ・い・す」でいいのにさ、『だってんだよ』って言うから、いちいち「だ・って・ん・だ・よ」って打たないとなんない」「そっかー。時間かかるね」「そ。能率悪い。けど、おもしろいよ。落語だもん。会社だから笑うの我慢してるけどさ」パリパリパリッ・・・(おにぎりの袋をあけて海苔を巻く音)「でさー。悩むんだよね」「麻nekoが? 何、悩んでんのよ」「音なのよ」「おと?」「お蕎麦すすったり、戸をたたいたりするじゃん。あれ」「ああ、あるねえ」「あれ、結構迷うんだよ」「ズズーッとかドンドンじゃ、だめなの?」「じゃあさ、男の人が戸をたたく音に続けて、女の人がたたいていたら? 両方ドンドンでいいわけ?」「むむむ」「戸をたたく音っていってもコンコン、ドンドン、ドーンドーン、バンバン、ダンダン・・・。どの音にしたらいいのか、やっぱり迷うんだよね」「そっかー」カシカシ、カシカシ・・・(お弁当箱の底の米粒を箸で拾う音)「そのぐらいならいいんだけどさ、お酒を呑み干す音なんて、どうしたらいいんだろ」「グビーッ、じゃだめなの? 麻neko、自分でよくやってるじゃない」「うっさいね。だってクイックイッかもしれないし」「そーねー。聞いてる音を最初に文字にしちゃったら、もうその五十音になっちゃうんだね」「擬音語って、やっぱ悩むよね。お囃子の音みたいに「ピーヒャラ」って決まっているのはいいけどさ」「そーだねー」「これがまた、楽しいんだけどね」ゴクゴク、ジャバッ・・・(ペットボトルのお茶を飲む音)**************実際の仕事で擬音語表現が必要なものは、ほんのひと握りしかありません。対談で、擬音語、擬態語を多用する方もいらっしゃいますが。一応、擬音語はカタカナ、擬態語は平仮名という決まりもあるけれども、それも、また違和感があったりして。聞こえる音を五十音のうちのどれを使ってどう表現するか。一たん活字になったら、その音で定着してしまいます。ある意味、責任重大。でも、これが醍醐味でもあるんです。音になるべく忠実に。あまり忠実すぎて大袈裟になっていないかどうか。読む人が、すうっと読めるかどうか。これらの工夫もなかなか楽しい。おかたい議事録ばかりなので、こんな楽しい仕事を思い出しつつ、急ぎの校正をしています。・・・・・・。再びしんと冷え込んだ浅い春の闇からは、何の音も聞こえてきません。
2004年03月23日
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いくらヘッドホンを当ててキーボードを打つのが好きだとしても、こう毎日毎日ではパンクしちゃう。愚痴など言っては罰当たりではありますが、さすがに好物を口に押し込まれ「さあ食え、さあ食え」と毎日言われて辟易してます。よって、現実逃避。仕事から離れたよしなしごとを語ります。普段と書きぶりも変えて言いたいほーだい書いてみますので、びっくりしない。この間「毎日小学生新聞」を読んでいたんですけど、子供のお悩み相談に母親からの投書が載っていて、「うちの子、とってもイイ子なんですけど、この間、日記をそっと見てしまったら「クソババア、死ね」と書いてあったので愕然としておたより」。回答の先生は「日記は心のごみ箱、そこに汚い言葉が書いてあってもその子が汚いわけではありません」。なるほどー。「僕と・・」のクサナギ君主演のドラマを1回だけ観ましたが、世のお父さん方はリンちゃんに涙涙のご様子とのこと、どんなに可愛い子かと思ったら、確かにかわいいけど、ちょっと出来すぎ。あんなにイイ子を続けたら、しまいには心のバランスが崩れてしまう。そんな子供像を求めるから、必死に期待にこたえなくてはと思って無理する子が心を壊しちゃうんじゃないのか。投書の子供も、母親の不安定さを受け止めて、表面では必死にいい子をしていたので、母親はそれを信じきっていたんですって。気づけよー。嗚呼悲しいなまこと。我が家はだいじょぶか。日記が心のごみ箱だとしたら、楽天日記は東京湾埋立処分場なんでしょうかしらん。それからですね、わたくし一昨日初めて食べたものがあります。ダチョーです。もう食べたことがありますか。ダチョー。買い物嫌いの私はまだスーパーでお目にかかったことはないのですが、ダチョー、結構出回っている様子ですよね。そのうち配達してもらっている食材のところでも扱うようになるといいなあ。要チェックです。ダチョー。一昨日の集まりで、ダチョウのカルパッチョとあぶり焼きを渋谷のお店でいただきましたんですけど、以前から、ダチョウは美味いとさんざん聞かされていて、確かにクセがなくて、美味しかったです。何よりも、私、聞いていたと思うのに、ダチョウのカルパッチョが出てきたときに心底びっくりしてしまいました。なぜって、鶏肉のような肌色だと思い込んでいたら、まるでローストビーフのような色の肉が出てきたので。これはほんとにダチョウ?と仰天してしまいました。ここで谷啓なら何と言うか。あぶり焼きも美味しかったですが、カルパッチョのほうが好きです。全くクセがなくて、柔らかくて、美味でした。「ワサビ醤油やゆずこしょうが合うんだよ」と三洞は力説していましたが、ホースラディッシュもよさそう。どちらにしろ、フグだの何だのと同様にクセのない食材は日本人好みで、「あなた色に染まるわよ」とソースに合わせて変幻自在。和食、フレンチ、イタリアン、バーベキュー、何でもござれの食材なので、要注目と思って帰宅し、翌日、お酒の残る頭でN新聞を読むと1面のコラムでダチョウの話題が出ていました。筆者も昨夜初めて食されたとのこと、一緒だー。日経のコラムを書くような方と同様のタイミングで食するというのは、光栄なような、あるいはちょっとオヤジ入ってんのか、私。そういえば、今、思い出しましたが渋谷から赤坂に移動するタクシー代を払うのを忘れました。ごめん、今度払います。いずれにせよ、ダチョウがメニューに載っていたらとりあえず頼んでみることをおすすめします。チーズ入りライスコロッケなんか頼むより、ずっとお洒落だと思います。以上。
2004年03月22日
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「この作品は向田邦子氏の放送台本を中野玲子氏が小説化したものです。」この断り書きから始まる小説は、年の離れた男のもとに後妻で来た女性を軸に、家庭の崩壊と再生を描いた物語なのだそうです。1978年にTBSでドラマ化されています。浅丘ルリ子主演、夫が三國連太郎、その息子の若き麻酔科の医師が三浦友和。ご記憶の方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。私は知りませんでした。もう20年以上前ですものー。中身は、確かに向田邦子の家族ドラマではあるのです。会話も、豊かです。情景描写も見事です。力作、といってもよいかもしれません。でも、向田邦子自身の書いた小説にはなり得ない。あくまでも、「向田ドラマを第三者が小説にしようと試みたもの」になってしまいます。私は、そう感じました。どうしてなのでしょう。場面場面の描写は優れています。でも、映像が既にある。それをもとに書いた結果なのでしょうか、描写し過ぎているのです。---------「いらっしゃいませ」杉男も泉もドアを見る。だれもいない。「いざとなると、あの人かばうのね・・・」杉男はなにも言わず、ブーメランを取り上げてドアの方へ歩き出した。--------ぱっと開いたページから写したものです。脚本中のセリフは文中に99%用いているとのこと。向田ドラマの魅力を余すところなく伝えたい、その気持ちが余って、会話の前後がト書き状態になっている部分、多々あります。それと反対に、気持ちの移ろいが伝わってこない部分もあります。映像で観ていれば感じる表情の移り変わり、画面の端に映っているもの、脇役の動き、効果音、それらから慮れるものをすべて削ぎ落として文字にすると、唐突に思える会話になってしまう部分もあります。それは、小説にした人の技量の問題ではないでしょう。むしろ、よくぞここまで小説にしたと思えるぐらいです。TBSで放送された向田作品を中野玲子の名でノベライズした諸田玲子さんは、その後、小説家としてご活躍。この本の最後で、向田邦子の妹、和子さんとの対談が載っています。テレビドラマを小説に仕立てるご苦労を語っておられ、むしろこちらのほうが興味深い。これだけ技量のある方が手がけても、テレビドラマを小説に仕立てると、違和感が生じてしまう。風景描写と心理描写のバランスが、普通の小説よりも崩れてしまうのでしょうね。あるいは、私が仕事柄、必要以上にそう思っているだけなのかもしれませんし。ただ、この会話の唐突感は、『バカの壁』の本を読んだときの唐突感と一緒です。(12/17の日記「『バカの壁』は、おもしろかったですか?」で触れました)目に見えない、口から言葉が出てくる、その手前の気持ちの動きを丁寧に文字にする、それに欠けます。氾濫しつつある「対談本」「聞き書き本」は、つい発せられた言葉だけを取り上げて、そういう大切なことが欠けがちになってはいないでしょうか。そして、ト書きと同じだなと書いたところで、話し言葉の文字化では「脚本」もその一つだということにも気付きました。(今ごろ?)脚本って、読み物としてとらえると、存外読みにくかったりしませんか?このあたりからも、話し言葉と書き言葉の一つの切り口が見つかっていくかもしれません。話題は、尽きませんねー。
2004年03月21日
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午前中で急ぎの仕事にめどをつけ。2、3日置いていたスーツやワイシャツ、その他もろもろのアイロンをかける。せっかくなので、気持ちのよいピアノ曲を流しましょう。スボンプレッサーは、場所ふさぎなので使いません。ワイシャツは、配達のやりとりが面倒なので、クリーニングに出しません。糊付けしてピシッと仕上げるのも、なかなか快感。たくさんの皺と一緒に、気持ちも伸びていくような気持ちがしました。夜は気の置けない方々との集まり。お互いに言いたい放題の部分あり。突入3カ月もたっていないのに、初めて他人から「40女」呼ばわりされる。悪あがきはやめたものの、人様に言われて心穏やかでいられるほど達観はしていない。4歳ほどマイナスしてストップウォッチを押しているつもり。楽しい時間を過ごしたせいで、目じりのしわは増えちゃったかもしれません。
2004年03月20日
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3月。同業の方たちは慌しい日々を送っているもよう。私もようやくトンネルの出口が見えたと思ったら、手持ちのテープの納品前に、長短合わせて3件新着。なかなか気が休まりませぬ。そういう慌しいときは、ミスも起こりがち。今日は、孤独な在宅ワーカーが以前しでかした、仕事の上でのお恥ずかしい話を。ずうっと前のことでした。ある日、3本テープが来ました。録音時間、60分のテープが2本、20分のテープが1本。ある有名人、その人に対し、いろんなメディアが取材したテープをまとめて起こしているらしい。そのうちの3本のテープが回ってきました。普通のインタビューのテープです。1本の指示書を見ると、有名人に聞き手が2人、計3人。少々音が悪いものの、さほど難聴ではなく、普通に起こす。終了。2本目のテープ。60分テープの2本目。途中から始まっている。中途半端なつなぎ方で気持ちが悪いが、よくあることです。加えて、少々話題が飛んでいるけれど、そういう時間配分のインタビューかと思い、起こす。今回は聞き手が偏っているなあとも思いつつ、終了。3本目のテープ、20分。1本目の話題に戻ったなあ、そういう構成だったのね、と納得し、打ち終わる。普通に校正し、終了。いつもどおりに前倒し作業、今回は1日前。テープと書類を荷造りしてからメールで納品しようと思い、添付の指示書を何気なく見たら・・・・。!!!!2種類のインタビューじゃないの、これ!60分+20分のインタビュー1つと、全く別のインタビュー60分1つです!私は、有名人の声に気をとられるあまり、聞き手に意識を払うのを忘れていました。道理で途中で話題が飛んだと感じたわけです。録音の頭が切れていたのも気付かぬ理由でしたが、それは言い訳。おまけに、60分のインタビューの聞き手は1人だけ。道理で聞き手が偏っていると感じたわけです。私はよーく聞いて、聞き手が1人のくせに、種類の違う声もあるんじゃないかと勝手に耳を澄ませていたんだ。ばかみたい。チェックしてみると、無用の書き分けが2箇所。なんだー。自分の耳に多少自信を持ちつつあったこの頃、その自信は見事に打ち砕かれました。こんなの、現場にいたら絶対起こりえないこと。まさに「百聞は一見にしかず」です。ただ、いつも感じるのは、こういう取材の方の声は、皆さん似ていて特徴がつかみにくいんです。あたかも「聞き手」とはそういうものだと決まっているかのように、皆さん個性を押し殺していらっしゃる気がします。何か心得があるのかな。それが、取材の対象者から最大限の魅力を引き出す必要条件なのでしょうか。だから、区別がつかなかったんです。いや、それも所詮言い訳ですね。在宅ではなく会社で作業をしていたら、担当者や同僚との何気ない会話から気付かされることもあったりしますが、私は孤独な在宅ワーカー。指示書だけが頼りなのに、つい「いつものインタビューテープ」という思い込みで、丁寧に指示書を読まずに作業を始め、とんだところで迷惑をかけるところでした。落ち着いてファイルを2種類に分け、名前を置換し、事なきを得て納品しました。前倒しで作業をする大切さ、指示書をきちんと確認すること、思い込みの怖さ、孤独な在宅、そんなことに気付かされた出来事でした。今、忙しくしていらっしゃる同業の皆様に、そんなことが起こらぬことを願いつつ、昔の恥を書きました。「こんなバカなこと、私、しないわ。麻nekoさん、案外そそっかしいのね、フフン」だったらゴメンナサイマセ。真面目な麻neko、今日も仕事に励みます。週末ぐらいは、ちょっと気持ちを緩めたいなあ。
2004年03月19日
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夜、宅急便待ちでぽっかり時間が空きました。キッチンで洗い物をしつつ、カウンター越しにサッカーを観る。以前、山本監督のインタビューを起こしたことがあります。はるか昔、トルシエ氏のいたころです。(むかーし昔のインタビューということ、内容に触れぬこと、たーくさんある、どの取材か判らぬであろうことを踏まえて書いています。何でもかんでもしゃべるわけではありません。念のため)顔を存じ上げず、声だけ聞いて、どんなオヤジだと思っていました。今でも私の中で「顔と声の不一致ベスト3」に入る人物です。そして、そのインタビューで、記事に入らぬ外側の話のほうが、断然面白いなと知りました。「じゃあ、始めます・・・」で、いきなり改まっちゃうんだもの。昨日の山本監督は外套が素敵でした。襟を立てて似合うデザインなんですね。途中、興奮のせいか寒さのせいか、ちょっと立ち過ぎていたけど。さらにアイロンかけつつテレビタイム。「白い巨塔」の最終回。若村真由美はこういう役柄だったのかー。今ごろ知りました。むきかけの果物に包丁をぶっ刺して席を立つ。キャラの際立つ上等な演技です。ところで。一昨日の用字例の違和感で、新たに気付いたことがあります。外来語表記についてです。「ドア・ツー・ドア」をやめてほしいなあと書きましたが、これには「標準用字用例辞典」なりの理由があることが判明しました。過去日記で紹介した、通信教育にも盗用されてしまったほどの優れた小冊子、それを再読したら、ちゃんと触れてありました。この辞典は、まず速記者のための辞書なんだということ。速記符号をもとに速く書き起こすことが前提になっています。(キーボードを打つことが前提じゃないんです)そこで「ドア・トゥー・ドア」よりも「ドア・ツー・ドア」になるわけです。「トゥー」より「ツー」のほうが速く書けるから。なるほどーと思いました。「でも・・・」とも思いました。その先も考えました。ですが、立て続けに書くのももったいないし、まとまってもいないので、また後日ということで。さらに話題が変わって。昨日、うちこめないーと書いた後、ちょっぴり休んで復活し、深夜までかかって校正を打ち込みました。皆様の励ましあってこそ。ありがとうございました。今朝になって、あまりに量が多いので、(だって、ワードで11万2300字という表示が出るんだもん、多いよね!?)納品前に再度確認しようと印刷を始めたら、紙詰まりの後にプリンターが故障しました。がーん。サポートセンターに電話をし、指示に従ったものの直らず。ヘッドの交換が必要らしい。いまいましい。前回直してから1年もたってないのに。(あれは、日記を始めた直後だった)ただ、前倒しに仕事を進めていたのが幸いし、あまり慌てることもなく、音を聞いて同音異義語がぱっと幾つか浮かぶと同様、対処方法がぱっと幾つか浮かびました。1 重たいけど、すぐ直してくれる修理センターに持ちこむ2 時間がかかるけど、宅配便を利用して取りにきてもらい、修理後も宅配してもらう3 とりいそぎ必要なものだけ委託の会社にメールで送り、印刷してもらって明朝着の宅急便で送ってもらう4 この際、新しいのを購入する甘えているとは思いつつ、諸事情により3を選択。 担当の方もご理解くださり、「ただで送るわけにはいかない」と、新たなテープも同封とのこと。ありがたや。2時間半録音で1週間。音もバッチリらしい。この1カ月の納期のきつさを考えると、この量でこの納期は楽勝? いやいや心しないと。それにしても、昨日まで校正をしていた長い自治体会議録、今回、読点で改めて迷いました。演説しているうちに熱くなる議員さんがいらして、話の端々に「今私たちは」「これこそ今取り組むべきではないでしょうか」「今○○市は変革のときを迎えています」などなど「今(いま)」の連発。発言どおり載せられないので少々創作が入りますが、とにかく合いの手のように「今」が入ってきます。「今」の前後に読点をつけるか否か。些細なことですが、いつも迷います。読点のつけ方は人さまざまで、私はどちらかというと多めに点を打つほうです。無用な平仮名が続いて他の意味が惹起されることを好みません。(「この例に鑑みみずほ銀行は・・・」を読んで、「みみず」を連想するようなこと。例がヘタクソで、すまぬ)接続詞の後にも読点は入れたい。これは思いのほか個人差があり、昨日楽天瞳さんも掲示板で書いていらしたように、人によって読点の打ち方はかなり幅があります。読点の話は過去にも取り上げたことがあります。(7/17「てんで迷っちゃうよ」など)自治体議事録系のものでは、読点は少な目のほうが好まれるようです。私も以前、「もう少し点を少なめに」という指摘を受けたことがあります。まさに、「これが正解だ!」のない世界。同じ録音から千差万別の原稿ができるのは、ここらへんにも理由があります。「今」に限って言えば、私はなるべく読点を入れたい。「今年度」「今議会」といった熟語もあるから、区別をつけるために。そうすると、どうしても読点は増えます。接続詞の後にも入れたい。「そこで今私たちは」が「そこで、今、私たちは」となるわけで、これでは点が多すぎる。悩む。深くは悩まないけど、少しは迷う。今回の議事録、特に「今!」「今!」と強調する方がいらして、処理に悩みました。いまいましい話です。
2004年03月18日
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午前中に長丁場のテープを聞き終えて、午後から赤字を打ち直す予定だったのに、午後から仕事をする気が起きなくなってしまいました。パソコンの前に座っても、どうしても、どうしても、どーしても赤字の原稿を打ち直す気になれません。まるで、伸びきったゴムがパチンと切れてしまったみたいです。今日中に済ませないといけないのはわかっているのです。いや、それも考えてみれば、私が勝手にきつめにつくったノルマであって、実際の締め切りはもう少しだけ先だし。ここ数日、パソコンの電源を切ってもしばらく放心して椅子から立てない状態です。こんなことは滅多にないこと。ちょっと根を詰めすぎたのかもしれません。そんなに頑張らなくたって、ねえ。このヤマを越したら、ちょっと充電しようかなと思っています。
2004年03月17日
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「テープ起こしってこんなかんじ」。このテーマだったら、一度は触れたいと思っていた話題を書きます。終日、校正作業だったので、ちょっとキーボードをさわりたくなって。この仕事をする人のために、用字例というものがあります。表記の統一を目的にしたもので、今は2種類使い分けている方が多いようです。・ 標準用字用例辞典 (日本速記協会)・・書店売りはしていません・ 記者ハンドブック 新聞用字用語集(共同通信社)会議録作成会社、速記会社によって、それぞれどの用字例を使うのか、明確な基準があるでしょう。(逆に、そういうことに留意しない会社はうさんくさいといえます)主に議会系議事録は前者、それ以外のマスコミ系は後者と大別する方もおられるようです。ただ、両方使ってみると、標準用字用例辞典のほうが、話し言葉を拾うという意味で、優れているなあと感じます。記者ハンドブックは「表記」の勉強にはなるのですが、反訳という視点から眺めると、項目の取り上げ方が少しずれて、もどかしいときがあります。そう感じるのは私だけでしょうか。ところで、過日「標準用字用例辞典」を新調しました。あまりにボロボロで。手持ちのものは、平成7年発行の初版もの。青い表紙はとれかかり、横から眺めると、下半分が手垢で黒くなっているほどです。一度引いた項目には赤線を引いています。覚えていないと赤線の数が増えます。いつまでたっても覚えられない用字には、腹がたってグシャグシャと赤丸がしてあります。「随分」(ずいぶん と迷うから)「ひっかかる」(引っかかる と迷うから)「(気持ちを)酌む」(「汲む」と迷うから)このあたりが、グチャグチャ赤丸。もっとあります。見開いたとき、赤線の引いてないページのほうが、ずっと少ないです。自慢にはなりません。記憶力がないんです。新調しようと思ったのは、ぼろぼろになったから、というのもありますが、内容に変化があるかなあと思ったから。いつも違和感があったのです。「いまどき、この表記でいいのかなあ?」と思うこと。例えばこんな感じです。1 一々(いちいち じゃなくて)・・・「一々うるせえんだよ」?2 重立った(主だった じゃなくて)・・・この表記、知りませんでした!3 子供 (子ども じゃなく)・・・教育行政では、もう「子供」の表記は使われないのに。4 町 (まち・街 じゃなく)・・・大都市の議事録でも「町」?5 判こ (はんこ じゃなく)・・・ 「すいませーん、判こここに押してください」 こここ?6 済みません (すみません じゃなく)・・・いきなり大正ロマン。7 ドア・ツー・ドア(ドア・トゥー・ドア じゃなく)・・・フェイス・ツー・フェイスも。8 メーン(メイン じゃなくて)・・・外来語表記に多い違和感。インターネット用語も足りない。いまだに「イーメール(eメール・Eメール)」の項目がありません。9 用意ドン (ヨーイドン じゃなくて)・・・戦後間もなくの匂いがします。10 恐らく (おそらく じゃなくて)・・・んー、許容範囲かなあ。11 ふやす、ふえる (増やす、増える じゃなくて)・・・どうしてこれは漢字じゃだめなの?自然じゃないな、すうっと読めないな、と思う文字づかい、どのくらいありますか?でも、新調した平成14年改訂の第7版でも これらが第一表記なのです。常々、これでいいのかなあ?と思っています。用字例たるもの、規範を示すものであると同時に、誰にでもすうっと読めるニュートラルな感覚が大切だと思うのですが、いかがなものでしょう。皆さん、どう思われますか。「この表記も違和感あり」のご指摘もありがたいです。これだけはお伝えしておきますが、日本速記協会に喧嘩を売ってるつもりはありません。むしろ、これだけ反訳業界に必要とされている辞典をつくられていることに感謝と敬意を表しています。記者ハンドブックと併用してみると、この仕事をしていく上で、いかに使いやすく、読みやすくつくられているか、よくわかります。ただ、「どうしてこのまま?」と疑問なんです。そして、それは私だけの感覚なのだろうかって。ずうっと、というわけではありませんが、この話題には時々触れていこうと思っています。
2004年03月16日
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あれ?今日は休刊日のはずなのに新聞が届いている。何でだろう?でも、なんかちょっと変。「ねえ、今日の新聞どこかおかしくない?」「あ、書体がゴシックなんだよ。おれ、会社でゴシック使っているから、こっちのほうが見やすいな。じゃ、行ってきます」・・・バタン。テレビをつけたら、字幕も変。アナウンサーがこう言っている。「本日より、我が国で用いられる活字に関して、太字ゴシックの書体を用いることが義務付けられました。これは、昨日開かれた緊急閣議で決定したものです。現在、他の字体によって書かれているものは、間もなく、すべて太字ゴシックへの変更が求められます。これは3日後の18日より本格実施されることになっています。また、それにあわせ、現在、太字ゴシック以外の字体によって書かれている書類、契約書、有価証券その他は、来年度4月1日より日本銀行券以外すべて無効となります。皆さん、注意が必要です。」え~、そんなこと言われたって・・・。と、妙に説得力のある新聞の活字を見ながらつぶやく私。テレビでは、イシハラヒロコがインタビューに答えている。過去日記8/11「ま、いいか。8回もキスしたし」で取り上げたことのある言葉の芸術家。「ええ、そうです。癒しの時代は終わりました。これからは、力のある太字ゴシックの時代です」彼女は、ゴシック書体を用いて言葉を切り取り、インパクトのあるメッセージをあやつる芸術家。「ゴシック評論家」としてインタビューに答えているもよう。学校から娘が帰ってきた。「ねえねえ、おかあさん、教科書が変わったよ! それからね、これからのお習字は「はらい」がなくなるんだって!「とめ」と「はね」だけで、「はね」は、ぎゅうって曲げるだけでいいんだよ!」「宿題が音読なんだって、このプリント読むから聞いて!」・・・ゴシック体のプリントを読み上げる娘の声は、心なしかいつもより大きくて元気がある。夕方、買い物に出る。街中は慌しい。看板をかけかえている人もたくさんいる。携帯電話でしゃべっている人の声もいつもより大きくなっている。旅行代理店の前を通ると、早速ポスターが太字のゴシック。「おこしやす 京都。」「ゆったり 伊豆。」はんなり、ゆったりしたコピーも、この硬い字体では、ちっとものんびり気分にならない。和菓子屋さんの前を通っても「桜餅」「お彼岸におはぎ」・・・太字のゴシックでは「買え」と迫られているみたい。何だか、待ち行く人が、みんな勇ましく行進しているような、そんな気持ちがしてきました。-------------------新聞休刊日は、なぜか想像がふくらんで、不思議な日記を書くことがあります。8/11にも、「恨みつらみ」というわけのわからん日記を書いたことがありました。実は、過日、ある方とメールのやりとりをしたときのことです。私はビジネス文書というほどの内容ではなかったので、あまり書体を意識せず、ワードでつくった添付書類について、それほど一般的ではない、(でも、非常識というほどでもない)○○明朝という書体を使ったのですが、先方からやんわりと「仕事のときはMS明朝、あるいはMSP明朝を主に使うのではないですか?」と指摘されました。「てめー、だれが決めたんだよ」 と、言いがかりをつける必要もなかったし、確かにそうだと思ったので、「失礼いたしました」と返信をしましたが、同時に、なぜ「MS明朝」「MSP明朝」がこんな主流になってしまったのかを考えたら、妙に不思議に思えてきて、冒頭のような創作になってしまいました。驚かれた方、ごめんなさい。でも、活字の印象から無意識に受けるもの、案外怖いと思いませんか?ちょっと「刷り込み」にも似ている気がします。実際の私の1日は、午前中、ウグイスの初鳴きを耳にしました。感激。鳴き方も上手。驚かさないようにそうっと窓から眺めたら、メジロよりも怖い顔をしていました。昼過ぎ、ようやく7時間弱のテープを打ち上げ、校正のために印刷。その合間に、ぼーっとした頭で洗濯物第2陣を干していたところ、目の前の学校の屋上から、「麻リンのおかあさ~ん!!」 と、娘の友人に大声で叫ばれました。おっとー、見られた。娘は恥ずかしがって登場せず。ニッコリ手をふりながら、うっかりボサボサ頭でベランダに出たことを反省し、そそくさと室内に戻りました。さて、夜から校正です。睡魔に、勝てるかなあ。
2004年03月15日
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放っておかれてかわいそうなお雛様を、ようやくしまうことにしました。せっかち律儀な実家では、とうに押入れ、夢の中のはず。いまだに立春に飾っては、3月4日に片付けるらしい。とっくに嫁に行ったというのに、まだ安心できぬのだろうか。朝一番にお蕎麦をゆで、「また来年ね」とお召し上がりいただいて。皆さんのところでも、片付ける前にお蕎麦を供えますか?うちだけかなあ。外出の娘も、ちゃんとごあいさつしてから家を出る。三段飾りのお雛様、1ヶ月余り、しっかり1畳占拠します。この大きさでは私ひとりの手に負えません。週末、家人の力をかりて、台車を使ってマンション階下のトランクルームを行き来して、出すのに1時間、しまうのに2時間。娘が生まれて数ヵ月後、寝不足で朦朧としていた私は雛人形選びに同行せず、「何でもいい、任せる」と両親に言ったことを深く悔いています。祖父母の愛情はあまりにもばかでかく、我が家がひとりっ子なのは、このサイズのお雛様がもう一組増えることを怖れたためです。ごめんなさい、うそです。でも、お顔にこだわったお雛様だけあって、うっとりするほどかわいらしく、家人も、飾ったときと、しまうとき、一度は必ず座って眺めてくれます、その後姿はちょっと嬉しい。今日、気付いたのですが、お雛様と目を合わせるのって、なかなか難しいんですね。思ったよりも、ずっと下から見ないと視線が合わない。下から見上げることはなかなかないので、いつも、お雛様はどこを見ているんだろうって思っていました。しまいがてらに手にとって、少々下から眺めれば、目が合ってニッコリしてくれた気がして。三人官女のうちの一人は小学校の友人にとてもよく似ています。M田M子ちゃんという、小柄で品のいい、可愛らしいお嬢さんでした。しゃべり方も可愛くて、いつもコロコロと笑っていました。今日も彼女を思い出し、そうっと両手で包み込み、少々上にかざしてみれば、心なしか口元さえもほころんだような気がしました。つけっぱなしのテレビでは「東京の桜の開花は18日あたりになりそうです」とアナウンサーが伝えています。
2004年03月14日
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昨日は、更なる気持ちのいいことはありませんでした。午前中、楽しくなれただけでも好日だったということで。手元にあるのは約7時間と1時間半の会議録テープ、これらを20日までに片付けたいと思っています。この週末にどこまで打てるかが勝負なのに、外出だの、買い物だの、なかなかはかどりません。本日のノルマが半分も終わらず、暗澹たる気持ちになりました。自分の暗い気持ちを書いても仕方がないので、明るいお知らせを1つ。いつも日記に遊びに来てくださるムートンさん、イラストのお仕事をなさっています。このほど、お仕事をなさった本が出版のはこびとなったそうです。成美堂出版「冠婚葬祭とマナー大事典」。最後の章のカットを担当されているそうです。なかなか書店に足を運べないので、手にとってはいないのですが。ご自分のかかわった書籍が店頭に並ぶお気持ち、さぞ嬉しいことと拝察いたします。おめでとうございます♪ムートンさんは、私がこの日記を始めて間もなくから、ずっと読み続けてくださっている方です。一面識もないものの、実家が近所ということが判明し、何となく親しみを持ってくださっているご様子。折に触れて楽しく元気の出る書き込みもくださるし、何よりも一番最初にご自分のサイトにリンクを張ってくださった方でもあります。楽天日記のお仲間よりも、先にリンクを張ってくださったんです。ほんとうに嬉しかったな、あのとき。どこかの過去日記でも触れていると思います。日記のお仲間と共に、こんなふうにわざわざ外から飛んできて、読んでくださっている方の存在もとってもありがたく、心より感謝している次第です。ムートンさんのサイトはこちらです。http://park12.wakwak.com/~april/mooton.htm初めて拝見したとき、きれいな色使いに見とれてしまいました。ずうっと絵を描くのが苦手だった私は、こんなに思いどおりに描けて(と、私には見えます)羨ましい限りです。ますますのご活躍を応援しています。
2004年03月13日
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とってもさむ~い日です。家から一歩も出ない予定。そんな中、午前中にちょっとうれしかったこと。1 朝食にレタスとプチトマトを使い切り、冷蔵庫の野菜室がすっきり。ニンジンとジャガイモ、ひとかけらのニンニクを残してきれーいになくなりました。午後に配達が来る予定。余計なものの入っていない冷蔵庫って、結構好きです。すっきりしていて気持ちいい。2 納めた仕事の料金を担当者が少しアップしてくれました。一所懸命仕事をした結果がきちんと反映された上に、若いながらも仕事の機微をわきまえ、なおかつ気持ちのこもった担当者。彼女との電話のやりとりは嬉しい気持ちにしてくれました。次もいい仕事、しよ。3 「本日のアクセス」、グラフの数字が100になっていました。キリのいい数字を見ることができて、妙に気持ちいい。本日の気持ちのいいこと、このあと幾つ増えるかなあ。
2004年03月12日
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座談会、納品。ベタ打ちというわけでもなく、読みやすく多少割愛し、かつ、雰囲気を残して。我ながら満足のいく出来になりました。あー気持ちいい。お客様にも喜んでいただけるといいなあ。午後は打ちっぱなしにしておいた議事録の校正。明日の締め切り。単調な数字の読み上げも、音がよいので何でも許す。途中、睡魔が襲来。30分熟睡。復活。校正。終了。夕方は現場録音のテープを駅まで受け取りに行く。録音時間が長いぞー。納期は短いぞー。ところで、過日、あるところで単価の話題が出ました。びっくりするほど安い値段でも引き受ける人がいるとのこと。そして、予算がなくて、そういう人にお願いする仕事は結構あるとのこと。憤慨して家人に話すと、「そりゃ、需要があるんだから仕方がないよ」彼は案外冷静です。「ほら、あの激安の洋服屋と同じだよ」・・・今夕も、そのお店の前を通りましたっけ。駅前にあった本屋さんが1年ほど前に店をたたみました。その後に、激安衣料品の店舗ができました。すっごい激安。トレーナーにしろTシャツにしろ、大抵のものが500円前後で手に入ります。明らかに「安かろう悪かろう」。でも、いつもパラパラ人がいます。大混雑もしないかわりに、だれーもいない、というわけでもありません。着られればいいから、家の中でしか着ないから、これで十分という人が買っていきます。需要はあるわけで。翻って考えるに、「文字になっていればいいから」「どうせ後で加工するから」。だから、粗い起こし方でも安いほうがいい、という需要は確かにあるんでしょうね。加えて、子育ての中で、一たん社会と切り離された主婦たちが、復帰をあせって仕事を受けます。「家計のたしに」「お小遣い稼ぎに」、相場を無視し、言われた値段で仕事を受けます。かつて自分もそうでしたから、気持ちはわからぬでもありません。価格破壊は止まりません。ただ憂いていても仕方がなくて。激安衣料品店になって、よれよれのお客さん相手に売るかスーパーになって、コンスタントに一般大衆に販売するか百貨店になって、一定レベルの顧客を獲得するか高級ブティックになって、上質のお得意様だけに買っていただくかそれぞれにニーズがあるから、成り立っているんですね。そのあたり、反訳の腕前や料金設定と似ているんじゃないかなあと、ちょっと思います。あまりに手前みそでしょうか。(人によっては、「テープ起こしのくせに、高級ブティックなんてありえねー」と鼻で笑う人がいるかもしれません。内職一般とひとくくりにしていたり、明らかな「下請け仕事」と受け止めておられている方があるようです。そーゆー人は読まないでけっこーです。183回もテーマに取り上げて、まだまだ尽きない話題がある仕事なんだということをちょっとばかしご理解いただきたいです。缶ビールを1本飲んでこの括弧の部分だけ打ち直しているから、つい熱くなってしまいました。以上)でもね、激安衣料品店で買ったものに、お客様がいくらスパンコールをつけたとしても、所詮安物は安物。高級ブティックに置けるものにはなりません。かといって、高級ブティックだからといって、ツンとおすまししていても、お客様はいなくなってしまうかもしれないし。おもしろいなあと思うこの仕事、長く続けるためには、自分の落ち着きどころを考えるのも、ちょっと大切。仕事に追われつつも、そんなことも考えたりして。・・・・・私は今、ユニクロぐらいかなあ。これで、いいのかなあ。これから、どうしようかなあ。
2004年03月11日
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昨日の座談会、夜半までかかって打ち終え、校正中。この難聴テープで、おもしろい体験、してます。大先輩の速記士の方が、「速記をとっているときは、言葉が自分の中を通り抜けていく感覚」と表現されたことがありました。足元にも及ばないでしょうが、でも、ほんの少し、わかったような気がします。半年前、初めて現場でメモをとったときは、頭で理解して、それをメモして、という授業のノートをとる感覚だったのですが、逐語訳をするつもりで聞くと、「内容」よりも「発する言葉(音)」に留意するようになるんですね。だからといって、ちゃんとメモをとれたわけではないし、速記ができるわけでもない自分に何がわかったのか、まだきちんと整理できていないんですが。昨日、自分でとった録音は、情けないことに中途半端な難聴テープで、遠くの人の声がとても聞き取りにくいのです。でも、一生懸命に記憶を辿りながら聴いていると、「こんなこと、そういえば言ってた」と思い出せたりしてきます。まるで、バラバラになって沈んでいるシグソーパスルの中から正しいピースが浮かんでくるような、そんな感覚です。90分の座談会、一語一語記憶しているわけではないのに、その場にいたことでたぐりよせることのできる何かがあるんですね。うまく説明できないけれど、とっても不思議な感覚です。少し話が飛びますが、物ごころついてから、食べ物を手づかみで食べたこと、ありますか?私は学生のときにシンガポールに旅行して、インド人街に行ったとき、地元の人の行く食堂で、その経験をしました。バナナの葉に盛られたカレーライス。現地の人のまねをして、右手の指先でぐちゃぐちゃかき回しながら、指でつまんで食べました。(私はぎっちょなので、不浄の左手を使おうとして、一瞬ギョッとされました)何ともいえない、動物的な、原始的な感覚です。突然自分が狼少女にでもなって、裸足で走り出したくなるような。耳の感覚も、なにやら動物的だなあと思うことがあります。どこかの雑誌で坂本龍一が言っていました。「視聴覚室」なんてひとくくりにするけれど、目と耳は全く別物だと。目は脳の知的な欲求が飛び出てできたもの。耳はもっと感覚的なもの。梯さんのピアノの音色があんなにも繊細なのは、そんな耳の感覚が、さらに研ぎ澄まされた結果なのでしょうね。って、したり顔に言えるほどは判っていないのですが。おもしろいなあと思いつつ起こす難聴テープなんて、初めて。新たな未体験ゾーンに入っちゃったかも。
2004年03月10日
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午後より 久々の現場録音。準備万端で臨んだはずなのに。中途半端な難聴テープを自分でつくってしまいました。あまりに情けなくて日記に怒りをぶつけてしまいました。冷静になって読んでみたら、あまりに真面目すぎて、自分で読んでて肩凝っちゃいました~。ということで、少々書き換え。仕事帰り、久々に夜の銀座を歩いて、ちょっとワクワクしました。もう、暗くなっても空気がヒヤンとしない季節になったんですね。忘れないうちに、起こしておかないと~。いや~、覚えているようで覚えていません。やっぱり速記ができたらいいなあ。
2004年03月09日
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日中は明日締め切りの納品、夜は12日締め切り分の入力。「百聞は一見にしかず」のタイトルで書きたいことがあったのに、その時間がなくなったので、また後日改めて。隣家のボケにウグイス色の鳥がとまっています。よーく見たら、メジロでした。
2004年03月08日
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あんまり家から出ないので、昼食と買い物をかねて、ずるずると引きずり出される私。近所のホテル内の四川料理のお店まで。大学生になりたてのころ、友人と(女の子よ)初めて泊まった都内のホテルでもあります。あの頃は緑豊かで静かだったのに、どんどんマンションが乱立し、周囲の雰囲気は随分変わってしまいました。ここの四川料理は、いろんな辛味がきちんとあります。麻婆豆腐は山椒の辛味、サンラータン麺は胡椒の辛味。坦々麺は唐辛子の辛味。きちんと際立つ辛味のオンパレード。もちろん美味。なるほど、これが四川料理ね、と うならせるお店なのですが、残念ながらきちんとコースを食べたことはないのです。本日は、辛味を味わう気力がなくて、普通の五目焼きそば。とても食べきれず。気持ちにゆとりがあったなら、ザーサイでビールの1杯も頼みたいところなのに。ほんとに余裕のないこの1週間、缶ビール1本すら飲めない日が続いています。早くこのヤマを無事に越えて、ほっこり、お酒を飲みたいなあ。
2004年03月07日
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一度受けたら返しちゃなんねぇ。納期は決して遅れちゃなんねぇ。やっつけ仕事をしちゃあなんねぇ。職人(?)言葉で自ら鼓舞して難聴ものの校正中。今日も一歩も家から出てねぇ。
2004年03月06日
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どうして~!メールが届いていないって~!校正~!き、聞き取れない~!課長~!緊張しないで、はっきりしゃべってくれ~!頼む~!資料は静かにめくってくれ~!宅急便、早く~!A4のコピー用紙がない~!咳~!発言と重なると聞き取れない~!まだ30分しか進まない~!どうして~!今度はメールがこちらに着かない~!眠い~!保護者会に行かねば~!(化粧して、着替えて、すまして外出)(帰宅)たのむ~!マイクの上で、ひそひそ話、しないで~!議員さん~!ぼそぼそしゃべらないで~!資料は静かにめくって~!早く、咳がおさまるように風邪を治して~!食事の支度~!また唐揚げが食べたいって~?洗濯物~!とりこまなくちゃ~!聞き取れない~!眠い~!1時間しかはかどらない~!今日は、これで討ち死に~!<追伸>メールソフトの調子が悪いのか、時折メールの不着が発生します。どうしてなのでしょう。麻nekoのアドレスをご存知で、メールを送っても返事が来ないと案じている方が万が一いらっしゃいましたら、恐れ入りますが、再度お問い合わせください。左の「メールを送る」を使ってくださっても結構です。それ以上に、仕事に差し障っているのではないかと困っています。AOLのサポートセンターに問い合わせても、原因不明。そういう現象、皆様のところでは、ありますか?
2004年03月05日
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ひたすら入力の1日。本日、自分に課したノルマは2時間45分の録音テープ。とにかく打ち込むだけで、校正は明日以降です。どうにもこうにも残りの15分が打てなくて、もはやここまで、とあきらめました。2時間45分の録音時間、同じ2時間45分ではとても打ち込めません。始めたころは、入力だけで、録音時間の5倍も7倍もかかりました。今回のこの録音状態だったら、大体2~3倍の時間でしょうか。校正も含めれば、作業時間は少なくとも録音時間の5倍程度は見込まないといけません。じゃあ、楽天日記を書かなかったり、掲示板の返事を書かなきゃ、もっとはかどるんじゃないの?という人もいるかもしれません。違います。日記を書く、返事を書く、頭の使い方が違います。これらは気分転換。もしも、その時間をまるまる充てたとしても、大して打ち込める時間は増えないんじゃないかな。昔、ちょっとだけ、準体育会系のスキー部にいたことがありました。当たり前だけど厳しくて、ベンチプレスでムムムとバーベルを持ち上げたり、背中に担いでスクワットなどをしていたことがありました。入りたてのころ、上級生の女性がベンチプレスをしており、何もわからぬ私たちは、脇で「○○さん、がんばってください! あと何回です!」と応援していました。「・・・・ もう、だめ!」先輩のバーベルを持つ手が震えています。「あと2回です、がんばって!」「・・・ばかやろう!」脇から、ほかの先輩に怒鳴られました。「だめってときは、ほんとにこれ以上だめなんだよ! 無理にやらせたら体壊すぞ! おめえら、そんなこともわかんねえのか!」妙に校風とそぐわないバリバリの体育会風のところで、どうにも合わなくて、涸沢で夏に滑ったきりで退部してしまいましたが、ベンチプレスの一件だけは妙に記憶に残っています。「これ以上頑張れないときもあるんだ」この仕事をしていると、そんなときがあります。「もう、これ以上、どうしても打てない」個人差はあるでしょうが、だれにもきっとその限界が存在すると思います。機械ではなく、人間ですから、やっぱり永遠に打ちつづけることは無理なんですね。音をすくいとる集中力にも限界があります。時折、そのあたりを何もわからぬ方が、機械と同じだと思って「6時間テープ、中1日でお願いします」などと1人に対して申し出る方もあるようです。そのあたり、自分で作業をすることを想像しながら仕事を発注していただけるとありがたいなと思います。機械のようで機械じゃない。目いっぱい仕事をしている今日は、そんなことを感じています。
2004年03月04日
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ひな祭りといえば、ちらし寿司とハマグリのお吸い物。毎年、ご丁寧に小さい筍を買い、かんぴょうを買い、蓮根を買い、高野豆腐を買い、干し椎茸・・・と、別々に買い求めて少しずつ煮ていたのだが、ついにこの繁忙期に負け、京樽で「ちらし寿司のたね」なるものを買ってしまった。小鯛の笹漬けやイクラを足してもあまりに簡単につくれるので拍子抜け。おまけに家族のだあれも「手づくりじゃなきゃ、嫌」とは言わない。これでも十分おいしいそうな。私が肩肘張っていただけ。なーんだ。来年から手を抜いてやる。それにしても、見れど飽かぬかも、ハマグリ。かなうものなら日がな1日、陽だまりの中で猫のように丸まって、ハマグリが小さく「ジジジ・・・」と音を立てたり、時折ゴロンと動いたり、思い出したようにピュピュンと水を吐くのを眺めていたい。アサリにしろ、ハマグリにしろ、買ってくるとついつい眺める時間が長くなる。我が家に束の間訪れる生き物だから。思うに、台所に入っている食材は「生鮮食料品」ではなくて「新鮮食料品」ではないだろうか。鶏肉、豚肉、牛肉、どれも既に生きていないし、ここは漁師町でもないのでピチピチ跳ねるイキのいい魚を調理することもない。どの食材にしろ単に新鮮なだけ。どちらにしろ、生きていたら怖くてさばけないかもしれないし。そういえば、築地に出かけたとき、活車海老を買い求めたことがある。20尾。おがくずにまみれた海老を持ち帰り、調理しようと水にあけると……ビシッ! ビクッ! はねる、反る、動く。・・・・こわい。噛みつかないのはわかっている。嚙みつくほうがまだよいのだ。不意をつかれる動きがどうにも苦手。跳ねては存在を主張する。元気のいいやつはシンクから飛び出す。床に落ちる。くねくねうごめく。困った。いつか、到来物の海老を前に、実家の母が「焼く前に、頭を殴って気絶させるのよ」と物騒なことを言っていた。そんなこと、とてもできない。ためしに包丁の背でたたいてみたが、私のおそるおそるのパンチでは、到底気絶しそうにない。そうだ! 冬眠!急いでうごめく海老を洗い、ビニール袋に入れ、冷凍庫に放り込む。しばらくすれば「寝るな!寝たら死ぬぞ!」の八甲田山。半凍死状態にすればよいのだ。ふっふっふ。小1時間ほどして、少々ひんやりした海老を取り出し、グリルに乗せ、上から塩を振りかければ、それでも生命力の強い海老が「んっ?」と起き出し、伸びをする。慌ててグリルの蓋をしめ、さっさとスイッチをひねって、ホッ。寒いだの、熱いだの、海老には苦行続き。狭いグリルを飛び跳ねる音がする。ああ、とても怖くて見ることができない。とっとと昇天してください、ああ、海老さん、安らかに。そうこうするうちに、海老の焼けるいい匂いがして、ようやく静かな時間が訪れる。海老の塩焼きを食べるまでにもこんな葛藤があるのだから、生き物を食べることは本当は大変なこと。その手順をぜーんぶ人任せにしていた私たちに、今、そのツケが回ってきている。それにしても、海老に比べれば、ハマグリの穏やかなこと。洗っていたって黙っているし、鍋で煮立てても「あ、昇天・・・」と静かに口をあける。ありがたく、美味しくいただくハマグリのお吸い物。季節の先取りで桜麩を入れました。
2004年03月03日
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土曜日も納品した。日曜日の夜も納品した。月曜日の夜も納品した。納品しても納品しても、まだ私の手元には3つの会議のテープが残り録音時間は合計8時間余。ひたすら機械になりきり打つ1日。明日のために、ちらし寿司の材料を買ってこなくちゃ・・・。この仕事をしていて悲しいことはあんまりありませんが毎年やっつけ仕事でちらし寿司をつくるようになってしまったことが、ちょっぴり悲しい。
2004年03月02日
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1年の中でもっとも忙しい2週間へ突入です。無事に通り過ぎることができますように。でも、どうにも書かずにいられない、仕事の中で気付いたこと。今日は「シャ・ショ・キャ」の話。社名、書名、キャッチフレーズ。これらも案外曲者で、検索してみないと正しい表記がわかりません。例えば大岡信の「折々のうた」は、「おりおりの歌」「折々の歌」「おりおりのうた」のどれでもなくて。「サカタのタネ」は、「坂田の種」「酒田のたね」「阪田のタネ」のどれでもなくて。私もしばしば「しまった!」がありますが、社名も書名も「人名と同じ固有名詞」とひとくくりにするようになって、頭の中で「要チェック」マークが点滅するようになりました。最近、侮れないのが「キャッチフレーズ」です。聞いたままでは起こせない、一筋縄ではいかない文句がふえました。ここ15年の国体のテーマを挙げてみるとよくわかります。 時間に追われているくせに、何やってんだ、あたし。平成1(1989) はまなす国体 「君よ今、北の大地の風となれ」 2(1990) とびうめ国体 「ときめき 出会い みなぎる力」 3(1991) 石川国体 「すばらしき 君の記録に わが拍手」 4(1992) べにばな国体 「思いっきり躍動 21世紀の主役たち」 5(1993) 東四国国体 「出会い 競い そして未来へ」 6(1994) わかしゃち国体 「いい汗キャッチ! 生き生き愛知」 7(1995) ふくしま国体 「友よ ほんとうの空に とべ!」 8(1996) ひろしま国体 「いのちいっぱい 咲きんさい!」 9(1997) なみはや国体 「おおさか ふれ愛 夢づくり」 10(1998) かながわ・ゆめ国体 「おお汗 こ汗」 11(1999) くまもと未来国体 「人、光る」 12(2000) 2000年とやま国体 「あいの風 夢のせて」 13(2001) 新世紀・みやぎ国体 「いいな! その汗 その笑顔」 14(2002) よさこい高知国体 「いしん前進」 15(2003) NEW!わかふじ国体 「”がんばる”が好き」美しくない羅列で申しわけない。でも、確認しないと起こせないこともわかっていただけましたでしょうか。どの言葉が平仮名で、どの言葉は漢字なのか。「!」や「・」の存在も見逃せません。これも人名と同じく1つの固有名詞みたいなもの。要チェックの年が2つあります。1994年「わかしゃち国体」です。この年以降、平仮名国体が氾濫するようになりました。現在、2007年の「秋田わか杉国体」のテーマまで決まっていることから判断すれば、1991~2年あたりに決定したテーマと思われます。折しも、さくら銀行が1990年に、あさひ銀行が1991年に誕生しています。平仮名隆盛群の影響はここにも見られるわけであります。もう一つは1998年、かながわ・ゆめ国体。「おお汗 こ汗」。ちょっとずっこける。この年は和歌山カレー事件、長野オリンピック、サッカーのW杯初出場、その他もろもろ、いろんな意味で「汗」の出る年だったみたいだけど、どうもこの年以降、テーマの調子も変化したように感じるのは私だけでしょうか。「かながわ・ゆめ国体」で「・」も登場。「モーニング娘。」がこの年にレコード大賞最優秀新人賞をとっています。そして昨年、ついにローマ字、「!」、「”」の出現です。ここまでごちゃごちゃしてくれば、放っておいてもそのうちシンプルなテーマに戻るでしょうが、当分、きちんと検索しないと、安心して正しく表記ができないキャッチフレーズは巷にあふれるもようです。そうそう、検索の際は、「国体のテーマは麻nekoの日記にあったな」と思い出して、こんなところから引用してはいけません。きちんと日本体育協会のサイトで確認してください。信頼できるサイトで検索する、これももちろん調査の要諦です。では、これから仕事に戻ります。
2004年03月01日
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