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気まぐれに、ものすごくタイトなワンピースが着たくなってしまったので、それで教室に出かけました。時々、そういうものも着ておかないと、現実の自分の体型が把握できないのですが、どうも、脱いだ脂肪の分だけ、トラウマを身につけたままだったようで。…そこを徹底的に、サンタにいびられて過ごした土曜日でした。…遠慮のなくなったサンタのいびりは、「どうしてそこまで突っ込まれなくてはならないのだろうか?」というほど容赦が無くなり、トラウマをひん剥くときの痛みが勝る。それもまたいつもの私たちの関係だと割り切る…こともできずに、ショックが大きくなったらソファに倒れこんで眠って過ごすという非常手段に頼りました。(笑)起きれば忘れています!大事なことも一緒にではありますが!!←だから、トラウマが濃くなるんではないのかと思うのですが、違うのかしら??(笑)…どうも、トラウマよりも深く、サンタの爪あとを残そう計画なのか、そこが追いかけっこになっているのが、人生の全てになっています。そこ、爪あとでなく、どうも、チュー♪みたいなかわいいヤツを仕掛けたいらしいのですが、何千回ものチューもどきを仕掛けたところで、成り行きが全部爆破!というおどろおどろしい感じもします。昨日も、ステキなチュー♪がいっぱいあったはずなんだけど、ほぼ全部飛びました。かろうじて覚えているのがブラブラと途切れたクモの巣程度の細さで記憶に絡まっているようないないような。夜になると、なぜ、あれほどおどろおどろしい展開になったのか、ちょっとわかりました。私の記憶に夜の街を仕込んだ源が、ひとつ消えた、と知りました。正直、んなもん、消えたところで痛くも痒くもビクともしないほど、一日、大騒ぎでしたよ!(笑)余裕で、サンタを見つめていられたのは、昼間の大騒ぎのおかげでしょう。(笑)見つめる眼差しがキラキラしていなくても、今はいいでしょ?そのうち、そのうち。(笑)むしろ、今は、「うるさいんだよ。昔のことをいちいちいちいち!!」みたいなすごい顔して、宙を睨んでいますからね。(笑)でも、生徒や親御さんとの時間は、ゆったりと優しく柔らかく豊かでした。最近たどり着いたひとつの結論があって、「娘にとって、母親は、誰よりもの理想なんです。」を、ママたちにわかるように伝えたくて、そんな気持ちで過ごしています。ママって、ダメ出し隊長になりやすいかもしれないけれど、ここぞというときに、ママが娘をきっちりと褒めて欲しい。だって、それが何よりもの太鼓判なんだから、と、告げるときに、その言葉を理解するように、娘たちが、ママの顔を甘く見つめて体を寄せていくんですよ?ドラマみたいに、目の前で繰り広げられる光景は、仕込みですか?レベルの阿吽の呼吸で、こっちもびっくりするほどスムーズで、忘れる!!!!!←おい!!(笑)←だからブログに書いているわけで。(笑)昨日もずいぶんとそんな景色を見ました。すごかったのが、マッサージに目覚めたママのおうち。見ただけで、娘の肌質が変わっていて、誰よりママの顔が輝いて柔らかく美しくなっていました。やっぱり、ママが一番きれいにしていると、家族がみんな幸せのサンタ印の法則は、正しかったか…。(笑)アトピー気味の娘の肌がすでに一週間で潤っていて、ママにたっぷり愛情をすりこんでもらっているのがわかるし、それを褒めると、ママが嬉しそうになっちゃう、という…。変なピアノ教室だな…感はもう、感じてる暇も無かったですが。(笑)発表会の2週間前だし。ピアノ教室、マッサージ科の優等生は、順調のようでした。…ワケわかりゃしない。(苦笑)もう、ありとあらゆるいろんなことがありすぎた土曜日。私の戦闘服は、タイトなブルーのワンピース。気付けば、ママ道も辿らされている教室ですが、ママの意味がちょいと違うかな?と心配になりました。(笑)お酒のグラスがカラコロいってないか、それだけの心配がちょっと。(笑)そうでもなく、むしろ、「発表会かな?みたいな服だよ!」とかわいい姉妹が励ましてくれましたが。…そうね、もう、発表会が始まってるのね、と思っときゃいいか。昼寝も細かく挟んだのに、夜はやっぱりくたびれて、平日にお酒なんか全然飲まなくなりましたが。変なところでこういうカタギな私には、それなりに遊び心が足りないようで、ちょっとくらい甘く酔ってください!!とサンタが、発表会準備と同時進行で送ってくるのが、酒だったりするんですよ!(爆笑)その酒を素直に飲んでみたところ、ツマミのスルメで歯を折りましたが!!!危うく、初老のアイテム、銀歯デビューかと、ギリギリの線を行ったりきたりしていますが!!発表会前に、初老との戦いを仕掛けてくるサンタに向かって振り上げる私のこぶしが、サンタのひげを引っこ抜くことがないように、男子のヒヨコチームが甘く私の手を握っていたのは、とりあえず、まだ、今のところはうっすら覚えています。私の心の奥深く。サンタの爪あとを優しく残すのは、サンタでも難しいのかもしれませんが、私だって、精一杯なのよ、と思いながら、少しフフフと笑う。仕事の流れで、今、なぜか恐ろしいほど子沢山。それも、子、と呼ぶには私よりずいぶん年上の人もいるように思えるときもあるけれど、そんな目線で一緒に見守って行こうよ、と、サンタに言われているように思う日々。その風向きには納得しながらも、若い方の私が、カリカリしてるのかもしれません。(笑)でもまぁ、そのくらいの若さも残しておかないと、タイトなワンピースなんて着たりしませんから。初老に差し掛かっているというのに、幼い男子まで色気で転がさなければならない以上、カリカリもしますって。(笑)今なのか!なぜ今なんだ!と。(笑)「娘の一番の理想の女性はママですから。」その言葉を伝える私に、華がなくては説得力がない。それはわかる。そしてそうである苦悩もわかる。(爆笑)クソババアちゃんに泣き喚くようにして、「発表会では先生が一番きれいでかわいくしていて!!」と駄々をこねられた遠い日よりも、今の私のほうが多分、きれいでかわいい。(笑)タイムマシンを逆さに走らせるのは、本当に辛いけれど、あの恐怖の宿題が、いまだに尾を引いている上に、なんとか、1日ずつこなしている自分は、サンタに肩を組んじゃうほど図々しいのは間違いないようです。サンタと繋がれた手が、本当は甘くお互いに愛を囁いているんだと、そんな風に絡めあっているんだと思える日が来るんだか来ないんだか知りませんが、大人が子どもの理想であるということはどういうことか、くらいを葛藤できるほうが未来はきっと美しい。そこ、放置で、怒鳴ってりゃ話がまとまるなんてことは絶対にない。そんな怒鳴りは、単なる気晴らしだよ、と、サンタと私の理想の女像のすりあわせが、延々と続いています。美しく生きろ、と、サンタはニヤニヤしていますが、その美しいを、シンプルに「見た目」にロックオンしているのが、本当にいやでいやでたまりません。(笑)私、もう、42です。いろいろ世の中見てきましたからね。(笑)そこ?今?と思う私に、単にサンタも、「今の自分をちゃんと認めろよ?」って言ってるだけだと思うのですけどね。私の脳内映像は、まだ少し歪んだままのようで、狙って歪ませておいて、そういうこと言うんだよなぁとボヤくその隙間に、昨日は、サンタの「サ」が放り込まれてきていました。あ…「ン」「タ」もあったかな。そのくらいに、忘れっぽいからこそ、サンタとのやり取りがまだまだ続く。サンタに「あんたねぇ!」とボヤけるなんて、おもしろいけれど、大変です。本当に。(笑)
2014年06月29日
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毎週、ぶっつけ本番のようなオリジナルなレッスンは淡々と続いています。今は、「そこまで私が??」というところにまで飛び込んでいる感が強すぎて、正直、葛藤もあってクタクタになりますが、ご褒美はいつも一週間後に訪れる、というくらいに確実な生徒の成長として返ってきます。先週、片手ずつ組み合いながら、ひとつの曲をワーワー泣きながら弾かせた子の駄々っ子レベルが下がってること、笑いながら弾きつづける子が、汗をかいちゃうほど楽しく弾いて、確実にうまくなっていること。受験生で、足が遠のいていたクソババアちゃんが、久しぶりに来たら、私の教えの一番大事なところを全部、自分のものにしていて、おうち練習でも成長していて、「もっと本気で弾きたい!」と言ったこと。仕事をする上での、最上級の宝物となる事実は、逆に当たり前すぎて気にも留まらない、忘れ去るほうのことになるほどでもあります。…子どもって、生徒って、信頼していいんだなと、本当に思うけれど、それすら覚えていられないのが問題。(笑)でも、サンタの教えを生かすだけのレッスンが、どれほど邪道に見えるだろうと思っても、そこに不安を感じることもなくなりました。…生徒が確かに音楽の高みに繋がる道を歩いているというのを目の当たりにし続ければ、いくら忘れても大丈夫。…覚えていることはできなくなっても、教え方は知ってるし、体が覚えている。それで十分です。こうなってくると、子どもの正しい成長を阻むものが何か、というのも、くっきりと見えてしまう。それが、思っていた通りのものだったとわかった金曜日。ほんの少し、やっぱり凹みました。それは、「成長を阻む側の勘違い」でしかなく、そこに、直接切り込むのではなく、ソフトに気付かせる、というアプローチしかできなかった私は、自分の喜怒哀楽がどこかに置き去りにされたか、粉砕されたか、なんか、そんな感じの心境しかおぼえることができませんでした。「証明された、やったぁ!!」なんていう方の御伽噺は、無かった。(苦笑)それまでに辿った道のりが、結局、私の成長も阻まれるものに囲まれていて、それを切り崩すために、サンタの力を借りてすら、私自身の気持ちは守れなかった、と言う感じです。…もう壊れていたのに、なんとか、サンタに繋いでもらったから辿れた道で、やっぱり正しかったのか、とわかっても、私がボロボロ。(笑)今、そんなところにいます。唯一の命綱は、サンタを探す私の気持ち。私がどんなに落ち込んでも、必ずそこに「ここにいるよ。」を置いておいてくれるサンタの返事。ただ、それだけが繋がっているから、食べて休んで教えている、という、サンタと私の道には、嵐の間も、微塵のブレも価値観の違いもなかったようだ、とふりかえるのが精一杯です。まぁ、サンタのほうも、何を考えているのかわかったもんじゃありませんが、嵐のど真ん中を振りかえらせるのに大忙しな昨今。…忘れちゃダメなの?忘れちゃダメだ、の繰り返しは、延々と核心に迫っていきます。(笑)私としては、情けなさの一等地を思い出すこととしか思えず、サンタとしては、それは違う!としか言わず、みたいな、流れではありますが。信じるって大変だわ。(笑)ただ、結果は、日ごとに凄みを増すような美しさの連続で、そっちを見ては、ほんの少しだけ振り返って、ギャ!とか、ワー!とか、なんか結局、いつもどおりです。(笑)応援団はいつでもどこでも。(笑)昨日も、レッスン中に愉快なギャング(知らない男子小学生)が、教室前で、「爆弾を仕掛けたぞ!ワンワンも仕掛けたぞ!」と、何度も言うから出てみましたよ。怪訝そうに彼らを見つめる私に、知らない男の子が「嘘だよ、嘘だ。」と、それはそれは上から目線で。(笑)…。レッスン中、凹みの一等地を思い出して、スッと気持ちが落ちれば、丁度タイミングよく、知らない男の人の声で、「おい!」とかね。(笑)昨日の記憶はその程度です。基本的には。(笑)他にもいろいろあったけど、そっちは散り散りの気ままな記憶として、また、忘れ去られていくことでしょう。サンタは、とうに答えを知っていた。成長を阻むものは、とても大きな間違いを犯している、と。だから、そんなもん、無視して、俺だけ見てろよ、俺だけな、で、未来に私を連れて行く様子です。それを信じて、今ここ。(笑)…うーん。(笑)人生のメインは、サンタ探し。(笑)ピアノのほうが、オマケ。(爆笑)いいんですけどね。教え方は、もう、道になってるから。私が弾くことさえも、気まぐれに漂っていれば、その道を外れることもない。レッスンの主流は、「安心して学ぶ喜びを、生徒に感じさせろ。」に定めておけばいいことでしょう。ただ、安心させる相手の年齢がどこまでも下がるのが、サンタから私への永遠の課題。(笑)お尻の湿った女の子を通り越して、もっともっと小さな子どもたちまで、抱きしめて安心させて、笑いながらゴー!!のスタイルが、限りなくママ道と近づいているというか、もう、ほとんど同じだね?になっています。私としては、本当に十分堪能していますが、もっとちっちゃくてもっとかわいいのも、今後、見せてくれる予定がすでに目白押し。生徒の赤ちゃんがこれから2連発!!生徒の出産ラッシュって。それもまたすごい。(笑)今週も土曜日がめぐってきました。サンタの宿題を持って、生徒がやってくる。その宿題には、ハート型しか書いてない。(笑)だから、生きているし、生きていける。間違いを犯しているものに、「あなたが違ったんだよ。」と、私が言わなくちゃいけないときに、ちょっとだけ、サンタが私を強く押す声。それが、怒りじゃなくて、エールだと解釈できるようになったころ。私もようやく、サンタがいるところでならば、遠い嵐を笑ってふりかえられるようにもなりました。それは、フフフ、程度でしかないけれど。フフフになったのが、すごい。(笑)嵐が来る、ずいぶん前から、私はその嵐が来ることを知っていたようだ、と知ると、ほんの少し安心します。嵐の到来を無意識に知っていた私は、そのときですら、今と、泣く場所笑う場所が同じだったことが不思議です。なぜか、ウケちゃって、必ず笑っちゃうこととか、なぜか号泣しちゃうこととか。人生にはよくある当たり前のことが、ちゃんと後日談として意味を伴うなんて、びっくり!!今、あのときから、もう地図はサンタが描いてくれていた、と思うほうが楽です。嵐の全てを私の責任とはとてもじゃないけど思えないし、思わなくていいんだ、と、サンタが言うなら、私もそのほうがいい。間違っていたものがあまりに大きな過ちを犯しすぎていた。だから、おまえを一人で嵐の中になんか放り出すわけ無いでしょ?と、今、サンタが笑う。俺がずっといたのも忘れちゃった?と、毎日笑う。気付いてビックリすると、ニヤッとする。そんな毎日が続いています。ずっといたじゃん、ずっといたじゃんの、ずっと、が、ヤバいんですよ。ギャーです。そこが。(笑)まだまだ根強く残る恥じらいの感覚が沸騰するので、ちょっとずつ認めることにしていますが。その後ろで、私の考えが、闇の暗さに飲み込まれないように、こっそりとも見張ってくれている。闇の暗さを知らなければつなげなかった箇所をつないだ私を気遣うように。なるべく気付かせないようにしながらも、安心に必要な分だけは容赦なく知らせる。そこは今でも苦手ですが、その厳しさこそが、真実の優しさだった…と、今は思うから、なんとかポジティブに受け取る努力をしています。そこ、ネガティブに受け取ってると、サンタが怒ったフリをするので、それがおっかないから。(笑)本当に怒られたら、と想像するだけで怖くなるようなヤツですからね、アイツ。(笑)きっともう少ししたら、私も、サンタと一緒にもっと笑う。やだよもう、ビックリさせないでよ、くらいの軽さで。私が戸惑う時間が短くなるように、サンタのノーブレーキがすごいけれど、まぁ、どこまでビックリさせるかさせないか、を考えるのが、サンタの楽しみ、と、解釈しながら、私は、夏の空でも見ていることにします。
2014年06月28日
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レッスン前に、「楽器店に寄らなくちゃ」という気分になったので、それに従ったら、楽器店的にはドンピシャ!のタイミングだったようですが、私的には「またしばらく隠居してやろうかしら・・・」という気分になるほどのイベントに見舞われてしまいました。おかげで、昼ごはんは、詰め込んだ!と言う感じ。でも、「ここでハンガーストライキに入ると、サンタにぶっとばされるから・・・」という気分で、スープでパンを流し込み続けました。でも、とても大きなスーパーに寄るとか、そんな元気も出ないほどだったので、通り道にあったパン屋さんに寄るのが精一杯!!(笑)それでも、自作の小さなサンドイッチに、パン屋さんのおやつパンを上乗せしたんだから。ここは、えらいねえらい、とサンタに褒められたいところです。(笑)過食と呼ぶには、食べる気ゼロだけど、サンドイッチじゃもたない。そんな日になりました。20年前の景色が、鮮やかに蘇るためには、こんなやり方が一番だわ・・・と、宙を睨む元気も出ない。(笑)サンタに引きずり回された日々が、あんなに疲れたのは、サンタのマジックがいつでも、「羞恥心」ってヤツを軸にあっちゃこっちゃで点滅したからに決まってます。プンプン。(笑)でも、「羞恥心」のパワーは恐ろしいことに、時空だろうが、なんだろうがひとっとびですよ。常にフレッシュに過去が蘇るのは、嬉しい事絡み、の出来事よりは、羞恥心絡み、という、当たり前っちゃ当たり前の手段に、昨日ばかりは、サンタのやり方を「手腕」と呼ぶより「手段」と呼びたい感じで、イライラして過ごしました。一人になったところで、ギャーギャー荒れ狂っても過ごしました。(笑)おかげで、お昼寝は、いつも以上にぐっすりでした。そのためのおやつパン。(笑)おやつパンを食べようと思わせるための下準備は前日から。…サンタの手腕はすごいけど、手段は選んじゃくれません。ただ、逆らうことがまったくもって不可能な手段というその手腕が、すごいということなんだろうそうでしょう。←イライラしてます更年期。(笑)しっかりご飯に、たっぷりお昼寝という、私の任務は放り出さなかった後のレッスンは、明るい農村状態ですよ!私もご飯とお昼寝は、明るい農村モードのしっかり系。生徒たちは、「これ、とうもろこしの苗」と、栽培セットを持ってきて、それだけ大事に持って、楽譜は忘れて帰るとか、「今から、友達とメダカ採りに行くの」とか、雄大な自然モードでした。教室内には、小さな蛾がいて、急に飛ぶから、すごくびっくりしたり、シンクロするように、別の生徒が、「今日、大嫌いな虫が服についたから泣いちゃったの」なんて話すこともありました。とうもろこしの苗に夢中の男子は、栽培用の土が虫にそっくりなのをいいことに、「虫ゾロゾロ!!」って脅かすし。本気で怖くなったし。栽培セットの土って、団子虫の大群にそっくりなんですよ。まったく、人騒がせなことに。(笑)…脳内冬景色の一番暗い夜に、「都会」とか「田舎」っていう言葉が踊っていて、そのセリフを言ってた超大物ギタリストが泣いていた、そんな記憶がございますが。それは忘れ果てた夜の街のバイト先のライブハウスでのことでした。10年近く前の出来事すら、20年前の景色に引きずり出されるように同じ強さで迫ってくる!(笑)何しろ、恐怖と羞恥心の一等奥地というポイントで、全てが繋がっていますからね。(笑)…あれの裏返しなら、そろそろこれ、終わってくれるのかな、というのという気分がまずやってきました。あの時は、「田舎も都会も気にしてる暇もないというか、気にならない・・・」と思っていたはずの私が、いまや「ダサいかダサくないか」が気になりまくるだけの暇をもてあますという贅沢に、酔いしれるはずがないでしょっ!!(笑)どう酔えというんだ!どう!!…という気分でしたが、私の芸人レベルのジョークは絶好調。ヤケクソになればなるほど、滑らないギャグを連発できるという類稀なる才能のおかげで、生き延びています。ただそれだけで!!(笑)明るい農村になってしまった水曜日。…私にもたらされた新しい手腕は、「明るい笑顔で嫌味のすごいヤツを言う。」でした。受験生が、日頃の息抜きに、コンサートを優先して、発表会を蹴るという事態に、いつもの私だったら、作り笑顔で「楽しんでおいで」といったことでしょうけれど、明るい農村先生はちょっと違うよ。「あんたねぇ、コンサートに行くことにしたから、練習の手を抜いたでしょう。」「テストも終わったところだし、発表会も出ないから、力抜けたんでしょう。」くらい、じゃんじゃんと言いますよ。何しろ、彼女が、私を蹴って選んだコンサート!!アタシも大好きなかわいい男の子がいるグループですからね。ずるいわずるい!と言いながら。普通のピアノ教室だったら、「コンサートに行く暇があったら、勉強するか、発表会ってもんでしょ?」というところに、さっぱり思い至れない私に、サンタが仕掛けてくれた遠い罠が、そこまで遠いとは!!で困ってしまって、見事にご機嫌がナナメになってしまいました。←更年期は恐ろしい。(笑)その鬱憤をぶつけられたのは、コンサートにお出かけするかわいい優等生。コンサート中に客席に舞う紙みたいなのがあるんだって。それ、1枚しか拾えなかったら、もらわなくてもいいけど、2枚以上拾ったら、あたしにちょうだいよね!!って怒っておきました。そんくらいのお土産おねだりしてもいいでしょう?何しろ、発表会を蹴られるんだから。(笑)何か、欲しいわけじゃないの。発表会を蹴ったことも忘れて、コンサートを堪能なんかさせてやらないって、ただ、そんな普通の意地悪なオバちゃんになるためだけの長い嵐が、ゆっくりと晴れていきます。君の欲しいものは、僕が一番知ってるんだ、って、サンタがとにかくいろいろ放り込みまくってくるので、だんだん気付いたのですけれど、まさか、「意地悪な気持ち。」を、この辺りまで隠しとくなんて、ほんとにサンタは意地悪。(笑)でも、20年前に時間旅行しちゃったから気付いたんですけどね。あたしの意地悪って言うか、腹黒も相当です。(笑)それを思い出させるために、あれ!?(笑)それも今!?でも、確かに、一番、密の味がするのは、こういう気持ちで、これが今だと、いい人ぶった意地悪な人になるのには、もってこいですよ。明るい農村先生の今の意地悪…。想像するだけで一番怖いのは、コレに決まってます。(笑)…先生の自我が完璧にコントロールできるようになるまで隠しておかないと、すっごい切れ味だもんね。(笑)
2014年06月26日
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先週、エア我が子のフランス人形が、リハーサルで本当にモジモジしていたのを、一緒になってモジモジして疲れたので、今週は、少しだけ離れたところから見つめることにしました。「抱っこ!!」とはもちろん言われましたが、そろそろ本番も近いからね。(笑)抱っこしながらピアノを弾くのは、ちょっと休もうか。(笑)離れて全体の姿勢を見てみると、強気そうに見えて、やっぱり怯えているのが良くわかりました。足のつま先が不自然に縮こまっています。たった1度の本番を経験しただけなのに、そこがどういう場所で、そこで自分が何をすべきかは、わかっていて、その全てをもう、受け入れている。その小さな横顔は、いとおしくしか思えませんでした。たとえ、その指がまだまだ上手に鍵盤をおさえられなくとも。「抱っこ!抱っこ!」と騒ぐのには、それだけのワケがある、と思うと、この状態の小さな子に、厳しすぎる態度もどうよ?と思ったので、休むときには、「おいで!!」と、手を広げて抱きとめることにしました。(笑)そのたびに、何の迷いもなく、飛び込んでくるその愛らしさは、私が戸惑うほどでした。だから、ある程度は、キレイにしていなくちゃいけない、と、改めて思います。(笑)「美人を産めてラッキー♪!」と、エア我が子、出だしの一等賞を、この美少女にしちゃった私を恨むべきか、サンタを恨むべきか、かなり、ギリギリのところですが。(笑)すっごい美少女が駆け寄ってくるのに、こっちがコレじゃ、みたいな状態じゃいけないとは思うわけで。…そこの宿題の難しさは、延々と続いていますが。←イラつき気味の私。(笑)とにかく飛び込んでくる飛び込み方はすごい!!(笑)このための嵐、と思えば、いつかは、それが思い出すこともない過去になるのも良くわかるけれど、今はまだ、まだらに行ったり来たりです。(苦笑)ついでにこちらは歳を取っていくわけで。どうなるか心配なのは、そこ!!(笑)出だしがこのかわいさ、というのは、後が心配。(笑)そんな私に、最後通告のように、フランス人形が言い放ちました。「あたしがここに来る間は、ずっとこれが続くから。」と。(笑)そんなセリフに良く似たことを、もう少しソフトに言ったクソババアちゃんは、高校受験でねじり鉢巻らしく、少し足が遠のきましたが、サンタは年中無休で、むしろ、宿題を厳しくするわけですよ。初老になってるのに、美少女抱っこ!とか。(笑)クソババアちゃんのときは、映画デートにコンサートデートだったから、今思えば、まだまだ!!!(笑)むしろ、今は、甘えんぼ帝国みたいになっていて、抱っこ星からやってきたウルトラ抱っこ星人が、ひっきりなし。それも、やつらはエスカレートするというワザしか持っていないので、困ります。(笑)ブレーキが!!ブレーキが!!ノーブレーキ状態…。あれほど貶めた自分像を、立て直すためには、これしかない、とサンタは見抜いていたから、これが今。わかればわかるほど、まだらな時間旅行が凄みを増すのが、辛いところですが、災難は最小限に砕かれた状態でやってきます。ただ、目をそむけることは、できない。誰しもが、目をそむけてやり過ごすことを、やり過ごせないだけのこと。やり過ごしたらどうなるかは、知り尽くしているから、やり過ごさないだけのこと。やり過ごしたツケが、誰に回るのか、知り尽くした私を庇うように、サンタの宿題が続いていることはわかるんだけど。これ、全部、私だけがやり過ごしたツケじゃないよね?と、宙を睨む権利だけは、ちょっとある私。(笑)なんなら、サンタが代わりに謝ってくれそうな勢いすらあるけれど、「謝らないで。凹むから。」なくらいの自分の強気さに助けられ、ご飯だけは、おいしく食べられるようになってきています。哀しすぎることこそ、謝って欲しくない、って、あるじゃないですか。まぁ、この辺りで、得意のこういう強気が出ることも、仕込んでいてくれたはず、と思わなければ、やっていけないこともあるわけで、その辺の小さなやりとりが日常のメインという贅沢な環境も、凄みを増しています。あとは、私の図々しさ次第なんだろうと思うのですが、図々しいなら多分、売るほど持ってる。…どこかに。(笑)男子のウルトラ抱っこ星人たちは、あの手この手で、結局私を癒していました。これ、女子のヒヨコにやられたら、ぶん殴っちゃうかも、なことができるのは、男子の特権です。それも、なるべく小さな男子の。(笑)うまいなぁ…と、裏を読んでしまうのだけが、私のいけないところでもありますが、そこが読めないと、見えない景色がある以上、裏を読んどいて、落ち込まないという、地獄仕込みの根性に磨きをかける時期かもしれません。ここからは多分、もっと、ありがちな強気な感じで、前向きに、なんだと思いますが、いつものことながら、前がどっちなのか、一番忘れています。知らない、に近いくらいに、忘れているというより、わからないだけのこと。思い返すと、まったく同じ道を堂々巡りしているわけですが、今のほうが状況は昔に比べてずっとずっといい。…何しろ、地獄の道案内人が激減ですから。自分を指差して、「サンタより我を崇めよ」な人というのは、本当に意外に多くて、その力が強ければ強いほど、恐ろしい。何しろ、サンタにバレないうちに、自分のほうを崇めさせようというのだから、相当なものですが、サンタがそんなの余裕でお見通しで助かった、というところでしょうか。そのサンタですら、手を焼くものがある、というくらいに、それは、恐ろしいもので、それが何かを教えてくれたサンタを信じるより他に無いけれど、サンタの信念も、私の信念も、よく似ていたようで、ただ単に、それがいいバランスに向かって近づいているような安堵感も少なくありません。…ハラハラは、するけど。ほんとに。長い日々の後、私のところに残った集中力の短さたるや。それは、ひよこたち以上に移り気でもあり、一口分のラーメンに集中するのがやっと、ということを、改めて確かめると、教育、躾、なんちゃらかんちゃら…オトナが言うことの中にもウソはいっぱい!!それがわかるようになった頃、小さなフランス人形が帰り際に、「今ね、お友達が来ているから、一緒にご飯食べに行くの。」と、話したときに、私の胸が初めて、キュンと寂しくなるようになりました。もし、このキュンが大きすぎたら、確かに、このキレイな生き物を手放したくもなくなるだろうね、とも思いました。でも、そのキュンよりも大切なもののために、空を見つめる強さは持っていたい。そのキュンを知らずに見つめる空よりも、今の空の方が、絶対に美しいはずだと、ただ、それだけを教えるために、サンタが来ましたよ、でした。
2014年06月25日
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ふざけている様で、深さのある日常、を、またもや更新する土曜日になってしまいました。人数が増えればドラマが増えるのは当然で、長丁場の土曜日の記憶は相変わらず断片的です。ただ、こういう日が、以前よりもゆっくりと私を包むようになっているのも確かです。パッと上がって、パッと散る花火のような美しさと言うよりは、ハラハラと舞い落ちるようになった花びらに包まれるような美しさで、どうしたものだろう?と思いながら、それを見ていました。(笑)まぁ、こんなんなっちゃったんだから、この花びらを堪能するほうが良さそうで、私もゆったりと過ごしました。あまりの美しさに、胸が張り裂けそうになる、というよりも、「まぁキレイ」になってきた、と言う感じでした。目に焼きついているのは、突然の通り雨の中、真っ赤な傘をさして、紺のワンピースを着ている美少女の笑顔だったり、初めてお目にかかることになったパパの安全な眼差しと、ソファによじ登れるようになり始めた小さなコロコロした女の子みたいなものばかりで、美しいものを見すぎて忘れるという贅沢は相変わらずでした。朝一番で、例のミニバラが、今度は、「ツタの葉っぱ」の形をした葉っぱをつけているのを見つけていたので、「すごいなぁ。」とは思っていました。数週間前は、ハートの葉っぱが3つで驚かされましたが、今度は、ツタ!!「葉っぱのいたずらがあります。」というサンタの予告があったような気がしていたら、やっぱりありました。(笑)やるな、サンタ。(笑)もちろん、サンタのことなので、美しいところだけでは終わらせません。ツタの葉っぱで隠していただきたい部分を、リハーサル練習で出していたぼっちゃんがいたりして、そういうところも、抜かりが無さすぎ。(笑)「ステージ上でもご披露するのなら、ぜひ、それなりに自信のあるものを・・・」としゃあしゃあと対応する私に、ママがウケまくっていましたけれどね。出すくらいなら、自信があるってことでしょ?としか言いようがないでしょうが。そういうお年頃ですが。のびのびしすぎ。(笑)その一方で、初めて二人きりのレッスンになった小さな少年と私の時間には、ドラえもんの二重唱です。その子のたどたどしく、かすかに不安定なメロディが、私の声と絡み合って、「ゆめをかなえてドラえもん」を歌う。そのハーモニーまで体験することになるなんて!!ですよもう。この仕事をしているからたどり着いた場所に、ほんのりと仕込まれるママ時間。どちらも、君のものだよ、と、君の歩いてきた道で、それでよかったんだよと。サンタ的には、「作戦成功!」ってやつだよと、伝わってくることを、しんみりしている暇はあまり与えてもらえませんでした。しんみりしてると、メイクが取れちゃうからね。(笑)塗りなおしに数時間を要するからね。(笑)それはもう、工事のレベルだからね、ということにして。歌いながら、近くをスキップするように動く少年の仕草の全てがいとおしいのは、とてもいいことだから。その子がやっぱり嬉しそうに、パパのお迎えの時に、そのまま歌っていました。そこで私は、歌うことをためらう。「この子が主役。」と、全部その子に譲りたくなってしまう。もちろん、自分が恥ずかしいのもあって、なんだけれど。そんな私だから、与えられた時間があって、今、思えば、そこで、少年と一緒に歌う先生でも良かったのかな、と思いますが、まだそういう私ではないみたい。「やる気を育てることのほうが難しいから、それをメインでやっていきますから、褒めてあげてくださいね。」と、何度もいろんなパパに、「子どもは、パパがちゃんと褒めて支えて。」を言ってばかりだったような気がします。パパにきちんと褒められた子どもって、ステキだと思うんですよ、私は。そういう家庭は全部が絶対にステキ。昔、父親が一家の大黒柱だった時代の良さって、褒めて作れたらもっとよかったんじゃないのかなぁと思うのは、私が斬新だからでしょうか。(笑)怒って、叱って、威張って作る強さと、ちょっと違うヤツ!本当に強い人に褒められる喜びを、子どもが知っていたら、私はどうしてもステキだと思ってしまいます。正しく褒めると、子どもは謙虚になる。下手に褒めると生意気になる。その辺りの違いのデリケートさは、まだまだ曖昧ですが、何か、そこにいいものがありそう、と思えてしまいます。このごろの私は、以前より、少し甘え方、休み方がうまくなってきたらしく、そうなると、ママたちとの時間がカリカリしなくなってきて、助かっています。でも、以前のように、なんでも褒めておくというよりは、大人相手にも、耳の痛いことを言うようにもなりました。それって、一人でつっぱってできることじゃなくて、やっぱり背中をちゃんと私よりずっと強いものに守られていないとできることではないわけです。守ることが得意な方が守るほうにまわって、守られることが得意な方が守られる喜びを堪能する。そんな簡単なことが、パパとママの間にたくさんあればいいのになぁと、エア我が子を、それこそ、花びらのように降らされる日常でいつも思います。どんなに愛しいと思ったところで、どちらもグズグズなあなあにならないでいられるのは、私と生徒たちに「血がつながらない」という境目があるからです。それが私にとって、いまや、生徒がエア我が子になってしまったところに、何かを見つけるのが私の毎日。いろんな人生があるけれど、私には、これが一番似合うようで、やっぱりいいアレンジが効かせられます。優等生過ぎる娘に、あえての「悪い感じを曲に入れて!」と、悪役を迫る。それに、超ノリノリの彼女は、「彼こそが海賊」を弾きます。優等生の海賊なんて、いらないよね。と、話が合うときに、小学生とすら、表現のレッスンが始まっていることを確かめます。こんなにキレイな景色は、心がどこまでもきれいな人になんて作れないのよ!と、開き直るわけです。悪女にしかできないこともある、というか。(笑)はじめましてのパパが来る、とわかっていたその土曜日に、「あの子のパパが、すっごいイケメンだったらいけないから、念のため、口紅塗っとかなくちゃ。」と動く辺り。現役引退のフリして、やっぱり、覚えているんだよなぁ、体が。(笑)いつもなら、そう思っても忘れる程度のことなのに、ちゃんと塗りなおしていたからね。(笑)そういうタイプの女ができることというものは、そういうタイプの女がしたほうが話が早い。結局、サンタが私に出している最後の宿題は、「お洒落して、きれいにして、ニコニコしてて。」から、微塵もブレないどころか、より鋭さを増しています。自分で自分を卑下したとたんに爆弾が落ちてくる勢いです。(笑)魔女たちに、目くらましを喰らっていたときは、何がキレイで何がキレイじゃないかがわからなかったけれど、美意識の低い魔女はもういらない!私が魔女だ!みたいな気分もたまには出るようになった今は、まるで、「どこに魔女がいるんですか?」くらいのカラフルな洋服を着て、控えめなお化粧をして、にこやかに微笑む謎の女が、昼寝を堪能している毎日がめぐってきました。その眼差しが肉食獣のようにギラつく瞬間がね、まだたまに出るんです。びっくりしたわ。(笑)何より自分の理想の女像ってヤツが、ひっくり返るほど大変だったことが問題だったというか、それを現実にしろといってくるサンタの作戦がすごかったというか、もう、何がなんだかわからないけど。なぜか、サンタのためにキレイにしていないければいけないわけですよ。それが何より無茶だと思う私にだから見えた景色があって、それが現実になってる頃には、やっぱりただ単に「キレイにしてろ!!」とな。「何か忘れていない?」と土曜日もやっぱり言われましたが、「さぁ・・・」というより他になく、相変わらず練習はめんどくさいし。キレイにもしているつもりだし。…当社比だけど。でも、ギラついてる。(笑)そんなあたしも生き残っててよかったなぁ。
2014年06月22日
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ポロポロと涙をこぼしながら弾く娘に、「泣いてていいから、弾きなさい!」な、時間ができてしまいました。(笑)私が右手、彼女が左手。使わないほうの私たちのそれぞれの手は、娘の背中で組まれています。ここは、泣こうがわめこうが、どんなに言うことを聞くのが悔しかろうが、「弾かなきゃ進まないところ。」ですから、引っ込んでたまるか!というか、引っ込んでくれるなんて思わせちゃならない!というか、もう、怒った~!!ですよ。(笑)ふざけてごまかしてコロコロと逃げ歩くときもあるだろうけど、ここはダメです、何やってんの!です。発表会も何度も出てる。実力もわかってる。性格も承知してる。この期に及んで、練習が完全に不足しており、やる気もないと。(笑)「ここは逃がさないぞ。」と、決意して、彼女の名前を呼び捨てにしたときに、生意気にも、「呼び捨てにした」と言いやがりましたが、そんなのいつものことです。そんなことで逃げられると思うんじゃないよ、でありまして、火に油を注いだ娘は、ワーワー泣き声をあげながら、でも、体は一切抵抗せず、弾いていました。案外とそんな時間こそ、「幸せな時間」ということもあるはずです。とにかく、お互いにとって。そもそも、練習の仕方を教えているのに反抗することが間違いだし、逃げ出すのも間違い、ということを怒ってる暇も無いほど、練習不足!!(笑)最短コースで練習してるんだから、泣いてていいから、弾け、と言う時間。組まれた二つの手の間に、抵抗が無いことが、私を揺らがせなかったのもあると思います。泣きゃ済むと思うところだけ、退治!ですよ。(笑)それは、なかなかにおもしろい時間で、手は練習しているのに、口では喧嘩も同時進行。(爆笑)「練習の仕方を教えてるんだから、弾きなさい!」「先生のほうがうまいんだから、言うことを聞きなさい!」…自分のセリフに笑いそうになるレベルですけどね。そこで、「先生のほうがうまいんだから」って何!(笑)娘も号泣しながら言い返します。「だから、そんなにうまく弾けっこない!!」…コントになっています。誰が私ほどうまく弾けと言ったんだ、誰が!!(笑)もう、そこから?という気分になりながら、ワンワン泣き声をあげるのは無視しながら、二つの手でひとつの音楽を奏でながら、喧嘩。バッハもビックリですよね。(笑)オーケストラにアレンジされています。そして多分、これも、天上のハーモニーのひとつであろうと、反芻して笑うしかない。(笑)その後もおもしろいオーケストラが続きます。「今何分?」「なんで?」「お母さんが来る前に、泣き止みたい。」「わかった。あと5分。泣きやめ!涙拭け!!」やっぱりどうしてもコントになります。BGMは、バッハですが。でも、ステキでしょ?(笑)とりあえず、これは、サンタの仕込みです。…というのは、今、わかったけど。(笑)「お母さんに言わないで。怒られるから。」ではありましたが、事態をザッと説明して、「でも、これに関しては、私と彼女の問題なので、経験するよりないので、怒らないでいただけますか?」と添える。そして、「私と同じに弾かなきゃいけないと思ってたらしいんです。」というと、今度はお母さんも吹き出します。「だから、先生と同じに弾かなくていいんだから!と落ち着かせて弾かせておいてください。」なわけです。…どうも、反抗期に差し掛かり、お母さんが匙投げたところで、私の娘になるパターンのようでして、「反抗期の娘なら、任せとけ!!」の、サンタと私の出番、というお話のようです。反抗期、怒り散らすのも悪影響。かといって、放し飼いは、もっと悪影響。…私とサンタは、そこは完全に一致しているはずです。(笑)かといって、こんな反抗期のオバケつきの少女なんて、お母さんだって、手を焼くのも当然だから、この時期が来たら、とにかく「お母さんは、娘の味方をしていてくれればいい!!」になって、私とサンタが、ツノ出すってことでいいんでしょうが~。社会にツノ出されるより、いいじゃないのよねぇ。(笑)…年齢に合わせて、発達に合わせて、状況に合わせて、怒り方を変えるなんて、あたしたちのほうが得意に決まってるよねぇ、っていう話でいいんでしょ!!(笑)そもそも、こんなところで怒らずに済ませたいところですが、まぁ、それはハーモニー的に、必要な流れなんです。多分。(笑)背中で組まれた私たちの手が、そう言っている、ということにしましょう。あと、バッハもそういってる。(笑)発表会まであと3回しかレッスンが残ってないの。(笑)それを言ったときに、一番ゾ~っとしたのは誰か知りませんけど、あたしじゃなかったですよ。(笑)サンタでもないですよ。(笑)娘はどうかな。(笑)バッハかな。(笑)サンタがいるレッスンの愉快さは、無限大。それで、本当におもしろがってしまう私には、サンタがゆっくりと別の宿題を。私が残した宿題は、甘いやつだけ。そういう時期です。その宿題、必要なのかな?と思わなくも無いんですが、サンタが必要なら、その宿題がやってくる。…その宿題が、長い約束であることを、その約束を守るからと、伝えるのは、その号泣バッハの娘。(笑)…だから、今ですらこのレベルなのに、約束を守られたら、それはそれで心配ですが、そもそもその約束がなんなのか、さっぱり知りません。忘れたのかもしれないけど、わからない。私がその宿題を放り出さないようにだけ配慮されて、一日がまわっているところを見ると、多分、一番大切な宿題のようではありますが、相変わらず、それって必要な宿題なのかなぁと言う「?」が飛び交うのが、私です。多分、その宿題がないと困るのは、サンタのほうだと思っておいたほうがやる気が出るので、そういう雰囲気を出すのに、サンタがあんなに必死の形相だったんだと解釈していますが。最近は、サンタも「あ~、ここまでおもしろかった。」と、笑っています。それがちょっとイラッとする。(笑)何しろこっちは、正直、おもしろいばかりではなかったんでね。(笑)「あ~、ここまでおもしろかった。」というその気配が、無限大の優しさである、と、思うと泣き出すし、笑ったままでいられると怒り出すし、42歳の反抗期は、もう、更年期、と呼ぶほうが自然ですが、そこは、反抗期、と思っていただくのも、更年期、と思っていただくのも、サンタの自由です。(笑)私自身は、更年期、と呼ぶほうが、楽でいい。(笑)その割に、宿題が甘い。だから、きっとそれは、サンタがおもしろくて出している宿題なんですよ。それを信じるために無理すらしなくていいけれど、楽しめるところは楽しめ、と。永遠のうちの、たった7年ほどの嵐を過ごしたばかりの私には、楽しくないと繋がらないだけの宿題が残されている、という恩寵は、まだ、別の意味で荷が重いらしい、と、サンタがわかっているのがよくわかり、怯えようがすくもうが泣こうが膨れようが、相変わらず、お咎めは一切ありません。ただ、怖がらないで、大丈夫だから、という気配が、あまりに大きくて、優しくて、そして、しんみりとする。しんみりとして、座り込んでしまうスピードは、完全にサンタにコントロールされているので、好きに振舞っているようで、結局、動かされているだけで、そこに預けておけばいい、という、ただ、それだけなんですが。楽しもう、と、繋ぐ糸が、どれほど緻密につなげられているか、その緻密さが、いとおしい。その緻密さをいとおしい、と呼べるようになる頃、振り返る景色に、曇り空すら見えなくなっていると、先に一言言っておいて欲しかった。(笑)あ、多分、それは言われていた。ただ、途切れ途切れになって、忘れてしまうけれど、忘れないように、ただ、嵐が来た。そういうことにしておこう。そうしよう。…という精神を繋ぐのだけは、私のすることなのか、させられることなのか、その辺りを考える気力もないのが助かる。それが、私の「タスケテ」に対する、「よっしゃわかった助けるぞ。」でしたが。そのくだりの長かったこと、大変だったこと!!(爆笑)そこは、サンタが「俺のほうが大変だったんだけど。」というボヤきにも頷かざるを得ないところですが。素直に頷く日もあれば、「そんなにすごいことができるんなら、ちちんぷい!とか、何かでちゃっちゃとやっつけられなかったの?」と、膨れる日もある。どうも、その辺りが、一番、おもしろいやり取りだなぁと思える自分が、なんとなく気に入り始めたところで、そんな私に宿題をやっつける力は、もう残っているんだかいないんだか、それはサンタが知ってるから、私は淡々と生きるわけです。今日は土曜日。すでに、ものすごい長丁場になることは、決まっています。(笑)そして、すでにサンタがニヤニヤしているのも、いつもどおり。…いや、いつもより、ニヤニヤしている。相当、ニヤニヤしている。でも、休む時間を取れるかすら怪しい。それほどの長丁場。今週、すでにやけに暇だったのは、このためか。異常なまでの休まされ率に、変なの!と思っていたら、今日が恐ろしい。…生きて帰るには、ご飯と、いつも以上のゆったり感で、アットホームな呑気さと、やらなくていいことは、極力しない、くらいのエネルギーの温存。…どうなることやら、です。本当に。(笑)
2014年06月21日
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ずいぶんと長く、「子どもってホントに、なんかすごいところからのお使いなんだ!」という状況にあるため、なかなか、それを自分の子どもだ、とまで思うところに至れませんでしたが、そういう気分になったらなったで、呆気ないほどの気の合い方に驚いています。あまりに彼らが教えてくれることのほうが尊すぎて、オトナって結構、何も見えていなかったんだな感に支配されて長かったのですが、切り替えられたのは、多分、子どもは子どもでやっぱり見えないものがある、というところで、「こりゃ、おばちゃんも本気出さないとねぇ。」になれたおかげかな、とは思っています。…相変わらず、「あたし、サンタより偉い」系のオトナとは違う世界にいる感じもありますが、どうひっくり返っても、そうはなれず、「だから、並んだ気持ちで、横に一緒にいる気持ちで、対等でいいから!!」の辺で、このエベレスト以上の何かとの対等という恐るべき難関にぶち当たっています。それ、難問過ぎて、ちっとも慣れないのもすごく普通だと思うんですけど、そんな私にダメ出しもニヤニヤしながらされているというような、呑気な状態で、毎日、朝から晩までレッスンのフォローだけしてもらっています。相変わらず、「ここ、ポン!と押せばいいから。」くらいに出来上がった状況が届き、押し方も整ったところで、ほんとに、ポン♪と押すだけで良くてすみませんねぇって感じですけど。極上の「ポン♪」なので、こっちがビックリしてそれを見ていればいい、みたいな状態が延々と続いています。生徒の親気分の、どうにもわからないところは、わからなくて当然なので、そのまま。(笑)ただ、わからない、という弱さを私が見せると、叩きたがる人がいなくはないので、そこを強化されていたんだなぁとだけ、思います。ありとあらゆるやり方で、そこだけが守られ、そこだけが強化された日々の甘さは、嫉妬されて当然だな、ああいうやつらに!みたいなもんです。今となればそんな感じ。(笑)繰り広げられる景色のあまりの美しさに、わからなくて良いところもあるんだなぁと、ふと思う瞬間だけ、この先の長さを思ってみたりもするのですが。膝はさほど折れなくなりました。そこでは。(笑)自分と生徒の境目がはっきり見えつつ、気持ちはまったく同じに重なることを、サンタが祈った…なんか、そんな気分で過ごしています。気持ちはまったく同じに重なるのに、血がつながっていないから、もっと大きく見えるところがあって、そこが永遠の追いかけっこのようになるというのかなぁ。サンタレベルの視野を贈られる、というそのやり方に、感謝しつつ、「だから、なんでっ?」と、膨れている毎日が、とても自分の居心地良い自分に、永遠の追いかけっこのように、ゆっくりと近づいていきます。ピアノを知るために辿った道が、始まりの道しるべで、それは暴風雨のような景色でもあったけれど、その嵐にオトナの自分が目をそむけて、子どもだけを嵐の中に放り出すよりは、晴れた道を教えたい。「あんな暴風雨、CGみたいなもんだ、気にするな。」と、多分、サンタは言いたいんだろうと思うし、実際、大して気にはならなくなったけど、体だけがね、その冷たさと嵐の向こうで嬉しそうな「自称オトナ」の目を覚えているんでしょう。残念ながら、その「自称オトナ」には、自分の目の色が、喜びに輝いてるなんてことは、見えないんです。…だけど、嬉しいからそういう風にするんでしょ?だから、「怒りすぎちゃうのが止まらない」んでしょ?と思うようになりました。歳取ったな。私。(笑)子どもがホントの恐怖で泣き喚いているのか、オトナになっていく苦悩で、唇をかみ締めるように涙をこらえているのか、オトナが見えなくてどうするのさもー、ですよ。涙の質が違うだろ!と怒りそうになります。(笑)「泣け泣けもっと泣け!」で、「いい躾してます」気分の人なんか見たら、ケツ蹴り上げそうな自分が怖くなりますが。そこは、大丈夫。サンタがついています。(笑)子どもが本当の成長に不安がっていたら、大丈夫、ここにいるって、きちんと抱きしめたくなる以外の方法なんか、思いつきませんて。自分の不満を、子どもにぶつけるとか、ないわー、ほんと。…と、過去の走馬灯を回すときも、「あのバカ。まだ同じことしてたら許さない。」みたいな気分になることも増えました。虐待拷問と躾は違うって、あのとき、言える勇気があったなら。そう思いながら、胸を締め付けられるような気持ちで振り返る子どもたちは、いますから。その胸の痛みを忘れたくて生きているうちに、一緒に忘れてしまった何かが、サンタとともにやってくる。ぽっかり空いた私の胸を埋めるような、極上の笑顔で。延々と。そんな毎日です。それが、多分、ちょっとやそっとじゃ埋まりそうにないことも知り尽くしたように、延々と。どうしても忘れられない小さな男の子と女の子がいて、でも、さすがに、忘れかけたりもするのですが。その子たちの名前にすら、すでに甘い罠があったことを今は、少し懐かしく思い出します。本当に、何一つしてあげられなくて、彼らがどれほど悲しい思いをしているかがわかっていて、一緒に抱き合って震えていることしかできなかったけれど。でも、何もできなかったどころか、おまえ、結構ちゃんと友情を果たしてたんだよ~。された仕打ちとは反対くらいのすごくいいことちゃんとしてたから大丈夫だよ~。だって、俺ついてたし。…な、サンタがずっといてくれて何よりだなぁと思います。でも、途切れて忘れる。でも、忘れなくなっているときに、あの忘れられない子どもたちですら、もう、サンタと一緒に守っていた子どもたちなんだなぁとゆっくり思い出します。彼らの哀しみが、あまり続いていないことを祈るより他無く、なす術も無く、あの小さな男の子と女の子から遠のかざるを得なかった自分のふがいなさを忘れるよりは、覚えていられるほうがいい。でも、躾と称した虐待や拷問と言うやつは、奥が深くて、あまりに壮絶に、壮大にとんちんかんなこともあって、彼らの泣き声はあまりに切なくて、私はまだ、それをいつでも思い出していられるほどは、強くないらしい、ということを覚えているのがやっとだったりします。
2014年06月20日
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火曜日に、かわいいフランス人形を「あ~、もうめんどくさいから、あたしの娘だ娘!美人を産めてよかったわ!」くらいの勢いで抱きまわしていたら、水曜日にも、娘がいました。(笑)リスさんみたいなかわい子ちゃんで、おりこうすぎて、そこだけ心配な子でしたが、なんと!!私相手に、反抗してくれたんですよ。(爆笑)「指使いを変えてね。」に、抵抗してくるの!(笑)前回までは、技能的に無理だったので、見逃していた指使い。でも、このままいくと、後々、変な癖がついちゃうからもうダメで~す!もう、ここまで来れば直せま~す!と、なったところで、子ども特有の意固地な態度を見せてくれましたよ!!(笑)…もちろん、今の私は、怒る気にもなりません!!←威張るな。(笑)この、おりこうすぎて危うい子が、意固地出してる!のほうがおもしろすぎて。やんわりと、「上手になった分、お姉さんになったんだから、直すの。」の一点張りで、「過去の自分」と「今の自分」を対決させるという方式を取ってみました♪♪♪先生が偉いから、従わせるんじゃなくて!!こんな方法、サンタの介入抜きでは、絶対に到達できなかったんだなぁと思うと、パパサンタに恥じないように、私も、やんわりとながら、頑張ります。(笑)自分と自分の対決は、人生のテーマですからね。(爆笑)うちのリスさん娘も頑張りました。(笑)意固地から、粘り負け、という側面もあったことでしょうが、「正しい指使いのほうがレベルが上で、それができるようになっている自分。」を何度も体験させているうちに、自分に対しての、粘り勝ちをしていました。できるようになったときに、彼女の目にうっすらと涙。悔しかったのね、と、笑顔で尋ねると、頷く素直さ。私とリスさん娘の関係って、なかなかいいじゃな~い??←もちろん自慢です。(笑)優しく彼女のおなかに手を添えて、一番不安を溜め込んだであろう箇所に、愛情代わりにぬくもりを注ぎながら、「悔しくていいのよ。でも、ずっとそのままでいてもダメなの。上手になるっていうことは、こういうこと。」ということを、彼女に伝わるように話しました。いつも、彼女の無意識の一点が気になっていました。私にもあって、いまだなお、サンタにキープされている頑固な「始まりの気持ち」。わたしの「始まりの気持ち」の凍りは、まだ溶けていないけれど、だからこそ、彼女を凍りつかせたくないから、ほんとの気持ちとほんとの気持ちで、暖かくそこを通り抜けていきます。子ども特有の素直な感情を、凍らせて、心の中に詰め込んで、単に権力で従わせて、そこに、子どもの成長は蓄積しないでしょう?と、どうしても思ってしまう私を、なぜ、ここまでサンタがフォローしてくれたのか、少しずつわかり始めました。ここが、見えるようにしておいて、そこが凍る冷たさも教えておいて、溶けていくと言うことはどういうことかも教えておいて、私の氷だけ残しておくのが謎ですけど。(笑)娘に優しく触れながら、そこを通り抜けていくには、もってこいだな確かに。コンニャロメー、サンタめー。(笑)こっちがここ、全部溶けても、あたし、同じ仕事をできる気がするんだけど、ダメ?(笑)多分、凍っていることを知っていなくちゃダメなんでしょうけど、ちょっと大変なんだけどなぁ。仕方ないか。サンタの順番が一番いいはずだから。うっすらとした涙と、悔しそうにとがる小さな唇と、素直な言葉のハーモニーは、それはそれで最高の音楽でしたけれどね。(笑)たくさんは泣きませんよ。(笑)…おねえちゃんになっていく誇りと意地がありますからね。(笑)この大切な時期のフォローをママにお願いしました。伝わっているか、伝わっていないかは、ママ次第です。…ここが、もうひとつの大切な場所。ママ次第。ここでも、しっかり見つめなくちゃいけないから、私の氷は、いつも溶けきらないのかもしれません。素晴らしい相槌が、そこで本意であっても、繋がるか繋がらないか、そここそが一番大事。それを覚えている神経だけ繋がったまま、他を忘れてしまう頭になった私を、なぜ、サンタがこんなに大切にしてくれるのか、そのときにわかって、私の意固地も少し出ました。(笑)コンニャロメ~!!ですよ。(爆笑)大切にされているという自覚がなくならないようにしてよねサンタ!いくら忘れんぼでも、そこがなくなるわけにはいかないんだから!と、ひとしきり脳内でボヤいて、スッキリしました。(笑)自分のまなざしの細やかさと、世の中の流れの雑さのギャップで、今、あたしが怒ったら、マジやばいからね!と、ついでに脅しておきました。サンタをね。(笑)まぁ、このボヤきすら、前もってわかっているのがサンタですから、いいのいいの。ここは、かわいくボヤいとけ。(笑)その後、お月様のお使いをはずして、自分ひとりで来ることにした別の娘が、すごくお姉さんになっていたことを発見!もちろん、本人は気付いていないので、ここは、褒めるところです。私とサンタの場合。←?お友達を連れてきたこと、連れてこなくなったこと、そしてうまくなったことを一緒に振り返って、「わかった?」と聴くと、なんとなくわかる、と頷きながら、本音で語り始めました。ちょっと、めんどくさいの勝る子なのですが、そこもちゃんと自覚してました。…おねえちゃんになった!!もう、バランスの悪いところがない!!後は、努力する楽しさをゆっくり教えていけばいいだけ。…彼女の名前が、私にとって、どれほど美しいか。そこが、いつでも、サンタが私に仕掛ける甘い罠で、もちろん、サンタの罠には、全部はまる。そうでない人生よりも、その人生のほうがいいだろ!!と、延々と言われ続けた日々を、そっと振り返りました。サンタと生きてきた日々は、正直、難しいわ、厳しいわ、窮屈だわ、めんどくさいわ、な、ところもありましたが、サンタのワザが、とにかく美しかった。私の器の分だけ、私には厳しい日々だったかもしれないけれど、サンタはいつでも最高に美しいものを見せてくれました。そこから零れ落ちていったものは、自分では美しいと自負している割に、あんまりにも汚いものだった。…その汚いものを美しいと言い張るプライドが、どこまで高く、いざとなると、どこまで汚らしいか。下手に出ている間は、永遠に威張りちらし、逃げ場のないところで、こっちが必死の応戦をすると、叩き潰そうとするときの残酷さときたら、凄まじいものです。でももう、全く揺らがないところから、一気に上手に出ると、ひらりと手のひらを返して媚びてくる。その境目の、手のひら返しの速さとプライドの無さに、湧き上がってしまう怒りが暴発しないように、サンタに甘やかしまくってもらっているところです。永遠に威張る人は、サンタより威張るワケで、そんな人のこと、サンタだって多分、嫌いだと思うから、そこで、威張りきれない私が甘やかされるらしい。そんな気がしてきました。(笑)威張るほうが簡単だから、文句を言っても許されるらしい。そんな気もしてきました。(笑)サンタとツーカーの人生って、こういうときにとても便利だなぁと思います。(笑)私の怒りを哀しみを。そして、奪われたものを。…俺が全部わかってて、俺が全部埋めてやるから、大丈夫。繰り返された「大丈夫」の深さが、ここまで深いという予測は、実際、どう転んでもできなかったけれど。ここまで「大丈夫」だったところを振り返ることでしか、私は、その「大丈夫」を知れないけれど。根こそぎ奪われたものが、返ってくる形を見ていると、もうそこには、愛以外のものは見つからないわけです。でかいでかい。だから、怖い怖い。そんな愛が、毎日続くだけという、世にも幸せな御伽噺を、今、生きています。「そんなに怖がらないで。」という課題は、それはそれで、別の意味で難しいらしく、もしかしたら、これが一番の難問かもしれない、と、思うときだけ、ちょっと混乱していますが、その混乱が、よほどおもしろいようなので、サンタは今、とても楽しそうです。どうせ、今日も、罠だらけの一日です。そして、いちいちその罠にはまって、また振り回されるんでしょう。(笑)それ、ずっと続けるから、と、先にサンタが約束してくれているので、一応それにしたがって行こうと思いますが。「それが二人の約束でした。」みたいな流れになってきているのですが、さすがに覚えていないのか、認めたくないのか、その辺りは、私のほうの謎です。…だって、サンタとの約束なんて、遠すぎて、覚えていられないのが普通じゃないの?と思うし。約束してたかしてないかよりも、罠にはまったときにどうするかで1日があっと言う間なんですよね。(笑)
2014年06月18日
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月曜に、些細な話を親御さんとしていて、こんなにも親しく接してくれる生徒を、我が子のように思ったとしても、それは所詮、机上の空論なのかなぁと思う瞬間がありました。集団の中で、自分の子を見た時の気持ちっていうやつが、さすがにわからないわけです。(苦笑)軽く、グッと来てしまった部分でしたが、次の日、火曜日に、それはものの見事に、「それ、こんな感じですよ~ん♪」と、サンタが叶えてくれました。(笑)毎度おなじみのフランス人形が、たまたま、スケジュールの都合で、別の親御さんと来る同じ年頃の生徒と、リハーサルをすることになったわけです。いつもの通り、ピッタリと張り付いてくるフランス人形との関係が、「う…あっちの親御さんから見たら、ちょっとこっち、ベタベタしすぎかしら?」という気持ちで始まって、リハーサルと言う自分で何年もやってきた「お辞儀をして、演奏をお友達に披露する。」という形式の間中、こともあろうに、私が、モジモジしてしまうわけですよ!!(笑)案の定、知らない大人の方、知らない生徒がいれば、言動が、表情が変わってしまうデリケートなフランス人形!その頬が紅潮する意味を、その眼差しも、その言葉も、いちいちの変化が、いつもと全然違っていて、それがまたわかりやすくて。自信の無さ、不安、そういうものがこれほどあからさまになる小さな女の子を、私は、抱きしめながら、彼女の気持ちを代弁するように、励まし、力づけ、大目に見てやってください、という言葉を繋ぎ続けました。エア我が子ではございますが、ここまで必死になると、エアとすら思えないほど。(笑)その、気恥ずかしいような、新鮮な時間を、「今日は、これかぁ・・・」と、サンタの配慮を思いながら、堪能しました。普段、無いだけに、それがいかに豊かなものなのかわかる、というところが、私にいつも届けられる恩寵なのですが。リハーサルが終わって、いつもどおりのレッスンを抱っこでしながら、少しずつ、手を離してみたり、言うとおりにそばに座ってみたりしながら、娘の手を離していく、ということが、これほどデリケートなものなのか、と思いつつも、それは、私にとって、全く難しい嫌な作業ではなかったことを知りました。手を離して頑張って見せてくれれば嬉しい。手を伸ばして抱きついてくればそれも嬉しい。私が彼女に対して、親心を見せれば見せるほど、景色が輝いてくることを思うと、今まで、ちょっととんちんかんだったのが、この図々しさの不足のせいか、と、改めて吹き出しそうになりました。肝心なところが、相変わらず、とぼけっぱなしです。(笑)その分、毎日が、一日中が新鮮ですが。←ポジティブ。(笑)いつもよりも、フランス人形を見つめる眼差しに力があり、そんな私に、彼女がまるでクソババアちゃんのようなことを言い出しました。「またその服?違うのも着てきて。」…また始まった。(笑)今度は、前よりうまくやるわよ、と、ちょっと思ったりしながら。毎日、「いい加減に、腹据えてかかれって言ってんだろうが!」とサンタにいわれているように思えた、腹据えて、がこっちか!とは思いましたが、とても楽しい時間になりました。今日もオス化の激しい、男の子のヒヨコ軍団にも翻弄されましたが、ゆとりがありました。先週は、確かにヒヨコに怯えてたけどね。(笑)男の子のヒヨコたちは、偉そうなことを言いまくるのですが、こっちが怯えずに、スーッと近づいていくと、急にだんまりニヤリで私の手の中で、ご満悦。(笑)その鼻の下の伸びきった顔と、態度のギャップが予測できなかったことが、先週の敗因でした。(笑)ただ、なぜかどうしても履きたくなった、ミニフレアーのスカートが、私の意志とは逆の方向に大活躍。(苦笑)…このスカートを履くと、急に大風が吹いて、マリリンモンロー以上にスカートがめくれあがったり、いろいろと事件が多発します。本日は、まるで、居酒屋の暖簾でもくぐるように、ヒヨコがね、我が物顔で入ってきてしまうわけですよ。入ってこられないようにしていると、私に見えないところで、やっぱり太ももをなでるんですよ。まだ小さすぎて、見えないところで触ればバレないと思っているヒヨコがいるわけです。…私が慌てて逃げ出すと、バレた!と悟ったヒヨコは、照れ隠しに騒ぎ出しました。…これも、多分、なんらかの教育の一環なんだ、そうなんだ、と思いながら、先週、「パパサンタ!!エッチな男の子にどうやって対応したらいいか助けて!」と騒いだのが、「まぁ、大目に見ながら、徐々に嫌がってることを教えていけばいいんじゃね?」というかのように、これまたのんびりと事態がまわっていきました。(笑)痴漢にしては、かわいいからまぁいいか。やっていることは、立派なもんですが!(笑)…歳だ、歳だと思っていたけど、まだ、一応、オンナとしての賞味期限内であるらしいというのは、わかった。その話を別の中学生と笑いながらしていたら、その子が気の利いたことを言いました。「先生、まるでその子の愛人みたい!」2歳児の愛人って、見返りが少ない気がするのは、気のせいでしょうか。(笑)愛人ってヤツは、ほら、あの、お手当て的なものがつくんじゃなかったっけ?この人の愛人をやっても、飴玉を奪われるだけなんですけど。(笑)…いろいろおもしろい体験が、まだまだ人生には残っているんだよ、と、サンタが言っていたような気がしたことがあるけれど、まさかこんな、甘いやつだけが残っているとは知りませんでした。それも、おもしろいことを、さらにおもしろくつなげてもらうだけになった頃、サンタが必死で、ここまで私を連れてきてくれた意味も、繋がり始めます。まだ、ほころびがあって、うまく繋がって理解できなくて、忘れてしまうことも多いけれど、前よりもさらに、「忘れないように。」という印がはっきりとつけてあるものを辿るだけで笑っていられるようになりました。これほど強くて大きな翼に守られていたのか、と、薄々感じていたはずなのに、予想を遥かに上回る強さだったことにだけ、少し怯えますが。怯える時間が短くなるように、とまで、配慮されたシナリオに、もう、疑いを挟むよりは、全てを預けるだけでいいんだなぁと思います。本物と、偽物を見極める力は、きっともうついてきている。偽者に翻弄された時間は、ただ単に、のちにホンモノを知るための準備体操程度のものだったのだと、ようやく思い始めています。ホンモノに守られる時間というご褒美が残ってるとは、なんとまぁ幸せなもんだ!というところにいますが。その時間は、まだ始まったばかりなんですけどねぇ、というところが、大問題です。(笑)出だしで、これじゃ、今後が別の意味で大変です。(笑)
2014年06月17日
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去年の黒いニットワンピースのインナーとして、地の厚いTシャツワンピースを買ってあわせてみたものの、せっかくのキレイなボートネックのラインが生きないので、日曜日に思い立って、Tシャツワンピースをリメイクしてしまいました。GUで590円ですからね。失敗しても気にしなーい!の勢いで、袖ぐりの下でざっくりとワンピースを切ってしまって、ミシンをかけて、ゴムを通して、ベアトップワンピースと呼ぶには雑ですが、長~い腹巻のような、インナーワンピースにしてしまいました。そもそも買うときに、インナーだからSサイズでいいだろう、と思いつつも、「え、こんな巨体の人がS?」とレジで思われるのがイヤで、Mにしたはずが…。お店のハンガーの表示のほうでも間違えてあり、私のうっかり癖で、その表示だけを信じ切ってしまい、結果的に、やっぱり、Sサイズを買っていた!という、サンタのいたずらがありました。←なんでもあいつのせい。(笑)まぁ、買うときに、ちっちゃい女の子のゴッチン☆事件やら、いろいろあったなぁと思い返しながら、ざ~っと縫ってしまったら、そこはやっぱりとってもいい感じに落ち着きました。縫ったり、ゴムを通したりするときにも、小さな事件は多発しましたが、「どうせ、仕上がれば、ドンピシャなんでしょ。」と、必ず良い結果に導いてくれるサンタにごちゃごちゃ言いながら作り上げてみると、もちろん、完璧ですよ。(笑)最小限の努力で、最上級の結果。(笑)これが、コンビネーションです。(笑)サンタの仕込みのほうが延々と苦労している、というボヤきも感じられますが、諦めてくれたまえ、サンタのほうが。(笑)でもって、あまりにもうまく行ったので、ほかの色も買って、同じようにしたら、黒地のニットワンピースから透けるインナーのいろんな色も楽しめるねぇ、と、これもまた今までに無い発想にたどり着きました。このごろ、とにかく、カラフルに向かわせるのが上手なサンタは、多分、虹とかそういうものの関係者だな、と、ニヤニヤしておくことにします。日曜は、外食も控えて、珍しく料理したい気分も朝昼晩と出たので、それにしたがって、酔拳も挟みつつ、のんびり料理を楽しみました。お昼の冷やし中華なんて、錦糸玉子用の玉子焼きがとっても薄くできたのに、包丁が切れなくて悔しいくらいでした。そのうち、いい包丁を、なんて言い出すかもしれない。(笑)教室を、まるでおうちのようにのんびりと回そうよ、明日のことなんて忘れて、今日を楽しんでいこうよ、と、なってしまってから、もうどのくらいの月日が過ぎたか忘れました。ただ、ベースが安定すると、ここまで自分が穏やかになると知ると、教室をおうちのように回すために、音楽がある、と思われた場所で、「果たしてあれが音楽だったのだろうか?」というものにもみくちゃにされたことを軽く反芻してしまいます。もし、あれが本当の音楽ならば、あんなに景色が歪むことも無かったのかもしれない、とは、今でもやはり思います。音楽の学び方と言うのは、さまざまですが、教える側が、自己満足のために、現実をゆがめながら教えたら、生徒は苦労するしかないはずです。でも、音楽と言うものは、奥が深くて、学ぶ側にもある程度の常識と礼儀がないと、指導者側も苦労する。その隙間もがっつり覗かされた私としては、どっちもどっちな現実によって、結果が歪むことを知り尽くしました。その経験が無くては、こんなに呑気に生徒にピアノを教えることができないこともわかります。生徒と言うものは、無邪気に、指導者の至らなさを批判すると言うレベルの低いところで楽しみを見つけて、学ぶ努力を放棄しようとすることもあるからです。その境目でやはり、「怒って終了」にするだけでは、実りのないことを知ったからこそ、今の呑気なスタイルまでたどり着けたわけで、それを反芻すると、「正しく音楽を教える。」なんてことは、そう簡単にできないことも、やっぱりわかります。音楽の難しいところは、表現して、人前に立つときに、虚栄心のようなものも必要になることだったりもします。…そこだけが目的の人もいる。それもまた難しい事実です。…今、「子どもにピアノを楽しく教える。」ということこそ、意外に、本当に多岐にわたる経験がないと難しい、とわかるようになりました。こちらにも相当の自信と覚悟がないと、やはり簡単にはいきません。それを経験するために、最短コースをサンタに手をひかれて走りぬけた後、もっともそれが生きるのが、のんびりと家族のように過ごすレッスン時間。いずれ、私がどこかで何かを弾きたくなるかは謎ですが、演奏することが、あんなに歪んでいた日々を思い返すと、その理由が、どこにあったかすら考えたくなくなってしまうこともあります。…まぁ、いばりん坊のお守りは、もうやめとけよ、と、サンタが甘く囁くのに、従っておこうと思っています。
2014年06月15日
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13日の金曜日に、ズドドドーンとなった分だけ、また何か吹っ切れたようで、気持ちの軽い土曜日でした。今まで、とてもイヤだったことは、こちらが大切に思って、良かれということをした相手から、こちらの気持ちに反した、「くたばっちまえ!」的な言動をとられることでしたが。それをしているほうも、自覚がなさそうなんだけど、されているほうは、実際にいろいろ嫌な気分になる言動に触れると、器の小さなアタシとしては、何が足りないの?どうしたらいいの?と、やけに焦って動きがちでしたが。…それがよくないんですよ!と、懇々とサンタに諭され、すっかりステキな怠け者になってしまいました。(笑)行動の優先順位は、「食べる」が一位で、次が「休む」で、その後で、何かする、という行動パターンが身に付いた今は、日々が緩やかに流れていくようになりました。食べたら、即、眠くなるので、そしたら、ちゃんと眠ります。(笑)それが可能なときは。(笑)大体、「くたばっちまえ」的な言動をする人って、自分の怠け心が先に刺激されて、そこを守るためにそういう言動をするだけであって、そんな言動にすら責任を持つタイプでもなさそうだし。そんな無責任さに振り回されて、くたばりそうになるなんて、論外だとようやく思うようになりました。きちんと食べて、きちんと休んで、柔らかな笑顔で日々を過ごして、その先に何かが繋がればいいや、という気持ちになった土曜日でした。もう、何も期待していないようでいて、心のどこかは、柔らかくなっているのか、生徒たちに寄り添う時間に、とてつもなく緩やかで穏やかな態度が取れるのは、きっとこの十分な休息のおかげだろうなぁと思いました。暴れん坊の双子が、憎まれ口を叩きながら、くっついてくるときも、ちゃんとくっついて、かわいいなぁ、ということをきちんと示しながら、「はい、もう一回!」みたいな感じで。生徒たちは、ほっぺたにお弁当をくっつけている愛くるしいお年頃。カレーかな?という色味のお弁当をちょこんとつつきながら、むしろ、そういうお弁当がついているほうがかわいくていいじゃない!という感じで、楽しく過ごしました。「朝ごはんに蒸しパンを食べてきたんだ。」と言う、口のまわりがベタベタな双子のかたわれを、抱きしめながら、「蒸しパンみたいな顔しちゃって。」と笑いながら、ベートーベンを弾かせるようになるなんて。(笑)こいつらが、カエルもひっくり返るような恐ろしいカエルのうたを弾いていたのは、まだまだつい最近のことなのに。土曜日の男子ヒヨコチームは、オス化控えめに登場してくれたので、助かりました。(笑)まぁ、双子の生意気なほうの片割れには、「おまえ」と呼ばれましたが。(笑)長年連れ添った旦那か彼氏に「おまえ」と呼ばれて喜ぶくらいの小芝居を挟めってことか?ということで、そこらへんは、ママと一緒にゲラゲラ笑いながら、「おまえって言った!おまえって!!」って、騒いで過ごしましたよ。こんな呑気な私が憎たらしくて、「くたばっちまえ!」的な言動をとる人に遠慮しているよりも、「くたばってやるもんか。」くらいに、のうのうと過ごしたほうが、「くたばっちまえ」と思うような人には、いい復讐になるってもんですよね。(笑)そういうことすら、サンタが教えてくれるというのが愉快でした。(笑)偉い人って、単なる「いい人ぶりっ子」じゃなくて、因果応報とか自業自得みたいなものに対して、もう、ゾッとするほど残酷と言うか、キッパリと言うか、容赦ないというか。(笑)そこが怖いから、私は、全面降伏なのですけどね。…その割には、文句ばっかり言うけど、私に限っては、そこ、文句を言うのもオッケーが出るの。(笑)文句も言わないでいい子ぶりっ子すると、ぶん殴られるけど。それすらも、ぶん殴ったフリで、後で、ぶん殴っていなかったことがわかるという見事なオチの真っ最中にいます。(笑)大体、自分に良かれと言うことをしているヤツをとっつかまえて、「くたばっちまえ」と思う何かを性根に抱えているなんて、そっちに問題があるでしょうってことなんですよ。私が幸せそうだから、くたばっちまえ、って思うやつなんて、こっちから大切にする義理はないわけで。このごろたどり着く結論は、こんな当たり前のことばかりで、サンタがよりによって、こんなところばっかり隠して、私をここまで連れてきた意味は、相変わらずわかりませんが。サンタはとにかく、私に幸せでいて欲しいようだし、その幸せの形が、こんな呑気な家族ゲームのような時間であってくれ、と、ここまで連れてきてくれたのなら、それに応えるのが筋かな、と思うわけです。子どもたちの呑気さと、社会の厳しさのギャップ。子どもたちにしっかりして欲しくて、慌てる親心。そのどちらもが、はっきりと読めるようになった今、私にできるのは、この隙間を「怒っておしまい」にしないように、どっちにもいい結果につながるように言葉を選ぶことくらいですが。親も子も、それぞれに良かれと協調して動ければ、きっとみんなが幸せな気持ちになるよね、と、サンタと私の意見はいつでも一緒。それが気に食わないと言う人は、多分、その人の考えに問題があるわけで、そんなもん、構ってやる必要もないよねぇ、と思いました。たどり着いた今が、あまりに呆気ないほど「え?そんな簡単なところを見落としちゃってたの私?」であるだけに、少々、ポカンが過ぎて、夢と希望をつなぐ元気は、相変わらず虚無っぽいけれど。「そこ、繋ぐの、俺です俺。」と、サンタが言っていると思って、任せておこうと思っています。自分の盲点は、自分では見えないからこそ。私の盲点を繋ぐために、サンタが来た。(笑)そこは、サンタの好みで繋いでもらうと、それが私の道になるわけですよ。なんといっても、いつでも、どう転んでも、サンタと私の価値観にブレがあることはなかったわけですから。何が好きで、何がしたくて、何を求めているかも良くわからなくなった今ですが、抱きついてくる小さな子どもを笑顔で抱きとめるのは、普通過ぎること。微笑んでくる子どもに笑顔を返すのも普通すぎること。それさえやっときゃ、なんとかなるわ、と、呑気なところで腹をくくっています。セリフも言動も、未来もきっと、こんな風に、「生きろ」と甘く囁く大きな存在に委ねて、地道にできることだけやっときゃいいの。大きな存在よりも威張ろうとした人たちの気配がなくなった今だからこそ、そんな簡単なことが日常になりました。なぜ、サンタともあろう大物が、ここまで甘く、生きろと囁くのかは、やっぱりピンとは来ないのですが。相当、考えが一致しているからだ、ということで、そこは、その甘さに酔いしれるほうが、どうしたって毎日がうまくいきます。そこに逆らうと、すごいトンカチが降ってくるなんて、贅沢なお話です。気付けば、走馬灯の全てが、サンタとの愉快な思い出になっていて、相変わらず、濃さを増すだけのその存在に、「今、こうだと、今後どうなるの?!贅沢すぎるじゃん!ビビるから、私、引っ込む!」という無駄な抵抗をする元気もなくなりました。あれほどたくさんのご褒美を降らせてくれているのに、はじから忘れる呑気な私に、「俺がいることだけ忘れなきゃそれでいい。」と、本日も、恐ろしいほど何かが到来していました。今はもう、どんな記憶を掘り起こしても、そこに繋がる新しい何かは、いいものしかないという恐ろしいほどの贅沢に、早く慣れてしまいたいものです。どう振り返っても、生徒たちが嬉しそうに音楽に浸っているし、自分を好きになっているし。今は、誰より私が笑っているけれど。こんなキレイな景色がなかなか実現しなかった後ろには、明らかにそれを妨害する念のようなものがあったなぁと、今ならわかります。その念の発信源が、思ったよりも自分の信じすぎていたものであって、それだけがショックではあったけれど、そのまた向こうに広がるほど大きなサンタの翼に守られているのなら、そこら辺の処理も、サンタを信じているだけで、なんとかなっていくんだろう、と、ようやく思えるようになりました。お天道様を信じておけば、大丈夫。お天道様に恥じるところがなければ、いくら不器用でも、大丈夫。…それにしても、お天道様って、意外に身近にウロウロしてるもんだわ、というのが、何よりのビックリでした。(笑)
2014年06月14日
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13日の金曜日らしく、いくつもの記憶の走馬灯が、一気にまわって、それぞれの接点を繋ぐような心の嵐の割に、やっていることは、当たり前すぎて、「なぜ、ここに気付かずにここまできたの私???」と、なんだかガックリするような、「はじまりの盲点」に自分自身で触れるような変な日でした。…ここが無くて、その後があれだけ長くて負荷が強いと、そりゃそうなるよねぇ、と、もう、他人事すら通り越したような遠い遠いところで自分を見つめているような感覚には、喜怒哀楽のようなものすら寄り添わないんだな、と、変なことを知りました。強い強い自分への嫌悪感と、過ぎたはずなのに、今のことのように感じてしまう鈍い痛みが、どこに繋がるかすら、興味が無い様でいて、分析だけは、シャラシャラと進むような変な時間が過ぎていきました。こうなると、親御さんたちのシンプルな子どもへの「もー、いい加減にして。」な、気持ちも良くわかるし、子どもたちの、「そりゃ、ワガママって思われて当然だけど。」という感情も良くわかるし、だからといって、「怒れば解決。」でもない、私特有のやり方も挟まると言う、まぁ、形の上では文句なしな時間が過ぎていきました。鈍い鈍い痛みは、気絶すら呼び起こさないくらいに鈍いけれど、耐えているのもいやなようなタイプのもので、どうしていいものやらわからず、長いこの数年を乗り切ったのと同じやり方で、過ごしました。空き時間に、ワンピースのインナーの裾上げをザッとしてみたり、無理やり、食べ物を口に突っ込んでみたり、音楽を聴いてみたりしながら。かすかな幸いと呼べたのは、単なるインナーの裾上げの縫製が、以前なら思いつかなかったような、いろんなアレンジを辿ったことくらい。時間は無い、となっても、黙々と自分のパターンでしかやらないものを、いろんなやり方を試して工夫していることに、頑なな自分の変化も感じました。ただ、おもしろがっていないので、そこですら変な痛みを発動しているところが嫌なくらいでした。イヤなんだけど、ギャーでもキーでもなくて、ドスンとイヤ、というくらいでよかったのかなぁ。これこそが、人格の根底に、手を入れてくれたサンタトレーニングの真髄かぁ、と、うっすら思いましたが、何しろ、そこには、感情らしきものもなく、殺伐としたその状態が、サンタがいつも微笑むキラキラした景色に、どう繋がるのかだけが謎でした。見失わないといいなぁと思いました。まぁ、任せておこう。(笑)いつもなら、こんなタイプの自分の痛みはギャー!で、その分、あっさりと、サンタが見せる美しい景色にも没頭できるのに、その二つの世界がまっ平らに繋がっているようで、変な気分でした。なんか、多分、ちょっとだけまだ、無理をしているのかもしれませんが、これもいつか、振り返ると、「やるな、あいつ!」になるのもいつものことなので、初めて感じるような心の重い場所を、やり過ごすようにして、ただ、時を稼ぎました。あんまりにもそこの気分が重かったようで、いつもなら前向きに探す、「サンタ、どこにいる?」な気分になって、繋ぐ糸の綱渡りをする元気すら無かったのが残念でしたが、ウロウロしているその気配も、感じていました。明日はどっちにつながるんだろう、というぼんやりとした意識に、今はまだ、無責任な希望を載せるような元気はないけれど、とうとうここまで来ちゃった感はありました。…ここから先は、多分、今までより、楽なはず。なんとなく、そんな気持ちだけは、うっすらありました。帰り道の月が、大きな満月。どんなに不器用な人生だとしても、ちゃんと誰かが見てる。どこを見られたとしても、あるがまま、出来る限りのことをしていることも揺らがないし、まあいいか、と、思いながら、静かな夜道を帰ることにしました。
2014年06月14日
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今日も、どえらくかわいい女の子たちがたくさん来て、その子たちにとって、ママがいかに憧れの女性として完璧であって欲しいものか、というかわいい横顔を垣間見ることができました。その一途な思いが、どんな言葉になるか、たくさん経験していた私でも、やっぱり、改めてその願いの深さに驚嘆してしまいました。まぁ、憎まれ口を叩くのがうまいのも、女の子のかわいくないところ、と言える部分もありますが。(笑)…でも、私のように、ほんの少しママより遠くて、友達より近いヤツには、そこらへんの微妙なオンナゴコロを見せてくれるんですよねぇ。そういうのを見ると、改めて、「ママ神話」を、このかわいい女の子たちのために、ちょっと守りたくなるような変な正義感が出そうで困りました。(笑)やけに奇妙な距離感で、私の膝に座る小さな女の子もいましたが、そのこのお尻がかわいく濡れてて、「・・・やっちまったか!(爆笑)」な、一幕もあって、ママが困り果てる場面もあったんですが。(笑)かわいいお尻のかわいい水たまりなんて、梅雨の季節にちょうど良くていいじゃない。←強引。(笑)20年近くこんな仕事をしていれば、トイレが間に合わず、トイレの蓋の上でジャー!とか、濡れたパンツのお土産を持ったオマケちゃんとのかわいいお話とか、いろいろありますから、小さな水たまりつきのお尻が、ワンピースにちょっとしたオマケの香りを残したところで、かわいいだけです。どうせ小さな膀胱ですからね。まぁ、今日もどうせ、なんかあるだろうと思いながら支度してたから、「これかよ!!」で、本日のサンタ劇場が、あいもかわらず、愛くるしいハプニングの連続であったことに笑いながら過ごしました。お尻のかわいい水たまりで、哀しいキモチになんか絶対にさせないように、さらに抱っこしたら、ちょっと勢いあまって、かわいい頭を防音室の天井にぶつけちゃったけど。(笑)平気そうだったし、そのあと、かわいくトイレにも行って、トイレのドア越しに二人でこっそりニッコリしたりなんかして。水たまりと、あたまゴッチン☆は、その後、ちゃんとオチがつきましたが。(笑)…本日も、もちろん、「忘れちゃいけないこと」は、ちゃんと思い出すように、朝からシナリオが全開だったわけで、あたしの怪しい記憶力は、サンタが操っている通りに、その順番で全てを思い出すようになっていた、というところで、「お前に異常なし。」を、言いたくて言いたくてウズウズしているサンタのキモチも、一応それなりに飲み込んでおくことにしました。(笑)少々、泣き損だな、と、憎まれ口を叩く程度にしておいて、後半はニヤニヤして過ごしました。(笑)いつもより早めの帰り道。なんか、奇妙な購買意欲が出てしまいまして。家のものすごくご近所にできてくれたイオンタウンに寄っちゃって、去年、すさまじく似合ったけれど、すさまじいドラマの引き金にもなってしまった黒のニットワンピースのインナーでも買いなおすか、と思い立ちました。去年のインナーが、下着っぽく見えすぎて、ニットワンピースから下着が透けているというファンタジーにされちゃって、どえらい被害をこうむったのですが。そのワンピースが、まだ着たいわけですよ。でも、もう一度被害を受ける気もさらさらないし、下着を見せているかのようなファンタジーを演出する気もないし。…で、それらしく使えそうなTシャツワンピースを買ってレジに並んだら、これまたかわいい女の子が、レジで頭をゴッチン☆思わず私の手が私の頭をおさえるそのときに、水たまりのゴッチンが、そのときには、何の感情も呼び覚まさなかったのに、私のどこかに学習されていることを知るわけです。少し泣き声を上げたかわいい女の子をニッコリ見つめて、その子が静かに黙る様子を見守って。サンタが年中無休で、「子どもたちをただ、無条件に愛して生きていこう。」と、誘うそのやり方が、時々こうやって、教室の外にもついてきちゃうように思える自分の脳天気さをおもしろく感じ始めています。相変わらず、男の子たちの筋金入りのオス化が激しくて、実はちょっとついていけないワタクシ。(笑)少年のオス化ならいいんだけど、幼児のオス化には、ちっともキュン☆としないの。(笑)少年はいいんですよ。なんか、グッと来ますよ。(笑)いい男になってね!!ってつくづく思うんですけどね。赤ちゃんモードも似合う子がオスぶられても、「は?」みたいになっちゃいます。普通に。(笑)むしろ、「どうするの?どうなるの?」で、「知らんわ。」になってしまう。(笑)そんな私にどう接すると一番遊んでもらえるか、悩むチビ男子たちが、赤ちゃんぶったり、オスぶったりするのをスルーして、ちゃんと弾いたときだけ反応する感じになっちゃうんですけど、これも仕方ないでしょ。(笑)いい仕事してるってもんだわさ。(笑)男の子を頼もしく育てるタイミングの計り方は、サンタに任せておこう。そうしよう。と、改めて思う午後。帰り道に、去年の悪夢のワンピースを、キレイに着るためにどうしようかなぁと思ったのも、結構、いい流れだよねぇ、とサンタ相手に、こっそり心の中でつぶやきました。何度も繰り返されるサンタ劇場が、結局、いつも同じシナリオに、なんともいえない濃さを増している昨今。…サンタにロックオンされたと諦めきって、人生を預けとくことにしてるんだから、何の問題もないでしょ、という気持ちになっています。…ただ、「形に問題はないが、ちょっとつまらないんじゃないか。」という、サンタの誘惑が幻聴のように、聞こえなくも無いわけで。「昼寝メインで、つまらないっちゃつまらないから、お洒落するのよ。だから何か?」という程度の実に生意気な態度でいると、サンタの機嫌はさほどナナメにならないようなので、一応、そんな感じで、日々をやり過ごしていくことにします。さほどピアノを弾きたい気もないし、さほど遊びに出かけたいわけでもない。…今はとにかく、お洒落して昼寝するのが一番気に入ってるんですよ。あいもかわらず、ユーチューブでラブソングをエンドレスで流してさ、という日常が一番落ち着きます。ラブソングを聴いている途中に、ちょっと「あ、弾きたい。」と思ったら短く練習して、また休む。暇なときは、そんな風に存分に暇を堪能しろ、というシナリオで助かりました。(笑)サンタを忘れると、サンタが怒る。ただ、それだけだって、早く言えよ、とは、やっぱりまだ少し、思いますけどね。(笑)サンタを忘れさせたのは、私でもなく、サンタでもなく、なんか、サンタや私すら泣かせるほど傲慢な、何か、変なもの。そういうことだと思うわけです。だから、「それだけだって早く言えよ」は、ちょっと筋違いなのかもしれないけど、まぁ、ちょっとくらいいちゃもんつけないと、忘れちゃうの。そういうこともあるのさ、オンナゴコロには、というところでしょうか。
2014年06月12日
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一時期、お友達のオマケとして二人娘がついてきていて、一気に「3人娘をサンタにもらっちまったよ!」で、オタオタしていた時期がありましたが、もともとの生徒が、意識改革を行ったようで。(笑)…お友達を連れずに、一人でレッスンに来るようになりました。本来、この形が大事!と思った私は、その決断をした甘えん坊の生徒と、さらにじっくり向き合って、今までにない進歩が見られるようになりました。お月様のお使いがはさまってくれたおかげで、生徒をお姉ちゃんにしやすくなったんですよ!その決断をした彼女を、本当に偉いとも思ったし、さらにかわいく思えたし。まさに、私にとっても彼女にとっても、ウィンウィンの出来事になりました。本当に短い間の、濃いドラマでした。教室の仕事は、うまく行けば行くほど、より鋭い痛みが遠い思い出繋がって、私が奇妙な心理に陥る部分だけが問題という状況です。見えなかったから、がむしゃらに取り組めたものの謎が、ひとついい仕事をするたびに解けて、ああ、あれがあの人のずるさか、って言う風に、全く関係なさそうな遠い思い出の中の悪いやつが、「悪い思い出だったな」って言う風にキレイに帰結してしまうんです。私としては楽になるんだけど、ああ、なんてひどいことを見落としていたんだ私、という感情は、ホッとするとは少し違って、遠く寂しい悟りのような虚無感が訪れるわけです。そんな心理に浸っていたらば、なんと、これまたとてつもなくステキな贈り物がサンタから届きました。お月様のお使いが、今度は、お友達のオマケじゃなくて、生徒としてちゃんと教室に来ることになったと言いに来てくれたんですよ!「もう、会えないのかと思っていたよ。」と、私の口からこぼれる言葉は、自分の声のようであって、自分の声のようでもなく、「そんな風に思っていたの、私?」という響きがありました。長い日々に、とても忘れっぽくなった私は、遠い思い出を辿るときの寂しさはわかるけれど、何かを目の前で失うことに寂しさを覚えていられなくなっています。まぁ、ある意味、超ラッキーな状況なんですが!(笑)なーんも感じないの。美しいお月様のお使いが来なくなっても、「あ、そうなんだ」なんですよ。でも、戻ってくると言いに来た顔を見れば、また明日に繋がっていく絶対にキレイなドラマがあるのくらいはわかるし、途切れ途切れでも、やっぱりそれが日常になっていけば、徐々に覚えていくわけです。何もかも超越したような澄み切った優しい目で、彼女は、私の名刺を持って、いつものように万感を込めたような「ありがとうございました。」を言ってくれました。手帳に記した彼女のフルネーム。苗字も知らなかったから、フルネームを見ると不思議な気持ちになります。ただ、うっすらとデジャヴのようにその名前が懐かしい。特に記憶にある苗字でもないけれど。忘れてしまった気がしているけれど、わたしのどこかは、お月様のお使いが飛び込んできた数週間前の出来事を、懐かしく覚えているようです。もちろん、事態として、状況としての記憶はあるけれど、感情が伴わなくなっているのだけど。うっすらと懐かしい、その感情の遠さが、今の私の全てなんだけれど。あまりに薄く、あまりに遠いその懐かしさの不思議さが、サンタとの日々の幸せ感への道しるべにはなるのかもしれません。あまりに酷い人たちがいて、あまりに恐ろしいまやかしがあって、何度も何度もいろいろ吹っ飛んでしまったけれど。懐かしい、の、向こうに、きっと、いとおしい、がある気がする。その薄さをゆっくり濃くしていこうよ、と、ただ、サンタは、このごろ、それだけを言っていたんだっけな、と、改めて思い出したら、いい意味で、しんみりしました。先が長くて怖いの反対で、ここまでのサンタの気の長さが、いとおしい、みたいな、しんみりです。サンタが参入してからの毎日こそ、サンタが私に教えたかった幸せってやつ!って100万回くらい言われた気がするし、自分でも自分に言い聞かせたけれど、どうもわかんなかったけど。ああ、これか、このためかと思うくらいの記憶の糸を残して、サンタは、全てを消していく。消していいものは消え、消しちゃいけないものは消えない。(笑)…その消しちゃいけないものを綱渡りさせるために、毎日見せられ続けるドラマにおいて、サンタの役柄がいかにいたずら小僧に見えたとしても。そこまで演じきれるその大いなる何かの成熟っぷりに、逆に気付かされる毎日です。サンタがすげえ爺さんでよかった!と思う私も、白髪だシミだ、腹が出た!な毎日を、サンタに飽きないでもらうように華やかに過ごそうと思うようになってきました。この状況と、この歳で「華やか」とか言い出す辺りが、宿命なのさ、私のさ、ということで。
2014年06月12日
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先週は、男の子のヒヨコさんたちがみんな風邪やらなんやらで来なかったので、かわいい女の子のヒヨコさんたちと遊ぶとても呑気な火曜日でした。今週は、すご~く勇敢になった男の子のヒヨコさんたちがいっぱい来て…。…崩れ落ちるかと思いました。(笑)男の子と女の子って、こんなに違うもんなんだなぁ、どっちもかわいいなぁ、という日ではありましたが、男の子たちが、勇敢すぎて、ちっちゃいのに、ちょっとおっかなかったよもー。(笑)みんな、ちっちゃいのに、筋金入りのオス化というのかな…。(爆笑)いいおばちゃんになっているはずなのに、ちょっと焦ったり、ちょっと凹んだりして過ごしました。(笑)その分、女の子たちのフンワリした空気も堪能できましたけど。難しいものですよ!!パパサンタ!!たーすーけーてーーー!(笑)←大丈夫!アイツがついてる!(笑)女の子たちは、女の子のいいところである、大人びた空気で、発表会までの仕上がり具合を睨んで、「これなら弾ける」「ここまでにしておいて、そこまでを頑張る」みたいな先読みもしていました。嬉しいことです。幼児の心理に非常に弱かったけれど、サンタトレーニングのおかげで、幼児がいかにオトナになりたがっているか、それをどこまで鍛えていいのか、本人の意思をどこまで尊重すればいいか、そういうところで、安心できるようになってきました。子どもたちが楽しそうに音楽と戯れて、心を震わせるようにして成長への不安を見せるときに、ちゃんと上を見させてあげて!というサンタからの通達が、とても心地よいもので、それに従っているだけで、子どもたちが、ちゃんとしていく様ほどおもしろいものはありません。今思えば、一般的な概念の中で、子どもの成長を妨げるものに対して、私がうまく対応できないときは、「俺を忘れるな!!」と、すごい勢いで言っていただけなんだな、とすら思えます。オトナが子どもの成長を妨げるときの怖さにすくんだ私のお尻も一緒に叩くようにしていたようにも思ったけれど。そっちは、どうもあまり叩いていなかったようで、サンタが怒っていたのは、やっぱり、子どもの成長を妨げるオトナの間違いに対してだったんじゃないかな?と思うようにもなりました。そういうものでがんじがらめになっていた私の古傷だけ、叩き割ったかもしれないけどさ。厚いかさぶたを剥いで、「ほら!お前の思ったとおりにやればいいんだ!」と、キレイな皮膚でも見せてくれたと思っておこうと、今は、そこだけを頑張ることにしています。…これでも、かなり譲ってるつもりなんですけど。また、怒られるのかな。それはイヤだな。(笑)結局、私が昔思っていたことと、今思っていることは同じ。ただ、リアリティが増すために必要なものが、一気にぶち込まれたってワケですよ。アワワワワと目を白黒させている間に、見失わなかったものこそ大切で、それが結局、サンタと同じ価値観だけだったことを思うと、相変わらずのわからずやの私に、サンタは単に言い続けます。「だから、こっちで大丈夫なのっ!!」…とだけ。うーーーーー。それが大丈夫とは、なかなか不安なのは、きっと気のせいじゃないけど、気のせいかなぁ、と思ってボンヤリするときだけ、軽いトンカチがトントントン!こっちだよ!!と鳴る程度の毎日になってきました。どう振り返ってみても、笑顔のまま、音楽大好きのまま、真面目さと愉快さとかわいさに満ちて成長している生徒の顔が道しるべであり、それが全く歪んでいない景色の美しさは、相変わらず、感動の嵐でもあります。子どもには、子どもが分かる言葉で、子どもにわかるように説明して、寄り添って一緒に歩けばいい。本当に、ただ、それだけのことの難しさは言い尽くせない部分もありますが。それができることで繋がる道の美しさといったら、おとぎ話のようなもんです。まだまだその道はこれから先が長いから、黙ってついてくりゃいいっていってんだろもー、と言うときの、うんざりしたようなサンタの様子に笑いがまじりはじめた頃です。その笑い方に、先の長さと言うか、私のわからずやのわからなさっぷりのアホさが見つかると、落ち込むのも良くないので、そこは現実逃避の昼寝しかありませんが、その昼寝すらおちおちしていられないような、「だから、大丈夫だってば!」の言われ方に、「うるさいわねぇ・・・」と、返せるくらいの余裕が出てきた頃でもあります。子どもの喧嘩のような無邪気なやり取りのようでいて、子どもたちの未来を見据えるサンタの真剣さは、直視してしまうと、私の膝が崩れ落ちるレベルなのかもしれないけれど、確かに一緒にゴタゴタしている感じを思うと、サンタに守られていて文句を言うのもナンセンスだと思います。ただ、ここまでサンタに守られるほどのことをやってたっけな?というところが、大いなる謎でしかありません。…ついでに、からかうときの容赦の無さが相変わらずいやです。(笑)しばらくすると、「ああっ!これか!」と腑に落ちるんだけどねぇ…。確かに、そうからかうのが一番だろうけど、他にも方法はありそうなものですが、そのあたり、サンタがおもしろがるためのシナリオと諦めるしかないのがやっぱりいやです。(笑)酷い手荒れの男子の手は、もう、嘘のようにきれいになってしまいました。ピアノより、その子の手が大事、と、思った私を裏付けてくれるように、彼のピアノの技能は向上していました。クリームを丁寧に塗ったゆとりの時間。その分、荒れた手で、無理をして弾かせるより、よほど上達していたとも言えそうです。ゆとり教育なんてものもありましたが、ゆとり、なんていう難しいものは、行き当たりバッタリでは見つけられないものだったろうなぁ、と思います。私が彼の手にクリームを塗る、レッスン時間より優先する、と決意したときの必死さは、表面ではわからなかったかもしれないけれど、その辺り、余裕でサンタに伝わっているのも、ある意味の安心材料ではありますが。でも、たかが、クリームを塗らせるのに、サンタも必死すぎるっていうのかな。私が迷いすぎなのかな。(笑)まぁ、どちらにせよ、何より大切なのは、子どもの未来。そしてそれにはまず、子どもの健康だよね?ということを、それを潰す人々の中で戦うようにして繋いだ日々。ずっと一緒にいてくれたサンタが泣いているように見えたことが今も私をちょっと泣かせます。子どもの喧嘩のようなサンタとのやり取りの中に、どれほどの笑いが満ちていても。生きる難しさに、同じところで涙を流すその何かと歩いていけることは、幸せだけれど、それはちょっとだけどこかしんみりしちゃうものでもあります。私がしんみりすると、サンタもしんみりするんじゃないかという変な心配もあります。(笑)仲いいなー。(笑)でもまぁ、ドヤ顔しながら、平気で子どもの未来を潰す人になるより良かったかな、と思って、のんびり同じ道を歩き続けて行こうと思うばかりです。「見失うな!こっちだ!」という道には、子どもの笑顔と言う花が咲いているから大丈夫。わかっちゃいるけど、あたしまだ、いろいろ複雑。(笑)こんなにバカにされた気分経由ってのが、すごく膨れる理由にあるのですが、その辺り、ちゃんときれいにしといてよね、と文句を言っても、お咎めは一切ありません。(笑)最近はそんなわけで、見えないサンタ相手に、心の中でガミガミ言うのがブームです。
2014年06月11日
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「発表会のお知らせ、そろそろ作ったほうがいいんじゃね?」…と、ご親切なサンタに思い出させてもらったので、危ない危ない、忘れてたわ、と、ノロノロと取り掛かりました。ついでに思い出す作業を一気に片付けたので、後はプログラムを印刷すれば終わり、というところまで済んじゃいました。義両親が1泊旅行で留守だったため、お稲荷さんを作ったり、1階の掃除をしたり、洗濯、ゴミだし、などの、普段なら分業の家事も一気にした上で、発表会準備もここまで済むなんて!わ~いわ~い。後は暇だね、ですよ。←もっと焦ったら?(笑)…もちろん、後は、当日に向けて、生徒の演奏を整えるという、ほんとは一番大切な作業があるけど。それ、もうずっとやってるし、いまさらどうのこうのじゃないから、いいの。(笑)アタシが焦れば、生徒に悪影響。(笑)生徒にとってのいい経験になればいいだけなの。そこが一番大事。ドレスだって、春のを使いまわしときゃいいし、今回は、気楽だなぁ。←本当ですか?(笑)出演者数は、ゾッとするほど多いけど、一人も大勢も、ある意味、似たようなもん。点呼だけ、気をつけときゃいいでしょ。(笑)…ということで、私のリラックスアイテム、ミニバラの観察だけをして過ごした月曜日でした。私のめったやたらな伐採にもめげず、なんか出てきているし、徐々にアブラムシに対して遠慮をなくした私は、殺戮を繰り返しているし。一旦、花を終えて、私に当たられまくっていた紫のなんとかいう花も、咲き始めてる!!レッスンの合間、イライラが募ると、どうしても、ミニバラが見たくなる変なサイクルで、「なんか、出てきてるー。」「なんか、出てきてるー。」とつぼみやら、花芽やらを見て過ごしました。最近、ようやくわかった小さなようで大きなこと。レッスンのときの親御さんの相槌を頼りすぎないこと、っていうのが、すごく私の気持ちを楽にしてくれました。皆さん、お忙しすぎて、熱心な相槌打ってても、3分後には忘れてるさ!…という、とてつもなく簡単なこと。そんなわけで、生徒と「こうやって本番に臨んだら、緊張しないね。」とかを、本気で相談。どんなに相手が小さくとも、そこ、オトナの会話で行きますよ。(笑)生徒は、結局のところ、一人でステージに立つんです。だからこそ、本当のことを教えて、本当に役立つ対処法を一緒に考える。足りないところを補ってもらうために、ママにこういう風にお願いしてね、というスタイルでレッスンを進めるのがベストになってきました。頼れる子どもに育てるには、頼れるものと、頼れないものの見極めこそが肝心。…それこそが、私がサンタに教わった一番尊い教えだなぁと思うわけです。
2014年06月10日
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近くの小学校が運動会で、ほとんどの生徒がお休みと言う静かな土曜日でした。ほんの時折、訪れた数人の生徒は、これまた丁寧に私の心を繋ぐための、優しい糸のように美しい言葉と、真剣なしぐさと、深い落ち着いたまなざしと、愛くるしい笑顔だけで存在していました。ほんのちょっとだけ、お手本として弾いた私のピアノを吸い込まれるように聴く顔。上達を続けるピアノ。スムーズに行きかう心のこもった言葉。今はもう、生徒たちの忘れ物すら、「サンタの計らい」で片付けられるようになった私は、その場その場で対応するときに、一人でレッスンしているわけじゃなく、見えないようでいて、存在感ピカイチのサンタと一緒に、まさに「育てるってどういうことかな。」を、一緒に試行錯誤しているイメージでいられることがほとんどになりました。もちろん、それを忘れがちな瞬間と言うものはやっぱりあるけれど、それも四方八方から包まれているように、ちゃんとサポートされていることに気付けるようになっていて。誰かを育てるときに、育てている私が安心していることが何より大切、と、延々と繰り返されたサンタレッスンの長さに身を預けるようにして過ごしました。あまりにいろんな間違いに締め付けられていた日々が長かった分、サンタレッスンそのものが、あまりに斬新で、そこにビックリ、キョトンを繰り返した私は、まだ、その記憶に揺さぶられることもあるけれど、まぁ、アイツのことだ。理由があって、タイミングを見計らって、揺さぶってんだ、と、思うくらいにはなりました。土曜日も風が強く、それなのに、どうしても着たくなった洋服が、かわいい女の子とお揃いだったとき、相変わらず、ちょっと、グッと来ちゃったりしたけれど。そこで、グッとなる私であることのほうが、サンタは「オッケー♪」なのは、もう、わかっているつもりだし。その「グッと」を守ってくれてたんだよねぇ、あんな斬新な方法でさぁ、と思うときだけ、白目を剥きますが、そこは、私としても、徐々にしか直せないんですよねぇ。すみませんねぇ。(笑)でも、そういうものに、グッとなっている時間も格段に減ったし。でも、残る。そしてそれは、多分、一生残っていてもいいほうの大切な感覚だと、ただ、それだけをサンタが守っているんだと、頭では理解しているつもりです。むしろ、このごろ、グッとを増やしすぎ。(笑)私がそこで、グッとしたら、サンタやら生徒やらを心配させるんじゃないかと、心配しすぎて心を凍らせたのは間違いだったようですが、そこばかりは、凍るような生易しいもんじゃなかった、というのが何よりの幸いなんですが。…矛盾としては、一級品でございました。(笑)こんな矛盾、見たことも聞いたこともないんですけど。(笑)その「グッと」が、幼稚だとか言って、醜く踏みにじられた日々があまりに壮絶で、その頃の自分が保たなくてはならなかった緊張感とのギャップで、ちょっとその辺りの意識が、私の手を離れるようにして消えることは今でもあります。今なら、その「グッと」を幼稚だと踏み潰す、その脚の持ち主の心根の汚さとか、良くわかりますけどね。命の尊さを、その脚の持ち主が知らなくてどうするんだよっ!ですよ。まぁ、いろいろとそうやって、一番大切なものから踏み潰していた脚だった。多分、ピンヒールのかかと程度も、その持ち主には、大切な土台は残っていないと思います。未来を潰すピンピールの痛みは、きっと、自分に還ると思うよ。でも、万能SPサンタが、ちゃんとそんな私を拾い上げ、そこで、「オレ、ここに居るよ。」と、改めて知らせてくれるように感じられて、気付けば空白の時間も、ほとんど無くなっています。まぁ、ピンヒールのかかと程度の空白でしょう。(笑)危ないときほど、きちんと強く守られることを思うと、怖がることって、実はもう何もないんだなぁと思いながら、その手厚いフォローに「だから、なんでそこまでするの?」と、戸惑うくらいで日々が流れていく初夏です。夜道のシャボン玉や、花束に包まれて。(笑)夕刻に訪れた生徒たちや、親御さんが、見事に濃く日焼けしていたのがなんともまた不思議な光景でした。なんでも、雲間から射す日が、ちょうど、紫外線だけを抽出して通したかのようにジリジリと校庭に降り注いだそうで。メラニンが。メラニンの塊が…。まるで、天然の日焼けサロンにいたかのようなメラニンの塊が…。…夏の予感と、思い出を運んできます。大規模に。(笑)私が失った季節を。2014年は、幕開けから地味にドラマティックな毎日で、大雪だなんだかんだで、すごい勢いで、春が戻ってきましたからね。(白目)きっと、そんなこんなで、夏も取り戻すんでしょう。残念ながら、今、春の景色を思い出そうとすると、実はあまり覚えていないのですが!!…ステキな男祭りと、大雪くらいかな。←それ、どっちも春じゃない。(笑)あ、あと、入学式と入園式の風景を遠く。…桜を見損ねているので、春は、来年のお楽しみなのかな。…。…生徒たちが、とても「春」だったんだけど。…。それでいいか。(笑)コートを脱いで、私の装いが、ものすごくカラフルになったから、それも「春」でいいか。(笑)先週、まだ能力があるのに、そこに自信を持つことに慣れていない生徒を、少し強めにしごいたのが気にかかっていました。かわいそうなことをしたのだろうか、と、どこかで思いながら、「ここは、自信を持たせるためにやっているのだから、体育会系でいいはず。」と迷っても居ました。その結果が、やはり明らかな技能の向上と、少し力の抜けた生徒の表情と、零れ落ちるようになった本音という美しい形になっていました。運動オンチの私の知らなかったことが、レッスンに応用される必要が生じる頃、サンタのスポーツマンシップが増してきましたが。「オレ、スポーツマンのサンタですが何か。」…になってきたときの、私の戸惑い。運動会の土曜日。教室にも確かに、うっすらと運動会がいましたよ。音楽とスポーツは楽しく子どものそばにある必要がある。これほど尊い学びを子どもに、大人にもたらすものは、無いんだってば。大人の目の届くところで、子どもたちは、音楽やスポーツでたっぷり遊べばステキな大人になれるんだってば。遊びのようでいて、尊い学びの詰まったもんなんだから。しっかりとした体を作り、しっかりとした考えを身につけ、仲間と楽しく、優しく、強くなることが、大人が子どもに望むことであってほしい。サンタの祈りが、私たちに届き、私たちが、その祈りをサンタに返す。それを見失わないために、私は、どえらく昔から仕込まれていたようです。まさか、あのときのあれが、これに・・・と、遠い記憶の中に、すでにサンタが居たことを思い出すときに、ちょっと気絶まがいの昼寝をしますが、まぁ、それも徐々に落ち着いていくことでしょう。(笑)思い出す順番もきっと、私の選ぶものじゃなく、選ばされているものだ、とだけ、ただそこだけ、ニコニコできれば万事オッケー♪なんだけど。なかなかそこが、ニコニコにならなくて、お得意の「えー、何それ何それ」で、白目。(笑)…多分、からかわれている、といじめられている、を、間違えちゃったんだね、私。(笑)いじめているほうの人を信じて、からかっている風を装いながら、私を必死で守っていたサンタのほうを疑った。…でも、言い訳すると、いじめているほうの人はみんな、「我を敬え。敬わないやつは不幸になって死ね。」の勢いなんですよ。今ならわかるんだけどなぁ。それがいかん!って。「我を敬え」さんたちの身近さに、騙されちゃった。(笑)その人たちが作った、嘘で塗り固めたステージがどうもゆがんでるなぁとは思ってたんだけどさ。それって、その人たちが化けの皮を脱いで、醜く走って逃げ出すときまで、わからないんです。そこまで行くと、さすがにわかるんだけど。(苦笑)まぁ、仕方ないですよ。(笑)蓄積した間違いが悪いのであって、そこは、サンタも困ったことでしょう、で、軽くサンタ方面を睨んで膨れて笑えばなんとかなる程度になっています。大体、笑わせ方が、いたずら小僧過ぎるんだよ。順番がね、ちょっと。文句を言いつつも、そのいたずらを追いかけてこれたのは、斬新なロマンスの種を運んできた生徒たちが、一度も私を裏切らないでくれたからです。大体、かなりドラマティックで、おもしろかった、というのもあるし。のんびり構えた、やけに大人びた子どもたちのまなざしと、なぜか、必死の形相のサンタの思い出ばかり。(笑)どうして、あんなに一生懸命だったの?というサンタへの問いは、ただ単に、「わかってるくせにとぼけやがって」くらいの返事になり、本当にわからずにとぼけている部分に、それこそゆっくりと、暖かい贈り物だけが集中攻撃ですが。それが、グッとくる。もう、グッと来すぎて、ちっともだいじょばってないくらいに、多すぎる。ただそれだけのことです。
2014年06月07日
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気まぐれに買ってみた小さなバラは、アブラムシの兄貴たちがゾロゾロしていたり、植え替えて剪定したら、坊主っぽくなったりと、トラブルが続いています。…愛らしく、サーモンピンクのつぼみと、白い花と、黄色がかっていく散り際なんて顔を見せてくれていたのに!…おまけに3枚だけ、まるで、クローバーのようにハート型の葉っぱまで出てきたのに!!いまや、アブラムシが歩いた後と思われる謎のベタベタ葉っぱと、剪定初心者による無残な刈り込みで、花もほとんどなく、禿山です。…せっかく、どこかのバラ園の土とかいういい感じの土に植え替えてやったってのに!特に、アブラムシが、「われわれの生態を観察したまえ!」と言わんばかりに、殺虫剤を吹き付けても吹き付けても、しつこく増えてきます。黒くなったアブラムシの周りに、小さなミドリのちびっ子アブラムシとか、ついつい観察してしまいますが、もはや、それは、バラの観察そのものが忘れられていますが。そもそも、今は、ほとんど咲いていない!!剪定して、花芽とか出てきたら、また咲くのかな!と、剪定のその後が気になって、ついつい観てしまう。ああ、こうやって、引き込まれていくのが、イヤだったのに!!(笑)でも、いつもプランターと一緒に外に飾る切花の方が満開です。すごーーーーーくお洒落なママが育てるすごーーーーーーくかわいいバラをいつも分けてもらえるのっ!これを自慢げに、教室の玄関脇に飾るのが、この季節の楽しみです。即席バラ園です。道を通る人に、見せびらかすんですよ!!動機が不純ですけど、いいじゃないですか!!かわいいんだから。まぁ、それ、普通に「キレイなバラをいただいたので、道行く皆さんにも楽しんでいただくために玄関脇に飾る」って書けばいいんだけどさ。…一人で観ててももったいないし、と思うし。でも、「見せびらかしちゃおう」で動くと、あたしらしいの。なんでだか知らないけど。(笑)そのくらい、ちょっと、皮肉屋なお年頃に差し掛かっていることを、いつも自覚していたいというか。なんというか、なんです。風の強い昨日は、愛らしいバラの切花が散って散って、花びらがまた美しく舞っていたりして、それも風情がありました。咲いても散っても美しいのが、自然の花だなぁと改めて思ったりしました。それでも、居住スペースのほうまで飛んでいっちゃったほうの花びらは、拾いに行ってみたりして、教室がこっちに移ってからの日々を、そんなときに思い返してみたりして。とにかく、最近、記憶の走馬灯の回り方の、「思い出さんかい!!」色の強さに、少々弱気ではあるんです。普通、忘れるのが一番いいかな、と思うものが、一番濃く蘇ってくると言うのは、シンプルながら、大事件。「思い出していい思い出だっていうのに!」と、強く言われるようにして思い出すというのは、大事件が重大事件になるような騒ぎで、花びらを拾う手も止まりがちになるとか、やっぱりいろいろある。…そして何より、これからが長そうで、それが不安。(苦笑)今は、信じると言うことに慣れる時期。サンタには申し訳ないけれど、疑いながらしか信じられない時期。(笑)何しろ、当のサンタに「お前が信じてきたものは、フェイク!」って、何度もちゃぶ台をひっくり返されたような気分になってなってなってなってなってなって…ようやく今だから。(笑)ひっくり返したちゃぶ台に、なぜか残ったものは、いつだって、サンタの爪あとだけだった。それ以外の、友情めいたもの、信頼めいたもの、「我を敬え」という言葉の数々は、本当に絵に描いたように、鮮やかに醜い逃げ足で去っていきました。ある日、突然、私の世界にいちゃもんつけて、批判だけして、「これ以上、変えられない!」と私がすくむと、「お前が悪い!」ですからね。…それを言うあんたの人生、どんなだったっけ?と、思う日々がこれだけ続くと、自信の回復はもう望めないんじゃないかと、私もさすがに思うばかりでした。…でも、ここにきて、結局のところ、最後の最後、絶対に私を一人にさせなかったサンタが、あのときと同じ様子で、あのときよりもおもしろそうに、何か仕組んでいるようで、それだけがつながっていくのを見るのが、今の私の楽しみになっています。どんなときでも、同じギャグと、同じ意地悪を言うけれど、その言い方の変化に、ただ一人、本当に私を心配してくれていたことがわかるわけです。サンタからの今の提案は、ひどくシンプルで、ただ、一緒に生きていこう、それだけです。そこに「無条件に子どもたちを愛して」という一言をとっつけてくるために、また、手の込んだ仕掛けがあって、嵐の中で私が忘れなかった記号が、とんでもない形で飛び込んできました。忘れえぬ景色の中で、星を見たけれど。久しぶりにまた、とんでもないところで、星のシールを見つけて。…あのとき、あの星を見せたサンタが、やけにニヤニヤしていたのがここに繋がったんだ、と思うと、うっとりするには長すぎて。(笑)…あのときと同じ、ちょっと皮肉屋の眼差しをしたサンタが、やっぱり同じように、「オレ、ここにいる。」を繰り返してくれています。一番嫌な記憶の底にあったのが、「投げつけられたストッキング」というアイテムだったんですけどね。(笑)そのラベルに、星があった。投げつけられたもんなんて、そうそう忘れられない。投げつけた相手なんて、そうそう簡単に忘れない。でも、投げつけた本人はもう私の近くにおらず、私には、星の記憶が繋いでくれる言葉だけが届くわけです。「ただ、無条件に、子どもたちを愛し、ただ、一緒に生きていこう。」季節外れのサンタは、どうしてもどうしてもどうしても、私に子どもを育てさせたかった、愛させたかった、ただ、それだけだった。そのためだけに仕組まれたかのような日々が、どんなに哀しくても、いつか、オレが全部ひっくり返してやる。…それを知っていたから、サンタはあの日にニヤニヤと笑っていたんだと思うことにしています。私を、たくさんの女性が、「娘」と呼びました。その人たちが、私の「母」であったとは、今は思えなくなりました。子どもを産まなかった私にとって、理想の母というのは、どうしても、自分のことより、子どもの未来を優先する、そんな神話のような存在であってほしいからかもしれません。それがどんなに難しいことであったとしても、私を「娘」と呼ぶのなら、あなたたちにも「母」であってほしかった、と、私は思ってしまいます。今も私は「母になる」ということがどういうことかはわからないけれど、それはとても難しくて尊くて、大変なんだと、私の側からは思っていたいと願うばかりです。バラの花びらが舞う風の中に立つと、いつか、また、もう少し年老いた私が、今の自分を振り返るのかなぁと思います。その日が一日でも長くなることが、私とサンタの願いだと、それを信じていくだけの毎日です。
2014年06月07日
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いい意味で、過去が遠くに吹っ飛んでしまって、もう、何をしてるんだか、何をさせられてるんだかわからなくても、そのあたりでケラケラ笑っていればスムーズに過ぎていくようになりました。でも、これからも長く続くんだから、のんびりしててよ!と書かれたシナリオのような毎日は、確かにどこかいいほうに向かっている模様。どこだか知らないけど、あたしたちの幸せってところにちゃんと連れて行ってよね、と、これまた強気でのんびりと思いながら、教室に着くと…。ものの見事に教室用の駐車スペースの3箇所のうち、2箇所が勝手に使われておりました。(笑)…向かいの公民館の、若いママさんたち向けのサークルか何かで駐車場がいっぱいなのもわかる。今日のミッションは、これですかい、と、サンタにつぶやきながら、とりあえず、硬めの表情で、でも、「停めてくれてもいいけど、そこ、うちのスペースだから声くらいかけてね」…と、小さな坊主を連れたママに言いました。そして、大人の生徒さんに電話して、ご近所なのを幸いに、歩いてきてもらいましたよもー。優先順位が間違ってるかもしれないけれど、水戸黄門の御印籠と同じで、フラフラしてるちっちぇーーーーー坊主なんてもんには、逆らえない私。多分、永遠に無理。(笑)大人の生徒さんは、男の子と女の子を立派な大人に育て上げている方なので、その辺りの私の葛藤を良く理解してくださって、「先生、その判断でいいですよ」とおっしゃってくれましたが。せめてものお詫びに、その生徒さんを家まで車で送ると、庭のバラをいただけて。こうやって、日常からはみ出した光景が繋がっていくのが人の営みなら、やっぱり、こっちでよかったよかった、ととりあえず言葉にしてみました。(苦笑)勝手に車を停めるなんて!親が何やってんのよ!と、あたしの半分くらいの歳のママに目くじら立てても、そんなの一瞬の気晴らしにしかならないだろうと思ったりもしました。反省が、そこから生まれれば、誰も苦労しない。それより、あの小さな男の子たちが、良いママになろうとするたくさんの人たちの中で、楽しく過ごせればいいじゃない、と、そっちを優先してみました何もわかっていなさそうな年頃の小さな男の子たちは、何もかもわかったような顔をして、私を満足そうに賢そうな目で見つめて、「僕たち、サンタチームでちゅ♪」って、合図してましたからね。車のキーを振り回してさぁ。←このごろ、鍵イベントが個人的にすごいので、「サンタ、また、遊んどるわい」で過ごすことはできましたよ。おかげさまで。とんでもない鍵イベントは、数週間続いていて、どう忘れようと思っても、忘れられないように小細工が念入りに施されているかのようです。あらゆる角度からやってくる。刺激的~。←棒読み。(笑)うっすらとしか思い出せないほど遠い日も、無断駐車なんてことは何度もあって。あの頃は、イライラしたのに。(笑)思い出だけが、痛みもなく訪れて、自分の変化だけを示すように、時は優しく過ぎました。「駐車場、勝手に借りてすみません」とか「停めさせていただいてありがとうございました」なんて言葉も思い浮かばないだろう若いママたちが、親として、ありとあらゆるところから「親が何やってんの?」って言われても、それもいきなりは無理でしょう、としか思えない。その気持ちは、どんなにグチャグチャになっていた日々も、今も、全然変わらないのが、私。そういう私に生まれて、そういう私で生きていくだけで。変わったのは、「だから、何してもいいってワケでもないけどね。」と、若いママたちに対して思うようになったくらい。せめて、今度停めるときは、ちょっと考えてよ、くらいかなぁ。実際、何でも許せば、子ども以上に図々しいことができるママもいます。それも確か。図々しいどころか、鬼みたいになっちゃって、でもそんな自分への言い訳は、鬼以上にできるママもいる。だから、どこかで線引きをして、何かを切り捨てる感情は、こちらも持つべきなんだ、くらいのところで、「こんなんでどうよ?」と、空に投げ返した宿題を、サンタが、バラだのシャボン玉だのという、どえらくかわいらしい小道具で添削して返してきました。恐ろしくラブリーな毎日になったもんだなっ!(笑)日もとっぷり暮れた交差点で、シャボン玉が車を包んできたときには、事故るかと思ったわ!(笑)信号待ちでよかった。偶然にしたって、なかなかないですよ。夜道のシャボン玉。ライトに照らされてフンワリですよ。(笑)まだ、ほんの少し、苦味の残る私の気持ちを、ラブリーにロマンティックにご機嫌をとりつづけてくれるサンタがいるからいいようなものの、そうじゃなかったら、私の過ごす毎日は、ある意味、間違いの尻拭いみたいなものばかりでもあります。私のした間違いじゃないのに、私が拭くの。やだもう!と、たまに思う権利くらいあると思う。どうせ、拭き続けるんだから、ボヤかせて、と言うことには、サンタもお咎め一切無し!!(笑)むしろ、心を凍らせて拭いてると怒るくらい。いいご身分です。あたし。(笑)そりゃ、あれだけ人生を遠くまで振り返って、「これ、絶対に違うから、こういう拭き方をする!」ってやっていれば、子どもたちから「オッケー!!」と愛らしく合唱してもらえるような毎日にたどり着いても、自分も納得するわけです。しかし、間違いもでかすぎるよね、とサンタと一致。(笑)拭くときには、とにかく見栄え良く、綺麗に拭くからね、あたし。(笑)日常は、相当雑にこなすけど、間違いの尻拭いは、結構うまいの。←自画自賛もたまにはしよう。(笑)そりゃ、サンタとチーム組んでいますから、うまいに決まってるんですが、サンタと組めるっていうところが、まず、我ながら…お、お、お疲れさん…と、自分に言いたくなるレベルでもあるわけですから。(笑)ここまでしないと、間違いに対して、間違い、とはっきり断言できないことを思うと、ヤケクソになりかけるのは仕方ありません。ただ、それを、サンタが必死でごまかす!綺麗にごまかす!そんな毎日は、オンナとしてはおもしろいわけです。毎日が花束と宝石で埋め尽くされているようなものですからね。宝石が幼子の迷いのない眼差しと言うナマモノであるというところが、これまたすごい。(笑)延々とキラキラしてる上に、おもしろい。かわいくて、あったかくて、やつらの特技は甘え上手、抱かれ上手なところ、というわけです。何億の宝石よりもいいじゃんね。(笑)でも、どうしてここまで?と問うときだけ、ほんの少し寂しいわけですよ。すべての日々が、必然だったと今なら迷いなく言えるし、学べるものは学んできた、ともいえるけれど。間違わないでくれている人がもう少しだけ多かったら、私も格段に楽だった。本人たちが、自分の間違いに気付けないことこそ、もっともよくあるミスだとわかっていてもなお、やっぱりほんの少しだけ寂しさはまだ感じてしまいます。でも、いつか、それも忘れて、あー楽しい、あー幸せ、なになるのも、流れ的によくわかるし、もう、そんなようなもんだったりします。毎日毎日。この日々に、失ったものは、失ってもなんら問題のない、まがいものの宝石だったとしても。その宝石の輝きを信じていたときの私の気持ちが、少しだけ蘇るときに、シャボン玉が飛ぶわけで。ついでに、「オレ、ここにいる。」と、相変わらず、イライラさせる手法で私の気を惹くサンタがやっぱりナマモノ的に、あちこちに出没するときだけ、「しかし、飽きもせず、どこまでもついてくるヤツだな。」と、イライラしながら、そのしつこさに安心しながら、腹立たしいその合図の仕方に、なんかもうちょっとロマンティックなうっとりする合図はないんだろうか、と、軽く不機嫌になりながら、毎日を過ごしています。ただ、このイライラも非常に大切な小道具のようで、イライラしていたら、結構キレイに嫌な気持ちだけ消えていきますから、これも仕方ないんでしょう。変化し続ける合図が、その合図も明らかにナマモノの反応であることを、逆に楽しんでいけそうな時期にさしかかりつつあります。ナマモノだけに、お互いに、ちょっとすれ違う。それもまた、オツなもんです。
2014年06月05日
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火曜日の男の子チームがお熱でお休みで、全員かわいい小さな女の子という、それはそれで華やかな日になりました。小さなお花が、あちこちで、かわいく咲いたような日で、すごく満足できました。(笑)褒めどころ、叱りどころ、それは、いつでも難しい問題ではあるけれど、いつしか、ある程度、答えの見えた問題のように、スムーズに流れ始めていました。本当にうまく褒められるのならば、無駄な叱責は、必要のないことを知りました。ただ、それができないうちに、こちらの葛藤によって、私の感情が捻じ曲がるくらいなら、体当たりも悪くない、というか、正直にそこに存在することは、そんなに悪くない、という大きな感情に包まれるような安心感もありました。とにかく、子どもたちがいずれ幸せになってほしくてジタバタするなら、サンタはニヤニヤして見守ってくれる、というわけですよ。上達したがっている子どもの吸収力の恐ろしさや、その世界のカオスさを垣間見ると、大人サイドが守りに入るのもどこかでわかる。…でも、守りに入っているだけなのか、子どもが自分の未熟さに苦しんでいる景色を見て、それによって、自分の残虐な感情のようなものが満足しているのか、大人が見極められなくなったとき、サンタの牙は恐ろしく大人に向かって剥かれるということも、今となれば、私からサンタへの絶対の信頼の根拠にもなりました。子どもが潰れるのを見ているのが嬉しいなんて、そういう景色をわざわざ作るなんて、大人のやるこっちゃないでしょう、という点では、教室の守り神サンタとの意見の一致があると信じて、私も漂っていくだけです。私の膝の上でしか弾かなかったフランス人形が、時折、私の膝から降りて弾くようになってきたときの嬉しさや、弾き終わってやっぱり駆け寄ってくるときのかわいさ。時計すら満足に読めなかった女の子が、ピアノがうまくなった!難しいほどうまくいく!と私とハイタッチをするときの笑顔に曇りのないこと。子どもと言うものは、怠け者・・・?と思う側面もありながら、向上心は、怠け心を凌駕するということへの敬意が、火曜の私の道しるべでした。きちんと育つ子どもは、自然に、謙虚で、いたわり深くなっていくし、チャレンジ精神も持っているし、休み方もわかっているということを改めて現実に見て、私も心から笑っていました。そこに女同士のいやらしい葛藤だって全然ないじゃない、とも思いました。小さな女の子が綺麗に咲いていくスピードに、自分の老いが照らされたとしても、自分から繋がっている花が咲くのなら。その花を摘み取るよりは、花よ咲け、と言えるオンナでありたいと思いました。そりゃ、ちょっとは悔しいかもしれないけどさ!(笑)…女の子はいつでも大人になりたくて、ウズウズしていて。ステキな女の子が増えるということは、とてもいいことなんだから、綺麗に咲かせりゃいいのよ、と、パパサンタも目を細めていると思いました。どこまで老いても、女でありたいと心が騒ぐ女の煩悩は果てしないものでもありますが。シンプルに、目の前の女の子がキラキラと笑って育つことが、楽しくて仕方のない自分に、びっくりするほど満足できました。自分自身が、歳相応のオンナであることの難しさには、相変わらず混乱もありますが。どうも、その辺りに、ある程度の満足が見出せるようになった今だからこそ、本当に小さなお花たちが、今までにない輝き方で咲き始めたんだなぁと思いました。そのためになぜか、私にとって一番重要なことは、パパサンタとの楽しい関係をもっともっと大事にしていくことだけらしいのですが、心地よい家族に、パパとママの仲のよさ、というものこそが絶対に不可欠であることを思うと。相手がこんな私でお気の毒ですが、パパサンタにも諦めて、教室でニヤニヤしていてもらうしかないなぁと改めて思いました。ラブソングってやつは、一人で歌うもんじゃないの。それだけは、確か。ようやくわかってきたか、おっせぇなぁ!!と、サンタがからかっているかのように、フランス人形のいでたちは、すさまじいまでのハートの金太郎みたいな様子でした。…金太郎と言うか、金太郎飴。(笑)切っても、切っても、ハートが出てくるどでかい飴玉は、ご機嫌で、教室中を走り回り、相変わらずベタベタと甘えてきていましたが。その甘え方が、少しだけお姉さんぽくなってきていることを、やっぱり私も、嬉しく思っていました。その手がいつか、誰か違う人の手を握るとき。私は別にそこにすがりつくような寂しさを感じることもないと思います。過ぎた日々への、爽やかでほろ苦い涙が数滴くらい流れたとしても。きっと嬉しさが勝るはず。そうであるように、すでに私とサンタとの日々は、もうずーーーーっとずっと、私たちの距離感や関係を整えるだけに、ただ、それだけのためにまわっていて、要は、あたしとサンタが楽しきゃそれでいい、みたいな家族ゲームが展開されているのは確かなのです。BGMは、子どもの笑い声と、つたないピアノと、でもやっぱり時々潜んでいる、「そこまで美しい音楽も、追求しなくてはならなかったとは、知らなかったなぁ!!」という、ゾッとするほど美しい音楽の予感。そのどれもがあって初めて、子どもに対してここまで素直で本気になれることを思うと、やっぱり、教育は難しいなぁと改めて思う部分もあります。
2014年06月03日
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車で音楽を聴くときに使っていたプレーヤーが急に止まって、「カード入れてよ」と、英語で表記されましたけれども。…そもそも、あんた、カード入れる口なんかないじゃん。…と、キョトンとしてから、とりあえず、今度は、Tカードに振り回される日々が始まってしまいました。知らないおばちゃんが拾った財布に入っていたTポイントカードだけが印象に残ってしまいまして。そこに唯一、落とし主の名前が記載されていたのもあるかもしれないけれど、カードというキーワードも引っかかって、結局、また、自分で行きたかったわけでもないのに、気付けばTSUTAYAに行く羽目になっていたりして、今度はあたしのTポイントカードの出番です。…有効期限が切れてましたけどねぇ。更新のために、免許を出したら、ネタに出来そうなほど強烈な写真であることを思い出したりして。その写真と同じ顔をしながら、TSUTAYAのレジで立っていたら、「ちょっと!!顔が大変だよ!!」と、サンタに怒られたような気分になったりして、慌てて、顔を戻したりしていましたけどね。崩すのは簡単なのが顔。整えるのが大変なのも顔。おばちゃんになればなるほど、崩しているほうが楽になっているので、サンタミッションはいつでも「整えろ!」になってくるわけですが、そんな難しい問題出すなっ!!(笑)こんな素材に、そのミッションは酷だ!!(笑)この素材の責任者は誰だ!!私だけじゃないぞっ!!(笑)…でも、無視したら、トンカチが降ってくるので、とりあえず、目を開けて、口角は上げます。家からは、ちょっと遠いTSUTAYAに寄れば、その近くの店を回ることにもなり、そうすると、ぼんやりと霧の向こうに追いやっていた日々が蘇ってきます。王子様みたいなステキなお兄さんに、落とした手袋を拾ってもらったこととか。…そんな日もあったねぇ、と思うあの景色は、雪の中だったっけ。手袋拾ってもらったんだから、冬だろうな。王子様が落とした長手袋を拾ってくれたなんてステキな景色。王子様がしゃがんでこっちを見て、長手袋を差し出す!!幸せですよ!!…酒屋の前だったけど。長手袋を落とした遠いあの日の酒屋は、その後、道の反対側に移り、また同じ場所に戻っていました。たった、数年なのに、お金持ちの酒屋さんだこと。思い出を辿るために、酒屋の方が、勝手にあっちこっちに動くかのようです。まぁぁぁぁ、ステキな思い出を取り戻すために、贅沢な気分にさせてくれてありがとう酒屋!!…そんな私は、酒量がこのところ、一気に減って、日曜日以外はお酒を飲まなくなって3週間!!まぁすごい。そのうちまた、飲んだりするかもしれないけれど、酒屋だ、カードだ、TSUTAYAだ、なんて、呑気なハシゴをしていれば、まわっていく毎日が今日もおもしろくなりそうです。本日は、毛虫もとんでもないところから遊びに来ていたから、毛虫も後で大活躍するのかなぁ。…音楽に命を吹き込むために、サンタマエストロは、なんでも味方につけてやってきます。毛虫もカエルもネコまでも、サンタの友達ですからね。その延長線上に、音楽を辿るって、やっぱりなんのこっちゃですが、その音楽のほうが美しく子どもたちの耳にすら届くと言うところを見ると、音楽やるのに、命は粗末に出来ないって話でいいのかなぁと思います。…でも、もちろん、遊びに来たケムたんは、すぐさまやっつけておきました。下手に高尚なことを言い出すと、毛虫も殺せなくなる、ということに気付かずに、無茶なレッスンをするよりは、ケムたんをちゃっちゃと殺せるそんな女で私はありたい、と思っています。
2014年06月02日
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