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地震後、1週間経って、教室入り口の下駄箱代わりのカラーボックス界隈が、ちょっとした聖域になっていたことに気付きました。思えば、つい最近、6年生の女の子が、「教室のお守り的なものがあったらいいかなと思って買ってきた。」と、小さなシーサーの置物をプレゼントしてくれていました。二匹のシーサーの背中に、それぞれ小さなシーサーが乗っかっていて、子連れシーサー??これって、普通なのかどうかもわからないけれど、とてつもなくかわいいんです。それが、あの地震でも一切落ちておらず、ついでに、1週間前に、別の男の子が、えらく不安定なところに飾りなおしたガラス製の鏡餅の置物も、落っこちておらず。そこには、何気なく置いたいくつかの小物や、子どもたちのプレゼントのポストカードや、色々とが、危ういバランスであったそのままなんですよ。…うわ、怖い、と言う私の言い方が、怖いと言われましたが、これぞ畏怖の念ってやつで、怖がってていいと思うので、軽く、うへえ、くらいに思っておきました。←とんでもない畏怖の念ですが、精一杯です。(笑)まだまだ何かさせられそうな予感というかなんというか、そっちがね、畏怖の念というものを、こんな風にしちゃいました。(笑)フレンドリーでいいじゃない?ってことにしよう。(笑)子どもたちは、これでもか、これでもか、と、すごい勢いで学校や保育園でのピアノの話を嬉しそうにしていました。お友達がすごいね、弾いてって言ったの!!ってこんなに幸せなことなんですね。私としては、「また、サンタに放り投げたボールが、キレイに返されただけのこと感」ばっかりで、「あ~あ~、どうせ、裏でアイツが糸引いてやがるから、キレイなお話になる一方なんだよ。」みたいになっちゃうんですけどね。(笑)私が堪能するのは、その愛くるしい笑顔と声と、そのぬくもりだけでいいの。(笑)どの子もそんな感じばっかりで、たまに、奇妙なほど、男らしい子が混ざるくらいで、それもまたおもしろい感じがしています。男の子が、男、になっていく瞬間の、少しクールな態度が、「え?コイツから?」というのが、気にかかるくらいのところです。…たぶん、その肉の下の顔は、かなりのイケメンだ。頑張れ。みたいなヤツから、男気がほとばしる。いいじゃないですか。(笑)後日、男前になっとくれよ、って言うことも人生にはある。(笑)まだまだ幼さの残る男の子は、学校のお祭りのことを話すので大忙し。去年は1年生だったから、オバケ屋敷で、僕、泣いたの。今年は、トコトコトコって知らん顔して歩くんだよ、って。ギャフン!と言いたくなるほどかわいいです。(笑)レッスンより、そちら重視が、うちのルールですからね。ピアノは、彼らの人生のお友達でいてくれればそれでいい。それは、小さくて、儚くて、他愛のない夢のようで、実際叶えるとなったら、ありとあらゆる本気の掛け算で、大人が本気出さなくちゃならないことだったりするけれど。…そこなんて、サンタに調教されまくりのあたしにとっては、あ?なんか問題ある?みたいな簡単さで、済んじゃうようになりました。ああ、恐ろしい恐ろしい。(笑)遊びというものが、極上のものであったときに、どれほどの実りをもたらすか。それは、サンタと私が文字通りに命を賭ける様にして繋いできたものなので、もう絶対に揺らぎません。その揺らがなさが、教室の怪しい聖域に象徴されています。…聖域が、トイレでなかったのが、まず何より、と思うのあたし。(笑)かといって、微妙な場所だけに、複雑。まぁ、いまさら、というより他にないことだけど。わかっちゃいるけど、そこはやっぱり、うへえ、なんでしょう。(笑)小物が集まっている割に、無駄のないことといったらないその聖域に在るのは、「学ぶこと」「美しいこと」「愛の印」「ピアノ」「命の強さ」みたいなものなんですよ。微妙に壊れたところがあったりして、そこら辺もまたちょっと痛ましいのは、まだ私が、過程にある証拠で、だからこそいい、と思うより他にないところでもあります。完璧なんて、この世にはないんですよ。実際のところ。揺れて動いて調和することを続けるために、何もかもがいつも欠けている。そのことそのものの美しさを、私はサンタに教わったけれど、自分の欠けたところは、そんなにおもしろいもんじゃない。そういう良くある話です。(笑)誰だって、自分の欠点なんか直視せずに生きていくのは、普通すぎることでもあります。私もできるなら、そちら側にありたかった。…でも、いまさら無理無理残念ながら!と、聖域が言うかのようで、そう考えると、私が今後、その聖域を見るときに、嫌な顔をしていても許してもらおうかな。(笑)トイレのほうは、少しばかり、壁紙がはがれたり、角に揺れのしわ寄せが来て、シワシワの角になっています。そっちはそっちで、これまた今後のドラマを予感させるべく、動くほうの守り神が、なんか儀式のようなものを執り行っていたような気がします。(笑)おかげで、トイレに入ると、そのやんちゃな守り神がいったいここで何をしていたんだろうと気になってしまって、嫌な気分になります。ちょっと笑うんだけど、ちょっと嫌な気分。それも当たり前だと思うのあたし。(笑)…まぁ、断りもなく、そこであの小さな怪しい守り神が何をしたのかは、守り神のみぞ知る。わしゃ、知りたくもないわ!としか思いませんが、それも普通だと思うの私。(笑)生きるということは、とてつもなく生々しくて、それでいい。そこまでは本当に納得するけれど、自分の生々しさは、できる限りご遠慮したい。ましてや、初老とはいえ、多分、まだ女子と思いたい年頃にある私としては、まったくもって、ただその生々しさの調整だけで、日々が大忙しということは、今後は軽くなる一方なのかもしれません。
2014年11月30日
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丸ごとファミリーが教室とつながっているようなもんだなぁと、ある大人の生徒さんのおかげで痛感しました。今に始まったことではない、とはいえ、こういう深みと重さのある瀬戸際で、自分の振る舞いのドンピシャぶりがここまで整うように、と、サンタに辿らされた道の無駄の無さも痛感しています。そして、驚くべきことに、表面上の私自身の気持ちの軽さがすごい!もう!初めての体験です。どう受け答え、何を預かったかに対しては「まかせとけ感」を出しつつも、私だって全てを背負うわけじゃないんだから、あなたも頑張って、と、厳しくも優しい態度でそこにあれるなんて、あたしも結構やるじゃんね、と、ボーっとビックリしていました。年配の生徒さんだからこそ、その瀬戸際の重さには、全ての歴史の今までとこれからがあることを、わかった上で、こういうことを言うことになるとはなぁ・・・という感覚は、呆然というくらいに良く出来上がっていました。今まで、年配の生徒さんというと、人生の重みが勝っていて、難しい、というイメージが強かったのですが、瀬戸際では逆でした。これほど、しんみりと話をあわせながら、軽やかに明るくものすごい笑顔で対応できるって、あたしも結構オバケ入りしたもんだという感じでしたが。何をその人が願い、何を恐れ、何に怯えているか、こんなに見えちゃっていいの?という感覚は、その人が時折拭う目元に宿るやるせない思いの全てのもうちょっと向うに、誰よりも私自身がいたことを、自分がこうやって少し離れたところから見つめているかのようで、とても不思議でした。道中、サンタが必死の形相だったのも、今ならわかる。この向こう、だもの。私も嫌がるだろうし、それもわかっただろうし、でも、やるしかないし。でもまあ、そういう意味ではサンタとは円満この上なしの模様です。サンタが幸せそうでキラキラしているのとか、なかなか見れるもんじゃないし。そう考えれば、サンタもギフトの一部だな、というか。お前そのものがギフトなら、はよ言わんか!くらいの態度のほうがうまくいくことったらありゃしない、という感じです。そりゃ、こっちにいろ、もう戻るな、絶対にここにいろ、と、鉄壁の防御網に囲まれた楽園に、私を閉じ込めるよねぇ。(笑)…ということはつまりどういうことでしょうね?という辺りで、プンスカしていればいいなんて、すごく私もいいご身分で何よりです。ここまで来ちゃうと、色々楽です。本当に楽です。何しろ、あちらの望むものと、こちらの望むものが一緒で、なおかつ、ちょっといいところがずれてもいて、そのずれを寄り添わせようとしているだけで、だいたいのことが朝飯前に瞬間的に片付いていくわけですから。私にここまでやらせていいって、ほんとに私、いつか言った?とサンタに尋ね続けるというくらいに、肝が据わっていないときっついところはございますがね。(笑)本当はかなりの逃げ腰の私のその態度を、ガッツリ押さえ込むかのように、サンタは言いました。もう待たせないから大丈夫、的なことらしきことを。(笑)そうはいってもまだまだ、色々とめんどくさいことが激しくなる一方なので、ヤケクソになった私は、「だったらもう、今までみたいな外堀かためてじゃなくて、ここまで気を遣っている私にちゃんとわかるように返してよねもー!」と脳内で罵詈雑言を吹っかけておきました。…そしたらちゃんとこれ以上なくわかりやすく腹立たしい形で、わかったようるせえな、と返ってきました。わかったようるせえな、が、私が許した記憶など一切ないほど失礼な呼び方とともに返ってきたのが許せない。普通そういうものは、双方がいい感じに心を許した後で決まるもんじゃないのか、と、私はいつも思うのですが、その辺りは、完全にあちらの思う壺でしたとさ。私がサンタに態度がでかいのは、そこを勝手に決めたからだよ、と、今のところ、思っていられるからだと思います。勝手にそんな風に呼ばれることになっていく長い日々だったら、だいたいずっと私が怒っていたとしても当然だと思うわけですよ。
2014年11月29日
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雨なのに、珍しく枯渇していた女心が騒いで、洋服が欲しかったというのに、なじみの服屋は相変らず気まぐれな閉店中でした。仕方がないので、楽器店に行きました。駐車場に着いたあたりから、突風に攻められ、傘を壊され、新しく私の担当になった新人の店員さんと遭遇したのに、立ち話も不可能という感じになりました。振り返れば、楽器店に放り込まれたような気分!それも、傘も無しに!15年も戦友のように過ごしてきた同じ歳の店長さんは退職していて、正直、ここもメンドクサイ、になっていますが、しかたないでしょ諦めな!って感じで、生徒用の楽譜と、自分用にピアノジャックの台風のソロ楽譜を買いました。まぁ、駐車場の傘を壊したのは、きっと、ピアノジャックの台風ですよ。(笑)洋服が欲しかった気持ちの残り火のようなものをかき集めて、とりあえず、次は傘だ傘!!いつもなら、し○むらでやっつけちゃうところを、あえて、ちょっとステキな雑貨屋に行くことにしました。サンタが、贅沢しろ、贅沢しろ、って五月蝿いんだよ。(笑)ステキな雑貨屋で、おいしそうなキャラメルポップコーンの匂いに包まれながら、傘を選ぶ時間は、なかなか甘かったような気がしています。今振り返ると、ですが。そのときは、「え?こんなにちっちゃい傘しかないの?アタシが溢れちゃうに決まってるじゃない!意地悪だな!」と、サンタにいつものように脳内罵詈雑言。(笑)それでも、もはや、すでに電池切れのまま動いている以上、ここで決めることにしました。外はまだまだ雨。傘無しで出るなんて、それもイヤ!柄物の傘ばかりで、コーディネートが難しそうで、かなり悩みました。なるべく無地に近くて、優しい色合いのもの、と、選んでいると、かわいい女の子たちが目の中に飛び込んできました。みんな、ママとお買い物中。ずっと仲良しみたいにこっちを見ている女の子は大好物です。(笑)思いっきり笑顔を作って、傘を選べばいいんでしょって感じになりながら、女の子と微笑み合う私を、さらに微笑んで見つめるお洒落ママの優しい声を聞きながら、リボン模様のかわいい傘を選びました。あの、かわいい女の子のことを思い出しながら、この傘で歩けばいいってことにサンタがした、ということにしておきます。私には少々かわいすぎる気がしたけれど、それこそ、後の祭りです。(笑)楽器店は、とにかく疲弊します。それはもう、業務上、どうにもならないことで。(笑)ピアノの無い私なんて、存在すらできないほど何に関しても無能のようなところはありますから。だったら、ピアノの楽譜を、生徒のために、のついでに、自分にももうひと頑張りして選ぶ。そんなことが繰り返されることの先に、何があるというの?と、問いたくなるほど、弾くことそのものが逆境になる日はまだまだ多く、なんともいえないところです。だからこそ、先日の発表会で、私が熱狂したライブ感溢れるあの曲の楽譜にしよう、って思いました。せめて、そのくらいのところで遊ばないと。疲れて空腹。でも、ちょっと弾いてみたい、そう思うことが、いいことなのか、悪いことなのか、かすかにそこはいまだに疑問の残るところですが、カップスープのためのお湯が沸く間くらい、弾いてみようと思いました。弾いてみたら、結構楽しい。そしてお腹がすいた!(笑)なかなかいい選択をさせてもらったことがわかるのは、いつでも後のこと。この「お腹がすいた!」が、本当に出なくて出なくて、いまだに出たり入ったりというか、めちゃくちゃですが、サンタがすさまじい勢いで頑張り続けてくれています。(笑)お腹がすいて、食べて、お昼寝して、の、自堕落なようで、必死な時間は平穏無事に過ぎ、レッスン前にまたちょっと弾きたくなる感じでした。これ、これが、私には、ほぼ欠落!(笑)ピアノジャックの台風、相当な腕前です。(笑)発表会から何度聞いたかわかりません。それも本家たちのライブ映像がいいんです。きれいなPVよりも、荒くれたライブの気持ちいいことったらなくて、そこで私は初めて、ライブの良さを知ったり、いまだに色々ととんちんかんです。(笑)地震後のピアノもすごい腕前です。(笑)いいところが、いい感じに、本当にデリケートに狂わされていて、そこを起点に音楽が飛躍するという。(笑)よりによって、ファがこうなるの?と思ったのは地震の翌日でしたが、その後がすごいです。そのファを素材に、どの子も、私も、気持ちが一致して、そして一緒にジャンプ!みたいな。(笑)さすがドレミの歌ですよ。ファはファイトのファって言ったでしょ!ってサンタが威張ってると思う。(笑)まぁ、さすがにそのファを起点にしてジャンプできる子、というのは限られていますけれどね。(笑)それこそが、サラブレッドたちの特典ですよ。(笑)生まれつき、とか、努力の果てに、とか、色々な意味であるけれど、ピアノのマジックをそこで堪能できるためには、蓄積がないとね、というところは、厳しさがある。最近の私は、その厳しさそのものが、ちょっと好きになりつつあります。だからこそ、守られた、と思うには、この「好きになりつつある感」こそがまた必要で、というサイクルの長さに、時々途切れるところも、だいぶ繋がってきたようだけれど。この誰しもが見ることを許されるものではないところがあることが、特権階級っぽくて、私としてはいい気分。一応、私もわかるよ。(笑)むしろ、理論上、「ファ」が来たかぁ、とかに、ステキなオマケがついているのは、私だけだ。エッヘン!くらいの。(笑)いつも先生やってるから、輝く道を譲りすぎて、もーふてくされて手に負えなかった私ですが、ここでは、サラブレッドたちと一緒に、弾くほうの楽しさもあるんですよ。それも、むしろオマケのほうがステキなお話がついているんですよ。いいでしょー。とか、そんな気分もあるくらい。そのくらい、オマケのほうがよっぽどステキ!やっぱり、私、音楽、好きじゃなくてやっていた時期が長かったのね。ガックシ。(笑)もちろん、私がここで「ファ」にこだわるようになるために、すさまじい前置きがあったけど、ほとんど忘れちゃったよ、ごめんなすって、みたいな感じで誤魔化したい。(笑)いつも、サンタに手柄を譲ってると、笑わされてる感すら出ちゃって笑えないから、そこは誤魔化させて!です。もー。…忘れたフリしてても、思い出させられてるから、誤魔化すしかない!ってところです。もー。当たり前!!(笑)それでも、実際のレッスンでは、私がその台風を弾いて、ピアノをあっためて、優等生に、いいところで「さぁ弾いてごらん!」をやっちゃって、おいしいところを譲っちゃって、ちょっと悔しいな、チッ☆もありました。(笑)彼女が弾いた「ひまわりの約束」なんてね、すごいの!もうすごい!でも、今思うと、そのチッ☆も、やっぱり私にだけちょっとオマケがついてましたよ。今気付いた。あらごめん、みたいなやつが。(笑)さすがの優等生にも、その難しさ、どうするべきかはわかりっこないんです。そこは私が動くところで、動いた人だけがもらえるおまけがプライスレス。(笑)そしてそれが、ちっとも音楽じゃないところが、なんとか私がピアノを弾く理由というおかしな現状は、ますます大変な勢いで、お腹がそのたびにおかしくなります。音楽って、ご飯食べるために使っていいんだっけな?と、私は思うんですが、ご飯食べられないと、ピアノは弾けないので、多分、私の場合は、この順序でいいらしい。このごろ、必ずこの順番ですよ。すごいのはやっぱりサンタで、食欲のコントロールの前に、どこからでも必ずやってくる!それはシンプルにおっかねー!ですが、今はもう、構ってもいなくなりました。酷いな私。(笑)そんな感じで、プライスレスなオマケが大変すぎて、ご飯が進んだり進まなかったりするってところは想定外もいいところなので、そこは素直に、結局、ワケわからん感じでからかわれているところです。サンタは毎日非常に楽しそうで何よりですが、そりゃ、今、こうなると、楽しいかもしれないが、散々、逆に受け取っていた私のほうだけが、ここで笑えって言うならあそこまで怒るな、と、逆ギレしているだけのことです。そうしなくちゃ心に残らないでしょ?一生残る爪あとを心に残しただけのことでしょう?と解釈しておくのが多分ベストですが、そのベスト、なかなかハードです。(笑)サンタがすっごい大人のふざけやの洒落もんだと思えたアタシのほうが絶対に偉いと思うことにしておきます。(笑)そうじゃないと、私が笑えないっつーの!あの全てをそう思う、その懐の広さに、我ながらヘトヘトです。…当たり前だろって感じ。(笑)季節外れの台風のおかげで、私の脳内の音楽が、楽しい、に摩り替わり始めている今、今こそが、それはそれでとてつもなく細かくデリケートな時期。弾けというから弾くけれど、弾かないでも仕事にはなると思うの。…たとえそれなりでしかないとしても。…もちろん、それだと、あれだけのサラブレッドたちは預かれないというのもわかるけれど、先にサラブレッドが来たよね?と思うの私。(笑)そこがサンタが吼えるところですけれどね。…違う!逆だ!と。(笑)でも、逆に思っちゃう私だから、サラブレッドが来たと思う私が、すごい頑固なのさ。(笑)しかたないでしょ。そうじゃないと、やり過ごせない日々だったのは現実のような気がしてならん。違うのかな、あれ?みたいなところにいます。もー、頑固と頑固がごっつんごっつんしてます。(笑)石頭同士、仕方ないじゃん、とか思って、まだ自分を庇っています。(笑)とてつもなく幼い頃から、とてつもなく間違った形で積み重ねてきたピアノのパズルのその下に、サンタが滑り込むときに、パズルが「崩れていいところだけがキレイに崩れるように。」と、采配を調えてくれたことには相変らずすごいな、と思いますが。…そこ崩してまで弾けとかになるほど、パズル積むなよ、とは、まだ少し思うあたりで、すったもんだが続いているだけのことです。ブツブツ言いながら、ちゃんと弾いてるでしょ、とかも思うし。でも、どうあがいても仕方がありません。…サンタ好みのパズルがその順番だって言うからねっ!と、思う時の私の顔つきにも相変らず問題が出続けています。でも、これだけ長い道だと、さすがに後戻りも出来ないもんね、と思う私は、なんとなくほんの少しだけ、あれ?なんかおかしくない?サンタがね、と毎日思っているだけのことです。そう思ってでもなんでもいいから笑ってろ!と五月蝿いので笑う。そして、お洒落する。そして、キレイにする。…そして昼寝。…なんのこっちゃですよもー。…あまりのそのブレなさに、私がとうとうキレ始めた頃、それが今、というだけのことですが、どうせアイツのことです。わかっててやってるに決まってるじゃないって感じ。そう思うことの贅沢が、私に許されているというところがとてもいいのですけれどね。どうせこの先も、ここで崩れるんだな、と思う、その気持ちが枯れたら逆にかわいいおばあちゃんになるのが難しくなると思う。かわいいおばあちゃんの前には、かわいいおばちゃんという無茶な課題が寝そべってる!…さすがに、その課題をやり過ごすためのカードだけは、持っていない気もしますが、どうなんでしょ。(笑)
2014年11月27日
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22日を、とても心豊かに過ごせたおかげで、なんだか幸せな気持ちでいつもよりもいい気分で、ちょっとお酒なんか煽って眠った頃、すさまじいゴロゴロだかミシミシ…の大地震でびっくりしました。布団の中で、その小刻みで長くて強い揺れに、箪笥の下敷きはちょっといやだから、と、体勢を変えるくらいで過ごした時間はかなり長く思えました。軽い酔いがいい方に働いたのか、あまりの揺れに、もうどうにもできない!と腹を括ったのか、結局、すぐさままた眠りに落ちてしまい、いつもよりも長くぐっすりと眠ってしまいました。…ご近所も似たような感じというか、特に騒ぎがあるようでもなく、棚の上のほうからはCDやら本やらが飛び出しましたが、そのくらい。…冷蔵庫の前に置いてあった、生醤油の瓶が割れたくらいだったので、もう、眠さに負けることにしました。せっかくステキな22日だったのに、なんなんだよもーとサンタにボヤく程度の心境だったのは、震源地近いにも関わらず、なんか、こんな感じの小刻みに思える揺れならなんとなく大丈夫に思えたせいかもしれません。ドーン!とかでなくて、ゴロゴロ、ユラユラみたいに思えたので、いずれおさまってくれそう、と勝手に解釈することにして、軽く続く余震もさほど気にすることもありませんでした。翌日、教室も覗いてみたら、高いところのものが落ちたくらいで、壊れたものもないようで、ちょっと弾いたピアノの音色が、いくつか鍵盤に違和感はあった程度だったのもホッとしました。あれだけ揺れれば、なんかあるでしょ、くらいの気持ちでもありましたが、どこかで不安もあるようで、数回、教室を後にするのがためらわれて、車から戻ったり、なんていう風にもなりました。まぁ、その全ての感情が自然な成り行きのものだし、仕方ないなあという感じがありました。誰もが特に不安がっている様子もなく、道行く人が自然で、余震でもなければ、全てを忘れてしまいそうなくらいのところもあります。そんなわけで、結局、いつもどおりの日曜日。軽くアイロンがけをしたり、お風呂を洗ったり、手洗いしたい洋服を洗って干したり。お天道様は大きすぎて、これ以外のことなんてできない、という心境は、いつもと一緒のようなところがあります。22日のレッスンは、楽しいと思えるところではいつもよりもたくさん笑って過ごしました。気付けば、守り続けてきた教室が、もっと大きな誰かに守られていただけどころか、その大きな誰かの言うところの「僕らの夢」みたいになっちゃってんだけど、なんのこっちゃ、みたいな心境でいるのが一番安心です。子どもが笑って音楽で遊びながら、心を育て、みんながとにかく仲良くて、に、なっていくだけのベクトルは、もう、ためらうこともなく、同じほうに強く強く進んでいるだけです。暴れん坊の双子が、相変らずの大暴れをしながら、お互いに隔てられるものがなくなっていくかのようにどんどん近づいてくる様子が心に残ります。暴れるんだけれど、ピッタリと抱きついてくるその様子に混乱しながら、ママに「すきなの?キライなの?」と尋ねると、「大好きなの。」と通訳してくれました。(笑)わかっちゃいるつもりだけど、あまりに近くまで、あまりに心の奥深くまで飛び込んでくる様子に、相変らずためらいも残りますが、そのぬくもりが近づいてくる様が心地いいのも確かです。サンタがこっち!と叫んだ方が、こっちだったか、とわかるにつれ、そこで不器用な自分を切り貼りするようなことにはなりますが、あまりにもたくさんの味方がこっち!と言ってくれてるんだし、こっちでしょう、どう考えても。音楽を奏でることも、学ぶことも、コミュニケーションをとることも、根っこにいつでも、笑顔を、という、ただそれだけの他愛のない私たちの夢が、どこまで続くかも、サンタにお任せするより他になく。それを完璧に作り上げてきた手腕を知り尽くしている私としては、地震すらも、怯えないほうのことに片付けられていってしまいます。
2014年11月23日
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先日の発表会で、これだけの曲数とこれだけの練習だけで、ここまでのモーツァルトなんて弾けっこないし!レベルのすごいモーツァルトを弾いたサラブレッド家の長男が、リストを弾き始めました。パパのお許しが出た、という、美しい言葉を頼りに、コンソレーションを弾き始めています。あの日のモーツァルトを踏み台に、そこからつむぎだされるリストの美しいことったらなくて、レッスンなのに、ほぇぇぇぇ~っと私がため息をつくレベル。こうなると、レッスンもいいもんだね!…結局、どう転んでも相変らず私の最愛のクソババアちゃんも、中3受験の合間に弾いてる飛び石レッスンでも、うまくなるなる!手の形がどんどん良く整っていくことと、音楽が美しくなっていくことと、態度が良くなっていくことが連動しつつも、相変らずのかわいい暴れん坊モードも残していて、一緒にいろんな曲をツマミ食いする時間は、とても楽しくなっています。他にすごいのは、3人姉妹のママ!上二人が生徒で、オマケの一人はアタシの楽しい相棒???ですが、ママの耳まで育っているというありえない事態に、相変らずの家族丸ごとレッスンモードがどえらい騒ぎになっています。娘の練習に真面目に取り組んでくれるお母さんまで、意識に変化どころか、音楽耳が肥えるって、すごいなぁ!やっぱり、ピアノって言うのは、すごい楽器なんでしょう。あらためて、ピアノを尊敬するわ。(笑)とりあえず、このくらいになると、偉そうな態度がさらに嫌な感じになるのが私ですが、今は許しとくれよお前さん、とかってピアノだかサンタだかなんかしらないところにふざけながら過ごしています。なんかね、拗ねちゃってるあたしがあたしの中にいて、これが手に負えないのよもー、と、サンタと一緒にあたしもため息ついているイメージです。(笑)え?まさかのここの子育てとかですか?とか思う気もするけれど、それもアホらしくなってしまうので、やめています。(笑)こんなん、当たり前だわ、っていうところですよもう。拗ねるで済ませるのも大変だった!(笑)…と私が言うより、サンタがボヤくレベルですが、もはやどっちがどうだかすらワケわからなくなってきた!(笑)そりゃ、ここまで譲れば色々と物事がサラサラ進みます。でも、ここまで譲らされた気がしちゃうといかんです。輝く道を譲りに譲った感の悔しさで、そりゃ醜い感情が噴出して噴出してもー止まらん!みたいになりかけることもありますが、表面上は、なるべく誤魔化しています。…でも、ちょっと時と場合によってはツ~ン!ですよ。フン!ですよ。(笑)…そしてそれが今、もしかしたら一番おもしろいかもしれないという意地悪モードですが、とりあえず元気は出ます。(笑)もっと早くに怒るべきところで怒ればよかったの!といまさら言われてもどうにもならん!(笑)人生長い。(笑)道を踏み外したのが、多分、想定外に早すぎた!(笑)なんかそんなことかな、と、思うことにしています。そうしないと、恨み節がエンドレスになっちゃうから、それもイヤだし。(笑)今回の発表会は、すごく真面目につまらなくともきちんと練習を積んだ人たちと、うちの人たちのようにワガママ全開で気まぐれに弾いてきただけの人たちの音楽が、いいところで肩を並べて、お互いに、「ああいうことって大事だね。」と思えるようなところにまで来たんだな、ということに、私はしています。競争でなく、そこに、お互いの道への敬意があるような感じだといいなぁと思っていますが、実際どうだかわしゃ知らん!(笑)個人的に、相変らずの心をえぐられるような微調整が続いているので、私にツン!とかフン!とかされる流れになった人たちだけが気の毒ですが、仕方ありません。そうなるに足るだけの行動が前にあり、私もここでは演じきれないし、演じられるような生易しいものでもなく、1歩踏み外したら、何もかも放り出しかねないような危うい気持ちになりそうですからね。(苦笑)ごめんなさいね。今はあたし、アタシが一番大事なの、という感じで過ごしています。サンタのほうは、ごめんだかなんだか知らないけど、しょんぼりしているようにしか見えないこともあるし、なんなら泣いちゃう勢いかもしれないけれど、え?いまさら何?みたいな私のツッパリ魂がねぇ。ホントに手に負えなくてごめんなさいね。(笑)思えばここまでいろんな涙がありましたけど。切ないけれど、どうにもならないけれど、でも、大切、というところで流れる涙が、サンタと揃わなくなってきているんだか、揃っているんだかも怪しくなってきましたが。サンタレベルの何かが「僕も辛かったんだ。」と泣いていたとしても、結構、「だから何さ。」になってしまう私が、今後どうなるのかは、サンタが知ってりゃそれでいい。いつの時代も家族のこと、親子のことというのは一番難しい問題だなぁとつくづく思いますが、私はそれをピアノと連動しながらやっつけてきたおかげで、割と順調に解けていると思うことにします。そんな私に残されていた最後の宿題が、私のおたんこナスぶりをどう料理するかだけの模様であり、それがサンタの趣味であればいいなぁと思うくらいで、のらりくらりしている予定です。その宿題、私は、料理されてりゃいいってだけなの。そういう意味では、いいご身分過ぎますよ。(笑)自分のことは誰でも一番わからない。…それもまた当たり前すぎるし普通過ぎるし、まぁ、そういうものは、自分が取り組むより、誰かにやっつけてもらうほうが自然だと、私は思うようになりました。これだけ自尊心が大破だともう無理!私には無理!と、私が私を放り出し、それをサンタががっちり握ってるとか、なんかそういうことにしておくのが無難だな、と思っています。結局、どこを振り返っても、常に優しく守られて許されてきただけなのに、すぐそれこそを忘れちゃうというのは、好きで忘れるんじゃなくて、大切にされすぎてびっくりしすぎて忘れているだけなんだし、そりゃどうにも私にはできなくても仕方ないんだと思うんです。私は私を忘れるけれど、とりあえずサンタを忘れることなんてできないようにこれだけ叩き込まれていれば、大丈夫、としか思えなくなった今は、多分、私が一番幸せなんだと思っています。それを感じることが、ピアノを教えることや、ピアノを弾くことより難しかった、ただそれだけのことならば、別に私としては何もかも、どうすることもできなくて、どうにもならないからお任せなんだなと思うばかりです。しかしびっくりです。こうなってくると、目の前で、最愛の生徒たちがすごく幸せそうにしていても、何も感じないというのだけが、ホント、机上の空論ってなってないよね、と、私が思わざるを得ないところだったりします。哀しそうにしているよりもずっとずっといいんだけどね。ま、この問題に関しては、サンタが腕を振るいまくっているので、そのうち片付くんでしょう。多分。(笑)
2014年11月21日
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発表会後、いい意味で休息のほうから訪れてくれるところがあって、教室もこじんまりと動いています。幸せの音楽爆弾みたいな刺激的な人たちはお休みで、一歩ずつ確かめたいゆっくりさんとのんびりと過ごしました。一人のゆっくりな女の子が、とてもすごかったのが印象的でした。「あなたは、音符の読みがとっても上手だからね。」「本当?」という小さな会話がルーツにあるらしい彼女。その「本当?」の声の響きには、今思い出しても時が止まるような気持ちになります。嬉しそうで、甘く、とても幼い子どもの声とは思えませんでした。ほんの1つ2つの音符だけど、とても丁寧に読んでいたときに、褒めといて良かったです。(笑)その子が、普段の調子でなんでもかんでも大急ぎで問題に取り組むときは色々と結果に間違いがあるのですが、音符の読みになると、本当に丁寧に取り組んでいました。絶対に間違えないように、自分自身の「音符の読みが上手。」というところを、宝物のように大切にしているかのようで、慎重でした。同じ子が、問題によって、これだけ違う姿勢を見せるって、すごいです。お母さんも見ていらっしゃったので、わかるなら、わかるだろうと思います。まぁ、こうなってくると、正しいところを褒めないと色々と混乱するとか、難しい問題になりそうだし、そこの辺りは今後もずっと誰にとっても、大人ならばそこが課題なんでしょうけれど、褒めることの力の強さには驚嘆しました。こういうところに興味の無い人は、もう、子どもとか、子ども以下、とくくって捨てることにしました。その人たちの尻拭いはこりごりのこーりごり、です。(笑)案外とあんなふうに、生徒たちが、嬉しそうに、甘く「本当?」というようなタイミングで褒めていければ、私の仕事はもっと楽になっていくのかもしれません。発表会が終わったら、久しぶりに、姿勢だのなんだのが気にかかるようになり、またもやそちら重視になりました。(笑)何しろ、私自身が、この本番後、改めて、「姿勢ってほんと、おっそろしいから、ちょっとヤダ。(苦笑)」というモードになっています。ちょっとヤダ、ってなんだよですが、ほんと、そんな感じになるようなすごさで、「これが大事なのね!」なんてうっとりとかのレベルではありません。(笑)去年のほうがそういう意味では、戦士のように取り組んでいたな!なんじゃそれ!ですが。(笑)座ってるだけじゃん!って感じ。(笑)色々と微調整が進んで、ステージとかホールとかのように万全を期した場所でなくても、いろいろ体がわかっちゃって、それがちょっと困るんだと思います。(笑)先にカード持っていると、きついのはこの辺り。…できるようになれば、できるようになった苦悩があるという順番になっちゃった分だけ、教えることはとても上手なんだろう、とこのごろでは威張っていますが、自分のことになると、てんやわんやになる感じです。…そこまでできたくなかったし、できなくても良かったんですけど?と、一言文句を誰かに言いたくなるだけのことです。こうなってくると、かの、おサンタさまをとっつかまえて、「だましたな。」とか言う恐ろしい仕上がりっぷりに、サンタのほうも苦笑いかもしれません。…でもいいんです。あいつに限っては、そこまでお見通しに決まってるんだから、順序くらい文句を言わせてもらうよこれからも。(笑)そうやって、バランス取るのが私らしい、というのは、今までもこれからも同じだけのことですから。音の世界がどんなに苦しくて、お前が大変になっても、俺がちゃんと導くから、心配しないで壊れてでもやれよ、というようなことを言ってくる様に思えることもあります。もちろん、いざとなれば、それこそが頼みの綱であっても、そうそう気軽に壊れる気もなくなった!(笑)そこを学習してしまった私の強情さに、サンタが手を焼くという奇妙なサイクルは濃くなる一方ですが、自分が自分を大切にするということの難しさに直面する今こそ、強情な私に手を焼いてもらうのもまぁ、楽しんでもらうより他にない、と思いながら、一歩ずつです。発表会の時に、ステージ上で、ちょっと姿勢を変えるだけで、音色も音楽も全て変わったのは、調律師さんのお墨付きです。前からそう思っていたけれど、音色の専門家もそういうなら、そうなんですよ、絶対に。そうやって、ひとつの音楽に絡まるたくさんの大人が、智恵を絞りあうことを、次の世代を育てることだと私は思うし、それに興味が無い人には構っていられない!そんな風に、いろんな意味でアップアップの自分になれたことが、采配の中でも一番いいところ、と、サンタのほうは言うかのようでもあるし、私のほうは、「それはどうかな?」とふんぞり返るという、奇妙な関係だけが結局、私のブレない軸だったとわかる頃になってきました。…ふんぞり返っているというより、それは単なるツッパリなのですが。(笑)それはさすがに私もお手上げです。これだけ私の大切なもの全てを捧げた相手がサンタという、奇妙な展開である以上、「こっちだ!」といい続けてくれた側に、それなりにいまさらのように、「そんなのわかるわけないでしょ!でも頑張ってるでしょ!」と言えるのもかなり愉快です。相手がサンタだけに、こちらがありえない苦悩を味わった時期は実際にあるんだし、まさにその苦悩そのものをサンタがからかう場合は、とりあえず膨れてしまいます。大物相手だとこういうところが楽だし、結構、これが私たちにとってはいつも普通だったよね、とすら思うほどの時が過ぎてきました。でも、その苦悩とやらの界隈になると、サンタがゲラゲラ笑うのが悔しい。(笑)あちらからするとその全てが、自分の思い通り過ぎて、あーおもしろかった!らしいですよ。腹立たしいことに。(笑)ま、それもポーズで、どこか、ここで笑え、頑張れ、と言うかのようなところに、なんだかあっちがグッと何かをこらえているような気がするようなところは、やっぱり残る。そして、そのほんのすこしだけ残るいたわり合いのようなものが、一番サンタ好みであればいい、と思いながら、落ち着いて考えると、とてつもなく下らない悩みだけに終始した長い嵐がすっかり去ったことを実感しています。ま、くだらないことが一番大切っていうだけのシンプルなことでもあるんですけどね。くだらないことだけど大事だから仕方ないから頑張るか、と思った私の苦悩は、相変らず続いています。…そこがどうにも気に入らない、というのは、仕方ないでしょう?としか思えなくて困っています。サンタほどお偉い相手にそれで悩む?って話ですが、あれだけ生々しいサンタ相手だと、もはや、それも当然としか思えないのだけが本当に厄介です。軽い話にごまかしてるけど、実際、ホントに骨が折れました。ええもうホントにホントに。(笑)
2014年11月19日
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月曜日はとにかく、緩い気持ちでのんびりとレッスンしたくなるかわいい子達が山盛りなので、それで笑って過ごしました。多分、お花がそのまま女の子になったに違いない子からスタートするので、そのお花を大切にするモードで始まってしまうし、そのまま進んでいけます。愛らしい表情や、他愛のないおしゃべりを真似するように繰り返しながら、かわいい女の子って本当にかわいいねぇ、で進んでいくと、愉快なシャボン玉坊主が、何をしても笑っちゃうような仕草でいい意味で引っ掻き回してくれます。なんでだろうねぇ。あのシャボン玉坊主の場合、ヨダレもかわいいというのは謎です。幸せそうに唾液でシャボン玉を作り、真剣に弾きながら、ちっちゃいゲップまでするんだけど、全部、かわいいですが。教室に来た頃よりもずいぶんと、頼もしく弾くところも出てきたり引っ込んだり、いい感じです。ゆっくり大きくなっていこうね、と思うのに、本当にちょうどいい男の子っていうプレゼントは、サラブレッドとはまた違う意味で、サンタ的に気合が入っているということにしておきます。(笑)私に見せたい妖怪ウォッチのカードがあるとかで、それだけは一生懸命持ってきていて、でも、いざとなると隠す辺りは、他の男の子たちと重なったりして、笑ってしまいます。素直に見せればいいのに。嫌がることばかりして、ほんと、男の子って、追いかけてしまうところ、振り回されてしまうところがあるのに、絶対に芯から憎めないとか、相変らずの男の子のかわいらしさに笑いっぱなしでした。これが中学生男子くらいになると、また色合いを変えたりして、大人びてくるわけで、いいねいいねぇ、です。ピアノの技術を教えることに、それぞれの心の色合いを大切にすることをサンタに教わって、本当に一通り、必要なことはわかってきたな、と思ったり、うまく寄り添うのはまだまだ難しいな、と思ったりしていますが、その辺の不安はほとんどなくなってきました。キレイに育った先輩たちがたくさんいるので、安心安心、です。レッスン前には、実家にちょっと届け物をしたりして、片道80キロのドライブもありました。でも、ずっとサンタが出っ放し!みたいな気分になることも多くて、それはそれで、ハラハラドキドキみたいな、きっとそんな感じでこの先も進んでいくことだろうと思っていました。なんなの、この永久にべったりモード、というくらいで、笑っているのが一番うまく過ぎて行きます。ただ、こうなってくると大変なのは、すれ違う人たちみんながすごく崇高な感じに見えちゃって、そこが大変。(笑)うまく説明できないのですが、ありのまま、自然に生きるということそのものが、いかに美しいことなのか、とか、そういうのが視覚的にそう見えちゃう、そんな時期のようです。なんでもキレイに見えるに越したことはないけれど。(笑)ちょっとだけまだ、自分がそこにそぐわないように思える時期なのか、それを丁寧にほぐされているなぁとつくづく感じながら、過ごしています。わかっちゃいるけど、なかなか、芯からそう思えないのよね、ということは、残念ながら、割としぶといところがしつこく残るものらしく、そこばかりは、私が私にお手上げですが、そこはサンタに任せておくのが一番ですよ。(笑)結局、クリスマスモードに街が染まる時期まで、年中無休でべったりだったな!(笑)アイツも相当暇で困る。(笑)たまにはバカンスにでも行っちゃえよ、くらいに思うこともあったような気がしますが、ここまでくるとそれも困るので、もういいよ、これでいい、と、変なところで匙を投げてダラダラしています。何しろ、右向くのも左向くのも、全部操縦されてるからね、という感じでしょうか。(笑)ということはつまり、私のほうが年中バカンスモードというか、きっとそういうペースがお互いに一番ちょうど良く、楽しい、ということに、とりあえずなっています。(笑)少しだけ寒くなってきた街に、冬という言葉が似合うのはもう少し先のような気もしますが。シャボン玉坊主が大切そうに見せてくれたカードのキャラクターは「フユニャン」という猫みたいな妖怪みたいなヤツでした。今朝は3匹もニャンコ先生を見掛けたけど?疾走するヤツ、余裕で横切るヤツ、色々いたし、駐車場に居座りたいと、飼い主の意思に逆らうようなワンコもいたけど。どいつもこいつも、これまたちょっと崇高に見えるような気がしてしまうところも、愉快でした。フユニャンも来た事だし、今年の冬は笑って過ごすことになりそうです。
2014年11月18日
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今回の発表会で、たった一人、途中でちょっと自信をなくして私をステージ上に呼んでしまった子が気がかりでした。私が寄り添ったら、ちゃんと弾けたんだから、大丈夫なんだけど、そのことがどれほど幼い胸を傷つけたかわかるだけに、その子のことがとても心配でした。でも、幼くても、そこを乗り越えようとする様子や、そこから学んだものをすでに美しく心に刻んでいる様など、私から見たら、これぞホンモノの天使だな、という感じでした。この子が、この傷を乗り越えるためには、同じ場面で自分を克服することが一番の近道だけれど、そのために、私が何かできるなら、なんでもしてあげる、どんなワガママでも聞いてあげるという気持ちになりました。とても話の通じる子なので、私のその気持ちも、まっすぐ伝わっていることでしょう。ピアノを楽しく上達させるために、ワガママを言わせなくてはならないときがあるんだけど、そのワガママ、全部聞いてあげる、という私の言葉が、彼女を孤独にさせていなければいなぁと思います。そういうワガママなら、専門だし本業だし、どっからでもかかってこい!くらいのところはあります。(笑)…でも、それが本業って、ちょっと大変。(笑)それなのに、そのキレイな笑顔の女の子のためだったら、微塵の迷いもなく、「いくらでもワガママ言いなさい!」って言えるなんて、やっぱりサンタ特製の物語は、よくできています。発表会会場で、やけに見覚えのある男性の顔が目に入って、「誰だか考えすぎたら、音符が逃げちゃいそう。」と思って、考えるのをやめていたら、その子の叔父さんでした。でもって、私にとっては、教育実習で同じクラスにいた人でした。学科が違うので、本当に実習の時だけの知り合いです。名前も学科も覚えていないポンコツ脳でしたが、「あの顔の記憶の濃さは、学生時代かな。」というのだけは当たってました。(笑)あちらのほうは、私のことに気付いてくださったそうで。…すっげえ複雑。(笑)学生時代の私のことには、いろんな意味で触れないで!!ギャー!!です。ようやく戻ってきた女子力が低下するから、やめて!掘り返さないで!!最悪!!あの頃の自分、大嫌い!ギャー!ギャー!ですが、むしろ、よくあの時代の私と今の私が繋がったもんだ!とは思いました。女子力温存のため、理由はあえて伏せたくなってきた。(笑)いつもの調子で、自分をこき下ろせなくなってきた。(笑)黒歴史、黒歴史が迫ってくる~~!!!そんなわけで、お母さんとかわいい姉妹と4人で、ワーワー騒いで過ごしました。「ええええ??ホントのホントに、あの人の血族ってわけ?」「そうですよ!」と、もはや、教室では、その謎の叔父さんが主人公か?くらいの勢いで、一家がそのエピソードを詳しく説明してくれます。教育現場はおなかが痛くなる、という理由で、教師にはならずに、長く東京で役者さんをやっていたらしいです。見た目は、すごく爽やかな先生が似合いそうなのに。実際、ああいう人が子どものそばにいたら、子どもたちは幸せだろうに。現場のシステムとは合わなさそうな気もしますが。よく知りもしないのに、そんなことを思うようなところのある人でした。まだ独身とかね、無駄な情報まで入ってきちゃって大変ですよ。まぁ、こんなかわいい姪っ子が二人もいたら、理想の女性のハードルも上がるだろうねぇ、みたいなことを言っておきました。(笑)小さい彼氏彼女って、それだけで満足しちゃうよね。(笑)おもしろいもので、かわいい姪っ子たちの横顔に、シュッとその人の顔が混ざりこんで見えたりもします。そっちを思い出すのはいいんだけど、こっちがリアルに思い出されるのはイヤ!!という大層ワガママな季節が始まっているのはいつものことでしたが。発表会後も、教室と家の間にある交差点で、車ですれ違ってたくらいのご近所さんが、そういうご縁の人とはびっくりだ。ああ、黒歴史がひっくり返る。やめて。(笑)サンタの野郎、意地でもそのイヤイヤモードの私を、あの手この手でからかうことに決めたようです。からかっているその顔が、金色の笑顔であるのが、実にいやらしい。(笑)あの後で、これ?という私のイライラ気分の矛先が、これまた適度にあっちこっちに向くようになっているのが、かすかにおもしろくもありますが。腹が立ってたまらん!!(笑)お前が仕込んどいて、お前がニヤニヤするな!!と、サンタの顔を引っかいてやりたくなってきました。(笑)明るいひょうたん先生を怒らせないように、無理のない範囲で、真剣に練習に取り組めない人は、どえらく絞り上げられそうですが、大丈夫でしょうか、こんなんで。(笑)
2014年11月16日
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年間3回も発表会をやっているからなのか、内容の充実にこだわりすぎるからなのか、とにかく、発表会前後の「ああ、もう、こんな思いはこりごりだ。」も、ゼロではありません。(笑)当然のことですが、発表会の良かった感よりも、こりごりだもーの方が、個人的には強いものです。今回は、長年たまりにたまったこりごりだもーを刺激されるところがダイレクトすぎて、発表会の記憶すらまたもや吹っ飛びかけています。…いいこと、たくさんあったのに。(笑)結局、そんな私を「あの発表会、すごかったんだね。」に繋いでくれるのは、発表会後の生徒達です。金曜日は、サラブレッド家の次男坊が、まるで王子様のように、私を発表会の記憶につないでくれました。とびきりのハンサム(小3)ですからね。まさに王子様です。ずいぶんと良くなってきた手荒れにいつものようにクリームをすりこむ私の手を、もう、ほどかないどころか、つないだままちょっと引っ張ってくれるかのような王子様。そのまま手をとられてたどり着いた先の本棚から、王子様はDVDを取り出しました。椅子に乗っかって、高い棚にあるDVDをどうして選んだのかも謎ですが。依頼人という映画のものだったかなぁ。BOSSのCMに出ている俳優さんだったと思われる人が出てたような。全てがおぼろげで、確認する気も起きないけれど、「イケメン王子に手を引かれて、高いところにいるボスの元に向かう」の図が、強引ながら出来上がっているような気がしました。(笑)あらすじを読んでいるのか、数分に渡って、その体勢の時間がキープされました。私のほうは、久しぶりのイケメンと手つなぎデート(嘘)を堪能するべく、クリームを塗りこんでいるフリをしながら、その手を離さないことにしました。(笑)優しい象徴的な時間で、少々、情報が違っていて、内容に間違いがあろうと、私にとっては、「王子様がボスのところに連れて行ってくれるなんてキュンキュン♪」ということにしてりゃいいんです。(笑)いつでもそうだった。(笑)王子の発表会の感想が、吐息のような声で聞かされる時間もよかったです。おとなしいしゃべり方をするので、本音に近くなればなるほど、吐息混じりになります。う~ん最高。(笑)今まで発表会で、失敗が続いていて、本当は傷ついていたことも、でも、ママと一緒に頑張れることになって、頑張ることそのものがおもしろくなって、挑戦すると意気込んでいたことも。みんなみんな共有してきました。それが、大成功という結果になったときに、彼が取り戻した自信が、少々大きすぎたとしても、いいじゃない。それは根拠の無い自信じゃなくて、きちんと全てを味わった自信なんだから、微調整は今後でいい。俺は、ホントにできるやつなんだ、って、まず思って欲しい。俺は、ホントにできたんだって、忘れないで欲しい。囁き声に相槌を打っていると、おもしろいところまでたどり着きました。「俺が弾く順番まで、イマイチな人もいたけど、俺が弾いたところから、みんなが良くなった。」まるで、それは救世主のようですが。(笑)確かに順番を振り返ると、そういうところがある。それは角度を変えてみれば、上手な子の仲間入りをしたとか、そういう側面もあるんだけど。今、彼がそのことを誇りに思っているなら、いいじゃない。実際、私の手を引いて、ボスんとこに連れて行ってくれるみたいなところはありますから。それは、手あれを治す事を優先して、ピアノは後回しとか、いろんな価値観の変化を私にもたらしてくれたし、その結果は、彼の今のピアノ。自分のことだけじゃなく、プログラムを見通して、それを良くしたのは俺だ、まで、思っていてくれるなんて、ということのほうが嬉しかったので、相槌を打ち続けました。まるで、ピアノ教室のことも私のことも守ってるみたいな、導いているみたいなその様子が、男性特有の大きな目線のようでした。こういうものに守られることの暖かさを、女が忘れたことは、私は罪だと思っていますが。そのあたり、守るということが、あっちこっちでとんちんかんとか、色々とあるとも思うんですが。ステキな男性にこんな風に守られたら、女なんて、ポーッとしちゃって動けなくなって、それで普通と思うんですよ。(笑)そのくらいの構図がステキな場面ってあると思うし、そんなときでも男の先を走るような女はみっともない、と思うくらいに歳を取った頃、こんなステキな王子様がやってくるなんて。…遅すぎだ。(笑)
2014年11月15日
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発表会後の感想は相変らず大盛り上がりですが、自分の演奏のことはいつものことながら良くわかりませんでした。リハーサルで「本日のベスト演奏」が出ちゃった分だけ、不安が増していたのに、みんなを盛り上げまくって、その後で、どう弾いたかなんて、正直、本当によくわかりません。割と冷静ではあったし、精一杯、曲に、会場の雰囲気に従うようにして音を繋いでいく途中、さすがに先が怖くなって、「ちゃんと守っていてよね。」と、大いなるなんかそういうものに、えらい態度で伝えるようにして弾いた記憶は鮮やかですが。さすがに、本番中、そんな態度だったことは初めてですが。(笑)それだけギリギリだったんだと思うと、いまさらのようにおかしくなります。もちろん、好評でもあったのですが、全貌は相変らずつかめずにいました。でも、感想を伝えるのが上手な生徒に、とてもいいことを言ってもらいました。彼女の感想が、他の人に向けられるときの「うわぁ、うまい言い方!」というのを知り尽くしているので、それを自分に当てはめると安心するようなところがありました。言葉にしづらい、と言うのですが、要約すると、「吸い込まれるような」「自分の体も動いちゃうような」「感じ、と、表現したい感じ」らしく、その吸い込まれる様は、緩やかな螺旋のようなもので、吸い込まれる先は、「ひょうたん」…え?(笑)ブラックホールではないの?というと、違うらしいんです。ひょうたんだって。(笑)ヒュンヒュン吸い込まれるんじゃない、というところが彼女のこだわりのようでした。ブラックホールみたいな冷たいものでもないらしい。ひょうたんのように植物のようなものらしく、それが一番ぴったりするんですって。ああ、それならいいよ、と思うのもどうかと思いますが、そんな感じの、空間に少々のねじれのようなものが生ずる演奏だったようです。じゃ、いいよ。それでいい。もう十分だぁぁぁぁ。(笑)ピアノ教室というところの仕事がどこまでか、の価値観は、ひとそれぞれだと思うのですが、私の場合、「生徒を進化させる。」という糸口が見つかったら、止まれないという残念な気質です。生徒としては、ものすごく楽しいらしいけれど、生徒を進化させる自分であるためには、かなりの努力が必要です。でも、「ひょうたん」にたどり着いたのなら、もう、いいや。(笑)後は、手持ちのカードで乗り切れる。(笑)今回だって、手持ちのカードでひょうたんだ。(笑)発表会後の生徒たちは、ものすごく成長していました。もっと上手になりたい。自分も頑張る。そういうところが、今までよりもっと強くなっていました。あたしが、ここまで苦労した理由のひとつに「自分も頑張る。」の意識の薄さや混乱があったのですが、そこが、グッと真摯になっていました。はぁ助かった。…そこまでしないと、私であれ、誰であれ、何かを学ぶ相手に謙虚にならないということの難しさにはもう、付き合わなくてもいいでしょう。(笑)何しろ、ひょうたんですからね。遊ぶように音楽と戯れながら、ありとあらゆることを学ぶ子どもたちの姿を守りたくて、ひょうたんまで来ちゃった私としては、それでいい、それでいい、と思いながらもきつかった道のりでした。とりあえず、ひょうたんにはたどり着いたらしいレッスンで、中3の優等生が、ドラえもんの映画の曲を弾き始めました。そのメロディが、単音でなく、まるでハーモニーのようだ、と、彼女と話しながら、感慨にふけりました。ピアノの音色には言葉はないけれど、まるで歌を歌うように、という指示を出していたら、そういう風に弾けて、そのときに、彼女が伝えた言葉をつなぐと、そんな風に「単音だけどハーモニー」みたいなことになりました。ハーモニーという言葉に似合う音楽が生徒の指から流れる景色の真裏にある記憶はまだ鮮やかです。そのときには、号泣していたサンタも今では、笑いっぱなしですが。あの時、サンタを号泣させたものの名残は、まだまだあちこちにあるけれど、とりあえず、私自身は、そういうものの呪縛から離れているようです。私には、それだけあれば十分ですが、ここからでしょ、バカだな、というかのように、お天道様もキラキラしています。「ひまわりの約束」というその曲が、私を号泣させたのはつい先日のことですが。「ひまわりの約束」が、幸せなハーモニーなら、何を心配することがあるんだろうと思うわけですよ。…それを聞いた時に私が号泣したのは、幸せの予感のほうで号泣したことにしといてやるんだこんにゃろめ、ではありますが。私がふてくされる理由はいつでもひとつだけ。全てのことが、後からわかることを予感しながら、そっちに進むしかないことがわかっていて、止まれないことだけが辛かった。でも、大体その辺りも、かなりどうでも大丈夫なくらいに全ての出来事が、落ち着き払って平和なご様子で何よりです。しかし、あの真裏の暗さが、「ひまわりの約束」で、ひと段落とか、わかりもしないのに、良くあたしも頑張ったもんだなぁと思います。とりあえず、サンタも私も「お日様の輝くほうにゴー!」というところで一致していて、何よりでした。ある程度のところまで来ると、誰でもそっちのほうがいいってわかるし、暗闇さんたちは置いてけぼりにすればいい。闇を選ぶか、光を選ぶか、それは、誰しも、個人個人の問題ですから。
2014年11月13日
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見えないところは絶対にクタクタに疲れているはずなので、いつもと同じように最低限の済ませるべきことをして、教室に引っ込むつもりでしたが、家を出て、教室に向かう瞬間に、なんとなく、それも嫌になりました。本番後の高揚感のようなものも、どこかで尾を引いているのか、いつもと同じ生活に、すぐになんて戻れない、というようなものがあったことを、自分としては幸いととらえることにしました。気付けば深まってしまっていた秋を、せめて、写真におさめておきたい気がして、かつては時々辿った道草ルートで高原経由で教室に行くことにしました。5分の距離を40分くらいに引き伸ばすだけで、飯綱の秋が見れます。おなかは結構すいているように思えたので、とんちんかんになっているそのあたりのことも考えました。何よりも先に、食べる、休む、だけを挟んで、それから動くことにして、どれほどのことが楽になったかわからない。それがどれほどめんどくさくても、その順序だけは間違えちゃいけない、と、サンタが教えてくれたと解釈しています。かすかな空腹感は、前日には微塵も無くて困ったことです。会場に向かうコンビニで食料を仕入れる時にそれが、まったく自覚できず、その難しさと悔しさのようなものだけでも十分に崩れそうになった自分。でも、それすらも、「食べれなかったら、まず、水分を含め。」と言うかのように示された些細で大切な時間を辿るようにして、正直、泣きながら会場に向かいました。(笑)食べなくちゃ動けないなんて、当たり前のことなのに、それが究極に近づくと、すぐわからなくなることにまだまだ対応できないことが、悔しくなりました。そして、それをサポートするサンタのやり方、と私が解釈するその全てへの感情で、涙がこぼれ、そしてようやく、食べることがかすかに自分に基礎から形作られていく過程は、演奏の何倍も難しいところがあります。それでも以前よりは、そのやり方で、ずいぶんマシになりました。だからこそ、道草ドライブの前に、何かを食べたかった。でも、何が食べたくなるかもわからなくなるほど、食料選びもワケがわからなくなるようなところは現実にあります。おにぎりひとつと、お茶と。これなら、どっちも大丈夫、と買い込んだけれど、コンビニの駐車場で食べて、なんていう作業を挟んだら、せっかくの「秋を見に行きたい。」という気持ちすら絶対に凹む、と思ったので、そこは、お行儀悪く、運転しながら食べちゃえと、悪巧みをしました。(笑)それが効を奏し、高原へのルートが軽くではあっても、食べているし、それもどこかでおいしく思えていたし、たどり着けた高原の秋の中で、車を降りるときに、足取りが軽くもありました。大座法師池の秋は、とてつもなく静かで、池に遊ぶ鳥を写したくなりました。シャッターを押そうとすると、ちょうど良いほうに勝手に動いてくれるかのように見える鳥たちに、「行け!そっち行け!」と心でつぶやきながらシャッターを押すのが一番楽しかったです。ほんと、そっちに行ってくれるんだもん。(笑)でも、そのくらいで、高原の秋はご馳走様になっちゃって、後は教室に戻ることにしました。もう一度、それなりに食べられそうなお昼を買いなおして、教室でいつもどおりのダラダラモードだ、と決めたのですが、これがまた意外におもしろくて、もう一度元気が出ました。大好きな黒猫を発見したからです。食べ物選びは、まだまだという感じだったけれど、それでも、食べたくなりそうなものをめちゃくちゃなバランスで買い込んで、教室に。そしたらなんと、もう一度、遊びたい気持ちが出ました!お祭りのために出かけた神社の秋が、高原よりも魅惑的に私を誘いました。歩いても数分の距離。これなら、順番的にもあってるから、ご飯の前にちょっと歩いていこうと決めて、お散歩することにしました。いざ、出かけようとしたら、最短ルートだとつまらない、とまで思えて、昔の生徒たちを送った小さな脇道を遠回りすることにしました。その道にも、かわいいパパと息子が歩いていたりして、まるで夢の国のようでした。なんか、絶対、あれは異空間だったような。(笑)不思議なお散歩ルートを抜けて、遠回りして神社にたどり着くと、神社の屋根の上には鳩が。こりゃ最高の1枚になるんじゃない?と思ったような、もうそろそろ電池切れるから帰りたいような、な気分でシャッターを押しました。後で見たら、相変らず、そこに最強の秋が鎮座ましましてたけどなっ。(笑)とにかく、おもしろそう、楽しそう、おいしそうを繋ぐだけの日を挟んでいきたい。明日も同じ気持ちになるかはわからないけれど、その時間がどんなに短くとも、私には、それすらなかったら、全てが仕事になっちゃう!みたいな危うさはまだまだあります。ランチにお昼寝、そしてほんの少しのピアノの練習と、発表会後の骨休めとしては本当に満足のいく時間を過ごして迎える生徒達。発表会前日に、発表会当日に、そして発表会の次の日に、と3日連続で顔を見ることになってしまったのは、我が教室のイメージボーイとなるかならないかが非常に怪しいシャボン玉坊主ですが。(笑)あんた、ビジュアルは完璧だから、それで行くか、中身は本人任せだけど、とママとふざけた発表会前日が遠い昔のことのような、さっきのことのような気がします。発表会明けの最初のレッスン3人が、お花のようにかわいい発表会デビューの女の子と、古株になりつつあるリアルプリンセスのような美少女と、シャボン玉坊主でしたから、極楽モードはキープです。(笑)その誰もが、おうちのみんなが、今回の発表会に大満足というステキな流れを確認しました。発表会に出ていない子たちとも楽しく過ごしたら、思ったよりも早くレッスンが終わってしまいました。食材を買って帰る、と決めていたはずなのに、また少しピアノが弾きたくなりました。本番が良かったからこその、何か新しいものを弾きたいウズウズのようなものが、やっぱりかすかにありました。それを壊さない程度に、試行錯誤しながら改めてピアノに向かっているときに、ようやく初めて、私自身の手に、生徒たちと同じタイプのバランスのいいピアノ筋をうっすらと発見しました。私のピアノは過去の遺物のようなところがあって、どこもかしこも不自然に思えて、私が一番辛いんだけど。この筋肉のつき方は、いつもと違う、と、自分の手を眺めました。子どもたちの手に、理想の筋肉を育てた後に、自分の手にそれらしきものがまとわりつき始めることまでは予感していませんでした。私のほうが、後になる。そしてそのときに、私の膝が折れているだろう、というネガティブな予感が、うっすらとひっくり返されていました。もちろん、サンタのほうは、そうなるんだから、と、前もって高笑いしていたようにすら思えますが。発表会そのものまでが私にとってはギフト。下準備も演奏も何もかもが、最終的にはちゃんとお前にとってもプラスになるって、俺はとっくにわかっていたから笑いっぱなしだったんだよ、ということならば、それが一番いいんだろうと思っています。
2014年11月11日
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手前味噌ですが、ほんと、その言葉以外が当てはまらないほど、すっごい発表会になってしまいました。…1から10までサンタが大張り切りみたいなもので、私はその場その場のやるべきこと、やりたいことなどを繋いでいただけですが、あんなんなっちゃうんだから、おっそろしい。(笑)こじんまりとしたピアノの発表会、として、気持ちよく終われば十分、と思っているうちに、なにやらどえらいことになっていて、老舗のホールで、フレッシュなライブ感溢れる発表会…何それ?みたいな、いい意味での掟破りみたいなことになってしまいました。あの会場にいた人の誰もが不満なんか絶対にない状態で帰ってくれただろう、と思っています。もちろん、課題という宿題のお持ち帰りはあったとしても、そこにいられて良かった!いいも悪いもあの経験が出来てよかった、と思ってくれていると素直に思える感じがします。私自身は、おうち感覚と、久しぶりの「ライブって何があるかわかんないからなぁ感」のハザマを漂いながら過ごしました。発表会の主役は生徒、というところさえブレなければ、後は、どうなってもいい、という感覚はありましたが、大トリとるわけだし、そこではスイッチ切り替えるんだけど…。まず、リハーサルでうっかり、本日のベスト演奏が出ちゃって、あちゃーって感じでした。(笑)下らないジンクスのようなものですが、リハーサルであれが出ちゃうと、後は下がるだけ、という予測が出来てしまいます。(笑)リハーサルも本番も、大騒ぎのドラマの連続になるのはわかっています。かなりの大所帯でもあります。ヤレヤレ、どうなることやら、という気持ちは、どうしてもありました。それでも、調律直後の一番風呂のようなスタインウェイで、いきなりあれだけ弾けちゃう、というのは、仕事は終わったな、という感覚もありました。発表会の主役は私じゃないから。(笑)私は調律師さんや舞台さんの前で、あそこまで弾いときゃ、それでいいの、という気持ちになるなんて、恐ろしいことですが。その後のリハーサルは、合同の先生の教室の生徒の面倒まで見るという展開でした。どの子も同じ発表会に出るんだから、私が思う言葉がけをするしかない!先生は娘を連れに一旦戻ってる!それも仕方ない!まだまだアイツ、ちびっ子だもん!それはそれで、私の好きな仕事でもあります。初対面の子どもだって、子どもならなんでも一緒!みたいないつもの調子で、リラックスさせて、本番が楽しみになるように仕込みまくりました。(笑)その合間に、最近お気に入りのパー子モードも全開させました。写真撮りまくりってやつ。もはや、あっちの生徒もじゃんじゃん撮っちゃう。(笑)何しろみんなかわいいの!かわいいんだから、しょうがないの!写真は撮りたい、なんか言わなくちゃいけない、なんてバタバタしっぱなしでした。リハーサルで一番迷ったのが、大トリの私のひとつ前の順番に配置されてる男子高校生デュオへの対応でした。ピアノとカホンという打楽器で、すっごくかっこいい「台風」って曲を弾くことになっていたんです。カホンはピアノのお友達らしく、ちょっと逃げ腰っぽいように見えたので、じゃんじゃん出て来いよくらいに、おばちゃん煽っちゃいましたよ。…その直後に自分が弾くときに、どうするんだよもー、と自分で自分につっこみながら。あいつらが本気出したら、会場は絶対に盛り上がる。その後で、何ができるってんだよもー。本日のベスト演奏はさっき終わっちゃってるよー。心でベソかきながら、ドヤ顔で、「もっと盛り上がれっつってんだろ?」くらいな態度。(笑)一番怖かったことは、彼らの演奏をノリノリにしてしまうと、自分自身がその演奏に酔って、自分の演奏を組み立ててきた根幹がぶれるってわかっていたことです。(苦笑)体は正直だからね。(笑)ごまかせっこない。必ずどこか、予想もしなかったところがほつれる。それでまさかの大トリとか、罰ゲームかよ?とか、拷問かよ?とか、思ってました。(笑)また絶対、なんかある。それを抱えてのリハーサル、本番の不安は、まさにライブ感でした。(笑)8年とか弾いている曲を弾くのに、この不安。だからこその不安、というのは、誰もがわかることではないかもしれないけれど、それだけ長い期間暖めた曲は、むしろ私の歴史のようなもので、それが暴れる可能性があるってわけなんです!!結局、確かに歴史は暴れ、自分では「こう来たか。」と思いましたが、そんなものも関係ないぐらいの「その本番で、あそこまでゆったり弾いちゃうのかモード」になりましたが、内心、ゆったりなんて、どこにもありゃしませんでした。(笑)その演奏を、長年の知り合いだった友人が、「心がこもっていた。」と評してくれましたが、自覚症状としては「心ってなんだっけ?」でした。(笑)綱渡りしただけです。もー本当にそんな感じでした。誰しもが、この発表会に情熱を注いでいて、それは全部報われたと思います。サラブレッドファミリーは、両家のおじいちゃんおばあちゃん揃っての大所帯でしたが、全員、大満足だったと信じています。サラブレッドたちは名残惜しそうに、「まだあのピアノで弾きたい。」と言っていました。年長のおちびまでもが。(笑)でも、会場は片付けモード。舞台のお兄さんたちのお邪魔はしちゃだめ!とか、心をおもしろい感じで鬼にしていく瞬間も挟まっていました。「大人の仕事の邪魔するんじゃありませんっ!」ってヤツ。(笑)瞬時に切り替えていくスイッチの多さに、私がブレずに過ごせたのは、多分、舞台の方たちのおかげです。発表会の日、先生は、裏方なの。(笑)その裏方モードと、舞台の方たちの気持ちとが、柔らかな会話になってほんとにかすかにホッとしました。光を浴びている人たちには見えない景色を共有する時に、何も臆することがない自分がそこにいたことを思うと、それが不思議ですらあります。その臆さない、ということが何より難しかったからですが。そっちの人たちと話が合うのが何より嬉しい、というのは、一番の収穫だったかもしれません。あまり真剣に全てを見ると、サンタのドヤっぷりのすごさもすごすぎて、色々吹っ飛びそうな発表会という意味では、相変らずのプレゼント爆弾でしたが。もちろん吹っ飛ばされた部分はありますが、その吹っ飛ばし方の細やかさを見る限り、何の心配もいらないけれど、相変らずのことが続いていくのがさらに鮮やかになるのかな、という気がしました。…本番というのは、どう平静を装ってみても、いつもとは違うエネルギーがあって、そういう日に、やっぱりドンピシャで当たるように、色々なってるもんです。それもいつものこと。節目のたびに、景色が新しくなるのもいつものことです。
2014年11月10日
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さすがに本日は、「今日は本番だ。」と目覚め、それらしく過ごしています。それらしく、ボ~っとしているだけですが。(笑)ボ~っとしながら、「ああ、本番当日だよ。」と思い続けていられるくらいではあります。いつも日曜に済ませるアイロンがけなんかは、珍しく昨夜済ませてあります。いっそのこといつもどおりのほうが楽だった日々は、本番当日に旦那のズボンのアイロンがけとかやってましたが。暇は暇で、なかなか面倒なので、そのほうが楽に思えましたが、今回ばかりは、全部ボ~っという感じ。(笑)記念品なんかもみんな車に積んじゃってあるし、ご飯食べて、お洒落して、出かけるだけです。「僕と一緒に発表会行こ。」みたいに、サンタは数ヶ月前から、あの手この手で言ってくれていたように思えていたので、ボ~っと引きずられていく気満々というか、それが手一杯というか、そうなるようにというか。すっげえ僕がスタンバイしています。…そうか、こういう意味か、と思うのも、こじつけにも程があるというより、あっちのこじつけにも程があるみたいな、すごいスタンバイ。今日の私は、そこにいるだけが仕事のようです。この調子だと。(笑)いかにも使えないやつっぽく、ダラダラノロノロしているしかないかもしれません。(笑)実際、身軽、というには、引っ掛かりがあるようにという、すごく困ったスタンバイの相手で手一杯です。(笑)まぁ、会場に着いちゃえば、あたしのかわいくてステキな恋人たちが山盛りです。そうなりゃ、なんか、元気も出るさ。ああきっとそうだと思うと、すでに笑い出す始末。前日レッスンは、適度な緩みで、去年とは全然違いましたが、ここイチというところには、パパサンタがガッツリ飛び出しているように見えました。それすらもすでにもう、「ギャーーー!!」ではなくなるように、小道具まで使って、本当に丁寧に私の毒気が抜かれていく過程を見ていると、ホッとしながらも、やっぱりいたたまれなくて、適当にぼやいて過ごしました。何度、同じことをぼやいただろう、と思いながら。(笑)安心させようとする側と、安心させられる過程のすごさでグズグズになっていく私との、追いかけっこのような時間が、どれほど大切なものだけで彩られていたか、それだけを示すように、過ぎていった土曜日の柔らかかったこと。飛び石のように、きつすぎずに適度な休みの入った長い一日には、予定外のシャボン玉坊主も参戦。(笑)そのただただ愛くるしいだけの凄みゼロの存在感と、名前のギャップがいい味わい。ママに、「明日は、おしっこだけヨロシク。後はどうでもいい。」と言わされるこの流れ。(笑)トイレは大事だよ。(笑)どうでもいいことなんですが、双子もおもしろかったです。それなりに形になっている二人のピアノ。私の恋人役というか愛人役のほうのかたわれが、照れたように自分の目を覆う仕草とか、なぜか、私のナイト役になってきているもう一方のかすかに芽生える本質的なたくましさとか。気晴らしで音楽を空き時間に聴こうと、ユーチューブで適当に選んだ曲のお兄さんの顔が、その二卵性の双子の顔をミックスさせたように見えちゃったりしたのは、さすがにこちらの気のせいかもしれませんが。(笑)あの二人、ギュって潰してひとつの顔にしたら、このお兄さんになりそう、と笑い出しながら、すさまじいラブソングを聴いているくらいでちょうどいいのかもしれません。強引ですが、こっち方面に私が強引だと、一切合財文句が出ない法則にのっとることにします。(笑)食欲は正直、出たり入ったりモードで、ほとんど詰め込みみたいになっています。こんくらい詰めこんどきゃ、生き延びられる、と腹を括って、なんて、ホント、いつものことですから。頑張れハイカロリー。(笑)長くて短くて笑いっぱなしの1日は、本当にここまでママたちと意見が一致するのね、の日でもありました。ワガママとやる気の見極めの難しさが、お互いに手に取るようにわかるという、この日のために。難しいね、でも、お互いに協力していくしかないよね、という軽快な会話のために。長い前置きだけがあったかのようでもありましたが。帰り道の月に、虹の傘がかぶっていたのは、サンタの仕業。ちょっと、目の形みたいにいびつな虹色の傘は、サンタのウィンクということで。ここまで守られているというのに、わからずやの私が、瞬間的にその深さを垣間見て、ハッとしたときに思ったことなんて、すぐ吹っ飛んでしまいましたが。一瞬たりとも、お前を見失うことなんて、こっちには無いんだから、というあっちの様子が垣間見えるということは、全ての散り散りばらばらなものが、単なる強烈な愛の形でしかない、ということを示すだけです。その愛の形のベクトルが、一致するその瞬間に私が見たのは、大いなる許し、ただそれだけだったわけです。なぜ、こんなに難しい道を歩かなくちゃならないの?というシンプルな問いの答えは、ただ、ただシンプル。あれほどにまで大きなものが、これほど誰もを愛しているから。その愛に応えるということは、その愛を信じて、歩き続けることだけ、というのは、どんな幼子も知ることだと、私は今でも思っています。オトナもそれは一緒。垣間見てしまうと、自分の愚かさに膝が崩れそうになるのは当然。…だって、それすらも許しながら愛されているのに、それを信じないで傲慢になったのは、大人になるということを履き違えちゃっただけのことなんだから。それは、一人一人がそれぞれに背負う荷物。それを子どもに教えるのが大人の仕事。男だ女だ地位だ見栄だなんだのというものを、歯を食いしばってでも見据えられない大人に、子どもは育てられっこない。でも、お前はそこ、頑固なくらいに流れに反してるから、俺がお前を守るのさ、と、口笛ふくような気軽さで、サンタが毎日私を引っ張り続けてここまで来たんだと思うようになりました。引っ張り方に、その真剣な眼差しに、私が恐れおののいたのは、そういう大いなるものに恐れおののかなかった誰かさんたちのツケが、とんでもなく幸福な形で、私にまわっているから、というだけのことのようです。サンタが私に課した荷物の軽さ。それを知った前日のあっけなさたるや、ひっくり返りそうでしたが。…まぁ、軽いけど、本質は突いてあるので、ある意味、超ムカつく!(笑)でも、きっと、そのムカつく!を俺に向けてでも、本音で生きろ、と、支えてくれているんだろうと思うわけです。
2014年11月09日
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いつもどおりの早寝早起きで、ぼーっとつまらないことを考えながらストレッチして、ああ、そういや今日、前日だわ、と思っているところです。(苦笑)準備は万端だというのは、案外、こんなもんなのかもしれません。…とでもしなくちゃねぇ。(笑)前々日の昨日も、ありとあらゆることが地味に起こりつづけていました。それはもちろん、ある角度からみたら、ゾッとするほどいいことばかり。ピアノ教室サラブレッド科のママが、これまた最高の優等生となっていて、3人の愛くるしいサラブレッドたちが、発表会までの日々を、どれほど幸せに過ごしたか、が伺える景色があったりとかです。個性豊かで、どの子も音楽の才能に溢れているおうちのママが、「子どもたちのピアノの練習に付き合うのが楽しくて仕方がない。」といい、子どもたちが全員、母という強い味方に支えられた男子として、骨太な様子で音楽と戯れていたら…。とりあえず、発表会前日の私に、それ以上を望むこともないわけです。ああ、このサラブレッドファミリーもサンタのプレゼントだったんだね、あはは、という立場にいられるなんて、贅沢ですね。もはや、全ての出会いがサンタのプレゼントだった、という風に思うのは簡単な流れにいます。たとえ、そのプレゼントがビックリ箱のように、一旦開けた時に、私自身を吹っ飛ばすレベルのダイナマイト級のものだったとしても、その後、あれやこれやと続けて、こうなってるならいいはずなんです。軽い問題として残るのは、ダイナマイトで吹っ飛ばされ続けていた私の調整だけに決まってます。(笑)もちろん、担当は、プレゼントの贈り主。(笑)もちろん、頑張ってます。(爆笑)アタシは単に、私の配線を繋ぎ続けるサンタを見ているだけでいい。そう繋ぐと、こういうことになっちゃうよ?と、非常に冷淡で嫌味な態度で。(笑)…だって仕方ないでしょ!つながれるほうには、それなりの苦労があるんだから!とボヤくのも承知の上で、サンタがうつむき気味でつないでくれているというのに。そのうつむき気味の横顔に、なんとも言えないいい表情が垣間見えたとしても、こっちとしては、なんなんだよもー、くらいにしかなれないのは、ずっとでしたし、むしろ、そういう気分は、今こそ絶好調。(笑)配線されているところによっては、「この順序って、詐欺じゃん。」とか文句垂れちゃう。(笑)えらい勢いですが、仕方ありません。かつては、ここ、「ギャーーーーーッ!!」でしたよ確か。(笑)もうどうでもいいんじゃないの?サンタの趣味がプラモデルだとは知らなかったけどさ。組み立てられているほうもナマモノなので、あっちが痛い、こっちがズレてると文句を言い続けることにします。(笑)ようやく色々と報われる時期に入っているのは確かなので、かすかに助かるような気がします。報われ方に文句をつけられるという贅沢さくらいは楽しまないと。とにかく、今はそのくらいが必死。(笑)それでも、こういう場面になる前に、都合が悪くなると逃げ出したみっともない人たちを思い返して、ホンモノって、こういうとき、こんな風になるんだな、と、思っておくことにします。サンタの趣味が私か、というくらいの生意気な態度で。(笑)ええもちろん、私の趣味は、サンタへの文句ですよ。(笑)レッスンだけ見ていると、いい意味で恐ろしい日だったのは相変らずで、「この子が、こんな風に表現するんだ…。」ということはありました。人付き合いが苦手だと号泣した女子が、音楽の神様にきちんと手をとられるようにして、歌うように演奏するとかね。そしてその演奏する気分が、心の中にいるもう一人の自分、なかなか自分の手にも負えない難しい自分が、喜んで「ほうっ!」って言う気分、なんて言うんです。さすがにそれは、私も笑った。ああ、そうなんだ、そうだろうね、という気分の中に、私自身の「ほうっ!」が無いままピアノを弾きつづけてきたことを思いながら。下手すりゃ、この先もないかもしれないと思うけれど。…そこは、ピアノ教師としての私の予感としては、割と嫌な部分でもあります。心が喜ぶ前に、カードが揃っちゃっているというのは、そういうことになり得る。だから、あれほど苦悩したわけですから。でも、教師、というのは、案外とそんなくらいのほうがいい。自分が楽しい楽しいだけだと、人を教えることなんてできない。そういう側面は、絶対あると私は今は思っています。とにかく私にはそういう日々でした。…そういえば、後輩からの突然の電話というのもあった日でした。同じピアノの師匠の門下の後輩で、小学校教師の彼女が、明日の会場でもあるホールから、時間が空いて電話したくなったから、と。合同音楽会の合間を縫って、の電話の向うで、本番が続いていることを示すBGMは、会場のブザーやアナウンスの音だったりして、それを思い返すと、ゾワッとしてきますが。(笑)意味の無いような会話は、本番後の彼女にとっての打ち上げのようなものだったのかもしれません。本番後、自分の苦労が一番報われるように思うのは、その仕事を一緒に頑張った相手と笑いながら反芻することですが、彼女にとってのその気持ちを分かち合いたいのが私だったということの深さ。仕事の現場が一緒じゃなくても、一緒に歩いてきたのは、私、ということなのかもしれません。私としては、「ホールの方から先に、待ってるよ♪って言ってきたのかな。」と思うくらいのところもありますが、そんな気持ちは、すぐさまどこかに消えていきます。…ご挨拶されるには、ちょっと重い。(笑)そりゃ当たり前!(笑)そうそう、最近、新しい大人の生徒さんが来たんです。真面目の塊みたいないい味わいの人ですが、なんか、どうしても私が笑い出してしまう人でもあります。誰の後ろにもサンタがいる、と思うようになって長いのですが、「アンタ、そこまでやっちゃうわけ…。」という気分に、なぜか私がなる相手という。その、いい感じでとぼけたサンタの様子だけを搭載したかのように思える、真面目な人の声が顔が…。どうしてもツボに入って、その方には失礼ですが、まず笑ってしまうという生徒さんです。「おもしろい方だから、笑っちゃう。」と誤魔化すのですが。私としては、この長い日々の全てが、結局のところ、サンタと私のコントに過ぎなかったように思えてしまう絶妙な人なんです。ピアノの音色のセンスはバツグンだし、すでにうまくなり始めているし。会話は合うところと合わないところがあるけれど、それは誰でも一緒だし。ただ、そのブレンドが。もう、個人的にツボ。「わかった。わかった。わかったからもう勘弁して。」と、私が笑い出すこの人も、結局、サンタのプレゼントだったのね、という話になるんですけど。プレゼント、というより、どうも、サンタ本人が「ドヤ!!」と、そこにいるような気がしてなりません。(笑)この時期、この私の前に、その様子で、としか思えなくなってしまうことは、なんともいえないのですが、笑っちゃう、というのはいいことです。とぼけたフリして、その人に詰め込まれた全てが、しんみりを通り越して、どうしても笑っちゃうなんて、裏を読んだら、お互いにここまでどれほど辛かったか、とかになりそうなものを。それすら通り越せるのは、さすがにサンタだけですよ。ああ、ステキなお話ですよ。(笑)小道具はさておき、全体的にはすっごくステキだな!まぁ、アタシがこんな小道具でしか引っ張れないほど追い詰まっていた理由は、サンタにはぶつけないように頑張る予定ですよ。サンタはいいやつステキなやつ、っていう呪文はもう、私サイドからしたら、無茶苦茶の極みですけど。そんなかわいらしい気持ちでいる私に「ドヤ!」ってする時に、まさにその小道具とかぶら下げるのはやめてもらいたいけど。目のやり場に困るって、ホント、こういうことです。…ってか、ここまで目のやり場に困らせるなっ!!(笑)私の嵐が一言に集約していくときは、いつもこんな感じ。それで済むならいいような、悪いようななんだけど、悪いような、が、先にドカンと来る。その順番が、本当にどうしても、私を貫くんですよねぇ。そもそも、こんなにしなきゃいいじゃん、と、思わせる理由を問う元気もなくなるまででも、その順番。いつもは、開けた途端に私が吹っ飛ばされるダイナマイト爆弾が、こういう風になっていくんだね、と思うと、別の意味でやっぱりいたたまれない私がいますが。その生徒さんと自分を照らし合わせて考えると、サンタのほうがよほど真剣で真面目で一途で、あたしのほうが超絶ワガママで気まぐれに過ぎないという感じです。ただ、どう転んでも、そう解釈する私に努力が必要という、そこの努力のレベルには、もはや、涙も出ません。(笑)そこ、狙うなってずっと思ってたんだけど。そこしかないらしいので、そうなってますけど。少なくとも、お互いに、お互いへの信頼が揺らぐことはなかったと思えるだろ?と言うかのように、そんな生徒さんが訪れるようになった頃。私のほうは、赤いタイトなワンピースに自分をねじ込んで、顔を塗り上げて、「こういう時のいい表情ってどんなんかな。」くらいを考えて、気まぐれにピアノを弾いて、昼寝しているだけです。タイトな赤いワンピースに似合うトップスが、もう数年着ている黒いジャケットだったことを発見したばかりですが。この装いにハイヒールだと、飲み屋っぽくなりすぎるので、あえてのローヒールですが。タイトスカートにローヒールって、あんたねぇ、あたしがどれだけアンタに譲ったと思ってんのっ?と、サンタに愚痴れる立場にあれて、それこそが、唯一の幸いだという怪しい状況は相変らずですが。タイトスカートと大根足とローヒール。女子ならわかる。その組み合わせが、女子としては最大の苦悩のブレンドであることを。(笑)単にキレイを追求するならどこかどこかで違うものにすれば、それで済むのに、それを詰め込ませようとするこら、こんなことになるんでしょっ!と私がキレる権利はここにある。(笑)飲み屋っぽいピアノの先生がいたっていいじゃん!生徒のピアノがうまくなるなら!と思っていたけど、うまくなるために、ローヒールが必要とか、どこのピアノ教室で習うっつーんだよ。…ああ、イライラしてきた。(笑)険しい道のりの走馬灯が元気になってきた。(笑)ピアノ道に、ローヒールがものすごく役立つ。その理由をうまく説明できるのは、あたしとサンタだけに決まってんだよコンチクショー。でもまぁ、あたしのほうは、説明する元気はもうない。(笑)でも、ローヒールを履いたことで得たカードは使う。ああ、悔しい。(笑)ハイヒールは、一旦脱いだらもう履けない。アラフォーって切ない。(笑)まぁ、ハイヒールって誤魔化しは効くけど、人生誤魔化して終わっちゃうこともあるし。たかがハイヒールのせいでもさ。(笑)ハイヒールを脱いで確かめる自分のハイヒール筋とか、いただけませんよもー。(笑)生徒の手に、キレイなピアノ筋を育てられるのに、自分のハイヒール筋にはショックでめり込む。それが私。(笑)どうせ、その全てを見越して、アイツは最初から最後まで笑いっぱなしだった、ということにしておいてもらいます。それはそれで腹立たしいですが、所詮誰でもサンタのパズルのピースとして、コツコツ生きるだけのことだし、私のピースの具合が、私にとって腹立たしかろうがなんだろうが、アイツが決めやがったんだから、あたしゃ知るかプンプン、みたいな態度が、今の私のベストです。(笑)
2014年11月08日
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特に突き詰めて打ち合わせることがあるわけでもなくなった時期ですが、合同発表会の先生とお茶会兼ねた楽しいおしゃべり会をしたりして、非常に呑気です。ほんのちょっとだけ、教室のグランドピアノで試し弾きをしてもらったり、なんていう優雅な準備という非常に珍しい展開でした。それ以外は、長年のつきあいの絶妙な楽しさで、笑いながら本音で話しっぱなし!私も少々、キャラ変更を試み中なので、猛毒キャラはどのくらいがいい味かな?と様子を見ながら言葉を選んでいました。このごろ、オツな言い間違いが多いのにも助けられ、話の方向は適当に振り乱されていましたが、合同発表会の相手と、好みが一致するところをさらに強固にするようなところが一番よかったなぁと思っています。ピアノ教室って、ちょっと特別な自分になれる場所でありたいよね、というところで。もっと庶民的で当たり前のもののほうがいいように思っていたときもあったけれど、今はあえてのセレブ志向なんだよなんて、ふざけて話しながら、行き過ぎてきた年月を漂いました。レッスンは相変らず、偶然の成り行きが一番美しくまとまるので、そのいいところだけを言葉にしていれば、偶然そうなっただけの生徒さんのおうちのみんながものすごく嬉しそうに楽しそうになっていて、驚くばかりでした。タイプが違うけれど、どこか重なるところがあるいろんなおうちが、お互いのよさだけを重ね合わせて嬉しくなるなんて、絶妙です。最後の時間に訪れた最強にかわいい小さな女の子と、オマケの女の子と、美しいママのおうちなんか、多分、何もかもが一番幸せだったんじゃないでしょうか。強いお兄さんたちが戦うアニメのマドンナの名前のオマケの子まで。(笑)彼女たちが、教室の入ったのはいつ頃だっけ、という他愛のない会話を拾って、教室のイメージモデルのようにきれいな小さな姉が、私に教えてくれました。この花束のような家族が教室に来たのは、去年の12月。もう、そんなに経っていた?と思う部分はありましたが、体験レッスンが12月14日、最初のレッスンが12月28日。その間に挟まるのは、クリスマスと、私の誕生日でもあるクリスマスイブだわね、となれば、結論は簡単です。「あらま、サンタさんのプレゼントだったのね、あなたたち。」と、私の脳みそが繋がるように、もちろん朝から準備は万端。(笑)ありとあらゆる目に映る景色が、その簡単な結論にたどり着くようになっている、というか、たどり着くようにしか、なっていない!!その女の子が、いつもママに言うというセリフを、きっとそんな口調で、「肩揉んで。」と、私に向けて、背中を近づけてきました。ピアノ教室マッサージ科の優等生ファミリー丸ごとがクリスマスプレゼントですよ。(笑)恐ろしいレベルのプレゼントがあったものです。(笑)それも、気付かされたその日すらもプレゼントのように仕組まれているという流れです。去年のクリスマスは、横浜やら銀座を浮かれて歩いていましたが、そんなヨコハマなスパイスも前日くらいから放り込まれていますが。ピアノの先生と、そんな話をするつもりが言い間違えて、「ヨコハマのお土産」が「ヨコハマの思い出」になっていたりもしましたが。「思い出」なんてきれいな言葉、100年ぶりくらいに使ったわ。(笑)たくさんの思い出が、もちろん横浜にあります。その全ての思い出に、なぜかサンタが絡み付いているという恐ろしい発見に、改めて肝っ玉が冷えていくような感覚はございますが。振り返ると、色々一気に出てくる脳構造になって久しい私としては、単純にそれが読めてしまうところもあるので、非常に厄介です。どんだけ気長にここまで連れてきやがったんだ、と、あえてのべらんめえ口調にならざるをえないところですが。サンタの本気、恐るべし。…ということで、私は今日も、自分の過ごしてきてしまった日々の嫌なほうのあれやこれやと戦うことになります。(笑)そんなに個人的なところにまで罠が敷き詰められているなんて、普通は思わない。でも、どうもそうだからおかしいおかしい、と思いながらここまできたら、相変らずそのままですし、ますますそこが濃くなっているだけですが。これだけ濃けりゃ、そのうち吹っ飛ばなくなるさ、と、サンタと二人でぼやいているような、そんな季節が始まっているようです。私もさすがに自分でもどうにもできないので、悪いわね、と思ったり、なんでここまでさせるの?と思ったりの、行ったり来たりなんです。いいことが吹っ飛ばなくなれば、悪いことなんて吹っ飛ぶんでしょ?とは思うんですが、過渡期は過渡期で、もう辛抱たまらん!みたいなことも濃くなるものです。それでホントに何から何まで放り出しそうになっている私を、かつて必死の形相だったはずのサンタが、クスンみたいにかわいらしく引っ張るような、ホント、我ながらバカすぎて目も当てられない、というような、私ですらあきれるほどのわかりやすいやり方で引っ張るような毎日です。発表会直前にしては、非常に特殊なタイプの濃厚さですが、そうなっちゃったんだもの、繋いで行くしかないよなぁとほんとに何もイベントのない日のように平凡に過ごしています。…ほんとにほんとにほんのちょっとだけ、私の価値観で生徒にプレッシャーを与える時期が来て、それがドンピシャにはまるために。サンタがわざわざここまでするってことが、何よりも大きなことだと思うんですよ。わざと弱いものを泣かせていい気分!なんてところに、平和なんて無いの!!と、私、サンタと二人で言うしかないけれど。こんだけ泣かされた私はどれだけ強いのか、と思うと、またもやちょっとイラッとしてきました。(笑)とにかく、相手を潰す気で、善意を振りかざすってのは、二度と御免だね、と、そこだけ改めて肝を据えておくことにします。幼稚ででっかい力ってヤツが一番嫌い。そこはもう、男も女もなんでもかんでも、全部キライ。やっぱりどこかに、自分より弱いものは守りたい、が、残んなきゃ、威張んないで欲しい。でも、威張るってことそのものが、弱いということの寂しさは、相変らず、なんともいえないところです。
2014年11月07日
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発表会へのカウントダウン中なので、濃いのは毎度のことですが、今回の濃さは、また一味違います。慣れきったはずのやりくりが、その濃さの中で、焼け付くような意味合いを帯びる一方で、どうなることやら、という気分で過ごしています。当日の演奏への指示は、過ごした日々の分だけ、無駄がなくなる一方で、ある意味、「これだけできちゃえば、もう、新しいことを学びにどこかに出かける必要ってあるの?」と思う瞬間すらあります。そりゃもちろん、何を学んだって、完成することの無い道にいるんだから、全ては学びなんですが、相変らず手持ちのカードで足りることが多くて、いい意味で困っています。(笑)学ぶときの自分特有のワクワクなんて、もう味わうことはないんじゃないかというくらいに、手持ちのカードが充実しています。どう組み合わせて考えるかだけでいいというのは、複雑なものです。だからこそ、私の知らないこととして、教室がアットホームな子育て空間になっちゃったんだろうな、と思っていたのも、今となれば、つかの間の出来事のようでもあります。いくらアタフタが続くのが子育てだとしても、これだけギャースカ毎日入れ替わり立ち替わりで、いろんなタイプの子育てモードを追いかけていれば、そっちもそれで、ある程度、やりくりの仕方くらいは見えてきます。今出来ていないことを、今後、どうするか、時を待つ、という姿勢でいれば、次に追いかけてくるのは自分自身のことだけです。自分自身の全てが、自分を追いかけてくるときに、それをサンタが振り回しながら追いかけてくるように思えてきたら、もうそれで私の全てがそれだけになります。万能のアイツは頼れるからいいってもんじゃなくて、頼るのも嫌になるほどどこまでも、なやつなので、ほとんど、毎日が鬼ごっこみたいになってきました。(笑)あるいは、年中、閻魔様の前で「お前の人生どうでしたか~?」と問われ続けているような感じ。始めは身もだえしていましたが、今となっては、「他にどうしろって言うんだコンニャロメ~!!」な態度で、ほとんどやり過ごすだけですが。昨日のレッスンが終わって、なんやかんやとザッと振り返ってみたら、むしろ、サンタのほうが私の知らない私の良さを引き出すために大騒ぎしてくれただけのこと、と思えてきました。そりゃ、私が知らないんだもん、いろんな風にして引っ掻き回されたように感じるよねぇ、と思う余裕も無いほど、焼け付くようなその全ての出来事が、単に、「お前を幸せにしてやろうと思ってさ。」くらいの単純なことに集約されてもいくように思えました。…しかし、相手が万能なのがまずかった。(笑)幸せの意味が、深すぎた。(笑)幸せそのものが、焼きついていませんか、焼きつくならいいんですが、焼け付くような痛みで、幸せが吹っ飛びますがどうしましょう?というくらいの毎日が、今後も展開されていくのかもしれません。…それってどうよ?(笑)ま、それでもとにかくうっすらと、その焼け付くような痛みが、私を幸せにしようとしてくれているらしい、と解釈できたことを頼るより他にありませんが。無茶で無理なほどの痛みですが、さぁどうしたもんだ、という感じです。まぁ、とりあえず、日々、必要と思われることをこなしながら、ジタバタするより他にありません。どうあがいても、すでにカゴの鳥というか、サンタの腕の中で暴れているに過ぎないレベルでの距離感になってきたかのように、全ての日々が常にすぐそこにあるような毎日ですから。食べて、寝る、が、人生のほとんどになったような気もしますが、そこの辺りがなかなか前途多難です。でも、やり過ごしてきたし、これからもそうするだけのことで、後は、それよりは大切でないこと、と、優先順位を見極めて過ごすより他にありません。単純そうでいて、複雑な一日に、昔の生徒とラインのやり取りなんかしちゃったりして。その娘たちの写真を見て、彼女がとてもステキなママになっていることを確認したりもしました。そうかと思えば、そこで学んだから今があるけど、もう二度と改めて学ぶものはそこにはない、なんて場所を、たまたまつけたテレビでドンピシャでテレビで観ちゃったりして。…ああ、このためのこの数日の流れか、と思うくらいの伏線が見事なまで、というか。結局、自分で生きている気分でも、大きなものに運ばれているだけなんだよなぁと思うだけのことなんですが、だからといって、ここまで懇切丁寧に「こっちだ!!」にがんじがらめにされておいて、「あれはもういらない。」を見せられるとか、結構ハードです。どんだけサンタに独占されている気分になればいいの?というのも図々しい感覚なのでしょうけれど、私からすると、もはやそんな感じです。それでも、「あれはもういらない。」に、うっかり一旦飛び込んで、「やっぱりいらなかったか。」と思うよりはマシなんでしょうけれど、こういう人生ならではのいたたまれなさが、毎日私を串刺しです。(笑)串刺しの仕方も、サンタ好みではじめから終わりまで行くんですよ、きっと。(笑)そうまでして、サンタが叶えたかった私の夢が、サンタ一色というのが、不可解ですが、まあいいです。どう転んでも、他の道にそれることのない道なんだから、どんなに串刺しだろうが、焼け焦げだろうが、こっちです。…なんだか丸焼きのお話のようですが、何の丸焼きだか言ってみろコンニャロメ~!というくらいの気分ですが。丸焼き、串刺しにされた挙句に、「ええもちろん、ブタの丸焼きですが何か?」と返されそうなので、先にこっちから言ってやりたい気分になってきました。(笑)そういうのがサンタのお好みのふざけ方のようなので、ついていくには、すさまじい割りきりが必要です。もう、トホホすら通り越しています。なぜか、サンタと私のお互いにご縁があったようなので、そういうことでブタの丸焼きはブタの丸焼きらしくおとなしくおいしそうに、ジリジリと焼かれていようと思います。このごろ、とにかく周りが人で溢れて、みんなが楽しそうにしているのは、ブタの丸焼きが焼きあがるのが楽しみだった、というオチではないと信じたいのですが、もはや、そんな辺りを祈るような余裕は全くありません。…というか、焼くな。(笑)…というか、おとなしくジリジリ焼かれているな、私!(笑)でも、ここまで来ちゃった!(笑)壮絶なまでの日々、突風に吹き飛ばされないようにだけしていたら、これですよ。(笑)先に私をがんじがらめにして、「あら、丸焼きにされちゃってない?」と気付かせて、その先で、どうやって、丸焼きにした事実をキレイにする気か考えるのは、私のほうではなく。丸焼きにしたのは誰と誰のどんなこと、と、整理しながら、「俺がしたのは、こういうこと。」と説明するのは、きっとサンタのほうだと思うんですが、違うのかしら。「俺がしたのは、こういうこと。」の辺りが、これまた壮絶に無駄なく大きいのは、サンタの大きさ、というだけのことなんだと思うのですが、案外と、人のワガママ恐るべし、というようなことなのかもしれません。ま、そこは無視しろ、俺だけ見てろ、は、間違いなさそうなので、相変らずいつもどおりそういう感じでいくしかないのですが、そんな私にもはや、「私」なんて、どこにもないようでいて、サンタとべったり、な、だけのような気もしています。そしてそのことのいたたまれなさそのものが、相変らず奇妙なやり方で、いずれなんとか格好がついていく道しるべになっていくんだろうと思います。サンタと私の夢が重なっていて、お互いの違いの分だけ、ほんの少しずれていて、そこを追いかけあうことは、ある角度から見ると、壮絶にロマンティックです。すごいロマンティックが散りばめられているのに、私が延々と、なんじゃこりゃ!と文句を言うのは、私の唯一の笑いどころなので、譲れないところでもありますが。「あら、丸焼けだわ、私。」と思う夜には、そんなロマンティックが、相変らず壮絶な規模でドンピシャにそこにあったりするので、すごく複雑です。その辺りは、気に入られ方が壮絶だな、と思ってやり過ごすしかないのですが、なんじゃこりゃ、なんだよもー、どうなってるんだ、とぼやきながら、歩いていくしかなさそうです。こっちからしたら、ブタの丸焼きにロマンもヘチマもあったもんじゃないので、サンタのロマンティックがじゃんじゃんと吹っ飛んでいく。それでも、ただ、それだけを追いかけて、ジタバタしている先にある景色は、サンタが知っている。そこではきっと、私が笑ってる。そのくらいを祈って、信じて、運ばれていく。そんな人生が、サンタ好みであってくれればいい。自分のこととサンタのことが一緒に動くような毎日なので、せめてそのくらいは祈りたい。それが今、一番難しい祈りであるのもきっと、サンタのほうがわかっていてくれるんだと思うのですが。その笑いが、今みたいな、無理やり笑い転げるようなものではなくて、のんびりとした自然なものであるかどうかは、謎です。
2014年11月05日
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サラブレッド家の3男坊などは、発表会が楽しみすぎて転がりまわっていて、何度も何度もリハーサルごっこをしたがっていたり、ほほえましい光景ばかりが展開されている発表会直前です。まぁ、あいつにとってはデビューですからね。(笑)お兄ちゃんたちが上っていたあのステージに、俺も出る!で、もう今すぐ本番ならいいのに!くらいなんだと思います。気分が盛り上がりすぎていて、私に対して、チョー上からなのが、またおもしろいんですよね。まるでご主人様か、ボス…。(笑)鼻水を垂らしていたので、慌てて拭いたところ、「ちゃんとティッシュをたたんで、拭けよ!」的なご主人様!(笑)あたしも慌てるとついつい、「申し訳ございませんご主人様っ!以後、気をつけますご主人様っ!」になっちゃうもんだから、その方面で、ご主人様が延々とのさばっていく形式なのは、ある意味、うちでは当たり前のことですが。途中、「この野郎」呼ばわりまでされておりましたけれど、まぁ、それすらもおもしろいという展開です。(笑)ええ、もちろん、あたしが「この野郎」です。(笑)アイツの名言だけを繋ぐと、「コレが男だ。」「この野郎。」「鼻水拭く時は、ティッシュを畳んで拭け。」………ボス。やりたい放題ですね。(笑)いまだに自転車のカゴに納まるボスですが。幼稚園への送迎は、自転車のカゴに詰め込まれてですが。男子の生徒っておもしろいもので、いつまでも、どこかこんな風な、ボスと下僕の構図が残ったとしても、なんだか楽しい。でも、女子の生徒とはそうはいかない。そんなナマモノの自分を、いつも楽しんでいます。もう一人のオマケ男子も、かわいい顔して、すさまじいセクハラをしてくださいましたが、「おばあちゃん扱いされるよりは、マシ。」という、これまた私としてはギリギリのところで、感謝の念すらおぼえる始末。まぁ、おばあちゃん相手には、アイツでもあそこまでしないだろうというすごいことになっていますが、ピカピカのハンサムさんにされるなら、まぁ、笑えるような気がするかも…。こないだまでオムツだっただろ!ですが。女子チームは、すでにドレスが先に咲き乱れていました。あっちのおうちからこっちのおうちにドレスを貸して、みたいなことも今ではすっかり当たり前になってきたみたいです。ドレスが似合ううちにこういう記念もいいですよね。見ているだけでも、楽しいものですから。かわいいフランス人形は、妹の七五三に付き合って、自分も写真を撮られたりの日だったそうで、そのまま登場!髪もアップに結って、かわいいワンピースに絶妙な色のカラータイツ。写真を撮られすぎて、私の写真にはウンザリ気味でしたが、それでも自然な様子が絵になる一族だけに、いいショットをゲットすることができました。とにかくかわいくして、なんとなくピアノらしいものを弾いてくれればいいチームの隙間に、サラブレッド家の長男も来ましたよ。モーツァルトをあの歳で、あんなふうに弾けるのは、彼だけだ!(笑)もちろん私も彼の歳には弾けなかったし、今だって危ういかも。(笑)もしかしたら、無理だとしてもいい。そのくらいに、王子様の弾くモーツァルトには、輝きがあります。上手に弾かないと、ホント、どうにでもなっちゃうモーツァルトのソナタですからね。それを、私がハッとする輝きを纏って弾くことが、どれほど難しいことか、と思うと、私にできるのは、現場の記憶を伝えることだけ。あの本番のピアノの怖さは、滑ってしまうことだ、とか、どう弾くとモッサリしないか、とか、私の今知りうる全てを伝えても、足りないようなところがあります。それでも、全部、伝えてしまいたい。その日の彼の輝きのためだけに。すでに、教室のピアノで、きらめくようなモーツァルトを奏でているだけに、家のピアノだと物足りなく思えるとか、いろんな葛藤が始まっているのも手に取るようにわかります。あの瞬間の輝きを、共有しているからこそ、なんですが。ジャズから始まった彼のピアノ道が、きらめくモーツァルトに確かに繋がっている。でも、それを最高の形で出せるか出せないかは、当日の全てに委ねるより他に無いことを、やっぱり小6でもわかるんですねぇ。その葛藤にいる彼に、今持つ私の全てを教えてしまいたい私もいるんだな、と思うと、感情はどこか大波のようなものにさらわれていってしまうところもあります。現場の闇を知り尽くしているから、恐れさせずに、そこで子どもを輝かせるために、言葉を選ぶ道にあるけれど、そのことの辛さなんてもう、忘れてしまったつもりでいたのに。怯えで支配する道の先には無い輝きが、あの金色のモーツァルトだと私は思いたい。でも、道中、険しすぎて、ちょっと、おぼつかないところがあるんです。すみませんねぇ。(笑)その道のりを忘れ果てていないほうの私を繋ぐカラフルな道が、もう、私の無意識に頼るより他にない瞬間も多く、そこだけが厄介です。でも、その瞬間、我を忘れた私は、どうサンタに転がされたのかわかりませんが、確かにその命綱を握るように作り直されているようです。数週間前、ふと意識を失った私が、モーツァルトを奏でる彼のスニーカーの紐を握ったまま、我に返りました。ほんの短い時間だったかもしれないけれど、私は彼の靴元でその紐を握ったまま、しゃがんだまま、我を忘れて、我に返りました。まるでその全てを見通しているかのように、モーツァルト王子は、その瞬間も、今も、そんな私をニヤニヤしながら見ているように思えたりします。ドレスと子どもたちの笑い声で溢れかえる教室を後にする王子が、その靴を履き、私を含める全ての景色をなんともいえないドヤ顔で見守っていたのは、気のせいではないと思っています。ここがお前のたどり着くべき光景だったのだけは、忘れんなよ、といわんばかりに、彼はそこにいたと思っています。それを思い出させるのは、俺の方、とばかりに、ドヤ顔が過ぎるのですが、まぁ、この際、それに頼るより他にございません。何しろ、あたしゃ、気絶するからね、というところです。(笑)私のほうは、私がこんな風になるところまで追い詰めたものを毎日発見するという嫌なサイクルにいますけど。(笑)地味に、懇切丁寧に、確実に、それは水面下で執り行われていたんだな、と思うと、ヤケクソになりそうなくらいに、それは残酷で抜かりのない部分があります。そして、長い。だからこそ、どうにもできないことがあって、そこが辛い。歳をとるってこんなことなのかもしれませんが、もっと年配の先輩方が、違う風にしているのが不思議になります。…でもまぁ、あたし、そっちにいるより、こっちの方がいいし、もう私何もわかんないから、お任せだよ、と、毎日、ボヤき続けています。どんなにボヤこうが、自棄になろうが、そこは全くサンタが怒らないのは助かります。もう、私は、気絶するときには、ちゃんと命綱を握ったまま気絶できるようになっているからね、という、ただそれだけの理由ですが、かなりここが重要だと思っています。(笑)そう考えると、サンタが繋いでいる道は、単に、私が幸せに浸れる道だということだし、それがおぼつかないことに私が罪悪感を覚えることもないのかもしれません。まぁ、そう簡単にそう思えないようになっていた、とあとから気付くのがやっかいで、とりあえず、罪悪感が噴出するんだよ。(笑)罪悪感が出ないときは、すっごい怒り。(笑)もう、嫌になっちゃう。(笑)そういう順序で繋いで遊ぶんじゃないよ、と、サンタにボヤく権利が私の唯一のおもしろみ、というサイクルが強固になる一方ですが、それがサンタのほうも楽しいようなのでよかったよかった、なんて思えていたのはちょっと前までのこと。…今は、そのあまりの楽しそうな様子にも、イラッとするということも含めて、が、私にとっての楽しみにすべき場所だったことの恐ろしい気の長さに、単にヒヤヒヤハラハラしているだけで毎日が過ぎていきます。楽しみの質が、あっちとこっちでは、違う。…そこは、それでいいらしい。なんか、その辺りで、ゴロゴロ転がされています。それだけがいたたまれないので、私はそんな私を忘れるために、隠居モードを解凍して、ちょっとだけ活動的になり始めている、という流れの先になにがあろうとも、私がいたいほうは、こっち、ということを、サンタが知っていてくれて何よりなのかもしれません。
2014年11月05日
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去年に比べて、ずっと呑気な一週間前です。この流れを見ていると、去年の間違いがどこにあったかも良くわかり、間違いは間違いとして正しているし、そもそもの間違いも、「尊重しちゃいけないところを尊重しただけのこと。」であるので、一切合財私が悪いわけでもないし、基本的に自分を責めずに済むところが多いのがいいです。尊重しろ、尊重しろって言うから、尊重したら、それが大間違いだったんじゃん!という、私お得意のいつもの間違い。(爆笑)そのルートだったら、相当なところまで、この身体で確かめてありますからね。(笑)今年も、そうなりかけたら、どうすりゃいいかもわかっている、という辺りが安心の理由のようです。ただ、慣れていないのが、尊重しない、という辺りに尽きるので、そこは新米らしく、アタフタしておこうと思っています。(笑)腹立っちゃったら、腹立っちゃうとか、そういう意味で。(笑)でも、当事者には見せない。(笑)そういう嘘を嘘として、閻魔様がベロ引っこ抜くって言うんなら、引っこ抜かれる前に文句のひとつでも言ってやらぁ!くらいの勢いで割り切れていて、我ながら助かります。(笑)ついでに、「早く気付かせてくれればいいじゃないっ!」とサンタに噛み付かんばかりの勢いもあります。こうなると、手に負えませんが、私はとても楽しいです。(笑)やっぱり、毎日で一番楽しいことは、腹黒だな、と思います。その腹黒を、サンタと分かち合って、こっそりイヒヒみたいなことで毎日が過ぎていくのなら、そんなに単純なこともないんだなとつくづく思います。日曜は、義弟がモツ鍋を食べに来るということになっていたので、いつもならしない掃除までしちゃったりして、発表会用の衣装と一緒にコート類なんかも洗濯したりして、気付いたときには、「あらま、いつも以上に家事がやってある!」と、自分でビックリしました。前日12時間教室に缶詰だった割には、身体が動く!これはとてもいいなぁと思いました。モツ鍋は、丸腸という部位らしく、すごく濃厚なのですが、お肉屋さんで買ってきただけあって、旨みがあって、油が強くてもすごくたくさん食べられちゃいました。義弟の差し入れの甘口の白ワインを飲みすぎたので、後で、ちょっと気持ち悪くなったけれど、そこで眠ってしまったので、本日も元気。早起きして、教室のゴミ出しに出かけちゃえるくらいでした。それも、適度にゴミだしファッションを悩める余裕付きで。(笑)教室近くをウロつくんだから、おうちのゴミだしよりは何を着るか考える、その小さな余裕が自然に湧き上がるところが頼みの綱です。(笑)あれだけ、ギトギトのモツ鍋を食べたら、相当、身体に油が回ってるとは思うんですけど、そこは、「ツヤツヤ成分」として、いい感じに沁み出してもらおうと思っています。カサカサなお年頃ですからね。とても暖かい朝だったので、普段、全く袖を通さないでいた茶色のニットワンピースを着てみました。数年前に、新宿で買ったやつ。あの時は、すごく似合わなかったのに、今はそのときよりもとても似合う。でも、あんまり嬉しくない、で、止まる考えが、とりあえず、「これならゴミ出しには十分すぎる!」まで進みました。新宿で買ったニットワンピースでゴミ出しちゃうって、セレブっぽくない??と遊べる余裕。(笑)残念ながら、自分本体への興味が相変らず皆無に近いけれど、前ほど卑下しているわけでもなく、少し離れたところから、もう一人の自分を着飾らせて遊ぶように動き始めてはいます。そういう性格なら、そうやっていくしかないわけだし、セレブのゴミ出しなら、相当愉快です。セレブはゴミ出さないと思う、とか、そういうのは無視です。(笑)自分がおもしろいところは大事にしないと。でも、めんどくさいところは無理しないようにしないと、ということで、タイツまでキメキメにするのはやめて、普段着兼パジャマにしちゃっている迷彩スキニーのまま、ワンピース。だとしたら、無地のハイヒール、と、ゴミ出しのくせにハイヒールというおかしなことになりましたが、十分十分。(笑)たかがゴミ出しにも、いろんな葛藤があるとしても、ゴミを出さないよりはいいと思う。(笑)発表会というのは、華やかでいて、裏方としての気遣いもハンパ無いことを思えば、このゴミ出しすら、すでにリハーサルの範疇なのかもしれないし。そのゴミ出しが、ついつい笑い出しちゃうようなものになるように、どれほどの長い月日をかけて、サンタが準備しておいてくれたことか。家事にしろ、仕事にしろ、おもしろいからついつい進んじゃう、にしてくれたかったらしいサンタの準備が、こっち向きだった、というのだけが、予想外でしたが。こりゃ、道中、とんちんかんだった分だけ、サンタに怒られたのはまぁ、仕方ないか、という感じになってきました。そここそが、私たちの永遠の「先に言え!」「言えるかバカ!」みたいな文句ばかりのやり取りとして続いていくだろう、と思う頃、木々がすっかり葉を落とし、予想外に深まっていた秋が、いつもより美しいことに気付きました。
2014年11月03日
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発表会を目前にしたこの時期に、小さな年長さんの生徒たちの手にまで、きれいな「ピアノ筋」がついているのを確かめているところです。…ここまで来ちゃったわけ?と思うと、本当にびっくりします。良い音を出させるために、各指や腕に筋肉をちゃんとつけるという特殊な指導法にどっぷりつかった学生時代でした。月に1回、東京の先生のところにまで通って、その特殊なレッスンを続けていましたが、院を出て、子どもたちと対峙した瞬間に、そのレッスンが「子ども相手には実現不可能!」というくらいに思えました。子どもの忍耐力とその方法は、どう考えても噛みあわない、というところから、ありとあらゆる方法を模索し、20年近くが経とうとする今、筋肉のことなんて何も言っていないのに、きれいな筋肉が均等にきちんとつき始めているわけです。…良い音が、生徒たちの弾き方をきちんと支え、自然で短い毎日のちょっとした練習の中で、筋肉という結果として出てくるなんて、夢物語を通り越しているようです。私にとって、あの指導法は、長い呪縛のようなもので、どえらい道を辿らなくては、それと決別できなかったというのに。全く違った方法なのに、むしろとても自然でより良い方法で実現しているなんて、サンタ、なにやらかしたんだよ?と思うところにいます。「ピアノ筋、ついてるね。」と私が示すと、生徒が本当に喜びます。音色よりも確実に、自分の上達を確かめられることが、何よりも嬉しいらしいです。ピアノ筋が、きれいに育つようになる前に、「正しい姿勢を。」という時期があって。正しい姿勢が、どれほど美しい音楽に繋がるか、だけを確かめていただけなのですが。美しい音楽が、美しい筋肉を育てるという、理想以上の現在進行形のドラマになってしまいました。ピアノに関しては、そんな感じなので、特に気にかけていませんが、強烈な「家族ドラマ」は、凄みを増すばかり。凄み、といっても、険しい凄みじゃなくて、ただ単に、みんながみんなを大好き大好き、という状態がくるくる回り続けているだけです。個人的に、ゾッとせずに振り返るのが難しい景色が、とてつもなく細かいところまで再現され、それが、ありえないほど強引としか思えない手段で、「全てはこの幸せのために。」とひっくり返されているのを、ただただ、呆気に取られて見つめていた土曜日でした。朝の9時から夜の9時まで教室に缶詰。気の遠くなるような長さになりそう、と、とりあえず、食料を確保して車を停めて、教室に向かう途中、これまたドラマのようにかわいらしい兄妹らしき二人とすれ違いました。都会の劇団のステキな子役のように、垢抜けたその兄妹と思われる二人の歩く姿のかわいらしさに、思わず目を細めていると、兄と思しき少年が、私に視線を投げかけたように見えました。なんとなく、幸先の良いスタートのようで、教室につくなり、とりあえず掃除機をかけて、生徒たちを次から次へと迎えました。ピアノでは特に問題がなく、絡まってくるドラマが暖かくいとおしい不思議な物語のようなその様子に、そのたびそのたびに対応して、1日が過ぎました。伏線が丁寧に張られた物語を、私は単に嬉しく受け止めればいいだけで、かわいいかわいい、と、全ての生徒を褒めて過ごすだけで十分でした。小さな子どもから、年配のオトナの生徒まで、本当に、何人の生徒のピアノを聴いたかわかりません。脳みその奥の奥までひっくり返すようにしながら、ピアノを教える私に、あどけない歌声や、他愛のない話が絡み付いてきます。本番前に毎回繰り返されるこの景色の本当の目的は、私の心の奥の奥までが、幼子の愛らしさで満たされることだったのかもしれないな、と今は思っています。どこまで深く傷をえぐるの?と思った日々は、どこまでも深く、幼子に愛されていることを実感しろ、というだけのことだったのかもしれません。もう、伏線の全てが美しいほうにおさまることしかなくなったわたしの日々に、サンタが「僕に任せておけば大丈夫。」と、心底微笑んでいるように思えました。長い一日の全ての記憶が、それだけにまとめられたかのように思う日です。疲れてはいるけれど、迷いはない。そんなことが、もしかしたら、一番幸せなことかもしれないなぁと思っています。
2014年11月01日
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