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つい先日、日本にいる兄(次男)とスカイプを使って話していた時のことである。兄:「スーパーフライ級日本チャンピオンの田中聖二がこないだ(2005年4月3日)の初防衛戦にKO負けしたダメージで(4月15日に)亡くなったよ・・・」ショックだった。私がボクシングを始めたきっかけはこの兄が当時ボクシングジムに通っていたからであり、ボクシングを愛する者として彼もそうとうショックを受けているようだった。。。。私が大学の卒業論文で「スポーツ事故の法的研究」というテーマを扱ったことは以前紹介した。(2005-02-10-『素朴な疑問「リングの上で人を殴ってもボクサーはなぜ許されるの?」:「手術で人が亡くなってもなぜ医者は許されるの?」と実は同じ論理』 参照)この論文を書くにあたり日本ボクシングコミッション(JBC)の本部を訪ね取材を行い、「プロボクシングを取り巻く現状と死亡事故への対策」という項目を設けて以下のような記述をした。-----------ボクシングは頭部への攻撃を是とする特殊なスポーツである。日本でプロボクサーが試合中のダメージが原因で死亡したのはこれまで(2001年1月当時)33人、90年代に入ってから10人のプロ選手が死亡している。ボクシング界では、このような事故を『リング禍』という。一方、メキシコでは49年間、フィリピンでも13年間も試合での死亡事故がない。こういった現状をふまえ、JBCでは、死亡事故をなくすための試みを以下の4つを中心に行っている。1.選手の健康チェック→20戦以上の戦歴がある全選手に頭部のCTスキャン検査を義務づけた。さらに、これまで試合の計量は前日のみであったが、選手の体重の急激な変化が事故につながると考え、当日再計量を導入した。この当日計量はあくまで参考であり、公式記録には前日の体重が記される。2.医療体制の確立→例えば後楽園ホールの場合、約40分で病院に搬送し、90分以内に開頭手術を施せるシステムが確立している。他の会場でもこれに準ずるようなシステム構築の努力をしている。3.治療費の相互扶助→競技の性格上、選手が任意保険に入るのはまず無理である。そこで、試合で怪我をした場合、JBCが設置した「健康管理基金」から医療費が補助される仕組みを作った。これは、4回戦ボーイから世界王者まで一律、ファイトマネーの3%(外国選手は1%)を基金に入れ、手術などの費用を相互扶助する仕組みである。4.レフェリーによる早いストップ→メキシコやフィリピンにおける、長い間の死亡事故の非発生を早い試合のストップに見出し、ルールを外国並にし、早めにストップをかけることでダメージから選手を救うことを提唱している。逆に、遅いストップはレフェリーの保護責任者遺棄致死罪の成立も考えられよう。死亡事故の結果回避義務違反としての過失責任を有する不作為犯となり得るからである。-----------現役のプロボクサーでもあった取材当時の私は、JBCの職員の方の説明を聞きながら、協会の取組みを有効性のあるものだろうと評価していた。しかし、この論文を書いた2001年2月以降、2002年4月の伊礼喜洋選手(八王子中屋ジム)、2004年4月の能登斉尚選手(フラッシュ赤羽ジム)、そして今回の事故である2005年4月の田中聖二選手(金沢ジム)と3件の死亡事故が起こってしまっている。決して濃い密度とは言えないのだがこのスポーツを7年続け、心の強さと体の強さを得たことを誇りにしている私には非常に辛い状況である。スポーツとしての奥深さ、心身の究極の駆け引き、そして結果としての人間的な成長を伴うこの競技を廃止して欲しくはない。今や50年以上死亡事故を起こしていないメキシコから学ぶべきことはまだまだあるだろう。今こそ世界中のボクシング協会が一丸となって死亡事故の撲滅に向けて協力するべきではないだろうか。田中選手のご冥福をお祈りいたします。
2005/04/30
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お昼からインターンシップ先のバイオメディカルベンチャーでのビジネスミーティングに参加。有望な技術を持つバイオベンチャーがいかにして大きな企業との協力関係を生み出すのか、本物のビジネスが展開している場に出席することはビジネススクールのどの科目よりも勉強になる。参加者も日本の企業の方々からハーバードビジネススクールの教授まで幅広いメンバーである。インターンシップという身分ではあるが、逆に学生という比較的ニュートラルな状況で様々な分野の方々と知り合う機会も非常に貴重だ。先日の日記、『帰国前1ヶ月にして名刺を注文!:大量に余るかな・・・』 で名刺を注文したことについて書いたが、すでに入手した名刺も順調に交換されていき、今日も10枚以上の方々と名刺交換を行うことができた。作っておいて本当によかった。これらの機会は私の財産であり、大切にしていきたい。双方の企業秘密が深く関わる部分に差し掛かる前に私は退出し、他の場所で行われるディナーまで時間を潰すことになった。私が行った場所はインターンシップ先のその企業のオフィスから次のディナー会場への通り道にあるショッピングセンター。実はディナーまでにするべきことが2つあったのだ。1.車のガソリン満タン2.ベルト購入1.は単にガソリンがあと少しになったからである。2.については恥ずかしながら「ベルトを付け忘れてきてしまったため」という情けない理由があったのだ・・・。渡米前はベルト無しにはゆるゆるでやっていけなかったズボンも、今ではベルトなんかなくとも立派にはけるようになったというのが忘れた大きな原因であろう(苦笑)。お昼の最中は上着を決して脱がずに、しかもボタンを留めて対応したが、食事となればそれも不自然だろう。そんなわけでショッピングセンター内のBanana Republicでピンと来たベルトを購入し、「すぐ使うから」と店員に言ってその場で着用した(笑)。宿泊行事で歯ブラシを忘れた小学生じゃないんだから、ビジネスマンとして必須の身だしなみもしっかりしたいものである。かくして、ディナーも和やかな雰囲気のもとで開催されたのだった。アメリカで政府でも企業でも要職を歴任されている、私のインターンシップのスーパーバイザー、Dr. Yは言う。「ビジネスで一番大切なのはRelationshipなのだよ」こう聞くといささか日本的な、あるいは南米的な縁故やコネ重視の考え方に感じられるかもしれない。しかし、どんなに筋が通っていても、どんなに優秀だとわかっていても、我々が感情を持つ人間である限り、「こいつと一緒に仕事をしたくないなあ」と思われたらそのマイナスは致命的なのである。実力主義と言われるアメリカでは「人との接し方」もその実力に含まれているということなのだろう。日本での「接待」という言葉はイメージ的にかなりネガティブな響きを持ってしまっているが、広い意味での接待はどの国におけるビジネスでも不可欠なものだということを実感した。メリーランド州ベセスダでのディナーの終了が夜10時過ぎ。私の次の予定はヴァージニア州アーリントンの友人宅での誕生パーティ出席であった。ワシントンDCにある国際機関で働いているお友達のTさんの誕生日だったのだ。彼女と出会ったのは二年前に私がアメリカに来て間もなかったころであった。在米日本人の情報交換のウェブサイトの掲示板を通じて勉強机を購入した。その売人がTさん、買い手が私だったのだ。Tさんは国際機関でフルタイムで働きながらDCの大学のロースクールにパートタイムで通って卒業した超人である。お互い大学も専攻も違っていたのだが、得意の共通の知り合い芋づる攻撃により(笑)、夫婦共に非常に仲良くして頂いている。夜8時開始のパーティも私が到着したのは11時近くであったが、現地には15人を超える人々で盛り上がっていた。Sさんと私のスーツコンビが部屋に入ると、知っている参加者の方々が大勢いた。中にはNIHで働く初対面のインド人Gもいたのだが、日本人の誰かが彼に耳打ちする声が聞こえた。「Oh, he is Japanese mafia」なんですか、それ~(涙)!そんなキャラにしないでくれ~・・・。「He is a boxer」なんて正しい紹介の声も聞こえたけれど、今となってはマイナス方向での合わせ技一本にしか聞こえない。どうやら一昨日の日記に書いたスーツ&グラサンの自虐ネタに共鳴されていた方もいたようだ(苦笑)。う~ん、どうずれば改善されるのかな~。まずは自分でネタにすることを止めることから始めないといけないか(笑)。おっと、今日の日記で何よりも大切なことは、Tさん、誕生日おめでとう!!!
2005/04/29
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「Emerging Technologies」のクラスでペーパーを提出した。私のペーパートピックは、複数のバイオメディカルベンチャーと複数の大企業の協力を仲介する国際ビジネス組織の概容とその方向性について。新薬や新しい医療サービスの開発には多額のお金と時間がかかる。たとえバイオベンチャーが基礎技術の発見で特許を獲得したとしても、政府からの認可や商品化は相当の資金力がないと実現できない。一方、資金力のある大企業は、めまぐるしい技術の進歩の中でそういった新しい技術の発掘に苦労している。技術の目利きと双方へのコネクションを通じて画期的な薬や医療サービスの開発・商品化というプロセスをアシストするのがバイオベンチャーと大企業のインテグレーターの役割を担うその組織なのである。抽象的にエッセンスだけを書くのはしんどいのだが、今はこの辺までで勘弁していただこう(笑)。クラスメイト達のペーパーのテーマもAI、3D技術、サイバーセキュリティ、バイオメトリクス(生体認証)、バーチャルリアリティ、E-Learning、ナノテクノロジーの弊害、発展途上国におけるITインフラ導入についてなど、分野も地域も様々で非常に興味深かった。中でも、Tが扱ったE-Learningとは、大学や大学院などの高等教育の遠隔化や広域化についてである。これからは自分にとって一番合った授業のみを世界中の大学からクラス単位で選択し、自宅もしくは家から一番近い学校で受講するようになるかもしれない。そうなると○○大学卒業という概念はなくなり、あの科目は□□大学から、この科目は△△大学からというカスタマイズされた単位の集合となる。言語の壁や教材の質、そして臨場感といったところが課題となりそうだが、学生の選択肢が無数に広がるというのは魅力的であるし、優秀な学生達がより多く輩出されそうな気もする。教授間の生き残りも世界を舞台に熾烈になりそうだが(笑)。Tに1つ質問をしてみた。「この仕組みは初等教育にも適用できますか?」T:「う~ん、今回のリサーチは高等教育に焦点を当てたので、初等教育は扱わなかった範囲だから明確な回答は出せないけれど、子供の教育には集団で学ぶことの意義は重視されるべきだと考えています。」我々が小中学校で学んできたのは読み書きだけでなく、周囲の人間との接し方も大切な要素として含まれているのだ。3D技術やバーチャルリアリティの技術が臨場感を高めてこういった課題も解消していくのかな~。リアルなコンタクトからどんどん離れてしまうことはやはり怖いことだと思う。技術は学習の姿をどのように変えていくのだろうか。人生はいろんな意味で一生勉強と考えている私にとっては興味深いテーマである。
2005/04/28
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ワシントンDCに来て2年近くになるが、日本にいるときには必要としていなかった3つのアイテムを重宝してきた。まずは冬の寒い時のマフラーと手袋の2点。日本(東京)にいるときは「マフラーと手袋なんて実用品というよりもファッションのためのものだろう」と考えていたのだ。しかし、ここワシントンDCで迎えた初めての冬にはマイナス10度を経験し、首の周りと手にガードがないと寒いというより痛くてやっていけなかった・・・。もう1点は日中に運転する時のサングラス。こちらもサングラスなんてファッションのためのものであり、実用的に使える人と言えばお忍びの芸能人か、試合後に目を腫らしたボクサーくらいにしか用がないものと思っていた(笑)。なんてボクシングネタをちらりと披露しているが、実際私が後楽園ホールでの3戦目で打たれて眼底下打撲となった時にはサングラスなんかかけられないほど腫れてしまった・・・。サングラス界にも「腫れた目カバー仕様」とかあったりするのかな・・・。いかん、また自分の愛するスポーツをネタに使ってしまった(苦笑)。話を戻して、私が日本で特に必要としないサングラスを着用しているのはアメリカの日差しが異常に強いと感じるからである。日中に運転していると危険なぐらいに眩しいのだ。日本ではここまでの眩しさは経験したことがなかった。アメリカ人達を見ていても、歩行者やドライバーを含めサングラス着用人口の多さは日本の比ではない。私の場合、歩行時にはめったにサングラスをかけないが、運転時はかなりクリティカルなので眩しい時には着用できるように車内に常備している。場所が変われば生活必需品も変わるものだなあ。ドライブと言えば、ヴァージニア州とメリーランド州をつなぎワシントンDCを対岸にポトマックリバー沿いを通るGeorge Washington Memorial Parkwayは、木々に囲まれた国立公園内を走れるので景色も良く運転していて非常に気持ちがいい。ポトマックリバーの向こう側に広がるジョージタウンの景色も素晴らしい。あんまり周囲の景色に見とれすぎて事故らないようにしないと(笑)。最近はスーツを着てその周辺を運転する機会も増えている。ふとルームミラーに目をやると、紺でマイクロチェックの柄が入ったスーツに身を包みサングラスをかけた柄の悪い男が目に入る。そうか、日本におけるグラサンの用途は他にもあったか!う~ん、日本じゃ受け入れられない姿だなこりゃ(苦笑)。帰国に向けてカタギに戻るリハビリを始めないと。(←どうやって?)
2005/04/27
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ビジネススクールに入学以来、様々なバックグラウンドを持ったクラスメイトから刺激を受けてきた。ヘルスケアマネジメントの専攻が始まるとその多様性は医療関係者に広がり、国や制度が違えど同じ志を持った仲間から励みを受けている。今日授業のあった「Health Economics」のクラスにはハワード大学の大学院で経済学を学ぶアフリカのシエラレオネ共和国出身のAがいる。彼はワシントンDCの小学校で作文(ライティング)の先生をしながら経済学を学び、医療経済を学ぶためにジョージワシントン大学のクラスを履修しているのだ。ゆくゆくは発展途上国の医療経済に関わる仕事をしたいという志を持つAだが、現在は小学校の作文課題の採点や添削作業に追われて相当忙しそうだ。我々にはちょうど一週間後にクラスのペーパー提出の締め切りがやってくる。でも彼はライティングの先生なのだから論文執筆もお手の物だろう。私:「大学院生の論文と小学生の作文ってやはり違うもの?」A:「いや、基本的な構造は一緒だよ。始めにまとめ(Summary)を書いて次に内容(Body)、んでもって最後に結論(Conclusion)がくるわけだからさ」私:「じゃあ論文が違う点は扱う内容の難しさとか専門用語とか定義、そういったとこかな?」A:「そう、それが厄介なんだよね~(苦笑)」なるほど、基本というのはやはりどこまでいっても大切なのだということだろう。ちょっと話を聞いただけでもアメリカでの作文教育は論理構成の基礎をしっかり教えているのだと感じた。それに引き換え日本の小学校での作文教育はどうだったかな~。「感じたことを素直に表現しましょう」くらいしか教わらなかった気がする(苦笑)。型にはめた構成の強要は確かに創造力を阻害するのかもしれないが、それでも論理的な文章についてのルールをもうちょっと教えてもいいんじゃないかな。こんな事を書いてみて、自分がこれまでブログに書いてきた文章の論理的整合性を検証したらえらいことになってそうで怖くなった・・・。(検証の方法もわからないけど)まあ、あくまで気楽な日記ですから!
2005/04/26
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これでも最近はペーパーの執筆に精を出している。卒業までに15ページほどのペーパーを3つと試験が2つ。ペーパーの提出は3日後に1つと7日後に2つ。8日後には試験の1つが。そう、けっこうやばいのだ(苦笑)。ほぼ日刊のペースで300日以上の日記を書いてるくらいだから、書くという作業には多少なれてきた。ペーパーの進み具合もスムーズにいってもよさそうなものである。しかし、ここには2つの壁があった。1.論文というフォーマルな書式を要する2.ずばり英語で書かなければならない(笑)日本語でも1.に当てはまるものは卒論くらいしか書いたことがないのに、形式の異なる英語での論文となるとよけいにつらい。そしてやはりついてまわるのが外国語の壁である。英語ではいまだに話し言葉より書き言葉の方が得意であり、この留学中の2年間における大量のメールのやりとりの成果か、自分の言いたいことをだいたいは表現できるようになった。しかし、きちんとした文法や語法の使用を求められるとなると話は別である。ここは「a」なのか、「the」なのか、それとも無冠詞なのかなど、いまだにさっぱりわからない。さらに私の正式英語力の成長を止めてくれたのが、クラスメイトでチームメイトだったアメリカ人Cの「クイック添削サービス」である。一年目にチームメイトだった時から、私が彼の数字関係を、彼が私の英語を助けるという暗黙の掟ができあがっていた。その掟は2人が違う授業を取り合うようになっても続き、そのおかげで2人は不得意分野に成長が見られないのである(苦笑)。せめて自分の書いた英語のどの部分がどのように訂正されたかをきちんとトレースして比較する時間とやる気があればよかったのだが・・・。最近、アパートの同じフロアにいる韓国人のAから、実家に帰ったときのお土産ということで「ハチミツ漬け高麗人参」をもらった。前に単4の電池をあげたお返しだったのかな。高麗人参は高級健康食品で知られているが、この商品はハチミツのコーティングによって食べやすさが増しているという。パッケージには韓国語、英語、中国語で商品の説明がされていた。日本語をふと読んでみた(原文のまま)。「高麗紅蓼切片は大韓民国特産である高麗紅蓼に蜂蜜を加之所によらたく簡便に召し上がれるように健晋が真心を込のて作つた製品です」う~ん、言いたいことはわかるけどねー(苦笑)。使い古されたVOWネタのようだが、きちんとした商品のパッケージに堂々とこんな日本語がプリントされているのにはやはり驚く。は!私の英語ももしかしてアメリカ人にはこんな風に映っているのでは・・・。もっと真心を込のて頑張らないと。
2005/04/25
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昨日の日記に書いたビジネススクールにおけるクラス内のチームメイトとの同窓会で撮ったデジカメ写真をみんなに送ってあげた。照れくささと舌の回らなさもあって昨日は言えなかった以下のような言葉を添えた。「I just forgot to say thank you guys very much for being my teammates. Without your kindness and help, I couldn't have survived the school.Seriously, I think so. When I entered the GW B-school, I was really scared if I could survive here because of my English inability, but you guys are very tolerant and able enough to use and enhance my strengths!After experiencing other teams in various other classes, I'm sure thatyou guys are the best. Again I really appreciate your kindness.」要点を言えば、「みんなの忍耐力と優しさのおかげで始めばびびりにびびってたビジネススクールをここまで生き残ることができたことに感謝してるよ~。いろんなチームを見てきたけどお前らがベストだ!」てな感じだろうか。さらに続けて「5年後の同窓会の開催地はインド?ブルガリア?日本?それともまたアメリカかな?」と、現実感をよりいっそう高めるための演出をした(笑)。個人的にはこの中でまだ未踏の地であるブルガリアに行ってみたいなあ。メールと写真を送って数時間後、ブルガリア人女性のGから返信がきた。「素敵な言葉をありがとう!あのメールはプリントアウトして私の『MBA思い出ブック』に加えておくわ。私も本当に同じ気持ちです」すごく嬉しいリアクションではないか!やはり感謝の気持ちをきちんと表現してよかった。「ところで・・・」とメールは続いた。「もうすぐアメリカ市民権の申し込みをしようと思っていて、アメリカ名を作ったの。慣れるためにも使い始めるね」同じビジネススクールに通うブルガリア人の旦那のDとともに5年はアメリカにいるGはすでにグリーンカード(永住権)を持っている。アメリカ市民権と永住権の違いは選挙権があるか否かであると私は理解しているが、彼らはいよいよアメリカに腰を落ち着ける予定なのだろう。彼らはもうすぐ6歳と8歳になる女の子のお父さん、お母さんでもある。夫婦ともビジネススクールを卒業してからのそれぞれのキャリア、子供の養育と教育、ブルガリアにいる双方のご両親のこと。考えるべきことの多さを予想するだけで圧倒される。それでもいつも明るいDとGにはこちらが励まされる。5年後にDとGがアメリカで暮らしていても、我が同窓会のブルガリア開催というのは逆にいいかもしれないな。
2005/04/24
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まだ卒業したわけではないが、MBAの仲間と5人でミニ同窓会を行った。我がビジネススクールではほとんどすべての授業にチームでの課題がある。特に一年目はクラス単位で全員が同じ必修科目を履修するため、本格的な授業開始前のオリエンテーションの時点であらかじめチームが決められていた。ふつうは6人1組なのだが、最後の7番目のチームとなった我々は5人編成。ジャマイカ系黒人アメリカ人男性のC、白人アメリカ人女性のK、インド人男性のA、ブルガリア人女性のG、そして私という5人ながらも多彩なメンバーである。英語に関しては、インド人のAはもちろん完璧で、ブルガリア人のGも在米歴が長くすでにグリーンカードも持っているくらいであるから英語に何の問題もない。オリエンテーションで初めてチームとして顔合わせしたとき、彼らの会話にまったくついていけなかったのを覚えている。それでもCを始めとするチームメイト達は私に気を遣ってくれ、積極的に会話に入れてくれようとした。以降、一年目に履修した13の授業のうち5つの授業でチームとして協力したのだ。(他の授業ではまた別のチームが作られたりした)授業中だけでなくミーティングなどで土日も一緒に時間を過ごす仲であるから、メンバー間でぶつかることもしばしばある。現に他のあるチームでは衝突が絶えず、メンバーが脱退して他のチームとトレードされたという話もあった。しかしチーム7はCがムードメーカーとなって個々の能力を引き出す最高のチームであった。私がここまでビジネススクールで生き残れてきたのもチームメイトの優しさと能力の高さのおかげである。メキシカンレストランで行われた同窓会ではあっという間の2年間を振り返りながら思い出話に花を咲かせ、これからの進路についても話し合った。KとGはすでにDCでフルタイムの仕事を始めており、Cは自分の事業の計画を練る一方で就職活動を、Aはインドに帰り父親が経営している会社に入るという。みなそれぞれ新しい道が待っているのだ。1つ提案してみた。私:「これから5年に1度みんなで集まらないか?開催場所はアメリカに限らず、日本やインド、ヨーロッパも含めてさ!」満場一致の賛成を得た。実現は難しいプランかもしれないが、これからも連絡をとり続けるモチベーションになるし、仲間の成長が自分の励みにもなると信じている。卒業式などでまた彼らと会えるとは思うが、こうしてゆっくり会えるのはしばらくないだろうと思い、一人一人に日本から持って来た扇子をプレゼントした。かさばらないし日本らしくてなかなかいいでしょう?100円ショップはこんなところでも役立ってくれているのだ(笑)。みんなが開いた扇子を手に持った状態で記念写真を撮った。いい写真だ。5年後にはケンダマでもあげて写真撮ろうかな(笑)。
2005/04/23
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昨日の日記ではMBAの修了面接について書いた。生徒による学校の評価はこの面接以外にも、これまでの各クラスの最終授業でマークシート式と自由回答欄のついたアンケートに答えてきている。さらに今回は卒業にあたりMBAプログラムの評価に関わる二種類のオンラインサーベイまで受けなくてはいけなかった。授業直後にみんなが記入していくアンケートとは違って、オンラインのサーベイってめんどくさいし忘れがちである。しかし、今回はオンラインサーベイを受け「ねばならない」仕掛けがほどこされていた。2つのオンラインサーベイを終えたら証拠として受け取るメールをプリントアウトしてMBAオフィスに提出しないと卒業式のチケットを受け取ることができないからだ。これは脅迫でしょう(笑)。というわけでやっとのことで本日卒業式の入場券をゲットした。家族や友人招待用に卒業生1人につき8枚のチケットを受け取る。両親とかご主人、または奥さん達が来るとしても7人もゲストはいないでしょ、普通は(苦笑)。親戚一同とか引き連れてくるクラスメイトもいたりするのかな。ちなみに我が両親は仕事が忙しく、それでも今年始めに遊びに来てくれたのだが、今回はさすがに無理なようで残念だ。去年の年始に遊びに来てくれた妻の両親も残念ながら卒業式には来れないということなので、夫婦でお互いの卒業式に参加しあうという形になりそうだ。<卒業式ウィークの予定>水曜:ビジネススクールのダンスパーティー金曜:ビジネススクールの卒業式土曜:妻の通う教育大学院の卒業式日曜:大学全体の卒業式(ホワイトハウス正面に広がる楕円形の広場、Ellipseで行われる)今回とりあえず水曜と金曜のチケットはビジネススクールから入手することができたが、土曜と日曜のチケットはまた別の場所で手に入れなくてはならない。アメリカの大学(院)は日本とは逆で、入るのがそこそこ楽で卒業するのが至難の業だと聞いたことがあるが、まさにその通りのようだ(笑)。「Congratulations on your graduation!!」水曜と金曜のためのチケットをくれながらビジネススクールのスタッフが笑顔満開でお祝いの言葉をくれた。この期に及んで「卒業できまちぇんでした~」は許されない・・・・。卒業のための準備諸々が皮算用とならないようにそろそろちゃんとペーパーを書き始めよっと!
2005/04/22
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お昼は国際機関で働いていらっしゃるNさんとランチ。ワシントンDCには歴史の教科書で出てくるような国際機関の本部がいくつかあるのだが、そういうところのカフェテリアで御飯を食べるという貴重な経験ができるのもこの地にいる強みである。どの国際機関も9.11以来外部者への警戒度が高まっているし、さらに政府の指標であるテロ警戒度が新たに高くなっていることから、訪問者の入館が非常に厳しい。私が一昨年アメリカに来たての頃はどの国際機関もスタッフと同じ入り口からロビーまでは普通に入れたのだが、現在は訪問者は正面玄関から入館することを許されず、専用の通用口から入って空港で行っているような荷物検査などを受けることになる。そしてこれは以前と同様のことであるかもしれないが、内部スタッフの承認(保証)がないと中に入れないのだ。そうは言っても何千という従業員を抱える国際機関であるから誰かのツテをたどって不審な人物が入り込むことは可能であろう。こういったリスクのコントロールは本当に大変だと思う。最近あちらこちらの国際機関に出没しているからと言って、私は決して怪しくありませんからね(笑)。いろんな監視カメラに食事の風景が映っていそうでちょっといやだな・・・。なんていらぬ心配は置いておいて、Nさんとはお互いの仕事の話やお互いの留学話などで2時間も話し込んでしまった。国際機関における日本の仕事を遅らせるスパイでもありませんよ(笑)!Nさん、貴重なお時間ありがとうございました。当初の目的が「貸していた漫画、ブラックジャックを返してもらう」ことだったなんてすっかり忘れてしまうほどの楽しい時間であった。その後、歩いて学校の図書館に行き、来週提出である「Emerging Technology」の授業のためのペーパーの構成をしばし考える。資料はだいたい集めたけれどまた一文字も書いてないから・・・。そうこうするうちにビジネススクールのプログラムオフィスで行われる修了面接の時間が近づいていた。修了面接とは、卒業を目前に控えたMBAの学生達がスクールのスタッフに対して自分の経験してきたビジネススクールの感想、満足したところ、改善を望むところ、卒業後の進路などを面接方式で述べる場である。この面接の結果は公式のデータとなり、ビジネスウィークとかファイナンシャルタイムスなどで年に一度掲載されるビジネススクールランキングといった類の判断基準にも使われる。私の面接のインタビュアーはプログラムコーディネーターのM。彼女にはクラス履修やビザ関係で生じた問題など、いろいろ本当にお世話になった。「何が我がビジネススクールの強みだと思ったか?」「どこに不満を感じ改善を臨んだか?」「一番嬉しかった経験は何か?」などなど、率直に答えて欲しいという要請に応えてプラスもマイナスもかなり話していった。あえて実名を出すと、The George Washington University(ジョージワシントン大学)のMBAコースの私が考える強みは、一年目の必修クラスでの徹底したチームワークの養成と交流の促進、ヘルスケアマネジメントMBAというユニークな専攻の存在、そしてDCエリアという人材交流の機会の上からの立地の良さである。不満としては、生徒、特に私のような留学生に対して非常に冷たい教授がいたこと、同じ大学内のスクール間の交流がなさすぎること(このせいでMBAとHSA (Health Services Administration)の2つのスクールの授業を履修している私は相当苦労させられた)、そして学校設備が古すぎること(私の卒業後まもなく新校舎が完成・・・)といったところであろうか。この教授については他の留学生からも不満が出ているようで、Mも「何をするとか明言はできないけれど、こういった声は確実に来年度の体制に反映されるよ」と言ってウィンクしていた(笑)。一番嬉しかったことか~、初めての留学でさらに学年に日本人が1人しかいないという不安を親切なクラスメイト達の助けのおかげで生き残ることができたことかな。同時に英語で言いたいことを表現しきれていない自分の、言葉を越えたコミュニケーション能力の存在に気付くことができたという点も大きい。実際、複数のクラスメイトから「Hideには周囲に仲間を呼ぶケミカルがある」と言われたのは嬉しいことであったし、今後は奢らずにそれを意識して良い方向に活用していくことが大切であると考えている。しかし、この場での「一番嬉しかったこと」についての答えはMに言われてしまった。M:「もちろん、サウスウェストの航空券を当てたことでしょ?」そうか、言われてみればそれだ!夏休みに行った西海岸でのロードトリップのきっかけを作ってくれた出来事だったのだ。ことの経緯は過去の日記、2004-08-17-『10日後にまた会いましょう:いざ西海岸へ!』 を参照されたい。M:「あのチケットは誰よりもHideに当たって正解だったわよ(笑)!」そう言えば、定期的にメールで送信されるビジネススクールニュースに写真付きで登場するという名誉までついてきたのだった。こうやって良かった点、悪かった点を思い返してみただけでも充実した日々だったと改めて実感する。日記に綴った部分は特に反芻ができるので、これからもしっかり噛み締めながら読み返してきたいと思う。ま、その前にここでは我に返ってこの数週間で終えてるはずの3つのペーパーと2つの試験を乗り切って卒業しないと(笑)!!
2005/04/21
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学校からの帰り道、クラスメイトのアメリカ人Mと同じ電車に乗りながらいろいろ話した。M:「いつ日本に帰るんだ?」私:「来月末だよ」M:「日本の電車は混むんだってなあ」私:「地獄だよ、地獄!日本には来たことないの?」M:「まだないなあ。行ってみたいけど」私:「来ることがあったら連絡くれよ。案内するからさ」ここまでは何十人もの外国人達と交わした内容である。実際、みんなに日本に来られて連絡されまくっても困る(苦笑)。でも社交辞令で言ってるわけじゃないんだ~!!いや、言いたかったのはそんなことではなくて、ここでのMの反応から話は違う方向に展開していったのだ。M:「おう、行く時は連絡するよ。でもうちのじいちゃんが昔日本に行ったことがあるって言ってたな、そう言えば」私:「へ~、仕事か何かで?」M:「いや、観光みたいなもんだよ。なんかエスペラントの会議かなんかで」エスペラント!!!皆さんはこの人工言語をご存知だろうか。私はいつどこでその存在を知ったのか忘れてしまったが、国際共通言語を目指して作られたエスペラントという言語が世界中で細々と広がっているという話は聞いたことがあった。大学のサークルなどでもエスペラント研究会があったりしたような・・・。私:「エスペラントかあ!あの人工言語のやつだよね。おじいちゃんは話せたりするんだ?」M:「エスペラントなんてよく知ってるな、お前!そのことにびっくりだよ。いや、かなりの達人みたいで、自分でエスペラントに関する本も書いてるくらいだからさ。エスペラントを話す人口は少ないけど世界中に散らばってるからその会議とかで世界中を飛び回ってるみたいだよ。俺たち兄弟にも勉強しろとうるさかったけど今のところ逃げてるよ(笑)」エスペラントを話せるだけでもかなりのレアなのに本まで書いてるとは相当のツワモノである。ここでネットで調べたエスペラントの概要を紹介しよう。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、エスペラント (Esperanto)で検索)「エスペラント(Esperanto)はルドヴィコ・ザメンホフが考案した人工言語のこと。どの国の言語でもないため言語による民族感情に左右されないといった利点がある。ヨーロッパの言語を元にしてして作られているため、ヨーロッパの言語の人々にはなじみやすい言語といえる。世界中にエスペラントを信奉している話者が存在するが、この言語を自由に話せる話者はまだ少ない。」ここまで読んでみて、母国語と外国語という壁をなくすというアイデアは素晴らしいと思った。現在世界で優勢な言語は英語であるが、母国語として英語を話す人々への絶対的優位はどこまでいっても揺るがないだろう。(エスペラント自身もヨーロッパ言語の人々になじみやすいというのはすでに問題であるが)また、中立的な共通言語を国際コミュニケーションの手段として補助的に用いることは、母国語という文化的アイデンティティの維持を可能にする。フランスがかつてアフリカにある植民地でフランス語を公用語にする政策を行った結果、旧フランス植民地の公用語、実際に話されている言葉は今でもフランス語である。文化に根ざした現地の言葉を駆逐するという意味では、英語も同様の影響を各国に与えている。エスペラントはこれらの問題への回答となり得るのだろうか?ザメンホフは多言語を操る眼科医であったという。成立したのは今から約120年前の1887年。全世界での使用者は200万人と推定され、日本では2003年現在、約1500人が日本エスペラント学会に所属している。20世紀初頭から前半にかけて作家の二葉亭四迷や政治家の新渡戸稲造が普及活動をしていたという。しかし、世界の全人口の0.03%しか使わない言語を世界共通語と言うことはできまい。出典元の百科事典、ウィキペディアによれば、「ザメンホフは世界中のあらゆる人が簡単に学ぶことができ、世界中で既に使われている母国語に成り代わるというよりはむしろ第2言語としての国際補助語を目指してこの言語をつくった」そうだが、言語の種類の説明は以下のようになっている。「エスペラントは人工言語であるため、どの自然言語とも親戚関係にないが、インド・ヨーロッパ語族、特にヨーロッパの言語の影響を強く受けている。発音体型はスラブ語の影響を受けているが、単語は主にロマンス語(フランス語・スペイン語等)、ゲルマン語(ドイツ語・英語等)から採用している。ザメンホフが定義していない文法上の語用論や相については、初期の使用者の母語、すなわちロシア語・ポーランド語・ドイツ語・フランス語の影響を受けている。」むちゃくちゃ難しそうじゃん(苦笑)!基本となるアルファベットはほとんど英語のそれに似た28文字であり、単語も「アルファベット」が「alfabeto(アルファベート)」であったり英語と似ている感じもする。国際語といいながらけっきょく西欧の言語に依存しているところもアジア人としてやはり納得がいかない・・・。でも例文を見てまったく英語とは異なることを知る。"Saluton!"(サルートン)= やあ。 "Bonan tagon!"(ボーナン・ターゴン)= こんにちは。 "Kiel vi fartas?"(キーエル・ヴィ・ファルタス)= お元気ですか? "Dankon!"(ダンコン)= ありがとう。 あえて表示できる共通のアルファベットのみを含む表現を選んだのだが、なんか、普通に外国語ですね(笑)。(上記の会話の続き)M:「じいちゃんからもらった著作をPDFファイルにして保管してあるから今度CDロムに焼いてあげるよ」私:「おお、ぜひちょうだいよ!でもそれってエスペラントを英語で学ぶって感じなのかな?」M:「いや、全部エスペラントで書いてあるんだよね。絵とかいっぱいついてるからなんとかなるみたいだよ、俺はよくわからないけど(笑)」この言語に手を染めるべきか否か・・・・・。まずは英語ができてからかなー。(←すでに自己矛盾)
2005/04/20
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「Physician Practice Management」のペーパー提出とチームプレゼンテーションを前日に控え、メディカルスクールの図書館でミーティングがあった。(プロジェクトの概要については過去の日記2005-04-08- 『病院取材→アジト訪問→ボクシングレッスン→北京ダック』 を参照)私の担当パートは人材配置をメインとした日々のオペレーションについて。まず、gastrointestinal care(消化器系の治療)という言葉で苦労する。1.語尾の部分が覚えられない2.噛みまくってまともに発音できない箇条書きするほどのことでもないか(笑)。まあ、いつも通り愛嬌で攻めていこう。ペーパーとプレゼンの準備を一通り終えて感じたことは、この医師グループがいわゆる経営の教科書で言われていることの基本を無視していることが何を意味するのだろうか、という疑問である。例えばこの医師グループにはミッションステイトメントもなければ書面にて明示された各ポジションの職務内容説明もない。さらにはサービスの質を安定させる目的を持つ職務を遂行するためのマニュアルもないという。この状況は一向に変わっていないものの、現在のMr. Bが管理スタッフの長に就任して人員配置等の改革を行った結果、業務効率が約20%上昇した。経営の教科書に従えば、企業理念を明示し社員がそれを共有することや、職責を明らかにしたり、作業の標準化を図ることはほとんど常識と言っても過言ではない。しかし、この医師グループが提示してくれた現実はそういった常識をまったく無視しているのである。理論と実践の刷り合わせを試みる学生という立場から、我々はリコメンデーションとして上記「常識」の実行を謳っている。病院の管理スタッフとして長年の経験を持つMr. Bがこういった前提を知らないわけがないと私は考えている。考えてはいるのだが現場の実情として物理的に不可能なのか、それともあえて常識破りのチャレンジをしているのか。プレゼン当日に同席するというMr. Bの反応が見ものだ。いずれにしても私が学校で学んだ理論というものは、空論であるとまでは言わないが机上のものであることには変わりない。乏しい経験からの思いであるが、現場とは常に泥臭いものだ。理想と現実のバランスを心掛けるように精進したい。なんて言ってること自体が机上の空論なのか(笑)?少なくとも頭と体を動かす努力をしていこう。
2005/04/19
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アメリカに来て二年近いが、野球生観戦をこれまでしたことがなかった。私は野球にそこまで熱を入れているわけではないし、アメリカにいてもテレビでもあまり観ないのだが、やはりアメリカにいるうちにメジャーリーグを生で観ておきたい気持ちはあった。そしてとうとう今回、アメリカの野球場を10以上も観てきたという達人のSさんと奥さんのRさんのお導きにより、バルチモア・オリオールズ VS ニューヨーク・ヤンキースの一戦をバルチモアにあるオリオールズの本拠地、Camden Yardsで観戦することになった。バルチモアは港町であり、天気に恵まれた今日は水辺の散歩もすごく気持ちがいい。まずは球場正面のお出迎えショットを。Sさんの情報によると、この「We're back!」はここ数年低迷していたオリオールズの調子が戻ってきたことのアピールだという。座席は三塁側の2階内野席。外野席のチケットでは入れない室内ゾーンに入り、通路をずんずん歩いて外に出てみるとそこにはまさにアメリカの野球場が広がっていた。球場の裏側にはビルが立ち並んでおり、ものすごくユニークな景色が展開されている。オリオールズとヤンキースの帽子やユニホームを着たファンが大勢いる。オリオールズの本拠地であるからチームカラーのオレンジが球場にやはり目立つが、さすが名門ヤンキース、敵地ながらもファンが多い。おお~、何だかわからないけどこの雰囲気には感動を覚えた。ちなみにこの日の主催者発表の観客動員数は47833人。これだけの人が来ているものだから入場にも手間取り、座席につけたのは2回表くらいであり、すでにオリオールズが2点先制していた。お目当ての選手はどこにいるかなあ。お、守備に向かってるぞ!!松井の後姿を観ただけでまたジーンときた。バックネット裏上方のマスコミ席に目を移せば日本からであろう取材陣も目立っていた。そんな余韻に浸る間もなく2回裏にオリオールズの5番、Tejadaが満塁ホームランを炸裂!会場のファンは大熱狂だ。ちなみに右側で立って興奮しているオリオールズファンの2人組みはこの後もハイテンションで応援し続け、オリオールズの応援だけでなくヤンキースへの汚い言葉もどんどんエスカレートさせ、試合途中で係員に締め出されていた(苦笑)。そういうマナーにはやっぱり厳しいんだなあ。ミーハーな私がこの試合で注目すべきはやはりこの2人の競演である。まずはこの人バットにコルクを潜ませた事件で一時期人気も低迷したが、やはりソーサの人気はものすごい。そして本命はやはり彼だ!ヤンキースの4番を務めているという事実だけで本当にすごいことだと思うが、打率も3割以上打っているし、かっこよすぎる。その松井が打ったか!!平凡な外野フライに終わってしまった。。。。けっきょく松井5打数2安打、ソーサは3打数1安打に終わったが試合の勝敗にからむことなく、結果は8対4でオリオールズが勝った。会場で味わった独特の雰囲気から、メジャーリーグというのはやはりアメリカ文化の大切な一部分なんだということを体感した。でもやっぱり頑張れマツイ!イチロー!日本人メジャーリーガー達!
2005/04/18
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前夜はカラオケで帰りが遅かったのだが、早朝に妻に叩き起こされた。彼女も発表を行う教育開発に関する学会がアメリカン大学で開催されるため、そのドライバー兼カメラマンとして送っていく勤めがあったからである。学会は複数の部屋で様々なテーマでの発表が同時進行する形で行われた。「Policy and Practice: Case Studies in Basic and Non-formal Education(理論と実践:基礎教育と正規外教育におけるケーススタディ)」というテーマの中で、妻は「The Case of the Alternative Basic Education Program in Ethiopia(エチオピアにおける代替的基礎教育の事例について)」という発表を行った。デンマークのNGOがエチオピアで行った就学率向上のためのプロジェクトを例にとり、義務教育を補完する正規外教育の効果、重要性、そして政府関与の必要性について論じた。ふだんから研究内容を聞いているので内容になんとかついていくことはできたが、専門用語とか略語とかが素人にはやはり難しい。このような専門家と一般人の乖離は学術分野でもビジネスでも起こりうることだから、自分が詳しいと思っている分野こそ、その説明に充分気を配らなくてはならないのだと悟った。プレゼンテーションの方は原稿読みの部分も多少あったが堂々としていたし、何より質疑応答のセクションでしっかり回答をできていたことを評価する。くそ~、やはり私より英語力は高いな、こやつは(笑)。他にも興味深いプレゼンがあった。「Soul City: South Africa's Successful Response to HIV/AIDS」南アフリカ共和国でのエイズ予防に「Soul City」というラジオドラマ&テレビドラマシリーズを活用するという内容である。南アでは15~49歳の5人に1人がHIV患者であり、国民の死因の40%がHIV/AIDSによるものだという。通常、エイズ感染を防ぐための教育(コンドーム着用についてなど)や感染者の差別を防ぐための教育は学校が担うものとされている。しかし、学校教育ではそこまで手が回らないという実情や、充分な教育を受けられなかった大人の存在など、エイズ予防教育における課題は多い。そこで注目されたのがラジオとテレビという情報媒体である。南アで定期的に新聞や雑誌を読む人の割合は40%だという。それに対してテレビを定期的に観る人の割合は65%、ラジオを定期的に聞く人の割合は98%にまで及ぶ。テレビ、ラジオで流される人気ドラマシリーズの中でエイズ予防の大切さを謳うことにより、視聴者の啓蒙を行うというわけである。「教育=学校・家庭が担うもの」というイメージを持っていた私にとって、この発想はものすごく斬新であった。もちろん、メディアの持つ扇動力の怖さというものにも注意しなくてはならない。実際、ルワンダでのフツ族によるツチ族の虐殺を扇動したのはフツ族側のラジオ局であったのだ。(ルワンダの大虐殺については過去の日記2005-01-16- 『映画「ホテル・ルワンダ」を観て:恐怖し、しかし生きる勇気をもらう』 を参照)また、他のアフリカ諸国への適用を考えた時、ラジオやテレビの普及率が重要なポイントとなる。他にも課題はたくさんあるだろうが、非常に興味深いプロジェクトである。この学会でひときわ目を引いたのが手話の通訳者がいたことである。出席者に聴覚障害者の学生がいたため、2人の通訳者が1つのプレゼンテーションごとに交代しながら、発表者の言葉を手話に通訳していた。通訳の人の表現力のすごさに圧倒された。公的、私的にどれだけのコストがかかっているのかは計り知れないが、彼ら通訳者達の存在が聴覚障害者の高等教育への進学、社会への進出を可能にしているのだと感じた。聴覚障害者の彼女は手話通訳を通じて積極的に発表者への質問も行い、主にアフリカ諸国での障害者に対する教育制度について聞いていた。先進国でもまだまだ改善の余地の多い障害者教育であるが、普通教育が未発達な発展途上国での障害者向けの教育の状況となると皆目検討もつかない。。。こういう厳しい分野をあえて選び学んでいく姿勢には尊敬の念を禁じえない。聴覚障害者の高等教育への進学と言えば、ワシントンDCには世界で唯一の聴覚障害者のための大学、ギャローデット大学(Gallaudet University)がある。大学ホームページによれば、1864年にリンカーン大統領の署名によって設立されたこの大学にはアメリカ人以外にも世界中からの留学生が集い、現在、卒業後の進学・就職率は96%に及ぶという。(Gallaudet Universityのホームページはこちら から)日本がアメリカから学ぶべき点はこの辺りにもまだまだ余地がありそうだ。カンファレンスの休憩時間に通訳の人に話し掛けてみた。私:「これだけ専門的な内容の話を通訳するなんて、本当にすごいですね!」通訳の人:「それは私の理解度も大切なのですが、通訳をする相手がどれだけ前提を理解しているかも重要なのです。(聴覚障害者の)聞き手が出てきた言葉の定義を知っているのか、文脈をつかんでいるのか、そういうところを考えていくことが重要です」手話でなくともあてはまる重要なポイントであるな。いろいろ考えさせられるところがあったため話題があっちこっちにいってしまったが、自分の専門外について触れてみることも非常に勉強になることを改めて実感したのであった。(とは言ってもまだ自分の専門なんて確立できていないのだが・・・)眠いところを叩き起こしてくれた妻に感謝しなくてはいけないかな(笑)。
2005/04/17
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8人でタイレストランへ。知的財産関係のIさんとOさん、通信関連のOさんとKさん、雑誌の元ライターさんのRさんとSちゃん、バイオメディカルベンチャーで働くSさん、そして私という多彩な顔ぶれだ。この中で私と知財関連のIさんとOさんの3人は先週に共にホワイトハウスの目の前で神輿を担いだ同志である。(2005-04-10『10+3枚の写真で振り返るサクラ祭in DC:神輿担ぎました!』 参照)つまり、つい数日前までは担いでいた肩がヒリヒリするため、「どちらかの肩を気安く触られるのを嫌っていた」つながりでもある(笑)。今回行ったタイレストランはタイ人が集う本物のタイ料理を出す店であり、味もかなりおいしい。Sさんが8名分の予約を前もって取ってくれていなかったら1時間待ちは当たり前だっただろう。店員もほとんど全員がタイ人である。Sさんはタイ人の店員に対しては「サンキュー」と英語を言わずに「コップンカッ」とタイ語でお礼を言う。こういう姿勢ってすごくいいと思う。私もレストランではよくメキシコ系の人には「グラシアス」と言い、中国系の人への「シェイシェイ」や韓国系の人への「カムサムニダ~」を言ってみたりする。ベトナム語の「ありがとう」にあたる「カモンッ」はなんか挑発してるみたいで使用する相手とかタイミングに気をつけないといけない(笑)。でも面白いもので、笑って自分の国の言葉で「どうしまして」を言ってくれる人もいれば、当惑した感じで「You're welcome」と英語で返してきたり、もっと悲しいのは首をかしげられたりすることもある。これって、単に私の発音が悪いだけなのかな・・・。タイレストランの後は知財コンビ(すいません、そんなまとめ方で(笑))、SさんRさんのご夫婦、そして私の5人でカラオケに行った。皆さん新しい曲を知らないという空間は心地良い(笑)。そもそも韓国人街に位置するこのカラオケボックスにものすごい新しい曲なんてないのだが。初っぱなは私がラッツ&スターの「ランナウェイ」。(もしかしてこれってシャネルズ時代??)終盤にはIさんによる鳥羽一郎の「兄弟船」まで飛び出した。先日の神輿パレードで初めてお会いしたIさんは、日本の企業からワシントンDCに3ヶ月の予定でいらっしゃり、特許出願などを扱う弁護士事務所に駐在されている。日本には奥様と5ヶ月になる女の子を残していらっしゃっているのだ。もうすぐ3ヶ月の任期も終わり、あと少しで家族に会えるという喜びと、一方でもう少し辛抱しなければならないという寂しさを「兄弟船」に託したのだ!あれ、思いは本当であってもこの曲での解釈は間違ってますか(笑)?何はともあれ私も来月には帰国ですので、日本に帰ってもよろしくお願いします!
2005/04/16
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帰国のための荷詰めをじょじょに進めている。大学受験時代に様々な教材から集めた気に入った英語の表現を書き集めたノート、ヘルスケアや刑事政策など大学時代の自分の興味を扱った新聞記事のスクラップブックなど、大切にしていて日本からアメリカに持ってきたはいいものの1度も見ていなかったものも多い(笑)。そんなグッズの中に、就職活動中のエントリーシートや履歴書を挟んだクリアファイルを発見した。社会に出る前の期待と不安を抱えながら自己分析に明け暮れ、仕事としてやりたいことを真剣に見つめていたあの頃に考えていたことを振り返るのは今の自分にとっても非常に刺激になる。そのクリアファイルの中に、「大学生活における私の人脈」という文章を発見した。おそらくどこかの企業の課題作文か何かだったのであろうが、自己の記録を兼ねて多様な人脈が1つにつながることの不思議さを紹介したい。ウィットの効いた面白い文章ではないが、まあ、企業の選考向けの作文で遊び心を発揮する器の大きさは持ち合わせていなかったのだろう(笑)-------------私の学生生活のキーワードは、ボクシング(以下B)、大学(以下U)、アルバイト(以下A)の3つである。Bの中心は私がプロボクサーとして所属したKボクシングジムであり、前世界スーパーフライ級チャンピオン、Kさんを始めとする40名のプロボクサー、コーチ陣、さらには小学生、働く女性から50代のおじさんまで幅広く在籍する練習生との交流があった。まさに様々な背景を持った人々の集まりである。Uの中心は大学のKゼミである。男子11名、女子17名のゼミ生が脳死と臓器移植について、はたまた少年法の改正について、教授を囲んで議論を交わす。国際交流のサークルでは大学で学ぶ留学生の日本での学生生活のヘルプを行った。留学生が生きた日本語を身に付けるお手伝いをするカンバセーション・パートナーなど、彼らとの公私に渡る交流から、様々な物差しの存在を実感している。4年間で14個選択した体育の授業では交友関係を広めることができた。体育はゼミと並んで適度な人数で生徒同士の交流がある数少ない授業であり、多くの仲間、顔なじみの先生を持つことができた。(ちなみにその内訳は水泳×4、バスケ×3、社交ダンス×2、バレーボール、エアロビクス、フライングディスク、ボクシング、ラクロスである)Aの中心は家庭教師である。大学在学中に中三から高三まで6人を教え、私を必要としなくなる方向での指導を行った。おかげで卒業前には見事に失業することができた。また、大学入学以来、郵便局の簡易保険の集金のアルバイトを続けた。集金先は八百屋、おもちゃ屋、肉屋、洋品店など、個人で経営する商店がほとんどである。おかげで近所のおじちゃん、おばちゃんに知り合いが多い。最近は皆、口をそろえて売上の低迷を嘆いていた。店にお客様がいたため集金を後回しにする「待ちの機会」が確かに年々減っていたように思う。BとUのつながりには大学のボクシング愛好会がある。20人規模の立派なサークルで、主に指導を行った。他のジムに通う友と練習をしたり、どちらかと言えば見る側のボクシング好きであるメンバーに、やるボクシングの楽しさと少しの厳しさを教えていた。BとAのつながりにはPスポーツクラブにおけるボクササイズインストラクターのアルバイトがある。ボクササイズとはボクシングとエクササイズを融合したスポーツであり、主として女性が対人練習を除くシャドーボクシングやミット打ちを行うものである。10代から40代の働く女性や主婦の皆さんにボクシングの基本と応用を教え、一般男性にむやみにその技術を使わないようにお願いをした。以上、B・U・Aと分けて私の雑多な学生時代の人脈を書いてみた。しかし、これまで3度だけ、このB・U・Aの人脈が一堂に会したことがある。それは私のプロボクシングの試合であった。ボクシングジムの先輩、仲間、大学のゼミの友人、国際交流サークルの友人、体育の友人、ボクシング愛好会の友人、ボクササイズの生徒さん、家庭教師の教え子など、60人もの人々が安くはないチケットを買って応援に来てくれた。それが個人同士のつながりに基づくものであったことを忘れてはならない。あの声援は一生の宝物である。これからも、多くの人々と「顔の見える付き合い」を持つことで自分の人生を豊かなものとし、社会や周囲の人々に対しても意欲的に還元していきたい。(以上)-------------紙に書かれた文字を書き写しながら、相変わらずの教訓じみたオチにこっぱずかしくもなったが(笑)、私の人脈に対する態度はこの時から少しも変わっていないことを確認することができた。1つ付け加えるとすれば、ブログの登場が「顔の見える付き合い」という制限を部分的にであっても解除してくれているという変化・収穫があった。でももうリングに立つのはちょっと厳しいなあ。なんせ高血圧ですから(苦笑)←昨日の日記参照さて、今の私の人脈をキーワードで表したらどういうことになるかな。学生時代、仕事、留学の三本柱と言えるかも知れない。それほどまでに留学が私の人生にインパクトを与えているのは事実である。付き合いによってオーバーラップする部分もあるが、それぞれの柱をいかに伸ばしバランスをとっていくかは自分次第だ。これからもこの三脚を磨いていこう。
2005/04/15
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「Physician Practice Management」のペーパー&プレゼンのためのチームミーティングが昼にあり、ヘルスケアマネジメント系の授業も多く行われる医学部の校舎の一室に集まった。ミーティングが終わり、出入口に向かうと血圧や伸長、体重を計っている身体検査のような光景が目に入った。その場を取り仕切っていたアジア系の男性に英語でこれは一体なんなのかを聞いてみると、医療機器メーカーの治験に協力してくれる人を集めているという。協力してくれた人には現金15ドルのお礼と万歩計のプレゼントまであるというのだ。ふむふむと聞いていたが、もしかしたらと思って聞いてみた。「Where are you from?」「Japan」あちゃ~、日本人の方に英語で話してしまった(笑)。過去に台湾旅行中に「地球の歩き方」を持った日本人観光客に英語で道を聞かれたので地元民のふりをして英語で対応したという経験はあるが、自分がやってしまうとは(笑)。詳しく伺ってみると、日本の有名医療機器メーカーのアメリカ支社からいらした方であり、今回市場化を目指すこの機器は、動脈硬化症の検査を容易かつ痛みを伴わない形で可能にする画期的な逸品なのである。ゆくゆくはホームケアへの応用も視野に入れているとのこと。これは注目すべきプロダクトだ。アメリカ駐在の方と日本からこの治験のために出張でこられた方から名刺を頂く。昨日の日記に書いた通り、私は名刺を使い果たしてしまっていたため渡すことができず失礼なことをしてしまった。。。やっぱりたしなみとして名刺は常に持ち歩いていないといけないのだな。彼らからいろいろお話を聞きながらも例の検査を私も受けてみた。アメリカ人の女性看護士さん:「あなた、ちょっと高血圧ね」がーん・・・。やはり2年近いアメリカでの生活が私の体を蝕んでいるのだろうか・・・。私:「どうすれば改善できますかね~?」その看護士さん:「まあ、今は勉強でストレス感じてるんじゃないの?」いや、今はストレスを感じてるほど勉強は・・・・、なんて言えなかった(苦笑)。というわけで検査を受けてお金と万歩計を頂いてしまった。明日もやるというけど、二日連続はやっぱりだめか(笑)。さて、本日のメインは面白いウェブサイトのご紹介。過去の日記、2005-01-23『手塚治虫の世界のようにロボットが人間を支配するか?』 では、ロボット(機械)に対する著しい依存が人間の無力化を引き起こすのではないかという懸念を書いた。では、ロボットの頭(AI=人工知能)はどこまで発達しているのだろうか。「Emerging Technology」のクラスメイトJがこんなウェブサイトを紹介してくれた。その名も20Q.net(リンクは こちらから)内容を簡単に説明したい。このページのコンセプトは、「あなたが頭の中で考えている事をコンピューターがずばり当てましょう」というものだ。まず自分の頭の中で何か物・事を思い浮かべる。(例えば「ゴルフボール」)コンピューター側(ホームページ)は簡単な質問の数々をこちらに投げかけてくる。例えば、「それは持ち運べますか?」あなたはそれらの質問にYesやNo、Maybeなどで答えていく。すると、質問の回答で得た周辺情報をもとにコンピューター側が「あなたが思い浮かべているのは○○ですか?」と推測をしてくるのだ。正解にたどり着くまでに20問以内であればコンピューターの勝ち、20問以上かかったら我々の勝ちというルールである。おわかりいただけたかな?多言語対応になっているのだが残念ながら日本語は選択肢にないため、これを読んでいる大多数の方は英語でやることになるだろう。何度か実際にやってみればどんなものかわかると思うが、コンピューターとの駆け引きがなかなか面白い。もちろん、こちらが正直に答えなければゲームとして成立しないので質問には素直に答えるべきであるが、もし変な風に回答した場合には後でだめ出しもされる。例えば私が「a baseball bat」を思い浮かべてやってみたとき、質問の中に「Does it require specific knowledge to use it?(それを使うのに特別な知識が必要ですか?)」というのがあったが、私はNoと答えた。しかし、それはYesでしょうというのが結果からのフィードバックなのである。まあ、人によって意見の分かれる質問はいっぱいあるでしょう。このホームページのシステムに使用されている技術がNeural-Networkという、脳の神経ネットワークににた情報処理技術だという。つまり、断片的な抽象的な情報の集まりを意味のある具体的な事物に落とし込む技術である。個々の情報量、さらには組み合わせの数が多ければ多いほどアウトプットの絶対量、柔軟性も増してくる。まだまだ不完全ではあるが、人間の脳の動きを模倣しようとしている点でまさに進化途中のAIだということができよう。頭のなかに「Judo(柔道)」と思い浮かべてやってみた。いろいろ答えていくうちに問題数も20に近くなり佳境に入ってきた。そこできたのがこの質問。「それは怖いですか?」う~ん、柔道はまあ時には怖いと言っても過言じゃないか。というわけでSometimesを選ぶ。すると出てきた答えは・・・・・「Socialism」(社会主義)このAI、思想的に偏ってないか(笑)?現時点では我々の回答に頼って答えを探しているAIであるが、じきに人間の助けなど必要とせずに結論を出し始めるコンピューターが出現するのだろうか・・・・。この調子だと、進化したAIにも右派とか左派とかできそうだな・・・・。
2005/04/14
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2年前の秋にビジネススクールに注文して購入した250枚の名刺を今日全て配り終えた。普通に働いていたら遅いペースであると思うが、学生として様々な国籍、分野の方々と名刺交換をすることができた。日本人の方であったとしても、日本にいてはなかなか出会えないような方々と自由な雰囲気で会うことができるのも嬉しいことだ。学生という比較的自由な立場が多くの人と利害関係のない交友関係を築くことを容易にしているという利点もあるだろう。いずれにしても、これでただの名刺コレクターになってしまっては意味がない。一方では私が書いているこのブログのように、会ったことのない人達とも情報交換などの交流ができるインターネットの場が成熟した現代であるが、直接会って言葉を交わし名刺を交換することのインパクトはなお大きいと考えている。さらに、一昔前の名刺には所属の電話番号や住所しか書いていなかったわけだが、現在はメールアドレスがついていることがほとんどである。電話を掛けたり、手紙を送ったりするよりも気軽にご挨拶ができるのだ。名刺を頂いた全ての人にメールを出す気力はさすがにないのだが、一歩近づくコミュニケーションの場としてのメールを重宝している。どこで学んだのか忘れてしまったが、名刺の裏に鉛筆で会った日付や場所、追加事項として印象に残った一言を書くという方法も好んで使っている。名前と肩書だけでは1回会っただけの人の感じはなかなか浮かんでこないものだが、付随情報と一緒だと生き生きとその場面が蘇るものである。最近は怠けてあまり書き込みをしなくなってしまっていたので、ここに書いたのを機会にまたこの習慣を復活させよう。アメリカ滞在もあと1ヶ月と少し。こんな短い期間であるが、ビジネススクールの学生として名刺を全くもっていないのは厳しい。というわけで、広告を載せる代わりに郵送料のみで名刺が作れるウェブサイトを通じて250枚の新たな名刺を注文した。(サイトのリンクは こちらから)以前持っていた名刺の学校のロゴマークは当然ついてないけれど、自分が何者か、そしてメールアドレスは何かが伝われば充分だろう。手元に届くのは1週間後。帰国までの1ヶ月でどれだけ配ることになるのだろう?チラシのような強引な配り方だけは避けないといけないな(苦笑)。
2005/04/13
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二日前の日記でワシントンDCの桜祭りについて触れた。その時、「パレード本番はさすがに写真を撮ることができなかった」と書いたが、神輿を担ぎに来た夫のBを応援しに来たCちゃんがパレード中の写真を送ってくれたので、その日記内に写真を3枚追加した。ぜひご覧くださいませ。Cちゃん、改めてありがとう!さて、本日の出来事であるが、ちょっとやそっとでは出入りができないような貴重な場所へ行ったり、新たな出会いがあったりしたのだが、たまには私にだってオフレコがあるのだ!ということで(笑)。というわけでここでは今日の「Health Economics(医療経済)」の授業で扱われた心理状態が及ぼす経済的決断の変化という考え方を紹介したい。まずは以下の状況を想像してもらいたい。1.「あなたは映画の前売り券を買って持っていました。しかし、映画館についたときにその券をなくしていたことに気付きました・・・。あなたはさらに10ドル払って上映券を買いますか?」どうでしょう?お次は似て非なるこの質問。2.「あなたは映画を観に映画館へ到着しました。券売窓口で上映券を買おうとした時、それまで財布に入っていたはずの10ドル札がなくなっていました。あなたはそれでも10ドル払ってチケットを買いますか?」さて、それぞれの状況につき、どのようなリアクションが思い浮かんだであろうか。実際にはこの2つの質問は同一人物にされるべきではなく、実験は2つの異なるグループに向かってそれぞれの質問を投げかけるという方法で行われた。結果は現金10ドル札をなくした2の状況でまた買うと答えた人は88%を占める一方で、映画券をなくした1の状況では46%の人しかまた買うとは答えなかったのだ。客観的に考えれば1も2も10+10=20ドルの出費という点で同じである。何が違うのか。映画券をなくした1の状況には「同じ物への不要な出費を繰り返す悔しさ」が伴っているのである。これを経済学的に解釈すれば、「sunk cost(埋没コスト=過去に支払われた費用)」がこれから成す支出に影響を与えてしまっていると言えばよいのだろうか。つまり、これから行う支出に関しては過去に払ったコストを考えないで現在発生するコストとそこから得る利益こそ考えるべきだ、ということである。う~む、わかるようなわからないような・・・(苦笑)。株式市場の例として、「投資家にありがちな悪い意思決定とは、ある株で損を被ったときに受けた損害がくやしくて客観的判断を曇らせ、その株を容易に手放すことができないというものである」と紹介されていた。なるほど、確かに熱くなった時の「負けを取り戻してやろう」精神ほど負けやすい状況はないかもしれない(笑)。そうは言っても払ったお金に対して、「あれはもう過ぎ去った過去の話さ。俺はこれから払う金がどれだけ利益を生むかしか考えないのさ」なんてかっこいいことを言える人はこの世にいるのだろうか。。。。いずれにせよ、ビジネスの場でもプライベートの場でも心の片隅に覚えておきたい考え方ではあるな。
2005/04/12
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授業のプロジェクトの関係で日本語の文章の英訳をした。今さらながら日本語の難しさを感じている。まず主語がない。誰が主体かをほとんど必ずと言っていいほど提示する英語と違って日本語では主語の省略が容易にされる。さらには主語が登場しないまま主体が他に移ったりする。自分でも書いてても話してても自然にやってしまうことだが、厳密に読み下していったら混乱することもしばしばだ。土台として全文をいったん翻訳ソフトにかけてみると、主語が見当たらないため受け身だらけの文章になる。文脈から考えて主語を補足して受動態から能動態の文章に書き換える。中には私の解釈が間違っているものもあるかもしれない。この曖昧さ、解釈の多様性に日本語の、ひいては日本文化の柔軟性(悪く言えば「煮え切らなさ」(笑))が隠れていると言っても過言ではないだろう。特に日本語では「私」という一人称がもっぱら省略される。「私は」を多用する文章は稚拙であるとの作文教育も学校で受けた記憶がある。一方、英語の「I」が文章において省略されることはめったにない。一般の学術論文では客観性を示すために英語でも一人称を用いることを良しとしないが、ビジネススクールで論文を書く際には客観的分析に加え主観的提案を出すという流れが主流であるため、「We」(チームでの課題がほとんどだから)を多用してきた。日本語にせよ英語にせよ、自分オリジナルの考えや主張がある場合にはやはり「I」を強調しなくては伝わらないだろう。主語の省略が通常である日本語の場合はなおさらだ。なんてよけいな考えをめぐらせてしまうから、「私は」勉強の効率が悪いのだ。。。あれ、この場合主語は「勉強の効率」で述語は「悪い」だな。ということは「私の」にしないと変か。でもその場合は「効率が」じゃなくて「効率は」の方が自然だな。そもそもオリジナルの文でも自然に聞こえないか?あー、日本語は難しい(苦笑)!
2005/04/11
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第44回Sakura Matsuriに参加した。毎年約60万人が訪れるという、日本文化をアメリカの人々に知ってもらうことが目的のこの祭のポイントは3つ。1・きれいな桜を鑑賞2・華やかなパレードを鑑賞3・出店で日本料理(たこ焼きとかおでんとか)を堪能私は去年は1の桜鑑賞しかしなかったのだが、今回は2,3に加え4.パレードに参加を追加してみた。しかも神輿を担ぐという形でである。A大学で公共政策を学んでいるTさんが神輿パレードのリーダーをするという関係から担ぎ手として勧誘されていたのだ。小学生の頃は地元の町内会で神輿をよく担いでいたものだが、大きくなってからは高校生の時に1度担いだきりである。朝8時にスミソニアン博物館の1つである宇宙航空博物館の前に集合。実際の大人用・子供用神輿はこんな感じ。これを担いでホワイトハウスやワシントンモニュメントの前を通るワシントンDCの目抜き通りであるConstitution Avenueを他のパレードの人達と共に練り歩くのだ。名誉なことではないか!パレード本番はさすがに写真を撮ることができなかったので練習風景を。大人神輿子供神輿もっとチビッコ神輿やっぱり子供神輿がかわいいなあ。大人神輿の方は人があふれるほどで、しかも神輿に初めて触れるアメリカ人がほとんどのため声だしや担ぎ方の指導をTさんが一生懸命して下さった。「セイヤー!」「サー!」「セイヤー!」「サー!」このリズムでずんずん進んだり、リーダー(Tさん)の笛の合図で神輿を高く持ち上げたりの打ち合わせをした。そんな時、アメリカ人同士の会話が聞こえてきた。A「ミコシって英語で何て言うんだ?」B「ミコシはミコシだよ。スシはスシだろ?」う~ん、なんか説得力ある(笑)。ちなみに辞書で調べたら「portable shrine」。携帯用神社ってのもなあ・・・。そして本番となり、私は前半は神輿の左前で声出しをしながら踊り、後半は神輿に左サイドに入って大声を出しながら担いだ。-------------(2005年4月12日追加)友達のCちゃんからパレード時の写真を送ってもらったので追加します。Cちゃん、ありがとう!!これが魔のアスファルトステップ!今でも膝とふくらはぎに筋肉痛が残る・・・。担いでます。情緒溢れる背景で担ぐ神輿はなかなかオツでした。以上、追加終わり-------------パレードというだけあって通りの両サイドにはものすごい見物客だ。テレビカメラが複数あるのもわかる。意外かもしれないが、私としては前半の踊りの方が辛かった。声を張り上げながら、アスファルトにステップを踏むことの厳しさは開始3分で思い知った・・・。慣れないアメリカ人のみんながあまり掛け声にのってくれなかったことや、神輿を揺らしながら担ぐという感覚がないため、見た目は静かに真っ直ぐ進む退屈な神輿だったかもしれない。(実際、私が参加していたとも知らずにパレードを見たという知り合いに言われた・・・)しかし、あの一生懸命さがやはり楽しいのだ。さらにホワイトハウスの目の前で神輿を高々と持ち上げたときの気持ちよさは最高だった。アメリカでも日本でもテレビのニュース番組とかに自分の勇姿が流れたりしてないかなあ。昼頃パレードが終わって妻にニュースでパレードを観たか聞くために家に電話した。妻:「おはよう・・・・」そうですかそうですか。何はともあれ、肩も腰もふくらはぎも痛いけど、やってよかった。Tさん、リーダーお疲れ様でした!おまけとしてパレード準備中に写した写真の数々を。アニメキャラクター「アーサー」の巨大バルーンが国会議事堂を覆う。サクラの着物に身を包んだキティさんです。やっぱり顔がでかすぎだよね(笑)。パレードリハーサル中の沖縄の太鼓と踊り。それを観て感心しているキモノガールズ。すごい人だかりで賑わう出店の周辺でみかけたサッポロビール。この周辺で食べた牛丼がおいしかった~。最後に桜に映えるワシントンモニュメント。観てよし食べてよし担いでよしの楽しいイベントであった。
2005/04/10
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気付けば帰国まであと1ヶ月と少しまで迫っている。すでに5月下旬発の日本行きのチケットも予約した。卒業までに成すべきことは勉強面でも社交面(?)でもまだまだあるが、引越しの業者さんが見積もりに来て大量のダンボールをくれた時には帰国の近さを実感した。容量的に考えて持って帰れるのは衣服と本くらいである。テレビ、ビデオ、ベッド、本棚など他の物についてはどうするか。「ムービングセール(引越しに伴う大売出し)」の活用だ!というわけで営業部長の妻がせっせと品物をデジカメで撮影してムービングセール専用のホームページにアップし、ワシントンDCエリアの日本人向けのホームページの掲示板に売り出しのお知らせを随時載せている。夫婦共に学生ということもあり、うちには本棚が5つも部屋を占拠している。この本棚に関しては本が満載なこともあり、大きさの記述のみで売り出していた。そんな時、「本棚に興味あります。写真を見せてもらえませんか」との連絡が。このご希望にお応えするため、本日は大きな本棚2つの中身をダンボールに移し変える作業を行った。一番大きな本棚は縦2メートルで6段もある巨大なやつだ。本棚のサイズが巨大なだけ収納されている本の量もかなり多い。日本から持ってきた本やこちらで購入した教科書、ビジネス書、そして授業のプリントやノートのファイルなど思い出の品々を仕分けしてダンボールに詰める。嗚呼、帰国が近いんだなあ。こういう片付けでいちいち思い出に浸っていては作業がはかどらないことは百も承知なのだが、なかなかどうして・・・。去年の2月に参加した「キャリア・ビルディングセミナー」のメモを発見したので、自分のための記録も兼ねてここで紹介したい。スピーカーのMさんは日本の企業から国際機関に出向されていた方で、現在は日本に戻られ情報・通信関連のお仕事をされている。世銀で開催された日本人による勉強会でも大変お世話になった方である。講演のメインポイントは以下の2点1.働くにあたり会社と個人の共通点に注目する2.『最終受益者第一主義』を念頭に置く1を少し掘り下げると、会社を無機質なものでなく有機的な個人になぞらえればキャリアの形成にも役立つということである。具体的には、「考える」、「成長願望を持っている」、「利益を追求する」、「自己実現を目指す」、「成功と失敗を繰り返す」などの共通的な特徴を持っている。さらに、会社が自社のブランドを大切にするように、個人も自己のブランドやパートナー像の構築をするべきだという。2の『最終受益者第一主義』とは、5つの要素から成り立つ。(1)自分の組織の上の人ばかりを見てはいけない(2)社長を一番下にして客を一番トップに据える(「顧客の苦情は最高の提案」)(3)「顧客の顧客は誰か?」を考える(4)ノウハウの共有をいかに実現するか(Knowledge Management)(5)自分のマインドを常に現場に持っていく(→論破力の向上)う~ん、こうやって書いてみて改めて勉強になった。復習はやはり大切なのだ。でも荷詰作業は遅々として進まず(苦笑)・・・・。
2005/04/09
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午前中は「Physician Practice Management」のチーム課題である医師グループ機関への取材を行った。13人の開業医連合(Group Practice)であるこの団体の専門は消化器科(gastroenterology)。取材場所はワシントンDCとメリーランド州のちょうど境にあるフレンドシップハイツ。開業医連合には単一の診療科目を扱うものと幅広い科目を扱うものという2種類に分類されるが、ワシントンDCとメリーランド州に計3つの診療所をかまえるこのグループは前者に属する。チームはアメリカ4人、インド1人、日本1人の6人構成。医師を支える管理スタッフの長にミッションや職責、IT利用や財政状況などについて質問をした。管理スタッフの仕事として大切なのは以下の4つ。・医師の生産性を向上させる・第三者機関(保険会社など)との交渉・スタッフの教育・規制の遵守これらを実行するために大切なポイントとしてこの3つを強調していた。・同業者と仲良くなって情報交換を行う(医療は土地の違いによる市場の棲み分けが存在するため離れた州の同業者であれば利害関係も少ない)・医師のパーソナリティを理解しニーズを読み取る力を磨く・医師から尊敬を勝ち取り、決して自分の尊厳を失わせない病院経営にとって稼ぎ手である医師達とどのように付き合っていくかが一番の課題となるのだ。医療は医師という専門家しか扱えない分野であるからこそ、バランスのよい力関係の構築と維持が大切になるのだといえる。とりあえず取材は終了し、後はみんなでまたチームミーティングを重ねながらペーパーとプレゼンテーションの準備を進めることになった。取材活動終了後、ちょうどフレンドシップハイツ周辺に職場があるというHさんとランチを2人で食べた。彼の勤務先は簡単には説明しかねるのだが、国際機関の関連研究機関であり、環境問題や社会問題を扱うNGOである。(Hさん、だいたい当たってます(笑)?)レストランでタイ料理を食べながら、彼が来週から出張で行くブリュッセルでの二酸化炭素削減に関する国際会議の話や、京都議定書について、ハイブリッドカーの意義について、はたまた代替エネルギーの可能性についてなど、幅広くいろいろなお話を聞かせてもらった。Hさん:「二酸化炭素をいっぱい出す先進国にとって温暖化による2℃くらいの上昇はなんてことないのですが、逆に二酸化炭素をそんなに出さない貧困国が水位上昇による甚大なダメージを受けたりします。その意味で二酸化炭素と温暖化の問題は環境問題というよりも社会問題と言った方が適切でしょう」先進国=加害者、途上国=被害者という構図は南北問題の溝をいっそう深めてしまうだろう。エネルギー問題という1つの軸が世界の経済、社会、政治と密接に絡み合っていることを学んだ。昼食後、Hさんの家兼オフィスに少しだけお邪魔させてもらった。見たところ普通の一軒家なのだが、Hさんはここで住み込み社員として勤務されているのだ。研究機関の長である彼のボスが大家さん。家の地下にパソコン数台が置かれたオフィスがあるのだ。前述のベルギー出張のように外に出る機会も少なくなさそうであるが、基本的に通勤時間がゼロなのが羨ましい。ボスのGともご対面した。非常に驚いたことに、彼は私が現在履修している「Emerging Technology」の授業の教授と知り合いであった。しかし、「彼は俺のアイデアを盗んだんだよ」と言わんばかりの話っぷりであったのに対してなんと言い返せばいいのかわからず止まってしまった(笑)。さらにGはオフィス内部をちょっと探した後で彼の書いた一冊の本を私にくれた。その名も「Future Mind: Artificial Intelligence」まさに「Emerging Technology」の範囲である。16年くらい前に書かれた本であるが、この時すでにインターネットの飽和につれて意識の時代がやってくるということを本の中で述べている。まさに我が教授と同じ論調である。どちらが先に出したアイデアかはわからない。でもやっぱり引用はしっかりやらないと・・・。帰りがけにはHさんからカレンダーまでもらってしまった。Hさん、興味深い話にカレンダーにボスからの本の贈呈(笑)、ありがとうございました!気を付けてベルギーと日本へ行ってきてください。夜はSさんに定例ボクシング教室ということでマンツーレッスンを行った。彼のパンチ力は回数を増すごとに強くなっている。パンチ力とは単なる腕の力ではなく下半身からの体重移動も利用したスピードとキレの掛け算だと私は思っている。ストレート系のパンチは本当にうまくなったが、今後の課題はリードブロー(利き手じゃない方のパンチ)できれいに打ち終われるようになることと、フックに磨きをかけることだ。Sさん、練習も残りわずかとなりましたが頑張っていきましょう!練習後は我々夫婦とSさん、そしてご近所のNご夫妻という5人で北京ダックの店へ。やっぱり中華は大人数で食べるのに限る!Siさん(N夫妻のご主人)、今度はボクシングの練習から参加されますことを期待していますので!
2005/04/08
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「Emerging Technology」の授業ではクラスメイト3人が個人プレゼンテーションを行った。・「ヨガの科学」:身体への効果と精神への効果・「Operational Methodology」(人間の精神構造を言語学や認知心理学から説明する方法論)・「Neuro Cognitive Enhancement」(神経に関する認知能力の向上について)どれも非常に興味深い発表であった。ヨガの発表では、その心身にわたる効力が示され私も始めたいという気持ちがいっそう強くなった。ビジネス面から見たマーケットの拡大も著しい。しかし、ヨガの持つ宗教的側面が問題となり得ることも指摘され、例えば会社の研修でヨガ教室を開催する場合には「洗脳」と見て反発する社員も多いだろうという声も聞こえた。まあ、企業の研修ってのはどこでも少なからずそういうところはあるだろうが(笑)。Operational Methodologyの発表は内容の抽象度が高くそうとう難しかったが、人間の言語の認知の仕方を中心に神経構造解読の研究について発表された。人間の脳は無意識に文章から名詞や動詞を区別してそれらを追いかけることにより意味を理解するという。前置詞や助詞についての解説もあったがよくわからなかった・・・。いずれにしても私がたまに名詞のみで英語を話すのも間違っていないわけだ。今日の発表で一番興味深かったのは最後の神経に関する認知能力の向上についてである。簡単に言えば脳の働きをどれだけ深く理解できるかの研究である。喜怒哀楽や精神の病などを示しているとき脳はどのような働きをしているのか。二次元の体内画像を撮影するレントゲンの後に出てきたMRIという三次元の診断画像技術は有名であるが、両者はともに撮影時の状態しか見ることができない。そこで登場したのがFunctional MRI(fMRI)である。fMRIはMRIの連続撮影と言えばわかりやすいだろう。例えば2秒ごとに5分連続で脳の撮影を行う。そうすれば脳の動きの変化をつぶさに観察することができる。いずれは連続画像ではなくリアルタイムで動画を撮影する機器が登場するであろう。脳の活動をリアルタイムで観察する手法と言えば、現在の主流は脳波測定(EEG)である。このEEGがウソ発見器の進化版として活用される見通しだというのだ。従来のウソ発見器とは精神性発汗時に生ずる皮膚の電位変動を見ていたが、今度のやつはもっと入り込んで脳波の動きをチェックするというのである。ある言葉や画像に反応するかを頭の中から読み取られる・・・。罪悪感、恐れ、怒りなど様々な感情がわかってしまうという。「これっていいのか!」という論議はあちらこちらで起こりそうだな。こういった技術の開発は主に容疑者の取り調べを目的に行われているわけであるが、もし日常生活にも適用されるようになったら本当にえらいことになるだろう。心の中(考えていること)が相手にわかってしまったら世の中は破滅するのではないだろうか。(そういえば『サトラレ』という漫画がそういう設定であったな)また、脳の仕組みの解読がビジネスに与える悪影響もあるのではないかと私は考える。マーケティングという分野にとって、消費者に該当商品の購買意欲をいかに高めさせるかは重要課題の1つである。もし何かを買いたいと思う脳の働きが解明されたら、企業は間接的にであってもその部分を物理的に刺激する手法を容赦なくとり始めるだろう。現在でもサブリミナル効果が広告界で禁止されているように、その手の方法の規制も広く行われていきそうだが。個人レベルで見ても恋愛などの交渉において科学的根拠に基づいたさまざまな「刺激」の応酬が展開されるかもしれない。(今でもマニュアル本は多数あるが、それらは心理学的な超間接手法である)人間の脳がそんなに割り切れるものでないものであることを願っている。。。。
2005/04/07
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この秋からのビジネススクール入学を考え受験活動をしているMさんとお会いした。彼女はあずあずさんのお友達であり、私が現在専攻しているヘルスケアマネジメントの勉強を考えていらっしゃるということで、ご紹介頂いたのだった。私が通っているビジネススクールからはすでに合格通知をもらっていて、今回は同じワシントンDCにある別のビジネススクールの面接のために滞在中のサンフランシスコから飛んでこられたのだ。Mさんは昼から面接と授業見学が、私はお昼ご飯をDCで食べる約束があったので、Mさんからの連絡を待つことに。こんな時、両者が携帯電話を持っているというのは本当に便利だ。そうして午後3時頃、Mさんからの終了連絡が入りあと1時間でこちらに着きそうだとのこと。DCのホテルのチェックアウトを済ませて私の大学のキャンパスの方へ向かってもらうことになったが、帰りの飛行機が午後6時45分ということなので、国内線とは言え5時半前には空港についていたい。今回ラッキーだったのが、Mさんの帰りの便は私の大学のキャンパスから地下鉄で一本のレーガン・ナショナル空港だったということである。所要時間は電車に乗ってしまえば30分。私の授業は6時からなので、空港の駅から5時半に電車に乗れれば問題ない。というわけでキャンパス最寄りの駅にタクシーで来て頂いて合流の後、一緒に空港へ向かい地下鉄車内で話しつつ、空港でチェックインをまず済ませてからゲート近くのレストランでぎりぎりまで話すという作戦をとった。我ながら時間の有効活用ができたと思う(笑)。Mさんは職務経験が豊富であり、製薬会社や病院での勤務を経て、医療機器の会社ではマーケティングマネージャーとして活躍されたというすごいお方である。この経歴を聞いただけでもヘルスケアマネジメントを学ぶ説得力が伝わってくる。経験のない私なんかがお話できることもないのだが、MBAにおけるヘルスケアマネジメントの位置付けやDCエリアにいることの強みなど、わかる範囲内での情報を提供した。少しでもお役に立てていたら嬉しいものだ。過去にも日本から面接のためにこちらにきたという人と4,5人お会いしたことがある。そのうち我がビジネススクールに入学してきたのはゼロ人だ(苦笑)。皆さん、より志望度の高い学校に合格して入学されたのだろう。それとも・・・(傷つきやすいので以下略)。いずれにしてもMさんの志望校への進学をお祈りしています!
2005/04/06
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「Health Economics」の授業のためのチームプレゼンテーションとペーパーの提出があった。(テーマの内容については過去の日記、2005-04-02- 新しい技術は古い技術を駆逐する!?:医療サービスの需要分析 を参照)チームメンバーは5人。内訳としては、学部を卒業してそのままヘルスケアマネジメントの院生となったアメリカ人の男女2名、現役の眼科医でもうじき13歳の男の子のお母さんであるアメリカ人、パレスチナからの国費留学生の女性、そして私である。この中で若き院生のE(女性の方)がコーディネート役をしてくれ、私が書いたパートの英語のチェックまでしてくれた。プレゼンテーション自体は大過なく終えることができたのだが、内容についての教授の鋭いツッコミがやはり厳しかった。神経モニタリングの需要の低下と診断画像技術であるCT・MRIの普及における相関関係を示すことができていなかったからだ。CTとMRIの病院別台数は調べたのだが、利用率や回転率などのデータを集めることができなかったのが痛かった。学生という立場で病院に問い合わせたとしても、やはり彼らは情報の開示には警戒を示すのである。「生の情報を得る」ことの難しさを学んだと言えるだろう。授業後、DC観光に訪れていたニューヨークのホテル勤務のSaさんとデュポンサークルの「寿司太郎」でお会いした。彼とはとあるネットのソーシャルネットワーキングでのお知り合いであったが、実際の面識はこれまでなかったのだ。一泊という短い滞在ではあるものの今回DCに遊びにこられるということでご連絡を頂いたのであった。メンバーは我々夫婦とお馴染みSさんとSaさんの4人。Saさんはホテルという最強のサービス業で働かれている。プライベートまでこんなにホスピタリティに溢れていてバランスが崩れてはしまわないのかと思わされるほどの(笑)、爽やか温かオーラに包まれていた。(注:もちろん誉め言葉です)異国の地でサービス業に従事することの大変さは想像もつかない。たとえ自分がお客の立場であっても、温かいサービスをしてもらえるようにできるだけ丁寧に接するという哲学には感銘を受けた。アメリカ人のサービス提供者と日本人のサービス受給者に見習ってもらいたいものである(笑)。アメリカのサービスの質が悪いという日本人の嘆きを耳にすることが多いが、日本では逆に「良いサービスが当たり前」という感覚を持った客の無愛想を私は感じている。甘やかしすぎるのもよくないということだな(苦笑)。様々な話題で盛り上がった食事の後は、Sさんの嬉しい提案でDCナイトツアーを行った。夜のリンカーンメモリアルやホテル・ヘイアダムスからの夜景は素晴らしかった。ヘイアダムスの屋上を案内してくれたフロントマネージャーのScが見た目は完全にアメリカ人なのに日本語がペラペラだったのがびっくりした。彼は高校生の頃まで日本に長く滞在していたということだった。「私はね、昔テレビ番組の『風雲たけし城』で最後の関門まで残ったんですよ」ネタ的に完成度が高すぎる(笑)・・・・。今度プライベートで会ってその時のビデオを見せてもらう約束をした。これはどうしても実現させたい企画だ。ですよね、Sさん?その後、硫黄島メモリアルを訪ねてSaさんの滞在するホテルへ。DCのなかでも1,2を争う高級ホテルである。さすがホテリエのSaさん、趣味と実益を兼ねたホテル研究だ。少しだけ部屋にお邪魔したが、高級ホテルというのはすごいなあと実感。Saさん:「そのホテルが提供するあらゆる無料サービスを試してみることにしています」そう言ってフロントに電話を入れて無料靴磨きサービスを利用されていた。なるほど、単に素泊まりするだけではサービスの質を測ることは難しいが、この手法であれば最大限のコストパフォーマンスを発揮できると同時に、謳っているサービスが本物かどうかを体感することができる。自ら楽しみながら学習していく姿勢は本当に見習いたいと思った。Saさん、今日はお疲れ様でした!また必ずお会いしましょう!
2005/04/05
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Yご夫妻のお宅で「『24』を語る会」が開催された。メンバーはシリーズ3作品のDVDを貸してくださったKoさん、Kaさん、昨日サードシーズンを見終わったばかりの妻と私、そしてYご夫妻である。「あのシーンの意味はなんだったんだろう?」「ここって矛盾してるよね~」「彼が死ぬ必要はなかったのに・・・」ランダムトピックで話は盛り上がり、検証のためDVDで特定のシーンをみんなで観るほどであった。題材は同じでも人によって着眼点が違うため、感動や批判のポイントも様々で面白い。このような機会を提供してくれた持ち主のKoさん、ありがとうございます!予想通り話題は『24』に納まり切らず、昨日の日記でも紹介した「統合国際深海掘削計画」について私が皆さんに概要を伝えたり、Yご夫妻の奥様で裁判官のAさんが麻薬捜査について話してくれたりと、話題は豊富であった。なかでも、Yご夫妻のご主人で弁護士のSさんが共著の本「Q&A引用・転載の実務と著作権法」についてのお話に興味をそそられた。(本の詳細情報は こちら から)論文を書く時に他の論文や本からの引用をすることは当然であるが、きちんとその出所を書かねばそれは剽窃(ひょうせつ)(他人の文章の一部を盗み取って自分のものにすること)になってしまう。剽窃と認定されれば、刑事罰も民事賠償も問われかねない。(Sさん、間違ってたら訂正してください(笑))権利意識が強く訴訟の多いアメリカでは特に要注意であるが、Sさんによると著作権法自体は日米に大きな差異はないそうで、日本人としても充分に気を付けなければならないと言えるだろう。Sさんからお話を聞き、本もちらりと読ませていただきながら、私も日々書いているブログを含むネットの世界での引用と著作権法の適用の実態はどうなんだろうという疑問が頭に浮かんだ。ブログという技術・仕組みは我々一般市民が自らの文章をインターネット上に非常にたやすく掲載することを可能にしている。見聞きしたこと、経験したことや考えたことを書くわけだが、見聞きしたことについては情報源が必ずどこかにあるはずである。それが文章の一部であっても、もしくは写真であっても、正式には出典元を明らかにしなくてはいけない。ランダムにブログを見ていくだけで著作権法違反は数え切れないほど見つかるのではないだろうか。賠償金の小額さと日本人の国民性からか、よほど顕著で悪質なケースしか裁判にはならないとSさんは言う。しかし、これまで出版社やレコード会社といった特定の組織のみが気を付けてきた著作権法であるが、ネット社会においては個人単位で「著作物」に対する意識を高めていかなければならないだろう。私が書いているこの日記も(立派なとは言えないが(笑))著作物であるのだから。そういうわけでSさんにこの本のマーケティングについて一案を申し出た。「『あなたの日記が訴えられる!?:ブロガー必見の書!』という帯を本に付けたら売上が倍増しますよ!」どうです、このアイデア?これでこの案が採用されたら私の日記からという引用がされるのかな(笑)。私の今日の悔いはSさんからこの本をお借りしたかったのにお願いするのを忘れて帰ってしまったことである。Sさん、今度ぜひ貸してください!印税が入らなくなるからダメ!とか言わないでくださいね(笑)。もちろん皆さんはちゃんと購入してお読みくださいませ。
2005/04/04
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ひじょーに長く有意義な一日だった。まずはアメリカン大学の日本人学生達が主催する「座論」という勉強会の講演イベントに出席。スピーカーは在日本大使館経済班一等書記官の矢木孝幸氏。テーマは以下の2部構成。第1部:個人と組織のかかわり:私流「会社と働き手」論 第2部:留学をしている人たちへ・留学して得していますか? ~留学で得していること、損しかねないこと~第1部では年間労働時間が減少の一途をたどっている事実や労働報酬の細分化という時勢をもとに、働く側の意識の変化と雇う側の意識の変化が説明された。特に、ハーバード労働組合プログラムを修了されたという矢木さんによる日米の労働組合の比較(ストに対する従業員の姿勢など)は非常に興味深かった。 第2部ではゆくゆくは日本に帰国することになる在米日本人留学生へのアドバイスということでメディアとの接し方や日本の企業文化の解説が行われた。スピーカーの長年の日本企業での職務経験からの説得力があり、「日本で働くこと」の特殊性と面白さが伝わった。50人近い参加者のほとんどは20歳前後の若者達であり、一緒に参加したSさんと私はおじさんの部類に入るくらいの若々しい雰囲気であった。アメリカン大学と立命館大学には交換留学の提携があり、立命館大学から来ている現役大学生が多かったからであろう。そういうわけで講演の雰囲気も「これから社会に出る若者のためのアドバイス」という色合いも濃かったわけだが、上記のように私にとっても勉強になる点が多く、また初心に返ることができて有意義であった。講演の後にはバーベキューの懇親会があったのだが、私とSさんは別のイベント出席のためアメリカン大学をあとにする。次のイベントはKさん宅での「桜祭り花火大会鑑賞ディナー」であった。今、ワシントンDCは桜祭りの季節である。合わせて、日本にちなんだ行事も様々展開されるのだ。そのうちの1つが日本商工会議所主催の花火大会であった。正確に何階だったか忘れてしまったが、Kさんのお宅は17階くらいの高い場所にあり、ワシントンDCを臨む景色も本当に素晴らしい。ちょっと遠目ではあったが、花火もきれいに見ることができた。驚いたのは雷雨のなか決行されたという事実である。花火の光よりも広範囲で鮮やかな雷の光が空を照らしていた・・・。日本だったら中止だっただろうなあ。このパーティ、参加者の皆さんが持ち寄った食事も花火も素晴らしかったのだが、やはり多くの皆さんと語れたことが一番楽しかった。その中でも特に興味深かったのがKさんのお仕事に関わる「統合国際深海掘削計画」のお話であった。「統合国際深海掘削計画」とは掘削船を用いて深海底を掘削し、地球環境変動の解明(古環境の解明)、地震発生メカニズムの解明、地殻内生命圏の探求などを目的とした研究を行う国際研究協力プロジェクトである。海底を奥深くまで掘り、歴史上の自然災害を検証したり、地震予知に役立てたり、生命の神秘にまた一歩近づこうとするわけである。考えたこともないアイデアであるが、ロマンがありながら実用的な素晴らしいプロジェクトであると思う。特に地震メカニズムの解明が地震の予知につながれば、それは人類を災害から救うかけがえのない発見となるだろう。「平成15年10月に、日米主導で開始され、欧州、中国が参加しています。日本は、海底下7,000mという世界最高の掘削能力を持つ地球深部探査船「ちきゅう」の平成17年の完成に向けて、建造を着々と進めているところです。」( 文部科学省HPより抜粋)KさんはワシントンDCに本拠を置きながらこのプロジェクトのコーディネーターとして世界中を飛び回っていらっしゃるのだ。みなさんも「ちきゅう」の名前を覚えておけば、近いうちにでかいニュースで再会することになるだろう。話は尽きることがなくパーティは深夜まで及び、Kさんのお宅を離れたのは午前0時を過ぎていた。Kさんご夫妻、大変お世話になりました!これで長かった一日も終わりかと思いきや、参加者の1人で私のアパートから徒歩3分くらいの場所にお住まいのKaさんから2次会のお誘いが。というわけでSさんとともにKaさんのお宅へ行くと、共通の友達のI君がすでにスタンバイ。Kaさんの電子ピアノ、I君のギターの生演奏に乗せてSさんと私が尾崎豊や槙原範之、ミスチル、チューリップなどなどを熱唱した。午前3時とかだったし絶対近所迷惑だったろう(笑)。その後も男4人での人生についての熱い語りは続き、気付けば朝の6時になっていた。さらに今日からサマータイムだから時計を1時間遅らせたらもう7時だ!今日も1日楽しかった。
2005/04/03
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月曜にあるチームプレゼンテーション&ペーパーのためのミーティングがあった。テーマは「医療サービスの需要分析」DCエリアに存在する4つの病院にある特定のサービスの提供数を取材し、その結果からトレンドの予測や各病院の取るべき経営判断を提案するという課題である。特定のサービスというのがEEG(脳波)など、neuro monitoring(神経監視)に関する10のサービス。1つ1つのサービスに関する説明が難しすぎてほとんど理解できない(苦笑)。情報の収集は現役の眼科医であるJが彼女のネットワークを駆使してやってくれた。結果、脳波測定以外の9つのサービスにおいて提供数の減少が見られた。神経のモニタリングというのは廃れているのかなあ。その背景にあるのがCT(Computed Tomography)スキャンやMRI(Magnetic Resonance Imaging)といった新しい診断画像技術の登場のようである。しかしJによれば「病態生理的(pathopysiological)見地からは神経モニタリングのような電気診断の重要性は失われていない」らしい。さらにはCTやMRIはまだまだ診断の単価が高い。病院には機器としてのCTやMRIの数も聞いているがまだその数は少ない。このような背景情報のもとで病院経営者はどのような決断をするべきか。私のチームの結論は「上昇している脳波測定やCT、MRIについては各病院が質および価格面での努力を続け、提供例が減少している9つのサービスについては病院ごとに棲み分けを行い、個々の病院の収益性を高める。」というものである。これって下手すれば闇カルテルかな(苦笑)?ローカル性の強い病院サービスというのは独占禁止法の適用というのもまた微妙な問題である。話がそれてしまったが、この結論に含まれた主要メッセージとしては、「サービスの数を絞り専門性を高めることで提供量におけるスケールメリットを発揮できる。提供量が増えれば単価も低くなり、経験値の高さから質の向上も実現できる」とまとめることができるだろう。なんて自分では終わったつもりになっているけれど、まだ自分のパートを書き終えていないんだった(苦笑)。「この課題の目的(objective)は何なのか?」「どんな方法論(method)を用いたか?」「病院経営者にとってサービス提供数のデータがなぜ重要なのか?」こういった質問に1つ1つ答えていかなければならない。「なぜ」を自ら問い掛けその答えを考える。一生続けるこの作業の訓練と思ってがんばろー。
2005/04/02
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ジャマイカ旅行記4日目・5日目の穴埋めとして、ここではレストランのオーナーと繰り広げた壮絶な喧嘩の一部始終をお届けしたい。他のジャマイカ旅行記は以下を参照のこと〔写真付き〕ジャマイカ旅行記1日目:車内はマリファナの香りに・・・〔海とTシャツの写真付き〕ジャマイカ旅行記2日目:どれを取ってもドレッドだらけ!?〔証拠写真付〕ジャマイカ旅行記3日目:現地まで行ってツアーがキャンセル!その後に楽園を見た!!ジャマイカ滞在中、我々は食事を周辺のレストランで済ませていた。高級リゾートなら3食がすべて食べ放題が含まれていたりするのだが、私が滞在した宿はそんな代物ではなかったのだ。通ったレストランの1つがホテルから徒歩5分ほどのところにあった。1階がさびれた雑貨屋で2階がレストラン。1階の外にある階段を上がるとバルコニーのようなスペースがあり、ちょっとでも横殴りの雨が降ったらずぶぬれになってしまう構造。2回行ったのだが、4人席が3つくらいしかないそのレストランに客がいたのを見たことがなかった・・・。衛生面とかはかなりいい加減っぽいが、値段が安い割に味がよかったので短い滞在中に2度も通ったのだ。料理を作るのはレストランただ1人の従業員であるジャマイカ人のお兄ちゃん。「9.11のテロと去年のハリケーンで人が本当に来なくなったよ。ここの従業員も昔はもっといたけど、もう俺だけなんだ」観光が命綱のジャマイカには厳しい話だ。注文は蒸した白身魚のココナッツミルク和え、そしてシーフードピザを頼んだ。オーダーを聞いた直後に冷蔵庫や貯蔵庫を探り、皮付きの芋をキッチンに運んだりしている。フライドポテトも皮付きポテトから作り始めるのだ。よほど客が来なくて下ごしらえをする意味がないのか、それとも新鮮な料理を提供する信念なのか(笑)。急いでいるわけではないので別にいいのだがやはり時間がかかる。しかし、じらされて出てきた食事というのはいつもよりうまかったりするから不思議だ。そして今回のピザも魚もかなりおいしかった。満足して会計をお兄ちゃんに頼む。Steamed Fish (J$250)Shrimp Pizza (JS350)J$とはジャマイカ・ドルのことである。1US$が60J$に値する。ということはこの食事も合計J$600だから10ドルくらいになる。J$1000札を渡してJ$400のおつりを待っていた。J$60くらいをお兄ちゃんへのチップとして渡せばいいな。果たして、1階から戻ってきたお兄ちゃんはJ$300しか持ってこなかった。彼は非常にすまなさそうな顔をしながらこう言った。「下でオーナーと話してくれないか?」何が起こったんだろうと思いながらも1階の雑貨屋にいるオーナーのところに行ってみた。私:「お釣りが少なかったようだけど?」ドレッドヘアーにTシャツ姿のいかにもジャマイカ人というそのオーナーは当たり前だという風に答えた。「あのメニューの値段は記入ミスがあったんだよ。あの魚料理、本当は250じゃなくて350なんだよ」な、何を言ってるんだ、この男は!メニューにはしっかり250と書いてあったことを主張すると店のメニューを全て取り出してこちらに見せてきた。「お前に見せたのだけ間違えてたんだよ。ほら、他のは全部350になってるだろ?」確かに他のは350だが、メニューの数字はすべて鉛筆で書かれてあり何も信用する要素がない。私:「他のメニューは関係ないだろう。俺はこのメニューを見て注文したんだから」オーナー:「常識で考えてみろよ。あの魚料理が250のわけないだろ?あの記入は間違いなの。人間は誰だって間違えるんだよ。」この辺りから私の内なる怒りが爆発し始めた。私:「俺は金のことを言ってるんじゃないんだよ。確かに人間は間違いを犯すよ。でも間違ったときは迷惑をかけた相手にどうするのが筋なんだ?」オーナー:「何言ってんだ?だいたい去年のハリケーンの時だって国連は何もしてくれないし・・・・(以下国連への文句が続く)」私:「話をそらすんじゃない!俺はこのレストランが気に入ったから二日連続で来たんだぞ。リピートしてくれた客をこんな形で落胆させるのがお前のやり方なのか?」オーナー:「違う違う。例えば俺がハリウッドのレストランでいいサービスを受けたらよけいに払ったっていいと思うぞ。」私:「だから話をそらすんじゃない!謝るかJ$100返すかどっちなんだ!」かなり大声で叫び合っていたからか、いつの間にか周囲には人だかりができていた。2階にいた妻も遅れてやってきたが、その他全員が地元のジャマイカ人達。状況的にやばいかな~と思い始めていたが、周囲の反応は意外にも私の味方であった。中でもこのオーナーの関係者と思われるおばあさんが「彼が正しい」と私の側に立ってくれ、「このJ$100を受け取りなさい」と差し出してくれた。もはや問題はお金ではなかったが(200円くらいの話であるし・・・)、ここで彼女からお金を受け取ってこのオーナーに「おばあさんに対してすまないことをした」と反省させるのだ!と思ってお金を受け取り、それをどうしていいかわからずあたふたしていた罪のないレストランのお兄ちゃんにチップとして渡して場所を離れた。オーナーは「こうやって俺は客を減らしていくんだよっ!」と捨てゼリフを吐いていた・・・。空しさを感じながらホテルに向かって歩いていると、先ほどの口喧嘩を聞いていた1人のおじさんが話し掛けてきた。おじさん:「あんたの言ってたことは正しいよ!あれはあいつがいけないね」私:「(力なく)ああ、そう言ってくれてありがとう・・・」おじさん:「ところでマリファナ買わないか?」疲れが増した・・・。せこい方法で客を欺くような行為は許せん、本当に間違いだったのなら謝罪をすべきだという思いで抗議をしたわけだが後味の悪さが残ってしまった。何も言わないで言い成りになるというのは間違っていると思うが・・・。「間違いを犯して誰かに迷惑をかけたら素直に謝る」自分への教訓として刻んでおこう。
2005/04/01
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