2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全31件 (31件中 1-31件目)
1
「Health Economics」のリーディング課題をせっせと読んでいる。そのうちの1つにあったのが、「Physician fees and procedure intensity: the case of cesarean delivery」(医師への支払料金と処置の頻度の関係について:帝王切開を例にとって)、Journal of Health Economics, Dec. 1999 日記にも書いたのだが、昨日の飲茶会の場で帝王切開について盛り上がった縁なのだろうか(笑)。この論文では、アメリカの医療現場において、医師の収入に与えるインパクトの違いが彼らの選択する処置方法に影響を与えるという事実を分娩時の帝王切開を例にとり説明したものである。(帝王切開とは、自然分娩が期待し得ない時に行う、母体の腹壁および子宮壁を切開して胎児を取り出す手術のこと)結論を読み、「お金のために不必要な帝王切開が行われているのか??」という驚きをまず感じる。調査は私的保険が主流を成すアメリカにおける公的保険、Medicaid(メディケイド)の患者を対象に行われている。Medicaidは低所得者を対象とした公的保険制度であり、この10年で400%の伸びを示している。一般の私的健康保険会社と同じように、「この処置についてはこの値段払います」という契約を病院の間で結んでいる。(公的保険のため契約というより決まりといった方が適切かもしれない)論文によると、帝王切開と通常分娩ではほぼ同じコスト(人件費、道具や設備費など)であるという。しかし、Medicaidによる医療費の還付(reimbursement)を一般の保険会社と比べると、州による違いこそあれ、帝王切開の方が顕著に高い還付を受けることができるというのである。医師(病院)にとっては通常分娩よりも帝王切開をする方が「儲かる」わけだ。このことは帝王切開を行うことへのインセンティブを意味し、経済的な見地から考えると、費用が一定で収入が多い方を選ぶのが当然であろう。そして、実際になされた統計的なリサーチの結果がこの命題をサポートしていた。帝王切開が行われる主な理由として以下の3つのケースが挙げられる。1. 逆子の場合2. 母体の危険(先天性・後天性を含む)3. 胎児の危険以上の3つのケースにおいて帝王切開は臨床的に最も安全な方法と言うことができる。通常分娩と帝王切開における保険会社(この場合はMedicaid)からの医療還付金の違いがこの因果関係に統計的に有意な変化をもたらすというのである。論文の結論としては、「Medicaidにおける医療還付金の差を縮めれば帝王切開の件数は明らかに減少するだろう」と言うに留まり、その変化が妊婦や胎児に本当に有益なことなのかについてまでは触れていなかった。つまり、「そうはいっても『帝王切開が多いこと=悪いこと』とは言い切れません」ということを示唆している。ここまで書いてみて、アメリカで行われたこの研究、日本でも応用可能ではないかと考えた。つまり、国による保険の点数(=医師・病院の収入)の設定がいかに処置の頻度に影響を与えるかという調査である。経済的インセンティブが処置方法決定の一因になるとすれば、「この処置はいくら」という国が決めた価格が医師の意思決定に影響を及ぼし得るということではないか。そう考えると単に経済だけではなく、政治が絡む話に広がっていく。患者として不必要な処置はもちろんやめてもらいたいし、医師(病院)も「医の倫理」は持っていると願いたい。しかし、それ以外にも「医療経済」、さらにはそれに影響を及ぼす「政治」という、一見しただけでは見えてこない要素にも注目しないといけないのかもしれないと考えさせられた。
2005/01/31
コメント(2)
昼はロズリンの中華料理レストランで飲茶を楽しむ。参加者は8名。この会は今学期から日米安全保障を学ぶためにDCの同じ大学の大学院に入学したAさんの歓迎会がメインの目的だった。Aさんはもともと知り合いであったというわけではなく、日本の大学が同じというつながりから共通の友人の紹介があったというわけである。私としても今日は初対面であったわけだが、なるべく多くの人を紹介してあげようと声をかけ、我々夫婦とAさん以外に5名の方々が集まってくれた。私以外の7名は全員女性。こういうのって紅一点ならぬ黒一点っていうのだろうか?太陽に現れる斑点じゃあるまいし、そんな言い方はしないだろう・・・。話題の守備範囲が比較的広いことを自負している私であるが、話が出産時の帝王切開の凄まじさに及んだ時は沈黙より他なかった(苦笑)。みなさ~ん、食事中ですよ~。何はともあれAさん、これからよろしくお願いします。夜は日本に帰国しこの2月からネット系ベンチャーキャピタルに就職するTの送別会。出発時には雪が降り始めていたため、車で行くことを断念。雪道に耐えられるような車ではないもんで・・・。会場では鍋パーティが展開されていた。Tはまだ20代前半の未来ある若者で、参加者の友達も彼の同年代が多かった。それでもじっくり話してみると考え方が皆しっかりしているのを感じる。将来のキャリアを考えビジネススクール進学を視野に入れている人や、大学2年生から将来報道系のアナウンサーになるべく準備を始める人。MBAを視野に入れる彼には私の経験から、ビジネススクールで何を学べるのか、理想と現実のギャップは何なのかなどを語り、アナウンサーを目指す彼女には、民放キー局のアナウンサー試験で最後の10人に残った私の腕前(笑)から経験談を話した。『ニュースステーション』のスタジオでいきなり長野五輪の実況中継をさせられり、梅干の実演販売をさせられたカメラテストは散々だった、とか・・・。私がふだん多くの方々の経験談から学ばせてもらっているように、自分自身からも周囲の人々に何かを感じとってもらえていれば嬉しい。いずれにしても、大学を卒業してからの進路や将来の夢などヴィジョンを持っているというのは素晴らしいことだ。(偉そうに言っているが、私も彼らと同世代と言っても差し支えないだろう。多分・・・)留学という経験が彼らをたくましくしているのだろう。気持ちのよい刺激をもらった。私も彼らに負けずに頑張ろう。T、アメリカでの学生生活と職務経験を糧に日本での仕事デビューを華々しく飾ってくれ!また東京で会おう。
2005/01/30
コメント(4)
テレビではP&GがGilletteを買収したニュースが大きく報道されている。これからはP&Gの製品でヒゲを剃ることになるのかな。ちょうど「Health Economics」の授業のリーディングでも病院間のM&Aについての記事があった。2005年1月17日付けのウォールストリートジャーナル「FTC Targets Hospital Merger in Antitrust Case」(Federal Trade Commission(連邦取引委員会)、病院間の合併に独占禁止法違反の目を光らせる)FTCは日本の公正取引委員会に相当する。記事によると2004年の間にアメリカでは130もの病院がM&Aにより買収され、その取引合計額は92.7億ドルに達するという。これらの買収によって消費者たる患者にはどのような影響がでるのか。期待としては、大きくなった病院の業務効率が上がり、クオリティが上がる一方で下がったコストが価格(治療費)の低下につながるというものだろう。しかし現実が示すところによると、合併後に市場における影響力(market power)を持ったある病院は40~60%の値上げを断行したという・・・。まさに市場原理の悪い作用の代表例である。この現象がアメリカの病院の8割を占める非営利病院の間でも起きているというから驚きだ。連邦取引委員会の関係者は言う「非営利病院は非営利と言っても支出を越える収入を得るためのインセンティブを持っている。彼らはその『利益』を営利病院のように株主に還元する必要がないため、賃金アップや機器の購入、さらには組織の拡大に費やすことができるのだ」う~む、「非営利(nonprofit)」という看板に惑わされてはいけないということか。確かに非営利組織と言っても組織の存続のためには充分なキャッシュフローが必要であろうし、規模の拡大の必要も出てくるだろう。また、この記事では病院は無保険者に最も高い治療費を請求するという現実を指摘している。私的保険加入が中心を成すアメリカでは、治療費は保険会社と病院の交渉によって決定される。当然、交渉力の強い大きな保険会社の健康保険に加入していれば治療費も安くなる。しかし、価格決定の代理人たる保険会社をもたない無保険者には交渉の余地なく高い治療費が請求されることになる。同じ診療・処置内容で異なる値段とはおかしいではないか。病院のM&Aが私が前述した期待のように進む可能性はないのだろうか・・・。「規模の拡大→市場での影響力増大→価格操作」という市場原理に企業(非営利組織)倫理・使命が働く余地はないのだろうか。厳しい現実があるからこそ独占禁止法や関係取締り機関の存在意義があるのであろう。日本の規制緩和で議論されている「営利組織による病院経営」において、市場原理の導入が及ぼす悪影響(患者の選別や料金の高騰など)を理由とする反対論がある。営利病院の存在を認めるアメリカにおいてその存在が2割程度しかなく、さらに非営利病院によるM&A→価格操作という市場原理が働いているのはどういうことなのだろう。そもそも日本とアメリカには国民皆保険制度と私的保険制度という根本的な違いがあるため単純な比較は困難だ。まだまだ勉強が必要だ。アメリカではそれ以前に4400万人にも達する無保険者の問題をなんとかせねばならない。アメリカの医療システムや経済を語るときはいつもこの結論に陥ってる気がする・・・。(関連する過去の日記:高騰を続ける医療保険料:NPOの発表を聞いて )
2005/01/29
コメント(0)
昨日の車のタイヤパンク騒動を受け、今日は起きてすぐタイヤ専門店に向かった。昨晩のうちに近場でタイヤを購入できる場所をアメリカ滞在歴15年を越えるRさんから電話で教えてもらっていたのだ。そのタイヤ専門店は本当に近く、作業も5分くらいで終了し、中古ということもあったがタイヤも作業料込みでたった30ドルで済んだ。車を持ち上げるジャッキは専用機器を用いて自動ですいすい、昨日あれだけ外すのに苦労したボルトもドリルでひょいひょい一瞬のうちにとられていた。何千ものタイヤに囲まれた倉庫の中で行われる無駄の無い作業を見て、事業の特化は効率の最大化と費用の最小化を実現するんだなあという印象を受けた。私と同じようにスペアタイヤでやってくる車が後を断たなかった様子だった。一方で、そうは言ってもタイヤ交換・販売だけでやっていけるもんなのかなあと考えさせられた。さて、本日の日記では最近日本からネット販売で購入したDVD教材「ノーモア・マウス・キーボディング・テクニック」について紹介したい。パソコンを使用することはすでに我々の生活の一部と化している。使えば使うほどコツを覚え、ブラインドタッチから始まり自己流の最適な使用方法に落ち着いていく。しかし、いったん癖がつくとこの「自己流の」という点から抜け出せなくなる。ボクシングでも同じだ(←話が長くなるので以下略)私の個人的なPC経験としては、大学に入ってからメールを通してパソコンを使い始め、論文のためにワードを使い、会社に入ってエクセルを使い始め、ビジネススクールに入ってエクセルをより使うようになり、パワーポイントも頻繁に使うようになった。その他、就職活動でもインターネットが主流になり始めた時であったため、会社のホームページの検索などを通じてもPC操作に馴染んでいったと思う。しかし、特段パソコンの使い方について学んだわけではないので、「効率的な使い方」という意識がかなり疎かになっていた。ビジネススクールに入学後、アメリカ人のクラスメイトからワードやエクセルに関わるショートカットキーや編集の仕方を教えてもらい、こういう情報を体系的に学べたら面白そうだなと考えるようになった。私が購読するビジネス系のメルマガ 『平成進化論』 の広告で「ノーモア・マウス」に出会ったのはそんなときであった。「PCの操作スピードが2~5倍(実測値)になりました」胡散臭い(笑)。しかし、当時の私には先を読まずにはいられなかった。そして、続くこのコンセプトに惹かれたのだ。「ズバリ!!PC操作のスピードを上げようと思ったら、マウスなんて使っていちゃ、いけません。」キーボードを両手の10本の指を使って操作する我々にとって、確かにマウスの操作は時間のロスとなっている。さらに、マウスを使わずにパソコンを使いこなす姿ってかっこいい(でしょ?)。これからも多くの時間を費やすであろうパソコンライフを少しでも豊かなものにするためにと、「ノーモア・マウス」を日本からの通信販売で購入した。決して安くはない投資であったが、非常に充実した内容であったと言える。(詳しい内容は著作権に関わりますのでここではさすがに書けません・・・)ここで1ユーザーとして公平にこの教材の長所と短所を列挙してみたいと思う。長所1.ショートカットキーを全て覚えるという荒業なしにノーモアマウスの方法を知ることができる。2.習慣付けて学べば確実に作業効率が上がるだろうという感触。3.パソコン画面を使ったDVDでの説明とテキストがシンプルでわかりやすい。短所1. 当然、ユーザーの習熟度によって新たに知りえる情報量が大きく異なる(私自身は全体の7割ほどが新たなな情報であり、その7割の重要度は高かった)2. 淡々と説明が進んでいくパソコン画面の映像のみであり、率直に言って面白みに欠ける。3. テキストはDVD(ビデオ)に収録されたセリフがそのまま印刷されただけであり、追加教材やその他の補助教材がない以上が私の忌憚のない意見である。結論としては現在の自分の意識向上を促進してくれた点を含め、購入して正解だったと思う。。いや、むしろ数年後に「あの購入がなければ今ごろもっと大変だったなあ」と振り返れるくらいに自分で成果を出さねばならぬ。「Practice makes perfect」(習うより慣れよ)癖にすることでマスターしたいと思う。かく言う現在もなるべくマウスを使わないように日記を書いていつもより時間かかった(苦笑)。今に見てろ~。今日行ったタイヤ専門店の交換作業ばりに高い効率をみせてやる!もちろん、PCは目的ではなく手段ということも間違えないように気を付けないと。私はどう転がってもタイヤ専門店(PC作業の専門家)には向いてないから(笑)(「ノーモア・マウス」の詳しい情報はこちら から)
2005/01/28
コメント(2)
夜9時過ぎに妻の運転で近所のスーパーへ。買い物を済ませガソリンを入れるためにスタンドに向かうときに異変を感じた。座席に座っていて固い物が地面を引きずるような感覚。なんとかガソリンスタンドまでたどりつき車を降りてみてみると、案の定、右後輪タイヤのタイヤが完全にパンクしていた。クラスメイトのタイヤ交換を数ヶ月前に手伝ったことはあるが自分の車でのパンクは初めてだった。見た目からサバイバル系の酒豪によく間違えられるのだが、こういうの本当に苦手だし酒はまったく飲めないなんだよね~・・・。(本旨とは半分無関係)とりあえずトランクからスペアタイヤとジャッキなどの必要器具を出してとりかかろうとしたのだが、いまいち勝手がわからない・・・。そこで現れたのが隣で給油をしていた白馬の王子ならぬ白車に乗った白人のお兄さん。「だいじょぶかい?」と声をかけてくれて、助手席の奥さんが待っているにも関わらず、手を真っ黒にしながら手伝ってくれた(というよりイニシアチブをとってくれた(照))ジャッキで車体を少し上げボルトをレンチで外そうと試みる。これのボルトがどうやっても回らない・・・。錆び付いているのだ・・・。レンチに乗って全体重をかけてもびくともしない。しかも5つのボルト全部がそんな状態・・・。この状況を見て、はやり給油に来ていた黒人のおじさんや白人のおじさんが集まってきれくれた。黒人のおじさん:「レンチが短いからテコの原理がよく働いてないんだよ」白人のおじさん:「俺の車に長いレンチがあったはず。トランクから持ってきてやるからちょっと待ってな」残念ながらおじさんの持ってきてくれたレンチはボルトに穴が合わなかった。(こういうのって標準サイズが決まってるわけじゃないのね・・・・)それでも白人のおじさんは、私のレンチを使い、自分の携帯電話が胸ポケットから落ちてバッテリーが吹っ飛んでしまうほど熱心にチャレンジしてくれた。いっこうにボルトは回らない・・・。白人のお兄さん:「ガソリンスタンドの売店から円滑油を借りてきなよ」日本で言うところのクレ55みたいな定番品がこっちにもあるらしい。とにかく言われた通りの名前の円滑油を借りることに成功し、スプレーしながら作業続行。まったくびくともしない・・・。白人のお兄さん:「こりゃあ専門家の助けを呼んだ方がいいかもね。AAA(トリプルA:日本で言うところのJAF)には加入している?」入っていなかった・・・。あと帰国まで1年、半年、4ヶ月と経過していて、もういいかなと思っていたのだ・・・。これはいよいよ業者に頼むしかないかなあと諦めかけていたとき、さきほど円滑油を借りたスタンド売店のスパニッシュ系のおじさんが颯爽と登場したのだ。実のところ彼は英語をまともに話せない。英語らしきものも話してくれているのだが、ほとんどおかまいなしにスペイン語を話しているようだった・・・。しかしこの状況に言葉の説明は必要なかった。彼は倉庫から十字方向に伸びた長いレンチを持ってきてくれ、作業に取り掛かった。そして、これまで誰もが回すことのできなかったボルトを回すことに成功したのだ!白人のおじさん:「なんでできたんだ!彼は何をしたってんだ!」しきりに状況を聞かれてしまった。負けず嫌いなのね、おじさん(笑)。レンチの長さ、円滑油が効いてきたこと、そしてスパニッシュ系のこのおじさんの体重という三種の神器がここに集まったためと推測している。けっきょく、このスパニッシュ系のおじさんがパンクしたタイヤを外してくれ、スペアタイヤの取り付けまでしてくれた。(ちなみに、パンクしたタイヤには道路に落ちていたのであろうネジが突き刺さっていた・・・)「グラシアス!」と連呼して10ドル札を何気なく渡した。こういうチップっていまだに慣れない。日本人的感覚だと逆にお金なんかあげて失礼にならないかと思ってしまうことがある。でも彼の場合はこのガソリンスタンドの従業員なわけだし、あげて正解だったのだろう。いろいろ大変だったが、最近あった事件、インターン初日に遅刻!:通りすがりのおじさんに救われる に引き続きアメリカ人の優しさ(もちろんスパニッシュ系のおじさんも含めてます)に触れることができて非常に嬉しかった。アメリカにいてこれまでいろいろ不快なこともあったが、これら一連の経験はアメリカという国をよい意味で見直させてくれた。今回お世話になった皆さん、零下の寒さにも関わらずこんなに親切にしてくれてありがとう!!さ、早いとこタイヤ買わないと・・・。
2005/01/27
コメント(8)
フィジーに関する旅行番組をテレビで偶然観た。15分くらいの短いものであったが、みどころを端的に網羅していたように思える。フィジーには卒業旅行の一人旅で2週間ほど滞在したが、あれを越える美しい海はいまだかつて見たことがない。2つあるメインランドから少し離れた小島を訪ねれば、そこは透き通った海の世界。島は歩いて一周10分ちょっとの小さいものが多く、たいてい真中にホテルというか巨大海の家がある。海のアクティビティに精を出す人々ものんびり海辺で読書に没頭する人々も、みんな浮世(?)の憂いを忘れにやってきているのだ。スキューバダイビングをせずとも、シュノーケリングだけで魚の世界に囲まれる。「パンを持って潜ってちぎって辺りにばらまけば魚に囲まれるよ」ホテルで働く兄ちゃんの言葉に従ってパンを持参して辺りにばらまいたら、まさに無数の魚に囲まれた。始めはその光景に感動していたものの、しだいに集まってきた大小何千もの魚達が私の体をついばみ始めるではないか!「痛い、痛い!」と叫びながらパン地帯から泳いで逃げた。ヒッチコックの「鳥」じゃないけれど、魚も群れたら怖いものだ・・・。ちなみにスキューバのライセンスを持っていなかった私であったが、免許無しでもできるという体験スキューバというものをその時やってみた。その時に死にそうになったのを思い出した・・・。実はこの旅行の1ヵ月前にプロボクサーとしての最後の試合を後楽園ホールで戦っていた。結果は1ポイント差の判定負け。精神的にもちろんくやしかったが、肉体的にも眼底を打撲したり鼓膜を破ったりという追い討ちまでもらってしまった。フィジーに居た時はこの破れた鼓膜が治ったばかりだったのだ。シュノーケリングでは関係のなかった気圧というものがスキューバにはのしかかる。気圧の変化に対応するために口から耳に空気を抜く、いわゆる「耳抜き」で異常が生じたのだ。水深10メートル地点くらいだっただろうか。突然頭が痛くなり、吐き気がするほど気持ち悪くなった。おそらく治った直後の鼓膜に負担がかかりすぎたのだと思う。あとでインストラクターの人に「なんでその事を前もって教えてくれなかったんだ!」って怒られた・・・。「最近鼓膜を破りましたか?」なんて聞かれてないよ!(そういう問題じゃない)というわけで鼓膜を破った後は治ってもしばらくはスキューバを控えましょう。そんな苦い思い出はあったが、フィジーの海の美しさはやはり感動ものだった。いつかまた行きたい国の1つだ。
2005/01/26
コメント(0)
「Healthcare Economics」の授業へ出席。教授は過去の日記でも紹介したことのある 超優秀でお茶目なE教授。先学期の「Healthcare Finance」に続き今学期も彼の授業をとることにした。彼の授業は異様なほど早口だし、1回の授業に詰め込まれる情報量がはんぱない。気を抜くとすぐに話題についていけなくなる。政治の風刺ネタをはじめ連発するアメリカンジョークの理解にしばしば苦しむのが残念なところだが、彼のマシンガントークの重要な部分を理解できるように今学期もがんばろう。それにしてもE教授は生徒からも人気があるようで、少人数セッティングのこの授業も20人くらいの生徒でいっぱいになっていた。ヘルスケアマネジメント専攻のある生徒は彼のことを「伝説の先生(Legend)」と呼んでいたし(笑)。授業後、プログラムアドバイザーのD教授のもとへ履修申告書のサインをもらいに訪ねる。D教授の授業も「Short-term Hospital Management」を去年履修しており、この授業のことは何度も日記に登場している。(例: 2004年9月17日の日記 個人プレゼン乗り切る!:まだまだ未熟だけど・・・ )D教授はE教授とは対照的に非常にフォーマルなお人。生徒をファーストネーム(orニックネーム)で呼ぶE教授に対して、D教授は常にラストネーム(名字)で生徒を呼ぶ。英語に敬語はあまりないながらも言葉遣いに気を付けながらD教授に聞いてみた。「今学期も私が受けた同じ授業を教えてらっしゃるのですよね?あともう1つ医療経営の倫理に関する授業も担当されていましたね。ご調子はいかがですか?」D教授:「授業はキャンセルになったよ・・・」うわ、気まずい・・・。おそらく履修した生徒の数が足りなくて彼の授業は2つともキャンセルになってしまったのだろう。こんな時のフォローのセリフを瞬時に英語で言えるほどまだ私は成熟していないようだ(苦笑)。とにもかくにもD教授、どんまい!帰りの地下鉄に乗ったのは5時半くらいだっただろうか。DCは首都であることから省庁やペンタゴンで働く人が多い。迷彩色のジャケットを着た軍人さんもよく目立つ。というか、地下鉄の中でその格好は逆に目立つでしょ(笑)。アメリカのビジネスピープルはきっかり5時で仕事を切り上げるという話をよく聞くが、さらにDCで働く人の多くが公務員だからなのかもしれないが、5時過ぎの電車は非常に混み合う。今日もそんなで車両内に人が満杯の状況に。ホームでもたくさんの人が乗れないで次の電車を待つことにしていた。でも、待てよ。よく車内を見たらかなり隙間があるではないか。DCの地下鉄の客席の構造は日本の山手線のような長椅子タイプではなく、真ん中が通路になって2人席が両サイド2列におかれた「昔ながらの列車」タイプ。ラッシュアワーがある電車がこの構造をしている時点ですでに矛盾を感じるのだが、真ん中の通路にきちんと人が詰めて乗っていないし、出入り口付近だって全然スペースがある。面白いのは、「奥に詰めてくれ~!」と叫ぶ人がいたり、「もうスペースはどこにもないよ!」なんて答える人がよくいることである。日本では無言の攻防が繰り広げられているような(笑)。それにしても、日本の、しかも東京の地下鉄のラッシュアワーを彼らに見せてあげたら自分達の甘さが身に沁みてよくわかるだろうに。あと1つの車両につきもう数十人は乗れるはず。あれ、そんな風に考えてしまう自分が本当はおかしいのかな・・・。
2005/01/25
コメント(4)
学生らしく今日も課題リーディングの話を。昨日に引き続き「Emerging Technology」関連の記事を読む。未来の予測とは途方もないゲームである。とくにそれが技術に関わるものである時はなおさら難しい。この記事ではのちに生活必需品となる機器の発明に対しての当時の反応を紹介して、その難しさを伝えている。「この『電話』という発明品は欠点が多すぎて伝達手段にはとても使えたものではない」(1876年、Western Unionの内部メモ)発明品の黎明期というものは欠点だらけなのだろう。「『テレビ』の欠点は人々が座ってスクリーンに目をずっと向けていなくてはいけないということだ。アメリカの一般家庭にそんな時間はない」(1939年、博覧会でテレビが初めて登場したことについてのThe New York Timesの記事)スクリーンに目を向けなくてもよいラジオとの対比なのだろうが、「百聞は一見にしかず」ということわざの通りになってしまったわけだ。というより、昔のアメリカの一般家庭は我々より忙しかったのかな(笑)。「640キロバイトあれば容量としては誰にでも足りるでしょう」(1981年、ビル・ゲイツ)純粋な文字情報だけであれば640Kでもかなりの容量であろうが、伝達する対象が文字から画像、動画へ進化するにつれ、容量もK(キロバイト)からM(メガバイト)、G(ギガバイト)、さらにはT(テラバイト)と拡大している。次いで、「Physician Practice Management」の教科書、『Ambulatory Care Management』を読む。第一章はアメリカヘルスケアの概要。ヘルスケアにおける課題を時代別に見たとき以下のトレンドを認めることができる。1800年代半ば~1900年くらいまで------ 結核、天然痘などの伝染病1900年~第二次世界大戦まで------ 肺炎、インフルエンザなどの急性疾患や外傷第二次世界大戦後~現在------ 心臓血管系疾患やガンなどの慢性疾患、AIDSなど治療が確立されていない病気医学技術の発達のおかげで乳幼児死亡率は下がり、平均寿命は伸びている。その結果としての高齢化社会がアメリカでも確実に進行している。病院のパンク状態を防ぐための手段の一つが「入院治療から外来治療へのシフト」である。現在アメリカでは60%以上の外科手術が入院を伴わない外来ベースで行われているという。前もってスケジュールした日に病院に行って手術を受け、数時間後に麻酔が完全に切れたら退院という仕組みだ。日本のなんでもかんでも入院というイメージとは正反対だ。しかし、ここで重要になるのが退院後の投薬などのフォローアップを自宅で行う「在宅医療」(Home Care)の部分である。(アメリカのホームケアの充実度については具体的な記述がなかった)高齢化社会が進み病院のパンクを回避しなければいけないのは日本も同じである。「日帰り手術」と聞くと日本人には抵抗があるかもしれない。しかし、現在の長期入院という状況がいいとは思わない。老人の在宅介護だけでなく、老若男女が対象の在宅医療もますます広がっていくと考える。ホームケアの整備と外来医療へのシフトは日本においてもこれからの重要課題となり得るだろう。冒頭の発明品への批評ではないが、この日記を15年後に読んだときに、「なあに当たり前のこと言ってたんだか」なんて振り返れたら嬉しいな。
2005/01/24
コメント(2)
「Emerging Technology」のリーディング課題を読んでいる。その中の1つである論文のテーマは「21世紀にロボットは人を支配するか?」まるで手塚治虫が描いたSF漫画の世界である。(50年も昔にその発想ができたこと自体も尊敬に値するが)記事によると、20世紀はNBC(Nuclear =核、Biological =生物学、Chemical =化学)に関わる技術が、政府の研究所で軍事目的で開発された時代であった。これに対し、21世紀はGNR(Genetics =遺伝学、 Nanotechnology =ナノテクノロジー、 Robotics =ロボット工学)に関わる技術が、企業の研究所で商用目的で開発される時代になっていくという。インターネットを始め、今でもあらゆる技術は軍事目的から生まれたものであるという感は否めない気がするが、これからは企業の商用化(Commercialization)が果たす役割がいっそう大きくなるということだろう。ロボット(機械)が人間を支配する可能性について、著者は「人間の自滅」という危惧を抱いている。人間は大きな意味での「計算」をコンピューターにやらせることで自らの業務量を減らしている。もっとも身近なところでは、計算機が二桁の掛け算を瞬時に片付けてくれる。携帯電話に数百件の電話番号暗記を委ねている。複雑な意思決定の場においても、エキスパート・システムなどと呼ばれるソフトウエアを使うことにより、状況を示す項目を入力するだけで最適な選択肢を得ることができる。そのようなロボット(機械)に対する著しい依存は人間の『考える能力』を奪い去るだろう。ここで主張されているのは、手塚治虫が描いた「ロボットの反乱」ではなく、考えることをできなくなってしまった「人間の自滅」という構図なのだ。自分の仕事・生活の能率を上げるためのアウトソーシングが機械に向かうのは自然な流れだろう。決断へのプロセスもパソコンが担っている。それでも『考える』ことは我々の最後の砦なのだ。なんて事を私の代わりに考えてしまうロボットが作られたりするのかな・・・・。
2005/01/23
コメント(2)

日本から遊びに来てくれた大学時代のサークルの友達YのDC観光最終日。今日の流れは以下の通り。アーリントン記念墓地→国会議事堂→ナショナルギャラリー(スミソニアン博物館の1つ)→旧郵便局→Rさんとお食事会まずはアーリントン記念墓地へ。ひじょーに寒い・・・(零下10度近いのではないか・・・)しかし、雪によって白く彩られたアーリントン墓地もいっそう荘厳であった。寒くて散歩というよりも耐寒訓練のような辛さであった(苦笑)。それでも、ケネディの墓付近から見えるワシントンDCの景色は素晴らしかった。次いで国会議事堂へ。大統領就任式のメイン行事である宣誓式が昨日行われたばかりであるので、どこまで行けるか心配であった。しかし意外なことに観覧席の多くはすでに撤去され、いつもほどではなかったがだいぶ奥まで行くことができた。大統領が宣誓を行った箇所(赤い幕の手前ら辺)が残るホカホカの写真をどうぞ。その後、すぐ近くに広がるスミソニアン博物館・美術館群のなかからYのリクエストでナショナル・ギャラリーへ。モネ、マネ、ダ・ビンチ、ルノアール、セザンヌ、ゴッホなどの有名どころの絵画が所蔵されている。私自身は絵に造詣がまったくないと言っても過言ではないが、美しい絵画を鑑賞することはまさに目の保養になる。しかし、ここで思いもかけぬシーンに出くわす。展示された作品の前で絵画の道具一式を開き堂々と模写をしている。スケッチレベルなら他の美術館でも見たことはあったが、ここまでダイナミックなのは初めて見た。美術館に雇われた模写師(?)だろうか、それとも学生だろうか。ものすごく集中していて声をかけるのもはばかれ質問することもできず、謎のままだった。観光最後は旧郵便局(Old Post Office)へ。ここの最上階からの眺めが素晴らしいと友人のTさんから勧められていたのだ。果たして、最上階から眺める夕暮れの国会議事堂はなかなか味がでていてよかった。観光はここまでとし、夕食はRさんと4人で。Rさんが日本でされていたファッション雑誌のお仕事の話をみんなで聞かせていただいた。自分の知らない世界の話はいつ聞いても面白い!Rさん、また聞かせてくださいね。明日の天気予報は雪100%(笑)。Yよ、飛行機が飛んでくれなかったらいつでも帰っておいで。
2005/01/22
コメント(4)

1月20日は第44代アメリカ大統領の就任式。このイベントにいかに関わるべきかの考察と諦念(笑)については過去の日記、「大統領に会えるかな♪:就任式を巡るあれこれ」 でも触れた。この日記で見る限り、就任式関連のイベントは手が届かなさそうだ。そこで我々夫婦がとった手段は以下の通り。1.国会議事堂前での宣誓式→Kさん宅の「特等席(テレビ)で就任式を見ながらカレーを食べよう」の会に出席(Kさん、カレー、本当においしかったです、ありがとう!)2.パレード→日本からニューヨークに来て、そこからバスでDCに遊びに来てくれた我々夫婦の大学時代の友人Yを迎えに行きつつ、一緒に観れるとこまで観てみる。3.ダンスパーティ→我が家のテレビでニュース鑑賞なかなか充実してるでしょ(笑)。ここでは2について写真付きで振り返りたいと思う。まず地下鉄でYを迎えにいったのだが、ちょうど彼女のバスが到着した場所がホワイトハウスに近いマクファーソン・スクウェア駅周辺だった。現地に着くまでに目立ったのが黒のカウボーイハットをかぶる割腹のいいおじさん達と毛皮に身を包むやはり割腹のよいおばさん達。あきらかにブッシュ大統領のお膝元、テキサスからの応援団である(笑)。対照的に、「Not My President!!」など、ブッシュ反対のプラカードを持った主に若者の集団も目立つ。こんな人達が同じ車両に乗り合わせていいのだろうか・・・。ホワイトハウスに少しでも近づこうと行ってみると、一定の場所からはフェンスで行けないようになっていた。警備員にも聞いてみたが、「ここからは入場券が必要です」とのこと。ここからは以前の日記でも紹介したあのプライスリストからチケットを購入した選ばれし者達が入る場所なわけだ・・・。この出入り口付近ではブッシュ反対派がダイイン(Die-in:死体を模して大勢で地面に横たわる抗議)を敢行していた。ん?何やらプラカードが。(倒れている赤い服の人は抗議で横たわっているわけです)Can you stand it? (あんたは我慢できるのかい?)1/4 of your life (人生の4分の1を)Under a Bush! (ブッシュのもとで!)正直、現場でこれを読んだときはちょっと意味がわからなかった。ブッシュ政権が2期8年続いても人生の4分の1ではないだろう。よしんばお父さんのパパブッシュ(彼は1期4年)を入れても12年、4倍してもたった48年だ。人生50年なんて織田信長の時代じゃあるまいし・・・(論点ずれてる?)しかし、家に帰ってこの写真に写るボードをよく読んでみてその謎は解けた。Bush/Reagan 80-88 = 8Boo!ssh 41 = 4Boo!ssh 43 = 5?つまり、故レーガン元大統領の下でパパブッシュが副大統領をしていた8年間(正確には81~89年)をもカウントしているわけだ。ちなみにブッシュ親子はともにGeorge W Bushであるため(ややこしいっつうの!)、アメリカではパパをBush 41(fourty one)、息子の方をBush 43(fourty three)と呼んでいる。ここではさらにブーイングの「Boo!」とBushに掛け言葉を用いて「Boo!ssh」と皮肉っている。これなら8+4+8(予定)=20となり、人生80年の4分の1ということで納得がいく。それにしても5?という記述とその下のよく読めない青い文字が気になる・・・。右下にはASAP(As soon as possibleの略)と書いてあるので、「ただちに」(ブッシュを辞めさせればその事態から逃れられる)のようなメッセージなのだろうか・・・。あまり無茶はせぬように・・・。以上、解読作業頑張ってみました(苦笑)。さて、パレードの方はやっぱりお金払わないと見れないのかなあと思って期待しないでホワイトハウスを離れ世界銀行の方へ歩いてみた。世銀周辺はなんかすごい警備状況。 しかし、驚くべきことにこの周辺でパレードを間近で観ることができたのだった。ここでは一部を紹介しよう。まずはかっこよかった騎馬隊から。次いで、大統領のご当地テキサスから牛の角がついたこれ。最後に、迫力のあった、というよりもなんか怖かった軍人さん達の行進を。このイベント、お祭りなのは間違いないだろうけど、メッセージが混沌としていて何を伝えたいのかがいまいちわからなかった・・・。いずれにしても4年に1度しかない、いい経験をすることができた。
2005/01/21
コメント(4)

朝起きてカーテンを開けベランダをのぞいたらいきなり外は雪国と化していた。くぅ~、寒いのは嫌だな~・・・。学校に到着すると、我が大学のシンボル、ジョージさんの髪も白くなっていた。学費を納めたり、教科書買ったり所用を済ませ、「Emerging Technology」の授業に出席。生徒は12人くらいで、そのうち5人はMBAのクラスメイト達だった。この授業では、エネルギー、オートメーション、ロボット技術、ナノテクノロジー、医学、バイオ技術などあらゆる分野での最新技術を眺め、それらの技術をいかに商品・サービスに結び付けビジネスに転化するかを学ぶ。授業の中心を成すのは最新技術からどのような産業や商品・サービスが生まれるかの予測方法である。技術そのものをマニアックに掘り下げるのではなく、その技術を使ってどんなことができるかを考えるわけだ。生徒の中にはサイエンス系の博士課程の人が3人もいた。この授業で一緒となったMBAのクラスメイトである中国人のSはすでに物理学の博士号を持っているつわものだ。私は根っからの文系であり、最新技術についての知識など毛頭ない。しかし、そういった技術にアンテナを張ること、そこから社会に有益となるビジネスを生み出す柔軟性は持ちたい。授業が開始するとすぐ、外からものすごい騒音が。どうやらホワイトハウスで行われた大統領就任式の前夜祭で花火が打ち上げられていたようだ。大統領、学問の自由を奪わないで(笑)!花火もおさまり講義が進み、ある生徒が質問をした。生徒:「アメリカは技術革新をひっぱっているのでしょうか?」教授:「ある分野についてはそう言えるでしょう。しかしインターネットや携帯電話などでは日本の技術が断然に進んでいます。」うわあ、知識のない自分にコメントがふられそうで怖い(苦笑)。最新技術からどのような新しい商品・サービスができるのかを考えていく。わくわくする授業ではないか。落ちこぼれないように頑張ろう。
2005/01/20
コメント(4)
ビジネススクールで最終学期となる新学期が開始した。今学期は以下の4科目。1.「Healthcare Economics」(医療経済)2.「Physician Practice Management」(開業医もしくはGroup Practice Doctorの経営について)3.「Emerging Technology」(最新技術を用いた次世代ビジネスの研究)4.「Field Problem Studies」(インターンシップ)卒業のためにもちろん全ての科目で単位を取得せねばならないのだが、個人的には断然インターンシップの優先順位が高い。インターン先はヘルスケア業界に革命を起こすであろう技術を開発中のバイオベンチャー。実際のところ、Emerging TechnologyのリサーチペーパーもHealth Economicsの学期末ペーパーも、切り口を変えるだけでこのバイオベンチャーを格好のテーマにすることができる。1つの企業の内的・外的環境を様々な視点から考察し、ベンチャーという場で「生みの苦しみと喜び」を体感したい。本来であればこのインターンの経験を日記で皆さんにお伝えしたいのだが、バイオベンチャーは多くの技術特許が関わっている。すなわち、NDA〔Non-Disclosure Agreement〕(秘密保持契約)を伴う非常にデリケートな世界なので、どこまでなら公開してもよいのかをきちんと把握するまでは具体的な記述を避けたいと思う。なお、このインターンシップ獲得はSさんの公私に渡る助けなしには成し得なかった。この場を借りて深く感謝の意を表明します。さて、本日は昼からインターンシップ先のバイオベンチャー・S社でのミーティング、そして夜からは「Physician Practice Management」の授業があった。S社のロケーションはメリーランド州のベセスダ。インターネットで地図情報を引っ張り出してみると車で30分と少し。念のため1時間前に出発した。そして見事に迷った(苦笑)。私はただLee HighwayからGeorge Washington Parkwayにのりたかっただけなのに、なぜ気付いたら大統領就任式を二日前に控え厳重警戒中のホワイトハウスの前を走っていたのだ???(Sさん、後でツッコミお待ちしております)貯金の30分を使い果たしてしまったが、大丈夫だ、30分あればまだ間に合うはず。車をいったん停め、やはり後ろに停車していた黒人の2人組に道を聞く。初めは異様に警戒され、私がドアの窓をコンコンと叩いた瞬間にエンジンをかけられて出発される勢いであったが、いったん私が迷える子羊と知るとすごく丁寧に道を教えてくれた。というわけで今度は違うハイウェイに乗った。が、ここでまたハイウェイの接続で間違えてしまった・・・。要するに方向音痴なのである(え、改めて言う必要なし?)言い訳をさせてもらえれば、DCエリアのハイウェイは突然別れ道がたくさんでてきて、それがどこにつながるかの説明が不十分なんだあああ!そんな叫びも虚しく響き、気付けばまたヴァージニア州に戻っていた。嗚呼、愛しのメリーランド州。。。時計はミーティング開始時刻10分前を指していた。停車して再度会長に電話して遅れを謝罪し、車から降りたばかりのおじさんに突撃インタビューを敢行した。私:「このハイウェイにはどうやって行けばいいんですか?大切なミーティングの待ち合わせがあと10分後で、場所はメリーランドのベセスダなんです・・・(半分泣きべそ)」おじさん:「なに、それは大変だ!よし、俺が先導してハイウェイまで連れて行ってやるよ。ハイウェイに乗ったら一番近い出口で俺は降りるけどそれにはついてくるなよ(笑)」お、おじさん・・・・。おじさんは続けて話す。「でも、いいか、お前はもうどう転がったって遅刻なんだ。ここで焦ったり落ち込んでもしょうがない。気持ちを切り替えて運転するんだぞ」この一言ですっかり落ち着くことができた。再度S社の会長に電話を入れ状況を報告し、会長も「問題ないよ。気を付けていらっしゃい」と優しく対応してくださった。かくして救世主・おじさんのおかげでハイウェイに無事乗ることができ、現地に到着することができた。手を振りながら最寄の出口へ走りゆくおじさんはかっこよかったなあ。お礼のメールか電話ができるように連絡先を聞いておけばよかった。おじさん、ありがとう!!S社では、会長のDr. YとCTOのDr. Tの2人が、30分も遅れてきた私を温かく迎えてくださった。Dr. Y:「私だってTokyoで運転するなんて想像つかないよ」なんてフォローまでしてくださった。危うく同意しそうになったが(苦笑)←東京出身ミーティングは3時間以上に渡り、非常に充実した内容であった。こんな私ですが、誠心誠意頑張りますのでよろしくお願いします!一仕事終えホッと息をつく間もなく、ここからがまた大変だった。前述のように夜から授業があったので、S社から直接車で学校に向かった。ご期待に添えなかったかもしれないが、今度は迷ったわけではない。ものすごい渋滞だったのだ。こんな渋滞、東名高速に乗って以来じゃないだろうか。夕方5時過ぎの仕事が終わる時間の渋滞はよくあることだ。しかし、DC方面がこの時間に混むのはおかしいぞ。何十分ものノロノロ運転の後にその答えはやってきた。車二台の衝突事故で二車線のうちの一車線がふさがっていたのだ。さらに、少し先ではなんともう片方の車線も同様の衝突事故でふさがっていた・・・。こりゃ渋滞するよ・・・。けっきょく授業には20分ほど遅刻してしまったが、今日1日が無事に済んでよかった。学校からの帰り道、他のハイウェイでも衝突事故の後を目の当たりにした。私も、あの時のおじさんの言葉がなければ焦って運転し事故を起こしていたかも知れないな。おじさん、改めてありがとう!!皆さんも安全運転でいきましょう。
2005/01/19
コメント(8)
FOXのテレビドラマ、「24 (Twenty-four)」の二週目がやってきた。今回は「11:00 AM~12:00 PM」を描く。先週の初回2日間4時間スペシャルで放映された「7:00 AM~11:00 AM」を巡るあれこれについては過去の日記に熱く綴っている。(1月11日「24の新シリーズを見る:DCにいるとよけいドキドキ」 、1月12日「あと45分・・・:24ビデオ捜索は続く」 参照)観れていなかった残り45分も手に入れ観ることに成功し、今日を迎えることができた。DCの日本人コミュニティのウェブサイトの掲示板に「求む」情報を載せたところ、私が持っている最初の2時間と先方がお持ちの後半の2時間のビデオの交換のお誘いメールを受け取る。アジアンスーパーで待ち合わせブツの交換。時代はB to C (Business to Consumer)からC to C (Consumer to Consumer)に移行しているのだなあと実感。さて、満を持して観た今回は毎度ながらのスピーディな展開。なんかもうクライマックスがきてるんじゃないか??と思わせられるあと「17時間」、二転三転じゃ済まないんだろうな・・・。楽しみだ。
2005/01/18
コメント(2)

1月15日は黒人公民権運動の指導者、マーチン・ルーサー・キングJr.の誕生日であった。彼の誕生日を記念して、1月の第3月曜日(今年は17日)は国民の祝日である。アメリカの教育テレビ的存在のPBSではキング牧師に関するドキュメンタリーをやっていた。その名も「Citizen King」(市民キング)(映像も見れるこの番組のホームページはこちら から)キング牧師の演説、行進など多くの公的な映像だけでなく、題名のとおり一市民としての彼のプライベートな姿を映した映像や関係者の証言から構成された非常に興味深いドキュメンタリーであった。26歳 市営バスにおける人種分離制度の撤廃をめざしたボイコット運動の指導者に(1955年)34歳 ワシントン大行進(March on Washington)で「I have a dream」の基調講演(1963年)35歳 黒人公民権運動指導者としてノーベル平和賞受賞(1964年)39歳 清掃組合のストライキの応援にきた際にホテルのテラスにて凶弾に倒れる(1968年) 貫禄たっぷりということもあるのだが(笑)、彼がこんなにも若くしてリーダーとなり、世界に影響を与え、そして逝ってしまったのだと知って非常に驚いた。有名な「I have a dream」の演説はワシントンDCのリンカーンメモリアルからこのような景色に向かって行われた。(当日は17万人の黒人と3万人の白人という計20万人の聴衆に囲まれた) 数々の演説が映し出されたが、どうしたらあのような迫力と説得力を持つことができるのだろうと考えさせられた。間の取り方、抑揚のつけ方など、非常に高いプレゼンテーション能力を持っている。しかし、それだけでは説明がつかない。信念に基づいた自らの魂を込めて話しているからではないか。歴史上の偉人から我々が学ぶべきことは計り知れないと再認識した。
2005/01/17
コメント(1)
アパートのマネジメントオフィスからもらった映画券を使う時がきた。(チケット入手の経緯はこちらの過去の日記「アパートのマネージャーに直談判!!:負けた・・・・・・」 から)観に行った映画の名は「Hotel Rwanda」(予告編や映画の一部の映像が見れるホームページはこちら から)「ホテル・ルワンダ」は、ルワンダで1994年に起きた大虐殺という事実に基づいた映画である。フツ族とツチ族という、同じ国にいる異なる民族に生じた対立。高校生の時、世界史の勉強をしていた時にこの民族対立を学んだのを覚えている。虐殺が起きた少し後には新聞の海外面の記事で読んだりNHKのドキュメンタリーを見てショックを受けた。しかし、渦中の一般人の視点からリアルに描かれたこの映画から、改めて事件の衝撃に打ちひしがれた。外野の視点ではない、当事者の視点から見る世界にただただ恐怖を味わった。ベルギーの統治下にあったころから2つの民族は歴史的に対立をしていたが、フツ族の大統領の飛行機撃墜事件をきっかけに、多数派フツ族による少数派ツチ族の大量虐殺がはじまる。約100日の間にルワンダ国民の10人に1人、80万人以上が虐殺されたという。「非戦闘員は攻撃対象外」という概念はそこにはない。女性と子供はむしろ「次世代の根絶」という名目でターゲットにされたという・・・。主人公のホテル経営者ポールはフツ族の男性である。つまり、虐殺の「対象」ではない。しかし追われる数百人ものツチ族の人々をホテルに受け入れかくまうという決断をとる。第二次世界大戦中にナチスからユダヤ人を救った、オスカー・シンドラーや杉原千畝(ちうね)と同じ信念を感じた。あのような極限の状況下に自分が陥った時、生きる勇気、そして守る勇気を持ち続けることができるだろうか。無力さを感じる一方で、いかに自分が幸せな人生を送ってきているかを再認識させられた。生きていること、それだけに感動する機会を得られたことに感謝したい。日本での公開は未定であるそうだが、ぜひとも上映してもらいたい。
2005/01/16
コメント(9)
2003年7月に渡米して以来一度も日本に帰っていない。周囲には3年も4年も帰っていない人達がいるので自分なんてまだまだ甘いと思っていたが、最近の日本の流行りに疎くなっていることは確かだろう。せめてビジネスの情報くらいはと、日経ビジネスをアメリカにある日経の支社から定期購読をしていることは過去の日記 にも書いた。2004.12.13号では「2004年ヒット商品ランキング」なる特集があった。「へえ、日本では今『韓流ブーム』なんてものがきてるのか」(1位は『冬のソナタ』)「アメリカでも売れてるi Podは日本でも受けてるみたいだな(3位)」2位の『伊右衛門』(サントリー)は正月に遊びに来てくれた両親にリクエストして買ってきてもらい、あの竹筒型の特徴的なペットボトルに感心しつつ味わったものだ。日経ビジネスの記事内にあった伊右衛門の誕生秘話も面白かったが、ロスにいる大学の後輩がビデオで送ってくれた日本のドキュメンタリー番組、「ガイアの夜明け」での伊右衛門特集にも興味を惹かれていたのだ。しかし、「2004年ヒット商品ランキング」の4位に位置していた『マツケンサンバ』だけは意味がわかっていなかった。松平健がサンバを踊りながら歌っているのが受けてるの???やはり歌とか踊りは曲や映像がないとピンとこない。そんな私の苦悩を今日ランチをご一緒した、法律事務所でインターン中のKさんが送ってくれたメールが見事に癒してくれた。(お仕事してますよね(笑)?)「今日話題になっていた マツケンサンバのサイト です!すごいキラキラしているので、目をやられないようご注意を。ToneHideくん、私たちが留守にしている間に日本はすごいことになってますよ。」すごいことになっていた(笑)。今日一緒にランチした3人の方々はいずれも法律のスペシャリストなのだが、どうやらこっちのカラオケでマツケンサンバを振り付きで歌う野望を持っているようだ・・・。あのリンクにはそのための完璧すぎる振り付け解説ビデオもついてたっけ・・・。今度、観客席から拝見させてください。よし、これで残るは「ギター侍」の映像だな。どなたかネットで見れる画像をご存知ありませんかー?ヤフーのやつは有料会員しか見れないし・・・。残念!!(←実際どういうのかわかってないのに使う奴)
2005/01/15
コメント(4)
妻が自動車運転免許の実技試験に合格した(してしまった?)1.Rさんに同行してもらって試験のルートをあらかじめみっちり教えてもらった2.教官が超優しいおじさんだった(or 少し抜けてた?)3.正規ルート周辺が工事中だったのでいつもより走行距離が短かった(5分くらい)日本で免許を持っておらず、オーストラリアに留学中に実技で教官に怒鳴られ落ちたこともある(今なら書いてもいいでしょう)彼女が合格した要因はいろいろあるだろう。しかし、車線変更もままならずバック駐車もできない人を合格させるとは・・・。いやいや、おめでとうございます!この調子で練習を続けてくださいませませ。。。Rさん、お付き合いありがとうございました!夜はRさん、Tさん、そして妻にボクササイズレッスンを行った。Rさんは何回もレッスン受講経験があるが、Tさんと妻はまったくの初心者。そう、何気に妻にボクシングを教えるのは初めてだった。構えから始まりジャブ、そしてワン・ツー。さすが、経験者のRさんが見事なお手本となってくれた。ミット打ちでも初心者の2人は足を動かさないその場でのワン・ツーまでとしたが、Rさんが見せた円の動きやダッキングからの左フック、10連打などは2人にとって衝撃だっただろう。Tさんはともかく、自分の嫁をそこまで強くしてはいけないな・・・。その後Rさんのお宅で旦那さんのSさんも食べたことのないという(笑)、手作りビーフストロガノフをご馳走になる。まじでおいしかったです!でもみんなよく食べて、エクササイズの意味はあるのかなあ。。。あるよね(笑)?
2005/01/14
コメント(4)
キャスター:「大統領就任式にあたってワシントンDCでは道路の閉鎖が行われますので・・・・」ニュースでも1月20日の大統領就任式(Presidential Inauguration)の話題が頻繁に聞かれるようになった。私にとってはちょうど新学期開始直後のイベントとなり、ホワイトハウスも国会議事堂も学校から頑張れば歩ける距離にあることからも、記念に参加してみたいものだ。一昨日の鍋にいらしたTさんから「大統領のダンスパーティ」なるものに行ってみないかというお誘いもあった。就任式にちなんだダンスパーティがDC各地で行われ、大統領夫婦と副大統領夫婦がそれらのパーティ会場を周るというのだ。あ、そういえば、うちの大学でもINAUGURAL BALLなる就任式にちなんだダンスパーティが1月20日に開催されるという通知がずいぶん前にきてたっけ。この就任式を通じて一般人が大統領に会える(間近で見れる)チャンスがどれだけあるのだろうかとインターネットで調べてみた。すると、イベント関連を網羅しさらに就任式に関わるブログまで備えた ホームページ (http://www.inaugural-events.com/)を発見。このページによれば、就任式関連のイベントは大きく3つに分かれるようだ。1.宣誓式2.パレード3.ダンスパーティーふむふむ、これら3つのイベントにそれぞれ入場チケットがあり、それを購入すればブッシュさんの晴れ姿を観ることができると。気になる金額は・・・宣誓式(Inaugural Swearing In Ceremony)予約席(Reserved Seats) Sections 1, 2, 3, & 4 $6,950 Sections 5, 6, 7 & 8 $5,950 Sections 9 & 10 $5,500 Sections 11 & 12 $4,950 Sections 13 & 14 $4,500 Sections 15 & 16 $3,500 立見席(Standing Areas) Southeast Standing $695 Northeast Standing $595 West Standing $495 South Standing $395 North Standing $295 Mall Standing Area $195 うわあ、一番良い席は70万円以上かかり、一番安い席でも2万円以上するのね・・・。パレード(Inaugural Parade)はどうだろう。VIP Seats $495/each Platinum Seating $395/each Gold Seating $350/each Silver Seating $295/each Bronze Seating $195/each General Admission $150/each うむむむ・・・、通り過ぎる束の間の彼を観るだけで最低1万6千円くらいかかるのか・・・。最後に、もっと高そうな予感だが、大統領夫妻が訪れるかもしれないというダンスパーティ(Inaugural Ball)はいかがだろうか。Black Tie and Boots Inaugural BallMarriott Wardman Park Hotel$1,250 Constitution Ball Washington Hilton$895Texas Wyoming BallConvention Center (B)$995 などなど多数・・・。高いよ!!まあ、大統領、共和党にとって政治資金を調達する大事な機会なんだということだろう。最後に基本に戻って自分の大学のホームページから就任式記念ダンスパーティ情報をチェック。「Tickets are available for $75 a ticket」75ドル!他と比べて格段に安いじゃないか!生バンド付きらしく、ドレスコードも男性はタキシードが望ましいというフォーマルぶり。でも待てよ、おいしい話には常に裏があるはず。Q&Aセクションに潜入し、お目当ての質問を発見。Q:「大統領と副大統領は来るの?」A:「招待状は出してあります。来るかどうかは当日のお楽しみです!(You never know....)」こりゃ来ないな(苦笑)・・・・・・。さて、どうしよう。テレビが一番の特等席かもなあ。
2005/01/13
コメント(2)

Yさんからメールが届いた。昨日の日記のラストに書いた24初回スペシャルの二日目の2時間の捜索願を受けて、「ビデオ録画したよ~」との嬉しい内容であった!ブログを書いていてよかった(笑)!さらにYさんは初日の2時間の一部が見れていないという。「2時間のうちの最後の45分はテープがきれて録画できなかったの・・・」という点があるということだが、観れる分だけでもみたい。YさんはワシントンDCで知り合ったお方だが、日本の大学の先輩であっただけでなく、ビジネススクールとロースクールの違いこそあれアメリカの大学も同じだという縁のあるお人。さらに今日は大学のOB会がちょうど開催されるので、開始2時間前にYさんに電話をし、出席を考えていなかったYさんを誘い、急遽その場をブツの受け渡しに。会場は過去の日記 にも登場したホテル・ヘイアダムス(イメージとして前回載せた写真を再掲してみました)Rさんと我々夫婦の3人で車で現地に向かうと、ホテル周辺をパトカーが取り囲むものすごい状況になっていた。ごっつい銃を肩からかけてる警官もいて怖い・・・。原因はあの停車中の黒いリムジンにあるようだ。後でちょっと遅れて参加された方に聞いたところによると、去年の11月にパウエル国務長官の後任に指名されたライス大統領補佐官と、ラムズフェルド国防長官がそのリムジンから出てきたという。ちょっとのタイミングの違いだったのにー、見たかったなあ(←ミーハー)いや、今の24の展開を考えるとものすごい怖いことかもしれないな(苦笑)。さっそく現場ではYさんとブツの交換。高級ホテルの地下にあるバーのテーブルの下でビデオを交換する男女。しかもその内容は国防長官誘拐など、アメリカ政府転覆に関するものだ(ドラマだけど)。いつセキュリティに捕まってもおかしくないな(笑)。なんて冗談はともかく、その会でも新たに多くの先輩方を知ることができて非常に楽しかった。家に帰るとさっそくYさんから借りた24の上映会。実は昨日の時点で我慢できなくて 24の公式サイト であらすじを見てしまっていた。そこにはファン達の掲示板もあり、二日間連続四時間スペシャルのどこか一部を見損ねた私と同じ境遇の人達の悲痛な叫びが載っていた(笑)。「再放送はいつか知ってる人はいますか?」「FOXはDVDを発売するまで再放送はしないよ・・・」「録画した人、お願いだからビデオを見せて!!!」アメリカ中で同じ境遇の人達がいるんだなあ。というよりFOX側のトリッキーな放映スケジュールに非があるということなんじゃないか!?上映会に話を戻すと、展開は知っているとは言え、やはり映像で見るのとはぜんぜん違う。複数の場所での話が同時にそれぞれ展開し、そして収束していく。24時間を原寸大で描くという発想も斬新であるが、カメラワークも好きだ。が、覚悟していたものの、後半の2時間、75分経過時点の「10時15分」くらいのところでビデオがきれてしまった・・・。まあ、2時間の空白が45分の空白に縮まったんだからよしとするか。そう諦めかけたとき、その知らせは入った。「最初の10分ほど撮り損ねてしまいましたが、24の後半の2時間を録画したビデオ持っています。逆に前半の2時間をお持ちでしたら貸し合いませんか?」昨日の時点でDCの日本人ウェブコミュニティの掲示板に載せていた「求む」の返信がきたのだ。頭の回路(そんな複雑ではないが)が動き出す。提案してくれたこの方に速やかに承諾とお願いのメールを送り、一方でYさんにお貸しした最初の2時間のテープをなるべく早く返してもらう。そうしてテープの貸し合いをして見逃した45分を観て、またYさんにもその45分を見せてあげられる!!あ、又貸し案を公開しちゃった(苦笑)。そうだ、始めから素直に白状しとこっと。いやあ~、それにしても情報交換の広域化・スピード化ってものすごいですよね~。それでも最終的には物流が鍵になっていることも忘れてはいけない。(映像などを含む情報全般に関してはネットで全て済むようになるであろうが)日々是勉強だ。
2005/01/12
コメント(2)
トップページの写真を変えてみました。一番上はホテル・ヘイアダムスのルーフトップから見えるホワイトハウスとその周辺。真ん中はアーリントン墓地から眺めたワシントンDC。そして一番下はアーリントン墓地の無名戦士の墓を守る衛兵。(これまで掲載していた国会議事堂とホワイトハウスのクリスマスツリーの写真はこちら の過去日記よりご覧になれます)昨日タイマー録画していた人気ドラマ24(Twenty-four)の新シリーズの第一話を観た。日本でも有名になっているドラマのようだが、アメリカにいながらこれまでまともに観たことがなかったのだ。クラスメイトのアメリカ人もイチオシのこのドラマの新シリーズを観ないわけにはいかないと、初回スペシャルの2時間をしっかりおさえたというわけだ。かなり面白かった。このドラマの特徴は、ある激動の1日、24時間を24時間分のドラマで伝えるという点である。CMの間に流れる時間もカウントされるわけだが(苦笑)。初回のスペシャルは電車の爆発テロ、政府要人の誘拐という幕開けで朝7時から9時までの2時間を描く。日本でこれから観る方々のためにもこれ以上のネタばれは控えさせていただくが、テロリスト対アメリカ政府という言わば旬の構図である。ワシントンDCエリアに住む私にはこの手の政府が混乱に陥るストーリーがよけい心配(エキサイティング?)だ。ちょうど昨日の鍋パーティでも、テロ等緊急時への対策、行動マニュアルについて国際機関にお勤めのTさんからお話を聞き、24の世界が決して絵空事ではないことも感じた。あと22時間、いったいどんな展開が待ち受けているのだろう。間もなく新学期だが、このドラマ鑑賞のための時間は確保しなくては・・・。----------------------------------なんて日記を書いて満足してたら24の初回スペシャルは2夜連続の計4時間スペシャルだったんだあああ!!!どなたか二日目の2時間をビデオに録画されたDCエリアのお住まいの方はいらっしゃいませんか?しょっく・・・。2時間飛んでしまった・・・。
2005/01/11
コメント(4)
昨日の買出し準備の成果を出す日がやってきた。その前にRさんのご紹介で日本にある国際NPOの事務局長をされているMさんとベトナムレストランでランチ。Mさんはこの道数十年の大ベテランの女性であり、現在はその蓄積されたノウハウを用いて、日本のNPOへの事業計画や運営方法に関するコンサルティングを広めようと計画中。そのためのリサーチを目的とされたDC訪問ということであった。NPOであっても組織存続のためには健全なお金の流れを持たねばならないし、運営基金を集めるためにはファンダーを納得させられるような理念に基づいた事業計画を持っていなければならない。そこにカスタマイズされたコンサルティングの必要性が出てくる。この点では一般企業にも通じるところはある。Mさん:「日本のNPOはアメリカに比べ10年遅れている」というお話を日米文化の違いを比較しながらわかりやすく説明して下さった。私とRさんのせいで(?)、話は脱線に脱線を重ねたが、3時間もの長い間、非常に興味深いお話を聞くことができて楽しかった。Rさん、素敵な方を紹介していただきありがとうございます!Mさん、また日本でお会いしてください。オーリングテスト、鍋パーティでも炸裂しました(笑)!帰宅後、エプロンを身に付け鍋の用意開始。白菜、椎茸、しめじ、豆腐、大根、そして鶏肉、豚肉など買ったものを次から次へ切っていく。同時に昨日やっとの思いで購入した鳥のミンチに生姜のおろし汁と刻みネギをまぶした団子も作成。タイミングよくTご夫妻、Yさん、Mさん、そしてTさんもご到着。まずはお通し(?)のイカキムチとニシンの昆布巻き、そして伊達巻。後二者は正月に訪問してくれた私の両親が持ってきてくれたもの。そして鍋にとりかかる。Mさんが持ってきてくれた昆布でダシをとり、後はひたすら具材を放り込むだけ。やっぱりみんなでわいわい話しながらつつく鍋はいいですねー。手製の鳥団子も好評で嬉しかった。途中から妻の提案で豆乳を入れた豆乳鍋としてみたが、まろやかな味わいでなかなかおいしかった。だいぶおなかも膨れてきた。ふだんならここでうどんかおじやで締めるところだろう。しかし我々はこの通常のオプションを回避した。この後のデザート波状攻撃に備えるためである。まずはTさんがご持参してくれたフォンデューセットを用いて、フルーツに温かいホワイトチョコレートをつけて食べるという優雅なデザート。ロウソクの火でホワイトチョコレートを温め、イチゴやバナナ、グレープを浸したのは初めての経験であり、おいしかった~。(ちなみにフォンデューというのは「浸す」という意味だそうだ)続いてはMさんとYさんが買ってきてくれたフルーツたっぷりのホールケーキ。アメリカの多くのケーキが甘すぎたりしつこかったりする中、ここのケーキ屋は日本人の口に合う上品な味わいのケーキを提供している。今回のケーキもやっぱりおいしかった~。トドメは妻が作ったモチ入りのおしるこ。これも両親が来てくれたときの配給から作ったものである。流れ的に最後がおしるこというのは重いかなと思っていたが、これがなかなかどうしてあっさり目でモチもおいしかった。とは言ってもさすがに食べ過ぎ・・・。食事後も会話は絶え間なく続き、午後6時にスタートしていた会も気付けば午前1時をまわっていた。皆さん見事にバックグラウンドが違うので、どなたの話も本当に新鮮で面白い。ご来場の皆様、長い時間お疲れさまでした。Sさんのご提案の通り、このパーティはホーム&アウェイ方式になっておりますので、次回のお呼ばれをお待ちしております。
2005/01/10
コメント(2)
明日、我が家で鍋パーティを開催することになったので今日はその買出しにアジアンスーパーへ。なるべく多くの人を呼びたかったが狭き我が家のキャパシティは7名が限界だ。というわけで今回残念ながら声をおかけすることができなかったDC近辺の皆さんはまたの機会に!アメリカにいるとは言え、この冬はすでに、国際機関に勤める日本人の方々との鍋パーティ 、そして Tご夫妻宅での鳥鍋 という二回のおいしい鍋を経験している。よく考えたら明日の参加予定者の皆さんはこの二回の鍋会出席者にほとんど当てはまる。鍋は鍋を呼ぶということのようだ(笑)。さて、買い物の方は白菜、えのき、大根、椎茸、シメジ、豚肉、鶏肉(ブロック)と順調に進んで行き、白いバケツに豪快に入った10丁入りの豆腐も買い物カゴへ。しかし、ここで2つの壁にぶち当たる。1つ目は春菊。このアジアンスーパーには葉っぱコーナーようのなものがあり、多様な葉のラインアップが並んでいる。何がなんだかわからない・・・。ちょっと料理に詳しければ匂いや形でわかるのかもしれないが、我々夫婦には皆目検討もつかなかった。春菊って英語でなんて言うんだろ。明日の参加者でもあるMさんやYさんにその場で電話相談。Yさん:「わかんない(笑)」Mさん:「う~ん、わかんないなあ。でも適当に買うのだけはやめてね。前にぜんぜん違う葉っぱを買って鍋にいれたら味が台無しになったことがあったから・・・」うわあ、そりゃあ怖い・・・。というわけで春菊は回避。後で春菊の英語を調べると、「garland chrysanthemum」とあった。ガーランド クリサンセマム??、未知の単語だ。garlandは花輪、chrysanthemumは菊である。う~ん、そんな商品の値札、見なかった気がするなあ。お次の壁は鳥のミンチだった。私の実家の鍋の定番だった鳥団子を作りたかったのである。鳥のミンチに生姜汁と刻んだ長ネギを混ぜて団子にする。私の大好物でもある。しかし、牛と豚のミンチは売っていても鳥のミンチは見つからない。実はこの状況、近所のアメリカンスーパーでも同じなのだ。以前、鳥のそぼろを作りたくて探したのだが見つからなかった経験がある。なぜ鳥だけ??今回は簡単に引き下がるわけにはいかない。店の肉コーナーのお兄ちゃんに「このブロックを鳥のミンチ(ground chicken)にしてくれないか?」と頼んでみた。兄ちゃん:「うちは鳥はミンチにしないんだよ~」だめだ、若手では話が通じない、ボスを出してくれ、ボスを!ボス:「種類が違うと菌も違うので、特別に鳥だけミンチにするわけにはいかないんです」う~む、牛用または豚用のミンチ機器を鳥に使いたくないという理由はわかったが、そもそもなぜ鳥だけミンチがないのかが依然ナゾだ。需要が少ないのかなあ。鳥のミンチに関してはここであきらめるわけにいかない。こんなこともあろうかと、あらかじめ明日の参加者のお1人でもあるRさんから鳥のミンチが手に入るスーパーの情報を仕入れていたのだ。意外なことにそのスーパーはアメリカ系のSafeway。そして鳥ミンチ発見!!我が鍋買出しに悔い無し!ここで満足せずに明日も頑張っておいしく食べるぞ!
2005/01/09
コメント(2)
友人のCさんとKさんのお誕生日会へ。彼女達は2人とも滞米歴10年を越えるベテラン。(いかん、怒られる!)参加者は11名。男性はCさんの旦那さんでアメリカ人のBと私の2人だけ。昨日といい、男性の肩身が狭い状況だ(笑)。男性の肩身が狭いと言えば、大学時代にエアロビクスの授業をとったことを思い出す。当時現役のボクサーだった私にとって、いろいろな種類のスポーツを行うことはボクシングの動きに多様性を与えるという面で非常に有益だったのだ。(大学時代、体育の鬼だった状況は過去の日記 参照)男女比は4対18くらい、先生も女性だった。羨ましいと思った男性諸君、それは勘違いである。男女比は均等がちょうどいいのだ。もし男性が多いという状況なら女性は華になり得よう。しかしその逆は居場所がないという感覚なのだ・・・。エアロビの授業では一週ごとに男は減り、気付けば男は私1人になっていた・・・。別にクラスの女性達が冷たいというわけではない。それでも「なんとなく居場所がない」感に1人で打ちひしがれてしまうのだ。休憩時間はおしゃべりで盛り上がる女子達を尻目にエクササイズルームのすみっこで1人で体育座りしてたっけ・・・・。この時、男子校に通っていた時分に「女子高に転校したら楽しいんだろうなあ」と妄想に耽っていた自分を叱責したものだ。大学時代はボクササイズのトレーナーとして多くのOLさん達にレッスンを行っていたわけだが、講師と沢山の生徒という構図ではこの疎外感は問題とならなかった。だから女子高に生徒として転校することは厳しくても、先生として赴任することは無理じゃないという結論が導かれるのだろう。(←言ってることをあんまり相手にしないでください)話がだいぶそれた(笑)。今回の参加者の方々はみな優しいので、もちろん疎外感など感じるわけもなく楽しくお話できた。(決して苦しいフォローではない)言いたかったことは、Cさん、Kさん、誕生日おめでとう!
2005/01/08
コメント(2)
ワシントンDCのバンネスで開催されたホームパーティに出席した。主催者は途上国の教育援助を行っているNGOのDC事務所で働くKさん。 妻がそのNGOでインターンをしていた時のボスがKさんだったのだ。始め私はそのパーティに参加する予定ではなかったのだが、車で連れて行けという私のボスの指令により参加することに。会場は、以前参加したSさんの勤務するバイオベンチャーの同僚が開いたホームパーティと同じアパートだった。少し遅れて到着すると教育・開発の専門家の方々が6名いらっしゃった。私以外全員女性であり、当初は場の雰囲気に圧倒されてしまったが(笑)、皆さんこの教育の素人を快く受け入れてくださった。Kさんが作ってくださったタイ風のサラダやインド風のチキンカレーは本当においしかった。自分の知らない分野を専門の人に聞ける機会というのは非常に勉強になるし興味深いものである。逆に参加された皆さんにとっても私という異分子が新鮮な空気を送り込むことにもなり得るだろう。(そう願いたい・・・)いろいろな話題で盛り上がったが、中でもE先生と「日本の英語教育について」話したことが興味深かった。E先生は日本の私立大学で助教授として国際ボランティア概論や英語を教えていらっしゃり、現在はラテンアメリカの教育についての論文執筆のためワシントンDCを訪れている。日本の英語教育について、中学から始まって10年以上も英語を学び続ける我々がどうして実用英語にはこれほど弱いのかという疑問を私はずっと抱いている。そもそも日本の英語教育の元々の目標は論文や記事を読みこなすことができるという点に置かれていたわけだが、コミュニケーションを無視することはできない。リスニングや会話など、実用的な英語を教えるための試みが現在の中学校・高校では推進されているという。しかし、その反動なのか、最近の大学生には文法力や読解力に著しく欠ける生徒が多くなっているという。E先生いわく、実用英語を教えようとする流れのために体系的な文法・読解の授業をすることができなくなっているのではないかというのである。かと言って実用英語が上達しているわけではなさそうだ。う~む、バランスが難しいのだろう。私は文法・読解得意型の典型的な日本人であり、科目としての英語が得意であったのにも関わらず、アメリカに来て自分の実用的な英語力のなさに愕然とした。その立場から、日本の英語教育をもっとプラクティカルにして欲しいという思いは強い。しかし、中途半端な実用英語教育が文法力・読解力の低下を引き起こしてしまうというネガティブ要因は考えてもみなかった。英語教育の方法論は変化しているようだが、肝心の目標は変わっているのだろうか。教育の世界においても、明確なビジョンを伴った施策の必要性を感じた。
2005/01/07
コメント(2)
先日終了していた2004年度秋学期5科目の成績が出揃った。私のボトムラインはずばりビジネススクールの『卒業』にあるので、成績自体にそこまでのこだわりはない。とは言っても成績というものは成果を測る指標として改善へのモチベーションとなり、励みにもなり得る。正直、英語もろくに話せない私がアメリカの大学院で生き残れている奇跡に感動すら覚えるが、「やればなんとかなる」というチャレンジの繰り返しで少しずつ成長していることも自覚しなければもったいない。現在は冬休みであるので勉強のことはほとんど考えていないのだが(笑)、それでも最終学期である来学期の履修について考えなければならない。私の場合、基本的にMBAのプログラムコーディネーターとヘルスケアマネジメント専攻のプログラムコーディネーターの2人と連絡を取り合って自分の履修科目を決めることになる。MBA全体の必修科目、ヘルスケアマネジメント専攻の必修科目がそれぞれ存在し、卒業のためにはその全てと選択科目を加えた必要単位を取得せねばならない。私は自分の学年でビジネススクール唯一の日本人であるだけでなく、唯一のヘルスケアマネジメント専攻である。(専攻に関しては、学位がMBAでなくHSA(Health Services Administration)の生徒はたくさんいる)つまり状況が非常にレアなのだ。自分と同じ境遇の人がいないと情報の少なさから苦労も多い。その代わり、融通が利くという利点もある。例えば「Health Law」はヘルスケアマネジメントの必修科目であるが、「この科目は日本に帰ってから役に立つ可能性が低いだろう」というプログラムコーディネーターの計らいで、私に合った他のクラスを取ることを許された。聞くところによると、私の大学のビジネススクールでヘルスケアマネジメントを専攻し、そして卒業した日本人は過去に1人しかいないという。すごいプレッシャーだ・・・。先学期履修した「ショートタームホスピタルマネジメント」の教授でもあり私のプログラムコーディネーターでもあるD教授から、その伝説の卒業生、Sさんを紹介してもらいメールのやりとりをさせて頂いたのは心強かった。さらに日本からわざわざ国際電話をかけてくださったのには感動した。多くのアドバイスをしていただきありがとうございました。卒業後に帰国してからぜひともお会いしたいお方の1人である。私も伝説の2人目になれるように頑張るぞ!
2005/01/06
コメント(2)
朝早くDCのダレス空港まで両親を見送りに。この空港にくるたびに切ないロックアウト事件の記憶 が脳裏をよぎる。教訓は常に持ってしかるべきものだが、トラウマはあまり抱えたくないものだ(苦笑)。ロックアウトもなく無事両親をゲートまで見送ることができた。楽しんでいただけたかな。また5ヵ月後に会いましょう。帰宅後、出し切れていなかった年賀メールに着手する。年賀状はすごく仲のいい人やお世話になった人にも、この時期にしか挨拶ができないようなご無沙汰な人にも送りたいものである。去年のメールの受信箱や送信箱をベースに送っているが、きちんとオーガナイズされていないために毎年苦労している。。。私の至らなさで漏れてしまっている方々、ここでお詫び致します。。。。小・中学生の頃には年賀状を送る際のポリシーを持っていた。1.受け手に特有の話題を添えた手書きとする2.その年の干支にちなんだ絵を描く今振り返ると字も絵も感心するくらい下手な私がなぜこのようなポリシーを持っていたのか当時の私に詰問してやりたい気持ちだ(苦笑)。おそらく、自分だけに送られたオリジナルの年賀状を受け取ったときの喜びを届けたかったのだろう。マーケティングの真髄を理解している小学生ではないか(笑)。当時は年賀状書きを一大イベントと位置付けて頑張っていたような気がする。受け取った人にインパクトを与えたい(喜ばせたい)という思いは今も変わらないものの、哀しいかな現在はキャパシティーの問題から、いわゆる「手抜き」になってしまっている。ただ、受け手にまつわる話題というオリジナル性の創出は難しいものの、今回はこのブログのURLを添えることで自分の詳しい近況を伝える機会を得ることができたのはよかった。(日本語の通じない友達には無理だが・・・)少しでも多くの後輩・同輩・先輩・恩師達に年始のご挨拶をという思いから、送る作業は今でも私の中での一大プロジェクトである。国内外の友人達に今年は300通ほどの年賀メールを送っただろうか。なかには宛先不明で届かないものも少なからずある。受け手の反応もさまざまで非常に面白いし、懐かしい。このような作業をできるのも学生である今回までかもしれない。というわけで、今後のいっそうの非礼を前もってお詫びしておきます。。。。やはり、交友を「広く深く」というのは至難の業だなあ。。。。
2005/01/05
コメント(6)

両親のアメリカ滞在も一日を使えるのは今日が最後。DCのツアーも一通り終えたし、リクエストを聞いてみた。母:「そうねえ、ゆっくり湯船につかりたいなあ」シャワーの生活は3日ともたないのですね(笑)。予定詰め込みツアーとは違ってお客様の繊細なご要望にお答えするのが当社(?)の持ち味。というわけでこの看板を目指してコリアンタウンのアナンデイルへ。湯につかりながら、そしてサウナに耐えながら父と語ったのはいつ以来だろうか。というよりも今いるのはワシントンDCなんだっけ(笑)。その後、昼ご飯に韓国料理を食べ、CDショップをはじめとする買い物エリアへ繰り出し、夜ご飯はあっさり系が食べたいという彼等のリクエストにお答えして我々夫婦のお気に入りのベトナムレストランへ。注文はいつものあれ。帰宅すると、ネット書店アマゾンの個人売買で注文していた映画のビデオ「The Temptations」が届いていた。父が熱狂的なファンである60年代から80年代のアメリカで一世を風靡した同名のR&Bグループを描いたノンフィクションストーリーである。代表曲「My Girl」はファンならずとも知っているだろう。この映画、90年代後半の製作だが日本では上映されておらず、父も最近までその存在を知らなかったという。私もほんの2週間前に旅行したマイアミのモーテルで見たテレビで偶然放映しているのを見たのだ。DCに帰ってから急いでアマゾンで探し当てて注文しておいた。他にも頼んでおいた映画の原作の小説やライブのビデオなどが間に合わなかったのは残念だが、明日朝の帰国前にこのビデオを渡すことができてよかった。しかしながら父も家に持ち帰ってその映画を観るのを我慢できなかったらしく(笑)、その場で上映会に。ふんだんに織り込まれた当時の曲のオンパレードが最高なのだが、同時にメンバーの生き様を描いたストーリーもなかなか面白い。英語オンリーの映画は父には少し厳しかったかもしれないが、マニアの彼は映画で起こっている内容はほぼ全てすでに知っているので問題はあるまい。自分のカラオケのレパートリーにマイガールも入れようかな。
2005/01/04
コメント(4)

両親のDC滞在もあと2日間(昨日来たばかりなのだが(苦笑))。今日はとっておきの観光プランであちらこちらを連れ回した。まずは1869年創立の歴史ある美術館、コーコランギャラリーへ。入った眺めはこのような感じ。この美術館の中にレストランがあり、毎週日曜にはゴスペルライブを聞きながらビュッフェを食べられる。第一回の日記ではパリのルーブル美術館のマーケティングのすごさについて書いた が、欧米は美術館を魅力的な場所にするための工夫が優れていると思う。料理はおいしかったし、ゴスペルのライブを聞いたのは初めてであったがソウルフルでなかなかに楽しめた。(ちょっとブレちゃったけどご勘弁を)その後向かったのがホテル・ヘイアダムス。ここの屋上からホワイトハウスを見下ろす眺めが素晴らしいということで、Sさんからこのホテルのコンシェルジェ(接客係)のJを少し前に紹介していただいたのだ。ホワイトハウス周辺の高い建物のバルコニーや屋上には軽々しく出てはいけないという。狙撃テロのカウンター攻撃として政府側のスナイパーに撃たれてしまう危険があるからだという。ものすごく怖いではないか(苦笑)。。。。。そのため、コンシェルジェであるJにホワイトハウスのセキュリティに連絡を取ってもらい、この時間のこの人数が今からヘイアダムスの屋上に出る許可を得るのである。そのようなプロセスを経て見ることができた絶景がこれだ。曇っていたのが少し残念だったが、ホワイトハウスを含めDCの主要ポイントをここまで一望できる場所はなかなかないだろう。この景色には両親も喜んでくれた。(Sさん、ありがとうございます!!)ちなみに手前に映る工事中の場所は今月20日にある大統領就任式のために設けられる観客席である。この就任式の準備もあってか、立ち入り制限の拡大など周辺の警備はいつもより格段に厳しくなっていた。その後、場所を少し移動して我々夫婦が通うジョージワシントン大学を案内した。休む間もなく国立サイエンスアカデミーのアインシュタイン像、リンカーン像、朝鮮戦争メモリアルへ。まずは大きなアインシュタインにこんにちは。次いで、お馴染みリンカーンが座る巨大な像へお参りをし、朝鮮戦争メモリアルへ。左に映る壁の前に行くとこのような兵士達の壁画の数々が続いている。(撮影している私が反射して写ってしまっているが)この写実的な絵画の兵士達の眼差しはこの戦争に対する様々な思いを物語っているように私は感じる。お次はバレエやオペラなどが催されることで有名なケネディセンターへ。ケネディセンターの顔と言えば、先のアインシュタインの像にまけないくらい大きいこのブロンズ像ここでは「ミレニアムステージ」と題された様々な無料ライブが毎日のように開催されている。本日の催し物は女性3人のアカペラグループが歌うアルメニアの民俗歌謡。ハーモニーが本当にきれいで美しい歌声だった。あまりの美声に私の両親は睡魔に誘われていたようだが(笑)。夜ご飯は行きつけのメキシコ料理レストランへ。思いもかけず、ここでもギター弾き語りデュオのメキシカンライブをやっていた。(ちょっと暗いけど弾き語りの雰囲気、出てるでしょ)生のメキシカンミュージックを聞きながら食べるブリトー、エンチュラダ、そしてファヒータはおいしかったな~。ふぅ~、充実した1日だったが、今日は動き回ってさすがに疲れた~。父と母には喜んでもらえたかな。帰宅後夜の10時を待たずして疲れた両親と妻は怒涛のごとく眠りについてしまった。私もさすがにもうダウンだ・・・・・・。
2005/01/03
コメント(0)

昨日のカウントダウンパーティの余韻も冷めやらぬ元旦の朝、私の両親がワシントンDCの空港に到着した。日本の元旦の朝に出発してアメリカの元旦の朝に到着したのだから、二ヶ国元旦リレーである。DCのダレス空港には日本-DCの直行便が1日1往復であり、両親が乗ってきた飛行機にRさんの妹さん、Sさんが乗って日本に帰られるという偶然もあった。というわけで、Sさんとお見送りのTご夫婦と空港で再会。昨日お別れして以来、7時間ぶりです、という状況だった(笑)。アメリカが初めてで、10時間以上のフライトを経験したのも初めての父と母はやはり疲れた様子だった。しかし彼らが滞在できるのは正味わずか3日間。というわけで今日は飲茶→アーリントン墓地散策→レコード店→ウオールマートでお買い物というスケジュールで周ってみた。アーリントン墓地の写真については過去の日記 からご参照を。古レコード店は17万5千枚ものレコードを抱える大きな店だったのだが、父のお気に入り、60年代・70年代のR&Bグループ、The PlattersとThe Temptationsのレアなやつはなかったようだ。父曰く、「正規のレコード(CD)はほとんど全て持っているから、偽者のボーカルのやつとか一風変わったやつを探してるんだよ」難しすぎる注文だ(苦笑)。だてに中学生の時から米軍基地に出入りしてレコードを買い漁っていない。けっきょく今回は家に日本販売用のレコードは持っているが外版用のジャケットに価値があるというレコードを1枚購入した。イントロだけでこれは誰誰がリードボーカルをやってるこの曲という超マニアな回答をする恐るべき人である。一緒にインターネットを探ってみたが、やはりこれだけの要求を満たすものはなかなか見つからない。この旅のうちに満足いく逸品を見つけられたらよいのだが・・・。初日の今日は早めに切り上げ、2人が日本から持ってきてくれた食材で夜ご飯を。ブリの照り焼きと伊達巻、そして数の子の松前漬けが最高だった・・・。日本食はやはり最高です。元旦らしい食事ができて嬉しかった。
2005/01/02
コメント(2)

アメリカでも新年となった。明けましておめでとうございます。今日はTご夫妻にお誘いいただいて、奥さんのRさんの妹さんSさんと我々夫婦の総勢5名でワシントンDCのクラブのカウントダウンパーティに出かけた。私は奥の手として日本から持参のワインレッドのスーツを身にまとった。会場はポトマックミルズ沿いのウォーターフロントにある巨大クラブで、数百人を超える客で賑わっていた。客層は黒人が8割、白人・ヒスパニックが2割といった様相で、アジア人はかなり少数派数だった。私がビジネススクールで一番仲の良いクラスメイトのアメリカ人Cもジャマイカ系の黒人だし、やはり仲の良い、中国語と日本語を話せるクラスメイトのEも黒人であり、私はこの空間に違和感を感じることはなかった。しかし、2mを越すようなごっつい人も多く、ちょっと怖かった・・・。カウントダウンが近づくまでの時間は食事をし、その後カジノで盛り上がった。このカジノはただのゲームで、実際にお金は一切かかっていない。それでもディーラー相手にやるブラックジャックは雰囲気があって面白かった。しかし、この女性のディーラーさん、本物のプロじゃないようで、足し算の計算間違いを連発し、こっちが勝負に負けてるのに勝ちにしてくれちゃったりしていた。一時期は我々日本人5人がテーブルを占領したこともあった。そうこうするうちにカウントダウンが近づいてきた。DJのステージがあるところに向かったが、ものすごい混みようだ。みんな飲み物片手に踊り狂ってる。危険だ(笑)。そしてカウントダウン!なんだかわけのわからない写真だが、雰囲気だけでも味わってください(笑)。去年の年越しは妻の両親と一緒にDCの家でテレビを観ながらまったりと新年を迎え、それはそれで家族団欒のよい幕開けだった。しかし2005年の幕開けはパーティ会場で絶叫という対照的だがこれも楽しい始まりだ。今年もよろしくお願いします。
2005/01/01
コメント(2)
全31件 (31件中 1-31件目)
1


![]()