2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全28件 (28件中 1-28件目)
1
お昼はロシア人の友人Mの家へ彼女自身の送別会へ出席。私と同じ大学で教育を専攻した彼女は去年すでに修士課程を修了していたが、とうとうロシアへ帰ることとなったのだ。過去の日記、『ボルシチ最高!:香り漂いそうな写真付き』 でも登場したMの料理は絶品である。もちろん、今回の送別パーティでもMのおいしい料理を堪能した。規模は10数名のこじんまりとしたものであり、アットホームな感じでよかった。M、ロシアに帰っても元気で頑張ってね。参加者の1人、アメリカ人女性のAは日本の神奈川県に2年いた経験を持つという。彼女が生まれ育って現在も住んでいるメリーランド州と神奈川県が姉妹都市の関係にあり、両都市の文化交流の一貫で英会話を教えていたのだ。(小中学校に赴任するJET Programとは違うプログラム)英語を教える立場でいたためか日本語はあまり得意ではなさそうだったが、味噌を使った料理や枝豆を恋しがる乙なアメリカ人である(笑)。彼女が参加したプログラムでは大人に英会話を教えること以外に、自分でテーマを立てて日本文化を研究するという課題があった。そしてその研究課題がすごかった。『日本における温泉の研究』北海道、本州、九州など日本中の温泉を訪れて堪能したという。(私は行ったことのある四国の道後温泉に行ってみたかどうか聞けばよかった)勉強と楽しみを兼ねた頭の良すぎるテーマアップではないか(笑)!日本人ながら北海道も沖縄も行ったことのない私は「俺より日本のこと詳しいんじゃないの(笑)?」とおどけてみせたが、彼女の反応も興味深かった。A:「自分の地元とか国というのはそういうものなのよね~。私もDCエリアにずっといるのにホワイトハウスに行ったことがないし、グランドキャニオンやラスベガス、サンフランシスコにだって行ったことがないもの」確かに私はホワイトハウスにもグランドキャニオンにもラスベガスにもサンフランシスコにも行ったことがある(笑)。(証拠代わりに過去日記参照:ホワイトハウスの写真 、グランドキャニオンの写真 、ラスベガス滞在記 、サンフランシスコ滞在記 ) 東京生まれ東京育ちでありながら東京タワーに初めて行ったのは大学生のとき留学生の友達を東京見物に連れて行ってあげたときだった。実家から自転車でさえ行けるにある浅草寺の雷門に初めて行ったのも、電車で行けばそんなに遠くない鎌倉をじっくり散策したのもやはり大学時代に留学生を案内するという目的があったときであった。「ああ、日本の風景もなかなかいいな」と感じたのを今でも覚えている。当たり前と思っていたり、「いつでも行けるからいいや」と思っていることはもったいないのだな。過去の日記『「とんでもない夢を持て!」:最後のクラスでの教授からのメッセージ』でこんな言葉を紹介した。「Appreciate what you HAVE, not what you HAD」(過去に持っていたものではなく、今持っているものに感謝の意を持ちなさい)この言葉は家族や友人に対してだけではなく、自分が現在住んでいる環境にも言えることかもしれない。「ワシントンDCエリアに住んでるからこの辺りの観光スポットはいつでもいけるからいいや」という気持ちが今の私には確かにある。(実際、観光地は誰かを案内するときくらいしか行っていない)しかし5月の卒業後に日本に帰国してしまったらそう簡単には訪れることはできないだろう。観光地に限らず、そういう意識を持って残す3ヶ月を大切にすごして行こう。
2005/02/28
コメント(2)
ものすごい勢いで見終えてしまった・・・。ドラマ『24』のセカンドシーズンである。目と頭が痛い(笑)。昨日の日記にこのドラマはアメリカ人の愛国心と家族愛を興味深く描写していると書いた。それ以外にも緊急時の優先順位のつけ方、物事を進めていく上でキーマンを把握しコンタクトを取っていくことがいかに大切かについて非常にリアルに伝えてくれる。起こる出来事、そして登場人物の行動は日常ではとうてい考えられないことばかりである。しかし、その出来事が起こった理由、行動の動機を考えるほどに人間の怖さと弱さ、そして強さを感じるのだ。ロールモデルにするには現実味がなさすぎるが、登場人物への感情移入をする度に鳥肌が立った。涙もろい方ではないが、パート2では久しぶりにかなり泣かせてもらった。これでパート3を見れば現在放映中のパート4に追いつくことになる。早くまともな生活を取り戻したい(苦笑)。
2005/02/27
コメント(0)
午前中、DC在住の弁護士Yさんからインターネット経由で連絡が入る。「ちなみにようやくシーズン2を見終わりましたので近々お渡しできると良いのですが。」ドラマ『24』のことである。共通のお知り合いKさん所有のDVDセットを貸してもらっているのだ。今オンエア中のパート4から見始めている私にとって、1から3までの予習は必須なのだ。すぐに連絡を返し、その日の昼には地下鉄の改札でYさんからブツの受け取りに成功した。Yさん、恐ろしく迅速なご対応、ありがとうございます!英語字幕がないとやはり厳しいが、あればだいたいの内容がわかるようになってきたのが嬉しい。本当の意味でのサバイバル英会話も学んでいると思う。「You copy?」(応答せよ!)「Keep me posted, all right?」(何かあったらすぐ知らせろ、いいな)「Drop your weapon! Put your hands on your head! Now!」(武器を捨てろ!手を頭の上に乗せろ!今すぐに!)こんなフレーズがスラスラ頭に浮かんでくる。重傷だ(笑)。ともかく、集中的にパート1を見終え、パート2をやはり集中的に見始める傍らパート4を毎週見ていく。登場人物もストーリーも大混乱状態だ・・・。激しいアクションやスピーディな展開がやはり病みつきにさせるのだが、一方でアメリカ人が抱く愛国心、家族愛というものも丁寧に描かれていて興味深い。しかし、ただ1つ言えること、それは「There must be a betrayer inside」(裏切り者が内部にいるはずだ)人を信じちゃいけないよ、みたいな教訓が刷り込まれそうで怖い・・・。
2005/02/26
コメント(2)
雪がまた降ってきた。そんな悪天候にも関わらず仕事帰りのSさんは彼のアパートで行われるボクササイズレッスンのために私を拾いに来て下さった。アパートに到着すると、奥さんのRさんはすでに準備完了。やる気満々が伝わってきて嬉しい(笑)。2人とも基礎を終えてすでにコンビネーションの段階に突入している。ボクシングの奥の深さと新たな刺激を与えるのがトレーナーたる私の役目。というわけで今日のお題はショートのワン・ツー。最高のパンチは腕が伸びきったときに相手にちょうど届き、当たる瞬間に拳を握り打点を形成できた時に生まれる。パンチが届かないのなら間合いを詰めればよい。相手に近づき過ぎた場合はどうすればよいだろうか。距離が近いのにいつも通りの腕の伸ばしたパンチを打った場合、対象が近すぎるためにどん詰まりになってしまう。下がって距離を取るという方法もある。しかし、「接近戦」という状況になると下がることは相手に勢いを与えることにつながってしまう。ここで威力を発揮するのがショートのパンチである。ショートのパンチは相手との近さを考慮して、腕が伸び切っていない状態で打点を形成するところにポイントがある。中距離や長距離で放たれるパンチではなく、接近戦でコンパクトに放たれるパンチと考えればわかりやすいだろう。試合であれば必須のテクニックであるが、ボクササイズではかなり高度な技術にあたるのは間違いないだろう。果たして、SさんもRさんも驚くほど的確なショートのパンチをミットに打ち込んでくれた。ショートパンチの意図を正確に理解して下さった賜物であろう。Sさんがおっしゃっていたように、「ショートが入ることで手数がすごく増える」という利点も見逃してはいけない。コーチ冥利に尽きます。ショートとロングを織り交ぜたときにはさすがに混乱していたようですが(笑)。コーチもたまに混乱しているのでご安心を。基本として自分のベストの型を磨く。一方で、相手(環境)の変化に合わせた臨機応変な動きも実践していかねばならない。いやあ、ボクシングってほんっとに奥が深いですねー。ちょっと水野晴郎風だったかな・・・。
2005/02/25
コメント(0)
午前中はアメリカでも有数の医療関連情報のNPO、The Kaiser Family Foundation の報告会へ出席。テーマは「The Outlook for National Health Care Spending(国内医療支出の見通し)」2005年から2014年までの10年間に渡る医療費の推移の予測とその根拠が示された。主要なポイントは以下の2つ。1.2005年以降の医療支出の増加割合は今後10年間に渡り一定していくだろう。(毎年7~7.5%の増加)2.医療支出における政府負担の割合が増加していくだろう。1.は今後も医療費は増加の一途を「順調に」たどることを意味し、2.は処方箋にかかる公的制度の改革(Prescription Drug Spending = Medicare Part D)に伴う政府支出の増加を示している。つまり、私的保険制度(Private Insurance System)に対する政府の調整が、支出の内訳に変化をもたらすということである。このシフトが無保険者の減少につながればよいのだが・・・。夕方からの「Emerging Technology」の授業のテーマは二日前の日記 でも取り上げたように、「遺伝子工学と未来の医療」私は「Remote Patient Monitoring」と題してプレゼンテーションを行った。医療系の専門用語を含むこともあってまだまだ原稿読み状態から脱せないのがくやしいところだが、内容の注目度には自信があったし、事実クラスメイト達からも興味深いフィードバックを聞くことができてよかった。授業では、上記の過去日記に私が書いたようなテーマに加え、「Child Traits(子供の特質)」についての議論も熱かった。現在の技術を用いれば、生まれてくる子供の性別の判別だけでなく決定も行えるという。さらに「Prenatal Screening(出世前診断)」でその子供の将来的な身長や髪の色、さらにはIQまで測れるようになるという。この技術の延長線上にあるのは遺伝子操作による特質の変更である。つまり、先天的な障害を治療したり、我が子のIQを上げるというようなことが可能になるのだ。国を問わず現在の大多数の意見は「我が子の生まれ持った性質に手を加えたくない」というものである。そこには「人間が足を踏み入れてはいけない領域」という考え方や、「自分の子供には自分の遺伝子を受け継いで欲しい」という親としての思いがあるのだろう。一方で先天的な障害を前もって治せるのなら未然に防いであげたいと思うのが親心でもある。さらに定義は様々であろうが、高い能力を自分の子供に持ってもらいたいという気持ちもないと言えば嘘になるだろう。教授の考えは以下のようなものである。「政府主導で子供の性質を変えてしまうのは明らかに間違いである。しかし、親がそれぞれ判断する分には自分の子供の幸せを考えての決断であるわけだし、認めるべきではないか」う~む、病気や障害などに関しては理解できるが、IQなどにまで及んでしまうと、出生前の受験戦争のような状況になりそうで怖いな・・・。人工臓器(Artificial Organs=発達した義手や義足など)、クローン臓器(Grown Organs=培養した本物の臓器)、臓器移植(Transplants)の話を経て、話題は「寿命の延長(Life Extension)」にたどりついた。ニューヨクタイムス紙など、多くのマスコミによって行われた試算をまとめてみると、21世紀半ばの平均寿命は120~150歳に到達しているとされている。本当に実現したとしたら驚異的だ・・・。平均寿命の延長を可能にする要素として、教授は以下の4点を挙げる。1.ライフスタイルの改善と代替医療の発達2.ホルモン移植の発達3.臓器移植の発達4.医療全般(情報・診察・治療・リハビリなどなど)におけるITの発達1.と4.はまだわかるけど、ホルモンを交換したり臓器を交換したりして肉体の老化と戦っていくということなのだろうか・・・。このように古くなった体を常に新しく保っていくことで「不老不死」、もしくは「不死身(Immortality)」というものが実現できるのかもしれない。ものすごい話だ。1つ気になったことがあったので質問してみた。私:「脳死の場合のように、脳を交換しなくてはいけない時はどうなるのですか?」この場合、自分自身でいられるのだろうか?言い換えればアイデンティティは維持できるのだろうか?先生:「それは考えてもみなかった問題ですね。とても哲学的な問い掛けになるかもしれません。。。。」う~む、クローン人間が作られたとした時に「彼・彼女」の意識はどうなるのだろう?その脳は同一のものなのであろうが、先天的なものはともかくとして、経験からプログラムされた部分については本当に謎だ。これはどうやら、不老不死の時代にあっても頭だけはしっかり守らないといけなさそうだ。今から軽量で耐久性に優れた「頭ガード」の開発を始めれば大成功は間違いないだろう(笑)!皆さんも頭だけは大切に使っていきましょう。(ボクシングをやっていたのはやばかったかな・・・(苦笑))
2005/02/24
コメント(4)
明日のプレゼンの準備に追われている・・・。というわけで今回はたわいのない独り言を。アメリカ人のクラスメイトって人の名前を覚えるのがうまいように思える。今日の「Physician Practice Management」授業でもそうだったが、それまで一言も話したことのないような人からも普通に名前を呼ばれたりするとびっくりする。私の名前はアメリカ人には覚えにくい(発音しづらい)と思うのだが、合っていようといまいと(笑)、彼らは積極的に名前を呼んでくれる。会話自体は大したことなくても、自分の名前を呼ばれただけでなんか親近感が沸くから不思議だ。(そういう商法には気を付けねばならないが・・・)アメリカ人って実は記憶力がいいのか?いや、この答えはコミュニケーションの在り方に隠されているのではないだろうか。彼らは会った時の挨拶から始まって頻繁に相手の名前を会話に散りばめている。相手の名前を会話に挟むのがまるでリズムのように。日本でこうも相手の名前を呼ぶことはないと思う。やはり使い慣れていくことで名前もどんどん覚えていくのかもしれない。「あのさ」とか「ねえ」と呼びかけるより自分の名前を呼んでもらった方がこちらも喜んで反応するのは自然なことだろう。(叱責や非難の時にも相手に与えるダメージという面で効果が高いであろう(苦笑))相手を個として捉えたコミュニケーションの方が効果的であるな、と考えさせられたのであった。ところで、先のクラスにはマイクとブライアンがそれぞれ2人ずついるのだが、こういう場合はどう呼び分ければよいのだろう・・・。
2005/02/23
コメント(2)
正気に戻って(笑)、勉強のお話を。「Emerging Technology」の次回の授業のテーマはMedicine & Biogenetics(医療と遺伝子工学)技術の発展がいかに医療の進歩へ、そして我々の社会に影響を与えるかを考える。サブトピックは多数あるのだが、ここでは「Transplants(臓器移植)」と「Grown Organ(人工的に生成された臓器)」について書きたい。今でも危険なイメージのある臓器移植であるが、アメリカにおいてその成功率は90%にまで達しているという。年間の移植手術件数を例にとれば、角膜5万件、肝臓3千件、腎臓1万件、心臓3千件を数えるという。臓器移植という革新的な考えとそれを可能にする技術が、これまでは絶望視されていた多くの患者を救ってきたのだと言うことができる。一方で、臓器の移植を必要とする患者にドナーが現れないという状態、いわゆる「臓器不足」も深刻化している。さらに、高額な手術費用、他者の臓器を自己に組み込むことにより発生する生体の拒絶反応、そして移植された臓器の寿命の短さといった問題点も指摘されている。ではもし、自分の細胞から臓器を作り出すことができたらどうだろうか?費用に関しては現時点では何とも言えないが、ドナーを待つ必要がなくなり臓器不足が解消され、自らの細胞を用いることにより拒絶反応の心配がなくなるのだ。遺伝子工学と基幹細胞研究の発展により生まれた次なる可能性がこの「Grown Organs」である。臓器のクローンと言ってもよいかもしれない。現時点の技術で、基幹細胞からあごの骨、鼻、耳の「再生」と本人への移植が成功しており、肝臓、胸、心臓、指などが開発段階にあるという。(New Scientist誌, 8/27/2004)メジャービジネス誌もその動向に注目している。『基幹細胞は臓器を再生するための魔法の種である』(Fortune誌, 6/11/2001)『10年から20年後までには真の意味での「Body Shop」が顧客に臓器を提供するだろう』(Business Week誌, 6/27/1998)『ハーバードとMITの各大学の細胞組織工学の研究者達は人工臓器の潜在的な市場規模を年間8兆円になると試算している』(Newsweek誌, 2/12/2001)もちろん、技術面や倫理的な観点から反対の声も多数ある。部分(臓器)のクローンは全体(人間)のクローンにつながるであろう。我々人間がどこまで生の始期と終期に関わってよいのか。世論の声を反映してか、二期目をスタートしたブッシュ政権はヒト基幹細胞の研究に反対をしているし、アメリカ議会でも基幹細胞を用いた臓器の生成を犯罪として罰則を与える動きが見られている。さらに、NIH(アメリカ国立衛生研究所)の神経科学者によれば、「基幹細胞は成熟細胞に比べ、よりガンになりやすい」という欠点も指摘されている。(Fortune, 6/11/2001)世界中には臓器移植を待っている患者が約15万人いるという。そして「臓器不足」として表される臓器要望者と提供者の数のギャップは年々広がるばかりということである。技術の進歩(臓器移植技術)によって生じた新たな困難(臓器不足、拒絶反応等)に答える新たな技術はクローン技術なのだろうか。大学時代に刑事政策と医事刑法を専攻し、当時施行されて間もなかった「臓器移植法」について学んだことがあった。臓器移植法はドナーの承諾の在り方や、脳死を人の死と認めるかなど多くの議論を内在した法律である。私は勉強を通して臓器移植の意義と必要性を理解し、学生当時に記入した「臓器提供意思表示カード」を現在も携行している。クローン技術は新たな可能性と課題を我々に投げかけている。世論を形成する我々自身が考えねばならない問題であると考えさせられた。
2005/02/22
コメント(4)

S宅に到着し、眠りについたのは朝6時半くらいだったろうか。昨日はフィラデルフィアのチャイナタウンで昼に飲茶を食べ、夜にはマンハッタン・ミッドタウンの中華レストランで夕食を食べている。振り返ってみれば木曜には日記にも書いた通り北京ダックも食べている。4日間で4回の中華ということだ。それでも飽きないのだから中華料理は奥が深い!このランチをセッティングしてくださったのは、水曜にベトナム麺もご一緒させて頂いたKさん。ニューヨークへは奥様と3歳のA君といらっしゃり、昨日の夕食に引き続きご一緒させて頂いた。S宅で3時間の仮眠をとった後、地下鉄でニューヨークのチャイナタウンへ。ものすごい規模の大きさである。中国の旧正月のお祝いをしているのか、いたるところで獅子舞の踊りが行われている。ここは本当にアメリカなのか(笑)?店の名前は「Joe's Shanghai」(9 Pell St. (Chinatown/Lower Manhattan) Between Mott St. and the Bowery)かなりの有名店ということでものすごい混雑が予想されるため、開店時刻である11時に現地集合となった。ここの看板商品はずばり小龍包。ポークとカニの二種類の味がある。見た目で区別はつかないけれどカニ味の写真をどうぞ。皮の中にはあつあつのスープに浸った豚の具、あるいはカニの具が鎮座している。う、う、うまい!睡眠時間を削ってまで(自業自得だが)参加した甲斐があった!ニューヨークの中華のレベルは本当に高いことを実感。その後、在学中のSの案内でニューヨーク大学を見学。ニューヨーク大学のビジネススクールも全米のトップクラスに入る。しかし、ペンシルバニア大学とは違って建物に入ることさえ許されなかった。9.11の発生した都市であるだけにその警戒度も高いのかもしれないな。こうして2泊3日の旅もあっという間に終わりを迎えた。ニューヨークからワシントンDCまでの道のりはバスで4時間くらい。帰りのバスも見事に遅れが出ていた(苦笑)。さらに車内で睡眠不足を挽回できるかと思いきや、隣に座ったのが赤ちゃん連れの大柄な男性。彼のサイズによるプレッシャーの強さ、そして赤ちゃんの叫びと暴れっぷりにより眠れなかった・・・。移動でいろいろと苦労もしたけれど、友との再会、新たな出会い、そして高レベルの食事を楽しむことができた。今回は華僑の勢力の大きさも実感した。それにしても都市によっていろいろな顔を持つアメリカはやっぱり広い!
2005/02/21
コメント(2)

前日の晩はKとKさんが住むアパートにSと一緒に泊めてもらった。女性のKさんが会話に加わっても内容のレベルの低さ(下のほうっていうこと)に変わりはなかったような・・・。それだけ彼女の器が大きいということでしょう(笑)。午前中から昼にかけてはフィラデルフィアの観光に連れて行ってもらった。まずは2人が通うペンシルバニア大学へ。大学らしい巨大なキャンパスが羨ましい。全米トップクラスのビジネススクールの中にも潜入。教室は鍵が閉まっていて入れなかったのだが、清掃のおばちゃんが親切にも鍵を開けて見学させてくれた。教壇にパソコンのモニターが埋め込まれてあり、スクリーンの上げ下げから画面の切り替えまで全て一括管理できるようになっている。さらに、建物内に複数あるグループ学習室にはパソコンが2台常備していた。お金のかけ方が違うなあ。ビジネススクールから外に出て校舎内をてくてく歩いていると上品そうなおじさんがベンチに腰を掛けているのを発見。これはこれは、避雷針を発明した科学者であると同時に独立宣言の起草者の1人でもあったベンジャミン・フランクリンさんではありませんか。(←やらせ)フランクリンさんに挨拶を済ませ、次の目的地へ移る。ボクサーであれば誰もが憧れる「彼」に会うためだ。彼は以前は美術館の前に立っていたのだが、何らかの都合で移転し、今はNHL(アイスホッケー)のスタジアムの前に立っている。そしてその場所はけっこう遠かった。優しいKとKさんは私のために無理をして現地まで連れていってくれた。彼の近くにやってきた時点で私は目覚まし代わりに使用している日本の携帯電話をおもむろにリュックから取り出した。呼び出し音(or 目覚まし音)に「ロッキーのテーマ」があったのを覚えていたからだ。携帯:「ちゃらーらー♪ちゃらーらー♪」(ご存知の方は音楽に合わせて口ずさんでください)意気込みもいよいよ高くなってきたところでとうとうご対面。「えいどりあーん!」ってぜったい叫んでるよね、これ(笑)。外は零下の寒さなのに立派な御仁だ。KもKさんもSも寒い中付き合ってくれてありがとう。その後、フィラデルフィアのチャイナタウンで飲茶を堪能し、Sと2人でバスでニューヨークに向かったのであった。ニューヨークについたのは午後6時半過ぎ。7時から友人達と夕食を一緒する約束があったので、Sも連れて現場へ急行。時間にけっこう余裕があったはずだったのだが、ニューヨーカーのSが地下鉄で迷ってくれたおかげで(笑)、タクシーで現場に向かった。参加者は10名。3歳のA君を含む6人の方が初対面であった。ミッドタウンに位置する中華レストラン、「フェニックス・ガーデン」はニューヨークに在住の日本人御用達の店のようだ。塩をふった蛎フライが最高だった・・・。おいしい料理を食べながら皆さんとの話もかなり盛り上がった。隣の席だったAさんはアメリカ最大の研究機関NIH(国立衛生研究所)でエイズワクチンの研究をされているドクターである。ご自身の研究内容について素人の私に対して噛み砕いて説明して下さったり、エイズ対策に関する治療と予防の試み、さらにはNIHの組織構造について非常に興味深いお話を聞くことができた。NIHはDCエリアに位置することもあって実は家もそんなに遠くないことが発覚し、さらに共通の知り合いもけっこういることがわかった。約束した研究所見学、ぜひお願いします!こちらも約束した漫画の貸し出しを致しますので(笑)。もう一方の隣の席だった証券会社勤務のSさんとは、共通点の多さに特にびっくりした。1.同い年(学年はSさんの方が上)2.同じ法学部(Sさんは関西、私は関東にある大学)3.同じ専攻(刑事学)4.2人とも刑務所に入っていたことがある5.年の離れた兄、姉がいる2、3、4からはお互い法学部のマイナーな道を歩んでいたという共通点が導き出され、5からは年の離れた兄・姉の影響から同年代の友達から考え方が「老けてる」と思われていたことを示唆する(笑)。ちなみに刑務所入りはそれぞれゼミでの見学によるものである。聞けば彼女はフルタイムで勤務しながら現在はCPA(米国公認会計士)の勉強もしているという。頑張る同年代のSさんから、私も負けずに頑張らねばという刺激をもらった。2次会は6人でカラオケに行くことになり、まずはゆったんが宿泊先のSさんのアパートに荷物を置きに行くのに同行。このアパートがはんぱなかった。ミッドタウンに位置する50数階建ての超高層アパート。Sさんは48階にいらっしゃる。誰かは言えないが、日本の超有名人も同じフロアーに在住ということだ。みんなで一瞬お部屋にお邪魔させてもらったが、48階から臨むマンハッタンの夜景は圧巻であった。その後、6名で行ったカラオケは朝方まで続いたのであった・・・。去年末に日本から来たばかりだった金融機関にお勤めのKさんからは、我々が聞いたことのない日本での流行曲を歌ってもらった。ふむふむ、今はこういうのが流行っているんだな。その他の我々はみんな古い曲ばかり(笑)。それでも、やっぱりカラオケは日本の偉大な文化だと実感(笑)。カラオケ終了後、クイーンズにあるSの家に行き仮眠を取る。Sよ、生活落差にめげずに上昇志向で頑張るんだぞ!
2005/02/20
コメント(6)
2泊3日の旅行から無事帰還した。旅程は以下の通り。2月18日:ワシントンDC→フィラデルフィア(電車)夜:3人で高校の同窓会高校時代の友人K宅に宿泊2月19日:フィラデルフィア→ニューヨーク(バス)朝:フィラデルフィア観光(ペンシルバニア大学、ロッキー像)昼:フィラデルフィアのチャイナタウンで飲茶夜:ニューヨークの中華で夕食(その後、夜から朝までカラオケ・・・・)高校時代の友人S宅で仮眠2月20日:ニューヨーク→ワシントンDC(バス)昼:ニューヨークのチャイナタウンで小龍包を食べて、観光(ニューヨーク大学)そう、毎日移動していたのだ(笑)。8年前に2度訪れたインドでの電車とバスの移動に明け暮れた旅行を彷彿させる勢いであった。インドのように電車に乗ってる最中にストライキが発生して4時間くらい動かなくなったりすることはなかったが(苦笑)、アメリカの電車とバスもいい加減だなあと感じざるを得ない旅であった。初日のDC~フィラデルフィア間はもともとバスで行く予定であった。予定時刻は午後3時半出発でフィラデルフィアに7時15分着。今回のフィラデルフィアでの主目的は高校のミニ同窓会である。ニューヨークからSが南下し、ワシントンDCから私が北上して、間のフィラデルフィアにいるKを訪ねるという形なのだ。グレイハウンドのバスターミナルでチケットを買い出発を待っていたのだが、長蛇の列にも関わらず指定されたゲートにいっこうにバスがやってこない。4時を過ぎた頃、従業員が我々に向かって叫んだ。「3時半のバスはキャンセルになったよ!」なんだそりゃあ・・・。理由のまともな説明もない・・・。次のバスは約2時間後までやってこない。不幸中の幸いとも言えたのが、バスターミナルからUnion Station駅が徒歩の距離であり、フィラデルフィアまで電車で行くという選択肢もあったということだ。電車の方が割高であるのは否めないが、フィラデルフィアまで2時間未満で到着するという利点もあり、ここではまさにTime is Moneyが当てはまる。というわけで買って間もなかったバスのチケットの払い戻しを試みる。カウンターのおばちゃん:「15%のキャンセル料がかかります」なんだって!払い戻しの理由はそっちの都合じゃないか!おばちゃん:「決まりですから」当然納得がいかなかったがこっちも時間がないしネゴっている場合ではない。アメリカのサービスにまた失望させられた・・・。気を取り直してUnion Stationまで走り、駅で電車を待つ人々に聞き込みを行ったところ、あと10分後にフィラデルフィア行きの電車が出発することが判明。急がねば!自動券売機でチケットを買い、急いでゲートへ駆け込む。電光掲示板にフィラデルフィア行きの電車の状況がのっていた。「Delay」(遅れ)なんでやねん!!フィラデルフィアに行く私を阻む陰謀があるのか?(『24』の見過ぎ(笑))けっきょく40分くらいそこでも待って、なんとか乗車に成功。しかし自由席なので席争いのためにここでも走る。帰省シーズンの新幹線じゃないんだから・・・。やっとのことで席を確保し、ホッとする。こうして、集合時刻の7時15分よりも30分早くフィラデルフィアへ到着。しかし、また別の問題が生じる。集合場所はグレイハウンドのバスターミナルであり、電車の駅(30th Station)ではない。歩行者に聞き込みを行ったところけっこう離れている模様だ。ここで携帯を持っていないKの自宅に電話したところ、KのガールフレンドのKさんにつながり、彼女にバスターミナルまでの行き方を教えてもらった。ローカルバスかタクシーを使わないとたどりつけないことが判明し、バス停まで行くために駅構内から外に出てみた。なんかDCとは雰囲気が違う。町の空気がなんかピリピリしているように感じた。怖い・・・。外国に来た気分だ(笑)。ローカルバスをつかってやっとのことでバスターミナルにたどり着いたのは7時ちょっと前だった。Kを発見!しばらくしてニューヨークからバスでSも到着し、3人が合流した。3人が揃うのは12年ぶりくらいではないだろうか。長い道のりだった・・・。この後フィリーステーキ&チーズを食べながら、さらにはバーでポテトをつまみながら昔話と今の話に花を咲かせた。話の内容は3人の名誉のために割愛させて頂きます(笑)。
2005/02/19
コメント(4)

Sさんと我々夫婦の3人で「北京飯店(Peking Gourmet Inn)」へ。(ホームページはこちら から)ここの名物はずばり北京ダックだ。北京ダックを食べるのは2回目である。初めて食べたのは7年前に台湾人の留学生の実家(彰化:台中の南)に遊びに行った時にご馳走になった時である。今回行った、ヴァージニア州Falls Churchにあるこのレストランには有名人と思しき多くの写真が店中に飾ってある。ブッシュ大統領は第41代、43代の親子ともにそれぞれ来店の写真があった。写真の多くは軍人さんのようであったが、中には日本人もいた。ぜんぜん知らない女性だったが、写真の下にローマ字で名前が。「Ms. Mochuzuki」もちゅずき??ああ、望月さんだろうね、きっと(笑)。なんて余談はともかく、料理は本当においしかった。こんな逸品をおじさんが一枚ずつ丁寧に目の前で切ってくれ、たーんと召し上がれ!北京ダックはもちろんのこと、シーフードとアスパラのスープ、ニンニクの芽と豚の細切り炒めや、具沢山あんかけ焼きそばなど、かなり満足のいく味であった。大統領やもちゅづきさんが笑顔で写真におさまるわけだ。さて、月曜がPresidents' Dayで祭日ということもあり、明日からは高校の同級生とのプチ同窓会ということで二泊三日でフィラデルフィアとニューヨークに行くことになった。今回会うKとSは高校を卒業してそのままアメリカにきたフロンティア達である。現在、Kはペンシルバニアの大学で博士課程を学び、Sはニューヨークの大学で修士課程を学んでいる。アメリカでも、2人ともそれぞれDCに来たときに再会を果たしたが、3人で会うのは初めてだ。都内の私立男子高校で学ランを着ながらシモネタに花を咲かせていた3人が、ニューヨーク、ペンシルバニア、ワシントンDCという東海岸の三都市に散らばり、そして再会を果たす。なかなかドラマチックではないか。今回も会話の内容に進歩は見られなさそうだが(笑)。というわけで3日ほど日記を休むと思われます。またお会いしましょう。
2005/02/18
コメント(2)
夫婦ともに夜の同じ時間帯にクラスがあったので車で学校へ。授業開始15分前には校舎周辺に到着したのに駐車するスペースが全く空いてない。。。大学バスケの試合のための混雑だったようだ。屋内の有料駐車場に入れるのはこの辺はバカ高いからいやだしなあ。DCエリアの駐車ルールはちょっと複雑である。路上駐車の場合、パーキングメーターがあるところに停めるというのは普通なのだが、場所によっては時間帯にいろいろ細かい規則がある。パーキングメーターにお金を払うのは朝の9時から夕方の4時までで、4時から6時半までは一切駐車禁止となり、6時半からは無料で停められるようになる。実際この「魔の二時間半」の間にチケットを切られた友人を何人も知っている私としては、この失態を回避せねばならない。授業開始は夜6時。該当ゾーンの駐車解禁までは30分も時間差が。しかし、学校周辺を探し続けたが一向に見つからない。こればっかりはタイミングという運を待つしかない。リンカーンメモリアルの近くまで来たらさすがに見つかったが、いくらなんでも遠すぎだ。気付けば6時半まであと10分となっていた。これなら該当ゾーンに前もって停車して10分待った方がましだろう。ということで妻を先に教室付近で下ろして該当ゾーンに向かう。しかし、あろうことか渋滞が発生している!!!みんなあのゾーンを目指して向かっているのだろうか・・・。案の定校舎に一番近い場所は埋まっていた。このまま校舎周辺を走り続けて授業時間が終わってしまうのか!!という不安が頭をよぎったが、なんとか外れに該当ゾーンのスポットを見つけ(一台分だけだった・・・)、駐車に成功。教室に入るとクラスメイトのプレゼンテーションが終わる10秒前だった。終了時に拍手したけど、気まずかったな・・・。アメリカ人のクラスメイトには「お前もアメリカ人らしい怠け者になってきたな、はっはっは!」とからかわれる。人の気も知らないで!!それでも授業後にゆったんとKさんと一緒にエデンセンターのベトナム麺を食べておいしかったし、話もいろいろ盛り上がって楽しかったので帳消しだったかな。ゆったん、車で通学させられたこと、恨んでないからね(笑)。Kさん、ベト麺は気に入って頂けましたでしょうか?次からはメインの二品攻撃でお願い致します。でも、麺の「替え玉」というアイデアは受けると思うんですけどねえ。我々だけに受けてたりして・・・(苦笑)。
2005/02/17
コメント(2)
充実した1日をダイジェストでお伝えする。話は昨日の夜10時半にKHさんに陳情のメールを送ったところから始まる。「KHさーん、『24』の1から3観たいよぉ~・・・。お導きをお願いできませんでしょうか。。。4だけ熱心に観てるのも哀しくなってきました(笑) 」『24』とは日本でも今人気となっているアクションドラマである。現在アメリカではパート4が放映されており、私はそこから見始めたのだった。しかし、やはりパート1から観たいではないか。なんと一時間半後、KHさんから速攻の返信。「こんばんは!ToneHideくんに前々からお願いされていた24の件、Kさんに先ほどお伺いしたところ、快くToneHideくんにもお貸しいただけるそうです!」おお!KHさんからのメールの宛先には私だけでなくKさんも入っていたので、2人宛にすぐお礼メールを返信。するとKさんからもメールがすぐきて、トントン拍子に話が進み、夜12時半の時点で12時間半後の翌日昼1時に3人での待ち合わせが決定。厳密に言えば、途中でメール送信合戦から脱落されたKHさんからの朝10時のメールで決定したわけだが(笑)。(もちろん責めているわけではありませんからね!)こうしてデュポンサークルの日本料理店「寿司太郎」において『24』1st seasonの引渡しが無事完了した。Kさん、KHさん、本当にありがとうございます!夕方からは「Physician Practice Management」の授業。本日のテーマは医師グループの病院経営における会計と財務。ヴァージニア州にある医療グループの現役COOである先生は自身の豊富な経験談を織り交ぜながら授業を進める。管理系のスタッフ(Administrative staff)がクビになるのはいかなる時であろうか。ずばり、取締役会からの信頼を失った時である。では信頼を失う危険度の高い最も大きな3つの仕事とは?1.Income Distribution Plan(医師の給与体系の決定)2.Installing New IT System(新たなITシステムの導入)3.Construction Project(施設等の建設プロジェクト)全ての社員(医師)を満足させる給与体系を作り上げることは至難の業である。対象が評価の難しい医師となるとなおさらである。2と3については管理スタッフの意図を超えたところでの思わぬ壁にぶつかる可能性が高いからである。例えば、病院の診療費請求に関するITシステムの導入を決定したとしても、技術的なトラブルやプロジェクトの遅れなど専門家でないためコントロールできない要素が多いという問題がある。ITシステムにしても、施設の建設にしても、管理スタッフが試されるのはどの業者に委託するかの選定能力なのだ。この能力を磨くためには会計や財務などの全般的な知識の獲得だけでなく、常に外部環境にアンテナを張り巡らせていなくてはならない。常に持ちつづけていたい姿勢である。授業後、Sさんにお誘い頂いた、Uさん宅でのプライベートコンサートに出席すべくタクシーを捕まえる。駅前の通りですんなり乗り込むことができたのはよかったが、この運ちゃん、ヘッドフォンセットを使いながら英語ではない言語で携帯で(おそらく友達と)話し中だった。日本だったらあり得ないだろう・・・。行き先を聞く時はさすがにこちらに耳を傾けていたが、すぐに友達との会話に戻るありさま。挙句の果てには電話に気を取られて隣の車にぶつかりそうになっていた・・・。そんなハチャメチャな運ちゃんだったのだが、なんとなく憎めないおじさんだったので、彼の電話終了後ちょっと話し掛けたら話が変に盛り上がってしまった(笑)。おじさんはソマリア出身で挨拶だけなら日本語もフランス語もドイツ語もできる。(ちなみに中国語と韓国語を彼の引き出しに加えてあげておいた)授業のためにコンサートに遅刻していた私はかなり急いでいたのだが、おじさんはソマリア人の性格を伝えるための小話を開始してしまい、目的値についてからもオチを聞くためにしばらく待機するはめに(苦笑)。時間があればもっと相手をできたのだが、許せ、おじさん!さて、Uさんのお宅ではすでにバイオリンとピアノのコンサートが開始していた。若手の芸術家育成のためにご夫婦で設立された財団の主催であった。ルネサンス期に学問・芸術を保護したメディチ家を思わせる。コンサートの生演奏も非常に素晴らしかったが、経済誌で記事を読んで感銘を受けていたUさんと実際にお会いできて感激であった。私のような若造にも丁寧に接してくださり、真の成功者は決して奢らないのだということを身をもって教えていただいた。その他にもSさんのご紹介で素敵な方々とお会いさせて頂いた。コンサート終了後、我々夫婦とSさんでバーに移動し、ハンバーガーを食べながら今日のコンサートの事や仕事のことなど多いに語った。Sさん、本当に貴重なイベントへのお誘いありがとうございました!!このような密度の濃い時間の過ごし方ができて私は本当に幸せだと思う。しっかり明日につなげていきたい。
2005/02/16
コメント(4)

アメリカでは今日がバレンタインデー。男性が女性に買う用のバラが街中のいたるところで売られている。私は6時まで、妻は8時まで授業だったので私が先に帰宅していた。私の心内:「バラを買ってあげるよりもその分おいしいピザでも買って上げた方が喜びそうだな。」Wilson Blvd沿いにある持ち帰り専門のピザ屋さん「Mario's Pizza」のバーベキュー・ポークはかなりうまい。というわけで帰宅を待っていたのだが、授業が終わった妻から電話が。「今日は女の子4人でクラスメイトの男の子からサブウェイをおごってもらうことになったから」う、裏切り者!でも花より団子という私の予想は間違っていなかったようだ(笑)。さて、本日の日記では先週土曜に台湾人のYさんに招待された「旧正月とバレンタインデーを祝う会」について書きたい。Yさんは中国語も英語も日本語も完璧なすごい人。数年前にはアメリカン大学でMBAも取得している。彼女と知り合ったのはKさんの送別会であった。(2004-10-16(土) - ムービングセールも人脈構築の場?:送別会出席に発展 参照)今思えばあの送別会では沢山の出会いに巡り合ったんだなあ。合計3回しかお会いできなかったけど、Kさん、ありがとね~。さて、インターネット上の招待状(Evite)の題名にはこうあった。「Odd Combination? Annual Chocolate Truffle Party with Celebration of Chinese New Year」「Annual」ということは恒例の行事なのである!!この会は3つの趣旨から成り立っていた。1.中華料理を食べながら旧正月を祝う2.Yさん特製のトリュフを頂いてバレンタインを祝う3.パーティを楽しむ!なんとも素敵な会ではないか。去年からYさんを知っていればよかった(笑)!果たして、パーティ当日は国際色豊かなとっても多くの人達(40人以上はいたかな)でごった返していた。それだけの人数を収容できる部屋の広さもすごいけれど、Yさんの人望(チョコ目当てかも?)はすごいなあ。中華料理もおいしかったけれど、やはり主役はYさん特製のチョコレート。ビタースイートチョコレートをセンターに用いラム酒を贅沢に用いたトリュフ(右)と、グランマニエとダークチョコレートのトリュフ(左)という2種類のラインナップ。 (写真提供:Yさん)ラムの方はその場で、グランマニエの方は家に持ち帰ってコーヒーとともに頂いた。おいしかった~!!ウィスキーボンボンでも酔っ払っちゃうくらい下戸な私だが、トリュフならいけるようだ(笑)。Yさん、ほんとにこの道でいけるんじゃないの!?ビジネススクールで学んだようにキャッシュフローの健全性は確保しましょう(笑)。楽しくおいしい会にお招きいただきありがとう!!
2005/02/15
コメント(0)
「Health Economics」の授業のリーディング課題から。「For-Profit Chains Seek to Acquire Successful Not-for-Profit Hospitals(営利病院チェーン、成功している非営利病院の買収を目論む)」(Healthcare Financial Management, September 1999)では、数の上では圧倒的少数派である営利病院による非営利病院の買収というトレンドについての分析がされている。非営利病院のM&Aによる営利病院化は病院市場にとって、はたまた我々一般市民にとって有益なのか害なのか。1992年から1996年までに発生した非営利病院の営利病院化という39の事例のフリーキャッシュフロー分析によれば、買収された非営利病院の多くは経営難に陥っていたという。つまり、存続が危ぶまれていた病院がM&Aのおかげで閉鎖を回避することができたという解釈ができる。一方、M&Aによって拡大した新病院はスケールメリットによるコスト削減や効率化によって利益を上昇させることも可能になろう。このように、現状が「苦しい非営利病院の救済」となっている事実を指摘した上で、論文では営利病院にかかる株主からの期待というプレッシャーや偏った利益への追求の危険性を指摘していた。そして題名にもなっている、「営利病院による財政的に健全な非営利病院の買収の可能性」の行方を案じているのである。これと関連した内容の論文が「The Association between For-Profit Hospital Ownership and Increased Medicare Spending(営利病院と増加する医療費の関連性について)」(The New England Journal of Medicine, August 5, 1999)この論文では、非営利病院のみ存在する地域と営利病院が存在する地域における医療費とその増加の割合を比較し、営利病院が医療費、増加分ともに高いという事実を指摘している。医療費の増加分の比較がグラフで示されており、高い順に以下の通りであった。1.営利化された元非営利病院2.営利病院3.非営利化された元営利病院4.非営利病院さらに、営利病院が急性医療に力を入れる傾向にある一方で次世代を育てるメディカルスクールなどの医学教育には熱心でないとの報告もあった。う~む、やはり利益に走るということか・・・。最後に、「Refining Competition in Health Care(医療産業における競争の改善)」(Harvard Business Review, June 2004)では、官民を巻き込んだヘルスケアシステムの改革の必要性が強調されていた。共著者の1人はMBAの学生なら知らぬ人はいない戦略の権威であるマイケル・ポーター。限られたパイを奪い合うゼロサムゲーム(Zero-Sum competition)から、価値の創造によって市場にプラスをもたらし続ける競争(Positive-Sum competition)への変革の必要性を筆者は訴える。「アメリカのヘルスケアシステムの問題の根幹にあるのは『競争』である。だからといって国主導のヘルスケアシステムや支払制度の一本化の導入は答えとならないだろう。問題の解決はやはり『競争』にあるのだ」筆者は以下の点において変えねばならない現状とあるべき姿の提示をしている。- 競争の行われる段階・目的・形態・市場規模- 病院の構造、市場戦略- 情報公開のありかた- 保険会社へのインセンティブ- 医療サービス提供者へのインセンティブ細かく書き出すとまた冗長な文章になってしまうので省略させて頂くが、非常に興味深いヴィジョンの提示であった。コストの削減という努力が単なる他者へのコストの転化になってしまっているのが現状だという。(それどころか医療費は毎年上昇し続けている・・・)『価値の創出と改善』(Creating and Improving Value)パブリックセクター、プライベートセクターを問わずこれからの鍵になるであろう。
2005/02/14
コメント(0)
昼はTご夫妻と3人で日本食レストランへランチ。ショッピングモールのあるタイソンズコーナーからほど近いAnne's Sushi Spot(8417 Old Courthouse Rd. Vienna,VA22182)は知る人ぞ知る人気店。黒豚のトンカツ定食、うまかった・・・。その後、タイソンズコーナーのショッピングモールでお買い物。アメリカにおけるヴァレンタインデーは、女性から男性にチョコレートをという日本でのお決まりの慣習ではなく、男性から女性に何かをあげるといった雰囲気(=プレッシャー)の高い日である。生粋のジェントルマンであられるSさんはそういった変化(?)への対応もスムーズにされている。私もアメリカ滞在があと3ヶ月となったことだし、今年くらいは何か買ってあげようかと考える。ん、この状況(Tご夫妻+私)はよく考えたら絶好のチャンスだ。奥さんのRさんは渡米前までは日本のキャリアウーマンなら誰もが知っている超有名ファッション雑誌の特集ページを担当していた売れっ子ライターさんであった。(DCででも、その雑誌を愛読している日本人女性は多い)Rさんに妻への服のプレゼントの見立てをお願いしたところ、快く引き受けてくださった!そして多くの店を周り、候補や組み合わせをたくさん考えてくださった結果、リーズナブルな価格の4点セットが決定された。(どんな組み合わせの表現かは私では文字でうまく表現できないので控えさせて頂きます(苦笑))Rさん:「私のポリシーは売られている商品の価値を何倍にも高めるコーディネートを生み出すことなの」まさにポリシーの体現であった。さらに、選んだ服を組み合わせて箱に入れるところまでしてくださった。そして最後に一言。Rさん:「今日はいい仕事ができたわ」かっこいい・・・。本日は有り難き幸せにございました。でも仕事って言うくらい本気でやってもらえたんだなあ。ご主人のSさんが追加で一言。「本日のコーディネート指南の請求書は追って郵送しますから」と、トモダチプライスでお願いします(笑)。帰宅後、いったんは車のトランクに隠してフェイントで何も買って帰らなかった風を装ったが、夜にプレゼントを妻に渡す。Rさんのコーディネート、ものすごく喜んでました!1つだけ問題だったのが、上にきるUネックのセーターがXSでは小さすぎたことでした(笑)。明日にでも交換に行って参りますので。着こなしについていろいろ聞きたいみたいなのでまたアドバイスをしてあげてください。いやあ、ファッションって奥が深いなあ。
2005/02/13
コメント(5)
昼はアメリカ人のクラスメイトの引越しを手伝う。原因は離婚・・・。夫婦ともに仲が良かっただけに非常に心が痛む。具体的な理由についてはさすがに深く聞けなかったものの、お互いに「Respect」(尊敬)できなくなってしまったというのが根本にあるということであった。反面教師に、と言ってしまうと彼らに失礼になってしまうが、しっかり自分にも言い聞かせなくてはならないことだと思う。出てしまった結論に口を挟むことはできない。2人のそれぞれの新たな道を尊重したいと思う。引越し手伝いから帰るとすぐにワシントンDC法曹会の会場へ。。この会の趣旨、またなぜこのような格調高い会合に私ごときが参加できたできたかの種明かしは去年11月末の日記、「往年の放送部員(小学校5年当時)、DC法曹会に参加」 を参照されたい。(題名の時点で読む気が失せた方にはお詫び申し上げます・・・)というわけで今回もかおる姉御のご好意により参加を許された私は1次会から3次会へと語りに語って語り抜けた。参加者の方々は裁判官、検察官、弁護士、ロースクールの学生と勢ぞろい。何か悪いことしたら、その場で起訴されて弁護されて判決を下されるような雰囲気だ。(もちろんウソです(笑))初めてお会いした弁護士さんのNさんは現在私と同じ大学のロースクールに通われている。私が日本の出身地について話したところ、Mさん:「ああ、そこに在住の人の国選弁護をよく受けてましたねえ」え、これはどういう意味なんですか(笑)?2次会では「日本の国会図書館のあるべき利用法」というお題で盛り上がる。日本で出版されるほぼすべての図書が蔵書されているという国会図書館。事情に詳しいAさんの情報をもとに私と弁護士のYさんが注目したのは、その網羅性を駆使した漫画無料閲覧機能である。あらゆる漫画が見放題の最強の漫画喫茶ではないか!!すいません、もうちょっと建設的な利用法を再検討致します。その前に1度は足を運んでみないといけませんね(笑)。良い子はこのアイデアを真似しないようにしてください。そうか、特許弁護士事務所の方も今回いらっしゃったから、特許を申請してアイデアを守るという手もあるかも!この方法を用いた人達に特許使用料を我々に支払ってもらうことで無資本の漫画喫茶の経営だ!あれ、その前に閲覧室での飲食はやっぱり禁止なのかな。。。こんなところでつまずくとは・・・。それとも喫茶にこだわる以前の問題だったかな・・・。
2005/02/12
コメント(2)
Tご夫妻にボクササイズレッスン。ご主人のSさんにとってはすごく久しぶりのレッスンだ。「まあ、今日は軽めにね」こんなノリだったのに始まったらいつも以上の勢いでミットへのパンチを指示してしまっていた・・・。Sさん、筋肉痛になっても恨まないでくださいね(笑)。言い訳っぽくなりますけど、ミットを持っている方としても、いいパンチを受けていると勢いがついてくるものなのです。今日はコンビネーション以外に、ミットを持って人のパンチを受けてみるという練習もメニューに加えてみた。通常のスポーツクラブで行われるボクササイズはエアロビクスのようにシャドーボクシングが中心であり、グローブをつけてミットにパンチを打ち込むことがないところもある。しかし、実際に打ち込まない限り本当のパンチを体得することはできない。さらにストレス解消にもならない(笑)。話がディフェンスに及ぶと、ボクササイズにおいてその練習は皆無とも言える。ボクシングであれば「打たれて覚える」ような危険な風潮もあるが(苦笑)、実際、痛みを伴って向かってくるパンチに対処をすれば生存本能がフル回転して必死に頭と体が反応するようになる。私の場合もジムで始めは「目ならし」という、足は動かさずに交互に打ち合ってパンチを見る練習を練習生同士で行い、それが「マスボクシング(通称マス)」という軽い打ち合いに発展し、最終的には「スパーリング(通称スパー)」という本気の打ち合いにたどり着いたわけである。初めてやったスパーの恐怖は今でも覚えている。「まあ、本気で打たず軽めにやろうぜ」相手となったジムの先輩にそう言われていたのだが、緊張してわけがわからず、いいパンチがその先輩に当たってしまったのだ。とたんに先輩の目付きと動きが変わり、その後はボコボコにされた。。。スパーの相手も始めは練習生同士で、レベルが上がってくると相手がプロボクサーになる。この「練習生VSプロボクサー」という構図を経て、練習生達も次第にプロボクサーへの実力を備えていくわけである。私の所属していたジムはプロが何十人もいる大きなジムであったのでその意味では幸せ(不幸せ?)であった。そうやって次第にオフェンスとともにディフェンスを学びやっとプロテストに合格していっぱしになったと思ってもすぐ上には上がいる。同じC級ライセンスの仲間だけでなく、試合前のB級・A級ライセンスボクサーや日本ランカー、チャンピオン、世界ランカー達とのスパーリングパートナーとしての仕事が待っているのだ・・・。これも大きなボクシングジムに所属する若手選手達の喜びでもあり哀しみでもある(笑)。こうして自分のディフェンスがまだまだしょぼいものだと体感させられる・・・。日本タイトルマッチに挑戦したこともある、自分より階級が上の日本ランカーとスパーをした時は気付いたら地面を眺めていたときがあった。(どのパンチで倒れていたのかも覚えていなかった・・・)今となっては本当によい経験だったと胸を張って言えるが、あの頃は本当に怖かったなあ。なんて法則をボクササイズに適用することはもちろんあり得ないが、少しでもより本物に近いものを学んで頂きたいという思いがある。そこで思い立ったのがミットでパンチを受ける行為である。パンチを受けるにはパンチを見なくてはいけない。さらにパンチをしっかり掴まなくてはいい音を鳴らすこともできない。安全に動体視力を高めることができ、人にパンチを指示することでコンビネーションを考えたりタイミングをとる練習にもなる。というわけで、Sさんが私のパンチを、RさんがSさんのパンチを順に受けることに。受ける方はパンチが自分に向かってくるわけだから始めは怖いに決まっている。始めはミットをただ持っているだけという状態になってしまうのだが、慣れてパンチを見れるようになるとだんだんコントロールできるようになってくる。打つ快感とはうって変わって打たれる不快感は不評でしたでしょうか・・・。慣れてきて相手をこれでもかってくらい疲れさせられるようになったら、これはこれで面白いんですけどね。いや、普段そんな風に考えてミットを持っているわけではありませんので(笑)・・・。練習後は妻も合流して4人でステーキハウス「RAY'S THE STEAKS」へ。ここのレストランはあの格付け団体ZAGATでものすごい高得点をとっている有名な場所。予約なしに行ったら無謀という人気ぶり。電話で予約しようとしてもだめで、現地に前もって直接行かなくてはいけないという。今回もSさんがわざわざ直接出向いてくださって予約に成功。実はアメリカにきてステーキを食べるのは今回が二度目である。でっかくて厚い肉を食べるくらいなら韓国料理屋で焼肉を食べた方がいいなあと思ってしまうからだ。しかし、よいものはやはりおいしい。私が頼んだのは16オンスの巨大ステーキにマッシュルームクリームソースとブルーチーズをかけた「ハウス・スペシャル」。今ちょっと計算したら16オンスって450グラムもあるのね・・・・。(もちろん完食はできずお持ち帰りした)いやあこんなおいしいならステーキもたまにはいいなあ。DCエリアにお住まいの方々へのご参考までに住所は1725 Wilson Blvd. Arlingtonです。あの有名なベトナム麺屋「Pho75」の並びなんですねー。全然気が付かなかった。行ったことのない人はぜひ1度(2度行かなきゃかも(笑))足をお運びくださいませ。
2005/02/11
コメント(4)
「ボクサーはなぜ(リング上で)人を殴っても逮捕されたりしないのか?」これが私の大学時代の卒業論文のテーマであった。(正式名は「スポーツ事故の法的研究」)昨日の日記の最後の部分でスポーツと政治・経済との関わりについて触れたので、今日はスポーツと法律の関わりについて述べたいと思う。卒論と言ってもまだ4年前のことであるし、去年の6月には世銀の日本人勉強会において僭越ながら同様のテーマでプレゼンテーションをさせて頂いたこともあり、私にとってまだ記憶に新しい(はず)。4万字に及ぶ卒論(字数を埋めるための冗長な部分はもちろんある(笑))を細かく説明していると内容も退屈になりきりがないので、核心だけを触れたいと思う。この日記に対する信念として、「難しい事象をわかりやすく伝える」ということを常々考えているのだが、今日の日記は法律用語の難解さや自分の不勉強が手伝ってなかなかうまくいかなそうだ(苦笑)。読者には法曹関係の方もいらっしゃるので、ぜひとも誤りのご指摘や補足をお願いしたい。(ロースクールの卒業生であるかおるさん、Yさん、たからぽん、頼りにしています)冒頭にある質問の答えを一言で言えば、「それは『スポーツ』だからである」というものになろう。そこにはスポーツが社会に有益なものという前提が存在している。今回の目的はこの前提に疑問を投げかけることではなく、どういった状況がスポーツをスポーツ成らしめるのかという法律的解釈である。まずは背景情報として論文の「はじめに」からの抜粋をご覧頂きたい。『右耳鼓膜亀裂、左眼底打撲、左拳打撲、数々のたんこぶ、そして敗北。2001年1月8日の試合で受け取った痛手である。しかし、負けてもなお失われないもの、負けたからこそ得たものも多く存在する。地道な練習で培った強い精神力と肉体。個人競技でありながら学んだ、コーチや他の選手による協力の大切さ。試合後に反省する心。自分の一生懸命に何かを感じて手紙やメールで伝えてくれた友人達の激励・ねぎらいの言葉。プロボクサーとしての後楽園ホールにおける3戦目の試合であった。 私はこれまでの人生において、ボクシングをはじめ様々なスポーツを通して人格と体格を形成してきた。(中略)このように、多くのスポーツと、あるいは深く、あるいは遊びの延長として接することで、私は人生を豊かにしてきたといえる。もちろん、これからも生涯を通じてスポーツと良好な関係を築きたいと考えている。 今回卒業論文を書くにあたり最重要視したのは「ゼミの研究で得た視点を用いて自分独特の関心を扱う」という点である。医事刑法において、医療行為の正当化という考え方を学んだ。このことは医師による手術という行為、またはそれによってもたらされた死という結果をやむをえないものとして当たり前のように感じてきた自分には、刑法上の例外的措置という視点が興味深かった。刑事政策においては、触法精神障害者への対応に、一律ではない、多様なアプローチの刑事政策の必要性を学び、犯罪即処罰ではないことを考えさせられた。スポーツを語るとき、とりわけスポーツ事故について考える際にもこの2つの視点が大切なのである。すなわち、スポーツだから事故も許されるという先入観を打破し、あくまで刑法上の例外的措置だとする視点、スポーツのもたらす利益を考慮した、外形上の犯罪行為即処罰ではない刑事政策の必要性を考える視点である。 今日、スポーツは広く普及し、現代社会において我々はスポーツと関わりなしに生活することは考えられない。(中略)このように考えれば、スポーツは我々の社会生活に大きく影響を及ぼしている、社会的に有意義な現象であるということができる。しかし、他方で、生命・身体に対する侵害ないし危険のますますの増大という無視できない側面もはらんでいる。そこで、本卒業論文では、総論としてスポーツと法律との関わり、スポーツ事故の法的側面を関連法律から全般的に眺めた上で、各論として実際に起きたスポーツ事故に関する判例研究を中心に行う。特に、格闘競技的スポーツに関しては、事故防止に向けた日本プロボクシング界における試みを紹介するとともに、より多くの判例を研究していく。そして、この卒論において、私を含めたスポーツを愛するすべての人々が安心して楽しくスポーツに従事できるための提言を行いたい。 (以下略)』意外と面白そうでしょう(笑)?私の所属していたゼミの研究対象はこの抜粋にもあったように、医事刑法と刑事政策であった。周りのゼミ生が卒論のテーマとして臓器移植法や少年法の改正など、これまでゼミの中で勉強してきたものを選ぶ中で、私は何か新しいものができないかと模索していたのだ。ある晩、試合前の減量による空腹感と試合そのものに対する恐怖感から眠れない夜に閃いた。「このボクシングというスポーツはなんで存在できているのだろう?」決してネガティブな気持ちで浮かんだアイデアではない。ボクシングのスポーツとしての奥深さや面白さは充分に体感してきた。しかし、人を殴ることが公認されるというのはやはり尋常ではないだろう。まず医事刑法や刑事政策とスポーツの関係を熱く語り、教授の説得に成功した。そして、1月の試合前までに日本ボクシング協会への取材や日本スポーツ法学会へ出席する一方で判例などの資料を集められるだけ集めた。残念ながら負けてしまった試合の数日後から、目が腫れてふさがった状態でパソコンの前に座り「はじめに」の執筆を始めたのを今でも鮮明に覚えている。さて、この論文の核心部分を短く表せばこうなる。「スポーツ行為が傷害や死という結果に対して刑事責任を負わなくてよいのは、犯罪が認定されるための要件を満たさない時である」刑法総論の授業のようで恐縮であるが、ある行為が犯罪となる要件は以下の3つである。1. 構成要件該当性(行った行為が刑法の条文に載っているということ)2. 違法性(正当防衛や緊急避難などの止むを得ない事情がない)3. 有責性(年齢や精神障害の有無など責任がとれる状態の判断)犯罪と思しき行為が本当に犯罪であるかの決定は、この3つの基準を全て満たしているかの吟味を通して行われる。例えば、刑法199条は殺人罪について「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する」と規定している。1.がないケース:Aさんがドラマの役でBさんを撃ち殺す想定の演技を行った→実際に起こったわけではないので1.の構成要件に該当しておらず無罪2.がないケース:AさんがBさんに急襲され、生命の危機を感じたAさんは自分を守るために止むを得ずしてBさんを殺してしまった→正当防衛のため2.の違法性がないため無罪(そう簡単には言い切れないが・・・)3.がないケース:3歳のAちゃんが生後3ヶ月のBちゃんを窒息死させてしまった。→3歳児に責任能力はないのでAちゃんは無罪(親の保護監督者遺棄罪などは問われそうだが)ここで、スポーツ上のケガあるいは死が刑法上許されるのは2の違法性がない(違法性の阻却)という理由のためである。(=止むを得ない事情が存在するということ)条文的には刑法35条の「正当業務行為」がこれに相当する。救急車の信号無視も、警官による逮捕・監禁も、医師による手術も、スポーツにおける加害といった行為はこの刑法35条によって法的に許されるというわけである。医者以外の一般人がメスを使って他人のお腹を切って開いたりしたら大問題であろう・・・。逆に言えば医師はなぜそのような特権が与えられているのかをしっかり考える必要があるということだ。判例ではスポーツにおける違法性が阻却されるために以下の3点が必要だとされている。1. スポーツという目的を持っている2. ルールに従っている3. 当事者の同意があるちなみに、他の判例で示された医療行為における違法性阻却事由もスポーツのそれとパラレルな関係を示している。1. 治療の目的を持っている2. 医学上一般的に承認されている打倒な方法である3. 患者の同意がある両者に共通するのは、目的・妥当な方法・同意の存在である。もちろん、現実の世界はえてしてこれらの条件にうまく当てはまらない現象が起こるものであり、そのグレーゾーンを巡った裁判の数々が実在する。そうは言っても、医療過誤訴訟にしても、スポーツ事故訴訟にしても刑事責任が問われることは極めて稀であり、判例のほとんどは民事賠償責任を巡ったものであった。かなり乱暴な説明になってしまったが、大枠はおわかり頂けたであろうか。最後に本卒論の「おわりに」を紹介したい。『今回卒業論文を書くにあたり、これまで紹介した判例を含む、数多くのスポーツ事故判例を読んだ 。そして、そのほとんどが、当事者達の、「まさかこんな事故が起こるとは」という油断に起因していると思われた。某大学の合気道部の主将を務める私の友人に、この卒論でも紹介した合気道の事故判例の話をしたところ、「えっ、あの入り身投げなんかで死亡事故が起きたの?」という、思いがけないという反応をしていた。スポーツ事故というのは、日頃危険と思われていないところに潜んでいるのではないだろうか。もちろん、危険を恐れすぎてもスポーツを楽しく行うことはできない。生きていること自体、死への危険性を既に内在しているのである。しかし、スポーツ事故の多くは、やはり事前の注意義務を充分に果たすことで防げたものであったとも考えている。その意味でも、これらの判例に提示された、様々な立場の人々に課された注意義務を理解し、それを実践することが、事故を未然に防ぐことにつながるであろう。また、万一事故に巻き込まれてしまったとしても、加害者側であれ、被害者側であれ、最善の努力の末に起きてしまった事故として、「あきらめる」という決断をすることができよう。試合で破れた私の鼓膜は1ヶ月ほどで再生するという。これは人間の体が持つ自然治癒能力のおかげである。人間の体は脆く、しかし粘り強い。大切なのは、取り返しのつかないような事故を起こさないことである。1度倒れてしまっても、また立ち上がれるのなら、後に続けることができるのである。この卒論を書き上げることによって私が、あるいはこの卒論を読むことによって読者が、スポーツ事故を完全に防ぐことができるとは考えない。しかし、スポーツ事故という非日常を、現実に起こり得る出来事として考える契機となったならば、その意義があったといえるであろう。』皆さんもスポーツを楽しんでくださいね。ご拝読ありがとうございました。ご意見・ご感想お待ちしています。
2005/02/10
コメント(5)
現在、アメリカの4大スポーツと言えば、バスケ、アメフト、アイスホッケー、そして野球である。100年前はどうだったろうか。1900年代初頭の3大スポーツと言えば、野球、競馬、そしてボクシングであった。先日観た「Unforgivable Blackness」というドキュメンタリー番組では、黒人として初めてプロボクシングヘビー級の世界チャンピオンとなったジャック・ジョンソンの生涯が描かれていた。(番組情報は こちら から)ジョンソンが生まれたのは1878年。当時の日本は江戸時代が終わり明治を迎えてまだ10年余り、アメリカではリンカーンの奴隷解放宣言から15年ほどが経過した時代であった。後にキング牧師が黒人の権利を唱えて公民権運動を行ったのが1960年代であったことを考えても、黒人であるジョンソンが育ったアメリカにおいて人種差別が根強く残っていたことは容易に想像できてしまう・・・。このドキュメンタリーは歴史家、小説家、ボクシング関係者の証言や写真とともに貴重なテレビ画像がたくさん織り込まれており、単なるボクシングストーリーではなく、20世紀初頭のアメリカ史も学べる名作であった。1900年代初頭はボクシングのルールが確立され始めた時代でもあった。規格に基づいたグローブの着用や1ラウンドを3分とすることなど、野蛮な殴り合いからスポーツに進化したのである。一方で、写真や映像でみる限りグローブが異様に小さいし、タイトルマッチが一試合が40ラウンドもあるなど、まだまだ発展途上であったとも言える。ダウン後の加撃こそなくなっていたようだが、映像を見る限り相手が立ち上がった瞬間には攻撃をしてよい風であった・・・。こんなルールだったら私はボクシングを始めてなかったかもしれない・・・。少なくともプロボクサーにはなっていなかっただろう(苦笑)。そんな時代の中、ジョンソンは世界チャンピオンを目指して勝利を続ける。しかし、「White Supremacy」(白人優位)がそれを許さなかった。白人の世界チャンピオン(ジム・ジェフリーズ)は「私は有色人種とは試合をしない」と公言してはばからず、世論もそれを支持していたのだ。とうとうジェフリーズはジョンソンと戦わずして無敗のまま引退し、白人同士での王座決定戦を経てトミー・バーンズが後を引き継いだ。それでもジョンソンはあきらめない。ここから彼がとった行動がすごかった。バーンズの防衛戦の場にしつこく顔を出し、マスコミと世間に訴えたのだ。「怖くて俺から逃げるのかい?」その場所はロサンゼルス、ニューヨークから始まり、パリ、ロンドンと世界各地にまたがった。誰か背後にプロデューサーがいたのかもしれないが、なんと大胆なマーケティングだ。この努力の甲斐あって世論も動き、1908年、オーストラリアのシドニーでとうとう史上初の黒人対白人のヘビー級世界タイトルマッチが行われた。試合前からの盛り上がりも異常であり、黒人と白人の代理戦争の様相を呈していた。当然モノクロであるが、試合の映像はしっかり残っていた。どれだけのプレッシャーがジョンソンにのしかかっていたのか想像もつかないが、彼は終始笑顔を絶やさず、余裕の笑みさえ浮かべていた。そして、試合はジョンソンが格の違いを見せ付け、14ラウンドにKO勝ちした。元プロボクサーとしての意見を少し言わせてもらえば、試合における攻防はなかなか面白かったが、世界戦ということを考えるとボクシング技術はやはり発展途上だったようである。象徴的だったのは、最後の決定的シーンの前にフィルムが切れてしまっていることである。「放映側(間違いなく白人)が『このような屈辱を全世界に放送するわけにはいかない』と判断したため」と関係者は語っていた。。。。こうしてジョンソンは史上初の黒人の世界チャンピオンとして、実に1908年から1915年までもの長い間王座に君臨したのであった。彼は間違いなく黒人の英雄であっただろう。一方で、多くの白人の女性と付き合ったり結婚・離婚を繰り返したりしたため、両サイドからの非難も激しかったようであるが。。。。このドキュメンタリーを見て強く感じたのが、スポーツは時の政治や経済に翻弄される存在なのだということである。今回のボクシングも単なるスポーツの枠を越えて社会の対立軸を浮き彫りにしている。(余談であるがボクシング映画『ロッキー4』ではロッキー(アメリカ)対ドラゴ(ソ連)という冷戦の対立が軸であった)歴史的に見ても第二次世界大戦直前の1936年にヒトラーがベルリンオリンピックをプロパガンダに利用しているし、1980年のモスクワオリンピックでは冷戦を背景に日米を含む西側諸国が棄権をしている。現在もサッカーの勝敗が国際問題を引き起こすほどの影響力を持っている。社会人スポーツは企業のリストラによって縮小、あるいは廃部に追い込まれている。プロでもアマチュアでも、「純粋」にスポーツを競い、楽しむということは至難な業なのだ。せめて趣味のスポーツは純粋に楽しみたいものである。さて、今から深夜で誰もいないアパートのトレーニングルームでシャドーボクシングでもして汗を流しましょうか。--------------------------(それから一時間半後)自分の体力のなさに翻弄された(苦笑)・・・・・・。
2005/02/09
コメント(2)
昼ご飯を妻と、国際機関にお勤めのKさん、Mさん、そしてYさんとご一緒した。円卓を駆使しながら中華料理のシェアを楽しむ。国際機関の重要ポストの後継者についての話題から最近流行のブログの持つ社会への影響力まで多岐に渡り話は盛り上がった。Mさん、お誘いありがとうございました。ランチ会、ぜひ継続していきましょう!その後、授業開始までの時間を図書館で過ごす。ソファにかけながら予習のリーディングを。いい時間になり部屋を出ようとするとイタリア人のクラスメイトJを見かける。J:「よう!お前がそこでエクササイズしてるの見たぜ!」居眠りで左右に振り子運動をしているのを見られたようだ(笑)。今日の「Health Economics」の授業では、医療産業における価格の弾力性(Price Elasticity)やスケールメリット(Economies of Scale)などについて学んだ。価格の弾力性とは、価格設定の上下がいかに需要(Demand)に変化を与えるかの指標である。車のガソリンなど、多少高くなっても買い続けざるを得ない必需品の弾力性は低い(=値上げが大幅な需要の低下を引き起こさず、売り手が全体として得をする)。一方で、映画代など娯楽に関わるものや贅沢品の弾力性は高い(=値上げが著しい需要の低下につながり、売り手にとっては全体として損となる)。医療の世界に当てはめると、レントゲン撮影や手術時の麻酔などの価格は弾力性が低い(というか、我々には選択の余地がないような・・・・)対して、整形手術などの贅沢品(?)の弾力性は高い。それにしても、緊急で病院に運ばれて「麻酔が高すぎるからここでの手術は遠慮します」なんて言えないもんなあ(苦笑)経済理論に従った自由な価格の決定を阻む規制の存在理由がこんなところにもあるのかもしれないと思った。今日学んだもう1つの柱はスケールメリット(Economies of Scale)。規模の大きさがコストの低下につながり有利になるという理論である。1日10個のパンを製造する工場Aと100個を製造する工場Bを比較した時、製造1個につきかかるコストに差が出るということである。1個ごとにかかる流動費(Variable Cost = Marginal Cost)とともにかかる個数を問わない固定費(Fixed Cost)の存在のためである。このスケールメリットについては実は先学期にプレゼンテーションを行っていた。(過去日記参照:2004-11-13(土) - 『教授からのツッコミ:「ある症例の手術取り扱い数の多さが病院規模の大きさを示すとは限らないよ」:スケールメリットとスペシャライゼーション』)あの時、D教授から受けたツッコミの意味を今日の授業で改めて理解した。病院においてスケールメリットが発揮されるのはベッド数という外見上の単なる規模が大きいときではなく、ある特定の手術の症例数という実績が豊富な時である。もちろん、多くの手術をこなすための規模は必要ということになるのだが、実際の手術無しにはコストの効率化は達成されない。例えば、内科・外科・整形外科という3つの診療科目を持つベッド数300床の病院Aと診療科目が外科しかないベッド数100床の病院B。一見すると病院Aの方がスケールメリットを持っていそうだが、A・Bともに共通する症例の外科手術数を比べたときBの方が圧倒的に多ければ、スケールメリットはBに傾く。さらなる利点としてスケールメリットが質の向上(Quality of Scale)を引き起こすということをE教授は強調していた。ある症例に対して手術数の多い病院は少ない病院に比べて圧倒的に死亡率が低い(=成功率が高い)という結果が出ているのだ。これは「Practice makes perfect」(習うより慣れよ)を表しているのかもしれない。規模の拡大と専門化(Specialization)の組み合わせが威力を発揮するということなのだろう。日本で大病院に患者が集まる理由は「大きければ信用できる」という期待から由来しているのだろう。しかし、単に大きければよいのではなく、どの分野に強みをもった大きさなのかの把握が大切なのである。情報の非対称性において、つまり受け手が満足な情報を得ることのできない現況ではこのリサーチが我々には難しいのだが・・・。ふう、経済学って面白いけどやっぱり難しい・・・。
2005/02/08
コメント(8)
大学院で妻と同じ国際教育専攻のJちゃんが、同じ教育専攻の日本人を集めた「教育総会」をベセスダの自宅で開催してくれた。つまり私は単なる運転手・・・。しかし実質はみんなでアメフトの祭典、「スーパーボウル」の観戦だった。Jちゃんには日本人女性Mさんとアメリカ人男性Pという2人のルームメイトがいる。P以外の参加者は日本人か日系人という状況で、公用語が日本語という状況は彼にはかわいそうだったかも(苦笑)。さらに、ルールを知ってるのはPだけという中でほとんど誰もテレビに目を向けず、ひたすら食べたり話したりしていた。。。このようなPの孤独という状況を回避するために私が秘密のポケットから取り出したのが「ピクショナリー」であった。(注1:皆さんの方で「ぴくしょなりぃー」というドラえもんの音声を想像してください)(注2:ピクショナリーはボードゲームであり、決してポケットには収まりません)私の日記においてピクショナリーは何度も登場しているが、どんなものかの説明については過去の日記、「ピクショナリーで英語の勉強」 を参照されたい。Pを含めた8人が、2人1組4チームに分かれて激突した。まだ試合中なのに(苦笑)・・・。今回も珍イラスト、珍回答でかなり盛り上がったが、勝者はAとHちゃんのコンビだった。特にHちゃんはアートセラピーというクライアントに絵を書かせて行うカウンセリングを大学院で専攻している人なので、その腕前も大きかったのだろう。本人いわく、「ぜんぜん関係ありません」また、今回のみんなの絵からどんなことが分析できるの?とのベタな質問に対しては、「みんな急いでますね」さ、さすがだ!発想力、単語力、知識、描写能力、瞬発力など様々な能力が問われるこのゲームをやると本当に脳みそが疲れる。こうして、教育総会という建前で集まりスーパーボウル観戦という実質をもった今日の集まりは、ピクショナリー大会という真相をもって幕を閉じたのであった。Pも楽しんでくれたようで、一緒にエキサイトしてよかったよかった。あれ、スーパーボウルはどっちが勝ったんだっけ・・・。気付いたらアニメの「シンプソンズ」が流れてた・・・。
2005/02/07
コメント(2)
Tご夫妻とともに4人でAさんご夫婦のベイビーシャワーに参加させて頂いた。定義的な説明をすれば、ベイビーシャワーとは妊娠している人のためにその友人や親戚の人が開く出産前の母親にベビー用品を贈るパーティのことを指す。今回のパーティはAご夫妻が自ら主催して頂いたもので、プレゼント等は無しのカジュアルな集まりということだった。ご主人は大手商社のワシントンDC事務所の所長をされている方で、そのお宅も素晴らしかった。自分もいつかこんな暮らしをしてみたい・・・。なんて妄想はともかくとして、たくさんの人が妊婦の奥様を囲んでご無事の出産を願うというのはアメリカのとても素敵な慣習だな、と思った。ゲストの中にはご自身の赤ちゃんを連れてこられている方々も多く、赤ちゃんは赤ちゃんを呼ぶという好循環のようだ。その中でも一週間前に生まれたばかりの息子さんを連れてきてくれたMご夫妻はひときわ周囲の注目を集めていた。もちろん主役は赤ちゃんのY君。かわいい・・・。でもいいなあ、こんなに注目を集めて。(←嫉妬)Y君、パパとママには今度ボクシングを教える約束したけど、将来洗練された打ち合いの夫婦喧嘩にならないようにするのは君の役目ですよ~。Mさん、もちろん冗談ですからね・・・。息子さんのご誕生おめでとうございました!今回のベイビーシャワーの真の主役であったFさん、健やかな赤ちゃんが生まれることを心からお祈りしています!
2005/02/06
コメント(2)

夕ご飯をMさんと我々夫婦の3人でベトナム料理レストランへ。この店は本当に何回も来ているが、その存在を教えてくれたのが他ならぬMさんなのである。過去の日記を振り返ってみると、このベトナム料理店は何度も登場している。2004-07-03(土) - ベトナム仕込みの絶品揚げ出し豆腐 2004-09-05(日) - アメリカ人にタピオカ入りシェイクはきつかった・・・?&タランティーノ「HERO」鑑賞 2004-09-12(日) - (画像もどうぞ)友人来訪:ワシントンDCへようこそ 2004-12-18(土) - オレゴンからあずあず来訪:ベトナム料理と韓国料理を制覇 2005-01-04(火) - 〔銭湯マーク証拠写真付き〕最終日は銭湯とサウナでゆっくり:は、ここはアメリカか!? そして、今日食べたのもいつものこれ。12年以上のアメリカ滞在を経て3月に日本へ帰国することになったMさんはつぶやいた。「日本に帰国したらここで食べたベトナム料理を思い出すだろうなあ」ここは彼女にとっても慣れ親しんだ場所なのである。5月に帰国を控えた私も彼女の言葉に少ししんみりした。本当は特大ハンバーガーとかが思い出にならないとかっこつかないのかもしれないけど(苦笑)。また、Mさんには最近の私の日記が「真面目すぎて」面白くないとのご指摘も受けた。。。。Mさん:「題名を見た瞬間に読む気がしなくなっちゃうのよね」いちおう学生なんで真面目なことも書かないとそれこそかっこつかないでしょー。なるべく気を付けます(笑)。話は帰国後の予定にも及び、とりあえず今年のクリスマスはMさんの家でホームパーティにお呼ばれすることが内定。今から楽しみだ。アメリカで出会った友人達と日本で再会できるというのは素晴らしいことだと思う。Mさん、日本でもよろしくね!
2005/02/05
コメント(5)
Tご夫妻の家で長い時間お世話になった。まず夕方からRさんにボクササイズのレッスン。ご主人のSさんはお仕事で、私の妻は学校の授業で今回は参加できなかったのでマンツーマンレッスンに。Tご夫妻のアパートのトレーニングルームで毎回練習しているのだが、周囲にはルームランナーやエアロバイク、はたまた筋トレマシーンをするアメリカ人も多い。そんな中でシャドーボクシングをしたりグローブをつけてミット打ちをするのだからかなり目立つ(笑)。用具も全てプロ仕様である。Rさんの成長も目覚しく、教える内容のレベルも次第に高くなっている。本日教えたコンビネーションは2つ。A:小刻みなワンツースリーフォー(四連打)の後、相手の横からの攻撃をダッキングでかいくぐり左フック、さらなる相手からの攻撃をさらにダッキングでかいくぐってボディに右ストレートB:ボディにめがけてワンツーを打ち込み、ダッキングして右ストレートこれを、私が「A!」と叫んだら上記Aのコンビネーションを、「B!」と叫んだらBを打ち込み、それに併せて通常のミット打ちも行うという徹底振り。相当マニアックである(笑)。日本でもボクササイズのインストラクターとしてそれこそ100人近い女性ボクサーの育成をしてきたと思うが、これほど短期間で高度なコンビネーションを教えたのは初めてだ。それだけ優秀な生徒さんということですよ。それにしても、人に教えることにより毎回自分も何かを教わるのだということをつくづく感じる。ボクシングは力を入れる時と抜く時のメリハリとリズムが非常に大切なスポーツだと常々感じているが、この「力を抜く」という部分が非常に難しい。Rさんもフォームがしっかり決まっていても力んでしまっていた。しかし、連打のリズムの中で体重移動の要所を感じながら打ってもらうことにより、力の抜けた、なおかつポイントを押さえた素晴らしい一打を放てるようになってきた。これは他のことでも同じかもしれない。対象に意識を集中させすぎるあまり力みから思うような結果を出せないことがある。しかし、その対象を全体の位置付けの中で捉えられれば、流れに乗って核心に迫ることも可能となろう。単発よりもコンビネーションの方が勢いもつく。ここで注意しなくてはいけないのは、リズムにのって力が抜けたと言っても最終的には目的物に向かった意識を持つべきだということである。Rさんから教わりました。練習後、妻が合流して3人で鍋を食べ、Sさんが仕事から帰宅してからは4人でお話をした。出張で日本に3週間ほど一時帰国されていたSさんとは久しぶりの再会ということもあり、話は尽きることがなかった。それにしても2人ともお疲れのところまさに午前様までお邪魔してしまった。。。。またまた長いことお邪魔しました!これに懲りずにお付き合いしてくださいね(笑)。
2005/02/04
コメント(3)
「人間は変化を嫌う生き物だ」(People hate change)ビジネススクールでの最初の学期で履修した「組織論(Organizational Behavior)」の授業の中で何度も耳にした言葉である。何事も慣れている現状の維持が楽に決まっている。それでもなぜ変化をしていくのか。それは生き残るために変化「せねばならない」からである。必要に迫られ選択の余地なく行動に移す場合にせよ、先見の明ある者が事前に行動を起こした場合にせよ基本原理は変わらない。「Emerging Technology」の授業のリーディング課題にはH教授自身が書いた論文が含まれていた。「The Life Cycle of Evolution: A Macro-Technological Analysis of Civilization's Progress(進化の周期:文明発展のマクロ技術的分析)」, Journal of Futures Studies, August 2004.著者によれば文明発展をマクロ技術的な見地から考察すると、現在は第6番目の時代であるという。そのそれぞれのステージにおいて、現状としての命題(thesis)、さらなる困難(antithesis)、解決策としての触媒(catalyst)、そして得られた新たな結果(synthesis)という流れが展開されている。う~む、わかりにくい(苦笑)。つまり、具体例を挙げれば、原始時代のチャレンジ(antithesis)は野生の中での生存であった。そこで登場したのが石器などの「道具」という技術進展(catalyst)であり、狩猟を行うことで生存を可能にし、集団化・部族の形成(synthesis)という結果となったわけである。次にこの集団化(thesis)が食糧不足(antithesis)を引き起こす。この問題を解決したのが農業の進展(catalyst)であり、食糧の備蓄が文明の発展(Civilization = synthesis)をもたらした。このCivilizationがまたAntithesisとなって・・・・という具合である。現状 + 課題 + 新たな手段 = 進化この繰り返しということである。そしてやってきた現代は「知識の時代(Knowledge Era)」巨大組織という前時代からのthesisと複雑化というantithesisを受け、ITがインフォメーションネットワークというsynthesisを作り上げたというのだ。では、次にやってくる進化、そしてそれがもたらす時代とは何だろうか。H教授によると、それは「意識の技術(Technologies of Consciousness)」がもたらす「実存の時代(Existential Era)」である。技術というとそれこそテクニカルに聞こえてしまうが、彼の主張は「知識を超越した精神(spirit)が重要な役割を果たす」時代がやってくるということである。新興宗教の勧誘を聞いているような気にもなってしまうが、最終的には気持ちが重要だという意見は理解できるような気がする。(実際、論文の中では宗教というものが人々にとって大切なものである一方で、戦争をはじめ多くの悲劇の原因となっていることも指摘していた)教授によれば、すでに人々による精神的活動は始まっているという。アメリカや日本でヨガが爆発的に広まっているのはそのいい例だ。肉体の動きを伴う精神的な集中とリラクゼーションを行うことで個人が自らの生命・行動を内面からコントロールしようと試みる。私にとってはシャドーボクシングがそれに当たるかもしれない。1人で無心の境地に至ることで気持ちの安定を得ることができるのだ。しかし、こういった精神活動がどのように時代の主流となり得るのだろう。自分で消化しきれる内容の論文でないのだが、非常に興味深いテーマであったので紹介してみた。論文にはこうもあった。「進歩というものは新たな困難を引き起こす運命にある」医学の目覚しい進歩は病気の早期発見や臓器移植などのかつてなかったような治療法を生み出し、遺伝子治療に至っては人間にもともとプログラムされていた「運命」を変えることさえ可能にする。生命の始期では避妊や中絶、さらには対となる生殖補助技術(体外受精、代理母など)の発展生命の終期では脳死や臓器移植、尊厳死・安楽死、そして対となる遺伝子治療、もしくは延命治療という問題我々自身がどこまで生命の始期と終期に関わってよいのか。発展させてきた技術のおかげで我々は様々な恩恵を享受してきたわけだが、それ以上に「精神」力を伴う決断をしていかなければならない。私が生きている間に進化のライフサイクルはどこまで進むのだろうか。きちんと意識していこう。
2005/02/03
コメント(0)
医療に関連する人々・機関の望みとは?昨日の「Health Economics」の授業では、患者、医師及び医療関係者、保険会社、病院、そして政府の立場からそれぞれの期待が説明された。あくまで立場別の要求を把握するための作業なのだが、全部を眺めてみるとみんなよけい自分勝手に見えてくる(笑)。患者(Patients):選択の自由(Freedom of Choice)、支払可能な金額(Affordable Care)、最新技術(the Latest Technology)、新しく魅力的な施設(Modern and Attractive Facilities)、自由なアクセス(Unlimited Access to Medical Services)医師及び他の医療業務従事者 (Physicians and other Medical Staff):自律性(Autonomy)、財政的保証(Financial Security)、医療過誤訴訟の脅威からの自由(Freedom from Threat of Malpractice Litigation)、うんざりするほど多い文書業務や規制からの解放(Relief from the Overwhelming Burden of Paperwork and Regulation)保険会社 (Insurance Companies):患者集団の入念な選別や適切な病院使用のチェックを通じての利益(Profits through Careful Selection of Patient Group and Utilization Review)病院 (Hospitals):市場における優位なポジション(a dominant position)連邦および州政府 (Federal and State Government):費用抑制(Cost Containment)、全ての国民へ基本的なケアを提供する(the extension of basic health care benefits to the entire population)この全ての期待を満たす医療制度なんて存在するのだろうか。少なくとも現存はしていないだろう。イギリス、カナダを代表とするBeveridge Modelにも、ドイツ、フランス、日本を代表とするBismark Modelにも、そしてアメリカのPrivate Insurance(私的保険)Modelにも、長所と短所がそれぞれに存在するのだ。それにしたって国民皆保険を実現していない先進国はアメリカだけではないか・・・。授業では、現役の女医であるクラスメイトのJが書類事務の大変さについて発言をし、「保険会社が違うたびに用紙が変わるんです!」と大変さを訴えていた。彼女は先学期のヘルスケアファイナンスの授業でも一緒だったが、10歳の男の子のお母さんでもあり、1度子供が授業に出席したこともあった(ずっとゲームボーイをやってたが(笑))。でも実は彼女の医師としての専門を知らなかった。先学期も今学期も彼女は自分の経験をよく発言するので、何度も言ってるはずなのだが・・・。というわけで授業の後に本人に直接聞いてみた。「なんちゃらモロジスト?」だめだ、聞き取れない・・・。というわけで電子辞書にスペルを打ってもらった。「ophthalmologist」なるほど~、って難しいよ!!答えは過去の日記:翻訳家ってすごいんだなあ:とりあえず自分には無理と実感 からどうぞ。答えが過去の日記に書いてあるってことは・・・、すでに学んだ単語だったんじゃないか!聞いてもわからなかっただけじゃなく読んでもピンとこなかったことに反省・・・。まあ、人間は忘れる生き物ですから。。。。また今度Jに発音してもらおう。
2005/02/02
コメント(0)
自慢をするわけではないが大勢の人前で話すこと(public speaking)は苦手である。「話す」こと自体は好きである。くだけた場で少数に対して馬鹿話をすることなら得意と言っても過言ではあるまい。しかしながら、かしこまった場で、何十人または何百人を前にして何かを言うとなると話は別だ。これまで結婚式のスピーチなるものを二度経験したが、あれは「私」ではなかった・・・。アメリカのビジネススクールでまず壁となったのはプレゼンテーションである。さらに英語という壁もある。最初の学期に履修した「Marketing」のクラスでは実際のマーケティング手法以外に、いかにプレゼンテーションを成功させるかについての理論と実践にも時間が充分に割かれた。1. 話し手のためにも聞き手のためにも内容は簡潔に(KISSの法則=Keep It Simple and Short)2. 自分自身であれ (Be Yourself)3. 自信を持って (Be confident)などなど・・・。聞けば当たり前のレッスンの数々なのだが、いざ実践するとなると勝手が違うものだ。まだまだ発展途上だが、学んだことを意識して経験を積んでいけば着実に成長できるものだという実感はある。一方、アメリカに来て気付いたのがアメリカ人達のプレゼンテーション能力の高さである。ゲストスピーカーで訪れた一流企業のCEOらエクゼクティブは言うまでもなく、クラスメイト達もプレゼンテーションが非常にうまい。(もちろん例外はあるが(笑))特に、ビジネススクールで一番仲のよいアメリカ人のCのプレゼンテーションは常に笑いを呼び、そして周囲の注目を集め続ける。(私も違った意味で注目を集め続けているが・・・)この違いはいったいどこからくるのだろうか。そんな時に出会ったのが、現在東京三菱銀行ワシントン駐在員事務所で所長をされている竹中 正治氏のコラム「なぜ日本人はプレゼン下手なのか」である。このコラムは、ワシントンDCにあるアメリカン大学の学生が運営する『座論』という勉強会のメーリングリストに竹中氏が不定期に投稿されている「ワシントン情報裏Version」の2005年1月28日号である。内容は、口頭プレゼンテーションの上でアメリカが日本より優れているのは弁論文化と文章文化の違いに起因するのではないかというものである。非常に興味深い切り口である。アルファベット24文字の組み合わせで読み書きのすべてが済む英語に対し、ひらがな・カタカナ・漢字の三種類を駆使する日本語は読み書きを学ぶためにより長い時間をかけねばならないということだ。つまり、我々が小学校で漢字テストのために同じ漢字を何回も書いて練習している間に、アメリカ人の子供達は大勢の人の前で話す訓練を受けているのである。著者はこう続ける。「米国における口頭プレゼン能力の訓練は、初等中等教育のみではない。日本人が米国の大学、大学院に留学すると、口頭プレゼンやディベートの時間が多いことに驚き、日本の大学教育との大きな相違を経験することは、今日では良く知られた事実である。訓練に費やす学習労力にこれだけの日米格差があれば、日本人の相対的な口頭プレゼン下手も無理からぬことである。そして米国の小学校がこれだけ口頭プレゼン・レッスンに時間が割けられることの前提条件として、文字を書く訓練に要する時間が日本に比べて相対的に少ないからだと私は思う。」プレゼンテーション技術について日米で教育方針が違うということは気付いていたが、言語体系の違いがこのことに大きな影響を与えているということは今まで考えてもみなかった。著者の議論は単なる日米比較にとどまらない。最後の項では「ワープロとインターネットがもたらす文化的な変容」というテーマで漢字文化の変容について触れている。「一昔前までは活字になって印刷された文章自体に一定の権威が認められた。活字になるためには手間とコストがかかったからだ。しかし現在はワープロとインターネットのおかげで、活字化された文章の作成と発信が一気に大衆化し、世の中にあふれ出るようになった。」確かに私の日記を例にとっても、今読んでくださっている皆さんに手書きでワシントンDCから郵送することを考えたら・・・・、ありえませんね(笑)。最後に、竹中氏は我々にこう語りかける。「ともかく、書く作業が効率化された結果、社会全体で生じた余裕時間は別の作業に費やすことができる。その余裕時間を何に使うか? もっと書きますか? 弁論を磨きますか?それとも遊んじゃいましょうか?」う~ん、現況を考えたら弁論を磨かないといけないのに、気持ちは遊びたくて、実際にしているのは楽天の日記をせっせと書いてることかも(苦笑)。現状を把握した上で、さてどうしましょうか?三兎を得たい!!!竹中 正治氏のコラム「なぜ日本人はプレゼン下手なのか」は こちら から(竹中さんのホームページの中にあるPDFファイルへつながります)
2005/02/01
コメント(5)
全28件 (28件中 1-28件目)
1