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二年振りの日本である。到着した日はそのまま友人と焼肉を食べ、夜は友人を家まで車で送った。道の狭さに違和感、左車線の通行に違和感、左折が近いのに違和感、そして曲がるたびに指示ランプを点灯させようとしてワイパーを起動させていた(笑)。翌日は電車に乗るというリハビリを。日曜だからそんなに混んではいなかったが、車内の広告の多さに圧倒される。ちょうどアメリカから日本に出張されていたSさんとお食事へ。アメリカで出会ったSさんと日本で再会するのはとっても不思議な気分だったが、やはり話が盛り上がりまくりで楽しかった。美容師の義妹に髪を切ってもらい、携帯も購入して社会復帰への準備は整った(?)。二年振りに再会した兄にはいきなり突っ込みを受けた。「肥大化したな」負けるもんか!こんな感じで面白いネタもないのだが(笑)、不定期更新で日記を続けられたらいいなと思う。それにしてもやっぱり風呂はいいね~。
2005/05/31
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I will leave the U.S. after 8 hours.(I cannot write in Japanese right now)Some close friends came to our room and we talked about our memory and future.These two years in the U.S. have passed so quickly that I cannot remember what happened and what I thought at each occation.In that sense, this diary has worked much better than expected.While I can look back my life here by reading this diary from time to time, I will move on to my new life in Japan.Every experience has accumulated as a part of my life.Thank you, my precious friends in the U.S.!Thank you Washington DC, Maryland, and Virginia!!I shall return!!!!!!!
2005/05/27
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RhさんはワシントンDCエリアの日本人コミュニティにおけるみんなのお姉さまである。彼女は15年以上もアメリカで生活し、庭付きの家を持ち、そして様々なイベントを企画してくれる。私もアメリカ滞在での2年間、Rhさんには大変お世話になってきた。つい先日も写真のスキャンをしてもらいにお宅にお邪魔した。ジョージタウンの有名古着店での勤務経験を持ち、「地球の歩き方」で親切な日本人店員として紹介されたほどの腕前(?)を持つ彼女の部屋のセンスも抜群である。あまり詳しく書けないのが残念だが(ね、Rhさん?)、究極のリアルアンティークと言っても過言ではないだろう。そんな彼女が「見せたい物がある」と言って、押し入れから何やら出してくれた。『最新世界大地図』と銘打たれたこの逸品は、Rhさんの京都にある実家の倉で見つかったものだという。その下には「・・・・グンキ」の文字が。???さらによく見てみると昭和8年(1933年)発行ということがわかった。そうか、戦前当時は左から右に読んでいたはずだから「キング第九巻第一号付録」のことか!でも『キング』って何だ?ネットで調べたところ、大正末期から昭和の初期にかけての100万部雑誌だったようだ。(詳細情報はこちらから)この同じ情報源によれば「大衆誌としての理想を追求したこの『キング』は、352ページのボリュームをもちながらも定価50銭という安価に加え、4大付録というサービス満点の内容で、当時の大衆の心をみごとにつかみとったのです。」とあるから、この地図も昭和8年の間に発行された分の付録の1つだったのだろう。実に72年前の世界地図ということになる。封筒から出して開いてみるとこんな感じ。地形そのものは今のものと変わりがないが、国の名前や領土がやはり違う。政治的にセンシティブな話題であるので深くは触れないが、日本の領土も現在のそれとは異なっている。アフリカの領土も多くがヨーロッパ諸国の植民地となっている。アフリカ大陸にこんな国を見つけた。「ゴンコ」こんな国あったっけなあ・・・。ああ、そう言えば読み方が逆だったんだ!(コンゴだった(笑)・・・・)アメリカも「国衆合加利米亜」と書いてある。ヨーロッパに目を移す。スイスを「スウィス」と読んだり、オーストリアを「オーストリヤ」を読んだりしているのも時代を感じる。そしてついに衝撃の発見をしてしまったのだ。イタリア→イタリヤ、そして・・・・。お盛んな編集者の暗号だったのだろうか(笑)。お宝パワー、恐るべし!!
2005/05/25
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今週末に日本に帰国する。帰国してからアメリカの何を恋しく思うだろうか。その時になってみないとわからない部分も多い。しかし、確実に回答できるものもある。ベトナム料理とタイ料理、そしてメキシコ料理である。なぜアメリカで?と思う方もいるかもしれないが、移民の国アメリカではこの3つの料理のレストランが無数にあり、しかもレベルが高い。3つとも日本では本当にたまにしか食べたことがなく、そこそこおいしいが高い。アメリカでは安くてうまい。過去にも掲載した写真を含めてちょっと振り返りたいと思う。(写真のサイズにバラツキがあることをご了承願いたい)【まずはベトナム料理】ブンチャ・ハノイ(付け麺)←大量の葉っぱがすごいが(笑)、付け汁も麺もうまい!具が盛りだくさんのエッグ・ヌードル←これは最高!!【次いでタイ料理】トム・カーカイ(ココナッツスープ)←トム・ヤンクンはもう古い!!イカとバジルのクリスピーフライ←サクサク感がたまらないきし麺風ヌードル(ポーク)←大量の具の下に隠れた太麺が絶妙鶏肉のピリ辛ソース和え←ご飯がすすむ!!【最後にメキシコ料理】ブリトー、エンチュラダ、チミチャンガ、ファヒータなどなど←セブン・イレブンのブリトーしか知らなかった私には衝撃的なうまさ!日本が恋しくなる原因の一つが食事であることは事実だが、こうしてみるとアメリカでの食事もおいしい日々だったな~。この写真の数々を見るたびにアメリカがおいしく、いや恋しくなりそうだ。
2005/05/24
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連日卒業式リポートをお届けしているが、3日目の今日は全体の卒業式に出席した。つまり、一昨日のビジネススクール、昨日の教育スクールのようなスクールごとの卒業式に加え、学部生、大学院生すべての卒業生達のための式典が本日の卒業式である。保護者(?)としてRtさんとKさんに我々夫婦の同伴をしていただいた。屋外での開催だったので雨が心配であったが、運良く天気に恵まれてよかった。まず会場の立地がすごい。ワシントンDCを代表する2つの建築物に挟まれている広場で行われた。一方は大統領のおうち(ホワイトハウス)もう一方は白いえんぴつ(ワシントンモニュメント)そして見渡す限りの人・人・人卒業生側の総出席者数もわからず、ましてや同伴の親族・友人の数など見当もつかなかったが、1万人くらいはいたのではないだろうか。舞台から近いところに卒業生達がスクール別に放射状に座席が配置され、彼らを取り囲むように親族・友人達の座席があった。つまり、卒業生本人と家族・友人は必然的に席が離れてしまうのだ。私と妻もスクールが違うためかなり離れた場所に座ることになった。同伴者がどこにいるかがわからなくなってしまうケースも多い。というわけで会場にはこのような光景が目立つ。こんな巨大イベントをまとめるのって大変だろうなあと考えているうちに式典がスタート。まずは学校のお偉いさん達の入場から。取締役会なんてあったのね(笑)。特別ゲストとして、大学の名前にもなっている、アメリカ合衆国初代大統領のジョージ・ワシントンとその奥さんも登場!ジョージのおなかの出具合とか妙にリアルだ(笑)。着ぐるみを真面目な式典に登場させちゃうなんて小粋な演出もアメリカらしいなあ。大学で一番偉い学長も普通の野球帽かぶったりしているし。式典の内容自体は直射日光とスピーチが多すぎで昏倒寸前であったが、「こんな最高のロケーションで卒業式をするアメリカの大学は他にない!」と胸を張っていたように、素晴らしいロケーションと天気に満足であった。式典の締めくくりの言葉に学長が宣言した。「今から帽子についている帯を卒業前を示す右側から左側に移動させましょう!」帯はすでに左側に垂れていた。。。。あれ~、一昨日のビジネススクールの卒業式では正式な卒業じゃなかったのかな~。それよりも今日の式典の最初に「みんな、右側にスタンバイしておこうね!」くらい言って欲しかったなあ(苦笑)。何はともあれ、これで本当に学校は全て修了!!!だよね(笑)?
2005/05/23
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昨日の私の卒業式に次いで、本日は妻のスクール(School of Education)の卒業式があった。運転手であることは昨日と変わりがないが、今日はさらにカメラマンとしての役割も仰せつかっている。会場は普段はバスケットボールの試合等が行われている昨日と同じ体育館。たった二日間の間にあっち側とこっち側を経験するというのも面白いものだ。卒業生の入場が始まった。会場には卒業生の両親、兄弟から従兄弟、甥っ子まで幅広く集っているようだ。日本の卒業式だったら両親とせいぜい兄弟くらいではないだろうか。アメリカにおける誰かの卒業式というのは、ある一家にとって親戚一同の集いの日という位置付けになっているのかもしれない。まさにアットホームな雰囲気に満ちた卒業式。これもアメリカの文化の一部なんだと実感する。ちょっと動いて舞台の裏側からパチリ。学部生の卒業式に合わせて用意された席数は大学院生の卒業式には多すぎるようだ。空席が多いというのは見た目が少し寂しい気もするが、まあご愛嬌ということで。さてと、妻はどこにいるのかな・・・。こうなるとまさに「ウォーリーを探せ」状態である(苦笑)。そして、名前を呼ばれて学長と握手する時間となった。彼女は昨日の私のような「名前を正確に読ませる大作戦」を遂行しなかったため、かなりヘンテコな呼ばれ方をしていた(苦笑)・・・。この日は天気も良く、外でもいっぱい記念撮影ができてよかった。大雨だった昨日とは大違いである。先日の送別パーティの時も大雨であったが、実は私が雨男だということなのだろうか・・・。とにもかくにも卒業おめでとう。
2005/05/22
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ビジネススクールの卒業式に出席した。ここ数日は引越し(船便の発送)などで忙しく日記の更新ができなかったが、今日の報告は逃すわけにはいくまい。当日はあいにくの、しかも激しい雨であったが、早起きをして出発時に卒業式用のガウンに身を包み帽子をかぶると気が引き締まった。鏡に写る自分を見てふと思った。「これって漫画に出てくるいじられキャラの通称『ハカセ』ぢゃん」「でもいいんだ、長い人生でもハカセ役ができる機会なんてそうそうないぞ。むしろおいしいじゃないか!」カメラ係の妻を助手席に乗せ、そんなことを考えほくそ笑みながらハカセ姿のまま卒業式会場まで運転したのだった。しかし、ふたを開けてみるとそこは・・・・みんなハカセで何の希少価値もなかった・・・・。そうなのだ、経済学の原理に従えばどんなに高価な品物でも特定の小さな場所に同じ商品があふれてしまうとその価値は下落してしまうのだ!こうしてビジネススクールでの復習をすっかり終えた私は、厳しく楽しかったこの2年間をしみじみ振り返りながら自分が苦労しながらもここまでたどり着いたことを誇りに思うのであった。まずは荘厳な国歌斉唱。次いで1人1人名前を読み上げられビジネススクールの学長と握手をする。この名前読み上げ作業のために、事前に名前のスペルと読み方を小さな紙に書かされており、その紙をその場で渡すという段取りである。日本語と違って平仮名やカタカナで読み仮名をつけるわけにはいかない。かと言って発音記号というのもまた違うだろう。事実、アメリカ人は発音記号なんて読めない人も多いのだ。私の名前は決まって読み間違えられる。あくまで名前の一部であるが、Hideをハイドやハイディと読ませずにヒデと読んでもらうのにはけっこう時間がかかるものである。サッカーの中田やメジャーリーグの松井が「Hide」の呼び名の知名度を広めてくれているのは確かであるが、それでも私自身はまだまだ間違えられまくっているのが現状だ。しかも私の氏名は長く、そして英語に馴染みがない発音である。そんな中、初めて私の名前を読む人にどうやって正確に読ませるのか。私:「俺の名前の読み方に精通したお前にお願いがある!」近くにいたアメリカ人のクラスメイトJにこの重要なミッションを委託した。築いたネットワークをフル活用するということもMBAの課程で学んだ重要な教えである(笑)。J:「よし、任せろ!そうだな~、まずHideの部分は、うーんと、Hee-dayだな」なるほどね~。なんて具合に私の氏名の英語読み仮名を発案してくれた。そしてとうとう本番がやってきた!いざ、学長と握手!!(所有するデジカメの精度の低さと妻の巧妙な撮影テクニックにより本人の写真を掲載しております(笑))名前を呼ぶ係の人:「ヒデ・・・・」おおおおおお、大正解!!!!感動っていうのは日常の、いや非日常においても、何気なーいところに転がっているんですね~。学長の祝辞にはこうあった。「Maintain your Curiosity, and Develop your Wonder」(好奇心を持ち続け、「知りたい」という気持ちを伸ばしていきましょう) その時やっていることの本筋から大きく外れない範囲内で(笑)、この姿勢を追い求めていきたい。卒業、ありがとう!!!!
2005/05/21
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ビジネススクール主催の卒業記念ディナー&ダンスパーティに夫婦で参加した。会場はジョージタウンのパークハイアットホテル。最後のパーティくらいおめかししないと。というわけで結婚式以来人生2度目のタキシードに身を包んだ。せっかく購入したおべべの減価償却も進めていかないとね(笑)。すべての試験を終えてすっかりリラックスした多くのクラスメイト達の姿がそこにはあった。おいおい、スーツこそみんな着てはいるけど、タキシードなんて俺くらいしか見当たらないじゃんか!おかげで「I love your bow tie!」(その蝶ネクタイ、いかしてるね~!)と、多くのクラスメイト男女にモテモテだったが(笑)。一年目は必修クラスでほぼ毎日顔を合わせていた彼らであったが、二年目に入って各自が専攻を学ぶようになってからは全く会えなくなっていた人達も多い。「Congratulations on your graduation, we made it!」(卒業おめでとう!やったね!)この合言葉を交わした後はこの2年間の思い出を振り返り、さらにお互いの卒業後の進路を語り合う。政府の重要機関や大企業に就職が決まったアメリカ人、自国にある親の会社に戻って後継ぎ候補として精進を続けるインド人やスイス人、アメリカにおいて自分で会社を立ち上げるフランス人、アメリカの金融機関に就職を決めアメリカにとどまる韓国人などなど、彼らの多彩な進路を聞き、改めて我がビジネススクールの多様性に感心した。一方でまだ就職の決まっていない人たちも少なからずいる。まだまだジョブマーケットは厳しいようだが、彼らにも希望の職が見つかりますように。会話の締めは必ずと言っていいほどこれ。「Keep in touch! OK?(これからも連絡取り合うぞ!いいな?)」この言葉がただの社交辞令に終わって関係が途切れるのか、それとも有言実行で世界に広がるネットワークを公私に渡って駆使できるようになるのか、それはひとえに我々の行動次第である。今ここに書き込むことで自分へのリマインダーと激励としたい(笑)。会場はホテルの大広間であり、食事のための複数の丸テーブル、バンドのステージ、そしてダンススペースが用意されていた。食事開始とともにディナーショーも始まった。優雅な感じだー。ここで本日のコース料理の紹介を。とろけるチーズと野菜がパイ生地に包まれた前菜サーモン照り焼き。薄いチョコレートに包まれたレモンシャーベットいやあ、満足、満足。これら料理の数々、貧弱な私の説明だけみても明らかに伝わらないな(苦笑)。まあ、百聞は一見に如かずですから。百見は一食に如かずということも言えますけど(笑)。そうこうしているうちにダンスパーティが開始し、多くの人たちがダンススペースへ繰り出して踊り始めた。嗚呼、これがアメリカが舞台の映画によく出てくる「プロム」(高校・大学卒業時のダンスパーティ)というやつだな。往年の名曲、テンプテーションズの「My Girl」が歌われるなど、選曲がオールディズでなかなかツボにはいった。しみじみしながらもせっかくだから我々も踊ってきた。ものすごいてきとー(苦笑)。せっかく大学時代にモダンダンスとラテンダンスの両方を体育の授業で学んだ私であるが、正直ほとんど覚えていない・・・。こういう場でさらっと踊れるアメリカ人ってかっこいいよね~。帰国したらまた習いたいなあ。卒業を目の前にしてアメリカ文化をまた体感したのであった。
2005/05/19
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午前中は所要があり、友人の車で外をまわる。昼は韓国人のクラスメイトJとランチを食べる約束があったのでアパートに戻り、駐車場へ。地下1階から3階までの駐車場は登録している住人であれば空いている場所にどこでもよいという形態。いつもすいていてエレベーターに近いいい場所にとめられる地下3階にとめるのが常である。しかし、どこを探しても私の車がない!!!とめたと思った場所からそうでもなさそうな場所まで歩き回ったが見つからない。待ち合わせの場所が少し離れていたこと、2人ともその後に予定があったことからランチはキャンセルに。。。マネジメントオフィスにもレッカー車リストの洗い出しや駐車場の確認をしてもらったが進展なし。。。盗まれた??なんてついてないんだー!!マネジメントオフィスからの状況連絡を待たねばならなかったので、警察等への連絡はまだできず、愚痴るつもりでSさんに電話してみた。「車が急になくなったんですよ~」という私の報告にSさんは同情してくださった。すると、昨日の情景が頭に浮かんできた。Sさんのアパートに車で行って路駐をし、ボクシング教えてSさんの車でご飯食べに行って送ってもらっていたことを・・・。車で来たことをSさんには言っていなかったので、この責任は全て自分にある!失ったものは友人との約束。得たものは駐車違反のチケット。(←アメリカはこういうところはしっかりしている(苦笑))トラブル時には落ち着いて状況を考えることが大事なのだと反省。なんてブルーなこともあったが、今日のディナーはKさんとYさんと我々夫婦でDCエリアでNo.1との声が名高い日本料理店「Makoto」へ。最高のコース料理を堪能しながら、笑い声でうるさい席だったことと思う(笑)。Kさん、Yさん、素敵な送別会をありがとうございました!ベト麺で〆ましょう!
2005/05/18
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本日もいろいろあったのだが、明日が早い(約3時間後起床)なので、また後で書き足すとして、ここでは今日のランチを写真付きで紹介したい。というわけで上の写真にあるワシントンDCのチャイナタウンへ。この近くにある国際機関にお勤めのOさんがお気に入りの店へ連れて行ってくださった。その名も「Eat Fast」一見ファーストフードのような軽い響きであり、さらにFar East(極東)を文字ってるのかそうじゃないのかわからない語感である(笑)。でも内部はちゃんとしたレストランであり、Oさんオススメの料理がこれ!このかた焼きそばはうまい!もちろん決して食べ物だけに集中していたわけではなく(苦笑)、Oさんとの話も多岐に渡り盛り上がり、今月帰国する私と来月帰国されるOさんとの再会も約束した。Oさんは5月8日分の日記で登場した「男の手料理」を作られたその人であり、日本に持ち帰る荷物をどんどんスリム化していく中でも愛用の大きな中華鍋だけは持参されるということである。というわけで日本でもおいしい料理期待していますので!!
2005/05/17
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昨日の送別パーティでもお世話になったRさんのお宅で朝からヤードセールがあった。Rさんはもう15年以上の滞米経験を持ち、DCにいる日本人にとっては超有名な姉御的存在である。これまで数え切れないほどの日本人の行き来を見てきたのだ。庭付き一軒家のオーナーでもある。自分の家にもこれまでアメリカから日本に帰った人たちが残していったアイテムが豊富。さらに超イベント好き。複数家族参加のヤードセールというアイデアはこれら4つの要素から編み出されたものだと思っている。帰国直前の我々が持って帰れない物を売りたいというニーズをよくわかっていらっしゃる(笑)。うちからも本や本棚、テレビ台やコーヒーメーカーなどかなりの数の物を出品したが、それが複数の家族から集っているものだからRさんの家は倉庫状態となっていた。。。当日は雨が降ったりやんだりといういやあな天気。しかも降りそうだしやみそうというどっちつかず状態だったので庭に所狭しと並べた品物を屋内にしまうか出すかの判断に悩む。それでも日本人、アメリカ人を含め、お客さんがぼちぼちやってきた。Rさんがシティペーパーに「Huge Yard Sale」の広告を出しただけのことはある!けっきょく我々夫婦は午前中の2時間くらい冷やかし(失礼!)に行っただけで売買は完全にRさん達に任せてしまったが、後で聞くところによるとけっこう盛況だったようでよかった。お昼からはスーツに着替えてTご夫妻と芸術家育成を目的とした財団の表彰式へ。バイオリニスト、翻訳家、木と石を用いた工芸品のアーティストら4名がアワードを受賞した。それぞれの受賞者が演奏や作品のプレゼンテーションを行った。私自身は高貴な芸術というものには非常に疎い人間であるのだが、今回のプレゼンテーションはどれも素直にすごいと感動できるものであった。芸術とは非常に多岐に渡るものであることを実感するとともに、人間の持つ底力を感じた。夕方からは大学の日本人会主催の食事会。卒業する人達、進級する人達、みんながこの一年間の頑張りを称え合う。参加者は日本人だけでなく、日本に興味があったり実際に日本語を勉強している外国人達もいた。なかでもアメリカ人のTはジョージワシントン大学でロースクールに通っている元エンジニア。日本語が完璧!しかも語り口がマイルドで「外国人の日本語」を感じさせないのがすごい。理系・文系の知識を持ち外国語を完璧に操るなんて、そんな人っているんだなあ。聞けば日本にも留学していたとのことでそれも私と同じ大学であった。また来年日本に留学する予定だというのでぜひ東京で再会しようということに。その他、今日も一日を通じて沢山の出会い、再会を楽しんだ。でも引越しの準備が進まない・・・(苦笑)。(試験に次いで新たな関門が・・・)
2005/05/16
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「呼びたい友達のメールアドレスの一覧を教えておいて」Rhさんに電話でそうお願いされたのはほんの2週間前のことであった。帰国が近くなった我々夫婦の送別会を開いてくれるというのだ!さっそくエクセルでリストを作成してみると、日本人、アメリカ人、その他の国の友人達、合わせて100人を優に超えてしまった。さらにこの送別会はAご夫妻とOさんという3組の送別会を兼ねている。まあ、けっこう直前の通知であるし、出席率もそんなに高くないだろう。しかし、インターネットのパーティ招待状、E-viteを通じて出欠が確認され、当日は60名を越える人々が訪れてくれた。(人数管理と会計をして下さったRtさん、そうでしたよね?)当日はものすごい雷雨という悪天候であったにも関わらずである!ビジネススクールのクラスメイト、ヘルスケアマネジメントのクラスメイト、妻の教育スクールのクラスメイト、ご近所さんの日本人、そして芋づる式に知り合っていった皆さん(すいません、大ざっぱな表現で(笑))、我々夫婦がワシントンDCで構築した人脈の集大成がここに結集した。韓国人のクラスメイトJはフランス系外資金融に勤務する前はソウルでプロのミュージシャンをしていたという異色の経歴の持ち主。その彼が私のためにサックスで「Over the Rainbow」を吹奏してくれた。くぅ、友情が込められた生演奏に感動!参加者は日本人が大多数であったが、外国人も少なからずいたため、感謝のスピーチは英語で頑張ってみた。ここで私が言いたかったのは、渡米前は誰一人知り合いがいなかった我々が無事留学を終えることができたのは本当に皆さんのおかげであるということである。そして、皆さんと知り合ったのは何かしらのイベント、特に共通の友人のフェアウェルパーティという機会も多かった。だからこそ、このパーティも皆さんにとって今まで知らなかった人と知り合うきっかけにして欲しい、と。私のつたない英語が参加者の皆さんにどれだけ届いたか心配だから活字で書いてみた(苦笑)。しかしそれだけに、ヘルスケアマネジメントで同じクラスをとっていたアメリカ人のBから、「お前がスピーチで言っていたように、今日いろんな人に会えてよかったよ、ありがとう」とお礼を言われたのは非常に嬉しかった。さらに、プレゼントとしてもらったDCの風景の写真や皆さんの顔写真付きの寄せ書き手帳には感動した・・・。この会をオーガナイズしてくださったTご夫妻、Kご夫妻、Rhさん、そして参加してくださった皆さん、参加できなくても声をかけてくださった皆さん、本当にありがとう!!!Time flies.And we have to fly to Japan soon.However, our heart will remain in Washington DC with you guys!!なんて言おうと考えておきながらすっかり言い忘れてしまったセリフ(苦笑)をここに掲載します。ビジネススクールで少しは鍛えられたはずのプレゼン能力、まだまだだなあ~。
2005/05/15
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昼からクラスメイトの韓国人Yとランチ。彼女にはアメリカに残って働く、韓国に帰って国際機関で働く、そしてアメリカに残って国際経営の博士課程に進むという3つの選択肢があるという。(これ、まだ内緒みたいだから誰かに言っちゃだめですよ(笑))コストアカウンティングやファイナンスの勉強ミーティングを2人でしたこともあるが、韓国に滞在中に英語学習塾で一山当ててビジネススクールのための学費を稼いだという、とても実践的で優秀な人である。韓国で国際関係学のマスターをすでに持っているが、今回ジョージワシントン大学でMBA(インターナショナルビジネス)とMA(国際関係学)の2つのマスターをさらに修了したことになる。ビジネススクールでも学んだ状況分析の手法、Decision Tree(選択肢の一覧を書き出してそれぞれのチョイスの可能性や成果を見比べるもの)をいよいよ使う時がきたと、冗談ぽく言っていたが、ぜひ納得のいく決断を下してもらいたい。夜は来月からエチオピアで働くことになった妻とTご夫妻とともにワシントンDCにあるエチオピア料理のレストランへ。こんな料理でした。クレープのような生地のインジェラの上にたくさんの具が乗っており、手を使って具をインジェラで巻いて食べる。ちょっと油っぽい気もしたが、予想以上においしかった。エチオピアの人であれば手はほとんど汚れることがないという。不可能だった・・・・。世の中にはいろんな食べ物があるなと感心したのであった。
2005/05/14
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アメリカの国会議事堂を見学した。議事堂で19年間働いていた弁護士のMr.Lにスタッフツアーをアレンジをして頂き、20年来の友人というヴァージニア州選出の共和党の下院議員、Mr. Tom Davisの事務所へ。事務所は国会議事堂の近くの議員会館に位置している。あいにく議員ご本人はいらっしゃらなかったが、Lのはからいで彼の部屋に。写真をよく見るとブッシュ大統領を始めとする政治家とのツーショットだけでなく、マイケル・ダグラス、マイケル・ジョーダン、モハメド・アリなど、各界の有名人とのツーショットも沢山ある。意外とミーハーなお方なのね(笑)。さて、ツアーは事務所のスタッフの1人がガイドを務めてくれた。一般の観光客のような待ち時間を経ずに特別なルートを通るスタッフツアーは、こういったコネクションがないと受けることができないのだ。とは言え上院100名、下院435名の議員がいるわけだから、スタッフツアーを受ける人数もかなり多い。しばらく歩くとこんな標識が!お、議員会館から議事堂に直通の地下鉄にでも乗れるのか!?しばらくして持ち物検査のゲートをくぐり、出た答えはこれだった。歩きじゃん!それでも議員会館から議事堂までの地下通路というレアな状況にちょっと満足。しばらく歩くと議事堂エリアへ突入。廊下をしばし歩き、天井を見上げるとこんな絵が!そう、これが一番上の写真にもある国会議事堂の真中のドームの天井なのである。スタッフ:「内側の円の右側の人をよーく見てみてください」ん?内側の右側?スタッフ:「そう、右側の真中にいる、紫色の服を来た男の人です」え~っと、ちょっと角度を変えてよーく見てみよう。おおお、ジョージではないか!!我が大学のシンボルでもあるアメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンはやはりアメリカの象徴とも言える存在なのだ。落ち着いて周りを見渡せばこんなに人がいた・・・。もちろんスタッフツアーで来ている人達だけでなく、社会科見学や修学旅行チックな学生の集団が目立った。ちょっと今回は人が多すぎるので、上院・下院の議会場の見学はまたの機会にということになった。残念だなあと思いながらまた議員会館に戻ろうというときにお楽しみはやってきた。帰りはこれに乗れたのだ!なぜ行きには使わせてもらえなかったのかがちょっと謎だったが(笑)、確かに行きは歩いて帰りはスイスイという方が精神的に理にかなっているかも。こうしてツアーは幕を閉じたのだが、ツアー自体以外にも議員会館のカフェテリアでMr.Lとコーヒーを飲みながらアメリカ政治のいろいろについて教えてもらったり、彼のしていた仕事について聞いたりと、ふだんはなかなか聞けない話が満載で興味深かった。それにしてもこのカフェテリアで背広を着ている貫禄のある紳士が3人くらいで話し込んでいるのを見ると、それだけで「ここで政治が行われているのだ!」と感じてしまう(笑)。これまでDC観光はいろいろしてきたが、何気に議事堂周辺は未開拓であったので、この辺りの風景を紹介して今日の日記を締めくくりたい。まずは重厚な国会図書館から。次いでこれまた威厳のある最高裁判所。地下鉄(メトロ)と地上の電車(アムトラック)が通る大きな駅、ユニオンステーション。そしてその駅の内部。こういった風景全てが懐かしくなるのだろうな。
2005/05/13
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本日の「Emerging Technologies」の試験終了をもって、私のビジネススクールにおける授業の日程が全て終了した。本当にあっという間だった。一昨年8月のオリエンテーション開始時は恐怖恐怖の日々であった。恐怖の源は英語力の足りなさにあった。しかし、授業のペースを知り仲間を知るにつれ、その恐怖は次第に薄れていった。それでも英語力は未だに問題だらけなのはなぜなんだろう・・・・(苦笑)。いずれにしても我ながらよく生き残ったと思う。タイミングよく妻も本日のペーパー提出で教育専攻の大学院の全日程を終了し、彼女のスクールの卒業記念パーティ(飲み会?)があるというのでそちらに同伴。しばらくしてその場を離れ、今度はやはり妻の友人で国際機関のコンサルタントとして働くRさんのバースデーパーティへ。Rさんがインターンシップで滞在していチュニジアでの経験談や、政治学の博士課程を学んでいる夫のPの「チンパンジーの政治学」についての話など、いろいろな話が聞けて楽しかった。Pの専門は国際機関における政治関係ということだが、チンパンジーが見せるボス継承争いの様子が人間のそれにどのような意味合いを持つのかの対照比較をしたら面白いかもしれない。意外と本質は同じだったりするのかもしれないな(笑)。他にもセックスで争いを回避するというボノボサルについてなど、彼の専門は生物学かと思わされるほど博識なPであった。とにもかくにもRさん、誕生日おめでとう!さあて、帰国まで2週間と少しとなった。ここからが実は忙しいのだ(笑)!!最後まで気を抜かず楽しみましょう。
2005/05/12
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Tご夫妻と我々夫婦の4人でDr.Yのお宅へお邪魔した。Dr.Yは私のインターンシップのスーパーバイザーを務めて下さり、バイオメディカルベンチャーのダイナミクスに触れる機会を提供して下さっただけでなく、異なる3つの授業のペーパーの内容上のアドバイス、文法上のチェックまでお世話になった。本当は私こそが彼にどんなにお礼を尽くしても足りないくらいなのだが、今日は私の卒業記念としてホームパーティを主催してくれたのだ。Dr.Yのお宅はヴァージニア州からメリーランド州に入ってすぐの閑静な住宅地に位置している。近所にはこのようなおとぎ話にでてきそうなお宅も。そしてDr.Yの素敵なお宅もこの木々の向こう側に。こんな素晴らしい場所にいつかは住みたいなあ。パーティでは奥様Lのおいしい手料理を堪能した。Dr.Yも準備をせっせと手伝い、妻には後で「あれが理想の姿よ」とプレッシャーを受けてしまった(苦笑)。応接間にはクリントン大統領のDr.Yへの直筆の感謝のメッセージが入った2人の写真が飾ってある。食事の話題の方も弁護士のMr.Lによるヨーロッパとアメリカの法比較や(法学部出身であるはずの私にも難しかったが・・・)、日本語英語の不思議など、多岐に渡り非常に楽しかった。特にDr.Yの息子さんのFには「KaraokeはなんでKaraokeって言うんだ?」と聞かれた。私:「カラ(空=empty)+オーケストラ(orchestra)の略なんだよ~」妙に納得してもらえて嬉しかった(笑)。皆さんはご存知だったかな?宴もたけなわになったころ、Dr.Yが私に卒業記念のプレゼントを!その場で包装紙をとるとインターンシップ先に深く関係している組織のロゴ入りペンが入っているではないか!感動した。70歳を過ぎてなお精力的にビジネスを通じて社会貢献をしていくその姿勢だけでも尊敬するのに、謙虚さ、気配り、そして優しさを持ち続けられるというのは本当にすごいことだと思う。アメリカでの数々の出会いが私の人生にインパクトを与え続けている。日本に帰っても国内外の人々に自分の成果を還元できるように頑張るぞ。その前に明日の最後の試験を頑張らないと・・・。(いいかげんこの焦りオチはいやなのだが(苦笑))
2005/05/11
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大学のスピーチイベントに出席した。注目はメインスピーカーであった、ゼネラル・エレクトリック・カンパニー(GE)のCEO、ジェフ・イメルト。発明王トーマス・エジソンの設立に起源を発し、現在は多様な事業を世界100カ国以上で展開、30万人以上の従業員を抱え、総売上は15.7兆円(2004年)に昇る超大企業のトップである。イメルト氏はあの有名なジャック・ウェルチ氏から2001年9月にCEOのバトンを受け取っている。2005年5月現在でも49歳の若さであるというからものすごい抜擢である。配布資料のプロフィールによると、彼がハーバードでMBAをとったのは23年前であるから若干26歳の時である。学校の次元が全然違う話ではあるが、同じく職務経験が浅い時点でビジネススクールに通う者としてものすごく励みになるサクセスストーリーだ。講演の内容自体はGEが『Ecomagination(EcologyとImaginationの造語)』という、環境保護とビジネスの調和を目指すキャンペーンの発表であり、あまり彼のオーラというものを感じることはできなかった。(キャンペーンの詳しい内容はGEホームページの特集コーナー: 「Ecomagination」から)この重要なプロジェクトのリリースがまさにこの場で行われたのである。ジョージワシントン大学MBAの専攻に環境マネジメントやエネルギーマネジメントがあることと深く関係しているだろう。京都議定書に調印していないアメリカの大企業がこのような大々的な環境保護の動きを見せることの意義は大きいだろう。「環境保護に貢献しながらビジネス上の利益も生み出す」できたとしても大企業にしか成せない業だとは思うが、環境保全型の新たなビジネスモデルの成功に期待したい。
2005/05/10
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OさんとSと一緒にシェナンドー国立公園へフライフィッシングへ行ってきた。Sさんと私はずぶの素人であるが、Oさんは自分でフライ(擬似餌)まで作成するほどの達人。Oさんが車で15分圏内に住んでいる私とSさん(アーリントン在住)を拾ってくださり、いざシェナンドーへ。出発後ものの1時間もしないうちに辺りはこの風景。ワシントンDCエリアのよいところは、首都として都会らしい一方で、少し足を伸ばせばすぐに自然が広がることである。出発二時間後に目的地へ到着。ハイウェイを降りてからは細かい道をうねうねとやってきたのだが、こんな道は知っていないとこれるわけがない。Oさんはどうやって見つけたポイントなのだろう。Oさん:「LLBeanの店員から教えてもらってノートに書き留めておいたんだよ」やっぱり口コミの威力は偉大だ。しかしその情報をたった1人で実証したOさんの度胸と好奇心もすごい。そんなマニアックな場所だったが、それでもすでに数台の車が来ていた。中にはこんなのも。お馬さんが乗るための車両がついている。つまりここまで馬を乗せてやってきて、乗馬を楽しんでいるということだ。やることのスケールが大きいね、やっぱり。これまで入ったことのある国立公園とは異なり入園料というものを払うゾーンがなかったが、それはまた別のエリアなのかもしれない。その代わり、今回はヴァージニア州のフィッシングライセンスとマス釣り用のライセンスをインターネット経由で購入している。なんでも手続きをネットで済ませることができて便利な世の中だ。そんなこんなでここから川へ向かって歩き出す。川までの崖が急で滑りやすくけっこうきつかった。ウェアーはOさんが貸してくださった長靴から胸あたりまでのつなぎである。お、川がやっと見えてきた。実はこの国立公園には初めて来たのだが、木々に囲まれた川の風景というのは神秘的で素晴らしいなあ。まさに映画『River Runs Through It』の世界だ。 フライフィッシングとはフライを水面(or水中)に落とすまでに何度も助走をつけて距離を取りながら釣り竿を振るところが非常に難しい。Oさんの提案により、一昨日の夜にはうちのアパートの目の前の公園でフォームの夜練までやっている(笑)。その成果やいかに?ずんずん川を上り、ポイントを変えながら7時間ほど頑張った。人の気配はほとんどなく場は荒らされておらず、明らかに魚がいるのが見えたりもした。でも釣果は残念ながらゼロだった・・・。人生そういうこともある。でも自分にとっては新鮮な経験であり、アメリカの国立公園をまた1つ味わうことができてかなり楽しめた。Oさん、今回はおもりをありがとうございました!次回はリベンジを果たしてください!私もまた行きたかったな~。
2005/05/09
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水曜日の試験勉強会と称して昼過ぎにアメリカ人のクラスメイトCが我がアパートまでやってきた。正直、まだ全く手をつけていないのでそろそろ始めないとやばい。しかし、2人を覆う卒業直前モードの前では勉強どころではなかった。2年間の学生生活について、お互いの公私に渡る話、これからの展望。勉強という主旨を鑑みたところの余談は延々と続き、私が次の予定のために家を出なくてはいけないぎりぎりまで一切勉強はしなかった・・・(苦笑)。こりゃ空出張ならぬ空勉強会だ。さらにこんな会話がリピートされる。「コンニチワ」「ワタシワCデス」「Hideサンイラッシャイマスカ?」Cが近い将来日本に来る時のための日本語会話レッスンを今やってどうするっていうのだ(苦笑)。要するに2人ともおべんきょうが嫌いなんだなあ。こうしてやらねばならぬ勉強ゼロの勉強会は幕を閉じ、Cを車で送った。次の目的地はメリーランド州、フレンドシップハイツ周辺にあるOさんのお宅。彼の手作り料理お披露目会にお呼ばれしていたのだ。会場には20人近い方々がいらしていたのではないだろうか。みなさんOさんの料理を楽しみにやってきた人達ばかり。前菜のエビすり身パンから始まり、パスタ、カレー、中華スープ、豚とキャペツの炒め物、ポテトグラタン、などなど、Oさんはあらゆるジャンルから様々な料理を用意してくださった。本当は写真をしっかり掲載したかったのだが、競争が激しくあっという間になくなってしまうため、そんな余裕がなかった(笑)。料理はどれも本当においしかった!「男の手料理」をあれだけ完璧にこなせたらかっこいい!Oさん、お招き頂きまして本当にありがとうございました。おいしい料理と皆さんとの楽しい語らいだけでなく、このパーティーではもう1つ嬉しいお知らせがあった。今日の参加者にいらっしゃった、同じ国際機関で勤務されているお2人のご婚約の発表である!このお2人は出向元のご所属こそ違えど、数年前の留学時代にコネチカット州のとある名門大学で知り合われ、去年偶然同じ国際機関に出向されたという運命的再会から距離が縮まっていかれたという。いやあ、運命っていうのはやっぱり存在するんだなあ!末永くお幸せに!料理はおいしいし、幸せ気分も味わえてなんとも素敵な会だった!あとはいつ勉強するかだな(苦笑)。。。
2005/05/08
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Sさん、Oさん、Taさん、Tuご夫妻と我々夫婦の7人というメンバーでベトナム料理屋で夕食を。どんな流れでそうなったのかわからないが、男性陣はいつの間にかガンダムの、中でも「シャア専用」の話題に熱くなっていた。Sさん:「シャア専用ザクとかいたねえ」Oさん:「シャア専用ズゴックもね!」Tuさん:「そうそう」私:「そういやシャア専用ドムもいましたねえ」私以外全員:「 はあ? 」Oさん:「ドムの体型にシャアは似合わないでしょー」あれ~、確かドムにもシャア専用の強いやつがあったと思ったんだけどなあ、みんな反対かあ。でもこのまま感覚で泣き寝入りするのはくやしい(笑)。さっそくネットで「シャア専用」の検索を。ふむ、ザクとズゴックはやっぱりあるね~。( こちら からプラモの写真参照)う~ん、ドムはやっぱりないのかなあ。チクチクっと(マウスクリックの音)お、こ、これは!( こちら の写真を要チェック!)やっぱりあるじゃないですか!!!やっぱり時に民主主義の多数決は危険なのだ(笑)!今思えばOさんのドムの体型はシャア専用に似合わないという理不尽なリーズニングに負けそうになった自分が悔しい!Sさん、私の回答はシャア専用ドムであって、シャア専用リックドムじゃあなかったぞ、なんて細かいツッコミはなしですよ!こうして満足感に浸りながら(不必要に)検索活動を続けていると、こんなシュールな記事を見つけてしまった。 特集:「シャア専用」はすでに商標登録済み!?この記事によれば、「シャア専用」という言葉が有限会社ティズ・デザインカンパニという企業によって文房具の範囲内で商標登録されているというのだ!つまり、シャア専用サインペン(もちろん赤色のみ(笑))やシャア専用定規(やっぱり赤いんだろうな・・・)はこの会社からしか売り出せないということになる。この記事からのリンクにはさらにシュールな特集が組まれていた。その名も『 この世はおしなべてシャア専用。』個人的にはシャア専用赤血球がツボに入った。。。。世の中ここまでシャア専用化の波が押し寄せてるんだなあ。こりゃアムロも振り向かないわけだ。
2005/05/07
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アメリカのヘルスケアシステムを語るとき、明らかなマイナス面として指摘されるのが4400万人もの無保険者を生み出している私的保険制度である。一方、アメリカが世界一として名高く評価されているのが医療技術のレベル、そしてその技術を生み出す政府のバックアップである。政府の研究開発にかける予算は$27.9million(約30億円)に達し、これは日本のそれの約10倍だという。このアメリカの研究開発の中心的役割を担っているのがNational Institutes of Health(NIH)(アメリカ国立衛生研究所)なのである。NIHは自身の広大な施設で研究を進める一方(所内活動:予算の15%)で、アメリカ全国の大学、研究機関や医療施設への補助金(grant)や契約金(contract)の認定を審査しているのだ(このような所外活動が予算の85%を占める)。所在地はメリーランド州、ベセスダ。本日はNIHでエイズワクチンの研究をされているお友達のAさんと彼の同僚でインド人のGの2人にこの巨大な研究所を案内していただいた。同じワシントンDCエリアに暮らしていながら、Aさんと知り合ったのはなんとニューヨークの中華料理店であった。(過去日記、2005-02-20- 〔写真も銅像!〕フィラデルフィア観光と言えばこの2人! 参照:こんな題名だけど後半でニューヨークへ移動してます(笑))そうか、今思えば3ヶ月越しの約束が今日果たされたのだ!お願いはしてみるものである(笑)。うちから車を走らせること30分、巨大な研究施設は顔を見せた。ちなみにこの建物全体が脳の研究のための施設だという。Dr. AとDr. Gの2人に先導されて敷地内に入るとそこは大小50の建物から成る想像以上に広大なエリアであった。この建物では遺伝子の研究が進められているという。お昼ご飯を食べるためにクリニカルセンター(Building 10)へ。この病院は通常の病院とは異なり、新しい医学の研究開発だけを目的とした特殊な病院である。つまり、この病院に入院する患者はNIHがおこなう臨床研究の協力者という位置付けになるため、治療費、滞在費を一切払わなくてよいのだ。現在の医療技術では治療方法が確立されていない病気を持った人々が世界中から集まっているという。Dr. Gも言っていたが、あまり想定したくはない事態であるが、本人もしくは大切な人が現行の技術では治療が困難な病気にかかってしまった場合にはここに入院するのが一番である。カフェテリアで食べたサーモンのソテーはなかなかおいしかった。昼時だけあって人も多かったが、ここではどれだけの人が働いているのだろう。NIHのホームページで調べたら18,627人だという。(公式HPは こちらから)先日訪ねたペンタゴンの23,000人には及ばないが、それにしてもものすごい規模である。しかも世界中から優秀な頭脳を持つ研究者が集まっているのだ。慣例に習い(笑)、建物内にあるギフトショップへ向かった。おお、超レアなNIHグッズが売ってるではないか!!両サイドがかわいいねずみのマーク付きTシャツ、真ん中が顕微鏡を覗くねずみマーク付きのTシャツである。これはジャマイカに次ぐTシャツシリーズだ!(過去日記、2005-03-13(日) - 〔海とTシャツの写真付き〕ジャマイカ旅行記2日目:どれを取ってもドレッドだらけ!? 参照)確かに医療研究の進展にマウスを用いた実験は欠かせないものではあるのだろうが、このロゴってちょっと微妙じゃないだろうか(苦笑)。。。。なんて言いながらそのレアさに負けて顕微鏡ねずみTシャツを買ってしまった。建物内にはこんな貴重な器具の展示もあった。これはDNAの存在が初めて発見されたときに用いられた器具だそうだ。どういう仕組みだかよくわからないけど、そう聞くとすごいでしょ(笑)?また外を歩き、NIHのシンボルとも言えるBuilding1をパチリ。そしてとうとうDr.AとDr.Gの研究室があるVaccine Research Center(ワクチン研究所)へ。エイズウィルスのワクチンの研究をされているDr.Aの研究室の一部をご披露!高校の生物の授業で聞いた覚えがかすかにあった、細胞からDNAを取り出すための遠心分離機の使い方など丁寧に教えていただいた。さらには細胞の培養・保存室へ。入り口付近にはこんな3連の箱が。実験に必要な使い捨てゴム手袋のボックスである。きちんと大・中・小と揃っているが、なんかティッシュみたいだ(笑)。この部屋でエイズウィルスの対照研究に用いられるというガン細胞を顕微鏡で覗かせていただいた。通常細胞がどんなのかがわからないから比較のしようがなかったが、ガン細胞なのだと聞くと悪そうに見えてくるから不思議だ(笑)。研究室にはこんな器具も設置されていた。Aさんによれば、これは劇薬を誤って体につけてしまったときや感染性のあるものに触れてしまったときにその症状をすぐに薄めるためのシャワーである。以前、バイオテロ対策の授業で習ったDecontamination(無毒化)という言葉を思い出した。(過去日記、2005-03-20- テロが起きたときのあるべき病院の対応とは?:9時間の講習に出席 を参照)ヘルスケアマネジメントを学ぶ身として、世界最高の研究機関の見学は非常に興味深い体験であった。お忙しいなか貴重な時間を割いて濃厚なツアーを実施してくださった、Aさん、G、本当にありがとうございます!明日のエイズワクチンがあの場所から生まれることを心からお祈りしています!!
2005/05/06
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27日の退去ということもあって、5月分の家賃は日割計算に。これを払い終えいよいよ帰国のムードも高まってきた。アパート1階のファーストフード兼コンビニエンスストアは韓国人の一家が経営している。ここのステーキ&チーズサンドイッチとカリフォルニアラップ(チキン、ベーコン、レタス、アボガドなどが入ったクレープの太巻きのようなもの)、そしてフライドポテトのセットは何十回食べたことか。(注:もちろん2人分です)この店の主人は韓国の元商社マンだったようで、日本を含め世界各国での滞在経験を持つ。さらに自分で貿易関係の会社を経営してアジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ世界中を飛び回っていたこともあったそうだ。そして現在はアメリカに落ち着き、奥さんと2人の息子、そしてアルバイトで小さな雑貨屋件ファーストフードを経営している。このアパートの付近にあるジョージメイソン大学で国際政治の修士号をとったという縁があるようだが、それにしてもすごい人生だ。彼にもうすぐ日本へ帰るんだという挨拶をしたらこう言われた。「あなたにもかつての僕と同じような、世界中を飛び回る相が顔に出てるね」えー、どうなんだろ???占い師でもないふつうのおじさんに言われた予言(?)にどれだけ信憑性があるのかわからないが、なんとなくドキっとした。フロントのMにも挨拶をした。Mは黒人のアメリカ人で、体の大きさははんぱない。それこそ150キロくらいはあるのではないだろうか。背は180センチもなさそう・・・。でも彼の人あたりの良さといざという時の真面目さは本当に好きだ。そのMに今月中に去るという報告をした。本心からの「You are the best receptionist ever!(あんたは最高の受付だよ)」という言葉を添えて。M:「It means a lot to me, man! (そいつはめちゃくちゃ嬉しいぜ!)」というナイスリアクションの後にこう続けた。「もしお前の会社がアメリカで勉強しなかっただろうなんて言い出したら俺が証人になってやるからいつでも連絡くれ!」私がアパートの1階にある勉強スペースを使ってクラスメイトとミーティングをすることも多かったので、深夜の2時や3時に勉強道具持参で受付を横切る姿を何度も目撃されているからだ。アパート側にはまだ内緒のようだが、彼自身もあと半年くらいでここを辞めるということだったので、お互いにプライべートのメールアドレスを交換した。来たるべき証人喚問の日のために保存しておかないと(笑)。M:「またアメリカに帰ってくるんだろ?いや、何も言うな。お前は帰ってくるよ」あれ~、彼までそういうことを言うかー。暗示に弱いタイプなのになあ(笑)。この暗示を明示にしてやるぞ、と密かに思ったのであった。
2005/05/05
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今日は夕方から「Physician Practice Management」の試験の日。しかし、昼にはアメリカ軍部の中枢、国防総省ペンタゴンに来ていた。ペンタゴンでインターンシップをしているクラスメイトのアメリカ人、Tがこの日なら空いているからガイドしてくれると言ってくれたからである。1ヶ月以上前に交わした約束を彼女は律儀に果たしてくれたのだ。(約束の現場は過去の日記、2005-03-24-『 先輩であるパウエル元国務長官と会う:CEO of the Yearの表彰パーティにて』 参照)そう、今の私には目の前の試験よりも残りわずかなアメリカでの日々をいかに満喫するかに情熱を燃やしているのだ。いかん、後で良からぬ結果になった時に責められるようなコメントは控えておかないと(苦笑)。日にちや時間のセッティングのメールのやりとりの中でTはこう言っていた。「残念なんだけど、9.11のテロの後、ペンタゴンの周囲、内部での写真撮影は禁止されてるの。ごめんね」前述の約束を交わした際の日記本文にも書いたが、テロ後はそれまであった一般観光客向けのツアーも無くなり、内部に入れるのは職員と彼らが保証人として入館を許された者だけになってしまった。私としてはむしろそのような厳戒体制のペンタゴンがどのような雰囲気、構造なのかを実際に感じてみたいという思いもあったのだ。ペンタゴンは私の居住地と同じヴァージニア州にあり、うちから地下鉄で1回乗り換えがあって15分くらいで着く。地下鉄にはその名もペンタゴン駅がある。かつては観光名所として一般の観光客もたくさん乗降していた駅だが、現在は乗降客のほとんどが職員(軍人・文民を含む)ということになる。さらに、私がDCに来てからも何度かあったのだが、なんかしらの緊急事態が発生した場合には地下鉄はペンタゴン駅には停車をせずに通過する。自分がテロのターゲットとなり得る建物の近所に住んでいるのだと実感し恐ろしくなる瞬間でもある。そんな本丸へ今日は向かったのだ。入館の時点で2か所の金属探知ゲートを通る厳しさ。警備ももちろん軍人さんが担当している。写真付きのIDも1種類では通らず、2種類見せなくてはいけない。私は免許証と学生証を提示した。興味深かったのが「携帯電話やPDAを持っている場合はそれを見せなさい」という指示である。警備担当のお兄さんが携帯の液晶をじっと眺めている。私の予想であるが、これは携帯電話が爆弾の起爆装置として使われたテロの事例を受けての対策ではないだろうか。でも液晶を眺めるだけで何か見破れるのかな??入り口まで出てきてくれたTが保証人となって訪問者用の入館IDを作成してもらった。このIDにはその場で撮った顔写真と「Escort Required(要付き添い)」の文字が。つまり1人でうろちょろしていたら捕まるよ、ということである(笑)。やはり、これまで入館したどの国際機関より厳しい。かくしてTによるペンタゴンツアーが開始したのであった。ペンタゴンでは軍人、文民の職員を全て合わせて23,000人以上が働いている。ペンタゴンとは五角形という意味であり、建物の形を表しているのだが、五角形の5つの辺それぞれが、Army(陸軍)、Air Force(空軍)、Sea Service(海事関係)(Navy, Marine, Coast Guard)の5つに平等な割り当てではないそうだが、振り分けられているということだ。T自身は私と同じビジネススクールでインターナショナルマネジメントを専攻する学生であり、ここではエアフォースに関わる1年契約の仕事をしているインターンシップという身分で軍人ではない。本人は国防省の内部で官僚機構の効率の悪さを感じながらも、自分がこれまで知らなかった国家機構の仕組みを仕事を通じて理解できていることに充実しているとのことだったが、彼女のご両親は自分の娘がテロの格好のターゲットで働いているのをとても心配しているということだった。無理もないだろう・・・。内部に入ってすぐに目に付いたのがお馴染みのドラッグストア(CVS)やダンキンドーナッツなどの店の数々である。それらの店は洋服店、宝石店、メガネ店から床屋、郵便局、銀行まであらゆるものを網羅していた。車の登録をする役所であるDMVまであったのには驚いた。2万3千人を超える職員達がオフィスを出る必要のないように揃えられたショッピングセンターがそこには存在しているのだ。私もギフトショップの1つでペンタゴンTシャツやマグネットを購入。ここでしか買えないかどうかは疑問だが(笑)。その後、彼女のオフィスのある空軍のエリアを中心にペンタゴン内部を歩きに歩いた。内部にはこれまでの戦争の歴史やNATOに関する資料・物品などが展示され、ちょっとした博物館のようである。ちょうどTのオフィスのそばにラムズフェルド国防長官のオフィスがあるというので、その目の前も通ったが、彼がちょうど出てくるという偶然はさすがになかった。Tのようなインターンを含む全職員のデスクの下にはバイオテロ用に着用するマスクなどの装備が1人1つ収納されているという。また、廊下の至るところで非常用ガスマスクが設置されていた。まるで自動販売機のように・・・・。皆さんはペンタゴンの内部が中庭の公園のようになっているのをご存知だろうか。さらに、ペンタゴンのちょうど中心にはサンドイッチやホットドッグを売っているような売店が位置しているのだ。ここだけ見たら普通の公園である(笑)。9.11のテロの時に破壊され改築されたというゾーンに入った。確かにこの一帯だけ異様に新しい。Tによれば、あのテロによるペンタゴンのダメージは致命的ではなかったとは言え、それでも200人を超える死者が出たという。職員達がいったいどのようなプレッシャーで働いているのか想像もつかない。しかし廊下を歩く彼らはみな誇りを持ち生き生きとしていたように思えた。アメリカが関わる関わらないに限らず、これまで起きた戦争、これから起こり得る戦争に対して決して賛成はできないが、軍部の中心を垣間見て、物理的にも精神的にもアメリカの強さの1つであるのだと感じたのであった。えっと・・・・、その後に受けた試験ももちろん頑張りましたよ(笑)。
2005/05/04
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「Health Economics」が最後の授業を迎えた。このクラスは試験はなく、最後は医療経済に関わることならどんなトピックを扱ってもよいというペーパーの提出と、そのペーパーに関するちょっとしたプレゼンで終了だ。昨日の日記にも書いた通り、私は異なる3つクラスのためのペーパーで1つのバイオメディカルベンチャーとその企業が関わる企業連合体を扱っている。E教授は私のインターンシップの指導教授でもあるため、今日は彼に2つのペーパーを提出する日だったのだ。しかし、私としてはE教授に自分のペーパーの全体像を理解してもらいたかったので、「Emerging Technologies」に提出したペーパーも参考資料としてつけて3つ全てを提出した。資料のページも多いが、計60ページにもなる自分の思いを込めたペーパーを提出したのは感無量だった。クラスメイトのペーパートピックは以下のようなものがあった。・長期ケア施設の戦略・アフリカにおけるHIV/AIDSの経済的影響・ロシアとイギリスの医療システム比較・産婦人科における医療過誤保険の現状と展望・アメリカ医療の需要・供給分析・予防医療の現状と展望などなど・・・。我々生徒がこのペーパーを書くに当たって意識したのは自分が設定したテーマに対して少しでも数的要素を加えるという部分である。自分のペーパーの概略を説明する番が回ってきたとき、私はまず先学期から計3つの授業でお世話になったE教授にお礼を言うとともに、自分がもうすぐ卒業で日本に帰国する立場であることを述べ、彼から学んだ医療財務・経済に関する理論を日本で少しでも実践していきたいという決意表明をした。ありゃちょっと大風呂敷広げすぎたかな(笑)。授業の後には先生と堅い握手を交わし、持参のデジカメで記念撮影。E教授、ありがとう!!これからも頑張ります!あと試験2つで卒業が手に届く・・・・。
2005/05/03
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アメリカのバイオメディカルベンチャーでインターンシップをしている関係で、優秀な起業家の方々と会う機会に恵まれている。このインターンを紹介して下さったTさんとメンターのDr.Yにはどうやって感謝の意を述べればいいのかわからぬほどお世話になっている。現在通っているビジネススクールのために書いている3つのペーパーは、視点はそれぞれ違うのだが全てこの企業に関するものである。そのうちの1つではこの企業の立ち上げ時の状況を書こうとしていた。専門的な技術が深く関わるバイオメディカルベンチャーの場合、1.いかにしてある技術の存在を知るのか2.どうやってその技術の将来性を評価するのか3.その技術を通じてどのような商品・サービスが開発され得るか4.開発途中の技術をどのように売り込んで資金を調達するのかなどなど、組織立ち上げの段階だけでも、調査・決断・実行全ての面で困難やリスクを伴うのである。ペーパーの内容をチェックしてもらう課程において、Dr.Yが有り難い提案をして下さった。「この会社を創業した元CEOに話を聞いてみなさい。私が前もって連絡をとっておくから」というわけで現在は主にマイアミで活動しており、今日は休暇でサンフランシスコに来ているというMr. Wにお電話した。Mr.Wは有名大学でビジネススクール(MBA)とロースクール(JD)を卒業し、現在までにバイオベンチャーを中心に8つ以上の会社を立ち上げた経歴を持っている。どうやったらそんな多くの会社を作れるのだ!?これまでお会いしたことがなくいきなり電話だったこともあって緊張したが、Mr.Wはとてもフレンドリーで私の質問に快く答えてくれた。こんなに優しかったのはあのDr.Yの紹介だったからということも大きかっただろう。私:「そもそもどうやってあの技術の存在を知ったのですか?」Mr.W:「それはね、知り合いの科学者を通じてなんだよ」なるほど、やはりきっかけはパーソナルな関係だったりするものなのだ。日頃のネットワークの構築によりこういった大切な情報をキャッチすることができたのだろう。しかし、「知った」だけでは何も始まらない。彼のすごいところはそのアイデアを実現に向けて行動に移しているところである。Mr.Wが立ち上げてきた数々の企業も、きっかけは同様だったのだろうと思う。もちろん、考えを実行に移すにはそうとうの実力が必要だ。最近Dr.Yから聞いた言葉が印象に残る。「経営を任せるのはBusiness oriented lawyer(ビジネス的志向を持った法律家)が一番いいね。ビジネス判断にはリーガルマインドが必要だから。」経営を「担う」のではなくて「任せる」というのはまた超越した存在であるが(笑)、やはり経営者にとってビジネスと法律はきってもきれない関係なのだな。それでもってバイオメディカルベンチャーともなれば経営者としてでも科学系の知識も少なからず要求されるだろう。チャレンジングにもほどがある(苦笑)。アメリカのベンチャー企業のダイナミクスを間近に感じながら考えることは、組織内にどのような立場として属していても起業家精神を持つことが大切だということである。ネットワークという土台の上にビジネスや数字、法律、そして科学にもそれなりの見識を持たねばならない。同時にその向こう側を見据えながら精進していこう。
2005/05/02
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月曜に2つのペーパーの提出締め切りがあり、火曜には期末試験も控えている。そう、今は勉強的にラストスパートに差し掛かっているのだ。金曜の夜、そんな状況でペーパー執筆に精を出しているときにIさんから電話がかかってきた。Iさんは日本の企業から特許弁護士事務所に派遣でいらしている方で、ワシントンDCの桜祭りの時の神輿担ぎでお会いして以来仲良くして頂いている。(DCで担いだ神輿については過去の日記、2005-04-10-『10+3枚の写真で振り返るサクラ祭in DC:神輿担ぎました!』 参照)Iさん:「うちの事務所の弁護士が観るはずだった明日のウィザーズ対ブルズのプレイオフのチケットが3枚余ってるんですけど、一緒に行きませんか?」あ、悪魔の誘いだ(笑)!!(注:もちろん、感謝しておりますよ、Iさん!)翌日の昼過ぎ、気付いたら現場(MCIセンター)に来ていた・・・。あと2枚分の友達(TさんとJ)もしっかり集めて(笑)・・・。ここに来るのは去年ビジネススクールでの観戦ツアーで地元ワシントンDCのウィザーズ対インディアナ・ペイサーズの試合を観て以来2度目である。あの時はレギュラーシーズンの試合であり、ウィザーズが勝ったから嬉しかったのだが、観客数も満員ではなかったし盛り上がりにもいまいち欠けていた。しかし今回はプレイオフだけあって、会場出入口の時点で熱気が違っていた。これまでブルズが2連勝しており、今日ウィザーズが負けてしまうと王手をかけられてしまう。会場に入ると両チームのウォーミングアップが行われていた。席は全体を一望できながらも程よく近い2階席。以前が3階席だっただけに今回はすごく近く感じる。弁護士さんはいいところから観てるんだなあ(笑)。開始直前にサックスによる国家吹奏が始まった。これもプレイオフならではの演出なのだろうか。荘厳な雰囲気に感動し鳥肌が立った。そして試合が開始。この時には会場は超満員となっていた。試合は第3クォーターまで一進一退の白熱した攻防が繰り広げられた。ホームとアウェイの明らかな応援の違いがすさまじいのだが、それも嫌みに感じさせないのが不思議である。それでもホームでの応援を背にする選手達が精神的にやはり有利であることは間違いないだろう。お馴染みの、敵チームフリースローの集中力を乱すためのブーイングや視覚的妨害もものすごい。私は中学校3年間バスケ部だったが、こんな妨害をされたら確実にシュートの成功率は下がると思った。。。。実際NBA選手の中でもホームとアウェイのフリースロー成功率の違いを統計的に調べてみたら面白いかも知れないな。NBAの醍醐味は試合だけではなくタイムアウトの時やハーフタイムに行われるショーやイベントの数々を楽しむことである。今回もアクロバットやダンス、トランポリンを使ったダンクショットのショーなど盛り沢山であった。そしてハーフタイムにはこんなバルーンが会場内を飛び回る。平たく言えば単なる広告目的のバルーンなのだが、近くを通ると体長4mはあるようなでかさであり、どうやって運転が制御されているのか気になる。さらに面白いのは、そのバルーンの下の方に紙切れが何枚かぶら下がっており、一枚ずつ会場内に落とされていくのである。Iさんの情報によると、この紙は次の試合のチケットだったりするようだ。なるほど、我々はそのチケットが自分の方に落ちてこないかといやでもそのバルーンに注目してしまう。そうして航空会社のアメリカン・エアラインズとアメリカの健康保険会社であるCare Firstのバルーンはみんなに見てもらえるわけだ。見る側にインセンティブを与えるための斬新なアイデアだ。他にも会場の観客を巻き込む常套手段として行われるのが、コート上方中央に位置するビッグスクリーンを使用したダンス大会である。ダンスタイムになると多くの人が踊り始めるのだが、自分の顔が会場の大きなスクリーンに映し出されると猛烈な勢いで踊り始める。一番長い時間を独占した人には賞品が送られるという特典があったりもする。このおじさんはすごかった(笑)。さらにはハートのフレームの中にカップル(と思われる)男女を映し出し、会場の観客にキスを見せ付けてくれ、という「Kiss me」の時間もある。たま~に映されてもキスをしない2人もいたが、老いも若きも問わず、ほぼ9割方進んでキスをしていたのだからさすがアメリカである。それにしても単なる男女の友達で来ているのにあれに映されてしまったらどうするのだろうか・・・・。(会場で偶然お会いしたKaさんとKoさん、もし映されていたらどうします(笑)?)ちなみに一緒に来ていたJは「これは使える!」と良からぬたくらみをひらめいていたようだ。(俺のアイデアなんて言わぬこと)というわけでプレイ中もそれ以外もしっかり楽しませてもらっていたのだが・・・地元ワシントン・ウィザーズが勝った!!結果は117対99で、第4クォーター途中からは安心して観ていられた。いやあ、先日の野球もだけど、バスケもアメリカの文化だと改めて感動。(野球観戦については過去日記2005-04-18-『【写真満載】松井VSソーサ!:メジャーリーグ初観戦』 参照)Iさん、素晴らしいお誘いありがとうございました!もうすぐ日本へお帰りでしょうが、また東京でお会いしましょう。おっとー、その前に自分の現実を直視せねば(苦笑)・・・・。
2005/05/01
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