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心の問題に興味のある方は、「共依存」という言葉をご存知の方も多くなってきたのではないてしょうか? 一方、アルコール依存症を始めとして、薬物依存、パチンコ依存(ギャンブル依存)、買い物依存、セックス依存、摂食障害(せっしょくしょうがい)ネット依存症、ワーカホリック(仕事依存)、さまざまな依存症があります。皇族の方も(だからこそ?)アルコール依存症というニュースもありました。 依存症の症状は、精神症状(いわゆる“精神依存”)と身体的離脱症状(いわゆる“身体依存”)に分類されますが、外側から分類していても本質は見えてきません。 依存によって何をしようとしているのか、何をしているのか、つまり、何の(無意識の)目的でやつているのか? という点に着目するとすべては同じ事をしているのがシンプルにわかります。 すべては、自己肯定感の不足からくる恐怖、不安から逃れようとしているのです。自己肯定感の不足からくる恐怖、不安から逃れるために、自己肯定感の不足を外側から補おうとしたり、逃れることで一時的に感じないようにしていることが、迷いによる行動です。 つまり、医学的にいう依存までいかなくてもほとんどの人は、この状態なのです。 ヒカリズムでは、存在価値不安症と呼んでいます。 依存症と呼ばれるかどうかは、日常生活に師匠があるかないか、というだけの話です。 広義の解釈によれば、ほとんどすべての人は、広義の共依存です。 悟りとは、この状態から脱した状態です。 悟りとは、存在価値に不安を感じない状態です。 そのためには、ひとつの方法しかありません。 分別を止めることです。(無分別) それはあるがままを受け容れることです。 説明はどこまでも終わらないので、今日はここまで(笑) ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 29, 2007
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先日、「ダニオン・ブリンクリー」を検索して私にメールを下さった方がいます。エリザベス・キューブラー・ロス博士の研究に載っていたらしいんですね。 最近では、ほとんど更新もしていないサイトですが、最近、精神世界のことを知った人には新しい情報が満載ということになるんでしょう。 そんなサイトをご利用いただけたこともうれしいですし、魂の生き方を生きようとされる方と繋がれることもうれしいですね。(^^) そんなことがあったので、ダニオンの言葉から私が感じたことをお伝えしたい思います。 ダニオン・ブリンクリーは、雷に打たれて臨死体験をします。そして、光の存在から精神主義的資本主義の社会を創る使命を与えられてよみがえります。 臨死体験でダニオンは、人生回顧をします。自分のそれまでの人生を記憶を再現するように見て感じるのですが、特徴的なのは、感情に関することを回顧すること、相手の気持ちを自分の気持ちのように感じることです。 つまり、あなたが誰かを苦しめたとすると死んだ後に、その人の苦しみを自分が味わうことになるのです。 逆に誰かを喜ばせたら、あなたは死んだ後にその喜びを自分のこととして感じるのです。 「人類を向上させる単純明快な秘訣が分かったのだ。つまり、あなたが人生の終わりに得る愛情の深さと善意は、あなたが人生の中で人に与えてきた愛情と善意に匹敵するということ。実に単純明快だ。」(「未来からの生還」ダニオン・ブリンクリー/ポール・ペリー共著/レイモンド・ムーディー博士解説◇大野晶子訳◇株式会社同朋舎よりP35~P36) もし、あなたがこの人生が終わった後にあの世で幸せを感じたいなら、これからの人生で多くの愛情と善意を与えればいいのです。 ダニオンは言います。科学による証明と体験が示すように、人生の回顧には人の心を癒して変身させ、啓発して恥を知らせる力があると分かっている。何よりも大切なことは、この人生の回顧は、なにも人生の最後になってからする必要はないということだ。人生のどの段階でもできるのだ。私たちはただ自分自身を正直に見つめ、自分にふさわしい姿になろうと真摯に努力すればいいのだ。(「続 未来からの生還」ダニオン・ブリンクリー/ポール・ペリー共著◇鴨志田千枝子訳◇同朋舎よりP174) 難しいことはまったくありません。最優先する目的を無条件の愛におき、選択のときに「この選択は愛か、そうでないか?」と問うて判断すればいいのです。 そして、その日の反省で「今日の選択は愛だったか、そうでないものがあったか?」と見直して、改善していけばいいのです。 そのとき、愛を妨げる考えがあれば、置き換えていきます。 するとパラダイム・シフトに向けて進んでいくことができます。 人生は選択の連続です。選択のときに自分の心に問うてみてください。「この選択は愛だろうか?」 ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 27, 2007
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鈴花ちゃんのことを検索していたら、こんな意見を見つけました。「青木一家が障害者学級を忌み嫌ってきたことで彼らをどれだけ傷つけたか、よくよく考えて欲しいものです」http://blog.livedoor.jp/ilpilot/archives/2007-05.htmlほかにもいろいろな意見があります。特殊学級へ行った方が…http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1011250670 意識(魂)の世界から見たら、鈴花ちゃんのご両親が普通学級に鈴花ちゃんを入れることを望んだからといってそれが普通学級以外に通う人やその両親などを傷つけることにはなりません。 エリザベス・キューブラー・ロス博士はこう言っていました。 「他人がみなさんについて持っている意見は、その人の問題であって、あなたの問題ではありません。これはとても重要なことですから知っておいてください」(「死後の真実」P12) 誰かの言葉であなたが傷つくとしたら、それはあなたが心の奥でその人の意見に同意しているからです。 前述の『青木一家が障害者学級を傷つけた』と見える人は、その人自身が、障害者学級を受け容れていない、否定しているから、そのように見えるのです。 たとえば、背が高いことを気にしている女性に「あなたは背が高いね」と言ったら傷つくでしょうが、背が高いことを自慢している人にそう言ったら「そうなの、いいでしょ(^^)」と言うでしょうし、まったく気にも とめていない人に言ったら単に事実を指摘されただけにしか感じないはずです。 このとき、「背が高いね」と言った人がどういう意味で言ったか、どういう思いで言ったかは、言われた方にはさして影響していないのです。 もちろん、言葉のニュアンスや顔つきなどでどういう気持ちで言ったかが伝わることもありますが、基本的にその言葉でどう感じるかは、自分の心が投影されているのです。 そしてまたあなたに世界がどう見えているかも自分の心が投影されているのです。 ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 25, 2007
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ちょっと用事で自転車で近所に出かけたときに途中で花壇の手入れをしている人(女性)がいました。 実は、この方は顔にやけどの痕があり、年配ですが結婚していません。アパート経営で暮らしているようです。 訊いたことはありませんが、顔のやけどの跡があるから自ら結婚を諦めちゃったんじゃないかなあと勝手に想像しています。 というのも、私の職場のある方も身体に脂肪がたまる?病気で手術などを何度もしたようですが、ほとんど普通に生活できるのに結婚を諦めていたからです。 そんなことを考えて家に戻ってテレビを見ていたらTBSの報道特集で「医療的ケアが必要な子供たち(2)」http://www.tbs.co.jp/houtoku/という番組をやっていました。 喉の障害で保育園の入園を拒否された青木鈴花ちゃんは、吸引が必要です。保育園では、吸引の資格を持った看護士を置くめんどさなどから、入園を拒否しますが、鈴花ちゃんのご両親は諦めずに訴訟を起こし、勝訴してわずかな期間ですが入園することができました。http://www.yomiuri.co.jp/photonews/photo.htm?ge=1&id=3682 その後、小学校も看護士を起き、鈴花ちゃんは、普通の小学校へも入学できました。 鈴花ちゃんを見ていて思ったのは、笑顔がとてもステキだということととっても前向きだということです。 これはきっとご両親が深い愛(あるがままに受け容れる)を持って育ててこられたから笑顔の絶えないステキな子供に育ったのだと思います。また、ご両親の前向きな姿勢がそのまま子供に受け継がれているように思います。また、妹がいるのですが、この子もご両親のやさしさを受け継いでいるようです。 一方知り合いの弟さんは車椅子生活なのですが、ほとんど外にでないそうです。 子供がどのように育つかは、その子に障害があるとか、勉強ができないとか、そういうこととは関係なく、ご両親がその子供をあるがままに受け容れて育ててきたかどうか、それにかかっているのではないと思うんです。 「五体不満足」の著者乙武さんが生まれたとき、お母さんは、「かわいい」と言ったそうです。 なんで否定するのを止め、あれあるがままに受け容れたとき、その存在のステキな部分が見えてきます。 「坊主憎くけりゃ袈裟まで憎い」という言葉があるように否定しているうちは、あるがままに見ることができないのです。 ステキな子供に育てたかったら、まず親があるがままに受け容れることが大切だってことですよね。それは無条件の愛を身につけることです。 ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 24, 2007
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メールレクチャーを受けている方のメールにこのような意味のことが書かれていました。> 自分の体験とあわせると話を読んでいる時より、よくわかります。 実は、これがメールレクチャーの一番のメリットです。 悟りというのは、パラダイムシフトです。意識の変容、基本的な考えの入れ替えなのです。 ところが話を理解するというのは、基本的な考えを土台に家を建てるようなものなので、その理解において正しいと思うことを選択してもそれは土台となっている基本的な考えに対して相対的に正しい、基本的な考え(の中にある目的)に適っている、ということなので絶対に基本的な考えを変えることができないのです。 つまり、逆に言えば、悟りたい、穏やかな心を手にしたいのなら、今の自分からすると間違っていると思うことも選択する必要があるということなのです。 それには、自分の体験を通して自分が正しいと思うことを選択した結果と今の自分では間違っていると感じるのだけれどレクチャーによって論理的には正しいということを選択したらどうなるかを想像して感じる正しさではなくどちらの結果が目的に適っているかで選択するという手段が必要なのです。 つまり、自分の意識とは別の意識からの選択肢の提供が必要なのです。 ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 24, 2007
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スピリチュアルな考え方に「ワンネス」があります。 多くの人は、この「偉大なるひとつ」を物質的な概念として捉えようとしますが、それでは不都合なことが多いと思います。 そもそもワンネスは、その意味からして相対的な世界とは異質な存在ですから、この相対世界からイメージすることが不可能な存在です。 ですから、ワンネスの特徴を理解を助けるために相対世界にあるもので、その特徴をたとえているだけであって「ワンネス」そのものを説明しているのではない(できない)とご理解ください。 さて、スピリチュアルな考えの中で私たちはワンネスそのものであり、それを忘れている、とか私たちは神そのものであるとかいうものがあります。 神はすべてに遍在している(どこにも神がいる、どれも神の現れである)とか、ワンネスとはすべてである、と言います。 私たちがすべてでありながら、分離したものとして存在している、ということは、意識の面からいうと「すべてを(100%を)受け容れていない」「否定しているものがある、受け容れていないものがある」ということです。 そんな中で「好奇心」というのは、『(自分が)未体験のものを体験したい』という気持ちであり、創造性であり、無限への方向性であり、私たち本来のエネルギーそのものです。 同様に「驚き」というのは、自分の限定した意識の外にあったものを知った(受け容れた)ときのギャップ、それまでの自分の意識にはなかったものを感じているものです。それまで限定していたために未知であったのものを受け容れたときに入ってくる無限からのエネルギーを感じています。それは元々自分にあったものの体験です。 たとえば、臨死体験者の話を聞いたときに『そんな世界があるんだ!』と思った人は、その世界(中間生)の存在を受け容れたということです。新たな世界を知った驚きと、それに対する好奇心が生まれます。『そんなのは妄想だ』と思った人は、その世界(中間生)の存在を認めないということです。それまでと何も変わることはありません。 こんなお話はどうでしょう。井の中の蛙(かわず)という言葉があります。そんなカエルのお話です。ずっと狭い井戸の中に住んでいる2匹のカエルがいました。カエルたちが上を見上げると、そこには丸い光があり、あるときは青く、あるときは灰色、あるときは黒く、あるときは黒いのに何かがキラキラすることもありました。ときどきは、何かが横切ることもありました。そんなある日、いつもは横切るだけのものが降りてきました。それは鳥でした。その鳥がカエルたちにこう言いました。「カエルさんたち、この井戸の外にはもっともっと広いすばらしい世界があるんですよ」カエルのビリーブは、『そうなんだ、どんなステキなところなんだろう、行ってみたいな』と思いました。もう一匹のカエルのディナイは、『何をバカなことを言っているんだ、あの上の丸いところから出たら消えてなくなってしまうんだ』と思いました。鳥の言うことを信じたビリーブは、鳥の足につかまって外の世界に連れて行ってもらいました。新しい世界にきたビリーブは、それまでに体験しなかったいろいろなことを体験できることにワクワクしました。いろんなことをしてみたいと思いました。一方ディナイは、丸い天井から消えてしまうビリーブを見て『かわいそうに、あいつは死んでしまった』と思ったのでした。おしまい ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 23, 2007
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とうもろこしが安かったので、一人一本ずつの分を買ってきました。 夕方、とうもろこし好きの三女が帰ってきたので、声をかけました。「とうもろこしあるよ(^^)」「やったあ~(^○^)」「これから焼くんだよ、一緒に焼こう」ということで、白いセラミックのついた焼き網をガステーブルにのせて塩をつけて、縁日などの焼きとうもろし屋さんよろしく焼き始めました。 ↑こんなの 途中で、とうもろこしがゴロンと網から落ちたり、笑いながら、楽しみながらの調理です。 面倒になった私はグリルに変更。(^^;娘は、好みの焼きかげんにしたいらく、「このまま焼く」とのこと。 ふっくらこんがり焼きあがったので、さっそく食すことに。 私は、とっておきの日本酒を出して、いっぱいやりながら(^^)一口食べたとたん、二人して「うまい!(^○^)」いやー、焼きたてはうまいですねえ。しかも、自分で焼いたものは格別です。 簡単にできるので、子供と楽しみながらできます。高級食材を買うよりも親と一緒に料理をするのって子供とのコミュニケーションに役立つと思う。 同じようにケーキ作りも子供に伝授したので、子供たちはケーキ作りが得意です。 パンやピザも手作りしたけど、パンは手間が大変ですよね。 でも、どちらも出来立てを味わえてうまいです。今は、イカの塩辛を作っているところ。ゲソは佃煮にしていただきました。塩辛はもう数日後が食べごろかな。 うどんなどは、比較的簡単にできます。 みなさんもぜひ、子供と一緒に作ってみてはいかがでしょう。(^^) ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 19, 2007
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暑い日が続いていますね。朝、シャワーをした後に制汗剤を使おうと思ったとき、いつもと違うスプレー式のをつけたかったので子供たちが使っているものを借りようと思いました。 とっさに商品名が出なかったので「8×4ある?」と訊きました。実は、うちで使っているのはAGなんです。 さて三女は「学校に置いてあるからない」と答えたのですが、長女は「エイトフォー!?」とバカにしたような答え。『こりゃあ、もろ、尋問者のコントロールドラマだあ、オレのを受け継いだなあ・・・』と思いました。 「そんな言い方しなくてもいいでしょ」と答えたのですが、これもちょっとコントロールドラマだなあ。 「そんな言い方されるの嫌だなあ」と第一の感情を素直に伝えるほうがよかったかなあ。 ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 14, 2007
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ヒカリズムで以前から言っていたことに、「間違った前提からは、間違った結論が導かれる」というものです。 先日、ふと見た日経新聞に清水勝彦さんの「その前提が間違いです。」という講談社の本の広告がありました。 『同じこと言っている!』とおもわず見入ってしまいました。(笑) その広告によれば、出発点=「前提」が間違っていたら、あとの論理が正しければ正しいほど、結論は「絶対的な誤り」になる!とあります。 まったくそのとおりです。 著者は、テキサス大学准教授です。そんな人と同じことにすでに気づいてたオレってすごいじゃん(笑) その広告にはもうひとつ「論理的に考えることが大失敗につながっていた!」とあったけど、その前に前提となる考えを自分の考えとして採用するときに論理的に考えなかったことが大失敗につながっているんだと思うぞ、オレは(笑)メルマガやサイト「はっぴーわーるど」の時代からお付き合いくださっていた方はよくご存知だと思いますが、「絶対的な誤りになる結論を導いてしまう前提」となる基本的な考えは、未解決の感情とともに刷り込まれています。それは常識や思い込みとして基本的な考えを形作っています。その「絶対的な誤りになる結論を導いてしまう前提」となる基本的な考えは、さらにある前提の下でのみ正しいのですが、その相対性に気づかずに絶対的な正しさとして基本的な考えに取り込んでしまっていることが問題なのです。常に、前提と相対的な関係として把握していたら、何の問題もないのです。 お釈迦さまはそれを縁起の法として説いています。 未解決の感情とともに刷り込まれているということは共依存として臨床心理学が明らかにしています。 それらを統合して腑に落としたときに悟ることができます。 心理的な部分を解決しないとすべての考えの前提となる基本的な考えは変えることができません。 著者の清水さんがどこまで書いているのか興味深い。たぶん、心理的な部分は書いてないんだろうと思う。 科学者は分野ごとに分化しているのでそれぞれの分野で極めてもそれぞれの極めた成果を統合して身につけないのでなかなか悟りには結びつかないと思います。 ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 12, 2007
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99年米。デンゼル・ワシントンとアンジェリーナ・ジョリー主演という結構豪華なキャストで猟奇的な連続殺人事件に挑む。 私が興味を引かれたのは、犯人が次の殺人のヒントを残している点です。 犯人の基本的な動機は、『自分を認めて欲しい』というところにあるのです。 警察側がヒントを生かせずに次の殺人を止められなければ、自分が勝ったという事。勝ち負けのようにも見えますが、本当の心の奥にあるのは、「自分を認めろ」という欲求です。 実は、私たちの動機のほとんどがこれであるといえるのです。 ■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 8, 2007
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戸棚のお菓子を整理していて思い出したことがあります。 子供が幼い頃「このお菓子食べていい?」って訊きます。 そのときに「うちにあるお菓子は、どれでも食べたいときに訊かないで食べていいんだよ今は、訊いたからダメ」と答えました。(笑) 社会的に都合のいい構成員を育てるには、権力者にお伺いを立てて権力者の言いなりになるようにしつけるのが良いしつけでしょう。 でも、私は『すべての人は平等に生きる権利があるだから、そこにある食料は誰でも食べていいんだ』ということを知ってもらいたかったのです。 そして、そんなな中で周りの人のことを考えて全部自分で食べてしまうのではなく、ほかの人の分のことも自分で考えるようにしてもらいたかったんです。 で、「うちにあるお菓子は、どれでも食べたいときに訊かないで食べていいんだよ今は、訊いたからダメ」と答えると、子供はしばらく考えて「じゃあ、訊かないで勝手に食べる」と言っておやつを食べたのでした。(笑)■今回のブログはいかがでした?(^-^) 『まあ、いいんじゃない(^^)』と思われたら、 ランキングボタン↓を押してね(^^)♪
Jun 5, 2007
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