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GWに入りましたね。季節は新緑の季節です。♪First of May♪ ですね。そんな季節らしい横浜の話題をお届けします。 記事はヨコハマ経済新聞からです。三溪園(横浜市中区本牧三之谷58)で4月29日から5月5日まで、「新緑の古建築公開」が行われる。 会期中は、園内の歴史的建造物2棟「臨春閣(りんしゅんかく)」(1649年建築)、「蓮華院(れんげいん)」(1917年建築)とともに内苑奥の渓谷遊歩道が開放され、さわやかな新緑の中で古建築と散策を楽しむことができる。 臨春閣は江戸時代初期、和歌山・紀ノ川沿いに建てられた紀州徳川家の別荘。室内には数寄屋の意匠を取り入れた書院造りの旧態が残されており、内部の各部屋からは三重塔など周辺の景色をたのしめる。 蓮華院は、大正時代に同園の創設者である原三溪が、「廃寺に残された荒れた一庵」という構想でつくり、愛用した茶室。内部の土間中央には、京都・宇治の平等院鳳凰堂の古材と伝えられる太い柱があり、これが同建物の主題と考えられている。蓮華院は、建物の外からの鑑賞のみ。 関連イベントとして、三溪園ガイドボランティアが「新緑のなごやか茶会」(5日)、新緑・花ツアー「三溪園のかくれた植物を知る」(3日~5日)を開催する。 三溪園 広報担当の吉川利一さんは「三溪園の数ある古建築の中でも、臨春閣は外観・内部ともに見応えがあります。ボランティアによる催しで、より深く三溪園を知っていただけると思います。さわやかな新緑が取り囲む三溪園で、日本の伝統文化に気軽に親しんでいただければ」と話す。 公開時間は9時~16時30分(開園時間は9時~17時)。 入園料は大人500円、65歳以上300円、小学生200円。入園料で鑑賞できる。
2011年04月30日
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この新車は、少し前から話題になっていましたね。軽自動車で、このくらいの数値・・・もっと早くに出てもよかったのでは?って気持ちもありますが・・・そこは、軽は軽でいろいろ事情があってデキナイ・・・ いずれにせよ、ダイハツの心意気を感じる一台になりそうです。 記事はWeb CGからです。ダイハツ工業は2011年4月27日、燃費30km/リッターの新型軽乗用車を2011年9月に投入する計画を明らかにした。 ダイハツ工業が2011年4月27日に発表したところでは、同社は2011年度3月期連結決算で、過去最高となる525億円の純利益を計上。前期比で2.5倍の増収となった。これは主に、インドネシア市場の急速な発展やマレーシア市場での需要の高まりによるもので、同期の海外売り上げ台数は、前期比約20%増の36万6000台に達した。 一方、国内販売は、震災の影響で工場の稼働がストップするなどして2011年3月に売り上げ台数が減少。通年で前期比約93%の52万7000台にとどまった。 ダイハツの国内販売は、軽自動車が全体の96%を占めることから、まずは震災の影響を受けた工場を平常稼動に戻すことを目標に掲げ、あわせて被災した販社の立て直しに注力していくという。さらに、「今後の諸環境に大きな変更がない限り……」という条件つきで、2011年9月にJC08モードで30km/リッターの燃費性能をもつ新型軽乗用車を投入する計画を明らかにした。 新型車は、2009年の東京モーターショーで発表された「e:S(イース)」をベースとするもので、ハイブリッド等の先進技術や新基軸を使わず、小型化・軽量化を中心とした従来型技術のリファインで燃費向上が図られる。 エコカー補助金制度の打ち切りや震災の影響で新車販売の冷え込みが続くなか、新型車が市場回復の起爆剤となることが期待されている。
2011年04月29日
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「文士」とか、「古美術」とか・・・鎌倉っぽい単語に、ついつい惹きつけられるタイトルです。 記事は湘南経済新聞からです。鎌倉文士の邸宅を生かした「西御門サローネ」(鎌倉市西御門1、TEL 0467-23-7477)で4月29日・30日、「新緑の鎌倉古美術展」が開催される。 「鎌倉らしさ」をキーワードに伝統的な和骨董(こっとう)から東西の魅力的な古道具、ユニークな小物、仏教美術などをそろえて展示即売する同展。春秋の開催で今回5回目を迎え、アートの視点から鎌倉の魅力を再発見するイベント「鎌倉路地フェスタ」にも参加する。 会場となる建物は1926(大正15)年の建造で市の重要景観建造物にも指定。六角形の窓や階段の手すり、サンルームの形状などから帝国ホテルの設計で知られる建築家の影響を受けているとされる。明治・大正・昭和にかけて活躍した作家・里見惇(とん)が1936(昭和11)年まで暮らし、米軍接収やホテルとして使われた歴史を持つ。 出店するのは、同展代表を務める細田賢さんが営む仏教美術の店「一閑」のほか、女性ならではの視点で古民芸や和骨董を集めた「うまこし」、20代の若くみずみずしい感性を感じさせる和骨董中心の「titcoret」、文士の旧邸の雰囲気に合わせた美しいディスプレーが注目を集める「西澤」、使える小道具がメーンの「ロータス・ブルー」など全8店。 価格帯は数千円~10万円だが、「見て楽しい、買ってうれしい気軽な古美術展」と位置付け、気軽に購入できる品を多くそろえるという。 代表の「一閑」細田賢さんは「館内に一歩入ると、そこはゆったりとした時間が流れている。小さな古美術展だが、大規模な催事では味わえないぜいたくな時間を過ごしてほしい」と話す。「良い季節なので、鎌倉散策も併せて楽しんでいただけたら」とも。 開催時間は11時~17時30分。 このサローネのある場所ですが、鶴岡八幡宮の金沢よりに国大付属中学がありますが、そこから奥へ進んだあたりにありますね。
2011年04月28日
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ホントに突然ですが、靴下 ソックスのことです。あっしは株式会社ハリソンのソックスにしています。この会社は、日本にあります。兵庫県加古川市が本社・工場です。足や靴にまつわるトラブルといえば水虫、外反母趾、靴擦れ・・・じゃないでしょうか。 ここの靴下にしてから、ホントに水虫知らず・・・ 履き心地やモチを考えると、実にコスト・バリューな靴下だと思っています。特に「若杉ウール靴下」は秀逸です。同社の紹介文を載せます。この商品は、水虫でお悩みの方のために、若杉文吉氏の指導に基づき、ハリソンが製造したものです。若杉氏は、日本のペインクリニックのパイオニアであると同時に、「水虫にはウール靴下を」という考えを、30年以上研究し続けてこられました。若杉氏は、「水虫は無駄な発汗によって発症、増殖するのであり、その発汗を抑制するためには、足裏に刺激の少ない肌触りの良いウール100%を使用すること、足を締め付けて血流を妨げてしまう口ゴムを使わないこと」を提唱されていました。ハリソンはその考えに非常に共感し、若杉氏のご指導の下で、この商品を開発しました。 靴の中で蒸れない・・・湿気はすぐに乾きます。嘘だと思うかもしれませんが、風通しが良くて・・・暖かい・・・のです。 そんな靴下、考えられますか!実にハリソンの靴下は、一度履いたら止められない・・・そんな靴下です。ハリソン社のホームページはhttp://www.halison.co.jp/halison/index.aspちなみに、楽天市場の中から検索しても、商品は出てきますね。
2011年04月27日
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話題てんこ盛り! チーム・アミューズ! これはAsahi.Comエンタメ「あじわい夕日新聞」に原 由子さんが連載している文です。この度の大震災の復興のために、少しでもお役に立てればとの思いでスタートした「チーム・アミューズ!!」。元々かなりアットホームな我が事務所アミューズならではのプロジェクトとなりました。所属アーティストが音楽班、俳優班の垣根を越えて結集! みんなで心を一つにして取り組みました。 桑田がテーマを作詞作曲し、福山雅治さんの「桜坂」やポルノグラフィティの「サウダージ」、BEGINの「涙そうそう」など、参加者の代表曲をメドレーでリミックスした曲がついに完成しました。タイトルは「Let’s try again」。音楽で少しでも元気を取り戻し、未来への希望を持って頂けたらとの思いが込められています。 先日、この曲のビデオクリップの撮影があり、全員でテーマの部分を歌ったり、Perfumeと私が歌った「私はピアノ」をパラパラで踊ったりしました。スケジュールの都合で残念ながら参加出来なかったアーティストもいますが、三宅裕司さんを始め俳優陣や、他のミュージシャンも全員一丸となって歌い、踊りました。 「新しい夜明けを信じて」「ニッポンの元気な未来へ みんなで立ち上がれ Let’s try again!!」。みんなで大合唱したら、私自身、笑顔になれましたし、力がみなぎってくるのを感じました。 このビデオクリップ。実は見どころ満載です。福山君、BEGIN、ポルノグラフィティ、そして桑田によるプロレス激闘シーンや、岸谷五朗さん、寺脇康文さんの欽ちゃん走り、三宅さんや小倉久寛さんのAKB風のダンス、それにサンプラザ中野くんと三浦春馬君、佐藤健君、仲里依紗さんの共演。それから私……Perfumeと4人で踊ってしまいました! 4人で並んでいる映像を観(み)てみたら、なんだか一人だけ動きのおかしい人が! もちろん私の事ですけど、そんな事を恥ずかしがっている場合ではありませんネ。笑って頂ければ幸いです♪ 「Let’s try again」の配信がスタートしました。ビデオクリップも配信され、5月にはCD&DVDも発売される事に。収益は全て義援金となります。このプロジェクトが少しでも皆様のお役に立てるよう心より願っております。
2011年04月26日
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河北新報の記事やコラムが気になるのは、あれだけの大震災・大津波を経験した地域の方々約7割近くが購読している「地域紙」だからです。復旧・復興を向かう人々の、日々の明け暮れが紙面のあちこちにちりばめられているから・・・です。 KOLのコラム、河北抄からです。 ノンフィクション作家の柳田邦男さん(74)の講演を仙台市で聞く機会があった。「大人こそ絵本を読もう」と呼び掛けている。きっかけは18年前、当時25歳だった次男の自殺である。 息子の死の少し前、柳田さんは誕生日に彼から『星の王子さま』を贈られた。既に読んでいたので本棚に並べたままにしていたが、死後に再読して感動に包まれたという。 星の王子は「大事な物は目には見えない」「星がみんな君の友達なのさ」と話す。「表向きは子どものために書かれているが、とても深いことを語っている」と柳田さん。 以来、絵本を読む運動を続けている。「大人が読むべき絵本はたくさんある。朗読しながら絵の一枚一枚を隅々まで味わってほしい」と言う。特に読み聞かせは、大人と子どものコミュニケーションに欠かせない。「肉声のスキンシップは子どもの成長を促します」 震災では多くの人が深く傷ついた。心のケアが求められる。絵本は心に潤いを与えてくれる。連休中、親子でお気に入りの本を選びゆっくり声に出して読んでみては。子どもも大人も癒やされる。 大震災で、実に多くの方々が亡くなられました。この時代を、生あるものとして真摯に生きていくことこそが、無念にも亡くなった方々への「精一杯の気持ち」だと思います。
2011年04月25日
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野毛の「センターグリル」。決して今風なお店ではありません。しかし、洋食の老舗を感じさせるグリルです。子どもの頃、親父に連れて行ってもらった。そして、ひとりで・・・自分が人を連れて食べに行くようになった・・・お店です。すっかり忘れていました。そうだ、また食べに行きたいですね。 記事はヨコハマ経済新聞からです。野毛の老舗洋食屋「センターグリル」(横浜市中区花咲町1)が4月20日、日本ナポリタン学会による中区初の認定店舗に認定された。 日本ナポリタン学会は、横浜開港150周年を機に、横浜発祥といわれるスパゲティ「ナポリタン」を横浜の価値として広めていこうと、横浜の地域SNS「ハマっち!」に参加していたメンバーらの呼びかけにより集まったナポリタン愛好家により、2009年9月7日に設立された市民団体。 センターグリルは1946年12月15日創業。米国風洋食「旗印」のロゴマークを目印とする2階建てレストランで、店内は昭和の香りただようレトロな雰囲気。店名は、創業者の石橋豊吉が開業前に務めていたホテル「センターホテル」に由来している。センターホテルは、スパゲッティーナポリタン発祥のホテルニューグランド初代総料理長サリー・ワイルが経営していた。 同店のナポリタンは、戦後の食糧不足時に、先代が「栄養とボリュームのある、おいしいスパゲティをたくさんの人に食べてもらいたい」と考案したメニュー。創業当時から変わらぬ昔懐かしい素朴な味わいで、2.2ミリの極太麺を使い、マッシュルームやスパム、ピーマンなどの具材がふんだんに入っている。価格は700円。かつては、俳優の田中邦衛さんも同店のナポリタンを「うまいねえ」と言いながら平らげ、地元経営者らが通っていた。 当日は、日本ナポリタン学会の田中健介会長から同店2代目の店主・石橋秀樹さんに認定証が手渡され、石橋さんは「中区認定店舗第1号の名に恥じぬよう、これからも市民の皆さまのためにおいしいナポリタンを作りつづけます」とコメント。 また、田中さんは「中区は、ナポリタン発祥のホテルニューグランドや日本ナポリタン学会があり、ナポリタンのホームグラウンドともいえる場所です。センターグリルさんは、古くから横浜の洋食屋の顔として親しまれてきたお店で、催事イベントなど全国でナポリタンを展開されています。今後も、洋食屋さんがたくさんある横浜にナポリタンを普及し、まち全体を盛り上げてゆければ」と話す。 センターグリルの営業時間は11時~21時45分。月曜定休。 スパゲッティーナポリタンは、中区にあるホテルニューグランド発祥の洋食メニューのひとつで、第二次世界大戦後、2代目総料理長の入江茂忠が、連合軍に接収されていたころ、軍用食として出されていたスパゲッティとトマトケチャップをあえてつくった料理にヒントを得てオリジナルソースによって考案し、「ナポリタン」と命名した。 「センターグリル」には、ナポリタン以外にもいろいろな洋食がメニューにあると思います。ちなみに、50年昔、親父に教わったのは「ポークチャップ」です。
2011年04月24日
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この文章は、KOL NET河北新報のコラム河北抄に載っていました。なかなか秀逸だと思いますが・・・「待つ」ことは楽しみでもあろうが、耐えることでもある。詩人の故石垣りんさんは、喫茶店で4時間近く相手を待ったことがあるそうだ。 「何時間待たされても、相手があらわれてくれれば恨めしい思いはあまり残らなかった。いらだちは安心が引き替えてくれたし」と書いている(『ユーモアの鎖国』)。 果たしていつまで待てばいいのか。震災で避難所生活を余儀なくされている人たちにとって、待つことは不安や苦しみばかりであろう。津波で家を流されてしまった人もいる。地震発生から40日がたつのに、避難者の数はいまだ全国で10万人を超えている。 福島第1原発事故の影響などで、県外に避難している福島県民は約3万人に上る。東京電力が先日発表した事故収束の工程表によれば、原発が安定状態に入るまでには6~9カ月かかるという。だがその後、住民が自宅に帰れる日の見通しは立っていない。 いら立ちが安心に変わる時が、一日も早く訪れることを祈る。「私がいちばんおそれるのは」と石垣さんは続ける。「待つアテのなくなることである」 「待つアテのなくなる・・・」、それは人間にとって、絶望を意味するものです。被災という悲しみに追い打ちを加える、絶望です・・・
2011年04月23日
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まず、南相馬市・桜井市長のYou Tube画像。ほんとに毅然と、言うべきことをしっかり言っていますね。こういう人が少なくなったしまった」時代です。当たり前のことを、言うべきときに言う。「当たり前」が賞賛される時代なのです。 それから菅野医師、自身の働きぶりも賞賛に値しますが、被災地暮らしの中で5日後に父親となった明るい話題は本当に賞賛されるべきであります。 記事はAsahi.Com国際ニュースからです。 米タイム誌が21日の特別号で発表した今年の「世界で最も影響力のある100人」の中に、東日本大震災による原発事故で警戒区域に一部が含まれている福島県南相馬市の桜井勝延市長ら、被災地の日本人が2人、世界の政治家や著名人らと並んで選ばれた。 桜井市長は3月下旬、被災直後の現状について、情報不足や物資調達が滞っていることをカメラに向かって11分間にわたって訴え、動画サイト「ユーチューブ」に投稿。英語の字幕付きの映像が登場するなどして、閲覧者が爆発的に増え、世界各地に「フクシマ」の窮状が伝わった。 タイム誌は、「優れた効率性で知られる日本が、弱い立場の市民に応えられなかったことを世界中に考えさせた」と評価した。 壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の志津川病院で、患者らを最上階に避難させながら、診療し続けた菅野武医師も選ばれた。 100人に順位はないが、オバマ米大統領や英仏独の首脳、習近平・中国国家副主席、北朝鮮の金正日総書記の三男、正恩氏らが入っている。 タイム誌の選出と別に行われたサイト上の読者投票では、「福島原発の作業員」が16位に入り、24位のペイリン前米アラスカ州知事を上回った。 福島県南相馬市の桜井勝延市長は22日、米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたことを受け、「私は市の現状と市民の生の声を(ユーチューブを通じて)伝えただけであり、選ばれるべきは南相馬市民と考えます」というコメントを出した。 同市幹部によると、午前8時50分ごろ、通信社から「100人」に選ばれたことを伝えるファクスが市に届き、市長は「何、これ」と驚いた様子だったという。 菅野医師(31)は、「2日前にメールで連絡をもらい、びっくりした。私だけでなく、困難な状況のなか、日本が前を向いて立ち上がっている姿の象徴として、この地域(や自分)が選ばれたのではないか。被災地への応援や励みになればと思う」と感想を語った。 菅野さんは仙台市出身。自治医科大卒業後、宮城県内の病院勤務を経て、2009年4月から2年間、同県南三陸町の公立志津川病院に内科医として勤務した。今年4月初めから東北大学の博士課程で学ぶ予定だったが、その矢先に被災。予定を延期し、今月15日まで町内の避難所に併設された救護所で、治療や全国から来た医療支援チームの調整にあたっていた。 被災直後の3月16日、妻の由紀恵さん(32)が仙台市内の医院で男の子を出産した。困難を乗り越えるような賢さを、との願いを込めて、「怜(れい)」と名付けたという。
2011年04月21日
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酒の銘柄「一ノ蔵」には、ホントに長い間 お世話になってきました。横浜・桜木町駅から野毛へ出るあたりに、その名も「一ノ蔵」という呑み屋があります。そこへ幾度も行きました・・・記事はKOL NET河北新報のコラムからです。 18日、大崎市の蔵元「一ノ蔵」が大震災で中断していた酒造りを再開した。宮城県内の各蔵は被災から立ち直ろうとしている。陰で支えるのは日本酒をこよなく愛する市民たちだ ▼震災後、大手会員制サイトの日本酒愛好グループに属する清水達史さん(35)=仙台市=の頭に、これまで訪ねた蔵の人たちの顔が浮かんだ。どんな状態か。復旧作業を手伝いたいが素人は邪魔かもしれない ▼日本酒好き仲間と相談して義援金を募ることにした。宮城県酒造組合に口座を設けてもらい、1日から受け付けている。「酒の力はすごい。本当に人の輪が広がる」。感謝を込めての募金だ ▼1986年に組合が「みやぎ・純米酒の県宣言」を発表してから、県内の蔵元は糖類などの添加を控え高品質な酒造りに努めてきた。その姿を見て、応援する人が次第に増えた ▼仙台市で毎年秋に開かれる定禅寺ストリートジャズフェスティバルでは、市民有志が2008年から3年続けて「純米酒BAR」を出店、宮城の酒をPRした。今回もその仲間がネットや口コミで募金を広めている ▼「蔵元は誰もやめると言わない。飲む人の顔が見えるからでしょう」と組合の森千博専務理事。震災を乗り越え、やがて蔵出しされる蔵元と左党合作の新酒。「協働」という名の酵母が風味を醸す。
2011年04月20日
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http://kizuna311.com/ 俳優の渡辺謙さんと放送作家の小山薫堂さんが呼び掛け人となって、ウェブサイト「KIZUNA311」が立ち上がっています。 まず、呼び掛け文からです東北地方太平洋沖地震の被害を受けた方々に、心からのお見舞いを申し上げます。そして、一刻も早い復旧、復興を心よりお祈り申し上げます。 この被害を目の当たりにして、私たちは、多くの人々がそうであるように、いま、自分に何ができるだろうか?と、考えました。 そして、エンターテインメントに携わる人間として、「自分に出来ること」を「全力でしよう」と、決意しました。 地震被害の拡大が伝えられる中でも、秩序ある行動をとる日本人に海外メディアは驚きと共に称賛し、復興努力を激励する論調が相次いでいます。こうした状況下で、私たちは改めて気づかされたのです。 いま、この国にある最高の財産は「絆」である、と。 この辛い現状をどう乗り越えていくか、そのカギは人と人との絆[kizuna]にあります。この力で、被災者の方々にとっての光となり得るようなコンテンツをボランティアで作り、そのコンテンツでさらに新たな「絆」を届けられないか、と考えました。 メディアには、それぞれの役割があります。日々報道を続けるマスメディアの切り口とは違った、私たちならではの視点に立って、被災地に、そして世界中に、この絆[kizuna]の力を伝えていきたいのです。 “Tsunami”よりも、“Kizuna”という日本語を世界の共通言語にしたい・・・ そういう想いで、頑張っていきます。 それでは、もう一度 サイト・アドレスです http://kizuna311.com/
2011年04月19日
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こうして一つひとつ、もとの生活に戻れるようになるといいですね。 記事は河北新報KOL NETからです。東日本大震災で中断していた宮城県気仙沼市の朝市が17日、市内に設けられた臨時の会場で震災後初めて再開し、多くの買い物客でにぎわった。 まだ薄暗い早朝、出店した約30の店の前には新鮮な野菜や果物、生活用品が並んだ。津波で漁業に大きな被害が出たため海産物を売る店はほとんどなかったが、被災地を励まそうと函館朝市協同組合連合会が応援に駆け付け、買い物をした人に毛ガニも無料で配られた。 気仙沼市の朝市は毎週日曜日に開催。多い時には100店以上が出店し、市民の台所として利用されてきた。港近くの会場が津波で壊滅的な被害を受け、中断していた。 出店した農業吉田純男さん(63)は「やっと再開できた。お客さんが予想以上に来てくれたのはありがたい」。 買い物に来た伊東よし子さん(63)は「市内の商店はまだ開いていないところがあるので助かる。震災前の活気にはまだ戻っていない」と話した。
2011年04月18日
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これは河北新報、4月11日の社説です。 大震災・大津波から一か月・・・それぞれの胸に、いろんな思いが去来する日の社説をお読みください。あの日、あの時を境に世界が変わった。 3月11日午後2時46分。 大地が咆哮(ほうこう)した。やがて怒濤(どとう)が白砂をえぐり、青松をなぎ倒し、沿岸の街に襲い掛かった。 無邪気に午睡をむさぼっていた赤子が、母親から引きはがされた。「またあしたね」と笑顔で下校したのに、友達はその約束を守ることができなかった。 住民の避難を指揮した役場職員、救助に向かった警察官、取材中の新聞記者もいた。失われたあまりに多くの命に言葉を失う。彼、彼女らの無念を思う。 一体、幾筋の涙が流れたことだろう。愛する者の不在とふるさとの消失という受け入れ難い現実が横たわる。福島県では「原子の火」の暴走がやまない。危機はまだそこにあるのだ。 1カ月という時間は、私たちの胸の奥深くに刻まれた恐怖感や喪失感を癒やすには短すぎる。テレビのCMで繰り返し流れる「頑張ろう」のメッセージは厚意には違いないのだろうが、被災者の耳にはどこか遠い世界の大合唱に聞こえる。 悲しみのふちにとどまることを許す社会であってほしい。ゆっくり喪に服することと、復興の足取りを急ぐことを区別して考えたい。 宮古市で津波の高さが約38メートルに達した。牡鹿半島沖では海底が約24メートルも移動した。専門家が発表する数字が、尋常ならざる地震の規模を裏付ける。 何より被災から1カ月もたつのに、1万数千人の行方がようとして知れない。手あかのついた表現だが、これも「未曽有」だ。被害の実相が分からなければ、人は不安を断ち切れない。 にもかかわらず、被災者は事態を従容として受け止めているように見える。例えば「海が怖い」という言葉は聞いたが、「海を憎む」とは言わない。やがて漁師は凪(なぎ)を取り戻した三陸沖に漁に出るだろう。 震災後、「東北の人は我慢強い」というコメントを幾度となく耳にした。その多くは美徳として語られているのだが、少し違うのではないか。 自然が時に牙をむくことを、豪雪や津波を度々経験してきたわれわれは知っている。同じ自然が魚介類や農産物などの恵みをもたらしてくれることも。 荒ぶる自然も穏やかな自然も丸ごと受け入れ、折り合って生きていく。それは美俗ではなく生活の作法、知恵だった。だから、共生の文化は東北が再出発する際の希望のキーワードだ。 谷川俊太郎さんの詩に『希望』がある。米国在住の国際的ジャズピアニスト秋吉敏子さんが2001年に作曲したバラード『HOPE』に歌詞を付けた。 秋吉さんが作曲に際して想を得たのは、長崎市への原爆投下の翌日に撮影された一葉の写真だった。 若い女性が地下壕(ごう)の中から顔を出し、にっこり笑っている。焦土にあっても、なお絶えることのない希望をこの小曲は伝える。一節を引く。希望 それはこころ あふれやまぬ ひとのいのち よみがえる草木 朝日とともに 明日へとこころは かがやいて
2011年04月18日
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こういうニュースは、待ってました! って歓迎されることでしょう。 記事はレスポンスからです。ローソンは14日、東日本大震災の被災地での仮設店舗の設置などの復興支援策および、LED照明の全店舗導入など震災後の経済活性化に向けた取り組みを発表した。 まず被災地復興に向けた取り組みでは、津波で店舗が流されてしまった地域などに仮設店舗を設置する。岩手県陸前高田市に1号店を建設、今月21日午後から営業を開始する。また被災地で商品の購入が困難な地域には移動販売車を投入する。同じく21日午後から陸前高田市で巡回販売を始める。 ローソンの新浪剛史社長は14日、都内で会見し「コンビニがライフラインとしてより一層レベルアップする。今後より一層スモールフォーマット、つまり近くの小さな店、歩いて行ける店として我々の役割は強まる」と語った。 また被災地の高校生などを対象にした奨学金支援制度を設立する。ローソンから4億円を拠出するほかグループ役職員、加盟店オーナー、店頭での募金などから集める基金を運用して、高校や大学を卒業するまでの間、一人あたり毎月3万円を奨学金として支給する。奨学生には希望に応じてアルバイト先としてローソン店舗の紹介も行うとしている。 一方、経済活性化に向けた取り組みとしては、全国の全店舗にLED照明の節電機器を導入する。現在、約1400店舗に導入済みだが、今夏までに関東地区の全店舗に、さらに来年2月末までに全店舗に設置する計画。新浪社長は「ローソンがやれば他社もやるようになる。そうするとLEDの値段も安くなるし、もっと良いものも出てくる」と述べた。 LED照明器具の店内導入、一つとってもいいことです。こうしていけば、ますますLED普及にも繋がるでしょう。次はやはり太陽光発電・・・ですかね
2011年04月15日
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このたび被災された皆様に 心よりお見舞い申し上げます横浜の街にも、暖かな春の陽気がもたらされてきています。横浜の街から、こんな話題をお届けいたします。 記事はヨコハマ経済新聞からです。横浜公園と山下公園で4月15日より、春の風物詩となっている「よこはま花と緑のスプリングフェア2011」が開催される。 同フェアは今年で33回目を迎える緑化活動普及を目的にしたイベント。会期中は横浜公園で「チューリップまつり」、山下公園で「花壇展」をそれぞれ実施し、花と緑に触れるさまざまなイベントを行う。 横浜公園の「チューリップまつり」では、16万本68品種のチューリップを鑑賞することができる。また、園芸展示をはじめ、園芸相談や園芸講座、横浜市立動物園・山手西洋館紹介コーナーが設けられ、花と園芸用品の販売を実施。会場には木工体験のコーナーなども設置する。 山下公園の「花壇展」では、市内造園業者が手がける本格的な21区画の花壇を展示する。また、区画の中から市民投票を実施し、市民賞を決定。ほかにも、「花と緑の園芸店」や「ポプリ作り」、「多肉植物の寄せ植え体験」なども行なわれ、「庭木・庭園何でも相談コーナー」も設置する。4月28日には各花壇コンクールの表彰式(神奈川新聞賞、横浜市長賞、横浜市会議長賞)を開催する。 今年は、「チューリップまつり」と「花壇展」の各会場本部テントに東日本大震災に伴う募金箱を設置する予定。 横浜市緑の協会の緑化推進課の服部淳さんは「チューリップまつりでは、八重咲きや、オウムの羽のような花、百合のような咲き方をするものなどさまざまなチューリップが咲きます。ぜひ注目してみてください。また、花壇展では花壇の枠にとらわれない芸術的な作品が楽しめます」と話す。 開催期間は「チューリップまつり」=4月15日~17日(10時~17時)。「花壇展」=4月15日~5月5日。詳細は「スプリングフェア2011」公式WEBサイトより。
2011年04月14日
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実は、いま働いている組織からも、若い人たちが何人も東北へボランティアに出かけています。これから行こうという人もどんどん増えています。行く人は、交通費も持参食料ももしもの場合も全て自己責任覚悟で行きます。 一つのこんなレポートがレスポンスに載っていました。「避難所でのこれ以上の死者、状況悪化者を出さない」というのが、ボクが参加するボランティアの活動内容。 具体的にいえば、避難所をまわって状況と困りごとを確認し、求められていることがあれば関連するボランティア団体へつなぐことだ。なかでも病人や障害を持つ人、子供、小さな赤ちゃんを持つ母親など、弱い立場にいる人が避難所での生活に困らないようにサポートしている。 たとえば食物アレルギーを持つ人が、支給される食事を食べることができなくて困っている。発育障害の子供が避難所の環境に適合できなくて困っている。老人を介護する人の数が足りていない……。そんな困りごとを拾い上げ、それらを専門的に活動しているNPOへとつないでいくのだ。 そのために100名を越えるスタッフが、500か所を越える宮城県内の避難所のすべてをまわって状況を確認しているのである。 そして、ボクに与えられた本日のミッションは、各地から物流倉庫へ送られてきた支援物資の中から、避難所からの要望に基づいて必要なものをセレクトして、活動拠点の事務所まで運ぶことである。 仙台港近くに借りている倉庫の周囲は、仙台の街からわずか数km程度しか離れていないのに、仙台の市街地とはまったく異なる風景だった。生活環境が回復しつつあることを感じさせる仙台の街中とは異なり、津波の痕が生々しく残っているのだ。この場所を片付けるだけでも多くの手間を必要とするに違いない。仙台港の周辺では電力供給が復帰していない場所もあった。 荷物の仕分けと運搬をする作業は地味であり、包み隠さず言ってしまえば「ボランティアとしてやっている」という充実感は薄い。しかしこんな裏方作業も、避難所にいる人たちをサポートするためには大切なのである。 荷物を積んでの帰り道に、広大な土地に水没したクルマを集めている場所を見かけた。多くのクルマは、まるで大事故を起こしたかのようなつぶれ方だ。津波が持つエネルギーの大きさと怖さを実感するには充分な光景だった。 余震だか、とにかく大きな地震が続くリスクの中、こうした小さな積み重ねが復旧に向かうのだと思います。大災害に負けてしまうか、いやいや立て直せるか・・・ぎりぎりの人道的行為が積み重なっていきます。
2011年04月13日
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被災された方々を少しでも勇気づける、クルマ関連ネタを載せます。 これはレスポンスに掲載されていました。日本自動車連盟(JAF)は、東日本大震災の発生に伴って編成した「JAFロードサービス特別支援隊」を4月7日より増員したと発表した。 ロードサービス特別支援隊は、主に被害の大きい宮城県・岩手県で被災車両の救援活動にあたっている。第1期支援隊として派遣された隊員24人、次いで第2期支援隊として派遣された隊員28人が3月18日~4月6日の約3週間に1793件の作業を行った。 4月7日からは、北海道本部、関西本部、中国本部、四国本部、東北本部(秋田支部)の合計38人で編成した第3期支援隊が第2期支援隊と入れ替わりで活動している。現地では、依然として津波などで移動できなくなった車両も多い。 ロードサービス特別支援隊は、主に自治体の災害対策本部の要請に応じて被災して動けなくなった車両を移動する作業に従事している。 今後、主要道路の復旧やガソリン供給の回復が進むにつれ、通常の救援依頼も増加することが見込まれるため、第3期では受付指令要員もロードサービス特別支援隊に加えて大幅に増員した。 こうした活動が、一日でも早い復旧に役立つことを願って止みません。
2011年04月12日
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東日本大震災により、不幸にも、お亡くなりになられた皆様のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災者の皆様に、心からお見舞いを申しあげます。 今、わが国は、かつてない国難に直面しております。こういう時こそ、私たち一人ひとりが心をひとつにして、いまわしい天変地異に立ち向かうことこそが重要であります。「あっしだけの日記」も、この一か月間、哀悼の気持ちを込め、穏やかに謹慎するつもりで休止してきました。しかし、これからの長い長い復旧・復興の道のりに何かお役に立てないのか? 義援金や復旧応援で現地の役に立つこともありますが。ブログの役割を生かして、何かお役に立てることは無いのか。考えてきました。 そんな気持ちで、今一度、立ち上がることといたします。この「あっしだけの日記」を見て、被災に遭われた方々・・・また、傷ついた方々が少しでも癒やされ、元気づくことを願って止みません。どうか、一日でも一刻でも早く。まず気持ちを立て直され。これからの人生を前向きに、直向きに生きていかれますよう心からお祈り申し上げます。
2011年04月11日
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