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”この時期お参りされる方は滅多にいらっしゃいませんが・・・”霊苑事務所のおばちゃんは電話の向こうでやさしく諭すようにこう言った。”そうですか。そこまで車で行けることは行けるのですか?””はい、それは大丈夫です。でも、墓石も半分以上雪の下ですけれど・・・””そうですか・・・。とりあえず行くだけ行ってみます”一年前、その霊苑のある丘を訪れたのは4月だった。一面の雪景色からわずか20,30cm顔を出している墓石が並ぶ中、僕はタクシーの運転手さんと雪をかき分け一つの墓石を探した。今日はそれよりも1ヶ月以上早い。僕はホテルを出、酒とお花を買い、たくさんのタクシーの中の1台に乗り込んだ。”ま、まるで3月か4月の陽気ですよ。いつもならこ、この時期路面なんか見えないですからね”人のよさそうな運転手はつっかえながらよそ者の僕に旭川のことを話してくれた。車が山の登り道に入る。山の中腹に旅館があるせいか道路は除雪がされていた。車内に強い日差しが右から左から差し込む。”これ、帰りは山の上からタクシー呼べますかね?””あ、まっ、待っていましょうか。どうせ暇ですからね”僕は30分ぐらいで戻りますと告げ、タクシーを降りた。懐かしい景色。一面の白い世界から顔を出した春の新芽のように墓石が整然と並ぶ。時が止まった世界。僕は一年、またこの世界に近づいたことになるのだろうか。新雪に足を入れると、膝近くまで埋まる。何歩か歩いていくうちに、積雪がどのくらいか分かってくる。そしてそれは去年とほぼ同じぐらいの量であることが分かった。僕は汚れをしらないバージンスノーのなかを乱暴に踏み進んだ。僕は足跡を友人のお墓の前までつけたところで止まった。静寂のなかで白い息を吐く。その横の墓碑には去年はなかった友人の名前が書き加えられていた。僕はカメラをポケットにつっこみ、雪をかき分けた。新雪は簡単に払えたが、墓石近くは氷ついていた。お花を供え、缶チューハイの栓を抜く。”ひさしぶり・・・ちょっと飲もうか・・・”墓石の冷たさは、あの時を思い起こさせた。山を降りて、暗くなるのを待って街へ出る。アイスバーンと化した歩道を背中を丸めながら慎重に歩く。そしてホテルから数分のジンギスカンの店へ入る。若い人で溢れた店内の隅の方で、厚く切られた生ラムを食べる。ご飯の香りがよかった。普通に炊いているだけ、炭を入れるぐらい・・・と店主は話していた。噛みしめる瞬間の香ばしさが素晴らしかった。店を出て夜の街を再び歩き始める。ふと、交差点の湯気に目が止まる。角々に行商のおばちゃんのような人が何かを売っている。近寄ってみると焼き芋だった。リヤカーは無く、じかに機械が置かれている。写真を撮りたくて、1本購入しようとすると”写真が撮りたくて買うんなら売らんよ”こう言われてしまった。なんでもここでの販売は禁止されているけれど、年寄りなのでお目こぼしを受けているということ。だから撮られてそれがどこかで使われるとここにいられなくなるというのだ。氷点下にもなろうというこの寒空の下で何枚も着込みうずくまるようにしているおばあちゃん。80になるというおばあちゃんの、その着込んだ奥からのぞかせる笑顔はとてもやさしく若々しかった。僕は小さめのを1本買い、その場を離れた。明日は雪になるらしい。丘の上の足跡もいずれ消えてしまうだろう。何事もなかったかのように。少し冷え込みが厳しくなってきた。僕は閑散としたネオン街を抜けホテルを目指した。ポケットの焼き芋が温かかった。
February 22, 2007
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明日、旭川へ行ってきます。天気予報では久しぶりの晴れのようです。(それ以降1週間は雪の予報)気温は最高が3℃、最低が-13度。おそらくこれは暖かい方なのだと思います。1年前、自転車で目指した場所へ行くつもりです。あの丘の上で、澄み切った空気を吸うために
February 21, 2007
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煙突は高いきっと低いとみんなが咳き込むからだろう汚水は地下を流れるきっと地上を流れるとみんなが眉をひそめるからだろう用のない犬は埋められるきっと醜い犬の姿をみんな見たくないからだろう都合の悪いものは隠される。これからたくさん。僕らの欲が尽きるまでこれからもたくさんそしてこの地球はそんな僕らにまだまだ寛容だ。10年経って桜が卒業式の花になり100年経って北の大地から雪が消えて1000年経ってドームの中で暮らすようになったとしても僕らの行為は繰り返されていくのだろう”100年安心”などと恥ずかしげもなく公言する政党が動かすこの国で僕はなんだかんだ言いながら今日も生き恥をさらしているもう一度立つべきスタートライン探しながら・・・せめてあと10年でいい。健康な心と体で過ごすことができたらそれで十分だと思う今年の桜は存分に堪能しようと思う
February 20, 2007
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朝方、薄暗い中で眼を覚ますと、雨が滴る音が耳にとどいてた。昨夜からの雨は更に強くなっているようだった。僕は手探りで携帯を探し、その時間を見る。思ったほど眠っていなかった。まだ像のぼやけたままで二件のメールを送り返してから、ベッドの端に寄ってしまっている布団にもぐりこんだ。昼過ぎに再び目を覚ました時は、窓の外で子供がはしゃいでいた。どうやら雨は上がったようだった。”昨日飲んだ友はこの時間どうしているだろう・・・”僕はゆっくりベッドから這い出し、見当たらないスリッパを探した。夕刻、図書館まで散歩、と家を出て雨上がりの立体的な空に気づき、カメラを取りに引き返した。一日はもうじき終わる。何もしていなくてもでも、昨日とは何かがずいぶん変わったようにも感じるそんな一日だった。
February 18, 2007
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2日前、夜一人静かに髪を切った。昨日、Moulin Rougeを観て何度も泣いた。今日、図書館で借りた返却期限の過ぎた本を読みながらコーヒーを淹れようかどうしようか僕は迷っている。そして明日、久しぶりに友人達が集う場所に行く。夜は雨が降るようだ。この1年、僕は何をしてきたのだろうか。そしてこれからの1年、僕はどこへ向かうのだろうか。きっと、あのなんの変哲もないノートが字でぎっしり埋ったとき、今よりだいぶマシになっているだろう・・・それだけは確かなような気がする。
February 16, 2007
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ここでずいぶん料理の写真を載せてきたけれど、お菓子を載せるのは初めてじゃないかな。実はここ数日、時間があればシフォンケーキを焼いている。今日で4度目(プレーン、アールグレイ、抹茶そして今日がこのよもぎ)。今回はだいぶマシな出来なのでこうしてお披露目することにしましたが、これまでは散々でした(涙)焼き加減はまだイマイチですが、生焼けが無くなったのは大きな前進。これでもレシピの倍の時間焼いているのだけれど。。。ケーキ作りって甘くないですね(笑)
February 12, 2007
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昨日、ミクシィでおもしろいものを見つけた。「オーラソーマリーディング」という占い。(ちなみにミクシィは一応”籍”はあるけれど、完全に放置状態です^^;)104本のカラフルな瓶の中から4本を選んで、その組み合わせからいろいろなことを占うというもの。元来、占いにはほとんど興味のない僕。”瓶の色で何が分かるんじゃ~、キサン!”とリリーフランキーのオトンのノリでバシバシッと4本を選んだ。結果は・・・◆ 一本目 魂のボトル(あなたの本質を示します) スピリチュアルな感覚が開かれています。深い洞察力で物事を理解し、シックスセンス(第六感)にも優れている人。目に見える現実的な事柄だけでなく、見えざる存在の力を信じ、人生においての判断を叡智の力に委ねることができるでしょう。自分が守られている存在であるという深い自己信頼を持っています。良いことも悪いことも含め自分に訪れる出来事すべてを人生において受け止めるべき課題として認識し、直感的な判断で正しい選択をしていけるでしょう。◆ 二本目 チャレンジ&ギフトのボトル(あなたの過去と乗り越えるべき課題を示します) フラストレーションが溜まっています。怒りや不満を山ほど抱えた状態でしょう。何か、大きな物質的損失をした経験を引きずっているか、性的な問題を抱えていることが考えられます。心の底では、自分をわかってもらえないと思っているようです。愛を形あるもので欲してしまうため、得られない苦しみが多く伴ってしまいます。◆ 三本目 「今ここ」のボトル(現在の状態と気づきを示します) 自分の心からの感覚を取り戻しつつあります。あなたのなかで、豊かな感性が目覚めはじめました。自分のフィーリングを大切にしましょう。感覚的なコミュニケーションを恐れずにいれば、どんな人とも喜びを持って接することができるようになるはず。クリエイティブな能力を活かしてください。何か創造的なことをはじめると良いでしょう。五感を目覚めさせることが本来持つ豊かな表現力を活性化させ、心からの交流が育まれていくでしょう。◆ 四本目 未来のボトル現在の状態からどう変わっていくか、未来の可能性を示します) あなたは、叡智を手に入れています。自分自身の能力を的確に把握し、それを現実的な力として発揮することができます。平和的な心を持ち、多くの人を受け入れます。また、多くを与え、導いていくでしょう。カリスマ的な静けさを湛えています。周囲から非常に信頼され、強い影響力を持ちます。あなたは、自分のなかの苦しみやかなしみなどネガティブな感情を、自分自身の手によってポジティブな力へと変えていくことができるのです。ということでした。ふ~ん、結構おもろいやん。(まだオトンのまま^^;)みなさんも暇つぶしにいかがですか?オーラソーマリーディング
February 9, 2007
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ステーショナリーにあまりこだわりはないのだけれど、いざ何かをメモしようとした時に手にしたボールペンの書き味が悪いと腹が立つ^^;たまに”あ、これいいなぁ~”というヤツにも出会うのだが、今回ほど惚れたのは初めてかもしれない。その名は「uni-ball Signo RT 0.5」!(どでもいいことだけれど、替え芯はUMR-85N!!)これからはどこでもこれを使いたいので一生分!・・・とはいかないが、数年分(と思われる)まとめ買いしてきた。小学生の頃は無類の漢字好きのひつじ少年だったが、最近ではちょっとここでは言えないぐらい初歩的な漢字が書けなかったりする。メールとか打ってる時に度忘れしてもなんの問題も無いが、公の場で小学校レベルの漢字が出てこないと信用問題だ^^;その昔、マンションの契約を交わす席でかなり初級の漢字が出てこなくて冷や汗をかいたことがあった。その時は運悪く(というか自業自得なのだが)二日酔いで酒臭かった。髪もボサボサ、目は充血。ひつじ 「あの~、XXXってどう書くんでしたっけ」オーナー「○○○です」きっぱり。笑いも冗談もなし。日差しが差し込む部屋で、僕だけ寒かった・・・^^;はぁ・・・いい機会なので、これからはもっと字を書こうと思います。漢字検定でも受けようかなぁ・・・ぼそっ↑誰の辞世の句だか分かりますか?
February 7, 2007
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日本時間で今朝、スーパーボウルが行われた。スーパーボウルとはアメリカンフットボールの決勝戦だ。(そのテレビ中継で流されるコマーシャル枠の価格は世界で最も高価であるらしい Wikipedia )僕は小学生の頃からこのスポーツのファン。理由は単純、母親に買ってもらったルーズリーフのバインダーが今日行われたスーパーボウルの試合場を本拠地に持つマイアミ・ドルフィンズのモノだったというだけだ。そのバインダーにはその頃の全チームのヘルメットが印刷されたしおりのようなものがあり、幼い僕は総武線の駅名を憶える代わりに、それらのマークと名前を憶えていった。当時どの海外スポーツも同じだが、アメリカンフットボールはとりわけ日本での扱いが低かった。ブラウン管にマイアミの青い空の下のイルカのマークが映るのを見るまでずいぶん長い年月がかかった(笑)それが今日はハイビジョンで生放送。全く素晴らしい時代だ。ナショナル・アンテムはビリー・ジョエル、ハーフタイムショーはプリンスだった。ドルフィンズがスーパーボウルに出るときは、二ール・ヤングとレッチリでお願いしたいものだ。彼らが現役でいる間にイルカさんには是非がんばって欲しいものなのだが・・・
February 5, 2007
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天気があまりにもイイので自転車に乗った。ウエストバッグにカメラを入れて・・・街中の人の波をすいすいとすり抜ける。時々、人につかえることもある。でも全然気にならない。天気が良いから。帰宅まで約3時間半。ところどころでカメラを取り出してはシャッターを切ったので、正味2時間半ぐらいは走ったかな。距離にすると、う~ん35kmとか40kmかな。(僕はいつも1時間15kmで計算してます。あ、ちなみにサイクルメーターは壊れました^^;)実は少し気になることがある。一眼レフを買ってから特にそうなのだけれど、自転車と写真のバランスがなかなかうまく取れないことだ。走りに熱中しているときはそれでよい。画になるようなものを探してのんびり走るのもよい。でも、知らないうちそのどちらでもないような状態で走っていることがあり、人にぶつかりそうになったり、道を踏み外しそうになっていることがある。結構危険なのではないだろうか。自転車で旅をする楽しみを覚えてしまった僕には、これから先ずっと付きまとうジレンマなのかもしれない。。。
February 4, 2007
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昨晩、夢の中で友達に殴られた。グーで2回。夢の内容はもう大部分忘れてしまったがとにかく殴られた。そして目を覚ました。僕はうつ伏せで寝ていた。手の上に顔を置いて。”ふ~っ、なんとも言えない夢だったなぁ。。。”と体を起こした。そして左のほほ骨辺りに違和感があるのを感じた。そこは先程見た夢でまさに友達に殴られた場所だった。・・・その違和感の理由はすぐに分かった。それはうつ伏せに寝ている間に手の関節の硬い部分が丁度ほほ骨あたりに当たっていたのだった。不思議だ。痛みを感じた脳が夢のストーリーを組み立てたのか、それとも、進行していた夢に突発的に殴られるという場面を挿入したのか。もう会うことの出来ないその友達に殴られたその頬は今でもまだ、かすかに違和感が残っている。
February 2, 2007
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今日『おおきな木』という絵本をいただいた。大人になってから絵本をいただくのはこれで2度目。わずか数ページにシンプルな絵とわずかなひらがなが並ぶ。読んでしまうのに数分しかかからないが、その余韻は長く心に残る。僕の生きる現代は、自分の人生をどれだけ素晴らしいものにするかという観念が広く浸透しているように思う。それはとても大切なことではあるが、ともすると他人を省みず、常に求め過ぎ、自分本位になりがちになる傾向もある。昨日読んだ「東京タワー」のオカンもそうだけれど、何も見返りを求めることなく、静かに変わることなく与え続けることの尊さをこの数日考えさせられている。切り株になってなお、相手への変わらぬ愛。どんな小さな単位でもいい。心から相手を思いやれる、そんな仲間の輪をこれからの人生で作りたいものだ。
February 1, 2007
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