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2012.10.27
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カテゴリ: 読書案内
【東京奇譚集/村上春樹】
20121027

◆どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず

私が個人的に好きな小説家をあげたとして、やはりこの人、村上春樹ははずせない。絶対に。
多感な高校時代、世間はバブルに沸いていた。時を同じくして、村上春樹の『ノルウェイの森』が同級生たちの間で話題となり、自分たちより2~3歳年上の大学生が主人公となっていることに、度肝を抜いたのだ。
そこには、主人公の親しくしている彼女に精神の異常が感じられたり、自殺があったり、恋愛とは無縁のセイ行為があったりする。なんというドラマチックな世界観なのだろうと、ショックを受けたものだ。だから、成人してからも村上春樹に対する熱は冷めず、その小説にある、東京の夜景が見渡せるようなお洒落なカフェ・バーで「サラダを食べ、ペリエを一本飲む」生活にあこがれ続けた。
だがバブルは崩壊し、私自身、恋愛がそれほどお洒落なものではないことを知ってしまった。
そのあたりぐらいだろうか、村上春樹作品への執着は薄らいでいったような気がする。

村上春樹作品と出合って20年以上が過ぎた今、あのころとは違う思いでページをめくっている自分がいる。最近の私はリアリズム文学に傾倒する嫌いがあって、村上春樹の作品でいうなら『東京奇譚集』が秀逸だと思っている。これは、村上春樹自身の身に起こった(あるいは身近な人からの伝聞的なものも含む)「不思議な出来事」で、ほぼノンフィクションの形態を取っているという演出(?)だ。5つの短編だが、どれも良かった。私はこの世の中の偶然は、偶然でありながらも実は必然的なものなのではという考えを持っているので、『東京奇譚集』は、私の思考に滲むように浸透していった。
とりわけ好きなのは「偶然の旅人」という作品だ。ピアノの調律を仕事にしているゲイの男が、偶然出会った女性とのやりとりで、疎遠になっている姉のことを急に思い出すまでのプロセスを描いたものだ。性的マイノリティーのことや、乳癌というかなり深刻なキーワードが出て来るにもかかわらず、作品に荒んだものは微塵も感じられないし、むしろシンプルで前向きだ。
村上春樹が日本の作家でありながら、どうにも日本的なものを感じさせないのにはいくつか理由がある。本人の著書に具体的な記述を見つけたのでここに紹介しておこう。
「意識的に日本の文学を自分から遠ざけておくことによって、自分の文章スタイル(そしてその先にある小説のスタイル)を徹底してオリジナルなものにしてみるのも面白いんじゃないか(中略)今ここにある自分の偏った読書傾向、教養体験をそのままのかたちで保持し、より深く追求していくことによって、その結果小説家としての自分がいったいどのような地点に行き着くのか、それが知りたかった」


村上春樹のオリジナリティーを損なわないためにも、やはり彼の中で帰結した独自の方式で、これからも多くの作品を発表してもらえたらと思う。

『東京奇譚集』は、作者自身が冷静なまでに、自他と過去の記憶と偶然とを見つめ直した結果、生まれた必然的小説だと思う。そこからは、私たちはぼんやりと、普通に生きているだけで、実はとても意義のあることなのだと気づかされる。
世界平和を声高に叫ぶことだけが文学ではないはずだ。日本という枠組みに囚われず、自由な表現舞台で活躍する村上春樹を、これからもずっと応援していきたい。そして、愛読していきたい。

『東京奇譚集』村上春樹・著


~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル


◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!





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最終更新日  2012.11.11 06:15:27
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