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2012.10.31
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カテゴリ: 読書案内
【お目出たき人/武者小路実篤】
20121031

◆片思いが片思いでない人

若かりしころの恋とは、一途で、盲目で、とにかく後先のことは考えていなかったような気がする。しかも片思いが相場と決まっていて、相思相愛などあり得なかった。
いつのころからか、そういう腫れ物に触るような恋とは異質の、もっと打算的であっさりとした友愛的な感情に変わっていった。それは年を重ねるごとハッキリして、シングルであることが寂しくない程度の、刺身のつまみたいな感覚に変化してしまった。だがそれはよくよく考えてみると、恋という摩訶不思議な感情に溺れ、自分を見失い、傷つくことを恐れる余りの、自己防衛本能であるとも受取れる。

『お目出たき人』に登場する主人公は、恋に恋する青年の失恋するまでのプロセスを描いている。片思いに苦悩するというのと少し違って、これを恋と名付けて良いものかどうかと迷ってしまうところだが、あえて恋と呼ぼう。話したこともなく、ただ主人公宅の近所に住んでいたという偶然の成り行きで、その女子が恋のターゲットとなったわけだ。
始終、女に飢えていると自覚する主人公は、手を代え品を代え、恋する女と結婚の約束を取り付けようとする。もちろん、間に人を介するのだが。
主人公は、この恋という尋常ではない感情に身を任せ、詩人となり、夢追い人となり、お目出たき人となるのだ。まっとうな成人男性なら、なかなかここまで恋する男に身を投ずることは出来まい。
正に、タイトルどおりだと感心してしまったのは、恋する女が女学校を4番という優秀な成績で卒業したのを知る場面だ。主人公は我が事のように喜び、鼻が高い気持ちになる。(しかし、この時点で女とは何の進展もなく、ただ一方的な片思いの状況だ)
そして主人公はふと思い出すのだ。そう言えば、自分が学習院を卒業する時、ビリから4番目だったな、と。意味は違うがお互い4番目同士だと嬉しく思うのだ。
このくだりを読むと、私としてはとにかくツボにはまってしまい、それはもう愉快な気持ちになってしまう。恋って、人をお目出たくしてしまう甘美な毒なのだろうか?

物語のラストは、当然の結果とも言える終い方なのだが、それがまた驚くほど楽観的で前向きだ。誰も傷ついていないし、むしろロマンチックに幕を閉じている。これはひとえに、著者の博愛精神によるものなのか、純粋さによるものなのか、いずれにしても、失恋が失恋の意味を持たない青春の明るさを感じさせてくれる作品となっている。


『お目出たき人』武者小路実篤・著


~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず


◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!





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最終更新日  2012.11.11 06:14:25
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