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番組内で紹介されていた『誕生死』。琴子を失ってからすぐにこの本に出会い、すぐに購入した。ネットで購入したので、宅配業者が届けてくれて、その直後に読み始め、一気に読み終えた。一人じゃないっておもえたのも、この本が自分の感じている悲しい、苦しい気持ちを代弁してくれていたから。それも、実際に子供を亡くした親のそのままの言葉だったから、凄く泣けたけど、凄く凄く励まされた。ただ、この本を読んだからって、すぐに立ち直れるわけではない。それでも、この本が出版されていたことに感謝したし、私も愛読者カードに気持ちを綴って、投函した記憶がある。番組を見るまでは、なんとなーく不安だった。最近、誕生死を経験したこともないのに、『誕生死を乗り越えて前向きに生きよう!』なんていうような講演会を開いちゃっている人とかを知ったりしていたので、この番組が放映されると知ってからは、「営利目的のものだったら嫌だなぁ」と、警戒する気持ちもあった。でもそうでもなかったので、ホッとした。私は誕生死を迎えた人に対し、『前向きに生きろ』なんて言えない。今の私が前向きかさえもわからないし、かなり後ろ向きな私だっている。一生、家から一歩も外に出られなくなったとしても、それは仕方の無いことだとおもう。今日の番組で紹介されていた二組の家庭は、誕生死のお子さんの後、新しい命を迎えている。でも、胎盤剥離でお子さんと子宮を失った方もいる。胎盤剥離だけでなく、向井亜紀さんのように、子宮とお子さんを失くしてしまう方もいる。不妊治療で授かった命が、お腹の中で亡くなってしまい、その後も治療に励まれている方もいる。妊娠するのが怖くなったと、子供を授からないようにしているご夫婦もいる。子供を亡くした苦しみを一番身近に理解し、感じあえるからこそ、離婚してしまったご夫婦もいる。そして、離婚してしまったけど、死んでしまったあの子の妹弟は元夫との間にしか生まれないのだと苦しんでいる方もいる。誕生死で子供を失った後の妊娠、出産で、再びお子さんを亡くされる方もいる。生まれたときから体の都合でお子さんを授かれない方もいる。誕生死とはいえ、私の場合はお産の最中には子供が生きていたので、出産するときには不安や悲しみはないままに挑んでいた。でも、今日紹介されていた方たちのように、お腹の中で亡くなってしまった子供を産むというお産は、ごめんなさい、こんな表現をしてしまうことを正しいのかはわからないけど、本当に地獄のようなお産なのではないでしょうか…だから、私は自分のお産を語るとき、自分とは違う誕生死を迎えられた方への気持ちを忘れないようにしている。それがときには浅はかな気遣いとなってしまうこともあるのかもしれないけど、私の経験上、下手糞でも表現には気をつけている。だからこそ、『誕生死を無駄にせず、前向きに生きていきましょう!』なんて言えない。そう想える日がくることを祈る心もあるけど、それは本来、宗教家がなすべきことではないかとさえおもっている。私が自分の話の中で前向きになれているようなことを話すことがあるとしても、その裏では後ろ向きでいまだに凹んだりしていることもある。誕生死の存在が認められればそれはそれで嬉しい気持ちもあるけど、営利目的だけで扱う人の出現もおまけのようについてきてしまうようで、悔しい気持ちもある。これはどこでもあることなのかもしれないけど、今日のように、実際に体験した方のお話をこれからも続けて欲しい。多くの天使ちゃんたちは戸籍に載せられないけど、立派な命です。私たちと同じ、人間です。
2006.11.16
先週の土曜、琴子の新しい位牌が出来たことと、節目とは違うけど、戸籍に載ったということで、両家の祖父母も招き、他県に眠る琴子の地へと行き、法要を行ってきた。死産でも新生児死でも、何か特別に違いがあるとはおもわないのだけど、私はおもわないのだけど、琴子が戸籍に載ってから、「死産との扱いの違い」は感じている。それを自分たちが強調してしまうかのようで、なんだかちょっと後ろめたい気持ちもあったのだけど、子供が天国にいると、地上の親は想う以外にしてあげられることがあまりなく(あるんだけど、他者との接点がないというかなんというか…)、ついつい用事をおもいついてしまう。で、『位牌を直そう』に至ったわけだな、と、自己分析。新しく彫られた位牌を見て、びっくりした。表面は戒名が同じだから、特別大きな変化はない。驚いたのは裏面。前までは『死産』とだけしかなかったようなものだったのに、『○○(旦那の名前)の長女』とあるのだ!!!えーッ!?なんだかやっぱり、宗教の中の差別があるわけ?ただの因縁は言わないようにしたく、極力そうあるように努力をしているのだけど、だからこそ、和尚さんには言えなかったけど、でもなんだか悲しかった。前の位牌にも、せめて『○○(旦那の名前)の娘』くらい、彫っておいてくれればまだ良かったのかもしれないけど、なんだか死産の頃の琴子は、宗教界においても、私たちの娘とは認められていなかったような気がして、本当の仏様はそんなことはないのだろうけど、やっぱり現世に生きている宗教者たちには、こういう意識はないのだろうなぁと、別に私は悟っているわけではないのだけど、妙に悲しくなった。法要を迎える数日前に、友人天使ママさんに電話で話しをしていた。ちょっと別の用事があって電話をしたのだけど、やっぱり話は天使ちゃんのことになる。それと、周囲の人との付き合いの上での悩み。その会話の中で、「死産だと、扱いが軽くなる」ということがあった。電話で話していた友人天使ママさんには先に一人、地上のお子さんがいて、このお子さんのお付き合い上でのママ同士の会話の中で、友人天使ママさんが天使ちゃんのお話、お産の話をしようとおもったら、「気にしなくていい」というようなことを言われたそうだ。気にしなくていいって、じゃぁあなた、自分のそのお子さんが死んでしまっても、あなたは気にしないの? と言いたい。私だったら言ってしまっていたかもしれない。もし言っていたとしたら、そこでもしかしたら、最悪の場合、相手の口から 「そりゃ違うよ、あなたの場合は死産でしょ?」と言われてしまうかもしれない。いずれにしても、私たちにはそう言っているようにしか聞こえない。この会話の中で、友人天使ママさんの言葉が今でも私の心に響く-『じゃぁあなたは赤ちゃんの遺体を見たことはあるの? って聞きたい』そう、本当にそうなんだよね、死産を軽く扱う人に言いたい、あの遺体を見たら、どうおもうのかと聞きたい。生きた人の死と死産と、一体何が違うというのか。記憶? 記録?じゃぁ、私たちのお腹の中で生きていた日々は、生きて生まれない限りはなんの意味も持たないのか?記憶に残してもいけず、記録にすら残されないことなの?戸籍には残せなくても、位牌には残してくれてもいいじゃない。和尚さんは法要の後、ご自身の親も、幼い頃に二人のお子さんを亡くしていて、要するに自分にも亡くなった兄が二人いるのだと話してくれた。「人は必ず、意味をもって生まれてくる」と話された。それはありがたいことなのだけど、私は意味がなくてもいいから、琴子には生きていて欲しかったとおもうこともある。意味のない命はないというから、生きていても死んでしまっても、琴子の命には意味があったわけだけど…でも、これは死産だって同じことなわけで、お話と位牌が矛盾しているぞ!!!! と、ちょっとおもっていたまま、新しい位牌を胸に、無事に家に着いた。もしかしたら私の不満は、「戸籍に載ったので、お位牌に直すべきことがあれば…」と相談した段階で、「いえいえ、死産も新生児死も同じですから、そのままそのお位牌を大事にしてください」と言われなかったことから始まっていたのかもしれない。私の中にある矛盾も認めつつ…
2006.11.14
お久しぶりです。体調が少しずつ良くなってきています。ご心配くださった皆様、ありがとうございます。書き込んでくださった方、メールで励ましてくださった方、この場にて御礼申し上げます。また少しずつ、ブログを再開していきますので、宜しくお願いします。今日、ニュースで《赤ちゃんポスト》を設置したという病院の話があった。ドイツの方ではかなり多くの病院に設置されているそうで、育児放棄、自信喪失のお母さん達が、顔を見られることなく、赤ちゃんを入れていけるというのだ。まぁ色々なご意見もあるでしょう。でも虐待で子供を殺してしまったり、最近は聞かなくなったけど、コインロッカーに捨てていくとか、同じように捨てていくでも、子供が死んでしまうよりは生きていく可能性が多く残されているから、悲しいけど、こういうことも必要なんだろうなぁとおもった。うちにも作るかなぁ、赤ちゃんポスト。琴子を天国に預けている私としては、どの赤ちゃんにもご縁を感じちゃう。ちなみに、赤ちゃんポストに赤ちゃんが預けられると、同時に産科に合図があるそうで、それも設置施設は24時間体制の病院に限るから、すぐに赤ちゃんは保護できるとのこと。あと、これはドイツだけでのことで、日本ではまだなのかもしれないけど、その赤ちゃんポストには、子供を置いていく母親が後で悔やんで引き取りに来たいとおもったときのために、手紙も入っているそうだ。琴子が死んでしまってから納骨まで、ずっと毎日、琴子に手紙を書いていた。折り紙の裏に手紙を書き、それを折鶴にして、納骨のときに、一緒に土に埋めた。子供を置いていく母親に向けた手紙と聞いて、何故か琴子への手紙を思い出した。あの手紙を琴子は読んでくれたかな?まだ3歳だから、もう少し大人になってから、「お母さんからだよ」って、神様から渡されて読んでくれるのかな。天国に通じるポストもあるといいのになぁ。
2006.11.09
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