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嚴陵釣臺送李康成赴江東使 劉長卿潺湲子陵瀬、髣髣如在目。七里人已非、千年水空緑。新安江上孤帆遠、應逐楓林萬餘轉。古臺落日共蕭條、寒水無波更清淺。臺上漁竿不復持、卻令猿鳥向人悲。灘聲山翠至今在、遲爾行舟晩泊時。【韻字】目・緑(入声、屋韻)。遠・転・浅(平声、先韻)。持・悲・時(平声、支韻)。【訓読文】厳陵釣台にて李康成の江東の使ひに赴くを送る。 潺湲たり子陵瀬、髣髴として目のあたりに在るがごとし。七里人已にあらず、千年水空しく緑なり。新安江上孤帆遠く、応に楓林に逐つて万余転ず。古台落日共に蕭条たり、寒水波無くして更に清浅たり。台上漁竿復た持せず、卻つて猿鳥をして人に向つて悲しましむ。灘声山翠今に至るまで在り、遅し行舟晩泊の時。【注】睦州司馬の時の作。○厳陵釣台 浙江省桐廬県の西南の銭塘江にあり。厳光が隠居して釣りをしていたという釣り座。○李康成 『玉台後集』の編者。○江東 長江下流の南岸の地域。○潺湲 水がさらさらと流れるさま。○子陵瀬 厳陵釣台。○髣髴 ぼんやりしているさま。○新安 浙江省淳安県の西南の淳城鎮。○孤帆 たった一艘の帆掛け舟。○楓林 楓(マンサク科の落葉高木。葉は三裂し秋にすこしく紅葉する)の林。○蕭条 ものさびしいようす。○行舟 川を行く舟。○灘声 急流の音。○晩泊 夕方に停泊する。【訳】厳陵釣台において李康成が江東への使者として赴任するのを見送る詩。 水は流るる子陵瀬、髣髴として目にうかぶ。七里の範囲人おらず、いまも昔も水あおし。新安江上舟遠く、楓林に沿い蛇行せん。古台落日さびしくて、川きよらかに波立たず。台上魚釣る人もなく、猿鳥の声いと悲し。瀬音はひびき山あおく今もかわらぬさまなれど、なんじの出船遅くして今宵いづこに宿るらん。
May 18, 2008
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入桂渚次砂牛穴(一本有石字) 劉長卿扁舟傍歸路、日暮瀟湘深。湘水清見底、楚雲淡無心。片帆落(一作遵)桂渚、獨夜依楓林。楓林月出猿聲苦、桂渚天寒桂花吐。此中無處不堪愁、江客相看涙如雨。【韻字】深・心・林(平声、侵韻)。苦・吐・雨(上声、虞韻)。【訓読文】桂渚に入り、砂牛穴に次(やど)る。(一本「石」の字有り)扁舟帰路に傍ひ、日暮瀟湘深し。湘水清らかにして底を見、楚雲淡くして心無し。片帆桂渚に落ち(一に「遵」に作る)、独夜楓林に依る。楓林月出でて猿声苦しび、桂渚天寒くして桂花を吐く。此中処として愁へに堪へざる無く、江客相看て涙雨のごとし。【注】○扁舟 小舟。○瀟湘 瀟水と湘水。合流して洞庭湖に注ぐ。○楓林 かえでの林。【訳】小舟に乗って帰路つけば、瀟湘深く日は暮れる。湘水清く底見えて、楚雲は淡く空に浮く。桂渚をくだる片帆ぶね、楓林に沿い夜に進む。楓林月に猿さけび、桂渚は寒く桂花咲く。此の地の景物なにもかも愁い催す物ばかり、川ゆく我は堪えかねて袖をばぬらす涙雨。
May 11, 2008
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送友人東歸 二首 劉長卿 其一對酒■(サンズイに「覇」。ハ)亭暮、相看愁自深。河邊草已緑、此別難為心。【韻字】深・心(平声、侵韻)。【訓読文】友人の東へ帰るを送る。酒に対す■(ハ)亭の暮(ゆふべ)、相看るに愁へ自ずから深し。河辺草已に緑にして、此の別れ心を為(おさ)むること難し。【注】○■(ハ)亭 唐代には都から旅立つ者を送るとき、長安の東の■(ハ)水にかかる橋まで送り、そこで別れた。別れぎわに柳の枝を折り取って「環」に結び、旅立つ者に渡す習わしだった。「環」は「還」と同音で、再びここまで無事に帰還できるようにとのおまじないであった。【訳】友人が東方へ帰るのを見送る詩。■(ハ)亭の旅籠に送別の酒酌み交わすこの夕べ、故郷へ帰る君の顔みやれば深き愁いあり。明ければ川辺の草青く、別れのつらさいかにせん。 其二關路迢迢匹馬歸、垂楊寂寂數鶯飛。憐君獻策十餘載、今日(一作去)猶為一布衣。【韻字】帰・飛・衣(平声、微韻)。【訓読文】関路迢迢として匹馬帰り、垂楊寂寂として数鴬飛ぶ。憐ぶ君の策を献ずること十余載なれども、今日猶ほ一布衣たることを。【注】○関路 関所を出て次の宿場へ向かう道。○迢迢 遠く遥かなようす。○匹馬 一頭の馬。○垂楊 シダレヤナギ。○寂寂 ひっそりとして静かな様子。○鴬 チョウセンウグイス。○献策 漢代にで策(竹のふだ)に書いた政治や経書に関する問題に対して答える文章。ここでは科挙(官吏登用試験)を受験したことをいう。漢の司馬相如が景帝に仕えていたが長いあいだ不遇だった故事をふまえる。○布衣 庶民の着る麻や葛でつくった衣服。転じて、官位の無い民間人。【訳】関所いづれば道はるか馬に揺られて君は発つ、柳しずかに枝を垂れウグイスあそぶ二羽三羽。ああ君文才豊かにて策を献じて十余年、されども不運にみまわれて未だ仕官の口を得ず。
May 10, 2008
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題曲阿三昧王佛殿前孤石 劉長卿孤石自何處、對之如(一作疑)舊遊。氛■(「气」の下に「温」の右。ウン)▼(「山のみぎに「見」。ケン)首夕、蒼翠●(「炎」にリットウ。セン)中秋。迥出群(一作奇)峰當殿前、雪山靈(一作臨)鷲慚貞堅。一片夏(一作孤)雲長不去、莓苔古色空蒼然。【韻字】遊・秋(尤韻)。前・堅・然(平声、先韻)。【訓読文】曲阿三昧王の仏殿の前の孤石に題す。孤石何れの処よりす、之に対すれば旧遊のごとし(一に「疑」に作る)。氛■(ウン)たり▼(ケン)首の夕べ、蒼翠たり●(セン)中の秋。迥かに群(一に「奇」に作る)峰を出でて殿前に当たり、雪山霊(一に「臨」に作る)鷲貞堅に慚づ。一片の夏(一に「孤」に作る)雲長く去らず、莓苔古色空しく蒼然たり。【注】至徳二載(七五七)春、丹陽県における作。○曲阿 江蘇省丹陽県。○三昧王仏 二十五菩薩の一。○氛■(ウン) 雲気のさかんにたちこめるさま。○▼(ケン)首 湖北省襄陽の山。晋の羊▽(「示」のみぎに「古」。コ)が平生よくこの山に登ったという。襄陽の民が彼の徳を偲んで碑を建て廟を立てて祭った。その碑を見るものが皆なみだを流すので杜預は堕涙碑と名づけた。○蒼翠○●(セン)中 浙江省●(セン)県。景勝地として有名。○群峰 多くの峰。○当殿前 仏殿の前に位置している、ということ。○雪山 釈迦が前世で菩薩道を修行したというインドの山。○霊鷲 ガンジス川中流域にあった摩掲陀国王舎城の東北の山。如来がかつて説法したという。○貞堅 心正しく仏の教えを堅く守る。○夏雲 楊世明校注『劉長卿集編年校注』(人民文学出版社)に「喩孤石峰勢如雲」とするが、考えすぎであろう。入道雲のような夏の雲が孤石の上にかかってたゆたっているという意味に解してよかろう。○莓苔 コケ。○古色 ふるめいている。○蒼然 青々としているようす。【訳】曲阿の三昧王の仏殿の前の孤石に書き付けた詩。孤石よ、そなたいずこより、この仏殿にきたれるや。これに向かえばかつてより旧知のように思わるる。雲わく▼(ケン)山夕まぐれ、青きは●(セン)中の秋のごと。はるかに群峰抜き出でて仏殿前にそびえたち、雪山霊鷲に勝るとも劣らぬ操の堅さかな。なんじの上に一ひらの雲のかかりて立ち去らず、年月を経て古めきてアオゴケむして蒼あおし。
May 4, 2008
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