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今日は土曜日だけど授業参観。雨の中、小学校へ行く。長女ちゃんは、グループに分かれて、辞書の引き方など。次女ちゃんは、確率の初歩の初歩みたいな感じ。じゃんけんして、ますめを埋めていったり。(妙に楽しそうだぞ)懇親会もないので、授業がおわるとさささっと家に戻り、旅支度の仕上げをしていると、上二人が学校から戻ってきた。制服を着替えさせて、みんなで、さささっと家を出る。12時20分頃、関西空港に到着、カウンターに直行すると、ちょうど5席だけ空いていた(が、離ればなれのシート!で、「どうしますか?」と聞かれたけれど強行!)飛行機の出発時間は13時。出国手続きを済ませ、大急ぎで搭乗ゲートに向かい、飛行機に乗り込む。飛行機は、雨の関空を定時に出発。本当にこんなにばらばら。お母さんと長男くんだけが隣り合わせ。次女ちゃんは、その一列後ろ。隣の韓国人のおばちゃんがいろいろ世話してくれたらしい。長女ちゃんは、そのまた4列後ろ。隣は西洋人だった。飛行中、ほとんど昼寝してたって。お父さんは、トイレをはさんで、もっと後ろ・・・。ソウルまでの機内食。ちょうど、お昼ごはん時。2時間弱で、仁川国際空港に到着。入国審査がちょっと混んでたけれど、15時20分頃には両替も終え、外に出られた。公衆電話から、今回の旅の宿を提供してくれるミョンギュ氏の携帯に電話。最寄りの地下鉄の駅に着いたら、また電話してくれとのこと。長女ちゃんがフライト中、ずぅっと昼寝をしてて、お腹が空いたというので、空港内のコンビニで食べ物を買い込み、案内で聞いた市内行きのバスに乗り込む。大人6500ウォン(=650円くらい)キンポまでは25分ほどと、順調に進んだが、その後、そんなにひどくはないが渋滞にはまり、スピードダウン。地下鉄乗り換え地点であるデリム(漢字では「大林」と書く)まで1時間20分くらいかかった。地下鉄7号線に乗り換え10分ほどで目的地チャンスンペギ駅に到着。公衆電話からミョンギュ氏に電話すると10分ほどで迎えに来てくれた。ミョンギュ氏の家は、とんぐゎん教会。(漢字だと「東光」) 駅から歩いて5分ほどで到着。教会員が4000人というでっかい教会(といっても韓国では普通くらいだそう)で、教会内には、幼稚園やフィットネスセンターまで入居している。(幼稚園は教会直営)今回は6階にあるゲストルーム(2DK)を自由に使わせてくださった。かつては、宣教師も生活したことがあるそうで、台所から食器一式までそろっていていたので、食材さえそろえれば、自炊も可能だ。夕食は、ミョンギュ氏が近所の焼き肉屋さんに連れて行ってくれた。ところがミョンギュ氏、夜の12時まで断食中なのに、ずっとつきあってくれた。なんだか悪くて悪くて。(でも、そんなことまったくケンチャナヨなのが、韓国風なのかも)カルビとサムギョプサル(豚の三枚ばら肉)を食べる。ああ、韓国にいることの実感。うまいうまい。1日目終了! ビバ韓国!
2004年10月30日
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今日は野外礼拝。昨日に続き、とってもよいお天気。礼拝メッセージは、教会の一日一章聖書日課、詩篇60篇から。 神よ。あなたは私たちを拒み、私たちを破り、怒って、私たちから顔をそむけられました。 あなたは地をゆるがせ、それを引き裂かれました。その裂け目を、いやしてください。地がぐらついているのです。 あなたは、御民に苦難をなめさせられました。よろめかす酒を、私たちに飲ませられました。 あなたは、あなたを恐れる者のために旗を授けられました。それは、弓にかえて、これをひらめかせるためです。セラ あなたの愛する者が助け出されるために、あなたの右の手で救ってください。そして私に答えてください。 神は聖所から告げられた。「わたしは、喜び勇んで、シェケムを分割し、スコテの谷を配分しよう。 ギルアデはわたしのもの。マナセもわたしのもの。エフライムもまた、わたしの頭のかぶと。ユダはわたしの杖。 モアブはわたしの足を洗うたらい。エドムの上に、わたしのはきものを投げつけよう。ペリシテよ。わたしのゆえに大声で叫べ。」 だれが私を防備の町に連れて行くでしょう。だれが私をエドムまで導くでしょう。 神よ。あなたご自身が私たちを拒まれたのではありませんか。神よ。あなたは、もはや私たちの軍勢とともに、出陣なさらないのですか。 どうか、敵から私たちを助けてください。まことに、人の救いはむなしいものです。 神によって、私たちは力ある働きをします。神こそ、私たちの敵を踏みつけられる方です。同じことばを使いながら、誤解されやすいことば・概念として3つ。・祈り 祈りとは、単なる願い・願望のことばを並べ立てるだけのものではない。 祈りとは、神さまの話を聞くこと、そして会話すること。 詩篇60篇は祈りの詩。神さまに対する呼びかけに「あなた」を多用している。 6節では「神は聖所から告げられた」 どんなことを? あなたがたは「わたしのもの」。神さまにとっては大切な民。 (自身に対する問いかけ そうだ、自分も主の所有なんだなぁ。再認識!) ハレスビー(だったかな?)のことば 祈りはたましいの呼吸 祈りの御霊が(私たちに)祈らせてくださり、正しく(御声を)聞き取らせてくださる。・信仰 礼拝に参加したり、聖礼典にあずかことは、外面的なこと。 信仰とは、まったく神さまとの個人的な関係・信頼関係に基づく。 1節・10節で「拒まれる」という表現。 ダビデの関心事が、神様との関係であったことが伺い知れる。・平安 真の平安は、状況にまったく左右されないもの。 楽しい状況だから、安定しているから、という条件はまったくつかない。 状況とも、自身の気分・心地よさとは無関係。 ならば、真の平安とは何か。 11~12節では、ダビデは超困難な状況にあったことを示す。 そこに、神さまとの信頼関係がある時、目に見えない信仰、超自然的な平安が与えられた。 カナダのあるご夫婦の話 奥さんは、ご主人に対し、全幅の信頼を置いている。ご主人が「任せて」と言ったら、どんなに困難な 状況だったとしても、この奥さん、安心できる(安心してしまう)。お金の工面など、ご主人がかなり、 きびしい思いをするようなことであっても、奥さんは(天然に)ご主人の「任せて」ということばを信 じ切っている。それは、信頼関係が確立されているから。 今日の最後の話(カナダのご夫婦の話)が、と~ってもよく実感できた。神さまにお任せすれば、本当に安心できる。神さまが、信頼するに足るお方だったっていうことがね、やっとやっと分かり始めてきたところ。お任せした方が、確実なんだもん。(それに楽なのだ!とっても!)神さま、祈りも、信仰も、平安も、私にはまったくないものです。あなたこそが、主権者であられ、それらの出どころである方です。あなたの賜物を、さらに豊かに、この身に注ぎ、満たし、あふれさせて下さい。お昼の後は、教会の若者(自称を含む)で、サッカーをしたりして過ごす。夜は、遅番で深夜まで勤務。
2004年10月17日
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今日は幼稚園の運動会。いいお天気で、気持ちよかったです。おおぅっ、長男くん、なんという顔を!金メダルとフラフープをもらいました。
2004年10月16日
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甘いっ!甘すぎるっ!何が甘いかって?それは、聖書のことば。すなわち神さまのことば。本当に甘くって甘くって、おいしくっておいしくって・・・。心の奥底まで、やさしくしみこみ、臨在と平安で満たし、潤してくれる。味だけじゃなくって、実際に疲れた心をいやし、悪い思いを消し去ってくれる。もう、これなしには、やってけない!って感じ。(いや、実際、必要なものだけど・・・^^)ああ、神さま、みことばを感謝します。
2004年10月15日
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今日の一日一章聖書日課は詩篇57篇。ダビデが主君サウルからのがれて洞窟にいた時の詩なんだって。敵に追いつめられている様子が、 「私を踏みつける者ども」(3節) 「獅子の中」「むさぼり食う者の中」「槍と矢」「舌は鋭い剣」(4節) 「網(わなのことかな?)を仕掛け」「私の前に穴を掘りました」(5節)という強いことばで表現される。一方、なすすべのないままでありながら、全能の主の守りと平安を垣間見て、 「私のたましいはあなたに身を避けています」「私は御翼の陰に身を避けます」(1節) 「私のために、すべてを成し遂げてくださる神」(2節) 「私の心はゆるぎません」といった信仰が表明されている。理不尽な状況で、しかも圧倒的な力により命をつけ狙われる「苦しさ」と、状況を越えて働き、御手で守られる神さまに対する「信仰」との間を行ったり来たりしながら、その平安が確信と賛美へと変えられていくプロセスのようにも思えてきた。そして、じっくり読んでいたら、ふっと4節と7節のあることばに目が止まった。 私は、獅子の中にいます。私は、人の子らをむさぼり食う者の中で横になっています。 彼らの歯は、槍と矢、彼らの舌は鋭い剣です。(4節) 私のたましいよ。目をさませ。十弦の琴よ。 立琴よ、目をさませ。私は暁を呼びさましたい。(8節)あれっ? 「槍」と「琴」だ。 1月7日の聖書日課、第一サムエル記18章の取り合わせ! その翌日、神からの悪い霊がサウルに激しく下り、彼は家の中で狂いわめいた。 ダビデは、いつものように、琴を手にしてひいたが、サウルの手には槍があった。 サウルはその槍を投げつけた。ダビデを壁に突き刺してやろう、と思ったからである。 しかしダビデは二度も身をかわした。 サウルはダビデを恐れた。主はダビデとともにおられ、サウルのところから去られたからである。 (第一サムエル記18:10~13)サウルの嫉妬は、ダビデへの恐れ・殺意へと変質、やがて圧倒的な権威を用い、自分の軍隊を全投入するほどまでにふくらんでいった。丸裸で無力なダビデの命を、全力で執拗にねらい求める王サウル。究極のところ、サウルは自らが離れた神を恐れていたのではないか。ダビデと共におられる神を。神を選択しなかった者は、槍・矢・剣を手にし、神と共にある者を攻撃する。「恐れ」があるから。神に選ばれ、神を選び取った者は、楽器を手にし、神をほめたたえる。確実な「守り」「庇護」による平安を持つようにされるから。 ダビデの信仰が、また身近に感じられた。 つくり主であり、賛美の中に住まわれる主よ、この者をも「琴」を持つ者とし続けて下さい・・・ 午後、近所を散歩していたらすてきな虹を発見。(本文とは関係ありません。)
2004年10月14日
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詩篇54篇 指揮者のために。弦楽器に合わせて。ダビデのマスキール。ジフの人たちが来て、 「ダビデはわれらの所に隠れているではないか。」とサウルに言ったとき 神よ。御名によって、私をお救いください。あなたの権威によって、私を弁護してください。 神よ。私の祈りを聞いてください。私の口のことばに、耳を傾けてください。 見知らぬ者たちが、私に立ち向かい、横暴な者たちが私のいのちを求めます。 彼らは自分の前に神を置いていないからです。セラ まことに、神は私を助ける方、主は私のいのちをささえる方です。 神は、私を待ち伏せている者どもにわざわいを報いられます。 あなたの真実をもって、彼らを滅ぼしてください。 私は、進んでささげるささげ物をもって、あなたにいけにえをささげます。 主よ。いつくしみ深いあなたの御名に、感謝します。 神は、すべての苦難から私を救い出し、私の目が私の敵をながめるようになったからです。絶体絶命の状況に置かれ、ダビデは「救い」を求めた。しかし、その求めは、ただ単に自らの命の救い・問題解決・安定が目的ではなかった。「御名」ゆえに、「あなたの権威」ゆえに、弁護して下さい、守って下さいと叫び、主に呼び求めた。後半・・・神こそが、自分を助け、命を守り、支えて下さるお方であるといううなずき・納得が心に入ってくる。自分を奮い立たせようとする言い聞かせや作為的な思い込みではなく、それは、ダビデの実感としての確信。「まことに」ということばを、頭につけざるを得ないほど、ダビデはこの思いに満たされた。直面する問題・困難はそのままに、目は神さまに向けられ、神さまとの親しい交わりの中に進み行く。(入れられていく。)主の臨在に安らぎ、それを楽しみ、憩う中、確信とさらなる感謝は増していく。ついには、こう告白せざる得ない境地にまで導かれていく。 主よ。いつくしみ深いあなたの御名に、感謝します。 神は、すべての苦難から私を救い出し、私の目が私の敵をながめるようになったからです。私の目が、私の敵をながめる・・・?なんと客観的、ことばを変えれば他人事のような表現だろう!不安・大ピンチをもたらしている敵さえ、ながめるようにされるなんて!生ける主は、人をして、その心の内に全き平安をつくり出して下さるお方。生ける神さまをほめたたえます。どんな状況にあっても揺るがされないようにされる信仰を、この者の心の中にもつくり出してくださっていることを感謝します。これからも、あなたとぴったりと歩んでいきます、ね! 神さま!今日は次女ちゃん7歳の誕生日。 またまたF二家に行ってお祝いしました。
2004年10月11日
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今日は休日。なじみの南海電鉄の電車まつりに、電車好きの長男くんを連れて行ってあげた。(長女ちゃん、次女ちゃんは、電車はいやだと、自宅待機。「電車はいやだけど、お父さんが連れて行きたがっているから、いってあげようかな?」とか言ってたとか言ってなかったとか・・・)電車で境、そこからシャトルバスで堺東、さらに高野線で千代田へ。雨が降ったり止んだりの天気が、会場に着く頃には、雨はほとんで止んでいた。いい感じ!いつもは入れない千代田工場が会場として解放された。 ラピートいっしょに。 けっこう大きいなぁ。架線作業車? 線路上を走れるトラック。 車庫内では、車体がクレーンでつり上げられた電車やパンタグラフなんかを見られた。社員食堂では、鉄道模型用の会場が設けられ、長男くんも並んで、JR関空特急はるかを運転させてもらった。ちょっと遅めの昼食を、出店していた出店のたこ焼きですませ、また電車に乗ってなんばへ。そして、予定にはなかったけど、ラピートに乗せてあげた。「ほんとにいいん?」なかなか信じられない長男くん。でも、走り出すと大喜び。リクライニングをいじったり、折りたたみのテーブルを出したり。 あっという間の30分、あっという間に関西空港に着いちゃった。あ~あ。空港内では、島内のシャトルバスで関空展望ホール「スカイビュー」で、しばし飛行機の離発着を眺める。30分ほど、飛行機を眺めて、暗くなってきたので展望ホールを後にして家路についた。長男くん、大満足!の一日。
2004年10月02日
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今日から新しい生活がスタート。昨日9月末日付けで、5年半勤めた会社を辞め、今日から次の会社に。同時に、今の職場も、組織的には今日、自社化のスタート。業務自体は2年前からスタートしていたが、外部に委託形態だったのが、今日を期して、自社化された。スターティング・メンバーとして、いっしょに働く仲間は4人。マネージャーだけは1月から働いていて、自分を含む3人が今日付けの入社。支社長もオフィスを訪れ、自社化を祝ってくれた。「Happy Independence Day」のデコレーションが施されたケーキの差し入れ! (慣れない携帯で撮影したら小さい写真に・・・)社会に出て14年。3度目の転職、4つ目の会社・・・。不思議と、どっしりした安心感がある。ただただ神さまの導きによって与えられた祝福・進路・選択だから感謝。神さまの栄光だけが現されることを望む者と変えられていきますように。 私の愛する神さま、いつも共にいて下さいね。 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。 その人は、何をしても栄える。 詩篇1:1~3
2004年10月01日
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