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タイトルのこの一節を唱えているのは、我が永遠の“ヒーロー”宮内洋さんであるが、そうだよなぁ。わかるなぁ。主人公(ヒーロー)の生き様、行い、熱い魂…どれも実生活で模範となるものばかりだったしなぁ(さっそくの余談。去年の暮れ、パッシング運動のCMに出演していた藤岡弘は、まさに「大人に向けた本郷猛からのメッセージ」といった感があった。好きだったなぁあのCM)。で。私たちが彼らから(というか、ヒーロー番組)教わったものは、そんなスピリットだけじゃない。実に多くの言葉もまた、知ることができたんじゃないだろうか。たとえば…。アジト・秘密結社・荒野・血清…、とくれば、もう仮面ライダーの世界。こんな言葉を並べただけで、ライダーと怪人の血清をめぐってのラストバトルが目に浮かんでくる。かわり身・分身・さだめ・掟…、カッコイイ~!白戸三平の忍者ワールドで頻繁に用いられる言葉。“闇に生まれ闇に消える それが忍者のさだめなのだ”(サスケ・オープニングナレーションから)ワープ…、こんなSF用語、一部のファンにしか知られてなかったこのひと言が、古代君や沖田艦長のおかげですっかり“あたりまえ”の言葉になった。(また使い勝手がいいんだこれ)もっと普遍的なヤツで、パンチやキックなど、ま~他には格闘技の世界くらいでしか使われないんじゃないかと思われるこれらの言葉も、ご存知ライダーキック、ロケットパンチを筆頭に、子供がたぶん真っ先に耳にする(した)のがヒーロー番組だろう。そう、こんな横文字の世界も、出会いはヒーローからだった。レーザー、バリヤ、ミサイル、ビーム、ドリル…スーパーロボットの武器はたいてい、これらの単語の使用率、高し(ま、そりゃそうだわなぁ)。さらに言えば、多くの動植物の名前も、図鑑より先に怪人怪獣から覚えることがかなりあったし(動物園の一角によくある「爬虫類館」「昆虫館」。子供の頃、ここに入るとき怪獣に会いに行く気分になったのも、もしやそのせい?)。ついでにいえば、マッハという単語を初めて聞いたのは、たぶんウルトラマンの第1話…。「飛んで火にいる夏の虫」「そろそろ年貢の納め時」「赤子の手をひねるよりたやすい(ひねるのも同然)」「冥土の土産」どうもヒーローに対峙する悪の組織(特に中間管理職幹部)ってのは、宇宙人だろうと地底人だろうと四次元人だろうと、みんなイキな言葉を知ってるんだね。ありがとう、あなたたちからもしっかり勉強させてもらいましたよ。…だからどうした、って言われればもうそれまでなんだけど、昨今のニュースで「○○系地下組織△△△△がウンヌン~」なんて聞くと(中近東関連のヤツがとくにそう)、今でもちょっと別な意味で反応してしまう自分を考えたとき、ヒーロー番組が与えた大いなる影響を感じるんだな。そして、うむ、やっぱり宮内さんの言うとおり、ヒーロー番組は教育番組なんだなぁと思うのであった…。さてここで告知。次回よりこの「MATの理」、ちょっとリニューアルします。内容はそのままだけど。まぁ、もう春だし、ね。
2006.03.27
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この3月いっぱいで、静岡の西武デパートが閉店するとのこと。さみしいやね。市内のデパートの中でも、特に思い入れがあるだけに…(横○ゲソ男くんが心配だ)。いや、思い入れったって、仕事上のつながりがあるとかそんなんじゃない。昭和50年代初頭、このデパートで歴史的な(しかしとても情けない)遊びにふけってたんである。中学生の頃よく映画を見に行っていた、ってな話は前に書いたとおりだけど、その時映画館のロビーに置いてある公開間近の作品のチラシを仲間たちと山のようにもらって、というかぶん取るのが常だった(「ここに“ご自由にお取りください”と書いてあるからいくらもらってもいいだろう」というのが当時の理屈、ってか、そもそもこの屁理屈がまず中学生のレベルじゃないよなぁ)。これで仕込みはOK。そしてそれを西武の屋上、大きなコンプレッサーの陰(つまり、あまり人目につかない死角となったところ)に持っていって、一生懸命につくるのだ。何を?紙飛行機を。金網フェンスによじ登り、一斉にみんなで飛ばす、飛ばす。やっぱり高いところからだといいねぇ。ず~っと飛んでるのを見てられるから。夢中になって折る。折る。折る(←この辺、黒豹警部がちょっと入ってる)。何機も作られる、我らの夢(なんの?)を封印した紙飛行機たち。よじ登ってまた飛ばす。飛ばす。飛ばす。何回かやるうちに、だんだん折るのがめんどくさくなってくる。「そろそろやるか」みんなで残ったチラシをビリビリとやぶき、いっぱいの紙片をつくる。そして、再度金網によじ登ると、一斉に叫ぶのだ。「下の者、上を見ろ!」瞬間、紙片を空に向かって投げつける。映画チラシの紙吹雪だ。おぉ、我らの汗水流して作った力作が風に吹かれて飛んでゆく…。何がおもしろかったって、なにか偉業を達成したかのような満足感がそこにあったんである。天下を取ったような気分とも言えるか。いやマジで(…単純っていうか、バカっていうか…)。新兵器を装備されたばかりのマジンガーZくらい無敵の気分にひたった私たちは、意気揚々とエレベーターに乗り込んだ。西武にはエレベーターガールがいない。で、それをいいことに、5階だか6階だかのおもちゃ売り場に止まる。再び動き出そうとドアが閉まる直前に、近くにいる、いたいけな子供に向かってみんなで叫ぶ「バカ!」(ホントに中学生か俺らは)おっと、1階に着いてエレベータを降りる直前に、2階から屋上までのすべてのボタンを押すことも忘れずに(…情けない。まったくもって情けない…)そして、西武を出た私たちが次に向かうのは駿府公園。そこでも数々のおバカ遊びは続くのだが、まぁそれは別の機会に。ともかくこんなことしてお金の無い中学生時代の私たちは遊び呆けていたのだった(たぶん、他にはいないよなぁ)。西武デパートの思い出はまだ他にもあって、映画「ゴジラ対ヘドラ」公開時に怪獣ショーを屋上でやったとき、着ぐるみのゴジラを見てあまりの貧相さにショックを受け、そのまま家まで歩いて帰ってしまったり(ウルトラマンならともかく、身長○○メートルだったはずの怪獣が子供をひざに抱いて一緒に写真撮っちゃマズいだろう。今ならまた違った目で見られるんだろうけど、当時はやっぱりショックだった…)、高校生のころ、またもこの屋上で、なぜか巨人の篠塚、角ともうひとり(西本だったかな?忘れた)のトークショーをやったときに同級生の巨人ファンと見に行ったり…。つまり、私にとって西武デパートはほとんど屋上がすべてであり、デパートのクセに物を買うところではなく遊び場だったんである…。先週、妻と呉服町を歩いたとき、久しぶりに西武へと足を運んだ。ちぇっ、今のデパートって屋上に行けないんでやんの。せっかく思い出の聖地を写真に残しておこうと思ったのに。残念。仕方ないから、最上階からエスカレーターで降りながら各階をぐるりとひとまわり。店内の様子をこの目に焼き付けてきた。ありがとう西武デパート。キミのおかげで、私には生涯忘れられない思い出が残ったよ。記念に、というか感謝の気持ちをこめて(…やっぱり記念に、かな)、私はドラえもんのネクタイを買った(なぜだ?)店を出たとき、もう一度振り返って中を見た。さらば、西武。チャフィーさん、時の流れとはいえ児童会館といいこの西武といい、俺たちのプレイグラウンドが消えていくねぇ…。追記。ところで、今回のこの文を打っている間、CDからは宇宙戦艦ヤマトのBGMがずっと流れていた。もちろん、先日亡くなった宮川秦さんを偲んでのこと。我々の世代にとって、ヤマトの音楽は心のふるさとのメロディと言えるかもしれない。有名な主題歌や「真っ赤なスカーフ」は70年代アニメの代表曲。また劇中音楽「無限に広がる大宇宙」(よく各回の冒頭に流れたあの曲だ)のすばらしさは川島和子さんのスキャットもさることながら、やはりメロディの美しさによるところが大きい。あの、物悲しくも神秘的な旋律。主題歌以上にヤマトらしい曲だと思う。ワープ中によくかかる、緊張感にあふれたあの曲や、「急げヤマトよイスカンダルへ…」のクロージングナレーションにかぶる、勇壮さと悲壮さがなんともいえない雰囲気をかもし出す主題歌アレンジの曲など、「これぞヤマト!」と思わせる曲が目白押し。まさに名シーンに名曲あり、だ。万感の思いをこめて。宮川さん、安らかに…。
2006.03.26
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あれは昭和56年、そう、今から25年前(ゲッ、もうそんなに経ってしまったのね)の今日3月21日土曜日のこと。静岡市清水区(あの頃は清水市)の遊園地、狐ヶ崎ヤングランド特設ステージに上がった彼女を見て、客席の最前列に陣取った当時高校生の私は、星飛雄馬並みに“猛烈に感動して”いた。折からの雨も、ステージとは名ばかりの照明もなにも完備されていないチープな舞台も、そしてその舞台に掛けられた雨避けの汚いイベント用テントもまったく気にならず、彼女のトーク、歌声を聴いて、感激に打ち震えていた。トークと歌の合間に行われたサイン会ではしっかり色紙にサインをもらい、握手もした。間近かに彼女を見ることができた私は、後の彼女のライブアルバムからのひと言を借りれば「もう、最っ高!!」の気分。トータルして1時間程度の邂逅はあまりにも早く過ぎ、彼女が舞台の袖に消えてからもずっと夢見心地のままだった。だってなぁ、小学生の頃からずっと聴いていた憧れの人、だもんなぁ。朝の5時半から入場門前に並んだ甲斐もあったというもんだ。で、その日の夜、余韻というには強烈すぎるほどのインパクトを引きずったまま、便箋につたない文字で(しかもシャープペンで!)何枚もファンレターまがいのものを一気に書き倒し、翌日の早朝すかさず投函してしまったのは、はっきり若気の至りだったと思う。だって、書いた文章を一度も読み返すことすらしなかったもんな。ま、それはともかく、以来この3月21日を“彼女の日”と勝手に命名し、毎年この日だけは何があっても(大げさだ)最低1曲、聴ければ何曲でも彼女の歌を聴くようにしている私であった。ついでに言うと、今でもマイフェイバリット・女性シンガーは彼女なのである…。で、さんざん引っ張ってきたけどその“彼女”。誰だかわかるかな?(ぜって~わかんね~)彼女の名は…アニソン界の不滅の女王、ミッチこと堀江美都子さまだー!ここで、3.21ヤングランド決戦において歌われた、名曲のタイトルを記そう。・ 魔法少女ララベル・ ハロー、サンディベル・ 名犬ジョリィ・ 誰かが私を待っている・ 甘いテレパシー (オリジナルアルバム「イマージュ」から。以下2曲も同じ)・ 幸せのイエスタディ・ ジェントルレインそしてアンコールは・ ボルテスV (もう、アンコールはこれしかないって曲だな)彼女の魅力はまた徐々に語っていきたいと思うが、そんなわけで、私にとって今日3月21日は堀江さんの日、なんである。ところで、この翌日。3月22日(日曜日←当時)は同場所にささきいさおが来園したそうな。誰か行った人、いるのかな…?(今思えば行けばよかった~!)今日の結びにひとこと。王JAPAN、WBC優勝バンザ~イ!\(^o^)/
2006.03.21
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いや~久しぶりに書くなぁ。前回のが去年の12月、そして今はもう3月…実に3ヶ月ぶりの書き込みになってしまった。私が冬眠している間、このブログを訪れてくださった方々、本当にありがとう&申し訳ない。春の訪れと共に、再開です。で、久しぶりのネタは、前回の予告通り、映画ネタパート2。思えば、今までに一番、劇場で映画を見たのって中学生のときだったように思う。ちょっと思い出すまま、この時期に見たヤツのタイトルを挙げてみよう(リバイバルを含む)。オルカ、カプリコン1、遠すぎた橋、キングコング(ジェシカ・ラングがヒロインのヤツ)、ザ・チャイルド、愛の妖精アニーベル、エクソシスト2、サーキットの狼、トラック野郎、ダーティハリーシリーズ、007シリーズ、恐竜の島、デスレース2000年、トランザム7000、スラップショット、スターウォーズ、ブルースブラザーズ、栄光のル・マン、バニシングin60、怒りの荒野、荒野の七人、ノストラダムスの大予言、ブルークリスマス…。たぶん、まだある気がするけど、なんか挙げてて情けなくなってきたぞ。一部を除いて、今まったく語られることの無い作品ばっかりじゃん。あなた、これらがどんな作品だったかわかりますか?当時公開されたほかの映画といえば、未知との遭遇、ロッキー、金田一シリーズ、さらば宇宙戦艦ヤマト、八甲田山、血を吸う薔薇、サスペリア、放浪紳士チャーリー、ベンジー、ジョーイ、コンボイ、グリズリー、野球狂の唄、スクワーム、ェットローラーコースター、世界が燃え尽きる日…なんだ、こっち(見てない)の方がおもしろそうじゃん。まぁヤマトを筆頭に、後年ビデオやTV放送で見たものもあるけどね。また、後にどっぷりハマるジャッキー映画は同じ時期かその後か…。ま、ともかく当時の平均的な中学生のこずかい(本人調べ)から考えれば、よくも見たもんだなぁ。「スクリーン」「ロードショー」などの映画雑誌も買ったもんだ。そういやオルカのテレビCMの際、「SPACロマン第1弾…、オルカ!!」なんてやってたなぁ。内海賢二の渋い声で、何の説明も無くいきなりSPACロマン、なんて言われた日には、理屈を通り越して恐れ入りました~、と異様な説得力(しかも何の理屈も無く)に脱帽、って感じだった。で、中学の頃に見た映画でわすれちゃならないのがひとつ。あえてさっきの列記にはハズした、アレ。といってわかる人は世界中でも極めて少数と思われるのですかさず暴露してしまうが、そう、アレだ。「テンタクルズ」(←この後“タコの手攻め”だの“宇宙ダコ勝利の舞”だのと続けた人は…私を除いてたぶん世界でひとりであろう)。情けないのよこれ。“テンタクルズ”を直訳すれば、“触手”。そう、巨大なタコが出現し人々を襲うという、まぁジョーズ(←この映画ももはや古典となってしまったなぁ)の何番煎じ?ってな内容。あの「タイタニック」を越える傑作映画(と個人的には思っている)「ポセイドンアドベンチャー」で名演技を見せたシェリーウインタースや名優ヘンリーフォンダなどをそろえながら、なんともシオシオなパニック映画、というか、タコ映画。いや、一応この手の作品らしく定石は踏まえてる。冒頭、観客を脅かすショッキングシーンはあるし(ま、つかみはOK、ってとこですな。でも今のSFXからすればなんてことない場面ではある)、徐々に巨大ダコが姿を現す演出や、「あの海は危険だ」「いや、大丈夫だ」と主人公VSお役所の問答、そしてその危機管理の甘さから大惨事が…なんて場面もしっかり、ある。ただ、なぁ。いかがわしさ全開の映画なんだなこれが。イタリア映画なのにカリフォルニアが舞台ってのが、まずなんたっていかがわしい。当時話題(というか、この映画の売り)となったトレンブルサウンド(←乱暴に言えば今の5.1CH、みたいなもの)も見にくい、いや聞き取りにくいだけだったし、パニック映画の割りにのんびりしたストーリー展開だし、主人公がタコだからか、襲撃シーンもイマイチ(いや、ウルトラQのスダールばりの暴れっぷりを見習いなさい!)。そもそも、一番のカタルシスがあるべきクライマックスのシーンが、視覚的にまったくわからんのだ。マナーとしてここで詳しくは書かないけど、最大限に好意的な解釈をすれば「まぁ、実際もし本当にそういう事が起きたなら見えるわきゃないわなぁ」と、そのリアルさ(そうか?)にうなずけるってことだろうけど…ホメ上手な淀川長治さんですらこうは言わないだろう。とにかく、なんだなんだ?と目を凝らしているうちに、スクリーンに映し出される美味そうなタコのちぎれた足…。なんだこりゃー!でも、なにか好きなのだこの映画。70年代ハッタリかませ過ぎ映画のエッセンスが凝縮されてる感じで、そこに惹かれるんだな。劇中の音楽(実はこれが一番のお気に入り)も、およそパニック映画とは思えないノー天気な曲や、恋愛映画もかくやのしっとりとしたバラード(フルートがいい味出してる)、そしてそして、“チクチクチッチー”と言えばごく一部でのみ通じる、劇中最大最高の名曲(大袈裟!)「サンチェゴタクシー」など、傑作が目白押しだ!(…そうなのか?)くどいようだけど、今やレンタルビデオショップでもあまりお目にかかれないが、70年代映画のインチキくささを満喫したい人には個人的にお薦めの作品だ。ただし、今時の映画に慣れ親しんだ人にとっては、見ていて果てしなく疲れる作品、とも言っておこう。もともと、映画ってある種いかがわしいもんなんだよなぁ。で、それをうまく(かどうかは監督次第だが)糖衣で包んでいるのが今の映画。むき出しなのがあの頃の…。「あんた、テンタクルズを見ずして70年代映画は語れないぜ (これを見たら語ってもいい…鬼打鬼この字読めますか?)」
2006.03.17
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