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私にとってザ・ドリフターズは心の故郷のひとつだ。「8時だヨ 全員集合!」は我が心のオアシス。土曜夜8時、途中「欽ドン」には浮気もしたが、「おれたちひょうきん族」にはほとんど見向きもしなかった(たまに観たけど)。「全員集合!」って、志村けんのメンバー入りでそのコントにいっそう磨きがかかった感があるけど、私の愛する、そしてもう一度見てみたいのは荒井注(ディスイズ ア ペン!)がいた頃のやつ。カトちゃんが一番人気の時代。そしてこの頃、数多くのドリフ・傑作ソングが生まれたのである…。いつもながら長い前フリだけど、ここから本題。今でも時々彼らのCDを引っ張り出してきちゃ、どっぷりハマってしまう奇特な私であるが、だってしょ~がないじゃん、おもしろいんだもん。特に注目して聴くのは、どの歌でもそうだけど長さんの合いの手。すごいんだこれがまた!「おこさ節」の、終奏での異様なテンションの高さ(「なんだこりゃー!」)や「ドリフのラバさん」での、あんた一体何者?的エラそう&これもハイテンションさがもう、おかしくてたまらん!「ミヨちゃん」ではカトちゃんとのツインボーカル(といってもメインはカトちゃん、ワンコーラスだけ長さん)だが、ここでも合いの手が光る。あの人懐っこいけどどこかイヤらしい長さんの笑顔が浮かんでくる。もしかしてドリフのなかで一番レコーディングに燃えてたの、彼じゃないだろうか…?合いの手と言えば「ズンドコ節」「ほんとにほんとにご苦労さん」もまた秀逸だ。もっともこれはメンバーみんなで、なんだけどね。“ヨッ!”“ハッ!”“ヘィ!”“ウッ!”“ア~ッ!”“ハァ~ッ!”“ゴーゴーゴーゴー!”…極めつけはこのふたつ。“1234 ノロうぜみなさん!”(←カトちゃん全盛期のギャグのひとつ「1234やったぜカトちゃん!」のもじり)と“サバドゥビア サバドゥビア サバラ サバラ”(前半カトちゃん、後半長さんのかけ合い)…ステキすぎる。な~んで「ズンドコ節」でこんなゴーゴー風の合いの手が、しかもドリフのみなさんみんなノッてシャウトできるのか、想像するだけで笑ってしまう。他にも「誰かさんと誰かさん」での“ブンハッハ ブンハッハ ブンハッハ ワァ~オ!”がすばらしい。また、これは志村けんだけど「ドリフのバイのバイのバイ」では“ゲラッパ~”“ワァ~オ、ダイナマーイト!”の必死の叫びも健気だ。けんちゃん若かりし頃のこと…。ドリフ・ソングって、基本的に既存の音頭、民謡を題材にしたヤツが多いんだけど、それゆえメンバー一人ひとりに出番が与えられる、という利点(?)がある。これ、彼らの先輩クレイジー・キャッツの一連の名曲と比べるとその差が明らかで、植木等の名ボーカルに特化したクレイジーと、それでもひとりずつ歌わせるドリフ。ハナ肇と長さんの、リーダーとしての考え方の違いなんだろうか?そういう意識で聴いてみると、ドリフ・ソングには基本のパターンがあって、1番がカトちゃん、2~4番がブー、仲本工事、荒井注、5番が長さん、6番があれば全員で…。考えてみれば「全員集合」でもオープニングコントでの登場順って決まっていて、長さんのオーッス!から始まり、ブー、仲本、荒井注、そしてトリにカトちゃん(志村人気が爆発してからはカトちゃんでけんちゃん)ってのが定番って、なんかこれに通じるものがあるね。ドリフ・ソングで特筆すべき3曲。1曲目は「真っ赤な封筒」。元々、ドリフ・ソングってメンバーが個々のパートを歌うときそれぞれのキャラに合わせた詞になっている曲が多いけど、これはその集大成。曲調も軽快で、聴いていて陽気になれる名曲だと思う。2曲目は「のってる音頭」。これ、ドリフ・ソングの傑作だ。タイトル通り、聴くと間違いなくノれる曲。ドリフの面々、テンション最高潮!音頭、かくあるべし!遊び心もいっぱいだし、音頭のクセにゴージャス感も満ちあふれている。王道の称号を与えたい。そして3曲目は…次回の列伝で取り上げよう(何の歌かわかるかな?某番組の挿入歌だ)「ヒゲダンスのテーマ(Do Me)」や「ドリフの早口言葉」「いい湯だな」にも触れたいし、彼らが歌ってる最中の妙な振り付け(筆頭!「ツーレロ節」)のことも書きたいが、これらはまた別の機会に、ということで、ひとつ疑問。ザ・ドリフターズって元々バンドなのに、なんで演奏しながら歌わなかったんだろう?コントなんかじゃそのミュージシャンとしての腕前を披露してるってのになぁ。実にもったいない。ともかく数々のドリフ・ソング。未聴の方は一度聴いても損はないと思う。また、これまでに挙げた曲のひとつでも覚えてる方も、昔を振り返って聴いてみたらいいと思う。案外おもしろい発見があるかもしれないよ…。
2006.10.31
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その1毎朝会社までの幹線道路を車で走っていると、通学中の自転車に乗った学生をよく見かける。で、こないだふと気がついた。今の高校生って学生カバンを持たないのな。あの黒くて四角いカバン。みんなバックパック(というかナップサックというか)を背負って一生懸命ペダルをこいでる。これっていつからこうなった?中学に上がったとき、初めてあのカバンを手にしてみて、ずいぶん大人の持ち物だなぁ、と思ったもんだが…(小学生気分が抜けたのはそのときだったような気がする)なんかね、これも時代の変化ってやつ?その2♪チョッコレート、チョッコレート チョコレートは…♪未だにアイドル(ここ最近は香取慎吾だね)を起用しながら続いている明○のCM。この歌が一番似合うのって、ジュリーこと沢田研二だと思うのは私だけ?(次点で中森明菜)甘くも切ないメロディが、「僕のマリー」や「銀河のロマンス」「花の首飾り」(←名曲!しかしこれはメインボーカルが違うけど)の頃、つまりザ・タイガースの頃のジュリーにぴったりだったのだ。それにしてもこの歌といい、♪ほ~らチェルシー もひとつチェルシー♪(あなたにもチェルシー、あげたい…って、くれるんならとっととよこせー!)♪それにつけてもおやつはカール!♪(この“それにつけても”が何かイイ感じ)…明○のお菓子CMって、名曲名コピーが多いね。いや、もちろん○ッテもカ○ビーもグ○コも○永もそうだけどさ。(今!唐突に昔のバスクリンのCM「あ~りがとごじゃいま~す!」が脳裏を横切った!…なぜだ?)ホントに何度も書くけどさ、昭和40年代~50年代のDM映像ソフト、どこかのメーカーで発売しない?その3それにしてもこのところのウルトラマンメビウスって、やりたい放題だね。まったくもって同人誌ノリ極まるというか、過去の遺産を上手く消化してるというか。まぁ不満を挙げればいくつかあるけどさ、でもかなり健闘していると思う。で、だ。もしウルトラシリーズ次回作があるとしたら、どんな話になるんだろう?時期的にはもう動き出してるはずだよなぁ…。ティガ→ダイナのような、地続き的続編ってのは無いだろうな。今でさえノーバだのムカデンダーだのちょっとマイナー系の再登場怪獣が顔を出してるってのに(で、今後も何体もの懐かしいヤツらが登場するんだろう)、それ以上にマイナーなヤツが出たって、喜ぶのは超マニアだけの気がするしなぁ(ケンドロス、サメクジラ、ダガールにアプラサール、ジレンマ…あんまりうれしくないぞ)といって、まったく新しい世界観でのウルトラマンってのも…なぁ。“ウルトラ”の冠がつく以上、そしてウルトラ兄弟という設定が認識されている以上、先輩ウルトラマンとの共演共闘って見たいしなぁ(まさか今度はティガ~マックスまでの平成シリーズを統一したもの…ってか…)やっぱり、今これだけのことをメビウスでやっちゃってるし、ここで一旦シリーズを小休止させるのがいいのかもしれんなぁ。ちょっとさびしいけど。で、円谷でもどこでもいいから、新しいヒーローが登場するのがいい。昭和50年代後半に突如現れた傑作!宇宙刑事ギャバンのような、革新的なヒーロー。…ムリかな、今の時代…。
2006.10.30
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世直し旅、というわりにはその道中あまりにも緊張感に欠けている気がする水戸のご老公一行。ふとしたきっかけでその村のいざこざに巻き込まれる。「じじい、おまえは何者だ!?」「はいはい、私は越後のちりめん問屋の隠居、光衛門と申すものでございます」チンピラを蹴散らし、不幸な村人(とか商人とかいろいろ)の家にやっかいになりながら、矢七や飛猿、お銀らの暗躍で代官の悪行を探り出す。その、世話になっていた村人が今まさに絶体絶命の危機を迎えたとき(時計の針が8時40分を回った頃)、ハッハッハ!の高笑いと共に助さん格さん従えて現れる光衛門。「助さん、格さん、懲らしめてやりなさい!」猛々しい活劇音楽の流れるなか、ふたりの、そして途中乱入の密偵たちも交えての大乱闘。そして…。「助さん、格さん、もういいでしょう」を合図に、おもむろに懐から取り出されるスーパーアイテム。その名は“印籠”!「静まれ、静まれぃ!この紋所が目に入らぬか!…こちらにおわすお方をどなたと心得る?さきの副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!」ジャーン!「一同、ご老公の御前である。頭が高い!控えおろう!!」ハハァ~、一斉にひれ伏す代官たち。荘厳にして雅な音楽をバックに、ご老公の正義の裁きが下される…。平穏を取り戻した村を背に、再び旅立つご一行。村人たち、みんな手を振り見送って…。思うに、「水戸黄門」ってある種の変身ヒーロー物じゃないだろうか?「この紋所が…」は、いわば「ライダー変身!」「蒸着!」のかけ声。このひと言で、ちりめん問屋のご隠居は1ミリ秒で副将軍へと“変身”するのだ!印籠は、ベータカプセルかウルトラアイ+ウルトラブレスレットの特性を併せ持つ、変身アイテムにして万能必殺武器。ライダーキックやスペシューム光線が破られることはあっても、印籠パワーの前に敵はない。そう、将軍を除いては掛値なしの“無敵”なんである。助さん、格さん、八兵衛、村人、悪代官…もはや配役チェンジの説明は不要だろう。果てしなくルーティンワークと化したストーリー。おっと、ワンクール中かならずヒーロー物の定番「ニセモノ」編もやるぞ。まったく、凄いヤツだぜ黄門様。あなたこそ最強のヒーローかもしれない。魔人ハンターミツルギと戦ったサソリ魔人だってかなわないぜ…。ふと思った。な~んだ、結局大人たちだって“変身もの”喜んで見てるじゃん(笑)
2006.10.29
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♪幸せをたずねて私は行きたい 茨の道も凍てつく夜も ふたりで渡って行きたい 旅人の寒い心を誰が抱いてあげるの 誰が夢を叶えてくれる 炎と燃えさかる私のこの愛 あなたにだけはわかってほしい 絆で私を包んで 荒野をさすらうあなたを眠らせてあげたいの 流れ星はあなたのことね 炎と燃えさかる私のこの愛 あなたにだけはわかってほしい 謎めく霧も晴れてゆく♪言わずと知れた「ルパン三世 カリオストロの城」のテーマソング。晩秋あるいは初冬の冷たい風を思わせる女性コーラスが聞こえ出すと、いつでもあの映画の世界にふっと入り込んでしまう。テーマソングの鏡だね。また、この歌がかかるときのオープニング映像は何度でも観たくなってしまう白眉の出来。港や、長いながい列車がゆっくり通過する踏み切り、どこかの森で暖を取り、満天の星を見上げる粋な男たち…。前後の話の流れから、カリオストロ公国へ向かう道中、と受け取れるが、見ようによっては気ままなふたり旅のようにも見え、実に、実にあこがれたもんだ。この映画、ルパンの、というよりもルパン一家を用いた宮崎アニメって感じがするな。おしゃれで口当たりが良くて、だけど闇の歴史を抱えていて。物語の最後、ルパンや銭形のとっつぁんが去ったあとの、おじいさんのひと言「なんと気持ちのいい連中だろう」。これ、宮崎アニメのキャラクター(紅の豚、あたりまでの)に共通してるね。逆に、漫画やテレビ放映時(昭和46年の最初のヤツ)のルパンには似合わないセリフだ。いい人すぎたもんなぁ、この映画でのルパン(でも好き)そう、これ、言い方を換えれば東映マンガ祭りにも通じる作品なのだ。ホルス、長靴をはいた猫、どうぶつ宝島、空飛ぶ幽霊船…などが持つ、他では見られない(味わえない)長編アニメ。見終わったあとの、一種独特な清涼感と寂寥感。あぁ、彼らは今もあの物語の延長上で生きてるんだなぁ、そしてそれを見ることができない寂しさ。それが「カリ城」にも一脈流れていて、ルパンであってルパンでないルパンワールドが描かれてるんだな。そこでこの歌。先にも挙げたオープニングとともに、エンディングでも流れるのだけど、それぞれ聴いていて受ける印象が違うんだな。最初が曲自体のしめやかさ(それは、この映画がこういう雰囲気ですよ、と表現しているともいえる)に満ちた感じがするのに対し、エンディングはルパンをはじめ魅力ある登場人物との別れ、そして「あそこに行ってみたい」「あの世界に住んでみたい」と思わせる(そう、ラピュタのような)世界観、描写との別れの辛さ、うら淋しさ。大野雄二の“らしい”メロディ、アレンジと、ボビー(←何者?)のしっとりとしたボーカルが、そんな情感をさらに後押ししている…。本来なら「この歌のどこがルパンやねん!」と思わずツッコミたくなる歌なのだけど、「カリ城」という作品にどっぷり浸れるファンからすれば、やはりこの歌なくしては…と思ってしまう。昭和54年の公開当時、この曲、有名にならなかったのが不思議なくらいだ(とは言っても今と違って、まだあの頃“宮崎アニメ”って市民権も認知もされていなかったし、だいたい映画自体があまりヒットしなかったしなぁ…)それにしても、我々もあんなにイキでかっこいい“おじさま”になりたいもんだね。
2006.10.27
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♪すきすきすきすき…アッコちゃん アッコちゃん すきすき(ハ ヨイト) アッコちゃん来るかと団地の外れまで出てみたが (ハ ドシタ アッコちゃん) アッコちゃん来もせず用もないのに納豆売りが (ハ チョイト アッコちゃん) ハ~ァ~ 納豆! (ハ~ ヤッタわね) アッコちゃん来るかと校舎の外れまで出てみたが (ハ ドシタ アッコちゃん) アッコちゃん来もせず用もないのに校長先生が (ハ チョイト アッコちゃん) ハ~ァ~ 勉強やれぃ! (ハ~ ヤッタわね) アッコちゃん来るかと月夜の真夜中に出てみたが (ハ ドシタ アッコちゃん) アッコちゃん来もせず用もないのに大泥棒が (ハ チョイト アッコちゃん) ハ~ァ~ おじゃまします! (はよ来い アッコちゃん)♪ …なんか書いてて頭痛くなってきたぞ?まったくなんちゅ~歌だこれ!こうして改めて文字に起こしてみると、スゲ~意味ない歌なのな。なんで“団地の外れ”?“校舎の外れ”?“月夜の真夜中”?なんで“納豆売り”?“校長先生”?“大泥棒”?なんで“用もないのに”?まじめに考えりゃ考えるほど、迷宮をさまよう永遠の旅人と化してしまう。不条理というだけでは片づけられない。同じ赤塚不二夫原作の「天才バカボン」を遥かに超えたシュールさ。なんとも破壊的な歌だな。昭和44年、山元護久、井上ひさしの両氏による作詞。天才的だわなぁこれ(ちなみに作曲は亜星さん。職人芸だねぇ)天才的といえば、ボーカルの水森亜土ちゃんもまた…。「パンダ・コパンダ」「ねんねんパンダ」「大騒ぎのタンゴ」(←「海底3万マイル」挿入歌)、そしてDr.スランプアラレちゃんなど、彼女の持ち歌はいくつもあるけど、こと破壊力、パンチ力という点において、その持ち味を全開にしたこの曲、最高にして最強。重さの微塵もない、ノリ一本で押し通してしまう力技。他の曲に例を探すなら子門真人の「ホネホネロック」「ジャンケンパラダイス」か、ささきいさおの「ジャッカーコバック」だろうか?しかしそれらの中にはしっかり根底に力強さが流れている(…と思う)。なのに亜土ちゃんたら…やっぱ彼女も天才、いや、鬼才の域だ。さてこの曲、そんな亜土ちゃんのボーカルに捉われずに聴いてみよう。ノリまくってるのは彼女ばかりでないことに気付くはず。うしろの演奏!特にエレクトーン!!全編アドリブでは?とまで思ってしまう超絶な演奏。私はエレクトーンがここまでイカすものだと感じた曲を他に知らない。もしや弾いているのはレイ・チャールズ?(んなわきゃない)短いイントロの♪ジャッジャッジャージャジャッ ジャッジャジャジャジャッ♪から、もうキレが良すぎる。一気呵成だぜ。パーカッションだって負けてない。合いの手のように入るキャンキャンキャンの響き(♪すきすきすきすき♪の直後など)が気持ちいいったらありゃしない。レコーディング風景を見てみたい曲ってあるけど、これなんか筆頭だね。マーブルな背景に登場人物の顔や全身が次々に映し出される。画面の下には四匹のまん丸な猫がゴーゴーを踊りまくり。♪ハ~ァ~ 納豆!♪のときにはガンモが目をつむりながら、♪ハ~ァ~ 勉強やれぃ!♪では大将、そして校長先生が詞にシンクロして口動かして。校長先生の一喝に猫ちゃんたちピュッと画面の外にはけて、直後にちょこっと顔を出し♪はよ来いアッコちゃん♪シンプルだけどちょっと小粋な名エンディング。この曲、この映像を作ったスタッフたちに、惜しみない拍手だ。ところでアッコちゃんの小さな友だち、猫のしっぽナって、ディズニーのどんなキャラクターよりもかわいいじゃん!と思ってしまうのは私だけ?
2006.10.26
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“宇宙刑事”からの流れを汲むメタルヒーローシリーズのなかに「特捜ロボ・ジャンパーソン」ってな作品がある。タイトル通り、悪を討つ“ロボット”の物語なんだけど、その最終回。なんとヒロインの女性が、活動停止になり横たわるジャンパーソンの唇(とおぼしきところ)に、まんまチューしてやんの。本来なら感動の名場面ってところだけど、今どきの(といっても1993年の放送当時)の特撮って、ここまでやっちゃうんだねぇと少々驚いた覚えがある。あのミラーマンでさえ(?)オデコにチュッ、に留まったってのになぁ。実に倒錯した気分を味わったもんだ。あくまでもロボットってのは機械なんだから、わざわざ男の属性を持たせなくてもよさそうなもんだが、まぁ“ヒーロー”だから仕方ないっちゃ仕方ない。で、思うのは、こうした男性ロボットに対して恋愛感情って持てるもんなのかな?持てるとしたら、辛い恋だよなぁ(そうか、だからキカイダージローはダーク壊滅後、ミツコさんの元から立ち去ったのか…)本郷、一文字の両人を2トップとするライダー諸君(まぁ、一応スーパー1までにしとこうか)って、ま~ったく女性に無頓着というか何というか。本郷くんにはルリ子さん、ダブルライダーにはライダーガールズ(←考えようによっちゃハーレムだな)、風見志郎には純子さん、神敬介には霧子&涼子さん、アマゾンにはマサヒコの姉さん、筑波洋にはスカイライダーガール、沖一也にはハルミさん…。みんな全編に渡って、あるいは途中退場しながらも、身近に女性がいたってのに、人類の平和を守るという使命に目覚めてからは、まったくもって彼女らには見向きもせず、それぞれの組織を倒してからはみんな世界に旅立っていってしまった…。そこで、ストロンガー&タックル。彼らもなぁ、タックルが倒されなかったら、デルザー軍団を滅ぼしたあとどうなっていたんだろう?他の先輩ライダーと同じく、悪の組織ハンターとしてふたりで世界を駆け巡ったんだろうか?なんか、ハードボイルドタッチな物語が似合いそうだな。ふたりともワイルドだし。旅立つ、といえば宇宙刑事シリーズも、そう。マクー壊滅後、ギャバンはミミーとともにバード星に帰り、銀河パトロール隊の隊長に就任。シャリバンはリリーを地球に残して、イガ星再建のために末裔たちとグランドバースに乗って飛んでっちゃうし(空を見上げながらの「シャリバン、私も一緒に行きたかった」のつぶやきはシャリバンの耳に届いたか?)、シャイダーもアニーと別行動。まぁ雰囲気的にはギャバン&ミミーのカップルがいい感じなんだけど、それを前面に出したストーリーってなかったな。二人の絆、という場面はよく描かれていたけど。では、東映特撮ヒーローもうひとつの代表作、戦隊シリーズはどうか?(平成以降の作品は良く見てないので割愛)ゴレンジャーに浮いた話ってなかった。ペギー姉さん、美人でかっちょよかったのにね。しかし、次のジャッカー電撃隊では最終エピソード前後編において、それまでの“奇天烈破天荒なんだそりゃ~”路線から一転、突然スペードエース(桜井五郎)とハートクイーン(カレン水木)のラブロマンスが。こらこら、クイーンの相手をするのはキングに決まってるだろう、と思うのだが、ジャッカー4人のなかでも一番わけのわからん性格なクローバーキングでは役不足だろうなぁ。まぁそれはともかく、戦いの最中、敵戦闘員とピンクレディのウォンテッドダンス合戦を始めてしまうようなハートクイーンのどこに惚れたのかわからんが、まぁ蓼食う虫も好きずきといったところか(ヒデェ言い方だね)。だが、クライムが滅び去ったあとの後日談とも位置づけられる劇場映画「ゴレンジャー対ジャッカー」を見る限り、あれだけ大恋愛をしたはずのAとクイーンの関係がまったく進展していないようで。一体なんだったんだ?あの最終回…。あと、光戦隊マスクマン(おーい、ヒロタくんはどこへ行った?)のリーダー、レッドマスクことタケルと、地価帝国チューブの王女が、物語のはじめから恋人関係として描かれていた、なんてのもあった。ロミオとジュリエットだなこりゃ。まぁ80年代ラブコメ全盛のさなか、こういうのもあり、ってことだろう。さて前回からつらつら語ってきたけど、思うことがひとつ。基本的に、悪を倒すために戦い続けたヒーロー諸氏は、言い換えれば何かを守るために戦う、とも括れるわけで、その公的な目的のためには私的な部分を封印、または犠牲にする必要がある。己の身の孤独さは、その正体が宇宙人だったり改造人間だったり異次元人だったりと、他の人とは違うってことに端を発する場合が多いけど、その孤独さゆえに、普通の人が送る日常生活をあきらめ、敵を倒したあともその場に留まることを良しとせず、ふるさとの星に帰ったり、どこかへ旅立っていったり(究極の結末として、敵ボスと刺し違えるってのもあったけど…)。そんな、戦うヒーロー(人間以外のね)に、ハッピーエンドを迎える恋愛って、やっぱりムリなんだろうなぁ。先回例に挙げたウルトラマンティガだって、ダイゴくんが光の巨人(ティガ)への変身能力を失った(=普通の人間に戻った)からこそ、レナちゃんと結ばれることができた、と取れるし。♪この俺にはファイトが似合う♪と歌われているのは巨獣特捜ジャスピオンだけど、やはり特撮変身ヒーローには孤独が似合うのだな。本人の意思とは関わりなく、ね。ということで、この項、結び。
2006.10.25
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「アンヌ、僕は、僕はね、地球の人間じゃないんだよ。M78星雲から来たウルトラセブンなんだ …びっくりしただろう?」「ううん、地球人であろうと、宇宙人であろうと、ダンはダンに変わりないじゃないの。たとえウルトラセブンでも」「ありがとう、アンヌ」 (略)「今話したとおり、僕はM78星雲に帰らなければならないんだ。西の空に、明けの明星が輝く頃ひとつの光が宇宙へ飛んでゆく、それが僕なんだ…。さよなら、アンヌ!」「待って、ダン、行かないで!」「アマギ隊員がピンチなんだよ! デュワッ!」長い引用だけど、ウルトラセブン最終回から名場面中の名場面、ダンとアンヌの別れのシーン。なんとも劇的だね。先日のメビウスの映画でウルトラ兄弟の回想シーン、セブンのときにこの場面が(少しだけど)写された時には実に胸が熱くなったもんだ…。考えてみれば、初代ウルトラマンのときにはこんなムードって皆無だったよなぁ。フジ隊員が他のメンバーを好きになって…なんて話もなかった。ガマクジラのときの、イデ隊員の荷物持ちは、ありゃ恋人同士というより姉弟(ってか、アッシー君)だったし。それがいきなりセブンでは、明らかにアンヌさん、U警備隊のなかでもダンを贔屓にしていたもんな。自分の友人を紹介したり、休日(たぶん)には映画や遊園地、海水浴に行ったり…。好きだのなんだのとあからさまに告白するシーンこそないけれど、それらエピソードの積み重ねから、先記の場面がセリフ以上に美しくも儚いものとなったんだな。実際このシーン、監督からは大恋愛の末の別離というイメージで演技を、なんてふたりに指導があったというし。ただし、あくまでも宇宙人同士(=他人同士)と本当にわかり合うことができるか?をテーマにしていたセブンのこと、ダンとアンヌのこうした行動、言葉も、恋愛そのものがメインでなく、人を愛すること=理解することを二人に託した、そんな位置づけに見えるな。では、続く新マンではどうか?ハヤタやダンと違って、最初から坂田兄弟との絆、つまり、MATの“公”に対する“私”の部分を持って描かれた郷秀樹。坂田アキちゃんとは、いわゆる友だち以上恋人未満の関係か。まぁ、ステディな関係には間違いないけども。しかし、タッコングとザザーンの戦いに巻き込まれて命を落とさなかったら(つまり、ウルトラマンとの憑依→MATの入隊がなかったら)、坂田健(兄さん)も次郎くんも公認のふたり、きっと一緒になっていたに違いない(いや、なってほしい。後半に登場したルミ子さんではダメなのだ)。では、もうひとつifの話で、もしアキちゃんがナックル星人に殺されなかったら、最終回ではどういう結末を迎えていたんだろう?それでもめでたくふたりは結ばれたのか?…いや、実際の最終回以上に辛い別れの場面が待っていたと思う。あの時代、まだまだヒーロー番組で恋愛が成就する風潮ってなかったから…。ウルトラマンAも、男女が合体して人を超える者が登場、という設定ではあったものの、北斗と南(だから次のタロウでは“東”光太郎か!って、おーい西は?)の間に恋愛感情っての、なかったようで。Aから授かった“大いなる力”を持つもの同士という、別な次元での連帯感はあったにせよ、だ。あげく、星光子さんの降板劇から南夕子=月世界人として月に帰っちゃうし。その後北斗ひとりで変身する様がなんともカッコつかないのは、もうなんというか…哀れだ。タロウ、レオにもいいムードってのあまりなく、その最後、光太郎くんは街の雑踏に消え、オオトリ・ゲンちゃんはヨットで海へ旅立つのであった。あぁ、やはり結末はひとり。ウルトラマン80も、Aと同じく矢的猛とユリアンと、同じウルトラ一族という描き方はされるものの愛だの恋だのはなかったな。ウルトラヒーローの恋が実ったのはずっと後になってのティガになってから。ダイゴ(ティガ)と、GUTS隊員のレナちゃん。最終エピソード三部作でのふたりはもう、盛り上がりっぱなし。その結果、続編でのウルトラマンダイナにおいて、ふたりの間に“ヒカリちゃん”って子供を設けていた。なんか、一気に突き抜けちゃったね。といっても、この結末には納得だけど…。(以下、次回「恋話東映編」に続く)
2006.10.23
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小学生の頃、私の元に初めて納車されたクルマのことは、今でもはっきり覚えている。車体がシルバー、荷台が山吹色の4tトラックと、濃いブルーメタリックのフォードGPカー。私のブルーメタリック好きはコイツのせい、と言えるほど、綺麗な色をしていた。あ、あとボディが紫、リヤカウルが黒、そして下回りが黄色と、奇抜にも程がある配色の、クーペタイプの欧州製プロトタイプカーもあった。こいつがまたよく走るんだ。サスペンションも他の2台とちがって高級な感じ。特に直進性にすぐれていたのは太いタイヤのせいだろう。私の、特にお気に入りの1台だった。その後、順調に増車が進んでいった。今はともかく、あの頃のクルマはごく耐久性に欠けるもので、すぐ足回りがイカれてしまったのだ。といって、即廃棄というのも惜しい。結果、増えた。ひとりでは操りきれないほどに。安価ゆえに、割とたやすく増車もできたとは思うけど…。それにしても昔のクルマはカラーリングが見事だった。先にも挙げた紫のクーペは元より、原色バリバリに塗装された車体はどれもサイケですらあった。中でも忘れられないのが、黄緑色のポルシェ911。まったく、同じドイツ車だからってワーゲンと一緒にすんな~。個人的には白か赤か、シルバーメタリックがほしかったのだが、まあ色設定はいつの世もメーカーが決めるもの。一介のオーナーにはどうにもできないことだった。とはいうものの、トヨタ2000GTは少々紫がかったシルバーと、実に渋い色。メーカーのセンス、けっこういいじゃん。またコスモスポーツはソリッドタイプの白。うん、わかってるねぇ。2000GTもコスモスポーツも、実に名車然としていたな。いつまで見ていても見飽きないそのフォルムは、あの頃(昭和40年代)がいかに余裕を持っていたかの証明だ。今でも身近なところに置いておきたいな、なんて思う。同じクルマを複数所有する、というのは、一種のステータスかもしれない。私が特に多く所有していたのは先の“黄緑色のポルシェ”だった。あれは中学生の頃。スーパーカーブーム華やかりし時代、やはりポルシェブランドには弱かった。フェラーリやランボルギーニが手に入らなかったというのも原因のひとつではあったが。色こそ幻滅ものだったものの、スタイルは間違いなくあの丸みを帯びたかっこいいクーペ。これは購入しないわけにはいかない。日曜がくるたびに、友人たちとよくこの愛車を走らせに行ったものだった。我が静岡市の中心に位置する、とあるスポットが主なコース。こは螺旋状になっていて一気に下るという、言わばラグナ・セカのコークスクリューばりのタイトで危険度の高い難関コースである。バンク(傾斜)はついているものの、急勾配ゆえによくコースアウトしたものだ。主たるギャラリー(?)の小学生のガキンチョを蹴散らす。おらっ、どけどけぃ!このコースは我々が占拠した!…なんて、仮面ライダーショーのインチキくさい幹部のようなことを言いながら(ったく、中学生にもなってどっちがガキンチョなんだか)。よし、オールクリアー。おもむろにその頂上に上ると、私たちはおもむろにそれぞれのマイカーを走らせる。はじめのうちはタイヤが馴染まぬせいか、半周程度でコースアウト。しかしあせらない。タイヤ、サスペンションがこなれるまで、黙々とダウンヒルを繰り返す。そのうち…。おぉ、見事にコーナーを駆け抜ける黄緑のポルシェ。ドリフトが完璧に決まり、思わず歓声をあげる私たち。他の車種も同様に試してみる。フロントドアを開けながらの方が、空気抵抗があってよりいっそう美しいコーナーリングを見せるかも…誰かがそんなことをムチャなことを言い出し、実験してみた。結果は…まったく同じレベルのドリフトだった(あたりまえだっての!)しかし、あの美しい車体のスライドは今でも私の脳裏に焼きついている…。他にも、汗水流して自分たちの手でつくったコースでレースを開催したり(ダートありワインディングロードありウエットゾーンあり、の、なんでもありなハードコースだ)、遠征気分で他の地域まで新たなコースを見つけに駆け巡ったりと、実にマメに動き回ったりしたが、どれもみないい思い出だ。たぶんに若気の至りでもあったが。今、私の元には、かつて一番好きだった(いや、今でもだ)フェラーリ308GTBがある。私のクルマ人生でも、こいつは最高傑作と思っている。時々、その華麗なスタイルを見つめながら、クルマを転がしてはしゃいでいたあの頃を懐かしく思うのであった。あぁ、すばらしきかな我がクルマたち…。※あっ、そうそう言い忘れたけど今回のブログ、“クルマ”という言葉を“ミニカー”に脳内変換して読んでね…。
2006.10.22
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♪誰も知らない知られちゃいけない デビルマンが誰なのか 何も言えない話しちゃいけない デビルマンが誰なのか 人の世に愛がある 人の世に夢がある この美しいものを守りたいだけ 誰も知らない知られちゃいけない デビルマンの故郷を 何も言えない話しちゃいけない デビルマンの故郷を もうこれで帰れないさすらいの旅路だけ この安らぎの心知った今では 明日もどこかでデビルマン 明日もどこかでデビルマン♪この歌がかかるエンディングシーンの冒頭、鉄塔に腰を下ろし腕を組んで見下ろすデビルマンの絵は、小学生の頃の私にこれ以上ない、ってくらいのインパクトを与えた。しぶい、のひと言では片づけられない。妖獣の襲撃からミキちゃんを守っているのか?それとも戦いのあとの余韻にひたっているのか?眼下に広がる街並みにむかって、デーモンハンターとしての決意を新たにしているのか?とにかく言えるのは、そんなデビルマンの姿が超絶的にカッコよかった、ってこと…。デビルマンって、他のどんなヒーローよりも孤独なんだな。ともに戦う仲間はいない。よき理解者もいない。しかも、戦う相手はかつての同族。不動明という“人間”を宿り木としたために、そしてミキちゃんに惚れ、“愛”というものを知ってしまったために、それを守るべくたったひとりで傷だらけになりながら死闘をくりかえすデビルマン。あんた、漢だよ。「孤独な戦士」とは彼のための称号。下界を見下ろす、さめたような突き放したような、だけど憂いを帯びた目。あのワンシーンひとつ、デビルマンをきっちり語っている…。(…ってか、このエンディングの絵って、どのシーンもすばらしくキマってるんだけどね)この「今日もどこかでデビルマン」、どこかザラついた感じがある。殺伐、とまでは言わないが、不良っぽいというかワイルドタッチというか、いかにも不動明っぽいアレンジ。詞を見てみればそのはじめに、“誰も知らない知られちゃいけない”と、彼の置かれた立場を端的に表している。そして…。己の素性も故郷も明かせず、その故郷に帰ることもできず、ただ人間界にその身を置き、愛を夢を守りたいその一心で、今日も、明日も叫ぶ「デビ~ル!」…。タイトルにもある“どこかで”の、なんとイメージの膨らむことか。今日もどこかで戦うデビルマン。明日もどこかでさすらうデビルマン…。あぁ、これだからこの頃のアニソンってすばらしいんだな。エンディングの最後のシーンは、吹雪く山に立つデビルマンの後姿。我々視聴者からはけっしてうかがえない彼のその瞳は、一体何を見つめているんだろう…。
2006.10.20
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♪信じる?信じない? 信じる?信じない? どっちなの? ホラホラ奇跡が起こる すばらしい奇跡が起こる 信じる人に起こる 信じなさい ダメよダメダメ ダメよ信じてちゃ (どんな人でも一度だけ) ウソよウソウソ ウソよそんなんこと (スゴイ奇跡が起こるもの) 奇跡なんかはどこにもありゃしない (誰も秘密に隠してるから) みんな誰かがつくったお話さ (みんな知らない) ダメよダメダメ ダメよ信じてちゃ (次は君かもしれないよ) ウソよウソウソ ウソよそんなんこと (好きな呪文を考えて) 奇跡なんかはどこにもありゃしない (いつも念力唱えてごらん) みんな誰かがつくったお話さ (きっと起こるよ) ダメよダメダメ ダメよ信じてちゃ (ついに奇跡が起こったよ) ウソよウソウソ ウソよそんなんこと (信じられない奇跡だよ) 奇跡なんかはどこにもありゃしない (だけど秘密にしてておくれよ) みんな誰かがつくったお話さ (それがきまりさ)♪なぜアニソン列伝に山本リンダの傑作ソングを取り上げるかというと、昭和49年に劇場公開されたアニメ「ジャックと豆の木」のテーマソングだからである。あ、あと同時期に公開された、今私がもう一度観たい映画のひとつ、「ノストラダムスの大予言」のイメージソングだから(というと言いすぎかな?公開前のこの映画の特集番組でリンダがゲスト出演したときにこれ歌ったのだ)、なんである。が、しかしそれらの作品はおいといて、本当はリンダのことを書きたかったからなのだった、ワハハ。「困っちゃうな」がデビュー曲。このときまだリンダは十代。なんとも甘ったるい歌声が耳についた。♪困っちゃうナ~ァ デートに誘われて~♪語尾をキュッと上げてコケティッシュに歌うリンダ。今聴けば、デートでもどこでも行っちまえ~、なんて突っ込み入れたくなる、んま~どうでもいい詞なのだが、でも印象に残ったのには違いない。そしてあの怪作「狙いうち」が大ブレイク。「ちびまる子ちゃん」でも取り上げられていたから、けっこうこの歌今でも知名度高いんじゃないかな?とにかくインパクト絶大。最初の♪ウララ~ウララ~ウラウラの~♪(おまえはジャングル黒ベエかよゐこの濱口か)から、私を含めテレビを見ていた人は画面に釘付け。ステージ狭しと何かにとり憑かれたかのように踊りまくるリンダ…鬼気迫るものがあったよなぁ。「どうにもとまらない」も激しいものがあったけど(私はこの歌で“ウブ”という言葉を知った。に、しても、これはこれでスゴイ歌だよなぁ。色ボケしたオネーサンの歌?)まだギリギリ一線を踏みとどまっていた気がする。それが「狙いうち」になったら…ねぇ…。ちなみに。世のピンクレディファンは、この山本リンダを研究すべし。あっ、もうしてる?失礼しました。作詞:阿久悠、作曲:都倉俊一、と、楽曲スタッフも同じなら、あの奇天烈な振り付けもまた…。当時は気がつかなかったが、今思えばリンダ→ピンク、としっかり継承されている感があるのだな(♪に~がさない~ パァッと狙いうち~ぃ♪と♪ウ~ウォンテッド!♪のときの、リンダとミーちゃんの雰囲気がほとんど同じ…)ピンクのあの奇抜(←ホメ言葉)な振り付けが世に受け入れられたのも、リンダがその土壌を作ったことが要因のひとつに挙げられよう。あっ、一応注釈入れると、これってピンクの頑張りを無視してるわけじゃないからね。余談だけど、この頃(昭和40~50年代)の歌番組って、歌手のみなさん生演奏で歌ってたんだよなぁ。リンダの歌いまくり踊りまくる姿、演奏者に支障はきたさなかったんだろうか…?さて、そこで「奇跡の歌」。詞をご覧いただければおわかりだろう。はっきり言って、よくわからん詞だ(爆)ラブソングにも取れるし、バビル二世のリンダ版とも取れる。(そういや「キューティーハニー」の主題歌♪このごろ流行りの女の子♪って、元々リンダをイメージして作った歌だとか。で、本人に歌わせるつもりだったそうな…)♪ダメよダメダメ ダメよ信じてちゃ♪ 1~3番(と言っていいのかこれ)共通の詞は「困っちゃうな」風の歌い方、そしてカッコ内(♪どんな人にも一度だけ♪とか)は「狙いうち」風に、と、リンダが歌い分けてる。天使と悪魔というか、普通の人と仙人というか、芸が細かいところだ。それにしても、ここで言う“奇跡”っての、何なんだろう?誰にも一度だけ、好きな呪文を考えていつも念力唱えればきっと起こるもの。しかも、人には言っちゃいけない…。う~む、やっぱりわからん。豆の木がグングン伸びていっちゃうのが奇跡か?あとこの歌で特筆すべきはバックバンドの演奏。まるで宇宙刑事シリーズの“レーザーブレードのテーマ”を先取りしたかのような激しい弦楽器の音色は、一見ならぬ一聴の価値あり。あっ、終奏に聴こえるフルートも緊張感にあふれていい感じだ。ともかく、全編に渡る緊迫感に満ちたアレンジがスゴイのなんの。たかだか2分半あまりで聴きどころ満載のこの歌、リンダがアニソンを歌ってるというだけでも注目すべきかな。なぜ今になってリンダに?と言われれば、根拠もなにもないけどさ…。
2006.10.19
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「ヤンヤン歌うスタジオ 同窓会」なんて番組を見た。といってもこれ、実家から持って帰ってきた、私が以前録画したビデオテープでのこと。あのねのね、清水アキラ、クリカンの司会で、昔の映像を振り返る…ってなもの。しかし、11年前に放映された(1995年の夏に放映)番組で、それ以前のVTRを今見るっての、振り返りの二重構造?なんかけったいな感じだったな。キャンディーズ、ピンクレディからはじまって、秀樹に五郎、聖子、明菜、ジャニーズの面々…久しぶりに見る百恵ちゃんは、やっぱり綺麗だった(あの凄みのある顔、というと失礼だけど、まさに前代未聞だと再認識)。それにしても昔の歌っての、ボーカルの上手い下手は抜きにして、ちゃんとどれも詞が聞き取れるね。こりゃみんな覚えるわけだわなぁ。ピンクレディの逸話で、「UFO」や「モンスター」の振り付け、ヤンスタ収録の2時間前に土井甫から教わって身につけたものだとか。少しだけどそんな教わってる映像なんかも出て、おもしろかった。あの一世を風靡した「UFO」の振り付けが、テレビ東京の歌番組の控え時間に生まれたとはねぇ。あと、ヤンスタのオープニングナレーションって、「特ダネ」の小倉さんがやってたんだなぁ、ってのも新たな発見だった…。ところで、昔のビデオのおもしろいのは、録画当時のCMも見られるところ。で、事件(?)はそのCMを見ているときに起こった。いきなり若い女性の顔がアップになり、しばらくして髪の毛総立ち。悲鳴をあげて何かにおびえる顔に豹変。な、なんだ?と思っていたら次の瞬間…。今度は妻の悲鳴。画面の下から、腹をこちらに向けながらスルリと登場した巨大なゴキブリ(のアニメ)が…。たぶん殺虫剤のCMだった、様な気がする。まぁ他にゴキブリの出るCMなんてのも考えにくいしなぁ。妻の反応のインパクトが大きくて商品名もなにも覚えてないけど。に、しても、世の中にはゴキブリが大の苦手って人、いるもんだよなぁ。実物や映像でみるのはもちろん、かわいくデフォルメされた「これ、ゴキブリに見えないじゃん」なんてものでもダメ、って人。「宇宙猿人ゴリ」の“ゴキノザウルス”の回、「仮面ライダー」の“ゴキブリ男”の話なんぞ、とても見せられたもんじゃないよなぁ。ちなみに、あの体、あの生命力、あの繁殖力をもちながら空まで飛ぶという、理不尽なまでの究極怪獣ぶり(ゼットン+キングジョー+ナックル星人なみ?)なのを除けば、私はさほどキライってほどじゃないので、あしからず。みんな、そこまで嫌わなくてもいいじゃん、なんてね。モチロン好きなわけないけど…。生理的に嫌い、という、もう妥協点のかけらも見つからないほど苦手な嫌われ方をする生物っての、他にあんまり例がないんじゃないだろうか?そんな人からすれば、まさに目の毒、気の毒なCMだった…。あっ、CMといえば話は違うけど最近見たヤツでまたもひっかかった。歯磨き粉だかマウスウォッシュだかわからんが(商品名、人名を覚えないのは私の得意技)、そのナレーション。“ネバネバお口に…” “大人のお口に…”この“おクチ”って言い方。違和感ありあり。大人をバカにしてんのかこれ?ふつうに“クチ”と言え、っての。もしやその歯磨き(だかマウスウォッシュ)、バナナ味とかイチゴ味なんてあるんじゃないだろうな?(ないっての)とにかく、なんか話がとっちらかっちゃったけど、昔のビデオってのは思わぬところでおもしろい、って、そんな話でした。
2006.10.17
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たぶんどこの家でもそうなんだろうと思うけど、私にとってばあちゃんはもうひとりの母親だった。悪いことをすればきっちり怒られたし、両親に叱られたときは慰めてくれた。ばあちゃんにしがみついて泣いているとき嗅いだ匂いは、他の誰とも違う、まぎれもなくばあちゃんの匂い。今でも鮮明に覚えているし、何故か今もそれ、かすかに感じている。百歳という年齢の重さ、深さはそうそう簡単に理解できるものではない。ましてそれが明治~平成という激動の時代を生き抜いてきたとすれば、もう自分の拙い想像力をフルに稼動させるしか、理解も共感もする術はない。たとえそうしたって、何%もわからないとは思うけど、でも。母や伯父・叔母から百年という長い人生での思い出話、その断片を聞くにつれ、それでもなお晩年までたまらなくかわいい笑顔を見せてくれていたばあちゃんを、強い人、気丈な人と言っても間違いじゃないはずだ。そのばあちゃんが亡くなった。前回ブログを書いたその深夜、電話口での、妹からの泣きじゃくりながらの連絡に叩き起こされたときから昨日まで、現実と非現実の入り混じったなんとも言えない時間が過ぎた。あのときから何日経過したなんて、カレンダーを見て指折り数えないとわからない。昼はただ明るい昼、夜は暗いだけの夜。曜日も日付も、人が生き、死ぬときにはまったく意味を成さないもんだね。ただ、訃報を聞いてからしばらくの間、激しい悪寒が止まらなかったことはリアルに覚えてる。あんな震え、はじめてだ。お通夜からお葬式までの一連の葬儀のあいだ中、何度か思った。葬儀ってのは、亡くなった人への道しるべであると同時に、出席した人が“命”や“死”について改めて見つめるものでもあるんだね。そして故人へは、悲しいけれど(あの世へ)いってらっしゃい、と送り出してあげる気持ちが大切、と、これは読経を終えた住職が述べた説法の受け売り。でも、そんな考えがすごくしっくりくる。見送る人が悲しんでばかりいたんじゃ、なかなかあの世へは行きにくい。特にばあちゃんはよく気を使う人だったから、余計にそうだ。いいよ、ばあちゃん。心配しなくて。いつかはみんなばあちゃんのところへ行くんだから、先に行ってみんなが来るまでそこでゆっくり休んでなよ。今までずっと苦労してきたんだから、そんでもう、苦労しなくても、気を使わなくてもいいからさ、思いっきりうまいもの食べて羽のばしなよ。きっと陽気が悪くて頭が痛くなることもないから。もし肩が凝ったら…私がそっちに行ったときまた叩いてやるよ。今度はもうお駄賃いらないからね。この数日、ばあちゃんの信心深さゆえによるものと思ういくつかの奇跡も見た(聞いた)し、ばあちゃんの死に顔の穏やかさや、今際の際の様子からも、あぁ、ばあちゃん大往生だったんだなぁと思う。よかった。というか、ホッとした。私としても、その生前ばあちゃんのために何もしてあげられなかったけど、それでもこの1週間、自分のできる限りのことはたぶんやれたと思うので、なんとなくだけどけじめはつけられたかな?って気がする。それまで風邪気味やらなにやらで体調不良だったことも、すっかり忘れてた。きっとばあちゃんが直してくれたんだな。父ちゃん、母ちゃん、妹、そしてみんな、みんな、お疲れさまでした。ばあちゃん、今までありがとう。サンキュ、サンキュー!
2006.10.16
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どうも体調不良。風邪かな?なんか熱っぽい。どうも昨日の午後、やたら体がダルくて昼寝なぞしたのが原因だな。今日ネットのニュースで知ったけど、俳優の多々良純さんが亡くなったそうな。戦後の邦画界に確固たる足跡を残した名脇役、と括られる方なのだが、特撮ファンにとっては宇宙刑事ギャバンでの、アバロン乗馬クラブの経営者にして陽一、わかばちゃんのおじいちゃん役、帰ってきたウルトラマンでのゲスト出演(ブーメラン怪獣レッドキラーを操る謎の紙芝居屋、ことズール星人)が有名かな。おっと、ジュウレンジャーでの仙人役でも出演していたね。存在感のある役者さんがまたひとり逝ってしまった。謹んでご冥福を。さてこのブログ、明日からほんの少々お休みをいただくことにします。そんなに長い間じゃないと思います。ではでは、近いうちにまた!
2006.10.10
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世の中にムカつく輩は多いけど、「ボクは一流のものしか使わない」「わたしは一流のものしか身に付けない」といちいち人に告てくれる、まったくすばらしい人っての、いる。好きずきで、あるいは必要に応じてそれを持つのは別にして、何が目的なのかわざわざそんなこと大見得きって宣言してくれる奇特な人たち…。で、そういうすばらしき人たちは、よく(その人の言う)二流品を使ってる人、持ってる人を見下した顔すんのな。「あんた、そんなもの使っていて恥ずかしくないの?」ってメッセージを飛ばしながら…。妙に高圧的な物言いをするのも、この人種の特徴だ。「日本の車はデザインがなってない。だからキライだ」とのたまうペーパードライバー。「あたしは○○○○のバッグ以外はバッグと認めないんだよねぇ」と言ってのける、おまえそのバッグの中身も一流なんだろうな?と疑いたくなる女史。うむ、い~ね~。そこまで言い切っちゃう精神に感服極まる。カッチョイイぜ!最近、妻からもそんな人種の一例を聞いた。なんかもう、むずむずしてきたな、そいつの話しっぷりを妻が説明するにしたがって。まぁ同時に、ブログのネタをありがとう、とそいつに心の中で言っといたけど…。週に一度、自宅から半径1キロ以内の範囲しか車で出かけない人が「車はドイツ製に限るよ」って言うの、別にいいけどさ、なんか滑稽だよ?「この加速感は日本車では絶対味わえないものがあるぜ」と満足げにうなずいたりして。隣町のコンビニしか行ったことない人が、加速のよさを語るかふつう?しかも。「やっぱりプジョーっていいな」「おいおい、おまえドイツ車が一番、って言ってなかったか?プジョーってフランス車じゃん?」「えっ、そうだっけか?…」こんな会話、日常茶飯事とまでは言わないが、よくある笑い話(ってか、苦笑い話)。あなたの言うドイツ、一度地図に国境線を書いてほしいもんだ。きっと相当な広さを誇る国になるだろうさ…。しかしなぁ。そういう人たちの言う“一流”って、なに?ブランド?製品の出来?値段?風評?で、もしかして、それを手にしただけで自分自身も“一流”になったと思い込んでない?良いものを身につけたり使ったりすると、それだけで豊かな気持ちになれるってのはわかる。また、よく聞く言葉「一流のものを持たないと、そのものの良し悪しがわからない」ってのも、理解も納得もできる。ちゃんとそれを使いこなす、あるいは使いこなそうとがんばってる人だって、何人も知ってる。そう、いわゆる一流品自体に文句つけたいわけじゃないのだ。そしてそれを手に入れることにも。その一流の品か否かの判断、違いがわかる目や耳や感性を私自身、持ちたいと思う。そのためにすぐれた製品を手にするのは、必要なことだと認識している。私が「こいつ、なんだかなぁ?」と首を傾げてしまうのは、ただブランド名だけにとらわれて、その真価もよくわからないまま「やっぱり○○は△△でなきゃ、ねぇ」と言いきってしまう、その人のメンタリティなのだ。趣味や好みでそれを持つのはいい。それを人に語るのもいい。ちょっと得意になるのも、いい。たださ、「だから(それを持つ)自分も一流!」って顔で語ってほしくないのだよ。「おまえカッコつけてるだけじゃん?」って、わかっちゃうよ。長渕剛のある歌に♪そりゃおまえの並べた一流って意味もわかるけど 愛し貫く覚悟や怖さを知る一流になりたい♪って一節がある。物より何より人間として一番大切な“愛すること”について極めたい、ってことと受け取れるけど、マジに“安易に一流を語る”人へ聞いてみたい。「あなたの思う“一流”の人間って、どんな人?」
2006.10.09
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♪あんまりそわそわしないで あなたはいつでもキョロキョロ よそ見をするのはやめてよ 私が誰より一番 好きよ…好きよ…好きよ… 星たちが輝く夜更け 夢見るのあなたのすべて 愛してもあなたは知らんふりで 今頃は誰かに夢中 あぁ男の人っていくつも愛を持っているのね あぁあちこちにばらまいて 私を悩ませるの あんまりそわそわしないで あなたはいつでもキョロキョロ よそ見をするのはやめてよ 私が誰より一番 あぁ男の人って 何人好きな人がほしいの? あぁ私だけ愛してよ いつでも私だけを あんまりそわそわしないで あなたはいつでもキョロキョロ よそ見をするのはやめてよ 私が誰より一番 私がいつでも一番 あなたのすべてが好きよ…好きよ…好きよ…一番好きよ♪あ~、書いてるだけでムズムズするな~。甘ったるくて、くすぐったくて、いてもたってもいられない感じ。実際に曲を聴けばいっそうその感じ、倍増。ついでにオープニングの映像を見ながら聴くと、倍率ドン、さらに倍!だ。このムズムズ感、どこかの歌に似ていると思っていたが、ふと気がついた。あれだ、キューティーハニーのOP(♪この頃ハヤリの女の子♪)言わずと知れた、良くも悪くも80年代アニメの象徴「うる星やつら」の最初の主題歌なんだけど、しかしまぁ作品世界の本質をなんと上手くついている詞だね。女性諸氏はこの歌をどう聴いていたんだろう?でまた、音が軽いんだ。初期テレビゲームの音源のごとく、ピコピコタカタカとほとんど重さを感じさせない。といって、それが耳障りでなく妙に(そう、妙に、だ)心地いいのが困っちゃう。歌に合ってる。違和感なし。重厚なる渡辺(宙明)サウンドではぜ~ったいありえない。もっとも、万一うなるブラスでこの歌を奏でたら大変ダダダ!(これはエンディングテーマか)思えばこの「うる星やつら」。宇宙人から妖怪からミリタリーから何でもありのスラップスティックコメディの体裁を成しながら、ひとつそれまでのアニメにない構図が見える。空を飛んだり電撃を放ったり、はたまた地球にない科学力(つまり人間以上の力)を持ちながら、ラムちゃんとあたるって対等の立場だったんだよな。過去のアニメ・特撮作品を振り返ってみれば、代々続く魔女っ子アニメや先出のハニー、アンドロ仮面(「すきすき魔女先生」)にコメットさんなど、あきらかに周りの人間以上のポテンシャルを持っているがために、たとえそこに男性がいたとしても守る、守られるの上下関係があった。ちなみに、電波人間タックル(仮面ライダーストロンガー)、ベルスター(ザ・カゲスター)などはこの際置いとこう。戦闘員には勝てても彼女らは怪人を倒せなかったし(ウルトラサイクロン?あれは例外)けど、ラムちゃんがあたるの浮気にいくら電撃を放っても、単なるお仕置きレベル。ラムちゃんが上位に立つことはない(別な意味では立ってるけどね)。コメディ、と言ってしまえばそれまでだけど、従来の作品にこういう構図を見せたものってなかったと思うのだ。トラジマビキニの愛くるしい女の子が、地球の平和を守るでもなくただひとりの男に夢中になって…っての、ちょっと大きくなったお兄さんたちが飛びつくわけだよなぁ。そしてその瞬間、それまでアニメ・特撮世界を席巻していた硬派なヒーローが、表舞台から引きずり落とされた。消えてしまったわけではないけど、主流からは外されてしまったのだ。マンガにも、力が強いわけでもなくただ人が良いだけの普通の男の子と特殊な能力を持つ女の子、ってスタイルの作品が世に出回りはじめ、ヘタすりゃ美少女が乗り込むロボットを男の子が見送って…なんてアニメも生まれるくらい(これ明らかに男女の逆転現象だ)。こんなの、昭和40~50年代半ばまでの作品には考えられなかったよなぁ。そしてこの頃から、アニソンに新人歌手のタイアップ主題歌が登場しはじめ、その結果…アニソン界が荒れてきちゃったんだよな。「うる星やつら」はそのはしり。「主題歌集」として1枚のアルバムが出来ちゃうほどに何度もOP、EDが変わり、ファンの散財を招いた。このアニメに片足突っ込んだ程度のハマり方で済んだ私はそれほど被害に遭わなかったけど、ラムちゃん命!と燃えていたファン、たまらなかっただろうなぁ(今でも聴いてるのかな?)この辺のアニソン変貌の歴史はまたじっくり考察してみたいが、それはともかく何曲もある「うる星主題歌」の中で一番“らしい”と言えるのが「ラムのラブソング」だなやっぱり。ラムちゃんの甘ったるさが見事に表現されているって意味でもね。ちなみに詞の中にある♪あぁ男の人って 何人好きな人がほしいの? あぁ私だけ愛してよ いつでも私だけを♪の問いかけ&要望に、男の側からきっちり答えた歌がある。長渕剛の「おいらの家まで」の一節を紹介してこの項、結びに。♪でもね、男は心の奥にしまってるものだよ 一番大切なものだけ わかるねそれが君さ♪…ラムちゃんには通じないだろうなぁ…。
2006.10.07
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本題に入る前にひとつ報告をば。長きに渡って繰り広げてきた歯医者(ちがった、虫歯)との戦いに、昨日ようやく終止符を打つことができた。痛くない歯を4本も削られたけど。あのデストロンの怪人テレビバエのようなライトとも、ジャッカー電撃隊のマントのように中途半端な長さの前掛けとも、そしてライダー1号がシードラゴン二世を葬った得物に似た凶悪なドリルともおさらばさらば!だ。右の下の奥歯がなにかチトうずくが、きっと気のせいだな…。ついでにもうひとつ。こないだめざましテレビの占いコーナーで聞いたひと言。「今日のラッキーカラーは…無色透明です!」…いや、別にいいけどさ、なんかこれ、反則でない?さて本題。今回のタイトルのひと言で、即座に鈴木ヒロミツの歌を思い浮かべた人ってどのくらいいるのかな?実はこれ、大映テレビ製作の刑事ドラマ「夜明けの刑事」のテーマソングのタイトルなのだ。♪思い出の丘があるという…♪なんかねぇ、最近この詞が胸に染み入るんだなぁ。あぁ、もう秋なんだなぁ(なんてね)最近、「刑事魂2」ってな企画物のCDを買った。文字通り刑事ドラマの黄金期(70~80年代)の作品からテーマソングや音楽を集めたヤツ。ちょっとこれ、ハマっているところだ。ラインナップが少々マニアックで、たとえば「太陽にほえろ」なら、あの有名なオープニングテーマじゃなく「追跡のテーマ」や「ゴリさんのテーマ」(そんな曲もあったのか)等を収録。ちなみにオープニングや名曲の「マカロニのテーマ」「ジーパンのテーマ」は「刑事魂1」の方に入ってた(これは買ってない。お金ないんじゃ~)。桜木健一主演の「刑事くん」なら「コンクリートジャングル」でなく「星を追う」や挿入歌の「さまよい」(←思わぬ収穫。いい歌だこれ)。「特捜最前線」からは主題曲や「私だけの十字架」ではなく、劇中よくクライマックス直前などにかかった曲…。他にも、ルパン三世のBGMにそっくりな「大追跡」メインテーマ(それもそのはず作曲:大野雄二)や、何年ぶりに聴いたんだろう?の「走れ風のように」(「刑事犬カール」)、先に挙げた「でも、何かが違う」に、前からほしかった「愛に野菊を」(これも「夜明けの刑事」のテーマソング。コテコテだけど名曲)、「噂の刑事トミーとマツ」からは松崎しげるの熱唱による「マイ・ラブ」…。なんともしぶいラインナップでしょ?ちなみに大御所の「Gメン75」や「西武警察」などは入っておりませぬ…。それにしても「刑事ドラマ」って、よくよく考えると不思議なジャンルだね。単なるひとつの職種であるはずなのに、なんでああも多くの作品がつくられるんだろう。だってさ、それなら「ラーメン屋ドラマ」「カーディーラードラマ」「政治家ドラマ」「出版社ドラマ」「電気店ドラマ」なんて“ジャンル”(1作品だけでなく、始終どこかの局が放送しているくらい市民権を得たドラマ)があったっていいじゃん。「次回からのこの時間は、『査定の条件』をお送りします。とあるカーディーラーに入社した青年が、一人前の査定士になるまでの成長を描いた感動巨編。どうぞご期待ください!」…やっぱこれじゃ視聴率上がらんわなぁ。観る人は観るだろうケド。私?う~む、事実と違う!ってツッコミ入れながら観るかもなぁ。やっぱり、事件=ドラマになりやすいってことか。そういやあんまりテレビ見ないからわからんけど、最近って刑事ドラマって放送されてるのかな?「はぐれ刑事 純情派」くらいしか思い出せないぞ。まぁ、あれだ。「火曜サスペンス劇場」に代表される2時間ドラマがその代わりになってる、ってことだろう。ただ、こうも思う。現実に陰惨な事件、またそれこそドラマみたいな事件(茶化してるんじゃなく、負の方向で)が多発している今、あの頃のような刑事物が創りにくくなってるのかもしれない。いや、昔だって殺人事件や世間をにぎわせた事故は起こっていたけど、乱暴に言ってしまえばそれでも大局的には平穏だったといえるかも(とにかく、今の事件の多くは理解できないものが多すぎるのだ!)。だからこそ、あの手のドラマを安心して(?)楽しめたんじゃないだろうか?よく不況になるとオカルトやホラーが流行ったり、お笑いがもてはやされたりする、とか聞く。すると、平和な時代にこそ刑事物が流行るってことなのか…。また刑事物の人気が盛り返す時代が来ると、いいね!そういや「太陽にほえろ」のテーマ曲に合わせて、サザエさんの登場人物の名を歌いこむ、っての昔流行ったけど、最初に考えた人すごいセンスだね。では、みなさんもご一緒に!♪タラちゃ~ん カツオ~ ワカメ~ そしてサ~ザエ~ フネさ~ん マスオ~ ナミヘィ~ そしてノリスケ~ タ~マ~ ジュリジュリジュリ~…♪
2006.10.05
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今回の列伝は思いっきり個人的なチョイスでご容赦(…って、いつものことか)今年の夏、お盆休みの頃に我が愛犬(娘)のタルト(以下、タル)の避妊手術をしてもらった。ホントはもう少し早く…と思っていたけど、諸処の事情でこのタイミングで。オスに比べて大掛かりな手術になるため、2~3日入院が必要、なんだけど…。過去ログをお読みいただくとわかるとおり、我が家にはもう一匹の愛犬(息子)がいる。ヨロだ。事件は、タルが入院したその日に起こった。ヨロがメシを食べない。いつものようにキャンキャンはしゃぎもしない。優等生のようにおとなしい。不気味だ。私は妻と顔を見合わせた。これてもしや…。そう、タルがいないためだった。空のハウスを何度も覗き込んでる。そして初めて女の子にフラれた、いたいけな男の子みたいにしょんぼりしているヨロ。その夜、ヨロが鳴いた。タルを探すかのように寂しい声で。おまえ、タルより年上だろーが!最初はほっといた。甘やかしたらためにはならん。気分はムラマツキャップか立花藤兵衛。こらえるのだヨロ。ヒーローは孤独に耐えなくてはいかんのだ。そんなことで地球の平和が守れるのかヨロトラマン!しかし、ダメ。延々鳴き(泣き)続けるヨロ。負けた。藤兵衛には成りきれん。彼のいる居間に布団一式を運び込み、私はそこで寝た。ヨロも、落ち着いたのか鳴きつかれたのか、やっと寝た。しかし次の夜も同じ様に鳴いた。私は布団を運ぶ。明日タルが退院するまでの辛抱だ。布団にもぐりこむ私。と、ヨロが近づいてきて、私の胸元で丸くなって寝た。おいおい、私はタルじゃねぇっての!人肌(犬肌?)が恋しいのか、ヨロは一晩中、私のどこかに触れて寝た。夜中に何度も目が覚めた。気付くと足元に、背中に、腹の辺りにうずくまって寝息を立てているヨロ。おまえ、一ヵ所でずっと寝とれ!こっちが気になって眠れんわい!ずうずうしいんだか淋しがりやなんだかわからん(きっと両方だ)ヨロの寝ている様子を寝ぼけまなこで見ているうちに、頭の中にある曲のイントロが流れてきた。それが手塚アニメ「ワンサくん」のエンディングテーマ「ピンコラ音頭」だったのだ(出来過ぎのようだが実話だ)♪名犬目指してがんばれと 予習だテストだ復習だ これじゃ体がもつわきゃないよ バカだチョンだと言われても(ハァ~言われても) ピンピンピンとやれ生き残れ ピンピンピンとやれ生き残れ ハァ~ピンコラピンのピンピンとピンコラピンのピンピンと…♪翌日無事タルが退院してからはヨロも元気復活、今ではふたりで暴れまくってるのだけど、しかしなぁヨロよ。人間社会でも男より女の方が精神的には強いとか言われてるけどさ、ちったぁこの歌のように、“ピンピンピンとやれ生き残れ”だぜ。名犬なんぞにならんでもいいから、男の意地を見せてみぃ。たとえ寂しくたって男のやせ我慢で堪えてみぃ。けど、この辺の意気地のなさは私に似てるのかもしれんなぁ。やっぱりペットは飼い主に似る?さてこのまま終わってしまっては列伝の名折れ。曲にも触れてみよう。もともと作品自体、“ワンサくん”って名前の犬を主人公にしたミュージカルなアニメなんだけど、オープニングのチャールストンに対するエンディングの音頭、この対比がおもしろい。で、その音頭のリズムで歌われているのは、エリートに対して軽い風刺を効かせた下町のバイタリティ、といったところか。往年のクレージーキャッツ(彼らが歌っても似合いそうだ)のテイストもあるね。“バカだチョンだと言われても…ピンピンピンとやれ生き残れ”なんと言われようとしたたかに生き残れ、か。やっぱりここがカギだな。ボーカルのシンガーズ・スリーとロイヤルナイツのみなさんの、すっとぼけた歌い方がそれを後押ししている。作詞:藤川桂介、はいいとして、作曲がヤマト(というかシャボン玉ホリデー!)の宮川泰さん。う~む宮川さんってこんな歌もつくってたんだねぇ。このアニメのプロデューサーが、まだ虫プロに在籍していた頃の西崎(なぜか呼び捨て)、といったことから、ひそかにヤマトにも通じるものがあるな。それにしても、手塚アニメにこうした音頭やミュージカルっての、合うね…。この「ピンコラ音頭」のひそかな聴きどころ。それは曲の終わりで♪ピンコラピンのピンピンと…♪がフェードアウトしていくときの、ひとりのおっさん(失礼!)のつぶやきだ。「ピンコラだよ。ピンコラだってのに。わかんないの…」半分やけっぱちでブツブツ言ってるこのおっさん。ここにピンときた人は、すかさずジャッキーチェンの、昔市販された映画のビデオソフト(の本編後に入る作品紹介)を観てみよう。ハマることまちがいない!この“作品紹介”を観たら、ピンコラ音頭を語ってもいい…。下の写真は、我が家のワンサくん?(いやヨロだってばよ)
2006.10.03
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♪あの子が振っていた真っ赤なスカーフ 誰のためだと思っているか 誰のためでもいいじゃないか みんなその気でいればいい 旅立つ男の胸にはロマンのかけらがほしいのさ ラララ…真っ赤なスカーフ 必ず帰るから真っ赤なスカーフ きっとその日を迎えておくれ 今ははるばる宇宙の果て 夢を見るのも星の中 旅する男の瞳はロマンをいつでも映したい ラララ…真っ赤なスカーフ♪日本初、歌謡曲の要素を取り込んだアニソン(ささきいさお:談)、それが宇宙戦艦ヤマトのエンディングテーマ「真っ赤なスカーフ」だ。なんたってなぁ、歌謡曲。J-POPじゃないよ。あの良くも悪くも叙情的なムードが一掃されてしまった感のある現在の音楽シーンではまず耳にできないこのジャンル。しかしそれが、ヤマトの悲壮感と希望に満ちた、決死の旅によく合うのだ。またささきいさおもしっとりと歌い上げてるんだこれ。宮川泰さんの熟練のメロディとささきの甘いボーカルが実に良いのだけど、元を知らずに聴いたらアニソンとは思えないんだろうなぁ。歌は終始、ヤマトのクルーの視点で綴られる。14万8千光年という途方もなく長い旅のさなか、流れ行く星を見ながら想いを馳せる…なんとも想像力をかきたてる詞だ。ヤマトのクルーたち、心細かっただろうなぁ。元々ムチャな旅だもんなぁ。戦艦の名はついていても、補給もなくたった一隻でガミラスと戦いながら、1年以内にコスモクリーナーを受け取って戻らなきゃならない。でないと、人類は絶滅してしまう…。すごいプレッシャー。よほどの精神力と使命感(と、旅を乗り切る体力、戦闘力)を持ち合わせていなければとてもこなせない任務。で、そのプレッシャーを跳ね返すのに必要なのが“ロマン”なんだな。「あの子はいったい誰にスカーフをふってたんだろう?」「誰のためでもいい、みんなが『俺だ』と思っていればそれでいいのさ」きっと“あの子”ってかなり美人だったんだろう。そしてもしかしたら、特定の“誰”のために振っていたんじゃないのかもしれない。しかしそれを心の拠りどころにして、はてしない宇宙を無数の星にかこまれながら長く苦しい旅をする…。ロマンだ!命をかけて大いなる使命を遂行する男たちの、壮大なるロマン!!そしてこれが、ヤマトの大きな魅力のひとつでもある…。(詞にある♪思っているか♪という言葉の使い方がいいね。戦記物を思わせる…)この歌がかかるエンディング映像のなかで、一瞬画面を流れ星がよぎるシーンがある。ヤマトのクルー、あの流れ星にどんな想いを寄せ、願いをかけたのだろうか…?結びに。ヤマト(第1作)って「西遊記」だね。
2006.10.02
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♪さらば地球よ 旅立つ船は 宇宙戦艦ヤマト 宇宙の彼方イスカンダルへ 運命背負い 今飛び立つ かならずここへ帰ってくると 手を振る人に笑顔で応え 銀河を離れイスカンダルへ はるばる望む 宇宙戦艦ヤマト♪以前、テレビのスペシャル番組「もう一度聴きたいアニソン ベスト100」(みたいな番組。正式タイトル忘れた)で堂々1位に輝いた宇宙戦艦ヤマトの主題歌。お~い、この手の番組のランキングっての、信憑性は如何ほどか?実力で1位になったのか?よもや製作スタッフの都合とか入ってないだろうな…?いや、私自身はうれしいんだけどさ。大好きな歌だし。ささきいさおが生出演で歌うの見られたし…。なんて言いながら、この歌を聴くといつも気分の高揚を押さえきれない。軍歌+マーチを上手くアニソンに化けさせた宮川泰さんの力量だな。イントロの♪ダーンダーンダーダッダ ダッダダーン♪から、来た来た来た~!って感じ。あっ、これレコード版ね。テレビ放送でかかったこの歌、いくつかのバージョンがあり、いきなりイントロ無しのアカペラで♪さらば~地球よ~♪とバラード風に始まるヤツや、♪ジャジャジャジャ~♪と黄金バットの主題歌を連想させる、風雲急を告げるようなファンファーレの入るヤツなどが流れたのだ。で、そのイントロから歌に入るまで、なんともスキがないんだな。♪(旅立つ船は~)うちゅう~せんかん~(ジャージャージャジャジャ)宇宙戦艦ヤ~マ~ト~♪ここのタメなんて、職人芸!また、最後のフレーズ♪(銀河を離れイスカンダルへ はるばる望む)宇宙戦艦ヤーマートー!!♪のところは一番の盛り上がり。なんでもここは、「ヤマトばんざーい!」ってなイメージで作曲したんだそうだ(宮川泰:談)。全編にわたって美しいスキャットを聴かせてくれる川島和子さんの存在も特筆すべき。この澄み切ったスキャットひとつで、曲のイメージは大きく膨らみ、我々をロマンあふれるあの世界に誘ってくれるのだ。そう、無限に広がる大宇宙に…。この歌の一番の聴かせどころにも触れてみよう。♪かならずここへ帰ってくると 手を振る人に笑顔で応え♪…この終わりにかぶるリズム♪ジャカジャッ ジャカジャッ ジャカジャジャージャジャ ジャカジャッ ジャカジャジャ♪のあと、一瞬の無音状態からパタタタと入るドラムが気持ちいい。そしてこの部分の詞に、なんとも男気を感じるのだ。“かならずここへ”の“ここ”は、単に故郷の地球という意味だけに留まらない。ガミラスによって荒れ果ててしまった緑の大地、手をふりながら見送る“愛する”人が待つこの地に、使命を果たして必ず帰ってくる、そんな決意を胸に、「だから希望を捨てるな」と笑顔で応えるヤマトのクルー…。どうだいこの男気!(それが2番でのこの部分“誰かがこれをやらねばならぬ 期待の人が俺たちならば”でより深く語られるのだ)で、旅立ったあと星の海を見ながらその地球に想いを馳せるのがエンディングの「真っ赤なスカーフ」というわけで、OPとEDが実に上手くつながるんだな…。ともかく。作詞:阿久悠、作曲:宮川泰、ボーカル:ささきいさお、という鉄壁の布陣がつくりあげたこの歌。アニソン史上、いや日本の楽曲史上に打ち立てられた金字塔であることはまちがいない。ふむ、してみるとアニソンベスト100で1位になったのも、むべなるかな、だ。宮川さんにならって、ヤマトばんざーい!!
2006.10.01
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