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2019.06.08
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『火花』又吉直樹(文春文庫)

 この小説が芥川賞を受賞したのは、もう3年以上も前なんですね。
 少し調べたのですが、2015年の上半期の芥川賞受賞です。
 で、文庫本も入れると、300万部くらい売れた、と。すごいものですねえ。

 いつの世のどんな社会にもあるのでしょうが、売れればいいというものではない、いや、本当に優れた作品はそんなに売れないものだ、という考え方がありますね。

 ……えー、実はわたくし、基本的にはそんな考えに反対じゃないんですね。
 だって、こんないわゆる「純文学」読書報告をしているくらいですから、少なくとも「売れる=善」みたいな考えには異議ありと思ったりしています。
 またそれくらい思っていないと、ちょっとやりきれないところがあったりします。

 ただ、少しだけ(3点)補足しておきます。
 まず、いわゆる「ベストセラー」はあまり信じませんが、私は「ロングセラー」は信じるんですね。
 一時的な熱狂ではない、「延べ」で考えられる多くの人々が共感する作品は、やはり文学として優れているんじゃないかと考えます。(だから本書が優れた文学作品かどうかはまだ全く分からないと思っています。)

 二つ目の補足ですが、芥川賞とは新人賞(厳密にはそう呼べないような作品も選ばれているようですが)だという事ですね。
 それはプロ野球で言うところの「新人王」と同じで、例えば打者なら3割を打っていなくっても選ばれたりしますし、投手なら10勝を超えていなくても選ばれるんですよね。シーズンの最優秀選手の賞じゃないんですよね。

 あくまで芥川賞の性格は、そんな位置づけにあると思います。(新人が瑞々しく頑張っている姿を評価するのは、気持のいいものでありますが、ただ、私だけの思いかもしれませんが、そこには何か、新しいものが描かれていることだけはあって欲しいと思います。)

 最後にもう一点。芥川賞の生みの親である菊池寛は、そもそもこの賞は商業ベースのもので、雑誌の宣伝の一環であると、賞を作った当初から書いているということも、ポイントでありましょうね。

 ということを総合しますと、この度の作品の芥川賞受賞はまさにふさわしいと言っていいんじゃないか、という結論がでてきそうです……。

 さてそんな大ベストセラーの読書報告です。
 どうでしょう、純文学作品としてよく書けているんですかね。
 私のバイアスのかかった感想を以下にまとめたいと思いますが、まず、文章的には取り立てて優れているという感じはしませんでした。ただ、一生懸命しっかり書いているという印象は持ちます。

 展開的に私が面白いと思うのは、作品中に何か所か出てくる漫才やそれに準じるやり取りのシーンです。例えば、冒頭の「飼っているセキセイインコに言われたら嫌な言葉」のネタとか、主人公徳永が、神谷と一緒に最後に真樹の家に行く前の「泣く」事にまつわるやり取りとか、クライマックスの「反対のことをいう」というネタとか、とても面白く読みました。(これは私が関西人であることと関係があるかもしれませんが。)

 あわせて、そんなエピソードが、朝から晩までずっと漫才のことを考え続けている主人公の意識の中に割りこんで描かれていますので、この部分はほぼ古典的な「教養小説」(=「ビルドゥングス・ロマン」)であり、「職人物語」(料理人の話であったり、民芸品作者の話であったり、また、賭博者の話であったりと、分野は様々ですが)であり、さらには、すでに文学の世界ではとうの昔に滅びてしまったと思われていた「破滅型」人物が、現在の漫才の世界に生きていたのかという発見と驚きも感じられ、私は面白く読めました。

 ……それだけ面白く読めれば、それでいいじゃないかという気はします。
 これだけで十分じゃないかという感じはします。
 ただ、例えば上記に触れた料理人の話を通して、結局のところ小説には何が描かれているべきかといえば、やはり人間なんですよね。

 この度の作品が、間違いなく青春物語(教養小説は青春物語であります)であるならば、登場人物たちの成長或いは変化の過程が描かれているかどうかというのは、文学的にはかなり重要な要素だと私は考えます。(偏向します。)

 そんな視点を加えると、さて、どうでしょう。
 点在する主人公たちの変化は描かれながら、しかしそれを線に(面に)広げる書き込みが十分なされているでしょうか。ひょっとしたら、それは展開として難しい部分もあったのかもしれませんが、やや重層的な深みに欠けはしないかなと、私は愚考するのであります。

 ただ、最後の神谷の豊胸エピソードについてですが、私も最初はあっけに取られました。
 しかしこの個所を「じっと」睨んで読んで、ああそういうことかと、わりとすとんと心に落ち着きました。
 ここには、筆者の、「結局ちょっとええ話しやったなぁとは絶対にまとめさせんぞ」という、文学少年のようにピュアな意気込みが感じられるエンディングだと思いました。
 なかなか意見の分かれそうな挿話でありましょうが、私は好意的に読めたことを付け加えたいと思います。


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Last updated  2019.06.08 18:23:53
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analog純文 @ Re[1]:父親という苦悩(06/04)  七詩さん、コメントありがとうございま…
七詩 @ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
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