全32件 (32件中 1-32件目)
1
昨年秋から、テレビがおかしい。特番が入る時期(クール間の半端な曜日。例えば、平日の帯番組は大抵先月27日で終了したはずだが、30日から新番組がスタートする場合もあれば、5日までをインターバル期間として、週明け6日からスタートする場合もある。この場合の3/30日から4/5日は特番が入りやすい)になると、どの局も軒並み再放送を放映する。しかもドラマだ。再々放送ということもままある。年末はことに顕著だった。年末の休暇に入った28日以降も、延々とドラマを放映していた。年が明けると、安もんのお笑いタレントばかりが画面に登場し、うんざりした。そして、そろそろ、3月の改編期のことが噂されるようになり、ギャラの高い大物司会者の降板が囁かれ始めた。これまでは、新年最初の放映の際は、継続のレギュラー番組でも大幅にセットをリニューアルしたものだが、ほとんどの番組で、それが見られなかった。それどころか、レギュラーや準レギュラーのタレントの入れ替えが行われ、レベルダウン(タレントとしての質の話だが、比例してギャラが安い)した。3末の改編で、昼の顔・みのもんたが姿を消した。交代した司会者が中山秀征だ。これはつらい。関西では、夕方からニュース番組を引っ張ったような情報番組が各社足並を揃える形でスタートした。司会はすべて局アナ。関西テレビと読売テレビは、色モノのアナウンサーを起用し、情報ワイド色を強めている。朝日放送はこれまで18時30分から入っていた純粋な報道番組でキャスターを務めていたアナウンサーを起用。報道色を残す形となった。毎日放送だけは、10年続く情報ワイド番組が引き続き放送されるようだが、他局は、18時に東京のキー局からスタートしていたニュース番組を大阪で17時前からスタートさせる。間に東京キー局のニュース番組が挟まる形で、芸能やグルメといった、ニュース番組では比率を上げることのできないネタをたっぷり扱うようだ。いずれにしても、「苦肉の策」としか見えないのがつらいところだ。自社制作番組に金をかけられないというのが見え見えだ。こういう「報道」系番組の司会者(局アナ)が最近よく言うのが、「予算がありませんので、豪華ではないセットですが……」「おかげさめで、スタート初日は予想以上の視聴率でして……」といった、内情暴露の言葉だ。決して「テレビは夢の世界」とは思っていないが、「金がない」ことを聞いた視聴者がいい気持ちになるわけがない。そんなことを主張して何になるのかよくわからない。「景気が悪い」ということを連想して、気分が暗くなるし、不安を煽る。「視聴率」とてそう。視聴者は「この番組は視聴率がいいそうだから、ぜひ見よう」などとは思わないだろう。いちいち視聴率がいいとか悪いとかを言ってもらわなくて結構。こんなユルユルの状態だから、メディアとして見捨てられるのだ。「高速道路が1,000円になった」といえば、どこの局も実際に高速で遠くまで出かけ、ご当地の食べ物を食べてその日のうちに帰ってきて料金表示版に「1,000円」と表示されたのを見て手放しで喜ぶ。こんな映像、だれが見たいのだ。そんなことより、「ETC車載機を搭載している車に限定されている理由」とか、「それによって、利益を得ている組織や企業や政治家の存在」とか、「メーカーの現状と今後の生産量予測」とか、「予約して助成を受けられる人と受けられない人の境界は?」とか、「先週末増加した割引利用額と本来料金との差額、年間利用額の予測と補填の総額、税金投入が必要になるとした場合の財源予測」とか、「車に乗ってメリットを享受する人と乗らない人の経済的格差」など一般国民が普通に生活していれば知り得ない情報を提供するのがマスコミの務めではないのか。医療問題にしても、救急病院の受け入れ拒否問題を表面的に報じたり、自治体が公立病院を閉鎖するとか、民営化に踏み切るというような問題を、事象だけ報じたり、医師不足問題にしても、うっすらと原因を報じるだけだ。対応策や打開策を探ると言ったところまでは踏み込むことがない。これでは不安を煽るだけ。当事者となっている自治体の住民はもちろん、「明日は我が身」と不安に思っている過疎地域の住民にとっては、何ら利益のある情報ではない。なぜ、そこがわからないのだろう。原因の一つが「視聴率」だった。いい番組がいい視聴率に直結するわけではない。しかし、番組の評価を視聴率のみに頼ってきた、余りにも短絡的な業界の常識が、テレビ業界をここまで堕落させた。「真実を伝え、国民生活を豊かにするための情報を提供する」という思想を、「国民の興味をそそる話題、いっときの注目を集めネタ、衝撃的な映像」といった、人間の本能を利用することのみを追求する、無意味な業界の常識が駆逐した。「予算がない」と言いながら、相変わらず高額なサラリーをもらい、下請けいじめをし(局員と同じ現場で働く制作会社の社員の給与は、大抵局員の1/4~1/5)、つまらぬ番組をつくり続けるいまのテレビ業界……先行きの暗さだけが見えてくるのは、私だけだろうか。
2009.03.31
コメント(0)
焼き肉を食しに行った。住まいの裏側(どちらが表かわからないが)にある、激しい人気を博す不況知らずの焼肉店だ。常に満席で、当日の予約はまずは入らない(土日は21時以降なら何とか入る日がある。理由は、時間制限を設けているからだ。平日はフリーなので、店の前で待つとなると、2~3時間は覚悟しないといけない)。急な来客と一緒に出向くことになったので、当日の予約になった。ダメもとで電話を入れると、「21時30分以降なら、お席を取れると思います」「じゃ、その時間に予約を」席があけば、電話をくれるということなので、連絡先と、名前、連絡を受けてからどれくらいで店に到着するかを伝えて電話を切った。果たして21時25分に電話が入った。「いま、お客様が変えられたので、お席を用意するのに10分ほどいただきます。21時35分にお越しください」ものすごいシビアな指定に応じ、33分くらいに到着した。「ただいまご案内しますので、こちらにお掛けになってお待ちください」と、入り口付近の椅子に座らされた。我々の前で待っていた6人連れの男性ばかりの客がウエイティングの椅子から立ち上がり、座席についた。ふと見ると、そのうちの若手3人が最大手自動車メーカー・T田の販売店のスタッフジャンパーを着ている。ちょっといやな感じがした。間もなく、6人客の隣の席に案内された。いやな予感は的中した。6人のうち、5人が喫煙者で、しかも、チェーンスモーカーだった。若いのは20代後半、年寄りは50代半ば。最もひどかったのは、40代後半から50代前半とおぼしきハゲ親父だった。左手の人差し指と中指の間には、常に火のついた煙草が挟まっていた。だれかがずっと煙草に火をつけていた。しかも、吸わない。灰皿の上に置いているか、手に持っているか。1本の煙草が終わる間に吸うのは3度ほどだ。ずっと、副流煙が上がっている。さらに悪いことに、私の席がアゲインストだった。すべての煙が私のところへやってきた。肉を食べながら、酒を飲みながら、煙草を吸う。だれかが必ず煙草に火をつけている。ひっきりなしに。たちまち、私の服は、髪は、顔は、ニコチン臭くなった。焼き肉どころではない。いやでいやで仕方がない。「ちょっとぉ!」と言いたいところだが、販売店の営業マンとなると、ストレスも大変なのだろう。禁煙の店ではないだけに、禁煙を強要することはできない。こういうとき、私はいつも不公平を感じる。煙草がいやな人間の嫌煙権は無視される。日本は禁煙後進国だ。先進国の中でも際立って喫煙率が高い。教育が悪いのだと思う。百害あって一利なしの煙草を、25.7%(2008年の男女平均)の国民が吸っている。男性に限って言えば、41.3%という高率で、発展途上国並みの数字だ。アメリカ19.1%、カナダ19.1%と比べると、その多さがわかる。悪いことに、世界的には女性の喫煙率が減少しているにもかかわらず、日本は上昇しているというから、悲観的にならざるを得ない。「煙草を買うことで、税金を払っているのだ!」と偉そうな顔で喫煙者は言うが、煙草が原因で罹患する病気に対する医療費は、それをはるかに上回る。「煙草を吸っている人は、自費で治療」とできない限り、煙草を吸わない人が、その医療費を負担し続けることになる。しかも、自分は吸わないのに、副流煙で罹患する例も多い。日本を代表する大企業の系列会社の社員がこれだ。企業は、社会や社員個人に任せないで、禁煙への指導をすべきではないだろうか。私は、クライアントである大手電機メーカーが社員に禁煙指導をしているのを見ている。「査定」に影響するとあって、賢い社員は次々と禁煙していき、そのおかげで集団検診でひっかかる率が低くなったらしい。少なくとも、私を薫製にしてくれた社員のいるT田の車を買いたいとは思わないし、営業職であるにもかかわらず、人からどう思われるかを認識できないダメ社員を抱える企業はダメだと思ってしまった。髪が臭い。シャンプーしても、泡が立たないほどだ。こういう被害に対しては、「傷害罪」もしくは、「強制不快罪」(創作)などの法律で裁いてほしい。なぜ、私が我慢しなければならないのか、理解に苦しむ。むむむむむ。
2009.03.30
コメント(2)
橋下大阪府知事の徹底した倹約ぶりを垣間見られる記事があった。橋下知事と記念写真、退職者半数が辞退…有料化「情けない」大阪府が、定年退職する府職員を対象にした知事との恒例の記念撮影で、今年度から写真の無料配布をやめ、職員の自己負担に切り替えたところ、退職予定者らが反発、半数が橋下徹知事との記念撮影を辞退した。橋下知事が打ち出した財政再建策の一環だが、「退職金を5%カットされるうえに、写真代まで払わせるのか」という不満の声が多く、現役職員からも「長年、府政に貢献してきた先輩に、あまりに失礼」と同情論が持ち上がる事態に。急きょ、府職員互助会が全額を肩代わりすることになった。記念撮影は毎年、退職辞令を受け取る3月31日に府庁本館前で実施。200人ずつに分かれて、知事ら府幹部との集合写真を撮影し、六つ切りサイズのプリントを配布する。府はこれまで職員の福利厚生として全額を負担。昨年は約30万円を支出した。しかし、「橋下改革」の歳出削減で、今年度は予算化が見送られた。このため、府は退職予定者687人に「写真は今年度から有料。1人当たり1100~2500円」と案内。記念撮影の参加者を募ったところ、毎年8割が参加するにもかかわらず、希望者は4割に満たない260人にとどまった。府職員互助会が全額を肩代わりすることになり、最終的な参加者は増えたが、それでも、ほぼ半数の377人という。撮影を辞退した男性職員は「金の問題ではない。長年の功労にもかかわらず、最後の最後で、こんな扱いとは。情けなくて参加する気にもならない」と嘆いていた。【読売新聞 2009年3月30日】この記事を読んだ人の中には、「これぐらい、府が負担してあげればいいじゃないの」と思った向きがあったかもしれない。とんでもない!「これぐらい」の節度がある人種ではないのだ。公務員は。一般市民が思う「これぐらい」の幅と、公務員の思う幅は明らかに違うはずだ。ゆえに、ヤミ専従問題(組合員は大阪市だが、発覚したのは自治労大阪府本部)や駐車場の占拠(大阪市)、残業代の架空請求、厚遇問題などが起こったし、監視の目が届かないところで密かにズルズルと続けられてきたのだ。「府政に貢献してきた」という言葉は、いかにも公務員的発想だ。仕事に割いた時間や労力は、給与や賞与という報酬であがなわれている以上、それ以上のものを求める方がおかしい。しかも、それは府民の税金であることを、全く意識していない。府民が、「どうぞお使いください。退職者の方々には大変感謝しておりますので」と言ったのなら、許される出費になるだろうが、府民は決してそんなことは言わないだろう。橋下知事のやり方を「情けない」と嘆く公務員が存在することが府民として情けない。これは、「30万円」の支出だが、同じようなことが、ゴロゴロと転がっているのだと思う。退職する職員の記念写真など、氷山の一角で、ムダに使われている税金はとんでもない額になっているのかもしれない。「無駄な新聞を取るのをやめたら、3,000万円が浮きましたよ」と橋下知事が就任直後に言っていた。公務員の感覚を疑う。職員のだれかに新聞販売所の関係者とか肉親がいたのだろう。新聞だけで3,000万円……。日本全体の公的組織のそうざらえをしないと、国も地方自治も間もなく崩壊する。崩壊しようとも、自分たちの権利はしっかり守ろうとし、ちゃっかり利益をせしめるであろう小賢しい人々を放置できる時代ではなくなったのだ。不況大国・ニッポンは。
2009.03.29
コメント(6)
きょうから、高速道路1,000円政策がスタートした(東京湾アクアラインと本州四国連絡橋では、先週からスタートしている)。高速道路やSAは、朝から盛況のようだ。対抗策を打ち出したJR(「こだま」に限定した大幅割引)もこれまた盛況のようだ。しかし、高速バスやフェリーはさっぱりらしい。利用者(一般国民)にとっては、移動が安くなるし、移動方法を選べるという意味ではメリットがある。ように見える。が、そうだろうか。前回(3/23)も書いたが、この政策が国民の得になることは決してない、と今回も断言する。理由は、1.矛盾だらけの政策→高速道路は高速道路会社のもので、政府が料金をうんぬんできるわけがない。民営化により、販売促進企画で1,000円にしたというのならまだしも、政府が押し付けた料金ダウンを、民間企業がやすやすと受け入れるわけがない。2.矛盾は、国民に跳ね返る→高速道路会社が本来得ることのできた料金収入と、1,000円にしたことによる差額は、当然国に請求される。政府の発表では、5,000億円の予算を見込んでいるが、それは「道路特定財源」からあてられる。つまり、税金だ。基本的にガソリン税など車を使う人や企業から徴収しているものだから、受益者負担(普通車以外の車両で税を払っている人と企業を除く)になる。が、5,000億円という数字が怪しい。3.使えば使うほど損をする→高速道路を使う人がどっと増えて、料金差額が政府が見積もっている5,000億円を超えた場合、「補填」方式を取るなら、何らかの税源をあてなければならない。高速道路会社は大もうけである。が、国民は「消費税アップ」などによって、じわじわと首を絞められることになる。4.不公平この上ない政策→車を持っていて、ETC車載機をつけている、さらに、土日にレジャーなどで車に乗るという人にとっては、一応メリットになる。が、車を持たない人、土日が休日ではない人、ETC車載機をつけていない人にとっては、何のメリットもない。しかも、ETC助成制度を使って、5,250円安くETCを設置できた人に比べ、95万台の助成制限枠(普通車。バイクも枠がある)から漏れた人の不公平感も尋常じゃないだろう。余り知られていないが、この助成金は、国土交通省の外郭団体(天下り先)の解散に伴う保有資産が当てられる。が、助成枠を拡大したことで、多分資産を使い切って、さらに別の財源を投入することになるだろう。どんな金を使うかも疑問。5.ほとんどが損をする→国民にメリットがないことはわかっていただけたと思う。また、バス、鉄道、フェリー、航空といった他の交通機関は確実に打撃を受ける。また、物流など土日も高速道路を使う業界は、「渋滞」による損失を受ける。この損失は、物流費や商品の価格アップなどを余儀なくする。さらに、観光地とて、中途飯場な存在は、切り捨てられることが予想できる。人の心理として、「できるだけ得をしたい」となると、ボリュームゾーンの都会からの距離によって、あるいは、観光地としての知名度によって、明暗が分かれる。6.得をするのは一部だけでは、得をするのは? まずは、「高速道路会社」。あの手この手で高速道路の利用台数を上げようと思っていたが、ない知恵をしぼらなくても、国民は高速道路を使ってくれるし、使えば使うほど、ジャブジャブ金が入ってくる。そして、「ETC車載機メーカー」。とはいえ、急な政策実施だったため計画生産ができず、販売店では欠品状態が続いているそうなので、対応力のないメーカーは恩恵にあずかれない。「販売店」は、売り上げアップにつながった。手数料収入もあるので、損はしない。一時的なものだが、それでも不景気のいま、ありがたいところだろう。「SA運営企業」。多くは高速道路会社の関係者や政治家のファミリーがかかわっていると思われるが、それも含め、メリットを享受する。「国土交通省」。税金投入によって、再び高速道路会社にモノが言えるようになった。天下り先となるグループ企業をさらにつくるかもしれない。「道路族」与党の道路族も何らかの恩恵を享受するだろう(ファミリーを含む)。野党に転落しても、メリットの享受は続く。といったところだろうか。まだまだ、見えない部分があるとは思う。が、凡人の私にはこのくらいしか考えつかない。「高速道路1.000円」政策の真実が見えるには、少し時間がかかるかもしれない。が、必ず裏がある。政治の魑魅魍魎はよく承知しているが、“何があっても驚かない”、とはいえないほど驚きの真実が明かされるときが来るかもしれない。そのときのために、十分注視したいと思う。
2009.03.28
コメント(2)
「誘惑に負けた」という陣内のいい分にキレたのか、それとも金目当てか、それとも芸能界デビューを目論んでいるのか……。藤原紀香、陣内智則の離婚原因になった「浮気」相手の一人が、週刊誌相手に実情(と本人は言っているが、定かではない)暴露した。陣内から受け取ったホテルの部屋番号を示すメールや、陣内の寝顔の画像などなどを週刊誌に売ったようだ。週刊誌によると、バーで知り合った「一般女性」となっているが、本当の一般女性に陣内が手を出すとは思えない。芸能界、あるいはテレビ局、吉本興業など何らかの関係者ではないだろうか。もし、縁もゆかりもない一般女性なら、陣内は脇が甘過ぎると言われてしかるべきだ。(理由:相手に何の弱みもない一般女性との浮気は厳禁。関係者なら、何らかの力関係が働くので、もめ事にはなりにくい、という意。念のため)バカなことに、自分からメールを送っている。厳然とした「証拠」を残したことになる。さらに、その女性に寝顔の写真を撮られるなど、愚の骨頂だ。不倫期間は4ヵ月にも及んだらしい。さらに、結婚3ヵ月目からスタートした不倫関係だったとか。これでは言い訳のしようがない。その上、こんな女性が「二人や三人なら許せるが…」(紀香の母親談)というほどたくさんいたようだ。離婚は正解だった。もっと早く決断してもよかったぐらいだ。(浮気を容認できる女性は別。紀香さんは、結局容認できない派だったという意味で)それはそうとして、腑に落ちないのは、この女性の行動だ。「自分は被害者」と思っているのだろうか。女性「結婚してるんでしょ」陣内「そんなん、ええやん」という会話を交わしているらしい。女性は、藤原紀香という妻の存在を知っていたことになる(当たり前だが)。この場合、民事的には女性が悪いことになる。紀香が訴えれば、損害賠償をせざるを得ない。「離婚の重大な事由になった」「心に耐え難い痛みを受けた」「不倫を知り、それを気に病んで、体調を壊した」「暴露によって、さらなる精神的被害を受けた」「今後の女優人生に悪影響を与えかねない」など、たくさんの理由をつけて損害賠償請求をすればいい。請求額は、億の単位になるかもしれない。もちろん、判決で提示される賠償額は1/10以下になるだろうが。それでも、一般人が平気で支払える額ではないはずだ。「姦通罪」がいまも残る韓国なら、こういう女性は出現しないだろうが、モラルがユルユル、法治国家にいながら法律の知識も満足にない、こういう無知な女性が、「夫婦」というものの安定を揺るがしている。紀香さんが損害賠償請求することはないだろう。が、それをいいことに、自分の不貞を暴露していとわないこういう女性は世の中から糺弾されてしかるべきだ。自分のやったことの愚かさを知る機会を与えることも、この女性にとっては必要なことだと思える。しかし……、こんな女性こそが、自分の思うように生きて、結構幸せな結婚生活を手に入れるのだろう。正しく生きることが、得をする人生ではないのがつらいところだ。それにしても、陣内くんはバカだ。こんな女性とかかわりを持ったことが人生のインケツの始まりだ。これからもバッシングが続くだろう。この類の女性が続々と出現するかもしれない。自業自得といったところか。
2009.03.27
コメント(2)
昨日、WBCで金メダルを取ったメンバーが凱旋帰国した。会見に望んだ原監督、王相談役を初め、選手陣がインタビューに望んだが、とてもすがすがしい表情と、イキイキとした言葉を聞くことができて、久しぶりに爽快な気持ちになった。「MVPはだれ?」という問いを街角で投げかけると、「岩隈」「青木」「イチロー」「ダルビッシュ」などの名前が上がった。だれに与えられてもおかしくないと思う。イチローが言っていたことが印象的だった。「チームには、リーダーが必要だという安易な考え方がある。しかし、このチームに限っては、必要ないと思った」これはすごいことだ。選手全員のモチベーションが最高に高まっていたということを示している。だれ一人として、だれかに引っ張ってもらったり、叱咤激励してもらう必要がなかったということで、「チーム」という集団においては、奇跡のような状態だと思う。それほど、選手としての技術や精神性が高かったのだ。原監督が言った「粘りと気力」という言葉、そしてそれによって、一つ一つ勝利を重ね、着実に、そして確実に金メダルをつかんだという事実は、すべての選手が一流であることを示していると感じた。また、技術的に一流ばかりが集まることで起きる不協和音が全く起きなかったという事実は、精神までもが一流であったことを物語っているのだろ思う。心が劣る選手は、真の「一流」選手とは言えない。そうやって見てみると、本当に「一流」と言えるプロ野球選手は、これまで幾人いただろう。私が見る限りにおいて、ほんの一握りだと思う。王さん、衣笠さん、福本さん……、もう思い浮かばない。精神性だけではだめで、それなりの実績を持つ選手というと……。そんな中で、私が最も素晴らしいと思った野球人が原さんだ。彼は高校時代(東海大相模)から超がつく人気ものだった。実力もあり、マスクもよかった。夏の甲子園には3年連続出場し、特筆すべき成績をおさめた。彼の人気は凄まじかった。監督が父親ということでも話題になった。父親は非常に厳しい監督だったようだ。その後進んだ東海大でも、打撃面で華々しい成績をおさめ、「長島の再来」と言われるほどの大物へと成長した。そして、読売巨人軍へ。王さん引退後、不安定になっていた4番バッターになると、12年連続本塁打20本以上など、巨人の4番打者として輝かしい記録を残した。選手人生を歩んでいる間、彼は終始、すごい人気だった。体が大きいわりに俊足で、マラソンも早く、練習も人よりよくこなした。原さんが現役を引退するとき、阪神ファンでさえ「原コール」を送るなど、彼を嫌う人は少なかったと思う。なぜだろう。私は、彼の奢った顔、感情をむき出しにした顔、選手に何かを強いるシーンを見たことがない。常に冷静で、マスコミにも丁寧に対応する。王さんと共通する美しさがあった。今回、原さんが巨人軍の監督としていつも考えていること、というのを知る機会があった。それは、「私はいつも勝負するとき、だれと失敗しようかと考える。だれと失敗したら、後悔しないだろうかと考える」というものだった。素晴らしい。成功だけをイメージするのがいいことではないのだ。成功があれば、当然失敗もある。失敗するとしたら、だれに賭けられるか。だれが自分の期待を背負ってくれるか。失敗したとき、どの選手だったら自分は悔いを残さないか。原さんは、指導者として余り評価されない。星野さんのような力強さ、野村さんのような個性、長嶋さんのようなカリスマ性、マスコミはそんなものを見がちだ。けれど、選手にとっては、原さんのような指導者が最もいいはずだ。言葉で言わなくても何かを感じ、それに沿うように努力しようとする。「金髪が、茶色い髪が、黒く、短くなった」と原さんが言った。多分原さんは、「髪をどうにかしろ」などとは言わなかったはずだ。けれど、原さんのそばにいる選手は、自分を顧みることをせずにはいられなかったのだと思う。監督に認めてもらいたい。監督の意に沿いたい。自分は優勝に対して、並々ならぬ覚悟をしている。どうしたらいいだろう。この気持ちを表現するにはどうしたらいいだろう。そんな気持ちになったのではないだろうか。「侍」としての精神性と誇り、自分を律する心、精神力……。私は、今回のWBCの優勝は、原さんの功績だと思っている。「一流選手は、一流の監督にはなれない」通説である。が、彼はそうではないと思う。一流ゆえに味わった孤独や、苦痛や、悲哀や、悲しみが、監督としての彼の懐の深さにつながり、選手の信頼感を獲得する一因になって、二流選手にはできない采配、気配り、やり方で一流の監督になるのだと思う。「おまえさんたちはね! ほんとに強い侍になった!」いい言葉だ。
2009.03.26
コメント(4)
23日に起こった、「またか」と思わせる事件がある。無差別殺傷事件である。今回は、被害者の命に別状はなかったが、亡くなっていてもおかしくない状況だった。JR東京駅のホームで女性(60)が突き落とされてけがをした事件で、殺人未遂容疑で現行犯逮捕された大阪府富田林市の無職太田周作容疑者(24)が「発達障害と認定されて重要な仕事を任せてもらえず、自分は必要のない人間と思った」と供述していることが24日、警視庁丸の内署への取材で分かった。丸の内署によると、太田容疑者は軽度の知的障害があることを示す手帳を所持していた。「半年前に仕事を辞めた。人を殺して死刑になろうと思った」とも供述しており、裏付け捜査を進めている。 同署によると、太田容疑者は23日朝、大阪の自宅を出て、午後3時ごろ東京駅に到着。JR山手線で池袋や秋葉原に行った後、東京駅に戻ってきた。「ホームに入ってくる電車が見えたため、立っていた女性を押した。(人を殺すのは)どこでもよかった」と話している。(共同通信社)あちこちの新聞やTVニュースをチェックしたが、ここまで踏み込んで報じているものはなかった。それは、容疑者が「障害者」であることに起因する。マスコミは、この類の事件を扱うとき、異常にナイーブになる。ゆえに一般市民は、ニュースの中に「知的障害」と「発達障害」という障害を示す名称が二つ登場しても、その違いすら理解できず、「障害者って、悪いことをする人たちなんだ」という誤った認識を生む。(障害者の具体的な犯罪率は、この一つ前のブログをご参照ください)「発達障害」……乳児期~幼児期にさまざまな原因によって、発達の「遅れ」や質的な「歪み」、機能獲得が困難となる心身の障害。学術的には、知的障害(精神発達遅滞)を含むが、法令上、行政上は知的障害を伴わない軽度発達障害だけを指す場合が多い(発達障害者支援法(平成16年12月10日法律第167号)も知的障害者以外の発達障害者だけを支援対象として規定)。発達障害児の発達の「遅滞」や「ゆがみ」は、不変のものではなく、適切な療育を施せば発達を促し、改善していくことができるもの。知的障害(精神性遅滞)……金銭管理・読み書き・計算など、日常生活や学校生活の上で頭脳を使う知的行動に支障があること。いずれも、大多数は先天的なもので、そうでないものも比較的低年齢に生じた他の疾患や外傷の後遺症によるものらしい。つまり、親の教育や周囲が与える精神的な抑圧等の影響による「疾患」ではないということだ。今回、事件を起こした男は、「発達障害」だろう。以前は仕事もしていたし、自分が「必要のない人間」と考えられるわけだから、知的能力はある一定のレベル以上のものだとわかる。しかし、24歳であることを考えると、健常者と変わらないくらいの社会適応力や犯罪に対する認識を持っている必要があるだろうと考える。つまりこの男は、適切な教育を施されなかったために、発達障害を抱えたまま、年齢だけ大人になってしまったということになる。日本における障害者に対する教育は、他の先進諸国に比べると、極めて遅れていると感じている。社会のはじっこに追いやられてしまっている感が否めない。軽度の知的障害を持つ児童が、その子の発達に応じた環境で、能力を伸ばす教育がなされているとは、決して言えないと思う。一般の児童と同じ学級に無理やり押し込められ、その子にとって全く無意味な時間を過ごすことを強いているのではないだろうか。(詳細は認識していない。一度、現場を見てみたいと思っている)容疑者は多分、健常者と同じ刑事手続きを取り、取り調べや供述調書が取られ、裁判にかけられるはずだ。その過程で、男の能力を超えた質問をされたり、行為を求められたりしたら、男は適当に対応してしまうだろう。それが、男に不利な証拠や供述になったとしても、男はそれに気づかない。真実や思いを表現さするすべを持たない者は、どんどん追いつめられていく。そして、判決が下り、「責任能力あり」となれば、刑務所に収監され、自分の能力を超えた生活を強いられる。やったことは犯罪だし、被害を受けた女性にとっては憎むべき相手だろうと思う。しかし、社会はもっと「障害」というものを正しく認識し、犯罪へと進まぬよう教育なり、指導なりをしないといけないし、万が一、障害者が犯罪を犯してしまった場合、その人物に、健常者と同じように権利を公使するチャンスを与えると同時に、言語や態度に頼らない取り調べや裁判を行うというある一定の基準づくりが必要だ。「弱者」という言葉は嫌いだが、この事件の場合、明らかに容疑者は「弱者」ゆえの追いつめられ方をしていると痛感する。「障害者」は「少数」ゆえ、「普通ではない」と認識されている。が、「障害者」の方が多ければ、それが「普通」になるのだ。社会は「多数」を優先する。それは致し方がない。その方が効率的だからだ。しかし、確実に障害者は増えている。このまま放置しておけば、悪い方向に進むことがあっても、いい方向に向かうことはまずない。そろそろ行政は、真剣に取り組まなければならないと思う。「治安大国・ニッポン」という時代はとっくに終焉を迎えてしまったのだから。
2009.03.25
コメント(6)
このブログにリンクしてくださっているProtea Mamaさんのブログを見に行ったら、23日に起こった、JR東京駅の中央線のホームから女性が線路に突き落とされた事件をテーマに、Protea Mamaさんだからできる考察をしておられ、そこにこのブログの話が出ていました。この事件の容疑者が、知的障害があり、「死にたくて、死刑になりたくてやった」と供述していることに起因して、私が以前書いたことが取り上げられたのです。もしかしたら、昨日のアクセス数の伸びは、Protea Mamaさんのところから来られたのかとも思ったりしてします。随分前の記事ですから、最新の記事としてアップしておきます。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~訂正と補足【障害者の犯罪率】について 先日、「死刑」に絡む裁判員制度の問題点について書いたとき、ちらっと「精神障害者と知的障害者の犯罪率」に触れました。その部分をブログに紹介してくださる方がいたので、問題がないか調べてみました。数字や表現がかなり大まかで、誤解を招くかもしれないと思い、訂正と補足をここに記述します。先日の「犯罪率」の数字は、識者がテレビ番組で述べたもので、根拠と分母が判明しませんでした。多分、「生涯で犯罪者になる確率」じゃないかと思います。が、こういう場合は、年間の刑法犯(交通関係業過を除く)の「検挙人員」を分母にするのが妥当だと思います。その数字は検挙人員384,250人(H18)で、うち精神障害者は1,054人(前年比9.6%増),精神障害の疑いのある者は1,491人(同2.9%増)であり,全検挙人員に占める精神障害者等の比率は,0.7%。国民を1億2000万人として計算すると、一般健常者の犯罪率は3.19%となります。警察では、精神障害者及び精神障害の疑いのある者をこう規定しています。1.「精神障害者」とは、精神分裂病者、中毒性精神病者、知的障害者、精神病質者及びその他の精神疾患を有する者をいい、精神保険指定医の診断により医療及び保護の対象となる者に限る。2.「精神障害の疑いのある者」とは、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第24条の規定による都道府県知事への通報の対象となる者のうち精神障害者を除いた者をいう。これらの人々の分母を決めるのはかなり難しいのですが、厚生労働省による数字は、知的障害者が547,000人、精神障害者が3,028,000人ですから、これを元に計算してみると、犯罪率は0.07%となります。つまり、健常者の犯罪率は精神障害者の45倍であり、知的障害者、精神障害者の犯罪率は非常に低いということになります。しかも、知的障害者や精神障害者は取り調べや裁判に対する知識や知恵、対処法がわからずに「冤罪」やそれに近い状態で犯罪者に仕立てられる可能性がないとはいえず、いえ、現実にはかなりの数があるだろうと言われていますので、そうした数を差し引けば、障害者が犯罪を犯す確率は、微々たるものだということがわかります。だからこそ、裁判や取り調べの際の不公平さや間違った実態解釈、おかしな判決を避けるための法整備、犯さなくてもいい犯罪を回避するための教育と治療が必要だと思うのです。それは、だれもが犯罪者になり得るという現実、だれもが犯罪被害者になり得るという事実を考えても、国民皆が考えるべきことだと考えています。もちろん、政治や地方自治体が牽引してくれるべきことであるのは当然です。機会があれば、司法の場での問題点をつまびらかにするよう情報を集めようと思っています。いましばらくお待ちを。
2009.03.25
コメント(6)
昨日ブログに書いたのは、「高速道路1,000円」という話題、一昨日は、「陣内、紀香の離婚」という話題、そして、カニ料理の話たら、信号機の話したら、と、取るに足りない話題をつらつらと書き連ねているというのが、ここ2週間ちょっとの姿勢でした。「医療」の問題を取り上げたときは、的外れな理論を、極めて頭脳明晰な方々から浴びせられ、うんざりしたことはありました。それとて、日に800件超程度。差別用語さえ浴びせかけられる中、800件の観客がスポットライトを浴びるのは難しい。が、今回は、めぼしい話題もないのに、なぜか1,000件を超えるアクセスをいただいています。何にヒットしたのでしょうか。ヒットしたワードが私にはヒットしなくても、違う世代には強く受け入れられるということが多々あります。それならそれで、解釈のしようもあるというもので……。(よこしまな算段は、もろくも崩れ去るものですが)何がアクセス数をふやしているのかがよくわからず、かなりの気持ち悪さを抱きながら、「………だよ。自信を持っていいんだよ」などと言ってくれる人がいれば、オレオレ詐欺にだまされるがごとく、ホイホイと乗ってしまうと思う(あり得ない。そんなめでたい話、信用できるはずがないということを、身をもって証明します)。「春の日の明日の子どもの目に能う、期待と挫折と成功の日々なり」あぁ、詩が書きたい!!!
2009.03.24
コメント(0)
先週末、一部高速道路が安くなった。西日本で言うと、本四連絡橋。明石海峡大橋は、2,300円(普通車/渡るだけで)→1,000円(-1,300円)、瀬戸大橋は、4,100円→1,000円(-3,100円)、西瀬戸大橋は、4,700円→1,000円(-3,700円)となったようだ(数字は調査したもの。報道とはちと違うかもしれない)。大勢の人が大橋を、SAを埋め尽くしたらしい。TVニュース番組のインタビューには、「何か得した気分」「これから、ドライブの機会が増えると思う」「こんなに安いなら、北海道まででも行きたい」など、手放しで喜んでいる利用者の姿を表情をダラダラと放映した。中には、「けっ、こんな子どもだましの政策にごまかされないぞ!」と息巻いている御仁がいたかもしれない。が、そんな画は一向に見ることがなかった。本格スタートが今月28日、一部、システムの改定が間に合わず、4月下旬にならないと、「どこまで行っても1,000円」という、政府与党が打ち出した政策は実現しないらしい。いずれにしても、今月末から1ヵ月の間に、ETCが爆発的に売れ、カード加入希望者があふれ返り、何なら、車を買ってしまおうか、くらいの人も出現するだろう。ま、新車より、中古車に注目が集まると思うが。日本人というのは、めでたい人種だ。この政策の裏側を見ようとしていない。見ない方が幸せだろうけれど。利用料を0円とした民主党の政策案をパクリながら、1,000円というせこい料金を残したのは、民間企業となった高速道路会社のグループ企業を擁護するためだし(料金所の存続、ETCの普及)、ETC車載機を搭載した車だけの特典としたのは、ETC機を製造・販売するメーカーや販売店を擁護するためだ。最も許し難いのは、あれだけすったもんだして民営化し、高速道路会社に日々増え続けている借金を抑制させ、約40兆円の借金を自力で返済させるというお題目を、完全に無視した政策だったということだ。これは、民営化したものの、民営化の条件をとてもじゃないが達成できないと気づいた高速道路会社が、政府に泣きついたということだろう。そして、莫大な税金(5,000億円と言われているが、必ずそれ以上になる)が投入されることが決まった。これで、自民党道路族は権力を再び握り、天下りや政治家のファミリーがおいしい汁を吸うことになるのだろう。国民が「うれしい」と小躍りしている間(2年間。時限措置ゆえ)に大幅な増税策を考え、知らぬうちに法案を通し、なし崩し的に理不尽な増税策が施行されるに違いない。あり得ないではないか。「いずれ無料にする」と言っていた高速道路がいつまでたってもタダにならず、それどころか値上がりばかりを繰り返してきた歴史を忘れてしまったのか。あれほど不満を漏らしていたではないか。日本国民は。なのに、いきなり「どこまで行っても1,000円」なんて政策が、やすやすと実行できるわけがないのだ。それどころか、これまでは「受益者負担」としていた道路使用料が、税金が投入されることによって、車に乗らない人にも負担をかけることになるのだ。喜んでいいのか!「景気刺激策」と言っているが、SAで飲んだり食ったり、土産を買ったりすれば、高速道路会社のグループ企業や政治家のファミリー企業の利益につながるだけなのだ(“多くは”という意味で。もちろん、“すべて”ではない)。高速道路を下りてお金を落とす機会は格段に減るだろう。観光客が増えるのは、有名な観光地や、目玉となる施設を持つ地域だけで、これまでなら、おこぼれの客を取り込めたという程度の地域なら、完全にダメになる。鉄道、フェリー、バス、航空会社などの交通機関とその関連の企業は大打撃だろう。土日も業務として高速道路を利用する物流系企業などは、渋滞によって経済的損失を受けることは予想に難くない。もちろん、悪いことばかりではない。人が動くと金が動く。高速道路沿いの地域は、おめでたい人々を取り組む工夫をし、これまでになかった需要を生めば、地域の発展につながる。それにしても、日本人って……。政治家にとってはやりやすい人種なのだろうなぁ。麻生さんが、「交付金を配りさえすれば、人気は回復する」と短絡的に考えていた、というその単純さに驚いたが、あながちそれはハズレではなかったのかもしれない。そのことを、国民は真剣に考える機会を与えられない。マスコミにも全く期待できないし……。WBCと石川遼だけなのか、心を爽快にしてくれるのは……。
2009.03.23
コメント(2)
世の中をあっと驚かせた「陣内・紀香」が危ないらしい。原因は、陣内の「女性関係」だとか。私は、この二人が結婚するという報道がされたときから思っていた。「これは、きちんとしたシナリオのある契約結婚だ」と。中央デビューが遅れた紀香は、華やかな仕事を与えながら、どこかパッとしなかった。ルックスを生かした仕事(実写版『キャッツアイ』の泪役など)をこなしはしていたが、演技力はイマイチだし、30歳を過ぎて、ナチュラルメイクを指向するようになってからは、おばはんくさい感じが否めなかった(飽くまでも私見。大阪時代のかわいさを知っているので)。女優としてイマイチの紀香は、新機軸を見出したかったのだと思う。そこにあらわれたのが陣内だ。加藤雅也との関係がうまくいかなかったのは、加藤雅也という人間そのものより、紀香と雅也が結婚したときに、周囲に与える印象や、その後の女優としての自分の位置づけ、存在価値、イメージを考えてのことだったように思えて仕方がない。紀香と加藤雅也、でき過ぎのカップルだ。ルックスも、年齢も、関西出身ということも、ビタッと合い過ぎていた。が、決して一般市民の好感度を上げることはなかっただろう。それはどちらにも言える。どちらの人気もトーンダウンするだろう。しかし、陣内は違う。大阪では、お笑いの中堅として人気もあり、露出度も高いが、東京ではまだまだメジャーになってはいなかった。加藤雅也と陣内智則を天秤にかければ、陣内を選ぶのは、芸能人のプロ根性を持つ紀香としては、当たり前のことだと思う。計算どおり、紀香は株を上げ、たちまちCM契約数を伸ばし、赤十字など人道的な活動にも触手を伸ばすことができた。「紀香魂」などという自伝的書籍を出版したり、舞台に挑戦したりと、芸の幅、才能の幅を広げることにも成功した。たった2年だが、ちょうどいい期間だったと思う。紀香も37歳。もっと時間がかかっていたら、もっと質の高いこと、中身のあることを必然的に求められる。彼女が、これ以上の高みを目指すなら、子どもを産むとか、病気になるとか、離婚するなど、人生の大転換期を経験するしかないと思う。そこへ、今回の離婚騒動。理由がまたいい。陣内の浮気。それも、「2、3人なら紀香は我慢したでしょうけれど、そんな数ではなかった」と、紀香の母親が言うように、思い切りのいい不実さを見せてくれたことで、紀香が“裏切られた”立場として離婚を決意したように見える。シナリオどおりだ。実は、陣内の方が紀香の束縛やきつさに嫌気が差して浮気をしてしまった、ということであっても、それは伏せられてしかるべきだし、どこまでいっても、悪いのは陣内だ。やはり、結婚当初からのシナリオだと思っても、仕方ないほどできている。ま、真実はそうではないかもしれない。が、それはどうでもいい。2年で離婚の危機に陥るようなカップルは、今回回避できたとしても、いずれ離婚する。それより、私が気になるのは、陣内の浮気相手だ。陣内が「藤原紀香」という、女性として、女優として、世間の多くが評価する人間と結婚したことを知っていながら、陣内に近づくというのはどういう心境だろう。陣内と深い関係になったとき、「紀香に勝った」と思ったのだろうか。ほかに、何人もの浮気相手がいるのに?陣内は、いまだ紀香と離婚するつもりはない、と言っているのに?「不倫」とか「浮気」の相手になる女性の気持ちがよくわからないまま、私はえらい年になってしまった。いまさら、そういう立場になることはないと思うので、私は多分一生そういう女性の気持ちはわからないのだろう。が、長い人生経験を通して言えることがある。飽くまでも他人の所業を見て感じたことだが。「人のものを奪うと、必ず自分も奪われる」ということ。そしてもう一つ。「人の不幸の上に、自分の幸福は成り立たない」ということ。因果応報、悪事には天罰が下る。倫理観、道徳心、貞操観念のない女性に、真の幸福は訪れない。ま、そんなことを言っている私に、幸福が訪れたことはないので、戯れ言と言われてしまえばそれまでだが。それにしても、5億円挙式から2年で破綻とは……、我慢が足りないなぁ、芸能人って。
2009.03.22
コメント(4)
ここ数日、来客があったせいで、料理ばかりつくっていた感があります。料理をつくるのは別に苦痛ではないのですが、食材の効率利用にはかなり神経を使います。来客に供する食材と、自分が食べる食材は、明確に違うからです。というと、語弊がありますが、自分の日々の食事には、最低限の栄養素と熱量があればいいという考え方で、食材を選びません。が、客用には、同じ栄養素を備えたものであっても、見栄えのいいもの、食感や風味の取り合わせのいいものを選ぶので、できるだけ残らないように、上手に使い切るようにと、腐心します。今回の客用食材は、●ベビーリーフ●ルッコラ●スゥイートバジル●スナップエンドウ(スナックエンドウとも)●イタリアントマト(とはいっても生食用)●ビンナガマグロ●生ハム●バケット●アオリイカゲソ●但馬地鶏といったところ。で、つくったメニューが★生ハムシーザーサラダ(グリーン野菜&イタリアントマト)★但馬地鶏自家製トマトソース煮 ルッコラ添え★ガーリックトースト EXVオリーブオイル(バケット&スゥイートバジル)★天津飯★ベーコン・マッシュルーム・アンチョビのトマトパスタ(自家製トマトソース)★大根サラダ(EXVオリーブオイル&黒コショウ)★ビンナガマグロのカルパッチョ ベビーリーフ添え★アオリイカゲソ塩焼き 黒コショウとEXVオリーブオイル★グリーンアスパラバターソテー★但馬地鶏香草焼き ルッコラ添え★ブルスケッタ★十六雑穀のおむすび★バジルパンのピザ風(自家製トマトソース)★切り干し大根と厚揚げの炊いたん★大根と薄揚げのみそ汁★いとよりの西京漬け焼き★小松菜と薄揚げの炊いたんなどなど。もっとつくったかな?突然の来客も含め、どういうわけか、料理をつくる場面が多かった今週です。料理をつくるのは嫌いではないのですが、“好き”でもないような気がします。一度に4、5品つくるので、頭の中で下ごしらえから調理、盛りつけ、供するまでの順序をシミュレーションしながら、再短時間でこなすという作業をするわけですが、その行程はまるで一つの仕事のようです。レシピを見たり、調味料の量を量ったりすることは全くないので、時間のロスは少なく、二口コンロという悪い条件でも、オーブンやロースターをフル活用して並行作業を進められます。こういう生活をしていると、デメリットと思えることが多少あります。調味料の種類が激しく多く、使い切る努力をしないといけないということです。冷蔵庫に入っている調味料は、和食、中華、洋食を制覇できるほどの数です。かき醤油、かんずり、柚子こしょう、梅肉、島とうがらし、お好み焼きソース、焼きそばソース、ポン酢、ラー油、オイスターソース、豆板醤、甜麺醤、コチジャン、ハベネロ、パルメザンチーズ、タバスコ、ワインビネガー、白ワイン、赤ワイン、みりん、料理酒、バルサミコ酢、粒マスタード、マスタード、ポッカレモン、ケイパー、アンチョビ……。自家製のチョジャン、焼き肉のタレ、からし酢みそ、辛みそ、梅みそなどは常備していて……。もちろん、冷蔵庫以外の場所に保管しているものも多数あって……。商売でもしない限り、使い切るのは難しいと思いますが、賞味期限をにらみながら、使い切る努力をしています。調味料優先のメニューづくりというのは、結構虚しいような気もしますが、そういう強制力があると、メニューのバリエーションが広がるのも事実。また、食材を無駄なく使い切るということについても、結構苦痛なのは事実ですが、新たな食材の取り合わせに挑戦してみたりして、料理の幅を広げることにつながります。来客に食を供するというシーンでは、「おいしい」と言ってもらいたいし、私がつくった料理が幾らかの値段がつけば、さらにうれしいと思います。うむ……、長年の夢をかなえる努力を真剣にしてみる決意をするか、と思った、再一人暮らし丸1年の記念日のきょうでした。
2009.03.21
コメント(2)
車に乗っていて、疑問に思うことがある。青にならない信号のことだ。その車線が走行可能になったら、直進と左折の矢印が点灯する。信号は赤のまま。やがて黄色になり、矢印が右折に切り替わる。10秒足らずで黄色になり、赤になる。金輪際青にならない。が、信号の下に立って見上げてみると、青の部分にもLEDライトが施されている。信号を1基設置するのに、500万円ほどかかるらしい。LED部分に限っていうと、14万円ほどだそうだ。金輪際青にならない信号の青部分を除くとしたら、5万円ほど浮くことになる。「将来、道路構造や交通量の変化があるときを見越して、信号は万全のものを設置している」と言われれば反論はできないが、どうも無駄に費用をかけている感は否めないように思う。信号機の製造・設置・保守・管理は「日本交通技術グループ」が独占していると記憶している。もちろん、警察OBの天下り先だ。5万円やそこらの節約など、意味がないのだろう。税金(道路交通法違反による反則金、罰金を含む)の使い途や内容など、気にせずジャブジャブ使えば、その分、自分たちの懐へのキックバックがあるということだろうか。「青」にならない信号機というのは、とても虚しい。「赤」というのは、ドライバーに常に緊張感を強いるものだ。安心感を得ることができる「青」のない信号機、運転のイライラとともに、公的資金の無駄遣いにつながっているかもしれないというイライラを呼び起こす存在だ。考え過ぎだろうか。最近、「天下り」「税金の無駄遣い」「血税」などという言葉にことに神経質になっているように思う。神経症だろうか。
2009.03.20
コメント(2)
「画期的」という言葉があてはまるかどうかわからないが、判例主義の日本にあって、異例の判決が出された。名古屋闇サイト拉致・殺害事件 1人無期懲役判決 愛知・名古屋市千種区で2007年8月、闇サイトで知り合った3人の男に磯谷利恵さん(当時31)が拉致・殺害された事件の裁判で、名古屋地方裁判所は18日、2人に死刑、1人に無期懲役の判決を言い渡した。【FNN 2009年03月18日 18:31】俗に言う「永山基準」というのが、「基準」ではなくなっているということだと思う。少なくとも「地裁」レベルでは。一人が一人を、三人が一人を殺したとしても、刑法では最高刑は「死刑」だ。これまでは、「一人が二人以上を殺す」という基準を頑までに守ってきた。それは、裁判官が死刑反対論者であっても、その基準だけは守らなくてはならないというギリギリのハードルだったのだと思う。しかし、光市母子殺害事件を初め、常軌を逸した犯罪が多発するにつれ、「永山基準」の適用に疑問が持たれるようになった。犯状の悪さ、根拠の脆弱さ、犯罪自体の特異性、改悛の情の欠落……、何を取っても、これまでの犯罪史に類を見ないほど、ひどい事件ばかりだ。綾瀬の「女子高生コンクリート殺人事件」などは、軽過ぎる量刑に納得のいかない人々が多くいたし、いまも厳然と存在する。何しろ、主犯の極悪非道な男が、今年釈放されるというのだから、司法のあり方を疑いたくなる(主犯以外は既に釈放され、再犯した者さえいる。しかも、この殺人事件を自分の威光にして)。将来のある女子高生をなぶり殺しにしながら、再犯の可能性が極めて高い人間性の欠落した奴らが生き残っているというのは、日本国民にとって見逃し難いマイナス要因だ。その意味で言うなら、名古屋の闇サイト殺人事件で3人中2人が死刑判決を受けたというのは、意味があることだと思う。が、3人全員でないのは、やはり司法判断の限界を意味しているのだろう。しかも、「地裁」であることが、その限界点を低くした(緩くした)わけで、高裁になると、トーンダウンすることが予想される。「死刑」に反対する法律家は多いようだが、人を殺すような人間が再び世に放たれて、次なる被害者が出たときに、だれが責任を取ってくれるというのだろう。「運が悪かった」という言葉で済まされては、殺された人はたまったものではない。「殺人」は、特別な犯罪だと思う。そこに至る過程において、この個体がどういう反応をしたかということについて、医学的な見地からの検証を十分施すことが必要で、「更生」や「治療」が不可能な個体については、処置や対処の仕方をきちんと定めておくことが急務だと思う。日本では、5月から裁判員制度が始まる。困ったことに、重大犯罪(「殺人」「ごうかん」「強盗」「放火」)についての審議をしないといけないし、さらに、量刑の判断もさせられるらしい。裁判と疎遠だった一般市民が、そんなことをまともにできるわけがないと思うのだが、国は(法曹界は)無謀にもやろうとしている。陪審員制度を続けてきた米国でさえ、こんな問題が起こっているという。<グーグル誤審>陪審員、携帯でネット見て評決…米で相次ぐ (毎日新聞)【ニューヨーク小倉孝保】米国で陪審員が裁判中、携帯電話端末でグーグルなどインターネットの検索サイトに接続し、規則に反して担当事件の情報を入手、裁判に支障をきたすケースが相次いでいる。18日付の米紙ニューヨーク・タイムズなどが報じた。 同紙によると先週、南部フロリダ州で開かれた麻薬関連の連邦刑事裁判で、陪審員1人が裁判官に、インターネットで事件について調べたことを認めた。裁判官が他の8人の陪審員を調べたところ、全員が同じようにネットで情報を入手していたという。裁判官は裁判手続きのミスを宣言し、公判を停止させた。同紙は「グーグル誤審」と呼んでいる。 また、AP通信によると南部アーカンソー州では12日、民事裁判の当事者だった建設資材会社社長が陪審の評決を不服として控訴した。社長側は、陪審員が「ツイッター」と呼ばれるインターネットサービスを介して外部と情報を交わし、裁判情報を流していたと主張している。 このほか、東部ペンシルベニア州でも先週、刑事裁判で陪審員がネット上の交流サイト「フェースブック」を使い、裁判情報を外部とやりとりしていたことが明らかになっている。 米国憲法は陪審員に対し、法廷で明らかになった事実だけをもとに評決を下すよう求めている。このため、陪審員は裁判中、ホテルなどに「缶詰め」にされ、テレビを見たり新聞を読むことも禁止されることが多い。 しかし、インターネットに簡単に接続できる携帯電話が登場したことで、陪審員が法廷以外から情報を入手するケースが出てきたようだ。地元メディアによると、トイレに行く時などにこっそり携帯電話でネットに接続しているという。[毎日新聞3月19日]日本では、世論によって、死刑判決の割合が増えているように思う。外部との接触を極力避けることが義務づけられている裁判官とて、世の中の動向を無視するわけにはいかないということだろう。何の訓練もされていない一般市民が、外部情報を遮断できるわけがないし、世間の情報から隔絶することはできないといって間違いはない。となると、米国のような問題が起きるだろうし、規制の基準もきっちりと定めなくてはならない。が、遵守する、しないの確認の方法もまた皆無だと言える。犯罪は、時代を先駆ける。人間の知恵や理性や常識の後退や破壊は、政治や公務員のモラルの崩壊を敏感に写し取って進行する。その双方の崩壊は、競争のごとく加速度的に進行している。「死刑廃止」論者はまず、「道徳教育」を始めてもらいたい。「道徳心」がないところに「更生」はないと思う。永山死刑囚が言った。「悪いのは、自分の無知と貧乏」と。「無知」ゆえに犯した犯行は、教育の不備によるものだが、親か社会に責任があるとはいえ、一旦その状態で人が出来上がってしまえば、もうどうにもならないのだ。0歳に戻して教育をしない限り。医学的な根拠がないならば、「死刑」を排除するべきものではないと思う。「更生」の可能性より、「再犯」の恐怖の方が、はるかに大きいのだから。
2009.03.19
コメント(2)
血液型に性格や特徴があるというのは、科学的な根拠がない。それはよく理解できているのだが、会話や行動にある種の分類ができるということは、否めない。「これ、おいしいね」「…そうね、おいしい。素材がいいからかな。鮮度がいいからかな」↑A型とA型の会話。「これ、おいしいね」「そう? そういえばおいしいね。おなかすいてるからね。あ、これって、魚だったんだ」↑A型とO型の会話。「これ、おいしいね」「そうだね。でも、これをおいしいというなら、素材の本来の味を知らないといけないよ。この料理は、素材の味を生かすことができない調味料の使い方……(能書きが続く)」↑A型とAB型の会話。「これ、おいしいね」「いや」「そう? おいしいと思うけど」「どこが? おいしいと思う根拠を教えてよ」「……だって、出汁の香りがいいし、素材の鮮度も……」「椎茸がダメ。私は椎茸が嫌いなので、この料理はダメ」↑A型とB型の会話。「これ、おいしい?」「ん? おいしいと思うけど、何かがイマイチ」「そうでしょ? これって、素材がミスマッチじゃない?」「どれとどれが?」「ピーマンと椎茸」「それって、あなたが嫌いなだけじゃないの?」「そうかもしれないけど、こんな素材の取り合わせをする料理人って、信じられない」「へぇ、私は好きだけど」「じゃ、これは、国民の80%がおいしいと言う料理?」「そうだと思うよ。マクドよりましだもの」「マクドは好きだけど、これはイマイチだと思う」「それは、あなたが子どものころに、親からマクドを強制的に食べさせられたからよ」「そんなことない! 第一、何で、マクドを強制的に食べさせなきゃならないのよ」「知らないけど。そういう子ども時代を送った人はキレやすいし、好き嫌いも多いんだって」「……、くっ! …! ははん、マクドに憧れてるんだ」「そ、そんなこと、あり得ない」↑B型とB型の会話。不毛。会話の論点が合致することは、まずない。もう一つ。「これ、おいしいね」「どこが?」「ん、甘味がちょうどいいし、出汁がよく利いているし」「ふん。わからない」会話終わり。B型というのは、本当に動物以下だと思う。あぁ、いやだ。会話が成立しない。つまらないことにこだわる。根拠のない自信に裏打ちされている。人の気持ちを考えない。大抵バカ。……、あぁ、いやだ。
2009.03.18
コメント(6)
オバマ大統領が怒った。日本人なら、だれもが非常識な事態だと感じただろう。政府の支援を受けたAIGが、法外な金額のボーナスを社員に支給した。CEOは、「公的支援を受けると決定する前の社員との契約」としているが、「そんなのあり?」である。米大統領、AIGのボーナス阻止に向け法的手段検討指示3月16日、オバマ米大統領は、政府支援を受けているアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)[AIG.N]が社員に1億6500万ドルのボーナスを支払ったことについて、憤りを示した。また、ボーナスの支払いを撤回させるため、あらゆる法的手段を探るようガイトナー米財務長官に指示したことを明らかにした。一方、ニューヨーク州のクオモ司法長官は、AIGのボーナスに関する詳細情報を得るため、関係者に召喚状を送付する方針を示している。AIGは15日に社員にボーナスを支払った。また同社は同日、受け取った公的資金を使って米欧の大手金融機関を中心とする取引先に総額約900億ドルを支払ったと発表、これら金融機関のリストを公開した。大統領はホワイトハウスで、幹部へのボーナスに「強い憤りを感じる」と述べた上で、「現在の状況下で、AIGのデリバティブ(金融派生商品)のトレーダーが1億6500万ドルものボーナスを受け取ることは理解し難い」と述べ、「納税者に対してこの暴挙をどう正当化するのか」と非難した。 政府は、AIGの救済に1800億ドルの公的資金を投入した。AIGのエドワード・リディ最高経営責任者(CEO)は、ガイトナー米財務長官への書簡の中で、AIGは社員に2008年分のボーナスを支払う法律上の義務を負っていると説明したが、オバマ大統領による批判を受け、将来の賞与については見直しを行うことに合意した。[ニューヨーク ロイター 2009年3月17日8時46分 ] 「ボーナス」というのは、本来「余剰金」であったはずだ。特に、トレーダーという、収入が極めて不安定で将来性のない業種に従事する人々が、当たり前のように、定期的に手にできる金ではないはずだ。いま、この人たちのおかげで、世界的な不況に陥っているというのに、自分たちはちゃっかり大金を手にしようというのだ。資金源は、国民のまさに血税。非常識にもほどがある。と、怒っているが、実は日本でも同じようなことが行われていた。かつて、22兆1000億という公的資金が銀行救済に使われた。が、銀行員の多くは、それまでどおりのサラリーやボーナスを手にし続け、頭取の退職金が2億円だったと報じられたのも記憶に新しい。さすがに米国の金融機関の報酬は額が違うが、理論は同じだ。人の金にすがっておきながら、自分たちの生活は何も変えずに済む一方、血税を払い続けている町工場の社長は、自分の家を担保に入れて借金をし、あるいは売り払ってでも社員に給与を支払っている。「自由主義経済」を重要視するブッシュ政権では決して実行しなかった政策(政治的措置)をオバマは断行しようとしている。これは、「ウォールストリート」から「国民」へ視野を移した政治方針であることを意味しているのだと思う。こうしたオバマ大統領の方針を知り、金融機関を去る人間も多いという。自由主義に生きる人々は、利己主義だったり、拝金主義だったり、排他的だったりするが、己の利益を享受するために自由主義を守ろうとするなら、そうであってはならない。というか、それでは自由主義は成立しない。その矛盾を無視して、いつまでも己の利益のみを追及するなら、米国議会が立法措置を取り、それに基づいて行政介入、司法介入があっても致し方ないだろう。1929年、米国に端を発した「世界恐慌」の教訓を、米国金融関係者は忘れてしまい、再び自らの利益のみを追及してしまった。しかも、全世界を巻き込んで。オバマの手腕が見物だ。そこに、世界経済の今後の運命が託されているのだから(基軸通貨をドルにしたままで推移したときの話だが)。
2009.03.17
コメント(0)

昨年9月にテイクアウトしたのが、最後のハチカレーでした。お店で食べたのなどは、6月が最後で、2008年でわずか3度目でした。10月に膵臓を傷めてから、香辛料がNGということで、長らく我慢していました。きょう、近くのスーパーに買い物に出かけたついでに寄ってみました。時間が遅かったので、ママに「もう終わったわよ」と怒られるかと思いながらドアを開けると、「いいわよ」と快く承諾してくれたので、お店の中でだべりながら待つことにしました。膵臓を悪くしたことを話したら、「健康が一番よ。体を大切にしなきゃ」と叱られたような、励まされたような。二つ買おうと思ったのだけれど、一つしかつくってくれなかったので、文句を言わずに一つだけ買って帰りました。ハチというのは、いわずと知れたカレーの名店。南森町駅から南へ200メートルほどのところにあります。激辛ということと、ルーのかけ放題、メニューはカレーのみなのに、常に20人くらいの行列ができている、話題の店です。また、名物ママの存在も大きい。不気味な雰囲気をたたえ、言葉少なにちょこちょこ動き回っていますが、声が驚くほどきれいで、言葉も大阪弁に毒されていない。実に不思議な人です。半年ぶりのハチカレーは……、やっぱり辛かった。久々なので、口が慣れていないせいか、ヒーヒーいいました。それでもおいしかった。スパイシーで、まったりしていて、甘味は全くないけれど、奥行きのある味わいとよく煮込まれた肉の旨味が絶妙にマッチして、どこへ行ってもこの味に出会うことはない、と断言できるほど個性的です。胃が熱い。食べて1時間ほどですが、既に腸が楽し気にスキャットしています。夜の恐怖を覚悟しつつ、ハチカレーが堪能できたことを心から喜び、満足、満足。ご飯を300gほど食べてしまいました。通常160gくらいですから、食べ過ぎなのは間違いないのですが、多分太ることはないと思います。「満足ダイエット」です。ハチカレーは、店で食べると、ご飯が500gは盛られているし、ルーもきょうの倍くらい、たっぷりかけるのですが、週に2回食べに行っていたときも、体重が増えたことはありません(ご飯が740kcal、500g近くあるルーは300~500kcalくらいあるのではないかと思います)。「満足」を体全身で感じると、脳が必要以上の栄養(熱量)の吸収をやめるらしい。医学的根拠もあるという「満足ダイエット」を知る前から、私はハチカレーで実践していました。というわけで、久々のハチカレーでした。半分食べてしまってからカシャリ
2009.03.16
コメント(0)
大阪発祥のカニ専門店「かに道楽」に行きました。ミナミ・心斎橋に本店がある、あの動くカニの巨大看板が名物の「かに道楽」です。大阪を初め、兵庫・京都・和歌山・奈良・岡山・広島・愛媛・東京・神奈川・千葉・静岡・新潟と、広域に展開する「かに道楽」です。大阪に生まれ、育ち、大阪を拠点に仕事をしながら、実に初の訪問でした。食したのは、「春の特別かに会席 蓮花」というもので、「前菜」「かに酢」「かに焼霜降り造り(酢みそ、梅酢、紫)」「かに茶碗蒸し」「かにグラタン」「タラバかにピリ辛風」「かに釜飯」「吸い物」「香の物」「アイスクリーム抹茶かけ」で4,935円という、微妙な価格。カニは「タラバ」と指定されているもの以外は、冷凍の紅ズワイだと思います。足の細さが尋常じゃない。グラタンのベシャメルや茶碗蒸しの卵地&あんはおいしかったので、料理人(もしくはレシピ)はきちんとしているのだと思いますが、カニは最悪でした。水っぽくて味がない。5,000円もしたのに。足の数で言うと、まともなのが1.5杯。あとは、足先をこそいだようなのがちょこちょこっと入っているという感じ。20年ほど前、城崎温泉に行きました。そのときに食べたカニすきも多分紅ズワイだったと思いますが、今回よりずっとおいしかった。きっと、城崎近くの日本海の漁港に揚がったものを使っていたのだと思います。今回のは、ロシアからの輸入もので、しかもかなり小さなものだと思います。私はさほどカニが好きではないので、「どんなカニでもカニならいい」とは思っていません。ゆえに、おいしいカニしか食べたことがない。今回のは、かなり残念でした。というか、カニ専門店が、あんなものを平気で出していいのか、ポリシーを疑います。「値段を見たら、ズワイガニでないことくらいわかるだろう!」と、店側は言うかもしれません。あるいは、「紅ズワイとズワイガニの違いがわかる人間は、うちには来ない!」と開き直るでしょうか。私はゲンナリしたのに、店は大盛況でした。若いグループも来ていたし、全員が杖をつくようなご老人も集まってきていました。個室は満室、雰囲気のいい掘りごたつの席も満席、テーブル席も入れ替わり、立ち替わりで、ひっきりなしに人の出入りがありました。こんなものなのだと思います。「そこそこ」を求めている人が多いのです。日本は。本当においしいものがわからない。本当においしいものを1万円以上出して食べても、そこそこのものを5,000円で食べても、同じだということです。が、時節柄、5,000円とて高額な食事です。「そこそこ」を「高級」と思える人が食べにくるのかもしれません。私は裕福ではないですが、このカニ料理を5,000円で食べたいとは思わないし、本当においしいカニを食べたいなら、1万円出しても当然だと思う。要は、「カニ」の「価値観」の違いでしょう。香住や竹野に行って、本物のカニを見ると、1杯5,000円はします。夕食に2杯出してくれる民宿(宿泊込15,000円)があったとして、1杯は3,000円以上の本物の冷凍ズワイガニ、あと1杯は3,000円以下の輸入ズワイガニか現地の紅ズワイというのが相場。9,800円の「カニ食べ放題バスツアー」など、ズワイガニが食べられるわけがないのです。食べられるとしたら、ズワイガニの足先の「カニ汁」くらいでしょう。わかっていても、「かに道楽」という専門店で、アレでは、ガッカリします。ま、自分で支払ったわけではないので、食べられただけで幸せということにしておきますが。しかし、ご馳走していただいたということは、こんな満足度であるにもかかわらず、相手は何がしかの見返りを望んでいることも事実だと思います。さて、ご要望にどうお応えいたしますか……。
2009.03.15
コメント(2)
「花粉症」が「スギ」から「ヒノキ」へと移っているようだ。巷には、マスクの人があふれている。仕事をしていると、周囲にも花粉に悩まされている人が結構いる。一説によると、クシャミや目のかゆみといった、花粉症を代表するような症状が出ない人でも、何らかのアレルギー反応があるという人は、日本国民の80%にものぼるらしい。かくいう私も、アレルギー反応全くなしで生きてきたが、ここ2、3年、この時期になると、顔がかゆいことがある。毎日ではないし、赤味やプツプツを伴うことがないので、大掃除のときに舞い上がったホコリが顔についてむずがゆい、というような状態なのかもしれない。が、時期が時期だけに、敏感になってしまう。今後、鼻水、クシャミ、目のかゆみといった劇症が出ないとも限らない。いまの日本では、そうなってもおかしくはないという状況だ。が、周囲の人は口をそろえて言う。「君は大丈夫。昔の人間やから」と。「昔の人」の意味は、★好き嫌いなく、何でも食べるので、体が丈夫★子どものころの貧しい食生活ゆえ、雑菌がたんまりと体に入っている★野生児なので、「免疫システムの異常」が起こり得ない★文明病にはかからない★何が何でも丈夫そうということらしい。何とひどい。ま、美女の条件「低血圧、貧血、低体温」には全く縁がないので(低血圧だけど、朝起きづらいなどの症状はなし)、あながち間違っているとは思わないけれど。やがてやってくるだろう「花粉症」について思うとき、恐怖にも似た感覚を覚えるが、こんな記事を見つけては、さらなる恐怖が襲ってくる。もっとも、スイーツなど、10年禁止でも何ともないが……。ゆえに、こう置き換えた。「花粉症のつらさは、男前ウォッチ禁止に匹敵」花粉症のつらさはスイーツ禁止に匹敵=20~40代女性調査-民間会社花粉症のつらさはお菓子などのスイーツ禁止に匹敵-。ジョンソン・エンド・ジョンソン(東京)の調査で、花粉症による女性の「苦悩」が浮かび上がった。20~40代の花粉症の女性を対象に1月調査し、413人から回答を得た。 この結果、花粉症の鼻炎について「非常につらい」が42.6%、「ややつらい」が45.5%だった。「鼻炎が3カ月続く苦しさ」をほかの苦しみに置き換えると、「3カ月間のスイーツ禁止」が25.2%と最も多く、「家族・恋人・友人との外出禁止」「携帯電話の禁止」が続いた。【時事通信 2009年3月14日15時59分配信】
2009.03.14
コメント(2)
昨夜、ずっとチェックしていた炊飯器を酔いに任せて購入してしまいました。楽天で。「IH」で「5.5合炊き」ではあり得ない、10.000円とちょっとという価格にやられました。USEDやモデルが古い(在庫)、オークションなら、あったかもしれませんが、通常販売で、この価格はあり得ない。最初チェックしたときは、「残り6個です」だったのが、昨夜見たら、「残り3個です」となっていたのです。「残り」に弱い性格を露呈してしまいました。「限定」には心が動かないのです。うそか本当かわからないし、仕事上、販売促進戦略として使う言葉だからです。しかし、「残り」となると、話が違います。これで「しまった!」と思うことが何度もありました。ポイントアップとか、支払いの計算(カード払いにしているので)をしている間に、欲しかったものが完売してしまうということが、何度もあったのです。しかし、それはそれで済んでいるので(人生に劇的な変化があったわけではない)、気にすることもなかったのです。が、「炊飯器」は話が違う。毎日の生活に欠かせないものです。いま使っている炊飯器は、購入から22年以上を経過し、水加減が難しくなっています。保温にも注意を払わないと、すぐにご飯が黄色くなる。新しいのが欲しいと思っていました。で、どんな炊飯器を購入しようかと調べてみると、「マイコン」と「IH」があって、「IH」が主流。「水を対流させておいしく炊き上げる」というのが特徴だそうで、買うなら「IH」と決めていました。何せ、家電製品は20年以上使ってしまう私ですから(アイロン、冷蔵庫、洗濯機も20年選手。一部は差し上げた先で元気に働いていますが)、最新機能(省エネを含め)を備えたものを買わないと、後悔するだろうと思うのです。が、「IH」は価格が……。「銅釜」とか「ダイヤモンド加工」とか、いろんなうたい文句で何万もするものが目白押し。そんなもので炊けば、おいしくなるに違いない。でも、炊飯器に5万も6万もかける気にはなりません。1万円前後で……となると、訳あり商品になります。が、が、が、あったのです。メーカーは日本を代表する総合電気企業です。技術は確かです(人気はないですが)。てなわけで、買ってしまいました。明日、我が家にやってきます。いま使っている炊飯器の行く先はもう決まっています。壊れるまで、働き続けてくれることでしょう。うれしいような、こわいような(支払いが)……。とにかく、新しい炊飯器で炊いたご飯が早く食べたい!
2009.03.13
コメント(4)
ここ数日、小沢秘書逮捕の一報から、さしたる進展が見られない。小沢さんのみが苦手な会見を開くなどして対応に追われているのみだ。そんな状況なのに、自民党の動きもない。二階氏の件で、動くに動けない。小沢氏と二階氏は共に、政治家としてのスタートの源流が「金権政治」だ。田中角栄と金丸信の傘下で育った。互いに自民党(政権与党)を離れた経験があり、二階氏は、そのことで与党の恩恵を痛感し、結局自民党に戻った。小沢氏は(与党の議員の誰よりも力があると自認しているはず)、民主党に所属して、党首におさまった。小沢さんは、政権与党の党首という立場を獲得するのを目前にしていた。多分、党首でなくてもいいと思っていたはずだ。小沢さんの目的は、自民党政権の崩壊だったはず。政権与党の党首でなくても、集金能力も、政治家として官僚を統率する実力者としても、政治家を牛耳る力も、この人を超える人は、残念ながらいまの政治家(与党の自民党と公明党)にいないはず。党首という、窮屈な立場でなくてもいいのだ。その安泰体制のほとんどは、大久保という公設第一秘書の実力にあった。これに検察が目をつけた。小沢さん自身の実力は、認めて余あるものだが、それ以上に秘書の威光は尋常ではなかった。中途半端な政治家以上の威厳があったという。二階氏は、小沢氏と源流を共にしながら、政権与党の恩恵を存分に生かし、地元・和歌山に多大なる恩恵をもたらした(道路族として突出した功績)ことで、やり玉に上がった。仮に、民主党が第一党になったとしても、いまの自民党衆議院のように、反対野党を牛耳るためには、単独過半数を確保するための「連立」政党が必要になる。その候補が「社民党」か「共産党」だ。検察や警察ならずとも、一般市民としても、これは捨て置けない。この二つの党は、日本国を国と認めない政党だ。いつまでも先の大戦の謝罪ばかりを求め(村山声明で十分)、北朝鮮にすり寄り(旧社会党)、超現実的な平和主義を唱えるばかり。こんな政党が政権与党になったら、幾ら頭脳明晰な霞ヶ関の官僚とて、打つべき手が見つからないだろう。破綻した理論を展開する政党に、正論を唱えるべき公僕(死語)の官僚が異論を押し付けるわけにはいかないのだ。小沢さんは、政治的(権力的)な脅威だが、それに加えて破壊的(適当な言葉が見つからない。誤解を招くかもしれないが、大目に見えていただいて)な、日本国が国として存在するのを困難にするような思想を貫く政党が政権を奪取することは、国の破綻を意味する、という意味で、検察が一歩踏み込んだのだと思う(揣摩憶測)。小沢さんは、政治家としては偉大だ(二昔前までは)。が、偉大過ぎるゆえ、小さ過ぎる政治家はついていけない。また、「金権政治」という危険な領域を、屁とも思わない体質は、いまの政治家(社会)には理解できない。そしてそれは、民主党の政権奪取構想の終焉でもあったのではないだろうか。小沢さんの敗因は、自民党との「大連立の失敗」、これしかないだろう。そして同時にそれは、民主党が与党になれない原因になった、と言える。小沢さんなきまま、いまの民主党が政権与党になったら、日本の政治は国際社会に認められない、ひどい状況になるだろう。それほど、日本の政治の世界は、魑魅魍魎としているということだ。
2009.03.12
コメント(0)

きょうは、納品を昨日で済ませ、急ぎの仕事がないのを見計らって、神社にお参りしました。「石切劔箭神社」です。母方のお婆ちゃんの伯母さんの代からの慣しです。お婆ちゃんも母親も毎年お札をもらいにいっていましたが、私は、大人になってから(子どものころはもちろん親と一緒に毎年参拝していましたが、転居によって遠隔地になってしまったので)まだ3回ほどしか行っていません。でも、これからは毎年行きたいと思っています。なぜなら、この神社に行くには、いつもものすごい障害が出現するからです。前回もなかなか到着できませんでした。裏道、近道と思って選んだ道だったのに、その道沿いで殺人事件があり、警察が道路封鎖していました。迂回した道はそのためと、季節イベント(大学の入試の終了時間など)がガッチャンしてしまって、大渋滞に巻き込まれ、挙げ句の果てに駐車場が満車だったため、遠方の駐車場に駐車せざるを得なかったため、本殿への到着が激しく遅れました。今回は、同行する人間との待ち合わせに行くまでに、相当の困難がありました。普段なら、なんなく過ごせる用件ばかりなのに、トラブルが重なって、気持ちが萎えるほどの事態になりました。身辺を浄化したいと思って行くわけではないのですが、石切神社に行こうと思うと、思わぬ困難が生じるのです。そのことを話すと、知り合いが、「それを阻止したい悪い何かがあなたの周りにいるのよ」と言います。そうかもしれないな、と思います。ゆえに、困難を乗り越えて、石切神社にお参りします。この神社には、私が生まれてから今日まで、言葉にできないほどの恩恵(ご利益)がありました。占いを信じるとか、信心があるからとかを超えた、神の領域のご利益でした。そのことは、家族皆の認識です。余り意味もなくいただいたお守りです。「ご利益を願う前に、努力せよ」いかにも。
2009.03.11
コメント(0)
このブログに訪れてくれる人の仲には、今年大学受験という人が結構多い。何もできないけれど、陰ながら応援していた。「桜咲く」こういう報告は本当にうれしい。しかも、皆さんとても優秀!学校の教師をしていたころ、生徒が検定に受かるとか、就職が決まるといった行く末が明るくなったのを知ったとき、自分の目の前も明るくなるような気がした。久々にうれしい報告を受けて、春の喜びをお裾分けしてもらった。いまは全く新しい世界に進んでいく前、緊張と希望と期待と夢が交錯していることだろう。近々の目標、大学で学ぶ目的、5年先、10年先の目標と将来像を描きながら、着実に進んでいってほしい。30歳までにそれ以降の人生のベースとなるような、自信と実力と実績を築いてほしい。ただ、いつでも新しいことは始められるし、やり直しもきくということも確かで、柔軟に生きていくことも大切。また、人間としての許容量を広げておくことも重要だと思う。「なぜ、自分がこんなことをしなければならない」「自分はこんなことをするためにここにいるのではない」という了見の狭いことを考えずに、できることは何でもやってほしい。若いころだけに許される、つまらぬことだと思えることへの取り組みが、意外にも将来の礎になっているものだ。何事も、新しいことを始めるのにはパワーが要る。でも、「案ずるより産むが易し」だ。今年の桜はきれいに見えるはずだ。いまの喜びを明日の力に変えて、頑張れ! 若造!
2009.03.10
コメント(2)
楽天のメルマガを見ていつも思う。「ダイエット」市場はすごいのだな、と。健康食品系、美容系のみならず、食品系や総合ショップ系でも、ダイエット食品を販売している。その品数の多さ、理論の多彩さ、並びにうさん臭さは実に多種多様だ。その一つに「食べても太らない」「食べて痩せる」という、消化吸収抑制系、代替食系がある。私の経験としては、あり得ないと思っている。人間の体はそんなに単純ではない。必ず順応して生命維持のための抵抗活動を行い始めるはずだ。ほかに、「燃焼系」「排出系」「基礎代謝向上系」などがあって、どれもが効果満点を想像させるうたい文句で売られている(ほぼ100%が薬事法にひっかかるものだが)。一人で何度もダイエットに挑戦している人も多いだろう。が、ダイエットは人生でただ1回しかしてはならないし、しかも、きちんと成功させることが条件となる。なぜなら、「ダイエット」に伴う苦痛によって、体は究極のストレス状態を味わい、消化吸収力が異常に高まったり、食べたい欲求が極端に強くなったりする。中途半端な状態で元の生活に戻すと、ダイエット前に生命維持に必要だった基礎代謝が落ちて、さらにわずかな食べ物で生きていける高効率の体になっているせいで、必ず太る。いわゆるリバウンドだ。ダイエットを繰り返すと、どんどん燃費のいい体になる。ダイエットが成功し、体重や消化器の状態、脳の状態が安定していれば、ストレスからある程度解放されているので、太る度合いは低くなる。また、「ダイエットの成功」という体験が脳に満足感を与え、食欲や異常な吸収反応はなくなる。その理論がわかっていれば、ダイエットを繰り返すという危険な行為を犯すことがなくなると思うのだが……。究極のダイエット法はこれだと、私は常々思っていた(下の記事)。肥満の女性が減量のため脳の手術、米国で2例目米ウェストバージニア州に住む2児の母親(60)が減量のため、脳の手術を行った。同手術を受けたのは、米国で2人目という。この女性は先月、ウェストバージニア大学病院が行った臨床試験に参加。神経外科医たちが女性の脳に穴を開け、電気を用いて空腹と満腹の感覚を制御した。女性は手術後1週間で1.4キロ体重が減ったと説明し、「食事をするとすぐに満腹になる」と述べた。 ウェストバージニア大の脳神経外科部門の代表を務めるジュリアン・ベイルズ博士は「これは過体重の人向けのものではなく、肥満の患者向けの手術」としている。身長152センチのこの女性は、最高体重が222キロ、手術直前の体重は104キロだった。[ロイター 2009年3月10日16時26分 ] 現代人の肥満の原因は、ストレスや環境ホルモンによる脳の異常が引き起こしているのだと思っている。この手術が人の体に与える影響はまだわからないが、脳をいじることでしか、ダイエットできない人種は確実に存在していると思っている。もちろん、この事例のように100kgを超えるような、健康維持に問題がある人にしか施術されないだろうことは想像に難くないが。「食べなければ痩せる」……飽食の時代にあって、それは無理なのか。
2009.03.09
コメント(2)
「国策捜査」という言葉が民主党幹部から飛び出すと、前原副代表が「よろしくない」というコメントを出すというチグハグな展開は、党内に混乱が生じていることを露呈する結果になった。混乱が生じるのは当然だ。総選挙が行われて民主党が政権をとったとき、与党として政権運営や霞ヶ関支配をなし得るのは、小沢さんだけだということがはっきりしたからだ。今回の件では、小沢さんの性格なら、すっぱり代表を辞任、いや、議委員辞職をしてでも(キレて)、身の潔白を訴えようとしたかもしれない。あ、言葉が違う。「潔白」ではない。小沢さんだけ「突出した悪事をしたわけではない」ということを暴露するという形で。会見で小沢さんが言った、「異例」「異常」という言葉が物語っている。皆がやっていることで、これまで、お金の出と入りを明確にしていれば、架空の政治団体からの献金であっても、黙認されてきたということだ。民主党内はもちろん、自民党議員が圧倒的に多いだろうはずのその形式犯罪の嫌疑が民主党の党首である自分の公設第一秘書にかけられるとは、思っていなかったということだろう。そして、二階経産大臣にも捜査の矛先が向いた。二階大臣は、道路族として地元・和歌山に多大なる恩恵をもたらした人だ。和歌山の土木関係者は騒然としているだろう。これは、「自民党もやっておかないと、『国策』の嫌疑を免れない」と思った検察の落としどころだったのだろうと思う。西松建設というのもツボだった。キャノン問題で鹿島がやられたのは近々の話題だが、大手ゼネコンがさまざまな嫌疑で軒並みやられた後、準大手で、小沢事務所の意向が働いたことがはっきりわかって、それなりの金が動いたことも明確な企業を選定できたことは、検察の狙いどおりだっただろう。これが国策捜査かどうかは別にして、小沢叩きには、格好の構図ができあがった。育ての親の田中角栄、金丸信を逮捕するに及んだ検察を目の敵にし、検察のエリートの弱みを握って自分に牙をむくのを完璧に封じ込んできた歴史が、何らかの理由で途切れた(定年か?)のを機に、検察が一気に攻勢に転じたのだと思う。ここで叩いておかないと、政権与党の党首になってからでは遅い。そのとき、強大な力を持ってしまった小沢さんの実力は、いまの自民党にはないほどの恐ろしさがある、ということだと思う。つまり、政権与党が指示した国策捜査ではなく、霞ヶ関の事情による因縁の対決だったということだったと思う(私見。揣摩憶測)。小沢さんの第一秘書は大変な実力者だそうだ。秘書が地元を歩くと、こそいらの議員はひれ伏さねばならぬほどの存在感だったと地元の人が証言しているし、業界人に聞くと、実際にそうなのだそうだ。この人は起訴されるだろう。連座制が適用されるかどうかはわからないが、小沢さんの責任問題になるのは必至だろう。西松建設側の証人も、現社長もそれを示唆するような発言をしている(西松にしたら、小沢叩きのとばっちりだったとの認識だそうで)。小沢さんを欠いた民主党が仮に与党になったとしても、政権を運営するのは難しい。かつて権力の中枢にいた実力者の小沢さんがそのことを最も理解しているから、福田さんと一緒に大連立を画策したのだ(政権について何もわかっていない有象無象の反対により、実現しなかった。「いまの民主党に、政権を運営するのは無理」と会見で言った小沢さんの言葉がすべて)。大連立していればよかったと、いまになっても遅いのだ。民主党は。小沢問題があっても、国民の民主党支持率は余り変わっていないそうだ。大変なことだ。万が一、総選挙で民主党が与党第一党になってしまったら、霞ヶ関との対立、野党との対立、民主党内の混乱は必至で、政策の決定や運営は激しく難しくなる。もちろん、すべての対立で敗北するのは民主党。この件で一体だれが得するのか……。結局、霞ヶ関だけなのか……。どこまでいっても、日本の政治には国民不在であることに変わりはない。
2009.03.08
コメント(1)
大阪の「北新地」というと、「花柳界」と「食」の中心地という性質を併せ持つ特異な地域だ。そんな新地も、100年に一度という世界的な不況に勝てず、昨年前末に150~200店舗が店を閉めた。新地への出店となると、単純な敷金・礼金のほかに「所場代」というのが存在し、大層な金を用意しないと、裏の世界の許しが得られないという特異な環境だ(「見ヶ〆料」と呼ぶのがならわしらしい)。しかし、オーナーも裏の世界も、ここまでの不況に直面しては、通常のやり方ではどうにもならないと思ったのだろう。有象無象の新店がポコポコとオープンしている。そんなとき、近くの居酒屋の常連客から誘いがあった。「新地の料亭で料理長をやっていた人が、料亭が閉店したので、自分の店をオープンした。開店祝いに行きたいので、一緒に行ってくれないか」と。奥さんと一緒にいけばいいのに、なぜ私なのか、よくわからないが、奥さんだとまずいこともあるのだろうと(顔見知りがやってきて、「この間の女の子より、きれいな人やな」などと要らぬことを言うおやじがいるもので)思いながらも、新店の業態やメニューに興味があったので、同行することに同意した。出向いて納得した。ビルも、エントランスも、看板も、ドアも、スナックそのものだ。無理やり料亭にした感が否めなかった。料理は極めて単純だった。が、素材がプロの日本料理屋が仕入れるような、凝ったものだった。「下仁田葱の丸焼き 塩納豆添え」「天然ぶりのお造り」「きびなご一夜干しのあぶり」「鮭とばあぶり」「どんこ椎茸のあぶり」「牛すじ煮」「きずし」など、私の大好きなものばかりで、お酒も進むし、ちょっとした味付けのアイデアや、付け合わせの驚き素材、調理の奥義をマスターから聞いたりして、結構楽しく過ごした。が、誘ってくれた人がかわいそうだった。この人は、おじいさんの代から私の事務所の地域の大地主で、ビルを幾つも所有している大金持ちだ。居酒屋でオーダーするものが結構単純(だれもが知っているメニューばかり、という意味)なので、常々聞いてみたいと思っていたのだが、家で食べている食事のメニューを先頃聞いてみて愕然とした。「ハンバーグ」「カレー」「鍋(調味料は出来合いのもの)」くらいしか出てこない。ややこしいものは、外食しているようだ。そのことを知っていたので、「お嫌いなもの、ありました?」と聞いてみると、「納豆は10数年振りに食べましたし、こんな天然ぶりは初めてです。ほかは、初めて食べました」という回答。ひっくり返りそうになった。私が家でちょちょいとつくることができるメニューばかりだし、手に入りにくい素材があっても、その気になれば何とかなる範囲。50数年の人生で、一度も食べたことがないなどとはついぞ思わなかった。店が言うことと真実には落差があり、それを知って食べるのとそのまま食べるのでは、認識に差が出る。当然、価格への納得度も変わる。例えば、「天然ぶり」と銘打ったお造りをオーダーしたが、実は「はまち」だった。これにはからくりがある。「ぶり」は出世魚で、「つばす」「はまち」「めじろ(わらさ)」「ぶり」となるが、「天然」は「ぶり」で、「養殖」は「はまち」と呼ぶのが業界の習慣だ。「めじろ」「わらさ」「つばす」がそのまま出るのは、漁港近くの市場だけで、日本の大方の都市では「ぶり」か「はまち」しかない。「天然ぶり」といいながら、身の大きさや脂の量、血合いの大きさから、ぶりの大きさまで成長したものではないと確信し、「これは、はまちくらいの大きさですね。腹側は脂がのっていると思いますが」と言うと、「え、よくわかりましたね。背側はお造りで出せますが、腹側は脂が多いので……」「塩焼きか照り焼きで出さないとね」「は、はぁ…、よくおわかりで」「海があったかいので、北上緯度が下がっているのでしょうね。運動しないから、脂がたまる」「そ、そうか……。そういうご職業ですか?」そういう職業とは、漁業関係者ということか。女で?「いえいえ、想像で言っているだけです」すると、大地主が「この人は、食べ物については詳しいんです」とフォロー。「何だか、『卑しい』と言われているみたいですね」そんな会話を何度もした。私がオーダーするメニューすべてについて質問され、回答し、「詳しいですね」と言われる。私はごく平均的な情報しか持っていないと思うが、そう言われると、「あなたが知らなさ過ぎる」と言えないので、「結構一般的な情報だと思いますよ」と言うしかない。この店は、それほど食材についてこだわりがあり、調理法もおもしろいのに、出てきたものがちょっと違ったりする。微妙に客をだましているな、と思ったりしてしまう。つまり、中途半端なのだ。新地でやっていくとしたら、致命傷になりかねない。と、店のことを心配しながら、大地主の常連さんの食生活の貧しさを危惧して仕方なかった。餃子を最初に食べたのは、大学生のときらしい。ホルモンはいままで一度も食べたことがない。イタリアンレストランで食べるのは「ハンバーグ」…!…???つまり、食べるもののカテゴリーが激しく少なくて狭い。「トマトソースを手作りした」と言うと、「周囲にそんな人はいない」と言う。つまり、奥さんはそんなことをしないということだ。まずは、母親の料理の幅が狭かった。しかも、結婚した嫁の料理のレパートリーも少なかったということだろう。本人も子どもの味覚をしているし、新たなものに挑戦する勇気はない。おいしいと思うものだけを食しているのが幸せだと思っていたのだと思う。が、私が、手作りの料理を含め、あらゆる食材とメニューを押し付けたことによって、「おいしい」と最近思ったメニューが増えたらしい。人間としてはいいことだと思う。しかし、金持ちにとっては……。ま、食に使う金はたかが知れている。プレミアムカーや、銀座の女や、ブランドバッグと比べると、実に現実的な価格だ。以前思ったことがある。「本当の金持ちは、減らさない方法を考える人種」であり、「財産を増やそう」とか、「どう使おう」とかは絶対考えていない。「貯め込む」が使命であり、次の代に受け継ぐことに精を費やすのが人生だと考えている人種なのだと。ゆえに、「食」に興味を持ったりすると、異様な研究心が芽生えて仕事がおろそかになったり、散財したりといったことにつながり、そこから「破滅」の道へと進まなければいいと、心から思う……。大丈夫か?
2009.03.06
コメント(2)
どこかの市長(鹿児島県阿久根市)が市職員の給与を公開したと、話題騒然となった。2月25日に発表された報道では、マスメディアの論調は、「そこまでするか」「いい市長さんだが、やり過ぎではないか」「やり方が性急ではないか」というものだった。橋下知事のやり方に慣れている大阪府民の私は、こうした地域住民の保守的思想がよくわからなかったが、日を追うにつれ、地域住民の多くが市職員に深くかかわっていることがわかり(大阪府では確率が極めて低いと思う。人口比なので)、所詮、地域住民の民意(一部を切り取った)を報道するマスコミは、何らかのバイアスがかかっていると思うに至った次第だ。小沢さんの地元・岩手県など、最たるもの。県民を非難してはかわいそうだとは思うが、何らかの恩恵を受け続けてきたのだろうと思えて仕方ない反応だ。発言に「自由」が全くない。「小沢」を「肯定」しなければ、生きていけないがごとくの究極の反応をする。一般市民でさえ。これを見ると、小沢さんの影響力の強さ(麻生さんの比ではない)を再認識する。民主党の党首として、強気の根回しをし、危ない献金を受け、自民党の実力者よりも強い力を示し、発言をしなくても「反自民」として、与党の閣僚を凌駕する実力(権力/利権・既得権益、実権)を行使して、息も絶え絶えの自民党を駆逐するべく動いていた小沢さんが、その力ゆえに自爆しようとしている。悲しいかな、民主党の中から押し出されるような実力者は皆無だし、この好機に乗じて躍り出るような、与党・自民党のヒーローもない。それはそれで仕方ない。自民党政治の終焉だ。新たな時代に向けてのアクションが、あちこちで起きるはずだ。100年に一度(100年前の経済理論が通用するはずもないが)の経済危機を無視しながら、どれほど理論的な経済理論が登場するのか疑問に思えて仕方がない。そんな背景の中、思い切った市長が出現した。それが阿久根市長だ。この人は、一般市民として市役所を訪れたとき、「仕事もしないのに、何でこんなに横柄な職員ばかりなのだ!」と怒ったらしい。それが原動力となって市長選に立候補し、当選した。もともと、市職員に対して、甘くない要求を(一般市民と比較すると基準が低いかもしれないが。もともと、公務員は能力が●●●)していたようだが、むちゃな要求ではなかったようだ。市民も支持したのだろう。◆◆◆阿久根市長が何かをしかけたら(それが何かに有効な手法なら)、日本中が何かに向かって動き出すのではないかと思った。鹿児島・阿久根市長、市のウェブサイト上に職員の給与を公開インターネットのブログで、辞めてもらいたい議員のアンケートを行うなどしていた鹿児島・阿久根市の市長が、今度は、市のウェブサイト上に職員の給与を公開した。阿久根市の竹原信一市長は「今まで公開はしてあったんですけれども、大変わかりにくい形でしたので、よりわかりやすくさせていただきました」と話した。公開されているのは、消防署員を除く全職員268人の2007年度の給与などの明細で、2月20日から阿久根市のウェブサイト上で閲覧できるようになっていて、個人の名前は明らかにされていないが、年収に加え、扶養手当や期末手当、退職金など14項目が、1円単位まで細かく表示されていた。職員からは「個人情報保護条例違反ではないか...」という疑問や、「ここまでやるのか...」といった声が上がっている。竹原市長は「公益を優先させたということですね。個人の情報を保護するというのは、そのあとの話です」と話した。(02/25 12:41 鹿児島テレビ)この市長は、市民の視点に立って、おかしいことを改革しようとして市長になった人だと言っていい。公務員個人の情報は「個人情報」に当たるかもしれない。が、「職員の給与一覧」は、個人情報にあたるわけがない。「税金の使途」でしかない。それでも、市職員は、情報公開に云々言っているらしいが、公開されたら恥ずかしいとか、将来に禍根を残すなどの異論があればすぐに教えてほしい(あり得ない)。「首長」の実力が問われる時代だと思う。少なくとも、国家元首がないがしろにされるような時勢にあっては。私は、「利権」を深く考え直す時期に来ていると思うし、これを合理的に処理できる人が、次の政治を動かすと思う。ん? 間違い?土木業界(だけではない。官製談合はなくなる気配すらない)にうごめく利権や金は、「必要悪」?そんなわけはない。市民が納めた税金(血税)が一部のだれかのいいように使われていることに変わりはない。この国の、根腐れは尋常じゃない。
2009.03.05
コメント(2)
強気の発言に終始した会見だった。「これまでにない手法」「不公正な捜査」「極めて異例な検察権力の公使」など、国民や民主党支持者に対しては実に力強く聞こえ、かつ「国家権力の横暴」というイメージを与えるには十分な言葉だった。が、反面、検察を挑発したことに違いはない。なぜなら、「検察が政府や与党の思惑で動いた」という言い方にほかならないからだ。東京地検は、こういう言い方を最も嫌うだろう。第一、国策的に「捜査しない」ということはあり得ても、国策的に「捜査する」という理論はおかしい。「証拠があっても動かない」ということは実際論ではなく、物理的な理論としては可能だ。が、その逆は不可能。「地検が動く」ということは、「動かし難い証拠が存在する」ということを意味するわけで、証拠もなく、ただ政府や与党が言ったからだれかを逮捕し、政治家の事務所を強制捜査などできるわけがないし、やった後の尻拭きができなければ、検察は信頼を失う。今回とて、どんな罪に問え、どんな罰を課されるかは別にして、犯罪性が高いからこそ地検は公設第一秘書を引っ張り、強制捜査に踏み切ったのだろう。「あれ、そんなものだったの?」という程度の罰(政治資金規正法の罰則がユルユルなので。もともと、小沢さんがつくった法律だから)しか課すことができないかもしれない。それでも、「目に余る汚い行為を許しておけない」、という姿勢で検察は見せしめにしようとしたのだろう。自民党の議員とて、同罪の人間がいるかもしれない。が、内容が格段に違うのだろう。小沢さんの案件はひど過ぎるということ。小沢さんは背水の陣を敷いていると思う。あれだけ強気の発言をして(意味がない。そんな発言に検察が屈するわけもなければ、国民の疑念がきれいさっぱり払拭されるわけがない)、やはり違法性が明らかになり、秘書ばかりか小沢代表までもが罪に問われるようなことがあれば、再起不能だ。それにしても民主党は、そんな政党なのだと改めて思った。どうしていつまでも党首にしていたのだろう。小沢さんを。政局に大きな影響を与えるのは必至だ。
2009.03.04
コメント(0)
政治の世界がかまびすしい。鳩山大臣は、東京中央郵便局の再開発に文句を言っているし、麻生首相は、「定額給付金を受け取る」と言っているし、小沢代表は秘書の逮捕でだんまりを決め込んでいる。いずれもピンボケだ。鳩山大臣は、えらく怒っておられるが、「なぜいま?」という疑問や「選挙をにらんでのパフォーマンス?」という疑念を払拭することができない。民営化をして「利益を出せ」と言われている日本郵政が、丸の内の超一等地に建つ中央郵便局を利益を生むものに変えようとするのは当たり前だし、再開発計画は秘密裏に進められていたものではないだろう。お怒りになるなら、もっと前に声を挙げる必要があったはずだ。中央郵便局は日本郵政のものではない。日本国のものであり、国民のものだ。政治が誘導して、資産を勝手に壊したり、利益至上主義のやり方で利用するのはダメという取り決めをしておけばよかったのだ。日本郵政側は「耐震性」のことを言っているが、耐震補強のために取り壊しをする必要があるかどうかのデータを出させ、「外壁の2割を残して増築する」という内容に合理性があるなら認めざるを得ないだろう。耐震補強は日本全土で取り組むべき喫緊の課題であるのだから、郵便局として利用するなら、対策を打つべきなのは当然だ。しかし、「文化財」として残すかどうかは別の話だ。一企業として経営をしていく上で、年間100億円の利益が予想される(この数字、実に怪しいと思っているが)優良物件をナシにされては、企業として異論を唱えたくなるのは当然だ。株主である政府がモノを言いたいなら、しかるべき場所、しかるべきタイミングで言うべき。感情論では解決できない。どうも、総務官僚のささやきに鳩山さんがのってしまった感がある。不人気の麻生首相に代わって、自民党人気を引き上げるための戦略として、鳩山さんを前面に押し出す党の考え方と大臣の周辺の意見、そしてそれを利用しようとした官僚の戦略が見事に一致したということだろう。「郵政民営化は間違いだった。企業になってしまったことで、こんなにひどいことを次々にやっている」というアピール効果は十分上がった。総務官僚は、新たな天下り先を確保するのに必至だ。さて、これからどんな展開になるのか。それにしてもうさん臭い話だ。麻生首相が定額給付金を受け取る受け取らないが報道されている。結構長い間、懸案事項になっていたようだ。そんなこと、どうでもいいことだ。もともと、「景気刺激策」として出された話が、途中から生活支援の「給付金」になってしまったのだから、こんないい加減な政策に対してどの政治家がどう動くかなど、国民の関心事ではない。マスコミは麻生さんの困った顔やブレる意見が視聴率のタネになるから追っかけているに過ぎない。小沢さんは、花粉症なのか、風邪なのか、大きなマスクをかけて眠い顔をしているが、秘書逮捕の報道についてのコメントは実に中途半端だ。公設第一秘書が逮捕された理由は、政治資金規正法に触れる献金の存在を指摘されたというものだ。相手が西松建設というのが痛い。「陰謀」「はめられた」などという不穏な言葉を出す党の実力者がいるようだが、それはやめた方がいい。そんな言葉を吐く党を国民が信頼するはずがない。いずれにしても、自分のことしか考えない政治家ばかりだと感じる。国民は、鬱屈した怒りと不安を抱えながら、明日も必至に生きていかねばならない。永田町や霞ヶ関の浮世離れした人々は、きょうも国民の血税を湯水のように使いながら、おいしいご飯を食べ、生涯安泰の方法だけを考えている。愛国心のない国民、一体感のない国にしたのは、政治家と官僚にほかならない。このままでは、国が国の体を成さなくなる。そう遠くない将来に。
2009.03.03
コメント(0)
政治の世界がかまびすしい。鳩山大臣は、東京中央郵便局の再開発に文句を言っているし、麻生首相は、「定額給付金を受け取る」と言っているし、小沢代表は秘書の逮捕でだんまりを決め込んでいる。いずれもピンボケだ。鳩山大臣は、えらく怒っておられるが、「なぜいま?」という疑問や「選挙をにらんでのパフォーマンス?」という疑念を払拭することができない。民営化をして「利益を出せ」と言われている日本郵政が、丸の内の超一等地に建つ中央郵便局を利益を生むものに変えようとするのは当たり前だし、再開発計画は秘密裏に進められていたものではないだろう。お怒りになるなら、もっと前に声を挙げる必要があったはずだ。中央郵便局は日本郵政のものではない。日本国のものであり、国民のものだ。政治が誘導して、資産を勝手に壊したり、利益至上主義のやり方で利用するのはダメという取り決めをしておけばよかったのだ。日本郵政側は「耐震性」のことを言っているが、耐震補強のために取り壊しをする必要があるかどうかのデータを出させ、「外壁の2割を残して増築する」という内容に合理性があるなら認めざるを得ないだろう。耐震補強は日本全土で取り組むべき喫緊の課題であるのだから、郵便局として利用するなら、対策を打つべきなのは当然だ。しかし、「文化財」として残すかどうかは別の話だ。一企業として経営をしていく上で、年間100億円の利益が予想される(この数字、実に怪しいと思っているが)優良物件をナシにされては、企業として異論を唱えたくなるのは当然だ。株主である政府がモノを言いたいなら、しかるべき場所、しかるべきタイミングで言うべき。感情論では解決できない。どうも、総務官僚のささやきに鳩山さんがのってしまった感がある。不人気の麻生首相に代わって、自民党人気を引き上げるための戦略として、鳩山さんを前面に押し出す党の考え方と大臣の周辺の意見、そしてそれを利用しようとした官僚の戦略が見事に一致したということだろう。「郵政民営化は間違いだった。企業になってしまったことで、こんなにひどいことを次々にやっている」というアピール効果は十分上がった。総務官僚は、新たな天下り先を確保するのに必至だ。さて、これからどんな展開になるのか。それにしてもうさん臭い話だ。麻生首相が定額給付金を受け取る受け取らないが報道されている。結構長い間、懸案事項になっていたようだ。そんなこと、どうでもいいことだ。もともと、「景気刺激策」として出された話が、途中から生活支援の「給付金」になってしまったのだから、こんないい加減な政策に対してどの政治家がどう動くかなど、国民の関心事ではない。マスコミは麻生さんの困った顔やブレる意見が視聴率のタネになるから追っかけているに過ぎない。小沢さんは、花粉症なのか、風邪なのか、大きなマスクをかけて眠い顔をしているが、秘書逮捕の報道についてのコメントは実に中途半端だ。公設第一秘書が逮捕された理由は、政治資金規正法に触れる献金の存在を指摘されたというものだ。相手が西松建設というのが痛い。「陰謀」「はめられた」などという不穏な言葉を出す党の実力者がいるようだが、それはやめた方がいい。そんな言葉を吐く党を国民が信頼するはずがない。いずれにしても、自分のことしか考えない政治家ばかりだと感じる。国民は、鬱屈した怒りと不安を抱えながら、明日も必至に生きていかねばならない。永田町や霞ヶ関の浮世離れした人々は、きょうも国民の血税を湯水のように使いながら、おいしいご飯を食べ、生涯安泰の方法だけを考えている。愛国心のない国民、一体感のない国にしたのは、政治家と官僚にほかならない。このままでは、国が国の体を成さなくなる。そう遠くない将来に。
2009.03.03
コメント(0)
お昼ご飯を食べていたら、急に腕が固まった。お茶碗を持っていた左の二の腕に急激に乳酸が溜まったような感じがし、伸ばそうとしたら、左肩が強烈に痛んだ。ダンベルを持ち上げていて、筋肉が限界に到達したような感覚だった。右は何ともない。何だろう!?以前、心臓の具合が悪くなったとき、首の左側の付け根から肩にかけて痛んだのを思い出した。でも、二の腕が痛いというのは……。全く初めての体験だったので、得体の知れないものへの不安が広がった。「難病」「奇病」「大病の前触れ」……いやな言葉ばかりが思い浮かぶ。唇がカサカサになっていることと、昨夜、血圧の調節がうまくいっていない(指先が震える、滑舌が悪くなる、めまいがする)状態だったのも気になっている。これも関係あるのかどうか。ちょっと、というか、かなり不安。※こういう症状が出る病気をご存知の方はお教えください。
2009.03.02
コメント(0)
常々思っていた。日本のTVCMを独占するように日夜放映される保険商品のこと。「大丈夫?」と。「外交員を持たないので、保険額の引き下げとCM投下が可能になった」と喧伝していたけれど、それにしても費用投下し過ぎではないか。筆頭は「アリコ」。「ソニー損保」や「アフラック」、「東京海上あんしん生命」など企業の信頼性も資産価値もまちまちなのに、CMを見る上では遜色ない保険会社が名を連ねる。「アリコ」は、間違った広告を修正せずに長く放映(紙媒体には掲載)するという失態を犯してお上から勧告を受けたはずだ。しかも、ほとんどの保険会社が支払いを渋って(違法性が認められる)、是正勧告を受けていると記憶している。そんな中、こんなニュースが飛び込んできた。米保険大手AIGが2日発表した08年10~12月期決算は、純損失が616億5900万ドル(約6兆円)となった。これを受け米政府は同日、AIGへの総額300億ドル(2兆9000億円)の追加資本注入を発表、公的支援総額は1800億ドル規模に達した。AIGは負担軽減のため、日本などで生命保険事業を展開するアリコなどを米連邦準備制度理事会(FRB)に譲渡する。【毎日jp/2009年3月2日】忘れてはいけない。保険会社は「金融機関」なのだ。景気の変動に最も左右されやすい業種であるということだ。そんなところに、終の住処ならぬ、終の蓄えを預けていいのだろうか。銀行と違って、保険会社が破綻したとき、当初設定された返戻金を100%受け取れることはまずない(と思う。日産生命が破綻したときの知人の悶絶を思い出す)。日本の法律が守ってくれるセーフティーネットのレベルを知った上で保険を選ぶことが重要だろう。昼間テレビを見ていると、素人のような双子が出てきて、下手な芝居で保険のCMをしているが、クライアント(保険会社)とCMの制作者のレベルの低さに舌打ちすることしきりだ。「命」や「人生」を預かっているというくらいの認識を持って「保険事業」に取り組んでもらいたいし、CMを制作する側は、安易な表現で人々の不安感を煽らないようにしてもらいたい。保険のCMが流れるたびに暗い気持ちになる。モラルやルールをわきまえた、日本の老舗会社は別にして、外資系の薄い企業が大手を振って保険市場を闊歩しているのがどうにも解せないのだ。6年前、父親がガンになった。そのことを言ったとき、知り合いの社長の口から最初に出たのは「ガン保険に入ってたのか?」だった。父親は生命保険にも損害保険にも入っていなかった。ゆえに、手術・入院費は満額私が支払った。69歳のときだったので、40万円ほどかかった。70歳の入院患者は同じ病気で、同じ治療内容で、4万円ほどだったらしいので、「あと1年我慢したらよかった」と父親がこぼした言葉には納得できた。しかし、1年で取り返しのつかないくらいガンが進行しないとも限らないので、40万円は仕方ない出費だと思った。ガン保険に入っていたとしたら、もしくは、父親が30歳くらいから生命保険や特約(損害保険)つきの生命保険に加入していたときの出費と返戻金や保険がおりたときの金額を総裁した額と、40万円を比べたら、40万円の方がはるかに安い。ということなのだ。もちろん、もっとひどいガン(治療に費用のかかる)にかかっていたら、40万どころでは済まなかったと思う。が、父親は「費用のかかる治療をして5年生きるより、このままで3年生きる方を選ぶ」と言った。強がりだと思うし、家族としては、費用がかかっても、治療をさせようと思うだろう。が、それが命というものだろう。日本人にガンが増えたのは、長寿化によるものだと医者が言った。昔なら、ガンがあっても、それがわからずに違う病気で死んだから、ガンによる死亡率が低かっただけで、長く生きると、ガンが顕在化するのだそうだ。何しろ、30歳の人でも、1日に3000ほどのガン細胞が生まれては死んでいるということだから。医療技術が進むのも、ありがたいのか迷惑なのか。ということなので、ガンを天敵だと思って、覚悟した方がいい。もちろん、若くしてガンになった人には、保険を適用して(抗がん剤は意外に保険適用されない。新しくてよく効く治療薬ほど)、完治(緩解)に向けた治療をすることが大前提。「保険」を常に意識しなければならないのは、とりもなおさず「社会不安」が明確に存在するからだ。「年金」は典型。「社会保障」も杜撰。派遣村がいい例。30歳代の男が生活保護を申請して受理され(13万円程度が支給される)、80歳代のおばあさんは(専業主婦で、夫が他界)、毎月6万円ほどの年金でつましく生きている。どう考えてもおかしい。役人は無責任(事故米の問題で、またしても公的資金でを被害を受けた企業に保障するなどとほざいている。三笠フーズは倒産、社長は自己破産という責任逃れの対策をしているから、我々の税金が使われることになる。この責任はだれが取るのだ。農水省の役人は、知らぬ存ぜぬだ)を決め込んで、ものすごい税金が費やされる(被害企業は約500社)。日本人は心配し過ぎの民族だ。預貯金を溜め込んでいる老人たちを見ればわかる。死ぬときに、1300万円持っているらしい(平均)。その上、政治がだめだから、こんなことになる。くれぐれも、保険会社を過信しないようにしてもらいたい。アリコが破綻しようものなら、日本全国にものすごい社会不安が蔓延するだろう。月々3000円でものすごい保障が得られると思っていた、人々の落胆は想像に余りある。そうならないように、祈るだけだ。
2009.03.01
コメント(0)
全32件 (32件中 1-32件目)
1

![]()
