全2件 (2件中 1-2件目)
1
通勤だけなら、徒歩で十分。でも、仕入れや銀行通いに必要なので、自転車を使っています。車を処分するまで、自転車には15年以上乗っていませんでした。だって、いやなんです。車に乗っているときも、徒歩のときも、自転車を疎ましく思っていました。正確には、「自転車」ではなく、「自転車運転者」。傍若無人過ぎる。法的には「車両」と規定されているという自覚がない。ルール(法律)をルールと思っておらず、他人への迷惑や危険を省みることがない。そんな人種の一員になりたくなかった。昨日、西から東に向かっていた私は、信号待ちをした後、青を確認して走り出しました。道路を渡りきったそのとき、北から南に走ってきた自転車が、私の行く手に飛び出してきました。「おい!」咄嗟に私は、声で注意しました。彼女(30歳代の女性)は、左折して私の前に割り込もうとしました。私は急ブレーキをかけてとまりました。「ごめんなさい」聞こえないくらいの声で言いながら、それでも割り込むことをやめません。「ごめんなさいじゃないやろ」私は、なおも強引な行動に出る彼女に言いました。「謝ってるやろ」逆ギレした後、私の前を走り去ろうとします。いやいや。謝るのなら、せめて私の後ろを走ろうとしなさい。それは、謝っているのではなく、単なるポーズです。なのに、「謝ってるやろ」はどういう主張?女性は大体こんな感じです。「反省」を忘れた怪物です。世間が甘やかしたからでしょう。女性は、厚かましい生き物です。自分至上主義。自分の都合しか考えていない。昔なら、50超のおばさんの行動パターンでしたが、いまや、10代の女の子さえ、こんな感じ。それはそれでいい。いや、だめですが、日本にとっていいことではないですが、そういう人種がいることは私にはどうすることもできない。が、自転車が「車両」である以上、道路交通法の拘束を受けることは法治国家・日本における絶対的な事実であり、それを無視した人間には罰則があるのです。罰則を適用してください。でも、各交差点に警察官を配置して取り締まることは不可能。では、監視カメラを駆使して、事後摘発してください。そんな気持ちになることが、毎日、幾度もあるのです。大変なストレスです。店に到着したときは、ヘトヘトです。胃に穴があいたのではないかと思うほど。いまの生活から、自転車を排除するのは極めて難しい。どうしたらいいか、だれか教えてください。朝が憂鬱です。
2014.03.12
コメント(6)
詩人「まど・みちお」さんが言った。『愛と恋の違いは?』「恋は人間に限って。愛は森羅万象に」なるほど。一般的な現代人なら、「恋は求めること、愛は与えること」くらいの答えだろうか。恋ができるのは、人間だけ……、うん。つまりは、「感情」に由来するもの。では、愛情は「本能」に由来するもの、と言えるのかな。それならば、生きとし生けるもの皆にあるものか。こんな明確にして明快な回答を得たのは、この年になって初めて。まど・みちおさんはそのとき100歳。生きる、ということは、森羅万象の本質を言葉ではなく、幾度もの経験を経て、肌で理解するということなのか。100歳なればこその言葉ということなのか。否、経験を経ても理解できない者もいるから、生きた年数ではないだろう。人間は、一生わからないこととの出会いの中で生きる。大変だなぁ。でも、尊いことだなぁ。飽きることなく生きて、わからないことがありながら死んでいく。そしてそれを、宿命と達観する。達観しながら、どうにもならぬことに身悶えする。明日、雨だろうか。寒いだろうか。寒かったらいやだ。どうしよう。考えても仕方ないことに心惑わされる。なのに、端から見ると無意味と思えるような瑣末なことに人生を賭する。他の動物ならしないだろうな。「恋」のカテゴリーに入る人間独特の行動、いろいろあるようだ。厄介な生き物だ、人間は。
2014.03.06
コメント(10)
全2件 (2件中 1-2件目)
1
![]()
