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「あなたがた、署長さんと刑事部長さんのお二人は、昨日の夜中
じゅう、強盗の殺人犯が見つかったので、その逮捕のために、
極秘の計画の打ち合わせをしていたでしょう」
「君、それ想像して言っているのかね」
「いえ、ちゃんと見て聞いていました」
「あなたは留置場に入れられていて、今までここに誰もいなかっ
たんですよ。そんなことがわかるわけはない。署長室まで来て、
警察署長に会ってまで言うことがあるなら、もっと、まともな話
をして下さい」
「わたしは、もっとも真面目に、まともにお話ししているんです」
そして長谷川わかは、その殺人犯の人相、年齢、犯罪の内容、
犯行の場所、被害の内容、使用された凶器、被害者の殺された
ときの状況を説明し、その犯人がどこに潜んでいるか、白い紙を
出してもらって地図を描いた。さらには、そこに潜んでいるはず
の犯人をどういう手順で逮捕するかについて、決定した犯人逮捕
の作戦、警官の配置など、二人以外は絶対に誰も知らないはずの
ことを詳しく述べた。
最初は「デタラメだ」と思って聞いていた署長と刑事部長の
二人は、次第に顔を見合わせた。
署長は、交番に都合四回電話して、合計二時間、根堀り葉掘り、
同じ質問を繰り返した。警察署長は、理学部出身の非常に優秀な
人で、現象として現れている事実も現れていない事実も尊重する
人物だった。その署長が物理学的、刑事学的に知恵を絞って考えて、
ついに、長谷川わかさんの中になんらかの能力を認めざるをえない
という結論になった。
(中略)
「いや、まったく敬服しました。お願いしたいのだが、昨夜の話の
内容は極秘なので、絶対に他に漏らしては困る。ぜひ協力して下さい」
「もちろんです。警察の秘密を人に漏らすつもりだったのなら、人
払いをするわけはありません。さっきの警察官の中に、刑事が三人
いたでしょう」
刑事の数については、署長は黙ったまま返事をしなかった。
「ーで、長谷川わかさん、署長としてでなく、個人としてあなたに
たずねるのだが、犯人検挙は成功すると思いますか?」
「昨日の夜、神が『一週間以内に必ず捕まる』とおっしゃいました。
わたしも、早く捕まるように願をかけてあげます」
「そうですか。どうも協力ありがとう。こちらの手落ちは重々お詫びする」
警察署長はそう言って、丁重に警察署の玄関のところまで見送って
くれて、自分の乗る自動車で自宅まで送ってくれた。家に着いたら、
午後四時半を過ぎていた。子供はもう寝入っていた。
下落合の自宅で、お膳の前に坐ってようやくホッとして、妹と
二人で夕飯をとった。
長谷川わかが警察に引き留められて、彼女の特殊な能力が証明
されてから一週間が過ぎた。
彼女が予告した通り、この事件の犯人は捕まった。すると、目白
警察の警官や刑事が、署長に命じられて次々とやって来た。
「今度また新たに、こういう犯罪があったのだが、犯人を探して下さい」
そう言って、長谷川わかの玄関の部屋に、毎日、五、六人が入り浸
るようになった。公衆電話で連絡をとって、交代で、玄関の上り口に
いる。「犯罪を見てはいけない」と、新田の霊感の先生からくどい
ほど何遍も言われて、タブーになっているので彼女は断った。だが、
「凶悪犯を逮捕するのは、国家のためになるのだからぜひとも見て
ほしい。あなたのことは署長から聞いてよく知っている」と、彼女に
見てもらうために、まるで逆に犯人の見張りのようにみな執拗に粘る
のであった。
私服で、普通の人のように、わからないようにして来て、事件には
全く関係のないこと、亡くなった父親がどうしているとか、家内が
乳癌になっていないかとか、親戚の胎児が男か女かとかを見てくれと
言って、ついでにとぼけて犯人の居場所を訊こうとした者もいた。
そういう時は、神から「この者は警官であるぞ」と、すぐ通知がある
ので、わざととぼけたようなことを言って煙幕を張り、来ないように
工作した。
ある日、神が長谷川わかに話した。
「おまえの兄は、埼玉県の入間郡で豚を十頭も檻に入れて飼っていた
ろう。それから、方々の農家に養豚の指導をして、ほかの百姓達にも
豚をたくさん檻に入れて飼わせていた。
おまえが、しばらく前に、警察の豚箱へ入れられて、臭い飯を喰わ
されようとしたのは、豚屋の先生をしていたおまえの兄の罪の報いで
ある。わかったか」
「いいえ、ちっともわかりません」と彼女は抵抗した。
「わたしが自分自身で豚を檻に飼っていて、それで、自分の積んだ
業の報いを受けるというならよくわかります。それなら何遍豚箱へ
入れられても文句はありません。けれども、わたしは、豚肉は食べた
ことはありますが、自分で豚を檻に入れて飼ったことは一度もありま
せん。いくら兄妹といえ、身体の違った他の人である兄の犯した罪を、
全く別の人間の妹のわたしが、まるで豚小屋に入れられるように警察
の檻の中へ閉じ込められて償わなければならないなんて、どう考えて
も理屈に合いません。そうではないですか?そういう不合理をさせる
のが神の流儀なのですか?」
「いや、神である自分がそうさせたのではない。しかし、因果の法に
したがってそう運んだのだからしかたがない。世界がそういうふうに、
そうなったのだから、しかたがないのだ」
そのように言われて、長谷川わかも人間の女性としての心で、腑に
落ちないながらも、《そういうものなのかな》と、無理に納得せざる
をえなかった。
霊感が出てからは、得意な裁縫で着物を仕立てる仕事が全然できな
かったので、収入は完全に途絶えていた。夫の収入はいいほうだった
から蓄えはあったが、近所の貧乏な人にお米を毎月一斗ずつ買って
あげたりしていたら、いよいよ明日食べるお米もなくなった。彼女は、
これからどうしたらよいものかと思案していた。
すると、夜中に布団の中で寝ているとき、神が言った。
「おまえは、夫が居なくなって、その悩みからめまいがするように
なった、そしてその病気を治そうとして、妹に連れられていって神を
拝んだ。そして病気が治ったが、神が命じて修行させて断食もさせた
ので、裁縫ができなかったから収入が絶えている。生活が苦しかろう。
おまえが頼る夫も失踪したままだ。裁縫をやれば収入はあるけれども、
それでは神のことができない。神のことをやれば、裁縫のことができ
なくて、生活のための収入がない。そこで、一挙両得のことをさせよ
うと思う。自分のことばかりでなく、他の人のことでも、神に頼めば、
誰にもわかるはずのない未来のことを知らせてあげる。
これから、おまえが神に頼めば、他の人のことも教えてやろう。
その謝礼金で収入ができるように、生活できるようにしてあげる。
そうすれば、多くの人間にとっても有益だし、おまえ自身も、裁縫で
得るよりも収入が増えるだろう」

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さそい水さん