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1535 ギリギリ、最終日、孫二人と妻の四人で、SLの旅に出かけた。何十年ぶりでしょうか、この石炭を炊く匂い。レールの継ぎ目のがたごとという音と振動、なつかしさが込み上げてきた。私がSLに引っ張られる列車に乗ったのは、大学4年の時、そして札幌、北大へ行ったからの帰り、青森から上野までの間、常磐本線で蒸気機関車だった。それも、久しぶりだった、東海道本線では、私が中学二年生の時に客車は全線、電化になっていた。常磐本線にだけSLが使われていたが、東北本線で札幌に向かったときには既に電気機関車だった。日本でほとんど最後に近いSLに乗ったのでした。新幹線はその一年前に開通していた。 三日前にメールで予約しておいてよかった。桜の季節、川根町の家山という途中駅に桜のトンネル名所があり、それを目指して多くの人が押し掛けていた。車で新金谷駅に来ている人も多く、関西ナンバーも多かった。団体さんも押し掛けていて、田舎の古典的駅舎の周囲は、大にぎわい、満席で、折角、遠くから来たのにSLに乗れなかった人もかなり多かった様子だった。打席指定で立ち席なし、ということを知らないで来ていたのでした。 大井川鉄道を利用するのは初めてだった。井川や千頭には何度も車で入ったことがあり、SLも車から眺めたことがあった。客車もかなり古いもので、窓を開けるのにも懐かしい思いをした。 千頭からアプト式(ラックレール)列車で長島ダム、井川ダムまで行けることは分かっていたが、井川まで二時間弱かかり、往復では5時間以上、相当、朝早い時間に千頭へ付いていなければ日帰りは無理なので、今回はあきらめて、千頭付近の散策をした。それでも、十分、満足である。 車窓からの景色、大井川と茶畑と満開の桜、そして、蒸気機関車からの煙と匂いと汽笛、孫たちのはしゃぎよう、妻も満足した様子、日本、最終日にちょっと、いいことをしたと思う。 ミニ旅 汽車 大井川
2013.03.31
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1534 今日もショックな出来事がった。家の炊飯器のモニター(色々な設定するときにその数字を操作するためのデジタル表示)が消えつぃ待った。取説を見たら、バッテリーが切れたので、対策として、購入した店で内蔵されているリチューム電池の交換をしてもらうことを勧めると書いてあった。取説には電池の位置がどこかの表示がなかった。勿論、取り換える手順の説明などまったくなかった。これは、変だぞと感じた。 それでも、私は、電池を購入して、炊飯器の底にあるいくつかのボルトを外せば、電池が設置されている場所が見つかり、それを外して、新しい物を付ければ、それで済むと思っていた。リモコンの電池交換のように簡単にできると思っていた。そのつもりで、それを買った量販店に持っていた。係員に電池を購入したいと言ったら、特殊な、これ専用の電池だから、置いてない、取り寄せになるという、一週間ほどかかるという。そして、メーカーに電話で確認してくれた。電話に内容を聞いていると、基盤にハンダ付けをしてあるので、それを、溶かして外し、新しい電池を半田付けをしなければならないので、一般の人にはできないでしょうと、言っているようだった。電話が終わって、係員が改めてそのようなことを言っていた。どうしますかという、電池の値段は450円だという。私の大前提は、一日しか余裕がない。それでは、交換してもらうとして期間と費用は?と質問、価格リストを出してきて、炊飯器のバッテリー交換の修理代は作業費が八千円、手数料が千五百円、電池代が四百五十円、その他にメーカーまでの往復運賃がプラスされてはっきりしないが一万五千円くらいという。 開いた口がふさがらない。新品の炊飯器の平均価格より高いじゃないの、と言ったら、そうですね、という、セカンド販売店なら新品が五千円平均で売っているでしょ。だいたい、電池交換が修理とはどういうこと?故障じゃないでしょ?ふざけるなという気分だった。 どのメーカ-の炊飯器も同じだという。海外へ日本からの土産として、持って帰るという人も多いと、よく聞く、二三年で、電池切れになり、修理?一体どこでやるの?ほとんど使い捨てじゃないの。日本の炊飯器は優秀だという。しかし、今日初めて知ったこのシステム、その電気屋の話でも、お客さんがは、このことを知っていて購入する人は全くいないという、説明をするのかと聞いたが、説明したら買ってくれないでしょうから、言わないという。モニターは、タイマーとして使う時に必要になる、それなら、故障しない、電気もいらない、昔ながらのゼンマイ式の方がいいじゃないの。日本のメーカーの怠慢を痛感した、インドネシアで売っている炊飯器は洗濯機のタイマーもそうだが、摘まみを回して何時間後、何分後にオンになるという、安くて、信頼性のあるタイプだ、その方が遥かに良い。日本の技術進歩の停滞を痛感した。電池の交換をリモコンの交換のように簡単にできる様に、誰も、しないのだから、充電式の物でも、ラップトップのようにすれば良いと思うのだが、技術的には簡単だと思うのだが、そうしないのには、何か、大きな障害になる要素があるのでしょうか、有ったとしても、とっくに、それを乗り越えていなければならないと思うが、できていない。 日本の電気ケーカーが世界から取り残されるのは当たり前だと思う、つい最近書いたが、ヲーターディスペンサーも遅れている。 結局、修理依頼はしなかった、私が使うわけではないが、タイマーを使えないが、そのまま使うことにした。 半田付けの道具と新しいリチュームバッテリーを手に入れれば、私は交換をすることができるが、次回帰国の時にしようと思う。あきれる がっかり むかつく
2013.03.30
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1533 これの規格?が良くわからない。LEDランプに変えるときには、今まで使っていた蛍光灯ランプと、単に交換するだけでは、どうも、問題があるようだ。相当詳しい人でないと、日本規格や国際規格、従来の蛍光灯の装着器具の種類やどういう装置が付いているのか、それらのどこかを改造する必要があるとかないとか、電流を片側からとか、両側からだとか、それらのことを説明して、的確な取り付け方法を素人が理解できるようにすることは出来ないでしょう。私がホームセンターへ行って、LEDランプを買おうとし、照明の掛かりの人を呼んで、LEDランプ取り付け用の器具と一緒に買いたいと言ったら、専用は無いという。それでは、蛍光灯の取り付け装置でLEDランプと交換できるタイプを一緒に買いたいと言ったら、LEDランプが何とかタイプだから、この装置で使えますと、示してくれた。改造する必要があると聞いたことがあるが、これは改造しなくていいのかと聞いたら、多分大丈夫という、安定器が付いているのか、付いていたら、外さなくてもいいのか。聞いてみたら、これも、安定器とはなに?という顔をしている。装置にLEDランプが既に付いていてセットで売っているものがあった。これは、ランプの両側の取り付け部分の形が、違っていた。ランプの断面のタイプが一目見ただけで、違いが分かる。このタイプのランプは、取り付け金属に電気は流さないので、蛍光灯装置の取り付けられるLEDランプは、取り付けることはできない。そこで、このタイプのランプのランプだけを売っているのか、聞いたら、置いていないという。寿命が十万時間以上だから、交換の心配はいらないという。何かをぶっつけで、破損する可能性もあるし、W数の違うランプに交換したいと思うこともあるでしょう、と言ったら、黙ってしまった。 ということで、色々の規格があって、取り付け方法もいろいろあって、売る人もその知識がなくて、あまり、責任を取れそうになかった。係員もあまり購入を勧めていない。買っていったお客さんから、取り付けられなかったと言って、返品される例も有るらしくて、それも、何故、取り付けられなかったのか、理解できていなかったようで、あまり、売りたくない態度だった。品揃えも蛍光灯の十分の一も無かった。まだ、一般住宅には浸透していないようだった。今のところ、大量にランプを使う建物、例えば、オフィスビルやホテル、ショッピングモールなどを新築する時に装置とランプ一体で取り付ける、そういうところで使われているらしい。価格も高いし。 蛍光灯タイプに付けるのが安いに決まっているが、どうでしょうか、本当に分かりにくい。それと、ハンドホーンもそうだった、その他にも色々ある、日本の規格が国際規格と違うというのは、どうにもならない愚かな業界だと思う。間違いだったらごめんなさい、とにかく、よくわからないものだから。こういう点では、後だしの国々の方が、様々な規格から一番、優れた方法を選んで規格化出来るので、有利だと思う。 とにかく、説明書きを読んでもよくわからない。 自宅から 規格 融通 不適当
2013.03.29
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1532 イワン君やアウェン君の兄さんのコビル君が無くなったとのSMSがパンガンダランの彼の妹、イヨさん(私のウェブサイトの表紙で、ラフレシアと一緒やロブスターを持っている女性)から入った。日本にいてはどうしようもない。コビル君は、11人兄弟の次男、1999年、三回目のパンガンダランで、パシールプティを散策中に、彼が、人懐こく、話しかけてきた。小学6年生だった。ジャングル(チャガールアラム)に中のガイドを出来るかと聞いたら、よく遊んでいる場所だから、出来るよという。それじゃ、案内して、と頼んだのが、初めての出会いだった。それから、5年あまり、彼の案内で、パンガンダランのほとんどすべての見どころを、回った。そして、周辺の地図も出来上がった。日本語の勉強をしたいと言うので、ブカシの日本語学校に通わせたこともあった。しかし、ガイドを職業とすることに、飽き足らず、土産物屋をしたり、熱帯魚の飼育販売をしたり、ブロイラー飼育などに手を出したが、いずれも、うまくいかなかったらしい、そのうち、どこかへ消えてしまった。噂によると、色々始めるのに借金をしたが、膨らんで返すことができ無きなり逃げたということだった。彼が23歳くらいの時だったと思う。家族にも所在を告げないで、数年、行方不明、音信不通になっていた。そのまま、つい先日、チラチャップの病院から、死亡の知らせが家族に入ったという、死因など詳しい話は、聞いても仕方がないので聞いていないが、ショックな出来事だった。家族のだれもが、結局、何年振りかに行方が分かったときには、亡くなった姿だったという、何とも、無念な話である。インドネシアの友人の何人かが、濁酒を作りたいという願望を持っている。そこで、頼まれたのが、種麹か米麹、子供の頃、米麹を買って来て、甘酒を作ったことがあったので、その、麹屋を訪ねて行ってみたが、今は無かった。そこで、ネットで探しあてて、行ってみた。多分、ネット販売が主の店だと思う、目立たない住宅地に在った。1kg880円、高いのか安いのか、分からないが、久しぶりに米麹を手に入れた。お酒の作り方はパンフレットにないが、甘酒や味噌の作り方は丁寧に書かれていた。酒の作り方を説明するわけにはいかないのでしょうね。余談、味やアルコール濃度など細かいことを言わなければ、比較的簡単に酒を作ることはできます。大学の時に発酵化学科があって、私たち応用化学科と同じ講義を受ける機会が多かったため、彼らと一緒に、日本酒やワインは当たり前に一緒に作っていた。イーストも欠かせない。フラスコやビーカーでエチルアルコールを飲んでいた同級生も多かった。 はかない アルコール 麹
2013.03.28
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1531 誰が一最初、やったのでしょうか、ペリア。ゴルフのダブルペリア、ペリアの二倍でしょ。参加者の力がわからない、ハンデキャップがわからない時に、スコアーに依存せずに、優勝するチャンスがあるという、方式。ダブルペリアなら、12ホールを隠しホールにし、そのスコアーを1,5倍にし、72を引き、0,8を掛けた数字がハンデキャップになる。例えば、隠しホールの合計が60なら、60×1.5=90 90-72=18 18×0.8=14,4これがハンデキャップです。グロスが90だったら、この数字を引いた75,6がネットになります。 へたくそでも、優勝するチャンスがあるというのだが、当然、うまい人の方が優勝する確率は高いし、下手なほど確率は小さくなる。その確率はペリアよりダブルペリアの方が高くなる。 日本で初めて、コンペに参加する機会がった。ある方の勧めだった。その方以外は全く知らない方たちである。そのダブルペリア方式で行われた。とにかく花粉症が酷い上に、スギ花粉の発生元がその場所だから、良いスコアーが出るわけがない。最低の成績だったが、順位はブービーの一つ上だった。 それでも、桜は当然ながら、その他にも多くの春の花が満開になっていて、それは、十分、日本の春を満喫できたと思う。 また、頂いた商品、順位で魚の干物、金目タイ、ホッケ、アジいずれも大型、ニアピンを一つ、こちらは手作りのパン、金額的には結構高そう。こちらは大満足、参加費は1万4千円だった。昼食、ソフトドリンク、ミネラルヲーター券付きだった。インドネシアにはこんなコンペは無い、 暮れ、三が日以外で、平日ゴルフを日本でやるのも初めてだった。印象的なことがあった、落とし物?忘れ物?をあちこちで見つけたり、拾ったりした。ティーはなんと9個、ティーグラウンドに刺したままの物が大部分だった。コースの両脇のラフから、ボールを3個、グリーン周りで、自分の物だと思われる筆記用具を3本、備えの鉛筆2本、いちいち気にしたり拾ったりする自分が変なのかなと、思わされるくらいだ。キャディーに渡しながら、多いという話をすると、キャディーの反応は、いつもそうよ、と、冷静だ。特に探しまくったわけではない。なんとなく見つけたものです。探せばもっともっと、有るはずだと思う。 思うに、これらの品物は、あまり、重要ではないから、頭には入っていないのでしょうね。もしなくても、替りを持っているし、持っていなくても、茶店で手に入るからでしょうね。高齢者が多いことは明らか、認知症予備軍の方々だからでしょうか。 そして、今回 帰国の目的の参加行事はすべて終了した。後は、ハンドキャリーを頼まれた品々の調達と製品サンプルの品揃えだけである。 コンペチション ハンデキャップ ダブルペリア
2013.03.27
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1530 花粉症は、どうしようもない段階まで、来ている。耐えがたいところまで来ている。そんな状態で、孫の頭のてっぺんに湿疹の様なものがあるからといって、病院の皮膚科を予約してあって、娘は仕事、妻は何やら趣味の会で行けないから、私に、連れて行ってほしいという。会社で製品のサンプルを揃えようと思っていたが、後日にすることにし、市立病院へ行った。町医者では消すことができなくて総合病院を紹介してもらったらしい。散々、待たされて、診察されたが、結論は、単なるあざで、心配する必要はないし、消す、適当な薬もない。ただ、頭だからということは無いが、アザの中に、何十年後かに、そこから、できものが、出来やすくなることはあるでしょう、という診断だった。そんなこと言われたって、そんな、将来の話を私に言ったところで、何の意味がないと思うのだが、ちょっと、変かな、と思いながら,聴いていた。孫には、何でもなくて、ただ色がちょっと、違って見えるだけだよと、通訳をした。本人が確認できる場所ではないから、本人は親が心配している理由もわかっていない様子だ。それに関して、医者が何を言おうと、あまり、関心が無いようだった。それより、フケだ。隔世遺伝だか何だか知らないが、フケが多い。これは、本人もわかること、実際、気にしだしている。医者もアザより、フケの方が気になったようで、遺伝ですか、お爺ちゃんもフケ症ですか、と、聞かれた。その通り、自慢じゃないが、私も子供の頃、母親が心配して病院に連れて行かれたことがあったが、治らなかった。今でも、フケは多い、と、話した。お医者さん、治らないと思うけれど、治ったという人もいるので、その薬を出しましょう。出来るだけ、頭の皮膚に十分に刷り込んでくださいと。坊主頭なら出来るが、髪の毛の長い女の子の頭の皮膚に十分にすりこむのは、難しいでしょ、親がそれを、できるのか、疑問に思う。どうも、今日、医者へ行ったことは、意味がなかったように思う。どうでもいいことで行って、どうでもいい、結果を得ただけだった。駿府城跡、内堀の桜。市立病院の駐車場から出たところ。受診 診断 処置
2013.03.26
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1529 追い出し部屋、ずっと以前は窓際族でした。バブルがはじけて以来、この現象は、仕事がどんどんなくなってゆくのだから、人を必要としなくなり、早期退職者を募集する、目標の人数に達しなければ、人事担当者は、何とか、目標を達成するために、止めていただきたい人間を仕事が無い部署に配置転換する。そして、就職先を自分で探すための時間を与える。名目は、再教育や自己研鑽をさせて、必要な部署に再配置をする、というらしい。そんなことは、嘘八百は、当事者が一番わかっていること。 その対象者は、仕事ができない人間、リーダーシップが無い人間、探究心にかける人間という、本当にいないほうがいい人間ではなく、その逆の人間の場合の方が多い。私自身の経験やそういうことをしている会社のいくつかの実態を知っていて断言できるのです。 そして、彼らが希望退職に応じないのは、決して、再就職が難しいからではない、希望退職に早々と応じた人達より、行動力や技術などで、優れているのです。なおいうと、彼らを、干したり、無視したりした上司たちより、また、今までの部署に残っている同僚たちより、会社再建の為に必要な人たちなのです。 ということは、そこまでしようとする会社は、行き詰まっている会社です。無能な経営陣やそれらにすり寄る人達が、現状にしてしまっているのだから、本当は、自分達が率先して身を引くべきなのに、能力が無い同士、気が合って、会社のことより、自分の護身に走るのです。だめな中堅幹部ほど、部下は彼らよりだめな人間を優遇し、自分より能力が上だと思う部下を止めさせようとするのです。特に部下から慕われている人たちが邪魔になるのです。 私が経営者時代に、大変世話になった人で、インドネシアにいる間に、海外の工場の社長として、立ち上げからやってきた人が、その海外工場の身売りを命ぜられ、それを終わって、本社に呼び戻され、何もしなくていい部署に置かれてしまっている人がいる。彼のような人が会社再建に必要な人だと思うのだが、明らかに止めてほしいという意思表示をされている。彼はどうするのでしょうか、本当に気の毒というしかない。私の場合は、そういう立場をインドネシアで二回、経験しているが、自分より、能力が低い人間達から、無視されたり、もう何もしなくていいと言われたり、身に覚えのないことで責められたり、挙句に、私が指導して作り上げた製品の押出用原料を射出用原料に替える様に命じ、インドネシア人部下だった人たちを困らせたり、もっとひどいのは、それに従わなかった人たちを、違う部署に異動させてしまった。 日本の現状の厳しさは、増すばかりでしょう。アベノミクスなどと、浮かれているが、二三年の後には、ミニミニバブルだったことが、はっきりするでしょう。その後は、もっと、デノミになるでしょう。その方がいいのです。しかし、ダメ人間が日本の多くの会社の経営を担っている状態は変わらないでしょう、だめになればなるほど、その色が濃くなって濃縮されるでしょう、ついには、どうにもならない状態になるでしょう。パワハラや追い出し部屋がまかり通っている日本企業や日本人社会は沈み続けるしかない。アベノミクスは沈む速度を鈍らせるだけで、完全回復を遅らせるだけの愚策でしょう。 孫たちが成人するころでも日本の地位向上は望めない。追い出し 窓際 無視
2013.03.25
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1528 何に参ったかって、スギ花粉症です。わざわざ、花粉が飛び散る世界に飛び込んでしまった。記憶では、花粉症という名前がない小学校の低学年の頃から、酷い花粉症だった。毎年、春先に風邪をひいていた。親からも何故毎年風邪を引くんだ、冬の寒さに弱いんだ、と、よく言われていた。 それからずっと、大人になってからも、クシャミと鼻水で、鼻の下がピリピリ痛むほど鼻をかんでいたし、目はくしゃくしゃし手いた。いつの間にやら、この時期のそういう症状が、友達になっていた。年中行事の一つとして、当たり前になっていた。辛さは、人が見た目ほど感じなくなっていた。 それが、1996年インドネシアで住むようになってから。ばたっと、その症状に縁が無くなってしまった。春先に日本へ帰ることは、出来るだけしなかったし、帰ったとしても、一週間程度で、それも、花粉が多そうな場所にわざわざ行くことは無かった。ということで、十数年関、花粉症の症状とは無縁だった。私としては、もう、花粉症ではなくなったと思うようになっていた。 それが、見事に、酷い花粉症の症状に一遍になってしまった。桜やモクレンなどの写真を取りながら、ゴルフ三昧、途中から、鼻がむずむずし始め、くしゃみ連発になってきた。鼻水が滴りだした。ティッシュペーパーで鼻水を拭き始めた。鼻の下がピリピリしだした。目がちかちかし始めた、唇もピリピリし始めた。鼻を中心に肩手のひらで顔を覆った部分がクシャクシャになってしまった。そのうちに頭もボーっとしてきた。鼻が詰まっているので、息苦しさもある。十何年ぶりかの懐かしの症状のフルコースが二時間ぐらいの内に揃ってしまった。最後にゴルフはどうでもよくなってしまった。 インドネシアへ戻ればたちどころに治ってしまうことは分かっているが、これから一週間ほど、耐えなければならない、それに、もう一度、今日と同じ場所でゴルフをしなければならないことになっている。 桜は満開の場所が多かった。 花粉症 アレルギー 鼻の下
2013.03.24
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1527 2006年に、もう死んでしまうのかもしれないと、何度も、覚悟させられた症状で、苦しみぬき、もがき、原因も分からず、インドネシア、日本の多くの病院に、何度も駆け込んだ。その間、どこの病院の、どの医者も、私の症状から、病名を特定できなくて、ただただ、あなたの数値はすべて正常です、と、言っただけだった。決死に覚悟で日本に戻った時には、本当に、自分が生きていたのが、不思議に思うくらいに、途中、いくつかの施設に駆け込みながら、やっと、家に、たどり着いた。 その状態で、県立静岡病院へ行って、総合診療科でパニック障害ですと、指摘され、薬を処方され、その翌日には、信じられないくらい、症状が、消えてしまった。 あれから、7年過ぎた。そして、前回も、そうだったが、今回は1年半ぶりくらいに担当医だった袴田先生を訪ねるのが主な目的で病院へ行ってみた。 久しぶりでございます、その節は、大変ありがとうございました。お陰さまで、今でもインドネシアで技術指導をすることが、出来る状態になっています。から始まって、逆に、インドネシアの医療に関してや日本ではあまり接することができない病気や動物関連のウイルス、バクテリアなどの現状について聞かれた。先生もインドネシアのある病院から、招かれているそうで、申請をしているが、病院から許可が出ないので、なかなか行けないと、不満を漏らしていた。そんな世間話をしながら10分ほど過ぎたところで、今までは三カ月分もらっていた薬を一カ月分にして処方してもらった。今は、ほとんど薬を飲んでいない。手元に置いておきたいだけである。 最後に、こんな状態でいいですから、また、日本に来た時には、寄って下さいと言われながら、失礼をした。いわば、命の恩人の様な方との出会いですから、また、いつか、訪ねる日があるでしょう。あの時は本当に死ぬことを覚悟した。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0063.html 帰る途中の駿府公園の桜は満開でした。 自動体重身長測定機、待っている間、何人かが乗った、私はそれを眺めていた、載るところに足形が書いてあってこちら向きに立つようになっているが、向こうむきに乗る人が多かった。体重計だと思っているのでしょう、乗ると、頭の上に押さえ器具が、するすると降りてきて、頭にこつんと当たる。全員がちょっと驚く。まったく、予期していないのです。直ぐに測定が終わり、傍にある小さなプリンターからデータが出てくる。それを持たずに行ってしまって、また戻ってくる人も何人かいた。観察していると暇つぶしになる。 薬局の飲料水サーバーというかディスペンサー、供給機、コーヒーや煎茶など何種類かボタンを選べる、また、熱めか温めか、濃いか薄いかなどをセッティングできるすぐれものの様子、ただ、面白いことに、出てくる液体を受け取る場所にコップがない、装置の脇に紙コップを取りだす場所があってそこのボタンを押すと、一つのコップが出てくる、それを置いてから、ボタンを押すのが手順位なっている。眺めていると、たいがいの人は。そこにコップがないが、ボタンを押せば、まず、コップがどこからか出てきて置かれ、それから液体が注がれると思っている。だから、いきなりボタンを押す、当然、その液体は、下の消えて仕舞う。それから、コップがどこにあるか探す。コップが置かれていないのは分かっていて、ちょっとだけコップにあり場を探すが、コップが見えないので、直ぐに自動でコップが出てくると思ってしまうのです。自動ならコップも自動で出て切ると思うのです。事実、そこまで児童のディスペンサーもあることはあるのですから。コップが無いところに、出てきてしまう飲み物を見て、あっけにとられ、周囲を見渡す人の表情は面白い。 ご挨拶 お礼 世間話
2013.03.23
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1526 “ボケからの~~~”という本を見せながら、妻が、親しくしていた知人が、ボケて仕舞ったという。どの程度のボケかは、聴いても無駄だと思って聞かなかったし、どの程度などを説明しようがないと思ってきかなかった。何故ボケだとわかったのか聞いてみたら、なんとなく、意味のないことを口走って、周りの人を困らせるとか、そんなことで、ボケだと分かったというのも、あまり、よくわからない説明だが、とにかく、以前のその人とは、違う人になってしまったらしい。 何故その本かと言うと、家からそう遠くない、宇津ノ谷というところにボケを軽くするビハビリ施設があって、その院長が書いた本だそうだ。読んでみてと言われたが、読んでみていない。ボケるには、原因があって、その原因をなくすようにすれば、ボケは治ると、書いてあるという。妻が言うのだから、そうかというしかない、本当にそういう内容かは、読んでいないのでしらない。 癌もそうだが、原因は先天的なものと環境的なものがると思うのが、一般的だと思うが、その程度は、人によって違うだろうし、癌もボケも種類は千差万別だと思うので、原因をなくす前に、原因を特定しなければならないのでは、と思う。だから、本を書くなら、まず、原因について、詳しく書いてほしいと思う。原因がわかっていれば、正常の内に、その原因から、遠ざかって暮らしをしていれば、ボケることから、遠ざかれるのだから。 また、早期発見は癌もボケも治すにも、進行させないことにも必須でしょう。しかし、いずれも、高齢になればなるほど、侵される確率も高くなるのも当然のことでしょう。 友人が、その病院に通うために、家に何日か滞在したらしい、また、続けて通うために、家に泊ってもらってもいいかという話をしたくて、その本から、話が始まったのでした。良いも悪いもないでしょう、私はその人と会う確率は、低いのだから。どうぞ、ご自由にです。 あなたは、大丈夫だよねという。自分は大丈夫だと思っていての、質問だ。私は、偶に、ボケて仕舞いたいと思うことがあるが、ボケる可能性は、かなり少ないと思っている。そういう人が、危ない、などという人もあるが、やはり、ボケにはなりそうもないと思う。だって、ボケている暇もないほど動いているし、考えてもいる、と、思うからだ。 私が一番危ないと思うタイプは、二重人格者だと思う、人当たりが異常なくらい良い、低姿勢、しかし、内部的にはその逆、高圧的で暴力的な手段で人を押さえつけようとする人。そうです、思い当る人、あなたですよ。もっとも、そういう人は、自分のことをそう思わないから、ボケが来るのが、早いのです、食い止められないのです。 傍にある物,いる者がこんなだったら、ボケようがないでしょう。 ボケ アルツハイマー 治療
2013.03.22
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1525 静岡県立大学のヤント君の卒業式に列席した。グランシップというセレモニー会場でした。静岡では最大だ。過去に、卒業式、終了式、コンサートや様々な発表会や催しに参加したり、見に行ったりしていた。ところが、今日の卒業式出席の話はしてあったが、帰った昨日、突然、そのことは全く知らなかったように、孫二人のピアノコンサート(発表会)に12;20までに連れて行ってほしい、妻はボランティアで近所の小学校の催しに参加しなければなない。娘は外国語学校の仕事を休めないという。全く予期せぬ、通達を受けて仕舞った。卒業式の招待状は開封されていて、時間も知っていたはずだ。式は10~12時、ピアノ会場まで30分は掛かる。そこで、綱渡りの移動をせざるを得なくなった。孫のピアノ発表会の集合場所に時間前に行かなければならないし、折角、会場まで行ったのだから、本人と会って、おめでとうを言っておきたいし、記念写真も撮っておきたかった。孫を連れて、卒業式会場へ、招待状は一通でも家族、関係者は子供でも構わない、席があれば、何人でもかまわない、ということで、問題なく、会場に入って、三階の真正面に、座り込んだ。12:00前に、できたら、会おうと電話しておいた。12:00少し前に式は終わった。彼を探したが、直ぐには会えなかったが、偶然、ロビーで出会うことになった。今度は、急いで、ピアノ会場へ向かった・12:30到着、早速、彼女たちは、会場の中へ、直ぐに始まった、ギリギリ間に合った。下の子は3番目だったので、それから10分後に、演奏をした。こんなわけで、ギリギリだったが、何とか、すべての行動計画は、失敗することなく、実行された。彼女たちの演奏時のビデオも撮った。役割も果たした。まったく、焦るよ、無茶なことをしなければならないようなことを人に押しつけるなんて。妻は4時過ぎ、娘は19:00頃、上に戻ってきて、「どうだった?ビデオ撮ってきた?見せて!」と、ご苦労さん、でもなく、有難う、でもなく、普通だった。インドネシアから、三カ月ぶりに戻ってきた、人に対し、特別、気づかいはなし。卒業式会場で、インドネシアの私と違う人間がいる。孫たちにピアノ発表会、良きお爺ちゃんでした。卒業 発表会 梯子
2013.03.21
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1524 成田に降り立った時の気温は、私にとって最適だった。17℃でした。静岡駅に降り立った時の気温はなんと28℃,暑すぎる。後で知ったが、日本での今日の最高温度だった。13:00頃、家に着いた。東京でも静岡でも上下真っ黒の服を着た人々が目についた。多分、卒業や終了式の帰りなのでしょう。新幹線のホームも異常なほど黒が目立った。小学校は今日から春休み、4月から1年生になる下の子も幼稚園の卒業式だったそうだ。家に着いたときに、二人とも飛びついてきた。これから、十日間の複雑な気持ちの生活が始まる。それがわかっていて、帰ってこなければならない、しがらみがる。またまた、新聞を開いたらいきなり南海トラフ巨大地震?の被害想定がどれだけ?最大死者、不明が35万人と想定?いい加減にしてよ、有識者の皆さん、私は有識者ではないですが、そんな想定はどこから来るの?どんどん、ふくらませば、いいというものではないでしょ。前代未聞の東北大地震、津波でも1万5千人くらい?関東大震災、火事で亡くなった人が大部分と聞いているが、10万人以上だった。それに比べて、なに?今回の想定、面白いのは、死者を10人、20人とか50人と想定されている地域がある。どこで、その人達、よっぽど、運が悪いのでしょうね。最大があるなら、最低の被害想定をしたら、どれほどで済むのでしょうか、発表してほしいですね。それと、最大と最低の中間の平均値も出してほしいですね。出来れば、出来ると思いますが、死者行方不明者、被害総額や全壊家屋などの数字を正規分布で表してもらいたいですね。σも自動的に出るでしょう。もうひとつ、今回発表には、時期についての予測は無かったようですが、マグニチュードと時期の相関があれば、それも含めて、起きるか確率を年ごとに向こう50年間、グラフにして出してほしい。2014年は何%2015年は何%2033年は何%といった具合にです。それに、Mいくつというのも付けてほしい。都道府県ごとに出してもらえると、なおいいですね。というのも、静岡県の人たちの多くは、すでに30年以上前から、東海地震がいつ来てもおかしくない、明日来るかもしれないと、警告されていて、そのつもりにならされて、色々な対策や訓練をしてきた、今は、相当、熱が冷めて、“少年とオオカミ“状態になっている。静岡に起きなければならないはずが、奥尻、神戸、長野、新潟、福岡、そして東北、半端じゃない被害の大地震と津波が襲っている。それらの全てが、静岡の様な何年以内に何%の確率で起きるという予測というか警告が無かった。この、いい加減さ、ていたらくさは、有知識者の反省を呼んだのでしょう。これではいけないと、思わされたのでしょう。そこで、彼らは、泥縄的に、そして、大きく想定しておけば、何かを言われる心配が少ないと思いようになったのです。大衆もその方が、やはりそうかと思ってくれると思うようになったのです。マスコミもその方が喜ぶと思うようになったのです。とにかく、有識者の予測は、無駄使いをしているだけではなく、これからも無駄使いを増やそうと言うだけで、何の利益にならないし、幸福にも繋がらない。バカバカしくて、全文を読む気になれない。 早春の風景無意味 戯れ 数字
2013.03.20
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1523 野球もゴルフも惜しかったですね。しかし、心地よい、ハラハラでした。先ほど19:00の会社からタクシーで出発した。日曜なら20:00出発で何の不安もないが、平日なので、一時間、早く出た。23:30発なので、22:00頃、空港に到着すればいいので、3時間掛かるかもしれないと思っての行動でした。とにかく、平日のジャカルタの渋滞状況は想像がつかないほど、酷いものだという印象を持っている。空港で一仕事したいので、ぎりぎり到着にはしたくない。ということで、結果はどうだったかと言うと、超ランチャール(順調)渋滞など全くなし、チャワンもタンゲラン方面も、嘘のよう、すいすいと通過、なんと一時間二十分で着いてしまった。20:30である。料金は22万5千Rp.ところが、ひとつ面白い話がある。会社から出発するとき、どこを通るかと聞く、私は、グロゴールかアンチョールかと思ったのいで、グロゴールと言った、ところが運転手はデルタマスから入るか、チカランバラットから、入るかを聞きたかったという。ジャカルから来るときにチカランバラットが込んでいたのでデルタマスを回ってきたという。逆も同じだと思っている。たちどころに打ち消して、チカランバラットと答えた、遠回りで時間はかかるし、料金は七万Rpほど、余分に掛かってしまう。 毎日書き続けている文章は、まったく、テーマが一貫していない。そればなりではく、一つの文章に、いくつかのテーマが混在しているときもある。題名の内容が一致しない場合もある。私が、仕事をほとんど、しなくなったときに、テーマごとに分類したいと思ってはいるが、一日の文章に中もいくつかに分けなければならないでしょう。これだけの文章が蓄積されていると、そう簡単には、いかない。 私の文章に興味があって、時間に大きな余裕があるどなたかが、全部読んでいただきながら、テーマ毎に、仕分けていただく人いてくれたらいいなと思う。自分がやるのは、大変だから。 読んでいただく方は、ある目的を持って、興味があることだけを引きだして読むことができないでしょう。だから、インドネシアの雑知識というおおざっぱなテーマということにしていただいて、毎日、読んでいただきたいと思います。必要ないことの方が多いと思いますが、必要なことが、偶に出てくるかもしれません。毎日、読んでいないと、その必要なことを通り越してしまうかもしれませんから。多分、毎日、二三分で済むことですから、私は書いて投稿するのに毎日平均30分くらい使っています。時には、眠くなった、30分我慢ができずに、途中で眠ってしまうこともあります。それでも、一時間後、二時間後の眼が覚めた時、続きを書いて、終わらせてしまいます。そうい時は3時間越しの書き込みになります。 写真のアップは、10分くらいです。撮影は、常時、カメラを持っていますから、その気になったときに、さっと取ります。電源をONにする、撮影をする、この間5秒も掛からない、構えて撮影することは、全くなしです。 アラックバリを免税店で買う、5本置いたあったので、全部買いたかったが、日本入国時が心配で3本にした。税金が掛かっていないからでしょか、15万Rp一本でした。 電源、22;30まで使えるレスストランでソト アヤムとアポガとジュース。いずれも美味しかった。 毎日 欠かさず 膨大
2013.03.19
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1522 何故か、ニンニクの品不足で大きなニュースになっている。赤や白のにんにくの価格が高騰しているのです。天候不順が原因になっているが、私としては、いつもの雨季と同じだと思う。面白いことに、家庭菜園で栽培することが、急に流行りだした。一般の主婦がシンコンを道端に植えるように、バワン メラーやバワン プティーの苗を買ってきて植えるのです。日本と同じように町のあちこちで、各種植物や花の苗や種は売られているので、手に入れようと思えば、簡単に買える。それほど、価格が高騰というより、買占めなのか、市場に出るニンニクが少ないのです。“ハビス”と書いた表示が目につきます。という状態の中、マレーシアからバワン プティーを積んだ40フィートコンテナ31個が、検査待ちのまま、二週間、開けられない状態でいるというニュースを流していた。いったいどうなっているの? 今年も、また、その時期になった。その時期とは、高等学校(SMA)卒業資格を取るための国家試験が近付いているのです。学資を払えなくて、高校を途中でやめてしまった若者が大勢いる。そのまま、田舎から、ブカシ辺りに出てきて職を探そうとしても。高校の卒業証書がなければ、就職できないことを知る。日系会社の全部が、最低学歴を高卒にしているので、日系は100%就職できない。斡旋業者に登録も出来ない。 そういう人たちは、高卒資格がいらない職場で働くしかない。しかし、そういうところは、一般的に、最低賃金が保障されず、歩合制とかチップが収入で、勿論、安定収入は保証されないし、勤務時間が不規則だったり、体力的にきつかったり、夜の仕事だったりする。毎年、この時期にそういう人たちの一人か二人の試験費用と、必要なら、直前の学校でのテスト用予習の費用というか授業料を援助してあげる。申請期間が始まっていて4月中旬に一時テストがある。明日私は日本へ立ってしまうので、先ほど、男女一人ずつ、二人の若者に家に来てもらい、その費用を渡した。明日、申請をすると思う。 国家試験を受けるのではなく、単に卒業証明書を作る業者もいる。高校にはそういう証明書を売るための営業担当者がいる。何年か前に実際使ったことがあった。それは、ブカシ警察の幹部の紹介だったことを覚えている。 先日 チャガールアラムで出会ったラフレシア、真っ黒で原型をほぼ残しているのは珍しい、開花後、二週間ほど過ぎていると思う。もうひとつは、崩れかけている、咲いてから二三日後です。間もなく、黒い斑点が出来、次第に広がります。 キノコのようです。ブンガバンカイの一種のラフレシアはこんなキノコの突然変異から生まれたのではないかと、勝手に推測します。ラフレシアは、花ではなく、胞子で増えるキノコの一種だと思う。見たことがないキノコを毎回見つけることができます。キノコの研究者は一度訪れてみたら!!新発見があると思うのですが。 手伝い 試験 高卒資格
2013.03.18
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1521 相変わらず、各所で、廃品回収、リサイクル使用の可能性がある全ての物について、どの業者に任せるかについて、もめ事が絶えない。場合によっては労働組合のデモより、深刻な状態になる可能性もある。 進出したばかりの会社には、その筋の人間が頻繁に接触を始める、何社かが、インドネシア人の総務辺りに、渡りをつけようとする。こういう、事情や経緯について、日本人の幹部連中は知らない。廃品は、どこへ売ろうが、自分たちは関わる必要があるとは思っていない。現地人スタッフに任せて仕舞う業務に一つだと思っている。 私も、詳しく敷いているわけではないが、廃品回収業者マフィアという組織があることは確かです。アンボン系とマドラ系が二大勢力だということも確かなようです。彼らは、一種の暴力団ですから、労使問題がこじれた時に、日本人ではなく、現地スタッフで会社側に人間が、彼らを引きこんで、暴力的に組合の幹部に脅かしをかけさせたりすることもある。表面に出ない裏の動きをすることがある。 廃品回収に関しては、早いのも勝である。一旦頼んでしまえば、替えることは、出来ないと思った方がいい。決まってしまって、ある程度の期間が過ぎて、日本人幹部が不良品や資材や資源の半端な余りものが増えてくるに従って、取り扱いに関して、気になってくる。初めて、そのことに関して、状態を知ろうとする。 廃品の販売価格、回収の頻度、種類に仕分け、回収の後の掃除などが気になってくる。そして、回収業者ついて、口を挟むようになり、事情を知らずに、ほかの業者を呼ばせたり、二社を使ったりするようにインドネシア人スタッフに命令をする。こうなると、もう、事件の始まりです。インドネシア人スタッフが日本人に事情を説明しても、深刻に受け取らない、そんなことは無いだろう、少しでも高く買ってくれる方に売ろうとする。後から呼ばれた業者は当然高く買うにきまっているのに、である。間もなく、今までの業者と参入業者間で争いが始まる。どちらも負けない、それが発展すると、会社の正門辺りでの封鎖の様なものが始まる。人相が悪い連中が、出入り口付近にたむろすることから始まる。インドネシア人スタッフは困ってしまい、日本人の決断の仰ぐしかない、自分たちの責任ではない。こじれると、バリケードを作られて、従業員や訪問者の出入りを妨害するようになる。 最初が肝心、日本人は、このことに関して、情報を求めておかなければならない、インドネシア人スタッフに丸投げで任せてはいけない。決めてしまえば業者を替えることが出来ないことを知っておかなければならない。そしてそれは、日本人が後退した時に引き継がなければならない。もめ事が生じれば、バカにならない予期せぬ出費があることを承知してお間なければならない。只では、すまない、ということです。 今日の昼食のソプ イガとブンクスで持ち帰ってご飯を加えてオジヤを作った。マフィア アンボン マドラ
2013.03.17
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1520 輸入した原料の量が少ないから、届けられない、取りに来いといので、MM2100にあるロジスティックの会社へ向かった。チカランバラットのインターから入ったと同時に、帰りの状態はどうなっているかを確認するのが、常だ。今日はどうかと、延々と続いていた渋滞は、ついにMM2100に到着しても続いていた。これは、たまらない。帰りは、高速道路を使わないと決めた。 原料を受け取って、帰る道、どこにしようか迷うが、カリマランを使うことにした。MM2100から裏口を出る。直ぐに東へ向かう狭い、舗装されていない道が右に現れる。この道はEJIPに通じている。EJIP側からは、希望あらわれで、車が渡れる橋が、かなり前から出来ているが、MM側は、冷たい対応で、道を作ることに同意しない。MM2100で、仕事を長くしていた私もそうだったが、車が通ることができる道がMM2100とEJIPの間に、できたら、MM2100工業団地内は通過道路として使われてしまうという、被害意識があって、繋げたら、メリットより、デメリットの方が多いと思っていた。 その狭い舗装されていない道は、今もバイクしか通れない、そして、一部、渡し船を使うことになる。 今、EJIP側で仕事をしている私にとっては、通り抜けが出来たら、なんと、素晴らしいことだろうかなと思う。 間もなく、高速道路に掛かる橋を渡って、なお北に向かい、カリマラン道路にでる。その橋の上から高速道路を見下ろすと、チカラン方面に向かう車の大渋滞は、消えないどころか、来た時見たより、詰まっているように見える。 カリマラン道路を東向かい、ジャバベカ2に入って、Uターンシテ、リッポチカランに向かおうと思っていたが、その道の渋滞も凄まじく、今日は金曜日、普通の渋滞の上に渋滞の原因が、プラスされる。それは、道沿いにある、マスジッドの周辺は、お祈りの為の路上駐車場になってしまい、故障車が路肩に止まっているより,遥かに酷い渋滞の原因になる。 で、どうしたかと言うと、ジャバベカ2のチカランバル側の出入り口ぬ向かい、またカリマラン道路に出て、デルタマスへ向かった。デルタマスに近いところで、カリマランにかかる橋を渡り南に向かい、デルタマスの西の端に出る。その道の凸凹の酷さは、一部、通れないので、対向車がこちらの車線に向かって来ていた。 デルタマスからは、何か月前かに紹介したが、デルタマスとヒュンダイ、デルタ シリコン工業団地間に新しい道路が完成している。中間のインターチェンジは、いつ、使用可能になるのか、見通しが、付いていないようだが。 その新しい道路で、そこからは、気持ちがいいほど、渋滞に会うことなく順調に会社へ戻ることができた。MM2100からヒュンダイ工業団地まで戻るのに1時間半掛かった。もう、厭だ!!! 他の道を選んでいたら、どうだったかは、確認しようがない。とにかく、経済的損失は甚大だと思う。 非常事態 ストレス 損失甚大新たなパンガンダランの記録と写真集です。http://otaenplaext.net/newpage40.htmlhttp://otaenplaext.net/newpage38.html
2013.03.16
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1519 昨日、スパイラルチューブを作ったが、今日は縦割チューブを作ってみた。いずれも、結束用、保護用、強化用に使う、スパイラルチューブは対象物に巻きつけなければならないが、巻きつければ外れない。巻きつける対象の外形の範囲も広い。縦割チューブは真っ直ぐに近い対象物を咥える様に取り付ける。ワンタッチ装着ができるが、ひっかかりがあるので、外すのも簡単、それだけ、振動などがきつければ、外れやすいかもしれない。のノ字チューブともいう。いずれも、45年以上昔に初めて作ったことがものです。 それらに、畜光顔料を加えてみた。これで、両面テープを貼ったテープと合わせて、3アイテム5重類のサンプルが出来たことになる。出来るかどうか心配だけど、4月から本格的に営業をしてみようと思う。 チカラン付近は相変わらず雨が降り続いている。ほんのわずかな、どうしようもなく練っている道路だけが舗装をされているが、どうしようもない道でも多くの個所は修復されず、どうしようも無さが、増している。その点に日系の工業団地の道は丈夫に出来ていると思う。大型コンテナトラックなど重量物運搬の率が高いが、穴があいたり、波打ったりしている個所はほとんどない、その点、日系以外の工業団地は、どこ系とは言わないが、一般道路とそう変わらないくらいに道路が痛んでいるし、痛んでも修復しない、修復したとしても、同じ場所がすぐに、もっとひどい凸凹になる。 Apa boleh buat!! No way!! どうしようもない!! パンガンダランからグリーンキャニオンへ向かう道は、今まで経験がないほど、酷い波打ち状態だった。25kmの内20kmはモーグルコース状態だった。対向車の左右に傾きは、こちらに倒れてくるような恐怖を感じるし、事実、大きな岩を積んだトラックが横転していた。対向車がすれちがうときにお互いのトラックが中央寄りに傾いて、接触する光景は珍しくなかった。お陰で、30分もあれば行くところに二時間近くかかってしまって、船の最終に間に合わなくて、単に凸凹道を三時間ほどかけて往復しただけだった。一週間に何万人も訪れる観光地なんだから、舗装はしなくていいからブルドーザーで均すくらいのことはしたらいいじゃないのと言いたい。 凸凹 ゴヤンゴヤン グロンバン
2013.03.15
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1518 天国(surge)から帰還して仕事に復帰しました。ちょっとここで、インドネシア語の一口講座です。私は日本の駿河に住んでいます。静岡市駿河区です。江戸時代の駿河の国です。インドネシア人の住所は駿河だと言うと、怪訝な顔をされます。だから、静岡と言わないで、わざと、スルガと言ってやります。間違っていません。ちなみにインドネシア語でもう一つ天国という意味の単語があります。この名前のゴルフ場で楽しんだ人も多いでしょう。Nirwanaです。タナロットに隣接していて、ホテル、レ、メリディアン直営です。海越えのショートホールと棚田で有名ですね。もうひとつ、ジャカルタ タンジュンプリオクコンテナ港の北東に、イスラム以外の人が亡くなった時の為の斎場があります。その名がニルワナです。天国への入り口だからでしょう。じゃんジャン。スパイラルチューブを作ってみた。それに、青と緑の畜光顔料を加えてみた。これで、畜光製品として両面テープを張ったテープとスパイラルチューブの二種類に増えた。もうひとつ、種類を増やすつもりだ。今日の大発見は久しぶりの大感激だった。国道沿いのチビトゥンとチカランの中間の金型加工会社を訪問した。そこへ行くとき、帰る時、どの道を使っても、必ず、その道中、どこかで大渋滞にはまる。順調なら30分で行くところを1時間かかってしまう。高速道路、カリマラン、国道である。どこの道を選んでも、選んで走っている道ではなく、他の道を選べばよかったかもしれないと、必ず思う。確認しようがないのだが。他に道は無いのかと、いつも考えていた。そうだ、ジャバベカ1の北西の入り口があるはずだ。広大な工業団地の出入り口が東側にしか無いはずがない。そのことを、訪問した会社の社長さんに話してみたら、有るという。その道の入口を教えてもらった。今まで、気がつかない勝ったわけだ。国道から、入る道が目立たないというか、狭く、大型車は通り抜けできない狭い道、舗装をしてない。本当かな、と、思わされる道だった。例によって、雨水がたまって30cmの洪水になっていたばかりではなく、橋が掛かっていてこれも普通車もすれちがうことができないほど狭い。交通整理のにいちゃんが、仕切っている。なんと、驚くことに、100mほど進んだだけで、ジャバベカ1に入ってしまった。ジャバベカ1の看板などなし。それから、延々、工業団地の中を走って、通り抜けて、東の正面入り口に至った。すごい、渋滞なし、バンジールなし、30分の短縮だった。ジャバベカ1の工業団地の裏口があることさえ知らなかった。国道を通らなくていい、コタ チカランを通らなくていい、ジャラン カリマランを通らなくていい、それらが四角形の二編なら、この道はその中間の対角線、三角形の一辺だ。距離も時間も大幅短縮である。どこの工業団地も通りぬけの道はある、ジャバベカ1にも有ったことを確認した。 国道から入ったところの橋の手前ジャバベカ1の北西の入り口、直ぐのとろに、新築工場があった。大型車は入れないので、こんなに、静かな裏口です。 裏口 発見 時間短縮
2013.03.14
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1517 9時に出発、16時に家に着いた。途中、ポンパベンシンに寄って、給油とトイレとブログの送信をした。ロスは30分でした。順調に近かった。 出発前にウミさんのレストランに寄って、挨拶をすませたところで、一人の女性が近づいてきて、エビのてんぷらを買って下さい、と、日本語で言ってきた。あなたは日本人でしょ、韓国人には見えない、と、付け加えた。びっくり、日本語がこんなに上手な人がパンガンダランにいるとは全く情報が入っていなかった。15年以上通って、初めて、日本語をまともに話せる人に会った。 聞きもしないのに、身の上話の様なものをし始めた。急ぐので、ごめんなさい、と言いながら、Oishi dan freshと書かれた試食用パックから、摘まんで、食べてみた。美味しいとは言えない。しかし、四パックを2万Rpで買ってやった、ハイ、さようなら、と言いかけたら、横から、今度はイカンアシンの干物を買わないかと他の女性が寄ってきた。私の本命はそれだった。それを買いながら、No,HPを教えて、ということになって、お互いのNO,HPを交換して、またいつか、会えるといいですねと、言って、別れた。 見かけは、理知的、何故、こんなところで、観光客の間を回って、自分で作ったという、小エビのてんぷらなど売っているのでしょうか、似合わない感じがした。チカラン辺りへ出てくれば、日系企業に勤められそうなのに。私が次に行くのは何時になるかわからないが、話を聞いてみたい気もある。SMSで、英語で一通りの挨拶の後にフェースブックのアドを書いてあった。今朝のサンライズ、三日目にして初めて、まともだった。しかし、寝坊して、日の出に間に合わなかった。がっくり、15分ほど遅かった。8時ごろの西海岸、ヒンドゥーの新年、ニュピで祭日、ナショナルホリデーだが、土曜日に比べると半分ほどの人出だった。帰る途中の土産物やだが、手造り雑貨屋、おもちゃ屋という感じ。昔懐かしい、シュロの箒もつるしてあった。子供頃、荒物屋だったので、売っていて知っていた。今の若い人はシュロなどと言っても知らないでしょうね。分厚くて高級感があった。座敷を掃く箒だった。それに比べると、今のインドネシアの箒は薄くてへなへな、つるして売っているのは、当然だ。薄っぺらの上に、インドネシアでは、柄の先端に紐で輪っかを作って箒を吊るして置く習慣がない。立てかけて置くだけだから、へたってしまって、穂先では掃けないようになってしまっている。安物中の安物という感じ。何故、こんな箒しか思いつかないのか、不具合があるのは誰もがわかっているはずだから、改善しようとする人もいていいはずだが、いないらしい。子供の頃のシュロの箒は値段が高く高級箒という印象だった。それでも日本への土産にとして二本、」手に入れた。危惧 無事 帰還
2013.03.13
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1516 ヌサカンバンガンです。友人とその娘さんが来ているので、一緒に、早朝から、ヌサカンバンガンへ行くことにした。目的は無人島のような場所で、野趣豊かに、そして贅沢な食事をするためでした。 http://otaenplaext.net/newpage21.html6時に西海岸から出発、半島の先端を迂回し、東に向かう。怪しい天気から、小雨模様になり、そのうち、ちょっと大粒の雨が降り出した。行程の中間ほどでした。これは、もしかしたら、斬斬な目に会うかもしれないと心配したが、運がよいことに、島へ近付くに従って雨が小降りになってくれた。海岸へ着く前に、漁師の船に近付き、ロブスターを売ってくれと話しかけたら、持っていて、売ってもいいよということになり、交渉の結果、1Kg35万Rpで、手に入れた。 10年以上前には10万Rpだったのに、かなり、高くなっている。また、ロブスターの価格について、その種類によってKg15万~75万Rpと大きく違うことを今回初めて知った。しかし、それが、私にはわからない、種類を知らないのです。バトゥとかムティアラとかバティックなどがあるらしいが、それだけではない。これは高い、これは安いと言われても、何が何だかわからないので、とにかく、そこにアルロブスターで一番安い種類を買うことにしている。味の違いを私には感じることができないし、すべて、美味しいと思うからだ。とにかく、洋上取引によって、ロブスターは手に入れた・魚は出発前に米やアクアなどと一緒に買って持っていた。 火をおこしたり、調理をしたり、コメを炊いたりするのは、私たちではなく、地元のガイドと小舟の持ち主たちです。私たちは、そこらあたりを散策したり、泳いだりしていればいい。1時間ほど後に料理が整って、食べましょうということになる。私は何回も色々な人を連れて入っているので、それほど感激はしないが、初めての人は、こんな、ぜいたくな経験で出来ることを感激してくれる。 焚火の中に生きたロブスターを放り込んで焼いて食べる。気の毒に思うが仕方がない、次第に赤くなってゆく、少し覚まして、手でちぎるように殻を剥がして実を出し、そのままかぶりつく、それだけでも、この雰囲気で食事をするだけでも、味のことはどうでもいいが、味も本当に美味しく感じる。醤油を待ってくる人が多いが、これも、美味しさを増すには効果的だと思う。ワサビやショウガをすった物を持っている人もいた。それぞれ、満足するようだ。 何度、経験してもいい物だ。 満足して帰路に就く、半島へ戻ったのは12時過ぎだった。シュノーケリングを楽しんで、多分、これにも満足してもらって、その日のメインの行動は終わった。 今日の夕日も綺麗だった。http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00087.htmlhttp://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00086.html贅沢 感激 ニクマッティ
2013.03.12
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1515 WBC日本チームのアメリカ行きが決まりましたね。良かったですね。昨日の大雨が止んでカラッと晴れ上がった。聞くところによると、ここは、もう、雨季が終わっているらしい、一週間ぶりの雨だったとい。天気に恵まれて、昨日の夕方から、今朝にかけて、やってきた人たちが、朝、一遍に、西海岸に集中したようだ。7時半ごろ、集合場所へ行ってみたら、駐車スペースがない、こんなことは、今までになかった。西海岸通りを行ったりきたり、やっと、見つけた場所が、目的の場所から、200Mも離れていた。この、混雑は、今の駐車システムになってから初めてのことだった。今朝の西海岸へ出てみたら、見事に、ヒト人ひと、で、埋め尽くされていた。それを、後ろにし、チャガールアラムに入った。喧騒が嘘のよう、別世界、聞こえるのは鳥のさえずり、セミの声、猿の声、そして、風で揺れる木の葉の音、そして、自分たちが進む音、今朝までの雨で、コケが生えた岩も木の根が露出した場所も小さな川の淵も、滑りやすいし、ぬかるみに、足が取られそう。気を付けて、と、言いながら、慎重に、進む、最初のスポットに到着、匂おわない。今まで会ったことがある場所を次々と通る、その都度、匂うので、絶対、見つかると確信しながら、その辺りを捜しまっくった。傷だらけ、道なき急斜面の上り下り、疲れや歳を忘れて、草木や蔓をかき分け探すが、ついに、見つからない。見つからないまま、チュルック パナンジュン(先端の滝)の上で休憩、いつもなら、ここまでで、二つ三つ、多ければ五つくらいは見つかっているはずだ。がっかり、意気消沈のまま、立ち上がった。もう一か所、期待ができる場所を通る、それに,賭けて歩き出した。そして、そこも過ぎて仕舞った。もう駄目だ。完全にあきらめていたその時、強烈な匂いを感じた。ところが、姿は見えない。またか、と思いながら、今度は、風向きがはっきりしていた。風上に向かって、急斜面を登って行った。そして、ついに見つけた。初めてこの場所で会うことができた。既に二日ほど過ぎていて、色がくすぶり始めていたが、とにかく、開いている花を見つけた。やはり、ここの感動は素晴らしい。日本から、この為にやってきた、女性が、アウェン君を訪ねてきて、ラフレシアに会いたくて、やってきたと言ったとか、私のウェブサイトから彼を頼りにしたようだ。アウェン君は、一緒に入ったが、見つからず、6時間も探したそうだ。彼女の真剣な願いが感じられたそうだ。そして、ついに、やはり、匂いから、見つけることが出来たそうだ。その時の彼女の感激振りは、忘れられなかったとか、HPに保存してある写真を見せてくれた。彼女、きれいな方で、似会う、メガネをかけていた。No HP Awen 081323780219 自然保護区の西海岸の入り口のガイド詰め所にいるNo HP Iwan 081563854597 サーフィンのインストラクターをしているので、西海岸でサーフィンをしていることが多い。時にはバトゥカラスなど、違う海岸に言っていることもある。ところで、今、日本人の若者が三人(愛知二人、福島一人)、サーフィンをしに来てりると、報告あり、彼らは、バトゥカラスやバトゥフュー辺りでやっているという。先ほど夕方6時過ぎの西海岸、どうです、この違い。ラフレシア 急斜面 ジャングル
2013.03.11
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1514 台湾線は激戦でしたね。私は日本が負けてもいいかなと思っていた。オランダとキューバに勝てばいいのだから、台湾に勝っても、オランダとキューバに負けてしまえば、先に進めないのだから。キューバが勝ちましたね、台湾は残念。今朝、4時頃出発、ここ二年ほどは一人で来ている。パンガンダランだけでなく、どこへ行きにも一人がいい。連れにたよる必要が全くなくなったので、連れが居るのもいいが、一人の方がもっといい。とにかく、自分が思うようにやればいいのだから、これ以上の自由は無い、それに、責任もない。と言いたいが、明日、連れが来る。そのためのお膳立てをしなければならなかった。せっかく来てもらうのだから、出来るだけ満足してもらえるように、一応、気を使う。 途中の水田地帯の風景、水浸しになっているチンベダックとランブータンの小さい物を買った。泊っているホテルの前の様子、東海岸通りです。久しぶり、半年ぶりになるだろうか、今日、会った人たちは、皆さん、同じことを言う。シブックかと。シブックではなかったが、適当な連休がなかっただけ、土日の二日だけでは、来ても、何もすることができない、最低三日は必要だ。金曜日に人の紹介で、ブカシバラットのなお西側のヒュンダイ モートルを訪問した。モートルと言っても、バイクではなく、車の方でした。フルエルチューブ12ナイロンチューブの両側ワンタッチジョイントセット込みの見積もりの依頼を受けた。しかし、量が少ない。供給台数が少ないので仕方がない。今は本国、韓国から輸入しているそうだ。とにかく、見積もりを出すことにしたが、かなり高い物なってしまうことを言っておいた。その他に、押出製品で車に使われているもののサンプルを見せながら、こういう用途に物をインドネシアの日系車メーカーと部品のサプライヤーに提供していることを説明したら、インドネシアにグ品サプライヤーがないようで、本国から主に、タイや台湾や中国から、セットで送られてくるものをラインに乗せて組み立てるだけだという。例えば、車のイス、全部、本国からの乳品を使っているとか、コントロールケーブルシステムも同じだと言っていた。原料率が30%に満たないと言っていた。こんな場所に車の組み立て工場があるとは知らなかった。三菱自動車の組み立てラインも隣り合わせにあった。近くにスズキ自動車の工場もある。工業団地という雰囲気は薄いが、多分、25年くらい前、まだ、MM2100など、高速道路の沿線に工業団地が出来るちょっと前に進出したのでしょう。ここからそう遠くないところに、ブリジストンタイヤも確かあったと思う。ともあれ、少しずつだが、色々な会社を訪問して、知名度を高めようと思っている。紹介をしてくれる人たちがいるのです。私の教え子たちです。特に日本人がソンボンの会社の教え子たちは、自分の耳にはいった仕事を、自分の会社の社長やマーケティング担当に紹介をしたくないと思っている。だから、頼まれれば、私を紹介する、という、筋書きである。天国 階段 入口
2013.03.10
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1513 様々な、と言っても、おおざっぱに分けて二つの提案を頂いた。試してみました。というより、子供のころからやっていたことの再確認でした。ノーベル賞とはいきません、しっかりくっついている部分が何か所かあるので、やはり、簡単にというわけにはいかなかった。テリマ カシー。ルスカンディ先生が真剣に私に言い聞かせてくれた。多分、3年ぶりくらいでしょうか、日本での歯医者が全く無視してくれた虫歯が心配で、久しぶりにハラパン クルアルガ、ジャバベカ2へ行ってみた。待合に座っているときに先生が出勤してきて、眼があったときに、久しぶりですね、お早うございますと、言われてしまった。 直ぐに、治療が始まった。歯をチェックしながら、ぐらぐらですね、酷いですね、ほとんど全部、ぐらぐらしてますね、と、あきれたような口調で言う。大きく口を開けている私は、返事のしようがない。そして、歯垢をガリガリとる作業が始まった。日本で取っておいたので、それは簡単に終わった。そして終わってから、太田さん、カルテを見ながら、前に来たのは三年以上前ですよ、その時に、半年に一回以上、歯垢を取りながら、状態のチェックをしましょうと、言ったでしょ、なぜ、三年も来ないのですか、虫歯の治療のことなど忘れているかのように真剣に怒っているようだった。歯を磨かなくてもいいから、歯の根元と歯茎をゆっくり強く押すように実がいてください。歯ずらしではなくて指の方がいかもしれません。指でゆっくり強く押してください。あとで、歯茎の状態を改善する薬を出しますから、毎晩寝る前にそれを口に含んで、1分ほど口を濯いでから、捨ててください、そのあとは、何も飲んだり食べたりしてはいけません。朝も朝食が終わったら同じことをしてください。私に目の前で力説していた。 はいこれで終わりです。ちょっと待って、虫歯の治療がまだですよ、というと、あまり重要ではないらしく、あそうだった、という顔をして、全く、いい加減という印象だったが、虫歯をギリギリほじって、石膏の様なものを押しこんで終わってしまった。5分も掛からなかった。 そうなのか、歯医者の考え方は、歯そのものよりも、歯茎の方が大事なのかと思わされた。だから、日本の医者も、虫歯の治療をしないで、歯垢取りと歯茎の強化の治療をしたのか、と、初めて、気が付いた。そうだよね、土台の方が大事だよね。今ごろ気がついても遅いが、しっかり、歯茎を押そうと思ったし、真面目に薬で口を濯ごうと思う。 永久歯が出始めてから65年くらい、それほど、ひどいぐらぐらだとは思っていないし、それだけ持てばまあまあかなと思っているし、リンゴの丸かじりのまだできるのに、日本で叱られ、インドネシアでも叱られてしまった。それにしても、ルスカンディ先生、インドネシア語でもかまわないのに、日本語でよく喋ってくれました。二人の看護婦は、わけもわからず、きょとんとしていたのが印象的だった。Arus pendek listrik“アルス ペンデック リストゥリック”って何だかわかりますか?インドネシアの火事の原因のトップです。アルスは流れ、ペンデックは短い、リストゥリックは電気です。そうです、日本で言う、ショート、短絡です。そしてそのショートの原因は雨漏りなどによって、濡れてしまうことです。雨季に多い原因です。今は、中規模の家事がインドネシア中、頻発している。ネズミが電線をかじっての、ショートも多いです。昔々の日本もそうでした。接触不良でじりじりと火花がでるというのも、スラムのバラックでは多い。短絡ではないが、時々、公共の土地に不法に住み着いている人たちのバラック住宅が跡かたもなく燃えて仕舞う時がある。これは、追っ払うために、どなたかが、火を付けるのです。消火関係の到着が遅い。燃えて仕舞ってからやってくる。原因の追求はしません。良くやったというわけですから。 歯茎 土台 真剣
2013.03.09
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1512 うまくいかないので、ちょっとストレスがたまることが、二つある。先ず、炊飯器から、炊きあがったご飯を綺麗に取れない。インドネシアのテフロンコーティングの技術が今一なのでしょう。それと、もっとはがれにくいコーティングを要求する消費者の声が無いのでしょうね。テフロンコーティングが斑に剥げているので、杓文字でよそう時に沢山のお米がへばりついたままになってしまう。特に側面は、へばりついていて、取りにくい。何度も掬おうとするが、どうしても残ってしまう。初めの内は、ごそっと取れるが、残りが少なくなればなるほど、剥がす%が少なくなる。最終的には、かなり残っているという印象のまま、よそうのをあきらめて仕舞う。勿体ないが、そのまま、流し台に置いてしまう。汚い水を一杯にして、ふやける様にしておかなければならない。何時間か後に洗うが、片手の平に一杯のご飯が残っているのが普通だ。勿体ない。テフロンコーティングがはげたくらいで、新しい炊飯器に替える気になれないし、替えたとしても、しばらくすれば、また、剥げてきて、同じことの繰り返しになるはずだ。そもそも、インドネシア人の大部分の人は、テフロンコーティングに関して知識を持っていない。何のためか、洗い方、冷たくしてしまえば、硬くなって、容器の形のまま、スポッと、取れる場合があるが、冷たいまま食べたくないので、温める作業が必要になってくる。それでも完全にはがれるとは限らない。次に、蚊取り線香を綺麗に剥がせない。今時、蚊取り線香?と思うかもしれないが、アンチ ニャムックとしては、マットやスプレーはあまり効果がないような気がして、私は出来るだけ蚊取り線香を使うようにしている。ところが、トグロまきが二本セット人って出来ているから、それを、剥がさなければならない。これが、簡単にいかない。慎重に、慎重に外側から回しながら,離していくのだが、均質にくっ付いていないので、力を入れなければ、取れない部分がある。力を入れすぎると、ポキッと折れてしまう。その時の、がっかりは、非常に大きい。折らないように最後まで気が抜けない。二つに分かれた時の小さな喜びは、たとえがたい。 その作業をこのおじいさんが、かなり気を使って、慎重にやっている姿は、自分でほほえましいというか、笑ってしまうが、しっかり、話さなければ、後悔をするので、ちょっと、一生懸命である。 一瞬にして、見事に離す方法があったら、ノーベルしょうものだと思うのですが、あるいは、体積は同じのまま、剥がした状態で包装出来れば、それもノーベル賞ものだと思う、難しそう。でも、誰かがとっくに考えていそうなものだ。物になっていないのでしょうね。特に製造会社は出来れば大儲けすると思うが、どうでしょうか。 先ほどTRANS7のOVJでJKT48がヘビーローテーションを歌っていた。アイヲンチュ アイニージュ アイラブユーとヘビーローテーション以外はインドネシア語の歌詞でした。ということは日本語が全くないということです。ベイビーベイビーというのも歌ってた。 帰り道でバイクの事故に会った。おでこから血が滴り落ちて入り青年が小型トラックの荷台に乗せられるところでした。 日本語学校の授業風景 ストレス 慎重 不満
2013.03.08
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1511 昨日の“意味がある”は、どの部分だったでしょうか。そうです。“香川が出場したら”、です。3時ごろから起きて見ていたが、結局、ルーニーは出たが、香川は出してもらえなかった。日本人サッカーフアンは全員?マークでしょう。だから、負けたとも思うでしょう。イギリスのマンUフアンも同じ思いの人が多いでしょう。何故?と、私も思う。しかし、監督のこれまでの選手起用法から、また、ここの選手に対する信頼度に関する言動は真実が伝わっているかどうか疑問だが、今一、本心を言っていないような気がする。香川選手に関しても同じで、信頼しているようなことを言っているが、実は、そう、信頼していないのではないか、ハットトリックをした後でも、最大らしいほめ言葉は言ったが、本心は、たまたま、うまくいっただけだ、と思っていたのでしょう。だから、日本のマスコミがレアルマドリッドとのゲームで出場が決まったようなことを書いていても、私は、そうは思わなかった。事実、監督は彼を出場させるとは一言も言っていなかった。今後も、一般人では、理解できない、また、香川ひいきの日本人が満足できない起用方法が続くでしょう。レアル戦に照準を合わせて香川を温存していたなどという分析をしていた人は、完全に裏切られたというより、そんな風に思う専門家の方がおかしい。温存されていたのは、昨日出場した選手たちです。香川選手よりほかに使いたい選手が大勢いるのです。前回のレアル戦も、ノリッジシティ戦も、その人たちを休ませるために出しただけで、その結果がたまたま大活躍であっても、レアル戦には出す予定は無かったし。心変りはしなかっただけです。それをまた、作戦上、ルーニーや香川を先発させなかったなどと、言い、ルーニーは出たが、最後まで香川は出なかったのは、退場者が無ければ、出していただろうが、一人足りない状態では、香川を生かせる状況に持っていくことが不可能になったからだという人もいる。そうじゃなくて、理由はもっと簡単なのです。香川の出場優先順位が低いだけです。信頼とか実力などという世界ではなく、それぞれ一流の選手たちです。監督の好みの問題でしょう。残念だが、もっとうがった考え方をすれば、思ってみたくない影の見えない契約があって、それらによる穴埋めに香川選手は、使われているだけだと思う。監督から、香川を使わなかった理由を聞きたいが、本心は明らかにしないでしょうね。老人の趣味の世界としては、十分な製造ラインが整った。これから、こんな感じの製品を作って、インドネシアの若者に技術を、更に、伝えていければいいなと思う。裏 表向き うさんくさい
2013.03.07
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1510 香川選手ばかりでなく、ヨーロッパやアメリカなどで活躍する日本人選手、みんな、頑張らなくてもいいから、普通に実力を発揮してほしいと思う。レアルマドリッドとのゲーム、出場したなら、自分が満足できる動きをしてほしいと思う。とにかく、バルサのメッシの動きを封じて自信を付けた守備陣を突破しなければならないのだから。今晩というか、明日早朝が楽しみだ。睡眠不足になるかもしれない。二回目の日本語学校の手伝い、前回の教室から来てくれと言われているが、同じでは不公平になるから、別の教室へ行こうとしたら、この前の学生に出会ってしまって、今日もお願いしますと言われてしまった。変な例文があった。先生と生徒の会話、生徒、“ここで、たばこを吸っていいですか”、先生、“ここで、たばこを吸ってはいけません”学校での会話だと思うが、おいおい、どこでだって、吸っちゃあだめだろ。まだ、子供だろ。インドネシア人が作った例文だと思うが、日本人が経営する学校なら、チェックして、不適当な文章は他の文に替えるのが当たり前だと思うが。また、こういう文章もあった。“ビザを てつづきします“”ビザの てつづきをします“でしょ。同じような言い回しの文が並んでいた。教科書に欠陥があると思う。帰りに、それを、指摘しておいた。 顔料の分散はまあまあうまくいったと思う。方法は分散が良くなかった不良品を再利用してみただけです。それを二回繰り返して見たら、思う結果が出た。良くあるは話です。何か混ぜる場合は、練れば練るほど混ざるが良くなるのは当たり前、ただ、プラスチックの場合は、その都度、熱を加えるのだから、色が変わったり、物性が変わったりするので、その点を注意しなければならない。何が優先かということになる。輸入の原料で練りが悪い物はクレームを付けて返品するわけにいかないので、自分たちで何とかするしかない。そういう原料が案外多い。押出用の原料は生産量が少ないので、ブレンドして品質を平均化することが出来にくいことが、原因のようだ。 真面目 間違い 混練り
2013.03.06
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1509 インドネシアの天気予報Perkiraan cuaca或いはRamaran cuacaです。これほど意味がない物は無いのではと思う。雲の動きを衛星からの写真で示してくれないので、雲が、どう発生して、どう動くのかが分からない。15年以上住んでいても、どの方向から雲が移動してくるという法則が見つからないでいる。風向きが分からないのです。こちらの気象庁の人も、雲の移動の話は全くしない。だから、一日の天気の移りを予測していない。日本ように、西から天気が動く、雨でも天気でも西の状態が間もなく、自分の場所に移動してくる、だから、一般の人でも、おおざっぱな予報はできるが、インドネシアではそういうわけにはいかない。各大きな島ごとにその日のおおざっぱな天気と気温がでる。今は、雲マークの下から雨が落ちているマークだ。どこの島も、それだ、例外は無いと言っていい。気温は22~32℃とか23℃~33℃などと書いてある。最低は22℃最高が33℃になっている。まったく同じと言っていいが、1℃、2℃の差があるのが不思議である。その差は、どういう観測から出るのでしょうか。そんな細かい差を明示することができるくらいなら、1日の気温の変化とか、天気の変化もわかると思うのだが、1℃2℃の差になにも根拠は無いのでしょうね。要するに、適当にやっているのでしょうね。天気予報士などいるはずもない。私だって、今のテレビでやっている天気予報くらいはできる。数値的観測より、日常生活の中で、天気について感じたことを積み重ねていって、その都度、小出しした方が的確な予測ができる。今の天気予報は、毎日、地域々々で違うので、時間は決まっていないが、100%近い確率で、雨が降る。チカラン付近は、午前中雨の確率は20%午後から夕方にかけての確率が80%でしょう。夜中から明け方までの確率は40%です。インドネシア人誰一人として、天気予報を、参考して生活したり、商売をしたりしている人はいないでしょう。アナウンサーが、移り変わる画面を指差して、いちいち、ここはどうだと言っているが、同じことを繰り返しているだけ、自分でも、無駄ではないかと思いながら、しゃべっていると思う。つい、5年ほど前から、朝、5~6時ごろ、ニュース番組の終わりに。やるようになった。こんなのをデスクトップの背景にしたら如何でしょうか。私はしていませんが。 変化 一定 気温
2013.03.05
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1508 日曜日の15:00過ぎ、この時しか、渋滞は無くならない。土曜日でも渋滞は半端じゃないから、平日は大々々渋滞である。ジャカルタへ行くには日曜日のこの時間しかない。チカランやチビトゥンから3時間かかるという。私には、その中に、運転して突入する勇気は無い。恒例の、ジャカルタの日本食料品スーパーへ買い物である。納豆の調達のためだけに、行くのですから、渋滞が消えているのが条件です。 ビンタンやアンカービールとポカリスウェットに埋もれて、なぜか、一本だけ、置いてあったアクエリウス、日本人はほとんど見ていないはずのコマーシャルが効いて、売れてしまったのでしょうか、それとも、まだ、品薄で、店頭に並べるほどの出荷ができないのでしょうか、何故一本だけ置いてあるのか分かりません。 ガラ空きの高速道路、スマンギの出口に差し掛かった。ガトゥットゥスブロト通りも。閑散としている。 ところで、納豆の価格は約六千Rp、輸入の納豆が一万六千Rpくらいするのに比べれば安いが、日本で買うのとあまり変わらない。だから、高いと思うが、売れに売れているようで、私が、店を回っていた10分くらいの間に三パックセットに物が30くらいは無くなっていた。そのうちの10は私が買ったものでした。 もうひとつ、友人に頼まれて、探したものがある。塩辛である。店員に“塩辛はあるか”と聞いても、分からない。魚のコーナーへ行って、聞いたら、その場にいた日本人が効いていて、ここにあるよと教えてくれた。グラム数が書いてないが50gくらいでしょう。400円くらいした。高い。それもイカではなく、タコだった。そこの店員に改めて、イカの塩辛は無いのか聞いたが、ハビスだという、仕方がないから、それを2パック買った。友人が納得するかどうか分からない。私は美味しいと思わないので食べない。 帰りの道もガラガラで、多分平均時速80Km以上だったと思う。瞬間的には120Km以上出ていた。ジャカルタから通勤している人にとっては夢のような話だと思う。 買い物 塩辛 納豆
2013.03.04
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1507 日本でもここ二三年の間に、少しずつヲーターディスペンサー(WD)が普及し始めたようですね。日本は水道や井戸からの水が飲料用になるのですから、基本的にはいらない。私の家は、地下水をポンプで汲み上げている。安倍川の地下流水系なの軟水で、お茶やコーヒーを入れるのに大変適しているらしい。最近は、それが、どこがどう違うのか、ボトルの水を買うようになり、多分、それが、大きなガロンボトルで提供されるようになったのでしょう。日本では、普及の可能性はほとんどないと思うが。 インドネシアは水道の水は一般的には、100%呑めません。だから、飲み水は買うものです。食器など洗い物の仕上げも買った水でする家庭が多い。当然、いたるところにWDがなければならない。また、その機能も、次第に改善されてきて、熱い、普通、冷たい、の三種類が得られるようになっていて、熱い、冷たい、のスイッチは別になっているので、使わない時には、片方だけでも切っておけるので、省エネになっている。また、お湯が出るボタンには小さな安全ボタンが付いていて、そのボタンを押しながら押さないとお湯は出ないようになっている。子供が火傷しないように、です。 日本のWPで私が見たものは、普通水抜きで、熱い、冷たい、しかなく、電源は共通なので、常に両方の機能がONになっているかOFFになっているし、お湯の安全ボタンも無い。至れり尽くせりの機能を持たせるのが得意な日本のはずなのに、安全や省エネに関して、至れり付くせりになっていないのは、インドネシアに負けている。 インドネシアでは、必需品です。これがないと日常生活ができないと言って過言ではない。だから、WPに関しては先進国です。日本で、水とWPを販売している会社は、勉強が足りない。インドネシアから学ぶべきだと思うが、やっていないようだ。 そういえば、最近、インドネシアで日本コカコーラからのAquariusアクエリアスが先進のポカリスウェットに対抗するように売れだされ始めた。日本からの飲料だと、コマーシャルでは強調している。 養殖イカン バワール ジェパンです。何故日本なの知らない。書いてあるもの依ると、1988年にはインドネシアで養殖されていたそうです。魚に関して無知なので、何もわかりません。写真の通りの魚です。刺身で食べつと美味しいと書いてあった。ちょっと大きめのスーパーマーケットの鮮魚コーナーには、こういう水槽で生きた魚を売っているいのは珍しくない。水 安全 エコ
2013.03.03
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1506 “Minori”という学校がリッポチカランから、チカランバラットの高速ゲートに向かう中間ほどに、目立たないが、日本語、インドネシア語学校がある。日本人がインドネシア語の勉強もしているが、メインはインドネシア人の為の日本語学校のようだ。そこへ、初めて、行ってみた。授業風景を見学させてもらうつもりだったが、始まるのが18:30だという、45分くらい待たなければならなかった。また後日、と言って、車に向かい、リモコンで閉めた車をリモコンで開けようとしたが、開かない、うんともすんともいわない。ちょっと怪しいと思っていたが、こんなところで、バッテリーが切れてしまった。まだ、10っか月くらいしか使っていないのにい!!さあ困った。リモコンの蓋を開けることができない、困って、その学校のスタッフに相談したら、マイナスドラーバーでこじ開けてくれた。さて、バッテリーは?近くにカメラ屋があった。バッテリーは売っているが、小さいこのタイプは売り切れだという。100mほど離れたところにもう一軒カメラ屋があったので、そこまでいってみたら、有った!!やった!!無事に車を開けることができた。この間30分、結局、見学することにした。知立で研修を二年した経験があるという、好青年が先生だった。EJIPへ戻ったが、給料が安いから、止めて、ここで仕事をしているという。結構、日本語が達者で、これなら、十分指導ができそうだと思った。5人の生徒がいたが、皆さん、わざわざ、夜、勉強に通ってきているだけあって、真剣である。予習もしっかりやってきているようだった。会話が弾んで、見学だけのはずの私も皆さんに色々質問されているうちに、冗談交じりに、生の日本語を教える羽目になってしまった。その先生までが、楽しそうに私に問いかけてくる。私自身も楽しませてもらった。授業が間もなく終わるだろうという気配の時に、先に帰ることにしたが、また、どうしても来てくれと、先生からも生徒からも頼まれた。次は火曜日だそうだ。しかし、私としては、週に二回ぐらい、くることは構わないが、その教室だけというわけにはいかないので、次は、しばらく会えないでしょうと、言うしかなかった。確認したわけではないが、私がいた教室のほかにもいくつかあって合計15人ほど勉強したいたと思う。生徒はそれの三倍だから、全員で45人ほど通っていると思う。皆さん、一週間に二回、合計4時間の授業に月1.1ジュタを払っているのです。彼らにとっては、おそらく、月給の半分くらいでしょう。大金だ。それだけに、熱心に勉強をしている様子は、頼もしい。しかし、実際には彼らに言えないが、ほとんど使い物にならないのではないかと思う。 チカランバラットの出口で動けなくなったトラック。この故障車が原因で、MM2100 チビトゥン以遠から、大渋滞になっているに違いない。 エンジョイ リラックス スタディ
2013.03.02
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1505 テレコムフラッシュのUSBモデムのプルサPulsaを買いに行った。一か月2,5GBが20万Rpを今まで入れていたが、同じものを希望したところ、システムが変わって、2.5GBが無くなって、2.0GBで15万Rpだという、「1か月2.0GBでは、足りないから、3.0GBくらいが、本当はほしい」と、言ったら、なんと、意外な返事が返ってきた。「あるよ、それも10万Rpだよ」「ただし、自動延長はできない」と。「自動延長なんかいらない、そんなのがあるなら、それにするよ」と、二つ返事、なぜ、そんなに安いのか。プロモ中だという。4月末までの限定だそうだ、それ以後は?と聞いたら、今までは、0.5と2,5GBだったが、多分、0.5、2.0、3.0GBになって、3.0GBが20万Rpになると思う、と言っていた。 全く、一般には知られていないと思う。テレビのフラッシュやテルコムセルのコマーシャルでも一言も触れていない。巷にHPやプルサを売っている店は、犬や猫に会うよりはるかに多いが、どの店でもこの情報は知らないと思う。以前にも触れたが、そういう店では、ネット接続用に使う目的でプルサを買う人はいない。HPに使うため買う人ばかりです。だから、ネット用のセッティングができない。できると言ってやってもらっても、実際にはHP用のセッティングしかしていないので、実際には使えない。お金を捨てることになりかねない。勿論、一月いくらで何GBなどという知識もない。いわんや、今日の様な、お得情報など持っているはずがない。 テルコムセルのサービス店のグライハローでしか得られない情報だ。他を全く信用できないので、家の近くと空港のグライハローでしか、セッティングをしてもらわないことにしている。今回もそれが正解だった。お陰で格安プルサに当たった。もっとも、今回の期限は3月27日、しかし、18日までしか使わない。一日平均150MB使えるが、そんなには使えない。 屋台村ならぬカキリマ村の朝と夜。 シルサック、外観とは似つかない甘さである。既に柔らかくなっているのは、直ぐに食べなければならないので、私は、こちこちに硬い状態の物を買う。放置しておくと二三日後、程よい柔らかさになるので手で開くように割れる。そして柔らかくて甘い。種が沢山あって硬いので、歯が弱い人は噛まないように注意。保存は冷蔵庫だが、そのままではいつまでたっても食べごろにならない。食べたい二三日前に冷蔵庫から出しておく。南国の果物は食べ時が難しい。 プルサ チップ プロモーション
2013.03.01
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