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1718 インドネシア語でBasa-basi(バサバシ)って、何でしょうか。日本人に音声からは、想像できない意味です。礼儀とか躾、作法といったような意味です。Tanpa Basa-basiといった具合に使います。昨日の常識はTanpa akal sehatなどの使い方もします。Tanpa(タンパ)は、“抜き”とか“欠いた”、という意味です。diam seribu basa沈黙、無言, ちなみにbasaには単独では、単語としてないようですが、Basiの方は、腐る、すえるの意味が有ります。いずれも、常識を欠くとか、礼儀をかくとか、二、使うことが多いようだ。日本人が何故か、大好きな、5Sの中にバサバシが入っていましね。インドネシア人はその内容がないか知らない人がほとんどです。インドネシア人にはあまりなじみがない言葉ですね、道徳などということになれば、モラルヤ、エチケットに当てはまる言葉も、無いくらいだから。学校や親もその意識を持って、教育や躾をすることは無い。宗教教育の中に、その宗教なりの作法やモラルは在るようだが、一般生活や人間関係など、宗教以前の人間としての基本的なモラルがない。チカラン付近にいる韓国のおばちゃんたちもそうだが、インドネシアでは、道徳や礼儀作法といった言葉は、無きに等しいと思う。それとも、日本が特殊なのか? ゴルフを終えてひと眠りし、目が覚めたところで、ブロックMまで買い物に行ってきた。いつもの事な不がら、この日曜日の午後しか、私にジャカルタ行きのチャンスは与えられない、というくらい、他の時に比べて、交通事情は順調だ。チャワン付近、アンチョール方面への分岐地点、どうです、この車の無さ。5時過ぎに出て7時過ぎには家に戻っていた。この時間ならブロックMの中に駐車スペースが、まだある。ゴルフ場で見つけた花、なんという木のなんという花だか知らない。葉っぱが茂っていて、先端の部分が変色していて花のように見えるがその変色葉っぱの一か所から、小さい黄色い花がちょこっと置いてあるようだ。Anggerek(アングレック)ランの花の一種ですね。透き通っといて、清楚な感じがする、私は、ケバケバしいランが多い中、こういう落ち着いたランなら好きだ。道徳 礼儀 作法
2013.09.30
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1717 日本の常識は、必ずしも世界の常識では無いと、よく言われる。昨日も日本人の来客と話をしたが、日本スタンダードは世界のスタンダードでは無い、特に他のアジアの国々のスタンダードではないと。では、常識をインドネシア語ではどうでしょうか。では、日本語で常識の意味は?誰でも、当たり前に知っていること、知っていなければならないことでしょうか。多分、それだけでは足りない。知っていることの内容が肝心で、モラルとかエチケットなどで多くの人が良しとすることが条件になると思う。常識の例をあげたらきりがない。また、常識は、時代に依って、地域によって、民族によって、宗教によって、世代に依って、違う。何が、正しいかも違う。それが常識です。深く考えると、何が何だか分からなくなる。インドネシア語で常識に当てはまる一言での言葉がないらしい。例えば、Pengetahuan umum(一般的に知られている事),akal sehat(健全な知恵、思慮、方法),pikiran sehat(健全な考え)などが、考えられるが、それらを、全部合わせないと、日本語の常識にはならないような気がする。そして、肝心な常識が日本と大きく違う。多分、民族や宗教が大きくからんでいるので、100年後でも似たような常識にはならないでしょうね。細かいことだが、ほんの一つの例を上げると、電球を買う時に、1996年、私が初めてインドネシアの地を踏んだ日から、一週間も過ぎない時に、部屋の電球が切れたので、買いに行った。買った店で、電球が入っている包みを開いて、電球を取り出し、電源に差し込んで、ほら,点くでしょ、と、得意顔をした。私も納得して、それを買った。それから、一か月も直ぐない内に、他の電球も含めて、買ったばかりの電球も点かなくなった。日本の常識では考えられない、欠陥商品を堂々と、売っていることになる。それは、17年後の今も同じ状態である。今着いていると確認したのだかから、たとえ、明日、切れてしまっても、文句は言わせないよ。と、言うために,点けて見せたとしか思えない。日本なら、要求でもしなければ、点くかどうか確認して売るなんてことはあり得ない話だ。一事が万事、日系メーカーのテレビを買ったときに、やはり、ちゃんと音声の映像も出ることを確認して買った。しかし、一週間もしないうちに、ONにしても、映像も音声も出なくなった。ザーという画面にもならずに、真っ黒なだけ、アンテナの具合を確認したが正常、そこで、一度、コードを電源から外してみて、また差し込んでみた。しばらくすると、画像が現れた。しかし、音声が聞こえない、そこで、チャンネルを変えてみた、いくつか替えている内に音声が出た。買ってから、二年以上になるが、テレビを付ける時は、今でも、そのセレモニーをやっている。お客さんが来た時には、その手続きを教えなければならない。これが、インドネシアの常識です。困った時のラフレシア(ブンガバンカイ)何度も書いているが、ブンガは“花”ですね。バンカイは主に“動物の死骸”ですから、“動物の死骸の匂いがする花”という名前です。しかし、匂いはするが、かすかだし、そんなに臭いという感じはしない。耐えられない匂いなどでは、全くない。決して、いい匂いというわけでもないが。そして、インドネシアには、ブンガバンカイと呼ばれている花が何種類もある、それぞれは似ても似つかない形をしていて、ラフレシアをその中の一つに過ぎない。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage041.htmlhttp://otaindoesiaextrusion.web.fc2.com/newpage0010.htmlhttp://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0307.htmlhttp://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0304.html常識 違い 習慣
2013.09.29
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1716 或る人からあるURLを紹介された、“一度、太田さんもチェックしておいた方が良いと思うよと”どんなものか聞かずにコネクトしてみた。ディペックス、ジャパンというNPOのウェブサイトでした。認知症が最初に出ていて、そのあと、癌の関係が出ている。それはそれで、多くの似たようなウェブサイトがある、どれにアクセスして、どれを参考にするかは、それぞれに依る。体験や悩みを持っている人は数限りなくいるわけで、それも、どんどん増えているはずでしょう。どこにでもあるこの種の紹介ウェブサイトが沢山ある中で、なぜ、書いたかというと、まず、このページを開いて、“ディペックス”って何?認知症を心配したり、認知症の人が身の回りにいたりする人たちは、そんなことはどうでもいいと思うかもしれないが、私は、何故、団体名をこんなものにしたのか、気になる、というより、間違っていると思う。分かりやすい名前にしなければならないと思う。理屈っぽいかもしれないが、庶民的ではないし、何のことやら、分かってもらわなくても、分かる人だけ分かってもらえばいい、と、言っているように思う。私も意味がわからなかったので、調べた。DIPExは Database of Individual Patient Experiences“個人々々の患者の体験の記録“の略だと思う。だからどうこうではないが、もっと、分かりやすい団体名にしたらいかがでしょうか。検索をしやすい名前にしたらいかがでしょうか。なにせ、私のような、認知症予備軍がわんさといる世の中ですから。もっとも、こういうタイトルに当たったら、何のことかな、と考えさせて認知症の進行を遅らせるという、深い考えがあってこういう名前にしたのでしょうか。深読みすぎる。多分、どこか外国でこういう組織を作ったので、それに、賛同してか、そのままの名前にしたのでしょう。思慮不足の気がする。結局、このサイトを読まなかった。ところで、私と私の周りはどうか。数年前には、若年何とかと思う人が二人、三人いたが、今は、インドネシアにはいない。私の身の回りには、一人だけ、ちょっと、と思う方が居る。気まぐれで自分勝手という感じがする。お付き合いするのが大変だ。そして、あまり自分の事を他人がどう考えるかを気にしない。たばこを良く吸う。切れると、身近な人に、悪いね、と言いながら、ねだる、一時間も一緒なら、数本は、貰う。レスタランなどでは売っているのに全く買う気がない。割り勘の支払いの後、領収書を持って帰る。あの人、しっかりしているね、と、皆さん、苦笑い。約束の日を間違える。頼まれて、ゴルフの予約を入れておいてあげても、その日に来ないので、今日のはずですよと、電話で言うと、明日でしょ、明日でお願いしたはずですよ、私が間違えるわけがない、と、逆に怒られてしまう。そこで、前日か前々日に確認することにしてある。そして、本当にその日に来るかどうか、朝、顔を見るまで安心できない。ただし、愛嬌があって、怒ったり、言い聞かせたりする気にはなれない。そして、私自身はどうか、インドネシア語で、応援する、支えるという意味のMemiliki dukungan. という言葉がある。日系企業で、落ち目の流れが止まらない企業がある。そういう企業にこの言葉を適応したいと思っているくらいだから、まだ、しばらくは、大丈夫じゃないか。もっとも、自分に限ってとか、自分は大丈夫という人は、危ないとい説もある。帰る途中、スーパーに依って、ブントゥットゥ(オックステールと書いてある)とイガを買った。高くなった、オーストラリア産、1Kg1800円ほどである。早速、日本の鰹出汁でコトコト煮ている。三回繰り返せば、味が沁み込むばかりではなく、噛む必要がないくらいまで、柔らかくなる。認知症 乳がん 前立腺がん
2013.09.28
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1715 高架橋のガードレールやワイヤーロープやパイプ、それと、それらを止めているボルトが盗まれる。昨日もジャカルタのあるフライオーバーでガードパイプが100m以上、無くなっていた。工事中ということにしておけば、誰もとがめないと思うので、堂々と、持っていってしまうことができるでしょうね。事実、特に夜なら、あちらこちらで修復中とか仕事中等の看板が置かれていて、車線規制がある。誰も、疑わない。そんなことはしないでしょうが、アスファルトを剥がして持っていてしまっても、だれも、異常に思わない。一寸前、ブカシバラットに斬新なデザインのフライオーバーが完成して利用できるようになった途端に、新しいボルトが無くなっていたし、7.8年前だったと思うが、スラバヤとマドゥラ島を結ぶ、インドネシアが胸を張る大吊り橋が鳴り物入りで完成し、盛大な開通式が行われた、その翌日、やはり、大量のボルトが盗まれていた。盗んで一体どうするのでしょうか。頭が10Cmもあるようなボルトです。流石にトランスジャカルタのバスでは、ないでしょうが、メトロミニや アンコッ、いわゆる、一般の路線バス、中型小型をメトロミニやアンコットと呼んで、親しまれている。ミニバスです。これらの公共バスの車検は無いのでしょうか、黄色いナンバープレートは商用ナンバーだが、壊れた状態でも運行許可が下りるのでしょうか。スピードメーターがない、勿論、エンジン回転メーターもない、中には、燃料メーターもない、それでも、普通に客を乗せて運行されている。何故、車検制度がないのでしょうか。車検制度を設ければ、ほとんどの車が車検を通れなくて廃車にしなければならなくなる、景気がないような車をなくすために、車を少なくするためには、渋滞をなくすためには、故障車をなくすためには一番いい方法だと思うが、ジョクウィさんもアホックさんも、このことは言わない。もしかしたら、触れてはならない、禁句なのかもしれない。ガソリンの値上げより、大規模なデモが発生するかもしれない。"Itu lagi dikaji, apakah orang waktu mau beli mobil baru, lalu satu mobil yang sudah di atas 10 tahun dijual ke luar kota," kata Basuki Tjahaja Purnama (Ahok), Wakil Gubernur DKI Jakarta, Senin (23/9). そして、このたび、ジャカルタ副知事のアホッさんが、分けの分からないことを言っている。新車を買う人は、10年使った車をジャカルタから他の場所に売るように検討する。と言っている。車を急激に増えるのを防ぎたいという事だ。 カラワン ティムールのインターを工業団地側に出たところ、スルヤチプタ工業団地の入り口、左側に大型ショッピング モールとアパートメント、ホテルの複合施設を建設中、来年後半にオープンか。右側は、ミトラ カラワン工業団地方面。高級分譲住宅地も造成中。盗難 ポンコツ車 買い替え
2013.09.27
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1714 以前、一度書いているが、再び、私のウェブサイトのURLにenplaindとかenplaextという文字が入っています。Indはindonesiaの頭です。Extはextrusion molding(押出成型)の略です。ではenplaとは何でしょうか。Engineering plastic(エンジニアリング プラスチック)の略です。業界では、enplaエンプラというのが一般的です。学校を卒業して間もなくから、そのエンプラの押出成型を主な仕事としているので、enplaを使っています。しつこく、今も、インドネシアで、エンプラに関わっています。 プラスチックは大きく、先ず、二種類に分けます。熱可塑性樹脂(温度を上げれば溶けます、溶融、固化を繰り返すことができます)と熱硬化性樹脂(温度を上げれば溶けますが、そのまま硬くなってしまいます)です。その内に置く使われる熱可塑性樹脂を三種類に分けます。汎用樹脂(90度以下で柔らかくなってしまいます、一番多く使われるので、値段が安い)エンプラ(100度以上150度くらいまで、溶け出さない、特殊な物性を持っていて、その物性を生かして使われる、値段が高い)ウルトラ或いはスーパーエンプラ(特殊な機能がエンプラより高くなる、値段も非常に高い)です。ナイロンPA ポリアセタールPOM ポリカーボネートPCが日本に登場した頃1968年ころから、これらのチューブや丸棒、板、プルファイルの押出成型をやっていた。石油から作るのではなく、ひまし油から作るナイロン11、フランスで開発された。懐かしいのは、フランス人がリルサン(ナイロン11)の売り込みに来た、勿論通訳付きだったが、対応したのは、私が24才、若造の時でした。製品サンプルとしてチューブは勿論だが、コノ字型やTの字型のプロファイルも持ってきた。へー、進んでいる~~と感心させられた。モチモチ(moitie moitieモアチエ モアチエ、五分五分、fifty-fiftyという意味ですね)と聞こえるという言葉がフランス語ということを知った、彼らは、会話の中で、良く使っていたので可笑しくなって噴き出しそうになったことを覚えている。東レからナイロン12が売りだされたばかりだったので、両方でチューブを作って、客先に提出した。それから、45年後の今、インドネシアの或る会社からN11,N12のチューブの見積もり依頼が入っている。そのある会社の担当者も、仲介をお願いする商社の担当者も、N11,N12に関して何も知らない、今でも、特殊の樹脂なのです。感慨深いが、私の中だけの物語だ。押出し成型の基本http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0200.htmlPVCと他の樹脂の比較http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage017.htmlエンプラ 高機能樹脂 高価
2013.09.26
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1713 Raziaです。駐車違反の取り締まりをしているところを始めて通りかかった。なっななんと、タイヤの空気を抜いている。車もバイクもパンク状態にしている。乱暴ですね。そして、何やら書いてある紙を張っている。そこまでやる?一人のおばさんが、途方に暮れたような顔をして警察官と対面していた姿は、気の毒そのものでした。駐車している乗り物の全てが、当たり前のように、いつものように、そこに置いて、近くへ買い物か用事で車から離れている。多分、今まで、駐車違反の取り締まりなど、彼らも、聞いたことも、見たこともなかったでしょう。それが、車に戻ったら、パンク状態にされていたのでは、びっくり仰天、戸惑うし、酷いやり方だと思うでしょう。土曜日、ゴルフの帰り道途中で、バイクだけの運転免許証のチェックをしている光景をよく見る。違反者からは、バイクの没収。交差点などで、きまぐれに、通りかかったバイクにおいでおいでをして、免許証チェックの場合は、5万Rpを払って、ハイ、さようならで済むが、大勢の警察官での一斉取り締まりの場合は、そうはいかない場合が多い。規定通りの罰金をその場で払えなければ、車検証付きでバイクを取り上げられる。そして、後日、最寄りのバイクを集めてある警察に出頭して、罰金を払い、バイクを返してもらう。その場を通ると、没収されたバイクが、ダンボール板をかぶせられて、紐で数珠つなぎにされている。ASEAN会議がバリのヌサドゥアにあるバり、インターナショナル、コンベンションとヌサ、ドゥア、コンベンションセンターの二会場で、10月1日から10日まで開催される。それに、駆け込みで、海上高速道路(Benoa-Bandara Ngurah Rai - Nusa Dua)が昨日、SBYを迎えて、使用開始された。一週間、無料開放だそうだ。バンダラ ウングラライとは、バリのデンパサール空港の事です。あたかも、バンドゥンで、アジアアフリカ会議が催されるのに合わせて、いい加減工事で、直前に、開通させた高速道路、チカンペックープロワカルターパダララン(Cipularan jalan tol)と、状況が似ている。この高速道路は、開通してから約二年間、事故に次ぐ事故、がけ崩れに依って道が陥没したり、路肩から崩れたりして、通行止めが繰り返された。今でも、その修復場所は、後が残っているので分かる、今でも、凸凹している。バリの高速道路も大丈夫かなと思う。スラバヤで密造酒を呑んで2人亡くなった、一人、重体です。これで、今年、密造酒を呑んでなくなった人は53人になったそうです。ミヌマン クラスminuman keras(Miras)と言います。メチルアルコール中毒です。全国各地の田舎、山の中で密造酒は、作られています。地方へ行けば、道端でガソリンや軽油をペットボトルで売っています。それとそっくりな状態で、酒を売っています。そういう機会は、無いでしょうが、そういう機会が有ったとしても、飲んではいけません。万が一ということが有りますよ。ベアチュカイの封印がしてあるボトルで、都市部のスーパーなどで売られているものは、安全ですが、もし地方の道端で封印をしてあるボトルで売られていても買わないようにしましょう。日本では一寸出会えないニュースでしょ。LED tube lamp(直管蛍光灯タイプのLEDランプ)のPC(ポリカーボネート)カバーのラインナップです。同じものですが、フラッシュを使ったものと使わなかったものです。2/3、1/3、1/2円の三種類に、V2とV0のUL規格、色は白と若干の黄色、光拡散剤の量、透明から一見、不透明まで、それから、アルミパイプへの引っかけ方、そして、円の大きさ、最後にPCカバーの暑さ、これらの変動様子を組み合わせれば、無数のタイプのPCカバーができる。用途や好み、環境など、着ける人の思いに依る、売る方も、できるだけの最大公約数タイプを規格にしようとする。そして、正解は無い。テストテストを繰り返したところで、何の意味もないと思うが、売る人は、テストを繰り返して、出来るだけ多くの人の反応を見て、決める、時間が掛かる、掛かった時間と売れる量は、全く無関係、面白い商品ですね。提案材料として、今まで試作依頼が有ったタイプを手本にして、いくつかのタイプをそろえた、あと、二三種類追加して、本格的に売りだしたいと思っている。とにかく、インドネシアでは、私にしかできない代物です。できるだけ多くの企業にばら撒きたいと思っている。特に日系ランプ屋さんの手伝いをしたいと思っている。突貫工事 密造酒 取締まり
2013.09.25
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1712 先日、安価な車が売られ始めたと書いたが、テレビで盛んにコマーシャルを流し始めた。見本市に出席したジャコウィさんの発言は、low cost green car/LCGCの発売について、懸念を表明していた。私がその時に書いた理由と同じことを言っていた。日本企業がバイクや車をただただ、競って売るスタイルは、気に入らない。運転規則の順守や道路面積の拡大、そういうことに関して、責任を負うべきだと思う。この展示会の最中、各地の地方首長が、ただ売ればいいというものではない、経済的とか地球にやさしいとか、そういうこと以前に、やらなければならないことが一杯あるだろうと言っている。そういう新しく売り出す車に税制優遇をするなど間違えている。逆に車やバイクに掛かる税金を上げて、インフラ整備に使えと言っている。 エコカーでも渋滞が酷くなれば、エコカーでは無くなる。15年前にはMM2100からタンジュンプリオク(ジャカルタ北部のコンテナ港)まで、三往復で来た。今は一往復がやっとだそうだ。 道の総面積が狭いということは、できるだけ、その道の上に長く車が留まっていないようにと考える。早く通過させてしまおうとするのは、当然だ。だから、右折やUターンをさせないようにしたい。今まで、右折やUターンができた場所は、塞がれてしまう。そして、その先まで行ってUターンして戻ってくるようになる。またしばらく時が過ぎると、もっと遠くまで行ってUターンしなければならなくなる。 ♫おうちがだんだん遠くなる~~♫ チカランバットインターまで、家を出て直ぐ右折ができたので、700mくらいで行けた、それができなくなったので、左折して700m先でUターンしなければならない、2100mになった。それもできなくなり、700m先のUターン場所を左折し、500m先でUターンし、もどってきて、700m先のUターン場所だった心を右に見ながら通過し、なお500mほど先でUターンし、700m先のUターン場所だったところを左折し、やっと700m先でUターンしたと同じことになる、そこから1400m先がチカランバラットのインターになる。700+500+500+500+500+1400=4100Mなんと6倍の距離になってしまっている。3400m遠回りだ。所要時間は5分もかからなかったのが30分以上かかってしまうようになった。この措置に依って、何軒かの店は、客が遠退いてやってゆけなくなり閉じてしまっている。 ここで左からの車は左折するしかない、ここから、チカランバラットのインターへ行くには、私の場合より500m程遠くなる。もし、右折ができていれば、200mほどの距離だ。なんと4400m遠回りだ。 朝6~8時は、交通規制が強化されるので、もっと遠回りになる。チカンペック方面に行くにはデルタマスのインターチェンジへ回った方が近くなる。 会社からの帰りはもっとひどい。チカランバラットインターまで行ってUターンしてこなければならないので、退勤時間の渋滞の中なので40分以上掛かってしまう。エコも何もあったものではない。 ジャカルタからカラワンやスルヤチプタ、チカンペックなどの工業団地に通っている人は、往復、車の中にいる時間が少ない時で3時間くらい、長い時には6時間くらい、平均で4時間半くらいでしょうか。毎日ですよ、よく辛抱していますね。時間がもったいない。 右折 Uターン 忍耐
2013.09.24
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1711 久しぶりの読書用のメガネレンズを交換した。チカランバラッ高速道路のゲート近くのカルフールの一階のメガネ屋だ。フェレームは、そのままに、今までのレンズを処分してもらって、新しいレンズをはめてもらう。その前に、レンズの度を選んでもらう作業がある。5分ほどで終わる。目の検査の時に右とか左とか、開いているところを言うのではなく、数字を読む。インドネシア語か英語で答える。或る程度の強さを決めて、実際の良いだろうと思うレンズを付けたメガネを掛けて、確認する、その時に、それに近いレンズを何枚か、入れ替えてみる。前の方がはっきりしているとか、ほとんど、変わらないとか、今度の方がはっきりしているとか、意見を言う必要がある。この部分の会話ができないと、ちょっと、迷わせるかもしれない。普通の日本人には難しいかもしれない。 それが終わると、レンズの値段を選ぶ、示されたパンフレットに二種類のレンズの特徴と値段が書いてある。なんでもいいから、安い方を選ぶ、29万RP(約2500円)だった、ちなみに高い方が35万Rpだった。 そのあと、出来あがるまでに30分だから、買い物をしてこの時間に戻ってくれば、出来ていますと、時計を指差した。すごそばに、30分進めた時計が置いてある、デジタルの文字の大きさが、5cm四方だ。よく見える。その時間以後なら、必ずできあがっていますよ、ということを知らせている。 二階のカルフールの売り場へ行って、サリロティやサリワンギ、タフやテンペのゴレンガン、イガとブントゥットゥなどの食品とリンソ(洗濯用洗剤)を買って戻ったのが、35分後でした。出来あがっていた。近くの小さい文字の文章を読んで、テストも終わり。手に入れた。早いですよ。安くて速い。申し訳ないが、日本で、買う気は全くしない。元々近眼で、16歳の頃からずっとメガネを掛けていたが、10年ほど前から現在も、遠くが見えすぎて、近眼のメガネは持っていない。また、今朝、面白いニュースが有った。ALIGATOR(ありがとう)という魚が捕獲されたというニュース。Purwakarta(プルワカルタ)と書いてあるが、町ではなく、Jatilhur (ジャティルフール)http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page222.htmlhttp://nanbuindonesia.web.fc2.com/page223.htmlという、人工湖で漁師の網に引っ掛かって捕獲された。体長1mほどで、口がワニに似ている。何故、アリガトウという名前なのか説明は無かった。面白いですね。アマゾンに良そうな魚ですね。 U19のアジアサッカーでインドネシアがPKの末ベトナムに勝手、優勝しましたね、おめでとう。その熱狂ぶりは、半端じゃない。他に熱狂するものが見当たらないので気持ちはわかる。あの、泥水海のシドアルジョのサッカー場が舞台、入場券を求めて群衆がロケットに殺到し、思うように入場券を手に入れることができなかった連中が放火をした。発見場が火の海に包まれた様子が流されていた。 老眼 メガネ 30分
2013.09.23
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1710 野菜類はどうか、日本で一般的に売られている野菜は全て売られている。すべてである。中国系の野菜も全て揃っている。その上に、野菜といより、葉っぱ、という感じのものも売っているし、ナンテンの実のようなものもある。それは、生でサンバルを付けて食べるらしいが、私にはとても無理、スンダ料理に良く添えられて出てくるが、そのサラダのようなものは、まったく、食べる気がしない。名前を表示されているが、見る気もしない。 カンクンはインドネシアで一番食べられている野菜ではないでしょうか。日本ではほとんど売られていない、空心菜です。チャーカンクン、カンクンホットプレートは代表的なインドネシア料理?大変おいしい、シーフドレストランなどで、色々な料理を注文して、大勢でつつくがカンクンは欠かせない。http://otaenplaext.net/newpage0.htmlインドネシアでは、果物や野菜類は量り売りが一般的です。肉や魚も基本的には量り売り。卵も量り売りを買う人が多い。発泡スチロールのトレイに乗せ、ラップして測りバーコードが貼られているものもあるが、そのコーナーは、ごく狭い。パック作業は売っているスーパーではしていないようで、サプライヤーがその作業をしているようだ。野菜はミニサイズが多い。 果物、野菜のコーナーにはプラスチックの袋が備えられていて、それを引きちぎり、その中に入れて、軽量の場所で、測ってもらい、バーコードを付けてもらう。野菜が幅広のテープで束になっているものも、そこへ持ってゆく。一束いくら、ということになっていないからです。果物も一個いくらになっていない。ドリアンなども軽量の場所に持ってゆかなければならない。測った後、頼めば、中身だけをパック詰めにしてくれるのが普通です。スーかーでなくても、道端の果物屋さんでも、全て量り売り取っていい。肉の売り場でも、一パックいくら、になっているものは少ない、これは、自分で袋に入れるわけには、いかないので、そのコーナーの店員に、何グラム、と言って、袋に入れてもらう。そういう場合が多い。豚肉は売られているが、コーナーは小さい、目立たない。 レジへ持ってゆく前にそれらの種類のものは、袋詰めになっていても、パックになっていても、バーコードが貼られているかどうか確認する必要がある。 今日もテレビから。先ほど、ニンニン 忍たま乱太郎も映画をやっていた。NINJYA KIDSというタイトルでした。元気、勇気 100倍、頑張るしかないさ、の、あれです。野菜 肉 量り売り
2013.09.22
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1709 これも、日本人が持ち込んだものだそうです。果物の枇杷、スマトラ島の北の方、トバ湖に近いカロという田舎町に東南アジアで一番広い枇杷の果樹園があるという。カロリーが低く繊維質が多い、天気が悪いと甘さが足りなくなると、説明されていた。Biwa lendah kaloridan tinggi seretCulah hujan tinggi menbuat Biwa kurang manisPerkebunan Biwa di Karo Terluas di Asia Tenggara Cara menbuat teh Biwa枇杷茶の作り方、日本人が指導したのでしょう。蒸したり揉んだり、全く、日本茶と同じ行程でした。枇杷の緑茶でした。枇杷も枇杷茶もジャカルタやチカランのスーパーでは見たことがないが、いずれは出回るようになるでしょう。今のとこと100gで2万Rp(2百円)くらいするそうだ。農家は大変儲かるらしい。どこで作っているか知らないが、柿やイチジクも作られている、これらは、輸入品ではなく、スーパーで偶に見ることがある。柿は、渋抜きをした状態で売っていた。残念ながら、また買って食べたいとは思わなかった。一般的に日本や中国で作られている果物で、輸入品でも、こちらでは売られているのを見たことがない果物は、何でしょうか。梨、ブドウ、リンゴなどは色々な種類があって、オレンジ類も沢山ある。では何でしょうか。蜜柑がない。皮を剥いて食べることができるミカンがない。薄いぴったり付いた皮を少しずつ千切りながら剥いて食べることができジュルックはあるが、ミカンのように厚いがペラッと剥ぐことができるオレンジは無い。種がない柑橘類もない。輸入品でも一般には出回っていない。ミカンのように甘い柑橘類も売っていない。もっと、似たようなものもないというのが栗です。これは無い、本当にない。皮が付いたままのもの、皮がむかれたもの、ましてや、イガなど、いずれも見たことがない。ビン詰めの輸入品は日本食スーパーで見たことがあるだけ。果物として売ってはいない。そして、インドネシア人の誰に聞いても、見たことも聞いたこともない、全く、どんな果物か想像ができないという。マロンやチェストゥナッと言っても分からない。ザクロやアケビは子供の頃、山へ行ったときに野生らしいものまであったが、今の日本でもほとんどお目にかからない、インドネシアでも見たことがない。逆にインドネシアでは季節があるにしても、インドネシア産、周辺諸国からの輸入品を含めて、当たり前に見ることができる果物で、日本では普通のスーパーで見ることができない果物は沢山ある。あれとこれなど、ざっと数えても10種類以上あるでしょう。サラッ、ナンカ、チェンペダッ、マルキサ、などなどです。想像ができますか。 果物 果樹園 希少
2013.09.21
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1708 最近のリッポチカラン辺りの家賃は、どうなっているのでしょうか、どんどん、上がっているようです。この調子だと、日本人が住むようなところの平均家賃は1か月15ジュタRp(約15万円)を来年には超えてしまいそうな勢いだ。各社とも、契約期限が来て、新たに借り続けるなら、今までの1.5倍以上を払わなければならなくなるでしょう。2年契約なら、2年分、一括払いをしなければならないでしょう。それでも、どんどん、増えている日本人は、借りるしかないのです。ジャカルタからの通勤事情を考えれば、当然、チカラン辺りに住む人が増えるのは、当たり前のことです。インドネシアの多くのアパートは、建設計画中か、建設中にほとんどの部屋は、何部屋ずつ纏めて賃貸契約か売買契約が済まされてしまう。こういうやり方はずっと昔からです。その時買った人が、家主になるのです。同じアパートで大勢の大家さんが居ることになる。そして、その大家さんたちは、競争相手ということになる。地域の様子を見ながら、自分のところは、空きがないように、家賃をそれぞれ、決めている。結構ばらつきがあって、同じような部屋でも、高い部屋の半値で借りている人もいる。しかし、この時期、談合をする貸主が多くなって、今まで、一番高かった価格に合わせるという動きになっているようです。リップチカラン辺りはバブルの走りに入っている感じもする。low cost green car/LCGC 95ジュタ(85万円くらい)の車の発売が始まったようですね。ジャカルタ州知事のジョクウィさんと副大統領のブディオノさんが出席して、発売開始のセレモニーをしたようです。道の総面積がほとんど増えないのに、車を売る応援を知事や副大統領は、何を考えているのでしょうか。幾らエコで安いからと言って、普通車が、この車に変わるというわけではないでしょう。増える一方でしょう。日本なら軽自動車でしょう。帰り道の大渋滞、会社を出てハイアールの前を通過するまで5分のところ40分掛かった。Uターン場所でコンテナ車が塞いでいた。先ほどのOVJに日本人四人が観覧者として、最前列に坐っていた、そのうちの一人が、パルトから、インタビューを受けていた。中途半端なインドネシア語で笑いを誘っていた。家賃 談合 バブル
2013.09.20
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1707 日本の製品は半年過ぎれば新しい商品が出て、その前の製品はモデルが古いものになる、と、一昔前、二昔前には言われていた。当時はモデルチェンジの速さを誇っていた。しかし、日系企業は今もその間隔か、それより、変革が遅い。中国の今は、どんどん、新しい商品が生まれる。限られた何社かではないので、国のあちこちから商品が生まれているし、改良されている。半年などとのんびりしていない、毎日、どこかで、新商品が生まれていて、今までの商品は、叩き売りをしなければならなくなる。日本企業が売りたいと思うモデルのテストをしている間に、何種類もの新しいモデルが、登場して、売り出しOKになったころは、古いモデルになってしまっている。製品の色についても、本当に戸惑いを感じる。色を変えたり、艶を変えたりすることは、金型の出口形状も変えるということになる、要するに原料を変えることと同じで、金型もそれなりに作り直さなければならない。仕事を受ける時に、その事は、言っておき、だから、最初の色から変えないでほしい、と言っておく。しかし、サンプルを出した後、この色にしてほしいという話が必ず起きる。その原因の多くは、インドネシアの私のところだけでなく、日本のどこかでも同じ製品を作らせていて、そちらの製品の試作サンプルの色が、違った色でできてきて、それに、インドネシアも合わせてほしいということになる。間違えているのは日本の下請けなのに、その間違えた色を優先して、合わせてほしいと言う。逆にしてほしいものだ。というのは一例だ。最初、見積もり依頼があって、見積もりをインドネシアの会社に出す、それを日本本社に送って評価をしてもらう、高いから、値下げをと要求される、それから何度か折衝をして、価格がOKになって、試作依頼がある。金型や原料の手配をし、試作品を出すのに最低、一カ月かかる、色合わせが有れば、二週間以上余計掛かる。インドネシアの会社に提出したサンプルを日本へ送り評価をしてもらう、その返事が返ってくるのが、提出してから一カ月かかる、それから、寸法や色など、何らかの変化を求められる。こちらは、そのための試作準備と試作に一か月近くかかる。それを二回繰り返して、OKになるとしても4カ月かかる。出す。その評価が一か月以上掛かる。見積もり依頼が有ってから、半年以上だ。それでも、客先の日系企業は急いでいないように感じる。のんびりしていると感じる。昨日書いた、テスト、寸法チェック、色やつやなどの評価、テスト結果が全部、申し分ないと判断できなければ、その欠陥を徹底的に追及し、不具合原因が分かって、その原因を消すことができたと確認するまで、市場に出さない。之が日本式、中国式は多少不具合が見つかっても、売りに出してしまう。日本の市場のように、不良品に対し、厳しい、しっぺ返しは少ないからだ。また、二三カ月もすれば、改良製品を、売り出すからである。日本国内は、ハンドハーンなどガラパゴス(ガラケー)なら、一部を除いて、日本スタンダード全体が、ガラパゴスになっている。それでも、最近になって、インドネシアの中の日系企業には。現地人スタッフの意見を取り入れて、インドネシア向けはインドネシアンスタンダードにし、日本向けだけジャパニイズスタンダードにし、それ以外はインターナショナルスタンダードで売り出す企業も少しずつ現れている。いわゆる、ダブルスタンダードを採用するのです。そうしないと、海外では競争をすることができないからです。 SBYがデルタマスからデルタシリコン3付近にやってきた。警察の機動部隊の警備はおそらく、1000人近いのではないかと思うほど、大袈裟なものだった。厳重過ぎて、撮影もしにくい。遅れ やっと 離されない
2013.09.19
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1706 バンドンの中国系の人が経営している会社へ営業に行ってきた。バイパスの高速道路から近いが、ゴミゴミした、かなり古くからある工業団地の中、場所は非常に分かりにくい。経営者の経歴は詳しく聞かなかったが、歳は見かけ60歳くらいか。良く、中国へ行って、自分が使いたい部品を捜しに行く、安いものを捜す。品質よりも安いものを捜す。その上、なお、値引きを要求して直値下げさせて、手に入れるそうだ。見本市のようなものが、年中、どこかの都市で、やっているそうで、そこへ行っては、値段の交渉をするのだそうだ。手に入れた部品を手にしながら、熱く話をする。 その上で、日系企業に対する、考えを話しだした。日本人は品質第一で値段は高くても仕方がない、そして、新しい製品を出すのに時間を掛ける。中国人は全くその反対だと。一緒に行った或る日系会社のインドネシア人(生粋のプリブミ)が、それに、大きくうなづく。新しいものを採用するのに時間を掛け過ぎる。日本の承認を必ず取らなければ行動を起こさない。例えば、太田さんが出してくれた部品についても、私がテストした限りでは、今までのものより、色々な点で、直ぐに、今までのものから帰ればいいと思うのだが、日本人は、耐久テスト、何時間以上やらなければならないとか、日本へ送って承認を得なければならない、などで、いつになった、採用するのか、はっきりしない。売り出すまでに時間が掛かり過ぎるし、値段も高い。“自分たちでもこれじゃあ、競争に着いてゆけないよ、と、分かる”という。“そういう話を日本人に言っても聞いてくれない”電気製品、携帯電話が典型的だという。”ね、太田さん“と皆さんが、私を見て言う。私もその通りだと思う。これじゃ、日本は、次々と、色々な産業で、抜きさされてしまうだろうと思わされた。こんなに、雑然とした工場で、環境がどうのこうのなどは全く問題されないで、中国から安い製品を買って来て組み立てて中間部品を日系企業に提供しているのです。この環境を、その会社の日本人は見に来ていないという。そして、採用されるまで一年かかったという。日系以外にも同じようなものを納めているが、既にもっとすぐれた新しい安い製品を納入しているそうだ。日系企業にも紹介してあるが、採用されないそうだ。 色々、見せてもらったり、話をしたが、結局、私との話では「原料のブレード番号と図面と目標価格を、今月中は中国へ行っているので、10月に、示すので、検討してみてください」ということだった。「でも、原料は輸入だし、少しだけだから、高いでしょう。中国の市場は比較にならないほど大きい、原料も地元で大量に作っているし、製品も沢山作る、だから。中国と価格で競争するのは大変ですよ」と、閉めくくられてしまった。インドネシアで日本人では無理でしょう、と、言っているように受け取った。遅い 高い ほどほど
2013.09.18
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1705 朝の内に、EJIPの中の会社から、呼び出しが掛かった。緊急の仕事の依頼が入った。昼過ぎに見積もりを提出した。また、そう急がないが、次に立ち上げる予定の製品部品の図面を受け取った。夕方、今度は、東の方へ行って、サンプルを提出した。その時、次に作るサンプルの為の合わせ冶具を渡された。また、新しい製品のサンプルと図面も渡された。PCの変形パイプである。これが、ちょっと難しそう。そうこうする内に、その会社のインドネシア人重役が作業場に現れて、自己紹介をしあった。よろしくお願いしますというわけだ。両社ともインドネシア人スタッフとの打ち合わせである。日本人は、ほとんど、登場しない。だから、日本人は、インドネシア人から様子を聞いて、決済をするだけである。その、あまり登場しない、日本人とも、立ち話で、よろしくと、挨拶を交わした。慌ただしい一日だったが、明日の行動を約束(予約)して、今日の仕事は終わった。アハマッド ダニーの三男が起こした車の事故の死者は7人になった。本人も何回かの手術を試みたが、回復の目処は着いていない、体力が回復すれば、シンガポールへ移動し手術をするなどと、ダニーは言っている。場所はジャカルタ、ボゴール間のジャゴラビ付近、車は斜めに中央分離帯のガードレールを突き破り、対向車線の中央車線で横むきになり、二車線と三車線を走っていたそれぞれ一台、計二台に衝突した。相当なスピードを出していたことが明らかだ。亡くなった人の家の槽式に行って、謝っているらしいが、その顔が映し出されると、微笑んでいように見える。男の子三人に高級車を買って与えている。全員未成年である。一体どうなっているの?それの批判や規制を強化しようなどという話は出てこない。ジャカルタ州知事のジョコさんからも副知事のアホさん、からもである。 それどころか、今時、21歳以上の証明になるカードを示さなければ、アルコール類を売らないようにしようにしよう、という話がもちあがっている。未成年の飲酒運転による重大な交通事故が増えているからだという。そんなことは、とっくに決まっていたことで、誰もが、知っていること、しかし、実行も取り締まりもないのです。ナルコバ(ドラッグ)関係だけでも、重罪に処せられると言っているが、ほとんど、自由に近い。それより、何度も書くが、無免許運転を徹底的に取り締まったらどう?飲酒運転をする多くの人は、無免許運転だし、子供は絶対無免許でしょ。小中学生に車やバイクを貸した人も同罪にペナルティーを課したらいい。徹底的にやったらいいと思う。学校もバイクや車で登校を禁止したらどう。やれないだろうね。やらないだろうがね。 広い々々新興工業団地、何もない、そして遥か彼方まで道は続く、そして、売約済みの看板が目につく。年齢 資格 取り締まり
2013.09.17
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1704 こんな日本食レストランに、また行きたくなりますか。明らかに新人のウェーター一人しかいない。餃子二皿、オニオンスライス一皿を摘まみとして、先ず注文。ビールを二本、飲む人の為に頼んだ。それは、一応、まともに来た。しかし、餃子の味が全く違う、以前には、入っていた野菜なども入っていない。明らかに、不味くなっていた。焼き方も焼き過ぎで、黒くなっているし、硬くて食感も悪くなっていた。 次に、それぞれが食事を注文した。四人で四品、テリヤキ、きつねうどん、マグロづけ丼、てんぷら刺しみ、それぞれ定食セットでした。他に客は二グループ、合計5人いただけで、ウェーター一人でも忙しいとは思えない。二十分ほどして、“刺しみがないから、てんぷら刺しみセットはできない”と言ってきた。それを頼んだ人が、それでは、私と同じ、マグロづけ丼に換えた。それから、30分ほどして、今度は“マグロづけ丼もできない”と言ってきた。こちらは、マグロなど、刺しみ関係は無いのだなと判断して、二つのてんぷらセットに替えた。 それから。5分もたたない内に、テリヤキ、きつねうどん、てんぷら刺しみの三品、が、私以外の三人に出された。ないと言っていた、てんぷら刺しみ、も出てきたのです。それでは、後で頼んだてんぷらセットは、どうなるのと聞いたら、“一つだけ、作っている”という。ないと言っていてキャンセルさせられた品ができた、刺しみもあった、どうも変だ、ふに落ちない、などと言いながら、三人が食べている。私には出てこない、まだかまだかと、催促してもなかなか出てこない。それから20分後、三人が食べ終わっている、やっと、私にてんぷらセットが出てきた。既に1.5時間近く過ぎていた。皆さんを待たせないために、直ぐに食べた後。会計を頼んだ。 出てきた。請求の内容をみると、実際と違っていた。ビールが一本になっていた。以前、この店で、ビールを三本しか飲んでいないのに5本請求され、五本しか飲んでいないのに八本請求されたことが有って、呑んだ、飲まないで言いあったが、食のボトルが手元に残っていないので、しぶしぶ、払ったことが有った。今回は日本のボトルを持って行かれないようにしてあった。それは二本に訂正した。てんぷらセットは5万Rpなのに、6,5万Rpになっていた。それぞれ、話をして、訂正を頼んだ。次に来た請求書は餃子だったところが餃子セットになっていて、だから、合計金額も、ぐっと、高くなっていた。“4人で定食セットを6っこ、頼んだことになるでしょ、違うでしょ”と言ってやると、不服そうな顔をして、また、カウンターの方へ戻って行った。 それから5分後、まともな請求書が来たと思ったら、高いので、チェックしたら、合計金額が違っていた。また、5分ほどして、やっと、支払いをすることができた。もう、全員が呆れてしまって、もう絶対ここには来ないようにしようという話をしながら席を立った。入ってから2時間は過ぎていた。またどうぞとか、ありがとうという、言葉も、聞かれなかった。非常に残念だ。明らかにコックも以前の人では無い。料理について分かっている女性店員もいなかった。そして、インドネシア人の多くの普通の若者と同じように。足し算ができない、挨拶もできない、メニューの内容を知らないホストが一人いただけでした。最後に、考えた。最初、刺しみがないと、言ってきたとき、実はマグロづけ丼のマグロがなかった、だから、3品は、作っていたのでしょう。そして、その後、マグロづけ丼ができないと言って来たので、二つ頼んだはずのそれを二つのてんぷらセットに替えたのでした。本当は、一つだけでよかったのでした。間違いの内容は推測できたが、とにかく、全てが、あきれる、対応だった。何だか、疲れてしまった。 やはり、残念ながら、日本人が仕切っていない日本食レストランは、日本人を満足させることできないと思う。夕食のおかず、インドネシアで黒はんぺんのフライを家で作った。日本食レストランのどこよりも美味しい、うれしい。何回か書いているが、子供のころから、親しんでいる非常に安いし、おしい食べ物なので、いつでも、どこでも、食べたいと思っているが、静岡でしか手に入らない。参った 疲れた 呆れた
2013.09.16
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1703 最近特に感じることだが、日本から新規進出企業が、グ~~ンと増えている今、日本人の能力、質が落ちてきている。はっきり、感じる。技術者に関しては、在任期間中、最大でも現状維持で良いと、最初から思っている。技術やノウハウは日本から持ってきたものを使う。それを、守ればいいと思っている。それ以上をしようとはしない、周り(インドネシア人)の人が、別の方法を提案しても、また、実際に違った方法でやってしまっても、彼ら日本人にとっては、やってはならないことになるらしい、改善や改良や開発を、しなくていい、あるいは、してはならないと思っている。 ましてや、輸入して使っているものをインドネシア国内で調達ということに替えるなどは、幾ら安くても。そういう人は拒否反応を示す。なお、ましてや、インドネシア国内のサプライヤー(下請け会社)を育てて、国内調達に変えようなどということは、とんでもない話らしい。製品をできる会社を部下が見つけてきても、在庫管理が悪いとか、検査システムができていないとか、同じ使い方をする会社に納品した実績が無いとかの理由で、門前払いを食わせる。 折角、日本での仕事が無くなって、インドネシアへ出てきても、その優位性を活用としないのです。活用することは、リスクが大きすぎると思うのです。何もしない方が良い、現状維持が最善だと思うのです。とにかく、任期中、何事もないようにしたいのです。 その点、中国系の企業、特に日系企業を買収したり、資本参加したりした会社は、改善、安いものを捜す、できるだけ近いところは部品を調達しようとする。中国企業にいる日本人もあ多いが。彼らも、積極的に改善をしようとする、失敗を恐れない。そういう体質なのです。問題が起きる可能性もあるが、それは、できるだけ、少なくするよう手を打ちつつである。中国企業は中国からの輸入にこだわっていないが、日系企業が中国から輸入しているものを近くからの調達に変えようとしない。だから、それは、日本企業が駄目な理由一つなのです。日記い企業の日本人は、団塊の世代からその後の人に主力が変わってきているし、日本本社も主力が団塊の世代二世になってきている。だから、本社もインドネシア工場の変化を望まない、インドネシアで何か新しい動きをしようとしても認めない傾向がはっきりしている。そういう傾向を日本の施政者は感じていない。ゴルフをプレー中に製品の注文の電話が入った。緊急を要するらしいから、土曜日にそういう電話をよこしたのです。月曜日の9時に来てほしいと、納期は一か月だとか、どんな製品化、分からないが、何となく、あれかなというのは分かる。全て、月曜日である。7番ホールグリーンから1番ティーグラウンドと、8番グリーン。8番グリーンから7番グリーン。無難 リスク回避 冒険
2013.09.15
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1702 客先になる可能性がある会社のスタッフが訪問してきた。会社の環境チェックが主な目的でした。私がやっている仕事で、現在、何とかインドネシアで日系企業の応援になればいいと思って、開発した製品を提供できれば、私の希望がかなえられるという筋書きになる予定だ。とにかく、インドネシアでは無い技術を使って作る製品だし、今後も、この製品を作ることができる会社は、現れそうもないので、是非、この機会を生かしたいと思っている。この仕事をやるためには、他の仕事はどうでもいいと思っているくらいだ。 日本人二人とインドンシア人3人である。インドネシア人は、以前から、交渉を持っていて、かなり親しくなっている。日本人は始めてある。しかし、インドネシア人から、多くの話は聞いているようで、あまり、私自身のことや、やっていることについて説明をする必要は無かった。最初から、親しげに話はできて、私が受ける印象は非常によかった。今、私が作ろうとしている製品に興味を持ってもらったし、他の製品についても、私にやってもらいたいといっていた。結果上々であった、来週、早い内にその客先を訪問すると約束をした。 二日続きでN社へ行った。昨日は仕事の話、今日は、インドネシアへ進出したばかりの静岡の会社の人を紹介するためだった。とにかく、フリーパスである。セキュリティーに、よ!!、といって、車を止めることなく、駐車場へいきなり行ってしまう。そこらあたりにそこの会社の人間が居れば、だれもが、アパカバール、と言いながら、手を差し出してくる。二階の事務所へも、すれ違う人たちと挨拶をしながら、上がってゆく、事務所の入り口に入ると、大声で、こんにちは、と言えば、全員がこちらを向く、面白い存在だと、我ながら思う。ヤント君と今日は一緒だった。MMのN社の第二工場、私が一番最初に手伝った元K社だ。この中で5年間、押出しの仕事の準備から、追い出されるまでいた。そして、身売りの紹介、仲介も私がした。 以前 現在 有望
2013.09.14
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1701 ジャバベカ1カリマラン川沿いの運転免許発行所へ行って免許証を買ってきた。会社から30分、着いてから免許証を受け取るまで5分。驚きのスピードである。70歳以上のチェックもないし、目の検査もない。着いたらいきなりPa OTA?と言われ、いつもの写真撮影部屋へ入ると、指紋、サイン、撮影に1分、そして待つこと3分くらい、はい、できたよと、渡された。今までの免許証は、既に切れて一か月ほど過ぎていた。レバランや一時帰国などで、更新に行っていられなかった。一か月くらいの無免許運転をしていたことになる。もっとも、過去、最長で一年半ほど無免許だったことがあるので、全く、心配はしていなかった。車の坂道発進テストとバイクの蛇行運転のテスタだけできる場所が敷地内に在る。テストをしているのを見たことがない。かなり有名な歌手、プロデューサーのアハマドゥ ダニーという人の13歳の息子が車の運転をしていて、交通事故を起こした。本人が起こしたのか、巻き込まれたのか、はっきりしていないが、かなりの大事故で、本人は、肋骨を何本も折れ,肺に刺さっている重傷で、シンガポールで手術なども考えているらしい。その他に3人亡くなっている。それにしても、子供がバイクや車を運転していての事故が非常に多い。私も何回か、子供が運転しているバイクにぶっつけられたことがあったが、大した事故にならず、彼らは、逃げてしまっていた。運転免許を取得できる年齢に達していない子供の運転を容認している、親、警察、学校は何をしているのでしょうか。法治国家なら当然、法を守りましょうと、親も先生も教えているはずなのに、なぜ、無免許で学校の傍の路上に違法駐車して学校に通ってくる子供を誰もとがめない、どうなっているのでしょうか。二重三重の法律違反をしている子供を見て見ぬふりをする理由は何なのでしょうか。バイクでもヘルメットをかぶらず、二人乗り、三人乗りをして通ってくる子供たちにバイクの駐車場を用意している学校は、どういうつもりなのでしょうか。こういうことこそ、ユドヨノさんもジョコウィさんも、無くすようにしなければならないと思うが、彼も、承知していて、手を打っていないのでしょう。ゴミの問題、渋滞の問題、土地の不法占拠の問題、問題は山積みだが、子供が無免許運転するのも大問題だと思うが、その意識は薄いようだ。MM2100の夕方5時過ぎ、いつものように、出るだけでも大渋滞、出てからもジャカルタ方面は、いきなり大渋滞の中に入らなければならない。そして、この渋滞の尻尾はチカランバラットでした。チカランバラットのジャカル方面入り口には入れない車が一般道路にも大渋滞。多分、チャワンまで3時間コースでしょう。私は、反対方面なのでスイスイでした。無茶 悲惨 気の毒
2013.09.13
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1700 ルピアに両替をした、111Rpが1円でした。US$に対しては1万1千Rpに下がってしまった。インドネシアでは通貨危機という人もいる。インドネシアの典型的な庶民の食べ物、テンペとタフが店頭から消えつつある。Kerisis Tahu Tenpeタフとテンペの危機になっている。輸入大豆の高騰と買占めのために大豆が一般の加工屋に届かないのです。アメリカからの輸入に頼っている現状を変えようとしているが、直ぐに解決する問題ではないので、当分、品薄は続くだろうし、値段は高くなる一方でしょう。会社の昼食でも、テンペやタフが出てこない。ゴレンガンのカキリマからテンペゴレンやタフゴレンが消えている。インドネシア産の大豆Kacang Kedelaiは小粒で大豆の加工食品には向かないので、100%輸入に頼っている。そういえば、インドネシアの豆類は何でも、非常に小さい。ピーナッツも小さくて食べにくい。そして、ピーナッツの輸入品は売っていない。インドネシアは異常気象によって、雨季が長引いた。このごろやっと、乾季なったようだが、通常なら、もう、10月から雨季になる。長雨で農作物の不作が深刻の上にRp安、庶民の生活を直撃している。日本人が買い物に行くようなスーパーマーケットやショッピングモールなどでは、品薄を実感することはできないが、値段が上がっていることは感じるでしょう。もっとも、豆腐は食べるが、テンペやタフを食べる日本人は少ない。使おうと思えがとっくに使えるはずなのに、使わない。その理由が分からない。便利なのに使わない。開かない。高速道路のインターチェンジ、チカラン プサッです。カリマラン川を渡ってジャバベカ2とのアクセス道路を作っているが、それが出来あがるまで、使わないというのでしょうか。それを待たなくても今のままでも、使えば、デルタマスやチカラン バラッの渋滞を大いに減らすことができるし、デルタ シルコンの3.4.5やデルタマスの工業団地が非常に近くなるのに。半年ほど前から、いつ開いてもいい状態になっているが、いつ使い始めるのか、情報が全くないし、どういう状態になったら、使い始めるのかの情報もない。インドネシアらしい話だ。そのインターから近い、二か所のマーケティング オフィス、入居相談所である。テンペ タフ ジャラントール
2013.09.12
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1699 福島原発からの放射能漏れが何故、東京オリンピックの誘致の障害になるのでしょうか、太平洋に大量(どういう事態を大量というのでしょうか、物差しが無いので分からないが)の放射能汚染水を流しこんでいる、という、話と東京オリンピック開催反対とどういう関係が有るのでしょうか。また、逆に。説明も、汚染水は完全にコントロールされている、という、話(主張)も分けが分からないし、それで、納得するというのも変な話だし、誰も彼もが、まともじゃない感じがする。主張も、質問も、クレームも、問題点も、何もかもが、思いついたままなので、根拠も、データも、比較材料も、全てが曖昧、そんな中での、オリンピックの誘致活動、結果を読めるはずがない、決まった後でも、何が決め手だったのか、負けた方は何が負け材料だったのか、いずれも、こういうことだろうと、後付けするしかない。そして決まった後でも、色々な人の受けとり方、意見が錯綜する。本当に分けの分からない世界ですね。損得が絡んで尾を引くのでしょうね。中国、韓国の反応が、また面白い。1964年の東京オリンピック決定の時やそれ以後、準備や開催の時には、今度のようなほど、焼きもち意見は無かったように思う。招致活動の時からずっと、無関心だったのでしょうか、反対運動をしたり、ボイコットするぞなど言ったり、脅かしのような事を言う人もいなっかたように思う。両国も今ほど、元気が無かったからでしょうか。領土問題を持ち出す余裕が無かったし、200カイリの事や海底油田の事も知らなかったからでしょうか、知るようになって初めて、自分のもだと思いついたように主張を始めたからでしょうか。私が知る限りでは、その、まだ、登り坂に掛かっていない両国に、かなり多額の資金援助をし、技術援助や提供をし、人材も派遣し、発展に大いに協力したし、両国のオリンピックに関しても、大いに後押しをしたと思う。何もかも日本の真似をして、そして、経済発展を遂げ、発言力が増してきたので、60何年前の事を問題にしだし、その後何十年にもわたって、日本からの援助を受けたことを、忘れてしまっているし、多分、そのことも、両国の為ではなく、日本自身の為に利用したと言い出す始末。日本商品の不買をしたり、打ち壊しをしたり、挙句は、何でもかんでも、日本の成功を妬み、自分が立ったと思えば大喜び、一体、何を主張しているか、何が重要なことなのか、全く、分かっていない人たちが多い、集団が、直ぐそばの国に在るということは、本当に厄介なことですね。五輪誘致を妨害する、日本商品の不買運動をする、それなら、東京に決まってしまった、五輪ボイコット運動を世界中で展開したらいいでしょうし、韓国の商品の日本への不売運動をしたらいいし、日本人技術者の採用拒否や、観光客の受け入れを拒否したり、韓国の歌手は日本への売り込みをしないようにしたらいい。そういう話になってしまう。日本は韓国や中国だけを見ているのではない、両国はそれぞれ、ワンノブゼムなのです。どうも、両国は日本に向き過ぎるのではないでしょうか。それだけ、良くも悪くも影響が大きいのでしょうね。バリからの焼酎のサンプル。相変わらずの交通渋滞。変! 不可解 知らん顔
2013.09.11
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1698 スポーツと政治は切り離して考えなければいけない、スポーツに政治を持ちこんではいけない。よく言われることで、オリンピックに関連した問題点の一つに、よく登場する。それは、政治問題を持ち込んだと、懲罰に値するなどと。日本の大きな問題の本質から目を他に向ける効果がある、目隠しする効果がある。そして、問題を先送りすることによって、もっと問題が増幅される可能性があることからも目をそらせさせる効果があることを、本当は、承知していなければならない。もしかして、日本の政治を司っている人たちは、それを承知なのではないでしょうか。今の三十代、四十代に、重い荷物を担がせようという魂胆があるのでしょうか。東京オリンピック開催に向けて、景気が良くなる、税金もたっぷり納めてもらえる、という、甘い考えが、東京オリンピックが終わった後、どんな、状態を引きおこすか、ほとんどの人は触れない。東京オリンピックが終わって、必ず景気はどん底になる。1964年の時もそうだった。あれほど、何もかもが発展途上で日本全体が上げ調子だった、あの時でさえ、オリンピックの1年前から3年後まで、特に64年、65年の不景気は酷かった。上場会社は軒並み新卒者採用ゼロでした。私の同級生39人の内9人が大学院を選んだ。そのうちの6人は就職ができなくて、だったように記憶している。就職した30人も、いわゆる大企業には一人も入っていない。私たちの二年先輩はほとんど全員大企業に就職していった。それも、4年生になる前に決まっていた。私たちの時には、4年になっても求人が全く入ってこなかった。8月ごろから、やっと、中小企業からの求人が入ってきた。そして、それらの中から、就職試験を受ける先を選んだが、行ってみれば、一人二人採用するかどうか分からない、試験結果を見てから決める、と、宣言される始末。そこに100人以上の応募者が来ていた、という報告が、受けた人達からもたらされていた。とんでもないことになった、と、思った。その四年前は、国立の工学部に入りさえすれが、何も勉強しなくても、四年後には大企業からお迎えが来る、と言われていた。だから、全く、就職の事など心配していなかった。同級生は中小企業に就職し、結局、そのまま、その会社に30歳くらいまでいた人は、10人もいなかった。しかし、今の日本とは事情が違う。上り調子は、継続した。V字回復したに日本の景気は、やがて、バブルに突入していったのです。約、25年間登り状態が継続した。私が経営者だった頃は、その恩恵をフルに受けた。今はどうでしょうか。下っています。下りがどこまで続くか先が見えていない。私は人口構成が、ピラミッド型になりそうな状態になった時だと思っている。それまで、何をしても無駄だと思っている。そこに、アベノミクスだの東京オリンピックなどは、しがらく目くらまし、の役目をするだけで、そのあと、どっと、景気が落ち込み、回復することなく、どん底に向かうでしょう。そして、回復まで必要な時間は最低、15年でしょう。私はこの世にいない。私が日本へ行っている間に注文しておいたブリトゥン島からのTシャツが届いていた。ラスカル プランギと書いてある。今日訪問した会社の応接室に飾ってあった模型帆船、一般的にかどうか、会社とか家の入口方向に船首を向けて飾るものらしい。幸運が入り口から入ってきやすいとか。知らずに、意識せず、船尾を入り口に向けている会社は、幸運が出て行ってしまっているとか。幸運 下り坂 登り坂
2013.09.10
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1697 先ほどまでRCTIで実況中継していたミス ワールド ファイナルのオープニング セレモニーを見ていた。バリのヌサ ドゥアからでした。イスラム過激派の執拗な反対があったが、インドネシアの世論は、その反対には関心がないようで、問題なく開催されている。2020年オリンピックが東京開催に決定したニュースは、06;00前にゴルフ場でゴルフ仲間から聞いた。良かったですね。イスタンブールやマドリッドの落胆ぶりと日本の喜びようは、もしかしたら、反対になっていたかもしれないと思うと、その落差は相当なものだと、両都市に同情をする。私は、何も東京でなくても、両都市のどちらかが選ばれても良かったと思っている。オリンピック開催をきっかけに、社会の変革や進化に弾みを付けたいと思って立候補しているはずなので、日本は50年前にその弾みを経験しているのだから、他の都市にそのチャンスを譲るくらいの余裕が有ってもいいじゃないかと思っている。とにかく、多くの人に熱意が結果を良い方に導いたのだから、良かったですねと、祝福をしたいと思う。2020年ごろの日本は、超高齢化社会の始まりの頃だと思う。2030年を過ぎなければ、人口構成は変わってこない。国債の発行額も1500兆円以上になって、国民の貯蓄額を遥かに超えるでしょう。財政の破綻が切実な問題になっているでしょう。と、私の予測です。予測が当たらないことを願うとともに、東京オリンピックの開催に向けて、借金地獄から脱出するような、政策が国民的合意のもとで、実行されるいようになることを願います。今のままでは、喜んでばかりいられないと思う。2020年から2022年の二年間が一番危険な気がする。オリンピックが終わったと同時に、財政の破綻などとならないように祈るだけです。一生の内、二回、自国で開催され、二回、その雰囲気を感じることができるように、それまで、動ける状態でいたいと思う。取りあえず、東京オリンピック開催決定おめでとう言っておきます。 インドネシアにもムシン ググール(落ち葉の季節)がある。ブカシ辺りは、それが、今です。 祝福 心配 破綻
2013.09.09
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1696 インドネシアに着いたことを電話で連絡したら、6歳の孫が出て、“おじいちゃん、体に気を付けて、がんばって”と、言われてしまった。疲れた、昨日の旅の疲れに、今日のゴルフの疲れが重なって、15;00から18;00までぐっすり眠ってしまった。心地よし。インドネシアは、既にレバランの余韻は消えているようだ。06:30頃、家から出たが、既に通勤のバスや車は通常に戻っていて、土曜日出勤の作業者も迎えのバスを道端で大勢待っていた。イジップ方面に向かう車もジャバベカ方面に向かう車も、早朝なのに、ちょっとした渋滞になっていた。聞くところに依ると、来年のベースアップを65%と、とんでもない数字を掲げている労働組合と20%以下に抑えようとしている経営者側との攻防が既に行われとぃて、正規従業員の比率をなお上げろという要求と共に、益々、経営側にとっては難しい局面に向かっていることは、明らかだ。経営者は益々、大変になりますよ。そこへ、Rp安です。インドネシア内では、Rp危機(クリシシス ルピア)と言っている人もいる。重要部品、先端技術を使う部品をUS$建てで輸入に頼っているインドンネシアの日系企業にとっては、二重三重の足枷が重くなってきている。一部の企業では忙しいが、一向に利益に結びつかないという会社が増えることでしょう。また、それに従って、インドネシアから他の国に生産をシフトする大企業も増えるでしょう。その大企業の仕事をあてにして進出したばかりの企業、これから進出する企業にとっては、こんなはずではなかったということになる確率が大きくなりますよ。インドネシアへ進出すれば、何とかなると思っている企業は、裏切られる確率が大きい。タクシーの乗客だったことと、渋滞が幸いして、タマンアッグレックのネオンの写真を何枚もボケずに撮ることができた。暗くなってインドネシアに到着した人は、先ず、このネオンに歓迎されるでしょう。大都会だというとこと認識されられでしょう。 当て 外れ 期待
2013.09.08
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1695 また、インドネシアに戻っている。いつものパターン通り、6;20に静岡の家から出発、成田空港到着は、10分遅れの9:40でした。12:00発のガルーダには、充分な余裕がある。そして順調にジャカルタへ到着、と。ここまでは良かった。そこから、まいった。18;00に白タクで空港から出発、タマンアングレック辺りから、大渋滞、チャワンを通過したのが21:00、渋滞が無ければ30分のところを3時間かかった。結局、会社へ寄ってから家に着いたのが22;00を遥かに過ぎていた。日本時間では、7日になっている時間だ。疲れも、半端ではなかった。土日以外の出発、到着は、避けるべきだった。大反省。成田第一の内装が一新されていて、全体的には、色々なものが分かりやすくなり、洗練された風景になっていて、外国人には受けそうだ。そして、いつものように、充電用のコンセントを捜す。あった、流石、サムスン、ギャラクシーの充電場所を設置してあって、四つのコンセントの一つをサムソンが使っていて、見事に、従来からある二つのコンセントの差し込み口を邪魔していてプラグを差し込めないようにしてある。私はたった一つ使えるコンセントを使うことができた。意識的にそうしてあるのでしょうか。空港の、例えば、掃除機などを操作する人からクレームが付かないのでしょうか。スカルノハッタへ着いてから、例によって、ポーターがカスタム通過を手伝うからと言って荷物を持とうとする。必要ないからと、断る。私の荷物が出てきた。それには、はっきり、三か所にチョークでチェックが書かれている。それを見つけたポーターの一人が、自分が問題なく通過させてやると、カートを引っ張ろうとした。いつもの事だから、問題ないよ、手伝いは、要らないよと、断って、カスタムに向かった。チェックが無ければ、手荷持だけX線を通すが、チェックが有れば大きなバゲジを通す。そして、そのあと、荷物を開けろと言われる、ということだが、私の場合は、チェックが有って、X線を通した後も呼び止められない時の方が多い、というより、ほとんど、呼び止められたことが無い。私の場合は、若い係官に、ここにチェックがあるから通すのか、と、こちらから、話しかけて聞く。そうすると、必ず、インドネシア語ができるのかと聞き返される。できるよ、などという話をしながら、コロに乗せる。そのまま、トンネルの向こう側に行く、なにも、言われない。一度だけ、燐光顔料を持ちこんだときに、怪しまれて、開けられたが、安全シートを持っていた事と、インドネシアではまだないものだから、インドネシアで皆さんに知ってもらうためのものだと説明したら、頷くばかりだった。ということで、普通の様子をしていれば、チョーク恐れる必要なし。もうひとつ、家の門扉が見事に直っていた。流石、メンナンスの会社、手際が良し、有りがたかった。改装 意識的 堂々
2013.09.07
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1694 日本での活動最終日でした。ほぼ三週間、別の世界で、充分、英気を養った。最終日の今日、インドネシアから良いニュースが入った。原料の手配も順調に行っているようで、インドネシアに戻れば、多分、大きな動きが出ると思う。昨日からの続き、何故、インドネシア人を社長にした会社を閉じさせたかというと、これがまた、原因は、しがらみでした。N社の会長から、進出に当たって、“お前、どうしても、手伝え“とい事になって、仕事をそっちのけで、工場を捜したり、借りたり買ったりする工場の交渉に当たったり、その間に、”今やっている会社をN社の押出部門として、移せ”という話にもなった。会長と私の付き合いは古い、30年以上、下請けとして、目を掛けてもらっていた、大いに、私の技術を認めてくれていた。信頼関係でもあるが、兄、弟に関係のようなものもあると思っていた。K社を手伝い始めた時にも、“何故、俺の方を手伝わないのか“と、言われていた。日本へ帰れば、必ずゴルフをやる間柄にもなっていた。これは、今でも、続いている。K社の跡地に第二工場を作るなどの手伝いの後、いの一番に、押出し部門をN社の中へ移した。従業員全員を正社員という条件だった。そして、いきなり、押出し部門は利益を上げていた。他の部門を含めた、全体が黒字になるのは二年後だった。先駆けて、引っ張る形になっていた。その後、本社のテクノセンターにどうしても来いというので、一年間ほど、掛け持ちをしていた。しかし、最初から分かっていたことだったが、稟議稟議で試作を思うようにできないばかりか、通勤が苦痛だった。そこで、契約満期と同時に、誰にも話さず、会社から抜けてしまった。当の会長にも、話をしなかった。会長は、私が居なくなって一か月後に、分かったらしい。その後、しばらくして、今の会社にお世話になることにした。一番目の会社の押出部門化、会社全部を私に任せていれば、今、二社目と三社目(N社)でやっていることすべてを独占的にやっていたはず、そして、二番目の会社の社長がまともなら、三社目の仕事も二社目でやっていたはずだ。一社目も二社目も、大きな技術と利益を逃がした。その点、三社目は、棚ボタの利益を受けている。一社目から私について来ていたインドネシア人は、安定した労働条件の中にいる。パチンコ屋だが、意味がわからない、宣伝板、分かる人には、分かるのでしょうね。 洗濯物をたたむ手伝いの下の子。 解放 自由 稟議
2013.09.06
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1693 台風は消えてしまったようだが、秋雨前線の影響で、肌寒い一日でした。日本滞在中で一番、気温が低い日になったと思う。断続的な土砂降りあり、遠雷あり、光と音が同時の至近距離が有り、かなり、賑やかな一日でもあった。名古屋を始め、西の方では、え、インドネシアの様子?と、思うほどのバンジール風景が映し出されていた。ただし、ゴミが流れていないことで、インドネシアの映像と区別できる。関東地方で竜巻が多発しているようですね。また、東北地方に大きな地震があったようだ。静岡では、しばらく、横揺れを感じたが、目眩と勘違いした。ところが、各地の竜巻や雨や洪水のニュースに、東北地方の地震のニュースはかき消された感じで、地震速報以外のその後のニュースはなかった、被害がほとんどなかったのでしょう。二社目は大間違いだった。わが人生最大最悪の選択だった。原因は、当時の社長の性格や知識や行状、品行を見誤ったからでした。見かけと本性が全く違っていた。私が入る前には、できないと、断っていた仕事を、次々と率い受けてその会社にない技術を伝えた。そして、撤退する会社の装置、技術の移転も成立させた。そして、ほとんど、利益が無かった会社を一年目で、2千万円の利益を上げる会社にした。充分な貢献をしたし、インドネシア人従業員にも技術を伝えた。しかし、残念ながら、酷い状況が分かるようになった、一年後くらいから、手伝いを続ける気にはならなかったし、逆に、手伝いをしたことを後悔した。その後悔の材料を打ち消すために、今までの客先に迷惑を掛けないために、それらの会社からの要望もあって、次に、インドネシア人の元部下を社長にして会社を立ち上げ、私が居なくなってできなくなった仕事を引き受けた。製品を切らせては迷惑をかけるので、かなり、急いで会社を立ち上げさせた。その会社では、最初のK社から、私を慕ってきた従業員が主だったので、売値を下げても、最初から利益を上げることができた。その時の投資額は3千万円でした。この会社は2年で閉じることになった。インドネシアから持って帰ってきた抱き枕を気に行ってくれている。見誤り 評価 見かけ
2013.09.05
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1692 私がインドネシアへいた目的は、インドネシア人に私が持っている技術を伝えることと、仕事への取り組み方を伝えることと、従業員との接し方の手本を見せることでした。それを達成するためには、勿論、その場所が必要だったが、その場所(会社)への収益に関する手伝いは、二の次だったし、仕事を出してくれる客先も必要だったが、その会社の収益に関する貢献も二の次だった。しかし、それらのことは、セットになっていることで、その会社がその仕事をすることによって、利益的に足を引っ張るわけにはいかないし、客先は、当然、あらゆる点で、輸入品よりメリット多くなければならない。少なくとも、押出し部門を赤字にするわけにはいかない、場所を提供してくれた会社に迷惑を掛けるわけにはいかない。インドネシアへ来た当初から、幸いにも、その機会には恵まれていたと思う。最初の会社のKでは、射出部門が主で仕事は全部、本社は生産していたものをそのまま持って来ていた。価格も、本社が買い取るのだから、本社が決めていた。しかし、押出し部門については、日本の或る会社から購入していた製品があったが、政策上、それを直ぐにインドネシアの自分の会社からというわけにはいかなかったらしい。本社が躊躇していたのを、原料も新巣津する時からその製品を作るために原料も購入して装置と一緒に送ってあったので、強引に作って製品を送ってしまった。その時の価格は運賃を含めても、日本国内の会社から買っている価格の0.6倍だった。毎月500万円で買っていたものを300万円で収めた。そして、その価格で売っても、その製品の利益は100万円残った。要するに連結で300万円の利益を毎月、与えたのです。その製品は日本では、どこの会社も扱っていなかったので、価格競争は全くなかった。本社は、大きな利益を受けたことになった。もうそれだけで、利益的には、充分だと思っていたが、その仕事だけでは、技術を伝えることにならない。また、幸いにも、車のシートやヘッドレストを作る会社から、布を縫い付けてセットをするためのフックやトリムという製品の注文が入ったり、シャンプーや化粧品のボトルの上に付くポンプを作っている会社から、ポンプの下に付くチューブの注文が入ったりして、1年も過ぎないうちに、毎月300万円の利益を与えることができるようになっていた。その会社には、約、5年いたが、その時には、毎月、私の試算では、500万円の利益だった。しかし、相変わらず本社からの仕事だけで、インドネシア国内では注文を取れない射出部門を良く見せようとする、本社の人も、インドネシアの社長も射出の担当者も、それが、気に入らない。だから、会社の計算法は、別でした。規模が5分の1もない押出し部門に固定費の半分を負わせて、射出部門の利益を上げるようにして、押出しは、ほとんど、利益を上げていないと、いうことにしていたのでした。給料など従業員の評価も押出し部門の人は射出の人より冷遇されていた。サラリーマンの世界は、こういうものか、と、インドネシアで始めて実感した。押出し部門も新しい仕事を取れなくなり、数少ない、取った新しい仕事の価格は原料価格そのもので見積もりを出してしまってあったというおまけまであって、その会社は、撤退することになり、引き受け先を紹介するなど、その会社から離れて数年後には、その手伝いをすることになった。ということで撤退までその会社の手伝いをした。夏の我が家の庭手伝い 気に入らない 焼きもち
2013.09.04
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1691 今回帰国の目的の一つだった。私のインドネシアのRp口座に円を振り込む手続きをした。原料の購入代金と金型費用支払いのためである。円で振り込んでも自動的にRpに両替されて振り込まれる。支払いは輸入原料の場合、US$建てなので、また、そこからUS$に両替して振り込むことになる。一寸、その手続きも、面倒だが、そういうものなので、止む負えない。今回の投資がインドネシアでの投資の最終になると思う。回収できるかできないかは、あまり、問題にはしない。目的は、インドネシアに未だ、無い技術をあるようにすることだから、その技術が有れば、いつか、誰かが、その技術を使って、メイド イン インドネシアに仕上げることができる、ことだから。自分のお金を使って、そういう技術を伝えることを最終にするということです。十五年以上に渡って、メイド イン インドネシアの新しい製品を作り上げて、多くのインドネシア人にその技術を伝えてきた。その間に、その為に使ったお金は、自分に関わる費用を除いて、純粋に技術指導の為だけに使ったお金は多分、五千万円以上でしょう。その時々にいた会社から報酬(車、住居、運転手、通信、移動、諸手続き費用をふくむ)は、もらっていたが、その金額は、普通の日本人にかかる額の五分の一以下でした。それは、不満でも何でもなかった、はたから見ると、かなりの節約生活(私にとっては、当たり前で、苦痛でも節約とも思っていない、むしろ、その方が自分に合っている)をしながら、自己資金を投入して、技術を伝えてきた。それは、同時に、日系企業が日本などから輸入して使っていた部品の現地調達化(現地調達率を上げる)のお手伝いをしてきたことになる。日本のどこかの会社が当たり前に作っている製品でも、私にとっては全く作ったことがない製品ばかり、この方法で作れば必ずできるという製品は一つもなかった。金型費用は、見積もりでした、当たり前の金額(押出の場合は10万円程度)しかもらわない。だから、会社が受け取る金額もその程度、しかし、その金額で作る金型は」、1回目の試作の金型費費用で消えてしまう。それ以降に掛かる修正費用は原料費、また、装置の改良費など平均で、数倍の金額が掛かる。それらを、会社に出してもらうわけにはいかない、元々、いくら書ければ、絶対できるという金額を示すことができない製品ばかりだから、繰り返す、試作の過程で、それを作れば絶対できるという、核心は無いので、とにかく、出来あがるまで、出費は続く、その金額は、全て、私が払う。もし、会社に試作費用、開発費用として出資をお願いしても、それを理解できる人はいないのだから、無理な話である。なかなか製品ができなければ、一体何をしてるんだ、と、思われる、批判されるのが関の山である。だから、自分のお金を使うしかない、そして、それで、良いと、私は思っているのです。時々の経営者からは嫌われることが多かった(嫌われる原因は、私のそういう行動、行為や考え方)が、その会社の利益には貢献していたし、インドネシア人に技術を伝えたし、客先に安い品質が優れた製品を提供することができたし、何より、出来あがった時の満足感は自分だけのものである。他に使ったお金は、修学金としてである。おそらく、これも、何人かに援助して、数1千万円に上ると思う。今は、これには使っていない。皆さん、すでに、自立をしている。これは、純粋に自己満足の世界である。静岡で会社を作った時の工場、用宗港の東道路沿いに在る。今は車の修理屋になっているようだ、と。現在の太田化工。国道150号線と東海道本線に挟まれている。竜巻ってすごいですね、異常ですね、どうしようもないですね。日本の気象状況は。投資 自己満足 手伝い
2013.09.03
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1690 邪魔ものは蹴落とす、が、テーマになっている。先ほど、半沢直樹というテレビドラマを始めてみた。高視聴率を維持している注目番組だと聞いたので、見てみることにした。印象から言うと、何故、高視聴率なのか分かったような気がする。先週、ちらっと見て、今日が、最後まで見たのは、初めてなので、これまでの話がどうだったか知らない、また、この話というか、原作について、全く知らないので、今日の番組だけの印象です。主人公が複雑な人間関係の中で、悪い奴が大勢いるもので、犯罪行為そのもので、彼の足を引っ張る、邪魔をする、良くこれだけ、いくつも、悪い奴二種類と方法を思い浮かべて掛けるなと感心するほどである。そして、それを演ずる役者の憎しげなこと、どの俳優も大いに個性を発揮させるような演出をしている。こんなやつ、本当にいるかもしれないと思わされる。残念ながら、続きを見ることは無い。日本の銀行や会社にはこんな実態があるのだろうと思う。そして、人間の利己的欲望は、他人を蹴落として自分を正当化し、地位を守りたい、そして、なお、上の地位に登りたいという、果てしないものがある。自分の仕事での能力や人柄、人望を自然に認められというプロセスではなく。それらを充分に身につけようとするのではなく、それらでは、かなわないという周りの人の能力をうまく引き出すという余裕な能力もない。そういう人がどういう方法で、自分の立場を守るのか。とにかく、どんな方法でもいいから、自分より能力が上と思う人を蹴落とそうとするのです。自分より、能力で目立つ人、自分より部下から認められ、信頼されている人を蹴落とそうとするのです。自分はそういう人をみならって、努力するとか、そういう人を参謀のようにして使いこなす、などという、方法は取れないので、とにかく、自分より目立つ人を蹴落とすという思い以外の選択肢は無くなってしまうのでしょう。そして、どれほど、その会社にとって有用な人が蹴落とされて行ったことでしょうか、日本の会社の多くの実態を大袈裟ではあるが、表していると思う。人間の手段を選ばない強欲さ、自分さえよければいいという性を表現していると思う。多くの人というより、ほとんどの人が、このドラマのような、あるいは、もっと醜い実態を経験しているだろうし、自分がパワハラをしていると思う人もいるでしょう。パワハラをしてでも自分の地位を守ろうとしている人、あなたの、近未来は、みじめなものになりますよ。パワハラで地位を守ろうとする人は、必ず、近い将来、自分が、みじめな思いになる状態になりますよ。私はそういう人を大勢見ているし、言ってやって分かる状態ではないので、同情するしかない。気の毒に思うしかなかった。 自分より能力が上の部下を使いというより、上から目線で部下を自分のペースに巻き込もうとする。それができないと分かると、破壊や排除を画策する。建設より破壊、レベルアップではなく、レベルダウンで自分のレベルに合わせようとする、そういう人種が大変多い。西富士の湧水、“陣馬の滝”とその付近の山葵栽培。実態 パワハラ 自己防衛
2013.09.02
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1689 東京オリンピックを何故、誘致するのでしょうか。8日ですか、2020年夏季オリンピックの開催地が決まるのは。私は、東京に決まらないほうが良いと思う 大学3年の時に、東京オリンピックが開かれた、その年には新幹線が開通し、首都高速道路も開通したと思う。カラーテレビが本放送になり、ジョン エフ ケネディの葬儀の模様をカラーで海底ケーブル国際中継されたのを、電気屋の前で見たし、東洋の魔女の活躍をカラーで行きつけの食堂で見たし,代々木の国立陸上競技場へ依田選手の80m障害を第二コーナーの上の方(スタート地点から一番遠い)で見た記憶がある。甲府から行ったが、帰りは静岡まで新幹線に始めて乗った。その時には、一年後に、大変な不景気になって、就職難になるとは、夢にも思わなかった。日本の勢いを感じた。終戦から20年足らずでこれまでになった日本はすごいと思っていた。その時には東京オリンピックについては、戦前、開かれる予定になっていたが、世界も、日本の状況もそれどころでは無くなって中止せざるをえなかった。そして今、やり直しの時だと、認識していた。賛成、反対ということではなく、当たり前に、アジアで初めて開かれることは、当然だと思っていた。アジアで、オリンピックを開くことができる国は日本しかないと思っていた。 ところが、今はどうか、東京でなくても、日本の多くの都市で、開催しようと思えばできるし、日本以外の多くの国の都市でも開くことができるし、それを、足がかりに、発展に加速を付けたいと思っている都市や国は沢山ある。それらと、宣伝競争をして、開催を勝ち取って、日本や東京に何が残るでしょうか、他の都市に開催を譲った方が、どれだけ、日本を信頼するようになるか、分からないでしょう。前回は上昇時だったが、今回は下降線をたどっている。だから、開催決定を機会に経済状態を回復軌道に乗せるとか、勢いを付けるなどという妄想があってのことだとしたら、逆効果で、より、日本の経済破綻を遅らせ、引いては、底打ちを遅らせ、回復も遅らせるという、最悪の状態になるでしょう。 私は、2020年東京オリンピックは、選ばれないほうが良いと思う。日本のために、です。富士山の西山麓、まかいの牧場が隣接しているゴルフ場の一コマです。この季節には珍しく、富士山が良く見えたが、やはり、秋冬に比べれば霞んでいる。候補地 勘違い 無駄使い
2013.09.01
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