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1596 私が生きているうちには、東海地震は来ない。として、何も心配していない。何も対策をしていない。「観測地点を増やし、科学的見地を集約すれば、予測の確度は上げられる」ご尤もですね。しかし、どこ程度増やせば、どの程度の確度を上げられるのでしょうか、科学的見地って、何でしょうか、どんなことを誰が集約するのでしょうか。まったく、曖昧な語句を繋げて、専門家や政治家は、地震や津波の予知の予測をしようとしているのでしょうか。そして、南海トラフに関連した地震や津波の時期や規模の予測は難しいと、今になって言い出したらしい。これも、ご尤も、東北大地震後、次々と、「どこそこで、地震や津波が何年以内に何%の確率で起きる、規模もMいくつ以上」と、言ってきた人と別の人が言いだしたのでしょうか、それとも、同じ人や同じ専門家集団が言いなおしたのでしょうか。いい加減にしてくださいよ。税金の無駄使いをして、分けのわからない、人心を惑われるようなことを発表して、恥ずかしく思わないのでしょうか。穴があったら入りたくなる、くらいのことは言いながら、発表してくださいよ。 このことは、何度も書いているが、予測など出来るはずが無いと思っていて、その理由についても、何度かいている。予想していない場所で地震が起きているからです。“オオカミ少年“になるのが嫌で、予測をしなかったとは思えない。予知など出来なかったのです。 それなら、どうしたらいいの?定期的に過去の地震データを発表するくらいのことをして、頻繁に地震や津波がある地域には、言い伝えや教訓が必ずある、そういうものを参考にして、予測は住民に任せればいい。その場所に住むことは、自己責任です。自分で決めた場所ですから。それをもとに行政と共に対策を講じたらいい。万全ということは無いし、何もしなくても、生きている間に何も起きないかもしれない。それは、運命でしょ。 私の住所は私が生まれてからずっと静岡です。もう、40年以上前になるでしょうか、駿河湾大地震と津波がいつ襲ってもおかしくないという。警告を発した地震学者がいた。それが、東海地震になり、今や、東海、東南海、南海連動地震に発展している。と、最近、予測は困難?どうなっているの?と、言うわけだが、静岡では何度も震度5程度の地震は起きているが、ことごとく、予想される大地震に該当しないと言われてきた。予測の大地震はまだ起きていないのです。家屋の倒壊や亡くなった人は、その40年前の予測から、ほとんどなしと言っていい。防災訓練をしたり、非常持ち出し品の備蓄をしたりしていたが、今では、東北地震があってからも、備えを見直す人はほとんどいなくなったように思う。東京直下型とか、伊豆半島付近の火山性とか、富士山の噴火とか、いろいろ、脅かしのような、話は出ているが、それがどうしたの?来た時は来た時でしょう、あわてて、何かに、備えようなどという人は、ごく、少数になってしまったような感じがする。私は、家の人に特に注意は促していない。三日連続、同じ場所、今朝、通行止めになっていて、土が持ち込まれていた。多分、一週間ほどで直すと思うが、いつまでもつかがまた楽しみである。ある工業団地の風景、遥か彼方まで、ずうう~~と広がっている。ずっと向こうで杭打ちをしている。雨が止まないので、土地がぬかるんでいて、ダンプカーなどの工事関係車両がタイヤに付けて持ち出す土がアスファルトにへばり付き、敷いたばかりのアスファルトを穴だらけにしている。この土地が全部、契約済だというから、びっくりである。写真は多分、この工業団地の5分の1ほどしか写っていない。 八卦 占い 大予言
2013.05.31
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1594 円安で、私は被害を受けています。日本での円貯蓄が大幅にUS$とIDRに対して価値が落ちてしまった。日本から円を持って来ての投資をしにくくなった。援助もしにくくなった。 海外の日本資産はドル建てが多いので、円に換算すれば増えているが、海外にいる企業にとっても、人たちにとっても、何の意味も持たない。マイナスばかりである。日本からの輸入品の価格がUS$では値下がりをしていることになるが、実際には、直ぐに下がらない。メーカーや商社はこの時とばかりに、中間的に恩恵を受けようとして、円での価格を値上げし、ドル価格を保とうとする。円をドルに自動的に換算するような値下げはしない。そりゃそうだ、プラスチックの原料は100%輸入の原油だから、当然値上げをしたい。海外へ進出している、あるいはこれから進出しようとしている企業にとっては、追い風とは逆の向かい風に直面している。日本にいても仕事がどんどんなくなって行く状態だから、日本にいてはどうにもならない、だから、何とかなるだろうと思って、インドネシアへ出てくるのだから、確実な仕事が確保できているわけではないし、利益計画など建てられる状態ではなく出てくるのです。そんな会社が、出資する円を計画より増額しなければならない。アベノミクスはそういう、生き抜くために何とかしようという中小企業の足を引っ張っていることになる。 円安だから、現地通貨価格では値下がり、そして、輸出品が売れる、こういう構図は、以前の話、今は、そうはいかない、品質では飛び抜けていたメイドインジャパンが、今やそれほどでも無くなっていから、少々、安くなったからと言っても、中国やタイや台湾から、あるいは現地企業の製品価格より安くなるわけではない、安くなったからと言っても、依然として高いのだから、日本製品に飛びつこうという心理は働かない。日本の輸出産業もアベノミクスの恩恵は受けにくい。逆に輸入品の価格はほとんど、即日、値上げみたいな状況なので、どうにもならない状況が増大する。 一時的な円安、株高で誰が恩恵を受けるのでしょう。一部の大企業と株を保有している機関投資家だけでしょう。一般庶民には、損を先にして、得は遅れてくるはずが、結局、得をするだろう時期には、また、円高、株安になって、得はやってこないでしょう。ま、計器は気からというから、しばらく、気分だけでも景気が上向いたと錯覚するのもいいかもしれない。カヤ日本のはずが、外国から見ていると、なんだか、バカバカしいことばかりやっているし、バカバカしいことばかりの発言が目立つし、ミスキン日本に見える。気の毒に思う。 駐車場、満車になると、通路にサイドブレーキをかけないで車輪を真っ直ぐにして駐車させる。どこでも、見られる風景で、車の押し屋が居るのです。 この道、どうなっているのか、分かりますか、陥没している場所の土が横に盛り上がっているのです。 金持ち 貧乏 気分だけ
2013.05.29
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1593 ある新聞にこちらで会社の経営などに長くかかわってきた方々の座談会の内容が何回かに分けて、紹介されています。全文を読んでいないが、何回かを読んだことがあります。この記事は有料ではなかった。流石、現場の様子を的確に指摘に話していると思います。私の印象や感じも似たりよったりです。日本から何とかの講師と言って、こちらに進出する企業の経営担当者に講習をするという方たちの話より、臨場感が上だと思う。これから進出する気の会社、進出したばかりの会社の担当者にとっては参考になると思う。宣伝ではありませんが、http://www.jakartashimbun.com/インドネシアに興味がある方はどうぞ、トップ記事の全文と他の記事の見出しを読むことができます。会費を払えば、全部読めるでしょう。ブロックMの祭りのことは、インドネシアの新聞やテレビしか見ない私には、情報が入らない。この新聞には、紹介されていたはずです。 肌で感じる印象は、外資系企業のインドネシアのバブルの一部は崩壊し始めている、です。進出したばかりの会社、増産を見込んで増設した会社の中に、本格生産をするほどの仕事が増えないので、稼働を見合わせている会社が出始めている。韓国企業も同じようなもの、中には、競争に敗れて、撤退する会社もある。進出しても、期待するほどのうまみは無くなっているし、前々からあった、煩わしい障害が多くなってきている。従業員の給料アップや待遇改善の要求が激しくなってきている。 ただし、国民の購買力は着実に伸びているし、生活水準も上がっているので、生活関連商品、産業はこれから当分の間、堅調だと思う。インドネシア国民にとってはいいことだと思うが、外資企業にとっては、外資企業同士の競争は、激しさを増すばかりだし、中国その他の国からの安い輸入品が入ってくるし、何より、インドネシアローカル企業の技術も上がってきていて、日系企業の下請け仕事もこなせるようになってきている。厳しさも増えている。面白いことに、韓国企業や地元企業の中に多くの日本人が居ることです。多くは、日本企業で仕事をしていた人で、定年になったり、移動を命ぜられて会社を辞めてしまったりした人が、インドネシアに残りたくて日系以外の会社に入るのです。彼らを雇う目的は、技術や日本品質保証の指導者としてということは勿論だが、日系企業への橋渡しとしての役割を期待するのです。木になる花、 名前を知らない。 違う 期待 外れ
2013.05.28
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1592 ゴルフの後、食事をし、仕事をした。昨日に引き続きのトライ、より、良くなったが、まだ、満足できない、月曜日に、もう一度、確認のトライをする。昨日と違うのは、そのあと、ジャカルタへ向けて出発した。16:40を回っていたが、順調なら、二時間半、19:00過ぎには家に戻るはずであった。いつものように、単に、開発納豆とうどんを買うためである。それが、とんでもないことになったしまった。家に戻ったのは20:40過ぎだった。 1時間40分、何をしていたかというと、まず、行きの高速道路、ブカシバラット付近の事故車処理で渋滞していて、そこまで、15分ほど余計な時間が掛かった。その後はいつもの日曜のように順調、順調ではなくなったのが、目的のスーパーへの入り口のゲート、閉じられていた。左に見ながら通りすぎ、次の入り口から入った。チケットを出す係員に、何があったんだと、聞くと、祭りだという。空きの駐車場は在りそうかと聞いたら、右へ曲がって、ブロックMスクエアー駐車場の上の方だけ空いているという。ここまで来て買わないで帰るわけにはいかないので、覚悟を決めて、ブロックMに入っていた。18:20くらい、正面の上の方に提灯が吊るされているのが見える。その下は、人が溢れかえっている、その中にコスプレの若い男女がたむろしている。祭りは、日本祭りだった。駐車場(24時間BUKAだそうだ)に入った、言われた通り、下の方は満車、どんどん、上に登る、6階でやっと、空きがあった。車を置いて、外に出るのに一苦労、まず、リフトの前で下りを待ったが、なかなか来ない、やっと来たと思ったら、フルで、止まらない。階段を歩いて降りることにした。しかし、降りてはみたが、どこが出口かわからない、聞くと、あっちだという、行ってみると確かに出口があった。外に出た。その場所が、どの辺りかわからない、出入り口がいくつもあるのだ、私が出た場所は、有名な本屋のグラメディアの裏口の方で、ブロックMはスクエアーの外を半周して真反対だった。 押し合いへしあいの道をひたすらスーパーまで歩く、ブロックM全体の様子を歩いてみる気にはなれない、出店のテントの後ろが空いていれば、そちらを通った。スーパーにたどり着したのが18:50、ブロックMに入って30分後だった。買い物は10分も掛からない、直ぐに駐車場戻る、途中、写真を撮ってという、セイラー服の女の子に呼び止められて、写真を撮ったり、お神輿やお練りの写真も撮ったりした。ほとんど、歩きながらである。重い荷物を両手に提げて、階段を上って車まで行く羽目になった。ブロックMから出たのが19:30でした。高速道路に乗ったのが20:00ちょっと前、昨日はワイサック(仏教祭日)で満月でした。今日の月もほとんど満月。こんな祭りがあると知っていたら、買い物には行かなかった。知らなかったおかげで、祭りに会えたのだから、ちょっと、厄介だったが、良かったのかもしれない。しかし、混雑は半端じゃなかった。 ジャカルタ ブロックM 祭り
2013.05.27
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1591 Hari Raya Waisak インドネシアで仏教関係の最大行事がボロブドゥールで催される日です。インドネシア人は自分に関係ない宗教の祝日を知らない。今日はハリ ラヤ(ナショナル ホリデー)でっしょ、何の日だと聞いても知らない人の方が多い。土曜日で休みなので、ハリ ラヤだということすら知らない。久しぶりに出勤して、試作をした。平日では、自分が思うようにできないので、誰もいない休日がいい。壁にぶつかっているので、ゴルフにも集中できない。何とかヒントが見つかったが、お昼過ぎに、ちょっと気になることがあった。もともと、心配なことだったが、このままでは、尾を引くから、根本的な手を打たなければならないと思う。明日も試作をしてみる予定だ。以下は昨日の記事に関連している。ファタナの女性たちへの贈り物の流れ表。輸入牛肉にかかわる分け前、わいろの被疑者であるアマド ファタナからのお金と贈り物受け取ったと推測される45人の女性。次がテンポ(新聞)の記録。既にKPKから調査された一部の女性です。Daftar Aliran Dana ke Wanita-Wanita Fathanah Sebanyak 45 wanita diduga menerima duit dan hadiah dari Ahmad Fathanah, tersangka suap kuota impor daging sapi. Berikut ini catatan sumber Tempo. Sebagian penerima yang sudah diperiksa KPKJumlah Dana Jumlah Penerima Bank Periode1. Rp 2 miliar 1 orang Mandiri Januari 2011-Februari 20132. Rp 1 miliar 2 orang** Mandiri Januari 2011-Februari 20133. Rp 500 juta-Rp 1 miliar 3 orang Mandiri dan BCA Maret 2004-Oktober 2005/Januari 2011-Februari 20134. Rp 100-500 juta 10 orang Mandiri dan BCA Maret 2004-Oktober 2005/Januari 2011-Februari 20135. Rp 50-100 juta 5 orang Mandiri dan BCA Maret 2004-Oktober 2005/Januari 2011-Februari 20136. Rp 30-50 juta 6 orang Mandiri dan BCA Januari 2011-Februari 20137. Rp 10-30 juta 7 orang Mandiri dan BCA Maret 2004-Oktober 20058. Rp 1-30 juta 11 orang BCA Maret 2004-Oktober 2005氷山の一角でしょうが、まったく、とんでもないやつだ。韓国車のサービス店、15年前に輸入ストップしたTIMOR未だに、修理をするのか。ドアーや窓とその枠を作る店、注文受け賜りますと書いてある。当たり前だ。何故DAUN(葉っぱ)PINTU(出入り口、門、扉)やJENDERA(窓)葉っぱの扉と窓なのでしょうか、普通の窓や扉なおですが。KUOSは枠という意味です。バハサ プルンプアン クオタ
2013.05.26
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1590 GENG MOTOR暴走族のことである。毎日のように、彼らが暴れまくっている、インドネシアの各都市で、夜中に暴走をする。鎌のような、鉈のような武器を振りまわしながらである。深夜から明け方にかけての行動なので、実際に会ったことはないが、会ってみたくもない。真夜中過ぎに帰宅される方は情報を掴んでおいたほうがいいでしょう。毎回、喧嘩や事故で何人かが大怪我をしているし、時には、死者も出ている。暴走族同士の抗争も激しさを増している。その中には女の子も相当%混じっている。分けの分からない不満のはけ口だろうが、より、野蛮な感じがするが、一時期の日本の姿がここに移動しているような気がする。 PKS (Partai Keadilan Sejahtera)イスラム中道派、穏健派として一定の評価をされていた政党の幹部連中が輸入牛肉に絡んで賄賂を受け取っていたという汚職事件、去年の末から続いている話だ。汚職の質や内容についてはKPKが追及しているところで、一部については裁判も開かれている。汚職は、珍しくないというより、インドネシアの風土です。日常の催しです。珍しくも何とも無いし、KPKの職員の数が増えれば、もっともっと、摘発される人は増えるでしょう。手が回らないというのが現状でしょう。ということで、今回の汚職がらみで、ahmad fathanahアフマッド・ファタナ容疑者が資金管理人の役割として捕まっている。この男がすごい、政党の活動資金に使う予定で集めた資金を女性のために配達をしていた。48人の女性のリストが明らかにされたが、一千万円以上渡した人が6人、お金のほかに車や家をもらっている人もいた。何が魂胆でお金を渡していたのでしょうか、そんなに元気がある人のように見えない。ここで、インドネシア語の勉強です。このことは今年の1月のことです。ternyata petugas KPK menangkap ahmad fathanah kurir suap impor daging sapi bersama mahasiswi cantik maharani dgn kronologi, Ahmad ditangkap KPK bersama Maharani Suciyono di kamar 1740 Hotel Le Meridien, Jakarta. dalam keadaan tanpa pakaian, KPKの責任者が明らかにしたことに依ると、牛肉輸入に関する袖の下の配分役のアハマド ファタニを綺麗な女子大生のマハラニと共に捕まえた。ジャカルタのレ メリディアン ホテルの1740号室で、KPKにマハラナ スチヨノ(女子大生に名前)と共に捕まったアマドは、服を着ていない状態だった。インドネシアは夜も暑いから。kronologiの意味がわからない。直訳だと変。重要なことではないようだ。 写真は小さいが、その二人。盛ん 頑張る 元気
2013.05.25
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1589 間違い。間違い探しのゲームができそう。私のブログ、間違いが、かなりある。と言っても、言いたいこと、伝えたいことに間違いはない。反対意見はあるにしても、私の言いたいことを、間違って違うことを書くことはない。間違いの内容は、主に変換間違いだ。変換後を確認しないで、次の文章を書いてしまっている。気がつけば直すが、気がつかない場合も多いらしい。指摘する方は、一か所でもあれば、気になるらしい。眠たくなっているときに書いていることが多いし、寝てしまって二時三時に目が覚めて書くこともあり、書いたらまたすぐ寝てしまう。あまり、読み返すことが無いので、失敗が多いようだ。インドネシアで日系企業のコマーシャルが占める時間は、全体の三分の二以上ではないかと思う。JKT48を使ったり、サッカーやモトGPの選手を使ったり、インドネシアの有名なタレントを使っている、日本人が搭乗するコマーシャルもあるが少ない、日本の有名なタレントを使ったらいいと思うが、それは全くなしで、分けのわからない、日本人、本当に?と思うような、日本人?を登場させている。最近は、変な相撲取りが出ている、ネコ(ご存知ですか、手押しでちょっと重い物を運ぶ道具です)のものが面白い、製品の名前が、道を平らにするローラーを作っている会社と同じだからなお面白い。日本の技術とか、日本からの原料を使っているとか、日本人の様になるとか、ジェパンという言葉が盛んに、コマーシャルの中から聞こえてくる。また、みらいお茶やメエリーズが目立つ。インドネシアのサッカー熱は半端ではない、自国のサッカーは強くないが、乱闘騒ぎは、選手間でも、スタンドのサポーター達もやる。一丁前に燃えるのです。ヨーロッパのサッカーの生放送が各テレビ局で競うように流される。深夜2~4時の間だ。そういう雰囲気もあって、ヨーロッパのサッカー選手の人気はインドネシア人選手より高い。日系商品のコマーシャルにメッシ、ロナウド、ファンペルシなどはよく登場する、しかし、カガワやナガトモは使われていない。インドネシア人の間でも彼らの知名度はかなり高い。何故使わないのでしょうか、契約上の障害があるのでしょうか。使わないのが不思議なくらいだ、ナカタなどは、今でも、知っているかと聞かれる。Deddy Corbuzier司会のHitam Putihというバラエティ、インタビュー番組に出ていたJKT48 大雨が降っていて、画面が乱れていた。Ayu Ting-TingとPutri Ayuテレビ コマーシャル タレント
2013.05.24
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1588 分業的に頼むが、相談することはない。色々な悩みがある、仕事上の事がほとんどだ。仕事上で一番の悩みは、ほしいものが思うように入らないことだ。納期がはっきりしないことだ。それは、相手が日系であろうと、インドネシア系であろうと、同じこと、こと、押出成型に関しては、持っている知識は、どちらのマーケティングも、ほとんどない。ましてや、エンプラの知識など皆無に近い。金型については、辛抱強く教えてやれば、次第に進歩はする、一年後くらいには、満足できるが、原料に関しては、本当に思うように行かない。見積もり依頼をしても、返事がなかなか来ない。扱ったことがないので、メーカーから聞かれたことに答えられない、それを、早く、私に聞いてくれればいいのだが、どういうわけか、何を聞いたらいいのかわからないらしくて、そのまま、放置してしまう。こちらから催促すると、見積もりをもらえない理由を言う。それに答えて、また待つ、それでも、見積もりが出てこない、また、催促する、新たな問題を言ってくる、その繰り返しで、どうにもならなくなる。他の商社、トレーダーに頼みたくなる。そうすると、メーカーからは、既に、他社からその話は来ているので、対応できないと言われるらしい。一体どうすればいいの、ということになる。試作原料サンプルをお願いする。色見本を渡し、これと同じ色の原料を作ってほしいと依頼する。納期を知らせて下さいとお願いする。合わせて見積もりも頼む、しかし、一向に返事が来ない。いつできるのか、分からないという。たまたま、機械が空いていれば、作るが、注文品を生産している状態が続けば、試作品は作れないという。何社に当たってもその通り、似たりよったりである。私の試作品の納期について客先に返事ができない。こういうことを、誰にも相談ができない。相談しても仕方が無いこと、自分で何とか、解決しなければならないが、すっきりすることは不可能。特殊な樹脂なので、扱いたくない、気持ちが伝わってくることもある。勘弁してよ!断りたい!と言いたい気持ちもわかる。色合わせなどは、ナチュラルを手に入れて、ピグメントを自分で処方するしかない。技術的問題こそ、誰にも相談はできない、相談する気になったこともない。何十年も前から、他でできないことをやってきたのだから、当然、私も作ったことが無い。それでも、引き受けて、自分一人でやってきた。ずっと昔、アメリカやドイツの文献にも目を通したことがあるが、まったく参考にならない、逆に、こういう方法では、だめだと、確認するにすぎなかった。だから、何十年も前から、本や雑誌を見ていない。日本にいる時に晴海や幕張のプラスチック見本市へ行ったことがあるが、これも、私にとっては意味が無かったので、もう何十年も行っていない。 仕事に関しては、本当に孤独である、一人で解決するしかない。色々考えること、それがまた、心地いい。 ハーグ条約の参議院通過に依って、年内にも、条約加盟国になることが、決定的になったようですね。私が心配するのは、ハーグ条約に加盟したのだから、子供連れて逃げても無駄だぞ、という意識が裏付けになって、国際結婚後住んでいる国の夫や妻の態度が、外国から来ている妻や夫に対して変化をするのではないかということです。今まで、押さえていたことを、押さえなくなるのではないか、気を使っていたことを、気を使わなくなるのではないか、少々のDVならしてもかまわないと、つらく当たる様になるのではないか、そのくらいのことをしても、子供は自分のものだと考えるのではないか。そういうことです。私はこのことが心配。 中途半端な幅の橋がここにもあった。車がすれ違えない幅の橋を何故作るのでしょうか、インドネシアには実に多い、舗装の幅も、どちらかが舗装から方輪を落とさなければ、すれ違えないところが多い。独自 孤独 相談
2013.05.23
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1587 押出し成型の金型はすべてインドネシアの町工場で作る。今日もタンブンにある、金型屋というより、工作機械を揃えている町工場に行ってきた。私が使う工場は三か所、一か所はチビトゥン、ここは、金型ではなくて装置を作ってもれえるように指導した会社だ。安くて性能が良い装置を作ってもらえるように、足しげく通って、技術を高めてもらった。巻き取り機、引取機、ナイフと丸鋸の自動切断機、スパイラルカッターとナイフ自動カッター一体の引取機などである。目的の技術指導は仕事をしている会社のインドネシア人に留まらず、サプライヤーに対する技術指導も当然含まれる。高価な装置を入れるのは簡単、ただし、その会社の負担がおおくなるし、固定費が上がることで、製品の売値も高くしなければならない、会社に対する貢献、客先に対する貢献という意味では、満足できない。できるだけ、身近から安い装置を入れれば、貢献できる可能性も高くなる。金型についても、何社かの内、あそこは、図面通りに作ってもない、必ず不具合がある。だから、安くても、頼まない、こちらは、価格が高いが、図面通りの金型を作る、だから、こちらから買うことに決めている。それでは、その人の能力が足りないために、高い金型を使っているということになる。指導する能力があれば、安い会社から、当たり前の金型を購入できるはずだ。ということで、金型は主に、一番安い会社から購入している。場所はチカランの西の端、チビトゥンとの境に近い。経営者はまだ40歳くらいだが、意欲的に最新装置を導入している、どこ製か、中国製である。従業員も学校を出て間もない人が多い。ベテランは全くいない。三年前からの付き合いだ。どうして、見つけたかって、従業員が住んでいる地域なので、従業員からの情報で知った。 で、最近は一週間に一回以上でかけて入っている。ジャバベカ1の中を通ってゆく、一番の近道である。今日の帰りは、その道を通らずに、コタ チカランを通ってみた。リッポチカランは新興の町、コタチカランはジャカルターチカンペック高速道路、の北側だが、かなり離れている、そのまま東へ向かうとルマーアバン経由チカランに達する。 ブアタン メイドイン 製
2013.05.22
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1586 インドネシアにいて、インドネシア人の味方をすると、日本人から、パワハラを食わせられる場合がある。日本軍も同じだったのでしょう。ある程度良識のある召集兵は、現地人に少しでも同情的な態度を取れば、職業軍人や若手将校にやっつけられた、いじめの対象にされたでしょう。双方合意と第三者に迷惑を掛けないことが最低条件、一応倫理的には許されない、公には認められないことでも、この条件を満たしていれば、大概の事は大目に見ていいと思う。事実、どこの社会でも、そういう風になっている。しかし、公の人間が、こういうことは必要悪だから、あってもよいなどと、発言することは、空気が読めない自己中の人だ、本音はこの通りだということを暴露しているにすぎない。誰からも、相手にされなくなる。この人とは関わりたくないと思われる。イスラム国家のインドネシアでさえ、各都市には公認の売春部落が隔離されたようにあるし、町はずれにはカフェがある。どこにでも、である。すべての観光地にも勿論なる。地方のとしてホテルの泊り、マッサージを呼びたいときにフロントに頼めば、女性がいいのか、男性でいいのか、必ず聞かれます。代金は女性の方が倍以上する。この通りである。その点、甘すぎるくらい甘い日本、たま~~~に、スケープゴートの様な店があるくらい、大ぴらもいいところだ。インドネシア語の勉強、Kalauもし~なら ketawa笑う、ですから、kalau ketawaは、“笑えば”です。 Manis,甘い、お菓子など甘い時にmanisと言います。一方、可愛い、という意味もあります。こちらの意味でも普通に使います。女性や小さい子供の褒め言葉として使います。言われれば、悪い気はしません、というより、喜びます。日本でも甘いマスクなどという言い方がありますね。Sekaliは、ご存知、強調語ですね。すごく、とか、非常に、などの意味です。Manis sekaliは、“すごくかわいい“という意味です。Manis cantik sekali、どうですか、こんなことを言われたら、嘘でも、女性は大喜びです。“すごく、可愛くて、美しい”歯が浮くような褒め方です。転じて、ゴルフのティーショット、“すばらしい~~~”とキャディは日本語で行ってくれます。別に、素晴らしくなくても、いってくれます。言われた人は、苦笑いです。グッドゥ ショットとかナイス ショットなどと日本人は言います。Bagusとも言いますね。 私は、本当に素晴らしいショットだと思った時には、Macanse!と叫んでやります。Manis cantik sekaliの略です。やはり、ゴルフのショットの褒め言葉にも使います。すると、打った本人を褒めているのですが、例外なく、決まって、キャディ全員が、テリマカシー“ありがとう“と言います。自分の事ではないと分かっていながら、自分のことのように喜ぶのです。私は、すかさず、salah mengertiと言います。”誤解だよ“或いはsalah terima”間違って受け取っている”そこで、笑いが生まれます。インドネシアのカップラーメンの一例、特徴は折りたたみのスプーンが入っていること、チャベ(唐辛子)の袋が入っていることでしょう。私は唐辛子の袋と油の袋は捨ててしまう。使うのはカヤクと味付けの粉の袋だけです。結構、美味しい、enakである。人によっては、日本のカップメンよりおいしいという人もいる。マニス甘い プダス辛い パヒッ苦い
2013.05.21
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1585 私が生まれた時にもやっていた戦争は、明らかに侵略戦争。その痕跡は各地に点在する。日本にないものねだりで、太平洋、アジア各地に武力で進出しようとした戦争を、それらの地はまったく、歓迎していなかった。大東亜共栄圏などとは日本軍が勝手にトナエタスローガン、各国にとっては迷惑そのものだった。どうぞ、お出で下さい、そして、私たちの植民地支配から解放してくださいとは言っていなかったが、当時の気ちがいじみた、勝手な独走で、日本国民も同調せざるを得なかった、日本全体が、その流れに逆らうことができなくなる状態までになってしまった。もはや、敗戦をしなければ、その状態から抜けられない状態にまでなってしまった。敗戦は日本を救ったと思う。私が何故、東南アジアでその国の人々のお手伝いをしたかったか、しなければならないと思ったか、私の父や祖父の時代に、迷惑をかけた、子供の時からそう思っていた。いつか、その地域の為に役立ちたいと思っていて、それを実行したのです。何かというと、日本は欧米の植民地を解放してやった。だから、感謝されている。という人がいる。それは、結果として、日本侵略がその機会を与えたのは確かだが、当時の日本にはそういう善意の考えはなく、資源を求めたのです。欧米諸国に持っていかれてたまるか、自分たちのものにすると、押しかけたのです。そして、初期の勢いで、多くの東南アジア地域に軍隊が攻め込んで、一時期、日本の軍政下において、資源を持ち出す段取りに掛かったのです。その痕跡は各地に残っていて、現地の人々との壮烈な戦いの痕跡も残っている。モニュメントには日本軍が現地の人々を力でねじ伏せている姿が残されているし、日本軍を追い返した戦果の姿も残されている。そういう場に出会うたびに、ここでも、日本軍は酷いことをしていたんだと、悲しくなる。ハシシタだかハシモトだか知らないが、従軍慰安婦云々で自己主張とかを、むきになってしているが、滑稽である。そんなことは日本軍がやった酷いことの、ほんの一部に過ぎない、もっとひどいこと、書きにくい、言いにくいことを、山ほどやっていた。前都知事のイシハラも後期高齢者なおだから、少しは、良識を持ってほしいものだと思うし、イノセ?何?このおっさんも、日本人として恥ずかしい存在だと思う。どいつもこいつも、自己中心主義で間違った認識を持っていて、それが、時々、本音として、外に出てしまう。政治家なら、世界中の情勢を認識して、皆さんに不快感を与えないように気配りをしてほしい。東京オリンピックは私が大学三年の時だった。新幹線もその年に走り始めた。国を挙げて歓迎した。オリンピックなど、その時だけで良かったのです。他の国や都市に機会をあげればいいのです。無駄な金を使いたがる人が日本の政治家ですね。先ほどのゴルフ場、疲れて食事後、直ぐ寝てしまい、目が覚めたのが20時前だった。侵略 資源 乱暴
2013.05.20
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1584 最近、輸入牛肉に絡んである政党の幹部が収賄をしていたという話があった。事件というか、KPKがその気になれば、コルプシで検挙される人間はどんどん増える。KPKは、忙しくて、もっともっと、疑惑を持った人間はいるが手が回らないと言ったところでしょう。それは、インドネシアの社会現象というもので、きりが無い話。ということに絡んで、そのコルプシ人間が、多くのチャンティックに色々なものを贈っているという話が話題になっている。若い妻もテレビに登場し、旦那を信じるというようなことを言っているが、私は、常識を超えたような品物やお金は受け取っていないという。愛人だか何だか知らないが、お色気女優やダンドゥットの歌手や比較的ベテランの美人女優など6~7人が車などを贈られたということでKPKから事情を聞かれている。裁判にも証人として出頭することになるでしょう。結構、ゴシップとして、賑やかに扱われている。もうひとつ分けのわからない話があって、ある男性、もうかなりの歳、でも私より若いかもしれない、その人がポリガミ(イスラムが認める一夫多妻制)を実行しているが、なんと8番目の奥さんまでいる。その奥さん連中とうまくいっているのか、いないのか、皆さん揃って制服のようなものを来て、写真に収まっているし、奥さん連中の内の何人かは揃ってテレビ出演し、いろいろなインタビューに答えている。何が問題かというと、先輩奥さんが認めていない、後からの奥さんに関して、イスラムの精神から外れているとかいないとか、その男性の関係者やイスラム聖職者たちが、いいの悪いのと言いあっている。裁判になるでしょうが、どうでもいい話だと思う。OVJやヒタンプティなどの番組でもパロディとして登場している。そのやり取りの物まねを大笑いしながら見ている。そこで日本人の話、日本に奥さんが居ながらインドネシア人と結婚してしまう例は沢山ある。結局ばれて、本社の処理担当者が大金をつぎ込んで別れさせる人、日本の奥さんとは離婚し、インドネシア人女性とインドネシアに住み着いてしまう人、中には借金をしまくった上に会社を保証人にして(サインや印鑑を偽造)高利貸しから借金をし、分かれようとする女性に脅かされて、お金を払い続けて、会社にばれて、会社はその借金を肩代わりし、大迷惑を被ったという話を作った人、インドネシア人女性と結婚し、浮気が本気になり、ポリガミはOKとその浮気女性とも結婚してしまって、一番目の奥さんから離婚訴状を起こされて、一千万円以上(その資金は会社のもの)払って、何とか収まった、が、その途中は、収監されたり、インドネシア国外へ出られない法的措置を取られたり、散々な目にあった人、女性にだらしない男はあきれるほど多い、そして、本人たちは案外、悪いことをしたと思っていない。そして、それらの人は、全員、会社に逸失損失を与えている。会社に余計な金をつぎ込ませたり、ごまかして会社の資金を流用したりしているのです。そして、友人たちからも借金をして踏み倒してしまっているのです。日本の本社は、こういう病気の人を使ってはいけない。ばれていない人も多い。逆に良くやっていると評価されている人もいるから、怖い。名前は知らないが、よく見かける花。平気 本性 性格
2013.05.19
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1583 ま~~だ、雨季が続いているのでしょうか。毎日、夕方雨が降る。先ほども大雨で、雨漏りをしていた。床下浸水くらいは日常的、水はふんだんにあると思うのだが、何故か、断水になる。朝と夕方の水の出が悪くのは、仕方が無いとして、夕方家に戻った時に水が出ない、いつから出なくなったのかわからない、翌日の朝になっても、出てこない、二日目仕事が終わって帰ってきたときに蛇口をひねってみると、やはり、水が出ない、トイレで用を足し、水を流すと、出てきたが、補給はされない、ということは、どのくらいの間か知らないが、少しは水が出た時があったようだ。しかし、また、断水だ。夜、7時ころになってチョロチョロ出るようになった。やっと、出るようになったようだが、多分、一斉に蛇口を全開にしているのでしょう、一斉にマンディ始めているのでしょう、一斉に、トイレのタンクに水がたまり始めたのでしょう、だから、日常の朝夕と同じ現象で、私の家の蛇口まで、十分に水が届いていないのでしょう。そして、9時過ぎになってやっと、まともな水の出方になった。この時のホッとした気持ちは、日本にいては味わえない感覚である。ずっと昔、小さかった頃、こういう感激があったような気がする。こういう日が最近、二度あった。そして、今日、昼間、会社で断水になった。聞くところによると、本当かどうか、リッポチカラン地域が断水になっているという。仕事の方では冷却水として使っているが、循環させているので、ほとんど影響ないが、トイレが困る。それも、女性の方。ただ事ではない、騒ぎになってしまう。レストランも大問題だ。予告はあったのか、と聞いてみたが、知らないという。原因は何だと聞いてみたら、パイプがどこかで壊れたのでしょうという。結局、夕方には水が戻ったようだが、原因が分からず、予告もなく、いつまで続くのかもわからずの断水だ。困ることは困るが、この断水に状況を、当たり前のことと、納得してしまっているようで、大袈裟に文句を言ったり、水道局?を批判したりする人はいないようだ。停電も同じこと、こういうものだと、納得してしまっている。私には納得できないが、これを持って、インドネシアの生活を嫌うということはない。織り込み済みだから。 パンガンダランの一風景、タガールアラムに入ってすぐの一般観光客が自由に過ごすことができる場所、ゴア ジャパン(日本軍の陣地になていた洞穴、鍾乳洞)の前。 ウンミさんのワルンから、メニューを写したのではなく、向こうにいる女性の様な二人、お釜です。歌を歌いながら小銭を要求している、この後、間もなく、私が座っている場所にもやってきた。2千Rp渡した。 断水 停電 ゴミ
2013.05.18
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1582 仕事が無くなったから、仕事がある場所を求めて、海外に工場を作り、そこに、日本人を行かせて、運営をさせる。その会社が、適切な利益を上げることを期待する。そして、日本人が何故、現地で必要なのでしょうか。現地の人には任せられないからでしょう。 任された日本人に期待することは、利益を上げることでしょう。それには、インドネシアに関するあらゆる事情を知らなければならない、その能力が無ければならない、多ければ多いほど良いが、間違った情報を振り払う能力も必要だ。すべてがニュートラルな意識から始まらなければならない。先入観は邪魔だ。 やったことが無い仕事をインドネシア人にしてもらうのです。教えてやらなければなりません。日常生活の仕方から始まって、仕事に対する取り組み方、実際に物の作り方、検査や保管など、その製品に関するあらゆる事柄や工程も教えなければなりません。勿論、日本人に比べれば,遥かに安い給料しか受け取っていない人々に教えて、日本人の作業員のレベルまでになってもらうように教えるのですから、大変なことは分かります。テストをして、比較的適性があると思われる人を雇っても、期待するほどの知識が無いのは、織り込まなければなりません。そんなことは日本で日本人の若者を雇う時も同じこと、インドネシア人だからどうのこうのということはない。事務的なことでも物作りでも同じことです。やってほしいこと、覚えてもらいたいことは、必ず、やって見せます。説明をしながら、コツを教えながら、手順を示しながら、やって見せます。その時に、うまくいかないこともあります、再挑戦や他の方法でもやってみます。そういうことを繰り返して見せて、手本とします。そうすれば、熱意が伝わります。そのあと、自分でやってみなさいと、やらせます。うまくいかないときには、どこがどう違うのか、考えさせます。こちらがやってしまえば、本人は覚えない、初めからやらせた方がいい、などというのは、手本を示すことができない人間の言うこと、暇が無いから、時間が無いから、やって見せられない、などということも、教える能力が無い人です。こいつらは、バカだから、弩鳴らなければ何もできない、などという人は、思いあがりもはなはだしい人で、そう人に限って、会社にとって存在がマイナス、この人がいないほうが会社はうまく回ると思う。逸失利益が多い会社である。自分ができないこと、やったことが無いことも、やってもらうことがある。それでも、一緒になって、やってみる。そして、結果できなかった、それでもいい。次の機会にまた、一緒にやってみる。こうして、一体感を持ってもらうことが一番重要、この人の為なら、自分たちも、何とかしようという気持ちになってもらうことが大切、当然、働いてもらう環境や条件についても、出来るだけ優遇してあげなければならない。私はそうして、多くのインドネシア人の若者に私の技術を伝えた。そして、彼らは、それぞれの職場で、そこの日本人ができないこともやっている。外から見ていると、日本人が居ないほうがいいと思う職場の方が多い。今もそれは続いている。任せてやってもらう、うまくいかないときには、ポイントだけを示す、うまくできたら、大喜びをする。失敗しても、責任は私が取るから、やってみなさいと言ってある。 私が教えた職場は、ドメスティックの仕事を次から次へと完成させて客先に喜ばれ、会社にも利益的に貢献してきた。他の部門が自立できない状態でも私の部門は、早々と自立させてきた。今の会社でも、間もなく、貢献できるようになるでしょう。如何でしょうか。できますか。 パンガンダランで仕入れた、小エビのフライと、イカン アシン(しょっぱい魚)と言って、小魚を開いて乾燥させたもの。いずれも、酒飲みに試食してもらったところ、おつまみに最適との評価を得た。これを、レストランのメニューに入れたらいいのではないかと思う。 ボックスタイプのトラックのほとんどは、日本からの中古車である。日本語の表示や描かれた絵は、中途半端に消されていて、消され方が汚いボディのトラックが多い、このトラックは例外、このトラックを見ると、まるで、日本にいるようだ。 手本 一緒 仲間
2013.05.17
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1581 話は全く別になるが、日本での話。年金収入が一月、数万円しかない老人が、生活できない、そこで、年金を担保にして借金ができる制度があるらしい、その制度を使って借金をして返せなくなり、生活保護を受ける人が増えているという。へんてこりんな話ですね、借金をする前に、生活保護の申請をしてしまえばいいと思うのだが、だめなのでしょうか、役所はその制度を使って借金をするように勧めるのでしょうか。そうなら、もっと変な話だ。もっと変なのは、『貧困問題に詳しいなんとか弁護士は「月数万円程度の低い年金収入しかない人の年金を担保にとれば、生活に行き詰まるのは目に見えている。年金だけで暮らせない高齢者が増え、その変形として年担による生活保護の問題が生じた。困窮し働けない高齢者をどう支えるのかが問われている」と社会システム上の問題点を指摘した。』この文章を読んだ時に、この文章を紹介した筆者も変だし、このコメントをしたなんとか弁護士も変!!変だと思いませんか。 「問われている」なんて言うのは誰でもわかっているでしょ、問われているのは、あなたに、でしょ、どう支えたらいいか、回答してくださいよ、弁護士さん。いくつかの方法を紹介して下さいよ。提案してくださいよ。 こういった記事は、取材する方も答える方も、能力が不十分なので、それぞれが、納得してしまっている。それを批判すると、往々にして、逆切れされる。会社でも同じこと、部下が上司の能力が不十分だと批判すれば、たちどころに、能力が不十分同士の上司やその他の部下たちの意見が一致してしまって、自己防衛のために、批判した部下を攻撃する。 仕事に関して、ちょっと前に“逸失利益“について書いた。この原因は、人である。意識的か、能力的かは知らないが、その人が巻かされていないで、他の人がやっていたら、今までより、利益が上がっていただろうということです。あらゆる点でスキルが低い日本人が、インドネシア人に対し、「そんななことができないのか、そんなことが分からないのか、スキルの問題だよ」と言っている。「お前のスキルが足りないよ」と言いってやりたい。 例えば、原料を、日系企業から買っている。日系企業なら高いに決まっている。ローカル企業でも同じような原料を作っている。そして、それは、安いに決まっている。しかし、原料を買う担当者は、日系企業から買い続ける。何故でしょうか、「原料の中身というか成分というか、物性を信頼できる、その他のメーカーは信じられない」からでしょう。しかし、もうひとつ、大きな理由がある。それは、コルプシでしょう。何らかの旨みがあるからでしょう。旨みを手放したくない日本人もいるよ。それと、ローカル企業を指導し、信頼できる品物を作るようにしてやったらいいのだが、それができない。 その会社のインドネシア人に購買を任せれば、日系企業以外の信頼できるメーカーを捜すか、受け入れ検査を厳しくして、安い原料を買うことの努力をするでしょう。そういう動きをするだけで、高い価格の日系企業は新しい値段を出すでしょう。この一連の状況は日本人の能力の問題だし、性格の問題でしょう。コルプシの旨みが無くなるからでしょう。そういう人に限って、インドネシア人の能力が低いと批判したり、投げやりになったり、やつらはコルプシをしていると言ったり、弩鳴ったりするのです。 一車線だけ、コンクリート舗装をしている。レバラン前に終了すると思うから、約二カ月先まで酷い渋滞は解消しない。ドンドン酷くなっている道、この道はレバラン前までには補修工事は始まらないでしょう。 指導 伝授 教育
2013.05.16
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1580 ぼちぼち、話が纏まってきている。現在まで見積もりを提出したうちの二社からPOが入った。これで、客先は三社になった。量的、金額的には、少ないが、とにかく、誠心誠意、対応してゆくつもりだ。歳でボケてきたんじゃないの、と言われないように。昨日も、ある会社から呼ばれて行ってきた。製品は明らかにできないが、聞くところによると、数年前とは、製造品の種類が替ってきて、以前、全売り上げの50%以上だった製品が、今は20%くらいになっている。他の製品が増えたこともあるが、減った製品は中国や台湾企業の進出によって、価格で対抗できなくなっているから、政策として減らさざるを得ないという。彼らがまだできない製品を増やすしかないという。要するに今までやっていたものに固執していたら、ジリ貧になってしまうから、新しい物の生産に変えていかなければならない、それができなければ、生き残れない、ということでしょう。日本ではとっくに厳しい、インドネシアの安い人件費?を使っても厳しくなっているのです。これからの若い担当者は、大変だなと思う。その増産する製品に使う押出し品の現地調達を考えているが、今、押出し品を調達している地元会社ではそれを作ることができない。また、日系企業にも三社当たったができないと言われた。そのうちの一社から私の名前が出たとか。それで、私が呼ばれたのでした。お会いして、今までの経歴を話し、最近、インドネシアで作った製品を見せた。なんとなく、反応が今一だったが、ローカルスタッフに私を紹介しておくということだった。それが、今朝、その会社のローカルスタッフが電話をしてきて、今から直ぐに会いに行きたいが都合はどうかと言ってきた。何だか、急ぐ話の気配がしたので、予定があったが遅らせて待つことにした。時間通り、やってきた。サンプルを持ってきた。昨日、日本人が言っていた、インドネシアでは作るところが無いという製品だ。持ってきたのは中国製だとか、ぜひ、身近から調達したいので、やってほしい、昨日、持って行ったサンプルの中に似たような製品があった。それがまた、超急ぐ話で、売り出しのスケジュールが決まっていて、それに従って、中国からの輸入のスケジュールを決めてある、その注文を出す前に、太田さんにサンプルを作ってしまってほしい、そうすれば、中国に注文しないで済む、という話。一か月半後には、マスプロに入りたいという。無茶苦茶な話である。しかし、彼らの熱意は伝わってくる、何とかしてやりたい。その日程で、何とかしてやることにした。今まで、結構、悠長にやってきたが、他の仕事を含めて、少し、スピードアップをしなければならなくなってしまった。パンガンダランで遊んできた余韻が消し飛んでしまった。 今日でぼちぼちは終わりである。もう営業はしばらく慎む。 そういえば、ブロックMに“ぼちぼち”という日本食レストランがある。入ったことはないが、元の創造日本食の“塩梅”アンバイには何回か入ったことがあった。あるレストランの昼食、焼きそばオムレツ定食ときつねうどん定食、どちらも税込みで5万Rp,私にはどちらも量がちょっと多い。でも、日本食にしては安いと思う。責任 納期 品質
2013.05.15
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1579 私のブログ、昨年の5月14~17日まで(1216~1219)、“あれから14年”として、インドネシアの大暴動について書いてある。今となっては、その時、インドネシアにいて、目の当たりにその状況を見た日本人は、インドネシアにほとんど残っていないと思う。インドネシア人でも知らない人の方が多くなっている。その日、ジャカルタで大暴動が起きていると、会社の誰かが言いだした。テレビでは、その時、多くの場所からライブで報道し始めていた。ブカシバラットから、次第にブカシティムール、タンブン、チビトゥン(MM2100の高速道路を挟んで反対側)を通過し、チカラン(リッポチカランではなく、コタ チカラン)そして、私が当時住んでいた、ルマーアバンを過ぎてカラワンに達した。工業団地が対象になってはいなかった。一般国道沿いの町が対象だった。それぞれの町で独立単独で始まったのではなく、あたかも、誰かが先頭に立って、扇動して、次の町、次の町と移動し、打ち壊していったように感じた。ガソリンの補助費の削減をできないのは、未だに、その時の記憶が残っているからだと断言できる。SBYがガソリンの値上げをしようとすると、反対派は、必ず、暴動が起きれば、大統領の責任だといって脅かす、その繰り返しを数年以上やっている。あれから1年は、スホイがサラックに激突してからでした。 平和な話、タンゲランの会社で作っている、酒、飲み方として、一日三回、食後、20~40mlと、勧めている。薬ですね。 五階建てのホテルを建設中、レンガを手渡しで上の階に上げている。チャップリンの喜劇映画を見ているようです。 これが、パンガンダランからグリーン キャニオンへ通じる、ジャラン ティクス(ネズミの道、抜け道)です。メイン道路より遥かに凸凹が少ないが、狭い。 安全 暴動 記
2013.05.14
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1578 目覚ましで04:30に起きた。まだ眠いが、どうしても起きなければならない。05;15家から出発、朦朧としていて、どこをどう通ってゴルフ場に着いたのか、ほとんど、居眠り運転。無事にゴルフ場着いたのが、05;45でした。どこが痛いとか、気持ち悪いとか病的な症状は無いが、とにかく、疲れが抜けていない、眠くて仕方がない。それでも、06;30頃からティー オフ、素振りは一切なし、いきなり、打つ、最後までその通り、スコアーと同じ数だけクラブを振っただけだった。それでも、まあまあの結果、オリンピックも受け取る側だった。 ボールの場所へ行く前、打ってから、カートにいてうとうとしていた。キャディーはいつもの私と違うので心配していたようだが、理由は分かっているので、話しかける回数も少なかった。 一種のプレーした中にパンガンダランへ一緒にった一人いたが、その人は元気、運転をしないし、ビールを飲んでは鼾をかいて寝てしまい、目が覚めたら、また、ビールを飲み寝てしまう。ガソリンスタンドに寄ってトイレに行くときがけ、起きていたという方だった。ま、笑いながら、話す、エピソードの一つだった。 終わって食事をし、13;30頃家に戻ったが、またすぐに寝てしまった。目が覚めたのが17:00過ぎ、起きた時、外が薄暗かったので、朝になってしまっていたと思ってあわてて身支度をしようと思った。ちょっと待て、いや、まだ日曜日の夕方だと、直ぐ、気がついて、ほっとした。 旅の一日目は、3時に出発、運転した時間は10時間ていど、二日目は6時前から行動し、大波にもまれてヌサカンバンガン、昼からはジャングルの中、夜は食事とカラオケ、ハードな活動時間が16時間以上、三日目は12時間以上の運転に加えて、観光地の案内、それら+未亡人アユさんも迎えに行ったり送っていったり、田舎のくねくねした道を、真っ暗な中、合計6回、時間にして2時間以上、それ+綺麗で優しそうな印象だった魅惑の未亡人?のはずだったアユさん、まったく、当て外れ、自己主張が激しく、しゃべりすぎ、煩い、その人の相手をするのが途中から負担になってしまった。疲れる材料が増えてしまった。 ということで、一人で行動しての旅には無い疲れがたまってしまったのでしょう、しかし、その疲れは、実に気持ちがいい、半分眠りながらゴルフをしていながら、こんな生活ができるのは、贅沢かもしれないと思った。 ゴルフ場の花、二題。 心地よし できる 夢の中
2013.05.13
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1577 出発前の東海岸のサンライズとパンガンダラン西海岸の人で。アメリカの国立公園ではない。パンガンダランから西、25Kmほどにある一応観光スポットである。既に何回もいっていて、ウェブサイトなどで紹介してある。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage023.htmlはっきり言って、たいしたことは無い。上陸する岩場よりもっと奥の方に行ければ、もっと素晴らしい、状況を見ることが出来るだろうが、行けるところまででは、物足りない景色である。日本の何社かのガイドブックに載っているように、インドネシアの旅ガイドにも紹介されているので、パンガンダランに行くなら、グリーン キャニオンもという人が多い。行く途中の道が半端じゃない凸凹道、以前はそれほどでもなかったが、このごろは慢性ボコボコ状態で、治しているなと思ったが、直ぐに穴があき始める。何故か判っていないようで、何年か周期でそれを繰り返す。これは、パンガンダランに限った事では無いグリーン キャニオンまでは、一ヵ月半ほど前に行ってきた。その時は、道が凸凹過ぎて30分で行くところが1時間以上かかってしまった。それより悪くなっているなら、私は行かないと、地元の人に言ったら、「治っている、以前の様に順調に行ける」という。私の友人が一週間前に行って来て、道が酷かったというので、そうだよね、以前より悪くなっていると思うから、そのひどさを知っているという話をしたばかりだった。一週間前に酷かったのに今、治っているというには、どういう事だ?一週間以内に直すことが出来るはずがない。友人が違う道のことを言っていたのか?行ってみた。道は修復してあった。一ヵ月半前よりは、良くなっていた。良くはなっていたが、友人が言ったように、やはり、日本人からしてみると、かなりの凸凹、到底、なおしたとは思えない凸凹さで、友人が酷い道だったというのは当然だった。 その凸凹道でもじものとの連中は、十分、以前より良くなっているのだから、治したというのも当然だった。同乗者はどうか、「酷い道だよ、これで直したっていうの」という意見だった。私は、そのメインの道からヂャラン ティクス(抜け道)に入って、その凸凹道を避けながら、往復をした。車がすれ違うことができない、田舎道はいくらでもある。今回は海岸に近い道、バトゥ フューを通った。道の状態に関する感想に違いがはっきりした。グルーン キャニオンは、連休の中の土曜日とあって、大混雑、やはり、舟が大渋滞していた。早々に引き揚げたが、それでも、8時に出たのにパンガンダランへ戻って、アユさんを送って行ったのが、11時を回っていた。我々は食事を取り、パンガンダランから出たのは12時過ぎだった。順調に車は進んだが。チレニーの高速道路に入る前数Kmから大渋滞に巻き込まれた。道路のアスファルトの舗装の上にコンクリート舗装をしているのが原因だった。 そういえば、この場所ばかりではなく、道中、各所で、そういう工事をしていた。ラマダン、レバラン前に道を修復してしまおうという時期にはいったからでしょう。 ジャカルタの友人をチカランのインターで降ろして。家に着いたのが21;00を回っていた。12時間以上の運転で、起きていられなかった。直ぐに寝てしまった。疲れた、眠い。 後で、書きなおす。 旅 運転 睡魔
2013.05.12
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1576 5時半から、活動、サンライズを拝んでから、ヌサカンバンガンへ向かう。いつものとおりである。浜でバーベキュー、美味しかったに決まっている。本日の特徴は、クピティン(カニ)を大量に仕入れたことでした。浜へ着く直前にいつもの様にロブスターを漁師から買った。あまり大きなものが無く、せいぜい250gくらいが最大で、1kg足らずいしか買えなかった。種類はウダン ヒジャウという、最高品質のものだったで、高かった。30万Rpもした。量的に少ないので、他の魚などないかと聞いたら、カニがある様という。見せてもらった、それ全部でいくらか聞いたら5万Rpだという。安い、全部掛かってしまった。とにかく、鍋に一杯になってしまうほどの大量だった。 それを、チキン味のブンブで煮詰めた。スープもおいしかったが、カニも美味しく、頂いた。一緒に行った、ガイドや手伝いのパンガンダランの人達もおいしそうに頬張っていた。 それと、今回特別に、Nasi Liwatという種類の味付けをしてたいたご飯もおいしかった。ナシ ウドゥックに似ているが、独特な甘さがあった。 往復途中、うねりが大きく、同行の日本人は、緊張した様子だったが、浜で満喫できて、その緊張も吹っ飛んだようでした。 12時ころ西海岸へ戻り、14時にはチャガール アラムに入った。これも、いつもの様にチュルッグ パナンジュンという滝まで行って戻ってきたのが、17頃、残念ながら、ラフレシアには会えなかった。私としても、会えなかったのは何年振りだろうかという、運の悪さだった。 小エビいのゴレンを受け取りにアユさんの家に行き、それはそれとして、今日も、彼女を夕食に招待した。その後が疲れた。早朝からの強行軍の締めくくりがカラオケ、パンガンダランにもファミリーカラオケが沢山出現していて、私たちが行ったのが、ホテルで経営する新式のカラオケで、設備は最新式だと思う。キーボードを操作する。インドネシア語や英語の歌は、当たり前、日本語、中国語、韓国語の歌も入っていた。22時過ぎまで2時間ほどいた。どういうわけか、5人だったが。飲み物を含めて30万Rp、安かった。 ま、でも、パンガンダランへ来て、カラオケは無いだろう。強行 満足 緊張
2013.05.11
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1575 今、どこにいるかというと、そうです。再び、まさかのパンガンダランです。二時半に家を出た。ジャカルタからの日本人二人をピックアップし、三時前にはチカランバラットインターからパンガンダランへ向かった。いつもの通り、ホテルにチェックインする前、ルンバー プトゥリからパンガンダランを見下ろした。私のウェブサイトの表紙である。同行二人の内、一人は三回目、もう一人は初めてした。しかし、二人ともこの場に立って、流石の景色に感激していた。天気が良かったので、私もホッとした。10時半には、西海岸のUMMIさんのワルンに到着し、アウェン君を呼んで、明日の打ち合わせをし、今日二人は釣りをしたいと言うので、アウェン君に後で釣り場に連れて行ってもらうことにし、その後、二人の宿を西海岸のホテルUNIに決め、休んでもらった。かなり前からあるホテルだが、2006年のツナミで跡形もなく無くなってしまっていたが数年前に再び開業した、建物は新しい、それに、津波前より季語が大きくなってるホテルだ。私は彼らとは別の遥かしやすい東海岸のパモルディアンに入った。昼寝を一時間ほどしてから、例の、あの、魅惑の未亡人アユさんに電話し、予約をしてあった小エビのてんぷらについて聞いてみた。準備はしてあるが、二十パックしかないという。それでもいいから、ほしいというと、ホテルへ持ってゆく、という。それはありがたい、待っていると14時過ぎには、バイクで届けてくれた。23パックあった。会うのは一ヵ月半ぶり、今日は、ジルバブをしていなかったので、同じ人の感じはしなかったが、美人であることは、前以上に感じた。性格は明るい。しばらく話をしてから、50パック以上はほしいので夕方までに準備してくれないかと頼んだ。私の家を教えるから、今、私を、私に家まで送ってくれて、場所を確認し、ホテルへまどって、私はバイクで家に帰るから、夕方、もう一度私の家に、取りに来てくれれば、準備しておく、という、ちょっと、複雑なことを提案してきた。その言葉に従って、彼女に家に行ってみた。なるほど、田舎の凸凹した曲がりくねった小道を数キロ走るので、これでは、ちょっと書いてもらったくらいでは、家まで行きつけないと思った。彼女が横に座って、案内してくれなければ、着けなかったでしょう。松本で仕事をしたときに節約してお金をためて作った家だという、立派な家だ。自分が作ったというお菓子を出してくれて、30分ほど、また雑談し、ホテルへまた二人で戻り、彼女は置いてあったバイクで再び家へ帰った。夕方、電話が掛かってきて、まだ、出来ていないから、明日にしてくれという、私は、いつでも、良いので、それはまたということにし、二人の日本人と一緒に食事をすらから一緒にどうかと、提案したら、日本語を話したから、良いよという。先ほど知ったばかりの彼女の家へ迎えに行き、UNIで合流し、パサールイカンで食事を一緒にする。並んだシーフド、飲み物を含めて、総額35万Rp,そのボンを見て、安さにびっくりしていた二人の日本人が印象的だった。ジャカルタなら、一人でこの金額だよ、という。彼女も大満足、20時前に再び家まで送って行って本日の行動はとどこおりなく終了した。彼女とは、残りの何パックかを受け取るために、いつとははっきりしないが、再び会うことにした。 ホッ 快い またまた
2013.05.10
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1574 食から住へ、そして衣である。これから何年生きるか知らないが、おそらく、死ぬまでに身につける物に使うお金は5万円以下だと思う。過去、10年間で5万円どころか、多分、3万円くらいしか使っていないと思う。その中で最大は、旅に出た時に、思い出として場所の名前が入ったTシャツです。自分用ではなく土産として、帽子やTシャツは買う。自分用ではなく、他の人が身に付ける物は、おそらく、年平均5万円くらい買ってあげているかもしれない。 今年、何を買ったか、100円ショップでソックスを二足買っただけである。 装飾類は生まれてこのかた、買ったことはない。指輪、腕輪、ネックレス、腕輪などなど、あったら邪魔だと思う、しまっていてもない。 買ってやったことは、いちいち覚えていないほど多い。腕時計だけ身につけたことがある、装飾品と言えないと思うが、二十歳の祝いに父親から贈られたものだ。就職して仕事の時に外さなかったので、水が入ってしまって使い物ならなくなった。それ以来、腕時計をしていない。何回か送別会などで、プレゼントされたが、どこにしまったか知らない。 私の服装を見たら、インドネシ人も気の毒に思うのではないかと思う。ズボンの両ポケットに穴があいているズボンをはいてゴルフをしているので、間違ってボールを入れると足元に落ちてくる。HPやカメラも同じこと、シャツは10年ぐらい前にもらったパラマウントベッドのマークとインターコンチネンタルホテルのマークが入っている襟付きのTシャツを交互に使っている。色があせている。靴は接着剤で修理を繰り返して、数年使っている、プレーの回数は300回を優に超えていると思う。足に馴染んでいるし、水が沁み込んで、歩くときにキュッキュとなるのが気に入っている。 普段の服装は?平日は、会社のユニフォームだけである。靴はスニーカー、これも、数年以上買いかえることはない。今までの色々な会社のユニフォームがたまってしまっていて、家では邪魔になっている。インドネシア人に挙げてしまうでしょう。ついでに家の道具や家具も全て、どなたかに挙げてしまうでしょう、そう何年も先の話ではない。ただし、贅沢をしていないので全て安物だし、最小数である。 仕事の時以外は、思い出に買った襟なしのTシャツに短パン。旅に出る時も車ならそのスタイル、飛行機を使う時には、長袖のシャツと長ズボンだが、旅先では、普段のスタイルになる。服装を見ても、話をしても、ダリマナと聞かれて、ダリブカシと答える私を日本人だとは思われないのが快感。 自分のものに金を掛けない。それが、私の趣味です。そして、他人の為に金を掛けるのが私の趣味です。いかにして、金を掛けないで生きるだけでなく、エンジョイできるか、いつも考えている。 何を運んでいて、何を売るのでしょうか。ココナツジュース売りとアヒル売りです。売る場所へ向かっている。 無欲 無駄なし 長持ち
2013.05.09
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1573 何社かに見積もりを提出してあって、これらの全部の話が纏まってしまえば、今の設備では生産が間に合わなくなってしまう。本当はそういうことを心配する必要はない、全部、仕事が纏まるはずがない。それでも、先日押出機を一台購入したことは書いた。遅くても13日には搬入される。ところで、昨日の続き、昨日は衣食住の内の食だったが、今日は住について書く。17年前初赴任をしたときにリッポチカランのクラウンコートに会社が借りてくれて住んだ。家賃は1,000US$だったともう。車は4~5人共同で使っていた。クラウンコートに三人、チトラインに二人だった。合計の住宅費用は5,000US$を超えていたでしょう。実にもったいない、そして、その部屋の住み心地も特に快適とは言えなくて、湿気が多い部屋だった。 ところは、いま、どうでしょうか、家族連れなどを含めれば、日本人が住む家の家賃は2,000US$を超えているかもしれません。ピッポチカランでも1,500US$くらいが平均になっているかもしれません。工業団地も、外国人が住む分譲地やアパート、毎年上がっている。値上がりしているので二年契約が最長だそうだ。 ところで、私の住宅のこだわりは、やはり安いこと、部屋はダイニング、シャワー室、居間(狭くていい)寝室があればいい。私が望まない、広い部屋に平均家賃300~500US$で済むことが多かったが、インドネシアの生活に慣れてくるに従って、次第に狭い家、インドネシア人の中流以下の家庭が住む地域に住むようになってきた。今は家賃150US$水道代、電気代、ゴミ処理代はその中に含まれている。こんな家でも、私が一人住むには勿体ないくらい広い。本当はもっと狭い方がいいし、安い方がいい。無駄だと思う。そして、自己負担である。会社に出してもらいたくないからだ。 日本の自宅はどうか、二十数年前に妻と共同で建てた家だ。住みついていたのは6~7年だったが、私がいる部屋は、私用にと用意した8畳間の真ん中に畳半分分の掘り炬燵風のテーブルを置いただけの部屋、一隅にテレビ、もう一隅に箪笥、南側は全部、縁側になっている。今もそのたたずまいは変わらないが、家族の居間になっているようだ、私がちょっとお邪魔した時だけ、私の道具類がテーブルに戻され、私の部屋になる、私はその他の部屋へ行くことはない。二階にも妻や娘や孫たちの部屋はあるが私は、何かの修理を頼まれたとき以外は登ってゆかない。その広すぎるくらいの和室にいるのが自分の世界にいると感じる、頻繁に家族が入ってきて好き勝手なことをしていて、私の邪魔をするが、それはそれで、それも含めて、私の家での空間に満足できる。只一つ、部屋の温度管理について、暑いだの寒いだの言わないでほしいと思う。そう長くいつくわけではないから、その間ぐらい、私の部屋なのだから、私の思うようにさせてほしいと思う。昨日から正式オープンした和食レストラン、一週間前までのプロモ期間中4万Rp均一だったそれぞれの価格は、それぞれの原価に連動した値段になって、勿論4万Rpより、高くなっている。例として、税込価格7万1500Rpの刺身定食、6万6千Rpの冷やしラーメン定食。 住処 空間 充分
2013.05.08
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1572 インドネシアの日本食が美味しいかというと、普通である。不味くはないし、特に美味しいと思わない、どこの店のないが美味しいか、特にそういうものもない。既に書いたが、インドネシア料理や中華料理に比べてどうか、どれがおいしくて、どれが口に合わないとも言えない。また、それぞれの料理というか食べ物が、高級と言われる値段が高いラストランやホテルのお勧めと道端の超格安のテントレストランのお勧めを比較してどちらがおいしいとも、不味いとも言えない。どんな所でどんなものを食べても同じだし、一寸美味しいかなと思う確率も変わらない。どこで食べても同じなのだ。このことが大前提である。それでは、食べる場所を選ぶのに何を優先するのか、三点である。優先順位は、値段が安いこと、近いこと、そして、量が丁度いいこと。非常に簡単です。清潔か不潔か、店の人の態度はどうか、よほどひどいと思わない限り、あまり気にしない、許容範囲は広い。 だから、日本食レストランは、値段が高いし、量が多すぎる。多いから少なくして安くしてくれても、高いには変わりない。中華料理も食べない。まったくではないが、自分から進んで選んでゆくことはない。 インドネシア料理風の店でも、例えば、リッポチカランのシティヲークのレストラン、しゃれている、ソラリアなどは有名な、日本でならファミレーレストランである。それに似たレベルのレストランが並ぶ、やはり、値段が高い。 ピザハットやKFCやマックも高いと思う。日本の同じ店より高いと思う。満足感というものは、その辺りの安い店で丁度良い量の食べ物を、雑談しながら食べた時です。屋台でおかずになるものを買って、家でご飯と一緒に食べる時、充分に得られる。高い店で、どんなものを食べても、満足しない。どなたかが払ってくれて、只で食べたら、もっと、満足感は得られない。 多くの人とこだわりが逆だと思うが、これがこだわりというものです。 修復中の道とまだまだこの状態よりひどくなる道、コタ チビトゥンとコタ チカランの間は通常の倍の時間が掛かるし、緊張をする。安い 近い 適量
2013.05.07
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1571 ゴルフをしていて、スコアーとあまり連動しないように思うが、オリンピックでポイントをゲットするのは快感の一つでしょう。ニヤピンなどより、砂竿などが絡んで一挙に10点などというのは、やった、という気持ちになる。そこで、本日の快感は、ワンパットが前半8回、後半が6回、パット数が22回だったこと、一点パットが多かったので、獲得ポイントはそれほどでもなかった、欲を言えば、前半、一回外したのが1mくらいのパットだったこと、あれが入っていれば、と思う。残念!!狙って出来るものではないと思うが、オンをさせようと思えば出来るだろうと思うクラブより短いクラブを使ったことは確かで、手前に止めることを狙ってみたことは確か、パー狙いよりボギー狙いを徹底した。同じボギーでも、当たりが良すぎてオンしてしまってツーパットをしたホールが三か所だった。昨日も今日も昼食代は稼げた。水の中から頭を出して、グリーン上のプレーターに、そっと近づいてゆく、得体の知れない小怪獣?ビアワック(Biawak)という中トカゲです。プレーヤーは危険が近づいていることに気がついていない。そんなことはない。私が旅をしての印象ですが、ビアワックはジャワ、スマトラ、カリマンタンの島々には確実の分布している。ジャカルタ近郊のゴルフ場ならほとんどどこにでも出没する。勿論、パンガンダランなどには野生の猿や鹿や牛、それと、ビアワック、カサカサと近くで音がすれば、それは、ほとンど、ビアワックです。ブンガバンカイ(ラフレシア)を食べる犯人もビアワックです。保護動物に指定されているのかどうか知らないが、食べたことがあるという人の話を聞くと、ワニもそういうが、鶏肉を食べているようだという、姿を見なければ、本当かどうかわからないという。人間に捕獲されれば食べられてしまうらしいが、泳ぎも上手、潜水も得意、木登りも上手、だから、生命力が旺盛なのでしょう、コモドのように集めて保護をしなくても、インドネシア中に分布生息しているのだと思う。インドネシアにトカゲの種類は多彩だ。色々な呼び名がある、小さいものはcicakチチャック、私がインドネシアに赴任したその日の夜、窓の外にへばりついている10cmくらいの白いトカゲ、イマリかヤモリの大きさ、それにびっくりさせられたのを覚えている。聞くところによると、ハエやカを食べるので人間に害はないというが、気持ちが悪い。どの家庭にも出没するらしい。ゴレンで食べる人もいるという。私は食べてみたくもない。快感 自然 肉食
2013.05.06
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1570 先ほども、昼食を外で食べて家に戻ったら、停電していた。何時ごとから停電したかはわからない、今朝は5時20分に家から出ていた。冷凍庫の氷の溶け具合からはそう長い時間ではない、二時間以内だと思う、それから2時間後に回復した。土曜日の昼間の停電なので、短時間なら、暑さに耐えれば、そう問題はないが、それでも長時間続けば、冷蔵庫の物やヲーターディスペンサーの水の腐敗が心配になる。 日本に比べればインドネシアの停電はかなり頻繁だ。何が原因なのか、停電の予告があるのか、私にはわからない。とにかく突然の様に思う。雷や豪雨によってというのはある。しかし、どの程度ならという、規則性はないので、ちょこっとした雨、遠い雷でも住んでる地域一帯が停電になる時もある。停電時間もローソクを準備する時間内の回復する時もあり、半日以上回復しない時もある。 日本人が住む地域やアパートやホテルやショッピングモールには自家発電装置が備えてあって自動的に作動するようになっている。多くの会社も備えているでしょう。それでも、一瞬は真っ暗になるし、やはり停電になれば、只では済まないことが多い。インドネシアの損失は大きいと思う。 必需品は懐中電灯など直ぐに手元だけでも明るくできる道具だが、やはり、ローソクでしょう。一寸したレストラン、道端のテントワルン、どこでもローソクは必要だ、レストランは昼間でも、外から光が入らない店が多いので、真っ暗になる。私もインドネシアへ来てすぐに大型のローソクを備えている。一時は、様々なデザインのローソクを集めたこともあった。点火は、ライターを持っていないので、ガスレンジでやる。蚊取り線香も同じ方法だ。 勿論どこでも売っているので、入手は簡単である。日本の様にローソクの有名な産地というものはないと思う。そして、製造も簡単である。インドネシア中、いたるところで、目立たない場所で作られている。半自動ローソク製造機の一種です。 停電 損失 腐敗
2013.05.05
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1569 ある懐かしの会社を訪問した。45年以上前に押出成型の会社に入って間もなく、12ナイロンというものが、世の中に登場した。可塑剤を混ぜてちょっと柔らかくした種類もあって、それで、チューブを作り、中低圧エアー用に供給した。その客先の内の一社が、今日訪問した会社の日本本社だった。コイリングチューブも作った。それまで、日本にはなかったものでした。エアーくぎ打ち機に最初使われた。 ほとんどの押出し製品は既に現地の会社から供給してしまっているので、未だに、日本から輸入しているという会社を捜すのは難しくなっている。インドネシアに進出して間もない会社だが、この会社は、私が独立した頃には社内で押出しを始めていて、12ナイロンチューブなどは内製を始めていた。タイにかなり以前、進出しているのでタイにもオ祖出し工場を持っていたはずだから、それほど期待はしていないが、取りあえず、自己紹介をしておきたかった。 なかなか、当たり良い社長さんで話しが弾んだ。工場進出にあたって、場所を確保するのに苦労したらしい。以前から私が言っているように、今になって、インドネシアへ進出しようとしている会社が多く、どこの工業団地も契約済は多く、契約をされていない場所も、今契約しなければ、一か月後には、値段が上がっているし、他の企業が契約してしまうと、説明されたという。そういう、脅かされているような雰囲気の中で、今、工場を建設している場所は、あわてて契約してしまったとのこと、そちらの工場が完成しても、直ぐに移転する必要が無いらしい。私の仕事との関連だが、内製しているチューブのほかに、他社から買っている製品があるらしい、インドネシアで調達ということになれば、連絡してもらえるような感触を得た。とにかく気持ちよく話が出来た。明日、ジャバベカでゴルフをやるそうだ、会うかもしれない。空のボトルに飲める水を作る装置から入れて売っている、アクアやアデスなど、著名な飲料水メーカーのボトルにも入れて売っている。ラベルや蓋もコーピーが出回っている。 こんな道の向こう、右の塀の内側にローカルの押出成形工場がある。空港に向う高速道路の出口から1kmも離れていないので、立地としてはいい場所だと思う。 進出 これから 難しい
2013.05.04
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1568 UST,JEFFRIイスラム指導者の死は、インドネシア中を悲しませた。一週間近く過ぎても、彼に関する特集番組が絶えない。色々なインタビュー番組で関係者が出演して、彼がいかに民衆に好かれていたかを話している。それはそうでしょう。テレビに出演頻度が非常に多かったし、説教の様な活動も盛んに行っていた。だから、芸能関係者との交流も頻繁だった。歌って踊れる宣教師、とでもいうのでしょうか。 だから、彼の突然の死について、原因やその直前の様子について語られていない。というより、追求されていないと言った方がいいでしょう。夜中の1~2時、何故こんな時間までどこで何をしていたのか、酒酔い運転ではなかったのか、このことについて、私がテレビ番組を見ていた中では、質問した人はいなかったし、関係者で打ち明けた人もいなかった様に思う。芸能関係者、著名人の中に大型のバイクを乗り回すのが趣味の人が何人かいる。そして、その中の何人かは、テレビでも紹介されている。事故を起こす人もいる、死ななくても、怪我をしている人のことも報道されている。絶対数が多いわけではないでしょうが、報道されるので、目立つ。カラマラン川の渡し船、田舎へ行けば珍しくないが、ジャバベカ1の近くなのが珍しい。このあたり唯一の橋が100mほど手前にあるが、いつも渋滞をしていて向こう岸から迂回すると10分以上かかると思う。カリマラン側からジャバベカ1に入ったところのアスファルトの道、この道は、300mくらいだけだが、16年前から一度も修理をしていない、凸凹がない、穴ぼこが出来たことが無い、インドネシアとしては貴重な舗装状態だ。インドネシアで一番状態がいい道だと思う。ここを舗装した会社はどこでしょうか、技術者は誰だったでしょう。通るたびに気持ちがいい。卵を運んでいる。炎天下の中、豪雨の中、同じ状態で輸送している、スーパーやコンビニ、ショッピングモールで量り売りをする。日本の様な透明パックに10っこ入れて売っているものもあるが、こちらは、それの半値以下、私も、頻繁に買う。しかし、割ると白身は水の様、黄身も今にもダラ~~と広がりそう、黄色も白身がかっていて、オレンジや赤い感じは全くなし、腐る直前といった感じ、日本なら、こんな卵は、絶対、売れない。売らない。 単なる階段、インドネシアの屋外の階段は微妙に一段ごとに高さが違う。ここは最大で3cmくらい違うと思う。止まっているエスカレーターでも感じるが、ちょっとした違いでも感じるものだ。この階段は、リッポチカランのある銀行の駐車場だが、一寸低いところにあるので、2mほどの高さだが、ズッコケないように用心をする。感想 思うこと 違い
2013.05.03
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1567 Selamat Hari Buluhメーデーで各地のデモが心配、そこで、06;00に会社から出発した。いつもならゴルフをしに行く時間だ。友人の多くは、休みでゴルフに出かけているはずだ。平日なので、メンバーでなくてもかなり安い、普段は高すぎてゆけないメンバーになっていないゴルフ場へ行った人が多いはずだ。来年からナショナルホリデーになることが決まっているので、平日扱いは今年限りですね。昼前に帰ってこないと大渋滞に巻き込まれる心配があった。空港の手前にある押出成型の現地会社への訪問だった。ある元教え子の紹介だった。PPのチューブを作っているが、寸法が安定しない、見に来てほしいということでした。何故今日だったかというと、ジャカルタのオフィス街は休みした会社が多いだろうから、日曜日並みに空いていると考えたからだ、しかし、デモ隊が展開する前にジャカルタを通り過ぎて戻ってこなければならないと考えた。 MM2100の会社へ寄って、連れをピックアップしたが、ここの工業団地はほとんど休みにしていると思うほど、閑散としていて、そのうちの何社かがデモに出かける準備をしていた。会社の前にバスが駐車していた。マナス付近へ出かけるのでしょう。ジャカルタへ入る料金所付近から渋滞になっていたが、クニンガンまでだった。ほとんどの車はクニンガンで出たので、出る車が渋滞を作っていたのでした。スマンギは完全に日曜日の雰囲気だった。後は空港穂面に向かって行き、5500Rpの料金を払って直ぐ左に曲がり、狭い道をくねくね曲がって目的地に到着した。8:30、MMを出てから、二時間弱かかった。まずまず、順調でした。こんなところにも工場があるんだと、感心するくらいの、狭い、込み合った場所だった。 こんな押出機で良くやっているよ、計器は壊れているし、温度コントロールの場所が少ない、チューブの金型も単純そのもの、肉厚の調整方法は、独特、私なら、こんな方法は、絶対しないという方法だった。少し、おかねを使ってもらわなければ、どうにもならないよと、アドバイスした、簡単な手書きの絵も描いて渡した。 それはそれで、使っていない押出機があったので、何故だと聞いたら、使うほどの仕事が無いという、それなら、私に売らないか、と聞いたら、いいですよ、いつでも持って行ってくれて、という。60φ、即、商談がまとまった。壊れている計器を交換するのは勿論、温度調整機を二個増やしてもらい、50ジュタ(50万円)今月の15日以内に届けてもらうことにした。 10:30頃現地を出発、会社に戻ったのが11;30何と空港の傍からリッポチカランまで、一時間でした。邪魔な車は全くなし、アクセルを踏みっぱなし、ブレーキを踏む機会はほとんどなかったと思う。写真を取る時だけ、アクセルから一寸、足を引いたくらいだけだった。 逆にジャカルタ中央へ向かう車は、ほとんど動いていないまま、一般道はバイクがほとんどだったが、国会議事堂前あたりを先頭に、高速道路はスヂルマン、スマンギあたりを先頭に、尻尾はチャワン辺りまで、バスが多かったが、車が詰まっていた。その多くは、旗を振って気勢を上げていた。 ボゴール方面からもバスが大挙して来ていたようだが、私が走っていた中央車線には入ってきていなかったので、影響はなかった。 夕方のニュースでタンゲランの町から空港へ向かう道のデモが激しかったようだったが、私が行ったところは、Bokorというところで、空港へ向かう高速道路より北側なので、タンゲランの町とは反対方向、まったく、デモの影響はなかった。 MM2100,EJIP,ヒュンダイ、デルタシリコン、すべて、日曜日の様、要所には警官が待機していたが、皆さん、座ったり、寝たりしていて、暇そう、いつもこんな状態ならいいなと思う。ガソリン代、一般車だけ挙げて、公共やバイク用には今までどおりにするという案が出ていた。ガソリンスタンドをそれぞれ専用にするとか、バカなことを考えるものだと思う、今のガソリンスタンドを大改造しなければならないし、そんなことをすれば、公共の車から一般車に移して使うにきまっている、公務員は公用車(赤ナンバープレート)で、休日、行楽地へ行っているし、勿論、通勤にも使っている。不公平極まりない。そんなことは小学生でも考える、と、多くの人は言っていたが、私もそう思う、良くそんなことをしようと思うなと、むしろ、感心してしまう。デモ 渋滞 ガラガラ
2013.05.02
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1566 腐っていると思わなければ、不味いとは思わない。辛いは苦手だが、不味いとは思わない。私が一番おいしいと思うもの、ジャガイモのフライと黒はんぺんのフライとキャベツの千切りにトンカツソースを掛けたもの。それ以上美味しいと思ったものは一つもない、子供の頃のお八つだったし、中学校の時の学校の売店で売っていたが、買えなかった思い出もある。只一つ、私の中学の同級生が静岡でやっているふぐ料理屋“春日”で、会社の食事会が終わって出てくるときに、山本君から、“奥さんに”と言いながら渡された小型の鰺のフライ。家で妻と二人で食べた。これが絶品だった。全部フライというのが可笑しい。 “春日”では、何回か同級会もやった。高級料理を格安でふるまってくれて大いに盛り上がった。いつになるかわからないが、日本に落ち着くようになったら、また、同級会を開きたいと思う。 ちょっと、話は外れたが、先日のある方の送別会を兼ねた食事会の席で太田さん、歳なんだから、まずいと思うものは、食べないで、今の内に、美味しい物を沢山食べておいた方がいいよ。と言われた。返事として、辛いもの以外に美味しい物もまずい物もほとんどない、何を食べても、あまり感想はない、だから、そういうことは思わない、でした。 高級料理と言われるもの、何とか珍味と言われるもの、値段が高いもの、著名な料理人が作った何とか料理、などなど、食べたことがあるが、すべて、特に美味しいと思わなかったし、また、ぜひ、食べたいとも思わなかった。インドネシアの日本食は高い、それに比べて安いインドネシア料理、その中間の中華料理、どれが美味しいと言えない、どれが口に合わないとは言えない。どれでも、辛くなければOKだから、値段が安い方がいい。日本食は余り食べたくない。値段が高いから。勧める方に言ってしまってはまずいと思うが、食べもので、要求することはない。なんでも、食べる。栄養のバランスを考えることはあるが、それも、特に気にしない。なんでも、まんべんなく食べていれば、自然に栄養のバランスもいいはずだと考える。そして、一応、何でも、美味しいと言って食べる。学生時代、行きつけの食堂の綺麗な奥さんが、太田さん、何を出しても、美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐ある、と言っていた。何でもそうだが、自分のことに関しては、どうでもいいことが多い。こだわる必要があるものはほとんどない。贅沢をしたいと思わない。押出しの仕事をいつまでもやれることが、他人から見れば、贅沢かもしれない。ヌサカンバンガンのロブスターも贅沢かもしれない。 聞くところによると、閉鎖が決定的になった会社の前、朝、7時頃の様子、その後どうなったかわからないが、集会の後でしょうか、従業員がどっと、駆け出して出てきた。 イジップ、デルタシリコン、KIIC工業団地を回ったが、何の騒ぎもなかった。贅沢 違う 特別
2013.05.01
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