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新聞などのTPP報道が頭悪すぎの理由について、もうひとつ判らない大使であったが・・・・楽天のsowonさんが朝日新聞とTPPで朝日新聞の頭の悪さについて、次のように指摘しています。朝日新聞はTPPを強力に推進することで知られている。朝日が菅政権に突きつけた要求も「TPP,消費税増税、小沢切り」だった。それに関連して、グーグルで検索していたら、下記の記事に出合った。 これによると日米二つのシンクタンクが、TPPへの日本の参加を提言していることが分かった。見逃せないのは日本側シンクタンクのプロジェクトリーダーが朝日新聞主筆(当時)船橋洋一であることだ。 主筆がシンクタンクのプロジェクトリーダーとなり、TPP参加を提言している新聞がTPPについて批判的になるはずがない。共同提言「日米同盟と『自由で開かれた国際秩序』」は、アメリカの新米国安全保障センター(CNAS)と日本の東京財団の「日米同盟の在り方に関する共同研究プロジェクト」チームが昨年10月27日にまとめたもの。 「日米同盟が日本、米国、そして国際社会にとって、今後ともかけがえのない資産であり続けるよう」との立場から日米両首脳へ提言しています。 共同提言は、軍事面の日米同盟の強化を強調しつつ、経済面での協調も重視。「強い同盟関係には健全な財政基盤が不可欠である。そのために日米両国は、アジア太平洋地域における自由貿易の促進を含め、『グリーン同盟』と両立する経済成長戦略を強力に推進しなければならない」とのべています。グリーン同盟とはオバマ米政権がすすめる“環境重視”の経済エネルギー戦略とされます。 提言は、さらにTPPについて次のように触れています。 「(中略)日米両国は、自由貿易協定(FTA)を促進し、アジア太平洋地域における経済連携協定(EPA)のさらなる進展に、先導的な役割を果たすべきである。具体的には日本も、米国がすでに参加を表明している環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に加わり、APECで合意がなされているアジア太平洋自由貿易圏(FТAAP)構想の実現へ向けて積極的な役割を果たすべきである」「朝日」主筆も 提言は、日米同盟の基盤を強化する立場から、アジア太平洋地域の経済・貿易で日米が主導権を確保するためTPPへの日本の参加を促しています。 CNASは、現在、オバマ政権でアジア太平洋政策の責任者であるカート・キャンベル国務次官補が07年2月創立、今回の提言にあたってパトリック・クローニン上級顧問が米側プロジェクト・リーダーをつとめました。東京財団は1997年設立の民間政策研究組織で、現在の理事長の加藤秀樹氏は、民主党政権で行政刷新会議事務局長として内閣入りしています。日本側プロジェクト・リーダーは船橋洋一朝日新聞社主筆(提言当時)。朝日新聞はTPPへの日本の参加を推進する立場から社論を展開していることで知られます。勝ち馬に乗るのがリベラルと勘違いしているのではないか?リベラルで鳴らしていた?船橋洋一さんですが、かなりぶれているのでは?ニュースソースは2011年2月4日(金)「しんぶん赤旗」であり、バイアス無きにしもあらずとしても・・・メディアの偏向について、良くわかる指摘であると思った次第です。日米シンクタンク 昨秋に共同提言
2011.02.26
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先週、お隣の南予(御荘)まで観梅にくりだしたけど・・・・残念ながら梅にはチョット早かったのです。代わりといってはなんですが、ロウバイは見頃だったので、トップに飾っています。御荘では見所が多く、飛行機オタクの大使は紫電改展示館にもう出たわけです。昭和53年11月、愛媛県南宇和郡城辺町久良湾の海底40mに原型のまま沈んでいるのが地元ダイバーによって発見され、翌年7月14日実に34年ぶりに引き揚げられた。・・・・とのことです。昭和20年7月豊後水道上空で交戦した一機で、終焉地となった久良湾が展望できるこの地に保存されているわけですが・・・・穏やかな南予の海を望む展示館で、最強の局地戦闘機と対面した大使は感涙に咽ぶというのは大げさだけど・・・いたく感じ入った次第です。紫電改展示館
2011.02.24
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23日の国会中継でも、ヤッシーこと田中議員がTPP参加の愚かしさを追及していましたね。楽天のsowonさんが宇沢先生のTPP談話を紹介しています。宇沢弘文さんのTPP批判 新聞や経済学者は当然反対していると思っていました。ところが論調を見て、ほとんどがTPP参加に賛成なのでショックでした。日本はどうなっているのかと。 TPPは2006年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国で締結された自由貿易協定ですが、その後アメリカが東アジアにおける経済的主導権を確保・維持するため、これを環太平洋地域全体に適用しようと動いています。 2015年までに工業製品、農産物、金融サービスなどすべての商品についての関税、その他の貿易障壁を実質的に撤廃するだけではありません。医療、公共事業、労働力まで自由化しようとしています。 アメリカは、この究極的な貿易自由化の実現を目標に掲げて、政府間交渉を進める一方で、アメリカ自身は政府間交渉で決めたものも、自国の議会の承認がないからと、議会の要求をどんどん押しつけてくるでしょう。アメリカ的な医療を日本に持ち込もうとか。結局、日本は大きな犠牲を負うことになるのです。 パートナーシップとはいい加減な名前です。 菅首相は「平成の開国」といっています。「安政の開国」が念頭にあるのでしょう。 1858年、幕末の大老・井伊直弼によって締結された日米修好通商条約は、治外法権、関税の税率は相手国が決める関税自主権の放棄、片務的最恵国待遇の三つからなる、不平等条約の最たるものです。「安政の開国」で日本の農業は壊減的な打撃を受けました。農村は疲弊し、物価は高騰し、社会不安が形成されていきました。不平等条約改正への道はきびしく、関税自主権が回復したのはようやく1911年になってです。「開国」を新しい明るい世界が開けると思っていたらとんでもありません。「平成の開国」と言う菅首相は、こうした歴史をどう考えているのでしょうか。 貿易自由化の理念は、参加各国が同じ土俵に上がって、同じルールにしたがって市場競争を行うものです。 しかし、たとえば農家一戸あたりの平均耕地面積はアメリカが日本の100倍、オーストラリアは日本の1500倍です。その差はまさにケタ違いです。それを同じルールで競争するのを良しとする考えは、社会正義の感覚に反します。 同じ状況が世界の多くの国々にあります。だから関税の格差があるのです。各国は、それぞれの自然的、歴史的、社会的、文化的諸条件を十分考慮し、社会的安定性と持続的経済発展を求めて、自らの政策判断に基づいて関税体系を決めています。 それをまったく根拠もない自由貿易の命題を適用し、すべての商品に対する関税の撤廃をめざすTPPに参加するなら、日本の農業を破壊し、農村がその機能を果たせなくなってしまいます。 農業の問題を一つの産業の観点から眺めるのではなく、より広く、農の営みという人間本来のあり方に深く関わるものとして考えなければいけないと思います。 農村の特性は、人々が生存していくために欠くことのできない食料を生産する機能を栗たしていりだけでなく、水田耕作の保水機能など自然環境を保全します。 また人々が農業に従事するとき、工業とは違って、各人がそれぞれ主体的意思にもとづいて生産計画をたて実行に移すことが可能です。将来にわたつて大切な役割を果たすのが農村です。 一つの国が経済的な観点だけでなく、社会的、文化的な観点からも安定的な発展を遂げるためには、農村の規模が安定的な水準に維持されることが不可欠です。 日本は第2次大戦後のパックス・アメリカーナ(アメリカの力によるアメリカのための平和)支配下にあって、多くのものを失ってきました。 長い年月を通じて大事に守られてきた社会的通資本ーとくに農業、医療や教育に関わるものが壊されました。そのパックス・アメリカーナの根幹にある考えがネオリベラリズム(新自由主義)です。 小泉政権の5年半の間に新自由主義を極限的進めた市場原理主義が「改革」の名の下に導入され、日本社会のあらゆる分野で格差が拡大し、殺伐とした国になってしまいました。 そんな状況のなかで2009年に政権交代があり、民主党に対して圧倒的な国民の支持がありました。ところが大多数の国民の期待を次から次へと裏切り、切り捨て、今は無残としか言いようがありません。 TPPでも官僚ペースで着々と流れをつくて、国益を壊そうとしています。国民からみれば、自民党でも民主党でも救いがなくなっています。 私が経済学に組み込むべきと考える社会的共通資本というのは、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、豊かな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置のことです。森や大気などの自然環境、鉄道、郵便・通信などの社会的インフラストラクチャー、教育や医療、文化などの制度資本がその要素です。 旧制一高時代のことで今でも印象に残っていることがあります。 敗戦後の1945年9月、占領軍の将校たちが一高を接収に来ました。 その時、哲学者でもある安倍能成校長が「一高はリベラルアーツのカレッジである。専門を問わないで人類の残してきた貴重な遺産をひたすら学んで一人の人間として成長する。同時に大切な遺産を次の世代に伝える聖なる営みをする場所だ。それを世俗的な占領の目的には使わせない」と。 将校たちはそれを聞いて黙って帰ったのです。私はその場にいて、感動しました。これは社会的共通資本を考える私の原点です。TPPに関して頭悪すぎの民主党中枢に対しては、頭悪すぎ包囲網を敷く必要がありそうです。
2011.02.23
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菅さんから「平成の開国」発言があるけど・・・・国民は詳しい説明を聞いていないので疑心暗鬼に陥るわけです。メディア、官僚から説明はないし、アメリカにどんな弱みを掴まれているか?ウィキリークスあたりに聞いてみたいところだが、案外、条件反射的な隷従だったりして。TPPに関して虚仮のように勉強中なんですが、世界3月号より引用します。米国のTPP戦略と「東アジア共同体」---谷口誠・元国連大使、元岩手県立大学長<米国のTPP戦略> 米国のTPP戦略の目指すものが、世界の農産物市場の支配であることはすでにのべた。それを可能にするのは圧倒的に強い米国の生産性である。米国は一般的には製造業がもっとも強いセクターだと思われがちであるが、実際には比較優位で考えると、最も強いセクターは農業である。 米国は広大な土地に恵まれ、潜在的には農業に適していることは事実である。しかし米国が、長年にわたる直接、間接の公的資金投入により、灌漑、種子の改良、さらに農民の所得補償などを通じ農業の近代化に努め、世界最高の生産性を誇る農業を築き上げてきた事実については、意外と知られていない。私が外務省で1960年代にGATTを担当していた頃は、米国農業は最も自由化されており、これと対照的ににほんの農業は最も保護されたものとして、絶えず自由化を迫られていた。米国が自国の農業の生産性を高めるために、莫大な公的資金を投入していたことについては公表されておらず、GATT上も一種の「隠された課題」とされていた。GATTを創設し、そのルールを作ったのも米国であり、米国はGATTのルールに直接抵触しない形の農業保護戦略を取ってきたものと考えられる。<TPPは「東アジア共同体」にいかなる影響を与えるか>「東アジア共同体」交渉が開始されてからすでに10年近くが経過したが、未だに現実にはいたっていない。これは東アジアの主要国である日・中・韓、特に日・中が主導権争いをしたからであるが、その間にTPPがアジア太平洋地域に侵入してきた。現状ではTPPが「東アジア共同体」の動きをぶち壊すのか、また「東アジア共同体」をTPPという大きな袋で包み隠すのか、はたまたTPPの出現が日・中・韓に刺激を与え、「東アジア共同体」交渉再開へのインセンティブとなるのか、定かでない。 しかし、日・中・韓が共にTPPが長期的にアジアにもたらす弊害を理解するならば、TPPに飛びつくのではなく、慎重な対応をするのがとるべき戦略だと考えられる。 第一に、TPPがアジアに与える長期的影響は、米国の政治、経済力が相対的に低下しつつあるにもかかわらず、現在の日本に代表されるようにアジアの対米依存体質を変えさせないことである。アジアは、日本は勿論のこと、世界第二の大国として躍進しつつある中国も、貿易、投資、金融面において、米国経済への依存体質から脱却していない。韓国経済にいたってはますます対米依存関係を深め、実質的にはTPP加入国と言ってもよい。アジアがこのような状態から抜け出すには、「東アジア共同体」のもたらすメリットを再検討すべきだと考える。 第二に、現状ではTPPはアジアを二分する危険性を孕んでいる。おそらく日本、韓国は米国のプレッシャーの下に加入あるいは加入を検討する方向に進むであろう。しかし、中国はTPPに慎重な対応をするであろうし、中国の対応がTPPがアジアにおいて有効な地域協力組織として成功するか否かの鍵を握っていると考えられる。<米国の世界農業戦略へのアジアの対応> 米国のTPP戦略の中心はアジアへの農業戦略にあり、TPPはまず日本の農業市場の完全自由化、そして次に世界最大の食料消費国である中国の農業市場の自由化を目指していることはすでに述べた。中国は農業生産の増大に努めることにより、主要穀物の自給率を90数%台に保っているが、中国の所得増による生活レベルの向上により、食料消費量は増加せざるを得ず、また食生活のパターンが穀物より食肉(特に牛肉)の消費に変化してゆく。そのため中国の食肉用資料の輸入は急増しつつある。 いずれにせよ、TPPによるアジアへの米国の農業戦略の弊害を回避できるかどうかは、日本と中国、特に中国がどの程度食料自給体制を保ち、いつまで食料自給率を維持できるかにかかっている。 こうした状況の下で、日本も中国も米国をはじめとする一部の限られた食料供給国あるいは地域に依存することは、きわめてリスクが高い。日本の対米依存度は、小麦60%、とうもろこし94%、大豆80%と高い。米国、カナダ、オセアニアもいつ自然現象の変化により食料供給力の減少に陥るかもしれない。 現状では日本ほど世界中で食糧供給の安全保障で裸に近い国はなく、中国も食料供給の安全保障上大きなリスクを抱えている。このような日中両国のマイナスの連鎖を断ち切るためには、日中両国が協力して「東アジア共同体」を構築し、EUの例に倣い、アジア諸国の共通農業政策の下で食料供給の安全保障システムを打ち立てることが重要となる。 日本としても、限られた自然条件の中で育成した高品質の農産物を生産する能力と技術を持っており、すぐれた環境技術と共に中国をはじめアジア諸国に移転することによりアジアに新しいグリーン・レボリューションをおこすことができれば、アジアはいつまでも米国の農業に依存しなくても自立の途を歩むことができると確信している。これは「東アジア共同体」の構築によってのみ可能であり、「東アジア共同体」のもたらす最大のメリットだと考えている。23日の国会中継でも、ヤッシーこと田中議員がTPP参加の愚かしさを追及していましたね。楽天のsowonさんが宇沢先生のTPP談話を紹介しています。宇沢弘文さんのTPP批判TPPに関して頭悪すぎの民主党中枢に対して、頭悪すぎ包囲網を敷く必要がありそうです。
2011.02.21
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18日には2週間ぶりの診察があり・・・・嫁さんが主治医に、言わなくてもいいのに、飲酒と喫煙をばらしてしまい・・・その言い訳を準備していなかったので、答弁につまってしまったのです。それに、無謀な?90分走まで、ばらしたので・・・・主治医は、大使の好調さを理解してくれたようである。弁明にはなんやかんやあったけど、特に問題ないようなので・・・・薬も出ないで、次回の診察は1ヶ月後の3月18日に決まったのです。90分走は、昨日と今日敢行したけど、今日のほうがタイムが良いという、上向き傾向でおま♪相変わらず食が細く、体重が9Kほど減ったけど・・・・力は出ないけど持久力がついたというか・・・・体重が減って走りが楽になったせいだと思うのです。
2011.02.19
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今回の芥川賞が美女と野獣?のダブル受賞ということで、巷が喧しいが・・・・文春今月号にふたつの受賞作品が載っていて、お買い得なので買い求めたのです。(なんか文学賞マーケティングに、うまくはめられている気がしないでもないが)野獣こと西村賢太のほうであるが、中学出の元ホームレス作家ということで関心をよび、「苦役列車」の単行本は売れ行き好調とのことである。世の動きに遅れてはならじと文春今月号で「苦役列車」を、通しで読んだが、久々のもろ私小説であり、フーンという感じであり・・・・元ホームレスであっても、境遇如何に関わらず、力量は認められたということでしょうね。西村賢太の親が性犯罪を犯した後、西村は没落し、日雇い労働&ホームレスに身をやつしたが・・・・単なるホームレスに留まらない特異なこだわりが、今の成功を収めたのでしょう。時代は、蟹工船ブームの時よりも、酷く進んでいるようで・・・・元ホームレスの西村が、最下層の非正規社員や○ビ、ホームレスなどから共感を得ているということが今日的だと思うのです。一方、美女こと朝吹真理子であるが、テレビで見たかぎり、作家にしておくにはもったいないほどの美貌ではある。(どこを見てんだか)「きことわ」を、飛び飛びで読んだが,フーンという感じであり・・・・朝吹という姓が、フランス文学と結びつく一族というほど知られることが興味深いのです。それに、大使としては、純文学作家の作品を読むほど暇でないというのが実感である。(それは、判らないと言っているのと同じでは?)ところで、芥川賞ダブル受賞の感想なんですが・・・奇しくも○金、○ビに分かれて公平といえば公平ではないだろうか。(それが、感想か)日本は先進国の中では、もっとも格差が少ない国だそうだが・・・・小泉さんの新自由主義路線なんかの影響もあり、最近は格差も広がり、固定化も進んでいるようです。ダブル受賞でもないかぎり、西村賢太と朝吹真理子は顔を合わすこともなかっただろうし、今回のダブル受賞は格差の固定化を象徴する出来事でもあったと・・・へそ曲りの大使はいたく感じ入った次第である。
2011.02.18
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サウジアラビヤの仕事からの帰りに、ドーハ発のカタール航空便で、西域~朝鮮半島あたりの上空を経て帰国した大使であるが・・・・日本は濃い緑の山国であることを機上から実感した次第です。 神戸の六甲山も、一時は韓国の山のように禿山だったらしいが、眼下に見える日本の森林にも人間の意志を感じざるを得ないのです。ということで、川島博之著「食の歴史と日本人」から日本の森林被覆率のあたりを引用します。(これで、引用は4回目です)p74~82 日本には森林が多い。その面積は2460万haにも上り、国土の67%を占めている。リゾート開発などによる森林破壊が問題にされることもあるが、世界と比べれば日本は森林が多く残されている国である。 日本に多くの森林が残った理由として、まず日本の山が急峻であることがあろう。急峻な山岳地帯では木材の伐採が困難であり、また伐採した跡地の利用も難しい。 急峻な山が多いために、森林の伐採が難しかったことは確かである。ただ、筆者はそのことだけが日本に森林が残った理由ではないと考えている。 FAOデータから森林被覆率(国土に占める森林の割合)を計算すると、日本の割合は67%と際立って高い。ヨーロッパ諸国を見てもイギリスが10%程度、フランスが27%、森の国とされるドイツでも31%に過ぎない。(一部省略) 世界192ヶ国の中で、現在、日本より森林被覆率が高い国は17ヶ国しかない。それらの国々は、北欧のフィンランド、スウェーデン、東南アジアのカンボジア、マレーシアなどであるが、寒帯や熱帯では森林を伐採しても農地や草地に変えることが難しいために、森林が残されたと考えられる。一方、温帯や亜寒帯に位置する国の被覆率は概して低い。 少々急峻な斜面の森林であっても、農地を作れないことはない。現に棚田や段々畑が存在している。しかし、日本で棚田や段々畑が山を覆うことはなかった。一方、照葉樹林帯を有することから日本との類似性がよく話題になる中国の雲南省の森林被覆率は41%と、日本に比べて大幅に低くなっている。雲南省の傾斜地の多くは農地や草地になっている。 日本は平地での稲作が容易であり、無理に森林を伐採して農地を造成しなくとも十分な食料を生産することができたために、棚田や段々畑がそれほど発達しなかったのかもしれない。ただ、後に窒素収支との関連で検討するが、平地の稲作の効率を上げるために森林が残された可能性も排除できない。 日本では稲作りに必要な肥料を、森林の下草から作っていた。先人たちは森林を切ってそこを農地にするよりも、そこから下草を得たほうが食料を多く生産できることに気づいていたようである。 平地での食料の生産性を高めるために、森林を残すべきだと主張した人物に熊沢蕃山(1619-91年)がいる。熊沢は江戸時代初期に活躍した陽明学者、儒学者であるが、森林には肥料の元になる下草が生えるから、無闇に伐採開墾するのではなく残すべきだと主張している。また、彼は森林の洪水調節機能にも気がついていたようだ。昨今、話題となる「緑のダム」機能である。このようなことから、熊沢を自然保護論者の始祖と見る見方もある。 熊沢が生きた17世紀は、これまで見てきたように大規模な開墾が行われた時代であったが、彼のような主張が現れ、その主張を今日にまで伝えるような精神的な土壌が日本にはあった。江戸時代の開墾は18世紀になると勢いをなくすが、このことは開墾に適する土地が少なくなってしまったという事情はあったにせよ、熊沢のような主張が人々に受け入れられた結果と考えられなくもない。江戸時代の農民は自然の利用法について、かなり高度な知識を有していたようだ。 国土の多くが山岳地帯にあるスイスで放牧が盛んであることを見れば、日本でもその気になれば山の森林を伐採して、そこで放牧を行うことは可能だったと思う。ちなみにスイスの森林被覆率は30%である。 このようなことを述べると、雨の多い日本では森林伐採は災害につながるとの反論がありそうであるが、1000年程度の時間をかけて、一部を残すなど慎重に森林を草地に変えて行けば、かなりの草地を造成できたと思われる。 しかし、後に述べるように、日本人は天武天皇以来、頑なに肉食を拒否し、山で放牧を行ってこなかった。そのことが、結果的に、日本に森林を多く残すことにつながった。 熊沢蕃山に見られるように17世紀に自然保護論が唱えられ、また、それが国土開発に影響を与えたと考えられることは、広く世界を見渡してもかなり特異な出来事である。このことは、明治維新に至るまで全国民がほとんど獣肉を食べなかったことと考え合わせて、「日本文明は世界のいかなる国とも文化的に密接なつながりを持たない(Huntington 1995)」とされることと無縁ではない。 日本人は自然を大切にしてきた民族であるとして誇りに思うことも可能と思うが、その一方で、世界の中では相当に変わった民族であると自覚する必要もあろう。森林保全のルーツにも、Huntingtonがいうように特異な日本人がいたのかもしれないが・・・「安全も水も、そして森林もタダで得られない」という意識が肝要なんでしょうね。
2011.02.14
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川島博之著「食の歴史と日本人」からの引用が3回目となるが、それだけ、この著者の論調に惹かれるんですね。米国など新大陸へ傍若無人に入植した者には資源を大切に使う心が育つことはなかったが、当然として、彼らには極東の島国の「もったいない」精神は理解不能のようです。両者の違いはキャリング・キャパシティの違いでもあるが、そのあたりを、この本から引用します。p204~210 江戸時代の農業技術では、日本列島で3000万人を扶養するのが精一杯であった。つまり、人口がキャリング・キャパシティ(最大扶養能力)の上限に達してしまっていた。この時代に、間引きが行われた。 人口がキャリング・キャパシティの上限に達してしまった時代には、より一層の勤勉が求められた。江戸後期は「もったいない」精神が根づき、強化されていった時代である。当時の人々は、暖房や煮炊きに用いる燃料、衣料品の原料、また明かりを採るための油も生物資源に頼っていたが、その時代に、農地、森林、草地の合計面積が世界の0.33%しかない国に、世界の4.8%もの人々が住むことになったのであるから、食料だけでなく衣料品の原料も燃料にする木材もすべてのものが不足気味になった。 このため、江戸時代後期において「もったいない」精神は、各方面で大活躍することになる。この時代に、日本人は涙ぐましいほどの努力で、食料、衣料品、燃料を再利用した。 同時代にイギリスでは、米国など新大陸への移民が始まっている。移民にとって新大陸は無限の広さを持つものに感じられたであったろうから、そこにある資源をいかに効率よく手に入れるかについては考えを巡らしたと思うが、資源を大切に使おうとする心が育つことはなかった。 その頃、南米においてもスペイン、ポルトガル、イタリアからの移民が定住し始めるが、その移民が大陸に抱いた印象は北米と同様であったであろう。資源は無限にあるのだ。新大陸に「もったいない」精神が生まれることはなかった。(一部省略) 日本では、明治30年頃に人口過剰が意識されるようになり、大正になると人口過剰はさらに強く意識されるようになった。人口の過剰感は移民を出したい気持ちにつながるが、昭和に入ると米国で排日移民法が制定されるなどして、移民は難しくなった。そのために、日本は食糧増産によって人口過剰を切り抜けようとした。 しかしながら、この時期の日本の政策は矛盾に満ちている。人口が多過ぎるなら産児制限をすればよいのだが、日本政府は逆に「生めよ、増やせよ」と人口増加計画を打ち出している。この背後には、食料が不足するなら他国の領土を侵略すればよいと考える軍国主義が見え隠れする。(一部省略) この時期に日本は植民地とした朝鮮や台湾からコメを調達しようとしたが、そこでも人口が増加してしまったために、十分なコメを手に入れることができなかった。人口問題の解決をはかるために、植民地への移民を考えたのは、満州国を作ってからのように思える。これは、朝鮮や台湾を植民地とした時代よりも満州国を作った時代のほうが、食料不足や人口過剰感が深刻であったためであろう。(一部省略) 一方、満州国を作ったことにより日本は孤立してしまい、イギリス、フランスが支配する東南アジアからコメを輸入することが難しくなった。満州国設立の目的の一つに食料確保があったが、それが裏目に出てしまい、昭和10年代に入ると日本の食糧事情は悪化の一途をたどることになった。 満州事変に始まり15年にも及んだ戦争の時代は「もったいない」精神が特に強調された時代になった。この時代の「もったいない」は、市民の自発的な行動だけでなく、政府の押し付けが加わったことに特徴がある。日中戦争から太平洋戦争へ戦線が拡大し、本格的に物資が不足し始めると、政府による国民への「もったいない」精神の押し付けは激しいものになった。 当時のスローガンである「贅沢は敵だ」は、昭和14年に国民精神総動員委員会が言い出したものとされる。また、「欲しがりません、勝つまでは」は昭和18年に大政翼賛会が募集した標語の中から選ばれている。(一部省略) もちろん物資が不足する中で、庶民は自発的に「もったいない」精神で物事に対処せざるを得なかったのだが、政府がそれを強力に後押ししたことで、当時を生きた人々に「もったいない」精神が強く植え付けられることになった。このことは、その時代を生きた人々の記憶に残り、現代社会にも大きな影響を及ぼしていると思う。戦後生まれの大使にとっても、記憶は定かではないが、ひもじい思いをしているわけで、当然として「もったいない」精神を受け継いでおるわけです。ところで、リーマンショック以降も、態度を改めない米国金融界、FRBなどには、サルコジ大統領も業を煮やしているようだが、大使とて同じである。(ゴマメの歯軋りみたいなものだが)そして、大使がアメリカの言動にいちいち癇に障るのは・・・・もしかして「もったいない」精神の有る無しあたりに起因しているのではないかと思いあたるのです。
2011.02.12
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放映に気づいて、4Rから観戦していたが・・・・5R途中、両者が交錯した際、井岡のなんでもないような左ボデーがオーレドンのがら空きのボデーに当たった・・・・チャンピオンは一瞬、間をおいて膝から崩れおれた。何だ何だ、よく判らないけど、一連の動きが見事なカウンターになっていたのかな~?井岡はこの左ボデーを「自分も、食らったら倒れるくらいきれいに入った」とふり返り・・・・チャンピオンは「息ができなかった」というダメージであるが、入った瞬間には見ている大使は気がつかなかったんですな~。つまり、井岡のテクニックはしろうとの観客には判らないほど凄いということか?長谷川穂積のカウンターは今まで見たなかで最高に凄かったが、まだ、見てて判る気がしたのである。でも・・・・井岡のテクニックは、なんか、見てて判らないというか、凄いというか。(シロウト観客のレベルを超えているんでしょう)TKO判定の後、レフリーに腕を掲げられ号泣していたが・・・・なぜ?翌日の新聞を見ると、井岡のハングリーさが良くわかりました。つまり、食うためのハングリーではなくて、トップに立つためのハングリーなんでしょうね。叔父は元世界2階級王者の弘樹さん。一歳でグローブをつけ、中学1年でジムに入門した。2007年全日本選手権の挫折などあってのハングリーだと思うけど・・・境遇とセンスに恵まれた若者が、食うためだけでなくて、弱肉強食の世界を制覇するのも、いいではないですか。いずれにしても、最短7戦王者として井岡一翔が誕生したわけです(拍手、拍手)ところで、井岡弘樹さんは市民マラソンのゲストランナーとして、あちこち出ていたので、大使もマラソン会場でよく見かけたものです。あの頃はジム会長として苦労していた時期だったかも知れないが、いまようやく花開いたんでしょうね(拍手、拍手)
2011.02.12
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「平成の開国」と称して菅さんが前のめりになるTPPであるが・・・・我々国民は政府から納得のいく説明を聞いた覚えはないのである。週間金曜日とか、インターネットで調べると、政府及び民主党議員が、所轄官僚からTPP参加に関する情報を充分に得ていないことが、見えてきます。2/4週間金曜日より引用します。「TPP交渉参加になぜ米国議会の承認が必要なんだ。これでは外交権の放棄ではないか!」 1月27日朝、東京・永田町の衆議院第二議員会館において民主党の「APEC・EPA・FTA対応検討プロジェクトチーム(PT)総会」が開かれた。PTの民主党議員に説明するため外務省、内閣官房、経済産業省、農林水産省の説明官が出席したが、民主党の国会議員の間では冒頭の発言を始めとする怒りが次々に噴出したという。 外務省八木経済局長らは1月13日にTPPの情報収集として日米貿易フォーラムに出席しているが、そこでは牛肉輸入問題、郵政関連問題、自動車の技術基準ガイドラインについて米国側から提案がなされたという。ここでいう「郵政関連」とは郵貯・簡保の、「自動車」は車検基準の規制緩和を意味する。いずれも日米交渉では実現してこなかった米国側の要望だが、TPPという多国間協定に一括して混ぜてしまえば日本で受け入れやすくなるからだとは、うがった見方か。 決定的に外務省が民主党国会議員たちを逆撫でしたのは、民主党PTへの説明会以前に八木経済局長らが自民党の部会に対して24分野について詳しい説明を実施していたことだ。このことを問い質されると八木局長は開き直ったように「(自民党には)24部会については具体的に説明した」と答弁。民主党は正面から面子を潰された格好になったという。「今外務省とつながっているのは親米派の前原外相周辺ぐらい。外務省が政権与党の民主党ではなく野党である自民党にまず話をするとは、なめられたものだ(出席者)」。2月1日にあらためて民主党PTへの説明会は開かれたものの、外務省は「交渉に参加しなければ詳しいことはわからない」と繰り返し、突っぱねたといいう。かように民主党議員と外務省の関係は冷え切っているらしい。外務省から与党議員への説明が遅れたそうで、要するに官僚どもが立法府をコケにしていたのであるが・・・・TPP参加という国家存亡に関わる懸案を前にして、揚げ足取り国会に終始して、三権分立のうちの二権が機能不全をおこしているようなものである。官僚の米国寄りスタンスは、日米どちら側の役人なのか?と不思議に思うほどで、市民感覚がない、いわゆるエリートの専門バカなのかと危惧するのです。かって閨閥がのさばっていた外務省は、処世術ではしたたかであるが・・・・こんな官僚に対しては、かって外務大臣として君臨した真紀子さんのような強権を期待するんですが。事は官僚の与党無視ということでもあるが、この種の報道が大手新聞に載らないのも問題であり・・・・なめられている民主党も問題である。
2011.02.11
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喫茶店で友人と盛り上がってしまい、行き着けのカラオケスナックに繰り出したのです。カラオケスナックにシラフで踏み込んだのは、本邦初の試みであったが・・・・けっこう歌えたのです(これでもう怖いもの無しやで)ママからは退院祝いということで、ドリンク代サービスという嬉しいサービスも有り・・・・くせになりそうです。医者からは禁酒禁煙を申し渡されているが、その禁を破ってしまい、今度、癌にかかったとしたら申し開きができないのですが・・・・ちなみに、この夜のレパートリーです。・ルビーの指輪・心凍らせて・港町ブルース・カスバの女・哀しくてやりきれない・あなたといるだけで・想い出迷子このところ食が細くなり、意気消沈ぎみなんで、これくらい景気をつけないと・・・・やってられないのです。ママから聞いたが・・・・手術を繰りかえしているある癌患者が退院の翌日に、この店に歌いに来たそうである。そうだろうな~、歌でも歌ってないと、やってられないのはよ~くわかります。
2011.02.10
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戦前から戦時中に起きた、朝鮮からのコメ供出について、川島博之著「食の歴史と日本人」から紹介します。ここでもTPPで取りざたされる関税自主権が出てくるが、TPPとは経済的な戦争とでも言うべきもので・・・・説明責任を果たしていない我が政府の頼り無さがクローズアップされるようです。p172~173 日本に多くのコメを輸出したために、朝鮮では一人当たりのコメ供給量が減少した。これは歴史上の事実である。しかし、なぜ、そのようなことが生じたかを考えると、それはなかなか複雑である。日本の警察や軍部が朝鮮の農民に銃剣を突きつけて、無理矢理にコメを供出させたのならば、それは日本の横暴と非難されてもしかたないであろう。 コメの供出は1939年頃から一部では行われていたが、法律に基づく強制的な供出は日本国内、朝鮮ともに1942年(昭和17年)から始まった。また、供出させるにしても、その価格は生産費を考えて設定されており、闇米として流通させればより高い利益が得られたという事実はあったにせよ、農民の生活を無視するものではなかった。 供出制度ができるまで、朝鮮でもコメは自由に売買されていた。朝鮮から日本へのコメ輸出入は経済原理に基づいて行われていたが、そのような状況の下で、日本は朝鮮を植民地にした際に内地と朝鮮との間の関税を撤廃した。これは、内地と植民地を同一に扱うとした皇民化政策から出たものとも考えられるが、それは朝鮮におけるコメ供給量の減少につながった。 関税が撤廃された結果、経済力が弱い朝鮮のコメは安かったために、仲介業者により大量に買い付けられ、高く売ることができる日本に運ばれた。朝鮮の農民は高い値段で買い取ってくれる日本の仲介業者にコメを売り、その代金で中国や満州から粟などの雑穀を買ったとされる。このように、経済原理に基づいてコメが朝鮮から日本に輸出されたのであり、日本が警察力や軍事力を背景に強制的に朝鮮からコメを収奪したわけっではない。 ただ、朝鮮に関税自主権があれば、このような事態は発生しなかったと考えられるから、宗主国としての日本が朝鮮の人々の生活を考慮することなく強引に政策を推し進めたことが、このような結果を招いたといえよう。この点において日本は非難を免れることができないと思う。 一方、朝鮮のコメが大量に輸入されたことは、日本国内にも複雑な影響を及ぼした。1920年代から1930年代中頃にかけて、第一次世界大戦の終結に伴う戦争特需の解消、関東大震災、また1929年に始まった米国の大恐慌の影響を受けて、日本では景気後退が続いていた。景気が後退したために都市労働者が困窮し、品質は劣るが安価な朝鮮のコメはよく売れたそうである。その結果、国内産のコメの価格も下落することになり、これは戦前における農村の窮乏化に一層の拍車をかけた。 皇民化政策による関税撤廃ということで、現在お騒がせのTPPと若干異なるが・・・・朝鮮半島からのコメ輸入は日本農村の疲弊を招き、これが2.26事件の遠因になったとも言われています。ほんとに、食い物の恨みは恐ろしいですね。ここまで読んでくると、食料に関して関税自主権を自ら放棄すること(あるいは放棄させられること)の愚かしさが明白であるが・・・・事は、旧政権並に対米隷従を踏襲する菅さんのオツムにかかってくるのです(大丈夫?)米国基軸のTPPよりアジア中心の経済圏をなど読んで勉強しようと思うのです。民主党議員はいいこと言ってるのに、トップがアホなのは・・・・やはり、日本的現象なんでしょうか?食料の安定供給は国家の基本的責務で、安全保障の根幹です。(ですね)
2011.02.09
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川島博之「食の歴史と日本人」東洋経済新報社の副題が“「もったいない」はなぜ生まれたか?”となっているように・・・・なぜ日本人は食べ物を残すことに罪の意識を感じるのか?と、ある意味で日本人論となっていて、面白いのです。 p233~236 日本人は「もったいない」をよく口にするが、これは不足しがちなものを大切に扱うことにつながり、地球環境問題の解決には好適と考えるが、それは戦略性に欠ける言葉にもなっている。ユーラシア大陸で放牧や牧畜を行ってきた人々は、安全に敏感にならざるを得なかったから常に戦略を考える必要があった。 それに引き換え、日本人が行ってきた稲作において求められたものは、勤勉と「和を以て貴しとなす」精神であった。海外情勢など関係ないのである。これは内向きな精神につながる。 そもそも、鎖国が約250年も続いたことは、そのような内向きな思考が、食の歴史が育てた日本人の性格によくマッチしていたためである。このように考えれば、「もったいない」が戦略性や、海外に飛躍する雄渾さに欠けた精神を表す言葉になっていることは明らかであろう。 人口が過剰であると感じたとき、日本人とイギリス人がとった行動は大きく異なっていた。イギリス人は移民したが、日本人は「もったいない」精神でこれを乗り切ろうとした。その結果、日本人が移民の必要性に気がついたときには、世界は列強に分割されてしまっており、入植する余地はなくなっていた。そのために、「もったいない」という言葉を持たない英語は国際語になったが、「もったいない」を生んだ日本語が国際語になることはなかった。 勤勉であり仲間と協力し合うが戦略性に欠ける点は、戦時において特に顕著に現れる。ノモンハン事件を、ソ連軍の司令官として戦ったジューコフ将軍は、日本軍の印象をスターリンに問われた際に「日本軍の下士官兵は頑強で勇敢であり、青年将校は狂信的な頑強さで戦うが、高級将校は無能である」と評したそうである。第2次世界大戦を日本軍と戦った連合軍の将軍たちは、日本軍に対してほぼ同様の感想を持ったとされる。 この下士官兵が狂信的な頑強さで戦うことは、勤勉性や仲間意識の強さ、仲間はずれにされたくないこと、また村から出てきた青年が捕虜になった場合に、残された家族が村八分になる危険があったことなどから説明できると思う。 一方、高級将校が無能であることは、情報や戦略を必要としない村社会に育ったエリートの宿命的な欠陥であろう。この傾向は、現代日本においても、多くの組織に引き継がれていると思う。 本来、戦略を練り上げるには徹底した議論が必要となるが、徹底した議論は仲間を傷つけることになるため日本では好まれない。重要な決定もその場の空気が決めることが多い(山本七平 1983)。このように議論を嫌い場の雰囲気で物事を決めることは、稲作を行い島国に育った「もったいない」をよく口にする民族の基本的な性格である。 現代の若者は、そのほとんどが稲作に従事したことがなく、核家族に育ち、村社会の因習に従う必要もなくなっている。また、テレビやインターネットなどを通じて海外の情報も豊富に持っており、合理的な思考になじんだ世代であると思っていた。 しかし、近年、その若者の間で、場の雰囲気を読めない仲間を揶揄する言葉としてKY(空気が読めない)なる言葉が流行した。これに対して、筆者は大いに驚くとともに、少々落胆もした。稲作から遠く離れた世代においても、日本人の遺伝子は脈々と息づいているのである。最近の若者のイメージは、空気を読みすぎる草食系とでもいうもので、行く末の景気の悪さが頭をよぎるが・・・・・多少貧乏でもかまわないという感性は、良い悪いは別にして、中華の民なんかには想像の埒外でしょうね。
2011.02.08
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世界2月号に雨宮処凛さんと二神能基さんの対談が載っているんですが・・・・・二神さんの説く「新日本人」というのには、目からウロコが落ちる気がします。希望を求める方向が変わったのです。みんなが少しずつ貧しくなりあって、人間と環境に優しい社会を作っていこうというわけです。彼らは物欲も競争心も低い、品性の高い新日本人です。アメリカへの留学生は中国、韓国の伸びが著しくて、日本だけが低下していると、誰か(ノーベル賞受賞の教授?)警鐘をあげていたけど・・・・・こんな新日本人ならアメリカに留学しないでしょうね。ところで、二神能基さんWho?・・・・NPO法人「ニュースタート事務局」代表だそうです。立春も過ぎ、日の光もなにやら春めいています。今日は気分もいいし、無謀にも90分コースに走り出たんですが・・・・手術前より8分遅れの100分で帰り着きました。さすがにヘロヘロだったけど、快調でおま♪ニュースタート事務局
2011.02.07
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久々に雨宮処凛がゆく!を覗いてみた。ここを覗くと、白書に表れてこないような(日本の貧困な)セーフティネットの現状が見えるのではないだろうか。『ルポ 若者ホームレス』の巻 より小松さんは言う。 「それだけは絶対にできないですよ。今こういう状態にあるのはすべて自分のせい。お金を借りるのは簡単だけど『小松はこうあるべき』ってプライドがあるからね。病気とはいえ、家族を長いこと放置して、子どもたちを傷つけてる自分に助けてもらう権利なんてない・・・立場をわきまえないと。頑張ったヤツだけ認められる世の中で自分は負けて失敗した。自業自得ってやつですよ。何の努力もしないくせに“世の中が悪い”って遠吠え吐いて、他人に迷惑かける人間には成り下がりたくないんです」 そんな小松さんは炊き出しに行く気もなく、生活保護を受ける気もないのだという。ただ、彼は「いつも手の届くところに自殺できる量の薬を隠し持っている」。 小松さんなどを若者ホームレスと呼ぶようだが、先ごろNHK番組で放映された40代あたりの中年ひきこもりも問題のようである。彼らに共通する性格は、真面目、繊細、気弱なんですね。自殺薬をしのばせるほど度胸があるなら・・・・せめて、まだ看板を掲げている雇用能力開発機構あたりに、難癖をつけに行ってほしいものである。大使が「雨宮処凛がゆく!」をフォローすると、つい贔屓の引き倒しになってしまうがな。
2011.02.05
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某週刊誌が、かって政権を投げ出したお殿様をつかって、格調ある?中国紀行シリーズを続けているが(もう終わったかも)・・・・ちょっと違和感があるんですな~。その違和感とは何か? 漢字文化を礼賛する大使に冷水を浴びせるような「儒教批判、孔子批判」の書を見つけたので紹介します。中国語をよく知る藤堂明保さんは「中国の文化」なんていうような言葉でごまかされては困るとまで言っています。(わりと過激な人である)大野晋編「日本古代語と朝鮮語」毎日新聞社、昭和50年刊藤堂明保「中国・朝鮮・日本の古代漢字音」p115~119 今日中国で、なぜ「孔子批判」がものすごい勢いで行われているかと申しますと、たとえば「論語」をご覧なさい。「論語」の中では、仁だとか、思いやりだとか、「おのれの欲せざるところは人に施すなかれ」というようなことをいっている。けれども、実を言うと27箇所にわたって「士」と「民」とをはっきり差別しているではないか、そういうことがいま問題になってきたわけです。 一見ヒューマニズムのように見えるけれども、もともとが「にせもの」であるということを、今日やかましくいい出したわけなのです。それが孔子批判の行われている最初の最大のポイントです。「差別の上に立ったヒューマニズム」というものはナンセンスである。看板にすぎない。したがって「朋あり、遠方より来る」と申しますけれども、その朋の中にはもともと民は含まれておらない。それは自分らインテリ仲間、つまり士の仲間だけのことであって、初めから民というのは除外されているのです。 そういう発想法に立って中国のいわゆる士丈夫(インテリ、読書人)というものの階層、士丈夫だけの世界というものが、二千数百年にわたって中国を支配してきた。すなわち魯迅がいうように、中国の旧社会というものは人間を「上等人」と「下等人」に分けたのだ。上等人というのは一割にも満たない。その他大部分の、九割以上の者がいわゆる下等人、すなわち民であって、中国の倫理・道徳・政治・あらゆるものが、「上等人が下等人を食うため」のものであった。--こう魯迅はいうわけです。士丈夫の論理が二千数百年にわたって中国を支配してきているわけです。それが今日孔子批判の起こっている問題点なのです。人間に対する差別感があったということが、まず第一のポイントでしょう。 その次には、孔子発想のもとには、いつでも古(いにしえ)に帰るという発想があった。新しいことはなるべくやらない、手本を古代に求めよう、という非常に復古的な発想法があった。 三番目には、「上智と下愚は移らず(論語)」と申しますね。「上智」というのはエリート士丈夫のことです。「下愚」というのは人民のことです。人間の生まれつきはどうにも動かしようがない、上智は上智で、ほといたってエリート人間です。人民というのは愚かなめくらであって、これもまたどうにも変化させようがない。「上智と下愚は移らず」とは、一種の運命論です。生まれつき才能のあるエリートは偉いに決まっているんだ。だめな者は初めからだめなんだ、永遠にだめなんだ、というふうな運命論的な発想が非常に強かった。以上の三つの点がいま鋭く批判されている最中です。 ところで、いま中国の歴史について申しますと、この「士」というものが「官」の先駆となります。周のあとに春秋・戦国という時代がきますね。このころ士が食客になってくるわけです。あちこちの軍閥のもとに押しかけて、それぞれ食客になり、自分の才能を売り込むわけです。食客はどこに泊まったかと申しますと、これはいわゆる館に泊まった。そしてめしを食わせてもらうかわりに、そこで管理されるわけですから、自由はありません。(一部、文章割愛)そしてこういうふうに権力に管理されている連中がいわゆる後の「官」になってまいります。ですから「士」は食客となり、それから「官」となり、これがいわゆる「官僚」になってくるのです。 戦国のころには、食客があちこちの軍閥のもとでたくさん養われていた。こういう軍閥乱立の状態を打ち破りまして、そして一人の皇帝のもとにたくさんの官を管理して、そして全国官僚制というものをしいたのが、ご承知の秦の始皇帝です。 秦の始皇帝の全国官僚制はわずか二代で崩壊いたしましたけれども、漢の時代がそのあとに続いて起こってきます。そしてご承知のとおり、漢は全国にわたって郡県制をしっかりと固めていくわけです。中央・地方官庁の組織も固まってまいります。そしてこの官僚イデオロギーとして取り上げたのが、先ほどの孔子以来の儒家の発想です。ですから「君には忠、親には孝、長幼には序あり、夫婦は仲よくせよ・・・・」、一つ取り上げれば、ちょうど田中角栄さんの「十の反省」みたいなもので、結構なことに違いないんです。けれども、これが何に使われたかと申しますと、この官僚支配体制のイデオロギーとして使われたわけでしょう。ここに儒教が「国家教学」として成立してくるわけです。漢の薫仲ジョが漢の武帝のときに、初めて儒教を国家儒教として確立するわけです。韓非子の発想と孔子の発想とをごちゃまぜにいたしまして、そして官僚支配のイデオロギーというものをここで確立するわけです。(薫仲ジョの薫もジョもMS-IMEでは漢字が出てきません) 漢字文化というものの実質はこれなのです。官僚制、ならびにそれをささえる家族制度、上等人間と下等人間の差別、それらを踏まえた秩序を維持するイデオロギーが、漢字文化なのです。ですから近世にいたるまで、90%に達する中国の民は文字を知らなかった。人民にとっては、文字文化なんていうのは何の関係もない、よそごとなのです。「唐詩」などと申しますけれど、それも唐から今日に至るまで、人民に何の関係もなかった、よそごとなのです。漢字文化というのはそういうものです。抽象的に、「中国の文化」なんていうような言葉でごまかされては困るのです。それらは官僚統治体制を完璧にするための文化なのです。 この本が出たのは、天安門事件以前の1975年であり、その当時に孔子批判があったにしても、中国の本質(二千数百年の官僚支配)は変わらないことを洞察していたわけですね。 大使思うに、中国共産党という言わば士丈夫の率いる政治は、官僚支配そのものであり・・・・論語とか漢詩たらいう中国文化は、この官僚支配と分かち難く続いたものであり、これらに日本人が情緒的に傾倒する様は、ナイーブに過ぎるのかもしれないですね。 ところで、儒教の優等生とも言える韓国であるが・・・・・韓国のちょっと裕福な家には、お定まりのように客間に漢詩を綴った屏風を立てています。これなどは儒教を尊んだ両班を匂わす小道具のようなもので、「書いてる内容が分かるの?」とプチブル趣味が鼻につかないでもないのです。(このあたりに、ついG2嫌いが出てしまう大使である)かと言って漢字は現存する唯一の表意文字に違いはないのだが(ハ~)
2011.02.05
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29日のNHKスペシャル「激震 巨大公共事業」を見たが・・・・諫早湾閘門訴訟で開門調査という司法判決後に、農家と漁師双方のデモ参加者が罵り合う様は見ていて不毛というか無残というか・・・・・罵る相手が違うんじゃないの?双方の敵は農水省官僚と長崎県の役人ではなかったのか?(ほんと、見るに忍びない情景でした)特に環境アセスメントレポートで結論を逆にとりまとめた官僚は犯罪的であった。ところで、日本の林業の衰退は市場原理によるもので、打つ手なしと短絡していた大使であるが・・・・このところのTPP騒ぎで、こんな論調を見つけたのです。やはり、罪は三流農水省、および自民党政府にあったのか。丸太関税ゼロで疲弊した中山間地域より<関税自主権を放棄する愚行> 1951年、占領下で日本が関税自主権も失っている中で、丸太の関税がゼロにされた。サンフランシスコ講和条約が成立する直前の関税撤廃であり、北西部(ノースウエスト)から日本に木材を輸出せんとするアメリカの企てを感じざるを得ない。 今は関税ゼロにするのが善で高い関税が悪のように言われているが、関税自主権こそ独立国家の証しである。明治政府が、江戸末期に押しつけられた関税自主権もない不平等条約を、必死で是正せんと外交を繰り広げたことを忘れているのである。更に、1964年、外貨割当制度がなくなり、製材の関税もゼロとなり、木材の完全自由化が完成し、今や合板の関税が5%残るだけとなっている。<国の形を歪め、森を壊した丸太・製材関税ゼロ> この間の林業の疲弊、中山間地の崩壊にはすさまじいものがある。1970年から2000年までの30年の間に14万集落のうち5%の7,543集落が消え、限界集落が急増した。2010年の国政調査では、更に、3000集落が消えている。同じ間に、木材の自給率は95%から18%に下落した。 木材の価格は最盛期の4分の1に下がっている。米価も最高値の2万4000円(60kg)から半分の1万円そこそこに下落したと問題にされるが、その倍の下落なのだ。同じ期期に高校や大学の新卒者の初任給が18~24倍になっているのと比べると、いかに採算が合わなくなっているか一目瞭然であろう。その結果、伐採しても赤字になるだけとなり、間伐等の手入れをしても採算が合わなくなってしまった。これでは山が荒れ、中山間地域に人が住めなくなるのは必定である。<木材を必要としない国内事情> それではなぜ、林業では50年も60年も前に関税ゼロの自由化がなされたのか疑問に思われるはずである。前述の占領軍(アメリカ)の悪い意向という外からの圧力はあったものの、そうせざるをえない国内の事情もあった。 戦後の復興で木材需要が急増し、あちこちの山の木が伐り出された。戦争中の無謀な伐採に拍車をかけたことから、日本の山村は禿山にならんとしていたのである。慌てた政府は、伐採した後の植林を奨励した。私の祖父母の世代が、急峻な傾斜地にもそれこそ必死で木を植えたのだ。しかし、木は伐採まで数十年かかる。今の今の需要には追いつかず、木材を自由化し、旺盛な建築需要に応えざるを得なかったのだ。ここまではやむをえないとして、ある程度許されることではある。<木造建築を抑えた愚かな政策> そこに更に追い討ちをかけたのが、政府の間違った判断であり、誘導だった。1950年、火災を恐れて木材で公共建築物を建てるべきでないと言い出し、「都市建築物の不燃化の促進に関する決議」(衆議院)をしている。1955年には森林過伐を抑えるため、「建築物の木造禁止の範囲を拡大する閣議決定(木材資源利用合理化方策)」までしている。森林退化を問題にしたのは、今の環境問題を考えると先見の明のある政策決定であるが、需要を押えるために木造建築を押えるというお達しは、明らかに行き過ぎである。 同じ頃、米も自給できず、アメリカからMSA小麦という安い余剰小麦の輸入を迫られていたことから、池田勇人大蔵大臣は「貧乏人は麦を喰え」とのたまわった。米は生産者米価を高くし消費者米価を低く抑え、政府は逆ざやが発生していたのに対し、小麦は安い小麦を輸入し高く売って順ざやが発生したのである。今と同じく財政規律を重視した大蔵大臣は、学校給食にも輸入小麦を使ったパン食を導入するという世界でも稀に見る愚策に走り、日本の農業や日本人の食生活を歪める元凶となった。<パン食とコンクリート校舎> 今考えると、外国産木材、外国産小麦に頼り、国産材や国内農産物をないがしろにする区分けは、それこそ愚かな政策決定であった。しかし、素直な国民は、政府のお達しに従い、パンなどほとんど食べたことのない地域でもパン給食が始まり、田舎の校舎までコンクリートで造ることになった。 一方で高度経済成長期を過ぎると、安い輸入木材に押されて国産材はさっぱり売れなくなった。こうして、多くの山林は、手入れの値打ちもなくなり、放置されることになった。その結果が、前述の限界集落化、山村の消失である。そうした中、小麦も大豆も輸入に任されてしまったが、一方、米だけは別格で生産奨励され優遇された。そして、皮肉なことに1970年代後半からは米余りとなり減反、転作を強いることになった。そして遅ればせながら、1990年代になってやっと米飯給食の声が上がり始めた。 米は778%の高関税で守られ、いつも批判の対象となるが、この高関税故に農村が山村と同じにならなかったのである。<当然の国産材利用、公共建築物の木造化> 時は流れ、2010年、米飯給食に遅れること20年余、やっと公共建設物木材利用促進法により、低層の公共建築物はなるべく国産材を使うべし、と180 度方針が逆になった。日本の山には祖先の植えてくれた木が大きく育っている。合板技術も進歩し、間伐材も有効活用出来る形になりつつある。路網を整備し、製材工場を維持出来れば日本の木材はいくらでも使えるのだ。森林・林業再生プランで、民主党政権は林業活性化を成長戦略の一つと位置づけている。 米の関税をゼロにして、農村までもズタズタにせんとする愚かな政策が急に走り出した。例のTPPである。これがいかに愚かな政策かは、林業の衰退、山村の荒廃をみれば明らかである。私は二度とこんな政策ミスは犯してはならないと肝に銘じている。(「木造建築を禁止した政策ミスが災いした中山間地域の疲弊 - 長野建設新聞2011年1月1日寄稿」に加筆)
2011.02.02
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週間文春最新号の読書日記でフランス通の鹿島茂氏が「エロティック・ジャポン」を紹介していた。曰く・・・ アニエス・ジアール「エロティック・ジャポン」(河出書房新社、3800円)は思春期から三島や川端に耽溺した日本心酔オタクのフランス人女性が来日して、ブルセラ、ロリ○ン、盗○、顔○、S○、人形愛、コスプレ、ふんどし愛好、コギャルなどなど、西欧では考えられないほどに多様化した日本のエロティック・カルチャーに衝撃を受け、自らその渦中に飛び込んで突撃取材した成果を一冊にまとめたものであるが、もし副題をつけるとしたら「菊とパンティ」となるのではないかと思えるような一種摩訶不思議な日本論に仕上がっている。 たとえば、カラオケ屋にマニアを呼び出して自分たちのスカートに顔をつっこましてパンティの上から○部の匂いをかがせて商売をしているコギャルの証言を記した後に次のようなコメントがくる。 「じつは、この臭いくんくんかぐ方法は、古くから伝わってきた伝統である。陰と陽のシンボルでよく知られる道教(タオイズム)に由来するものなのだ。パンティをくんくんすることは、不老長寿のための、ほとんど魔術的な効果のある呼吸法の現代バージョンなのだ・・・おそらくは」 その紛れもない証拠となるのが「ドラゴンボール」の亀仙人で、その超人的力の秘密は女の子のパンティなどを情熱的にかいでいるためと説明される。 こうした思いもかけない歴史還元論的分析を読んだ日本の読者は戸惑うというよりも笑ってしまうだろうが、しかし、さらによく考えてみると、当たっているかもと思えてくる部分も少なくないのだ。「菊とパンティ」というところで、思わずムム 鋭いな~!と思ったりして・・・フランスはかってジャポニスムとして浮世絵を評価し、彼の地の美術に取り込んだ経緯があるけど・・・・・今では日本心酔オタクがエロティックなサブカルチャーを突撃取材するわけですね。不老長寿の呼吸法なんてのは、目の付け所が鋭いし・・・・・久米の仙人でなくて「ドラゴンボール」の亀仙人で例証するところなんか、さすが現代的オタクの面目躍如というところか♪この本は、田舎町の図書館が購入してくれるとは思えないし、かと言って個人で買うには高価だし・・・・けど読みたい大使である。なお、紹介した文章の一部に、○となっている言葉は楽天の規制にかかって表記できず、やむなく○表記したものであり、聡明な皆さんの想像にお任せすることになりますが・・・・無粋な楽天さんですね。(どれが規制されているか明示してくれないので、しかたなく試行錯誤の○表記を強いられました)
2011.02.02
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傷跡の痛みも薄れ、今朝の寝起きは快調♪ということで、これまでの早朝散歩をジョギングに切り替えようではないか。汗をかくほど走れないはずだから、ランニングウェアの上に防寒ウェアを着込み、毛糸帽子をつけて、暗いなかを出かけたのです。手始めということで、25分コースを、体と相談しながら走ってみると、28分チョットで走りきりました。ちょっと汗ばむくらいだったから無理をしているわけでもなくて、手術後初のジョギングは思った以上に快調でした。(お けっこういけてるジャン)これから、徐々に負荷を加えて・・・・完走は無理だとしても、宿毛マラソンを冷やかしでなく走ってみるか♪・・・・と、腑抜けのランナーは気を引き締めるのであった(大丈夫かいな?)ちなみに、練習コースのバリエーションは25分コースから2時間コースまで豊富であり、気分しだいで(いや 体と相談しながら)距離を伸ばそうではないか。
2011.02.01
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