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この本には、「本のしごと」に対して藤田嗣治がそそいだ執着と愛着がよく表れています。・・・・晴走雨読の大使が奨める1冊でおま♪「挿絵本の豪華版」のくだりを見ると、挿絵自体が芸術作品として取り扱われたようです・・・・本の価値判断基準に利得、美しさが加わるところが、フランスたる由縁か♪<パリでの挿絵本、「豪華版」との出会い>p26~27より 1890年代から画家に版画制作を依頼して好評を得たアンブロワーズ・ヴォラールは、その後、詩集や小説本を美術家に発注したオリジナル版画を入れた限定版として出版しはじめました。ボナールを始まりに、ピカソ、デュフィ、ルオー、ブラック、シャガール、ドランらが名作を手がけます。彼らのなかには「版画」を単なる複製技術ではなく表現手段のひとつとしてとらえ、紙や活字、テキストの選択にまで関わる者もいました。『平行棒』 ここでの技法は、木版、銅版、石版を中心に、ポショワール(ステンシル、型染め)、コロタイプ印刷など技法は多様で、画家の下絵と監修のもとに専門の職人が刷っています。印刷部数はたいてい数百部と限られ、一割程度の豪華版とあとは普及版でした。こうした刷り情報は、本の冒頭に表示されています。例えば、のちに触れる『平行棒』の場合、刷り部数301部のうち、26部が豪華版(1部が古い和紙、10部が和紙(アンペリアル)、15部がオランダ紙)、残り275部が普及版です。図柄や型版は多くの場合同じですが、紙質が異なります。当然、紙質によって価格も異なります。普及版では水彩用紙のアルシュ紙やヴェラン紙が使われ、豪華版には和紙(アンペリアル)やオランダ製の上質紙が選りぬかれました。藤田によれば、「和紙」とはいえ必ずしも日本産ではなく、鳥の子紙に似た局紙を指していたようです。こうして挿絵本の美本は、しばしば版画集のように解体されて、単独の版画として市場に流通していきます。パリでの藤田の多彩な交遊について、見てみましょう。<パリの新世代書き手との接点>p41~44より こうした「絵画を描く」のではなく「フランス語で書く」人たちとの仕事によって、「パリジャン」化した藤田の交際範囲は、パリの日本人や異邦人からフランス人、美術家から文学者、詩人、出版人へと広がっていきました。その様子の一端は、当時のフランス人妻ユキ(リュシー・バドゥー)が戦後刊行した回想録にたどることができます。平行棒の挿絵 まず、ミシェル・ヴォケール(1904-80)。スイスのフランス語圏出身。愛書家、研究者でもあり、第一幕冒頭の引用は彼の著書『愛書趣味』(1970)からのものでした。本業は詩人で、エディット・ピアフが歌ったシャンソン「水に流してNon,je ne regrette rien」の作詞者というほうが認知度が高いかもしれません。彼の詩集『平行棒』(1927)を手がけています。全頁大のエッチング5点とも取り外しがきくつくりで、当代風の女性を主人公とした光あふれる、開放感のある場面です。自転車に乗ったり、海水浴をしたりと、当時、藤田が16ミリカメラで撮影したドーヴィルなど高級リゾート海岸での夏のヴァカンスを連想させます。この詩人とは藤田のはじめての作品集『フジタ』を1924年にジョルジュ・クレ社から出すなど、すでに親しいつきあいでした。この挿絵の雰囲気が、古き良き時代の映画「突然炎の如く」を彷彿とします。<東京でのパリ―巴里会>p148~154より 1925年に渡仏し、33年5月に帰国していたパリでの朋友・石黒敬七(1897-1974)の存在も大きいです。戦後、NHKのラジオ番組「とんち教室」で「黒めがねの旦那」として知られることになる石黒とは、柔道とか蚤の市まわりなど共通する関心事も多く、現地の日本語新聞『巴里週報』の発行や日本人会の関わりもあってとりわけ親しくしていました。1927年の年記のある藤田の猫を抱いたポートレイト写真が石黒の遺品から出てきました。写真左上に仏文で「わが友 石黒へ 親愛と柔道の技に尊敬の念を込めて」との献辞を寄せています。 帰国後の石黒が35年2月に出したはじめての書籍は『蚤の市』。版元・岡倉書房は美術家や洋行経験者のエッセイ集などをしばしば手がけた、こだわりの造本で知られる出版社でした。巴里会主催で銀座のデパート、松坂屋で開かれた銀座版「蚤の市」がきっかけとなった出版企画のようです。そこに藤田は「怖ろしい黒眼鏡を通して石黒君は隅から隅まで巴里を物色していた」と始まる序文を寄せるとともに、表紙と扉絵も手がけました。 かくして、定住した東京で藤田が新たに求められた役割は、長年住み慣れたパリやフランスの表象でした。パリ時代とコインの裏表が交代したということでしょうか。すでに広く知られた『巴里の横顔』という伏線と、また巴里会という場もあってか、極めて速やかにこうした仕事が東京に居を定めた彼に集まります。「幕間」で触れた『紀行 世界図絵』の出版も36年春でしたし、東京や大阪などの繁華街の百貨店やカフェからフランス風俗による壁画の注文も続きました。「本のしごと」への拘りは、藤田の職人かたぎが表れているが・・・日本と決別したはずの藤田に、日本的な資質が絶ち難く残るのです。<本という小さな展示空間で>p228~230より 20年代のパリでの黄金時代、そして日中戦争開戦以降の戦争画の熱狂時代にはさまれた「はざまの時代に」に、彼は旅暮らしのなかで定まった画風をできずにいました。そのなかで、外発的に、注文により重ねていったのが「本のしごと」です。それは彼が20年代にパリで培った「挿絵本」とはかなり質的に異なるものでした。彼の望むレヴェルの銅版画工房や職人には欠いても、30年代には印刷技術が進展して、それなりに再現性の高い印刷――一般向けの大量かつ廉価な商品化ができるようになっていたのです。愛書家たちも目を肥やしていました。ただ、間もなく戦時下の物資不足が日本の出版界を待ち受けていました。 あらためて考えると、藤田は30年代初頭に、20年近く積みあげてきたパリでの生活を「自己破産」して、中南米を放浪後、日本に戻ってきていたのです。その手元には最低限の自作があったにせよ、彼の20年代の栄光を証言するサロン出品作の大半はパリを中心とした現地の個人収集家のもとに納まっていました。20年代のパリでの「本のしごと」は、ある意味、サロンでの本格絵画を補完するような存在でした。画材や技法の点で日本的なものを取り入れていても本質的には西洋的な世界を描きだしていた絵画と、母国・日本を代表する「本のしごと」によって、彼の創作活動は立体的に立ちあがっていたのです。しかしながら、30年代に母国に戻ってからの創作活動は、かつてのパリでの名声を伝える現物が不足するなかでの孤独な戦いとなります。その自覚もあってか、この時期、彼はしきりに「美術家の街頭進出」を主張します。限られた美術館や画廊ではなくて、カフェや百貨店などに作品を設置する。それすら、その場を訪れる限られた階層に向けたものとなりがちでしたが、「本のしごと」こそ、国内にひとりでに浸透して、藤田イメージ=パリの象徴の伝播、一般への普及に貢献したのではないでしょうか。30年代の東京における印刷メディアでの幅広い活動こそが、20年代のパリでの実績にリアリティーを持たせ、40年代の戦争画での広範な人気の下地を準備したのです。 移動する、持ち運び可能な本という「展示空間」のなかに納まる、小さな美術品としての「本のしごと」。美術作品が、美術館や画廊という「展示空間」=媒体を介することで鑑賞者に対面するのと等しく、「テキスト」も「挿絵」も「本」というメディアを通じて読者に伝わるものです。ゆえに、画家が描いたイメージも、本という形態をとることで、無色透明ではない、色というか、ニュアンスがついてしまう。藤田はそのコラボレーションの妙を、パリであれ、日本であれ心から楽しみ、そしてその成果たる本を大切にしていたのです。日仏二国の愛書文化に通じ、装丁を実践した稀有なる存在といえるでしょう。 「本のしごと」は、「絵画」と「手しごと」とならぶ、藤田のいう創作者の重要な構成要素でした。「画家」を天命と信じた彼にとって、「絵画」が主旋律だったことは確かであれ、それを豊饒にしたのは「本のしごと」も含めた「手しごと」だったのです。【藤田嗣治、本のしごと】林洋子著、集英社、2011年刊<「BOOK」データベースより>画家・藤田嗣治が80年を超える生涯のなかで、母国日本や第二の祖国となったフランスなどで関わった「本のしごと」-書籍や雑誌を対象とした表紙絵や挿絵-から約90冊を、新たに公開された彼の旧蔵書を核として、国内の公共図書館、美術館や個人のコレクションを交えて紹介。パリ時代のオリジナル版画入り豪華本から、日本でのモダンな女性誌や戦時下の出版まで、そして愛妻のために見返しに少女像を描いた一冊など、貴重な図版を200点以上収録。<読む前の大使寸評>この本の編集、掲載した資料の多彩さ、内容が今でもハイカラなことなど、この本自体がビジュアル的にええでぇ♪rakuten藤田嗣治、本のしごと藤田嗣治のアンソロジーbyドングリ
2013.06.30
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・海を渡った人類の遥かな歴史・グローバル化の社会学さっそく、図書館に借り出し予約するのもいいかもね。********************************************************************************海を渡った人類の遥かな歴史より<冒険性を否定する、人と海との親密さ:角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家) > 人間の住む世界から遠く離れた北極の氷の中や太平洋に浮かぶ孤島を訪ねた時、いつも考えることがあった。はるか昔、何千、何万年という昔に、海図も六分儀もないのに、ここまで来た人たちがいたのだ。水平線のはるか向こうを目指した古代の人たちの胸の内に思いをはせた時、私はいつも心が震えるような思いがした。 陸地を離れて海へ出る。人類がアフリカを出て世界へ拡散していく歴史の中で、それは確かに最も想像力を刺激する一歩だった。本書はそのことについて書かれた本だ。歴史の教科書に太字で記される華々しい海戦や探検家の航海について触れたものではない。天体を見て遠洋に漕ぎ出したポリネシア人や、大三角帆を操り材木を運んだインド洋の商人、皮舟で巨獣を仕留めた北極圏の先住民の物語である。船上の会話、胸の鼓動、そして町のざわめき。それらが聞こえてくるような物語なのだ。 ある意味、本書により私のロマンチックな幻想は覆された。私が感動したのは古代人が危険を承知で、それでも海に一歩踏み出したのだと考えたからだ。ところが著者は膨大な考古学的成果と、8歳の時から帆を操ってきた船乗りとしての経験から、彼らの航海の、その冒険性を否定する。彼らが水平線の先に向かったのは好奇心やロマンからではないという。 冒険性の否定。実は著者が最も訴えたかったのはそのことだ。天体の位置、潮のうねり、鳥の動き、島に伝わる伝承。総合的な知を蓄積し海を体験的に解読することで、古代人はいつでもどこからでも帰れるという自信を持って外洋に漕ぎ出した。つまり外洋航海は日常的な沿岸航海の延長線上にあり、未知への旅立ちが冒険でなくなるほど彼らは海と親密な関係を築いていたというのである。 数万年かけて築き上げてきた、この人と海との関係は、つい先頃まで保たれてきた。少なくとも1世紀前、考えようによっては十数年前まで。しかし……。 著者がこの本を書きあげた動機はエピローグにたっぷりと書かれている。あるいは、それこそ彼が最も書きたかったものなのかもしれないと思えるほど、強い筆致で。端的に言うと、それはGPSに象徴される現代機器に知を外部化させて、何の省察もないまま自然との深い関係を放棄した現代に対する深い憂慮の念だ。 「海は再び人間から遠い存在になった」と著者は書く。それは嘆きのようにも聞こえるし、人類は今まさに有史以来の転換点に立っているのだという警鐘のようにも聞こえる。そしてその結語は、同じ思いからGPSを使わずに北極を旅している私にとって賛同せざるを得ないものだった。 ◇ブライアン・M.フェイガン著、河出書房新社、2013年刊<「BOOK」データベース>より 原始、祖先たちはなぜ舟をつくり、なぜ海に乗りだしたのか。遺跡も文献もほとんど残されていない太古以来の人間と海の物語。東南アジア、地中海、インド洋、北大西洋、アラスカから南米の太平洋海域…斬新な視点から、知られざる壮大な歴史を発掘する。<読む前の大使寸評> GPSを使わずに北極を旅しているという評者(角幡さん)のサバイバル感覚もすごいのである。この感覚は冒険性を否定した古代人の感覚に通じるものがあるのではないか♪ 海を渡った古代人、この本の著者(ブライアン・M.フェイガン)、評者(角幡さん)に通じることがある・・・・・勇気を持った旅立ちに見えるが、それは確かな経験と自信に裏打ちされた旅立ちであったということだろう。rakuten海を渡った人類の遥かな歴史グローバル化の社会学より<多様に進む後戻り不能な過程の暗部と希望:松原隆一郎(東京大学教授) >「リスク論」という学問があり、リスクを客観的な確率として計量可能なものとみなし、リスクをはらむ行為から得られるベネフィットと検査や被害のコストを比較して、行為の適否を決めるべきだと唱えている。リスク論は「近代」の所産である。近代とは、市場で個々人が合理的に目的を追求し、発生した失業や公害のリスクは国家が福祉・社会政策によって制御しうるとされる歴史段階だからだ。 けれども技術が日進月歩する現在、原因と結果の関係は複雑化し、計算は素人には不可能事となった。代理として専門家が登場したが、高度な分業生産体制のもとでは責任は曖昧だ。マンション耐震強度の偽装や牛海綿状脳症(BSE)にかんする全頭検査が話題になった今年ほど、この問題が切迫して感じられた年はあるまい。 ベックは86年の『危険社会』で、市場経済の生み出すリスクが制御可能であったのは「第一の近代」にすぎず、因果関係の複雑さや分業体制の深化からエコロジカルな危機が出現した現在、世界は「第二の近代」に移ったと喝破した。本書ではさらに、国民国家までもが市場と個人のはざまで融解する過程を、諸説を引きながら検討している。 新自由主義にもとづく「グローバリズム」は国家を健在ととらえ、その上で規制緩和と自由貿易の振興が世界に豊かさを均霑(きんてん)させ、リスクも制御できるという「近代」の見方をとる。 ベックはこれを批判して、「グローバル化」を第二の近代特有の現象と見る。知識が資本とともに不可欠な生産要素となった現在、労働は世界中で置き換え可能になった。そこで超国籍(トランスナショナル)企業は高い法人税と人件費を逃れて地球上を移動し、経営者はもっとも快適な土地で暮らしている。「敗者」である労働者は定住するしかないが、土地柄の魅力は彼らが築き上げたものだ。安全な食住には費用がかかり、リスクは貧者に押しつけられるのと同様の不公正さが、グローバル化した世界を貫いている。 もっとも、ベックは経済だけがグローバル化したとは見ない。「モロッコ娘がアムステルダムでタイ式ボクシングをする」ようなグローバルかつローカルな文化の混交や、世界規模のテレビ・キャンペーンと不買運動で環境破壊した石油会社を屈服させる市民運動の拡がりもあり、グローバル化は多様に進行している。なにより、欧州連合(EU)や世界貿易機関(WTO)、国際裁判所などが超国家的に再編されている。グローバル化は後戻り不能な過程と見るベックは、不公正を糺す機関として、そこに希望を託す。 97年に書かれた本書は、国際テロ組織という「脱国家」主体の行動は視野に入れているものの、「ヨーロッパ」という超国家連邦への期待が勝っているせいか、「勝ち組」米英の帝国主義的な反攻までは想定外であるようだ。それでも、日米の国家関係と大企業を重視する小泉政権の「グローバリズム」を見直す視点は、十分に用意されている。 ◇ウルリッヒ・ベック著、国文社、2005年刊<「BOOK」データベース>よりグローバルに思考し、ローカルに行動するのではなく、ローカルに思考し、グローバルに行動するために。【目次】第1部 序文(仮想の納税者/世界経済と個人化のあいだで国民国家は主権を失う-どうすればいいのか/グローバル化の衝撃-遅まきの議論)/第2部 グローバル化の意味するものはなにか-次元、論争、定義(世界地平の幕開け-グローバル化の社会学のために/トランスナショナルな市民社会-コスモポリタンなまなざしはいかにして成り立つのか/世界社会の輪郭-せめぎあうパースペクティブ)/第3部 グローバリズムのさまざまな誤謬/第4部 グローバル化への応答(グローバル化への応答としてのヨーロッパ/展望-没落のアラカルト ヨーロッパのブラジル化)<読む前の大使寸評>コーポラティズムが忌むべきものとして、クローズアップされている昨今であるが・・・コーポラティズムとはグローバリズムの側面みたいなものなんだろう。8年前に刊行されたこの本で、コーポラティズムの成り立ちを知りたい、グローバリズムのメカニズムと危険性を再認識したい・・・と思った次第です。ただし、著者は欧州連合(EU)や世界貿易機関(WTO)に希望を持っているところが、今では、ちょっとアナクロニズムかも。rakutenグローバル化の社会学***************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から(目録)反TPPの一環で「堤未果のブログ」からコーポラティズムという流れを紹介します。 3/17NHK「奪われたアメリカンドリーム~デトロイトロケ~」より 企業に後押しされたアメリカ政府が自国民にしている事を、次にTPPなどの国際条約を通して、日本をはじめとする他国にしてくるからです。 今後日本の「貧困政策」は、グローバル化とコーポラティズムによって世界で加速するこの流れをしっかり視野に入れて作る必要があります。 単に企業=悪という従来の善悪図や、アメリカ一国の「陰謀論」という狭い見方ではなく、この新しい流れの中でどうしたら民を守り世界と対峙できるかを真剣に考えなければなりません。
2013.06.29
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ドングリ国の造成した斜面(法面)をクロバナエンジュ(イタチハギ)が覆っているが、気になっていたのです。つまり業界用語でいうなら、「播種工による早期樹林化」が気になっていたというわけです。ドングリ国の造成地では、斜面(法面)のほぼ全面をクロバナエンジュが覆っていました。花期は5月末頃なのだが、咲けばこんな感じになります。クロバナエンジュこの斜面は、土木エンジニアが周到な法面緑化に取り組んでいたようで・・・・大使がドングリ国を打ち立てた頃(土地抽選に当った頃)には、斜面は格子状の補強、排水溝、クロバナエンジュの組合わせが、そのまま見える状態でした。それから15年ちかくも経つと、今ではクロバナエンジュより背の高い樹種が覆い被ってきているのです。日照を奪われたクロバナエンジュは、役目を終えて枯れてしまう運命が待っているのでしょうね。昨今では、この斜面が人工であったというより、元から山であったという感じに様変わりしていて…土木エンジニアの目論みは見事に達成されたということでしょう。何でこの記事を書いたのかと問われたら、森の再生を見ているように思ったわけで・・・人が関わることでわりと短期間に、植生の遷移を見られることが嬉しいわけです。(わかってもらえるでしょうか)このイタチハギは緑化植物として人為的に植えられているのだが、この際、ネットで緑化植物とか斜面緑化について調べてみました。・緑化植物 どこまできわめる・斜面緑化研究部会・法面緑化のインデックスなど緑化植物 ど・こ・ま・で・き・わ・め・るよりドングリ国で目立つ緑化植物を「緑化植物 どこまできわめる」より紹介します。イタチハギニセアカシアなお、ニセアカシアは養蜂業にとっては重要な蜜源として知られていますね。斜面緑化研究部会より<緑化研究部会とは?> 斜面には,自然の営力で形成された「自然斜面」と,開発など人間の力によって生じた「人工斜面」(法面,のり面)があります。これら斜面に生じる緑(広くは自然)の構造や仕組みを研究したり,裸地化した斜面への緑の導入技術や,より好ましい緑になるよう遷移を進めたり現状を維持したりする緑の管理技術を研究するのが斜面緑化研究部会です。 これまでは,道路,宅地,ダムなどの開発に伴って生じる裸地法面(人工裸地斜面)や山崩れなどによって生じる天然裸地斜面などに対する植生の再生・復元方法の研究が主にされてきました。現在では,緑の質さえ問わなければ,どのような場所でも,どのような時期でも緑化できるようになっています。 しかし,最近,斜面緑化技術の流れは次のような点で大きく急速に変わりつつあります。以下は初代部会長の山寺喜成先生(信州大学農学部)の言葉をまとめたものです。 (1) 播種工による早期樹林化 これまでの草主体の急速緑化方式から播種工(はしゅこう,植物の種子を緑化対象地に直接播く方法)を基本とする早期樹林化方式への転換がされつつあります。「播種工による早期樹林化」は,生態系の回復が速まる,防災的に強い植物群落ができる,景観保全に有効である,などの理由から,最近特に注目され,各地で盛んに行われるようになってきています。 しかし,今後解決しなければならない技術的な研究課題も多くあります。1)播種工により導入可能な樹種を増やすことなど,導入樹種の繁殖特性や繁殖方法,さらには貯蔵方法に関して,2)複層林構造の形成,多様性に富む群落の形成,遷移促進や修正の技術の確立など,植物の組み合わせに関連した植物の生理・生態的特性の解明やその具体的な施工・管理方法に関して,3)導入植物の特性に適合した生育基盤の材料や組み合わせ,後述の極強酸性地やダム等の湛水面裸地をはじめ特殊地域に対する適用性の向上・拡大を図るなど緑化技術の改善に関して,などが大きな研究課題として挙げられます。 (2) 環境保全・環境改善により有効な植物群落の造成 第2は緑化目的についての認識の変化です。これまでは斜面の地表を保護する(土壌侵食の防止)ことが主な目的でしたが,最近は自然環境の保全,生態系の早期回復などの目的を優先することが一般に認識されるようになり,環境保全のための緑化が行われるようになりました。例えば,騒音防止や景観保全のために道路の両側に積極的に盛土法面を造り,これを植物で覆う方法,つまりジオテキスタイル工法(補強盛土工法)を用いた「植生擁壁工」が普及しつつあります。 反面,問題の多い施工も増えてきています。例えば,1)法面内部の風化を促進し崩壊を誘発するような切土面への樹木植栽,2)莫大な経費と労力がかかり,また自然にはあり得ない急斜面への必要以上の厚い客土,3)長期維持が困難で防災的にも弱い草花の導入,4)斜面の長期安定に問題が多い腐りやすい丸太や竹など自然の資材を用いた簡易編柵工,5)切土面などやせた土地では生長が遅く自然回復がかえって遅れる潜在自然植生の単一植栽,などが挙げられます。 (3) 特殊な緑化困難地に対する緑化技術 第3は特殊な緑化困難地,例えば極強酸性地,ダム等の湛水面裸地,積雪高寒冷地,コンクリート・モルタル吹付法面,火山噴火に伴う荒廃山地などに対する緑化の要望が強くなり,これらに対応できる新しい工法が開発されつつあることです。 例えば,1)極強酸性地に対しては永続する中和方法が考案され成果を上げつつあります。2)湛水面裸地では耐水性に優れた生育基盤の造成や空気を保持することを考えた緑化基礎工が考案されています。3)積雪高寒冷地では耐侵食性に優れた生育基盤を造成する工法により樹木の播種工による導入が各地で試行されています。4)コンクリート・モルタル吹付法面に対しては法面の長期安定を図り,しかも造成した生育基盤を強固に固定する各種の工法が開発されています。5)火山噴火に伴う荒廃山地などに対しては水を使わない航空緑化工としてコーティング種子を使用する方法が開発されています。 斜面緑化は,斜面安定を基本として,破壊・改変された生態系の早期回復を図ることにより,環境改善,景観保全を行うものといえます。従って,研究の方向は,自然の緑が持つ斜面安定・防災機能の解明,自然により近い群落の構造解明と造成,防災的機能の向上とその評価,遷移コントロール,環境と調和する群落構成,多様性の再生など,理学的解明と施工・管理技術の研究の両面から進め,両者が結びつくことが重要です。 <法面緑化のインデックスなど>日本緑化工学会法面緑化について法面緑化資材クロバナエンジュが優先する法面の植生管理技術の検討連想検索里山へ行こう!~ひょうごの里山林の紹介~
2013.06.28
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うたたねから目覚めると、NHKの深夜放送が「キングダム」を放映していた。おーこれが、マンガ大賞受賞の「キングダム」か・・・・なかなかの迫力である♪後日、本屋のコミックコーナーを覗いてみたらたら「キングダム」が中央あたりに並べられているが・・・だいたい大使は喫茶店で『週刊ヤングジャンプ』には手をださないので、2006年から連載された「キングダム」の存在さえ知らずに過ごしてきたのです。いや~まいったぜ。NHKアニメワールド キングダム<あらすじ>より紀元前、中国。時代は春秋戦国時代。西方の国・秦で、戦災孤児として暮らしていたふたりの少年・信と漂の夢は、日々鍛錬を積み、いつか戦で武功を立てて天下の大将軍になること。そんなふたりにある転機が訪れる。王宮に仕える大臣・昌文君の目に留まった漂が王宮に召し上げられたのだ。<時代区分>物語の舞台は、春秋・戦国時代の末期。紀元前221年、始皇帝によって中国は統一され「秦」となるが、始皇帝の没後、秦は劉邦・項羽らによって滅ぼされ、秦代はごく短い歴史を閉じる。その後中国は前漢・後漢を経て、やがて三国時代へと突入していく。wikipediaキングダム (漫画)より『キングダム』は、原泰久による日本の漫画作品。『週刊ヤングジャンプ』(集英社)にて、2006年9号より連載中。第17回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞作。単行本は、2013年4月4日現在で30巻まで発刊。<概要>中国の春秋戦国時代を舞台に、大将軍を目指す少年・信と後の始皇帝となる秦王・政の活躍を描く。主人公の信は、後に将軍となる李信であると思われるが、紀元前225年の楚攻略戦において大敗し、王翦の引き立て役のような立場の将軍としての評価が一般的な李信を物語の中心に据えるという点において異色な作品である。また、本作では「中華」という言葉が多用されているが、当時はまだ中華思想はなく、中原という概念しかなかった。 その他にも主要な登場人物・事件について作者により大きくアレンジされているため、戦国ファンタジーコミックとして捉えるべき作品となっている。『週刊ヤングジャンプ』2011年51号にてテレビアニメ化が発表され、2012年6月から2013年2月にかけて第1シリーズが放送された。2013年6月からは第2シリーズが放送されている。この時代の権謀術策は現代のインテリジェンスも馬鹿に出来ないものがあるわけで・・・・中華嫌いの大使ではあるが、秦の始皇帝あたりの歴史には興味があるのです。ということで、この「キングダム」には、はまりそうな予感がするのです。でも、漢土のイメージということでは諸星大二郎の『西遊妖猿伝』が、すでに圧倒的な存在感を醸していて・・・「キングダム」が子供じみて見えるのだが。歴代のマンガ大賞受賞作が手塚治虫文化賞、受賞の記録で見られます。
2013.06.27
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世界陸上が差し迫っているけど、野口みずきの最新情報です。6/25野口みずき、世界陸上壮行会で社員前に涙声より8月のモスクワ世界陸上で5大会ぶりに女子マラソン代表入りした野口みずき(34)が25日、所属する神戸市西区のシスメックスで行われた壮行会に出席した。 社員代表が金メダルを獲得した04年アテネ五輪でNHKが中継番組のテーマ曲に使用した2人組ユニット「ゆず」の「栄光の架橋」を演奏すると、「アテネを思い出しました。故障中に金メダリストのプライドを捨て、残ったのは挑戦する気持ちとあきらめない気持ち。戻ってこられたのは復活を待ち続けてくれた皆さんの支えがあったから」と約500人の社員を前に言葉を詰まらせた。 野口は7月上旬からスイス・サンモリッツで最終合宿を行い、合宿地からモスクワ入りする。ところで、今年4月にシスメックス女子陸上競技部が京都からドングリ国に移転してきたのです♪大使の練習コースのひとつがシスメックス本社付近を通るのだが、残念ながらまだ野口選手を見かけたことがありません。シスメックス女子陸上競技部より<名古屋ウィメンズマラソン2013:野口選手コメント>昨年の名古屋ウィメンズマラソン2012から一年、再びこのレース、このコースで世界の代表を目指し出場しました。目標は優勝と2時間23分台を設定していましたがラスト7kmから脚が思うように動かず3位で2時間24分05秒でのフィニッシュとなりました。大阪から名古屋に切り替えた為、充分な距離を踏めなかった事が要因だったと思います。 しかし、最初からレースを支配する強気なレースが出来た事は本来の走りを戻し、大きな自信となりました。 皆さんの応援は私の走りを後押ししてくれました。本当にありがとうございました!皆さんと世界へ!野口がドングリ国の国内で練習するという環境は、モチベーションを高める意味でも恵まれているわけだけど・・・あと、日々の練習で大使が気を抜かなければ、申し分ないんですけどね♪なお、ドングリスタンの最新広報でもお知らせしたように、野口選手を名誉市民に追加しています。
2013.06.26
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ドングリ国にも安藤さんの建築があることを知ったのです♪「4×4の家」がバスで行ける範囲にあるらしいが、そんな近場ならドングリ国内やんけ。ということで、事前にグーグル・マップで探索したのです。ストリート・ビューという機能ができているとは知っていたが・・・ストリート・ビューで、この「4×4の家」の映像がピンポイントで見つかったのです。凄いやんけ、これなら住所がわかれば、全ての街、全ての家が見えるわけですね。まるでスパイのようなストリート・ビューでんな♪で、早速でかけて見てみたが・・・車が行きかう二国に面した場所柄のせいか、どってない感じで、予備知識がないかぎり目立たないわけです。だいたい、安藤さんの建築コンセプトとして、ファサードを否定しているので・・・外観は地味なわけです。民家の少ない地区なので、ここの住人は、若しかして近所付き合いを求めているわけではなくて・・・確固たる美意識に生きる人なのかもね?【注意】この建築は個人住宅のため、詳細な住所をあかさないよう心遣いが必用です。4×4の家/安藤忠雄でこの家の図面、詳細が見られます。安藤さんの都市ゲリラ住居では、住吉の長屋の図面、詳細が見られます。
2013.06.25
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漢字がつくった東アジア4を書いていて、クオック・グーというベトナム語のローマ字表記化に関するwikipediaのサイトに巡りあたったわけです。言語学的なややディープなサイトなんですが、辺境、言語といえば・・・大使のツボでんがな♪wikipediaクオック・グーよりベトナム語のローマ字表記の辞書 クオック・グー(國語)とは、ラテン文字を使用してベトナム語を表記する方法。アクセント符号を併用することにより、ベトナム語の6声調を表記し分ける。「クオック・グー」とは、「国語」のベトナム語読みである。 1651年フランス人宣教師アレクサンドル・ドゥ・ロードが作成した『ベトナム語-ラテン語-ポルトガル語辞典』において、ベトナム語をラテン・アルファベットで表記したものに起源をもつ。ベトナムのフランス植民地化後、公文書などで使用されるようになったことから普及し、1945年のベトナム独立時に漢字に代わりベトナム語を表記する文字として正式に採択され現在に至る。 ベトナムでは、公式な書き言葉として、20世紀に至るまで漢文が用いられてきた。また、漢字語彙以外のベトナム固有の語を表記するための文字としてチュノムも、13世紀に発明されて以降知識人の間などで長年使用されてきたが、習得が難しく統一した規範も整備されなかったため、18世紀の西山朝などの一時期を除き、公文書では採用されなかった。 1651年に、フランス人宣教師アレクサンドル・ドゥ・ロードが、現在のクオック・グーの原型となるベトナム語のローマ字表記を発明したが、主にヨーロッパ宣教師のベトナム語習得用、教会内での布教用に使用されるのが主であり、一般のベトナム人に普及することはなかった。<問題点> クオック・グーは起源からしてフランスの植民地権力に近い側の知識人に由来するため、その綴りにはフランス語中心的な視点にたち、必ずしもベトナム語に適していないものもある。ベトナム語で同じ音素であっても、フランス語で書き分けるものやフランス人が聞いて違う音と判断したものは書き分ける。例として音素kは、フランス語の規範にのっとりc、k、quを使い分ける。また、音素ngも場合によってngやnghと書きわけられる。 またクオック・グーは中国のピンインや注音字母と違い、正式な文字として採用されたため、それまで多くの著作を著すのに使用されてきたチュノム表記ベトナム語や漢文を破滅に追いやったという側面もある。これも、クオック・グーはキリスト教徒や植民地権力が、ベトナムの儒教や仏教、そしてベトナムの文明を、フランス文明、キリスト教、西ヨーロッパ文明へと置き換えるために、漢字漢文の素養を破壊する道具として利用したことに起因する。1945年独立を期に、チェノムよりクオック・グーに切り替えたのは中華のしがらみを絶ったのでしょうか?ベトナム人にとっては、フランスの植民地化より中華との桎梏がより深く誇りを傷つけていたのかも知れませんね。でも、中華のしがらみを絶ったが、フランスのしがらみが残っているという・・・・ベトナム語の悲哀というしかないのかも。一方、朝鮮半島のハングルである。これは朝鮮人の独創的発明であり、宗主国日本とのしがらみを絶つということでは・・・ヴェトナムよりは幸せな、言語上の変革でしたね。
2013.06.24
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「漢字がつくった東アジア」を読み進めています。日本が最初に中華圏から独立したとする切り口が、ええでぇ♪今はない渤海という国が大使にはエキゾティックなんですね。歴史上、日本とは友好的であったし、抗争も無かったようです。<渤海の辿った道>p173~176 それでは、独自の年号までもった渤海国とは、どのような歴史を辿ったのか。それは、あまり明らかではありません。なぜなら、渤海国自身によって書かれた歴史書が残っておらず、同時代の日本の『続日本紀』や、中国の『旧唐書』などから再現するしかないからです。 926年、第15代の大イセンという国王が契丹の耶律阿保機に亡ぼされ、渤海国の歴史はここで終わります。したがって698年から926年までの230年ぐらいが渤海国の歴史ということになります。それは、日本でいえばおおよそ奈良時代から平安前期。政治的に独立した後、中国的文化を意識的に学び、擬似中国的な国家を形成っしつつ、平仮名(女手)の誕生によって、文化的独立に至る時代に相当します。 靺鞨人の国家・渤海が、なぜ、日本や朝鮮のように安定した形態をとることがなかったかといえば、王を中心とするごく少数の官僚達は、漢詩・漢文に通じ、東アジアの政治的関係を理解していたとしても、圧倒的な数の民衆は、これとは無縁の無文字的空間にあったからであると考えられます。西にモンゴル、さらには突厥という遊牧の空間に接する靺鞨人は、東アジア漢字文明に半分だけ足を突っこんだにすぎなかったからです。 新羅が立ったのは676年で、その20年後には渤海国が立ち、ある意味でここに朝鮮半島での南北時代、北と南という二つの国が立つという構造が生じました。 さて、ここで見ていただきたいのは、698年から926年ということは、律令日本時代と重なるという事実です。日本は710年に奈良朝に入ります。794年には奈良から平安に遷都して、894年には遣唐使を廃止しています。 (1日文字数の制約で省略)wikipediaに靺鞨、渤海の位置づけが載っているが・・・ま~民族勃興史を見るようで感慨を覚えます。wikipedia靺鞨より靺鞨(7世紀後半)渤海(8世紀、9世紀頃) 靺鞨(まつかつ)は、中国の隋唐時代に中国東北部(現在のロシア連邦・沿海地方)に存在した農耕漁労民族。南北朝時代における「勿吉(もつきつ)」の表記が変化したものであり、粛慎,挹婁の末裔である。16部あったが、後に高句麗遺民と共に渤海国を建国した南の粟末部と、後に女真族となって金朝,清朝を建国した北の黒水部の2つが主要な部族であった。「中国からの独立」という白川さんの独特な切り口を拝聴してみましょう。<唐の滅亡と東アジアの文化的独立>p188~190 こうしたことを総合的に考えると、900年から1000年代のところで、東アジアの各地方は文化的に独立することがわかります。この900年から1000年代に越南でも独立の気運が起ってきます。 一方、朝鮮半島は、北では926年に渤海が亡び、南では919年に新羅から高麗に代わっています。ここでも文化的な独立めいた動きが生じます。 日本は、国が亡ぶような大きな政治的な変革は見られないものの、それに匹敵するような文化的な革命と断絶がこの時期に起きます。それは女手の成立です。再三繰り返すように、女手が誕生したことにより日本は文化的な独立を遂げますが、それがちょうど越南が中国から離れて独立する時期と重なるのです。 ここで非常に興味深い原理がひとつ抽出できます。それは、「東アジア漢字文明圏における独立は、自主的に中国風の体制を整え、漢字文明・文化を推進する」ということです。 一般的に、独立するという場合には、支配者の束縛から離れて自分たちのものを打ち立てることを意味しますが、東アジアで自分たちのものを打ち立てようとする場合には、かならずいちど政治的にも文化的にも中国化する必用があります。まず中国の政治制度を学び、中国の文化を積極的に取り入れ、あたかも中国と同じような政治的・文化的形態になる。その経験を経たあとに、はじめて文化的な独立が成立します。これが東アジア漢字文明圏における独立の条件です。 非常に矛盾に満ちていますが、わかりやすくいえば、京都と奈良の違いです。あるいは、京都の町でいえば、御所と禅院の違いです。奈良とはいったい何かというと、あれは中国です。中国のものをどんどん取り入れて、中国と瓜二つの姿になることを目指したのです。この逆説的な動きが、日本が白村江の戦いで敗れ、中国から独立したあとに起きます。つまり自主的に中国文化を吸収することによって独立するしかないのです。 それほど中華の文明というもの、知識学問というもの、政治制度というものが圧倒的に大きく、水圧が高いのです。それを自分のものとして取り入れなければ中国からの相対的な独立はありえないのです。 たとえば奈良時代の写経。写経によって中国の文字を知る、中国の文を知る、中国の知識を知ることを徹底することによって独立が果たされたのです。(中略) 越南でも、脱中国化を達成して独立しようと思えば中国化しなければいけない。つまり中国化することによって脱中国化するのです。日本の場合もそうですし、朝鮮の場合もそうです。これが漢字文明圏における独特な独立の形態だと思います。 拙著『日本書史』で詳しく述べていますが、私は900年を日本史におけるひとつの分水嶺と考えてもよい大きな区分と考えています。900年までを、奈良時代あるいは空海などが活躍する平安初期を含めて「擬似中国時代」と考えます。この時代の文化は、中国から独立していちばん最初にやってくる姿をしています。東アジアの国が政治的に独立したあっとには、中国のごとき姿をする時代がかならずやってくるのです。それを経た後にやがて「違いのわかる大人」になることがあります。日本でいえば、女手をつくることによって、和歌と和文の表現力を手に入れ、擬似中国段階を脱して日本化することになります。 同様の試みが、東アジアではやはり文字をめぐって起ります。日本では女手でした。朝鮮ではハングルをめぐって起ります。そして越南ではチェーノム(字喃)という、いわゆる越南文字をつくることを通じて起ってきます。この「喃」の字がまさにチェーノムです。「口」扁が表音のための借用字であることを表し、「越南」の「ノム(南)」という音を合わせてつくられた越南文字です。中国に組み込まれながら、一貫して反抗的だったヴェトナムの文化、王制を見てみましょう。辺境としての悲哀は朝鮮半島より大きかったようですね。チェノム<朝鮮、越南、日本の支配体制>p199~201 江戸時代までは一貫して、朝鮮半島は日本に大陸のいろいろな文化を伝えるというかたちで、ある意味での師匠役をしてきたわけです。けれども、半島側には豊臣秀吉の朝鮮侵攻に象徴されるような、とんでもないことをする、わけのわからない要素をもっている島だという認識もある。そういうなかで、朝鮮半島の、大陸と孤島のあいだにあるという中間の意識は、単に半島意識ということだけではなく、孤島との関わりを絶えず意識させられてきたと考えられます。 元の侵攻に対して、越南が選んだ対応は反抗でした。文化的民族主義としてチェーノムはつくられました。しかし先ほどいったように、大陸を北といい自分たちを南というように、基本的に自分たちを大陸と同格に見ようという意識が支配層にあります。 なぜか。それは越南が中国だからです。とはいえ、体制に組み込まれて、生活しているだけの被支配層は別です。支配する層は、要するに中国です。だから大陸の南朝なのっです。まさに南朝を建てるというような意識から越南は生まれてきたのです。チェーノムが基本的には漢字と同じ構造の亜漢字であり、また(それゆえ)越南語が中国語と同じ単音節孤立語でありつづけていることにも触れておきましょう。 さらに興味深いのは、朝鮮、日本、越南の三つの国で支配体制が異なることです。朝鮮は基本的に「王」、つまり王制です。この王制というのは、再三述べているとおり、皇帝のもとにある王制です。要するに冊封された王制です。あくまで「自分たちのところには王しかいない」という考え方です。皇帝がいるとは考えないし、また考えられもしないのです。 それに対して、日本の場合は「皇帝」です。皇帝とは名乗らないけれども、王とも名乗らずに、その中間的な概念、もしくは模擬皇帝概念として天皇をつくる。天皇制が強化されるのは近代以降です。しかも日本史の過半を実際的に支配したのは、古代には摂政や関白、あるいは院、そして中世、近世は征夷大将軍、つまり将軍でした。わかりやすくいえば、日本の場合、皇帝でも王でもない天皇という制度になります。 ところが越南の場合は異なります。対中国的には王でありながら国内的には皇帝と称するのです。実際問題としては中国の皇帝と冊封関係にあり、したがって王、あるいはもっと貶められて郡王ぐらいのこともあるのですけども、王でありながら国内的には皇帝と称するのです。したがって越南がいちばん中国的なのです。中国でありながら中国とは違うという、むろん朝鮮あるいは日本とはまた違った姿をとるのです。 話は少し脱線しますが、これは絶妙かなと思うのは、越南を含む半島をインドシナ半島と呼ぶことです。すなわちインドの文明と中国の文明がちょうどそこで交差し、共存している半島です。中国大陸に発する漢字文明は東海岸の方から越南へと南下してきますが、西の方からはインドの文明が押し寄せてくる。それは文字が、越南以外のところでは、アルファベットでもなく漢字でもない、いわゆるサンスクリット系の文字が基本的に使われていることと関連しています。 越南が独立するときに、「漢唐はわが帝国にして、孔孟はわが祖師なり」という考え方が払拭すべき意識として語られました。この考え方を払拭しなければ越南の独立はありえないというのが越南の独立のときの考え方です。それほど越南の知識人のあいだには、中国大陸の文化・文明が自分たちの礎であるという考え方が根強くあったのです。wikipediaチュノムによれば、一般のパソコンでも大多数のチュノムを表示、印字することが可能となっているそうです。ベトナム語のローマ字表記化についてはwikipediaクオック・グーに詳しいが・・・1945年独立を期に、中華のしがらみを絶ったのでしょうか?(クオック・グーとは、もちろん国語ですね)漢字がつくった東アジア1漢字がつくった東アジア2漢字がつくった東アジア3
2013.06.23
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「漢字がつくった東アジア」を読み進めています。日本が最初に中華圏から独立したとする切り口が、ええでぇ♪日韓お互いの歴史認識を正すためにも、歴史に対するこのようなセンスが求められるのでしょうね。石川さんは、更に駄目押しのように説いています。<大陸の視点が脱落した古代史観>p266~269 計量比較言語学者の安本美典さんは『日本語の成立』という本のなかで、「音韻上、文法上の特徴を全体的にみたばあい、上古日本語にもっとも近いのはアイヌ語である」。また「アイヌ語についで上古日本語に近いのは、現代朝鮮語」であると言っています。 先ほども触れましたが、自然人類学者の植原和郎さんは、『日本人の起源』のなかで、「渡来人、すなわち北東アジア民族の影響をほとんど受けなかったのが、北端のアイヌと南端の琉球人であり、したがってこれらの人びとは、現在でも縄文人的特質をよく残していると考えられます」という説を述べています。 また、考古学者の坪井清足さんは、『縄文との対話』という本のなかで、「最近の考古学、人類学研究の成果からも、アイヌ語が縄文語の伝統を今日に伝えるいる可能性がある」と述べています。日本の地名にはアイヌ語に似ているものがあるといわれるのですが、現在までのところ、その由来については謎に包まれたままです。 むろん、縄文時代には古代倭語があったと考えられています。現代のアイヌ語、あるいは近世・近代になって書きとめられたアイヌ語のもとになった言葉(前アイヌ語といってもいいし、古アイヌ語といってもいいと思いますが)は、古代倭の諸語のなかのひとつであったことは間違いありません。古代倭にはいろいろな言葉があっり、そのなかのひとつに書きとめられた古アイヌ語が当然含まれていたのです。なぜなら、アイヌ人はこの孤島に住んでいたからです。そういうことになると思います。 縄文時代は単一言語であったはずがありません。この島に単一言語である「やまと言葉」がもともと存在したということはありえないのです。なぜかといえば、アイヌ語以前のアイヌ語も倭にあったし、琉球語以前の琉球語も倭にあったからです。 これらのいわゆる縄文アイヌ説は、千島、カムチャッカ、樺太、あるいは大陸からの視点が脱落しているのではないかと思われます。縄文時代の孤島の中央部に弥生人や弥生文化が割り込んできて、縄文人が北のアイヌと南の琉球に分かれるという本州中心の図式のみで考えているのではないかと思われます・ しかし、はたしてアイヌを北へ追われた縄文人、と考えるので十分なのかどうか。北から渡ってきたということはないのかは、もう少し丁寧に辿ることが必用だと思われます。おそらくアイヌの領域はもっと北まで広げて考える必要があります。縄文という枠組みだけで考えていくと、千島や樺太まで広げるのには無理があります。その意味でアイヌは「北方の人たち」という前提で考える必要があると思います。 ところで縄文文化について、司馬遼太郎さんは、三内丸山で、この時代にこれだけの文明は世界でも類例を見ないというようなことをいっていますが、それは1万年程度のスケールで考えればそういうことになるのかもしれませんが、日本人はもともと素晴らしい力をもっていたのだ、大陸から入ってくる前に、ものすごく素晴らしい文明・文化が日本にはあったのだということをいいたいという心理が、縄文神話を異様に肥大化させ、そう言わせている要因になっています。それは朝鮮半島において檀君神話が神話の域を超えて史実とされていくのと同じようなものです。 むしろそれよりも、それはもっと汎東北アジア的な視野で、孤島にも、朝鮮半島にも、大陸にもいろいろな文化がいっぱいあったけれども、そういう中から漢字ができ、それによって東アジアが文明化され、やがて新しいステージに入っていき、徐々に各地方に分節されていったと考える方が事実に即していると思います。 日本人が縄文をいうと、朝鮮人が檀君神話をいうのとほとんど同じようなことになります。なぜかといえば、縄文時代にすでに孔子がいるからです。孔子がいて、孔子は基本的な東アジアの政治のあり様から、政治的支配のあり様に至るまで、もうすでに語っている。その時期に日本はまだ無文字縄文だったのですから、縄文時代はそんなに自慢できるような話ではやはりないのです。 朝鮮が云々、日本が云々ということより、東北アジアがその時代にどんな状態であったかということに事実として冷静に明らかにすればいいのです。それが東北アジア全体の遺産です。したがって、殷の時代に東北アジアの大陸に漢字ができたけれども、それはなにも大陸の人が偉かったわけではなく、われわれの文字が大陸に生まれたと思えばいいということになあるのです。 縄文思慕は本居宣長的、うるわしきやまとごころ幻想の一亜種であるといえます。 なるほど、我々の文字が大陸に生まれたと思えばいいのか♪ 漢字文化圏のプリンシパルとでもいうべき、目からウロコが落ちるようなスケールが大きいご宣託ですね。 司馬史観もやや影が薄くなったが・・・漢字が、儒教とか司馬史観の礎となったと考えるなら、救われる気がするのです。【漢字がつくった東アジア】石川九楊著、筑摩書房、2007年刊<「BOOK」データベースより>始皇帝が文字を統一したとき、漢字が東アジアの歴史を照らし始め、漢字文明圏が決定づけられる。やがて大陸(中国)の変動に呼応する形で、平仮名(日本)、ハングル(朝鮮)、チューノム(越南)が生まれ、それぞれの文化の枠組みが形成されてゆく。その延長上に現代を位置づけなおすとき、二十一世紀が目指すべき方向が見えてくる…。鬼才の書家が巨視的な観点から歴史をとらえなおし、国民国家を所与とする世界観を超え、読者を精神の高みへと導く知的興奮に満ちた一冊。 <大使寸評>漢字の生い立ち、漢字文化圏に関する本には、つい手が出てしまうのです。日本が最初に中華圏から独立したとする切り口が、ええでぇ♪Amazon漢字がつくった東アジア中韓とは歴史認識、領土問題でメンツをかけてにらみ合っているが、“我々の文字”という視点を維持することは、かなり能天気のような気がしないでもない。だけど、ここまで広い視点を持っておく必要性は、より深まっているのでしょうね。漢字がつくった東アジア1漢字がつくった東アジア2
2013.06.22
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中国人民大学労働関係研究所長・常凱さんがインタビューで「不公平な富の分配、経済発展の犠牲に甘んじない新世代」と説いているので、紹介します。中国における労働争議受理件数常凱さんへのインタビューを6/22朝日デジタルから転記しました・・・無料で見せるのが木鐸というものでは?)中国で労働争議がたえない。賃上げを求めて経営者を軟禁したり、予告もなく集団で職場を放棄したり――。「世界の工場」を支えてきた働き手たちの怒りの背景には何があるのか。日系企業で起きたストの仲裁役を務めたこともある常凱(チャンカイ)さんは、主要国では当たり前の労働者の権利が守られていない構図がみえるという。 Q:中国で働き手が実力行使する事案が目立ちます。なぜですか。A:労働者の意識、経済や政治的な環境が、彼らの親の世代のころとは大きく変わっているのです。Q:というと?。A:労働者の保護や雇用の安定を定めた労働契約法が2008年に施行され、権利意識が強まりました。同時に、賃上げや労働条件の改善は、団結して要求しなければ実現できないことも分かってきました。 携帯電話やインターネットの普及により、情報量も組織力も格段に増しています。賃金や福利厚生など待遇に関する情報があっという間に広がるだけではない。ストの計画までネット上に設けられた専用サイトで議論されているのです。Q:経済的な変化とは。A:中国は安い賃金を売りにして世界から投資を呼び込み、輸出を増やし高成長をとげました。ある意味、この30年、労働者を犠牲にして発展してきたともいえます。働き手からみれば、国や企業の成長に比べて給料の伸びが小さく、物価や住まいの急騰に追いつかない。富の分配の不公平感が争議の根底にあります。 私が仲裁に呼ばれたホンダの子会社の部品工場でおきた『南海本田』ストもそうでした。近所の工場より給料は高かったんです。だけど従業員たちは、会社のもうけの伸びと比べて、賃上げ幅が小さすぎる、と怒っていたのです。Q:広東省の最低賃金は現在、日本円で月2万5千円ほどですが、中国政府は15年までの5年間で最低賃金を毎年13%ずつ上げる方針です。A:2000年代半ばまで抑えてきた反動ともいえます。中国の出稼ぎ労働者は、農村出身の労働者という意味で『農民工』と呼ばれてきました。農民工は2億6千万人とされますが、ほぼ半分は1980年代以降に生まれた若者で、一度も農業をしたことがない人が増えています。 彼ら『新世代』は、ふるさとにいつか戻る前提で我慢して働いてきた親の世代とは違います。都市に定住したい人が増えています。スマートフォンを持ち、それなりに生活を楽しみ、結婚し、子育てするなら最低賃金ではとうてい足りません。 ■ ■ Q:労働者を取り巻く政治の環境はどう変わりましたか。A:中国共産党・政府はここ数年、労働争議を政治的な紛争ではなく、労働者の経済的な交渉ととらえるようになり、以前より寛容になりました。彼らが貧しいままではストより深刻な社会の動乱を引き起こしかねない、という危機感が生まれているのでしょう。公平感のない経済成長では、政権の基盤となる社会の安定は築けませんから。 労使のもめごとは、80~90年代はもっと激しかった。道路を車でふさいだり、ガラスを割ったり。それに比べればいまは、労働者の抗議活動は会社の敷地の中にとどまるものがほとんどです。外でやれば、治安を乱したとして逮捕されかねないと分かっているからです。ただ、大きな問題は、労働者を本当の意味で代表する組織がないことです。Q:中国には「工会」と呼ばれる労働組合がありますが。A:中国で唯一の労働組合『中華全国総工会』が、すべての企業の工会を束ねています。しかし企業の管理職が工会の幹部になっているし、選ぶのも地方の共産党です。地方政府の影響も強い。経営側と権力が結びつく『権貴資本主義』の表れです。 工会が従業員を代表しているとは言い難く、ここ数年、何百件と起きたストも工会が組織したものではありません。従業員が自発的にやったものなのです。Q:いわゆる「山猫スト」なんですね。A:そうです。ホンダの子会社のストでも、従業員が経営者に対して、労組の代表を自分たちで選びたいという要求がありました。それは経営側ではなく従業員側の問題だよ、と話して鎮めたこともありました。 中国には労働者の声を反映する仕組みが必要です。経営側にとっても、ストや賃上げ交渉がもっと秩序だって進む利点があるでしょう。しかし、共産党は工会を通じて労働者を管理しています。これを変えるのは、中国の政治制度にもかかわるので、なかなか難しい。Q:スト権も82年に憲法から削除されたままです。A:文化大革命のあと、社会を乱す行為として削られました。もちろんストそのものは禁止されていません。中国も批准する国際条約で認められているから、ストは違法ではないという解釈です。ただ、私は労働者の権利として、きちんと規定すべきだと考えています。Q:労働争議が増えている背景には、一人っ子政策の影響で、若い働き手が減り始めて「売り手市場」になっていることもあるのでは。A:中国の人手不足は季節要因がとても強い。多くの工場労働者が2週間ほど休暇をとって里帰りする旧正月前後が顕著です。彼らは休み明けに職場に戻るさい、より良い待遇の会社を見定めようと、働き続けるか否か、いったん保留する。企業側は労働者が帰ってくるか分からず、焦る。毎年、この場面で『人手不足』が吹聴されるのです。個人の行為でも1億人以上が同じ考えで動けば、結果的に集団交渉の効果をうんでいる。中国版の春闘ともいえます。 私は現時点では、中国の労働者が本当に不足しているとは思っていません。足りないのは技術が必要な労働者です。中国の雇用の現場は、ミスマッチが問題なのです。Q:外資系のみならず、中国企業のなかにも、賃上げが続く中国から工場を移す動きが出ています。競争力の低下が心配ではありませんか。A:経済のグローバル化が進み、企業の競争は激烈です。企業は賃金が安いところに工場を移そうとする。お金は自由に国境を越えるが、労働者はそうはいかない。同じ労働に対して同じ報酬を与える『世界同一賃金』を考えると、労働者の賃金は一部の幹部を除いて安いほうに引き寄せられるでしょう。しかし賃金の安さは、その国の競争力の一部にすぎません。労働者の質、法整備をはじめとする投資環境、生産ネットワーク、市場の大きさや文化などいろんな要素があります。Q:中国に進出している日本企業は、多発するストに悩んでいるだけでなく、「反日」の行動にもリスクを感じています。A:頻発する労働争議は『反日』の表れではなく、経済的な理由だと思います。従業員を見下すような態度をとれば感情的な反応が返ってくるかもしれませんが。日頃から、彼らが何を考えているか、情報を得られるルートをきちんともっておくべきでしょう。日本の会社が本当に嫌なら最初から就職しないか、ストをしないで辞めてしまうはずです。 ■ ■ Q:国際競争のなかで、日本の安定した雇用関係も大きく揺さぶられています。A:戦後日本の復興と繁栄は、伝統的な労使関係にあったと思います。終身雇用や年功序列、企業内の組合、仕事の要求は厳しくても社員を大切にする中小の家族的な経営は、社会に安定をもたらしました。それを基礎として日本企業は力をつけたし、国民も国家の成長とともに豊かになった。いまの中国に欠けているものです。 80年代以降、経済のグローバル化が進み、日本的な雇用も変革を迫られました。世界中で臨時や短期、派遣といった融通のきく雇用形態が広がっています。経済情勢の変化に応じて働き方が変わっていくのは当然ですが、日本のもつ良さを完全に捨ててしまわないでほしい。Q:なぜですか。A:長い目でみれば、安定した雇用には、企業や社会全体を安定させ、経済の発展を支える積極的な意味もあるのです。中国は豊かな人と貧しい人が二極分化し、社会の不安定化が著しい。日本は『失われた20年』といわれても、社会は成熟と安定を保っている。これは労使関係の伝統と無縁ではないと思います。 中国人民大学労働関係研究所長・常凱(チャンカイ)さん:52年生まれ。中国で労働契約法など労働にかかわる法律づくりに助言している。現在、北海道大大学院法学研究科教授として札幌に滞在。 <取材を終えて>「南海本田」ストに参加したある女性社員(21)はその後、大学に移って労働問題を学んでいるそうだ。奨学金の獲得を知らせる携帯メールをうれしそうにみせてくれた。労使の力の均衡なくして社会の安定なし――。働く現場から中国社会をみる常さんの言葉は、いまの日本にも響く。(聞き手:吉岡桂子)唯一の労働組合『中華全国総工会』は共産党の飾り物みたいですね。斯様に、共産主義の中国に労働者の声を反映する仕組みがないことこそ、根本的な矛盾なんでしょうね。
2013.06.22
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・永続敗戦論―戦後日本の核心・亡びゆく言語を話す最後の人々 さっそく、図書館に借り出し予約するのもいいかもね。********************************************************************************永続敗戦論―戦後日本の核心より<対米従属を続けたい人だらけ:水野和夫(日本大学教授・経済学) > 書名以上に、本書の内容は刺激的である。読んだあと、顔面に強烈なパンチを見舞われ、あっけなくマットに仰向けに倒れこむ心境になった。こんな読後感は初めてだ。 本書にいう「永続敗戦」とは、「敗戦を否認しているがゆえに、際限のない対米従属を続けなければならず、深い対米従属を続けている限り、敗戦を否認し続けることができる」状況を指す。本書の目的は「永続敗戦」としての「戦後」継続を「認識の上で終わらせること」にある。 現実には、「永続敗戦」の構造が政官財学、そしてメディアを中心に執拗に維持されている。官邸に陣取る外交アドバイザーが米日関係を「騎士と馬」に擬えていたり、3・11による原発事故に際して日本気象学会のトップがその主体性において屍と化した発言をしたり、財界のトップにいたっては原発の建屋爆発後に「千年に一度の津波に耐えているのは素晴らしい」と言い放っているのは、滑稽でさえあると本書はいう。 著者は「平和と繁栄の時代」が終わったのだから、それを与件としてしか成立しえない「戦後」も終わったと確信する。9・11によって米国がカール・シュミットのいう「例外状態」に突入したように、小泉総理大臣が北朝鮮を電撃訪問したことで日本も同じ状態に入ったと主張するのだ。「例外状態」とは戦争状態をいうのだから。 本書は経済学にも重い課題を突きつけている。1956年に経済白書が「もはや戦後ではない」と宣言したが、この国の「戦後」は続いていたのである。この誤認にバブル崩壊後、政府の目的と化した「成長戦略」が失敗に終わった理由があるといえよう。「永続敗戦」を甘受した結果「世界によって自分が変えられてしまう」ことを断固拒否する著者の姿勢を、評者は断固支持する。そうしないと、TPP参加や沖縄問題などどれも失敗に終わるだろう。 ◇白井聡著、太田出版、2013年刊<「BOOK」データベース>より「永続敗戦」それは戦後日本のレジームの核心的本質であり、「敗戦の否認」を意味する。国内およびアジアに対しては敗北を否認することによって「神州不滅」の神話を維持しながら、自らを容認し支えてくれる米国に対しては盲従を続ける。敗戦を否認するがゆえに敗北が際限なく続くーそれが「永続敗戦」という概念の指し示す構造である。今日、この構造は明らかな破綻に瀕している。1945年以来、われわれはずっと「敗戦」状態にある。「侮辱のなかに生きる」ことを拒絶せよ。<読む前の大使寸評>第二の敗戦とか、第三の敗戦とかよく聞くけど「永続敗戦」ですか・・・対米コンプレックスが強い大使としても、ここまで自虐的ではないのだ!と言いつつ、気になる本ではある。rakuten永続敗戦論―戦後日本の核心亡びゆく言語を話す最後の人々より<敬意をもって耳を傾け記録:内澤旬子 (文筆家・イラストレーター) > アメリカ先住民ナバホ族のディネ語の吹き替えによる「スターウォーズ」が今夏公開される。ナバホ族自身によるディネ語保存のための画期的な試みだ。アメリカ先住民の中で最も人口の多いナバホ族でも、半数がもうディネ語を話さないそうだ。 この本で紹介されるのは、ディネ語よりもっともっと小さな、世界の辺境にひっそり散在し、あと数年で滅びてしまうかもしれない、そんな超マイナー言語の話者たち。文字を持たず、口承が大半だ。 辺境でずっと自然に寄り添って暮らしてきた彼らから、豊かな土地を奪い、教育という名目で他言語を押し付け、彼ら独自の言語や文化が恥ずべきものであると抑圧したのは、ロシアやアメリカ、中国、ブラジル、オーストラリアなどの近代国家たち。日本だってアイヌと沖縄に同じことをしてきた。しかしその一方で視点をマクロにとれば、日本語もまた英語に脅かされるマイナー言語とも言えないか。 言語学者である著者はアメリカ人であり、多言語を話すとはいえ、母語は英語。彼は最後に残された話者たちを訪ね、敬意をもって彼らの語りに耳を傾け記録する。例えばシベリアのトゥバ族の「行く」は、現在地から一番近い川を基点にして上流に行くか下流に行くかを分けて言う。環境とともに保存して意味を持つ言葉もあるのだ。 家畜の状態、植物や天候を細かく見分けることが前提でついた膨大な名前たちは、知恵の宝庫であり、失われてからでは遅いのだと訴える。 鮮やかに描かれる辺境の地の言語文化の豊かさに、著者と一緒になって感嘆する一方で、時々逆の、著者に訪ねてこられる者の視点にスライドしてしまう自分を発見し、複雑な気持ちになった。 この先グローバリズムの果てに日本語が淘汰されないためにも、今亡びゆく言語文化を知り、耳を傾けることが大切なのかもしれない。 ◇K・デイヴィッド・ハリソン著、原書房、2013年刊<「BOOK」データベース>より絶滅の危機に瀕する言語の記録のために、シベリアからパプアニューギニアまで、世界中の僻地を旅する言語学者。グローバリズムに呑みこまれ、現地語が消滅しようとしているいま、そのフィールドワークから語られる、少数言語が失われてはならない理由。<読む前の大使寸評>アイヌの言語も消滅の危機にあるが、北米インディアンの言語もよく似た状況のようです。北米インディアンの言語といえば、映画「ダンス・ウィズ・ウルブス」で語られるラコタ語を思いおこします。少数言語が失われてはならない理由とは、何なんでしょうね?内澤旬子さんの選ぶ本には、まいど1目置いておりますが、言語グローバリズムに翻弄される日本語も安穏としていられないのかも。rakuten亡びゆく言語を話す最後の人々ダンス・ウィズ・ウルブズbyドングリ***************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から(目録)
2013.06.21
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「風立ちぬ」というアニメーション映画が7月20日公開だそうです。ゼロ戦開発を描くアニメだって・・・飛行機大好きの大使としては見逃せないでぇ♪風立ちぬ公式サイトより<企画書:宮崎駿> 零戦の設計者堀越二郎とイタリアの先輩ジャンニ・カプローニとの同じ志を持つ者の時空をこえた友情。いくたびもの挫折をこえて少年の日の夢にむかい力を尽すふたり。 大正時代、田舎に育ったひとりの少年が飛行機の設計者になろうと決意する。美しい風のような飛行機を造りたいと夢見る。 やがて少年は東京の大学に進み、大軍需産業のエリート技師となって才能を開花させ、ついに航空史にのこる美しい機体を造りあげるに至る。三菱A6M1、後の海軍零式艦上戦闘機いわゆるゼロ戦である。1940年から三年間、ゼロ戦は世界に傑出した戦闘機であった。 少年期から青年期へ、私達の主人公が生きた時代は今日の日本にただよう閉塞感のもっと激しい時代だった。関東大震災、世界恐慌、失業、貧困と結核、革命とファシズム、言論弾圧と戦争につぐ戦争、一方大衆文化が開花し、モダニズムとニヒリズム、享楽主義が横行した。詩人は旅に病み死んでいく時代だった。 私達の主人公二郎が飛行機設計にたずさわった時代は、日本帝国が破滅にむかってつき進み、ついに崩壊する過程であった。しかし、この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。 自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない。二郎はズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生をたちきられる。それにもかかわらず、二郎は独創性と才能においてもっとも抜きんでていた人間である。それを描こうというのである。独創的な設計にかける人物を描きたいのか♪・・・格好つけてるけど、いずれにしても飛行機大好きな宮崎監督が見えます。鈴木敏夫プロデューサーが宮崎監督のエトスを語っています。(朝日デジタルより)6/17力をつくしてこれを為せより 「高畑勲はもうすぐ78歳、宮崎駿は72歳です。だからその、いつ異変が起きても……だって普通は70過ぎてアニメーション映画作るなんて大変なんですよ! 僕、聞いたんです『この映画は宮さんの遺言なんですか?』って。そしたら彼、『かも知れない』って」 スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが6日、宮崎監督の5年ぶりの新作「風立ちぬ」(7月20日公開)の中間報告会見でこんな話をしました。主人公は、零戦の設計者堀越二郎さんと「風立ちぬ」の作家堀辰雄さんを融合させた人物で、零戦の誕生を縦糸とし薄幸の少女菜穂子との悲恋を横糸として、1930年代の青春を描く物語です。 なぜ鈴木さんが「遺言」と思ったかというと、別に年齢的にアレだからとかそういうことのほかに、「仕事とは何なのか」と問い人生を振り返るような宮崎さん自身の感慨が作品から感じ取れるからだそうです。なるほど確かに、「自伝」ではないけれど「自伝」っぽくなることは予想がつきます。実在の堀越二郎さんが書いた「零戦 その誕生と栄光の記録」を読むと、設計チームを率いて困難な目標に挑みつつ飛行機という夢の中に自らの「美学」を注ぎ込む堀越さんの姿が、アニメーション映画をつくる監督の姿と重なり、「あんなに飛行機が好きな宮崎さんが、これを今まで映画にしなかった方が不思議だ」とさえ思えてきます。 お二人が敬愛する文学者堀田善衞さんのエッセー集「空の空なればこそ」で、旧約の「伝道の書(コヘレトの言葉)」9章の中の言葉であるこの一節が紹介されていることを知りました。 「凡て汝の手に堪ることは力をつくしてこれを為せ」 ははーん、直接のネタ元はこれかな? ちなみに書名の「空」は「くう」と読んで下さい。「ソラのソラ、カラのカラと読まれたのでは、これはもうガッカリもいいところ」と堀田さんが書いています。 このエントリーも飛行機シリーズに収めておきます。
2013.06.20
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「漢字がつくった東アジア」という本を2週間で読みきれず、延長借り出しして読んでいます。書家でもある石川さんの本であるから、漢字そのものの記述が多いのですが、歴史に対するセンスが素晴らしいわけです♪それでは、朝鮮史の章から、石川さんの喧嘩両成敗のような歴史認識を拝聴いたしましょう。<立ち上がる朝鮮半島>p111~114 高麗の時代になると中国風の科挙制度が創設されます(958)。この制度は1894年まで存続します。このことを考えるだけでも、いかに朝鮮という国が中国風であるかがわかります。高麗時代から1894年まで、日本でいえば明治20年代まで、一貫して科挙制度がつづいていました。次第に形骸化されていくとはいえ、朝鮮では科挙試験によって選ばれて人が官僚になる制度を1000年近くつづけてきたのです。 形骸化されていったとはいえ科挙制度が1000年近くつづきました。そこに登場してくるのが「両班」という朝鮮の支配層です。両班とは、もとは国家行事の際、南面した皇帝に対して東側に文官が並び、西側に武官が並んだことに由来して、この文班と武班の二列の並びのことを意味したのです。両班という呼称は、科挙のはじまった高麗当初からあったのですが、李朝時代になると科挙合格者・官僚就任者が固定し、社会的身分となり世襲化されるようになります。そして、両班は中央にあっては高級官職の地位を独占し、地方にあっては農村に土着してその地域を実質的に支配していきます。 日本はついに宦官の制は入ってこなかったのですが、朝鮮には宦官もいました。また、大陸に仕官することも、大陸との政略婚もありました。たとえば、元の時代には、1274年以降に高麗の王族は元の皇女を妃としてもらいました。これによって元の皇室の一員になるのです。また、王族の子弟は成人し、独立して朝鮮の王様になるまでのあいだ、みんな北京の元の皇室で育つのです。そして王になると朝鮮に帰ってくる。なかには忠宣王(1275~1325)のように即位後も帰らず、北京で政治を執った王様もいるくらいです。この時代には辮髪やモンゴル風の衣装が朝鮮で採用されていました。 年号は、古くから中国の年号をそのまま採用し、独自の年号は、19世紀末の大韓帝国時代になって使いはじめます。朝鮮は、こういうかたちで中国史とかなり密接に同伴しています。この事実はまず知っておいたほうがいいと思います。<古代世界をどう考えるべきか> 少し補足しておきます。大陸の中国があって、半島の朝鮮があって、孤島の日本があって、それぞれが自らの歴史をどのように捉えているかというと、たとえば日本では「まず麗しい倭があった」と考えられています。それが天皇制と結びつき、現在までつづいていると考えるのです。他方、朝鮮では「まず古朝鮮があった」と考えられています。檀君神話のように、「神話と結びついた古朝鮮がまずあって、それがいったんは漢によって滅ぼされた」けれども、「古朝鮮がもういちど復活する」という考え方が、北と南を問わず朝鮮の人たちの抱く歴史観です。檀君神話と白頭山が重なるのです。それゆえ金正日は白頭山に生まれたと知らしめることになるのです。 日本の場合も同じように、戦前は古代神話が史実でもあるかのように教えこまれていました。しかし、いつまでも神話を根拠にしているわけにもいかないので、神話に代わるものとして縄文が持ち出されるようになった。麗しい、素晴らしい縄文があった、と。青森県の山内丸山遺跡を見て、司馬遼太郎さんは「世界に冠たる文明があった」と書いています。梅原猛さんも山内丸山遺跡を激賞するわけです。縄文こそが日本のふるさとであり、古朝鮮にならっていえば「古日本があった」ということになります。 ところが、その縄文時代が直接に現代に繋がっているわけではないところでは、口を濁すのです。どう考えても、弥生時代に大陸や半島から日本列島に多数の人々がやって来た、否、正確には人々がやってくることによって弥生化したことに間違いなさそうです。大陸や半島からの人々が多数やって来たことが何を意味しているのか、そのことを歴史家ははっきりと言わない。 要するに、古朝鮮も古日本も誤りなのです。その考え方さえ改められれば、東アジアの問題はすべて見事に解けます。では、どう改めるのか。「孤島に、大陸からも半島からも、南からも北からも、いろいろな人が集まってきて、その人たちとともに日本をつくった」と考えるのです。それがだいたい650年頃から700年頃にかけての出来事です。朝鮮も同様で、その頃に統一新羅が半島に成立します。 いずれにしても、かつての東アジア圏の影響下にあった。やがて少しずつ違いを形成し、まず日本が中国から切れるのです。ところが朝鮮の場合は異なります。国として立ったものの、中国との関係はずっとつづいていきます。最終的に中国と切れたのは近代になってからで、1897年のことです。それまでは中国の皇帝が国王を任ずるという冊封体制のなかにありつづいたのです。冊封体制とは、中国の皇帝にお土産を持って挨拶にいくと、中国がその何倍にも相当するものを返すという関係です。この関係を完全に断ち切ったのが国号を大韓帝国と改め、王・皇宗が皇帝に即位した1897年です。「古朝鮮」の存在を考えることは美しいロマンです。そう考えたい気持ちはわかります。けれども、それが事態をわかりにくくしています。日本の縄文、古代幻想も同様です。そうではなく、いずれも、いちど中国の文明に入ったものが、その影響下から独立していったと考えるのです。日本が独立し、朝鮮が独立するというかたちで国と文化をつくったと考えれば、東アジアの問題はきれいに解けます。 近代からスタートするから間違うのです。そうではなく、もともと東アジアは境界線のないままひと繋がりに入り混じっていたのであり、少しずつ地域ごとに違いが生じ、やがてその違いが鮮明になったと捉えればいいのです。その違いを明示するに至った原動力は何か。朝鮮の場合は1450年頃にできたハングルです。日本の場合は900年頃に生まれた女手(=平仮名)と片仮名です。これらの文字の使用が、それぞれ独自の文化を生み出すことになったのです。日本が最初に中華圏から独立したとする切り口が、ええでぇ♪日韓お互いの歴史認識を正すためにも、歴史に対するこのようなセンスが求められるのでしょうね。【漢字がつくった東アジア】石川九楊著、筑摩書房、2007年刊<「BOOK」データベースより>始皇帝が文字を統一したとき、漢字が東アジアの歴史を照らし始め、漢字文明圏が決定づけられる。やがて大陸(中国)の変動に呼応する形で、平仮名(日本)、ハングル(朝鮮)、チューノム(越南)が生まれ、それぞれの文化の枠組みが形成されてゆく。その延長上に現代を位置づけなおすとき、二十一世紀が目指すべき方向が見えてくる…。鬼才の書家が巨視的な観点から歴史をとらえなおし、国民国家を所与とする世界観を超え、読者を精神の高みへと導く知的興奮に満ちた一冊。 <大使寸評>漢字の生い立ち、漢字文化圏に関する本には、つい手が出てしまうのです。日本が最初に中華圏から独立したとする切り口が、ええでぇ♪Amazon漢字がつくった東アジア漢字がつくった東アジア1
2013.06.19
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デジタル新聞の魅力は便利な機能トップ5によく表れているが(朝日新聞の回し者ではないが)・・・今までやってきた新聞スクラップは何だったのか?と、やや脱力するロボジーでおま♪・・・で、アナログ老人としては、この際、デジタル新聞を使い倒してやろうと思ったわけです。どのように使い倒すかということで、次のように目論んでおります。*******************************************************************●最新ニュース朝日デジタルからお奨めの最新ニュース項目が、毎日、メルマガでメールされてくるので・・・紙面とメルマガの双方でチェックできるわけです。●インタビュー、オピニオンインタビュー、オピニオンは、あまりむげに見過ごせないので、これまでどおり紙とネット双方でスクラップします。・一例としてはアベノミクスに欠けるものなど。・これまでの涙ぐましいスクラップは朝日のインタビュー記事スクラップに保存しています。●書評、映画評書評、映画評については視点も広く、アーカイブも完備されていて、なかなかのものです。・朝日デジタルの書評から18・ 朝日デジタルの映画欄から1●beうたの旅人朝日デジタル契約の前から、「beうたの旅人」の記事の一部を手書きで残してきたが、その記事をアーカイブとして覗くことも可能になったわけだ♪うたの旅人byドングリ●NIPPON映画の旅人「NIPPON映画の旅人」が新シリーズとして始まったが、これは、紙とネット双方で読み、残しておきたいのです。一例として(NIPPON映画の旅人)「誰も知らない」●GLOBE特集GLOBE特集の記事が面白いので、各紙面を丸々保存していたが、これでは芸のないことなので・・・アーカイブは朝日デジタルに残っていることだし、この際、好きな紙面だけを残すようにしようと思っていますGLOBEトップ●編集工学との兼ね合いデジタル新聞と紙の新聞の桎梏は、電子書籍と紙の書籍の競合と同じ問題を孕んでいるわけだけど・・・この混乱を乗りきるには、松岡さんが提唱する編集工学的センスが必要ではないかと思ったりするわけです。「世界は編集されている?」************************************************************************ところで、新聞スクラップというアナログな行為は捨てたものでもないわけで、これまで通り続けていこうと思うロボジーでおま。なお、朝日デジタルとの契約手順については、デジタル新聞に契約にメモしています。
2013.06.18
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えらいこっちゃ!パソコンが不調でエラー表示が頻発しています。もし日記更新が無くなるとするなら・・・それはパソコンのせいなので、その旨予告させてもらいます。***********************************************************************PCでお騒がせしましたが、その後、システム修復をトライしたら・・・なんやら復調して危機は脱しました♪・・・で、本日のエントリーです。<図書館大好き33>今回借りた7冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば「手当たり次第」でしょうか。なお、「漢字がつくった東アジア」は前回からの延長借り出しです。また滞っていた「峠」1はやっと読破したので、引き続いて「峠」2を借りました。<市立図書館>・女番(スケバン)編集長レナ・藤田嗣治、本のしごと・女には向かない職業2・漢字がつくった東アジア・「峠」2<大学図書館>・シネマ古今東西・つげ義春幻想紀行図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【女番(スケバン)編集長レナ】Ura Evo編、文藝春秋、2008年刊<商品説明より>爆笑、実写ネコマンガ第2弾。猫で女番で社長のレナが、編集長に転職。編集長編はもちろん、社長編に書き下ろしも加えて復活。はっちゃん&めんまさんとのコラボレーションコミックも収録。<大使寸評>ネコ好きにはこたえられない本です。しかも、出版業界の内幕をマンガ仕立てで茶化しているのが面白いでぇ♪ちなみに、編集長の好みはリア・ディゾン、滝川クリステル、土屋アンナとなっています。(2008年出版時)rakuten女番(スケバン)編集長レナ【藤田嗣治、本のしごと】林洋子著、集英社、2011年刊<「BOOK」データベースより>画家・藤田嗣治が80年を超える生涯のなかで、母国日本や第二の祖国となったフランスなどで関わった「本のしごと」-書籍や雑誌を対象とした表紙絵や挿絵-から約90冊を、新たに公開された彼の旧蔵書を核として、国内の公共図書館、美術館や個人のコレクションを交えて紹介。パリ時代のオリジナル版画入り豪華本から、日本でのモダンな女性誌や戦時下の出版まで、そして愛妻のために見返しに少女像を描いた一冊など、貴重な図版を200点以上収録。<読む前の大使寸評>この本の編集、掲載した資料の多彩さ、内容が今でもハイカラなことなど、この本自体がビジュアル的にええでぇ♪rakuten藤田嗣治、本のしごと藤田嗣治、本のしごとbyドングリ【女には向かない職業2、なんとかなるわよ】いしいひさいち著、東京創元社、2006年刊<内容紹介より>ミステリ作家・藤原瞳はいかにして形成されたのか? 高校生時代、小学校教師時代にも垣間見える、作家としての輝く文才。そして今もかわらず超テキトーな「なんとかなるわよ」的性格。豪放磊落大胆不敵。ちょっとやそっとじゃ動じない、そんな藤原先生の自由気ままな日常生活を、ドタバタ四コマ漫画でお贈りします。おなじみホームズとワトソンに、A先生や(依願)退職刑事など、充実のおまけ漫画も嬉しい、文庫化第二弾!<大使寸評>瞳さんはもともと、朝日新聞でののちゃんの担任として登場したが、このシリーズでは小学校を退職し、専業作家になっています。豪放磊落大胆不敵な片鱗が見える高校生時代の素顔が面白い♪瞳さんの両親も出てくるが、これがわりとまともでほんのり爽やかで、いしい作品のなかで異彩を放っている。瞳さんと言うか、いしいさんがフォルクローレなどの中南米サウンドが好きなことが垣間見えます。tsogen女には向かない職業2、なんとかなるわよいしいひさいちの世界byドングリ【漢字がつくった東アジア】石川九楊著、筑摩書房、2007年刊<「BOOK」データベースより>始皇帝が文字を統一したとき、漢字が東アジアの歴史を照らし始め、漢字文明圏が決定づけられる。やがて大陸(中国)の変動に呼応する形で、平仮名(日本)、ハングル(朝鮮)、チューノム(越南)が生まれ、それぞれの文化の枠組みが形成されてゆく。その延長上に現代を位置づけなおすとき、二十一世紀が目指すべき方向が見えてくる…。鬼才の書家が巨視的な観点から歴史をとらえなおし、国民国家を所与とする世界観を超え、読者を精神の高みへと導く知的興奮に満ちた一冊。 <大使寸評>漢字の生い立ち、漢字文化圏に関する本には、つい手が出てしまうのです。日本が最初に中華圏から独立したとする切り口が、ええでぇ♪Amazon漢字がつくった東アジア漢字がつくった東アジア1byドングリ漢字がつくった東アジア2byドングリ漢字がつくった東アジア3漢字がつくった東アジア4【「峠」2】司馬遼太郎著、文藝春秋、1972年刊<「BOOK」データベースより>古書につき、データ無し。<読書途中の大使寸評>司馬遼太郎の紀行文などはよく読んだが、大作小説を読むのは、「竜馬がゆく」以来で約半世紀ぶりではないだろうか(そんな大仰な)「峠」2ではいよいよ、長岡の戦いにさしかかります。Amazon「峠」2【シネマ古今東西】東京イラストレ-タ-ズ・ソサエティ著、芸文社、2003年刊<「BOOK」データベースより>東京イラストレーターズ・ソサエティのメンバーのうち150人が映画をテーマにイラストレーションを1点ずつ描いている。<読む前の大使寸評>イラストレーター150人が、それぞれお気に入りの1本(映画)を描くという編集方針がグッドアイデアであり、大使の食指も動くわけです。2003年出版の本なので、昨今の暴力に堕したハリウッド作品が出てこないのが救いですね♪ もっとも、エスプリ溢れるイラストレーター達だから、そんな映画は選ばないかも。rakutenシネマ古今東西【つげ義春幻想紀行】権藤晋著、立風書房、1998年刊<「BOOK」データベースより>つげ義春作品と写真で解き明かす。「つげ式」旅術の書。【目次】1 「二岐渓谷」之章/2 「もっきり屋の少女」之章/3 「海辺の叙景」之章/4 「初茸がり」「紅い花」「西部田村事件」之章/5 「ゲンセンカン主人」之章/6 「大場電気鍍金工業所」之章/7 「隣の女」之章/8 「チーコ」「義男の青春」之章/9 「ねじ式」之章/対談 ワラ屋根のある風景(つげ義春/権藤晋)<読む前の大使寸評>鄙びた温泉宿とよくいわれるが、何といっても、つげ義春が描く鄙びた様が最強なわけで・・・・鄙びた温泉ファン待望の一冊なんでしょう♪rakutenつげ義春幻想紀行*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き32図書館大好き(目録)
2013.06.17
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スティグリッツ教授がインタビューで「成長優先は正しい、市場動向に惑うな」と説いているので、紹介します。スティグリッツ教授へのインタビュー <アベノミクスに欠けるもの>(朝日デジタルから転記したが・・・無料で見せるのが木鐸というものでは?) 豊かさを分かちあえる経済社会への変革を説くノーベル賞経済学者、ジョセフ・スティグリッツ教授が安倍政権の経済政策「アベノミクス」支持を表明し、注目を集めた。だが、単独インタビューで浮かび上がったのはむしろ「格差なき成長」への厳しい注文だった。アベノミクスに抜け落ちたものは何か。混迷が続く世界経済の処方箋は。 Q:アベノミクスをなぜ評価しているのですか。A:欧州は政府債務を減らそうとして緊縮財政に陥り、与野党の激しい対立が続く米国も節約を余儀なくされています。そのなかで日本が経済成長を優先する政策に打って出た意義は大きい。アベノミクスの3本の矢、すなわち大胆な金融緩和と財政出動、成長戦略を組みあわせた包括的な政策は、日本経済を立ち直らせる正しい取り組みだと思います。欧米が学ぶべきものです。Q:巨額の財政赤字を考えれば、日本も欧米も財政の引き締めは避けられないのでは。A: 経済を成長させてこそ、国内総生産(GDP)に対する政府債務の比率を下げることができます。財政再建を優先し経済成長を犠牲にするやり方では、財政赤字を減らせません。歳出削減と増税を急ぐ緊縮財政は、つねに失敗してきました。弱含みの経済を悪化させ、税収を減らすからです。いまは欧州がひどい失敗に陥っています。 Q:東京市場で株価暴落も起きました。金利が急騰し国債相場が暴落すれば、日本は金融危機や政府債務危機に陥りかねません。 A:市場はつねに不安定なものです。短期的な動きに目を奪われるべきではない。株価は下がったが、半年前より高い。国債相場や金利は基本的に、中央銀行が市場介入によって調整することができます。 Q:円安で輸出産業の採算が回復した半面、輸入物価の上昇が生活を直撃しています。アベノミクスが目指す2%の物価上昇や、消費増税で暮らしはさらに圧迫されます。 A:アベノミクスが成功すれば、やがて人びとの実質所得が増えていくでしょう。経済成長率が高まれば、増税にも対処できるようになり、暮らしはよくなるはずです。 ■ ■ Q:しかし、成長でみんなが豊かになれるとは限りません。A:そこが重要な点です。格差(不平等)の問題に向きあわなくてはいけない。GDPが増えても、大半の人びとの暮らしが悪化すれば、幸せになれません。そういう事態が米国で起きた。2009年から11年までの景気回復で、GDPの増加分の1.2倍ものお金を、所得上位1%の富裕層が手に入れてしまったので、99%の人びとは、一層貧しくなりました。日本もそうならないよう、所得再分配を工夫しなければなりません。3本目の矢は、単なる成長戦略ではなく、格差是正に配慮することが欠かせないのです。 成長は、それ自体が目的ではないし、GDPは豊かさの尺度として欠陥が多い。重要なのは環境保全も含めて、すべての市民の生活の質や福祉水準を高めることです。だからこそ所得の分配と、誰が政策の恩恵を受けるかということに、私たちは敏感でなければいけません。 Q:近著「世界の99%を貧困にする経済」で、所得再分配がみんなを豊かにすると説いていますね。A:所得上位1%の人は下位の人に比べ、収入を消費に回す比率が低いので、所得再分配をしたほうが経済を刺激できます。再分配は経済を刺激し、成長させるための有効な手段のひとつなのです。 ■ ■ Q:消費増税については。A:消費税は、貧しい人びとの負担がきついという逆進性を持つ悪税です。しかもデフレを悪化させます。日本は来春の消費増税を計画していますが、おそらく時期尚早でしょう。まずは経済の成長を回復し、それから増税するのが順当なやりかたです。増税するなら消費税ではなく(化石燃料の消費に課す)炭素税を導入すべきです。逆進的ではないし、二酸化炭素の排出を減らしたり、エネルギー効率をよくしたりするための技術開発や設備投資が進むから、経済にもプラスです。 Q:それでも消費税を引き上げるとしたら、何をすべきでしょう。A:増税による税収の増加分と同じ額だけ支出を増やせば、経済への打撃を避けることができます。これは、均衡予算乗数という考えです。そのさい、低所得の人びとへの再分配につながる支出をすれば、消費やGDPをいっそう増やす効果があります。企業減税で刺激をというのでは、効果を期待できません。 Q:安倍政権が交渉参加に踏み切った環太平洋経済連携協定(TPP)については。A:日本の人びとは気をつけてほしい。TPP交渉に臨んでいる米政府関係者は必ずしも米国民の利益を反映しておらず、製薬企業や娯楽産業といった業界の利益を代弁しがちなのです。しかもTPPは自由貿易というより管理貿易的で、多角的自由貿易体制を傷つける恐れがあります。中国が参加していないこともあって、TPPで(中国と分断されるなど)アジアの部品供給網や域内貿易が損なわれかねません。 米政府の主張の問題はほかにもあります。日本にコメの保護をなくすよう求めてきましたが、米国の農産物保護はなくそうとしない。知的財産権の保護強化で、人びとが安い後発医薬品を入手しにくくなる恐れもあります。遺伝子組み換え食品の情報公開には後ろ向きで、これは米国民の利益にも反します。 ■ ■ Q:欧米と日本の中央銀行は、かつてない金融緩和をおこなって国債を買い支え、金融危機と政府債務危機の歯止め役を演じています。これは今後のインフレやバブルの温床ではありませんか。 A:いや、米国では量的緩和の効果は、比較的穏当なものにとどまっています。信用供与の不足や不動産市場の低迷という問題を、まだ解決できていないということもその一因ですが。しかも財政出動が不十分で、構造改革の政策がない。金融緩和だけでは効果が出ないのです。 欧州では、緊縮政策を転換しないと失業問題を解決できません。政府が産業政策や研究開発促進、インフラ整備などで成長を促す戦略が必要です。また、金融危機を封じ込めるために、共通の監督制度と預金保険制度を持つ『銀行同盟』をつくらねばなりません。 Q:主導国のない「Gゼロ」と呼ばれるような世界経済の混迷は、どうやって収拾できますか。 A:難しい質問ですね。世界のお金は、必要とされないところに回っていて、必要とされるところには回っていません。そういうことを直せるグローバルな統治(ガバナンス)を実現するには、各国が主権の一部を放棄するような協調が必要です。 たとえば、欧州では欧州連合(EU)の弱すぎる機能を高めることです。アメリカ合衆国のような強固な中央政府をつくるべきだというのではありません。でも、欧州のGDPの1~2%しか支出できない現在のEUでは弱すぎます。Q:ドルに代わる世界通貨をつくるという提案もしていますね。A:私がかねて提案してきたのは、国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)を拡大し、やがてドルに代わる準備通貨を主要通貨のバスケット方式でつくることです。長い時間がかかるでしょうが。Q:世界中で、若者をはじめ多くの人びとが失業や貧困に苦しんでいます。解決策は。 A:まずは経済成長によって全体の失業率を下げることが有効です。しかしそれだけではなく、教育制度を改善することが必要です。いまの教育は、すでに存在している職業を意識してつくられていますが、仕事の現場は変革の波に洗われています。生涯学習という観点で取り組みを強化しなければなりません。 <取材を終えて>「アベノミクス」の応援団のような発言が目立つスティグリッツ教授だが、単独インタビューでは、所得格差是正への配慮が必要だと、鋭い注文をつけた。国民の所得を増やす経済成長は必要だが、企業や「1%」の富裕層だけが潤って、「99%」の人びとの生活が改善しなければ無意味という立場だ。 米国経済は、回復過程でも格差が拡大している。その現状に対する教授の批判は、小泉政権や第1次安倍政権下での「実感なき景気回復」にも、あてはまるだろう。 名目3%成長ができれば、「1人あたりの国民総所得は10年後には150万円以上増やせる」と語った安倍晋三首相やその周辺は、教授の懸念を理解していないように見える。「家計が潤う」と口では言っても、格差是正や貧困対策に冷淡なら、教授を失望させる日も近い。 一方で消費増税を先送りすれば、国債相場の急落も起こりかねない。安倍政権は教授の提言を参考にして、増税による税収を雇用創出や貧困対策に投入すべきではないか。格差縮小に役立つし、景気の失速を防ぎつつ、財政再建への確かな一歩にもなる。 (聞き手:小此木潔)ドルに代わる準備通貨を主要通貨のバスケット方式でつくるとの提言がいいですね。アメリカ人学者とは思えない提言です。でも、アメリカの醜悪な金融政策については、このインタビューでは言及されていませんね。
2013.06.16
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日本株乱高下の直接的な引き金はFRBバーナンキ議長(金融緩和縮小に言及)のせいですが・・・このようなウォール街の陰謀は、アメリカの金融政策と絶ち難くつるんでいるわけで、日本経済の富は、これまでも、そしてこれからも長いスパンで米英の機関投資家に奪われるのでしょうか? ええ訳ないで。朝日デジタルの「きそからわかる黒田緩和12」から乱高下の「元凶」を紹介します。6/14株式の「高速取引」が話題だけど?よりQ:最近の株価の乱高下は、「高速取引」や「コンピューター取引」と関係がある、とか聞いたけどどういうこと? A:高速取引といわれるのは、HFT(ハイ・フリークエンシー・トレード=高頻度取引)と呼ばれる手法のことだよ。麻生太郎財務相兼金融相が最近の記者会見で「HFTという機械に載せてやると、上がり始めるとわっと上がるし、下がり始めるとだっと下がる」と言ったことで証券業界の外でも少し知られるようになったんだ。 Q:じゃあ乱高下の「元凶」は誰なの? A:ヘッジファンドの代表格である商品投資顧問(CTA)の「コンピューター売買」との関係を指摘する声が多いよ。こちらは、世界の経済指標やニュースに反応するように、コンピューターで自動売買している。相場が下がっているときは、かなり多額の売り注文を出したりする。相場の下落幅を大きくしているとみられているよ。 Q:やっぱりコンピューター取引がからんでるんだね。 A:そういう見方が多いね。コンピューターによる自動売買は、プロの投資家には大きく広がっている。株価が一定の基準を超えて値下がりすると、損を最小限にするために自動的にその株を売るようにプログラムが組まれている場合が多いんだ。だから、売りが売りを呼ぶ展開になる。日米欧の緩和マネーが、そこに流れ込んでいて振れ幅を大きくしているよ。 金融経済用語集でCTAを見てみました。この記事にはヘッジファンドという言葉は出てこないが、先物相場(デリバティブ)、先物運用の専門業者、金融危機、コンピュータプログラムなどという見るからに強欲なものがゴロゴロと出てきます。CTA運用投信よりCTA運用投信は、ファンド・オブ・ファンズ方式で、CTA(Commodity Trading Advisor)が運用するファンドに投資する投資信託をいう。また、CTAとは、商品・短期金融商品・債券・為替・株価指数などの先物相場(デリバティブ)を投資対象とし、高度なリスク管理を行って、リスクを抑えつつ高いリターンを追求する先物運用の専門業者をいう。一般にCTA運用投信では、定量モデルを用いて精度の高いコンピュータプログラムを開発し、アルゴリズム取引により「相場が上昇しても下落しても利益を狙える」ことが最大の特徴と言える。ちなみに、2008年-2009年の世界的な金融危機において、相場急落局面で商品先物や株価指数先物の下落を予想できたCTAの運用成績が良かったことから、個人投資家の間でもCTAへの注目度が高まり、CTAを対象としたファンドが注目されるようになった。大使の認識では、ヘッジファンドとは、弱者を見つけて、その弱者を更に弱めることで儲けを狙う、言ってみれば犯罪すれすれのハゲタカのような投機筋なんですが(合っています?)タックスヘイブンとヘッジファンドの違法性を追求しないアメリカ政府およびFRBは下司の極みであり、悔しかったら、株取引に「トービン税」を設けてみろと言いたい。思うに株取引はギャンブルであり、ギャンブルであるなら相応の寺銭を設けて、国際的な寺銭管理組織が適切に配分することが望まれるわけだが・・・そんな夢物語はウォール街が許さないだろう(笑)国内証券のストラテジストはこの乱高下を、どう見ているのでしょう?6/12「またヘッジファンドか…」個人投資家ら悲鳴 乱高下の主役…売りが売りを呼ぶ より 東京市場の株価の乱高下が収まらない。11日の平均株価は一時200円を超える大幅反落となり、終値が4年8カ月ぶりとなる636円の上昇を記録した前日の市況と打って変わった。 背景には、巨額の投資資金を動かす海外ヘッジファンドの利益確定や米金融政策の行方をめぐる思惑など複雑な要因が絡み合う。売りと買いの見方が交錯する中、落ち着きを戻せない。<営業担当者はため息をついた> 「日経平均先物に大口の売りが出た。またヘッジファンドか…」。11日昼、タブレット端末で株価をみた国内大手証券の営業担当者はため息をついた。11日は、午前中こそ小幅な値動きに終始したが、金融政策の現状維持が決まると、「『ゼロ回答』を失望して売りが出た」(SMBC日興証券の阪上亮太チーフ株式ストラテジスト)。ほぼ右肩上がりだった株価が乱高下の局面に突入したのは、戦後11番目の下落幅(1143円安)を記録した5月23日から。前日に米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が量的緩和の縮小に言及。中国の経済指標が悪化したことも材料に世界的な株安を招いた。同日からの14営業日中、11営業日で1日の値動きは300円を超えた。 乱高下の主役とみられているのが、海外ヘッジファンドなどの投機筋だ。彼らは現物株ではなく、先物取引の一種である株価指数先物に買いを膨らませてきたが、3カ月ごとの清算日にあたる今週末を前に一段と売りの姿勢を強めている。 指数先物が下落すると、指数を構成する現物株も売られ、売りが売りを呼びやすい。割安感が強まれば、今度は買いの連鎖が来る。しかもヘッジファンドなどは、コンピュータープログラムを駆使する千分の1秒単位の超高速取引を行う。長期的に株が上がるかに関係なく、利ざやを稼ぐことを狙う超高速取引は、相場の方向感を失わせやすい。<「不安になって株を手放す人もいる」と悪循環を嘆く> こうした動きに個人投資家も巻き込まれた。委託保証金を担保に、証券会社から資金や株を借りて売買する「信用取引」を行う個人投資家は、相場下落により、保証金の追加が必要になり、現金を得るために保有株を売る動きが相次いだ。 ネット証券大手の担当者は「金融商品取引の初心者は、不安になって株を手放す人もいる」と悪循環を嘆く。 安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」に対する評価も材料だ。5日で安倍首相の成長戦略がほぼ出そろったが、同日は518円89銭安と大幅下落。内容が事前予想の範囲にとどまり、失望を招いた。 大和住銀投信投資顧問の窪田真之シニア・ファンド・マネージャーは「政策で『日本経済が強くなる』との見方と、『まやかし』とみる派に割れている」と話す。投機のプロのコメントはこの程度なのか・・・・大局観が無いというかピリっとしてないやんけ。ヘッジファンドという灰色がかった投機筋がいる限り、日本の個人投資家が儲かるはずないと思うんだけど。
2013.06.15
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「あべのハルカス」が開業したことだし、グランフロント大阪の人出も落ち着いたことだろう♪と・・・・鶴橋の焼肉と兼ねて久々に大阪に繰り出したのです。手元不如意で、株の乱高下はどこ吹く風の大使としても、グランフロント大阪が気になっていたのです。お目当ては、もちろん「近大マグロ」と「世界のビール博物館」でんがな♪久々のJR大阪駅(北側)です。ま~立派になって♪JR大阪駅近大マグロが食べられる「近畿大学水産研究所」ですが・・・近畿大学水産研究所残念ながら、お昼の部のマグロは売り切れでした。世界のビールが飲める「世界のビール博物館」に入ったのです。やや、好評5銘柄にギネスが入ってないやんけ!5銘柄ギネスを注文すると缶ビールしか置いてないとのこと。しゃないな~ということで、注文し、つまみのザウワークラフトとしめて1500円・・・けっこう高いやんけ!(缶ビールで920円)この店では、世界のビールを小売しているけど、これだけあるとほぼ全てカバーしているかも♪世界のビール博物館(公式サイト)非正規社員のような貧乏人がリピーターとして来るには、総じて商品が高値設定であるが・・・どういう客相を狙っているんでしょうね?裕福なおばちゃんかシルバーあたりか。ところで、JR大阪駅の近くで、買い求めたビックイシュー最新号です。ビックイシュー216号湯浅さん特集となっていて、お買い得やったでぇ♪
2013.06.14
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米国では製造業の国内回帰運動が進んでいると、インタビューでジョセフ・パイン2世は説くが・・・マスカスタマイゼーション(大量カスタム生産)という米国発の新思潮が気になるのである。でも、アメリカ人コンサルタントの発言だけに、反米の大使は素直に信じるわけにはいかないのだ(笑)インタビューを見てみましょう。6/113Dプリンタが製造業を変えるよりジョセフ・パイン2世――パインさんは、以前から「製造業のあり方は激変していく」と説いていました。世界の製造現場で起こっているトレンドは、マスプロダクション(大量生産)からマスカスタマイゼーション(大量カスタム生産)への移行です。大量に同じものを生産するのではなく、消費者の観点に立った、マスカスタマイゼーションが伸びている。これは20年ほど前、私がまだIBMに籍を置いていたときに著書の中で発表した考え方です。マスカスタマイゼーションにより生産されるものは、目に見える商品だけではありません。サービスなどのエクスペリエンス(経験)も含むものです。(中略)――マスカスタマイゼーションは、「メイカーズ」にも通じる話だと感じました。その前に、『MAKERS』の著者であるクリス・アンダーソンについてちょっと触れたいと思います。数年前にある会議で2人がそろってプレゼンターを務めたことがあります。彼はロングテールに付いて話をしました。小売業においてはインターネットによって、それほどの数量がでない尻尾の先までが売れるようになる、という話です。私はルートロン・エレクトロニクスの話をしました。照明コントロールの会社で、何千という品番がある。この中には大きなロットで作る大量生産品もある。しかし年に100しか売れない品番が400ある。10個しか売れないものも400ある。数個しか売れないようなものも1200くらいあり、1個しか売れていないものもあった。この会社は1970年代からこうした製造をしている。私は、こうした製造のあり方が、多くの製造業を変えるマスカスタマイゼーションだと説明したのです。ところが、クリス・アンダーソンはその話を聞いたときに、「ロングテールが成り立つのは小売り。製造業では無理だ。マスカスタマイゼーションなんてありえない」と言った。サンタクロースを信じない人なんだな、と感じました(笑)。ですから『MAKERS』を読んで驚きました。非常にすばらしい内容だと思うんですが、この著書の中では彼は明らかにマスカスタマイゼーションのトレンドを認めています。<3Dプリンタには大きな可能性がある>マスカスタマイゼーションのマスは、単に数量のことを言っているのではなく、生産主体もマスになる、ということを意います。例えば「テックショップ」というサンフランシスコを拠点とする会社があり、そこには多くの工作機械が置いてあります。会員はメンバーシップ・フィーを払えば、そこにある工作機械を使うことができる。四角形をしたクレジットカード決済用の白い端末はテックショップの機械によって、試作品が作られました。――ジャック・ドーシーが創業したスクエアのことですね。5月から日本でもサービスを開始しました。小規模の小売業者であれば、スクエアによる決済を非常に気に入ると思います。クリス・アンダーソンの話に戻りますが、彼も私も、3Dプリンタによってもたらされる、新たな可能性の信奉者です。私の一番最近の著書は『Infinite Possibility』(無限の可能性)です。そこでは3Dプリンタとマスカスタマイゼーションの融合について書きました。例えば仮想世界でデザインをして、そのデータを元に現実の製品ができる。デジタルテクノロジーの威力です。3Dプリンタを使うと、頭の中で描いたことが即時に、現実のものになって表れる。例えば、普通の製品開発では、何段階も経てようやくそれが現実のものになっていくのに対して、即時に実現することができるというメリットがあるんですね。――3Dプリンタは20年前からあります。何が変わったと思いますか。エポキシ樹脂のサプライヤーが増えたのでしょうか。面白いことをいいますね(笑)。多くの要素がからんでいると思います。もちろん全世界的にエポキシ樹脂のサプライヤーがいることも、いま3Dプリンタが普及し始めている一つの要素でしょう。今は産業経済から経験経済へと移行し、企業も人も、モノを作らなくなってきています。例えば、アメリカにおいては製造業に携わる人は雇用人口のわずか9%にしかすぎません。アメリカ市民全体のわずか5%です。ですから、モノづくりそのものが今までに味わったことのないすばらしい経験として見られるようになってきています。3Dプリンタの登場により、モノづくりが民主化された。つまり大衆のものになった。一般の人であってもわずかの才能と適切なソフトウェアがあれば、自分が夢に見たデザインを形にすることができるのです。<自分の欲しいものは自分で作る>もう一つの重要なトレンドは、オーセンティシティ(ほんもの)です。偽者を嫌いオーセンティシティを求める心は、自分自身のアイデンティティに深く関わる要素です。個人の好みに合わせたカスタマイズを突き詰める。自分自身のアイデンティティの強化です。既製品の中に自分が欲しいものがなければ、自分の手を汚し、実際に触れながら、目指すものを作ることが、これからのトレンドだと思います。エポキシ樹脂よりも重要性を持っているのはビット(bit)です。デジタル技術が発達すると、現実の生産とバーチャル(仮想)の設計ということが大きなテーマになる。実は、自分のこの名刺入れも、3Dプリンタで作られているんです。3Dプリンタを使用することでカスタマイズが可能です。名刺入れの側面には私の名前が刻まれています。重要なのはパーツの組み合わせではなく1つのものとして作られていることです。通常であれば3つの部品から成り立っているレンチも3Dプリンタであれば1つのものとして製造できます。今日はたまたましていないのですが、指輪だってあります。エポキシ樹脂ではなく、金属を使ったものがプリンタで作れるのです。――1つ1つ、自分がこだわって作ったものがオーセンティシティになる、ということですね。答えはYesです。と言いますのは、3Dプリンタで作ったものには、まさに自分自身が投影されている。そしてまた、自分自身の分身のような感じもする。自分が欲しいと思っていたものを手に入れたときの感動とともに、オーセンティシティであり続けます。<アップルはオリジナル・オーセンティシティ>――オーセンティシティに関して1つお伺いさせてください。アップルとサムスンの比較です。タッチ型のスマートフォンでは、アップルがオーセンティシティで、サムスンなどその他のメーカーはコピーキャットだと思います。しかし、コピーキャットが今では世界シェアトップになっている。一方でオーセンティシティにいたはずのアップルが苦戦している感がある。アップルは確かに多少はシェア面で苦戦しているとはいえ、何百億ドルという年商規模は変わらないし、利益率も高い。それほど苦戦しているとはいえないでしょう。しかしながら、サムスンの台頭には目覚しいものがある。しかし、多くの人にオーセンティシティと感じる機種を聞いてみると、スマートフォンではアップルと結びつけて連想する人が多い。アップルは独創的なデザインにより、「アップルならでは」という世界を作り出している。まさにオリジナル・オーセンティシティを体現している見本です。それに対してサムスンは多くの人にとってコピーキャットだと思われている。ただ、そのまねの仕方が巧みで、新たに機能を付け加えている。すでにあるものを拡張しているのがサムスンです。現実問題として、オリジナル・オーセンティシティを拡張したサムスン流のやり方が、多くの人に好まれています。アップルは、あまりにも大きな成功を収めたからこそ、成功の犠牲者になっているのです。大量に消費されて多くの人が使うようになって普及してくると、見る目が変わります。少人数が使っていたときには「クールだ」と感じていたのに、あまりにも多くの人が使うようになると、クールさをある程度失わざるをえない。ですからアップルは他の製品分野においてオリジナル・オーセンティシティを確立することで現在の停滞感を抜け出すしかありません。私たちが見たことのないものを出していくというのが、進む道だと思います。――日本のエレクトロニクスを象徴する企業は、ソニーです。コンサルタントの立場から見て、ソニーはどうすれば輝きを取り戻せると思いますか。私がソニーに対して抱いている印象は、機能を盛り込むことばかりやっていた、というものです。私の言葉でいえば産業経済のままだった。それに対し、アップルは経験経済へと移行しており、機能を絞り込んでいた。iPodが、最初に世に出たときの非常に印象的なキャンペーンを覚えていますか。イヤフォーンをして多くの人が踊っている広告です。あれは、まさに踊って音楽を聴くという経験を前面に出している。テクノロジーを宣伝するのではなく、テクノロジーによって得られる経験を世に訴えかけた。常に、利用者の経験に焦点を当てることでアップルは成功してきたのです。ソニーが輝きを取り戻すためには、やはりこういった経験分野に打って出るべきです。いいものを作るのは当然。その先にあるコミュニケーションを強化し、「ソニーの製品でなければ、この経験はできない」と思わせるメッセージが重要だと思います。このインタビューは、大使にはあまり響かなかったが・・・3Dプリンタの衝撃 で書いたように、3Dプリンタには衝撃を受けた大使である。オーセンティシティ(ほんもの)志向は、日本人の職人かたぎに通じるものであり、サムスンの辞書にも載っていないものである。この日本の強みを発揮できていないのは、ひとえに無責任な政治や役人が邪魔しているとしか思えないのだが(笑)
2013.06.13
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サムスンに対してはおのれ アップル!サムスン!と、敵愾心をかきたててきた大使なんですが・・・このたび、「サムスンは凋落する」と予言する韓国人経済通の耳よりなお話を見つけたので、紹介します。この記事では韓国特有の「政治絡みの財閥解体」の歴史が語られています。なるほど、サムスン解体も有り得るのか・・・元気がわいてくるでぇ♪(コレ、コレ)6/10「サムスンは凋落する」と予言する韓国人 歴代大統領と財閥の蜜月とは?より 「韓国のGDPはサムスンが支えている」「サムスンが倒産したら韓国経済もつぶれる」 日本の経済界では、そういった言説がささやかれている。実際に、サムスンの躍進は日本国内にとどまらず海外でも続いており、凋落する日本の家電メーカーと対比して語られてきた。特にサムスンのスマートフォンは、世界中で大きな売り上げを誇った。サムスンの2010年の売上高が韓国のGDPの22%、株式時価総額は韓国株式市場の25%、韓国の輸出額の24%を占め、資産は韓国の国富の3分の1に迫る大企業である。 さて、多くの日本人は、サムスンほどの大企業なら絶対に倒産はないし、韓国経済がおかしくなっても、サムスンがなくなることはないかのように考えているようだ。しかし日本で同社は、GDPや輸出額などの数字だけを見て語られてきたので、私たちは現在のサムスンの“本当の内情”をよくわかっていない。 韓国の経済界や政治に詳しい人の中では、サムスンが安泰だと考えている人は少ないようである。彼らは一様に「サムスンは、遠からず凋落するでしょう。少なくとも、今のまま繁栄を続けるということは絶対にない。まさに今がサムスンのピークです」と話す。 これは一体どういうことなのであろうか? 「韓国は、李承晩大統領のころから経済界と政治権力の癒着がある国です。財閥がその時々の与党や大統領を支援し、彼らが作った政府から恩恵を得るという構造が続いてきた。というのも、もともと韓国は朝鮮戦争で一度国内の経済が破壊されており、その復興に際しては、政府が中心となって経済政策を行ってきました。李承晩政権のときは、戦前の日本人が遺した“遺留資産”の帰属に関する帰属財産処理法や朝鮮戦争の復興のための資金援助などをめぐり、財閥との癒着が大きく問題になりました。そして、李政権では、政経癒着と揶揄され、政治に結びついていた財閥は特恵財閥とされました。そして、60年に李大統領は不正を問われて失脚するのです」(韓国の経済識者) 韓国の経済は、戦前から続く政界と財閥の癒着が基礎にあるわけだ。そしてご存知のとおり、そうした癒着は何度も大統領が替わった今でも続いている。韓国の経済識者は続ける。「その後、清廉といわれた朴正熙大統領は(第5~9代大統領。在任:1963~79年)、そうした特恵財閥の不正蓄財処理を進めた一方で、経済発展のために傾斜生産方式のような重点的な産業に政府系の投資が行くことになり、新たな財閥が形作られました。そして、彼らからの政治献金に関する問題も当然存在し、三鶴焼酎や双龍グループなどは、献金した政治家の失脚と同時に、財閥そのものが没落またはグループの解体となったのです。 09年5月の盧武鉉大統領(第16代大統領。在任:2003~08年)の自殺によって、盧武氏が行っていた太陽政策に協力し利益を得ていた現代財閥も一時ほどの力はなくなり、李明博大統領(第17代大統領。在任:2008~13年)時代にはサムスンが台頭した。しかし、その実態は李大統領による保護と、政府系の融資、そして許認可の優先的な取得で経済的に大きくなってきたもの。当然、李大統領が退任し、今後政治的な力を失えば、サムスンも無傷ではすまない、という観測が公然と唱えられています」 韓国の経済界は、大統領の交代と同時に、「主役」となる財閥が替わるというのである。ではサムスンが、現政権である朴槿恵大統領(第18代大統領。在任:2013年~)と癒着関係を持てば、今までどおり、または今までよりももっと強い経済集中が起きるのではないか? この疑問に関して、韓国人の経済記者は答える。 今期の大統領選挙でも朴氏を大統領にしたくなかったサムスンは、無所属の安哲秀弁護士を推していたのです。安候補の支持層は、サムスンのスマートフォンを使っている世代だったことも関係しているでしょう。そうした若い世代が朴候補の支持をしなかったために、朴氏の支持層は年寄りばかりです。当然、朴氏は、それら一連の事件を深く恨んでおり、表立ってサムスン批判をしているわけではありませんが、財閥解体と経済の自由化を強く主張しています」 こうした動きが、サムスン財閥の解体を念頭に置いていることは言うまでもない。では、今後の韓国経済とサムスンは、どのようになるのであろうか?「よく言われるように財閥の独占により、韓国国内の富は極端に2極化しています。今後、財閥解体と中小企業育成がうまくいけば、経済もより上向きになるでしょう。国民全体の所得が上がり、それだけ内需も増えることになります。しかし、うまくいくまでは、かなりの混乱が予想されます。もちろん、中国やそのほかの諸国から受けるさまざまな要因があるので、韓国の経済全体を予想するのは難しい。ですが、サムスンが徐々に凋落することは目に見えている。もともとサムスンは小麦粉などの食品材料の輸入業者だったのが、廉価版の家電を発展途上国相手に売り急成長した企業。しかし、それも頭打ちになっています。日本企業は、サムスンが韓国の3分の1の経済力を持っていると誤解したままだと、もし仮に同社が急に条件の良い話を持ってきたときに、飛びついてしまうかもしれませんが、そうした甘い話には落とし穴があると思ったほうがよいでしょう」(同) 日本の企業は、風評や肩書やブランド力で判断してしまい、本当の姿を見ない場合があるので、十分に気をつけなければならない。いずれにせよ、韓国の経済と財閥に関しては十分に注目が必要である。でもね、ウリジナリティ(日本発を韓国発と詐称するオリジナリティ)に特化して、集中投資してきたサムスンの強さはなかなかのものであり・・・財閥解体に期待するだけでは、あかんやろな~。
2013.06.12
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日曜日の朝日新聞に読書欄があるので、ときどき切り取ってスクラップで残していたのだが、これを一歩進めて、無料デジタル版のデータで残すことにしたのです。・・・・で、今回のお奨めです。・旅立つ理由 ・脳のなかの天使今回はお二人の評者に惹かれて取り上げましたが、玉石混交の新刊から本を選ぶには評者に頼るのも一興でしょうね。さっそく、図書館に借り出し予約するのもいいかもね。********************************************************************************旅立つ理由より<旅の醍醐味、粋に描いた短編集:内澤旬子 (文筆家・イラストレーター) > 旅をテーマにした本を手に取るには、特別な気力を振り絞らねばならない。 旅というものは、本来実にわがままな娯楽にすぎない。異郷の地について知るのだったら、定住までの記録や専門知識にのっとった調査による紀行文を読むほうが格段におもしろく外れが少ない。しかしそれらは、純粋な旅の記述とはちょっと違うものだ。 旅人は、異国の地でほどよく初心者であってほしい。そして、購って得る対価以上の「なにか」は、求めずして偶然に降ってくるからこそ、響くもの。だからこそそういう出会いを求め歩いていることが透けて見える文を読むと、一気に興ざめる。ついでに言えば旅の自慢もナルシスティックな旅の言い訳も、苦手だ。 偏屈極まりない読者であることは自覚している。ならば読まなければいいのだが、極上の「旅」が読める機会を逃すのは惜しい。 タイトルから警戒して開いた本書であるが、旅に出る理由を語るような野暮とは無縁の、実にクールな旅の短編小説集だった。 国境を越え両替もしないうちに入ったウガンダの食堂。次の国に行くための予防接種。ビールを求めてやっと見つけたザンジバルのバー。 旅の途上で誰でも出会うような出来事と、人々のなにげないしぐさや会話から、彼らの民族的な流浪の背景を鮮やかに切り取り、読み手をふと浮き立つような切ない気持ちに導く。自分が移動のさなかに味わうあの気持ち。言いたくないけど言ってしまえば、旅の醍醐味。それが小説全21編にわたって嫌みなく粋に鏤(ちりば)められている。登場する土地に対する知識や語学力、観察眼や人生経験を備えているだけで書けるレベルの文ではない。こんな風に書けたらどんなに素敵(すてき)だろうと、嫉妬も忘れ素直に憧れる。唯一の難点は、旅心に火が点いてしまうこと。良書の証しとはいえ、困る。 ◇旦敬介著、岩波書店、2013年刊<「BOOK」データベース>より政変でケニアに逃げてきたエチオピア人、ベリーズに流れ着いた上海娘、メキシコ湾岸に住む黒人奴隷の子孫たち…。アフリカや南米の、そのさらなる辺境に暮らすふつうの人びとの真摯に生きる表情と飾らぬ姿を簡潔に写し取りながら、現代の地球において、人はどういう理由で旅に出るのか、どうして故郷を離れることを強いられるのかを問う、21の短篇。主人公以外は日本人がほとんど登場しない、異色の日本文学。<読む前の大使寸評>内澤旬子さんが推す旅の本となれば、見過ごせないわけです。わりと高価な本なので買うことはあきらめて、そのうち図書館で借りてみよう。rakuten旅立つ理由脳のなかの天使より<なぜ美を感じる? ヒトの特性に迫る:福岡伸一(青山学院大学教授・生物学)> ルリボシカミキリの青を、私は限りなく美しいと感じるが、ルリボシカミキリ自身は、仲間の背中の模様を、私が感じるように感じてはいない。おそらく彼らにはそれは青色ですらない(虫は色彩をもたない)。 美とは一体何だろうか。この思考実験からわかるように、美は客観的な存在ではなく、私たちの心の作用としてある。美術家の森村泰昌は、芸術の本質は「まねぶ」ことにあるといった。まねすることは学ぶこと。 意外なことに、脳科学の進展は、芸術家の直感と極めて近いところに焦点を結びつつある。本書は、ベストセラー『脳のなかの幽霊』の著者が、美の起源とヒトの脳の特性を縦横無尽に論じた最新作。読まずにはいられない。 美を感じることは、生物学的に根拠がある。生存に必要なことを自然界から抽出する操作として。青に美を感じるのは、海や大気の色だから。ダイヤモンドの輝きが美しいのは、水の反射を想起させるから。 その抽出方法を、著者は美の原理を順に挙げ論じていく。ひとつは単離。複雑なものから輪郭、色、形状、動きなど少数の要素を取り出してみせること。もうひとつはピークシフト。単離されたものがもつベクトルをさらに強めること。ラスコーの壁画はなぜ忘れがたいほど美しいのか。バイソンは輪郭線だけで表現され(単離)、小さな頭と大きな背の盛り上がりが見事に誇張されている(ピークシフト)から。ピカソの絵が破調に見えて、なおそこに美があるのも、それが天才による極端な単離とピークシフトだから。 ではなぜヒトは自然からことさら美を抽出する必要があったのか。進化の光を当てると見えてくる。ここからが本書の核心部分。それはある光景を思い浮かべるとき、実際にそ れを見ているのと同じ体験が可能だから。バーチャルリアリティーによってリハーサルできることがリアリティーと直面したときの準備を与え得るから。 著者はここに、近年の脳科学の最大の発見、ミラーニューロンを結びつける。この神経細胞は特定の動作をしているとき活性化されるだけでなく、その動作を他の個体が行っているときも同じように活性化する。いわば「まねぶ」の回路。この回路を脳の他のしくみと連携させたおかげで、ヒトは遺伝子の束縛から脱し、サルと袂を分かって短期間のうちに文化と文明を築き得た。 米国では『ゲーデル、エッシャー、バッハ』の著者D・ホフスタッターの新著『Surfaces and Essences』が評判だ。テーマはアナロジー能力がヒトをヒトたらしめたこと。まねぶ意義がにわかに注目を集めているのである。 ◇V・S・ラマチャンドラン著、角川書店、2013年刊<「BOOK」データベース>よりバナナに手をのばすことならどんな類人猿にもできる。しかし、星に手をのばすことができるのは人間だけ。類人猿は森のなかで生き、競いあい、繁殖し、死ぬ―それで終わりだ。人間は文字を書き、研究し、創造し、探求する。なぜ人間だけユニークな進化を遂げているのか?神経学者が解明する脳と心の謎。 <読む前の大使寸評>福岡博士が推す本となれば、これまた見過ごせないわけです。とにかく福岡博士の書評そのものが素晴らしい読み物になっているので・・・ええでぇ♪「アナロジー能力がヒトをヒトたらしめた」とのこと・・・哲学的ですね。rakuten脳のなかの天使***************************************************************<asahi.comのインデックス>最新の書評を読むベストセラー解読売れてる本(新聞紙面のデジタル版はだいたい2~3日後にUPされています。)朝日デジタルの書評から(目録)
2013.06.11
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自衛隊の新鋭機としては、時節柄、次の2機種が気になるのです。このところ増強著しい中国の潜水艦に対して、新型のP-1 (哨戒機)はかなり有効ではないだろうか。4/2軍拡著しい中国の脅威に、力強い助っ人が登場より 平成25(2013)年3月26日、川崎重工業岐阜工場で海上自衛隊(以下、海自と言う)次期固定翼哨戒機(以下、P-1と言う)量産初号機の納入式が、関係企業および防衛省関係者約300人が参列し執り行われ、約12年間にわたった開発を終え、防衛省に引き渡された。P-1<世界最高レベルの固定翼哨戒機> 構想・確定研究段階も含めると約20年近くの歳月を費やしたことになる。この間、幾多の難関もあったようだが、オールジャパンの官民一体の研究開発体制で乗り切り、世界最高レベルの純国産の固定翼哨戒機を完成させた。 P-1開発は、機体・エンジン・アビオ(搭載電子機器)を同時に開発するという過去にも類を見ない難しい事業に挑み、ついに海自および航空・防衛産業界の長年の夢を実現させた。まさに日本の新しい宝の誕生と言える。現用のP-3Cに比して格段の性能・機能の向上が図られた最新鋭機に大きな期待がかけられている。一方、同じP-3Cを運用してきた米海軍は、専用の機体開発は行わず民間機として実績のあるボーイング737を母機としてP-3Cのアビオの発展型などを搭載する方式を選択した。 こちらの開発も順調で、2013年には、「P-8A」として部隊配備される計画である。P-3Cに代わる新たな洋上哨戒の基本的な運用構想は、これまでのP-3Cの役割をP-8Aと無人機(グローバルホーク級)とに分担し共同して運用する構想である。 無人機は主として初期の広範囲な偵察に活用し、以後の作戦をP-8Aが受け持つというものである。また、機体が高高度を高速巡航するのに適するよう設計された民間機の転用であることから、哨戒機特有の低高度・低速・多旋回飛行には適せず、ある種の運用上の制約があるように思われる。 従って、低高度飛行を強いられた従来の磁気探知装置に代わるセンサーや高高度から投下可能な魚雷が装備されるようである。 これに比較しP-1は、哨戒機としての飛行特性を重視し、長年培ってきた対潜水艦戦術を最も効率的・効果的かつ、安全に実施できる設計が採られているとともに、アビオや兵装に至るまで各種作戦を自己完結できる能力の高い世界初の哨戒専用機として、広く注目を集めることと思う。気になるのは中国潜水艦の実力であるが、性能的にはたいしたことないようです。(大量に投入されると、おっつかないが)二式飛行艇の伝統を引き継いだ新明和工業が開発した救難飛行艇US-2は、飛行艇として世界トップの性能を持つわけで、民生品としての輸出が期待されています。日本とインド政府は首脳会談で、救難飛行艇「US―2」のインドへの輸出に向けて協議したが、実現すれば日本としては防衛装備品の民間転用による輸出第1弾となるようです。US-2 (航空機)より <機体>US-2(US-1A改)は防衛庁によると「改造開発」の扱いで、大幅な改良が加えられている一方、艇体にはほぼ手を加えず以前の設計を踏襲している。外見はUS-1Aと比べて大きな変化はなく、直線翼の中型機であり、水平尾翼を垂直尾翼の上に配したT字尾翼を含め、一般配置はそのまま踏襲している。エンジンは4基搭載、波高3メートルの荒れる海への着水ができ、50~53ノット(時速100km弱)で離水可能な短距離離着陸 (STOL)性能を有している。60度の深い角度を持つフラップ、翼表面の気流が滑らかに流れるようにする境界層制御装置 (BLC) も受け継いでいる。ランディングギアなどの離着陸装置も備え、水中での車輪の出し入れ、スロープからの基地への出入り能力もある。また現時点の公試性能では、離島における救急搬送出動における可能率がUS-1に比較して130~140%となり、離島自治体を中心にその活躍に期待が寄せられている。<消防飛行艇>新明和では、US-2を民間の消防飛行艇として販売する計画を持っており、2005年のパリ航空ショーで模型を展示、またパンフレットで詳細を発表した。20カ国ほどから興味があるとの打診を受けたという。この研究についてはすでにPS-1の5801号機で実験を行っており、データの蓄積は完了している。しかし、海上自衛隊向けの機体のため、日本政府の「武器輸出三原則」によって当時では輸出することは不可能であり、海外展開は三原則の緩和(あるいは解釈変更)を見越しての計画であった。日本航空機開発協会 (JADC) では、本機開発にあわせて民間転用への開発調査を実施し、消防・監視・離島支援へのニーズがあることを確認した。今後は市場調査および機体構造の検討を予定している。
2013.06.10
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米中首脳会談でも、人民解放軍のサイバー攻撃が議題に上がったようだが・・・・折りしも報道されたネット個人情報収集を突かれて、米側は機先をそがれたようです。人民解放軍のサイバー攻撃は言ってみれば、孫子の兵法に則った戦略的パクリとでもいうもので・・・アメリカの苛立ちは相当なもので、その手口や部隊名を公表して非難しています。6日のクローズアップ現代で「国家の“サイバー戦争”」を見たが、米中がすでにある意味、交戦状態であることがわかります。クローズアップ現代国家の“サイバー戦争”より 最近、政府機関や防衛関連企業など国家の中枢を狙ったサイバー攻撃による情報流出が相次いでいる。最先端ロケットの技術情報からTPP関連の内部文書、原発や軍事に関する情報までもがネットを通じて盗み出された可能性がある。一体誰が、何のために攻撃を行っているのか。 使われたウイルスを解析すると、その多くに中国語の痕跡が見つかった。一方、アメリカでは先月、国防総省の年次報告書の中で中国軍がサイバー攻撃に関与していると指摘。中国政府が強く反発し、対立が激しくなっている。番組では、サイバー攻撃をめぐる国家間の知られざる争いの実態に迫り、日本がどう向き合えばいいのかを考える。 この番組を見たあと、サイバー攻撃に関するネット情報を調べてツイッターでメモしてみました。@mdonguri:中国念頭に外交圧力 米政府が産業スパイ対策で報告書 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/world/news/13021/amr13022118510008-n1.htm…米中で交戦中であるが、日本はその認識がうすいわけです。@mdonguri:中国外務省、サイバー攻撃懸念の米報告書に反発 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/world/news/13002/chn13050220070004-n1.htm…言ってることと、やることの乖離がすごいけど、伝統的な孫子の兵法なんでしょうね。@mdonguri:中国軍がサイバー攻撃再開 米紙、新サーバー利用 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/world/news/13020/chn13052019480006-n1.htm…サイバー攻撃は、世界的な富の移転と言われているようです。@mdonguri:サイバー攻撃「中国政府・軍が関与」、規範策定呼びかけ 米国防長官 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/world/news/13001/asi13060117590002-n1.htm…中国にとって国際規範による圧力は効かないかも?@mdonguri:中国発サイバー攻撃に懸念表明へ 北朝鮮も協議 米中首脳会談 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/world/news/13005/amr13060511070001-n1.htm…中華のその強引な戦略に世界は立ちすくんでいるが、果たしてオバマ大統領はどれだけ踏み込んで会談できるでしょうね?中華の報道官からの「中国はサイバー攻撃の被害者である」という毎回の見えすいた言い訳は聞き飽きたぜ。ところで中国の「国防白書」によれば、サイバー戦争の技術向上が強調されています。今後、日本もこのサイバー攻撃を受けることになるが、米英に比べてナイーブな防御陣は大丈夫だろうか?4/16中国が「国防白書」を発表 海洋権益などで軍備増強より【北京=島田学】中国政府は16日、2年ぶりの国防白書を発表し、海洋権益や宇宙、サイバー空間の分野を中心に軍備を増強する方針を示した。中でも海洋権益では「海洋は中国の持続可能な発展のための資源を保障するものだ。海洋権益を断固守ることが軍の重要な職責だ」と強調した。サイバー戦争への対応では情報化技術の向上や人材育成が必要だとした。前回まで公表してきた国防費の内訳は公表せず、不透明性は一層増した。 東シナ海での沖縄県・尖閣諸島を巡る日本との対立や南シナ海の領有権争いなどを念頭に、海洋進出をさらに積極化する方針を打ち出した。中でも日本だけを名指しして「日本の問題が発端となり、いくつかの周辺国との間で中国の領土主権と海洋権益を巡る問題が複雑・拡大化した」と批判した。 白書は「情報化された条件下での局部戦に勝つ体制を整えて闘争の準備を進める」とした上で、サイバー安全保障を強化する重要性も指摘した。最新技術を使える人材を戦略的に強化していくことや、民間のIT(情報技術)企業とも協力して、国家を挙げて技術向上に取り組むことが必要だとした。米国は米企業へのサイバー攻撃に中国軍が組織的にかかわっていると非難しており、ますます刺激しそうだ。 ハイテク装備の導入促進などにも触れ、新型艦艇や戦闘機を建造する方針も示したが、敵のレーダーに探知されにくいステルス戦闘機など具体的な装備の開発計画には触れなかった。 前回までの白書で公表してきた国防費の内訳も公表しなかった。前回は2009年の国防費のうち34.04%が兵員の生活費、32.23%が装備費などと内訳を公表した。白書の中で、中国は「永遠に覇権を争わず、覇権を唱えず、軍事的な拡張をしない」と強調したが、白書の不透明性が増しており、周辺国の懸念を呼びかねない内容だ。 1998年から2年ごとに発表してきた国防白書は今回で8回目。中国の国防政策の透明性を高め、周辺国の不安を少しでも解消するのが狙い。今回から名前を「中国の武装能力の多様な運用について」と変えた。漢民族がしぶしぶ従うルールがただひとつ有る。それはスポーツルールであるが、ルールを無視したら誰も相手をしなくなるので従うわけですね。斯様にルール軽視の自己中メンタリティーが他者から嫌われていることを、彼の民族は自覚しているようだが・・・それを改める気がないのが中華の中華たる由縁なんでしょうね。
2013.06.09
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朝日デジタルが読めないので、インタビュー記事などをタイプして紹介してきたが・・・アナログ老人の心意気というか、負け惜しみでタイプを続けてきが、これが、けっこう疲れるわけですね(泣)(タイプする間に多少なりとも頭に入るという効用もあるのだが)ちなみに、タイプ例です。米の「アジア回帰」外交とまあ、今までデジタル新聞の契約に二の足を踏んできたが・・・このたび「紙+500円」キャンペーンの期限が迫ってきたので、手元不如意の大使としても、ついに契約することにしたのです。(期間限定キャンペーンにあえなく引っかかったわけか)このあと、契約するので先ず契約要領をネットで見てみます。+500円でデジタル版申込みより大使の場合、宅配を継続中だからデジタル版ダブルコースになるわけだな。<ステップ1>ログインIDを取得する朝日新聞デジタルのご利用には、朝日新聞社が運営する決済・認証サービスJpassへの会員登録が必要となります。お客様の氏名、メールアドレス、お支払い情報などを登録していただくことで、朝日新聞社がネット上で展開する様々なデジタルサービスの決済・認証にご利用いただけます。・お客様ご自身のメールアドレスが、朝日新聞デジタルのログインIDとなります。 ・利用可能なカードはJCB・ VISA・Master・Diners・AMEXの5種類です。 <ステップ2>デジタル版ダブルコースを選択[ダブルコースについて]・「キャンペーン・ダブルコース」は、購読開始月は無料で、その直後の6カ月間は有料(税込み500円/月ぎめ)となります。購読期間中の途中解約や、コース変更はできません。(購読開始月無料は朝日新聞デジタルのみとなります) ・「キャンペーンダブルコース」は、購読期間満了後、6カ月単位で自動更新されます。継続を希望されない場合は、購読期間が満了する月に、解約手続きをお願いいたします。 ・「キャンペーン・ダブルコース」は、デジタル版の契約期間中、朝日新聞(宅配)契約を継続していただく必要があります。 ・朝日新聞(宅配)の月ぎめ購読料金がかかります。 ・デジタル版は朝日新聞社との契約、朝日新聞(宅配)はASA(朝日新聞販売所)との契約となります。 ・デジタル版と朝日新聞(宅配)の購読料金決済は、それぞれ別となります。 ・朝日新聞(宅配)を購読中の方は、朝日新聞(宅配)については、そのままの契約および支払い方法を継続いただけます。 <ステップ3>必用な情報入力<ステップ4>すぐに朝日デジタルが読めるそうですややこしい手続きをやっつけて、やっと朝日デジタルのトップ画面にたどりつきました♪(ヤレヤレ)朝日新聞デジタル総合ガイドWEBRONZA・トップGLOBE・トップ朝刊紙面ビューアー(パソコン版)
2013.06.08
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これが、今日のギボウシです。花芽が伸びてきましたね。ちなみに、1年前のギボウシです。もうすぐギボウシが見頃ですよりベランダのギボウシ今日のより、花芽が開いていますね。この日の記録では2年前のギボウシが見られるので・・・・都合、3年にわたるギボウシが見られたでぇ♪食用にもなり、葉っぱがきれいという菜食兼備のところがええでぇ♪(まだ食べたことはありませんが)
2013.06.07
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この本の冒頭あたりで著者の歴史認識が披露されています。この歴史認識が、書家の歴史認識とタカをくくっていた大使をまずたしなめるわけで・・・・このあと、居ずまいを正してこの本を読み進めた次第です(笑) 第二次大戦のときに、日本は「アジアはひとつ」「八紘一宇」といったスローガンを掲げて、大陸や半島に侵攻し、植民地化していったことは周知のとおりです。そうしたスローガンの背景には、「アジアの盟主は日本である」という視点がありました。 しかし、アジアの盟主は日本ではありません。あくまでも盟主は中国です。ただし、この場合の中国という意味は、中華人民共和国という具体的な国家を指すのではなく、歴史的な概念としての中華、正確には漢語・漢字文明です。その中華に照らし出されることによって、周辺の朝鮮半島や弓なりの列島・孤島(=日本)が誕生しました。その歴史上の延長上に現在が繋がっています。 つまり中国を、「南北朝鮮、ベトナム、日本、台湾、琉球、沿海州を含めた東アジアの中央部」と捉えるわけです。このような視点から歴史を考えることは、決して日本にとって屈辱的なことではなく、むしろ東アジアを、ひいては世界をありのままに見ることに繋がります。 このことを強調する理由は、北朝鮮をめぐる問題で異様とも思える状況が日本で起こっているからです。もしかすると将来に遺恨を残しかねない問題を孕んでいます。だからこそ、きっちり東アジア問題について考えてみる必要があると思います。 ただ、われわれのような庶民レベルの人間が国家のやり方について論評しても、あまり意味がありません。それよりはむしろ、日本人と北朝鮮の人々がどうすれば仲良く平和に交流することがでいるのかを考えるほうが、第一義だと思います。 そのときに大切なのは歴史を考える視点であり、「東アジアは中国を中心とする非常に曖昧なグラディエーションで繋がる地方であり、中国といわれている国も複数の国の寄り集まってできている」という視点をもつことです。(p15~16) なるほど、中国とは地政学的にも、言語においてもEUのような地方なのかも知れませんね。 北朝鮮に関する著者の認識はナイーブに過ぎるけど、北朝鮮を中国と読み替えるならば、まったくおっしゃるとおりであり・・・全面的に著者の論旨に賛同いたします。なお、大使としては「奢る中国共産党も久しからず」という認識を追加したいと思うわけです。次に現代の中国語が明解に述べられています。 よくいわれる話ですが、北京語と広東語の違いは、イタリア語とスペイン語の違いと同じ、もしくはそれ以上あります。それほどの差がある言語が漢字で結びつけられているのです。それは日本にも朝鮮半島にも当てはまりますし、越南もかつてはそうでした。 このことを逆から考えてみます。もし中国が漢字を廃止すればどうなるでしょうか。完全にヨーロッパと同様の事態に陥ります。ヨーロッパは、スペイン、ポルトガルがあり、イタリア、フランスがあり、ドイツがあり、スイスがあるというように小さく分かれていきます。分かれる過程で当然戦争、内乱が起きますから、結局、中国は漢字を廃止できずに、現在のような簡体字を用いることでなんとか辻褄を合わせているのです。 漢字語のみの言語というのは非常に厄介です。1万字ぐらい知らないと、本当の意味で読み書きできないからです。日本語の場合には、やさしい文であれば漢字を使わずに平仮名だけで済ますこともできます。ところが、中国には平仮名がないから全部漢字を使わざるをえない。1万字もの漢字を覚えるのは大変なので、どうしても無文字の民が多くなります。これを文字の民にするために中国政府が採った政策は、使用する文字の数を3000~4000ぐらいに抑え、かつ簡体字で書き方もできるだけやさしくするというものでした。 ここまでの話を少し整理しておきましょう。一言で説明すれば、「中国語というのは漢字語で、中国語という言葉はない」ということです。その実態は、北京語であり、上海語であり、福建語であり、広東語であり、客家語であるわけです。そういう言葉が中国語と総称されるのは、要するに漢字語としてひとつに括られるからです。そういう言葉があったのではなく、中国語(漢字語)になったということです。(p22~23)【漢字がつくった東アジア】石川九楊著、筑摩書房、2007年刊<「BOOK」データベースより>始皇帝が文字を統一したとき、漢字が東アジアの歴史を照らし始め、漢字文明圏が決定づけられる。やがて大陸(中国)の変動に呼応する形で、平仮名(日本)、ハングル(朝鮮)、チューノム(越南)が生まれ、それぞれの文化の枠組みが形成されてゆく。その延長上に現代を位置づけなおすとき、二十一世紀が目指すべき方向が見えてくる…。鬼才の書家が巨視的な観点から歴史をとらえなおし、国民国家を所与とする世界観を超え、読者を精神の高みへと導く知的興奮に満ちた一冊。 <読む前の大使寸評>漢字の生い立ち、漢字文化圏に関する本には、つい手が出てしまうのです。Amazon漢字がつくった東アジア
2013.06.07
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昨今の虐待死事件はまず親の問題であるが、親だけの問題ではないだろう。漠然とそう思っていたが・・・昨日の「クローズアップ現代」がそのところを文字どおりクローズアップしていた。出来ちゃった婚で生まれた子どもに社会的矛盾のツケが集中するんじゃないかと思っていたが、この報道で、正にそのとうりであることがわかりました。(加速する貧困化に、縦割り行政や役人の意識が追いつかないようです)安部さんの説く成長戦略には、この種の問題はたぶん後回しになることでしょうね。クローズアップ現代子どもはどこへ消えたより4月、横浜の雑木林で死後9カ月たった女の子の遺体が発見された。大阪では2月、小学校に入学するはずの女の子が、生後間もなく殺されていたことが発覚している。各地で、居所がつかめない子どもが、死亡して見つかる事件が多発している。子どもたちは健診や入学式などに現れず、行政が行方を把握できないのだ。その数は小中学生だけでも1000人近くにのぼると見られる。事件を受け、自治体では居所のわからない子どもを捜す動きが始まったものの、対策は容易ではない。“消えた子ども”に何が起きているのか。どうしたら命を救えるのか、考える。 出演者:山田不二子さん (NPO 子ども虐待ネグレクト防止ネットワーク理事長)居所不明で住民登録抹消する際に児童も抹消しているそうだが・・・今の制度のままでは、子供と行政の接点を無くしてしまい、虐待や育児放棄の危険性を見過ごすことになるようです。もし児童相談所などの情報が共有できていれば、救える命であったのではないか?また、個人情報保護法が子供の生命より重視されている様な実態があるが、まず法の不備や優先順位が問われるべきである。現状では移動に際して自治体間で児童の安否に対する情報を共有する仕組みがないと、番組が告発しています。その仕組みがないので、自治体の不作為は犯罪とは言えないが・・・このように虐待死事件が頻発するようになると、そろそろ自治体職員の不作為が槍玉に上がってくるだろう。日本では居所不明の児童が、行政が把握しているだけでも976人いるそうである。虐待死事件の子ども、あるいは事件にもならずに死んでいった子どもが死をもって告発するのは、縦割り行政の不作為である。昨今の虐待死事件は、つまるところ自治体の不作為を許している制度的欠陥であると、クローズアップ現代、山田不二子さんは警鐘を上げていました。ところで、行政も知らない死亡ということでは、是枝監督の「誰もしらない」という映画を思い出すのです。ただ9年前のこの映画では、行政の不作為という言葉はどこにも出ていなかったけど。<杞憂かもしれないが>居所不明をこのまま放置しておくと、義務教育も受けずに成人し、セーフティネットも持たない「闇の日本人」が発生するかも知れないな~。寡聞にして、まだそういう事例は知らないが。誰も知らないbyドングリ
2013.06.06
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負けたらあかん 負けたらあかんで東京に・・・♪・・と、東京にコンプレックスを抱く大使が、個人的な拘りで「関西人の系譜」を編んでみました。グローバリズムの吹き荒れる現下の状況で、アンチ東京では時代錯誤も甚だしいが、権威とか成り上がり者というイメージが東京とかぶるわけですね(大使の場合)とくに東京の人に恨みを持つものではありませんので、そこのところを、宜しく(笑)なお、この系譜にはやや、アート系や京大人文研とかに偏りがみられるけど、ご笑覧あれ♪BGMは、もちろん道頓堀人情 天童よしみでんがな。・司馬遼太郎・安藤忠雄・横尾忠則・勝谷誠彦・小松左京・京都学派(京大人文研)・西加奈子・百田尚樹・六代桂文枝*****************************************************************<関西人アンソロジー>次の方々は、別格の関西人ということでアンソロジーを作ってみました。司馬遼ワールド安藤忠雄の世界横尾忠則の世界勝谷誠彦の世界*****************************************************************<仕事をつくる―私の履歴書>おお 安藤忠雄の作品を横尾忠則が語るのか、この書評はチェックしなくちゃ~♪仕事をつくる―私の履歴書より<そのエネルギーの源泉は何?:横尾忠則(美術家) >数人の画家に訊いてみるがいい。「あなたは誰のために絵を描くのか?」。「世のため、人のため」と答える者はほぼいないだろう。霊感を与えてくれるその源泉に対して奉納の気持ちで描く、なんて受けを狙う変わり者は別として、大方は「自分のため」と答えるに違いない。 しかし、ここに世界を舞台に活躍する一人の著名な建築家に同じ質問をしたら「自分のために建てる」とは言わないだろう。本書の著者はその質問に、胸襟を開いて熱く易しく答えてくれる。 ボクサーの経験のある著者の行動と思想は借り物の観念ではなく、その肉体と自前の感性で、肉体派仕事師といわんばかりに仕事のある所、東奔西走、持ち前の野生魂でどこまでも本能に忠実であろうと行動する。 「建築家になるんや」と決めれば即、一念発起、社会的ハードルは彼にはない。大学の建築教科書を手に入れ、4年間で学ぶところを1年で習得。独学安藤の面目躍如。僕も独学だが彼の〈鬼迫〉には負ける。 エゴから入ってエゴを消滅、個の普遍に至るなんて、彼の前では馬の耳に念仏。個我と執着が彼を安藤忠雄たらしめているのだ。画家の内面追求に対して建築家安藤は肉体の皮膚を破って外界へと視座を移し、この混迷する日本の再建と対峙し、時間、空間、創造、行動を捧げる。ケチケチしないそのエネルギーの源泉は何? 日本の未来を託する子供への愛と希望? 彼は才能ある人間を心底愛し、そしてその才能に対して謙虚であろうとする。友人、知人の能力を自らに移植し、換骨奪胎した他力を自力の知恵にしてしまう。3・11以後の日本を憂えると同時に未来と人を信じ、子供の教育に自然観の楔を打ち込む。建築家を超えた存在の安藤を隠喩するならその精神は、画家が小乗なら彼は大乗仏教的というところかな。 ◇安藤忠雄著、日本経済新聞出版社、2012年刊<「BOOK」データベースより>学歴も社会的基盤もない。仕事は自分でつくらなければならない。独学の建築家が大阪から、世界に闘いを挑んだ。気力、集中力、目的意識、強い思いが、自らに課したハードルを越えさせる。縮む日本人を叱咤する、異色の半生記。 <読む前の大使寸評>学歴も社会的基盤もないが関西から世界に挑んだということで、横尾忠則を彷彿とするわけですね♪(大使の場合)rakuten仕事をつくる―私の履歴書大阪マルビル緑化プロジェクトのプレスリリース(6月7日)がありました。大阪マルビル緑化プロジェクト「都市の大樹」始動(ニュースリリース)*****************************************************************<京都学派(京大人文研)>京都学派(哲学)、京都学派(近代経済学)、京都学派(京大人文研)などいろいろな京都学派があるが、大使が惹かれるのは京大人文研の系譜である。 wikipedia京都学派よりまた、上記とは別に戦後京都大学人文科学研究所(京大人文研)にて頻繁に共同研究会を開き、活発な討論を行っていた一派も、京都学派と呼ばれるが、上記の京都学派とは直接の関係はない。こちらは東洋史学の貝塚茂樹、塚本善隆、藤枝晃、中国文学の吉川幸次郎、フランス文学の桑原武夫、植物学の中尾佐助、生態学から人類学にまたがる成果を挙げた今西錦司らが特に著名である。この顔ぶれからも推察されるように、この京大人文研の活動範囲は狭義の人文科学から自然科学の領域にまでまたがった学際的なもので、今西は自らの学問領域を自然学とも称した。また、国立民族学博物館へと活躍の場を移した梅棹忠夫(生態学→民族学・人類学)や、国際日本文化研究センターの設立に尽力した梅原猛(哲学)らも、この京大人文研の京都学派に含める。地図の空白地帯と聞けば、梅棹忠夫さんを連想するのです。地図の空白地帯byドングリ*****************************************************************<「アパッチ族」アンソロジー>「アパッチ族」つながりでは、小松左京、梁石日がいますね。「アパッチ族」アンソロジー*****************************************************************<通天閣>帰国子女でありながら、関西弁をマスターした西加奈子さんもこの系譜に加えるものとします。【通天閣】西加奈子著、筑摩書房 、2006年刊<「BOOK」データベースより>どうしようもない人々が醸し出す、得体の知れないエネルギーが溢れている大阪ミナミ。社会の底辺でうごめく人々の愚かなる振る舞いや、おかしな言動が町を彩っている。主人公は、夢を失いつつ町工場で働く中年男と恋人に見捨てられそうになりながらスナックで働く若い女。八方ふさがりに見える二人は、周りの喧噪をよそに、さらに追い込まれていく。ところが、冬のある夜、通天閣を舞台に起こった大騒動が二人の運命を変えることに…。<大使寸評>初めて西さんの作品を読むのだが、帰国子女の見るミナミはどんなかな?と思ったわけです。また、東京スカイツリーにはおよびもないが通天閣のレトロもええでぇ♪というやや屈折した思いもあるのです。rakuten通天閣西加奈子公式サイト*****************************************************************<「探偵!ナイトスクープ」の世界>百田尚樹さんと言えば「永遠の0」の著者でもあるが『探偵!ナイトスクープ』のチーフ構成作家を24年も続けているそうです。若しかして、この番組が作家:百田尚樹を育てたのか♪とも思うのだが・・・・次のエントリーを見て、なるほどと思った次第です。10/16「探偵!ナイトスクープ」 大阪らしさを追求 作家・百田尚樹も構成を手掛ける「日本のスピルバーグ軍団」より 関西における占拠率で、時にNHK『紅白歌合戦』を凌ぐ長寿番組がある。テレビ朝日系朝日放送(ABC)が制作する『探偵!ナイトスクープ』(以下、『探偵!』)だ。<占拠率65%を記録した人気長寿番組> スタジオを一つの探偵事務所と想定し、視聴者からの依頼に基づき世の中の謎や疑問を徹底的に究明することをめざした娯楽番組『探偵!』が、関西ローカルで始まったのは1988年3月。放送は金曜日の深夜で、平均視聴率は毎回20%前後~30%台前半を維持し、占拠率は65%に達したこともある。テレビをつけていた世帯の3分の2が、『探偵!』にチャンネルを合わせていた勘定になる。 番組はその後全国で放送されるようになり、東京では今、東京メトロポリタンテレビジョン(MXTV)が2週間前の番組を土曜日17時に編成している。 「この世のあらゆることを探る」探偵局の局長は、初代が上岡龍太郎だったが現在は西田敏行が二代目局長を務める。秘書は松原千明、岡部まりを経て、現在の松尾依里佳に引き継がれている。また、探偵役にはスタート時、北野誠、越前屋俵太、清水圭などが名を連ね、今は桂小枝、間寛平、松村邦洋、竹山隆寛、石田靖などが走り回っている。顧問として“浪花のモーツァルト”ことキダ・タロー、西田局長と同じくらい涙もろい桂ざこばなどが出演する。番組スタート当初から構成を担当しているのが、6年前『永遠の0』でデビューし『影法師』『ボックス!』などの作品がある作家の百田尚樹だ。 自由闊達な雰囲気を醸し出す大阪の老舗局ABC。.同局は1956年12月にテレビ放送を始めたラ・テ兼営局だが、その歴史はキー局のテレビ朝日の前身日本教育テレビよりも古い。 『探偵!』を除く娯楽番組制作の軸足は東京に移しているが、大阪発の番組は、放送文化の多様性を測るバロメータになっている。長寿番組「探偵!ナイトスクープ」を、こよなくチェックしている大使であるが・・・一方で東京発のバラエティ番組が肌に合わないのか、全てスルーしているのである。関西のコンプレックスか?と思わないでもないが、要するに娯楽番組の巧拙が如実に表れているだけかも知れないな~。局長の西田某という人を関西人に変えてくれると、モアベターなんやけど(笑)全国アホ・バカ分布図byドングリ*****************************************************************<六代桂文枝>工事中六代桂文枝を襲名した三枝さんであるが、この人も別格であるのでアンソロジーを計画中です。
2013.06.05
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都市ゲリラという形容に表れるように、若々しくて反権威的な感じがする安藤さんであるが、これが関西人のど根性やでぇ♪・・・と、東京嫌いの大使は安藤さんをいたく評価するのです(笑)図書館で借りた「住吉の長屋/安藤忠雄」という本のIntroductionの一部を紹介します。<Introduction>p4より「住吉の長屋」は富島邸から始まった、安藤忠雄による一連の都市型住宅、いわゆる「都市ゲリラ住居」において、安藤が思考と実践を通してたどり着いたひとつの到達点といえる。(中略) まず、我々は、大阪・京都の下町に伝統的にある木造の棟割長屋、住吉の長屋の場合には三軒長屋の真ん中を切り取って、そこにコンクリートの箱を挿入しようとした、その大胆さに驚く。しかし、もっと驚かされるのが、ダイニングとリヴィングを分断するように、配置された、中央の中庭の存在である。この住吉の長屋は、雑誌発表当時は、建築家や評論家に評判が悪かったらしい。「雨の日は傘を差さなければトイレにも行けないというのは考えられない。設計者の横暴だ」というわけだ。 (中略) 中庭は、外部から完全にプライヴァシーが保たれた空間でありながら、空という無限遠まで開放された、自然光が十分に注ぎ込む空間であると同時に、どの居室から見ても、その広さが2倍以上の広さに感じられるような視覚的効果を生み出す、閉鎖空間におけるパブリックでもある。この住宅に住んでいると、四季の移り変わりや、日の光の強さや色合い、天気の変化を敏感に感じることができ、和歌の世界にも通じるような風流が生活の中に生まれる。あまり語られることはないが、玄関ポーチ上に設けられた縦長の吹き抜けも、自然の変化を住宅の中に取り込みたいという設計者の意思が感じられる。ここは玄関前だというのに、光だけではなく、雨までが落ちてくるのだ。それを確信犯的に計画したのは、それを豊かだと感じる感性を大切にしたかったからだろう。コンクリート打ち放しの壁に囲まれているが京町屋の中庭が感じられますね。ここに雨が降るようだが・・・自然とつながる空間が開放的であり、この家が気に入っている東さんという人もなかなかの人だと思うのです。【住吉の長屋/安藤忠雄】千葉学著、東京書籍、2008年刊<「BOOK」データベースより>1970年代から今日まで、常に建築界の第一線を走り続ける安藤忠雄の原点にして、戦後日本の都市型住宅の方向を決定付けた名作「住吉の長屋」。そのすべてを解き明かす。建築家安藤のデビュー作。日本現代住宅史の金字塔となった一軒を徹底分析。 <大使寸評>安藤忠雄のデビュー作にして原点ともいえる住吉の長屋に絞って述べています。とにかく、その狭さと、傘をさしてトイレに行く造りが衝撃的ですね(笑)Amazon住吉の長屋/安藤忠雄
2013.06.04
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今回借りた6冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は、強いていえば「関西の偉人」でしょうか。偉人とは司馬遼太郎と安藤忠雄をさしています。なお、「峠」1は前回からの延長借り出しです。(9回延長したが、遅々として進んでいます)<市立図書館>・漢字がつくった東アジア・司馬遼太郎の世紀・「峠」1・文学界4月号<大学図書館>・住吉の長屋/安藤忠雄・緑の棲み家図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)*************************************************************【漢字がつくった東アジア】石川九楊著、筑摩書房、2007年刊<「BOOK」データベースより>始皇帝が文字を統一したとき、漢字が東アジアの歴史を照らし始め、漢字文明圏が決定づけられる。やがて大陸(中国)の変動に呼応する形で、平仮名(日本)、ハングル(朝鮮)、チューノム(越南)が生まれ、それぞれの文化の枠組みが形成されてゆく。その延長上に現代を位置づけなおすとき、二十一世紀が目指すべき方向が見えてくる…。鬼才の書家が巨視的な観点から歴史をとらえなおし、国民国家を所与とする世界観を超え、読者を精神の高みへと導く知的興奮に満ちた一冊。 <読む前の大使寸評>漢字の生い立ち、漢字文化圏に関する本には、つい手が出てしまうのです。Amazon漢字がつくった東アジア漢字がつくった東アジアbyドングリ【司馬遼太郎の世紀】ムック、朝日出版社、1996年刊<「BOOK」データベースより>未刊行&傑作エッセイ・モンゴル素描 年少茫然の頃 私の小説作法 二十一世紀に生きる君たちへ・文学アルバム・特別対談 司馬文学から世界が見える・昭和の道に井戸を訪ねて―鶴見俊輔と語る・歴史小説における史実と虚構・司馬遼太郎の『日本史探訪』・名対談 島尾敏雄・桑原武夫・橋川文三・松本清張・武田泰淳・花田清輝。<読む前の大使寸評>前回に続いて、司馬遼太郎のムック本をかりたけど・・・このところ中韓にいらつく大使にとって、司馬遼太郎は精神的支柱というべきか(笑)Amazon司馬遼太郎の世紀司馬遼太郎の中国観byドングリ【「峠」1】司馬遼太郎著、文藝春秋、1972年刊<「BOOK」データベースより>古書につき、データ無し。<大使寸評>司馬遼太郎の紀行文などはよく読んだが、大作小説を読むのは、「竜馬がゆく」以来で約半世紀ぶりではないだろうか(そんな大仰な)鳥羽伏見の戦い~北越戦争あたりに関心があるのだが、この本で描かれた臨場感がええでぇAmazon「峠」1【文学界4月号】雑誌、文藝春秋、2013年刊<bunshun目次より>【追悼 安岡章太郎】 〈追悼対談〉・ 流離する「私」の文学 坂上弘 湯川豊 【創作】・ 少し不思議。天久聖一 ・ 鼻曲げ 椎名誠 ・ antediluvianisch(ノア洪水以前の) 長嶋有 ・ 野蛮な暴力の精たち 中原昌也 ・ 洪水 ダニエル・アラルコン 藤井光 訳 【特集】随筆を読む 〈対談〉・彼女たちの「冒険」関川夏央 池上冬樹 <大使寸評>「随筆を読む」特集に惹かれて借りたのだが・・・・ネットのbunshunでは立ち読みができるんですね。知らなかった。安岡章太郎と関川夏央の名前に惹かれて、借りたのです。bunshun文学界4月号【住吉の長屋/安藤忠雄】千葉学著、東京書籍、2008年刊<「BOOK」データベースより>1970年代から今日まで、常に建築界の第一線を走り続ける安藤忠雄の原点にして、戦後日本の都市型住宅の方向を決定付けた名作「住吉の長屋」。そのすべてを解き明かす。建築家安藤のデビュー作。日本現代住宅史の金字塔となった一軒を徹底分析。 <大使寸評>安藤忠雄のデビュー作にして原点ともいえる住吉の長屋に絞って述べています。とにかく、その狭さと、傘をさしてトイレに行く造りが衝撃的ですね(笑)住吉の長屋の写真、図面が住吉の長屋(東邸)/安藤忠雄に見られます。この長屋の発展形ともいえる4×4の家 1,2/安藤忠雄も、ええでぇ♪Amazon住吉の長屋/安藤忠雄安藤さんの都市ゲリラ住居byドングリ【緑の棲み家】司馬遼太郎著、文藝春秋、1972年刊<「MARC」データベースより>自然と融けあう住まいを追求してきた建築家・石井修。時を重ねるごとにますます自然と同化する家々の様子を写真に収め、詳細な植栽図面を付し、「緑の建築家」の設計の術をあますところなく伝える。<大使寸評>傾斜地に自然と融けあう住まいを建てた石井修さんには、やや自画自賛の観があるが・・・こういう家を建てたいし、住みたいではないか♪、悔しいけど。自宅の中庭にヤマボウシを植えている石井さんであるが、石井さんの選ぶ樹がええでぇ♪また、目神山町の自宅の周りに、自然志向の街をつくったような石井さんがええでぇ♪Amazon緑の棲み家*************************************************************とまあ・・・・抜き打ちのように、関心の切り口を残しておくことも自分史的には有意義ではないかと思ったわけです。図書館大好き(目録)
2013.06.03
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「戦後史の正体」の宣伝を8回まで進めましたが・・・孫崎さんが中国の脅威、対米従属について右視点でツイートしているので、この際、視点を切り替えてフォローします。中国の脅威・対米従属ツイートを5/25~6/2のツイッタ-に見てみましょう。【6月2日】ドングリ@mdonguri:NHKスペシャル|密着 エネルギー争奪戦~日本の逆襲~ NHKスペシャルの番組公式サイトです。 http://www.nhk.or.jp/special/detail2013/0602/…必見、ただいま、放映中です。百田尚樹@hyakutanaoki:「反日」vs「反韓」…韓国は「反日」のためなら国も民間も挙げて大キャンペーンを打つ。一方、日本には「反日」日本人が多数いる。反日新聞もあるし、反日学者も反日文化人もいる。しかも国内に多数いる在日韓国人が堂々と「反日」を標榜する。よって、この勝負、「反日」の圧勝。【5月31日】市民のためのTPP情報@citizen_tpp:昨日の国際シンポジウムでジェーン・ケルシーさんが、重要な指摘をしていた。日本がTPPに参加する前に、現参加国で多くを決めてしまおうと、もう1回追加で会合を開こうという動きがあるという。「安倍首相には申し訳ないが、日本が交渉力を発揮できるというのは全く不可能」と何回も繰り返し強調。【5月29日】斉羽@bianconoce:大注目! 必読!【なぜいまアメリカが日本の歴史認識をターゲットに?】 「米議会調査会」リポート 「日米関係―議会のための問題点」 背景にある在米華人華僑世界を追う 軍事費だけで国は守れない http://nkbp.jp/15i7pMk @iwakamiyasumiドングリ@mdonguri:内閣官房に「国家安全保障局」…日本版NSC http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/0130528-OYT1T00715.htm?from=tw…やっと、できたか。ドングリ@mdonguri:対中紛争でパネル設置=鋼管課税、日本が提訴―WTO http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=2013024-00000137-jijnb_st-nb… #yjnewsbiz レアアースの輸出制限をめぐる紛争に次ぎ2件目だそうです。nissy@n_i_s_h_i:TPPに一度引き込まれたら民主主義で誤った政策を変える事すら永久に不可能になる。民主主義的に選挙権を行使できる機会は、実質、7月の、あとたった一回しかない。RT @kobukishinichi:「TPP交渉に引き込まれる直前の総選挙」などもう二度とない。そのまま批准まで行く。【5月28日】印鑰 智哉@tomo_nada:世界で行われた #MarchAgainstMonsanto の中でベストなパフォーマンスだという評価を受け始めたのはなんと日本! コメントには「リハーサルやってるよね」と。いやうちは役者が違うんだよ。いきなり世界レベル http://ow.ly/lp1TIHEAT@HEAT2009:金子勝「あるいは、保険の問題でも、かんぽのガン保険参入を自ら投げ捨てましたし、BSE絡みの牛肉輸入の20カ月以下という条件もやめてきたし、危険部位もOKになった。これから日本で売られる牛丼は“狂牛丼”という名前に変わるだろうと思います」。※この表現(狂牛丼)はダメだと思う。HEAT@HEAT2009:金子勝「私たちの国は、ISDで、事実上、世界銀行の中にある裁判所で、米国の思うがままに我々の安全基準やその他のルールを決められてしまい、この国の国民のためにまずは優先しなければいけない法律が米国の投資家に訴えられないそういう法律作りに変わっていくわくです」。honnenogod@honnenogod:中国で反日映画が大量生産される理由 | Reuters http://jp.reuters.com/article/mostViwedNews/idJPTYE94Q04L20130527…【5月27日】honnenogod@honnenogod:ここまで言う連中、日本は紳士的態度で、こいつら馬鹿丸出し、日本の正当性を、こいつら以上に言わないと、どんどん何でも奪おうとするぞ。QT中国首相、尖閣「日本が盗んだ」 ポツダムで演説 - 47NEWS(よんななニュース) http://www.47news.jp/CN/201305/CN203052601001871.html…【5月25日】印鑰 智哉@tomo_nada:前述の米国での疾病率の急上昇のグラフ、 #遺伝子組み換え との因果関係を立証するものではないが、この疾病率の急上昇自体が深刻な事態であり、原因がなんであれ、大問題が発生していることは確か。遺伝子組み換えの国、米国は急激に危険になりつつある。そして日本も? 渡邉正裕@masa_mynews:一度でいいからこういうシビレるセリフを日本の首相から聞いてみたい。日本なんて未だ国策会社だし。恥ずかしい。ギラード首相「巨大なタバコ産業の戦略に屈するつもりはない」/タバコとJThttp://www.mynewsjapan.com/projects/62 https://pic.twitter.com/P8Fh80fNosポツダム、カイロ宣言の内容を知らない日本人【孫崎享×田中康夫】Vol.2より尖閣諸島をめぐる中国の反日運動はおさまらず、一向に出口が見えない。一体どうすればこの問題は解決できるのだろうか? その方法を探るべく、新党日本代表・田中康夫衆院議員が、国際情勢の裏事情に精通する孫崎享氏を直撃!!◆ポツダム、カイロ宣言の内容を知らない日本人孫崎:この間の領土紛争で、尖閣が日本の“固有の領土”ではなく、“係争地”であることが明るみに出てしまいました。これは、領土問題の基礎を押さえていれば誰でもわかることなんですよ。領土問題の基礎とは、戦後日本の出発点であるポツダム宣言の第8条です。そこには「日本国の主権は本州、北海道、九州、四国に限定される」、そして「その他の主権の及ぶ島々は連合国が決める」と書いてある。そうすると、本州、北海道、九州、四国はたしかに“固有の領土”と呼べるのですが、その他の島々に関しては、“固有の領土”という理屈が成り立たないんです。「ポツダム宣言の受諾そのものを認めない」という極端な人は別にして。田中:実は歴代の自民党政権から共産党に至るまで、この宣言の持つ意味を把握していなかったわけですよね。戦後70年近くたった今、中国から突きつけられて初めて把握することになった。孫崎:ある高校の先生から聞いたのですが、ポツダム宣言の第8条は日本の教科書にも書かれていないそうです。田中:ここが極めて悩ましい点ですが、ポツダム宣言第8条には「カイロ宣言の条項は履行すべき」とも書かれている。孫崎:その「カイロ宣言の条項」とは、「日本が中国人から奪った地域は中華民国に返還する」というものです。日本政府は、「尖閣諸島が日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も明らか」と言いますが、中国のほうでは「日本が奪い取った地域だ」と主張しています。そこまで立ち戻ってみてみると、国際的には尖閣諸島は“係争地”ということになるんです。田中:尖閣問題は「国際司法裁判所(ICJ)に提訴すれば勝てる」と多くの日本人が思ってきました。ところが不覚にも、中国からポツダム宣言やカイロ宣言を突きつけられて、根底から崩れかねない大変な危機に陥っている。もしも外務省が基本中の基本であるこれらの宣言の意味を把握していなかったとすれば、そもそも日本という国は国家たりえてなかった、ってこと。ポツダム宣言を知らなかった国民や「日本よ国家たれ」と叫ぶ「愛国者」が悪いのではなくて、教科書にも載せず国民に知らせず、ろくに調べもしなかった日本政府にこそ責任があります。孫崎:政府は「中国が領有権を主張し出したのは尖閣に石油資源があることがわかった’70年代以降のことだ」という見方を広めていますが、これは事実と違います。すでに’50年代の初め、周恩来が「日本との講和はポツダム宣言とカイロ宣言を基礎とすべきだ」と発言しているんですね。「中国はまったく主張してこなかった」とは言い切れないんです。田中:野田首相はロジカルに中国に勝てる準備もせぬまま、浮揚するはずもない政権浮揚の一念で国有化に踏み込んでしまった。中国はポツダム宣言やカイロ宣言を十分に把握しながらも、日本との経済関係や地下資源の共同開発などの国益を考えて、したたかに今まで黙っていたともいえる。孫崎:まずは尖閣が“係争地”であることを認識しないと、この問題は解決しないでしょう。「日本が絶対的に正しい。固有の領土だ」との主張を感情的に押し通したところで、相手にも相手なりの理屈があるわけですから。これまでの日中関係は、尖閣問題を棚上げにすることでうまくやってきたんですよ。これは、中国では周恩来やトウ小平、日本では田中角栄や園田直といった人たちが編み出した「紛争を避けるための知恵」です。’79年の『読売新聞』社説すら「触れないでおこう方式」と肯定的に呼んでいますが、日中双方が領有権を主張しながら、この問題を決して紛争にせず、将来の解決を待つことで了解ができていたんです。このやり方がいちばん日本の国益にかなっていました。なお、百田尚樹さんは別格なので百田さんの愛郷的ツイートとして取り上げています。***********************************************************************このフォローの出発点ともいえる記念碑的著書ですね♪【戦後史の正体】孫崎享著、創元社、22012年刊<内容紹介より>日本の戦後史は、アメリカからの圧力を前提に考察しなければ、その本質が見えてこない。元外務省・国際情報局長という日本のインテリジェンス(諜報)部門のトップで、「日本の外務省が生んだ唯一の国家戦略家」と呼ばれる著者が、これまでのタブーを破り、日米関係と戦後70年の真実について語る。目次はじめに序章 なぜ「高校生でも読める」戦後史の本を書くのか第一章 「終戦」から占領へ第二章 冷戦の始まり第三章 講和条約と日米安保条約第四章 保守合同と安保改定第五章 自民党と経済成長の時代第六章 冷戦終結と米国の変容第七章 9・11とイラク戦争後の世界あとがき<大使寸評>ツイッターでこの本の評判が出ていたので、本屋で手にしたが・・・ほぼ衝動買いしたのです。著者が元外務省・国際情報局長というだけあってディープスロートそのものですね。Amazon戦後史の正体「戦後史の正体」 byドングリ現在、情報貧国ニッポンの状況に鑑み、孫崎さんの日本の「情報と外交」を読み返しております。 右視点でフォロー中15 右視点でフォロー中14
2013.06.02
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@syukan_kinyobi:世界のさまざまな民族のなかで、山林(森)と真に「共生」(共棲)する知恵を持っていた数少ない一部に日本人があるのではなかろうか。『貧困なる精神19集』本多勝一・・・週刊金曜日botがツイッターで、斯様につぶやいていたので、ええやんか♪ということでメモしたのです。ところで今、「ブナ・ナラ・クリ(木の文化5)」という本を図書館で借りて読んでいるのだが、本多さんの説く“山林との共生”というコンセプトにぶちあたったのです。(あるいは逆で、この本を読んでいたので本多さんの言葉に気づいたのかもしれないが)そのあたりの、内容を紹介します。<白峰の出作り>p114~118 「元禄時代から明治初年までは、全国的には新田開発が一段落して人口があまり増えなかった時代ですが、この白峰ではその間も人口が増えたのです。そのころ、この地が非常に豊だったということですね」白山ろく民俗資料館の山口一男館長はこう語る。 今では山間の僻地というイメージが強いが、白山を背後に「出作り」と呼ばれる生活と、さらには木を上手に使う技術がこの土地に豊な生活をもたらしたという。出作りをはじめとした白山麓の民族文化に詳しい山口館長の話をもとに、往時の白山麓の暮らしを探ってみたい。<土地をもとめて出作り> 白峰(現在は石川県白山市)では500年ほど前から「出作り」という形態がはじまった。白峰の集落は、標高500mくらいの標高だが、さらに標高1000mくらいまでの山にでかけて農業をおこなう。春5月に一家をあげて標高の高い出作り小屋へ行き、夏の間はそこで耕作と養蚕をおこない、11月の初旬から中旬に降りてくる。中には出作りといっても冬も山で越す永久出作りもあった。 白峰の集落周辺では耕地も限られていて、人口が増えるに従って食糧を確保するために、より高いところに耕地を求めた。白山麓でも白峰側は比較的山がなだらかで豊かだったからできたこと。狭い谷間の集落には住める人の数は限られており、300戸を超えることは難しかった。その許容量を超えて人が住もうとすれば、別の土地を求めざるを得ない。<焼畑と養蚕> 出作りでの耕作は、山林を伐採しての焼畑。1年目にはヒエ、2年目にはアワ、3年目には大豆という具合に土地が痩せないように作物を変えてつくっていく。このような雑穀は、気候変動などによる収穫の増減が少なくて安定していた。通常一軒で 0.2~0.3ha程度の焼畑をしていた。ひとつの焼畑を5年ほど使うと、その後20~30年は放棄し、地力が回復して草木が生育するとまた火入れをして利用する。 この地域の焼畑の単位面積あたりの収量は、他の地域の焼畑に比べ高かったということだ。20~30年の周期で伐採する木材もさまざまに利用された。また、放置された焼畑ではフキ、ヨモギ、ウド、ワラビなどの山菜も収穫できた。出作りは自給自足の生活で支出もないけれど、収入もなかった。しかし、現金収入を得るために養蚕がさかんになってくる。「出作りのための大きな要因は養蚕だった」と山口館長は指摘する。桑を植える土地を求めて山に登っていった。養蚕にかかる年貢は米などに比べて低く、生糸は軽いため運搬にも便利。現金収入を得る手段として、養蚕が出作りを推進したとも言える。 白峰からは加越国境をこえて、福井県側まで出作りに行った記録がある。福井県側では水田耕作ができるところまでしか農耕が行われなかったが、国境をこえて白峰の人々は山中に出作りをした。「他の地方の人々は奥山で養蚕や農耕をするという発想がなかったけれど、白峰の人々はそれが出来る技術もあり収量も高かったのです」と山口館長は教えてくれた。<木の使い方を熟知> 当然、木を利用する技術にも長けていた。 さまざまな道具に使われている樹種を見ると適材適所で、現代のさまざまな木材実験のデータとも一致するという。大きな木槌の柄にはミズナラを使い、頭にはどんな衝撃でも割れないナツツバキやミズメを使う。標高が高くなるとブナの原生林に自然と遷移していく地域だ。鍬の柄にはブナが使われている。ツルハシの柄には強度が大きくて折れにくいミズナラ。建物の中では敷居には硬いナシを使っている例がある。<宵越しの金は持たない> 白山という信仰の山をもち、白山山頂の堂社の造営や維持管理・登山者の世話等の仕事があるという地の利もあったが、養蚕と紬や麻などの織物生産がこの地域に豊かな経済をもたらしてくれた。この土地でも「宵越しの金は持たない」という風潮があったというが、それは持っていなくても将来に養蚕などで必ず収入が得られるという裏づけがあったから。雑穀しか収穫がまくとも、他の地域から米を買うのには十分な経済力があった。 近代的な視点からすると、白峰は山間僻地としてのマイナスイメージが先行するが、山の恵みを十分に利用して経済的に豊かな時代があったことを忘れてはならないだろう。それは循環型社会の構築を求められている現代に、ヒントを提供することができるかもしれない。<日本がモデルを示すべき:オークビレッジ稲本正さんに聞く>p128 日本は世界でもまれに見る木とのつきあいの長い国なのです。歴史的に見て日本が木から離れたのは、古墳時代と現代だけといっていいでしょう。縄文時代は「第一次期の文明」、飛鳥時代からほんの数10年前までは「第二次期の文明」の時代。戦後しばらくの頃までは、住宅も9割が木造住宅でした。木についてトータルに見ても、デザイン・使い方などで一番発達しているのは日本です。世界にこうしたモデルを示すことができるのは、ドイツと日本だと思っていますが、ドイツはすでに成功のパターンに入りつつあると思っています。 今の世界ではアメリカがひとつのモデルになっていますが、環境問題からいうと、アメリカ型は失敗モデルです。近い将来、中国・インドもアメリカ型になる可能性があります。 木の文化・文明に長い間親しんできた日本こそ、木という再生可能資源を中心とした循環型システムの成功モデルをつくって世界に示すべきでしょう。「第三次期の文明」の実現に向けたイメージをつくりあげていく必要があります。山の民のくらしと文化より出作りの場所 村から遠く離れた出作りの地。人々は「ジャラ」と呼ばれる平坦な土地に住居をつくり、ここを生活の拠点にしてきました。住居を含めた出作りの地の立地条件には、(1)雪崩や洪水の心配がないこと(2)水の便が良いこと(3)強風が吹かないところ、などの条件があります。また、出作り先で生活するための住居は「出作り小屋」といい、その大部分が家族の手で作られてきました。さらに周囲の自然や地形をたくみに活かして、「ジャラ」は完全なる自給自足の生活空間を創り上げています。 <「出作り」に培われた本物の生きる知恵と業> 山の奥深くで、孤立して生きた「出作り」。厳しい自然の中で自らのいとなみを創り上げるには、あらゆる能力が求められます。家や道具を作ること。田畑を耕し、四季の恵みを覚え、食糧を確保すること。天候や災害を予測すること。ケガや病気を治す薬草を見分けること。これら生きることの全ての方法を自然の中から見い出した「出作り」は、まさに厳しい自然の中で豊かに生きるための知恵と業の結晶といえます。モノが溢れ、何不自由のない現代社会ですが、一方で、人間本位の考え方や便利さにかまけた生活が今、あらゆるところに“ひずみ”となって出てきています。こうした我々の暮らしに、完全に自然と共生し、自給自足の循環型生活様式を創り上げた「出作り」は今、真の豊かさをしめしているような気がします。一旦は消滅しかけた白山麓固有の「出作り文化」。それはこれからの世界的な真の循環型社会で、伝えなければならない大切な“生きる知恵と業”なのです。 【ブナ・ナラ・クリ(木の文化5)】ムック、新建新聞社出版部、2006年刊<「MARC」データベースより>ブナ・ナラ・クリを中心に、広葉樹の建築と職人、広葉樹の歴史、山林に学ぶ、山麓の暮らし・里山の自然など、幅広い観点から広葉樹にまつわる日本の文化を紹介する。全国の巨木や、ブナ・ナラ・クリの基礎知識なども収録。 <大使寸評>ブナ・ナラ・クリといえば・・・日本ではありふれたというか、代表的な落葉広葉樹であり、大使のツボをつくわけです。とくに“山林との共生”というコンセプトがいいですね。Amazonブナ・ナラ・クリ(木の文化5)ところで、以前からやや疑問に思っていたことですが・・・恵まれた気候とは言えない北陸地方が幸福度指数では高いのは、何故?ということです。この本を読んで思い当ったのですが、この地方は山林と循環して共生する意識が強く、経済的にも堅実な生活を続けてきたその積み重ねが、幸福度指数に表れたということではないでしょうか?♪都道府県別「幸福度指数」で福井県がなぜ一位に?「日本でいちばん幸せな県民」とは?より 「47都道府県の幸福度に関する調査」を実施した法政大大学院の研究班によると、福井県が堂々一位に輝きました。その興味深い調査と分析結果を「日本でいちばん幸せな県民」(PHP出版)という書籍で紹介しています。しかしどんな指標で県別の幸福度指数ランキングを出したのかが気になりますね。研究チームは、従来の幸せ度としての国民総生産(GNP)などとは別の指標を用いることにしたようです。以下の4部門合計約40の分野で幸福度をまとめています。1.「安全・安心」・・・刑法犯の認知数、1世帯当たりの貯蓄額、老人福祉費など2.「労働・企業」・・・失業率の低さ、障害者雇用の高さ、離職率など3.「生活・家族」・・・出生率、マイホーム所持率、保育所定員数など4.「医療・健康」・・・平均寿命や病床充実度などそれによると福井県は堂々1位の7.23点という高得点をたたき出しています。2位が僅差の7.20点の富山県、3位が6.90点の石川県です。失礼かもしれませんが田舎が幸福度指数が高いのです。
2013.06.02
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図書館で「司馬遼太郎がわかる(AERA Mook)」を借りたのだが、今さら司馬遼でもないだろう・・・・いやいや、この本で“中国に対する司馬史観”が述べられていたが、これなんか喫緊の課題、永遠の課題ともいえるわけですね(笑)この本から、そのあたりを紹介します。<中国:吉田信行>p59~60 司馬遼太郎氏が中国・中国人をどう見ていたかの本題に入る前に、今しばらく、日本人の対中観を考えたい。「日本人は一方では支邦に対して、時として尊敬、時として恐怖を持っていた」が、打ち解けて協力することはなく、逆に中国与しやすしという一念のために自国を失わんばかりに大いなる対価を払った、と昭和22年3月に極東国際軍事裁判所に提出した宣誓供述書の中で指摘したのは徳富蘇峰であった。「今少し日本人が支邦を知り、支邦を研究し、支邦に向かって善処する途を得たならば、今日の如き事には立ち至らなかったと思うが、日本人は同時に二個以上の事を考える余地を持たぬから、ここに至ったものであろう。兎に角日本人は、支邦人を砂の如き民族と考えていたが、支邦人は日本人に対する反抗心、敵愾心、復讐心を利用し、我等の点から見れば寧ろ悪用し、濫用して」結局は砂をコンクリートに変えてしまったと日本の愚策に敗戦の因を求めている。 前置きが長くなったが、中国研究は今日でもその重要性はいささかも失っていない。冒頭に記したように中国を如何に把握するかは現下および将来の日本の使命を制する研究課題であり続けているといっていいだろう。<儒教国家後の中国史に主人公の素材見いだせず> その点、司馬遼太郎氏の中国観が如何なるものであったのかの視点は日本人にとってきわめて興味深いテーマであると同時に、権威依存型の日本人にとっては、掛け替えのないよすがとなりうるものであろう。筆者にとっては小船に荷が勝つ難題であるが、司馬氏の対中観は二点において異彩を放っていてきわめて教訓的であると思われる。 まず第一は中国人を誇り高い民族に仕立てている儒教に鋭い刃を向けた。中国の思想的作家、林語堂が「孔子を誇ることによって中国人はさらに中華民族に誇りを感じ、また中国人が道徳の真髄において人生を理解できることに誇りを感じている」とまで自賛した儒教体制を司馬氏はしばしば批判の俎上に載せた。 司馬遼太郎氏が何処かで「その男が今生きていれば自分と握手できると確信が持てる人物を小説の主人公に選ぶ」と書いていたように記憶するが、『項羽と劉邦』に描かれた漢の高祖劉邦は儒教嫌いで名だたる存在であった。 この点において握手できたのであろう。しかし、皮肉なことに高祖の死後、漢帝国は儒教を国家の正統学問とし、以後二千年にわたって中国を儒教国家たらしめることになる。司馬氏がその後、中国人を主人公とし、その名前を冠した小説に手を染めなかったのは、儒教国家になった以後の中国の歴史の中には握手できる主人公を見いだし得なかったという論理的必然であろう。 司馬遼太郎氏の儒教批判が端的に示されている評論は『歴史と風土』に収められている「日本、中国、アジア」である。沖の向こうに理想国家があると中国への渡航を願望して止まなかった江戸初期の儒学者、藤原惺窩が儒教的原理を尊んだことを「錯覚」と断じて次のようにいう。「惺窩は気づかなかったのでしょうが、実際の問題として、アジアの凄惨なる大停滞というものはすべて儒教的中国国家のせいです。清朝に名君が出て一所懸命政治をしているのにどうしようもない官吏の大腐敗、農民の貧困がある。誰が悪いといって、体制が悪い。批判者がいないからです」といい、「儒教的中国体制というものは、もともと腐敗を原理としているみたいなものです」と一刀両断にしている。 その点、日本は儒教を書物として受け入れただけで、体制・生活秩序としては排除したことがアジア的停滞から早く免れたというのが今から三十年ほど前に展開された儒教をめぐる司馬史観である。なお、吉田信行氏は産経新聞で、ソウル特派員、台北支局長、論説委員長を歴任とのこと。【司馬遼太郎がわかる(AERA Mook)】ムック、朝日新聞社、2000年刊<「MARC」データベースより>司馬遼太郎作品の広がりを様々な角度から考察。司馬文学の魅力、グローバルな視点、日本への愛着、多彩な学問の世界に迫る。巻末に地球全土にわたる膨大な作品群の舞台や年表を含む資料編を収録。<大使寸評>「峠」読書中、「八重の桜」鑑賞中ということで、司馬遼太郎を再認識中の大使でおます。この本で“中国に対する司馬史観”が述べられているが、これなんか喫緊の課題、永遠の課題ともいえるわけです。Amazon司馬遼太郎がわかる(AERA Mook)「八重の桜」神保修理の切腹
2013.06.01
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