全32件 (32件中 1-32件目)
1

図書館で『筋トレと栄養の科学』という本を、手にしたのです。現在行っている筋トレの出来が滞っているので・・・チョイスした次第です。*********************************************************【筋トレと栄養の科学】坂詰真二著、新星出版社、2015年刊<「BOOK」データベース>より筋肉を1kg増やすと1年で2.5㎏やせる!筋トレ時に糖質制限はNG!すぐに始められる筋トレ法&食事メニューも紹介。 <読む前の大使寸評>追って記入rakuten筋トレと栄養の科学「どうして筋トレが必要かを科学する」でいろんな理論が語られているので、見てみましょう。P22~23<理論編06:筋トレは何歳から始めても効果あり。遅すぎることはない> 英会話や自動車の運転は、若いときの方が上達しやすいといわれています。 年を取ってから一念発起して英語がペラペラになったり、自動車免許を取ったりする人もいますが、習得にはわかいときよりも大きな努力を要します。そのため多くの人はある年齢以上になると、英会話の習得や自動車綿教の取得を諦めてしまいます。 その点、筋トレは何歳から始めても、正しいフォーム筋肉に適切な負荷をかければ、若いときよりややペースは落ちますが、確実に筋肉は成長します。筋トレを始めるのに、遅すぎることはないのです。 学生時代を含めて運動経験ゼロの人、あるいは運動から遠ざかっている期間が長い人は、一度近所のスポーツクラブに入り、体力測定を行い、筋トレの基本的なやり方を教わるとさらに効果的です。スポーツクラブにずっと入り続けるとそれなりのコストがかかりますが、3ヶ月ほど期間限定で入り、筋トレのコツがわかったら退会して、自宅で筋トレに切り替える手もあります。スポーツクラブでの運動が楽しくなったら、そのまま継続してトレーニングを習慣にしてください。 筋トレは、高齢者にも有効です。筋トレは80歳でも90歳でも、筋肉を大きくする効果があることがわかっているのです。 筋肉は靭帯で最も新陳代謝が活発な組織。年を取って筋肉が委縮していたとしても、適度に刺激するとたちまち目覚めて成長を始めるのです。昔は「」「」といった意見が主流でしたが、現在ではロコモ予防の観点からも高齢者も筋トレに積極的に取り組むべきだと考える専門家が増えています。 ただし、高齢者は関節や骨などの老化が進んでいる場合があり、いきなり筋トレをすると障害が生じる恐れもあります。筋肉と比べて、関節や骨は一度低下した機能を回復させるのは、非常に難しいのです。高齢者が筋トレを始めるときは、必ず医師に相談してから行うようにしてください。 女優の森光子さんは毎日100回のスクワットを習慣にしていましたし、同じく女優の吉永小百合さんは腹筋と背筋の運動を毎晩100回続けているそうです。時分にとって続けやすい筋トレを見つけて習慣化するのが、健康を保ついちばんの秘訣です。はい、良くわかりました。(でもこの本はちょっと古いので)森光子さんと吉永小百合さんはもういませんよ。『筋トレと栄養の科学』1:効率的な筋トレ
2025.09.30
コメント(0)

「徒然草」とか「枕草子」が載っている『古典を読んでみましょう 』という本が良かったので、いかのとおり復刻して読み直してみましょう♪*********************************************************図書館で『古典を読んでみましょう』という新書を、手にしたのです。ぱらぱらとめくってみると、古典が言語学的に語られているようで・・・これが大使の関心をひくわけでおます。【古典を読んでみましょう】橋本治著、筑摩書房、2014年刊<「BOOK」データベース>よりえっ、浦島太郎はじいさんじゃなくて、鶴になったの?一寸法師はじつは性格が悪くてやりたい放題だった?日本の古典は自由で、とても豊かだ。時代によっていろいろある古典が、これで初めてよくわかる。<読む前の大使寸評>ぱらぱらとめくってみると、古典が言語学的に語られているようで・・・これが大使の関心をひくわけでおます。rakuten古典を読んでみましょう「八 分からないものを読んでもよくわからない」で、「徒然草」と「枕草子」を、見てみましょう。p103~106<「分かりやすい文章は」は「よく分かる文章」ではない> 兼好法師の書いた『徒然草』は「分かりやすい古典」の一つです。入試問題によく出たりもします。もうずっと昔のことですが、私が清少納言の『枕草子』を『桃尻語訳枕草子』と題して現代語訳をしたことがあります。 これをNHKのテレビがおもしろがって『マンガで読む枕草子』という番組を作って放送しました。評判がよかったらしくって『枕草子』が終わった後は別の古典を題材にして『マンガで読む…』のシリーズを続けていました。 私は『枕草子』にしか関係していませんが、その内にNHKのプロデューサーがやって来て、「『徒然草』を取り上げてくれという視聴者の要望があるから、『徒然草』の現代語訳をやってくれませんか」と言われました。私の答は「いいですけど、『徒然草』ってつまんないですよ」でした。 でも番組サイドは、「入試に出るからやってほしいという要望があるので…」でした。。それで私は、番組のためのテキストを作り始めたんですが、何回分かを渡した後でプロデューサーがまたやって来て、「なんでつまらないんですか?」と言いました。私の答えは、「つまんないよって、初めに言ったでしょ」です。『枕草子』は、清少納言という女性が好き勝手なことを書いたエッセイでう。だから、「へーっ、昔の女がこんなことを…」と思うからおもしろいのです。でも、兼好法師の書いた『徒然草』は、「無常観の文学」だったりもします。うらぶれた中年男が、なにか説教じみたことを言っているようなものですから、そんなにおもしろくないのです。「おもしろい」と思う人がいても、そのおもしろさは、清少納言の書いたもののおもしろさとは大きく違うのです。『徒然草』が入試問題としてよく出題されるのだとしたら、それは『徒然草』が「分かりやすい文章」で書かれた古典だからです。 ひらがなばっかりの和文脈と言われる古典と、漢字ばっかりの漢文と、二種類の文章が別々にあって、それが平安時代の終わり頃から交じり合って「和漢混交文」というものが出来上がります。今に続く日本語の文章スタイルの原型みたいなもので、『徒然草』はその完成形のように言われています。 確かに、それ以前の時代の文章と比べると、『徒然草』の文章は分かりやすいものになっています。でも、その内容が読んですぐに分かるかどうかは、別です。引用した部分の内容を考えてみましょう。 ≪あだし野≫というのは、京都にある地名ですが、昔はここら辺に貧しい人が死んだ人を捨てて行きました。「墓地」というよりも、「死体放置所」です。≪烏辺山≫は「烏辺野」とも言われて、死体を火葬する場所です。公営の火葬場というのがない時代、お金のある人は薪代を払って「烏辺野」で火葬してもらう。ない人は≪あだし野に≫運んで行って投げ捨てるということになっていました。 ≪あだし野の露≫というのは、「消えて行く人の命」のことで、≪烏辺山の煙≫は人を火葬にする煙です。「水による露」と「火による煙」という対照表現になっています。どちらも「はかなく消えて行くもの」なのですが、それが≪消ゆる時なく≫で≪立ち去らで≫というのは、「はかないはずのものがはかなくなかったらどうなるんだ?」ということを言っているのです。 「あだし野の露も消えず、烏辺山の煙も消えて行くことがないままに生き続けるのだったら、“物のあわれ”もないだろう。世の中はなにが起こるか分からないのがいいのだ」というのが、この文章の意味です。前に言った≪住みはつる≫は、「この世の終りまで、自分の人生の終りまで」という意味で、≪住みはつる習ひならば≫ということになると、「人が死ぬということがないのが人間界のあり方だったら」という意味を作り出します。つまり、「人が死ななかったらつまんない」ということです。ウーム 『徒然草』は難しうおまんな。『古典を読んでみましょう』3:「徒然草」と「枕草子」 『古典を読んでみましょう』2:ひらがなだらけで句読点のない文章『古典を読んでみましょう』1:古典はいつから「古典」になるの*********************************************************■2020.02.15『古典を読んでみましょう』3https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202002150001/*********************************************************■2020.02.15『古典を読んでみましょう』3https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202002150001/
2025.09.29
コメント(0)

関西人はよく知っているが、河内弁ですごまれたら怖いでぇ。だけど播州弁もそうとうに怖いので、以下のとおり復刻して紹介します。*********************************************************「なんどい ダボ!」神戸や摂津の住人にとって播州弁ですごまれたら・・・怖いでぇ。でも播州弁や河内弁は、けんかの時は断然優位に立つわけで・・・その口調を覚えておくべきかと思ったりする(笑)冗談はさておいて・・・最近、我が娘が播州人に嫁いだことや、このところの「軍師官兵衛」の放映に触発されて、播州が気になるのです。図書館で「播磨気質」という本を借りたのだが、播州が面白くレポートされています。【播磨気質】神戸新聞社編、神戸新聞社、1989年刊<内容紹介>よりデータなし<大使寸評>「なんどい ダボ!」神戸や摂津の住人にとって播州弁ですごまれたら・・・怖いでぇ。rakuten播磨気質<ダボ、ワレ・・・>p13より レシーバーの奥から、どすのきいた声が響く。ぶっきらぼうに「〇〇は何番どい?」。問い返す間もなく「ワレ、はよ調べんかい」の追い打ちだ。答えにまごつけば「オンドラ、ドアホ」ととどめの一撃をくらう。 聞きしにまさる播州弁の迫力だ。姫路電電局の番号案内「104」と「105」にかかる問い合わせ電話は1日2万本余り。そのうちの何本かは「理由もなくののしられる」という恐怖感を交換嬢に与えて切れる。「一生懸命調べているのに、親にも言われたことのないような言葉で口汚くののしられて・・・。よほど逃げて帰ろかと考えた」とは、但馬の浜坂から出てきて勤続27年というベテラン職員が語る初出勤の思い出だ。播州の中心地といえば姫路であり、姫路のシンボルと言えば姫路城となるのだが・・・・播州人はこの姫路城を誇りに思っているかといえば、この本の刊行時1989年は、そうでもなかったようです。<あてがいぶち>p29~31より 「せめて年1回でいい。気分を新たに登閣してもらえたら・・・」 姫路城管理事務所で、香山宏所長が嘆く。姫路市のシンボルであり、市民の心のふるさとであるはずの姫路城。その天守に市民がさっぱり登ってくれないというのだ。姫路青年会議所が58年(1983年)8月に行った調査では全登閣者のうち市民はわずか5.1%、年間登閣者約85万人からはじくと4万人余りに過ぎない。さんざんの数字だ。 登閣者だけではない。裏側の姫路公園は碁、将棋をする老人や散歩の親子連れがちらほら見られるだけ。同じ播州ながら、明石城の早朝体操、散策、スポーツなど市民あげてのフル活用ぶりとは対照的だ。 世界に誇る名城がたったの23円50銭―。明治新政府が出した廃城令に伴い姫路城が売りに出された時の落札値(明治十年)だ。米価に換算すると今の約20万円ぽっち。市民の反対運動も起こらなかった。後でことの重大さに気づいた陸軍省幹部が動き、すんでの所で命運を今日につないでいる。 対する明石城は市民運動に救われた。小学校建設用材に転用が決まったが“落城”寸前に地元藩士らが総決起し、現存する東西二櫓(やぐら)を守り抜いた。保存運動、現在の利用状況ともまさに市民の城である。 二つの城の間になぜこれほどの差が生じるのか―。播磨の民衆史などに健筆を振るう作家の寺林峻さんは「姫路城があてがいぶちの城だったからではないか」とみる。 確かに、池田一族が百万石の財力と威信をかけて築城した堅固な連立式天守閣は徳川政権の押し付け。豊臣方の本拠、大坂をにらみ、西国の外様諸侯を封じ込めるのが狙いだった。輝政の死後、池田家は転封され、代わって本多、松平、榊原、酒井など譜代大名が入国したが禄高は15万石程度。城は国力に不似合いの飾り物となり、藩主のめまぐるしい交代は領民から活力を奪っていった。 「播州は古くから権力にあらがった政治犯などが流されてきた地。長いものに巻かれることを潔しとしない気骨があった。が、“第二江戸城”に匹敵する巨大な城郭の出現で気力がなえ“寄らば大樹のかげ”というべき播磨気質ができてしまった」と寺林さん。 お上の意向に唯々諾々と従い、あてがいぶちで満足する気質を播州人に植えつけたとすれば、お城の罪は大きい。どんな時代であれ、権力や権威に抵抗し、反発する精神が独自の文化と創造性を生む源泉であったはずだからだ。 精神風土の甘さゆえの“あてがいぶち”はまだ続く。姫路を軍都に変えた第十師団も国からの授かりもの。鉄道誘致の夢破れた丹波・篠山町が起死回生策として町をあげて運動、歩兵70連隊誘致に成功したのとはまったく事情が異なっている。<前進基地>p55~56より 西日本一の豊かさを誇る播磨国は事が起きるたびに、外部の勢力から狙い撃ちされる。古代には朝鮮半島から渡来人が大量に入り、鎌倉政権誕生後には、いわゆる地頭として関東御家人が次々と入国。さらに南北朝の動乱期には、山陰、北陸諸国から悪党の群れがなだれ込み、そのまま居座った。その他、海を渡って上陸した四国人、明治維新後、職を求めて移住して来た西日本、九州人。播磨人は東西の血が色濃く混じり合い、類がないほどの混血民族と評判されるゆえんだ。 あとがきに、神戸新聞の播磨版に掲載されたこのシリーズの裏話が載っているけど、ええでぇ♪<あとがき>より 「播磨国の風俗は、知恵があって、しかも義理は知らない。親は子をだまし、子は親を欺く・・・」 「姫路人は利害関係に敏感で、自分本位の行動に走る。あるいは打算的な行動をとるため、諸集団の連帯性とか、統一性が持続しない」 いずれも、本書の中で幾度か引用した文章である。ご記憶の読者も多いだろう。というより、これだけ手ひどくやられては播州人の一員として記憶に残らざるを得ない。なぜ、我々はこれほどまでに悪しざまにののしられなければならないのか? 前者は江戸中期の「人国記」の記述。後者は昭和の時代に信金総合研究所がまとめた地域特性の研究報告書の一節だ。二つの文章の間には、ざっと250年の歳月がある。時代の流れを超えてなお、二つの播州人論は、なぜ、これほど似てしまうのだろう? 播州人を語るのに、悪口の例は事欠かない。既に本書で紹介したように、利己的、打算的、排他的・・・。あるいは、言葉が汚い、柄が悪い、気が荒い・・・。が、これらの言葉は、本当に播州人像を言い当てているのだろうか?よしんば思い当たるふしがあったとしても、それは播州人の本来の気質にゆえんするものなのか?企画「播磨気質」は、まさしくこうした疑問符の積み重ねから生まれたといえる。(中略) 全体を通じて、もっとも力を入れたのは「播州人よ、もっと自信を持とう!」「大国播磨の末裔として、胸を張って播州人と名乗ろうではないか!」という呼びかけである。その意味では、シリーズそのものが一種のキャンペーンであったと言えるが、実は第一部の掲載当初はビクビクものであった。「みな盗賊」「ダボ、ワレ」「あてがいぶち」「殿様商法」「腰くだけ」など刺激的な言葉の連続に「読者から反発の電話が殺到すのではないか」と本気で心配したものである。が、結果は予想に反して「なかなかおもしろい」「よう書けとる」との声をいただいた。連載途中には、播磨という地域の奥の深さ、とらえどころのない多様性に直面し、つい“腰くだけ”になりそうな時期もあったが、そんな時には「次のシリーズはまだか」「早く始めろ」と励ましの言葉まで数多く頂戴した。播磨の人々のおおらかさ、度量の広さのおかげで、完結できたようなものである。*********************************************************■2014.06.19播磨気質https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201406190001/
2025.09.28
コメント(0)

「内田樹の研究室」の内田先生が日々つづる言葉のなかで、自分にヒットするお言葉をホームページに残しておきます。最近は池田香代子さんや、関さんや、雨宮さんなどの言葉も取り入れています。(池田香代子さんは☆で、関さんは△で、雨宮さんは○で、池田信夫さんは▲、高野さんは■で、金子先生は★、田原さんは#、湯浅さんは〇、西加奈子さんは♪で区別します。今回表示分は*)*移民問題の本質*遠ざかる戦争の記憶・「内田樹論第三部」 のためのまえがき・ 勝ちに居着く・ 敗戦から80年・ 日本の現状と危機について ・沈む祖国を救うには・『知性について(仮題)』まえがき・これだけは確かなもの・兵庫県知事選とメディアの役割・自由の森学園創立40周年記念講演「教育と自由」・「パンとサーカス」解説・共感ベース社会の陥穽・死ぬってどういうことですか?・2024年度寺子屋ゼミのテーマは・箱根の温泉で感じた中国のリアル・『本の本』あとがき・「宗教の本領」とは何か?・『街場の米中論』を読んで・月刊日本インタビュー「ウクライナとパレスチナ」・高校生に言いたかったこと・宮﨑駿『君たちはどう生きるか』を観て・平川克美『「答えは出さない」という見識』(夜間飛行)書評・「怪物」公式パンフレット解説・白井さんと話したこと・3.11から学ぶこと・韓国の地方移住者たちに話したこと・生産性の高い社会のゆくすえ・ウクライナ危機と反抗・「生きづらさについて考える」単行本あとがき・「街場の米中論」まえがき・図書館の戦い・村上文学の意義について・統一教会、安倍国葬について他・安倍政治を総括する(目次全文はここ)(その79):『移民問題の本質』を追記2025-09-23 『移民問題の本質』より『クライテリオン』のために、藤井聡、柴山桂太の両先生と「脱移民」を主題に鼎談しました。その中の、僕の冒頭部分の発言だけ収録します。続きは本誌でどうぞ。 (中略) 外国人をめぐる議論は、人手が足りないとか、インバウンド・ツーリストが活発に消費するとか、もっぱら経済の問題として語られています。あとは不動産を取得しているとか、人種も言語も宗教も違う人間がたむろしていると不穏な感じがするといった感情レベルの話だけです。「言語も人種も宗教も生活文化も違う他者と共生するためにはどうしたらいいのか」という最も根本的な問題だけは誰も論じていない。 参政党の「日本人ファースト」という主張は剥き出しの「外国人排斥(xenophobia)」ですが、そこには「国際社会で名誉ある地位を得たい」という矜持のかけらもない。日本社会が不調なのはすべて「外から来る汚物」のせいだというの、19世紀末の近代反ユダヤ主義以来のきわめて危険な社会理論ですけれども、これに対して日本の有権者があれほど無防備であるところを見ると、日本人は幼児的なので、これ以上移民を入れる能力がないと言わざる得ない。 今回の特集テーマには「脱移民」という言葉がありますけれど、僕はこの言葉には留保をつけたい。移民の無原則な受け入れに僕が反対するのは、経済的な理由でも、政策的な理由でもなくて、端的に「日本人が幼児的だから」です。 このまま幼児的でいたいと日本人の過半が思うなら、例えば選択肢として「日本人には移民と共生できる能力がないから、移民を入れずに、同質性の高い〈日本人だけの国〉としてだんだん縮んでゆく」というものがあってもいい。国民の多くがそれを望むなら、そういう未来もあっても僕は仕方がないと思います。でも、それとは別に、「他者と共生できるだけの市民的成熟をめざす」という未来があってもいい。 でも、後の選択肢を選ぶためには「命がけの跳躍」が要ります。日本社会は伝統的に共感と同質性をベースにした「共感共同体」ですが、外国から来る人たちと共に暮らすためには「契約共同体」に制度を作り替えなければならない。共感もできないし、同質的でもない他者と、それにもかかわらず共生し、協働することができるためには、国をある種の契約共同体に切り替えるしかない。社会契約さえきちん守ってくれるなら、その人の人種も言語も宗教も生活習慣も「気にしない」という鷹揚な、というか「雑な」態度を取れる人間になるしかない。 そこまで共同体の概念を広げていかないと他者との共生はできません。どこかで契約共同体に切り替えない限り、人口の一〇%が外国人というような社会を平穏に維持することはできません。果たして、その覚悟が日本人にあるのだろうか。僕はその点についてはきわめて悲観的です。 2025-09-03『遠ざかる戦争の記憶』より 戦争の記憶がだんだん薄れてゆく。直接に戦争を経験した人たちがしだいに鬼籍に入り、戦争とはどんなものだったかを伝える言葉が届かなくなる。 私は1950年生まれなので、戦争を知らない。でも、父母たちは戦中派である。父は満州事変の年に満州に渡り、敗戦後1年して北京から帰ってきた。中国でどんな仕事をしていたのか、詳しくは語らなかったけれども、晩年に書いたエッセイに中国人の親日派を組織する宣撫工作にかかわっていたことが書いてあった。父の仕事仲間だった中国人たちは「私の友人であったという理由でみな殺された」という文章が痛ましかった。 もう一つ思い出すことがある。私が子どもの頃は暮れになると、どの家も国旗を掲げた。私の家でも年末になると父親が押し入れの奥から汚れた日の丸を取り出し、黄色と黒に塗り分けた竹竿をつないで、上に金のガラス玉をつけて玄関に国旗を掲げた。私は子どもだからその祝祭的な手順が好きだった。ある年、暮れになったので、父に「日の丸はいつ揚げるの?」と訊いたら、父が遠く見るような眼をして「もういいだろう」と言った。季節のイベントが一つなくなったので、私はずいぶん気落ちしたことを覚えている。 同じ頃に近所の家も日の丸を揚げなくなった。別に「国旗掲揚は軍国主義的だから止めろ」というようなことが言われるようになったからではないと思う。ずいぶん経ってから、それが1958,9年の出来事だったことを思い出した。そして「もういいだろう」という父の言葉に「大日本帝国の十三回忌も終わったことだし」というフレーズが続くのではないかということに思い至った。 明治の先人が築いた近代国家が無謀な戦争によって瓦解して、かつては世界五大国の一角を占めた帝国がアメリカの属国にまで零落したことに元「帝国臣民」たちは傷つき、それを恥じたのだと思う。でも、戦後13年くらいが経った頃に、もう過去の栄光を振り返ることは止めて、日本国憲法の下で平和で民主的な国家を築こう、そう決意したのだと思う。でも、彼らの心の傷も、未来の日本への期待も、もう語り伝える人がいなくなってきた。(AERA 8月15日)以降の全文は内田先生かく語りき62による。内田先生かく語りき78
2025.09.27
コメント(0)

図書館で『筋トレと栄養の科学』という本を、手にしたのです。現在行っている筋トレの出来が滞っているので・・・チョイスした次第です。*********************************************************【筋トレと栄養の科学】坂詰真二著、新星出版社、2015年刊<「BOOK」データベース>より筋肉を1kg増やすと1年で2.5㎏やせる!筋トレ時に糖質制限はNG!すぐに始められる筋トレ法&食事メニューも紹介。 <読む前の大使寸評>追って記入rakuten筋トレと栄養の科学「正しい筋トレ方法を科学する」で効率的な筋トレが語られているので、見てみましょう。P53~55<実践編01:筋トレの負荷は、重すぎても軽すぎてもダメ。6~12回で限界の負荷がべすと> 筋トレは、負荷の設定次第で効果が大きく変わります。筋肉を効率的に大きくしたいなら、一度に6回から12回しか反復できない負荷がベストです。 筋トレの負荷の設定には、1RMという単位が用いられます。RMとは「Repetition Maximum」の頭文字をとったもの。和訳では「最大反復回数」であり、1RMとは1回しかできない負荷を意味します。 効率的に筋肥大させるには、経験的に1RMの70~85%くらいの負荷を選ぶのが最適だとわかっています。70%は12回しか、85%は6回しか反復できない負荷です。 12回より多くできる軽い負荷では、筋持久力のトレーニングに、そして6回未満の重い負荷では最大筋力を高めるトレーニングになるのです。 1RMの70~85%というとかなりの負荷です。なぜこれほどの負荷が必要かというと、それは筋肉が遅筋繊維と速筋繊維から構成されているからです。 繰り返し触れているように筋肉には筋繊維からなり、筋繊維には持久力に優れた遅筋繊維と瞬発力に優れた速筋繊維があります。このうち、筋トレを行うと太くなりやすいのは速筋です。 通勤や家事といった 日常生活では、筋肉の持っているポテンシャル、つまり1RMの30%未満ですべてがまかなえています。言い換えると日常生活で使っている筋繊維は大半が遅筋なのです。 遅筋だけをいつまでも使っていても、思ったような筋肥大は起こりません。 そこで大切なのが、筋トレによる負荷の上乗せというわけです。 一度に6回から12回しか反復できないまで負荷を上げると、非力な遅筋では耐えられなくなります。そこからは、力持ちの速筋の出番。このように遅筋→速筋という順番で多くの筋繊維が動員されるしくみをリクルートメントといいます。リクルートメントが起こるとようやく速筋に刺激が入り、筋肥大がスタートするのです。 ただし負荷が重いとフォームが崩れやすくリスクも上がります。少し余力を残しても効果はあまり変わらないので、14回しかできない重さで12回から開始して徐々に負荷を上げ、最大でも8回しか反復できない重さで6回行うことをおすすめします。
2025.09.26
コメント(2)

図書館で『場末のシネマパラダイス』という本を、手にしたのです。カーボンアーク式映写機でフィルム映画を上映してきた映画館がアナログで興味深いので・・・チョイスした次第です。*********************************************************【場末のシネマパラダイス】田村優子著、筑摩書房、2021年刊<出版社>より福島の田舎町にある、本宮映画劇場。築100年を超える。現在は不定期で上映会を開くが、かつて日本映画全盛期にはたくさんの作品や実演をかけてきた。都会では知られていない珍品のポスターや、いまや極めてめずらしいカーボンアーク式映写機が稼働する。まさに奇跡の映画館といえる。ここに残る貴重な資料を多数の図版で見せながら、田舎の映画館のしられざる歴史をたどる。 <読む前の大使寸評>カーボンアーク式映写機でフィルム映画を上映してきた映画館がアナログで興味深いので・・・チョイスした次第です。rakuten場末のシネマパラダイス「第一部 素晴らしき哉、映画館!」で映画ポスターについて語られているので、見てみましょう。P8~11<ポスターあっての映画館>「劇場にポスター貼ってあっと、現役の映画館みたいだばい。なんにも貼ってないとさみしくて、つぶれた映画館みたいになっちゃうの。ポスター貼ってあっと、生き生きすんだ」 父がよくいう言葉に同感するわたし。ちなみに「だばい」は相手に同意を求めるときの方言。「でしょう」くらいのニュアンス。本宮ではよく使う。 劇場はずっと生きている。気づけば、わたしもポスターが好きで、長年ひそかに集めている。マニアではないので、父同様に画鋲でがしがし貼っちゃうし、額に入れるのも正直あまり好きではない。多少雑にあつかい、劇場に貼るのが一番だなと思っている。 当劇場にポスターが残る映画を実際に名画座などで観ることが、わたしの今の楽しみ。 うちには常設館時代のものや、休館後も父が集めた膨大なポスターがある。いまだその全貌がつかめていない。 子どものころから劇場は営業しているわけではなくても、いつもポスターが貼ってあった。そしてよく貼り替えられているのだ。それは、今でも変わらずに。 なんだろう、この映画? なんだろう、これ? 高校生のころかな? 以前ほど劇場には足をふみいれなくなっていたが、自宅にポスターがある場所を見つけた。 ピンク映画のポスター、いろんな映画のポスターがたくさんあって、「わー、これへんなデザイン~」「なんだこのタイトルは?」「名器?」 なんてときどきそのポスターを見ては一人こっそりと楽しんでいた。 女子高生のわたしは「久保新二」や「谷ナオミ」なんて役者名を自然と憶えてしまった。数年前に東京で今も元気いっぱいの 久保新二と出会った。そからは劇場にも来ていただいたり、お茶をしたり・・・、ポスターの文字のうえの人物が身近な存在となり、ものすごく不思議な気持がしている。 2012年にWebちくま連載「独居老人スタイル」の取材で、都築響一さんが本宮へ来てくれた。わたしがフードスタイルリストの仕事でお世話になっていた元サントリーの井上真理さんが、父と劇場のことに早くから興味をもってくれて、都築さんに紹介してくれたのだ。(中略) その後、都築さんのおかげもあって知り合いも増えて、2013年に浅草のイベント「アサクサ・コレクション」に参加することになった。ちょうど、浅草から映画館がなくなったばかりでもあったので、かつて映画館で賑わった浅草でポスター展示することは、意義があるかもしれない。うちみたいな田舎の映画館が浅草でポスター展示なんてすごいことではないかとも思ったのである。 さて、どんなポスターがいいかなあ?とさっそく父に相談すると、「東京は洗練されたフルイポスターはいっぱいあっから、泥くさい、田舎っぽい、場末っぽいポスターがいい」 と、今まで父がひそかに隠し持っていたポスターをいろいろ出してきてくれた。それを見たときは驚いた。 うさんくさいポスターの数々。『場末のシネマパラダイス』1
2025.09.25
コメント(0)

『浮世絵に見る江戸の食卓』 という本に、にぎり寿司、天ぷら、うなぎ、蕎麦などが載っているが、これにラーメンを加えたら世界に冠たる日本料理ではないか・・・ということで、以下のとおり復刻して紹介します。*********************************************************図書館で『浮世絵に見る江戸の食卓』という本を手にしたが・・・にぎり寿司、天ぷら、うなぎ、蕎麦など現代でも愛される食文化が江戸時代に確立していたことがすごいと思うわけでおます。【浮世絵に見る江戸の食卓】林綾野著、美術出版社、2014年刊年刊<商品説明>より食のシーンは、浮世絵の世界に度々描かれてきました。鰹の初売り、夏の白玉、雪中の蕎麦屋など。そこには今もなお受け継がれる食文化があり、また失われてしまった食習慣に気づくこともあります。食を描いた浮世絵を紐解きつつ、そのレシピも紹介する一冊。<読む前の大使寸評>にぎり寿司、天ぷら、うなぎ、蕎麦など現代でも愛される食文化が江戸時代に確立していたことがすごいと思うわけでおます。rakuten浮世絵に見る江戸の食卓《園中八撰花 松》屋台で普及した、「天麩羅」を見てみましょう。p30~31<天麩羅> 今まさに食べようとしているのは、海老の天麩羅。くるっとまるまった形、衣の下にうっすら赤い海老の色が透けて見える。尻尾は落とし、薄めの衣で揚げた天麩羅だ。奥には汁を入れた青い器が見える。 天麩羅は、寛永元年に出された、36種の献立を紹介する『歌仙の組糸』に作り方が記されている。魚介に小麦粉と玉子を練った衣をつけ、油で揚げるという方法は今とあまり変わらない。『守貞マン稿』によると具材は「あなご、芝ゑび、こはだ、貝の柱、するめ」など。 魚介を揚げたものを天麩羅と呼び、野菜を揚げたものは、野菜揚げ、精進揚げなどと呼ばれた。国芳がこの絵を描いた頃、天麩羅はすっかり江戸の屋台料理で定番となっていた。 火事の多い江戸では、室内で油を使うことは禁じられていたため、屋台でまずは普及し、値段も安かった。蕎麦屋で蕎麦が一杯十六文、そこに芝海老の天麩羅を3、4つのせると三十二文。江戸の屋台や蕎麦屋で天麩羅は気軽な食べ物として親しまれたのだ《源氏雲浮世画合 桜丸女房八重》お次は家庭料理でもある白和えを見てみましょう。p68<すり鉢の恩恵 濃厚な江戸の白和え> 歌舞伎『菅原伝授手習鑑』の1シーンを描いたこの絵では、大きなすり鉢とすりこぎが存在感を放つ。桜丸の妻である八重は、ある祝宴のためにこれから料理の腕を振るうところである。微笑みながらすりこぎを手にする姿は、「さあ、これから料理しよう」という気負いを感じさせる。 江戸時代、丹波焼や堺の湊焼など、丈夫なすり鉢が出回るようになり、庶民にも普及し、料理の幅がぐっと広がった。豆腐、味噌、胡麻、それぞれをすり鉢でする白和えは、江戸で親しまれた豆腐料理のひとつ。『豆腐百珍続編』にも登場し、魚介類を和える調理法が紹介されている。普段の食材に、もう一手間かけるだけでできる気の利いた一品である。『浮世絵に見る江戸の食卓』1*********************************************************■2018.11.04『浮世絵に見る江戸の食卓』 https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201811040000/
2025.09.24
コメント(0)

挿絵とか挿絵本が好きなので・・・『アール・デコの挿絵本』という本を,もう一度復刻して読み返してみようと思ったのです。*********************************************************挿絵とか挿絵本が好きなので・・・『アール・デコの挿絵本』という本を復刻して読み返してみようと思ったのです。*********************************************************図書館で『アール・デコの挿絵本』という本を手にしたが・・・版画と造本に触れていて、大使のツボをクリーンヒットしているのです。それになにより、彩色挿絵の頁が多くて、きれいな本になっています。【アール・デコの挿絵本】鹿島茂著、東京美術、2015年刊<商品の説明>より■1920年代前後に登場したアール・デコの豪華挿絵本は、モード・ジャーナリスム隆盛を背景に、優れたイラストレーターや版画職人、裕福な購買層に支えられ、手間暇かけて少部数出版されたため、今日では稀覯本としてコレクター垂涎の的となっている。 ■本書は、イラスト、活字組版、複製技術、アート・ディレクションが一体となって生まれる総合芸術の魅力を、さながら実際にページを繰るがごとく、表紙から奥付まで、造本上の部位毎に項目をたて、役割や特色を、名作から厳選した実例を添えて解説。また、バルビエ、マルティ、マルタン、ルパップの挿絵本の中から、その世界観をじっくり味わえる傑作をテーマ別に多数紹介。 <読む前の大使寸評>版画と造本に触れていて、大使のツボをクリーンヒットしているのです。それになにより、彩色挿絵の頁が多くて、きれいな本になっています。Amazonアール・デコの挿絵本挿絵本といえば版画との関係が深いが、そのあたりにふれたところを見てみましょう。<ポショワールと板目木版>よりp92~94 アール・デコの挿絵本を支えた二つの版画技術ポショワールと板目木版。一流のイラストレーターと卓越した技術をもつ職人との幸福な出会いが、後世まで語り継がれる見事な挿絵を生み出した。■ポショワール 現代のように写真製版によって、原画を複製する技術が未熟だった20世紀初め、一流のイラストレーターたちが多用したのがポショワール技法だった。版画職人ジャン・ソデによって完成されたこの技術によって、鮮やかな色彩表現となめらかで均一な彩色が可能となった。■板目木版 木材を縦割りにした板を使う板目木版は、木目を効果的に生かして、シンプルながら大胆な表現が可能な版画技法。1922年、ジョルジュ・バルビエが初めて板目木版による複製技法で制作した『チビリスの歌』は、浮世絵の研究によって独自の技術を開発した彫り師であり刷り師のF=L・シュミットの手によって、造本芸術史上に残る大傑作となった。この本でもジョルジュ・バルビエの挿絵を多数紹介しているけど・・・ええでぇ♪ネットでジョルジュ・バルビエの画像を探してみました。ジョルジュ・バルビエの画像よりネットで、この本の著者・鹿島茂氏によるトークイベントを見つけたのです。2015/6/17稀代のブックコレクター鹿島茂氏が本を「解体」してまで見せたかった! アール・デコ挿絵本の美より2015年5月20日(水) 代官山 蔦屋書店にて、『アール・デコの挿絵本: ブックデザインの誕生』(東京美術)の刊行を記念して、著者のフランス文学者でブックコレクターの鹿島茂氏によるトークイベントが開催された。『アール・デコの挿絵本: ブックデザインの誕生』は、鹿島氏が所有する古書コレクションを例に、20世紀初頭のアール・デコ期につくられた豪華な挿絵本の楽しみ方を案内する一冊だ。本トークイベントでは、鹿島氏が新刊のテーマでもあるアール・デコの挿絵本の特徴と誕生の経緯を、日本の出版文化と比較しながら紹介した。<貴重な『アール・デコの挿絵本』を徹底解体!?> アール・デコとは、1910年代から30年代にかけてフランスを中心に世界的に流行した、装飾美術のスタイルのこと。この時代は、数々の上質の挿絵本が生まれた頃でもある。鹿島氏はこれまで、練馬区立美術館で2011年から2013年まで3回、「鹿島茂コレクション」として、30年以上にわたって収集してきた挿絵本や版画の展覧会を行ってきたが、そのうち2012年と2013年はアール・デコに特化していた。今回の書籍の刊行は、過去の展覧会での「限界」が発端だったという。「ケースに入れて本を展示するので、表紙を見せるか中の本文を見せるかの、どちらか一つしかなかったのです。既にボロボロになった本を数冊だけ、泣く泣く解体して展示しました。でも本のコレクターとしては、できればそれはやりたくない。しかし、こんなに美しい挿絵本を、全ページ見せたい。なんとかならないかなと思って作ったのが、この本なのです」(鹿島氏)こうした経緯から本書は、ヴァーチャルな「徹底解体」を行った。つまり、挿絵本の複数ページを掲載することで、読者がさながら挿絵本を手にするような感覚で読めるように編集されている。表紙やジャケットから始まり、次に見返し、フォ・ティトル(仮扉)、フロンティスピス(口絵)、オール・テクスト(別丁の挿絵)、ヴィニェット(文字と組み込んだ小さな挿絵)、キュ・ド・ランプ(章末および巻末の空白部を埋める小さな挿絵)、巻末目次、限定部数を示したジュスティフィカシオン・デュ・ティラージュ(限定刷り詳細)と、アール・デコの挿絵本の構造を理解することができる。*********************************************************■2023年06月30日『アール・デコの挿絵本』(復刻)https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202306300001/
2025.09.23
コメント(0)

ベン・シャーンの線描がええでえ♪ということで、以下のとおり復刻してながめてみようと思い立ったということです。*********************************************************図書館に予約していた『ベン・シャーンを追いかけて』という本をゲットしたのです。大使としては、ベン・シャーンの個性的な線描に惹かれているのだが・・・ベン・シャーンが、ことのほか日本と韓国で愛されていることに驚いた次第です。【ベン・シャーンを追いかけて】永田浩三著、大月書店、2014年刊<「BOOK」データベース>より 1898年に生まれ、1969年に亡くなったベン・シャーン。激動の二〇世紀を疾走したこの画家は、絵画だけでなく、壁画、写真、レコードジャケット、ポスター、舞台芸術で大きな業績を残し、さまざまな社会問題も描いた。『W・P・A・サンデー』『幼かりし日の自画像』『解放』『寓意』『ラッキードラゴン』『美しきものすべて』…。これらの作品に、わたしたちは物語を呼び起こされ、そして自分の人生を重ね合わせる。ベン・シャーンの絵は、なぜわたしたちをひきつけてやまないのか。その答えを探しに、ゆかりの地を訪ね歩いた。【目次】第1章 故郷リトアニア、そしてアウシュビッツ第2章 ヨーロッパで見つけたもの第3章 アメリカのアート・ジャーナリスト第4章 世の不公正にあらがう第5章 ベン・シャーンとヒロシマ第6章 抵抗の画家と韓国を結ぶもの第7章 ベン・シャーンを愛する国、日本<大使寸評>大使としては、ベン・シャーンの個性的な線描に惹かれているのだが・・・ベン・シャーンが、ことのほか日本と韓国で愛されていることに驚いた次第です。<図書館予約:(8/17予約、8/22受取)>rakutenベン・シャーンを追いかけて線描画に注目して、この本を借りたのであるが、この本は読みどころが多いので(その2)として、読み進めます。ベン・シャーンの家族について見てみましょう。<シャーンの息子>p145~148 5月25日。ついにニュージャージー州ローズヴェルト市のジョナサンさんの家を訪ねることになった。画家のYUKAKOさんがエスコートしてくれる。ちょうど町では、ジョナサンさんの個展が開かれていた。テーマは壁と希望。今回のわたしの旅とも重なる。囲われた空間にぽつんと人間が頭をのぞかせる。天井からわずかな光が差し込む。あらあらしい鑿跡が残る人間の首。どこかひょうきんだが、ゆるぎない意志があふれている。堂々としているというのは、こういう作品をいうのだろう。日本の彫刻家・船越圭さんとも通じるが、もう少しあたたかい気がする。 ローズベルト・パブリックスクールの体育館。ここにベン・シャーンの壁画が残っている。画面左上には、サッコとヴァンゼッティの亡骸がある。二人の亡骸の下に自由の女神が小さく立っており、左には亀裂が走っている。自由・平等・博愛という精神はどこへ行ってしまったのか。ベン・シャーンの怒りがそこにある。 その下には暗い船倉がある。かれらは船に乗って大西洋を渡り、アメリカにやってきた。入国審査のためには胸には番号のついたタグがついている。最前列には見覚えのある人物が。そうアインシュタインだ。かれもまた、ナチスに追われて新大陸に逃れた。1933年、ローズヴェルト大統領がニューディール政策を発表した年だ。アインシュタインは、1910年以降、くりかえしノーベル物理学賞の候補となったが、「ユダヤ人による相対性理論」などという差別的な批判にさらされ、受賞を阻まれつづけた。22年にようやく受賞したが、相対性理論ではなく、光電効果が受賞理由であった。アインシュタインは、差別・迫害を受けている研究者への支援を惜しまなかった。(中略) 壁画の真ん中には、縫製工場。ミシンが並び、衣服をつくる。洗濯屋としてアイロンをかける。そして労働運動。差別撤廃を求めて移民たちが立ち上がった。右は、新しい町づくり。現在のローズヴェルト市は、かつてはジャージー・ホームステッズと言い、ユダヤ人のコミュニティが形成された。人びとは暮らしやすい町を自分たちの手でつくろうとさまざまな提案をし実現させた。ベン・シャーンはこの町の議会議員を無償で3年努めたことがあった。 ローズヴェルトが亡くなったあと、人びとは大統領を顕彰して、町の名前をローズヴェルト市に改めた。市内に大統領の銅像も立った。つくったのはジョナサンさん。除幕式には父と息子が並び、ローズヴェルト夫人が出席した。<シャーンの息子>p151 車で10分のところにジョナサンさんのアトリエがあった。まるで自動車修理工場のようだ。たくさんの彫刻や道具が並ぶ。机のまわりにはたくさんの切り抜き写真が、ピンで留めてあった。アイデアを得るためだという。これは父ベン・シャーンのやり方から学んだものだ。 ジョナサンさんは言った。「父の本名はベンジャミン。しかし、若いころからベンと名乗り、終生ベン・シャーンで通しました。父はどんなメディアにも興味を示したひとです。アイディアをさまざまに生かす。まさにマルチメディアのアーティストだったと思います。わたしも新しい作品をつくりだすために、父と同じようなことをします。 ローズヴェルト大統領が亡くなったとき、銅像をつくろうということになりました。父が、若い有望な作家がいるといって推薦したのが、わたしでした。父は読書家で、語学も何ヶ国語もあやつりました。わたしが大人になるころは、すでにからだを壊していて、ベッドで寝ていることが多かった。わたしは、新聞を読んでいる父のことが強烈に印象にあったので、それを作品にしました」 あおむけに寝そべりながら、新聞を読むベン・シャーン。知性と意志の強さがにじみ出ている。年齢はまさにいまのジョナサンさんと同じころだ。二人はほんとうによく似ている。作品には、父への畏敬と愛おしさがあふれていた。ベン・シャーンに影響を受けた日本人アーティストについて見てみましょう。<焼津出身の画家たち、そして>p264~266 シャーンはパリ画壇になじめず、イタリア・ルネサンスのジオットによって救われた。有元利夫にも、それと同じような啓示が訪れたのではないだろうか。 有元利夫を尊敬する彫刻家に舟越桂さんがいる。有元の絵と通じるものがある。肉体はぼってりしていて不均衡だが、人間の精神というものがたしかにある。舟越さんの彫刻作品は、だれかに似ていた。そう、ベン・シャーンの息子ジョナサンさんの彫刻だ。ベン・シャーン、有元利夫、舟越桂、そしてジョナサン・シャーン。四人が連なる魂のリレーのようなものをわたしは感じた。 小林敏也さんは焼津の出身。そして、もうひとり焼津を故郷とするアーティストがいる。2005年に踏切事故で亡くなった、石田徹也である。飛行機と合体して飛べなくなったひと、男子トイレの便器になったひと、階段になったひと、まるでガソリンを給油するような食事をするひとたち・・・・。独自の画風で、いま若者たちから熱い指示を集める。 父親は議員を務め、平和運動にも熱心だった。小学2年生のとき、親に頼んで、東京の夢の島に行った。そこには第5福竜丸が展示されていた。そのときの印象を、石田は作文コンクールに出し、入選した。「まっしろ船君」という題の作文。「なぜ 人間どうし、水バクをつかって、ころし合うのかと思います。ぜったい、水バクを、つかってはいやだと、思います」と書いた。 小学校5年生のとき、クラスの旗を描いた。そのデザインは、がっちり手を握るもの。ベン・シャーンそのものだった。 自己紹介にも、「出身地、ラッキードラゴンに接してきた。ベン・シャーンのような、絵かきになりたいと思っていた」と書いた。武蔵野美術大学に進んだ石田は、ベン・シャーンを強く意識した絵を描いた。(中略) 亡くなる前、石田はこんな言葉を残している。【聖者のような芸術家に強くひかれる。「一筆一筆描くたびに世界が救われていく」と信じ込んだり、「羊の顔の中に全ての人類の痛みを聞いた」りするような人達のことだ。】ラッキードラゴン線描画の達人たちより『ベン・シャーンを追いかけて』1*********************************************************■2015.09.05ベン・シャーンを追いかけて2https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201509050000/
2025.09.22
コメント(0)

このところ、蒸し暑い日が続いたが「暑さ寒さも彼岸まで」ということで、やや涼しくなりそうですね。彼岸花をまだ見ていないが、今年の開花は遅れているようです。なお、今年2025年の秋分の日は、23日になっているとのことです。**********************************************************************<二十四節季の秋分に注目>早朝に散歩する太子であるが、南東の空に月と金星が見えるのです。ちょうど三日月の内側に金星が位置しているが、これって中東諸国が好むマークではないか。また、このマークは春分と関係があるのではないか?『日本のならわしとしきたり』という蔵書に二十四節季の記事があることを思い出したのです。【日本のならわしとしきたり】ムック、 徳間書店、2012年刊<内容紹介>ありふれたムック本ということなのか、ネットにはデータがありません。<大使寸評>とにかく「今日は二十四節季でいえば、何になるか♪」を知りたいロボジーにとって、座右の書となるでしょう♪Amazon日本のならわしとしきたりこの本で、秋分のあたりを見てみましょう。和暦p24<秋分>太陽が真東から昇り、真西(西方浄土)に沈む日 秋分は、現行暦では9月23日ころから始まる15日間の節である。秋分に入る当日が「秋分の日」となり、国民の祝日になっている。秋分節季の期間は秋分の日から次節「寒露」の前日までである。 ちなみに、春分の日と秋分の日は共に「彼岸の中日」にあたる。 彼岸は雑節のひとつで、春分の日と秋分の日を中日として前後に各3日ある。つまり、春秋の彼岸は各7日間あり、「彼岸」は年間合計で14日間であることになる。この期間に行う仏事が彼岸会であり、最初の日は「彼岸の入り」、最後の日は「彼岸明け」と呼ばれている。 「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉があるが、春秋両彼岸に適応した言葉となっている。 また、『暦便覧』に「陰陽の中分なれば也」と説明があるためか、秋分の日は昼夜の時間がほぼ同じと思われてきたが、実際には昼のほうが約14分長いという科学的な裏付けがあるという。 秋分の期間の七十二候には、次のものがある。 初候「雷乃収声(かみなりすなわちこえをおさむ)」雷が鳴り響かなくなる。 次候「蟄虫ふさぐ戸(むしかくれてとをふさぐ)」虫が土中に掘った穴をふさぐ。 末候「水始涸(みずはじめてかるる)」田畑の水を干し始める、がある。 西洋占星術では、秋分の日が天秤宮(てんびん座)の始まりとなっている。*********************************************************<ゲリラ雷雨発生中>テレビを点ければ、北関東などに ゲリラ雷雨発生中とあり・・・・先日、神戸でも落雷で体が揺れたことがあったので、他人事とは思えないのです。特に昨今では、落雷はさることながら浸水被害が凄くて、日本の都市インフラはこれら浸水被害には、お手上げであり、まったくまいった赦して、である。これら不具合の元凶は、すべて日本近海の夏場の異常な温度上昇が災いしているわけで・・・気象庁やテレビ報道を非難してもダメで、土嚢を準備するのが有効のようです。ただただ秋の到来を待つしかないのである。北関東での134mm/hrの雨量では、下水道の内水氾濫が発生したようです。都会での豪雨、雷雨があれば・・・もう都会のインフラが耐えられないということなんだろう。日本の気候は亜熱帯に変わったようであるが、強い湿気があるので亜熱帯より暮らしにくいのでは?二十四節季の処暑に注目(復刻)*********************************************************■2022.08.07『二十四節季の秋分に注目』(復刻2)https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202208070003/
2025.09.21
コメント(0)

図書館で『場末のシネマパラダイス』という本を、手にしたのです。カーボンアーク式映写機でフィルム映画を上映してきた映画館がアナログで興味深いので・・・チョイスした次第です。*********************************************************【場末のシネマパラダイス】田村優子著、筑摩書房、2021年刊<出版社>より福島の田舎町にある、本宮映画劇場。築100年を超える。現在は不定期で上映会を開くが、かつて日本映画全盛期にはたくさんの作品や実演をかけてきた。都会では知られていない珍品のポスターや、いまや極めてめずらしいカーボンアーク式映写機が稼働する。まさに奇跡の映画館といえる。ここに残る貴重な資料を多数の図版で見せながら、田舎の映画館のしられざる歴史をたどる。 <読む前の大使寸評>カーボンアーク式映写機でフィルム映画を上映してきた映画館がアナログで興味深いので・・・チョイスした次第です。rakuten場末のシネマパラダイスまず、「プロローグ」で本宮映画劇場の概要が述べられているので、見てみましょう。P2~4<プロローグ> 福島県宮本市にある町の映画館が、わたしの実家。自宅から50メートルほど離れた場所に本宮映画劇場がある。築100年をゆうに超えている建物だ。いつもはひっそりとしているが、日本で唯一、カーボン式映写機(カーボンアーク式映写機)がいつでも稼働するところ。不定期で上映会を開催したり、ときには見学者のために少しだけ上映してみせる、ちょっと変わった現役の映画館。 本宮映画劇は場新作映画を真っ先に上映する「封切館」でもなければ、いわゆる「名画座」というわけでもない田舎町の映画館だった。「場末の映画館」といった方がしっくりくるかな。 わが町は福島県中通り、東北新幹線郡山駅まで東京から1時間ちょっと、そこで東北本線に乗り換えて、福島方面北へ三つ目の本宮駅が玄関となる。 日本映画の全盛期、映画会社は新作を毎週封切ると、以降、下番館といわれる全国津々浦々の映画館にフィルムを貸し出していった。フィルムが回るルートは番線と呼ばれ、順に映画館には〇〇番館という番号名がふりわけられた。 本宮市が安達郡本宮町であったころ、当劇場は終点から二番目だった。フィルムの終点はさらに田舎の映画館。宅配便もなく、ネット配信など空想もしなかった時代のこと。 列車で運ばれて届いたフィルムを駅まで行って受け取る。 映画が封切られてから時間がたち、ぼろぼろのフィルムがやってくる。戦後派とくにフィルムの材質が悪かったため、上映途中にトラブルが発生しないように、フィルムの点検は念入りにしたりしなかったり。おかげで田舎の映写技師の腕前はドンドン上達していった。 いざ上映開始! お正月封切の映画も、当劇場で上映するのは夏も近づくころ。観ている側は半袖なのに、スタアはオーバーを着て吐く息が白い。夏の封切映画の場合、本宮町には雪が降り積もり、ダルマストーブが燃えているいるのに、スクリーンではスタアが水着で登場している。 番線のラスト二番目だったので、封切から約半年遅れての上映ということが平常状態だったわけである。 フィルム点検の結果、ラブシーンが話題の映画で肝心のラブシーンがなくなっていても驚かない。あちこちの映画館で、切れたところをつないでいくうちに90分の映画が80分になっていたりすることもしばしば。季節感がずれていようと、内容が飛んでいようと、不思議とお客さんからの苦情は少なかった。これが田舎の映画館の姿。 本宮映画劇場には、古い映画の資料や物が残っている。正直、どれほどの歴史的価値があるのか判断がつかないが、他には存在しない成人映画のフィルムもあって、それがメディアに取り上げられたりもする。そのためピンク専門の成人映画館だったと勘違いされることも。 そんなときでも、父はいちいち訂正するでもなく、「他人はそこまで気にしねばい」と、いつもの本宮弁で飄々としたもの。わたしも「外壁もピンク色だし、まっ、いいか」と笑ってしまう。
2025.09.19
コメント(0)

図書館で『発酵文化人類学』という本を、手にしたのです。私はブルガリアのヨーグルトが好きなんだが・・・ブルガリアの文化人類学者が来日した際、日本に溢れるたくさんのヨーグルトの種類に驚いたそうです。この本にもなんだかそんな驚きが溢れているようです♪*********************************************************【発酵文化人類学】 小倉ヒラク著、KADOKAWA 、2020年刊<「BOOK」データベース>より味噌、醤油、ヨーグルト、日本酒、ワインなど、世界中にある発酵食品。著者はあるきっかけで“発酵”に魅せられ、日本だけでなく世界各地に伝承された美味なる食品を求めて旅をした。発酵の仕組みや人間と微生物との関わりを学ぶ中で発見したのは、発酵には未来と過去があり、“微生物と人間の共存”は社会を見直すキーワードそのものだったということ。生物学、哲学、芸術、文化人類学などの専門用語を平易に解説。 <読む前の大使寸評>追って記入rakuten発酵文化人類学「はじめに」で発酵文化人類学とは何か が語られているので、見てみましょう。P7~10<はじめに 発酵をめぐる冒険に、いざ出発!> 皆様はじめまして。発酵デザイナーの小倉ヒラクです。「発酵デザイナー? いったいナニモノ?」 まあそうなりますよね。 僕は、目に見えない微生物の世界のナビゲーター。不断意識しないけれど、実は僕たちの暮らしを支えている発酵菌たちのエヴァンジェリスト(伝道師)として、日本はもちろん世界の東西南北あちこちを巡りながら、世界中で育まれた不思議な発酵文化を皆さまに伝える仕事をしているのです。「 伝えるだって? どんな風に?」 そのためにこの本があるのだ! 昨今、CMや雑誌の特集でよく見かける「発酵」というキーワード。一般的には「美味しい」「健康にいい」と実利的な側面で語られることが多いけれど、実は文化的に紐解いてみるともっと奥深い魅力を発見することができます。 例えば。身近な発酵食品である味噌を紐解けば、アナタが住む土地の歴史が明らかになる。あるいは、ヨーグルトがなぜ健康に良いのかを調べると、ミクロの生命の秘密が見えてくる。「発酵のひみつ」をひとたび知れば、見えないはずの微生物たちと友だちになれる。「微生物の視点」を借りれば、この社会のカタチが今までと違って見える。 この本を読めば、発酵の仕組みがなんとなくわかるのはもちろん、微生物と人間の関わり、僕たちが長年培ってきた暮らしの文化の奥深さ、日本人がどのように「見えない自然と向かい合ってきたのか」というスタンスそして美味しさや美しさを感じる人間の認知システムのカラクリなど、色んな「ひみつ」が見えてくる。 文化の本質は隠されている。目に見えない自然のシンボルである微生物たちは、隠された「ひみつ」をこっそり教えてくれるメッセンジャー。 微生物の目線で社会を見てみよう。そこには「ホモ・ファーメンタム(発酵するヒト)」が愉快に食卓を囲んでいる姿が見えるはずだ。<発酵文化人類学とは何か?> それでは本編を始める前に、本書のタイトルにもなっている「発酵文化人類学」の定義をしたいと思います(なぜなら僕が勝手につくった造語だからね!) 大学時代に僕が学んでいたのは、文化人類学。10代の終わり頃からバックパックをかついで世界中あちこち旅して、色んな文化を見て回るのにハマっていました。そんなバックパッカー少年にとって、文化人類学は「なぜ世界にはこんなにもたくさんの文化があるのか」という疑問に答えてくれる学問だったのですね。 僻地にせっせと足を運んで宝飾品や器を集めたり、祭りや入れ墨や建築の細かい特徴を写し取ってコレクションにしたり。旅が終わったら文化人類学書斎に戻ってきて、素材を分類して分析し、具体的なオブジェやモチーフの裏に潜む「文化のひみつ」をあぶり出す・・・という文化人類学者の姿は、バックパッカーやってモラトリアムを満喫していた時分を勇気づけてくれる憧れの存在でした。 そして時は流れ、僕はデザイナー兼発酵研究家という不思議な仕事をするようになり、僻地にせっせと足を運び、お味噌だのお酒だの、醸造用の道具だの、蔵の土壁のかけらだのをせっせと収集し、自宅に持ち帰った素材を顕微鏡で覗き込みながら日夜微生物の世界の研究に没頭するようになっていました。「あれっ・・・なんかこれって大学時代に夢中だった文化人類学の研究に似ているぞ?」と気づいた瞬間に「発酵+文化人類学」という発想が浮かんだんですね。普通だったら絶対に交わらないはずの線がつながってしまった。しかしだ。考えてみれば発酵の道も文化人類学の道もそれぞれ「交わらないはずの線がつながった学問」だと言えるのですね。
2025.09.18
コメント(0)

サン=テグジュペリといえば「星の王子さま」となるが、サハラ砂漠に落ちたサン=テグジュペリのサバイバルがええわけで・・・・以下のとおり復刻して紹介します♪ *********************************************************サン=テグジュペリがいいというか・・・砂漠と飛行機という取り合わせが好きなわけです。「サン=テクジュペリ 伝説の愛」という本を図書館で借りたこの際、サン=テグジュペリについて、集めてみました。・星の王子さまへの旅・Le Petit Prince・砂漠で渇きを癒す井戸・サン=テクジュペリ 伝説の愛 <星の王子さまへの旅>「星の王子さまへの旅」という素敵な本を図書館で借りて読んでいるが・・・西サハラのカップジュビーという辺鄙な町で、27歳のサン=テクジュペリは飛行場長として1年半暮らしたそうです。この本のp140~156から抜粋して紹介します。 彼がサン=テクジュペリと交流があったのは11歳の頃のことだ。最初は彼の記憶が信用できるものかどうか不安もあったが、老人の確かな受け答えに、信用に足るものだという確信が湧いてきた。「アントワーヌ・サン=テクジュペリ。勿論覚えているさ。彼はとっても上手なパイロットだった。昼間は空の上を飛んでいて、夜になると着陸する。だから、私たち砂漠の人間は彼を“夜のパイロット”と呼んでいた」老人は記憶の糸を手繰り寄せながら、ひとつひとつサン=テクジュペリの思い出を語っていく。「よく、村人を飛行機に乗せて村の上を旋回してくれた。私も乗せてもらったことがある。それで、私も彼に憧れて、大人になってからカナリア諸島の飛行場に勤めることにしたんだ」時間が言葉とともに、ゆっくり逆行していくのを感ずる。「あるとき、村人を乗せて砂漠に不時着したことがあった。彼は壊れた飛行機を修理して何とか戻ってきた。一緒にいた村人はスペインの執政官に言った『この人は偉大な人だ!砂漠の真ん中でたいした工具もないのに飛行機を直してしまったんだ』とね。飛行機はブレゲだった。忘れるもんかね」老人は一息つくと、空を仰いだ。「あの人は常に“神”に守られているようだった。“神に守られた男”それがサン=テクジュペリだった」 老人は最後にゆっくりと言葉を噛みしめるようにそう言った。 サン=テクジュペリは、ここで自分の殻に閉じこもるのではなく、進んで先住民と交流し、伝統や風習を理解しようと努めた。砂漠をただの空虚なものとして拒絶するのではなく、ひとつの世界として知ろうとした。そしてその砂漠から物語を聞きだそうとしたのだった。 渦巻く風が砂を巻き上げ、砂丘に風紋を描き出す。沈みかけた太陽から伸びる陽光が舞い上がる砂の粒子を、キラキラと輝かせる。モニターに映し出される映像はとてつもなく美しい。しかし、それとは裏腹に、渦巻く砂と風の中に身を置き撮影している僕たちは泣きそうだった。砂は靴のなかにも、衣類のわずかな隙間からも容赦なく侵入し、素肌に違和感を与える。瞼は瞬きするたびにゴリゴリと音を立て、鼻にも耳にも髪の毛の間にも砂がたまっていく。砂除けにと撮影機材に被せたビニールも、ほとんどその役目を果たさない。風がひと吹きするたびに気温が下がっていく。砂漠がその本当の姿を見せ始めたのだ。「あっちの風紋がきれいだ!」「いや、こっちのほうが光がいい!」 僕たちは大声を出し、砂丘を登り降りし、砂まみれになりながら撮影を続ける。ワンカット、ツーカット―、カットが積み重なっていくうちに、全身に降りかかってくる砂も、下がっていく気温も気にならなくなってきた。シャルレーのカメラも的確に砂漠の表情を捕らえていく。どうやら、やっと僕たちは砂漠のルールを認識したらしい。 海と砂漠が重なり合う、この一見不毛と思われる土地で、サン=テクジュペリは砂漠に分け入り、そこに生きる人間たちと触れ合うことで、豊な稔りを手にした。責任とは・・・。愛とは・・・。人間が人間であるための誇りとは・・・。作家として書き続ける主題は、この土地で彼の心に宿ったのだ。そして、その主題の源泉こそが、砂漠に潜んでいる目には見えない井戸だったのだ。 激しさを増し、世界中を包み込む戦火のなかで、子供たちに向かって物語を紡ごうとした時、彼の心はこのサハラ砂漠に戻って行ったのだ。意識のなかで、もう一度、砂漠に潜む井戸を探すために。その井戸が何であるかを子供たちに託すために・・・・。だからサン=テクジュペリは、王子さまの舞台を砂漠にしたんだ。 王子さまの物語に登場する、王様、うぬぼれ男、呑み助、実業家、地理学者、点灯夫―といった色々な星の住人、地球で出会う転轍夫、薬売り、そして大切なことを教えてくれるキツネ、最後に王子さまを星に帰してくれるヘビ・・・。それから何よりも、王子さまが星に残してきたバラの花。考えてみればこれらはみな、サン=テクジュペリが空の上から見つめ、時の流れのなかで瞑想することで見つけた、地球という遊星に暮らす人間たちの姿だったのである。【星の王子さまへの旅】狩野喜彦著、東京書籍、2002年刊<「BOOK」データベース>より空に消えたサン=テグジュペリは最期に何を見、何を伝えようとしたのか。青春時代のフランスからスペイン、そして名作を生んだ北アフリカへ、「空に生きた作家」の足跡を追い、3500キロにわたる空の旅と現地の取材によって辿られた、まったく新しい「星の王子さま」誕生への道。 <大使寸評>ヘリコプターに乗って、サン=テグジュペリが通った北アフリカの航路をたどる内容がわりとハードボイルドであり、上空からのカサブランカの写真もあったりで・・・・砂漠のカラー写真がきれいです。辛かったサウジの仕事を思い出すぜ♪北アフリカの砂漠、それにパイロットというサン=テグジュペリの経歴がロマンティックですね。Amazon星の王子さまへの旅 <Le Petit Prince>Le Petit Princeという本が積読状態であるが・・・暇になったので、フランス語の復習にもなることだし、読んでみたいと思っているが、いつになるやら。【Le Petit Prince】Antoine De Saint-Exupery著、HEINEMANN EDUCATIONAL、1968年刊<「BOOK」データベースより>ふるさとの星を出発した星の王子さまは、命令好きの王さまの星や、うぬぼれ男の星などを旅します。最後に地球にやってきて、サハラ砂漠で飛行機を修理中のパイロットに出会います。心をとらえて離さない不思議な物語。 <大使寸評>私が買ったのはHEINEMANN EDUCATIONAL社(英国)のハードカバーであるが、さすがにこの本はアマゾンで出なかったので、アマゾンのMariner Books社の情報を載せました。AmazonLe Petit Prince <砂漠で渇きを癒す井戸>「星の王子さま」という本のメインテーマは「砂漠で渇きを癒す井戸」ではないかと思うわけです。アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリよりアントワーヌにとって空を飛ぶことは水を飲むことと同じことでした。墜落という危険が伴うことを除いては。それはちょうど20世紀という砂漠で渇きを癒す井戸であったかのように。実際、彼は幾度も墜落し、そして墜落することで、星の王子さまと本当に出会うことになったのです。王子さまも星から墜落してきた男の子でした。彼は試乗しなかった飛行機がなかったほどの飛行機好きでした。飛行機は何万年もの間、地上に縛り付けられてきた人間を解放し、アントワーヌを時代から解放しもしたのでした。本当は墜落の人だったのです。奇しくも墜落することで彼は自分の人生を救い出していたのです。そして彼の墜落は僕たちの人生をも救い出すことになったのです。.............レオン・ウェルトからの手紙 しかし、このサイトの拘り、充実ぶりがすごいですね。 <サン=テクジュペリ 伝説の愛> この本『サン=テクジュペリ 伝説の愛』から引用します。「サン=テクジュペリは自分で『庭師』になるのが向いていると認めていた。普遍的な子ども時代の輪郭を永遠に伝え、花となった女性のシルエットを私たちにまで愛させた魂の庭師。その女性はこの本の各ページにわたって類いまれな存在感を示している」【サン=テクジュペリ 伝説の愛】アラン・ヴィルコンドレ著、岩波書店、2006年刊<「MARC」データベース>より「星の王子さま」の作者には、エキゾチックで不思議な魅力を持つ妻コンスエロがいた。彼女の手記のほか、2人が交わした山のような手紙、写真、デッサンなど、誰も知らなかった過去を物語る数々の遺品をまとめた一冊。 <大使寸評>まさにサン=テクジュペリの世界という本になっている。よくこれだけの資料を集めたものです。パイロットで詩人、更に美しい妻が加わるのか♪「南方郵便機」で行った異国の地アルゼンチンで、砂漠のバラともいえる女性(当時は未亡人)が現れたのです。・・・彼女が亡命先のニューヨークから持ち帰った大型トランク。2000年に初めて開けられると中には、手紙、写真、デッサンなど数々の遺品がつまっていた。amazonサン=テクジュペリ 伝説の愛*********************************************************■2013.08.04サン=テグジュペリの世界https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201308040000/
2025.09.17
コメント(0)

村田沙耶香『コンビニ人間』に惹かれて『地球星人』という本を読んだのだが・・・奇妙な「地球星人」が面白いというか、いい味を出しているので、復刻して紹介します。*********************************************************先日、村田沙耶香の「生命式」という短編小説集を読んだところであるが、SFとも、ファンタジーとも取れる著者独特の怖さを堪能したわけです。・・・ということで「地球星人」を復刻してみようと思い立ったのです。*********************************************************図書館で『地球星人』という本を、手にしたのです。村田沙耶香といえば『コンビニ人間』を読んで以来であるが・・・『地球星人』というタイトルがSF的なので、チョイスしたのです。【地球星人】村田沙耶香著、新潮社、2018年刊<「BOOK」データベース>より私はいつまで生き延びればいいのだろう。いつか、生き延びなくても生きていられるようになるのだろうか。地球では、若い女は恋愛をしてセックスをするべきで、恋ができない人間は、恋に近い行為をやらされるシステムになっている。地球星人が、繁殖するためにこの仕組みを作りあげたのだろうー。常識を破壊する衝撃のラスト。村田沙耶香ワールド炸裂!<読む前の大使寸評>村田沙耶香といえば『コンビニ人間』を読んで以来であるが・・・『地球星人』というタイトルがSF的なので、チョイスしたのです。rakuten地球星人ネタバラシというか、かなり中抜きとなるけど、最後の部分を見てみましょう。p243~246<6> 夫は、「暗いとき」に作った、腕の入ったスープを食べながら眠ってしまったようだった。貴重な食糧を溢さないよう、私はスープの入った器をそっとテレビ台の上へ置き、夫の向こう側に寝そべっていたもう一匹に呼びかけた。「由宇」 由宇の腹は、夫よりももっと膨らんでいた。由宇の薄い皮膚はぴんと張っていて、皮膚の中の骨と膨らんだ腹の形がくっきりと浮かび上がっていた。「ポハピピンポボピア」 私の呼びかけに気が付いたらしい由宇が瞼を擦りながら、私たちの言葉を呟いた。 その時、急に床の軋みが大きくなって、足音と振動と共に、地球星人の匂いが一気に強まった。 由宇も夫も起き上がり、私たちは身体を寄せ合った。夫と由宇は膨らんだ自分の腹を守るように腕で庇って蹲り、私はピュートを胸元で握りしめた。「キアアアアアアアアアアアアア」 何かと思ったが、それは地球星人の鳴き声だった。 障子の向こうから現れたのは、姉だった。私たちの姿を見た姉は、もう一度大きく鳴いた。「キアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」 姉の向こうには母もいた。二匹の甲高い鳴き声が反響した。 大きな鳴き声に慌てたように、他の地球星人の足音が集まってきた。 母の背後から、何匹かのオレンジ色の服に身を包んだ地球星人が姿を現した。救助隊という仕事をしている地球星人なのではないかと、その服装から見てとれた。「地球星人だ」 私は呟いた。 救助隊の地球星人は、身体を寄せ合っている私たちを一瞥し、うっと呻いて口元を押さえた。「あなたたちは・・・人間か・・・?」 私たちの姿を凝視しながら、地球星人のオスが言葉を絞り出した。 私たち三匹は顔を見合わせた。「ポハピピンポボピア?」「ポハピピンポボピア」 由宇が膨らんだ腹を守るようにそっと右手で撫でながら、地球星人の言葉で流暢に彼に話しかけた。「僕たちは、ポハピピンポボピア星人ですよ。あなたもそうなのではないですか?」 男性は驚き過ぎて唾液を噴き出したのか、それとも立ったまま胃液をもどしているのか、鼻からも口からも何かの液体を流していた。「その腹はなんだ・・・?」 隣にいた別の地球星人のオスが、しわがれた声で言った。「僕たち、三匹とも妊娠しているんです」 膨れたお腹を両手で持ち上げるようにして見せながら、夫が言った。 地球星人たちは震えているようだった。青ざめて後ずさりしている。「大丈夫ですよ。今はそうでなくても、あなたにも、きっとこの形のあなたが眠っている。きっと、すぐに伝染しますよ」 安心させるように由宇が地球星人たちに微笑みかけた。「僕たちは明日、もっと増える。明後日は、それよりもまたもっと増える」 由宇が丁寧に説明しているのに、地球星人たちはまったく聞いていないようだった。奥にいた一匹が激しく嘔吐している。「外に行こうか。僕たちの未来が待っている」 由宇の言葉に、私も夫も頷いた。 私たち三匹のポハピピンポボピア星人は、そっと手や足を絡めて繋ぎ、立ち上がった。「明るいとき」の光が、雪の反射と共に、外の世界から私たちの宇宙船へと柔らかく差し込んでいた。 私たちは手をとりあい、肩を寄せ合って、地球星人の住む星へと、ゆっくりと踏み出した。光に包まれた私たちに呼応するように、地球星人たちの鳴き声が、この星の遠くまで響き渡り、森を揺さぶりながら広がっていった。 ウーム、主人公たちはポハピピンポボピア星人だったのか。この作品をSFとして読んでみると、かなりファンタスティックというか怖い感じのSFではある。これが著者の筆力なんでしょうね。『地球星人』1:1『地球星人』2:6*********************************************************■2024.07.11『地球星人』(復刻)https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202407110000/
2025.09.16
コメント(0)

きょとんとしたダチョウの顔に可愛さを感じるのです♪このダチョウに恐竜からあまり進化していない面白さがあるそうで・・・以下のとおり復刻して読み直してみましょう。*********************************************************図書館で『ダチョウはアホだが役に立つ』という本を、手にしたのです。この本の著者は神戸のダチョウ牧場で、ダチョウの主治医だったそうで、ダチョウ好きなところが、ええでぇ♪【ダチョウはアホだが役に立つ】塚本康浩著、幻冬舎、2021年刊<「BOOK」データベース>より新型コロナと闘うダチョウ抗体で経済効果700億円!?ハーバード大学やアメリカ陸軍も注目!鳥を愛しすぎる博士のドタバタ研究記。<読む前の大使寸評>この本の著者は神戸のダチョウ牧場で、ダチョウの主治医だったそうで、ダチョウ好きなところが、ええでぇ♪rakutenダチョウはアホだが役に立つ次に、ダチョウの恐竜らしさについて・・・見てみましょう。p45~48<第1章 ダチョウってどんな鳥? そのすごさとアホさ>■恐竜からあまり進化していない面白さ 哺乳類や鳥類は、生物の進化の過程で爬虫類から分かれていったとされています。なかでも鳥類は、恐竜から進化した説が最近では一般的です。 ダチョウは、恐竜が鳥類に進化していった直後くらいに枝分かれして地球上に登場し、そこで進化が止まっているんです。言ってみれば、出世街道から外れた鳥というわけです。 鳥は二本脚の生物で、手のかわりに羽があります。ところがダチョウは、羽をペロッとめくると指があり、指先には爪まで残っているんです。たまに走っているダチョウの羽が僕の体にパシッと当たることがありますが、そんなときこの指が動いたりもします。 指の痕跡らしきものが何かの役に立っているかと言えば、そういうわけでもなさそうです。原始的なものがそのまま残っている、ということでしょう。 臓器の組織を調べても、ほかの鳥類とは違います。たとえば腎臓。鳥類や哺乳類は、腎臓内にあるネフロンという管状の組織で尿が造られます。ところがダチョウの腎臓は、鳥類が他と爬虫類型の混合形です。つまり、まだ鳥になりきれていない感じです。 ちなみに舌は退化していて、ほとんどないです。正確には、舌が進化していないと言ったほうがいいかもしれません。 鳥の祖先とされる恐竜には舌骨がありますが、その形状から考えて、舌を自由自在に動かしていたわけではないようです。鳥に進化する過程で舌も進化し、エサを効率的に食べられるようになったんでしょう。何を食べるかによって、より食べやすいように進化していったので、鳥の種類ごとにしたの形状は違います。 ところがダチョウはあんまり真価が進んでませんから、舌骨はあっても舌がほとんどありません。個体差があって、舌らしきものがちょこっとあるダチョウもいてますけど、それほど役に立っている様子はないですね。じゃあどうやって食べ物を食べているかというと、丸飲みです。(中略) そんな雑な食事の仕方だから、石を呑み込んでしまったり、ときには針金などの異物を飲み込んでしまうこともあります。食べなくなると弱ってしまうので、消化管を動かす薬を投与すると、たいてい糞と一緒に石が出てきます。針金の場合は手術して取ってやるしかありません。■なまけものの進化論 恐竜の中には翼竜と呼ばれる、空を飛ぶタイプのものがいます。身長2メートル半もあるダチョウの姿と、あのゴツイ足を見ていると、確かに恐竜に似てるんちゃうかと感じます。でも、それならなんで翼竜のように飛べへんのか。 というか、一応は鳥なんだから、飛べるのがふつうでしょう。それやのになぜダチョウは飛べへんのか。素朴な疑問が湧いてきます。 現在、飛べない鳥は40種ほどいます。ダチョウやエミュー、ヒクイドリ、キーウィ、ペンギンの仲間、クイナの仲間などが飛べない鳥の代表格です。ダチョウは俊足、ペンギンは泳ぐ能力、ヒクイドリは攻撃力で、飛翔力がないことをカバーしています。 残念ながら飛べないために絶滅してしまった鳥もいます。有名なのがドードーです。大航海時代にポルトガル人がモーリシャス沖の島で発見して以来、船員たちの食糧にされたり、人間が持ち込んだ犬や豚によってヒナや卵が食べられたりして、ドードーは地球上から姿を消しました。飛べないし逃げ足も遅かったため、簡単に捕まえられてしまったんですね。そもそもトロそうな名前をつけられたんが運の尽きやったかもわかりません。『ダチョウはアホだが役に立つ』1:そんなアホな*********************************************************■2022.08.19『ダチョウはアホだが役に立つ』2https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202208190001/
2025.09.15
コメント(0)

『クマムシ?! 』という本にクマムシの驚異的な能力が載っているので、復刻して読み直そうと思ったのです。*********************************************************クマムシの能力は驚異的であり、まるでSFではないかとさえ思われるわけで・・・以前に読んだ『クマムシ?!』という本を読み直したいので、以下のとおり復刻してみます。*********************************************************図書館から『クマムシ?!』の準備ができた旨のメールが届き、イソイソと図書館に出向いてゲットしたのです♪ この本は成毛眞著『もっと面白い本』でも取り上げていたので、期待を込めて図書館に予約していたところ、待つこと8日で受けとったのです。【クマムシ?!】鈴木忠著、岩波書店、2006年刊<「BOOK」データベース>より乾燥すると樽型に変身!真空、高温、高圧、放射線にも耐え、レンジでチンしても平気。120年間水なしでも生き続ける生物がいる―?それは体長1mm以下の微小な生物・クマムシ。不死身伝説の真偽、18世紀からの研究の歴史、試行錯誤で飼育する笑いと苦労の物語など、生物研究のオモシロさ満載。身近なクマムシの観察方法や、ファン必見の図版も多数掲載。<大使寸評>画像が多くてわりと薄い本であるが、クマムシ研究の歴史やクマムシ観察の要領にも触れていて・・・ど素人でさえも、クマムシや生物学に誘う本であると大使は高く評価するのです。<図書館予約:(9/08予約、9/16出向いてゲット)>Amazonクマムシ?!子供でも興味をひくような、この本の語り口の一部を紹介します。<餌の問題>よりp20~21 じつはオニクマムシの培養はすでに1964年にドイツのバウマンによる報告がある。その記述によれば、オニクワムシはワムシだけでなくバクテリアや繊毛虫やカビなども食べているように書かれているのだが、日吉のクマムシを見ている限り、どうも繊毛虫を攻撃する気配は皆無である。バクテリアは小さすぎて食べているのかどうか、さっぱりわからない。カビなんてほんとうに食べるのだろうか?ちょっと信じられない気もする。 それでもしつこく観察するうちに、ある日、オニクマムシが小さなワムシをパクッと食べた。おおっ、食べた!今のワムシはどうもヒルガタワムシではなく、単生殖巣類のワムシのようだったが、ともかくワムシを食べるということは確かだ。うーむ、やっぱり餌はワムシに限るのかもしれない。でも、ワムシを増やすにはどうしたらよいのだろう? 肉食動物を飼う、ということはつまり、餌となる動物も飼わなければならないのだった。 さて、どうしたものか。もし、すでに大量に培養されているようなワムシがあれば、それを使うことができるかもしれない。最近では、なにか調べたいものがある時には、まずインターネットで検索する、という人が多いだろう。わたしもそうしてみた。しかし、ワムシ培養に関しては、魚の餌として使われている海産のシオミズツボワムシという種類の情報は山ほど出て来るのだが、淡水産のワムシに関しては得るものはほとんどない。図書室でいろいろ古い文献を探しても、なかなかこれはというものが出て来ない。 うーむ、どうしたらよいのだ? この時、幸福な偶然に出会ったのだった。学生の生物学実験用に維持していたアメーバ培養のシャーレの中に、あろうことか、ワムシがウジャウジャ増えていたのである。しかも大型のヒルガタワムシではなく、体長0.1ミリ程度の単生殖巣類の小さなワムシだ。普通ならば、本来のアメーバ以外のコンタミ(混入物)として毛嫌いするところだが、このときはもちろん大喜びである。さっそくそのワムシを何匹かピペットで吸い取って、オニクマムシが歩いている所へ置いてみた。さて、どうだろうか…。食べるかな?食べてくれるかな?食べてくれ!その結果は…食べた!このときほど、動物が食事をする光景が嬉しく見えたことはない。鈴木さんが「あとがき」で、この本の成り立ちを述べています。<あとがき>よりp109~111 新たな仕事を始めるときに研究者としてすべきことのひとつに、文献探しがある。ところが、なにしろ日本語で読めるクマムシの一般書はまったくない。最初は、やや古めかしい『動物系統分類学』がほとんど唯一の頼りだった。日吉の図書館では他の本にもクマムシの記述を見つけたが、その中の「ヒトとの関係」という項目には、ただ一言「ない」と書かれていた。これは英語の本の翻訳だったが、元の本の記述を直訳すれば、経済的価値が「ない」ということであった。そのような扱いのせいか、英語圏でも一般書として読めるクマムシの図書はほとんどないような状態だったようだが、幸いなことに、1994年に出版された単行本が一冊だけ存在することを知った(Kinchin,I.M.,The Biology of Tardigrades)。 さっそくそれを入手して、年度末で忙しい日本の大学教員としての日常の中で、久しぶりに嬉しい勉強の毎日が始まったのだった。 その後の日々は、おもしろいことの連続だった。研究者にとって、おもしろいことがなによりの原動力である。コケのすき間の世界をのぞいてみると、自分にとって新しいことを毎日のように発見できた。そして、文献探しをするうちに、どんどん古い世界にもぐっていく感じがした。つまり新しい文献が乏しく、受け売りでない情報を求めていくと、どんどん昔の文献までたどらなけっればならなかったわけである。 6年前の寒い冬の朝、クマムシのことを思ったときには、こうしてクマムシの解説をするとは想像もできなかったが、わたしは今、この原稿をコペンハーゲンの博物館で書いている。クマムシがわたしをこの街に連れて来たのだ。わたしは今ここで、海のクマムシの卵形成過程について研究している。(中略) この本では、あえて詳しく書かなかったこともたくさんある。特に、クリプトビオシスの分子機構や遺伝情報に関連するような研究については、今後急速な進展が期待され、あと数年先にはまったく情勢が変わっている可能性が高い。それらについては、また別の機会、別の著者に譲るとして、わたしはこの本ではおもに、これ以上古くなりようにない話をまとめてみた。そうすることで、伝説と事実の境界もかなり明確に示すことができたのではないかと思う。またできる限り、古い文献の挿絵を紹介した。たとえばミュラーやデュジャルダンのクマムシの図は、原著以外で紹介されるのは今回のこの小さな本がはじめてだと思う。ところで、ネットを巡っていたら、クマムシのサイトを見つけたのです♪クマムシ観察絵日記 より 低温にも負けず、高圧にも負けず、乾燥にも放射線の照射にも負けぬ、丈夫な体を持つものの、どこかかわいげのあるクマムシ。この魅力あふれる生きものを愛してやまない“クマムシマン”が絵とともにつづる、ある愛の記録。<著者:堀川大樹> 1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)の著書がある。クマムシの画像より微小動物「クマムシ」宇宙空間で生き延びたより 研究を行ったスウェーデンのクリスチャンスタード大学(Kristianstad University)のIngemar Jonsson氏が率いる研究チームによると、宇宙空間で動物の生存が実験で確認されたのは今回が初めてだという。*********************************************************■2024.06.27『クマムシ?!』(復刻)https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202406270000/
2025.09.14
コメント(0)

先日、『芸術新潮2月号』という雑誌でビアズリーの線描画を取り上げたが、その記憶が残っているうちに『ビアズリー怪奇幻想名品集』を以下のとおり復刻して紹介します♪*********************************************************図書館で『ビアズリー怪奇幻想名品集』という本を借りたが、ほとんど全頁がモノクロームの線描画であり・・・大使にとってはいわば大人の絵本になっているのです♪この本の解説にあわせて、その絵の一部を紹介します。『アーサー王の死』挿絵(1893)『サロメ』挿絵(1894)『スチューディオ』付録(1895)『リューシストラテー』挿絵(1896)『アリ・ババ』表紙(1896)<ビアズリー芸術の特質>よりp140~142 ビアズリーは、さまざまな美術から影響を受けている。作家の個性は、多様な影響を消化していく中で生み出されるものだが、ビアズリーも例外ではない。重要なのはその消化の仕方であり、影響を受けた対象から、何を、どう学んだか、ということである。 同じ対象から影響を受けたとしても、作家によって学ぶものは異なる。さまざまな対象から受ける雑多な影響の総体が、個性を形づくるのである。では、ビアズリーはどのような環境の中で、どういう影響を受け、どのような個性を作ったのだろうか。 19世紀末はアール・ヌーヴォーの時代であった。アルフォンス・ミュシャ(グラフィック)、エミール・ガレ(工芸)、エクトール・ギマール(建築)など、フランスで活躍した作家が有名だが、アール・ヌーヴォー自体は各国で流行した国際的な運動で、中でもイギリスはその発祥の地として、多くの作家たちが活躍した。 特にウィリアム・モリスによるアーツ・アンド・クラフツ運動は、アール・ヌーヴォーの先駆的な試みとして重要な例である。モリスの作ったケルムスコット・プレスの出版物は、ビアズリーが『アーサー王の死』を制作するにあたって参考にしている。また、初期には非難が大きかったグラスゴー派の作品を擁護した雑誌『スチューディオ』には、ビアズリーも挿絵を描いていた。 ビアズリーの作品にも、明らかにアール・ヌーヴォーの要素が色濃く反映されているが、それはこうした環境を考えると極めて自然なことであったように思える。『サロメ』に見られる、優美な曲線を生かした装飾的な細部の表現などは、イギリスのアール・ヌーヴォーの、洗練された様式を代表するものと言っても過言ではない。(中略) 後期の作品でより顕著になってくるのは、ギリシャの陶器に描かれた人体表現を応用した作品である。ギリシャの陶器では、黒地に赤、あるいは赤地に黒で人体がくっきり浮き上がるように表現される。ビアズリーは白い地にはっきりとした輪郭線を用いて、大胆で動きがあり、どこかユーモラスなギリシャ風の人体を、『リューシストラテー』などのエロティックな主題に応用して、開放的な性愛賛歌を作り上げた。 こうしたエロティックな作品においては、日本の浮世絵、それも春画からの影響も考慮に入れるべきだろう。ビアズリーが実際に日本の春画をアトリエに貼っていたという証言が残っているが、そうした事実がなくとも、春画の影響は歴然としている。(中略) こうした多様な影響を、モノクロームを基調とした鋭い線描によるスタイルへと昇華させていった。それが単なる摸倣でなく、個性的でオリジナリティあふれるものであったということは、エドゥアルド・ムンクやパブロ・ピカソ、レオン・バクスト、パウル・クレーなど、ビアズリーの様式に影響を受けた芸術家が数多くいたという事実を見れば明らかである。 日本にもビアズリー調の絵を描いた作家は少なくない。夏目漱石の本の装丁を手掛けた橋本五葉、版画同人誌『月映』の中心的な作家だった田中恭吉、大正ロマンの代名詞でもある竹久夢二、資生堂の宣伝美術で知られる山名文夫などはその代表的な存在だ。彼らもまた、単なるビアズリーの摸倣ではない個性的な芸術を創造し、後の時代の作家たちに影響を与えている。 さらに大きな可能性を秘めながら、若くして亡くなったビアズリーであったが、その芸術は、時代を超えて確かに受け継がれていったのである。松本大洋さんは、知ってか知らぬか・・・・『鉄コン筋クリート』、『ナンバーファイブ』の鋭い線描には、ビアズリーの影響が見えるのです(大使の場合)【ビアズリー怪奇幻想名品集】オーブリー・ヴィンセント・ビアズリ, 富田章著、東京美術、2014年刊<「BOOK」データベース>より【目次】ビアズリーの生涯/1 初期作品と『アーサー王の死』/2 『サロメ』の衝撃/3 『イエロー・ブック』から『サヴォイ』へ/4 円熟の時代から終焉へ/ビアズリー芸術の特質<大使寸評>晩年のモノクローム線描の独創性、完成度は鬼気迫るものがあるが・・・・現代のイラストレーターを凌駕するような独創性に驚くわけです。25歳で夭折していたのか・・・死を予感していたのだろうか。図書館でこの本を借りた半日後に、原田マハの書評を見つけたので、参照ください。rakutenビアズリー怪奇幻想名品集ビアズリーの画像*********************************************************■2025.09.06『芸術新潮2月号』1https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202509060000/
2025.09.13
コメント(0)

『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・宙かける教室(12/28予約、副本1、予約388)現在114 位・麻田雅文『日ソ戦争』(1/16予約、副本?、予約124)現在33位・天気でよみとく名画(3/22予約、副本?、予約29)現在15位・潤日: 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う(6/20予約、副本?、予約153)現在125位・3ヵ月でマスターする江戸時代(7/04予約、副本1、予約10)現在7位・王谷晶『ババヤガの夜』(8/01予約、副本?、予約47)現在41位・エマニュエル・トッド『西洋の敗北』(8/01予約、副本14、予約288)現在251位・「国境なき医師団」をそれでも見に行く(8/21予約、副本3、予約21)現在21位・新川帆立『女の国会』(9/04予約、副本?、予約?)・音声と写真でよみがえる昭和 戦前編(9/10予約、副本1、予約1)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・グレタたったひとりのストライキ・カズオ・イシグロ『夜想曲集』<予約候補>・テレビプロデューサーひそひそ日記・鴨志田譲×西原理恵子『アジアパー伝』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・伊予原新『藍を継ぐ海』・ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』・ケン・リュウ『草を結びて環を衡えん』:図書館未収蔵・九段理恵『東京都道場塔』:図書館未収蔵・外山滋比古『思考の整理学』・ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』・街道をゆく「モンゴル紀行」「南蛮のみち」・畑正憲『どんべえ物語』:図書館未収蔵・ヤマザキマリ『水木しげる厳選集 異』:図書館未収蔵・書いてはいけない日本経済墜落の真相:図書館未収蔵・金水敏『よくわかる日本語学』・大友克洋「童夢」・70歳のバックパッカー・アモリナ・キングドン『魚の耳で海を聴く』・クロード・ルブラン『山田洋次が見てきた日本』・和田秀樹『70歳が老化の分かれ道』・関川夏央『昭和的』:図書館未収蔵<予約分受取:6/12以降> ・白人になれない白人たち(4/05予約、6/12受取)・森永卓郎『身辺整理』(11/20予約、6/12受取)・原爆裁判(9/11予約、6/19受取)・闇の中国語入門(4/13予約、6/19受取) ・官僚国家 日本の闇(10/28予約、7/03受取)・猫社会学、はじめます(12/17予約、7/20受取) ・金原ひとみ「ナチュラルボーンチキン」(12/03予約、7/31受取)・就職氷河期世代(2/02予約、7/31受取)**********************************************************************【宙わたる教室】 伊与原新著、文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>より東京・新宿にある都立高校の定時制に集った、さまざまな事情を抱えた生徒たち。彼らは「科学部」を結成し、「火星のクレーター」を再現する実験を始めた。煌々と明かりが灯った夜の教室で、小さな奇跡が起きるー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/28予約、副本1、予約388)>rakuten宙わたる教室【日ソ戦争】 麻田雅文著、中央公論新社、2024年刊<「BOOK」データベース>より日ソ戦争とは、1945年8月8日から9月上旬まで満洲・朝鮮半島・南樺太・千島列島で行われた第2次世界大戦最後の全面戦争である。短期間ながら両軍の参加兵力は200万人を超え、玉音放送後に戦闘が始まる地域もあり、戦後を見据えた戦争だった。これまでソ連の中立条約破棄、非人道的な戦闘など断片的には知られてきたが、本書は新史料を駆使し、米国のソ連への参戦要請から各地での戦闘の実態、終戦までの全貌を描く。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/16予約、副本?、予約124)>rakuten日ソ戦争【天気でよみとく名画】長谷部愛著、中央公論新社、2024年刊<出版社>より「悪魔」の正体は局地風(ゴッホ“星月夜”)、描かれた雲から降水確率もわかる(フェルメール“デルフト眺望”)、天気の表現でわかる作家の出身地などなど、古今東西の名画やマンガを天気という視点で見直すと、意外な発見に満ちている。画家たちの観察眼は気象予報士よりも凄いかも!?さらに、同じ地域でも時代の異なる作品を比較することで、温暖化などの変化に気づくことだってできる。現役気象予報士による美大の人気講義を再現。<読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(3/22予約、副本?、予約29)>rakuten天気でよみとく名画【潤日: 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う】 舛友雄大著、東洋経済新報社、2025年間<「BOOK」データベース>より「潤」は、最近中国で流行っている言葉で、さまざまな理由からより良い暮らしを求めて中国を脱出する人々を指す。もともと「儲ける」という意味だが、中国語のローマ字表記であるピンインでRunと書くことから、英語の「run(逃げる)」とダブルミーニングになっている。「潤日」コミュニティー、多くの日本人が知らぬ間に、中国や日本、そして世界の変化に応じる形で急速に存在感を増しつつある。この全く新しいタイプの中国人移民たちをつぶさに訪ねて耳を傾けると、その新規性や奥深さを痛切に感じるとともに、日本の政治、経済、社会に見逃せないほどの大きなインパクトをもたらしつつある現状が見えてきた。 <読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(6/20予約、副本?、予約159)>rakuten潤日: 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う【3ヵ月でマスターする江戸時代】野島博之、牧原成征、他著、NHK出版、2024年刊<出版社>より知っているようで知らない”江戸時代”を、わかりやすく解説2024年4月に始まった教養番組「3か月でマスターする」。「世界史」、「数学」、「ピアノ」に続く第4弾は、「江戸時代」。この時代、現代につながる文化や学問、経済、政治の仕組みなどが生まれ、発展し、江戸は世界の大都市に成長。まさに、日本の歴史の転換点といえる。江戸時代を学ぶことは日本を学ぶこと。歴史感覚を取り戻し、養うのは、今後日本がどのような進路をたどるのかを知ることにつながる。 <読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(7/04予約、副本1、予約10)>rakuten3ヵ月でマスターする江戸時代【ババヤガの夜】王谷晶 著、河出書房新社、2025年刊<「BOOK」データベース>より暴力団会長の一人娘の護衛を任された新道依子。拳の咆哮轟くシスター・バイオレンスアクション!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/01予約、副本?、予約47)>rakutenババヤガの夜 【西洋の敗北】エマニュエル・トッド著、文藝春秋、2024年刊<「BOOK」データベース>よりロシアの計算によれば、そう遠くないある日、ウクライナ軍はキエフ(キーウ)政権とともに崩壊する。戦争は“世界のリアル”を暴く試金石で、すでに数々の「真実」を明らかにしている。勝利は確実でも五年以内に決着を迫られるロシア、戦争自体が存在理由となったウクライナ、反露感情と独経済に支配される東欧と例外のハンガリー、対米自立を失った欧州、国家崩壊の先頭を行く英国、フェミニズムが好戦主義を生んだ北欧、知性もモラルも欠いた学歴だけのギャングが外交・軍事を司り、モノでなくドルだけを生産する米国、ロシアの勝利を望む「その他の世界」…「いま何が起きているのか」、この一冊でわかる! <読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/01予約、副本14、予約288)>rakuten西洋の敗北 【「国境なき医師団」をそれでも見に行く】いとうせいこう著、 講談社 、2025年刊<「BOOK」データベース>より世界最大の難民キャンプで、作家が出会った「もう一つの戦争」。希望なき世界でたたかう仲間たちを描く、大反響ルポルタージュ!【目次】序章 戦争について/第1章 ロヒンギャ難民キャンプへ/第2章 武装したギャングスタの暗躍/第3章 世界のマイナスが詰まったキャンプ/第4章 高潔で若い人々/第5章 井戸工事とキャンプ最大の病院/第6章 故郷を失った者たちは歌う/「国境なき医師団」インタビュー「故郷を失った人たちの声を聞く」/藤原辰史さんに聞く「歴史の傷と向き合うために」<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/21予約、副本3、予約23)>rakuten「国境なき医師団」をそれでも見に行く 【女の国会】新川帆立著、幻冬舎 、2024年刊<「BOOK」データベース>より野党第一党の高月馨は窮地に追い込まれた。敵対関係にありつつも、ある法案については共闘関係にあった与党議員・朝沼侑子が自殺したのだ。「自分の派閥のトップも説得できていなかったの?法案を通すつもり、本当にあったの?」死の前日の朝沼への叱責が彼女を追い詰めたのではないかと批判が集まり、謝罪と国対副委員長の辞任を迫られてしまう。だが、長年ライバル関係を築いてきた高月には朝沼の死がどうも解せない。朝沼の婚約者で政界のプリンス・三好顕太郎に直談判し、共に死の真相を調べることにー。 <読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/04予約、副本?、予約?)>rakuten女の国会 【音声と写真でよみがえる昭和 戦前編】保坂正康著、NHK出版、2025年刊<「BOOK」データベース>よりあの時代には、飢餓、戦争、敗戦、占領、貧しさ…そして豊かさがあった。読んで、見て、聴いて、昭和の全歴史を味わう!NHKに残る貴重な音声をQRコードで聴きながら読む!目と耳で「昭和の全歴史を追体験する」驚きのシリーズ第1弾。 <読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/10予約、副本1、予約1)>rakuten音声と写真でよみがえる昭和 戦前編 図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・デジタル朝日「好書好日」でめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索
2025.09.12
コメント(0)

今回借りた4冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は強いていえば、「手当たり次第」でしょうか♪<市立図書館>・発酵文化人類学・世界史のなかの蒙古襲来・筋トレと栄養の科学・場末のシネマパラダイス<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【発酵文化人類学】 小倉ヒラク著、KADOKAWA 、2020年刊<「BOOK」データベース>より味噌、醤油、ヨーグルト、日本酒、ワインなど、世界中にある発酵食品。著者はあるきっかけで“発酵”に魅せられ、日本だけでなく世界各地に伝承された美味なる食品を求めて旅をした。発酵の仕組みや人間と微生物との関わりを学ぶ中で発見したのは、発酵には未来と過去があり、“微生物と人間の共存”は社会を見直すキーワードそのものだったということ。生物学、哲学、芸術、文化人類学などの専門用語を平易に解説。 <読む前の大使寸評>追って記入rakuten発酵文化人類学【世界史のなかの蒙古襲来】 宮脇淳子著、扶桑社、2021年刊<「BOOK」データベース>よりモンゴル人は本当に海を渡ってやってきたのか?3万人900隻もの元軍が上陸できたのか?対馬と壱岐の島民は皆殺しにされたのか?歴史と物語の境界線を読み解く!待望の新書化!!対馬・福岡元寇史跡レポート収録! <読む前の大使寸評>追って記入rakuten世界史のなかの蒙古襲来【筋トレと栄養の科学】坂詰真二著、新星出版社、2015年刊<「BOOK」データベース>より筋肉を1kg増やすと1年で2.5㎏やせる!筋トレ時に糖質制限はNG!すぐに始められる筋トレ法&食事メニューも紹介。 <読む前の大使寸評>追って記入rakuten筋トレと栄養の科学【場末のシネマパラダイス】田村優子著、筑摩書房、2021年刊<出版社>より福島の田舎町にある、本宮映画劇場。築100年を超える。現在は不定期で上映会を開くが、かつて日本映画全盛期にはたくさんの作品や実演をかけてきた。都会では知られていない珍品のポスターや、いまや極めてめずらしいカーボンアーク式映写機が稼働する。まさに奇跡の映画館といえる。ここに残る貴重な資料を多数の図版で見せながら、田舎の映画館のしられざる歴史をたどる。 <読む前の大使寸評>追って記入rakuten場末のシネマパラダイス
2025.09.12
コメント(0)

『鳥の王さま 』という本は、ショーン・タンの挿絵が満載されていて素晴らしいので・・・復刻して読み直そうと思ったのです。*********************************************************図書館に借出し予約していた『鳥の王さま』という本を手にしたが・・・予約して約1ヵ月、思いのほか早くゲットしたのです。このところショーン・タンの本をしつこく追っかけているが、この本でショーン・タンの魅力の秘密がわかるかも?♪【鳥の王さま】ショーン・タン著、河出書房新社、2012年刊<「BOOK」データベース>より『ロスト・シング』でオスカーを獲得、『アライバル』で世界中の読者を魅了した作家の想像力の源泉を集めて贈る魅惑のスケッチブック。<読む前の大使寸評>このところショーン・タンの本をしつこく追っかけているが、この本でショーン・タンの魅力の秘密がわかるかも?♪<図書館予約:(6/06予約、7/10受取)>rakuten鳥の王さまこの本でショーン・タンのノート記事が紹介されています。もしかして、ショーン・タンの魅力の秘密がわかるかも?♪<ノートより>p96 ここでお見せするのは、僕の持っているスケッチ用のノートだ。どれもアトリエの外に持って出るのに便利な、ごく小さなもので、ほとんどの絵は旅行中に(たいていは飛行機や列車の中で)ペンかエンピツで描いたものだ。とくべつ上質というわけではない紙に、安物のボールペンで描くせいか、アート然とした気負いが消えて、いい具合に力が抜けるところが気に入っている。 その結果生まれるのが、こんなふうに素朴でてらいのない落書きだ――より作りこんだ作品の出発点としては、申し分ない。とはいうものの、こうしたスケッチをこの本に入れることには、正直ためらいがあった。なにしろ粗雑で、支離滅裂で、混沌としていて、僕の中での“人前に出せる”基準からはひどくかけ離れている。でももちろん、そこが面白いところでもあるので、ごく一部だけ、典型的な例をお見せしようと思う。 たとえば、博物館の展示品や雑誌に載っていた写真を、見たままにさっと描いたものがある。スケッチには次々と通りすぎる興味をつかまえてじっくりと眺め、より深く掘り下げるという効能がある。それにノートがあると、あとで記憶をつついて呼び覚ますのにも役立つ。アイデアはその場で書き留めておかないと、まずまちがいなく忘れてしまうから。 写実的と呼ぶにはほど遠い、ほとんど妄想に近いようなスケッチもある(意識と無意識をつなぐ通路に向かって開く、小さな窓のような落書き。こういうのを見るたびに、僕は魚釣りを連想する)広い海に当てずっぽうに糸を垂れ、何かを釣り上げるのに似ているから。意味のないはずのところに意味が生じたり、たまたま隣り合わせた無関係のイメージから予期せぬ効果が生まれたりして、それまで波の下に隠れて見えなかったアイデアが釣針にかかるたび、僕は新鮮な響きを感じるのだ。ショーン・タンが創造のノウハウを披露しています♪<本、舞台、そして映画>p36 僕がこれまでかかわった仕事の多くは、完成品のクオリティをいかに高めるかが鍵となってきた。印刷物の原画の作成しかり、デジタル映像の構図を決めることしかり、人形の構造上の問題をクリアすることしかり。 イメージを形にするプロセスでは、山のような手直しと問題解決が必要となるため、ともすれば膨大な時間と手間がかかってしまい、原点となるアイデアが途中でぼやけたり、置き去りにされたりということが起こりやすい。だから僕は、儚い蝶を紙の上にピンで留めるように、原動力となるイメージをぱっとスケッチして、記憶にとどめておく。 こうして新鮮なイメージを保存しておけば、あとで何度でもそれを参照することができる。僕は一つの仕事が終わるまで、アトリエの壁に初期の修作をずっと貼っておいて、そもそものはじめに自分が何を「伝えよう」としていたのかを、つねに思い出すようにしている。 もう一つ、スケッチのすばらしい点は、生物の胚のように未分化であいまいなところだ。ざっくりと粗いタッチで描いた走り描きは、自分でも予期しなかった物や仕草や表情をそこここにはらんでいて、そこからどれでも好きなものを取り出して発展させていくことができる。 ときには偶然の生み出す新たな効果をねらって、描いたものをハサミとテープで切り貼りして並べ替える、ということもやってみる。たいていの場合、何かの形を見極めたい一心で描くので、いい絵である必用はまったくない。だが皮肉にも、そういう心持ちこそが、いい絵を描くためには必用なのだ・・・・まっすぐで、気取りのない好奇心が。ショーン・タンの画像を見てみましょう♪bingショーン・タンの画像よりproud parents鳥の王さま、p16、17*********************************************************■2015.07.13鳥の王さまhttps://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201507130000/■
2025.09.11
コメント(0)

「内田樹の研究室」の内田先生が日々つづる言葉のなかで、自分にヒットするお言葉をホームページに残しておきます。最近は池田香代子さんや、関さんや、雨宮さんなどの言葉も取り入れています。(池田香代子さんは☆で、関さんは△で、雨宮さんは○で、池田信夫さんは▲、高野さんは■で、金子先生は★、田原さんは#、湯浅さんは〇、西加奈子さんは♪で区別します。今回表示分は*)*遠ざかる戦争の記憶*「内田樹論第三部」 のためのまえがき・ 勝ちに居着く・ 敗戦から80年・ 日本の現状と危機について ・沈む祖国を救うには・『知性について(仮題)』まえがき・これだけは確かなもの・兵庫県知事選とメディアの役割・自由の森学園創立40周年記念講演「教育と自由」・「パンとサーカス」解説・共感ベース社会の陥穽・死ぬってどういうことですか?・2024年度寺子屋ゼミのテーマは・箱根の温泉で感じた中国のリアル・『本の本』あとがき・「宗教の本領」とは何か?・『街場の米中論』を読んで・月刊日本インタビュー「ウクライナとパレスチナ」・高校生に言いたかったこと・宮﨑駿『君たちはどう生きるか』を観て・平川克美『「答えは出さない」という見識』(夜間飛行)書評・「怪物」公式パンフレット解説・白井さんと話したこと・3.11から学ぶこと・韓国の地方移住者たちに話したこと・生産性の高い社会のゆくすえ・ウクライナ危機と反抗・「生きづらさについて考える」単行本あとがき・「街場の米中論」まえがき・図書館の戦い・村上文学の意義について・統一教会、安倍国葬について他・安倍政治を総括する(目次全文はここ)(その78):『遠ざかる戦争の記憶』を追記2025-09-03『遠ざかる戦争の記憶』より 戦争の記憶がだんだん薄れてゆく。直接に戦争を経験した人たちがしだいに鬼籍に入り、戦争とはどんなものだったかを伝える言葉が届かなくなる。 私は1950年生まれなので、戦争を知らない。でも、父母たちは戦中派である。父は満州事変の年に満州に渡り、敗戦後1年して北京から帰ってきた。中国でどんな仕事をしていたのか、詳しくは語らなかったけれども、晩年に書いたエッセイに中国人の親日派を組織する宣撫工作にかかわっていたことが書いてあった。父の仕事仲間だった中国人たちは「私の友人であったという理由でみな殺された」という文章が痛ましかった。 もう一つ思い出すことがある。私が子どもの頃は暮れになると、どの家も国旗を掲げた。私の家でも年末になると父親が押し入れの奥から汚れた日の丸を取り出し、黄色と黒に塗り分けた竹竿をつないで、上に金のガラス玉をつけて玄関に国旗を掲げた。私は子どもだからその祝祭的な手順が好きだった。ある年、暮れになったので、父に「日の丸はいつ揚げるの?」と訊いたら、父が遠く見るような眼をして「もういいだろう」と言った。季節のイベントが一つなくなったので、私はずいぶん気落ちしたことを覚えている。 同じ頃に近所の家も日の丸を揚げなくなった。別に「国旗掲揚は軍国主義的だから止めろ」というようなことが言われるようになったからではないと思う。ずいぶん経ってから、それが1958,9年の出来事だったことを思い出した。そして「もういいだろう」という父の言葉に「大日本帝国の十三回忌も終わったことだし」というフレーズが続くのではないかということに思い至った。 明治の先人が築いた近代国家が無謀な戦争によって瓦解して、かつては世界五大国の一角を占めた帝国がアメリカの属国にまで零落したことに元「帝国臣民」たちは傷つき、それを恥じたのだと思う。でも、戦後13年くらいが経った頃に、もう過去の栄光を振り返ることは止めて、日本国憲法の下で平和で民主的な国家を築こう、そう決意したのだと思う。でも、彼らの心の傷も、未来の日本への期待も、もう語り伝える人がいなくなってきた。(AERA 8月15日)2025-08-25『「内田樹論第三部」 のためのまえがき』より そして、2025年という今、ここ韓国で内田樹の思想を紹介することには、特別な意味があると信じております。彼の著作は、いわば「不可視のインクで書かれた古文書」。それ自体は、完成された答えを与えてはくれません。しかし、2025年を生きる私たちが抱える困難や希望、その切実な思いという名の「光」を当てる時、古文書の文字は初めてその姿を現し、私たちに雄弁に語りかけ始めるのです。 内田樹を読むとは、完成された地図を頼りに宝を探す旅ではありません。それは、彼の「他者性」と、私たち自身の「唯一無二性」とが火花を散らし、共鳴し合う、「奇跡的なダンス」のフロアに身を投じること。このダイナミックなダンスを通じて、私たちは内田樹という思想家を、私たち自身の時代と場所における「生きた師」として踊りながら再創造し、同時に、彼という触媒を通して、昨日までの自分とは違う「新しい自分」へと生まれ変わっていくのです。 おそらく、「本当の内田樹」や「唯一絶対の正しい読み方」などというものは存在しません。むしろ、それを探し求める態度は、彼の思想が持つ、絶えず生成し続ける生命力そのものを窒息させてしまうでしょう。彼からの最大の贈り物は、完成された理論体系ではなく、世界と人間を問い直し、予測不能な「急場」を生き延びるための、しなやかで強力な「思考の道具箱」そのものなのです。 この最高の道具箱を手に、私たち自身の問いを深く生き抜くこと。師との対話の中で、自己変容を恐れず、新たな自分を生成し続けること。それこそが、師の知性を真に受け継ぐということだと、私は確信しております。 この本が、読者の皆様にとって、内田樹の思想との「宿命的な出会い」のきっかけとなるならば。そして、その出会いが、皆様自身の「楽器」を手に取り、新たな自分へと変容していく冒険の始まりを告げるファンファーレとなるならば、著者としてこれ以上の喜びはありません。(㋇25日) 以降の全文は内田先生かく語りき62による。内田先生かく語りき77
2025.09.10
コメント(0)

図書館で『歴史の予兆を読む』という新書を、手にしたのです。 池上彰×保阪正康たちの対談というスタイルで興味深いので・・・チョイスした次第です。*********************************************************【歴史の予兆を読む】 池上彰×保阪正康著、 朝日新聞出版、2022 年刊<「BOOK」データベース>よりウクライナ侵攻から第三次大戦への道は避けられるか。日本が侵略された際に考えうる「3つのシナリオ」とは。人類の悲劇と英知がすべて集約された「昭和」からいま何が学べるかー?あとから思えばこうだった、は誰でもできる。二大ジャーナリストはあえて「難題」に挑んだ。戦争、米欧中露の動き、新しい帝国主義、貧困と格差拡大、気候変動、社会変革の新しい芽、日本人の思考の陥穽…失敗を繰り返さないために、歴史の予兆をつかむヒントをさぐった。 <読む前の大使寸評>追って記入rakuten歴史の予兆を読む「序章 ウクライナの運命」からプーチンの性格に触れたあたりを見てみます。P18~22<プーチンのスパイ的性格と深刻なトラウマ>保坂 プーチンの基本的性格が、その暴挙の大きな要因であることは間違いないですよね。注目すべき特徴は三つあると思います。端的にいうと、一つはKGB(ソ連国家保安委員会)出身者が持っている国家主義者としての歪んだ自意識。二つ目は東西冷戦時のソビエト連邦の威信と国力へのノスタルジー。三つ目は近現代社会の民主主義に対する抜きがたい不信感です。 私は1990年代初め、ソ連崩壊の折に何度かモスクワを訪れていて、50代からの元KGB工作員、つまりプーチンの先輩たちに会って、いろんな話を聞いた体験があります。この三つの性格は、じつは彼らに共通するものなんですね。 彼らはスパイの日々の活動が薄氷を踏むようなものなので、ことさら国家への強い帰属意識を持つようになります。そして国家の安全と発展は自分たちの働きによって守られているという自負、信念を抱くようになる。ソ連という国家は共産党独裁ですから、当然、反民主主義になるわけです。しかも恐ろしいのは、現役を退いた後もその価値観が消えないどころか、むしろ誇大妄想的になっていました。プーチンもそんな危うい心理状態なのかもおしれませんね。池上 プーチン大統領の有名なセリフがあります。元CIA(中央情報局)職員でNSA(アメリカ国家安全保障局)でも働いていたエドワード・スノーデンが、アメリカが世界のいろんな情報を得ていて民主主義に反していると告発しました。当初は南米に亡命するつもりでしたが、13年にロシアが受け入れました。その時にプーチンが「元スパイというものは存在しない」と言ったんですね。 つまり、いったんスパイになったら死ぬまでスパイだと。プーチンはKGB出身です。それで元スパイはいないと断言したのですから、「自分は死ぬまでスパイだ」と告発したのも同然でしょう。 要するに、今のロシアはスパイが国のトップに立っている。プーチンはスパイとして君臨しているわけです。当然のように、プーチン政権にはKGB人脈に連なる要人が数多くいます。政界だけでなく経済界にも元KGB は深く根を下ろしていると言われていますね。 また、プーチンには、個人的にいくつか深刻なトラウマがあります。一つは故郷レニングラードの悲惨。今のサンクトペテルブルクですね。彼は1952年生まれなのでその10年ほど前のことです。第二次世界大戦の独ソ戦で、ドイツ軍はレニングラードを900日間も包囲しました。水、食料、医療品が入らない状態になり、大勢の人が餓死した。100万人以上が亡くなったとも言われ、プーチンのお兄さんは腸チフスになっても薬もないまま亡くなっています。お母さんも餓死寸前に陥ったそうです。 独ソ戦が終って、栄養状態が良くなってからプーチンは生まれたけれども、子どもの頃から他国の侵略を受けるとどういう目にあうのか、ずうっと聞かされ続けて育ったでしょう。これはトラウマになりますよね。 もう一つはソ連の消滅です。KGBのスパイだったプーチンは東ドイツのドレスデン支部に配属中の89年から90年に、まずベルリンの壁崩壊、そしてあっという間に東ドイツ自体が消えてなくなるという「悲劇」を体験したわけです。(中略) そして91年、ついにソ連がなくなってしまった。KGBのプーチンにしてみたら、ソ連という国家を守ろうとしていた自分の努力が水泡に帰してしまったわけです。以来、ずっと断腸の想いがあるけれども、ソ連に戻ることはできないんですね。もう一つプーチンの有名な言葉があります。「ソ連が恋しくない者には心がない。ソ連に戻りたい者には脳がない」。つまり、今さらソ連じゃない、それは違うと。 でも、あの巨大な帝国がなくなってしまったことを嘆き、懐かしむ心をロシアの人々は持つべきだと。こういう思いをずっと抱えてきたわけで、これはやはりトラウマでしょう。
2025.09.09
コメント(0)

図書館で『映画の中にある如く』という本を、手にしたのです。著者は1944年生まれなので戦中派というより戦後派であるが・・・古い映画に関する蘊蓄はあきらかに戦中派のようで、興味深いのである。*********************************************************【映画の中にある如く】川本三郎著、キネマ旬報社、2018年刊<「BOOK」データベース>より映画の中には音楽が流れ文学が在り女優が輝き列車が走り人が生きている。映画を見ればわかることがたくさんある。 <読む前の大使寸評>著者は1944年生まれなので戦中派というより戦後派であるが・・・古い映画に関する蘊蓄はあきらかに戦中派のようで、興味深いのである。rakuten映画の中にある如く「第2章 音楽が流れる場所」で古いドイツ映画『橋』が語られているあたりを、見てみましょう。p101~103<「ヒトラーの忘れもの」の地雷のこと> 少年たちが浜辺に埋められた無数の地雷を手探りで撤去してゆく。いつ爆発するか分からない。死と隣り合わせの作業が、まるでシジュフォスの試練のように続いてゆく。 デンマークの監督、マーチン・サントフリート(脚本も)の「ヒトラーの忘れもの」(15年)は、息詰まるような緊張感がただごとではない。 実話だという。第二次世界大戦下、デンマークを占領したナチス・ドイツは連合軍の上陸を阻止するために海岸線に膨大な数の地雷を埋めた。戦争が終わって、地雷を撤去しなければならないが、デンマークはイギリスの提案で、その危険きわまりない作業にドイツ軍の捕虜を当たらせることにする。 ドイツ兵が狩り出される。まだ頬の紅い少年兵が多い。彼らは地雷撤去の技術も知らない。爆発したら、それで終わり。震えながら地雷を探る。当然、次々に犠牲者が出る。「家に帰りたい」「お母さん」と言って死んでいく少年兵たちが痛ましい。 戦争末期、敗色濃いドイツでは、兵力が足りなくなり、十代の少年たちを戦場に送り出すようになった。 それで思い出すのは、私などの世代では、高校生の時に見たドイツ映画、ベルンハルト・ヴィッキ監督の「橋」(59年)。 1945年の4月。中部ドイツの小さな町に連合軍の戦車隊が接近してくる。町の十代の高校生7人が、町はずれにある小さな橋を守備することになる。指揮官は賞ねんたちを安全な任務につかせたつもりだったが、アメリカ軍はその橋にやって来る。退却すればいいものを少年たちは必死になって戦う。そして一人を残し、次々に芯でいく。 最後、生き残った少年が「家に帰ろう、家に帰ろう」と狂ったように言いながら友人の遺体を引きずってゆくところで終わる。 戦闘が始まるまでは賞ねんたちは意気軒昂だった。敵をやっつけると意気ごんでいた。しかし、いざ戦闘が始まると、その激しさ、むごたらしさを前に恐怖する。はじめて戦争の現実を思い知らされる。 戦場は、母親のいる温かい家庭の対極にある。「家へ帰ろう、家へ帰ろう」と言って去ってゆく「橋」の少年は「ヒトラーの忘れもの」の「家へ帰りたい」と泣く少年たちの姿と重なり合う。 ナチスがあまりの絶対悪だったために戦後、ドイツは自分たちも被害者だったとは言いにくくなってしまったが、1945年2月のドレスデン爆撃では一般市民を主に十三万余の犠牲者を出した。当時、ドレスデンで捕虜になっていたカート・ヴォネガットはその悲惨な体験から、のちに『スローターハウス5』(早川書房)を書く。 戦後のドイツは無残だった。2015年に出版された歴史家、イアン・ブルマの『廃墟の零年1945』(白水社)によれば、いたるところで女性がレイプの犠牲になったという。とくにソ連軍がひどかった。スターリンは、地と炎の数千マイルを行進した兵士たちには「女と少し楽しむ」資格があると言い放った。 捕虜を使役することは厳密にいえば国際法に違反するが、戦勝国が無理を通してドイツの少年兵を地雷撤去に当たらせたのだろう。ナチスの被害者がこんどは加害者になる。憎しみの連鎖だった。「ヒトラーの忘れもの」はデンマークとドイツの共同製作という。そこに救いがある。『映画の中にある如く』2:零戦が語られている 『映画の中にある如く』1:〈海ゆかば〉のこと
2025.09.08
コメント(0)

図書館で『アエラ№.36』という本を、手にしたのです。パラパラとめくると、「海外永住者最多58万人 25年前の2倍」だって!?・・・日本人はかくも海外移住しているのかということで、驚いた次第です。*********************************************************【アエラ№.36】雑誌、朝日新聞出版 、2025年刊<商品説明>より●巻頭特集:海外移住という選択日本人の海外移住がじわりと進んでいます。外務省の海外在留邦人数調査統計によると、2024年10月1日現在で海外の永住者は前年より5657人増えて過去最多の58万384人になりました。25年前と比べて2倍以上です。ただ、世界的にビザの申請条件が厳しくなっているうえ、円安が進み、海外移住は難しい状況になっている現状もあります。いま移住するのにおすすめの国はどこか、教育移住だとどの国がいいのか、など最新事情を専門家が解説します。一方、資産の保護や良い教育環境を求めて日本への移住を目指す中国人富裕層の実態も追いました。 <読む前の大使寸評>追って記入rakutenアエラ№.36コラム「アエラ読書部」から「アウト老のすすめ」という本の書評を見てみましょう。p66<アウト老の辞書に“終活”の文字はない:石飛伽能> いい大人が楽しそうにはしゃいでいるなぁ。かつて「タモリ倶楽部」を見ていた視聴者が羨望の眼差しを持ってニヤついていたのは、そこが遊びの精鋭たちのプレイルームであったから。〈『 タモリ倶楽部』が他のバラエティ番組と大きく違っていた点は、世間が認めるタレントに混じってザシタレが堂々と出演していたところである>と著者は言う。 ザシタレは雑誌制作に携わるスタッフやコラムニスト、作家らのことで、山田五郎、いとうせいこう、安斎馨、故・ナンシー関、そしてみうらじゅん自身ももちろんザシタレの一派。 雑誌の衰退とともにザシタレの存在感は薄れ、新たなザシタレスターも輩出されにくくなっている昨今、自らを「ラスト・ ザシタレ」と名乗る著者。だが、みうらじゅんという存在自体がもはやその枠をはるかに超えている。 「マイブーム」「ゆるキャラ」「老いるショック」といった独特の造語は人々の腑にどしどし落ちてあっという間に普及した。誰も見向きもしなかったご当地キャラをアイドルに押し上げた功績は誰もが知るところである。「アウト老 」は、わりと最近考えついた造語だという。限りある人生、世の中における“フツーである” “フツーではない ”という概念を取っ払い、ちょっとでも気になることがあったら食らい付き、出費を惜しまない。アウト老の辞書に“終活”の文字はなく、あるのはくだらないものを集め続ける“集勝”だ。 アニメ「おさるのジョージ」に出てくる“黄色い帽子のおじさん”の人形を菩薩と思い込みイライラしたときに拝んだり、20歳になったレッサーパンダの風太くんに会いに行き老体のファンサービスに感動しながら抱き枕風クッションを買ってみたり。(中略) コスパだタイパだと何かと効率を重視する昨今の風潮からは程遠い言動は、もはや感動的でさえある。 ご本人は読者に思う存分呆れてほしいらしいが、立派なアウト老になるには、きっとセンスと熱意が必要なのだと思い知らされる。イイ大人が楽しくはしゃぐためのある意味、指南本だ。『アエラ№.36』1 :海外に住むという選択
2025.09.07
コメント(0)

図書館で『アエラ№.36』という本を、手にしたのです。パラパラとめくると、「海外永住者最多58万人 25年前の2倍」だって!?・・・日本人はかくも海外移住しているのかということで、驚いた次第です。*********************************************************【アエラ№.36】雑誌、朝日新聞出版 、2025年刊<商品説明>より●巻頭特集:海外移住という選択日本人の海外移住がじわりと進んでいます。外務省の海外在留邦人数調査統計によると、2024年10月1日現在で海外の永住者は前年より5657人増えて過去最多の58万384人になりました。25年前と比べて2倍以上です。ただ、世界的にビザの申請条件が厳しくなっているうえ、円安が進み、海外移住は難しい状況になっている現状もあります。いま移住するのにおすすめの国はどこか、教育移住だとどの国がいいのか、など最新事情を専門家が解説します。一方、資産の保護や良い教育環境を求めて日本への移住を目指す中国人富裕層の実態も追いました。 <読む前の大使寸評>追って記入rakutenアエラ№.36「海外に住むという選択」の冒頭から見てみましょう。p10~12<永住者最多58万人 25年前の2倍> 外務省の海外在留邦人数調査統計によると2024年10月1日現在で海外の永住者は前年より5657人増えて過去最多の58万384人になった。前年より5657人増。 統計は、3ヶ月以上海外に暮らす日本人に関するデータを外務省が毎年推計している。このうち原則として在留国で永住権を認められ、生活の拠点を日本から海外に移した「永住者」は22年連続で増加。25年前と比べると2倍以上の伸びとなっている。男女比でみると女性が約65%と多い。 海外移住が増えている理由について、海外ビザ申請などの移住支援をするロイヤルパートナーズ行政書士事務所(東京都)の代表で行政書士の佐藤大河さんはこう話す。「SNSや通信環境の整備に加え、実際に移住した人たちの発信も増えており、海外移住情報をリアルタイムで入手しやすくなりました。 また、ロシア・ウクライナやイラン・イスラエルで紛争が起きる中、日本も戦争に巻き込まれるかもしれないという不安感から、逃げ場としての移住を考えている人がいる印象です」 特に移住への関心が高いのが富裕層だ。同事務所が、日本在住で、不動産を除く純金融資産を1億円以上保有している30~70代の男女にアンケートしたところ、約2割が「将来的に海外移住を検討している」と答えた。<「日本の将来に不安」> 理由について尋ねたところ(複数回答)、「より自由なライフスタイルを送りたいから」が45.5%で1位。2位が「日本の将来に不安があるから」(44.1%)、3位が「気候が良い国で暮らしたいから」(42.8%)、4位が「税制が有利な国で生活したいから」(38.6%)、5位が「物価が安い国で暮らしたいから」(31.7%)だった。 「日本の相続税は最高55%と世界的に高い税率です。中には相続税の支払いにより、先代が築き上げた資産を手放さなければならないケースもあるといわれています。苦労して築き上げた数億~数十億円という資産を守るために、相続税のない国への移住を選ぶ人もいます。 また、仮想通貨の高騰やインフレの進行で、資産額を急増させた人たちが出てきています。税負担の少ない国で仮想通貨の利益を確定させることで、課税を最小限に抑えようとしていると考えます」(佐藤さん) 理由は税金対策だけではないと佐藤さんは言う。 「子どもを英語環境で育てたいという教育目的の人もいます。日本では人口減少に伴い、外国人の受け入れが進んでおり、今後は語学スキルがこれまで以上に役立つ機会が増えていくはずです。 AIによる同時翻訳が進化していますが、いつ実用化されるかは予想できません。AIに全面的に依存せず、語学を操れる素養をつけておこうと考える人も多いと考えます」 海外に移住するなら、その国が発行するビザ(査証)を取得しなければならない。長期滞在や永住するためのビザは国よってさまざまで、一定以上の資産を投資して長期滞在が可能となる「投資家ビザ」、現地で起業する人のための「起業ビザ」、リモートワーカー向けの「デジタルノマドビザ」、親子留学のための「保護者ビザ」、 留学のための「学生ビザ」、そして一定の収入と資産が要件の「退職者ビザ」などがある。「世界的にビザの申請条件が厳しくなっています。加えて、円安が進み、円で10億円あった資産価値でも、米ドルなどの外貨ベースで評価すると6億円程度の価値に目減りするダブルパンチ状態です。海外移住は以前より難しい状況です」 そう語るのは、ビザ申請や海外での生活設計をアドバイスする海外移住コンサルタントの大森健史さんだ。 移民への風当たりが強まり、各国は移民制度を引き締めている。「オーストラリアでは投資永住権が2023年に、スペインでは不動産購入が条件のゴールデンビザが今年4月に、それぞれ廃止になりました」(大森さん)
2025.09.07
コメント(0)

図書館で『芸術新潮2月号』という本を、手にしたのです。表紙のコピーにも見られる「第1特集 ビアズリー 背徳のモノクローム」に私のツボが反応し、即チョイスしたのです♪*********************************************************【芸術新潮2月号】雑誌、新潮社、2025年刊<「BOOK」データベース>より雑誌につきデータ無し<読む前の大使寸評>追って記入rakuten芸術新潮2月号原田マハの巻頭エッセイから見てみましょう。p16~19<黄色いあだ花とその果実:原田マハ> 初めて『サロメ』に出会ったのは、私がまだ小説家になる前のこと。仕事でパリを訪れた際にオペラ・バスティーユでリヒャルト・シュトラウスのオペラを見て、美少女が予言者ヨカナーンの斬首を父王に求める新約聖書の物語に興味を持ちました。 元となったのは19世紀末にオスカー・ワイルドが書いた戯曲。ヴィクトリア朝時代の道徳観に反旗を翻すかのように、退廃的な美を描いたワイルドに憧れました。 オーブリー・ビアズリー(1872~98)は、その戯曲の英語版(先にフランス語版が出版されていました)に挿絵を描きました。 ビアズリーとワイルドを主軸に、史実にもとづくフィクションとして書いたのが、小説『サロメ』です。ビアズリーは『サロメ』の挿絵で一世を風靡しましたが、最後はワイルドと愛憎愛半ばする関係となり、それぞれほどなくして絶命してしまった。 研究者の中には二人は同性愛の関係にあったという人もいれば、そんな関係はまったくなかったという人もいますが、そこにフィクションとして切り込んでみたいと思いつきました。 また、三番目の主軸として、ビアズリーの姉メイベルを、ファム・ファタル的な女性として登場させました。ビアズリーとメイベルは近親相〇が疑われるほど仲がよかったそうですが、誰にも事実は確認できません。 その禁断の空気感を描くことにも挑んでみました。ビアズリーが画家として活躍したのはわずか5年ほど。彗星のごとく突然現れて、あっという間に消えてしまった。まるで時代のあだ花のようなアーティストです。だからこそ想像力も創作欲もかきたててくれます。 しかもこのあだ花は一瞬で散ってしまっただけでなく、後世に大きな果実を残してくれました。結核を患っていた彼はおそらく自らの短い寿命を悟り、生き急いでいた。だから油彩ではなく、小さな白と黒の世界―ペン画で勝負しようとしたのでしょう。 油彩画ではなく、書物の判型を前提としたペン画であれば、たくさんの作品を描くことができます。この選択が天才的だったのは、19世紀末は、今のインターネットさながらの勢いで、印刷文化が急速に発展した時代だったからです。 彼が印刷というメディアに載せた作品は、瞬く間に世界に広がり、日本には雑誌「白樺」などを通して、輸入されました。今も日本の文芸誌に扉絵や挿絵が多く掲載されているのは、ビアズリーの影響です。作者とアーティストと編集者のコラボレーション。その三位一体の小さな世界を私たちに遺してくれたことに、感謝したい。 日本にはもともと水墨画があり、線描の伝統があったから、ビアズリーの作品との親和性は高かったのでしょう。彼はまちがいなく現代の日本の一流の漫画、映画、ファッションにも、影響を与え続けています。 ビアズリーがアート・ディレクターを務めた雑誌「イエロー・ブック」の初版全13巻は、小説『サロメ』を書く時に、手元に置きたくて購入しました。あらためて、ビアズリーのモノトーンの世界の潔さに驚かされます。 ビアズリーはこの雑誌の仕事をしていた頃、ワイルドとは既に袂を分かっていました。トコロガワイルドが〇色の咎で収監された際、逮捕時に黄色い本を持っていたと言われ、ビアズリーまで同類とみなされて、アート・ディレクターの任を解かれてしまいました。その黄色い本が本当に「イエロー・ブック」 だったのかは確認されていません。 間もなくしてビアズリーは体調を崩し南仏マントンで亡くなり、ワイルドは出獄後、創作意欲を失って落ちぶれていきます。 二人は運命的に出会い、別れ、そして地に堕ちた。そんな彼らの作品が、美しい果実として今も私たちの中に生き続けていることの不思議さを、思わずにはいられません。 『サロメ』挿絵(1894)*********************************************************■2014.12.18ビアズリー怪奇幻想名品集https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/201412180000/
2025.09.06
コメント(0)

『朝日デジタルの書評から』フォームや『読みたい本』フォームを作っているのだが、これを市図書館の予約に利用しようと、思い立ったのです。これまでの予約内容と予約候補は以下のとおりです。<予約中>・宙かける教室(12/28予約、副本1、予約388)現在114 位・麻田雅文『日ソ戦争』(1/16予約、副本?、予約124)現在33位・天気でよみとく名画(3/22予約、副本?、予約29)現在15位・潤日: 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う(6/20予約、副本?、予約153)現在125位・3ヵ月でマスターする江戸時代(7/04予約、副本1、予約10)現在7位・王谷晶『ババヤガの夜』(8/01予約、副本?、予約47)現在41位・エマニュエル・トッド『西洋の敗北』(8/01予約、副本14、予約288)現在251位・「国境なき医師団」をそれでも見に行く(8/21予約、副本3、予約21)現在21位・新川帆立『女の国会』(9/04予約、副本?、予約?)<カートで待機中>・N・ネフスキー著『月と不死』・グレタたったひとりのストライキ・カズオ・イシグロ『夜想曲集』<予約候補>・テレビプロデューサーひそひそ日記・鴨志田譲×西原理恵子『アジアパー伝』:図書館未収蔵・ジョージ・ミーガン『世界最長の徒歩旅行』:図書館未収蔵・伊予原新『藍を継ぐ海』・ジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』・ケン・リュウ『草を結びて環を衡えん』:図書館未収蔵・九段理恵『東京都道場塔』:図書館未収蔵・外山滋比古『思考の整理学』・ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』・街道をゆく「モンゴル紀行」「南蛮のみち」・畑正憲『どんべえ物語』:図書館未収蔵・ヤマザキマリ『水木しげる厳選集 異』:図書館未収蔵・書いてはいけない日本経済墜落の真相:図書館未収蔵・金水敏『よくわかる日本語学』・大友克洋「童夢」・70歳のバックパッカー・アモリナ・キングドン『魚の耳で海を聴く』・クロード・ルブラン『山田洋次が見てきた日本』・和田秀樹『70歳が老化の分かれ道』・関川夏央『昭和的』:図書館未収蔵<予約分受取:6/12以降> ・白人になれない白人たち(4/05予約、6/12受取)・森永卓郎『身辺整理』(11/20予約、6/12受取)・原爆裁判(9/11予約、6/19受取)・闇の中国語入門(4/13予約、6/19受取) ・官僚国家 日本の闇(10/28予約、7/03受取)・猫社会学、はじめます(12/17予約、7/20受取) ・金原ひとみ「ナチュラルボーンチキン」(12/03予約、7/31受取)・就職氷河期世代(2/02予約、7/31受取)**********************************************************************【宙わたる教室】 伊与原新著、文藝春秋、2023年刊<「BOOK」データベース>より東京・新宿にある都立高校の定時制に集った、さまざまな事情を抱えた生徒たち。彼らは「科学部」を結成し、「火星のクレーター」を再現する実験を始めた。煌々と明かりが灯った夜の教室で、小さな奇跡が起きるー。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(12/28予約、副本1、予約388)>rakuten宙わたる教室【日ソ戦争】 麻田雅文著、中央公論新社、2024年刊<「BOOK」データベース>より日ソ戦争とは、1945年8月8日から9月上旬まで満洲・朝鮮半島・南樺太・千島列島で行われた第2次世界大戦最後の全面戦争である。短期間ながら両軍の参加兵力は200万人を超え、玉音放送後に戦闘が始まる地域もあり、戦後を見据えた戦争だった。これまでソ連の中立条約破棄、非人道的な戦闘など断片的には知られてきたが、本書は新史料を駆使し、米国のソ連への参戦要請から各地での戦闘の実態、終戦までの全貌を描く。<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(1/16予約、副本?、予約124)>rakuten日ソ戦争【天気でよみとく名画】長谷部愛著、中央公論新社、2024年刊<出版社>より「悪魔」の正体は局地風(ゴッホ“星月夜”)、描かれた雲から降水確率もわかる(フェルメール“デルフト眺望”)、天気の表現でわかる作家の出身地などなど、古今東西の名画やマンガを天気という視点で見直すと、意外な発見に満ちている。画家たちの観察眼は気象予報士よりも凄いかも!?さらに、同じ地域でも時代の異なる作品を比較することで、温暖化などの変化に気づくことだってできる。現役気象予報士による美大の人気講義を再現。<読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(3/22予約、副本?、予約29)>rakuten天気でよみとく名画【潤日: 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う】 舛友雄大著、東洋経済新報社、2025年間<「BOOK」データベース>より「潤」は、最近中国で流行っている言葉で、さまざまな理由からより良い暮らしを求めて中国を脱出する人々を指す。もともと「儲ける」という意味だが、中国語のローマ字表記であるピンインでRunと書くことから、英語の「run(逃げる)」とダブルミーニングになっている。「潤日」コミュニティー、多くの日本人が知らぬ間に、中国や日本、そして世界の変化に応じる形で急速に存在感を増しつつある。この全く新しいタイプの中国人移民たちをつぶさに訪ねて耳を傾けると、その新規性や奥深さを痛切に感じるとともに、日本の政治、経済、社会に見逃せないほどの大きなインパクトをもたらしつつある現状が見えてきた。 <読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(6/20予約、副本?、予約159)>rakuten潤日: 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う【3ヵ月でマスターする江戸時代】野島博之、牧原成征、他著、NHK出版、2024年刊<出版社>より知っているようで知らない”江戸時代”を、わかりやすく解説2024年4月に始まった教養番組「3か月でマスターする」。「世界史」、「数学」、「ピアノ」に続く第4弾は、「江戸時代」。この時代、現代につながる文化や学問、経済、政治の仕組みなどが生まれ、発展し、江戸は世界の大都市に成長。まさに、日本の歴史の転換点といえる。江戸時代を学ぶことは日本を学ぶこと。歴史感覚を取り戻し、養うのは、今後日本がどのような進路をたどるのかを知ることにつながる。 <読む前の大使寸評>追って記入。<図書館予約:(7/04予約、副本1、予約10)>rakuten3ヵ月でマスターする江戸時代【ババヤガの夜】王谷晶 著、河出書房新社、2025年刊<「BOOK」データベース>より暴力団会長の一人娘の護衛を任された新道依子。拳の咆哮轟くシスター・バイオレンスアクション!<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/01予約、副本?、予約47)>rakutenババヤガの夜 【西洋の敗北】エマニュエル・トッド著、文藝春秋、2024年刊<「BOOK」データベース>よりロシアの計算によれば、そう遠くないある日、ウクライナ軍はキエフ(キーウ)政権とともに崩壊する。戦争は“世界のリアル”を暴く試金石で、すでに数々の「真実」を明らかにしている。勝利は確実でも五年以内に決着を迫られるロシア、戦争自体が存在理由となったウクライナ、反露感情と独経済に支配される東欧と例外のハンガリー、対米自立を失った欧州、国家崩壊の先頭を行く英国、フェミニズムが好戦主義を生んだ北欧、知性もモラルも欠いた学歴だけのギャングが外交・軍事を司り、モノでなくドルだけを生産する米国、ロシアの勝利を望む「その他の世界」…「いま何が起きているのか」、この一冊でわかる! <読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/01予約、副本14、予約288)>rakuten西洋の敗北 【「国境なき医師団」をそれでも見に行く】いとうせいこう著、 講談社 、2025年刊<「BOOK」データベース>より世界最大の難民キャンプで、作家が出会った「もう一つの戦争」。希望なき世界でたたかう仲間たちを描く、大反響ルポルタージュ!【目次】序章 戦争について/第1章 ロヒンギャ難民キャンプへ/第2章 武装したギャングスタの暗躍/第3章 世界のマイナスが詰まったキャンプ/第4章 高潔で若い人々/第5章 井戸工事とキャンプ最大の病院/第6章 故郷を失った者たちは歌う/「国境なき医師団」インタビュー「故郷を失った人たちの声を聞く」/藤原辰史さんに聞く「歴史の傷と向き合うために」<読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(8/21予約、副本3、予約23)>rakuten「国境なき医師団」をそれでも見に行く 【女の国会】新川帆立著、幻冬舎 、2024年刊<「BOOK」データベース>より野党第一党の高月馨は窮地に追い込まれた。敵対関係にありつつも、ある法案については共闘関係にあった与党議員・朝沼侑子が自殺したのだ。「自分の派閥のトップも説得できていなかったの?法案を通すつもり、本当にあったの?」死の前日の朝沼への叱責が彼女を追い詰めたのではないかと批判が集まり、謝罪と国対副委員長の辞任を迫られてしまう。だが、長年ライバル関係を築いてきた高月には朝沼の死がどうも解せない。朝沼の婚約者で政界のプリンス・三好顕太郎に直談判し、共に死の真相を調べることにー。 <読む前の大使寸評>追って記入<図書館予約:(9/04予約、副本?、予約?)>rakuten女の国会 図書館予約の運用にも慣れて、速攻で入手するコツも何となくつかんだと思うのだ♪・朝日書評欄で探すとしたら、3ヶ月前掲載くらいのモノが狙い目かも。・専門的すぎるほどのモノは、予約0となっていることが多い。・受取館に収蔵しているモノは、移送する手間が省けるので早くなるだろう。・本屋の店頭に出た直後の新刊本・デジタル朝日「好書好日」でめぼしい著作を探す・神戸市図書館の予約順位は毎週火曜日(午前1時~3時) に更新されます。・Kindle版を購入すれば、その本の全て読めるのだが、紙の本から書き写す手間が好きなわけでおます。予約分受取目録R26好書好日トップ図書館情報ネットワーク 蔵書検索
2025.09.05
コメント(0)

『夜のくもざる 』という本に、村上春樹の超短編と安西水丸の挿絵が載っているので・・・復刻して読み直そうと思ったのです。*********************************************************図書館で村上春樹の『夜のくもざる』という本を、手にしたのです。村上春樹が書きためた37編の超短編に安西水丸の挿絵つきという・・・わりと気楽な感じがええでぇ♪【夜のくもざる】村上春樹著、平凡社、1995年刊<出版社>より村上春樹が4年にわたって書きためた超短編から、表題作はじめ37編をチョイス。都会の片隅からひろい上げた、お洒落でライトな、そしてちょっとホロ苦い物語。オール・カラー挿絵入り。<読む前の大使寸評>村上春樹が書きためた37編の超短編に安西水丸の挿絵つきという・・・わりと気楽な感じがええでぇ♪heibonsha夜のくもざるこの本のタイトルになっている「夜のくもざる」を、見てみましょう。p103~107<夜のくもざる> 夜中の二時に私が机に向かって書き物をしていると、窓をこじあけるようにしてくもざるが入ってきた。「やや、黄身は誰だ?」と私は尋ねた。「やや、黄身は誰だ?」とくもざるは言った。「真似をするんじゃない」と私は言った。「真似をするんじゃない」とくもざるは言った。「マネヲスルンジャナイ」と私も真似をして言った。「マネヲスルンジャナイ」とくもざるもカタカナで真似をして言った。 まったく面倒なことになったなと私は思った。物真似の夜のくもざるにつかまると、きりがなくなってしまうのだ。どこかでこいつを突き放さなくてはならない。私にはどうしても明日の朝までに仕上げなくてはならない仕事があるのだ。こんなことをいつまでも続けているわけにはいかない。「へっぽくらくらしまんがとてむや、くりにかますときみはこる、ぱこぱこ」と私は早口で言った。「へっぽくらくらしまんがとてむや、くりにかますときみはこる、ぱこぱこ」とくもざるは言った。 そう言われても、こっちも口からでまかせを言ったわけだから、くもざるが正確に真似できたのかどうか判断はできなかった。「よせよな」と私は言った。「ヨセヨナ」とくもざるは言った。「違うぞ、今のは平かなで言ったんだ」「違うぞ、今のは比良かなで行ったんだ」「字が違ってるじゃないか」「時が違ってるじゃないか」 私はため息をついた。何を言ったところでくもざるには通用しないのだ。私はそれ以上何も言わずに黙って仕事をつづけることにした。でも私がワードプロセッサーのキイを押すと、くもざるは黙ってキイを押した。ぽん。でも私がワードプロセッサーのキイを押すと、くもざるは黙ってキイを押した。ぽん。よせよな。よせよな。『夜のくもざる』4:「夜のくもざる」『夜のくもざる』3:スパナ『夜のくもざる』2:ドーナツ化『夜のくもざる』1:コロッケ*********************************************************■2023.04.10『夜のくもざる』4https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202304100002/
2025.09.04
コメント(0)

今回借りた3冊です。だいたい支離滅裂に借りているけど、今回の傾向は強いていえば、「雑誌」でしょうか♪<市立図書館>・アエラ№.36・芸術新潮2月号・歴史の予兆を読む<大学図書館>(ただいま市民への開放サービスを休止中)図書館で手当たり次第で本を探すのがわりと楽しいが・・・これが、図書館での正しい探し方ではないかと思ったりする(笑)***********************************************************【アエラ№.36】雑誌、朝日新聞出版 、2025年刊<商品説明>より●巻頭特集:海外移住という選択日本人の海外移住がじわりと進んでいます。外務省の海外在留邦人数調査統計によると、2024年10月1日現在で海外の永住者は前年より5657人増えて過去最多の58万384人になりました。25年前と比べて2倍以上です。ただ、世界的にビザの申請条件が厳しくなっているうえ、円安が進み、海外移住は難しい状況になっている現状もあります。いま移住するのにおすすめの国はどこか、教育移住だとどの国がいいのか、など最新事情を専門家が解説します。一方、資産の保護や良い教育環境を求めて日本への移住を目指す中国人富裕層の実態も追いました。 <読む前の大使寸評>追って記入rakutenアエラ№.36【芸術新潮2月号】雑誌、新潮社、2025年刊<「BOOK」データベース>より雑誌につきデータ無し<読む前の大使寸評>追って記入rakuten芸術新潮2月号【歴史の予兆を読む】 池上彰×保阪正康著、 朝日新聞出版、2022 年刊<「BOOK」データベース>よりウクライナ侵攻から第三次大戦への道は避けられるか。日本が侵略された際に考えうる「3つのシナリオ」とは。人類の悲劇と英知がすべて集約された「昭和」からいま何が学べるかー?あとから思えばこうだった、は誰でもできる。二大ジャーナリストはあえて「難題」に挑んだ。戦争、米欧中露の動き、新しい帝国主義、貧困と格差拡大、気候変動、社会変革の新しい芽、日本人の思考の陥穽…失敗を繰り返さないために、歴史の予兆をつかむヒントをさぐった。 <読む前の大使寸評>追って記入rakuten歴史の予兆を読む
2025.09.04
コメント(0)

予約していた『猫社会学、はじめます』という本を待つこと7ヵ月ほどでゲットしたのです♪猫社会学という学問があるのか。だが、そんな学問があろうが、かつまた、なかろうが猫は可愛いわけで・・・チョイスした次第です♪*********************************************************【猫社会学、はじめます】 赤川学(著・編)、筑摩書房、2024年刊<「BOOK」データベース>より猫が教えてくれた、「ただ、いるだけ」の価値。約9500年にわたる猫と人類の歴史のなかで、もっとも関係が深まったのが現代。その諸相に光を当て、“猫と人間の幸福な未来”を構想。猫を愛する社会学者たちによる“猫社会学”の誕生!<読む前の大使寸評>猫社会学という学問があるのか。だが、そんな学問があろうが、かつまた、なかろうが猫は可愛いわけで・・・チョイスした次第です♪<図書館予約:(12/17予約、副本?、予約19)>rakuten猫社会学、はじめます特別対談『猫が教えてくれた、「ただ、いるだけ」の価値』赤川学×斎藤環の冒頭から見てみましょう。p189~193<深い喪失感>斎藤 (Zoomの)背景の3匹の猫は、赤川さんがいま飼っている猫ですか?赤川 そうです。飼い始めたのは2016年からで、1年に1匹ずつ増やしていきました。その前に、もう16歳になっていた猫が亡くなりまして・・・。斎藤 にゃんこ先生ですね。赤川 はい。2011年ににゃんこ先生が亡くなったときは、ペットロス症候群みたいになってしまいました。それで配偶者が心配して、新しい猫を迎えることになった次第です。 斎藤さんは、愛猫のチャンギさんを見送られたと。斎藤 そうですね。チャンギが亡くなったのは2021年3月のことでした。赤川 チャンギさんを飼うことになったきっかけは何だったんですか?斎藤 雑誌の『BRUTUS』で私の対談記事が掲載された号(2009年3月15日号)でたまたま猫特集をやっていて、妻がそこに載っていたシンガプーラという種類の猫を非常に気に入ったんですね。 当時はプララという、野良上がりの雑種犬を飼っていたんですけれども、かなり高齢で認知症も発症していて、たぶん余命わずかだろうという状況でした。 一方、息子は大学生で家を出ていて、私も職場の関係で住居が別で、週末婚の状態だったものですから、妻が孤独になってしまうことを恐れていました。それで、ブリーダーさんと連絡を取り、メスのシンガープーラを譲り受けることになりました。赤川 一緒に暮らしてみて、犬と猫の違いは感じられましたか。斎藤 もちろん犬もいいんですけれども、犬は散歩の負担が結構あったりしまして、猫にはそういった負担はほぼないですよね。ただ気ままに動き回っているだけでも、生活に潤いをもたらしてくれました。赤川 なるほど。斎藤 そうやって12年間、楽しく暮らしてきたのですが、高齢になったところで腎疾患が始まりまして、猫の宿痾ですけれども。 猫好きからは絶対に叱られてしまうし、実際痛恨事ではあるんですが、2019年の正月に家族でシンガポール旅行に出かけたんです。帰宅してみると、自動給餌器の餌が溢れかえっていました。チャンギはじっとうずくまって好物の猫缶にも口を付けない。つい「淋しかったのかな」とかメンタルな原因を想定してしまった私も大馬鹿野郎なのですが、ともあれ翌日、動物病院で診てもらったら、腎機能の指標でもあるクレアチニンの値が8を超えていて、即日入院。そのときは10日ほどで退院となり、家での治療となりました。(中略)赤川 大変だったんですね・・・。でも、自宅で看病しながら一緒に過ごすことができたと。斎藤 ただ、2020年の年末ごろから腎機能がどんどん低下していき、再び入院しました。もともと先天性と思われる心筋症の持病があって、心不全に近い状態になってしまい、肺に水が溜まって肺水腫を起こしてしまった。本当にもうどうしようもなくて。点滴を続けると肺水腫が始まってしまうし、やめると腎機能が低下して尿毒症になるという。赤川 苦しいですね。斎藤 最後は家で看取ろうと思ったんですけれども、家に連れ帰ったらいきなり呼吸困難になってしまって、急遽、病院に戻り、その翌日に看取ることになりました。もっとも私は遠方の仕事で付き添えず、病院を相対した妻の腕の中で息を引き取りました。 あんまり衰弱しないまま亡くなってしまったので喪失感も深く、私もかなり泣いちゃいましたね。肉親が死んでもめったに泣かない冷血人間なんですけれども、チャンギの死には本当にやられました。でも、私よりも妻のダメージのほうが非常に大きくて。 懐いていたのもどちらかというと妻のほうでしたし、ずっと同居して一緒に触れあって過ごす時間がはるかに長かったこともあって、ペットロス状態が半年、いや1年くらい続きました。まだ「完治」とは言えないかもしれません。火葬車を家に呼んだとき、妻はラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」をピアノで弾いてチャンギを送り出したのですが、それ以降、この曲で妻は泣いてしまうことがしばらく続きました。赤川 とてもよくわかります。『猫社会学、はじめます 』1:猫はなぜ可愛いのか?
2025.09.03
コメント(0)

『実力も運のうち 』という本に、トランプさんのポピュリスト的当選が載っているので復刻して読み直そうと思ったのです。この本の発刊当時(2021年刊)にはトランプさんの本当の恐さが見えていなかったようです。*********************************************************図書館に予約していた『実力も運のうち』という本を、待つこと3ヶ月ほどでゲットしたのです。 マイケル・サンデル教授といえば、NHK番組「ハーバード白熱教室」で正義について語ってきたリベラリストであったことを、よく覚えています。・・・さてアメリカの能力主義は果して正義だったのか?【実力も運のうち】マイケル・サンデル著、早川書房、2021年刊<「BOOK」データベース>より「努力と才能で、人は誰でも成功できる」この考え方に潜む問題が見抜けますか?100万部突破『これからの「正義」の話をしよう』から11年ー格差と分断の根源に斬りこむ、ハーバード大学哲学教授の新たなる主著。<読む前の大使寸評> マイケル・サンデル教授といえば、NHK番組「ハーバード白熱教室」で正義について語ってきたリベラリストであったことを、よく覚えています。・・・さてアメリカの能力主義は果して正義だったのか?<図書館予約:(5/05予約、副本1、予約73)>rakuten実力も運のうち第1章から、見てみましょう。p29~32第1章 勝者と敗者 民主主義にとって危機の時代である。外国人嫌悪の高まりと、民主的規範の限界を試す独裁的人物への国民の支持拡大に、それが見てとれる。こうした動向はそれ自体がやっかいなものだ。同じく憂慮すべきなのは、主流派の政党や政治家が、世界中の政治をかき乱している不満についてほとんど理解を示していないという事実である。 ある人たちはポピュリスト的ナショナリズムの高まりを、移民や多文化主義に対する人種差別的な外国人嫌悪の反応にすぎないとして非難している。またある人たちは、主に経済的観点から、グローバル貿易と新たなテクノロジーによってもたらされた失業への抗議だと捉えている。 だが、ポピュリストによる抗議のなかに偏見だけを見るのは、あるいは、それを経済的な苦情にすぎないと考えるのは間違いだ。イギリスにおけるブレグジット(EU離脱)の勝利と同様に、2016年のドナルド・トランプの当選は、数十年にわたって高まりつづける不平等と、頂点に立つ人びとには利益をもたらす一方で一般市民には無力感を味わわせるだけのグローバリゼーションに対する怒りの評決だったのだ。 それはまた、経済や文化に置き去りにされていると感じる人びとの憤りに鈍感な技術官僚的政治手法への叱責でもあった。 厳しい現実は次のようなものだ。トランプは、不安、失望、正当な不満で満たされた水源の栓を抜くことによって当選したが、主流派の政党はそれらの感情に対する説得力ある答えを持っていなかったのである。 ヨーロッパの民主主義も似たような苦境に立たされている。これらの政党は、国民の支持を取り返したいと望む前に、自らの使命と目的について考え直さなければならない。そのためには、自分たちを追い落したポピュリストによる抗議から学ぶべきだ・・・その外国人嫌悪や声高なナショナリズムに倣うのではなく、こうした醜い感情が関わっている正当な不満を真摯に受け止めることによって。 この点を考えるにはまず、これらの不満は経済的なものであるばかりでなく、道徳的・文化的なものでもあり、賃金や仕事に関わるだけでなく、社会的敬意にも関わるということを認識する必要がある。 ポピュリストによる抗議の標的にされている主流派の政党や政治エリートは、その抗議を理解しようとして悪戦苦闘している。そこに見られる不満への診断として、彼らは二つのうち一つを取るのが普通だ。つまり、移民や人種的・民族的マイノリティへの敵意であるとするか、あるいはグローバリゼーションとテクノロジーの変化に直面しての不安であるとするのだ。これらの診断はともに重要な何かを見落としている。(中略) これらの診断はいずれも一面の真理を含んでいる。だが、どちらの診断もポピュリズムを正当に扱っていない。ポピュリストによる抗議を邪悪であるとか見当違いであるなどと解釈すれば、労働の尊厳をむしばみ、多くの人が見下され、力を奪われていると感じるような状況をつくり出した政治エリートの責任を免除することになる。この数十年にわたる労働者の経済的・文化的地位の低下は、避けがたい力の帰結などではない。主流派の政党とエリートによる統治手法の帰結なのだ。『実力も運のうち』2:ドナルド・トランプの当選『実力も運のうち』1:プロローグ *********************************************************■2021.09.13『実力も運のうち』2https://plaza.rakuten.co.jp/foret/diary/202109130002/
2025.09.02
コメント(0)

「内田樹の研究室」の内田先生が日々つづる言葉のなかで、自分にヒットするお言葉をホームページに残しておきます。最近は池田香代子さんや、関さんや、雨宮さんなどの言葉も取り入れています。(池田香代子さんは☆で、関さんは△で、雨宮さんは○で、池田信夫さんは▲、高野さんは■で、金子先生は★、田原さんは#、湯浅さんは〇、西加奈子さんは♪で区別します。今回表示分は*)*「内田樹論第三部」 のためのまえがき* 勝ちに居着く・ 敗戦から80年・ 日本の現状と危機について ・沈む祖国を救うには・『知性について(仮題)』まえがき・これだけは確かなもの・兵庫県知事選とメディアの役割・自由の森学園創立40周年記念講演「教育と自由」・「パンとサーカス」解説・共感ベース社会の陥穽・死ぬってどういうことですか?・2024年度寺子屋ゼミのテーマは・箱根の温泉で感じた中国のリアル・『本の本』あとがき・「宗教の本領」とは何か?・『街場の米中論』を読んで・月刊日本インタビュー「ウクライナとパレスチナ」・高校生に言いたかったこと・宮﨑駿『君たちはどう生きるか』を観て・平川克美『「答えは出さない」という見識』(夜間飛行)書評・「怪物」公式パンフレット解説・白井さんと話したこと・3.11から学ぶこと・韓国の地方移住者たちに話したこと・生産性の高い社会のゆくすえ・ウクライナ危機と反抗・「生きづらさについて考える」単行本あとがき・「街場の米中論」まえがき・図書館の戦い・村上文学の意義について・統一教会、安倍国葬について他・安倍政治を総括する(目次全文はここ)(その77):『「内田樹論第三部」 のためのまえがき』を追記2025-08-25『「内田樹論第三部」 のためのまえがき』より そして、2025年という今、ここ韓国で内田樹の思想を紹介することには、特別な意味があると信じております。彼の著作は、いわば「不可視のインクで書かれた古文書」。それ自体は、完成された答えを与えてはくれません。しかし、2025年を生きる私たちが抱える困難や希望、その切実な思いという名の「光」を当てる時、古文書の文字は初めてその姿を現し、私たちに雄弁に語りかけ始めるのです。 内田樹を読むとは、完成された地図を頼りに宝を探す旅ではありません。それは、彼の「他者性」と、私たち自身の「唯一無二性」とが火花を散らし、共鳴し合う、「奇跡的なダンス」のフロアに身を投じること。このダイナミックなダンスを通じて、私たちは内田樹という思想家を、私たち自身の時代と場所における「生きた師」として踊りながら再創造し、同時に、彼という触媒を通して、昨日までの自分とは違う「新しい自分」へと生まれ変わっていくのです。 おそらく、「本当の内田樹」や「唯一絶対の正しい読み方」などというものは存在しません。むしろ、それを探し求める態度は、彼の思想が持つ、絶えず生成し続ける生命力そのものを窒息させてしまうでしょう。彼からの最大の贈り物は、完成された理論体系ではなく、世界と人間を問い直し、予測不能な「急場」を生き延びるための、しなやかで強力な「思考の道具箱」そのものなのです。 この最高の道具箱を手に、私たち自身の問いを深く生き抜くこと。師との対話の中で、自己変容を恐れず、新たな自分を生成し続けること。それこそが、師の知性を真に受け継ぐということだと、私は確信しております。 この本が、読者の皆様にとって、内田樹の思想との「宿命的な出会い」のきっかけとなるならば。そして、その出会いが、皆様自身の「楽器」を手に取り、新たな自分へと変容していく冒険の始まりを告げるファンファーレとなるならば、著者としてこれ以上の喜びはありません。(㋇25日) 2025-08-09『勝ちに居着く』より 今の日本は息苦しい。社会に流動性が欠けているからだと思う。階層下位の人間の前にはキャリアパスが開けず、支配層は権力と財貨を占有している。「勝ち組」「負け組」という言い方が流行ったのは、「組」という語にインパクトがあったからだろう。「組」でも「党派」でも「部族」でも、なんでもいい。要は同質性の高い集団が排他的に固まり交流を拒否しているというのが流動性を欠いた社会の特徴である。現代日本はそのような社会になりつつある(日本だけではないが)。 なぜ、社会的流動性が失われたのか。私は「競争」のせいだと思う。勝敗を争い、優劣強弱を競うことによって人間はその能力を最大化するというのは現代において支配的な人間観である。確かにここにはそれなりの経験的根拠はある。でも、競争を通じてのみ人は能力を高めるという命題は真ではない。少なくとも私には妥当しない。それは私が「競争する人」ではなく、「修行する人」だからである。 武道修行では「勝負を争わず」ということを最初に教えられる。そう言うと驚く人がいるが、考えればわかる。負ければ負けに居着き、勝てば勝ちに居着く。そして、「居着き」こそは修行上の最大の禁忌だからである。 修行というのは連続的な自己刷新のことだ。だが、「勝ちに居着いた人」人はもう成功体験を手離せなくなる。「勝ちパターン」を繰り返し、他人にも「成功するにはこうしろ」とうるさく教えるようとする。そうやって「勝ちに居着いた人間」は成長を止める。 私たちの社会が今息苦しく感じられるのは「成長することを止めた成功者たち」がおのれの生き方を標準的なものとして他人に押し付けようとするからである。その発想の貧しさが私たちを窒息させるのである。もう一度清涼な空気を社会に呼び戻したい。以降の全文は内田先生かく語りき62による。内田先生かく語りき76
2025.09.01
コメント(0)
全32件 (32件中 1-32件目)
1

