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今日はこんな遅い時間になってしまいましたが、おととい年末の紅白歌合戦出場歌手が決定しました。NHKに対してのもろもろの問題はさておき、個人的には幼少のころからずっと見続けています。北京に駐在していたときも年末は必ず日本に帰国し、その年に流行った歌を確認するためにも欠かさず見ていました。そんなことで40すぎのおやじではありますが、J-POP系の歌などは、流行った歌を中心にずっとチェックしていますので若い歌手も意外と知っております。歌番組は毎週カウントダウンTVとか、ミュージックステーションも大体ビデオ録画して見ていたりします。で、今年の紅白出場歌手はこんな感じです。主に癒し系的でバラードを歌う女性歌手に関心があります。aiko、大塚愛、中島美嘉などが好きですが、今年初出場の絢香(あやか)に今注目しています。彼女確かまだ高校生ですが、歌唱力はなかなかのものです。歌声はとても高校生には聞こえません。独特の歌い方も特徴的で一押しです。最近ほとんどカラオケに行く機会がありませんが、今度歌ってみたいと思ったりしております。今日は遅いので短めに、ミーハーなおやじでした・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.30
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虚弱体質なもので、ちょっと疲れると終電前でもタクシー帰りするおやじです。というか、北京駐在のときはいつもそうでしたので、帰国後7年経ちますがついタクシーを停めてしまう誘惑にかられます。今日もタクシー帰りしてしまいましたが、いろいろな運ちゃんがいるものです。今日の運ちゃんは経験が長くないようで、あまり道を知らず、教えてあげたら「勉強になりました」と逆にお礼を言われました。運転も至って安全運転でした(でも1ヶ所赤信号を見落としましたが)。最近は仕事柄かつ趣味でもありますが、タクシーについているカーナビが気になって、よく運ちゃんに話しかけます。自分の車のカーナビは99年製なのでだいぶ型が古く、機能もそんなにたくさんついていないのですが、最近のタクシーにはほとんどカーナビがついていて、それも最新型のものが結構ついています。カーナビ以外にもETCも大半ついていますし、カード払い用の無線端末もほとんど標準装備されています。個人タクシーなどでIT好きの運ちゃんはカーナビがなぜか2台もついている車もあったりしました。前に話をしたことのある運ちゃんによれば、最近はタクシー運転手のなり手が少ないそうで(景気が良くなったんですかね)、運転手募集の絶対条件に「カーナビが装備されていること」があって、そうでないと人が集まらないと言っていました。確かに東京の道を運転するのはカーナビがないとなかなか大変ですので、そういう話は理解できますが、それでタクシー会社も設備投資が結構大きくなっているようです。さて、話は変わりますが、90年代中盤に北京に赴任したときは、タクシーはほとんどこんなやつでした。左の黄色いワンボックスは農民が手っ取り早く現金収入を稼ぐために、たぶん初期投資が少なくて済むこのタクシーが一斉に広まりましたが、サスペンションも悪く、乗り心地は極めて最悪でした。この色から「黄虫」(「蝗虫」=イナゴとかけていた)といわれていましたが、確か98年ごろに廃止されたと思います。その後主流になったのは右の「夏利」(シャレード)でした。これも座席は狭く、中国の習慣として一人で乗るときは普通助手席に乗りますが(二人で乗っても一人は前に乗ります)、乗り心地はよくなかったですね。あるとき、これに乗って帰宅するときに、ハッチバック式になっている後ろのドアが何かの拍子にそのガラスが割れて、危なく事故になりそうになったことも思い出します。そもそも運転が荒すぎるので、なるべく死なないように私は一人でも後部座席に座っていましたけど。それに比べると、写真はありませんが、最近の北京のタクシーは見た目はきれいになりました。空港から市内のK飯店まで65元でしたが、前よりも安くなったような気がします。オリンピックを控えていることや、消費者からのクレームが相当多かったと思われることから、客がぼられることのないように規制が厳しくなったように見えました。でも、そういうことに影響を受けない、運転の仕方や運転手の態度としてはいまだに問題がありましたけどね。やはりタクシーに乗るなら日本です。日本ほどタクシーがきれいな国はないと思います・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.29
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先日、第2次大戦時の硫黄島の米軍上陸を描いた「父親たちの星条旗」という映画を見たことを日記で書きました。その中で、「硫黄島」を英語で言う場面が何度か出てきますが、スペルはIwo-Jimaと書いて「イウォジーマ」(「ジ」にアクセントが来ます)と発音されていました。「いおうじま」はローマ字で書けば「Iojima」が正当だと思いますがなぜか「お」の部分が「wo」となっています。平仮名で書くと昔の仮名遣いで「いをじま」と書いたということなのかよくわかりません。「教えてgoo!」という質問回答サイトがあり、たまに私もここを訪問して質問側・回答側両方に参加していますが、この「を」という文字の発音についての論争(?)に加わったことがあります。→http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2036003.html「を」を「o」または「wo」と発音するかは、方言は別としても、「o」と発音するのが一応標準発音だと思いますが、皆さまはどう発音されますでしょうか。強調して「を」という字であることを示す必要があるとき以外は「wo」と発音することはないと思います。最近の歌手は歌の中で「を」が出てくると「wo」と発音する人が大半を占めるようになりましたが(「お」を「wo」と発音する人も結構います)、通常の会話の発音では「o」が正当だと思います。でも意外と全国的にはそうでない人もたくさんいるようで、日本語の奥の深さを感じている次第です。言語マニア(発音マニア)としてはこういう些末なことも気になります・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.28
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今日は晩に仕事の関係の人とこの店(玉ひで)に行きました。会社からほど近いところにありますが、ここは江戸時代から歴史がある親子丼の超有名店で、軍鶏の卵を使った親子丼はとても美味です。昼間にここに行くと、最低でも30分以上は並ばないと入れない店です。1時間近く待って店の中にいるのはせいぜい15分くらいといった感じで、混んでいるときは行列は100m以上にもなります。今日は初めて夜に行ったので並ぶ必要はなかったですが、東京近辺の方、一見の価値はあります。どのグルメガイドにも絶対載っている店です。今日食べたのはこれ(お店のHPより)。軍鶏鍋です。これは定番の親子丼。この店、テレビにも結構よく出ます。お店の人によれば少し前にこの店の主人と小学校の同級生という、野沢直子が来たそうです。ミーハーな方、ぜひ一度どうぞ・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.27
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週末は道の駅めぐりドライブを常としていますが、最近は日も短く、紅葉も一段落気味、かつ会社で仕事をしていたので、帰りに家の近くの日帰り温泉立ち寄りのみで、久しぶりに移動距離が短い週末になりました。そんなことで(あまり関係ないかも)、久しぶりのアフリカシリーズ、「ガーナ」です。ガーナは西アフリカ・ギニア湾の北側にあって、細かな国がたくさん並んでいるうちのひとつで、率直に言うと田舎の国です。オスマン・サンコン氏のギニアはガーナの左4軒くらい先、ゾマホン氏のベナンは右側2軒となりいった位置関係にあります。ここも10年少し前、アフリカの仕事をしていたときに3回ほど行く機会がありました。チョコレートの名前にあるように、カカオの産地になっています。首都はアクラというところで、海沿いの小さな町です。ここの写真は撮らなかったので何もありませんが、代わりにこんな写真をどうぞ。きれいなトカゲです。アクラ市内ではいたるところにこのトカゲ(30cmくらいあります)にお目にかかります。ホテルの渡り廊下でもよく見かけました。アフリカというと動物がたくさんいるイメージが強いかもしれませんが、サファリなど野生動物が見られるところは東アフリカ(ケニアやタンザニア)、南部アフリカ(南アフリカなど)が中心で、西アフリカにはほとんどいません。ガーナで見たのはこのトカゲだけです。ガーナにはあまり観光地らしい観光地もないのですが、一度週末に首都から西へ車で2時間くらいのところにあるケープコースト(Cape Coast)というところに行きました。道中はこんな感じ。ちなみにこれは運ちゃん。 観光地にするのはどうかとも思いますが、かつてケープコーストは奴隷の積出港として栄えた場所です。ここから大量の黒人奴隷がアメリカ大陸などに運ばれました。こんなところです。ギニア湾(大西洋)がよく見え、景色はとてもいいところでした。でも中には奴隷積み出しが行われたときの展示も確かあって、悲しい内容でした。現地の人たちも大勢見学に来ていましたが、どう思うんでしょうかね。北京にある「抗日記念館」のようなものかもしれませんが、中国さまのようにそれをネタにゆすることもせず、ガーナ人はいたっておとなしくて穏やか、明らかにいい人が多かった印象があります。ちなみに国連のアナン事務総長もガーナ人ですが、見ていてそれに通じるものを感じてしまいます・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.26
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今ちょうどフジテレビで、奇跡の夫婦愛スペシャル・第二夜 「遙かなる約束・50年の時を越えた運命の愛あなたは愛する人を50年待ち続けられますか日本とロシア国境を越えた壮絶な愛の実話」 (ちょっとタイトル長すぎ)というドラマが放送中です。日記を書きながらこれを見ています。この話、予告編を見ていたので大雑把な内容としてはこんな感じです。戦後、いわれなき罪をかぶせられて突然家族と離れ離れになり、シベリア抑留後ソ連・ロシアに50年間も滞在する結果となって、やっと昨年50年ぶりに日本に帰国、奥さんと再会を果たすと言う完全な実話に基づくものです。戦争に翻弄された方々の人生を興味本位に語るべきではないと思いますが、この時代に生きた方がだんだん少なくなりつつある今、こういう事実は事実として伝えていかなければいけないと思います。さて、ロシアがらみのドラマなので、マイナーとかマニアックな言語とはいえませんが、ロシア語について少々小ネタとしてご紹介します。ロシア語は個人的には英語の次の外国語として中2のときにラジオ講座を聞いたので特に印象は深いです(ちゃんとしゃべるのは無理ですが耳が若かったので発音はそれなりにいけると思います)。ロシア語で使われる文字、キリル文字について知っていることを少々。アルファベットはこんなふうになります(全33文字)。大文字はこれ→АБВГДЕЁЖЗИЙКЛМНОПРСТУФХЦЧШЩЪЫЬЭЮЯ小文字はこれ→абвгдеёжзийклмнопрстуфхцчшщъыьэюя初めて勉強したとき面白いと思ったのは、英語のアルファベットと見た目は同じなのに発音が全然違う字があること。例えば、顕著なものとしては、Н:「エイチ」ではありません。「エヌ」と読みます。[n]の音です。Р:「ピー」ではありません。「エル」と読みます。巻き舌の[r]の音です。Х:「エックス」ではありません。「ハー」と読みます。喉の奥から強く息を出す[h]の音です。У:「ウー」と読みます。母音の[u]です。あと、英語のアルファベットとは向きが反対になるものがいくつか。И:「イー」と読みます。Nとは何の関係もありません。Я:「ヤー」と読みます。Rとは何の関係もありません。ちなみに「私」のことをЯといいます。この字を少し知っていると暗号のようにも使えます。私のハンドルネーム「高島平」はこの文字で書くと、ТАКАШИМАДАИРА となります。ロシア語ははるか30年近く前に勉強した後は、ごく短期間しか復習していないので全然使えませんが、ソ連の時代から一度行ってみたいと思っていました。最近は中国人さまも大挙してロシア極東地域に浸透していると聞きますし、新潟からはわずか2時間でウラジオストックに行けたり、北海道からもサハリン方面の便があったりしますので、来年の夏ころには一度行ってみようと今から計画を立てているところです。来年の夏までこのブログが続いていれば、ロシア極東の中国人の様子を是非アップできればと思っています。では、またドラマに戻ります・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.25
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著しくマイナーでマニアな言語シリーズです。アフリカ南部で話されているXhosa(コサ)語とSwazi(スワジ)語です(両方とも南アフリカの公用語。後者はスワジランドの公用語)。昔アフリカの仕事をしていたときに、南アフリカやスワジランドに行ったことがあります(7月25日と7月27日の日記でも書きました)。ここで直接耳にすることができたこの二つの言語には世界的にもこのあたりにしかない、クリックサウンド(粘着音ともいいます。PCの「クリック」(=「カチッ」という音)の意味と同じ)があることでかなり特殊なものです。この音を文章で説明するのは非常に難しいですが、例えば犬や猫を呼ぶときに「チュッチュッ」といったり、舌打ちするときの音に似ています。普通、言語の発音(母音も子音も)は息を吐きながら行うものですが、このクリックサウンドというのは息を吸いながら発音するということで、相当特殊だといえます。ネット上でこの音を聞けるサイトはないか、探してみたところ、ありました。これです。http://www.phonetics.ucla.edu/course/chapter6/xhosa/xhosa.html(単語のところをクリックすると音が聞けます。Windows Media Playerが開くはずです。音量は少々小さいです。ソフトが対応していない方、すいません)クリックサウンドも3種類(上のサイトの縦の列3つです)あり、舌先が前歯の裏(「ツ」で息を吸う感じ)、硬口蓋(北京語のZHの舌の位置で息を吸う感じ)、舌の両側(「チュ」で息を吸う感じ)のように分けられます。このサイトでもよく聞くとわかりますが、途中で息を吸う音が入ると相当違和感を感じます(どうでしょう?)。コサ語とスワジ語はどう違うのかよくわかりませんが、この3つのクリックサウンドは両方にあったと思われます。スワジランドという国に行ったとき、現地の人同士がこの言葉を話すのを結構長く聞きましたが、とても印象深く記憶に残っています(もちろん外国人には英語を話しますが)。スワジランドではクリックサウンドを語頭に含むNcane(「c」が上で言ったクリックの一番左の音で、さらにその前が鼻音化します)という姓の人がやたらたくさんいて困りましたが面白かったです。こういう音まねは得意でしたので、真似してNcaneさん!と呼んだら現地人に喜ばれました。世界にはいろいろな発音があるものです・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.24
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この前行った超巨大ショッピングセンター・イオン浦和美園SCで、MYCAL CINEMAのきれいな映画館があったので、久しぶりに映画でも見に行こうかと思っていましたが、ちょうどクリント・イーストウッド監督の硫黄島2部作をやっていることがわかりました。ウェブサイトを見ると、電子チケット(e席リザーブ)というのが簡単に買えそうなので、試しにやってみたら至極簡単にできるんですね。席も事前に指定でき、支払いはカード払い、現地で機会にカードを読み込ませてチケットを入手するというだけで済むのでとても便利です。ここ10年以上映画館には行ったことがありませんでしたが、今は事前にネットで情報を調べて並んだり立ち見などせずに、広いスクリーンでのびのびと見るというスタイルにいつの間にか変わっていたのでしょうか。映画館も実にきれいで、数本の作品が同時に上映していました。昔の映画館の面影はほとんどないですね。こんな感じのところでした。 さて、見たのは硫黄島2部作のうち今上映中なのは「父親たちの星条旗」です。ストーリーはこちらをご覧ください。このサイトにも書いてありますが、第2次大戦中の米軍の硫黄島上陸で山の上に星条旗を立てた数名の兵士が「英雄」に祀り上げられ、国からは戦時国債の宣伝役として利用される一方、戦地での事実や若い兵士の相反する感情を描いたものです。硫黄島の戦闘シーンなどかなりリアルな内容もあり、見ごたえがありました。ここのところ涙腺がかなり弱くなったおやじとしては、結構泣かせてもらいました。12月初旬から始まる2部作の2作目、渡辺謙が主役で日本側の視点から見た「硫黄島からの手紙」の予告編が最後に流れましたが、予告編を見ただけで泣いてしまいました・・・。渡辺謙の方もたぶん見に行くことになりそうです。さて、まったく関係のない話ですが、ライブドアが発行しているメールマガジン経由で以下のような記事を見つけました。「漢字発明は韓国人」 「荒唐無稽」と中国憤激まあ、一部の人の話ではあるのでしょうが、韓国さまもなかなかやるものです。「孔子は中国人」とも言っているそうです。あまりコメントするのも馬鹿馬鹿しいのであとは皆様のご判断におまかせいたします。ではまた。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.23
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言語マニアシリーズ復活します。「サンスクリット」という言語をご存知でしょうか。日本語では梵語などと言ったりします。残念ながらサンスクリットという言葉は昔のインドで使われていた言語なので、今これをマスターできたとしても、どこかで会話ができるというわけではありません。ラテン語や古典ギリシャ語などと同様、古典語の部類に入ります。お墓の後ろに立っている卒塔婆の文字などはこのサンスクリットで使う文字(梵字)で書かれているので、目にしたことのある方も多いかもしれません。テレビで見ましたが、最近ではパソコンで入力すると直接卒塔婆に梵字がプリントアウトできるソフトもあるようで、お寺では重宝されているとのこと。サンスクリットという言語そのものは このあたりのページに詳しく書いてあります(文字もここで見れます)のでご覧ください。私は大学2年のとき、このサンスクリットの授業をとりましたが、特にインドに関心があったりしたわけでなく、言語マニアの一環として物理的に選択できる時間に授業があったのでとったわけでした。サンスクリットという言語そのものは非常に難しく、単数・双数・複数などの数や名詞もたくさんの「格」に変化するのでかなり複雑・難解です。授業ではローマ字で習いましたが、本来は今のインドのヒンディー語でも使う文字で書きますので、ここまではなかなか覚えられませんでした。サンスクリットの授業で印象深かったのは、言語そのものというより、それを教える先生でした。その先生は群馬県の高崎あたりで確かお寺の坊さんをやっている人で片手間にサンスクリットの講師をやっているといった感じでした。見た目も背広は着ていましたが頭は坊さんでした。週1回、わざわざ群馬方面から電車で通ってこられていました。授業も年度の後半の方になると、私を含め学生は3人(みんな知り合い)くらいしかいないマニアックな授業でしたので、先生がせっかく遠くから来るのに学生がだれも出席していないと申し訳ないということで、何とか毎週みんなで頑張って授業に出続けました。そういうマニアな学生に気を使ってか、先生の方もなかなか面白い話をしてくれたことを覚えています。特に、サンスクリットで書かれた詩を読んでくれたことがあったのですが、独特の音楽もしくは詩吟のような調子で発せられたサンスクリットはとても耳に心地よく、少々大げさではありますがまるでインドの奥地に行って坊さんの読経を聞いているような感覚をもちました。それ以来、サンスクリットなどというものに接することはありませんが、ただひとつ覚えている言葉はテキストの一番最初にあった「アシュヴォ ダーバティー」(馬が走る)という言葉です。実用には全く役に立ちませんが、今でも強い印象の残っている言語です・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.22
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昨日に引き続き、まず塩原あたりの紅葉から一枚。塩原を抜け、最近は大田原牛で有名な大田原市に入ります。これは大田原市北部にある道の駅「那須与一の郷」。この銅像が那須与一という人です。「那須」という地名はこの人に由来していたかと思います。左側にはさらに与一博物館のようなものを建設中でした。南の方角へ数10km下ったところにある「ばとう」(那珂川町、旧馬頭町)。このあたりも温泉で有名のようです。ここから東へ40km以上走り、茨城県に入りました。茨城県北部・常陸太田市(旧水府村)に、日本の歩行者用吊橋としては一番長い、竜神大吊橋というのがあります。この橋は竜神峡という渓谷にかかっています。もともとここは約1年半くらい前に行ったことがあり、これをきっかけに毎週末ドライブをするようになったので、ある意味自分にとっては記念の場所でもあります。そのときここへ行こうと思ったのは、「報道ステーション」という夜のニュース番組で、「無駄な公共事業の代表格」のような扱いをされていたので、一度自分の目で見てみようと考えたことからでした。行ったのは休日でしたが、人手はかなり多く、この地域の観光地としてはそれなりに栄えているように見えました。テレビのニュースでは、明らかに客がほとんど来ていない平日の昼間を撮影し、「無用の長物」を強調した形になっていて、かなり偏向した意図的な報道であったということを認識しました。今回も紅葉の季節ということもあり、夕方でもかなりの観光客がいましたので、メディアのいうことを一方的に信用するのは危険であることを、こういうところでも感じた次第です。さて、前置きが長くなりましたが、これが「竜神大吊橋」です。長さは400m以上あります。吊橋の概要です。橋の上からの景色です。霧と紅葉のコントラストもなかなかいけます。これも橋の上から。下にダムがあります。霧に覆われた吊橋。霧が晴れるとこんな感じ。眼下に霧が見える景色もなかなかいけるものです。橋を往復したあと、地元製のうどんを軽く食して出発。このあと、雨が強くなり、雨中3時間近くかかって家までたどり着きました。もう今年の紅葉めぐりはこれで最後かもしれません。また来年もこの時期いろいろと回ってみたいと思います・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.21
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懲りずに昨日行った龍王峡の紅葉つづきです。滝と青く光る水と紅葉のコントラストが何とも形容しがたいものがあります。紅葉にならない松の樹の緑色がかえって映えて見えます。龍王峡の駐車場ですが、建物の裏手に渓谷があります。午前中早い時間でしたが、紅葉の有名な観光スポットということで団体客を中心に結構人手がすでにありました。この後は、ここを出発して北東方向にある塩原温泉郷に向かいます。日光と塩原を結ぶ「日塩もみじライン」という有料道路を通ります。麓に近い方は文字通りもみじの紅葉がきれいでしたが、峠を越えるところなど山の上の方はすでに紅葉はなく、冬の装いになっていました。ヘアピンカーブを下っていくと再び紅葉が見えてきました。まだら模様になっています。数ヶ月前に塩原温泉郷の真ん中を通過したときに新しくできたこの足湯「湯っ歩の里」を見つけましたので立ち寄ってみました。入場料200円とお手頃です。入口はこんな感じです。きれいな建物です。裏に回るとこんな感じです。右側の円形の建物が足湯です。足湯専門としてはかなりの規模です。これが足湯。半円形のような形になっています。お湯の下は石が敷き詰めてあり、これを踏んで足ツボを刺激しながら歩いていけます。場所によってはかなり熱い湯が沸いていました。ちなみに客は大半が女性客でおやじはわずかしかいませんでした。外には飲むことのできる温泉がありました。ただし一部禁忌となる病気が書いてあって、私は完全にそれに該当していたので一口だけ口にしてやめました。足湯は物足りない感じがするので、行くなら体ごと浸かる温泉と思っていますが、ここはなかなか面白いです。新しくてきれいなところなので、今後人気が出るかもしれません。お近くの方はどうぞ・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.20
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紅葉の美しさにこの歳になって目覚めたおやじです。もう紅葉も今月いっぱいくらいではないかと思って、今日も北の方角に向けて車を走らせました。走行距離は500km弱くらいかと思います。10月の初めに、栃木県の鬼怒川温泉の北側にある「龍王峡」という観光地に行きました。そのタイミングではまだ紅葉が始まっていませんでしたので、10月1日の日記にも「紅葉の時期は完璧な美しさのはず」と書きました。で、紅葉に目覚めた私としては実際どうなっているのか見てみたくなりましたので、再び龍王峡を訪れました。その前に、途中通過した東北道の佐野SAにこんなものがありました。「うさぎ公園」です。たぶん100匹は軽くいます。結構見てても飽きません。お近くの方はどうぞ。さて、本題の龍王峡ですが、10月1日の写真と本日の写真の定点観測をしてみました。これが10月1日。これは今日の写真。ちょっとズームを変えてしまったので橋の大きさが違ってしまいました。今日は小雨が降るなど天気が悪かったのですが、紅葉やはり素晴らしいです。もう一枚どうぞ。これは10月1日。この写真でもじゅうぶん行けます。これが今日です。だいぶ違って見えるものですねえ。ちなみに後ろの山の形が違っていますが、今日のは雲がかかっているので上のほうが見えなくなっています。またしてもデジカメの威力と紅葉の美しさを感じてしまいました。今日はそのほかに塩原温泉の足湯と、日本で一番長い歩行者専用吊橋(茨城県の竜神大吊橋。ここも抜群の紅葉)にも行きましたのでまた明日以降レポートいたします。ではまた。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.19
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大学のとき、中国語が専攻だったのですが、関心は普通話(標準語)よりも、むしろその周辺の言語にありました。でも当時はそんなに授業の種類がなかったので、中国にからむものでは普通話以外には台湾語とチベット語しかありませんでした。今日はそのうちチベット語の話を少々。チベット語がどういう言語かといったことの前に、授業を受けた当時(21年前です)に印象に残っていることをいくつか。授業は大学4年のときにとりました。4月の開講時期には聴講していた学生は数十人はいましたが、最後(翌年2月)まで残ったのは5~6人くらいだったと思います。中国語専攻の学生よりは、ヒンディー語(インド)専攻の学生の方が多かったかもしれません。チベット語を当時教えていたのはこの分野で日本人といえばこの人という女性の年配の教授でした(他にこんなマイナーな言語をずっと研究しているなど当時では皆無。今はダライラマが昔よりも注目されているので研究者も増え、ダライラマ東京事務所などがチベット語講座を開いているようですが)。このころは日本語で書かれたチベット語のテキストなんぞはありませんでしたので、教授が自分で作った手書きのものを使っていたと思います。その数年後この先生は初心者向けチベット語入門の本を出しています。興味深かったのは、確か何回目の授業からこの先生がチベット人を授業に連れてきたことです。見た目疲れたおじいちゃんのような人で、声もかすれがちで元気がない人のように見えましたが、恐らくインドに亡命中のチベット人のようでした。当時は中国さまそのものも完全に「秘境」の部類に入っていましたので、「チベット」などは秘境中の秘境だったこともあり、チベット人に日本で会えるというのはミーハー的ですが貴重な経験でした。ダライラマと一緒に亡命して来た人なんでしょうね。チベット語という言語について小ネタ的に少し。通常中国語と合わせて「シナ・チベット語族」といったりしますが、中国語とはまるで違う言語です。むしろ日本語にとても近い印象を持っています。語順も主語・目的語・動詞で、助詞の「に」「で」などは日本語のように名詞のあとに来ますし、否定するときも語末に否定を意味する言葉をつけます。なぜ中国語と同じ仲間に分類されるのか、個人的には納得いきません。ヒンディー語などのインドの言語にはたぶん同じ特徴があるのかもしれません。とはいうものの、中国語に近い特徴として、声調があるということがあります。ただ、連続して言葉が続く場合には日本語のような高低アクセント(「橋」と「箸」の違いです)になったりはしました。あと、チベット語は卒塔婆の裏に書く文字にも似ていますが(これはサンスクリット・梵字かと)、発音とつづりの乖離が激しく(確か7~8世紀ころのつづりをほとんどそのまま使っていたかと)、そう簡単に読んだり書いたりはできません。今のチベット人も、ちゃんと文字を書ける人がどのくらいいるのか少々疑問を持ちます。こんな文字です。しかし、そういう超マイナーな言語も、ネットの時代になると上でリンクしたWikipediaにはチベット語バージョンもあり(項目は極少ですけど)、文字が簡単に見れたり、別のサイトではチベット文字に変換してくれるものもありました。すごいことになっているなと改めて思います。とはいうものの、大学で勉強してから当然のことながらチベット語を使う機会など全くありませんので、もうほとんど忘れてしまいました。年度末のテストを受けたときには一応チベット文字が書けたはずなんですけど・・・唯一覚えているのは次の一文です。んが りぴんば いー (私は日本人です) (「んが」と「いー」は鼻にかかります)「りぴん」は「日本」の中国語読み(Riben)から入ったようです。語順は日本語と同じなんです。チベットのじいさんがつぶやくように発音してくれたことを思い出します。そんなことでマニアックな言語マニア第1弾でした。明日はたぶん道の駅になります・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.18
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今日は上司と飲みに行って先ほど帰ってきたので日記はやめようと思いましたが、nhatnhanさんの日記に書き込みしたら、そのネタで少し書きたくなったので、新ネタとして「言語マニア」シリーズ行きます。マニアックな内容になると思いますのでお許しください。私事ですが、小さな頃から外国のことに相当な関心がありました。とは言っても正直貧乏な家庭に育ったので、外国などへ行くことなどは毛頭ありえず、世界地図をいつも眺めているだけでした。小学生高学年のころにヘボン式ローマ字を覚えたくらいで外国語に直接接する機会などは全くありませんでした。その後中学に入って当然英語を習い始めるわけで、なぜか英語だけだと物足りなく感じ(英語は好きでしたけど)、何か違う言語をと思い、当時NHKのラジオ講座でやっていたロシア語講座を中2で聞き始めたのが英語以外の言語に接した最初です。なぜロシア語にしたかというと、単純に学校へ行く前に聞けるタイミングで朝7:40から放送(20分間)をやっていたからです。この時間帯にもし別の言語の講座が放送されていれば、その言語を選んだはずです。ロシア語講座は半年間全部毎朝聞いて、残りの半年は7:00から放送のあったドイツ語講座を聞きました。このころ、短波放送で外国の放送を聞いて報告書を送るとそのお返しに放送局から送られてくる、絵葉書のようなベリカード(Verification Card)を収集する趣味、BCL(Broadcasting Listeners)というのが一時的に流行したので、北京放送(日本語放送)からテキストを無料でもらって中国語講座を聞いたりしました。中国さまとの関係はここから始まったことになります。他にも「何か送れ」と頼むと特に気前良く語学講座のテキストや地図を送ってくれる共産圏諸国、ソ連や北朝鮮の放送もよく聞きました(面白くはなかったですが、異様な点は興味をそそりました)。そのあとも、引き続きラジオ講座を中心にフランス語、スペイン語、韓国語(韓国語の講座は確か高2の頃「アンニョンハシムニカ~ハングル講座」という名前でこのときに放送開始)、イタリア語(これは確か大学に入ってから放送開始)などもかじりました(ちゃんとしゃべれるわけでは全くありませんが、発音の真似が好き)。そんなこともあって大学は語学専攻のところに入ろうとずっと思っていました。でも特にどの言語を専攻にするかは相当悩みましたが、まあ人があまりやっていない言語、そういう意味では英語やフランス語は却下、88年のソウル五輪を控えていた韓国語や言語学を目指すのならモンゴル語とかもろもろ候補に挙がりましたが、結局当時まだあまり人気がなく、定員は多いものの競争倍率が低かった中国語を選ぶことにしました。ここでの選択が今の生活に影響していると考えると、真面目な話、結構感慨深いものがあります。その後も大学に入ってからは、授業で中国語のほかに、第2外国語が英語、その他は手当たり次第いろいろ選択しました。中国語系・中国からみでは台湾語、チベット語、古典系ではギリシャ語、サンスクリット、そのほかに韓国語、ロシア語、フランス語などやりました。授業以外でも広東語やエスペラントも少しかじりました。あと発音好きの琴線に完璧に触れる「音声学」というのも面白かったです。社会人になってからも断続的にですが、いろいろと少しずつここに挙げていないものもやりましたが、中国語と英語以外は人に言えるレベルではないものの、いまだに趣味として続いています。そんなことで長くなりましたが、今後マイナーな言語を中心に小ネタとして少しずつ紹介させていただきたいと思います。ご興味あればぜひご訪問ください。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.17
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今日の昼間、中国関係のセミナーを聞きにいきました。テーマは「中国のWeb2.0」で、某著名シンクタンクに勤めるすでに日本滞在10年以上の中国人の方が講師でした。有料かつタイトルからしてちょっとマニアックだったので参加者はちらほらでしたが、内容はなかなか面白かったです。「Web2.0」というと、このようなブログとか、MixiのようなSNSとか、YouTubeのような映像投稿サイトとかなど、普通の一般ユーザが発信していくサイト(業界ではCGM、Consumer Generated Mediaと言ったりします)のことで、従来のポータルサイト業者などプロが一方的に情報を発信するWeb1.0に対比して使われます。中国のブログ登録数は2年も満たない期間にすでに3千万くらい(休眠サイトを除くと900万くらいと言っていたと思います)まで拡大しているそうです。2003年ころ「木子美」という一般女性が本音を発したブログが注目され、急速に広まったそうですが、この話は有名なんですかね。全然知りませんでした。あと、昨年くらいに陳なんとかという有名な映画監督の作った映画が、前評判の割には期待はずれだったことを、胡なんとかという一般人が20分くらいのパロディー映像(「血饅頭」というそうです)にまとめて、「結局饅頭の話」という一言で片付けたことが受け、これに激怒した監督と裁判沙汰になりそうになったのですが、最終的に一般人の方がネットで大いに支持されたことから、これによってもブログの威力が流布されたという話でした。その一方で、ブログを初めとするWeb2.0は、すでに中国では無秩序な状態になっているということで、日本で言えば「2ちゃん」の一部のように「無法地帯」といえる状態にもなりつつあるといえます。確かに、他のブロガーさんから紹介されて見た中国人のブログなどは、結構過激なことが書いてありますし、本当に大丈夫なのかと思うときがあります。もともと口コミや噂好きで、そういう方法で厳しい社会を生き抜いてきている中国人には、鬱積した数々の不満を簡単に表明できる点で、ぴったりニーズに合っているように思えます。ブログなども政府の検閲があって、人海戦術で削除していると聞きますが、Web2.0的なものがどんどん拡大していくと、今の中国さまの体制など簡単にひっくり返りそうな気もします。そういう可能性についてどう思うかと、セミナーの講師に質問してみましたが、「実際は政府も止められないのであきらめている」といったような主旨の答えでした。なんだか、もう中国さまという国はすでに崩壊してしまっているんではないかとも思ったりしました。ついでに「無法地帯」といえば、先週末かテレビのニュースでこういうのがありました。上海郊外の嘉定区の工業団地(経済開発区か)で操業している日系の工場が、急に区の政府からF1レース場を拡大するので立ち退け(この区にF1のレース場があるようです)、と言われて困惑しているという話でした。もともとここは外資を誘致するために工業団地としているところのはずにもかかわらず、上海の他地域が万博で潤っているのに自分の区はその恩恵にあずかれる地域ではないということで、F1のレース場の拡張を決めたのが理由だそうです。自分で来いと言っていながら、急に出て行けという話が、一番進んでいる上海郊外でもあるということは少々信じられません。まあそもそも法律的概念がしっかりしている国から見ればそういうところは「無法地帯」なんでしょうが、法律の存在すら意識したことのないところでは普通なんでしょうね。昼間にまた別の場所でインドと中国の比較の話を少し聞きましたが、インドの方がよっぽどまともなところのように聞こえました。日本の企業も中国さまのような国にノスタルジックな気持ちを持つのは早くやめて、もっとメンタリティが近い国でビジネス(旅行に行くのはいいですが)を考えたらいいんではと昔から思ってます・・。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.16
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本日は少々仕事に関係するITネタです。トップページでもご紹介していますが、次の新製品としてUSB接続のワンセグチューナーユニットというヤツを買おうと思っています。「日経トレンディ」という雑誌で見つけました。現在はノートパソコンでも地上デジタル放送を見ることができる端末はありますが、基本的にTVのアンテナ端子とパソコンをつながないと見れません(無線LAN対応のものは一部あります)。これはケータイでテレビを見ることができる「ワンセグ」対応で、地デジと直接接続するよりは画質は落ちるとは思いますが、このチューナーをパソコンのUSB端子に接続するだけで、ケータイで見るテレビと同じくらいの映像が見られます(と言っても私のケータイではワンセグは見れませんけど)。私のノートパソコンは半年前のモデルなので、アナログ放送のテレビまでは見れますが、デジタルは見れませんので、これはまさに待っていた代物です。専用ソフトをインストールすることで、録画もできるそうなのでますますグッドです。価格も手頃です。【台数限定】BUFFALO USB2.0対応ワンセグテレビチューナー “ちょいテレ” DH-ONE/U2で、↑を買おうと思ってクリックしたところ、超人気のようで台数限定でしか売っていませんでした。受付時間が決まっているので予定時間を5分過ぎてクリックしたところ、もう受付が終わっていました。そんなに人気があるんですかね。Logitec ワンセグレシーバー LDT-1S100U さらに、似たような↑もあります。ほぼ同時期に発売開始したようですが、前のよりもこちらの方が若干値段が高いですが、機能的にはあまり変わらないようです。先週、秋葉原に行ってこれを探そうと思いましたけど、見つかりませんでした。ちなみにパソコンテレビ関係では、トップページにある「ロケーションフリー」というのをすでに使っています。海外からでも家に置いたベースステーション経由でノートパソコン上で日本の地上波テレビが見れますので一応重宝しています。ただ、録画機能がないのでちょっとだけ不満です。このワンセグUSBがあると、(まだ日本全国でワンセグが見れるわけではないですが)結構使えるのではないかと期待している次第です。そのうち買うことができたら、使い勝手を報告したいと思います・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.15
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久しぶりの中国ネタ、というかやや北朝鮮ネタです。写真もなしです。ご存知ない方のために、中国には東北各省を中心に結構朝鮮族の人たちが住んでいます。民族的には韓国人・北朝鮮人と全く同じで、朝鮮語(韓国語)を話し、吉林省延辺朝鮮族自治州をはじめとして、確か300万人くらいの人口がいます。前に北京に駐在していたとき、カラオケ屋に行く機会がたくさんありましたが、私は日本人にメンタリティが近い朝鮮族小姐をいつも指名していました(やましいカラオケではないです)。当時もかなりの数の朝鮮族が北京には来ていて、主に延辺の延吉をはじめ、北の端・牡丹江出身の小姐が多かったです。朝鮮族の人たちは通常中学校(小学校からのケースもある)では英語でなく日本語を第一外国語として習うようです。もともと朝鮮語と日本語は非常に言語的には近いので、昔は日本語スパイ養成も兼ね(今もそういう主旨はあると思います)、朝鮮族には日本語を勉強させる方針のように見えます。朝鮮族の小姐とはよく中国語・日本語・朝鮮語をごちゃまぜでいろいろ話しましたが、本音を聞いてみると漢族に対する見方は非常に厳しく、朝鮮族の家庭では「漢族とは結婚するな、つきあうな」「漢族は野蛮だ」みたいなことを言うのが当たり前のようです。政治的に周辺に追いやられているので黙ってはいますが、彼らの漢族に対する嫌悪感は相当あるように思いました。個人的には、やはり敬語もあり、年長者を敬うメンタリティがある朝鮮族の人たちは、漢族のふるまいとは違ってとても感じがいいので好きです。むしろ一部のやや高慢化した韓国人などよりもすれていなくて、素朴なやさしさが感じられます。北朝鮮の一般の人たちも経験上とても素朴でしたが、ある意味戦前の日本人はこういう感じだったのではないかと思うこともあります。先週、昔の中国がらみの知り合い(日本人です)と飲みに行く機会があって(私は最近ほとんど飲みませんが)、2件目に御徒町の中国カラオケが並ぶビル群にある、知り合いが一応行きつけというカラオケに行きました。ここは中国人(朝鮮族)ママが切り盛りしていましたが、大半は朝鮮族の小姐でした。上で書いた延辺からの人がたくさんいました。隣に座った小姐も25歳くらいの朝鮮族で、やはり中学では日本語を習ったということで、来日1年くらいなのに日本語は結構達者でした。いろいろな言語ごちゃまぜでしゃべりましたが、彼女もやはり延辺・延吉の出身で、日本には延吉から大連経由で日本に来たということで、北京には行ったこともないと言っていました。到着初日に成田空港の近くで食べた「松屋」の「牛めし」が忘れられなくて、その後も「松屋」でずっとバイトをしていたとか、そこの店長がすごく親切だったとかいう話を聞いてほほえましく思いました。興味深かったのは、延吉には北朝鮮の人はいるかと聞いたら、結構たくさん来ているようで、見た目で北朝鮮の人というのがわかるかどうかと尋ねたら、「顔色が違うので大体わかる」と言っていました。10年ちょっと前までは中国領内の朝鮮族も北朝鮮人もほとんど大差なかったはずですが、同じ民族でも短期間でそれほどの差が出てしまったことの裏返しとして、独裁者の間違った政治に翻弄されている普通の人たちはあらためて可哀想なことだと感じました。相変わらずあの国は先が見えませんね。中国さまも相当いろいろな問題はありますが、相対的に見ると北朝鮮に比べれば天国のようなところだと思います(中国の農村などではそんなことはいえないでしょうが)。物事は比較の対象をどこにするかで相当変わるものだということに注意しないといけないと肝に銘じているところです。ちょっと今日は真面目でした・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.14
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少々最近疲れ気味なので、週末は近場に出かけました。「近場」とは大体50km圏内のところです。千葉県西部の道の駅「やちよ」(八千代市)まで行きました。ここは前に一度行きましたが、写真を撮らなかったので記録を残すためにとりあえず行ってみました。国道16号沿いにあります。成田空港からもほど近いので「成田フライト情報」というのが確認できることにはなっていますが、電光掲示板は調整中でほとんど使われていない雰囲気でした。このあたり、東京に近いですが、野菜が豊富なところのようで農産物売り場は相当活気がありました。道の駅の裏を流れる川。このあたりは紅葉はまだいまいちですが、景色としてはなかなかいけます。さて、最近は道の駅に加え、巨大ショッピングセンター(SC)めぐりにも関心がありますが、近くに「イオン千葉ニュータウンSC」というのがあったので晩飯の惣菜の買い物に立ち寄りました。北総鉄道の「千葉ニュータウン中央」駅のそばにあります。ここもでかいです。写真の右側にはジャスコが別棟であります。ここの駐車場収容台数は3500台ですが、場所も建物各所に分散し、外側にも巨大な臨時駐車場もあるので相当な規模です。道にはほとんど迷うことはありませんが、イオンの駐車場では何度も迷いましたので、今回も駐車場所をメモして車を離れました。とにかくでかいです。日本の買い物も変わったもんだと改めて感じます。今日は淡々と終わります・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.13
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紅葉ドライブ・道の駅めぐり最終回です。もう実際の訪問から1週間以上経ちましたが、現地はもっと紅葉がきれいになっているでしょうね。さて、新潟の日本海側にある「米山」を離れ、帰途に乗る関越道方向、東に向かって山中を走ります。一つ目は「じょんのびの里高柳」(柏崎市、旧高柳町)。「じょんのび」とは現地の言葉で「のんびり」「ゆったり」という意味だそうです。「ぼんじょび」と読んでしまいます・・・。ここは恐らく山中にもともと「じょんのび村」という町営観光地があって、そこを後で道の駅に認定したものと思われます。温泉が中心で、周りにフィールドアスレチックなどもあり、敷地としてはかなり広く、昔風の建物というコンセプトで統一されていました。道の駅の裏手の風景です。次は先ほどのところから数km東へ行ったところにある「瀬替えの郷せんだ」(十日町市、旧川西町。さらに以前は仙田村)。山の中ののどかなところです。「瀬替え」というのは何なのか後で調べてみたら、もともと蛇行した川があって、それをまっすぐに付け替えながら周囲に水田を作ったという、山中の限られた土地を有効活用したということのようです。道の駅の裏手の景色。紅葉と川のコントラストがグッドです・・・もう1枚どうぞ。「せんだ」を出発し、南方向の山の中を行きます。途中で見た景色です。もう一枚、路上に車を停めて1枚。里山の景色はどれをとっても絵になります・・・この日最後の道の駅は「まつだいふるさと会館」(十日町市、旧松代町)。ここは中越の内陸部、六日町と海岸部の直江津を結ぶ北越急行ほくほく線の「まつだい駅」が「道の駅」にも認定されている形になっています。ほくほく線はまだ比較的新しい鉄道で、新幹線並みに路線はほとんど直線の高規格の鉄道です。その分トンネルばかりですが、この駅はこの路線の真ん中あたりにあるこの鉄道を代表する駅です。関東方面から北陸方面へ昼に鉄道で抜ける場合は、新幹線で越後湯沢まで来て、ここでほくほく線を経由する北陸方面のJR特急に乗り換えるのが一般的経路になっているはず。松代というところは昔から交通の要所のようで、松代城などの観光地もあるようでした。この後はもう暗くなってきたので道の駅めぐりを終わりにし、東に車を走らせ関越道の六日町ICから高速に乗り、3時間以上かけて家に帰りました(途中家にほど近いいつも行く日帰り温泉に寄ったのでさらに遅くなりました)。この時期、紅葉を目的にして周遊するのはなかなかいけることをこの歳になって発見しました。同じ場所の風景を比べてみるのもおもしろいと思いました。最後に一度使った写真ですが、この定点観測の写真好きなのでもう一回どうぞ。最後までご覧いただきありがとうございました。たぶん、また近々同じようなドライブに再度出発します・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.12
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引き続き紅葉ドライブシリーズ7日目ですが、もう実際に現地に行ってから1週間が経ってしまいました。光陰矢のごとしです。今年ももうすぐ終わりですねって感じ。さて、昨日ご紹介した田中角栄大先生の故郷・西山町から数km南下すると、海岸沿いに東京電力・柏崎刈羽原子力発電所というのがあります。「柏崎刈羽(かりわ)原発」という名前は新聞やニュースなどでよく見ますが、実際にどういうところか関心があったので立ち寄ってみました。事前に「見学可能」という情報を得ていましたので、日本海岸にある原発の見学用の「サービスホール」というところに行きました。ちなみに、原発は柏崎市と刈羽村にまたがって存在していますが、刈羽村と柏崎市の位置関係はちょうどレソトと南アフリカの関係(かなりマニアックですみません)、または鳩ヶ谷市と川口市の関係(これも地元以外の人にはわからなくてすみません)のようになっていて、あえて刈羽村がほぼ四方を囲まれる柏崎市にならないのは原発の存在によって相当潤っていて合併などしてしまうと生活レベルが下がるというからだと確信します。これが海岸沿いの森の中にある柏崎刈羽原発のサービスホールというところです。発電所は左側奥の通りをはさんで海沿いの広大な敷地の中にあります。私は完全フリーで行きましたが、事前に予約をしておけば写真のような1時間コースのホール内のガイドツアー、1時間半コースでさらにバスに乗って発電所内の見学もできます(無料)。これは原子炉の壁が何重構造かになっているのを説明しているところ。これは原子炉の1/5原寸大の模型。そもそも原子力発電の仕組みというのをもらったパンフレットをもとに素人的にごくごく簡単に説明いたしますと、原子炉の中で核分裂させたエネルギー(熱)を使って発生させた水蒸気によってタービンを回し、それで電気が生み出されるというものです。水の落差の力でタービンを回すのが水力発電、重油(だったかな)でタービンを回すのが火力発電、ということで、原子力の場合は水蒸気が電気を作っているので、クリーンなエネルギーといわれる所以です。しかし、核分裂にはウランが必要なので、燃料として使用後の燃料棒などの廃棄問題や、そもそも核分裂のときに放射能が発生することが問題なので、エネルギー効率の良さと、これらの処理にかかるコストや環境等への影響を天秤にかけて考えると、いいんだか悪いんだかよくわからなくなります。この刈羽村は原発があることで雇用や税収に相当恩恵を受けているのでしょうから、いろいろな問題が絡み合って原発問題というのは単純には語れませんね。さて、一番上の階まで上がると展望台になっています。この左側の木々の奥が発電所です。発電所の敷地ですが、中はよく見えません。奥は日本海です。原発が海の近くにあるのは、発電後の蒸気を大量に放出する必要があるので、必然的にそうなります。もっと原子力のことを知りたい方や見学されたい方は柏崎刈羽原発のHPへどうぞ。さて、これは柏崎市南部にある道の駅「風の丘米山」。北陸道・米山ICの近くの丘の上にあります。道の駅自体は閑散としていて、あまり特筆すべきものはなかったですが、この風力発電用の風車が印象的でした。日本海からの風の吹き返しが強いところのようです。道の駅から見た日本海。さらにもう一枚。景色は素晴らしかったです。さて、この日の道の駅めぐりも日没まであと3時間くらい。明日のレポートでは紅葉の写真を連発して最後を飾らせていただきます・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.11
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さて、紅葉ドライブ新潟編、今日は現・柏崎市西山、旧・西山町というところです。道の駅の名前は「西山ふるさと公苑」といいます。誰の「ふるさと」かといいますと、 この人です。この方のお生まれになった場所がこの西山町でございます。道の駅にはすでに100数十ヶ所に行きましたが、ここのような「個人崇拝型」道の駅は初めてです。「道の駅」は脇のほうにありますが、中心はこの「田中角栄記念館」と言ってよいでしょう。これが「田中角栄記念館」の全景。入口はこんな感じ。道の駅はこの建物の後ろ側にあります。広い敷地の真ん中に記念館があり、恐らくはこちらの記念館が先にあって、後に道の駅にもなったものではないでしょうか。この記念館の中は撮影禁止だったので写真はありませんが、入場料を支払い、田中氏の昔のインタビューのビデオを15分くらい見せられました(将来のコンピュータの時代を予言している話は確かに印象的ではありました)。記念館の中は、1972年の日中国交回復にいろいろ尽くしたということでこの関係の展示がたくさんありました。個人的には、訪中時の録音があって、周恩来の肉声がテープで流れていたことが印象に残りました。この記念館は公営ではなく、財団法人の経営と書いてありましたが、この西山町での田中氏、今は真紀子氏ですが影響力はやはり相当なものです。この地域を走るバス「越後交通」は田中家の会社ですし、どうもこの地域にいないとわからない異質なものを感じます。で、記念館の左側にはこのような中国建築まであります。日本の田舎の町にこのようなものがあるとは正直驚きました。ここは旧・西山町が江蘇省?の淮安というところと姉妹都市になっていたことでこのようなものを作ったようですが、規模が半端でないです。日中国交を回復した田中氏の地元ということでこうなったのでしょう。正面から見るとこんな感じです。いや、なかなか立派でしたよ。左側にはあずまやもあり、この広さの中国庭園がこんなところにあるのは何度も言いますがびっくり(ちょっと異常)です。これが道の駅の建物なのですが、右側が記念館、左側に先ほどの中国庭園があって、完全にそれらに押されており、はっきり言って影が薄いです。記念館の受付のおばさんに「後ろの建物は何?」と尋ねたら「あ、あれは町の建物ですね」とほとんど眼中にない感じを受けました。これは道の駅の中にある淮安市に関する各種展示。結構豪華な展示なんですが、もう西山町は市町村合併で柏崎市の一部になってしまっていますけど、今後どうするつもりなのでしょうか。道の駅には普通、土産物屋やレストランなどがあるのですが、ここの場合は田中展示と中国展示一色といった感じでした。敷地の端の方に「角さんの台所」というレストランがありました。ここは道の駅とは経営が違うように見えます。とはいうものの、折角だったので地元料理「のっぺ定食」を食しました。右側のが「のっぺ汁」というもので、山菜やこんにゃくが入っていてちょっととろみのある汁でした。これはなかなかいけました。あと、ここで西山産コシヒカリの2kgパックを買って帰りました。そんなことで、名士の地元というのは思ったよりもすごいことを改めて知りました。他の首相経験者の地元にある全国の道の駅を回ってみたくなりましたが、この新潟・西山はきっとそのうちでも最も特殊なのではないかと思いました。でも一見の価値はあるとは思います。それでは、さらに新潟編はつづく・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.10
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紅葉ドライブ・新潟編の続きです。山古志のあとはほど近い道の駅「ちぢみの里おぢや」(小千谷市)に立ち寄りました。「ちぢみ」というのがどういう意味なのかわかりません。少なくとも韓国風お好み焼きとは違います。小千谷ICから再び高速に乗りますが、その前に通過した信濃川です。高速道路を再び長岡ICで下り、西方向へ20kmくらいでしたでしょうか、日本海が見えてきます。これは海岸沿いにある道の駅「越後出雲崎・天領の里」(出雲崎町)。後ろはもう日本海です。「天領」というのは江戸時代、幕府の直轄地だったところです。佐渡の金山を往復する船がここを発着したということで、幕府が直接押さえていたというわけです。道の駅に併設して「天領出雲崎時代館」というのがありました。時代館の入口は代官所になっています。水戸黄門に出てくる紋所が自動ドアになっていて中に入ります。かつてはこういう船で佐渡との間を行き来したようです。中には「石油記念館」というのもあります。出雲崎は明治初期に石油が出て日本では有数の石油産出地になりました。昔、海上で石油をどのように掘っていたかいろいろと展示がされていました。道の駅から見た日本海。条件がよければ佐渡島まで見えるそうです。ここは海に突き出た「夕凪の橋」というそうですが、別名「愛の橋」ともいうそうです。ここにカップルで来て鍵をつけていくと二人は結ばれるんだそうです。私には縁がありません・・・道の駅にいたねこ。実はねこ好きです。出雲崎の後は南下して西山というところに向かいます。この地名だけでわかる方はさすがですが、ある有名人の出身地ということもあり、そこの道の駅はかなり特殊です。少しだけご期待ください。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.09
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今日からは先日の連休に行った紅葉ドライブ・道の駅めぐりの新潟・中越編です。今日は真面目にいきます。もともと新潟の長岡まで行ったのは、ちょうど2004年10月23日の中越地震からまる2年が経過したニュースをテレビで見て、なかなか被災地を直接自分の目で見る機会がないので、どのような状況にあるのか一目見たかったことによります。東京もいつ大地震が来るかわからないし、ひとごとではないと前から思っていました。また、2年も経つとあまり報道もされることがなくなるので、私なんぞの力ではどうにもなりませんが、現状をもっと広く知らせたほうがいいのではとも思いました。最も被害が激しかった旧・山古志村は、2005年に長岡市に合併されています。山古志に行く前に、長岡市内・市街地に近いところにあることを聞いていた仮設住宅のところまで行きました。長岡市西部の「長岡ニュータウン」の敷地に仮設住宅の一部が建てられています。朝だったので閑散としていました。かなりの方が山古志に戻られているようですので、仮設住宅の規模はすでに小さくはなっているようです。ここが正面の入口のようです。「虫亀」とは一体何でしょうか。この後、長岡市街地から高速に入り、南に数十km行った小千谷ICで下ります。小千谷市内からの道路はまだ多くのところで復旧工事が行われていました。小千谷市の東側にある山古志へ向かいます。すでに旧山古志村に入ったようです。この標識を見てわかりましたが、ひとつ前の写真の「虫亀」というのは集落の名前だったようです。私はまっすぐ「山古志」という方角に向かいましたが、「虫亀」地区はきっとまだ復旧に時間がかかっているものと思われます。ちなみに山古志には「道の駅」はありません。前を走る工事車両の列。このずっと先でトンネル工事もやっていたようなので、復旧工事関連の車と合わせて土曜日の午前中ですが交通量はそれなりにありました。このあたりの幹線道路はすでに全く問題ありませんが、道端には倒壊した家の瓦礫も一部残っていました。山の頂上のようなところにある旧山古志村役場、現在の長岡市山古志支所に到着しました。これが山古志支所の建物。庁舎には全国からの支援に感謝する内容の垂れ幕が下ろされていました。ちょうどこの日の前日、山古志の伝統的な祭事である「牛の角突き」というのが開かれていたようです。支所から見える景色です。山古志は基本的に起伏の激しい山の中といったところにあります。遠くが見渡せるところが随所にあり、景色のとてもきれいなところです。でも、真冬、雪深いときはなかなか大変なところだと思いました。これも支所からの景色ですが、視界が開ける感じです。下の方にダンプカーが見えますが、このあたりは相当な土砂崩れがあったものと推測されます。支所からずっと先の道はトンネル工事などで通行止めになっていましたので、ここから引き返し山を再び下ります。途中の道で車を停めて一枚。素晴らしいところだと思います。山古志は鯉で有名なところですが、道すがらこのような養鯉業の建物をたくさん見かけました。山古志が長岡市に合併されて良かったのかどうかはわかりませんが、広域市の一地区になってしまうと、名前が出てくることが少なくなるような気もします。写真では一見もう何も問題ないようにも見えます。でもまだ仮設住宅に住む方たちがいることも事実ですし、長岡方面になるべく足を運んで税収増に貢献するくらいしかできませんが、微力ながらどこかで役に立てないものか、自分なりにいろいろ考えていきたいと思っているところです。ちょっと重くなりましたが、次回はいたって軽くなります。ではおやすみなさいませ。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.08
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さて、引き続き紅葉ドライブレポートですが、どのあたりを走っているのか地図で少しお見せいたします。長野県北部の地図です。上信越道の長野ICは「長野道」と書いてあるところの「長」という字あたりですが、ここから下りて6→21→8→19→18→9→15→24→3の順に回っています。今日の日記は24からです。ここは「花の駅・千曲川」(飯山市)です。千曲川がすぐ近くを流れています。道の駅から見えた景色です。途中の紅葉です。一番上の地図の3にあたる長野県北東端の「信越さかえ」(栄村)。すぐ先に新潟県との県境があります。人里離れた感があります。もう夕方になっていました。道の駅の裏に流れる千曲川。右から夕日が差しています。反対方向を見ると月が見えたので一枚。この「信越さかえ」を最後に、長野県北部の道の駅すべてを踏破しました。これで「関東の道の駅」に分類されるところ121駅(開業済のもの)はすべて回ったことになりました。でも何ももらえません(スタンプラリーというのに参加していれば何かもらえました)。新潟県に入ったときはもう暗くなっていました。ここはこの日最後の道の駅「クロス10十日町」(十日町市)。営業時間が17時まででしたので、土産物屋などすべて閉まった後でした。この後渋滞にはまり、長岡市内着は19時近くでした。明日は新潟・中越編になります。最初は重いテーマから始まります・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.07
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引き続き紅葉ドライブレポートです。小谷・白馬方面から東北方向に向かって山岳道路を突き抜けます。紅葉の写真を連発します。なかなか風情のある景色かと。蕎麦どころとしても有名な戸隠高原を通過しました。このあたりは相当混雑していました。50km近く走ってようやく次の道の駅に到着。ここは「しなの」(信濃町)というところです。蕎麦を食べようと思ったら、思いのほか混雑していたのでとりあえず岩魚を食しました。ここからはたぶん黒姫山という山が見えました。富士山のようにも見えます。前のところから10数kmくらいでこの「ふるさと豊田」(中野市)に着きました。写真を見てもなぜかここはほとんど印象になく、よく思い出せません。さらに10数km南東に行くと、この「北信州やまのうち」(山ノ内町)に到着。ここをさらに東に行くと志賀高原、さらに群馬県の草津温泉に抜けますが、私は北上して飯山市を経由して新潟方面に向かいました。まだまだ先へ続く・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.06
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3日と4日に行ってきた長野北部と新潟中部方面の紅葉ドライブ報告です。合計走行距離は約1000kmでした。一番最初の部分はすでに11月3日の日記にアップしていますので、その続きからです。前の「中条」から西へ向かい、白馬へ行く途中にある道の駅「ぽかぽかランド美麻」(大町市・旧美麻村)。名前のとおり温泉が併設されていますが、「駅」は営業していないようで、人が誰もいませんでした。もうこの頃はきれいに晴れています。途中の紅葉の景色です。あとにも似たようなのがたくさん出てきます。白馬へ向かう道です。これが道の駅「白馬」(白馬村)。白馬のように有名なところは市町村合併しないんですかね。ちなみにこの白馬には学生のときにある人とペンションに来たことあり(涙)・・・白馬から見える白馬連峰の山々。「八方尾根」というところもこの先です。もう雪が積もっているんですね。長野県の北部には有名なスキー場がたくさんあります。スキーは生まれてこのかたただ一度しかやったことがありませんが、もう今の体力では絶対ムリです(また涙)。さて、白馬からずっと北上して30kmくらいでしたでしょうか、長野県北端新潟との県境に近い道の駅「小谷」(小谷村)。これで「おたり」と読むんですが、この地域の人は「なにぬねの」を「らりるれろ」と発音するんでしょうかね。こんね辺鄙(失礼)なところなのに、結構混雑していました。糸魚川方面に行く人など結構交通の要所のようです。道の駅の反対側の景色を1枚。山の中です。小谷から再び南下、途中の風景です。紅葉の中にたたずむ家、絵になります。でも生活は大変なんでしょうね。これは鉄道の駅。松本と糸魚川を結ぶJR大糸線の南小谷駅です。学生のときに白馬に来たときはこの電車に乗って来ました。ここは白馬よりさらに北にありますが、昔は東京方面からここまで来る急行電車があったはずです。さて、感慨にふけりながら今日はこんなところで。次は白馬手前で折れ、東北方向にある信濃町を目指します。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.05
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長野北部と新潟中部の紅葉ドライブ・道の駅めぐりから先ほど帰って来ました。2日間で走行距離はほぼ1000km。とりあえず無事に帰ってきてほっとしていますが、紅葉だけでなく、なかなか面白いもの、考えさせられるものなどいろいろありました。これについてはたぶん明日からシリーズで紹介します。今日はまだ先週行った北京出張中に撮った写真がありましたので、そこからいくつか。まずは北京西駅の続きから。北京西駅の地下に「カード市場」なるものがありました。仕事柄こういう場所はとても気になります。西駅の建物内部には大した店はありません(外にはあります)が、ケータイとかカードとか電話系のものがやたら多い気がします。ここはケータイのプリペイドカードや国際電話カード、IP電話カードなどあらゆるものが売られています。地方から到着した人がケータイを買う確率がとても高いことによるものなのでしょうか。よくわかりません。カード市場の中はこんな感じ。細かい店がたくさん並んでいます。ぶらさがっている看板を見ると、カードの卸売・小売両方やっています。「神州行」は中国移動(モバイル)の、「如意通」は中国聯通(ユニコム)のプリペイドサービスのブランド名です。今回はここでは買いませんでしたが、恐らく大量購入でもすれば相当値引きするであろうことは容易に推測できます。最近中国のケータイ加入者数が月500万人くらいとやたら増えていますが、ほとんどはこのカードを買うことで増えているものです。訪問したある会社のビル(29F)から見た景色。建設中のビルは中央電視台(CCTV)の新ビルです。オリンピック前には完成させたいとの話でしたが、すでにそれは危うく、間に合わない場合はまず外側だけ完成するようにという通達が出たとか(?)。ちなみに完成すると下のような写真になります。完成すると真ん中のロの字のような形になります。前の写真はちょうど通りをはさんだ右側のビルから見た感じです。有名なデザイナーが設計したらしいですが、絶対使いにくいだろうし、建築のプロの方の意見では工事技術も相当なものが要求されるようです。そもそもまっすぐでなく、斜めに立っています。エレベータはどうするのか気になります。あんまり無理しないほうがいいと思うんですけどね・・・これは泊まったホテルの部屋から見た景色ですが、ここもビルの建設中。絶対作りすぎだと思います。一昔前のビルなんぞは多くが廃墟になっているのでは。建設ラッシュのせいで粉塵が相当飛んでおり、日本のアスベストなどの比ではないと思われます。空もそのせいで霧がかかっているようになるという話もあります。最後は天安門広場のおまけです。この国、本当に大丈夫なんでしょうか・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.04
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今、新潟県の長岡におります。連休は関東地域の道の駅すべての踏破に向けて今日は長野県北部(役所の都合上、関東の道の駅にカウントされます)を目指しました。紅葉の季節になり、天気もよかったので、道中美しい景色ばかりで全然飽きません。1日ではもったいないので長野北部を突き抜けて新潟県の真ん中あたりにある長岡まで来てしまいました。今日は朝6時に自宅を出発して長岡には午後7時前に到着しました。走行距離は450kmくらいでしょうか。これまでも紅葉の時期にドライブをしたことはあるような気がしますが、ブログとデジカメをやり始めてから、景色の見方が変わったような気がします。ど素人でも簡単にきれいな写真が撮れるので、最近では「スーパーフォトペーパー」というA4サイズの専用紙にでかい写真をプリントアウトしたりしています。さて、写真をとりまくったので、今日は最初の部分をいくつか。上信越道の東部湯の丸SA。群馬県から長野県に入って最初のサービスエリアです。午前中早い時間はまだ少し曇っていました。長野市を突き抜けて白馬方面に向かいます。有料道路にある犀川にかかる橋です。ここは9月17日にも来ました。前の写真の橋を超え、トンネルをくぐると道の駅「中条」があります。ここも9月17日に来ました。そこに置いてあったジャンボかぼちゃ。コンテスト出品用のようです。さて、1ヶ月半くらい前にこの道の駅に来たときに撮影した写真とほとんど同じ場所でまた撮影してみました。これは9月17日の写真。そしてこれが本日の写真。紅葉に変わると景色もかなり一変するものだと改めて思いました。日本の景色って本当にいいです(涙)。今日は小出しにこんな感じで失礼します・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.03
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昨日に続いて北京西駅の中の写真を何枚か。駅の内部です。上の階がプラットフォームになります。それにしても広いです。この広さがあれば最近品川駅や大宮駅にできた「エキナカ」のような商店街への活用が十二分にできます。構内にあったのはケータイの店くらいでした。出発する列車の電光掲示板があったので一枚。ウルムチ行きなどが見えます。たぶんウルムチまでは3泊くらいかかるのでしょうが一度は乗ってみてもいいかなとも思います。最近ではチベットのラサまで鉄道が開通しましたが、結構人気があるという話も聞いた気がします。残念ながらホームには上がらなかったので今回は列車は見れませんでした。切符売り場は昔と比べてだいぶ垢抜けました。昔はここに長蛇の列(「列」にはなってなかったですが)で1時間以上も並んで切符を買ったこともありました(地方都市の話です。北京では外国人専用の切符売り場がありました)。一番左には英語専用窓口というのもあります。駅の外になぜか警察犬がたくさん休んでいました。周りに警官もいましたが、麻薬捜査か何かなのでしょうか。中国でシェパードを見たのはこれが初めてかもしれません。さて、明日から三連休ですが、紅葉を見がてら北の方の道の駅を目指す予定です。たぶん明日はどこか遠くから書き込みます。では。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.02
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昨日の午前中は少々時間があったのですが、同行の上司がちょっと「鉄」系(私もです)であることが判明したので、北京最大の駅である北京西駅(中国語では普通「西客站」といいます)に行ってみました。この駅は確か私の駐在中、香港返還前1997年あたりに完成したもので、香港などへの国際列車など大半の長距離列車がこの駅発着になっています。それにしてもやたらでかいです。空港のターミナルよりも巨大かもしれません。横幅は1kmくらいあるのではないでしょうか。てっぺんには中国風の屋根が乗っかっています。完成当時、突貫工事で作ったせいで、天井が落ちてきて大事故になりかけたという話を聞いたことがあります。駅の入口前の広場はこんな雰囲気ですが、中国の駅前はあまり昔と変わっていないように思えます。大量の荷物を抱えて出稼ぎに来た人が、その荷物の上に寝ている姿は、少し前に日記に書いた21年前に汽車で中国一周をしたときに見た雰囲気とほとんど変わりがありません。中国では隣接する省に行くのでさえ鉄道では10数時間かかるのがざらですから、最近は小ガネを持っている人は飛行機に乗ってしまって、鉄道に乗るのは物好きか貧しい人たちだけなのではないかと思います。明日は駅の中の様子をお見せします・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2006.11.01
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