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10年前のぼったくり話は昨日で終わりましたが、個人的には一仕事終えた気がしております。ちなみにあの後3年間くらいこの話は関係者のみの秘密になりました。身近に似たような事件で公安に訴えた人もいましたが、公安にコネもなく、逆襲されるのも恐かったので関係者の心に中にしまったわけです。3話を一応ひとまとめにしましたので、よろしければどうぞ→ここ(トップページにもあります)さて、まったく話題が変わりますが、先週末のドライブ中にこのような表示を見ました。「見物渋滞」。首都高速の渋滞情報のひとつです。車をよく運転される方であればこういうのはたまに見ると思いますので、何とも思われないかもしれませんが、私はなぜかこれ、ツボに入ります。「見物渋滞」というのは、対向車線で事故などがあってそれを横目で通過するときにスピードが落ち、別に事故も故障車も何もないのに渋滞してしまう状況のことです。「渋滞●km」と書くだけでいいと思うのですが、なぜわざわざご丁寧に「見物渋滞●km」と表示しないといけないのか、よくわかりません。渋滞の理由を書きたいのであれば、上の方も「故障車」「事故」とか「自然」と表示すべきではないかと思います。どなたか道路情報関係者の方がいらっしゃったら、ぜひ教えてくださいませ・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.28
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あれから10年、トウ小平追悼会の夜の悪夢その3完結編です。---------------------------------------------------------------- さて、監禁された部屋の中で、どうしたらいいかと我々5人は部屋で対策を練りました。とりあえず持っている現金を確認してみることとしました。ここで無理やり喧嘩して対抗するのは本当に命の危険があると感じたからです。5人の持っている人民元を集めると確か4000元くらいありましたが、2万元には遠く及びません。でもとりあえずこれで試してみようということにしました。一方、私はその日銀行の個人口座から日本円の現金をちょうど下ろしていたので、このほかに15万円くらい持っていました。これをカバンに入れておくと、見つかってしまうと思ったので、私はその15万円の現金をパンツの中に隠しました。やがて、男がまた数名部屋に入ってきます。先に手持ちの約4000元を男たちに見せましたが、そいつらは「全然足りない!まだ隠しているだろう!」と怒り出し、「これから一人ずつ別室に連れて行くから荷物を持って来い」と言われ、順番は忘れましたがS部長、T係長、M課長の3名がそれぞれ別室に行きました。彼らはすでに持っている現金を全部出していたことや、中国語が一応みんなそれなりにはわかりますが流暢ではなくおとなしくしていたので、意外と早くもとの部屋に戻ってきました。最後から2番目は正義感の強いK係長。彼も持ち金は底をついていたのですが、男どもから見て反抗的な態度だったので、私は危ないと思って「無理したらだめだ」と注意しました。そんなことで彼も何もされずとりあえず戻ってきました。最後は私の順番。男たちからは「お前が一番態度が悪い。手足を本当にへし折るぞ!」と脅され、さらに「俺のじいさんは日本軍に殺された。お前も痛い目に合わせてやる!」などと言われ、こちらも「そんなことは俺に関係ないだろ!」と言ってはむかっていました。このときは本当に命の危険を感じました。口論しながら男と別室に向かっていると、あれあれ、私のズボンのすそから万札の束がこぼれ落ちました。パンツの中に入れていたはずの約15万円の札束がいつの間にかズボンを通り抜けて足元から床にこぼれ落ちてしまったわけです。それを見た男は「何だ、金持ってるじゃん。おとなしく出せばいいんだよ」と、態度が急変しました。私も言い訳できないので「持ってけ泥棒!」という感じでその金を全部男に渡しました。私がその後もとの部屋に戻されてしばらくすると、男がまた何人か来て「おい、もう帰っていいぞ!」と言われ、やっとこの店から出ることができました。出るときに大部屋を通過して行きましたが、他の中国人客は普通に飲んでいるように見えました。何でこんなことになったのか全く理解できませんでした。この店をやっと出たのは夜中の2時ごろ、4時間くらい監禁されていたわけです。結局、私がたまたま持っていた日本円がたくさんあったので、結果的にそれが奏功してぼったくり店から脱出できたわけですが、合わせて20万円は払わされたわけです。勉強というには授業料が高すぎましたが、あそこで私のズボンのすそから万札がこぼれ落ちなければ、その後もまだ監禁されていたかもしれませんし、生きて帰って来れなかった可能性さえあります。生還できたのは、実は私がブリーフではなく、トランクスを履いていたことが最大の理由です。ブリーフだったら万札はパンツの中にとどまったまま、ズボンを通り抜けて足元から落ちることはありえません。そんなことで、ぼったくりされそうなカラオケ屋に行くときには、是非トランクスを履いていきましょう。それが最大の教訓でございます。10年前のトウ小平追悼会の日の悪夢の思い出でした・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.27
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1997年2月25日、トウ小平追悼会の夜の悪夢、続きです。----------------------------------------------------------- 案内役のタクシーのあとについて、我々5人は会社の乗用車に無理やり乗り込み(後ろの席に4人乗ったかもしれません)、カラオケ屋に向かいました。その店の外観はあまり記憶にありませんが、あまり高くない雑居ビルのようなところの地下に入ったところだったかと思います。店に入る前に、値段を確認、確か個室を使うと5人で1時間1000元くらいで飲み放題という感じだったかと思います。この程度の価格は当時の北京のカラオケ屋では平均的な値段だったので、大丈夫そうだということで事務所のL運転手を待たせて店に入りました。値段の話はL運転手も一緒に横で確認していました。中は普通によくある、結構広い店で、大広間のような部屋と、周りに10人前後入れるような部屋がいくつかあったと思います。他の個室では歌っている声や騒いでいる声も聞こえたので、「自粛日だけあって逆にこのように開いている店が混んでいるんだな」と思ったりしました。個室に通されると小姐たち5人もやがて席に着き(別にやましいことは何もないので事実そのまま書いています)、とりあえずビールを何本かたのみ、簡単なナッツ系かフルーツがつまみとして出てきました(大体こういうのが定番です)。1時間くらい何を話したのかまったく記憶にありませんが、通常行っているカラオケ屋と何ら大きな違いはなくそのビールを飲みながら普通に過ごしました。ただ、小姐たちが勝手に別の何かをグラスで飲んでいるような気がしましたが、我々は誰も特に気にも留めませんでした。さて、1時間くらい経過したところで、何となく自粛日ということもあってそれほど盛り上がらなかったので、そろそろ帰ろうと思って小姐の一人に「マイタン!(お勘定)」を頼みました。すると、一気に5人いた小姐が全部あっという間に出ていってしまいました。普通こういう場合はその他の小姐は残って、最後まで客の見送りをするのが常ですが、我々5人を残してあっという間に全員がいなくなったのです。すると、間髪を置かずにいかつい感じの男が何人か部屋に入ってきました。そして金額の書いた紙を我々に見せます。 「2万元」(=約30万円)! 我々は当然冗談だと思って「2万元って何?間違いでしょ。」と軽く交わしましたが、急にその男の表情が一変、「2万元だ!払え!」という高圧的な態度に変わります。こちらも「何を言っているんだ!ビールしか飲んでないぞ!」と当然反論しますが、そうすると向こうは厚紙で作られたメニューを持ってきて、「ここに『XXという酒、1オンス3000元』って書いてあるだろう!」と言ってきます。確かにそのメニュー表にはそのように書いてあります。これを見てわかりましたが、最初からぼったくるつもりでこの高い酒(ブランデーだったと思います)を小姐に無理やり飲ませたのではないかと思います。後で思えば小姐たちが一生懸命飲んでいたようにも思えます。そもそも一般メニューとは別にぼったくり用のメニューが用意されていたわけです。その後、当然のことながら双方で激しい口論になりました。向こうはさらに体格のでかい男が数名増えて圧力をかけてきます。こちらは「そんな高い酒は我々は注文してない。勝手に小姐が飲んだだけだ」と主張、向こうは「メニューにちゃんと書いてある値段のとおりだ」と主張して一向に譲りません。こちら側は中国語が一応話せるのは私と、正義感の強いK係長が少々というだけで、多勢に無勢になってきます。こちらは表で待たせているL運転手もいる場で値段を確認してから店に入ったので、店の男に「うちの運転手を呼んで来い!」といって食い下がりました。何とか表にいたL運転手も店に入れさせましたが、結局埒が開かず、最後には向こうの男たちは「今持っているカネを全部出せ!」「払うまで部屋から一歩も出さないぞ!」「ひとりずつ別室に連れて行って荷物を開けさせるぞ」「言うことを聞かないとてめえらの手足をへし折ってやるぜ」「それまでこの部屋にいろ!」と罵詈雑言を浴びせられ、そう言い残すと男たちはうちの運転手も連れて部屋の外に出て行きました。このあと、この部屋に2~3時間監禁されることになります。ああ、やっぱり「自粛日」にこんなところに来るんじゃなかったと思っても後の祭り・・・(続く)人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.26
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さて、今日は2月25日。中国の当時の最高指導者・トウ小平氏が亡くなったという現地報道が流れたのが1997年2月20日、10年前の2月25日は国葬の位置づけに近い「追悼会」というものが北京で行われた日です。当時の記録を個人的に残していますが、この年の春節は2月7日(この頃も実質1週間は休みになっていましたが、北京市政府の通達が出るまでいつが休みになるかは直前までよくわかりませんでしった)、旧正月も一段落して仕事の方も通常の状態にすでにもどっているような時期でした。トウ小平氏死去から10年ということで産経新聞の伊藤正さんが継続して連載記事を書いておられます。いろいろな当時の内情が記されており、大変興味深い内容だと思います(URLはこちら)。 このようなちゃんとした話とはまったく比べ物にならないレベルの低い下世話な思い出話ですが、私にとってはこの2月25日という日は忘れられない悪夢の日になりました。この日が「追悼会」でなければ、こういう事件は起こらなかったので、ある意味歴史の区切りの日として思い出すたびにこのことを昨日のように思い出す次第です。あまり読んでも面白い話ではないかもしれませんが、すべて事実に基づくフィクションです。一言で言ってしまえば、強烈な「ぼったくり」に遭ったという話です。このブログを始めてから、実はこの日の来るのを待っておりました。1997年2月25日は火曜日でした。私のいた駐在事務所はいつものように日本から来るたくさんの出張者のアポのアレンジやら打合せへの出席やらで忙しくしていました。この日も東京から頻繁に出張で来るS部長とT係長が某地方都市から朝に北京入りしていて、昼間は確か中国側と半日くらいの打合せをしていたと思います。すでに「追悼会」が北京で開催されることは数日前に決まっており、街中も華美なものをやめ、追悼する雰囲気が漂っていたかと思います。テレビではその「追悼会」の模様が流されていました。いつもの日より静かな一日だったことを記憶しています。通常、日本から出張者が来ると、中国側との宴会などイベントがなければ、出張者と日本風居酒屋で一杯やるということが多かったですが、その日は「追悼会」ということもあり、中国側との宴会はなし、内輪でいつも行く居酒屋でS部長、T係長とうちの事務所のH所長、M課長、T課長、K係長と私というメンバーで飲んで盛り上がっていました。その後、内輪の飲み会は終わり、年配のH所長とM課長は帰宅しましたが、S部長は日本側の総責任者の部長ということもあり、せっかくなので「もう1軒お連れしようか」ということで、よく常連で使っていたカラオケ屋に行こうということになりました。この日は事前に「追悼会」で各種自粛ムードであることはわかっていましたが、とりあえず1軒目の店に行ったところ、その自粛日ということで営業しておらず、そのほかに行きつけのあと2軒くらい回ってみましたが、それも自粛中で休業。さすがに「追悼会」の日なのでしょうがないかと思って、K係長が「じゃあ自分の家で少しやりますか」と言ったのでそうしようかと、最後に回った店があったHMLホテルの前でそのようにS部長にまさに話をしようとしたところ、うちの事務所のC運転手が別のタクシーの運転手らしき若い男から「○○という店が開いている。大丈夫。」という話を聞いて、タクシー運転手について、そこへ行こうということになりました。私や他の駐在員始め、夜のこういう世界は仕事柄結構いろいろな経験をしているので、安易に行ったこともない店に行くことはありませんでした。C運転手は彼自身も政府関係でも働いたことのあるベテラン運転手だったのですが、「自分の友達の運転手が言っているから大丈夫」ということでみんな信用してしまいました。自粛日でしょうがないからとりあえず行ってみるかという安易な気持ちが魔がさすことにつながったんだろうと思います。前置きが長くなりすぎましたが、カラオケ屋での悲劇は明日に続く・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.25
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実家でとっている「東京新聞」の一面にこんな記事がありました。まずはウェブサイトから引用。中国エイズの実態訴えたい 高耀潔氏 【北京=平岩勇司】中国のエイズ問題を長年告発し、米国で人権賞授賞式に向かおうとして自宅軟禁された河南省鄭州市の元産婦人科医、高耀潔氏(80)が二十三日、北京で本紙のインタビューに応じた。軟禁解放後、日本メディアの取材を受けるのは初めて。 高氏は「河南省政府が私を軟禁した。エイズウイルス(HIV)感染を拡大させた省政府の責任を、私が米国で明らかにするのを恐れたためだ」と説明。省政府は軟禁を解いた後は態度を一転させ、高氏に「一緒にエイズ対策に取り組もう」と提案しているという。 中国では現在も、有償で献血する「売血」や手術時の輸血によるHIV感染が後を絶たないと指摘。腐敗した地方役人が売血に関与し、被害を訴える市民は次々と拘束されており「他国のエイズ禍と異なる中国の実態を訴えたい」と述べた。 高氏は一九九〇年代後半から、河南省の農村でHIVに感染した農民を自費で治療し、省政府の責任も追及してきた。ヒラリー・クリントン米上院議員が名誉会長を務める民間団体の人権賞を受けることになり、三月十四日にワシントンで行われる授賞式に出席する準備をしていた今月一日に自宅軟禁され、十六日夜に解放された。二十五日に渡米する。ウェブの方は細かく書いていませんが、新聞の方は、この他にも上にある「河南省政府が軟禁した」ときの状況について本人がもう少し詳しく説明しています。河南省政府の相当上のほうまで売血の裏金なんぞが当たり前のように流れる仕組みになっているということで、省の役人は何とか隠そうとしたわけですが、何らかの形で中央までこの話が伝わって、さすがに胡錦濤や温家宝レベルがこれはまずいと思ったのでしょう、手のひらを返したように省の対応が変わったということのようです。しかし、貧しい国などでHIVが蔓延するのはある意味理解できる部分はありますが、高氏の言っている「他国と異なるエイズ禍の実態」のように、中国の場合は売血が特にHIV発生の最大の原因のようです。他にも臓器売買などの話もよく聞きます。役人がそういう状況を知りながら自分の利益のみしか見ず、病気が蔓延したり人が死んだりしても気にもしない態度というのは相当腐ってますし、文明国以前の問題だと思います。こんな国に日本の大企業はどうしてこぞってカネをいまだにつぎ込もうとしているのか、日本の企業のモラルも所詮そんなものだと嘆かざるをえません。唯一、中国にも高氏のような立派な人がいることがわかったことだけが救いです・・・さて、この流れで明日からは北京駐在時の悲惨な経験をシリーズで書きたいと思います。というのも、その悲惨な事件から明日でちょうど10周年、その日はトウ小平氏死去後に行われた「追悼会」の日でした。。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.24
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今晩は久しぶりにサラリーマンの溜まり場、新橋駅前SL広場を通過しました。夜7時ごろの光景。たくさんサラリーマンが待ち合わせなどをしてます。昔はこの近くに職場があったのですが、前よりは少し洗練された感もあります。よくここのサラリーマンにインタビューをしているTVニュースの場面が出てきますが、このときは残念ながら何もやってませんでした。このあと、この近くで秘密の集いが・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.23
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中国さまは今まだ春節真っ只中といった感じですが、中国の「あけおめ」メールの状況について、サーチナに二つ記事が出ていました。北京:大みそか「あけおめ」メールは1秒平均5800件 「春節(旧正月)」の大みそかにあたる17日、北京市での「あけおめ(明けましておめでとう)」ショート・メッセージ送信件数が4億件を大きく超えた。中国移動(チャイナモバイル)と中国聯通(チャイナユニコム)が発表した統計で明らかになったもの。北京晩報が伝えた。 中国版PHS「小霊通」からの送信件数を合わせると、5億件近くになるなど、大みそかの1日間で、1秒あたり5800件のショート・メッセージが北京市民の携帯電話を飛び交っていたことになる。そのうち、中国移動及び中国聯通ユーザーの1人当たりの平均送信件数は30件あまり。 北京移動では17日の総発信件数が3.38億件と、前年の同じ比(旧暦の大みそか)より58%の増加となった。時間別にみると、同日の午後7時から午前0時まででは、前年比48%増の1億800万件。最もピークだった午後7時から8時の間では、1時間で3200万件ものメッセージが送信されている。同日のマルチメディア・メッセージ送信件数も108万件と、前年比140%増。(以下略)広東:「あけおめ」メール送信が過去最高、人気はMMS 「春節(旧正月)」期間中に送信されたショート・メッセージ件数が140億件前後になると予想されている。中国移動(チャイナモバイル)、中国聯通(チャイナユニコム)の統計をもとに、関係者が推計した。広東省でも例年になく盛況だ。中国新聞社が伝えた。 広東省政府の通信部門は19日、広東省で大みそかに送られた「あけおめ(明けましておめでとう)」ショート・メッセージの送信件数が過去最高を記録したと発表。17日午後8時までに、同省全土では中国移動ユーザーだけでも前年比37%増となる3.9億件を送信している。また、マルチメディア・メッセージ送信件数も、前年比45%増の1360万件と、同じく新記録を更新している。(中略) 最近では一般的なショート・メッセージに比べ、音や動きのあるMMS(マルチメディア・メッセージ・サービス)に人気が集まってきている。音楽を同時に送信したり、お気に入りの風景を撮った写メ(携帯電話で撮影した写真)を送信したり、また、オリジナルのアニメーションを製作するユーザーまでいるという。ご承知の方も多いと思いますが、中国で「メール」にあたるのは、「ショートメッセージ」(中国語では「短信」、SMSとも)で、電話番号に直接送るヤツです。日本のようにインターネットと互換性のあるものとは違って、電話回線の空きチャンネルを使ってメッセージを送る方法なので自ずとそんな大それたデコメールみたいな凝ったものが送れるわけではありません。でも世界的にはこのSMSという方が日本のようなメールよりもむしろ主流であって、安価な通信手段になっています。毎年この時期、「あけおめ」メールが何億通、という報道が出るのですが、ここ数年は確か前年比5割近い伸びが続いていたかと思います。上の方の記事には1人あたり30通とか書いてありますが、ほとんど年賀状代わりに送っている感じですね。うちの親会社の駐在員のおっさん(私より10歳は年上)も、カラオケ屋の小姐とはSMSで連絡をとっていて、「ほら、すごいだろ」とメッセージを自慢げに見せられたこともあり、そういう人たちの間でも当たり前に浸透しているのがわかります。下の記事では、進んでいる広東など南方では「写メ」などだいぶ多彩になりつつあるようです。写真や音声を添付するSMSのことをMMS(マルチメディアメッセージ、「彩信」)と言うのですが、日本では元々インターネットメールなのでこういうのはすでに当たり前になっています(日本もSMSはありますが、普通は同じ会社間のみ送信可能)。ちなみに、日本のケータイメールと中国のショートメッセージは互換性がない、というようなことを上に書きましたが、裏技的なサービスを利用すれば中国のケータイにショートメッセージを送ることはできます。例えばSkypeに登録して前払いでクレジットを入れるとか、エクスプロアというサイトからも発信できたりします(クレジットカード登録は必要)。他にも日本語の漢字を中国語の漢字に変換してSMSを送ったりとかというのもあったりします。まあそこまでやるよりも、直接電話したほうが早いですね・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.22
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以前に日記やトップページでも紹介していますが、地図や地理、特にマイナーな国に関心がある方にはお奨めの本です。「国マニア」「世界飛び地大全」左の「国マニア」という方に出ている国の中で、特に私の琴線に触れるのは「ナウル」という小国です。南太平洋、オーストラリアの近くにある世界で3番目に小さい島国で、人口も1万人くらいしかいません。詳しい説明はウィキペディアをご覧ください(リンクは貼れないようなのでご容赦)(たぶんここの文章も上の本の筆者の吉田さんが書かれたのでは?)。私も国マニアの端くれとして、結構昔からこの国に関心がありました。80年代後半ころは、この国はリン鉱石が豊富に産出するということで、一時は税金や医療もタダ、金持ちの国で、将来の資源の枯渇に備え、香港などで株を買って資金運用をしていたことを覚えています。そのころはこの国の航空会社「ナウル航空」が日本へも(なぜか鹿児島らしいですが)就航していました。その後90年代になり、資源枯渇が目前に迫ってくると、国力は一気に低下し、あっという間に援助をもらう側になってしまいます。このころは私はチェックしていなかったので状況をよく知りませんが、短期間でこれほど衰退する国も稀だと思います。衰退してからも、したたかに台湾と断交して中国と国交を結んで援助を引き出したと思ったら、今度は中国と断交してまた台湾と国交を結び、さらにそれを繰り返すなど、したたかすぎてさすがの中国さまあたりからも顰蹙を買ったようです。2003年ごろには、通信設備をメンテするカネまでなくなり、他の国との通信が不通になって、一時国ごと消息を絶つ、ということまであったそうです。「驕れる者は久しからず」といいますが、これほど短期間に浮き沈みがあった国は珍しいと思います。規模が日本でいえば伊豆大島程度で、かつ特定の産業に偏ったために脆弱な経済であるのはやむを得ないですが、いずれこの国は温暖化で太平洋に沈む可能性などもあり、数年後にはオーストラリアなどの近隣の外国へ全員移住してしまうこともありえますので、前例のない「国が消滅したため国連脱退」などということもあるのかもしれません。機会があれば、この国が存在するうちに一度行ってみたいと思います。でもどうやって行くのでしょうか・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.21
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静岡県西部の道の駅が続きます。「掛川」の次は、北上して「川根温泉」という道の駅(川根町)。温泉のついでに道の駅が併設されている感じ。温泉は結構賑わっていました。本当はひとっ風呂浴びたいところでしたが、あまり時間がないので断念。道の駅のとなりにある足湯。これは無料です。この道の駅の裏に大井川が流れています。さらにここには大井川鉄道の鉄橋があります。大井川鉄道はSLが走ることで結構人気がありまして、それを見に来るマニアもたくさんいます。あと30分くらい待てばここをSLが通るというタイミングでした。SLを見るのはあきらめましたが、次の道の駅に向けてさらに北上していると、道路と並行して走る線路でSLとすれ違いました。SLと一緒にたくさんの車が併走していたのは驚きでした。次の道の駅は「フォーレなかかわね茶茗館」(川根本町、旧中川根町)。ここは有名な茶所で、「川根茶」という茶は日本一ともいわれているようです。茶室もあり、お茶も飲めます。道の駅から見えた茶畑。なかなか美しいです。ここは大井川鉄道のSL終着駅「千頭(せんず)」駅。この先、さらに井川というところまで山岳鉄道が続きます(少々記憶が曖昧ですが)。また、寸又峡(すまたきょう)という美人の湯で有名な山奥の温泉どころもあります。大井川鉄道のHPはここ。結構メジャーな観光地でもあります。最後は千頭駅のすぐ隣にある「奥大井音戯の郷」(川根本町、旧本川根町)。中はオルゴールとか音に関する博物館があります。今日紹介した最初の道の駅は「川根町」、あとの二つは「川根本町」という別の自治体になっていますが、名前が紛らわしいです。どちらが本家の「川根」かを争っているかのようです。最後の写真は千頭駅構内の電車。田舎の駅ではありますが、いろいろな車両が並んでいました。ここを出発したのが夕方5時ごろ、東京まで3時間くらいかかりましたが、いいドライブでした。次の遠出は数ヵ月後にまた・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.20
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さて、昨日行った静岡県西部の道の駅めぐりから。もう一度昨日使った地図を一応ご覧ください。赤で囲んだあたりの左側の方が最初の目的地「くんま水車の里」です。「くんま水車の里」は現浜松市、旧天竜市にありますが、もう愛知県との県境にほど近い山の中です。このあたり、市町村合併かつ今後政令指定都市になる浜松市が領域を拡大したので、静岡県の最西部はほとんど浜松市になってしまい、地域性が感じられなくなった感もあります。「くんま」は漢字で書くと「熊」。昔は「熊村」といった地名だったのではないかと思います。山奥の集落といった趣ですが、この日はイベントをやっていたので、数百人くらいの人が集まっていて、とても混雑していました。これがここの「売り」の水車。風情があります。道の駅で売っていた「五平餅」。このあたりの名物のようです。甘めの味噌がなかなか美味です。2ヶ所目は、「天竜相津花桃の里」(浜松市、旧天竜市)。天竜川中流域にある「船明ダム」のダム湖のほとりにあります。ちなみに「船明」と書いて「ふなぎら」と読みます。こういう難読地名って好きです。これがその天竜川をせき止めたダム湖ですが、右の方にずっと歩行者用の橋が伸びています。「夢の架け橋」という名前だそうです。3つ目は「いっぷく処 横川」(浜松市、旧天竜市)。ここも山の中ののどかなところ。少し前まではきっと横川村とかいった名前だったはず。旧天竜市の中に3つも道の駅があるのもそういう名残だと思います。その後南下して掛川市の中心部を通過。車から掛川城が見えたのですが、写真を写せるタイミングではなかったので、代わりにカーナビの写真から。掛川城は去年のNHKの大河ドラマで山内一豊が居城したところだったかと思って少しだけ感動。掛川市郊外の国道1号線沿いにある道の駅「掛川」。ここは高速のSAの雰囲気に近いです。右側に「長生き地蔵」というのがありました。さて、この「掛川」を出発、もう一度北上して山の中へ向かいます。続きはまた明日・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.19
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今日は久しぶりに道の駅の新規開拓をしてきました。去年の11月の紅葉のときに、長野県北部の道の駅を走破して、関東の道の駅完全走破して以来、新たなところには行っていませんでしたが、関東以外で比較的近い(といっても片道300kmちかく)静岡県西部の道の駅7ヶ所に行ってきました。赤い線で囲ったあたりの7ヶ所を回りました。これまで静岡県東部や伊豆地方の道の駅はすでに走破していましたので、静岡県19ヵ所すべて走破したことになります。今日は朝7時ごろ家を出て、夜8時ごろ戻ってきました。走行距離は700km弱。早朝の関東地方は土砂降りの雨でしたが、昼近くになると晴れてきて結構ドライブも快適でした。今日は最初のさわりの部分の写真を数枚。行きの東名高速の富士川サービスエリアにあった看板。「静岡空港」というのが開港されるわけですが、本当に必要なのか、無駄な公共事業ではないのか論争になっている空港です。ちなみに富士川SAは上の地図の真ん中やや右寄りの富士川町、この空港は静市と掛川市の間あたりだったかと。富士川SAから見た富士山。朝の9時半くらいだったかと思いますが、雨はすでに小雨になっていましあ。前を流れるのは富士川です。先ほどの富士山をさらに拡大。富士山はこういう天気が悪いときも絵になります。さて、道の駅7ヶ所についてはまた明日に続きます・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.18
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さて、久しぶりに温泉ネタ。今日は東京ディズニーランドもある浦安市の「湯巡り万華郷」というところに行きました。公式ホームページはここです。このあたりは(東京DLの隣の駅「新浦安」からも送迎バスあり)元々完全な埋立地で何もなかったところですが、今はまわりにお洒落なマンション、ホテル、大学、大型ショッピングセンターが立ち並ぶところです。道が広くてまっすぐで建物もどれも大きいので、どこか北京のような雰囲気も個人的には感じたりします。この「湯巡り万華郷」というのはちょうど1年前くらいにオープンした日帰り温泉・スパーですが、ここの売りは関東最大級?日本最大級?ともいわれる数多くの種類の温泉があることです。源泉は埋立地の地下1400mから湧いていて、塩分濃度が強い温泉です。開業してすぐのときにも一度来ましたが、まだそのころは客も少なくて閑散としていました。今日は1周年で割引もあったせいか、朝11時の営業開始直後に到着しましたが、入場者が列をなして並んでいる状態でした。家族連れやカップルがほとんどで、私のように一人で来ているおやじはあまりいない感じがしました。ゲルマニウム温泉などいろいろな種類の風呂や水着で入る混浴の露天風呂など、結構楽しめます。外観はこんな感じです。宿泊も可能です。駐車場も広大です。内部はこんな感じ。ここのコンセプトは「大正時代」。店やレストランもすべてレトロ調です。東京の臨海副都心のお台場に「大江戸温泉物語」という同様の日帰り温泉がありますが、そこは昭和初期といったコンセプトで微妙に違っています。受付で自分の好きな館内着を選びます。男は浴衣と作務衣の2種類しかないですが、女性の方の浴衣は種類がたくさんあります。ところで、「作務衣」(さむえ)という言葉は日帰り温泉に来るようになってから知りましたが、最初聞いたときは「サムエ」という英語か何かかと思ってました・・・内部はこのように混雑してました。ちょっと撮影に失敗しましたが、これは会計をする場所。浦安には最近DLの近くにも新しいスパーができたようなので、この東京湾岸あたりの日帰り温泉競争もどんどん激しくなっている気がします。何か相当な特徴的なものを用意しないと、これから新規参入してもきっと大変でしょうね。さて、上のところとは全く別ですが、先週末は自宅からほど近い↓の日帰り温泉に行きました。板橋区内の超密集した住宅地の真ん中にある「スパディオ」というところ。けもの道のような細い道を通ってやっとたどり着きます。道に迷ってたどり着けない人もいそうな、本当にそういうところにあります。ここの源泉も塩分濃度が高くしょっぱいです。板橋区内ではここのすぐ近くにも何度か行ったことのある「さやの湯処」というのもありますが、自宅から車で15分圏内くらいのところにこういう施設があるのは嬉しい限りです。また今後も新たな日帰り温泉発掘をしていきたいと思います。明日は久しぶりに遠くの道の駅巡りでもしようかと・・・では。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.17
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先週の北京出張で、訪問先の複数の人が、春節前の社内レクリエーションや春節中に遊びに行くところということで、スキー場を挙げていました。いつの間にかスキーが北京では大人気になっているようです。90年代半ばごろは、レクといえばボウリングが流行っていました。春節前の「忘年会」では、まずボウリングで汗を流して、宴会に突入というパターンは何度もありました。2000年ごろはゴルフだったでしょうか。最近ではあっという間にスキーが流行ったようですね。北京周辺あたりは冬でもめったに雪が降らないので、聞いてみたらすべて人工雪のスキー場のようですが、それにしても儲かると思えば短期間に殺到する中国人さまのこと、ある意味さすがだと思います。基本的に会社のレクなどは公金で行くはずですのであまり自腹は痛まないと思いますね。ゴルフが流行った当初も、外国企業が中国企業の幹部にゴルフクラブをフルセットで贈呈していたりしましたが、公金天国の一端も感じさせないではありません。「北京」「滑雪場」で検索してみました(検索結果)。私の訪問した先の人たちは「南山スキー場」というところに行くと言っていましたので、ちょっと検索してみるとこんな感じのようです。(関連サイト)こんなところです。北京北方の密雲ダムの近くにあるとのことです。人工雪でこれだけのものを作るのは相当カネもかかりそうで、自ずとスキーする側が払う費用も相当のはずですが、北京など都会に住む人の収入構造というのはどうなっているのか、いつも不思議に思います。私は生まれてこのかたただ一度しかスキーをしたことがありませんが、結構他人と衝突したり恐い思いをした記憶もあります。普通の道を歩いていても最後まで相手をよけない人たちですから、けが人が多く出ないことを心からお祈りする次第でございます・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.16
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昨日の大連の続きです。これが途中下車した「開発区」駅。建物に「網[口巴]」(ネットカフェ)とあります。中をのぞいてみましたが、同行者が「コールセンターのようだ」と言っていました。北京などでは日本の漫画喫茶をさらに豪華にしたようなネットカフェがあるようですが、ここは電話のオペレーターがパソコンを睨みながら電話を受けている光景のように見えました。さて、この大連の経済開発区には8年くらい前にも一度来たことがありますが、その当時でもかなりたくさんの日系企業の工場などが進出していました。ただ、開発区の中心部はこの駅からは少し離れているようで、新設のこの駅の周辺はまだ開発中で閑散、雑然としていました。駅前の広場は右側の方にも広大に広がっていましたがまだ工事中。恐らくこれが駅舎になるのでしょうが、まだ内部は出来上がっていないようでした。駅前に停まっていた乗り物。自転車とリアカーを合体させてさらに小型エンジンがついています。北京などでも見たことがあるような気がしますが、一瞬どちらの方向に進むのかわからなくないでしょうか。一応右方向に進むはずです。帰りのホームです。背景にきれいな住宅のようなものが見えます。沿線は大連市内の相当郊外を通りますが、それでも結構新築のこういう住宅がたくさんありました。中国どこに行ってもそうですが、一体誰が住むのか、全部投資や投機対象なのかいつも不思議に思います。復路ですれ違った電車。昨日少々触れたこの路線の終点「金石灘」あたりにテーマパーク(中国語では主題公園)があるようで電車一面がラッピングされています。「発現王国」と書いてあるので、日本語的には「ディスカバリーランド」といった感じでしょうか。ちょっと撮影に失敗してしまいましたが、車窓から超巨大な穴が見えて非常に気になりました。途上国ではよくある石炭などの露天掘りの穴に似ていました。それも並大抵の大きさではありませんでしたので驚きました。大連の郊外はこの大穴のように荒れた土地も相当広く、かなり乱開発されている節が感じられます。いずれ環境問題や公害問題の根源になりそうな印象を受けました。車内に貼ってあった「八栄八恥」の標語。最近の中国では人民のモラル向上のためこんなのをよく見ます。実態はこれらの裏返しであるということが如実にわかります。まとまりのない話になりましたが、電車のような公共交通機関に乗ると現地の人の目線と同じものが見えて非常に有意義に思います。見てはいけないものもあるような気もしますけど・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.15
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先週の水曜日は大連にいました。北京へ向かう飛行機まで少し時間があったので、日系企業100社以上が進出している大連市内北東側数十km先にある「経済開発区」まで行ってみることにしました。一応事前に新しい都市型電車が走っていることは確認していました。まずは大連駅周辺から。これは駅から徒歩10分くらいのところにあるロータリーですが、真ん中の球は何を意味しているのでしょうか。これは大連駅。長距離列車の駅です。「火車站」と普通言っています。近郊電車の駅はこの北側の少し離れたところにあります。先ほどの写真を背にした風景はこんな感じ。駅前はちょっと混乱気味です。駅前にはこんなタクシーもたくさん停まっていました。小型三輪ですが、いかにも安定が悪そうです。カーブでは簡単に転びそうです。これが開発区方面に向かう都市型近郊電車「快軌」の駅。「火車站」の周辺は極めて雑然としたところですが、この駅だけ全面ガラス張り、ぴかぴかで完全に浮いています。これは「快軌」の路線図。左下が大連市内で右上の方にずっと伸びています。真ん中あたりが開発区で、終点はゴルフ場やテーマパークなどもあるリゾート「金石灘」というところです。「金石灘」のゴルフ場は海に向かって打つコースなどもあって地元では結構評判のところのようです。駅1Fのコンコース。なかなかきれいなところです。それほど乗降客がいないようなので、ゆったりした感じではあります。こんな電車です。これだけ見ると日本の駅の雰囲気と変わりません。このあと席に座ったら、地元の少年から「この電車は●●へ行くの?」と聞かれましたが、そんなことは知りませんので「不知道!」とあっさり答えました。これはICカード式切符をチャージする機械。まだこの路線一本ではあまり利用する人はいないのではないかと。切符は非接触式のカードでした。しかし、中国の各都市ではちょっと行かない間にいろいろなところで新しい鉄道や地下鉄ができていて改めてそのスピードに驚きました。まだ写真は何枚かありますが続きはまた明日に・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.14
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先ほどテレビでは北京で行われている6ヶ国協議のニュースをやってました。北朝鮮のごね得が通ってアメリカが譲ってしまったことで、日本が孤立してしまった感があります。北朝鮮に限らず、最近は明らかに非がある側がごね得で通ってしまう例がたくさんあるように思います。中国さまもしかり。拉致問題部分を主張して日本が孤立してしまうのは本末転倒ですよね。多少孤立しても構わないから正論で最後まで筋を通してほしいと思う今日この頃です。さて、先週の出張時(10日)に北京の地下鉄13号線というのに一駅だけ乗りました。これが今の北京の地下鉄路線図。上の方に瓢箪のように伸びている変な形状の黄色の線が13号線(西直門~東直門)。一番新しい路線です。「地下鉄」というものの、全線外を走っている路線で、北京オリンピックのメインスタジアムの周囲の郊外を回る感じ。ちなみに3路線しかないのに13号線とはこれいかに、ということですが、将来的には少なくとも13路線が計画されているようです。首都空港と市内・東直門あたりを結ぶ路線はオリンピック前には開通するらしいです。関係ないですが東京に来年度開通する最後の地下鉄路線・副都心線も最近まで13号線といってました。これは13号線の起点、西直門駅。環状線との乗り換え駅です。ホームです。ちなみに改札は東京の地下鉄の自動改札と同じ切符方式。日本の技術が入っているのかも。案内板です。電車が来ました。結構きれいです。驚くべきはちゃんと並んでいることです。並んでます。やればできるじゃん。この路線、客が少ない(かつ始発駅)のでみんな焦らないのかもしれません。ひとつ先の「大鐘寺駅」まで乗りました。なぜか階段しかなく、それも細い。これだと混雑時は問題があるような気がします。大鐘寺駅の外観。駅前は道路以外まだ何もないところです。何となく、うちの近くの某駅に雰囲気が似ています。一応、「鉄」系でもありますので、明日も鉄道シリーズを続けます。では。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.13
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先週の北京・大連出張ネタは小出しにさせていただきまして、今日は近郊のドライブから。私、交通関係は全般的に好きですが、空港というものにも興味があります。海外の場合などは大抵最初にその国に着くのは空港ですから、そのよしあしでその国に対する印象が結構左右されると思います。昔の中国の空港なんぞはみんな暗い感じだったりとか、韓国の空港はキムチくさい感じがするとかなどありましたし、先週の大連の空港なんかも建物はまあまあでしたが、タクシー乗り場の乱雑さなど、人によっては「もう来たくない」と思うかもしれない場合もあります。そんなことで、ふと思い立って羽田空港まで行ってきました。自宅からは首都高がすいていましたので30分ちょっとで着きました。羽田空港第2ターミナルの展望デッキ。祝日とあって多くの人が来ていました。最近の空港はどこもデパートみたいで、別に飛行機に乗るためでなくてもちょっと遊びに来る価値はありますね。ただ、成田空港なんぞは都心から距離的に遠すぎというだけでなく、いまだに検問もありますから精神的距離感はすごく遠く感じます。1年くらい前に中部国際空港(セントレア)までドライブしましたが、ここはなかなか良かったです。やっぱり空港は海の近くにあるのがいいです。第2ターミナルはほとんど全日空のみなのが画像的には残念。折角なので、人気の「空弁」のひとつを買ってみました。地鶏を使ったそぼろと鶏肉の二色弁当。TV番組でも紹介されたことがあるようです。さて、空港から北側にある埋立地・京浜島に移動。ここは「京浜島つばさ公園」というところで、着陸する飛行機が見える絶好のスポットのひとつです。カメラを抱えたマニアの人もいます。遠めにはこのように見えます。さらにもう1ヶ所別のスポットに移動します。先ほどのところより北東側にある「城南島海浜公園」。ここの方が飛行機の入路の真下に近いので、見物には先ほどのところよりいいと思います。オートキャンプ場などもあったり、人工の砂浜もあるところです。公園から見える空港の建物。こんな感じで見えます。昔、香港の啓徳空港があったころ、飛行機の入路真下になる住宅密集地まで見に行ったことを思い出します。これは人工の砂浜。ズームで写そうとすると、アングルから外れてなかなかうまく撮れませんでした。近くにいいカメラを持った、派手な服を着たおばさんカメラマンがいましたが、一体どういう人なのか、いろいろな人がいるものだと思いました。人のことは言えないかもしれませんが・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.12
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昨日の日記で頭出しした、北京のケータイ集積地「公主墳Gong1zhu3fenr2」(大抵語尾がアル化します)を紹介させていただきます。毎日仕事で見ている中国のIT関連記事で、中古ケータイや偽物ケータイ、密輸ケータイ(全部合わせて「黒手機Hei1shou3ji1」とも)の話が出ると、ほとんどこの「公主墳」という地名が出ていましたので、一度行ってみようと思っていました。昨日の日記で書いた大学に20年前3ヶ月ほど通ったときに、お昼に授業が終わると市内東側にあった会社の事務所に帰る際、この「公主墳」というところでバスを乗り換えていましたので、そういう意味でも印象深いところではありました。この「公主墳」というところは文字通り「お姫様のお墓」があったところだそうですが、北京のメインストリート長安街と三環路の立体交差の下に巨大なロータリーがあり、地下には地下鉄の駅もあるので、交通の要所、商業地域といった形で賑やかなところになっていますが、外国人はほとんど来ないローカルっぽいところではないかと思います。まずは「公主墳」を紹介しているニュースサイトから。「捜狐Sohu」のサイト 地図拡大北京には他にもケータイの集積地があるようですが、上のサイトの中の説明にも「北京最大のケータイ集散地」と書いてあります。店の中の写真は気が引けてあまりとれませんでしたが、周辺の様子からどうぞ。洋服のバーゲンセールをやっていましたが、売り子が台に乗って大声で叫んでいました。一昔前の、客が呼んでも店員が見向きもしない時代と比べて隔世の感がありますね。巨大ロータリー前にはこの巨大デパートがあります。日本でよく行く大型SCのような趣もあります。今では当たり前のように車で買い物に来る人が大勢います。少し遠めから。後ろにばかでかい建物がありますが、さらに引くとこういう風に見えます。長安街を渡って反対側から見ると、全体がお城のようにも見えます。駐在時にすでにこの建物はありましたが、異様な大きさをそのときから感じていました。南側ロータリーに沿って円形のビルがあります。上のでかい看板の裏にも建物があり、全部で3階建てだったと思いますが、ほとんどケータイ関係の店といってもいいくらいでした。これも同じところを反対から見たところです。ビルの入口にあった「中国移動」のお店。日本風にいえばドコモショップみたいなところですが、かなり広いところでした。土曜の午前中でしたが多くの客で混雑していました。いろいろ見ていたら春節前後の割引サービスのような紹介を店員から受けました。このあと隣にちょうど円形の円周100mくらいはありそうな長さに多くのケータイショップがウインドーを並べているのですが、ここを通過していると両側から無茶苦茶たくさんの店員が「先生、携帯お探しですか」「モトローラのはどう?」みたいに、50mくらい歩いたら50人くらいから客引きされました。客が少ない時間帯ということもあったのでしょうが、凄い勢いで客引きされたので圧倒されてしまいました。ここは怪しい店ではなく、正規店のような感じでしたが、そのすさまじさは言葉では言い表せないほどで、思わず笑ってしまうくらいでした。これは「小霊通」という、日本でいえばPHSのお店。日本ではPHSはほとんど廃れましたが、中国では9000万加入くらいユーザがいます(ちなみにケータイは4億以上)。ロータリーの円周部にある小さな店の裏に貼ってあった紙。これは全部ケータイ関係のプリペイドカードなどの安売り一覧です。上から二番目「神州行」というのはプリペイドのサービス名ですが、「0元から」というのは一体どういうことなのかわかりませんね。写真を見て今気がついたのですが、買えばよかったと思いました。さらに細かい怪しい店がロータリーの南側にあったようですが、時間がなくていけませんでした。ケータイが絡む世界、かなりディープです。日本の某社のケータイも改造されてこのあたりでも売っているようです。儲かる商売だと思うとあっという間に殺到する中国人さまのことですから、ケータイなんぞはその象徴的なものとしてとても面白い分野だと思います。何かのご参考にでもなれば幸いです・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.11
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1時間くらい前に自宅に到着しました。毎晩夜遅かったので寝不足気味ですが、中身的には充実しておりました。さて、今日の午前中は通信関係の「市場調査」ということで市内を少しだけ回ってきました。北京市内最大のケータイ集積市場といわれているらしい「公主墳」というところ(北京の西側、東西に走るメインストリート「長安街」と三環路が交差する位置)が目的地でしたが、その様子は別途ということで、その途中通過したところを少しご紹介します。私事ですが、北京に初めて長期滞在したのは87年3月~88年2月でした。入社して2年目くらいでしたが、会社の事務所で丁稚奉公のような仕事をしましたが、その最初の数ヶ月、ある大学の留学生クラスに通いで授業に出席させてもらいました。その大学がこれ。北京の三環路(「環状3号線」のような意味です)北西部分に位置する首都師範大学、20年前は「北京師範学院」という名前でした。「北京師範大学」というのは当時もすでに有名でしたが、こちらは確か北京市政府所管のマイナーな大学でした。20年前はこのあたり何もないところで、当然この高架道路もありませんでしたので、市の中心部からは相当遠いイメージでしたが、今はもうこのあたりは十分中心部の一部になっています。当時は友諠商店(もう今は行く人も少ないでしょうが、10年ちょっと前まではお土産を買うところといえばここくらいしかなし)の近くの安ホテルに住んでいましたが、そこからは地下鉄の環状線に「建国門」という駅から乗って、「車公荘」という駅で下り、さらにそこでバスに乗り換え、この大学まで全体で1時間以上はかかっていました。その頃は朝8時の授業に間に合うように行くので7時前にはホテルを出ていましたが、午後は会社に出ていたので背広にネクタイといういでだちで通っていました。まわりは人民服の人たちばかりの時代で、完全に浮いていましたので奇異の目で見られたことをよく覚えています。留学生はみんな大学の宿舎に住んでいましたし、午後は基本的に授業はなかったはずなので、正直羨ましく思っていました。これは先ほどの大学の少し南側にある北京タワー。確か90年代の後半、私が駐在していたころにできたものだったかと思います。上海の東方明珠タワーとは違って、少々野暮ったい感じ。周囲も商業地区ではないので今でもパッとしない感じがあります。タクシーから見た感じでは地下に家電量販店があるようでしたが、それほど賑わっているようには見えませんでした。駐在していたときもこのあたりはよく通過していました。でも住んでいるとあまり感動もなくどうということもなかったのですが、たまに行くときの方がかえって街をよく見るようになっています。そんなことでたぶん明日はケータイの殿堂?「公主墳」の様子をご紹介します。今晩は久しぶりに爆睡しようかと・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.10
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今日はほとんど屋内にいましたので一枚も写真を撮りませんでした。昨日の移動時に撮った北京の写真を何枚かどうぞ。訪問先(西単(天安門西側))の近くに「図書大廈」という大型ブックセンターがあったので寄ってみました。90年代末にすでにあったような気がしますが、初めて中に入りました。最近の中国の本は昔と比べて相当垢抜けましたね。一昔前までは紙質も悪く見栄えもいまいちでしたが、日本の本と見た目は変わらなくなってきました。主に旅行関係の本を見ましたが、なかなか豊富でした。以前香港関係で紹介した中国語で書かれた日本を含む各国の観光ガイドブック的なものは相当数種類がありました。重たそうなので今回は買いませんでしたが、次回またどれかを買ってみようかと思います。西単から国貿(北京東部)までの移動に久しぶりに地下鉄に乗りました。前に駐在していたときはほとんど乗りませんでしたが、87年に1年間滞在したときは頻繁に環状線の方に乗りました。この路線は90年代末に開通した部分ですが、他の都市の地下鉄と同様、これも垢抜けました。ただし、相変わらず切符が自動販売機でなく、改札の駅員に切符を渡して駅員が破くという昔のパターンと変わらず。ただし、定期券の場合のみ非接触カード式になっていました。昨年の7月16日の日記でも少し紹介しましたが、建設中の中央電視台(CCTV)の本社ビル。ロの字を斜めに傾けたような、かなり無理をした形のビルですので、骨組みも一般の中国のあっさりした工法と違って、相当頑丈に作っているように見えます。本来はオリンピックまでに完成という話のようでしたが、現地の人はこのスピードだともう間に合わないと言っています。前に聞いた話では、外側だけとりあえず完成させて、中身はあと、などと言っていましたがどうなるのでしょうか。有名なフランス人の設計者の設計らしいですが、あまり無理な形のものを作ると、中で実際に働く人には不便になること確実だと思います。そんなことで、明日の夜日本に帰ります。ではまた・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.09
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北京におります。今日はほとんど一日出歩いていました。あまりこれといったネタもないので、とりあえず定番の写真をどうぞ。今日は曇っていたのでいまいちな感じです。人民大会堂です。天安門広場もいたって普通な感じです。あまり春節前という感じはしませんでしたが、仕事の関係で会った人たちはみんな春節モードに入っていて各種「聯誼会」や「活動」で忙しいようでした。そんなことで自分としては淡々と時間が過ぎている感じでございます。ではまた・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.08
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午後6時ごろに大連から北京に到着しました。大連は7年半ぶり3度目だったかと思います。基本的には好きな街の部類に入ります。昨日の日記で「空気が汚い」と書きましたが、最近日本企業も相当数進出し、前の市長がなかなか有能な人で、前回来たときにもすでに「北の香港」ということで売り出していて、中国では珍しく誰もが「美しい都市」と認めているところでしたが、その期待よりは今いちだったと正直思ったからでした。大連・周水子空港のタクシー乗り場は極めて印象が悪いですね。中国慣れしていない人がいきなりここに着くとたぶん相当嫌悪感を感じるのではないかと思います。列を真面目に作って並んでいる人がなかなか乗れず、横入りする人が大勢いるのですが、一応乗客を振り分ける係員が大声で叫ぶものの、そもそも乗り場から一人ずつ客を振り分ければいいのに、遠くに立っている関係で乗り場からタクシーまでの距離が間延びしてどんどん脇から人が入ってきてしまいます。高圧的に振り分け作業をしているわりには、全く意味がありません。タクシーの停車する位置もばらばら。どうしてこんな簡単なことが気がつかないのか不思議に思います。あと、白タクもたくさんいてまとわりついてきます。以前来たときからほとんど改善されていない気がしました。人間の第一印象は大事なので、早く改善しないと大連を目指す人も減るのではないかと思ったりもしました。さて、愚痴めいた話はそれくらいとして、今日の昼市内を少し歩いたときの写真を何枚か。日本人なら郷愁めいたものを感じる、統治時代の建物が残る中山広場のロータリーから。これが一番有名な大連賓館。旧ヤマトホテルです。こんな建物も。銀行だったでしょうか。この広場は大きくてきれいですね。大連といえばこの中山広場といった感じ。近代的な高層ビルとのコントラストもいけます。中国では珍しいと思われる鳩の群れ。さて、大連賓館に近づいてみました。大連市の文化財のようなものに指定されています。指定されたのは最近なんですね。ロビーもなかなか荘厳な雰囲気。戦前の様子を示したパネルもありました。下から一枚。これは別の建物でしたが、レトロな感じがいいです。さて、明日はたぶん相当夜遅くなりそうなので、続きはまた後日・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.07
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大連に昼着きました 部屋のネットがつながらないので携帯からです 大連も空気がきたないですね 鼻毛がのびそうです・・・
2007.02.06
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明日から4泊の予定で大連と北京に出張します。春節前であちらはみんな忙しそうですが、何とか各所のアポもとれました。またブログネタも合わせて集めてきたいと思います。無茶苦茶寒くなければいいのですが。そんなことで明日朝早いので今日はこんなところで・・・
2007.02.05
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節分は過ぎましたが、しつこく恵方巻きの流れが続きます。そんなことで昨日ケータイが水没したので、今日は朝一で最寄のドコモショップに行きました。方角は北北西でなく、あえて南南東方面に向かいました。朝10時半から開店ですが、数人すでに客が並んでました。ケータイの相変わらずの人気を物語るものです。さて、事前にドコモのサイトで情報を調べて行きましたで一発でこれに決定。昨日の恵方巻きの悲劇のページをバックに一枚。D903iという一応最新シリーズの三菱製の製品。画面はスライド式になっていますが、あまり電話は使わずにネット系利用が多い私としてはこれは便利です。本当はワンセグ(TV)やHSDPAという高速パケット対応のフルスペックのものを買いたかったのですがこれでも十分。まだ全部把握していませんが、いろいろと面白そうな機能があります。しかし、それより問題なのは、水没した前のケータイに入っていた電話帳などのデータが移行できないことです。水没してたぶん電気系統や液晶に水が入ってやられたため、前のケータイは電源が入らなくなりました。電源が入らないとどうしようもありません。そのまま廃棄されるのみです。1週間くらい待って完全に乾燥すると復活する場合もあるそうですが、確率は低いようです。電話帳・アドレス帳その他のデータのバックアップをとっていなかったので、完全に最初からやり直しです。100件以上あったデータはパーです。また、「おさいふケータイ」のEdyに残額が数千円あったのですが、元に戻すのに結構手続きが面倒。さらにiDという後払いのクレジットもやっていたので、これから手続きしないといけません。ドコモショップで対応してくれた店員は名札に「研修生」と書いてあった若い女性でしたが、私のようなややマニア系の客の質問に一生懸命に的確な対応をしてくれたので非常に感じが良かったのが救いです。今日買ったケータイには「電話帳お預かりサービス」というのがあって、センター側にデータを保存しておいたり自動更新することができます(有料)が、いずれにしてもちゃんとデータのバックアップはやっておいた方がいいですね。私はケータイ水没なんぞは全く想定外でこんなことになりましたが、データは保存しておくことを強くお奨めいたします(そのための安いソフトも売っています)。カネも手間もかかってしまいましたが、一応IT関係の仕事なのでこういう経験をしておくことも大事ということで、これが恵方巻きのご利益だったと思うことにいたします・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.04
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また恵方巻きネタです。今日は節分、まさに恵方巻きの当日です。1ヶ月に1回は行っている練馬区の某日帰り温泉・スパーのレストランで「恵方巻き」メニューがありました。おお、ちょうど気になっていたのでベストタイミング。「恵方巻きけんちん汁セット」を注文しました。下の方にいろいろ説明があります。「今年の恵方は北北西」とも。来ました。ちょっと想定していたのよりも太巻きが小さい。縁起も小さいのでは。北北西の方角が全くわかりませんでしたが、とりあえず素手で丸かじりしました。まあとりあえず小さなことでもいいことがあればということで。。その後、マッサージチェアで15分くらいのんびりした後で喫煙所で一服、と思って館内用のビニール製の手提げに入れていたタバコを取り出そうとすると、お~っと、一緒に入れていたペットボトルの口がちゃんとしまっていなくて、手提げの中が水浸し。その中にケータイも一緒に入っていたのですが、ともども水没していました。ケータイをトイレに落として水没、なんていう話は聞いたことがありますが、そんなことはひとごとだと思っていましたけど自分もそんなことをしてしまうとは。。。ケータイを開いてみると、液晶画面の部分が完全にやられ、画面が見えなくなってしまいました。本体の方も水が入ってSIMカードが使えなくなったようです。せっかく恵方巻きを食べたのに、食べてから20分も経たないうちに悲劇が訪れてしまいました。だめじゃん、恵方巻き。気を取り直して、今のケータイも買ってから2年半近く経っているので、まあ買い替え時期ともいえますし、最近のいろいろな新しい機能も入っているケータイをいずれ買おうと思っていましたのでいい機会かもしれません。と前向きに。そういう意味では恵方巻き、捨てたものではないかも。明日北北西の方角に向かってケータイを買いに行きます・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.03
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昨日今日とテレビや新聞で厚顔無恥なチリ人アニータのニュースをやっています。何であれをメディアは採りあげるんですかね。見てて腹立たしいです。無視していればいいのにみんなで採りあげるから向こうの思うツボです。メディアの体たらくをここでも感じた次第です。あまり書くと私も同じ穴のムジナになりそうなのでこれだけにします。さて、今日のサーチナにこんな記事がありました。アジア大会:韓国選手が領土問題で挑発、中国激怒冬季アジア大会で1月31日に行われたスピードスケートショートトラック女子リレーの表彰式で、銀メダルを獲得した韓国チームの選手が「白頭山は韓国のもの」と書かれた紙を掲げた。中国オリンピック委員会が韓国代表団に抗議したほか、中国外交部が駐中国韓国大使館に再発防止を申し入れるなど騒ぎに発展した。白頭山は中国では長白山と呼ばれ、長期間に渡って両国間で案件となってきた。1日付で中国新聞社などが伝えた。中国外交部アジア司の責任者は「両国間に領土問題は存在しない。韓国の選手が中国人民の感情を傷つけたことに強い不満を抱いている」と述べた。また中国オリンピック委員会は「もう一度同じようなことが起きたら、大会への参加資格を取り消す」と韓国側に通知した。これに対して韓国代表団は謝罪した。中国さまと韓国さま、どっちもどっちですが、領土が絡む話では特に韓国さまの低次元な暴走が目立ちます。白頭山は少なくとも北朝鮮の領土で韓国は本来関係ないのでしょうが、潜在的に旧満州の大部分は自分の土地だと思っていますので、北朝鮮の今後の転び方によっては中韓間でこういう問題がそう遠くない将来現実化するのではないかと思います。そして数日前にはこんな記事も・・・韓国企業、中国で倒産相次ぐ「給料払えず夜逃げ」中国に進出した韓国の中小企業で倒産が相次いでいる。人件費の高騰と中国政府による優遇策が見直されたことが原因だという。30日付で中国新聞社が韓国メディアを引用する形で伝えた。韓国駐中国大使館は21日から大韓貿易投資振興公社(KOTRA)や大韓商会など関係機関とともに山東省青島市や広東省東莞市など5都市にある韓国企業50社を対象に調査を実施した。この結果、大部分の皮革会社が既に倒産したか、中国企業に業務を譲渡したかのどちらかであることが分かった。また縫製や玩具などの業種でも利益が大幅に減少しているという。同大使館の金東善(キム・ドンソン)商務参事官は「去年暮れ頃から中国の投資環境が悪化した。一部の韓国企業は清算が済んでいないのに夜逃げしている」「青島市にあった韓国系の皮革会社2社が従業員に給料を支払えず、相次いで夜逃げした。東莞市の韓国企業も40社から15社に減った」と述べた。韓国政府は中国に進出した中小企業に対する支援を決定し、人件費の安い内陸部に移転するよう勧めている。さすがに外国に進出して「夜逃げ」はまずいのでは。韓国の中小企業は製品の付加価値性が相当低いのでしょうか。労働コストに簡単に影響されてしまう印象があります。前に中国に駐在していたとき、客先の招待で行った海南島ツアーで複数の韓国人と一緒になって話をしましたが、そのとき感じたのは韓国人は中国人を相当下に見ていたことです。日本人はそう思っても他の国の人に普通はそんなことは言わないでしょうが、彼らはそういう面ではかなりストレートです。ある意味両方とも似たり寄ったりのところがあるので近ければ近いほどそういう関係になるのは自然なことなのでしょうが、どうしたものでしょうか。個人的には、北京にいた朝鮮族の人たちは素朴で優しい感じを受けました。むしろ日本人に近い印象がありました。やっぱり人間短期間で成金状態になるとこうなるのかもしれませんが、最近の日本も含め、自己中心の人が世界でどんどん増えているようで、今後の世界がどうなってしまうのか、ますます心配になってきております・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.02
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最近ちょっとネタ切れ気味ですが、今日は仕事に関係する話を少々。最近、仕事の効率改善やヒューマンエラー(人間なら誰でもやるつまらないミス)防止などの目的で「見える化」「見せる化」「可視化」ということの必要性が語られるようになりました。要は常に仕事の状況や動きを目で見えるような形にしておいて、関係者の思考のベースを同じレベルに保ちつつ、進捗などの管理も円滑に行うといったようなことです。トヨタの「カンバン方式」「カイゼン」などはこれとほぼ同義だと思います(本当の詳細はよく知りませんが)。工場などモノを作る仕事ではこの「見える化」が業務効率化に直結しますが、デスクワークなどでも、自分に振り返って考えてみると、意外と昔からこのような仕事のやり方を無意識にしていたことに気づきました。まだパソコンなどが普及していないころは、ペンディングの案件などがあると、付箋にメモして電話機のそばにベタベタ貼り付けて忘れないようにしていました。これもひとつの「見える化」だと思います。パソコンを使うようになってからは、常にスケジュールソフトに予定とともにやらなければいけない仕事をすぐに書き込んで一目でわかるようにしていたりします。こうすると、頼まれた仕事を忘れる確率は格段減ることは間違いないと思います。私がこうするようになったのは、ずっと前にいた職場の帰りに寄る、常に混雑している大衆的かつ規模の大きい中華料理屋で、注文を受けるとカウンターの中ではまずそれ用のどんぶりや器を目の前に1枚置いていくというやり方でさばいていましたが、これに少し影響を受けています。この店では全くメモなどとらず、この方法ですべて注文を「見える化」して記録していたような感じです。この部分は賛否両論あるかもしれませんが、会社の私の机の上はいつも書類で埋まっていてスペースがほとんどありません。かつ、書類を揃えて置いたりしないので誰が見ても極度に散らかっている、混乱していると思われる可能性大です。昔から無意識に机上を「見える化」していたので、おのずとこうなります。書類を揃えて置いたりしたら、下の方に何があるか見えなくなってしまいますし、引き出しなんぞにしまうのは全く見えなくなるので愚の骨頂のように思えます。単に整理ができない人の言い訳を後付けしていると思われるかもしれませんが、こういう形で仕事をするのも意味があると思っています。このように常にいろいろ視界に入れておくことで、やらなければならない仕事も常に身近に感じたりします。かと言って機密書類を机上に出しておくようなことはしていませんし、一応バランスはとれていると思います。むしろ、整理整頓すること、目の前に何も見えない状態にしておくことにこだわりすぎるのは、自分の家ならいいでしょうが、会社などでこれをやると他人から見るとその人が何をやっているのかもわからず、周りから孤立してタコツボに入るきっかけを作るような気がしてなりません。不特定多数の人が出入りするような職場では無理ですが、決まった人のみで仕事をしている部屋などでは極力なんでもオープンに見えるようにしておくことが、コミュニケーションをよくする第一歩であると常々思います(うちの会社そういう問題が結構あるもので・・・)。このような考え方はおかしいでしょうか・・・人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.02.01
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