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久しぶりの言語マニアネタです。かなりマニアックかもしれませんので、わかりにくいかもしれません。あらかじめご了承ください。英語の発音を中学生で習うとき、例えばLiveとLeaveは発音記号でそれぞれ[liv][li:v]と教えられます。この二つの発音の違いはあたかも単音と長音、「リブ」と「リーブ」のように教えられます。あまり複雑にしないために、[i][i:]と中学生・高校生向けにはこのように書いていると思われますが、そもそもこの二つの音の違いは長短の違いでなく、母音の音そのものが違います。専門的な発音記号だと前者は[I]と書き、発音は「イ」よりも「エ」に近い音になります。例えばマイケル・ジャクソンの昔の歌で、「Beat It」というのがありますが、サビのところでは日本人の耳には普通「ビレー、ビレー」と聞こえます。決してitを「エット」と読むわけではないですが、前のBeatの「ビ」が日本語の「イ」とほぼ近い音なので、相対的にそれより口が広がっているitのiの音が「エ」に近く聞こえてしまいます。また、音符の長さがbeatの部分は短音符、itに長音符があてられているので、「ビート」より「イット」の方が長く発音されているためにすでに長短の違いはどこかに行ってしまっており、そもそも発音を長短で区別しているものではないことがわかります。というようなことを前提にしつつ、最近の日本の歌などで、Babyを「ベイビー」でなく「ベイベー」と発音していたり、英語の歌でも「ベイベー」のように聞こえることがしばしばあります。Babyは発音記号では[beibi]となりますが、二重母音[bei]の[i]の部分は日本語の「イ」に近く発音されますが、語尾の方の[bi]はliveやitの[i]、「エ」に近い「イ」なので、それが並んだときに後の方の[i]がどうしても「エ」に近く聞こえて「ベイベー」のようになってしまいます。決してネイティブは「ベイベー」と発音しているわけではありません。アメリカの発音はこの傾向が顕著に思いますが、babyを[beibi:]のように発音する人もいますのでこの場合は[bei]の[i]と[bi:]の[i:]が同じ口の開きになり、普通に「ベイビー」と聞こえる場合もあります。ちなみに[u]と[u:]の違いもしかりです。長短の違いでなく、そもそも母音が違います。初めて中学で英語を勉強したときにbookは「ブック」でなく、どうしても「ボック」に聞こえました。というような分析を勝手にしているわけですが、もっとマニアな方がいらっしゃいましたら、是非ご教授くださいませ。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.31
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今業界では注目の的になっているSecond Lifeに登録してみました(最初老後の意味の「第2の人生」かと思いましたよ)。ネット上の仮想現実空間でいろいろ知らない人とチャットしたりするのが基本だと思いますが、最近ではこの空間を使っていろいろなビジネスが始められています。登録は無料。いろいろ動き回って行くと「日本人居住区」にぶつかりました。まだメニューなどは英語のままですが、コンテンツは結構日本語化されてます。こういう凝った世界は日本人が好みそうな世界です。手前の男が仮想世界の私です。画像が美しいです。「池袋」に行ったら、音楽が流れるバーにぶちあたりました。小さな字がいっぱいありますが、ここにいる人たちのハンドルネームです。左下にその人たちのチャット内容が表示されています。恥ずかしくて話しかけられませんでした。たまたまさっきSecond Lifeのことをニュースでやっていましたが、この中で土地の売買があって、最近は登録者が急増したため、地価が上昇しているそうです。といっても何だかよくわかりません。ここにソフトバンクモバイルが発売前の携帯電話を出して、仮想世界の中で使ってもらって本物の販売につなげるといったことをやっているそうですが、今いち何だかよくわかりません。ちなみに上の写真は、歩き回ったあと「神田」というところにあったソファで休んでいるところです。ここでQuitしましたので、私はまだここにいるはずです。近くを通りかかったら、ぜひ一声おかけください。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.29
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今日はしばし会社で仕事をしたあと、「恵比寿ガーデンプレイス」に向かいました。もうオープンしてから10年以上経っているはずですが、これまで行く機会がなかったので少し見学に行きました。昔、駅名の由来になったヱビスビールの工場跡地だったところです。なかなか落ち着きのある雰囲気のよい場所です。左側に三越、右側にレストランとオフィスビル?、正面の宮殿のようなのはレストラン、奥の左側はウェスティンホテルです。日本のビール発祥の地?ということもあって「麦酒記念館」というのがありました(無料)。ビールの醸造工程の説明、歴史などなかなか興味深い内容でした。お金を払ってききビールができるコーナーもありましたが、そこだけ妙に混んでいました。ヱビスビールの昔の看板。「大日本麦酒株式会社」とあります。ビールとは関係ありませんが、興味深かったのは明治時代?のパスポート。ちゃんとこういうのがあったんですねえ。そんなことで、何とかフォトの容量を捻出しながら書いております。このままでは遠出に行けませんので、早く対応しなければ。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.27
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先ほどニュースを見ていたら、中国・ハルピンのサファリパークのニュースをやっていました。ひどい話です。入場客が専用バスに乗ってトラが群がるところに入っていくのですが、そこに何も知らない子牛が別のトラックで運ばれてきて、敷地の真ん中に放たれます。そこに腹をすかしたトラたちが群がってその場で子牛が食べられてしまうわけです。入場客がそれぞれ別料金で金を払ってこの光景を見る形らしいですが、子牛でなく生きたニワトリが放り込まれる場面もありました。それを中国人客は笑いながら見ているところが映し出されました。残酷な場面だと思いました。本物のサファリであれば食物連鎖で自然な話なので理解できますが、ここまでやるとは。彼らの最近の「ニセ○○」事件の多発といい、すでに人間性のかけらすら見えない行為が普通に行われている気がしてなりません。行くところまで行ってしまっている感があります(悲)。そんな気分の悪い映像は忘れて、本日は久しぶりに新規日帰り温泉の発掘に行ってみました。「平和島温泉クアハウス」というところです。大田区の海沿い、近くには「平和島競艇」「しながわ水族館」などもあります。公式ホームページはここ。音が出ますのでご注意ください。トップページにはきれいな海の写真が出ていますが、平和島という埋立地はもう古いので、東京湾はもっと先の方にあります。外観はこんな感じでした。競艇場の隣、「BIG FUN」という複合施設の中にあります。中はやや場末の健康ランド的なイメージを最初感じましたが、設備は結構充実していました。風呂が露天風呂系とクアハウス系の2ヶ所に分かれていて、いろいろなエステやマッサージ系、アクアエクササイズ、フィットネスなど何でもある感じでした。6時間という時間制限があるのが難点ですが、また行ってみてもいいと思ったところです。温泉は海洋深層水系の塩分濃度の強い茶褐色が主体のようでした。まだまだ面白い温泉がいろいろあります。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.26
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初めて2日連続でブログを休んでしまいました。このところ何だか忙しいのと、楽天フォトの容量が枯渇したのと、GW以降どこにも遠くへ行っていないのでネタ切れということもあります。さて、中3の姪の誕生日プレゼントに電子辞書を秋葉原で先日買いました。来年受験ということで勉強に役立ちそうなものということで電子辞書にしたのですが、最近は電子辞書もものすごくいろいろな種類があることがわかりました。姪向けに買ったのは大体こんな感じの中高生向けのタイプ(シャープ製)。それでも英和2種類、和英その他たくさんのコンテンツが入っています。ネイティブの英語の発音などが聞けたりします。もうこういう機能は当たり前ですね。最近はパッドに専用のペンで手書き入力もできるタイプが売れ筋のようです。あと、コンテンツをカード式でいろいろ移し変えられるものも結構ありますね。最新のタイプはこれ。ワンセグが装備されているタイプです。ワンセグといえば通常はケータイに標準装備されつつある地上デジタル放送が見られる小画面用のテレビ機能ですが、ケータイ以外にも小型の電子機器と融合したものが多くなりました。しかし、サラリーマンが使うのはまあいいとして、学生が電子辞書でテレビを見たりしたら本末転倒なような気がします。単語を調べようと思って電子辞書を出したら思わずテレビをずっと見てしまって勉強しなくなったなどということがありそうです。最近はいろいろなものが融合していますが、電子辞書というものはPCとも通常何の互換性もないのでやや孤立している印象を受けましたが、辞書カードを例えばケータイに挿入できるようになったりすると、ケータイで単語が調べられたり、最近ではちょうど電子辞書くらいの大きさのスマートフォン(PCを小さくしたようなケータイ)というのも出ていますので、そういうものと合体したものもすぐに出てきそうな気がします。1ヶ月に1回はアキバまたは家電量販店で新製品をチェックしているおやじでした。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.25
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メタボリック・シンドロームという言葉が最近大流行です。自慢するつもりはありませんが、私はこの言葉が流行し始めるだいぶ前から、流行に先取りしてメタボリックです。最近血圧は正常値に復活したようですが、高血糖、高脂血症、高コレステロール、内臓脂肪など、基本的にメタボリックの構成要素となる病気にすべて引っかかっております。「何を今さら」と思いながら、タバコを吸って命を縮めている今日この頃です(酒はやめましたが)。そんなことで、昨日は2ヶ月に1回通っている病院の検査でした。大規模な病院の「糖尿病・内分泌内科」という科にかかっています。科名は英語でも併記されているのですが、改めて「何とか(「糖尿病」という意味の言葉) and Metabolism」と書いてありました。今まで気がつかなかったのですが、知らないうちにメタボリックというカテゴリーの科にかかっていたわけです。と思ったので、「メタボリック」というのはどういう意味か調べたら「代謝」という意味なんですね。「メタボリック・シンドローム」などというと少々ハイカラですが、要は体の中の出入りがうまく行っていないということなんですね。中国語で何というのか調べると「代謝症候群」とそのままです。こういうのはカタカナにすると深刻さに欠けるような気がしますので、漢字でどう書くか確認したほうがいいと思ったりします。ということでこれから代謝向上のため風呂に入ります。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.22
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今日は日記らしく、と言っても昨日の話ですが。昨日は小学校6年生のときのクラス会がありました。35人くらいのクラスだったのですが、20人集まりました。先生の60歳退職記念ということもあったとはいえ、卒業してから32年、よく集まったものだと感心してしまいました。これまでもこのクラスでは何年かに一回集まっているのですが、幹事団がしっかりしていると続くものだと思いました。私も含め小学校の地元から離れた人が大半ですが、やはり数人地元に残っている人がいることも大きな条件かと思います。中学や高校などはほとんどクラス会もなく、あっても私は「行方不明者リスト」に入っているような感じになっています。中学・高校・大学などは小学校のように自然体の単純な人間関係でないので、そういうところも影響するのかと思ったりもします。昨日、昔の同級生と話していて子どものころのごく基本的な遊びについて少々思うことがあります。私は小学生のとき東京の南側から北側に転校したのですが、例えばじゃんけんで二つのグループに分けるときに、東京の南の方では「グーパー」だったのに、北の方では「グーチー(グーとチョキ)」でした。東京の中でもかなり文化が違います。転校したばかりのときはこの習慣に付いていけず、まわりがグーとチョキしか出さない中、一人だけパーを出したりして顰蹙を買い、結構傷ついた記憶があります。こういった例は他にもたくさんありましたが、特にこの転校先の地域(下町風)は地元に長くいる家の子どもが多く、今思えば結構閉鎖的なところで馴染むのに少々時間がかかったような気もします。新興住宅地の小学校など、いろいろなところから子どもが来るような地域では子どもも自然と柔軟になるんでしょうね。海外の日本人学校なんぞはそういう柔軟性を鍛えるのにはいいのかもしれません。楽天フォトの容量対策が完了するまで当分文字だけになりそうです。。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.21
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やっと昨日でGWの紀伊半島遠征レポートが終わりました。行ったのは5月3日~5日の3日間だけでしたが、ブログではまる2週間もかけてしまいました。だんだんマニア化してきました。そのついでと言ってはなんですが、フリーページに全部ひとまとめにしたバージョンを作ってみました。もしよろしければご覧ください。2007年5月紀伊半島方面(熊野古道・奈良の世界遺産めぐり)あと、今回その便利さを再認識したGoogleマップのマイマップの中に、撮影した画像を埋め込んでみました。第1日目の経路第2日目の経路第3日目の経路左側のタイトルまたは右側地図上の青いポイントをクリックすると写真も表示されます。過去行ったところの場所や写真もアップしてみたくなりました。。楽天フォトの容量もほとんどなくなったので、今日は写真なしでまとめてみました。。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.19
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GWの紀伊半島遠征ドライブ3日目(5月5日)その4、奈良から自宅まで、完結編です。Googleマップでは(9)~(17)です。最後は高速道路ばかりであまり面白くありませんが、とりあえず順番に行きます。12:50、奈良公園を出発、東に向かい伊賀山中に入ります。奈良県から三重県に入りますが一瞬京都府を経由しました。13:31、伊賀上野城の横を通過しました。忍者屋敷とかがあるところです。14:09、道の駅「関宿」(亀山市)に到着。ここは昔の東海道の関という宿場があったところです。左側にはJR関西本線の関駅があります。このあと、亀山ICから東名阪道に乗り、名古屋中心部を通過、中央道に入ります。帰りは東名ルートは渋滞しそうだと思ったので、中央道を選びました。距離は中央道経由の方が若干長いですがそれほどの差はありません。15:44、内津峠(うつつとうげ)PA(小牧市)に到着。このあと愛知県から岐阜県に入ります。16:25、恵那峡SA(恵那市)に到着。このあとは長い「恵那山トンネル」をくぐって長野県に入ります。17:26、駒ケ岳SA(駒ヶ根市)に到着。後ろの山がたぶん駒ケ岳かと。このあたりは4月の中旬に高遠の桜を見に来たときにも近くを通ったばかりです。18:07、諏訪湖SA(諏訪市、岡谷市?)に到着。諏訪湖のほとりにあります。帰りに中央道経由にしようと思ったもうひとつの理由は、ここのSAのハイウェイ温泉に入るためでした。在中日本人ケンボーさんの情報を参考にさせてもらいました。左にいるカップルも絵になります。19:09、温泉でしばしゆっくりしていたら、外はすっかり真っ暗に。諏訪湖の夜景です。20:07、山梨県に入り、双葉SA(甲斐市)着。まだこのあたりから自宅までは200kmくらいあったかと。甲府市、大月市を通過し、21:06、談合坂SA(上野原市)に到着。このSAは今までもしょっちゅう来ていますので、まだ自宅着まで100kmくらいはあるものの、もうすぐといった感じ。でも、この先10数km渋滞という情報が入りましたので、予想通りとはいえがっかり。21:32、こんな感じでSAの先はずっと渋滞。1時間くらいこんな状態が続きました(写真は停車中に写してます)。23:10ごろ、やっと自宅到着。本当は1日目の出発時と同じように車の時計を写そうと思っていましたが、忘れてしまったので自宅で腕時計を撮影。そんなことでこの3日間、約1520kmを走破しました。自分としては1年半前に行った東京~高知3日間往復に次ぐ2番目の長距離遠征になりました。次の目標は山陰方面にでもしようかと。。ずっとご覧いただいた皆様、ありがとうございました。もう写真の容量が限界です。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.18
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GWの紀伊半島遠征ドライブ3日目(5月5日)その3、奈良の大仏編です。Googleマップでは(6)(7)です。11:38、東大寺の門前まで来ました。東大寺の別名は「大華厳寺」というんですかね。11:41、大仏さまのいるところまでもうすぐです。11:44、あと少し。いやぁ、なかなか立派な建物です。結構感動。11:45。圧倒される大きさです。11:46。しばし見とれてしまいました。11:48、ついに大仏さまとご対面。29年前に来たときは、ちょうど「昭和の大改修?」とやらで足場が組まれていて大仏さまがよく見えなかったことを思い出します。初めてちゃんとした姿を見ました。11:48。ご尊顔を拡大してみました。11:50。左側から一周してみます。11:52。向かって右の後ろから。玉座ってこんなふうになっていたんですねえ。こんな穴も大仏さまの横にありました。ここをくぐると縁起がいいのか、子どもの行列が長く伸びていました。本堂を出るとこの写真が。昭和の大改修が完成したときの様子です。昭和55年と書いてありますが、私が前に行ったのは昭和53年の秋だと思いますので一応記憶は正しかったようです。12:04。外には世界遺産の碑もありました。参道でしばしお土産を物色したあと、12:50奈良を出発。あとは家に帰るだけですが、ここからは500kmくらいあります。まだ明日へ続きます。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.17
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GWの紀伊半島遠征ドライブ3日目(5月5日)その2、奈良公園編です。Googleマップでは(5)と(6)です。ちなみに写真のサイズを小さくしても、容量にほとんど関係がないことがわかりましたので、通常サイズに戻します。でも残りの容量はあと少しです。法隆寺を9:30には出発していたのですが、奈良公園の入口のところから大渋滞にはまりました。さすがにメジャーな観光地は違います。車のナンバープレートを見ると、関東方面からも結構来ていることがわかりました。10:15、奈良公園の中に入りました。まさに奈良といった景色です。ここも29年ぶり(昨日32年ぶり小学生のときというのは間違いで、中3のときでした)です。しかし、ここから春日大社内の駐車場までまだ相当先なのですが、ほとんど車が動きません。11:02、駐車場への待ち行列から見えた藤の花。なかなかきれいです。11:30、車を停めてやっと奈良公園入場。1時間以上待ちました。その辺に鹿が普通にいる景色、なかなかオツな物です。鹿せんべいを持ったふりをすると、近寄ってきます。鹿の一群のすぐ横を車が通過するというのが見られるのはここだけでしょう。中国人観光客らしき一団が楽しんでいましたが、こういうところは世界的にもあまりないですよね。さて、11:36、奈良公園から東大寺に向かいます。続きはまた明日。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.16
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GWの紀伊半島遠征ドライブ3日目(5月5日)その1、奈良・法隆寺編です。Googleマップでは(1)から(3)です。楽天ブログの容量の関係で写真が小さくしています。近いうちに引っ越すかもしれません。。8:08、ホテルから見たJR関西線の三郷駅。関東人だと「三郷」という字を見ると埼玉の三郷市から「みさと」と読みますが、関西の方は「さんごう」を想像するんですかね。8:30ごろホテルを出発、GWのUターンラッシュに間違いなくはまると思いつつ、気を引き締め東へ。8:45、15分くらいで法隆寺に着。この日のテーマは今から約32年前、小学6年生のときに修学旅行で行ったスポットを回ることにしていました(訂正:32年前の小学6年生でなく、29年前の中学3年生でした。お詫びして訂正します) 。32年前(訂正:29年前)もこの正門をくぐったはずですが、全く記憶にありません。五重塔は記憶がありますが。。昔、このあたりで写真を撮ったような気もします。。こういう昔の日本建築の良さが分かる年頃になりました。。あえて松の樹を重ねて撮ってみました。聖徳太子の御本尊だそうです。「食堂」と書いて「じきどう」と読むそうです。東のはずれにある「夢殿」というところ。9:26、法隆寺を出発。小学生(訂正:中学生)のときはこういう寺の良さなどもわかりませんでしたし、歴史もよく知りませんでしたが、改めて厳かな雰囲気で素晴らしいところだということを実感した次第です。このあとは奈良公園、大仏方面へ向かいます。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.15
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GWの紀伊半島遠征ドライブ2日目(5月4日)その5、この日の完結編です。Googleマップでは(17)から(21)です。熊野古道を散策したあと、道の駅「熊野古道中辺路」を出発、東方向に車を走らせます。※ついに楽天フォト容量満杯の50Mの限界が来ましたので写真を小さくします(どうしたらよいかご存知の方、ぜひ教えてくださいませ)16:48、熊野本宮大社に到着。ここが熊野三山の総本山みたいなところかと思いますが、今回のドライブで3ヵ所全部回ったことになります。この鳥居をくぐり、長い石段を登っていきます。虚弱体質なおやじとしては結構きついです。山の上にある本堂。ここはあとで撮影禁止ということがわかりましたが、結構多くの人がばんばんと写真をとっていました。落ち着きのある美しい建物です。先ほどの本堂を出たところ。左側は「ヤタガラス」という印です。サッカー日本代表のシンボルにもなっているとのことです。別の建物ですが、ここにもヤタガラスが。階段を下りていきます。両側の「熊野大権現」ののぼりに圧倒されます。本宮大社を出発して北の方向に向かい、17:06道の駅「奥熊野古道ほんぐう」(今は田辺市)着。道の駅の典型のような雰囲気があります。その後県境を越え、奈良県の山中を走ります。17:52、道の駅「十津川郷」(十津川村)に到着。「とつがわ」だと思っていたら「とつかわ」なんですね。深い山の中ですが、温泉地としても有名です。そういえば、北海道の札幌の近くに「新十津川」というところがありますが、ここから開拓に出て行ったんですねえ。さらに山中を北上、この日最後の道の駅は「吉野路大塔」(今は五條市、少し前まで大塔村?のはず)、19:00到着。昼過ぎに通過した和歌山県の道の駅「ふるさとセンター大塔」というのもありましたが、今は他の市に合併されてしまいましたけど両方とも「大塔」なんですね。なんてことを思いながら、さらに北上、法隆寺に近い三郷(さんごう)町というところに予約していたホテルに20:30ごろ到着。やっと二日目の行程が終わりました。二日目の走行距離は約350kmでした。なかなか見所の多いドライブとなりました。三日目は法隆寺、奈良公園(大仏)方面を経由して東京に戻ります。。という状況ですが、楽天フォトの容量が一杯になりそうなので更新できるかどうか。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.14
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もう一週間経ってしまいましたが、まだまだ続く紀伊半島遠征ドライブ2日目(5月4日)その4です。Googleマップでは(12)から(16)です。その前に金曜日ご紹介したトルコ軍艦の遭難事件を紀伊大島住民が総出で助けた話、このページに読みやすく書かれています。何度読んでも感動して眼がうるうるしてしまいます。最近涙腺が弱くなったことを差し引いても、いい話だと思います。さて、潮岬から西の方角へ海沿いに1時間弱走ると、道の駅「イノブータンランド・すさみ」(すさみ町)に13:48到着。ここはイノブタを売りにしているそうで、正式に「イノブータン王国」として独立しているそうです。右上が独立宣言書。道の駅の外観はこんな感じ。ちなみに「すさみ」とは「周参見」と書くようです。海側はこんな風景です。さらに海岸線を走って次の道の駅「志原海岸」(白浜町)に14:18着。ここも砂浜がすぐ近くにあります。このあとは海岸に沿っていくと有名なリゾート南紀白浜がありましたが、メジャーな観光地はまた行く機会もあるし、時間もあまりないと思ったので、手前で山中に向かう道に折れ、熊野古道方面に向かいました。山の中の道の駅「ふるさとセンター大塔」(田辺市、少し前までは大塔町か大塔村)、15:21到着。そしてこの日の主要な目的地のひとつ、道の駅「熊野古道中辺路(なかへち)」(田辺市、ここも少し前までは中辺路町かと)に15:44到着。ここは事前に調べていたのですが、典型的な「熊野古道」を少しだけ体験できるというところで、左側の山の中に古の道があります。道の駅にあった中辺路の熊野古道案内図。15:46、熊野古道に入ります。右方向「牛馬童子」という方向へ行きます。15:51、熊野古道。普通の山道と言ってしまえばそれまでですが、趣が違います。15:56、さらに進みます。結構アップダウンがあるのできついです。昔の人は立派だと思います。15:59、「牛馬童子」というところに到着。スタンプがこの中にあります。これが「牛馬童子」の像。小さいです。今風に言えば「チェックポイント」みたいなところですが、京都~熊野の古道には百数ヶ所「○○王子」というような名前の通過点があります。16:01、来た道をまた戻ります。帰りの道で竹の子らしきものを見つけました。この付近だけ竹が生えています。道ですれ違う人とはお互いに自然に「こんにちは」と挨拶をするようになります。不思議なものです。このあとは先ほどの道の駅にもどり、熊野三山の(たぶん)総本山、「熊野本宮大社」に向かいます。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.13
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紀伊半島遠征ドライブ2日目(5月4日)その3です。Googleマップでは(7)から(11)までです。昨日紹介した橋杭岩からさらに南下します。11:30、本州最南端の町、串本町の役場前を通過。このあと、潮岬のある半島部を経由して橋をわたり、紀伊大島という島に入ります。ここはトルコと縁が深いところです。今回のドライブで熊野古道以外にもっとも行ってみたいところでした。紀伊大島の東端の岬の近くにある「トルコ記念館」。詳細はWikipediaのこのあたりを見ていただければと思いますが、ここは明治23年にオスマントルコの軍艦が遭難したところです。このとき、オスマントルコ皇帝が初めて日本に派遣した500人以上の使節が東京などに数ヶ月滞在し、その帰途運悪く台風に遭ってこの場所で座礁し、400人以上が亡くなったという話があります。その際、紀伊大島島民は総出で亡くなった乗組員をこの場所で手厚く葬ったり、100人以上の生存者を献身的に介護したり、彼らの本国送還にも親身に協力したということだそうです。この時代にそんな親切な対応ができたとは、日本人まだまだ捨てたものではありません。それに関係する当時のいろいろな品々がここに展示されています。展示の中で感動したのはこのエピソード。1985年のイラン・イラク戦争の際に、サダム・フセインのテヘラン空爆のために逃げられずに足止めを食っていた100名以上の日本人向けにトルコがチャーター機を飛ばし、脱出を助けたそうですが、当時日本の関係者やメディアもどうしてトルコがわざわざ助けに来てくれたのか、最初は誰もわからなかったそうです。追ってトルコが100年以上前の日本の大島漁民の恩返しとして、日本人を助けたということが判明したということですが、今もトルコが親日国であるのも、こういう背景があるからだそうです。素晴らしいことだと思いました。そのトルコ軍艦「エルトゥールル号」はこの場所で座礁したそうです。トルコ記念館の屋上からは記念碑と灯台が見えます。これが記念碑。日本語とトルコ語で書いてあります。灯台まで行く途中には、トルコ人経営の絨毯屋もありました。その後、潮岬に向かいます。12:35、本州最南端・潮岬にある「潮岬観光タワー」に上りました。入場券が証明書になっています。タワーの頂上から見た潮岬灯台。これは西の方向だと思われます。視線を南東方向にやると、眼下にはキャンプ場が。なかなかいいキャンプ場です。真南を向くとこんな景色になります。これが潮岬タワー。建物はかなりシャビーです。一服してこのあたりの名物「めはりずし」を少々。おにぎりを高菜で巻いた質素な食べ物です。潮岬灯台です。12:59、ここを出発、今度は海岸線を西の方角へずっと進みます。。
2007.05.11
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GWの紀伊半島遠征ドライブ2日目(5月4日)、その2です。Googleマップでは(5)と(6)です。那智の滝を出発後、海岸沿いを南下、太地(たいじ)町というところに入ります。ここは古式捕鯨の発祥の地(400年の歴史だそうです)、その後明治以降の捕鯨の中心地として有名だったところです。それを記念してここには「くじらの博物館」など、くじら関係のスポットがいくつかあります。博物館の公式HPはこれです。9:47、くじらの博物館着。朝10時前ですがすでに結構人が来ていました。博物館よりも、メインはシャチやイルカのショーのようです。ちょうどシャチのショーが終わったばかりのタイミングで、お別れの挨拶をしているところでした。シャチも一服してます。手を振ってもらいました。隣にはくじらもいました。イルカのようにも見えましたが。確かに頭の形がイルカではありません。桟橋から直接このくじらにタッチすることもできたようです。端の方に小型の水族館がありました。これがイルカです。先ほどのシャチやくじらがいたところはこうなっています。入り江がそのまま水槽になっているといった感じです。左の方にはすぐ海があります。右奥の骨はシロナガスクジラの模型です。相当でかいです。博物館の中にはこのような巨大なくじらのレプリカや古式捕鯨に関する展示などがありました。あんな船でよくくじらが捕れたものです。折角なので、外にあったレストランでくじらの刺身をいただきました。「捕鯨船博物館」を横目に見ながら太地町を10:31出発。その後再び海岸線を南下、11:17橋杭岩(はしくいいわ)に到着。このあたりは昔の近く変動や波の浸食で、まるで橋げたが並ぶように大きな岩が海岸線に沿って並んでいます。干潮の時には岩のところまで歩いていけます。昔、弘法大師?だったかが一晩のうちに向こう側の島に渡れるように橋げたを作ったとか(ちょっと違うかもしれません)といった伝説もあるようです。対岸には紀伊大島という島があります(ここはこの後行く目的地)。坊さんが横向きに座っているようにも見えます。11:24、橋杭岩を出発。本州最南端・串本町、潮岬方面へさらに南下します。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.10
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GWの紀伊半島遠征ドライブ2日目です。場所はこのGoogleマップの(1)から(4)までです。ホテルを7:30ごろ出発。熊野三山のひとつ、新宮市内にある熊野速玉(はやたま)大社に向かいます。7:37、速玉大社にすぐ到着。鮮やかな赤い色がきれいです。後に出てくる他の熊野三山(熊野本宮大社、熊野那智大社)とは違って、ここは唯一、新宮市内の平地にあります。熊野速玉大社の御由緒です。たぶん本堂だったかと思います。この神社も世界遺産「熊野古道」のひとつです。「熊野古道」といっても道だけではありません。7:45ごろ、速玉大社を出発。先ほどの新宮市内から10数kmくらいでしたでしょうか、山中に入り8:22那智大滝に到着。大鳥居をくぐって滝に近づきます。さらに近づきます。神聖な滝といった趣です。周囲の原生林も荘厳な雰囲気をかもし出します。ここにも世界遺産の印があります。有料の入口を入るとさらに近くまで行って滝を拝むことができます。有料の観瀑台に入って100円を寄付するとこれをもらって滝の水を飲むことができます。滝を出発、すぐ近くにある二つ目の三山、熊野那智大社に向かいます。大社まで急な石段を上がっていきます。途中で出会った古装束のカップル。お金を払えばこういう衣装で古の道を歩くことができます。この雰囲気はまさに「熊野古道」です。参道をさらに上がったところに熊野那智大社があります。が、上り坂の苦手なおやじはここで力尽き、山を下りることにしました。また滝の見える位置まで戻り、9:09出発。次は海岸線に戻って南下、かつて捕鯨で有名だった太地町というところに向かいます。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.09
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紀伊半島遠征ドライブ1日目(5月3日)の続きです。Googleマップの(9)からです。14:48、道の駅「奥伊勢木つつ木館」(大紀町)。先ほどのところからすぐ近くにありました。15:57、道の駅「紀伊長島マンボウ」(紀北町)。このあたりから海に面するところを通ります。道の駅では名前のとおり、マンボウの唐揚げというのを売っていました。焼きあがるまで時間がかかりそうだったので食べるのは見送りましたが、フグのような味なんでしょうかね。。16:50、道の駅「海山(みやま)」(紀北町)。「熊野古道」という名前がこのあたりから出てきます。この先、交通事故があって数km渋滞してしまいました。17:55、道の駅「熊野きのくに」(熊野市)。ここの売店では熊野古道関係のお土産がたくさん売っていました。ただ、本当の熊野古道はここよりも南の和歌山県側の山の中が主のようです。18:17、海岸沿いを走りますが、このあたりは「七里御浜」という海岸です。「七里」という名のとおり、数kmきれいな海岸が続くところです。この日は鯉のぼりがたくさん飾られていました。18:22、車を停めて砂浜に下りて一枚。先ほどの鯉のぼりの一群が左の奥の方に見えます。18:40、もう少し先に行ったところにある道の駅「パーク七里御浜」(御浜町)から一枚。18:42、同じ道の駅から。歩道橋を渡ると砂浜まで行けるようになっています。もうだいぶ日が暮れて来ました。18:58、次の道の駅「紀宝町ウミガメ公園」(紀宝町)。ウミガメの産卵地として有名なところです。ここの道の駅にあったウミガメの像。後ろにある建物はウミガメの博物館や本物のウミガメのいる小さなプールですが、時間が遅かったのでもう閉まっていました。このあと熊野川を渡って、三重県から和歌山県に入りました。19:30ごろ、新宮市内の予約してあった安いビジネスホテルに到着。食事をするところを探そうと思って新宮駅方面に歩きました。20:02、JR紀勢線の新宮駅。20:09、駅からすぐ近くにある徐福公園。すでに3日の日記にも書きましたが、徐福は2200年前、秦の始皇帝のときに3000人を引き連れ、不老不死の薬を求めて蓬莱の国にやってきたという人です。後で調べたところ、日本各地に徐福伝説というのがあるそうで、この新宮と佐賀県あたりが最も可能性が高いようです。新宮市にはこの徐福公園のほか、海沿いに徐福上陸の碑というのもありました。徐福は始皇帝の命を受けて派遣されたといわれますが、実際は始皇帝から逃れるために大量の職人を引き連れて移民したという説が強いようです。さらに徐福は神武天皇である、という説もあるようですね。秦(はた)という姓は、この3000人の末裔であるという話もあったりするようです。本当のところは全くわかりませんが、ロマンめいたものは感じますね。。さて、1日目の行程としては、この後コンビニで焼きそばを買って寝ました。明日は2日目の状況を。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.08
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さて、当分ゴールデンウィークの紀伊半島遠征ドライブの写真記録です。今日は5月3日の途中まで。経路はGoogleマップ(ここ)の(1)から(8)までです。4:24、自宅を出発。まだ真っ暗。5:30、海老名SA(神奈川県)。もう結構混雑しています。6:58、富士川SA(静岡県)。富士山は曇っていて見えませんでした。8:16、牧の原SA(静岡県)。9:46、浜名湖SA(静岡県)から見た浜名湖。綺麗だったのでもう一枚。この先名古屋方面は渋滞との情報が。10:01、浜名湖SAを出てすぐのところから渋滞開始。予想はしていましたが、予想よりはちょっと早かったです。12:11、刈谷PA(愛知県)。東名・豊田JCTから伊勢湾岸自動車道に入ってすぐのPA。ここは一般道からも入れる「ハイウェイオアシス」になっていて遊園地化しています。温泉もありました。13:21、伊勢湾岸道(海沿いを走る素晴らしい高速です)から東名阪自動車道に合流、亀山PA(三重県)に到着。PAの向こうにシャープの工場が見えます。これが噂のAQUOSを作るシャープ亀山工場でしょうか。亀山PAはこんな感じでした。14:22、東名阪道~伊勢道~紀勢道と経由して高速を下り、最初の道の駅「奥伊勢おおだい」(三重県大台町)に到着。14:30、ここで上の弁当を買って昼飯。ここからは松阪牛で有名な松阪市に近いので牛のそぼろが入った太巻きを食べてみました。道の駅ではちょうどパフォーマンスをやっていました。コンテストのようでした。このあとは三重県東岸の道の駅をたどりながら南下していきます。続きはまた明日。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.07
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おかげさまで、昨晩11時過ぎごろ、東京に戻りました。走行距離は3日間で1520kmくらいでした。我ながら物好きだとは思いますが、この歳にして日本のいろいろなところをちょっとずつ知ることができて結構満足しています。今日はさすがに足腰の疲れ(特にブレーキとアクセルを踏むので右足)と目の疲れ(後頭部が重くなりますね)があったので、近くの日帰り温泉でマッサージしてもらいました。これはこれで爽快な疲れではあります。話はそれますが、一応日記なので今日見たニュース(You Tubeで見ました)から先にひとつ。中国・北京にある石景山遊楽園の無茶苦茶なディズニーやドラえもんのパクリのことをやっていましたが、あれはあり得ないですね。国営の遊園地があそこまで堂々と著作権侵害をしているとは、あきれてモノがいえません。この件、結構反響が大きくなりそうな気がします。さて、話を戻して、3日間のドライブの経由地をGoogle Mapというものに書き込んでみました。こういう趣味にはなかなかぴったりのツールであることがよくわかりました。第1日目の経路第2日目の経路第3日目の経路デジカメに知らない間に保存されている撮影時間から経路と通過時間が結構正確に記録できます。ご関心ある方は上のリンクをクリックしてみてください。写真付きの行程はまた明日からご紹介します。写真をとりまくったので、たぶん2週間くらいはこの話題になるかもしれません。よろしければご訪問ください。では。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.06
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奈良の東大寺に寄ったあと、東名は渋滞するかと思ったので中央道経由で帰ることにしました。そんなわけで今長野県の諏訪湖SAにいます。先ほどここのハイウェイ温泉というのに入ってちょっと一服。ではこれから東京へ向かいます。
2007.05.05
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先ほど奈良県の法隆寺に程近い駅前のホテルに着きました。今日は走行距離350kmくらいでしたが、立ち寄った先が10数ヶ所だったので、所要時間は12時間くらいかかりました。新宮を出発、紀伊半島の海岸線を走り、熊野古道関係の主な名所を訪れたあと北上して奈良県まで来ました。今日も速報版として写真を数枚。那智の滝です。ここも「熊野古道」の一部。熊野古道・中辺路(なかへち)というところです。奥深い山中にある熊野本宮大社。今回初めて知りましたが、平安後半から鎌倉時代にかけて上皇が京都からここや那智の滝に行幸するときに通った道が熊野古道というわけなんですね。新宮市には熊野速玉大社というのがあるのですが、この山中の「本宮」に対して新しく作ったのが速玉大社なので、そこの地名が「新宮」ということになったんでしょうね、きっと。他にも経路上にあった道の駅を含め、面白いところがいろいろありました。詳しくはまた別途。明日は奈良県中心部を突き抜けて東京に帰ります。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.04
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和歌山県の最東端にある新宮市というところに来ております。朝4時半ごろに自宅を出発、GWの渋滞に巻き込まれながらも19時半ごろ、新宮のかなり場末なビジネスホテルに到着(エレベーターがない!でも見た目シャビーですが意外と設備は充実)。本日の走行距離は620kmくらいでした。今日は三重県南部の道の駅に立ち寄り、明日はここから紀伊半島南部を回って世界遺産・熊野古道関係の名所などを周遊する予定です。詳細な内容は自宅に戻ってからまた時系列でレポートしたいと思います。先ほどホテルから程近いJR紀勢線の新宮駅までぶらっと歩きましたので、今日はその写真を速報版としてアップします。最近国内のいろいろな地方都市の駅前に行きますが、首都圏は別として、どこも閑散としてます。ここも新宮市の代表駅なんですが人がほとんどいません。電車が滅多に来ないからしょうがないのでしょうが、まだ8時ごろだというのに開いている店はほとんどありません。駅前は明らかにさびれています。郊外の大型ショッピングセンターなどには地方都市でも結構人が集まっているのはよく見ますが、車社会になってしまっていることを実感する次第です。たまたま名古屋方面からの特急が到着したので一枚。一応「鉄」系でもあります。。駅のすぐ近くにあった「徐福公園」。「徐福」とは誰?と思ってホテルにある新宮市の観光パンフを見ると、2200年前に不老長寿の薬を求めて渡来した人なんですね。2200年前とは秦の始皇帝の時代でしょうか。。今日は眠いのと腰が痛いので早く寝ます。。明日はたぶん法隆寺の近くから。。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.03
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1988年に台湾で買った「中華民国地図」、りゅうLONGさんのご要望にお応えいたしまして、現在の内蒙古自治区あたりの地図を拡大します。今日はデジカメでなく、スキャナで読み込みましたので、多少解像度は高いと思います。昨日アップした北平(北京)周辺は右の方にあります。北平のある「河北省」の北側オレンジ色は現在の河北省に南側はかぶっていますね。省都は「張垣」となっていますが、今の張家口でしょうか。左に行ってピンク色は「綏遠省」。このあたりは完全に今の内蒙古自治区だと思います。ほぼ真ん中にある「帰綏」という省都が今のフホホトになるのでしょうかね。さらに左には現在は寧夏回族自治区にあたり「寧夏省」(緑色)がありますが、今の自治区よりもかなり西側に大きく広がっています。ほぼ現代の地図でありながら、昔の歴史が勉強できる「中華民国地図」、なかなかあなどれません。さて、話はがらっと変わりまして、GW真っ只中ですが、明日ははるか西方(中国ではないです)へ車を走らせる予定です。無事に到着したらそこからアップしたいと思います。では皆さま、楽しいGW後半戦を。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.02
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昨日ご紹介した、88年に台湾で買った「中華民国地図」ですが、結構反響をいただきましたので、調子に乗って「北平」周辺の地図を拡大してみます。ピンク色のところが1988年時点の中華民国の河北省。ちょっとピントがずれましたが上寄りのところに「北平」があります。中華民国の首都は南京ですので、「北平」は赤色になっていません。その代わり、河北省の省都「清苑」(今の保定のはず。現省都の石家荘ではないんですね)が赤くなっています。上の緑色が「熱河省」。省都は今は避暑山荘などの観光地で有名な承徳です。熱河省の左のオレンジ色は察哈爾(チャハル)省だそうです。北京以北の旧満州の省はたぶん満州事変以前の地図と同じではないかと思います。今の遼寧省は「安東省」と「遼寧省」、今の吉林省は「吉林省」「遼北省」「松江省」「嫩江省」、今の黒龍江省は「黒龍江省」「合江省」などといった感じになっています。今地図を見て気がついたのは、台湾政府が今も実効支配している金門島は、行政上は福建省ですが、この地図では「台湾省」と色が同じになっています。さらにマニアックですが、浙江省の沿岸にある「舟山群島」も「台湾省」と同じ色です。ここは1949年の内戦終了後もしばらくは台湾政府が統治していたと聞きますので、ここもまだ放棄していないという位置づけだったのでしょうか。今更ながら勝手に歴史の勉強をさせてもらった気がしております。最後はだいぶマニア化してしまいました。。人気blogランキング中国BLOGGER人気ランキングできればポチっとひとつよろしくお願いします
2007.05.01
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