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http://www.asahi.com/international/update/0227/TKY201002270203.htmlチリでマグニチュード8.8の地震 122人の死亡確認米地質調査所(USGS)によると、南米チリ中部で27日午前3時半(日本時間同午後3時半)すぎ、マグニチュード(M)8.8の強い地震が起きた。国家緊急事態局に入ったピニェラ次期大統領によると、27日午後(日本時間28日未明)の時点で、少なくとも122人の死亡が確認された。震源近くは電話がほとんど通じない状態で、現地の状況ははっきりしておらず、被害は相当な規模に及んでいるおそれがある。バチェレ大統領は国家の激甚災害を宣言した。AP通信は、震源から北へ約325キロ離れた首都サンティアゴでも強い揺れがあり、複数の建物が倒壊したと伝えた。サンティアゴ国際空港も損壊し、閉鎖された。バチェレ大統領は「被害が甚大なのは間違いない」と述べる一方、国民に平静を保つよう呼びかけた。USGSによると、震源は中部ビオビオ州の州都コンセプシオンの北北東約115キロの沖合で、震源の深さは約35キロ。地震のエネルギーは、1900年以降に発生した地震で5番目の規模という。余震が続き、強いものでM6.9に達した。太平洋津波警報センター(ハワイ)は、震源に近いチリの沿岸都市タルカワノで約2.3メートル、震源の北約400キロのバルパライソで約1.3メートルの津波を観測。ロイター通信が地元ラジオ局の報道として伝えたところでは、チリ沖合約700キロにある欧米の観光客に人気のロビンソン・クルーソー島を含む、フアン・フェルナンデス諸島で深刻な津波被害が出ている。バチェレ大統領はロビンソン・クルーソー島に救助船を派遣した。太平洋の広い範囲で津波が起きる可能性があるため、同センターは日本を含む環太平洋諸国に津波警報を出した。同センターの予測では、27日午前11時19分(日本時間28日午前6時19分)に津波の第1波がハワイ・オアフ島に到達する。センター当局者はロイター通信に対し、津波の高さは2メートルに達する可能性があるとした。チリ国営テレビが放送したコンセプシオンの映像には、倒壊して折れ曲がった鉄筋がむきだしになった建物や火災を起こして炎を噴き上げる建物が映っている。停電のため市街地は真っ暗で、がれきから脱出したためか全身ほこりだらけで額から血を流している男性や、毛布にくるまった放心状態の女性の姿も。高架高速道路が崩落して、多数の自動車がつぶれた映像もある。被害の拡大を受けて、欧州連合(EU)と米国はそれぞれ緊急支援の用意があることを表明した。日本外務省によると、チリの在留邦人数は約1200人。サンティアゴ市の在チリ日本大使館によると、コンセプシオン周辺には日本人38人が滞在しているが、まだ一部しか連絡がついていない。ビオビオ州の人口は約186万人(2002年国勢調査)。州都コンセプシオンはチリ有数の商工業都市で人口約22万人(同)。内陸との輸送に便利なビオビオ川の河口に近く、繊維や食品加工、製材、鉄鋼などの工場が集まる。コンセプシオン大学があり、教育・文化の中心地としても知られる。チリの西海岸では太平洋側のナスカプレート(岩板)が陸側の南米プレートの下に沈み込んでおり、今回の震源地付近でもたびたび大きな地震が起きている。1960年5月には観測史上で世界最大とされるM9.5の激しい地震が起き、約1万7千キロ離れた日本にも約22時間後に高さ最大5~6メートルの津波が到達。三陸沿岸などで計142人の死者・行方不明者を出した。 -------------現段階(2/28午前9時)では、犠牲者200人以上となっているようです。現地の報道を見ようと思ったのですが、チリのラ・ナシオン紙のサイトはサーバーダウンしていて見られません。そのほかチリの新聞サイトを総アタックしているのですが、ほとんどサイトが動きません。見られたのは、ラ・セグンダとラス・ウルティマ・ノティシアスだけ後者は芸能紙みたいですね。記事は日本で報じられている内容と変わらないようです。ヤフーニュースのスペイン語版も同様です。写真特集↓http://www.lasegunda.com/noticiaenfoto/コンセプシオンは、1989年にチリに行ったとき、サンティアゴ-プエルトモン間の夜行バスで通過したことがありますが、夜中に通過しただけなのでどんな街かは知りません。ただ、震源から300km以上離れた首都サンティアゴでもかなりの被害が出ているようです。前記のラ・セグンダに、サンティアゴの地下鉄は明日朝9時までに5号線を除き全線復旧見込みとあるので、現段階では地下鉄も止まっているようです。死者200人というのは、現段階の確認数で、今後更に増えそうです。そして、日本にも津波が来るようです。ハワイで最大2m弱の津波が観測されていますが、日本でも大津波警報が出たようです。このブログをご覧の皆様は、すでにニュースはご存じと思いますが、三陸海岸で最大3mの大津波警報、そのほかの太平洋岸で最大2mの津波警報、そのほかの沿岸にも広範囲に最大1mの津波注意報が出ています。到着予測時間は北海道東部と小笠原で午後1時、東北~関東とオホーツク海で1時半など。しかも、もともと今日は天気が悪く各地で波浪注意報が出ており、しかも大潮で、東北では満潮が午後2時半過ぎなので、かなり潮位が高いところに津波がくる可能性が高いようです。皆様くれぐれもご注意ください。
2010.02.28
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昨日の日記では、あまり誰かに批判的なこと低劣な内容に対する反論は書きたくなかったので、ひたすらキムヨナと浅田真央への賛辞のみを書きましたが、キムヨナの優勝を巡って、どうもまた例によって、ヤフーニュースのコメント欄や2ちゃんねるあたりでネット右翼が暴れているようです。韓国人が優勝するのが、そんなに嫌ですかって感じです。先の日記にも書きましたが、フィギュアスケートという競技で完全に客観的で公平な採点が可能なのか、そもそも競技として順位を付けるのがふさわしいのか、という疑問は、私も感じます。ただし、それは今に始まった話ではありません。フィギュアスケート、あるいはこの種の採点競技(ボクシングの判定なども含めて)一般が抱える宿命的な問題です。それこそ、Bill McCrearyさんが書いておられるように、カタリーナ・ビットと伊藤みどりの時代だって、順位の差は顔の差か?みたいな話があったわけですし、逆にトリノオリンピックのときは、荒川静香(写真のアングルにもよりますが、美人さんですよね)に有利に働いたんじゃないかと思います。私は、競技としてより芸術としてフィギュアスケートに魅力を感じています。私の個人的な印象としては、キムヨナも浅田真央もどっちもすばらしかったし、どっちが1位でどっちが2位というのは(私にとっては)あまり重要なことではない。しかし、それでもオリンピックで競技スポーツとして行われている試合である以上、順位が付くのは当たり前のことでもあります。素人目の印象、かつ技術面より芸術面を優先する私の視点からですが、キムヨナが1位、浅田真央が2位というのは当然と思います。逆に、あの演技で浅田が1位、キムヨナが2位だったら、その方がよほど「あり得ない」と思います。浅田がノーミス、少なくとも2度目のミスがなければ、両者の差はもっと接近していたと思いますけれど。むしろ、鈴木明子、米国代表の長洲未来も、浅田に匹敵するくらいのすばらしい滑りだったと思いました。鈴木明子は、3回転が2回転になるミスがあったようですが、解説者がそう言わなければあまり気にならなかったです。難易度の高い高度な技術に挑むより安全確実な技で優雅に滑る方が得点が高い、現在の採点システムに対する批判もあるようです。それは一理ある批判とは思います。ただし、私の感覚としては、前の日記にも書いたように、難易度の高い技でスッテンコロリンの危険をはらみながらの演技より、難易度多少が劣ったとしても、安定して優雅な滑りの方が好きですけれど。(もっとも、浅田真央の3回転半は安定感抜群ですばらしかったと思いますけど)で、いずれにしても、現在の採点システムって、昨日今日に突然変更されたわけじゃあるまいし、各選手とも採点システムを承知の上で、それに合わせてずっと練習してきているんだから、今更そんなことを批判しても始まりません。今後採点システムをどう変えていくべき、という話なら意味があるでしょうが。私のような一観客とは違い、滑っている本人はショーとしてやっているわけではなく勝負としてやっているのだから、負けた浅田は、そりゃ悔しいでしょう。自分の演技に納得していない、というのも分かります。浅田真央は「採点に納得がいかない」などとは言わなかった。本人自身の演技終了後(点数が出る前)の顔を見れば、「負けた」ということは本人が一番よく分かっていたんだと思います。キムヨナを祝福する姿は立派だった。まさに、よき敗者です。オリンピックはこれで終わりじゃないですから。浅田真央の、よき敗者ぶりに比べると、外野のネットで騒いでいる連中の往生際の悪さが、非常にみっともない。みっともないと言えば、もう一つhttp://www.asahi.com/national/update/0226/TKY201002250536.html石原都知事「銅メダルで狂喜する、こんな馬鹿な国ない」「銅(メダル)を取って狂喜する、こんな馬鹿な国はないよ」。東京都の石原慎太郎知事は25日、バンクーバー五輪の日本選手の活躍に対する国内の反応について、報道陣にこう述べた。同日あった東京マラソン(28日開催)の関連式典のあいさつでも同五輪に触れ、「国家という重いものを背負わない人間が速く走れるわけがない、高く跳べるわけない。いい成績を出せるわけがない」と話した。----------------いや、こんな馬鹿な都知事はないってのが私の感想。「国家という重いものを背負わない人間が速く走れるわけがない」のだとすると、東京マラソンは誰も国家を背負って走っている訳じゃないんですから(国際大会じゃないし、オリンピックや世界陸上への出場権をかけた大会でもない)のですから、だれもこの大会では「速く走れるわけがない」んですね。プロ野球のリーグ戦や大相撲やサッカーのJリーグの試合だって、だれも国を背負ってなんて戦っていないんだから、「いい成績が出せるわけない」んですね。馬鹿も休み休み言えって感じです。
2010.02.27
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ちょうど外回りをしているとき、電気屋さんの前に人だかりがしているのを見て、「ひょつとして」と思ったら、やっぱり浅田真央の演技の最中でした。最中と言っても、一番最後の部分だったので、全体の出来は分かりませんでしたけど、終わった後(点が出る前)の本人の表情から、「あー、納得のいく快心の滑りではなかったんだな」という想像は付きました。点数が出たら、2位。あー、やっぱり。ちょっと残念だけど仕方ない。で、帰宅後改めてハイライトを見ました。今回は、ショートプログラム違ってテレビ放送を録画したので、日本選手(と、キムヨナ、ロジェット、長洲未来)の滑りは全部見ました。うーーーーーん、いずれもすばらしいと思いました。その中で誰がというと、やっぱりキムヨナが一番と思います。私はスケートの技術的なことはよく分かりません。純然たる「見る立場」の印象として言えば、浅田真央の最初のミス(ジャンプの着氷後のふらつき)は、演技の流れの中でのことなので気にならなかったのですが、2回目のミス(スケートの刃が氷に引っかかって、その後のジャンプが1回転になった)は、一瞬流れが止まりかかったような気がしました。昨日書いたショートプログラムの感想では、キムヨナのほうが洗練されていて浅田真央はやや荒削りな気がすると書きましたが、今日のフリーの演技は浅田真央も十分洗練されていると感じました。その代わり、キムヨナはどうもスケート中の顔は怖いと思っていたのですが、今日はそうでもなかった。化粧がやたらと濃いですが、これはどの選手も同じですし。フィギュアスケートを芸術と見るか競技スポーツと見るか、まあオリンピックで試合としてやっているのですから競技スポーツなのですが、冬季オリンピックの数ある競技に中でも特にフィギュアスケート(それも女子の)人気が高いのは、芸術としての要素を見る人が多いからでしょう。私もそうです。競技スポーツとしては、少しでも難易度の高い技を、失敗のリスクを冒してでも繰り出さなければ勝負には勝てない、だけど、私のようなフィギュアスケートにあまり詳しくない人間にとっては、ぎりぎりの技で一歩間違えるとスッテンコロリン続出より、安定した演技の方が(たとえ、多少は難易度が低くても)安心して見られる、という思いはあります。そのあたり、きっと音楽にも通じるのでしょう。音楽でも、必ずしも難しい曲=感感動的な曲、とは限らないですですし、難易度の高い曲をぎりぎりで演奏するより、易しい曲を余裕を持って確実に演奏する方がいい演奏になることが多いように思います。ただ、ミスというのもいろいろな種類がありますが、合奏の中で単発的なミスは、演奏者が思うほど聴衆は気にならないものです。しかし流れを止めてしまうミス、つまりリズムが崩れる、演奏が止まってしまうというのは、最悪です。そういう意味では、浅田真央の2度目のミスは、若干大きかったかな。よく分からないのは、安藤美姫の演技。ノーミスだけど、途中で何回か止まる場面がありました。ミスではなくてそういう演出なのですが、どうも流れが止まってしまうような印象がありました。でも、それを割り引いても、安藤美姫の演技もすばらしかったですけどね。そうやって考えると、やっぱりフィギュアスケートの魅力は、順位より演技の内容だなあと(私にとっては、ですよ)思います。比較すれば、キムヨナが一番というのはまったく納得きるのですが、浅田真央だってミスがあったとはいえすばらしかったし、他の選手もみんなすばらしかった。別に、それぞれにすばらしい演技に無理に甲乙つけなくたっていいじゃないか、と・・・・・・。キムヨナは「浅田真央はもう一人の自分」と言ったことがあると、何かで読んだ記憶があるのですが、同い年で世界のトップクラスの選手として競い合ってきたことが、お互いにとっていい意味で刺激になってきたであろうことは間違いなかろうと思います。なんとなくね、「ガラスの仮面」の北島マヤと姫川亜弓のような。浅田真央もキムヨナもまだ19歳、次も、ひょっとしたら次の次も、まだオリンピックのチャンスがあります。安藤美姫も、もう1回はチャンスがあるでしょう。これからもまだまだすばらしい演技を見せてほしいものです。
2010.02.26
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昨日のショートプログラムの内容、浅田真央の滑走は少し見たのですが、キム・ヨナの演技は見損ないました。(浅田真央の滑走が終わったところで職場の昼休み休憩が終わったので)で、今頃になって、やっと二人の演技をNHKのサイトで見ました。もちろん、全部ではなく部分しか流れていませんが・・・・・・。浅田真央の滑走が終わったとき、キムヨナは表情がこわばっていたように見えたのですが、さすがだなあと思います。ライバルがすばらしい演技を見せたら、燃えて実力以上のものを発揮できるくらいじゃなくては、世界のトップレベルの選手になんてなれないでしょうから。タイムを競う競技(陸上、水泳、ジャンプ以外のスキー、スピードスケートなど)や試合で勝ち負けがきまる競技(球技全般と格闘技)と違い、フィギュアスケートや体操は、順位付けに審判(採点者)の主観が入るので、その評価が正しいかどうかを巡ってもめることがよくあります(スキージャンプの飛型点やボクシングが判定に持ち込まれた場合も、ややその傾向あり)。だいたい、「芸術点」なんて、客観的な評価ができるのか?と思います(今は演技点と呼ぶようですが)。そりゃ、ものすごく表現力豊かな演技と全然ダメな演技なら、差は明らかでしょうが、僅差の場合はどうとでも取れる。だから、この種のスポーツは、競技スポーツとして邪道なのではないか、という意見もあります。そういう意見も、分からないこともありません。かつて、旧東ドイツのフィギュアスケートの女王、カタリーナ・ビットという人がいました。ものすごい美人ですね。スタイルもいいし。ああいう人が滑れば、それだけでもう「芸術点」(演技点でも)で有利だろうなという気がしました。今回の浅田・キム対決の映像を見ても、私が思ったのは、これに順位を付けるのって、相当無理があるのでは、ということです。どちらもすばらしいとしか言いようがない。でも、あえて違いを探せば、キムヨナはものすごく洗練されている、浅田真央もかなり洗練されているが、キムヨナより若干荒削りな印象かな、という気がしました。あくまでも、私の主観で気がしただけですよ。それから、コンビネーションジャンプが、浅田は3回転半+2回転、キムヨナは3回転+3回転でした。3回転半の直後の2回転というのは、中途半端というか何か付け足し的な印象を抱きますね。そんなことできるはずがないことを承知の上でいうなら、2回転+3回転半の方が見た目は格好いいだろうという気がします。そんなこんなで、強いて比較するなら、浅田の演技よりキムヨナの演技の方が、自分的には若干好印象かな。だから、キムヨナ1位で浅田真央2位という結果は、私としては納得できます。でも、それは強いて比較すればであって、どちらの演技もすばらしい。ちなみに、顔だけの比較なら、浅田真央の方が私の好み的には得点高いですが。(というか、演技中のキムヨナの顔は怖いです)と言うわけで、フリーがどうなるのか分かりませんけれど、私としては、順位はとりあえず二の次かな、と。すばらしい演技が見たい。ああ、でもフリーの試合は明日朝10時からなんですね。仕事中だ・・・・・・・・。まったく余談ですが、フィギュアスケートの音楽にフォルクローレが使われることが時々あるようです。今回のオリンピックでも、男子シングルの選手が使ったらしい。私がよく覚えているのはトリノオリンピックでロシアのアイスダンスのペア、ナフカ・コストマロフ組が、エキシビジョンで使ったインカンテーションというグループのOjos azulesとSicuriada。当時、NHKのアナウンサーはなぜか「曲名はインカンテーション」とアナウンスしていましたが(本人がそういう名前でエントリーしたのでしょう)。
2010.02.25
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タイトルは、目下のところ私が人前で演奏したことのある楽器です。他に、かつてはチャランゴも弾いたことがありますが、そのころも苦手でしたし、いまやもう長く弾いていない(ケースから出してもいない)ので、ほとんど弾けないだろうと思います。マンドリンも一応弾いたことがありますね、バイオリンは、さすがに弾けるうちには入らないでしょう。経歴でいうと、ケーナは18歳の時から、ギターは20歳の時から、サンポーニャ(チャランゴも)は21歳から、フルートは39歳から。フルートだけが飛び抜けて遅いですけれど、自らの腕前は、ケーナ=サンポーニャ>フルート>ギターかな、と思います。楽器奏者には、弦楽器向きの人と管楽器向きの人がいるように感じますが、私は自分では管楽器向きの人間かなと思っています。ケーナとサンポーニャを比べると、果たしてどっちが得意か、自分でもよく分からないところがあります。あるメロディーを吹くのにどちらの方が簡単に吹けるかと言えば、それはケーナです。しかし、それはケーナの方が得意というのではなく、楽器そのものの難易度が、サンポーニャの方が高いからです。誰が吹いてもサンポーニャよりケーナの方が易しいはずです。そういう部分を考慮すると、私は多分ケーナよりサンポーニャの方が得意かな、という気がします。じゃあ、逆に好きなのはどの楽器か、というと、これは非常に難しいです。もちろん、どの楽器も、好きだからやっているので、好きではない楽器など一つもないのですが、一番好きとなると、人に聞かせることを度外視して、自分が楽しむというだけならギターが一番好きかもしれません。人に聞いてもらう演奏という意味では、やっぱりサンポーニャかなあ。ところで、日本中にこれらの楽器の演奏人口はどのくらいいるんてしょうか。演奏人口が最も多いのは、間違いなくギターでしょう。クラシックギターに限定するとそんなに多くはないかもしれませんが、フォークギターやエレキギターも合わせ「演奏したこともある」人を含めれば、ひょっとして演奏人口1000万人以上かも。その次に多いのはフルートでしょうね。学校の音楽教育で使われるリコーダーとハーモニカは別格として、それ以外の管楽器でもっとも演奏人口が多いのはフルートなのではないかと思うのですが、どうでしょう。「演奏したこともある」ひとを含めれば、数十万人くらい??ケーナの演奏人口は少ないです。それでも、ずいぶん前にケーナの通信教育受講生が累計1万人に達したと聞いたことがあります。その話を聞いてから、すでに10年くらい経っているので、今じゃ2~3万人でしょうか。もちろんその中には、すぐに挫折してしまった人も含まれるでしょうがサンポーニャはケーナより更に人口が少ない。おそらく数千人の単位ではないかと思います。何しろ、ケーナは吹けるがサンポーニャは吹けませんという人は数多くいますが、サンポーニャは吹けるけどケーナは吹けない、なんて人はほとんどいませんから。と、いうことは、ちょっとでも吹ければ「日本で1000本の指に入るサンポーニャ奏者」になれるだろうと・・・・・・・・。(私がどうがんばっても、フルートやギターでは、1000本の指に入る奏者になどなれるはずがないです)
2010.02.24
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http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100222-OYT1T01336.htm自民が審議拒否、小沢氏は国会招致明言避ける自民党は22日、「政治とカネ」の問題で民主党の小沢幹事長らの国会招致などを求め、衆院予算委員会の2010年度予算案に関する一般質疑と、経済・外交をテーマにした集中審議を欠席した。今後、衆参両院のすべての審議に応じない方針だ。ただ、公明党や共産党、みんなの党は審議拒否に同調せず、野党の足並みは乱れている。民主党と自民党は同日午後、国会対策委員長会談を国会内で開いた。自民党は小沢氏の資金管理団体をめぐる政治資金規正法違反事件で、小沢氏本人の証人喚問などを求めたが、民主党は拒否した。会談後、民主党の山岡賢次国対委員長は記者団に「受け入れられない問題ばかりだ」と述べた。-------------ま、審議拒否は一つの作戦としてありだとは思います。野党時代の民主党もやっていたことですし。ただ、民主党の審議拒否には、自民党は当時猛烈に非難していました。保守系の評論家連中もそうでした。彼らが今、どの口で審議拒否を正当化するのか、見物ではあります。民主党からも、「審議拒否はけしからん」みたいな発言が飛び出してくるのでしょうか(今のところはそのような発言はないようですが)。結局のところ、自民党も民主党も、立場が変わればやることは似たようなこと、ということなのでしょう。そういえば、かつて旧社会党が強行採決への抵抗手段として牛歩戦術というのをやっていましたが、あれも、もともと最初にやったのは片山・芦田内閣時代の自由党だったと何かで読んだ記憶があります。それに、野党でも公明党・みんなの党・共産党は審議拒否に同調していません。自民党が単独でやっても、効き目はあまりないでしょう。ところで、自民党が審議拒否に走った理由は、長崎知事選の勝利があるようです。確かに前回衆院選や参院選に比べると、民主党(系)候補者の得票が激減したのは事実です。しかし、自民党(系)候補者の得票が増えたわけでもありません。今回の知事選の自民公明推薦の候補者の得票は31万票ほどでしたが、前回衆院選の自民党の候補者(全員公明党も推薦)の合計得票数は約36万票でしたし、参院選でも33万票ありました。さらに、前回知事選挙と比較すると、今回の知事選は自公推薦候補の得票は減り、民主党推薦候補の得票は増えています。だから、民主党が批判を浴びているとは言えるけれど、自民党が支持を取り戻しているとはまったく言えない、それが現実です。事実、朝日新聞が世論調査結果を報じていますが、それによると、民主党の支持率32パーセント、自民党18パーセントです。民主党は微減ですが、自民党は変わらず、相変わらず支持率はダブルスコアに近い差です。自民党の執行部はそのあたりを何か勘違いしているんじゃあるまいか。
2010.02.22
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パソコン内のデータを整理していたら、3年前の動画が出てきました。2006年10月、中野区の新井地域センター祭りで演奏したときのものです。曲は、アルゼンチンの舞曲チャカレーラのリズムで、Sacha Perra(野生の梨)。http://www.youtube.com/watch?v=olWLO0rA_Cg踊っている二人(K夫妻)は、去年春に海外転勤となってしまったため、今はこのグループは活動休止中です。3年後か4年後か、彼らが帰ってきたら復活する予定ですが。私は壇上中央でギターを弾いています。アルゼンチンのフォルクローレには、本来あまりケーナやサンポーニャは使わないので、踊りの伴奏では、どちらかというとギターを弾くことが多いです。最近では、フルートを使うこともありますが。このグループ以外でも、ずいぶん踊りの伴奏をしましたが、私自身は、残念ながら踊りはダメです。何度か挑戦してみたのですが、どうやら才能ないようです。(音楽だって、別に才能があるわけではないですけど)手前に写っているNくんは、日本ならまだ幼稚園なのですが、あちらは9月が新学期なので、半年早く小学生になってしまいました。この演奏の1ヶ月後に船橋で同じ曲を演奏しています。このときも踊り付だったのですが、存念ながら映像はありません。ただ、音そのものはそのときの方がよく録れていると思います。http://www.youtube.com/watch?v=KQk92q-bXtc&fmt=18先日、子どもの幼稚園の音楽会で演奏したら、やけに評判がよくて、今度その幼稚園の経営母体の教会(キリスト教系の幼稚園なのです)で演奏を頼まれてしまいました。今度は演奏時間30分くらいらしいです。がんばらねば・・・・・・・。
2010.02.21
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先日新しいパソコンを作ったのですが、その後もちょこちょこと細かいパーツを入れ替えて、このたびやっと「完成」となりました(多分)結局電源も新しいものを買ってきたので、前のパソコンからの使い回しは、ケースとDVDドライブだけ(モニターと周辺機器は別にして)ということになりました。あと、前のパソコンでは使っていなかった(前の前のパソコンに使っていた)、古いUSB2.0ボードがPCIスロットに刺さっていますけど。電源も新調したので、せっかくだからパソコンというものはいったいどのくらい電力を食うものなのか、計測しようと、ワットチェッカーも買ってきました。ただ、安いものなので、あまり細かい数字は出てこないのですが。パソコンのスペックは以下のとおりです。マザーボード ASUS M4A78T-ECPU アスロンIIX4 605eメモリー DDR3 2GB×2枚グラフィックス オンボード(RadeonHD3300相当)SSDとHDD 80GB+1TBDVDドライブ×1電源 ENERMAX ECO80+ EES400AWT 400Wモニター 19インチ液晶、1280×1024ドットです。この構成で、とりあえずブラウザを動かしているだけだと、1時間で約90Wの電力消費でした。次に、3DMarkという3Dゲーム用のベンチマークソフトを30分間繰り返し動かし続けて、あと動画のエンコードを30分やらせ続けてみたら、1時間で約120W。事前に想像していたほど電力を食うものではないという印象です。これはパソコン本体+ディスプレイの合計なので、今度はモニターだけをワットチェッカーにつないでみたところ、1時間で約30Wでした。ということは、本体のみの消費電力は、通常時で1時間に60W、フルパワー時で1時間に90Wくらい、ということになります。(瞬間的にはもっとあがるときもあるでしょうが、そこまでの計測はできません)なんだか最大出力400Wの電源がもったいないです。これでも、ATX規格の中ではもっとも出力の小さい部類なのですが。秋葉原などに行くと、500W、600Wどころか、800Wとか1000Wとか、電熱器かと思うような大容量の電源を売っていますが、あんなもの、いったい何に使うんだろうか・・・・・・。もっとも、ノートパソコンだと、消費電力は通常時で20W前後、最大でも40~50Wくらい(ディスプレイ込みで)のようですから、それに比べるとだいぶ多いですけれど。
2010.02.20
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100219-00000595-san-pol保守勢力の再結集を掲げる議員連盟「創生『日本』」(会長・安倍晋三元首相)は19日、自民党本部で会合を開き、政府が検討する選択的夫婦別姓導入を含む民法改正案について協議。「悪影響が大きい」との意見が大勢を占めた。弁護士出身の稲田朋美衆院議員は「外観から婚姻届を出した夫婦なのか、内縁なのか、違法な重婚関係なのか分からなくなる」などと指摘した。一方、高市早苗元沖縄・北方担当相がまとめた、婚姻前の姓を通称として戸籍に記録できるようにする戸籍法改正案については「分かりやすい」との声も出た。---------------「外観から婚姻届を出した夫婦なのか、内縁なのか、違法な重婚関係なのか分からなくなる」←それの何が問題なのか、私にはまったく理解できません。婚姻届を出した夫婦なのか内縁関係なのか、そんなことは本人同士がわかっていれば十分でしょう。まして、違法な重婚関係とか、アホかと思います。日本において、国際結婚を例外として、日本人同士の結婚で ※ 「違法な重婚」つまり正式に婚姻届を出しての重婚など不可能なのです。戸籍に婚姻の事実は記載されていますから、どうごまかしようもない。もちろん、事実婚の重婚なら可能ですが、それは法律の関知するところではないし、そもそも夫婦同姓なら防げる、というものでもありません。さすが稲田大先生の知的レベルは言うことが違う、違いすぎる。※訂正。国際結婚であっても、(日本人側の)戸籍には結婚した事実と相手の名前が記載されます。というか、結婚と同時に新たな戸籍が作られます。従って、国際結婚であっても重婚は不可能です。(2013.5.30追記)結婚していて法律上は夫の姓だけど、通称で旧姓を使っている人は数多くいます。有名どころでは、バンクーバーオリンピックで活躍中のスピードスケート岡崎朋美選手(本名は安武朋美)や、モーグルの上村愛子(本名皆川愛子)がいます。このブログで以前何度か取り上げたことのあるアルパ奏者上松美香(本名藤間美香)もそうです。彼女たちだって、「外観から婚姻届を出した夫婦なのか、内縁なのか」はわかりません。そうでしょう?「上村愛子です」「皆川賢太郎です」と言っている二人の男女が、結婚しているのか内縁なのか、そんなことは戸籍を確認しなければ他人にはわかりっこない。「外観から婚姻届を出した夫婦なのか、内縁なのか、違法な重婚関係なのか分からなくなる」から夫婦別姓はけしからんというなら、結婚して本名は同姓の夫婦が旧姓を名乗ることも、けしからんということになる。ところが、旧姓を通称使用する案は、「わかりやすい」からよいのだというのです。理論が破綻している。「夫婦別姓は家族の絆を壊す」などと言っている人に問いたいのは、「通称使用ならいいの?」ということです。家族の絆というのは、戸籍とか住民票によって保たれているのでしょうか、それとも日常生活の中で保たれているのでしょうか。私は後者だと思うのです。戸籍なんてものは、日常生活においてそうそう頻繁に使うものではありません。そこに書いてある本名が夫婦別姓だと家族の絆が壊れるというのが事実なら、日常生活で名乗っている名前が夫婦別姓であるほうが、よほど家族の絆は壊れるんじゃないでしょうか。つまり、「夫婦別姓だと家族の絆が」なんて主張も、理論として破綻しているわけです。結局のところ、反対のための反対としか言いようがない。こんなばかげた連中の言い分など、まったくどうでもいい。重要なことは、夫婦別姓を心待ちにしている男女が大勢いる、ということです。もちろん、比率で言えばごく一部かもしれませんが、絶対数では、かなりの数でしょう。私の周囲でも、職場や音楽関係の知り合いなどで別姓導入を心待ちにしつつ、とりあえず今は通称で旧姓を名乗っている人が何人もいます。職場には、夫が改姓して、でも旧姓を名乗っている人もいます。我が家は、相棒にその気がないので同姓にしていますけど、夫婦共稼ぎの場合は、別姓を望む割合は、そんなに低くないだろうと思います。彼ら彼女たちのためにも、選択的夫婦別姓制はぜひ成立してほしい。
2010.02.19
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最近はあまり耳にしなくなりましたけれど、今回の不況が始まった当初、失業者を農業へ、というような意見をよく耳にしました。なるほど、そうできたらいいなあと私も思います。でも、現状の社会構造と経済原理の中では、それは不可能です。なぜ日本の農業が衰退したか、理由はいろいろあるでしょうが、根本的には「食えないから」です。どのくらい食えないかというと、以下の統計がわかりやすいと思います。農林水産統計 平成17年販売農家の経営収支これによると、2005年、販売農家の農業収入は124万円です。(粗収入398万円に対して経費が274万円)年収124万円では、生活はかなり厳しいですね。ちなみに、「販売農家」とは、耕地面積が10アール以上、または年間農産物販売金額が15万円以上の農家を指します。それ以下の規模の農家を計算に入れたら、農業収入はさらに低いものになるはずです。さて、その販売農家の中でも、主業農家(農業収入が世帯収入の半分以上、かつ65歳未満の農業従事者がいる)の農業収入は414万円ですが、準主業農家(農業収入は収入の半分以下だが65歳未満の農業従事者がいる)は63万円、副業的農家30万円。まさに「副業」にしかなりません。では、具体的に各農家がどのくらいの数かというと、農家の総数は252万戸(2008年)、そのうち販売農家は175万戸(2009年)、主業農家は35万戸(2009年)、つまり主業農家は販売農家の2割を占めるに過ぎません。全販売農家の平均耕地面積は、200アール以下のようです。そこですべて米を生産するとすると、収量は10アールあたり銘柄米で6~7俵、普通米で10俵くらいの収量があるそうです。200アールだと120~140俵(銘柄米)から200俵(普通米)という計算になります。生産者米価は銘柄米だと1俵あたり1万5千円くらいのようですから、それを140俵出荷したとすると210万円になります。年収210万、いや違います。これは「売り上げ」であって、そこから諸経費を引かなければならないわけです。他の職を持っていなければ、とても農業だけで食っていくことなどできはしないということが分かると思います。農業を巡る、こういった状況を改善できなければ、失業者を農業になんてあり得ないというしかないでしょう。(私には、農業の経験は皆無ですし、農村の出身でもありませんので念のため)
2010.02.17
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現在、私が参加しているフォルクローレのグループは二つあります。一つは、「キラ・ウィルカ」、先日子どもの幼稚園で演奏してきたグループです。私が参加したのは2001年のことで、それ以来、かれこれ9年近く活動していますもともと私を含めて4人のグループなのですが、家庭の事情やら何やらで、いつも誰かが欠けていて、フルメンバーがそろって演奏した時期は、そんなに長くありません。現在も、ギター奏者が欠けていて、そのため私がギターを弾いています。もう一つのグループは、「ティエラ・クリオージャ」といいます。2006年に5人のメンバーで結成しましたが、去年の春、メンバー2人(夫婦)が海外転勤となったため、活動休止となってしまいました。たまたま、金曜日の夜、このティエラ・クリオージャの日本残留メンバーの飲み会があり、土曜日は前述のとおりキラ・ウィルカで演奏して、そのあとやっぱり飲み会がありました。そこで話題になったのは、「今誰がまだ現役で演奏しているか」という話です。どちらのグループも、メンバーの年代は30代後半から40代半ばにかけて、私以外は全員大学のフォルクローレサークル出身者なので、みんな20年選手ばかりです。「彼はまだ演奏している」「彼は最近演奏していない」「彼女は・・・・・・」、と名前を挙げていくと、この年代で現役で活動している人は、そう多くないのです。みんな家庭の事情とか仕事が忙しくてとか、いろいろな理由で演奏から離れていってしまうのです。かくいう私は、今はグループ一つが活動中止、もう一つも片肺飛行状態ですが、とにもかくにも何とか演奏を続けてこられた。一番大きな要因は、練習も本番も、いつも子ども連れで行っているからです。そうでなかったら、今頃相棒の逆鱗に触れていたでしょうが、私が子どもを連れて行くおかげで、どんなに音楽にうつつを抜かしても、家庭内の平和が保てているわけです。そして、たまたまどちらのグループでも、同じ年代の子どもを連れてくるメンバーがいるから、うちの子も喜んで私についてきます。その代わり、練習環境はかなり悪いです。ケーナやサンポーニャに負けないくらいの声の大きさで、子どもたちはわーわー騒ぎながら遊んでいますから。でも、そのおかげで音楽が続けられると思えば、腹も立ちません。ついでに言えば、今でこそ子どもは歩いて私に付いてきますが、私が子どもを練習に連れ歩くようになった最初の頃(2歳くらいの頃)は、すぐに抱っこ、練習中でも抱っこ。おかげで、抱っこひもで子どもを抱っこしたまま(後には、抱っこひもを背中に回しておんぶしたまま)演奏するテクニックをすぐに習得しました。本番のステージでケーナを吹いたこともあります。そのときの証拠写真が、このブログのプロフィールにつかっている、こちらの写真です。(相棒が私の右側で手だけ写っています)この写真は1歳半くらいの時のものですが、その後、抱っこひもを背中に回して、おんぶした方が笛は吹きやすいということを発見しました。抱っこでケーナやサンポーニャを吹くのはちょっと制約がありますが、おんぶなら制約なく吹ける。1時間半くらい子どもをおんぶして練習しても平気でした。3歳近くまで、練習に行く度にそんなことがあったかな。というわけで、多分私が山歩きをしていて、重い荷物を背負うことをそんなに苦手にしていないということも、幸いしたのかなと思います。6歳の今でも、積雪期のテント山行の荷物と、うちの子どもの体重はまだ同じくらいだと思います。(21~2kg)何にせよ、これまでほとんどとぎれることもなく音楽を続けてこられたのは、幸運だった、ということに尽きます。それだけではないけど、幸運でなかったら続けてこられなかったことは間違いありません。これから先も、できることならずっと演奏を続けたいですね。
2010.02.15
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100213-00000508-san-spo【スノボ】国母、開会式出席を取りやめ、競技は出場 「本人も反省」と橋本団長バンクーバー五輪日本代表選手団の橋本聖子団長と、渡航時の服装の乱れが問題となった、スノーボード男子ハーフパイプ代表の国母和宏選手(東海大)が12日、バンクーバー市内で会見し、改めて謝罪した。国母選手は10日の入村式に続き開会式参加も自粛。17日の競技には出場する。 国母選手は会見で「ご心配、ご迷惑をおかけしすみませんでした」と謝罪。「いい滑りができるように頑張ります」と話した。橋本団長は「結果を出すことでおわびすることが大事」とし、17日の競技を視察する。9日の日本出発時とバンクーバー到着時、国母選手は日本選手団公式ウエアのネクタイを緩め、ズボンを腰の低い位置に下げ、シャツのすそも出していた。日本オリンピック委員会(JOC)や全日本スキー連盟(SAJ)に多くの批判が寄せられ、国母選手は入村式後に開かれたチームの会見で謝罪はしたものの、「反省してまーす」と語尾を伸ばすなどした。SAJは五輪代表推薦の取り消しを申し入れたが、橋本団長が国母選手と話し合い、最終的に出場させることを決めた。橋本団長は国母選手の服装については選手団の規範に反しているとの判断を示したうえで、「ここまで来て試合に出ない方が無責任。責任をまっとうしてほしい」と理由を説明した。また、服装の乱れを正せなかった萩原文和監督と2人のコーチにも責任があるとして、開会式出席を自粛させた。今後は五輪終了後、SAJが処分を判断する。-----------------問題の「服装の乱れ」はこの写真のようです。腰パンというのは、写真ではよく分かりませんが、まあ確かにだらしないと言えばそうですけれど、このような格好をしている若者が街中にいくらでもいるのも現実です。開会式や壮行会など公的な場でこの格好をしていたら問題だというのは分かるけれど、空港に到着して飛行機から降りてきたときのことだったようです。壮行会ではちゃんとした服装だったと報じられています。そこまで目くじらたてるのはどうなのか、と思います。公式スーツだから問題だ、ということなら、私服だったらよかったんでしょうかね。で、彼の「反省の弁」が反省しているように見えないというので、またまた騒ぎが大きくなっている。まるっきり、どこか校則の厳しい高校の風紀委員会みたいな騒動で、実にばかばかしい。上記記事の写真説明文がまた凄い。「日の丸戦士は、紳士たれ!」さすが産経新聞というか・・・・・・、オリンピックの選手は、「戦士」ですか。そういえば昔、プロ野球巨人の「V9戦士」なんて言葉がありましたが、その時代に戻ってしまったような感じです。
2010.02.14
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今日は子どもの通う幼稚園の音楽発表会。例年は子どもたちの発表会なのですが、今年はなぜか「保護者の出演も募集」とのことでした。さっそく応募してしまいました。キラ・ウィルカで演奏しました。演奏曲目は、「コンドルは飛んでいく」と、「モト・メンデス」。朝一番、10分ほど音合わせしただけで、しかも会場はそれほど暖かくはなく、ケーナのピッチが上がらない、そんなこんなでチューニングはかなり厳しいものがありました。でも、なんだか大好評を博したみたいです。とりあえず、「コンドルは飛んでいく」のみ公開します。http://andesfolklore.hp.infoseek.co.jp/Ra/condorpasa.MP3パートは、ケーナいとうさん、ギターinti-sol、チャランゴいしのさんの3人編成です。演奏している本人の立場では、お客さんに音が吸われて、ケーナはともかくギターの音はほとんど届いていないんじゃないかという気がしていたのですが、あとで録音を聞き直してみると、そこそこ聞こえていたようです。しかし、子どもの音楽発表会なのに、自分の演奏にばかり気をとられて、肝心の子どもの歌は、録音するのを忘れてしまいました・・・・・・・。発表会が終わった後は、そのまま会場を移して、某ペルー料理店で夕方までみっちり練習。へとへとに疲れました。
2010.02.13
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日中歴史共同研究についてこのブログで何回か取り上げたことがあります。南京大虐殺については、犠牲者数に関しては日中間の溝は埋まらなかったものの、虐殺が存在したことそれ自体については日中の学者間に意見の相違はありませんでした。当然のことだと思います。ところが、当然のことながらそのこと(日本側が南京大虐殺の存在を認めたこと)について、それを認められない勢力というものが存在するわけです。少し前の話になりますが、そういう時代錯誤的メディアの一つ産経新聞が、さっそく共同研究での合意にかみついています。http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100201/plc1002010321006-n1.htm【主張】日中歴史共同研究 「南京虐殺」一致は問題だ日中の有識者による歴史共同研究の報告書が発表された。両国の歴史に対する考え方の違いが一段と明確になった。この共同研究は、平成18年10月の安倍晋三首相(当時)と胡錦濤国家主席の合意に基づき、3年がかりで行われた。両国の認識の隔たりが大きく、両論併記の形がとられたのは当然である。近現代史の部分を読むと、日本側の記述はおおむね客観的な資料に沿って書かれている。これに対し、中国側の記述は中国共産党史観の域をほとんど出ていない。ただ、南京事件(昭和12~13年)のくだりで、中国側の主張に引きずられているのは問題だ。日本側の記述は「日本軍による捕虜、敗残兵、便衣兵、及び一部の市民に対して集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強 姦(ごうかん)、略奪や放火も頻発した」と「虐殺」を認めている。その数は、東京裁判で認定された「20万人以上」、中国が主張する「30万人以上」などの数字を挙げ、「日本側の研究では20万人を上限として、4万人、2万人などさまざまな推計がなされている」としている。しかし、「南京虐殺」や「南京大虐殺」は当時の中国国民党が宣伝したものであることが最近の実証的な研究で分かってきた。日本軍による集団的な虐殺の有無も、はっきりしていない。こうした日本側の研究状況を過不足なく正確に記述すべきだった。「南京虐殺」で認識が一致したといっても、共同研究に参加した学者間でのことだ。それがあたかも歴史の真実であるかのように、日本の教科書などで独り歩きするようなことは避けたい。今回、中国側が戦後史の部分の発表を拒否し、それに日本側が同調したことも問題である。このため、日本側の研究論文まで非公開にされてしまった。中国当局は天安門事件(1989年)に関する厳しい言論統制を行っており、日本側の論文が公表されることで当局への批判が誘発されることを恐れたためとみられる。日中両国の共同研究の成果は、等しく両国民に公開されるのが筋だ。日本政府は改めて中国側に公表を求めるべきである。共同研究は今後も続けられる。そもそも、独裁国家の中国と学問の自由がある日本との間で、大きな成果は期待できない。日本側の学者はこのことをよくわきまえて共同研究に臨む必要がある。-------------------いやあ、噴飯もの、というかほとんど笑える内容です。産経新聞的には、「南京虐殺」や「南京大虐殺」は当時の中国国民党が宣伝したものであることが最近の実証的な研究で分かってきた。日本軍による集団的な虐殺の有無も、はっきりしていない。のだそうですが、実証的研究とは、「学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない」と東京地裁に断定された東中野修道の愚論のことでしょうか?私の知る限り、日中歴史共同研究の日本側メンバーは、あの安倍晋三肝いりで始まった事業だけに、およそ左翼的でも何でもないメンバーが中心です。そのメンバーから「南京大虐殺はあった(ただ人数は・・・・・)」という結論が出ているということは、「南京大虐殺なんてなかった」などという言説は、日本の学界でも受け入れられるものではないということが明白になったということです。あれだけ大量の証拠があって、それでもなお、虐殺の有無がはっきりしないというのは、見たくないから見ない、というのと同様でしかありません。「独裁国家の中国と学問の自由がある日本との間で、大きな成果は期待できない。」というのも、すごい言い分です。まあ、現実問題としてどの程度の成果が期待できるかは未知数だと私も思いますが、「独裁国家」だと学者の発言まですべて政府が完全にコントロールしているとでも思っているんでしょうか。ところで、産経新聞は、外国人参政権の問題について、大学入試センター試験の設問にイチャモンを付けています。http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100117/plc1001172302015-n1.htm永住外国人に地方参政権を付与することは憲法上禁止されていないと最高裁は判断した、という選択肢を正答とする試験問題に産経はご立腹のようですが、事実として最高裁は判決でそれを合憲だとしているんだから、仕方ないでしょう。当然の設問であり当然の回答です。それをけしからぬと叫んでいる産経新聞は、まさに学問の自由を否定しようとしているとしか思えません。その一方で「独裁国家の中国と学問の自由がある日本」とか、よく言うよなあと思います。
2010.02.12
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100211-00000055-jij-int米首都猛吹雪、政府休業4日目へ=111年ぶり記録更新、深刻な影響米首都圏など東部は10日も大雪に見舞われ、首都ワシントン中心部は猛吹雪で一時ほとんど視界が利かず、「ゴーストタウン」と化した。首都圏は先週末以来2度目の記録的豪雪で、新たに30センチ前後の積雪を記録。首都の連邦政府機関は11日も4日連続で休業する異例の事態となった。米海洋大気局(NOAA)によると、首都の今冬(2009~10年)の総降雪量は約139センチとなり、1898~99年の過去最高記録を約1センチ上回り、111年ぶりに更新した。首都圏の天候は11日には回復する見込み。政府休業により、1日当たり1億ドル(約90億円)の損失になるという。議会の公聴会や採決も延期され、行政府と議会は機能停止状態となった。---------------30センチの積雪量も、1シーズン139センチという累計降雪量の記録も、なかなかすごいものがあります。というか、まだ2月11日(現地時間では10日?)ですから、これから先もまだあと1ヶ月くらいは降雪の可能性がありますね。これだけ降ったら、そりゃ交通網が麻痺します。日本の豪雪地帯くらいでしょう、こんな降雪に対応できるのは。(日本の、日本海側の地域というのは、「人里」としては、おそらく世界で最も降雪量の多い地域ですし、「人里」という縛りを外しても、ひょっとするとそうかもしれません)ところで、東京の降雪記録はどのくらいかご存じですか?一度の降雪による積雪量は、46cmというとてつもない記録があります。1883年2月8日、今から実に127年前のことです。しかし1シーズンの累計降雪量の記録は、もっとずっと新しい時代にあります。1983年12月から84年3月にかけてのシーズンで累計92cmというのが、東京の最高記録です。この冬のことは以前の日記にちょっと書いたことがあるのですが、あれが東京の最高記録と知って、「やっぱりなあ」とう感じです。とにかくほんとによく雪の降った年でした。しかし、それでも累計92cm。139cmという記録がいかにとてつもないものか、よく分かります。それにしても、どんなに科学技術が進歩したところで、人間は自然の猛威の前では無力なものです。
2010.02.11
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http://mainichi.jp/select/today/news/20100211k0000m010071000c.html外国人地方選挙権:自民、都道府県連に「反対採決」を指示自民党の石破茂政調会長は10日、党本部で開かれた全国政調会長会議で、永住外国人への地方選挙権付与などに反対する意見書の採択を地方議会に促すよう各都道府県連に指示した。自民系が多数を占める地方議会を足場に鳩山政権を揺さぶる狙いがある。石破氏は「多数で何でもできるという民主党政権を一日も長く続けさせてはいけない。怒りの声を地方からも上げてもらうのが肝要だ」と強調した。反対意見書の例として、外国人地方選挙権のほか、陳情窓口の民主党幹事長室への一本化▽子ども手当の地方負担▽農家の戸別所得補償制度--なども示した。------------まあ、法案への賛否は各党の自由であり、反対となれば意見書採択でも何でも、自由にやればよい、それが民主主義のルールではあります。ただし、世論調査の結果を見る限り、外国人地方参政権には基本的に賛成が多数であり、しかも、以前の日記でも取り上げたように、自民党自身が、かつては外国人地方参政権推進の意見書に賛成していた例もかなりあります。それにも関わらず反対というのは、党利党略のために主張をコロコロ変えるということであり、また極右派の主張に賛同しているということでもあります。ネット右翼の支持ばかり多くても、現実社会ではあまり意味がありませんから、自民党は着々と自滅への道を歩んでいるように思えます。それにしても、石破茂の「多数で何でもできるという民主党政権を一日も長く続けさせてはいけない。」という発言は笑えます。自民党のあなたがそれを言うか、と。自民党こそ、多数の横暴で何でもやってきた政権ではないですか。とりわけ酷かったのが安倍内閣。ちょうど1年間の間に、18回もの強行採決を繰り返しました。まさに数の力でやりたい放題でした。そういう首相を党首にいただいていた政党の閣僚経験者が、よくこんなことを言えるなあと思います。
2010.02.10
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先日、新しいパソコンを作ったことを書いたときに触れましたが、どうもハードディスクの音がガリガリとうるさい。他の音が非常に静かになった分、どうもハードディスクの音が気になる、それでとうとうSSDを導入してしまいました。SSDもいろいろな種類がありますが、どれがいいのかよく分からなかったので、とりあえず無難にintel製の80GBを購入。お値段は2万3000円ほど。ハードディスクは1TBで7000円だったから、それに比べると非常に高価です。つい2週間前にパソコンを作って、OSをインストールしたばかりで、また全面再インストールはあまりに面倒なので、手抜き大作戦、ファイル引っ越しソフトも買ってきて、起動ドライブの中身を丸ごとコピーすることにしました。(それが、意外に手間だったのですが)その引っ越しソフトが5000円ほど。で、起動ドライブをSSDにして、今までのハードディスクはデータ専用ドライブにしました。いやー、感動的に静かになりました。もちろん、無音ではないです。今日は暖かいので、今は暖房を入れていませんから、パソコンの音がします。でも、暖房が入っているときは、パソコンはほぼ無音に聞こえます。(CPUがフル稼働するときはファンの音がうるさいですが、滅多にフル稼働なんてしませんから)騒々しかったハードディスクも、Windowsが動くのでうるさかったらしく、データが入っているだけだと、ほとんど音を発しません。それに、SSDはさすがに高速です。ベンチマークテストはやっていないので正確なデータは確認していませんが、Windowsの起動が今までより15秒か20秒くらい早くなり、動作も全般にきびきびしています。インターネットでも、画面の表示がわずかに早くなったように感じます。今思えば、このパソコンを作ったとき、最初からSSDにしておけば、手間もかからず引っ越しソフトもいらず、安上がりに済んだのですが。まあ非常に快適なパソコンになりました。ただ、一つだけ問題がある。それは、USBコントローラーがあまりよくないらしい、ということです。USB接続の外付けハードディスクにデータのバックアップをとろうとすると、途中でデータの転送がストップしてしまうのです。数ギガバイト転送したところで止まってしまうこともあるし、ひどいと、10メガバイトかそこらで無反応になってしまうこともある。そのたびに外付けハードディスクの電源を切って入れ直さないと動きません。試しに、以前使っていた古いUSB2.0ボードを引っ張り出してきて取り付けてみたところ、100GBのデータ転送も問題なかったので、当面はこれを使おうかと思います。
2010.02.09
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亀井静香はもともとタカ派ですけれど、賛同できる部分も結構あるんです。ただ、外国人参政権の問題と夫婦別姓の問題についての言い分は、どうにも・・・・・・。http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100207-OYT1T00496.htm亀井金融相、外国人選挙権・夫婦別姓に反対国民新党代表の亀井金融相は7日、広島県尾道市で講演し、永住外国人に地方選挙権を付与する法案と選択的夫婦別姓制度の導入を柱とする民法改正案について、「国民新党は2つとも反対だ。2つとも(今国会では)絶対に成立しない。私が『ノー』と言ったら、法案として国会に提出できないからだ」と強調した。亀井氏は、選択的夫婦別姓制度について、「夫婦が名前を別にして、子供も違えば、(同じ)家の表札がアパートみたいに違う。これがあるべき姿なのか」と批判した。亀井氏は講演後、野党が民主党の小沢幹事長に国会の政治倫理審査会での説明を要求していることについて、「国会が探偵ごっこみたいな司法のまねをすることがいいことなのか」と記者団に語り、必要はないとの認識を示した。------------------反対の理屈が、正直言って分かりません。同じ家の表札がアパートみたいに違う、それが「あるべき姿」なのかどうかは、私にも分かりませんけれど、別に悪いことでもないと思うのです。現実に、法的にはともかく、実生活では夫婦別姓にしていて、家の表札も別姓にしている人など、いくらでもいるはずですが(私の周囲にもいますから)、それで家族に何か問題がある、などということはあり得ませんし、「道徳的に問題がある」とも思いません。確かに夫婦別姓は家族の形として「典型的」ではないかもしれませんが、夫婦の姓という個人の選択に属する分野でまで、典型的でないもの、政治家の価値観に合致しないものはみんな排除という理論を振りかざすのは、不可解なことです。とはいえ、現実問題として、連立政権の一角である国民新党が反対となると、夫婦別姓も外国人地方参政権も、成立に暗雲が立ちこめたと考えざるを得ません。議員立法で提案すれば、亀井がノーと言っても提案できるでしょうし、提案さえされれば国民新党(と民主党内の一部保守派)が反対してもその分野党の一部(共産党と、おそらく公明党も)が賛成する可能性が高いので、成立する可能性が高いとは思います。ただ、民主党が揺れている現状で、小沢応援団の有力者である亀井(と国民新党)と、この問題で事を構える覚悟が民主党にあるかというと、あまり期待できそうにないなあというのが正直なところです。亀井にも、そのあたりを見計らって、自らの存在感を誇示しようという狙いもあるのでしょうが。
2010.02.07
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私は、18歳の時からずっとケーナを吹いていて、3年前にフルートを始めたのですが、この二つの楽器を比べると、なかなかおもしろいなあと思います。吹き方はものすごく似ているアンデスのフォルクローレの世界では、ケーナとともにサンポーニャ(パンパイプ)もよく使われます。「ケーナ奏者」と言われる人で、ケーナしか吹けないという人はまずいません。ほとんどの場合フォルクローレの管楽器奏者はこの二つの楽器を掛け持ちして演奏するものだからです。けれども、ケーナとサンポーニャというのはかなり吹き方の違う楽器です。ケーナが吹ければサンポーニャも吹ける、というわけには、なかなかいきません。それに比べると、ケーナとフルートは、びっくりするくらい吹き方の似た楽器です。ケーナを吹ける人でフルートの音が出ない、ということはまずあり得ないし、逆にフルートが吹ければケーナも間違いなく吹けます。(フルートらしい音、ケーナらしい音が出るかどうかは別にして、ですが)私の場合も、「フルートがほしい!」と、突然思って、お茶の水の下倉楽器に行って、とりあえずヤマハの中古のフルートを試奏させてもらったら、その場で音は出ました。もちろん、そのときは運指も分からなかったのですが、買って帰って、家で運指表を見ながらああでもないこうでもないと1時間か2時間吹いていたら、3オクタープの最高のドまで出ました。(もっとも、それから3年経った今でも、3オクターブのシとドだけは、運指表を見ないと吹けません。未だに運指が頭に入っていないのです。全然練習しないからです・・・・・・・・。)ただし、私のフルートの音を誰に聞いてもらっても、「ケーナの音に聞こえる」と言われてしまいます。というか、自分でもそう思います。吹き方がケーナのまんまだからですね。音域は、フルートの方がやや広いフルートの音域は、基本的にはまるまる3オクターブ、ドから3つ上のドまでです。前述の通り、私自身はラまでしか使っていませんけれど。4オクターブまで使う人もいるようですね。一方ケーナの方は、実は最高音域がどこまでなのか、私にはよく分かりません。最低音はソ、私自身の最高音はミですが、音を出せると言うだけで、実際に演奏で使ったことがある音はドまで。3オクターブに2音足りません。しかし私の演奏仲間はケーナで3オクターブのソまで音を出せます。さらに、4オクターブまで出せる奏者も知っています。だから、見かけだけで言えばフルートとケーナの音域の広さは同じくらい、とも言えるのですが、実際に吹いてみると分かりますが、3オクターブ目の音の出しやすさは、フルートの方が上です。ケーナの3オクターブは、かなり強く吹かないと音が出ません。逆に言うと3オクターブで弱い音は、ほとんど出せないということです(3オクターブどころか、2オクターブの上の方でも同様)。それに比べると、フルートは3オクターブでも、音にもよりますが、びっくりするくらい弱い音を出すことが可能です。このあたりは、楽器の性能はフルートの方が上かな、と思います。もう一つ、ケーナの場合、3オクターブのレくらいまでは大筋あまり運指が違わないのですが、それより上は、ケーナ1本1本運指が違う。1本1本、いろんな運指を試して、探していくしかありません。フルートも、4オクターブは似たような傾向があるようですが、3オクターブでは一応、運指が定まっています。指の押さえやすさは一長一短フルートには、キーに穴が開いているリングキーと、開いていないカバードキーがあります。私は、最初に買ったフルート(ヤマハの中古)がカバードキー、次に買ったムラマツのフルートはリングキーでした。リングキーといったって、ケーナの指穴よりは遙かに小さいので、たいして難しくないと思っていたのですが、実際吹いてみると、そうでもありませんでした。ケーナは縦笛ですが、フルートは横笛です。あくまでも私の感覚ですが、横笛より縦笛の方が、構える両手や関節が自然なのです。自然であるということは動かしやすいということです。加えて、ケーナの方がフルートより高音ですから、その分楽器が小さい、つまり指穴の間隔が狭いのです。だから、リングキーのフルートの難易度は、普通のケーナの難易度より上と感じました。もっともケナーチョ(低音用大型ケーナ)に比べれば、リングキーのフルートの方が易しいと思いますが。ま、リングキーのフルートがそんなに難しいというわけではないのです。私はすぐ慣れました。でも、最低音のドの周辺だけは、最初はちょっと苦労しました。メンテナンスはケーナの方が楽そりゃそうです。ただの竹筒に穴を開けただけのものですから、水分を拭き取る、汚れを落とす以外にメンテナンスなんて必要ありません。私なんざ、水分を拭き取ることすらしていません。それでも前に使っていたケーナは15年以上使いました。汚れて傷だらけでぼろぼろでしたが。フルートの方は、半年に1回は調整が必要だし、10年も使ったらオーバーホールも、ということになります。フルートのオーバーホールは何万円もかかるようですね。値段は圧倒的大差今私が使っているケーナは、7500円です。本当は1万円なのですが値引きしてもらいました。その前に15年以上使っていたケーナは8000円でした。私はずっと竹のケーナを使っているのですが、平均的には竹のケーナより木のケーナ、木のケーナより、骨を使ったケーナの方が高価ですが、最高級のケーナでも5万円はしないと思います。一方フルートは、5万円というと、まともな演奏に耐える楽器としては最低限のクラスです。私が最初に中古で買ったフルートは、5万数千円でした。2本目のムラマツEXは約20万、総銀製50万くらいから、ゴールドフルート百数十万・・・・・・。私はムラマツの24Kのゴールドフルートを試奏したことがありますが、そのお値段は、確か700万って値札が付いていました。試しに吹いてみた、というだけで話の種になります。音色は・・・・・・・それぞれ好み次第でしょう。フルートでもケーナでも、それぞれに個体差がありますし。同じ笛でも音域で違ったりしますし。私自身は、どちらの音色も好きです。
2010.02.06
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100204-00000053-jij-soci横浜事件、実質無罪=刑事補償交付を決定-裁判打ち切りの元被告に・地裁戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」で、治安維持法違反の有罪が確定し再審で裁判を打ち切る免訴判決を受けた元被告5人の遺族による刑事補償請求に対し、横浜地裁(大島隆明裁判長)は4日、請求通り計約4700万円を交付する決定を出した。決定は「再審公判で実体判断できたら、無罪判決を受けたことは明らか」と述べ、5人を実質的に無罪と判断した。免訴とされた元被告への刑事補償は初とみられる。横浜事件の司法手続きは、有罪確定から64年余で終結する。決定で大島裁判長は事件の経緯を詳細に検討。特高警察による拷問を認定し、元被告が同法違反に問われた共産党再建準備をしたとされる会合について「証拠は存在せず事実と認定できない」とした。その上で、確定有罪判決について「特高警察による思い込みや暴力的捜査から始まり、司法関係者による事件の追認によって完結した」と指摘。「警察、検察、裁判所の故意、過失は重大」と結論付け、5人に法定上限の刑事補償を認めた。(以下略)----------------------横浜事件といえば、戦中最大の言論弾圧事件として知られています。何より恐ろしいのは、この事件で死刑判決を受けた被告は1人もいないにもかかわらず、4人が獄死している。どれだけひどい拷問にリンチを繰り返したのか、ということです。横浜事件だけに限りません。治安維持法の最高刑は死刑ですが、日本本土では実際に治安維持法で死刑の判決が出たことはありません(朝鮮では多くの死刑がでていますが)。でも、死刑判決はなくても、拷問によって数多くの獄死者がでています。有名どころでは、横浜事件の他に小林多喜二、野呂栄太郎、三木清などでしょうか。他にも数多くいます。そして、それら拷問で幾人も殺している特高警察関係者は、戦後一時公職追放された者はいましたが、すぐに追放解除となり、その後も警察の中枢に居座り続けてきたのです。どう見ても完全なるでっち上げであることが明らかなこの事件で、被害者が初めて再審請求を行ったのは1986年のことです。再審請求は2回棄却されて、1998年、3度目の再審請求が2003年にやっと横浜地裁で認められたのですが、検察はそれに対して抗告。検察は、この明白なえん罪(というより言論弾圧事件)の被害者の名誉回復を是としなかった、という事実は記憶しておくべきでしょう。高裁も再審請求を認めると、さすがの検察も最高裁までは抗告せず、再審が始まったのですが、結局は免訴という判決。つまり、彼らが逮捕された容疑はもうないのだから、判決の言い渡しはしないよ、ということです。再審請求は名誉回復を求めて、つまり「無罪」の判決を求めてのことですから、免訴では名誉回復になりません。しかし結局免訴という判決は最高裁まで覆らず、そこで刑事訴訟法の補償手続きでの名誉回復が、今回やっと認められたわけです。最初の再審請求から、実に24年が経過し、もはや横浜事件の被害者は全員他界しました。誰も、生きている間に名誉回復が図られることはできなかったのです。これほどまでに明白な冤罪、言論弾圧事件にもかかわらず、名誉回復が実現するまでに、なぜこんなに長い時間がかからなければならなかったのか、検察や裁判所の対応に問題がなかったのか、ということを考えてしまいます。
2010.02.04
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父に膀胱ガンが発見されたのは、今から2年と少し前、2008年の12月のことでした。実は、そのさらに7年ほど前、2001年に父は前立腺肥大の手術を受けたことがあります。どうも、この前立腺肥大の手術がその後のできごとの発端になってしまったようです。前立腺肥大の手術は1泊2日の、ごく手軽なものでした。手術を受けたのは、都立某病院です。ただ、前立腺肥大の手術の後は前立腺ガンが発生しやすいのだそうで、そのため父はその手術の後ずっとその病院で、半年に一度定期検査を受けていました。定期検査では、ずっと「異常なし」ということだったのですが、最後の頃はどうも体の不調があったようです。それで、ガンが発見される半年前の定期検査で、「じゃあ精密検査をしましょうか」ということになったのですが、何かうやむやのうちに「精密検査はしなくても大丈夫でしょう」ということに、話が変わってしまったらしいのです。で、その半年後、最後の定期検査でガンが発見されました。発見された場所は、以前に手術を受けた前立腺ではなく、膀胱でした。父は、あるガンの専門病院に入院しました。そこで精密検査を受けて分かったのは、7年前の前立腺肥大の手術後の処置があまりよくなくて、大腸が癒合してしまっている、ということでした。手術の場所は前立腺で、ガンができたのは膀胱ですから、手術とガンの因果関係は明白ではありません。でもあの手術がガンの原因(あるいは遠因の一つ)になったような気がするのです。そしてもう一つ、膀胱ガンはかなり進行していました。半年前、もし精密検査を行っていれば確実に発見できたはずだったようです。まあ、それを今から言っても仕方のないことですが。とにかく、父は入院し、一昨年の2月に最初の、検査のための手術を受けました。膀胱のガンを、内側から削っていくのです。しかし、どこまで削ってもガンではない組織に行き当たらなかったそうです。それ以上削ると、膀胱が破れてしまう、つまりガンは膀胱の表面にまで達している可能性が高いという結論を得て、この手術は終わりになりました。そうなると、膀胱を摘出するしかありません。4月、膀胱摘出手術が行われました。父はストマー装着の身体障害者になったわけです。ところで、膀胱摘出手術自体は成功だったのですが、ガンはやはり膀胱の表面に達しており、体内にガン細胞がばらまかれた可能性が高い、ということでした。その場では他に転移は発見できなかったものの、放置すれば転移の可能性が高い、ということでした。そのため、父は、手術後、短期間の一時退院を挟んで、再び入院し、抗ガン剤治療に入りました。確か3クールだったと思います。父は72歳にして髪の毛はまだフサフサでしたが、抗ガン剤治療の結果、髪の毛が全部抜けました。7月、抗ガン剤治療を終えて、父はやっと退院しました。その時点で、通算入院日数は100日にも達していました。ところが、わずか1ヶ月後、8月に再び腰の痛みが起こります。「再発」と思った父は、さっそく手術を受けた病院に精密検査を受けに行ったのですが、「再発はしていない」との診断でした。その代わり、診断がありました。「脊柱狭窄症」です。背骨の内側に突起が生じて、これが神経を圧迫して腰の痛みを生じさせていたのです。この病気のエキスパートとも言うべき病院を紹介されて、父は10月にその病院に入院し、手術を受けました。背骨の内側から突起を削り取る手術です。入院期間は3週間くらいだったでしょうか。ところが、手術を受けても、退院の日が来ても、父の痛みはいっこうに治まりません。痛み止めの座薬が効いている間はいいのですが、これが1日に3回しか使えず、1回8時間効くはずが、次第に6時間くらいしか聞かなくなりました。そうすると、残りの2時間×3回=6時間は、大変な痛みに苦しむのです。手術を受けて脊柱狭窄は治ったはずなのに。12月、定期検査で手術跡にガンの再発が発見されました。結果的に見ると、脊柱狭窄も確かにあったけれど、それだけではなくガンの再発もあったのに、そちらが見落とされていたのではないかと思います。結局、抗ガン剤は全く効かなかったわけです。再発を告知されたときは、母が都合によりどうしても同席できず、私が病院に同行しました。再発を告げられて帰宅するときの父は、さすがにがっくりしていましたが、それでもその翌日12月23日は、ささやかなクリスマスパーティーをやりました。いつもなら母が料理を作るのですが、さすがにこのときはそれはできず、私の相棒がパエリアを作って持って行きました。最後の晩餐ではないですが、父にとっては最後の楽しい団らんだったかもしれません。その後、しばらくは小康状態で、私も年末に八ヶ岳に登山に行ったりしていたのですが、私が山から帰ってきた12月27日から、父は突然状態が悪化し、「譫妄」と呼ばれるガン性の呆けが始まりました。年明け1月5日に再入院の予定だったのですが、状態があまりに悪く、母がすぐ入院しようと言っても、頑強に「入院は1月5日だ」と抵抗したようです。しかし、結局年が明けた1月1日に、ついに「もう入院する」と言い出しました。たぶん、年明けは、なんとしても自宅で迎えたかったのでしょう。しかし、そのときにはもうタクシーにも乗れず、救急車の出動となってしまいました。我が家の去年の年明けは、救急車出動要請とともに始まってしまったのです。入院後1月3日までは、痛み止めによってある程度落ち着いていたのですが、4日頃から譫妄が激しくなり、私が病院に行くと、「家に帰る」と言って着替え始めたり、荷物をまとめて出て行こうとしたり、はてはベットを運び出そうとしたり、まったく正常ではない状態になっていました。その後1月10日頃からいったん意識が比較的正常に戻り、しばらくは落ち着いていたのですが、病状は刻一刻と進んでいきます。再発が分かった12月中旬、1月6日、1月下旬とCTスキャンの映像を見せられましたが、ガンがすごい勢いで増殖していることは素人の私でも分かりました。肝臓がほとんどすべてガン化していましたし、内臓はほとんどガンで置き換わってしまいました。最後は、もうほとんど意識もなく、言葉もほとんどなかったのですが、それでも、かわいい孫(私の子ども)が見舞いに来たときだけは、かすかにうれしそうな顔をしていました。1月6日に医師の説明を受けたとき、余命は「1ヶ月くらいでは」と言っていたのですが、専門家はさすがに鋭い。亡くなったのが2月3日でしたから、ほぼ予測通りでした。結局、闘病期間は1年2ヶ月、受けた手術は3回。通算入院期間は、多分150日くらいになったでしょう。仕方がないとはいえ、結果的に見ると最後の脊柱狭窄の手術だけは、受けないでも済んだのではないかという気がします。もっとも、仮にもしそこで直ちにガン再発と分かったとしても、やっぱり助かりはしなかっただろう、という気はします。抗ガン剤が全く効かないようなガンだったわけですから。それにしても、ガンの末期というのは、人それぞれですね。新潟のフォルクローレ・ギタリスト、瀬賀倫夫さんは、ちょうど父の死の直前、2008年12月6日にガン(肝臓ガンだったらしい)で亡くなっているのですが、死の直前11月まで現役で演奏活動を行われています。最後のコンサートは11月26日、亡くなる10日前です。ブログの更新はその前に止まっていますが、ブログが更新できなくなってもギターは弾いたんですね。フォルクローレ魂ここにあり、という感じですが、父の場合は、10日前はほとんど意識がありませんでした。
2010.02.03
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100130-00000839-yom-int「アバターは反米・反軍映画」保守派いら立ち世界興行収入の記録を更新中の米映画「アバター」(ジェームズ・キャメロン監督)について、米国の保守層などから「反米、反軍の映画だ」といった批判が相次いでいる。3D(立体)技術を駆使した娯楽大作が思わぬ論争を巻き起こした底流には、アフガニスタンやイラクでの長引く戦争に対する米国民の厭戦(えんせん)気分と、それに対する保守派のいら立ちがある。◆教会からも映画の舞台は22世紀の星パンドラ。希少鉱物を狙う人間たちは、美しい自然と共生する先住民ナヴィと戦う。元米海兵隊員ら軍服の人間は、圧倒的な軍事力で自然破壊をいとわない悪役として登場、「先制攻撃が必要だ」「衝撃と畏怖(いふ)を与える」などと、ブッシュ前政権の戦略そのままのセリフを口にする。保守派の論客ジョン・ポドホレッツ氏は自身のサイトで「観客は米兵の敗北に声援を送るようになる。強烈な反米的内容だ」と非難。現役海兵隊員のブライアン・サラス大佐は隊員向け新聞に「軍の未熟さや凶暴さが異常に強調され、誤解を与える。ひどい仕打ちだ」と記した。保守派らの反発には、長期化する戦争から民意が離れている現状への焦りが読み取れる。CBSテレビなどの昨年末の世論調査では、アフガニスタンでの戦況が「良くない」と感じる人は60%に達した。自然の中に神が宿るという、キリスト教などの一神教とは相いれない信仰をナヴィが持っている点にも批判が出ている。保守派コラムニスト、ロス・ドーサット氏はニューヨーク・タイムズ紙で、「映画は、神と世界が同一という汎神論的な考えに共鳴するキャメロン監督の長い弁明」と指摘。カトリック教会の一部からも汎神論の思想が広まることへの懸念の声が出ている。◆監督は反論近年のハリウッドの大ヒット作は、ヒーローが活躍する単純な作品が多かった。これに対し、アバターが戦争、宗教、環境など米国の国論を二分するようなテーマを含んでいるのは事実だ。映画の脚本も担当したキャメロン監督は、ロサンゼルス・タイムズ紙のインタビューで、「この映画は我々が戦っている戦争を反映している。兵士は不当に戦場に送られている。この映画で目覚めてほしい」と語り、ふたつの戦争に反対するメッセージを込めたことは認めた。一方で、米軍批判との指摘には、「心外だ。私の弟は海兵隊員だが、彼らを心から尊敬している」とテレビ番組で反論した。同紙の映画評論家、ケネス・トゥーラン氏は、「かえって映画の宣伝になり、キャメロン監督の思うつぼではないか」と皮肉っている。-----------------------------いやあ、「アバター」って、名前は知っているけれど、あの「タイタニック」の監督の作品ということ以外、どんな映画かは知りませんでした。これを読んだら、見てみたくなりました。 反米、反軍の映画で何が悪いの?と、私は思います。というか、イラク戦争やアフガン戦争を批判する内容の映画を作ると反米反軍って、どこかの国の短絡思考のネットウヨクとそっくりの思考です。南京大虐殺を取り上げると反日だ、とかね。どこの国でも右翼なんてロクなものじゃない、ということでしょう。記事中にある「自然の中に神が宿るという、キリスト教などの一神教とは相いれない信仰をナヴィが持っている点にも批判が出ている。」というのも、キリスト教徒相容れない信仰を映画が取り上げてはいけないんでしょうか。「自然の中に神が宿る」というのは、どちらかというと日本の八百万の神々に近い考えと思います。日本人の宗教観というのは、キリスト教の下では否定され危険視されなければならないようなものなのでしょうか。キリスト教社会というのは、そんなに宗教的寛容性の乏しいものなのでしょうか。だとしたら日本の映画、とりわけ宮崎アニメ(自然の中に神が宿る、というような考えが多くの作品に反映されていますね)などは米国では「危険映画」になってしまいます。しかし、現実には米国でも宮崎アニメのファンは数多くいるようですし、キリスト教も(少なくとも現在は)そこまで宗教的に非寛容ではないと思われます。単に米国の保守派が著しく宗教的に非寛容、というそれだけの話に過ぎないでしょう。まあ、非寛容は国を問わず右翼の特徴というものでしょうね。それにしても、「かえって映画の宣伝になり、キャメロン監督の思うつぼではないか」という映画評論家のコメントは、そうかもしれないなあと思います。別の記事によると、アバターは「タイタニック」の持つ興行収入記録を塗り替えて、過去最高の興行収入に達するのが確実な状況のようです。その「タイタニック」もキャメロン監督の作品ですから、興行収入史上1位と2位を一人の監督が独占する、ということになりそうです。すごい人だ。
2010.02.01
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