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http://mainichi.jp/select/science/news/20101130dde001030044000c.htmlCOP16:開幕 温暖化防止「空白」回避へ攻防 「京都」延長巡り京都議定書に定めのない13年以降の地球温暖化対策を話し合う国連気候変動枠組み条約第16回締約国会議(COP16)が29日午前、開幕した。12年末までに新しいルールができなければ、どの国にも温室効果ガスの排出削減義務が生じない「空白期間」ができる。議定書を延長して空白期間を回避しようとする途上国に対し、日本政府は中国など新興国も含めた新しい枠組みを作るよう主張しており、会議は早くも難航が予想される。(中略)また、議長国メキシコのカルデロン大統領は、昨年メキシコを襲ったハリケーンや、今夏のパキスタンでの洪水を例に挙げ「温暖化を止めるか、温暖化が文明を変えるかだ。自国の利益に固執しわがままを言うのはやめよう。ここで合意すれば我々は違う未来を分け合うことができる」と呼びかけた。(中略)主要国は09年末の交渉で、20年までの削減目標や対策を条約事務局に申告することなどを盛り込んだ「コペンハーゲン合意」をまとめることで歩み寄った。しかし、その後、途上国は「合意に法的な拘束力はない」とし、京都議定書の枠組みを延長し、先進国により高い削減目標を要求。先進国は、世界一の排出国にもかかわらず削減義務のない中国を含めた新たな枠組みの必要性を主張し、対立構図は変わらない。欧州連合は空白期間が生じるのを恐れ、条件付きで議定書延長を検討する姿勢を見せたが、排出規制がないと域内の排出量取引市場が低迷しかねないからだ。日本政府は30日、すべての主要国が参加する新たな国際ルールを作るよう訴える方針を決定した。「議定書の枠組み延長は実効性がない」という主張は正論だが、支持はロシアとカナダのみ。「他国の参加なしに削減義務を負って、産業の国際競争で不利になるのを避けたい」との思惑は見透かされている。国際社会を説得できるほど、国内で温暖化対策論議も進んでいない。COP16で孤立しかねず、日本にとって正念場だ。---------メキシコのカルデロン大統領は、バリバリの保守派ですけれど、「温暖化を止めるか、温暖化が文明を変えるかだ。自国の利益に固執しわがままを言うのはやめよう。ここで合意すれば我々は違う未来を分け合うことができる」というその言葉は正論です。「削減義務のない中国を含めた新たな枠組みの必要性」というのも、まったくの正論です。今や世界最大のCO2排出国は中国であり、インドも第4位に入っています(日本は5位)。ついでに言えば、中国とインドは削減義務はないけれど京都議定書に加盟はしていますが、第2位の米国は京都議定書から脱退してしまっています。米国を気候変動枠組み条約に復帰させること、中国やインド(をはじめとする中進国、発展途上国)にも削減義務を課すことは、二酸化酸素排出削減を実現するために必要です。が、国対国の枠組みだけでものを見ればそういうことになるのですが、そのような視点だけでは、国家エゴの罠にはまってしまいます。先進国は自分たちだけ先にCO2を大量に消費して豊かになっておきながら、発展途上国が豊かになろうとすると妨害するのか、という批判にも一理あるのです。中国は世界最大のCO2排出国であると書きました。国という単位で見ればそうなのですが、国民一人あたりのCO2排出量は中国は日本の半分以下でしかありません。インドは更に少ないはずです。国民一人一人の生活としては、中国やインドは日本より遙かにCO2を出していないのです。もちろん、中国やインドのCO2排出量は急激に増大中であり、それをそのままにしておいてよいというわけではありません。このままの勢いでCO2排出が増大していったら、中国は20年以内に国民一人あたりでも日本に匹敵する排出量になる可能性がありますから。もっとも、議定書の削減義務はないけれど、中国は国内的にはかなり強力にCO2排出規制に取り組んでいます。むしろ、その規制は日本ではあり得ないくらい強烈。何しろ強制停電なんてことをやってしまうんですから。http://www.asahi.com/eco/TKY201010230113.html中国地方政府、省エネ達成へ強制停電 生活・企業を直撃中国で停電が続出している。年末に期限がくる国の省エネ目標を達成しようと、地方政府が電力の供給を制限しているからだ。突然の停電で人々の生活や日系企業の工場にも影響が出ている。「電力の供給は毎日午後6時から10時まで」――。河北省のある村が10月、「無差別停電」を始めたところ、抗議が殺到。村は22日、「エネルギー効率の悪い企業は淘汰(とうた)するが、学校や病院への送電は保障する」と通知を出し、停電は「電線の修理のため」と弁解した。同省のほかの村でも9月、ろうそくが値上がりしたり、ポンプが止まって野菜の水やりが滞ったりした。中国政府は2010年までの5カ年計画で、国内総生産(GDP)単位あたりのエネルギー消費量を05年より20%減らす目標を掲げる。だが、金融危機もあって省エネへの取り組みが後回しになり、今年上半期は微増。残り半年で約5%を減らさなければならなくなり、生産活動のもとになる電力を制限したようだ。(以下略) -----------そういう意味では、国民一人一人の生活をもっとも見直さなければならない国は、世界第2位のCO2排出国である米国です。国別では世界第2位でも、一人あたりのCO2排出量は、日本の倍以上、中国の4倍以上に達しています。これを何とかしなければ、地球全体のCO2削減はない。もっとも、その米国も条約上の削減義務は別にして、オバマ政権はCO2排出量の削減に取り組むと言っています。というわけで、中国やインドに削減義務を課すこと、米国を条約に復帰させることは重要ですが、万が一それがかなわなくても、だからCO2排出規制の枠組みをなくしてしまっていい、というわけにはいきません。それでは、法律を守らないものがいるから法律を撤廃しましょうという、本末転倒な話になってしまいます。でも、私は多少悲観的な気分になることもあります。結局人間は決定的に痛い目に遭わないと反省ができないものなのかも知れません。決定的な気温上昇によって人類社会が混乱状態に陥らないと、CO2削減に本気で取り組むことはできないんじゃないかという気がするのです。しかし、そのときになって蒼い顔でCO2削減に取り組んでも、もはや手遅れに近いと思うのですが。
2010.11.30
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http://mainichi.jp/select/world/news/20101129k0000e030036000c.html内部告発文書:米国の「秘密」25万通公開 民間サイト内部告発文書をインターネット上で公開する民間ウェブサイト「ウィキリークス」は28日午後(日本時間29日午前)、「秘密」指定の公電約1万5000通を含む、米国の外交公電約25万通の公開を始めた。各国の米大使館から国務省に報告されたもので、他国首脳らとの生々しいやり取りも含まれている。外交上支障が出るのは必至で、ホワイトハウスのギブス大統領報道官は「盗まれた秘密の文書を公開することでウィキリークスは人命を危うくした。強く非難する」などとした声明を発表した。---------------ウィキリークスに公開された秘密文書の中には、かなり雑多な内容が含まれているようです。たとえば隠された犯罪行為(イラクでの民間人虐殺など)をすっぱ抜く内部告発は大いに意義があると思うのですが、全てがそういう内容というわけでもなさそうです。各国首脳に対する人物評などはどうでしょうか。どこぞの総書記を「肉のたるんだ老人」(金正日)と評そうが、どこぞの首相を「無能で空っぽ」(ベルルスコーニ)と評そうが、実際そういう印象を持ったんだから、仕方がないでしょう。各国首脳に対してどういう印象を持とうが、それ自体は犯罪でも何でもありません。非公開だから書ける「本音の人物評」が暴露されてしまうというのは、ちょっとどうかなと思います。外交に、本音と建て前の乖離はかならず存在します。(外交に限らないでしょうが)その本音の部分を何でもかんでも公開されるのは、外交に対して萎縮効果をもたらすような気がします。いや、しかし人物評があまりにあけすけなので、びっくりしました。「気まぐれで風変わり」「8時間以上のフライトはNG」「金髪看護士と恋仲」 リビアのカダフィ大佐「極度に弱い男。事実に耳を傾けようとせず、とっぴな話に動揺する」「誇大妄想に取りつかれている」・アフガニスタンのハーミド・カルザイ大統領「約束を決して守らない」イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相「怒りっぽい権威主義者」「裸の王様」フランスのニコラ・サルコジ大統領「リスクを避け、創造性に乏しい」ドイツのアンゲラ・メルケル首相「ベルルスコーニは無能で空っぽ」「欧州のリーダーとしての影響力なし。連日パーティ通いだ」「バットマンがプーチンでメドベージェフは相棒ロビン」などなど。今回のことはともかく、万が一発覚しても恥をかかないで済むように、穏当な表現をしておけ、ということは、言えるかもしれません。
2010.11.29
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http://www.asahi.com/politics/update/1128/SEB201011280015.html沖縄知事選、仲井真氏が再選 伊波氏ら破る沖縄県知事選が28日、投開票され、現職の仲井真弘多氏(71)が前宜野湾市長の伊波洋一氏(58)らを破り、再選を果たした。仲井真氏は「(移設先は)県内にはない。日本全国で普天間の解決策を見いだして頂きたい」と語った。ただ、政府と県の歩み寄りの余地はほとんど残っておらず、移設計画の長期化は避けられそうにない。(以下略)----------------私は沖縄県民ではないし、今までに一度も沖縄に行ったことがないのですが(行きたいです・・・・・・)、でも伊波候補の当選を期待していました。残念ですが、仕方がないですね。もっとも、仲井真知事も自民党推薦とはいえ、普天間基地は県外移設を求めていますけど。しかし、今回の選挙に関して、民主党(菅政権の周辺)は自主投票、と言えば聞こえがいいですが、実質的には沖縄選出以外の所属議員の沖縄入りを禁じ、仲井真知事を応援したようなものです。自民党も落ちるところまで落ちたけど、自民党の悪いところばかりを真似しているとしか思えない菅政権も、落ちるところまで落ちたって感じです。
2010.11.28
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今日は高尾山に登ってきました。いや、登ってきたというほどの山でもないですけれど。高尾山は交通の便が良いので、私はある時期1年に2~3回登っていたことがあります。子どもを連れても2回登りました。最初はまだ3才になったばかりの時で、「南京への道・史実を守る会」の某メンバーとその奥さん(当時はまだ婚約者だった)と4人で登ったのですが、うちの子は自分の足では10メートルと歩きませんでした。あとは全部抱っこ紐を後ろに回しておんぶ。まあその頃はまだテント山行の荷物よりは軽かったですけれど。しかし、その1年後、4才で連れて行ったときは、もうほとんど自分の足で歩きました。ただ、子どもは「わーーーーーーっ、パタっ」という感じで、今の今まで元気よく登っていたと思ったら、突如として「疲れた~~~」と言い出すのです。結局、上りも下りも、最後のほんの少しだけをだっこすることになってしまいました。でも、今日はうちの子はスポーツクラブのミカン狩りツアーに行ってしまったので、私一人で登ってきました。紅葉の見頃は終わりに近い感じですが、それでもまだまだきれいです。ただ、ものすごい人出でしたけど。表参道はあまりに人が多いので、自然研究路に入りました。高尾山は尾根筋(表参道)を境に、北斜面が落葉広葉樹主体の冷温帯林、南斜面が常緑の照葉樹林、そして山頂付近は中間温帯林と呼ばれるモミやツガなどの針葉樹林になっています。今の時期なら、当然北斜面でしょう!と、思ったら、なんと北斜面を通る自然研究路4号路は吊り橋が落ちていて閉鎖。えーーーーーーん。やむを得ず南斜面の3号路を歩きました。もっとも、照葉樹林といってもほぼ北限に位置しているので、落葉樹も多かったのですが。ホオノキのでかい葉っぱがたくさん落ちてました。夏場とか秋の初め頃は葉が鬱そうとおい茂っているので、森の中で写真を撮ろうとしても暗くてどうしようもないのですが、今はだいぶ葉が落ちているので、林内も明るく、写真も撮りやすかった。もっとも、例によって私は未だにフィルムのカメラを使っているので、まだ写真をアップすることはできません。しかしですね、じつは昨日の晩夜11時半頃から10kmほど走って(走り終わったときには日付が変わっていた)で、今日は高尾山。たいした山じゃないけど、表参道を歩いている間は上りも下りも猛ダッシュだったので、結構疲れたようです。帰りの電車は爆睡でした。で、新宿について電車を降りようとしたら、腰が痛い・・・・・・。どこかでひねったのかなあ、下りで半分走りながら降りたのがいけなかったのかなあ、よく分かりませんが、やっぱり年ですねえ。----話は変わりますが、案内板を見ながら登っていて気がついたのですが、高尾山にはイノシシがいるのだそうですね。今までに何十回か登ったけれど、イノシシに出くわしたことはないなあ。昨日の記事で、今の日本に生き残っている大型哺乳類は5種類と書きましたが、このうち、ツキノワグマだけは野外で出くわした経験がありません。それ以外の4種には、一通り会っているのですが、ただイノシシは1回しか会ったことがありません。あまり高い山に住んでいる動物ではないからでしょうか。でも、出会ったのは雲取山のかなり上部、1500mより上でしたけれど。カモシカとニホンジカは、何回も出会ったか、数えるのが面倒。カモシカは一度、北八ヶ岳の、夜明け直前の暗い森の中で、目の前(5メートルと離れていませんでした)で鉢合わせしたことがありました。お互いに棒立ち、金縛り状態で、しばらくにらみ合っていました。暗かったので、私は一瞬「クマだ!」と思ってしまったのです。冬だからピッケルを持っていたけど、まだ樹林帯で斜度のないところだったからザックにくくりつけた状態。「ヤバイ、ピッケルを取り外さなくちゃ」と思いつつ、シルエットをよく見たら、「あれ、クマに角なんてあったっけ・・・、ないよな」もっと早く気付って話ですが。で、しばらくにらみ合った後、「そうだ、写真」とカメラを取り出そうとした瞬間、お互いの視線が外れた瞬間、カモシカはすっ飛んで逃げていってしまいました。それ以降も、20~30メートルの距離なら何回か見たことがあるけれど、あんな至近距離はそのときだけです。あれがクマだったら、非常にやばかったかも知れません。ニホンジカ(エゾジカ)は、北海道に家族旅行に行く度に出くわしました。特に知床にはうじゃうじゃいた。泊まっていた宿の近くの公営住宅(団地)の敷地内に何頭もうろついているのを見て、「エゾジカの激増ぶり」を実感しましたね。奈良のシカじゃないんだから。ところで、私はここに名を挙げた動物たちに襲われたことは一度もないけれど、それ以外の野生動物に襲われたことがあります。一つはニホンザル。小学校4年か5年の時、家族で伊豆に行って、ハイキング中にサルの群れと遭遇したのですが、奴らは人間が持っている荷物の中に食べ物があるということを知っているのです。で、背の低い子ども(私と弟)が狙われました。小学生だと、サルが立ち上がると結構胸元くらいの高さまで来るのです。もっとも、リュックサックだったので取られませんでしたけど。あとの一度は、北海道の大雪山で、なんとスズメバチに追いかけられて必死で逃げました。比較にいた人の肩に止まったら、がぶりとあの凄いあごでかみついて、白いTシャツがあっという間に血で真っ赤に。ひえ~~。でも、後で考えると、噛むばかりで刺さなかったから、オスだったのかも。それとは別に、仕事関係の旅先で、窓の開いた部屋に同僚が荷物を置いておいたら、その中にキイロスズメバチが入り込んでいたことがあります。で、同僚がタオルを取ろうと荷物に手を入れた瞬間に、パチッと刺されました。私の荷物じゃなくてよかった!!と思いました。
2010.11.27
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http://www.asahi.com/eco/TKY201011260260.html捕獲クマ処分する?しない? 実態見えず調査法見直しも各地でひんぱんに人里に出没して人や農作物に被害を与えたツキノワグマが、冬眠シーズンを迎える。捕獲されたクマをめぐっては、殺処分にすべきか山に放すべきなのか、自治体や地域住民、保護団体の間で対立や論争が起きた。背景には、そもそも生息数が増えているのか減っているのかもよくわからない実態がある。大量出没を受け、調査方法を見直す自治体が増えてきた。 「捕ったやつはとにかくもう放さんでくれ。お願いじゃけ」。岡山県美作市で17日に捕獲されたツキノワグマを見ながら、近くに住む男性(82)は視察に訪れた安東美孝市長に詰め寄った。クマの右耳には、1度捕獲されたことを示すピンク色のタグがついていた。岡山県は、これまで目撃情報などから県内のクマ生息数を10頭前後と推定。「絶滅危惧(きぐ)種」に指定して、捕獲しても殺処分せず山中へ放す方針を守ってきた。だが、今年に入って捕獲されたクマは40頭を超えた。相次ぐ捕獲に住民の間に「農作業中に襲われたらどうするんだ」との不安が強まった。これを受け美作市は周辺町村とともに岡山県に対策を要望。県も「人里近くに再度出没した場合は、原則として殺処分の対象とする」と方針転換せざるを得なくなった。ただ、17日に捕まったクマは、「1度目に出没した地域が人里近くではない」との理由で山中に放された。県は「人里近くに2度出たという基準にあわないのに処分したら、保護団体などへの説明がつかない」という。捕らえたクマを殺処分すべきか放すべきか――。自治体と住民、動物保護団体の対立は各地で起こっている。背景には、クマの生態や生息数が十分にわかっていないことがある。生息数調査は各自治体にゆだねられているが、財政上の理由から調査していなかったり、推定した生息数の最小値と最大値が2倍以上かけ離れていたりする自治体も少なくない。朝日新聞が各自治体の推計を集計したところ、最低約1万6千頭から最大約2万6千頭と大きな幅があった。生息数が少ない16都府県は「絶滅危惧種」などに指定している。また、今年度当初で18府県が鳥獣保護法に基づき、任意にクマの「特定保護管理計画」を定め、うち15府県で生息数の中間値の12%を目安に捕殺できる上限数を決めている。(中略)人間とクマの共生をめざす日本クマネットワーク代表の山崎晃司・茨城県自然博物館首席学芸員は「あいまいな生息数調査を基にした対応は場当たり的だった。大量出没を繰り返さないために、実態に合わせて毎年調査する必要がある。科学的な根拠のない感覚的な対立が目立ったクマの増減について、地域ごとに冷静に見ていくべきだ」と話している。---------------昔々のその昔、今から約2~3万年前、最終氷期の日本には随分様々な大型哺乳類がいました。マンモスとナウマンゾウという2種類の象(マンモスは北海道に、ナウマンゾウは日本全国に)、トナカイ、ヘラジカ、ヤベオオツノシカ、バイソン(ハナイズミモリウシ)などの大型草食獣に加え、トラとオオヤマネコ、オオカミ、ヒグマ(最終氷期にはエゾオオカミとヒグマも本州まで分布していた)などの化石が各地で発見されています。しかし、最終氷期の終わり頃までに、そのほとんどが絶滅しています。わずかに生き残った大型獣のうち、オオヤマネコは縄文時代に、オオカミ(エゾオオカミとホンドオオカミ)は100年ほど前に絶滅し、今の日本で生き残っている大型獣は、ニホンジカ・ニホンカモシカ・イノシシ・ツキノワグマ・エゾヒグマの5種類だけになりました。(海獣類は除く)ところが、たった5種類だけになった大型哺乳類ですが、このうちの草食獣3種(ニホンジカ・ニホンカモシカ・イノシシ)は、近年急激に増加していると言われています。ニホンカモシカは、一時は全国で生息数3000頭と言われるところまで減少し、絶滅寸前でしたが、現在は数万頭まで増えているようです。ニホンジカも増えており、特に北海道亜種のエゾジカは急増しているようです。それとともに、草食獣の急増による弊害、つまり食害も増えてきました。シカやイノシシが人間の世界に出てきて田畑を荒らすようになったというのもその一つの側面ですが、それだけではありません。紀伊半島の大台ヶ原には、日本で最南端のトウヒの天然林がありますが、これがシカの食害で樹皮を剥がれる、実生を食べられるなどによって大きな打撃を受けています。南アルプスでも、高山帯にニホンジカが入り込んで、高山植生を丸裸にする事態が進行しつつあります。大型獣とは言い難いので上記に名を挙げませんでしたが、ニホンザルによる食害もかなり目立っています。もちろん、そのような事態に至った原因は必ずしも草食獣の個体数増加のみとは限らず、他にも色々な原因はあるでしょうが、しかし最大の原因は個体数増加であろうと私は思います。では、何故シカやカモシカ、イノシシなどが増えているのか。それも理由はいろいろありますが、その主要部分は「捕食動物が減った」ということだろうと私は思います。江戸時代までの日本には、オオカミがいました。オオカミはほぼ完全な肉食獣で、シカやカモシカ、イノシシなどのも捕食します。(もちろん、そんな大物ばかりを食べていたわけではないでしょうが)ところが、そのオオカミは明治時代に絶滅してしまった。しかしちょうど上手いタイミングで、今度は人間がオオカミの代わりを務めるようになりました。江戸時代には少なくとも公には狩猟ができるのは一部のマタギと武士に限られていましたし、銃の所持も厳しく制限されていましたが、明治以降は誰でも狩猟ができ、猟銃も持てるようになった。大型獣には大きな狩猟圧がかかり、数を減らし続けました。その状況は戦後1970年代まで続いたのですが、1980年代以降狩猟人口は減り続けています。つまり、大型獣の捕食者としての人間が急減してしまったわけです。ヒグマやツキノワグマも大型獣を襲わないわけではありませんが、クマは雑食性で、食べ物に占める動物質の割合は、そんなに高くないようです。それでもシカやイノシシをまったく食べないわけではありませんが。もしもクマまでいなくなったら、これら大型草食獣を捕食する動物は皆無です。そうなってしまったら、生態系のバランスは大きく歪んでしまいます。かつて米国の自然保護区で、シカやカモシカなどの草食獣を保護しようと、ピューマやオオカミなどの肉食獣を大規模に駆除したことがあります。その結果、一時的には草食獣が増えたのですが、増えすぎて植生を破壊し、食糧がなくなって一転して急減すてしまったそうです。(昔読んだ話で、手元に文献がないのでうろ覚えですが)確かにクマは怖い動物です。(前に記事に書いたことがありますが、私は知床の羅臼岳登山中に、ほんの40~50mの至近距離でヒグマと鉢合わせしたことがあります)でも、クマをどんどん駆除してその地域から根絶やしにしてしまったら、シカやイノシシの食害から田畑を守るものもいなくなります。代わりに人間が駆除しようにも、狩猟人口は減少しているのですから、無理な相談です。あちらの危険を排除すれば、こちらの危険が増大する。難しい問題ではありますが、単純にクマを駆除せよというのは長期的な視野に立つと、合理的な解決とは言い難いと思います。絶滅したオオカミを再移入すべきだという意見もあります。私も、それは検討に値する意見だと思っています。ただし、オオカミは人間を襲うこともある、そのリスクも考慮した上で判断すべき問題ですけれど。
2010.11.26
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何回かの記事で私は仙谷官房長官の「暴力装置」発言を断固として擁護すると書きました。その考えは、現在もまったく変わっていません。ただし、私は「暴力装置」発言を(その文脈と言いたいことを)全面的に擁護するものの、全体としてみたら、菅内閣をとても支持は出来ません。そして、菅内閣の一員である仙谷官房長官も、もちろん支持できません。菅内閣の何が問題かというと、確固たる主義主張が何も見えないという点が一番大きいのではないかと私は思います。鳩山内閣は、ともかく主張の内容は見えたし、その主張内容は私にとって大筋で支持できるものでした。それを、たいして努力もせずに放擲してしまった点は許し難いですが、ともかく広げた大風呂敷の中身はよく分かった。しかし、菅内閣には、それが見えません。鳩山内閣の失敗に懲りて大言壮語しないように気をつけているのかも知れません。でも、大言壮語でなくても、もっと理念を語るべきではないのかと私は思います。もともと、菅内閣を積極的に支持する人って、私は見たことがないのです。たとえば、首相の座を争った小沢一郎には、明らかに熱狂的な支持者がいます。それに倍する熱狂的な小沢嫌いもいるけれど。自民党政権時代を振り返っても、小泉、安倍、麻生には、やはり熱狂的支持者がいた。ま、安倍や麻生を支持する連中というのはどうしようもないネットウヨクばかりではありますけれど。しかし、菅直人には熱狂的支持者はいない。自民党政権よりはマシだから、小沢一郎よりはマシだからという、消去法的理由で支持されているというのが実態だろうと私は思います。そういう意味では、自民党政権時代で言うと福田内閣に似た一面があるように思います。それが最近の右往左往ぶりによって、誰からも消極的支持から誰からも愛想を尽かされに変わりつつあるのが現在の状況ではないでしょうか。もともと、ネットウヨク連中は、「民主党」という名前に条件反射のように「サヨク」「反日」「嫌い」と凝り固まっています。彼らにどんなに媚びを売ったところで、民主党に振り向いてなどくれません。では、菅内閣は左翼なのか?そんなバカげたことを信じているのは、ネットウヨクと自民党極右派の一部だけに過ぎません。どこからどう見ても、菅内閣は左翼なんかではない。自他共に認める左翼の一員である私も、現在の菅内閣を支持することなんか、とうていできません。共産党からも支持されていないし、連立を離脱した社民党からも支持されていない。では民主党支持者はどうなのかというと、小沢支持者は一般に菅直人を猛烈に憎悪しています。共産党より社民党より、小沢支持者の菅憎悪が圧倒的に一番強いかも知れない。つまり、結局菅は誰からも嫌われている状態ということです。人々の注意を引くような政策を提起していないので、支持する人はいない。政策が首尾一貫していないので、対立する二つの陣営のどちらからも支持されない。これでは、もうどうしようもありません。私は、むしろこのどうしようもない菅内閣の中では、仙谷官房長官はまだしもマシな部類だと思っています。支持できる実績も皆無ではありませんし。だけど、首相よりも官房長官が主導権を握っていることがありありと見えてしまう(陰では、そんな内閣は今までにいくつもあったでしょうが、ここまでそのことを露骨に官房長官優位を見せつけてしまった内閣が今までにあったでしょうか)ようでは、「首相なんかいらないじゃん」と言いたくなります。それにしても、菅も昔から庚だったわけではないと思うのですが、厚生大臣当時、薬害エイズ問題で発揮したあの指導力はどこに行ってしまったんだろうか、摩滅してしまったんですかね。
2010.11.25
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http://www.asahi.com/international/update/1123/TKY201011230273.html北朝鮮が砲撃、韓国軍の2兵士死亡 島民含む19人負傷韓国国防省によると、北朝鮮南西部の黄海南道に駐屯する北朝鮮軍が23日午後2時半過ぎから、韓国の大延坪島(テヨンピョンド)やその周辺海域を断続的に砲撃した。同日午後3時40分ごろまでに数十発の砲弾が撃ち込まれ、韓国軍に死者2人、重軽傷者16人の被害が出たほか、民間人が少なくとも3人負傷した。韓国軍も応戦措置として対岸の北朝鮮軍陣地に砲撃80発を加えた。 (以下略)----------------何というか、瀬戸際外交ここに極まる、というか、大砲をぶっ放してしまったのでは、すでに瀬戸際から転落しているように思えます。どういう計算と勝算で、こういう行動に至ったのかがさっぱり理解できません。少なくとも純軍事的に見れば、北朝鮮は米韓軍に対して圧倒的に劣勢です。特殊部隊の奇襲攻撃で、一瞬だけ優勢を確保できたとしても、米韓軍が体勢を立て直して反撃に出たら、敗北は確実です。別の報道によると、現地上空では北朝鮮軍のミグ23と韓国軍のF15・F16がにらみあったようです。引用した記事の時点では死者2名となっていますが、その後民間人2人の遺体が発見されたと報じられており、死者は4人に増えています。飛行機の性能で言えば、ミグ23とF16は似たようなものでしょうが、F15はミグ23より圧倒的に高性能。パイロットの練度も加えて考えれば、韓国側が一方的に優勢でしょう。それにしても、空軍機まで出動したということは、偶発的とか現地部隊の暴走ということはあり得ないということです。相当な上層部の判断による行動でしょう。まあ、北朝鮮が全面戦争の覚悟でこんな暴挙に及んだとは考えにくいものがあります(そんなことをすれば最終的に現体制は倒壊する)。どんな損得勘定と勝算でこんな蛮行に至ったのか、さっぱり理解できません
2010.11.24
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http://www.asahi.com/showbiz/music/NGY201011210024.html使用済みのギターの弦、引き取ります 三重の楽器商組合要らなくなったギターの弦ありませんか――。三重県楽器小売商組合が、使用済みの弦の回収に乗り出している。「楽器店ができるエコ活動」として業界全体に広げていきたい考えだ。呼びかけているのは、同県四日市市諏訪栄町にあるコスモ楽器の北川浩社長(45)。ギターの弦は、金属ゴミとして各自治体が定める方法で処分しなければならない。ところが、北川さんが客に聞くと、ほとんどが正しい捨て方を知らなかったり、燃えるゴミに混ぜて捨てたりしていたことがわかった。「環境や貧困をテーマに歌っていても、弦の正しい捨て方ができていない。リサイクル価値も高い金属なので、何かに生かしたかった」と北川さん。店頭で回収しようと、ブログやツイッターで呼びかけたところ、九州で弾き語りをしている人やプロのギタリストからも反応があり、「宅配便で送ってもいいですか」という連絡もあった。使用済みの弦は、三重県内の組合の加盟楽器店10店舗ほどで回収していて、コスモ楽器ではこれまでに約3キロ集まった。一定量が集まり次第、リサイクル業者に持ち込んで換金し、福祉施設に楽器を贈ることなどを検討している。北川さんは「いずれは全国の楽器店での事業にしていきたい」と話す。コスモ楽器では今後、使用済みのドラムのスティックを回収することも計画中だ。問い合わせはコスモ楽器(059・351・2268)へ。----------------うーーーーん、つい10日ほど前に弦を張り替えて、前の弦は捨ててしまいました。ギターの弦が金属ゴミというのは、フォークギターの話でクラシックギターだとナイロン弦は燃えるゴミでいいのですが、半分はやっぱり金属。確かにもったいない話ではあります。ただ、場所が三重ではさすがに使用済みの弦を送るのも・・・・・・。東京でもそういう楽器屋さんが出てくればいいのですが。だけど、私のギターは前に弦を張り替えたのが今年の2月。全然張り替えていなかったので、2ヶ月くらい前の練習のときに、茶色くなった弦をフルート用のシルバーポリッシュで磨いてみました。弦はきれいになったけど、シルバーポリッシュがあっという間に真っ黒に・・・・・・(普通、そんな使い方はしないですね)ということは、私はあまり弦のゴミを排出していないのかも。しかし、よく考えてみると、それでも、一応はちゃんとメンテナンスをしている弦楽器は、このギターだけなのです。一時期何年もギターに触っていない期間があったのですが、最近は頻繁に弾いているので、弦もあまり長期間張り替えないで放っておくことはありません。(と、言いつつ今回は9ヶ月も張りっぱなしでしたけど)それ以外の弦楽器は、まるっきりメンテナンスをしていません。少し前の記事に書いたように、相棒のギターの弦も先週張り替えたけれど、結婚以来8年間で弦を張り替えたのは初めて。チャランゴは、平均すると7~8年に1回しか弦を張り替えていません。直近は、確か去年張り替えたんじゃないかな。↓写真下がチャランゴ、上はロンロコロンロコ(大型チャランゴ)は1994年に購入して以来、弦を張り替えたのは2回だけ。最初に張り替えたときはロンロコの弦がどこで入手できるか分からなくて、釣り糸を張りました(購入時に張ってあったのも、多分釣り糸)。10年以上経って、あるときロンロコを実際にステージで使う必要が生じたので、使い残した釣り糸を引っ張りだしてみたら、すでに劣化していて、表面がざらざら。こりゃダメだとインティ工房に相談したら、ロンロコ専用弦を送っていただきました。そうしたら断然音がいいし、ビリつかない。釣り糸とはえらい違いです。でも、それもすでに2年前の話です。マンドリンは2001年に購入して以来、一昨年初めて弦を張り替えました。実は、ボリビアでマンドリンと一緒に交換弦も買ってきたのですが、いざ張り替えようとしたら、やはり劣化していて、巻いているうちにバチバチと全部切れちゃった。缶に乾燥剤と一緒に保管していたのに・・・・・。仕方がないので楽器屋でクラシック用のマンドリン弦を買ってきたのですが、ギターの弦より高い上に、普通のマンドリンは複弦(1コース2弦)ですが、ボリビアのマンドリンは三複弦(1コース3弦)なので、弦が2組必要なのです。↓ボリビアのフラットマンドリン。普通のマンドリンは8弦ですが、これは12弦3年ほど前にバイオリンを購入しましたが、バイオリンの弦も一度しか替えていません。バイオリンの弦も高いですね。ギターの弦はプロアルテを使っているので、バイオリンもプロアルテの弦を買ったのですが、ギターは6本入りの3組セットで2000円ちょっと(1組約700円)なのに、バイオリンの弦は4本しかないくせに1組5000円近い!それでも、他のメーカーに比べるとプロアルテはかなり安価だったのですが。↓バイオリンそれに比べると、管楽器は弦を張り替える手間がないからその点は楽でいいです。フルートは時々調整が必要ですが、ケーナ・サンポーニャはそれもいらない。
2010.11.23
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一昨日の記事で、「暴力装置」発言について書きましたが、改めて世耕と仙谷のやり取りを読んで思うのですが、世耕は、とにかく自衛隊員を批判するような言動は一切許さない、「現場で頑張っている」自衛隊員のために謝れ、という言い分です。まあ、そのことの是非はともかくとして、自衛隊員は国家公務員です。ところが、公務員一般に対してもっとも激しく非難攻撃してきたのが自民党です。2005年の郵政解散など、その威力で大勝を収めたと言ってもいいのではないでしょうか。当時の自民党の政権公約を見ると、「脱・役人天国」「役人の無駄づかいの温床」などの言葉が踊っています。言うまでもなく、当時の自民党は与党です。与党でありながら公務員を非難していたわけです。ということは、与党が自衛隊を「暴力装置」と非難する(その言葉は非難だと彼らは思いこんでいる)ことは許されないが、与党が公務員一般を「役人天国」と非難することは許される、というか自ら先導してそういう非難を繰り広げるべきだと、そう自民党は思っていることになります。だけど、「現場で頑張っている」のは、仕事をしている人ならみんな同じでしょう。民間企業で働いている人だって、公務員だって、もちろん警察や自衛隊も、みんな現場で頑張っている。「いや、公務員は怠けている」と自民党は言うのでしょう。でも、それが事実かどうかはともかく、自衛隊だって同じことが言えるはずです。自衛隊だって役所なんですからね。それに、なんのかんの言っても、幸いなことに自衛隊は戦後一度も戦争に参加したことはなく、戦死者は出ていません。だから、今までのところは(今後は分からないけれど)命の危険がもの凄く高いというわけではありません。何だか、非常に矛盾した話です。というか、ご都合主義的と思ってしまいます。「役所のことを役人天国とおっしゃいました。これ、現場の公務員のためにも、きちっと撤回と謝罪をしてください。」とは、自民党は絶対言わないんだろうなあ。
2010.11.22
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YouTubeに新しい録音をアップしました。ロサーノのサンバアルゼンチン・サンバの有名曲です。前半はケナーチョ→ケーナ、後半はフルートで演奏しています。ケナーチョとケーナの持ち替えは、この曲の場合実際にはこんなに素早くはできません。多重録音の恩恵で、別録りしたものを貼り合わせています。でも、最後の音が片手で押さえられる音(ケーナならドからファ♯まで)のロングトーンで終わる場合は、吹きながら片手で次の楽器を持つので、かなり瞬時の持ち替えが可能です。それでも、まあ1秒はかかるかな。ギターは、弦を張り替えた翌日に録音したので、音がいいです。低音がいつもより重厚な響きのような気がします。アルゼンチンのサンバは、本来ケーナやチャランゴなどのアンデスの楽器はあまり使わないので、私もだいたいフルートで演奏するのですが、この曲に関してはケーナでも合う曲なので、ケーナとフルートとミックスしてみましたが、前半と後半どちらの方が良いかなあ。以前にも、一つの前半をフルート、後半をケーナで録音したことがあります。そのときと使っている楽器はまったくおなじなのですが、当時はフルートとケーナのピッチがかなり違い(ケーナのピッチは若干低く、フルートのピッチはちょっと高かった)、フルートからケーナに変わった瞬間、とても調子外れっぽくなってしまいました。テルーの唄この録音から1年半ほど経って、今ではフルートとケーナのピッチの差はほとんどなくなったように思います。ケーナは吹きこなせないうちはピッチが上がらないものですが、フルートは逆に初心者は音程が高くなることが多いようです。実は、サンポーニャもフルートと同様で、ちゃんと吹けないと音程が上がります。だから、ケーナとサンポーニャではそのあたりの特性が真逆になるわけです。まあ、サンポーニャは、音程が低ければ削るか米粒を放り込めば良いのですが。(削るのは削りすぎが怖いので、私は米粒を愛用してます)この録音の当時、このケーナはまだ購入後間もなかったため、ところどころ音程が上がり切らないところがあったし、逆にフルートの音程は高かった。頭部管を1cmも引き出して吹いているのに、ピッチ440ではチューナーの針がはるかに上に振り切れていました。今は5mmか6mmくらいしか引き出していないけど、(最近チューナーで計っていないので、正確には分かりませんが)ケーナと合わせてもそんなに違和感がない。(もちろん、厳密に言えば、そりゃあいろいろと・・・・・・)一つには、以前は超外吹きで、頭部管をものすごく外側に回していたのですが、その後外吹きと内吹きの中間(よりは外吹き気味)くらいの吹き方に変えたことが大きな理由でしょう。外吹きであればあるほど音程は上がりますからね。
2010.11.21
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一昨日の記事にも書きましたが、改めて整理します。参議院予算委員会での一連のやりとりは、以下のとおりです。世耕弘成議員 今の結果、表現の自由、国民の自由に発言する権利、自由に集会を開いてイベントを開く権利を制限をする通達をですね、まったく中身を十分理解しないまま、今聞いても聞く度に言うことが違う、で最後は省内で協議したから、こんな省令を出すような大臣を私は認めることはできない。で、もう一つ大きなことを聞かせていただきます。先ほどから金科玉条のように自衛隊法61条をおっしゃっています。これは、国家公務員法にもまったく同じ規定があります、地方公務員法にもあります。国家公務員法第102条、事実上自衛隊法61条の隊員を職員と読み替えただけの法律です。国家公務員にも、政治的行為は当然規制をされているんです。官房長官、どうお考えでしょうか。仙谷官房長官 えー、あの、今102条に同じ規定があるということを、おっしゃられたわけでございますが、突如ご指名いただきましたので確認してからと思って、今ここに立っております。確かに61条と102条は、同じであります。ただ、政令で定める政治的行為、この中身をですね、あの、人事院規則で定める政治的行為に102条の方はなっておりますので、自衛隊法施行令86条、87条と人事院規則、これが政治的行為の、まあ個別特定ですね、これが同じかどうかは今のところ詳細には確認できておりません。世耕 これ法の精神としては、国家公務員も地方公務員も自衛隊員も、学校の先生も、まったく同じ精神ですよ。これ国家公務員で自衛隊と同じ精神で規制をされているということは、じゃあ霞ヶ関の庁舎内においても、こういう入間で挨拶されたような人は呼ばないということでよろしいんですか。仙谷 今、法の精神と言われました。で、公務員という世界では、同じように政治的な中立性が求められると思います。そして更に、暴力装置でもある自衛隊、まあ、ある種の・・・・・・ある種の軍事組織でもありますから・・・・・・軍事組織でもありますから、これはシビリアンコントロールが効かなければならないと、それから、まあ戦前の、戦前の経験からしまして、決して・・・・・・じゃあ実力組織というふうに訂正させていただきます、実力組織でありますから・・・・・・実力組織でありますから、これは特段の政治的中立性が確保されなければならないということだと思います。これは、これは新解釈じゃありません。やっぱりこれは、戦前の経験を、いわゆる軍国主義という経験をして、その中で、中からも外からも、非常にある種の政治性の強い働きかけや、あるいはその行為に、それに呼応する動きが出てきて、あのようなことになったわけでありますから、特に実力そ、実力組織としてはですね、実力組織としては、より念を入れた特段の政治的中立性が保障されるべきだと、そのために、一般の国家公務員ではここまでだということであっても、関与を疑われるような行為も、やってはならないと、あるいはそれに巻き込まれるようなことにならないように注意してくださいよ、と、こういう通達だと思います。世耕 ちょっと議事録に残す必要があるので、自衛隊のことを暴力装置とおっしゃいました。これ、現場の隊員のためにもきちっと撤回と謝罪をしてください。仙谷 あの、そのとおり、撤回をして実力組織と言い換えます。世耕 謝罪、謝罪、謝罪も求めた、謝罪も求めた、謝罪も求めた。・・・・・・撤回だけじゃなくて謝罪もしてください。仙谷 あの、法律上の用語としては不適当でございましたので、自衛隊の、自衛隊の皆さんには、謝罪をいたします。世耕 このようにですね、表現の自由に関しても解釈が滅茶苦茶だと言うことが、はっきりしました。自衛隊を暴力装置としてみている、こういうことも分かりました。-------------改めてこの一連のやり取りを聞いて、仙谷官房長官が間違ったことを言っているとは、まったく思いません(このやりとりの範囲内に関しては、です)。私は、私的空間においては、公務員の政治的活動の自由はある程度保障されなければならないと思っています。私的空間(つまり、勤務外においては、です)現在の国家公務員法、地方公務員法、自衛隊法の政治的行為への規制は、強すぎると思っています。ただし、それは勤務外においての話です。問題となった事件は、航空自衛隊入間基地の航空祭祝賀会において、自衛隊協力団体の会長という人物が「一刻も早く菅政権をぶっつぶして、昔の自民党政権に戻しましょう。民主党政権では国が持たない」という趣旨の発言をしたというものです。航空祭というのは、私的な会合や親睦会ではなく、「まつり」とは言え航空自衛隊という公的機関が主催する公式な行事です。いくら発言主体が外部の一民間人でも、そのような場で上記のような発言は問題でしょう。世耕は、「じゃあ霞ヶ関の庁舎内においても、こういう入間で挨拶されたような人は呼ばないということでよろしいんですか。」と言っていますが、当たり前でしょう。庁内で行われた私的な会合とか、親睦会だというなら話は別ですが、官庁が公式に開催する行事の場で「現政権をぶっ潰せ」などという挨拶があり得ると思っているのでしょうか。世耕議員は、では自民党政権に戻ったら経産省や農水省や外務省が主催する公式なイベントで、外部の来賓が「自民党政権をぶっ潰せ」と挨拶しても構わないと、そう認めるのでしょうか。結局のところ、自分たちにとって都合の良い言論は守りたい、都合の悪い言論は排除したいと、そういう話に過ぎないのではないでしょうか。自衛隊を「暴力機関」と読んでも、自民党の石破が言えば特に非難せず、民主党の仙谷が言うと非難する、というのも、同様であるように私は思います。そして、まさしく仙谷官房長官が言うように、自衛隊は暴力組織であるが故に、一般の公務員よりなお一層の政治的中立が求められる、これまたあったりまえの話です。霞ヶ関で権勢をふるう財務省のキャリア官僚といえども、拳銃や小銃を携行することなど認められていません。警察や海保、自衛隊にはそれが認められている。それは、まさしくこれらの組織が国家の合法的な暴力装置だからです。警察が暴力装置でなかったら、拳銃を振り回す犯人をどうやって制圧するんですか?自衛隊が暴力装置でなかったら、どうやって敵を撃退するんですか?他の公務員にはない権限(人を殺傷する能力)が与えられているが故に、他の公務員にはない制約も課されている、これまた当たり前の話です。前述のとおり、外務省や経産省の公式行事で時の政権を「ぶっ潰せ」とブチ上げることだって充分に問題ですが、自衛隊の場合は他の省庁とは違う意味合いがある。それは物理的に政府を転覆できるだけの実力を自衛隊は持っているということです。「おまえなんか死んでしまえ」なんて言葉でも、一般人が言うのと、医者が患者に対して言うのでは、重大性がまったく違う。従って、ここに引用した範囲内において、仙谷官房長官は、話の筋においても、使った用語についても、間違ったことはほとんど言っていないというのが私の考えです。唯一「軍事組織」というところだけが引っかかる。(前の記事で書いたとおり)ただし、ここに引用した以外の部分となると、話は別です。前の記事にも書いたように、「政治的な発言はダメ」という通達には、とても賛同できません。それは、あまりに曖昧として恣意的に解釈できてしまうからです。問題の人物は、夕刊フジの取材に対して、「自民党政権時代も、民間人の立場で、自衛隊や、当時の政治に対する思いのたけを述べてきた。さんざん苦言や文句も言ってきた。」とのたまっているそうです。しかし、確認したわけではありませんが、この人物は自民党政権時代に「自民党政権をぶっ潰せ」とか「○○内閣をぶっ潰せ」などという挨拶はしたことがないだろうと私は確信しています。おそらくは、彼が過去に言ってきたという「苦言」や「文句」というのは、「自衛隊をもっと増強しろ」とか、「中国に対して毅然とした態度を取れ」とか、「有事法制を実現しろ」とか、「日本の誇りがどうこう」とか、昔なら「ソ連は脅威だ」とか、「北海道にソ連が攻めてくるぞ」とか、そういう内容であろうことは、容易に想像できます。もちろん、このような発言だって立派に政治的発言ですし、私にとってはまったく賛同できない主張です。しかし官公庁の公式行事の中で語られる言葉としては、「内閣をぶっ潰せ」とは質的にまったく違う。しかし、「政治的発言は全部ダメ」という通達では、そういった区別もなく全てが「政治的発言」として排除されるでしょう。それはやり過ぎというものですし、来賓の挨拶が面白くも何ともないものばかりにならざるを得ないでしょう。(もともと、来賓挨拶なんて面白くも何ともないものだと言われればそれまでですが)ですから、私は前の記事にも書いたように、「政治的発言」などという曖昧・恣意的に解釈できるものではなく、「民主制度に相反する言動、文民統制を侵す言動、クーデターを煽動する言動」をする者は発言させないように、と、より対象を限定すべきであると思うわけです。
2010.11.20
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101118-00000060-jij-pol「自衛隊は暴力装置」=直後に撤回、謝罪―仙谷官房長官仙谷由人官房長官は18日午前の参院予算委員会で、自衛隊について「暴力装置でもある」と述べた。質問者の世耕弘成自民党幹事長代理の抗議を受け、直後に発言を撤回したが、野党から批判が強まりそうだ。発言は、防衛省が関連行事の来賓に政治的発言を控えるよう求める通達を出したことに関する質問への答弁。仙谷長官は「公務員の世界では、(言動に)政治的中立性が求められる」と指摘、「暴力装置でもある自衛隊、軍事組織でもあるから、シビリアンコントロールが効かなければならない」と語った。これに対し、世耕氏は発言の撤回と謝罪を要求。仙谷長官は「不適当だった。撤回して実力組織と言い換える」と述べた。-------------------------謝罪するところが違うだろう!と言いたい。「暴力装置」は、当たり前の事実を当たり前に言っただけなのに、何でそれを撤回してしまうのでしょうか。確かに、なんの修辞も言い換えもない、「むき出しの事実」を表現した、ある意味ではキツイ表現ではありますが、しかし政治学上の一般用語ですよ。マックス・ウェーバーの「職業としての政治」において(現物を読んだことはないのですが)、国家の定義とは合法的に暴力装置を独占していること、とされています。これは基礎的な社会学・政治学用語です。高校の現代社会か政経の教科書に載っていなかったかなあ、少なくとも大学の一般教養レベルでは習ったはずです。ここでいう暴力装置とは、何も軍隊だけではなく、警察もその範疇に含まれます。当然自衛隊や海上保安庁もそうです。政治学と縁のない一般国民が「暴力」という単語に反応して何となく反感を抱く、というなら分からなくはないですが、曲がりなりにも政治家を名乗る人々が、暴力装置という政治学用語も知らないんでしょうか。発言の撤回と謝罪を要求したという世耕弘成の学歴は早稲田大学政経学部卒だそうですから、マックス・ウェーバーも「暴力装置」という用語も、いくら何でも知らないはずがないのですが、もし知らないとしたら・・・・・・・・それが早稲田大学政経学部卒の、そして「国権の最高機関」に集う国会議員の知的水準だとしたら、日本の将来はあまりに暗い、暗すぎる。で、恥の上塗りをしているのがヒゲの隊長こと自民党の参議院議員佐藤正久。ツィッターで、こんなことを書いています。マックス・ウェーバーによる「暴力装置」とは「軍隊・警察は国家権力の暴力装置である。国家から権力奪還するためには社会の中に新たな暴力が組織化されなければならない」と暴力革命を是とし、国家は悪であるとの認識では?仙谷官房長官がこの考えであれば、マルクス主義から脱却していないの?-------------------------前述のとおり、私はマックス・ウェーバーの、「暴力装置」の語源となった「職業としての政治」は読んだことはありませんが、大まかな趣旨は先にリンクを張ったWikipediaの記事のとおりですので、佐藤正久のこの言い分がデタラメだということは分かります。付け加えるなら、マックス・ウェーバーは革命家でも社会主義者や共産主義者でもなく、むしろマルクス主義に対しては敵対的だったはずです。で、仙谷由人の発言に批判点がないかというと、そんなことはありません。ただし、それは「暴力装置」なんて言葉ではない。「暴力装置でもある自衛隊はある種の軍事組織でもあるから、シビリアンコントロール(文民統制)も利かないとならない」・・・・・自衛隊が暴力装置であることは事実ですが、「軍事組織」ではないというのが歴代日本政府の公式見解であったはず。いや、もちろん事実としては「ある種の軍事組織」というのは、まったくそのとおりなのですが、事実であればどこでも何でも口にして良い、というものでもありません。少なくとも政府の中枢にいる人間が国会でそれを言ったのでは、自衛隊は軍隊ではない、という公式見解はどうなるの。ところが、仙谷は「軍事組織」は撤回せず、「暴力装置」を撤回して「実力組織」に言い換えてしまった。撤回するところが違うだろう!!!ところで、この発言は、この事件を巡るやり取りの文脈の中で飛び出したようです。「政治的発言する人、行事に招くな」防衛省、幹部に通達防衛省が中江公人事務次官名で、政治的な発言をする団体に防衛省や自衛隊がかかわる行事への参加を控えてもらうよう指示する通達を、同省幹部や陸海空の幕僚長に出していたことがわかった。通達は10日付。「隊員の政治的中立性の確保について」と題し、同省や自衛隊が主催したり、関連施設で行われたりする行事に部外の団体が参加する場合(1)政治的行為をしているとの誤解を招くようなことを行わないよう要請する(2)誤解を招く恐れがあるときは、団体の参加を控えてもらう――の2点を指示している。きっかけとなったのは、今月3日に埼玉県狭山市の航空自衛隊入間基地で行われた航空祭。同基地を支援する民間団体「入間航友会」の会長が式典で、尖閣諸島沖での中国漁船の衝突事件の対応を取り上げ「一刻も早く菅内閣をぶっつぶして」「民主党政権では国が持たない」とあいさつした。これに民主党議員の一部が強く反発したため、防衛省の政務三役が通達を出すよう指示したという。-------------------------これは、二つの問題があります。自衛隊が公式に開催する行事において、外部から招待した来賓の挨拶とはいえ、このような発言が許されていいはずがありません。立場が逆で、何年か後に自民党が政権を奪還したときに、自衛隊の公式行事で「内閣をぶっつぶして」などと来賓が挨拶したら、それを認めるんですか?という問題です。まさしく、自衛隊は他の様々な行政機関と違い戦闘実力を持つ暴力装置です。それが、法の定めにより選挙で選ばれた政権に対して「ぶっ潰せ」などと発言することは、クーデターの煽動と言われても仕方がないでしょう。かつて、三島由紀夫は市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地で「決起せよ」と演説をぶった、それと何も変わりませんよ。ところが、それに対して、「政治的行為をするな」という、(自民党政権時代と変わらない)お決まりの通達。これはそれで問題です。なぜなら、「政治的行為」「政治的発言」なんていくらでも拡大解釈できてしまうからです。それこそ、「海外派遣でがんばってください」という挨拶だって、政治的発言と言えば立派に政治的発言です。そうではなくて、「民主制度に相反する言動、文民統制を侵す言動、クーデターの煽動は行わないように」と、対象を明確にした通達であるべきだろうと私は思います。とろこで、余談ですが、自民党の石破茂元防衛大臣も、「暴力装置」という言葉を使っているようですね。http://www.asahi.com/international/aan/hatsu/hatsu090414d.html破綻国家においてどうしてテロは起こるのかというと、警察と軍隊という暴力装置を独占していないのであんなことが起こるのだということなんだろうと私は思っています。国家の定義というのは、警察と軍隊という暴力装置を合法的に所有するというのが国家の1つの定義のはずなので、ところが、それがなくなってしまうと、武力を統制する主体がなくなってしまってああいうことが起こるのだと。--------------------------石破茂の主張全体に対する賛否は別にして、「警察と軍隊という暴力装置を合法的に所有するというのが国家の1つの定義」というのは、まったくそのとおり。この発言当時、石破は防衛大臣ではなかったけれど、農水大臣だったので、政府中枢の一員だったと言って良いでしょう。そしてもう一つ。http://afv.la.coocan.jp/index.php/2010/07/%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E3%82%92%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9A%E3%81%97%E3%81%A6%E5%B9%B3%E5%92%8C%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB/石破 そういうことですね。では、軍隊と自衛隊の違いを紐解きましょう。まず、国家とはなんだろうというところから考える必要があります。国家という存在は、国の独立や社会の秩序を守るために、暴力装置を合法的に独占・所有しています。それが国家のひとつの定義だろうと。暴力装置というのは、すなわち軍隊と警察です。日本では自衛隊と警察、それに海上保安庁も含まれます。--------------------------自民党内でも、石破茂の見識は、比較的まともな方と思います。それに比べると「暴力装置」という言葉に脊髄反射しているような連中ばかりが増殖している今の自民党のていたらくは、もはや落ちるところまで落ちろ、という感じです。そして、菅直人。彼も政治家なら「暴力装置」が政治学用語だということくらいは知っているだろうに。菅も仙谷も、何できちんと説明しないのか。
2010.11.18
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1週間ほど前の記事ですが・・・・・・・尖閣沖衝突事件 漁船の正体は人民解放軍の作戦行動尖閣諸島の漁船衝突事件は、YouTubeに動画をアップする人物が登場し、その後、第5管区海上保安本部・神戸海上保安部の主任航海士(43)が流出させたことを告白するなど、大きなニュースであり続ける。今回の流出により、事件のあらましが多くの国民に知られるようになったものの疑問が残る。果たしてあの漁船の正体はいったい何だったのか? 中国関連の著書多数の評論家・宮崎正弘氏がその可能性を探る。******************************この事件で目を引くのは、海上保安庁の船に体当たりをした漁船が、「トロール船」であったということだ。近海漁業とは異なり、トロール船は魚群を追いかけて遠洋に出る。当然、魚群探査機を積載する。これは中国の人民解放軍からすれば「レーダー」だ。中国ではいかなるレーダーも、軍の許可無くしては取り付けられない。とすれば、このトロール船は、軍部の許可を得た船、という結論が出る。導き出される可能性は2つ。【1】軍のカモフラージュだった。【2】軍の代理人として出航していた。どちらにせよ、これが人民解放軍の作戦行動だったことは明らかだろう。人民解放軍は、勝手に「第1列島線」を設定し、九州から、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島にいたるラインを作戦区域としてきた。このところの軍は、さらに野心を燃やし、伊豆諸島から、小笠原諸島、グアム・サイパン、パプアニューギニアに至るラインを「第2列島線」とし、そこへの進出を窺っている。実際、第2列島線へ艦や潜水艦を差し向け、しきりに訓練を行なっている。尖閣諸島事件は、おそらくその一環なのだろう。漁船を日本領海内に侵入させた場合、日本はどう動くのか。このシミュレーションを行なったのだ。(引用ここまで)-----------------いやー、かなり笑える記事です。> 魚群探査機を積載する。これは中国の人民解放軍からすれば「レーダー」だ。あの、魚群探知機ってレーダーなんですか?私は初耳なんですが(笑)電波は水の中を透過できません。だから、水中では音波を使います。というわけで、魚群探知機はレーダーではなくソナーです。旧日本軍の用語で言えば、レーダーは電波探信儀、ソナーは音波探信儀。こう書けば違いは一目瞭然でしょう。レーダーとソナーの区別もできないで、こんな記事を書くとはねえ。宮崎正弘というのは右翼系の評論家ですが、右翼系ならこんなレベルが低くても評論家稼業が出来るのか、というのが私の印象です。そして、更に笑える解釈はこちら。> このトロール船は、軍部の許可を得た船、という結論が出る。導き出される可能性は2つ。>【1】軍のカモフラージュだった。>【2】軍の代理人として出航していた。> どちらにせよ、これが人民解放軍の作戦行動だったことは明らかだろう。これも明らかにウソですね。仮にソナーとレーダーの違いはひとまず目をつむることにしましょう。中国において、レーダー(あるいはソナーも)が群の許可なく取り付けられない、という話が事実かどうかは、私は知りません。ただ、今の時代、いくら中国だって一般商船のほとんどはレーダーを装備しているはずですし、もちろん、民間航空の旅客機(エアバスやボーイング)は全てレーダーを装備しています。あたりまえですよね。それらの商船や旅客機も全て軍の許可を得ているんでしょうか。非常にマユツバくさい話と思うのですが、明確に否定できる根拠を私は持ち合わせていないし、問題はそこではありません。問題なのは、もし軍の許可を得ていたとしたら、それは「軍のカモフラージュだった。」あるいは「軍の代理人として出航していた。」という意味になるんでしょうか、という点です。ただ許可を受けただけで?それが事実なら、日々成田空港や関空に就航している中国国際航空やその他の定期航空便も、軍のカモフラージュか軍の代理人として人民解放軍の作戦行動を日々遂行していることになります。だって、前述のとおりレーダーを装備していない旅客機なんて絶対ありませんからね。成田や関空だけじゃありませんよ、自衛隊との共用空港である那覇空港、小松空港、滑走路は分かれているけれど自衛隊が管理している新千歳空港にも、中国の航空会社が就航しています。(那覇と小松は中国東方航空、新千歳はそれに加えて中国国際航空と中国南方航空)大変ですよ、中国人民解放軍が航空自衛隊の基地に対して日々作戦行動中ってことになります。妄想もここまで来ると立派です。いやー、中国漁船の電波探信儀より、宮崎正弘の電波発信機の方が怖いんじゃないか、と。
2010.11.18
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ずっと以前の記事で、私が持っている中で一番高価な楽器はフルートのムラマツEXと書いたことがあります。実は、ウソでした。いや、私が持っている楽器の中ではやっぱりこのフルートが一番高価なのですが、我が家の楽器という意味では、もっと高価なものがあることに気がつきました。それは相棒のギターです。まだ結婚する前、相棒がギターを始めたら、実家の家族が大騒ぎになったそうです。当初その話だけ聞いて、「音楽を始めただけで大騒ぎになるなんて・・・・・」と思ったのですが、後でそのギターの値段を聞いたら、納得してしまいました。そりゃ、今まで音楽をやっていなかった人間が、ある日突然そんな値段のギターを買って帰ったら、騒ぎにもなる。ちなみに、私のギターはメキシコに行ったとき買ってきたもので、270~80ドルくらいでした。当時のレートでは、3万数千円です。それでも、その工房(アグスティン・エンリケスという製作者)の中で一番高いものを買ってきたのですが、相棒のギターは、その10倍ほどの値段です。と、書けばいくらのギターか分かりますね。ああ、それなのに、そんな高価なギターは今、押し入れの中でひっりとしております。何ともったいない。何しろ結婚以来8年半の間に、1回しか弦を張り替えたことがないんですよ。笑っちゃいますよね、ウン十万のギターが泣くってものです。ところが、その相棒がまたギターを再開したいらしいんです。急に「弦を張り替えなくちゃ」と言い出しました。「うん、張り替えれば?」「・・・・・・・・」結局、私が張り替えることになりました。弦を張ってみて、さすが高価なだけのことはあるなと思いました。何年も使っていないのに、糸巻きが滑らかなこと滑らかなこと。私のギターは糸巻きがかなり硬いので、えらい差を感じます。でも、肝心の音色はというとですね。全くの初心者、しかも指に力のない女性用に、弦高が目一杯下げてあるんです。目一杯というか、それ以上に。特に高音弦の弦高が低い。私が弾くと、タッチが強すぎてビリつきます。開放弦ですら!単音でもそうですが、ストロークだと目も当てられません。弦高を上げなと、このギターは私には使えないようです。試しに録音してみました。弦はどちらもプロアルテのノーマルテンションです。相棒のギターは弦張り替え30分後、私のギターは張り替え3日後の録音です。つまり、どちらも張り替えたばかりの弦ということです。前半は相棒のギター、後半は私のギターです。コンドルの反乱の一部分こうやって聞くと、私のギターだって結構ビリついてます。要は私の腕前があまり上手くない、ということでして・・・・・・。でも、少なくとも10倍の価格差をこの音色から感じられるかというと、どうでしょう。私は自分のギターの音色の方が好きです。低音がバリバリと響くから。フォルクローレには低音の響くギターが必要なのです。もっとも、メキシコで現地価格3万円でも、日本で買ったとしたら、輸送費と楽器店の利益でが上乗せされるので、同じ値段では買えないでしょうけれど。
2010.11.17
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先日、当ブログの常連である楚星蘭三さんから、「母をたずねて三千里」のオープニングテーマ曲についてコメントをいただきました。おそらく、日本のアニメソング(というか、商業音楽一般)でケーナが使われた、初めての例ではないかと思うのですが、今改めて聞くと、これはやっぱり名曲だし、フォルクローレの特徴をよくつかんでいて、決して不自然ではない曲調だなと思います。大杉久美子の歌のバックに入るケーナ二重奏が、非常に良い感じです。で、この曲ははっきりとフォルクローレを意識した曲調ですけれど、実はその他にも、何気にケーナが使われている日本の曲は、実は結構あります。ケーナが出てくるのは0.35あたりから「風の谷のナウシカ」は誰でも知っているアニメだし、このメロディーもよく知られているはずですが、このアレンジは知らない人が多いかも知れません。映画のBGMではなく、その前に発売されたイメージアルバムに収録されています。でも、映画にも一瞬だけ使われていますけど。しかし、ナウシカの音楽の中でもおそらく一番知られていないアルバムですが、探したらやっぱりあるんですねえ。YouTubeには恐れ入りました。宮崎アニメ(久石譲)の音楽からもう一つhttp://www.youtube.com/watch?v=oQcTgz1p0Ik「もののけ姫」のBGMの一曲です。タイトルのとおり、映画の前半、主人公アシタカが生まれ故郷の村を離れて西に向かう場面に流れます。(残念ながら、2019年現在はフルートを使ったバージョンしかYouTubeに上がっていないようですが、劇場版のBGMに使われた音源はケーナです)ナウシカときは私はケーナなんて楽器は知りませんでしたけれど(公開当時高校2年生)、この曲は、映画公開当時「この音色は多分ケーナ、だよなあ・・・・・・、誰が吹いているんだろうか」と思った記憶があります。で、実は「母をたずねて三千里」も「ナウシカ」も「もののけ姫」も、ケーナを吹いているのはどうもみんな同じ人らしくて、それが、スタジオミュージシャンの旭孝さんという方です。本職はフルート奏者なのですが、ケーナ、篠笛、明笛(中国笛)、オカリナ、リコーダー、ティンホイッスル、ファイフ、パンパイプ、およそ「笛」と名の付くものなら何でも演奏するようです。更に探していくとアニメ以外でも何曲かありました。海援隊の「思えば遠くに来たもんだ」チャゲ&飛鳥「万里の川」http://www.youtube.com/watch?v=tQ8cPIG5O74これは、前述の旭孝さんのサイトで「この曲でケーナを使った」という記述があったので知りました。(ケーナを使っている音源は2019年現在は発見できませんでした)一方、サンポーニャとなると、ケーナほどに使われている例が多くないような気がします。でも、最近サンポーニャ奏者の瀬木貴将さんが広範囲で活躍しているので、耳にする機会が増えてきました。テレビCMなどでも「あ、サンポーニャ」と思うことが時々あります。有名どころでは、ポルノグラフィティーの「アゲハ蝶」があります。(動画ではサンポーニャの音はするものの奏者は見当たりません)この曲も、「母をたずねて三千里」ほど明確ではないですが、断片的にフォルクローレを意識したと思われるフレーズがありますね。そのためにサンポーニャを使ったのでしょう。「母をたずねて三千里」が1970年代のフォルクローレのイメージなのに対して、こちらは現在のフォルクローレのイメージです。吹いているのは瀬木貴将さんのはずです。こうやってみると、やはりケーナの音色は日本人好みだからでしょうか、意外によく使われているんですね。多分、他にもたくさんあるはずです。-----ところで、冒頭で紹介した「母をたずねて三千里」ですが、世界各国に輸出されていて、スペイン語圏でも放送されています。というわけで、このオープニングテーマ曲にも、スペイン語版が存在する!のですが、残念なことに、大杉久美子の歌うオリジナルとはかなりアレンジが違って、というか冒頭部以外はほぼ別の曲で、ケーナも使われていません。日本版の方が私は好きですね。
2010.11.15
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昨日の記事は、何がどうなったのか、なんと1日で3200アクセスもありました。我がブログ始まって以来、史上空前のアクセス数でした。さて、昨日の記事は、週刊ポストの記事に対する批判でしたが、いくつか補足説明の必要な部分もありますので、この問題について続きを書いてみたいと思います。まず、この記事の火元である武田邦彦のブログを読んでみました。・・・・・・凄いことが書いてあります。「生物多様性」の何が悪いのか? 1 生物種の数は?COP10の支援団体によると、「現在、地球上に3000万種ほどの生物がいるが、毎年、4万種の生物が絶滅している」と言っている.ここで、まず第一のCOP10の「いい加減さ」だ。地球上に3000万種という生物種の数は多すぎるだろう。つまり、生物が元気なためには生物の種類があるていど少なく、「より進化した生物」が出現するぐらいの余裕があるのが良い.その意味では、恐竜絶滅直後より主の数が多い方が良いけれど、1000万種ぐらいが適当だろう.そうなると2000万種を減らさなければならないから、現在の毎年4万種の絶滅で、500年かかる。だから今、多様性を保とうなどとする必要は無い。むしろ、これから500年の間に、「生物種の数と環境」の研究を進めておけばよい。というのは、生物学で「この地球に何万種の生物がいる状態が一番良い」ということがまだ出されていないからだ。第二に、COP10のいい加減さは、「絶滅種の代わりに出てくる新種」がどのぐらいかを示していないことだ。たとえば、年間4万種が絶滅しても、新たに5万種が誕生すれば、差し引き1万種の増加になる.(以下略)--------------------これが、曲がりなりにも「科学者」と称する人間のいうことなのか、私にはとても信じられません。武田邦彦の主張が滅茶苦茶なのは今に始まった話ではありませんけれど、これは特に酷い理屈です。3000万種は多すぎるから1000万種が適当って、いったいどういう根拠に基づいた計算なのか。生物種というのは、人間の理屈や都合に基づいて生きているわけではありません。人間が無理矢理培養して3000万種を作り上げたというなら話は別ですが、自然状態の中で現に3000万種の生物が存在するなら、それは自然の摂理に基づいてそうなっているのです。それを「2000万種減らさなければならない」って、いつから武田邦彦は自然界の創造主になったのでしょうか。もちろん、生物学というのは「この地球上に何万種の生物がいる状態が一番良い」かを決める学問ではありません。500年経とうが1000年経とうが、そんなことを決める権利も能力も、我々人類にはない。なぜなら、我々人類は現在のこの地球環境の元で誕生し、進化し、発展してきたからです。人間が生物多様性を決めるのではなく、生物多様性が人間という存在を産みだしたのです。良いとか悪いとかの問題ではなく、人間という存在の前提条件と言って良い。その前提条件を、人間の短慮で「この方がよい」などと改変して良いわけがないのです。というか、もし仮に創造主がいて、本当に「生物が元気なために」は生物の種類を2000万種くらい減らした方が良いと思ったとしたら、その減らすべき2000万種の筆頭には、どう考えても我々人類が入っているでしょう。他の生物の「元気」を奪っている最たる存在が、ヒトであることは明らかでしょう。たとえば、インドネシア・ボルネオ島のキナパル山国立公園には、わずか12平方キロの面積に5000種近い植物の分布が確認されています。日本は37万平方キロで6000種ですから、いかに生物の多様性に富んでいるか分かります。しかし、その日本だって、以前の記事で指摘したように、熱帯雨林には及ばないけれど、温帯域の中では抜群の生物多様性と独自性を保っています。このような生物多様性は守らなければならないと私などは思うのですが、武田邦彦流の考えだと、キナバル山に5000種の植物は多すぎるから、3000種くらい減らした方がよい、日本に6000種も多すぎるから4000種くらい減らした方がよい、ということになるんでしょうか。ところで、昨日の記事にも書きましたが、3000万種という種類数はあくまでも科学者の推計であって、実際に発見されている種類数ではありません。実際に発見されている生物の種類数は、約175万種(※)と言われています。つまり、発見されている種類数の17倍もの未発見の生物種がいるだろう、ということです。当然、学者によってその推計には幅があり、中には1億種くらいいるのではないかという人もいます。※ 発見されている175万種の内訳は、昆虫が95万種(つまり、確認されている全生物種の半分以上が昆虫、かつ40万種くらいは甲虫類)、哺乳類は6000種、鳥類8600種、魚類3万種、維管束植物(コケと藻を除く、いわゆる植物)27万種、菌類(キノコ・カビの仲間のこと)約8万種などとなっています。まあ、とりあえず3000万種というのはおおむねその程度だと考えている生物学者がもっとも多い、という程度の推測といえます。当然、白亜期末の大絶滅直後の600万種というのも、同様の推計に過ぎません。現在でも175万種しか生物種が確認されていないのに、白亜期末の地層から600万種もの化石が発見されているはずがありません。もちろん、大絶滅前の2000万種という数字も同じです。見かけ上はペルム紀より白亜紀、白亜紀より現在の方が生物種が増えているように見えますが、それは、より新しい時代の方が化石が発見されやすいのでそのように見えるだけで、実際の種類数はあまり変わらないのではないか、という説もあります。なお、「種」というのは生物分類の基本単位ですが、過去の生物については、種のレベルまで同定できず、属のレベルまでしか同定できないことがほとんどです。たとえば、ステゴザウルスとか、トリケラトプス、アロサウスル等々恐竜の名前を耳にしたことのある人は多いと思いますが、あれは、ほとんどの場合は恐竜の「種」ではなく「属」の名前です。何故属までしか同定できないかというと、化石試料からではそこまでしか分からないからです。たとえば、ウマ・シマウマ・ロバという動物がいます。これらはいずれも種の名前で、いずれもウマ属(エクウス属)という同じ属に分類される近い仲間です。近い仲間とはいえ、生きている馬とシマウマを見間違え人はあまりいないでしょう。ところが、化石(骨)になってしまったら、馬とシマウマを区別するのは、ほとんど不可能に近いのです。骨には縞模様がありませんからね。一応現在は3000万種、白亜期末の大絶滅直後は600万種という前提は正しいものとして計算します。昨日の記事では、1000回転つまりこの6500万年間に1000回新しい生物種の誕生(種分化)と絶滅が繰り返されたとすると、延べ240億種が生まれた計算となり、1年あたりに割り返すと400種弱になる(当然毎年4万種が絶滅するのに対して遙かに少ない)と書きました。しかし、よく検討してみると、1000回転はいささか過大計算です。6500万年間に1000回転とすると、一つの生物種の、種としての寿命は平均わずか65000年になってしまうからです。我々ヒト(ホモ・サピエンス)は、生物種としてあまり歴史の長い部類ではありませんが、それでも誕生してから15万年ほど経過しています。ホッキョクグマは、10万年ほど前にヒグマから枝分かれしたのですが、野生でも両者の混血が発生しており、どうやらまだ完全な別種にまではなっていなかったようです。10万年前に枝分かれしてもそうなのですから、6万5000年じゃ新しい生物種が産まれるにも足りない時間です。そう考えると、絶滅の繰り返しの回転数は、この6500万年間でせいぜい200回転か300回転ではないかと思われます。300回転ということは、一つの生物種の寿命が平均20万年余になります。そうすると、この間に生まれた生物種の合計は72億種、1年平均の新種誕生は110種ということになります。これだって、仮定に仮定を重ねて作った推計値ですが、年平均400種弱という先の推計よりは、事実に近いだろうと思われます。どちらにしても、年4万種という絶滅スピードに対しては新種の誕生は遙かに少ないことは間違いありません。武田邦彦の言う、「年に4万種絶滅しても新たに5万種誕生すれば差し引き1万種の増加」なんて話は、まったく事実に基づかない妄想と言うしかありません。
2010.11.14
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都合により、タイトルを変更しましたhttp://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20101109-00000003-pseven-int「毎年4万種が絶滅してる」と主張する環境関係者に専門家反論10月30日未明に国際協定が締結されたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)をめぐっては議論百出している。新聞等の報道では「地球上には 3000万種の生物が生息し、毎年4万種が絶滅している」とし、生物の保護を訴えている。生物多様性が損なわれているのは事実ではないのか。『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』の著者である武田邦彦・中部大学教授はこう指摘する。「毎年4万種が絶滅しているというが、その一方で新種がどんどん誕生しているのです。しかし、毎年新種がどれだけ生まれているかを関係者は絶対いわない。何人かの動物学者や植物学者に話を聞いたところ、大型動物の絶滅に関しては、『間違いなく人間が関与している』と断言します。たとえばインドネシアのスマトラ島では、スマトラトラと人間の数は反比例し、人が増えるほどトラは減っている。人間も大型動物の一種で、地球上ではどんどん増えているので、必然的にほかの大型動物は生きていけなくなるのです。一方、植物に関しては『基本的に人間は関係ない』ということです。さらに、某大学の博物学者に『毎年4万種減っている一方で、4万種ぐらいは生まれているのではないか?』と聞いたら、『実は、新種の誕生はよくわかっていないので、プラスマイナスはいい加減』と答えた。しかし、それを口に出せない雰囲気があるのです。生物多様性が大事だというが、では、『何万種なら適当なのか』と聞くと、専門家は口を閉ざす。いま地球上には3000万種いるが、多いのか少ないのか。3億年前の古生代には1000万種いて、ペルム紀(~2億5000万年前)の大絶滅で100万種に減り、その後の恐竜が栄えた中生代(~6500万年前)にまた2000万種に増えた。しかし、6500万年前に隕石が落ちて地球環境が激変し600万種に減り、その後続々と増えて現在の3000万種に到達した。地球の歴史で考えれば、現代は非常に生物種が多い時代といえます」--------------武田邦彦みたいな人の言い分を丸呑みしている時点で、記事のスタンスのお里が知れますが、そもそも生物の中にはまだ人間に存在を知られていない、あるいは同じ種と認識されていたものが実は別種だったという例がまだまだたくさんあるので、新しい生物種が次々と記載はされていますが、それはもちろん新しい生物種が「生まれた」わけではなく、単に「存在が分かった」というだけのことなのは、言うまでもないでしょう。「毎年新種がどれだけ生まれているかを関係者は絶対いわない。」とありますが、この記事の中から単純計算できるではないですか。「6500万年前に隕石が落ちて地球環境が激変し600万種に減り、その後続々と増えて現在の3000万種に到達した。」→つまり、差し引きすると6500万年で2400万種増えた、ということになります。1年あたりで何種でしょうか?答えは、2.6年につき1種ですね。もちろん、これは「増加」であって、この間誕生して絶滅した種類もたくさんありますから、「生まれた種類」はそれよりずっと多いはずです。しかし、仮に1000回転、つまり240億種が生まれ239億7600万種が絶滅した結果の3000万種だったとしても、新種の発生は1年に400種にもなりません。それに対して、1年に4万種が絶滅する事態がどれほど深刻かということは、説明するまでもないでしょう。哺乳類と鳥類では、6500万年前と現在で共通の属は一つもありませんが、それ以外の動植物では、6500万年前と現在で共通の属はそれほど珍しくありません。たとえば、マツやカエデ、ナラ(カシ)、ヤナギやポプラ(ハコヤナギ)など、今日我々が見慣れた樹木の多くは、白亜紀にはもうありました。しかも、この6500万年間、ずっと同じ割合で生物種が増え続けてきたわけではありません。急激に増える時期と、そうでもない時期があります。基本的には、大絶滅の直後の時期(暁新世)やその後の時代(始新世)には急激に増えていますが、第四紀の現在(地球の歴史で言う「現在」という意味)は、そんなに急激に生物種が増えている時期ではありませんでした。ですから、実際には現在新たな生物種の発生(種分化)は、おそらく年間400種なんてないのではないかと思います。ただし、ここで書かれている何千万種という数字は、あくまでも推計です。今現在ですら、全ての生物種が発見されているわけではないことは前述のとおりです。まして、過去の世界の生物種は、推計の幅が非常に大きい。白亜紀の生物種が、本当に現在の2/3しかなかったかどうかなんて、実は明確には分からないのです。「地球の歴史で考えれば、現代は非常に生物種が多い時代といえます」というのは、ひょっとしたらそのとおりかも知れません。しかし、だから少しくらい減っても問題ないのだ、というわけではありません。何しろ、45億年前まで立ち返れば、地球上の生物種は0種です。従って、それ以降のどんな時代だって、地球誕生直後との比較で言えば「生物相は豊か」なのです。それこそ、単細胞生物しかいなかった時代ですらも、です。生物種が10万種しかなくなっても「地球誕生直後より豊かな自然だから良いじゃないか」と言うつもりでしょうか。我々人類は第四紀という時代を生きているのであって、白亜紀を生きているわけでもペルム紀を生きているわけでも、先カンブリア紀を生きているわけでもないのです。人間の生活の場としての地球環境問題を考えるのに、人類の誕生していない時代の地球環境を持ち出しても仕方がありません。よく、地球温暖化問題で「恐竜の時代は今の10倍も二酸化炭素があった」などと愚にもつかないことを主張する人がいますが、ではあなた、白亜紀の時代に行って暮らせるのかよと言いたくなります。ちなみに、その時代は酸素濃度も現在より低かったので、現在の人間は、窒息死はしないまでも相当息苦しかったであろうと思われます。※計算間違い及び一部表現を訂正しました。
2010.11.13
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http://www.asahi.com/national/update/1110/OSK201011100083.html「流出」告白の海保職員に、読売テレビが独自取材日本テレビは10日夕のニュース番組で、映像を流出させたと神戸海上保安部に申し出た男性保安官(43)に、系列局の読売テレビ(大阪市)の記者が事前に取材していたと報じた。記者が番組で語ったところによると、取材は数日前で、神戸市内で約2時間面会したという。保安官は記者に海上保安官の身分証を示したうえで、投稿した動機について「あれを隠していいのか。おそらく私がこういう行為に及ばなければ、闇から闇に葬られて跡形もなくなってしまうのではないか。この映像は国民には見る権利がある」「(国会議員による視聴が)限定的な公開だったので、このままでは国民が映像を見る機会を失ってしまう」などと説明したという。映像の入手経路についてははっきりと答えなかったというが、「ほぼすべての海上保安官が見ようと思えば見られる状況にあった。さして国家機密的扱いはされていなかった」と話したという。取材時の保安官の様子について、記者は「落ち着いた様子で、言葉を選んでいた」と語った。「周りの職場の人たちに大変大きな迷惑をかけることになった」とも話していたという。一方で、保安官に接触するまでの経緯について、記者は「映像を投稿した人物がいるという情報がある筋からもたらされ、調整を重ねた」-----------------流出もとは検察ではなく海上保安庁であろうという私の推測は当たりましたが、まさか石垣の事件が神戸から流出していたとは、想像もつきませんでした。ついでにいうと、本人は単独で行ったと言っているそうなので、それが事実だとすれば、流出元とYouTubeにアップした者は別人物ではないかという私の推測も外れだったということになります。ただし、記事によれば「映像を投稿した人物がいるという情報がある筋からもたらされ」と、つまりこの海上保安官の行為を知るものが他にいたわけで、そこから考えれば単独の行為ではない可能性も考えられます。それにしても、「ほぼすべての海上保安官が見ようと思えば見られる状況にあった。さして国家機密的扱いはされていなかった」という説明には恐れ入りました。石垣島は海上保安庁の第11管区、神戸は第5管区です。海上保安庁の管区は、部や課より上位の組織単位です。民間企業で言えば事業本部とか支社、他の役所で言えば局などに当たるでしょうか。そんな隔たった部署同士で、自由に他部署のデータを見られるというのは驚くべきことだと私は思います。この海上保安官の行為も問題ですが、海上保安庁の情報管理もまた大問題じゃないでしょうか。私の勤務先では、電子データを納めたサーバには、原則的に同じ部署に所属する者しかアクセスできません。別に「国家機密的扱い」とかなんとかとは関係なく、どんなデータでも同じです。中小企業は別にして、世の企業や役所はみんなそういう情報管理を行っているのだと私は思っていたのですが、違うんでしょうか。私の勤務先が異常に厳しいだけ?そんなはずはないと思うのですが、どうなんでしょう。さて、この海上保安官の行為なのですが、やはりどう解釈しても弁護のしようがありません。公益通報者保護法は、以下のように定めています。(括弧書きが異様に多くて分かりにくい条文なので、括弧書きは削除しました)第二条 この法律において「公益通報」とは、労働者が、不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、その労務提供先又は当該労務提供先の事業に従事する場合におけるその役員、従業員、代理人その他の者について通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、当該労務提供先若しくは当該労務提供先があらかじめ定めた者、当該通報対象事実について処分若しくは勧告等をする権限を有する行政機関又はその者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に通報することをいう。(略)2 (略)3 この法律において「通報対象事実」とは、次のいずれかの事実をいう。一 個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法律として別表に掲げるものに規定する罪の犯罪行為の事実二 別表に掲げる法律の規定に基づく処分に違反することが前号に掲げる事実となる場合における当該処分の理由とされている事実この法律が想定しているのは、通報者が勤務先の不正行為を内部告発することです。当然ながら今回の件では、海上保安庁自身が何か不正を行ったわけではありませんので、その時点で公益通報の範疇には含まれません。更に、YouTubeにアップロードしたSengoku38というユーザー名が端的に示しているように、「他人(この場合は政権与党)に損害を加える目的」がちらついて見えます。個人として政権与党に損害を与える努力を行うことは思想信条の自由ですが、そのために公益情報を使うことは大問題でしょう。加えて、YouTubeにアップするという行動は、法が認める通報の手段から、どう考えても逸脱しています。これらのことから、公益情報を通報したのだから正しいことをしたのだという正当化は、通用しないと考えていいんじゃないかと思います。「義憤」に駆られて、こういう行為に至ることを容認していたら、海上保安庁は組織の体をなさなくなるでしょう。
2010.11.10
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http://mainichi.jp/select/world/news/20101108k0000m040133000c.htmlオスプレイ:不安引きずる新鋭機…日本メディアに公開米海兵隊は、世界展開を着々と進めている垂直離着陸機MV22オスプレイを、2年後にも沖縄に配備する予定だ。ヘリコプターとプロペラ固定翼機の双方の特性を併せ持つ最新鋭の輸送機で、先月、日本の一部報道機関に公開した。試乗すると、驚くほどの速度で上昇し、急旋回を繰り返して飛行性能の高さを見せつけた。だが、開発段階で事故が相次ぎ、沖縄県民の配備への反対は根強い。海兵隊が日本メディアに公開したのは、安全性をアピールする狙いもあったとみられる。薄いグレー色のオスプレイは、主翼の両端にある巨大な二つの黒い回転翼(直径各11.6メートル)を上に向けた状態で、滑走路を私たちの方に近づいてきた。ニューリバー航空基地はオスプレイの拠点だ。イラク戦争、アフガニスタン戦争で実戦投入され、すべてここから飛び立っている。搭乗時は後部の開閉口から入る。座席は横向きで、機体の側面に備え付けた24席。向かい合うようにして座る。準備が整うと、エンジンの出力が上がり、ギューンと重低音が響いた。騒音レベルは他の中型輸送ヘリと同程度に感じた。◇フワッと宙にオスプレイは滑走路をゆっくり進んだまま、回転翼をやや前に傾けると、フワッと宙に浮いた。あっという間に地表が遠くなる。30秒ほどの飛行でエンジン音が小さくなった。飛行が「ヘリモード」から「飛行機モード」に変わった瞬間だ。プロペラ機として、住宅や海の上で急旋回を繰り返した。その際は機体がほぼ横を向くほど傾く。体が座席に押しつけられた。着陸に際しては、着地の瞬間が分からないほど穏やかなものだった。撮影が許可されなかったコックピット内には計器類はほとんどない。ガラスのパネルが並び、機体の傾きや地図などが切り替え式で表示されるハイテク操縦席だ。砂漠の砂ぼこりで視界がきかない場合でもコンピューター制御で着陸できる。◇開発段階30人死亡だが、オスプレイは今も「危険な航空機」のイメージから脱していない。開発段階の91~00年に4機が墜落し、計30人が死亡。開発中止も検討された。オスプレイは戦場のほか、大地震に見舞われたハイチで医療物資や食糧などの輸送を担った。オバマ米大統領も就任前の08年7月、イラク訪問の際に搭乗した。海兵隊はその後の実績から、安全性は証明されたと強調する。アフガン戦争でオスプレイを操縦したアイバン・トーマス中佐は記者団に「僕は結婚して2人の子供がいるが、安全面では心配ない。乗り心地のいい航空機だ」と語った。◇長距離航行が可能海兵隊がオスプレイにこだわるのは、速度や航続距離の面で64年導入のCH46輸送ヘリに比べ格段に性能が勝るからだ。最高速度は約2倍の時速485キロ。給油なしでの航続距離は約4倍の600キロ。しかもCH46にはない空中給油機能があり、最大3900キロ程度の連続航行が可能だ。強襲揚陸艦などに積載して、戦闘現場に移動することも可能だが、航続距離が長いことから、艦船を危険な戦場からより遠く離れた場所に待機させることが可能になる。海兵隊は計360機の導入を計画。他に、空軍が特殊作戦用に改造したCV22を50機、海軍もHV22を48機配備する予定だ。沖縄の米軍普天間飛行場にあるCH46は12年10月以降、順次オスプレイに交代する計画になっている。◇伏せられた配備計画…沖縄の不信増大オスプレイは、日米が移設に合意した普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の代替施設に配備されることになる。だが、配備計画は長い間明らかにされてこず、受け入れを迫られる沖縄の不信感は根強い。日米両政府は今年5月、普天間飛行場の移設先を同県名護市辺野古周辺とすることで合意した。外務・防衛当局の専門家会議ではオスプレイを代替施設に配備することを想定して議論を進めてきた。オスプレイはヘリより大回りの飛行になる。代替施設に配備されれば、飛行ルートが想定より陸地に近くなり、安全性の問題や騒音被害が懸念される。だが、政府が配備計画を公式に認めたのは今年9月。岡田克也外相(当時)の国会答弁だった。米側も同じ日に在日米軍基地への配備方針を明言したが、地元沖縄の不安はむしろ増大してきた。那覇、名護両市議会は9~10月にかけ、相次いで「墜落の危険と死の恐怖を押しつけるもの」として配備計画の撤回を求める意見書を採択。仲井真弘多知事も「県民が『分かりました』と言える種類のものではない」と述べるなど、オスプレイ配備は普天間問題にも影を落としている。--------------オスプレイ輸送機は、いわば飛行機とヘリコプターのあいのこのような航空機で、主翼両端にヘリのローターのような巨大なプロペラを2基装備し、離着陸時はこれを上に向けて垂直離着陸、飛行中は前に向けて通常の飛行機のように飛行します。記事には開発段階で4機墜落とありますが、これ以外に今年4月にアフガニスタンで墜落事故を起こしています。試作段階の軍用航空機が墜落事故を起こすこと自体はよくある話ですが、さすがに試作・初期生産段階で4回の墜落事故というのは、これは普通ではありません。ちなみに、事故原因は製造ミスが2件、故障が1件、操作ミスが2件です。戦闘機なら単座か、せいぜい複座ですが、オスプレイは輸送機なので、最初の4件の事故で合計30名、今年のアフガニスタンでの墜落と併せると34人の死者が出ています。その結果、付いたあだ名が「ウィドウメーカー(未亡人製造機)」。現在では技術的な問題はほぼ解消されたとされますが、「いつ墜落するか分からない危険な航空機」という、一度付いてしまったイメージは容易には払拭できません。この航空機の、もう一つの問題は騒音です。オスプレイはヘリコプターよりずっと静かな航空機だという主張があります。それは、ウソではありませんが、正しくもありません。オスプレイが「静か」だというのは巡航飛行中の話だからです。離着陸時には、上記の記事によれば「騒音レベルは他の中型輸送ヘリと同程度に感じた。」とのことですが、朝日新聞の報じるところでは、操縦士自身の見解として、「離着陸時はCH46よりややうるさいが、飛行中はずっと静かだ」とのことです。飛行機は、離着陸時と、特に速度を上げたいときに最大出力を発揮します。普通に巡航速度で空を飛んでいるときには、最大出力は出しません。だから離着陸時に特にうるさく、巡航飛行中はそれほどでもないのです。一方、ヘリコプターは離着陸時も巡航時も、同じくらいのパワーで機体を持ち上げ続けなければならないので、離陸時も巡航時も騒音はあまり変わりません。オスプレイが、離着陸時はうるさく、巡航飛行時は静かだというのは、この航空機が離着陸時にはヘリコプターで、巡航飛行時には飛行機だからでしょう。しかし、です。航空機の地上における騒音被害は、多くの場合離着陸時に生じます。離着陸時の航空機は低空にある=地上との距離が短いのですから、当然です。どんなうるさい飛行機だって、遙かな高空を飛んでいれば、地上ではうるさくありませんから。それに、飛び立った飛行機は、いつまでも基地周辺の低空をブンブン飛び回っているわけではありません。どこから飛び去ってしまえば、基地周辺の住民にとっては、うるさい飛行機でも静かな飛行機でもあまり関係がない。つまり、「巡航飛行中は静か」なんてことは、基地周辺の住民に与える騒音被害の軽減には、それほど寄与しないということです。重要なのは離着陸時の騒音であり、それは現行のCH46より若干大きい(聞く人によっては差がないようにも感じる)というのです。加えて、上記の記事によると、オスプレイは飛行コースがヘリとは異なり、より地上に近いコースを飛ぶとのことです。これを考え合わせると、騒音被害は現在より増える可能性が高いように思われます。加えて、米国内(ハワイ)の基地にオスプレイが配備されたときには、環境アセスメントがやり直されたと報じられています。それなのに、何故日本の基地に配備されるときは環境アセスメントはやり直さないのでしょうか。日本は米国の植民地だから、宗主国より一段劣る環境アセスメントで構わない、ということでしょうか?そうでないとしたら、米国内での配備と同様に、環境アセスメントをやり直すべきでしょう。追記もう一つ、重要な視点を見落としていました。沖縄に海兵隊基地がなければならない理由(と称するもの)の一つに、ヘリの航続距離の問題から、台湾有事の際に海兵隊が沖縄からでないと台湾まで移動できないのだ、という意見がありました。実際には、揚陸艦艇も戦闘機も伴わず、ヘリ部隊のみが単独で台湾まで飛んでいく事態など想定しがたいし、そもそも現在沖縄に配備されているCH46の航続距離では沖縄から台湾まで飛べないのですが、そのことは措くとして、オスプレイは従来のヘリよりスペック的には圧倒的に高性能で、その航続距離ならグアムからでも台湾まで飛行することが可能です(空中給油をすれば)。つまり、オスプレイを配備するなら、海兵隊の基地が沖縄になければならない戦略上の意味なんてなくなります。
2010.11.09
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尖閣諸島の漁船衝突事件について、ネット上の一部でこういう話がまことしやかにささやかれているそうです。---------------海保船舶が横付け。海保職員が乗り込む。その後、中国船舶が突如離船。 取り残された海保職員が中国人船員に飛び蹴りされて中国船舶から海中に突き落とされる。海に落ちた海保職員を潰すように、中国船舶が進路変更。海保職員が必死に泳いで逃げるのを執拗に銛で突き殺そうとする中国人船員。---------------その結果、海上保安官2名が殉職したのだそうです。この「情報」の火元はどうやら2ちゃんねるらしいのですが、この文面で検索をかけると、かなり多くのブログが引っかかってくるのです。しかも、それを単純に信じている人が少なくないようです。いやはや・・・・・・・・人は信じたいものを信じると言いますが、この件もそうなのでしょうか。そもそもソースが2ちゃんねるという時点で充分に怪しい情報ですし、ちょっと論理的に考えれば、こんなことは絶対にあり得ないということは誰にでも分かるはずです。第一に、今の時代にこのような事件で死者・行方不明者が出て、関係機関(この場合は海上保安庁)がそれを発表しない、なんてことはあり得ません。だいたい、遺族が黙っていないでしょう。いやいや、民主党政府は中国にひれ伏しているから発表しないのだ、マスコミも偏向しているからその事実を知っているのに無視しているのだ、と言うかも知れません。でも、今回の一件、最終的には船長は処分保留で釈放されてしまったけれど、少なくとも途中までは検察は立件する気満々でした。まして、海上保安庁は、無罪放免する気なんか全然なかった。今回流出した映像は、海上保安庁が、那覇地検に提出するために編集したものと、まったく同内容だったと報じられています。当然、そこには漁船の悪質な行動の部分が中心に記録されていて、立件にあたって海保や検察の不利になる、あるいはあまり意味のない場面は含まれているはずがありません。銛で突くなんて超凶悪な行動があれば、まして死者が出ていれば、公務執行妨害なんて罪名だけで送検されるはずがありません。殺人か傷害致死の罪名も一緒に付いていたはずですし、その証拠となる動画も、ばっちり検察に提出されたはずです。それがなかったという時点で、そのような事実はなかったということは明らかです。一方、それとは別に、船長が中指を立てるなどして挑発した、という話があります。これについては正直言って分かりません。挑発的な態度や行動は、それ自体は犯罪ではありませんから、犯罪行為の立件そのものには、そんな映像は必要ない。だから、撮影はされていても編集の際に省いた可能性はあります。ただし、挑発行為は、直接的には犯罪の立件と関係なくても、裁判になれば情状酌量の面を左右します。それを考えると、検察に提出した映像にそのような挑発場面がないのは、実際にそんな場面がなかった、という可能性もあります。あるいは、映像でははっきりしない、それを挑発と取るかどうか明確ではない、ということも考えられます。これについては、上記の銛で突いて云々というヨタ話ほどには確実な断言は出来ません。それはともかくとして、私は「中指を立てる」のが挑発的な行動だということを知りませんでした。いや、恥ずかしい話ですが。あわてて検索したら、欧米諸国ではこれは相手を侮辱するジェスチャーなんだそうですね。なるほど。あれっ、でも中国って欧米諸国でしたっけ。違いますよね。日本だって、「中指を立てることは侮辱の意味だ」ということを知らない人間が(私自身も、つい先ほどまでその一人でした)数多くいます。中国は、日本以上にそうでしょう。ということは、船長が中指を立てたのが事実としても、それが侮辱の意味だったかどうかなんて、分からないですよね。
2010.11.08
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http://www.yomiuri.co.jp/feature/20100806-849918/news/20101106-OYT1T00514.htm八ッ場ダム中止方針、事実上撤回…馬淵国交相建設の中止か継続かを巡り再検証中の八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)について、馬淵国土交通相は6日、「『中止の方向性』という言葉に言及せず、一切の予断を持たずに再検証する」と述べ、「中止」の方針を事実上撤回した。今後は白紙状態で再検証を進め、来年秋までに結論を出す考え。国交相就任後初めて建設予定地を訪問し、大沢正明・群馬県知事らと会談した際に述べた。前原・前国交相は昨年9月の就任直後、「マニフェスト(政権公約)に書いてあるので中止する」と表明。地元住民から激しい反発を受けたため、全国30か所のダムと同様に八ッ場ダムについても必要性を再検証する方針を示したが、「中止の方向性は変わらない」と述べていた。この日の会談で、馬淵国交相は、「私自身が『中止の方向性』という言葉を封印している」と述べたうえで、「新たな政務三役になって、問題解決のために予断を持たずに再検証する」と述べた。会談後の記者会見で、馬淵国交相は、「(再検証の)結果に従う」と述べ、データに基づいて行われる詳細な再検証結果に従うことを明らかにしたが、マニフェストの見直しについては言及しなかった。--------------------私は前原外務相(前国交大臣)は嫌いです。尖閣諸島を巡る一連の言動を見てもそうなのですが、しかし、前原が国交大臣だった当時、八ツ場ダムを凍結し、また民主党が次々と政策を後退させていく中で、この方針は最後まで取り下げなかったことは、素晴らしいと思っていました。で、私は現在の馬淵国交大臣も、もともと好感を持って見ていた政治家の一人だったのですが、まさか八ツ場ダム建設中止方針を撤回してしまうとは・・・・・・。なんというか、非常に残念。民主党が政権を握れば、バラ色の未来が開ける、なんて期待は、かけらほども持っていなかったけれど、それでもまあ自民党政権より3割くらいはマシになるだろうと思っていました。しかし現実には、私が変えて欲しいと思うところは、みんな自民党時代のまま(普天間基地国外移設、夫婦別姓や外国人参政権、今回の八ツ場ダムなどなど)で、やらなくて良いことは推進(衆議院の比例区定数削減、子ども手当、高速道路無料化)、日中関係は自民党時代よりもっと悪化。評価できる政策は、高校無償化と、仕分けのうちの一部(全部ではない)くらいかな。これではねえ・・・・・・。ただ、自民党はというと、与党時代末期から急激な劣化及び極右純化路線進行中なので、この党が政権に戻ることには空恐ろしさを感じます。稲田朋美みたいな議員が政権の中枢で発言力を持ったら、えらいことです。何というか、不毛な二者択一です。
2010.11.07
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今から9年前の9月11日、米国で同時多発テロが起こったとき、私はホームページに「憎悪の拡大再生産は何も産まない」という一文をアップしたことがあります。このときは、米国とイスラエル、パレスチナのことについて書いたのですが、それから9年経って、どうやらまったく同じことを、主語を「日本と中国」変えて、言わなければならないご時世になってしまったようです。尖閣諸島を巡る一連の問題には、基本的には中国側に大きな問題はあります。中国政府の主張には私も腹立たしいと思うし、中国世論のヒートアップにも危惧を覚えます。けれども、日本側もまた、対立の拡大を招くような対応だったことは否定できません。一昨日の海上保安庁の動画流出騒動も、火に油を注ぐ役に立ってしまったように思います。中国の「ネット世論」も酷いですが、日本の「ネット世論」の負けず劣らず滅茶苦茶。もちろん、ネット世論=現実の世論、ではありませんけれど。いずれにしても、憎悪を拡大すれば問題が解決する、というものではありません。日本と中国は隣国同士であり、その位置からお互いに逃げ出すことはできませんし、縁を切って生きていくこともできません。その隣国同士で角突き合わせていることによるメリットなんて、何もない。反中デモだろうがなんだろうが、やるのは言論の自由ではありますけれど、それによって何かが解決することはありません。むしろ、中国側の世論がそれによって更に硬化するだけ、ヒートアップ合戦になるだけです。http://mainichi.jp/select/jiken/news/20101107k0000m040038000c.html反中デモ:4000人が銀座など行進沖縄・尖閣諸島沖の日本領海内で海上保安庁の巡視船と中国漁船が衝突した事件を巡り、民主党政権や中国政府に抗議する民間団体主催のデモが6日、東京都内であった。主催者によると4000人以上が参加したという。デモに先立つ集会では、インターネット上に流れた衝突事件のビデオ映像について「中国漁船がぶつかってきたのは明らか。こんな事実を隠そうとした民主党政権を許すな」などとシュプレヒコール。参加者は日の丸やのぼりを掲げ、中央区銀座などの繁華街を行進したが、目立った混乱はなかった。------------------------こういう憎悪に拡大の末に待ち受けているのが、戦争なのかも知れないと思うと、ちょっと絶望感を感じます。それにしても、少し前まで、中国世論の「愛国無罪」を批判していた連中が、今や堂々と自ら「愛国無罪」を掲げているんだから、やはり中国の「愛国者」と日本の「愛国者」は相似形としか言いようがありません。追記問題のデモの動画がYouTubeに上がっていました。http://www.youtube.com/watch?v=-Z881etB8Lk有楽町のこの辺りは、私は休みの日などに時々とおりかかるのですが、昨日は通りかからなくて良かったです。(そういえば、以前にもこの系統の人たちの街宣を、この辺りで見かけたことはありますけれど)日の丸振って君が代歌って反中デモとは、ほんと中国の反日デモの裏返しで、何一つ変わりません。
2010.11.06
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今朝、ニュースサイトを見ていて、海上保安庁が撮影した漁船衝突事件の映像がYouTubeにアップされていることを知りました。さっそく見てみたのですが、何しろ出勤時間目前でしたので、巡視艇「みずき」衝突前後の場面しか見る余裕がありませんでした。私が視聴した時間は、朝の7時30分少し前頃。報道によると、7時40分頃に削除されているそうなので、まさにギリギリのタイミングだったようです。もっとも、その時点でもすでにいくつも同じ動画が転載されていましたけれど。転載された動画は、いずれも画質がオリジナルよりちょっと落ちますが、中身を知るには充分なのでhttp://www.youtube.com/watch?v=1Di8406Z474「よなくに」との衝突場面http://www.youtube.com/watch?v=M3H-A7rB3wo「みずき」との衝突場面感じ方は人それぞれでしょう。私は操船のことは分かりませんけれど、どちらの場面も、「間違ってぶつけた」とは見えません。意図的にぶつけていることは明らかです。「みずき」との衝突は、追いかけられて、何とか逃げようとして、という可能性もあるけれど、「よなくに」との衝突は、巡視船側はほとんど停止していて、漁船側がその後方から近付いてきてぶつけているので、逃げまどっているうちにという解釈は、ちょっと成り立ちにくい。ただ、「よなくに」との衝突場面は、ぶつかって初めて騒ぎになっているあたりが、ちょっと不可解ですけれど。漁船がすでに衝突不可避のコースを取っているときには、巡視艇側にあまりそれを予測したような警戒の動きがない。結果を知ってみているからそう見えるだけなのかも知れませんが。さて、この動画を誰が公開したのか、ですけれど、オリジナルの投稿者はSengoku38というユーザー名でした。(朝私が見た動画も、確かにその名前でした)属性は、25才日本人だそうですが、実際にどうだかは分かりません。で、私のまったくの想像で言えば、動画のソース自体は当然海上保安庁か検察(船長を取り調べた)の内部から流出したものでしょうけれど、YouTubeにアップしたのは直接的な海上保安庁職員(あるいは検察の関係者)ではないんじゃないかという気がします。関係者の誰かが外部の誰かにソース(多分DVD-R)を渡し、それを外部の誰かがアップロードしたんじゃないかな。ことによると複数以上の人の手を介したかも知れないし、流出させた本人は、まさかそこまでやるとは思わずに渡していた、なんてこともあり得るかも知れません。というのは、こんなことをやって、犯人が特定されれば、懲戒免職になる可能性が高いからです。この不況の最中に進んで懲戒免職になりたいと思う公務員はいないでしょう。もちろん、誰もが合理的な計算ができるものなら、不祥事を起こして懲戒免職になる公務員なんていないはずですから、絶対にそうだと断定はできませんけれど。で、漁船の行動が批判されるべきものであることは間違いないけれど、これを流出させた海上保安庁関係者(または検察関係者)の行動はどうか。ネットウヨク系の連中は、その行動を大絶賛しているようですが、これって非常にマズイ行動です。流出元が海保か検察かによっても違いますが、私は多分海保じゃないかという気がします。根拠はあまりありません。海保の方が、この動画に触れる関係者の人数が多そうだということと、何となくこの件で怒っている人が多いんじゃないかという気がするというだけの理由です。海上保安庁は武力を持っています。自衛隊に比べれば遙かに弱武装ですが、国際的には「準軍事組織」として認知されています。その武力組織の一員が、このような形で機密情報を公開するやり方は、ある意味では詳報という武器を使ったクーデターとも言えます。この「勇気ある海上保安官」の行動を絶賛していると、今度は機密情報を中国に譲り渡す海上保安官が出てくるかも知れません。こういう行動に対する歯止めがなかったら、それを止めることなんかできないでしょう。そのときになって「しまった」なんて気がついても遅いんじゃないでしょうか。
2010.11.05
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http://sankei.jp.msn.com/world/america/101102/amr1011021031004-n1.htmF35さらに1~3年遅れも 日本の機種選定に難題 ロイター通信は1日、米国防総省当局者が次世代戦闘機F35の開発計画が現行から1~3年遅れるとの見通しを示したと報じた。開発段階の費用も総額約5千億ドル(約40兆3千億円)から約50億ドル増える見積もりという。米空軍は今年3月に空軍仕様のF35Aの運用開始時期を2013年から16年に遅らせたばかり。日本が導入を検討するF35Aはさらに1年遅れるとされる。開発計画の遅れが運用開始時期にどこまで影響するか不明だが、事実なら日本政府の機種選定に難題となるのは間違いない。報道によると、ソフトウエアの不具合などが原因となり、F35Aと海軍仕様のF35Cが1年遅れ、垂直離着陸能力を持つ海兵隊仕様のF35Bは2、3年遅れる。F35は米国を中心に計9カ国が共同開発。多用途に運用できることやレーダーに感知されないステルス機能が特徴。----------------------航空自衛隊が欲しくて欲しくて仕方がない、「世界で2番目に高価なオモチャ」F35戦闘機の先行きの見通しが、また暗くなったようです。この問題は以前に2度ほど取り上げたことがあります。http://plaza.rakuten.co.jp/intisol/diary/20100830/http://plaza.rakuten.co.jp/intisol/diary/200906090000/この記事を書いた当時より更にF35の開発が遅れ、開発費も高騰中だそうです。先の記事で1機200億と書きましたが、さらに高騰しそうです。目下のところの見込みでは、F35の生産数は5000機程度が見込まれています。開発費5000億ドル(さらに増大中)を5000機で割れば、1億ドル(80億円)です。あくまでも開発費だけであって、機体そのものの製造経費はそれ以外にかかるわけですから、合計ではとんでもない値段になることは容易に想像が付きます。現在の自衛隊の主力戦闘機F15が、時期によって価格は変動していますが、日本でのライセンス製造価格がおおむね1機100億円程度(当時としては世界一高価な戦闘機と言われた)だったことを考えれば、いかに高価であるかが分かろうというものです。こんな高価なオモチャはいらない。しかし、幸いなことに、F4戦闘機の退役(2015年)には、もはや絶対に間に合わないことは確定したも同然です。そして、航空自衛隊のお歴々は、原機が1970年代に開発された古いF/A18や、ヨーロッパ製のユーロファィタータイフーンに興味はない様子です。ならば、F4退役とともに戦闘機部隊は規模縮小するしかないし、そうすべきだと私は思います。というか、このまま更に開発費が膨らんでくると、購入予定の国々の中に「もう買えません」という国が出てくるんじゃないかと思います。いっそのこと、開発中止とか。
2010.11.04
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http://www.asahi.com/politics/update/1102/TKY201011020302.html駐ロシア大使、一時帰国へ 首相指示「事情を聴くため」菅内閣は、ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土の国後島を訪問したことを受けて、河野雅治駐ロシア大使を近く一時帰国させることを決めた。前原誠司外相が2日午後の記者会見で明らかにした。前原氏は「事情を聴くため」と強調したが、事実上、ロシア側に不快感を表明する措置であることを複数の外交関係者は認めている。河野氏は、3日午前にも成田空港に到着する予定だ。菅直人首相は2日夜、記者団に「事情を私も聴いてみたいと思って(一時帰国を)指示した」と述べた。首相と仙谷由人官房長官、前原外相らは同日午前、首相官邸で協議し、「一時帰国」を決めた。(以下略)------------------現実に北方領土を実効支配しているのはロシアです。そのロシアから、どうやって北方領土を取り返すのか。まさか戦争して奪い返すことなどできるわけがありません。交渉して、お願いして、ロシアを返還させる気にさせるしかありません。挑発して喧嘩を売れば北方領土が返ってくるのでしょうか。逆の立場で考えれば、中国で猛烈な反日デモが起これば、日本は尖閣諸島を中国に譲るのか?ということです。そんなことはあり得ないでしょう。だとすれば、ロシアだって、日本が挑発して喧嘩を売っても、北方領土を返還することなどあり得ないでしょう。むしろこの問題の解決が遠のくだけだと私は思います。私も、大方の日本人と同様、北方領土は返還されるべきだと思っています。ただし、この問題は調べれば調べるほど、日本政府(自民党時代から)が公式に「返還の根拠」としているものが怪しく感じられるのも事実です。太平洋戦争末期、ソ連の参戦によって千島列島と南サハリンが不当に奪われたことは歴史的な事実です。ただし、それを言うなら、日本が日中戦争更に太平洋戦争を始めたことにその根本原因があったことも事実です。戦争の経緯はともかくとして、戦後、日本はサンフランシスコ平和条約によって千島と南サハリンを正式に放棄しています。第2条C項Japan renounces all right, title and claim to the Kurile Islands, and to that portion of Sakhalin and the islands adjacent to it over which Japan acquired sovereignty as a consequence of the Treaty of Portsmouth of September 5, 1905.日本国は、千島列島並びに日本国が1905年9月5日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。ここでいう「千島列島」(Kurile Islands)の定義は明確ではありませんけれど、普通に考えれば国後択捉は千島列島の一部です。今までに国後と択捉が千島列島の一部ではない、という地理解釈に出会ったことは一度もありません。逆に、歯舞諸島と色丹島は、地図を眺めて自然に解釈すれば、これは北海道の一部であって千島列島ではないように思えます。(もっとも、ロシア側では、いわゆる千島列島を大クリル諸島、歯舞色丹を小クリル諸島と呼んでおり、どちらもクリル諸島と解釈しているようですが)つまり、サンフランシスコ平和条約によって日本は国後と択捉を放棄している、としか思えないのです。(歯舞と色丹は違います)実際問題として、平和条約締結当時は日本政府自身が、放棄した千島列島には国後・択捉が含まれると国会答弁を行い、その認識にもとづいて平和条約は国会で承認されています。それから5年後の1956年になって、日本政府は初めて「国後択捉はサンフランシスコ平和条約で放棄した千島列島の中に含まれない」と公式に言い始めたようです。(Wikipediaの記事による)5年も経ってからそんなふうに説明を変えても、今更遅いと思うのですが・・・・・・。もちろん、私は「だから北方領土はロシア領のままであるべきだ」と言いたいわけではありません。サンフランシスコ平和条約の規定は、未来永劫不変のものではありません。現に、条約の第3条は沖縄と小笠原を米国の信託統治下に置くことを定めていますが、その後1968年に小笠原、70年に沖縄が日本に返還されたことは、誰もが知るとおりです。サンフランシスコ条約では確かに放棄しました、でも、歴史的経緯から考えて日本の領土だから返還してください、という主張の方が、よほど理にかなっているように、私は思うのです。尖閣諸島や竹島と違い、北方領土は有人の地域です。千島列島は(南サハリンも)、1945年まで多くの日本人(アイヌも含め)が住んでおり、ロシア人は住んでいませんでした。彼らは全て日本の敗戦とともに島を追い出されましたが、まだ少なからぬ人々が主に北海道で生きています。私は、「固有の領土」なんてものはないと思っています。ただし、歴史的経緯を考えれば、1855年日露和親条約によって国後島と得撫島の間に国境線が引かれていますし、その後1875年には千島樺太交換条約によって千島列島全部が日本領とされています。(言うまでもなく、ここまでは戦争で奪ったものではない)その後、日露戦争によって南サハリンも日本が奪い取ります。この一連の経緯を見れば、千島列島はまったく正当な経緯によって日本の領土とされたことが分かります。その意味では、国後択捉だけではなく、千島列島全島が、本来的には日本の領土であるべきだろうとも思います。日本の主要政党の中では共産党がそのように主張しています。ただし、国後と択捉が太平洋戦争敗戦まで一度もロシア(旧ソ連)領になったことがないのに対して、得撫島以北は1875年まではロシア領だった事実があります。それに、今まで四島返還しか要求していなかった日本政府が今から突然全千島返還という要求を掲げるのは整合性がなさ過ぎます。何よりロシアが全千島返還に応じる可能性なんて120%ないでしょう。その意味で、全千島返還要求は、理屈としてはまったく正しいけれども、現実性はないと言わざるを得ないでしょう。もっとも、現状では四島返還だって、ロシアが応じる可能性はほぼ100%ないことも事実です。では、どうやって北方領土を返還させたらいいんでしょうね。私の考えでは、まずは現島民を味方に付けなければ、話は始まりません。現島民に「日本領になった方が得だぞ」と思わせるのです。日本人の旧島民が全員追い出された歴史的経緯はともかく、現在のロシア人島民だって、すでに65年の歴史があるのです。北方領土の現島民について、私の記憶では、かつては「返還されたらロシアに帰ってもらう」という政府の公式見解だったと思います。そんなことでは、現島民が返還に同意する可能性など、絶対にありません。しかし、調べたところ、現在では政府の方針は変わっているようです。(あるいは、もともとの私の記憶が間違いだったのかも知れませんが)外務省の北方領土問題QアンドAによると(Q8)北方四島に居住しているロシア人は、北方四島が我が国に返還された場合、どうなるのですか?(A8)現在、北方四島には約1万7千人のロシア人が居住しており、主に水産業・水産加工業に従事しています。我が国は、領土問題の解決に当たっては、現在北方四島に居住しているロシア人の人権、利益及び希望を十分に尊重していく考えです。この点については、日露両国の外務省が共同で作成した日露間領土問題の歴史に関する資料集(Q10参照)の前文においても、「日本政府も、領土問題の解決にあたり、現在これらの島々に居住しているロシア国民の人権、利益及び希望を十分に尊重していく意向である旨明らかにしている。」と明記されているところです。となっています。当たり前のことですよね。ただ、外国人として日本領の北方領土に住み続けるとなると、どうしたって権利の一部が制約されます。たとえば参政権など。いっそのこと、返還されたら現島民には日本国籍を付与します、もちろん、ロシア国籍も維持して構いません、二重国籍を認めます。くらいのことを言ってみたらどうかと私は思います。どのみち、仮に返還されたとしても、高齢化している旧島民の全員が帰島することは考えられません。新たに移住する日本人も多少いるでしょうが、北海道で過疎化が進行しているのに、北方領土にそんなに多くの人が移住するとは考えられません。観光地としては繁盛する可能性はありますね。そんなこんなで、現島民が「ロシア国民」のままだとすると、日本に返還されても住民の大半は外国人ということになってしまいます。それだったら、住民をみんな日本国民にしたほうがいいんじゃないでしょうか。その上で、返還されたらあんなプロジェクト、こんなプロジェクトと利益誘導を図る、土建政治的、あるいは鈴木宗男的アプローチではありますけれど、そうでもしなかったら現島民が北方領土返還になびく可能性など皆無でしょう。が、今となっては、そこまでやっても北方領土全部返還は無理かなとも思います。交渉ごとに妥協は不可避です。二島返還とか三島返還とか、面積等分案とか、いろいろな妥協策がありますが、二島返還ならロシアが応じる可能性は、多分ある。日ソ共同宣言当時にこの線で妥協していれば、二島返還はとっくに実現していたと思いますが、今となっては、二島返還といえども実現には相当の困難が伴うでしょう。でも、不可能ではない、と思います。問題は、日本側がその線で妥協できるかどうか、ですね。
2010.11.03
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http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101101-OYT1T01003.htm日米・日中・日露まで…菅外交「八方ふさがり」ロシアのメドベージェフ大統領が1日、日本側の中止要請を無視して北方領土訪問を強行したことで、外交面での民主党政権の危うさが改めて浮き彫りになった。沖縄の米軍普天間基地移転問題で日米同盟が揺らぎ、尖閣諸島問題で日中関係が悪化する中、日露関係でも新たな障害が持ち上がった形で、菅政権の外交は「八方ふさがり」との指摘も出ている。1日に緊急召集された自民党の外交部会では、前日まで菅首相、前原外相らが出席していたハノイでの東南アジア諸国連合(ASEAN)関連会議にメドベージェフ大統領、ラブロフ外相らロシア側も出席していたことを踏まえ、「なぜハノイで会談し、北方領土訪問への懸念を伝えなかったのか」などして、政府の対応を批判する声が相次いだ。自民党の小野寺五典外交部会長は終了後、記者団に「日本の尖閣問題での弱腰姿勢を見て、ロシアは強硬な対応に移った」と指摘した。民主党政権下、日本外交を取り巻く状況は急速に悪化している。鳩山前政権では、既定路線だった県内移設を否定して唐突に県外移転を打ち上げたあげくに迷走、普天間基地移設問題は暗礁に乗り上げた。日米関係を悪化させた鳩山前首相は米紙から「ルーピー(愚か)」とまで批判された。日米同盟のきしみを見透かしたように、中国は尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で強硬姿勢をみせている。(以下略)-----------------私も、民主党の外交はダメだと思います。ただし、その理由はこの記事の批判とはまったく異なりますが。民主党の外交は弱腰と批判されていますが、私はまったくそうは思いません。以前の記事でも書きましたが、民主党(あるいは前原外相)はむしろ、長期的な戦略がなく、場当たり的に強硬姿勢を取ったことが失敗の元だったと私は思います。一連の尖閣諸島を巡る問題で、一番正しい発言をしたのは、自民党の谷垣総裁だったとおもいます。谷垣は、今回の件について、「直ちに強制送還という選択肢もあり得た」と、当初は言っていました。それって正しいよと私は思います。事実として、自民党政権時代(小泉内閣の時)尖閣諸島に上陸した中国の活動家に対しては、そういう対応が取られています。(単純な不法入国と、漁船当て逃げでは多少事情の違う部分はあるにしても)海上保安庁が強硬上陸した活動家を逮捕し、しかしすぐに強制送還する。そのことによって、日本の公権力が尖閣諸島を実効支配していることを誇示しつつ、問題化を避ける上手い作戦だったと私は思います。ところが、当の自民党内で谷垣は批判を浴びて、発言を撤回してしまった。政権末期から始まって、政権転落以降、自民党はひたすら極右への道を突き進んでおり、今の自民党に当時のような柔軟な姿勢はとても期待できそうにありません。長期的な戦略の上で、勝算があっての強硬姿勢ならともかく、場当たり的に強硬姿勢を取って、結局チキンゲームに陥って腰砕けでは、子どもの喧嘩です。戦略も作戦もあったものではない。何でもかんでも強硬姿勢を取るのが「国家の誇り」だというなら、国家の誇りなんて亡国への道だというしかありません。日中首脳会談が土壇場でキャンセルされた件もそうです。もちろん、キャンセルしたのは中国側であり、そのことの非は中国側にあると思うけれど、でも、それを言えば中国側が怒ると分かっていて、外相会談の場で「尖閣諸島は日本領」と言ったのは前原外相です。何度も書いているように、私も、尖閣諸島は日本領だと思っていますので、そのことを日本政府が公式に主張することは正しいと思います。けれども、正しいことなら、いつでもどこでも誰にたいしてでも言ってよい、というほど外交とは単純なものでしょうか?少なくとも、首脳会談を実現しようと思っていたなら、それを言えば中国側が怒ると分かり切っている発言をあえて外相会談の場で口にするのは、あまりに行動が拙劣に過ぎます。もっとも、日本側も首脳会談など行う気がなくて、それをぶち壊すための材料を探していた、というなら分かりますけれど。北方領土へのロシア大統領の訪問問題も同じです。記事によると自民党の小野寺五典外交部会長は終了後、記者団に「日本の尖閣問題での弱腰姿勢を見て、ロシアは強硬な対応に移った」と指摘した。のだそうです。しかし、おそらく違うと私は思います。毎日新聞の解説によると、日本との領土交渉で、メドベージェフ大統領は「独創的アプローチ」に言及するなど問題解決に意欲を示していた。しかし、昨年7月に日本の国会が、北方四島を「日本の領土」と明記した改正北方領土特措法を採択。民主党政権発足後、四島に近い北海道の根室を視察した当時の前原誠司国土交通相(現外相)が「ロシアが北方四島を不法占拠している」と発言するなど、ロシア側の神経に触れる動きが続いた。こうした経緯から、大統領が「日本とは交渉の余地がない」と見切りをつけ、態度を硬化させた可能性もある。自民党政権時代の昨年5月も、当時の麻生太郎首相がロシアによる「不法占拠」と発言したことがあり、大統領はその後クレムリン(大統領府)で行われた河野雅治大使の信任状奉呈式で「容認できない」と異例の苦言を呈したことがある。----------------------とのことです。日本が弱腰だからではなく、前原が(自民党時代の麻生首相も)「不法占拠」と発言したこと、去年の北方領土特措法改正など日本側の強硬姿勢が今回の事態を招いたとの推測です。私は、こちらの推測の方が当たっていると思います。実際、北方領土特措法改正(自民党から共産党まで全会一致だった)に対してはロシア外務省が非難声明を出しています。私自身は、ロシア側からこのような反発が出たとしても、「北方四島は日本の領土」と公式に主張することは必要だと思います。でも、それに対して反発が帰ってくることは当然予測のうちでなければならないはずです。まして「不法占拠」云々で挑発するのはまったく余計なことというしかないでしょう。で、「なぜハノイで会談し、北方領土訪問への懸念を伝え」なかったのかと自民党は言っているようですが、今更そんなことをしても、メドベージェフが引くはずなどないじゃないですか。懸念を伝えて「はい、分かりました」となるくらいなら、とっくの昔に北方領土は返還されています。日本側の強硬姿勢に対するカウンターとして訪問しようとしているんだから、日本側が何を言ったところで、止めるはずがない。ロシア側は「大統領が自国の領土を訪れるのに他国と協議する必要はない」と言い切っています。それに対してどういう「強硬姿勢」を取れば、大統領訪問を阻止できるんでしょうか。戦争でも仕掛けるとというのですか?そんなこと、できるわけがありません。結局のところ、戦略なき強硬論、場当たり的「愛国主義」が日本を迷走させているとしか思えません。その元凶こそが、前原外相です。もっとも、今や極右政党となりはてた自民党も、もはや「前原並み」のことしか言っていませんが。
2010.11.01
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