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旧姓で議員活動すると紛糾する金沢市議会金沢市議会で28日、共産新人の中西美代議員が旧姓・広田で一般質問に臨み、議会運営委員会で対応が協議される異例の事態となった。中西議員は2009年の結婚後も、保健師として働く病院で旧姓を使用し、4月の市議選でも旧姓で立候補して当選。「広田」での活動を希望しているが、同市議会は、旧姓使用についてのルールが定められておらず、27日の議運で旧姓使用の是非について、議運内の小委員会で議論することを決めたばかりだった。しかし、黒沢和規副議長から「中西議員」と指名された中西議員が、「広田美代」と自己紹介したため、田中仁・議会運営委員長が反応。急きょ議運を開き、共産に対し、「ルールを定めようと動き出したのに、どうして先走って旧姓を名乗ったのか」と説明を求めたが、共産の森尾嘉昭議員は「自分の名前を呼ぶのは自然」と譲らず、議論は平行線をたどった。中西氏は旧姓を名乗ったことについて「支援者も中西姓になっていることに疑問を感じており、男女平等や人権侵害の観点から名乗った」と話した。一方、中西氏から意見を求められた山野之義市長は答弁で、「民間会社に勤めていた時は旧姓を使用していた方もいた。職場の文化や合意があってのことだと思う」と述べ、議会の議論の推移を見守る考えを示した。同市は、旧姓使用を認めており、女性職員11人、男性職員1人が使用している。金沢市議会事務局によると、石川県内では能美市議会で05年に旧姓の使用例があったという。-------一言でいって、ばかばかしいということに尽きる話です。もちろん、「旧姓使用がけしからん」と言っている輩が、です。自分の名字(旧姓)を名乗るのに、ルールもへったくれもあるか、というのです。だいたい、世の中を見回してみれば分かるはずです。今の時代、結婚しても日常生活では旧姓を使い続ける夫婦など、いくらでもいるということを。それとも、金沢では旧姓を使い続ける夫婦はいないのでしょうか。いや、そんなことはありません。記事によれば、当の市役所内では女性職員11人、男性職員1人が旧姓を使用しているし、石川県内の他の市議会でもすでに旧姓使用例があるとのこと。つまり、今まで旧姓使用のルールを定めてこなかったというのは、定めてこなかった側の対応が不備だった、という話に過ぎないのです。おそらく、今の時代に旧姓使用を認めないなどという時代錯誤的な話がまかり通る議会なんて、きわめて少数だろうと思います。まあ、おそらくどうにもならないようなゴリゴリ保守オヤジが議会を牛耳って、「旧姓使用なんてとんでもない」などと言って思考停止に陥っていた、というところではないでしょうか。そこに、よりによって共産党の議員から事実先行で旧姓使用を突きつけられて、論理もへったくれもなく感情的に反発しているだけ、というだけのことではないかと私は想像しますけれどね。
2011.06.30
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「脱原発」の株主提案、各地で否決 電力4社とJパワー東京、中部、九州、北陸の電力4社とJパワーは28日、株主総会を開いた。東京、中部、九州の3社で出されていた「脱原発」の株主提案は、いずれも否決された。ただ、東電福島第一原発の事故を受け、原発に対する質問が集中。6時間超の東電をはじめ、中部、九州とも所要時間は過去最長となった。東電の総会の出席株主数は、過去最多の約3倍となる9309人に達した。会場のホテルは、廊下に立ち見が出るほど混雑。総会の冒頭、議長を務める勝俣恒久会長は「原発事故と供給力不足による計画停電で、社会の皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけし、深くおわび申し上げます」と謝罪。株主の質問・意見は、ほとんどが原発への批判や経営陣への不満だった。議場内では、一部の株主が立ち上がって発言を求めるなど混乱もみられた。質問者は40人を超え、所要時間は通常の2倍近い6時間9分に及んだ。「脱原発」の株主提案は、8%の賛成を得て、例年の5%程度より増えた。浜岡原発を全炉停止した中部電力でも、原発の安全性を問う質問が相次いだ。所要時間は3時間40分。出席株主数は2688人で過去最多だった。九州電力の所要時間は3時間38分。1287人と過去最多の株主が出席した。総会後の記者会見では、真部利応(まなべ・としお)社長が節電に数値目標を設けない方針を明らかにした。これまで記者会見などで「原発が再開できないと電力不足になりかねない」として最大15%の節電を求める方針を示していたが、火力発電の燃料調達にめどがついたという。---------やっぱり、あれだけの事故を起こしても、東電は(各電力会社も)それでも原発にしがみつき続けたいんですね。それはともかく、株主総会って、何株以上の株主が出席可能なのでしょう。やっぱり1000株ですかね。仮にそうだとすると、今東電の株価が300円台だから30万円台か・・・・・・。さすがにそんな額は払えません。しかも、株価は更に下がるだろうしね。でも、東電の株価がもし100円を切ったら、1000株でも10万円以下。そうなったら、ひょっとしたら東電株を買ってみるかも(私は今まで株に手を出したことは一度もありませんが)。ところで、引用記事では「脱原発」の株主提案が否決されたとありますが、この提案は、日経の報道によると「新規の増設をせず、原子炉は古いものから順次廃炉にするように求めた」という内容だったそうです。即時全面停止というようなラジカルな提案ではなく、ごく穏健な内容と思うのですが、それでも東電は聞く耳持たなかったようです。現実問題として、これから先原発の新規増設なんて不可能としか思えないのですがね。そこまで原発に固執するのであれば、事故の賠償はすべて自分たちで賄う覚悟をもったらどうでしょう。
2011.06.28
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前原前外相「急激な脱原発はポピュリズム」 首相を批判民主党の前原誠司前外相は26日、神戸市内で講演し、菅直人首相が原発政策見直しに意欲を示していることについて「今の民主党は少しポピュリズム(大衆迎合)に走りすぎている。私も日本が20年先に原発をなくすことは賛成だ。しかし、振り子が急激に脱原発に振れた時、皆さんの生活が一体どうなるか考えるのが本来の政治だ」と批判した。首相が主導した中部電力浜岡原発の運転停止についても「止めることの是非と、止め方の是非を後で検証しなければならない」と語った。菅政権が検討する消費増税などについても「日本がかかっているデフレという病気を脱却し、安定した経済成長に移るまでは増税すべきではない」と慎重な考えを示した。 --------私は、民主党の中でも前原という政治家はかなり嫌いな部類に入ります。昨年の尖閣諸島を巡る日中間の紛争は、前原外相が場当たり的に強硬策を振り回したことで問題がこじれたし、北方領土問題でも、「不法占拠」発言がロシア大統領の北方領土訪問を招いた。戦略もなく計算もなく、バカみたいに硬直的に強硬論を振り回すだけでは、外交などとは呼べません。で、今回の発言です。急激な脱原発はポピュリズムなのだそうです。しかし、私はそうは思いません。原発依存から脱却には、節電という名の「痛み」が伴うことは、誰もが知っていることです。もちろん、その「痛み」の大きさの程度は、人によりけりでしょうが。むしろ、原発にこれほどの危険性があることを知りながら、それでも「電気がなければ豊かな生活ができないから」と原発を維持し続け、今までどおり、あるいはそれ以上にジャンジャン電気を浪費することの方が、よほどポピュリズムだと私は思います。そもそも、現在の民主党は「急激な脱原発」など主張していません。現に海江田経産相が点検中の原発の再起動を求めて、各県知事と対立しているではないですか。あの姿勢のどこが「急激な脱原発」ですか。前原は「私も日本が20年先に原発をなくすことは賛成だ。」と言ったそうですが、現在菅首相が打ち出している脱原発の方向性も、せいぜいその程度のものです。というか、菅は原発を減らしていくということは言っているけど、原発をゼロにする、とまで言っているでしょうか?その程度の姿勢が「急激な脱原発」に見えるということは、前原は口では「20年先に原発をなくすことは賛成だ。」と言いつつ、本震では熱烈な原発推進派なのだと解釈するしかないでしょう。
2011.06.27
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この週末は涼しい土日でしたが、先週は暑かったですね。金曜日には、朝はまじめにワイシャツを着て出勤しましたが、帰りは職場でワイシャツを脱いで鞄にしまい、Tシャツで帰宅しました。「スーパークールビス」などと言っていますが、さすが来客対応のある仕事でTシャツ1枚というわけにはいきません。でも、通勤中は関係ないですからね。ただ、自宅ではTシャツ短パンで過ごしているせいで、まだエアコンを稼働させていません。相棒には「あまり暑かったら無理するな」と言ってあるのですが(私自身は、平日日中は出勤していて自宅にいませんから)、どうやら相棒にとっては、24日の暑さでもクーラーなしで済んでしまったようです。風が強かったせいもあるのでしょう。ただし、エアコンは稼働していない代わりに、扇風機はフル稼働しています。以前の記事に書いたように、5月に新しい扇風機を購入しました。それまでは、千数百円の小型扇風機を台所用に使っていましたが、新たに購入した扇風機は9000円ほどの「高級品」です(サンヨーEF30SRF)。1000円でも9000円でも、「風を送る」という機能は同じです。消費電力もだいたい同じくらい。でも、いくつか大きな差もありました。一つは、音です。9000円の扇風機は、最弱に設定すると、かなり音が静かなのです。昨日、一昨日の晩は、睡眠時に扇風機をかけていましたが、音は全然気になりません。千円台の扇風機は、最弱にしても、就寝時に使うにはうるさい。それに、タイマーがあるから、扇風機を付けたまま就寝しても、時間で止めることができます。さらに、風量をかなり小さくできることも違いです。千円台の扇風機は、弱にしても風は強い。しかし9000円の扇風機は、「ソフト」に設定するとかなり弱い風になる上に、遮風板があって、これを広げるとさらに風が弱くできる。24日は東京で最高気温32.7度という猛暑でしたが、それでもエアコンなしで耐えられるものです。考えてみると、私の年代では、高校までは教室にクーラーなんてありませんでした。初めて「クーラーのある教室」を経験したのは大学生になってから。私が子どもの頃、実家には父の仕事場にしかクーラーがなかった。それでも、その当時(1970年代後半)、誰の家にも必ずクーラーがある、という時代ではまだありませんでした。いや、もっと時代が下がって、最初に就職したとき住んだアパート(1991年から、転職する94年3月まで)にも、クーラーがなかった。こちらのサイトに、主要家電の世帯普及率の推移があります。その元となった内閣府の調査結果はこちらです。(エクセルデータです)かつて「三種の神器」と呼ばれたテレビ・冷蔵庫・洗濯機に比べると、エアコンの普及は大幅に遅く、世帯普及率が5割を超えたのは、1985年のことです。私が高校3年生の年です。では、家にも学校にもクーラーがなかった頃、暑くて暑くて耐えられなかったかというと、そんな記憶はないのです。その頃、毎年夏になると大勢の人が熱中症(当時は「熱射病」と呼ばれていましたが)で亡くなっていたかというと、多分そんなことはないだろうと思います。もちろん、亡くなる人はある程度いたはずですが、今と極端に違うとも思えません。(そのあたりの統計数値は持ち合わせていないので、正確なところは分かりませんが)使えなければ使えないで、何とかなるものです。今年は3月時点での世帯普及率は89.2%、100世帯あたりの保有数量は259.9台というので、1世帯あたり2.6台(エアコンを持つ世帯の平均は2.9台)ということになります。世帯普及率自体は、2000年に86%に達して以降、ほぼ頭打ちになっていますが、台数はその後も伸びています。家庭の2台目3台目の需要があるからです。個々のエアコンは年々省エネ化が進んでおり、消費電力は下がっているはずなのに、電力需要の総体は減らない、その原因はこのあたりにあるようです。もっとも、エアコンの台数の伸びも、2006年に100世帯あたり255.3台に達して以降は、頭打ちになっています。電力需要も、不況のせいもあって近年は減少傾向にあります。
2011.06.26
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足止めの観光客800人、歩いて下山 長野・上高地長野県松本市の観光地・上高地に通じる県道と国道で起きた土砂崩れで、上高地に足止めになった観光客804人は24日、災害現場を歩いて通って下山した。同県は24日朝から土砂の撤去作業を始めたが、道路の地盤や橋脚が弱くなっており、同日中に車両を通すことは困難と判断した。上高地の宿泊施設で一夜を過ごした観光客は昼すぎにバスに分乗。現場手前で下車して徒歩で現場を通過し、迎えのバスに乗り換えて下山した。夕方までに岐阜県側に585人、長野県側に219人が下りた。長野県によると、県道と国道の復旧の見通しは立っていない。 -------こりゃまた大変です。でも、数年前にも同じようなことがなかったかなあ(うろ覚え)。上高地で交通が途絶した場合、徒歩での下山ルートはいくつかあります。まず、この記事にあるように、国道を徒歩で下る方法。これ、実は冬期の一般ルートです。冬場は釜トンネルの入り口(中ノ湯)までしかバスがいきませんから、登山者はそこから釜トンネルを歩いて上高地に入ります。私も、一度下山路でこのルートを歩いたことがあります。3月でしたが、トンネル内はカチカチのアイスバーンでした。ただし、車道が開通すると、このルートを徒歩で歩くなんてことは、普通はあり得ません。(車に轢かれてしまう)この方法だと、上高地から2時間も歩けば釜トンネルを越えて中ノ湯にたどり着けます。ただし、昨日の段階では、釜トンネルの入り口付近も土砂崩れで通行不能だったようですが。次なる手段は、明神まで行って、徳本峠を超えて島々、新島々まで歩くルートです。徳本峠は、今年のゴールデンウィークに行きましたが、その先は行ったことがありません。距離は上高地から20km、コースタイムは10時間以上です。もう一つの手段は、上高地から西穂高山荘まで登って、新穂高ロープウェーまで下る手段。これは、コースタイムは4時間半くらいです。ただし、徳本峠より西穂山荘の方が200mくらい標高が高いので、登りはキツイですけれど。多分、どちらかの手段で脱出した登山者はいるんじゃないかな。しかし、こういう事態になると、登山装備の人はどうとでも切り抜けようがあるけれど、観光客は厳しいですね。
2011.06.24
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もんじゅ炉内に落下した装置、回収へ 過去2回失敗日本原子力研究開発機構は23日午前、高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の原子炉容器に約10カ月間落下したままだった重さ約3.3トンの装置を撤去する作業を始めた。もんじゅは日本の核燃料サイクルの研究開発のために作られた。機構はこれまでに回収を2度試みたが失敗しており、今回の作業の行方は実用化計画に影響する可能性もある。燃やした以上のプルトニウムが生成するとされるもんじゅは、1995年のナトリウム漏れ事故で停止し、昨年5月、14年5カ月ぶりに再起動した。しかし同8月26日、核燃料のプルトニウムを装着する際に使う「炉内中継装置」(長さ約12メートル、直径46センチ)が炉内に落下。10月に作業を2回したが抜けず、落下の衝撃で装置が変形している。23日午前7時45分ごろから、作業員約20人が、装置の引き抜きに使う専用容器「簡易キャスク」(直径1.4メートル、最大長16メートル)の最終調整を始めた。-----------これ、原発を巡る問題点の象徴のような事件なのです。通常の原発(軽水炉)の動力源はウランです。天然状態ではウラン235(核分裂反応を起こす)が0.7%、ウラン238(核分裂反応を抑える)が99.3%という割合です。それをウラン235の濃度を高めた(5%程度)もの(濃縮ウラン)が、原発の原料になります。更に濃度を高める(80%くらい)と、原爆の原料になります。さて、しかしウラン235というのは貴重品です。埋蔵量もそれほど莫大というわけではありません。このまま原発を使い続ければ、数十年後にはウランは枯渇します。そこが考え出されたのがMOX燃料です。原子炉の中の使用済み核燃料には、プルトニウム239が含まれています。このプルトニウムを抽出してウラン238の混ぜ合わせたものがMOX燃料です。プルトニウムは原発(軽水炉)の使用済み燃料から、ウラン238は核燃料濃縮の際のあまりものから抽出された「廃棄物利用」というわけです。このMOX燃料専用の原子炉として開発されているのが高速増殖炉です。「増殖炉」という名で分かるように、この原発のうたい文句は、燃料として最初に投入した核物質より、核反応の結果生成される核物質の方が多い、ということになっています。それが事実なら、核エネルギーは事実上無尽蔵ということになります。まさしく「夢の核燃料リサイクル」です。・・・・・・・・事実なら、ね。現実には、「悪夢の核燃料リサイクル」というのが実態です。世界的に見て、高速増殖炉として有名なのが、フランスのフェニックスとスーパーフェニックスですが、トラブル多発によって最終的に撤退に追い込まれました。で、日本では、「常陽」と「もんじゅ」という2つの高速増殖炉があります。「常陽」は実験炉、「もんじゅ」も原型炉とされていますので、いずれも商業炉ではありません。このうち、「常陽」は2007年に事故を起こして、それ以来ずっと止まっています。そして、問題が「もんじゅ」です。1991年に完成して、95年8月に発電を開始したものの、その年の12月にナトリウム漏れ事故を起こして停止しました。通常の原発では、冷却材として水を使っています。しかし高速増殖炉の冷却材はナトリウムです。ナトリウムは反応性の高い金属で、空気や水に触れると燃える危険なものです。1995年のナトリウム漏洩事故の際も、漏れ出たナトリウムが燃えた。このとき漏れだしたナトリウムは原子炉本体からではなく、二時冷却系からの漏出だったので、放射能漏れはほとんどありませんでしたが。この火災事故から15年近い歳月を経て、昨年5月に運転再開をしたのですが、なんとその3ヶ月後に、再び事故が起こります。今度は、燃料交換時に原子炉内で燃料を仮置きする装置(炉内中継装置)が落下してしまった。落下した炉内中継装置は、衝撃で変形して原子炉内に引っかかってしまい、抜けない状態になっています。この状態のままでは、もちろん運転もできないし、かといって廃炉にもできない、引っかかった装置を何とか引き抜かないと、何をどうすることもできないというどうしようもない状況です。しかし、過去2回の引き抜き作業はいずれも失敗しています。落下の原因は、つなぎ目のボルトがゆるんでいたため、というのです。ゆるんでいたのは果たしてボルトだけだったのでしょうか。事故で長く停止していた原子炉が運転再開して、たった3ヶ月後のことですから、人間の心にも「ゆるみ」があったとしか思えません。結局、最初の運転開始から20年間で、稼働していたのは7ヶ月あまりに過ぎません。その間に起こした事故が2回、驚くべき事故発生率です。それでも、日本原子力研究開発機構は、中継装置の引き抜きが終わったら「もんじゅ」は運転再開するつもりだそうです。無理でしょう、どう考えても。大事故から復帰して、たった3ヶ月でまた事故を起こすような原子炉(あるいは、その管理体制)を、誰が信用しますか。核燃料という危険物をナトリウムという危険物で覆った、危険の上にも危険な原子炉が、こんな頻度で事故を起こして、それでも大丈夫だと思える方がどうかしています。結局のところ、高速増殖炉なんて代物は、人間が管理しきれる技術ではないと考えざるを得ません。今のままでは廃炉にもできないというのだから、引き抜き作業が成功しはてほしいと願うのみです。しかし、成功の暁には、廃炉しかないでしょう。
2011.06.23
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昨日(6月21日)、今年の最高気温を更新と書いたばかりですが、今日はさらに気温が上がり、東京の最高気温は31.9度、群馬では35度を超える猛暑日となりました。それに応じて東電管内の電力もうなぎ登りで、震災後最高の4129万KWに達したそうです。(午後4時台)が、しかし、言い方を変えれば、それでも4129万KWにしかならなかった、とも言えます。今日の気温は、例年で言えば「ふつうの真夏の暑さ」です。去年の夏は「異常な暑さ」。では、今日くらいの気温の時、東電管内で例年ならどのくらいの電力だったのでしょうか。去年のデータは残念ながら公表されていませんが、一昨年(2009年)のデータが公表されています。東京電力の「でんき予報」です。これによると、今日の最高気温と±1度以内の日の最大電力は、以下のとおりです。7月14日4940万KW(31.3度)7月27日5102万KW(30.9度)7月29日5104万KW(31.2度)8月13日4595万KW(31.7度)8月19日4887万KW(31.3度)8月20日5064万KW(31.6度)8月21日5089万KW(32.5度)8月28日4979万KW(31.4度)9月1日4699万KW(31.5度)東京電力の2009年でんき予報より8月13日がかなり低い数値なのは、世の中全体がお盆休みに入っていたせいでしょう。それ以外の日は、今日と同じ程度の気温の時は、だいたい4800~5100万KW程度の電気を使っていたのが、一昨年の状況です。それと比べると、今年はおおむね700~1000万KWくらい電力が少ない。それだけ節電が行われているということです。このまま行けば、たとえ今年が万が一去年並の猛暑になったとしても、消費電力は5200~5300万KW程度で収まる可能性が高いように思われます(昨年の最高は5999万KW)。電力不足の心配は、東電管内に関しては、まずなさそうです。もちろん、あくまでも現在程度の節電が継続していれば、という前提条件の上での話ですが。我が家は今日は扇風機がフル稼働でした。実は、これまで扇風機は台所(構造上、エアコンの冷気が届かない)用にしか使っていなかったのですが、今日は笛の練習用に使ってみました。笛の練習をするときは、窓を全部閉め切るからです。やってみると、窓を閉め切った部屋で扇風機の弱風でも、風を浴びながら笛を吹くと、さして暑くない。快適そのものです。欠点は、吹く向きを気をつけないと、息が風に流されてしまうことです。扇風機に向かって立つと、ちょっと音が出しにくい。扇風機に背を向けないとね。これからは、よほどの猛暑の時以外は、笛の練習時もエアコンは要らないぞ。何しろ、先日購入した扇風機の消費電力は、最大29W。ノートパソコン並みです。エアコンの消費電力の、多分20分の1くらいだと思います。追記今日6月24日は、東京の最高気温が32.7度、熊谷で39.8度という猛暑でしたが、東電管内の電力消費は4389万KWに止まっています。我が家は、今日も扇風機がフル稼働でしたが、エアコンは、今日も電源を入れなかったそうです。相棒によると「まだいらない」とのこと。確かに、風があればしのげる暑さではあります。6月分の電気使用量通知が来ました。137KWh。過去最低記録更新です。昨年比では、やはり3割以上の減。
2011.06.22
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今日(この記事を書いている今現在は、すでに日付が変っているので「昨日」ですが)の関東は今年一番の暑さ、各地で最高気温が30度を超えました。前橋で最高気温33.9度、東京(大手町)は、わずかに30度を下回ったものの、29.8度でした。もっとも、去年は6月から猛暑が始まっており、6月中旬にはすでに最高気温が30度を超える日がありました(6月16日と17日)から、それに比べると今年の6月はだいぶ涼しいようです。もちろん、これから先どうなるかは分かりませんけれど。我が家では、今年初めて台所に扇風機が出動しました。(私が帰宅したときには、もう使っていなかったけど)で、本日の東京電力管内のピーク電力は3816KW(午後4時台)でした。昨年の相当日(おそらく、同じ曜日となる22日を指すと思われます)は、最高気温29.2度で東電管内のピーク電力は4800~4900KW程度だったようです。つまり、去年とだいたい同じくらいの気温でも、電力は1000KWも減っているわけです。それだけ節電が行われている、ということです。去年の最大電力は5999万KW(7月23日)で、その日の東京の最高気温は35.7度。今年が去年のような猛暑になるかどうかは分かりませんが(去年のような猛暑の可能性は比較的低いと思いますが、確実ではない)、仮に同程度の猛暑になったとしても、消費電力はだいぶ減りそうです。今日の暑さでもこの程度の電力なら、東電管内で夏場に停電の可能性は、かなり少ないのではないかと思うのですが、どうでしょう。ちなみに、我が家は扇風機を今年初めて動かしたってレベルですから、もちろんエアコンはまだ全く動かしていません。というか、コンセントを入れていない。
2011.06.21
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3月11日の震災のとき、私は職場にいて、そのまま帰宅できませんでした。帰宅難民というわけではなく、帰ろうと思えば、11~2kmの距離を徒歩で3時間程度で帰宅できたと思います。私は通勤時はジョッギングシューズだし、10kmやそこらの徒歩は何とも思いませんので。ただし、実際には職業上の都合で職場に泊まり込んでいました。で、8時頃とりあえず夜食を買いに職場近くのコンビニに行ってみたら、ものの見事に何もない。カップヌードルとケーキだけあったので、それを買いましたが。そのときを皮切りに、震災の後しばらく物不足がかなり酷かったです。ただ、それも地域差があって、私の自宅周辺では、インスタントラーメンコーナーと缶詰コーナーには見事に商品がなかったけれど、それ以外の商品は普通にありました。でも、勤務先近くのスーパーでは、あれもないこれもないみんなない、という感じ。旧ソ連の国営マーケットみたいな。ガソリンスタンド周辺の行列は自宅近くでもありましたが、感覚的には職場近くのガソリンスタンドの方が行列の距離が長かったような。で、実は私自身は、ほとんど何も買いだめには走りませんでした。何故かというと、ほとんどのものは事前に買いだめしてあったからです。たとえば水。これは以前から2Lのペットボトル2ケース(12本)を買い置きしてありました。水は、災害用として意図して用意してあったものですが、特に災害用ということではなく用意してあったものもいろいありました。具体的には、ヘッドランプ、ガスコンロとガス缶、携帯ラジオ、アルファ米など。結果的には、23区内は停電にならなかったため※、これらの用意が実際に役に立つことはありませんでしたが。じゃあ、何でこんなものが我が家に常備されていたかというと、もちろん登山用品だからです。ガス缶なんて、一度山登りに行くたびに1缶買うのですが、実際1回の山登りで1缶使い切ることはないので、どんどん在庫が増える。気がついたら6缶も在庫が家の中に積み上がっていました。ヘッドランプも、何故か3個もある。それで気がついたのです。登山装備というのは、そのまま防災用品に転用できるのです。地震の後思ったのですが、いったん事が起こってしまうと、防災商品なんて、あっという間に在庫が消えてなくなります。事が起こってから買いに走っても、ほとんどの場合手遅れです。必要なものは、事前に準備しておかなくては。もっとも、「事前」といったって、いつ来るのか分からないのが災害というものです。今日防災用品を買って、明日地震が来れば役に立つでしょうが、5年後だったらどうでしょう。防災用品は手入れもされず、肝心の時は壊れていて使えないかも知れません。しかし、登山用品ならどうでしょう。登山を続けている限り、登山道具も使っている。つまり、「いざというときに壊れていた」という可能性はかなり低くなります。というわけで、無理なく防災用品を用意・管理したいなら、一番よいのは山歩きを趣味にすることだと私は思うのですが、どうでしょうか。それに、登山中に停電になったって、実害は何もありません。もともと電気がないところにいるんだから(山小屋の電気は自家発電)。ただ、岩場を歩いているときに震度7とかが来たら、命はないなと思いますけど。※何度も書いていますが、23区内に住んでいる者として、計画停電の対象から23区の大半が外されていたことには、ほとんど恥ずかしい思いすらします。
2011.06.20
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フォルクローレ・コンサート「アンデスのこだま」開催のお知らせです日時 7月2日(土) 午後4時30分開場/5時開演場所 江東区文化センター(地下鉄東西線東陽町駅下車)料金 前売1300円/当日1600円主催 関東フォルクローレ連盟 協力 江東区文化コミュニティ財団出演 ルセリート/リラ・アンディーナ/カルルナス/ミスティ※わたしinti-solは、出演予定はありません(受付か、ステージの上でマイク運びをしているかも知れません)出演グループが一部変更となっています
2011.06.19
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点検中の原発、運転再開求める 経産相「対策適切」海江田万里経済産業相は18日、東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓をふまえ、経済産業省原子力安全・保安院が7日に電力各社に指示していた各地の原発の緊急安全対策について、適切に実施されている、と発表した。海江田氏は「原発の安全性については国が責任を持って丁寧に地元に説明したい。原発の再起動をぜひお願いしたい」と述べ、定期点検で停止中の原発の運転再開を求めた。再開には自治体の理解が不可欠だが、追加対策でも安全面の不安解消には不十分との見方が根強い。再開が遅れれば、全国的に夏の電力不足が深刻化する。海江田氏は会見で、早ければ来週末にも自治体に自ら説明に出向く考えを示した。保安院は、原発事故を受けて3月末に非常用電源車設置などの緊急安全対策を電力会社に指示。5月に再起動を認めている。だが、福井県などが「対策が不十分」と難色を示していた。そこで、政府が7日に国際原子力機関(IAEA)に出した報告書をふまえ、保安院が電力会社10社と日本原子力研究開発機構に、炉心損傷をともなうような過酷事故(シビアアクシデント)対策を追加で取るよう指示。15、16両日に各原発に立ち入り検査した。保安院は、水素爆発が起きないよう原子炉建屋から水素ガスを逃がす手順の確認など、短期的な対策は適切にとられたと判断した。一方、政府がIAEAに出した報告書には、原子炉建屋の改造工事や専門的な人材の育成強化など、電力会社が数年かけて実施する中長期的な安全対策も盛り込まれているが、今回の追加対策には盛り込まれていない。保安院は今後、原発の再開問題をかかえる福井県などに説明にまわる予定だ。だが、自治体側には「(政府が5月に停止を要請して停止した)中部電力の浜岡原発(静岡県)との違いがはっきりしない」との意見が根強い。全国で54基ある原発のうち、震災の影響や定期検査(原則13カ月に1回)などで停止中なのは福島第一1~4号機を含めて35基。さらに5基は、電力需要のピークの8月までに定期検査に入る。関西電力は、福井県にある11基のうち、定検中の原発4基の再開に福井県の同意が得られる見通しが立たないため、7月から企業や家庭に15%の節電を要請している。-----------「経済産業省原子力安全・保安院が7日に電力各社に指示していた各地の原発の緊急安全対策について、適切に実施されている、と発表した。」とのことですが、保安院にしろ東電ほか各電力会社にしろ、その言葉を額面どおりに受け取れるだけの信頼性のある仕事をしてこなかった以上は、話半分に聞くしかありません。福島第一原発だって、事故前には安全対策は「適切に実施」されていたことになっていたわけです。そして、この大事故を経てもなお、事故現場では、被曝線量の管理がデタラメであるなど不適切な対応が多々行われているのが現実です。確かに、夏の電力不足はあるかもしれない。だけど、春先のような計画停電に至る可能性は、そう高いとは言えません。政府が呼びかけている15%節電が実効的に行われれば、計画停電は回避される可能性が高い。もちろん、だからといって「停電は絶対に起こらない」と断定することは出来ません。この夏に原発事故が起こる確率と、この夏に停電が起こる確率を比較すれば、それは停電の方が可能性は高いでしょう。その代わり、停電による被害と原発事故による被害、どちらの方がより深刻かと言えば、これは間違いなく原発事故です。停電なんてたいしたことはない、とはもちろん言いませんけれど、過去に多々例があることも事実です。この春の計画停電を別にしても、東京の大規模停電は各何回かの実例があります。前の記事で紹介した5年前の大停電の他、1987年夏にも大停電があったそうです(その当時私は大学生でしたが、Wikipediaの記事を読むまで、停電の記憶はありませんでした)。いずれも大事件ではあるけれど、原発の周囲数十キロが、半永久的に人の住めない土地になる悲惨さと経済的影響の大きさとは、比較になりません。さて、それでも私は、ある一つの条件だけ追加すれば、停止した原発の運転再開を認めてもよいのではないかと思っています。その条件とは、「202X年Y月末日をもって、必ず運転を停止して廃炉とする」です。ただ、そこまで踏み込むことができる知事がいるかなあ・・・・・。結局、最後は世論がすべてを決するのです。なあなあに原発の維持を認めてしまうのか、脱原発への道に足を踏み出すのか、運命の分かれ道はすぐそこに来ているかも知れない。
2011.06.18
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子ども手当:所得制限容認の方向 修正協議、玄葉氏に一任民主党は16日午前、子ども・男女共同参画調査会などの合同会議を開き、10月以降の子ども手当に関する与野党協議について、今後の対応を玄葉光一郎政調会長に一任することを決めた。これを受け、民主、自民、公明3党は同日夕に政調会長会談を開催し、具体的な調整に入る。自民、公明両党は所得制限導入を求めており、11年度の赤字国債発行に必要な特例公債法案成立に両党の協力を取り付けるため、民主党執行部は所得制限を受け入れる見通しだ。民主、自民、公明3党は今年4月、特例公債法案成立の前提として、子ども手当など歳出の見直しを明記した合意文書に署名している。玄葉氏は合同会議の冒頭、「(マニフェストの)実現は理想だが、野党の協力も得なければならない。妥協なしでは交渉が成り立たない」と述べ、所得制限導入に理解を求めた。これに対し、出席者からは「社会全体で子どもを育てるという理念を大事にしてほしい」など所得制限導入に反対する意見が相次いだ。また「国民との約束が守れないなら首相は即刻退陣すべきだ」として、首相退陣を求める意見が出た。合同会議は1時間を超え、最終的に玄葉氏に一任することを了承。出席者の一人は毎日新聞の取材に「特例公債法案成立のため、所得制限の導入もやむを得ない」ともらした。現行の子ども手当は15歳以下の子ども1人当たり月額1万3000円を9月分まで支給する。公明党の坂口力元厚生労働相は(1)3~15歳は月額1万円(2)3歳未満と第3子以降は月額1万5000円(3)所得制限額は旧児童手当の水準より上げる--ことを柱とする試案を公表し、民主、自民両党と調整している。--------実に馬鹿馬鹿しい修正だと私は思います。手当を1万円に減額、これは仕方がない。震災でお金がないのだから、増税などという前に子ども手当を減額するのはやむを得ません。しかし、そうである以上は、3歳未満と第3子以降は月額1万5000円、これは本末転倒と思います。しかし、最大の問題は、所得制限を復活させることです。確かに、高所得者に子ども手当は必要ない、というのは気持ちとしては分かります。だけど、所得制限と口で言うのは簡単ですが、対象者全員から挙証資料(源泉徴収票など)を集めて判定するのに、どれほどの事務的コストがかかるかを想像してみるべきでしょう。子ども手当にかかる総費用は、「ばらまき」ですべての子持ち世帯に子ども手当てを支給する方が、所得制限で支給対象を限定するより、おそらく安上がりでしょう。所得制限によって子ども手当の支給総額が多少減ったとしても、それを上回る事務コストの増があると思われるからです。それに、たかだか月1万円の子ども手当で所得制限をかけてみせるより、最高税率のアップの方が、所得の再配分という意味で、よほど意味があると思えます。
2011.06.17
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原発や電力不足を巡る議論をあちこちで見ていると、どうも怪しいなと思われる言説をいくつか目の当たりにします。改めて、それらを検証してみたいと思います。1夏場は老朽火力発電所を連続運転しなければならない、それは危険であるこの話の火元は、おそらく東京電力自身だと思われます。4月15日、枝野官房長官が、記者会見で以下のように発言したと報じられています。「本日、東京電力から私あてに供給力増強の経緯と今後の見通しについての報告があった。それによれば、火力発電所の地震からの復旧や、老朽火力の夜間も含めた連続運転などによる揚水発電、水を揚げて使う水力発電の活用などにより、4月8日に本部でとりまとめた今年の夏の電力需給対策の骨格で求めていた500万キロワット程度の供給力の積み増しができる可能性が高くなり(以下略)。」しかし、老朽火力発電所を「夜間も含めた連続運転」など行う必要は、本来ないはずです。昨年夏の東京電力管内の最大電力は5999万KW(7月23日)だったそうです。その日の電力需要をモデルとした、夏場の需要カーブ推計があります。http://www.meti.go.jp/setsuden/20110513taisaku/16.pdf(4ページ目)これによると、6000万KW近い電力になるのは、朝の10時頃から午後4時過ぎまでです。深夜0時頃から朝7時までは、4000万KWを下回り、夜中の3時4時頃は3000万KWも下回ります。一方、夏場ピーク時の東京電力は8月末に5620万KW。このうち、揚水発電の発電力が650万KW、「老朽発電所」の横須賀火力発電所が90万KWです。それらを引いても、おおむね4900万KW弱の供給力が見込まれるのです。揚水発電所の汲み上げ用電力を計算に入れても、夜間にまで老朽火力発電所を動かす必要があるとは思えません。それに、夏場の最大電力を記録する局面はごくわずかの時間です。東京電力管内で過去最高の電力を記録したのは2001年7月24日、6430万KWでしたが、この年6000万KWを超える電力を記録した総時間は、日数で6日間、時間では25時間に過ぎなかったとのことです(このサイトを参照)。去年夏については不明ですが、おそらく5500万KW(東電が見込む今夏の最大供給力)を超える電力を記録した日数・時間も、多くても十数日、50時間あるかどうか、というところだろうと思います。つまり、老朽火力発電所を動かさなければならない時間も、おそらくその程度ということです。2ドイツはフランスから電気を買って脱原発を言っているこれも、ドイツの脱原発の動きを見て、原発推進派がさかんに主張しています。たとえば、おきまりの産経新聞の「主張」よりドイツは原発停止で不足する電力を隣のフランスから輸入するが、フランス産電力の8割は原発で作られたものである。ドイツの脱原発は「自国内では生産しない」という名ばかりの「脱」である。(以下略)ヨーロッパ諸国は陸続きですから、送電線もつながっており、国の間で電気の売り買いが恒常的に行われています。その限りにおいてドイツがフランスから電気を買っていることは事実ですが、フランスもまたドイツから電気を買っている。トータルすると、どちらが多いかは年により、フランスがドイツから電気を買った量の方が多かった年もあるようです。検索したところ、2010年については、ドイツがフランスから購入した電力の方が多いものの、ドイツはフランス以外の各国にかなり電気を輸出しているため、全体としては輸入した電気より輸出した電気の方が多い、とのことです。ソースはこちらのブログでは、フランスとドイツの電力需給関係はどうなっているのか。それは以下のサイトの質疑応答が参考になります。問 フランスは原子力の割合が高いですが、夜間電力はどのように処理されていますか?答 フランスの場合は、日本と違っておよそ40基の原発で出力調整を行なっています。原発の出力のおよそ5%まで出力調整で増減させています。しかしフランスで重要なのは、需要と供給の季節ごとの変動です。冬は電力を使って暖房するので冬に需要が高くなります。フランスでは需要が一番少なくなる日は、日本と異なり夏です。需要が一番多くなる日はフランスでは冬で、その差は約3倍になります。この、冬のピーク時の需要にあわせて多くの原発を建てているわけで、クレイジーです。問 外国にも、夜間送電しているのですか?答 電力はスポット・マーケットでの電力取引が増えており、非常に短期では高価となります。このゲームにはルールはありません。基本的にはフランスはベース・ロード取引で輸出し、冬のピーク・ロード取引では輸入します。フランスは、原発をもつ国の中では、おそらく唯一出力調整運転を行っている国です。しかし、いくら出力調整運転をしているといっても、原発で火力や水力ほど急激な調整はできませんから、結局普段は作りすぎた電気が余ってしまい、どこかに売らなければならない、逆に暖房需要で消費電力があがると、供給が追いつかなくなって、どこかから買ってこなければならない、というわけです。つまり、「ドイツはフランスの原発から電気を買って脱原発を言っている」のではなく、むしろ「フランスは自国で出力調整できない電気を外国(ドイツ)に調整してもらって原発を維持している」と言う方が正しいのではないかと思います。3 電力供給が不安定だと、産業が海外に逃げるこれは、経団連など経済界から聞こえてくる声のようです。これは果たして事実でしょうか。企業の中には、ある程度そういうことを検討しているところはあるでしょう。実際に、そういう動きに出るところも多少あるかも知れません。しかし、一つ大きな問題が見落とされています。それは「じゃあ、海外なら電力は安定供給されるのか?」ということです。いわゆる先進諸国であれば、一部の例外を除いて多くの国で電力は安定供給されているでしょう。しかし、産業が海外に逃げる、というような話の時の「海外」は、米国やヨーロッパではなく、新興国、中進国と呼ばれる国々であるはずです。具体的に言えば、中国、インド、東南アジア諸国、ブラジル、メキシコなどです。結論から言えば、これらの国々の大半では、電力事情は厳しい。供給に余裕がなく、日本よりはるかに頻繁に停電が起こっています。ざっと検索して調べた限り、電力供給に大きな問題がないと思われるのは、タイとメキシコくらいです。中国、インド、ブラジル、ベトナム、フィリピンといった国々は、構造的に電力不足で、停電も頻繁にある。電気そのものの品質(電圧や周波数の安定性)も、おそらく日本より悪いだろうと思います。つまり、電力の安定性だけを理由にして、産業が日本から逃避するということは、ちょっと考えにくいと思われます。もちろん、他の理由(円高によるコスト上昇とか、そのほか諸々)のよる逃避は十分考えられるけど。
2011.06.15
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反原発、「集団ヒステリー」=石原自民幹事長自民党の石原伸晃幹事長は14日の記者会見で、福島第1原発事故後の反原発の動きについて「あれだけ大きな事故があったので、集団ヒステリー状態になるのは心情としては分かる」と述べた。表現が不適切との批判も出そうだ。石原氏は、代替エネルギー確保や製造業への影響など原発を止めた場合の課題を挙げて「『原発推進なのか、反対なのか』という問いがあるが、簡単な話ではない」とも語った。 -----原発の周囲20km以内(では済まず、避難区域は更に拡大していますが)が無人の荒野になり、その状態がおそらく今後数十年は続くであろうと思われるほどの大事故が起きて、それでもなお「原発は安全だ」と思っていられるとしたら、よほどの極楽とんぼと言うしかないでしょう。私はむしろ、この期に及んでそれでも原発に依存し続けようという人の方が、よほどヒステリーではないのかと思います。実際のところ、福島第一原発の事故が起こって以降の原発推進派の言説は、非常に低い。ただし、それ以前の彼らの言説の質が高かったかどうかは分かりませんけれど。もっとも、反原発派でも、広瀬隆(以前に当ブログで批判したことがある)などは、やっぱり言説の質が低いと言わざるを得ませんが。私も、たとえば今年来年にすべての原発を廃止するというのは現実的に無理だと思っているので、その点に関しては、「即時全面停止派」の反原発派とは意見を異にしますが、たとえばドイツのように今から10年後の廃止ということなら、充分に可能だし、そうすべきであると思っています。代替エネルギーは、何度も書いているように、当面のところは天然ガスによるコンバインドサイクル発電(天然ガスは、化石燃料としてはCO2の排出が少なく、コンバインドサイクル発電は原発よりエネルギー変換効率が優れている)の増備、将来的には自然エネルギー(太陽光と風力発電、それに地熱発電の組み合わせ)を中心にすべきというのが私の考えです。ところで、この石原の父親である石原慎太郎は、2016年オリンピックの招致に失敗してもなお諦めず、2020年オリンピックの開催地に再度立候補するそうです。20年夏季五輪招致へ=理念に「震災復興」-東京都東京都が2020年夏季五輪招致に乗り出す方針を固めたことが13日、分かった。東日本大震災からの復興を開催の理念に掲げる予定で、17日開会の6月都議会で石原慎太郎知事が正式表明する。知事は、20年五輪招致を4期目の公約に掲げている。また、5月下旬の記者会見では「たいまつの火は消さない方がよい」と述べ、招致への意欲を示していた。都は招致活動を進めるに当たり、今回の震災発生を受けて「国を元気にする目標が求められている」(都幹部)として、東北地方の被災地との連携も模索する-----この期に及んで、まだオリンピックのこだわっているというのが、何ともすごい執念ですね。だけど、東京は被災地ではないのに、「震災復興」を理念に掲げるというのは、どうなんでしょうね。それをやるなら、東京は立候補を辞退して、東北のどこかにその権利を譲るべきです。もっとも、今オリンピックに立候補しようなどという自治体は、被災地の中では皆無でしょうけれど。私は、前回のオリンピック立候補に関しては、積極的に賛成はしないけれど反対というほどでもない(どうでも良い、という感じに近い)という程度の考えでした。しかし、今からもう一度立候補するというなら、もはや「絶対反対」です。
2011.06.14
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震災の翌週3月14日から27日まで、2週間にわたって計画停電がおこなわれましたけれど、あの計画停電についてはどのような検証が行われたのでしょうか。私はずっと疑問に思っているのですが、2週間、土日を除いてほぼ毎日(停電が回避された時間帯はあるけれど)計画停電が行われるのと、電力供給が需要に追いつかなくなることで意図せずに起こる停電と、どちらの方がより被害が深刻だったのか、ということです。計画停電は、電力供給が需要に追いつかなくなったという「結果」に基づいて行われるのではなく、追いつかなくなるだろうという「見込み」に基づいて行われるものです。ということは、当然見込み違い、つまり実は停電させる必要はなかった事例はあったはずです。3月17日は、計画停電をやってもなお、需要が供給を上回り、泥規模停電の可能性があると発表されていましたが、結果としてそうはなりませんでした。計画停電とは言いながら、実際にはその計画が二転三転したため、無計画停電と揶揄されていました。つまり、停電の予定が事前に分かっていることによるメリットは、ほとんどなかったのが実情です。その一方、電力供給の危機は、マスコミで散々騒がれていましたから、もし計画停電ではなく、不意の停電に陥ったとしても、多くの人はある程度心の準備ができており、予想外の出来事とはならなかったはずです。全然計画的ではない「計画」停電と、事前にある程度予想される不意の停電。両者を比較して、「計画」停電にどれほどの利点があったのかは、いささか疑問です。今回の地震がらみを除いて、近年起こった大規模停電というと、2006年8月14日に起こった首都圏大規模停電があります。江戸川で、作業船がクレーンを高圧電線に引っかけたことで起こった停電事故です。停電世帯数は139万戸。私は朝の通勤時にこの停電に巻き込まれたので、よく覚えています。あのとき、地下鉄は止まりました。私は二つの地下鉄を乗り継いで通勤するのですが、どちらの路線も止まった。ただし、同時に止まったわけではなく、各路線の運行停止には、10分程度の時間差がありました。私は、ちょうどその時間差の間に、自宅から乗換駅まで行って、そこで立往生したのです。一方、JRはほとんど止まらなかった。確か、止まったのは京葉線だけだったはずです。JRは自前の発電所を持っているからです。駅構内の照明などは東京電力からの電力供給に頼っているため、駅構内は非常灯しか点灯していませんでしたが、それでも山手線はじめ列車は動いていました。今回の震災後の計画停電では、JRまで運休したようですが、5年前の停電時の対応と比較すると、どうも怪しい。「便乗運休」のたぐいではないのか、という疑念を抱きます。何しろ、JR東日本は、震災当日他の私鉄・地下鉄が当日中の運転再開を目指す中で、ひとり「本日中は運行再開しない」と決めて、駅構内からも乗客を閉め出すという挙に出た前科がありますから。ちなみに、この停電は8月14日ですから、夏の盛りの出来事でした。調べてみると、朝8時の東京の気温(停電発生は7時38分)は27.8度、9時28.7度、10時(その頃に地下鉄は復旧)31.1度、11時31.5度、12時31.4度(停電の全面復旧は12時20分)でした。去年のような酷暑ではないけれど、暑かったのは覚えています。あの時の大停電と、春の計画停電、社会的影響としてはどちらの方が深刻だったんだろうか。当然、あのときだって停電による熱中症患者もいれば、エレベーターへの閉じこめもあり、信号が消えたことによる交通事故だってあったのではないかと思いますが、そのあたりのところが報道されていた記憶がありません。交通機関に関しては、お盆期間中だったため通常日よりは通勤者がかなり少なかった分影響が少なかった点は割り引く必要があるでしょうが。
2011.06.13
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北アルプスを中心にした夏山の写真です。白馬大池。栂池方面から見ると、白馬岳の手前に位置しています。2002年夏の撮影。上記と同じ時の撮影で、白馬大池の少し手前、白馬乗鞍岳の麓付近のオオシラビソの木です。五龍岳の夜明けです。2008年8月、ちょうどこのブログを開設した直後の山行ですが、その当時は記事にしていませんでした。五龍岳。上記と同じ時に五龍岳から唐松岳に向かう稜線上から撮影しました。五龍岳から唐松岳に向かう稜線は、岩場岩場また岩場。空身ならいいのですが、テント泊の荷物を担いでいると、私の山の実力では相当きつかったです。立山です。唐松岳に着いたあたりでの撮影だったと思います。写真左手の遠景は薬師岳、手前の立山連峰は、一番左手が龍王岳(2872m)、御前沢カールを挟んでその右の一番高く見える一帯が雄山(3003m)・大汝山(3015m)・富士ノ折立(2999m)、内蔵助カールを挟んで右が真砂岳(2861m)・雪渓の谷を挟んで一番右のピークが別山(2880m)。同じ場所から見た剱岳。新田次郎の「点の記」の舞台です。私には・・・・・・・登れないかな。唐松岳の山頂。上と同じ時の撮影です。ここからの下山路は初心者向けコースで、難しいところはありません。あまりに有名な構図で、説明不要かも知れませんが、上高地の河童橋付近から岳沢・穂高連峰を撮影しました。2000年夏の写真です。ネガフィルムで撮影しています。これも、同じ山行の際に三俣山荘から槍ヶ岳を撮影したものです。このときは、小屋泊まりで荷物も比較的軽く、私も脚力があったから、初日は上高地→槍ヶ岳、2日目槍ヶ岳→三俣山荘、2日目三俣山荘から鷲羽岳を往復して鏡平小屋、4日目新穂高温泉に下山と、かなり飛ばして縦走したのでした。最近は、厳冬期以外はほとんどテントだし、脚力も当時ほどではないので、そんなスピードで登るのはキツイかな。これもネガフィルムの撮影です。参考までに、去年の夏、↑と近い位置から同じく槍ヶ岳を撮影した写真が↓です。(このときの写真は、既に当ブログで紹介済みですが)上の写真は三俣山荘より早朝6時頃の撮影、下の写真はそれより少し南で400mほど高い位置の三俣蓮華岳山頂から午前10時頃の撮影なので、多少条件は違いますが、被写体はだいたい同じです。ネガとポジの写真の違いが、よく分かるかと思います。
2011.06.12
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計画停電対象外地域に荒川、足立を追加東京電力は9日、万が一、今月20日以降に電力需要が供給を上回る恐れが出た場合に実施する計画停電について、運用方針を発表した。1都8県の供給エリアは、原則として3月と同じ5グループに分ける。ただ、東日本大震災の被害が大きかった地域などは対象からはずす。具体的には、茨城県の全域、千葉県浦安市の一部、我孫子市、旭市などだ。東京23区については、前回は停電対象地域があった荒川区と足立区も含め、すべてを対象外とする。停電時間は1グループあたり2時間程度と、前回よりも1時間短くし、回数も1日1回とする。実施は、2時間前までにメディアなどを通じて発表する。東電は毎日午後6時頃、ホームページに「でんき予報」を掲載している。7月1日からは、翌日の電力需給の切迫度を4段階で示す。最高レベル(予想最大電力がピーク時の供給力の97%以上)の場合、政府が「需給逼迫警報(仮称)」を出し、計画停電実施の可能性が高いことを知らせる。-----3月の計画停電時は荒川区と足立区が停電区域に入っていましたが、夏場は23区すべてを計画停電区域から外すそうです。あれ、確か3月の時点では、夏場の計画停電は23区も含めるように見直す、と報道されていたような気がするのですが、記憶違いかなあ。私は、23区内の住民で計画停電にあったことがないのですが、非常にいたたまれない気分です。停電格差が激しすぎる。より現実的な話をするなら、本当に電力供給が危ういなら(本当のそうなのかどうかは後ほど検証するとして)、23区という圧倒的な電力消費地を聖域にして、その他でいくら停電しても間に合わないんじゃないのか、と思います。もちろん、計画停電があろうがなかろうが、我が家はこれまでもこれからも、できる限りの節電は実行していきますけどね。以前にこのブログで書きましたが、我が家の4月5月の電気使用量は、いずれも前年比3割以上の減です。当然のことながら、今年これまでのところ自宅ではクーラーを(それどころか、扇風機さえも)つけたことはまだありません。我慢しているわけではなく、「つけないと暑い」と思ったことがない。(笛の練習のために窓を閉め切っている間だけは、「ちょっと暑いかな」という感じはしますが、我慢できないほどではない)ところが、自宅ではそうなのに、職場では暑いんです。もちろん、職場でもクーラーは稼働していません。だから扇風機が盛大に回っています。幸い、現在のところは扇風機を回せば充分に耐えられるレベルですが。自宅だと平気なのに、職場だと暑く感じる理由は、いくつかあります。一番大きいのは、自宅ではTシャツに短パンですが、職場ではいくら薄着でもそうはいかないこと。私は1年中ネクタイはしないのですが、まさかTシャツに短パンで勤務はできません。そして、自宅と職場の人口密度の違いもあります。人数以外にも、熱源となる電子機器も多い。更に、建物自体が、外気を取り込みやすいような構造になっていません。クーラーなしの夏を越す前提じゃないから、開けられない窓や大きくは開けられない窓もある。どうしても空気の流れが悪い。しかも、通勤の満員電車でぎゅうぎゅう詰めになって、既に体が「予熱」された状態で出勤してくる。そんな条件が重なって、自宅は暑くないのに、職場ではいつも暑い。まあ、目下のところは扇風機で間に合うレベルではありますが、真夏はちょっとキツイいと思われます。政府は、スーパークールビズと言っていますけど、まさかお客を相手にする業務でTシャツ短パンというわけにはいきませんからねえ。いや、本当は「そうなるべきだ」と思っているのですが、社会的合意がないのに1人でそんなことはできませんし、社会的合意を得るのに、今からこの夏までは時間がなさ過ぎます。ただ、梅雨が明けたら、電車内のクーラー稼働状況によって、通勤だけはTシャツにしようと思っています。職場に着いた時点で、その上を着ればよいだけのはなしですから。-----ところで、夏場に本当に計画停電が必要になるのでしょうか。東京電力は、3月の計画停電が終了した後、いったんは、「夏場も計画停電は実施しない」と発表したはずです。それが何で「実施するかも」に変わってしまったのか、その経緯がやや不可解です。もちろん、「万が一の事態」に備えることは必要ですが、それは「夏場も計画停電は実施しない」と発表した当時だって同じです。東京電力の公式見解によると、この夏の電力供給力は、7月末に5520万KW、8月末に5620万KWだそうです。確かに、この数字は例年の電気使用量と比べれば、非常に余裕のないものです。結局のところはこの夏の暑さがどの程度になるかによりますが、昨年夏のような猛暑となった場合、昨年夏の最大電力は5999万KWですから、まったく節電なく例年どおりの電気の使い方だと、パンクは必至です。でも、震災以来企業も一般家庭も、決して「例年どおり」の電気の使い方はしていません。だから、これまでのところ電力消費は昨年比で大幅に下がっているわけです。仮に昨年夏のような猛暑になったとしても、電力消費が昨年並みになる可能性はないと考えられます。単純に言って、5999万KWから10%削減すれば5400万KWで、今夏の供給力内に収まります。政府が言っているのは15%削減ですから、これなら5100万KW、余裕があります。15%節電が守られそうにない、という見込みならともかく、守られる見込みであれば、計画停電という状況ではないように思われます。ところで、一昨年(2009年)の夏のことは皆さん覚えているでしょうか。みんな、巨熱夏の酷暑のことは言うけれど、一昨年夏のことは言いません。この年の最大電力は7月30日の5450万KW(午後2時から3時まで)、それに次ぐのが7月16日の5411万KW(午後2時から3時まで)です。つまり、一昨年夏のレベルなら、まったく例年どおりの電気の使い方でさえも、電力不足は起こらない(相当ギリギリのラインではありますが)ということになります。一昨年の夏が冷夏だった、という記憶はまったくありません。気象庁のサイトで調べてみると、最高気温は33.9度(7月19日)、8月の日最高気温の平均が30.1度です。これは平年値を1度ほど下回りますが、冷夏というほどでもなく、ごく普通の暑さと言えます。この夏が去年並の猛暑になるか、一昨年並の普通の夏になるか、それは神のみぞ知る、というものです。去年8月の東京で月平均気温29.6度というのは観測史上最高値ですが、それまでに月平均気温が29度を超えた月は、東京では2008年8月(29.0度)と1995年8月(29.4度)の2回あります。今年はどうでしょうか。酷暑でもそうでなくても、「節電しなくてよい」ということにはなりませんけれど、節電すれば計画停電は不要と思えるんですがね。何となく、「原発動かさないと計画停電してやるぞ」という脅しのような気がして、嫌な感じがしてしまいます。
2011.06.11
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昨日の記事で、自民党の山谷えり子という極右政治家が、国会でばかげた質問をして、それに答えられなかった枝野官房長官を、れいによって極右新聞産経新聞が批判的に報じていることについて、記事を書きました。・・・・・・ところが、なんとこの話には続編が生じてしまったのです。その産経新聞の朝刊コラム「産経抄」の本日分です。天皇陛下は初代の神武天皇から数えて第125代の天皇である。それでは区切りとなる50代目の天皇はといえば、西暦794年に平安遷都を行った桓武(かんむ)天皇だ。さらに第100代は南北両朝の合一がなった後小松(ごこまつ)天皇ということになる。▼平安遷都といえばずいぶん古いことのように感じられる。だが日本の歴史の始まりからすると、天皇の代数で50代もたっている。南北朝時代もかなり昔というイメージだが、有史以来現代までの5分の4程度のころのできごとで、「ついこの間」のような気がしてくる。▼日本の歴史の重要なことがらも「第何代天皇のころ」として見れば、ぐっと分かりやすく身近に感じられる。しかしそんな日本の歴史も、枝野幸男官房長官にはあまり関心事ではなさそうだ。一昨日の参院決算委員会での「答弁」でそう感じた。▼山谷えり子議員が、天皇、皇后両陛下の被災地ご訪問にからみ「天皇陛下は何代目の天皇かご存じか」と尋ねた。これに対し枝野氏は「存じません」と答えたそうだ。日本人なら誰でも知っていると思っていただけに、このニュースは衝撃的だった。▼確かに戦後の歴史教育は神武天皇についてすら教えてこなかった。昭和39年生まれの枝野氏だから無理はないとの見方もあろう。だが歴史や皇室に少しでも関心のある人なら、簡単に調べられることである。しかも枝野氏は菅直人首相の後継候補に名前があがり、政府の中枢にいる。▼もし首相となれば、外国要人との会談の合間に「日本の天皇は何代続いていますか」と聞かれるかもしれない。答えられなければ国として恥をさらすことになる。政治家は国の将来だけでなく、その歴史も背負っているのである。-----------・・・・・・もう、なんとコメントしたらいいのか、私には分かりません。「もし首相となれば、外国要人との会談の合間に「日本の天皇は何代続いていますか」と聞かれるかもしれない。答えられなければ国として恥をさらすことになる。」だそうですが、そんなことを聞く外国要人がいるとは思えません。それとも、山谷えり子なら、米国大統領(国務長官でも国防長官でも駐日大使でもいいですが)との会談で、わざわざ「米国の大統領は何代続いていますか」なんて聞くんですかね。仮にそのような愚問を発したとして、そんなどうでもよい質問に答えられないことが「恥をさらす」ことになるとも私は思いません。「平安遷都といえばずいぶん古いことのように感じられる。だが日本の歴史の始まりからすると、天皇の代数で50代もたっている。南北朝時代もかなり昔というイメージだが、有史以来現代までの5分の4程度のころのできごとで、「ついこの間」のような気がしてくる。」↑いや、何を言っているのですが、天皇家の歴史はそんなものじゃありませんよ。天皇家には2億6710万年の歴史があるのです!恐竜と同じくらい昔から、天皇家は連綿と続いているのです、偉大なのですっっっっっっ。いや、まじめな話をすると、「皇紀0年」というのは、西暦で言うと紀元前660年ということになります。日本の歴史では、縄文時代末期または弥生時代初期にあたります(縄文時代と弥生時代の境界には諸説ある)。縄文末期から稲作は始まっていたようですが、それにしても農耕が始まったごく初期の段階です。まだ文字もない時代に「神武天皇」なる人物が存在した、などというのは神話であって歴史ではない。同じ神話なら、恐竜時代に神武天皇がいたと言う方が、スケールがでかくて良いじゃないですか。参考までに、初期の天皇の生没年と年齢を挙げておきます。1代 神武天皇 紀元前711年生・前585年没 126歳2代 綏靖天皇 前632年生・前549年没 81歳3代 安寧天皇 前577年生・前510年没 67歳4代 懿徳天皇 前553年生・前477年没 76歳5代 孝昭天皇 前506年生・前393年没 113歳6代 孝安天皇 前427年生・前291年没 136歳7代 孝霊天皇 前342年生・前215年没 127歳8代 孝元天皇 前273年生・前158年没 115歳9代 開化天皇 前208年生・前98年没 110歳10代 崇神天皇 前148年生・前29年没 119歳11代 垂仁天皇 前69年生・西暦70年没 139歳12代 景行天皇 前13年生・130年没 143歳13代 成務天皇 84年生・190年没 106歳14代 仲哀天皇 137年生・200年没 63歳15代 応神天皇 201年生・310年没 109歳16代 仁徳天皇 257年生・399年没 142歳17代 履中天皇 336年生・405年没 69歳18代 反正天皇 336年生・410年没 74歳いやあ、日本人って昔に比べてずいぶん短命になったんですねえ。5代から13代まで、9代続けて100歳以上の長寿です。すごいですよね、今の医療は何なのでしょうね。というのは冗談として、こんな公式設定を「歴史」として信じるならば、天皇家は恐竜時代から万系一世と言ったって、似たようなものでしょう。2600年の歴史というのは、こうやって水増しされた結果なのです。もちろん、私も「初代」の神武天皇の名前くらいは知っているけれど、そのような空想の産物のことなど知らなくたって別にどうと言うことはないし、「日本の歴史の重要なことがらも「第何代天皇のころ」として見れば、ぐっと分かりやすく身近に感じられる」なんてのは、頭の中に天皇家のことしか詰まっていない「天皇信者」だけの話で、世のほとんどの人は全然「ぐっと分かりやすく身近に感じら」れないでしょう。ところで、こんなことを叫んでいる産経新聞自身、紙面には「皇紀」を記載しているのでしょうか。私は、産経を購入したことはありませんが、図書館で読んだときの記憶を遡ると、皇紀が紙面に記載されていた覚えはありません。少なくとも、公式ホームページに記載はありませんね。
2011.06.08
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枝野長官、今上陛下が第何代か「知らない」枝野幸男官房長官は6日の参院決算委員会で、現在の天皇陛下が第何代なのかについて「知らない」と述べた。天皇陛下は初代神武天皇から数えて125代目にあたる。枝野氏は今年が皇紀何年(2671年)にあたるかも答えられなかった。山谷えり子氏(自民)に対する答弁。------こんな馬鹿馬鹿しい質問をする極右政治家山谷えり子、そして、答えられないことが悪いかのようなスタンスで報じる極右新聞産経新聞。どちらも壊れているとしか言いようがありません。政治家がこんな知識を持っていなければならない義務など、まったくない。天皇家125代なんてのは、もともとウソなのです。日本の歴史がはっきりと記録に残っているのは6世紀頃以降です。それ以前の天皇は、実在性がかなり怪しい。いつ以降の天皇が実在するかは諸説ありますけれど、少なくとも「神武天皇」が実在ではないことは、間違いない。Wikipediaによると、考古学的に実在性が証明される最古の天皇は雄略天皇だそうです。「雄略」という名「天皇」という称号で当時呼ばれていたかどうかは、かなり怪しいですが、それに相当する人物がいたことはおそらく事実なのでしょう。その雄略天皇が「第21代」ですから、それ以前の20代は実在性がかなり怪しい。だいたい、初期の天皇は軒並み100歳以上の長寿を全うしたことになっています。「消えた高齢者」じゃないけど、現代日本だってそんなのあり得ないのに、2000年前にあり得るはずもない。ま、神話は神話として信じるのは自由ですが、興味のない人間がそんなものを覚える必要などまったくありません。皇紀何年なんてのも同様です。バカか、と思います。もっとも、私は今が皇紀何年かは計算できますけどね。1940年に皇紀2600年という祝賀行事をやったことを知っているからです。※でも、そんなことが計算できることは何の自慢にもならないし、日常生活においても、政治の世界においても、なんら必要な知識ではないでしょう。戦前の価値観に生きる時代錯誤政治家と時代錯誤新聞がおかしなことを口走っている、ということでしょう。しかし、それこそ今というときに、国会でこんなバカげた質問をやっている場合か?と思うのですが・・・・・・。それにしても、改めて自民党の質的劣化の著しさを実感しました。こういう時代錯誤政治家、時代錯誤新聞は、そのうちに「お国のために命を原発に捧げよ」とか言い出すんじゃなかろうか。※「皇紀」2600年(1940年)に制式採用した海軍の戦闘機が、末尾の数字を取って「零式艦上戦闘機」と命名されたのは有名な話です。陸軍は同じ年に採用された兵器に零式ではなく「百式」と名付けています。(百式司令部偵察機、百式重爆撃機「呑龍」、百式短機関銃など)そして、旧陸海軍は、最初から兵器の制式名称に「皇紀」を用いていたわけではありません。有名な三十八式歩兵銃は、皇紀2538年の採用ではなく、明治三十八年の採用です。ではいつから「皇紀」を使い始めたのか、正確ではありませんが、おそらく1929年からではないかと思います。この年に採用された陸軍の戦車は八十九式中戦車(1929年)、その前年に採用された海軍の戦闘機は三式艦上戦闘機だからです。戦後の自衛隊では、陸上自衛隊だけが「××式」という命名法を旧軍から引き継いでいますが、年号は西暦です。
2011.06.07
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ペルー大統領選挙決選投票現時点での最新情報によりますと、開票率87%で、オリャンタ・ウマラ51.25%、ケイコ・フジモリ48.74%大接戦ですが、開票率が上がるごとにオリャンタ・ウマラがわずかに得票率を上げており、どうもウマラが勝ちそうです。現大統領アラン・ガルシアは、アプラ党(アメリカ革命人民同盟)出身で、かつては「ペルーのケネディー」なんて呼ばれ、1985年の大統領選で圧倒的な支持を得て当選しました。その当時の彼は中道左派の立ち位置にいました。しかし、それから4年後、私がペルーを旅行した1989年当時は、経済が破綻してほとんど瀕死の状態でした。とにかく毎日毎日通貨(当時の通貨単位はインティ)の米ドル交換レートが下がっていくのです。1ヶ月の間に半分近くまで落ちました。その年の年間インフレ率は7000%だったそうです。で、彼は次の大統領選の決選投票ではアルベルト・フジモリを支持したのですが、フジモリは当選後にアラン・ガルシアを汚職などの容疑で訴追、彼はコロンビアに逃亡しました。そのフジモリが失脚すると、アラン・ガルシアも逃亡生活を終えてペルーに帰ってきたのですが、その間に中道左派からゴリゴリの親米保守に大転向。前回大統領選はアラン・ガルシアとウマラの決選投票になったのですが、激しい非難合戦に終始し、さらにウマラを支援するベネズエラのウーゴ・チャベス大統領との間にも非難合戦が飛び火し、大使を召還などという事態にまで至っています。結局、決選投票で勝ったのはアラン・ガルシアでしたが。というわけで、現大統領アラン・ガルシアとオリャンタ・ウマラの間には深い深い因縁があるのですが、かといってケイコ・フジモリも、その父親のアルベルト・フジモリとアラン・ガルシアの間には深い深い因縁があります。(前述のとおり、フジモリはかつてアラン・ガルシアを訴追しており、逆にアラン・ガルシアも2007年にチリから強制送還されたフジモリを逮捕している)つまり、簡単に言えば、現大統領アラン・ガルシアにとっては、「もっとも嫌な奴ら」同士の決選投票になってしまった、ということです。まあ、ご愁傷様というところですが。それにしても、南米における左派の伸長は依然として続いています。それに比べると、日本は・・・・・・ため息しか出ません。
2011.06.06
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我ながらかなり情報が遅くて、今更という感じもあるのですが、福島第一原発の計画避難区域で耳なしウサギが生まれたそうです。ネットで大論争に…白い「耳なしウサギ」は本当にいた5月21日、耳のない白い子ウサギを撮影した2分あまりの映像が、動画投稿サイト「YouTube」にアップされた。投稿者は紹介文で、撮影場所を福島県浪江町としており、ネット上では真贋論争を含めて大きな反響を呼び、再生回数は約100万回にまで伸びた。今回、その飼い主が取材に応じ、耳のないウサギは確かに実在することが判明した。「耳なしウサギ」の飼い主は、同町に住む杉本祐子さん(56)。約18年前からウサギを飼い始め、知人から譲り受けたり、ペットショップで買ったりして少しずつ数を増やし、現在は大人のウサギだけで21羽を飼育している。ウサギ小屋は、ハーブや山菜など自然あふれる私有地に設けられていた。福島第1原発からは30キロ以上離れている。ウサギは春が出産シーズン。小屋の中にある巣穴で出産するため、耳なしウサギがいつ出生したかは、正確にはわからない。5月7日にうっすら毛が生えている状態の赤ちゃんウサギを確認し、同月11日には「まだ目が開いていなかった」ということから、4月末ごろに出生したと杉本さんはみている。取材した5月28日には、フワフワの真っ白な毛に包まれ、手のひら大の大きさになっていた。耳のないウサギは、ほかに3羽のきょうだいがいるが、いずれも耳はあった。YouTubeへの投稿は、今月半ばに耳がないウサギがいるのを知人が発見。ビデオ映像に撮影し、杉本さんがコメントを付けてアップされた。「珍しいウサギがいるというという気持ちで、原因が何かを知りたかった。今まで耳のないウサギは生まれたことがないから」といい、原発問題を社会に訴えるといった意図はなかったという。だが、反響は予想外に大きく、閲覧者のコメントの中には、誹謗中傷だけでなく「警察に通報する」「逮捕される」などと脅迫めいた書き込みもあった。杉本さんは「だれかがあの手、この手で映像を削除させようとしていた。体調が悪くなり、なかなか眠れない日もあった」というほど困惑したという。ウサギはすくすくと成長しているようだ。しかし取材時、カメラのシャッター音にきょうだいのウサギはすぐ反応したが、耳なしウサギは鈍かったことから、杉本さんは「聴力に問題があるかもしれない」と話している。耳がない原因については「地震で親ウサギに何かのストレスがあったかもしれないが、まったくわからない」といい、親ウサギも含めて研究機関に分析してもらう用意があるという。福島第1原発の事故を受け、政府は4月22日に「計画的避難区域」を定めた。浪江町は全域が第1原発の事故発生から1年間の積算放射線量が20ミリシーベルトを超えるおそれがある地域とし、「おおむね1カ月」で避難を完了させる方針を打ち出している。このため、今回の取材には放射線量計を持参。法的に原発から半径20キロ圏内には入れないため、それ以外の場所のみ移動した。同町内での最大値は毎時65マイクロシーベルトだったが、耳のないウサギのいる場所からは10キロ以上は離れていた。杉本さんは自前の線量計で自宅周辺を測定し、積算を試算したところ、積算量は年20ミリシーベルトを超えないことが分かったため、避難するつもりはないという。耳のないウサギは自然界で生まれてくるものなのか。複数の獣医師、研究者に問い合わせたが「見たことがないし、研究もしていないのでコメントできない」などの回答しか得られなかった。大阪府泉南市にあるブリーダー直営のウサギ専門店「シーズラビトリー」経営者、松島請弥さんは「数多くウサギの赤ちゃんを育ててきたが、うちでは見たことがない。ただし、生まれて間もないころにお母さんの歯が当たり、耳が切れてしまうことがある。2本とも耳が切れてしまった子もいたが、傷口は残る。毛をかき分けてみれば分かる」と指摘する。そこで記者は耳なしウサギを触らせてもらったところ、耳があるはずの部分はわずかに突起物のような感触もあったが、やはり毛で覆われているのみだった。-----問題の動画はこれです。こういう記事が、あの産経新聞に出るとはかなり意外でした。「耳があるはずの部分はわずかに突起物のような感触もあったが、やはり毛で覆われているのみだった。」とのことですから、物理的に耳が切断されてしまったという可能性はないでしょう。(生後1ヶ月ということは、1ヶ月以内の負傷ですから、当然傷が残っていなければおかしい)ということは、先天的に耳がなかった、ということになります。さて、その原因は何でしょうか。現段階ではそれをはっきり断定することはできません。福島第一原発の事故と関連があると、現段階では証明することはできません。が、誰がどう考えたって、関連性が疑われます。先天的に耳のないウサギというのが世の中で、時々でも存在するものであるなら、たまたま偶然ということもあり得ますが、私は耳のないウサギなんて聞いたことがない。記事によると数多くウサギの赤ちゃんを育ててきたウサギ専門店の経営者も見たことがないと言います。それがよりによって、原発事故の1ヶ月半後の福島県浪江町で生まれた(ウサギの妊娠期間は約1ヶ月とのこと)、ということは、状況証拠的には放射能の影響を疑わざるを得ません。まあ、今のところは1例だけです。今後もし、福島周辺で同様の例が続発するようであれば、これはもう状況証拠的には真っ黒と言わざるを得ません。ただし、そのときになってあわてふためいても遅いでしょう。刑事裁判の鉄則は「疑わしきは罰せず」ですが、医療や公衆衛生の鉄則は「疑わしきは罰する」です。つまり、断定はできないが有害かもしれない因子は、排除するのが鉄則です。安全確保も同様です。大きな地震があったからといって、必ず津波が起こるわけではありませんが、だからといって「津波が来ると断定できるまでは避難の必要がない」ということにはならないのは、言うまでもないでしょう。今回の「耳なしウサギ」は、現時点では放射能の影響だと断定はできません、だけど、状況証拠的にはかなり怪しい。ということは、放射能の影響でそういうことが起こる(かもしれない)という前提で物事を考えておいた方が良さそうです。実際のところ、今回の事故よりずっと小規模だった米国スリーマイル島の原発事故でも、事故後に動植物の奇形が多発したことが知られています。そこから考えれば福島でも同じことがさらに大規模に起こるであろうことは、まず間違いないのです。おそらく、同じような奇形が今後続々と見つかることになる可能性が高いでしょう。
2011.06.05
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ドロドロと汚らわしい政界の話題ばかり見ていると、気が滅入ってしまいます。北海道の大雪山系の最南端に位置する富良野岳です。2006年7月、家族旅行で北海道に行った際、1日だけ相棒と別行動をとって登ってきました。この山、全山花花花、花だらけの山なのです。富良野岳で撮影したエゾハクサンイチゲ。この群落が一面に広がっていました。富良野岳の翌年は、知床に行きました。やはり家族旅行の途中一日だけ別行動で、羅臼岳へ。この山も高山植物が豊富でした。写真はチングルマ。下山時にエゾヒグマと鉢合わせしたのは、この山でのことです。大雪山の主峰、北海道の最高峰旭岳です。2003年8月の撮影です。2000年8月、南アルプスの仙丈岳です。仙塩尾根の上部からの撮影です。仙丈岳の登山者は大部分が北側の北沢峠から登り、山頂南側の仙塩尾根は、登山者があまりいません。(この写真はネガフィルム使用)上記と同じ時に撮影した、ウスユキソウの写真です。ウスユキソウは、エーデルワイスの和名です。ヨーロッパアルプスでは幻の花だそうですが、日本の山ではたくさん生えています。(この写真もネガフィルム使用)南アルプスの最高峰北岳山頂から甲斐駒ヶ岳を撮影しました。2004年夏です。上記と同じ時、北岳山頂から富士山を撮影しました。日本第二の高峰から日本最高峰を撮ったわけです。富士山の写真はあちこちで撮りましたが、私個人としては、これが一番のお気に入りです。これも同時の撮影です。南アルプスで北岳に次ぐ高さの間ノ岳です。
2011.06.04
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未曾有の大震災からまだ2ヶ月、原発事故は終息の見通しすらないこの時期に、内閣不信任案を出した自民党、与党でありながらそれに乗ろうとした小沢派。狂っているとしか思えません。菅政権には、私も愛想を尽かしています。全然ダメだと思う。しかし、では小沢政権ならうまくいくのか、私は全然そうは思わないのです。たとえば、子ども手当や高速無料化。もともと私はこの二つに関して、あまり賛成ではなかった(高校無償化には賛成)のですが、震災以降は特に、今その政策にこだわっているときではなかろうと思っています。が、小沢はこの状況でもなお、子ども手当完全実施と高速無料化に執着しているようです。谷垣政権も同様です。谷垣は、こんなことを言ったそうです。谷垣総裁 “解散”発言を批判「菅総理大臣の周辺は『決議案が可決された時は選挙だ』と解散権をちらつかせているが、東北3県はまだ県議会議員選挙もできていないのに、そんなことができるのか」と述べ、衆議院の解散・総選挙の可能性に言及する民主党幹部の発言は不謹慎だと批判しました。-----言っていることが、あまりにどうしようもなさすぎる。確かに、被災地では統一地方選挙もまだ実施不可能なのに、総選挙なんてあまりにばかげているとは、私も思います。だけど、曲がりなりにも政治家として、過去に内閣不信任案が可決されたとき、時の政権がどういう選択をしたか、谷垣だって知らない訳じゃないでしょう。(知らなかったら、政治家として無知にすぎる)内閣不信任案が可決された場合、総辞職か解散総選挙か、いずれかを選ぶことが憲法に規定されています。しかし、内閣不信任案が可決されたことは過去4回ありますが、時の政権が総辞職という選択肢を選んだことは一度もありません。すべての例において、解散総選挙の途を選んでいるのです。つまり、過去の実例において「不信任案可決=解散総選挙」なのです。その内閣不信任案を提案しておいて(上記の発言は提案前のものですが)、可決しても解散するなって、その言いぐさは「馬鹿じゃなかろうか」なのです。解散総選挙がいけないなら、内閣不信任案など提案しなければよいのです。解散が「不謹慎」なら、内閣不信任案はそれ以上に「不謹慎」です。菅政権の震災対応、原発事故への対応は、確かによくない。しかし、少なくとも原発事故に関して、自民党には民主党を批判する資格など、一切ない。過去40年以上にわたって原発を推進し、「安全神話」の名の下にまったく安全ではない状況を作り出してきたのは、2009年までの自民党です。菅政権の数少ない得点の一つは、浜岡原発の停止だと私は思っているのですが、自民党政権だったら、それもやっていないでしょう。別の記事によると、「ある派閥領袖」はこんなことを言っているそうです。ある派閥領袖「顔に泥、何もかもぶちこわしだ」民主党との連携が誤算となり、怒りが収まらないのが、自民党の派閥領袖やベテラン議員らだ。伊吹文明元幹事長は記者団に「この醜態、民主党のゴタゴタを見れば、国民が不信任を突きつけるべきだ」とぶちまけた。伊吹氏や森元首相らは、小沢元代表の周辺や鳩山前首相と接触を重ね、4月中旬以降、谷垣氏に「不信任可決に必要な数がそろっている」との見通しを繰り返し伝えた。こうした長老議員の間では、不信任案が可決されれば小沢元代表らとの連携も視野に政権を奪還する、というシナリオも検討されたが、あては外れた。ある派閥領袖は、「何もかもぶちこわしだ。こっちの顔にも泥を塗られた。小沢氏も怒っているだろう」と吐き捨てた。-----表向きは「菅政権の震災対応が」と言っていますが、一皮むけば、そこには被災地への支援も原発事故への対応も何もない。ただ政治的打算と権力の座への回帰の野心だけであることが、見事に吐露されています。こんな時に内閣不信任案が可決されていたら、その方がよほど「何もかもぶちこわし」だし、「こっちの顔にも泥を塗られた」なんてのは、「ザマーミロ」としか言いようがない。民主党もひどい醜態を晒したのは歴然たる事実ですが、自民党が権力欲のためにやらかした醜態も、それに負けず劣らずです。とにもかくにも、内閣不信任案は否決されました。良かったと思っています。菅政権がよい、とは思わないけれど、不信任案が可決されて政治的混乱状態に陥るよりは、まだマシです。
2011.06.02
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間に他の記事が2回入りましたが、山の写真集第2弾です。雪山(冬~春山)のうち、北アルプス以外(八ヶ岳)のものを。2002年12月31日の朝、八ヶ岳の天狗岳から南アルプスを撮影しました。右から仙丈岳・甲斐駒ヶ岳・北岳です。上記と同じ時に撮影した写真です。左側が東天狗岳、右側が西天狗岳(2645.8m)。2006年12月に、八ヶ岳の硫黄岳の稜線に出るところ(森林限界付近)で撮影した樹氷群です。硫黄岳です。見てのとおりの快晴ですが、風は激烈でした。(雪煙で分かると思いますが)この山は、12月末から1月の時期に4回登っているのですが、そのなかでもっとも気温が低かったのがこのときでした。何故そう言えるのかというと、この写真の後すぐにシャッターが凍り付いてカメラが動かなくなったからです。樹林帯まで下山して風が途切れると、すぐに動くようになりましたが。あとの3回は、山頂までシャッターが凍り付いたことはありませんでした。気温何度でシャッターは凍り付くんでしょう。ただし、風に関しては、このときが一番強かったわけではありません。4回登ったうち1回だけ無風だったことがありますが、あとの3回は、立っているのが辛いほどの烈風でした。同じ時、横岳と赤岳です。その場では気がつかなかったけれど、プリントした写真を見ると、まるでおとぎの国のような雰囲気になっていました。同じ時です。シラビソの枝が雪の重みでみんな垂れ下がっています。これは2008年の12月30日に撮影した八ヶ岳の主峰赤岳です。同じ時、夕暮れの横岳大同心。同じく夕暮れの赤岳。こんなに良い天気だったのに、翌日横岳に登ったときは、猛吹雪でした。登りはかろうじてよかったのですが、下りは眼鏡が曇って、足下のトレースが見えなくて参りました。このときの山行については、以前にこのブログに記事を書いたことがあります。(写真はない)
2011.06.01
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