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結局今日もヨコハマあたりでは雨も降らず、セミがうるさい一日だった。ミンミンゼミとツクツクホウシは鳴き声ですぐわかるし、ジージーうるさいのはアブラゼミでシュワシュワ鳴くのはクマゼミだろう。ただし今朝は家の中にもアブラゼミがいた。夏も終わりに近づくと、早朝の外廊下などではしょっちゅうセミを見かける。弱って仰向けになっている奴らを見つけるとせめて土の上で死になと中庭に投げてやる。ところが今朝はベランダを開けて外の空気を入れているとバタバタと物音がしていた。ユキちゃんとシマコはそそくさとベランダへ出て興味津々で何かをのぞいていた。そして程なくシマコがアブラゼミをくわえて家の中に戻ってきたのだ。思えば最初に飼った猫のうじは、半分外猫のせいでよくセミや小鳥などを持ち帰った。ひどい時には一晩に2度も3度もセミを捕まえてきて家の中に放って遊ぶのだが、至近距離でセミに鳴かれるとうるさい事この上なかった。昔もそうだが猫たちはセミを殺すわけでもなければ食べるわけではないのだが、おもちゃにされるセミはたまったものではないだろう。また、こちらとしても最終的にバラバラになったセミなどは見たくないし、ベッドの陰などで息絶えてしまうのも気持のよいものではない。で、いつも頃合いを見てセミを取り上げて外に放っていたのだった。今朝のセミはあまり元気がなかった。シマコに咥えられて投げられ、前足で容赦なくどつかれていた。もう飛ぶ力もないのかと気の毒に思い、早めに救出して窓の外に投げてやると予想外にバタバタと飛んでいった。久しぶりの家セミの様子が、夏の終わりを教えてくれたようにも思う。
2014/08/26
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台風が来ているわけでもないのに、ただの低気圧が局地的集中豪雨を引き起こしてしまう。降水量が100mm/hを超えてしまうのも珍しいことではなくなった。そしてこの傾向は今後減る事はない。かつての温暖な気候といわれた日本は遠い昔になってしまった。一方、災害に関する情報はかなり充実してきている。市町村のHPをちょっと覘くだけでも「液状化マップ」「洪水ハザードマップ」「内水ハザードマップ」「土砂災害ハザードマップ」などの情報が即座に入手できる。少し調べる気になれば、ボーリング調査による地質情報もすぐに確認できる。例えPCが無い場合でも数時間かけて役所で調べれば事足りてしまう。広島の土砂災害のニュースを見ると、1999年にも同様な土砂災害が起きているという。元々崩れやすい花崗岩ベースの斜面だという事は周知の事ではなかったのか?土石流の危険が高い地域に指定されているのも公表されていたのではなかったのか?そして近年、局地的集中豪雨が頻発している事は誰でも知っている。気の毒ではあるが、「何故あんな危険な地域に住んでいる(住み続けている)のか?」「根拠のない安心はどこから?」と不思議に思ってしまうのも事実だ。賃貸住宅ならともかく一生の買い物として持ち家を購入するのなら、都市計画と共に自然災害のリスクを調べておくのは当然のことだと思っている。例えば150~200万円のクルマを買う時でも結構調べたり比較したりするのだから、家を買う時にはその10倍は労力をかけても決しておかしくはないと思う。地域情報を自分で調べもせずに住宅価格に重きを置くのは最も愚かな選択だろう。もし自分が危険なエリアに住んでいる事を確認しているのなら、自分や家族の命を守るために引っ越す事も真剣に考えても良いのではないだろうか。大規模な災害に見舞われる前なら土地・家屋の売却も可能だろうし、計画的な引っ越しなら地域コミュニティや学区から離れない事も充分可能だ。自然災害に襲われて住む家が無くなって住宅ローンだけ残るのは最悪だ。その後の生活再建どころか一家離散の可能性すらある。仕事上の転勤ならば殆ど人は受け入れているのだから、命や財産を守るための引っ越しを受け入れられない事はないだろうと思っている。
2014/08/20
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7月26日に起きた「佐世保市高1女子殺害事件」の報道が気になっている。警察による断片的な情報リークはかなり意図的な臭いがする。「問題児だった子が、母の病死・父の再婚などをへて徐々に精神を病んだ末の凶行で、家庭(父親)や学校にも何らかの問題があった」という解り易い構造を求めたのだろうか。「父親を尊敬していた」「父親の再婚には賛成していて継母が来てくれて嬉しかった」、という情報が先ではワイドショーも週刊誌もあまりバカ騒ぎしてくれない。名士の家族、実母の病死、父親の再婚、娘との別居などの家庭環境や、知能が高く芸術やスポーツの才にもたけていたが問題行動を起こしていた娘。確かに何だかんだと色眼鏡で見て騒ぎ立てやすい状況があったかもしれない。しかし、ありそうなストーリーでは友達を殺して解体することなど全く説明できない。やはり彼女は初めて認知される「少女のサイコパス(精神病質者)」ではないだろうか。「サイコパス」は先天的な人格で疾病(精神病)などではない。元々良心が無く、善悪の判断も無く、心の欲するままに行動し、その行動に一切責任を負わない。もちろん「サイコパス」だからと言って全てが殺人鬼や凶悪犯などでは無いが、冷酷・残酷な行為でも躊躇せず罪悪感も持たないことから反社会的な存在になりやすい。そして更生・矯正できるものではないため、社会にとってはかなり厄介な存在なのだ。加害者の高1女子が「サイコパス」だとするとすべてが説明され納得できる。「小学生の頃から人間の身体に興味を覚えた」のがそもそもの始まりだろう。小学校の時に同級生に洗剤や漂白剤などを中身を変えながら何度も給食に混ぜたのは、いじめや悪ふざけなどではなく一種の人体実験ではなかったのではないだろうか。「猫を殺して解剖するようになった」というのは、とりあえず人間の代わりに「殺害・解体」という手順を学習してみたのだろう。そして「人間を解剖したいと思っていた」というのが彼女の究極の、そして純粋な欲求だ。合理的に「人間を殺害・解体」するための対象を選ぶとなると、まず同居している家族だ。外で見知らぬ対象者を探すのは大変な事だし、場所も自宅の方が何かと便利だ。実際、思い留まったとはいえ「好きだった」という実母に目を向けている。そして「尊敬している父親」を我慢できずに襲ったが未遂に終わったという事なのだろう。一人暮らしになってからはかなり「殺害・解体」の対象が限られてしまったハズだ。たまにしか家を訪れる人はなく、しかも来るのは親でも教師でもどちらも手ごわい大人だ。そんな中、家に呼ぶ事もできた「仲の良い」同級生は絶好の対象だったと思われる。彼女にとっては合理的な判断なのだろうが、被害者はたまったものではない。彼女は逮捕された後、きちんと食事・睡眠をとり、冷静に受け答えしているという。もちろん反省も後悔も謝罪の言葉もない。恐らく「悪い事・してはいけない事」をしたという認識は無いと思われ、もしかしたら長年の願いがかなった事によりむしろ満足しているのかもしれない。一般的な殺意などもなく彼女にとっての殺害は単なるプロセスでしかないのではないか。過去の類似例などに基づいて彼女の行動を説明しようとするのは陳腐ですらある。ちなみに「神戸・酒鬼薔薇事件」と同一視するのもバカげている。確かに今回と同様に猫を殺すようになり、児童を襲って殺し、頭部を切断しているが、彼の目的は性的興奮を得る事でありサディストによる快楽殺人だった。また彼は凶器や遺体を隠すという隠ぺい工作を行い、手紙により捜査かく乱も図っている。つまり明らかに警察に捕まるような「悪い事」をしたという認識があったのだ。さて「高1女子」は今後どの様に扱われるのだろうか。かつて小学校の学級崩壊が顕在化した時期に、殆ど無視された一つの意見があった。「今の子供は脳の前頭葉の発達形態が異なってきたため自制心に乏しい」という趣旨で、あたかもこれまでとは違う異形の存在が現れているというものだった。家庭・学校・地域の変化を何らかの要因としなくては何の対策も立てられないため、結果として黙殺されてしまったのだろうと考えている。「サイコパス」も前頭葉が一般人とは異なっていると考えられ、認めたくない存在だ。しかも「少女のサイコパス」となるとほとんど例がないのではないだろうか。もちろん今でも異形の存在に有効な対応策などないため、後で「後悔していた」などとしてパーソナリティ障害とかに落ち着いてしまいそうだ。
2014/08/06
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