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最高裁判所で判例があって、印鑑さえ合っていれば誰が引き出しに来ても、簡単な検査だけで盗まれた預金を引き出されても、銀行側には何の過失も無いなんて信じられるだろうか?キャッシュカードで引き出されると判り易いので、逆に窓口に行ってお金を引き出すとどうも犯人の顔が映らないのではないかと思ってしまうのだ。これでは被害者はどうしたら良いのか分からなくなってしまいます。そして判例があるからと言って、それだけで済む問題ではないと思います。理由ははっきりしています。確認作業が印鑑と名前の漢字の照合だけです。これではかなりの騙しが出来ます。この番組で見る限り、名前の照合が完全に確認されていません。また印鑑も現実には偽物を作ることが出来ます。勿論この場合には銀行印が手元になければ出来ませんが、それをコピーをすれば簡単に出来ます。それだけに現在のパソコン技術では、偽物を作ることが出来る範囲が広いということです。はっきり言えることは、現在の我々が守られているという法律の中では、本当は何も守られていないと判断できる事柄が多いことです。報道番組で見る限り、かなりの被害が出ています。確かに被害者となった人にも落ち度はあるかもしれません。それは通帳がとられてしまったということです。そして印鑑も同じように盗まれてしまったのが大きな原因です。それだけに手元に通帳を置いておくことと印鑑を置いておくことはとても危険だということです。だから被害者はしっかりと予想しなくてはいけないのではないでしょうか。誰に対しても自分が被害者であるこを訴えることが出来ます。でも被害者にならないようにすることは大変しんどいことです。どうしたら被害者にならなくて済むのか、そういったことを常に考え実行しないと、今の不安な社会では守りようがありませんね。危機管理という言葉がありますが、やはり被害者ならないためには、自分自身がどのように考えて行動し生きているか、そして確実にどのように実行しているかを詳しく見つめ直すか反省するかをしなければならないのではないでしょうか?やはり泣きごとを言う前に、銀行側も助けるつもりはないと判断するのが正しいかもしれません。誰を信じたら良いのか分からないと人はよく言いますが、詐欺をする人が増えて来たりしていますから、自分のことは自分で守らなければならないことがはっきりと解ると思います。昔はこんなことなどあまり起こらなかったと思っていますが、現実は今の社会となんら変わらない社会であったと思います。だから自分で自分を守ることが本当に大切なことだと思います。自分は決してこうならないだろうと思っていても、実際どうなるかはわかるもんではありません。危機管理を大切にして、よく理解して、実行して行くしか道がないようですね。銀行をあてにしていてはダメかもしれません。それだけ銀行も危機管理不足だということを証明しているだけです。しっかりと自分を守って行きましょう。
2003年04月30日
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お母さんと言ってもまだ二十代後半です。そして子供は二人。そして離婚しています。腰が痛いので、私の家の近くの薬店さんで私の事を聞いて来たのだといいます。治療はそれ程大変なものではなく、医学的には腰仙関節が問題を起こし、三年前から痛んでいました。治療後の時間があったので、彼女と話をしていて思いました。本当に彼女は素直な元気な女の人です。しかし出来ちゃった結婚をしたために、どうしても正確に相手の事を理解しないまま、そのままにして結婚生活をしていたようです。そして暴力をふるわれ、もうこのままだと良くないと思い分かれたそうです。子供が二人居ました。そして水商売をしながら、今までやってきましたが、その限界を感じているようです。それで私はそれ以外に自分の生きる道を探しているのかと聞いてみました。そうしたら福祉関係の道に行きたいといいましたので、賛成しました。何処までやれるのかは判りませんが、彼女だったらやり遂げれる人だと思うのです。心の確信を持っています。また自分の両親も別居していると云う事ですが、歴史は繰り返されます。そして自分の子供も、同じ様な境遇で生きているために、また同じ歴史を作る可能性は大きいのです。その可能性を作らないようにするためにも、彼女がその一族の流れを止める強い気持が必要に成ります。彼女は思い余って、自分の左腕にナイフを入れています。それだけ自分を責めてきたのでしょうが、その心を責める事が必要ではない事だけは判ってくれました。きっと彼女は立ち上がれますし、それだけの大きな心を持っています。それだけの苦しみを自分で乗り越えてきたのですから、きっとそれだけの正しい道がまっていると思っています。しかし確実にその道が待っている訳ではありません。やはりそれなりの努力と勇気とその他のエッセンスが無ければやっていけないのも事実です。でも私は感じています。この女性なら、きっとやり遂げるだけの強い意志を持っていると。心は本当に明るい人です。その心を大切にして欲しいと願って止みません。
2003年04月28日
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戦争がおこるのは、国だけの問題ではなくて、人々の心の中にある沢山の「自分さえ良ければいい」という問題だといえます。人々の心の中にある、「人に対する不信感、信頼感の欠如、嫌悪感の増大等々」の問題があるんではないでしょうか?またサーズのような病原菌が蔓延するにも理由があると感じます。その理由とは一人一人が考えなければならないと思いますが、無理矢理理由を作る必要もありませんが、歴史的にその地域や世界情勢が問題が起こったときに現われているような気がします。人間が「考えて行動する動物」だという事は間違いは無いのですが、他に「未来を創造する事が出来る動物」だという事も言える動物だという事実です。未来を創造しているという事を理由にすると、このサーズの問題も実は人間が大きく関係している理由にはならないでしょうか?ウイルスは特定の場所に存在しているものです。その特定の場所で生きている存在が、何らかの事情で表に出てきたという事が言えるのです。デボラウイルスにしても、確かアフリカだったかジャングルに住んでいたウイルスが、開発の影響力によってこの社会に導き出されたといわれています。今まで大人しく、自分の宿主の所で生きていたのに、その他のところで安全に生きて来たウイルスが、突然暴れだしたといわれていますが、そうではないと思います。やはり沢山の宿主が居る現在社会の中で生きて行く術を持ったことが現実なんだと思います。それだけにこの社会が抱えている問題が、実際に大きな問題だと思います。この様な人間社会が正しい社会だとは思っていません。人間不信が心の中心にある以上、愛情を中心に確立する社会を建立されるには、しっかりと心の中を入れ替えなければなりませんね。そうでないと、もう人間同士の関係はもっと殺伐とした関係になって、まだまだ病原的な問題や、天変地異の問題等々が規模の大きい問題が発生すると感じています。勿論それでどの様な形で死んでも一緒なんですが、死ぬ事が問題ではありませんが、これ以上の問題は人間をはっきりとした暴力の方向に進ませていく事だと感じます。この肉体が滅びる事はそんなに大した事ではありませんが、それよりも人それぞれの心の中に、人を愛する事が出来ない、信じる事が出来ない問題の方がもっと重要な事柄であることを私は理解しているために、人間の心が持っている恐怖からの脱出を願う者です。人間間の不信の心の中心に、「恐怖心」が存在しています。この恐怖心を中心にして物事を考えているために、沢山の恐怖心を生んでしまって、人に対して信じられない心を作ってしまっているのだと思っています。誰もが安全で安心して信頼し合える社会を願っているのは同じです。その為にも自分の身近な人から、もっと心の中に人を愛していける育てて行ける心を育んで行きたいと思います。
2003年04月27日
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ある患者さんが今はやりの症状を持っておられ、調べてみるとカイロプラクティック的には、仙骨や背骨がゆがんでいたり、骨盤と仙骨がくっついていた状態が続いていたため、頭蓋骨に多大な影響を与えている現状がありました。そのために起こっている問題だと断定は出来にくいのですが、あくまで医療的に自己免疫疾患という症状(SLE)と診断されている人です。この方の場合に自己免疫力が強いために起こる問題です。症状としてはたくさんの症状がありますが、発熱や疲れやすさ、アレルギー等の問題があります。もっといろいろと症状は出来ますが、抗体が自分自身の細胞に対して産生されます。これらの抗体は血球、内蔵、組織などに結合し、慢性の症状を起こします。ただ自己免疫疾患のメカニズムと原因は完全には分かっていいないそうです。そのために関節痛をともなったり、腰や肩の骨の壊死が起こったりする事もあるそうです。その他色々とありますのでここでは書けませんが、ありとあらゆる症状が出るようです。それで薬を飲むように指示されていますが、体に聞いてみると、どうも不必要なものがかなり入っていました。最初の方では自己免疫力を下げる薬が必要でした。しかし最近ではそれを余り必要としてない反応が出ています。ただ面白かったのは、私は花粉症の鬨に患者さんのその薬で私にテストすると、私がその薬を欲しがっているという反応が出て来ました。私は一瞬驚きましたが、よく考えてみると合点がいくのです。理由は花粉症によってアレルギーとなっていた物質が出て来たために、免疫力を下げる必要があったようです。その為に私も必要な薬として反応をして来たんだと理解出来ます。この反応を見て、患者さんと笑ってしまいました。現在ではこの患者さんは、どの薬も必要がないぐらいによくなってきました。ただどうしても理解出来ない薬が必要だと反応するのです。その薬は消化剤でした。私は納得がいかずにいましたが、話を聞いて行くとひとつはっきりしたことがありました。それは夜遅くになって、少しお腹が減るので何かしら甘いものやそのような類のものを口の中に入れてすぐに寝てしまうということをしていたようです。そのために、胃袋は消化をする作業をしなければならないのに、本人が寝てしまうために、十分な消化作業が出来ないままで寝てしまうことが原因だと思います。そのために胃袋が消化をしたいのに消化出来なくなって、その薬を要求するようになっているのだと理解が出来ました。何気ない行動の中にも、信じられないことがけっこう起こるものです。そのことに普段から注意をしてみていたら、後に大きな問題に変換することは少なくなると思います。この患者さんの小さい時からの症状なので、当然のように仕方がないとあきらめていた人の一人です。現在ではかなり歩き易くなって来たと言われています。自己免疫力が普通になるように私も頑張りたいと思います。
2003年04月26日
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不倫をしてしまって、余りにも徳永の問題もあるけど、どうして結論が将来問題が大きくなるのが判っているのに、動物と同じ事をしてしまうんだろう?内村も征服感があるんだろうか?と思うけど。内村はただのスケベーでしかないのに、どうして簡単にセックスをしてしまうんだろう?内村は遊びでやっているだけなのに、簡単に騙されたんだろうか?自分の将来も含めて、一体何がその様な本能に任せた生き方が出来るんだろう?考えて行動しているとは思えないほど、単純な行動をしているし、ばれなかったらそれでいいと思っているんだろうか?内村はそれ程芸人ではないのに、芸能界という特殊な職場に入ると、かなり王様気取りになっているようだけど、その様な人間から無理矢理セックスを強要されたわけでもないと思うなあ。しかし簡単にその気にさせられているアナウンサーも心の弱点を突かれているんだろうと思っている。そういう意味で行けば、女たらしは詐欺師と何ら変わらないから、それに騙されたとしか言い様が無いな。でも、アナウンサーの旦那はどんな気分なんだろうなあ。自分がその立場だったら、女アナウンサーを起こるだけだろうか?自分にも問題はあったんではないかと反省できるだろうか?この話が本当だったら、旦那も内村もアナウンサーも同じ問題を抱えている同じ動物だという事になるが、果たしてその結末は如何なるものになるのだろうか?それにしてもつまらん世間騒がしだ。アホラシ
2003年04月25日
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私の仕事は予約を入れて、それでお客さんと約束をして仕事をしています。勿論お客さんは事前に電話を入れてきて、予約を取るわけですが、どうしても指定している時間に先約がある場合、入れることが出来ません。これはルールだから仕方が無い事です。でも先ほども電話があったお客さんは、もう二ヶ月も入れません。理由は希望する時間に先約があって、その中に組み入れる事が出来ないからです。理由は、私の治療時間が短くないために、患者さんを沢山入れることが出来ないからです。どうしても自分が納得するまで患者さんに対応していますから、それだけ時間を掛けて仕事をしているからです。その為にお客さんと上手くかみ合わない事が多いのも事実です。もっと早く電話をしてくれれば良かったのですが、一日違いでこうなったケースでした。十分や二十分でする仕事ではありませんので、どうしても一時間は掛かりますので、この様なケースが出来てしまいます。本当に申し訳ないのですが、もっと早く予約してくれればと思います。でもどちらも都合がありますからね。仕方がないといったら仕方が無いのかな?
2003年04月23日
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最近いたずら電話が掛かって来るんですけど、どんな気持でそんなことをするんでしょうね。目的があるからするんだろうと思うんですが、どんな目的なんでしょうか?いたずら電話としても、直ぐに電話を切ってしまうんですけど、何かを言いたくても言えなくてそうするんだろうかなあとも思ったりします。もしかして、幽霊だったりして?でもそんなことをしてもNTTに儲けさせるだけで、自分には何の儲けもないのに、とまあそんなことを考えて実行する人は少ないでしょうね。私がそんなことをする事はありませんが、どんな心理でするんだろうかと考えたりもします。しかしこの行為は迷惑なのは確かです。だから迷惑だと思うことが出来ない人がするのだから、少し考え方が自分勝手な片寄った人がやっている事は事実でしょう。今年ももうじき五月を迎える事になりました。本当に時間が経つのは早いものです。最近お客さんとよく話をするのは、めっきり時間が経つのが速くなったなあと云う事です。それだけあの世に行く日が近づいてきたということなんですね。残されている時間を有効にしっかりと使って行きたいと、お客さんと共に思ったりしています。いたずら電話や迷惑の掛かる事をしていては、決して寝覚めは良くなりませんから、本当に止めて欲しいものですね。また悪戯行為を実行しないで、自分の心でその行為を止める事が出来る強い心を持って欲しいと思います。自制する心は、本当に強い魂を育てますから、自分を正しく導いて欲しいと思います。
2003年04月22日
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運動していない人の歩き方は、どうしても足底全体で着地して、ペタペタと歩いています。この歩き方はどうしても足首を十分に機能させて使っているとはいえません。足の踵から着地して、そして足の母指で蹴ることでしっかりと歩くことができます。しかしどうも最近の患者さんを見ると、正しい歩き方が出来ていない人が多いのです。十分に膝に体重を載せて、体重をためるという行動が出来ていません。そのために太股の筋肉がしっかりと使われず、太股の筋肉およびその裏の筋肉との兼ね合いがうまく出来ておらず、膝に負担がかかり、膝の損傷を起こしている方々がおられます。100年前に比べると現在の人たちは、十分の一ほどしか歩いていないと言われています。実際にそうだと思います。電気が発見され、色々な便利器具が出回って来ましたが、それを使いすぎるがあまりに、私達の体はどんどん弱くなって来ました。私達の足は、たくさんの骨とたくさんの関節で作られています。これは何を意味するのかというと、フラットな場所を歩くようには作られていないということです。でこぼこ道を歩けるように作られているということです。もちろんそればかりではありませんが、どのような場合でも順応していけるように作られているのも事実です。しかし人間の体の怖い所は、あまり使用しなくなった関節は、どんどん退化して行くようにしているという現実です。使わなければ退化して行くものだということなのです。だから寝たきり老人の問題は、とても深刻な問題なのです。一度ある病院で嫌なものを見たことがあります。それは私の嫁さんのお母さんが入院した先の病院で実際にあったことです。一週間前に病院へお見舞いに行ったとき、斜め向かいの女性の患者さんが自分でトイレに行っていたのを見ていましたが、その女性が寝たきりになっていたのです。それまでは一人で歩いてトイレに行っていたのに、今回お見舞いに行った時には管をつけられていました。そしてその後、新しい患者さんが来て看護婦さんがこう言っていたのを聞くことになります。「おばあちゃん、おトイレ大変だからここで出来るようにしましょうね」という言葉です。すぐに看護婦は患者さんがイエスと言っていないのに、排尿道具を持って来て装着したのです。これを見て私は、この病院は良くない病院だと思いました。自力で歩くことの大切さを、この病院は全く理解していないし、ありありとお金もうけに勤しんでいると思いました。どちらにしましても、歩かないようにさせてしまっている病院もあるということです。露骨なその行動には、辟易としました。皆さんも歩かないようになったら大変ですから、しっかりと最低でも1日4キロは歩くようにしましょうね。
2003年04月20日
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冬から春にかけての季節は体にとって、体がだるくなります。日本には四季があるから言いようによっては4回季節の変化を受けることになります。極端に言えば、4回体がとてもだるくなるような影響を受けることになって来ます。人の体でいちばんストレスを感じるのは、温暖の差だと言われます。温度が極端に変化している時期、例えば朝の気温とお昼の気温の差が10度以上もあると、人間の持っている体の機能がそれに対応できないことになるそうです。理由は簡単で、常温動物である人間の特性があるからです。地球と同じ周期である365日という数字は、人間の体にも影響しています。それは偶然に見えるかもしれませんが、36.5度という体温を持たなければならない人間の宿命です。この温度以上でも以下でも良くない現実は何を語るのでしょうか。どうしても人間の体は、この体温を同じ温度で維持していかなければいけない条件があるために、急激に温度差が起こると体温の保存をするためにはかなりのストレスを感じるわけです。人間は服を着てその体温を温存する方法を知っています。その保温が上手に出来るかどうかということと、季節に応じた食事の内容も変えていかなければなりません。以前の日本では四季折々の食事が用意されていました。それは四季折々に出来る食べ物だからこそ、その地域の動物たちが食事をしても良いものが多いといえます。新陳代謝は体の持つ大切な機能ですから、この機能をくるわしてしまうことは良くありません。それだけに食事と軽い運動を行いながら、季節の温度に対応していける体作りをして行く必要が起ってきます。新陳代謝は体の機能を維持し、体のもつ細胞を新しいものと古いものとの交換する作用もありますから、新陳代謝を高めて行く生活が必要ですね。くれぐれも夜更かしをしない生活が必要だと思います。早寝早起きは本当に大切なことです。社会生活はお金ばっかりが大事なものではありませんから、体あってのものだねです。今日も1日がんばりましょう。
2003年04月19日
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年配の患者さんを看ていると、筋肉の衰えから来ているケースがかなり多いのが特徴になる。カイロプラクティックでは背骨とか各骨格の調整をするだけが目的ではありません。なぜならば骨格に必ず付着している筋肉や靭帯がとても大きく影響しているからに他なりません。筋肉が衰えると、どうしても骨格を正常に維持することが難しくなります。具体的に言えば、よく例えにしますが、帆船の帆柱を支えているロープが筋肉とします。その筋肉が左右対称であれば、その骨格になる柱は常に安定した状態になります。しかしロープが緩んでいたり反対に締めすぎていたりすると、柱はどちらかに傾いてしまうことになります。筋肉はそのロープと同じ働きをしますが、違うのはそのロープが自由に縮んだり伸びたりすることです。この筋肉が全体的に弱くなった場合、柱は中立を守ることができなくなるため、とても不安定になってきます。筋肉を鍛えないで年をとって行くと、体全体の調和が取りにくくなって来ます。それにはどうしても筋肉の弱みが生じてきて、体の持つ新陳代謝やホルモンの影響も含め、全てにおいて弱まって来ます。そのためにも、年をとったからと言って何もしないでおくのは全くよくないことであることは間違いありません。寝たきりにならないためにも、ボケを自分のものにしないにためにも、常に血液循環を正常に保つことが大切だという判断をしてほしいと思います。血液循環が悪い場所に、淀んだ水が腐るように、問題が発生してきます。とりも直さず、いかに血液循環をよくして行くことを考えて運動をして行く、体を鍛えて行くようにすれば、病気という症状を少しでも軽くする、無くして行くことが可能になって来ます。筋肉はあくまで血液循環のために必要なポンプでもあるからです。だからこそ、筋肉を常にフレッシュな状態にすることが、日々の生活において、毎日を楽しく過ごすことが出来る条件でもあります。年配の方の筋肉の衰えは致命的ではありませんが、周囲の人たちを巻き込んで、たくさんの迷惑を与えることにもなります。もちろんそれもまたその家族にとって家族愛のために必要な場合もありますが、そればかりではありませんので、出来るだけ自分で行動出来るだけの筋肉の状態を維持しておきたいものだと常々思っている次第です。ウォーキングはそういう意味において、とても素晴しい運動だと思います。もう春ですから、気候もとても素晴しいですから、ゆったりとした気持ちを持って歩きたいですね。
2003年04月18日
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健康と言っても、人それぞれに健康という形は変わります。それは健康体である人が健康になるための問題です。詳しく言えば、健康である人が病気に罹らないために、どうすれば病気に罹らないようにするのかを、いろいろな方法で考えているにすぎません。それでは不健康な人を考えると、やはりどうしたら健康になれるかということを考える必要があるでしょう。このどちらも同じような、「どうしたら健康になれるか」ということを考えるわけですが、内容は全く違ったものになります。健康な人が不健康にならないために、健康を維持するだけで良いのですが、不健康な人または現在病気に罹っている人は、まずその病気の原因を探る必要があります。そしてその問題を解決しなければなりません。しかし現在健康な人は、その問題を解決する必要などありません。しかし人間の体は、いつそのような症状が起こるかは分かりません。だから健康な人は常に健康を目標にして、維持する努力をして行く必要性があるのです。また不健康な人は逆に健康になるための方法を行えばいいだけです。というと、両方とも健康になるための方法を行うという点では共通した目的があります。どうしても健康になりたいと願うならば、正しい生き方をする必要性が生じます。そのためには、ほど良い運動、ほど良い食事、十分な睡眠が必要です。しかしこの現在社会では、十分な睡眠をとる人が極端に少なくなってきているのも現実かもしれません。しかし人間の体は、あくまで自然界でしか生きられませんから、その自然界のルールにのっとって生きて行く必要があるのです。ゆえに、24時間のうちの8時間は睡眠にとる必要があるのです。それは頭脳をや済ませるということにもつながります。しっかりと睡眠をとって、日々の疲れをとって行きましょう。
2003年04月17日
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今私は大阪の市議会・府議会の選挙に行ってきました。とても良い天気だったので、たくさんの人たちがそれぞれの学校に行って候補者のを選択をしておられました。外に出ると半袖でも良いのだろうと思うくらい暖かな日和です。皆さんは選挙に行かれましたか?「誰を選んでも同じだ」ということを言ってはいけないと思います。そのような気持ちを持っておられる方は、何が起こっても反対はできない立場になります。やはり何事も自分で選んでやって行くことが大切ですから、自分の責任をしっかりと守って行くことから始まると思います。私は若いときに無力感に襲われて、こういった選挙とか公の所には行かなかったのが殆んどです。でも結婚して社会生活を真剣に営むことで、自分にも大きな責任があるんだということがハッキリ判りましたから、それからは一度も棄権をすることはありません。確かに税金を払うと云う事も、心から喜んで払っていける訳ではありません。また健康保険代についても同じことですか、心から喜んで払っている訳ではありません。しかし一般の国民として最低限やらなければならない行為です。税金を無駄な飲み食いに使っている公務員たちの話や、官僚たちの話を聞くにつけ、この末法の世界においては、当然な形であると判っています。だからと言って放っておく訳には行きません。このような時代だからこそ、長い間政権を行ってきた政党から、反対の立場の政党を選び、違った政策をさせることが必要なのです。あなたがどの政党を選ぶのかは自由です。でもその結果どうなるかは最後まで見極めなければいけません。そうすることで政治を仕事にしたい者に、責任と義務を与えなければなりません。それは国民の税金の中から払う給料を受け取る者としての義務です。我々は政治によって良くも悪しくも、好きなようにされてしまいます。これが「政治の恐ろしさ」でもあります。不満だけを持つのではなく、しっかりと政治に対して目を向け、今までの悪い習慣を打破するために、あなたの一票を投じてほしいのです。それが最低限のあなたの義務です。この最低限の義務を果たせないのなら、それは国民としての意見を言うことはできません。これを決め付けと言うのなら、それはあなたの思い違いです。まだ選挙に行っておられない方がおられるのなら、今から行って下さいね。くれぐれも選挙を棄権しないで下さいね。
2003年04月13日
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テレビを見ながら書いているけど、ちょっとアメリカに対して日本はポチになり過ぎていると思うね。勿論、私は暴力や、傷を付けるということには絶対に反対だが、正当防衛という事に関しては反射的に行う事だから、それは仕方がないと思うよ。自分を守りたいという気持ちは誰にでも在ると思っている。だから反射的に行ってしまった防衛本能での行動は問題はないと思っている。法律的にはそれでも罪になるんだろうと思うが、どうしても相手に傷を付けるとなるとそれなりの罪が出来てしまうと考えても良いかも知れない。誰もが自分勝手で、どんな考えをしたとしても、それはそれなりに正しいわけだから、実際に間違っている答えはないと思える。しかし何が正しいのか間違っているのかは、それは個人が自分の責任で考えなけりゃ成らん事だから、その人に任せるとして、取捨選択をそれこそ間違わずに行う必要があるでしょう。しかしアメリカの傲慢さには何時も嫌な感じがするが、それを頼りにしなければやって行けない日本も頼りないと思ってしまう。どうすりゃいいのか? それは人間が戦いを好まない種にする事だと思う。どうも人間には戦う事は必要だという刷り込まれた認識があるから、好戦的な人種が多くなったんだろう。やっぱり政治も同じだけど、人種の改革も必要だね。勿論、価値観の改革だけど。何時出来るんだろう?期待したいけどなあ。私もそうなれるよう頑張ります。
2003年04月09日
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勉強を済んで、体がなまってきたので、天気もお花見には適しているくらい良かったので、久しぶり日本橋の電気街に行って、パソコンの部品を見に行こうと出かけてみました。お天気なんだけど、日陰に入ると少し肌寒い感じなので、パーカーを着込んで出かけたのが正解でした。それで日本橋まで歩いて出かけましたが、距離的には二キロメーターほどなので、それほど疲れるものではありません。ただ日本橋に着いてからは、そのまま立ったままで色々な商店を見廻りますから、結構長い間休まずに立っています。いつも行く所へ行ったんだけど、その店に行くまでに恵比寿町付近からの長いアーケードを歩いていくのだけど、何か以前と違った感じなのを感じていた。それは何かというと、以前だと今日のような日曜日では、お昼の二時ごろだと、肩が当たって歩けないほどの人だかりなのでしたが、全く肩が当たるという事はありませんでした。そして目的の店に行っても、その店に入っている人の数が、余りにも少ない状況に成っていました。最近日本橋も、大型店があちらこちらに分散し始めていて、また大型店が日本橋の近くにも出来ている加減か、そちらの方に御客さんが分散しているのだろうと思うのだ。現実、日本橋に近い千日前にビックカメラがあるし、灘波の近くの阿倍野にも電気関係の大型店が集まりだしていますから、以前だと日本橋しかなかった電気屋さんが他の地域に分散したためにこの様になっているんだと推測します。もしかして、本当に将来には、この日本橋の電気街が消滅するんではないかと思うのです。東京の秋葉原もこの様な状況になっているんだと思います。また大型店のポイント制も大きな魅力になっていますから、結構日本橋以外で値段の安い同じ物を購入できるようになっていますから、どうしてもこの様な傾向になってきているんだと思います。歴史は本当に変化していくんですね。
2003年04月06日
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朝のテレビを見ていると警察の証拠隠ぺいがまた発覚された。どうして誰もが分かるようなボロが出るような証拠隠しをしてしまうんだろう。警察という所はただの公務員の仕事場所ではない。あくまで日本という国が法律を主体にして存続している存在だから、その法律を順守する立場で仕事をしなければならない公的機関であると、言える仕事だ。ところが死亡解剖をしたとしているのに、その帰れされてきた死体にはいかほどの傷跡もなかったいう証言や、その死体を運んできた業者も、長年その営業を通じている業者があるゆえに疑問が多い死体であったという証言もある。写真で証拠が残っていないかどうかは判らないから、証言だけしか証拠が無いのかも知れない。しかし裁判では証言も証拠になるから、大きな証言になるだろう。しかしながら決定的なのは、DNA鑑定が行われその結果、死亡解剖したとされる医師が提出した臓器が、全く当事者のDNAと矛盾していることが判明された。この意味は当事者の臓器と思われているものが、他人の物であるということである。これはとても重大な意味を持っている。鑑定医師が正しく仕事をしていなかった、ということを表面化したものである。またはその結果を重視する警察署は、その鑑定医が示している証明のみで判断をしているという、ととても愚かな行為をしていると言わざるを得ない。被害者の関係者が言っていたが、「これでは何もかもが消えてしまう」という言葉で言っておられた。本当に証拠隠しするにはこれが1番だ。警察署はこの事実関係をしっかりと証明しなければならない。そして責任の所在をはっきりとさせなければいけない。当然この場合、関係した医者と関係した警察署の人たちにその責任は及ぶはずである。このはずであるという言葉が無意味に感じるときもある。それは必ずや、公務員連中は責任逃れをするからだ。定年後の年金や失業の恐怖から逃れる一心で、自分の責任から逃げようとします。もちろん公務員だけではなく普通の一般の人々も同じような人々がいます。でもここまで確実な証拠がでてきている以上、たとえ裁判が長引くかも知れないけれど、これだけの証拠が出れば裁判所では必ず負けるはずである。ただし世の中汚いもので、凄腕弁護士が出てこない限り、こういった裁判はうまく丸められ、裁判所は公的機関を擁護するものである。本当にこの社会は腐りきってきている。この姿を見て、多くの青少年は、心を歪めざるを得ない現状になっていると思う。そういう意味で心が痛くなる。だからこそ、子供を持つ親として、己をただしその姿を子供に見せる、それがこの腐った世界の抵抗でありそしてまた未来を信じる姿として、子供に本当の未来を託したい。
2003年04月03日
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