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サーズではないので安心していますが、咳が出やすいのが今回の特徴なんでしょうか?のど飴で少しはしのげますが、ムズムズ感はウガイをしても収まりません。寝る頃に成ると咳をします。 これがどうも眠りの浅いものにしてくれます。しかしどんな事があっても、薬は飲まないぞ!たとえ死んだとしても? やはりそれは未だ早いと思うから、薬は飲みますが、飲み続けたくはありませんから、治ったら飲まないでおきたいものです。しかし結核とか癌治療ではそうもいかないのが現状かも知れませんね。特に結核の場合には、最低一年間は飲み続ける必要があるのですね。というのも途中で快方に向かい、自分勝手に治ったと判断して薬を飲まないでおくと、結核菌は喜んで、その薬に対抗する同胞を作り続け、最後にその薬では治らないように結核菌が自分改造をしてしまうからです。ウイルスと同じで、ウイルスの場合は宿主の細胞の中に入って、自分改造を繰り返し、宿主が放ってくる抵抗を旨くすり抜けれるようにしてしまうからです。だからウイルスは知能の持った新生物として考えている人もいるくらいですから、人間以上に厄介な生命体だと考えても良いと思います。体の機能力が落ちて来たら、やはり必要なのは休息と栄養摂取と軽い運動ですね。休息をとって、体の持っている自然治癒力を高めてあげる必要性があると思います。そして軽い運動で、血行を上げることが大切です。やはり血液が軽快に循環しないと、栄養と酸素を満遍なく運べないからです。結論的にいえば、血液が滞りなく流れる事が大切だということです。しかしながら、癌細胞にも血液は流れるようになりますから、これはその反対です。逆に癌細胞を栄養させてしまうからです。この場合には、癌細胞に血液が行かない様にすればいいのですが、その技術はないようです。しかし何事にも原因と結果がありますから、癌細胞が出しているホルモンに、それを目印にして何らかの血液凝固作用が起こるモノが出てくれば、癌細胞も生きていけないので、死滅するんですけど。その様な研究されている方は居られるんでしょうか?でも寿命は誰にでも平等にありますから、そんなに長生きする必要もありますまい。十分使命を果たしたら、胸を張って帰れるようにしたいものです。
2003年12月31日
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最近マッキントッシュが、「iTunes」というウィンドウズ版のメディアと同じものを出した来ました。有償の分もあるんですが、試してみないとわからないので、無償版でどれだけの物かインストールしたくなったのでやってみました。ただしこのOSは、ウィンドウズ2000又はXPにしか対応していませんから、98やME,又は95をお持ちの方は利用できません。ウインドウズも98の開発および更新はしなく成りましたから、2000以上のOSに入れ替えた方が良いと思います。 実際にその方が使い易いからです。私の場合「メディア9」が入っていますが、それと比べても、かなり素晴らしいと思います。同じ音源にもかかわらず、私にはわかりませんが、どうしてこれほど音質が違うんでしょう?全く同じ「MP3再生」なのに、器械が高級品になったんだという感じがします。ピアノの鍵盤の音でも、今まで再生出来なかったリアルさが、耳に伝わって来ます。これは私の耳がその様に聞こえさせているのかもしれませんが、しかし「メディア9」よりも音質は向上しています。またラジオの問題でも、「メディア9」では音質は普通でした。しかしMACの「iTunes」はこれも見事に満足させてくれていますし、音の途切れがありません。もともと私はMACファンですが、どうしてもウィンドウズの方が安く構築できるので、自分で製作するにはウインドウズでなければならない事情があるため、我慢して使っているだけです。でもソフト的には、マックの方が良いですね。 しかしファンが少ないために、部品の一つ一つが高額なので、貧乏人の私には手が出ないのが残念です。将来はリナックスにしたいと思っていますが、組織的に安定していないので、未だ勉強をしていません。しかしリンドウズも面白いし、将来どのOSが主流を占めるかどうか判りませんが、楽しみがあってこのパソコン世界は面白いですね。私はOSの簡素さから言って、Linuxが中心になると思います。でもウインドウズにしても元々はMACの物真似ですし、LinuxもMacのシステムとよく似ているやり方なので、違和感はありませんね。このMacのiTunesの音のつなぎも、違和感なくすぐに繋がりますし、その繋ぎ方も綺麗に繋げて、プツンと切れるような繋ぎ方でないのが気に入っています。まだまだ使い方が一杯ありますが、その方面は未だ見ていないので何とも言えませんが、かなり気に入りました。私の持っているオーディオは5.1チャンネル仕様ですが、この機能を立派に再生させています。やはりこの様なソフトは、Macの方がwindowsよりも上だと思います。安物の音響機器も、立派に高級品に変えてくれました。高級品で聴いたらどんだけ良いのかなあ?真空管のメディアで聴いたら、本当にストリングスなんかは綺麗に聴けるでしょうね。「至上の愛」を今聴いていますが、感動しています。今まで理解できなかった音が、胸に沁みて来ています。
2003年12月29日
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あんだけ注意していたにもかかわらず、やはり人間の子であった私は。三日前からおかしくなって、今は咳がよく出ます。出なくていいのに出てくるのは困った奴だ。マスクをして仕事をしているけど、お客さんに迷惑だよね。それでなくても、風邪に注意と言いながら、自分が成っていりゃ、世話ないか。湿度も十分。温度もしっかり二十四度以上はある。しかし掛かってしまった。原因は過労? それほど沢山仕事はしていないけど、確かに体は疲れていた。遊ばない? これは正解だ。 金が無いから遊びにも行けない。寒い所に出かけてしまう? これも隔日に早朝から出かけるから、この環境の差は激しいな。しかし今日は本当に良く寝た。寝過ぎたために体が痛いなあ。やっぱり人間は8時間寝なきゃあいけないようだ。寝ないと体が快復できないからね。しかし空咳が出て仕方がない。飴でも舐めて、このイガイガを小さくさせたい。明日の朝も早朝に出かけるから、体を守るのと同時に、体力をつけてやらないと、今日寝すぎた分だけ体が鈍ってしまっているからなあ。毎日体は鍛えておかないといけないね。こんな時に一番こたえるから。もうあと少しで、地球的に言えば一年が過ぎてしまう。でも一日一日を大切にして生きていれば、一年と言う計算なんて必要がないんだけど、区切りだから仕方がないか。 便利な計算方法だからね。また来年も平凡な毎日であるように、祈るしかない。世界中が平凡で過ごせれるように、人々の心が研鑽できる事を祈ります。どんな人も平等だし、そんなに急いでどこへ行くの?もっと人間として人生を楽しみましょう。きっとその意味が味わえるときが来る事を、信じて今年一年を終えたいと思います。
2003年12月28日
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アメリカにいる人の話を聞くと、クリスマス休暇というやつはクリスマスをはさんで前後一週間の休暇があるそうです。ということは二週間の休みがあるということにもなるそうです。このときにアメリカ人は長期休暇になるため、良く旅行に行くそうです。そして1月1日はお祝いして2日から仕事をするようになると言っていましたが、そうなんでしょうか?日本の場合、私が小さい頃は正月の三が日、すなわち1月1日から3日までの休みだけが世間での休暇でした。特に私の実家は新聞配達をしていましたから、私も忙しく働かされていました。12月31日はお祝いの前の掃除とか片づけとかで忙しく、年越し蕎麦を食べて1月1日を楽しみにしたものです。また餅つきをして正月の備えをしたものです。両親が居た時は私の家で餅突きをしたのは、数回しかありません。覚えてる限りでは店の前の道路で、餅つきをする為に、餅米を蒸かすために専用のコンロというのか、鉄製の窯を持って来てそれで火を起し餅米を蒸かしたものです。そして出来上がった餅米をウスの中に入れ、杵で餅米を潰して行くのですね。この時の風景は今でも懐かしくって、もっとしたいと思いますがその機会もなく、餅つき器などのような味気のない器械で作ったモチは美味しいと感じがしません。気のせいでもなく、もち米を蒸す事から始まった全ての臭いが、その餅米に入り込んでいる訳ですから、器械だけの単純作業だけでは、それらの要素が入り込む隙間は無いからでしょう。手作りの餅は、出来立てを食べるのが本当に美味しく、特にアンコの入った餅は私の最高の贅沢でした。海老を入れたり、海苔を入れたり、何でも入れるような感じですが、その全てが本当に美味しい記憶の中に入り込んでいます。スーパーに行って時々あんこ餅を買っては食べますが、手作りの味からは程遠いものです。しかし手間隙かける時間が無い私にとって、妥協の産物ではあっても、一時の餡子(あんこ)を食べたという満足感に浸るには、持って来いの食べ物だと思います。太るとかどうかの問題ではなく、美味しいものは食べたいです。ケーキもどうしてクリスマスの時にお祝いする食べ物なのかが判らないのですが、理屈はどうでもいいのですが、子供の頃は楽しみの一つでした。子供の頃には、クリームはバタークリームでした。このクリームだと、どうも私はたくさん食べれませんでした。食べていると気分が悪くなってくるからでした。その後に生クリームが中心になって、不二家のショートケーキが現れてからは、私はケーキの虜になりました。本当に美味しかったですね。でもこれが大きなカロリー源になっています。最近ではあまり欲しいとは思わなくなりました。それよりもメリークリスマスのときは、あんこ餅でお祝いしたいです。キリスト様はあんこを食べるかなぁ?
2003年12月26日
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喫茶店のご主人が痛みを訴えてこられた。それで調べると、骨盤の問題とそれに関係する腰椎の問題が重なってトラブルを起こしていた。問題は仕事のときに実行している作業の姿勢にあるのだが、どうしても私の意見よりは長年の習慣の方を優先的にされているので、悪い習慣を変えようとはされないのが原因である。それは、喫茶店なのでコーヒーカップを洗ったりするキッチンの位置が、この方の体系に合っていないのが原因なのです。それを何度も指摘しているのですが、自分の体系に合っていないのに、おまけに椅子に座りながらその作業をするものですから、当然前屈みになってしまっています。その為に腰椎下部に負担が掛かり過ぎてしまい、背中も曲がり気味に成ってしまうからです。筋肉というものはそんなに柔軟なものではありません。確かにゴム輪のような弾力性を持っているのが理想なのですが、やはりその弾力性を持たせるにはそれだけの質の良い状態にしておく努力が必要である事を、殆どの方は自覚されていません。そして筋肉が利用されると、ATPの副産物として乳酸が必然的に筋肉の中に蓄積されますから、その乳酸が溜まらない様にしないと、後で筋肉痛の原因になります。その為にお酢が入った食事をしたり、ビタミンB群を摂取したりしてこの問題に対処していくわけです。だけど筋肉は馬鹿か賢いのか判りませんが、筋肉の中に存在しているセンサーが、短縮したままの状態を正常だと見なした時に、それを脳へ信号を送り、その短縮した長さを正常だと見なしてしまう事を起こします。それが筋肉の緊張という形になり、二十分以上同じ姿勢をすると、今度動かすときに『痛い』という信号を筋肉は送ってしまいます。それが筋肉の張りとして自覚し、痛みを覚える原因になってしまっています。それくらい筋肉は何時までも柔軟な形で要られない性質を持っています。だから常に動かす事が大切だといえるのです。しかし近代文明は体を動かさない方向に、人の生活を持って行っていますから、くれぐれも気をつけ遊ばして下さいませ。このお客さんが住んでから、すぐにあるお客さんから電話が来ました。少し重いものを持って、ぎっくりに成ったので、何とかして欲しいといわれました。そしてその部分が熱を持っていないかどうか確かめてもらうと、熱を持っているということなので、今日は出来ないと返事をし、その対処法を教え、痛みが、炎症が治まってから治療を行いますと返事をして、後日治療する事にしました。なんでもすぐに行ってはいけないのです。必ず炎症が在れば、その炎症を抑えてから行うのが筋道です。そうでないと、逆に炎症を広げてしまう結果を生む事に通じるからですね。もちろんこの様なときにお風呂に入る事は厳禁です。筋肉を大切にしつつ、鍛えて行きましょう。年齢に関係なく。ただし幼年少年期までは無理な運動は謹んで、高校生の時はしっかりと体作りをしましょう。
2003年12月24日
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やはり小泉首相では無理であった。 国民が期待したところで、族議員のパワーには圧倒されてしまう結果が生じている。しかし族議員といっても国民の一人なんだが、全く議院という名前を自分のものにするだけで、その地方の酋長になった気分になっているんだろう。もちろん酋長といっても、その地方にどれだけのお金(税金・予算)を奪ってこれるか、それが政治家の仕事だ、と豪語していた議員?もいるが、国がどれだけ問題を抱えようとそんな事知ったことじゃない、とまで言う勢いの金食い虫が沢山いる様だ。会社を潰す訳にはいかん。だから多少の不正や汚い事をしても構わないんだ。という論理が働いて、好きなようにお金を利用しようと目論んでいる輩の多いこと多いこと・・・。この様な感覚の持ち主がこの国政を司っているのだから、この国が良くなる訳ないでしょう。借金を踏み倒しても良いという意見の持ち主に、族議員さんは属しているようだ。族議員という字は返上して、「毒」議員になればもっと良く理解出来るのではないでしょうか?私達の体に薬は大切な物のように見えますが、薬と言えども利用の仕方では死に至らしめる『毒』に変わってしまいます。そして薬の本当の目的は、『自然治癒力を発生させるための、一時的な興奮剤』ということが言えるのです。あくまで、自然治癒力を呼び覚ますための、一時的処方に利用するだけの物である、という判断になります。ですから、昔は、薬を三日間しか提供しませんでした。三日しても薬が効果が無ければ、他の物にする、という判断があったからです。しかし現在は、一か月分として、患者に渡している病院もあります。これは本当に行き過ぎです。自然治癒力というものは、どの生命体にも存在していますが、あくまでその自然治癒力が衰えた時に、その活性化を目指す為の刺激剤として、薬は利用されて来たのです。しかし現在では、薬で治すのだ、という判断が中心になっているように錯覚を起こしてしまっているようです。薬は病原体を駆逐するには良い場合もありますが、それ以外には殆ど効果が薄い場合が多いのですね。それよりも体の持つ機構が安定化すれば、体が持ち直してくれるようになってきて、それで快復して行くのですね。心の世界と同じで、自分のいけないところを発見したとき、しっかりとその原因を理解して、その対処をした時から、心は健全な方向に向かって行きます。この形式となんら変わることはありません。心と体のメカニズムを、もっと科学者が研究したならば、薬に依存する社会は小さくなってくるものと思われます。日本だけこの様な問題を抱えているのではないと思います。どの国にも、この様な輩が存在しているのは仕方がないのですが、それにしても日本人の大人しい事、凄いですね。『仕方がない』と諦めてしまう。国民という蟻やミツバチは、議員という化け物に、踏み潰されるだけなんですかぁ・・・・?????
2003年12月23日
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人を信じられないことってありますね。ほとんどの場合その人を信じたいのだけれど、何かが邪魔して信じられない気持ちを殺してしまうというのか、無くしてしまうというのか、はっきりと判断できないモヤモヤとした気持ちがそのような行動を起こさせてしまうのではないかと思ったりします。必ず何かの原因があるんだけど、その原因が何なのかハッキリとしない漠然とした感覚的なものとして感じないでしょうか?特に自分の身近な存在で、長年連れそってきた夫婦の間でも、信じられないことは結構あるんではないかと思います。最近の夫婦間で話し合いができない夫婦が多いと思います。もちろんこれはお互いが空気のような水のような関係になってきたから、当然としてしまっている私達の気持ちの中に、ハッキリとした原因があるのではないかと思っています。それに余り自分の事を話したがらない伴侶であれば、なおさら分かりにくい感情を持つのではないかと思います。自分の気持ちを素直に前に出せなくて、たとえ出せたとしても感情的になりやすい人の場合、常にその環境では緊張した空気がみなぎっていると思います。すなわち空気が張り詰めている訳です。そういうような環境に夫婦が居たならば、当然にどちらかが一歩後に下がるというような行動が起こるのではないかと思います。この時に思う感情は、「アイツがきついから」「人の言う事、聞かない奴だから」等々と相手のコトを批判してしまうケースが多いのではないかと思います。ある患者さんもそのような心を持っていて、常に相手のことを批判ばかりするのです。しかし話を聞いていると、どうもその話の中から見えてくるのが、批判している人の心の中に疑いを持っているということなのです。話し合うことが少ない為に、相手を思いやることが出来ないという事情があるのです。そして自分の考えの枠の中で判断するため、自分で判断できないことに対して、どうしても理解できませんから、相手のことを理解しようとしません。ですから常にその人の心の中には相手を理解できない心を持ってしまっているために、「疑心暗鬼」という心の世界を持つに至るのです。この世界も鬼が住むので、自分勝手な心の世界は全く「相手の気持ちを受け入れる」ことが出来ません。その為にこの人は常に、相手の気持ちを思いやることなく、自分勝手な判断で相手の「存在」を把握しているのです。そうすることで何時まで経ってもこの人は相手の気持ちを理解することなど不可能です。疑心暗鬼の原因は、自分自身にあると思われるのです。そしてそれは自分自身の心の中に、「相手を認めない」自分自身が生きているということだと思うのです。だからこそこの心の中に蠢いているこの鬼を退治するには、疑心暗鬼が動きはじめる前に、自分の心でその鬼を封じ込めるぐらいの気持ちで、相手を認めることから始まります。相手を認めるというのは決して容易ではないかもしれません。特にその人から悪影響を受けたならば、当然いやな思いを前に出してくるのではないでしょうか?でもきっと何か自分に理由があるという考え方をすれば、錯覚をしていた、または誤解をしている自分の姿を見ることが出来るかもしれません。とにかく疑心暗鬼をしないためにも、どのような関係であれ、互いを見つめる必要性があるのだと実感します。夫婦間ではとても大切なことだと思います。子供に影響を与えますからね。
2003年12月22日
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ますますアメリカの醜さが見えてくる。しかしその醜さを理解しながら日本は経済という枠の中で、何とかアメリカのご機嫌を伺いながら生活をしなければならない弱い立場を考えて行動している。これは「どうしても日本が経済的にアメリカに追随しなければ生きていけない」という思いから起こっている行動に他ならない。「現実そうじゃないか!」と、経済界はおっしゃるでしょう。その通りです。ハイ。アメリカは「上得意先」だからです。最高のお得意さんです。「上得意先」だと言ったのは、福田官房長官です。だから機嫌をとらないといけないんですよ。判りましたか?アメリカは上得意先だからこそ、大事にしなければ成らないということになります。そりゃそうでしょう。 お金を使ってくれるのはアメリカさんが多いんですもの。それで安い中国で品物を作って、アメリカに買って貰えば、そりゃ儲かりますもの。しかし「そうしなきゃ日本は飯が食えない?」 本当にそうなんすか?日本の独自性は何なんだろうか?それを考えてみると、平和ボケか?これが日本の独自性かもしれない。 でもこれもアメリカの戦略だし、まんまと乗せられている構図が浮かんで来るので仕方がない。第二次世界大戦で日本が連合軍に負けてから、世界は安定を維持してきました。勿論アメリカ主体の安定であることは事実が裏付けています。日本でパンを普及させたのもアメリカの戦略でしたし、牛乳や肉を普及させたのもそうでした。殆どがアメリカ経済の普及のために、日本を利用しただけです。今では日本が利用しているのですが。世界の各国はそれぞれの独自性を持っていますが、もちろん文化的歴史的な意味ですが、経済という世界には、その文化や歴史は関係が無くなってしまいます。全て数字が支配する世界ですから、今までの歴史は意味が無いからですね。その為に、のっぺらぼうな世界に成りつつあるのではないでしょうかね。それぞれの国の独自性が経済の在り方で、平面化されるという事です。 平面化とはのっぺらぼう。のっぺらぼうとは特徴が無い。特徴が無いとは存在感が無い。存在感が無いとは、さて何かな。物を作ってそしてそれをお金に換算する。どういう換算の仕方があるのか、考えても、私には全くわからない。骨董品の価値の付け方と同じで、私の価値観では何の役にも立たないものなのに、骨董品愛好家が必要と考えれば、そこに価値を産ませてしまう。その価値は、その人達が勝手に付けた金額だ。私がタダだと言っても、彼らが100万円だと言えば、それは100万円になる。物の価値の付け方は、全く不確実なものなんだが、どうしても欲しいと思う人が高くても買う世界だ。それがお金の姿かもしれない。欲しくない物は、幾ら安くても買わないから、そこには価値が生まれない。お金を求められる評価に与えしないという事になる。だからこそ、価値ある品物を作らなければ、そこにはお金が動かないという当たり前の話。あくまで欲望の産物がお金に変化したものと言えるだろう。結局はお金とは、欲望が生み出した、見える価値になる。だからお金に取り憑かれた人のことを、欲の権化ということにつながる。あの世に持って帰れないのに、必死になってお金を求める哀れさは、人間の浅はかさに通じるんだろう。餓死しても、お金にとり憑かれない様にしたいものだ。亡霊にとり憑かれるのと同じだもんね。
2003年12月21日
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最初に来られた時に検査をするとき、実際私は驚きました。なぜなら、余りにも見かけより肥えていたからです。ハッキリ言ってブヨブヨを越し、ブニョンブニョンベロンベロンというような表現が出来る脂肪の付き方をしていました。かなり代謝が良くないことはわかります。しかし何が原因でそうなったのかは不明です。長い間この様な体で生きて来られ、肩凝りが余りにも酷いので、人の伝手で来られたのが切っ掛けの人でした。先月に足の骨を骨折し、約一ヶ月間余り動かなくなったために余計に代謝が悪くなってきたようです。しかしそれまでに毎月必ず来られていたので、肩凝りや腰痛の改善は行われていました。そして内臓疾患に成らない様に、全体を常に調整しなければなりませんから、頚椎の問題は重要課題なので、その面はしっかり見ています。しかし代謝が悪いと良い影響は少なくなってきますから、ホルモン活動がし易いように持って行ってやらなければなりませんので、リンパの流れを良くして行く療法を行います。その結果かどうかは難しいですが、体脂肪率が27%になっていたと言っていました。仕事は福祉関係の事務を行っている人ですが、運動が苦手で常に『判っているんですが・・・』という言葉が、話の中で何時も現れては消えていきます。そして筋肉を伸ばすだけでも『痛い』のですから、これはしっかりと筋肉運動と代謝効率を上げてやらねば成りません。それには筋肉を発達させる必要性があるのですが、その点に対しては無頓着なんです。現実的に辛どいから動きたくないのは、判る気がしますが、それでは何時まで経っても体を動かすことが出来ません。骨格をしっかりさせるにも筋肉の働きは大きいのですから、しっかり筋肉を成長させて欲しいのですね。賢い人だから、頭で理解してからでないと動けない所もあります。その生き方がここまでさせたのかな?と思うような生活の仕方なのかもしれませんね。しかし体脂肪率の大幅な削減に、この方自身が驚いていました。自分の体はこんなもんなんだという『あきらめの気持ち』が働いていたからに他なりませんが、しかし現実的に数字が改善してくると、俄然やる気になってきていますから、ここが勝負どころなんでしょうね。もう一つ厄介なのは、食事で脂肪の摂取が少ないことです。脂肪を燃焼させるのに純粋な脂肪が必要だからです。そしてビタミンB群が必要です。運動と食事、これは切っても切れない仲なので、大切にしたいものです。
2003年12月20日
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先ほど帰って行ったお客さんと話をしていたのだけど、この方の場合は股関節の手術をして、その後歩きにくくなっていた人です。今日で4回目ですが、十分骨盤の機能は働いているのですが、お客さんの気持ちがどうしても不安の気持ちが高いために、失敗を恐れる余り、恐怖の心に支配されてしまっています。その為に、どうしてもしなければならない行動を採ることが出来ないのです。それは普通の人が当たり前のように行っていることですが、正常に歩くことです。しかしどうしても怖くて歩けないのです。この方の場合は、これまでたくさんの情報が入りみだれ、自分で正しく把握できなくて、逆に間違った方法でリハビリを続けていた人です。その為に全く逆方向に自分を持って行き、治らない方向に自分を導いていたのでした。彼女曰くは、医者がその様に指導したと言いました。ですから私は彼女がやっている反対の方向に導くのですが、その人は私のいう言葉が信じられなかったのです。どうしても自分がやってきたことが「間違っている」と認めたくなかったのです。しかし現実は間違っていたのですが、話はハッキリとしています。最初、本当にこの人はキョトンとしていました。私の言ってることがまるで宇宙人が喋っているような感じで聞いていたのではなかったかと思います。でも少しずつ呑み込めていって、理解出来るようになって来てから話は早くなって来ました。この人の場合は右足に体重が乗せれないので、膝に体重がかからない状態になり、膝をまっすぐ伸ばしてしまうという行動を採ってしまいます。その為に体は突破ってぎこちない動きを採るしかなかったのです。今日は腰椎の調整をした後、歩行訓練及び一部の筋肉のストレッチを行い、しっかり毎日に必要な運動を指示しました。そしてその人は私のいうことが理解出来るようになって来ていますから、納得しながら訓練をし続けています。後に残っているのは、本人の心から来る、気持ちから来る「意思」の問題です。どうしてもこの人の場合は、「自分でも勇気がない」と言われるのですが、勇気がないのではありません。自分の気持ちに正直になりたいのだけれど、正直になれない何かの原因があるからです。それが一体何なのかが分からないために、いつもその部分で躊躇してしまうのです。この人の場合は「自分に甘く他人には厳しい」性格の持ち主でした。そのために今までいろいろと「偉そうに」相手に向かって命令をして来ました。「鬼何とか」という部類の人でした。その為に人を揶揄することは簡単なのですが、いざ自分の事になると全く理解出来ないという欠点がありました。しかし私と出会ってから、その部分の解決も含めて、その心と体の問題とが関係しあっていることを話の中から理解するに至りました。「人に厳しい」余りに、どうしても自分を甘く採点してしまう傾向になります。その結果、人に対して常に結果を求めて来た人なので、今度自分が失敗が許されない状況に成って来たと、勝手に思い込んでいる部分があるのです。その部分で心の葛藤が起こっているのです。その葛藤が自分を苦しめている、自分の体を硬直させている人にもなっているということを理解されました。今日の帰りしなの姿は、全く普通の人と変わりありません。少々体がまだ自分の作った癖で右側に傾いていますが、おいおいその癖も治って行くと思います。最初は頑固な人だと持っていましたが、今は普通の人になってきました。この人の持っている夢が実現できるように、私も頑張ってきたいと思います。
2003年12月19日
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国民がのんびりと生活している間に、贅沢に慣れすぎた皆さんによって、自分の首を絞めるようになって来ました。本当にありがたく、自分の首を絞めつつ、感謝しています。と冗談を言えるのも後わずか。着々と自民党政治のツケを、国民が払わされるようになって来ました。勿論自民党だけではなく、公明党も同じ罪人に近い存在で、もう一つそう扇さんの居た保守党ですか、無くなっちゃいましたが、何もせんと大臣の椅子だけが欲しかったなんて思われても仕方がないでしょう。そんなに大臣の職業って、魅力的なんですかねえ。借金を減らすことをしない政策を平気で行う政治には、本当にあきれ返りますねえ。今度の大阪府の知事選挙も、どの候補者もマニフェストは数字目標は無し。共産党の候補も、借金を減らすのか減らさないのかに対する質問にも答えられないなんて、何の為に立候補しているんだろう?誰を弁護するんだろうか? この弁護士さんは。太田さんも夢のある、力のある大阪府、何て事を言っているけれど、元官僚職員だった彼女では何も言えないかも知れないなあ。それにしてもこの四年間で大阪府知事に成っていて、今度辞めても退職金が支払われるそうだが、その金額が4700万円ほどになるそうで、結構ですなあ。一年間で、給料以外に1000万円以上の退職金が積み越しされていたなんて、これみんな税金でっせ。借金を増やして退職金はしっかりと掴んで離さないでしょうなあ。江本さんが候補で出て来た時のあの時の態度は忘れませんよ。 了見の狭い女だと思いました。しかし江本もまだまだ気分的な候補者だ。誰も数字目標が出ていないのは、知事に成る資格はないのではないでしょうか?最低限の大阪府借金4兆円をどの様に返していくのか?第三セクターという名前も、結局は天下り先を確保したものだし、この日本人という人種を政治家は利用するだけ利用して、後は知らん顔かも知れんな。こんな事言ってばかりいると、私の体が不満だらけになっておかしくなってきます。自分のお金だったらこんな事はしないでしょう。税金は自分のお金なのに、お金に対する麻痺が明らかに起こっているんでしょうねえ。日本がアメリカの第51番目の州に成らないようにしたいものです。アメリカ人が嫌いだし、あんな国になれば治安は無いのと同じです。銃を持ちながら挨拶するなんて、そんなお互いを信じられない者同士にするのは、ゾッとします。今度生まれて来る時は、自然の中で生活できる環境で生きて行きたいもんです。
2003年12月18日
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クリスマスがまだ来ないのに正月の話は早いか?私にとって正月は苦痛の何物でもない。なぜなら休むのに飽きてしまうからだ。ワークホリックでもないと思うけど、仕事をしている方が気持ちが楽だからだ。お客さんといろいろな話をして、とりとめない話で気持ちが落ち着くことも多いからだ。今月末から来月の3日まで休まなければならないから、何をしたら良いのかと思ってしまう。パソコンばかりしていても仕方が無いし、神社に行くこともないし、ましてやお寺には行かないし、まあ何とか時間をつぶすしかないか?ギャンブルやらない、マージャン知らない、トランプ分からん、全く縁がない。しかしこれでも以前だとよくしていた事は、車でドライブだ。ところが正月は走りにくい、怖い。理由はサンデードライバーが多いから危険なんだ。最近では携帯電話をしながら運転している奴が多いから、ふらふらと車が走るのですぐわかる。本当に危ない。それに酒飲みが運転しているケースも多くなるから、危険は普段よりも多くなる。だから正月は走りたくない。じゃあ何をしたら良いんだろう?寝過ぎても体に良くない事は判っているし、運動不足で食い過ぎもイヤだし、やっぱり規則正しく毎日が過ごせる方が私にとっては1番の楽だろう。別に品行方正ということを自慢するつもりは全くないけど、ついつい体のことを考えると、じっとしているのが嫌なだけだ。結婚する前だと運動も良くしていたけれど、結婚してから子供が出来て仕事も忙しくなって来ると運動が出来にくくなっている。時間を見つけて何とかしたいと思っているけれど、その時間が見つからない。パソコンをしだしてから運動不足は目に見えてハッキリとして来たし、これじゃいけないと思いつつも、何もしない。ちょっとグータラに成って来たと思っています。やっぱり軽い運動したいすね。クリスマスであろうとなかろうと、正月であろうと関係なく、体を動かしに行こうかと思います。長居公園でも歩いてみようかな。電車に乗って散歩しに行こうか。ハイキングも良いな。今年はそうしょう。もう後15日で「あけましておめでとう」と言いましょうか。誰か私にもお年玉くれないかな。
2003年12月17日
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というのも、あるチラシを見ていると、灯油の値段が書いてあったのですが、計算してみると今までの常識では考えられないほど価格が違っているのでした。何か「まがい物」が入っているんではないかと疑ってしまうのは、どこか精神的な問題があると思いますが、実際値段が違い過ぎると「疑う」というのはどうしてなんでしょうねェ。高い方が品質は良いもの、間違いが無いものと思ってしまうんでしょう。どうしてこの様な考え方に成ってしまっているんでしょうか?私自身は、依然日本の製品が悪い時代があって、その為に高い価格の製品の方が良い品物があった時代を思い出しました。その影響だと思います。勿論過去の中国製品がそうであったように、値段が安いと良い商品ではなかったのも事実でしたから、その様な心の影響があるんだと思っています。ところで、肝心な灯油の話ですが、ここでは18リッターと20リッターの二種類を売っていました。それで価格リッターあたり換算すると、@35円になりました。消費税は別です。何時もスタンドで購入している灯油の価格は、リッター当り43円から45円というところです。それよりも8から10円も違ってきます。これは大きな問題です。20リッター入れると、200円も違ってくるからです。私は何時も20リッター容器で3ケース買いに行きますから、600円も変わってしまうことになりました。もう一つあれば、一つ[オマケ]という事に成りますから、この違いは大き過ぎますね。でも我々にとっては少しでも経費を削減したい訳ですから、消費者にとっては嬉しい事です。少しドライブがてらに行ける所ですから、ガソリン代を気にするような距離ではありませんので、結構気分よくその場所に行けます。やはりお客さんが多いこと、びっくりしますよ。並んで待っているんですから。日曜祭日関係なく、正月もやっていると言っていましたから、これからここに来ることに成るでしょうね。ガソリンもついでにやってくれていたら良いのにと思いますけど、なかなか商売上の軋轢があるようで、価格競争をさせないような形態になっていますから、難しい問題なんでしょう。ユニクロのカシミヤセーターも15万着が完売したと聞きましたが、かなり消費者は価格に敏感に成っていると思います。当然といえば当然か。商売人もやりにくい時代になってきました。値段だけの問題ではありませんが、人間関係も「値踏み」される時が来そうです。値踏みされるような人間関係というのはどんな関係なんだろうなあ。まあ、『あんたは価値がある』『あんたは価値のない奴だ』というような関係なんかもしれないな。そんなことをいう奴こそ『あんたは価値のない薄っぺらい奴や』と言って上げましょう。
2003年12月16日
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防衛庁の石破長官の何とも言えない流暢なしゃべり方(わたしゃ、気持ち悪いが)は特徴に残りますが、余りにも理解していないことを暴露していました。やはり国会という安全地帯にお住みに成っているからでしょう。(皮肉)しかしながら、現在のイラク情勢を、現地に行かれた方の説明がハッキリと言っていましたが、『自衛隊がここに来たら、イタリア軍がテロでやられた事件以上のことが起こるでしょう』と現地住民の説明をされていたのが印象的でした。やはり一生懸命理屈を言っている石破防衛庁長官の話は、「憲法の中で自衛隊は動くんだ」という話をしています。「憲法の中で動く」ことであろうと無かろうと、自衛隊を動かすことに問題があることを、判っていなければならないのに、あくまでアメリカとの[約束]で自衛隊を他国に動かしたい自民党の策謀だと考えます。法律違反をしてはいけないと国はおっしゃるが、国は勝手に自分の意見を曲げてでも違法を行うことが出来ると言っています。イラクはあくまで未だ戦争状態であることです。確かにフセインはどこかに隠れていますが、しかしテロが行われていることこそ戦争であるという事が判っていないのです。石破防衛庁長官は、あくまで『精神論』(・・?)でこの話を表に出しているが、何度も言うように、自分たち(自民党幹部)がその環境の中に行って、そして安全を確かめて、そして自分の部下の安全を確約するのが長たる者の行為ではないでしょうか?自分以外の人間に全て行わせている姿は、私でも十分出来ます。安全でないことが判っているから、行けないだけなのでしょう?ブッシュは行きましたが、あくまで忍者を参考にしたんでしょう。安全ではないから、あのような行動を行うしかないのでしょう。(大笑い) 安全地帯で日本の旗を振っているのは、サッカー競技場で、阪神甲子園球場で、その他のスポーツ会場で旗を振っている光景が目に浮かびました。一生懸命選手は動き回っていますが、観客としての私達は旗を振っているだけです。「これからイラク復興がメイン」です、と言いますが、アメリカが仕掛け石油の利権問題に関係するために、アメリカに尻尾を振っている国々がその利権を求めて働き続けていますが、その後始末を他の国にさせようとしているアメリカの横暴は余りにも危険なものです。そして安全地帯で日本の政治家が好きなことを言っていると、参戦した時から、日本は「テロリズムの環境」すなわち国民が今度は犠牲になり始めるということだという事を、有権者は判っているんでしょうねえ。(…????…)特に自民党員、公明党員は。しかし笑いながらの報道は気持ち悪いですね。実際にイラクに行くのは別の人間だからでしょう。そう決めているからに他ならないでしょう。どの様な争いごとでも、無血であれば良いのですが、それ以外では殆どが破壊工作が起こります。そしてその後の処理は、放りっぱなしか債権団体が動いて利権を貪るかです。でも問題はこの様な破壊工作をしない事が必要なのですが、人間の横暴さが何時でも現れてくる姿かと思います。アメリカが行った行為。そしてその後始末に、みんなが動かされているだけです。人間同士の哀れな姿が、この一点に全て見る事が出来ます。もっと心を落ち着けて、その姿、全貌を眺めて、そして結論を導き出すことが大切じゃないだろうか?でも結論は変わり行くものです。一点は移動しますから、常に変化していくものです。(恐ろしや恐ろしや、ナンマイダブツ)それから年金問題、考えて下さいよ。
2003年12月14日
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有名なのは試してガッデンだと思うけど、何とかモンタ司会のお昼に放映している番組とか、あるある大辞典とかそのような番組を見ている人もかなりあると思います。しかしこれだけ放映していてたくさんの情報が流れていると思いますが、流している情報に従って実行したら、みんな誰もが健康になると思いますか?はっきりいって難しいと思います。特にひどいのは数人の被験者を対象にして、何らかの食物や実験をして、その結果を大きく報道している所もありますが、これなど余りにもひどい方法だと思います。なぜならば数人の被験者を通じてだけの情報にも関わらず、確実にこうなると言うくらいのコメントを流していますから、それを聞くと眉毛に唾をつけたくなる気持ちがします。もちろん間違いではないと思っていますが、それにしても短絡的すぎると私は思います。それ以上に驚くのは、それを放映したとき、その後でスーパーなどに行って品物を見ていると、売り切れの看板が置いてある時もあります。家の近くにある駅前の名前の知れ渡ったスーパーマーケットでも、どう考えても「おかしいぞ」と思う状況が起こっています。それは、既に用意されていたかのような看板が置いてあるからです。そしてその放映する番組名と同時に置いてあるのです。なぜわかるんでしょう? そしてものの見事に、放映されている番組を見ている人が多いのでしょう。売り切れです。そしたらお客さんの中に冷蔵倉庫関係のお仕事をされている方がおられましたが、その方が言われるには、どうも前もって倉庫に入って来るみたいだ、と言われていました。すなわち前もって用意していたということになります。こんなこと考えていると、テレビと食品関係が手を組んで、それを中心に食物効果の放映をすることで、それに興味を持った人たちがたくさん購入するだろうと考え、手の込んだ番組を作っていると思います。もちろん実証する術はありませんから私の独断と偏見で言っているわけです。食物効果という考え方も変な考え方で、どの食物もすべて栄養とビタミンとミネラルとその他さまざまなものが混ざり合って出来ている物ですから、あくまで食物は薬にもなり、我々の体を作る栄養素であるということです。ただそれぞれの食物の個性があるからこそ、それぞれ中身の内容が違うだけですね。でもこれが報道しているテレビ局番組は、さも効果があるというだけで、食物の命の大切さを言っている所はありません。試してガッテンは科学的に情報をしっかりと流しているようですから、それなりに確実な情報と言えるでしょう。しかし商品を売って儲ける商売人と結託しているならば、それは問題かもしれません。食物をありがたく頂く気持ちがとても大切なことですが、食物の命を粗末に扱わないことがとても大切なことではないかと思います。最近の栄養に関する行き過ぎた報道は、多くの人たちに過信を与えてしまう原因にもなりかねません。ダイエットをし過ぎるあまり、肝心な体の栄養バランスが崩れている多くの人たちを見ると、自業自得だと思ってしまいますが、本当にかわいそうな人たちが多いと思います。もっと自分を大切にして、外見だけじゃなく、内面を重視した身体づくりに気を配ってほしいと思います。脂肪もしっかりと食べて下さいね。肝心な体の機能を損なってしまいますよ。脂肪がなければ血管もホルモンも何もかも大切な物質が影響を与えられて、体の機能を壊すからですよ。周囲の声に踊らされないで、何が大切かを考えて行きましょう。
2003年12月13日
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やっぱリ気の重い話をしよう。てな訳で、世界中がまるで戦争騒ぎのようなうっとうしい方向へと向かっていて、「ほんまに何しよるんじゃ!」と叫んでいます。しかしながら一人で叫んでいても、コダマさえも帰って来ないのはちょっと不気味で寂しい感じがします。誰もが心の中では疑問に思ったり怒る気持ちを持ったり、口には出さなくても心の中に思っている人は多いでしょう?でもやはり間違っていようとそうでなかろうと、口に出してしゃべることも必要ではないかな?間違っていたら間違っていたと素直に謝れば済むことだから、勇気を出して自分の気持ちを表に出してほしいな。否定されるのは気持ちが嫌かも知らないけど、色々な意見があることを理解する良い方法ですよ。恋愛の時だと胸が高まって何を言えば良いのか、心がドギマギとするだろうけど、実際自分の身の危険を感じても、何も言わない、何も言えないそのような状態のとき、本当のあなたの気持ちは何を言っているのでしょうか?家族のため、自分のため、何のために他国に行って、自分の命を危険に晒すのか?ここに人間同士の地位と権力の関係が生じてきます。危険な所へ行くのは誰でもなく一兵卒が行く訳であって、それを命令する同じ人間はぬくぬくと安全地帯に居ながら命令を下すんですね。そして「元気で死んでこい」と励ますんです。イラクで安全地帯はありません。それが解っていて行くとなると、そこに人間関係のしがらみが存在しているということです。政府は「イラクは安全ではないが、戦争に行くのではない」と言っています。しかしテロがあるという以上、そこは戦争をしている所なのです。仮にこの日本に侵略する人たちが現れた時に、我々は一体どのような行動を選ぶのでしょうか?何事も自分に当てはめて物事を見ていけば、答えはおのずと出てくるものです。なぜならば同じ人間が考えるからです。言葉は違えども、人間である以上皆平等だからです。自衛隊の行うことは、あくまで日本の国の安全を行うためで、他国に侵略することではありません。言葉は何とでも言えますから、嘘を言うのはいとも簡単です。詭弁を言ったところで、誰もそれを信じている人はいないでしょう?イラクに自衛隊が行くことで、日本は自衛隊を軍隊にしてしまうのです。これに異論をはさむ人は、何を考えているのか分からない人たちだと私は思っています。人間の姿の中に、どんな金持ちであろうとも、どんなに貧乏人であろうとも、社長や会長のような地位の高い人であろうとそうでなかろうと、そのような人間の作った価値観は、神様の前では何の価値もありません。ただそれぞれの人達が、自分の心を修正する為に色々な演技をしているのを人々は気が付いていないだけです。そしてその演技によって我々は多くの事を心から理解するのです。とまあこの様に理解が出来れば、もっとこの生きている事が深く深く理解されて来ると思います。福田官房長官や小泉首相やその他の多くの政治を行っている人達が、まず率先してイラクに行くべきです。特に福田さんには先頭に歩いてもらいたいですね。プレスセンターに居りながら何度でも言いたい放題は誰でも出来る仕事です。ほとんどの政治家は『行け!』と命令されても、果たして誰が行くでしょう?そして私は国会議員だと胸を張ってその命令をする事が出来るのでしょうか?テレビを見て評論家や一部の名前を売りたい政治家が画面に出て来ますが、理屈ばかりを述べて自分は日本に居ると言わないようにしながら、上手に喋っています。誰も危険な所で仕事をしたい人は思わないでしょう?家族があれば当然そんな所へ行きたいとは思わないでしょう?臆病者と言われようと構わないじゃないですか?イラクの人たちでイラクの人たちの力で、新しい国を作るべきであって、復興のために利用しているだけのメディアやアメリカ企業などは早く撤退すべきです。しかしバカな大統領は、復興事業で利益を得るのは、そこで血を流した国が行うべきだとはっきり言っています。やはりこの戦争はアメリカが仕掛けた戦争だと思います。そして多くの禿鷹がアメリカのやっていることを頭上高くから眺めています。日本もその中の1羽です。イラクの人達が自分で復興する。それを手伝うのがアメリカなのに、美味しい食事に有り付ける為にイラクを攻めたと思います。そして石油の利権に群がって、馬鹿大統領の関係する企業が現在独占して働いています。その真実を多くの人達は知らなければならないでしょう。だからこそアメリカが嫌いなのです。お金の為には何をしても良い、その国がアメリカだからです。後は何とでも言えば良い。結構アメリカ映画に出てくる言葉です。都合の良い人達です。
2003年12月12日
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途中でサッカーをみたのですが、どうして10人でやってるのか判りませんでした。解説もなかなかその事情を話してくれませんでしたから試合が終わってから子供の話を聞いて理解したくらいです。だから強い韓国チームなので、てっきり負けるものだと思い込んでいました。ところがなかなか苦しい事情の中で、韓国が必死になって日本側ゴールでの競り合いに白熱したエネルギーを感じていました。それにしてもあんなに大きなネットに、どうして小さなボールが入らないのか不思議なもんです。以前はサッカーに対して全く興味はなかったのですが、ワールドサッカー以来から少しずつ見るようになってきました。直接観戦しに行くことはないのですが、テレビで十分楽しめています。でもレッドカードを受けてしまったというか、大久保選手が審判に疑似何とかという審判を受けてしまったのが原因だとか聞きました。そして今日の朝テレビで話を聞いていると、結構大久保選手は暴言を吐いているということが判りました。解説者はよく彼のことを、落ち着いて判断して行動していると言っていましたので、私もそのような落ち着いた人だと思っていました。でも結構過激な側面の方が強い人だと思いました。映像で見る限り、自分から転んだような感じではないと思ったのですが、私のような素人が判断する問題でもありますまいと思いました。モチはモチ屋で買わないと、と思いますが、相手のファールを誘いこもうというような姑息な人ではないと思っていますが、どうでしょうか?仮にそのような思いで実際にやっていたとしたら、間違いなく大久保選手は大きな後悔をしただろうと思います。何をしてもよいのだ、点数さえ取れたら何をしたって構わない、という自分勝手な行動であるということになるでしょう。仮にこれで点数が取れたとしても、プロの目から見れば、はっきりとした答えが出ただろうと思います。PKになったとしても、喜べるような点数ではないということになるでしょう。しかしそうではなくて正直にやっていたとしたならば、もちろんこれは審判の問題ですから、審判が考えなければならない問題だと思います。でも結構、大久保選手はイエローカードを2枚もらったり、暴言を吐いているのを私も知っていますから、大切な時にこのような結果を自分から導いていることに彼は気がつかなければならないと思います。この問題は彼だけの問題ではなくて、私達にも大切な問題だと思います。日頃彼のような態度で毎日を過ごしているとするならば、必ず原因がそういったことであるので、結果として自分に対して問題が起こるような形が目の前に現れてくるということになります。ですから大切な時に何もできない状態を、自分から呼び込んでしまうという結果を導いたと思います。だからといって、彼が良いとか悪いとかというような問題を言っているのではありません。彼が示した通りの現象が現れることが誰に対しても起こるということなのです。ゆえに私たちも日頃の暴言や不愉快な思いをさせる行動をしない様に気を付けたいものですね。不思議なもので、塵も積もれば山となるという諺の通りに、自分でも知らない間に積もっているものです。そのような結果になっても、よく自分のやったことを見つめれば、必ず原因は我にありということが判断できるかと思います。相手に責任を擦りつけるようなことはやめて、常に冷静に自分のやったことと考えたことを見つめ直してみましょう。そうしたら何かに気がつくと思いますが・・・。私も気をつけよう。
2003年12月11日
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自衛隊とは自分の国を守る軍隊である。これは誰も反対せんだろう?だから軍隊である自衛隊は、武器を持ち、攻撃することは出来る。しかし言葉の捉え方で、国は自衛隊を軍隊とは言わず、あくまで自衛隊であると言い切ってしまう。でも誰が見てもそんな嘘は通用しないので、白じらしいということができます。しかし、軍隊ではないらしい?……それではなぜ国を守るための自衛隊が、他の国へ行かなければいけないのか?これはあくまで政治的な問題であって、国へ奉公する者は、命令どおり動かなければいけないのである。ということは、政治というものがいかに恐ろしいものであり、反対に人を幸せにするものでもあるということになる。残念ながら今回イラクへの派遣は、かなり危険を伴った政治的同意で行われる実験でもある行動です。今回の働きによって、自衛隊が確実に軍隊と変化する、画期的なそして劣悪な構造になってしまいます。確かに現在の世界の動向は、人間同士が憎しみあい、ののしりあい、殺人にまで及ぶ「不信と恐怖」が心の中心になって、互いの信頼感を失わせる行動ばかりが目立ちます。本当に我々は理由が何であれ殺し合いたいのでしょうか?憎しみあいたいのでしょうか?私にはわかりません。理屈では分かっても、心の中から殺し合いたいと思うような気持ちは起こりません。どうしても我々の考えでは、常に戦争状態になっている中東近郊の人たちは、何を信じたが良いのか、何を頼りに生きて行けばよいのかハッキリとしていないのではないでしょうか?それ故にその地での選択として、歴史的に行われているイスラム教の教えを中心にして、それだけを頼りにして、生きて行こうとする依頼心があるのではないかと思ってしまいます。もちろんもっと他に、我々には分からない理由があると思います。その土地で生まれその土地で生きていなければ分からない、理解できない事柄が多いのは当たり前のことです。仮に彼らが日本に来て日本人が分からないと言うのと同じで、私たちがイスラム教を信じている彼らの考えは判りません。唯一つ不思議なのは、同じイスラム教を宗教としている彼らが、なぜ戦い合うのか、それが分からないのです。日本でも明治以前に、日本人同士が争っていました。しかし宗教が絡んでやっていた戦いではありませんでした。あくまで政治的な問題が絡んで、この日本をどのような日本にするかを考えた末、西郷隆盛を中心にした動きと政府とが争い、西郷隆盛は敗れました。しかしこの戦い以前から、日本は争いの毎日でした。宗教が絡んでのことではなく、互いの領地争いにしか過ぎない争いばかりをしていたのです。でも日本とは違い、中近東では同じ宗教にも関わらず、互いをののしりあい、憎しみあい、争うのです。本当に愚かだと思っています。その土地へ軍隊である自衛隊は行くのですから、イラクの人達は反抗するのは当然でしょう。いくら日本の政府が戦争に行くのではないと小泉さんは言っていますが、そういう意味は相手に通じるわけはありません。それはどんな理由があれ、自衛隊は軍隊だからです。丸腰ではなく、武器を持っている訳ですからね。どちらにしましても、アルカイーダが認める訳はありませんし、良い獲物が現れて来たと思うだけでしょう。どの程度の軍事力で行くのかも判りますから、日本の報道が詳しく説明すればするほど、アルカイーダが攻撃しやすいはずですし日本の軍事力の規模が判断できますから、1番最初にやっつけたい筈です。そうしないとアメリカに対して強い圧力をかけることが出来ないからです。それでも日本は政治的に自衛隊を送ろうとします。これはあくまで経済戦争のあおりを受けているからです。心から一人の命も亡くならないことを祈ります。殆どの人がイラクに行ったら、誰かが死ぬだろうと思っているのではないでしょうか?その様な人が一人でも出ないように、祈るしかありません。本当に残念なことでした。これが政治の恐ろしさなのです。少しでも早く政治というものがこの様に簡単に人の命を左右するということを理解して欲しいと思います。選挙にも参加しない人達は、国民ではありません。ただの他人です。
2003年12月10日
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出産前から腰痛症でお困りの女性は、どうしてもすでに骨盤や腰椎等々に問題が発生している部分があるのが多いですから、どうしても問題が大きくなりやすい傾向になります。子供を身ごもってから女性の場合には、靱帯を緩めるためのホルモンが出てきます。そのホルモンは靭帯を緩めるので、ある程度身体に柔軟性を持たせる結果を生むことになります。それが妊娠期の事故による安全をもたらすかも知れません。なぜなら靱帯が緩むために、骨折等の事故にまでつながらないようになるからです。仮に大きな事故があって、その時に靱帯が硬かったとしたら、そして靱帯が強すぎて骨折等の問題が発生したとします。このような場合に症状が改善するまでには、かなり辛どい毎日を送らなければ成らなくなると思います。もちろんこのような大きな事故になる可能性は少ないと思います。しかしながら、それらを予防することにもつながると思いますが、腰痛症やその他の靱帯に関係する症状を持たれている方にとっては、この時期は少なからずその痛みから離れる事が出来る事もあります。また残念ながら逆に、より以上強い腰痛症を感じる方もいます。どうしてその様になるのでしょうか?赤ちゃんが生まれるときには、より強い靭帯の緩みを感じる時がきます。それはこのホルモンが最大限に働いて、恥骨結合が大きく緩み、赤ちゃんが産道から出やすいようにするためです。このホルモンはあくまで赤ちゃんを出産した24時間後には正常ですと無くなってしまいます。その後もこのホルモンが出るということはありません。ここで問題のですが、やはりどうしても色々な出産形式というのか、自然分娩であれば個人差によって腰痛症の原因になる骨盤の歪みを生じてしまうことにつながってしまうことも起こると思います。それが原因で、レラクシンホルモンの減少に伴い、その時の歪みを固定させてしまうということになりかねません。このホルモンの減少によって骨盤のゆがみが固定されてしまいます。ゆえに歪んだまま放置しておくために、時間の経過とともに腰痛症が始まってきます。どうしても骨が歪むことによって、筋肉も緊張し過ぎる事に成って来ますから、その影響で筋肉痛およびそれに関係する関節でストレス性の問題が起こってきたり、その部分での炎症が起こって痛みが発生するということになります。そういった問題を解決するのがカイロプラクティックの技術です。今日もそういった患者さんで、2週間前に女の子を出産した女性がこられました。彼女は三人目の出産を終えたところでした。彼女の場合、やはりそれまでに恥骨付近が痛かったのですが、我慢が出来ずに来られました。調べてみると、骨盤と仙骨の関係がいびつになっていました。それも修正し頚椎の1番が左横にずれていましたから、それも修正しておきました。自宅に帰る途中で彼女は、メールで、めっちゃ歩きやすいです、と送ってきました。この仕事をしていて、何が嬉しいかというと、お客さんが心から喜んでくれた時日です。人の役に立ちたいという私の願いは、少しずつではありますが叶えられています。100%の人にその喜びを伝えられたら良いと思いますが、すべての人が幸せになれること願います。日4日
2003年12月09日
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それにしても何処もとかも同じなのかなぁ? あっちこっちで不正ばっかりしてるやん。 呆れてしまってどうなりますやら。この市のやったことは、自分の市の応募者に対して120点を他の所から受けに来ている人達よりも多く加点していたという事件です。その為に他の所から受験して来た人は、誰も合格しませんでした。こんな事をしていると必ず独裁政治とか、民族主義とか、国粋主義とか等々の意味合いを持った言葉で言われてしまうでしょう。本当に最近の人間という奴は、曲った事が好きなんだなあ。 それにしても一生懸命真面目にやっている人達をこの人達はクズのように扱っているのを、恥じることは無いのだろうか?と言っても、恥ずかしいなんて事は、こういう連中はもう忘れているのかな? いやいや言葉の意味を知らないんだ。「実際に好きなことしていたらええやんか」、「そんなこと言われなくても、自分さえ良かったらええやんか」、と言われそうな気がしますね。もちろん私がこんな事を言ったところで馬耳東風という訳で、「何を奇麗事言ってるのや」と言われそうですな。「自分さえ良かったら何も波風立て無くてもええやんか」、というような声を聞くことができそうだ。もちろん私も完全な奇麗事を言うだけの人間じゃないっすけど、少しでも自分が汚い事をしない様にしたいだけなんだから、私を見て育つ子供達に悪影響を与えない様にして行きたいだけなんですよ。世間で色々と事件が溢れ出て来ますが、根本的な原因は全て「家族の問題」です。そして事件を起こした人たちが考えている「思い方の問題」です。当然事件を起こした人たちの心の中に大きな問題が潜んでいるということです。この社会をこの様にしたのも、最終的には私達なのですからね。もちろんまた誰もが事件を起こしたいと思っている訳ではないと思いますが、好き好んで人様に迷惑を掛けることを喜んでする人は、気違い以外は居ないと思っています。でも人間という奴は理屈で分かっていても、それを制御できない弱い気持ちの持ち主は、どうしても強い流れの中で翻弄されて生きてしまうという習性を持っていることも多いので、「寄らば大樹の陰」で生きて行きたい性格の強い人も多いかと思います。また逆に反骨精神の強い人達が、自己主張を強める余り、これもまた事件を起こしてしまう結果を生んでしまう事にも成っています。どちらにしましても、両極端の性格は、どうしても事件を起こしてしまいがちです。ただ面白いと言うたらおかしいかも知れませんが、本人達はそれが間違っているという自覚は出来ないみたいですね。どうしたらその自覚が出来るのか?監獄に入ることで理解できたら良いと思いますけど、やはりそれじゃあ遅いですよね。自分の人生を台無しとまでは言いませんが、「こんな筈じゃなかった」ということを言ってしまうかも知れませんね。分かっていてもやってしまう、だからと言ってそういう弱い考えでは自分の破滅を呼び込んでしまいます。だからこそ強い気持ちで自分のその弱い部分に光を当てて見て下さい。そして、こんな事をしてはいけないという心が芽生えたら、その心を止めてしまう強い意志を持って欲しいと思います。そうしたら絶対に事件を起こさずに済むからです。よく考えて、自分がどんな人間かを知る事が、一番最初にやらなければならない勉強です。つまらない人間に成らない様に、頑張ってやって行きましょう。真面目な人が本当の意味で最後に幸せになれますよ。それは死んだ時に判るかもね。
2003年12月08日
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私はアメリカを最初に理解したのが、昔テレビで『コンバット』という戦争ドラマがありましたが、それを見てアメリカ軍の勝利を楽しみにしていました。しかし如何せんあくまで子供だったので、戦争という悲惨さは全く感じることがなく、又ドイツ人が殺されることが全くどういう事なのか判らなくて、武器で殺される人々を見ていて何の不思議も感じなかったのですね。勿論敗戦国の悲惨さも知らないで生まれてきましたから、両親のように戦争を体験していないので、何も知らないまま成長してきました。勿論広島や長崎の原爆の事はかなり後になって理解した位ですから。けれど成長をして、様々な勉強をして来ますと、本当に人間の愚かさ・馬鹿さが目に付いて離れなくなりました。最近のアメリカの異常さは社会問題ということだけではなく、世界の常識になろうとしているところが物凄く恐ろしい問題だと思うようになりました。そして世界の警察だという奢り高ぶった考え方には辟易としますが、それくらいアメリカはかつてのローマ帝国と同じ様な感覚で世界を見ているようです。そして白色人種の、白人が人間の中で一番なのだという、何ともいえない馬鹿が一杯出て来ているんだと思います。そして日本人はアメリカでもしっかり差別を受けているのに、アメリカは素晴らしいと思っている人が多いのも、飼い慣らされて来た日本人の理解だと思います。経済という魔物が、互いの利益を求めるために、お互いを有利にさせようとしている姿が見えて来ます。そして協力し合って(同盟国として)、地球の中で自分達の力を誇示しようとしている思い上がった人間の姿が見えます。この現実の中で、力を持ったもの同士(同盟国)の反対側に、力の無い人達が存在している事を理解出来ない我々が居るのも事実です。テロを容認するなんて事は私はしませんが、アメリカがテロでやられてしまうのも当然です。なぜならば理由を自分で作っているからなのです。「因果応報」と言う言葉は正しく、「自分が蒔いた種は必ず刈らねばならない法則」が存在しているのに、その法則は言葉だけのものだと思っているからでしょう。「目には目を歯には歯を」というハンムラビ法典の言葉がありますが、これなど復讐を誓った言葉です。しかしこの言葉に対してイエスキリストの言葉があります。「汝の敵を愛せよ」『右の頬を打たれれば左の頬を差し出せ』等々の言葉とどちらをあなたは選ぶのでしょうか?どうしてもハンムラビ法典の言葉は受け入れられません。しかしイエスの言葉も自分の身が危険になりますから嫌です。しかしどうしてもと言うのなら、イエスの言葉を実行したいと思います。アメリカは原理キリスト教が支配している社会です。日本で言えば創価学会が目指している、公明党支配の社会を創ろうとしている社会です。間違った宗教は本当に恐ろしいもので、一つの言葉で夢を与え、空想社会が現実化するように仕向けます。しかし人間そのものが変化しない限り空想は空想でしかあらず、現実化は伴わない事実を理解できないのです。でも間違った宗教は、人に空想を与え、現実逃避を勧めます。アメリカはまさしく原理キリスト教が狂気キリスト教に変化してしまっているものです。その主宰が「殺せ!」という言葉を言うのですから。キリストは決してその様な言葉は仰っていません。それよりも「理解」を求めています。キリストにあってキリストにあらず。親鸞にあって親鸞にあらず。理想郷も大切ですが、一つの強力な力は民衆を魔境へと誘う事も出来ます。かつてのドイツ帝国のように。黒人に対してだけでなく、有色人種に対する偏見社会を生んでいる白人種は、結局自分達の力の無さを暴力で対抗しているに死か過ぎないということです。もっと人間は、宇宙的な視野に立って物事を見るべきではないでしょうか?そこには厳然とした、厳粛な法則が存在しています。そして私達もその法則にのっとって生きている事が判るかと思います。
2003年12月07日
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幼い頃からのたたき上げで武富士をここまで伸し上げて来たのは立派だと思いますが、それはお金を貯めただけであって、お金に執着している権化と成ってしまったのが残念ですね。お金が全てだという心の背景を感じていますが、どうしてもお金が無ければ何も出来ない、何も自分の夢が実現出来ないと思い過ぎたのではないでしょうか?確かにこの世の現実では、お金という道具が世界中の人々の心を圧迫させ、そのとりこになってしまい、そのお金という価値を得ようと、人を騙してでも、そして人を殺めてでも自分の物にしようとする人達が増えて来ました。誰もが幸せに成りたいと願いその幻を追っかけている現実がありますが、本当に幸せという現実がどこに存在しているのかをしっかりと認識しないと、沢山の幻を追っかけてしまう生活をしなければ成らない状況に追い込まれてしまうと思います。武富士のように、会社のトップが、疑心暗鬼の毎日を過ごしている事実は、如何に自分が何をして来たかを如実に示しているのではないでしょうか?自分以外の人間を信じられない哀れな存在は、必ず自分の蒔いた種を自分で刈らねばならない法則に、しっかりとはまってしまうこの様な事実を見ると、理解できますね。幼い頃からこの人はお金を信じて生きて来たのだと思いますし、そうでなくても人の心を信じる事が出来ずに育った環境が在ったのではないかと思います。どうしても人間は、生まれた時の環境、思想、習慣、教育等々で、自分の知らない内に自分の考え方の基板を作ってしまっていますから、その基盤を再認識して、その方向修正をしない限り、自分という人格を変革することは不可能であることを知らないのでしょう。勿論武富士のこの親分だけの問題ではなく、世界中の人間において共通したことが言えます。自分の性格を変えることは十分可能ですが、それには先ほど言った、幼い頃の自分を取り巻いて来た諸関係をしっかりと反省して、その影響力を取り除かなければならない作業があります。この作業が自分を変革させることが出来る、エネルギーに成ります。人の振り見て我振り直せ。この言葉を大切にして、反面教師を手本にして、この人生を生きて生きたいものです。
2003年12月06日
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喪に服する意味を詳しく知っている訳ではないですけど、一応は習慣的に理解している範囲で考えると、正月までの1年間の間に自分の身内の誰かが他界したことによって、喪に服する行為が必要だとされているようです。勿論これは習慣的な行動ですが、「不幸なことだ」とされている「人の死」に対する礼儀作法なのかも知れないですね。でも正月にご不幸があった所への年賀状を送ると、「非常識」と怒られ、罵られます。私にも両親はいましたが、もう既に他界しています。彼らは天寿を全うして下さったと思うと、私は全く両親の死が不幸だとは思えませんでした。確かに志半ばで死ななければならない状況になった人に対して、その人には悔しい思いがあるだろうと我々は思い、その姿を不幸だと考えるかもしれません。最近イラクで、二人の日本人が亡くなりました。このケースの場合も他人ごとのように聞こえると思いますが、このケースでは不幸という形になると思います。彼らもいつ自分が死ぬかも分からない現地の状況で、毎日を神経を研ぎ済ませていたと思いますが、残念ながらあのような状況になりました。心からご家族や御両親の方に、お悔みを申しあげます。本当に残念です。ところで、誰かが自分の身内の中で死ぬと、「おめでとうございます」と言われると面白くないのは判ります。ですからその身内の死に方とでもいうのでしょうか、そのあり方によって「おめでとうございます」と言える場合と言えない場合があるということになるでしょう。やはり死ぬという形の中で、天寿を全うして亡くなることはおめでたいことなので、やはりこの場合はおめでとうございますと言うことになる訳ですが、しかしながら正月を迎えるということは、全てに渡っておめでたいことであると私は思うのです。長いあいだ私達は色々な習慣を身に付けて来ました。その習慣の中で最も不思議だと思うのはこの正月の挨拶です。やはり正月は過去1年間何がどのようなことが起こっていたとしても、その1年を迎えることができた初頭の1日目をお祝いすることだと思うのです。ですから1年前または1年間の間に関係者が亡くなったとしても、現在生き残っておられる皆様に対して、明けましておめでとうございますと挨拶をすることは決して悪いことではないと思います。逆に言えば、喪が明けましておめでとうございますと言う事にも成ると思います。長い間の習慣によって私たちは結構無理矢理に理屈をこねて物事を捉えている節があります。もちろん私もその中の一人です。この正月の年賀状というものも郵便局が考え出したのですが、売り上げを伸ばすためにこのシステムが出来上がりました。バレンタインやクリスマス等々と同じように、私たちは結構利益追求型社会の中で上手に動かされているようです。その中で自分勝手に楽しんでいるような雰囲気さえ感じます。こんな話どうでも良いことですけど、何事にも疑問を持って生きてゆくと、どこかで真実は目の前に現れてくるような気がします。でもやはり正月の1日にはおめでとうございますと誰にでも言いたいですね。
2003年12月05日
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以前のままだったら褒め言葉なんか言わなかっただろうけれど、今回は後からどうも追加したようで、しっかりと何行目のどこそこが間違っていると指摘してくれるようになっていた。考えれば楽天側の言い分が正しいのであって、私のような素人が無茶苦茶なHTML記号を入れるものだから、どうしても楽天のコンピューターにとっては負担が大きすぎたんだろうと思う。そして自分でもエラーを訂正していると、結構自分自身があいまいな人間であるということと、間違っていないと思っていても、空欄の入れ間違いとか、単純なミスでエラーが出ているのに気が付いた。それゆえ、この様な検索方法を入れてくれたお陰で、安心してエラー修正をすることが出来ている。しかしそれまでのコンテンツが多いので、その修正に追われてしまっている。やはり今回面白くないところは、別のウインドウで開かせることが出来なくなったことだろう。だからどうしても同じIE6の窓でしか、クリックしたHPを開けることが出来ないので、面倒な方法にも成ってしまったと思う。それで私は「sleipnir142」というフリーソフトをお勧めする。Vectorなんかに行けば、見つかりますよ。このソフトは、オペラ風な使い方も一部出来るので、WEBを開いても、他の窓を開けることが出来る。または何重にでも窓を開けることが出来るので、結構懸賞やポイント関係のサイトでは重宝している。これを使うとIE6が、けったるい感じを受けるから不思議なものだ。基本はIE6なんだけど、中身の動作は違うんだから面白い。作者に敬意を払いますよ。まだまだ進化するようですから、この作者は本当に頭がええんやろうなあ。でもしょっちゅう変更されると、その間の修正に掛かる時間は本当に大変なものだ。楽天さん、何かポイント下さい、なんて言いたくなるけど、タダだもんね。辛いなあ。まあこれはこれで許したろか。ということなんだけど、ほんまイラクはとんでもない場所になり申した。やはり間違いなく自衛隊が行けば、連合軍の生贄に成るのは確かだ。生贄になっても、世界平和のためという大義名分でその命を捨ててきなさいと言うことだから、小泉さんが自分で約束してきたんだから、自分が行けばいいじゃないの?そして国会の自民党や民主党の連中にもしっかり銃を持たせて、安全だから行ってらっしゃいと、日本に私達は居ながら送り出せばいいと思います。特に浜幸さんには行ってもらいたいですね。テレビでも行くと言っているから、息子を連れて行くことですよ。どっちみち政治家だから、常に蚊帳の外にいて、命令したくて仕方のない連中だから、いいかっこして行くことは行くだろうけど、かなり顔面蒼白で毎日を過ごすことになるでしょうね。私の家族が殺されるような局面を迎えたら、私はどんな偉そうなことを言っていても、戦ってしまうでしょう。でもそれは日本国内で居ての話で、外国にまで攻めて行くなんて事は、恨みを買うだけで何の意味もありませんよ。本当にアメリカは傲慢な国だから、世界の警察だと思っているようだけど、ホント、何も判ってはいないです。ローマ時代の再来ですな。私は家族が殺されそうになったら、やっぱり行動するでしょうが、日本以外の国にまで攻めるような事はしませんよ。
2003年12月02日
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